Bioshock Absolution (芳醇なソルト)
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リスタートポイント
※あらすじを読んで下さい。
1.海の上で
ブッカー・デュイットは荒れる海を進む小舟の上にいた。
何故ここにいるのか、思い出そうとすると、脳裏に言葉が浮かんできた。
ブッカーは出来た人間ではなかった。
酒とギャンブルに溺れ、こさえた借金は途方もないほど。そんな時にこの依頼が飛び込んできた。
報酬は言葉に出来ないほどのもの。これで抱えた借金を全て返せると考えたブッカーはこの依頼を受けたのだった。
「ずっと座っているつもりなのか?」
「他にどうするの?立つの?」
「そうじゃない、漕ぐんだ」
「漕ぐ? 考えてもみなかったわ」
2人の男女が言い争い(全く声にやる気はなかった)をしている。帽子をかぶっていて全く顔は見えなかったが、声からして漕いでる方が男、座っているのが女だろう。
今回の依頼主であるルーテス兄弟だ。名は名乗らなかった。
ブッカーには依頼主が困る原因がどういうものだろうとどうでもよかった。銃を使うことも今まで珍しいことではなかった。だから、女が渡して来た箱に銃が入っていても、そういう仕事かと納得しただけであった。
むしろ全く知らされずにやるよりは心構えもできてよいと考えるほどである。
スライドを引いて、弾が入ってるか確認する。撃鉄を起こし、引き金に指をかけてーー
そこでブッカーは我にかえった。
ブッカーには自分が今何をしようとしていたのか、理解していた。だが全く意味が分からなかった。
いつのまにか2人を敵として見ていたことに驚きを覚えていた。彼女らは敵ではない。むしろ報酬をもらうまでは守るべき存在である。
だが、震える手が訴えている。
何か、何かを奪われた。
それは大切なものだ。いや、大切ではなかった。
それは命に代えても守るべきものだ。いや、どうでもよいものだった。
それは、それは、何だっただろう?
鼻に熱さを感じた。
手を当てると、赤いものがついた。
2人が言い争いをやめこちらを見ていることに気づく。
慌てて銃を箱に戻す。中身を確認するふりをしつつ、目を2人にやる。彼女らは目を離してはいなかった。
機嫌を損ねるべきではない。
「漕ぐのを手伝うよ。どこにむかうんだ?」
ブッカーは小舟の端にある予備のオールを手にした。腕を回してやる気をアピールする。
ブッカーは2人に本能的な敵意を覚えつつも、敵に回すべきてばないと判断していた。報酬のこともある。だが、カンがそう言っていた。
ブッカーには天性の戦闘能力があった。それはウンデット・ニーの戦いでも、ピンカートン探偵事務所でも大いに役立っていたが、ブッカーが本当に頼りにしているのはカンのよさである。
それは最早預言と言ってもいいほどで、命の危険である時、強敵を倒すチャンスの時に必ずカンが囁き、勝利を収めてきた。
そのカンが言っているのである。敵意を飲みこみ、ブッカー自身らしくないと感じる行動をしたのはそのためである。
2人は驚いていた。その驚きようといったら、晴れた空の下道歩いていたら、首筋に水滴が落ちてきたような、予想外の出来事を体験したような様子だった。
「あ、ああ、真っ直ぐ漕いでくれ」
「了解」
ブッカーは力を込めて漕ぎ出した。荒れ狂う海の上、何処に行くかも分からずに、ただ真っ直ぐに。
「どういうことだ?」
「分からない。今までこんなことは一度も」
「ない。箱の中身は?」
「同じ。何も変わっていない…はず」
「はず? 曖昧だな」
「変わる場所はそれぐらいしか。でも私の記憶は正しい」
男が漕ぐのをやめ、2人が神妙な様子で話し合い始めてもブッカーは気にしなかった。ただ、進むべき道に向かって、自分で漕いでいた。
2.空の都市で水に沈む
着いた灯台の頂上で、椅子で空を飛んだ。
鼻で笑いそうな出来事であるが、全くの事実である。何しろブッカーが体験したことなのだから。
飛んだ先は都市である。空に浮かんだ都市。名前は知らない。当たり前だ。空に浮かぶ都市なんてブッカーは聞いたことがなかったし、もし聞いていたとしても馬鹿らしいと思いながら聞き流すだろう。
ブッカーは不気味な程落ち着いていることを自覚していた。先程までわけがわからないまま空を飛び、空に浮かぶ都市をこの目で見るという、常識外れもいいとこなことを体験していた。取り乱しても無理はない。
だがブッカーは全く動じていなかった。まるで決まっていることのように、怪しい椅子で躊躇うことなく空を飛び、美しい都市を無感動に見て、浅い水が満ち、歌が聞こえる神聖そうな場所に立っていた。
ブッカーは教会が嫌いだ。清浄な空気が満ちるこの場所は嫌だった。極めつけはまるで自分が神とでも言わんかのような老人の絵と像がブッカーの嫌悪感を最大限に引き出していた。
にしても腹が立つ顔をしている。数々の人を殺し、時には顔を剥ぐといった惨虐な行為をしたが、私利私欲(仕事ではやっていたが)で人を殺すことはないブッカーだったが、ルーテス兄弟に似た本能的な敵意をブッカーは感じていた。
足早に進む。途中信者らしい人に声をかけられても会釈だけして通り過ぎた。
そうしてたどり着いた場所は、3本の川が合流し1つの大きな川となったような場所だった。合流地点では信者たちが集まり、恐らく神父であろう老人が、聖句らしきものを述べていた。
あの像の老人ではなかったが、信心深い教徒であることは間違いない。ブッカーは信者たちをかき分け、神父を通り過ぎようとした。
肩を掴まれる。
「新人かな? 随分と急がれているようだが」
「俺は街へ行きたいだけだ」
「街へ行くだと?」
神父は鼻にかかったような声を出した。ハッハッハッと笑う。
ブッカーは神父に対し怒りを覚えたが、銃が必要な仕事で、しかも娘の居場所さえ分からない状況で騒ぎを起こすほど愚鈍ではなかった。無言で続きを促す。
「兄弟よ、街へ行くにはその身を清めればならぬ。我らの預言者の、ファウンダーズ、そして主の前で、洗礼の水によって生まれ変わるのだ。さあ、その身を清めたまえ!」
洗礼、と聞いてブッカーに嫌な思い出がよぎった。
あれはウンデット・ニーの戦いのあと、人殺しの自分に嫌気がさしたブッカーは教会で洗礼を受けようとした。自分の過去と罪を洗い流そうとしたのだ。
だが途中でやめた。何故辞めたのかはブッカーも確固とした理由を見つけ出せなかった。殺した人の顔を思い出し、忘れてはならないと思ったかもしれない。もしくは、同じ戦場で戦った仲間を忘れたくなかったかもしれない。
ともかく、それ以降教会には苦手意識を覚えるようになった。
依頼を放棄するわけにはいかない、洗礼を無視して騒ぎを起こしたくないといった打算的な考えがよぎる。だが、ブッカーは洗礼を受けたくなかった。
「他の方法はないのか?」
「コロンビアは神聖な都市である。下のソドムからやってきた者は穢れているのだ。だがコロンビアをお造りになった偉大なる預言者は、ソドムの住人にもやり直す機会が」
「わかった、もういい。受けよう」
面倒くさい。
ブッカーは感情と理論で己の心を叩きのめした。
「よろしい。では」
肩を掴んでいた手をどけ、神父はブッカーの手を握った。
その凄まじい力にブッカーは驚いた。まるで抵抗できない。
「おい…!」
「預言者の名において、ファウンダーズの名において、主の名において、汝を洗礼する!」
頭を手で抑えられ、水に押しつけられる。
神父の予想外の筋力に驚いたが洗礼の形式は知ってる。故に水に沈められるのはまだいいのだが、
(長すぎる…、息が)
神父の力は抵抗を許さない。水の中で神父が何かを言っているのが分かったが、それよりも息苦しさと暗闇がブッカーを支配していく。
ブッカーは罠にかかった己を呪いながら、意識を手放した。
「ここは…俺の事務所か?」
ブッカーは事務所の机の前に立っていた。
「俺は、洗礼を受けた」
声に振り向くと、椅子に男が座っていた。顔はよく見えない。
「罪は洗い流された。だが過去は無くならなかった」
「過去が無くならないならば、罪が洗い流されても痛みは無くならない」
「痛みが無くならないならば、罪は無くならない」
「罪が無くならないならば、罪の証は無くならない」
赤子の声が聞こえる。
「罪を赦したまえ。 そのために」
声が聞こえなくなった。男の姿がかき消える。
白い光が、視界を塗りつぶした。
続く?
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