勇者よ、人間性を獲得せよ (じーくじおん)
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EP1 四聖勇者召喚

 大王グウィンが残した最初の篝火に触れた事により、全身に温かな熱を感じる。それがハベルの鎧をその身に纏った、かの選ばれし不死が感じる最後の感覚であるはずだった。

闇の時代の象徴である不死人がこれ以上現れることがないよう、薪としての役割を引き継いで火の時代を紡いでいく。それが、世界の蛇フラムトから聞かされた己の使命であった。だというのに―――――

 

 「勇者様方! どうかこの世界をお救いください!」

 

 「「はい?」」

 

 覚醒したばかりの意識のなかで最初に認識できたのは、聖職者が着用するようなローブを着た男達であった。その足下には大きな規模の魔方陣と何本かの蝋燭が配置されており、先程まで何らかの儀式を行っていたことは明らかである。私の他にも困惑が漂う声が聞こえたところを見るに、対象は複数人であろう。

 

―――どういう·····ことだ·····

 

 見慣れぬ場所への転移など、不死の知る限りでは篝火を通しての転移か、はたまた召喚に答えたかのどちらかである。

 

状況からして後者であろうが、仮に召喚であるとしても、最後に感じたあの暖かな感覚からして、火継ぎに必要な薪として己の身体とソウル、人間性から何やらを全て捧げたはずの私がこうして召喚に応じること自体が可能であるはずはない。第一に、私は他の不死人のように白サインをこのような場所へと残した覚えが全くないのだ。

 

 「色々と込み合った事情があります故、ご理解できる言い方ですと勇者様方を古の儀式で召喚させていただきました。この世界は今、存亡の危機に立たされているのです。勇者様方、どうかお力をお貸しください」

 

 私の知っている召喚とは、宿主の元へ霊体となって一時的に赴くもの。だが今の感覚は完全に受肉している時とほぼ同等である。それに、この聖職者達の口ぶりや『勇者』という単語・・・・・・まるで幼いときによく聞かされた御伽噺のようではないか。

 

 それに先程気が付いたのだが、左手にいつのまにか装備されているこの『盾』。戦いの中で使用するにはあまりに心許ない小盾が鎧の一部として・・・・・・いや、まるで身体の一部であるかの如く備え付けられている。しかも不思議なことに、この盾自体から奇妙なソウルを感じとることができた。

 

 「嫌だね。人の同意なしでいきなり呼んだ事に対する罪悪感をお前らは持ってんのか?」

 

 「そうですね、仮に、世界が平和になったらポイっと元の世界に戻されてはタダ働きですし」

 

 「だな、こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ? 話によっちゃ、俺達が世界の敵に回るかもしれないから覚悟しておけよ」

 

 思考を整理するなか、耳障りな程の高圧的で若い声が2つ。

 

たまらず不死は声のする方へ目を向けると、まだ幾何の年月を過ごしていないような青年2人の姿があった。金髪の一つ結びの青年は『槍』、育ちの良さげな巻き毛の青年は『弓』を手にし、どちらの武器も『盾』と似た様な装飾が施されており、同じく奇妙なソウルを感じた。

 

 召喚に応じたと言うことは、彼らはまだ若い内に不死へと成り果てたのだろうか・・・と思わず哀れみの心を持つ。しかし、そんな様々な思いを巡らせていた不死の全てを吹き飛ばすものが、そこに存在していた。

 

 「まあまあ、貴公等。そんなに邪険にせんでもよいではないか! ここはまず、あの者達の話を聞いてみるというのはどうだ? 諸々の話はそれからでも―――」

 

 2人と聖職者達の間に入り、場の空気を仲裁しようとする、聞き慣れた明るい声。

 

 「うわっ!? なんだよ、あんたその格好?! 随分趣味の悪いコスプレだな」

 

 「コスプレが何かは知らんが、趣味が悪いとはいきなり失敬ではないか? ・・・・・・ウワッハッハ! 冗談だ! 確かに言われ慣れているが、貴公のように初対面で堂々と言われたことはなかったものでな」

 

 趣味が悪いと言われても仕方のないバケツヘルムに、誓約『太陽の戦士』の象徴である独特な太陽のホーリーシンボルがデカデカと描かれた鎧。

 

 「確かに、そちらの2名は凄い格好ですね。これは本物の鎧ですか?」

 

 「勿論そうだとも! 曲がりなりにも太陽の騎士を名乗っているからな。むしろ俺からしたら格好云々は貴公等の方が見慣れぬ物のような気がするが・・・。まあ、いいか! さて、そちらの貴公もいつまで呆けているのだ。一緒にこの者達の話を聞こうではないか!」

 

 「う・・・うむ。そう、だな・・・」

 「・・・ったく、しょうがねぇな」

 「ですね」

 

 この手で殺したはずの戦友『太陽の騎士』の声がけのもと、場の雰囲気は何とかまとまりつつあった。

 

もっとも、彼の腰にぶら下がっていた得物が、彼自身が愛用していた太陽の直剣ではなく自分たちと同じような装飾の『剣』を所持していたことも相まって、不死の心中はさらに混沌としていたが・・・。

 

 「助かります。まずは王様と謁見して頂きたい。報奨の相談もその場でお願いします」

 

 ローブを着た聖職者の代表がタイミングを見かねると、重厚感のある扉を開けて道を示した。それから召喚者達は暗い部屋から聖職者の案内のもと、石造りの廊下を歩いていく。

 

 そして、道中で日が差し込む窓から見えた光景に不死人二人は息を呑んだ。

 

神族の住まうアノール・ロンドでしかあり得ないほど空が近く、太陽の光が存分に当たる街。手当たり次第にソウルを求めては我が物顔で闊歩する亡者や醜い獣、デーモンの姿がなく、生者による活気溢れる町並みは、ここが全くにもって別の異世界であることを不死人の脳へ瞬時に刻みつけられた。

 

 しかし、青年二人はそんな町並みに長く目を向ける程の興味も暇も無く、すぐさま廊下を歩き、先に謁見の間へと辿りついていた。少し遅れてから不死人等が到着すると、謁見の間の玉座に腰掛ける白髪の初老が口を開いた。

 

 「ほう、そなた等が古の勇者達か」

 

 佇まいからして、誰の目からもこの国の王であることは明らかであった。すぐさま不死とソラールは揃った動きで跪く。

 

 「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク32世だ。勇者達よ、顔を上げい」

 

 「「はっ!」」

 

 王の言葉に応答して跪いたまま顔を上げると、青年等が物珍しげにこちらを凝視していた。おまけに一国の王を前に畏まるどころか背を向けている現状。彼らの世界では王という存在自体が皆無であることを示していた。

 

 「さて、まずは事情を説明せねばなるまい。この国、更にはこの世界は滅びへと向いつつある」

 

 この世界には『終末の予言』というものが存在しており、世界を破滅へ導く『災厄の波』と呼ばれるものが幾重にも重なって訪れる。その訪れを知らせる『龍刻の砂時計』の砂が予言通りに、本年の始めに落ちたのだ。

 

 予言を蔑ろにしていたつかの間、勇者達が召喚される前に第一波がメルロマルク国を襲った。瞬く間に闇が空を覆ったかと思えば、空をそのまま切り裂く様な亀裂が出現し、そこから凶悪な魔物が止めどなく溢れたという。

 

 国の兵と冒険者の活躍により何とか退けたものの、当然無視できない被害を国は負った。これが第二第三と続くにつれ、さらに強力なものとなる。というのが予言の内容であるため、国に伝わる伝承に則り四聖勇者召喚の儀を執り行った。

 

 以上が、メルロマルク王の語った真実であり、この地に召喚された勇者が成すべき使命であることを不死人二人は心に刻みつけていた。だが・・・

 

 「話は分かった。で、召喚された俺たちにタダ働きしろと?」

 

 「都合のいい話ですね。自分勝手としか言いようがありません」

 

 彼らと違い納得のいかぬ者達もいた。だが、不死人の目から見ても、彼らは我々の居た世界とは異なる住人であることは確実である。加えて彼らはまだ若く、血を知らぬ振る舞いだ。不死人ではないであろう彼らの言い分を責めるのは酷というものであろう。

 

「もちろん、勇者様方には存分な報酬は与える予定です。その他援助金も用意できております。ぜひ、勇者様たちには世界を守っていただきたく、そのための場所を整える所存です」

 

「へー……まあ、約束してくれるのなら良いですけど」

 

「俺達を飼いならせると思うなよ。敵にならない限り協力はしておいてやる」

 

 ・・・・・・この場にそぐわぬ浅ましさを感じ、不死人達の先程浮かんだ哀れみがだいぶ薄らいだ。

 

二人の発言と跪いている不死人の様子をうかがい、協力関係の承諾と判断した王が口を開く。

 

「ありがたい。そこの者達も楽にして良いぞ。では勇者達よ、己がステータスを確認するのだ」

 

「「・・・・・・は、はぁ・・・?」」

 

 聞き慣れぬ単語に不死人は揃って戸惑うが、その様子を青年二人は不思議そうに眺めていた。

 

「なんだよ、あんたら大層な鎧来てる割にはだな。普通この世界に来てから真っ先に気が付くところだろう?」

 

「視界の端にアイコンがありませんか? そこに意識を集中してみてください」

 

 さも当然であるかの如く呆れている二人に言われるがまま、不死は視界の端にうっすらと存在していた紋章に意識を集中させる。すると、多様な数字や項目が不死の目の前に現れた。話を聞くに、どうやら自身の能力を数値化できる魔術か何からしい。

 

「なんと!? こんな手軽で便利な魔術は聞いたことも見たこともないぞ! おまけに触媒を必要とせず使用回数もなく無限に発動できるとは! いやはやなんとも―――」

 

「それで、俺達はどうすれば良いんだ? ステータスを確認したんだが、俺達のレベルは1だぜ。これじゃまともに戦えるかも不安だ」

 

「そのことですが・・・勇者様方にはこれから冒険の旅に出て、自らを磨き、伝説の武器を強化していただきたいのです」

 

「強化? この持ってる武器は最初から強いんじゃないのか?」

 

「はい。伝承によりますと召喚された勇者様が自らの所持する伝説の武器を育て、強くしていくそうです」

 

「俺達四人でパーティーを結成するのか?」

 

「それにつきましては、勇者様方は別々に仲間を募り、冒険に出かける事になります。伝承によると、伝説の武器はそれぞれ反発する性質を持っておりまして、勇者様たちだけで行動すると成長を阻害すると記載されておりますゆえ」

 

「伝承・・・伝承ねぇ・・・」

 

 未知の魔術に興奮している太陽の騎士を余所に、得物の槍を器用にクルクルと回しながら、金髪の青年が一人で話を進めては頷く。

 

「となると仲間を募集した方が良いということでしょうか?」

 

「それについてはワシが用意しておくとしよう。なにぶん、今日は日も傾いておる。勇者殿、今日はゆっくりと休み、明日旅立つのが良いであろう。明日までに仲間になりそうな逸材を集めておく。・・・そう言えば、ワシとしたことがまだそなた等の名を聞いていなかったな」

 

 王の言葉を聞き、二人の青年が前に出て自己紹介を始めた。

 

「じゃあ、俺からだ。俺の名前は北村元康、年齢は21歳、大学生だ」

 

「次は僕ですね。僕の名前は川澄 樹。年齢は17歳、高校生です」

 

 二人に続き、不死人等も名乗り始める。

 

「俺はアストラのソラール。太陽の神の信徒であり、騎士である!」

 

「・・・・・・私は・・・・・・」

 

 不死は言葉に詰まった。優に百年もの間、北の不死院の牢獄で幽閉されていた所為か、こともあろうに出自から自らの名前まで、そのほとんどを忘れてしまっていた。ロードランの地では火継ぎの使命が自分の全てであったため気にも留めなかったが・・・。

 

「ふむ。モトヤスにイツキにソラールか」

 

「陛下、お待ちください。まだ彼が名乗り終わっておりませぬ」

 

「おお、そうであったな」

 

 意図してか分からぬが、四人目を無視して話を終わらせようとした王をソラールは引き留めると、今度は心配するようにこちらを覗き込んだ。

 

「さあ、貴公! どうしたのだ? そのような立派な石鎧を身につけながら、まさか自分の名を忘れたなどとは言うまいな? ウワッハッハ!」

 

「・・・わ、私は・・・」

 

そこで、彼の鎧という言葉に不死はピンときた。過酷なロードランの地を共に歩んできた自分の装備と、この装備の信奉者が身につけていた指輪を見渡し、名無しの不死はこれから新たな名を名乗っていくことを決意した。

 

「私は・・・・・・ハベル。ロードランのハベルだ」

 




名も無き不死・ハベル
装備:ハベル一式
指輪:ハベルの指輪・寵愛と加護の指輪
左手武器:四聖勇者の呪いから盾固定

主人公の基本装備です。ソラールさんを入れた理由? 彼にも救いが欲しかったからだよ!!太陽万歳!!!(ヤケクソ)


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EP2 火継ぎを成した者

 一話目から予想だにしないお気に入り登録者数と素晴らしい感想をもらってしまった………。感想は作者の一番の励みと聞きますが本当ですね。読者の皆様に太陽あれ!!



 メルロマルク王との謁見を済ませた勇者達は日が暮れたこともあり、王の申し出通りに来客部屋で休むこととなった。豪華な装飾のなされたベッドへ腰掛け、元康と樹は自身のステータスを確認し、ソラールとハベルは伝説の武器と成った自身の得物の具合を確かめていた。

 

 というのもこの不死人二人、最初はこの世界についてある程度の知識を持っていると豪語した青年二人にならってステータス魔術の項目を確認してはみたものの、その項目のほとんどを理解することができなかったのだ。

 

 『レベル』『スキル』『ウェポンブック』等々・・・馴染みのない単語の羅列に不死人二人は唸るばかりであった。ソラールは一つ一つを把握しようと青年二人に教えを請おうとしていたが、自分たちのステータスを確認するので忙しいのか取り入ってもらえなかった。やがて不死達はステータス魔術について考えるのを辞め、今に至る。

 

 いろいろ試してみた結果、こちらは収穫が多かった。

 

 まず大前提として、不死人は常人よりある程度万物に宿っているソウルをコントロールすることができる。無論、生物の場合は『死』を与えることで等しく『物』と成る為、対象が持つソウルは自然と新たな所有者へと流れてゆく。

 

 ・・・・・・話が逸れたが、不死人と成り果てた者は誰しもがあらゆる数の武器や防具、その他道具を所有物とする場合、自在にソウルへと変換し、そのまま体内に格納・必要なときには状況に応じて手元に展開することができる。

 

 だが、この伝説の四聖武器とやらは呪いを抱えているためか、ソウルへと変換することができないどころか、手放すことすらままならなかった。ブレスレット等の飾り物程度には小さくすることができるが、如何せん呪いは強く、持ち主の手から離れることはなかった。

 

 さらに呪いはこれだけではなかった。左手(ソラールであれば右手だが)に四聖武器と同種の武器しか装備できなくなってしまったのだ。ソウルから変換できるのは盾だけとなり、他の武器を無理矢理にでも手に取ろうとすると左腕に強烈な痛みが走る。そのお陰で大型の武器を両手で持つことも適わなくなった為、これからの波との戦い方を改めていかなくてはならなくなってしまった。

 

 ただし、武器として認識されなかったのか、左手にタリスマンを所持することは可能であったし、呪術の火も問題なく使用することができた。杖はまだ試していないが、刺突できる代物でもあるため恐らく不可能だろう。お互い魔術ではなく、奇跡や呪術を多用する身としてこの点は助かったと言える。

 

「そういやさ、あんたら何時まで騎士RPしてんの? 固っ苦しいし、もうやめにしないか?」

 

「「・・・・・・・・・??」」

 

 元康の問いに不死人二人は首をかしげるばかり。この部屋に着いたばかりのときも、『ゲーム』や『ネット』、『なんたらオンライン』等、訳の分からぬ単語ばかりを投げかけてきたために同様の反応しかできなかった。

 

 そんな彼らの様子を見かね、樹が助け船を出す。

 

「あの、もしかしてお二方は僕たちの知らない、本当の異世界から召喚されたのではないですか?」

 

「はあ!? マジで!? じゃあ、あんたら日本人じゃなくて外国人だから話が通じないとか、そんなもんじゃないのか?」

 

「ううむ、イツキ殿の言うとおりやもしれんな。王に対する立ち振る舞いの違いといい、言葉は通じても意味の分からぬ語群の数々・・・」

 

「・・・・・・私はニホンという国を知らんし、聞いたこともない。アストラ、カタリナ、カリム・・・馴染みある国々だが、貴公等は知っているか?」

 

「あすとら、かたりな・・・ダメだ! 全然ピンとこねえ」

 

「海外には結構足を運んではいますが、ハベルさんの口から出た地名は全然聞いたことがないですね」

 

 これが口火となったのか、勇者同士での異文化交流が始まった。時代、文明、文化、魔法の有無、さらには世界の成り立ちなど、何から何までその悉くが不死人達とは異なっていた。特に魔法に対する二人の反応は凄いもので、ハベルがその手に呪術の火を出現させると、有無を言わさぬほどの迫力で質問攻めにあった。

 

―――火の時代が何時までも続いていれば、貴公等のような平和な生活もあり得たのかもしれないな・・・。

 

 彼らが血を知らぬのも無理はない、とハベルは何気なく思ってしまう。

 

 交流を深める中、さらに判明したことがある。同じ日本出身の樹と元康なのだが、どうやら双方の間でもかみ合わないことがあるそうだ。

 

「お前本当にネトゲやったことあるのか? エメラルドオンラインなんて知らない奴はいないほどの有名タイトルじゃねえか!」

 

「何を言っているんですか、そんなタイトルのゲームは聞いたことがないです。じゃあ聞きますけど、ディメンションウェーブっていうコンシューマーゲームは分かりますか? この世界そっくりの有名タイトルですけど」

 

「・・・・・・まてまて、一回情報を整理しよう。これでもゲームの歴史には詳しい方だと思っているが、お前が言うようなゲームは聞いたことが無い。でも、お前の認識では有名なタイトルなんだろう?」

 

「そのはずです、知らない人はいない程、と思っていますけど・・・」

 

「じゃあよ、念のために一般常識の確認といこうぜ。千円札に描かれてる人は?」

 

「・・・・・・小高縁一さんじゃあ?」

 

「いや誰だよそれ!? 谷和原剛太郎だろ!?」

 

「どうやら貴公等、お互いに違う平行世界のニホンから来たみたいだな」

 

 話の決着がつかないとことを見かねたソラールが結論を出す。すると「「平行世界?」」と、今度は青年二人が首をかしげる番となった。

 

「ふむ、イツキ殿とモトヤス殿の世界で平行世界は馴染み無いか。俺達の世界では他人の平行世界へ霊体となって侵入する手段が様々あってな。二人の認識が違うのも、恐らくは《そういうこと》なのだろう」

 

「まじかよ・・・。ソラールさんの世界はどんだけファンタジーなんだ」

 

 次元を超える手段が何通りもある、何でもありなソラールとハベルの世界を想像し、元康は軽く頭痛を覚え頭を抑える。一方で、ハベルの方でもソラールの出した結論に一人納得し、安心していた。

 

「じゃ、じゃあ折角ですし、一人ずつこの世界に来た時のエピソードを話し合うというのはどうでしょう。ちなみに、僕は塾帰りに横断歩道を渡っていた所、突然ダンプカー・・・えっと、ソラールさん達に分かりやすく言いますと、大きい馬車の様な乗り物が全力でカーブを曲がってきまして・・・気づいた時にはって感じです」

 

「なんと!? イツキ殿、まだ若いのに災難であったな」

 

 若くして命を無くし召喚された樹にソラールは慰め、労いの言葉を掛ける。ありがとうございます。と礼を言うイツキを横に、次は俺だ!と言わんばかりに元康が身を乗り出した。

 

「俺はさ、ガールフレンドが多いんだよね。それでちょーっと・・・」

 

「俺から見てもモトヤス殿は顔が良いからな! それはさぞや不幸であったろう」

 

「分かってくれますかソラールさん。いやぁ……女の子って怖いね」

 

 テヘッと舌を出して誤魔化しに掛かる元康を見て、樹とハベルの不快指数が少しばかり上昇した。

 

「では、次は俺だな! ・・・と言ってもどう説明したら良いものか」

 

 うーむ、とソラールは考え込んでしまう。樹と元康はいわゆるファンタジー世界の住民である彼の過去に強い興味を抱いていた。実際、彼の過去については違う意味でハベルも気になっていた。もし彼が自身の手に掛けた“彼”と同一なのか、それとも樹と元康と同じ現象の様に平行世界の彼なのか・・・・・・。

 

「・・・・・・よし! 貴公等にも分かりやすく説明するとだな、俺の世界はこの世界の波のようなものにもう少しで飲まれる寸前だったのだ」

 

 恐らく彼が語っている世界というのはハベルのいた世界と同等の世界だろう。最初の火が弱まり、ダークリングが出現すると共に現れた不死人と亡者の存在、そしてデーモンや醜い獣、亡者が支配する『闇の時代』の訪れ・・・。

 

「世界を救うには誰かが太陽になって世界を救うしかなかった。だからこそ、俺は世界を救うべくこの身を捧げ、闇を打ち払う『太陽』になったのだ!!」

 

 語り終えると同時に、ソラールは自らの内に沸き上がる想いを止められなかったのか、立ち上がっては太陽賛美のポーズを決めた。幾度となく繰り返してきたであろう洗練された賛美は、常人が聞けば馬鹿げていると一蹴りしそうなソラールの最期の信憑性を高めるに値するものであった。

 

「すげぇ・・・。すげぇよソラールさん! 自分の身を犠牲にして世界を救ったってことだろ!? 本物の勇者じゃねえか!」

 

「確かに・・・。ソラールさんの性格の良さはこの少ない時間でハッキリと分かりますし、物語の主人公と言われても不思議じゃないです。これはソラールさんに負けないよう、僕たちも頑張らなければなりませんね!」

 

「・・・・・・変人や狂人とまで呼ばれた俺がここまでの賞賛を受けたのは初めてだ。ウワッハッハッハ! そうか、この俺が勇者か! こんな俺が勇者に成れたのだ、貴公等も必ず成れるさ!ああ、あと俺のことはソラールで良いぞ。同じ勇者仲間だ! これから対等に協力していこうじゃないか!」

 

 ウワッハッハ! とまた高らかに笑うソラールに、場の空気は最高潮に達していた。それこそハベルの最期を語る必要が無いほどに。

 

 当の本人は、ソラールの最期を聞いてどこか安心していた。彼がハベルの知る“彼”でないこともあるが、それ以上に『太陽に成りたい』という彼自身の望みが叶ったことに、ハベルは喜びすら感じていた。ロードランにて数少ない善良な人物である彼の最期が『太陽虫(アレ)』ではあまりに悲惨ではないか。

 

「よし! 次はハベル殿の―――」

「勇者様、お食事の用意が出来ました」

 

 ソラールの言葉を遮り、扉がノックされた後に使用人の声が響いた。返事をして扉を開けると、数人の使用人が豪華な料理をのせたカートを引っ張って入室していく。

 

「おお! これはなんとも美味そうだ! どれ、せっかくの食事が冷めてしまっては仕方がない。先にありがたく頂くとするか」

 

「ええ」

「そうだな」

 

「・・・・・・すまないが、食欲が湧かない。私は少しばかり外の風に当たってくる。・・・貴公等で楽しんでくれ」

 

「ぬ? ハベル殿、具合でも悪いのか?」

 

 「大丈夫だ」と言って、ハベルはそそくさと備え付けの広いベランダの方へと足を運んでいった。心配そうに見送るソラールを余所に、元康と樹はヒソヒソと小声で話し合う。

 

「なんか、あいつだけ妙に口数が少ねぇし、なんて言うか感じ悪くね」

 

「そうですね・・・。やはり、『盾』だからでしょうか」

 

「ああ。そういやあいつ、『盾』だったもんな」

 

 

 

 

 

 ベランダの柵に手を掛け、ハベルは夜の中で人の賑わいと明かりに溢れる町並みをぼーっと眺めていた。あの時代を生きる不死人であれば誰しもが心引かれる光景であるはずなのに、ハベルの心は至って平静としていた。

 

 食欲がないというのは嘘ではない。食欲だけではなく、生理的な欲求を今のハベルは感じることができなかった。さらに他者のソウルの気配をより濃く感じ取れるこの状態に、ハベルは覚えがあった。

 

 ふと左の籠手を外し確認すると、ダークリングが刻まれている自身の腕が露わになる。

―――ああ、やはりか・・・・・・。

 

「おーい、ハベル殿。早く来ないと料理がなくなってしまうぞ! それともやはり何か不都合なことでもあったか?」

 

 背後からガシャガシャと鎧の音と明るい声が聞こえると、ハベルはすぐさま籠手を填め直した。振り返ると、バケツヘルムを外し口元にソースを付けた太陽の騎士がいた。尚も問いかけ続けるソラールに、ハベルは思い切って口を開いた。

 

「・・・・・・なあ、貴公は火継ぎを完成させたのだろう?」

 

「んん? そうだが・・・まさか貴公もか!?」

 

「ああ、そうだ」

 

「そうか・・・そうか! いやあ貴公も成し遂げたのだな! ただならぬ雰囲気だと思っていたんだが、そうかそうか! ならば貴公も勇者であり『太陽』であるな! ウワッハッハ!」

 

「いや・・・たしかにそうだが、貴公とは違うさ・・・・・・私は貴公の様に立派な志を持って火継ぎを成したわけではない」

 

 そう言って、ハベルは兜に手を伸ばし、ゆっくりと外して素顔をさらした。「それはどういう――」と、ソラールはハベルの顔を見た瞬間、それ以上の言葉を紡ぐことができなかった。

 

「私も、最初はそうだった。貴公の様に、火継ぎを成して世界を救えるのは2つの鐘を鳴らした自分しかいない・・・そう思っていた。だが、いつしか無意味な死を繰り返し、友と思っていた者に裏切られ、友と思っていた者を殺し続ける内に・・・疲れていったのだ。どんな想いで火継ぎを成したかなど、あまり覚えていない。・・・・・・死にたかったのやもしれぬな。だからなのだろう、貴公とは違い最初の火に『人間性』すら全て捧げてしまったのだな」

 

 ポツリ、ポツリと、ハベルは語っていく。己の最期や過去を思い出したのか、彼の声色に悲壮や絶望を感じ取れた。ソラールが『太陽』なら、ハベルは『暗月』、見る者がいればまさしく対照的に映ったであろう。

 

「お互い右も左も分からぬ未知の世界へと召喚され、明日も知れぬ身だ。過ぎた馴れ合いは無しといこうじゃないか、貴公」

 

 抱かれ騎士の言葉を借り、ハベルは再び兜を被る。ソラールは終始無言のまま、その場を去って行った。

 

―――これで良いのだ、これで・・・。

 

 彼の中で少しの悲しみと寂しさが渦巻いたが、もうしばらく風に当たっていれば消えるだろうと、また町並みへと顔を向ける。しかし、またすぐにガシャガシャと背後から鎧の音が聞こえてきた。

 

「おい貴公、言わなかったか? 過ぎた馴れ合いは―――」

「つべこべ言わずに飲め、貴公。俺は貴公と乾杯がしたいのだ!」

 

 ハベルの言葉を遮り、ソラールは彼の目の前へとジョッキを差し出す。意地でも受け取らねば引っ込まぬその手に、ハベルは渋々といった感じでジョッキを手に取った。

 

「今の貴公は、食欲は湧かずとも酒を楽しむことはできるだろう? それに俺達不死人だって、他の生きている者達と同じく腹は空くし、夜になれば眠くもなる。太陽や月を見たら綺麗だと思う。つまりは同じなのだ。たかだか死ぬか死なぬかの違いだけだ。もっとも、こっちに篝火があるか分からんから、蘇る時にどうなるかは分からんがな」

 

 ウワッハッハ! とソラールは笑うも、ハベルはただ渡されたジョッキを見つめるばかりだ。

 

「・・・・・・貴公の殺した『友』に俺も入っていたのだろうか? ・・・まあ、なんだ、実を言うと、俺も心が折れそうだった。ロードランのどこへ行っても、俺の求めていた太陽は無かった。挙げ句の果てに、やっとの思いで見つけたのは、見るに堪えない醜い虫だ。それで絶望していた俺に声を掛けてくれたのは、自分の名すら忘れた不死人だったよ」

 

 その言葉にハッとハベルは反応し、ソラールの方へと身体を向けた。

 

「・・・貴公・・・・・・」

 

「だからなんだという話になるが・・・どうにも、身なりは違えど貴公は他人の様な気がしなくてな。だから、放ってはおけんのだ。貴公が“何”であれ、俺は貴公と盃を交わしたい。俺と同じ人間であり、俺と同じく火継ぎを成した貴公と」

 

「・・・・・・ああ!」

 

―――つくづく、貴公は太陽の様な男だな。

 

 酒と共に人間性まで貰ったかのような感覚を覚えたハベルは、改めてジョッキをソラールの方へと傾ける。

 

「そうだ、貴公! せっかくだから乾杯の音頭はカタリナ式でも良いか? カタリナのジークマイヤー殿から教わった素晴らしき音頭なのだが」

 

「いいや、貴公。それはまた今度にしよう。それよりも、今は貴公の“アレ”で音頭をとりたい」

 

「おお、“アレ”か。まったく、こちらの世界に来てからというもの、嬉しいことだらけだな!」

 

 そうして不死人達は、お互いの武運を祈り、盃を交わすのであった。

 

「「太陽万歳!!」」

 




あの殺伐としたロードランの地で、貴公は間違いなく太陽であった。太陽とは、つまりまったくそれでよいのだ………。


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EP3 始まりの日

「勇者様のご来場」

 

 ハベルとソラールは王の前へと跪くと、楽にして良いとの声かけがなされたため、元康と樹を倣い、自然な感じで姿勢を正した。

 

 翌朝、王からの招集がかかった為、勇者四人は揃って謁見の間へと集合する。扉を開けると、そこには様々な出で立ちの男女が合計12人、一列に揃っていた。騎士、戦士、魔術師、魔女、聖職者、盗賊のような軽い装いの者まで幅広く揃っており、メルロマルク王の人望の厚さが窺われる。

 

「前日の件で勇者の同行者として共に進もうという者を募った。どうやら皆の者も、同行したい勇者が居るようじゃ。さあ、未来の英雄達よ。仕えたい勇者と共に旅立つのだ」

 

 ハベルが同行する者を3人見定めていると、王からそのようなお達しが下された。すると、すぐに12人はそれぞれの足取りでこちらに向かってくる。まあ確かに、彼らは『贈り物』ではない。自分が仕える勇者は自分で決めるのが筋というものだろう。

 

 そうして、メルロマルク王が選り抜いた仲間たちは順調に各々の前に集まっていった。ソラールの所には5人、樹の所には4人、元康の所には3人。計12名が誰と揉めることなく、自分の選んだ勇者のもとへ足を運ぶことができた。

 

「・・・ん? んん?! お待ちください陛下! なぜハベル殿の所には誰一人としておらんのですか!?」

 

「うぬ。さすがにワシもこのような事態が起こるとは思いもせんかったなぁ・・・」

 

 これは一体どういう事か、とソラールは慌てた様子で王へと抗議の声を挙げる。対する王は、どこか涼しげな様子で現状を把握していた。まるで今の状況が、何ら不思議なことではないかの様に。

 

 それもそのはず、現在城内では勇者達の中でも特に『盾の勇者』はこの世界の理に疎く、協調性がまるで無いとまで囁かれているのだ。自らの友がそんなことになっているとソラールは知る由も無く“外れ”となった彼を案じ、一人焦っていた。

 

「やはり『盾』であるが故、ということでしょうか」

 

「しっかしアレだな。ここまで偏るとは・・・人望ってやつは怖いな」

 

 焦っているのは、ソラールだけであった。

 

「なあ、貴公等。俺を選んでくれたことは大変嬉しいが、誰か盾の勇者の方へと歩み寄る者は居ないか? ハベル殿は俺と同じ・・・否、それ以上に腕の立つ者であることは俺が保障するぞ! ・・・どうだ?」

 

 ソラールが頼み込むも、仲間達はお互いに顔を見合わせては首を横に振るばかりで、そこから移り行く気配は全くなかった。

 

「理想は均等に3人ずつ分けたほうが良いのでしょうけど、いくらソラールさんと言えど、無理矢理では士気に関わりそうですね」

 

 樹の言葉に、その場に居る者全員が頷いた。

 

「し、しかし! それではハベル殿は波までの間、一人で旅立つことになってしまうのだぞ!」

 

「だが、こうなってしまっては仕方がないであろう、ソラール殿。ハベル殿にはこれから自身で気に入った仲間を勧誘して人員を補充してもらおう。勇者達には月々の援助金を配布するが、代価として他の勇者よりも今回の援助金を増やすとしよう」

 

「そ、そのような問題では―――」

「メルロマルク陛下、ありがとうございます。ですが、そのような御気遣いは無用であります」

 

 そう、焦っていたのはソラールだけであった。ハベルは彼が無礼を口にする前に言葉を遮り、王の前へ一歩踏み出した。

 

「・・・・・・一応聞くがハベル殿、それは一体どういう事かね。援助金の増額はいらんということか?」

 

「全くもってその通りでございます。この世界に召喚される前から、私には仲間と呼ぶべき者はなく、ずっと一人で旅をし、戦ってきました。それがこちらの世界でも同様になっただけのこと・・・・・・陛下がお気になさることなど、何一つもありませぬ」

 

「貴公・・・・・・」

 

「・・・ではハベル殿は、今後新たに仲間を勧誘する気も無いと?」

 

「今の所は・・・」と頭を垂れるハベルを横目に、元康はとうとう不満を隠さずに呟いた。

 

「強がり言いやがって。それってここに集まってくれた皆を端から信じてませんでしたって言ってるようなもんじゃねぇか」

 

 元康のその一言に同調するかのように、この場の空気全体が盾の勇者に対する不信感を強めていく。それはそうだろう、ソラール以外の誰も彼のロードランの地を知らないのだ。選ばれし不死人だけが足を踏み入れることが叶い、己の使命のために呪われたソウルを持つ存在と戦い続ける過酷な地。故に、召喚されたばかりであるはずの彼の言動は、こっちの世界の住民からすればただの強がりか、狂っているとしか思えなかった。

 

 

 

 

 

「あ、では槍の勇者様、私は盾の勇者様の下へ行っても良いですよ」

 

 しかしそんな空気を一変するかの如く、元康のグループから赤毛の目立つ女性が一人、片手を上げて立候補する。

 

「き、君。本当に良いのかい?」

 

「はい、だってこのまま盾の勇者様が一人仲間はずれなんて、なんだかかわいそうじゃないですか」

 

――――可哀想?

 

 何を言っているんだこの女は? とハベルは思わず彼女の方へ顔を向ける。しかしフルフェイス状のハベルの兜により表情が分からなかったが故に、彼女は何を勘違いしたのかハベルの目線が自分に向けられている事に気づき、うっすらと微笑みを浮かべると露骨なまでにウィンクを放った。

 

―――違う、そうではないのだ貴公。

 

「・・・・・・ではそういうことだ、ハベル殿。そなたのためではなく、この冒険者のために援助金は増額しておこう」

 

「・・・・・・寛容な心遣いありがとうございます、陛下」

 

 ハベルは決して納得していなかったが、皆の前で彼女の申し出を無下にし、恥をかけるわけにもいかなかった。抗議の言葉を飲み込み再度メルロマルク王へと頭を下げると、使用人がそれぞれ一人ずつ手にしていた金袋を勇者達に渡した。

 

「ハベル殿には銀貨800枚、他の勇者殿には600枚用意した。これで装備を整え、旅立つが良い。そなた達の活躍、期待しておるぞ!」

 

「「「「は!!」」」」

 

 青年二人も不死人二人に倣って王に敬礼を済ませ、二度目の謁見を終える。そうして勇者達は謁見の間を後に城の外へ出ると、早速貰った援助金を活用して仲間と共に装備を整える、伝説の武器の性能を確かめるべく戦いに赴く等、個々の目的のために別行動をとることになった。

 

「ではな貴公! 波までの間油断するんじゃないぞ! おっと、それは俺もか。ウワッハッハ!」

 

「仲間の件は残念でしたが、お互いこれから頑張りましょう」

 

「いいかハベル! 男として絶対に彼女を守るんだぞ、いいな!!」

 

 別れ際、ハベルは2名に励まされ1名に釘を刺された。そうして赤毛の冒険者と城門で二人きりになったとき、彼女はハベルの手を握って向き合った。

 

「それでは改めまして盾の勇者様、私の名前はマイン=スフィアと申します。これからよろしくお願いしますね!」

 

「・・・・・・ロードランのハベルだ。これからよろしく頼む、マイン殿」

 

 握られた手にぎこちなさを感じたハベルの反応を見て、マインはクスッと笑みを浮かべてはさらに距離を詰めていった。

 

「もう、『マイン殿』なんて堅苦しいのは辞めてください。私たちはこれから一緒に冒険する仲間なんですから。遠慮無く『マイン』で結構ですよ。」

 

「では、遠慮無く・・・・・・マインよ、私は断じて、決して、 “可哀想”などではない!」

 

「・・・・・・は?」

 

 覚えておけ、と少しばかり荒い語気で強調するハベルに、マインはポカンとしてしまう。仲間に選ばれなかったことよりも、彼の中でわだかまりが残ったのはその一言であった。大きく頑強そうな鎧を着ておきながら意外な彼の一面を見て、マインは先程浮かべた笑みとは違い、吹き出すように笑った。

 

「・・・・・・私はそんなにおかしなことを口にしたか?」

 

「ァッハハハ・・・ごめんなさい、盾の勇者様って他の勇者様達よりも何を考えてるか分からなかったから、どんな人だと思って身構えたらつい・・・プッ!」

 

 ぬう、と納得がいかない不死を横に、マインはひとしきり笑い続けると気が済んだのか、改めて彼の方へと向き合った。

 

「では盾の勇者様、これから城下を案内しますわ」

 

 

 

 

 

 

 城と町を繋ぐ跳ね橋を渡ると、そこは見事な町並みであった。北の不死院で百年の時を過ごす前、呪われし闇の刻印(ダークリング)がその身に出現する前の王国騎士として仕えていた頃でも、これほどの賑わいをハベルは見たことがなかった。そのためか、周りの目など気にしないといった風に、ハベルは目にするもの全てに興味を引かれ、所々で立ち止まっては周りの人々の楽しげな話し声に耳を傾けていた。

 

 堅苦しい佇まいや鎧に似合わず案外と幼げな盾の勇者を見かね、しばらくしてからマインが装備を整えるために武器屋を提案し、先導していく。ハベルとしても、こっちの世界の武器質を確かめたかったこともあり、彼女が知っているという店へと引っ張られるまま向かった。

 

 武器屋に到着すると、ハベルはまず内装を見て回った。店内には彼が把握している武器種以外の代物も置いてあり、見たところしっかりとした良い店である。武器の他にも鎧やら弓矢、クロスボウに使うボルト、長旅に必要な小物の数々等、バラエティーに富んでおり、マインが絶賛していた理由が垣間見えた。

 

「ほーう、こりゃまたすげぇ。こんな立派な石鎧は見たことがねぇ。とんでもないお客様が来たもんだ。いらっしゃい!」

 

 店の奥から出てくるなり、ハベルの鎧を見て感心している様子の店主から元気良く挨拶が交わされた。スキンヘッドと立派な髭で顔の所々に傷があり、体つきはまさに筋骨隆々であることから、元は武人であることが窺える。更には人の良さが全身からにじみ出ていたその雰囲気は、まるでアストラから来たあの鍛冶師をハベルに思い出させていた。

 

 一人で感傷に浸っていると、マインが持ち前のコミュニケーション力を活かして先に店主と交流を図っていた。彼女がこちらを指さし、店主が驚いているところを見るに盾の勇者であることを紹介してくれているのだろうか?

 

「盾ってことはハズレな奴か、見たところ良い鎧してんのにもったいねえなぁ」

 

「・・・・・・ぬぅ」

 

 人づての噂の広がり具合は恐ろしい・・・改めてハベルはそう認識した。

 

「まあ、その姿(なり)だしめっきりの素人ってことはねぇな。さっき商品を見回していたようだから教えとくが、ここの物はほとんどが俺のオーダーメイドだぜ。それでお得意様になってくれるんなら、盾だろうが何だろうが関係ねぇ。あんちゃん名前は?」

 

「ロードランのハベルだ。貴公の察する通り鍛冶師には前の世界でも大いに世話になった。貴公の腕前がそれ以上か同等であれば、世話にならない理由はないな」

 

「へっ!言ってくれんじゃねえか。気に入ったぜ、あんちゃん。これからよろしくな!」

 

 人柄と元気が良い武器屋の店主をハベルは一瞬で気に入り、握手を交わした店主も同様であった。

 

「では、勇者様。私は防具を見てきますので」

 

 ありがちな男同士の絡み合いとなった瞬間を見計らってか、マインは断りを入れてから足早に防具が売られている領域へと足を運んでいった。道中で既に身につけている軽装では心許ないと相談されてはいたが、見るからに筋力と持久力が無いところを見れば妥当ではないか? と思わざるを得ない。

 

「そういやあんちゃん。得意な武器はあるかい?」

 

「・・・ぬ? ・・・そうだな・・・ここに並んである種類の物はほとんど使っていたが、最終的に落ち着いているのは重い代物だな」

 

「重い代物っていったら、大剣・大斧・大槌・槍斧とかかい?」

 

 「そんなところだ」と適当に流し、『魔法鉄の直剣』という聞き慣れない素材の片手剣をハベルは右手で何気なしに掴んでみた。これを買う気は無かったが、鍛冶の腕と未知の素材を使った得物がどの程度かを把握するには、シンプルな直剣が一番分かりやすいと思ったからだ。

 

 だが、右手で直剣の柄を握った瞬間、城で試した呪いよりもさらに強烈で鮮明とした呪痛がハベルを襲い、思わず剣を落としてしまった。

 

「ッ!!」

「おい! あんちゃん、大丈夫かよ!?」

 

 店主の目から見ても異常であったのだろう。慌てて駆け寄ってきては、小さな拡大鏡のような物をとりだし、落とした直剣を確認していた。他の商品を試しても同様であったことから、またこの伝説の武器の呪いであることが容易に想像できる。

 

「ふーむ、一見するとスモールシールドだが、何かがおかしいな・・・・・・」

 

 店主にもそのことを話すと、今度はその拡大鏡をハベルの装備している小盾へと向けた。

 

「真ん中に宝石が付いているだろ? こっから何か得体の知れねぇ強力な力を感じるな。こいつには鑑定の魔法が付与されてんだが……畜生、まるで分かんねぇと来たもんだ。呪いの類なら一発で分かるんだがな」

 

 「ふむ」とハベルは唸り、右手元にソウルを集中させてハルバードを展開する。すると、先程とはうってかわって何かが起こる予兆も無く、普通に右手へ装備することができていた。

 

 この違いにはやはり不死人には切っても切り離せない『ソウル』が関わっていると、ハベルは睨んでいた。

 

 ソウルというものは通貨だけではなく、篝火を通してソウルを取り込み己の力を限界まで高める事ができる等、万物多用の代物であった。

 

 当然武器を製作する際にも少なからずソウルを宿すことで、武器を満足に振るう為に求められる能力を代償とし、多大な威力と耐久性を獲得し、更には雷や炎、魔法などの属性を付加することも可能としている。

 

 私がこちらの武器を装備できないのは、ただ単にこちらの武器がソウルを宿していないため、盾の所持しているソウルが呪いとなって拒絶しているのではないか・・・と、ハベルは一人考察し、恨みがましげに小盾を睨んだ。そして、一通り見終わって満足したのか、店主は目線を彼に向けてトレードマークの髭を撫でる。

 

「面白いものを見せてもらったが、呪いとあっちゃ買えねぇわな。気の毒だから、嬢ちゃんの装備はいくらかまけといてやるぜ」

 

「良いのか、貴公? すまないな」

 

「・・・・・・おいおい、あんちゃん。こういう時は何割引きにするかってのを店主である俺と交渉するもんだぜ」

 

「ぬ・・・・・・すまない貴公。どうも・・・そういうのはからっきしでな」

 

「あー、あんちゃんそっちは素人ときたか。そんなんじゃこの先苦労するぞ?」

 

 「・・・覚えておこう」と言ったところで、マインは女性向けの可愛らしげに装飾された軽めの鎧と、値の張る素材を用いたであろう『銀鉄の直剣』を一度に持ってきた。

 

「・・・貴公、先程のおまけの話はどの程度だろうか?」

 

「オマケしても銀貨480枚だ。悪いがこれ以上はまけられねぇ」

 

 現在の所持金の半分以上をつぎ込むことに、流石のハベルも躊躇した。だが、良いものを装備していなかったせいで怪我をしたと騒がれても困る。道中で魔物の素材を売るか依頼をこなすかで金を稼げると彼女から聞いたため、それで挽回すれば良いだろう。先程から目を輝かせ、しきりにハベルの腕に自身の豊満な胸を当ててくる彼女を払いのけ、ねだられた物全てを購入した。

 

「それじゃあ、そろそろ戦いに行きましょうか! 頼りにしてますよ、勇者様」

 

 満足した装備を手に入れたからか、早速着替えるとマインは気持ち高らかに店を出ていった。店主に礼を言ってからハベルは彼女について行き、2人揃って城門へ向かって歩みを進めるのであった。

 




マインって最初にアニメで見たときはめっちゃくちゃ良い子に見えて、ああ正ヒロインだなぁ・・・と思っていたので自分が転生したら間違いなくハメられエンドですね。間違いない(大事な事なので2回)


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EP4 束の間の平穏  

これからも読者の方々の期待に応えられるよう頑張ります。m(*_ _)m


 途中、王国騎士であろう者達の過剰な敬礼を受けたことにハベルは気になりつつ、2人揃って城門を抜けると、そこには見渡す限りの草原が続いていた。一応石畳の道があるが、一歩街道から外れると何処までも草原が続いていると思うくらいには緑で覆いつくされている。

 

「では勇者様、このあたりに生息する弱い魔物を相手にウォーミングアップを測りましょうか。盾の勇者様のお手並み、是非とも拝見させて貰います」

 

「・・・・・・貴公は戦わないのか?」

 

「私が戦う前に、勇者様の実力を測りませんと」

 

「・・・・・・そうか」

 

 彼女の言うことも一理ある。勇者として召喚された手前、まずは力を見せつけないことには何事も始まらないだろう。と、早速ハベルは手前の草原から複数の小さなソウルがこちらに向かってくるのを感じ取った。遠目から確認すると、何やらオレンジ色の風船のようなデーモンが明確な敵意を持って向かっているのが分かる。

 

「勇者様、あそこに居るのはオレンジバルーン。とても弱い魔物ですが好戦的です」

 

 マインの説明を聞き流しつつ、『ハルバード』と『黒騎士の盾』を展開させて構えると、バルーン3匹がガア! と吠えながら同時に牙を向けてきた。盾で防ぐまでもないと判断したハベルは軽々とハルバードを横に一薙ぎすると、一瞬にして3匹同時にバルーンを破裂させる。パァン! という軽快な破裂音が響くと、ごくごく少量のソウルが己の中に流れてくるのを感じた。それと同時に、黒騎士の盾へと変化した四聖盾の宝石が光り輝き、《オレンジシールド》という文字が目の前に現れだした。

 

 いきなりのステータス魔術の発現に気を取られるも、背後から更にバルーンの気配を感じ取り、ハベルは目の前の残光を払って武器を構え直す。どうやら運良く群れに当たったようだ。身体を慣らすには物足りぬ相手であるが、好都合と言えよう。

 

「その調子ですよー! 盾の勇者様、頑張ってー!」

 

 見晴らしの良さそうな丘、そこの立派な大樹の木陰で応援しているマインに応える間もなく、次々と湧いてくるオレンジバルーンと少しばかり固く赤い同種であろう個体を一撃で数十匹ずつ屠り続け、ハベルは己の具合に異常が無いことを確かめる。

 

 何分数が多いため何匹かに噛みつかれはしたが、ハベルの鎧には傷一つ付くことはなかった。戦闘にある程度の収まりが見えると、先程まで遠くの誰かを見ていたであろうマインがこちらに向かって走って来るのが見える。

 

「流石ですね勇者様。王様の前で豪語していた通りの実力みたいで、私・・・思わず見惚れちゃいました!」

 

「・・・・・・そうか・・・・・・では次は貴公の番だな」

 

 「えっ」と息を呑むマインを余所に、今度はハベルが木陰へと移り、大樹に背中を預けた。

 

「えっと、勇者様。これは一体どういう」

 

「私は力を見せた。・・・・次は貴公の番だ。安心したまえ、貴公のために何体か残しておいた」

 

 ハベルの言う通り、先程の群れの残党はこぞって彼に恐れを抱いて震え上がっていた。撤退するか機を見ていたところ、急にハベルが奥へと下がったため、今バルーンの目の前にいるのは先程の鎧男よりも貧弱そうな赤毛の女。当然、全員揃って戦意を取り戻しては牙を剥き、今にも飛びかからんとしていた。

 

「あはは・・・。勇者様も冗談を言うのですね」

 

「・・・・・・まさか貴公、できないとは言うまいな? 可哀想だから仲間になってあげる、と陛下の前で豪語したのだ。さあ、マイン。存分に見せつけてくれたまえよ」

 

 無論、ハベルに悪意は一切無い。ただ単純に、一人で旅に出る予定であったハベルの元へわざわざ名乗りを上げた彼女の実力を測りたかっただけである。彼の挑発的な発言もマインのやる気を出させるための発破に過ぎない。

 

 だが、彼の意図は何一つ彼女には伝わらず、むしろ皮肉にしか聞こえていなかった。笑顔をひくつかせ、戦闘態勢を取っているバルーンを見やるマイン。心なしか、その数は残していた分よりも増えている気がした。

 

「・・・・・・ええ、良いですとも勇者様、やってやろうじゃない! かかってきなさいよバルーン如きがぁ!」

 

 ブチ切れたマインを待っていたと言わんばかりに、バルーン達は一斉に襲いかかる。彼女は怒りに任せ、次々と一撃でバルーンを破裂させていく。群れの中心に飛び込んだため四方八方から噛みつかれるも、自身の得意分野である風魔法を乱発しながら順調そうにその数を減らしていった。しかし、初撃の時点で既にハベルの眉間には皺が寄っていた。

 

 

 

 

 

 彼女が息を切らす頃に、増援を含め残ったバルーンは全滅した。頃合いを見てハベルは駆け寄るも、彼女は一瞥もせずに足下に散乱しているバルーンの残骸を拾い、持っていた布袋へと集め始めた。

 

「貴公、バルーン共の死骸など集めてどうする気だ?」

 

「死骸なんて言い方辞めてください! これらモンスターの素材は戦利品として、素材屋の商人と交渉して硬貨と交換してもらえるんです。ちなみに相場だと、このオレンジバルーンの革は二枚で銅貨一枚ってところですけど・・・。冒険者と呼ばれる私たちは、こうやってお金をやりくりしてるんですよ! 勇者様が倒したバルーンは何故か残らず灰になって素材ごと消えてしまいましたけどね!!」

 

「・・・・・・ぬぅ、以後気をつけるとしよう」

 

 ソウルとは命の根源に近いものでもある。故に万物の中でも生物の営みには必ずソウルが存在している。ある程度ソウルの流れを操ることのできる不死人によって命を絶たれ、ソウルが宿主から流れ尽きた肉体は灰と帰する。それに対して不死人はソウルが完全に尽きても肉体が残り続け、やがて亡者と呼ばれる人間性の欠片も無い呪われた存在へと堕落する。これが、不死人が忌み嫌われる由縁であった。

 

「分かれば良いんです・・・・・・それはともかく、勇者様。日も落ち始めてきた頃ですし、今日はこれぐらいにしませんか? 私、いっぱい戦ってもう疲れちゃいました。どうです? これから宿に戻って私たちの門出を祝ってお食事でも・・・」

 

「・・・・・・昼間に見た宿か?」

 

「はい、覚えててくれたんですね。では―――」

「では貴公は先に部屋を取って休んでいてくれ。私はもう少し奥の方を見てくる。後で合流するとしよう」

 

 またもや「えっ」と驚嘆の声が漏れ、少しも歩調を合わせようともしないハベルにマインの笑顔は先程よりも強く引き攣る。一方、マインを置いてハベルはハルバードと黒騎士の盾を展開しながらグングンと草原を進み、より強い魔物の出現する森の方へと歩みを進めるのであった。

 

「・・・・・・何なのよ、あいつ」

 

 笑顔を解き、まるで別人のように表情を歪ませ一人呟きながら、森の暗闇へと消えてゆくハベルをマインは睨み続けた。周りに人がいれば、あまりの豹変ぶりに彼女の人間性を疑うだろう。「まあ良いわ、あと少しだし」と彼女は独りごちては背を向け、いつも通り笑顔を貼り付けた表情へと戻し、軽い足取りで宿へと向かう。

 

 背後の森で多くの魔物の断末魔が木霊し、幾重にも響き渡るのを聞かぬまま・・・。

 

 

 

 

 

 ハベルが宿に戻ったのは、日が完全に沈んでから数時間たった後であった。マインが指定した宿に戻ると、彼女は宿屋と並列している酒場のテーブルでただ一人待っていた。二部屋を確保したのは良いが、その後でどうしても勇者様とお食事をしたかった、とのことである。流石のハベルもここまでされては断るわけにもいかず、彼女の誘いを素直に受け入れ晩食を共にした。

 

「・・・・・・ねえ、勇者様。私、上手くやれたでしょうか?」

 

 食事中ですら兜を外さず、器用に面頬の隙間から黙々と料理を口にし続けるハベルに、マインはワインを口にして艶っぽく顔を赤らめながら問いかける。

 

「・・・・・・ハッキリ言うと、貴公では力不足だ」

 

 しかしどこまでも、マインが好ましいと思う回答をこの男は口にしなかった。料理を口に運ぶついでにばっさりと放たれた彼の言葉は、マインの口角を何度もひくつかせた。

 

 装備に頼りきった立ち回り、後先考えずの攻撃動作、魔法の命中精度・・・・・・自ら弱いと称した魔物に対してのマインの戦い方を見て、ハベルが下した評価はこの一言に尽きた。

 

「今日一日を通して見ても、このまま私と追従して旅をするのは貴公とて辛かろう。先程宿内でモトヤスの姿を見た。戻るのであれば今の内であるぞ」

 

 ソラールのような持ち前の明るさや暖かさは無く、元康のように女性の扱いに長けているわけでも無いような自分と一緒に居ては、ただひたすら苦痛なだけではないのか? 今のように時間を労してまで食事を共にしたいような人間性を有している人物ではないことは、ハベル自身が一番よく分かっていた。

 

「・・・そんな、勇者様・・・・・・私は・・・」

 

 グスッと鼻を鳴らし、涙が彼女の頬を濡らした。マインの嗚咽が店中に響くと、途端に周囲の客の注目を集めていく。マインの容姿はこの世界でもかなり良い方だ。それこそハベルが来るまで、彼女が何度酒場に居る男達に声を掛けられたことか・・・。そんな彼女を泣かせたとあっては、周りの目がハベルに向けるものは一つしか無い。ハッキリとした敵意である。しかし周りがいくらどのような空気を形成しようと、一向にハベルから慰めらしき反応は見られなかった。

 

「・・・・・・分かりました。勇者様から直接そう言われては、仕方ありませんね。私は槍の勇者様のところに戻ります。こんな自分勝手な私をまた仲間に入れてくれるかは分かりませんが・・・」

 

 哀しげな表情のまま涙を拭い、すぐさまいつもの笑顔を顔に貼り付ける。そして、ワインボトル一本をあっという間に飲み干し、先程から空のままの状態であるハベルのグラスに、マインは手元にあった新しいワインを注ぐ。

 

「では、最後に乾杯させてください。私たちのこれからと、勇者様の武運を祈って」

 

 そう言って、マインは手元のグラスを前に傾ける。ここまで気まずい雰囲気をおくびにも出さない彼女に、ハベルは思わず感心の念を抱く。彼女のためを思っているとはいえ、酷いことを言っている自覚は少なからずあるのだ。そのため、彼女の乾杯に応じないという選択肢はなかった。

 

「・・・貴公に太陽の導きがあらんことを祈って」

 

「「乾杯」」

 

 2人での最初で最後の晩食を締めくくるべく、グラス同士の心地よい音を聞き、同時にワインを煽るのであった。

 

 

 

 

 

 ワインに仕込んだ睡眠薬が効いたのか、ハベルは乾杯の後、すぐに自分の部屋へと足を運んでいた。そうして皆が寝静まった夜中、マインは予め部屋を取ったときに宿屋の店主から貰った合い鍵を使い、ドアを少しばかり開けて部屋の様子を確認する。ベッド上にハベルの姿が無かったため見える範囲で見渡すも、彼の姿は見られなかった。不思議に思った彼女は更にドアを開け、物音を立てないように部屋へと侵入した。

 

「ヒッ!!?――――――」

 

 漏れた悲鳴を直接口元を両手で覆うことで無理矢理飲み込んだ。ハベルはベッドを使用せず、ドアから死角の位置であり、丁度部屋に侵入したマインの隣にて、石鎧を完全装備のまま壁に背を預けて座り込んでいたのだ。しかし、マインが近くに居るにもかかわらず何の反応も見せなかったところをみるに、眠っているのだと彼女は判断する。

 

―――まったく、ここまで非常識で野蛮とは・・・・・・ホントにハズレの勇者様だこと。

 

 今日一日のことを改めて振り返り、マインは心の中で口に出さなかった分も含めて盛大に毒づいた。四聖勇者の伝承によれば、召喚される勇者の殆どは異世界のごく一般人と聞いていたのに、何なのだこの男は・・・・・・。街を見学する様子は他の勇者と同じく浮かれていたかと思えば、いざ戦いとなれば纏っていた雰囲気は一変。一切の妥協すら許さず、自らの歩調を崩そうともしない。実に利用しにくい、彼女の嫌う一番のタイプである。

 

 けれど、そんな思いも今日一日我慢すれば良いだけのこと。こいつの今日の帰り時間からして、森の相当奥まで行ったに違いない。つまり、この私が直々に教えた通り強い魔物の素材を換金したであろうこの男の所持金を全ていただき、少し頭の緩そうな槍の勇者様へと貢げば自然と自分が勇者様の一番になり、その分いくらでも支配しやすくなる。

 

 そんなことを考えながら、マインはひたすら戸棚を漁りまくる。しかし、いくら部屋中を探しても、目当ての金袋どころか彼の私物らしきものすら見つけることはできなかった。この部屋で探していないのは、残りあと1箇所だけ。そう、戦いの最中で瞬時に武器を展開・収納することができていたハベル自身であった。

 

「普通大事な物はこういう安全な場所にしまっておくでしょ。ホント非常識な馬鹿はこれだから・・・」

 

 本当のことを言えば、彼女は絶対に得体の知れない彼に触れたくなかった。だが、ここまできて辞めては、ハベルの言った通りノコノコと槍の勇者の元へと戻る事になってしまう。それだけは断じてご免であった彼女は、強い葛藤の後、覚悟を決める。常人では一晩どんなことをされても起きることは無いと言われている強烈な睡眠薬の効果を信じて、死んだように眠っているであろう彼の懐へと手を伸ばした。

 

 瞬間

 

「盗みとは、感心しないな・・・・・・」

 

 彼女の伸ばした腕をがっしりと掴み、兜の前まで引き寄せる。あまりにも突飛な彼の行動と彼の纏う深淵のような雰囲気にマインは強い恐怖を感じた。振り払おうと躍起になって藻掻くが、ビクともしない。やがてハベルはゆっくり力を緩めて彼女を離すと、今度はその手に『黒騎士の剣』を展開させる。

 

「だからこそ、貴公には恐ろしい死が必要なのだろうな」

 

 大剣の刃が向けられ、全身で殺気を感じ取ったマインは背を向けドアへと逃げようとする。しかし、恐れのあまり足がもつれ、上手く歩けないところにハベルの蹴りが背中に直撃する。体勢を崩して俯せに倒れ、痛みに喘いでるうちに大剣の切っ先が目の前にかざされた。灼熱の炎に焼かれたかの如くドス黒い刃を目にしたマインは、堪らず自身の最期を悟った。盾の勇者に対する憎悪と生への悔恨を胸に、彼女はギュッと目を瞑り、大剣が振り下ろされるのを待った。

 

 「・・・・・・・・・・・・あ、あれ?」

 

 いくら待っても、彼女が想像できる範囲の死が降り掛かってこない。そう思いうっすらと目を開けてみると、目の前にはいつの間にかドス黒い刃ではなく、探し求めていたハベルの金袋が置いてあった。

 

「貴公の目的は最初からソレであろう。卑しき者のソウルなどたかが知れている。とっとと立ち去れ、この売女めが」

 

 ハベルは『黒騎士の剣』を殺気と共に収納し、元の位置へと戻っては死んだように動かなくなった。マインは無意識のうちに涙を流しながら呆気にとられ、やがてまだ自分が生きていることを自覚すると、目の前の金袋を乱暴に掴み取り、一目散にドアへと駆け込み逃げるように出て行った。

 

 

 

 

 

 翌朝、部屋の窓から太陽の光が差し込んだとき、ハベルは意識を取り戻した。薬を盛られたことは、彼女が注いだワインを飲んでから感じた倦怠感で既に把握していた。今のハベルの体では、どれだけ酒を飲もうが酔うことも、自然と睡魔が襲ってくること自体があり得ないのである。

 

「・・・・・・・・・・売女めが」

 

 そう1人呟くと、ハベルは立ち上がり、所々の関節を鳴らして身体をほぐした。露骨な態度にどこか疑ってはいたが、完全に信じていなかったわけでは無かったのだ。気分転換を兼ねて部屋の窓を開け、街の景色を眺めていると、宿の前に王国騎士の格好をした者達が操る馬車が2輛、こちらの方へとまっすぐ向かってくるのを確認した。

 

 嫌な予感がしたのも束の間、馬車は2輛とも宿の前へと駐車し、荷台からは大勢の武装した王国騎士が降りて宿の中へと入ってきた。複数の甲冑音が響き、やがてそれらはハベルの部屋の前に集中した。叩かれる前にドアを開けると「抜剣!」の号令と共に、騎士達は剣をハベルへと一斉に向ける。

 

「貴様が盾の勇者だな? 陛下から貴様に召集命令が下った。ご同行願おうか!」

 

隊長らしき騎士に声を掛けられ、ハベルは自分の置かれている状況を瞬時に推測した。

 

「・・・・・・売女めが・・・。・・・・・・分かった、手枷はどうする?」

 

「・・・大人しく同行するのであれば、必要は無い」

 

「そうか・・・。すまないな、貴公。理解があるようで助かるよ」

 

 隊長の判断に他の騎士達は困惑するも、その後も指示通りハベルを拘束すること無く馬車へと乗せた。そうして、ハベル自身も大人しく騎士の誘導に従い、メルロマルク城へと再度足を踏み入れることとなった。

 




動かないと思っていた奴が近づいたら急に動き出すのは正にフロム(確信)

本当は免罪云々はちゃっちゃと済ましたいのだけれど、結局五話掛けてまで引っ張ってしまった・・・・・・。


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EP5 人間性を捧げよ

*胸糞注意報発令


 謁見の間に付くまでの道中、城の中で騎士や貴族・聖職者などが連行されているハベルに向ける視線は、まるで犯罪者を見るかのような侮辱的なものであった。マインが何を吹き込んだかは知らないが、自分に都合の悪いことを伏せ、殺されそうになったなどと自作自演で喚きちらしたに違いない・・・などとどうでも良いことを思案しながら、同時にハベルは到着するまでの間、メルロマルク王にどのように弁明するかを考えていた。

 

 わざわざ古の儀式まで用いて世界を救う勇者を異世界から召喚したというのに、あのような小娘一人の主張で汚名を着せられるわけが無い。そうハベルは確信していた。問題は・・・城を出発してから二日でこのようなくだらない事件に巻き込まれ、その所為で国王自らの手を煩わせてしまっている現状に、ハベルは己の不甲斐なさと陛下に対する申し訳なさでいっぱいであった。

 

 一人で悶々と考え込むハベルを騎士達は終始不思議そうに眺めながら連行していく。そうして謁見の間まで何事も無く連れてくると、今度は中の騎士達へとハベルの始末を引き継がれる。中に配置された王国騎士達はうって変わってハベルを乱暴に王の下へと連れて行き、やがてハベルがいつものように跪いた瞬間、槍の矛先を囲むように突き付けた。

 

 あまりの扱いにハベルは少しばかりムッとしながらも、王の御前であるため跪き続けた。しかし、いくら待っても王からの言葉はなかった為、ハベルは恐る恐る顔を上げる。するとそこには、明らかに機嫌を損ねている表情を浮かべた王の姿があった。否、それだけではない。王の傍にはソラール、樹、元康の三人の勇者とその仲間達が待機しており、そしてこの事態の元凶であるマインが怯えた雰囲気で元康の後ろに隠れているのをハベルは確認する。

 

―――何だ、この違和感は?

 

 謁見の間に存在している殆どが、ハベルに対しての明確な敵意を醸し出していた。

 

「・・・・・・恐れながら陛下、これは一体どのような会合で―――」

「黙れ外道!!」

 

 堪らずハベルは王の言葉を待たずに問いかけたが、王からの返答は怒りに包まれたものだった。依然として合点がいかない様子のハベルに、場の雰囲気は更に悪化し、王の口からは深いため息が漏れた。

 

「哀れな冒険者マインよ、すまぬが皆の前でもう一度証言してはもらえぬか?」

 

「大丈夫か? マイン、無理しなくても良いんだぞ?」

 

「良いんです、モトヤス様。ありがとうございます」

 

 昨日初めて面識を持ったとは思えない二人のやりとりを不審に感じ、ハベルは顔をマインへと向けると、兜と目が合った彼女はヒッ! と悲鳴を上げて後ずさる仕草を見せた。

 

「おい! やめろよクソ野郎が!! 彼女をこれ以上怖がらせるんじゃない!」

 

「モトヤス・・・貴公彼女に何を誑かされたのだ!」

 

「ワシは黙れと言ったぞ! 口を慎め『盾』!」

 

 王からの戒めに、跪いたままのハベルはグッと言葉を飲み込む。あれほど偉そうなことを言っていた鎧男が王様から叱られている様子を見て、元康は胸がすくような気分に浸っていた。

 

「では、マインよ。頼めるか?」

 

「はい、陛下。・・・・・・盾の勇者様はお酒に酔った勢いで突然、私の部屋に入ってきたかと思ったら無理やり押し倒してきて・・・うぐっ・・・ひぐっ・・・・・・『貴公、まだ夜は明けてないぞ』と言って私に迫り、無理やり服を脱がそうとして・・・」

 

「・・・貴公、もう少しマシな嘘は吐けないのか。道化であっても語らぬ陳腐な―――」

 

 涙を流し嗚咽しながら証言するマインに、遂に耐えかねたハベルが立ち上がる。しかし、彼女がまた悲鳴を挙げて元康の後ろに隠れると同時に、周りに配置された兵士達がハベルの首元を槍で擬し、またもや彼の発言を遮る事となった。

 

「何とか彼が寝ている隙に逃げ出して・・・命からがら部屋を出てから、偶然同じ宿に泊まっていたモトヤス様に助けを求めたんです!」

 

「マインが朝まで待って王国騎士団を呼ぶ方が良いって言わなきゃ、俺がお前を切り捨ててたところだぜ!」

 

 四聖槍の穂を向けつつ、元康はマインの腰に手を回す。それでいて満更でもないような艶っぽい表情を浮かべる彼女。ハベルは自分が何を見せられているのか、理解が追いついていない状態であった。

 

「我が国で最も犯してはならぬ禁忌を、よりにもよって盾の勇者が成すとは・・・・・・貴様が勇者でなければ即刻処刑ものだ!」

 

「・・・・・・陛下、私は―――」

「失礼します! 国王陛下、盾の勇者が宿泊した宿の部屋を捜索していたところ・・・その・・・・・・このような物がベッドの上に」

 

 ハベルの言葉を遮り、どこからともなく一人の騎士が王の前へと姿を現した。そして、こともあろうにその手に持っていたのは、もはや下着本来の機能を放棄しているとしか思えないほどのいかがわしき布きれが握られていた。

 

「ッ!? イヤァァァーーー!!」

「このケダモノめ!!」

「なんという・・・最低ですね」

「どうだ盾よ、これが動かぬ証拠だ!」

 

 その後の展開も、罪人として疑われている本人がこの場に存在しなくても成り立つような、次々とハベルに不利な証言や如何らしき証拠が出揃う形となった。茶番と言われても何ら不思議ではない不自然な光景であったが、この場にいる誰もが疑いの心を持ち合わせてはいなかった。まるでそれが当然であるがの如く・・・。

 

―――これは・・・・・・何だ?

 

「残念です、何かおかしいことになるんじゃないかと心配はしてたんですが・・・勇者である自分なら何をやっても許されると勘違いしていませんか?」

 

「お前は、この世界の主人公でも、ましてや勇者なんて呼ばれる器じゃない! 身の程をわきまえろ!」

 

「やはり、盾の勇者など召喚するべきではなかったのやもしれぬな。これはワシにも責任があると言える。すまぬな、マインよ」

 

「そんな! 陛下がお気にすることなどございませんわ。悪いのは全て、そこにいるケダモノ勇者様なんですもの」

 

「騎士でもないのに鎧などかぶりおって!」

「勇者以前に同じ人間とは思えませんわ!」

「野蛮人め、即刻この国から出て行け!」

 

―――私は、この感覚を知っている?

 

 マインの一言が口火となり、二階から見学していた貴族達も好き勝手ハベルへと罵詈雑言を飛ばすなか、当の本人は現在自分が置かれている状況に言い知れぬ既視感を覚えていた。

 

―――そうだ、私は・・・・・・故郷でも・・・・・・

 

 貴族達の罵倒が暴雨のように降り注ぐなか、ハベルは自身の記憶を思い出した。ハベルの中に流れ着いた数少ない故郷の思い出。ハベルがまだハベルでなかった時の事・・・王国騎士として王に仕えていた自分に突如として現れた呪われし不死の烙印。ダークリングが左腕に刻まれ、彼が不死人へと成り果てた日の思い出だ。

 

 不死人は生命の理から外れた忌むべき存在。故に王国騎士として何年国に仕えようと、その身を賭していくら忠誠を示そうとも、一度不死人に成れば後は同じ。差別と迫害に満ちた日々が幕を上げる事となった。

 

―――何が『伝説の勇者』か、何が『四聖』か・・・結局、どこの世界でも私は、呪われた『不死人』だ。

 

 現状は、正に不死人として弾劾されたあの日と一緒であった。王への忠誠を誓い、過酷な任務の日々を共に歩んできた同志も、今まで数えきれぬ程デーモンや獣から守ってきた国民も、あまつさえ家族でさえも・・・・・・誰一人として不死人の味方になる人間は居なかった。

 

 そうして、彼は他の不死人と同じく絶望しながら北の不死院に送られ、およそ百年は幽閉された。あのアストラの上級騎士が助けの手を差し伸べなければ、彼は永劫の時を不死院で過ごしていただろう。

 

 百年もの間、無意識の内に不死は自分の忌まわしき記憶に蓋をしていた。狂うことを恐れたが故の自己防衛だったが、兎角狂ってしまった方が楽だったのか・・・今の不死には分からない。

 

「・・・貴公等、さっきから聞いていれば一体全体・・・・・・何なのだこれは!!」

 

 古き記憶が蘇り、再度絶望の最中に堕ちたハベルに、一条の光・・・太陽が舞い降りた。

 

「ソラール殿、何か気に入らぬことでもあったのかね?」

 

「陛下! 俺がここに来たのは、盾の勇者が本当に間違いを犯したのか話し合って確かめて欲しい、と招集を受けたからです。なのに、先程から肝心であるハベル殿の声を聞かれないのは何故ですか!」

 

「話し合うまでもないだろう。盾の勇者が罪人であるのは現時点で集まっている証拠と証言からして明らかではないか」

 

「明らかですと!? 俺はどうあってもそうは思いませぬ! 現に、先程下着を持ってきた騎士は、我々が着くよりも早くから柱の陰で待機し、証拠であるはずの下着を隠し持っていたように見えましたが?」

 

「なっ!? そ、そんなはずはなかろう! であれば何故、被害者であるマインはあれほどまでに泣いているというのだ!」

 

「そうだぜ、ソラールさん! マインがこんなに傷ついているのが、勇者であるあんたには見えないのかよ!」

 

「ここまで証拠が出揃っているということは、王の言った通り話し合う余地も無いということですよ。同じ勇者でありながら女性を乱暴に扱い、法を無視するハベルさんを僕は許せません!」

 

「『勇者』である以前に、俺は『太陽の騎士』だ! 太陽の騎士は決して、同志を見捨てたりしない!!」

 

―――ああ、貴公は正に太陽であるな・・・。

 

 予想だにしない『剣の勇者』であるソラールの弁護に、場の空気が僅かではあるが揺らいだ。しかし同時に、なぜそこまでして罪人である盾の勇者を庇うのか、という疑念が謁見の間に居る者達の中に生まれた。

 

「ソラール様・・・グスッ・・・なぜ、どうして分かってくれないのですか。私は―――」

「おお、そうであった! 貴公の話をもう一度詳しく聞かねばならんな! さあ聞かせて貰おうか、貴公は一体いつ、どこで、どのようにハベル殿に襲われたのだ? 無論抵抗はしたのであろうな? 襲われたのであるならば貴公の身体には痣の一つでもできているのではないか?」

 

 ソラールには確信があった。持ち前の発見力がなくとも、ころころと変わる彼女の様子、そして時折見せる邪悪な笑みを観察していれば、怪しいと思うのは必然である。そしてなにより、ソラールはハベルの正体を知っていた。今の彼が強姦など、全くにもってあり得えず、冗談にもならぬ事であった

 

「そ、そんな、ソラール様、酷いです・・・あんまりだわ・・・・・・」

 

「いい加減にしてくれソラールさん、あんたまで彼女を傷つけてどうするんだ!」

 

「・・・妙ですね、これだけ分かりきった状況の中で、何故そこまでして被害者であるマインさんを疑うのでしょうか?」

 

「まさか剣の勇者よ、ワシの知らぬところで盾の勇者と共謀している訳ではあるまいな? 聞けば貴公は盾の勇者と同じ世界の人間だと・・・」

 

「何を仰いますか!? そのような無意味なことをして何になります! 俺はただ―――」

 

 尚も続く議論の雲行きは、次第にソラールへの不信感を強めていく一方であった。

 

―――嗚呼、ダメだソラール。やめろ、貴公の太陽に陰りが差すことなど、私はこれっぽっちも望んでいない

 

 突然、ドスン! という重厚感のある音が謁見の間に響き渡る。今まで反応もなく黙り込み、オブジェクトの様に立ちっぱなしだったハベルが、床を思いっきり踏みつけたのだ。白熱としていた議論も、ハベルの奇行により収束し、再び彼に目が向けられるようになった。

 

「な、何だ盾よ。貴様も何か言いたいことが?」

 

「はい、陛下。私は、皆に言い忘れていたことがあります。向けられている疑いについて私から言うべき事は何一つとてありませぬ。聡明なる陛下の判断にお任せいたします」

 

 ハベルの言動に謁見の間全体がざわめいた。罪を自分から認めるかのような彼の発言に、マインは笑顔を隠さずにいる。

 

「貴公、何を言って―――」

「黙れソラール! ・・・陛下は私のことをまだ人間であるとお思いになってるご様子。その間違いは正さなくてはなりませぬ」

 

 ハベルはそう言うと、自身の兜へ両手をおもむろに添えた。誰もがハベルの行為に首をかしげるも、ソラールだけは合点がいき、次に起こる最悪の出来事を想定して顔を青くする。

 

「っ!? 貴公、まさか・・・・・・っ!?」

 

 ダメだ! というソラールの制止も虚しく、ハベルは兜を脱ぎその素顔を皆の前に晒した。瞬間、その場に居た全員の表情が一斉に歪み、精神的平衡を保つこと自体に困難を感じる事となった。そして、その場に居た何人かは、ハベルの素顔を見て納得していた。

 

何故、彼は全ての欲を感じなかったのか・・・。

何故、彼は食事の時ですら兜を外さなかったのか・・・。

何故、彼は眠る事が無かったのか・・・。

何故、ソラールがここまで確信を持つに至ったのか・・・。

 

「私は、死ぬことを許されていない呪われた存在『不死人』であり、人間性を全て捧げた『亡者』・・・。分かりやすく言うならば、貴公等のような『人間』とは程遠い・・・・・・『化物』であります」

 

 ハベルはうっすらと気味の悪い笑みを浮かべながら告白する。彼の姿を見た者の何人かは耐えきれず意識を手放した。彼の素顔は、見た者全てに狂気を感じさせる程、冒涜的で酷く醜いものであった。その肌は焼死体のように黒く焦げ、その瞳は全部位が闇よりも濃い深淵を思わせる程真っ黒であり、まるで生気を感じさせなかった。

 

 なかでもショックを受けていたのは、他ならぬマインその人である。全身くまなく震えながら口元を抑え、わき出る何かを必死に抑えようとしていた。なぜ私は、あんなにも愚かなことを口走ってしまったのだろう? 殺されそうになったと言えばそれで充分だったというのに。奴に対して屈辱を与えたかったなどと欲をかかなければ、こんな事には・・・・。そんな思いを巡らせる彼女と彼の目が合うのは、必然的であった。

 

「貴公、本当に良いのか? この私と・・・この化物とそういう関係を持ってしまった哀れな冒険者マインで、本当に良いのだな?」

 

「ぐぅぅぅ・・・・・・っっ!!」

 

 ハベルは暗闇へと引きずり込むかのような声で問いかける。だが、プライドの高い彼女の中で、今更引き返すという選択肢は存在していなかった。そう、彼女はその虚言を自身の中で認めたのである。途端、マインは自身のなかで込み上げるモノを抑えきれず、胃の中の物全てをその場で吐き出してしまった。近くに居た元康はたじろぐばかりで、彼女を気にも留めていなかった。

 

「貴公・・・なんということを・・・・・・」

 

 ソラールは彼の行動が誰のために向けられたものかを瞬時に把握してしまった。どうか自惚れであって欲しいと願う彼の思いは、ハベルと目が合い、彼が優しげに微笑みかけた事により確信へと変わってしまった。

 

「・・・・・・何笑ってやがる。ソラールさんの熱い心まで踏みにじるなんて・・・この化物め!!」

 

「・・・・・・もう手遅れといことですか。あなたは心まで怪物になってしまったのですね」

 

 二人の勇者が震えた声で罵声を浴びせる。そうすることでしか、心の平穏を保てずにはいられないのであろう。そのほかの意識を保っている貴族たちも細々と、次第にはまた調子を取り戻したかのように罵倒の雨をハベルに降り注いでいく。彼を囲っていた王国騎士達も、構えていた槍に更に力が入り、臨戦態勢を整えていた。

 

「・・・・・化物の勇者など即刻送還したい所だが、新たに召喚できるのは全ての勇者が死亡した時のみと、伝承には記されておる。或いは、迫り来る全ての波を退くことができれば元の世界へと帰還もかなうだろう」

 

 罵声がやまぬ中、メルロマルク王は苦虫を噛み潰したような表情で語り出す。ソレはつまり、どうあがこうともハベルを勇者から外すことはできないということだ。その事実に、勇者とその仲間たちは更に落胆した。

 

「では陛下、如何なされますか? 次の災厄の波が来るまで、私は牢へと居た方が都合よろしいでしょうか?」

 

「・・・・・・投獄はせん。次の波までの猶予は一ヶ月半だ。たとえ化物であろうとお前は盾、波に唯一対抗することができる勇者だからな。だが、すぐに貴様の罪と正体は国民に知れ渡ることになるだろう。・・・・・・ソレが貴様に与える罰だ。今後まともに我が国で生きていけるとは思わないことだな!」

 

「・・・・・・寛大なる処置、誠に感謝いたします。必ずや勇者としての我が使命を全うし、陛下のご期待に応えられますよう、精一杯働かせていただきます」

 

 王からの宣告にハベルは頭を深く下げ、兜をかぶり直す。そうして、どこか満足げに謁見の間から堂々と出て行った。ソラールは一瞬だけ彼に向かって手を伸ばすが、掛ける言葉が何も見つからず、悔しげに震えながらその手を握る。

 

 

 

 

 

 こうして友の名声を守り、名も無き不死であったハベルは、ロードランにいた頃と何ら変わりなく、今度は世界を守る盾の勇者として、自身に課せられた使命を全うする決意を固めるのであった。

 

 




 この作品での不死人はダークリングが刻まれ、不死身になったこと以外は他の人間とあまり変わらないという扱いです。そのため、ソラールが二話で発言した通り不死人でも腹は空くし味覚も感じますし眠くもなります。
 亡者はその不死人が死を放置し、人間性を失ったが故にミイラのような冒涜的な見た目に変化した状態のことをいいます。この亡者になってしまうと、全ての人間らしい感覚や欲は薄れ、ソウルに対する強い渇望だけが生じることから、ソウルの感知具合が普通の不死人よりも敏感になっているという作者の独自解釈マシマシ設定でお送りしていきます。
 イメージと違うという読者の皆様大変申し訳ありませぬ・・・。
(作者´・ω・)つ○←噛み締め


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EP6 亡者の日常

評価バー、総合評価、日刊ランキング入り、UA数、お気に入り人数 

( ゚д゚) ・・・

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゚д゚) ・・・

(つд⊂)ゴシゴシゴシ

(;゚Д゚) …!?

《血が出た!》《発狂》《怖気》


 あれから一週間程の時が経った。ハベルは一介の冒険者として国の冒険者ギルドから紹介された下水道に住み着くハエ・ネズミ狩りやら手入れを行っていない墓に住み着く屍食らい(グール)の処理など、誰もが忌避感を感じる依頼をこなして僅かな報酬を貰っては、城近辺の目に付く魔物全てを狩り尽くして野営を行うといった生活を繰り返していた。もっとも、一切の食事と睡眠を排除したソレが生活と呼べる物かは分からないが・・・。

 

 睡眠を必要とせず、疲労も感じることが無い彼が野営を行っていたのは―――単に夜目が利かないこともあるが―――『スキル』の存在に興味を持ち合わせていたためである。いつもの通りギルドで報酬を貰ってから、ハベルを化物と嫌悪する人々の視線を浴びながら城の外へと向かったとき、たまたま出店で出てきていた薬屋の売っている薬草に見覚えがあるところから始まった。

 

 同じような薬草を城の近隣にて見つけたために採取をしていたところ、ハベルの盾がうっすらと光を放ったかと思えば、脳に直接《リーフシールド/採取技能Ⅰ》の文字が刻まれる。またこれか・・・とステータス魔術の発現を鬱陶しげに振り払うと、手元の摘み取った薬草にも変化が生じていた。薬草は採取する前の状態よりも青々としており、明らかに品質が向上している。それがステータス魔術の示していた『スキル』なるモノであることは想像するに容易かった。

 

 今の所、ステータス魔術にて判明したスキルは《採取技能》・《植物鑑定》・《簡易調合》・《薬物向上》のみであるが、この世界に篝火が無いと仮定する以上、エストの補充がままならないことを考えればエスト瓶や回復系の奇跡以外の回復手段は確保しておきたいところである。そのため、ハベルは夜になると睡眠の代わりに様々な植物を組み合わせ、独学による薬の調合に勤しんでいた。もっとも、独学であるため今の所はとても飲めたものではない粗悪品しか生産できないが、彼にとって味などどうでも良かった。

 

 そんなハベルは今日、珍しく依頼を達成した後であるにもかかわらず、城下町の通りに顔を出していた。鳥型の魔物を倒している最中、クロスボウのボルトが残り少なく、補給の必要性を感じたのが理由である。そして念のため、ハベルは武器屋へと寄る前に以前マインが言っていた素材屋へと先に向かい、換金を済ませることにした。

 

 目的地へと向かう最中、ハベルの姿を見た道行く住民の全てがヒソヒソと内緒話をし、彼の周りから少しでも距離を置こうと離れていく。皆に悪意は無く、ただ化物とされたハベルが怖いだけなのである。そんな調子でハベルは素材屋の前に顔を出すと、換金を済ませた先客が彼の姿を見ては一目散に逃げ出していった。素材屋の店主も全身石鎧姿の彼を見て、問題の勇者がきたことを察すると、ヘラヘラと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「いらっしゃいませ~勇者様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

「魔物の素材を買い取って欲しい。貴公の店で換金できると聞いたのでな。・・・可能か?」

 

「ええ、勿論ですとも。他の勇者様方もうちでなされましたし、いやー光栄ですな~」

 

 身体をくねくねさせながらおべっかを使う店主を余所に、ハベルは両手いっぱいにバルーン風船の残骸を展開してカウンターへと置く。その量の多さに店主は少しばかり怯むも、すぐに残骸を手にとっては勘定していった。

 

「そうですねぇ、バルーン風船の皮ですかぁ。全部で三十枚程ですから、銅貨三枚ではどうでしょうか?」

 

「・・・・・・貴公、それだけか?」

 

「何分こちらも商売ですので。こういうものは品質、傷の有無、大きさ、その他諸々で決まっていくのです。勇者様のためを思ってこれでも奮発している方ですよ?」

 

「・・・・・・ぬぅ」

 

 ちなみに真っ赤な嘘である。バルーン風船であるならどんなモノでも規定の大きさであれば二枚で銅貨一枚が相場である。盾の勇者はこちらの世界に疎いという噂を聞きつけた店主の卑しき企みだ。そうとは知らず、商いに詳しいはずもないハベルはそういうものかと頷いていた。

 

―――あの売女め、相場の話ですら嘘であったか・・・。

 

「さあ、勇者様。よろしければこちら銅貨三枚です」

 

「・・・・・・いただこう」

 

 「へへ、毎度あり」と意地の悪い笑みを浮かべては素材を奥の方へとしまうべく、店主は大量の皮を両手に取る。しかし、換金を済ませたというのに、ハベルはまだカウンターの前に突っ立っていた。何か文句があるのかと睨み付けると、彼は次々と手元に魔物の素材を展開した。

 

「あ、あの、勇者様?」

 

「・・・・・・すまない貴公、私は噂通りこちらの世界に疎くてな。魔物のどこの部位が高く売れるのかよく知らんのだ。だから、ここに適当に並べていくことになってしまうが・・・・・・構わないか?」

 

「ええ、はい。それは勿論構いませんが・・・・・・・・・ヒッ!?」

 

 店主は絶句し、両手に抱えていたバルーンの皮を全部床に落としてしまった。ハベルは展開した魔物の素材というのは、その殆どが“生首”であった。他の勇者より素材の量が多かった事も相まって、彼の手に掛かったであろう多種類の魔物の首を無感情・無造作にカウンターへと並べていくハベルのその様は、店主に強い精神的ダメージを負わせた。まるで、貴様もここに並んである首の一つになるか? と問いかけているかのような感覚に襲われた店主は、ガクガクと全身震えながら青ざめた顔色となる。

 

「よし、これで全部だな。では、頼―――貴公、大丈夫か? 何やら顔色が悪い様に見えるが・・・」

 

「ヒィ!? い、いえ大丈夫でございます。こちらできちんと買い取らせていただきますですはい! あ、すみません先程の買取額ですがこちらの間違いでした! 銅貨15枚で買い取らせていただきますぅ!」

 

「・・・・・・いや、しかしだな貴公。質が悪いのは私の不手際で―――」

「そんなことはございませんお願いですから勘弁してください」

 

 突然豹変した店主に泣きつかれ、「ぬぅ・・・」とどこか納得いかないまま、無事相場通り換金を済ませたハベルであった。店を出る際、店主に気を使わせてしまった事に尾を引いた彼は、良い店であったためまた来る、といったことを伝え、知らずの内に店主へと絶望を与えた後、武器屋へと歩み始めた。

 

 ハベルが店を出ていった後、正気を取り戻した店主はすぐさま事のあらましを近隣の店へと広めていった。そうしてハベルの恐ろしさに更に磨きが掛かったことは、彼自身知る由も無いことである。

 

 

 

「いらっしゃ・・・・・あんちゃんか・・・」

 

 ハベルが武器屋に入ると店主はすぐに彼の存在を認識した。すると、店主は怒りを露にして距離を詰め、ハベルの肩をがっちりと押さえては拳を握っていた。

 

「一緒に居た嬢ちゃんについての噂は聞いたぜ、盾のあんちゃん。うちで買い物をするってんなら、まずは一発殴らせろ!」

 

「・・・・・・貴公、少し待て」

 

 あ゛あ゛・・・? と尚も凄む店主を前に、ハベルは兜を脱いで素顔を晒した。もうむやみやたらに隠す理由も無いのだ。冒涜的な光景を目の当たりにしながらも、店主は恐れを顔に出すこと無く、拳を掲げ続けていた。

 

「何の真似だよ、あんちゃん。そんなんで俺がビビるとでも――」

「兜のままでは貴公の手を痛めるだけであろう。私の所為で貴公の仕事に支障をきたしても仕方があるまい。さあ、貴公の気がすむようにしてくれ」

 

 店主の言葉を遮ってハベルが語ったことは、あろうことか店主に向けた心配の念であった。常人であれば嫌みに取れるものでもあるが、彼は黒い瞳で真っ直ぐ店主の顔を見据えて言葉を放った。とても今から殴られる者の態度では無い。店主は全てを察したのか、掲げた拳を解き、そのまま下ろした。

 

「・・・・・・どうした、貴公。具合でも悪くなったか?」

 

「そうだな、あんちゃんを見てたら自分に対して具合が悪くなったよ」

 

「・・・? ・・・そうか」

 

 不思議そうに首をかしげながらも、ハベルは兜をかぶり直す。そうして彼は当初の目的であるクロスボウのボルトを数百本単位で頼むと、一瞬目を丸くされたものの値段を何割かオマケしてもらった。礼を言って頭を下げたハベルは、早速何百本のボルトをソウルへと変換し、自分の中へと収納していく。そして、口をあんぐりと開けて驚いたままの店主を放って、ハベルはそのまますぐに店を出ようとした。

 

「待ちな、あんちゃん。・・・・・・まだあんちゃんの名前を聞いてなかったよな?」

 

扉の取っ手に手を掛けた瞬間に店主が引き留めると、ハベルは振り返らずに立ち止まる。

 

「・・・・・・ロードランのハベルだ」

 

「そうか、良い名前だな。俺はエルトハルトってんだ。なあ、ハベルのあんちゃん・・・その・・・まあ・・・なんだ。何か困ったことがあったらいつでも来いよ」

 

 店に来たときの態度を悪く思ってか、武器屋の店主エルトハルトは歯切れの悪そうに伝える。ハベルは足を止めてから数秒間黙り込み、扉を押し込んだ。

 

「考えておこう・・・お得意様としてな・・・」

 

 ハベルはそう言葉を残すと、最後に満足げな笑みを浮かべた店主を見ることなく、店を後にするのであった。

 

「・・・・・・死ぬんじゃねえぜ。あんちゃんの死体なんて、見たくもねえからな」

 

 

 

 武器屋を後にしてから、ハベルは日がだいぶ暮れ、辺りが暗くなっていることに気づく。今日の野営地はどこにするか、と思案を巡らせていると、不意に目の前にあった酒場の看板が目についた。

 

―――たまには、良いか・・・。

 

 そんな軽い気持ちで彼は酒場に入ると、案の定賑わっていた店の空気が一変した。もともとこの遅い時間帯の酒場には冒険者などの荒くれ者しか出入りしてないが、それでも大抵の者はハベルの事を恐れ、心ない噂を流していた。しかし、周りの目を気にも留めなくなったハベルはずかずかとカウンター席へ移動し、一番安い定食と一番強い酒を頼む。そして、おっかなびっくりなウェイターが運んできたソレを、彼は慣れた様子で兜を脱がず一人黙々と食べていた。

 

―――やはり、味はしないか・・・。

 

 ソラールとの晩酌やマインとの晩食でさえも、薄らと酒や料理の味を感じてはいたため少しばかり期待はしていたが、あの時のような至福の時間が訪れることは無かった。ソラールに諭された後、久方ぶりの食事を味わったことであの時は多少なりとも心躍っていた彼であるが、今では酒で無理矢理料理を流し込むザマである。

 

―――我ながら馬鹿な期待を持ったものだ。・・・・・・これはいかんな、ただロードランに居た頃に戻っただけだというのに・・・・・・。

 

 自分自身に嫌気を差しながら、ハベルは料理を残さず平らげる。すると、そんな彼を見越してか、複数人のみすぼらしい格好をしたガラの悪い男達が5人程、ハベルを取り囲むようにして現れた。

 

「お噂の盾の勇者様~、寂しいんなら俺達が仲間になってあげましょうか~?」

 

「俺達五人全員あんたについて行きますよ。ひとりぼっちの勇者サマー、感謝してくださーい!」

 

 どこかおちょくるような話し方をする二人に、残りの三人は下品にゲラゲラと笑い出す。一方のハベルは相も変わらず無反応を突き通し、カウンターに金を置いてすぐに出て行った。チッ! と舌打ちをしながら、彼らもその後をついて店を後にする。やがて、人通りの無い路地までしつこくついてきたところで、急にハベルが足を止めた。

 

「貴公等、そうまでして私の仲間になりたくば、まずはその脆弱な身なりを整えてからにして貰おうか。貴公等では力不足にも程がある」

 

「えー、そんなこと言ったって俺ら見ての通り貧乏だし、勇者様だから羽振りは良いでしょう? 俺達の装備くらい買ってくださ―――」

 

「すまないが貴公等に投げる程、今は持ち合わせが無くてな・・・。分かったなら他の勇者様方を相手にして欲しい」

 

「・・・・・・チッ! あんたも分かってんだろ? さっさと金目のもの置いていけよ」

 

 仲間の一人がしびれを切らしダガーを抜くと、他の男達もぶら下げていた剣を抜いた。

 

「へへ、5対1だぜ。化物勇者様って言っても所詮俺達と同じ穴の狢じゃねえか」

 

「同じ穴の狢か・・・・・・確かに貴様等は亡者の様であるな。求める物がソウルから金に変わっただけだ」

 

「あん? なに訳の分かんねえことを―――」

 

 それ以上、男達の言葉が続くことは無かった。四人の首が一斉に、ハベルの振り返りざまに薙ぎ払った『グレートソード』の一振りで宙を舞った。おびただしい量の鮮血が吹き出す前に、四人の身体と首は拠り所となるソウルを失い、後には灰だけが風に舞った。距離をとっていた残りの男は風に乗った仲間の灰をもろに浴びて腰を抜かしていまい、歯をガチガチと鳴らしては逃げることもできずにいる。

 

「・・・・・・草原で1回、森の中で1回、洞窟で野営中に1回、そして遂には城下の酒場帰りに1回」

 

 淡々と語りながら近づくハベルから逃げようにも、男は足が震えて自由が利かなくなっていた。

 

「貴様等のような下賎な輩にここ一週間で付きまとわれては、皆口を揃えて仲間になってあげるだの、可哀想だのと・・・・・・その度に決まって、毎度矮小なソウルにはうんざりさせられる」

 

 尚も距離を詰めるハベルに、男は逃げることを辞めて真正面から斬りかかった。しかし、ハベルは左手の四聖盾を軽くふるって剣の重心を受け流す。武器が弾かれる心地の良い音と共に、男はそのまま無様に体勢を崩してしまった。

 

「・・・・・・貴様もどうせ、そうなるのだろう?」

 

 男の肩を鷲掴んでは胴体を目掛け、ハベルは自身の身長よりも長く、重量のある特大剣を叩き付ける。男の身体は易々と上下半身別れて真っ二つになり、ソウルが残らず流れ出ては灰と化した。予想通り少量のソウルに、ハベルは深い溜息をつく。虚しさだけが、彼の中に残ったばかりであった。

 

 

 

 

 

「お困りのご様子ですな?」

 

 背後からの声に、ハベルは振り返りグレートソードと四聖盾を構え直す。視線の向こうにはシルクハットに燕尾服を着た小柄の中年男性の姿があった。先程戦いを始める際、近くに他のソウルが居ないか確かめたつもりであったが・・・・・・「油断したか」とハベルは心の中で自身を責める。

 

「おお!? そんな構えないでくださいよ。私は人手が足りない所為で煩わしい思いをしている貴方様にぴったりな話をお持ちしに来ただけです、はい」

 

「・・・・・・仲間の斡旋であれば間に合ってるぞ? 私は一人で使命を成すと決めたのだ」

 

「しかし、一人でいる所為であのような者達に絡まれ続けては、使命もナニもあったものじゃないでしょう? 違いますかな?」

 

 フッフッフッ・・・と怪しげに笑い出す男に、ハベルは図星ながら尚も警戒を強めていた。見られていたのは先程の戦闘だけじゃないということと、今までの経験上そんな笑い方をする者には碌な奴が居なかったが為である。

 

「それに、貴方は勘違いをなされている。私が提供するのはそんな不便な代物ではありませんよ。『盾の勇者様』」

 

 思わずピクッと反応したハベルに、男は擦り寄ってきて声を出す。

 

「何を隠そう、私めは奴隷商でありますが故」

 

「・・・・・・何だと?」

 

 この国でも奴隷制度が認められていることに、ハベルは驚きを隠せなかった。ハベルの故郷でも不死人を対象とした奴隷制度が設けられていた時代はあったが、やがて不死人がこぞって亡者へと成り果てる者が多くなると、途端に廃止となって不死院送りが常習となったのだ。

 

「・・・何故、私が奴隷を欲すると?」

 

「盾の勇者様のお噂はかねがね耳に届いております。仲間犯しの強姦勇者、殺めることを楽しむ化物、逆らえば生首にされて売られる狂人等々・・・そんな勇者様の仲間になりたい物好きなど、この国にはおりますまい。それに先程申し上げました通り、仲間がいなければ終始、貴方様はつまらない者達に付き纏われることでしょう。一週間でこのザマなんですからね」

 

 そのでっぷりと肥えた体型の通り、舌にも脂がのっていることだろう。奴隷商は言葉を絶やすことなくハベルに語り続けた。

 

「そして、ここが奴隷の特権です! あらかじめお買い頂いた奴隷には裏切れないよう重度の呪いを施せるのですよ。主に逆らったら、それこそ命を代価にするような強力な呪いをね・・・・・・どうですか、見ていただくだけでも構いませんよ?」

 奴隷商はニヤリと白い歯を見せながら満面の笑みを浮かべる。呪い云々の話に興味はないが、ハベルにとってはつまらぬ者達に対する煩わしさが問題となっている現状がある。それに、この奴隷商自体にいろいろと不都合な場面を握られているかもしれないため、顔を出すだけ出してみるのも悪くはない・・・そうハベルは自分に言い聞かせ、奴隷商の案内の下、街灯の当たらぬ暗い路地裏へと足を踏み入れるのであった。

 



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EP7 奴隷の少女

感想欄に連盟の狩人や灰の方がリスポンしすぎてヤバい(語彙力)
お気に入り登録者数1000人突破はビビる(語彙力)
御手柔らかに今後ともよろしくお願いします
\[T]/<太陽万歳!


 夜が明け、日が出始めてきた頃にもかかわらず、太陽の光がまるで届かぬ暗い路地裏を歩くことしばらく、奴隷商の案内の下でハベルがたどり着いた場所は、サーカステントのような奇怪極まりない小屋であった。「こちらですよ」と奴隷商はスキップをするほど上機嫌な様子で盾の勇者を誘っていく。そして、ガチャン!という音と共にサーカステントの奥の方で厳重に区切られた扉が開いた。

 

「さあ、盾の勇者様! こちらに並んでおりますのが、当店自慢の奴隷達でございます!」

 

 ステッキを器用に回し、獣臭の芳うなかで彼は高らかに宣言した。奴隷商が指し示した周りには、幾重にも檻が設置されており、中には獣か区別のつかないモノの影が蠢いている。そして皆がハベルの存在に気が付くと、ギャーギャーと人間性を失った声がテント内に響き渡り、辺り一帯が途端に騒がしくなった。

 

「さて、その中でもこちらが、特に盾の勇者様にお薦めの奴隷です」

 

 奴隷商が勧める檻にハベルは近づいて中を確認する。すると、地の底から聞こえてくる程凄まじいうなり声の後、檻を壊さんとする勢いで醜い獣が突進してきた。狼のような顔立ちと血走った瞳、全身に黒い体毛がびっしりと生えており、酷い悪臭と殺気を放ちながら頑丈な檻の中で暴れていた。

 

 目に余る暴れっぷりではあるが、商人がひとたび指をパチン! と鳴らすと、獣の胸部に刻まれている魔方陣が光り輝くと同時に、獣は耳障りな悲鳴を挙げては自身の胸を押さえ込み、苦しみながらうずくまってしまった。これが奴隷商の言っていた呪いであることは間違いないだろう。どれほど強者であろうと、これがあれば使役し放題というわけだ。しばらく苦しむ様子をハベルと共に眺めていると、また指を同じように鳴らして呪いを解除した奴隷商。その顔は、玩具を見せびらかして自慢する子どものように笑みで溢れていた。

 

「如何ですか、勇者様」

 

「・・・・・・如何も何も無い。獣ではないか」

 

「はい、まあ、正しくは獣人なのですが・・・。実力も勇者様の足を引っ張らない当店一番の品物でございます!」

 

「足を引っ張らない・・・? このザマではそこらの獣と大差ない。理性の無いものを連れ回して何になるというのだ」

 

「そこはこの呪いで調教しましてですな―――」

「そういう問題ではないのだよ、貴公」

 

 どこかと噛み合わない奴隷商を横目に、ハベルは檻の中で藻掻く獣人のソウルを感知していた。確かにソウルの量は《高名な騎士》程度の大きさのモノであり、この部屋で確認できるどの奴隷よりも膨大である。それこそ、そんじょそこらの冒険者の比較ではない程に。だが、亡者でなくとも感じ取れる程、獣人が持つソウルの質は最悪と呼ぶ他ないものであった。この区域に存在している殆どの者のソウルはくすんでいたが、目の前のオススメは特に酷いモノである。これでは連れ歩いてもそう長くはもたないだろう、と彼は一目見たときからとっくに結論付けていた。

 

「一つ聞きたい。貴公の店には獣を被った者達が多いようだが、何故だ?」

 

「それは簡単です! メルロマルク王国は人間種至上主義ですから、亜人や獣人は単体での生活が困難な国なのです。そういったカテゴリーの人種はここでは決まって、旅の行商か冒険者崩れ、そして奴隷として扱われるのが主なのですよ」

 

「・・・・・・この区域に居る者達はどちらが多い」

 

「はあ・・・そう言えば盾の勇者様はこちらの世界には疎いのでありましたな。ここに並んである商品は需要のある肉体労働や戦闘向きであります故、獣度合いが強い獣人が殆どです。逆に家事・雑用・性処理向けは非力な種族、亜人もこの中に入りますかね。奥に控えておりますがあまり出来の良くない品揃えの商品ばかりでして・・・・・・とてもじゃありませんが勇者様の仲間にするにはあまりにも―――」

「では奥の方も見せて貰おうか、ここに私の求めるモノはない」

 

 奴隷商の勧めを遮ってまで、ハベルは堂々と言い切った。そんな彼を見て奴隷商は何を思ったか、ニヤリと品のない笑みを浮かべては奥の方へとハベルを誘導した。

 

 その後も奴隷商に希望する性別や種族などを矢継ぎ早に質問され、それらを適当に答えつつハベルは大人しく後ろをついて行く。すると、テント内の腐敗臭が強くなり、同時に雰囲気が静かなものへと変わっていくのを感じた。不意に視線を周りへ向けると、様々な種類の亜人が年齢問わず檻の中で絶望しているのが見えた。その光景は、まるで北の不死院にて幽閉された亡者のようである。

 

「ここまでが勇者様・・・と言うよりもお客様に提供できる最低ラインの奴隷ですな。左から・・・・・・」

 

 奴隷商が商品を順に説明していくが、最初から耳に入れる気のないハベルはいつもの如くソウルを感知している。そして案の定ではあるが、ぱっと見て彼の目に叶うソウルがあるはずもなく、ハベルの眉間には皺が寄っていた。

 

―――《故も知らぬ》程度の僅かなソウルばかりであるな。予想に違わず先程の者達よりもくすみきっているときた。やはり一人で使命を全うするほか・・・・・・ッ!

 

 不意にハベルは一番奥の檻から小さなソウルを感じ、思考の中だというのに言葉を失っていた。その檻から感じたソウルは今にも消え入りそうな程に僅かなものではあったが、他にはない確かな輝きを放っていた。《導き》と言うべきものだろうか? それほどまでに、彼の目は釘付けになっていた。

 

 堪らずハベルは早足気味に例の檻へと近付いていく。雑に布が掛けられている檻の目の前まで足を運ぶと、コホッコホッと苦しげな咳の音が繰り返し聞こえてくる。恐る恐るハベルは布へと手を伸ばして捲ると、そこにはハベルの予想とは大分かけ離れた存在が座り込んでいた。

 

 粗末な服の上からでも分かる程ガリガリにやせ細り、犬にしては丸みを帯びた耳と妙に太い尻尾を生やした亜人の少女である。いきなりのハベルの行動に亜人の少女は怯えるが、目の前にいる人物が奴隷商ではないことを認識すると、咳をしてはジッと不思議そうに見つめていた。彼と兜越しに目が合っても、奇妙なことに彼女は他の者達と違って怯える様子を見せなかった。

 

 ハベルに興味を持っている亜人の少女とは真逆に、ハベルの心境は穏やかではなかった。予想すらしていなかったソウルの持ち主の正体に、どうしたものかと考え込み、まるで岩のようにその場に固まってしまった。

 

「貴方は・・・コホッ・・・盾の勇者様・・・ですか?」

 

「・・・・・・ぬ?」

 

「コホッ・・・その左腕に・・・付いてるのって・・・コホッ・・・伝説の盾じゃ」

 

 やっとの様子でかすれた声を出す少女は、ハベルの左手に装備されたままの四聖盾を小さな手で指していた。ハベルはこれ以上怯えさせないようにゆっくりと腰を下ろし、彼女と目線を合わせた。

 

「・・・・・・何故そのことを知っている」

 

「コホッ・・・小さい頃・・・お父さんとお母さんが・・・読み聞かせてくれた・・・絵本があって」

 

「・・・・・・そうか」

 

 その親に捨てられてここへ来たのか、はたまた親が不幸に遭い行く当てもなくここに来たのか、それとも誘拐か何かか・・・・・・いずれにせよハベルはそこから深くは聞かなかった。そして、ハベルが興味を持ったのをいいことに、奴隷商が早速と揉み手をしながら近づいてきた。同時に、少女は奴隷商の気配を感じた途端に怯え始め、檻の隅へと震えながら逃げていく。

 

「そのラクーン種は心身共に病んでおりましてな。顔も基準以下、しかも夜間にパニックを起こす始末でして、私も手を焼いておるのです。以前の飼い主が拷問好きな男でして、恐らくそう長くは持たないでしょう。それでもお買い上げになるなら、サービスして銀貨30枚です!」

 

「・・・・・・まだ買うとは決めていない」

 

 種族が違うとはいえ、このような少女を連れて魔物が巣くう地を一緒に旅をするなど正気の沙汰ではない。ましてや災厄の波を払う戦いに参加させるなど・・・と腰を下ろしながら思案していると、檻の端にいる少女の目線が尚もハベルに向けられているのに気が付く。

 

「・・・・・・お前は、如何したい?」

 

「・・・・・・えっ?」

 

「・・・・・・このまま朽ちていくか、それとも私と・・・盾の勇者と供に『使命』を果たすか・・・お前は、如何したい?」

 

 幼くから奴隷として捕らえられている彼女を見て、何の義理もない慈悲の心が湧いたのか・・・それとも亡者であるが故に、正常な判断すら出来ずに狂ってしまったのか・・・ハベル自身でさえ何故そんなことを彼女に口走ったかは分からずにいた。ただ、先程から彼女を見ているうちに、ハベルの頭の中でアストラの上級騎士がへばり付いて仕方がなかった。

 

 彼が自身の『使命』を託す相手を選ぶ際、数ある亡者の中で自分を選んだのは何故だろうか? 正気を保っていた亡者が私だけだったのか? それともただの偶然だったのか? もし彼が生きているならば、自分と同じ『使命』の道を共に歩んでくれただろうか? ロードランで早々に考えることを辞めた疑問が、異界の地で再び渦巻いていた。 そして、確かに思ったことが一つ。名も無き不死であった自分と同じく全てを失った彼女に、自身と同じ『使命』を与えれば、求めていた答えが得られるのではないか、と・・・。

 

「コホッ・・・・・・私・・・は・・・・・・・っ!」

 

 少女はハベルの兜を見つめ続け、唇をギュッと噛み締めながら頷いた。

 

 

 

 ハベルはソウルの導きに全てを任せ、奴隷商に銀貨30枚を渡し、鍵を受け取って檻の扉を開けた。彼女を外へと連れ出し、奴隷商の指示に従って早々と奴隷の誓約を結ぶ。誓約の際にステータス魔法が発現し、奴隷に対する制限の項目が並べられるが、ハベルは全てを取り払い、強調した命令に従わぬ時だけに呪痛を与えるという最低限の呪いだけを残した。

 

 同時に『同行者設定』なるものも済ませた後、奴隷の誓約締結の際に必ず訪れる呪痛に喘ぐ彼女の手を握り、粗布のタリスマンを片手に《回復》の奇跡を使用する。体中の傷を即座に癒やし、全身から急激に痛みが引いてポカンとする彼女を引っ張るように連れ出して、ハベルはサーカステントの出口へと向かっていく。

 

 途中、呪痛から意識を取り戻した獣人がハベルに向けて再度殺意を向けては唸り声を挙げた。しかしハベルと兜越しに目線が合った瞬間、獣人の中にある僅かな人間性が疼く。刹那、今までに感じたことのない拒絶が獣人の中で暴れ回った。人にも成れず、獣にも堕ちきれぬが故の感覚、呪痛など比にならない程の忌避感を味わい、獣人は檻の奥へと縮こまってしまった。その様子を最後まで見ていたのは、一人残されニンマリとした笑みを崩さぬ奴隷商だけであった。

 

「・・・クックック・・・いやあ、私ゾクゾクしてきましたぞぉ!」

 

 

 

 

 

「いらっしゃい! ハベルのあんちゃ・・・オイオイ、何だよその子は?!」

 

「貴公、まずはこれを頼む」

 

 亜人の少女の身なりを整えるため武器屋に顔を出したハベルは、入店するなり店主のエルトハルトに絶句される。当のハベルは気にする素振りを見せずに、手元に掴んだ鉄製のダガーを支払いの銀貨6枚と共にカウンターへ置いた。質問の答えはなく無造作に置かれた商品と金を見て、エルトハルトは脱力しながら深い溜息を吐く。そうして会計を済ませたダガーを、ハベルは亜人の少女の目の前に差し出した。

 

「最初は軽い得物で慣らした方が良いだろう。受け取れ」

 

「・・・・・・えっ?」

 

 いきなり差し出された短剣に彼女はオロオロとするばかりで、手を出さなかった。まだ幼いこともあって、自分の状況を分かっていなかったのだろう。彼女は、ただ盾の勇者と供に外の世界に出られるとばかり思って、彼の問いに頷いたのである。その様子を察してか、ハベルは深い溜息を放った。

 

「・・・お前には、これから私と一緒に魔物と戦ってもらう。いや、魔物だけではないか・・・使命の邪魔をする全てのモノと戦ってもらうことになる。・・・・・・この意味が分かるな?」

 

「ヒィッ!?」

 

 放たれる気迫が増した盾の勇者を目の前に、少女は怯えて震えるばかりであった。

 

「コホッ・・・い・・・いや―――」

「嫌だ、とは言わせんぞ。お前が読んだ絵本の中の勇者は何をしていた? ただ付き従うだけの従者など最初からいらんのだ。私に付いてくるということは、共に使命を成すのと同意義であろう。そのためにも、お前には戦士になってもらう。使命を妨げる障害を排除できる程の力をつけた戦士にな。・・・無論、生き残る手段や戦いの術はこれから私が教えてやる」

 

 涙を浮かべ、心底怯えた目つきでハベルを見つめる彼女に容赦なく、ハベルは短剣を差し出し続ける。

 

「さあ、選ぶが良い。共に勇者としての使命を成すか・・・それとも価値無き哀れな奴隷に戻るか・・・お前がこのまま受け取らないのであれば、またあの奴隷商の下へと戻るだけだ。・・・・・・今一度問おう、お前は如何したい?」

 

 ハベルは本気であった。このまま怯え続けているつもりなら、例え引きずってでも彼女を奴隷商の下へと送り返す気でいた。今の彼女が足手まといになるのは百も承知であるが、自らに秘められた可能性すら手放すほどの軟弱者を、ハベルは必要とはしていない。亜人の彼女を自分と勝手に重ね、ただひたすらがむしゃらにでも藻掻いて欲しかったのだ。

 

「私は・・・・・・コホッコホッコホッ・・・・・・私は・・・・・・ッ!」

 

 奴隷商の下へと戻る・・・・・・その一言を聞いた彼女はより一層震えだし、咳が酷くなっていく。だがそれ以上に、彼女は盾の勇者に見捨てられることがなにより怖かった。彼の思いを汲み取ってか、覚悟を決めた眼差しをハベルに向け、震えた手つきのまま少女はハベルの手からダガーを受け取った。

 

「よろしい、ひとまずは合格だ。・・・・・・そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな? 貴公、名前は?」

 

「・・・ら、ラフタリア・・・です」

 

殺気にも等しい気迫が消え、ハベルへの恐怖が収まったラフタリアはおずおずと名乗る。

 

「そうか・・・良い名だな。・・・ロードランのハベルだ。・・・よし、エルトハルト、追加だ。ラフタリアの防具を見繕ってはくれないか。どんな物でも整えば良い、貴公に任せる」

 

「へいへい。他の客が居ないとはいえ、全くなんて修羅場を見せてくれやがるんだか。可哀想な嬢ちゃんのためにオマケしといてやる」

 

 恨みがましげに皮肉を言ってから、彼は素早く奥からマントと服を用意してはハベルへとぶっきらぼうに手渡した。ハベルはそのまま装備をラフタリアへと与え、着替えてくるように促すと、彼女はそそくさと更衣室に入り、着替え始めた。ラフタリアが居なくなった瞬間、エルトハルトはハベルの方を厳しい目つきで睨み付ける。

 

「あんちゃん、そんなんじゃ碌な死に方しねぇぞ」

 

「・・・生憎と、碌な死に方というものをした覚えがないのでな」

 

 彼の嫌みを不死人にしか通じない皮肉で返していると、タイミング良くラフタリアが更衣室から出てくる。新しい服へと着替えたお陰か、いくらか身なりは改善されたが、まだ髪など所々が薄汚れており、行水の必要性を感じさせた。丁度街を出てすぐの草原には川が流れているため、今日の野営場所にはぴったりであろう、とハベルは一人思案していた。

 

「何にせよ、色々とすまなかったな。・・・・・・また来るとしよう」

 

「・・・おう。またな、あんちゃん。嬢ちゃんも気をつけろよ」

 

「はい、あの・・・その・・・コホッ・・・・・ありがとうございました」

 

 出口で頭を下げるハベルを真似てか、最後にピョコッとお辞儀をしながら、ラフタリアはハベルの後を付いて店を出ていった。そんな二人を見送り、エルトハルトは最後にまた、深い溜息をつくのであった。

 

「国が悪いのか、それともあんちゃんが汚れちまったのか・・・いや、あんちゃんが変わった様子は無いから、元からああだったのか。・・・・・・とにかく生きろよ、二人とも・・・」

 

 どこか祈るような彼の呟きが、店の中で静かに響いた。

 




遂に彼女との出会いを果たした・・・ここまで実に・・・長く辛い道のりであった・・・(:3っ)っ -=三[布団]


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EP8 奴隷の従者

自分パソコンのWordで執筆する人なんですが、三日前に投稿する用に保存したはずの8話データが消えてしまい、気持ちが萎えながら書き直して今にいたります(言い訳)。まあ、不定期更新って書いてるしノーカウントってことでここは一つ・・・。


 キュルルル~ッ! と武器屋を後にして露店街に出てからすぐ、隣のハベルにも届く程のかわいらしい音が響いた。彼は音源の方を見やると、ラフタリアが顔を青ざめながら自分のお腹を躍起になって押さえているのが見えた。そして、彼女は主人の視線に気が付くとブンブンと首を振り、一生懸命何かを否定していた。

 

 その時、ハベルは露店街に漂う匂いから丁度昼時になったことに気づく。そして、先程から彼女の腹の虫が訴えている現状を見て、彼女が自分とは真逆の『生者』であることを思い出した。食事や睡眠など、生きとし生けるものであれば当たり前の行為。無論、奴隷から不死の従者となった亜人の彼女にもそれは必要なことだ。今後の生活を改めなければならんな・・・とハベルは一人思案する。

 

 一方、ラフタリアは何やら考え込んでしまった主人を見て、腹の虫を抑えようと更に躍起になっていた。盾の勇者に見捨てられずに済んだ、という思いから安心しきってしまい、今まで忘れていた空腹感が蘇ってしまったのだ。躍起になっているのは、何も恥ずかしさからでは無い。卑しい奴隷と蔑まれ、呪痛や暴力が襲いかかってくることを恐れていたからだ。それは、今まで奴隷として過ごしてきたが故の、彼女に植え付けられた本能である。

 

「すまないラフタリア、すっかり失念していた。まずは昼食にしようか」

 

「・・・・・・えっ?」

 

 彼から掛けられた言葉に、ラフタリアは耳を疑った。しかし、聞き返す暇も無くハベルはズンズンと通りを歩いて行き、適当な食事処へと入っていった。ラフタリアもついて行こうとしたが、店の看板に《亜人立ち入り禁止》と書かれているのを発見してしまう。

 

「あ、あの・・・・・・ここは・・・」

 

「・・・如何した貴公、早く来ないか」

 

 ハベルは気にせず中から声を掛けるも、なかなか入ってこないラフタリアに対してしびれを切らし、小さな手を掴んで無理矢理店の中へ引きずり込んだ。そう、ハベルはこの世界の字が全く読めないのである。四聖武器の力で言葉は通じるものの、文字に関しては全く対応していなかった。別段、不死人に成り果ててから書物をあさる機会もあまりなかったため、彼自身は気にも留めていなかったのだ。

 

「いらっしゃ・・・・・・盾かよ」

 

「アレが例の犯罪者か」「しっ! 馬鹿お前聞こえるって」

 

「何で亜人がこの店に」「おい、誰か追っ払えよ」「無茶言うな、あの盾だぞ、消されるぞ」

 

 店に入った途端、石鎧を見た者達全員が噂の勇者であることを察し、それぞれが恐怖し始める。ハベルもラフタリアも、民衆から向けられる目線や声にはとっくに慣れていたため、何一つ気にすることなくテーブルへと座った。

 

「・・・・・・注文良いか。あの子どもと同じ物を一つ」

 

 「は、はい」とビクつくウェイターへと注文を済ませる。すると、ハベルは心底不思議そうな顔をしているラフタリアから「なん・・・で?」と問いかけられた。問いの意味が分からずに、ハベルは首をかしげる。

 

「なんで・・・とは? 貴公、腹が空いているのではないのか?」

 

「なんで・・・食べさせてくれるの?」

 

 ラフタリアが再度問いかけると、ハベルは兜に手を添えながら深い溜息をついた。こちらの世界の奴隷は生者であるにもかかわらず、一々許可を取らなければ何もできないのか・・・と面倒に思うと同時に、奴隷として深く刷り込まれているラフタリアを不憫に思うようになった。

 

「貴公はこれから毎日戦いに出かけるのだ。その度に空腹で戦闘に支障が出るなどもってのほかであろう?」

 

「・・・・・・いいの?」

 

「・・・使命を果たすのに相応しい従者として、貴公には戦士になってもらう・・・そう言ったであろう。戦士はいつでも戦えるよう万全にしておくものだ」

 

「・・・じゃあ、ご主人様の分は?」

 

「・・・・・・何?」

 

 改めてご主人様と呼ばれるのと、思いもよらなかったラフタリアの疑問に、思わずハベルはピクリと怪訝な反応をしてしまう。

 

「ご主人様が食べないのに、私なんかが口にする訳には・・・」

 

 「・・・ぬぅ」とハベルは唸る。子どもながら不自然に感じたのだろう。亡者である彼と違って生者である彼女からすればもっともな感性だ。自分は化物だから食事を必要とはしない・・・などと説明する気が起きるはずもなく、ハベルは深い溜息の後でウェイターを呼び戻した。

 

「すまない、追加でこちらに一番安い定食と一番強い酒を頼む」

 

 「は、はい!」と尚もビクつくウェイターを余所に、ハベルは自分自身も今後の生活を改めていく必要がある事を再確認する。生者と共に生活するにあたって、旅先で必要な物も増えてくるだろう。少なくとも、ラフタリアが自立できるほどの使い物になるまでには、ハベル自身が何とかしなければならないことは確かであった。

 

 一人でまた考え込んでいると、先にラフタリアの料理が運ばれてくる。チキンライスやハンバーグ、サラダなど彩り豊かなお子様ランチだ。奴隷と成り果てて以来、初めてまともな料理が目の前に置かれると、ラフタリアは信じられないという風にしばらく見つめたまま固まってしまった。そして我慢できないと言わんばかりに再び腹の虫が騒ぎ始めると、「本当に良いの!?」と涎を溢れさせながら主人に許可を求め始めた。

 

「・・・食べないのであれば私が全部食ってしまうぞ?」

 

 冗談混じりの脅しが通じたのか、ラフタリアは恐る恐るチキンライスを手づかみで口に運ぶ。そして、彼女の口から「美味しい・・・」という言葉が漏れると、そのまま目に涙を溜めながら料理に食らいついた。あまりに勢いが良いため喉に詰まらせるも、水の入ったコップがハベルから差し出されると、ゴクゴクと飲み干してはまたかぶりついていった。

 

「・・・美味いか、貴公?」

 

「うん! とっても美味しい! ありがとうございます、ご主人様!」

 

「・・・そうか・・・・・・」

 

 そうして間もなく、ハベルのもとにも料理と酒が運ばれてきた。彼はいつもの如く面頬の隙間から黙々と料理を口に運んでいき、酒で流し込む。しかし、いつもの億劫なだけだった時間とは違い、隣で幸せそうに食事を楽しむ少女を眺めていた所為か、あまり苦痛を労さずに食事を済ませることができたハベルであった。

 

 

 

 

 食事を済ませて店を出たハベルは、ラフタリアに必要と思われる生活必需品を揃えるため、雑貨屋へと彼女を引っ張って寄り道をし、片っ端から買い漁った。そうしてすぐに店を出ると、本来の目的地である草原へと歩みを向け、城壁の外へと向かっていった。

 

 道中までハベルの手を繋ぎながら鼻歌を歌うほど上機嫌だったラフタリアも、城壁へと近づいて行くにつれて不安の表情が強くなっていく。やがて城壁の外に到着すると、彼女は丸い獣の耳をはためかせ、警戒心を強めていく。緊張のあまり身体がガチガチに強張る彼女を見かね、ハベルは彼女の小さな頭を不器用ながら優しく撫でた。

 

「・・・・・・では、始めるとするか」

 

「・・・っ! ・・・・・・はいっ!!」

 

 ハベルの声かけにラフタリアは覚悟を決め、真っ直ぐな眼差しを向けながら強い決意を抱き直す。こうして、ラフタリアを戦士にすべき鍛練が幕を開けた。

 

 最初は魔物の出現しにくい城壁にて、手持ちのダガーの握り方から振り方までの基礎的なことを順に覚えさせた。武器を振るったことのない彼女でもイメージがすぐにつきやすいよう、ハベルがラフタリアのすぐ後ろに付き添い、手取り足取り教えていく。

 

 そうして得物の取り回しを覚えたところを見計らい、今度は教えた通りの振り方をハベル自身へと直接打ち込ませた。主人へと刃を向けることに酷く臆した様子のラフタリアであったが、ハベルは持っていたダガーを自身の石鎧へと突きたてて見せる。ダガーの刃は勿論通らず、石鎧に傷一つ付けることないことを実践すると、彼女は指示通り一生懸命取り掛かった。

 

「腕だけで振るな! もっと腰を入れろ!」 

「はいっ!」

 

「振りが遅いぞ! 振るう時にだけ力を入れろ!」

「はいっ!」

 

「斬るだけでは見切られるぞ! 刺突も混ぜろ!」 

「はいっ!」

 

「体勢はすぐ立て直せ! 寝ているばかりでは死ぬだけだ!」

「はいっ!」

 

 国家騎士時代を思い出してか熱の入ったハベルの指導に、彼女はめげることなく付いていく。何度素手のハベルに振り払われ、その反動で地面に打ち付けられようとも、彼女は諦めることなく挑み続けた。目に涙を浮かべ、痛みに耐えながらも、彼女は必死に教えを身につけていった。

 

 そうすること約2時間、頃合いと判断したハベルは彼女に《回復》の奇跡をかけて傷を癒やした後、小さな口に『緑花草』をちぎって放り込む。その独特の苦みに耐えつつ飲み込むと、身体に溜まった疲労が段々と薄れていくのが分かる。そして有無を言わさずに、ハベルは万全な状態へと戻した彼女を草原の奥へと引っ張り出した。いよいよ実戦である。

 

 手を繋いでいなくとも、ハベルは先程から耳をそばたてている彼女の緊張を直に感じ取っていた。早すぎる程の初陣では臆病なくらいが丁度良い・・・と考えを浮かべていると、早速オレンジバルーン三体が飛びかかってきた。尚も怯える彼女の手を離し、牙を剥くバルーンに向けて兜ごと顎をしゃくる。示された合図に、彼女は強い眼差しを取り戻し、ダガーを手に果敢に攻めかかっていった。

 

 バルーンを倒した後も彼女が一人で戦っている最中、ハベルは極力手を出さず見守りに徹していた。初陣ゆえに被弾を重ねる彼女に奇跡を掛けてから立ち回りを教え、途中どうしようもない数に囲まれたときだけは盾を展開し、彼女を守って援護する程度だ。こうすることでラフタリアは彼の目論み通り、ハベルに頼ることなく魔物と戦えることにある程度の自信を付けていった。しかし同時に、なんだかんだ助けてくれるハベルに安堵感と信頼を感じるようになってきたのは彼女の中でしか知る由もなかった。

 

 ここら一帯の魔物を狩り尽くすほど戦い続けていると、気が付けば日が暮れ始めていた。ハベルは満足げに頷くと、疲労困憊でへばっているラフタリアをおぶり、野営地として考えていた川辺まで連れて行った。いつの間にか背中で寝ていたラフタリアを起こし、タオルを渡して行水することを促すと、彼女はそそくさと川の方へと向かっていく。

 

 彼女が行水の間、ハベルはすぐさま薪を組みあげてから呪術の火で着火し、焚き火を作っていく。そして晩食を確保すべく『雷のスピア』を片手に、川魚を何匹か仕留めては適当に串に刺して焼いていった。訓練時代の野営術がこんな形で実を結ぼうとは・・・と耽っていると、コホッコホッという声が聞こえる。気が付けば、行水から戻ってきたラフタリアが暖まりながら、口に涎を溜めてハベルを見つめていた。先に焼けた分を彼女に全て与え、残り一匹だけをハベルは頂く。塩をふっただけだというのに、ラフタリアは咳を挟みつつ、破顔しながらあっという間に平らげた。

 

「・・・貴公、まだ咳が目立つな。これを飲んでおけ」

 

 満腹感から若干表情が緩んできたラフタリアに、ハベルは調合した薬を入れた薬瓶を差し出した。ステータス魔術により薬の作用は確認済みであるため問題は無い、と説明してから手渡すと、彼女は匂いを嗅いでから一口含んだ。瞬間、顔色が一瞬で青ざめ、これ以上ないほど表情を歪めながら「う゛ぇぇぇ」と含んだ分を吐き出してしまった。「・・・そこまでか」と嘆くハベルも同じ薬を試しに飲んでみる。すると、口の中で微かに苦みが転がった。亡者ですら苦みを覚えるほどだ。生者である彼女にとってはこれを飲めというのは拷問にも匹敵する所業であろう。

 

「・・・・・・明日は必ず薬屋に寄るとしよう。だから、貴公。頑張れ」

 

「う゛ぇぇぇぇぇーーーーーー!?」

 

 

 

 あの後何とか薬を一気に飲み干したラフタリアは、急に疲れを覚えたのかぐっすりと倒れ込むように寝てしまっている。焚き火の近くとはいえ冷えぬように毛布を掛けたハベルは、いつものように薬の調合に勤しみながら今日のことを振り返る。

 

 間違いなく言えるのは、導きに従って正解だったことだろう。亡者と同等の下賎な輩に絡まれない日常を手に入れたのもそうだが、指導の成果が早期に出現したことや、実戦の中での立ち回り、どれをとってもラフタリアの順応性は目を見張るモノがある。彼女のソウルも今や輝きと共に質量も順調に増している。このまま心折れぬ限りは波までに奴隷から戦士へと成り上がるのも時間の問題だろう。

 

「・・・いや・・・・・・助けて・・・・・っ!」

 

「・・・ぬ?」

 

 思考の最中、掠れた声の主を見やると、うなされているのか毛布をギュッと握りしめているラフタリアの姿が見えた。そして次の瞬間、ラフタリアは眼を大きく見開き、ガバッと勢いよく起き上がった。

 

「いやぁあああああああああああああああああああああ!」

 

「ヌッ!? どうしたラフタリア! 何が・・・」

 

 そこまで言いかけ、ハベルは奴隷商が夜中にパニックを起こすと言っていた事を思い出した。「お父さん! お母さん!」と、尚も泣き叫び続ける彼女に、ハベルはどうして良いか見当も付かずオロオロとするばかりである。このまま騒音が続けばいずれ獣や魔物が聞きつけてしまう。なにより、先程から泣き叫んでいる彼女のソウルに陰りが見え、本来の輝きを失いつつあった。

 

 様々な好ましくない事象を危惧したハベルは、とりあえずラフタリアを抱き寄せて膝上に乗せ、頭を撫で続けてあやし始めた。こんな時にどう言葉を掛ければ良いかも分からなかったが為に、ただひたすら鎧と密着させて撫で続けた。亡者である事に感謝するわけでは決して無いが、睡眠を必要としないのを良いことに、日が明けるまでの間、涙を流しうなされ続ける彼女を抱きしめ続ける形となった。

 

 

 

 翌日、ハベルに抱きかかえられたまま目を覚ました彼女は「ヒィ・・・!」と喉を鳴らすも、自分の身に何が起こったのかを察したのか、すぐにハベルの膝上から離れて必死に謝り続けた。そんなラフタリアに彼は黙って手を伸ばすと、彼女はサッと顔色を青ざめてはギュッと目をつむり、その場に縮こまってしまった。

 

 しかし、彼女に触れた手は暴力的なものではなく、むしろ優しげに彼女の頭を撫でていた。驚いた様子で主人を上目遣いで見つめるが、無機質な兜に隠れた彼の心情をラフタリアは理解できなかった。その後もハベルは特に何も言わずに野営地を片付け、彼女と共に城下町へと戻るのであった。

 

 城下町に戻るとすぐに朝食を露店で買い、ラフタリアに与えたハベルは彼女を薬屋の前で待たせ、咳止めなどの病に効く薬を注文すると共に、薬屋の主人に薬の調合について相談していた。試しに薬を見せてみると主人は一口含み、すぐさま手元に置いてあった水を飲んで無理矢理飲み込んだ。

 

「グェ・・・味は最悪だが、品質は然程悪くはないようだ。あんた、今までで薬学を習ったことは?」

 

「・・・いや、全くの素人だ。スキルとステータス魔術で確認しながら手探りでな・・・。如何せん手引き書でもあれば助かるのだが・・・」

 

「味だけに関してなら、ウチで売ってる手引き書を買えば何とかなるだろう・・・。しかし、四聖勇者の恩恵てのは恐ろしいもんだな。こういう薬ってのは最低半年は修業しないとままならねぇもんなんだが・・・」

 

「・・・恩恵、か・・・・・・」

 

 確かに主人の言う通り、四聖は呪いだけでなくスキルなどの恩恵をハベルに与えていた。さらに城下へと戻る際に気が付いたことだが、昨日ラフタリアに掛けた《回復》の奇跡の使用回数が、なんと元に戻っていたのだ。これらを利用しない手はないだろう。

 

 その後に、ハベルは薬屋の主人と商談を交わしていくつか自身で調合した薬を売り、そのお金で手引き書を買った。早速中身を見てみると、初級者向けと言うこともあってかイラストを中心とした大雑把なものであった為、文字の読めないハベルは助かっていた。

 

 主人に礼を言ってから店を出ると、店の前で待つように言ったはずのラフタリアの姿が見えなかった。割と長い時間が経っていたこともあり、仕方がないかと辺りを見渡すと、彼女は小物を扱っている露店を覗き込んでいた。店の者は買いもしないで居座る亜人の少女を疎ましげに見ていると、向こうから全身石鎧で覆われた噂の勇者が歩いてくるのを見つけ、思わず腰を抜かした。一方、ラフタリアは気が付かず、尚も視線は一点に集中していた。

 

「貴公、欲しいものでもあったか?」

 

「っ!? ご、ご主人様!? い、いえ全然何でもないです!」

 

 主人に必死で否定する前の彼女の視線の先には、細やかな装飾が施された金色のオルゴールがあった。夜泣きの軽減に使えるかも知れないと判断したハベルは、すぐさま店主に注文する。一応どういう物か聞くと、開いておけばその間ずっと子守唄が流れるという。尚更丁度良かったハベルは食い気味で頼み込むと、中古品だからと何故か半泣きの店員に半額ほどで買い取ることができた。

 

 あらかた買い物を済ませたハベルはすぐさま城下の外へと歩みを進めた。そして「出発するぞ、早く来ないか」と急かされ、その後ろを行く亜人の少女は、奴隷とは思えぬほど幸せそうに微笑みながらその後を付いていくのであった。

 




次の話で血が流れるんで飢えた方々は勘弁してくだしぃ・・・。


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EP9 盾の従者

そう言えば尚文ってツルハシは持てたんですよね。あれ? ツルハシって武器じゃないの!?(フロム脳)


 ハベルがラフタリアを従者にしてから三日目、エルトハルトの勧めもあってショートソードを手にした彼女は、盾の勇者指導の下で確実に力を付けていた。草原にて出現する無機質なバルーン系や植物型の魔物に遅れを取ることはもう無く、ハベルの手を借りずにそれらの群れを相手取れるほどまでに。

 

 咳も薬屋で買った物に加え、手引き書を見て調合した彼の薬も相まって大分落ち着きを見せている。また、ガリガリだった恰幅も欠かさぬ食事のお陰かそこら辺の人間の子どもと大差ないまでに回復した。ボサボサとしていた身なりも、ハベルが不器用ながらに整え、なんとか形にはなっていた。

 

 そして四日目、ハベルは昨日の彼女の立ち回りを判断し、狩り場を森へと移すことを決める。彼女もそれに反対することはなく、色とりどりのバルーンを殲滅した後に、森の中へと一足先に歩みを進める主人へとついて行く。

 

 森の中の雰囲気は草原とは異なり、様々な魔物の敵意が青々とした木々の間からより多く、より近くで感じられた。魔物の強さ自体も草原の物より強靱ではあるが、一度戦いの立ち回りを覚えたラフタリアのやることは変わりない。対峙した敵の動きをいなしながら観察し、動きの隙を見極め攻撃に転じていく。ハベルの教えを正確に守り、実行に移していくことは常人であれば容易ではない。だが、彼女の持ち前である順応力がソレを可能としていた。

 

 そうしてラフタリアは出会った魔物を順調に仕留めていた。ここまで聞けば、彼女は立派な戦士に成ったといえよう・・・・・・だが、哀しきかな。彼女はまだまだ子どもであった。

 

 ラフタリアがキノコ型の魔物を三匹同時に切り伏せているのを見守る中、ハベルにも敵意が向けられた。茂みの中から小型の影がハベルに向かって跳躍し、勢いよく突進を仕掛けるも、彼は四聖盾で難なく受け流す。力の行き場を失ったソレは宙に投げ出され、ハベルにガシッと片手で捕縛される。姿を視認すると、角が生えたウサギの魔物がまだ戦意を失っていないのか、ハベルの手の中で必死に藻掻いていた。

 

「ご主人様! こっちは終わりまし・・・・・・ヒッ!?」

 

 魔物との戦闘を終えたラフタリアが、手元のウサギを見た途端に目に見えて怯え始めた。そう言えば何気に草原ではあまり見ることがなかった血の通う魔物である・・・・・・まさか、と不審に思ったハベルは捕縛したウサギをラフタリアの目の前へ叩き付けた。ご自慢の角が折れるほどの力で地面に打ち付けられ、意識が朦朧としていているウサギが目の前に居るにも関わらず、彼女は何故かその場から動けずにいた。

 

「何をしている、貴公。トドメを刺せ」

 

「で、でも・・・斬ったら血が・・・・・・怖い・・・・・・」

 

 顔がみるみるうちに青ざめて声を震わせながら、ラフタリアは剣を降ろしてしまった。血を全く知らないはずもないだろうに、完全に戦意を失ってしまった彼女を見て、ハベルは溜息を吐きつつ項垂れた。

 

「ラフタリアよ、貴公を戦士にすると私は言ったはずだぞ・・・使命の障害となるモノは全て排除する。この先、そのような魔物だけではない。国に仇成す賊共や頭のイカレた狂人を相手にすることもあるだろう。分かるな? ・・・覚悟を決めろ」

 

「うぅ・・・・・・分かってます・・・でも・・・」

 

「・・・そうか、できれば使いたくはなかったが仕方がない・・・・・・ラフタリアよ、《命令だ!トドメを刺せ!》」

 

 ハベルが言い放った瞬間、ラフタリアの胸元に刻まれた奴隷紋が紫光に輝きながら浮かび上がる。そして、久方ぶりの呪痛が彼女の身に襲いかかった。「うぅぅぅ・・・・」と歯を食いしばり、彼女は痛みのあまりうずくまった。呪痛を払うには命令を聞けば良いだけ・・・それはラフタリアも充分知っているはずなのに、彼女はそれでも剣を構えることはできなかった。

 

―――役に立たない誓約だ・・・。

 

奴隷の誓約である《命令》が強制的に行わせるソレではなく、ただ呪痛を与えるばかりのモノと再認識すると、彼は心の中で悪態をついた。彼はなにもラフタリアに苦痛を与えたいわけではない。無理にでも血を覚えさせようとしただけなのである。

 

 彼女が呪痛に苦しむ中、遂にウサギの意識が回復する。そして、目の前でうずくまり隙だらけで弱っているラフタリアを認識すると、ウサギは標的を変えて彼女に跳躍し、鋭利な前歯を向けた。

 

「・・・・・・・もういい」

 

 ラフタリアと目と鼻の先まで詰め寄ったところで、ハベルは『トゲの直剣』をウサギ目掛けて突き下ろす。グシャリと皮膚を裂き骨が砕ける音と共に、小さな体から吹き出した鮮血がラフタリアに降り掛かった。

 

 呪いの誓約を取り消して呪痛が解かれたはずではあるが、返り血を浴びたラフタリアは魔物の亡骸を見ては「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」とメソメソ泣くばかりでまだ動けずにいた。そんな彼女を見つめ、ハベルは自分が無意識のうちに焦りを覚えていたことを思い知らされる。

 

 ラフタリアに起こったソレはなんて事はない・・・ハベルの世界でも新兵によく見られる症状だ。大のおとな・・・それも男であっても常人であれば生き物を殺めることに少なからず忌避は生じる。ましてや、それを一介の少女に早々と慣れろというのは、あまりにも酷ではないか。かねて血を恐れたまえ、なんて警句をハベルは国家騎士に成り立ての頃に教わったことがある。最初から血を恐れぬ者は、もはや人では無い。ただの狂人なのだ。

 

 ハベルはそっとラフタリアに向けて手を伸ばした。しかし、彼女は主人に奴隷の呪いを使わせたあげく、それでも命令に背いたことから、またもや怯えてギュッと涙を溜めている目を瞑った。今度こそ呪痛よりも酷い折檻が来る・・・と観念していたが、ハベルはまたいつも通りに頭を撫でるだけだった。

 

「・・・・・・すまなかった、だが今はまだ無理でも、じきに慣れてもらうぞ。貴公が今の生活を続けていきたいのならな」

 

「ご、ごめんなさい・・・ご主人様、どうか・・・見捨てないで・・・」

 

 ボロボロと涙を溢れさせながら、掠れた声でラフタリアは懇願する。確かに、彼女の身体は奴隷商の下に居たときよりは常人以上に回復したと行っても良いだろう。だが、まだ彼女の心は奴隷のままであった。その思いを断ち切らぬ限り、ハベルにとって望ましい従者・・・戦士には成れない。そのことは彼女が一番痛感していた。

 

「なら、せめて・・・これだけはやらせてください」

 

 そう言うと、ラフタリアは魔物の亡骸に解体用のナイフを突きたて、ハベルの見よう見まねで素材を回収し始めた。手元がおぼつかず、動脈を傷つけて更に血が噴き出しては表情を歪ませ、涙を流しながら捌いていく。痛々しく儚げなその姿を、ハベルはただ黙って見守る事しかできなかった。

 

 

 

 それから二人はいつものように日が暮れるまで戦いに打ち込んだ。血の通う魔物が現れた際も、ラフタリアは決して戦わないと言うことはなく、殺さずに意識だけを奪いハベルがトドメを刺すといった具合だ。彼はそのことに関して何も言わなかったが、良い感情を向けられていないことだけは理解していた。

 

 辺りが暗くなり始めてからは、森の近辺にあるリユート村へと足を運んだ。ラフタリアの夜泣きの件もあり、ハベルはなるべく魔物の目に付きやすい野宿はしないよう心がけていた。小規模ではあるが狩り場を移した後の拠点にするには良さそうな村であり、宿は一つしかないが宿泊費は銀貨1枚、商人も二日に一度は滞在するという好立地であった。

 

 村人達は全身に重厚な石鎧の鎧を纏ったハベルを見て、噂の盾の勇者である事に気が付く途端に怯え始める。しかし、隣に連れている亜人の少女がまるで親子のように親しげに接しているのを見て、彼が噂の化物であるか疑問を持つようになっていた。

 

 そして何より、壮年の村長が村人達の混乱を治めるべく、直接ハベルに話を伺ったときである。村長が何気なしに村全体で薬が不足していることを仄めかすと、ハベルは夜中に調合していた大量の薬を譲ったのだ。

 

 ハベルとしては夜中にラフタリアを寝かしつけた後、特段何もすることが無いため薬の調合に勤しんでいただけであったが、そんなことはつゆ知らない村長は警戒度を下げ、すぐさま村人達に薬を配給した。中には怪しむ者も何人か居たが、村の大部分はハベルに対して恐れを抱かなくなった。

 

 そんなわけで城下町よりも居心地が良いリユート村を拠点として滞在することしばらく、ハベルは村長から勇者様にしか頼めないと相談を受けた。なんでも村の大事な炭鉱に住み着いた魔物を討伐して欲しいとのことである。

 

 最初の災厄の波の影響か、村の特産であった炭鉱に危険な魔物が迷い込み、そのままねぐらにしてしまってから誰も近づく事ができず、村の活気が失われてしまったという。ラフタリアの鍛練に丁度良いかも知れないとしたハベルは、これを二つ返事で了承した。

 

 

 

 

 

「あ・・・あの・・・・・・」

 

 「・・・ぬ?」と、問題の炭鉱に向かう道中、突然ラフタリアからクイッと手を引かれたハベルは兜を彼女の方へ傾けた。

 

「ご、ご主人様が、さ、災厄の波に立ち向かう理由って何でしょうか!」

 

 ラフタリアは勇気を振り絞り、若干声を張り上げてハベルに問いかけた。

 

「・・・・・・理由・・・・・・それは、私が盾の勇者だからであろう?」

 

「そ、そうではなくて、あの・・・私は臆病だから・・・だから変わりたくて、その・・・ご主人様の戦う理由を聞いて・・・ご主人様の勇気を少しでも貰えればな・・・って」

 

「・・・戦う理由? 私が盾の勇者として召喚されたからだろう?」

 

 彼との間に認識のズレが生じているのか、こちらの意図が伝わらないことに、ラフタリアはどうすれば良いかとオロオロする。そんな彼女を、ハベルは心底不思議そうに見つめ、首を傾げていた。

 

「で、ですから、そうではなくご主人様自身の理由を―――」

 

「理由も何も、それが私に課せられた使命であろう?」

 

「・・・えっ?」と、あまりにも堂々と言い切ったハベルに、ラフタリアは言葉を失った。

 

「私がこの世界に存在しているのは、四聖勇者という使命を与えられたからだ。盾の勇者として使命の邪魔をする者を排除し、災厄の波を打ち払い、世界を救う。ソレがこの世界に召喚された私の存在意義であり使命だ・・・・・・他に何かあるか?」

 

 それから炭鉱に到着するまで、ラフタリアが言葉を発することは無かった。しかし、到着するまでの間ずっと、ハベルの手を離すことも無かった。

 

 

 

 

 地図を広げて場所を確認しながら、二人は人の手が長らく入っていないだろう雑草が生えだしている道を行き、目的地の炭鉱へと到着する。ボロボロで碌に整備もされていない坑道へと入って行くと、足下の所々に獣の足跡を発見する。

 

 大きさや足跡の形状からから見ても、大凡中型程度の野犬であろうことが予想される。犬型の魔物と推定すると、ハベルは兜の下で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。ハベルの居た世界での主な死因の一つが、まごう事なき犬である。何度取り囲まれ、その度に何度あの牙に八つ裂きにされたことか・・・。重量のある武器を好むハベルは単体でもさることながら、犬を従えていたデーモンを見た瞬間、心が折れて思わず使命を投げ出したくなったほどだ。

 

 ハベルの不安が伝わったのだろうか、手を繋いでいたラフタリアは心配そうに見上げる。「・・・問題ない」と彼は一言添えると『頭蓋ランタン』を片手に薄暗い坑道を先頭で突き進んでいく。

 

 木材で所々が補強された暗い洞窟内を抜けると、今度は小さな泉や流れの緩やかな滝等の水源が存在する広々とした空間に出た。天井からは外の光が疎らに覗いており、至るところにある鉱石がその光を反射して輝いているため、ハベル達の居る空間は光源には困らなかった。どこか幻想的な光景にラフタリアは目を輝かせていたが、ハベルはお構いなしに泉の方へと続く坂道をズンズンと下っていく。

 

 慌てて付いてくるラフタリアを余所に、ハベルは辺りを見回して索敵を行っていた。犬型の魔物相手に高所で戦うのを嫌っていた彼は自然と早足になっていた。途中、ラフタリアがきちんと付いてきているか振り返ると、息を切らす彼女の後ろにソレは居た。

 

 滝の方の坂道から彼女を二つの顔で見下ろし、獲物と定めたのか牙を剥いている。ハベルよりも一回りほど大きい双頭の黒い野犬が、気づかずに駆け寄ってくるラフタリアに巨体を揺るがしながら駆け出した。

 

 ハベルもすぐさま地面を蹴り上げて走り出し、キョトンとしたラフタリアの背後へと周り『黒騎士の盾』を展開して野犬を迎え撃った。ガァンッ! と真正面から野犬の突進を受け止めたハベルはすぐさま『黒騎士の斧槍(グレイブ)』を構え、双頭に向けて振り下ろす。しかし、野犬は振り下ろされる直前で四肢の筋肉を活用し、見慣れた動きで後ろへと距離を置いてコレを躱した。

 

 ニヤリと舌を出して嘲笑う双頭の顔にハベルは舌打ちをしながらも、冷静に武器を構え直す。道中で見かけた足跡はコイツの幼少期の物だろう。先程受けた力もそんじょそこらの魔物とは比べものにならなかった。今のラフタリアではまだ早かったか・・・・・・と彼女を案じて顔を向けると、彼は異変に気が付く。ラフタリアは尋常では無いほど蒼白に青ざめ、ガクガクと全身を震わせていた。ハベルはその光景に嫌な既視感を感じていた。

 

「ああ・・・ああああ・・・・・・イヤアアアァァァァァァーーーーー!」

 

 炭鉱に彼女の悲鳴が木霊した。パニックを起こし泣き叫ぶ彼女に、野犬はターゲットを変更したのか、ハベルの横を突っ切った。「マズイ!」と思わず口にしたハベルはその重厚な鎧に似合わない俊敏さを見せ、ラフタリアを抱きかかえたまま泉の方へと飛び込んだ。

 

 そして、落下の最中に彼は手にしていた斧槍を力任せに崖へ突きたて、岩壁を崩しながら徐々に落下の速度を崩していく。ラフタリアを抱えたまま片腕にありったけの力を込めて続けると、やがて真下の岸へドスン! と衝撃を受けつつ着地した。「グゥッ・・・」と落下の衝撃で体を痛めたハベルは、堪らずエスト瓶を取り出して口に含む。瞬間的に痛みを癒やしたハベルは、尚も泣きわめく彼女の方へと視線を向けた。

 

「・・・ヒック・・・犬の魔物が・・・・・・村の皆や・・・お父さんとお母さんを・・・うぅぅ・・・」

 

「・・・そうか。貴公、最初の波で・・・」

 

 ハベルの言葉に、ラフタリアはかろうじて頷いた。彼女の夜泣きの原因をある程度察すると、彼はラフタリアをこの場から逃がすことを決めた。パニックを患っている彼女を守って戦える自信を、彼は持ち合わせてはいなかった。まだまともに血を覚えていない彼女に、この戦いは早尚過ぎるのだ。

 

「ワオオオォォォン!」

 

「「っ!?」」

 

 しかし、いつの間にか野犬は二人の前へと姿を現し、どこにも逃がさないという意味を込めてか遠吠えを始めた。ハベルはすぐさま武器を構え直し、またもパニックに陥りかけているラフタリアへと語りかけた。

 

「ラフタリア・・・・・・貴公は逃げろ」

 

「・・・えっ!? で、でもご主人様は!?」

 

「私は・・・このまま奴の注意を引く。貴公はその間に逃げろ」

 

「で、でも―――」

 

「黙れ! ・・・奴は貴公のお守りをしながら戦えるほど弱くはない。だから黙って言うことを聞け! でなければまた《命令》をするぞ!」

 

「ご主人様を置いて逃げるなんて――――」

 

「グアァァッ!!」

 

 ラフタリアの言葉を遮るように、野犬が先に動いた。ハベルもそれに合わせて前へと出ては斧槍で刺突を繰り出す。すると、野犬はまたもや当たる直前にバックステップで距離を取ってコレを躱した。

 

 距離を置かれたハベルはすぐさま斧槍から連装クロスボウ『アヴェリン』を展開し、三本のボルトを続けて狙い撃つ。駆け出した野犬の体に2本命中するも、図体がでかく強靱なためか怯まずにハベルへと距離を詰めていった。

 

―――抜かったか!? 

 

 ハベルは咄嗟に盾を構え野犬の片頭の牙を防ぐも、もう一方が続けざまに牙を剥き、ハベルの肩部へと食い込ませた。痛みに耐えつつ、ハベルは空いた手元から『トゲの直剣』を振り上げるが、まるで動きを読んだかの如く後ろへと下がった野犬に浅い裂傷を負わせるだけであった。

 

 図体の割に素早い身のこなし、最悪の組み合わせにハベルは苛立ちが募っていた。だが、先程の手応えからしても強靱な割に耐久性はそこまで高いわけではないことを彼は察した。一撃、致命的な一撃を与えることができればすぐさま沈められるのだが、そのチャンスは容易ではないだろう。思案を巡らせていると、尚も後ろで彼女の嗚咽が聞こえてきた。

 

「何をしている! 《命令だ! 今すぐ逃げろ!》」

 

 ままならず怒鳴ると、ラフタリアの胸から紋章が輝きを放ち、呪痛が彼女を襲った。しかし、それでもラフタリアは逃げなかった。否、両親の影と重なった主人を置いて逃げられなかった。

 

「逃げろと言っているだろう! ラフタリア! 《命令だ! 逃げろ!》」

 

 叫ぶように命令を下し、ラフタリアの身に掛かる呪痛が重なろうとも、彼女は更にパニックを起こし、自分自身でもどうすれば良いか分からずにただ狼狽している。そんな中、またもやラフタリアを狙って襲いかかる野犬を、ハベルは全力で受け止めた。

 

「貴公は生きろ!  頼む、ラフタリア! ()()()()()()()()()()()!」

 

 その言葉が、彼女の中で幾重にも響いた。刹那、ラフタリアの家族を襲った最初の波の記憶が鮮明に思い出される。両親は幼いラフタリアに生きて欲しいと願いを込め、崖から海へと突き飛ばした。海へと落ちる最中、彼女の目の前で三つ首の獣が両親を食い殺す。おびただしい鮮血・・・飛び散る肉片・・・そして両親の言葉が、ラフタリアの中で何度も繰り返された。

 

『生きてくれラフタリア』

 

『私たちの我が儘を許して』

 

―――行かないで・・・行っちゃイヤ・・・・・・置いてかないで・・・もう、一人にしないで!!

 

 

「死んじゃ・・・ダメエェェェーーーーー!!」

 

「グルアァァアアアアア!?」

 

 それは、誰もが予想だにしていないことだった。ショートソードを構えたラフタリアは、全身の力を振り絞ってハベルへ食らいついている野犬へと跳躍し、片頭の喉元へと渾身の力を込めて突き刺した。堪らず野犬は全身を使ってラフタリアを振りほどき、彼女を地面へと叩き付ける。ラフタリアはそれでも体勢を立て直し、強い敵意を込めた眼差しを野犬へと向ける。野犬もラフタリアを敵と見なし、牙を剥く。

 

「よくやったぞラフタリア!」

 

 だが、彼に背を向けた時点で、勝負は既に付いていた。

 

 ハベルは黒騎士の斧槍を展開させ、自身の筋力に物を言わせ全力で振り下ろした。斧槍の刃は確実に野犬の首元を捉え、健常な片頭が宙へと跳ねる。凄まじい痛みに体を揺らすが、逃がすまいとハベルは傷ついたもう片頭を鷲づかみ、首元から胴体を掛けて斧槍を貫通させる。鮮血が吹き出し苦しむ野犬に更に力を込めて差し込み、野犬の体をねじ伏せた。

 

 そうして事切れた野犬のソウルがハベルへと流れ込むと、拠り所を失った肉体は灰となり、宙を舞って跡形も無くなっていった。

 

 

 

「・・・まったく・・・役に立たない誓約だな」

 

 ハベルの言葉が戦いの終わりを示すと、ラフタリアの手から剣が滑り落ちる。そして、じわりと涙をにじませると、彼女は勢いよくハベルに向かって飛びついた。

 

「絶対に死なないで! 私を一人にしないで・・・ハベル様・・・」

 

 嗚咽を交えながらボロボロと涙を溢れさせる彼女を、ハベルは腰を下ろし、慣れた手つきで優しく抱き寄せて撫でる。

 

「死なないさ、私はな・・・・・・よく頑張ったな、ラフタリア」

 

 思わぬ成長にハベルの声色もどこか優しげな物へと変化する。彼女が泣き止むまで、ハベルはずっと、彼女を抱き寄せていた。

 



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EP10 波へと向けて

いやあ、ものの見事にアイスボーンにハマってしまいましてね(言い訳)。
ジンオウガがクリア後のコンテンツだと聞いたときの私の絶望が、貴公らに分かるか? いや、分かるまい(反語)


 炭鉱での戦いから約一ヶ月が経ち、リユート村を拠点に鍛練を重ねながら城下のギルドから発注される依頼等をこなす等、二人は戦いの日々に明け暮れていた。全ては災厄の波までにラフタリアを奴隷から立派な戦士にするため・・・ただひたすら彼女に戦いを打ち込ませていった。

 

 炭鉱での一件から彼女の思い切りの良い立ち回りを見出したハベルは、日々の鍛練の中に彼自身とのより本格的な模擬戦を組み込ませた。獣の血が混じる亜人であるためかヒトよりも俊敏性、瞬発力など身体面では目を見張る物がある。

 

 より実戦に近く殺伐とした模擬戦により、彼女の戦い方はハベルとは似付かぬほど差異を帯び、守りよりも攻めに力を入れ、相手の懐へと飛び込む事が多い大胆な物へと変化した。魔物のレザー装備に片手剣のみという限界までの軽装、その素早い身のこなしから放たれる致命の一撃、己が技の粋を叩き込んではすぐに実戦へと移し込む彼女を育てるのは、彼としても存外に面白いものだった。

 

 更に、彼女の飲み込みの早さはそれだけでは無かった。ラフタリアは立ち回りを確立するにあたって、ハベルからの教えだけでは無く、彼が無意識のうちに行っているであろう動きを真似ていった。自身の攻撃を当てる際の踏み込み・・・相手の攻撃を躱す瞬間の退き際・・・小さな一歩の間合いでの感覚を徐々に掴んでいき、ラフタリアは遂に彼女独自の戦技を習得するに至った。

 

 彼女が戦いの中で初めて実践したのは丁度今朝のことだ。城下付近の草原で大量発生している、背面と側面が針毛でビッシリ覆われた獣『ヤマアラ』の討伐依頼を受けた時である。何分数が多いため二人で手分けをして討伐に挑み、先にハベルが任された分を狩り終えて何気なしに彼女の方を見やる。その時であった。

 

 彼女は最後の一匹を追いかけ回していると、逃げていたヤマアラが突如として振り返り、そのまま体を丸めてラフタリアに体当たりを仕掛けた。その距離は目と鼻の先ほど近く、とても回避が可能な距離では無かった。どうしたものか・・・とハベルが見届けていると、彼女は剣の腹を向け、足を開いて体幹を整えると真正面からヤマアラを受け止め・・・瞬間、ハベルの耳に聞き慣れた『弾き』の音が響き渡る。

 

 力の行き場を失ったヤマアラはほんの僅かな時間、宙でバランスを崩してしまう。その刹那的な瞬間をラフタリアは逃さず、ヤマアラの針毛が無い首元に深々と剣を突き刺した。ヤマアラが事切れるのを見届けると、ラフタリアは返り血を腕で拭い、主人にいつもの笑顔を向ける。

 

「ハベル様、こちらは済みました・・・あの、どうされましたか?」

 

「・・・ラフタリアよ・・・先程のアレは何だ?」

 

「さっきの・・・? ああ! あれは、その、ハベル様の盾の受け流しが剣でもできないかなーと思いまして。丁度コツを掴んだところなんですけど・・・・・・ダメ、ですか?」

 

「・・・・・・そうか・・・・・・・・・いや、貴公に任せる」

 

 ハベルは自身の『四聖盾』と『黒騎士の剣』を交互に眺めてから考えた末、ラフタリアに一任した。一方、彼女は編み出した戦技を否定されなかった安心と実戦で成功し通用した喜びで胸を躍らせながら、仕留めたヤマアラを次々と手際よく解体していく。最初の頃とは考えられないほど強く育ったものだ、とハベルは一人思い起こしていた。

 

 ヤマアラの解体を終え、二人はそのまま城下町のギルドへと依頼の達成報告を済ませる。その際、貰うべき報酬が張り出された額の半分である事をラフタリアは気が付いた。どうやら、罪人である盾の勇者がギルドを通じて依頼を受ける際の規定らしく、今までハベルが受けてきたクエストもそうだったらしい。すっかり憤慨したラフタリアは誤解だと抗議の声を挙げるが、別に稼ぎを重視していないハベルからすればそんなことはどうでも良かった。受付に尚も異議を唱えるラフタリアを下がらせ、二人はギルドを後にするのであった。

 

「んもう! ハベル様! 今後はあんなギルドから依頼を受けるのは辞めましょう!」

 

「・・・・・・何故貴公がそう怒るのだ? 現状、金銭に困っているわけではないだろう」

 

「そういう問題ではないのです! 私は・・・・・・私は、ただハベル様が良いように使われているのが我慢ならないんです!」

 

「・・・そういうものか?」

 

「そういうものです!」

 

 プクッと頬を膨らませては尚も不機嫌な様子のラフタリアを不思議に思いながら、ハベルは武器屋へと足を運んでいく。災厄の波の訪れが近いためか、道中で何人もの王国騎士達が忙しなく城下を往来しているのを見かける。騎士だけではない、町全体が何やらピリピリと気を張っているようだった。

 

「町の雰囲気がなんだか物々しくなってきましたね・・・」

 

「災厄の波が近いからであろうな・・・・・・せめて、何時何所で訪れるものかが分かれば対策のしようはあるのだが、騎士達の様子を見る限りでは後手に回るのは確実であるな」

 

 ままならんものだ・・・とハベルが呟いたところで、二人は武器屋の前へと辿り着いた。拠点をリユート村へと移したお陰でこのところめっきり顔を見せていなかった所為か、店主のエルトハルトは二人を見た途端に、カウンターの向こうで顔を輝かせていた。

 

「ハベルのあんちゃんに・・・こりゃたまげた、嬢ちゃんじゃねえか! 随分と久しぶりだな!」

 

「・・・・・・そう言えばそうであったな」

 

「お久しぶりです、親父さんも元気で安心しました」

 

 無愛想な態度のハベルとは一転して、ペコリと会釈をするラフタリアに、エルトハルトは店に来た当初の彼女を思い出して目頭が熱くなっていた。別にハベルを信じていなかったわけではなかったが、まさかここまでとは思わなかったのだろう。

 

「あんちゃんは相変わらずだが、嬢ちゃんの方はすっかり見違えちまったなあ。随分と別嬪さんになっちまいやがって・・・・・・。そういや近頃見かけなかったが、あんちゃんのことだ。さぞや戦いづくしだったろう?」

 

「森の近くにあるリユート村でハベル様に鍛えてもらいました。確かに戦いの日々でしたが、テーブルマナーや料理も村の人達から教えてもらいました。ハベル様の従者として少しでも恥ずかしくないように、色々と頑張ってましたよ。・・・・・・まだまだですけど」

 

「くぅ~~、心身共に健気になりやがって。前に来たちんちくりんとは大違いだ。良かったなぁ、ハベルのあんちゃん」

 

「・・・まあ、貴公の言う通り亜人の特性にはこちらとしても大いに助かっているところだ。幼子を戦場にかり出す羽目にならないのもそうだが、戦いにおいても成長具合には目を見張るものがある。・・・・・・夜泣きもすっかり落ち着いたことだしな」

 

 ハベルのあんまりな物言いに、思わずエルトハルトはずっこけそうになる。溜息をつくラフタリアを横目に、そりゃねえだろ、と言わんばかりに彼へ目線を向けるが、当の本人には何一つ伝わらなかった。

 

 ハベルの言った通り、亜人にはある特性がある。幼いときにある一定の経験を積むと、それに比例して肉体も急成長を遂げるというものだ。そうとは知らず、みるみるうちに彼女の発育が異常なまでに発達していくのを不審に思ったハベルが村長に相談したところで発覚したことである。想定外の事ではあったが、ラフタリアを戦士にする上ではどう転んでも損のない好都合な事象だ。経験が経験であるため、肉体だけではなく精神も成長を遂げていることだろう。もはや奴隷だった頃の面影すら、残っていないように見えていた。

 

「にしても、あんちゃんはとんだ朴念仁だなあ・・・」

 

「・・・ぬ? 貴公、ソレはどういう意味だ」

 

「俺に聞いてる時点でアウトだ。まったく、嬢ちゃんが誰のためを思ってここまで立派になったと―――」

 

「わ、わぁああーー!! 親父さん! ハベル様に余計なこと言わないでください!」

 

 「でもよぉ・・・」と言い淀むエルトハルトの言葉を遮るようにラフタリアは騒ぎ立てる。事の発端であるにも関わらず、ハベルはやれやれといった具合に中睦まじく話す二人を眺めていた。

 

「・・・・・・そんなことよりもエルトハルトよ、今日はラフタリアの装備を整えに来たのだ。魔法鉄の直剣と上質のレザー軽鎧を頼む」

 

「ああ、分かった。ちょっとそこで待ってな。丁度嬢ちゃんに似合いそうな物を見繕ってたんだ」

 

「あ、あの、そのことなんですが・・・・・・ハベル様はよろしいのですか?」

 

「・・・何?」

 

 エルトハルトが商品を取りに店の奥へと消えたとき、ラフタリアがおずおずと言いにくそうに切り出した。なんでも自分ばかりが装備を買い与えてもらってばかりで、なんだかばつが悪い気がするというのだ。そうは言っても、ハベルは現状、装備追加の必要性を感じてはいなかった。炭鉱での件もハベル自身が苦手としていた犬型が相手であり、言い方は悪いがラフタリアを庇わなければマシな立ち回りができたことだろう。

 

「・・・私に必要性を感じるのか? それよりも貴公はまず自分の心配をするべきだろう。災厄の波では何が起こるか分からんのだ。私の身を案じていられるほど貴公には余裕があるのか?」

 

「いえ、それは・・・・・・申し訳ありません」

 

 ハベルの放つ気迫が一変し、語気も心なしか強くなる。出過ぎたと判断したラフタリアはシュンと気落ちしてそれ以上は何も言わなかった。注文通りの商品を持ってきたエルトハルトはその一連の流れを察したのかハベルを窘めるように睨み付ける

 

「はあ、ったく。そんな言い方ねぇだろ。嬢ちゃんは単純にあんちゃんの心配をしてんだよ。・・・・・・しょうがねえなあ。嬢ちゃんの気持ちを汲んで、いけ好かねえあんちゃんの装備は俺がオマケして考えといてやるよ」

 

「えっ! 親父さん、本当ですか!?」

 

「あたぼうよ。次に来るときまでには考えといてやるよ」

 

 ありがとうございます、と彼の気遣いにラフタリアはいつもの元気を取り戻していた。ついでに彼女は注文した鎧と剣を値切りに掛かると、エルトハルトはこれまた嬉しそうにしながら彼女の交渉を快く受けていた。結果、武器にブラッドコーティングという耐久性を高めるものをサービスで付与してもらうところまで交渉した彼女を、なんとも逞しく育ってくれたとハベルは感慨深く眺めていた。

 

「そう言やよ、あんちゃん達は教会にはもう行ってきたのか?」

 

 エルトハルトからの突然の問いかけに、二人は揃えて疑問の声を挙げた。てんで見当が付いていないその様子に、問いかけた彼も同じように「え?」と口から疑問を漏らしていた。

 

「なんだよ、あんちゃん達は教わってねえのか? この町の広場で時計台のある教会にデカい砂時計があるらしいぞ。龍刻の砂時計って名前だったな。その砂が落ちきったときに、勇者は一緒に戦う仲間と共に厄災の波が起こった場所に飛ばされるらしいぜ」

 

「・・・・・・初耳だな」

 

「まあ、あんちゃんはハブられてんだろ。なんたって犯罪の勇者様だからな」

 

「・・・・・・ぬぅ」

 

 笑いながら彼なりの冗談のつもりであったが、ラフタリアがグスッと鼻を鳴らし、途端に目に涙を溜めて哀しげな表情を見せたため、堪らず慌てふためいて説得していた。一方、ハベルは彼の冗談を聞き流しながら先程の情報を整理しては唸りを挙げていた。直接関係の無い武器屋の彼でも知っている『波』に関する知識。ラフタリアを鍛えることだけ目が向いていたばかりに、ハベルはこの世界の常識に疎いことを改めて自覚させられた。

 

「こうしてはおれんな・・・・・・ラフタリア、装備を替えたらすぐに向かうぞ」

 

「は、はい!」

 

 ハベルの指示が飛ぶと、気を取り直したラフタリアはせかせかと防具を持って更衣室へと入っていった。同時に彼はラフタリアの値切った料金をカウンターへと置き、魔法鉄の直剣を受け取る。

 

「なあ、ハベルのあんちゃん。あの嬢ちゃんは根っこからあんちゃんのことを信じてるんだ。化物でも勇者でもない、あんちゃん自身をな。それだけは覚えといてくれよ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エルトハルトの思いをどう受け取ったかは知らないが、彼はただ黙って剣を受け取る。そして、ラフタリアが戻って店を出る際に一言「・・・また来よう」とだけ添えて行ってしまった。どこまでも不器用なハベルに、エルトハルトはやれやれと言った具合で店の奥に引っ込み、ラフタリアとの約束であるハベルの追加装備を考えるのであった。

 

 

 

 キュルルル~ッ! と武器屋を後にした瞬間、どうにも聞き馴染みのある腹の虫がハベルの耳元まで聞こえてきた。音源を見やると、そこには顔を盛大に赤らめた彼の従者の姿があった。そういえば昼時であったな、などとハベルは時計台を見ながら思案する。

 

「・・・・・・教会は逃げては行くまい。先に食事にしようか?」

 

「うう・・・すみません、お願いします・・・・・・」

 

 お腹を押さえ、申し訳なさげに獣耳を垂れながら言うラフタリアを連れ、ハベルはいつもの食事処へと足を運んだ。店の中に入ると店員やその他の客も一ヶ月ぶりとはいえもう慣れたのか、過剰に怯えることはなく少し噂話が飛び交うといった風に落ち着いていた。ハベルは適当に席へ付くと、早速ウェイターを呼び出して素早く一人分の定食を注文する。注文を受けたウェイターが奥へと引っ込もうとしたその時、ラフタリアが待ったを掛け、ハベルの方をもの言いたげな目でジッと見つめた。

 

「ハベル様、何度も言いますが御自分の料理を頼み忘れてますよ?」

 

「・・・・・・私は食欲がない。貴公だけで良かろう」

 

「その言い訳も何度も聞きました。戦士はいつでも戦えるよう万全にしておくものだ・・・私が最も尊敬する人のありがたいお言葉ですよ」

 

「・・・・・・ぬう・・・・・・」

 

 ラフタリアは戦いの絡んだハベルには全く頭が上がらない。しかし、普段の生活ではその立場が逆転し、ラフタリアは彼に生者同然の人間性のある生活を送って欲しいと願いを込めて厳しく接するところがあった。端から見れば奴隷の主従関係とは程遠い微笑ましくもあるものであったが、亡者であるハベルは余計な世話としか捉えることができずにいた。だが、今でも彼女の前では重厚な兜や鎧を脱がず、何故かは分からぬが化物である事を明かす気になれない彼は、ただ彼女の言うことを聞くほか道はなかった。

 

「すまない、追加で一番安い定食と一番強い酒を――」

 

「ハベル様、昼間からお酒はだらしがないです」

 

「・・・・・・・水を一杯」

 

 かしこまりました、とウェイターが下がっていくのと同時に、ラフタリアの顔には満足げな笑みが浮かんでいた。リユート村でも何度も繰り返されたこのやりとりであるが、不思議とハベルはそこまで悪い思いを抱いてはいなかった。

 

 

 

 

 

「これが、親父さんの言ってた『龍刻の砂時計』・・・綺麗・・・」

 

 教会に着いてすぐ、二人は受付のシスター服を着用した女性聖職者に案内された。ハベルの石鎧を見るなり嫌そうな顔を隠そうともしない彼女にラフタリアはムッとしていたが、教会内部の中央にデカデカと設置された龍刻の砂時計の神秘に当てられていた。

 

 独特な金の装飾が全体に施されており、およそ七メートルの高さから流れる炎の如き赤い砂がラフタリアを魅了していた。思わず彼女が手を伸ばすと砂時計が一瞬だけ輝き、視界の端に時間が刻まれた。ステータス魔術の1種だろうか、時間は18:29と災厄の波までの時間を示している事が分かった。

 

「時間が・・・コレに合わせて災厄の波に備えれば・・・・・・ハベル様?」

 

 教会に入ってから彼の反応が何も無かった事に気づいた彼女が顔を向けると、そこには龍刻の砂時計を呆然と見上げる主人が見られた。普段の彼からは考えられないほど無防備な姿を晒しており、まるでここではない、どこか遠くを見据えているかのような感覚に囚われ、ラフタリアの心はざわついていた。

 

 その一方、ハベルはどうしようもないほどの既視感を龍刻の砂時計から感じ取っていた。あり得ない、そんなはずはない・・・そう自身に暗示を掛けても、彼の心に平穏が訪れることはなかった。彼はラフタリアの不安げな呼び声に耳を貸さずに彼女を追い越し、砂時計へと恐る恐る歩みを進めた。そうして、まるで太陽の如く輝き、炎のように燃え盛る赤い砂粒に向けて、ハベルは震える手を伸ばし―――

 

「そこにいるのはハベルか?」

 

 あと一歩、あと少し手を伸ばして届きそうなところで、久方ぶりに聞いた声がハベルの意識を取り戻させる。ハベルはすぐさま腕を引っ込めて声の方へと体を向けると、こちらを見定めるかのような目で見下す『槍の勇者』の姿があった。

 

「おいおい、最初の頃と何にも変わってないじゃないか? 石の鎧が下から数えた方が早い下位装備なのを知らないのかよ?」

 

「・・・モトヤスか、久しぶりだな」

 

 久しぶりに会った彼の装備は、銀に輝く鎧で身を固め、なんとも自己主張の激しい装飾が施されたものであった。相も変わらず意味の通じない言葉に首を傾げながらも、ハベルは元康に挨拶を交わす。しかし、彼の後ろから憎らしげな目線を向ける赤髪の女性が、ハベルの前に立ち塞がった。

 

「ちょっと! 犯罪者風情が何を気安くモトヤス様に話しかけているのかしら?」

 

「・・・ほう? まだ生きているとは驚きだな、マインよ」

 

「なっ!? ・・・・・・ええ、誰かさんと違って槍の勇者様はちゃんと仲間を大切にしてくださいますもの」

 

 瞬間的に表情を歪ませた後、マインはこれ見よがしに元康の腕へと絡みついた。その様子を見て、ハベルは煩わしげにフンっと鼻を鳴らす。

 

「それはモトヤスの苦労を増やしているだけではないか?」

 

「なんですってぇ?!」

 

「この野郎! まだ彼女を侮辱する気・・・か・・・・・・?」

 

 ヒステリックに叫ぶ彼女を余所に、元康はハベルの後ろでオロオロとしている亜人の女性を発見した。すると、彼はするりとマインの腕をほどいてハベルを退かし、ヒラリとラフタリアの前に傅きはじめた。

 

「初めまして、美しいラクーンのお嬢さん。俺は槍の勇者『北村元康』と言います。もし貴女がよろしければ、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「・・・・・・え、ゆ、勇者様だったんですか? えっと・・・ら、ラフタリア・・・です」

 

「ラフタリアちゃん、可愛らしい名前だ。本日はどのようなご用件でこんなところに? 貴女のようなお人が物騒な鎧と剣を持っているなんてどうしたというのです?」

 

「えっと・・・その・・・・・・」

 

 突然槍の勇者に言い寄られてしまい、ラフタリアはどうすれば良いか分からずに困ってしまう。そんな最中、態度を一変させてだらしなく口説き始めた元康の背後から、どす黒い怨嗟の念が送られているのを感じ取る。念が向けられてくる方を見ると、彼のパーティーであろう三人の女性がジト目で、或いは笑いながら槍の勇者と自分に向けて睨みを利かせているのが分かった。

 

 ゾワリとしたものが彼女の背筋を走って体毛が逆立つ中、槍の勇者は尚も気づかずに訳の分からないことを話しながら言い寄ってくる。堪らず彼女はハベルの方へと顔を向けて涙目になりながら助けを求めると、状況を飲み込めず傍観していた彼は、何とか彼女の意思を汲み取ることができた。

 

「・・・貴公、そこまでにしておけ」

 

「ああ? 何だよテメェ、まさかラフタリアちゃんに欲情したんじゃ―――」

 

「貴公のためを思って言っているのだろうが。・・・それと、ラフタリアは私の連れだ」

 

 「な!?」と見るからに動揺する元康の隙を突いて、ラフタリアはそそくさとハベルの後ろへと隠れるように移動する。彼のような奴に可愛いケモ耳女の子の連れがいるという事実に衝撃が走るも、すぐさま元康は余裕の笑みを浮かべた。

 

「なんだよ、一人で使命を全うするんじゃなかったのか? やっぱハッタリだったんじゃねえか。それとも、化物でも人肌が恋しくなったのかよ」

 

「・・・許せよ、貴公。こちらにも色々と事情があったのだ。知っての通り貴公のような人望は化物である私には無いものでな・・・」

 

 あくまでも動じない姿勢を見せるハベルに、元康はイライラを募らせていく。まさに一触即発の雰囲気が教会内を支配していた。しかし、その暗い雰囲気を一変に吹き飛ばすほど、朗らかで明るい声が教会に響き渡った。

 

「おお! ハベル殿にモトヤス殿ではないか! 勇者全員が息災なようでなによりだな! ウワッハッハッハ!!」

 

「ソラ――」

 

「ソラールさん!!」

 

 無意識にハベルを遮り、元康は声の主へ颯爽と駆け寄った。『剣の勇者』ソラールの横には彼の仲間の仲間が控えているほかに、『弓の勇者』川澄 樹が途中で合流したのか、彼の横に連れ添っていた。三勇者とその仲間達が互いに和気藹々と交流を図っている最中、自然とハベル達は蚊帳の外となっていた。元康同様に装備を整えた樹と、あの時から何も変わっていない太陽のホーリーシンボルが描かれたお手製の装備を纏っているソラールが無事であるのを確認すると、ハベルは「行くぞ」と一言ラフタリアに声をかけ、先に教会を後にしてしまうのであった。

 

「ああ、待ってくれハベル殿。貴公は―――」

 

「いいって、ソラールさん。あいつは俺達と関わりたくないんだってよ。そこの君も、彼がいかに残忍で冷酷無比な化物だって噂を知らないわけじゃないだろう?」

 

 ソラールの制止の声を遮るほど、元康はハベルの後を追従するラフタリアに声を張り上げた。彼女は唇を噛み締めながら、その耳障りな声を無視してハベルの元へと駆けて行く。そうして彼に追いついたとき、ラフタリアは黙ってただハベルの隣へと並ぶのであった。

 




小ラフタリアのターン終了でございます·····


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EP11 災厄の波

兵士、民草合わせて、死者数千

生き残りは、殆どなし

異なる世界のメルロマルクは

異世界で最も悲惨な殺戮の舞台と成り

その地には、後々まで闇霊が潜み

やがて腐敗した世界では飽き足らず

堕落した女神をも殺し回ったという





「・・・他の勇者様方と何かあったのですか?」

 

「・・・・・・何?」

 

 教会を後にしてからの二人は城壁近くの草原へと赴き、日が落ちるまで弱い魔物を刈り尽くした後にハベルとの鍛練などで時間を潰していた。そうして城下の宿で一部屋を取り、ハベルがいつものように薬草を調合している最中に、恐る恐るといった様子でラフタリアから疑問の声が上がった。

 

「いえ、その・・・槍の勇者様はともかく、弓と剣の勇者様・・・特に剣の勇者様を見たときのハベル様は、いつも以上に距離を取っている感じがして・・・」

 

「・・・・・・我々の間に何かがあったとして、貴公に何かができるのか?」

 

「・・・っ・・・ハベル様、私は―――」

 

「明日が何の日か分からないほど貴公も馬鹿ではなかろう・・・・・・下らんことを考えている位なら、少しでも体を休ませておけ」

 

 ハベルはラフタリアの方を一瞥もせず、ゴリゴリと薬草を磨り潰して調合しながら、冷たく突き放すように言い放った。これ以上話すことはないと言わんばかりにハベルは彼女に背を向け続ける。

 

「・・・・・・すみません・・・・・・先に休みます、おやすみなさい」

 

「・・・・・・うむ」

 

 彼が適当に返事を返してから、とくに食い下がることもなく諦めたラフタリアは、すごすごとベッドへ潜っていく。主人に何かあったことは察せても、自分では何も解決できないことを思い知り、無意識に両手へギュッと力がこもる。彼女は一人毛布を頭まで被りながら俯き、己の無力感とそれに対する悔しさに向き合いながら眠りについた。

 

 彼女が眠りについてからしばらくして、ハベルはベッドの方をチラリと一瞬だけ見やると、自分の左籠手をおもむろに外した。彼の左腕は相も変わらず焼死体のような亡者のソレであり、前腕部には不死人の象徴であるダークリングが刻まれている。

 

―――今更ながら、貴公の思い描いていた盾の勇者の正体が、不死身の化物などと・・・まるで笑えんな・・・・・

 

 ハベルは未だに彼女の前で鎧を脱げずにいた。今まで自らの正体を明かさなかったのは、彼女を戦士へと鍛え上げる上で、単にその機会がなかったからだ。もっとも、今ラフタリアにそのことを問いただされても、先程のようにハベルは何かと理由を付けて強引にはぐらかすだろう。本気の拒絶を示せば彼女がそれ以上踏み込んでくることはないことを、彼はよく知っていた。

 

 鎧の下に隠れた素顔を見たとき、彼女はどんな反応をするのだろうか。他の有象無象と同じくハベルを化物と蔑み、恐れや拒絶を向けて去って行くか・・・それとも自らが思い描いていた勇者像とは異なることに嘆き悲しみ、絶望しながら去って行くか・・・。

 

―――私が・・・・・・恐れている? 彼女を手放すことに? ラフタリアを失うことに? この私が?

 

 ダークリングをじっと見つめていると、一瞬だけラフタリアの絶望した表情が浮かび上がり、何を馬鹿な・・・と首を振って頭に浮かんだ残像を払いのける。かの地(ロードラン)であれだけの喪失を味わって来たというのに、何を今更・・・・・・・。心の中で自身を戒め、籠手を填め直してから、彼は日が昇るまで無心に薬を調合し続けるのであった。

 

 

 

 朝日がうっすらと差し込む早朝、手早く朝食を済ませて宿を後にした二人は日常とかけ離れた雰囲気へと変貌した街道に出る。城下町では今日が波の日である事が既に知れ渡っているのだろう。王国騎士隊と冒険者がこぞって城門付近に集合して出撃の準備を整えており、街の者達は残らず家に立てこもっていた。

 

 結局、龍刻の砂時計に触れることが叶わなかったハベルはラフタリアに時間を確認すると、あと17分で災厄の波が訪れるという。

 

「・・・ラフタリアよ、私はできる限りのことを貴公に教えてきたつもりだ。今回の波でも普段と何ら変わらぬ動きをすれば、どうにかなろう。・・・いざとなれば私が何とかする」

 

「ハベル様・・・分かりました。頑張ります!」

 

 声が上擦り尻尾の体毛が逆立つほど、ラフタリアは誰がどう見てもガチガチに緊張していた。適度な緊張は持ち合わせておいた方が良いが、行き過ぎればかえって動きを鈍らせ、戦いに支障が出ることが容易に想像できる。そんな彼女を察してハベルは彼なりに不器用に激励する。すると、彼女は主人の思いを受け取ってか戦意が高揚し、先程より幾分かは緊張がほぐれていた。

 

「あの、ハベル様・・・・・・少しお話ししてもよろしいでしょうか?」

 

 「ぬ?」とハベルは彼女の方を振り向く。すると、そこには態度を改め、いつも以上に真っ直ぐで真剣な眼差しを向けるラフタリアの姿があった。流石のハベルも何事かと思い、彼女の方へ体を向け、話に耳を傾ける。

 

「私は、他の誰になんと言われようとも、ハベル様と出会うことができて良かったと、心から思っています。生きる希望を見いだせずに、病弱で泣き虫だった奴隷の私を、ハベル様は見捨てることなく戦士にしてくださいました」

 

「・・・・・・それは貴公が望んだことだ。礼を言われる筋合いはない」

 

「それでも、言わせてください。温かい食事に病を治す薬、そして生きていく術を私に教えてくださったのは他ならぬハベル様です。そして、私に従者として災厄の波へと立ち向かう機会を与えてくれました。それに・・・私も波へと立ち向かう理由ができました」

 

「・・・・・・理由? 盾の従者である以外の理由などあるのか?」

 

 彼女が理由にこだわる意図を人間性を失っている故か理解することができず、ハベルはゴトッと石兜を傾げる。そんな彼を見ても、ラフタリアは揺らぐことなく力強く返答する。

 

「波によって家族を失う人達をこれ以上増やさないようにすることです・・・この私のように・・・・・・」

 

「・・・・・・何?」

 

「私の大切なものを奪った災厄の波を全て払うことができても、私の家族や友達が帰ってくるわけではありません。けど、それでも私と同じ境遇になってしまいそうな人達を、今の私なら少しでも多く助けることができます。・・・ソレが私の波に立ち向かう理由です」

 

 ハベルの石兜を逸らさずに真っ直ぐ見つめ、落ち着いた声色で彼女は話す。彼女が語った理由は、上手く言い表すことができないが自身に存在しないものである事を、ハベルは内に残った僅かな人間性で感じ取ることができていた。同時にソレは、彼女が自分とは違う生者である事を存分に思い知らされた。

 

「・・・・・・そうか」

 

 あまりに真っ直ぐな視線に耐えきれなかったのか、彼はまたぶっきらぼうに返答し、彼女に背を向ける。

 

「ハベル様・・・・・・私はいつまでも、貴方の従者です!」

 

 背を向けるハベルに対して彼女は力強く宣言するも、彼が振り返ることはなかった。

 

《00:01》

 

 そして、時が刻まれる。

 

《00:00》

 

 ビシィッ! と世界中に亀裂が入ったかのような身の毛もよだつ恐ろしい感覚が、その場に居た全員によぎる。刹那、二人の体が一瞬にして淡い光に包まれたかと思うと、二人から見える景色が一変した。エルトハルトの言っていた転送の実感が湧かぬまま辺りを見渡すと、自分たちが見晴らしの良い高台に飛ばされたのが分かる。

 

「ハベル様、空が!」

 

 怯えるラフタリアに言われるがまま頭上を見上げると、彼でさえ驚きを隠せなかった。雲一つなく青空が広がっていた空は、まるで血で塗りつぶされたかの様に赤黒く、更にはそのまま空を切り裂いたかのように不自然な亀裂が存在していた。そして、亀裂からはとても数え切れないほどの蟲や獣、そして亡者戦士に酷似している武装した屍食鬼(ゾンビ)が溢れんばかりに湧きだし、村へと進行していく。

 

 冒涜的光景を目にして怯むラフタリアを余所に、バッと飛び出す影が二つとそれらに続くいくつかの者達。すぐにそれらが槍と弓の勇者一行であることに気が付くと、彼らが我先にと一目散に亀裂へと向かっているのが分かった。一体何故・・・。

 

「おお、ハベル殿達もここに飛ばされてきたか!」

 

 聞き馴染みのある声にハベルはすぐさま振り返ると、ガシャガシャとホーリーシンボルが描かれた鎧を鳴らしながら、剣の勇者となったソラールが一人でこちらに駆け寄ってきた。彼の仲間はハベルを警戒してか、遠くから見守っている。

 

「ソラール、モトヤスとイツキはどこへ向かっている」

 

「なんとっ! やはりハベル殿は聞かされていなかったか。災厄の波を終わらせるには亀裂付近に存在している強い魔物を倒す必要があると、あの砂時計があった教会で二人から聞かされてな。おそらく彼らは亀裂の真下へと向かっていったのであろう」

 

 ソラールからの説明を受け、ハベルはすぐさま納得する。ならば話は早い、と亀裂の方へハベルも足を向けたその時、ラフタリアから悲鳴のような声が上がった。彼女の方へ顔を向けると、ここから見える村に向けて必死に指をさしていた。

 

「大変ですハベル様! あそこはリユート村です!」

 

「・・・何?」

 

 ラフタリアの指の先を見てみると、確かに彼女の言う通り、すっかりと見慣れてしまった村の風景が広がっていた。炭鉱を魔物から取り戻したリユート村は徐々に活気を取り戻していったお陰で、農村部でありながらここ一ヶ月で急激に住民の数を伸ばしていった。その村に向かって魔物の群れが今にも押し寄せようとしている。

 

 すると、先行していた勇者の一団に動きが見られた。ヒューッという音を上げながら、煙を激しく逆巻きながら光弾が上空に打ち上げられた。

 

「・・・・・・狼煙か。村のことは城下で待機中の騎士団に場所を知らせるだけのようだな」

 

「馬鹿な!? アレがイツキ殿の言っていた対策だと!? あれでは増援が到着する前に村が全滅してしまうではないか!」

 

 顔全体を覆うバケツヘルムを被っていても、ソラールの驚愕している表情が浮かんでくる。他の勇者と友好な関係を築けている彼ですら、波の被害を抑える対策とやらをざっくりとしか聞かされていなかったのだ。あまりにも雑な狼煙という手段と、先行した勇者一行が誰も村へと向かわぬ現状に、ソラールは拳を握りしめる。

 

「ハベル様・・・・・・村の防衛は―――」

 

「ラフタリア、リユート村に向かうぞ」

 

 ソラールの様子を窺っていたハベルが、不意に彼女の言葉を遮って指示を飛ばした。使命を重視していたハベルなら、必ずや亀裂へと向かうだろうとラフタリアは思っていたのだ。思いもよらなかった彼の命令に、ラフタリアは満ち足りた様子で「はい!」と力強く頷いた。

 

「ハベル殿、俺達も向かおう! 勇者二人が力を合わせれば村の一つや二つ―――」

 

「ダメだソラール。貴公は他の勇者について行け」

 

「なっ!? 貴公、一体何故・・・」

 

「貴公は素人に討伐を任せる気か! いくら勇者の力があるとは言え、血も知らぬ連中だぞ! ・・・流石に貴公の仲間を何人か借りることができれば良いが、あの様子では難しいだろう」

 

 ハベルがソラールの仲間の方へと顎をしゃくってみせると、あるものは盾の勇者にビクつき、あるものは剣の柄に手を掛けてハベルへと警戒を高めていた。このザマでは連携どころか一緒の戦場に立つことすら望むべくもないだろう。それでも、ソラールはたった二人で村の防衛に当たることになるハベル達を案じてか、彼の采配に納得できず唸りを挙げていた。

 

「・・・・・・他ならぬ火継ぎを成し得た貴公だからこそ、勇者の使命を託せるのだ。なに、私とてかの地(ロードラン)を巡り、同じく火継ぎを成した身だ。あんな陳腐な魔物共に今更遅れを取ろうはずもない。・・・・・・貴公のメダルにかけて誓うさ」

 

 ハベルは手元にホーリーシンボルが刻まれたメダルを1枚取り出した。少しばかり熱を帯びたソレは、太陽の戦士との勝利を分かち合った何より名誉の証である。ハベルが放った最後の一言とメダルを見せられ、ソラールの心は決まった。

 

「分かった・・・。だが貴公、数が数だ。・・・気をつけてな」

 

「・・・貴公も、抜かるなよ」

 

 お互い同意した後の短いやりとりの末、ハベルはラフタリアと共に村の方へと降りていく。そんな二人の背に向かって、ソラールは腕をYの字に広げて太陽賛美のポーズを捧げ、二人の武運を祈った。そして、いつまでも遠くで見守っているばかりの自身の仲間を叱咤激励し、道中出会った魔物を素早く倒しながら、他勇者に追いつくべく亀裂の方面へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 入り口からすでに、村は魔物等が入り交じる混沌とした戦場と化していた。騎士団の姿は見られず、防衛は駐在していた少数の冒険者と村の男達がそれぞれ農具を持って魔物に立ち向かう始末である。案の定、戦況が好ましくないのは明らかである。既に何人かの村人が負傷して倒れているどころか、逃げ遅れた女子供も見られた。防衛線など無いも等しく、壊滅は秒読みであった。

 

 誰もが諦めかけている最中、思いもよらぬ希望が彼らの前に舞い降りた。押し寄せてきた魔物の群れが、あれよあれよという間にその頭数を減らしていく。あまりにも鮮やかな手際にその場の全員が目を向けると、そこにはこの村の活気を取り戻してくれた全身石鎧の盾の勇者と亜人の女従者の姿があった。

 

「すげえ、流石は勇者様だ!」

 

「あの盾の勇者様が助けに来てくれたぞ!」

 

 村人達からこぞって歓声が挙がる中、構わずハベルは『黒騎士の剣』と『黒騎士の盾』を、ラフタリアは新調した『魔法鉄の直剣』を手に、次々と魔物達をソウルへ帰していく。少数の冒険者達も彼らの戦いぶりにあてられたのか、士気を高めて勢いを増していった。そのお陰かあれだけ劣勢だった広間は一瞬のうちに形勢を逆転し、10分とかからず掃討を完了する。

 

「盾の勇者様ーーー!」

 

 辺りを見渡して魔物の生き残りが居ないか確認していると、他の村人と同じく農具を持って立ち向かっていたであろうリユート村の村長が、ハベルの元へと慌てて駆け寄ってきた。

 

「貴公、村人の避難は?」

 

「それが炭鉱への避難中に襲撃に遭ってしまいまして、何人かが見当たらないのです。恐らくまだ近辺に取り残されているやも・・・・・・」

 

「・・・分かった。ラフタリアよ、冒険者と共に村人達の避難を援護しろ」

 

「はいっ! ですが、ハベル様は?」

 

「・・・・・・私は・・・ひとまず村を駆けて数を減らす」

 

「盾の勇者様、俺達も加勢します! この村は俺達の―――」

 

「戦士でもない貴公等に何ができる? 波を乗り切って終わりではないのだぞ。ラフタリアよ、貴公も務めを果たす事だけに集中せよ」

 

 指示を飛ばしたハベルは武器を比較的取り回しの軽い『黒騎士の斧槍(グレイブ)』へと持ち替え、残された者達の有無を言わさずに村の奥へと掛けていく。彼の背が見えなくなるまで見届けると、彼女は言われた通り村人達を避難所へと誘導していった。

 

 

 

「ウオォォ・・・!」

 

「うわぁぁ!? た、助け―――」

 

 広場での襲撃に気が動転し、ところ構わず逃げ出した宿屋の主人が村の外れにて、今まさに武装した屍食鬼三体に襲われ、武器が振り下ろされるその時であった。屍食鬼達は横から突き出された刃によって一気に串刺しとなり、やがて灰燼へと帰していった。恐る恐る目を開けると、目の前には見慣れた石鎧の勇者が細長い武器を手にしていた。

 

 ありがとう、と礼を言う間もなく、彼は悲鳴のあがった方へと重厚な鎧に似合わぬ足の速さで駆けて行く。向こうには羽虫に群がられ、子供を守ろうと必死に屈んで庇っている母親の姿が見られた。「そのまま伏せていろ!」と彼が声を荒げ、群がる羽虫に向けて斧槍を勢いよく薙ぎ払う。脆弱な羽虫が飛び散り、跡形もなく灰に変わるのを見届けると、盾の勇者は避難所に早く向かうよう一言叫び、その場を後にしていった。

 

 その後もハベルは村の外周を回るように魔物達を殲滅すると同時に、人命の救助を行っていった。民衆を守りながらの立ち回りを繰り返す内に、ハベルは自身の国家騎士時代を思い起こしていた。いつのまにか四聖勇者の使命感だけではなく、やり甲斐を見出していた。

 

 やがて村全体を周って見張りの高台が設置されている広場へと辿り着く。気が付けば、ハベルの周囲を亀裂から湧き出た魔物が見事なまでに取り囲んでいた。村中を駆け回っている内に彼の膨大なソウルに惹かれたのか、自然と魔物達は村人よりもハベルにターゲットを移していたのだ。

 

 数えきれぬほどの魔物に囲まれようとも、ハベルの心中が乱れることはなかった。ロードランの地に降り立ったばかりの頃ならいざ知らず、今の彼は火継ぎを成した身だ。有象無象に囲まれたところで、あの頃とは比べものにならないほどの力を手にした彼には何も問題はなかった。

 

 周囲の魔物を存分に引き寄せると、彼は手元の槍斧を内に引っ込め、代わりに呪術の火を出現させた。そして、右手に呪術の魔力を集中させてから地面へと押し当て、一気に火の力を解放させる。すると、ハベルを中心に幾多もの極太い火柱が地面から炎上し、周囲の魔物を焼き尽くしていった。呪術の師である彼女から託された最高峰の呪術《炎の大嵐》である。

 

 だが、業火の中でもまだ立ち上がる者が居た。ハベルよりも一回り以上の巨漢の屍食鬼が、ハベル目がけて巨大な斧を振り下ろしてきた。彼は後ろに転がるようにして避けると、すぐさま自身の身長程の大きさを誇る『黒騎士の大剣』を展開する。

 

 展開してすぐに、ハベルは手にした特大剣を地面にガリガリと火花が散るほど擦り合わせ、勢いを溜める。隙だらけなその格好に巨漢の屍食鬼は先程と同じ動きで斧を振り下ろすも、稚拙な力任せの攻撃ではビクともせず、ハベルの強靱さを揺らがす事は不可能であった。

 

「ズェアァァーー!!!」

 

 勇ましい咆哮を挙げ、ハベルは火花を散らして地面を大きく抉るほどの切り上げを放った。普通両腕で行う動作ではあるが、彼の豪腕にものをいわせて繰り出された一撃は、自身よりも体格のある巨漢の屍食鬼を高々に宙へカチ上げ、息の根を止めた。

 

 更に彼は振り上げた勢いを殺すことなく、漆黒の特大剣を背後へと力の限りに振り下ろした。気配を感じた先には粗末な木の盾を構えた巨漢の屍食鬼が構えていたが、ハベルの一撃により盾ごと両断される。

 

 やけになった巨漢の屍食鬼はデタラメに拳を突き出すも、ハベルの持つ黒騎士の盾が通すはずもなく、逆に振り払われて体勢を崩してしまう。ガァン! と心地よい音が響いた瞬間、ハベルは特大剣を2度に掛けて巨漢の屍食鬼の胴体に叩き込む。上半身と下半身を真っ二つにされた巨漢の屍食鬼は、そのままソウルを垂れ流して灰となった。

 

 周囲に張り巡らされていた敵意が落ち着きを見せたところを見計らい、ハベルは自ら調合した回復薬を兜から一気に呷る。そうして、彼はまたどこからともなく現れた多くの魔物達に目を向ける。疲労を覚えぬ自身の呪われし身体にこの時ばかりは感謝をしながら、ハベルは黒騎士の大剣と盾を構え直した。

 

「ハベル様!」

 

 不意にここに居るはずのない従者の声が、彼の耳元に届いた。声の方へ振り向くと、魔物の頭上を踏みつけ、首を切り落としながらラフタリアが懸命に向かってくるではないか。驚きのあまり彼女を凝視すると、向けられた屍食鬼の武器を空中で器用に弾きながら、ラフタリアはハベルの横へと降り立った。

 

「・・・・・・貴公、村人の避難はどうした?」

 

「村長さんから全員が揃ったと言われました。それから、冒険者の方々にここは任せろとも・・・・・・ですから、私はハベル様の言われた通り、盾の勇者の従者として、務めに集中させていただきます!」

 

「・・・そうか・・・・・・そうだな」

 

 ハベルは彼女を咎めることなく、気を取り直したかのように武器を構え直した。そんな彼を見てラフタリアはホッと息をつき、剣を上段で構える。

 

「それにしても、大分まだ数が多いですね」

 

「・・・・・・言ってくれるな、貴公。これでも随分と減らしたと思ったがな」

 

「ッ!? ああ、いえ、決してハベル様を責めたわけではなくてですね!?」

 

 冗談交じりの言動にあたふたするラフタリアを眺め、ハベルは兜の下でフッと笑みを浮かべる。彼の中に無意識のうちに余裕が生まれ、いざ奴らを殲滅せんと武器を握る手に力を込めた、その時である。彼らの上空に、禍々しいほどの光を放つ閃光が上がっていった・・・・・・。

 




どんどん字数が増えていく・・・。止まるんじゃねえぞ・・・。

皆様からの感想は作者の心に存分に染み渡っております。モチベーションに直結するのだよ!これからもどうかよろしくお願いいたします・・・。


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EP12 波の果て

本当に今更になって知ったことですが、アニメ盾の勇者の成り上がり二期三期おめでとうございます!やるやる詐欺じゃないよね?続編信じても良いんだよね?

「・・・騙して悪いが・・・」

「ウソダドンドコドーン!」


 青ざめた血の如き空に放たれた、禍々しき一条の光。血生臭い戦場にはあまりに不自然な光量に、その場の全てが釘付けとなっていた。そうして、不意に閃光からゾクリと背筋を振るわせる程の悪意を覚えたハベルは、咄嗟にラフタリアの肩を掴んで抱き寄せる。呆けているラフタリアを余所に、彼は手元を『ハベルの盾』へと変換し、彼女をすっぽりとかぶせるようにして構えた。

 

 瞬間、空高く上がった閃光は更に眩い光を放ち、鼓膜が破れるほど大きな音を立てて爆発した。尚も凄まじい音を立てながら、爆裂した幾重にも渡る火の手が、広場を中心に村全体を覆っていく。ハベルの呪術を上回る魔の炎は、確かに村全体の魔物を残らず焼き尽くしていった。

 

 無論、火の手は広場の中心へと位置するハベル等にも及んでいく。だが、魔の炎が降り注ぐ瞬間、『ハベルの盾』の中心に埋め込まれた四聖武器の証である宝石が眩い光を放ち、四聖盾のスキル『防御壁』がハベルの意思に関係なく自動で発動する。それにより、ハベルの盾と同じ耐性を持つ透明な防護膜がハベルの周囲に張られることとなった。思わぬスキルの発動により、炎弾がハベルへと直撃することはなく、防御壁がある程度のダメージを和らげる事となる。

 

 しかし、そんな事象を深く分析する暇があるはずもなく、降り注がれる火の雨が落ち着きを見せるまで、ハベルはしっかりとラフタリアを傍へと抱き寄せ、ただ岩のように耐えるばかりであった。炎弾は見事に広場全体を焼き尽くし、広場中心に配置され老朽化した見張り台にも火の手が移る。やがてギシギシと音を立て、勢いよく炎を纏いながら見張り台はハベル等の元へと倒壊していった。

 

 

「ヌァッハッハッハ! 見たか、一気に焼き殺せたではないか!!」

 

 それからしばらくの時が経ち、増援である王国騎士隊が魔法の効果を確認すべく広場へと駆け付けた。隊の先頭では広範囲魔法の指示を出した騎士団の団長が、焼死体となった魔物の残骸を見てほくそ笑んでいる。盾の勇者を中心に形成された魔物の群れを一網打尽にした自らの指揮を自賛し、波が終わった後の騎士団長として受ける名声を想像しての笑みである。

 

 幸いにも村人の避難も完了し、あとに残るは忌まわしき盾の勇者だ。複合魔法の犠牲になったところで何のことは無い、むしろ国王陛下から更に賞賛が・・・・・・等と下賎な思惑を抱いている中、崩れた瓦礫からガラガラと物音が聞こえてきた。死に損ないの魔物か? と騎士団の全員が警戒して剣を引き抜くと、瓦礫を退かして這い出てきたのは重厚な石鎧に若干の煤を付けた盾の勇者と亜人の従者であった。

 

「ほう・・・盾の勇者か。この中で五体満足とは随分と頑丈な奴だ。まさに『盾』として素晴らしい働きぶりだな」

 

 魔物ではないと分かるな否や、騎士団長は皮肉な笑みを浮かべてハベルへと近付く。その瞬間、彼が手にしていた石の大盾から目をぎらつかせたラフタリアが刺突を放った。切っ先が真っ直ぐ団長の喉元へと到達する手前、団長よりも恰幅の良い副団長が前へと出て、彼女の剣を真っ向から受け止めた。突如として殺気を向けられた団長は怖じ気のあまり剣を抜くことすらままならず、無様に尻餅をついている。

 

「ハベル様が居ると知ってての事ですか! 返答次第では許しませんよ!」

 

「・・・・・・・・・」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、副団長は黙ってラフタリアと鍔迫り合いを継続する。

 

「あ、亜人風情が生意気な・・・・・・我ら王国騎士団に逆らうとでもいうのか!」

 

「黙りなさい! 守るべき村と民を蔑ろにして何が騎士ですか!」

 

 パチパチと焼き尽くされた家々から火花が飛び散る中、腰が抜けて地べたに手を張り付きながらも、騎士団長の口が減ることはなかった。そのことにラフタリアの苛立ちは募り、鍔迫り合う手先へ更に力がこもった。

 

「ふん、魔物共を一挙に討伐する機会をみすみす逃せと? 大体にして、この程度の範囲魔法すら耐えられぬような貧弱極まりない盾の勇者など、この世界にはいらんだろう!」

 

「あなたって人はッ!!」

 

 遂に耐えきれなくなったラフタリアは激情に駆られ、副団長の剣を弾き飛ばし、再度団長へと殺意の込めた一撃を振り下ろした。しかし団長の脳天へと刃が振り下ろされる瞬間、ラフタリアの横から怯える団長を庇うように剣が突き出される。ガァン! と火花を散らして重なり合った剣先の方を見やると、そこには彼女の主人の姿があった。

 

「・・・・・・ラフタリアよ、下がれ」

 

「ハベル様!? でもコイツは―――」

 

「私は《下がれ》と言ったぞラフタリア!」

 

 ハベルが荒々しくがなる中、ラフタリアは胸に刻まれた奴隷紋がじわりと光を帯び、久しく感じることがなかった呪痛を覚えたことにより、すごすごと剣を納める。その一連の光景を目にした騎士団長が気をよくしたのか、立ち上がりながらまたもや意地の悪い笑みを彼らに向けた。

 

「ふん! 貴様の主人は実に物わかりが良いな。まあ、ここから先はそうやって大人しくしていれば、我々とて()()()()に済むのだ」

 

「・・・・・・そうか・・・・・・では、あれらの相手は貴公等に任せるとしようか?」

 

 「ああ?」と団長は背後に向かって大剣の切っ先をかざすハベルを不審に思い、そのまま振り返る。すると、そこにはつい先程殲滅したばかりだというのに、第二陣とも呼ぶべき魔物の軍勢がすぐそこまで迫ってきているではないか。あまりに早すぎる敵増援の到着に、騎士団の者達は目に見えてうろたえ始めた。

 

「なぁ!? ええい、慌てるな馬鹿者! 直ちに態勢を立て直―――」

 

 数少ない団長としての仕事である彼の指揮は、不意に目の前まで何匹かの羽虫が特攻してきたことにより遮られる。羽虫の毒針が団長の目と鼻の先に迫る瞬間、またもやハベルが団長の前に立ち塞がり、大盾を勢いよく突き出した。ハベルの鎧と同等の重量を誇る大盾に叩き付けられた羽虫は、残らずグチャッと嫌な音を立てながら半壊していった。

 

「・・・貴公の言う通りだ。大人しくしていれば、我々とて()()()ずに済む。・・・私にとって貴公等と彼奴等の違いなど、騎士の鎧を着ていることでしか、化物である私には判別できぬが故な」

 

 「な!?」と、ハベルの侮辱的な発言に青筋を浮かべるも、巨漢の屍食鬼が斧を振り下ろし、それを真正面から一歩も退かずに受け止めるハベルの後ろ姿に、団長は罵倒が喉元でつかえ、吐き出すことすらできずにいた。そして、間髪入れずに団長の背後から一人の影が跳躍し、動きの止まった屍食鬼の首筋を貫いて瞬く間に討ち取っていく。思わず見やると、自身に殺意を向けた生意気な亜人の女であった。

 

「我々はこのまま、勇者としての使命を全うする。後は・・・貴公等の好きにするが良い・・・・・・行くぞ、ラフタリア!」

 

「はい、ハベル様!」

 

 『ハベルの盾』から比較的身軽な『黒騎士の盾』へと持ち替えて敵陣へと突っ込むハベルに呼応し、ラフタリアも後へと続く。

 

 真っ先に敵陣へと突貫したハベルは『黒騎士の剣』を踏み込みに合わせて突き出し、粗末な盾を構えた屍食鬼を盾ごと串刺し、そのまま横に大きく薙ぎ払い、宙を舞う鬱陶しい羽虫を粉砕しながら、一列に並んだ魔物の陣形を大きく乱した。

 

 そんなハベルに槍を装備した三体の屍食鬼が、彼に向けて一斉に刺突を繰り出す。三本の槍の穂先が重なる瞬間、真上から跳躍したラフタリアが踏みつける。体重を乗せた刺突が防がれたことにより体幹を崩した屍食鬼達がおたおたとしている最中、ハベルはしっかりと三体の頭を同時に斬り落とし、僅かなソウルへと変換させる。

 

 途中、巨漢の屍食鬼がラフタリアへ向けて斧を向け、両手で大きく振りかぶる。刹那、ハベルは呪術の火を手元に宿らせ、巨漢の屍食鬼に『大発火』をお見舞いする。腐りきった肉に呪術の炎は火だるまの如く存分に燃え猛り、炎に苦しみ喘いでいる巨漢の屍食鬼に、ラフタリアはトドメと言わんばかりに斬りかかった。

 

 巨漢の屍食鬼にトドメを刺した直前、剣に残った炎を纏わせた状態でラフタリアは次々と魔物を捌いていく。今度はそのラフタリアに続く形でハベルも魔物を灰燼へと帰していく。長くビッシリと続いた鍛練により、かの地で戦いに明け暮れたハベルの動きに合わせて立ち回ることが、今のラフタリアには可能であった。

 

 盾の勇者等が見せる阿吽の呼吸とも言える立ち回りに、その場に居た何名かの騎士達は思わず見惚れて立ち尽くしていた。しかし―――

 

「チィッ! ここは盾の勇者に任せて、我々は三勇者の元へ向かうぞ!」

 

 面白げなく顔を歪ませた騎士団長の命令が飛ぶと、呼応して何人かの騎士達は剣を納め、大人しく団長の下へとついて行く。新兵や善意を持った騎士の何人かはこの命令に疑心を持つも、団長の命に逆らったと見なされ除隊となることを恐れるあまり、諦めて剣を納めようとした。・・・・・・その時である。

 

「これより、盾の勇者を援護する! 密集陣形!」

 

 盾の勇者を捕らえ成り上がったとされる副団長が、覚悟を決めた眼差しで指令を飛ばした。これに答えた新兵を始めた何名かの騎士達は、訓練通りの揃った動きで陣形を速やかに形成する。やがて、副団長の「突撃!!」の号令が掛かると、騎士達はこぞって魔物達へと剣を振るっていく。

 

「クソが、これだから一兵卒上がりは・・・・・・構わず行くぞ」

 

 騎士団長は憎らしげに副団長を睨み付けながらも、自身に付いた部下を引き連れて亀裂の方へとゆっくり向かっていくのであった。

 

「ハベル様、騎士団の方々が!」

 

「・・・まだ捨てたものでもないという訳か」

 

 魔物を切り伏せながら感心していると、不意に足を取られる感覚がハベルを襲った。足下に目を向けると、地中から這い出た屍食鬼がハベルの足首を掴み上げ、醜い顔を覗かせていた。すぐさまハベルは頭蓋を踏み砕いて腕を切り落とすも、背後から剣を振りかぶる屍食鬼の姿が見えた。剣を受け止めようと盾を構えたその時、屍食鬼の胸から直剣が貫通する。

 

「貴公・・・あの時の・・・・・・」

 

 事切れた屍食鬼を退かした騎士の兜から覗く大きな傷のある顔に見覚えを感じると、ハベルはこの者が彼を城まで連行した小隊の隊長である事に気が付いた。

 

「今更、どの面を下げて・・・と見下してもらって構わん。許してもらおうなどとも思ってはいない。ただ、私は己の信ずる騎士の誇りに従うまでだ」

 

「・・・・・・それで構わぬさ、貴公。理解があるようで助かるよ」

 

 何時ぞやの言葉を再度投げかけると、ハベルは漆黒の大剣と盾を構え直し、背中を従者と騎士に任せたまま、広場の魔物を討伐していくのであった。

 

 

 

 

 

 一方、空に浮かぶ亀裂から次々と湧き出る魔物を打ち倒しながら、ソラール一行は無事に元康と樹のもとへと合流することができていた。亀裂の丁度真下にて、四聖勇者の仲間達は尚も湧き続ける魔物の相手を、三勇者は前衛後衛に別れて波を引き起こしていると思われる元凶の魔物『次元のキメラ』を相手取る。

 

 ソラールは前の世界、ロードランの頃から変わらず愛用している自作の『太陽の直剣』と『太陽の盾』を手にし、勇者の名に違わぬ果敢な攻めをキメラ相手に繰り広げていた。鉄の鎧を容易に切り裂く鋭い鉤爪、人一人を容易に飲み込めるほど大きな獅子の口に生えそろった牙、噛まれたら命はないであろう毒蛇の尻尾、強靱な肉体から放たれるそれらの攻撃を躱し、はねのけながら、ソラールは共に戦う勇者のフォローに回っていた。

 

 時折無謀とも言えるほど欲張った攻撃をする彼らの支えとなるのは流石の火継ぎを成した彼でも容易ではない。しかしながらロードランのハベルとは違い、剣の勇者であるソラールはその身に与えられた四聖勇者の恩恵を活用し、増強された奇跡やスキルを用いて槍の勇者の傷を癒やし、弓の勇者にキメラの注意が向かぬよう立ち回っていく。

 

 熟練したソラールの戦いぶりへと導かれるように、その場の全員の士気も向上し、勇者達も普段以上の思い切りの良い立ち回りをすることができていた。戦況はこれ以上ないくらいに優勢であり、遂にキメラがふらつきを見せる。

 

「今です! 《ウィンド・アロー》!!」

 

 四聖弓から風の魔力を纏った樹の矢が、ふらついたキメラの両眼をくり抜いた。耳障りな程大きい苦痛の叫びを挙げ、キメラはその場でのたうち回る。決めるならば今しかない、そう判断したソラールは直剣を両手に持ち替え、刃を空に掲げた。すると、ソラールの信仰から生み出された魔力が四聖の恩恵により炎と化し、太陽の直剣はその名の通り燃え盛る暖かな火の力を得た。

 

「俺の・・・太陽の力をくらえ! 《紅・蓮・剣》ーーー!!」

 

 大きく振りかぶって放たれた炎の斬撃は、大地を焦がしながら徐々に勢いを増して次元のキメラへと直撃する。莫大な衝撃に吹き飛ばされながら、その巨体は瞬く間に紅蓮の炎へと包まれる。そして、もはや虫の息であろうキメラの前に元康は堂々と向かい合い、手にした四聖槍へと雷の魔力を溜めていく。

 

「最後は俺が決めるぜっ! くらえ!! 《ライトニング・スピア》ーーー!!!」

 

 矛から放たれた雷の衝撃波は、最早抵抗叶わぬキメラの頭部に向かって吸い込まれ貫通する。「グギャアァァァ・・・」という最後の断末魔を挙げ、次元のキメラはその場に倒れ伏し、二度と起き上がることはなかった。

 

 そして、次元のキメラが事切れた瞬間である。次元の亀裂が徐々に閉じていき、赤黒く染められた空も亀裂へと吸い込まれるように退いていく。その後、まるで何事もなかったかのように青空が広がり、祝福するかの如く燦々とした太陽の光が彼らを照らしていた。

 

「ふう、なんとかなったか。まったく、モトヤス殿もイツキ殿も戦いの素人とは思えん立ち回りだったぞ! 俺の初陣とはまるで比べものにならんな」

 

「大袈裟だなあ、()()()()は。最初のボスなんてこんなものだろ? なんたって、俺達は世界を救う勇者なんだからな」

 

「僕たちが力を合わせれば、怖いモノなんてありませんよ。これなら次の波も余裕ですね。とはいえ、ソラールさんの立ち回りは流石としか言いようがありませんでしたね。」

 

「やっぱ、異世界出身者は違うって事だな。でも見てなよ、ソラール。俺や樹も、すぐにあんたと肩を並べられるほど実力を付けてみせるぜ!」

 

「ウワッハッハ! それは頼もしいな。是非とも貴公等には期待するとしよう。その心意気を忘れてくれるなよ?」

 

 互いに肩の力を抜き、武器を降ろして談笑しあう。まだまだ荒削りとはいえ、向上心の塊のような二人の姿勢に、ソラールは若い頃の自分、アストラにて騎士になりたての懐かしき頃を思い出していた。限りある命の中でがむしゃらに藻掻いていたあの時代、感慨深い思いを秘めながら、ソラールはバケツヘルム越しに二人を見つめていた。せめてこの二人には、全てを捨て去り虚像の太陽を追い求めた自分のように、生者の道を違えて欲しくないと思いを込めて・・・・・・。

 

 仲間達も魔物の討伐を終えて勇者の元へと集まる中、ガッシャガッシャと鎧を身につけ増援と思われる何人かの騎士達がこちらへと走ってやってくるのが見えた。急いできた事を表すように肩で息をするが、兜から覗く顔に汗は流れていなかった。

 

「王都で待機していた騎士団の方々ですか・・・」

 

「今更来られてもなー・・・」

 

 二人が呆れた眼差しを騎士団長に向けていると、ずんずんとソラールは団長の方へと唐突に歩み寄っていく。彼の朗らかな気は一変し、バケツヘルム越しでも伝わるほど強烈な怒気を放っていた。

 

「おい貴公等! ココまで来るのにどれほど時間を掛けていたのだ! なんだその傷一つ付いていない綺麗な鎧は! 一体今まで何をしていた!」

 

 突然として豹変した剣の勇者に騎士団長はたじろぎ、他の面々は揃ってポカンと口を開くばかりである。王国騎士が無能なのはどのゲームでも定番であるため、元康と樹は彼が何をそんなに怒っているのか分からずにいた。

 

「そ、それは・・・我々は・・・そのぉ・・・近くの村を守ったり・・・避難活動を行ってですな・・・ああ、そうそう。そんなことよりも勇者様方、陛下が宴の準備と報酬を用意しております。ささっ、参りましょうぞ!」

 

 苦しい言い訳だけでなく、報酬をちらつかせて足下を見る騎士団長にソラールは嫌気がさしていた。「もう良い!」と彼はピシャリと鋭く言い放ち、団長へ背を向ける。そして、自身の仲間へ先に城へと戻っているように伝えると、彼はそのまま村の方へと歩いて行った。

 

 ソラールの姿が見えなくなった直後、マインがわざとらしく盾の勇者が戦いに参加していなかったことを口にして仄めかした。魔物に臆して逃げただの、村の隅っこで弱い魔物に足止めされていただのと好き勝手に言い合いながら、勇者一行は騎士団長の案内の下、宴と報酬を楽しみにしながらメルロマルク城へと足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 次元のキメラを倒して災厄の波が終わりを告げた頃、広場での戦線も決着が付いていた。王国騎士達と共に僅かな残党を片付け、その場の全員が戦いが収束したことに安堵の息をついていた。

 

 しばらく腰を下ろして休息を取るついでに、ラフタリアは村全体を観察する。屍食鬼や羽虫などの死体が至る所に散乱しており、広場一帯の家々は騎士達の放った範囲魔法でその殆どが焼き尽くされ、火の手が収まった現在では見る影もない瓦礫と化していた。

 

 しかし、しばらくしてから炭鉱の方へと避難していた村人達が徐々に姿を現していく。皆所々に怪我を負ってはいるものの、その眼差しには確かな希望が宿っていた。女性や年寄りは傷ついた者達の手当や炊き出しを行い、男達はこぞって魔物の亡骸を集めて処理し、邪魔な瓦礫を退かしていく。そして、少なからず犠牲となった村の者達を順々に弔っていった。

 

 皆がそれぞれできることを行い、懸命に村を立ち直そうとしていた。皆それぞれが必死に今を生きているのだ。そのことを思うと、途端に彼女の目から自然と涙が溢れてくる。

 

 一人うずくまって泣いているラフタリアの傍にハベルは寄り添い、「よくやった」と一言口にして頭を撫でる。そんな彼に副団長は近づき、ただ黙って頭を下げては兵を退かせ、城へと帰還していった。

 

「あの、勇者様・・・」

 

「・・・・・ぬ?」

 

 騎士団が去った直後、今度は作業を中断して村長と何人かの村人等がハベルの下へと集まり声を掛けてきた。

 

「村を守っていただき、誠にありがとうございました。盾の勇者様がいなければ、皆はこの場にはいなかったでしょう。これだけの者がいれば村もきっと復興できます」

 

「・・・・・・私は使命を果たしたまでだ」

 

「それでも言わせてください。このご恩は決して忘れません。本当に、ありがとうございました!」

 

「「「ありがとうございました!!!」」」

 

「・・・・・・・・・そうか」

 

 村の者達がこぞって礼を言い、揃って頭を下げると、また復興作業へと戻っていった。礼を言われたハベルは、心の奥底で暖かい、まるで残り火の様な物を感じていた。久しく味わうことのなかったこの感覚に、ハベルはただゴトッと兜を傾げるばかりであった。

 

「・・・感謝、されましたね」

 

 未だ目に涙を溜めたラフタリアがぼそりと呟いた。よく見れば、激しい戦いだったが故に彼女も全身が泥と汗にまみれ、細やかな傷が目立っていた。

 

「・・・・・・・そう・・・だな」

 

「・・・・・・私のような方を、少しでも減らすことができました・・・よね?」

 

「・・・・・・・そうだな」

 

 嗚咽を挟み、震えた声で彼女は主人へ問う。自信の欠片も感じない声色を窺ったハベルは、どっしりと彼女の隣へ腰を下ろす。そしてポンッと石籠手を彼女の頭に乗せ、また不器用な手つきで優しく撫で始める。

 

「・・・貴公は従者として、充分すぎるほどの働きを私に見せてくれた。今生きている彼らが、その結果だ・・・・・・よく頑張ったな、ラフタリア」

 

 彼女の抱えた不安は、彼の一言でぬぐい去られた。ポロポロと流れ出る涙を拭いながら、彼女はまた、戦士として、盾の従者として、大きく成長していくのであった。

 

 




誤字脱字を訂正してくださった読者の方々には本当に頭が上がりません。いつもありがとうございます。これかもどうかなにとぞ・・・・・・(白サイン)


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EP13 苦難の宴

ジンオウガの調査クエストがようやく手に入ったぜ!
↓↓↓
アンジャナフ亜種・怒り喰らうイビルジョー・ジンオウガ
↓↓↓
(^u^;)ハァ??
↓↓↓
身体は闘争を求める=周回←今ココ
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一式装備揃える


「勇者諸君、今回の波での戦いは誠に大儀であった! ここまでの活躍を見せるとはワシも思わなんだ。今宵は宴だ! 皆、勝利を祝って存分に楽しむが良い」

 

 一流のシェフが作った豪華な料理、選び抜かれた華やかな合奏団の演奏を前に、護衛の騎士達に囲まれたメルロマルク国王がグラスを掲げて高らかに宣言する。そして王が玉座に腰掛ける前に、三勇者一行及び騎士団長等を囲むように宴に参加している貴族達が一斉に動き出した。

 

 皆が波での武勇をいち早く本人から聞きたくて仕方がないのである。なんと言っても古くから伝承として伝わっている四聖勇者様が目の前に存在しているのだ。男女問わず目を輝かせながら口々に勇者を褒め称え、波での戦いを聞き出していった。

 

 貴族等のこの対応に気分を良くした弓と槍の勇者は、料理を片手に味わいながら壮大に次元のキメラとの戦闘を語っていく。まるで一つの物語のように二人の口から語られるソレに、女性陣は黄色い歓声を挙げ、男性陣はさらに目を輝かせて興奮気味に傾聴している。その場にいた貴族等は男女問わず、まるで童児の如く彼らの話に聞き入っていた。

 

 剣の勇者であるソラールにも当然、貴族等が囲むように配置されるが・・・生まれてこの方、貴族に目をつけられることはあれど賞賛される覚えのなかった彼は唐突な状況について行けず、まるで借りてきた猫のように大人しく、苦笑を浮かべるばかりである。宴の場であるため、今は装着していないバケツヘルムが恋しくなるほどに、彼はいつもの威勢の良さを取り戻せずにいた。

 

 そんな場慣れをしていないソラールを見かねてか、騎士団長が彼の元へと割り込み、あたかも彼の活躍をその場で見ていたかのような口ぶりで語り出した。ついでに村を守ったとして自分の功績を織り交ぜながら話す彼の物語に、貴族達の視線はソラールそっちのけで集中される。

 

「三勇者が波の元凶である災厄の魔物と戦っている間、我ら騎士団は村に迫り来る魔物共に一歩も退かず―――」

 

「僕たちが背負っている使命と正義の重さは理解していますからね。最初の波なんかで苦戦するはずもありません。その証拠に、僕たちは自然と統率が取れた連携を組むことができましたし、お陰で終始戦況は優勢でした。そうして魔物が弱ったところを見計らって勇者のスキルである―――」

 

「俺の大切な仲間の応援がなかったら、俺は決してここまで強くはなれなかったさ。皆の応援が俺に無限の力を与えてくれるんだ。何度波が来ようが、いずれもっともっと強くなって村や町の人達皆を守れるような立派な勇者になるのが俺の目標だ。その時はどんな魔物だろうとこの槍で一突き―――」

 

 各々の武勇や志が飛び交い賑わう中、盾の勇者であるハベルはひっそりと窓辺に佇んでいた。彼自身、このような催しには一切の興味も湧かなかったのだが・・・・・・彼がこの場にいる経緯としては、災厄の波が終わってから村に駆け付けたソラールにある。

 

 彼はハベルとラフタリアの無事を確認すると同時に宴の件と、四聖勇者に褒美を取らせるため必ず参加するように、と王から仰せつかっていることを伝えたのだ。宴に報酬と聞いていくらか気分を取り戻した様子のラフタリアとは違い、ハベルは彼の話を聞いてからもあまり乗り気にはなれなかった。亡者である自分がそのような華やかな場に居ても、居るだけで空気を乱すほどの邪魔者になるだけなのは明白である。しかし、国王陛下直々の命とあってはハベル自身に選択権は無いにも等しく、参加せざるをえないだろう。

 

 そんなわけで、彼は普段口にすることのない豪華な料理を前にソワソワしていたラフタリアに料理を楽しむよう一人で行動させる。そして、素晴らしい演奏を耳にすることも、宴の様子を眺めることもなくただ一人ぽつんとワインの入ったグラスを片手に外の景色をただ眺め、時が過ぎるのを黙って待っていた。

 

 しかし、そんな彼のところにそろりと近づく人影が一つ。気配を感じて目を向けると、そこには疲れきった表情を浮かべた太陽の騎士が酒の入ったグラスを持って、よろよろと弱々しい足取りで向かってくるのが見えた。

 

「・・・・・・大分お疲れのようだな、剣の勇者」

 

「勘弁してくれ、ハベル殿。今しがた騎士団長には感謝しているところなのだぞ? これまでの人生、変人だの狂人だのと罵られ不審な眼差しを向けられることには慣れているつもりであったが・・・・・・まさか、よりにもよって貴族に囲まれて憧憬の念が向けられるなど、到底慣れるものではない」

 

「これでは酒も碌に楽しめん」とソラールは疲労困憊といった風にやれやれと首を振って苦笑する。窓辺に手をつきながら、初めて見る彼の表情にハベルは兜の下でフッと笑みを浮かべ、グラスの中の酒をゆっくりと一口含む。しかし、味は相も変わらずであった。

 

「いや、しかし貴公には安心したぞ。あのまま一人でこの世界を歩んでいく気かと思っていたが、どうやら俺の杞憂であったな。貴公のことを気に掛ける随分と健気で良き理解者と出会ったものだ。・・・まあ、それが若い女性であることは流石の俺も驚いたがな」

 

「・・・ソウルの導きに従ったまでだ。性別や種族など関係ない。貴公とて何も感じぬ訳ではないだろう・・・・・・本当に、彼女は立派な戦士に成長してくれた」

 

「であろうな。リユート村の者達から聞いたぞ。盾の勇者と亜人の従者が助けてくれなければ私たちはここには居ない、と。貴公の戦いについて来られるということは、恐らくラフタリア殿はこの中で最も実力のある従者だな!」

 

「・・・・・・であれば良いが」

 

「貴公の鍛練の賜物ではないか! 謙遜する必要がどこにあるか、ハベル殿! ウワッハッハ!」

 

 調子を取り戻したソラールは、朗らかに笑いながらバシバシとハベルの肩を叩く。予想するに鍛練のこともリユート村の誰かから聞いたのだろう。いつの間にそこまで仲良くなったことやら・・・彼の太陽のような人柄に村の者達はすぐさま心を開いたことだろう。

 

「・・・・・・ところで貴公、波での戦いはどうであった?」

 

「んん? ああ、こっちはハベル殿の後ろ盾があったからな。心置きなく存分に戦うことができたぞ。いやしかし勇者のスキルとやらは凄いな。まるで剣に太陽の力が宿ったかのような―――」

 

「貴公の話ではない、他の者達の話だ。勝ち戦にて貴公の活躍など、その場に居なくとも容易に想像がつく」

 

 発言を遮ってまで堂々と言い放つハベルに、彼はどこかむず痒さを覚えつつも言葉に詰まってしまった。

 

「・・・・・・戦いの様子であれば、今彼らが貴族等に語っている通りだぞ?」

 

「ほう? 今現在あの騎士団長に混じって語る彼奴等の言うことを信じろと?」

 

「ぐぅっ!? そ、それは・・・・・・」

 

 ギクッ!? と目に見えて反応するソラールに対して、早く話せとたたみかけるようにハベルは詰め寄った。

 

「・・・・・・は、初めてにしての筋はとても良いぞ! この国の王国騎士よりは間違いなくできるな! 俺がこの一ヶ月で出会った冒険者の知り合いの中でも、モトヤス殿とイツキ殿の実力は上位に位置するくらいだ」

 

「勇者の恩恵を受けている者をそこらの生者と比べてどうする。我ら不死人と同等に考えても良いくらいだ。それで、一ヶ月経ってからの彼らはどうであった?」

 

「いやぁ・・・まあ・・・なんだ。退き際などの立ち回りを覚えさえすれば彼らも一人前だと思うぞ。スキルやこちらの世界の魔法は俺より使いこなしていたからな。十分今からでも成長は見込めるだろう・・・うん、そうだ! 俺はそう信じているぞ!」

 

「・・・・・・そうか」

 

 隠し事が致命的に下手くそな彼は声を震わせてどもりながら、まるで言葉を無理矢理ひねり出したようである。他人を悪く言えない彼らしいが、その答え方にハベルは全てを察して溜息をついた。

 

 環境は違えど魔物が蔓延るこの世界にて一ヶ月の時を過ごせば、少しは勇者としての自覚や戦い方を知ると思ってはいたのだが・・・・・・やはり血を知らぬ異世界の者達への期待はしない方が良いだろうとハベルは勝手に区切りを付けていた。

 

「ハベル様! それに剣の勇者様も!」

 

「おぉ? 噂をすればなんとやらだな。ソラールで良いぞ、ラフタリア殿」

 

 すっかりソラールと話し込んでいたハベルのもとに、ラフタリアがジュースの入ったグラスと大皿を手に料理を沢山乗せて帰還した。一緒に居るソラールを一瞥すると、彼女は大皿とグラスを近くの窓辺に置き、礼儀正しくお辞儀をした。自らの主人との仲が良いことと、災厄の波での一件により、彼女の中で剣の勇者の評価は他の二勇者よりも抜き出ているのだ。

 

「・・・それでラフタリアよ、どうかしたか?」

 

「あ、はい。ハベル様が行きづらいと思って料理を装ってきました。見てください、どれもすっごく美味しそうだと思いませんか? あ、ソラール様もグラスの方が空きましたら教えてください」

 

「・・・・・・私達に気を遣う必要など無い。このような機会は滅多にないのだ。貴公の赴くままに楽しめば良かろう」

 

「もぅ! こういうのは一人で食べても美味しくないんです! それに、こういう機会が無いのはハベル様も一緒ではないですか。きちんと味わっておかなきゃ損ですよ?」

 

「・・・・・・すまないが、今は食欲が―――」

 

「おいおいハベル殿! まさか貴公、こんなにも可愛らしい女性からのお誘いを断るわけではあるまいな! 流石の俺でも、騎士である前に男としてどうかと思うぞ」

 

 見ていられないといった風にソラールがハベルの返事を遮ると、瞬時にラフタリアの側へと加勢した。可愛らしいと言われ頬を赤らめるラフタリアを余所に、退路を失ったハベルは「ぬぅ・・・」とただ唸るばかりであった。頬を染めつつ、今の困っている彼を見て好機と見なしたラフタリアは、フォークに一口サイズのステーキ肉を刺してハベルの面頬へと近づけた。

 

「さあ、一口どうぞ。凄く美味しかったですよ?」

 

「・・・・・・ぬう」

 

 ソラールが目の前にいるというのに大胆な行動を見せたラフタリアに、ハベルは更にたじろぐ。ここで彼女に応えなければ、またとやかく言われる未来しか見えない・・・・・・咄嗟にそう判断したハベルは、羞恥の心を押し殺しながら面頬の隙間から器用にステーキ肉を口にした。端から見れば恋人同士のソレと言うより、どちらかと言えば餌付けに近い感じではあるが、それでも彼女はにっこりと表情を和らげるほど大満足であった。

 

 ウワッハッハッハ! と、ソラールはたじたじなハベルという珍しく面白いものを目の当たりにして大爆笑する。そうしてひとしきり爆笑した彼は、尚も都合の悪そうな彼と満足げな彼女に自身のグラスを傾けた。

 

「では、貴公等、改めて災厄の波の勝利を称えて乾杯といこうではないか! 貴公もソレで良いな?」

 

「・・・今の私が断ると? まあ良い。そうだな、乾杯といこう。前に話した通りカタリナ式で良いか?」

 

 「勿論だとも!」と力強く頷くソラールを横目に、音頭を知らぬラフタリアへとハベルは簡単に説明する。最後の輝かしくも暖かい締めの言葉を覚えたラフタリアはどこか緊張した面持ちでグラスを二人に合わせて傾ける。

 

「では俺からいくぞ?・・・・・・波を退けた我らの勇気と―――」

 

「ゆ、勇者の誇り高き使命と―――」

 

「・・・我らの輝かしき勝利に―――」

 

 

 

「「「太陽あ―――」」」

「おい、ハベル!」

 

 気持ちの良い乾杯の音頭と共に互いのグラス同士が重なり合う寸前、水を差すように耳障りな声が挟まれる。これには流石のソラールですら眉をひそめる中、声の正体である槍の勇者・北村元康は片方の手袋を外してハベルの前へと叩き付けた。彼の行動の意をすぐさま理解したラフタリアは目を見開いて驚愕するが、当の本人はゴトッと兜を傾げていた。

 

「・・・貴公、手袋を落としたぞ?」

 

「拾うな馬鹿が! 俺と決闘しろって意味だ!」

 

「・・・・・・何?」

 

 突然の出来事に先程まで賑わっていた会場はシーンと静まり返り、場の注目を一斉に集めていた。一方、決闘を挑まれる因果にまるで心当たりのないハベルは尚も首を傾げながら元康の顔を見つめていた。

 

「とぼけたって無駄だ! 騎士団長から全部聞いたぞ、この血も涙もない化物め。そこにいるラフタリアちゃんを奴隷として使役してるんだってな!」

 

「なっ!? ラフタリア殿が奴隷?!」

 

「・・・・・・ああ、そう言えばそうであったな」

 

「犯罪者であれ四聖勇者ともあろう人が奴隷を雇うなんて・・・幻滅ですね。あれから何も反省していないとは・・・」

 

 なんて事の無いように認めたハベルに加えて弓の勇者である川澄 樹の一言により、周りの彼に対する心象は一気に悪化した。よりにもよって世界を救う勇者が奴隷を引き連れるなど、前代未聞であるからだ。その事実にソラールは驚嘆するも、ハベルとラフタリアを交互に見やり、「しかしなぁ・・・」と一人考え込んだ。

 

「そうであったな、じゃねえだろ! いいか、人は人を隷属させるもんじゃない! 騎士団長が言うには、ラフタリアちゃんに無理矢理命令の呪いを行使してたそうじゃねぇか!」

 

「・・・・・・そうは言うがな、貴公。この国は奴隷制度を禁じていないではないか」

 

「そういう問題じゃねえって言ってんだよ!! 俺達四聖勇者は世界を救う唯一無二の存在だ! 仮にも盾の勇者であるお前が奴隷を従わせるなんて、到底許されることじゃない!」

 

「・・・・・・貴公は私に倫理を問いているのか? おかしなものだな・・・貴公が散々化物と宣う私にヒトの倫理を問うなど・・・」

 

「てめぇ!!」

 

「まあまあ。モトヤス様、落ち着いてください。きっとお酒が混ざって悪酔いしてしまったんですね。良いじゃないですか、こんな化物にこき使われている亜人風情にそこまで気を回さなくとも・・・」

 

 淡泊な応答をする彼に元康が一人でヒートアップしている最中、意外にも二人の仲裁に入ったのはマインその人であった。脂汗をかきながら必死になって彼に言い訳を唱えるが、「俺は酔ってねえ!!」と顔を真っ赤にしながら叫ばれる始末であった。残念ながら彼の胸には少しも届かなかった様子である。

 

「一旦落ち着け、モトヤス殿。確かに貴公の言い分も俺は理解できる。だが、ラフタリア殿を見てみろ。俺の世界でも奴隷制度は存在していたが、普通、奴隷というものは笑顔を見せないものだ。それどころか、彼女は望んでハベル殿の傍へと居るように見える。貴公が思っているほどハベル殿は彼女に酷い扱いをしてはいないと思うぞ?」

 

「ソラールさんまで・・・でもよ―――」

 

「騙されるでない槍の勇者殿! 俺は確かに戦場で目にしたのだ! 彼女の胸元に奴隷紋がはっきりと浮かび上がるのをな!」

 

 勢いを失いかける元康に加勢するように、横から騎士団長が図々しく口を挟んできた。これに対し、ソラールとマインは「余計なことを・・・」と、同時に顔を歪める。

 

「奴隷紋が光り輝くときなど一つしか無い。強制的に命令を聞かせるための呪いを行使したときだけだ。そして、その呪いによってそこの亜人の少女は明確な殺意を持って私に斬りかかって来たのだ! 手柄を横取りするために団長である私の首を狙って・・・なんとおぞましい!」

 

「なっ!? 何をいけしゃあしゃあと! よくもそんなことが言えましたね! あなたがハベル様や私を巻き込んで範囲魔法を打たなければ―――」

 

「おお、なんと可哀想に・・・。主人を庇うように重厚な呪いを掛けられているとは・・・・・・」

 

 顔に手を当てがり哀れみの芝居を続ける騎士団長のペースに、どんどん周りは飲まれていく。ラフタリアが何を言おうと、これで信憑性は殆ど意味をなさなくなってしまった。自分は間違っていなかったことを再確認すると、元康はハベルの方へ自信に満ちた眼差しを再度向ける。

 

「勝負だ! 俺が勝てばラフタリアちゃんを今すぐ解放しろ!」

 

「・・・・・・仮に私が勝ったとして、貴公はどうするつもりだ?」

 

「その時は・・・これまで通り好きにすれば良いさ」

 

「・・・・・・ハァ・・・・・・まるで話にならんな貴公。決闘の心得すら知らんと見える。最低限、貴公のソウルか人間性を捧げねばな?」

 

「話は聞かせてもらったぞ」

 

 呆れ返ったハベルがラフタリアを連れて宴の会場を後にしようとしたその時、彼の周りを兵士が取り囲み、槍を構えては彼のいく手を即座に阻んだ。そして、そんな彼を蔑む目で見下すメルロマルク王が玉座から重い腰を上げた。

 

「勇者ともあろうものが奴隷を使役するとは・・・・・・やはり、盾の勇者は人間性を失った化物であるということか。それに比べ、槍の勇者であるモトヤス殿の何と慈悲深い事よ・・・この決闘、メルロマルク国王であるオルトクレイ=メルロマルク32世の名の下に認めようではないか!!」

 

 高々に宣言した国王に周りの貴族達から次々と歓声が飛ぶ。だが、決して盾の勇者に酷使されているであろうラフタリアを思ってのことではない。勇者同士の戦闘、ましてや盾と槍の戦いという勝敗が明らかで安心して見ることのできる娯楽に、貴族達はこぞって興奮しているのだ。

 

 そんな彼らの魂胆が見え透いていたソラールは拳をワナワナと震わせ、今度こそハベルを助けようと、直接国王陛下へと進言するために前に出ようとする。しかし、彼がアクションを仕掛ける前に、ハベルは彼の胸元に描かれたホーリーシンボルの前に手を置いて無理に静止させると、あろう事かそのまま国王陛下の前へと跪いた。

 

「陛下自らの命とあれば、断る理由はございません。この決闘、ありがたく受けさせていただきます」

 

「ほう・・・」

 

「なぁ!? は、ハベル殿!?」

 

 目を細め訝しむ国王と、彼の想わぬ言動に驚くソラール。その他大勢の様々な視線を集めながらも、ハベルは微動だにせず姿勢を保っている。

 

「・・・・従わねばお前の奴隷をこの場で没収するつもりではあったが、まぁよかろう。では決闘は城庭にて行うものとする。準備ができ次第始めるとしよう」

 

「まさか逃げるつもりなんて無いよな? 誰がどう見たって正義は俺にあるんだ。どうしても自分が正しいってんなら、俺に勝って見せろよ!」

 

 跪いているハベルに対してこれ見よがしに捨て台詞を吐いた元康は、準備のために移動した国王の後へとついて行く。そして、次第に周りの貴族達も良い席を確保すべく、我先にと会場を後にしていった。その場に残されたのは、ハベルとラフタリアとソラール、そして彼が逃げ出さないよう遠くから見張っていた樹であった。

 

「すみません、ハベル様。私があの時、怒りに飲まれた所為でこんな・・・」

 

「・・・・・・いや、貴公が気にすることではない。どのみち、貴公を手放す気など無いからな」

 

 すっかり獣耳が垂れ下がり、目に涙を薄らとにじませているラフタリアに、ハベルはなんでもない風に声を掛ける。しかし、それでも納得のいかぬ者もいた。

 

「しかしだな、ハベル殿。いくら王の命とは言え、何故ああも易々とふざけた決闘なぞ請け負った? 私欲に塗れた貴族共の目を貴公も見たであろう? この決闘の結果がどうであれ、貴公に旨みがあるとは俺はどうしても思えぬのだ」

 

「・・・・・・貴公は他の勇者を導きたいのであろう? であれば、ここらで場数の違いを見せつけるべきだとは思わないか?」

 

「俺は貴公の心配をしているのだ!」

 

「何の心配だ? 私が決闘に敗れるとでも? 狂った闇霊ならいざ知らず、あのような青い若造に負けるほど落ちぶれてはいない。安心しろソラール、なにも殺しはしないさ」

 

 そう言うと、彼はラフタリアを連れて城庭へと足を運んでいった。

 

―――冗談ではない、結果がどうであれ、貴公は周りからこれ以上に化物と蔑まれることになるのだぞ

 

 その場に一人残されたソラールは、胸のわだかまりが先程から幾分も晴れないことにより、ついぞ表情を雲らせていた。かつて変人やら狂人と蔑まれ続けた彼だからこそ、ハベルにそのような思いはして欲しくはなかったのだ。例えハベル自身が自分を亡者と蔑もうとも・・・・。

 

「大丈夫ですよソラールさん。元康さんだって熱くなっていましたが、分別はある人です。万一にでも、ハベルさんを殺すようなことにはなりませんよ」

 

 思い悩む彼に樹は近づくと、彼なりのねぎらいの言葉を掛けた。言い残して一人満足した彼は、気軽い足取りで上から城庭が見渡せるテラスの方へと向かった。

 

「・・・・・冗談ではない。身の心配をするならば、それこそモトヤス殿ではないか」

 

 彼の呟きは誰に聞こえることもなく、がらんとしてしまった会場に吸い込まれていった。

 




やめて!

ハベルに致命の一撃を入れられたら、槍の勇者と言えどモトヤス様のライフは一瞬でなくなっちゃうわ。

お願い、死なないで槍の勇者様!

貴方が今ココで倒れたら、王様や騎士団長との約束や、ラフタリアの未来はどうなっちゃうの。

ライフはまだ残ってる。この決闘に勝利すれば、貴方の強さが認められるんだから!

次回《槍の勇者死す》デュエルスタンバイ!!!


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EP14 冒涜的な存在

仕事忙しくて辛い・・・・・・息抜きでたまにはダクソやろうかな・・・・・・十万ソウルロストした(落下死)・・・辛み・・・気を取り直そう・・・・・・

畜生!また十万ロストしやがった!お前はいつもそうだ!
このソウルロストはお前の人生そのものだ!
誰もお前を愛さない!!




「これより、槍の勇者モトヤス様と盾の勇者ハベルの決闘を執り行う! 勝敗はトドメを刺す寸前まで相手を追い詰めるか、本人が敗北を認めることで決めるものとする!」

 

 決闘の進行を勤めている大臣の声が、コロシアムと化した広い城庭に響き渡る。テラスには勇者同士の闘争に期待を膨らませた貴族達が、席を空けることなくひしめいていた。その中には、事の顛末を不安げに眺めるラフタリアと、彼女のことを思って傍に付いているソラールの姿も見られた。

「ここまで大きな騒ぎになるなんて・・・私の所為でこんな・・・・・・」

 

「ラフタリア殿。今はただ、貴公の主人を信じて待つほかない。なぁに、貴公は間近でハベル殿の力をみてきたのだろう? 少なくとも、俺はハベル殿に対して一切の心配はしていないがな! ウワッハッハッハ!」

 

 あれから獣耳をシュンと垂れ下げ、自分を責め続けるラフタリアを見かねてか、ソラールはいつもの如く気丈に振る舞ってみせた。朗らかに笑う彼の暖かい気遣いに触れた彼女は、「ありがとうございます」と彼に微笑みながら一言礼を口にする。しかし、尚も彼女の表情から完全に曇りが取れることはなかった。

 

「この決闘はオルトクレイ=メルロマルク国王陛下並びに、三勇教・教皇バルマス様の立ち会いの下に執り行われる正当なものである!!」

 

 おおーっ!! と貴族等の歓声が上がる中、ソラールはこのふざけた茶番を作り上げた元凶の一人である国王を睨み付けた。もはや彼の中に国王に対する忠義の心は薄れ、疑わしさだけが渦を巻いている。何故そこまで盾の勇者ばかりを邪険に扱うのか・・・ハベルが化物以前の問題である気がしてならなかったのだ。

 

 彼なりに考えを巡らしていると、向かい合う城庭の扉がギギギッと鈍い音を立てながらゆっくりと開かれた。そうして二人の勇者が城庭に姿を現し、お互いに顔を合わせる事となる。

 

 またもや貴族達の歓声が挙がる中、ちらほらと槍の勇者に向けて黄色い応援の声が掛けられる。彼の仲間や女性貴族等の声が届けられると、良い具合に酔いが覚めた元康は鼻の下を伸ばす醜態をさらさず、爽快な笑みを浮かべて客席へと手を振っていた。颯爽とした対応を見せる槍の勇者に、更にテラスから甲高い歓声が募っていく。

 

 一方、これから決闘だというのに全く緊張感を持っていない元康に、ソラールや対峙しているハベルは頭を抱えて大きな溜息をついていた。そんな彼ら不死の気持ちなどつゆ知らず、何やら頭を抱えているハベルを見て、元康は余裕な表情を向けた。

 

「どうだ、この歓声の殆どが俺に向けられてんだぜ。化物のお前には決して味わうことのない最高の応援だ。皆の期待があるからこそ、俺はお前には負けられない! 皆の想いに応えるため・・・何よりラフタリアちゃんのためにもな!!」

 

「・・・・・・言いたいことはそれだけか?」

 

 「あぁ!?」とイラつきに満ちた声を漏らす元康に構わず、ハベルは『黒騎士の剣』と『黒騎士の盾』を展開し、彼に向けて頭を下げて一礼をする。対する元康は突然の彼の行動に不審を抱き、咄嗟に四聖槍を構えてしまう。

 

「・・・・・・何を怯えている? これは私の世界における決闘の前の習わしだ」

 

「ああ、そういやお前はソラールと同じ異世界の住人だったな。いいか! 俺はあの災厄の波でテメェの世界を救った勇者であるソラールと共に戦った。こそこそ村の端っこで雑魚を処理して、手柄を横取りしようとした臆病者と違ってな!」

 

「・・・・・・だからなんだと?」

 

「テメェ如きに負ける道理は無いって事だよ!」

 

 ハベルの前で力強く宣言し、自身に気合いを入れた元康は槍をクルクルと回しながら両手に持ち直し、試合開始の合図を待った。ハベルも手元の盾と剣を構え、ようやく緊迫とした空気が二人の間に訪れた瞬間であった。客席も二勇者に呼応してか、唾を飲み込む音が聞こえるほど静まり返り、動静を見守っている。

 

「では・・・・・・・・・・・・始めぇ!!」

 

「うおぉぉぉぉーーー!!!」

 

 進行を勤める大臣の号令が城庭に響き渡ると同時に、雄叫びを挙げながら元康がハベルへと突撃していく。そしてある程度の距離が詰まると彼はその場で跳躍し、全体重を『四聖槍』へと乗せて渾身の突きを放った。

 

 ハベルは盾を構えて真正面から受け止めると、元康は素早くその場に着地し、円を描くように槍を振り回しながら攻め続けた。怒涛のような槍の連撃が襲いかかるも、ハベルは尚も盾でこれを受け続ける。端から見れば正に貴族等が予想していたとおり、槍の勇者による一方的な展開であった。

 

「くらえ!《疾風突き》!!」

 

 四聖槍の宝石が光り輝き、矛の部位にエネルギーが集中される。連撃の締めと言わんばかりに槍の勇者の攻撃スキルが炸裂し、ハベルの盾を直撃する。ガァン! と武器同士がぶち当たる音が城庭全体へと響き渡ると、元康はすぐさまハベルから距離を取った。激しい彼の攻めの姿勢に、会場のボルテージは更に上昇していく。槍の勇者の戦いにその場の貴族は残らず興奮しっぱなしであった。

 

 しかし、そんな城庭内の雰囲気とは裏腹に、当の本人である元康は額に汗をかきつつ眉をひそめていた。攻め続けているはずなのに、スキルの一撃を確かに加えたはずなのに、何故こうも手応えが無いのか、どうしようもない違和感が彼の心中に広がっていた。

 

「・・・・・・これが・・・貴公が持つ槍の勇者の力だと?」

 

「・・・だったら何だってんだ」

 

「・・・・・・何というか・・・ああ、そうか・・・あのソラールが言い淀むほどだものな・・・・・・確かに納得だ。よもやこれ程とは・・・・・・血を知らぬ者の、何と哀れな事よ・・・」

 

 突然構えを解いては何やらブツブツと言葉を並べるハベルに、元康は警戒して槍を握る手に力がこもった。すると、彼はおもむろに右手の真っ黒な大剣をどこぞに仕舞うと、今度は真っ黒な盾もただの『四聖盾』へと変換した。

 

「てめぇハベル! いったい何のつもりだ!」

 

「・・・・・・この決闘、私は盾以外の武器を使わない」

 

「なぁ!? 真面目に戦え! こいつは決闘だぞ!」

 

「・・・・・・そうか」

 

 不意に放たれた彼の突拍子もない言動に、対峙していた元康だけでは無く、城庭にいた全ての人物――剣の勇者を除く――に波紋が広がった。彼の言葉を槍の勇者に対する侮辱と捉えた貴族等は、言われた本人よりも憤慨していた。

 

「神聖な決闘を何だと思っているんだ!」

「きっと勝てないと分かったから、ふざけているだけなんだわ!」

「槍の勇者様ー! そんな奴早くやっちまえー!!」

 

 罵詈雑言の嵐が降り注ぐ中、ハベルはあろう事か四聖盾を構えること無く棒立ちのままだった。それは戦法と言うには程遠く、槍の勇者の出方を黙って見ているだけである。自分を見下し蔑むかのような彼の態度に、元康は顔を真っ赤にして目をギラつかせながら感情のまま槍に魔力を込めた。

 

「ふざけやがって、後悔させてやる! 《乱れ突き》!!」

 

 元康から突き出された矛が、あまりのスピード故に矛先が幾重にも分かれてハベルの方へと飛んでいく。しかしいくら早さがあって乱れようとも、それが刺突である事に変わりない限り、ハベルにとっては悪手でしかなかった。

 

 彼はその身に纏う重厚な鎧で刃を受けつつ、適当なタイミングで盾を振り抜ける。何気なしに振るわれた盾に元康の矛先がかち合い、連続して攻撃していたはずの彼は堪らず体勢を崩した。

 

 ぐうぅ!? と予想だにしていない衝撃が彼の体を走り抜け、その場に膝を突いてハベルを目の前に隙を晒してしまう。だと言うのに、ハベルは未だ無防備な元康へと攻撃を仕掛ける気配はない。尚もただ黙って立ち尽くす彼の様は、槍の勇者が立ち上がるのを待っているかのようであった。

 

「・・・・・・何の真似だ!?」

 

「・・・貴公、腕だけで振り回しても威力は出ない。盾を持たぬのであるならば、槍をしっかり両手で持ち、踏み込む際にある程度体重を掛けねばならんだろう」

 

「・・・・・・はぁ?」

 

 いったい誰が予想できただろうか、ハベルはよりにもよって決闘の最中に武器の指南を始めた。彼からしてみれば、この世界に来てからゲームの要領で独学で振り回していた元康を見かねてのことだった。他の勇者を導きたいというソラールの意思を汲んでの、彼なりの善意でもある。それが彼にとって最大級の侮辱であるとは思いも知らずに・・・・・・。

 

「・・・・・・くそっ!!」

 

 元康はがむしゃらに立ち上がり、ハベルの助言を無視して愚直な程に真っ直ぐな突きを繰り出した。先程の弾き(パリィ)が懲りていないのか、彼はテンポ良く刺突を繰り返していく。退き際を知らないというソラールの言葉が頭によぎりつつ、ハベルは四聖盾で受け流しながら、またも適当なタイミングで槍を弾いた。

 

「貴公・・・刺突に一辺倒だからこうなるのだ。槍の使い方を工夫しろ。突くばかりでなく斬り払って見せろ。・・・・・・ああ、それとだ。先程から攻めに欲張り過ぎだ。もう少し相手の出方を見てから―――」

 

「うるさい黙れ!!」

 

 ドタッと無様に尻餅をつく元康にハベルは継続して助言を呈すも、応える気のない元康は構わず四聖槍を手に持って再度刺突を連発する。彼の攻めが続く最中、何度口にしても変わらない元康の姿勢に、いったい誰のためを思って言っているのか、とハベルは徐々に苛立ちが募っていた。如何にラフタリアが素直で良い子であったか、教える身としては対極である。

 

「クソ! 何でこんな、盾のくせに! こんなはずは―――」

 

「違うと言っているだろうが!」

 

 遂にしびれを切らしたハベルが右手を握って拳を作り、繰り返される刺突をものともせずに元康の顔面へとぶち込まれた。鎖が何重にも巻かれた頑丈で重厚な籠手から繰り出される殴打が、元康の顔へと吸い込まれるように直撃し、全身が投げ出されるように吹き飛ばされる。

 

 きゃーっ!とテラスから悲鳴が聞こえるも、彼はふらつきを見せながらも立ち上がった。殴られた頬が赤く腫れ、口元からタラリと血を流す槍の勇者に貴族等のざわつきは絶えなかった。未だハベルに対して「盾のくせに」「卑怯者め」と罵倒する声が聞こえるが、その他多くは自らが思い描いていた理想像とあまりに乖離している現状にある種の恐れを抱いていた。誰がどう見ても、槍と盾の勇者の差が歴然であった為である。

 

 その場の誰もが、何かの間違いだと現実を認めずに槍の勇者・北村元康の逆転を願うも、彼が攻撃を仕掛けては受け流され、時折素手による一撃だけの反撃をもらうという、正に一方的な展開が続くばかりであった。

 

 

 

 

 

「・・・凄い・・・・・・槍の勇者様が、まるで赤子のように」

 

「言ったであろうラフタリア殿。心配をするなら、むしろモトヤス殿の方なのだ。我らの世界において未熟な槍ほど、手玉に取りやすいモノもないからな。場数を踏んでいるハベル殿なら尚更だろう」

 

 会場を支配している悲壮な雰囲気とは裏腹に、ラフタリアとソラールはそれぞれの不安をぬぐい去り、どこか安心した心地で観戦していた。

 

「それにしたって、ここまでとは誰も思いませんよ。本当に同じ四聖勇者なのか怪しくなってくる程に・・・」

 

「まあ、貴公と違ってモトヤス殿には教え導く者が誰も居なかったからだな。血を知らぬ平和な世界から召喚されたというのも大きいが、勇者の道を選んだ以上はそうも言ってはいられまい。なに、一度痛い目を見て懲りればどうとでもなるさ・・・・・・俺もそうであったしな」

 

「・・・え? ソラール様も・・・ですか?」

 

「勿論だとも。はじめから強さを手にしている者はいない。皆が未熟な中で、示された導きにどう従うかで決まっていくものだ。今はああでも、モトヤス殿だってきっと大成するはずだ。なんと言ったってこの俺ができたのだからな!」

 

 なんともにこやかに話すソラールだが、ラフタリアは苦笑を浮かべていた。人の気持ちを考えられずに余計なことばかりをする自己中心的な槍の勇者が、盾の従者であり亜人である自分を案じ、傍に付いて尚且つ余計な不安を払ってくれる剣の勇者様のように成れるとは、例え天地がひっくり返ろうとも考えられなかった為である。

 

 一方、彼らとは反対側のテラスにて貴族等の悲惨な雰囲気に混じり、一人不穏なまでに苛立ちを募らせるものがいた。片方の手で自身の赤毛をクルクルといじくり、もう片方の指の爪を苛ただしげに噛みながら、彼女は鋭い眼差しを城庭に向けていた。

 

 ハベル自身の戦いを間近で眺め、実際に殺されそうになった彼女だからこそ、現状の光景について頭がお花畑な貴族ほど予想していないわけではなかった。しかしそれでも苛立つのは、よもやこれほどまで埋めようのない差があるとは思ってもいなかったのだ。

 

 だからといって、おいそれとこのまま槍の勇者の醜態をさらし続け、挙げ句の果てに盾の勇者になぶられた槍の仲間という汚名を被る気は毛頭ない。隣で泡を食って青ざめているばかりの騎士団長に向けて舌打ちを放った後、彼女は懐から魔力増強の薬水を取りだし、ひと思いに飲み干した。空になった小瓶を騎士団長へと乱暴に投げ捨て、彼女は立ち上がってどこへとなく姿をくらますのであった。

 

 

 

 

 

「ガハッ! ク、クソ・・・盾職(シールダー)なのに・・・反則だろ・・・・・・」

 

 地面に転がされ続け、華やかな銀鎧の下には痣が広がるほど、元康は打ちのめされるばかりである。しかし尚もこうして立ち上がり続けるその根性に、ハベルは素直に感心を抱いていた。ラフタリアを守りたいという心や覚悟だけはその若さを持ってしても一丁前なのだろう。

 

「大体、何なんだよ! その鎧は!! 石の鎧のくせに傷一つ付いていないとかチートも良いところじゃねえか!」

 

「チー・・・ト? よく分からぬが貴公、ずっと勘違いしているようだが、これは“岩”の鎧だ」

 

「どっちだって良い! ぐぅ・・・」

 

 大声を出すだけで痛みが全身に走るほど、既に元康の体は限界を迎えようとしていた。

 

「・・・・・・貴公、もう分かったであろう。大人しく降参せよ・・・何度挑もうが貴公の腕ではあまりに―――」

 

「うるさい! 男には退けないときがある、それが今だ! 俺が諦めたら、ラフタリアちゃんはこの先ずっと奴隷として剣を持ち続けることになる。そんなのは絶対に間違ってるんだ!」

 

「・・・・・・そうか、では仕方がないな」

 

 碌に教えを聞こうとせず、愚直な攻めを繰り返すだけの彼に対してハベルはおもむろに溜息をつくと、ソウルを集中して左手の四聖盾を変化させる。すると、彼の手元に現れた新たな盾を見て、元康は思わず自分の目を疑ってしまう。それは盾と呼ぶにはあまりにも異質で、見る者全てを威圧するほどの存在感があった。彼が展開したソレは、円周に鋭いトゲが多量に付着した巨大な木製の車輪であった。

 

「お、おい待てよ・・・盾以外の武器は使わないんじゃなかったのか」

 

「何を言うか、貴公。これも立派な盾だ。・・・もっとも守備に関して脆弱ではあるが、この見た目に違わぬよう、対人において有効である事に変わりない」

 

 何に対して有効なのか、それはハベルが『骸骨車輪の盾』をギュイン! とおぞましい音を立てながら回転させることで全てを物語っていた。尚も車輪を回転させ、明確な殺意を放ちながら近づいてくるハベルに、元康は初めて死の恐怖を覚えた。それによりただでさえ痛みと疲労でふらついていた両脚に、濃厚な死の恐怖からの震慄が加わると、彼は立つことすら叶わない状態となった。

 

 四つん這いとなってハベルに背を向け逃れようとする元康の姿は、もはや勇者の名に恥ずべきものだ。だが亡者であるハベルに哀れみの心など、とうに持ち合わせていない。助言を聞かず、指導に限界を感じたハベルは早々にこの茶番を終わらせようと、寸止めのつもりで車輪を元康の鼻先まで振り下ろそうと大きく身構えた。

 

 ギュイン!! とわざわざ大きな音を立てて回転させながら『骸骨車輪の盾』を振り下ろそうとした・・・・・・その時である。

 

 

 

 後頭部に大槌を振り下ろされたかのような衝撃が、ハベルの兜を直撃した。幾多の攻撃をロードランで体感してきた彼でさえ、今までで受けたことのない衝撃にハベルは完全に不意を突かれ、体幹を大きく崩してしまう。振り下ろした車輪は止まることなく、元康の顔面すぐ横の地面を抉った。

 

 衝撃の正体はロードランの地には存在しない風系統の魔法である。この世界における風魔法の真髄は相手に傷を負わせる威力に在らず、対象を吹き飛ばす衝撃に在る。魔力増強によって衝撃を増した風の魔弾は、直立していたハベルの後頭部にカウンター気味で直撃した。

 

 ハベルの鎧は重厚な見た目に違わず相手の物理・魔法など全ての攻撃と呼べるモノの威力を殺し、その身に降りかかる衝撃をいとも容易く吸収してしまう。増強された魔弾の衝撃が幾度もハベルの脳を揺らし、脳震盪を起こした彼は堪らずその場に膝をついてうずくまってしまった。

 

 

 これを好機と捉えた元康はすぐさま体勢を立て直し、四聖槍へと更に魔力を集中させていく。四聖武器の証である宝石がこれ以上ないほど真っ赤に光り輝き、槍の矛先からバチバチとエネルギーが漏れ出しているのが分かる。

 

―――まだレベルが足りなくて一日に一回しか使えない貴重な必殺スキル。けどここで使わなきゃいつ使うってんだ! ラフタリアちゃんのためにも、ここで確実にしとめる!

 

「これが、俺の、全力だぁぁぁーーー!《流・星・槍》ぉぉぉーーーーー!」

 

 ありったけの魔力が込められ、四聖槍から放出された星の力を司る膨大なエネルギーの波がハベルを飲み込んだ。意識が薄れゆく最中にハベルは『骸骨車輪の盾』を構えるが、彼自身が述べたように車輪盾は攻撃を防ぐために用いるにはすかすかであり脆弱なのだ。当然受け能力も惰弱であり、碌にダメージを軽減することなくエネルギーの波の中で役目を終えた。

 

 閃光が城庭を覆い、客席からの視界が回復するまで僅かな時間が掛かった。そうして光が収まり、皆の視界が元通りになると、彼らの目に映った光景の先でハベルはまだ立っていた。鎧の所々が煤け、確実にダメージが入っているにも関わらず直立不動を貫いている。

 

 戦いを知らぬ貴族でも分かるほど膨大なエネルギーを受けながら、尚も倒れぬ石鎧の怪物に、貴族等は正に化物とハベルを恐れ始めた。すると客席の端から「ハベル様ッ!」と悲鳴に近い声が聞こえた次の瞬間、いつの間にか肉迫した元康が、流星槍の残光を纏った四聖槍をハベルの兜目掛けて突き上げた。

 

 皮肉にもハベルの教えの通り、両手に持ち替えて足を踏み込ませ、体重を乗せた重い刺突が直撃する。甲高い音が城庭に鳴り響き、ハベルの兜が宙に放られる。彼の醜く冒涜的な素顔が皆の前に晒されながら、彼はゆっくり仰け反っていった。

 

 

 

 

「か、勝った・・・・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝者!!槍の勇者・北村元康―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――匂い立つなあ・・・」

 

地の底から響くような暗い声が大臣の声を遮り、吸い込まれるように元康の耳に入る。反射的に目線を向けると、仰け反ったハベルが体勢を維持したままである。そして不意に足を踏みならし、常人では考えられぬような体勢から直立に立て直していた。

 

「・・・・・・たまらぬソウルで誘うものだ・・・・・・えづくじゃあないか・・・・・・」

 

 彼の手に持つ四聖盾の宝石が、どこまでも深い深淵の如き暗闇に染まっていく。彼の真っ暗で冒涜的な瞳もソレに呼応するかのよう、徐々に赤みを増していく。赤黒く、まるで青ざめた血のように染色した彼の目は、真っ直ぐ元康を見つめていた。そして、彼はゆっくりと槍の勇者に向かっていく。

 

「クッ! この死に損ないが!」

 

 息を切らしながら、彼は無防備なハベルへと向かって刺突を繰り出す。だが、ハベルは手元の四聖盾で弾きもせず、代わりに鎧へ命中した槍の柄を片手で掴み挙げた。元康は両手で引き抜こうとするも、片手のはずのハベルにはビクともしない。

 

 そして、ハベルは柄をグイッと引き寄せて元康との距離を限界まで詰めると、彼の右手がおぞましく赤黒い光を放ち始めた。そのままハベルは貫手の如く彼の胴体へと突き出した。銀鎧を砕き、ズブリと皮膚を裂き、しかしながら鮮血が飛び散ることはなく、ハベルの右手が元康の体を貫いた。

 

「・・・ソノ・・・・・・ソウルヲ・・・・・・ヨコセェェェェェ!!」

 

 その姿は、まごう事なき亡者であった・・・・・・。

 

 



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EP15 行く末

すいません、仕事が忙しいときの投稿ペースはこんな感じになります。最近は少し落ち着きを見せているのでまたペースを戻したいもんです・・・。折角沢山の評価とお気に入り登録者数を獲得してモチベはあるのに時間は無いって言うね...。辛いもんです。



 その瞬間、まるで誰もが声を奪われたかのように、客席にいた者達は残らず静寂へと包まれていた。決闘の進行を執り行う大臣の勝利宣言がなされ、誰もが安堵していたというのに・・・・・・希望から絶望へ・・・・・・その場の殆どの者達は顔を青白く豹変させながら、あまりの事態の急変に思考が追いつかず、目の前の出来事にただただ絶句するばかりであった。

 

「ぁ・・・・・・ああ・・・・・・っ・・・・・・」

 

 槍の勇者の掠れた声が、現在静まり返った城庭に訪れるただ一つの音である。彼は今も尚冒涜的な姿を晒すハベルにナニかをされていた。常人の理解の範疇とうに超えた彼の所業。ハベルの赤黒い右手は元康の体にねじり込まれ、まるで求めているモノが見つからず懸命に探すかの如く、彼の内部をかき回すようしきりにまさぐっていた。

 

 もしもの事があればと、城庭へと入場した扉の向こう側には何人もの王国騎士達が控えていたが、誰も槍の勇者を助けようと責務を果たす者は居ない。テラスにて青ざめている貴族同様、死が身近に迫っているこの状況下で、普段から掲げているはずの恐怖に打ち勝つ『勇ましき騎士道』をこぞって捨て去っていた。

 

 場の殆どが冒涜的なハベルによる現状に多大なる忌避感を覚え、名状し難い恐怖に打ちのめされ、槍の勇者・北村元康を見捨てる形となった・・・・・・その時である。

 

「うおぉぉぉぉぉーーーー!!」

 

 客席から飛び降り、けたたましく荒々しげな雄叫びを放ちながら二人の間に割って出る勇猛果敢な者がいた。彼は手にした円状の盾を構えながら突進し、元康をハベルから遠くへと突き飛ばした。そしてすぐさまハベルへ蹴りを入れて怯ませると、手に直剣を出現させて亡者と化した彼へと対峙する。

 

「け、剣の勇者! 剣の勇者じゃないか!」

「剣の勇者のソラール様が助けてくれたわ!」

「やっちまえー! 剣の勇者様ー! 頑張れー!」

 

 彼らの前に突如として現れ、太陽の如く後光の差す新たな希望、無骨なバケツヘルムを被った『剣の勇者』ソラールの出現に会場の空気は一変する。

 

 また、そんな彼らを横目に突き飛ばされグッタリとしている槍の勇者のもとに、ソラールに続く形で城庭へと降り立ったラフタリアが駆け寄った。彼女はソラールから受け取った『女神の祝福』なる聖水を手にしながら、彼の身に傷らしきものが見当たらないことに首を傾げる。顔にはいくつかの痣があって腫れており、腹部の鎧は確かに砕かれているも、そこから覗いている皮膚はなんて事のない綺麗な状態であった。しかし、顔色は今にも生死を彷徨うかのように青ざめており、未だ意識が戻らない事もあってか、彼女は元康の口へと薬瓶の口を突っ込んで無理矢理含ませた。

 

 一方、先程とはうって変わり膨大な量のソウルと人間性を感知したハベルは、すぐさま標的をソラールへと変更する。右手を更に赤黒く変色させながら組掛かり、ソラールはコレを『太陽の盾』で受け止める。

 

「ソウル・・・・・・ニンゲンセイ・・・・・・ヨコセェ・・・ヨコセェェェ!!!」

 

「クッ・・・・・・ハベル殿・・・・・・」

 

 ガリガリと盾に組み付くハベルが迫る中、ソラールはバケツヘルムの下で苦渋の表情を浮かべていた。今のハベルは間違いなく、呪われたロードランの地に溢れかえる亡者そのものであった。不死人が一度こうなれば元に戻る術はない。唯一救済の方法があるとすれば、僅かなソウルを宿す呪われたその身体を灰燼に帰すのみ・・・・・・。それを可能とするのは、この世界で唯一ソウルを操る術を持つ不死人たるソラールだけである。

 

「だが・・・・・・俺は・・・・・・ッ!!」

 

 ソラールは渾身の力を込めて盾を押し出し、ハベルとの距離を取る。怯んだ彼に太陽の直剣を向けようとするが、未だ覚悟は定まっていなかった。

 

 かの地ではその方法しか知らなかった。だからこそ、火継ぎの使命とは別に名も知らぬ亡者と化した者達を楽にしてきた。だが、今の自分はどうだ? ここは自分たちの知る世界『ロードラン』では無い、ましてや自分は偽りの太陽に妄信していた無力なあの頃の自分ではない。同じ勇者の加護を受けたハベル殿を救うやり方とて・・・きっと何か別のやり方があるはずだ・・・・・・。

 

 ソラールはそのまま剣を振るわず、尚もひたすらソウルを求めて向かってくるハベルを盾のみで受け流し続けた。彼を救う方法が・・・彼を手に掛ける以外の、ラフタリアを悲しませない方法を、持ち前の発見力を活用しながら全力で、必死に、探し続けた。

 

「ガァァァァーーーー!」

 

「ぐぅっ!?・・・・・・んん?」

 

 何度か振り払いつつも組み付かれ、不意に赤黒い拳から一撃をもらったその時である。ハベルに触れたソラールの身体からソウルが漏れ出し、ハベルの左手に装備された『四聖盾』へと流れ着くのが見えた。そして、僅かではあるが黒く淀んだ四聖盾の宝石が緑の光を放ち、本来の輝きを取り戻さんとするその様を・・・。

 

―――イチかバチか・・・・・・それでもハベル殿を手に掛けるよりはッ!!

 

 ソラールは両手の武器を収納し、ハベルと丸腰で向き合った。ソウルを求めて猛り狂うハベルを前に、自殺行為としか取れない行動を見せたソラールに、傍観していた全員が思わず息を呑んだ。

 

「ヨコセェ・・・ソウルゥゥゥーーーーー!!!」

 

「ソラール様ッ!!」

 

 ラフタリアの叫びも虚しく、ハベルの突き出された赤黒い拳を、ソラールは抵抗することなく真っ向から受けた。抵抗する意思も見せなかったためか、ハベルの右手はホーリーシンボルの描かれた鎧を砕くことなく、するりとソラールの身体の中へと入っていく。そうして、彼の右手は今まで以上におぞましい輝きを放ちながら、ソラールの中を食い荒らしていった。

 

「・・・ヲヲ・・・・・ヲヲヲヲヲッ!!」

 

「ぐぅぅッ!? そ、そうだハベル殿、好きなだけ喰らうが良い」

 

 身体に巡る激しい苦痛、人間性だけではなくソウルすらも吸い取られていく感覚が剣の勇者を襲う。身体の中を掻き乱される不快感と共に全身を駆け巡る激痛、想像を絶する苦しみに耐えつつも、ソラールはハベルの体を抱き留め、尚も吸精を続けさせた。 そうして、彼の思惑は叶うこととなる。

 

「・・・・・・ソラー・・・ル? ・・・・・・ッ!?」

 

 四聖盾の宝石が完全に輝きを取り戻すと同時に、ハベルの自我が目覚めた。彼は状況を理解する前に己の右手を引き抜き、ソラールから離れていく。理性の伴った彼の声色を聞いたソラールは安堵に加え、ソウルや人間性を吸われたからか全身の力が抜け、その場にドタッと腰を突いた。

 

「ふう・・・なんとかなったな。戻って何よりだ、貴公」

 

「・・・ソラール・・・私は・・・何を・・・・・・ああ、そんな・・・・・・私は・・・」

 

「・・・まあ、貴公・・・なんだ、気にすることはない。誰も死人は出なかったのだ。それで良いではないか」

 

 流石のソラールも疲労が募っているためか、声にいつもの覇気は見られなかった。そう言って彼はチラリと槍の勇者の方へ顔を傾けると、「あれ、俺、どうしてたんだっけ・・・」と、丁度彼も意識を取り戻していたところであった。ラフタリアに託した『女神の祝福』の効果もあり、先の決闘における怪我や痣は全快している様子である。

 

「おお、どうやらモトヤス殿も起きたようだな。ああ、それとハベル殿。先の決闘だが、ハベル殿には悪いが引き分けといこうじゃないか。お互い様というやつだ。それに、その方が面倒も後腐れも無くて済むというものだ。違うか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 決闘に横やりを入れた愚か者が居るということ、そしてハベルの暴走による勇者殺人未遂、それらを考慮したソラールからの妥協案に、ハベルの方からの反応は見られない。しかし、それが不服からの無反応というわけではないことを、ソラールは察していた。やがて、ぼうっと立ち尽くすハベルに慌ただしい様子でラフタリアが駆け寄るが、心配の念を語る彼女に対しても反応は鈍いモノであった。

 

 そして、事態の収拾を察知した貴族等が途端にざわつき始めた。意識を取り戻し、無傷な様子の槍の勇者の安否を心配する声もあったが、その多くはハベルに対しての誹謗中傷である。この場にいる貴族の中で、もはや誰も彼を勇者どころか、人間としてみる者はいない有様である。

 

「剣の勇者ソラールよ! よくぞ盾の勇者を諫めてくれた。やはり盾は想像以上の化物であったな。決闘の勝敗が付いたにもかかわらず、あまつさえ槍の勇者を殺そうなどとは・・・」

 

 そんな貴族等の様子を見かねてか、今まで玉座にて傍観に徹していたはずのメルロマルク国王がいつの間にか城庭の方へと護衛の騎士達と槍の勇者の従者等を連れて降り立っていた。国王は槍の勇者のもとへと足を運び、状況を未だ理解しきれていない元康の肩に手を当て、決闘の勝利を労っていた。

 

 王の宣言に貴族等は勿論のこと、槍の勇者の仲間である女性冒険者等もホッと一息を吐き、彼の下へと甘い声を出しながら駆け寄った。やはり槍の勇者が負けるはずはないのだと、ある意味で事実から逃避をしていたのだ。周囲の雰囲気を察知したソラールは、今度こそ・・・と意気を巻いて腰を上げる。

 

「お言葉ですが陛下! 先の決闘は決して勝敗を付けられるような物ではございません! 確かにハベル殿がモトヤス殿を殺そうとしたことは、褒められたことではございません。しかし、彼がそうなったのも偏に、神聖であるはずの決闘に水を差した愚か者の所業にございます!」

 

「・・・・・・ほう? それはいったいどういう事かね、ソラール殿」

 

 眉をひそめ、いぶかしげに目を細める国王陛下にソラールは尚もたたみかける。

 

「説明するまでもないことです! 誰かがハベル殿に向けて魔法を放ちました。魔弾の角度から言って南のテラスの方からでしょう・・・・・・まず糾弾すべきはその魔法を放った者から―――」

 

「・・・はて・・・ソラール殿、魔法とはいったい何のことだ?」

 

「なっ!?」

 

 わざとらしく首を傾げる国王のその態度に、ソラールの思考は一瞬だけ停止しかけた。まさか・・・と嫌な予感が頭をよぎり、彼は周りの貴族等に向けて声を張り上げた。

 

 「俺は確かにこの目で見ました! 何者かがハベル殿に向かって魔法を放ったんです!客席にいた貴族の方々とて、そこまで目が悪いわけではないはずです! 第一、ハベル殿のよろめき具合があまりに不自然だとは思わないのですか!!」

 

 ソラールが必死になってテラスの貴族等と目を合わせながら語りかけるが、貴族等の表情を見るにそれが如何に無駄なことであるかを思い知った。彼らはこぞってキョトンと呆けた顔をさらしていた。本当に、ソラールの語ることが理解できないのだ。それもそのはず、風魔法を、よりにもよって戦いを知らぬ貴族等に判別しろと言う方が、ちゃんちゃらおかしいのである。犯行に及んだ者はそこまでのことを考慮して、わざわざ得意でもない風魔法を選んだのだ。

 

 貴族等が頼りにならないと知ったとき、彼は頼みの綱である自信の従者達に目を向けた。だが、彼らはソラールと目が遭うとどこか気まずそうにそっぽを向いた。周りの王国騎士達も同様に、目線を合わせまいと地に顔を向けている始末である。彼らの擁護をするならば、国王陛下に逆らい、化物である『盾』と与しているとされることになるような結末は避けたかったが故である。

 

「ソラール殿、お主の噂はいろいろと耳にしておる。困窮している我が民達のためにその身を挺して働き、そこらのゴロツキや罪人にさえ更正の機会を与えたと・・・・・・。噂に違わぬ、まさに太陽のような男よ。だが、時には厳しさも必要なのだ。現に、このような血も通わぬ化物にお主の優しさはまるで伝わらんだろう」

 

 まるで小さな子に言い聞かせるように諭す国王の口ぶりに、周りの貴族達もソラールの行動に納得し始める。国王の言うとおり、剣の勇者一行は波がおこるまでの間、冒険者として依頼をこなしていただけではなく、困っている者がいれば無償で依頼を叶え、薄汚い野盗やならず者を相手にし、実力の違いを分からせた後に太陽の・・・・・・生きることに対する素晴らしさを説き、その何人かを真っ当な生き方へと改正させていった。彼は正に、御伽噺の四聖勇者と同等の・・・いや、それ以上の働きぶりと人間性を見せつけていった。

 

 そして、彼は旅の道中で必ずと行って良いほど、『盾の勇者』に対しての汚名を払うよう人々に言い聞かせたのだ。彼は化物ではなく、我々と同じ人間だと・・・。だが、彼の人間性を知る人々にとって、それもまた彼自身の慈善運動だろう、としか受け取ってもらえなかったのだ。

 

 現状も正にその事象に等しく、彼自身の優しさがハベルという怪物を庇っているに過ぎない、と貴族達の中では認識されてしまった。例えそれが、ソラールの嘘偽りない訴えだとしても、彼の成し得た人望によって虚言としか捉えられなくなってしまう。どこまでも真っ直ぐで我武者羅な剣の勇者がそんな事実を知るはずもなく、再三にわたって抗議の声を挙げるも、それが届くことはなかった。

 

「でも本当にあの化物に勝ってしまうなんて、流石は槍の勇者ですわね! モトヤス様、私、思わず惚れ直しちゃいましたわ!」

 

「あ、ああ・・・当然! 俺は真の勇者・・・だからな・・・」

 

「うむ! その気概見事である。流石は我が自慢の娘()()()()が選んだ勇者だな!」

 

 元康の方へと身をすり寄せ、猫なで声を出す()()()に向かって、国王は元康の肩に手を当てながらとんでもないことを口走った。ソラールは今までに無いほどの驚愕を抱きながら、彼らを凝視してしまう。

 

「・・・い、今・・・何と・・・・・・?」

 

「ん? ああ、そう言えばソラールは知らなかったのか。マインは特別扱いされたくないからって、仲間決めの時は偽名を使って一冒険者として潜り込んでたんだよ。俺も彼女が王女様だって知ったときには驚いたなぁ」

 

「私だって勇者様達と一緒に世界を救いたかったんです。この国から波を退けたい、それは王族でなくとも国を愛している者であれば当然のことですから。ただ手をこまねいて王城で待っているだけだなんて、私にはできなくって・・・その・・・こんな私は、はしたない・・・でしょうか?」

 

「そんなことないさ! マインの志は立派だ! 君のことを否定する馬鹿がいたら、俺がすぐにぶっ飛ばしてやる!」

 

「まぁ・・・・・・モトヤス様・・・・・・」

 

 見ているこちらが頭の悪くなるような茶番劇の前に、ソラールは今にも腸が煮えくりかえる思いである。謀に疎い太陽の騎士でも理解が及ぶほどの彼女のあまりにお粗末な悪意、それがまかり通ってきた理由が、まさか国を挙げての事だったとは・・・。

 

 ハベルは正に、目の前に突如として現れた都合の良い怪物、自らのお気に入りの勇者を引き立てる役目しか持たぬ哀れな道化に過ぎなかった。いくらソラールが何を訴えても、結果は変わらない。むしろあの謁見の間でハベルがソラールを庇い、自ら泥を被らなければ、彼らにとって都合の良い怪物はソラール自身になっていたかも知れないのだ。

 

―――全てはお気に入りの勇者に取り入り、勇者として相応しい武勲を立てるためだけにこんな事を・・・・・・愚王の不自然なまでの態度の正体は家族に在ったか・・・・・・この決闘とて最初から結果は・・・・・・何故だ・・・どうして・・・ハベル殿が貴様等にいったい何をしたというのだ!!

 

 じんわりと血が滲むほど、ソラールは自身の拳を震えるほど強く握りしめる。悪意の固まりを目にしたソラールに、もはや王に対しての敬意は底をついていた。

 

「ただいまの決闘により、盾の勇者が使役していた奴隷は、槍の勇者によって解放された! これより、奴隷紋を解除すべく儀式を行う! 亜人よ、こちらへと来るが良い!」

 

 決闘を取り仕切っていた大臣が宣言すると、茶番の元凶である騎士団長がニヤニヤと卑しい表情を浮かべながらラフタリアにむけて手を差し伸べた。だが、彼女はその手を取ることなく、儀式のために用意された簡易な祭壇へと、どこか億劫そうな面持ちで足を進めた。

 

「ら、ラフタリア殿、すまない。このようなことになるとは・・・・・・」

 

「良いんです、ソラール様の所為ではありません。むしろ、私はソラール様に感謝の想いしかありません。ハベル様を取り戻せたのは、他でもない貴方じゃありませんか」

 

「し、しかし、貴公を・・・」

 

「・・・私が奴隷紋を解除した程度で、ハベル様の下から去ると本気で思ってるんですか?」

 

「・・・・・・・・・ああっ!!!?」

 

 彼女が舌をぺろりと出して茶目っ気たっぷりな笑顔を見せると、ソラールは先程の怒りがどこかえ吹き飛ぶほどの衝撃を受けた。

 

 周りの雰囲気に流されてすっかり失念していたが、今回の決闘はラフタリアの奴隷関係の解除にある。だが、まともな視野を持つ者なら分かるとおり、彼女とハベルの関係は奴隷云々とは程遠く、正に従者として相応しい距離感であった。そんな彼らに対して、今更奴隷で騒ぐ方がどうかしているのだ。この決闘を持ち込んだ彼女らの思惑が最初から破綻していたことに、どこまでも真っ直ぐなソラールはようやく気が付いた。

 

「ああ・・・ああ・・・そうか・・・そうであったな・・・まったく、これだから俺は短慮だの、がさつだの、馬鹿だのと言われるのだ。ハベル殿も、既に気が付いていた・・・・・・か・・・・・・?」

 

 自分の思慮の浅さに呆れつつ、バケツヘルムを抱えながらハベルの方を見やるソラール。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、視線の先に、かの重厚な岩鎧の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ!? は、ハベル殿!? ハベル殿!!」

 

 ソラールは慌てて彼の名を叫んでは辺りを見渡すも、どこにもその姿は無かった。唐突な剣の勇者の行動に周りの観衆も盾の勇者がいつの間にか姿をくらませたことに気が付いた。ラフタリアの獣耳を持ってしても、彼がいつこの場から離脱したか分らないほどに、彼はさっぱりと消えてしまった。

 

「おい、盾の化物が居ないぞ。あいつ、逃げたのか?」

「臆病者の名は伊達じゃなかったな、剣の勇者には悪いが居なくなってせいせいした!」

「こんな事になるのなら、盾の勇者なんて最初から召喚しなければ良かったのよ!」

「盾の勇者なんてこの国に必要ない、即刻処刑すべきね!」

 

「・・・まさか・・・・・・クソッ!! 間に合ってくれよ!!」

 

 貴族等の罵詈雑言が飛び交う中、何としてもハベルを見つけなければと決意を抱き、彼は背後の扉へと向かって駆け出した。

 

「ソラール様! 私も―――」

 

「おい待て、どこに行こうというのだ。まだ儀式は終わってないのだぞ!」

 

ソラールに続こうと駆け出したラフタリアであったが、彼女の行動を察した騎士団長は咄嗟に腕を引き、彼女をその場に留めた。

 

「くっ!! 離して! 貴方なんかに構っている暇は!!」

 

「なんて事だ、奴の奴隷の呪いがここまで強いなんて・・・・・・ラフタリアちゃん、今すぐ元の君に戻してあげるからね」

 

騎士団長に必死な抵抗を見せる彼女を見かね、元康もその手を貸した。

 

「違うって言ってるでしょう! ハベル様! ハベル様ァァーーー!!」

 

悲痛な従者の叫びが、主人に届くことはなかった・・・・・・。




ソラールさんは必ず次回活躍させますから·····物語にはほら、緩急というものが大事でしょう·····ね?


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EP16 それぞれの太陽

前話の反響が大きかった為、急遽予定よりも早めて気合い入れて執筆いたしました。話の都合上、文字数が平均の倍以上になっております。また、感想の返信は作者の時間の都合やいつものようにハベルやラフタリアやソラールが出張できるほど作中でも余裕がなかったため、EP16の感想を中心にきっちり返信していこうと考えております。沢山の評価とお気に入り登録者数、誠に感謝しております。これからもどうかよろしくお願いいたします。

止まるんじゃねえぞ・・・・・・。


 はあ、はあ、と息を切らしながら、スタミナの続く限りにソラールは城門へと向かって駆ける足を休めなかった。忽然と消え去ったハベルがどこへ行ったかハッキリとした見当が付いたわけではないが、王城内にハベルがいる可能性は極めて低いことを考慮すると、考えられるのは城下町を降りた先だろうと彼は踏んでいた。途中で緑化草を口に含みつつ城の出入口へと足を運ぶと、そこを警備する王国騎士二名に槍を向けられて道を塞がれた。

 

「貴公等! 悪いがそこを通してくれ! 時間が無いのだ!」

 

「申し訳ありません、剣の勇者様。宴の最中に粗相があってはいけないため、人は誰も通すな、と国王陛下から命を受けております」

 

「馬鹿な!? では、ハベル殿はここを通らなかったのか・・・」

 

「・・・・・・恐れながら剣の勇者殿、化物を外へ通すなとは我々も言われておりません故・・・」

 

「・・・・・・なっ!?」

 

 洒落を利かせたつもりなのか、騎士の二人は顔を合わせてクックック・・・と笑みを浮かべていた。化物を庇う者など誰も居ないだろうという思いの元なのか。どこまでもふざけた騎士達の態度に対して、ソラールの額に青筋が浮かんだ。この二人も剣と盾の勇者の交友関係を知っていれば、ここまで死に急ぐこともなかったろう。

 

「・・・・・・もう一度聞く。盾の勇者はここを通ったのだな?」

 

「ええ、まあ、一切の音を立てずにズカズカと通るもんだから最初は面食らってしまいましたけどねぇ。まあ、あの化物が出ていくってんなら、此方としても肩の荷が下りるってもんですよ」

 

「違えねえ、戻ってきても入れないでおくか? その時には人になってるかも知れないしなぁ?」

 

 ぎゃはっはっは・・・と宴に参加できない鬱憤を晴らすかの如く下品な笑い声を挙げる彼らに、ソラールは平坦な声色で「・・・そうか」と呟くと、腰に下げていた『太陽の直剣』の柄に手を伸ばした。

 

 だが、彼が直剣を引き抜く寸前、2本の弓矢がソラールの兜のすぐ横を通り過ぎていった。魔法で形成された弓矢はそのまま吸い込まれるように王国騎士達の眉間に命中。たちまち騎士達は崩れ落ち、そのまま大きないびきをかいて寝てしまった。

 

「こ、これは・・・」

 

「今の内ですよ、ソラールさん」

 

 聞き慣れた声のする方へバッと顔を向けると、弓の勇者・川澄 樹が四聖弓をネックレスへと変化させているところであった。正直なところ、全く予想もしていない人物の登場に別な意味でソラールの心情は乱れていた。

 

「・・・・・・イツキ殿? 貴公・・・いったい何故・・・」

 

 樹もハベルの事は快く思っていないはず・・・そういった意味での問いであった。

 

「・・・勘違いされても困りますから言っておきますけど、決闘妨害の真犯人を目の当たりにしてしまった以上、僕は不正とか、そういう汚いものがどうしても許せないだけです。少なくとも、ソラールさんが指摘しておきながら、皆さんがあそこまでハベルさんにあからさまな悪意を向けるのを見て、どこか異常だと感じたのは事実ですし・・・・・・」

 

 もっとも、それに流されていた僕も大きな事は言えませんが・・・と伏し目がちになりつつ樹は最後に付け足した。彼の中では未だハベルに抱く恐怖心から、彼がシロだと確定したわけではなかった。だが、だからといって他の王族や貴族達が正しいことをしているかと問われると、彼は首を縦には振れずにいたのだ。よって、今回のことは一番信用に足り得るソラールの意思を尊重してみようと、彼自身試みていた。保険と言っては何だが自分の仲間には知らせず、彼個人の独断である。

 

「イツキ殿・・・ありがとう・・・! では、早速二手に分かれて―――」

 

「その必要はありません、弓の勇者のスキル《追跡》でハベルさんの足跡は分かります。あれだけ立派な鎧を着ている人は他に居ませんからね。僕が先導しますので、付いてきてください」

 

 そう言うと、樹はどこか張り切った様子で駆け足気味に城から出て行く。戦いの中でしかスキルの価値を見出させずにいたソラールは器用なスキルの使いこなし方に感心し、同時に感謝の念を抱きながら彼は樹の後をついていくのであった。

 

 日が完全に落ち、月が顔を見せぬ真っ暗な夜の中、途中で見失うことなく二人はハベルの足跡を追ってていき、城下町まで降りてきた。王都からあまり遠くへ離れていないことを祈りつつ、ソラールはふと気になる事を思い出した。

 

「そう言えば貴公、真犯人を見つけたと言っていたな。差し支えなければ聞かせてもらっても構わないだろうか?」

 

「・・・・・・まあ、良いでしょう。どうせ後で貴族の皆さんか王様の前で告発しようかと思っていますし。・・・・・・マインさん・・・いえ、次期メルロマルク女王、マルティさんが二階の客席から魔法を放っていました。王族、しかも次期女王でありながら神聖なはずの決闘に水を差すなんて・・・嘆かわしい!」

 

 彼の中にある正義感に大いに反するのだろう。樹は顔をしかめながら吐き捨てた。話を聞いたソラールも、同じようにバケツヘルムの中で表情を曇らせる。

 

 あのハベルを弾劾したときから見せていた言動や邪悪な笑みを見れば、犯人像としてはこれ以上ないほどにぴったりである。意外だったのは、波での戦場にてあまり率先して動くことがなかった彼女が、背後からの不意打ちとは言えハベルを怯ませる程の威力がある魔法を打ち込むことができたのは盲点であった。それも何やらからくりがあるのかも知れないが・・・・・・。

 

「そう言えば、僕も聞きたいことがあります。どうしてソラールさんは、そこまでハベルさんを信用しているんですか?」

 

 「・・・ん?」と考えに浸っていたソラールは、樹からの問いに意識を向けた。

 

「どうして・・・と言われてもな・・・・・・。ハベル殿も俺と同じで火継ぎを・・・・・・同じやり方で世界を救った同志だからな。それに、今は同じ四聖勇者として世界を救う仲間ではないか。信じぬ理由などどこにも―――」

 

「そ、ソラールさんと同じ!? あのハベルさんが!? その身を犠牲にして世界を救った勇者だと!?」

 

 ソラールの話を遮る大声を挙げるほど、樹は驚きを隠せなかった。普段の態度や人格を比べても雲泥の差である二人が同じ事を成し遂げていたとは、到底思えなかったのである。

 

「そうだとも。そういえばイツキ殿達には説明していなかったな。俺とハベル殿はイツキ殿やモトヤス殿のニホンと同じように、細部は違えど基盤は同じ、火の消えかけていた世界から召喚された者だ」

 

「じゃあ何で、ハベルさんはあんな・・・あんな・・・・・・」

 

 化物なんですか、とはハベルと親しいであろうソラールの前ではとても言い出せず、彼は口ごもってしまった。ソラールはそんな彼を察して、気にすることはないと声を掛ける。

 

「俺とて一歩間違えればああなるやもしれんな。俺達の世界では珍しいことでも・・・いや、あれが普通と感じてはいけないのだろうがな・・・・・・ともかく、世界を救うには常人では耐えられない力が必要であった、と言うことだ。だが、城庭でハベル殿が真の意味での亡者と化してしまったが最後、我々にできることはその哀れな姿を残さず葬り去ることだけだった。最後の一滴まで、その呪われたソウルを回収してな」

 

 彼の口から出てきた言葉は、嘘と言うにはあまりにも真実味を帯びた物であった。裏表のない人柄がそうさせるのだろうか、少なくとも樹には多大な衝撃を与えていた。しかし、そんな樹にもどうしても理解できない点が一つだけあった。

 

「では、なぜソラールさんはあの場でハベルさんを手に掛けなかったんですか? 四聖勇者特有の何かしらのスキルがあったから助かったようなものじゃないですか! 下手をしたら貴方が殺されていたかも知れないのに!」

 

 彼の問いに、ソラールは思わず歩みを止めてしまう。樹も同様に足を止めて身体を彼の方へと向け、返答を黙って待っていた。

 

「そう・・・だな・・・。自分でもよく分らん。この手で親しかった者達を幾度となく手に掛けてきたはずだったのだが、あの時ばかりは、どうしようもなく手が震えてしまってな・・・。それに、思うのだ。ここは、俺達の居たかの地(ロードラン)ではない。そして俺は、あの時の無力な俺ではないと・・・・・・」

 

 彼は、まるで自分自身に言い聞かせるように静かに語り始めた。

 

「勿論、今の俺だってまだまだ、だ。だが、俺にはかの地(ロードラン)で得た教訓がある。信仰と妄信の違い、そして俺が目指すべき真の太陽とは何たるかを、俺はあそこで痛感した・・・・・・とにかく、俺は諦めたくなかった! ここでハベル殿を見捨てたら、それこそかの地(ロードラン)と何ら変わらんではないか! だから俺は、諦めなかったのだ! 今だって、ハベル殿を取り戻した事に何ら後悔はしていない・・・・・・ハベル殿本人は認めていないようだが、そんなこと知ったことか! 俺は必ずハベル殿を連れ戻してみせる。必ず、だ!」

 

 静かな確認はやがて燃え盛る闘志へと移り変わり、彼の決意を聞いて呆けている樹に声を掛けると、ソラールは歩みを再開した。

 

 

 

 

 より力強い足取りで二人は城下を抜け、城門を出て行く。ハベルの物と思わしき足跡の反応が段々と強くなってきていることを樹は伝えた。そうしてすぐに、城門から近くの草原のエリアに立ち入った瞬間、辺りの空気がどこか重苦しい物へと変化していくのが分かる。

 

 空気中に散りばめられた殺気、全身に鳥肌が立つような怖気により、樹の動悸は速くなり息遣いも荒くなっていく。場数を踏んでいたソラールは既に剣を抜き、臨戦態勢を整えていたが、それをまだ戦士として半人前の域を超えない樹に求めるのは酷というものだろう。

 

 身の毛もよだつ感覚に苛まれながらも足を進めていくと、地面には魔物の手足や獣の体毛等の残骸、魔法の焼け跡、辺りにこびり付いた血痕、そしておびただしい量の灰が積まれており、刻まれた戦闘の痕跡が更に彼を怯えさせた。此処まで来ればハベルが近いのは明白であった為、ソラールは樹を自身のすぐ後ろへと下がらせ、率先して前に出て行った。

 

 そして、雲に覆われていたはずの満月が顔を出し、まるで彼らを導くように青ざめた月光が彼らの目の前を照らし出した。

 

 そして、そこに彼は居た。

 

 大量の灰を踏みならし、身の丈ほどの大きさを誇る『ハベルの大盾』と、最早常人が見るには理解の範疇を超えた代物の大槌『大竜牙』を手に持ち、これまでに無いほどの殺気を纏うハベルの姿が、不気味なまでにハッキリと暗い月の光の中で照らし出されていた。ソラールが彼に声を掛けようとしたその時、先に一匹の大きな黒い獣がハベルに対して牙を剥いた。

 

 その名を『ウォーウルフ』と言い、本来駆け出しの多い草原には現れることのない獰猛で危険な狼型の魔物である。群れでの渡りの最中、草原にて運悪くハベルと出くわした群れの長で、今しがたハベルによって壊滅的な被害を与えられていた。

 

 ここを死に場所と定めた獣は血走った目と鋭い牙を向けながらハベルに突貫していく。しかし、彼の牙はハベル本体へと到達することなく、大盾によって易々と阻まれる。あまりの堅さに自慢の顎が外れかけるも、持ち前の素早い俊敏性でバックステップをとり、ハベルとの距離を取ろうとする。

 

 だがまるでその動きを読んでいたかのように、ハベルは洗練された動きで躊躇無く大竜牙を振り下ろした。地面が陥没する程の威力が込められた一撃は、獲物の頭部を逃がすことなく振るわれる。グシャリ! と対象の全てを粉砕する音と、遅れるようにやってきた地鳴りが草原に響き渡った。

 

 大竜牙は読んで字の如く古龍の牙をそのまま大槌に転用したデタラメな武器である。大槌としては理想の破壊力とリーチがあるが、その重さ故、常人であればよほどの筋力が無ければ使いこなすことはできない。だが、全身を随一の重さを誇るハベルの装備で固めた彼にとって、筋力の心配ほど無意味なものはない。

 

 魔物の頭部だった肉片が辺りに飛び散る前に、ハベルの手によってソウルへと変化し、本来の輝きを失い黒く淀んだ盾の宝石に吸収されていく。魔物の身体もしばらくすれば徐々に崩壊を始めていくだろうと、ハベルは背を向けて森の中へと消えようとしていた。

 

「ハベル殿、こんなところでいったい何をしているのだ? 魔物相手に油を売っている場合ではないだろう」

 

 ハベルは聞き慣れた声に反応し、身体を声の方へと向ける。彼の視界に映ったのは、今ほど会いたくはない太陽の騎士と、完全に恐怖に支配され顔を青ざめている弓の勇者の姿であった。

 

「・・・・・・貴公等・・・何をしに来た・・・」

 

「聞くまでもないことだろう。貴公を連れ戻しに来たのだ! まだラフタリア殿が城庭に残されているというのに、勝手に出発するとはどういう了見だ。貴公は俺と違って馬鹿ではない。ラフタリア殿が奴隷の誓約を断ったところで、何も変わらんことは貴公も―――」

 

「貴公、ラフタリアを頼んだぞ」

 

「承知のはず・・・・・・は?」

 

 ソラールは彼の言葉の意味を理解できず、ハベルの顔をまじまじと見つめた。しかし、彼の岩の兜からは無機質と言うべき程に何も感じられなかった。

 

「は、ハベル殿・・・今何と・・・」

 

「・・・私は・・・・・・彼女を戦士にしてしまった・・・血も戦いも知らぬ彼女をだ・・・・・・くだらん未練のままに・・・結局、その答えも見つけられないまま・・・私は彼女に・・・使命を押しつけてしまった・・・もはや彼女が戦いから逃れることは困難だろう・・・彼女の強さと優しさは貴公の下でこそ発揮される・・・だからこそ、貴公・・・彼女を頼んだ」

 

「・・・・・・貴公、質の悪い冗談なぞ言っている暇はないぞ」

 

「・・・・・・冗談?」

 

 あくまで冷静に返答するソラールに、ハベルの声はわなわなと震えていた。

 

「今こうしている間にも、貴公の従者であるラフタリア殿は今か今かとハベル殿の帰りを待っているのだ。さあ戻るぞ、貴公。俺は先程の馬鹿な幻聴は聞こえなかった。まず彼女に会ったら謝らなければ―――」

 

「貴公は今まで何を()()()()!!!」

 

 かつて無いほど荒々しい怒鳴り声を挙げながら、ハベルは兜を勢いよく地べたに投げ捨て、その冒涜的な素顔を彼らの前に晒した。皮膚が焼け落ちた亡者の顔でも分かるほど、その表情は怒りに包まれていた。

 

「私は勇者なんかじゃない!! ソウルに飢えた亡者だ! 勇者と呼ばれる資格など毛頭無い! 貴公等が忌み嫌う深淵に呑まれ呪われた化物なんだよ!! 俺を友と呼んでくれたカタリナ、カリム、ソルロンド、アストラの騎士達! 学院の魔術師や大沼の呪術師、哀れな修道士でさえ、ロードランで私に関わった者達は全て滅び去った!! 貴様もだソラール! あのような醜き虫に取り憑かれ、友と信じていた貴様にあろう事か引導を渡したのだぞ!!」

 

 溜め込んでいたものを全て吐き出していくと、ハベルの心にドス黒い人間性が溢れていく。

 

「火継ぎを成し、人間性を捧げ、ようやく不死の呪縛から解放されたと思えば、今度は四聖勇者と成って世界を救え、と・・・それは良い。周りから化物と罵られようとも、都合の良い謀に貶められようとも、私はどうでも良かった。別の世界とは言えソラールである貴様は勿論、こんな私を勇者と信じて想ってくれるラフタリアが居たからだ!!・・・・・・貴公等は私にとって正に太陽だった・・・・・・その暖かさが心地よかったのだ・・・・・・なのに・・・私は・・・・・・貴公に何をした・・・・・・?」

 

 ハベルは大盾と大竜牙を収納し、自身の震える右手へ視線を移した。

 

「愚かにも私は・・・自分の中で沸き上がるソウルの渇望に耐えられず・・・あろう事かあんな・・・戦いを知って間もない若者を・・・手に掛けようと・・・あまつさえ貴公にまで・・・・・・失う絶望を忘れたわけではないだろうに・・・私はまた・・・・・・このままではラフタリアまで・・・・・・分かるだろう、貴公・・・もう限界なのだ・・・今でも私の目には、貴公のソウルが光り輝いて仕方がない・・・求めて仕方がないのだ・・・このままではいずれ、貴公をまた・・・」

 

 ぽつりぽつりと、噛み締めるように語ったハベルはやがて崩れ落ち、膝をついて己の顔を両手で覆ってしまった。重厚な鎧からは想像も付かないほどの脆さを感じられる彼に、話の内容を全て理解できなかった樹でさえも、彼に対して恐れから一転、憐れみの心を持つようになった。

 

 一方、彼の話を黙って最後まで聞いていたソラールは、尚もハベルへと近づいていく。

 

「・・・ハベル殿の気持ちはよく分かった。俺もハベル殿と同じく、かの地では一度ならず何度も心が折れたからな・・・・・・それでも俺は、貴公をそのまま行かせる訳にはいかない。貴公には決して見捨ててはならない人物がいるだろう。俺は彼女に託されたのだ。貴公が何と言おうと、まずは彼女に会うことだ」

 

「・・・そうか・・・貴公・・・これほど言っても分からぬか・・・ならば・・・それも仕方がないのだろうな・・・」

 

 ハベルの纏う雰囲気が変わったと同時に、彼は兜を拾うことなくよろよろと立ち上がり、手元に『黒騎士の剣』を展開した。そして、足下の崩れかかっている獣の亡骸を突き刺し、勢いよくソラールの方へと投げつけた。

 

 飛ばされた亡骸を反射的に両断してソウルへと変換すると、今度は強烈な刺突が繰り出される。ソラールは咄嗟に盾を展開するも、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。ザザザッと地面を這うように倒されたソラールを、ハベルは追撃することなくそのまま見据えていた。

 

 完全に出遅れた樹はハッとしながらも弓を構え、ハベルに向けて照準を合わせる。弓に魔力を込め、必殺スキルを放とうとしたその時、倒れていたソラールから待ったが掛けられた。

 

「イツキ殿、手を出すな!」

 

「ソラールさん!? でも彼は―――」

 

「・・・頼む!」

 

 彼は一言だけそう告げると、ものの見事にへこんでしまった盾を収納し、代わりに『太陽のタリスマン』を取り出した。そして、手元の四聖剣と化した太陽の直剣にタリスマンをあてがうと、彼の信仰の力が四聖武器の宝石に注がれる。柄の部分に埋め込まれた眩いオレンジの光を放つ宝石が、新たに会得したスキル《太陽の光の剣》を発動させ、直剣に熱い太陽の力が宿された。

 

 まだ見ぬスキルの発現に、彼の本気具合が窺えた樹は弓を降ろし、若干の悔しさを残しながらも、二人の戦いを見届けることを決断する。

 

「・・・まだ、向かってくルカ」

 

「諦めが悪い男だというのは、貴公もよく知っていると思っていたのだがな?」

 

「ホザケッ!!」

 

 助走で勢いをつけたハベルはそのまま漆黒の大剣を振り下ろすも、ソラールは剣を両手に持ち替えて真っ向からこれを受け止めた。剣と剣がぶつかり重なり合う波動が、離れている樹にも伝わり、思わずよろけてしまっていた。互いに振るわれた初撃の剣圧から、樹は既に格の違いを思い知っていた。

 

 火花が飛び散るほど鍔迫り合いになるのも束の間、ハベルは更に連続で剣を振るった。スタミナの概念が失われたかのような彼の剣戟を、ソラールは冷静に一歩の範囲で躱していく。

 

 しびれを切らしたハベルは横薙ぎに大剣を払うと、ソラールはその一撃にタイミングを合わせて軽やかに転がり、ハベルの背後を取った。致命の一撃が振るわれようとするその瞬間、ハベルは身体を捻り薙ぎ払う。

 

 しかし、それも予想の範疇だったのか、ソラールは最小限のバックステップでこれを回避。そして太陽の力が籠った直剣で刺突を繰り出し、ハベルの胸部に命中させる。

 

 太陽の光の力とはすなわち雷であり、特に古竜の不死身とされる岩の鱗を剥がしたのも、この太陽の力に他ならない。【岩のような】と表されるハベルの鎧も、彼の纏う力によって確実にダメージを受けていた。

 

 それでも正面の攻撃には一切怯む様子を見せないのは、偏に鎧の強靱性によるものだろう。ハベルは構わず剣を振り下ろすと、またもソラールはこれを受け止めた。だが、推測よりも早い一撃故か、彼は受け止める際にスタミナを大きく削られてしまう。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

「どウシた? この程度か、ソラール! 太陽の騎士トヤラはコの程度なノか! 一介ノ亡者スラたおセンのか」

 

「・・・な、何を・・・!?」

 

「ワタしをタオしテ見せろ! キサまの力はコンナものではナイハズダ! 闇をハラってミセロ! タイヨウナノダロウ!!」

 

「・・・・・・っ!! この・・・馬鹿野郎が・・・・・・・・・うおぉぉぉぉぉーーーーー!!!」

 

 先程から感じていた違和感の正体。殺気の込もらぬ威力だけの雑な剣戟の正体を知ったソラールは、バケツヘルムの下でギリッと歯を噛み締めながら、全身全霊の力を込めてハベルの剣を押し返した。黒騎士の剣が宙に放り上げられ、得物を失った無防備なハベルにソラールは剣を納めて拳を握る。

 

「ハベルッ!! 歯を食いしばれっ!!!」

 

 四聖武器を手放した攻撃を実行に移したため、凄まじい呪痛がソラールの右手に襲いかかるが、彼はそれでも緩めなかった。様々な想いが込められた彼の拳に少しだけ太陽の力が宿った瞬間、ハベルの顔面に叩き込まれた。まるで雷が直撃したかのような衝撃がハベルの顔面を走り抜けると、彼は溜まらず膝を地面につけた。

 

「貴公は今まで何を()()()()!!!」

 

 先程のハベルに勝る声量で、ソラールはグッタリとしているハベルに怒声を響かせた。

 

「貴公が化物だと? 勇者の資格がない? そんなもの知るか!! 確かに今の貴公は亡者だ! だが、貴公は今までどれだけの命を救ってきた? 此方の世界のことだけではない。貴公の今までの人生の中で、騎士として、勇者として、人々のために働いてきた貴公に感謝の思いを抱いている者はどれほど居る! 何故それらに向き合おうとしないんだ! 今の貴公は、使命から、生きることから、仲間から、亡者である自分自身から、立ち向かわずに逃げているだけだ! 俺やラフタリアを理由にするな!! 今の貴公のふざけた行動は俺や彼女だけじゃない! 貴公自身や今まで貴公と出会った者たちに対してもまったくにもって酷い侮辱だ!」

 

 朗らかで太陽のような彼が、ここまで怒りを露わに激昂したことがかつてあっただろうか。少なくとも、彼の姿は樹だけではなく、対象であるハベルに多大なる驚愕を与えていた。

 

「それに俺が・・・貴公と同じく火継を成し遂げた俺が! 言うに事欠いて狂った貴公に負けるほど弱いとほざくか! 俺と同じ火継を成した貴公が導いたラフタリアが! 心折れた貴公に負けるほど軟弱だと言うのか!」

 

 結果的にとは言え見捨てようとした己の従者の名を出されると、ハベルの鼓動は一段と跳ね上がった。

 

「出会い方はどうであれ、戦士としての道を·····貴公の従者としての道を選んだのは他でもないラフタリア自身だ! そして、ラフタリアにとっての導きは・・・太陽は・・・・・・他でもない貴公なんだよ!! それでも尚、貴公は彼女を見捨てようというのか!? まだそんな意味の無い生を続けるつもりなら、俺は何度だって貴公に拳で応えるぞ! そして、鎧を引きずってでもラフタリアの元へと連れていく! どうだ分かったか!!」

 

 想いの宿った拳をその身に受けたときから、四聖の宝石は輝きを取り戻し、ハベルの中にあるドス黒い人間性が晴れていくのを、ハベル自身が自覚していた。そして、彼の熱い想いが込められた言葉が、ハベルの鎧のように固く閉ざされた心を徐々に解かしていく。それだけ彼の言葉には、まるで太陽のような熱を感じることができていたからだ。

 

 それこそ、ハベル自身は勿論のこと、ハベルに対する疑念をどうしても捨てられずにいた樹の心を揺らがすには充分なほどに・・・。

 

 ソラールは地面に投げ捨てられたハベルの兜を掴み、彼の目の前に差し出した。

 

「・・・・・・先にも言ったように、俺もロードランでは心が折れた。だからこそ、今の貴公の苦しみはよく分かる。情けないとわかっていながら心が支配され、誰との関わりも一切断ち、使命から何まで全てを投げ出したいと・・・・・・こんな俺にも拳をくれたのは貴公のような名もなき不死人だ。こんな俺にやり直す機会をくれたのだ! こんな俺を太陽だと言ってくれた。だからこそ、貴公が迷い苦しむのなら、俺がすぐさま照らしてやる! またこんな馬鹿な真似をしようものなら、いつだって俺の太陽の拳をくれてやろうじゃないか! だから貴公、立ち上がれ! 今の貴公がやるべき事は、貴公が一番よくわかっているはずだ!」

 

 彼の言葉が熱く染み渡り、ハベルのドス黒い人間性は完全に抑制された。だが、それでもハベルは彼の手から兜を受け取ることに躊躇いを見せている。

 

「だが、貴公。私は・・・やはり化物だ。私の悪評は既に手遅れな程に広まっていることだろう。こんな私を庇ったとなれば、貴公とて・・・・・・ガッ!?!?」

 

 ぽつりぽつりと語るハベルであったが、次の瞬間には鈍い音とハベルの呻きが同時に聞こえた。ソラールが手元の兜を、彼の頭に向けて軽く振り下ろしたのだ。それは端から見れば、まるで言うことを聞かない小さな子どもを叱る風である。

 

「まだウジウジウジウジと、そんなことを言うのか? 見くびるなと言ったはずだぞ、ハベル殿。俺の輝きが貴公一人にどうにかなるものか!・・・・・・ロードランで気付かされたのだ。俺は偉大な太陽に成りたいんじゃない。太陽のような、でっかく熱い男になりたいんだ・・・とな。それに何より、ここはロードランじゃない。この世界には命が・・・・・・ソウルの輝きが溢れている。この世界の様々なソウルが、剣の勇者として召喚された俺に輝き方を教えてくれる。だからこそ、俺はもっともっと輝けるのだ! 俺は貴公の優しさを知っている・・・・・・何より貴公も、この俺に輝き方を教えてくれた大切な一人であるのだぞ?」

 

 再度ソラールによって差し出されたハベルの兜を、太陽の如く暑い熱意を帯びた言葉で語られたハベルが受け取らぬ理由は見当たるはずもなかった。ハベルは自らの足で立ち上がり、ソラールと真の意味で向き合う形となって、兜を彼の手から受け取った。

 

「・・・・・・すまなかった。世話を掛けたな、二人とも・・・・・・ありがとう」

 

「・・・まだ事態は終わってませんよ。すぐに城庭に戻りましょう。あの決闘については、僕からも進言させてもらいます。観戦していた勇者の二人が訴えれば、多少なりとも貴族等に影響を与えることはできるはずです」

 

「何時にも増して頼もしいな、イツキ殿。本当に感謝している。ああ、先の話はイツキ殿にも当てはまるぞ? 助けがいるならいつでも駆け付けよう。さあ、ハベル殿。戻るとするか! せっかくだ貴公、ラフタリア殿にも殴られてくると良い」

 

「・・・そうだな」

 

 いくらか調子を取り戻したハベルは、しっかりとした足取りで二人の勇者へと追従していった。そんな彼の中に巣喰うドス黒い人間性の中心に、いつの間にかぽつりと小さな種火が灯されていた。

 

 

 

 

 

 

 未だ目を覚まさない門番をやり過ごし、問題の決闘を行った城庭へと戻った瞬間、パァンッ! と乾いた音が木霊した。見るとそこには、地べたに倒れ伏している護衛の王国騎士達と決闘の元凶となった騎士団長、頬をはたかれたことに心底戸惑いを見せる槍の勇者とその仲間達、そして怒りで頬を染めたラフタリアの姿があった。

 

「私が・・・いつ助けてくださいなんて頼みましたか!!」

 

「へ・・・・・・で、でも、ラフタリアちゃんはあの怪物に酷使されてたんじゃ・・・まさか、まだ呪いが解けてないのか!?」

 

「知った風な口を利かないで! 他人に言われるがままの貴方に何が分かるんですか!」

 

 ラフタリアは怒りを爆発させながらも〈役立たずで泣き虫で生きる希望を失っていた自分を救ってくれたこと〉〈何の価値もない奴隷であった自分に戦い方を根強く指導し、盾の従者にまで導いてくれたこと〉〈病を治し、食事を与え、いざというときは必ず守ってくれること〉を元康に対して力強く語っていく。ラフタリアはぶれることなく一貫して、ハベルはあなた方が思うような化物では無いという事を、純粋かつ真っ直ぐな眼差しで伝えていた。

 

 

 

 

 

 彼女の言葉が未だ困惑に包まれている槍の勇者に伝わる事はなかったが、遠くから傍観する形となった三勇者・・・とくに盾の勇者には、しかと胸に響いていた。

 

「・・・彼女は・・・何と言いますか、強いですね。心も体も・・・」

 

「どうだ、貴公。言った通りであろう? ラフタリア殿は貴公が思うよりもずっと強い娘だ。それに、此方の世界において一番時間を共にしているのは彼女なのだ。他の誰よりも、貴公の本質を知る者だと俺は感じているがな」

 

「・・・ラフタリア・・・・・・」

 

 

 

 

 

「は、ハベルはそんな奴じゃ・・・」

 

「・・・じゃあ、あなたは病を患った、いつ死ぬとも知れない奴隷に手を差し伸べる事ができますか?」

 

「勿論だよ! そんなの人として当たり前じゃ―――」

 

「ならどうしてその優しさを、少しでもハベル様に向けてあげられないんですか! どうしてもっと周りを見ることができないのですか! あなたは・・・あなたって人はっ!! それでも四聖勇者なんですか!!!」

 

 怒りのあまり涙ぐむほど必死な彼女に、元康は訳が分からずに混乱するばかりであった。自分は正しい事をしていたのではないのか、騎士団長達の言っていた事は? マインの言っていた事がデタラメだったのか? 考えれば考えるほど元康は深みにはまり、何も言えずにただ立ち尽くすばかりであった。

 

「いい加減にしなさいよ! 亜人の分際で槍の勇者であるモトヤス様に助けられておきながら、何を偉そうに!!」

 

「そこまでですっ!!」

 

 ラフタリアに手を挙げようと振りかぶったマインを制止するかのように、若い男の声が城庭に響いた。その場の全員が目を向けると、弓の勇者である川澄 樹が落ち着いた歩幅でマイン達の方へと向かっていった。

 

「マインさん、先の決闘にて貴方が行った妨害行為について、お聞かせ願いたいのですが?」

 

 「なっ!?」と驚愕の声を挙げるマインを筆頭に、その場の全員がより一層ザワつき始めた。剣の勇者だけでなく弓の勇者までもが挙げた抗議の声に、貴族達からもどういう事だ、と次々と疑念の声が上がっていく。なにかとのせられやすい貴族達の疑念は、もはや王の一言だけでは静まる事はない。

 

 まさかまさかの援護に驚きを隠せないラフタリアは、目を見開いて樹を見つめた。彼はラフタリアの視線に気が付くと、うっすらとはにかみながら顔を城庭の扉の方へと向ける。彼女もそれに倣うように視線を向けると、そこにはソラールと立ち並ぶ自らの主人の姿があった。

 

 樹が何かを言うまでもなく、彼女はハベルの元へと一目散に駆け出した。そして全身をかけて飛び込む彼女を、ハベルは重厚な岩鎧越しに受け止めた。

 

「バカッ! バカバカバカバカッ! ハベル様の分からず屋っ! 頭でっかち! 頑固者っ! どうして! 私・・・もう戻ってこないかと・・・・・・よかった・・・」

 

 様々な感情が入り交じりながら、ラフタリアは涙を流しながらドカドカとハベルの鎧を叩いていた。

 

「ラフタリア・・・すまなかった・・・私は・・・ずっと貴公に虚像を追わせてしまって・・・」

 

「ハベル様の悪い噂なんて、この国に居れば容易に耳にします! 私が本当に知らなかったとでも思っていたんですかっ! 私は・・・ただ・・・貴方の口から違うって・・・言って欲しかった。ハベル様に・・・本当の意味で信用されたかった・・・そんな事では離れていくわけがないって・・・信じて欲しかった・・・」

 

 殴るのを辞めたラフタリアは一転してさめざめと泣き続けた。ずっと言えなかった本心を口にして・・・。

 

「貴公・・・すまない・・・私は・・・」

 

「でも、もう良いんです。こうしてまた戻ってきてくれただけで、私は・・・私は・・・」

 

 城庭では樹が貴族等にも分かるほど言葉を選んで詳しく、客観的に決闘を解説していくなか、ラフタリアは客席から目が届かぬ廊下でハベルを抱きしめていた。もうどこへも行って欲しくないというとめどない彼女の想いは、確かにハベルへと届いていた。

 

「ずっと辛かったんですよね、ずっと一人だったんですよね。ハベル様が一番苦しんでいたのに、ハベル様は強いから、優しいから、私・・・全然気がつけなくて・・・・・・私は、盾の勇者の・・・いいえ、ハベル様の従者です。どこでだって胸を張って言えます! 誰にだって、例えハベル様にだって否定はさせません! 貴方が味わってきた苦しみは私には想像もつきませんが、それでも、少なくともこれからは、貴方の感じる苦しみを、貴方を縛る使命を、私にも分けてください! ハベル様と一緒なら、私はどんな事だって頑張れます! 私は貴方の従者なんですから」

 

「ラフタリア・・・・・・すまなかった・・・・・・本当に・・・・・・ありがとう・・・」

 

 この期に及んでどうして良いか分からず宙を彷徨っていたハベルの両手が、ようやくラフタリアを抱きしめかえし、彼女の頭を撫でた。いつものように不器用な手つきではあったが、それが逆にラフタリアには安心感を与えていた。ソラールはそんな二人を見て無粋な事は言わず、ただ黙って頷いていた。

 

 ラフタリアの言葉はまるで太陽のようにじんわりと暖かく、淀んだ人間性に埋もれたハベルの心を確かに照らしていった。ソラールとはまた違った彼女の太陽の熱は、ハベルの中に宿った小さな種火に注がれ、その大きさを増していくのであった

 



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EP17 主人と従者

映画「ジョーカー」を見てから何日間かは抑鬱っぽくなりました。影響受けやすいんですよね自分。傑作であるが故に作品に飲み込まれました。お陰でまじで執筆に手が届かずエタる所でした。ヒースを超えるジョーカーは居ないと思ってましたが、魅力は別物でしたね。比べられるもんじゃないですほんと。


「・・・・・・・・・・・・んん?」

 

 ポカポカとした朝日に照らされ、ハベルは薄らと目を開けて意識を回復する。開眼して真っ先に視界へ映り込んだのは、安らかな表情を浮かべて静かな寝息を立てているラフタリアの顔である。その距離は僅か目と鼻の先・・・そしていつの間にか自身の兜は外されており、冒涜的で醜い皮膚からでも分かる後頭部の柔らかな感触・・・ハベルは今、俗に言う膝枕をされている状態であった。

 

 自身の現状を即座に理解したハベルは途端に落ち着かない気持ちで胸が一杯になり、堪らず彼女を刺激しないようにそっと起き上がる。辺りを見渡すと、木陰に背を預けて眠っているラフタリアの他に、見慣れたメルロマルク王国の城壁、そして辺り一面に広がる草原・・・此処は、まだラフタリアが小さかった頃にハベルとの訓練地としていた場所であった。

 

 何故、こんなところに・・・と昨晩の経緯を思い出そうと頭を捻るが、思い出されるのは自らの醜態と熱く暖かな二人の言葉のみ。城庭にいたはずの記憶が完全に欠如していた。

 

 何とか思い出そうと考え込んでいると、膝上が軽くなった事によりラフタリアも目を覚ました。朝日を浴びながら、んーっ! と真っ直ぐ背伸びをし、紅茶色の澄んだ瞳をハベルへと向ける。

 

「おはようございます、ハベル様」

 

「・・・・・・ラフタリアよ、何故私はこんなところに?」

 

 柔らかな微笑みを浮かべて挨拶をするラフタリアであったが、当の主人からの返答はパッとしないものであった。交わらない挨拶と彼の問いに、ラフタリアの笑顔は呆れのそれへと変化していく。

 

「もう、やっぱり記憶が無いんですね? 昨晩のあの後は大変だったんですよ!ハベル様ったら急に気を失ってしまって・・・・・・重くて私一人ではどうしようもなかったところを、ソラール様と一緒にここまで運んできたんですよ?」

 

「・・・そう・・・なのか・・・?」

 

「そうなんです、私だってあんなところには居たくもなかったですし、ここなら魔物も姿を見せないと思って・・・・・・ダメでしたか?」

 

「・・・・・・いや・・・すまなかった。また迷惑を掛けたようだ・・・そういえばソラールは?」

 

「ソラール様なら、これならもうハベル殿の心配はいらないだろう、ウワッハッハ! と城へお戻りになりました。私たちも・・・その、戻った方が良いでしょうか?」

 

 ソラールの真似を挟みながらそう口にするラフタリアであったが、行きたくないという思いが先程から言葉の節々に滲み出ていた。当然、ハベルは彼女の想いを尊重して首を横に振る。

 

「辞めておこう・・・戻ったところで、あそこに我々の居場所はない。国王陛下お気に入りの勇者が三人も揃えば充分であろう」

 

 声を掛けると、ラフタリアの表情がパーッと明るくなり、良かったぁ・・・と安堵の声が漏れていた。ハベルの言うとおり、戻っても王族からまた化物だの何だのと雑言が飛び散る様が目に見えていたからである。彼女はもう二度と足を踏み入れたくはないほどに、あの場所への嫌悪感を隠せずにいるのだ。

 

「じゃあハベル様、この後の予定は決まっていませんよね? いつでも良いんですが、是非とも城下に寄りたいところがあって・・・できればハベル様も一緒の方が・・・」

 

「・・・ぬ? なにか買い物か? 城下であれば私は一向に構わんが・・・」

 

「本当ですか!? では早速―――」

 

 <キュルルル~~ッ!>

 

 彼女がガッツポーズをしてまで意気込んだその瞬間、元気な腹の虫が騒ぎ始める。当の本人は顔から湯気がでるほど真っ赤になりながら、恥ずかしげにお腹を押さえていた。

 

「・・・そういえば、昨日は落ち着いて食事をする暇もあまりなかったな」

 

「うう~~、私って本当に・・・・・・」

 

 出鼻を挫かれて何やらぶーたれるラフタリアであったが、本能には逆らえず自身のバッグをゴソゴソと漁る。そして出てきたのは、彼女の手作りであろう彩り豊かなサンドイッチが二つ。ラフタリアは然も当然であるが如く、ハベルに一つを手渡した。

 

「どうぞ、ハベル様。城の厨房で頂いた残り物をパンで挟んだだけですけど・・・」

 

 笑顔で渡されたサンドイッチをハベルは迷わず受け取る。だが、もう彼女に隠す理由も無くなった以上、自身の身体の事情を打ち明けねばならないだろう。もはや習慣と化した食事をする必要性が無いことも・・・。しかし、せっかく彼女が作ってくれた手前、拒むわけにもいかなかった彼は、これが最後の食事だろうと心に噛み締めながら一口咀嚼した。

 

「・・・・・・うま・・・い・・・・・・」

 

「あっ!? えっと、ありがとうござ―――」

 

「味が・・・何故・・・うまい・・・これは、美味いぞ・・・!」

 

 ハベルは自身の感覚に狂いがないか確かめる為、もう一口大きめに咀嚼した。そして、その感覚が確かなものである事を確認すると、ハベルは貪るようにサンドイッチに齧りついた。

 

 もっとも、彼の感じているソレは常人(生者)であれば至極薄らとし、判別できるかどうかも難しいものであったが、不死人へ成ってから処刑され初めて亡者となったあの日から、ロードランを旅したあの日から感じる事がなくなった感覚。そして、この世界に召喚されてから間もなく、再び太陽の光を浴びた所為か久方ぶりに思い出した夢心地の感覚。その光を自ら手放し、もう二度と味わう事はないだろうと諦めていたこの感覚。

 

 生者(人間)生者(人間)たらしめる感覚の一つ『味覚』の発現を、ハベルはただ堪能していた。奴隷時代のラフタリアを彷彿とさせるような彼の食いつきっぷりに、手元のサンドイッチはあっという間になくなってしまった。

 

「あの、ハベル様、もしよろしければこちらも召し上がりますか?」

 

「良いのか!? ・・・あ、・・・いや、・・・ん゛ん゛! それはラフタリアの分であろう。貴公が腹を空かしたままではどうしようもあるまい」

 

「良いんです。元々これだけじゃ足りないかなー、と思っていたところですから。今の時間帯ですと、城下に行けば出店もありますし、朝食はそこで済ませようかと。だから、気にしないでどうぞ召し上がってください」

 

「そ、そうか・・・・・・ありがとう・・・では」

 

 恐る恐るといった手つきでハベルは彼女からもう一つのサンドイッチを受け取ると、まじまじと眺めてから思い切りよく食いついた。シャキシャキと瑞々しいレタス、ゴロッと厚く切り分けられた肉に少し癖のあるチーズ、それらを一つにまとめ上げる芳醇な香りのしっかりとしたパン、持てる全ての感覚を使って、ハベルは世界中の誰よりも今この瞬間を味わっていた。それこそ、皮膚が剥がれ落ちた焼死体のような顔でも、薄らと笑みを浮かべているのが分かるほどに・・・。

 

 そんな手作りのサンドイッチを貪るハベルの初めて見た一面と、そして彼の口から漏れ出した心を聞いてしまったラフタリアは、全てを察し、理解してしまった。主人が今まで『食』に対してやたらと無欲だったわけを、彼が眠っているところを見ないわけも、これまで一切の弱音を吐かなかったわけも・・・・・・ようやく彼が生き始めたことを・・・。

 

 美味しい物を美味しいと感じる事ができる、ただそれだけの事なのに・・・ラフタリアの中で、決して一言では言い表せないほど感情が複雑に混ざり合い、渦を巻いていた。嬉しい事のはずなのに・・・思わずグスッと鼻を鳴らす彼女だが、ハベルに気づかれまいと自分の両頬をパシン! と叩いて活を入れ、自身の胸に抱いた決意を固める。

 

「ハベル様、これからは一緒に美味しい物をたっくさん食べましょうね!」

 

「・・・ぬ? ・・・・・・・・・うむ・・・そうだな」

 

 彼女の意思がどこまで通じたのか・・・ハベルはペロリと平らげた後、彼女の方へと顔を向けながら、ぎこちなく頷くのであった。

 

 

 

 彼は足下にある『ハベルの兜』をかぶり直し、ラフタリアを連れて城下町へと足を運んでいく。城下では既に勇者同士の決闘が伝わっており、今も尚すれ違う住民達は皆、ハベルに対して忌避の感情を変わらずに向けていた。ただ前と違っていたのは誰もハベルに対して近づこうとせず、聞こえるような噂話をしなくなっていた。感情を向けるだけで関わろうとする者が極端に減っていたのである。もっとも、二人にとっては現状の方が過ごしやすいほどであったが・・・。

 

 そんなことよりもラフタリアを心配させたのは、ハベルの食欲である。先程サンドイッチを二つ平らげたというのに、ラフタリア以上に出店の品を口に運んでいた。遂には彼女がお腹いっぱいになった後も、ハベルは全店舗を巡る勢いで食事を継続していく。

 

 思わぬ出費にラフタリアは頭を抱えるも、今までに無い生き生きとしたハベルを目の前にすれば、口を挟む気など起きるはずもなかった。何本目かも分からぬ串焼きを面頬の隙間から器用に喰らう主人を見守っていると、ポンポンと後ろから肩を叩かれる。

 

 振り返るとそこには煙管をくわえながら手招きをする薬屋の主人の姿があった。ラフタリアはハベルを呼び、手招きされるがままに彼の店へと入っていく。すると主人は煙管を咥えたまま店の棚を漁ると、大雑把な手つきで分厚い本を一冊取り出し、目の前のカウンターへドスンと放り投げた。

 

「・・・貴公、なんだこれは?」

 

「お前さんが前に買った手引き書は初心者向けだったろ。こいつにはそれよりも高品位のレシピが書いてある。やるから使ってくれ」

 

「ええ!? 良いんですか!」

 

「貴公、いったい何故・・・」

 

 心の底から驚きを隠せない二人に、主人はフーッと煙を吹かし、顔の皺を寄せながらニコリと気持ちの良い笑みを見せてくれた。

 

「全く、飾りもんの騎士共や貴族様の流す情報ってのは相変わらず当てになんねえなぁ・・・・・・俺の親戚がな、リユート村でお前さんに助けてもらったんだと。そいつが、もし盾の勇者様が店に寄る事があったなら力になって欲しいって言われててな。良いから持ってけ。ああ、それと魔法屋の婆さんと武器屋の奴にも顔出しとけ、波での礼がしたいってよ」

 

「エルハルトさんはまだ分かりますけど、魔法屋さんもですか!?」

 

 商人達の間で繋がりでもあるのだろうか、そういえば出店の人達もハベルに対して何やらサービスと言って増量してくれた所が何店舗かあった気が・・・とラフタリアは思案する。そんな彼女を見かねてか、またもスーッと煙管をふかしながら主人が論を挨たないといった風に語り出した。

 

「良いか亜人の嬢ちゃん。お前さん等の武器は剣だが、商人の一番の武器ってのは情報だ。そのためには俺だって近所付き合いだって欠かさねえし、一方向の・・・ましてや噂話になんて左右されてるようじゃ、とてもやってらんねえ道なのよ。そこいら呑気にほっつき歩いてる視野の狭いバカ共を相手にするんなら尚更、おいそれと一つの情報を鵜呑みにするなんてできやしねえ。まあ、そういうことだ」

 

 リユート村以来の純粋な人の好意、ようやく向けられたソレにラフタリアは喜びを隠せずに笑みだけでなく茶色い毛並みの尻尾まで振っていた。良かったですね! と歓喜を露わにハベルの方へと顔を向けると、手引き書を手にとってパラパラとページを捲っている手が止まっている事に気が付いた。ハベル様? と呼びかけても、彼は岩のように固まるばかりで反応は返ってこなかった。

 

 ハベルは主人の話を聞きながら手引き書を開いて先に内容を確認しようとしたところ、自分がこの世界の文字を解読できないことを思い出していた。手引き書に記された薬品が高品質になればなるほど、作成する工程は自然と複雑な物へとなっていく。そのため、ハベルが持っている手引き書よりもイラストは少なく、比例して文字ばかりが増加していた。

 

 実は文字が読めないなどと、せっかくの好意を無下にしたくないハベルは如何したものかと考え込んでしまう。するとしびれを切らした主人が、買い物をしないなら魔法屋か武器屋の所へさっさと行け! と急かし始めた為、ラフタリアは主人の手を引いて「ありがとうございました!」と元気に礼を言ってから一緒に店を後にしていくのであった。

 

 

 

「あらあら、まあまあ! その立派な鎧、貴方が盾の勇者様ね! うちの孫が世話になったみたいで」

 

 城下町で一番に大きな店、ギッシリと様々な種類の書物が隙間無く詰められた本棚が並ぶ魔法屋へと入るなり、奥から店主であろう壮年の魔女がこれまた和やかな様子で顔を見せた。ラフタリアはともかく、ソラール以上に真っ直ぐな好意に慣れていないハベルはタジタジになりながら魔女に店の奥へと連れられていく。そして、魔女はカウンターに置かれた小さな水晶玉を持ってくると、二人に水晶玉にむかって手をかざすように促した。

 

「さあさあ二人とも、こっちへ来て座りなさいな! ・・・・・・ふむふむ、成る程ねえ・・・盾の勇者様は回復と火の魔法適性があるようだ。従者のお嬢ちゃんはラクーン種だからね、光と闇の魔法なんかがうってつけだよ」

 

「わあっ! 魔法適性をタダで見てくれたんですか! ありがとうございます!」

 

「良いんだよ、これぐらいの事はいつでもお安いご用さ。それにあたしからの礼はこれじゃないからね。ちょっと待ってておくれよ?」

 

 魔女は水晶玉を懐へとしまうと、カウンターの奥へと姿を消してしまった。それにしても先程の魔法適性とやらだが、ハベルの場合、理力はからっきしであるが篝火によって信仰の力を強めた為に回復系が中心となる他、呪術の火を彼の地で教授された為に火の魔法とやらの適性がある事はある程度理解できるが・・・ラフタリアの結果を聞いてハベルはピクリと反応した。

 

「・・・貴公、闇術に対しての適性があるのか?」

 

「そう、みたいですね。私はラクーン種ですから、光の屈折と闇のあやふやさを利用した幻を使う魔法が得意な種族だって、リユート村の先生から教えてもらいました」

 

「幻? ・・・・・・ああ、そういうことか」

 

 どこか身構えていたハベルは、自身の心配が杞憂である事に気が付きフーッと長い溜息をつく。その様子を不思議に思いラフタリアは首を傾げるが、それはハベルの世界に存在していた闇の魔法に理由があった。

 

 闇の魔法・・・別名『闇術』は人間性の淀み・深淵より生まれし唯一質量を持つ魔法であり、その歪さや異端さから邪悪な魔法とされ、多くの国で禁忌とされているものである。事実、ソレに呑まれた者は人としての生を捨て、生命の理に逆らう深淵を撒き散らす化物と化すほどに危険な代物なのだ。

 

 此処はロードランではない。しかし、頭では分かっていてもどうしようもないのだ。あの世界に未練があるわけでもあるまいに・・・・・・。

 

 ハベルがいらぬ心配事で頭を悩ませているうちに、店の奥から魔女が顔を出した。

 

 二冊の分厚い本を手にしてである。

 

―――礼というのは・・・・・・また書物か・・・・・・。

 

「こ、これって魔法書じゃないですか!? こんな高価な品貰えませんよ!」

 

「魔法書と言っても初級だけどね。こんなの可愛い孫の命に比べたらなんて事無いよ! 本当は魔力の込められた水晶玉をプレゼントしたいんだけど・・・丁度今切らしてしまっていてねぇ・・・」

 

 往生際の悪いハベルは魔法書をパラパラ開いて確認するも、読めるはずもなく内心でまた頭を抱えていた。一方、ラフタリアは魔女のいう水晶玉に心当たりがないのか、彼女も首を傾げていた。

 

「あら、あんた達知らないのかい? 魔力が込められた水晶玉を使えば本人に秘められた魔法を発現する事ができるのさ。にしてもおかしいねぇ、勇者様用にと言っていくつか納品したんだけどねぇ」

 

 合点がいってない様子であるが、当事者であるかれらにはなんとなく理由が分かっていた。今更それを口にする必要も無いほどに。

 

「水晶玉も仕入られたら取っておくわ。魔法書で覚えるのは大変だけど、真面目にやれば貴方たち次第で多くの魔法が覚えられるし、自分なりに工夫しやすくもなるわ。だからこれからも頑張ってね、盾の勇者様」

 

「・・・! 本当に・・・ありがとうございました! ね、ハベル様!」

 

「・・・ああ、貴公の期待に応えられるよう・・・その・・・努力する」

 

 互いに笑顔を交わした後、二人は見送られながら魔法屋を後にし、真っ直ぐ武器屋へと足を進めていった。

 

 

 

 武器屋に入ってから二人を始めに出迎えたのは、先の二店舗と違い店主の暖かな言葉が掛けられるわけではなく、素人の耳からでも分かるほど懸命な鍛冶の作業音であった。気になった二人は店の奥へと進んでいくと、そこには自前の鍛冶場で汗をかきながら作業に徹するエルハルトの姿が見られた。

 

 ラフタリアは集中している彼の邪魔をするまいと、静かに彼の鍛冶を興味深く観察する。ハベルも彼女に倣って彼の手並みを眺めていたところ、エルハルトが手にしていた得物を見て絶句していた。彼が必死に鍛冶を行っていたのは、ホーリーシンボルがデカデカと描かれた円型の盾である。未だ大きなへこみの目立つそれに大きく心当たりがあったハベルは思わず一歩後ずさってしまった。

 

「ん? おお! 嬢ちゃんと・・・・・・色々とお噂が絶えないイカサマ化物勇者様、いらっしゃい!」

 

「もう、親父さんっ! 冗談にしては少し意地悪過ぎですよ!」

 

 ハベル等の存在に気が付いたエルハルトが片手で額の汗を拭いながら茶化し始める。主人に対してのあんまりな彼の言いぐさに、冗談と承知の上でラフタリアは頬を膨らませて抗議する。

 

「いや、ラフタリア、その・・・良いのだ・・・」

 

「そうだぜ~嬢ちゃん。悪いが俺は剣の勇者様から朝早くに注文されてな。お代をいくらかオマケする代わりに色々と聞いちまったもんでな~」

 

 尚もラフタリアが頬を膨らませて窘めるも、エルハルトが悪い笑みを崩すはずもなく・・・。そしてハベルの方も、甘んじて彼からの叱責を受けるつもりでいた。

 

「・・・すまなかった。貴公からも戒めを受けていたというのに・・・私は・・・ラフタリアを・・・」

 

「へっ・・・しっかりと身にしみてるようで何よりだ。まあ、あんちゃんがそこまで反省してんなら、俺からはもう何も言わねぇよ。俺の分もまとめて剣の勇者が一発かましてくれたみたいだしな!」

 

 筋肉隆々な腕をまくって胸の前で拳を作ってみせるエルハルトに、当事者である二人は堪らず苦笑が浮かぶ。彼もソラールと肩を並べるぐらいには熱くて気前の良い真っ直ぐな男なのだ。彼ならば例え亡者と化したハベルにも怖気付く事無く、有言実行するだろう。

 

「それはそうと、あんちゃん。丁度良いとこに来たな。前に言ってた装備を見繕ってやる、てやつ覚えてるか?」

 

「ハベル様に似合う装備を親父さんが“タダ”で作ってくれるっていう話でしたよね。もちろん私は覚えていますよ!」

 

 先程のお返しと言わんばかりに、タダの部分を強調しながらラフタリアも彼女なりの悪い笑みを浮かべる。もっとも「彼女なり」であるため、あざとい感じの可愛さが勝ってしまうのだが。

 

 それはともかく、そう言い出したエルハルトがカウンターの中から取りだしたのは、簡素な赤茶一色のマントである。マントにしてはゴタゴタとした装飾が一切施されていないそれを、ハベルの問いかけを無視しつつ、エルハルトは素早くこなれた手つきでハベルの鎧へと装着していく。遊びのない重厚な岩鎧にマントの装着部位などあるわけないが、こちらの世界の技術なのか、まるで魔法のようにしなやかに取り付けられた。背中全体を覆うようにたなびくマントを見て、どういうつもりだ? とハベルは怪訝な視線を送った

 

「いや、なに。自分で言っておいてなんだが、これでも結構考えたんだぜ? あんちゃんは盾の勇者様だからこっちの世界の武器は盾以外装備できねえときたもんだ。防具を作ろうにも、もうあんちゃんには誰もが羨むほど立派な鎧がある。何なら一枚盾を譲るかとも考えたが、ここに来ても嬢ちゃんの装備か弓矢しか買わねえあんちゃんのことだし、もう持ってるだろうなと思ってよ。だから、俺は今のあんちゃんに何が必要か考えてみたんだ。あんちゃんに足りねえのは愛想の他に何だろうってな」

 

「・・・・・・それで、このマントか?」

 

「応とも! 今のあんちゃんに何より足りねえのは他でもねえ! 勇者っぽさだぜ!!」

 

 親指を立てて力強くサムズアップを繰り出したエルトハルトであったが、当のハベルは本当に必要かと納得できずに首を傾げていた。対照に従者の方はパアーっと表情を明るくさせ、元気に尻尾まで振りながら「かっこいいですハベル様!」と目を輝かせるほど受けが良い様子である。

 

「おっと、もちろん只の飾りじゃないぜ。血を弾くブラッドコーティングに加えて背後からの魔法攻撃に対する耐性を高めるマジックコーティングも付与したからな・・・・・・・・・そんなふざけた決闘があるって分かってりゃ、是が非でも先にあんちゃんに渡しておきたかったけどよ」

 

「・・・っ! 貴公・・・・・・」

 

「エルハルトさん・・・」

 

 最後に放たれた彼の言葉に、二人は揃って胸の奥が熱くなる思いを抱いていた。エルハルトとてハベルの暴走を引き起こす切っ掛けとなった事件に何も思うところが無いわけでは決して無かった。それこそ、彼自身も赤毛の王女様の卑劣さを見抜けずに、ハベルと離別してからすぐに寄った彼女に、商売とはいえ更に高価な装備を半額に近い値段で与えてしまった事に対してどこか後ろめたさを感じていたのだ。

 

「貴公・・・感謝する。貴公の思いを無駄にするわけにはいかんな。ありがたく使わせてもらうとしよう・・・本当に、ありがとう・・・」

 

「応! もしかしたら戦いの邪魔になるかと思ったんだが、その言葉を聞けて安心だ。そんじゃまあ、次の波でも頑張れよ! 何かあったらいつでも来い、俺にできる事ならいくらでも力になってやるぜ?」

 

「親父さん・・・私・・・本当になんて言ったら良いのか・・・必ず期待に応えられるよう頑張ります! これからもよろしくお願いしますね!」

 

 

 

 温かい気持ちのまま武器屋を後にしたハベルは、最初の目的であるラフタリアの買い物を済ませるべく彼女に追従していく。その道中、ラフタリアの顔から笑顔が絶える事はなく、終始ご機嫌な様子であった。

 

「本当に良かったですね、ハベル様!」

 

「しかし、書物か・・・如何した物か・・・・・・」

 

「ハベル様もそろそろ、こちらの文字を読み書きできないといけませんね。識字ができない勇者様なんて恰好が付きませんから」

 

 いつの間に気が付いていたのだ? とハベルはラフタリアの方へと顔を向けると、彼女は魔法書を開いてぱらぱらをページをめくってはしっかりとその目で流し見ていた。

 

「貴公、その・・・理解できるのか?」

 

「はい。お父さんとお母さんに教わったのもありますけど、もっと難しい言葉はリユート村の先生に教えてもらいました」

 

「先生・・・そういえば魔法屋の所でも言っていたな?」

 

「宿の奥様です。ハベル様との訓練が終わった後で、私に色々教えてくれたとっても優しい方なんですよ! テーブルマナーと簡単な料理も教えてくれました。そうだ! 今の私ならこれからハベル様に教えてあげられますね!」

 

「・・・・・・そうだな、頼む」

 

 思えば、ハベルは今までラフタリアに戦いしか教えてこなかった。相手の急所、戦闘における立ち回り、武器のノウハウなど、生き残るための手段は伝えたが、生きる手段を伝えた覚えはなかった。気が付けば、彼女は自立して生きていけるような生活力を身につけており、ハベルはそのことについて気にも留めていなかったのである。

 

「今夜はリユート村に寄るとしよう。貴公の先生とやらに改めて礼がしたい」

 

「賛成です! 村の人達の詳しい状況も確認したいですし・・・」

 

 確かに彼女の言うとおりだろう。村の中央は王国騎士共のいらぬ範囲魔法の所為で焼け落ちている。避難させたとは言え怪我人の数も多いだろう。薬の準備もせねばならんな、とハベルは思考を巡らせた。ところで・・・・・・。

 

「・・・何故、先程から貴公がそう喜んでいるのだ?」

 

 無論、聞かずともハベルとてある程度の察しは付いていた。だが、それでもハベルは自らの従者に問いかけた。彼女の口から答えを聞きたかったのか、それとも、自ら見捨てようとした太陽の答えを贖罪として噛み締めるためか・・・・・・。

 

「ハベル様も見ましたよね? お礼を言ってくれた人達の笑顔を。心の奥がポカポカして、ハベル様と成した事が間違いじゃなかったって思えるから、自然と笑顔が溢れてくるんです。そして、その事がとても嬉しく、同時に誇らしいからです」

 

「・・・そうか・・・そうだな」

 

 彼女の答えにハベルは満足すると共に、胸の奥へとしっかり刻み込んだ。自分がどれほど愚かな選択をしようとしたのかを。思えばラフタリアも災厄の波の被害に遭った者だ。そして、自らの力で波から多くの命を救った者の一人であり、波に対する思いはハベルなどとは比べものにならないだろう。

 

 今回とて、ハベルが村の防衛の判断に到ったのは、偏にソラールによるものが大きい。それに、これが不死人たる己の使命と割り切っているハベルにとって、感謝の念を向けられる事の方が異様であった。思えば火継ぎの旅はおろか、国家騎士時代の時から、亡者やデーモンによる被害に遭った人々から恨まれる事はあれ、ありがとうの一言さえ当時の騎士達が受け取る事はなかった。それが使命であり、義務であり、存在理由であったからだ。

 

 不意に、ハベルは城庭にてラフタリアが語り出した言葉を思い出す。貴方を縛る使命を、苦しみを、私にも分けてくださいと、彼女は口にした。そして彼女は今、主人が受けている感謝の念を、他でもないハベル以上に感じている。無論そのような暖かな物だけではない、勇者の使命や国を挙げて貶められる苦痛も、彼女は今までハベルと共にしてきているのだ。

 

 誰よりも近くに、誰よりもこの世界で時間を共にしたというのに、真の意味でラフタリアと向き合ったのは、今日が初めてなのかもしれない。皮肉なものだ、自らが一番求めていた物を、自ら手放そうとしてから初めて気が付くとは・・・。かの太陽の騎士が居なければ今頃は・・・・・・。

 

―――そう言えば貴公もアストラ出身であったな。嗚呼、北の不死院のアストラ上級騎士よ。貴公の求めていた物が・・・その答えが・・・ようやく分かった気がするぞ・・・・・・

 

 また、ハベルの中に生まれた小さな火種が暖かさを帯びたところで、ラフタリアの足が止まった事に気が付いた。気が付けば二人は薄暗い路地裏に足を運んでおり、目の前にはなんとも見覚えのあるサーカステントが鎮座していた。

 

「貴公にとって忌まわしき場所ではあるが、随分と懐かしくも感じる。此処で全てが始まったのだな」

 

「・・・・・・そうですね。此処でハベル様が私を買ってくれなかったらと思うとゾッとします。それはそうとハベル様、早速行きましょう!」

 

「そうだな、ラフタリアよ。そろそろ行こう・・・・・・・・・・・・ぬっ!?」

 

 ラフタリアが怖じけづく事無くサーカステントへと向かうのを見て、ハベルは思わず素っ頓狂な声を挙げて二度見をしてしまう。

 

「き、貴公!? 何故!? ここが目的地だと!?」

 

「・・・? ・・・! 大丈夫ですよハベル様。この時間帯でもお店が開いてる事は確認済みですから!」

 

「そうか・・・いやっ! そうではない貴公! 何故今更こんな場所に!」

 

「何故って、奴隷紋を入れ直してもらおうかなと・・・」

 

「なっ!?!?」

 

「おやおや、盾の勇者様方ではありませんか! お噂はかねがね聞いております! ささ、お外で話すのもアレなのでどうぞこちらへ・・・」

 

 慌てふためくハベルを見越すように、絶妙なタイミングで例の奴隷商がサーカステントから顔を見せた。そして、最後まで事情を理解できなかったハベルは二人に誘われるままテントの闇に姿をくらませるのであった。

 




誓約が切れたらまた結び直すでしょう? 誰だってそーする。俺だってそーする。


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EP18 紡がれる誓約

コードヴェインが楽しいのが悪い(言い訳)。ソロプレイで何とか闇の住民ルートクリアしました。黄金色の騎士とジュウゾウ・ミドウは絶対に許さない・・・。噂のオンスモがまんまオンスモで笑いましたけど、経験済みだからかそれほど苦戦はしませんでしたね。黄金色の騎士とジュウゾウ・ミドウは絶対に許さない・・・(大事なことなので以下略)


 昼間に行われた副業のサーカス・ショーが終わり、店内の奴隷達は各々の檻の中で休息に入っていた。この店の奴隷達が一日三食の破格な待遇を受け続けていられる理由が、主にこの副業のお陰である。数多く存在する奴隷商店の中でも、此処での待遇は格別に良い方であるため、例え獣や魔物と同等に見世物として扱われても、奴隷達は一切の文句を言わなかった。

 

「では、奴隷紋の種類はどういった物にしましょうか?」

 

「そうですね・・・とりあえずは一番安い物でお願いします」

 

「おい、貴公。この手を離せ、私は―――」

 

「一番安い物ですか・・・となると呪いの方はあってないような物ですが、まあ貴女方にはもう必要なさそうですし、良いでしょう!」

 

 そうしてまたいつもの奴隷商店としての営業時間となった今、普段とは違いガシャガシャとした足音と喧騒な店主と客とのやりとりに、店内の奴隷達は檻の中から一斉に目を向ける。すると視線の先に映った光景に、奴隷達の目はこぞって見開かれる事となる。

 

 一ヶ月くらい前に此処を訪れ、全身をまるで強固な岩と圧倒的な威圧感で固めたかの様な鎧男が、すっかり見違えるほど立派に成長した亜人の娘に大人しく手を引かれているのだ。あの重圧な殺気に当てられてから荒々しさが消え去り、すっかり消沈していた黒い毛並みの獣人も、信じられない物を見たといった風に開いた口がふさげられずにいる。

 

「では、私めは早速準備をしてきますので、その間にお二方は話をつけておいてくださいね! 良いお返事を期待しておりますぞ!」

 

 グフフフッ! といやらしげに白い歯を見せ、奴隷商は店の奥へと軽快にスキップをしながら引っ込んでいく。上機嫌な奴隷商の後ろ姿へ手を振って見送るラフタリアに、ハベルの兜越しからジトッと重たい視線が突き刺さる。それを想定していないわけもなく、彼女はいつにもなくキリッとした真面目な表情でハベルと向き合った。

 

 ハベルにとって彼女が口走った事とは、身につけた者に倍の苦痛を受けさせる『災厄の指輪』を自ら装備するのと同等なまでに納得のいく物ではなかった。だが従者の真っ直ぐな目を見るにあたって、奴隷商の言うとおり話を付ける必要があるだろう。

 

「・・・・・・ラフタリアよ、私が欲しているのは奴隷ではない。私と共に戦える戦士であり、忠実な従者だ」

 

「はい、それは重々承知しています」

「・・・・・・であれば分かるだろう。もはや貴公が奴隷である必要性など皆無だ・・・確かに私の愚行で貴公を不安にさせている事は承知している。だが・・・その・・・だからといって貴公が無理に忌まわしい印を刻まずとも・・・私はもう―――」

 

「待ってください! 私は決してハベル様を疑っているわけではないのです。これは・・・単に私のワガママなんです」

 

 未だ自分自身を許せてはいないハベルを庇うように、意図せずラフタリアの声は大きくなる。そして彼女は主人の左手を掴み、自身の奴隷紋が刻まれていた胸元へと置くようにギュッと力を込めて握りしめた。

 

「ハベル様の言うとおり、私にとって奴隷紋とは忌まわしい代物でした。いつまたあの痛みが襲ってくるのか怯えながら生き続け、お前は一生そのままだと魂に刻まれるような感覚を忘れたわけではありません。ですが、あの日・・・ハベル様に買われたあの日から、私にとって奴隷紋とはハベル様との誓約の証となりました」

 

「・・・誓約・・・だと?」

 

 はい、と返事を返しては何気なく頷く彼女の口から放たれた『誓約』という言葉に、ハベルは少なからず動揺する。ハベルの世界において誓約とは、交わした者の生き方そのものを決める最も意義深い行為であるからだ。

 

「ハベル様と出会わなければ・・・ハベル様が差し伸べてくれた手を掴まなければ、私は役立たずで無力な奴隷のまま死んでいったでしょう。戦い方や生きる意味をハベル様は教え、導いてくださいました。その大切な思い出の切っ掛けとなる証を・・・私はあの場で無理矢理奪われました」

 

 言わずもがな、城庭での事件である。あの時のラフタリアはというと、無理に押さえ付けようとした国家騎士達を残らずねじ伏せてからも槍の勇者一行がしつこく介入してきたが為に、彼らの言い分をさっさと呑んでからハベルを探しに行くつもりであったのだ。にもかかわらず、相も変わらずな槍の勇者の言動に、彼女の堪忍袋の緒が完全に切れてしまった。

 

 気が付いたときには剣の勇者が連れ戻してくれたが、あの日からラフタリアの中で一抹の不安が消えずにいた。奴らにとってはなんて事の無い解呪の儀式が、ラフタリアにとってまるでハベルとの今までを否定された様に感じているのだ。この不安を消し去る方法に思い当たるのがただ一つ・・・。

 

―――それが・・・奴隷紋の掛け直しか・・・。

 

 彼女の真意を理解したハベルは納得せずとも理解を示していた。それに彼女は主人に似たのか、岩のように頑固な節がある。ハベルも思うところがある以上、これ以上の話し合いは必要ないと判断し、仕方がないか、といった感じで首を縦に振った。承諾を得られた事に表情を和らげるラフタリアであったが、但しだ! とハベルは付け足すと、左腕にはめられた籠手を外していく。

 

「ハベル様、それは・・・」

 

 焼けただれた様な彼の左腕には、不死人の証とも言うべきおぞましい呪いの象徴、ダークリングがハッキリと刻まれていた。まるで太陽が闇に喰われたかのような惨たる印、意味を知る者からすれば奴隷紋以上に忌避感を感じるべきだが、初見であるラフタリアはまじまじと眺めていた。

 

「これは・・・不死人()が不死人としてあるが故の証だ。今の貴公にとって奴隷紋がそうであるようにな・・・・・・。この私との誓約というならば、紋の場所も合わせるのが道理というものだろう。良いな?」

 

 これはハベルなりの気遣いでもある。今回の件の様に、ラフタリアの胸元にデカデカと描かれた奴隷紋を見た奴がまた下らぬ因縁を付けてくるかも知れない。なにより、ラフタリア自身が良くても周りの印象は如何だろうか? 

 

 いくら言おうが、これから彼女に刻まれるのは奴隷紋であることに変わりはない。せめて周りに認知されない様な目立たない場所に刻み込み、少しでも彼女に降り掛かる災の種を減らしてやりたいが為である。

 

「ハベル様・・・はい、勿論です!」

 

 ラフタリアは顔を綻ばせ、彼の掲げた条件を快く呑んだ。ハベルの気遣いが伝わったのもそうだが、何よりハベルとのお揃いというのが彼女にとっては嬉しかったのだ。

 

 その後、タイミングを計ったかのように奴隷商とその部下が誓約に必要な道具を一式揃えて姿を現した。奴隷商は手慣れた手つきで奴隷紋をラフタリアの左腕へと入れていく。前に入れた者と違って一番安値と言う事もあり、誓約の際に生じる呪痛もないに等しい。加えてハベルの眼前に発現したステータス魔術による奴隷制限の項目も、彼は全て取っ払った。これで、ラフタリアは晴れて奴隷へとその身を戻したわけだが、その意味合いも何もかもが以前の彼らとは違っていた。

 

「しかし・・・あのちんちくりんのガリガリをよくぞここまで・・・流石は私が見込んだ勇者様です! ここまで上玉なら非処女でも金貨20枚はイケますぞぉ!」

 

「なぁ!? わ、私は処女です!」

 

「ならば金貨35枚・・・・・・っ!?」

 

 処女であれば価値が違うのか、そして顔を真っ赤にしてまで彼女の宣言は必要だったのか、そんな疑問を抱く前にハベルは『黒騎士の剣』を目にもとまらぬ早さで展開し、奴隷商のでっぷりとした首元へと刃を押し当てた。

 

 脂の乗った舌からいつもの質の悪い冗談が反射的に引っ込む代わりに、額からは油汗が吹き出ている。この店に初めて顔を出した時と同等の殺気を瞬時に醸し出したハベルにラフタリアは慌てふためき、周りの部下や奴隷達も震え上がった。

 

「は、はは・・・いやですねぇ、盾の勇者様。ほんの冗談ですよ」

 

「・・・そうか、私のコレも冗談で済みそうだ」

 

 凄まじい殺気と手元の大剣を納めるハベルに、ラフタリアを含め周りの者達は安堵の息を吐く。質の悪い冗談はお互い様のようだ。

 

「・・・しかし、これでも貴公には感謝をしている。あの場で貴公に声を掛けられなければ、私はこうしてラフタリアと出会う事もなかった訳だしな」

 

「そんなトンデモございません! 私めはただいつものように商売をしたまでです。しかし・・・感謝・・・感謝ですかぁ・・・」

 

 奴隷商はずんぐりな身体をくねらせながら、先程あんな目に遭ったばかりだというのにも関わらず、卑しい目線をハベルに向けていた。

 

「感謝していると仰られましても、私も一介の商人であります故、言葉ではどうにも伝わりにくいものですなぁ・・・」

 

「・・・貴公、何が言いたい?」

 

「またまた勇者様もお人が悪い。私めのような卑しい商人が唯一喜ぶ物といったら勿論コレでございましょう? と言うわけで紹介いたしますはコチラァ!!」

 

 ハベルの目の前で親指と中指、人差し指を擦り合わせる動作の後、奴隷商がどこからともなく取り出したのは魔法書ほどの大きさの卵が陳列された木箱であった。十中八九、これを買えという事なのだろう。

 

「銀貨100枚から挑戦ができる魔物の卵クジでございます! 勇者様の育成の腕を見込むなら、どんな魔物が出ようと戦力になること間違いなしでございますよ!」

 

「・・・クジということはハズレもあるのだろう。いくら私とてそんな物に手を出すと―――」

 

「これは心外な! 虚言でお客様の心を誘う事はあれど、自慢の売り物を詐称するなど商人の風上にも置けません! 最低でもフィロリアル級の魔物が必ず入っておりますよ!」

 

 それはそれでどうなのだと思いつつ、ハベルはまったく聞き覚えのない・・・というより魔物の名前など一々覚える気も無い彼はゴトッと兜を傾げる。見かねたラフタリアに、町で馬の代わりに荷車を引く大きな鳥の事だという説明を受け、彼はようやく合点がいった。畜産や戦闘等々、育て方によって多様な活躍が見込める魔物だという。

 

「卵には特別な魔法をお掛けしておりますので、すぐに孵りますし成長も早いですよ!しかも今なら大当たりを引くと! なんとびっくり金貨20枚相当のドラゴン『騎竜』が貴方の手にぃ! どうですか、お一つ!?」

 

「・・・竜が・・・使役できる・・・ぬぅ・・・しかしだな・・・」

 

「まだ迷ってらっしゃるのですか? ああ、勇者様の感謝とは何にもならない言葉だけだったのですね。おまけに殺気立てられ剣を向けられる始末・・・おお、私めは悲しい! 感謝というのもきっと偽りだったのでしょう。嗚呼、私の見込んだ勇者様であればと思いましたが・・・シクシクメソメソ」

 

「・・・ぬぅぅぅ・・・・・・」

 

 奴隷商がハンカチを顔に当てているが、誰がどう見てもクサイ演技そのものだ。だが、今のハベルの心を揺さぶるには充分である。その結果として、満面の笑顔で見送られながら店を後にする盾の勇者の手には専用の保育器に入れられた卵があり、従者はどうにもならない溜息をつくのであった。

 

「前から思っていたのですが、買い物があまり上手ではないのですね」

 

「・・・・・・ぬぅ・・・・・・」

 

 

 

 

 日が落ち始めるまえにリユート村へと足を進める頃、卵から孵った魔物を見て戦力になりそうであればそのまま仲間として加え、そうでなければそのままリユート村に預けようという話となって両者は落ち着いた。

 

 奴隷商の話が真実であれば最低でも卵から孵るのは万能なフィロリアルだ。復興が必要なリユート村では重宝されるに違いない。例えフィロリアルでなくとも愛玩としか役に立てぬ魔物など、使命の妨げとなるだけだ。戦力にならないのであれば一緒に居る必要も、育てる余裕もないというものである。

 

 そんな事を考えている内に、二人は道中何事もなくリユート村へと到着する。村は確かに半壊している建物が多いが、生き残った者達が比較的破損が少ない家に纏まって生活している。

 

 波が襲う以前、ハベルによって村の特産品である炭鉱を魔物から取り戻し、ある程度の活気を取り戻す事ができていた事もあってか、村の復興に取り組んでいる者達も多くみられた。波による被害は決して少なくはないが、住民達の復興を目指した活気を見れば、村が元の状態に戻るのもそう遠くはないだろう。

 

 村の入り口まで足を運ぶと、ハベル等の存在に気が付いた何人かの村人が快く迎え入れてくれていた。案内されるがままに村の中へと足を進めていくと、倒壊した見張り台の傍には運び込まれたであろう大きな魔物の亡骸が存在していた。

 

 素人目からでも分かるほど、コレがソラールの言っていた波の元凶である魔物だろう事は、部位を剥ぎ取られ尽くされた亡骸と成ってからでも明らかである。それほどこの魔物の放つ雰囲気や亡骸に纏わるソウルの量は、この世界の物とは異様なまでに逸脱していた。

 

「これが災厄の波から出てきた魔物・・・命を失ってからでもこんなに恐ろしいものなのですね。これはどうするんですか?」

 

「ん? ああ。もう素材となる部分は他の勇者様方が剥ぎ取っちまったみたいだし・・・食肉になる部分も宿屋の奴が残らず取っちまったからなぁ。後は埋めるしかないだろうが、今は村の復興で忙しくてそれどこじゃないんだよ。腐らす前に済ませちまいたいんだがどうにもなあ・・・」

 

「ふむ・・・では、もうコレはいらんのだな?」

 

 確認をとったハベルは魔物の亡骸の前に立ち、人一人分の背丈ほどもある『黒騎士の大剣』を展開した。不思議に眺める村人達の視線を構わず、ハベルは特大剣を振り下ろして亡骸を豪快に解体し始める。すると血飛沫をあげる事無く亡骸はみるみるうちに灰へと変化し、回収されずにあるソウルがハベルの四聖盾へと残らず吸収されていった。

 

 突然の奇行に見学していた村人達は目を見開くまでに驚愕したものの、すぐさまラフタリアが四聖勇者のスキルであるというその場凌ぎのフォローもあり、事を納めていった。少しのざわつきで済んだ様子にホッと息をついてから、ラフタリアはハベルの元へと駆け寄った。

 

「ハベル様、ああいう事をされるのでしたらどうか一声掛けてください。村の人達がびっくりしてましたよ」

 

「・・・ぬ・・・・・・すまない。あのままでは余りにもったいなかったものでな」

 

 そう言って、ハベルは先程死体を解体する際に手に入れた《次元のキメラ》のソウルを手元にくべ、一瞬で握り潰してはソウルへと変換し、四聖盾へと吸収させる。

 

 このようにハベルがソウルを盾へと吸収させるのには大事な意義があった。あの事件の後でステータス魔術から発覚した事だが、四聖盾はソウルを代償に日々進行するはずのハベルの亡者化を食い止めている事が分かった。ソラールのソウルをある程度吸収した際に亡者から戻ったのもそのためだろう。

 

 しかしながら不死人が故のソウルを司る業が、ラフタリアをはじめとするこの世界の住民にとってはおぞましく異形であることに変わりない。その自覚を持って欲しいラフタリアであったが、促した傍から業を行った彼の様子を見るに難しいのだろうと半ば諦めかけていた。

 

「皆さん集まってどうしました? ・・・・・・おや! 盾の勇者様方ではございませんか!」

 

 復興作業から戻ってきた村長が中央の騒ぎを聞きつけては、二人の顔を見た途端に破顔する。疲労している身体で駆け寄っては村を救ってくれた事に関して礼を述べ、その後村人達から話を聞き、後回しにせざるを得なかった死体の処理をしてくれたハベル等に再度頭を下げ始めた。

 

 周りから向けられる感謝の想いに慣れぬハベルはタジタジとなり、その様子をラフタリアは微笑ましく眺めている。一種の様式美と化しつつある光景であったが、不意に村長の口から気になる言葉が聞こえてきた。

 

「いやぁ、盾の勇者様()()()手伝っていただけるとは大変ありがたいです。是非ともリユート村が復興した暁には何か―――」

 

「待て、他にも誰か居るのか?」

 

「ええ、丁度今朝方に村の復興を手伝いたいと剣の勇者様がお一人で―――」

 

「おお! ハベル殿にラフタリア殿、この村に居れば顔を見せると聞いたものでな!  ん? おお!? ハベル殿、背中のそれはマントか! 流石はエルハルト殿だ見栄えが良い! 一気に勇者らしくなったのではないか? ウワッハッハ!」

 

 噂をすればなんとやら、すっかりと聞き慣れてしまった笑い声の方に顔を向けると、復興作業に取り組んでいる村人達の中心にて、一際沢山の端材を荷車で難なく運んでいるソラールがこちらへと向かってきているではないか。いったい何故、という顔を並べる盾の勇者一行に村長は和やかに口を開いた。

 

「災厄の波を打ち払ってくださったばかりだというのに、剣の勇者様は村に来てすぐ復興作業を手伝うと言ってくださったのですよ。それだけではなく国からの報奨金の半分である銀貨二千枚を寄付してくださいまして・・・本当に勇者様方には何とお礼を申し上げればよいか・・・」

 

「領主殿、気になさらずとも良いと言ったではないか! こんな状況を黙って見過ごすなどできるわけがない。俺が好きでやってる事だからな! そうだ、先程の報奨金の話で思い出したぞ。ほら、ハベル殿達の分だ」

 

 ソラールは懐から金袋を取り出すと、荷物()を抱えているハベルを見かねてラフタリアへと放り投げた。彼女は咄嗟にそれを受け取ると、思った以上の重量に取り落としそうになる。中身を見ると、そこには手に取った事もない量の銀貨がギッシリと詰め込まれていた。

 

「ソ、ソラール様! これは!?」

 

「うむ! 見ての通り報奨金、銀貨千五百枚だ。貴公等は城に居なかったからな」

 

 何事もなく口にするソラールであったが、あの王が盾の勇者用に報奨金を渡す事があるとは考えられなかった。となると、この金の出所は・・・・・・。

 

「い、いけませんソラール様。これでは貴方の分が!」

 

「良いのだラフタリア殿。村を守った貴公等が何もというのはいくらなんでも道理に合わん。第一、俺だけがこれほど貰っても使い道に困るというものだ」

 

「で、でも―――」

 

「待て、ソラール。貴公の従者はどうした?」

 

 ハベルのふとした問いに、ラフタリアもハッと彼の周りを見渡した。ハベルに言われて気が付いたが、いつも彼の後ろで待機しているはずの仲間が見当たらないのだ。痛いところを突かれたソラールはグッと言葉を詰まらせるも、ハハハ・・・と、彼らしくも無い乾いた笑い声と共に少しずつ語り始めた。

 

「俺のやり方にはもうついて行けないと・・・どうやら嫌われてしまったみたいでな・・・せめて報酬を分けようとしたんだが、その金を見るとあんたを思い出すから、と言って聞き留めもせずに・・・・・・思えば、俺は彼らを振り回してばかりだったかもしれん。そのツケが回ったんだろう」

 

 短い間ではあったが、彼らとは共に同じ釜の飯を食い、盃を共にする程確かな仲間として行動を共にしていたつもりであった。だからこそ、罪人である盾の勇者にこれ以上深入りをするなら・・・と言われたときにはついついムキになり怒鳴ってしまったが、まさか出て行かれるとは終ぞ思ってもいなかった。

 

 バケツヘルムを被っていて良かった、とソラールは苦虫を噛み潰したような表情を伏せたまま語っていた。しかし声色までは誤魔化す事ができず、話を聞いた二人もある程度察したのか、顔を下げてしょぼくれていた。だから言いたくはなかったのだ、とソラールはどうしようもない気持ちを無理矢理押し込め、ハベルの肩をバシバシと叩く。

 

「おいおい、聞いてきた貴公等が気にしたところでどうしようもないだろう! ハベル殿と同じくかの地(ロードラン)を一人で渡ったのだ。このぐらい、今さらどうという事でもない。それに俺は考える事が苦手でな。元から変人だの狂人だのと言われ続けてきた男だぞ? これからだって俺なりにできる事を探して前に進むだけだ。そうだろうハベル殿?」

 

「・・・そう、だな。貴公がそう言うのなら、そうなのだろうな・・・・・・だが、少なくとも貴公の周りはそう思ってはいないようだぞ」

 

 「なに?」と首を傾げるソラールであったが、辺りに視線を向けると先程まで作業を共にしていた村の男達の姿があり、話を聞いていたのか彼らは真っ直ぐソラールを見つめていた。そして不思議に思う彼の手をラフタリアは優しく握り、笑みを浮かべた。

 

「ハベル様の仰るとおりです。この場で貴方をそんな風に言う人なんて誰も居ませんよ」

 

「そうだそうだ! あんたが居なけりゃ、こんなにも早く作業は進まなかったぜ」

 

「村の誰よりも進んで復興に加わってくれたんだ。お陰で皆、沈まずにやれてるよ」

 

「戦いだけじゃなくて手伝いまでしてくれるなんざ、こりゃ絵本の勇者様より全然良いぜ!」

 

 ラフタリアを皮切りに、周囲の村人達も剣の勇者を元気づけ始める。彼らの言葉は虚勢を張り続けた勇者の胸に深々と突き刺さり、彼は気が付けば自然と目頭が熱くなっていた。彼もハベルとは違った方向で不器用なのだ。

 

「・・・明日からは私達も手伝おう。この村は大いに世話になったところだ。それに、ラフタリアに聞いたが次の波まで四五日もの時間があるではないか。何も焦る事など無いからな・・・・・・貴公もそれで良かろう?」

 

「勿論です、ハベル様!」

 

「貴公等・・・嗚呼、本当に・・・・・・」

 

「では、皆さん。続きは明日からと言う事で今日は休んでください。明日からはありがたい事に盾の勇者様方も加わってくださいます。より一層気合いを入れてこの村を蘇らせましょう!」

 

 涙腺が限界近くまで来ていたソラールに助け船を出すよう、村長が号令を掛ける。おぉーっ! という掛け声を挙げて、村人達は我が家へと戻っていった。

 

 勇者一行も宿屋へと向かい、銀貨一枚の宿代を払って部屋を取る。ソラールと共に食事の場では宿の主人の作る料理に舌鼓を打ちながら、ラフタリアの先生である奥方にハベルは挨拶を交わし、ついでに文字の享受を依頼すると酷く驚かれてしまっていた。

 

 しかしその後は色々と気遣ってくれたのか何も聞かず、食事が終わってから時間を作ってもらい、一から基本の、それこそ子供に教えることばの絵本を使いながらハベルはマンツーマンで指導を受けていた。その間にラフタリアは貰った魔法書で自らに適性のある幻影魔法の項目を開き、目を細め額に皺を寄せながら必死に学び、ソラールは部屋に戻って早々に眠りについた。

 

 そんなものだから、誰も部屋に預けた保育器に入っている卵が少しずつ動き始め、僅かなヒビを入れた事には気が付かないのであった。

 

 




次回遂にあの子が登場・・・。


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EP19 その名はフィーロ

仕事忙しい・・・でもクロスレイズ楽しい・・・鉄血勢全員スカウトしてやったぜ・・・だからよ・・・止まるんじゃ(ry


 窓から差し込む日差しに「ん・・・」とベッド上で身体をもぞもぞと動かしながら、ラフタリアの意識は徐々に覚醒していく。自力でベッドに辿り着いた記憶の無いラフタリアは、おぼろげな意識の中で昨晩の記憶を徐々に思い出していく。

 

 そう・・・昨晩はソラールと共に宿で食事を摂り、ハベルが彼女の先生でもある宿の奥さんに文字を教わった後、ラフタリアとハベルは一階の部屋を一室借り、二人で勉強会を開いていたのだ。文字を勉強するのに丁度良いと言って、宿屋の主人が持ってきた三勇者の絵本を片手に、ハベルは基礎的な読み書きをラフタリアから教わっていた。

 

 盾の物語が無い事に一抹の不満はあったものの、ラフタリアは意欲充分な主人の期待に応えるべく、一生懸命に気合いを入れてハベルに向き合った。ただ一つ誤算だったのは、少しばかり味覚を取り戻したとは言え、ハベルが亡者である事を彼女はすっかり忘れていた事だ。

 

 そう、あらゆる人間的感覚を失った亡者に睡眠は不要。疲れや眠気を一切覚えぬハベルに、ラフタリアは己の体力の限界を超えてまで付き添った。結果、簡単な文法を書き熟せるにまで至ったハベルを見て安心したラフタリアは、事切れるようにその場に伏してしまったのだ。

 

 そして、薄れゆく意識の中で最後にうっすらと覚えているのは、ハベルがラフタリアをいわゆるお姫様抱っこでベッドに・・・・・・。

 

 ああ、やってしまった・・・と彼女は恐る恐るといった感じでゆっくりと目を開ける。視線の先には絵本と薬の指南書を手に、保育器が置かれた机に向かって自習している主人の後ろ姿があった。彼の背中を見つめていると、不意にまたあの記憶が蘇る。ぽぽぽっと頬に朱が差しはじめ、どうしようもなくなった彼女は頭を覆うように布団をかぶってしまう。

 

 そうして自分の心を落ち着かせようとした彼女であったが、パキパキッ! パキィッ! という不自然な物音を耳にすると、彼女はバッと顔を上げる。警戒の混ざった視線の先には、卵の殻が散乱している床をコロコロと転がる保育器が目に入った。

 

 そのまま恐る恐る視線を上げていくと、同じく卓上を凝視しているハベルと、そしてそのハベルを見つめ続ける小さな魔物の姿が見られた。

 

 赤ん坊ながらに全身を覆うふわふわと丸みを帯びた薄いピンクの羽毛、つぶらな青い瞳に小さな黄色いくちばし、その姿は間違いなくフィロリアルの雛であった。

 

「・・・・・・! ピィッ!」

 

「ぬぉ!?」

 

 しばらく見つめ続ける両者であったが、先に均衡を破ったのは言わずもがな雛の方であった。まだ生まれたばかりだというのに、よちよちとした羽からは想像もつかぬほどの速度と勢いで、フィロリアルはハベルの兜へと飛びついた。

 

 初めて目にした生命の誕生にぼうっとしていたハベルはこの不意打ちを甘んじて喰らい、バランスを崩して椅子から転げ落ちる。重厚な岩鎧がガタンッ!と宿全体に衝撃を響かせ、奥方や主人をはじめ宿泊していた者全員が目を覚まし、ハベルの部屋へと集まったのはごく自然なことであった。

 

 

 

「ウワッハッハ! いやはや、赤ん坊ながらハベル殿を地に伏せさせるとは、随分と見込みのあるフィロリアルではないか! なあ貴公? ウワッハッハッハ!」

 

「・・・・・・ぬぅ」

 

 朝食を終えるまでソラールはひとしきり笑い続けていた。宿の主人や他の宿泊していた者達も、これまで彼のイメージにそぐわぬ今朝の姿に微笑みが絶えることはなく、暖かい目線をハベルに向けていた。

 

 騒ぎの原因であるハベルは向けられる視線にどこか居心地の悪さを感じつつ、恨めしげに隣で煮豆にがっつくフィロリアルを睨む。宿の主人がわざわざ用意してくれた煮豆を美味しそうに平らげ、二皿目に突入したばかりの雛はハベルの視線に気が付くと、ニッコリとした表情を浮かべた。魔物ながらに表情豊かな彼女は、ピヨッ! と元気に返事をし、またも煮豆に向かっていく。そんな雛に怒りの感情など湧くはずもなく、兜の面頬からは長い溜息がゆっくりと漏れ出す。

 

 フィロリアル・・・・・・翼はあるが飛ぶことはできず、代わりに自分の何倍もの重さの荷馬車を引ける自慢の脚力を有す。家畜から馬の代わりまでなんでもござれの万能型で有名な魔物である。宿の主人も飼育していたことがあり、話を聞くに最初から使役用で生まれた個体は成体になると荷車を引くことを好むようになり、専用の荷車を与えると喜ぶのだそうだ。

 

「元気いっぱいで食欲旺盛、とっても可愛い女の子が生まれましたね」

 

「・・・雌か・・・しかし、使役用の魔物というのはどれもここまで人懐っこいものなのか?」

 

 ハベルの疑問は尤もである。亡者である彼は人間や魔物を問わず、本人が意図せずとも対峙した者に言いしれぬ本能的な恐怖や忌避感を覚えさせてしまう。積み上げてきた物があるからこうして交流の場に居れるというもの。だと言うのに、このフィロリアルは初見でハベルに飛び付いて甘えてくる始末。そして今も尚、ハベルのそばを離れようとはしない。

 

「そうさね~。フィロリアルってのは基本的に人懐っこい種族だけど、この様子だと所謂刷り込みって奴かも知れないね。卵が孵った瞬間に立ち会ったんだろう?」

 

「むむ? では、彼女はハベル殿を自分の親だと思っている、ということか! 良い父親に成らねばな、貴公!」

 

「そういうこと。大事に育てていかないといけないね、勇者様」

 

「・・・なっ!?」

 

 彼の疑問に首を傾げる従者と剣の勇者を見かねてか、宿屋の奥方が済んだ食器を片付けながら、これまたニッコリとした笑みで説明した。一方、とんでもないことをサラリと告げられてしまったハベルの方はギクリと岩のように固まってしまった。そして、いつの間にか煮豆を平らげて満足げな雛を見つめると、呼応する様に目が合った。

 

「・・・私が・・・この子の・・・父親・・・・・・?」

 

「ピィッ!」

 

 ぼそりと呟く彼に、まるで返事をするかのように鳴いたフィロリアルはハベルの籠手から器用に駆け上がり、肩にちょこんと乗っかっては頬ずりをし始めた。一連の動作からも、完全に奥方の推測が正しいだろう。ならば、この村に預けるという方針は最初からなるべく考えない方が心持ちが良い。

 

「コレばかりは難しく考えることも無いと思うぞ、ハベル殿。それに彼女は貴公に懐いている。なに、いつも通りにしていれば問題は無いさ。村の復興が終わるまでは俺も面倒を見ようじゃないか!」

 

「この子のためにも、頑張って良い父親になりましょう! ハベル様なら絶対大丈夫です! 自信を持ってそう言えます。私も精一杯手伝いますから」

 

「・・・う、うむ・・・」

 

 余り乗り気では無かったはずの従者の豹変を疑問に思いつつ、なるようにしかならないというソラールの二人に背中を押され、ハベルは黙ってすり寄ってくる小さなふわふわの頭を撫でるのであった。

 

「そう言えば、名前を決めねばならんな?」

 

「・・・・・・ぬぅ・・・・・・」

 

 

 

 それからは勇者一行が参加したリユート村の本格的な復興作業が再開された。瓦礫の撤去、周囲の森からの木材確保、倒壊した建築物の再建、村の周囲のパトロール等々、不死人が故に疲労を知らず、一切の休みを挟まずに作業を続ける勇者二人の働きぶりは村の全員を唸らせるほどであった。

 

 騎士の出であるソラールとハベルは最悪を見越し、特に睡眠を必要としないハベルは夜間もずっと見回りを欠かさず、ひたすら村に近づく魔物を駆除していった。特に「災厄の波」の被災後ということもあり、周囲の魔物達がここぞとばかりに狙ってくるということは前の世界での国家騎士時代からの経験上、大いに考えられた。竜や自然による災害の後、必ずと行って良いほどその地には弱った民達を狙って、亡者やデーモンどもがソウルを求めてやってきたものである。

 

 村の安全を守りながらの復興に励む勇者の姿は、村人等の士気を高めるのにこれ以上ないほど充分であった。

 

 ラフタリアもハベルと共に森へと魔物の駆逐に赴くほか、宿の奥方と共に炊き出しの手伝いやハベルが作成した薬の配給等を行っていた。若く可愛い健気な獣人の存在は、自然と野郎達のモチベーションを底上げする結果となったのは言うまでもない。

 

 そんなこんなで一週間も経たないうちに、勇者一行の尽力でリユート村の外観はほぼ波が訪れる以前の状態まで復興する事ができた。波での戦闘により全壊した村中心部の見張り台も再建し、四聖勇者の紋が描かれた旗を天辺に添えたお陰か前の物よりも立派に見え、今では村の復興シンボルとなった。

 

「・・・・・・案外、何とかなるものだな」

 

「うむ、そうだな。完全に元通りというわけでは無いが、後は村の者達に任せても良いだろう。しかし・・・・・・」

 

 しみじみと呟くハベルに、ソラールは満足げに同意する。一度目の波の被害状況を考えれば、勇者二人の援助があったとはいえ、すぐに復興が叶ったのは充分すぎるくらいである。そしてすぐ、目の前を瓦礫を積んだ荷車で機敏に運搬する白いフィロリアルを目にし、ソラールは笑みを浮かべた。

 

「フィーロは働き者のよい子に育ってくれたな。流石はハベル殿だ! しかし、魔物の成長というものは存外早いものだな。よもや二日で成体になるとは思いもしなかったぞ」

 

「・・・売人の奴隷商が言うに、卵には成長を補正する魔法が掛けてあったそうだが・・・・・・復興には欠かせぬ即戦力にはなったな」

 

 あれからフィロリアル・・・もといフィーロはしばらくハベルの傍に付きっきりであった。復興作業の時や魔物の討伐の時でさえ、彼女は器用にハベルの頭部や肩部にちょこんと乗っかり、行動を共にした。その結果、ラフタリア以上にフィーロは著しいの一言では済まされぬほどの成長を遂げた。メキメキ、ピキピキと身体がきしむような音が聞こえたかと思えば、見る見るうちに体長は増していき、僅か一日でハベルの腰部まで生育していった。

 

 勿論育成に関わった三名は心配しかしなかったが、勇者が育てたとなればこんなものだと宿屋の夫妻から言われてしまったため、特段どうすることもできなかった。その後も夫妻の助言の下、食べたい分だけ食べさせ、村の子供達と遊ばせたり等、成長を見守るほか無かったと言えよう。

 

 結果、村の皆に可愛がられながらフィロリアルは二日を掛けてハベルよりも一回り大きい成体へと成長を遂げた。ことのほか知恵も悪くなく、村人等と協力して荷車を引いて瓦礫の撤去や資材の運搬を手伝うばかりでは無く、何とハベルやソラールと共に魔物の討伐に加わることもあったのだ。最初はがむしゃらに突っ込むばかりであったが、傷つきながらもソラールやハベルの戦い方や指示を学び、今では様になる戦いぶりを発揮してくれている。

 

 ちなみにフィーロという名前だが、命名の際に岩のように固まって考え込んでしまったハベルを見かね、ラフタリアが咄嗟に口にしたものだ。彼女曰く安直すぎでは・・・と不安を抱えていたが、名付けられた当人は元気よく返答し、親しみやすくて良いではないか! とソラールに背中を押されたこともあり決定した。

 

「ところで貴公、どうするか決めたのか?」

 

 言わずもがな、これからフィーロを仲間として同行させるか、である。そして今日に至るまで彼女の活躍ぶりを見てきたハベルの答えもまた、とうに決まっていた。

 

「・・・荒削りではあるが、充分な戦力になる事は先の見回りでも明らかだ。内に宿すソウルの輝きも申し分ない・・・・・・なにより、あれほどまでに懐いてこられては・・・な?」

 

「そうかそうか! いやはや、もし貴公が連れて行かぬのならば俺の仲間に、とも考えたのだが、杞憂で何よりだ! ウワッハッハ! ・・・・・・グスッ」

 

「・・・貴公、何を泣いている?」

 

「な、泣いてなど無い! ただ、そうさなぁ・・・あの小さく幼かったフィーロがここまで立派に成長すると、感慨深くてなぁ・・・」

 

「・・・まだ一週間と経ってはいないがな」

 

「日にちの問題ではないのだ貴公! 俺はッ!!生命の尊さというものにだなぁ―――」

 

「ハ、ハベル様!」

 

 感情が昂ぶり思わずスイッチが入ってしまったソラールを遮り、息を切らし慌てた様子のラフタリアが駆け寄ってきた。尋常ならぬ雰囲気を放つ彼女に、不死人等の纏う気も瞬時に引き締まる。彼女は息を整える間もなく、村の入口方面を指さした。

 

「国家騎士団の方々が・・・槍の勇者様とマルティ王女を連れて村にッ!」

 

 ラフタリアの発した名前に、二人の勇者は揃って溜息を漏らすほかなかった。確実に面倒事になる予感しかしなかった三人は、足並みを揃えて村人等が集まり始めた騒ぎの中心へと足を運ぶのであった。

 

 

 

「村の皆様方。このたび、波での功績を称えられ『槍の勇者』モトヤス様がこの地の領主に任命されました!」

 

「と言うわけで、みんな! 俺が此処の新しい領主になる北村元康だ! 波を完全に防ぐ事ができなかったのは俺達四聖勇者の責任だ。だから、四聖勇者である俺がこの村の領主になったからにはもっとこの村を大きく豊かにしていこうと思っている。まずは皆で協力して、この村を完全に元通りにしていこうじゃないか!」

 

 王族の護衛として配備された騎士団長は村の中央部、再建されたばかりの見張り台の周囲に騎士達を展開させ、大々的に村人達を集めさせた。そして、即席の壇上から赤毛の冒険者マインは国からの礼状を広げて高らかに宣言すると、それに連なって槍の勇者である元康が真っ直ぐな瞳で語り出した。

 

 そんなやる気に満ちあふれた彼の意思とは反し、村人等の表情はこぞって曇り、不満げな様子を隠そうともしていなかった。やがてブツブツと不平不満の声が聞こえ出すと、かの四聖勇者が駆け付けたにも関わらずの反応に、流石の元康も困惑する。

 

「ま、まあ待ってくれみんな! 国の次期王女となるマインのアドバイスを参考に復興の政策を考えて来たんだ。俺は明日からこの村に通行税を掛けようと思う! 金額はまだ決めていないが、参考までに村の出入りで銀貨50枚ずつを考えているんだけど・・・皆から何か提案は無いか?」

 

 あくまで自分達は村のみんなの味方だと歩み寄る姿勢をアピールする元康であったが、彼の提示した参考の金額に、その場の全員が呆れを通り越していた。この村の宿代は食事を含めて一日銀貨一枚である。それは炭鉱が戻り、村全体が活気を取り戻して住民が増えた時からも変わらぬ値段だ。

 

 それに槍の勇者が繰り返し口にする復興という言葉・・・リユート村の現状を何も把握していない証拠である。波での騎士達の対応といい、如何に国が自分たちの村を気に掛けていないかが分かってしまい、村人達の不満は募る一方である。

 

「あの・・・領主は私のはずですが・・・事前の連絡も無しにというのは余りにも―――」

 

「国の決定に異を唱えると?」

 

 流石の村長も黙ってはいられずに口を開くが、マインは睨み付けて剣の切っ先を向ける始末。他の騎士達も同様に反発する村人等へ槍を向けはじめ、正に一触即発の空気が蔓延し始めたその時である。

 

「では、俺達ならば口を挟めるのかな? モトヤス殿」

 

 聞き覚えのある勇ましい声が聞こえると、元康とマインは揃って顔を歪ませた。壇上にズカズカと乗り込み、村長に代わって彼らに対峙したのは、犯罪者の汚名を被る化物勇者のハベルと、自身に恥をかかせた奴隷の亜人従者、そして太陽のように熱い勇者ソラールであった。特に、未だハベルと親交を保ち、行動を共にしているソラールの存在は、心の底から尊敬している元康にとっては様々な意味でショックを与えていた。

 

「例え剣の勇者であるソラール様でも、此処はもはやモトヤス様の領地。口出しは不要でございます。盾の勇者に至っては論外です! 犯罪者には即刻出て行って貰います!」

 

「・・・相も変わらず口の減らぬ女だ。なあ貴公、これではどちらが従者か見当も付かぬな?」

 

「てめぇ、何を偉そうに!」

 

 あれほどボコボコにされ、最終的には命を奪われそうになった相手にも関わらず、元康はハベルに対して堂々と向かい合っていた。だが、彼が更に言葉を発する前にたたみ掛けるかの如く、ソラールは広場全員の目線を捕らえて話し始めた。

 

「一つ聞かせて欲しい。貴公等はこの村を見て回ってどう思った? 被る害を考えず、波の魔物諸共に自らの手で焼き払ったはずの村の現状を見てどう思った? 俺には貴公等の助けは何も要らんと見えるぞ! 先程から貴公等が騒ぐ復興とて、貴公等の手を借りずにここまで進んできた。むしろよくもそんな事を皆の前で口にしたな、と思っていたところだ! そして何よりも―――」

 

 ソラールはビシッ! と国家騎士団の方へと指を差し、これまで以上に怒気の籠った声を張り上げた。

 

「貴様等は誰に槍を向けている! 災厄の波で被災した村人等と知って、何故槍を向ける事ができる! 真に復興を願う心があると口にしておきながら、何故そのような蛮行ができる! 貴様等それでも騎士か! 恥を知れッ!!」

 

 ソラールの言葉に・・・何より『剣の勇者』のもっともな言葉に都合を悪くした騎士達は、次第に擬していた槍を渋々と納め始める。騎士達の心を押したソラールの言葉を皮切りに、とうとう村の住民からも抗議の声が上がる事となる。

 

「そうだそうだ! 俺達はお前等の助けなんか要らないぞーッ!」

 

「クェーッ!クェーッ!」

 

「今までだって何もしてこなかったくせに、今更出しゃばらないでよ!」

 

「クァーッ!クァーッ!」

 

「そもそも復興を手伝ってくれたのは、盾の勇者様と剣の勇者様じゃないか!」

 

「クェーッ!クァーッ!」

 

「直接我が村を守ってくれたのだって盾の勇者様です! どうせ領主に迎えるのでしたら、私は盾の勇者様に任せますッ!」

 

「・・・・・・いや待て村長、それは困る」

 

 村人等に混じってフィーロも騒ぎはじめ、辛うじてせき止められていた反発が爆発する。そんな中、どさくさに紛れてとんでもない事を公言した村長を治めるハベルをよそに、元康はソラールへと詰め寄った。

 

「待ってくれソラール! 元々騎士のあんたや一般人の俺が考えられる案には限界ってもんがあるだろ? さっきも言ったようにマインは王族だ。幼い頃から教育を受けてきた彼女には、俺達が見えていない事や考えつかない事だってあるかも知れないじゃないか! もうちょっと彼女を信用したって―――」

 

「その信用がないから俺は言っているのだ、モトヤス殿。確かに俺は貴公の言うとおり騎士の出だ。だからこそ、神聖なる決闘と宣っておきながらそれを汚し、救うべき民に剣をあてがって尚涼しい顔をする彼女をどうして信用できるものか!」

 

 勿論それ以外にも沢山の理由があるが、元康の口から騎士という言葉が出たからこそ、ソラールは元騎士として最も分かりやすく当てはまる理由を口にする。断固として退かぬ様子を崩さぬ彼の姿に、元康はうろたえるほか無かった。

 

 だが何と言われようとも、彼は自分を信じてくれる仲間である故か、国王の娘であるマインのやり方を間違っているとは思えなかった。現に今も尚、多くの批判の中でマインは羊皮紙を広げて村人への理解を求め続けている。村人達の身を案じ、決して折れずに自分の意志を貫き通す彼女の姿は、女性でありながら格好良く元康の目には映っていた。そんな逆境に立つ彼女の支えになってあげたいという気持ちを、一番尊敬していた勇者に理解されないというこの現状。元康にはそれがどうしても分からなかった。

 

 一方、そのマインはわざわざ国の令状まで見せつけたにも関わらず一向に従おうともしない村人等をもてあましていた。さらには予測のしていなかった剣の勇者の介入により劣勢に立たされる体たらく。そんな彼女を見てはいられず、騎士団長は村人鎮圧のための強行に出る。

 

 なんと、何名かの騎士が手綱を付けた四足歩行の騎竜を壇上へと誘導させ始めた。彼の常套手段としていつも使われ続けた馬よりも大きな体格を誇る騎竜はすぐさま自身の役割を察し、騒ぐ民衆へと牙を見せて唸り声を挙げる。いかにも獰猛なその姿に村人達は数歩下がり、怯えて口を噤んでしまう。騎士団長の余計な気遣いに焦る槍の勇者一行に対比するかの如く、盾と剣の勇者一行はその暴挙に堪らず剣を抜き、正に一触即発の空気が立ちこめる。

 

 だが、突如として騎士団長とマインの周囲に黒装束の集団が出現した。

 

「我らの事はご存じでしょう、マルティ様。女王陛下より一通の書状をお持ちして参りました」

 

 騎士団長の首元にナイフが宛てがわれるのをよそに、黒装束の一人が丸められた羊皮紙をマインの元へと差し出した。声色、そして細身の体つきからして全員女性である。あのマインが文句の一つも言わずに縮こまり、恐る恐る受け取っている様子からも、立場腕前共にただ者ではないことが分かる。呆然とするラフタリアとソラールを横目に、ハベルはその集団にも警戒を高めていた。

 

 彼女にとって相当不都合なことが書かれていたのか、書状を読み終えたマインの顔がみるみる青ざめたかと思えば、唐突に顔を真っ赤にしてこちらを睨み付けてきた。

 

「勝負よ! 私達の所持する騎竜とそこのフィロリアルによる村の権利を掛けたレースでね! じゃなきゃこんなの・・・納得できるわけ無いじゃない!!」

 

 癇癪を起こしたマインに、ハベルは脱力する。いっそ、先程の力づくの展開になった方が良かったのではないかと思うほどに・・・。

 




性格と見た目(人型)はちょこっと変える予定。


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EP20 魔物レース

明けましておめでとうございます(撃遅)!!
お気に入り数3000件突破誠にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。


「勇者様! どうか何卒、この村をお救いください!」

 

 必死な形相で縋り付くように懇願する村長に対して、ハベルは返答に困っていた。無論、彼としても見捨てるつもりは毛頭無いし、助けたいのは山々であるが・・・・・・癇癪を起こしたマインの出した条件がよりにもよって魔物レースであった。

 

 レースのルールは至ってシンプルなもの。コースはリユート村の外周の道をぐるっと三周し、先に村の入り口にある門をくぐった者を勝者とする。走者は次期メルロマルク女王マインの権限により、槍の勇者・北村元康が後々駆る予定の騎竜と、盾の勇者・ハベルが所持しているフィロリアルが指定された。

 

 ハベルが渋る理由というのは、何も彼自身に乗馬の経験があまりなく、必ず勝てる自信が無いということだけではない。問題は、彼を『ハベル』たらしめるとする鎧にある。

 

 自慢ではないが、重厚なハベルの岩鎧はソラールが装備しているような普通の騎士鎧と比べると、およそ二倍以上の重量である。とても常人が装備できるような重量でなく、体力の無いものが纏えば移動すらままならないものだが、一度着こなせばハベルの信奉者・戦士として他の装備の追随を許さぬ強靱性が得られるのだ。

 

 決して後退せず、敵としたモノを必ず叩き潰す・・・古竜との戦争から火継ぎの物語に至るまで、この岩鎧を纏うものの戦い方は決まっていた。

 

 ・・・・・・そんな鎧を身に纏う彼を、果たして成体になったばかりのフィロリアルが乗っけられるだろうか? 試す気にもならない程、その場の全員が無理だと分かっていた。

 

 「他の鎧はないのですか?」と村の誰かが口にしたが、生憎持ち合わせていない、というのが答えである。ロードランの旅でしこたま手に入れた防具は、ハベルの鎧を着こなした彼にとって邪魔な物でしかあらず、その全てを『世界の蛇フラムト』に食べさせソウルへと変換させてしまった。

 

 「美味であった」と亡者でありながら臭いと感じさせる息を吐きながら満足げに歯を鳴らすフラムトが浮かぶ一方、こんなことなら・・・と後悔の念ばかりがハベルに積もった。

 

「勇者様のフィロリアルはやる気満々のようですが・・・・・・」

 

「・・・ぬ?」

 

 村長の指摘に思わず顔を上げると、青い瞳にメラメラと闘志を宿し、元康の駆る騎竜と睨み合い因縁を付け合うフィーロの姿があった。普段の人懐っこい表情からは想像もできないほど目の前の騎竜に対して敵対心を露わにしており、今にも飛びかかっていきそうな雰囲気を醸し出している。これは一体・・・。

 

「フィロリアルとドラゴンは種族的に仲が悪いって先生から聞きましたが、フィーロがあんな顔をするだなんて・・・」

 

「・・・食うか食われるかの一方的な関係だと思うのだが・・・?」

 

「どちらも雑食で種によっては群れを成しますから、野生でも縄張り争いが絶えないそうですよ」

 

「・・・そういうものか」

 

 外見だけで判断するなら、たかが鳥類如きが竜に挑むなど・・・となりそうなものだが、脳裏に森を支配していた茸人が過ぎり、外見など何ら当てにならないことを静かに再認識するハベルであった。

 

「復興が終わろうとしている今の時期に増税など、とても看過できるものではありません。どうか何卒、勝利した暁には報償を約束しますので―――」

 

「・・・落ち着かれよ領主殿、そういう問題ではないのは貴公とて分かっているだろう」

 

「はぁ・・・しかし・・・」

 

「こ、こうなったらハベル様、私がレースに―――」

 

「おーい! 貴公等、何を慌てている?」

 

 話の方向が「誰が騎手としてレースに出場するか」の問題へと戻ったその時、少し離れたところから呑気で朗らかな声が聞こえてきた。

 

「ソラール、こんな時に貴公どこへ・・・」

 

 緊張感のまるでない剣の勇者を見やると、彼の手元には使い古された鞍や手綱などの乗馬用の道具があった。ソラールはこちらを一瞥する間もなく、手慣れた手つきでフィーロに装着していく。彼女も騎竜から視線を外し、嫌がる素振りを一切見せることなくソラールに身を任せていた。

 

「ソラール様、参加してくれるのですか!」

 

「勿論だとも。そういえば言ってなかったか、俺は元々騎馬隊上がりでな。だから心配など要らん、任されよ! それに、よもやハベル殿が出るわけにもいかんだろう。鈍重な貴公を乗せるなど、フィーロがあまりに可哀想だしな」

 

 ウワッハッハ! と豪快に笑い声を挙げるソラールに、村の住民達から不安げなものが剥がれ落ちていく。フィーロをハベルよりも慣れた手つきで撫でていく彼の姿は、正に希望そのものであった。気持ちの良い安らぎの表情を浮かべた後、心身共に整ったフィーロも、いつになくやる気に満ちた頼もしい顔つきとなっている。

 

 そうして魔物レースの準備を手早く済ませたソラールが、フィーロの手綱を引いてスタート地点へと足を向けたその時、ハベルの手がソラールの肩に当てられる。振り返ると、もう片方の手に彼が装着していた赤茶色のマントが握られていた。

 

「・・・貴公、念のためだ。モトヤスはまだしも、あの女の事だ。用心しておくに越したことはあるまい・・・・・・それに、エルハルトの一品だ。魔除けの信頼はできよう。・・・・・・フィーロ、ソラール・・・頼んだぞ」

 

「ハベル殿・・・ウワッハッハ! 相分かった、充分に気をつけるとしよう。感謝するぞ!」

 

 乗馬の際に空気の抵抗を受けるマントは本来よろしいものではないのだが・・・ハベルからの警句を優先したソラールは嬉々としてマントを装着し、足早に所定の位置へと向かっていった。彼を見送った村人達も、応援のためか村の入り口に向かって散り散りになっていく。そんな中、ポツンと残った盾の従者は不安げな表情を最後まで浮かべていた。

 

「・・・ハベル様、私は・・・」

 

「貴公は入り口の付近で応援を頼む。私は・・・あそこで見ているとしよう」

 

 そう言ってハベルが指差したのは、建て直されたばかりの見張り台であった。ラフタリアはすぐさま彼の考えを察し、「分かりました!」と元気に笑顔を取り戻して、村人達の列へと混じっていく。ハベルもまた、見張りでコース上に配置された国家騎士達に目を配りながら、彼女らとは逆方向に歩みを進めていく。

 

「ふむふむ、盾の勇者殿と剣の勇者殿は仲が良い・・・と。これは嬉しき知らせ。女王陛下に報告が必要、でごじゃる」

 

 そんな用心深い盾の勇者でさえ、その様子をただ黙って見守る影の一人の存在には気が付かないのであった。

 

 

 

 

 

「おいおい、ソラール。いくら何でもそりゃ無いぜ! あんた今、自分の恰好を鏡で見てみろよ。ダサいなんてもんじゃないぞ!」

 

 先に準備を済ませ、スタート地点に着いていた元康が真っ先に口走った一言に、フィーロの目つきが鋭いものへと変わる。そこらの魔物よりも圧倒的に表情が豊かなはずの彼女に気づかず、更に元康は笑いを含みながら軽口を叩く。

 

「たかがフィロリアルで俺の騎竜とレースなんて、最初は何かの冗談かと思ったが、まさか本気だったなんてな。それに見てみろよこの色、少し混じってるのは安物かハベルの育て方が悪いからだぜ。流石は盾クオリティってやつだな。こんなんで俺のドラゴンと張り合おうなんて・・・なあ?」

 

 同意を求めるように、彼は周りの騎士に嗤いながら語りかける。その騎士達も勝敗は目に見えているといった風に剣の勇者を見て笑いを堪え、果ては哀れみの視線を向ける者までいた。

 

 とうとう彼らの小馬鹿にした態度に我慢ならなくなったフィーロは、強靱な脚力をお見舞いしようと片足を振り上げる。だが、そんな彼女に手を当て、黙って首を横に振るソラールの制止がはいった。何故、と抗議の目を向けるフィーロだが、尚もソラールの手がどく事はなかった。

 

「なんだよ鳥公、悪いけどソラール。相手があんたでも手加減は―――」

 

「一つだけ聞きたい、モトヤス殿。貴公は乗馬の経験があるか?」

 

「な、なんだよ急に・・・まあそりゃ・・・」

 

「そうか、それを聞いて安心した。では、手心を加える必要は無いわけだ。お互い全力を持って正々堂々いこうではないか!」

 

 バッ! と力強く差し出される右手に薄唇軽言な元康の口が閉じ、恐る恐る握手に応じた。バケツヘルムにより彼の表情は分からないが、少なくとも焦りは感じられなかった。

 

 多くを語らずとも難なく物事をこなそうとする彼の姿勢に、元康はどこか嫌な既視感を感じつつ、気を引き締めて騎竜に跨がる。とんだ出来レースだが、野郎の中で唯一尊敬するソラールに勝って一目置かれるチャンスだ・・・そんな思いを胸に元康は「頼んだぞ」と騎竜に一声掛け、真剣な眼差しでレースに挑む。

 

「グゥゥ・・・・・・」

 

「不服か、フィーロ? だが、いきなり手を出すのはダメだ。お前には優しい子になって欲しいからな」

 

 一方の剣の勇者はフィーロのふわふわな頭を撫でながら宥める位には余裕を持っていた。元康と言葉を交わした時から、既に勝利を確信していたのだ。真に気をつけるべきは、ハベルの言うマインの妨害行為のみである。ソラールは尚も騎竜と元康を憎々しげに睨むフィーロに信頼の意を示した。

 

「それに、あんな安い挑発は、レースの結果をもって見返してやろうではないか。フィーロなら大丈夫だと、俺は信じているとも」

 

「ッ! クアッ♪」

 

 

 

 両者ともに準備を終え、スタート位置に並ぶ。周囲に緊張が纏う中、村長が前に立って右手を高く掲げた。

 

「それでは・・・・・・始めッ!!」

 

 勢いよく振り下ろされたレース開始の合図。早くもスタートダッシュを制して前に出たのはソラールの駆るフィロリアルであった。地面を力強く蹴り上げ、走行の後に多量の砂塵が舞うような力強い脚力。前傾姿勢のまま羽を広げ、風を掴む種族独特の強靱な走りで、元康を難なく引き離していく。

 

 慌てた元康が加速するよう指示を出し、応じて騎竜も身体を屈めて空気の抵抗を減らしつつ前に乗り出すも、その差は離れて行くばかりである。

 

 「クソッ! もっと早く走れないのかよ! お前、一番足の速いドラゴンって呼ばれてんだろ!?」

 

「ガウゥゥッ!」

 

 「クアァァーーーッッ!!」

 

―――良いぞフィーロ、そのまま・・・ッ! 

 

 コース半ば、観衆の目が届かぬ道中にて、突如として目の前の地面が陥没し、小さな穴が形成された。丁度フィロリアルのような中型の魔物の足が引っ掛かる大きさのソレは、明らかに人為的なもの。見え透いた妨害に予め警戒を強めていたソラールはすぐさま跳躍の指示を出してこれを回避する。

 

 最高速度での跳躍により着地は少しよろめくも、ソラールの体重移動によるテクニックですぐさま態勢を整え、またも加速して差を広げていく。

 

 一方、一向に追いつく気配もない自身の騎竜に苛立ちを募らせる元康。だが、コースの半ばを過ぎた瞬間、騎竜が一気に二倍以上の加速を見せた事により、何の疑いもなくそのまま身を預け続けた。

 

 両者の差は縮まるものの、まだまだ追いつく事のないままに一巡目が終了。村人達からは歓喜の声が上がると共に、レースは二巡目へとさしかかる。

 

―――モトヤス殿、なかなかやるではないか! どれ・・・!

 

 差を縮めてきた元康に感心しながら、ソラールは腰を更に上げ、身体の重心をより前に移行させた。そのまま彼はフィーロの走る際の癖、言わば上下の動きに合わせるように自らの身体をも上下に動かしはじめた。彼のフォームはフィーロにとって走りを邪魔するものではなく、むしろ推進力となって負担を減らし、彼女に気持ちの良い走りを補助していた。

 

 目に見えたソラールの騎乗の変化に観衆や見張りの騎士達は驚き、レースはまたもソラールの独走状態を許してしまう。何故こうも差が出るのかを理解できぬまま、元康はただ騎竜の手綱を乱暴に引き「もっと速く走れ」「このままだと負けるぞ」と叫ぶばかりであった。

 

 事実、元康は指示とも言えぬ指示を飛ばすだけで、自身は騎竜に()()()()()だけなのだ。一方、ソラールの方は培われた経験を活かし、フィーロを完璧なまでに()()()()()()いた。実戦というこれ以上ない経験をしてきた彼には、これくらい朝飯前なのである。

 

 そしてコース半ば・・・マントたなびくソラールの背中に違和感を覚えた。幸いにして何も影響が無かったが、魔法防御の効果があるマントが反応したという事は・・・そういうことで間違いないだろう。嘆かわしい、と心内でぼやきながらソラールは直ぐさまレースに集中する。

 

 そんな彼の思いが届く事無く、またも元康の駆る騎竜がコース半ばの地点で倍速となり、更にフィロリアルへと詰め寄った。ソラールと並列するまであと一息というところ・・・にもかかわらず、何故か騎竜は前へと出ようとせず、元康はあと一歩のところでやきもきする。

 

「何してんだ! 今こそ前に出ないでどうする!」

 

「グルゥッ!」

 

 切羽詰まる元康の指示が出ようと、騎竜はただ唸るばかり。確かに元康の言うとおり、タイミングとしては悪くないだろう。だが、無意識下の中で最良のコースを維持し続けているソラールを抜く事は、騎竜だけの走りでは難しい事だ。

 

 走り手である騎竜をリードする乗り手の操縦技術が少しでもあれば話は違ってくるが、先程から彼はただ身を預け、要らぬ口を挟むばかり。これでは安全に抜き去る事など到底叶わないというのが、レースを通じての騎竜の了見であった。

 

 無理にでも抜こうとして、全速力で走り続ける魔物同士がぶつかれば、いくら体格差があれど全員がタダでは済まないだろう。そんな乗り手を想うが故の行動であったが、彼に騎竜の想いが届くはずもなく・・・両者の差がそれほど開かぬ状態のまま、二巡目が終了した。

 

 なんだかんだ言って一巡目よりも確実にソラールとの差が縮まったことにより、心配やら不安の声が観衆から漏れ始める中、ラフタリアは今か今かと見張り台の方を見つめていた。そして、丁度三巡目に差し掛かったところでラフタリアは見張り台を見上げながらコクリと頷き、全速力で村の反対側へと駆けていくのであった。槍の従者達や他の騎士達に気づかれぬままに・・・。

 

 そして、両者一歩も譲らぬまま変わりなく問題のコース半ばに辿り着こうとするその時、コースアウトを見張る騎士の一人が一巡目・二巡目と同じように、両手に魔力を溜め始めた。

 

(まったく、あの騎竜は何をしているのだ! ファスト・スピードの魔法を上掛けしたというのに・・・オマケに剣の勇者め、どこからあんな装備を・・・・・・まあ、良い。もう一度掛ければ済む話だ)

 

「『力の根源たる我が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者の速度を上げよ』《ファスト・スピ――」

 

「タァーーーッ!!」

 

「ぐぇあっ!?」

 

 魔法の詠唱を終える直前、助走を充分に付けたラフタリアの跳び蹴りが騎士の顔面を直撃する。魔法は放たれる事無く、すぐ目の前をソラールが通過していく。彼女はソラールに向かってVサインを掲げると、ソラールの方も振り向きざまに親指を立てて返し、直ぐさまレースへと意識を戻していく。

 

 レースの妨害を未然に防ぐ事ができ、ホッと息をつくラフタリア。その瞬間、魔法の効力が消失し、よろよろと満身創痍でコースを走る元康と騎竜が前を通っていった。

 

 それもそのはず、魔法によってペースを無視し、限界以上に身体を酷使したツケが回ってきたのだ。もはや剣の勇者に追いつけるような勢いなど残っているはずもない。騎竜の上では相も変わらず、元康が怒鳴り散らすばかりであった。

 

 

 

 

 

「・・・まさか貴公にこのような特技があったとはな」

 

 魔物レースの最中、ずっと見張り台にて監視をしていたハベルが呟く。ロードランでの火継ぎの旅では知る由も無かった彼の乗馬技術に、ハベルは舌を巻くばかりであった。それはリユート村の人達も同じ事だろう。先程からここまで歓声の声が聞こえてくる。

 

「・・・さて、戻るか」

 

 どうせ、あの売女がこれから何か難癖を付けてくるに決まっている・・・と少しばかり億劫な思いを胸にしながら、ハベルは梯子に手を掛けてスムーズに滑り降りていく。

 

「すごいや、流石は剣の勇者様だ!」

 

「ありがとうございます、剣の勇者様。本当に何とお礼を申し上げれば良いか」

 

「ほら、フィーロ。ご褒美だぞー! いやいや、まさか俺もこんなところで役立つとは思わなんだ。それに今回の一番の功労者は俺ではなくフィーロ・・・・・・・・・あっ・・・」

 

 突如、ボフンッ! という大きな音がしたかと思えば、フィーロが不思議な煙に巻かれた。すぐさま煙は晴れたものの、中から姿を見せたのは、体型がまん丸となるほど羽毛が異常なまでに増量され、ずんぐりとした大きな個体であった。

 

「・・・・・・へ・・・?」

 

「ふ、不正よ! 盾のフィロリアルの正体がこんなデブ鳥なんて聞いてないわ!」

 

 歓声から一転、呆然とする皆を見計らってか、マインがここぞとばかりに仕掛けてくる。しかしその束の間、ドスンッ! と大きな地響きがマインの意識を逸らさせた。

 

 見ると、見張り台の梯子から手を滑らせて落下したハベルが地面に寝転がっていた。かと思えば、ハベルはすぐさま起き上がってはエスト瓶を呷り、そしてその重厚な岩鎧に相応しくない早さでソラールに駆け寄り、並々ならぬ剣幕で詰め寄っていった。

 

「貴公! フィーロに何をした!」

 

「ま、待ってくれハベル殿、俺は別に何も・・・」

 

「貴公! 先程のあっ・・・は、なんだ!」

 

「あ、あれはその・・・頑張ったフィーロにご褒美と思って・・・宿の主人から頂いたキメラの肉を・・・」

 

「貴公! あんな得体の知れぬ肉を与えたのか!」

 

「フィーロは肉類が特に好物であろう? 試しに俺も食べてみたが、腹を壊すような事は何もなかったし・・・・・・な?」

 

「・・・・・・貴公っ!!!」

 

「すまなかった!!!」

 

「ちょっと、こっちを無視しないでくれる!?」

 

 完全に蚊帳の外に置かれた次期女王が髪の色と同じくらい顔を真っ赤にして喚くが、ハベル等の耳には届いていなかった。誰かに無視される事を誰よりも不快に思う彼女は尚もがなり立てるが、そんな彼女の前に黒装束の者達が再度姿を現した。

 

「な、なによ!?」

 

「我らの監視の下、コース上にて魔法使用の痕跡がありました。不正は明らか、よって剣の勇者様の勝利とさせていただきます」

 

「・・・・・・それこそ、そこの盾の勇者がやったに違いないわ! おかしいじゃない、あいつはレースの時に姿がな―――」

 

「いえ、盾の勇者様の魔法適性は回復と炎の適性が、従者である亜人はラクーン種であるため光と闇の適性でございます。今回使われた魔法とは系統が違うのは明白です」

 

 黒装束の代表の言い分に何も言い返せないのか、マインは口をへの字に曲げて黙ってしまう。対して彼ら(彼女ら?)のやりとりを聞いたハベルは、黒装束の者達に対する警戒を一気に強めた。一体いつ、どこで我々の魔法適性を知ったというのか・・・少なくとも常日頃から監視されているとでも言うのだろうか・・・・・・。

 

「ハベル様! 一応連れては来ましたが、どうしましょうか?」

 

 更にたたみ掛けるように、一人の騎士を担いだラフタリアが村の奥から姿を現し、皆の前へと雑に放り投げた。言うまでもなく、不正を指示されて行っていた見張りの騎士だろう。放り出され、顔に大きな痣を作ったままぐで~っとしている彼を見たマインの表情を見れば、語るに落ちたも同然である。

 

「・・・分かりました! 今回は引き上げます。ですが、次もこうなるとは思わない事ね、盾の犯罪者! あら、そう言えばモトヤス様は?」

 

「・・・・・・ぬ?」

 

 マインに言われるまで気が付かなかったが、そう言えばもう一人のうるさいのがいなかったなと、ハベルはゴトッと首を傾げる。だが、縮こまっていたソラールが「あっ!」と声を挙げた先を見やると、そこには今更ゴールに辿り着いた満身創痍の騎竜と、不服な様子を全面に醸し出す元康の姿があった。

 

「モトヤス殿、お疲れ様だ。ひとまずこちらで話は付いた―――」

 

「クビだ!」

 

 ソラールの労いを遮り、元康は怒気を存分に含んだ声色で騎竜に告げる。一方、騎竜の方はそれどころではなく、疲れた身体を休ませようと四肢を伸ばして地べたにへばっていた。これを真剣みの無いものと捉えた元康は騎竜の固い鱗に包まれた胴部を蹴りあげ、更に騎竜へと声を張り上げる。

 

「おい! 分かってんのか! お前が言う事も聞かないで勝手なペースで走らなきゃ、ソラールに勝てたかも知れないんだぞ! 例え勝てなくったって、もっと良い勝負ができたかも知れないってのに! 主人の言う事を聞かない使役魔物なんていらねぇ! どこへでも好きに行っちまえ!」

 

「そうね、モトヤス様の言うとおりだわ。盾のフィロリアルもどきなんかに負ける役立たずはもう必要ないわね」

 

 敗れた腹いせか勝手に捲し立てる二人だが、騎竜にはもう抗議の唸りを上げる余裕もなかった。これから野生になって冒険者に狩られないようにするには何所が良いか、と先の事を考えてまでいた・・・その時であった。

 

「こら、モトヤス殿!」

 

「なん―――あでっ!?」

 

 溜息をついて呆れながら、ソラールは拳骨を槍の勇者の頭に落とした。確かに痛いが、明らかに加減が考えられた一撃・・・それはまるで、子どもを叱るときのしつけと同様のものだった。

 

「少し冷静になれ、モトヤス殿。貴公、乗馬の経験は何回だ? 正直に言ってみろ」

 

「・・・・・・二、三回だけど」

 

「そんなものだろうな。貴公はまだまだ素人。レース中に騎竜への気遣いをする余裕もなかったろう。ただ背中に乗って指示を飛ばしていただけではないのか?」

 

「・・・でも指示に従ってさえいれば」

 

「素人のか? 貴公よりも走りの経験のある騎竜が、貴公の指示を聞くと思うか?」

 

「・・・で、でもよぉ」

 

「ハッキリ言うが、このドラゴンは騎手の力も借りずによくやったぞ。貴公を勝たせようと必死に食らいついて来た。それこそ、仲の悪いフィロリアルにぶつかりにいくような乱暴な行いをせず、真正面からレースに向かっていった。褒めてやらねばあんまりだろう?」

 

 そう言って、ソラールは疲れ果てている騎竜の口に緑花草を当てて食べさせる。独特の苦みに顔を歪めつつ、身体からスッと一瞬にして疲労が抜け落ちていく。今まで経験したことのない現象、そして何故争った相手に施しを・・・と様々な驚きを自らの内で消化できず、心底困惑した表情を浮かべてソラールの方を見つめていた。

 

「・・・なんでだよ」

 

 そして、別の意味で困惑する者がもう一人。

 

「なあ、ソラール。あんたと俺は同じ四聖勇者だろ。なんで犯罪者のハベルや、たかが使役用の魔物共をそんなに認めるんだよ。何があんたをそこまで贔屓させるんだ」

 

「・・・貴公、対等な立場と思っているからこそ物を申すのではないか。貴公の従者と同じように、自分の考えを持たずに貴公を賞賛するだけの存在など御免被る。今の貴公は自分の思い通りに事が進まず、ダダをこねる子供と変わりない。そんな貴公に変わって欲しいからこそ―――」

 

「おい、今俺の仲間の事をなんて言った?」

 

 純粋に困惑に包まれていた元康の雰囲気が、ソラールの一言が引き金となり変化した。雲行きが怪しくなり、皆は見守りに徹している。

 

「対等な立場って言っておきながら、俺を子供扱いか? あんたに俺の何が分かる! 俺の仲間の、マインの一体何が分かるってんだ!」

 

「分からぬ奴だ! 貴公の従者は端からキタムラ・モトヤスの事など見てはいない!」

 

「うるさい! どうせ俺はガキさ。戦いも何も経験していない、あんたとは違うただの一般人だった。でもこれからは違う。俺は四聖勇者の槍として、メルロマルクに貢献してみせる。俺の信じる仲間達と共にな! あんたは勝手にヒーローごっこでもしてれば良いさ」

 

 もはや何を言っても通じはしない。自分を信じてくれるかけがえのない仲間を馬鹿にされたと感じる元康には、ソラールの声が届く事はなかった。

 

 「いくぞ!」と語気を荒くして、元康は騎士隊を引き連れて出て行ってしまう。槍の従者達全員に舌を眺められながら、残された者達は彼らの背を見送るほかなかった。

 

 

 

 

 

 一騒動あった魔物レースが幕を引き、村の皆と復興記念のパーティを楽しんでから大分時間が経った。深夜零時を過ぎ、ソラールは一人眠ることなく外の風に当たっていた。まだ亡者と化していない不死人である彼に、睡眠は必ずしも必要という訳ではないが・・・・・・どうにもぱっとしないソラールの背中を、バシンッと叩いて活を入れる者がいた。

 

「ッ! ハベル殿・・・」

 

 睡眠を取る事のできないハベルは、その手に持っていた二本の酒瓶のうち一本をソラールに手渡した。

 

「ラフタリアには内緒だぞ、こんな夜分から飲み始めていては叱られてしまうからな」

 

 岩鎧に身を包みながら、口元に指を一本立てて言うハベルの姿にソラールは思わず笑みが浮かんでしまう。

 

「貴公も変わったな、最初と比べると大分人間性を取り戻してきたと見える」

 

「・・・変わらざるをえんだろう。忌まわしく唾棄されるべき亡者である私が、こうもまるで人のように扱われれば・・・・・・もとより何も残っていない空の身だ。いやでも人間性が溜まっていく一方だ」

 

 そういうと、彼は酒瓶を一気に呷りグビグビと音を立てながら飲んでいく。だが、ソラールは酒に手をつけず、また表情が曇ってしまった。いつものバケツヘルムを外した彼は、いつもの朗らかさも一緒に外してしまったかのようだ。

 

「・・・貴公、いつまでしょぼくれているつもりだ。これで分かっただろう。これからもあのバカは、貴公の太陽など見ようとはせん・・・そんな顔をしていては村の皆を心配させるだけだ」

 

「・・・分かっては、いるのだがな・・・」

 

「・・・貴公、何故そこまで彼奴に入れ込む?」

 

「・・・どことなく似ていると感じてな。昔の俺と」

 

「・・・・・・彼奴がか?」

 

「他人の話を聞かぬ所などそっくりであろう。俺はこの世界に来る前でさえ、頑なに他人を頼りはしなかった。その他人には、いつでも困ったときがあれば俺を頼れと言うくせにな・・・・・・あのままでは、モトヤス殿は破滅するやもしれん。どんな形であってもな・・・」

 

 その身が滅びるか、心が朽ちるか・・・どちらにせよ、ソラールは彼の身を案じていた。ロードランにて希望を失い、朽ち果てようとした自分自身と重なってしまうのだろう。

 

「・・・一度破滅せねば分からぬかもな?」

 

「なっ!? は、ハベル殿?!」

 

「・・・自らと重ねるのであれば、尚更貴公が何を言ってもモトヤスには届かんよ。一度・・・いや、何度か痛い目を見なければどうにもならんだろう。貴公がそうであったようにな・・・太陽の信徒・ソラール」

 

 ハベルの言を受けたソラールはしばらく呆けると、フッとまた笑みを浮かべた。

 

「・・・・・・なるほど、貴公は『俺』を殺したのだったな。どうにも、貴公の言葉には説得力がある」

 

 そう言い切ると、ソラールは手元の酒瓶をグイッと勢いよく呷った。プハッと息を吐く彼は、すっかりいつもの太陽のような彼であった。

 

「・・・そう言えば、貴公はこれから一人でどうするつもりだ。明日此処を発つのだろう?」

 

「そのことだが、じつはな・・・・・・おっと、噂をすれば」

 

 「なに?」と再度問うハベルだが、明るい顔を向けるソラールが振り返るのを見て、同じ方へと目線を向ける。すると、馬小屋で休んでいたはずの騎竜が恐る恐るソラールの元へと近付いてきた。夜中まで起きていたのを見かねて心配したのだろうか。ソラールが手招きすると、騎竜は顔を綻ばせながら彼の下へと寄っていった。

 

 なんでも元康達が置いていった騎竜だが、まさか野に放つわけにもいかず一旦リユート村で預かる事となっていた・・・のだが、一人旅と聞いた村長が旅のお供にどうだろう? 彼にと提案したわけだ。

 

 もとより騎竜の走りを見て気に掛けていたソラールはこれを了承し、騎竜の方も既に彼へと懐いていたため、新たな主従関係はハベル等の知らぬ間に結ばれていたという。

 

「・・・フィーロは良い顔をせんだろうな。彼女に嫌われても私は知らんぞ?」

 

「むむ・・・そこまでは考えが及ばなかったな。どうにか分かってくれる事を祈るとしよう・・・そういう貴公はどうするのだ?」

 

「私は・・・とりあえず奴隷商のもとへ向かおうと思う。魔物の知識ならば奴の方があるからな。それからは・・・また冒険者のように依頼をこなしていく。波までまだ時間はあるだろうしな」

 

「おお、貴公も一度戻るか。俺もエルハルトの所に装備を取りに戻らねばならんから、道中までは一緒だな」

 

 例え国からの報酬が半分であれ、災厄の波に備えて実戦を積み、各々の実力を高めていく必要がある。新しく仲間に加わるフィーロに今一番必要なのは、実戦での空気や経験である。それに、今の不死人等に与えられし使命は勇者だ。勇者は人々のために動くのが使命というものである。

 

「・・・しかし・・・不死の勇者か・・・今となっては思い出したくもないが、どことなく懐かしい気分だな」

 

「あの頃とは意味合いもやり甲斐も違うだろう。この呪い(不死)が誰かの役に立つのであれば、喜んで使命に身を捧げようではないか」

 

 ソラールが身を寄せてくる騎竜を撫でつつ酒瓶を傾けると、ハベルもそれに応えて軽く傾ける。軽くぶつかり合い、カチンッと心地の良い音を鳴らした後、二人は揃って酒を飲み干すのであった。

 




フロムやった事無い友達に隻狼とダークソウルⅢやらせたら自分よりクリアの時間早くて上手いのは何でなの・・・格ゲープレイヤーって本当に恐ろしい・・・。


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EP21 フィロリアル・クイーン

ブラボ買った例の格ゲーフレンズがやーなむちほーを旅して一番強かったのは聖職者の獣だとほざきやがりました。ざっっっっk・・・とマウントとろうと思ったら一周クリアしての感想でした。私は黙ってDLC購入後の二周目を勧めましたとさ・・・・・・


 慌ただしかった魔物レース事件の翌日、村の復興を見届け出発を決めた剣と盾の勇者一行。そのため、リユート村の住民がこぞって見送りをしようと、早朝から村の入り口に集合する。

 

 出発の際、村長から幾度となく村を救って貰った礼として、剣の勇者にはお金の足しにとリユート村産の鉱石をいくらか、盾の勇者には四輪箱型の使い古された馬車が贈呈される。こんな物しかありませんが・・・と村長は口にするが、前の世界では人々から罵詈雑言しか貰い受けてこなかった不死人等からすれば、とんでもない話である。

 

 中でも種族的に馬車を引く事を本能としているフィーロは、彼女専用の馬車を持てる事により、不死人以上に喜びを見せていた。

 

 だが、そうそう嬉しいことばかりが続くはずも無く・・・。これからずっと一緒にいると思っていたソラールが、これからは自分たちとは別々に旅をするという事と、よりにもよってあの騎竜が彼に同行する事が分かると、飛び上がっていたはずが途端に目に見えて落ち込んでしまう。

 

 ハベルとて、できることなら同郷であるソラールと共に旅ができればどれほど心強いか、と思う。だが、勇者同士によるパーティの編成は禁忌とされている以上、仕方のないことなのだ。

 

 その時である。彼女のそんな様子を見た騎竜がフフンッと鼻を鳴らして得意げな表情を見せたため、怒りに燃えたフィーロが飛びかかり、取っ組み合いの喧嘩が勃発してしまう。

 

 馬よりも一回り以上も大きな騎竜、そしてその騎竜とほぼ同等の体格になってしまったフィーロの喧嘩は全員の目に留まるほど迫力があり、倒れるまで気が済まないという気迫が双方から感じとられた。

 

 喧嘩は長引き、勇者一行が村人全員に挨拶を済ませていざ出発と言うところまで続いた、その時である。出発の妨げとなるまで発展した二匹の喧嘩に如何した物かと首を傾げる勇者二人を見かねてか、遂にラフタリアの雷が二匹に落ちた。

 

「二人とも、いい加減にしなさいッ!!!」

 

「「ッッ!?!?」」

 

 普段の温厚な彼女からは考えられないほど大きな怒声が,まるで落雷の如き衝撃を与えた。たちまち二匹は離れ、彼女の放つ気迫に当てられてかその場で『お座り』のような体勢を取っている。そんな体勢でもラフタリアより遙かに大きな体格を誇る二匹であったが、普段から勇者と共にフィーロの面倒を見ていた彼女にとって、恐れを抱く事などあろうはずもない。

 

 ・・・・・・実際にはこの中で一番年を食っているのは騎竜であったが、新しい主人の目もある以上、今この場でラフタリアの説教に抗うほど愚かではなかった。

 

 最後の最後まで騒がしかったが、リユート村の皆に快く見送られながら、剣と盾の勇者一行は揃って村を発っていく。

 

 道中、二匹は王都に向かう最中に睨み合う事はあれど手を出す事は一切無くなった。確かに彼女の説教が効いたのもそうだろうが、フィーロは専用の馬車を引いている内に、騎竜は新たな主人を背中に乗せている内に、つまらない啀み合いなどどうでも良くなったのだろう。

 

 そんな平和で快適な調子を維持しつつ、メルロマルクの城下町へ難なく辿り着く。二匹は疲れた様子もなく、ペースを落とさなかった為、想定よりも早い到着に二人の勇者は感動を覚えていた。これからの行動範囲が圧倒的に広げられることに感嘆しつつ、勇者達はそれぞれの目的地へと足を向けた。

 

「ではな! ハベル殿、ラフタリア殿、そしてフィーロ。誰一人欠ける事無く、また会おうではないか!」

 

「はい! ソラール様、今回も本当に助かりました。これからもどうかお気を付けて」

 

「クア~~クア~~」

 

 やはり一時とは言え別れは辛いのだろう。よりにもよってドラゴンと旅をするソラールに様々な感情をぶつけるように、フィーロは悲しげな様子で彼にすり寄っていく。

 

「・・・こらフィーロ、ソラールが困っているぞ?」

 

「クアッ!? クゥゥー・・・」

 

 一応ハベルが注意をすると、ハッとした表情を見せたフィーロは今度は悔しげにハベルやラフタリアの方へと身を寄せてきた。ふわふわの羽毛に埋まりながら彼女を宥める二人を見て、ソラールは確信をもって頷く。ラフタリアとハベルなら心配なくフィーロを育てる事ができると。

 

「ずっとお別れ、という訳ではないのだ。近々また会えるさ。それまでハベル殿とラフタリア殿を頼んだぞ? フィーロ。・・・ではまたな! 貴公等に太陽の導きがあらん事を!」

 

 そう口にしたソラールは最後にフィーロを一撫でしてから、武器屋の方へと騎竜に跨がって行ってしまった。その後ろ姿をフィーロは最後まで潤んだ目で見送っていた。

 

 見た目は成体以上に成長しても、彼女はまだ生まれてから一週間だ。魔物の成熟速度は知らないが、初めての親しき者との別れというのは予想以上に辛かったのだろう。だが、いつまでもこのままというわけにはいかない。

 

「・・・・・・さあ、奴隷商のもとへ行くぞ」

 

「フィーロ、次に会ったときにはもっと良い子になって、ソラール様をビックリさせましょう。ね?」

 

「ッ! クアッ!」

 

 ラフタリアの言うとおりである。『頼んだぞ?』という彼の最後の言葉を思い出し、フィーロはハベルの指示した方向、薄暗い路地裏へと馬車を引いていくのであった。

 

 

 

「これはこれは盾の勇者様。よくぞおいでにっ!?」

 

 いつもの如く燕尾服を着込み、ニヤニヤと余裕たっぷりな表情で近付く奴隷商。だが、ハベルが連れているドデカい鳥型の魔物を一瞥すると、途端にその表情が固まってしまった。何か思い当たる節でもあるのだろうか? 脂汗まみれの顔にモノクルを付け直し、フィーロに近付いてはブツブツと小さな声で呟いている。

 

「まさか・・・いやはや・・・こんなことが・・・・・・」

 

「・・・貴公から買った魔物の卵から孵ったのだが、どうやら心当たりがあるみたいだな?」

 

「ええ・・・まあ、しかし、こんなことが・・・・・・この魔物は生まれたときからこのようなお姿で?」

 

「・・・いや。孵ったときはフィロリアルであったが、昨日災厄の波から出現した魔物の肉を摂取してな。・・・こうなったばかりだ」

 

「・・・・・・なるほどなるほど・・・グッフフフフ! いやぁ、私ぞくぞくしてきましたぞぉ!!」

 

 何か確信に至ったのか、奴隷商は態度を一変させたかと思えば、興奮して目をぎらつかせていた。そんな目線を向けられるフィーロは堪ったものではなく、嫌悪感を感じるとすぐにハベルとラフタリアの後ろへ隠れてしまう。尤も彼女の巨体では隠れる場所など何所にもないのだが・・・・・・。

 

「とは言え、勇者様。原因が定かではない今、こちらの方で一日預からせてはいただけないでしょうか? こういったモノには何分時間が必要ですので」

 

「・・・・・・手荒なマネはせんだろうな?」

 

「とんでもございません。お客様の・・・ましてや勇者様のモノに傷を付けるなどと。何より店の信用にも関わります故」

 

「・・・・・・ぬぅ・・・・・・分かった。任せよう」

 

「クェッ!? クエェェッ!?」

 

 まさかまさかの同意にフィーロは酷く驚き、優しく宥めていたラフタリアの手をバサバサと振り払ってまで抗議の鳴き声を上げる。しかし、ハベルが答えを変更する事はなかった。

 

 確かに何をされるか分かったものではないが、もし今の状態がフィーロにとって有害な事象であるならば、早急に原因や対処を調べる必要がある。それが可能なのは、ハベルの人脈では奴隷商しか居ないというのが現状だ。

 

 これもフィーロのため・・・そんな思いを胸にしながら、ハベルは尚も抗議を続けるフィーロに手を当てた。

 

「クエ~ッ! クエ~ッ!」

 

「・・・フィーロ、どうか一日だけ我慢してくれ。私とラフタリアは、お前の身体の事に詳しくはない。故に、何かあってからでは遅いのだ・・・・・・明日になれば必ず迎えに来る。だから、一日だけ頼まれてはくれないか?」

 

「フィーロ、私からもお願い。ハベル様も私も、あなたの事が心配だから・・・だから悪いところが無いか見て貰った方が良いの。あなたを大事に思う気持ちに変わりはないわ、だから・・・お願い」

 

「・・・クゥゥゥ・・・・・・・」

 

 二人の想いが通じたのか、フィーロは渋々といった様子で同意を示した。その後は、いつの間にか店の奥から出てきた筋肉隆々な二人組に誘導され、大人しく檻の中へと入っていく。しかし、やはり寂しいのか。フィーロは青い瞳を潤ませながら、懇願するかのような目線を二人に向け続けていた。

 

「・・・明日には必ず分かるのだろうな?」

 

「ええ、それは勿論でございます。明日の同じ時間に来ていただければすぐにでも」

 

「フィーロはまだ生まれたばっかりなんですからね! くれぐれも乱暴な事はしないで下さいよ!」

 

「分かっておりますって。あなたも私の商品だったのですから、そこら辺は承知してるでしょう?」

 

 念入りに釘を刺してから、盾の勇者と従者は店を出ようと背を向けた。だが、二人の姿が段々と遠ざかっていくその光景は、フィーロにとってはとてつもない苦痛であった。一歩、また一歩と遠ざかっていくその一瞬で、フィーロの心に不安が積もっていく。その不安が彼女の自制を超えてしまうのに、時間は掛からなかった。

 

「クエェーーーーッ!! クエェーーーーッ!!」

 

 檻をがたがたと揺らしながら、彼女の苦痛に満ちた叫び声が店中に響き渡った。声を聞いたラフタリアは足を止めるも、ハベルに手を引かれてしまう。

 

「ハベル様・・・」

 

「・・・仕方がなかろう、我々ではどうする事もできんのだ」

 

「それはそうですが・・・なんだか心苦しいです・・・」

 

「・・・そうは言ってもな・・・今のフィーロには必要な事なのだ」

 

 まるで自分に言い聞かせるように呟き、ハベルが店を出ようとしたその時である。先程まで響いていたフィーロの声と檻を鳴らす音が、ピタリと不自然なまでに止んだ。奴隷商が興奮を落ち着かせる何らかの手段を執ったのだろうか? 

 

 念のため、あくまで確認のために顔をチラリと向けると、檻の中に居るはずのフィーロの巨体が消えていた。代わりに二人の視線の先に映ったのは、光沢を放つ艶やかなロングの銀髪に、透き通るような青い瞳、雪のように純白な羽が背中に生えた、一糸まとわぬ姿の幼き少女であった。どこからか現れた彼女は涙を流しながら格子の間から手を伸ばし、口をぱくぱくと動かしていた。

 

「・・・ぱ・・・・ぱ・・・・ぱぱ・・・・たす・・・け・・・て・・・・・・」

 

 フィロリアルの叫び声よりも遙かに小さくて掠れた声だが、不思議と二人の耳にはしっかりと届いていた。刹那、ラフタリアがハベルの方を向いたときには、彼は既にその手へ『黒騎士の大剣』を握りしめ、奴隷商の制止も聞かずに少女が入った檻に振り下ろしていた。

 

 

 

 

 

「悪いなお客さん。もう今日は店仕舞いだ・・・て、盾のあんちゃんじゃねえか。どうした、こんな飯時に?」

 

 日が微かに顔を出している夕暮れの時間帯、仕込みやら鍛冶作業やらでエルハルトは早めに店を閉め、今まさに夕食を頂こうとしたその矢先だ。入り口の扉がノックされて出てみると、姿を現したのはこの武具屋のお得意様である盾の勇者と従者、そしてハベルに与えたはずのマントを羽織った見慣れぬ銀髪の少女であった。

 

「ソラールの奴ならもうとっくに町を出た頃だと思うぞ?」

 

「・・・用があるのは貴公だ・・・無理を承知で頼みたいのだが・・・今よろしいか?」

 

「あんちゃんが頼み事だぁ? ったく! とりあえず入りな」

 

「・・・すまない」

 

 エルハルトの好意に甘える形となり、申し訳なさげにハベルとラフタリアはお邪魔する。一方、少女はトテトテと遠慮の無い足取りで店の中に入ると、奥から漂う美味しそうな香りに鼻をひくつかせていた。

 

「ぱぱー、いいにおいがする~」

 

「・・・パパ? ブフッ! あんちゃんがか? クックック・・・」

 

「・・・・・・ぬぅ」

 

「親父さん! そんな吹き出さなくても良いじゃありませんか!」

 

「だってよ、盾のあんちゃんがパパって・・・ククク・・・」

 

 ラフタリアが注意するも、エルハルトから笑みが収まる気配は無かった。ついこの間まで生きているか死んでいるかも分からなかったような無機質な男が、いきなり舌足らずな幼子に父親認定されているのだ。これで笑うなという方が、無理があるものである。

 

「ままー、おなかすいたー」

 

「えっ!? さっき出店で食べた分じゃ足りなかったの? すいませんハベル様、私何か買ってきます」

 

「いいよ、嬢ちゃん。せっかくだからうちで飯でも食ってくか? たった今シチューが煮えたところだ」

 

「えっ! いいのー?」

 

「良いって事よ。先に食べてて良いぞ? 俺はパパとママに話があるからな」

 

「おやじさんありがとう! わーい!」

 

 少女は長い銀髪を揺らしながら、ご飯を求め元気な足取りで駆けていく。彼女の様子をだらしなく頬を緩めて見守るエルハルトであったが、ハベルやラフタリアのジトッとした視線に気が付くと、すぐさま表情を引き締めて向き合った。

 

「・・・貴公、夕食の件だが―――」

 

「心配すんな。あんちゃんと嬢ちゃんの分もちゃんと作ってやるっての」

 

「そんな、まるで私達が食いしん坊みたいに―――」

 

「そんな事より、用があってきたんだろ? 大方、あの子のことだってのは予想が付く。良い奴隷を買えたからってわざわざ自慢しに来たわけじゃ無いだろ?」

 

 エルハルトは、ハベルが良い意味でも悪い意味でも、そんな無駄なことはしない男だというのはなんとなく分かっていた。まさかとは思うが、この店に初めて顔を店に来たラフタリアのように使命の覚悟とかの修羅場をくぐらせるのか、はたまた鍛冶職人である自分に手に負えるような用件なのかを確かめる必要があったのだ。

 

「・・・・・・実はな」

 

「・・・・・・実は?」

 

「変身しても破れない服を探している・・・できれば魔物用の」

 

「・・・・・・は? 何だそりゃ」

 

「奴隷商の方から聞いたのですが、変身する種族のための服が存在する、と。何か心当たりはありませんか?」

 

「・・・へ? 嬢ちゃんもか?」

 

 予想だにしない彼らの注文に、エルハルトの口から気の抜けた声が漏れる。二人の様子からして巫山戯ているという事は無いのだろうが、エルハルトはその必要性を感じることができず首を傾げるばかり。まさかと思いつつ、「一体誰が着るってんだ?」と一応口にするも、二人は彼の予想通り店の奥へと顔を向けた。

 

「おいおい、あの子が魔物だって?! 人に化けられる魔物なんざ聞いたことないぜ。何かの冗談か、それか二人とも騙されてんじゃ・・・・・・」

 

 問題の少女の方へと視線を移した途端、エルハルトの言葉が潰えた。火に掛けていた熱々のシチュー鍋を年端もいかぬ少女が素手で持ち上げ、中身のシチューをゴクゴクと全部飲み干していたのだ。ちなみに先にテーブルへと並べていた前菜も綺麗さっぱり片付けられ、結果的に彼の用意した夕食は全て少女の腹の中である。

 

「ぷは~! おいしかった~!」

 

「お、俺の飯が・・・全部・・・一体全体何がどうなって・・・」

 

「・・・・・・・~~~っ!」

 

「・・・あ~、何か買ってくるとしよう」

 

 彼にとってはよほど衝撃的な映像だったのか、「しかも今回のは自信作だったのに・・・」と困惑気味に呟きながら崩れ落ちるエルトハルト。その横には、ワナワナと黙って震えるラフタリア。自身の従者の様子を目にしたハベルは、こそっと露店へと一人足を向ける。

 

「コラーッ! フィーロ!」

 

 ハベルが扉を閉めた瞬間、ラフタリアの愛の雷が武具屋へと落っこちるのであった。

 

 

 

 

「それで、最初から説明して貰おうか、あんちゃん」

 

 近くの露店でハベルが買ってきたベーコンサンドを頬張りながら、エルハルトは盾の勇者を鋭い眼差しで睨み付けている。片や向こうでフィーロはちょこんと椅子に座り、リユート村にいた頃のようにラフタリアの説教を大人しく聞いていた。

 

 もっとも、あの時とは違って意思疎通ができるようになった所為か、時折「まま、なんで?」と質問を投げかけ、ラフタリアは冷静に答えている。感情的な物言いは最初の一声だけで済んだようで、後は何が悪かったかを分からせるような彼女の叱り方を聞いていると、彼女の両親がどれほど人格者であったかが窺えてくる。

 

「・・・あんちゃん、嬢ちゃんの母親加減を観察しているとこ悪いんだが・・・」

 

「ぬ? ・・・ああ、すまない。フィーロのことであったか」

 

「そうだ。あの子は一体何なんだ! さっきも言ったが、人間に化けられる魔物なんて、生まれてこの方見たことがないぜ!」

 

「・・・貴公、フィロリアル・クイーンというのに聞き覚えはないか?」

 

 フィロリアル・クイーン・・・・・・その名の通りフィロリアルには王や女王と呼ばれる群れの主がおり、人の言葉を理解し発声が可能な他、個体によっては魔力や変身能力に長けている。もっともその生態の多くは謎に包まれており、普通の個体に紛れて人目をかいくぐる術を持つ、そもそも人前に姿を現さない等、様々な諸説がある。これらの知識は奴隷商から聞いたものだが、その奴隷商でさえも本物を実際に目にしたことはないという。

 

「マジかよ・・・フィロリアルの王なんて御伽噺かなんかだと思ってたぜ」

 

「では貴公、実際に見てみるか?」

 

 ちなみにだが、先程の光景のように人間の形態へと変身した後も、彼女が感じる感覚は魔物のソレと変わりない。筋力、持久力、体力など、優に人間のソレを凌駕していた。

 

「・・・もっとも、フィーロ自身は馬車を引く時以外はできるだけ変身したくは無いと言っているがな」

 

「あぁ? なんで・・・って・・・そういうことか」

 

 エルハルトはハベルとラフタリアがパパ・ママと呼ばれていたことを思い出すと、察してそれ以上は問わなかった。二人との距離を縮めることができるのは、姿だけとはいえ魔物と人間であれば、答えは明白である。

 

 端から見ても、彼らの関係性はもはや主従のソレを超えているようにエルハルトは思えた。使役魔物に対する適切な距離かと問われればなんとも言えないが、ソレは他人が口を挟む問題ではないのだろう。

 

 事実、奴隷商の下で調べを進めていた時のこと、ハベルは使役用の魔物に推奨される誓約の魔物紋をフィーロに入れることは無かった。クイーンへと変貌を遂げたフィーロは呪いに対する耐性ができたのか、生まれたときの魔物紋が消えてしまっていたのだ。紋の更新には、より高度の魔物紋を入れる必要があった為、「檻の弁償も込みでお安くしますよ?」と奴隷商に言われたが、ハベルは黙って首を振り、壊した檻の代金だけを支払った。

 

 高度な呪いは自然と罰則の痛みが強くなり、使役する魔物の自由を奪うもの。もとより奴隷制度を快く思っていなかったハベルにとって、それは考えるまでも無かった。

 

「それであの子の為に服をねぇ・・・確かにずっとあんちゃんのマントを着せておく訳にはいかねえよなぁ」

 

「それで貴公・・・頼めるか?」

 

「うちじゃあ無理だ。残念ながら俺は鍛冶師でな。けど、魔法屋の婆さんなら分かるかも知れねえ」

 

「・・・あの魔女がか?」

 

「魔法とか変身とか、そういう奇っ怪なのは総じてあの婆さんの方が詳しいからなぁ。俺も魔力付与の武器を造る際に、よく相談に乗ってもらってんだ。今日はもう遅いから、明日になったら行ってみな」

 

「なるほど・・・すまない貴公。助かった」

 

「良いって事よ」

 

 鼻の下を擦りながら、エルハルトはそう口にする。すっかりと素直に礼を述べるようになった盾の勇者にしみじみとしていると、突然ズボンの裾をクイッと引っ張られた。目線を下に向けると、青い瞳に涙を溜めておどおどとしたフィーロが彼を見上げていた。先程のハベルの話を聞いてしまったエルハルトは、無意識のうちに身構えてしまう。

 

「・・・ん? どうした?」

 

「あ、あの、その・・・・・・おやじさんのぶんまでたべちゃって・・・ごめんなさい」

 

 ああ、なんだ・・・と彼は肩の荷を降ろした。フィロリアルの女王とは言っても、許して貰えるか不安を抱く今の彼女はまだほんの子供と変わりないのだ、と。

 

「ああ、良いよ。ちゃんとごめんなさいが言える良い子だな、フィーロは。俺のシチューは美味かったか?」

 

「うんっ! おいしかった!」

 

「そうかそうか、これからもママの言う事はきちんと聞くんだぞ」

 

 「はーい!」と元気よく返事をするフィーロの頭を撫でながら、「すみません」とラフタリアは彼に礼を言う。すっかり打ち解けた様子を確認したハベルは、こちらの用件が済んだことも踏まえ、そろそろ宿屋へ向かうことを彼女らに告げた。

 

「おやじさん、ばいばーい!」

 

「おう。そうだ、嬢ちゃん。絶対その子をあんちゃんに似せるんじゃねえぞ?」

 

「なっ!? し、失礼ですよ、親父さん!」

 

「・・・いや、それは私も心配していたところだ」

 

「ハベル様!?」

 

 「何を仰ってるんですか!」「ぬう・・・しかしだな・・・」「ぱぱ、まま、なんのことー?」と最後まで騒がしいまま、彼らは店を後にする。店に一人残ったエルハルトは、俺も身を固めた方が良いかもな、と今まで思ったことも無い事を口走りつつ、自前の工房へと足を運んでいくのであった。

 




お前がパパになるんだよっ!!

フィーロの姿はダクソを基準とした作者の趣味ですorz

金髪碧眼の活発な天使はやっぱり尚文の所じゃないと! と思ったが故の所存でございます(言い訳)

それはそうと異世界カルテットに盾の勇者一行が参戦しましたね! 盾の勇者ロスだったこの身にあ~染み渡るんじゃ~。尚文もあの世界だったら心安らぐ・・・いや、そんなこともないか・・・。(新たな突っ込み要員として)



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EP22 彼らの関係

ブラボトロコンしてました。感想欄に狩人様(新大陸含む)が多数出現したのが悪い(責任転嫁)。


「あらあら、まあまあ・・・!」

 

 エルハルトから盾の勇者を頼むと連絡があった為、開店してからすぐに店の外で彼らを待っていた時のこと。程なくしてから通行人が所々でざわつき始めた大通りを見やると、一行の姿は遠目からでもよく分かった。

 

 王都で知らぬ者は居ないハベルの重厚な岩鎧もそうだが、より一層目を引くのは赤茶色のマントをたなびかせながら楽しそうに馬車を引いている、一際大きなフィロリアルであった。

 

 ある程度の事情は彼から聞いていたものの、長い年月を生きてきた魔女でもあれほど大きなフィロリアルは見たことがなかった。まさにクイーンの名に相応しい、御伽噺の中でしか語られることのない希少な魔物を見た魔女は、年甲斐も無く胸を弾ませていた。盾の勇者一行が魔法屋の脇に馬車を停車させると、魔女は真っ直ぐにフィーロへと向かっていく。

 

「エルハルトからあらかたの事情は聞いていたけど、まさかこんなに立派だとはねぇ・・・」

 

「ふぃーろってりっぱなのー?」

 

「あらまあ!? 会話もできるのかい!? こりゃ長生きするもんだねえ」

 

 晴れやかに顔を綻ばせながら、魔女は愛おしげにフィーロの身体を撫でる。職業柄、魔物慣れしていた魔女の手つきに堪らず彼女も気持ち良さげにその身を任せていた。

 

 魔物の姿でも声は人間の時と変わらぬ為、始めはなんとも言いがたい違和感があった。だが、思い返してもみれば口達者な蛇や白猫、乳母を務めていた茸なんて奇々怪々な者達を見てきたハベルであった。なんだかんだ言っても、従者よりもその変化に早く適応していたりする。

 

 だが、こうして民衆の目を集めた状態で何時までも店の前で戯れているわけにもいかない。ハベルは軽く咳払いをすると「あらやだ、私ったら」と我に返った魔女はフィーロから離れ、『閉店』と札が下げられている店のドアを開けた。

 

 そして店の中へと足を運ぼうとした瞬間、フィーロはボフン! と不思議な音をたてて人間へと形態を変化させる。周囲の目など気にせずに行ったものだから、自然と注目が更に集まる最中、ハベルとラフタリアはあたふたとフィーロを連れて店へと入っていった。

 

「もう! フィーロ、今のあなたは裸なんだから、むやみに人前で変身したらダメでしょ」

 

「あー! そうだった! きのう、ままがねるまえにおしえてくれたよね?」

 

「そうそう。念のため、一緒に確認しましょうか」

 

「うん! せーの」

 

「「人前(ひとまえ)(はだか)()ずかしい」」

 

「ちゃんと覚えていて偉いわ、フィーロ。次からは気をつけてね?」

 

「うん! わかった!」

 

「あらあら、まあまあ、もうすっかりお母さんね」

 

 ドアのまえで繰り広げられたなんとも微笑ましいやりとりに、先程から笑みが絶えずにいた魔女は明るい声色でハベルに語りかける。

 

「・・・・・・うむ、そうだな」

 

「心配しなくても、あなたもきっと良いお父さんになれるわよ」

 

「・・・ぬぅ・・・そんな事よりも貴公、本題に入るとしようか・・・わざわざ店を閉めてまでの案があるのだろう?」

 

 その手の話題を得意とはしていないのか、ハベルは無理にでも話の方向を変えようとしていた。なんとも不器用な彼にクスッとしながらも、魔女は戸棚からある物を取り出した。カウンターに置かれたソレは、誰がどう見ても木製の古びた糸巻き機であった。

 

「もともと変身っていうのはね、私のような魔女や一部の亜人達・・・要は魔力の扱いに長けた者達が身につけた魔術なんだよ。だから服も普通の人達とは根本的に違ってね。変身後に元に戻る服は、本人の魔力を抽出して紡いだ糸でしか作れないんだよ」

 

「・・・その糸を精製する道具がこれか?」

 

「そうだよ。魔物の時は魔力になって身体の中を循環し、人間の時には服の形を成す。便利なもんだろう? ただねぇ・・・・・・」

 

 途端に都合の悪そうな声色へと変化し、魔女は伏し目がちに糸巻き機の方を見つめた。どうやらここからが問題のようだ。

 

「道具自体はまだ動くんだけど、魔力を抽出するために必要な濃い魔法石が無いんだよ。困ってるのはそれさ。ウチにある物じゃ、とても勇者様が満足できるようなのは作れないねえ・・・」

 

「普通の魔法石では何がダメなのですか?」

 

「普通だからダメなのよ。さっき撫でたときに感じたフィーロちゃん自身の魔力は、あなた達二人分の魔力を超えているわ。普通の魔法石を介して糸を抽出しても、どうやったって足りないの」

 

 そ、そんなに!? と驚きの余り大声を上げてしまうラフタリアだが、思い返してみればフィーロはフィロリアルの女王様なのだ。物語でしか語られることのない魔物が・・・何より人に化けられる彼女が普通であるはずはない。例え火継ぎの旅を終えた者だろうが、魔術師じゃないハベルの魔力を優に越していたとしても何ら不思議では無い。伝説とは、かくあるべきものである。

 

「・・・ふぃーろ、わるいこなの?」

 

 ・・・・・・例え本人にその自覚が無くとも。

 

「わっ!? だ、大丈夫よフィーロ」

 

「でも、ふぃーろのせいで、おようふくができないんでしょ・・・」

 

「フィーロが悪いわけじゃ無いのよ。ね、ハベル様?」

 

「・・・う、うむ・・・貴公、当てはあるのだろう?」

 

 話の内容を全て理解することができなかったフィーロは、何を思ったか自分が悪いという結論に至ったらしく、目に見えてしょぼくれてしまっていた。たまらず助け船を求める視線がハベルから向けられると、魔女はまたクスッと笑みを浮かべる。

 

「勿論、質の良い魔法石が手に入る場所なら見当が付いているわ。でもねぇ・・・最初の波の影響からか厄介な魔物が住み着いたって採掘場の管理者から聞いてねえ。何人か冒険者を雇ったらしいのだけれど、結果はあんまりだったみたい」

 

「・・・そこで、我々の出番というわけか」

 

「そういうこと。あの採掘場を取り戻すことができれば、私達の他に同業の人達も凄く助かるの。案内係として私も付いていくわ。頼りにしているわね、盾の勇者様」

 

 魔女から提示された依頼に、ハベル等は二つ返事で請け負った。だが、ここで気になる事が一つ。

 

「・・・貴公も来るのか?」

 

「あら、これでも一人前の魔女なんだから。それに勇者様は魔法石の目利きに自身がお有りかしら?」

 

 心配は無用と言わんばかりに彼女は杖を取り出す。伊達に魔術を習っているわけではない、という魔女の言葉と、彼女自身から感じる上質なソウルを信じ、ハベルはそれ以上何も言わなかった。

 

 魔女から目的地までの地図を受け取り、張り切る従者達を連れて店の外へと出ようとしたその時である。思い出したかのように、魔女は盾の勇者一行に待つよう呼び止め、カウンターの方へと慌てて駆け込んだ。共に首を傾げながら待っていると、魔女はゴトッとカウンターの上に魔法の水晶を三つ置いた。

 

「出発前の準備というわけではないのだけれど、約束していた魔法の水晶よ! ついでにフィーロちゃんの魔法適性も見ておこうかい。さあ、まずは誰から新しい魔法を覚えましょうか?」

 

 

 

 

 

 

「ふぃーろは~♪ かぜぞくせい~♪」

 

「あの、本当によろしかったのですか?」

 

 一気に二つの魔法を覚えられたことにより、上機嫌に鼻歌を歌いながら馬車を引くフィーロ。快適な馬車旅の中、彼女の手綱を握るハベルへと顔を近づけて、ラフタリアは問いかける。

 

「・・・良い、もともと私は魔術を多用する方ではない。ならば貴公等に覚えさせた方が道理であろう。特にフィーロの魔力量と質を考えれば、この分配が適当だ」

 

 それに、ハベルが普段扱っているのは『奇跡』と『呪術』であり、より正確に言うならば魔術ではない。目下勉強中ではあるが、理力が乏しいハベルがこちらの世界の魔術を使えるかどうかも分からぬ今、即戦力となる彼女たちに魔法を覚えさせた方が良いだろうというのが、彼の考えである。

 

 魔女にそう説明したときは納得して貰えたのだが、ラフタリアは未だ釈然としていない様子である。思えばメルロマルク二度目の波の時、ラフタリアの武器や防具を新調した際にも、彼女は同じような念をハベルに向けていた。

 

 あの時は随分と素っ気のない態度をとってしまったものだ。にも関わらず、彼女はまたこうして変わらず主人のことを気に掛けている。ハベルはその事実に、ついつい近くに寄った彼女の頭を不器用に撫でた。

 

 予想だにしていなかった彼の行動と、一緒に乗っていた魔女の温かい目を受け、恥ずかしさが込み上げてきたラフタリアは顔を瞬時に赤らめてしまう。しかし「・・・私なら、大丈夫だ」と重厚な岩兜の下から優しく声を掛けられると、彼女はハベルの手から逃れることはなく、そのまま甘んじて撫でられ続けた。

 

「ぱぱ~、なにかみえてきたよ~?」

 

 フィーロの言葉に反応して視線を戻すと、遠方からでも厳めしい雰囲気を放つ建築物が見えた。どうにも宗教臭い感じの装飾が鼻につく石造りの建物を目にした魔女は、此処が目的地である事を皆に告げた。気の進まぬ中、フィーロは馬車を近くに駐め、人目がないか辺りをキョロキョロと確認する。

 

「ああ、フィーロちゃん。言い忘れていたけど、坑道の最奥以外にも魔物は住み着いているって話だから、フィロリアルのままの方が良いと思うわ」

 

「えー! でもぉ・・・」

 

「魔法の服を着れば、人間の時でも変わらない防御力を得られるわ。それまで我慢してね?」

 

「・・・はーい」

 

 あまり納得のいかぬ様だが、フィーロは魔女のいう事を素直に聞くことにした。もっとも、建物の入り口から問題の鉱脈までフィーロの背丈でも充分に通れる広さであった為、一人寂しく留守番という羽目にならなかったのは良しとするところだろう。

 

「しかし、貴公・・・ここはなんだ?」

 

「不気味な雰囲気ですね・・・以前の所有者は何者だったのですか?」

 

「この神殿はね、かつて悪名高い錬金術師達が根城としていた所よ。でもいつ頃だったかしら・・・ある時を境に彼らは消えてしまったわ。でも変ね? 自己顕示欲の高い連中だったから、他の土地に渡ってもすぐ分かるはずなのに・・・」

 

 建物の入り口からすぐ近くにある横穴にも、同じような石造りの内装が施されているのを見る限り、魔女の語った自己顕示欲の強さが相当のモノであることが窺える。

 

 松明を片手にしたハベルを先頭に、一行はなるべく固まって進行していく。魔女の言う魔物がどのような奴か分からぬ以上、警戒するに越したことはない・・・・・・が、まだまだ警戒の雰囲気を掴めぬフィーロはその限りではないようで・・・。

 

「あっ! あそこ、なんかもやもやしてる~!」

 

「ちょ!? フィーロ!?」

 

 待ちなさい、という彼女の静止が間に合うはずもなく、フィーロはドタドタと前方に向かって一直線に駆けていく。魔女の手を引きながら追いかけると、彼女は嘴で気になるという壁を突いていた。

 

 すると如何だろうか。突いた壁は跡形もなく消え、奥に一部屋分の空間が出現した。そして、その中には木製の宝箱が台座の上に置かれていた。魔物故の感性がなせる業か・・・隠し部屋の発見に驚くハベル達を見て更に機嫌を良くしたフィーロは、そのまま翼を伸ばして宝箱を空けようとした。

 

「触るなッ!!」

 

「ふぇッ!?」

 

 突然洞穴内に響く、今まで聞いたこともないハベルの怒号に、フィーロはビクッと翼を引っ込めた。ラフタリアですら久しく感じることのなかった彼の触れがたいまでの気迫。今までだってフィーロの無邪気な行動をそこまで咎めることのなかったハベルが、一体何にそこまで激昂したのかは分からなかった。

 

 驚きのあまり固まったままのフィーロ。それ以上動く様子を見せない彼女に安心したのか、ハベルはフーッと息を吐いて落ち着き、彼女に宝箱から離れるように促した。

 

「・・・大きな声を出してすまなかった・・・・・・今後一切、宝箱を開けるのは私がやる。だが、見つけたのはお手柄だぞ、フィーロ。次は事前に教えるのだ、良いな?」

 

「・・・う、うん・・・わかった~」

 

 叱られはしたものの、罪悪感を感じる前に初めてハベルに叱られたことへの衝撃の方が強かったのか、フィーロは素直に同意してすごすごと宝箱から離れていく。彼女がラフタリアの背中にピトッと張り付くまでを見やると、ハベルは再度宝箱へと視線を戻して確認作業へとはいった。

 

―――鎖は付いていないのか・・・呼吸をしているわけでもない・・・いや、しかしこの世界の貪欲者(ヤツ)は全くの別物である可能性も・・・こんな時にロイドの護符が残っていれば・・・

 

 ハベルは悶々としながら宝箱を観察し、さらには真っ黒な大剣を取り出し、中身を台無しにしないよう箱の端部分を突き刺した。慎重と言う言葉を通り越し、神経質にしか感じぬ彼の行為だが、至って本人は真剣そのものであるため、仲間達は首を傾げるほかなかった。

 

 そして、一通り確認を終えたのか「・・・良し」と呟いたハベルは宝箱をゆっくりと空ける。しかし彼の警戒とは裏腹に、宝箱の中身は綺麗さっぱり何も無かった。

 

「・・・・・・ぬぅ」

 

「・・・ハベル様の世界では、宝箱関係で何かあったのですか?」

 

「『ミミック』っていう擬態魔物がこの世界には居るからねぇ。勇者様が警戒するのはわかるんだけど、やることといったら近付いた人を驚かせるだけよ? いたって可愛い魔物なんだけど・・・あら?」

 

 魔女の目についたのは、宝箱の横に置かれた石碑である。パッと見ても勉強中の文字とは形状がまるきし違ったため、ハベル自身は気にも留めなかったが・・・・・・魔女はササッとハベルの隣へ並び、食い入るように見つめていた。

 

「・・・これは古代語だね。それも随分と古い・・・・・・まったく、こんなものをわざわざ使うなんて、あいつらしかいないね・・・・・・『火を恐れぬ者よ・・・種子の封印を解こうとする者よ・・・即刻立ち去りたまえ・・・飢餓によって苦しむ人々の願いは呪詛へと変わり・・・やがて大樹の腹に溜まるだろう・・・嗚呼・・・我らヒトが火に触れることの・・・何と烏滸がましいことか』」

 

「まほうやのおばちゃん、よめるのすごーい!」

 

「・・・えっと、どういう意味なんでしょう?」

 

「さあね? 意味なんてあまり深く考えない方が良いよ。それよりも気になるのは、その種子が既に何者かによって持ち出されたってことさ。碌でもない物ってのは確かね・・・ささ、もう良いんじゃないかい? 早いところ目当ての物を手に入れて、こんな薄気味悪いところから出ましょう」

 

 一刻も早くこの場所から去りたい気持ちでいっぱいなのか、魔女はハベルの背を押して元の道へと戻ろうとする。ラフタリアもこれに同意し、フィーロの翼を握って後をついて行く。だが、歯切れの悪い返事をしたハベルだけは、何か気になるのか部屋を出る瞬間まで石碑から目を離せずにいた。

 

「・・・火を畏れよ・・・か」

 

「・・・ハベル様? 何か仰いましたか?」

 

「・・・・・・いいや、なんでもない」

 

 師であり、友である大沼とイザリスの呪術師の言葉が、あの石碑から似たようなモノを感じたハベルであったが、それが魔女の言う通り好ましいモノではないのは確かであった。

 

 

 

 魔女に急かされて元の薄暗い横穴へと戻り、道なりに進んでいくことしばらく・・・・・・内装が途切れ、完全に人の手つかぬ洞穴へと変化していく道中にて、そこいらの魔物とは比べものにならないほどの大きな足跡や所々に散乱している糞等、一行は次々と魔物の痕跡を見つけていく。

 

 更に決定的となったのが洞穴の最奥部に到達したときである。もはや松明など必要がないまでに光り輝く魔法石の結晶が広い空間にビッシリと点在する中で見つけてしまった、冒険者らしき者達の残骸である。

 

 バラバラに砕かれた防具に、食べかけなのか粉々に砕かれた骨片やら腐爛した肉片を目の当たりにしてしまう。悪名高き錬金術師に変わり、今この神殿を根城とする魔物の存在が間近になっていくのを感じ、嫌な緊張感が一行を包む。これには流石のフィーロも不安を覚えるのか、ラフタリアの後ろにぴったりと引っ付いて大人しくしていた。

 

「とりあえず魔物の姿は見えないわね・・・ねえ、今のうちに魔法石を回収して出て行くって選択はないかしら?」

 

「それも良いかも知れませんが、あの狭い中で鉢合わせになっても困ります。犠牲者が出ている以上は、此処で討伐してしまった方がよろしいかと」

 

「・・・そうだな・・・新しく覚えた魔法を試す良い機会にもなるやもしれん。私とラフタリアが前衛を務めるから、フィーロは後方で魔女と共に魔法の援護を頼む。いいな? ・・・・・・・・・フィーロ?」

 

 彼女からの返事がなく、怪訝に感じたハベルはすぐさま振り向いた。しかし、彼の目に映ったのは、一寸先も見えない闇ばかり。先程まで魔法石の光に照らされていた空間も今はなく、すぐそこにいるはずの仲間の姿は何所にもなかった。

 

「・・・なんだ?」

 

『嘘つき』

 

「・・・なに?」

 

 突然、ハベルの頭の中に直接響く従者の声。今まで聞いたこともないような冷たさを帯びたラフタリアの声が、ハベルの思考を一瞬にして支配した。

 

『うそつき』

 

「ッ!?」

 

 今度は娘の声。それも先程と負けず劣らずの、ハッキリとした嫌悪を纏った声色であった。

 

『ハベル様は何故化物であることを私に隠していたのですか? 何故、私に血を覚えさせたのですか? 何故、あの時私を捨てたのですか? 何故、オメオメと私の前に顔を出せたのですか? 何故、バケモノである貴方が勇者を名乗れるのですか??』

 

『なんでふぃーろのおとうさんなんてうそをつくの? ふぃーろがわからないとおもってるの? かえしてよ、ほんとうのぱぱとままをかえしてよ!』

 

『『(うそ)つき! バケモノ(ばけもの)!』』

 

「・・・ぬぅ・・・・・・!」

 

 これは偽物だ、酷く無様で醜い偽物・・・そう分かっているはずなのに・・・なのに・・・

 

 『亡者め』

 

「・・・ッ!? ソラー・・・ル・・・」

 

 遂には此処に居るはずのない友の声、酷く歪で不快な彼の声がたたみ掛けられ、ハベルの内に溜め込んだ心を・・・『人間性』を揺るがした。

 

『黙れ! 忌まわしき亡者が私の名を呼ぶな! 堕ちた不死人めが、汚れたソウルへと帰してやる!』

 

 そんな彼の声の後に繰り出される攻撃。ハベルの鎧に傷を付けるほどのものではなかったが、惑わされている彼にとっては攻撃されたという事実だけが存在する。

 

―――この調子でじわじわと追い詰めていけば・・・・・・。

 

「其処かぁっ!!」

 

「ギィァァァァァァッ!?!?」

 

 『黒騎士の大剣』による刺突が、この神殿のヌシである魔物の目にズブリと刺し込まれる。間髪入れず、カウンター気味で繰り出されたハベルの一撃は致命とはいかぬものの、苦痛にのたうち回ったヌシはそのまま壁へと激突し、うずくまってしまった。これにより、指揮を下す者がいなくなった魔物等の陣形を崩すには充分であった。

 

「ハベル様ッ!!」

 

 直後、聞き慣れた従者の声が響き・・・瞬間、二振りの剣戟がハベルのすぐ真横を掠めた。するとどうしたことか、ハベルの視界から闇が晴れ、彼の目の前には直剣を携える頼もしき従者の姿が見えた。

 

 先程振るわれたであろう彼女の直剣から血がしたたり落ちるのに気づき、目線を下へと向ける。すると、ハベルの足下に下半身が鈴のような形態をした蝙蝠が二匹ほど切り裂かれていた。こいつ等が幻惑を施していたのは明らかである。

 

 周りを見れば、尚も幻惑に苦しめられて苦痛な表情を浮かべる魔女と、大きな体を縮こませて涙を流し、悲痛な声で泣き喚くフィーロの周りにも、同個体が数匹飛び回っていた。

 

「貴公、助かった」

 

「ハベル様こそ、あの魔物によくぞ一撃を」

 

 言葉を交わしつつ、ハベルは連射式クロスボウ『アヴェリン』を、ラフタリアは先程と同じように剣を振るって、それぞれに纏わり付く蝙蝠型の魔物を捌いていく。

 

 ラフタリアが何故幻術に惑わされないか・・・それは彼女の種族に起因する。魔法屋で魔女が語ったように、ラクーン種には生まれ持って幻術に才を持つ者が多い。故に、幻惑を扱うことに長けていれば、自ずと耐性を身につけるのだという。

 

 勿論、耳を塞ぎたくなる程の酷く冷たいハベルの声が聞こえなかったわけではない。種族特有の耐性は勿論のこと、彼女には揺るぎない信念があった。従者としてハベルと共に世界を救う・・・戦士に成った彼女の根本はその一心である。今を精一杯生き、未来を見据える生者が故に。

 

 対してハベルが一撃を加えることが叶ったのは、ヌシが調子に乗って攻撃を仕掛けた事による。

 

 前の世界であるロードランにてハベルが最も親しみ慣れる感覚・・・それは痛みだ。斬撃、打撃、刺突・・・不死の限り存分に味わってきたこれらの痛覚は、亡者へと成り果てたハベルが唯一常人と変わらずに感じることのできる感覚であり、唯一自らが存在を自覚できる証である。

 

 あのまま配下の蝙蝠に任せて幻術で追い詰めておけば良いものを、魔物らしいヌシの粗暴な一撃は、ハベルを我に返させるには充分すぎた。その身に刻まれた防衛本能の赴くままに、ハベルは剣を振るうことが叶ったのである。

 

 そして何より、引き合いにソラールを出した事が致命的であった。彼を殺したハベルにとって、醜き太陽に堕落しようとも変わらなかった彼の一撃を、廃れたハベルの心に刻まれてしまった一撃を忘れるはずがない。戦いに身を投じ、全てを捨ててきた亡者が故に。

 

 幻術が解かれた二人はその場にへたり込み、ハベルとラフタリアはすぐさま傍へと駆け寄る。

 

「フィーロ! 無事か!」

 

「うわあぁぁぁんッ! ぱぱ! まま!」

 

「フィーロ! もう大丈夫よ、パパとママはちゃんとここに居るからね」

 

「貴公も、大事ないか?」

 

「ああ、何とかね。『ボイスゲンガー』、あの魔物の名前さ。対象の思考を読み取って、一番不快な声で相手を惑わす魔物だよ。まさか、そいつ等が連携して同時に術を掛けられるなんてね」

 

「奴らを上手く使う賢い主が居たということだ・・・皆気をつけろ! 来るぞ!」

 

 ハベルは魔女を起こすと、声を張り上げてパーティに戦闘態勢を促した。痛みでうずくまっていたヌシが意識を取り戻し、血走った目と牙をこちらに向けながら唸り声を上げていた為である。

 

 改めてその全貌を眺めると、どうにもリユート村にあった亡骸と姿が酷似していた。大型の肉食獣のような体つきの割にはあまりに人面に近い顔立ちをし、尾は蛇がまるまる一匹ついており、幾多の獣を合成したかのようなその容姿は『神獣』を思い出させる。

 

「あれは・・・『ヌエ』!? 最初の波で全て討伐されたと聞いていたのに」

 

「やはり波の魔物か・・・まずラフタリアと私で同時に突っ込む。魔女とフィーロは―――」

 

「あいつが・・・っ! ふぃーろおこった!! ぜったいゆるさない!!」

 

 ハベルが指示を飛ばす前に、怒りに駆られたフィーロが目をギラつかせながらヌエに突貫していく。勿論ハベルやラフタリアが静止の声を掛けるが、宝箱を見つけたときとは比べものにならないほどの勢いで突っ込む彼女に、二人の声が届くはずもなかった。

 

『ハベル様と二人っきりだったのに。お邪魔な魔物なんて早く捨てましょう』

 

『タダ飯喰らいで役にも立たず、主人の言うことすら聞かぬ魔物など必要ない。お前など、私の娘ではない』

 

「あいつが・・・あいつが・・・ぜったいやっつける!」

 

「ギュギィィィィッ!」

 

 耳を塞ぎたくなるような醜い鳴き声を上げ、ヌエは爪を突きたてて真正面からフィーロを迎え撃つ。鋭い爪が振り下ろされる瞬間、フィーロは地面を蹴り上げてコレを躱し、直後に蹴り上げた勢いを利用してヌエの顔面に自慢の脚力をお見舞いする。

 

 ただのフィロリアルであればいざ知らず、フィロリアルの女王が放つ蹴りは波のヌシと同等であろうヌエに無視できぬダメージを与えていた。

 

堪らずヌエはフィーロに狙いを集中させ、何とか組み付こうと前足を振るい続ける。だが、まん丸な体格に似合わぬ俊敏性を見せつけ、フィーロは掠りもせずにヌエの動きを見てから回避し、その度に蹴りを二、三発叩き込んでいく。

 

 イケる! と彼女が思ったその矢先、ヌエの体が周りの魔法石と同じく淡い光を放ち出した。まるで魔法石の魔力を自らに取り込むかのような現象に、フィーロは一瞬だけ気をとられる。

 

「ギュギュギィィィィィ!」

 

「ぅあッ!?」

 

 溜め込んだ魔力が最大になった瞬間、ヌエを中心に炎、風、水の魔力がデタラメに混合しながら放射された。辺り一面に放たれた魔力の渦、例え今フィーロが身につけているマントがあろうと、とても無効にできるほど弱くはない。迫り来るエネルギーの波にフィーロはどうする事もできず、ギュッと目を瞑り、訪れる痛みを待つほかなかった。

 

 刹那、後頭部の羽をグイッと掴まれ、フィーロはその場に尻餅をつく。咄嗟に開眼すると、目の前には大きな岩の盾を地面に突きたて、その身を挺して必死にフィーロを守ろうとする、頼もしき父の姿があった。

 

「ぱぱ! ありが――」

 

「退がっていろフィーロ! 早く!」

 

「でも、だってあいつが!」

 

「分からんのか! お前一人では力不足だ! 退がれと言ったら退がれっ!!!」

 

 神殿内部で叱られた時以上の怒気がハベルの全身から感じられ、当てられてしまったフィーロは無意識に人間の姿に戻ってしまい、その場にへたり込んでしまう。

 

「《ツヴァイト・ファイアブラスト》」

 

 魔法の熟練度が違うのか、魔女は長たらしい詠唱を省略して魔法を放った。そして放たれた呪文はハベルの後方から正確に飛び、炎弾がヌエの体を焼く。魔力の放射が収まり、ヤツの懐が手薄になったのを見かね、ハベルは『ハベルの盾』と『黒騎士の剣』を構え直し、正面から向かっていく。

 

 大盾で上手くガードしながら剣を突きたてるハベルにヌエの注意が向く最中、背後から《ファスト・ハインディング》を唱えて姿を消したラフタリアが奇襲を仕掛けた。だが、そうはさせじとヌエの尾である蛇がラフタリアにその毒牙を向ける。独立した器官なのだろうか、蛇は的確にラフタリアを捉え、本体への攻撃を妨げていた。

 

『役立たずめ』

 

『貴女なんて要らないわ』

 

「いやだ・・・ふぃーろ、すてられたくない・・・いやだよぉ・・・」

 

 自分とは違い、ヌエと互角の立ち回りをするハベルとラフタリアを見ていると、フィーロの頭の中でまたあの不快な声が木霊する。もう原因の魔物は倒したというのに、彼女は様々な恐怖に支配されていた。青い瞳から大粒の涙を流す彼女だったが、ソレはただのフィロリアルであった頃には感じ得なかったものである。

 

「さあ、立って! フィーロちゃん。泣いている場合じゃないわ!」

 

 そんな悲しみと恐怖に打ち拉がれる彼女に、魔女は手を差し伸べた。

 

「でも・・・ふぃーろがいけば、またぱぱのじゃまになっちゃう・・・」

 

「いい? フィーロちゃん、貴女は魔物だけど特別なの。だから、直接攻撃するよりも、もっといい手があるわ。思い出してみて、貴女が覚えることができて嬉しかったものは?」

 

「・・・! まほうだ!!」

 

「そう! 一緒にやっつけましょう! 合わせるから、フィーロちゃんから先に唱えて!」

 

 自分の魔力は父と母よりも強い・・・魔法屋の言葉を思い出し、フィーロは立ち上がって手元に魔力を込め始める。そして、ハベルに当てぬようヌエの顔に向けて狙いを定め、魔法屋から教わった通りに詠唱を開始した。

 

「『ちからのこんげんたるふぃーろがめいずる、ことわりをいまいちどよみとき、かのものをうちぬけ』」

 

「良いわよフィーロちゃん! そのまま打って!《ツヴァイト・ファイア》」

 

「《ファスト・エアーショット》!!!」

 

 フィーロが放つ瞬間を狙い、魔女が炎の塊を宙に留まらせる。それにより、フィーロが放った空気の圧縮弾は魔法の炎を纏ってヌエへと猛スピードで飛んでゆく。呪文の位が下位の「ファスト」であるとは思えぬほどの弾速。即席の合体魔法は、見事フィーロの狙い通りヌエの潰された目に直撃した。

 

「ギィゲェェェエェェェッ!?」

 

「ッ!」

 

 体勢を崩したヌエの隙を逃さず、ハベルは黒騎士の剣を筋力の限りに振るい上げ、首筋へ突き上げ貫いた。致命の一撃が入り、突き刺した隙間から息が漏れ始め、正に瀕死状態のヌエであった。

 

 だが、手負いの獣ほど怖いモノはない。ヌエは最後の力を振り絞り、またも全身を淡く輝かせ始めた。先程よりも強い光を見る限り、自分の身を厭わぬほどの魔力を放ち、盾の勇者等と心中を試みるつもりだろう。

 

 だが、それを許さぬのが、他ならぬ盾の従者である。彼女は本体の体勢が崩れた隙を見計らい、先に尾の蛇を突き刺して始末した。そして、そのままヌエの後ろ足を踏み台にして跳躍すると、その勢いのままハベルと対の位置にて剣を突き立て、ヌエの首元を貫いた

 

「ギ、ギギィ・・・」

 

「・・・・・・ぬんっ!」

 

「はあぁぁぁーーーーーっ!」

 

 魔力の渦が放たれる直前、ハベルとラフタリアは同時に力を込め、ヌエの首を斬り落とした。ヌエの体から魔力の発光が消え、おびただしい量の鮮血が吹き出る。哀れな波の残党は自らの血溜まりに倒れ伏し、完全に討伐されるのであった。

 

 

 

 戦いが終わり、全員の気が抜ける中、ハベルはフィーロの方を向く。結果的に戦力となったものの、今日の立ち回りは決して褒められたものではない。ここは一つ彼女のように、感情的にならずに諭してみるか・・・と。ある意味で魔物に単騎で立ち向かうよりも困難であることに、さてどうしたものかと考える。

 

 だが、思考の中にいるハベルへ先制するかのように、フィーロは人間の姿のまま、血塗れの岩鎧に突っ込むように抱きついた。

 

「・・・フィーロ?」

 

「ひっぐ・・・すてないでぱぱ・・・ふぃーろいいこにするから・・・やくにたってみせるから! だからすてないで! ふぃーろのぱぱでいて・・・おねがい・・・うわぁぁぁぁん!!」

 

 ハベルが何かを言う前に、フィーロはそのまましっかり組み付き、激しく泣いて離れようとしなかった。『役に立ってみせる・だから捨てないで』彼女の唐突な要望に、ハベルとラフタリアは原因が分からずオロオロするばかり。

 

 あの時叱りすぎたか? いきなり怒鳴ったのは不味かったか? 等々原因を探る中、分かっている魔女だけはフフッと何気なしに笑っていた。

 

「さて、フィーロちゃんをあまり怒らないでやっておくれ、盾の勇者様。ボイスゲンガーに碌でもないことを吹き込まれたんだろう。だから戦いの時も、勇者様達の役に立とうとしてあんな危ない事をしたんだね。役に立たないと捨てられるって、この子は怖くて仕方がなかっただろうさ」

 

 魔女に言われてようやく合点がいった二人は、尚もハベルにしがみつき泣きじゃくるフィーロに再度視線を戻した。彼女の想いを知ったラフタリアは、すぐさま泣きじゃくるフィーロに手を伸ばすが、誰より先に娘を抱き上げたのは、重厚な岩の手だった。

 

「ひっぐ・・・ぱぱ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい」

 

「・・・私はもう怒っていないし、今後一切フィーロを捨てる気もない。大きな声を出してすまなかった。フィーロのことが心配だからこそ、私も必死になってしまってな・・・それに、ごめんなさいをきちんと言えるフィーロは、もう充分良い子だ。お前は・・・私達の自慢の娘だよ」

 

 ハベルは小さき時のラフタリアように、不器用で武骨な優しい手つきで、自分よりも人間性の溢れる彼女を撫でる。思えば、彼自身がこうして父親のような愛情をフィーロに示したことは、今までなかったかもしれない。それがフィーロの不安が大きくなってしまった理由の一つだろう。

 

 何より、肉親を失ってしまったラフタリアとはまた違い、肉親に捨てられる辛さを身をもって分かっているハベルは、他の誰よりも今だけは、彼女の気持ちに寄り添う事ができているのであった。

 

 

 

 

 

 フィーロが落ち着きを取り戻してから、ハベル等は魔物を解体して素材を剥ぎ取り、肉体をソウルに変換させる。そして魔法屋の目利きにより、魔力を吸われる前に残っていた魔法石をいくつか無事採掘し終え、一行は誰一人目立った怪我をすること無く外へと脱出することができた。

 

 不安を完全に拭い去る事ができたのか、帰りの道中でフィーロはまた上機嫌に馬車を引く事ができていた。心なしか手綱を握っていたハベルの目からは、彼女の背中が広く逞しくなったようにも見えていた。

 

 王都に戻って食事を済ませたときには既に日も落ちており、とりあえず今日は魔法の糸を抽出するだけに至った。糸を抽出する際、魔力を直接変換しているためか糸巻き気を回すフィーロは終始気怠げであった。

 

 休み休みゆっくりと、時間を掛けていけば大丈夫、と魔女は口にするが、一刻も早く服を手にしたいフィーロはその限りでは無いようで・・・結局、一着分を休むこと無く回し続けた彼女は、終わった途端に倒れるように寝てしまった。このまま床に寝せるわけにもいかぬ為、仕方がない・・・とハベルはフィーロの手が肩に掛かるようにおんぶする。

 

 

「・・・ふふっ」

 

「・・・貴公、何がおかしい?」

 

「随分と様になってきたじゃない? お父さん」

 

「・・・ぬぅ・・・」

 

「私もそう思いますよ、ハベル様・・・ふぁーぁっ」

 

 ラフタリアから大きな欠伸が出た。思い返せば娘の服を作るだけだというのに、今日は散々な目に遭ったものだ。皆に色々と疲れが溜まっていても何らおかしくは無い。

 

「奥に空き部屋があるから、今日は泊まっていきなさい」

 

「そんな、流石に悪いですよ」

 

「良いってことさ、あんた達のお陰でしばらくは良い魔法具が錬成できるし、他の商人仲間も無事に魔法石を仕入れられるからね。一泊ぐらい安いものさ」

 

 ゴロゴロと質の良い魔法石がたくさん入った袋を見せながら、魔女は朗らかに語る。本人がそう言うのであれば、是非ともお言葉に甘えようとハベルはラフタリアに頷いた。

 

 そうして奥の部屋を借りた盾の勇者一行。疲れが溜まっていたこともあり、ラフタリアはフィーロと一緒にベッドへ入り、そのまま寝てしまった。安らかな眠りにつく彼女たちを見届け、ハベルはそっと魔法書と薬学書を開いて勉学に励む。

 

 時折、「ぱぱ、まま」と寝言を零すフィーロを気に掛けていると、不意にハベルは明日向かうであろう洋裁屋の腕が急に気になり始めた。もし、彼女の納得がいかぬ服ができあがればどうなるか? もし、フィロリアル・クイーンの服は珍しすぎて作れない・・・等という事態になればどうなるか・・・。結局、目先の心配事ばかりが募り、肝心の勉学にあまり身が入らぬまま夜明けを迎えることになるハベルであった。

 




(原作と同じ)フィーロと言ったな·····あれは嘘だ·····
設定上、見た目だけ変えるわけにはいかんので·····


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EP23 呪いの影

「仕事が忙しいとどうなるんですか?」

「知らんのか? 執筆時間が減り、投稿頻度が下がる」


実際ハーメルンにて社会人の方ってどれ位の割合でいるんだろうか・・・。


「カッワイィィィーーーーー!!」

 

 魔法屋で精製した魔法の糸を手にし、エルハルトが勧めた洋裁屋へと足を運んだ盾の勇者一行。早朝に店へと赴いた彼らを出迎えたのは、人間に変身したフィーロを目にするなり、嬉々とした様子で甲高い奇声を放ちながら突撃する年若き女性であった。

 

「フィーロちゃーん! ギューーッ!」

 

「わわ! びっくりした! でもいいよー。ふぃーろも、ぎゅーーっ!」

 

 眼鏡を掛けた大人しげな外見とは裏腹に、過剰なまでの触れ合いを繰り広げる洋裁屋の女店主。もっとも、行動自体に悪意を感じぬ所為かフィーロも快く応じていたが、ハベルはこのような奇っ怪な人物に大事な依頼をするのに早速暗雲が垂れ込めていた。

 

 ラフタリアでさえも苦笑いがこぼれる中、満足したのか店主はフィーロを離して二人に向き合った。

 

「ごめんなさいね、私ってばカワイイを見つけるといてもたってもいられなくって。さて、武具屋と魔法屋さんから話は伺ってますよ! 早速ですが、魔法の糸はお持ちですよね?」

 

「・・・・・・うむ」

 

 魔法の糸を店主へと渡すと、彼女は糸を手にした途端「・・・へえ」と感嘆の息を漏らした。聞けばこれほどまで魔力が濃い糸は今まで見たことがないとか・・・。しかし、だからといって服の作製に支障があるのかと問えば、店主は首を振った。

 

「私だって、伊達にこの道一筋で店を持っていませんから! 必ずフィーロちゃんに似合う最高の一品を仕立てて見せますので、任せて下さい!! そのためにも・・・」

 

 機敏にサッと奥へ引っ込み、一瞬にして彼女は色とりどりの子供服を何着も手にして戻ってきた。

 

「こちらの調整もあるので、少しフィーロちゃんを借りる形になってもよろしいでしょうか!」

 

「・・・う、うむ」

 

 その後は店主に言われるがままマントを預かり、隅の一部屋にてフィーロのファッションショーが始まった。どれも子供特有の活発な動きを阻害しない機能性溢れるものばかりであり、ゆったりとゆとりのある品が多いようにも見える。

 

 フィーロ自身も女の子であるためか、面倒くさがるどころか自分から店主に渡された服を試着していく。その度に鏡を見ながら、ハベルとラフタリアに笑みを浮かべながら感想を求めるのだ。その様子は正に人間性の溢れる姿であった。

 

「ぱぱ、まま、どう?」

 

「フィーロは何を見ても似合うのね。とっても可愛いわ・・・ね、ハベル様?」

 

「・・・・・・うむ」

 

「もう、ダメですよお父さんってば! フィーロちゃんは小さくてもきちんと女の子なんですよ? 女の子は大切な人に可愛いって言われるともっと可愛くなれるんですから。ちゃんと伝えてあげなきゃ!」

 

「・・・ぬ・・・・・・か、かわ・・・いい・・・似合って・・・いるぞ・・・?」

 

 生涯を戦いに費やしてきた岩兜の下から出た感想は、それはそれはとてつもなくぎこちないものだったが、それでもフィーロは両親に褒められたことでますます上機嫌となっていた。

 

 一方で、先程から洋裁屋のぐいぐい来る気迫にハベルは終始押されっぱなしである。専門外のことになるとことん押しに弱い方なのか、とラフタリアは微笑ましくも彼の性格を再認識するのであった。

 

 そうして店主が持ってきた子供服を全て順調に試着して見せたが、肝心の店主はどこか芳しくない表情で唸っていた。素人目ながらハベルにはどの服も彼女に似合っていたと思うのだが・・・。

 

「・・・普通」

 

「・・・・・・何?」

 

「フィーロちゃんの素材が良すぎる所為で! どんなお洋服でも普通に似合ってしまう・・・それじゃダメなんですよ! 私の洋裁屋としてのプライドが! フィーロちゃんは特別じゃなければと叫んでいるんです!」

 

「・・・貴公の言いたい事は何となく理解できるが、本人は先程着た物で満足している―――」

 

「可愛い洋服じゃフィーロちゃんを引き立てられない・・・と言うことは・・・発想の逆転!  閃きました! よーし待っててねフィーロちゃん! お姉さんが今からズババッ! と仕立ててきますからねーー!!」

 

 ハベルの言葉など疾うに耳に入っていないのか、忙しないまま店主は部屋を後にした。残された盾の一行はしばらく呆然としていたが、服ができあがるまでには待つ他ない状況である。

 

「なんとも強烈な方でしたね」

 

「・・・良くも悪くも職人ということだ・・・ラフタリアはあのような服はいらんのか?」

 

「お気遣いありがとうございます。でも良いのです。私は貴方の従者ですから。剣と鎧があれば、後は何も」

 

「・・・・・・そうか。ともかく、今は彼女を待つ他あるまい。それまでは・・・まあ、適当に時間を潰すとしよう」

 

「別室とは言え店の中ですから、薬の調合はできませんよ? お店のお洋服にあの匂いが付いてもいけませんし」

 

「・・・・・・・・・勉学に励むとしよう」

 

「ぱぱ、まま、ふぃーろもまほうのおべんきょうしたーい!」

 

 そうして勇者一行は洋裁屋を待つ間、フィーロの教育を主点に置き、別室にて大人しく座学に励むことにした。特別な魔物であるが故か、それとも人間で言う幼子特有のソレか、知識の飲み込みが異様に早いフィーロは瞬く間にハベルと並ぶくらいにはこの世界の読み書きを修得していった。

 

 ラフタリアは純粋に娘の様を喜んでいたが、ハベルの方は言いしれぬ危機感の方が勝ったという・・・。

 

「お、お待たせしました~~・・・」

 

 昼時を過ぎ、フィーロが空腹を訴えた丁度その時である。よほど神経を使ったのか、げっそりとしながらも瞳にキラキラと光を宿した店主が、バタン! と勢いよく扉を開けて入ってきた。

 

 そして、有無を言わさずにフィーロを試着室へと連れ去ること数十分。戻ってきた彼女を一目見ると、勇者と従者はそれぞれ同時に息を呑んだ。

 

 洋裁屋が仕立てたフィーロの服、それは上下が一続きのゆったりとしたローブであった。全身が色合は違えどチョコレート色で染まっており、今まで試着した彩り豊かな物とは明らかに違って大人びているようにも見える。

 

 彼女が感想を求め、その場でくるりと回ってみせると、サラサラと揺れる銀髪の他に、背中の白い羽も服の下に収まっているのが目についた。彼女の願望通り、更に人間の姿へと近付いているのだ。

 

「どうでしょうか!? 試着のようなカラフルで可愛い服も良いんですが、フィーロちゃんの魅力を一番に引き出すためには何かが足りないと思っていたんです! そこで発想の逆転! フィーロちゃんの白い肌、そして綺麗な長い銀髪を映えるように敢えて暗い色合の服にしちゃいました! 本当は白い羽を外に出したかったんですが、そこはフィーロちゃんが希望しなかったので収めました。それよりどうですかお父さんお母さん!」

 

 眼鏡をクイッと上げつつ、息継ぎなどお構いなしに店主は捲し立てた。彼女の言うことはあまりよく分からなかったが、彼女の感覚は確かなものであるとハベルは確信していた。正直に言って、服など本人が納得すればどれを着てもあまり違いはないだろうという考えを改める必要があると思わせるぐらいに、ハベルは感銘を受けていた。

 

「カワイイ・・・と言うより・・・綺麗という言葉がしっくりくるな」

 

「ほんと!? やったぁぁぁーー!」

 

 店主の言葉を思い出し、ハベルはそのままの感想を口にする。試着の時とは違い、ぎこちなさの感じられない素直な賞賛を受け、フィーロは岩鎧へと飛びついて喜んだ。

 

 一方、ハベルから綺麗などと洒落た単語が飛び出したことで、ラフタリアに衝撃が走っていた。刹那、私も・・・という些細な想いが彼女の胸をちくりと刺すが、そんな想いも抱くのも束の間、今度は彼女の胸元へフィーロは飛び込んでいった。

 

「まま、これからはもっとちかくにいられるね! ままといつでもこうしていられるんだよね! ふぃーろはそれがとってもうれしいの!」

 

「フィーロ・・・うん、そうね!」

 

 満面の笑みを浮かべるフィーロに、ラフタリアは多くを語らずギュッと優しく抱き留める。なんとも微笑ましげな光景を見つめるハベルであったが、そんな彼に今度はうって変わって申し訳なさげに近付く店主。

 

「それで・・・その・・・すいませんがお父さん・・・お支払いはこちらの方になるんですが・・・」

 

「・・・ああ、そうであったな。どれ位に・・・」

 

 店主から受け取った伝票に書かれた値段を見ると、ハベルは思わず一歩後ろへと身じろいだ。エルハルトから参考までに聞いた魔法の服の値段のおよそ3倍程の数字が刻まれていたのだ。

 

 普段から金銭の管理を行っているわけではないが、流石にこの値段が冗談にならないまでは理解できる。理由を問おうにも、店主の申し訳なさそうな表情からどうにもならないことが察せられる。

 

「すみません・・・魔法の服を仕立てる際、こちらでも魔法石をいくつか消費するんですが・・・フィーロちゃんの魔力が思いの外強くって・・・・・・私もついつい無我夢中で・・・様子を見に来てくれた夫に言われるまで消費した魔法石の量に気が付かず・・・こんな事になってしまって本当に申し訳ありません!」

 

「・・・・・・貴公」

 

「はい、あの、まあ、はい・・・・・・・・・すいません大丈夫ではないです破産寸前ですどうか助けて下さい勇者様ぁぁぁぁぁ」

 

 頑強な岩鎧にだらだらと涙を流しながらしがみつく店主を引き剥がし、ハベルは懐から出した金袋を渡す。今すぐに一括で支払うと今後が少し心許ない気もするが、彼女がその身を賭して良い仕事をしてくれたのは事実だ。今までフィーロのような事例など無いことを考えれば、このような結果となるのも致し方ないだろう。

 

 それにハベルとしてはそんな理由でごたつき、フィーロに要らぬ不安を与えたくないという思いのが大きかった。ここでうじうじと悩むのもらしくはないと、彼は支払いと礼を済ませ、すぐさま二人を連れて冒険者ギルドへと足を向ける。

 

 店主とのやりとりをチラリと見ていたラフタリアはある程度主人の思いを察したのか、あれほど嫌がっていた冒険者ギルドもやむなしとして、従者としてその後を付いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 そうしてフィーロを迎え、冒険者ギルドを通じて依頼をこなす日々が続き、三度目の災厄の波まであと二週間を切ったところである。

 

 一行の稼ぎだが、相も変わらず依頼報酬の半分は国に徴収されている現状である。フィーロのお陰で新たに馬車という画期的な移動手段を手に入れたことにより、こなせる依頼の量が増えただけでなく、遠方の地へと旅立つことも叶い、活動範囲は大いに広まった。だがそれでも、一行の生活は常に余裕を持てる状況ではなかったと言えよう。

 

 フィーロの膨大な食費もさることながら、問題はハベル自身の行動にあった。

 

 依頼をこなした後の道中にて、重い荷物を抱え込み、一人苦しそうに道を歩く者を見かけては目的地まで乗せていき・・・魔物に襲われている現場を見かければすぐさま駆け付け・・・病に苦しむ者が多く、医者も薬屋も無い村へと足を運べば薬を分け与える等々・・・・・・本人が成していること自体はフィーロが来る前とあまり変わらぬが、行動範囲が広まったことによって更に悪化したと言えよう。

 

 悪名高き盾の勇者としてメルロマルク中で広まっているものだから、助けられる側としては見返りを一切求めようとしない彼の姿勢はひたすら不気味であった。しかしながら、どんなに疑おうとも、どれほど心なき罵詈雑言を投げかけられようとも、彼は勇者として人々のために動くだけであった。

 

 そうしてようやく民達もまた彼の純粋な異質さを、いつぞや彼の従者が味わったように理解していくようになる。重厚感ある岩鎧の下からは、人間としての『欲』そのものが感じられないのだ。連れの二人(正確には一人と一匹)はその限りでは無いが、盾の勇者自身はただ淡々と、何のこと無く人々にその手を差し伸べていく。

 

 民草を助け続けるその行動にハベル本人の意思は有れど、四聖勇者の絵本で描かれているような暖かみは・・・彼の行動が良きものであるのに変わりないはずなのだが、まるでそれが当然と言わんばかり・・・そんないきすぎたようにも見えた彼の姿勢に、民達は人間性を感じることは終ぞできなかった。

 

 しかし、それでも盾の勇者が受け入れられたのは、やはり人間性を置いて他ならないだろう。勇者が連れていた者達は、遠目でも分かるほど彼を慕っており、大きな魔物に変身する幼子に至っては家族同然の距離感であった。

 

 そして何より、盾の勇者自身がその仲間二人と会話をしている時や、仲間のことを聞かれ答えている時等、彼は口調こそ変わらぬがその殆どが人々にとってより近しいモノを感じさせることができるのだ。

 

 それは勇者として手を差し伸べられたときよりも、よほど人々の心に安心を与えたという。そのお陰もあり、彼自身を不気味に思いはすれど、国で流れているような不快な噂を疑いなく信じる者は、彼が訪れた地方では少数となっていた。

 

 そんな盾の勇者一行が何時もの如く依頼をこなし、宿泊のため近くの村を目指している道すがら。

 

「ぐわぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」

 

「ッ!? フィーロッ!!」

 

「分かった、パパ!」

 

 雲一つ無い良い天気とは裏腹に耳をつんざく男性の断末魔のような叫び声。すかさずハベルは手綱を握り、フィーロを一声で促す。あれから時が経ち、人間の発音にすっかり慣れたフィーロはハッキリとした物言いで返答し、声のした方向へと駆けていく。

 

 目的の村に近付くにつれ、辺り一面の景色が緑に染まり、植物が異様なまでに生い茂っていくのが見てとれる。そんな獣道同然の荒い道を進む中、明らかな血の臭いが馬車で待機しているラフタリアの鼻にも届いてくる。

 

「ハベル様・・・これは」

 

「・・・既に死人が出ているかもしれんな。だが、やることは変わらん。ラフタリアとフィーロは怪我人の護衛を、私は魔物の処理を行う・・・良いな?」

 

 ハベルの指示に従者二人は首を縦に振る。やがて蔓が巻き尽くされ、緑蔓延る変わり果てた村の建築物が見え始めたとき、既に戦闘は終わりを迎えようとしていた。

 

 戦況は酷いモノで、鎧が太い根で貫かれ事切れた人間の男性と、植物型の魔物に囲まれ身動きが取れずにいる負傷した亜人と獣人の男女が一人ずつ。

 

「突っ込め、フィーロ!」

 

「とりゃぁぁぁーーーーっ!!」

 

 猛々しい雄叫びをあげ、フィーロは魔物の群れへと突撃し、包囲網に無理矢理穴を作った。馬車を生き残った冒険者二人のすぐ横に付け、ハベルがすぐさま敵陣の一番厚い場所へと飛び出した。

 

 『黒騎士の盾』と『黒騎士の斧槍』を瞬時に展開し、突然の奇襲によって身じろぐ魔物達を前に、力の限り薙ぎ払う。そのままハベルは筋力にモノを言わせるように斧槍を円状に激しく回し続けた。長いリーチを誇る漆黒の刃に魔物達は陣形を崩され、まとめて刈られていく。

 

 

「す、すげえ・・・あ!? あんたその鎧と盾に付いてる緑の宝石は、もしかして盾の・・・うわっ!?」

 

「危ないっ!!」

 

 予期せぬ援軍、助かる見込みが出てきたことによる油断、勇者の戦いを間近で見て呆けてしまった冒険者二名に、種子の弾丸が飛来する。その直後、何とか庇うように二人の前へ出たラフタリアは直剣を抜き、弾丸の真を見通して弾いた。

 

 ガキィン! と、まるで金属同士がぶつかり合うような音が響く最中、狙われた亜人の男性が腰を抜かした。

 

「馬車の中へ避難をッ! 早く!!」

 

「あ、ああ。すまねえ嬢ちゃん・・・」

 

「あんたしっかり! 今のアタシ達じゃ邪魔になるだけだよ!」

 

 仲間がやられたショックもあるのか、あまり意識がハッキリとしていない亜人を、獣人の女性が肩を貸す形で馬車へと連れて行く。だが何としても仕留めたいのか、魔物達は一斉に馬車へ特攻を駆けてきた。

 

 二人が馬車に乗り込んだのを見届けた後、奮闘する父の姿に負けじとフィーロは人間体へと変身して両手で握り拳を作り、そこに魔力を集中させる。

 

「『力の根源たるフィーロが命ずる。理を今一度読み解き、突風を纏い敵を打て』《ファスト・エンチャント・エアーブロウ》」

 

 乱戦のため、フィーロはフィロリアルクイーンのフィジカルを活かし、拳に風を纏わせて突っ込んでいく。膨大な魔力から生み出される風力は強烈の一言であり、巨体で堅い樹木に覆われた魔物の外皮を次々と打ち抜いていった。

 

 そして比較的数の多い苔や葉で形成された魔物は、ラフタリアが馬車から離れることなく処理していく。目などの感覚器官が存在しない植物型であるため、得意の幻術魔法は対して効果を発揮できないが、それでも単純な技量で遅れをとるわけではない。

 

 一歩の範囲で攻撃を躱し、絡みつけられた蔓を逆に引いてバランスを崩させ、再生できないよう心臓部の核を狙って確実に数を減らしていく。

 

 間髪入れずに魔物達の頭数が減ってくその時、あらかたを殲滅したハベルの元で新たな動きが見られる。

 

 地面が不意に盛り上がり、人間の冒険者を貫いた鋭い根がハベルへと複数同時に襲いかかった。接触する寸前、ハベルは後方へと転がって回避し、咄嗟に顔を上げる。視線の先には堅い樹木が絡み合い人型を成す異形の魔物が存在していた。

 

 独特な威圧感を放つその個体から、群の司令塔である事は明確。あちらがハベルを標的に定めると同時に、ハベルも異形へ素早く距離を詰めてその刃を向けた。

 

 だが、人型の外皮は現在フィーロが相手をしている魔物達よりも堅牢であり、ハベルが振り下ろした斧槍の刃を通さず、真正面から受け止めた。

 

「・・・・・・タ・・・テ・・・」

 

「・・・何?」

 

「・・・タァァテェェェーーーーー!!!」

 

 異形から発せられた音は的確に言葉を成していた。憎悪に塗れた叫びを挙げ、異形は樹木の両腕を振り払い、ハベルを強引に突き放す。今まで相手取ってきたどの魔物よりも明確な意思・・・人間に近しい敵意を持つ存在に、ハベルはより一層気を引き締めた。

 

 一瞬の膠着、そして動いたのはほぼ同時であった。

 

 ハベルが距離を詰めようと地を蹴り上げた瞬間、異形は片腕を地面に抉り込ませ、再び根を生やした。根はハベルの直下から勢いよく放出されるが、見越していたハベルは既に真横へ飛び込んで躱し、更に距離を詰めようと標的に向かって走り出す。

 

 そうはさせじと、異形はもう一方の腕を地に突き刺し、更に手前で根を放出させた。

 

 放出された根を難なく盾で防いだハベルであったが、人型が両腕を地面へ突き刺した状態で低い唸り声を上げると、根がそのまま成長を続けたのだ。

 

「なっ!? ・・・・・・くっ!?」

 

 急成長を遂げ続ける複数の根の勢いに盾が弾かれ、ハベルの岩鎧を打突する。冒険者が装備する鋼の鎧をいとも容易く貫通する程の威力を誇る奴の根は、いくらハベルの鎧であれダメージを与えるのに充分であった。

 

 吹き飛ばされ、地に放されたハベルを一瞥し、異形は樹木の身体をギシギシと上下に揺らしながら先程の低い唸り声とは違う甲高い音を挙げた。それは苦しむハベルを嘲笑うような、明らかに知性を感じさせるものだった。

 

「・・・・・・ぬう」

 

 肺の空気を全て持っていかれた感覚が残りつつも、ハベルは無理矢理立ち上がる。村の現状や既に死人が出ている以上、この異形を野放しにするわけにはいかなかった。

 

―――何としてもここで仕留めなければ・・・出し惜しみなどしていられん!

 

 ハベルは斧槍を収納し、『呪術の火』を右手に起こした。そして、黒騎士の盾を収納して彼が新たに取り出した盾は、自身の名を冠する岩の大盾であった。

 

「・・・『ハベル』の力、とく味わえ!」

 

 『ハベルの大盾』を正面に構えると、彼の全身は鋭く尖った岩の身体に変化した。これこそが後の世代まで岩として讃えられ、ハベルを()()()()()()たらしめる戦技『岩の体』である。

 

 突如として変貌を遂げた盾の勇者に異形はたじろぐも、すぐさま地面に腕を突き刺して根を張らせた。トドメと言わんばかりに、ハベルを包囲するように根を張り巡らせる。

 

 しかし、先程と違って彼は盾を構えもせず、こちらにゆっくりと歩くばかり。その緩慢とも言える動作からは警戒も何も感じられなかった。

 

「ママ、こっちは全部やっつけたよ!」

 

「ええ、フィーロ。あとは・・・・!? 危ないっ!! ハベル様!!」

 

「よけて、パパッ!!」

 

 目立った被害もなく魔物の殲滅をこなした従者二人であったが、主人の戦況を見た二人は声の限りに叫んだ。だが、そんな二人の声が届く前に無情にも、多数の鋭い根がハベルの周囲に展開され、その身を覆い尽くすほどの根が彼を襲った。

 

 惨憺たる光景を目の当たりにしてしまった二人は瞬時に顔を青ざめ、人型はまたギシギシと身体を揺らして嘲笑する。なまじ知性が存在している故か、勝負あった・・・と人型は確信してしまっていた。

 

 だからなのだろう、目の前から飛来した大きな火球の直撃を異形は許してしまった。

 

「オオォォォォォーーーーッ!?」

 

 パチパチと燃え盛る音、さも苦しげな音が異形から発せられる。火球が飛んできた方向には既に何も無かったかのように根の包囲網から脱し、尚も異形に歩むハベルの姿があった。

 

 異形は苦しみ悶えながらも、すぐさま片手を地面に抉り込ませて根を向かわせる。だが、根はハベルに到達する前に、その身に纏った棘状の岩によって逆に粉砕されていく。そして、そのままハベルは岩の如くどっしりとした歩みで着実に、異形へと距離を詰めていった。

 

 鋼の鎧すら容易に打ち破るはずの根が、目の前の岩を砕けぬどころか破壊されていくこの現状に、異形は理解が追いつかずそのまま根を張り続ける。対してハベルはダメージを受ける様子も、躱すこともなくただ黙々と歩み続けた。

 

 そして、無駄なあがきだと教えるようにハベルの右手から炎が猛り、そして再度発射される。大きな火球は異形を包み、爆風をあげながら樹木の体を焼き尽くした。

 

「あれが、盾の勇者の・・・いえ、ハベル様の力なの・・・!」

 

「パパも変身できるんだ・・・すっごーい!」

 

 もはや二人にハベルが負ける事など考えつかなかった。

 

 苦痛でギシギシと身体を揺らす異形であったが、その間にもハベルは進み続け、遂には目と鼻の先という所までになった。

 

「オオ・・・オオオォォォーーーッ!!」

 

 身体中に火が纏わり付き、ボロボロに果てようとも、異形は観念することなく自身の周囲に根を張り巡らせ、ハベルとの間に壁を形成した。時間を稼ぎ、植物型特有の自己再生を狙っての行動である

 

 だが、如何なる障害も真正面から突破するのがハベルの戦士だ。彼は呪術の火を引っ込めると、己の中で一番の破壊力を誇る得物を握った。朽ちぬ古竜の牙をそのまま武器とし、ハベルの戦士を象徴する大槌『大竜牙』を、ハベルは勢いをつけて叩き付けた。

 

 堅固な筈の根は簡単にひしゃげられ、壁は微塵に破壊された。そのすぐ向こうには自己再生を始めて無防備な異形の姿があり、表情は無くとも其処には一遍の希望すら見受けられなかった。

 

 本来であれば両手に持ち替えて振り下ろせば、壁ごと奴を屠る事も可能であったが・・・やはり勇者の加護など碌なものではないと改めて思うハベルであった。

 

「タ・・・タテェェ・・・・ッ」

 

 目の前の勝利に一喜一憂すること無く、ハベルはただ淡々と大竜牙を振り下ろした。

 

 

 

 目の前の異形が灰燼に帰すのを見届けたハベルは、ちょこんとその場にへたり込み安堵の息をついている従者の方へ顔を向ける。二人が無事なことにハベルも安心しつつ、馬車へと戻ろうとしたその時、異形の灰からチャリッと何かが落ちたことに気が付いた。

 

 何気なしに拾ったそれは聖職者が持つようなロザリオであった。剣、槍、弓の三つが折り重なった銀のロザリオであった・・・・・・。

 




当作品のフィーロの服は人形ちゃんとアリアンデルのお嬢様を足して二で割ったようなものです。


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EP24 不死の在り方

PSnowにデモンズソウルあるやんけ!

早速契約しよ!

心が折れそうだ・・・←イマココ

アンバサー!!


 更なる魔物の追撃を考慮した盾の勇者一行は、なんとか救出に成功した亜人と獣人の冒険者二名の案内の下、村人達が避難しているというキャンプ地へと足取りを進める事とした。

 

 馬車の中で応急手当を受けつつ、なんとか話ができるまでの冷静さを取り戻した二人にハベルは目的地であるレルノ村の状況を問うが、二人も通りすがりのため詳しい事はよく分からないらしい。

 

「俺とキーネは夫婦で冒険者を始めてよ。レルノ村の連中から中心部の様子を見てきて、いくらか魔物を倒してきて欲しいと頼まれて・・・盾の勇者様の助けが無けりゃ、今頃は俺達も・・・こんな事になるなら、二つ返事で受けなきゃ・・・俺の所為でガクは・・・」

 

「ギー! 勇者様の前でみっともないよ! 済んじまった事は仕方ないだろう。あんたそんなんで、騒動が終わってからガクにきちんとお別れ言えるのかい? あたし等は冒険者なんだ。いつ逝っちまったって覚悟はできてるはずだろう? ガクだってきっと、あんたがメソメソしてるとこなんざ見たくもないさ」

 

 体に巻いた包帯に染みができるほど涙を流すラビット種の亜人ギーの背中をバシン! とひっぱたき、フォックス種の獣人キーネは励ましの言葉を掛ける。どうにもならなかったとは分かっていても、救えなかった命に心を痛めるのは、ラフタリアも同じだった。

 

「・・・とっても立派な方だったんですね。今のメルロマルク王都で私達(獣人/亜人)に偏見を持たずに一緒にいられる方なんて、滅多にいませんから」

 

「ありがとうなぁ、ラフタリアさん。そうとも、短い時間だったがガクは良い奴だった。奴隷だった俺達を買ってくれて、一緒に冒険しようって言ってくれてよう・・・命の恩人だったんだ」

 

「・・・なんだか、ハベル様みたいですね。私も元奴隷でハベル様に―――」

 

「知ってるよ、盾の勇者様方の話はすっかり有名になっちまってるからね。最近じゃ専ら、勇者の証であるフィロリアルクイーンを仲間に加えた事で持ち切りさ・・・セーアエットの領主様が最初の波で死んじまってから、今のメルロマルクじゃアタシ達の居場所なんてあったもんじゃない。そんなときガクは盾の勇者に憧れてって、アタシ達を買ってくれたのさ。三勇教が国教と定められてんのに、よくもまあ・・・ドが付くほどお人好しな奴だったよ。ほんと神様は残酷な事をするもんだ」

 

 ハァーっと深いため息を漏らしながら、一条の涙が彼女の毛皮を伝う。キーネの悲しみの涙を目で追うラフタリア。その時の従者の顔つきは、まるで幼少期の頃を思い出させるような辛さを負っているように、ハベルの目には映っていた。

 

 夫婦冒険者二人が口にした通り、四聖勇者の行動はメルロマルクを越えて滞る事無く広がっている。勇者として活動するというのはそういうことだ。多かれ少なかれ、人々の思想や言動に影響を及ぼす。ハベルの場合、まだまだ悪評が目立つ一方だが、差別の対象である獣人や亜人等にとっては、正に希望の星であると言う。

 

 だが、ハベル自身は自らを全くそのように思ってはいない。今のハベルが存在するのは、ソラールとラフタリアが居てくれたからこそだ。生命の理から外れた不死の自分が、少なからずとはいえそのような英雄的に思われて良いものか・・・と、どうしても感じてしまう。そしてなにより、自らの所為でガクという人物の生を歪めてしまったのでは無いのか、とも・・・。

 

「・・・・・・ぬぅ」

 

「と、ところで勇者様、ずっと聞きたかったんだが、何で勇者様が三勇教のロザリオなんかを持ってるんだ? もしかして勇者様は・・・」

 

「バカな事言うもんじゃないよあんた! アタシ等の勇者様がそんな事・・・大体、肝心の盾が無い宗教に属したって勇者様に何の得があるってのさ!」

 

「・・・ぬ? 貴公、これがか?」

 

 ハベルは確かめるように、皆の前へロザリオをかざした。ラフタリアは初めて見るのか興味深げにデザインを確認していたが、夫婦は吐き気を催すような顔つきでそっぽを向いた。

 

「確かに、盾だけがデザインに組み込まれていませんね。ハベル様、これを何所で?」

 

「・・・あの魔物が落としたものだ。とりあえず回収はしたが・・・」

 

「なんだって!? 三勇教め、今度は一体何を企んでやがる! 勇者様、悪い事は言わねえ。絶対に奴らと、もしくはそんなのを拝んでる奴らとは関わりを持たねえ方が良い!」

 

「クソッ!! あのゴミカス宗教家共が! いいかい勇者様。三勇教ってのはね、その名の通り盾以外の四聖勇者を信仰する碌でもない宗教だよ。それだけならまだ良かったんだが、こいつがシルトヴェルトの盾教と同じくらいには醜悪でね。人間至上主義を謳っているお陰で、アタシ等のような非人族の差別を正義としてるんだよ。災厄の波の影響もあって、何所の国もそんな極端な輩は減ってきたと思ってたのに、いざ四聖勇者が召喚されたらこれだよ! 全く嫌になるったらありゃしない!」

 

 人が変わったかのような拒絶を見せる二人に、従者は思わず主人と顔を見合わせた。

 

 成程、確かにあの亜人嫌いの国王が気に入りそうな宗教だと納得する一方、盾の勇者だけで無く信奉する者を殺し、憎悪を撒き散らしていたあの異形、今回の事件と無関係ではなさそうだ、と二人は心に留める。

 

「パパー、見えてきたよ!」

 

 手綱を付けず自走しながらフィーロは馬車の中にいる父へと声を張り上げる。

 

 村の殆どの人口が集まって形成されたキャンプ地であるため、それなりに規模も大きく目立っていた。フィーロが集落へ辿り着いた途端、険しい顔をしながら何名かの村人が農具をもって近付いてくるが、先に夫婦等が降りて顔を見せると幾らか彼らの警戒は解けたようだ。

 

「おお、冒険者殿! その怪我は!? もう一人の方は馬車の中ですかな?」

 

「すまない村長さん、村の内部に入ってからすぐに魔物に襲われて・・・もう一人は死んじまった。勇者様が助けに来てくれなければ、今頃は俺達も・・・」

 

「なんと・・・それは、その・・・すまない事を頼み込んでしまった。しかし勇者というのは・・・ッ!!」

 

 初老の村長は馬車から出てきたフルプレートの岩鎧を見て唖然とする。よりにもよって助けてくれた勇者とは、メルロマルクにて罪人とされた盾の勇者であった。

 

 他の村人もざわつき始めると、後から出てきたラフタリアと人間に変身したフィーロは揃ってムッと表情を曇らせる。他の地域でもまるで打ち合わせたかのように同じ反応をされる為ある程度の予測はできるが、やはり主人に向けられる負の感情に対して従者等が慣れる気配は一向に見られなかった。向けられている当の本人が馴染むところまで甘んじているのもどうかと思うが・・・・・・。

 

「・・・なあ、村長。分かってるとは思うけどさ・・・」

 

「っ! ああ、いえ、その、そんなつもりでは・・・盾の勇者様! お願いです、我が村をお救い下さい!」

 

 ジトッと目を細めてギーが村長に訴えかけると、すぐに現状を思い出したのか切羽詰まるまま村長は勇者一行へと頭を下げた。

 

 いくら勇者と言えども、罪人に村の命運を託す事に他の村人は納得していないのか、いつも通り従者等の感じている嫌な雰囲気は消えない。キーネは見え透いた態度にハンッ! と鼻を鳴らすが、それでもハベルは構う事無く、村長に頭を上げるよう促した後、いつも通りに話を伺うのだった。

 

 そうして亜人・獣人夫婦は馬車の近くで待機させ、ハベル達は「まずはこちらに・・・」と村長に案内されるまま、キャンプ地で一番大きなテントの中へと通された。中に入って早々、惨憺たる光景にフィーロはハベルの後ろへ無意識に隠れ、ラフタリアは咄嗟に口元を覆った。

 

 テントの中は弱り切った子供が余すところなくベッドに寝かされており、その半身からは皮膚を突き出るように青々とした植物が侵食していた。形状を観察すれば、例の町を覆っていた種類と酷似しており、明らかに個々の人間を苗床としたおぞましいものである。

 

「ママ、ここイヤな感じがするよぉ・・・」

 

「こ、これは・・・どうしてこんな事に・・・」

 

「村を例の植物が覆ってしまい、しばらくすると子供達が次々とめどなく・・・・・・勇者様のお力でこの病は何とかならぬものでしょうか?」

 

「・・・・・・ぬう」

 

 助けたいのは山々だが、亡者の感覚からしても全員のソウルは酷く掠れており、既に危篤状態に陥っていた。試しに一番手前のベッドに寄り、苦しむ男の子の手を優しく握り、もう片方の手に『粗布のタリスマン』を握りしめ、ハベルは《回復》の奇跡を詠唱する。しかしながらハベルの予測通り、奇跡の効果は有っても植物は取り除かれず、回復した分の生命力をまた搾取され、ソウルの輝きは失われてしまう。

 

「・・・馬車の中には薬があるが、この様子では延命にもならんだろう。これは・・・呪いの一種だ」

 

「の、呪い!? そんな!? 三勇教の話と違うではないか!」

 

 思い当たる節があるのか、村長は聞いて間もない単語(三勇教)を口にしながら憤慨する。これで、あの異形と三勇教の関係性がハベルの中では一層疑わしいものになっていく。

 

「・・・元を断たん事にはどうする他もあるまい・・・貴公、詳しく聞かせてはくれないか? 一体この村で何があったのかを」

 

「そう・・・ですな。村の者達を至急集め、全てお話しします」

 

 肩をガックリと落とし、失意の底に落ちたまま村長は外へと出て村人達に声を掛けていく。病人達の前で話を聞くわけにもいかないため、ハベル等もまた馬車の方へと足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

「我がレルノ村では代々から土地の状態があまり良いものではなく、年々作物が育ちにくいのですが・・・今年は最も酷く都からの援助や外部から買い入れるだけでは足りないほどの飢饉に悩まされていました。そんな時、丁度三勇教の信徒様が二名来訪されました」

 

 キャンプ地の中で動ける者達の殆どが盾の勇者を囲むようにその場に座り込み、村長の話と今後の彼らの動向について耳を傾けている現状。

 

 村の危機だというのに、何人かはその手に農具を持ち、ハベルとその横に座る亜人夫婦への警戒を解かぬ者達がいた。援助を受けていたと言う村長の口ぶりから察するに、元々国教である三勇教も今まで根深く関わっていたためだろう。彼らの何人かは今も尚、熱心なその志にさぞ忠実なようだ。

 

「話を聞いて下さった信徒様は槍の勇者様より頂いたという、メルロマルク国内の遺跡にて封印されていた種を持ってきて下さいました。なんでも飢えに苦しむ民達のために錬金術師達が作り上げた傑作の一品『奇跡の種子』だと仰っておりまして・・・」

 

「・・・・・・何? モトヤスが?」

 

「ハベル様、それってあの魔法石を取りに行った場所の・・・」

 

 村長の話が事実なら、心当たりがある所の話では無い。確かに宝箱の中身は既に空であったし、記憶が正しければすぐ横の碑文には“封印を解くな”といった内容が書かれていた筈だが・・・古代語であるが故、解読できるものは限られているのを考えれば、元康と信徒等がその事実を知っていたとは考えにくいだろう。

 

「最初はその名の通りでした。枯れた土地だというのに、植えてから間もなく成長を始め、見上げるほど大きく立派な大樹になりました。果物から野菜まで幅広く、様々な実を付ける植物に皆は大喜びでした。ところが大樹の成長は留まるところを知らず、村ごと飲み込まれてしまい・・・」

 

「今に至る・・・か。貴公等、何か対策は施したか?」

 

「ええ、まあ・・・火で焼き払ったり、蔓を刈り取ろうともしたんですが、大樹から生まれた植物の魔物共が押し寄せてきてしまい・・・あの呪いの影響もあって、作業どころではなくなってしまいました」

 

 一般に魔物というのは余程の腕利きでも無ければ、バルーンであれ農具で倒す事は不可能である。だからこそ荒くれ者にもうってつけの冒険者という職業が存在するのだが、元々飢饉に苦しむ村にそれらを定期的に雇うほどの余裕は無く、必然的に詰みの状況が生まれてしまう。

 

「ちょっと待ちなよ。そう言えばその種を持ってきた信徒様はどうしたのさ? まさか・・・」

 

「ええ、村が悲惨な状況になる前に姿を眩ましてしまわれました。おそらくは・・・」

 

「はっ! 手に負えなくなったんで、自分達だけとんずらこいたってかい? 流石だねえ、やる事が違う。どうせなら責任とって、お得意の『神の国』とやらに召されれば尚更立派だったろうにさ!」

 

「この獣風情が! 黙って聞いていれば! お前等だってオメオメと負けて帰ってきたんじゃないか!」

 

「っんだってぇ!! アタシ等だってガクのお人好しが無けりゃ、誰がわざわざ間抜けでおまんまも禄に食えないあんたらの依頼なんか無償で受けるかい!」

 

「もう二人とも! けんかは、めーっ! だよ!」

 

「キーネ、落ち着いてくれよ。ここで争ったってどうしようもないじゃないか!」

 

 興奮したレルノ村の若人にフィーロが立ち塞がり、その若人に全身の毛を逆立てて今にも飛びかからんばかりのキーネを羽交い締めにして宥めるギー。彼らの喧騒なやり取りを横目に、ハベルは手元のロザリオを握りしめ、唸り声を挙げる。

 

「・・・やはり、呪いに呑まれた者か」

 

「勇者様? 今、何と?」

 

「・・・いや。それよりも貴公、他に何か知り得た事はあるか?」

 

「ええ。私達も何とかできないかと対策を調べはしました。すると、私がまだ子供の頃から村に伝わっている伝承に行き当たったのです。かつて、この辺りを根城にしていた錬金術師がとある術の研究を行っていたこと。其奴等の実験の所為か、一時的に異常なまでに植物が生い茂り、飢饉を脱する事ができたこと。しかしその後、植物が自我を持ち始めたと訴えた錬金術師が村に来訪し、その植物を焼き払って厳重な封印を施したとも・・・」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなお話があったのに、だれも怪しいとは思わなかったの? しんとさまって人が持ってきたって種は、そのれんきんじゅつしの種なんじゃないの?」

 

 話を聞いたフィーロは疑問を抑えきれずにぶつけるが、村長だけでなくその場の村人全員が彼女から一斉に視線を逸らした。幼子の問いに誰も答える事ができない村人等の様子にキーネはハンッと鼻を鳴らし、またギーがそれを窘める。誰も質問に答えない事にフィーロは更に首を傾げるが、見かねたハベルが代わりに助け船を出した。

 

「・・・無理もあるまい。今まで援助を行ってきた国教の信徒が持ってきたものだ。何より、飢饉に苦しむ中で選択の余地は無かっただろう・・・他ならぬ四聖勇者のお墨付きもあれば尚の事だ。疑いの目を持つだけでも、失礼に当たるというものだ」

 

「・・・どうしても断れなかったってこと?」

 

「・・・そういう事になるな」

 

 村の者達を気遣って出した父の答えに納得の意を示すフィーロ。ただ、それでも彼女はそういう人間が持つ“面目”や“建前”のような気持ちを理解する事はできなかった。

 

 事実、少し調べれば分かるような危機が、三勇教の提案を聞いてしまったが故に引き起こされている現状を見れば尚更だろう。大人の人間というのは難しいものだ、と感じざるを得ないフィーロであった。

 

 そうして事の全てを伝え終わった所で、村長は懐から大きめの金袋を取り出し、ハベルの前へと跪いた。

 

「村からかき集めた魔物の討伐費は、前金で全額お支払いします。どうか、我がレルノ村をお救い下さい! 盾の勇者様!!」

 

「・・・馬車の中には薬がある。呪いが解かれ次第、子供達に飲ませると良い。全部使って貰って構わない・・・・・ラフタリア、フィーロ、行くぞ」

 

 村長から金袋を受け取る事無く、ハベルは淡々と説明を口にしながら従者に号令を掛けた。元気な二人の返事が響き、いつもの通り主人へとついて行く。その後ろで、中身がたっぷりの金袋を手に持ったまま「あ、あの・・・」と村長が言い淀む。そんな行き場を無くした両手を差し出し続ける彼にハベルは振り返り、冷静に告げた。

 

「・・・今回の騒動、元を辿れば四聖勇者にも原因がある。正すのであれば、同じ四聖勇者が正さねばならんだろう・・・その金は後の復興に用いると良い。村の現状を鑑みるに。何かと入用であろう?」

 

 盾の勇者の言動に、レルノ村の全員はまず彼の正気を疑った。それはつまり何の見返りも無いまま、彼の言う勇者の志だけで村の問題を解決しようというのだ。明らかに異常という他なかったが、亜人夫婦だけはそんな盾の勇者一行の姿に大興奮である。

 

 正に幼い子供のころから故郷で言い聞かされてきた伝説の勇者様。そんな彼に何とか助力はできないものかと、村の外へ足を向けるハベルに二人は駆け寄った。

 

「なあ勇者様! 俺達もついて行くよ! 俺だってガクの仇を討ちたいんだ!」

 

「・・・傷の方はもう大丈夫なようだな。なら、貴公等には村の防衛を頼みたい。いつ何時、奴らがこの村を襲うか分かったものではないからな」

 

「クゥゥーーッ! やっぱ違うねアタシ等の勇者様は! どこぞのぼんくらとは大違いだよ! やることなすこと心構えも、勇者ってのはこうでなくっちゃ!」

 

「・・・それと貴公、あまり村の者達と波風を立てないで貰えると助かる。彼らとて被害者である事に変わりないのだ・・・分かってくれるか?」

 

「おっと、そいつは悪かったね。どうにも昔からこの口が悪くってさ。気をつけるとするよ」

 

 普段から気が強く、他人に反発する事が多い獣人の彼女も、盾の勇者の頼みとあれば喜んで従った。

 

 ハベルの姿を一目見ては酷く怯え竦む人間達、片や憧憬の眼差しを向け、まるで英雄に会合したかのように気勢高まる亜人と獣人。その光景は三勇教に関わりを持つ者には耐えがたいモノであった。

 

「そんな調子の良い言葉を並べて、本当はそのまま逃げ出すつもりだろ! 悪逆非道な盾の罪人なんかに何ができるってんだよ・・・」

 

 だからなのだろう。先程(よりにもよって盾の勇者の)幼子に窘められた若人が、心にも無い言葉を口走る。その若人に同調するかのように、三勇教を信仰している何人かの村人等も細々と疑念を口にし、やがて全体へと広がっていた。

 

 あまりの村人等の態度に冒険者夫婦の瞳が獣のようにギラつくが、当の盾の勇者からいざこざを起こすなとお願いされているため、二人は歯を噛み締めてグッと自分の気持ちに蓋をした。しかし・・・・・・。

 

「・・・なんで? どうしてなの? ・・・・・・なんでそんなにパパの悪口を言うの!! パパがみんなに悪い事したの?! パパとママはみんなを助けようとしてるのに! なんで―――」

 

「・・・・・・フィーロ、行くぞ」

 

 ここ最近でも特に酷い村人等の態度に、まだまだ幼子のフィーロは遂に溜まっていた鬱憤を吐き出すよう、蒼い瞳に涙を目一杯にじませながら叫んだ。その声は怒りと悲しみで震えていたが、そんな彼女を遮るようにハベルの指示が耳元に届く

 

「でも、パパ! みんな―――」

 

「・・・行くぞ」

 

 ハベルの声色が一トーン下がる。それは、彼が何を言われようと絶対に曲げぬ時であることを、フィーロはよく分かっていた。しかし、分かってはいても納得のいかない彼女は亜人夫婦と同じように歯をグッと食いしばり、涙を溜めながら父の元へと駆けて飛びつくように手を握った。

 

 ラフタリアは悔しげなフィーロの背中をさすり、亜人夫婦に頭を下げた。

 

「今は皆が協力する時です。キーネさん、ギーさん。ガクさんの仇は必ずとって見せます! ですのでどうか、レルノ村の事はよろしくお願いします」

 

 しかし、彼女も思うところがあるのだろう。村人等までに届くような大きな声でハキハキと二人に伝えたのだ。彼女の願いにすぐさま揃って頷く二人を見届けると、チラリと村人等へ視線を移した後、主人と共に戦地へと赴くのであった。

 

 

 

「・・・・・・パパはくやしくないの?」

 

「・・・・・・ぬ?」

 

 大樹から生成されたであろう植物型の魔物達を殲滅し、着々と村の中枢へ足を運んでいるその道中にて、彼は娘から投げつけられた疑問に首を傾げた。

 

「フィーロはとってもくやしいの! パパはなんにも悪い事はしてないんでしょ? なのにどこへ行ってもみんなパパの悪口ばっかり・・・でもパパは勇者だから、助けるのがお仕事なんだって・・・分かってるけど、分かってるんだけど! フィーロはなんだかとってもくやしいの!!」

 

「・・・・・・ぬう」

 

 彼女の言わんとしている事は、何となくではあるがハベルには伝わっていた。だが、それが果たしてハベル本人に納得がいくかと言われれば難しい話である。百年の時を優に超えて生きてしまった不死人にとって、蔑まれ忌み嫌われる事こそが凡常であり、先程の亜人冒険者達の反応が異質なのである。

 

 世界そのものが変わり、取り巻く常識が変化しようと、ハベルの中に根付いた価値観は早々拭えるものではない。しかし、村を出てから八つ当たり気味に力の入った戦い方をするフィーロに、そのような説き方では納得しては貰えないだろう。

 

 分かってはいるが納得できないのは、ハベルも同じであった。一体、何をどうすれば、生命の理から外れた化物である亡者を認めてくれ、などと言えるだろう。不死人を悪とする『白教』の下で不死狩りが正義とされていた時代からその考えが根本にあるハベルには、どうしても怒れる娘を宥める事ができないでいた。

 

「ねえ、フィーロは皆が食べた事無いけど美味しくないって言う食べ物を食べたいって思う?」

 

「えっ・・・と・・・美味しくないならフィーロも食べたくないって思うけど、どうしたのママ?」

 

 ぐずるフィーロの頭を優しい手つきで撫でながら、なんでもないようにラフタリアは語りかけた。話の繋がりが見えなかったフィーロは、上目遣いで彼女の意図を読み解こうとする。

 

「でもフィーロが食べてみて、本当はとっても美味しかったら?」

 

「んーっとね、みんなは食べた事無いんだよね? だったらフィーロが美味しいから大丈夫だよってみんなに教えてあげるの・・・・・・あっ!」

 

 母の言いたい事に合点がいき、フィーロの表情がパッと晴れやかになる。一方、こっそりと聞き耳を立てていたハベルはゴトッと岩兜を傾げ、内で眉をひそめていた。

 

「パパも一緒なんだね!」

 

「・・・・・・ぬ?」

 

「そうよ。それに、私達が助けた人達も、最後は笑顔でありがとうって言ってくれたでしょ? みんな悪い噂に騙されてるだけで、本当のパパを知らないの。だから―――」

 

「フィーロ達がかつやくして、教えてあげれば良いんだね! よーし、フィーロもっとがんばる! ぜったい槍の人よりもパパの方が強くてかっこいいんだって、あの人達を見返してやるんだからー!」

 

 声高らかに宣言したフィーロは、沸き上がる気持ちを抑えきれないのか先頭に立つ父を追い越し、魔物の姿を散策する。「もう、フィーロったら・・・」と母性を纏わせるような微笑みを浮かべるラフタリアに、気が付けばハベルは足を止めて彼女を見据えてしまっていた。

 

「ハベル様、どうされました?」

 

「・・・貴公は凄いな」

 

「あ、いえ・・・あれは父と母からの受け売りですよ。私の住んでいた所でも、盾の勇者は亜人以外ではあまり受け入れられなくて。両親の言う通り誤解を解いたら、人間のお友達も沢山できましたし」

 

 唐突に出てきた称賛の言葉にラフタリアは照れから謙遜の姿勢を示す。だが、ハベルがそう思ったのは今に始まった事では無い。口が達者ではないハベルでは、どうにもフィーロの「なんで?」という年相応の質問に答えられぬ事が多かった。勿論それが全てでは無いが、彼女の助け船には何度救われた事か・・・。

 

「・・・事実そうなんだと思います。亜人や人間に限らず、人は“分からない”というだけで“怖い”と思ってしまう生き物なんだって。この身をもって体感しましたから。フィーロの言う通り、分からないなら教えてあげれば良いんですよ。ハベル様は優しい方なんだって。そ・れ・に!」

 

「・・・・・・ぬ?」

 

 ハベルの兜の前に人差し指を立てながら、ラフタリアはハベルへと距離を詰めていく。

 

「私だって、ハベル様が悪く言われるのは凄く嫌ですし傷つきます。例えハベル様がどう思われようとこれは変わりません。分かりましたか?」

 

「・・・う・・・・・・うむ」

 

 目の前まで迫られたラフタリアの気迫に、ハベルは頷かざるをえなかった。そんな彼を見てニッコリと微笑むと、彼女はそのまま先行したフィーロの後を追った。

 

 何と言って良いものか、虚偽ではあるが母となってからの彼女は以前にも増して強くなった気がしていた。無論、今でもハベルによる鍛練は続いているし、一行の動向を決めるのもまたハベルにあるのだが、それとこれと話はまた別という事だろう。

 

 何にせよ、彼女が生き生きと笑っていられる分にハベルは満足していた。それだけは確かな事実である。

 

「パパー!! 早く来て、見えたよ! おっきな木が!」

 

「・・・ぬっ!」

 

 感傷に浸る間もなく、ハベルは瞬時に雰囲気を転化させて二人のもとへと向かった。駆け付けた先にはハベルと同じように顔つきを引き締めて剣を抜く従者と、指を差して感心の意を示す娘の姿。

 

 《ハベルの大盾》と《黒騎士の剣》を展開させてから目線を先へと向ける。色とりどりの花が咲き乱れる広場の中心部、そこにはでっぷりと禍々しいまでに幹を肥えさせた大樹がどっしりと居座るように根付いていた。

 

 幹の上方には大きな蕾が存在し、ハベル等を待っていたかのようにゆっくりと花開いていく。花弁が開かれた内部には細やかに無数の瞳が覗いており、それぞれがおぞましく蠢いていた。

 

―――なんだ、この既視感は?

 

 妙な感覚を抱くハベルであったが、それは大樹も同様だった。血走った瞳を一斉にハベルへと向け、巨体をギシギシと揺らした。すると、大樹に呼応したのか辺り一面に植物型の魔物が溢れかえり、その中には杖を持ったあの異形の姿も見られた。

 

「そんな!? ハベル様が倒した筈じゃ」

 

「臆するな、二人いると言っていたではないか」

 

「ッ! では、やはり・・・」

 

「・・・呪いに呑まれた。まあ、そんな事だろうと思っていた」

 

 聖職者ほど、醜い化物へと成り果てる。ハベルの世界の理と何ら変わりなかった。異形は杖を掲げ、今度はハッキリと人の言葉で詠唱を始める。ハベルに対する鮮明な呪詛が戦の狼煙となるのであった。

 




まじでコロナやばすぎんだろ・・・
だからといって処刑隊の面々はお手元の仕掛け武器を展開しないで(切実)
医療協会の方は治験を諦めて、お手元の注射器を置いて(懇願)

「貴公等、不要な外出は避けるのだぞ! 落ち着くまでの辛抱だ! 良いか不死の諸君、消して振りなどでは無いからな!? この俺との約束だ! 守れた者にはこの太陽のメダルを贈呈しよう!  ではな貴公等! 太陽万歳!!\(T)/」


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EP25 呪いの呪腹

すみません、今から綴るのは言い訳みたいなものです。私、田舎の医療従事者な訳ですが某ウイルスにより忙殺されていました。再び筆を執る気も時間も無くなったわけですが、複数の読者様のお声もあって細々と書いておりました。以前のような更新速度には成り上がれないと思いますが、今後とも感想返信なり頑張っていきたいと思います。これからもハベル等の綴る盾の勇者冒険記をよろしくお願いします。


「《ツヴァイト・・・アクア・・・スプラッシュ!!》」

 

 確かな呪詛を纏った言葉が巨大な水泡を作り出し、それら全てが散弾となってハベル一人に集中して襲いかかる。事前に『ハベルの大盾』を構えていたお陰で防ぎきったものの、連続する水弾の勢いでスタミナを一気に削られ、耐えきれず地に膝を突いてしまう。

 

「・・・・・・ぬぅ!?」

 

「ハベル様!?」

 

 誰よりも頑強な強靱を誇るはずのハベルが受け身で膝を着かされる・・・初めて目にした彼の光景に、従者は思わず駆け寄った。

 

「パパ!! むーっ! あいつもパパをいじめるなんて!!」

 

 それにしても、すぐ隣には彼の従者も位置していたというのに、わざわざ散弾全てを集中させるとは・・・。魔物故に自制が無になったとはいえ、盾の勇者にどれほど私怨を抱いているか・・・それは常人には決して計り知えるものではないだろう。

 

 

「・・・・・成程な」

 

 ラフタリアが主人の傍へと駆け寄り、フィーロが頬を膨らませながら異形に向けて怒りを向ける最中、ハベルは肩で息をしながら思考をまとめていた。奴の狙いが自分にしか向けられていないとするならば、と・・・。

 

「・・・まずは目障りな雑兵を片付ける。フィーロ、範囲魔法は撃てるか?」

 

「うん! でもあいつら全部をまきこむなら、ちょっとえいしょうに時間がかかっちゃうけど」

 

「・・・充分だ、それで構わない・・・ラフタリアはフィーロが邪魔されないよう護衛に回ってくれ」

 

「分かりました。ハベル様は?」

 

「・・・私は、このまま奴らに突っ込む・・・フィーロは詠唱が済み次第、魔法を私に放て」

 

「うん! フィーロ分か・・・へっ!?」

 

 突飛な発言に思わず素っ頓狂な声を挙げてしまうフィーロ。彼女が聞き返す間もなく、ハベルは既に『大竜牙』を手元に展開させ、敵陣へと突っ走っていた。何か聞き間違えたかと思うくらいに、フィーロは不安げな面持ちで母の顔を見やる。しかし、フィーロと対照にラフタリアは真っ直ぐな眼差しをハベルに向け、迷わず魔物達へと切っ先を合わせていた。

 

「ママ、良いのかな? 本当に、パパに魔法を?」

 

「・・・大丈夫よ、フィーロ。なんて言ったってパパは盾の勇者なんだもの、信じましょう。私達は私達のできる事をして、パパを助けないとね!」

 

 気丈に振る舞う彼女だが、実のところ心配の程度はフィーロとあまり変わりなかった。ハベルとの付き合いはこの世界で一、二の自信があるが、未だ戦いにおいて彼の胸中を読み取れない事が多かった。

 

 今すぐにでもハベルの後を追い、フォローに回りたい気持ちでいっぱいだったが、彼の語った采配で要と成るのはフィーロであった。ならば主人の期待を裏切らぬようにラフタリアがすべきことは一つ。フィーロが確実に魔法を成功させる為に、ましてや幼き彼女を一人にして不安にさせる訳にもいかないだろう。

 

「パパを助ける・・・うん! フィーロ、信じるよ!『力の根源たるフィーロが命ずる』」

 

 決意を固めたフィーロの詠唱を背に、ハベルは勢いを殺す事なく突貫する。あまりに無謀ゆえ予想だにしなかった彼の行動に異形は少しばかり怯むも、すぐさま唸り声を上げては杖を盾の勇者へと向ける。それに呼応した周りの魔物達は盾の勇者へと向かって溶解液や種の弾丸を飛ばし、さらに何体かは身体の蔓を鞭のようにしならせて接近を試みた。

 

「『理を今一度読み解き』」

 

 接近してきた魔物を大盾で押し返すようにいなし、弾丸や蔓の鞭を受け流して尚も距離を詰めていく。そして異形の真正面、陣の中心にて魔物達の攻撃が一斉にハベルへと降り注ぐその瞬間、彼は『ハベルの大盾』を掲げた。

 

「・・・『ハベル』の力よ!!」

 

 そうして彼は再度、神話から継承されてきた力を解き放ち『岩』と成った。異形の根や魔物達の蔓、溶解液、種子の弾丸など悉くが岩と成った彼を直撃するも、それらが岩を崩せる道理があるはずもない。敵の反撃に間髪入れず、ハベルは大竜牙を腕力の限りに振り回し、寄ってきた魔物を根こそぎ薙ぎ払った。

 

「『激しき旋風を巻き起こし、彼の者たちを吹き飛ばせ!』」

 

 前衛の半数が磨り潰された瞬間、ハベルの後方から巨大な魔力を異形は感じ取った。視界を魔力の方へと向けると、そこには今まで気にも留めていなかった盾の従者(オマケ)の姿が。そして、ようやく目の前の勇者が囮である事に感づいた異形は咄嗟に唸り声を上げて指示を飛ばし、比較的足の速い魔物達を向かわせた。

 

 岩と成り、重量が格段に増して鈍重なハベルの横を魔物達が次々と抜き去るのを見届けると、更に異形は万が一を考えたのか、杖を魔力の元である銀髪の幼子へと向けて詠唱を始めた。そう、異形はハベルから目をそらしてしまったのだ。

 

 フィーロに気が付いた異形の動向を察したハベルは、岩と成った自らの身体を力尽くでドスン!と転げ、無理矢理にでも異形へと距離を詰める。そして、無防備を晒している異形へ大竜牙を振り上げ、固い樹木を纏った腕部をものの見事にへし折った。

 

 グシャリ! と、まるで人骨が砕けるような不快な音と共に異形がよろめいたところで、更にハベルは胴体部へと大竜牙を突き出す。堅牢であるはずの樹木の殻皮がひしゃげる音を響かせながら、異形は大樹とは反対に吹き飛ばされていく。致命の一撃にまではならずも手応えは確実であり、異形は自己再生に時間を有するあまり、しばらく立ち上がれずにいた。

 

 一方、ハベルを抜いた魔物達も、指示通り待機していたラフタリアが迎え撃つ。振るわれた蔓の鞭をステップで躱し、懐に潜り込んで心臓部の核を直剣で刺し穿つ。複数の蔓が腕に巻き付かれたときには、鍛えた筋力にモノを言わせて逆に引きずりあげ、まとめて斬り捨てては、着実にフィーロへと向かう筈だった魔物共の頭数を処理していく。

 

 何より好都合だったのは、司令塔である異形がやられた所為で指示が滞ってしまった魔物達が本能の赴くまま、近くに位置していた亜人の従者だけに狙いを定めてしまっていた事だ。それこそ正に現状は、ハベルにとって理想の展開であった。

 

「行くよ、パパ! 『ツヴァイト・トルネェェェェド!!』」

 

 ラフタリアの護衛が功を奏し、想定よりも早くに詠唱を終えたフィーロが両手に溜めた魔力を一気に解放する。長い銀髪をなびかせながら放たれた激しき双の竜巻がラフタリアを避け、ハベルの元へと合流して巨大な竜巻へと変化する。

 

 ツヴァイト級の威力を遙かに超える魔の風により、ハベルの周囲に位置していた多くの魔物達は諸共に巻き込まれ、竜巻の中で生じた真空の刃で切り裂かれていく。しかし、異形を始めとした鋼の剣すらも弾くほど堅固な樹木の外皮を持つ魔物達には致命を与えられず、その多くが竜巻の中でも平気で立っていられる状態であった。

 

 だが、それはハベルも同じ事。今のハベルが手にしている大竜牙には使用者に魔法の耐性を与える古竜の加護がある。かつて世界を支配していた古竜の加護、それに加えた岩の鎧。そして何より、エルハルトから賜った頼もしき勇者のマントが娘の風刃からハベルを守ってくれていた。

 

 そんな吹き荒ぶ旋風の中、ハベルは大竜牙を背負い、空いた手に呪術の火を発現させる。真空の刃が飛び交う暴風の最中でも、決して消える事の無い呪われた火種を猛らせ、『炎の大嵐』を巻き起こした。

 

 ハベルを中心として吹き出した極大の炎柱が暴風で煽られ、やがて一つに混ざり合い炎の渦が形成される。この世界において親和性の高い火と風の属性により織り成される『合体魔法』という業である。

 

 彼の地(ロードラン)では到底成し得ない芸当だが、これは魔術の在り方がより発達しているこの世界ならではの魔力の業だ。厳密には呪術と魔術はお互いに細部が異なる魔法だが、ハベルの持つ勇者の加護が理の結びを強め、親和性を高めたが故に成功へと至ったのである。

 

 真空の刃と共にソウルの業火に晒され、樹木の外皮を持った魔物達は、たちまちその原型を留める事無く焼き尽くされていく。名実ともに炎の大嵐となった合体魔術が収まったときには、広間全体を支配していた蔓は跡形も無く焼け尽くされ、辺り一面の視界が遮られるほど真っ黒い煤が空気中に漂っていた。そして、その場に存在していたのは煤を纏った盾の勇者と焼け爛れて朽ちかけの異形であった。

 

 棘状の岩が身体からポロポロと剥がれ落ち、岩の体を解いていくハベルであったが、その下の岩鎧には傷一つ無く、正に健在そのものである。対しての異形だが、その見るも無惨な様は語るまでも無い。樹木の殻皮が焼け落ちた部位からは人骨が覗き見られ、頭部と思われる部位からは爛れた頭蓋が剥き出していた。

 

「・・・タ・・・テ・・・・・・アク・・・・・・マ・・・・・」

 

「・・・・・・哀れな」

 

 焼け焦げた片腕を伸ばし、大地から根を放出させようと足掻く異形。見るに堪えない姿と成り果てようと、どうあっても消える事の無い殺意の塊を向けられたハベルは、一切の迷いと容赦を見せず、大竜牙を振り下ろした。

 

「ハベル様、ご無事ですか?!」

 

「パパ凄かったね! フィーロの風とパパの炎がゴォゴォ! って!」

 

 煤で視界が晴れぬ中、大地を揺るがすほどの衝撃が放たれた方を頼りに、興奮した様子のフィーロと不安げな表情を浮かべたラフタリアが駆け寄った。しかし当のハベルは二人に目もくれず、《修理の光粉》を『岩の体』の発動で消耗したハベルの大盾へと振り掛けている。

 

「パパどうしたの? みんなもうやっつけたんじゃ・・・」

 

「・・・この感じ、まさか!?」

 

 ハベルの傍まで来たからこそ感じ取れた身の毛もよだつ明確な殺意の波動。宙に舞う灰が不自然に晴れ、見上げるハベルの目線の先には依然として何ら変わらぬでっぷりと肥えた大樹が存在していた。

 

「そんな・・・あれだけの魔法を受けたのに・・・」

 

「・・・ぬぅ・・・さて、どうしたものか」

 

 幾多の加護を重複したハベルでも辛うじて無傷だったというのに、目の前の大樹は何ら堪えず数多の血走った瞳を向けている。空気中に舞う灰を大樹の葉が吸い込み、その腹に蓄えているかのようなおぞましい光景をただ見上げる一行。過去に剣を向けた例の苗床ほどでは無いものの、これほどの大きさと堅固さを誇る相手にハベルは攻めあぐねいていた・・・・・・そんな時である。

 

「ねえ、パパ。もしかしたらフィーロがなんとかできるかも!」

 

 小さな手をブンブンと振り上げて主張するフィーロ。ヌエとの戦い以来、珍しく意見を呈する彼女にラフタリアとハベルは思わず揃って顔を見合わせる。

 

「フィーロ、何か考えがあるの?」

 

「あのねママ! フィーロが練習してる魔法なら、あのかたい木を倒せるかもしれないの! だから、ここはフィーロに任せて欲しいの!」

 

「ほんと!? ・・・でも、まだ未完成の魔法は何が起こるか分からないってフィーロも勉強したでしょ。何か起こってからじゃ危ないわ!」

 

「でもママ! 早くアイツをやっつけないと、村のみんなが死んじゃうよ!」

 

 涙を浮かべ必死に訴えるフィーロに、ラフタリアは思わずウッと息が詰まる。確かにこの子の言う通り、ここでオタオタとしていては村の子供達が呪いの苗床となるのは時間の問題である。

 

 だからといってフィーロの言う魔法がハベルとの合体魔法が通じなかった大樹に効果を発揮するかどうかだが・・・彼女はフィロリアル・クイーンだ。先程の魔法がツヴァイト級とは思えぬほどの威力があったのも事実。その彼女が自信を持つ魔法とならば、他に有効な案も無い以上試す価値は充分にあるのかもしれない。

 

 だが問題は・・・と、ラフタリアは未だ岩兜の下から「ぬぅ・・・」と、唸り声を挙げる主人の方に目線を向ける。一行の中で歴戦の経験を積むハベルも既に従者等と同等の考えなのだが、どうにも首を縦に振れられずにいる様子。有耶無耶な事象が多いまま、フィーロ一人に大きな負担を背負わせる事になる策にどうしても納得がいかないのだろう。

 

「・・・自信があるのね、フィーロ?」

 

「うん! フィーロ、ぜったい成功させてみせるもん!」

 

「分かったわ・・・・・・ハベル様、ここはフィーロに任せてみてはどうでしょう?」

 

「・・・ぬぅ・・・しかしだな、貴公・・・」

 

「『強い想いがあれば、新たな魔術を生み出す切っ掛けともなる』 そうでしたよね、ハベル様」

 

 フィーロはヌエとの戦いから途端に聞き分けの良い子になった。食べ物の好き嫌いをしなくなる事から、最低限の人としてのマナーを身につけ、文字や魔法の勉強を一緒に行う等、嫌な顔一つせずに父と母の教えを守った・・・それはもう不自然なまでにだ。フィーロが初めて戦った強敵であるヌエに見せられた幻覚は彼女の中に深く刻まれ、年相応の自我(ワガママ)を無理にでも封じ込める程には堪えたのだろう。

 

 そんな幼き彼女が父を誹謗され、他者の命が懸かるこの状況下において懸命に自身の考えを訴えている。短い期間ではあるがハベルとラフタリアの想いを傍で感じ取り、ヌエが見せた見捨てられる絶望を断ち切ろうとしている。自身の意思を口に出して伝えるというごく当たり前な行為は、彼女にとってみれば決して容易い事では無いのだ。

 

 これほどの強い思いなら或いは・・・とラフタリアは感じ、悩む主人の背中をあえて押す事にした。

 

「・・・確かにそうは言ったが・・・・・・ぬっ!?」

 

 大樹の葉が周囲に舞う灰を全て吸い上げ、青空が見えるまで視界が晴れ渡った瞬間、激しい地鳴りと共に一帯の地面が揺れ動く。あわあわと従者等の体幹が揺さ振られる中、大樹周辺の地面が盛り上がる。ゴォッ! と勢いのまま大地を突き破り現れ出たのは、四本の大きな太い根であった。

 

 その根で仕掛けてくると踏んだハベルは盾を構えるも、大樹は未だ攻撃の様子を見せてはこない。纏わり付いた土を払いながら、四つの太い根はまるで下肢のように大地へ踏み込んだ。

 

 まさかと思うのも束の間、根はそのまま醜く肥えた大樹の幹を持ち上げる。その様は四肢の獣のようで、正に大樹が地にそびえ立ち、不気味に血走った眼で彼らを見下ろしていた。

 

「あっ・・・ああ・・・パパ、ママ・・・」

 

「・・・な、なんて大きさ・・・」

 

 呪いの大樹から醸し出される迫力と、生物的本能に打ち込まれる程の言い知れぬ恐怖に、その身を包まされた従者二人。植物がひとりでに動き回る。それは植物型の魔物が闊歩しているこの世界においては珍しくもなんともない。現にトレントと呼ばれる樹の魔物がおり、根を器用に稼動させて自律しているのだが・・・。目の前のソレは全てがあまりに違いすぎる。

 

 大樹がゆっくりと、ずしりと鈍重な四肢の根を踏み轟かせながらこちらに向かってくる。

 

 ソウルを感じる術を持たぬ彼女たちでさえ、その身に直に刻まれる圧倒的な差。単なる力だけでは無い。根本である存在そのものから押しつぶされるような畏怖。肥えた腹に溜め込んだ怨嗟に呑まれたのか、振り上げられた足根に立ちすくむ以外の為す術を持てず、その身は竦み、ただ硬直に陥っていた。

 

 そして気づいたときに根は振り下ろされ、正に目前であった。咄嗟にフィーロを庇うように抱きしめるラフタリア。両目をグッと瞑っては来たるべき衝撃に身を任せると共に、戦の中で恐怖に呑まれた己の不甲斐なさを一心に嘆く。

 

(また私は・・・これじゃあの時と同じ・・・こんな・・・・・)

 

 ガァンッッ!! と振るわれた根による衝撃が大地を走る。しかし、従者等の身には何の異変も訪れてはいなかった。恐る恐る目を開け、自身が見慣れた影に覆われているのに気づく。

 

「ハベル様ッ!!」

 

「・・・・・・ぐぅっ・・・」

 

 『ハベルの大盾』を両手で構え、大地を踏みしめ、全力をもって真っ向から質量の暴力を受け止めるハベル。しかしながら力の差は歴然、古竜のブレスを耐えうるはずの岩の鎧を介しても、凄まじい負荷が全身に掛かる。兜の下で苦痛に顔を歪めながらも、大盾を支える両腕を震わせながら限界を維持して身を挺していた。

 

「・・・フィ・・・フィーロ・・・」

 

 未だ母の腕の中で恐怖に震えている彼女の耳に、父の苦しげな声が聞こえてきた。そしてようやく、フィーロもまた現状を理解する。

 

「・・・すまないフィーロ・・・お前の言う通り・・・子供達に残された時間は僅かやもしれん。この化物を倒すには・・・お前の魔法が必要だ・・・私に見せてくれ・・・お前の・・・『想い』を・・・」

 

 父から掛けられた訴えが、フィーロの中で思い出へと変換される。それは、この村に来るずっと前の事・・・とある野営での事だ。

 

 

 

 パチパチと優しく暖かな炎で辺りを照らす焚き火の傍で、ここ最近ずっとフィーロは父から買って貰った分厚い魔法書に目を通していた。しかし、今の彼女の識字はハベルと同等だが読解力はまだまだ年相応である。

 

 加えて彼女は挿絵が少なく、文字ばかりが書き込まれた魔法書に大変辟易していた。小さく可愛らしい顔に眉をひそめ、食後のためかページをめくる度に襲いかかる眠気に奮闘するも、敗色は濃厚であった。

 

 それでも何故彼女は挑み続けるのか・・・魔法を習得する度に喜んでくれる父と母の顔をもっと見たい。それもあるが、それだけならばその父と母からの「無理をしなくていい」という一言で終わっているはず。

 

 彼女の真意は、母から読み聞かせて貰った盾の勇者の御伽噺に登場したフィロリアルクイーンにあった。多種多様な魔法で幾多の敵を屠り、主人である盾の勇者だけでなく、その仲間全員からも頼りにされる存在。フィーロは目をキラキラと輝かせながら絵本に食い入っていた。

 

 そう、とどのつまり憧れである。彼女が他者に(と言っても御伽噺の登場人物だが)初めて抱いた憧れは留まるところを知らず、一刻も早く彼女のようになりたいという想いが、フィーロのやる気の源となっていた。

 

 だが、悲しきかな。現実は物語のようにぽんぽんと魔法を会得する事は無く、分厚い魔法書というある意味では魔物よりも非情な難敵に阻まれ、フィーロを悩ませていた。最初の内は幼くも悩み苦しみながら挑戦しようという彼女の姿勢を微笑ましく見守っていた保護者二人であったが、連日につれて彼女の眉間の皺が増えていくばかり・・・。

 

 流石に助け船を出したいとは思っているのだが・・・肝心の悩みが悩みであった。ラフタリアはまだしも、魔術(理力)にはてんで疎いハベルにとって、彼女の悩みは手に余る代物である。

 

 だからといって何もしないという選択肢はない。普段のラフタリアが行っている教育の姿勢を見習い、分からぬなら分からぬ成りに学ぼうと、ハベル自身も手元にあった魔術書や、ロードランで手にした魔術のスクロールに目を通していたその時である。伊達ではあるが多くの年月を過ごしてきた彼は、視点を変えてみる事にした。

 

「今日も精が出るな、フィーロ」

 

 ハベルは魔術書と睨めっこをしているフィーロの隣に腰掛け、彼女のコップにホットミルクを注いだ。「ありがとう、パパ」と口にするものの、彼女は一向に目を離す様子は無い。

 

「・・・フィーロは凄いな。私が子供の時には・・・勉強などあまり好きではなかったというのに」

 

「・・・実はね、フィーロもあんまり好きじゃないの。でも、フィーロはパパとママみたいになんでも知ってるわけじゃないから、勉強していっぱい魔法を覚えなきゃ」

 

「・・・そうか、だがなフィーロ。ラフタリアはともかく、私は毎日お前と彼女からいろんな事を学ばせてもらっている」

 

「えっ!? パパが? フィーロからも!?」

 

 ここでようやく、フィーロはハベルの方を見た。小さな顔に驚きの表情をめいっぱい浮かべて。

 

「本当だとも。貴公等のお陰で、私は世界に色を少しずつ取り戻す事ができている。生きている事を思い出させてくれるのだ」

 

 そう言うとハベルは自分のジョッキにも注ぎ、口に含む。これは紛れもない彼の本心だ。現に今、口の中に広がる非情に微かな風味にも彼の心に安らぎを与えている。二人が傍にいるからこそ、彼の中に眠る人間性が活性化している証拠である。無論、この想いがフィーロに伝わるはずも無く、彼女はまた顔を顰めて首を傾げていた。どうしてもその表情が彼には面白く見えてきたのか、ハベルはフッと岩兜の下で笑みを浮かべた。

 

「・・・気になったのだが・・・フィーロは何故、そこまで魔術にこだわる?」

 

「えっとね、ママが持ってたパパと同じ盾の勇者さんのお話に出てきたフィロリアルに早くなりたいの! 凄いんだよ! フィーロの知らない風魔法がいーっぱい使える凄い女の子なの!」

 

「・・・その子の様に成った後、フィーロは何をしたい?」

 

「それはね・・・えっと・・・・・・あれ?」

 

 そういえば、と途端にフィーロは首を傾げてしまう。成りたい成りたいという思いばかりが先行してしまい、その後の事にまで全く考えが及んでいなかったのだ。新たな悩みの種が増えてしまった事により、むむむっと彼女の額に新たな皺ができあがる。

 

 ここで、一部始終を遠くから見守っていたラフタリアが、盾の勇者の絵本を手にしてフィーロの隣へと座る。更に彼女は気を利かせ、今一番フィーロが知りたいであろう答えが載っているページをめくって見せた。

 

「ねえ、フィーロ。この中のフィロリアルクイーンはどんな事をして、みんなを笑顔にしているのかな?」

 

 そのページを見た瞬間、はたと気が付いたフィーロはみるみるうちに晴れやかな表情になる。

 

「フィーロ分かったよ! 悪い奴をやっつけるだけじゃない、いろんな魔法を使って困っている人達を助ける。この娘みたいに立派なフィロリアルに成りたいの!」

 

 キラキラと蒼い瞳を輝かせながら納得のいく答えを導き出した彼女に、ラフタリアは嬉しそうにハベルと顔を見合わせてフィーロの頭を撫でた。

 

「よいかフィーロ。力とは所詮、『想い』を成すための『手段』でしか無い。決して『目的』となってはならんのだ。それを履き違えれば、その者は必ず道を違える・・・私は・・・・・・そういう者達を多く見てきてしまった・・・・・・どうかフィーロは、その想いを忘れずにこれからも精進して欲しい。良いな?」

 

「う、うん。フィーロ忘れないようにする。ありがとう、パパ」

 

 父の語る事は難しいことが多い。だが、彼は必ずそういった大事なことはいつもフィーロから目線を外さずに語ってくれるのだ。その声色は悲しげなものが多いような気もするが・・・。全てを理解することはできずとも、フィーロのことを思う気持ちだけは伝わっていた。

 

「・・・そうだ、フィーロにはもう一つアドバイスをしておこう。まあ、様は気の持ちようであるがな?」

 

 そう言うと、ハベルは手元に大きなとんがり帽子を出現させた。魔法屋の魔女も似たような帽子を被っていたが、それはもうハベルの兜よりも大きく、フィーロの頭がすっぽりと覆われるくらいの大きな古い帽子だ。

 

 ハベルは何のことなくフィーロに帽子をかぶせる。すると如何だろうか。どう見てもサイズの合わない帽子だが、不思議と彼女の頭へスッと馴染むような感触があった。

 

「おっきな帽子だね。これパパの?」

 

「・・・とある魔術師の知人から、譲り受けた物だ・・・偉大な魔術師だった。彼も魔術を極めたいという、その想いの強さから自分だけの魔術をいくつも作り出したのだ」

 

 えぇっ!? と、フィーロだけではなくラフタリアも驚愕する。反応から察するに、やはり魔術を生み出す所業はどの世界においても並大抵ではないのだろう。かの御老人はハベルが思っていたよりもずっと博識で、ずっとデタラメで・・・そしてやはり、ずっと狂人だったのだろう・・・。

 

「『真摯な探究心の積み重ねが、やがて知識として結晶する』・・・その知人の言葉だ。確かに知識も必要だが、その根本を成すのは心・・・言わば想いだ。強い想いがあればこそ、新たな魔術を生み出す切っ掛けともなる。お前の目指す道は険しいが、決して不可能ではない。それにだ、たとえ心が折れようと、私とラフタリアが付いている。よいな?」

 

 それから彼女が思い詰めることも、眉間に皺が寄ることも極端に少なくなった。無論彼女は鍛練をやめたわけではない。彼女なりに時間を決めて、魔法書と格闘するときには必ず父から譲り受けたとんがり帽子を被り、そして絵本を片手に魔法の練習に励みだしたのであった。

 

 

 

 そして時は移り変わり、ようやく今フィーロの想いが試される。父の言葉を思い出し、強大な敵の恐れから解放され、父と母からの想いも託された今の彼女の蒼瞳には、もはや一抹の恐れすら混じってはいない。

 

「・・・パパ、ママ。フィーロの作戦、おねがいできる?」

 

 彼女のささやきに二人は勿論と首を縦に振る。だが、無情にも大樹は彼らを粉砕しようと再び根を振り上げた。またも質量の暴力が襲いかかる瞬間、娘の策を聞き終えたハベルは大盾の構えを変えた。

 

「・・・ヌゥン!!」

 

 今度は真っ向から受け止めるのではなく、受け逸らしたのだ。根はハベルの大盾を擦り、彼らのすぐ真横の地面を抉るように叩き付けられる。間髪入れずハベルは右手に呪術の火を出現させ、燃え盛るそれを自分自身に宿した。

 

 全身が燃え、焼き尽くされるような熱さと痛みが彼を内側から包み込む。不死であるその身にも僅かに流れる血液が沸騰し、体外へと蒸発してか赤いオーラが全身に出で立つ。尊き生命の代償を払ってこそ生まれる忌避すべき力、『内なる大力』を宿したハベルは大竜牙を再び手に取り、上手くわきに逸れた根に向かって叩き付ける。

 

「ズェアァァーー!!」

 

 勇ましき咆哮と共に繰り出された一撃は大樹に勝るとも劣らず、強硬な樹皮を打ち砕くばかりか更に大地を抉り抜き、大樹の根をその場に埋め込んだ。

 

「今だ! 行けぇっ!」

 

「行くわよ、フィーロ!」

 

「うん! ママ、しっかりつかまって!」

 

 勇者の号令に合わせボフンッ! と魔力の煙を纏い、一瞬で魔物の形態へと姿を変えるフィーロ。その大きな背にラフタリアが乗った後、フィーロは未だ引き抜こうと藻掻く大樹の根に飛び移る。

 

 埋め込まれた自身の根に気をとられている大樹ではあったが、自慢の脚力でその根に駆け上り近付くフィロリアルに気が付くと、幹から複数の蔓を生やしては鞭のように振るい叩き落とそうと動く。だが、この程度の妨害は二人にとっては想定済み。身を屈め、時に跳躍して蔓を躱し、どうしても避けられないときには母の剣がこれらを弾き、彼女を守ってくれていた。

 

 尚も向かってくる二つの命に大樹は花の瞳を血走らせ、自身の鬱蒼たる枝群を振るわせる。そして彼女等に向かって次々と、青白い果実を投擲の如く降らせていく。

 

「こんなものっ!」

 

「っ!? 待ってフィーロ!」

 

 大樹に果実を蹴り返そうとしたフィーロだったが、本能的な何かを察知したラフタリアが制し、先に直剣を当てていく。すると如何だろうか、弾くつもりで当てた筈が予想以上に果実の皮は酷く脆弱であり、剣先に触れて滴る果汁はジュッと音を立てて溶け始めていた。

 

「くぅっ!?」

 

「ママッ!!」

 

 魔法鉄をも融解してしまうほどの強酸性の果汁を幾分か浴びてしまったラフタリア。見れば落ちた他の実も、流れて当たったレンガの建築物を溶解させていた。熱傷にも近い激痛が彼女の身体を襲い、思わず声が漏れてしまう。

 

 しかし、自分の所為でフィーロの勢いが止まってしまうのは何としても避けたかったラフタリアは「大丈夫、これくらい平気よ!」とすぐに笑みを浮かべた。それがやせ我慢である事は一目瞭然だが、それでもフィーロは母の想いを汲み取り、そのままの勢いで登り続けていく。

 

 そうして中枢へと近づき、大樹がまたも何かしらの動きを見せようとした瞬間、ラフタリアはフィーロの背から飛び降りた。

 

「フィーロ! 後はお願い!! やあぁぁぁーーーっ!!」

 

 ボロボロになった魔法鉄の直剣を大樹の大きな花に突き刺す。白い樹液を飛び散らせ、数多の目をぐちゃぐちゃに、刃が折れるまで斬り込んでいく。濁った呻きが大樹から発せられ、苦しげに全身を蠢かせる。自身の得物と引き替えに、ラフタリアは大樹の動きを止めることに成功した証である。

 

 対するフィーロは大樹の幹へと足を掛け、力の限りを込めて真上へと空高く翼を広げて跳躍する。

 

 蒼く広がる晴天の空、真っ白な雲との距離が近付くと、フィーロは幼きヒトの姿に戻る。ただしその背には、自身が人に成るときにだけは邪険にしていた一翼の天使と見紛う純白の翼が生えていた。

 

 宙にその身を投じたフィーロは目を閉じ、小さな体に魔力を最大限まで集中させる。長い銀髪がなびき、純白の翼を広げて大気中に漂う風さえも全身で捉えていく。フィーロの中に眠る風の魔力が相互作用の如く高まったその時、彼女は翼をたたみ一気に急降下していく。狙いは勿論、今なお父と母を・・・村の皆を苦しめている大樹だ。

 

 小さな右手に己が魔力の全てを込めると、凝縮された風の魔力が三爪の鉤爪を形成する。フィーロは全てを守るべくして生まれた女王の、憧れの業を繰り出した。

 

「『スパイラル・ストラァァァーーイク』!!」

 

 流星の如き勢いで繰り出されたフィーロの必殺技。ハベルの力と大竜牙をもってしても完全に砕くまでにはいかなかった樹皮を、肥え太った醜き腹に大きな風穴を開けた。白き樹液が噴水の如く噴き出し、事切れるかのように大樹はゆらりと地に倒れ臥した。

 

 ドガァッ! と地鳴りが響き、辺り一面に土埃が舞う。巨体に巻き込まれぬようなんとか先に避難していたハベルとラフタリアは、視界の悪い中で必死に愛娘を探す。

 

「・・・本当に、やってのけたのだな」

 

 捜索の最中、倒れた後も醜悪な匂いを放つ樹液を撒き散らしている大樹へとハベルは目を向ける。確かにフィーロは倒木させるほどのダメージを負わせたが、如何せんまだトドメを刺しきってはいないようだった。しかし宿すソウルが風前の灯火であることも事実。周りの建物を囲んでいた蔓群が一斉に枯れ始めたのがその証拠だろう。

 

 とにかく核を潰さねば・・・と、ハベルはその手に最も長いリーチを誇る自身の得物『黒騎士の大剣』を手に大樹へと足を向けた。

 

「あっ! いたっ! いましたよ! フィーロ! 大丈夫!?」

 

 視界が薄らと晴れてきたとき、大樹の目の前にふらふらと小さな影がよろめいていた。魔力を限界近くまで使い果たし、疲労困憊のフィーロである。ラフタリアはすぐに気が付くと、ハベルを追い越して駆け寄り、その小さな体をぎゅーっと抱きしめる。

 

「よく頑張ったわねフィーロ。あなたのお陰でみんな助かったわ。本当に・・・本当に・・・立派だったわ・・・」

 

「えへへ・・・ママ、フィーロできたよ・・・ちょっと疲れちゃったけど・・・勝ったよ。これでみんな・・・もう大丈夫・・・なんだよね?」

 

 疲労から何とか言葉を絞り出すフィーロに「勿論よ」と、ラフタリアは涙ぐんだ声でぼさぼさになった彼女の銀髪を撫でる。

 

 光景を目にしたハベルは特大剣の柄を握る力を緩め、頑張った娘の方へと向かう。トドメを刺すのは彼女を労ってからでも良いと、気を抜いていた。

 

 

 

 そう、気を抜いてしまった。

 

 

 

 ドクンッ! とハベルのソウルがけたたましく鼓動する。強大なソウルを目の前にした時と同じ感覚がハベルの全身を走った。

 

 一方、いつまで経ってもフィーロの所へ来ない主人に目を向けるラフタリアであったが、そこでようやく彼の雰囲気がまた違ったものだと気が付く。戦いはもう終わったものだと思っていた彼女はどうしたのかとハベルの名を口にしたその刹那―――

 

 大樹の腹から腕が生えた。

 

「―――えっ」

 

「くっ!!」

 

 白い人の腕のような何かは自身に深手を負わせたフィーロへと手を伸ばす。だが、そうはさせじと咄嗟に地面を駆け出したハベルがラフタリアごと突き飛ばした。白い腕に向かい盾を構えるも、手掌はハベルを鷲掴みにできるほど巨大であった。全身を掴まれた勢いで黒騎士の大剣を手放してしまったハベル。弱った敵を前にして気を抜くなど、ロードランでの旅では考えられぬ失態だ。

 

 標的は違えど、構わず腕は力を込め始めた。

 

「ッ!? グゥッ!?」

 

 自力で振り払おうと力を込めるハベルだが、大樹の腕力は正に桁外れであった。鎧の外から莫大な力が加えられ、ハベルの全身は砕ける一歩寸前だった。ハベルの岩鎧でなければ一秒とも持たずに肉塊へと変貌を遂げてしまうだろう。

 

「そんな・・・ハベル様!」

 

 何とかしなければいけないことは分かっている。だが、自身の得物は既に刃の根元から折れてしまい到底使い物にならず、フィーロは魔力を使い果たしてグッタリとしている。何か無いかと辺りを必死に見渡すと、大樹の腕の真下付近・・・ハベルの手放した漆黒の特大剣が目に見えた。

 

 間髪入れず彼女は特大剣に飛びかかり、その大きな柄を握った。しかし―――

 

「っ!? なっ!?」

 

 両腕で握っているというのに、特大剣は少しばかり浮き上がる始末。これを片手で振るうハベルと自身との力の差には絶望すら覚えてしまう程である。

 

「・・・くぅっ・・・・・・ふんっ・・・・・・」

 

 だが、それで諦める彼女ではなかった。顔を真っ赤にし、息を荒げながら両腕で特大剣を引きずり、主人を締め上げる腕へと距離を詰めていく。

 

(フィーロがあんなに頑張ったのに、従者の私が諦められるわけがない! 今度は私がハベル様を!)

 

「・・・頑張れ! ママ!」

 

「くぅぅっ・・・だああぁぁぁーーーーー!!!」

 

 フィーロの応援を背に、ラフタリアは猛々しく特大剣を振り上げた。筋力的な面からも彼女の剣筋はハベルのそれには程遠かったが、それでも『黒騎士の大剣』本来の切れ味があれば、脆弱な腕を切り落とすことなど造作も無かった。

 

 再び白き樹液飛沫を噴き上げ、苦しみもだえる大樹。解放されドスンッ! と音を立てて着地したハベルは、全身に怒りと殺気を纏わせながら大樹へと足を進めた。それはロードランでは夢にも思わぬ甘い環境下にて緩んでしまった自分への怒りか、はたまた自分だけではなく従者等にまで痛手を負わせた大樹への憎悪か・・・。

 

 ドス黒い人間性を纏ったハベルはへばったラフタリアの手元から特大剣を片手で受け取り、フィーロが空けた穴へ怒涛の刺突をズブリと繰り出した。枝を揺らし、根をひくつかせる大樹だったが、核を貫かれた直後、ハベルのソウルの業にて全身を灰に変えていく。しかし崩れ去る中、大樹は何を思ったのか最後に枝を振るわせ、辺りに多量の赤い果実を落とし始めた。

 

 大樹がソウルへ変わっていくと、周囲一帯の植物はみるみるうちに枯れ果てていく。全てこの大樹の呪いによる産物だったのだ。

 

 

 

 

「ようやく・・・終わったんですね・・・よかったぁ・・・」

 

「パパ・・・大丈夫?・・・フィーロね・・・頑張ったらお腹すいちゃった」

 

 よたよたと満身創痍の二人がハベルへと近付く。今回の戦は確実に災厄の波の時よりも苦難に満ちたものだった。

 

「・・・匂い立つなぁ・・・」

 

「・・・ハベル様?」

 

 ラフタリアに名を呼ばれ、ハッと我に返るハベル。大樹の手によって生命力が僅かだったハベルは亡者特有のソウルへの渇望が強くなっていたことに気が付く。マズイ、とハベルは慌てて大樹のソウル本体を握り潰し、すぐさまエスト瓶を一気に飲み干して事なきを得た。

 

「・・・パパ?」

 

「・・・ああ、いや、大丈夫だ。それよりも・・・奴が最後にばらまいた実を回収するとしよう。後々、実害がないとも限らんからな」

 

 そう言うと、ハベルは粗布のタリスマンを手に奇跡『生命湧き』を従者二人の手を握って詠唱する。二人が暖かな光に包まれると、傷の痛みと疲労は徐々に薄まり、万全とはいかないまでも後処理を行うに支障が出ないほどには体力が回復していた。

 

「フィーロふっかーつ! 後片付けは大事だもんね! 頑張るぞ~!」

 

 元気を取り戻すや否や、そこらで拾ったのか収穫用の大きな籠を背負って上機嫌に走り回り、次々と赤い果実を拾っていくフィーロ。御伽噺の彼女に一歩近付くことができたのが余程嬉しかったのだろう。

 

「ふふ。フィーロったら、あんなにはしゃいじゃって」

 

 「・・・強くなったものだな、貴公とフィーロには今回随分と助けられた」

 

「ハベル様のご指導の賜物ですよ。言ったじゃないですか、貴方の負担は従者である私が減らしてみせますって・・・あっ・・・あの、そう言えば・・・」

 

「・・・ぬ? ああ、武器がダメになったんだったな」

 

 すみません、と格好良く決めたかったつもりが、申し訳なさげに獣耳と尻尾をたれる。気にするな、と微笑ましげにハベルは手元から直剣を取り出した。

 

「以前、私が使っていた直剣だ。だが、恐らく私が扱うよりも今の貴公の方が良かろう。手にとってみよ、適性はそれで分かる」

 

 そう言われて恐る恐るラフタリアは受け取ると、握った瞬間強力な祝福の力が剣先に施されているのを感じ取れた。それはハベルが手にしているときよりも遙かに凄まじい物であり、彼女の持つ光の魔力が相互作用しているものと思われる。

 

「ソラールの国の剣『アストラの直剣』だ。今の貴公ならば容易に使いこなせよう」

 

「えぇ!? そんな、いいんですか。でもこんなに良い上質な武器を・・・」

 

「・・・それほど貴公は技量を上げたということだ。どのみち、次の波までには渡すつもりでいたのだ。受け取っておけ・・・今後とも頼むぞ?」

 

 ハベルから言い渡されると元気よく返事をしたラフタリアは、愛おしげに剣を鞘へと収める。何であれ想い人から労われ、贈り物を貰ったのだ。フィーロと同様に元気を取り戻したラフタリアは、愛娘の元へと駆け寄り仲良く赤い果実を拾い集める。

 

「・・・私も随分と甘く、弱くなったものだ」

 

 そう独りごちては、ハベルも赤い果実拾いに参加する。だが、だからといってハベルは今の生活を手放す気は微塵も起きなかった。ここはロードランではない。あの不死やら深淵やらが蔓延る醜悪な世界とは違うのだ。そう言い聞かせながらハベルは一際大きな実を手に取った。

 

 

 

 

 

 北の不死院火継ぎの祭祀場城下不死街城下不死教区不死街下層最下層病み村クラーグの住処センの古城アノールロンド黒い森の庭狭間の森小ロンド遺跡深淵デーモン遺跡混沌の廃都イザリス地下墓地巨人墓場公爵の書庫結晶洞穴飛竜の谷大樹のうつろ灰の湖エレーミアス絵画世界霊廟裏庭ウーラシールの霊廟王家の森庭ウーラシール市街深淵の穴―――最初の火の炉―――

 

「・・・ベルさ・・・ハベ・・・さま・・・ハベル様!」

 

 またも従者二人の呼び声に意識を取り戻すハベル。いったいどれ程意識を飛ばしていたか。気が付けば日は落ちかけ、夕焼けが辺りを染めていた。

 

「ハベル様! やはり具合がよろしく無いのですか? ずっと座りっぱなしで何度呼んでも起きなかったんですよ。もう村に戻って休みましょう。実は全て集め終えましたし、枯れた植物の片付けは村の皆さんと協力して・・・大丈夫ですか、ハベル様?」

 

「・・・あ、ああ、うむ。大丈夫だ、うむ」

 

 先程脳内に直接流れてきた忌まわしきあの光景、走馬燈にしてはもう一度周回したかのように鮮明であり、ハベルは未だ朦朧としていた。今までに無い主人の姿に、ラフタリアは本気で心配する。

 

「ねえねえ、パパ。それなぁに?」

 

「・・・なに?」

 

「右手に持ってるものだよ」

 

 籠いっぱいに赤い実を背負ったフィーロが首を傾げながら指摘する。確か赤い果実を拾ったはずだが・・・とハベルは目にすると、握り潰してしまったのかハベルの右籠手は果汁でべったりと塗れていた。だが、何か固いものを握っていることは分かった。種だろうか? ゆっくりと拳を開いていくと、てのひらには螺旋状の破片が握られていた。

 




まあ、こんなことしなくても原作主人公岩谷尚史様のようにスキルを使って除草剤を使えばイチコロなんですけどね☆


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EP26 忌まわしき異物

生存報告…亀更新で申し訳ない…二期がもうすぐ始まるというのに…ァァァァァァァァァァァァ(発狂)


 夕焼けがすっかり辺りを淡く染めた頃、緑の呪いに蝕まれていたレルノ村に変化が訪れた。村全体を忌々しく覆っていた蔓群は須く枯れ果て、再び村へ襲撃を掛けてきた植物の魔物達が一斉に悶え苦しみ、朽ち果てていく。

 

 「や・・・やった・・・俺達の勇者様が勝ったんだ! 盾の勇者様が村を救ったぞーーー!」

 

 自ら尊敬してやまない勇者の言いつけを従順に守り、村の防衛に尽力していた獣人・亜人夫婦の感極まる雄叫びが響く。それに呼応するかのように、村の子供達に侵食していた筈の植物も次々に枯れ落ちていく。

 

 苦しみが和らぎ、次々と意識を取り戻していく子供達を見かね、村人達も次第に状況を理解していく。自分たちの大切な村と子供達が救われ、村人全員の内に安心と感謝の念が浮かぶ。だがその反面、彼らの心には否が応でも罪悪感が生じていた。

 

 元々三勇教に染まりつつあり、村の危機にてどうしようもない無力感に苛まれていたこともあってか、ここに居る全員が少なからず盾の勇者に対して心にも無い言葉や想いを投げつけてしまった。

 

 思い返してみれば、あの獣人夫婦や勇者のお子さんが怒るのも無理はないだろう、と村人達の間で気まずさだけが募っていく。現状において未だに盾の勇者に対してぶつくさ文句を言っている一部の者達も目に入り、更に他の者達は頭を痛めていた。

 

「あっ! 帰ってきた! 噂をすればなんとやらだね。行くよギー! あたし等の勇者様を迎えてやらなきゃ!」

 

「お、おいキーネ。まったく、嬉しいのは分かるが待てって。あんまり騒がしいと勇者様だって困るだろう」

 

 獣人・亜人特有の感覚の鋭さで盾の勇者一行の帰還を察知した冒険者夫婦が、互いにウキウキとした足取りで村の入り口へと駆けていく。さて、自分たちは何と声を掛けたら良いものやら…と対照に重い足取りで後へと続く村長。だが、いざ一行の姿を目にすると彼の言葉は喉の奥へと落ちていった。

 

 大きな怪我こそしていないものの、大きな籠いっぱいに赤い実を背負う彼等はレルノ村に来た当初と比べ、程度は違えどクタクタであった。特に亜人の従者は鎧の損傷が酷く所々が溶解しており、身なりを気にしてか勇者のマントを羽織っている。銀髪の幼女は三人の中で一番大きな籠を背負いケロッとしているが、その表情からは少なからず疲労が感じられた。しかし、真に村長が言葉を失ったのは従者ではない。

 

 問題の盾の勇者は三人の中で外見は最も変わっていない。…が、彼が纏う雰囲気が別物であった。およそ人間が出してはいけないような威圧感、何者をも寄せ付けぬようなオーラと言うべきもの…いざソレが向けられているわけではないが、無意識のうちに村の皆を怯えさせていた。駆け寄った冒険者夫婦も獣の血をひく性か、盾の勇者と言葉を交わしつつも、その尻尾は本能故の警戒からか体毛が逆立っていた。

 

「…貴公…少し良いか? …貴公?」

 

「…えっ? あっ! はいっ! 勇者様、お陰で村は助かりました。勇者様から頂いた薬もあって子供達も全員無事です。本当に助かりました勇者様。一体どのようなお礼をしたら良いか…ただいま討伐費と治療費を集めますので少々お待ち頂けますでしょうか?」

 

 威圧に当てられ軽く放心状態の所へ急に話しかけられたものだから、泡を食った村長はまだ話してもいない魔物の討伐への感謝と、聞かれていない村の状況をズラズラと並べていった。脅威が去ったというのに必要以上の怯えを見せるかの初老にハベルはゴトッと岩兜を傾げる。

 

「…先にも言った通り、我々はただ…他の四聖勇者の尻ぬぐいをしたまで。故に報償金の類は要らぬ。村の復興等、貴公等には何かとこれから要りようであろう? …それと貴公、魔物から取れたこの赤い実だが、もう怪しげな術は感じられない。口にしても問題は無いが…最終的な処分は貴公等に任せる」

 

「お、おおッ! ありがとうございます勇者様、村の危機を救って下さっただけでなく、こんなお恵みまで…」

 

「…貴公、本題に戻るが…」

 

 また長々と世辞を語られる前に、ハベルはバッサリと村長の話を遮る。本題…と切り込まれ、思わず村長は顔色が悪くなった。まさか金は要らぬが貴公等の命を貰おう、などと口にするつもりでは…。

 

「…件の魔物には思った以上に苦戦してな。我が従者は疲労が著しい……今晩だけ寝床を借りられないだろうか?」

 

「…は?」

 

 先程から変わらぬ威圧感を放ち続ける勇者から出た細やかすぎる願いに、村長だけでなく他の村人達の目が点になる。その様子にラフタリアは、もう慣れました…と苦笑を浮かべていた。

 

「……すまない貴公、無理を言ったな。では、我々はこれで――」

 

「ちょ!? ちょっと待って下さい勇者様、勿論でございますとも。ささ、こちらへ」

 

 あれほどハベルに対し怯えていた村長だったが、彼が背を向けようとした途端に慌てて手を引き、自身がいた仮設の民宿小屋へと案内する。

 

 百聞は一見に如かず、三勇教への不信感もさることながら、村長とのやり取りを見た村人達はこぞって、盾の勇者への想いをまるまると翻した。宿に向かう道中にて、彼等へ一斉に降り注いだ暖かな言葉の数々がそれを物語っていた。

 

「…たく、調子が良いったらありゃしないよ」

 

「流石に野暮だぞ、キーネ。勇者様が良いなら良いじゃないか」

 

 面白くなさげな彼女を窘める彼の言う通り、当人達は誰も不満を抱いてはいない。人とは未知を恐れるもの…そして皆に理解して貰った現状があればこそ、ラフタリアとフィーロはそれで満足であった。

 

「ママの言う通り、みんなパパが良い勇者って分かってくれたよね?」

 

「勿論よ。パパだけじゃない、フィーロが頑張ってくれたお陰で村のみんなは助かったんだから」

 

「ママもがんばってたよ! フィーロ見てたもん! 最後にパパの剣をとりゃーっ! て」

 

「あ、アレは…アハハ……私も、もっと鍛えないとなぁ…」

 

 腕を曲げて力こぶを作るが、直後に彼女は軽く項垂れる。悠々と片手で振り回していた漆黒の特大剣を、両手を用いても振るうことが叶わなかった自身の鍛練不足に対してである。もっとも、筋肉隆々なラフタリアなど、あまり想像したくはないハベルであった。

 

「ささ、勇者様。どうぞこちらへ」

 

「…感謝する、村長殿。ああ、それと…私はまた中央へと向かう。枯れた蔓の掃除もあるが、万一残党が潜んでいるとも限らん」

 

「へ? いや、しかし―――」

 

「いけません、ハベル様!」

 

 村長よりも先に、ラフタリアがハベルの前に立ち塞がる。幾らハベルが《不死人》とは言え、あまりにそれは酷であると。いつもであればそんな彼女の人間性溢れる想いに対して素直に応えるハベルだが、今の彼は黙って首を振り、彼女の横を通り過ぎた。

 

「蔓の片付けなら明日にでもできるじゃないですか。それに、村に魔物がいない事だって確認済みです。今は身体を休めて…」

 

「…ああ、貴公の言いたい事は分かる。その正しさもな……だが貴公、頼む。今は…しばらく一人になりたいのだ。それこそ身体でも動かして、気を紛らわせたい」

 

「あの欠片を手にした時から、落ち着きがないですよね。ハベル様、アレは一体…」

 

「…貴公が気にすることではない」

 

「でも!」

 

「…ラフタリア…頼む」

 

 彼がそう告げると、不意にラフタリアの左腕に違和感が生じた。それが奴隷紋の発動であることに気が付いたとき、彼女は胸がキュッと締め付けられるような思いを久しぶりに覚えていた。最も低位な奴隷紋が発動する絶対条件、それは主人の完全な拒絶。意図的に発動したものではないことは分かっている。だが、それでも…そこまでして彼は……。

 

 言いも知れぬ不安に心を支配された彼女は、咄嗟にハベルの手を掴む。何事かと顔を向けると、彼女はまるで、あの日と同じ悲壮な表情を浮かべていた。

 

「また…いなくなったりしませんよね? 帰ってきますよね?」

 

「………無論だ、貴公」

 

 今の自分は、そこまで危ういのだろうか…そんな疑念を抱きつつ、ハベルはやんわりと彼女の手を解いて行ってしまった。

 

「……ハベル様」

 

 情けない奴だと思われただろうか…事実、自分でも驚くほど不穏になった自覚が彼女にはあった。しかし今のハベルは、あの忌まわしき日の彼と重なるほどの危うさを感じてしまったのだ。無論、彼の言葉を信じていないわけではない。だが、彼女の胸騒ぎが消えて無くなるかと言えば、別の話である。

 

 あの螺旋状の破片を手にした時から、ハベルはずっと心ここに在らず…であった。どこか遠く…奇天烈な話ではあるが、どこか別の世界を見据えているような…。だが、彼は絶対に話してくれないだろう。四聖勇者の伝説としてとても有名な話だが、全ての波を退くことができれば、勇者は元の世界への帰還が叶うという。

 

(ハベル様もきっと…元の世界に帰りたいって…思っているのかな…)

 

「ママ、どうしたの? さむいの? 具合がわるいの?」

 

 奴隷時代の癖が蘇り、思考がどんどんマイナスに囚われていく。気が付くとラフタリアはハベルのマントを深く羽織っていた。母の変化を素早く察したフィーロが上目遣いで彼女の手をそっと握る。

 

「…ううん、平気よ。ちょっと疲れちゃったのかも…フィーロは?」

 

「フィーロは…お腹すいちゃったな。ママ、早くご飯にしよ!」

 

「そうね、ママもぺこぺこ。夕食にしましょっか。村長さん、宿の台所をお借りしてよろしいですか?」

 

 自分はもう奴隷でもなければ一人でもない…心の中でそう自分に言い聞かせ、ラフタリアはなんとか気丈に振る舞ってみせる。

 

「ええ、勿論構いませんとも。食材も沢山ありますからどうぞご自由に……それにしても、盾の勇者様という方はなんとも、寡黙でつかみどころがないお人ですな…」

 

「そうですね……いえ、とても優しくて…同じくらい不器用な方なんです」

 

 村長なりに気を使ったのだろう。無論、彼女は気遣いを察し、微笑みながら言葉を零した。しかし彼女自身はその時、上手く笑えているか自信はなかったという。

 

 

 

 

 

 一方、ハベルは夜が完全に明けるまで村の巡回を兼ねつつ、ひたすら枯れた植物を一箇所に集めては呪術の火で焼却を繰り返していた。疲労を覚えぬ故に作業の手が止まることはない。

 

 村人全員が取り掛かって一日かかるかどうかの面倒を、淡々とハベルはこなしてしまった。規模が規模であるため元通りとまでは行かないが、それでも人が住む分に支障はなく、大分マシになったと言えよう

 

 火の始末を終え、いよいよやる事がなくなってしまったハベルはフーッと息を吐いてその場に腰を降ろし、懐から小袋を取り出す。中に入っているのは、現在ハベルの思考を掻き乱している原因…螺旋状の破片であった。

 

 小袋から出し、再び手に取る。

 

――北の不死院 火継ぎの祭祀場 城下不死街 城下不死教区 不死街下層 病み村――

 

(……くっ!?)

 

 忌々しきかの地(ロードラン)の情景が直接脳に入り込み、すかさずハベルは破片を小袋へと戻した。そうしてまた、ハベルは一人思考に囚われる。

 

 これは明らかに自分の知るソウルの産物である。この世界にとっては異物以外の何物でもない。対峙したあの大樹も、この世界の魔物達とは明らかに逸していた。奴の宿していたソウルは、ハベルからすればあまりに既視だったのだ。ソウルの業を知る者であるからこその確信とも言えよう。

 

 何故こんなものがこの世界に存在するのか、偶然の産物と呼ぶにはおぞましすぎる。呪いに呑まれたであろう三勇教の信徒は、この存在を知っていたのだろうか。そもそも奴らは我々のことを知っているのか? 思えば四聖勇者召喚の儀を執り行ったのも三勇教だ。異なる世界とは言え、(ハベル)とソラールが召喚されたのは、あまりにできすぎではないか。

 

 だが、いの一番にハベルを乱していたのはそんな事ではない。

 

―――何故、私は懐かしさを覚えているのだ…!

 

 破片を手にした瞬間、ハベルの中に懐古的な情が一瞬だけ芽生えいた。あり得ない…そうハベルは己に憤慨すらしていた。その情が破片に生じた物か、はたまたかの地への想いなのか、どちらにせよハベルにとって非情に疎ましいものには違いない。あんな醜悪でおぞましい、忌避すべき地に一体何を感じているというのだろうか。

 

 命の理を失い、人間性を失い、友を失ったあの世界を…

 

 幾度となく迫害を繰り返し、殺害を繰り返し、死を繰り返したあの世界を…

 

―――どうして懐かしいなどと思えようか…!

 

 頑強な岩鎧のずっと奥深くにて、ドロリとした黒い淀みが蠢く。このどうしようもなく平和な世界に晒され、中途半端に人間性を取り戻してしまったが故に、ハベルの思考は気も狂わんばかりに乖離し続けていた。

 

 

 

―――おお、こりゃ美味い

 

「……ぬぅ?」

 

 どれ程、思考の波におぼれていたのだろうか。いつの間にか太陽も昇っており、遠くとも分かるほど快活とした喧騒にハベルの意識が復帰する。今となっては当たり前となった暖かな日光を浴び、のそりとハベルは重たい腰を上げた。

 

 辺りを見渡すと村人の姿はなく、避難所の方から賑やかさがあった。何を考えることなく、まるでそれらの声に惹かれるようハベルは足取りを向けていた。そして避難所が近くなるにつれ、人々の活気と共に良い香りがほのかに漂っていた。砂糖とバターの甘く心地よい香りだ。

 

「あっ! 勇者様、お帰りなさい! 聞きましたよ、村の掃除を一人でこなしてるって。言ってくれたら俺とキーネで手伝ったのに」

 

「…貴公、それは何だ?」

 

 ギーが美味しそうに頬張りながら手に持っていたそれは、あの赤い実を使ったフルーツパイであった。

 

「ああ、これです? ラフタリアさんがみんなにって焼いてくれたんですよ。今まで食べたパイの中で一番美味いですよ! 宿でみんなに配ってるんで是非勇者様も!」

 

「う、うむ」

 

 ハベルは彼に促されるまま、従者の元へと足取りを進める。道中、ハベルの目にはまぶしい人々の笑顔が映っていた。何時ぞやのリユート村のように、レルノ村はまだ完全に復興したわけではない。だが、それでも人々は前を向いて笑っていた。

 

 盾の勇者を蔑んだあの若者も、バツの悪そうな表情を見せつつもフィーロから渡されたパイを受け取り、そして最後にはぎこちない笑顔で食していた。

 

 従者達との旅の中では何度か繰り返されてきた光景ではあるが、ハベルだけは未だ慣れずにいた。不死にとっては、あまりにまぶしすぎるのだ。しかし、決して不快ではない。それどころか暖かく、むしろ安楽にすら思えていた。

 

「はい、どうぞ。お替わりはもうちょっと待っててね」

 

 そうして宿に着くと、呪いが解けてすっかり元気になった子供達にパイを渡す従者を見つけた。そして彼女の装備していた軽装の鎧が、何やらつい最近見覚えがあるものに変わっていることに気づく。

 

「…貴公、我が従者が着ている鎧は、もしや貴公の夫人の物では?」

 

「ええ、そうですよ。彼女の鎧がダメになってたんで、ウチの予備を。勝手にすいません」

 

「…何を言う、貴公。私もどうするか悩んでいたところだ。とてもありがたい…いくらなら足りるだろうか?」

 

「そんなやめてくださいよ、勇者様。正直、ガクの仇をとってくれた事に比べたら、全然足りない位です。繋ぎで良いから貰ってください。それに…」

 

 ギーは自分の胸を指さし、少し意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ラフタリアさんの抜群スタイルじゃきつくって仕方ないでしょう。特に胸部なんて…少しでもいいからウチのに分けて欲しいもんです」

 

「…ぬぅ……っ!?」

 

「へえぇぇぇぇぇーー……ギー、そりゃあ悪かったねえ」

 

 ああ、南無三。百戦錬磨のハベルすらも後ずさりする気迫を放つキーネが、牙を剥き出しながら笑みを浮かべ、夫の方をガシッと獣人特有の野生パワー全開で掴んでいた。

 

「へっ……!? キ、キーネっ!? いつからそこに!?」

 

「それって重要かい? アタシが貧相な身体だって? なに勇者様に碌でもないことほざきちらしてんだ! ちょっとこっち来な。ラフタリアちゃんのパイよりもっと良い物喰らわしてやるよ!」

 

「キーネ! 悪かった冗談だって! 勇者様だって男だし気晴らしにでもなればと思って…助けて勇者様ーーー!」

 

「………」

 

 首根っこを掴まれた哀れなラビット種の亜人を無言で見送る。せめて五体満足であってくれと祈りを捧げ……気を取り直してハベルは従者の元へと足を運ぶ。

 

「あ、ハベル様! 村のお掃除、お疲れ様でした…幾らか気分転換になりましたか?」

 

「…ああ…うむ…それよりも貴公。これは…?」

 

 ラフタリアへ現状を問うと、彼女もまた良い笑顔で応えてくれた。

 

「村長の奥さんと一緒に宿の窯を借りて作ったんです。集めた実は日持ちしないだろうから、せっかくと思いまして。とっても美味しく焼き上がったんですよ。ハベル様もお一つどうぞ!」

 

「…う、うむ。ありがとう…それにしても貴公、これだけの数だ。さぞ疲れたであろう?」

 

「まさか! ハベル様やフィーロのお陰で、料理は私の趣味みたいな物ですからね。このくらいへっちゃらです! ……ところで、お味の方は如何でしょうか?」

 

 彼女の言う通り、始めはハベルに美味しい物を食べさせたいが為に勉強し始めた料理だったが、彼に加えフィーロの笑顔、そして回を重ねるごと次第に広がり極まる自身の技術に、彼女は存外な面白さを見出していたのだ。そう突き詰めるうち、気づけば料理は趣味となっていた。

 

 そんな彼女が口元を抑え、上目遣いで恐る恐る問いかける。最も感想を聞きたい御仁が、手渡したパイを口にしていないためだろう。言われてハッとなったハベルは、岩兜をずらして口元を露出させ、すぐに味わった。サクッと咀嚼した瞬間、口の中へ微かに香ばしさと甘酸っぱさが広がり、ハベルの中で安らぎが生まれた。

 

「……いつもながら、貴公には驚かされる。初めて作ったとは思えんな。美味いぞ、ラフタリア」

 

 無骨な岩兜の下から見えた主人の笑みに、ラフタリアの纏う雰囲気がぱぁっと分かりやすく晴れていく。そんな微笑ましげな彼女を見つめ、ハベルは残ったパイを食べきり、確信した。

 

 この世界に紛れ込んだ異物を根絶しなければ、と。

 

 この素晴らしき世界に()の存在は要らない。過ちを繰り替えさせてはならない。この身がどうなろうと、また死を繰り返そうとも、彼等の笑顔を絶やしてはならない、ハベルはそう確信した。

 

(ラフタリアよ…私も見つけたぞ…貴公の言う使命が…)

 

 そして当然、その対象(異物)には自分自身(亡者)も含まれていた。

 

 

 

 

 

「王都……ですか?」

 

 食事を終え、一行はせっせと出立の準備に入っていた。まだまだ沢山残っているあの赤い実を馬車に二箱詰め込む最中、ハベルは次なる目的地を告げた。

 

「うむ…波も近い、ここから何かと色々準備もある。余裕を持って王都に戻っておきたい……そして個人的には、協会に用があるのだ」

 

 そう言って、ハベルは例のロザリオをかざした。剣と槍と弓の装飾が折り重なった銀のロザリオである。

 

「三勇教…元はと言えば、今回の騒動の発端でしたね」

 

「勇者様、どうか気をつけて。油断ならん奴らですから警戒するに越したことはないですよ」

 

 両頬に立派な赤い紅葉をつくった彼の言う通り、事が事ならハベルは迷わず剣を抜くつもりであった。

 

「じゃあね、勇者様、ラフタリアちゃん、フィーロちゃん、いろいろ助かったよ。運が良かったらまた会おうじゃないか。アタシ等もシルドフリーデンで名を挙げて、あんた達を歓迎できるくらいになってみせるからね!」

 

「キーネさん、ギーさん、ほんとに送っていかなくて大丈夫? フィーロ早いよ?」

 

「全く、フィーロちゃんは良い子だねえ。でも本当に大丈夫だよ。お姉さん達の目的地は真逆の方だからさ」

 

 ちなみにだが冒険者夫婦とはここでお別れだ。ガクの助けが無くなった以上、メルロマルク領地内で冒険者家業を続けていくことはどうしても厳しいとのこと。彼のお陰で充分に世情を生き抜く術を身につけた二人は、生まれ故郷であるシルドフリーデンで活動していくという。

 

「ギーさんも、鎧は本当に助かりました。亜人同士辛いこともありますけど、私もお二人を見習って乗り越えていきます! これからの旅路のご武運を願っています」

 

「おうよ、ラフタリアさん。今度あった時には盾の勇者様との進展を期待してるからな! うちの家内から色々アドバイスも貰ったみたいだしな」

 

「なっ!? ななな何を言うんですか! もーっ!」

 

 なにやら顔を真っ赤にして抗議するラフタリアに首を傾げつつ、ハベルも二人の旅路を祈って見送った。大切な者を失っても心折れなかった二人だ、きっとこの先も二人が手を取れば自ずと大成するだろう。

 

 そんな想いを胸に、ハベルがフィーロの手綱を握ったその時だ。向かい側から全速力で走る馬車が視界に入った。フィロリアル二頭が引く馬車は隣に停車したかと思うと、手綱を引いていた男が慌てて降りる。

 

「流行病で薬が必要だってミルソ村はここか? 発注した薬だぞ! おい、剣の勇者様はどこだ!」

 




次回、この作品の準主人公が登場。事後処理できるかどうかって大事だと思うの…。

皆様の感想は本当に心に染み渡ります。見返すくらいに日々の活力です。何とかハベル達を引っ張り出してでも返信したいと思っておりますのでこれからもよろしくお願いします。

関係ない話ですが、今期の異世界転生アニメ凄いっすね。不死の方々が行けば間違いなく色々耐えられず、血みどろフィーバーになりそう(フロム感)。



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EP27 瘴気の山

段々落ち着いてきたので1ヶ月以内投稿できたぞ〜
(┛ಠДಠ)┛彡┻━┻
気がつけば評価者140人……本当に感謝です。


 雲一つない快晴の下、天気とは裏腹に鬼気迫る表情のフィーロは砂塵を巻き上げながら馬車を引く。道中、商人の馬車や通行人らに衝突せぬよう気をつけつつも、乱暴な運転にすれ違いざま文句をぶつけられるもしばしば。

 

 しかし、その声に構っていられるほど盾の勇者一行の余裕はなかった。

 

 事の発端は彼等が救ったレルノ村を出立する直前のこと。剣の勇者ソラールの発注で馬車の荷台一杯の薬が届けられた。もしや彼が気を利かせてか…と従者等は思ったが、ハベルはすぐさま首を振った。ソラールならば回りくどいことをせず、必ずその身を運ぶであろう。

 

 慌てた商人から事情を聴取したところ、彼が口にしたミルソ村はここレルノ村から正反対の方角にあった。運搬していた薬は流行病の為のものだと言う。つまり商人はこの村が受けた呪いをソラールから依頼されていた流行病と勘違いし、誤ってこの地に踏み込んだという。

 

 話を聞いた盾の勇者一行は顔を見合わせ、村人等に簡潔な挨拶を済ませてから馬車を走らせた。言葉を交わさずとも、既に三人の目的は一致していたのである。

 

 なかでもフィーロのやる気は察するまでもなく凄まじい物だ。少しでも成長した自分を見て欲しい……(ソラール)と“人”として話をしたい……初めてその身を預けた彼に対する想いは褪せることなく、また会おうという彼の言葉を信じて膨れあがっていた。

 

 そんな彼女の想いも相まって爆走したお陰もあり、普通の荷馬車では半日ほどかかる距離をものの数時間で村に到着する。だがかなり乱暴な運転であった為、荷台で揺れに揺られたラフタリアはぐたっと伏せていた。

 

「わわっ!? ママ、ごめんなさい! 大丈夫!?」

 

「良いのよ、フィーロが頑張ってくれたお陰で早く着けたし……大丈……ウッ…プ…じゃないかも……」

 

「……私が行くから……貴公は休め」

 

 すみません、と顔色の悪い彼女の看病をフィーロに任せ、ハベルは一人村へと足を運ぶ。

 

 そして、村に入った時点でハベルは違和感を覚えていた。踏み行った村は彼等が訪れたレルノ村ほど切羽詰まった様子はなく、村人達は何ら変わりないように過ごしていた。流行病の話が出てくるのが不思議なほど、何の変哲もないようであった。

 

 そしてもう一つ、村人等がハベルに対して向けてくる視線だ。

 

 ハベルの犯したとされる所業は少なくともメルロマルク国内では余すところなく広まっている。謂れのない罵倒や嫌悪な目を向けられるのが当たり前であるはずが、ミルソ村の彼等からは好奇の視線しか向けられない。それは決して不快な物ではなく、まるでこちらを値踏みするかのような、疑いの目が向けられている。

 

「おお、その岩鎧……まさか、貴方様は盾の勇者様では?!」

 

「……そうだ。商人から流行病の話を聞いたのだが?」

 

「流行病? ああ、そういうことか……これも剣の勇者様が仰っていた太陽のお導きに違いない。ひとまず勇者様、歩きながらで申し訳ありませぬが、どうかお話を」

 

 静かな視線の中から慌ただしげにハベルへと駆け寄った男が、この村の村長だと口にした。

 

「……して、盾の勇者様は剣の勇者様とご友人で?」

 

「……私は、そう思っているが……」

 

「おお、そうでしたか。どうか、村の者達に気を悪くしないでいただきたいのですが……何分国中に広まっている噂が噂でして。剣の勇者様が熱く語られても、皆半信半疑なのです。私としては、あのお方の友人というだけで大丈夫だと思っておりますがね」

 

「……ぬぅ……」

 

 彼のことだ、打算も何も無く本心のままの行動であろう。かわらず太陽のような彼に、ハベルの胸の内がじんわりと暖かくなるような感覚が訪れた。

 

 一方、事情を知らぬであろう盾の勇者に行き先も告げずに案内しながら、村長は淡々と語っていく。

 

「村の傍にある山が見えますでしょう? つい最近なのですが、山頂近くの麓でドラゴンが巣を作ったそうなのです」

 

「…(ドラゴン)か……」 

 

 ハベルの世界にも奴らは存在していた。古い時代、世界が世界としてある前から支配者として存在していた死と無縁の上位者。始まりの火を手にした神々と争い、生命という毒によって敗れ去った哀れな種。その末裔こそがハベルの認知する竜である。

 

 もっともこの世界の奴らが同じとは流石に思わないが……村長の口ぶりから察するに、生命の輪に入りつつも奴らが上位者として君臨し続けていることは想像だにしやすい。

 

「何かあってからでは遅いと思い国へ討伐依頼を出したところ、『太陽の竜騎士』と名高い剣の勇者様が来てすぐに退治してくれました。たった一人で、あのドラゴンをですよ? それから数日間、村は勇者様の偉業を聞いた冒険者や観光客で溢れました。おかげでこのミルソ村も活気が出てきたんですが……」

 

 太陽の竜騎士……彼の栄誉ある二つ名に関心を抱きつつ話を聞いていると、気が付けば即席の大きなテントの前に立っていた。導きのままに中を覗くと、そこには外傷により至る所に包帯を巻き、苦しみながら横たわる冒険者らの姿があった。治癒師と看護師がそれぞれ看病しているが、あまり芳しくないのが見てとれる。

 

 だが、何より目を引いたのはテントの一番奥の大きな影。そこにはソラールの駆っていた騎竜が苦しみ喘いでいた。

 

「貴公……これは……」

 

「本題に入りましょう。剣の勇者様が倒したドラゴンの素材を持ち帰ろうと、ここに居る冒険者達が山を登った時でした。ドラゴンのねぐら辺りから強力な魔素が漂っていたそうです。恐らくドラゴンの死骸から発せられたものなのでしょう。それに伴うように山の生態系も変化し、一介の冒険者では到底叶わないような魔物が跋扈するようになったそうです。村の治癒師の話では、濃い魔素はやがて瘴気へと変わり、この村まで及ぶだろうと……」

 

「それでソラールは薬を頼んだわけか……今彼は何所に?」

 

「ええ、これは私の責任だ、と言って早朝に山へ登られました。村に残っていた冒険者の方々もこぞって彼についていきましたが―――ッ!?」

 

 突如として鳴り響いた爆音に、村長の声がかき消される。何事かと表へ出てみれば、例の山から煙が上っていた。

 

「剣の勇者様は大丈夫かしら」

 

「しかし不思議だ。雲一つないのになんで雷が落っこちたんだ?」

 

「ッ! 貴公、もうしばらくしてから商人が来るだろうが、薬が足りなければ使ってくれ。私が調合した物だが繋ぎにはなるだろう。私もこれから山へと向かうが、戻ってくるまで誰も登らせるな。よいな!」

 

 不安がる村人達の言葉から察したハベルは懐から出した薬袋を村長へ渡し、一息に捲し立てては従者のもとへと向かった。いくらか顔色が良くなった従者と共に、馬車を暴走させて村を出て行く。山へと向かう彼等の背を眺めながら、村長はただ祈りを捧ぐ他ないのであった。

 

 

 

 

 

「『紅蓮剣』ーーーッ!!」

 

 勇者の加護を受けた真っ赤な炎を纏う『太陽の直剣』を振るうソラール。彼の中にある温かな心が灼熱と化し、彼を取り囲む魔物達を次々浄化していく……が、不意に殺気を感じ、咄嗟に前転してその場を離れる。彼を串刺しにすべく、炎をかいくぐった四つ足の一角獣が突進してきたのだ。

 

 かわした直後、ソラールは反撃に奇跡『雷の大槍』を左手に展開して射出するが、獣は鼻先の大きな角を避雷針の如く扱い、彼の奇跡を真っ向から打ち消した。

 

「なっ!?」

 

「ブゥオォォォォォォーーーー!!」

 

 ソラールより二回りも大きい一角獣は口角を上げたのち、ご自慢の角を掲げるように咆哮すると、どこからともなく彼の周囲に獣系統の魔物が現れ始めた。振り出しに戻った状況に苛立ち、バケツヘルムの下で舌打ちが響く。

 

「ええい! 貴様等に構っている暇など無いと言うに!」

 

 ソラールについていった冒険者達だが、道中魔物達の襲撃が度重なり、その多くが負傷してしまった。彼等の戦意は失われてはいなかったが、装備も肉体もボロボロであり、いつ死人が出てもおかしくない状況に(一角獣)が来たのだ。

 

 決して偶然などではない。奴がこの山のヌシであり、自分たちを確実に仕留めに掛かっているのは考えるまでもなかった。

 

 自分の所為で死なせるわけには……と、冒険者等を逃がすべくソラールは単身で殿を担う。

 

 新たに会得した奇跡『雷の杭』で見事魔物達の注意を引き、現状に至っている。正直なところ竜を相手取っていたときよりも数で押されている今の方が辛いとは、山をこんな惨状にしてしまった原因の彼にはなんとも皮肉であった。

 

 しかし例え数で押されようと、相棒の騎竜がいなかろうと、彼の太陽が沈むことはなかった。四方から飛びかかる爪や牙を盾で払いのけ、隙を見て奴らの喉元に剣を突き刺しながら、剣の勇者は聖武器と化した自身の直剣に祈りを捧げていく。

 

 聖武器の宝石が赤く輝き、必殺スキルの準備が整ったところでソラールは剣を両手に持ち替え、真っ直ぐ一角獣を見据えた。それを挑戦と捕らえた獣は、己が内の本能に身を任せるように巨体を揺るがし、角を突き付けて猛進する。

 

―――誘いに乗ってくれた!

 

 正面から突っ込んでくる巨体をしっかりと見定め、鋭利な角が自身を貫くであろうその瞬間、ソラールはその身を翻した。その場で回転し、一角獣と隣り合わせな距離のまま、彼は勢いのままに直剣の腹を角へと叩き付けた。

 

 互いに衝突しただならぬ衝撃が体中を襲うも、よりダメージが多いのは一角獣の方であった。神経の集中する根元に衝撃が行き届いた一角獣はよろめき、厚皮の薄い側面を無防備に晒してしまう。

 

 無論、そのチャンスを逃す彼ではない。聖武器の宝石の輝きが最高潮に達すると、直剣に炎と雷が混合する。先程の衝撃でがたつく腕を無理に抑え、渾身の一撃を振り下ろした。

 

 青空のもとで全てを照らし、暖かな熱を届ける……この世界の太陽を知ったとき、ソラールは激震した。旅先で手当たり次第書物を漁り、最も太陽に近い力が炎であると理解したとき、彼は四聖の加護をその一偏にのみ傾けた。

 

 そして、かの世界(ロードラン)において神々の力…すなわち太陽の力とされた雷。真の太陽を知ってしまった上で、それは偽りなのかもしれない。しかし、彼にとってはあの暗闇の世界で見出した太陽に違いなかった。信仰の心を持つにまで至ったその力に支えられてきたからこそ、今のソラールがあると言えよう。

 

 ソラールにとって、どちらも正しく太陽であった。ならばどうして選択などできようものか。ソラールはソラールであるが故に、そのどちらをも受け入れた。

 

「『日輪・双刃剣』!!」

 

 炎と雷が混ざり合い、太陽と成った剣から斬撃が放たれる。斬撃は雷の如く獣を引き裂き、そしてその体は炎に包まれた。竜を屠ったその一撃に獣風情が耐えられる道理もなし。断末魔を挙げる間もなく一角獣は灰燼へと帰し、ソウルへとその身を変えていった。

 

 山のヌシが潰えたことにより、周囲の魔物達は恐れおののき退散していく。辺りを見渡し戦闘の空気が過ぎ去るのを感じると、ソラールはフーッと息を吐いて剣を納め、再び歩み始める。瘴気が村へと降りる前に片を付けねば、と気を引き締めたその時だ。

 

 背後から砂塵が舞い上がり、何かがこちらへ向かってくるではないか。ええい…と忌々しげに唸り、彼は先制しようと砂塵に向けて奇跡『雷の大槍』を振りかざす。

 

「……ぃちゃーんッ!! ソラールお兄ぃちゃーんッ!!」

 

「なっ!? はっ!? んんっ!?!?」

 

 砂塵の中から突如として響き渡る幼女の声。あまりに突飛で奇怪な事象により、ソラールの振り上げた手と思考が停止する。それは、かの世界を知る者にとって生を手放すほど致命的である。にもかかわらず、どういうわけか彼のソウルは甘んじて受け入れていた。

 

 そして砂塵の正体を確認するや否や、すぐに彼は自らのソウル的な導きに感謝し、手にした『雷の大槍』を空の彼方へ投擲する。

 

「ソラールお兄ちゃん! 会いたかったぁぁーー!!」

 

「おお! フィーロ! 少し見ないうちに喋れるようにまでなったか! ……いや待てフィーロ、そのまま来るのはまず――――へ?」

 

 まるまると大きなフィロリアルのまま馬車ごと突っ込んでくる彼女は正に重戦車の様。先程とはまた違った身の危険を感じたが、それでも彼は動けなかった。眼前の距離にてボフンッ! と音を立てて小さな女の子の姿に変身したフィーロに、ソラールの思考は宇宙を垣間見た。

 

「お兄ちゃん! ぎゅーー!」

 

「なッ!? 一体……ガフッ!?」

 

 魔物の時の白い羽とは対照的なチョコレート色のローブを着た長い銀髪の少女。彼は思考が停止したまま、ぎゅーっという彼女のカワイイ要望へ反射的に両手を広げて待ち構えたが、如何せん勢いが勢いであった。

 

 小さくなっても魔物の力がそのままの彼女は、正に砲弾の如し。この世界に召喚されてから一番のダメージを負った剣の勇者は彼女の要望を叶えつつ、ガクリと気を失った。

 

「あ、あれ? お兄ちゃん? お兄ちゃん!? なんで?! パパなら平気だったのに……お兄ちゃん、しっかり! 死んじゃいやなのー!」

 

「……フィーロ……」

 

「パパ! 大変なの! ソラールお兄ちゃんが……あっ……」

 

 父の声が届いた瞬間、彼女は自分の引いていた馬車の存在を思い出した。思えばソラールを見つけた瞬間から、彼女の記憶はあやふやなのだ。魔物的な欲求が自制できなかった彼女にハベルの静止が届くはずもなく、完全に制御を失った馬車は急発進から急停止の後、ものの見事に横転した。

 

 地の底まで響くような低い声色で呼ぶ彼は今、馬車の中で備蓄していた赤い実や薬でグチャグチャであった。当然、ラフタリアも再びグロッキーな状態へ。

 

 全てを察したフィーロはダラダラと汗をかき始め、甘んじてハベルの怒りをその身に受けた。

 

 

 

 

 

「ウワッハッハ! いやはや助かったぞ! まさか貴公等が助けに来てくれるとは。しかしまったく……貴公等は本当に毎度驚かせてくれるな! ウワッハッハッハ!」

 

「…ぬぅ……貴公、笑いすぎだ」

 

 ハベルの雷が落ちつつ、横転した馬車を直している最中にソラールの意識は回復した。それからというもの、彼はシュンと落ち込んでいるフィーロの馬車に揺られる今に到るまでしきりに笑いっぱなしである。

 

「しょうがないだろう? 特に貴公の叱り方など父そのものではないか。てっきり俺はラフタリア殿が主な教育係になっているものだと……ああ、すまんすまん。もう笑わんから、そう怖い顔を向けてくれるな」

 

 いい加減にしろ、と意を込めてかズモモモ……と岩鎧から重い威圧を感じ取ったソラールは、おもむろに咳払いをして場を濁した。そして、今度は改めて盾の勇者一行に頭を下げた。

 

「本当に助かった。貴公等が来てくれなければ俺の所為で村に被害が出るところであった」

 

「そんな、頭を上げてください。ソラール様が言ったんじゃありませんか、困ったときは助け合おうって。私やハベル様は勿論、一番張り切ってたのはフィーロなんですよ」

 

「ウワッハッハ! ソレは違いないな!」

 

 目的地が近いこともあり、あまりに顔色の悪かったラフタリアには荒療治ではあるが、ソラールが奇跡をかけて回復させた。こと奇跡に関しては本物の信仰を持つソラールの右に出るものはいない。

 

「だが、今回は死体の処理を後回しにしてしまった俺が悪いのだ。わざわざ尻ぬぐいをさせて本当にすまない。まさか3日で肉が腐るとは……いかんな、ロードランの奴らとは違うと言うに……」

 

「ハベル様の世界にもドラゴンが居たんですか?」

 

「…うむ。竜に挑むは騎士の誉れ……そんな言葉がある程度にはな……時に貴公、竜と言えば貴公の騎竜だが――――」

 

「アポロか!? 一体どうした!! ミルソ村で休ませていたはずだが…まさかアポロの身に何かあったか!?」

 

 ハベルから騎竜の話が出た瞬間、彼は血相を変えて詰め寄った。あまりの豹変ぶりにラフタリアは勿論、ハベルですら言葉に詰まってしまった。二人が呆気にとられたのに気が付くと、彼はまたも咳払いをして腰をおろす。

 

「い、良い名前ですね」

 

「ああ、いつまでも名がなければ不便だろう? 本人も気に入ってくれているしな!」

 

「……成程、貴公が死骸を放置した理由…何となく見えてきたな。しかし、私が村でアポロを見たときには、外傷などなかったようだが?」

 

 そう語るハベルに対し、事態がうまく読み込めていない従者はコテッと首を傾げる。だが、当事者であるソラールには伝わったようで、彼は乾いた笑い声をあげた。

 

「うん…うん…貴公の言わんとする通りだ。竜との戦いでアポロは手痛いのを貰ってしまってな。我ながら冷静さを欠いていた。竜の息の根を止めたのは良いものの、ソウルに帰す前にアポロを癒やしてすぐに山を下りたのだ。下りるまでは良かったんだがな……村へ辿り着いた瞬間、事切れるように倒れてしまった」

 

「そんな……ソラール様の奇跡でもダメだったなんて」

 

「……原因は?」

 

「それが…さっぱりだ。村の治癒師に見せたり色々薬を試したが…どれも思わしくなさそうでな……」

 

「…さっきからお兄ちゃん、あのドラゴンのことばっかり……」

 

 今も尚苦しんでる騎竜を想い、いつもの太陽の様な明るさがなくなったソラールは人が変わった様。それが面白くないのか、馬車を引きながらフィーロがジト目で文句をたれた。

 

「こ、こらフィーロ! なんて事言うの!」

 

「う~……でも! ヤなものはヤなの!」

 

 

 いつもとは違った我が儘を見せる彼女にラフタリアは慌てて注意するが、聞き入れる様子はない。彼女がここまで強情になるのは初めのことだ。年相応と言えばそれまでだが…どこか違和感を拭えぬハベルはラフタリアに続いて叱ることができなかった。

 

「ハハッ……フィーロの言う通りだ。いつまでも大のおとながウジウジしている姿は情けないだろう?」

 

「……貴公の気持ちはよく分かる…我々は一人で歩むのに慣れてしまったからな。もし今の私が貴公の立場であれば…貴公ほど冷静ではいられないかもしれん……弱くなったと言えばそれまでだが…この弱さを手放す気にはなれないだろう?」

 

 なにやら揉めているようで肝心の従者達には聞こえていない。だが、そんな彼女等を見つめるハベルからは、溢れ出んばかりの人間性を感じた。そして、彼と同じ道を歩んだソラールだからこそ、彼の抱く思いには強く共感し、スッと納得していた。

 

 「ハベル殿、ありがとう」

 

「……ここまで考えが及ぶようになったのは貴公のお陰でもあるのだぞ?」

 

 

 

「なんだか苦しくなってきた、そろそろだよ!」

 

 フィーロの感じた通り、辺りの空気が目に見えて淀みはじめ、視界も悪くなっていった。ここからは歩いた方が良いだろうと馬車を止め、道を知るソラールを先頭に隊形を組んで進んでいく。

 

 道中、羽虫や泥状の魔物を蹴散らしつつ歩み続けると、人型へと姿を変えたフィーロが浮かない顔をしながらソラールの隣へちょこんと並んだ。

 

「お兄ちゃん…さっきはごめんなさい。アポロが苦しんでるのに…フィーロは…」

 

「ん? ああ、いや…謝ってくれたのは嬉しいが、何もそこまで気にしなくても大丈夫だぞ。フィーロとアポロの仲が良くないのは分かっていたことだ」

 

「そうだけど、違うの。フィーロはそんな事言うつもりはなかったのに…どうしても我慢できなくて…それが自分でも分からなくて…」

 

「フィーロ、あなた大丈夫? 具合が悪いの?」

 

 ラフタリアが心配する通り、先程からのフィーロはどうにも落ち着きがない。人型になってからの彼女の言い分も、ただ言い訳を並べている様には聞こえなかった。まるで自我が乖離しているかのように苦しんでいる。

 

「フィーロ、もうそろそろ変身しておけ。瘴気が強くなってきた」

 

「あっ……う、うん」

 

 もしや濃くなった瘴気を吸った影響か…と危惧したハベルが指示を出し、彼女をフィロリアル・クイーンの姿にさせる。先程のこともあり負い目を感じているのか、普段なら嫌がる魔物への変身を彼女は素直に従った。

 

 彼がここまで警戒するのはロードランでの経験からだ。竜の死骸が近づくにつれて濃度を増していく瘴気……ハベルとソラールには既に共通の確信が生まれていた。

 

 そして、とうとう竜の骸が見えたとき、二人の確信はより顕著なものへと変わっていた。

 

「これが…ドラゴン……ソラール様はこれを一人で……」

 

 体長は10m程、竜鱗はほぼ全て冒険者に剥がれており、代わりに肉だけが異様に腐敗し、所々で骨が露出している。腹部には致命傷と想われる大きな裂傷が貫通しており、傷跡は焼かれて真っ黒だ。

 

 そして何より、腐敗した骸の至る所からガスのように瘴気が吹き出していた。それはまるで呪いの根源のようで……ラフタリアは先程から本能的な嫌悪感からくる吐気を必死に抑えていた。獣の血を引く亜人である彼女は人一倍感覚が鋭いため、尻尾の毛が常に逆立つほど、正に現状は地獄以外の何物でもなかった。

 

「……やっぱり変です。ソラール様の話を聞く限り3日でこうなったんですよね。腐敗が早すぎます。まるで自ら意思を持って進んで腐敗しているような…」

 

「……貴公、剣を構えておけ」

 

「…へ? ハベル様、なんで―――きゃっ!?」

 

 ラフタリアの疑問を待たず、彼は呪術の火を発現させ、『大発火』にて勢いよく骸を焼却しに掛かった。突然あがった火の手に彼女は思わず抗議の目線を送るが、ハベルは真剣そのものであり、既にその手には岩の大盾と大竜牙が握られていた。

 

 それはソラールも同じ、フィーロに至っては骸をずっと睨んで唸っている。尋常ではない状況につられ、ラフタリアもアストラの直剣を抜く。

 

「ハベル様……ッ?!」

 

「……やはりか……来るぞ!」

 

 何が…とは聞くまでもなかった。

 




盾の勇者の成り上がり2期が10月からですって奥さん。
楽しみだな‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦

皆様からの感想、心よりお待ちしております。
次もなるべく早くにでかしたいです……


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EP28 竜

皆様、お久しぶりでございます。私事ではありますが、地元でコロナが収まってから転職いたしました。前の病院がかなりブラックだったらしく……今の新しい勤め先では人間関係・職場環境ともに良好であり、必然的に時間も生まれこうして執筆再開が叶ったわけです。もう半ば諦めてました。しかし、来たるべきエルデンリングと盾の勇者二期の為にも書かなくてはと思い立ち…。
虫の良い話かとは思いますが、皆様にはこれからもハベル等の活躍を見守っていただけると嬉しいです。


「ギャオアァァァッァァァァァァァァーーーーーー!!」

 

 腐りきった大地を揺るがすほどの咆哮が放たれ、逆巻く呪術の火を残らず消し去る。骸はその身に宿す圧倒的な呪詛により、新たに生を受けた。いや、生と呼ぶにはあまりに禍々しい。

 

 ゴポッ……不完全な全身から耳障りな泡音を響かせ、瘴気を噴き出しながら肉体を再生していく。全ての生きとし生けるものへ限りない憎悪を纏いながら、四つ足の竜は蘇った。

 

「ドラゴン……ゾンビ……」

 

「やはりか。まったく、竜というのは何所でも…」

 

 生命の理に自ら抗う上位者の姿に、ラフタリアは呆然と立ち尽くす。しかし、忌々しげな声を漏らした主人を隣にし、いけない! と気を入れ直し、アストラの直剣を構え直す。

 

 ハベルの世界においても、竜骸(ドラゴンゾンビ)の存在は有名であった。それこそ、生きている内に会ったことはないが腐ったまま這いずり回る姿なら……と語る者達が多いほど。

 

 それは竜骸を目にして生き残った物が多いからこそ言えること。しかし、目の前の存在はそんな生半可な者達とは遙かに別物だった。

 

 体を完全に再生させ、鮮血の如き赤瞳を宿してこちらを見据える。出方を窺い、勇者等と真っ直ぐと対峙するその様からは明らかな知性を感じさせた。

 

「なんと。やはりただの飛竜ではなかったか」

 

「まったく……生きていた時の方が楽だったのではないか?」

 

「ハッハッハ、言ってくれる。それでハベル殿、どう動こうか?」

 

「ソラールは右……私は左から……ラフタリアは下がってフィーロの援護……フィーロはいつものように魔法で―――」

 

 ある程度予測のついていた不死人二人は冷静に軽口を言い合い、小声だがハッキリとハベルが指示を飛ばす。手慣れた様子の彼等を見かね、ラフタリアの中に多少の安心感が生じ、剣を握る両手に力がこもった。己の主人とその友人の頼もしさに当てられ、私達なら勝てる、そう波長が重なる瞬間――――

 

「ドラゴン!! 大っ嫌いっ!!!」

 

 血走った瞳を向けたフィーロが翼を広げ、竜骸(ドラゴンゾンビ)にむけて跳躍した。

 

「ぬぅっ!?」

 

「フィーロだめぇっ!!」

 

 両者の硬直を崩し、先制したフィーロの蹴りが竜骸の頭部に直撃する。薄い皮膜に辛うじて包まれた脳が揺れてよろめく隙に、彼女は野性的な動きで二撃、三撃目を入れていく。

 

 後方で戻れと叫ぶ声が届く素振りすらなく、彼女は真っ白な羽をドス黒い返り血で染め上げていた。

 

 端から見れば竜骸と彼女は拮抗しているようにも見えるだろう。だがそれは彼女が既の所で、身の丈と変わらぬ爪や牙をかわし続けているからこそ。

 

 そのまま頭部に何度も打撃を加えられても倒れず、ましてや彼女が付けた傷は瞬時に腐肉と化した後に液状化し、跡も残らず再生されている。ダメージが通っているかさえ怪しい現状はジリ貧もよいところである。

 

「フィーロは一体どうしたというのだ!? もしや……ドラゴンとフィロリアルが種族的に仲が悪いという本能が働いて……」

 

「ソラール様! そんな本能だなんて……でも、あの子の様子がおかしかったのって山に入ってからじゃ……」

 

「……そうかっ! そう言えばフィロリアルは動物ではなく魔物と分類されるのか……奴から出た瘴気を吸って……村長が言っていたな、瘴気が山の生態系を変えたと……」

 

 ハベルは自らの采配を呪った。山の瘴気は亡者である彼にとっても息苦しい程には濃度が高い。人の姿をとっても感覚が魔物のソレと変わらぬフィーロを気遣い、比較的耐性が高いであろうと踏んだ魔物の形態へと変身させたが、最悪な形で裏目に出てしまった。

 

 今のフィーロは理性なき魔物そのものだ。瘴気によって凶暴性に更に拍車が掛かり、ヒトの思考を放棄するほどの憎悪に呑まれていた。

 

 (ソラール)に良いところを見せたい、怒られた分の埋め合わせをしたい……心まで魔物と化した彼女の最も強く純粋な想いは……どす黒い竜への殺意に昇華してしまった。

 

「ともかく、今はフィーロを何とかせねば。貴公等、こういうことは前にもあったのか?」

 

「私かハベル様があの子の近くで声を聞かせてあげれば、きっと……」

 

「……ラフタリア、その役目を頼めるか? 私とソラールでは今のフィーロに追いつけん。だから竜の気を引いてる隙に貴公は…ッ!」

 

 ハベルの指示が途切れた瞬間、鮮血が飛び散った。鋭利な爪がフィーロを捉え、地面へと叩き付けられる。

 

 素早いが単調、故にそこらの魔物と大差のない突撃に慣れたのだろう。そのまま竜骸は彼女へ顔を向け、ガバッとおもむろに口を開く。

 

 刹那、竜骸の口腔に閃光が走った。

 

「ガアァァァーーーーッ!?!?」

 

 腐肉が飛び散り、咆哮に伴い雷鳴が共鳴する。ソラールの奇跡『雷の大槍』が竜骸の次を許さなかった。

 

 そして彼が奇跡を放つのと同時に、もう一人の不死も全力で地を駆けていた。苦しむ竜骸の懐へと潜り込み、大竜牙の一振りで爪ごと手掌を打ち砕く。

 

 肉が潰れ、骨が砕ける不快な音が響く最中、間髪入れず大竜牙を振り降ろし、重量ある暴力が前脚を破壊した。

 

 腐りきったが為に脆弱……四肢の均衡が一瞬にして崩れ、体勢を保てなくなった竜骸は何が起こったか把握する間もなく倒れ込む。

 

 高く据えていた頭部が地に付けられ、屈辱から竜骸の瞳は更に深みを増す。だが、慣れぬ視界の中で竜骸が最初に目にしたのは、事もあろうに自身の丈と同等の大槌を振るう岩鎧の人間だった。

 

 まるで最初から竜骸の頭がそこへ位置するのが分かっていたかのように……。大槌が迫る間、竜骸は岩鎧へ自身を殺したバケツ頭と既視感を覚えていた。

 

 二人の立ち回りがあまりに手慣れていたのだ。それではまるで幾度となく同族を屠ってきたかのよう…だが、そんな人間の存在など竜骸は生きてこの方知り得もしなかった。

 

 だが、瞬時にあの騎士とは比べものにならない程の“ある気配”を感じ取り、竜骸はこの状況下においても僅かに口角を上げる。ハベルがそれに気づくはずもなく、かの邪な思考と共に原形を留めることなく、その頭部を怒りの一振りで粉砕した。

 

 脳漿腐肉を撒き散らし、竜骸の動きが停止した……かに見えたが――――

 

「気をつけろ、貴公! まだ息があるぞ!」

 

「……っ! ……ぐっ!?」

 

 正に奇襲。現存する方の前脚が振るわれ、巨大な爪がハベルを捉えた。

 

 咄嗟に構えたハベルの大盾で直撃は免れるも、自身より何倍もの大きさからくる質量の暴力に吹き飛ばされる。

 

「ハベル殿! おのれ、よくも!」

 

 急な斜面を滑り落ちていく彼のもとへ向かう気持ちをこらえ、ソラールは四聖武器に力を込める。それはハベルの強靱性を信じてのこと、なにより彼が生み出したチャンスをみすみす逃すなどもってのほかだ。

 

「もう一度俺がこの手で……【日輪・双刃剣】!!」

 

 ソラールの剣に二つの世界の太陽が宿り、全てを照らし焼き尽くす斬波が放たれる。斬撃は稲妻の如き速さで竜骸の腹を切り裂き、腐った傷口から炎が走った。

 

「今度こそ、その醜き体ごとソウルに還して……なっ!?」

 

 確実な手応えを感じるも、ソウルの流れは変わらなかった。それが意味することはただ一つ……それを指し示すかのように竜骸の腐肉が膨張し、炎に巻かれながらボロボロと剥がれ落ちていった。

 

 腐れから出でたるは新たな生……。

 

 全身の骨格に沿うよう薄い皮膜のみに包まれた竜が、自ら生み出した瘴気を振り払い五体満足で顕現した。しかして、新たな竜は新たな命を回生しようが、赤い瞳に灯す殺意だけは決して衰えてはいなかった。

 

「ギュオワァァァァァァーーーーーーッッ!!」

 

「……バケモノめ」

 

 不死人の不死はただ死なずのみ。しかし目の前の存在は生と死の循環を自力で施行した……そのような存在にはその言葉しか見つからなかった。

 

「だが、今の貴様など腐ってもいなければ鱗もない! ならばまた倒せるはずだ!」

 

 太陽の騎士は諦めなかった。例え古竜じみた業を堂々見せつけられようとも、生命の輪に囚われているのであればやることは変わらない。一度で叶わぬのなら、幾度でも殺せば良いのだ。

 

 しかし、そんな彼の決意を嘲笑うかのように竜は標的を変更する。顔を向けた先にいたのは、他ならぬ盾の従者等であった。

 

 一方場面は切り替わり、爪を喰らって出血し地面に叩き付けられたフィーロ。傷薬を両手いっぱいに抱えたラフタリアの必死の介抱あってか、ソラールが視界を移したその時には既に立ち上がっていた。

 

 しかし未だ正気を取り戻してはいない。雪のように真っ白な羽が自身と竜の血で赤く染まろうと構わず、蒼く澄んだ瞳は獣性に縛られ酷く充血し、殺意に囚われたまま再度竜へ挑もうとしていた。

 

「よくもやったなドラゴン! フィーロ絶対に倒す!! ムガっ!?」

 

「フィーロ!!」

 

 翼を広げ跳躍の構えに入った瞬間、ラフタリアが組み付いた。

 

「しっかりして!! 私の声が聞こえる? フィーロお願い、大丈夫だから!」

 

 身を乗り出してフィーロの顔を両手で掴み、ラフタリアは声を届けようと躍起になる。しばらくして母の声が聞こえ始めたのか、幾何か獣性を留めたフィーロの動きが止まった。

 

「……ママ? あれ、フィーロ一体……」

 

「ああ、良かった……。戻ったのね、フィーロ。とにかく今は人間に戻って…」

 

 そう、動きが完全に止まってしまった。それはかの地において、まさに致命にも等しい行為…・・。

 

 フィーロが正気を取り戻し、人間に姿を変えるのと同じ刻、竜は腹を限界まで膨らませ、一対の翼を広げて仰け反った体勢をとった。その予備動作へ大いに覚えがあるソラールはブワッと冷や汗をかく。

 

 彼は両手で空高く剣を掲げ、己が内に残された僅かな勇者のエネルギーを注ぐ。使える奇跡も底が見えている中、今の戦いにおいて勇者の業を使えるのは、恐らくこれが最後だろうと覚悟を込めて。

 

「させるか! 【雷鳴け…】 ―――ぐぁ!? 何!?」

 

 突如として腕に激痛を感じ、ソラールの業が中断される。痛みの原因、それは常人の半ほどの背丈もある巨大な蛆であった。

 

 どこから来たのかは嫌でも目についてしまった。奴が回生のために脱ぎ捨てた腐肉から湧いてきたのだ。それも一匹ではない、撒き散らされた腐肉の断片一つ一つから湧き続けている。

 

 そして最悪なことに、それらは一斉にソラールへ向かっていった。新たな肉を求め、ぎちぎちと大顎を鳴らし、緑の唾液を垂れ流しながら……。

 

「バカな……ダメだ!!」

 

 腕に食いついていた蛆を胴体から斬り払い、再度業を構えるが、別の蛆等の牙が迫る方が速かった。有効打たる奇跡も使い果たした現状、ソラールに捌く手立てはない。そして次の瞬間、竜の口から禍々しき黒炎が放射された。

 

「させないっ!! 『理を今一度読み解き、我らを守れ!』【ファスト・ホーリーシールド】」

 

 両手を突き出し、その先に光の魔法壁が形成される。

 

 状況が掴めず、未だ混乱の最中にあるフィーロを全力で護りに掛かるラフタリア。呪われた大樹での戦にて恐怖に呑まれた事を猛省したが故に動けたのだが……。

 

「ママっ!!」

 

―――だめ……抑え、きれない……でもっ!!

 

 魔法壁の維持に全力で魔力を注ぎ続けるも、圧倒的な力の差にラフタリアの顔が歪む。咄嗟のために省略した不完全な詠唱と、最近会得したばかりの未熟な魔法。仮にこの二つの要因を除いたとしても竜のブレスを凌ぎ続けることは不可能だ。だが、それでも彼女は諦めなかった。

 

「ぐうぅぅ……まだ…負けるものかぁ……」

 

 魔力の過剰放出により全身が悲鳴を上げようと、守るべき存在がある限り絶対に退かない。己が主人とて必ずそうする。否、そうしてきたのだ。

 

 ならば盾の従者である自分が、そして何より、この子の親となる事を決めた自分が退くことなど、あってはならないのだ!

 

「よく頑張ったな、ラフタリア」

 

 無我夢中で歯を食いしばる中、炎の中から声が届いた。それは決して幻聴などではなく……。

 

「後は、任せろ!」

 

 マントをたなびかせ、黒炎の中をかき分けながら突っ走り、従者等の前へ力強く展開される岩の盾。四聖のスキル『防御壁』が発動され、魔力の防護膜が一行を包み、黒炎を完全に阻んでいる。

 

 突き落とされた崖を必死に駆け上り、従者のもとへ再び馳せ参じ、盾の勇者ハベルは再び戦地へ降り立った。

 

「ハベル様…良かった……」

 

「すまない、出遅れた。それにフィーロ、もう大丈夫なのだな?」

 

「パパ、ごめん、なさい。あのね、その……」

 

 記憶が戻ったのか、今にも泣きそうな顔で声を震わせる娘に、ハベルは首を振り、片方の手で不器用に銀髪の小さな頭をなでる。

 

「謝らなくていい、お前が無事ならそれで良い。それより、今はコイツを何とかせねばな。魔法を頼めるか?」

 

「うん……もちろん! 『力の根源たるフィーロが命ずる』」

 

 フィーロの所為では無いと言い聞かせるような彼の手つきに気を入れ直し、しゃんとした彼女は人間体のまま羽をひろげ、集中した顔つきで詠唱を始める。

 

 フィロリアル・クイーンの聖なる羽が黒炎の中でも膨大な風の魔力を集めていき、彼女のてのひらに凝縮されていく。

 

「『理を今一度読み解き、猛き疾風で敵を貫け』【ツヴァイト・エアーショット】!!」

 

 凝縮された風の魔弾がハベルの背後から発射され、黒炎を裂いて竜の口腔へ直撃する。それはブレスが中断されただけではなく、鋭い牙の殆どが折れる程のダメージを与えていた。

 

 今までがむしゃらに突っ込むだけよりも遙かに優れた一撃。他の魔物では獲得できぬ理性(理力)知性(知力)が合ったこの一撃は、彼女が人間性を取り戻したが故の一撃だ。

 

「今だ、一気にたたみ掛けるぞ! フィーロは“とっておき”を。ラフタリア、私に続け!」

 

「「はいっ!!」」

 

 号令を轟かせたハベルが駆ける。ラフタリアは即座に追随し、フィーロは翼を閉じて上空へと跳躍する。迷いなど一欠片も見せぬ、良く仕込まれた一行の動きは戦いの風向きを変えるに充分であった。

 

 竜もその徴候を察知したのか、新生した翼をはためかせ巨体を宙へと持ち上げ始める。あの小さなフィロリアルの娘よりも遙か高く空へ飛び立ち、かの定命どもを見下しながら焼き尽くせば良いと。

 

「させると思うかぁ!!」

 

 雄々しき叫びと共に放たれる斬撃が、竜の尾を根元からそぎ落とした。骸の時には感じる事のなかった激しき痛み、そして部位の欠損によるバランスの崩壊が、再び竜を地に伏せる。

 

 全ての蛆を捌ききった剣の勇者・ソラールの存在を完全に失念していた竜の落ち度である。

 

「太陽万歳!! 【雷鳴剣】!!」

 

 残り少ない勇者の力を剣に込め、放出された雷が竜の対翼を貫き、翼膜を焼いていく。もはや竜に逃れる術などなかった。

 

「ハベル様、盾を借ります!」

 

「良し、行ってこい!」

 

「はい! やああぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

 

 彼女はハベルの大盾を踏み台にし、獣の血が混じった亜人の身体能力を思う存分に活かした。そしてソラールへ気をとられる竜の僅かな隙も逃さず、跳躍したラフタリアの直剣が突き立てられ、赤く血走った瞳を抉る。

 

 視界が削がれ、次々と与えられる痛みと怒りに、堪らず竜は全てを振り払おうとその場でデタラメに暴れ狂う。それが悪手であるとも知らずに。

 

「……ヌゥンッ!!!」

 

「……ガアッ!?」

 

 デタラメに振るわれた竜の爪が弾かれ、受け身も取れぬ状態の土手っ腹に打撃が襲いかかる。それは竜の巨体が僅かに地から離れるほどの威力。

 

 回生したばかりであれ自分より小さな体の下等生物に純粋な力負けなど、生まれてこの方味わったことのなかった竜は、困惑と屈辱に呑まれたまま宙で二撃目を貰い、岩壁に叩き付けられる。

 

 ラフタリアを飛ばした後、ハベルは呪術の火を身体に宿し【内なる大力】を発現させた。全身を駆け巡る痛みと灼熱を代償に、圧倒的な力を会得した彼が大竜牙を振るえば、如何に上位者たる存在であれ造作のない事である。

 

 それでもまだ息のある竜は、一切揺るがぬ闘志に身を任せて起き上がる。

 

 下等種どもが決して許さぬ……憎しみの炎が猛る赤き瞳を開け、反撃に移ろうと身構えたその時だ。赤き瞳が映し出したのは、太陽の光を背に空を駆ける小さな人間の姿であった。

 

「【スパイラル・ストラァァァイク】!!!」

 

 風の魔力が凝縮して形成された3爪の鉤爪が、竜の身体を岩壁ごと貫いた。フィーロの体格以上に大きく開けられた風穴、その部分にあった回生に必須な器官である核を完全に破壊された竜に打開の術はない。

 

 己の負けを悟った竜は決して消えることのない呪詛を宿しながら事切れた。

 

 その矛先が最初に殺された剣の勇者から変わったのは、その命が尽きる瞬間であった。

 




リハビリがてらちょっと文字数少なめです。もしかしたら今後も同じくらいになっていくかも? キリの良いところでは終わらせるつもりです。



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EP29 暗き亡者の性

エルデンリング…おお……エルデンリング…(あいさつ)

ストーリートレーラーからすでに興奮が冷めないなあ
早くやりたいなあ!!
のう!!褪せ人どもよ!!


「やったあ! フィーロ達の勝ちーー!」

 

 竜の核たる紫の血晶を握りしめ、フィーロは嬉々として勝ち鬨を上げる。

 

 もしや、また起き上がるのでは……そんな途方もない不安を抱えるラフタリアだったが、勇者二人が得物を降ろすのを見かねてホッと息をつく。

 

 彼等の行動が示すとおり、竜のソウルは二人の身体に満遍なく流れ込んだ。それはつまり、彼等が言うところの完全な決着とみて良いものである。

 

「なんとかやれたな、ハベル殿。これは大物じゃないか? 俺が今まで狩ってきた竜の中ではかなりであったぞ! 貴公等のお陰で記録更新だな! ウワッハッハッハ!」

 

「……まったく、予想以上に手間をとった。竜など久しく狩っていなかったが、間違いなく奴はただ者ではなかった……波の主と比べて……どうだ?」

 

「うむ、確実にこちらが上だな。まったく、こちらの竜と呼ばれる者どもが皆これほどじゃないことを祈るほかないな、貴公。ああ、俺のアポロは別だぞ。アイツは必ず立派な……む?」

 

 戦いの余韻を共に浸っていると、向こうからさえない顔つきでとぼとぼとやってくるフィーロの姿を目撃する。先程まで満面の笑みを浮かべていた彼女だったが、思うところ…と言うより思い出したところがあるのか、悲壮な趣のオーラを放ちながら近付いてくる。

 

「や、やったわね、フィーロ。ソラールお兄ちゃんに良いところも見せる事ができたし。それにまた必殺技のキレが良くなったんじゃない? ママびっくりしちゃった……ね? ハベル様」

 

「……う、うむ。そう……だな」

 

「……怒ってくれないの?」

 

「…っ! それは……フィーロがやりたくてやったわけではないのでしょう? だったら―――」

 

「でもでもでも! フィーロは自分を抑えられなかったの。パパがいっつも言ってる戦いの中での言いつけを守れなかった。自分勝手に動いて、やっちゃいけないこと、いっぱいやっちゃった……グスッ……ごめんなさい……」

 

 涙をグッとこらえようと顔を歪ませる娘に対し、ラフタリアとハベルは同時に顔を見合わせるも、どうしても掛ける言葉が見つからなかった。今回の騒動の責任は決して彼女にあるなどと思っていないのが二人の見解だったが……どうやら幼くとも自分自身が許せないのだ。

 

「何を言うんだ、貴公が一番凄かったぞ! ウワッハッハ! フィーロには毎度毎度、驚かされっぱなしだな。これはアポロにも負けぬよう伝えておかねば!」

 

 そんな時に手を差し伸べるのが、この太陽のような男なのだ。

 

 彼はしょげ込むフィーロを勢いよく抱き上げ、ぐるぐると回転しながら賛辞を送った。突然の奇行にあわわ…とフィーロは目を丸くして驚く。

 

「でも、フィーロ失敗しちゃったんだよ。悪い子って思われるようなこと、いっぱい……」

 

「む? おいハベル殿! 貴公のネガティブが少しばかり似てきたのではないか?」

 

「なっ?!」

 

「あはは……言いたい事が分からなくもないような……」

 

 「……っ! ……ぬぅ」

 

「俺はフィーロを悪い子と思ったことなど一度もないぞ? むしろ今日は可愛くてかっこいいところを沢山見れたな! まあ、その……なんだ。確かに失敗はした。でもフィーロはちゃんと反省してるじゃないか! そこもまた良い子のポイントだぞ!」

 

「…グスッ……反省?」

 

「そうとも! 充分反省している貴公をどうして怒れよう。失敗など生きとし生けるものなら誰だってするさ。ハベル殿も、ましてや俺なんか失敗ばかりの人生だ」

 

 失敗ばかり……太陽を目指したロードランでの思い出が走馬燈のように駆け巡り、思い返した彼に一瞬だけ影がちらついたが、エヘンと盛大に咳払いをして誤魔化す。彼の真意を何となく図れたのはハベルのみであった。

 

「何度失敗してもその都度反省し、次に活かす。そうすることで誰しも成長していくものだ。最初から何でもうまくいく者なんていない。だからフィーロも大丈夫だ!」

 

「……ホントに? フィーロね、絵本に出てくるフィロリアル・クイーンみたいになりたいの。みんなを守れるような強くて優しい彼女に……なれるかなぁ」

 

「なれる!! きっと大成する! ハベル殿の強さとラフタリア殿の優しさを受け持つ貴公なら! 勇者の俺が言うんだ、間違いない!」

 

「……うん! フィーロ、元気出た! ありがとう! ソラールお兄ちゃんだーい好き!!」

 

 俺もだー!! と尚もフィーロを抱き上げじゃれつく()の太陽。そこ抜けた明るさに当てられ、すっかり表情がいつもの元気なものへと戻るのを見たハベルは安堵の溜息を漏らす。

 

 流石ですね、と言う従者の声に同意していると、急なふらつきがハベルを襲った。慌ててラフタリアが支えとなり、倒れることはなかったが……同時に、ソウルの輝きをより一層強く感じるように……。

 

「……ヌゥ…くそ」

 

「わわ、大丈夫ですか!?」

 

 実のところ、ハベルはかなりの負傷を受けていた。荒れた地を転げ落ち、そして駆け上り、エストも奇跡も掛ける暇もなく黒炎を防ぎきったのだ。そこへ重ねて『内なる大力』を使用したともなれば、亡者の体が求めるソウルはまだ足りないと言ったところ。

 

――――渇くのがはやくなった…篝火がなければこんなものか……ああ、ソラール…なント……。

 

 赤く輝き始めた彼の目には、ソラールの内にある膨大なソウルが輝いて仕方なかった。この世界に篝火がない以上、不死人にソウルを消費する手立てがない故だが……。

 

「ハベル様、よく見たらボロボロじゃないですか。すぐ馬車に戻って手当てをしましょう。待ってください、とりあえず今は手持ちの回復薬を」

 

「……っと…まずいな」

 

 ラフタリアの声を聞き、ハベルの正気は取り戻される。

 

―――まったく、これではフィーロを笑えんではないか。ともかくまずは、残った竜のソウルを。

 ラフタリアの手をすり抜け、急いでハベルは竜の死骸へと赴き、そして褪せり果てた黒い剣を突き立てた。

 

 すると巨大な竜の骸は跡形もなくソウルへと変換され、凝縮された塊となってハベルの手元へと現れる。ハベルはそれを躊躇なく握り潰した。

 

 

 

 

 

『許サン……許サンゾ!』

 

「なに? ……ぐっ!? グアァァァァーーーーー!!」

 

「ハベル様っ!? どうし…っ!!」

 

 主人の動向を見守っていた彼女がいち早く異変に気が付いた。だが、気が付いたからといって何ができるとは思えなかった。

 

「がァァァあぁぁぁァァァぁぁーーーー!!」

 

 ソウルを取り込んだハベルは突然苦痛に悶え、その場にうずくまる。そして従者が駆け寄る間もなく、彼の岩鎧の隙間からドロッと黒い膿のような何かが溢れ出てきた。

 

 竜が生み出した瘴気とは比べものにならないおぞましいソレは、ラフタリアの体毛を逆立たせ、気持ちとは裏腹にその足を止めてしまう程には醜悪であった。

 

「ああ、そんな…だめよ…だめっ!! ハベル様っ!!」

 

「よセ……来ルナ…呑まレル…グゥゥゥゥーーー!?」

 

「パパ!!」

 

「ハベル殿!!」

 

 危険信号を出す自らの本能を全力で押し込め、尚も駆け寄ろうとする彼女だったが、辛うじて意識のある主人に『命令』をもって止められる。胸の奴隷紋が光を帯びたとき、ソラールとフィーロもようやく事態を把握する。

 

 『ホウ…ヤハリ貴様、タダノ人間デハナイナ。流石ノ不死ダ…濃クモ深キ闇ヲ感ジル』

 

「キ…貴様…なにヲ…」

 

 ハベルの中で声が響く。地の底から這い出るような低い声が、ハベルの内に溜まった人間性を掻き乱し、食い荒らしているのだ。全てを始まりの篝火に注いだ後、この世界に来てから受け取った暖かな人間性をこいつは……。

 

『ダガ妙ダナ不死ヨ、何故貴様ハ枷ヲ付ケテイル。コレ程ノ力ヲ持チナガラ、ナントモッタイナイ』

 

「な、何のコとダ……貴様は…」

 

『我ガ枷ヲ外シテヤロウ、下ニ愚カナ神ノ枷ヲ』

 

「ヤ、ヤめ……グァァァァァァぁぁああ――――――!!」

 

「離してソラール様!! ハベル様が…ハベル様がっ!!」

 

「いかん! アレはだめだ。不味すぎる。行けば貴公まで……」

 

 命の全てを否定するかのようなソレに怯え、へたり込むフィーロを横に、今にも飛びかからんと必死な従者を、ソラールは懸命に押さえ込む。

 

 必死すぎる彼女の気持ちは嫌でも分かるが、目の前のそれはロードランの地においても目にしたことのない異常なもの。何の祝福も得ていない生者が飛び込めば、更なる凄惨が生まれることだけは確信していた。

 

「ぁぁぁァァァぁぁああぁあぁぁ………アア……」

 

 苦痛に満ちたハベルの叫びと共に、彼の身体に暗い穴が空き、流出する黒い膿が激しくなる。やがてそれ等は次々結晶と化し、竜骸の呪いを上書きする彼の如く、枯れ果てた大地に根付いていく。

 

 そして叫び声が掠れる頃には、盾の勇者の全身は溢れ出た人間性の黒き闇の結晶に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 盾の勇者が死んだ。

 

 ハベルの身体についた黒い結晶をソラールが残らず剥がし、急いで彼を馬車に乗せて一行は下山した。死にものぐるいでフィーロは馬車を駆け、村に着くまでラフタリアはハベルの作ったあらゆる薬を試し、そしてソラールはあらゆる奇跡を掛けた。

 

 それでも、彼が意識を戻すことはなかった。

 

 脈も呼吸もなく、今まで以上に生命の息吹を感じられないその感覚を、ラフタリアは幼い奴隷の頃から知っていた。ハベルの状態はまさにソレに該当する。

 

 目の前が真っ暗になる感覚に囚われそうになる彼女を励まし続けたのはソラールであった。ハベル殿は大丈夫……そう何度も言い聞かせて。

 

 ハベルやソラールはただの人間ではなく、不死人という存在である事は本人達から薄らと聞いていた。しかし、死なずとは言うものの、それがどういう物か分からぬ以上、彼女の不安が尽きることはなかった。

 

 旅の道中で何度か聞いても、本人がはぐらかしてしまうのだ。ソラールに聞こうも、ハベル殿が話していないことを俺がおいそれと言うわけには……の一点張りである。

 

 

 

 下山して村へと到着するやいなや、一行は急いで宿を借りた。

 

 肝心のミルソ村はと言うと、ハベルが事前に渡した薬、そしてソラールが手配した物資によって無事に事なきを得ていた。心配の大本だった瘴気も晴れ、事態の解決を悟った人々は盾の勇者への偏見を改め、剣の勇者に感謝と信仰の念を抱いていた。

 

 だからこそ、人々の歓迎に応える余裕を持ち合わせていない程に切羽詰まる彼等の様子を見かね、村中総出で彼等の助けになろうと動いたのはごく自然であった。

 

 村一番の癒やし手の魔法、一番高価な聖水、更には残ったハベルとソラールの用意した薬さえ……ありとあらゆる手段を実行するも何の変化もないまま、それらは全て無駄に終わった。

 

 いや、最初から手の施しようなどあるわけがない。やはりハベルはどうあっても死んでいるのだ。

 

 誰もが諦め目を伏せる中、黄色の液体が入った緑のガラス瓶をぶちまけ、懸命に奇跡を掛け続けるソラール。ラフタリアとフィーロは縋り付くように見守っていたが……とうとう彼の手も止まってしまった。

 

 「あの、ソラール様……ハベル様は?」

 

「……くそ!! 篝火がなければこんなものか。我ら不死人は…亡者とは……これでは余りにも……あんまりではないか!!」

 

 悲痛に満ちた彼の叫びに、一人は泣き喚き、一人は声もなく崩れ落ちた。

 

 そうして、盾の勇者が死んでから三日が経った。

 

 

 

 

「ハベル様……」

 

 主人の死を受け入れられない亜人の従者は、この三日間何度その名を口にしたかも分からないまま、片時もベッドで横になっている彼の傍から離れられなかった。瘴気の影響で凶暴化した魔物の討伐に足を運ぶことはあれ、それが終わればまた彼の下へ。

 

 「ハベル様……」

 

 唐突すぎる彼の死……大切な人をまた失う羽目になった彼女の心は奴隷の頃より衰弱しつつあった。自分から何もかもを奪う理不尽なこの世を恨む気力はとうに尽き、彼のマントを握りしめながらラフタリアはうな垂れ続ける。

 

「私は……また……いやだよぉ……」

 

「ママー! 宿の人がお菓子を焼いてくれたんだって! 魔物を一杯やっつけてくれたお礼なんだって! 食べに行こーよー!」

 

 ドアをドンドンとノックする娘の声が耳に届く。毎食毎度、何かあるたびにフィーロはこうして彼女に声を掛ける。余力のない母を気遣ってのこと、彼女だって父の傍へ寄り添いたいだろうに、一日に何度か顔を見に来て話をするだけで済ませていた。

 

 そんな孤独を埋める彼の如く、彼女は村の子供達と一日の大半を過ごし、夜はソラールの下へ足を運んでいた。彼が自分の騎竜の看病をする間も付きっきりで、あろう事か種族的に折りが合わぬ筈の、アポロ(ドラゴン)の看病を手伝うまでに。

 

 「……今、行くわ。待ってて」

 

 多量に息を吸い込み、何とか声を絞り出す。最低限、娘の声に応える余力は残っていた。親という存在の重さを痛感していたが故に。

 

「……行ってきます。すぐ戻ってきますので」

 

 届かぬと分かっていながらも、彼女の言葉が静寂に投げられる。

 

「……ぬぅ」

 

 はずだった。

 

「……っ!! ハベル様!!」

 

「えっ!? パパ!!」

 

 ラフタリアの叫びに呼応するかの如く、勢いよくドアを開けて中に入るフィーロ。彼女等の先には重厚な岩鎧を音もたたせずに起き上がった勇者の姿があった。

 

「ああ……ああ……良かった……本当に……」

 

「パパーーー! あのねあのね、パパが寝てる間に色々あってね! お友達が沢山できて、その中でもメルちゃんがね! でもまずはぎゅーーーっ!!」

 

 溢れ出る感情を発散させ、我慢ならなくなったフィーロがハベルに飛びついた。これはいつもの光景だ。飛びついてきた彼女を抱き留め、ハベルの不器用な手つきでサラサラの銀髪を愛おしげに撫でる。

 

はずだった。

 

「……あ、あれ? パパ?」

 

 抱きつくフィーロに対し、ハベルは何の動きもなく、それどころかゴトッと岩兜を傾げて困惑しているようにも思えた。しばらくそうしていると、彼は黙ったままフィーロを引き離し、日が差す窓へと足を運んでいた。

 

「……パパ?」

 

「あの、ハベル様。どこか具合でも? もしかして、あのドラゴンゾンビに何か―――」

 

「……なあ、貴公等」

 

 窓から村の光景を眺め続ける彼に声を掛ける二人だったが、そんな彼からの返答は鬱陶しげで酷く褪せたものだった。

 

「…貴公等が言う……ハベルとは…パパ……とは、何だ?」

 

「……えっ」

 

「どうしたの!? パパは、フィーロのパパだよ!」

 

「……貴公等など、知らぬ」

 

 心底鬱屈そうに、彼の口から放たれた言葉は想像だにし得ぬものだった。瞬間、ラフタリアは目の前が真っ暗に包まれ、全身が脱力し、その場で膝を着いてしまう。

 

「どう……して……ハベル様……」

 

「ま、まってて! 今ソラールお兄ちゃん連れてくる!」

 

 フィーロが慌てて部屋から出て行くのを止める者はいない。

 

 ハベルは崩れ落ちた従者を気にする素振りも見せず、また窓から外の景色を注視していた。光り輝く太陽、賑やかな声、人々の日常の営みを物珍しそうに、ただひたすら見つめていた。

 

 それから寸分もたたず、ドタドタと忙しない足音を響かせ、フィーロに負けず劣らずの勢いでソラールはドアを蹴破った。その手に不思議な灰色の石を握りしめて。

 

「ハベル殿!! 無事蘇って何よりだが―――」

 

「っ!? 近付くな!!」

 

 ソラールの姿を目にした途端、彼は手元に黒騎士の剣を展開。鋭い殺意と警戒を露わにし、切っ先を向ける。そんな父の姿に後ろでビクッと体を震わせるフィーロだが、向けられた当の彼は全く動じていなかった。

 

「貴公…やはり……」

 

「なんのマネだ……ソラールは…確実に……この俺が殺した。貴様の…その恰好…私の……友に対する侮辱だ……。今すぐにやめ―――モガッ!?」

 

 言い切る直前、不意打ち気味にソラールは石を投げつけ、ハベルの顔面に直撃する。力強く投擲された石は砕け散り、粉末がハベルに吸い込まれるように散りばめられる。

 

「ゴホッゴホッ……何をするソラール……ソラール?」

 

「解呪石だ、ハベル殿。もしもの為にと思って持っていたが、まさか貴公に使うことになろうとは。何があるか分からんな! ウワッハッハ!」

 

「一体、何が。解呪石? 私は……そうか。呪われて…ああ、思い……だした」

 

 部屋に張り詰めていた殺気が消え失せ、彼の声に色が戻る。

 

「戻ったか、ハベル殿」

 

「……感謝する、また助けられたな」

 

「図らずも、これでお互い様になってしまったな。さて、貴公。亡者が故に仕方がないとはいえ、いろいろとやることができたな」

 

「……その、ようだな」

 

 ハベルはゆっくりと立ち上がると、まずは彼の後ろに隠れ続ける娘のもとに向かった。

 

「……パパ、で良いんだよね?」

 

「っ!? ああ、フィーロ、すまない。私は…もう、大丈夫だ。」

 

 先程とは別人のような暖かな声色でハベルは両手をひろげた。いつもの父が戻ってきたことを察すると、彼女はまた思いのままに飛び込んだ。

 

 感情が入り交じりながら泣きじゃくる娘を今度こそ抱き留め、小さな幼き頭をなで上げる。娘にあんな事を言わせてしまった、そんな行き場もない罪悪感を抱きながら。

 

 そしてすぐ、彼は娘の手を引きながら落胆に陥った従者の下へと足を運んだ。瞳に光が灯らぬ彼女を、ハベルは自らやさしく抱きしめる。

 

「懐かしいな。こうするのは貴公がまだ奴隷であった頃の事だ。あの時から随分と、大きくなった。よくぞここまで……すまなかった」

 

「…かな…で…ハベル様」

 

「…ん?」

 

「おいて行かないで…ハベル様。ずっと……ずっと…私達と一緒に……」

 

「……勿論、だとも。何所へも、行きはしないさ」

 

 掠れた声で訴えかけるラフタリアを、ずっと泣きじゃくるフィーロも、ハベルは両手で抱き留め、その存在の重さと込み上げる懐かしさを噛み締めていた。

 

 もう二度と手放すまい、そう誓っていたのに……。

 

 ハベルの中で再び、人間性が燻り始めた。

 

「……今こそ、話さなければな。不死とは、不死人とは何たるか。そして、私が居た世界のことを……私が歩み、そして…失ってきた旅路を……」

 

 ハベルがまだ『ハベル』と呼ばれる前のこと。一介の不死人に過ぎず、そして世界のために薪となり、火を継いだことを。

 

 感情を発散しつくし、真剣な容貌でハベルの話に耳を傾ける二人を、ソラールは黙って見届ける。事態も丸く収まりつつある一行に安心し、彼は静かにその場を去った。自らも温もりを求めてか、今もなお苦しむ仲間(アポロ)のもとへと向かって。

 

 懐でフィーロから貰った紫の結晶が淡く輝くのに気づかぬまま……。

 




当作品で初の主人公【YOU DIED】
おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない

【解呪石】小さな頭骨が溶け込んだ灰色の石。呪いの蓄積を減らす。

亡者は死を重ねる度、記憶を失っていきます。さらに呪われるとその効果は倍増し……故に起きた事件でした。

皆様からの暖かな感想、作者のモチベにも繋がります故に、心よりお待ちしております。なるべく返信できるよう頑張ります

「フィーロちゃん、ちゃんと盾の勇者に伝えてくれたかなぁ? やっぱり直接…でも、もう暗いし、いまから行くのはものすごーく場違いな気が…やっぱり明日にしましょう。まっててください、母上。次期女王としての初仕事、必ず一人でもやり遂げて見せます!」



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EP30 貴族のメル

亀更新すいません。看護業務で忙しい定期……。エルデンもまだクリアしてないのに盾の勇者二期が始まるし、相変わらずのクオリティで感動だし、モチベ上がるけど時間と体力無いし流行病は治らんしアビャーーーーー(発狂)


 平穏を取り戻し無事に朝日を迎えることができたミルソ村にて、ソラールは日課である太陽賛美の最中、自身の考えを懸命にまとめていた。ハベルの火継ぎの巡礼物語を聞き終え、様々な思いを抱きつつも就寝した彼女等を見送った後、彼はソラールへ件の物を手にとって見せた。

 

 三勇教の信徒が持っていたという螺旋状の破片である。

 

(彼の地の光景、よもやまた目にすることになるとはなぁ……)

 

 破片を握り、垣間見たロードランの巡礼の日々……忌まわしき情景が胸を荒み、彼は反射的に破片を投げ捨てた。ことハベルも同等の反応だった事を言われた時に、バケツヘルムからはなんとも言えぬ乾いた笑い声が漏れてしまう。

 

 火の時代の遺物……ソレが何の破片か見当もつかなかったが、不死二人は一旦そう結論付ける他なかった。

 

 久方ぶりに思い出してみても、ロードランの地はまったくおかしな場所なのだ。時空が淀むほどに不安定であり、世界そのものにズレが生じることもままある程には。火継ぎを目指す不死人等は好都合として利用するまであるため、火の時代の遺物がどこかの世界に紛れていたとしても不思議ではないのかもしれない。

 

 しかし、だからといって不死等にとってこの存在は如何とも度し難かった。

 

 ハベルの話によると件の破片入りの種子は元康が見つけた後、そのまま信徒の手に渡って村一つを巻き込む惨事を引き起こしたということだが、問題は何故彼等がわざわざ欲しがり村に直接出向くことで、槍の勇者よりも教団自体の功績にしようとしたかだ。

 

 剣・槍・弓の勇者を信奉し、この世界屈指の大国メルロマルクの国教でもある三勇教。振り返ってみれば、不死人を勇者として召喚せしめたのは他ならぬ彼等である。それも4人中2人も……これは単なる偶然と呼んで良いものなのか。彼等は火の時代について何か知り得ているのだろうか?

 

 だとすれば、それは余りに危険なことだ。彼等が“火”を恐れていないことは…。

 

 あの破片一つで今回の竜に匹敵する魔物が生み出せる。もっともそれは火の時代に関与するものであれば別段あり得ぬ話ではない。それほど、何が切っ掛けとなって世界が滅ぶかも分からぬ程度の禁忌だというに……下手をすれば、この世界が火の時代の二の舞になっても可笑しくはないのだ。

 

(事の顛末はハベル殿が直接、教会に出向いて確かめると言っていたが……異物は排除せねばと、どこか不穏な様子であったな。ああいう時のハベル殿は決まってやることが極端とくる。俺もついていきたいが、いかんせんアポロの調子が戻らねばなあ……)

 

「あ、あのぉ……」

 

 恐る恐るといった風な幼子の声に、ソラールは思考から意識を戻す。視線をやると、深い青髪を二つに結った上品な身なりの子が不安げに彼を見上げていた。太陽賛美のポーズとは、常人には理解しがたいものなのである。

 

「ん? おお、すまなかった。貴公は確か…メル殿だったな! フィーロとよく遊んでいたのを見かけていたぞ!」

 

「はい、剣の勇者様。フィーロちゃんとはとっても…いえ、その話はまた後で。少しばかり盾の勇者様についてお話を伺ってもよろしいでしょうか? 意識を取り戻されたと聞きましたので」

 

 

 

 そうして宿から出された朝食をとりつつ、ソラールから紹介されたメルの話を聞く盾の勇者一行。なんでもメルロマルク王都の貴族の子であり、幼き身ながら国の使者の働きを終えた帰りの道中、フィロリアルの群れと遊んでいたところで護衛の兵とはぐれ、王都への帰路が見つからず困っていたとのこと。

 

 今でも兵が探しているのでは? と聞けば、こういうことはいつものことで、勝手に一人で返ってもおとがめはないのだと言う。双方とも何たるいい加減なことか……。

 

「というわけでして、盾の勇者様は王都の教会に向かわれるとのこと。身勝手な事とは存じますが、どうかそこまでご一緒させていただけませんか?」

 

 豊富な教養を感じさせる礼儀に感心するも、ぬぅ…と、一息唸りなかなかに決めかねる様子を見せる。

 

「……私個人としては何も問題はない。私が死ん……いや、気を失っていた間、貴公にはフィーロと仲良くしてくれたこともある。だが、せっかくだ。剣の勇者とでは駄目だろうか? 何せ私は…その……盾だ」

 

 ハベルの懸念と共に、ラフタリアの表情へ影が差す。平民達の間においてもさることながら、メルロマルクでの上流階級の者達において、盾の勇者の悪評は留まるところを知らない。

 

 彼女を王都まで連れ帰れば、やれ誘拐だ何だと騒ぎ立てられるのは目に見えている。そうなれば迷惑を被るのは、メル自身も同等だろう。なにより、盾の勇者などと関係を持ったなどと噂されれば、上流階級内で彼女の肩身が狭くなることは想像だにしやすい。

 

 しかし、聡明な彼女はハベルの懸念を一瞬で読み取り、その小さな口に笑みを浮かべた。

 

「お噂通りの方ですね。心配せずとも、勇者様の考えるようなことは万に一つも起こりません。私の家はそう脆弱ではありませんので。それに、剣の勇者様は騎竜の具合が悪いご様子。私としては急ぎの件でもあります。一日でも早急に王都へ戻りたいのです。勿論お礼は致しますので、どうか」

 

 そう言うとメルは再び頭を下げた。堂々として気品のある彼女の言葉の節々には力強さがあり、多いな説得力を持たせていた。一介の貴族にしては違和感を覚えるが、そこに不快感は無い。これがカリスマというものだろうか。

 

「パパ、フィーロからもお願い。メルちゃんはすごいんだよ! いっぱい物知りで、フィーロの先生なの! パパが眠ってた間にすっごく仲良くなったの。おっきいフィーロを見ても怖がらなかったし、とっても良い子なんだよ! だからお願いパパ!」

 

「礼儀正しいメルさんのご両親もきっと良い人です。それに、困っている人を放ってはおけません。ハベル様、私からもお願いします」

 

 なにより大切な従者二人に両腕を引かれては、ハベルとしても答えは決まっていた。

 

 

 

「うむ、そうかそうか。では、また後ほど合流しようか。アポロ次第だが…まあ何とか波までには間に合わせて見せよう。フィーロとメル殿によろしくな! 貴公等の旅路に、太陽万歳!!」

 

 傷つき苦しむ騎竜の看病のため、村に残る判断を下したソラールの見送りを受け、盾の勇者一行は新たな顔と供に王都へと足取りを向ける。メルを乗せているためか、フィーロの引く馬車は普段よりも揺れの少ない安全運転がなされ、その甲斐もあり当の本人からは普段の旅路よりずっと乗り心地が良いと絶賛の声が上がった。

 

 そんな彼女を加えての旅路だが、三人寄れば姦しいと言うわけではないがいつもの旅路よりも賑やかな印象を受けた。彼女自身が明るい性格の持ち主であり、人前に出ることの多い立場上か、非常に弁が立つのだ。

 

 メルロマルクの歴史や各地の特産品に従者二人が引き込まれる中、何と言っても彼女を印象付けたのは、突飛なフィロリアルという魔物への愛だろう。勿論ソレ全てでフィーロに近付いた訳ではなかろうが、その熱情は凄まじいの一言であり、如何に魅力が詰まった魔物であるかの演説はハベルでさえたじろぐほどの熱量が伝わってくるほどに…。

 

 その後の道中も絶える事なく談笑に耽るのを微笑ましくハベルは眺めていた。ソラールとラフタリアの言う通りフィーロとメルの関係はとても良好である。なにせ、フィーロにとっては初めてできた友達なのだ。彼方此方を転々とする勇者の旅路と“魔物”という本質があるため無理もない話ではあったが、恐れず受け入れたメルはフィロリアル・クイーンである彼女を“一人”として見ているのだ。

 

 しかし、そんな彼女にハベルは何気ない懸念を抱いていた。それは……。

 

「野宿……ですか?」

 

「……うむ」

 

 そう、野宿……貴族の身分では絶対に考えられない事態である。仮に宿屋を経由するとなると今のペースでは3日かかり、野宿を介して真っ直ぐ向かえば明日の昼時には王都に着くのだ。

 

 しかしいくら双方が急いでいるとはいえこんな幼子、ましてや貴族にこんな打診をする者など己ぐらいだろうと……駄目で元々、そんな妥協じみた提案を口にしたハベルであったが……。

 

「別に私は構いませんよ?」

 

「そうか…いや済まないな。忘れてく……今、何と?」

 

「私自身、こういった野外活動は慣れておりますので大丈夫です。それに…その、フィーロちゃんさえ良ければなんだけど、宿屋ではできないことだから…その……」

 

「宿? ミルソ村ではメルちゃんとはずっと一緒に寝てたけど、野宿でしかできない事ってなーに?」

 

「その…ね。フィーロちゃんが馬車を引くとき以外はクイーンの姿にあんまりなりたくないっていうのは聞いたから言いにくいんだけど……クイーンになったフィーロちゃんと一緒に寝てみたいなー…なんて」

 

「うーん…良いよ。 メルちゃんのお願いなら、フィーロ大丈夫!」

 

「フィーロちゃんっ…! ごめんね、でも本当にありがとう!!」

 

「た、確かに大きなフィーロでは宿屋には入らないですからね」

 

「……ぬう」

 

 小さな体の内から溢れんばかりな彼女のフィロリアル愛の大きさに苦笑するしかないラフタリア。一方、ハベルは先程から貴族の概念から外れっぱなしの彼女に何やら主導権を握られているようで思わず溜息が岩兜から漏れていた。

 

 そして日も暮れて野営地を確保したその時、一行に遅れを取らずテキパキと準備に勤しむメルの姿を見て、その言葉に一切の偽りがなかったことをハベルは知る。

 

 人手が増えたことにより普段よりも早い野営の準備に加え、彼女は魚や肉の串焼きや野菜スープなど簡易な献立にも一切文句を言わず、あまつさえフィーロと混ざってラフタリアの料理の手伝いまでこなして見せていた。

 

 貴族とは一体…と、自らの世界でも目にすることのない光景に訝しみさえするハベルを余所に、彼女はおたまを持って鍋から野菜スープをよそい、皆に配っていた。その姿はまるでしっかり者のフィーロのお姉ちゃんのよう……。

 

「おーいしー!! 今日はみんなでお手伝いしたからもっと美味しい気がする!」

 

「あ、フィーロちゃんお替わりね! それにしてもラフタリアさんって本当に料理がお上手ね。私のお付きの者にも教えて欲しいくらいだわ」

 

「ふふ、ありがとうございます。メルさんこそ、手際が良くて助かっちゃいました。その御様子ですと、普段から料理をされてるんですか?」

 

「まあ、そうね。不出来な姉を持つと、なんかこう…自分がしっかりしなきゃと思う内にね。そう言うラフタリアさんは? やっぱり、盾の勇者様のためってやつかしら?」

 

「そ、それは、その…はい。ハベル様には美味しいものを沢山食べて欲しいので…」

 

「そう言うことなら、はい。ハベルさんもお替わりどうぞ。ラフタリアさんの気持ちをしっかり受け取ってくださいね? 病み上がりとは言え、そんな小食だとこの先やっていけないんですからね?」

 

「う…うむ…」

 

 すっかり打ち解けた彼女に圧倒されつつ、ハベルは黙ってお椀を受け取った。貴族云々関係なしに、しっかりしすぎな彼女に慣れるのは、頭の固いハベルには大いに時間の掛かることであった。

 

 

 

 賑やかな食事の後、近くに魔物の気配もないことからすっかりはしゃぎ回ったフィーロとメルは、年相応ながら二人ともぐっすりである。要望通りフィロリアル・クイーンとなったフィーロの羽毛に包まれながら快眠している彼女を、ハベルは暖かい焚き火越しに見つめていた。

 

 どうやら彼女はハベルが死んでいた3日の間、フィーロの友達以上に良き先生となってくれていたようだ。現に、ラフタリアへの手伝いは今までよりも他力にたっているように見え、食事のマナーも明らかに向上し、更には彼女から教えてもらったという歌まで披露して見せた。

 

 こっそり聞いてみれば、村の子達との“ままごと”などでフィーロは身につけていったという。遊びの中から学びを得るとは考えつきもしなかった。思わずそう口にすると

 

「盾の勇者様はその鎧と同じくらい固い人生を歩んできたのですね…」

 

 と、何やら呆れられてしまった。全くもって返す言葉も無い。

 

「ハベル様、お隣よろしいですか?」

 

「……む? ああ」

 

 負けてはいられまいと本を片手に言語の勉に取り組もうとしたその時、ラフタリアが彼の隣へ腰掛ける。いつもであれば火の番と見張りはハベルのみで事が足りるため、少しの自主訓練の後にすぐ床についている筈だったが……?

 

 そのまま彼女はしばらく何もせず、ただ黙って彼の岩鎧に寄りかかり、パチパチと心地の良い音を立てる焚き火に当てられていた。耳と尻尾は垂れ下がり、紅茶色の瞳は微かに潤んでいる。

 

「……貴公?」

 

「ハベル様、今日の食事はどうでしたか?」

 

「……皆が手伝ってくれたお陰か、いつもより美味しかった……気がしたな」

 

 彼女の両手にギュッと握り拳ができ、気が付くと下唇を軽く噛んでいた。

 

「何も……変わりありませんでしたか?」

 

「貴公、何が言いたい?」

 

「……嘘をつくのが下手なんですね、ハベル様」

 

そう言うと、彼女は真っ直ぐ彼を見据えた。

 

「味が…また……亡くなられたんですね」

 

「……っ!? 貴公、いつから…いや、よそう。どうにも貴公にはごまかしきれんな」

 

 ラフタリアの懸念の通り、一度死を重ねてから彼の味覚は完全に消滅した。何を口にし何を飲んでも、亡者が進んだ彼にとって、飲食物は最早ただの異物である。

 

 要らぬ心配を掛けまいと懸命に咀嚼し、嚥下に励みはしたが……如何せん普段の彼はフィーロに次ぐ大食漢。宿での朝食から、ラフタリアは違和感を抱いていたのだ。

 

 無駄な足掻きであったか、と独りごちてハベルは大人しくお叱りを受けようと身構えた。だが、彼の岩鎧に落ちたのは彼女の雷ではなく、雫であった。

 

「どうして……どうして、ハベル様だけがこんな……」

 

「ラフタリア……」

 

 主人の亡者化が刻一刻と進行し続けていくのをどうすることもできない無力感がラフタリアの中で飽和する。嘘をついた彼を責めるつもりはなく、彼自身が他にどうしようもなかったのも分かるからだ。

 

 彼が私達を大切に思ってくれる分、私は彼に何ができるだろうか。一体彼が何をしたというのか、何のための罰なのか、彼から前の世界の話を聞いたとき、結果的にとはいえ彼をこんな苦しみの最中に縛りつけた“大王”を憎みさえもした。

 

 しかし、そんな事を彼が望んでいないことも勿論分かっていた。そんな彼の暖かい人間性までもが不死人の呪いによって亡くなってしまう事を考えたとき、ラフタリアの心は恐怖に呑まれる寸前まで弱ってしまっていた。

 

「……ラフタリア」

 

 ハベルは彼女の肩に手を回して抱き寄せ、身につけたマントで包み込む。思えば私は、貴公を泣かせてばかりだな……と、どうしようもなく思うのはハベルも同じであった。

 

「貴公は怒るかもしれないが……私は、今の現状を然程悪いようには考えていない。もとよりロードランの巡礼で助けの手はあったが、真の意味ではずっと一人で、こうして泣いてくれる者も無かった。私にとって、貴公やフィーロがいる今が贅沢すぎる程なのだ。なにより、貴公等には笑っていて欲しい」

 

 自分の四聖勇者という使命に付き合わせてしまった。根底にまだ微かに残るそんな想いを口にすれば、いよいよ彼女は激怒するだろう。そんな事まで気が付かせてくれたのは他ならぬ彼女なのだが。

 

「ごめんなさい、ハベル様。私…辛いときこそ笑うんだ、て…お父さんの口癖で……ずっと心がけて、それでも忘れてしまって…ハベル様がまた、思い出させてくれたのに…私は…」

 

「気にするな、忘れたわけでは無いのだろう? なら最期に笑っていてくれていれば、私はそれで良い。貴公の太陽の様な暖かい笑顔が、私は何より好きなのだ」

 

 誰が悪いわけでもない、強いて己の不死性を疎みながらハベルは呟く。

 

 

 

 

 そして、彼の言葉は弱り切ったラフタリアには、まさに致命的であった。

 

「ハベル様……」

 

「どうし……た?」

 

 ラフタリアはハベルに覆い被さるように向き合い、彼女の両手が岩鎧に添えられる。悲哀が残る彼女の紅茶色の瞳が、いつになく近付いていた。

 

「ハベル様……私は、そんな貴方の事が―――」

 

「ぅーん…」

 

 幼い唸り声が聞こえ、パチンと火花が破裂する。全身のあらゆる筋肉を使って、ラフタリアが飛び跳ねた。

 

「メ、メメッメ、メルさん!? えっとそのいつから聞いて―――」

 

「あの、お花を摘みに…行きたい、です」

 

「あ、そ、そうですか! 夜中ですし危ないですから私もついていきます! 魔物がでないとも限りませんしね!」

 

 半開きの寝ぼけ眼なメルをハカハカとせっつくように連れ、とにかく急ぐようにその場を離れるラフタリア。何となしに取り残された雰囲気のハベルはゴトッと岩兜を傾げた。

 

 亡者の呪いとはまた違う、胸に渦巻くナニかを、彼は知る由も無いのだ。

 




皆様からの暖かな感想や評価は、作者のモチベにも繋がります故に、心よりお待ちしております。なるべく返信できるよう頑張ります。

リア友が何やら活動しているようです。フリーの音楽素材だそうなのでどうか聞いて、なんだったら使用して頂いて構わないそうなので、ご自由に
https://soundcloud.app.goo.gl/fiN6rNrnuoJqkUHb6


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EP31 三勇教の真実

どうも、二期放送中に一話しか投稿できなかったカスです。リハビリがてら自分の処女作をセルフリメイクしてたら筆が乗りました。コロナも以前と比べ落着いてきた……わけでもないですが時間ありしだいまた執筆していけたらなあ…と……。


 「すっごーい! ソラールお兄ちゃんがいっぱいだね、パパ!」

 

 「こ……これは、なんというかインパクトがありますね」

 

 「……貴公、気を使う必要はないぞ」

 

 「そ、そんなハベル様!」

 

 無事メルロマルク王都の城下町に到着した一行だが、着いて早々彼等は目の前の光景に圧倒される。

 

 出店が連なる所々に、馴染みある手書きの太陽顔が描かれた装飾が施されているのだ。どの出店も満遍なくホーリーシンボルの旗を掲げ、挙げ句に太陽のペンダントや指輪、果ては騎竜に跨がる彼を模した小像等の小物まで売り出している様は、良くも悪くも崇拝の念を感じるほど。

 

 フィーロのために適当な出店から【太陽の紅饅頭】なる物を買ったときに、店の者へラフタリアが話を聞けば、どうやら商人ギルドの重鎮が命の危機に陥ったのを彼が無償で救ったことによるものだとか。それは金銭に厳しい重鎮とやらの価値観を丸ごとひっくり返すようなもので、言わば剣の勇者のファンになってしまったと。

 

 いくら見知ったとは言え、町に入って物々しい太陽顔の羅列が目に入るのはいかがなものかとハベルは思うが、周りの様子を見るにどうやらそうでもないらしい。

 

 曰く、この状態になっているのは城下の辺りだけだとか。下級身分の民衆には、太陽の様に暖かい善意のみで動く彼を英雄視する者が多いのだという。

 

 人の噂とは火が伝う程に早いもので、既に竜殺しの偉伝も耳に入ってきた。彼の地で変人や奇人と罵られ続けても、太陽の様に皆を照らしたいと言い続けた本人がこの光景を見ればどう思うだろうか?

 

 さて、それはさておき……。

 

「……本当に良いのか?」

 

 昼時を丁度過ぎた頃、当初の目的地であるメルロマルク王都の教会前に馬車を駐めた後、ハベルは再度メルへと問いかける。

 

「ですから、何度も申し上げてるじゃないですか。王都に着いた時点で私の目的は達成されたも同然。なれば勇者様のご都合を曲げてまで気を遣わなくても良いのです」

 

「しかし、私一人を教会の前で待つ必要もなかろう。送迎であれば、我が従者がいる」

 

「いえ……それは…いろいろと、その不味いというか……」

 

 この問答は城下で昼食をとったときから続いていた。彼女は道中、自分の出自を語らなかった。この手の話題を避けているのは明白であるが、そこに悪意は感じられず、彼女らしからぬ自信のなさと都合の悪さが滲み出ていた。

 

「…っ! とにかく!! ハベルさんが先に用事を済ませればすむ話ですから! 私ならそれこそ従者の方々も居ますし、何より女の子には女の子同士でしか話せないこともありますので遠慮は不要です! さあ、さあさあ!」

 

「ぬぅ…そこまで言うのであれば……」

 

 小さな身体に押される岩鎧の巨体という可笑しな絵面はここでしか眺めることができないだろう。不思議なことに終始ハベルは彼女に成されるがまま、教会へ押し込まれるように入って行く。

 

 その刹那、ラフタリアは見逃さなかった。教会に足を踏み入れた瞬間、威圧感を纏った不穏な主人の姿を。それはまるで、これから戦場に赴くような気迫であったと……。

 

 

 

 剣と槍と弓、それぞれを重ね合わせたシンボルがハベルを出迎えた。そもそもの話、なぜ彼等は排斥しているはずの盾まで召喚したのか……もはや彼は教会で目にする物全てに疑心を抱く程、三勇教への不信を募らせていた。

 

「ヒッ…た、盾の悪魔……」

 

「忌まわしき不死の怪物め…一体何をしに……」

 

「救いの主よ…精霊の子よ…どうか我らを悪魔の手からお守りください……」

 

 教会に足を踏み入れた時、瞬く間に野次馬の如く信徒へと囲まれた。教会の中央にある『龍刻の砂時計』にまるで近寄らせぬように現れ、二階のギャラリーにまで忌避の視線をハベルに突き刺している。

 

 不死人として慣れたものだと思っていたが、こうも露骨に数を揃えられると流石に辟易とした不快感がハベルの中に生じる。

 

「おや、これはこれは盾の勇者様。わざわざ教会まで何用ですかな?」

 

 早急に事を果たそうと考えていた矢先、他の信徒とは一線を引くきらびやかな装飾を身につけた老師から声が掛かった。その姿は初見にあらず…城庭にてモトヤスと決闘を行った際に立ち会っていた三勇教の教皇。

 

「……バルマス教皇」

 

「おお、四聖勇者様に覚えてもらえるとは恐縮です。ああ、信者達のことは申し訳ない。彼等はただ国王陛下からの令を守ろうとしているだけなのです。盾の勇者一行のクラスアップはこの国では行うなと」

 

「クラス……アップ? 初めて耳にする単語だが、それは?」

 

「おや、いけませんなぁ。四聖勇者ともあろう者がそのような事もご存じないというのは。貴方様だけではありませんが、『勇者』の肩書きに甘んじてはいけませんよ。本来勇者とは―――」

 

 突然の新たな単語に首を傾げただけのハベルに対し、教皇は小さな子に諭すように説教を始める始末。元来、説教を生業とする聖職者の存在とは、ほとほと相性が悪かったことを思い出す。

 

 火継ぎの祭祀所でも彼は聖職の女性に信仰の無知を咎められ、何度も説教を受けさせられた。剣を振るうのみの騎士にとって信仰など触れる機会すらなかったのだから。お陰で『回復』の奇跡が詠唱できるまでの信仰は身に付いたが、対価のように考えている時点で彼女の伝えたいことは何一つ響いてはいなかったと言えよう。

 

 だからこそ、ハベルは長ったらしい説教を岩のように黙ってただ聞き流していた。聖職者のソレはただ口を開きたいだけだと知っていたからだ。

 

「―――であるから、常識であるクラスアップについてはここでなくとも聞けるでしょう。わざわざお越し頂いた訳ですが、今回はお引き取りを……」

 

「ああ、いや、今回足を運んだのはそのためではない」

 

「おや? では一体……っ!?」

 

 彼が懐から取り出した物を目にした瞬間、余裕綽々であった教皇の表情が一転する。辺りの信徒もざわつき始めたことから、ハベルの中で疑念が確信に変わった。

 

「盾の勇者様、ソレを一体何所で?」

 

「……元々は貴公の信徒が手にしていたのだがな。村を飲み込む程の呪いに呑まれ、信徒二人は魔物に堕ちた。引導を渡した結果がこれだ」

 

「成程……我が信徒がご迷惑を。樹木の魔物の被害に遭ったというレルノ村のお噂は兼ね兼ね。ええ、確かに回収を命じたのは私です。しかしながら神が賜わした遺物をわきまえず己が手にしようとは……我が信徒とは言え当然の報い、神罰が下ったのでしょう。無論、そうとは知らずも、ソレを利用しようとした民達も」

 

「……貴公、やはり」

 

 螺旋状の破片を目にしたバルマス教皇の纏う雰囲気が、聖職者とは思えぬ程にひりついていた。それは、彼が次に口にすることに起因しているだろう。

 

「さあ、勇者様。それをこちらに。我ら三勇教は神物の回収と保管を国王から直に許しを得て承っております。さあ、あるべき場所へと返すときが来ました」

 

「……陛下はこれが何かを知っているのか? これだけで村一つ滅ぼす程の代物……いや、それで済んだだけでも良かったものだ」

 

「陛下は我々の崇高な理念のみを承知であれば良いのです。さあ、何をためらう必要があるのですか……ああ、これは失礼を。私としたことが返礼について何も言いませんでしたね。ただいまこちらで金貨をご用意いたします。何分、盾の勇者様は金銭に大分お困りかと存じ上げて―――」

 

「いい加減にせよ、貴公!」

 

 ハベルの語気が鋭く響き、バルマス教皇を遮った。彼の纏う威圧が高まり、殺意の一歩手前へと赴いていく。人と呼ぶには過ぎた気を当てられ、信者の中には失神してしまうものさえ居た。

 

「貴公等はまるで理解していない! これは我が世界において最も忌むべき火の異物だ! 決して人の手に収まる代物ではないのだ! 火の時代を知らずが故に侮り、火を畏れぬ者達の末路を私はこの身をもって知っている。この欠片が火種になるやもしれんのだぞ! 貴公が何を考えているかは知らないが、こんなものは――――」

 

「始まりの火に身を投じただけの不死人が、随分と言ってくれますな」

 

「―――なっ!?」

 

 しかし、今度はハベルが黙る番だった。なんという事なく口にした教皇の言が、彼の思いを容易に打ち砕く。

 

「違いますかな? 大王たる神に仕えし蛇にそそのかされ、欺瞞の使命を与えられ、挙げ句の果てにただ利用されていることにも気が付かず、ただ火継ぎを成しただけの不死の貴方が、火について何を? 一介の亡者でしかない貴方が火の時代の何を知っていると言うのですか?」

 

「……貴公、一体何を言って」

 

「良いでしょう。大切な欠片を回収してくださった貴方には、我等の理念をお話しするべきですね。我々は近々、改宗するつもりです」

 

「……何だと?」

 

「ご存じの通り、現メルロマルク国王は亜人嫌いで有名な御方。穢れた獣の血を引く彼奴等に崇拝されている盾の勇者を廃すべく三勇教は生まれました。ハベル様には申し訳ありませんでしたが、そうでもしなければ国教になるまで我々が益を得ることも叶わなかったのです。我々の真の目的に近付くためには、実りある俗的なものが色々と必要でした」

 

「……三勇教は偽りだと?」

 

「もとより四聖勇者の救済に頼りきるのは、辞めにしようと思っていました。ああ勿論、勇者様方への敬意は忘れません。あなた方は神に選ばれ、世界の危機に真っ向から立ち向かう貴き方々なのですから。ですが我々はこれより、自らの手で厄災を払い、未来を掴まねばならぬのです」

 

 教皇の顔つきが一見穏やかなものに戻り、首に提げていた三勇教の銀のロザリオを外した。周りの信者達も倣うように槍、弓、剣の装飾を外していく。代わりに彼等が身につけ始めた金のロザリオに、ハベルは岩兜の中で目を見開いた。

 

 それは過酷な試練の旅路に挑む不死人達の休息の象徴、立ち込める火に突き刺さる1本の剣。彼等が模しているものに合点がいったハベルは立ちくらみを覚えるほどに衝撃を受けていた。

 

「……バカな。それは……篝火、だとでも」

 

「火の時代は素晴らしい。神々があの酷く不安定な世界で人と共生され、安寧を築きあげてこられたのも『始まりの火』があってこそ。ならば我々は? ただでさえ魔物が蔓延り、浅ましき人々の淀みに満ち、災厄の波に侵されんとするこの世界を正すにはどうすれば良いか。そして波が始まる以前に、真なる神の天恵が我等三勇教にもたらされました。我ら哀れな子らに与えられた機会こそが、その欠片なのです」

 

 まさに絶句だった。ハベルの抱いていた懸念の遙かに上をいくバルマス教皇の思想へ。偶然ではなかったのだ。彼ら不死人を召喚せしめた三勇教の仔細は不明だが、ここまで来ればある程度の見当はつく。

 

「……始まりの火を、この世界に熾そうというのか」

 

ハベルの問いに、教皇は笑みを浮かべるのみ。それこそが答えだった。

 

「既に多くの欠片が我々の手にはございます。いずれその時が来ようかと」

 

「……頼む、バルマス教皇。考え直してくれ」

 

「理由を伺っても? それは四聖勇者としてですか? それとも不死人として? 貴方も実際に見て感じたことでしょう。人外の魔物もデーモンも、何が違うというのです。災厄の波にさらされずとも、人は弱く、儚い。故に現メルロマルク国王とてそうです。他者を蹴落とし自らの安寧を守ろうとする浅ましき者で溢れかえっている。神々の統治なきこの世界で正しき人が……我々が生き残るには、火の力が必要なのです」

 

「……違う! この世界の人々にそんなものは要らない。貴公は知らないのか? 例え火の力を使おうと、人間である以上は貴公の言う浅ましき者などいくらでも出てくる。それに波や呪いに呑まれた村の人達を見たか? 彼等は確かに儚いが、決して弱くはない。皆が協力して必死に生きていた。それが人間と言うものではないのか!」

 

 ハベル自身がそれを教えてもらった。冷え切った闇のなかにあった心を、人であった頃に与えられた温もりを思い出させてもらったのだ。大切な従者である彼女を筆頭に、彼女と育んだ娘とともに、ハベルは人の暖かさを思い出した。たとえ教皇の言う浅ましき者達の手が及んだとしても、それを供に手を取り合い、撥ね除けられる者達もいるということを学んだ。

 

「それは貴方が強き不死だからこそ言えること。所詮は命の理から外れた傍観者の視点です。我等弱き小人は文字通り災厄の波に呑まれれば、忽ちにして貴方の語る尊さなど灰燼の様。そのような世界で我等が安寧を得るには、火の力が不可欠なのです」

 

「なら……私を見ろ。火の力が燻り始めてから生まれた呪いの産物を! 火はやがて必ず消えゆく。後に残るは灰のみだ。この世界を、ロードランのようにしたくはないのだ。本当に人の世を望むのであれば、分かってくれないか、バルマス教皇」

 

 人が人であることの素晴らしさを、他ならぬ定命の者が否定するなどあってはならない。その一心でハベルは語りかける。

 

「心配はご無用です、不死の勇者」

 

 しかし無情にも、かの教皇には幾分も届かなかった。

 

「既にあなた方の伝承によって火継ぎの儀は有効であることは明白。神々とは言え、全てが手探りであった原初の頃とは違います。この世界に新たな火を顕現させ、我等は人を超え、より上位の存在となって導くのです。災厄の波を乗り越えた先に、よりよき人の世を存続させるために」

 

 彼は既に、火に魅入られていた。必死なハベルの説得を全て撥ね除けたバルマスは対照的なほど終始冷静で、薄ら笑みを浮かべる程度の余裕を見せた。自信に満ちあふれた彼に付き従う信者達がどこまで理解しているかは知らないが、彼の言う火の時代を盲目的に捉えていることには違いない。

 

 そして彼は本心から言っているのだろう。火の時代の再現こそが災厄の波から人類を救う唯一の方法だと。だがハベルは、彼の瞳の奥で燻る狂気の火種を、どうしようもなく見出してしまっていた。

 

「さあ、不死の勇者ハベル様。螺旋の欠片をお渡しください。そして我ら三勇教はその名を改めると共に、民衆に広まったあなたの汚名を払拭してみせます。我ら『暁の白教』と供に、新たな人の時代、火の時代を作りましょう。浄化の火のもとで、世界に安寧を築くのです。勿論、直近の波をお収め次第、剣の勇者様にもお声がけをします。火継ぎを成したあなた方のお力があればきっと……」

 

 教皇の手が盾の勇者に差し伸べられる。もはや、答えはとうに決まっているというのに。

 

「……そうか。残念だが―――」

 

 ハベルが断った瞬間、彼の足下に魔力が流れ込み、魔方陣が出現した。バルマス教皇の顔から笑みが消える。

 

「ではここで果てなさい、盾の悪―――!?」

「私の答えは……これだ!!」

 

 欠片を内に収め、教皇の眼前にて黒騎士の大剣を展開する。呆気にとられた教皇の隙を逃さず、確実に刈り取るつもりで特大剣を突き立てた。しかし、あと一歩のところでハベルの身体に異変が起きる。

 

 足回りの魔方陣が完成され、とてつもない虚脱感に見舞われた。全身が鈍重になった彼の特大剣は教皇を掠めることもできず、その足下に突き立てられる。

 

「―――くっ!? やってくれましたね、盾の悪魔!」

 

「ぬぅっ!? この術は!」

 

 掛けられた魔法……いや、奇跡には大いに身に覚えがあった。黒い森の庭で棄てられていた石の騎士が使用していた【緩やかな平和の歩み】そのものだ。

 

 術中にハマり緩慢な身動きのハベルへたたみ掛けるよう、二階から詠唱が聞こえてくる。しかし、紡がれた呪文はこの世界の馴染みあるものではなかった。簡素な詠唱によって信者達から放たれたのは、もっとも基礎的なソウルの魔術。【ソウルの矢】の青き魔弾が数を成して鈍重なハベルに降り注ぐ。

 

「―――っ!」

 

 勇者の小盾が光り輝く。更に、黒き特大剣を収めて重量を減らすと、ハベルは背中のマントをくるりとなびかせる。勇者のスキル【魔法防護】を無意識に発動させ、同時にマントに付呪された魔法耐性で奇跡の魔方陣を振り払い、ソウルの矢をことごとく散らしていった。

 

「そ、そんな……あれだけの数の魔術を」

 

「聖なる我らがソウルの秘術が効かんとは……おのれ悪魔め」

 

(やはり間違いない、こいつらがやろうとしていることは…。しかし厄介だな、既に一介の信者どもまでソウルの業を会得しているとは。どうやって……っ!? まだ来るか!)

 

 いつの間にか三勇教直属の騎士に囲まれていたバルマス教皇の背後から、鋭い殺気が2つ飛んできた。不可視の魔術を駆使し、ハベルの眼前に現れた白装束の戦士が二刀の曲剣で強襲を仕掛けてきた。

 

 絵画守りにも似た彼らの動きは手練れそのもの。飛びかかる彼等のうち一人は小盾で弾き飛ばされたが、もう一人は盾を乗り越えて剣を振るわせる。ハベルの肩に乗り移った戦士はそのまま彼の肩口へ双剣を突き刺し、鎧を貫通し肉を抉った。

 

 どす黒い不死の血が出血し、白装束を染めていく。確かに手応えはあった……が、仕留めるには程遠かった。剣に手を掛けていた戦士の両腕をハベルはわし掴み、力の限りに叩き付けた。

 

 純粋な筋力の差から受け身も碌に取れず、大理石の床へ全身を打ち付けられた戦士も所詮人の身。痛みに喘ぐ隙を晒している戦士へ、ハベルは肩口に突き刺さったままの曲剣を引き抜き、その首を一振りで斬り飛ばす。

 

 鮮血が吹き出す間もなく白装束ごとソウルに帰すのを見届け、ハベルは肩に刺さったもう一刀を、背後から音もなく飛びかかってきたもう一人の戦士へ投擲する。投げた曲剣は脇腹へ命中、宙で体勢を崩し咄嗟に着地の受け身を取る。

 

「ぐっ―――ヒッ!?」

 

 地に足が着く寸前、小盾越しのハベルの手が無慈悲に戦士の頚部を掴む。これまで教団の邪魔者を葬ってきた彼らだったが、これほど無機質で恐るべき相手はいなかっただろう。人間らしさの一切を感じさせぬハベルに恐怖の声を抱くが、それも僅かの間のみ。

 

 腹部に曲剣が深々と差し込まれ、真っ赤な鮮血が装束を染めた。盾の勇者であるハベルが彼らの武器を振るえたことといい、この世界独自の技術『ブラッドコーティング』を持ってしてもまるで意味を成さないほどの出血量、紛れもないソウルの業を用いた曲剣の成せる業だった。

 

 もう一人の戦士もソウルに変え、ハベルは改めてバルマス教皇を見定めた。その姿は決して勇者とは程遠い……ロードランの地を踏破した一人の不死人に戻っていた。

 

「盾とは言え、これが勇者とは……我らが謳ってきた三勇教もあながち間違いではなかったようですね」

 

「何とでも言うが良い。だが、貴様は火に魅入られた。その時点で私の敵だ。世界の異物と化した貴様を到底、生かしておくことはできん」

 

「異物とは……そのものであるあなたに言われたくはありませんね。それで、どうしますかな? まさか我々がこの状況を想定していなかったとでも? それを踏まえてもう一度考えなさい……あなた一人でまだ、続けますかな?」

 

「……愚問だな」

 

 ハベルは岩の大盾と大竜牙を構えると、それを返答とした。一触即発、しかしああは言ったものの、未だ覚悟の決まりきっていない信者達を横目にしながら、冷や汗を浮かべるバルマス教皇が命を下すその瞬間だった。

 

「ハベルさん! 大変です! あねうン゛ン゛、槍の勇者様方が兵士を引き連れて一方的に言い掛かりを……えっと、これは……?」

 

 横槍とはよくまあ言ったものだ。それも最悪のタイミングで……。

 

 




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