ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ (シエロティエラ)
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設定 【随時更新】


設定です。ガバガバで且つご都合主義ですが、そこは広い御心で接していただけたらと思います。





 

【世界観】

 アギト本編より、何千年と膨大な時間が経過した世界。人類の栄枯盛衰を何度も経たため、様々な方向に進化している。ヒューマンは勿論のこと、エルフ、ドワーフ、小人族、アマゾネスなども進化の過程で生まれた種族としている。それ以外は原作とほぼ変わりない。

 アギト自体は細々と語り継がれており、それぞれの種族によって伝承は異なっている。神々はアギトの存在を知っており、神をも殺しうるその力を恐れて、覚醒前に秘密裏に消そうとする者も多い。現時点で確認されているアギトは、ベルのみ。

現在我々が生きている平成や令和、即ち「現代」は、この世界では「ロストエイジ」と呼ばれ、最早神話上の出来事のように取り扱われている。そのため、世界にみられる高層ビルや日用品などは遺跡や遺物扱いとなっている。

 本作におけるオーヴァーロード/テオスは、全ての神話宗教の神々の最高位の存在。テオスが『世界』を作り、そして『世界』に生まれたのが神々という設定。そのため、テオスやロードたちとは生まれが異なるが、自分たちの存在する『理』そのものがテオスであるために逆らえない。

ロードやエルロードは天使や神と同列の扱いだが、個々の戦闘力が下手な神々よりも格段に上という設定。低のロードならば戦神でもなんとかなるが、エルロードとなると、相性次第ではあるが殆ど手も足も出ない。

 

 

【各種族に伝わるアギトの違い】

 グランドフォーム:エルフ、アマゾネス、ドワーフ、小人族、獣人族、ヒューマン、その他種族、神族

 ストームフォーム:エルフ、小人族、獣人族、神族

 フレイムフォーム:ドワーフ、アマゾネス、神族

 バーニングフォーム:アマゾネス、神族

 シャイニングフォーム:神族

 

 ギルス:ドワーフ、神族

 

 ミラージュ:神族

 

 アナザー(本編):神族

 

 

 ギルスやミラージュアギト、アナザーアギト(本編)を出すかは、現在検討中です。

 

 

 

【ベル・クラネル】

 職業:冒険者

 性別:男

 人種:ヒューマン

 所属:ヘスティア・ファミリア

 

 ご存知ダンまち主人公。14歳の駆け出し冒険者。

 幼少の頃ゴブリンの群れに襲われそうになった際、体に眠っていたアギトの力が覚醒し、変身して返り討ちにする。その後、偶々オーヴァーロード/テオスに見初められ、力の使い方を教えられた。結果として、グランドフォームに自由に変身でき、その状態で力のコントロールができるようになった。アギトとして覚醒したのを機に、育ての親である祖父から「外の世界」を見るよう助言され、オラリオに冒険者になるために訪れた。そして紆余曲折を経て、ヘスティア・ファミリアの最初の眷属となる。

 実力は原作ベルよりは強めで、五層の敵も左程苦戦することなく戦える。基本的に逃走の時間稼ぎや、余程の自身の危機的状況、他者を守る時以外はアギトに変身しない。

 バーニング及びシャイニングへの覚醒に伴い、冒険者レベルも順序を通り越して上昇する。素の身体能力も上がったことにより、余程のことがない限りダンジョンで変身する事態に陥ることはない。

 オルフェノク、怪人との死闘はフリュネ戦が初めてだったため、溶解液による重症と汚染を受けることになった。変身を解除しても左肩の傷は残っている。解毒は完了しているため問題はない。

 

 

≪スキル≫

 

プロメスの遺志(アギト)

 光の力/火のエル・プロメスの系譜を示すもの。

 

目覚める魂、無限の進化(アギト)

 無限の可能性を秘めし者。

 

大地に立つもの(グランドフォーム)

 整いしもの。進化はここから始まる。「超越肉体の金」。

 

焔を宿すもの(フレイムフォーム)】 

 猛き炎のもの。その剛腕で全てを燃やし尽くす。「超越感覚の赤」。

 

嵐を纏うもの(ストームフォーム)

 鋭き嵐のもの。その速さで全てを薙ぎ払う。「超越精神の青」。

 

燃え盛る業炎のもの(バーニングフォーム)

 灼熱の獄炎のもの。その熱は総てを灰燼に帰す。「燃え盛る業炎の戦士」。

 

光輝への目覚め(シャイニングフォーム)

 光輝へ目覚めしもの。その輝きは常闇を照らし、光で満たしていく。「光輝への目覚め」。

 

龍が操りし朱金の馬(アギトトルネイダー)

 戦士が繰るは絡繰りの馬。主が呼べば、時空すら超えて馳せ参じるだろう。

 

自由と尊厳の守護者(仮面ライダー)

 時代を駆け抜けた仮面ライダーたち、彼らは人の自由と尊厳のために戦った。仮令その身は死しても、ライダーの魂は不滅、彼等の遺志は受け継がれていく。

 

 

 

≪ステータス≫

◎グランドフォーム

 パンチ力:7t

 キック力:15t

 ジャンプ力:30m

 走力(100m):5秒

 

 大地の力を宿しており、武器は使用せずに徒手空拳で戦う。パワーとスピードのバランスが取れた、アギトの基本的な形態。

「超越肉体の金」と呼称されることもある。

 

 

◎フレイムフォーム 

 パンチ力:右10t、左5t

 キック力:7t

 ジャンプ力:20m

 走力(100m):5.5秒

 

 炎の力を宿す、アギト戦闘形態の一つ。パワーに秀でており、右腕のパンチ力はグランドフォームよりも強力になっている。反面左腕の力は若干落ちる。スピードでは劣るが、視覚や聴覚といった感覚が極限まで研ぎ澄まされている。主にフレイムセイバーという専用武器を使う。動きが若干遅いため、居合抜きの要領で攻撃する。

「超越感覚の赤」と呼称されることもある。

 

 

◎ストームフォーム 

 パンチ力:右3t、左7t

 キック力:5t

 ジャンプ力:50m

 走力(100m):4,5秒

 

 風の力を宿す、アギト戦闘形態の一つ。スピードに秀でているが左腕以外は全形態でパワーが最も低い。スピードは他二形態よりも秀でており、戦闘はそれを生かした戦い方になる。主にストームハルバードという両剣を用いて戦う。速さを生かした連撃を得意とする。

「超越精神の青」と呼称されることもある。

 

 

◎バーニングフォーム

 パンチ力:25t

 キック力:15t

 ジャンプ力:15m

 走力(100m):6秒

 

 獄炎の鎧を纏う、アギトの戦闘形態の一つ。罅割れた体表面は溶岩を彷彿とさせる。アギトのフォームでは最強のパンチ力を誇り、エルロードにも対応できるほど。しかしスピードが著しく低く、その高過ぎる攻撃力を制御できないと暴走してしまう危険性も孕む。

 複眼の色は黄色に変化し、強化されたオルタリングは紫。赤いクロスホーンは常時展開されている。上半身が非常に筋肉質で、変身すると体表でプロミネンスが起こる。

 「燃え盛る業炎の戦士」とも呼称される。

 

 

◎シャイニングフォーム

 パンチ力:15t

 キック力:45t

 ジャンプ力:75m

 走力(100m):4秒

 

 バーニングフォームが太陽の光を受けて、進化を遂げたフォーム。パンチ力こそバーニングフォームに劣るが、総合的な戦闘力は全フォームを上回る。バーニングフォームと同じくシャイニングカリバーを武器とするが、このフォームでは二つの剣としたツインモードで戦う。

 筋肉質だったバーニングフォームと比べ細身になり、グランドフォームのように均整の取れた出で立ちとなっている。装甲は銀色で、胸のアーマーには特徴的な模様が刻まれている。頭部はバーニングフォームと共通。

 

 

 

 

 

【ヴェルフ・クロッゾ】

 職業:冒険者/鍛冶師

 性別:男

 人種:ヒューマン

 所属:ヘファイストス・ファミリア → ヘスティア・ファミリア

 

 元【ヘファイストス・ファミリア】所属のヒューマンの鍛冶師の17歳。

 かつてラキア王国で魔剣によって貴族の地位を得ていたクロッゾ家の末裔。

 本人は『戦える鍛冶師』を自称し、10階層のモンスターにも難なく対応出来るため、パーティでは前線を担っている。戦闘遊戯において友であるベル・クラネルの力になる為、ヘスティア・ファミリアに改宗した。

 原作においてファミリア内での立場はご意見番という感じでどこか一歩引いて発言をすることが多い。

 主武装は基本的に原作と一緒。しかし有事の際はG3シリーズの装着者として戦場に立つ。

 

 

《スキル》

 基本原作と変化なし。

 

我が身は盾、我が身は追跡者(ガードチェイサー)

 戦士が繰るは絡繰りの馬。時には盾に、時には猟犬となり、主を支えるだろう。

 

自由と尊厳の守護者(仮面ライダー)

 時代を駆け抜けた仮面ライダーたち、彼らは人の自由と尊厳のために戦った。仮令その身は死しても、ライダーの魂は不滅、彼等の遺志は受け継がれていく。

 

 

《ステータス》

【仮面ライダーG3】

 仮面ライダーアギト本編に登場する仮面ライダーの1人。

 正式名称はGENERATION-3(ジェネレーションスリー)。基本カラーは青。試作機のG1とG2を経て完成した、第3世代型強化外骨格および強化外筋システム。

 本二次創作ではダンジョン攻略の際、歴史に埋もれた一機がガードチェイサーと共に発見され、この時代に合うよう調整された機体。そのためバッテリーは魔石を使用し、演算システムはマジックアイテムによって賄われている。

 本家G3シリーズ同様、変身ではなく装着という過程をとるため、出撃には若干のラグが生じる。

 

【G3システム】

◎G3-マイルド

 G3システムの量産型モデルであり、オートフィット機能を搭載し、誰にでも扱えるスーツを前提に開発された。

 戦闘能力はG3に劣り、その活動はG3-Xのサポート、現場先行、被害者の保護などを目的としていた。アギト本編での開発コンセプトは良かったものの、ビートルロードに一発KOさせられるという散々なデビューを飾る。

 とはいえ、ビートルロードの強さはバーニングフォームを圧倒するほどなので、この機体では時間稼ぎも厳しいのは仕方がないことである。

 本二次創作ではイシュタル事変にて、G3-Xを差し置いてのデビューとなり、見事に勝利を収めることになった。

 

 

◎G3-X 

 パンチ力:2.5t

 キック力:7.5t

 ジャンプ力:20m

 走力(100m):8秒

 

 G3システムの強化版として調整された機体。アギト本編ではAIによって、装着者により理想的な動きを促すシステムが組み込まれていたが、度々暴走を繰り返したために抑制チップを埋め込まれることになった。G3マイルドよりも先に開発され、オートフィット機能が搭載された。加えて高い戦闘力を誇り、銃火器を用いた戦闘は他とは一線を画する。

 とはいえスペックではアギトやギルスに劣っており、また装着者のセンスに左右される性能であるため、適性があるからと言って十分な性能が引き出せるわけではない。

 尚使用武装はいつもの大剣の他に、GX弾を含めたG3システムの全七種類の武器が搭載されている。

 

 

 筆者個人的にベートの次に気に入っているキャラのため、ベートとは違って余り原作から逸脱しない様に気に賭けている、が、現状は脱線気味なので反省している次第です。

 

 

 

 

 

【ベート・ローガ】

 職業:冒険者

 性別:男

 人種:狼人族(ウェアウルフ)/プロメスの血族

 所属:ロキ・ファミリア

 

 【ロキ・ファミリア】所属の狼人の男性で22歳。ファミリアの中でも主力を担う現レベル6の第一級冒険者で、レベル5の時点でファミリア最速を誇っていた。

 ダンジョン探索では中衛を担い、二振りの短剣や強力な蹴り技で敵を屠るスタイルで戦う。

 凶狼(ヴァナルガンド)(以前の異名は「灰狼(フェンリス)」)という二つ名で呼ばれ、その名に相応しく短気で好戦的な性格である。極端なまでの実力主義を掲げており、自分が格下や弱者と見なした者を「雑魚」と見下して嘲笑い、時には罵声や暴力による恐怖で押し付けようとする自己中心的な振る舞いが目立つ。

 しかしながらこれらの行為は、無論彼自身の性格や種族ゆえの凶暴さもあるが、自身が過去にモンスターによって大切な者の命を奪われたが故に形成されたものである。そのため彼の罵倒の真意は、「雑魚」へ発破であり、本心は弱者が戦場に出て死んでほしくないと思っている。

 しかし彼のこの不器用すぎる気に掛け方は非常に勘違いをされやすく、理解しているのはロキやフィン達首脳陣と、本二次創作未登場のリーネ・アルシェのみである。

 またその過去故に、モンスターをひどく憎悪している。尤も、本二次創作では彼自身も変身能力を得たことで、その外見などを鑑みて多少は穏やかになっている。しかしモンスターを未だに憎んでいるのも事実である。

 ギルス覚醒の副作用で、変身のたびに体組織崩壊による急激な老化が起こっている。一度テオスによって老化は癒された。またスキル欄にも表記しているが、一度だけ副作用を回復できる。

 

 

《スキル》

 基本原作と変わらず

 

プロメスの末裔(ネフィリム)

 光の力/火のエル・プロメス直接の子孫である証。

 

プロメスの遺志(アギト)

 光の力/火のエル・プロメスの系譜を示すもの。

 

力の代価(ギルス)

 本来交わらぬ二つの血筋は、望まぬ代価を支払わせるだろう。

 

【テオスの慈悲】

 一度だけギルス覚醒の副作用を完全に癒す。使用には主神がトリガーを引く。

 

御子を支えるは深緑の鉄馬(ギルスレイダー)

 戦士が繰るは絡繰りの馬。己のみの力で、主の危機を救う相棒になるだろう。

 

自由と尊厳の守護者(仮面ライダー)

 時代を駆け抜けた仮面ライダーたち、彼らは人の自由と尊厳のために戦った。仮令その身は死しても、ライダーの魂は不滅、彼等の遺志は受け継がれていく。

 

 

《ステータス》

◎ギルス

 パンチ力:10t

 キック力:20t

 ジャンプ力:50m

 走力(100m):5秒

 

 アギトよりパワーやスピードは上だが防御が低い。アギト本編序盤でまだアンノウンと戦うには不十分だったG3のGM-01スコーピオンでも大ダメージを受けてしまう程である。その代わり、失った腕を生やすほどの再生能力を持つ。

 アギトの不完全体、もしくは別の進化を遂げた形態と推測される。本二次創作ではネフィリム、プロメスの直系のみ発現する姿としている。

 見た目は緑の体色で生物感溢れる風貌をしている。複眼は赤で、Oシグナルのワイズマンオーヴは黄色。クラッシャーは開閉できる。腕と踵に爪があり、自由に伸びチジミが可能である。ただしアギトと違って力の制御・循環を担う機関、ワイズマンモノリスがないため、変身するたびに多大なエネルギーを消費する。

 攻撃手段はライブアームズとライブレッグスに収納されているギルスクロウとギルスフィーラー。必要に応じて展開して使用する。またクラッシャーから超音波を出したり嚙み付いたりできるが、今のところ使っていない。

 

 

 

 

 

【シル・フローヴァ】

 酒場『豊饒の女主人』の店員の少女。種族は人間で18歳。ヒロインの一人。

 ベルが落としただろう魔石を渡したことで、彼との接点が生まれる。初対面からベルに対し、好意的な言動を示す。しかし朝食と引き換えに、自身の勤め先の売り上げに貢献させるなど、ちゃっかりとした一面も。

 怪物祭の時、食人花の現場近くにいたが、ベルの変身を見ることはなかった。

 ベルと出会って以降、原因不明の頭痛に悩まされることが多くなった。

 

 

 

 

 

【リュー・リオン】

 酒場『豊穣の女主人』で働く、薄緑色の髪を持つ女性店員。種族はエルフで21歳。ヒロインの一人。

 シルと仲が良く、彼女経由で知り合ったベルも気にかけている。

 謹厳で実直な性格であり、口調も厳しめだが気を許した相手には若干柔らかい態度になる。基本的無表情で必要以上に喋らないが実はかなりの激情家で、敵対者には容赦がない。元凄腕の冒険者で、引退した今も実力は衰えていない。

 しかし戦闘以外は不器用な面もあり、料理の腕はからっきしで、酒場で働き始めた当初は配給や皿洗いすらまともに出来なかったほど。

 酒場での一件でベルを意識するようになるが、その感情がなんであるかはわからない。エルフゆえか、それとも彼女の経歴からくるも小野からか、ベルに秘めた力があることは見抜いている。しかし彼がアギトであることは気づいていない。

 ゴライアス・ロードの一件でベルがアギトであることを知り、またフレイムフォームとバーニングフォームの存在を知ることになる。

 

 

 

 

【エイナ・チュール】

 ダンジョンを運営管理する『ギルド』の受付嬢。種族はハーフエルフの少女で19歳。ヒロインの一人。

 非常に真面目で面倒見がよく世話好きな性格のため、『ギルド』の職員達と担当の冒険者達からの信頼は篤い。エルフの血を引いてるため容姿がよく、男性に言い寄られることが多いとか多くないとか。

 ベルがダンジョンに出現した黄金の異形、並びにアギトであることを知った。母親がエルフのハーフエルフのため、アギトの伝説は一応耳にしている。

 

 

 

 

 

【アイズ・ヴァレンシュタイン】

「ロキ・ファミリア」所属の少女剣士で16歳、「剣姫」の二つ名を持っている。レベルは6で、種族は一応ヒューマンの16歳。ヒロインの一人。

 ファミリアの中でも中核を担うほどの実力者であり、加えて物静かな性格と神秘的な美貌も相俟って彼女に憧れる者は多い。 本来の世界ではベルをミノタウロスから救うが、本作ではアギトとなって倒されたために、ベルとの接触が現時点ではない。オラリオで唯一、アギトを視認しているが、それがアギトであるとは気づいていない。

 怪物祭(モンスターフィリア)においてベルがアギトであり、以前ミノタウロスを撃破した本人だと知る。

 ゴライアス騒動以降、自覚はないがベルから目が離せなくなった。

 

 

 

 

 

【レフィーヤ・ウィリディス】 

「ロキ・ファミリア」所属の魔導士で、同ファミリアのアイズを慕っている。レベルは3で、種族はエルフの15歳。本小説ではヒロインの一人

 自分の力がアイズをはじめとするメンバーに及ばないと申し訳なく思っているが、魔法攻撃力はアイズやヒュリテ姉妹を確実に超える。その実力は、詠唱と効果を完全把握すれば如何なるエルフ魔法を使用出来るという才能を持ち、それに因んで「千の妖精(サウザンド・エルフ)」という二つ名を与えられるほど。

 怪物祭(モンスターフィリア)においてベルがアギトであることを知り、またアギトに赤い形態があることを知る。

 アイズと同様にゴライアス騒動以降、自覚はないがベルから目を離せなくなった。本人はアイズが取られたと感じていると判断しているが。

 

 

 

 

【ヘスティア】

 本作のヒロインの一人で、主人公であるベル・クラネルの所属する【ヘスティア・ファミリア】の主神。原典ギリシャ神話においては、炉・竈(かまど)を司る慈母神であり、処女にして子守と家内安全の神といわれる特殊な存在。

 本作ではベルがアギトであることを知る、数少ない人物にして、アギト肯定派の神の一柱。基本的にアギトに関しては存在を擁護し、神話に違わぬ慈愛で包み込む心を持っている。初めての眷属であるベルに首ったけであり、神と人を超えた好意を持っている。しかし時には神らしく、ベルに助言を与えたりする。

 結構怠惰な性格で、過去に居候先のヘファイストスから追い出された事がある。 その性格もあってか金銭管理はいい加減。現在はベルが金銭管理をしているため、ファミリアの財政は結成二日目で、人員が一人にしては潤っているほう。

 因みに巨乳。これは原典ギリシャ神話からの公式設定である。また意外に思うかもしれないが、原典ではあのゼウスやヘラ、ハデスの姉である。

 

 

 

 

 

【リリルカ・アーデ】

 【ソーマ・ファミリア】所属の小人族の少女で、年齢は15歳でヒロインの一人。「リリ」と呼ばれる。

 ダンジョン探索の裏方役存在のサポーターで、駆け出し(?)冒険者のベル・クラネルに自分を売り込んでパーティを組んだ。戦闘は不得手だがが、サポーターで培った豊富な経験と知識を駆使して立ち回る。洞察力にも長けており、的確な助言を与えて判断を促すなど参謀の役目を担うことも。

 【ソーマ・ファミリア】に所属する両親の間に生まれたため、生まれてすぐ【ソーマ・ファミリア】に所属。両親は神酒を求めて無謀な探索の末に死亡し、彼女自身も冒険者の才覚には恵まれなかったため、サポーターとなる。一部の冒険者から侮蔑されているサポーターという立場と【ソーマ・ファミリア】の劣悪な環境により人を一切信用しない性格になってしまった。

 ベルに関しても当初カモとして見ていたが、パーティを組むうちに彼の純粋さに感化され、彼を騙すことに罪悪感を覚え始める。最終的に同ファミリアの冒険者の罠にはまったところをベルに助けられたことにより、改心する。

 ベルがアギトであることを知ると同時に、ストームフォームをヘスティアよりも先に目にすることになる。

 

 

 




 

 タイトル通り、新しく話を更新するごとに設定も修正を加えていくつもりです。
それではまた、いずれかの小説でお会いしましょう。



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設定2 サブキャラ枠


ベルのヒロインや、メインキャラとならない傍観キャラなどの紹介をこちらに記載します。


 

 

【ロキ】

 英雄級の冒険者を多数抱え、迷宮都市「オラリオ」に置いてもトップクラスの探索系ファミリア【ロキ・ファミリア】の主神。何故かえせ関西弁で話す。

 普段は飄々とした物腰である。しかし不審な物事や策動、陰謀や暗闘などのキナ臭い話にも目鼻が鋭く利き、アギトの話を耳にしたときは、警戒するような言葉を紡いでいた。心根はひょうきんもので真意を悟らせないが、自身のファミリアの子供たちへの愛情は強い。

 アギトに関しては静観を主とする中立派。警戒する理由としては、アギトの力が神をも殺し得るものであるため。自身や自分のファミリアに牙をむく時は、天界送還のリスクを犯してでも戦う心算。

 原典は恐らく北欧神話の「終わらせるもの」。神々の敵であるヨトゥンの血を引いている。巨人の血を引きながらもオーディンの義兄弟となってアースガルズに住む。本家では性別が男性だが変身術を有しており、女性に化けたりもする。

 神話の三匹の有名な怪物は彼の子供であり、それぞれ大蛇ヨルムンガンド(大地の杖)、狼フェンリル(地を揺らすもの)、冥界の支配者ヘル(秘密にする)である。因みにオーディンの愛馬として有名なスレイブニールは、ロキが雌馬に化けて魔法の馬スヴァジルファリとの間にもうけた馬である。

 怪物祭(モンスターフィリア)において変身後のベルを見るが、力を制御していると判断し、静観の意思を示す。

 

 

 

 

【ソーマ】

 ソーマ・ファミリア主神。長い前髪で眼が隠れた少年の姿をした男神。

 人以下の力でありながら、飲んだ者を魅了する神酒ソーマを作ることができるが、神酒造りにしか興味がなく、他の神々との親交も全くなく、ファミリアの運営にも全く興味を失った。

 本作では、所属団員たちは我先に報償の神酒を得るために他者を蹴落とす荒くれ者と化していたために、ヒトに愛想をつかしたことになっている。

 原作とは順序が異なり、リリの脱退と説得が早まったことにより、ヒトに再び興味を持つ時期も早まった。今まで酒造以外をないがしろにしてきたことを反省し、自らのファミリアを改善し、また巣立っていったリリも見守っていく姿勢を示した。

 アギトに関してはロキ同様中立を貫いており、自らの酒造りを邪魔したり、それ以外にも「世界の理」に抵触しない限りは、静観を貫く構えでいる。

 元ネタはおそらく、インド神話に登場する神々の飲み物。神話では祭事につかう一種の興奮飲料とされており、酒とは明記されていない。

 この飲料を人が飲むと、栄養と活力を与え、寿命を延ばし、霊感をもたらす霊薬とされている。『リグ・ヴェーダ』第9巻全体がソーマ讃歌であり、非常に重要であることが伺える。

 ヒンドゥー教では月が神々の酒盃と見なされたためにソーマは月の神とも考えられ、ナヴァグラハの1柱である光と月の神チャンドラと同一視されることもある。

 

 



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本編
1. 戦士の船出



唐突に書きたくなり、書いてしまった次第です。
生暖かい眼で読んでくだされば幸いだと思っております。




 

 

「ベルよ、よく聞け」

 

「その力の使いどころを見誤るでないぞ」

 

「『力』と言うものは、他者に誇示するためにあるのではない。己に決して負けぬために、『力』を培うのじゃ」

 

 

 その言葉と共に、生まれ育った村から見送られたベルは、迷宮都市オラリオへと向かう馬車の上にいた。親切な商人がいてくれたため、道中の護衛として載せてくれることになったのだ。

 

 

「ずっとおじいちゃんに訓練されて、戦い方を勉強してきた。そして、森で会った黒い服を着た、神様のような人に、僕の中に眠る力の種火をいただいた」

 

 

 最初は戸惑った。ゴブリンの群れに襲われそうになって必死に逃げて、気が付けば自分を中心にゴブリンの亡骸が転がっていた。彼らの血に映った自分の姿は、とても人と呼べるものではなかった。黄金の角に真っ赤な複眼、最早ドラゴンを彷彿とさせるような顔に変化しており、己の内からあふれ出る力を持て余していた。

 

 その時だった、神のような黒衣の人に出会ったのは

 彼は自分を「人の子、アギト」と称し、自分の変化を見ても、何も言わなかった。寧ろ力を使いこなせるようにと、彼の配下たちにも協力してもらった。何とか己の力として扱えるようにもなり、安定したときに、育ての親に外の世界を見るように言われた。

 女好きで英雄譚が好きな老人だが、彼の慧眼は確かなものであるため、その言葉に従い、街に出てみることにしたのだ。少なからず、親の影響を受けていたベルは、出会いなんかもあるのかと少し期待はしつつも、初めて見る様々な光景に目を奪われていた。

 

 馬車に揺られること数刻、道中単独のゴブリンに襲われることはあったが、そこは鍛えられた身、苦戦するまでもなく一太刀で切り伏せて終わった。

 街に入ると、生まれ故郷とは違って人でにぎわっている様子に、ベルは目を奪われていた。何もかもが新鮮で、衝撃を受けていた。

 

 

「おっといけないいけない。冒険者になるにはまずファミリアに入らないと」

 

 

 少年は意気揚々と地図を片手に、街中に繰り出した。

 しかし結果は惨敗続き。ある程度戦えるとはいえ、見た目が貧相なので門前払いを受けてしまっていた。再び街に繰り出すも、休憩を入れようと、ちょっとした広場のベンチにベルは腰かけた。

 

 

「はぁ……ここもダメか。まぁ外見で判断するところは、こちらも願い下げだけど」

 

 

 ため息をつきつつも、ベルの目に諦めの色はなかった。もとより、この程度で諦めていたら、師の特訓から逃げ出している。それに比べたら、門前払いで受ける精神ダメージなど屁でもなかった。

 

 

「ところで、隠れていないで出てきたらいかがですか?」

 

 

 顔を上げ、立ち上がったベルは、自身の後方に声をかけた。何件目かの門前払い絵を受けた際、自信を尾行している存在に気付いたのだ。

 果たして物陰から出てきたのは、ベルの胸あたりまでの身長の小柄な少女だった。長い御髪は頭の上部で二つに縛っており、丈の短い、ワンピース上の白い服を着ていた。

 

 

「き、君。ボクに気付いていたのかい?」

 

「えっと、ちょっとした事情があって、僕は気配に敏感なんです」

 

 

 目の前の少女に、ベルは律義にも答えた。これには、ベルの人柄もあるだろうが、目の前の少女が自分に害成す存在ではないと、本能的に感じ取ったからであった。

 

 

「失礼ですけど、貴女は神様ですか?」

 

「ッ!? 君は、ボクが神であることがわかるのかい?」

 

「はい。ここに来る前の修行で、気配とか、そういうのがなんとなくわかるようになりまして」

 

 

 目の前の少女は、自身が神であることをわかってくれたことに対して、大変機嫌を良くしたようだった。

 

 

「ところで、どうして僕を尾行していたんですか?」

 

「おっと、そうだったそうだった。君、所属するファミリアを探しているようだね。よかったらボクのところに入らないかい?」

 

「貴女の眷属、ですか?」

 

「そうさ。恥ずかしながら、ボクには今眷属が一人もいない。だから今は入ってくれる子を探していたのさ」

 

「はぁ……」

 

「それに、先ほどまでの君の様子を見ていたけど、君は悪い子ではなさそうだ。だから正直に言うと、是非とも眷属になってほしいところなのだよ」

 

 

 女神の言葉に、ベルはしばし考え込む。これほど美味しい話は、早々転がってはいないだろう。加えて彼女の人柄も見る限り、ベルをだまそうという気配は感じられない、

 

 

「分かりました。僕を神様の『眷属』にしてください」

 

 

 考えた末に出した結論は、「承諾」という選択だった。ベルの言葉に満足したのか、目の前の女神は満面の笑みで頷いていた。

 

 

「そうと決まれば早速ボクのホームに帰ろう!! ファミリア入団の儀式をするぞ!!」

 

 

 意気揚々と歩き出す女神に、ベルは慌てて追いかけた。未だ自己紹介すらしていない二人だが、この出会いを祝福するかのように、空は晴れ渡っていた。

 

 

 





「なぜ、彼の力を呼び起こしたのですか?」

「……かつての彼と、同じ輝きを持つ魂。その魂の行く先を、見てみたくなりました」

「人を愛したがゆえに人を滅ぼしかけた貴方が、そう考えるとは」

「しかし、私とは異なる考えを持つ者もいます。彼等が新たなアギトにどう関わるのか」

「人も神も、一筋縄でいかないものですね」




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2. 竜の顎



メインよりもこちらの方が話を思いついたため、更新することにしました。
相変わらず地の文多めの拙い文ではございますが、よろしくお願いします。

それではどうぞ





 

 

 女神のホーム、廃教会の地下に移動してすぐに眷属化の儀式をしたが、案の定というべきか、女神の悲鳴が響き渡った。

 

 

「な、ななななな、何だいベル君、このステータスは!?!?」

 

「へ、ヘスティア様? どうかしましたか?」

 

「どうもこうも、君のステータスがヤバいから驚いているんだよ!?」

 

 

 女神、ヘスティアの悲鳴にも近い叫びが響き渡った。そしてベルに向かい、一枚の羊皮紙を突き出した。

 

 

 

 ────────────────────

 

 ベル・クラネル

 

 Lv, 1

 

 力:I0

 

 耐久:I0

 

 器用:I0

 

 俊敏:I0

 

 魔力:I0

 

 ────────────────────

 

 

 

 文字を見る限り、そこまで異常という印象を受けない。

 

 

「えっと神様? いったいこれのどこが?」

 

「ああ、数値は問題ないよ。寧ろ余程特例じゃない限り、数値はその値で問題はない。問題なのはスキルさ!!」

 

 

 ヘスティアは声を張り上げると、羊皮紙の下のほうを指差した。

 

 

 

 ────────────────────

 

≪スキル≫

 

プロメスの遺志(アギト)

 光の力/火のエル・プロメスの系譜を示すもの。

 

目覚める魂、無限の進化(アギト)

 無限の可能性を秘めし者。

 

大地に立つもの(グランドフォーム)

 整いしもの。進化はここから始まる。

 

 ────────────────────-

 

 

 

「いったいどういうことだい!? 君はもしかして、AGITΩ(アギト)だというのかい?」

 

「……はい。そう聞かされています」

 

「で、でも……プロメス様はすでに亡くなっているはずじゃあ?」

 

「ええ、僕を鍛えてくださったお方は、自らを闇とおっしゃってました」

 

「テテテッテテ、テ、テオス様ァァァアアアアア!?!?」

 

 

 ギャーッと叫び混乱するヘスティアを横目に、ベルは逃げるように廃教会を出ていった。背後で叫ぶ声に若干の罪悪感を感じつつも、ベルはギルドへと足を速めたのだった。

 

 ギルドにてアドバイザーからダンジョンの講習を受けた後、早速ベルは探索に出ていた。出現するモンスターたちを小太刀、又は蹴りや拳打で応戦し、魔石やドロップ品を集めていく。自然己の力に合わせるように、階層を下へ下へと足を進めていった。

 しばし探索すること数刻、荷物も魔石でいっぱいになり始めたため、ベルはそろそろ帰ろうと後始末を始めた。まだまだ一日目、無理をしなきゃいけないほどではない。

 

 

「でもいつまでもあの教会に神様を住まわせるのも……もう少しだけ集めるかな」

 

 

 しかし今日見たホームの様子だと、食事すらも偏った物になる可能性が高い。主神ヘスティアは、今日自分が来るまではじゃが丸くんの店でバイトをして食いつないでいたという。流石に毎日そんな食生活だと、こちらの健康が損なわれてしまう。それは避けないといけない。

 

 

「たぶん今から帰ると、ギリギリお店は開いているかも。そこで野菜やお肉を買うのも良いかもしれない」

 

 

 義祖父と生活していたとはいえ、料理ができる者はいなかった。だから自然、ベルは料理を覚え、修行と共に腕も上げており、一応一通りの家庭料理は作れる。最近では、新レシピ開発にも少し力を入れていた。何故か新レシピは不評を買ってしまうが。

 そんな考え事をしていたが何かを察知したのか、ベルはダンジョンの奥を険しい顔で見つめていた。果たして飛び出してきたのは、憔悴しきった顔をした、三人の冒険者だった。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「み、みの……」

 

「みの?」

 

「ミノタウロスだ!! ダンジョン上層で、ミノタウロスが……ヒィッ!?」

 

 

 一人の冒険者の悲鳴に顔を上げると、そこには筋骨隆々としたミノタウロスが、巨大な剣を携えながら立っていた。ギルドの講習を聞く限り、本来五層という上層に、ミノタウロスは出現することはない。とどのつまり、下層で発生したミノタウロスが上層に逃げ込んで、今駆け込んできた冒険者を追いかけてきたのだろう。

 

 

「皆さん、走れますか?」

 

「む、無理よ、足が震えて……」

 

「俺が抱えて走れる!! でもそれだと追い付かれる……」

 

「大丈夫です、僕が殿を務めます。早く逃げて!!」

 

「す、すまない!!」

 

 

 一人の男性冒険者が仲間だろう女性冒険者を抱え、もう一人の男性冒険者と一緒に駆けていった。恐らく、すぐにでもギルドに知らせに行ったのだろう。気配を探る限り今このエリアにいるのは、ベルと目の前のミノタウロスだけだ。ミノタウロスは鼻息荒く息をつき、目の前に佇む獲物(ベル)を睨みつけている。

 

 

「ごめんね。でも君を放っておくと被害が多くなりそうなんだ、だから……」

 

 

 ベルはそう言うと左腰で両手をクロスさせると、右手だけを一瞬前方に突き出した後顔の右側で固定した。その瞬間、ベルの腰に絡繰りじみたベルトが巻かれており、待機音みたいなものが鳴り響く。律儀にも待っているミノタウロスの前でゆっくりを右腕を突き出すと一気に溜めていた空気を吐きだした後、一気に己を変える言葉を叫ぶ。

 

 

「変身!!」

 

 

 掛け声とともにベルトの両脇を押すと、眩い輝きがベルトから発せられ、薄暗いダンジョンを照らし出す。ミノタウロスも突然の輝きに思わず目を覆う。次第に輝きが弱まり、ミノタウロスが目を庇った手をどけたとき、目の前にいたのは先ほどまでの小柄な人間ではなかった。

 全身を覆う黒い肉体に、上半身は黄金に変化した筋肉に覆われている。特徴的なのはその頭部であり、顔面の半分を占める真っ赤な複眼に頭頂部を飾る二本の黄金の角だった。しかし獣の勘なのか、ミノタウロスは先ほどにも増して戦意をみなぎらせていた。そんな様子を、輝く人型はその様子をを静かに見つめると、ゆっくりと構えを取った。

 今この時、オラリオに無限の可能性(アギト)が降臨した。

 

 

 






【本作の世界観】
アギト本編から何千年も経過し、栄枯盛衰を繰り返した。その際、僅かに残った人類とアギトがそれぞれ進化し、尚且ついろんな神が降臨した世界。
エルフやドワーフ、アマゾネスといった種族は、アギトの因子を持った過去の人類が、独自の進化を経た結果生まれた種族という設定。そのため種族によっては、アギトの伝説が残っているのも存在する。




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3. 黄金よりも輝く


よくある、書き始めにどんどんストーリーが描けてしまう現象です。気長にお付き合い板ただけると嬉しいです。
今回まではストーリー更新、次回は設定集を書く予定です。

それではどうぞ。





 

 

 

「なに……あれ?」

 

 

 目の前の光景を、少女は信じられないようなものを見る目で見ていた。少女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオ最大級である、ロキ・ファミリアに所属する高レベルの冒険者の一人である。

 彼女は自分たちのパーティーが逃がしてしまったミノタウロスを追い、上層まで追いかけているうちに五層まで上ってきてしまったのだ。やっとのことでミノタウロスを見つけたものの、その個体は攻撃を受け流され、逆に攻撃を打ち込まれていたのだった。更に驚くことにミノタウロスの相手は、武器を一切持たずに徒手で圧倒していたことだ。

 

 

「だれ……なの? 人間?」

 

 

 ミノタウロスの相手は、姿かたちこそ人に近いものの、決定的に違う部分があった。特に頭や顔はもはや人ではなく、龍と言っても過言ではない。新種のモンスターか、はたまたまだ見たことのない種族か、アイズにはそれがわからなかった。そして心なしか、その人型は仄かに全身が光っているように見えた。

 

 

「ハァァァァァ……ハァッ!!」

 

「■■■■──―■■!!」

 

「ハッ、タァ!!」

 

「■■■■■■!?!?」

 

 

 人型はミノタウロスが振るう大剣を蹴りで受け流し、鳩尾にストレートを打ち込む。返す刃で振るわれた大剣を今度は腹をけって圧し折り、隙のできたミノタウロスを壁際まで蹴り飛ばした。ミノタウロスはもはや満身創痍で、立っているのがやっとの様だった。

 もう長くない、それを人型も気づいたのだろう。一度構えを解くと今度は人型の角が開き、六本三対へとなってより龍らしい風貌になった。

 

 

「ハァァァァァァァ……」

 

 

 人型が構えを取ると同時に地面に輝く紋章のようなものが描かれた。そしてそれは集約するように人型の右足へと吸い込まれ、やがてその右足からは仄かな輝きと、濃密なエネルギーが発せられた。

 

 

「……ごめんね。ハァッ!!」

 

 

 囁くような声、しかしその言葉はアイズにもミノタウロスにも聞こえた。何に対して謝っているのか、アイズとミノタウロスは分からない。人型は駆け出すと、飛び上がり、ミノタウロスへとドロップキックを喰らわせた。

 蹴りだす瞬間爆発的に加速したキックを受けたミノタウロスは、壁まで吹っ飛ばされ、そして断末魔の声を上げることなく爆散した。

 

 

「ハァァァァァァァ……」

 

 

 角を元の二本に戻した人型は大きく息を吐くと、腰のベルトを光らせた。余りの眩しさにアイズは目を覆ってしまった。そしてそれは同時に、人型の正体を見逃してしまうことにもつながってしまった。

 アイズの目がダンジョンに再び慣れたとき、目の前には、戦いなどなかったかのように静かな空間だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第五層まで潜ったアアアア!?!?」

 

 

 ギルドに戻って報告をするベルに彼のアドバイザー、ハーフエルフのエイナ・チュールの叫び声が襲い掛かった。なんだか今日は良く叫ばれる日だと考えながらも、ベルは釈明のために口を開いた。

 

 

「あ、あの。一応安全確認もしましたし、オラリオに来る前にモンスターとも戦ってましたから。その強さに合わせたのを求めてたら……」

 

「私言ったよね!? 君はただでさえファミリアに入ったばかりで尚且つソロだから、そうやってホイホイと下層に降りたらいけないって!!」

 

「その……一層や二層だと弱すぎて……」

 

「その慢心が致命的な事態に繋がるって言ったでしょう!? そりゃあ見る限り無傷で帰ってきているみたいだけど」

 

「なら……」

 

「でもダメ!! まず三層まででダンジョン慣れしなさい。そこからは私が判断して下層の探索をさせるわ」

 

「そんなぁ~」

 

 

 エイナの判断に若干ベルは不満そうだったが、渋々認めることにした。

 

 

「と、ところで質問があるんだけど」

 

「どうしたんですか?」

 

「五層にいたって言ってたけど、ミノタウロスに襲われなかった?」

 

 

 エイナの質問にベルの動きが泊まる。しばし動きを止めたベルを不審に思ったのか、エイナは顔をベルに近づけた。

 

 

「ねぇ、ベル君?」

 

「襲われませんでしたよ? 出会いすらしませんでした」

 

「本当?」

 

「ええ、本当です。流石にミノタウロス相手だと、一方的にやられるだけでしょうから」

 

「……そっか。うん、わかった」

 

 

 その会話を最後にエイナは仕事に戻り、ベルはドロップ品と魔石を換金しに行った。余談になるが、その換金額が一万を裕に超え、またもギルドを騒がせたのは言うまでもない。

 

 

 





「それは本当なのか、アイズ?」

「うん、確かに見た。金色に光る体と角、赤い眼を持ったのを」

「そうか」

「リヴェリア、どうした? レフィーヤも、ティオネとティオナも」

「い、いえ。なんでもないです」

(黄金の肉体と角。赤い眼。それに地面に浮かんだ紋章に高威力の蹴り。まさか)






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4. 生まれた疑心

ごめんなさい、一日遅れの更新となってしまいました。
今回はちょっと話の展開が遅いと思います。いやはや、夏は不得手でして、空調付けても朝起きると脱水を毎朝起こしかけるんですよね。太った体形ではないのですが。
早く秋や冬になるのが待ち遠しいです。

さてさてそれでは最新話どうぞ。





 

 ギルドで騒ぎになりそうだったが、大きくなる前に建物から出ていったために巻き込まれることはなかった。とりあえず野菜と肉を購入したベルは、当初の予定通り拠点の廃教会へと帰りついた。

 

 

「ただ今帰りました、神様」

 

「おかえりベル君!! 昼間は放っとかれたけど、ちゃんと帰ってきてくれて嬉しいよ!!」

 

 

 地下に入ると、満面の笑みでヘスティアが出迎えた。やはり初めての眷属だからか、ベルのことを非常に大切にしていることがうかがえる。

 

 

「神様、もう夕食は食べました?」

 

「いや、まだだよ。今日は君の眷属入りを祝って、外食でもしようかと考えていたところさ」

 

「そうですか……ならこの教会に貯蔵室とかありますか? 食材を修められそうな」

 

「ん? 僕が確認する限り、そういうのはここにはなかったはずだよ」

 

「えっ? 困ったなぁ、じゃあこの食材どうしましょうか?」

 

 

 ベルはそう言うと、手提げ袋から野菜や肉を取り出し、机の上に置いた。地下室は石造りであり、上階や外に比べると室内は冷えてはいる。しかし保存に適した温度ではなく、腐らせてしまうのも時間の問題である。

 

 

「えっ? ベル君、キミ料理ができるのかい?」

 

「ええはい。一通りできますよ」

 

「それはいいや!! せっかく買ってきた食材を腐らせるのも勿体ない。今日は外食じゃなく、ベル君の手料理をいただこう!! 僕もしっかりと手伝わせてもらうよ」

 

 

 ヘスティアの提案に、ベルはほっとした表情を浮かべた。余談ではあるが、この後ベルと作った料理があまりにもおいしく、ヘスティアは本日何度目ともわからぬ叫び声を上げたのだった。

 

 あくる朝、ベルは再びギルドへと向かっていた。余ったお金で大きめのバッグを買ったため、初日よりも長くダンジョンに籠るつもりであった。そんなことを思い返しながら早朝の街道を歩いていると、後ろからベルの肩を叩くものがいた。

 

 

「ッ!? 誰だ!!」

 

「きゃっ!!」

 

 

 急に触れられたためか、ベルは腰の小太刀に手をかけつつ、勢いよく振り返る。その拍子に後ろにいた人物は、尻餅をつく形で倒れてしまった。

 その人物はヒューマンの少女だった。灰青色の髪と目を持ち、長めの髪は頭の後ろで結って総髪にしている。草色のワンピースに白いエプロンとヘッドドレスを付けていることから、どこかのお店のウェイトレスなのだろう。

 

 

「あっすみません。驚かせてしまいましたね、大丈夫ですか?」

 

「いえ、私も後ろから忍び寄ってしまったので、大丈夫です」

 

 

 少女はそういう言って立ち上がると、服についた埃を払って顔を上げた。その顔を見た瞬間、ベルは思わず見惚れてしまった。

 

 

「あ、あのー?」

 

「ハッ!? す、すみません。ところで、僕に何か?」

 

「そうでした!! これ、落しましたよ?」

 

 

 少女はそう言うと一つの魔石を差し出した。

 

 

「あれ? 確かに昨日、すべて換金したはずですけど……」

 

「袋の隅っこに挟まってたのではないですか? ほら、見た感じ穴が開いてますし」

 

 

 少女に指摘されて確認すると、確かに腰巾着に小さな穴が開いていた。辛うじて、少女が差し出した魔石が落ちそうな大きさだが。一瞬少女の自演ではないかと疑ったが、少女からは悪い気配は感じられない。加えて一般人であろう少女が魔石を持っているとも考えにくい。

 

 

「すみません、ありがとうございます」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

 

 と、ここでベルの腹の虫が鳴った。昨晩しっかりと食事を摂った。しかし今朝はまだヘスティアが夢の中にいたのもあり、寝室と台所が一緒くたになっている今の廃教会では、静かに作業するというのは出来ない。結果、朝食を摂らずにダンジョンにもぐるという、なんとも不健康な状態になっているのだった。

 

 

「ふふふっ、よかったらこれどうぞ」

 

 

 そんなベルに少し微笑むと、少女は一つの包みを取り出した。仄かにいい香りを発しているため、食物であることがわかる。

 

 

「ええっ!? そんな、悪いですよ!! それにこれ、あなたの朝ごはんじゃ……」

 

「このまま見過ごすと、私の良心が痛むんです。ダンジョンで空腹のために力尽きた、なんて事態になってほしくないですし」

 

「うっ……そのいい方はズルくないですか?」

 

「そうですね……じゃあこういうのはどうでしょう? 確かにこれでは私がお腹が空くだけで損します。ですがこれを差し上げる代わり、私が務めるお店に来てくれませんか?」

 

「お店?」

 

「ええ。『豊饒の女主人』という酒場兼食事処です」

 

「『豊饒の女主人』……ああ、あのお店ですか」

 

 

 そのお店は、昨晩ヘスティアが行こうと予定していた店である。まだまだオラリオに来て二日目、酒場で情報収集は定石であるし、聞く限り人気の高い店らしい。

 加えて昨晩ヘスティアによると、今日はバイト先のお店の宴会があるらしく、それに参加するらしい。一人でする食事も味気ないし、ベルは少女の提案に乗ることにした。

 

 

「分かりました、ボクの負けです。今晩伺わせていただきますね」

 

「はい、お待ちしております!!」

 

「あっ、忘れてました。僕はベル、ベル・クラネルといいます。あなたのお名前は?」

 

 

 ベルが少女に名を聞くと、少女は太陽のように輝いた笑みを浮かべた。

 

 

「シル・フローヴァです。よろしくお願いします、ベルさん!!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ベルがギルドにつくと、何やら昨日よりも騒がしい状態になっていた。特に最新情報を掲載している掲示板では、老若男女を問わない冒険者やギルド職員が集まっていた。

 

 

「あっ、ベル君!!」

 

「エイナさん、おはようございます」

 

「おはようベル君。ねぇ、聞きたいことがあるけど今いいかな?」

 

「それはあの騒ぎに関することですか?」

 

「うん、そう」

 

「……わかりました」

 

 

 ベルがそうだ久すると、エイナによって個室に案内された。今の状態、ギルド内で内緒話ができる場所は、こういったアドバイザーと冒険者間で行われるプチ会議に使われる個室しかない。そして使われるということは、相応に大きい話な証拠である。

 

 

「それでねベル君、聞きたいことなんだけど……」

 

 

 エイナはそこまで言うと、一度口を閉じた。その様子にベルは黙して語らず、黙って先を促した。エイナは一度深呼吸をすると、少し声を落して口を開いた。

 

 

「ベル君、昨日ミノタウロスが上層に出たことは知っているよね?」

 

「はい」

 

「その時、ベル君は会わなかったって言ってたよね?」

 

「ええ……」

 

「でもね、昨日ギルドにこういう通報があったの。三人の冒険者が、一人のヒューマンを囮にしてきてしまったって」

 

「……」

 

「その殿を務めた冒険者はね、ベル君。年が15歳前後で少し長めの真っ白な毛髪。そして真っ赤な目をした、小太刀を一本携えた人だって。そして防具はギルドの支給品だって」

 

「……」

 

「ねぇベル君、本当のことを教えて。昨日、ミノタウロスと……戦った?」

 

 

 エイナは真っすぐにベルを見つめる。そこには邪な感情は混ざってはおらず、ただただベルを案ずる心と、真実を知りたいという心が映し出されていた。

 彼女が掛ける眼鏡のレンズ越しに、ベルはしばらくその目を見つめる。そして数秒か数分か、時間が過ぎた後、ベルは一つ息をつき、口を開いた。彼女の思いを僅かにも察し、嘘を吐いたことに罪悪感を感じてしまった。

 

 

「……わかりました、白状します」

 

「うん」

 

「確かに、ミノタウロスと相対しました」

 

「そっか」

 

「嘘をついてごめんなさい。これ以上の騒ぎになるのが嫌だったのです」

 

「わかった。ありがとう、本当のことを言ってくれて」

 

 

 エイナはベルの言葉を聞くと、少しだけ安心したような表情を浮かべた。しかし今度は怪訝そうな顔をし始めた。

 

 

「あとベル君、もう一ついいかな?」

 

「はい、なんですか?」

 

「あの後ベル君が帰った後、ロキ・ファミリアの冒険者が訪ねてきたの」

 

「……え? あのオラリオ最強クラスのファミリアが?」

 

「うん。それでね? こんなことを訪ねてきたの」

 

 

 ──ダンジョンで取り逃がしてしまったミノタウロスが上層にて倒された、と。

 

 

「それでね、倒されたミノタウロスは魔石ごと倒されたらしいんだけど」

 

「……」

 

「問題はその倒した人なの。唯一アイズ・ヴァレンシュタインさんがその光景を見ていたらしくてね」

 

「はいっ? いまなんと?」

 

「えっ? だから、ロキ・ファミリアのアイズさんが倒されるところを見ていたって……」

 

 

 思わずベルは立ち上がってしまった。闇の力/テオスからは、むやみに変身を見られてはならないと言われている。絶対とは言われていないが、見られるのはあまり好ましいことではない。

 

 

「ベル君、どうしたの?」

 

「い、いえ。なんでも……ないです……」

 

「……?」

 

「すみません、僕ダンジョンに行ってきます」

 

「え? ベル君!?」

 

「大丈夫です、約束通り三層までしか行きませんから!!」

 

 

 ベルはそれだけを言い、個室を慌てて飛び出していった。彼は思慮深い、それは彼に修業をつけた存在の影響が、少なからずあるからだろう。しかし彼はまだ十四歳の若輩、とっさの感情で動くことも少なくない。

 そして今の行動は悪手であった。この唐突な行動は、エイナの心に疑心と確信を産み落としたのだった。

 昨日のミノタウロスはベルが倒したのではないか、そしてアイズが語った異形の存在とは、ベルなのではないかと。

 

 

 

 




はい、ここまでです。
エイナにバレそうになるの早かったかなと思いましたが、この展開を採用しました。理由といたしましては、今回取っているヒロインアンケートでTOP4に入っているためです。勿論他ヒロインも回収していくのでご安心を。

さて現在のヒロインアンケートの状況ですが、上から順に、
(33) シル・フローヴァ
(31) アイズ・ヴァレンシュタイン
(26) 春姫
(22) エイナ・チュール
(9) リュー・リオン
(6) リリルカ・アーデ
(5) ヘスティア
(5) レフィーヤ・ウィリディス
となっております。

またアギトのアンケートは順に、
(24) ギルス
(20) 出てこない
(13) アナザー
(4) ミラージュ
となっております。

アギトアンケートは設定で。ヒロインアンケートは一話と二話にて受け付けておりますので、ご確認ください。



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5. 豊饒の女主人



平成仮面ライダー、終わってしまいましたね。ですがこれも一つの区切り、一号から受け継がれているその魂は、必ず令和ライダーにも受け継がれることでしょう。
また、今回を以って、アギトアンケートの受付を終了させていただきます。


それでは今回もごゆるりと。





 

 

 シルの弁当をおいしくいただいた後、ベルは約束通り三層までで魔石集めをしていた。とはいえ、初日でもやらかした通り、ベルにとって三層の敵は苦戦の「く」の字も出ない、その程度の力であった。集団で襲い来られても、呼吸一つ乱さずに全滅できるぐらいには、腕が立つ。そんな調子だからか、新調した腰巾着も直ぐに魔石でいっぱいになり、バックパックもドロップアイテムが入らなくなった。初日の半分ほどの時間しか経過していないが、換金してもう一度ダンジョンに潜るのも面倒だ。仕方なくベルはゆっくりと地上に戻り、昨日の戦闘場所の爆発跡の一通り証拠を消し、ドロップ品と魔石を換金して帰路についた。

 ギルドでエイナに捕まりそうになったが、そこはとっさに走り帰ったのは賢明な判断だっただろう。夕方前、ダンジョン帰りが多い時間帯だったのが幸運だった。問題を先送りにしたともいえるが。

 

 拠点に帰りついて、時は幾ばくか過ぎて時間帯は夕方。そろそろ多くの人間が、夕食のために店に入ったり料理したりする時間である。武器や所持品の手入れをしていたベルは、最低限の装備だけで拠点から出かけた。

 道を歩くと左右では、酒場や食事処が次々と営業を始めていた。空も暗くなり始めた故か、あちらこちらでカンテラや松明に明かりが灯り始めている。

 やがて道を進んでいくと、一つの酒場の前に辿り着いた。看板には「豊饒の女主人」と書かれている。

 

 

「やっぱ酒場なだけあって、とっても賑わっているなぁ」

 

 

 元より非常に静かな環境で育ったベル。このように賑やか場所は、とても新鮮に映った。

 

 

「あっ、ベルさん!!」

 

 

 店に一歩入って全体を眺めているベルに、朝と同じ格好をしたシルが話しかけてきた。やはり今朝の服装はこの店の制服だったようで、他のウェイトレスも同じ服を着ている。

 

 

「こんばんわ、シルさん。約束通り、やってきました」

 

「はい、いらっしゃいませ!!」

 

 

 朝と変わらぬ笑顔で応対したシルは、ベルをカウンター席に案内した。目の前では恰幅の良いドワーフの女将らしき人が、お玉を振るっている。

 

 

「おや? あんたがシルの言っていた客かい?」

 

「ええ、ベル・クラネルです」

 

「あたしはミアだよ。それにしても坊や、冒険者のわりには可愛い顔してるね。でもあんた……腕はたつんじゃないかい?」

 

「それは分からないですね。僕はつい昨日、冒険者になったばかりですよ?」

 

 

 ベルの言葉にミアは豪快に笑い声をあげ、そして真剣な顔をしながらカウンター越しに顔を近づけた。

 

 

「無論レベルはそうだろうさ。でもあたしが言っているのはそういうことじゃない。『心技体』のうち、技術の話をしてるのさ」

 

「……確かにオラリオに来る前に訓練を受けてましたけど、その程度ですよ。それを言ったらこの店の店員、シルさんを除いた全員が腕利きですよね?」

 

「いうじゃないか。こりゃ面白い子がでてきたもんだ」

 

 

 小声での問答を終え、ミアは体を起こした。そしてその顔は商売魂が篭ったものになっていた。

 

 

「まぁそれは置いといて、アンタ、シルによれば相当な大食漢なんだそうじゃないか!! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!!」

 

「は?」

 

 

 余りの発言に驚きシルを見ると、シルは舌を出して拳を額に当てていた。それによってベルは察した。ああ、この店のものは、全員が一癖も二癖もある人間であると。

 まぁそう言われたのなら仕方がない。ベルは観念して小さい袋を取り出した。中には千五百ヴァリスほど入っている(一ヴァリス=一円と考えてもらいたい)。

 

 

「これで出せるだけの料理をお願いします。メニューはミアさんのお任せで」

 

「ほう?」

 

 

 ベルの言葉にミアは目を細めた。個人営業の飲食店でお任せを頼む。本来は何度か足を運んでいる客がする注文「お任せ」。しかしこれは同時に、この店が自信をもって、美味いと言わせるという料理を注文することと同義でもある。

 ミアの目には、戦士が宿すような意志が燃え上がった。

 

 

「ちょっと待ってな。酒は飲めるだろう? こいつは初来店のサービスだ!!」

 

 

 目の前に置かれたエールのジョッキを傾けながら、改めてベルは周囲を見回す。老若男女、様々な年齢層と種族の人が、飲めよ食べよと騒いでいる。そしてその騒ぎ様は、見ていて気持ちのいい騒ぎ方だった。

 暫く待っているとパスタやムニエル、スペアリブなどが運ばれてきた。手始めにパスタに手を付けると、一瞬だけとまり、それからがっつく様にフォークやスプーンを進めた。豪快に、しかし食い散らかすような下品なことをしないベルの食べっぷりに、ミアの顔には自然と笑みが浮かび上がっていた。

 

 

「美味しいですか、ベルさん?」

 

「ええ、とても。店の雰囲気も良くて、楽しんでます」

 

「それなら私もお誘いした甲斐がありました」

 

 

 暫くすると、シルがベルに近寄ってきた。ミアに視線を向けると、一つ頷いて仕事に戻った。どうやらベルに付き添うよう許可が出たらしい。

 

 

「サンドウィッチ、ありがとうございました。おかげで昨日よりも張り切って探索できましたよ」

 

「ふふふっ、それは良かったです」

 

 

 暫く料理を食べ進めながら、シルとこの店について話す。どうも女将のミアは元第一級冒険者らしく、この酒場を一代で築き上げたことにより、所属しているファミリアから半脱退状態になっているそうな。

 そしてここにいる店員たち、その殆どが訳アリとのことらしい。ベル自身も隠し事が多い身の上なので、それについては追究しなかった。

 

 と、そこに一つの団体が店に入ってきた。ベルは何と無しにそちらに視線を向けると、一人の女性に視線が固定された。その人物とは、金髪の少女で、見る者によっては儚げな印象を持つだろう美貌を持っていた。

 ベルが知る由はないが、彼女の名前はアイズ・ヴァレンシュタイン、ロキ・ファミリアに所属する一級冒険者である。その美貌と強さに惚れこむものは、オラリオに多数いる。

 

 

「……綺麗な人だ」

 

 

 そしてそれはベルも例外ではなかった。ベルも、アイズの様相に見惚れてしまっていたのだった。

 

 

 






ヘスティアが出かける理由。神会としておりましたが、改めてバイトの宴会に戻しました。前話のその旨の部分も修正しております。

アンケート、すごいですね。
現在の状況を報告した途端、アイズ票が一気に入ってシル票を追い抜きました。トップ4人の面子は変わりませんが、上位二人の首位争いがすごいです。
ついでに何故ヒロインにレフィーヤを入れて、アイシャやカサンドラ、ティオナを入れないのかという質問が来ました。
お答えします、単純に私の好みです。嫌いではないのですが、レフィーヤのほうが好きですし、原作でもヒロイン候補になっていないぶん、二次創作で書いてみたいという欲があったためです。


それではまた。




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6. 後ろにご用心



ねぇ知ってる?
お酒に酔うとね、その人の元々の道徳観が出るんだって。


……実験で判明したという記事がありましたけど、大体みんな察していましたよね。お酒を飲める年齢の人は特に。私もそれを警戒して、他人と飲んだり飲みすぎたりしないのに。
皆さんもお酒には気を付けてくださいね。

それではどうぞごゆるりと。

ページ下に別途アンケートを設けております、ふるってご回答ください。






 

 

 酒場に入ってきた集団、ロキ・ファミリアの面子に、店内の客の視線が集中している。理由は様々だが、まず挙げられるのが集団の実力者の多さだ。

 アイズ・ヴァレンシュタインに狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガ、小人族(パルゥム)でファミリアの団長であるフィン・ディムナ、エルフのリヴェリア・リヨス・アールヴにレフィーヤ・ウィリディス。アマゾネスティオネ&ティオナ・ヒュリテ姉妹にドワーフのガレス・ランドロックと、オラリオでは知らぬ者がいないという面子である。

 彼らは皆が皆レベルが高く、レフィーヤを除いて全員がレベル4以上を有している。実力を持ち、容姿端麗でオラリオの二大ファミリアと名高いロキ・ファミリアの一団となれば、自然と視線も集中する。

 

 

「……ベルさん?」

 

「え? ああ、すみません。ところであの一団は?」

 

「ベルさん知らないのですか? あれはロキ・ファミリアの人たちで、オラリオで一、二を争う探索系ファミリアですよ」

 

「へぇー」

 

「ロキ・ファミリアはウチのお得意様なんだよ。彼らの主神であるロキに、ウチの店がいたく気に入られてしまってねぇ」

 

 

 シルとミアから説明を受け乍ら、ベルはジョッキを傾けて集団を横目に見ていた。これでもベルは人の理を外れた身、また訓練相手も人の理を外れたものだったためか、観察眼は常人よりかは優れている。そしてその観察眼から、彼ら宴会メンバーの実力相応に高いものであると察していた。

 

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなご苦労さん!! 今日は宴やぁ、飲めぇ!!」

 

 

 赤髪細目の女性が音頭をとると、皆が料理や酒を食べ進めた。ベルはその女性を一目見て、人とは違うと判断した。戦力ではないが、それでも音頭をとるということは、その者がファミリアの中心に近い証である。加えて彼女が慰労して、人の気配がしないといことは、彼の者が主神のロキであろうことは容易に想像できる。

 それだけの情報を集めたベルは、目の前の料理に集中しようとした。

 

 

「そう言えばアイズ、お前あの話は本当かよ? 黄金の人影を見たって話」

 

 

 狼人のこの言葉を聞くまでは。

 一気に料理から気を逸らされたベルは、彼らの言葉を一言一句聞き漏らすまいと、食べる手を止めた。突然のベルの行動に、隣に座っていたシルもカウンター越しにいるミアも、怪訝そうにベルを見つめている。

 

 

「なんや、なんか面白そうな話か?」

 

「面白そうというか、現実離れしたという印象を受けると思うよ」

 

「フィンがそう言うほどの話か。してそれは何じゃ?」

 

「うん。ダンジョンでミノタウロスを、私たちが一匹取り逃がしたよね?」

 

 

 アイズのその言葉で、緑髪のエルフ、リヴェリアと小人族の男性フィンが苦い顔をする。

 

 

「あれは我々の失態だ。確認したが、上層で被害者が出なかったのが僥倖と言えるだろう」

 

「うんそうだね」

 

「んで、そのミノタウロスはどうしたんや? 聞いとる限り、アイズたんが倒したんちゃうんやろ?」

 

「うん。倒したのは別の存在、人と言っていいかわからないもの」

 

「なんや、モンスター同士で殺し合いでもしよったんか? でもミノタウロスに敵うもんなんて、上層にはおらん筈やけど」

 

 

 ロキの発言に、話を事前にアイズから聞いてなかった面子以外が、微妙な顔をする。特にエルフの二人が顕著で、信じられないものを耳にしたかのように、ため息を一つついた。

 

 

「そのミノタウロスを、徒手だけで魔石ごと撃破したんだとさ」

 

「そう。その存在は大きく真っ赤な目に金色の体、あと頭に金色の大きな角があった」

 

「ッ!? ……ほんで?」

 

 

 アイズの言う特徴に違和感を覚えただろうロキは、普段は微笑を絶やさない表情から笑みが消え、目も開いてアイズを真剣に見ていた。その様子に怪訝な顔をしながらも、アイズは言葉をつづけた。

 

 

「額の真ん中にみどりにひかるちいさなてんがあって、ミノタウロスを倒すとき、とても強い蹴りを使ってた。あとその蹴りを出すとき、角が六本に増えてた」

 

「……ロキ、どう思う?」

 

「……アイズたんが嘘をついているようには思えん。でもそいつの特徴がうちの予想通りやったら、大変なことや」

 

「というと、やはりアイズが見たのは……」

 

「たぶん、間違いないやろな。このオラリオ、いやこの世界に……」

 

 

──アギトが降臨したっちゅうことや。

 ロキのつづった言葉に、ファミリアの机が静寂に包まれた。周りが騒がしくても、その机が静かになるのはある意味目立っていた。そしてロキの声が聞こえていたのだろう、エルフの給仕やミアまでもが、その言葉に固まっていた。そのような状態を尻目に、ベルはゆっくりとジョッキを傾ける。

 

 

「それが本当なら、確かにまずいのう。ドワーフの伝説によれば、アギトが出るときは、世に厄災が降りかかると言われておるが」

 

「それはわからん。エルフに伝わる伝説では、『彼の者らは疾風の様に現れ、嵐のように厄災を薙ぎ払う』と称されている」

 

「……まぁ今はアギトかどうかわからん。悪いけど、あとでアイズたんの記憶を見せてもらうとして、今は飲もうや。折角の慰労会なんやし」

 

 

 ロキが話を閉めたことにより、ファミリアの卓に再び活気が戻った。先ほどまでの真剣さが嘘のように騒がしい机を背に、ベルは出された食事を全て平らげ、荷物を纏めて帰る準備をしていた。

 

 

「ごちそうさまでした、ミアさん。また来ますね」

 

「え? あ、ああ。また来な」

 

 

 一瞬呆けたミアだったが、すぐに調子を取り戻し、ベルを送り出した。

 

 

「……あれ?」

 

 

 その後ろ姿を、一人の少女が見つめていたことに気付かないまま。

 

 帰路についている途中、ベルは考え事をしていた。ミノタウロスを倒したことは後悔していない。あの場で変身しないでただ相手にしたら自分が死んでいたし、何より自分以外の犠牲が出ていたのかもしれない。

 しかし周囲の警戒を怠ったのは事実である。種族によっては、アギトを不吉の象徴として取り扱うとも聞いている。特に神の中には、アギトを消そうと考える者もいるという話だ。

 

 

「……問題が山積みだなぁ」

 

 

 そうぼやきながらベルは、自身のホームとなる廃教会へと足を進めるのだった。

 

 

 




 はい、ここまでです。
 原作ではベートのディスリがありましたが、本小説ではまだベルとアイズが関わっていないので発生しませんでした。


 さて、ヒロイン毎にどんな話の展開にしようと思ったら、エイナとヘスティアのルートがネタ切れで思いつかないという事態に陥っています。
 またルートによっては異様に長くなったり逆に短くなったり、原作イベントの前後関係が変わったりとなってしまっています。

 なので予め書いておきますし、タグ付けします。完全にこの物語はご都合主義に突入します。途中までは原作通り進みますが、各ルートの分岐点以降はそういう展開になります。
 尚、大元となる設定等々は出来るだけ原作を汚さないようにしていくつもりです。
 現在確定でヒロイン毎に展開が前後する予定なのは、「戦争遊戯」か「春姫・イシュタル騒動」あたりです。どのルートかは秘密です。

 これからも私目の拙作を、よろしくお願い致します。



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7. あなただけに


――嗚呼、美しい

――白、金、深緋(こきひ)、紺碧、紅蓮、白金

――こんな様々な色をはらむ魂なんて初めて

――知りたい、知りたい、知りたい、知りたい

――貴方が欲しい





 

 

 酒場に赴いた翌日、ベルはギルドに行く前にヘスティアに相談を持ち掛けることにした。そのために、ヘスティアが起きるまで自室で待っていた。

 

 

「神様、すこしいいですか?」

 

「どうしたんだい、ベル君?」

 

「一昨日、ミノタウロスに対処するために、緊急的に変身したと報告しましたよね」

 

「うん、確か周りに誰もいないことを確認したってベル君は言っていたけど……」

 

 

 ベルが一つため息をつく姿に、ヘスティアは怪訝そうな顔をする。しかしその表情は、すぐに驚愕したものに変わった。

 

 

「実は物陰から見られていたみたいで、別のファミリアに存在を知られてしまいました」

 

「なんだって!? まさか、変身前の姿も見られたのかい?」

 

「いえ、アギトの姿しか見られてないです。でもロキ・ファミリアに知られたのと、僕のアドバイザーに疑われています」

 

「そうかい……よりによってロキか……」

 

 

 ヘスティアとロキは仲が良くない。決して殺し合いをするほど憎悪しているというわけではないが、それでも顔を合わせれば口喧嘩するほどには悪い。だからもしベルがアギトだと知れれば、何かしらアクションを起こすだろう。

 

 

「ロキはアギトに関しては中立だ。余り良くは思っていないみたいだけど」

 

「となると……」

 

「……うんロキの派閥には、ベル君がアギトということは知られないようにするんだ。アギト自体は知られたからこの際諦めよう」

 

「はい」

 

「問題はアドバイザー君だけど……」

 

 

 ここでヘスティアは頭を悩ませる。できるなら、ベルのことは隠密に済ませたい。しかしアドバイザーが疑うということは、相応に証拠乃至、情報が揃っていると考えていい。となると、下手に隠すよりかは、そのアドバイザーだけに知らせ、広めないようにすればいいかもしれない。

 ヘスティアとベルにとって幸いなのは、ギルドの主審がウラノスという神であり、彼はアギト肯定派の神であるということだ。少なくとも彼の容認があれば、少しはベルが動きやすくなるかもしれない。

 

 

「ベル君のアドバイザーは、神聖文字(ヒエログリフ)が読めるのかい?」

 

「職務上、少しは読めると言ってました」

 

「ならそのアドバイザー君に背中のステイタスを見せるといい。ただし、くれぐれも胸の内に留めるか、報告するにしても主神だけにするように忠告してくれ」

 

「分かりました。それじゃあ神様、いってきます」

 

 

 ヘスティアの言うことを聞くと、ベルは準備をしてギルドへと出発した。

 昨日よりも遅い時間に出発したためか、道は人で溢れかえっている。活気にあふれた街中を縫うように歩を進め、ベルはギルドに足を踏み入れた。案の定エイナはベルを見つけると、鬼気迫る顔で近寄ってきた。

 

 

「ベル君? 昨日のことについてお話が……」

 

「ええ、僕もエイナさんにお話がありました」

 

「え?」

 

 

 軽く注意をしようとベルに近寄ったエイナは、ベルの言葉に気をそがれてしまった。そして彼の目を見て何事か察したのだろう、すぐに昨日使った個室に案内した。

 

 

「それで、どうしたのベル君?」

 

「ええ、昨日途中で逃げたことと、それについてのお話で」

 

「えっと、なんで逃げたか話すってこと?」

 

「はい。というより、僕のステイタスを見れば、全てわかると思います」

 

「ちょっと待って!?」

 

 

 エイナはベルの発言に、驚き一色の表情を浮かべた。本来アドバイザーであっても、他の冒険者のステイタスはギルドに提出されたものしか見れない。刻まれた大元のものなんてもってのほかである。

 

 

「ステイタスを見せるなんて、ベル君本気?」

 

「はい。神様にも許可をいただいています。ただし、見るからには他言無用です」

 

「それは分かっているけど……わかったわ。もし仮にベル君のステータスが明るみに出る様な事があれば、私が全責任を負う。それこそ、貴方に絶対服従する」

 

「え?」

 

「冒険者にとってステイタスはね、一番バラしちゃいけないものなの。それを見るということはね、相応の対価と信頼が必要なの」

 

「……わかりました。じゃあお見せします」

 

 

 ベルはそう言うと、上着を脱いだ。服の下から現れたのは、およそ十四歳とは思えぬほどに無駄のない肉体と、そこに刻まれた無数の傷跡。

 裂傷、刺傷、火傷、切傷、弾傷。

 今全て回復して跡になってはいるものの、目を背けたくなるものばかり。

 

 

「ベル君……その体……」

 

「……ここに来る前についたものです。さぁ、どうぞ見てください」

 

 

 ベルはエイナに背を向け、彼女にステイタスを見えるように立つ。エイナはそれを見て、すぐに用紙に書き写した。その側には、すぐに燃やせるように、金属の盆とマッチが置いてある。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 ベル・クラネル

 

 

 Lv, 1

 

 力:D21

 

 耐久:F56

 

 器用:E43

 

 俊敏:D37

 

 魔力:I23

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 書き写したエイナは用紙に目を移し、そして口を押えた。

 ベルは一昨日冒険者になったばかり、その時提出されたステイタスは、全て(I)のランクであった。それが僅か一日二日で、魔力以外が二つも三つもランクが上がっているのだ。常人では、あまり考えられない状況である。

 そしてスキル欄に目を移した時、文字通りエイナは卒倒しかけた。

 

 

 

 ────────────────────

 

≪スキル≫

 

プロメスの遺志(アギト)

 光の力/火のエル・プロメスの系譜を示すもの。

 

目覚める魂、無限の進化(アギト)

 無限の可能性を秘めし者。

 

大地に立つもの(グランドフォーム)

 整いしもの。進化はここから始まる。超越肉体の金。

 

【???】

 ??? 

 

【???】

 ??? 

 

【???】

 ??? 

 

 ────────────────────-

 

 

 

「ベル君……君の言ったことがわかったよ。確かにこれじゃあ、知られたくないよね」

 

「……」

 

「大丈夫、これはこの場で燃やすわ」

 

 

 そう言うや否や、エイナはステイタスの写しにマッチで火を点け、盆の上に置いた。紙の火は止まることを知らず、燃えカスは塵となり、空気に紛れていく。

 

 

「神様から、ウラノス様にだけは報告していいと言われています。そこらへんはエイナさんにお任せします」

 

「分かったわ。ありがとう、私を信頼して見せてくれて」

 

「……たった二日ですけど、エイナさんにはお世話になってますから」

 

 

 服を着直したベルは、笑顔でそう返した。その顔を見たとき、エイナは自分の体の内から、何物にも例えがたい衝突のようなものを覚えた。

 心臓が五月蠅いほど鼓動を響かせる。この心音がベルに聞こえているのではと思えるほど、エイナの胸を打っている。顔が熱い、否全身が熱い。燃えるように火照りだす。

 

 

「じゃあエイナさん、行ってきます」

 

「ウェッ!? あ、うん。行ってらっしゃい……」

 

 

 咄嗟に返事を返すも、ベルが出ていったと築くのはしばらくたってからだった。それも同僚が呼びに来てようやく気付くという事態だった。

 

 

 





 いやはや、最早最初はアイズルートと言っても過言じゃないくらい独走してますね。そして驚きなのが、ギルス登場よりもやはり他アギトはいらないと考えている方が多いということ。
 何れのアンケートもまだ票を受け付けておりますので、振るってご回答ください。
 ヒロインアンケートについて、現在の票でいったんしめ、新しく取ったほうがいいかと思案中です。無論現在の票を加算してルートの順を決めていこうかと。

設定にヘスティアとロキの項目を追加しました。



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8. 怪物祭


――教えてちょうだい、こんなところに呼び出した理由を。

――なら単刀直入に聞くで。自分今度は何やらかす気や?

――何のことかしら?

――惚けんな。最近よう動いとるのは耳にしとる。今度は誰をたぶらかす気や

――……見たことのない色。

――はぁ?

――白と思えば金、金と思えば紅、白金と変わりゆく色。

――本当に偶然目に入った。ただそれだけなのに、あの輝きが頭から離れないの





 

 ベルがオラリオに来て半月。

 エイナにステイタスを見せてからと言うもの、ベルのステイタスは元のスペックに合わせるように上昇していった。そして現在レベルアップ一歩手前まで来ており、あまりにも早いペースに、エイナとヘスティアは少しばかり頭痛を覚えていた。

 そんなある日の昼下がり。

 

 

怪物祭(モンスター・フィリア)?」

 

「そう。今日はオラリオで年に一度開かれるお祭り、怪物祭の日なんだ。ガネーシャ・ファミリアの主催なんだけど、これがなかなか盛り上がるんだよ」

 

「へぇ。それは面白そうですね」

 

「この祭りの一大イベントは、ガネーシャのところがダンジョンから引っ張ってきたモンスターを、調教するデモンストレーションするんだ」

 

「調教ですか……」

 

「まぁ調教があまり好きじゃなくても色々出店とかも出るから、そっちでも楽しめるよ。そういうわけでベル君、ボクと一緒に行かないかい?」

 

 

 折角のヘスティアからの誘いなため、ベルも断りたくはない。正直言えば祭りとはほとんど縁がなかった生活だったため、是非とも行きたいところなのである。

 

 

「そうですね。ここ連日ダンジョンに籠ってましたし、今日は休みにします。祭りに行きましょう、神様」

 

「それは良かった!! そうと決まれば、早速いこうベル君!!」

 

「あ、ちょっと待って。落ち着いて、神様!!」

 

 

 余程嬉しかったのか、元々ダンジョンに入るためにフル装備していたベルの準備を待たず、ヘスティアは武装したままのベルの手を掴んで街中に繰り出していった。

 

 

 会場に向かう道中、西のメインストリートを歩いていると、

 

 

「そこの白髪頭、ちょっと待つニャ!!」

 

 

 ベルを呼ぶ声に振り向くと、「豊饒の女主人」の従業員の一人である猫人族(キャットピープル)の女性が呼んでいた。酒場にはシルに招待されて以来何度か足を運んでおり、ベルとヘスティアは従業員やミアと顔馴染みとなっていた。

 

 

「どうしました?」

 

「実は面倒ニャことを頼みたいのニャ。はいこれ」

 

 

 といって渡されたのは小さな袋。どうやら誰かの財布のようである。

 

 

「白髪頭はシルのマブダチにゃ。だからこれをシルに届けてほしいのニャ」

 

「ごめんなさいベルさん、説明不足で。シルは祭りに行ったのですが、忘れていった財布を届けて欲しいのです」

 

「うちらは店番があるから行けないのニャ」

 

「まぁそういうことでしたら」

 

 

 途中エルフ店員のリューの補足も入り、ベルはようやく理解した。酒場には世話になっているため、ベルはそれを二つ返事で頼みごとを受ける。ヘスティアは折角のデート(?)に水を差されたためか不機嫌そうだが、ベルの行動も間違っていないため、何とも言えぬ表情を浮かべている。

 ベルはそのままヘスティアに引っ張られ、会場へ向かった。

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 闘技場の地下、そこには今年の祭りで調教される予定のモンスターが収容されている。無論外に出ないように見張りがいるのだが、その見張りは焦点の合わない目で虚空を見つめ、地面にへたりこんでいた。

 ローブを纏った人影が一つの檻に近寄っていく。檻のモンスターだけでなく、全てのモンスターが敵意をむき出しにして騒ぎ立てるが、その人影がフードを取った途端、静かになった。

 フードの下から現れたのは、十人が十人振り返るだろう美女。妖艶という言葉が相応しいともいえる女が立っていた。

 女の名はフレイヤ、オラリオに降り立った神々の一柱。その美貌は神々一と言われており、老若男女問わず魅了するとされている。そしてその美しさは、モンスターでさえも「魅了」してしまった。

 

 

「……もう少し様子を見るつもりだったけど……やっぱりちょっかい出したくなっちゃった」

 

 

 そうつぶやきながら彼女は、檻の鍵を一つ一つ外していく。

 

 

「さぁ、小さな女神(わたし)を追いかけて」

 

 

 やがて全ての鍵を外し終えると、彼女は姿を消した。途端にモンスターたちは動き出す。失せもの(メガミ)を追い求めて。

 

 

 






さて描写を結構省いていますが、フレイヤにベルは目を付けられていますし、酒場の面々との交流が行われております。ただし、ロキ・ファミリアとの接触はまだされてません。

それでは次回、またお会いしましょう。




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9. 再臨




――さぁ、見せてちょうだい

――あの輝きを、あの色を

――あの……私を魅了してやまない黄金を





 

 

 

 

 モンスターの調教こそ見ていないが、屋台や出し物で賑わう道を、ベルとヘスティアは歩いていた。道を行きかう人々、色とりどりの飾りに商いに勤しむ商売人。全てが小さな村で暮らしていたベルには新鮮な光景だった。

 

 

「調教も成功しているようだし、ベル君も楽しんでいるようだし!! 今年の祭りは良いこと尽くめだね!!」

 

 

 ヘスティアはハイテンションにそういう。その言葉に嘘偽りはなく、彼女は満面の笑みを浮かべていた。その後ろからベルは微笑みながらついていく。最早ぱっと見では、はしゃぐ妹を見守る兄貴分といったところか。

 先を歩いていたヘスティアは唐突に止まると、ベルに振り返った。

 

 

「そう言えば君の頼まれごと、財布の少女は見つかったのかい?」

 

「いえ。一応探してはいるのですが、まだ見つかってないですね」

 

「まぁ気長に探そう。もしかしたら気づいて酒場に帰っているかもしれないし」

 

 

 そういってまた先を歩こうとしたヘスティアの腕を、ベルは突然つかんだ。その顔には先ほどまでの笑顔はなく、眉間に皺が寄せられている。そしてその視線は、闘技場のほうへと向けられていた。

 

 

「ベル君? どうしたんだい?」

 

 

 怪訝そうなヘスティアに応えず、ベルは黙って闘技場を見つめていた。そしてその答えはベルからではなく、別のところから得られた。

 

 

「モンスターだぁぁぁぁぁあああ!?!?」

 

 

 闘技場から多くの人が叫び、恐れ、逃げてきていた。それだけで非常事態だと理解してしまう。本来捕縛されているだろうモンスターが逃げ出し、街で暴れているのだ。

 そしてベルたちの近くに一匹のモンスターが現れた。それは本来第11階層に生れ落ちるだろうモンスター、真っ白な体毛に覆われた巨大なゴリラを思わせる肉体。

 

 

「シルバーバックか……」

 

 

 ベルがつぶやくと同時にモンスター、シルバーバックは一度お大きく吠え、標的に向けて一歩踏み出した。その視線の先にいるのは、ベルの隣にいるヘスティア。

 

 

「ッ!! 神様、失礼します!!」

 

 

 それに気づいたベルはヘスティアを抱え、シルバーバックから離れるように走り出した。後を追うようにシルバーバックは、咆哮を上げながら二人を追いかけ始めた。始めこそ道行く人々が巻き込まれそうになったが、ベルがわざと人がいないところに向かっていたため、被害は抑えられていた。

 とはいえ、いつまでも逃げ続けるわけにはいかないだろう。現にベルのいく道は一本道となり、逃げる場所がない。そしてついに行き止まりに行きついた。目の前には鉄の格子状の門があり、それが閉じられているために逃げ場を失っている。

 

 

「神様、ごめんなさい」

 

「え?」

 

 

 ベルはヘスティアを下すと扉をこじ開け、ヘスティアを入れてすぐに閉じた。ついでに簡単に開けられないように、(かすがい)を変形させて扉を固定する。

 

 

「ベル君、いったい何をしてるんだい!!」

 

「神様、すぐに終わらせてきます」

 

「無理だベル君!! いくら君がアギトでも、シルバーバックが相手じゃ……」

 

「彼らも無理やり連れてこられて気が立っている。これ以上被害が増える前に、せめてここで奴を止めないと」

 

「でもそれで君が怪我したりしたら……」

 

 

 非力なヘスティアでは変形された扉を開くことは出来ない。だから言葉以外ではベルを止めようがないが、その言ノ葉も今のベルには意味を為さない。

 

 

「この先の通路を行けば、僕たちのホームに繋がっています」

 

「そういう問題じゃないんだよベル君!! ここは高レベル冒険者に『こんな!!』……!?」

 

こんな訳も分からない状況で、これ以上人々の、神様の笑顔が消えるのを見たくない!! だから、見ててください!! 僕の、変身を!!

 

 

 ベルはそう言うとついにヘスティアに背を向け、構えを取った。同時に腰に巻かれる一つのベルト。そして眩い輝きと共に姿を現したのは、体を黄金に彩った一人の戦士。無限の可能性を秘めた金。

 

 

「これが、AGITΩ(アギト)……」

 

 

 ヘスティアは思わず目を見張った。話は幾度も耳にしているが、実際にアギトを見るのは初めてである。その一切無駄のない造形に見惚れてしまっていた。

 

 

「ハァァァァァァァ……」

 

 

 長く息を吐くアギトの角と目が、徐々に光を増していく。同時に彼の右腕にはエネルギーが集まり輝きだした。勝ちを確信したのか、アギトを見ても反応しないシルバーバックは、一際大きな雄たけびを上げ、ベル/アギトに向かって駆け出した。

 

 

「……ハァッ!!」

 

 

 そしてベルに向かって拳を振り下ろそうとしたとき、ベルは右腕を一気に振りぬいた。

 一瞬の交錯、お互いに拳を振りぬいた状態で固まる。やがて動いたのはシルバーバック。胴体が上下に袈裟に斬られ、全身を塵に還らせて消滅し、あとに残ったのは彼の核であった魔石のみである。

 

 

「……ベル君。君はまさか」

 

「……」

 

 

 ヘスティアの問いかけに、ベルは黙して語らない。黙ったまま鎹を外し、扉を動くようにした。しかしそれだけでわかった。彼はこのまま町へ行き、他のモンスターと戦いに行くのだと。

 

 

「……どうしても行くんだね?」

 

「……はい」

 

「わかった。ただし、これだけは約束してほしい。絶対に無茶をしない、生きて帰ってくること」

 

「はい」

 

「僕を……独りにしないでくれ」

 

「……はい!!」

 

「じゃあ、いってらっしゃい!!」

 

 

 ヘスティアに見送られ、ベルは一気に駆け出した。100メートルを約5秒で走る速さは伊達ではなく、すぐにヘスティアからは見えなくなった。

 

 

「……死なないでくれよ、ベル君」

 

 

 そうつぶやくとヘスティアは街に繰り出し、避難誘導を手伝うために駆け出した。下界に降りて非力となった神と言えど、己にできることをするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……ミノタウロスのときの」

 

 

 騒ぎを聞きつけ、祭りのメインストリートに駆けつけたアイズの目に映ったのは、次々と撃破されていくモンスターだった。勿論アイズたちが潜るような深層のモンスターはいないものの、駆け出し冒険者ならば問答無用で帰らぬ人になるほどの強いモンスター郡である。

 

 

「やっぱアギトやったか……」

 

 

 彼女の隣に立つロキも、モンスターを屠る戦士を見て、静かに呟く。全ての攻撃を避けるか受け流すかをし、決定的なダメージは一切受けていない。無駄のない動きで追撃を加え、拳打や蹴脚で止めを刺す。魔石に目もくれずに、次のモンスターに向かうさまは、見方によっては狂戦士(バーサーカー)の様にも映るだろう。

 

 

「……まぁ見た感じ()()()()()()()()訳やなさそうやし、ここはあいつに任せよか」

 

「うん。じゃあ私はみんなのとこに」

 

 

 アイズはそう言うと持ち前の身体能力を駆使し、急いで他のファミリアメンバーのもとに向かった。

 

 

 

 







何故か奇跡的な一日2更新。でも本来ならば、この話中にアレが出るはずだったんですが、何ともうまくいかないものです。
加えて原作展開をすっかり忘れてしまって、ランクアップタイミングを読者様に訂正していただく始末。お恥ずかしい限りです。

それではまた次回、お会いいたしましょう。



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10. 深緋の焔



――そういうことなのね

――あの輝き、あの眩しさ、あの美しさ

――総てはあの子がアギトだったが故

――嗚呼でも

――やっぱりあの子が欲しい





 

 

 アイズの向かった先にはヒュリテ姉妹とレフィーヤが、地中から突如現れた食人花(ヴィオラス)を相手に戦っていた。しかし食人花の表皮は固く、加えて今日は祭りを楽しむためにヒュリテ姉妹は自分の愛武器を持っていなかった。その辺の武器屋から武器を急ぎ拝借した二人は兎も角、魔導士のレフィーヤと途中から駆け付けたアイズは偶然か武器を持っていたが、それでも苦戦を強いられている。

 敵は理性無きモンスター、しかしその勘は獣故に鋭いものである。レフィーヤが魔力を集めて隙を伺っているときに、食人花は地面から触手を伸ばし、彼女を屠ろうと攻撃をした。

 

 

「あっ……」

 

 

 勿論突然のことで思考が停止してしまう。腹に伸びる触手の動きが、異様にゆっくりしている様に錯覚する。一緒に戦っていた仲間が、敬愛してやまない剣姫が、レフィーヤの名前を呼ぶのが聞こえる。彼女に駆け寄ろうと走り出すが、多数の触手に阻まれるのが見える。

 

 

(もう……だめなの?)

 

 

 不思議と恐怖はなかった。だが生物の本能か、襲い来る攻撃から目をそらすため、レフィーヤは咄嗟に目を瞑った。しかしいつまでたっても、痛みに襲われることはない。それどころか、この場にいなかったはずの男性の呻き声が聞こえる。

 恐る恐る目を開けると、目の前に金の人影があった。

 目の前の人影は腕を振るうと、あれほど断ち切るに苦労した触手が、豆腐の様に切り裂かれ、食人花の本体は苦悶するように身をよじらせた。

 

 

「う、ぐぅ……」

 

 

 人影は膝をつくと一瞬体を光らせ、次の瞬間にはヒューマンの少年に姿を変えていた。真っ白な髪を汗で湿らせ、額には脂汗が浮かんでいる。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「はぁ……ぐッ!?」

 

 

 見れば少年は右肩口から血を流している。傷口には触手の切れ端が刺さったままであり、それがビチビチと暴れていた。

 

 

「すぐに治療しないと!! いったん下がります!!」

 

「……大丈夫です」

 

 

 レフィーヤは少年の両脇に腕を入れ、急いで後方に下がった。レベルが3であるレフィーヤならばヒューマンの少年一人運ぶのはそれほど苦労しない。

 少年を治療しようとしたが、少年自身がそれを止めた。何を言っているのかわからない。しかし一見貧弱そうな少年が、自分を守って怪我をしたのは紛れもない事実。ポーチからポーションを取り出そうとしたが、少年はそれを押しのけ、無理やり触手を引き抜いた。

 

 

「あれは……植物ですよね?」

 

「はい。でも刃が通らないから、私の魔法でやろうとして……」

 

「魔力に反応したってことですね?」

 

 

 少年の問いかけに、レフィーヤは頷く。見れば見るほどに、兎を思い浮かべる様な、儚げな印象を持たせる少年である。しかしその目は、一人前の戦士を思わせる輝きを放っている。

 

 

「……魔法ならいけますか?」

 

「え? は、はい。相手は植物、ですので炎の強力な魔法を使えば。あるいは凍らせて一気に砕けば……」

 

「分かりました。じゃあ僕は……」

 

 

 少年は立ち上がると、再び構えを取った。そしてその腰にベルト/オルタリングが装着され、待機音が鳴り響く。同時に、食人花の動きが完全に止まり、触手の先が全て少年に向けられた。

 

 

「あのベルトは、まさかあの子が?」

 

 

 レフィーヤもヒュリテ姉妹も、そしてアイズの目も、彼の腰のベルトに集まる。特にアイズは二度、そのベルトを目にしているがために、驚きに目を見開いていた。

 

 

「……エルフのお姉さん、お名前は?」

 

「え?」

 

「これから共に戦う人の名前、貴女の名前を教えてください」

 

「……レフィーヤ・ウィリディスです」

 

「レフィーヤさんですね。僕はベル・クラネルです」

 

 

──今この時、僕の背中を貴女に預けます。

 

 少年、ベルはそう言うと、ベルトの両脇を一気に押し込んだ。一瞬の輝きと共に、彼の体を黄金が包み込む。そして間髪入れず、右側のボタンを押し込んだ。

 バーナーを吹かすような音、そして間近にいたレフィーヤだからこそ感じた、肌を焼くような熱。瞬きしたときには、目の前の黄金は、隆起した右腕と共に深緋(こきひ)に染まっていた。そしてオルタリングの中央にある賢者の石も、黄金から深紅へと色を変えていた。

 

 

「……」

 

 

 食人花はベルを第一級の脅威と感じたのだろう。全ての触手を以って、ベルに襲い掛かった。ベルよりも高ランクの三人に振り向くことすらしない。

 ベルは冷静にその場を離れ、レフィーヤに攻撃が行かないよう移動した。そしてベルトの前に手をかざすと、一振りの刀がその手に収まった。

 襲い来る触手を、無言で切り払うベル。その動きはグランドフォームよりも遅いが、まるでどこから襲うか理解しているかのように、後ろからの不意打ちにも対処していた。

 

 これこそが【超越感覚の赤】。

 

 オラリオにアギト:フレイムフォームの降臨した瞬間である。

 

 

「うそ……でしょう?」

 

「あれって……アギトだよね?」

 

「赤い……アギト? 聞いたことがないです……」

 

 

 アギトは種族ごとに言い伝えが存在する。その中で、伝えられなかった姿は必然出てきてしまう。エルフのレフィーヤが、フレイムフォームを聞いたことがないのは、そう言う経緯があるからこそであった。

 

 

「フゥゥゥゥ……フンッ!!」

 

 

 一度大きく息をついたベルが、一息に刀を逆袈裟に振り切った。断ち切られた触手の切れ端は地面に落ち、その身を燃やしながらやがて灰となった。よく見ると、彼の振るう刀は陽炎のように熱をもっていた。それに斬られたことにより、触手の切れ端は焼かれ、本体の切り口からは焼けただれた傷が広がっていく。

 

 

「あっ、私たちも行くわよ!!」

 

「「「うん(はい)!!」」」

 

 

 最初に我を取り戻したティオネにより、他の面子も意識を戻す。レフィーヤは魔法の準備を始め、他の三人はベルと共に切りかかっていった。

 アイズはその身軽な身のこなしと風の魔法で攪乱し、ヒュリテ姉妹はアマゾネス故の身体能力を駆使し、触手や本体に刃を入れていく。高ランクの冒険者三人に、焔を纏うアギトの斬撃。四人の攻撃に、食人花は次第に弱っていく。

 

 

「みんな、ひとついい?」

 

「何をするのですか?」

 

「レフィーヤの魔法で確実に倒すために、力を合わせる」

 

「どうするの?」

 

 

 ベルに注意がひきつけられている間に、アイズたちは作戦会議をする。弱った食人花に対し、連携でダメージを与え、最後に魔法を核に当てるという流れである。しかしここで懸念事項があった。

 

 

「アギト、あの子はどうするの?」

 

「申し訳ないけど、その場で合わせてもらうか、下がってもらうしか……」

 

「じゃあ私言ってくるわ。ティオナと違って、あたしは小回り効くし」

 

 

 そう言うや否や、ティオネはベルの下に向かった。攻撃を避けて偶に斬撃を加えながら、ベルに作戦を伝えていく。無言で、しかし一つ頷くと、ベルは再び刀に火炎を纏わせ、大きく振った。それにより、ティオネの後方から迫っていた触手は焼かれ、地面の上で燃えカスとなる。

 

 

「じゃあ、いこう!!」

 

 

 アイズの掛け声と共に、一斉に準備に入る。それを察したのか、ベルは左腰のあたりで刀を構えて、若干腰を屈める。すると刀の鍔、アギトの角を彷彿とさせる装飾が変化し、花が開くように四本の角の装飾が追加された。そして刀身には、今までの比ではないほどに燃え盛る焔が現れた。

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

「フゥゥゥゥ……」

 

「「ヤァっ!!」」

 

 

 最初にヒュリテ姉妹が対象に突進した。姉は二振りのナイフを、妹は大剣を振るい、本体に大きく斬撃を放つ。

 

 

「ヌゥゥゥウウン!!」

 

 

 大きくのけぞった食人花に対し、先に近寄ったベルが上段からの大振りの唐竹割を放つ。大きく縦に斬られ、そこから燃やされる痛みに、食人花はもだえ苦しむ。

 

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 

 間髪入れずにアイズの風を纏った突進が放たれ、その余波で作られた暴風により、火炎の竜巻が出来上がる。灼熱の旋風に包まれた食人花には、最早抵抗する術はない。

 最後にレフィーヤの放つ氷魔法により、焔もろとも食人花は凍らされ、巨大な氷像へと仕上げられた。

 

 

「ハァァァァァァァ……」

 

 

 それを見たベルはいつの間にか姿を変えたのだろう、再び黄金に体を染めると、長く、永く息を吐き、構えを取る。すると地面には、ミノタウロスの時より大きなアギトの紋章が現れ、彼の角は六本に開かれる。

 紋章は右足に収束し、側にいた全員が軽く引くほどの圧力が輝きと共に発せられる。

 

 

「ハッ、タァァァアッ!!」

 

 

 飛び上がり、そして爆発的な加速をしたキックは過たず食人花を、その核を貫き、木っ端微塵に砕ききった。戦場に残るのは宙を舞う無数の焔の氷片と、砕け散った魔石の欠片。

 疑似的なダイアモンドダストが舞い散る中、四人の冒険者の視線の先には、威風堂々とした姿勢で地に立つ、黄金の龍戦士がいた。

 

 

 

──ステイタス更新

 

──スキル:【焔を宿すもの(フレイムフォーム)

 

 

 

 





まさか、三話更新になるとは思っていなかったです。正確には本日書いたのは二本ですが。
さてさて、覚えている限り翔一が覚醒したのはストームフォームが先でしたが、ベルはフレイムフォームを先とさせていただきました。またこの世界ではバイクがないため、ライダーブレイクは登場しない予定です。
また前回に披露した腕で切り裂く技。あれは公式にはライダーチョップと言われる技で、明確な描写は「平成ジェネレーションズFOREVER」に出てきます。
また外伝では腹を貫かれたレフィーヤですが、今回はベルが庇った形にしました。

さてさて、ついにロキ・ファミリとついに邂逅したベル君。今後どう話を展開させるか悩みどころです。


それではまた次回。



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11. 剣と顎



 メインであるハリポタですけど、中々納得のいく続きが掛けないんですよね。
 書いては消し書いては消しを繰り返し、息抜きのはずのダンまちばかり下書きが完成していく状態です。

それではどうぞ。





 

 

 

 砕けた氷の破片も全て消え、静かに立っていたベルも変身を解除した、途端に襲い来る疲労感に一瞬ふらついき、ベルは思わず膝をついてしまった。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 最初に駆け寄ったのはアイズ。次いでヒュリテ姉妹とレフィーヤが彼に駆け寄った。レフィーヤの手にはポーションの試験管が握られている。

 

 

「これを飲んでください。少なくとも肩の傷は治療できます」

 

「でもこれ……結構上等なポーションじゃ……」

 

「助けていただいたんです。これくらい安いものですよ」

 

「そうそう。それに君の助けが無かったらあのモンスター倒せなかったしね!!」

 

 

 妹のティオナが笑いながらそう言う。何も言わないが、ティオネとアイズも同意するように頷いている。それを見たベルはあきらめ、大人しくポーションを口に含んだ。すると服の破れた穴から見えていた傷が、みるみるうちに塞がっていく。それを見たアイズたちは、とりあえず安堵の表情を浮かべた。

 

 

「ここまでしていただいて何ですが、一つお願いしてもいいですか?」

 

「ん~内容次第ね」

 

「申し訳ないですけど、僕がアギトというのは秘密にしてほしいんです」

 

「え? どうして?」

 

「この力は……『神の加護(ファルナ)』が一般的になった今でも異質です。それに、神様たちの中には、この力を快く思わない人たちもいます」

 

「成程ね……」

 

 

 勿論ティオネたちも、むやみやたらと言いふらす気は無かった。しかし彼女らの主神や団長には報告すべきと考えていた。しかし彼はそれすらもやめてほしいという要求をしている。

 しかしベルの要求も筋が通っているのも事実。それに今回食人花を討伐できたのも、ベルの力によるところが大きい。その対価が「秘密」というのならば、まだ安い方だ。

 そう考えた彼女らは話し合い、彼の望みを飲むことに決めた。ただし互いに所属と名前を明かすという条件で。

 

 

 

 

 

 ──────────────―

 

 

 

 

 

 そんな様々なことが起こった怪物祭だったが、ベルの周りは概ね円満に終えることができた。シルもアイズたちと別れた後無事発見し、祭りは中止になったものの、財布を渡すことができた。

 そして現在は早朝。まだ日も登らぬ時間にオラリオの外周を囲う城壁の上で、ベルは一人で鍛錬をしていた。と言っても過去に修業を付けたロード、エルロード相手にイメージのシャドーをしていた。本来ならばそのまま一人で鍛錬をしていたのだが、彼の後方では一人の少女がその様子を見ていた。

 

 

「……あの~アイズさん? 余り見ていても面白くないですよ?」

 

「大丈夫。結構参考になるところがある」

 

「そうですか……」

 

 

 そう、アイズ・ヴァレンシュタインである。たまたまベルが走って城壁に向かうところに出くわし、時間の空いていたアイズが付いてくる形で修業を始めたのだった。

 

 

「……ねぇベル。私と一回手合わせしてくれない?」

 

「え!? 僕じゃ相手になりませんよ!?」

 

「? 変身しないの?」

 

「……あれはむやみにするものじゃないです」

 

「そう、残念」

 

 

 そう言ってアイズは無表情ながらも、若干落胆した雰囲気を纏わせた。そんな様子を見たベルは一つ結論を出す。周りから如何に剣姫だの第一級冒険者と言われていても、彼女は人の子であると。

 

 

「分かりました。変身しないですが、手合わせをお願いします」

 

「うん。わかった」

 

 

 アイズはそう言うと愛剣デスペレートを構え、ベルは小太刀をしまってグランドフォームの時と同じ構えを取った。

 お互いに黙ったまましばらく動きがなかった。そして太陽の頂点が地平線から顔を出した時、初めにアイズが動いた。

 無論相手はアギトとはいえレベル1の冒険者、アイズなりに手加減をしていたが、それでも一般の冒険者では避けるどころか見えもしない速度の突きを、アイズは放った。

 

 

(ッ!? 速くて鋭い!?)

 

 

 ベルもそれは変わらず、反撃などできなかった。だが訓練の賜物か、咄嗟に判断し、避けることは出来た。単純な突きのならビーロードのほうが鋭さも速さも勝っていた。もっとも、彼のロードに関してはテオスの命とは言え、殺気が篭っていたのが一番の理由だが。

 

 

「くっ!? ハァアア!!」

 

 

 突き出される斬撃と突きを避け捌き、時折生じる隙に拳打を打ち込むが、それも悉くいなされてしまう。やがてベルに合わせるように放たれてた攻撃が激しくなり、ベルも反撃するタイミングをなくしていく。

 どれほど時間が経ったか、アイズが大きく下がり今までで最も勢いのついた刺突を放つが、その顔は驚愕に染められた。彼女の剣をくぐるように突き出された拳は、アイズの腹の前で寸止めされていた。

 

 

「……狙ってた?」

 

「はぁ、はぁ……最後の一撃が大きな動きなのは、以前見て学んでいたので」

 

「そんなにわかりやすい?」

 

「ええ。僕が言うのもなんですが、アイズさんはただただ力任せにやっているように感じます。『心技体』という、『力』に必要なもののうち、かけているものがあります。僕と同じように」

 

「それはなに?」

 

「……こればかりはアイズさん自身で見つけるしかありません。何故そこまで『力』に固執してるか知りませんが、それが理解できない限り、あなたは今のままです」

 

 

 ベルの言葉に不満そうな雰囲気を出すが、ベルはそれを気にするまでもなく帰り支度を始めた。その様子をアイズはじっと見つめている。

 

 

(そう。戦う理由も、力を持つ意味も、誰かに答えを出してもらうものじゃない。自分で出さなくちゃいけない、己が己であるためにできること。それは、最後には自分で見つけるしかないんです)

 

 

 






 今回は息抜きプラス、オラリオに来る前に人外に鍛えられたベルが生身で戦えばどうなるかを想像して書きました。
 俺TUEEしても良かったのですが、どうしてもそれじゃあ私が納得できなかったので、アイズがそれなりに手加減した状態で対応できるというレベルにしました。

それではまた次回。




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12. 嵐の前の



――邪悪なる者あらば、黄金に包まれ打ち倒さん

――邪悪なる者あらば蒼き力を宿し、嵐の如く薙ぎ払わん

――邪悪なる者あらば紅き力を宿し、焔の如く斬り払わん

――邪悪なる者あらば三位一体となり、火旋の如く打ち払わん

――邪悪なる者あらばその剛腕に猛熱を纏い、紅炎にて灰塵に帰さん

――邪悪なる者あらば光輝へと目覚め、白銀の輝きで天へと還さん

――邪悪なる者あらば■■■■、■■■■■■■■ん





 

 

 

 朝の鍛錬を終えて日も少し昇ったとき。今日は探索を休むと決めていたベルは、適当にオラリオを散策するための準備をしていた。街に来てから結構な時間は経っているが、まだまだ散策し足りない。知らない道、知らない店、それらを見つけることが、ここしばらくのベルの趣味となっていた。

 因みにだが、今回の散策の主目的は、武器防具の新調である。ベルは基本的に、ダンジョン内でも変身せずに戦闘を行っている。エルロードやロードの中には、戦闘以外の雑事をできる者もおり、ベルも最低限の手入れはできる。それでもオラリオに来る前から使っていたものも消耗し、いい加減ガタが来ていた。

 一旦ギルドに向かったベルは、そこで仕事をしているエイナに近寄った。

 

 

「おはようございます、エイナさん」

 

「おはようベル君。どうしたの?」

 

「ええ、ちょっと武具店について聞きたいのですが」

 

「武具店?」

 

 

 ベルの問いに首をかしげるエイナ。しかしよくよく考えると、ベルの小刀や防具、籠手は古い。整備しているのは分かるが、そろそろ限界が来たのだろうとうかがえる。新調するという彼の判断は間違っていない。

 そこでふとエイナは考える。今日は珍しく、午後から仕事が入っていない。下手な店を紹介するより、自分も同伴したほうが、高品質を取り扱っている店も紹介できる。冒険者はいつも死と隣り合わせ、しっかりとした道具を使ってもらわなければならない。

 

 

「それなら午後から私が案内できるけど、どう?」

 

「え? いいんですか?」

 

「うん。丁度午後から休みだし……怪物祭の時とか任せっきりになっちゃったからね」

 

「そうですか……ならお願いしてもいいですか?」

 

「うん、任せて!!」

 

 

 ベルの承諾も貰い、エイナは急いで今日の仕事を終わらせた。無論一切手を抜かず、何故かいつも以上に完璧に仕事を終わらせたことに、エイナの同僚が首をかしげたのは些末事。

 街の一角にある噴水のそばでベルが本を読んでいると、私服に着替えたエイナが近寄ってきた。赤いミニスカートにクリーム色のトップス、首元の黒のリボンがアクセントとなっている。そして業務中にかけている眼鏡がなく、元々整った顔がより鮮明に把握できる。

 ベルはそんなエイナを前に呆けてしまった。

 

 

「あれ、ベル君どうしたの?」

 

「え? あ、いえ、何でもないです」

 

「そう? じゃあいこうか」

 

 

 そう言い、二人並んで歩きです。目指す場所は、「ヘファイストス・ファミリア」の武具店。あらゆる鍛冶職人と、彼ら彼女らの鍛え上げた武具の数々が集まる場所だから、ベルに合うものもほぼ確実に調達できる。

 

 

「ベル君は何が欲しいの?」

 

「そうですね。手甲がもうボロボロなんでそれを。あと胸当てがもう整備じゃ隠し切れないほどガタが来てますし、この小太刀も新調したい」

 

「結局全部なのね……」

 

「あと新しく使いたい武器がありまして……」

 

「君はウェポンスペシャリストにでもなるつもりかな?」

 

「いえ、野ばらになるつもりはありませんよ?」

 

 

 苦笑を浮かべながらも、しっかりした足取りでベルの前を歩くエイナ。あとをついていくように歩くベルの姿は、見る人によれば、姉についていく弟の様にも思えるだろう。

 そんな生暖かい視線を受け乍らエレベーターを降りた先には、数々の武具が並んでいた。名剣、名刀と評価されてもいいような逸品が多量に陳列されている。その煌びやかさに、ベルは若干気圧されていた。

 

 

「駆け出し冒険者はよく高額なほどいい武器があるって考えがちだけど、中には掘り出し物があったりするの」

 

「高額だと『不壊属性(デュランダル)』とかの特性とかついてまうすね? じゃあそういった付与が無ければ普通の武器と変わらないんですか?」

 

「違うよ。そういった武器はそう言った高ランク、高技量の鍛冶師が鍛えてるだけあって、等しく質も高い。それに使っている材料も珍しいものだったり、質のいいものだったりするからね。それに付与が加わると更に値が張っちゃうかな」

 

「成程。安いのはいわば駆け出し鍛冶師の試作品、その代わり丹精込められた作品のために、中には逸品も混ざっていると」

 

「そういうこと。さぁベル君、まずはどんな防具がいい? プレート? 帷子? レザー?」

 

 

 それからエイナはベルに一つずつ防具をあてがっていくが、いまいちベルに合う防具が見つからない。これは別にベルが我儘を言っているのではなく、彼の戦闘スタイルを鑑みたエイナがベルと相談しながら決めていった結果である。

 そんなとき、ベルはふと視界の片隅に一つの木箱を収める。なんてことはない、ちょっとした防具が一式入りそうな木箱。しかしふたを開けた瞬間、何故かベルは運命を感じることになった。

 

 

「それは……クロッゾ? どこかで聞いたような……」

 

 

 エイナが制作者の銘をみて、首をかしげる。しかしベルはそれを気にせず、箱から胸当て、脛当て、手甲全てを取り出し、身に付けていく。偶然か必然か、防具の形は、変身後の彼の生態鎧と似たような形をしており、彼の動きを阻害するようなものではなかった。

 

 

「……気に入りました。これにします」

 

「それにするの? でも……うん丈夫そうだし、君の動きも問題なさそうだね。じゃあ武器はどうするの?」

 

「小太刀は無難なものを。あと新しい武器は……」

 

 

 ベルはそう言うといくつか小太刀を握って最もシンプルなものを選び、次に長物のコーナーに向かうベル。その様子にエイナは疑問に思う。確かにロキ・ファミリアの団長フィンの様に、低身長でも槍などを使う冒険者はいる。しかし基本的に長物はしなやかで且つ爆発力のある筋肉を持ち、加えて比較的身長が高めの者が扱いやすい。低身長だと、武器の遠心力や重さなどで、体が流されてしまう危険性があるからだ。武器に振り回されるなど、冒険者にとっては致命的である。

 そしてベルだが、変身前は残念ながら余り身長が高い方とは言えない。年齢もあるだろうが、エイナよりも低いために、余り長物には向かないのだ。

 そんな視線がエイナだけでなく、他の客や店員から向けられている中で、ベルは一つの武器を手に取った。長さはベルの胸程までで、長物にカテゴリされる棒よりも、杖に分類されるような武器である。その両端は不自然に太くなっているが、それが何故長物と共に置かれているのか。

 

 

「すみません、これを試したいのですが」

 

「これをかい? 坊主ならショートブレードとかカトラスが合いそうだけどなぁ」

 

「サブウェポンなら小太刀がありますので。メインが欲しいんですよ」

 

「まぁいいけど。そこで試し切りができるよ。それにしても、その武器は癖が強すぎるんだけどねぇ」

 

 

 店員がそうぼやくのを聞いた客たちは、自分たちの武器を見ながら、ベルの行動をチラチラと気にしていた。エイナはベルから少しだけ離れ、ベルの様子をいぶかしげな表情で眺めている。

 件のベルは一度二度、杖の中心を持って回転させると、目の前の人形に一息で飛び出した。いきなりのトップスピードで飛び出したのと、ズパンという決して軽くない音が鳴り響いたことにより、店内の全ての視線がベルに集まる。

 

 

「……えっ?」

 

 

 突然のことにエイナは反応できず、ベルが人形の後方にいるのに気が付いたのは、彼が再び杖を振る音がした後だった。

 人形の後ろに移動していたベルは更に杖の頭で一息に人形の背中を三発突き、そしてまたすれ違いざまに人形の胴にまた一発重い一撃を入れる。もはやベルの無駄のない動きに、誰もが目を離せなくなっていた。

 

 

「……おいおいおい」

 

「マジかよあの坊主……」

 

 

 そしてベルが両手で再度杖を回転させたとき、杖の両端が伸び、隠されていたであろう片刃がそれぞれ出てきたのだ。この杖は、実は折り畳み式の両剣であり、店員が言った癖というのは、まさにこの性質にある。唐突に変化するリーチと戦い方に順応できる使い手がほとんどおらず、長いこと売れ残っていた武器だった。

 いい加減廃品として処分しようと思っていたところに、目の前の少年/ベルが現れたのだ。ベルは変形した両剣を回し、人形をバラバラに切り刻んでいく。その動きは一切によどみなく、同じく両剣を使うティオナ・ヒュリテには劣るものの、中堅冒険者としても通じるであろう技量を持っている。

 

 

「スゥゥゥゥ……」

 

 

 そしておが屑となった人形の前で、体の左右でベルは息を吐きながら両剣を回しだす。段々と加速するその速さに、次第に風が沸き起こり、やがてベルを中心にして。その風はやがておが屑を巻き上げ、風で切り刻み、目に見えない粒にまで分解されていく。

 

 

「セヤァッ!!」

 

 

 最後に一薙ぎ両剣を振るうと、ベルが纏っていた風が霧散し、一瞬だけ店内を突風が駆け抜ける。静かな空間に、一瞬で駆け抜ける爆発的な突風。そのさまはまさにすべてを薙ぎ払う、力強い嵐のよう。

 

 

「……坊主、その武器はどうだ?」

 

「いい武器ですね、いくらですか?」

 

「そいつは元々処分しようとしてたもんだ、代金はいらねぇよ。それよりも坊主、お前その武器を預けてくれねぇか?」

 

「どうしてですか?」

 

 

 店員の提案に首をかしげるベル。聞けばこの武器を作った鍛冶師は駆け出し、ベルが買う予定の防具を鍛えた鍛冶師が、過去にお試しで作ったものだそうだ。最低限の手入れしかしていないそれは、いざというときに万全でなくなる可能性がある。そうなる前に、作った本人に一度精密に整備させ、完璧な状態でベルに提供させるというのだそうだ。

 

 

「いいですよ。じゃあこれは預けますね」

 

「おう。何かつけてほしい装飾とかあるか?」

 

「強いて言えば、青っぽい仕上げでお願いしたいです。あと制作者に伝えてほしいことが」

 

「なんだ?」

 

「……魂を込めたモノを。その一言だけをお願いします」

 

「……おう、確かに伝えとくぜ、坊主」

 

 

 防具と小太刀の代金を支払ったベルは、エイナと共に店を後にした。

 先程の光景を見ていたエイナは、歩きながら思考に耽る。エルフに伝わる英雄譚、その中にはアギトに関するものもわずかながら存在する。その言い伝えの一つに、このようなものがある。

 

 

 ──世界を襲う厄災あらわる時、猛き戦士が誕生せん。

 

 ──その者、黄金の輝きに身を包み、その拳と脚で厄災を打ち砕かん。

 

 ──その者、蒼き風と共に大地を駆け抜け、その刃で厄災を切り払わん。

 

 

 ベルが武器の試し切りをしたとき、本来ならばありえない突風が発生していた。一瞬アイズ・ヴァレンシュタイン同様、スキルや魔法を疑ったが、彼のスキルには魔法がなかった。それに彼はアギト、伝説の通りならば、彼のアギトとしての次のステップが目の前に迫っているということ。

 報告によれば、アギトには紅い形態もあるらしい。同僚のドワーフが、アギトのうわさが出たときにそう言っていたし、ベル自身も秘密裏にエイナに報告していた。

 闘う者として覚醒することが良いことなのか、一介のアドバイザーであるエイナには分からない。だがベルならば、その力を悪い方向に使わないだろうと、前を歩く身長に見合わない大きな背中を見つめながら、エイナはそう思った。

 

 

 







 久しぶりに本編更新しましたが、やはり第三者視点での文章執筆は難しいですね。どういう状況であるかを、如何に簡潔に、如何に爽快にかけるかを模索しています。
 しかし一向にハリポタが進まない。四年経過してまだ五巻までとは、知己にいい加減新作を増やさずに完結させろと怒られちゃいました。

 まぁそれはさておき、正直今迷走しています。ヒロインを八人に設定していましたが、減らすことを検討し始めています。理由は単純、私の力量不足です。
 言いだした手前、しっかりと全員分書きたいのですが、正直アイズとシル、春姫、そしてなぜかレフィーヤのルートの結末までの構想は出来ているのですが、他の四人がネタ切れで思いつかないです。

 この件に関してはおいおい決めていこうと思います。それではまた、いずれかの小説で。



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13. 出会いの予兆




――この空っぽの星で、ゼロから時代は始まる。

――積み上げられた伝説は、塗り替えよう。

――その身よ、強くあれ。

――恐怖もなく、痛みもなく。

――恐れることなく、青空を走り続ける。

――ただ、ヒトの笑顔を守るために。

――新たな英雄、新たな伝説。







 

 

 

 エイナとの買い物があって数日、ベルはダンジョンからの帰路についていた。エイナからの許可もあり、5層以下も無理のない範囲で攻略しにいっていた。そのおかげか、今までの比ではない稼ぎをたたき出し、しばらくはファミリアの予算にも余裕が出てくると予想できる。

 新調した武具の調子もよく、特にメンテナンスされた両剣は、試し切りの時とは桁違いに切れ味が増している。そんな新武器の調子に満足しつつ、たまには早く帰るのもいいだろうと判断したベルは、いつもは通らない裏路地に足を進めた。

 

 

「あっ!?」

 

 

 しかし上の空だったベルは、不注意にも飛び出してきた小さな人影とぶつかってしまった。人影はベルの体に跳ね飛ばされ、尻餅をついている。

 

 

「すみません、大丈夫ですか?」

 

 

 ベルは謝罪しつつ、倒れた人影に手を差し出した。見ると人影は人の子供程度の身長である。しかし単純に背が低いわけでなく、ありとあらゆる体のパーツが、大人の女性より一回り小さい体系なのだ。数学の相似といえば、想像しやすいだろう。

 

 

「……小人族(パルゥム)?」

 

 

 小人族の人物は、特に手入れもされていないボサボサの栗色の髪と、ボロボロの外套を纏っていた。そして唐突に表れたのと、微妙に荒い息をしていることから、この人物は走っていたとベルは推測した。ついでにその体の凹凸と外套の下の服装から、目の前の小人族が少女であるということも把握する。

 

 

「やっと追いついたぞ、この糞小人族!!」

 

 

 しかし時間を置くことなく、少女を追うように一人のヒューマンの男が鬼のような形相でこの場に現れた。その手には抜身の剣が握られており、ベルの目の前の少女と男に何かトラブルがあったことは明白である。

 走ってきた男はスピードを緩めることなく、そのまま剣を振りかぶって突進してきた。ベルにとっては、この程度の突進はよけることができる。特に冷静でなく、単調な攻撃なら尚更である。

 だがベルの頭にはよけるという選択肢はなかった。少なくとも目の前に救える「命」があるのなら、戸惑うことなく手を伸ばすのが、この十数年で形成された彼の気質だった。ベルは戸惑うことなく迫る刃を、背負う両剣の持ち手で防ぐ。そしてそのまま抜刀するように、男の手から剣を弾き飛ばした。

 

 

「なっ!? 何なんだよテメェ。テメェもそいつの仲間か!!」

 

「いえ、初対面ですが……」

 

「じゃあなんでそいつを庇ってんだよ!?」

 

「自分の目の前で命が奪われるのを、見て見ぬふりするほど人間が出来てないので」

 

「……まぁいい。邪魔するならテメェから殺す!!」

 

 

 男は冷静な判断ができているとは、ベルには到底思えなかった。再び剣をとった男が切りかかってきたが、技術もクソもないレベルと恩恵に任せた、ただの力任せの一振りとベルは評価を下す。

 そもそも、太古の昔から存在しているエルロード等と比べること自体が間違っているのだが。

 

 

「な……にぃ……?」

 

 

 だからこそベルが選択したのは、武器破壊ではなく、使用者の無力化である。武器に罪はない、使用者に問題があるのなら、そちらを落とせばいいだけのこと。

 手に持った両剣を折り畳んだまま、ベルは一息に男の鳩尾に突きを入れた。無論男は防ぐこともできず、間もなく気絶して地に伏した。

 男が眠ったことを確認したベルは両剣を背中に背負いなおし、後ろを振り返った。しかし先程まで倒れていた少女はおらず、夕日に照らされた路地が広がるだけだった。視界の端、建物の陰でで見え隠れしているボロ布には気づかないふりをして。

 

 

「……やはりお強いですね、ベルさん」

 

「見ていたんですか、リューさん?」

 

 

 後方からかけられた声に反応して振り向くと、「豊穣の女主人」のウェイターの一人であるリュー・リオンが立っていた。買い物帰りなのだろう、その腕には買い物袋が複数抱えられていた。

 

 

「すみません。助けに入ろうとは思いましたが、先にベルさんが対処したようなので」

 

「あ~それは何というか……」

 

「これならシルを安心して任せられますね」

 

「何の話ですか?」

 

 

 ときどきリューの話についていけないベル。如何に強い力を秘めていても、根っこはただの純朴な少年である。

 砂埃を落としたベルは、改めてリューを見た。直感とその身のこなしから、すでに彼女が冒険者だったことは理解している。だから彼女がその手に抱える買い物袋も、彼女にとっては軽いものであることも分かっている。

 しかしこのまま「はい、さようなら」とこの場を去るほど、ベルは薄情に育ったわけではない。何より彼の祖父に、女性の手助けは率先的にするように教育されている。

 

 

「手伝いますよ、リューさん」

 

「え? いいえ、大丈夫ですよ」

 

「確かに大丈夫でしょうけど、いつもおいしい料理をいただいていますし」

 

 

 そう言うと、ベルはサッと全ての荷物を持った。ベルは気づいていなかったが、その時リューの手に指が振れたために、虚を突かれたから為せたことである。

 

 

「これ、『豊穣の女主人』まででいいんですよね?」

 

「……え?」

 

「あの、行き先はお店で大丈夫ですよね?」

 

「え、ええ……お手数、お掛けします……」

 

 

 そう返事したリューは少しだけ頬を染め、しきりにベルの触れた部分を優しく擦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんでリューがベルさんと一緒に!?」

 

 

 店に着くなり、シルの声が屋内に響き渡る。彼女が驚くのも無理はないだろう。本来エルフは異性に触れられることを極端に嫌う。触れられる異性は、生涯の伴侶のみというのも珍しくないほどの徹底ぶりである。

 そのエルフであり、また触れられることを徹底して避けるリューがベルと共に現れ、あまつさえ上の空の状態なのだ。

 

 

「帰りに偶然会いまして。じゃあ僕はこの辺で失礼しますね」

 

「はい……ありがとうございました……」

 

 

 返事もぼうっとした感じで返すリューに、さすがのベルも心配になったのか、怪訝な表情で彼女を見つめる。しかしリューはそんな胡乱な状態のまま足を踏み出す。

 だからか、彼女が足をもつれさせ、倒れそうになるのは必然であった。そして運の悪いことに、彼女は一瞬自分が倒れていることを認識できず、加えて倒れこむ先には机の角があった。

 

 

「リューさん!!」

 

 

 ベルが動けたのは、今までの訓練のたまものだろう。

 素早くリューの前に立ち、余り衝撃を受けないようにやさしく受け止める。その状況に、ベル以外は頭の中が追い付いていなかった。特にベルにやさしく支えられているリューは、自分が何をしているか、どのような状態なのか一切理解できていなかった。

 

 

「……あ……え?」

 

「大丈夫ですか、リューさん?」

 

「えっと……あ、え……ええええ!? クラネルさん!?!?」

 

「……兎に角、怪我がなくてよかったです。では僕はこれで」

 

 

 念のため椅子にリューを下したベルは、その足で店から出ていった。顔を真っ赤にしているリュー、オロオロと要領を得ないシル、その他呆然とする店員たちにミアの叱責が飛ぶのは、しばらく時間が経った後だった。

 

 

「……とっさに受け止めちゃったけど、エルフって確か……僕はなんてことを……!? それに、懐かしいような、いい香りも……ぼ、僕は何を言ってるんだ!?」

 

 

 なお廃教会のの近くで、頭を抱えて蹲る少年の姿が確認されたとか。

 

 

 






――光と闇は表裏一体。

――求めたものは、手を伸ばしてつかみ取れ。

――誰もが諦めるだろう、夢だと笑われるだろう。

――だが君のままでいい、そのままで変わればいい。

――その何かに向かって立ち上がれ。

――さあ、カウントはゼロになった。

――目覚めろ、その魂。





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14. サポーターの少女



――どれほど危険でも、どれだけ傷ついても。

――魂(こころ)の旅路を進んでいこう。

――自分が生きていることを、体中で感じながら。

――鏡に映し出された憎しみは、打ち壊そう。

――たった一度だけのチャンスとして。

――命は与えられたものだから。

――何度も立ち上がって、強くなろう。

――戦わなければ、生き残れない。




 

 

 

 いつものように寝ぼけ眼のヘスティアに見送られたベルは、少し重い足取りでバベルに向かっていた。

 最近は十層に行っても問題ないほどに、力が増しているのがわかる。エイナの話から、ベル自身が、一般的なのレベル1からは逸脱した力を持っているのは把握している。アギトの力によるところもあるだろうが、故郷でエルロードやオーヴァーロード、その他アンノウンたちに鍛えあれたことも大きいだろう。

 しかし、オラリオに来てからひと月ほどの間に、度々変身する機会が存在した。その中で新たな力に目覚め、今も新しい力の芽が出始めているのを自覚している。

 

 

「……大丈夫なのかなぁ」

 

 

 そう独り言ちるベル。

 力を得られるのは、純粋な嬉しさがある。しかし、それに振り回されないかと不安に思う気持ちも存在する。ベルの脳裏に浮かぶのは、祖父の本棚にあった一冊の伝記の記述。

 そこには強すぎる力に魅せられ、己以外の特別を排除しようとした者の末路が書かれていた。最期は己以外の者を救えたが、自分を救えず、誰に知られることなく死んでいったというものだった。

 自分もそうならないとは、断言することができない。せっかく自分という存在を認めてくれたヘスティアを、悲しませたくない。

 ベルは一度両頬をたたくと、小走りでバベルへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バベルの広場には早朝にもかかわらず、多くの冒険者でごった返していた。そのほとんどがソロでの探索者ではなく、2人以上のパーティーを組んでいる。最近は上層とはいえ、下の階層に行くことになったベルも、そろそろサポーターを雇って、より多くの収益を得たいところである。

 

 

「でもこんな駆け出しの冒険者にやとわれるサポーターっているのかな?」

 

 

 ベルの不安も無理はない。現在はファミリアがベルだけで運営も何とかなってるものの、今後団員が増えたときの指導費用などを考えると、もう少し貯蓄が欲しいところである。となると、現在のベルの収入だと心もとない。いくら一般のレベル1冒険者の倍以上稼いでいるとはいえ、もう少し多く稼ぎは欲しい。

 

 

「お兄さん、そこのお兄さん」

 

「はい?」

 

 

 そんな悩むベルに、声をかける者がいた。身長はベルよりも小さく、それでいて体の数倍はあろうかという大荷物を背負っている少女が目の前にいた。パッと見る限り小人族であり、声を聴く限り少女のものだった。

 

 

「僕になにか?」

 

「はい。見たところ一人のようですし、自分でバックパックを持ってらしたので、サポーターを探しているのかと」

 

「確かに探しているけど、どうして? それに君は……」

 

 

 ベルの直感と記憶力、そして気配察知力の高さが、彼の脳内に一石を投じた。目の前の少女は、おそらく昨日ベルとぶつかった少女であると。何より少女の纏っているボロ外套は、昨日の少女のものと同一のものだった。しかしそれを指摘せず、まるで初対面であるように振る舞うあたり、何か隠しているのだろう。

 しかしそれを指摘することはない。ベルも曲りなりに、巨大爆弾並みの隠し事をしている。自分が明かさないのならば、目の前の少女に強要するのは間違っているだろう。

 

 

「私は現在サポーターとして生計を立ててるんです。見たところお兄さんは、何やら探しているようでしたし、サポーターを雇いたいのかと思いまして」

 

「なるほど、結構見られていたんだね」

 

「それで、どうですか? 私を雇ってみませんか?」

 

 

 少女の問いかけで少し考え、ベルは売り込みを承諾した。ただし、今回は試用という関係の上で。

 

 

「僕はベル・クラネル。あなたの名前はなんですか?」

 

「私はリリルカ・アーデです。どうぞリリと呼んでください、ベル様」

 

 

 互いに自己紹介した二人はその場で握手し、共にダンジョンへと向かった。

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 結論から言うと、双方にとってこの契約はメリットがあった。ベルはソロの時以上に素材や魔石を集められ、リリは多額の報酬を見込めたからである。加えてリリには、彼女にとって良くも悪くも他にも得られた情報があった。

 

 

(ベル様の使う武器、あんな独特な武器はそうそうあるものじゃない。相当な値打ち物に違いない)

 

 

 リリは所属するファミリアにおいて、同ファミリアの冒険者から虐待に等しい処遇を物心ついた時から受けていた。そのせいか、「冒険者」に対しては憎悪といっても過言ではない、悪感情を抱いていた。

 ベルに近づいたのも、脱退のための資金集めと、「冒険者」という存在に対して復讐するためである。昨日の冒険者も、いわばリリの復讐の被害にあったものの一人だ。

 駆け出し冒険者ならば、武器をかすめ取ることなど簡単。そう思っていたリリだったが、果たしてその謀略は初めからひっくり返された。

 ベルは、まるで自分がなにをしようとしているかわかっているように、図ったようなタイミングで武器を手に持ち、敵に向かい、リリに顔を向ける。そのせいか、リリは一向に武器をかすめ取るということができず、結局この日の探索は終了してしまったのだった。

 リリにとって幸運だったのは、ベルが報酬を完全に折半にしたことにより、今までで一番報酬を得られたこと。加えて、元々ベル自身のソロでの稼ぎが多かったのもあり、サポーターであるリリが加入したことにより、中堅冒険者の一日の稼ぎに届きかねない総額をたたき出したことにある。

 

 

「ベル様は、どうしてそんなにお強いのですか?」

 

「え? 僕が強い?」

 

「はい。正直言うと、最近冒険者になったとは信じられないほどの力です。もしかして武器が強力だったりですか?」

 

「この両剣? いや、属性付加もないし、製作者曰くただの鋼製の使い手を選ぶ武器らしいよ。彼の言葉を借りるなら、杖と両剣をある程度使いこなせて、そして状況判断ができないと使えない武器らしいし」

 

「なんですかその武器として色々とおかしい前提条件は」

 

「まぁそんな武器だからか、余程変な店じゃない限り、500ヴァリス前後にしかならないって」

 

 

 値段の話が出たとき、リリは若干目に失望の色を浮かべた。無論ベルはそれに気づいたが、知らないふりを貫く。

 

 

「さて、一緒に探索したけど。良ければ明日以降も手伝ってくれないかな?」

 

「……へ?」

 

「あれ、忘れちゃった? 今日の試用で、今後も雇うか決めるって話だったけど。ものすごく助かったし、おかげでたくさん稼げたからまたお願いしたいんだけど」

 

「……は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 そう言うと、リリは足早に広場から去っていった。その背を見送るベルの目は、夕日の角度と長めの前髪によってできた前髪に隠れていたが、怪しく、美しく輝いていることに気づく者はいなかった。

 

 

 






――信じていた未来が崩れ去る。

――「明日」を迎える永遠もなくなるかもしれない。

――信じること疑うこと、守ること戦うこと。

――この身襲うジレンマは終わらないけれど。

――戦うことが罪であっても、悲しみを繰り返しても。

――己にやるべききことがあるのならば。

――この身は総てを背負い、本能は疾走り続ける。



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15. 紺碧の嵐



――壊れそうな未来、壊れそうな時代。

――それを護るのも誰かわからない。

――その中でも、戸惑いや迷いは捨てなければならない。

――この身がジレンマに襲われようとも。

――叫ぶ声は、不可能を壊す。

――心に剣、かがやく勇気。

――悲しみは未来で終わらせよう。

――さぁ、運命の切り札をつかみ取れ。




 

 いつもと変わらぬ早朝、ベルはダンジョンへと向かうために大通りを走っていた。しかしふと立ち止まり、遠く見えるバベルの上方を見つめた。しばらく立ち呆けバベルを見つめていたベル、だがすぐに駆け出し、ダンジョンに向かっていった。

 そんなベルを、バベルの上から見つめる一つの視線。

 

 

「嗚呼、やっぱり素敵……」

 

 

 見れば誰もが振り向くであろう、「絶世の美女」という言葉でも足りぬほどの美貌を持った、一人の女性が立っていた。女の名はフレイヤ、このアラリオに降臨した神の一柱であり、美を司っている。そして彼女ができることの一つに、対象の魂を色として見分けることができるというものがある。

 そのフレイヤの目には、紺碧に染まりつつ、しかし他の黄金、深緋、白銀の色を潰さずにいる魂が映っていた。

 

 

「私の視線に気づいた。この前も、そして今回も……ウフフフ」

 

 

 怪しく、妖しく、艶やかに口に笑みを浮かべる。

 

 

「欲しい……アギトかどうかなんてどうでもいい……貴方が欲しい」

 

 

 彼女の目には、最早ベルしか映っていない。その表情は神ではなく、一人の女として恋しているような、そんな表情を浮かべていた。それを指摘する者は、今は彼女のそばにいない。

 

 

「……魔法とかどうかしら? アギトに魔法、鬼に金棒どころじゃないけど、あの子がどんな魔法を手にするか見てみたい」

 

 

 自室に戻ったフレイヤは、本棚から一冊の本を取り出す。古ぼけたその本は、見た目は魔法に関する物とはわからないものだった。

 

 

「あとはあの店に置いておけば……」

 

 

 恍惚とした表情のまま、フレイヤは魔導書をその豊満な胸に抱く。その日、「豊穣の女主人」のカウンターに一冊の本が置かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルがリリを雇ってから幾日かが過ぎた。

 

 

「今日もいっぱい稼いだね。これなら目標備蓄額に予定よりも早く溜まりそうだ」

 

「……もうベル様には突っ込みませんよ。ええ、レベル1に見合わない実力なのには突っ込みませんよ」

 

 

 またもやパンパンに膨らんだ二人の魔石袋をの中身をすべて換金すると、やはりというべきか、普通のレベル1冒険者の数倍の稼ぎをたたき出し、何度目ともわからぬエイナの仰天顔を拝むことになった。

 

 

「まぁまぁそれは置いといて、はい、これが今回の分ね」

 

「……まぁ確かに、いつもよりも数段いい稼ぎですし、仕事も楽ですけど」

 

「あはは……」

 

「じゃあ私はここで」

 

 

 リリはそう言うと、先日同様足早に去っていった。感情の読めない目でそれを見つめるベルに、エイナが近寄る。

 

 

「ベル君、あの子はサポーター?」

 

「ええ、『ソーマ・ファミリア』の子ですけど」

 

「『ソーマ・ファミリア』か……最近余りいい噂聞かないけど」

 

「というと?」

 

「なんか団員がね、憑りつかれたようにお金を集めてるみたい。死に物狂いというか」

 

「……リリは狂気じみてはいませんが、何かの目的のために資金を集めているようですね。彼女は大丈夫かもしれませんけど、他の面子には注意します」

 

「うん、お願いね」

 

 

 エイナと言葉を交わしたベルはギルドから退所し、「豊穣の女主人」へと向かった。実は今朝、ベルはシルから弁当を受け取っており、そのバスケットを返さなければならなかった。なお、その手段は初対面の時同様、後ろから忍び寄って話しかけるというものだったことは言うまでもない。

 

 

「シルさん、お弁当ごちそうさまでした」

 

「喜んでもらえて何よりです」

 

 

 ベルのお礼に、シルは笑顔で応える。店はまだ開店前ではあるが、ある程度準備が済んでいるため、店員は開店前の一休憩中だった。

 

 

「あれ? ここにこんな本ありましたっけ?」

 

「ああ、誰かの忘れ物なんです。持ち主がわかるよう置いていたのですが」

 

 

 ベルの疑問にリューが応じる。余談だが、リューは先日と違い、平静を保ったままベルと接している。若干ベルとの距離が離れ気味なのは否めないが。

 

 

「でもこれ……なんか嫌な感じがするんですよ」

 

「嫌な感じ、ですか?」

 

「はい。何というか、モノなのに語りかけてくるというか、心に侵入しようとしてくるというか」

 

「そうかい? それならこいつは捨てちまうか。そんな危険物を放っておくほうが悪い」

 

 

 ベルの話を言聞いた店主のミアは、机の本を手に取ると、躊躇なくゴミ箱に投げ入れた。有無を言わさぬ彼女の行動に反論する者はおらず、そのまま解散となった。

 

 

 

 

 

 ────────────────────-

 

 

「冒険者なんて、全員一緒なんだ。みんな、どうせ自分第一なんだ。あの人もどうせ……」

 

 

 ────────────────────-

 

 

 

 

 

 あくる朝、ベルはリリと共にダンジョンに潜っていった。エイナからの許可もあり、二人は第十層まで降りてきている。それまでの敵と違い、同一モンスターでも強度が違ったり、全く新しい強モンスターがいたりと、階層が纏う空気ががらりと変わる。

 

 

「ふっ、はっ、セヤァッ!!」

 

 

 両剣を振り回し、武器のリーチを変化させながら襲い来るモンスターを次々と屠っていく。落ちていく魔石はベルかリリが回収し、順調に階層を攻略していた。

 

 

「……この感じ、モンスターが集まってきている?」

 

 

 しかし様子がおかしい。道を阻むモンスターが減る様子がなく、逆にどんどんベルのもとに集まってきている。

 原因はすぐにわかった。ベルの近くにある木の根の部分に、モンスターの血肉が設置されていた。典型的なトラップであり、且つ効果的なシンプルなものだった。そしてそれを設置したのはただ一人。

 

 

「申し訳ありませんベル様。ここまでです」

 

 

 リリはそう言うと踵を返し、上層に上がるための会談を駆け上がっっていった。同時にベルは多数のオークに囲まれ、逃げ場を失ってしまう。

 

 

「……ハァァァァァ」

 

 

 状況を確認したベルは長く息を吐き、改めて両剣を構える。その目は、薄暗いダンジョンでもはっきりと見えるほど、紅く光っていた。

 

 

「申し訳ないけど、手加減はしないよ。というよりも、この状況で手加減できるほど僕は強くない」

 

 

 そう静かに言ったベルは、一息に得物を振るった。結果、ありえない風が吹きすさび、鎌鼬(かまいたち)となってオークたちを襲う。風の刃は、容赦なくオークたちを切り払い、魔石へと変えていく。

 しかしオークは戦意を衰えさせることなく、雄たけびを上げてベルに畳みかけていく。戦いは始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでいいんです。これで……」

 

 

 階段を駆け上がるリリは、自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。予め決めておいた逃走ルートを走るが、その表情は明るいものではない。

 

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

 

 ある程度走ったリリは途中で止まり、頭部に手を当ててそう詠唱する。するとフードに隠れて気づきにくいが、彼女の頭に生えていた獣耳がなくなり、生えていた尻尾も消える。

 彼女が使っていたのは「変身魔法」。本来の姿から偽りの姿に変えるその魔法は、リリの仕事に重宝された。この魔法を使い、冒険者に近づき、資金を集めていた。

 ベルを嵌めたことには、今までと違って後ろ髪をひかれる思いが、わずかながらもある。しかし彼女のこれまでが酷過ぎた。ベルのような根っこから善人であっても、いつかは掌を返すとリリは考えてしまう。

 己の葛藤を振り払うように、迷いから逃げるようにリリは走り続ける。しかしその逃亡は、第七層で止まってしまった。

 

 

「あ……グゥ……!?」

 

「ようやく捕まえたぜ、糞小人族!!」

 

 

 以前嵌めた冒険者につかまり、それに気づく前に腹に一撃入れられてしまった。そして間を置くことなく、数回体を蹴られ、頭部も数回殴られる。口の中が切れ、頬が腫れ、肺から空気が強制的に出される。そのままリリは、男性冒険者に髪をつかまれ、宙に持ち上げられた。

 

 

「この階層の安全ルートは四つだけ、四人で網を張っていたが大当たりだったな」

 

「あ……み……?」

 

 

 ああ。この顔、この声だ。相手を人として見ない、下品で耳障りで、気持ち悪い顔と声。

 リリはそのまま荷物とローブを取り上げられ、床に投げ捨てられた。いつの間にか到着したのだろう、同じ「ソーマ・ファミリア」の冒険者三人も加わり、リリの荷物を物色し始めた。彼女の荷物は資金にし、彼女自身はこの場に放っておく算段なのだろう。

 しかし長年の度重なる暴力に蓄積で、リリは体を動かせなかった。

 

 

「こっちのには何が入ってんだ?」

 

 

 以前リリに嵌められた冒険者が、未開封の袋の紐を解く。

 しかし中に入っていたのはお宝ではなく、瀕死状態のキラーアントだった。キラーアント自体は、しっかり準備をしておけば、討伐はそれほど難しくはない。しかし厄介なのは性質で、奴らは瀕死の同族のもとに集まる習性がある。

 そして現在、この空間にあるのは瀕死のキラーアントの袋。ついでに言えば、この袋はリリの荷物ではなく、「ソーマ・ファミリア」の冒険者がさりげなく混ぜていたものだ。

 

 

「しょ、正気かテメェ!? 何やってるのかわかってんのかぁ!?」

 

 

 だから嵌められた冒険者が慌てるのも当然である。

 

 

「ひっ!?」

 

 

 突然のことに、リリも悲鳴を上げてしまう。同時に、何処かあきらめのような感情も湧き上がってきた。

 思えばろくな人生ではなかった。両親は物心ついた時から、ファミリアの主神が作る「神酒(ソーマ)」に魅せられ、頭の中には「神酒」のことしかなかった。それは他の団員も例外ではなく、神酒のためなら平気で外道に手を染める。そんなファミリアに嫌気がさし、脱退するための資金集めを始めたのだった。

 あと少しだった。今回の報酬で、脱退のために要求されたお金がたまるはずだった。しかし最早それは叶わない。自分はここでキラーアントの餌となり、生涯を終える。

 全てをあきらめたリリは目を閉じ、いずれ来る痛みに身を任せようとした。

 

 

「……ギリギリ、間に合ったのかな?」

 

 

 聞こえるはずのない声を聴くまでは。

 驚き、その方向に目を向ける。八階層から登ってくる通路から、全身に傷を負い、しかし堂々とした足取りで登ってくるベルの姿がある。前髪の隙間から覗くその赤い双眼は爛々と輝いていた。

 

 

「なんで……なんでここにいるんですか、ベル様!?」

 

 

 リリは信じられなかった。ベルの腕ならば、多少傷を負っても、地上に戻れただろうことは想像できた。そして自分のもとには来ず、地上に戻ってしまえばよかったのだ。

 しかし現にベルはここにいる。全身から隠さない闘気を滲み出しながら、一歩一歩階段を上ってくる。

 

 

「アーデが嵌めた冒険者? こいつもこの女に復讐に来たんですかい?」

 

「復讐? まさか、僕はただリリを迎えに来ただけですよ」

 

「は?」

 

 

 ベルの言い分に理解できない冒険者たち。しかしそれを気にすることなく、ベルはリリに近づき、顔などを濡れた布で優しく拭っていく。ついでにポーションをかけることにより、傷も治していく。

 

 

「リリ、大丈夫?」

 

「なんで……どうして……」

 

「ん~、一番は知りたかったからかな。罠にかけたにしては、苦しそうな顔をしてたからね。放っておけなかったんだよ。ゴメンねリリ、来るのが遅くなって」

 

 

 リリは自分の耳が信じられなかった。貶めたのはリリ自身、しかし貶めた対象が謝罪してくるという事態。

 

 

「なんで…………なんでベル様が謝るんですか!? 初めからお金目当てでベル様に近付いたのに、罠に嵌めたのに!? 今まで冒険者を嵌めて、武器や防具を盗んで売り払ってきた!! 報酬金をちょろまかしてきました!! そんな盗人の、薄汚いコソ泥のリリを、なんで助けようとするんですか!?」

 

 

 動揺が収まることもなく、リリは叫んだ。今までに出会ったことのないタイプの人間に、混乱が収まらなかった。しかし、こうしている間にもキラーアントの群れが集まってきており、ベルを含む六人を取り囲んでいた。

 

 

「……ベル様、今ならまだ間に合います。リリを、私を置いて逃げてください」

 

「ゴメン、それは出来ないかな」

 

 

 あらかた治療を終えたベルは立ち上がり、モンスターと向き合うように立つ。その様子に、全員が目を共学に見開く。

 

 

「どんな罪人でも、ヒトには等しく生きる権利がある。最も、あの四人のようなタイプは本心では助けたくないけどね。それにね、リリ。僕自身が、君を助けたいと思ったんだよ。他はそのついで」

 

 

 リリに顔だけ振り返り、わずかに笑う。ここでリリは気づいた。腰に収めていたはずの小太刀はなく、メインウェポンの両剣もリリのそばに刺さっている。即ち、今のベルは無手なのである。

 

 

「なんで、なんで私なんかを!? 私が一言でも、『助けて』と言いましたか!?」

 

「確かに言ってない。でも君の心は、今でも叫んでいる」

 

「……!?」

 

「人には等しく、生きる権利と幸せになる権利がある。リリ、君はどうしたいの? どうしてほしいの?」

 

 

 ベルの目がリリの(まなこ)を射抜く。その光が物語っていた。叫べと、彼女自身の言葉で伝えろと。

 

 

「……て……」

 

「……」

 

「たす……けて……」

 

「私を、助けてください!! ベル様!!」

 

「うん、助けるよ」

 

 

 その声と共に、ベルの腰に一つのベルト/オルタリングが光と共にまかれる。薄暗いダンジョン内を、まばゆい輝きが満たしていく。

 

 

「変身!!」

 

 

 掛け声とともに、オルタリングのスイッチが押される。ひと際強い輝きが収まると、そこには黄金の体を持った人型が経っていた。

 

 

「アギ……ト……? ベル様が?」

 

 

 リリは目の前の光景が信じられなかった。人型が左のスイッチを押すと、バキュームで吸い込むような音と共に、紺碧の鎧をまとっていく。

 

 

「スウゥゥゥゥ……」

 

 

 腰からどこかで見たような得物を出したベルは、息を吐きながら体の両側で武器を振り回す。するとダンジョン内では余り吹かない風が、否、ベルを中心に小さな竜巻が起こっているのだ。その竜巻に巻き込まれる形で、ベルに近い位置にいるモンスターから、風の刃に細切れにされていく。

 

 

「せいっ!! ハァッ!!」

 

 

 武器を回すのをやめ、ベルはモンスターの群れに突き進む。そのスピードはフレイムフォームは言わずもがな、グランドフォームよりも早く、この場にいるすべての冒険者は、ベルの動きを追うことができなかった。

 あっちでモンスターが魔石になれば、気づけばこっちでモンスターが細切れになっている。かろうじて青の軌跡が回廊を動き回るのがわかるだけで、何がどうなっているのか理解できない。

 ふとリリは、昔読んだ本の一説を思い出した。

 

 

「『其の龍人、蒼き息吹と共に現れん。その姿、嵐を纏い、風を切り、襲いくる厄災を切り払わん』」

 

「『それ即ち、超越精神の青』」

 

 

 その一説の通り、リリの目の前でモンスターは須らく滅されていく。一片たりとも肉片も残さず、いくらかの個体は魔石ごと打ち倒さていく。最後に疾風を纏った得物、ストームハルバードを大きく振ると、残りのモンスター群が殲滅させられた。

 変身を解除したベルはゆっくりと、リリのもとへと近寄り、座り込む彼女のそばに膝をついた。

 

 

「お待たせ、リリ」

 

「あ……」

 

 

 優しく、ベルに横抱きにされたリリは、己の感情を抑えることができなかった。堰を切ったように、彼女のハニーブラウンの目からは涙が流れ落ちる。とめどなく流れるそれは、リリの服を、ベルの服を、ダンジョンの地面を濡らした。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ベル様ぁ……」

 

 

 小さな体から出る嗚咽は、大きなダンジョンに染み渡っていく。ベルはしばらく、彼女のために胸を貸した。

 

 

 

 

──ステイタス更新

 

──スキル:【嵐を纏うもの(ストームフォーム)

 

 

 






――たとえ世界の全てが無意味に見えても。

――たとえ歩き疲れた道の途中でも。

――夢見たものは思い出せる。

――不安に感じても、君は一人じゃない。

――僕らには、英雄(ヒーロー)がいるから。

――心が震える響きをさがして。

――晴れた日に胸を張って行こう。



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16. 神の想い



――もしも選ばれしものだったのなら、願うことすべてが叶うだろう。

――それでも運命の扉は問いかける。

――君がどこを目指すのかを。

――誰もいない時空、誰も止められない時間。

――だがそれは彼の妨げにならない。

――スピード、モーション、全てを超えていく。

――彼は天の道を往き、総てを司る男。

――見逃すな、ついてこれるのなら。




 

 

 余程の酒屋か研究熱心な者以外は寝静まる真夜中。一人の長髪の男性の部屋に来客があった。

 男の部屋には大きめのものから小さめのものまで、さまざまな壺が所狭しと並んでいる。扉をノックする音に、面倒くさげな表情で反応する男は、同様に面倒くさそうな声色で入室を許可した。

 部屋に入ってきたのは小人族の少女と、白髪の少年だった。

 

 

「……なんの用だ。私は忙しい」

 

「ソーマ様。この度私の『改宗(コンバージョン)』を許可していただきたく、この時間に訪問いたしました」

 

「改宗だって?」

 

 

 男、ソーマはその表情を煩わしげな表情から一変、驚きに染めた表情を浮かべた。てっきり自身の団員と同じく、神酒をよこせとでもいうのかと思えば、他派閥への鞍替えの許可と来たのだ。

 

 

「……話を聞いてもいいか?」

 

「……このファミリアに加入してから、長い時間が経ちました。ずっと、ずっと長い間、私の周りには、神酒を求める冒険者しかいませんでした。神酒のためなら、外法に手を染めるのも厭わない行いに、私は嫌気がさし、冒険者を憎みました」

 

 

 ソーマに促された少女は、改宗希望に至るまでを話した。その全てが、ソーマには初耳のことばかりだった。否、団員が非合法なことをしていることは把握していた。そしてそれを辞めさせることを、ソーマ自身はあきらめていた。

 神酒は人を「壊してしまう」。

 昔、ソーマが自らのファミリアを結成したとき、自分のもとに来てくれた冒険者の激励と歓迎のため、神酒を振る舞った。しかしそれを飲んだ冒険者は神酒の力に魅せられ、吞まれてしまった。それ以来、団員たちは須らく神酒のためだけに稼ぎ、神酒のために法を犯し、神酒のために他の冒険者を危険にさらし始めた。

 ソーマは何度か止めようとした。しかし団員は聞く耳を持たず、何も知らない新入りもいつの間にか用意されていた神酒を飲ませ、神酒の傀儡にされていた。

 それでソーマはヒトに失望した。最早自分は何もできないと感じたソーマは、ただただ神酒を造ることに専念することにした。神酒自体は、質の低いものは市場に出しており、そこらの酒屋でも購入できるし、呑まれるようなことにはならない。元々商業系ファミリアとして設立したため、低質の神酒の供給は続けなければならぬと、ずっと酒造を続けていた。

 

 

「……以上が事のあらましです」

 

「そうか……」

 

 

 ヒトに興味を持たなくなって幾星霜、神酒も最上級のものを、いつの間にか創れなくなった。だからファミリアが現在どんな状況なのかも、細かくは把握していなかった。

 目の前の少女が、嘘をついていないことは自らが神であるからわかる。神の前では、どんなヒトでも偽ることはできない。だから少女のいうことが真実だと、否が応でも理解してしまう。

 

 

「一つ聞く。脱退したあとはどうするつもりだ?」

 

「既に改宗先のファミリアは見つけております。今後はヘスティア様の下で今までの贖罪のために、生きていこうと思います」

 

「ではその隣の少年に聞こう。君は、彼女を引き込んでどうするつもりかね?」

 

「僕から、僕らからは、彼女に強要することはしません。彼女は十分に苦しんだ。そろそろ、彼女自身の幸せを掴んでも良いというのが、我が主神の意思です」

 

「なるほど」

 

 

 その言葉を聞き、ソーマは一つ考え込む。話を聞く限り、目の前の少女と少年は神酒を飲んだことがないようだ。素面での改宗の意思は、なかなかに固いことも簡単に伺える。少女に関しては、それ以外にも想いがあるようだが。

 ソーマは徐に歩き出し、棚から一つの小さな陶器瓶と、二つの猪口を取り出した。そしてそれらに少しずつ、瓶の中身を注ぐ。途端に室内を満たすのは、匂いだけでも酔わせそうな酒の芳醇な香り。

 酒の注がれた二つの猪口を、目の前の二人の前に置く。その酒は、昔造った最上級の神酒。余程のことがない限り、呑まれるかもしれない逸品である。

 

 

「これを飲んでもその意思が変わらなければ、君の改宗を認めよう」

 

「……わかりました」

 

 

 一瞬の逡巡(しゅんじゅん)ののち、少女は猪口を手に取る。少年もそれに倣い、二人同時に中身をあおった。飲み干した猪口を置いた二人は、しばらく静かに目を閉じた。

 その様子をソーマは黙って見つめる。動かないところを見ると、やはり酒に吞まれたか。やはりどんなものでも、神酒に吞まれるのかと思い、ソーマの目に再び失望の色が浮かびそうになった。この二人ならばあるいはと、彼は思っていたのだ。

 そこで少女が猪口を置くと、目をカッと開いた。そして若干顔が赤い状態でソーマにずいと近寄った。

 

 

「ソーマ様、貴方は勝手すぎます。今まですべて自己完結してきて、今もまた同じことをしている。自分が悪いのではないと、一方的に失望して興味をなくして!!」

 

「痛かった、苦しかった!! 何度死のうと思ったかわからない!! でも生きたかった……そして罪を重ねてしまった。でも今は違う!! 自由になれる、手を差し伸べてくれる人がいる!!」

 

「もう手放したくない!! 罪を犯したくない!! それを阻むというなら、こんなお酒でも私は打ち砕く!!」

 

 

 ヒトとは思えない気迫で、少女はソーマに叫んだ。酔いはヒトの心の(たが)を外す。人を変えるのではなく、個人が無意識に抑えていた想いを表面に出してしまうのだ。

 目の前の少女を改めて見つめる。顔は紅く、目つきも酒の入った者特有の目つきである。しかしその状態で先程の言葉を言ったということは、少女は真に自由を欲している証拠である。

 

 

「……認めよう。君の、リリルカ・アーデの改宗を承認しよう。そして少年よ、彼女を頼む。ヘスティアに頼むと伝えてくれ」

 

 

 酒に酔って寝てしまった少女の代わりに、もう一人の少年に顔を向けていった。白髪の少年は無言で頷くと、少女を横抱きにして部屋の出口に向かおうとした。

 

 

「少しいいか?」

 

 

 しかし一つの疑問を解決するために、ソーマは少年を呼び止めた。呼ばれた少年は、少女を横抱きにしたまま体ごとソーマに振り向く。

 

 

「何でしょう?」

 

「彼女が神酒に魅了されなかったは納得がいく。しかし何故君も平気なのだ? 見たところ、酒は飲んでも蟒蛇(うわばみ)というわけではなかろう」

 

「……」

 

 

 ソーマの問いに、ベルは口を開かなかった。しかし何かの起動音と共に、少年の腰に光を湛えるベルトが巻かれる。中央にはめ込まれた賢者の石は黄金に輝き、その左右にある二つのドラゴンズアイは赤と青の二色に光っている。

 それだけでソーマは察した。彼が何者であるか、何故神酒に魅了されなかったか。何故この場に来るまでに、酒に魅せられたものの妨害を受けなかったのか。

 少年はベルトを消すと、今度こそソーマの酒蔵兼自室から出ていった。いつの間にか緊張していたのか、少年の気配が無くなった途端に冷や汗が流れ出し、何度も大きく息をつくことになった。

 アギトは進化し続ける。降臨した状態ならば勿論のこと、仮に天界送還のリスク無く立ち向かったとしても、ソーマのような武闘派じゃない神ならば容易に殺されることは予想できる。自分はアギトに対して中立を貫いているが、オラリオにはアギトを嫌う神もいる。

 幸い彼は肯定派であるヘスティアの団員らしい。そしてリリルカ・アーデがこれから身を寄せるファミリアも、彼女のところらしい。アギトとそれを擁護する神の側ならば、余計な心配はいらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒトも、捨てたモノではないでしょう?」

 

「貴方様は……お初にお目にかかります、まさか下界にいらっしゃるとは」

 

「少し気になる者がいましたから」

 

「……彼ですか」

 

「遥か昔、今や『ロストエイジ』と呼ばれている時代の話です。私はアギトを滅ぼそうとしました。人には過ぎた力だと、プロメスの想いを否定した。しかしそんな我らに、最初は一人の青年が立ち上がった」

 

「人類で初めて、光輝に目覚めたアギトですね。たしか名は津上翔一でしたか」

 

「そうです。彼は次々とロードを打ち破りました。初めは本能に従って、途中からは人類の未来をその手に勝ち取るために。彼の想いに共感したのかそれから二人の戦士が彼に味方しました」

 

「ギルスの葦原涼、絡繰りの鎧を纏った氷川誠ですね」

 

「三人の戦士によって、私の計画は阻止されました。そうして人は、己の手で未来を勝ち取りました」

 

「その後もアギトは現れ度々厄災を払い、アギトにならず進化して今の種族の元となった存在も誕生しました」

 

「彼は、あの時の彼等と似た魂を持っています。決して『正義』ではなく、人間の『自由』のために力を使い、戦っている」

 

「少なくとも二十人、その理由で戦いましたね。ある者は故郷のため、別の者は愛と平和のため。そしてある者は、人の笑顔のため」

 

「人は彼らのことを畏怖と羨望を込めて『仮面ライダー』と呼びました。彼の津上翔一も、『仮面ライダー』の歴史の一つとして伝わっています」

 

「彼は果たして、『ライダー』となるのか。降りた神の一人として、今までの贖罪も含めて、私は見守っていきます」

 

「頼みましたよ」

 

 






――もしもかなえたい夢があるのなら。

――それを願った日々を信じてほしい。

――いつだって「始まり」は突然だから。

――自分が変わることを恐れないで。

――過去を書き換えたくても壊さないで。

――昨日までの記憶は必要になるから。

――必ず誇れるようになるから。

――いつか「約束の場所」に辿り着くまで。

――時を超えて、俺、参上。



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17. 新たな相棒、魂の継承



――自分の存在、自分を取り巻く全て。

――誰も一度はその意味を知りたいと思うだろう。

――隠れていても何も始まらないから。

――閉ざされたドアも、溢れ出す感情も。

――全て壊して突き破ろう。

――前に進むことを怖がらないで。

――生まれ変わる自分を止めないで。

――新しい明日、時代へ歩き出そう。

――覚醒(ウェイクアップ)、運命(さだめ)の鎖を解き放て。




 

 

 日が昇る前の早朝、オラリオ外壁のすぐ外に、四つの人影があった。

 

 

「はっ、よっと!!」

 

「はぁっ!!」

 

「……」

 

 

 二人の少女が己が武器で攻撃をするが、それに相対するヒトは無言でそれをいなし、且つ二人がフレンドリーファイヤをしないように距離を離す。二人の更に後方に少女が魔法を発動するが、それすらもヒトは無言でよけるか、体のどこかで受け流していく。

 決定打となる攻撃が与えられないことにしびれを切らしたのか、前衛の少女の片割れが大きく下がり、剣を構える。すると少女から少女から突風が沸き起こり、少女の周りの砂も巻き上げられていく。それを確認したもう一人の少女は彼女とヒトの間から退き、後衛の少女は詠唱を始める。すると剣を構える少女の周りに風だけでなく、氷のつぶても共に舞い上がる。相対するヒトは構えを取り、右拳を引く態勢をとる。

 

 

「リル・ラファーガ!!」

 

 

 技の名を叫ぶと同時に、風と氷を纏った少女は、渾身の突きを放った。対するヒトは右拳をタイミングを合わせるように突き出し、剣の切っ先に拳を当てた。

 衝突と同時に暴風が発生し、事の成り行きを見守っていた二人の少女は吹き飛ばされ、剣を持った少女も拳に押されたか、突きの構えのまま後退した。逆にヒトは拳を突き出したまま、砂埃が舞う中でも真っ赤な双眼を爛々と光らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~やっぱ強いね~」

 

 

 アマゾネスの少女、ティオナは大きく伸びをしながら後ろを歩くベルに話しかける。対するベルは苦笑いを浮かべるだけで、特に否定も肯定もしなかった。

 

 

「流石はアギト、といったところですか。まるで歯が立ちませんでした」

 

「僕が言うのもなんですが、この力はズルのようなものです。今回の鍛錬ではどうしてもということで変身しましたけど、以後はやりませんので」

 

「わかってるよ。アイズも、そう言う条件だからね」

 

「……うん。残念だけど、わかった」

 

 

 ティオナの隣で不満顔ながらも承諾するアイズに、ベルは少しだけ微笑んだ。なお、その様子に少しだけ嫉妬するレフィーヤの様子も確認されたが、彼女がアイズを強く慕っているのは周知の事実なので、特に突っ込まれることはなかった。

 

 ことの発端は昨日の話。いつも通り早朝に共に鍛錬をしていたベルとアイズの下に、レフィーヤとティオナが見物に来た。元々最近日の出前に出かけるアイズを不審に思ったレフィーヤが、ティオナも誘って観察していたことにつながる。

 ベルが変身せずにアイズの相手をしていることに初めは憤ったレフィーヤであったが、鍛錬によっておった外に足りない部分を模索していることに気づいたのだ。やがてベルに隠れていることを言い当てられたレフィーヤたちは、翌日に手合わせをするという一方的な約束を取り付けた。レフィーヤからしてみれば、アイズに稽古つけてもらっていることに対する嫉妬の愚痴で、本当に手合わせする気はなかった。

 しかし同行していたティオネ、そしてアイズもその話に乗り、引くに引けなくなったというのが事実である。加えてアイズはベルに変身するようにせまり、変身しなければベルがアギトであることをロキに言うとまで言い、急遽今朝の手合わせが行われたのだった。

 

 

「すみませんベル・クラネル。私があんなことを言ったばかりに」

 

「いいですよ。そうでなくても、高レベル三人相手に生身は無理でしたし」

 

「そう言っていただけるなら」

 

 

 アイズとティオナの後方を歩く二人の間で、そのような会話がされている。無理な手合わせの詫びとして、ベルのセカンドウェポン調達のための場所に向かっている最中であった。

 実は先日、十層でオークに囲まれた際、小太刀は受け止めた攻撃に耐えられずに壊れてしまったのだ。それ以来探索はメインの両剣だけでやっていたが、接近戦に持ち込まれるとどうしても徒手となってしまう。その悩みを聞いた彼女らが、ベルのために一つ見繕うことになったのだ。

 しばらく歩くと目的の場所についたようで、アイズとティオナはさっさと建物に入ってしまった。

 

 

「やっほー、きたよ~」

 

「何じゃ、また『剣姫』が武器を壊したか?」

 

「違う違う、今回は新しいお客さんにだよ」

 

「新しい客? そこのちんまいのか?」

 

 

 ティオナに応対した初老の男が、ベルに観察するような目を向ける。彼こそがオラリオにある鍛冶屋ファミリアの片割れ、「ゴブニュ・ファミリア」の主神ゴブニュである。

 ゴブニュは上から下へ、ベルの全身をなめるように観察し、再度ベルの顔に視線を合わせた。

 

 

「で、この小僧に何を作るんだ?」

 

「ここまで来て言うのもなんですが、小太刀を一本お願いしてもいいですか? 素材はこちらと予算はこれで」

 

「モンスター素材を使ってこの予算か。まぁできないこともないが、お主、何故武器をいくつも持つのじゃ? まさかウェポンマスターにでもなるつもりか?」

 

「誰ですか、そんな『ゴクリッ』とか言いそうな野バラの反乱軍は」

 

「まぁよい。それで、小太刀じゃな? 素材まで用意されているのなら、この値段でよかろう。ついでにそっちの杖も整備しようか」

 

「ああ~これはちょっと特殊なやつなんで、制作者以外に頼むのは」

 

「そうかの」

 

 

 商談は成立したが、料金はロキ・ファミリアの三人持ちということを彼女たちが譲らなかった。そのため素材だけベルが用意し、お金は彼女たちに任せることにした。

 

 

「ところで少年、すこしいいか?」

 

「ええ、何でしょう?」

 

「お前さん、見たところ左右の体のバランスが非常にいい。普通は利き腕の方に筋力が寄りがちだが、全く均等というのも珍しい」

 

「そこでだ、うちの得意先が持ってきたのだが、どうにも普通じゃ使いこなせんものがある。見ていかんか?」

 

「は、はあ。わかりました」

 

 

 ゴブニュに促され、ベルは建物の奥に向かう。ついでの他の三人も彼らについてきていた。奥の部屋に鎮座していたのは、大きな金属の塊だった。何やら馬に似ているようで、しかし生き物の気配を全く感じない代物だった。

 

 

「何やら古代の遺跡で掘り起こされたものでな。知り合いに頼まれて整備していたが、なかなかに難しい絡繰りだ。普通の冒険者が扱うには少々バランスをとるセンスがないと難しい」

 

「その点、体のバランスがいい感じで均等なベルなら、使えるかもってこと?」

 

「そうじゃな」

 

 

 ゴブニュの言葉を聞きつつ、ベルは「鉄の馬」に近寄る。

 全体的に白いフォルムで、体の前後に二つの車輪がついている。しかし車輪の材質は、オラリオでも見たことのないもので、煤で汚れていなければ真っ黒であることがわかる。車体後部にはたくさんのパイプがつながれており、何かの機関であることは分かるが、何のためにあるかわからない。

 何よりも目を引くのが、車体の頭といえる部分に大きなガラスが二つ、両の目の様にはめ込まれており、その真ん中に妙なロゴが入っていることだ。ロゴは虫のような顔の後ろに、真っ赤な文字で「R」と書かれていることだ。

 

 

「これ、なんだろうね」

 

「遺跡から出てきたってことは、私たちよりも前の人類が使ってたものと思うけど」

 

「でも、それが今でも使えるとは思えない。特にロストエイジの機械の類は、ほとんどがゴミ同然の代物」

 

 

 ロキ・ファミリアの言葉を聞きながら、ベルは車体の周りを一周したベルは、そっと車体の頭に触れた。

 すると突然、鉄の馬はブルブルと震え始めた。頭のガラスからはチカチカと光が漏れ始め、やがて段々と光を増していく。そして馬はまるでうなり声を上げるように機関から音を発し始めた。

 

 

「動いた!?」

 

「なんで!? ベルなんかした!?」

 

「いや、僕は何も!!」

 

「でも動いてますよ、これ!?」

 

 

 途端に部屋の中が騒がしくなる。そしてベルの目の前は、突然白く染められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは?」

 

 

 ベルが目覚めたのは、白く何もない空間だった。先程部屋にいた人たちはおらず、この空間にいたのは先程の「鉄の馬」とベルのみ。しばらくその空間で立ち尽くしていると、唐突に頭の中に映像が流れ込んできた。

 その映像に出てくる者たちは様々だったが、皆が共通して「人の自由のため」に戦っていた。ある者は改造されかけて、ある者は遺物に偶然見初められて。ある者は秘密結社に霊石を埋め込まれ、ある者は陰謀に巻き込まれながらも己の意思で。

 そしてその中には、己と瓜二つの戦士もいた。力に目覚めたのは全くの偶然。しかし同じ力を持つもの、力を持たぬものと共に、人間の未来をてにした戦士だった。

 

 

「テオス様の言っていた、初めてのアギト」

 

 

 彼の物語は、ベルが過去に聞いた話とそっくりだった。人類で初めて、そして最後に生まれた光輝に目覚めたアギト。彼を超えるアギトは、彼の後には現れなかったという。

 

 

「でもなんで、僕に彼らの戦いの記憶を?」

 

「それは君が、正しく彼の歴史を継承する者だからだ」

 

 

 応えのないはずの疑問、しかしそれに答を示すものがいた。驚いて振り向いた先には、ことさらに強い輝きと、その前に現れた玉座に座る男だった。絢爛な装いにもかかわらず、後方の光のせいで彼の者の顔が見えない。

 

 

「歴史の継承? どういうことですか?」

 

「お前も見ただろう。彼の、否、彼等の駆け抜けた時間を。彼等の戦いのときを」

 

「時間? とき?」

 

「君たちがロストエイジと呼ぶ、最初の人類繁栄の時代。彼らはその時代の中で、偶然か必然か力を手にした。戦いたくなかったかもしれない、しかしそれでも自分の大切なものを護るために、これ以上人の運命をいいようにされないように、文字通り血反吐を吐きながらも戦い続けた」

 

 

 男はそう言うと、徐に「鉄の馬」を指さした。

 

 

「そのバイク、お前たちでいう『鉄の馬』は、始まりの男が使っていたもの。私が受け継いだ歴史よりも前に誕生した、真の戦士が使っていたものだ」

 

「それが何故動くのですか? ロストエイジのものなら、最早動かないことが今の僕たちの時代の常識ですよ?」

 

「新たな時代の戦士。君がなぜその力を手にしたか、何故力を求めるのか。あの人がいない今、そのバイクが代わりに聞きたかったのだろう。私が本来いないはずのこの世界にいるのも、そのバイクに宿る思念によるものか」

 

 

 玉座に座る男はゆっくりと立ち上がり、腰に妙なベルトを、そして右手に時計のようなものを発現させた。

 

 

≪ジクウドライバー!!≫

 

≪Zi-O≫

 

 

 自然じゃない声と共に、ベルトと時計が起動した。そしてその奇怪なベルトに時計をつけると、男の後方に巨大で半透明な時計針と歯車が現れる。暫くチクタク動く音を鳴らすと、男はベルとのバックルを一回転させた。

 

 

≪RIDER-TIME!! 仮面ライダージオウ!!≫

 

 

 そして再び響いた音声と共に、男に銀と黒の鎧が装着された。そして顔面にはまるで複眼の様に文字が書かれているが、ベルにはそれを読むことができない。

 しかし無言でたたずむ男を前にして、ベルは己のするべきことを悟る。腰にオルタリングを出現させ、アギトに変身する。目の前の男と違い、鎧を纏うのではなく体を変質させるもの。根本的に変身の質は違うが、目の前の男も、魅せられたビジョンの一人であることはすぐに理解できた。

 

 

「始めようか、ライダー流継承式を」

 

「……はい」

 

 

 記憶で見た彼らは苦難に立ち向かい、負けられない戦いを繰り返してきた。自分とは違い、負けることは即ち人類の負けを意味していた。その覚悟、その信念は、自分とは比べ物にならないほど強固なものだったのだろう。

 どちらから声をかけることもなく、組手が始まる。互いが拳や蹴り、掴みを放つがベルは持ち前の直感で、男は蓄積された経験によってそれらをいなしていく。しかし差は必ず出る。経験が薄いベルでは、膨大な経験を持つ男にはかなわない。それと同時に、男から流れ込んでくる歴史(きおく)によって、彼等の戦い、絶望、希望、全てを疑似体験してしまう。喜びも悲しみも、全て経験して、脳がクラッシュしそうになる。

 それによって生じた隙で、ついにベルは男のパンチで吹き飛ばされた。重い一撃に少し悶絶するが、男は回復を待ってはくれない。

 

 

≪フィニッシュターイム!!≫

 

 

 再び男がベルトを操作すると、音声と共にベルの周りにキックという文字が十二個、円を描くように形成され、一秒ごとにそれが重なっていく。状況からして、男は強力な一撃を叩き込むのだろう。それを察したベルは角を展開し、足にアギトの紋章を映し出す。やがて紋章は右足に収束し、飛び上がった男同様、全身全霊の力を右足に集める。

 

 

「はっ、タア!!」

 

≪ターイムブレーイク!!≫

 

 

 男の蹴りとベルの蹴りがぶつかり合い、まぶしい輝きが空間を埋め尽くした。光が収まると、地に伏したベルト、それを見下ろす仮面の男。ゆっくりと、しかししっかりとした足取りで身を起こしたベルは、変身を解除し、男と向かい合った。男も変身を解除すると、そこにはベルとそう変わらない青年が立っていた。

 

 

「……あなたは?」

 

「俺は常盤ソウゴ。簡単に言えば、仮面ライダージオウかな」

 

「じゃあさっきの男の人は」

 

「あれも俺だね。向こうが本当の姿だけど、こっちのほうが話し易いかなって」

 

 

 そう青年、ソウゴはにこやかに話す。そしてポケットから一つの時計を取り出した。それには「2002」という数字とアギトのライダーズクレストが描かれている。

 

 

「正しい歴史には正しい継承者を。これを、君たちの世界に返そう」

 

「でもそうしたら、貴方は」

 

「大丈夫だよ。これは世界が元に戻った後に手に入れた力。俺には、世界が分離する前に受け継いだ力があるから」

 

「……わかりました。僕が名乗れるかはわからないですが、その力を受け取ります」

 

「頼んだよ、後輩(せんぱい)

 

 

 その言葉を最後に、ベルは空間から消え失せた。

 目覚めたベルは、バイクが再び沈黙し、四人が自分をのぞき込んでいるのを確認した。バイクが動くとベルは気を失い、その場に倒れたのだという。ただ倒れて十秒も経たずに、こうして目が覚めたというわけだ。

 そしてバイクだが、全員の目の前で光り輝き、形が変化した。白い車体は赤と金に彩られ、はめられたガラスは青い発行体に変化している。極めつけは車体頭部の先に、アギトのライダーズクレストが刻印されていることだった。

 

 

「どうやら、これは小僧を選んだようだな。小僧以外には扱えんだろう」

 

「でも、いいのですか? 依頼されたものでは」

 

「まぁいずれにせよ、誰も扱えなかっただろう。小太刀とは別に金は請求するが、それほど高くない。ソロ冒険者稼ぎ一日分程度じゃ」

 

 

 結局バイクはベル専用のものとなり、今日までの整備費用だけの料金で受け取ることのになった。ポケットに入った時計には触れずに。

 

 

「そう言えば小僧、その『鉄の馬』の名は何位するんじゃ?」

 

 

 退店する際、ゴブニュがベルに問う。暫く考えたベルは、やがて一つの名前を口にした。

 

 

「トルネイダー、今日からそれが、こいつの名前です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしかったのですか? 我が魔王」

 

「うん。これがきっと、正しい選択だと思ってる」

 

「そうですか」

 

「あのウォッチは、必ず彼の助けになる。僕はそう確信している」

 

「ならばここは謳いましょうか」

 

 

祝え!!
 

時代を超え、進化し続ける力、目覚める魂の力を受け継ぐ戦士の誕生を!!
 

その名もベル・クラネル!! 

 

時代を駆け抜けた仮面ライダーたち。そのアギトの歴史と信念を、真に継承した瞬間である!!

 

 

 

 






――世界が滅びる夢をみたから。

――本当の自分自身に出会いたかったから。

――そのために彼らは旅に出た。

――人は誰も旅人であり、旅の途中である。

――その瞬間瞬間で、己で決断すること。

――その答えは未来を、絶望にも理想にも変える。

――だからいつも信じた道を走っていこう。

――目の前に道はいくつもあるけど。

――いつか全て重なり、新しい夜明けになる。

――全てを破壊し、全てを繋げ。



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18. 二つ名



――人がいない街はただの空虚な箱だ。

――自分が生まれた街が涙してほしくなかった。

――他の誰でもない、最高のパートナー。

――君と/お前と、心と体は一つ。

――1人では届かなくても、二人なら叶うさ。

――俺たちは/僕たちは、二人で一人の仮面ライダーだから。

――僕らをつないだ風を止めないように。

――街を泣かせる悪党に俺達は永遠に投げかけ続ける。

――さぁ、お前の罪を数えろ。



 

 

 ベルがレベルアップした。

 これはオラリオを震撼させる出来事となった。何故ならば、オラリオ内でのレベルアップの最高記録を更新する速さだったからである。事情を知るヘスティアとウラノス、そしてソーマとフレイヤはこの異例の速さの原因に当たりをつけていたが、他の神々はそうはいかない。何か秘密があるはずだと、次の神会(デナトゥス)で聞き出そうと意気込んでいる。これには当事者であるヘスティアは頭を悩ませた。

 ヘスティアの悩みの種はもう一つある。それはレベルアップしたベルのステータスだ。ファミリアに入ったときからスキルを発現し、レベルアップするまでに更にスキルが増えるという奇天烈なことをやり遂げたのだ。

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 ベル・クラネル

 

 

 Lv, 2

 

 

 力:I0

 

 耐久:I0

 

 器用:I0

 

 俊敏:I0

 

 魔力:I0

 

 

 

≪スキル≫

 

プロメスの遺志(アギト)

 光の力/火のエル・プロメスの系譜を示すもの。

 

目覚める魂、無限の進化(アギト)

 無限の可能性を秘めし者。

 

大地に立つもの(グランドフォーム)

 整いしもの。進化はここから始まる。「超越肉体の金」。

 

焔を宿すもの(フレイムフォーム)】 

 猛き炎のもの。その剛腕で全てを燃やし尽くす。「超越感覚の赤」。

 

嵐を纏うもの(ストームフォーム)

 鋭き嵐のもの。その速さで全てを薙ぎ払う。「超越精神の青」。

 

龍が操りし朱金の馬(アギトトルネイダー)

 戦士が繰るは絡繰りの馬。主が呼べば、時空すら超えて馳せ参じるだろう。

 

自由と尊厳の守護者(仮面ライダー)

 時代を駆け抜けた仮面ライダーたち、彼らは人の自由と尊厳のために戦った。仮令その身は死しても、ライダーの魂は不滅、彼等の遺志は受け継がれていく。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 アギトに伝わるフォームチェンジに加えて、更によくわからないスキルが発現しているのだ。否、一つはまだ理解できる。先日彼が持ち帰った、絡繰りの鉄馬のことを指しているのだろう。自分含めた神々が生まれたロストエイジに、人類が発明したものだから、非常によく覚えている。

 

 

「行きたくないなぁ~」

 

「何というか、僕のせいですみません」

 

「いや、どの道いつかは聞かれることだから大丈夫だよ」

 

「そうですよベル様。これはベル様の責任ではありません」

 

「問題はどう聞かれるかなんだよな。ロキなら二人きりで盗聴されないようにするだろうけど、他の神々がなぁ」

 

 

 自分以外の神の反応を思うと、頭が痛くなってくるヘスティア。原因の一端が自分にあると理解しているからか、ベルも申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

 

「ところで聞きたいんだけど、いいかい?」

 

「何でしょう?」

 

「この『仮面ライダー』というのは何だい?」

 

「ある戦士たちが受け継いだ称号のようなものです。その歴史は、ロストエイジにまで遡ります」

 

「そんな昔の称号が、何故ベル様に?」

 

「それは……僕にはなんとも。なんとなく想像はできますが」

 

「まぁベル君が話したくないなら、君が話すときに聞くよ」

 

 

 ホームで夕食をとりつつ、三人は他の神々にどう嘘をつかずに誤魔化すのかを話し合った。

 次の日、ヘスティアの姿は三か月に一度の神会にあった。本当なら最悪サボろうかと考えていたのだが、旧知の仲の女神ヘファイストスから、今回は参加するよう言われたのだ。彼女には以前ニート同然に世話になっていたため、今でも頭が上がらない。そのために、出たくもない神会に出席することになったのだ。

 

 

「ほんじゃあ第ン千回神会を始めたいと思います。今回の司会はウチことロキや!! よろしゅうな!!」

 

『イエ────イ!!』

 

 

 ロキの音頭と共に他の神々がハイテンションで返事をする。その様子に、ヘスティアは更にげんなりとした表情を浮かべた。表情には出していないが、隣に座るヘファイストスもうんざりとした雰囲気を纏っている。

 初めはしっかりとした会議だった。オラリオの外にある軍神アレス率いるラキア王国が、オラリオを攻める準備をしているということだそう。その対立のために、この場に集うファミリアに召集がかかるかもしれないということだ。

 戦に参加する可能性があるのは仕方がない。問題はベルをどうするかなのだ。ベルの性格上、共に戦う仲間のためならば変身することを躊躇わないだろう。しかしオラリオにいるアギト否定派の神々の目に留まれば、最悪闇討ちされるかもしれない。テオス直々に鍛え上げられたのだろうが、やはりそこは一抹の不安が残る。

 

 

「ほんじゃあ真面目な話はここまでにして、次は命名式やあああ!!」

 

『イエ────イ!!』

 

 

 再びロキの温度と共に、場の空気が一部を除いて盛り上がった。この命名式、レベルが上がった冒険者の二つ名を決める催しなのだが、神々が生まれたロストエイジでは、「痛い」や「厨二」と称される二つ名をつけられるのだ。

 このことは、下界の今の人類は知らない。そんな何千年、数万年単位で昔の基準を出されてもいまいちピンと来ないだろうし、何よりその単位で昔のことを研究しているのは、今では酔狂な研究家しかいない。

 話を戻すと、そのような「痛い」二つ名を眷属につけられるとわかっていて、喜ぶ神はいない。だから対象となった自分の眷属に、出来るだけマシな二つ名を選ぼうとするのは、自然なことである。アイズ・ヴァレンシュタインの「剣姫」などは、比較的まだまともな方なのである。

 

 

「まずはセトの所のセティっちゅう冒険者からや!!」

 

「頼む、どうかお手柔らかに……」

 

 

 最初の標的にされたセトは他の神に懇願するが、その願いを悪乗りした者たちが一刀両断する。それはこの二つ名会議では当たり前の光景であり、常識的なものがみれば狂っている思うであろう光景だ。

 

 

「冒険者セティ・セルティ、称号は『暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティングファイター)』で決定や!!」

 

『痛エエエエ!!』

 

「最早『狂宴』だね」

 

「貴方の言葉に同意するわ。狂ってる」

 

 

 盛り上がる神々とは反対に、ヘスティアとヘファイストス、それからこの後カモになる神々は、非常にうんざりとした表情を浮かべていた。

 その後も順調(?)に会議は進み、タケミカヅチの眷属である(みこと)という冒険者が「絶✝影」という何とも痛々しいものになったりとした。

 

 

「さーて今回のメインは、ドチビ、あんたのとこや」

 

「ボクのかい?」

 

「そうや。オラリオに来てまだ少ししか時間たってないのに、最速でレベルアップていうやないか。ドチビに限ってそれはないと思う、でもお前『神の力(アルカナム)』使ったんか?」

 

「使うわけないだろう? ボクはそういうチートは嫌いだ。今回のレベルアップは純粋に、ベル君の実力で成し遂げたんだよ。彼はオラリオに来る前から、相当に心身を鍛えていたんだろうね」

 

「にしちゃあおかしいんや。何か特別なスキルが出ているとしか思えへん」

 

 

 普段は飄々としているロキが、大真面目な顔と声色で、ヘスティアに質問を重ねる。加えてその疑問は他の神々も感じていたことなので、誰も止める者がいない。いよいよもって追い詰められたヘスティアは、どうしようか頭を悩ませた。

 ロキは頭が回る。初めて神話で語られた時代では、たぐいまれなる魔術の腕と狡猾さで、非常にうまく立ち回っていた。単純にゼウスの姉でしかなかったヘスティアでは、潜り抜けた修羅場の数も違う。まぁヘスティア自身も、自分の親であるクロノスに丸飲みにされたりと、なかなかに波乱万丈な生を送っているが。

 

 

「……こればかりはボクの口からは言えない。どうしても知りたければロキ、君だけがあとで個人的にボクのところに来てくれ。君にだけならと、ボクの子供と相談して昨夜決めた」

 

 

 最後の譲歩として、ヘスティアは条件を提示した。昨晩のファミリア内会議で、最悪幹部数人に正体がばれているロキにだけなら、話すことも仕方ないだろうという結論が出た。

 今の会議の状況では、ヘスティアに味方する者はいないだろう。ならばここでカードを切り、追及を逃れることも一つの手である。果たして運命は、ヘスティアに味方した。

 

 

「……なんか引っかかる言い方やな、まぁええわ。でもウチが聞いて、言うても良いと思ったら次の神会で言うで?」

 

「……それでいいよ。早く終わらせてくれ」

 

 

 ヘスティアは非常に疲れた様子で、ため息交じりにそう言った。他の神々から好奇の視線にさらされているが、最早ヘスティアはこれ以上は引かないだろうと判断し、二つ名選びに戻った。

 

 

「んじゃ気を取り直して、二つ名やな」

 

「『兎吉(ピョンキチ)』とかどうだ?」

 

「『殺戮兎(ヴォーパルバニー)』は?」

 

「やめてくれ、ボクの眷属はモンスターじゃないんだよ?」

 

 

 次々と出てくるあんまりな二つ名に、ヘスティアは辟易した態度を隠さなかった。

 

 

「『可能性の戦士(アルファ)』、なんてどうかしら?」

 

 

 そこに、非常に艶やかな声が部屋に響いた。入り口には、およそこの世界の美を組み合わせて、究極の美を体現したともいえる女神が立っていた。彼女の名はフレイヤ、その外見に違わぬ「美」を司る女神である。

 

 

「なんやフレイヤ、珍しいな」

 

「ええ、何やら面白そうなことを話してるようだからね。それで、どうかしら?」

 

 

 フレイヤの美しさにやられた神々は、例外なく彼女の案に賛成した。ロキやヘスティアなどは除いてだが。他に案も出ることがなかったため、ベルの二つ名はフレイヤの案で決定した。まぁ他の面子に比べれば、遥かにマシな二つ名だったのが僥倖だと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウチのホーム(ここ)なら誰も盗聴できん。さあ、どんな話や?」

 

 

 

 会議を終え、ヘスティアとロキはロキ・ファミリアのホームに場所を移していた。本来彼女が他の神を招くことはないのだが、ヘスティアの真剣な様相で事の重大さを察し、今回は特別に自室に招いたのだ。

 

 

「うん。ベル君だけど、彼はアレなんだ」

 

「アレ? どういうこっちゃ?」

 

「『プロメスの遺志』、それがベル君のスキルだ」

 

 

 ヘスティアの告白に、ロキは唖然とするしかなかった。プロメスは自分たち神話の神々とは別次元の存在である。プロメスを含めたエルロードとオーヴァーロード・テオス、彼らは自分たちとは異なり、その気になれば何の縛りもなく下界に降りることができる。様々な縛りがある自分たちでは、天界送還覚悟で『神の力』を開放して全力で向かっても、戦神でない限り片手間でやられるだろうことは想像に難くない。

 

 

「……冗談やないやろな?」

 

「こんなことでボクは嘘をつかないよ。それにベル君を鍛えたのは、テオス様ご本人らしい」

 

「んなアホな!? あの方はアギトを滅ぼそうとしはったやろ? それが何でまた……」

 

「ベル君から聞いたし、それに地上の子は神に嘘はつけない。加えてベル君自身に自分は『闇の力』だと明かしたそうだ」

 

「はぁ、ということは怪物祭で無双していたアギトは」

 

「間違いなくベル君だよ」

 

 

 ヘスティアの言葉にロキは頭を抱える。アギトを根絶やしにしようとしたテオスが、アギトを擁護して庇護下に置いているも同然の状況なのだ。これがアギト否定派の耳に入ればどうなることやら。最悪行動を起こした神々が、彼の者かエルロードによって存在諸共、天界からも抹消されてしまうかもしれない。

 尤もテオス自身は、ベルが死ねばそれまでの存在だったと見切りをつけるのだが、ヘスティアたちの知る由ではない。彼の配下たるエルロードたちは言うまでもないだろう。

 

 

「……前途多難やな。フレイヤのあの様子じゃあ魂覗いて知っとるやろうし、ウチだけに言うたのはええ判断や。ほんで、他にどの神が知っとる?」

 

「ボク以外だとウラノスだね。あとベル君の話ではソーマも知っているそうだ」

 

「ソーマは眷属は兎も角ソーマ自身は中立やから、その二人ならまだ大丈夫か。ドチビ、お前のことは信用しとるが、間違ってもこのことを広めたらあかんで?」

 

「無論さ。ボクも自分の子供を裏切ることはしないよ」

 

 

 





――赤子は欲しいと願って生まれる。

――明日を迎えることも一つの欲望である。

――欲望なくして、生き物は生きられない。

――だから俺は変身する。

――この手を伸ばしたいと思ったから。

――明日はいつだって白紙だ。

――だから自分の道は自分で決めよう。

――Life goes on, anything goes



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19. 二つの火の出会い


――始まったものは必ず終わりが来る。

――「今」という限られた時間。

――青春スイッチをオンにして。

――大きな夢、貪欲な毎日。

――友と階段を駆け上ろう。

――限界を自分の手で壊して。

――タイマン張って宇宙キター!!



 

 

「そうですか、ロキ様にバレたんですね」

 

 

 ベルは一つ嘆息を漏らしながら、夕食の席でそう言ちた。最善ならば誰にもバレないのが好ましかったが、それでもロキにだけにとどめたのは、ヘスティアの努力の賜物だろう。

 

 

「この際ロキにはバラしたから、君の言う四人も知っていることも伝えたよ」

 

「ええ、それは仕方ないです」

 

「それで、ロキ様はこれからベル様にどうするおつもりなんですか?」

 

「基本的には静観するそうだ。でもこの先ベル君が暴走したり、ロキの子供たちに危害を加えたら手を出すらしい。手を出す云々は、アギトの力で且つベル君から喧嘩を吹っ掛けた場合さ。無論正当防衛の場合は除いてね」

 

「……具体的には?」

 

「天界送還を代償に、君を全力で排除する。テオス様に聞いてるかもしれないけど、アギトの力は絶大だ。それこそボクのような文化系の神様なら軽く屠れる戦闘力を持つ。ベル君に自覚ないかもしれないけど、そこらの文化系神々はエルロードよりも圧倒的に弱い」

 

「まぁ、エルロードは全員最低限の武は修めてますし」

 

「そして戦神や荒神、邪神だと、低級のロードならどうにでもなるけど、エルロードとなると話が変わる。あくまでボクの見立てだけど、アテナ当たりでも五撃耐えられるかどうかだね」

 

「ロキは魔法・魔術に非常に秀でている。かつての神話で、主神の仇敵といわれるほどにね。それに策略家だから、あらゆる方法を思いつき、実践し、自爆覚悟でもアギトを潰すよ」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 

 ヘスティアの説明に、ベルは素直にうなずく。当然だ、誰が好き好んで自らの命を散らすことをするだろうか。だがロキが不安に感じるのも、ベル自身も理解している。次々と進化をしていく己の力に、ベル自信も少し悩んでいる。体に追い付かない進化、心に追い付かない進化は碌な結果を生み出さない。

 

 

「……なんとなくわかりました。ところでお二方にお聞きしたいのですが」

 

「どうしたんだいリリ?」

 

「先程から話されているロードやエルロードとは何ですか?」

 

 

 リリの疑問に、ベルとヘスティアは顔を見合わせた。ベルは当事者だから知る由ないが、ヘスティアは現在の世界の事情を失念していたことに気づく。今の時代ではアギトは辛うじて伝わっているものの、テオスやロードたちの記録は殆ど残っていない。それこそ知るのは、神々のみといっても過言ではない。

 置いてけぼりのリリに説明するべく、ひとまず全員食事を平らげることを選択したのであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 明くる朝、ベルは以前訪れたヘファイストス・ファミリアの武具店にいた。防具と武器を自力で整備はしていたが、やはりどうしてもガタは来てしまう。その修復のためと魔石になる前にモンスターを解体するためのナイフを買いに来たのだ。一通り店内を見渡したベルは、一振りのナイフを持ってカウンターに向かった。

 

 

「おう坊主!! あの武器の調子はどうだ?」

 

「こんにちは。ええちょっと整備をお願いしたくて来たんですが、製作者に会えますかね?」

 

「ヴェルフにか? あ~すまんが俺の一存ではな~」

 

 

 制作者と会うのも、さすがに自由とはいかないようである。しかしそこに一つの人影が近寄っていった。

 

 

「いいわよ。会わせてあげる」

 

「へ、ヘファイストス様!?」

 

 

 店員が声を上げた先には、眼帯をかけた緋色髪の美しい女性がいた。彼女はヘファイストス、この店を経営しているファミリアの主神である。

 

 

「……初めまして、ベル・クラネルといいます。神ヘスティアの眷属です」

 

「ああ、貴方が噂の眷属ね。で、ヴェルフとの面会だけど、私が許可するわ。ただあの子、少し気難しいきらいがあるから、そのへんは堪忍してね」

 

「ええ、わかりました」

 

 

 ナイフを買ったベルはヘファイストスの案内のもと、一つの鍛冶工房に通された。そこにはヘファイストスとはまた異なる緋色の髪をした、一人の青年が座っていた。

 

 

「初めまして、ヴェルフさんですね?」

 

「ああ。ヴェルフは俺だが、俺になんか用か? 言っておくが魔剣は造らねえぞ?」

 

「違います。今日は武器と防具の整備をお願いしに来ました」

 

「整備だぁ? そう言うのは俺のようなもんじゃなくても……」

 

 

 ベルの頼みを一度断ろうとしたヴェルフだったが、彼の持ってきた防具と武器を見た途端言葉を失った。ベルが背負っていた武器は、彼がまだまだ駆け出しだったころに鍛えた武器。存外に良い仕上がりになったのはいいが、使い手を選びすぎる性能によって、本人も認める駄作となったもの。そして防具はデザインと機能性が他の防具と比べて良くないと評価を受け、これまた駄作となったもの。

 だからそんなものを、目の前の男が整備を頼むほど使っていることが信じられなかったのだ。鍛冶師としての目でもわかる、防具や武器についている汚れや傷は、一朝一夕でつくものではない。

 

 

「あんた、それは?」

 

「使い勝手もよく、性能も非常に優れている。だからこれからもこれを使い続けたいんです」

 

 

 ベルの言葉に、しばしヴェルフは無言で考え込む。己の武具を大切に扱ってくれるのは、職人冥利に尽きるというもの。しかしだからといって今日初対面の人物を、そうホイホイと信用して仕事を請け負うほど優しい人間でもない。

 だからヴェルフは一つの質問をベルに投げかけた。

 

 

「あんたに聞きたい。強い武器を求めるのをどう思う?」

 

「求めることは間違っていないと思います。でも、自分に見合った武器を扱わないことには無意味かと」

 

「……それで?」

 

「先程の貴方の発言から、無責任な仕事をしたくないことが伺えます。武具は己の半身、己に見合うものを持って初めて全力を出せるというもの。それは魔剣であっても変わらないと思います」

 

「冒険者なら、誰だって自慢できる手柄を立てたいでしょう。でもそれは生き残ることによってはじめて為し得られる。人伝ですが、魔剣は途中で砕けることが普通なのでしょう? 主を残して無責任に砕け散る魔剣を、見合わないものに使わせるわけにはいかないのでしょう」

 

 

 ベルの話を、ヴェルフは静かに聞き続ける。先程とは変わらない仏頂面、しかしベルを見つめる視線には、明らかな変化があった。

 

 

「……分かった。そしてあんたがどういう人間かも朧気ながらな」

 

「それは良かったです」

 

「なぁあんた。俺の武具を使うってことは、俺の顧客ってことでいいなだな?」

 

「そう、なりますね」

 

「ならよ、俺と契約結んでもらえないか?」

 

 

 唐突なヴェルフの発言に、今度はベルが黙りこくる。彼が「客」という存在に固執するのは、多少ながら目星がついている。大方鍛冶師間による縄張り争いのようなものだろう。顧客がいるということは、冒険者から認められた腕を持っているということ。鍛冶師として認められることは、一人前へのスタートを切ったと同義である。

 彼の顧客となることに関しては、ベル自身もやぶさかではない。両剣もアギトのような防具も、ベルのためにあるかのようにしっくりくるし、扱いやすい。しかし彼の作品や力量を示すものは、現状この二つ以外は知らない。

 

 

「……契約は少し待ってください」

 

「まぁ、そうだよな」

 

「ええ。ですのでこの武具の整備次第で、契約を結ぶか決めます」

 

「……そんなことでいいのか?」

 

「もちろん、少し難しいかもしれない要求をしますが。それに必要な素材などは僕が工面します」

 

「いや、場合によっては『鍛冶師』スキルが必要かもしれない。俺はまだ持ってないから少しダンジョンに行かなければいけないが……」

 

 

 そこでヴェルフは口をつぐむ。スキルの発言には、本来であればレベルアップや冒険が欠かせない。しかし鍛冶を生業(なりわい)とする以上、ダンジョンに籠りきりというわけにもいかない。加えて、仮にソロで潜って腕を怪我しようものならどうしようもない。

 

 

「……なら僕のパーティーに入りませんか? 実際の戦い方も観察すれば、どんな調整をすればいいかの参考にもなるでしょうし」

 

「いいのか?」

 

「ええ。ヘファイストス様が許可されたら」

 

 

 そう言い、ベルとヴェルフは部屋で静観していたヘファイストスに目を向ける。目を向けられた彼女は一瞬表情を崩すが、すぐに真顔に戻り、口を開いた。

 

 

「まぁあなたの話は聞いてるし、今のやり取りから誠実な子であるのは分かるわ。レベルも2になっているし、上層なら大丈夫でしょうね。いいわヴェルフ、私は許可するわよ」

 

「だそうです」

 

「なら善は急げだ。明日から頼むぜ」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 

 許可を聞いたヴェルフは立ち上がり、ベルと握手を交わした。片や大柄な青年で片や小柄な少年、何の変哲もない、人間同士のただの一シーンである。しかしヘファイストスの目には何やら神聖なものの様に見えた。

 神が「神聖なもの」と形容するとは、なんたるお笑い草な話だろうと、ヘファイストス自身も思っている。しかし二人の人間、特にベルからはその小柄さからは予想できない大きな気配を感じた。

 よくよく見れば、彼の使いこまれた鎧の形といい使っている武器といい、ある存在を連想させる。一部の神々の間では忌まわしき存在と認定されている、光と火を司る神格の系譜。見れば見るほど、彼の纏うそれが彼の存在を彷彿させる。

 

 

「……まさかね」

 

 

 頭によぎった予想を、彼女は馬鹿馬鹿しいと一蹴した。ここ数百年ほど確認されていない存在が、まさか目の前の少年だとは考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──どのような存在でも、必ず試練が課せられる。

 

──そしてその内容は個々によって異なる。

 

──アギトとの戦いが、私のそれだった。

 

──ヒトの子よ、お前は何を望む。

 

──自らが忌み嫌う力を持ち、何を成し遂げる。

 

──己の運命を呪うか、それとも乗り越え己がものにするか。

 

 

 





――いつだって不安という影はあった。

――その中で、無茶をしても戦い続けた。

――流された涙を、きらめく宝石に変えるため。

――昨日今日に明日未来。

――全ての絶望を、希望の魔法で吹き飛ばそう。

――理想は常に高く、目の前で届かなくても。

――幕が上がれば最後までやりきる。

――3, 2, 1. さあ、ショータイムだ。


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20. 新たな相棒


――何処にある、どう使う?

――見ぬふりすべきか、もぎ取るべきか?

――禁断の果実をめぐる戦い

――最後の一人になるまで戦いは終わらない

――ライダー戦国時代の開幕

――「今」という風は何を伝える?

――うつむくな、顔を上げろ

――信じた道をいけ



 

 

 ヴェルフのパーティー参入が決まった翌日早朝、いつものように『豊穣の女主人』の前を通って広場へと向かう。到着すると、すでに防具と身の丈に迫るほどの体験を携えたヴェルフが待っていた。ベルたちに気づいた彼は元気よく手を振ると、待ちきれないとでもいうようにベルとリリに駆け寄った。

 

 

「よっベル、今日はよろしく頼むぜ」

 

「うん、お願いするねヴェルフ」

 

 

 駆け寄ったヴェルフとベルは互いに握手を交わす。しかしリリはその二人に対し、不審に思っている視線を向ける。

 

 

「ずっと怪しいと思っていたのですが、やはりあなたは()()『クロッゾ』ですか?」

 

「あの?」

 

「ベル様、知らないのですか? かつて強力な魔剣を打つことで知られた鍛冶一族がありました、それがクロッゾです。ですが、ある日を境にその能力を全て失い、今では完全に没落したと聞いてますが……」

 

 

 そこでリリは言葉を切り、ヴェルフを見つめる。しかしヴェルフは、哀しそうな眼をしながらも苦笑を浮かべる。

 

 

「ああ…………ただの落ちぶれ貴族の名だ。でも、今はそんな事どうでもいいだろ?」

 

「ですが……」

 

「リリ、この話はここまでにしよう。それよりも、ヴェルフがどの程度まで戦えるかわからないから、とりあえず今日十一階層までにしようか」

 

「……はぁ、わかりました」

 

 

 話を強制的に終わらせ、本来の目的であるヴェルフのレベル上げとベルの戦闘データ収集のために、三人はダンジョンに向かった。道中何回か小規模なモンスターの群れに出くわしたが、ベルの小太刀とリリのボウガン、そしてヴェルフの大剣によって難なく撃破された。そして当初の予定通り辿り着いた十一階層。そこで出てくるモンスターをはじめはヴェルフがメインで討伐し、他二人はサポートに努める。

 暫く討伐を繰り返したところで、一旦ヴェルフは休憩となる。余り続けて事を成してもヒトは成長しない。適度に働き、適度に休み、適度に食べてヒトは効率的に成長するのである。

 

 

「じゃあリリ、しばらく僕一人で戦うからヴェルフと一緒に見てて」

 

「はいです」

 

「ヴェルフはよく見ていてほしい。新しい武器を作ってもらうための参考になると思う」

 

「応よ、任せろ」

 

 

 素直に返事したヴェルフに少し笑みを浮かべ、ベルは視線を鋭くしながら目前に迫ってきたオークやインプの群れに向かう。偶然か彼等が狙ったのか、ベルがいたのは広い空間だった。それは彼が、人の姿で十全の力を発揮するに十分な広さをほこっていた。

 長く息を吐いたベルは腰に小太刀を収め、代わりに主武装の両剣を取り出す。初めから両端の刃を展開し、一振り二振り体の周囲で回した後、体の前方で水平になるように片手で持つ。

 

 

「ギャアアアア!!」

 

 

 オークの一人が叫ぶと同時に、全てのモンスターがベル一人に向かって襲い掛かっていく。

 

 

「はああああああ!!」

 

 

 対するベルも猛るように声を上げ、両剣を操ってモンスターをさばいていく。モンスターの攻撃を紙一重でかわしていき、返す刀で相手を切りつけていく。時折両剣を投げてはブーメランのように絶妙に手元に戻し、遠方のモンスターも倒していく。そんな様子を、ヴェルフは見逃すまいと、食い入るように見つめていた。

 気が付けばベルは両剣を片手で持ち、もう片方の手には小太刀を握りしめ、異質ともいえる二刀流で大立ち回りを繰り広げていた。猛る業火のようでありながら、清廉な疾風のような動き。「静」と「動」という二つの矛盾を見事に長所を潰さずにあ併せ持ったスタイルに、ヴェルフは勿論のこと、リリも呆然とした表情で見つめていた。しかしヴェルフの目には驚喜の色が濃く浮かび、爛々とその瞳を輝かせていた。

 

 

「セヤあッ!!」

 

 

 最後の一振りとでもいうように、ベルは体と共に両手の武器を回転させると、この場にいたすべてのモンスターが魔石へと還った。気が付けばベルの周りには、大小様々な大きさの魔石が散らばっていた。

 

 

「……ふう。どうかなヴェルフ、参考になった?」

 

「ああ、バッチリだぜ!!」

 

「じゃあ今日はもう帰りましょう。十分魔石も集まりましたし、ヴェルフ様もイメージが残っている間に作りたいでしょう?」

 

「そうだな。じゃあ行くか」

 

 

 満場一致で今日は帰還することになり、ベル一行は魔石を残さずに集めて地上に帰還した。因みに彼等が持って帰ってきた魔石の換金額は均等に三等分され、それぞれに渡された。結果的にヘファイストス・ファミリアの取り分は低くなってしまうが、それは武器製作費を支払うことで交渉済みである。

 帰還後、すぐにヴェルフは自分の工房に戻り、武器制作にかかった。武器を鍛えるには相応に時間がかかる。特に彼の場合、武器とは使用者の唯一無二の相棒という考えを持っている。そのため、振り下ろす鎚の一振り一振りに、全身全霊の魂が込められていた。

 そしてダンジョン攻略から二日後、ベルは彼の工房に呼び出された。

 

 

「できたぜ。こいつがベルの新しい武器だ」

 

 

 そう言い、ヴェルフは卓上の布を取り払った。布の下から姿を現したのは、鍔部分に紫の水晶が嵌められた打刀ほどの大きさの片刃剣が二本。それぞれが銀色の輝きを放ちながら、己を扱う主人を今か今かと待ち構えていた。

 

 

「これは……」

 

「ああ、昨日までの武器は確かに強力だが、どうしても両方の鍔部分が脆くなってしまう。折り畳み式にしている分、その結合部が使うたびに、整備でも誤魔化せないほど壊れやすくなるんだ」

 

「あれ? でも今回は両剣じゃないんだね」

 

「それなんだけどな、柄頭を見てみろ」

 

 

 ヴェルフに言われた通りその部分を見ると、普通は何かしら装飾が付いている部分に別の機構がついている。そして更によく見れば、二本の刀で組み合わせられるようになっている。

 

 

「気づいたようだな。そう、こいつはベルの主武器の両剣にもできる。前までと違って刃も長くなっているし、持ち手も短い。だけど今までよりもリーチ変更が簡単だし、小太刀との二刀流もやり易いだろうということでこれにした」

 

 

 彼の説明を聞きながら、実際に武器を手に取って何度か振ってみる。彼の言う連結後の両剣形態や二刀流、更には逆手や一本を両手持ちしたときなど、あらゆる持ち方で刀を振るい、その扱いを吟味した。気のせいか、水晶が仄かに光っているようで、ベルの手にも不思議と馴染むものであった。そして彼は一つの結論を出す。

 

 

「……気に入ったよヴェルフ。是非これを使いたい」

 

「そう来ると思ったぜ。ところで何かつけてほしい装飾とかはあるか? これはあくまでベースの物で、後から強度に問題ない装飾をつけられるが」

 

「う~ん……あっならこういうのは出来る?」

 

 

 ベルの提案にヴェルフは一瞬驚くも、快く了解を示した。次の日、ダンジョンに向かうベルの背には二本の刀がベルトで固定されており、刀身の背に追加された紅の装飾と鍔の紫の水晶が、朝日を受けて輝いていた。

 

 





――雲の切れ間から手招きする空

――プレッシャーをぶっ壊してアクセルを踏み込め

――「でも」「だって」「だけど」

――そんな言葉を吐いたら行き止まりさ

――仮令心が止まりかけても

――彼の脳細胞はトップギアで回る

――この男、刑事で仮面ライダーだから

――OK!! START YOUR ENGINE!!


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21. 責務と業 / 暗雲


――何故生まれてくるのかわからない

――でもいつか見つけて新しい時代に漕ぎ出そう

――人は死ぬ、君も俺も必ず死ぬ

――人生は誰もが一度きりだから

――思いのままに生き抜こう。

――同じ時代に生まれてきた仲間たちよ

――命、燃やすぜ!!




 

 

「里帰りがしたい?」

 

 

 オラリオのとある場所にある廃教会に、女性の声が響いた。時刻は夕方を過ぎ、夜の帳が降りているころ。廃教会でも他の例にもれず、住人は夕食をとっていた。

 そんな中、ベルはヘスティアに自分の故郷に一度戻りたい旨を話したのだ。突然のベルのお願いに、ヘスティアもリリも困惑するばかりである。

 

 

「唐突にどうしたんだい、ベル君?」

 

「ええ、ちょっとボクの育ての親に聞きたいことがありまして」

 

「聞きたいこと、ですか?」

 

「うん。おじいちゃんに『仮面ライダー』について聞きたくて」

 

 

 ベルの言い分としてはこうだ。なんでもベルの育ての親、義祖父は英雄や伝説に非常に詳しく、ベルが小さいころから古今東西の様々な話を聞かせていたという。その義祖父ならば、ヘスティアも知らぬ『仮面ライダー』についても知っているのではと考えたのだ。故郷からオラリオまでは相応に時間はかかるが、トルネイダーを得た今ならば、やろうと思えば日帰りも可能になっている。

 

 

「う~ん、たしかにボクでは『仮面ライダー』についてはそんなに知らないし」

 

「でしたらリリが同行しましょうか? それならベル様も一人にならずに安心でしょう?」

 

「なっ!? ボクを差し置いてベル君と二人きりなんて、そんなことは許さないぞ!!」

 

「いいじゃないですか少しぐらい!! 知ってるんですよ、ヘスティア様がベル様にいつもその無駄に大きい胸を態と押し付けてるのを!!」

 

「無駄とはなんだ無駄とは!! これも男を落とす立派な武器なんだぞ!!」

 

 

 唐突にベルを無視しながら始まったヘスティアとリリによる口喧嘩。実はこの光景は廃教会において既に日常となっており、初めは戸惑って何とか仲裁しようとしていたベルも、あきらめて無視することにしたのは早かった。

 さてそんなこんなな夕食風景となったが、結局ベルが一人で故郷に戻り、長くても3日でオラリオに戻るということで話は落ち着いた。幸いにしてリリの加入によって魔石も多く集めることができ、ファミリアの収入も増えている。そのため、3日ほど攻略に赴かなくても、ファミリアの財政が傾くということはほとんどない。高額な買い物や浪費が無ければいいが、そこはリリに任せておけば安心だろう。

 というわけで翌日の早朝、オラリオ城壁外に移動したベルは、トルネイダーに跨って猛スピードで出発した。

 

 

「……ヘスティア様」

 

「……なんだいリリ君」

 

「なんだか嫌な予感がするです」

 

「君もか。ボクも嫌な予感がするよ。まるでかつて親に食べられたときみたいな、嫌な胸騒ぎだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじいちゃん、ただいま」

 

「ほっ!? どうしたというんじゃ、ベル!!」

 

 

 村に見たこともない乗り物に乗って帰ってきたベルに、村人はおろか義祖父も驚愕に目を見開いていた。そんな懐かしい面々の様子に苦笑いしながら、ベルは義祖父へと足を進めた。

 

 

「久しぶり、おじいちゃん。元気そうでよかった」

 

「ああ、元気じゃが。ベル、その乗り物は……そうか」

 

 

 義祖父は一瞬乗り物に目を向けたが、それだけで何かを察したらしい。家の中に招き入れ、ベルのためにお茶を用意する。変わらぬ祖父の味に安心のひと時を甘受するが、お茶を飲み終えたベルは顔を引き締めた。

 

 

「おじいちゃん、今日は聞きたいことがあって帰ってきたんだ」

 

「……さて、どのようなことかのう」

 

「おじいちゃんは知ってる? 『仮面ライダー』と呼ばれた人たちのこと」

 

 

 ベルの問いに、彼の義祖父は暫く瞑目した。「仮面ライダー」と呼ばれた者たち。彼の義祖父は知っているか否かを問われたら、知っていると答えるだろう。しかしどこまでを話すか、どの部分を話すまいかについて判断に迷うところである。ベルがアギトに目覚めたときからおよそ覚悟は決めていたが、果たして彼に「仮面ライダー」の業を背負う覚悟があるのか。それが彼の義祖父としては気になるところである。

 

 

「……おじいちゃん。僕は一応ライダーと呼ばれた人たちの記憶を見ている」

 

「何じゃと?」

 

「そしてその時に、あのバイクとこれを受け取ったんだ」

 

 

 そういい、ベルはポケットからアギトライドウォッチを取り出し、義祖父に見せる。ウォッチを見ると、明らかに義祖父の纏う空気が変化した。驚愕、あきらめ、決心。それらが綯い交ぜになったような複雑な表情を浮かべている。

 

 

「それを持っておるということは、会ったのじゃな?」

 

「うん。ソウゴさんが僕に、この世界に返すって」

 

「自ら赴き、託していったのか。そしてそのバイクは……」

 

 

 そこで言葉を切った義祖父は、ついとバイクに目を向ける。するとトルネイダーは一瞬だけ輝き、大元の白い機体になり、再びトルネイダーへと戻った。そして一連の行動から、ベルも自身の義祖父について一つの確信に近い仮説を立てていた。彼は人ではなく、降りてきた神の一柱ではないかという仮説を。

 しかし彼が何者であろうとも、彼に対する態度は変わらない。仮令神の一柱であっても、彼はベルにとっては育ての親であり、大好きな義祖父なのだから。

 

 

「わかった、話そう。『仮面ライダー』というのはな……」

 

「ゼンさん、大変だ!! 見たことない怪物たちが多数押し寄せてる!!」

 

「なに!?」

 

 

 しかしそこで待ったがかかった。駆け込んできたのは、村で農業を営んでいる若者。ベルにとっても兄貴分に当たる男だったが、尋常ではない焦り浮かべて家に駆けこんできたのだ。

 

 

「あっベルもいるのか!! ちょうどいい、手伝ってくれ!!」

 

 

 そう言うと若者は返事も聞かず、農具を持ったまま駆け出していった。

 

 

「……どうやら話はお預けのようじゃ。ベル、いくかの?」

 

「うん、放っておけないよ」

 

 

 立ち上がったベルは己の武具を背負い、若者に続いて家を飛び出していった。その様子を苦笑いしながらも、両手斧を持って彼の義祖父を家を出た。自分たちの暮らしを守るために、村が一丸となって脅威に立ち向かわんと血気だつ。

 しかし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――素晴らしい、素晴らしいぞこの力!!

――これこそ、私にふさわしい力だ!!

――手始めにあの村に襲撃をかけようか。

――聞くところによると、あの村にはあの人がいるらしいからね。

――下手に動き出す前に、こちらから叩いておかなければ。

 

 





――下手な真実なら知らない方がいいだろう。

――それでも何故、ここまで遠くに来たのだろう。

――未知の領域、神々が与えし試練。

――その答えはこの手の中に。

――心が高鳴り、導く場所へ駆け抜ける。

――誰も自分を止めることはできない。

――ノーコンティニューで運命を変えろ!!



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22. 逆鱗


――今夜も一人で足跡をたどる

――君が笑顔で待っているだろうから

――誰かを助け、救って、抱きしめて

――心に触れて、未来へつなごう

――奇跡と偶然、太陽と月、光と闇

――光であろう、一つになろう

――二つのボトルでベストマッチ

――Are you ready(覚悟はいいか)? さあ、実験を始めよう




 

 

 目の前にてうごめいている軍勢。全員が別々の服を着てよたよたと覚束ない足取りをしてたが、ある一つの共通点があった。

 

 

「おじいちゃん、あの顔……」

 

「アナザーアギト……そのなり損ないか、無理やりアギトに覚醒させられたか」

 

「元に戻るの?」

 

「自我があるならまだしも、あれはもう無理です。アギトの力は諸刃の剣、一度飲み込まれれば中々戻れない」

 

「テオス様……」

 

「ましてやベルのように覚醒しているわけでもない。戻るのは絶望的でしょう。せめて痛みを感じさせることなく、黄泉に送るのが今できることです」

 

 

 いつの間にかベルの隣にいた存在、オーヴァーロード/テオスにそう説かれ、ベルはうつむく。その間にも、刻一刻と村の境界線に不完全なアギトの集団が寄ってくる。

 戦いは時に非情になる必要がある。命の奪い合いが始まる時、敵の命を気遣うことは命取りになる可能性もはらむ。ダンジョンに潜っていれば、否が応でもその認識が身につく。しかし、それはあくまでも対モンスター限定での話だ。残念ながら、オラリオに住まう殆どの善良な住民は、冒険者も含めて対人戦闘を命がけでやったことはない。そしてそれはベルも似たり寄ったりだ。

 

 

「ベル、お前は優しい子だ。だがその優しさは、今回貴方を邪魔している」

 

「……」

 

「情けは捨てなさい、ベル。今は命を絶つことが、彼等への救いだ」

 

 

 テオスの言葉にベルは歯を食いしばった。助かるのなら、この手を伸ばして届くのならどれだけよかっただろう。思うとおりに、助けたい存在を助けたかったらどれほどよかっただろう。

 拳を握りしめたまま、ベルは顔を上げる。よく見れば、幼いころに自分に良くしてくれたものも敵集団に交じっている。顔は変化していても、つい数か月前まで同じ集落で過ごしていた家族を忘れられようか。

 この事態を引き起こした元凶にベルは怒りを禁じえなかった。

 

 

「……変身!!」

 

 

 始めからストームフォームに変身し、ストームハルバードを展開して構える。一対多の戦場では、剛力と超感覚のフレイムフォームよりも、俊敏と範囲攻撃を得意とするストームフォームの方が都合がいい。目の前の集団を一掃するのであれば、これほど調度良い戦闘能力はない。

 しかしそれは、あくまでも俯瞰してみてから判断できるというもの。今回はベルは個人的な感情によって、直接ストームフォームになることを決めたのだった。それは一刻も早く彼等を開放したいという、もうこれ以上苦しませたくないという感情だった。

 

 

「スウウウウウゥゥゥゥゥゥ……」

 

 

 ストームハルバードを構え、腰をかがめる。脚部には限界まで力が籠められ、その影響か足が若干地面にめり込んでいた。次の瞬間、テオスの隣にいたベルの姿は消え、前方の集団の中心で大きな地鳴りが響いた。迎撃しようとしていた村の者たちは、突然の轟音と弱い地震に驚き、ほとんどのものが尻餅をつく。

 何が何だかわかっていない村人たちをしり目に、ベルは次々と、顔がアギトのように変わってしまったヒトたちを切り裂いていく。切られたヒトらは、うめき声を上げ乍ら倒れ伏し、小規模な爆発と共にその身を散らしていく。その様子がまた、ベルの悲しみを増していく。

 

 

「……ベル」

 

「今は耐えなさい。只人よりも弱いあなたでは、知恵を授けられても戦えない」

 

「しかし……!! いえ、おっしゃる通りです」

 

「これはベルにとっての試練と同じ。いえ、知己をその手で葬らねばならない分、津上翔一よりも過酷でしょう。もう一度言います、今はこらえなさい、全知全能の柱(ゼウス)

 

 

 テオスの言葉に義祖父、否、ゼウスは言い返すことができず、うつむくしかなかった。しかしそれは刹那の間、再び顔を上げた彼は、決して見失わぬようベルに視線を向けた。

 村の人口の何十倍もあろうかという軍勢は、その八割の数を減らしていた。しかしそれでも村びとの何倍もの成り損ないがおり、ジリジリと村に向かって、足が覚束ないながらも歩みを進めている。

 

 

「ふう、ふう、ふう……ハアアアアア……」

 

 

 一騎当千の強さを見せるベルも、これほどに敵を蹴散らす戦いは初めてであり、スタミナと精神を削られていた。加えて自分が切っているのがかつての知己というのもあり、精神面に対するダメージは察するに余りあるだろう。

 だが今の彼の戦場に近寄ることは、残った村人たちにとって自殺行為に等しい。ベルが変身でき、オラリオに行くまでに度々村を救っていたことで彼を拒絶する者はいないが、それでもベルの戦闘力についていける者はいない。オラリオにおいても、変身したベルに合わせて動けるものは何人いるだろうか。少なくとも、高レベルの冒険者で且つ「神の恩恵(ファルナ)」とは別に素体の能力が高くない限り無理だろう。

 

 

「ハァァァァァァァ……グウ……」

 

 

 更に残りの半分に数を減らしたとき、ベルに異変が起きていた。元々真っ赤であった双眼は点滅するように輝き、その時金茶のような色に変化している。彼の肉体も、蒼く細身の肉体ではありえないほどの剛力を発揮し、集団を切ると同時に力押しで吹き飛ばしてもいる。その時異様に腕や体の筋肉が盛り上がり、ハルバードを振るった軌跡にわずかに火花を幻視しているようだった。

 極めつけは彼のベルト/オルタリングである。青に輝いていたはずの賢者の石も点滅を繰り返し、紫紺に色を変えると同時に、それを囲むように三本の真っ赤な爪のようなものが伸び始めている。

 

 

「テオス様……あれはもしや」

 

「……正直私にも想定外です。もうひと段階踏んで至ると思ってましたが」

 

「それではあの形態は、まさか津上翔一独自の?」

 

「その可能性が高いでしょう。証拠にこの時代まで、三位一体の戦士は現れなかった。ベルならと思いましたが、まさか……」

 

「ではあれは……」

 

「……」

 

 

 ゼウスの問いに黙して語らぬテオス。しかしその目はまっすぐにベルを見つめており、彼の手の甲には彼とエルロードたちにしか読めない紋様が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暴走する?」

 

「そうだよ。アギトの力は絶大にして無限であり、また無色でもある。無色ということは、何色にも染まるということ」

 

「それは……」

 

「君の想像通りだよリリ君。アギトは善にも悪にも染まり得る」

 

「しかし私たち小人族にはそのような話は……」

 

「それは偶々さ。ロストエイジよりもさらに前、テオス様と光の力による天地創造から数えれば、悪に染まって暴虐を行ったアギトは数知れない。そしてそんなアギトに対抗できるのは、同じアギトかエルロードたちのみさ」

 

 

 ヘスティアの話に、リリは動揺を隠せなかった。かつてアギトとして覚醒した者たちは、己の力に苦悩したことは書物として残っており、最低限のことは誰もが知っている。だがそこは伝記としての短所が出たのか、力に吞まれた存在に関してはほとんど闇に葬られ、書物や口伝では厄災としか語られていなかった。

 そしてその「厄災」に至る危険性を、あの優しいベルもが孕んでいるという。彼の力に対する姿勢を少なからず知っているために、リリにはこの話が信じられなかった。

 

 

「ボクも信じたくはないさ、ベル君がそんな存在になり果てることをね。でも、可能性はゼロじゃない。ゼロじゃないということは、何らかの切っ掛けでその少ない可能性を引き当ててしまうことがあるんだ」

 

「ベル様が……そんな」

 

「切っ掛けはそれこそどこにでも転がっているものさ。彼にとっての逆鱗が何なのか、それを知らないのが歯痒いよ」

 

 

 机上に肘をつき、両手を口の位置で組みながら、ヘスティアは悲しげにそう語る。その様子を見て、リリは否が応でも理解せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぐっ、フウウウウウゥゥゥゥゥ」

 

 

 少しずつ動きが遅くなり、武器の振り方も大振りとなる、そしてフレイムフォームよりも更に強力な力が沸き起こり、ベルの内側が灼熱に燃え上がるような感覚をおぼえる。

 今まで感じたことのない戦闘意欲と破壊衝動が生まれ、全神経をもってそれを抑えようとするも、なかなかに上手くいかない。ようやくすべてのヒトを還したときには、既に意識が朦朧としていた。

 

 

「やはり不完全なゴミでは話にならんか」

 

 

 そんな中、新たな声が戦場に響いた。はっきりとしない意識の中でも顔を上げると、目の前には一人の青年が立っていた。赤錆色の全身を覆うプレートメイルに、太陽の光を反射させて金色に輝く髪、どんなに低く見積もっても、上の中に入るだろう美貌を持つ顔の青年が、剣を肩に担ぎながらベルを見下ろしていた。

 

 

「……貴様が元凶か、我が愚息アレスよ」

 

「お久しゅう、父上。まだしぶとく下界にいたのですね」

 

「白々しい、儂と分かっていて襲撃したのだろう」

 

 

 義祖父の表情は憎々しげに歪んでおり、対するアレスと呼ばれた青年/神は楽しくてたまらないという表情で全員を見下していた。

 

 

「まぁいい。今回は前哨戦だから大した痛手じゃない。なに、素材はいくらでもある」

 

「素材……だと?」

 

 

 ベルは耳を疑った。彼が今戦った軍勢、それらは総て、アレスによって人為的に作られたという。加えて目の前の男はそれを素材とのたまった。

 

 

「この力は素晴らしいものだ!! これさえあれば、下界降臨の縛りさえ振りほどける!!」

 

 

 そう言って取り出したのは、真っ黒な色の妙な形をした時計だった。そしてそれと似た形の時計を、ベルはその身に持っている。

 

 

《AGITO!!》

 

 

 スイッチを押すと同時に鳴り響く音声。しかしその音は、時の王より受け継いだものよりも邪悪で、濁ったものだった。アレスはそれを自らに押し当て、果たして濁った黄金の色を湛えた異形へと姿を変えた。

 双眼は真っ赤な水晶体となり、その内部に更に吊り上がった眼球がはまっている。口元は尖った歯が並んでおり、食いしばるように横に広がっている。

 極めつけはその体に書いてある文字で、「AGITO」「M.A1015」と書いてあること。数字から察するにロストエイジに奪われたのではなく、神話時代に入ってから奪われた力であることが伺えた。ということは、誰かが目の前のアナザーウォッチのために利用されたということである。

 

 

「貴様……いったいどれだけの人間を」

 

「うん? 何を言ってるんだお前。この力は人間には過ぎたモノさ。これは俺のような存在にこそ相応しい!! そしてそれを態々使ってあげたんだよ?」

 

「使ってあげた? ふさわしい?」

 

 

 最早ベルは正常な思考をできるほど、精神を持たせていなかった。だから己に湧き上がる感情を制御することもできない。沸々と、沸々と湧き上がる激情に抗うことすらできない。

 

 

「まったく嫌になるよ。こういうおもちゃは人間が持っちゃいけないんだ。プロメスだか何だか知らないけど、人間は俺たち神様の言いなりになっていればいいのさ!! だから彼らは感謝すべきなんだよ、この僕の実験に役立ったのだから!!」

 

 

 そう言い高笑いをするアナザーアギト/アレス。完全にベルから意識を外しており、彼に生じた変化に気づいていない。だから突然自分が吹き飛ばされたことに頭が追い付いていなかった。

 ようやく周囲に意識を向けたとき、アレスは己を殴り飛ばした存在を知った。先程まで地面に膝をついていたアギト、それが肩で息をしながら拳を突き出していた。その拳が殴ったのは、間違いなくアレスの頬。証拠に彼は顔に尋常ではない痛みを感じていた。もしウォッチを使っていなければ、その一撃で頭部をふき飛ばされていただろう。

 

 

「ふう、ふう、うおおおおおおお!!」

 

 

 一つ雄たけびを上げたアギトは、オルタリングの両脇のボタンを一気に押し込んだ。すると彼を中心に真っ赤な輝きが発生し、同時に熱風が吹きすさぶ。アレスは一瞬目を覆うが、すぐに目の前の存在に慄くことになった。

 真っ赤な双眼は金に輝き、頭部の黄金の角は真っ赤に染まって大きくなり、三対六本に増えている。特筆すべきは肉体であり、今までの細身の体とは異なり、筋骨隆々な真っ赤な肉体になっている。胸部中央のワイズマンズモノリスは黄色く変化し、そこからエネルギーが炎状に変化しながら全身に張り巡らされている。オルタリングの賢者の石は紫になり、それを包み込むように真っ赤なドラゴンズネイルが生えている。

 

 

「ベル……お前……」

 

「恐れていたことが起こりました。最後の引き金を、まさか彼が引いてしまうとは」

 

「オオオオオオオアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 三柱の神が見つめる先、そこには獣のように天に向かって叫ぶ、一人の竜人がいた。

 

 

 

 

 

──ステイタス更新

 

 

 

──スキル:【&え■$業―@もの】

 

 





――誰のための夢か、何のための夢か

――過去の意志は、嘘では欺けない

――重ねた痛み、刻んだ誓い、流星追う軌跡

――果てなき旅路を最後の一秒まで駆け抜けろ

――時の雨をすり抜けて

――絆結んだ未来を超えて

――俺は仮面ライダーの王となる

――祝え、新たな王の誕生を


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23.過去の意志


「ウッ!?」

「どうしたの、翔一君?」

「この……感覚は……」

「ちょっと、大丈夫!?」

「ダメだ……のまれてはだめだ!!」

「おい!! どこに行く、翔一!!」




 

 

「オオオオオオオアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 幾人もの人間が見守る中、紅の竜人は尚も雄叫びをあげ続ける。最早獣やモンスターとも取れる彼の行動に、テオスは無表情ながらも悲しげな視線を送っていた。アギトはその特異性から、力に飲み込まれるか恐れ自害するのが殆どであり、途中で進化が止まったとしても、正気を保って人のために戦う者の方が珍しい。

 一抹の希望を持って手ずから鍛えてはみたものの、ベルもまたその大多数の中の一人になるのだろうか。

 

 

「な、何なんだ……貴様はいったい何なんだ!?」

 

「ヴゥゥゥゥゥ……」

 

「これは……引いた方が良さそ……」

 

「ダァアッ!!」

 

「へブロアッ!?」

 

 

 突然の変化にアレスは撤退しようとしたが、だが竜人がそれを許さない。ストームフォームよりも鈍重になったが、しかし人のそれをはるかに超越する速さで再びアレスの頬を殴り飛ばした。

 その殴られた後は先程までと違い、高熱で焼かれたような火傷を負っている。そして殴った竜人の拳からは、煙が幾筋か立ち上っている。

 

 

「何故、何故だ!? 俺はアギトの力を持ち、戦神の力を更に超えた次元にいるのに!? なのになぜだ!?!?」

 

「ヴゥゥゥゥゥァァァァ……」

 

「来るな……来るなくるなクルナああああ!?!?」

 

 

 余程の恐怖だったのか、自分の絶対優位を信じて疑わなかった先程と違い、顔面を引きつらせながらアレスは走り出した。だが竜人はそれを逃さない。自身に出せる最高の速さでアレスに追いすがり、再び殴り飛ばす。そして起き上がる前に近寄っては殴り飛ばし、近寄っては殴り飛ばしを繰り返し、アレスが逃げないように本能的に動いていた。

 

 

「は……はふへ……(た……たすけ……)」

 

 

 最早満身創痍のアレスだが、それでもアナザーライダー化は解除されていない。それをみた竜人は自然右拳を胸の位置で構える。すると炎のようなエネルギーが右手に集まり、皮膚の溝には溶岩が流れるように赤い輝きが張り巡らされる。

 

 

「ひぃっ!? や、やふぇ……!?!?」

 

「ハァアッ!!」

 

 

 アレスの制止もむなしく、竜人の拳打は正確にアレスの鳩尾をえぐった。今日一番に吹き飛ばされたアレスは、空中で放物線を描きながら、アナザーライダーから元の青年の姿へと戻った。ただしダメージは蓄積されており、それを示すかのように彼の鎧はボロボロに壊れており、そこから見える体のあちこちに見るも痛々しい青痣がのぞいていた。

 そして彼をアナザーライダー足らしめていたウォッチは空中で排出され、そのまま粉々に砕け散っていった。これでウォッチに封じられた力は元の持ち主に返されたのだろうが、それが善人か悪人かはわからないだろう。運がいいのか悪いのか、アレスはウォッチがあったから天界送還されずに済んだのだった。

 

 

「フウウウウウ……」

 

 

 ウォッチの破壊を確認した竜人は、しかしそれでも尚先程よりもゆっくりとした足取りでアレスに近寄る。気を失ったアレスはそれに気づくことなく、このままではアレスは天界送還の前に存在ごと竜人に殺されてしまうだろう。

 流石にそれは看過できないと、テオスの制止も聞かずにゼウスは走り出した。自分の愛しき孫が変身しているのは、間違いなくアギトの暴走形態。人類史上唯一光輝に目覚めた彼も、持て余し制御に苦心した力である。

 

 

「ベル!!」

 

「……」

 

 

 ゼウスは後ろから彼に近寄り、羽交い絞めにするように孫に組み付いた。しかしそれも障害とすら思われていないのか、無視して竜人はアレスに足を進める。それでも、非力な身なれどゼウスは必死に足を踏ん張った。

 

 

「ベル!! 飲まれてはならん!! お主は何のために戦っていたのじゃ!! 何故ウォッチを託されたのじゃ!!」

 

「……?」

 

「お主の受け継いだものはなんだ!! 『仮面ライダー』の名は、怒りで忘れてしまう程度のものなのか!? 思い出せ、ベル!!!!」

 

「ラ……イ、ダー……」

 

 

 目の前で繰り広げられた光景に、村人たちは愚か、テオスですら驚きに表情を変えた。万が一に備えて彼の柱の隣に侍っていた水のエルも、驚きに身を動かせずにいた。

 周りの目も気にせず、ただただ怒りと本能のままに力を振るっていた竜人が、たった一つの言葉で歩みを止めた。あまつさえ、唸り声や雄叫び以外上げなかったのが、拙いながらも言葉を発したのだ。

 

 

「う、ウグァアア……」

 

「ベル、戻ってこい。お主はここで終わっていいものではない」

 

「あ、アアアアアアアア!?!?」

 

 

 唐突に叫び始めた竜人は背中の老人を跳ね飛ばし、頭を抱えながら悶絶し始めた。のたうち回り、時折地面に頭を打ち付け、懸命に何かに抗うように叫び続ける。

 その時彼の体から、金色の何かが落ちた。先程アレスの使っていた物よりも、より流麗でより神々しい意匠の時計が、竜人の側で黙して置かれている。老人は何かを察したのだろう、咄嗟にその時計を手に取ると起動し、目の前の竜人に押し当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっがぁ、あああ……」

 

 

 全身が焼かれるような痛みを感じ、夢中になって全身をかきむしる。アレスの言葉を耳にしたとき、ベルはとうとう意識を手放した。が、精神世界において彼の思考は続いていた。

 日課の瞑想をしているときは、彼の精神世界は凪いだように静かである。ウユニ塩湖のように見果てぬ地平線があり、明るくもなく暗くもない、まばらな雲の浮かぶ空を鏡写しにした水面。波紋一つ絶たないその凪いだ世界は、彼が暴走を始めると同時に常闇に覆われ、彼を中心にして業火が燃え盛った。

 心の中なのに、只管にのどが渇く。肌は直接燃やされているように熱く痛み、一層のこと殺してほしいとも願ってしまう。

 

 

「あ……あ……」

 

 

 どれほど時間が経ったのだろうか。最早現実同様、ベルの自意識はほとんど失せていた。地に倒れ伏し、燃やされるがままになっている。先程までは何とか体を制御しようと模索してはいたが、その意欲すらもわいてこない。

 それでも何故か、彼の腕は起き上がろうと地面を押し、彼の足は立ち上がろうと弱弱しく踏ん張ろうとしている。

 

 

「……それでいいんだ。諦めちゃいけない」

 

 

 

 ベル以外いないはずの空間、しかしそこに聞き覚えのない声が響いた。驚き、首だけでもとその声が聞こえた方向に顔を向ける。その方向からは、今の時代ではありえない服装に身を包んだ青年が、炎をものともしない様子でベルに向かって歩いてきていた。

 一件動物の革で作られたように見えるグローブは、よく見れば自然界には存在しない材質で奇妙な模様と色で彩られている。彼の纏う上着やズボンも、羊毛や絹、麻ではない材質なのが見てわかる。恐らく、いや確実にロストエイジの科学技術によるものだろう。

 

 

「君の怒り、悲しみ。それらは正しいものだよ。でもそれに吞まれたらいけない」

 

「……あな、たは?」

 

「君と一緒だよ。自分の時代で生きる人々のうちの一人さ」

 

 

 彼の側でかがみこみ、一言一言をゆっくりと、ベルを諭すように紡いでいく。その言葉に励まされるように、ベルの全身に少しづつ力がみなぎってくる。それに追随するように、精神世界の炎も次第に勢いを衰えさせていく。しかし完全に消えることなく、あちらこちらで種火をちらつかせ、いつでも燃え盛らせるよう待っている。暗くなった精神世界も、さほど明るさを取り戻してはいない。

 弱弱しくも立ち上がったベルに視線を合わせるように、目の前の青年は少しだけ腰をかがめながら話を続ける。彼の話す言葉の一つ一つが、これからのベルにとって非常に大切なものになると感じ、一言一句を漏らさぬよう耳を傾ける。

 

 

「僕は、誰かのためになるなら、この力を喜んで使おうと思ってた。でもこんな、こんな危険な力なら……」

 

「うん。いらないと、そう思うよね」

 

「あなたは、そう思ったことなかったのですか?」

 

「あったよ。それでも、俺は戦うことを選択したんだ。大切なものを護るために。人の未来を取り戻すために」

 

「人の未来……まさか、貴方は?」

 

 

 ベルの問いかけにこたえることはせず、代わりに彼は腰に一つのベルトを巻いた。それはベルが変身するときに発現するベルトと非常に似ている、否、全くの同一のオルタリングが巻かれていた。しかしベルとは違い、発せられる力の質が全く違った。ベルの何倍もの濃密な力の気配に、自然とベルの体がこわばった。

 

 

「変身」

 

 

 静かに言葉を発して両脇のボタンを押し込むと、一瞬の輝きと共にグランドフォームのアギトへと変身した。そして間髪入れずに再びボタンを押すと、黄金の複眼と深紅の体を持つ戦士へと変化した。

 戦士はそのまま深く息を吸い、ドラゴンズネイルの包み込む賢者の石に力を集めるかのように構えた。するとちらほらと残っていた種火から炎が伸び、そのまま彼の賢者の石に吸い込まれていく。やがてすべての種火が吸い込まれたとき、ベルの精神世界は元のように凪いだ状態へと戻っていた。

 

 

「あの、なんでここまでしてくれるんですか?」

 

「君が『未来』だからだよ」

 

「僕が、『未来』?」

 

「うん。未来のために、僕は戦う。それに、同じ悩みを持つ人に、答えは上げれなくてもヒントはあげたいからね。たぶんまだ君は自分の力が、今の自分を受け入れてくれるか怖いだと思う。でも、心配しなくてもいい。気負わなくていいんだよ」

 

「前を向いて、僕らしくいる?」

 

「そう。君のままで変わればいい。知っていると思うけど、俺は一度、記憶をなくした。それでも『俺は俺だから』と、一生懸命に生きた。君も、今まさにそうやって生きてるんじゃないの?」

 

 

 青年の問いかけに、ベルは咄嗟に答えることができなかった。確かに彼の言葉は正しい。どんなことになっても、ベルはベルであり、ベル以外になることはできない。だが頭ではわかっていても、そう言葉にすることができない。何もベルは、世界平和だの人類の未来だの、そんな大それたもののために戦っているわけではない。

 ただただ純粋に、自身の手の届く範囲で、誰かの涙を見たくないという、そんな独善的な欲求だった。

 

 

「独善的でいいんだよ。俺の戦う理由だって、他の人から見たら偽善だ。でも、それでも俺を支えてくれる人がいる。俺の作る料理を食べて、笑顔になってくれる人がいる。君にも、そんな人がいるじゃない」

 

 

 彼の言葉にふと思い浮かんだのは、自身の主神と最近加入した少女、同じチームでダンジョンに行く鍛冶師の青年。みんなベルのアギトという力ではなく、ベル自身を見て一緒にいてくれている。只人とかけ離れた彼を見ても、友と、家族といってくれる人たちがいる。

 

 

「その様子だとわかったようだね。あとは君次第だよ」

 

 

 その言葉を最後に、彼はこの世界から姿を消した。最後消える直前、元の姿に戻った彼の表情は、人懐っこくそれでいて周りを安心させる笑顔だった。

 

 






「あっ、帰ってきた!!」

「津上さん、どこ行ってたんですか?」

「いやーゴメンごめん、ちょっとね」

「……津上。お前もしかして」

「それは、秘密だよ。大丈夫、アンノウンじゃないから」

「翔一君が言うならそうなんだろうね。じゃあ早くキッチンに入って」

「じゃあ心配かけたお詫びに新しく考えたレシピを……」

『それはいいから』


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24. 家族


――記憶をなくす、自分がわからなくなる。

――それでも大丈夫だと言ってくれた

――側にいてくれるるのは、自分らしくあるからだと

――あなたはもういない

――お礼も言えない

――ならばせめて、未来を見守ろう




 

「さてと。言い訳を聞こうか、ゼウス」

 

「あ、姉上? これには深い事情が……」

 

「ほほう? どういった事情があるというんだい?」

 

 

 現在夕刻、ベルの実家。そのリビングでは、床に正座する義祖父と、それを見下ろすファミリアの主神の姿があった。

 事の発端はベルの暴走にある。何とか暴走を収めたベルだったが、多大な精神力と体力の消費によって、変身を解いたあと泥のように眠りについたのだ。外的要因であったとはいえ、兆しとそれによる暴走を見せたため、何かしらベルのステイタスに異常が示されているかもしれない。そう考えたゼウスとテオスは、急遽ベルの主神であるヘスティアを呼び寄せた。

 それが問題といえば問題だった。

 テオスの手にかかれば、降臨したとはいえ、神一柱をこの場に転移させることなど訳ない。しかし一応事情を聴かされたとはいえ、一介の只神がテオス直々に招かれるなど大事件ものである。例えるのならば、王に唐突に、これまで直接関わったことのない一般市民が、突然直々謁見に招かれるようなものである。

 で、ヘスティアが呼び出された結果がこれだ。

 

 

「痛い痛い痛い痛い!? 姉上、どうかご慈悲を!?」

 

「まだまだお仕置きは済んでないよ!! 生きているなら生きていると、言伝でも任せればよかっただろう!! これまで何回もベル君が君に手紙を送ったはずじゃないか!! それにはボクのファミリアになったことも書いてあったんじゃないかい!?」

 

「すっかり忘れておったんじゃ~!?」

 

「こんの愚弟がああ!!」

 

 

 ベルを差し置いて姉弟喧嘩を始めた二人に、さすがのテオスや水のエルもため息をつかざるを得ない。現状を把握しきれていないベルに代わり、水のエルが一度ハルバードの石突で地面を一度打ち鳴らした。

 

 

『あっ、し、失礼いたしました』

 

 

 その音で我に返った二柱は、すぐに地に膝をついてテオスの前にたたずむ。空気を切り替えた二人は、早速ベルのステイタス確認に移った。その結果、不審な項目を発見することになる。

 

 

──────────

 

【&え■$業―@もの】

 

 #熱@%$の&の。そ$熱は! #を灰@*? す。「#え%4業―@戦士」。

 

────────―

 

 

 これまでステイタスが不明になることはほとんどなかった。何かに隠されているように、封じられているかのようになる例はあったものの、今回のベルのように文字化けしていることは珍しい。しかし、ベル以外のこの場にいる全員が、こうなる理由にいくらか心当たりがあった。

 

 

「ゼウス。余り信じたくはないけどこれは……」

 

「姉上、現実を見てください」

 

「そうかい。とうとうこの時が来てしまったか」

 

 

 うつ伏せになっているベルは知る由もないが、ゼウスとヘスティアは互いに苦い表情を浮かべていた。このスキルを発現、というよりこの兆候を見せたアギトは碌な未来をたどらない。むしろ津上翔一は特殊だったとしか言いようがない。今回は運よく暴走から帰還したが、次はどうなるかわからない。

 暫く無言で真実を話すか迷ったが、結局はベルに包み隠さずに話すことにした。

 

 

「……そうですか」

 

 

 総てを説明されたベルは、ただただ静かにそう独り言ちた。暫く無言で座っていたベルは、徐に机の上のウォッチへと視線を投げかけた。義祖父、ゼウスの話によれば、このウォッチを起動して体に押し当てられた後、少しして自動的に変身が解除されたらしい。そして刻まれている「2002」という数字は、人類史で今のところ、最初で最後に光輝に目覚めたアギトが出現した年だという。そしてそれはロストエイジの時代基準で、紀元後ということらしい。

 

 

「……翔一さん。そこまでして」

 

「翔一? 津上翔一のことか? いや、さすがにそれはあり得ない」

 

「いえ、ありえなくはないです」

 

 

 ゼウスは津上翔一の干渉に対して異を唱えたが、意外にもベルを擁護したのはテオスだった。

 

 

「プロメスは力の大部分を失って尚、時を超えることができました。アギトはいわば先祖返りの一種でもあります。それ即ち、最も進化した津上翔一ならば、意識だけでも時を超えることは可能でしょう」

 

 

 それだけを述べたテオスは、水のエルを伴って家を出ていった。もうこれ以上、今回は出てくるつもりはないのだろう。彼等が出ていくと、ヘスティアとゼウスは揃ってため息をついた。それも仕方がないだろう。

 

 

「とりあえずベル君は今夜安静にするんだ。帰るにしても明日だよ」

 

「はい、神様」

 

「その力のコントロールは並大抵の努力では不可能じゃ。初めは心を整理することから始めなさい」

 

「わかったよ、おじいちゃん」

 

 

 そう言ったベルはまだ疲れが残っていたのか、再び泥に沈むような深い眠りについた。昼間気絶した時よりもいくらか柔らかくなった表情に、ゼウスは安堵の息を漏らした。暫くゼウスの淹れたお茶をすすると、ゼウスは息を吐きだし、ヘスティアに口を開いた。

 

 

「ベルはどうじゃ?」

 

「色々と助かっているよ。ボクのファミリアどころか、オラリオそのものを救ったこともある。でも市民や冒険者以外の危機のために、変身することが多いよ」

 

「そうか。永き時を経て尚、ライダーの在り方は魂にまで刻まれているのかのう」

 

「なぁゼウス、『仮面ライダー』というのは何だい?」

 

「『仮面ライダー』。その原点はとある秘密結社にある。姉上も、『ショッカー』の名を聞いたことがあるだろう?」

 

「あの鷲のマークの?」

 

「うむ、『ショッカー』に改造人間にされた一人の青年が、記憶抹消前に運よく脱出し、戦ったのが始まりとなっている。『ショッカー』やその後現れた数々の組織からすれば、ライダーは『同族殺し』という存在だ」

 

 

 重々しく語るゼウスの纏う空気に、ヘスティアは何も言えなくなった。『仮面ライダー』の称号は、人類を陰から守護するものと考えていたが、その名に哀しい暗喩があったとは考えもしなかった。

 思い返せば、アギトの力は確かに「同族殺し」に当てはまる。その因子は火のエルロード・プロメスによるものであり、ロストエイジ以降は確認されていないが、ギルス/ネフィリムに至ってはプロメスの末裔である。彼等がロードやエルロードを倒すことは、「同族殺し」の汚名を着せられても仕方がない。

 だからこそゼウスは、愛しい義孫にライダーの称号を受け継ぐことに余りいい顔をしなかった。

 

 

「ベル君には、話したのかい?」

 

「話す前に今回の騒動があった。じゃがあの様子じゃと、薄々察しておるだろう」

 

「そうかい。ベル君が……」

 

 

 勿論ヘスティアも、ベルがそんな宿命を負うことを喜ぶことはできない。だがスキル欄やベルの態度を見る限り、その業と称号を背負うことを受け止めている節がある。加えて今回甥のアレスが使ったという特殊なウォッチ。あれを甥に渡した黒幕もつかめていない。アレスはベルに対処している間に逃げたらしいので、消息はつかめていない。

 新たに抱えることになった問題に、ヘスティアとゼウスは頭が痛くなったとでもいうように、姉弟そろってこめかみに手を当てる。

 

 

「ところでゼウス。君はもうオラリオに戻らないのかい?」

 

「……儂はもう現世にいないことになっておる。今更出て行っても邪魔者以外の何者でもなかろう」

 

「けど、ヘファイストスや他の血族には何も言わないのかい? 彼女も表には出していないが、何度か君を探す手配を整えようとしていたよ」

 

「多くの子供たちを犠牲にして、儂だけがのうのうと生きておるのだぞ? 加えて唯一の子孫たるベルにも、重荷を背負わせようとしている」

 

「今のベル君には君が必要さ。主神や仲間ではない、家族という存在が必要なんだ」

 

 

 家族という存在は、側にいるだけでも支えとなる。仲間に励まされるのではなく、家族に存在を認められることが思わぬ好転を導いたりするものである。表情や言葉には出していないが、精神的にも疲弊しているだろう今のベルにこそ、その支えが必要だとヘスティアは判断したのだ。

 

 

「ベルがここまで良い子に育ったのは、間違いなく君のおかげだよゼウス。まぁ若干女たらしな部分も似ちゃってるけどね」

 

「それは面目ない」

 

「どうしてもこちらに来れないというなら、せめてオラリオに帰る前に一言たのむよ。ボクも自分の子が精神的に参るのは見たくない。それにこれは彼の育ての親である、君にしかできないんだよ」

 

「姉上……分かりました」

 

 

 ヘスティアの説得にとうとう折れ、ゼウスは不承不承ではあるが帰る前に一言添えることを了承した。若いころ彼は色々とやり過ぎて、「下半身神」などという不名誉なあだ名をつけられたりした。だが何のかんの言いつつも、自らが赤子から育てた子供は可愛いのだろう。それは神であってもヒトであっても、変わらぬ愛情が成しえたことであった。

 





――悩んでいいのだ

――簡単に答えがでるなら、そもそも悩まないから

――納得がいくまで何年でも悩めばいい

――そのときいるそこが、君の場所なのだから

――その場所で本当に好きだと思える自分を目指せばいい


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25. そのレンズは何を写す


皆さん、世界を混乱に陥れているコロナですが、大丈夫でしょうか?
手洗いうがいは勿論のこと、エタノール消毒など人事を尽くしているかと思います。ただ、どうか理性ある行動をお願いします。
私の勤め先(アルバイト)の本屋何ですけど、マスク付けずにゲホゲホと咳を平気でする人が多くて。店がある建物全体でも予防措置を徹底しているのですが、それでもこの現状です。

それではお待たせしました、最新話です。





 

 

 オラリオに戻ってからというもの、ベルはダンジョン攻略よりも修業に精を出していた。原因は勿論故郷における暴走である。背中のステイタスも文字化けしたままであり、一向に改善される気配がない。加えて、ベルは夜な夜なうなされており、その時は決まって高熱を出して多量の汗をかくという状態である。

 もちろんヘスティアやリリは彼を休ませようとしたが、彼はダンジョン攻略を控えても鍛錬を辞めることはなかった。そのせいなのか、オラリオの一角にある廃教会で女性の怒号が響いたのは、近隣の住民にとっては記憶に新しい。

 

「ベル君、これは主神命令だ。今日一日は鍛錬も攻略も禁止だ」

 

「神様!? でもそれじゃあいつまでたっても」

 

「無理をすれば力を制御できるとでも? ゼウスも言っていただろう、君には休むことが必要だと」

 

 

 ヘスティアの言葉にベルは反論できなくなる。

 彼女のいうことは正しい、それはベルも理解している。事実、ベルは故郷を出立する際にゼウスに諭されたのだ。

 

 

『暴走は怖いだろう。しかし己を追い込むことだけが全てではない。忘れるなベル、お前はお前のままでいいんだ。暴走しようがしまいが、お前は儂の大事な孫であり、姉上の眷属であり、ベル・クラネルなのじゃ』

 

 

 優しい声色で諭すゼウスは、しかし有無を言わせぬ様子でベルに言葉をかけた。焦っても仕方がないというのは理解している。しかしそれでも、この暴走をどうにかしない限り次の段階に至れないことがわかってしまう。

 別にゼウスもテオスも、ヘスティアもベルにアギトとして進化してほしいわけではない。テオスは知らぬが、ゼウスもヘスティアも、ベルには幸せな生を送ってほしいと心から思っているのである。勿論その二柱も、今のベルの焦りを理解はしている。だから余程無茶だと判断できない限り、強く止めることができないのだ。

 

 

「気晴らしに街の散策でもするといい。休むことも修業の内だよ、ベル君」

 

「神様……分かりました」

 

 

 ベルのことを思うヘスティアに、ついに彼は折れて修業を中断した。とはいえ、突如暇になっても人間戸惑うばかりである。特にこれまで精力的に外出や仕事をしてきた者は、唐突に発生した暇の時間は何をするのかわからなくなり、ひどい場合は家でデスクワークをすると言った行動をとる。

 ベルの場合はそれほどワーカーホリックというわけではないが、それでも修業まで制限されたとなると、特に何をすればいいか分からなくなる。一応料理も好きだが、今の時間から始めるのはいささか昼食には早すぎる。しかhしベルの性格上、拠点でのんびりとするということはできない。そのため仕方なくではあるが、外に散歩に出かけることにした。

 

 

「あれ? こんなお店あったんだ」

 

 

 しかし改めて街を散策すると新たな発見があるというもの。いつも通る道をゆっくりと歩いていると、今まで気にも留めなかった店や住宅が目に映る。中には穴場ともいえる喫茶店などもあり、いつか休みに訪れるのもいいだろうと考えられる。

 時間的にはそろそろ昼食をとってもいいころ合い。いつもとは違い、「豊穣の女主人」に向かわなかったベルは、ふと目についた一つの喫茶店に足を向けた。そこは一度だけ過去に訪れたことのある店で、サンドウィッチとコーヒーが非常に美味であったことを思い出し、入店に至ったのである。

 席につき注文したベルは料理を待つ間、義祖父に渡された一冊の本を開いた。そこには古今東西の伝説・神話のほかに、仮面ライダーに関することも事細かに表記されているのである。記憶しか見ていないベルにとっては、唯一といえる資料なのである。

 

 

「失礼、相席いいかな?」

 

「え? はい、いいですよ」

 

 

 唐突に声をかけられて驚くが、ベルは快く承諾した。目の前に腰かけた男性は全身黒色の服装に身を包んでいたが、上着の下に着ているシャツは鮮やかなマゼンダ色をしていた。

 

 

「ここのオススメはなにかわかるかい?」

 

「サンドウィッチとコーヒーがおいしいですよ」

 

「ありがとう」

 

 

 ベルと軽く会話した男は勧められたメニューを注文し、何やら首から下げた道具をいじりだした。特に何か話を咲かせるわけでもなく、お互いに無言で自分のことをする。料理が運ばれてもそれは変わらず、各々の反応は示しつつも舌鼓を打つだけにとどまっている。

 やがて先に食べ終わったベルは長居は無用というように、伝票を持って支払いへと向かった。

 

 

「では僕はこれで」

 

「わかった。ああそうだ、一つ聞きたい」

 

「何でしょう?」

 

「もし自分じゃどうにもできない、偶然で大きすぎる力を持ってしまったとき。君はどうする?」

 

 

 青年の問いかけは要領を得ない。なぜ初対面の人間にそのようなことを聞かれてしまうのか。勿論ベルにはその質問に答える義務はないので、そのまま無視して場を離れるという選択肢も残っている。

 だが生来のお人よしさ故か、ベルは律儀のも立ち止まって青年に向き直った。

 

 

「たぶん戸惑うでしょう。なんで自分にと考えると思います。もしかしたら、力におびえて逃げてしまうかもしれない」

 

「……」

 

「でも向き合わないといけない。もしも自分の未熟のせいで仲間に、友に、家族に不幸が降りかかるのなら、僕はそれを一生許せないでしょう。だから僕は、しっかりとそれに向き合って、受け入れたいと思います。今は怖くても、いつかきっとそれが誰かのためになるのなら。誰かの笑顔になるのなら」

 

「そうか、大体わかった」

 

 

 その言葉を最後に青年は立ち上がり、会計を済ませて去っていった。服装は違和感を持たないデザインだったが、何故が彼の存在自体が、世界にとっての異物感がぬぐえないものと感じられた。

 

 

「……あの首から下げていたもの、まさかね」

 

 

 姿が見えなくなった今、考えても詮無いことである。それになぜか、いつも人探しの時でも働くアギトの勘も、今回ばかりは宛にならない。だが彼がいるからといって、この世界が何かしら被害を被ることはほとんどないだろう。

 

 

「さて、午後からどうしようかな」

 

 

 再び暇を持て余したベルは今日残り半日の予定を考えながら、街の雑踏の中に足を進めるのであった。

 

 





――あれがこの世界のアギトか。

――正しくは継承者というべきかな。

――さて、俺のこの世界でのすべきことは……

――まぁ、この世界では余り動かない方がよさそうだ。

――お前が仮面ライダーに相応しいか、見させてもらうぞ。



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26. 奈落の底


――どうしても抑えられなかった。

――助けた人を見ていると、自分もくしゃっと笑ってたんだ。

――見返りを期待したら、それは正義とは言わない。

――それでも誰かの力になることは、それを嬉しく思うのは間違っているのか?

――現実はどうしても弱く、脆い。

――だから戦ったんだ。

――それでも愛と平和の思いを、一人一人が胸に生きていけるように。




 

 一日平穏に過ごしたベルは、翌日から鍛錬とダ上層でのンジョン探索を再開していた。しかし昨日までの焦燥に駆られた顔はしておらず、帰省前のベルに戻ったかのような落ち着きぶりだった。

 その様子に安心したヘスティアは、帰省前同様、深層での探索も許可した。流石に蓄えがあったとしても、いつまでも上層での攻略ばかりだと底をついてしまう。なまじしっかりした装備をベルもリリも使っているため、整備費用がバカにならないのだ。それらを鑑みた貯蓄を持つとなると、最低でも十層辺りまでは行かないとならない。

 

 

「で、ベルよ。お前さん大丈夫なのか?」

 

「うん。心配かけてごめんね」

 

「まぁ大丈夫ならいいんだけどよ。んじゃ、今日もよろしくな」

 

「はぁ、ベル様もお願いですから、無茶しないでくださいね」

 

「うん、気を付けるよ」

 

 

 ヴェルフとリリから軽く注意されたのち、一行はダンジョンに出発した。時刻は昼時のため、どうしても探索時間は短くなってしまう。今日は野宿で日跨ぎ探索という計画ではないため、必然探索時間は三時間程度になってしまう。

 それをわかっている三人は、途中のモンスターは道を遮るものやしつこく追ってくるものだけを倒し、魔石はとらずに下層に降りていった。

 

 

「さて、全員サラマンダーウールは身に着けているし、いよいよ中層なんだけど」

 

「早速囲まれちゃいましたね」

 

 

 中層にたどり着いた途端、三人を囲むようにヘルハウンドという狼型モンスターの群れが取り囲んだ。彼等モンスターからすれば、ベルたち三人は火に飛び込む夏の虫のように見えているだろう。しかしそこは冷静に、ヴェルフとベルが背中を合わせるように己の武器を構え、二人の間でリリが腕についた小型クロスボウガンを構える。

 その動きだけで目の前の獲物が只者でないと悟ったのか、リーダーだろう一頭が一つ吠えると、一斉に他のモンスターが襲い掛かる。

 戦略としては間違いではないだろう。敵が少数だが力が未知数であったとき取るべき行動は、様子見でこちらも少数で接敵させるか、初めから最大火力で殲滅するかである。そして今回のモンスターは後者を選んだ。これが只の冒険者ならばパニックになっただろうし、彼等の思惑通りに事が運んだだろう。しかしここにいるは武人とそれに肩を並べるもの。

 

 

「おりゃあ!!」

 

「ハッ、タアッ!!」

 

「そこです!!」

 

 

 互いが互いの死角を補い、とびかかる狼が悉く打ち倒され、魔石に姿を変えていく。自分たちが挑んだ相手が遥か格上と悟ったのだろう、群れのリーダーが残った面子に向けて吠えるが、状況判断が少しばかり遅かった。リーダーが気付いた時には、既に残るはその一頭だけだった。

 

 

「……ひかないなら、このまま君を切る」

 

 

 一刀のみを片手に構えたまま、ベルはリーダーの前に立つ。ただ立つだけ、しかしその目を狼からそらすことなく、襲いくればいつでも切り伏せられるよう観察している。

 逃げれば命は助かっただろう、しかし狼は己の矜持を優先したのか、ひと声吠えてベルに襲い掛かった。それを見たベルは悲し気に、しかし毅然として刀を振るった。地に落ちる狼の首、塵に還る肉体に取り残された魔石。ベルは短く手を合わせると、魔石を自身のポーチに入れる。

 

 

「まぁ、何とかなっているな」

 

「何を言ってるんですかヴェルフ様。それもこれも、私たちが戦いやすいように立ちまわっているベル様のおかげです」

 

「ああ、なんとなくそれは分かっていたが。それにしても前から感じていたが、戦い慣れてるんだなベル」

 

「あはは、色々と事情があってね。ただ犯罪は侵してないからそこは安心していいよ」

 

 

 苦笑を漏らしながら、ベルとリリは落ちている魔石を回収していく。

 

 

「今日は中層での戦い方の確認だから、そんなに深く潜らなくてもいいね」

 

「それもそうだな。……お?」

 

 

 魔石を拾い終えたとき、ヴェルフが物陰から飛び出してきたものを目にする。真っ白の体毛に覆われ、血のように真っ赤な双眼。額の真ん中には一本の鋭い角が生えており、両耳は長く垂れている。

 

 

「……ベル様ですね」

 

「ああ、ベルだな」

 

「失礼な、あれはアルミラージだよ!!」

 

 

 目の前に現れたベル(もとい)アルミラージを前にして、そんな漫才をする三人。しかし白い柔らかな毛並みに真っ赤な目。成程、確かにベルの特徴と似通っており、ベルも若干親近感を抱いてしまう。しかしそれでも、目の前のアルミラージと違って、自分はそんな貧弱な体をしていないと、ベルは小さく憤る。

 

 

「おお、すまんすまん。一瞬見間違えた」

 

「あんなに綺麗な赤い目を持っているのは、ベル様以外いないので間違えちゃいました」

 

「見間違える要素ないからね? 僕は歴とした人間だからね?」

 

 

 大きくため息をつきながら、ベルは目の前で戦う気満々のアルミラージに対し、背中に納刀した剣を再び抜いた。

 それから暫く探索を続けているうちに、時刻は夕方辺りになった。そろそろ戻らなければ、予定外のダンジョン内野宿になってしまう。流石にそうなると自分たちの主神達に心配をかけてしまう。加えてヘスティアは自身の眷属に過保護気味なため、予告なしで帰ってこないとなると、ギルドに捜索願を出しかねない。

 何より自分たちのパーティーには交代メンバーがいないため、三人は戦い続けで疲労がたまっているのもある。これ以上ダンジョンに残れば、最悪全滅なんてこともあり得る。それだけは避けたいと考えたベルは、引き返すことを提案しようとした。

 しかし現実はそううまく運ばない。

 

 

「あれ? どうしたんだベル?」

 

「ベル様?」

 

 

 突如通路の奥から複数の気配が迫るのを感じたベルは、それまで一本で使っていた刀を逆手に持ち、抜刀したもう一本と組み合わせて両剣の形にした。他二人が怪訝な表情を浮かべたのもつかの間、奥から飛び出してきた人影に驚きの表情を浮かべる。

 総勢六人の集団は全員モンゴロイド系の人間であり、その中でも大柄な男に背負われた小さな少女は、モンスターの武器が痛々しく刺さったままである。そしてそのパーティーがベルたちのそばを駆け抜けるとき。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 という声が小さく聞こえた。

 その直後、集団の後方から感じられたのは、数えっるのも馬鹿馬鹿しいモンスターの多量の気配。

 

 

「いけません、押し付けられました!! 『怪物進呈(パス・パレード)』です!!」

 

 

 リリが叫ぶように警告したときはすでに手遅れ、ベルたち三人は周囲をぐるりとモンスターに囲まれてしまった。先程まで戦っていた狼や兎とは違う、上層よりも明らかに強さが違うモンスターたちだった。

 

 

「これは、仕方がないか」

 

 

 ベルはそう呟くと、腰にオルタリングを出現させた。今は生き残ることが優先事項であるため、力の出し惜しみはしていられない。すでに蒼く染まっている賢者の石に呼応するように、変身したベルはグランドフォームではなく、ストームフォームとなっていた。

 

 

「おい、ベル……なんだよそれ」

 

「ゴメン、後で話すよ」

 

 

 短く言葉を切ったベルはストームハルバードを構え、モンスターに突進する。その戦いざまはまさに一騎当千、彼に襲い掛かるモンスターは次々と撃破されていく。ベルだけに頼ってはいけない、そう考える二人だったが、根本から体のつくり方が違う二人では、一対一で何とか退けられるレベル。狡猾なモンスターは、ベルの目を盗んで他二人に襲い掛かる始末。

 

 

「これじゃあ……このままでは……」

 

 

 そのことがベルに焦りを生み出していく。上層とは異なり、モンスターの耐久性も上がっているために倒すことにもひと手間かかる。次第に目の前が赤く染まっていく感覚に陥り、自然全身に力がこみあげてくる。ベルは気づいていないが、オルタリングにはドラゴンズネイルが生えており、目は紅から橙へと変わっていた。

 

暴走のトリガーは、何処にでも転がっているものである。

 

 目の前にいたモンスターを切り払ったとき。ベルの視界にモンスターに切りつけられるリリとヴェルフが映った。脳裏に蘇るは、己が奪った命の数々。無理やり覚醒させられ、人にもアギトにもなれず、死ぬことでしか解放されなかった命たち。

 

 

(二人が死ぬ? 僕が至らぬせいで? 力が足りないせいで?)

 

 

 ストームハルバードを握る手に、砕かんばかりの力がこもる。そしてワイズマンズモノリスからは、ボツボツと炎が吹き出始める。

 

 

(……させない。二人を、死なせない!!)

 

うおおおおお!!」

 

 

 体にたまった力を、一気に解き放つ。するとベルを中心に、灼熱の嵐が吹きすさび、三人を囲っていたモンスター群が地鳴りと共に消滅していった。一瞬の出来事に理解が追い付かないリリとヴェルフだったが、嵐の中心に立つ人物を見て目を見開いた。

 先程までの紺碧の肉体ではなく、筋骨隆々のひび割れた深紅の外皮に覆われたベル。双眼は紅ではなく燈火色となり、先程までとは違って輝きが失われているように見える。はたしてそこにベルの意志があるのか、それは離れている二人にはわからない。

 

 

「あれ? 足元が揺れてる?」

 

「お、おい……なんか地割れが大きくなってないか?」

 

「あっ、ベル様!?」

 

 

 足元の地盤が崩れたとき、立ち尽くしていた二人のもとに赤くなったベルは走り寄った。しかし刹那それは間に合わず、地面は陥落する。同時に地に立つ三人も、岩塊とモンスターの残骸と共に底の見えない穴に落ちていく。

 落下するリリとヴェルフが最後に見たのは、落ちる岩塊を蹴り歩きながら、彼女らに手を伸ばす紅い龍人だった。

 

 





――記憶を失い、そして偶然呼び覚まされた力。

――この力は人を不幸にする、そう思っていた。

――自分の料理を食べて、幸せになってくれる人がいる。

――自分の居場所に入る時が一番幸せだった。

――だから守りたいと思ったんだ、生きようと思ったんだ。

――人の未来を。



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27. 捜索隊

 

 ベル達がダンジョンに向かってから半日が経過した。しかし一向に還ってくる気配がない。これまでも何度か帰りが遅くなることはあったが、今日のような胸騒ぎが怒ることはなかった。しかしベルが暴走を一度してからというもの、日に日に増していく旨の中の淀みは、おそらく今最高潮に達している。

 やはりいてもたってもいられなくなり、ベルから贈られた護身用の小型ナイフを持った後、ヘスティアはギルドへと向かった。彼等がそこに入れば一緒に還ればいいし、いなくてもすでにギルドを出たと聞けば、すれ違いと納得することができる。

 しかし辿り着いたギルドの建物では、何やらゴタゴタと人がせわしなく動いていた。

 

 

「ヘスティア!!」

 

 

 ギルドの建物に到着したヘスティアだが、入り口を開けた途端に複数人に取り囲まれた。突然のことに彼女の頭は理解が追い付かず、呆然と立ち尽くしてしまう。しかしそんな彼女に一人の男が近寄る。

 彼は長いだろう髪を両耳の部分でまとめ上げ、質のいい麻で織られた服を身にまとった東洋の風貌を持つ男性。彼は人ではなく、タケミカヅチと呼ばれる神の一柱である。そんな彼が人一倍焦りに満ちた表情でヘスティアにいの一番に駆け寄った。

 

 

「タケ? いったいどうしたんだい、そんなに慌てて」

 

「ヘスティア、すまない」

 

「いったい何事だよ? 僕は自分の眷属の帰りが遅いから、ギルドによってないか聞きに来ただけなのに」

 

「その眷属が帰ってきていない原因が、俺たちかもしれないのだ」

 

 

 彼の言葉に、ヘスティアはただただ首をかしげるばかりであった。

 かいつまんで話をまとめると、タケミカヅチの眷属パーティが中層へと探索をしていたところ、一人が重傷を負ってしまったという。治療しようにも、モンスターに囲まれてしまっていた。何とか安全圏まで移動しようにも、しつこくモンスターたちに追われてしまい、重傷を負った仲間を見捨てるか、他のパーティーに押し付けるかしないと、生き残る道は考えつかなかった。

 結果として逃走経路中で探索をしていたベル達一行にモンスター群を押し付ける形になり、瀕死の眷属は助かったものの、こうして大事に発展したというわけである。

 

 

「すまん、ヘスティア!! 俺たちの所為で……」

 

「確かに原因の一端はあるかもしれないけど、今は別にすることがあるんじゃないのかい?」

 

「その通りだタケミカヅチ、今はいかにして彼等を救うか、その手立てを考えねば」

 

 

 そこにもう一人の男が姿を現す。

 こちらも長い髪をしているが、背中辺りで一つにまとめて縛っており、黒灰の衣装を身にまとう柔和な雰囲気の男。彼も神の一柱であり、医学面に精通しているミアハという神である。彼のファミリアはポーションなどの薬品も販売しており、ベル達も彼のファミリアが経営する薬屋の常連となっている。常日頃から神同士、眷属同士が親しくしているだけではここまで深入りすることはないのだが、それは彼の男神が根っこからのお人好しということが関係しているだろう。

 

 

「そ、そうだ!! もとはといえば我がファミリアに責がある!! だから捜索は責任もって行わせてもらう!!」

 

「ヴェルフもいるし協力したいけど、うちの目ぼしいのは軒並みロキ・ファミリアの遠征に参加してるし」

 

「言い出してなんだが、俺のところも桜花と命、それからサポーター枠として千種ぐらいしかダメだ。あとはレベルが低すぎて足手まといになってしまう……」

 

 

 タケミカヅチが申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

 捜索にはどうしても人手と戦力が足りない。一人でも高レベルの冒険者がいれば話は変わってくるが、現状そんな伝手もいない。そんな現状にヘスティアとタケミカヅチ、ヘファイストスにミアハは手をこまねいていた。

 

 

「その話、俺も協力しよう」

 

 

 そんな一団に、更にもう一人の男が話しかけてきた。深緑の羽根つき帽子をかぶり、橙のマフラーを身に着けた美丈夫。夜でもわかる美しい金髪をたなびかせた彼は、その顔に微笑を浮かべながら一団に近づいた。

 

 

「ヘルメス!? いつ旅から戻ったんだ!?」

 

「なに、久しぶりにギルドに来てみれば、何やら神友の子が行方不明というじゃないか。どうやらクエストは発注してないようだけど、俺も協力しようじゃないか。ベル・クラネル一行捜索にね」

 

「友、ね。それにしては頼りの一つもなかったじゃないか、ヘルメス」

 

「我が叔母上ヘスティア、お久しゅう。俺にもやるべきことがあったものでね」

 

「そうかい……」

 

「手厳しいねぇ。ところで叔母上、ヘファイストス。伝えたいことがあるから、捜索が終わり次第時間が欲しい」

 

「そうか、ボクも二人に言わなきゃいけないことがあるから、ちょうどいいね」

 

 

 少し三人で後の予定を話した後、捜索パーティーを結成することになった。メンバーはタケミカヅチのところから三名と、ヘルメスの眷属であるアスフィという女性、そしてミアハのところからヌアザという犬人族の女性、そしてヘルメスが個人的に雇ったという用心棒である。

 この用心棒というのが曲者だった。あまりしゃべらず緑色のフード付きマントを目元まで深くかぶっているため、顔もわからない。ただわかっているのは、彼女が小太刀の二刀流で戦うことと、体格と身体特徴から女性であることだけである。

 自身も化け物を戦いの末に倒した逸話持ち故に、人の戦闘力を観察することにおいては、ヘルメスはいい目を持っている。そのため、彼が信用できる、腕が立つと称した者は、一定以上の高い実力を持ていると保証されると同義である。

 そしてヘルメスがパーティーに同行するということを盗み聞きしたヘスティアが、パーティーへの同行を強行した。これは本来ギルドの定めた規則に反することなのだが、何のかんの言いつつも、ヘスティアは規則を平気で破るほど内心動揺していたのである。そしてこうなったヘスティアを止めるすべをヘルメスは持っていなかった。

 

 

「……神に愛されしアギト」

 

 

 そして更に、その会話と集団を見ている存在に、誰一人として気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、れ? ここは?」

 

「おうリリ助、起きたか?」

 

 

 どれほど気を失っていたのだろう、リリが目を覚ました時、既にヴェルフはすでに目を覚ましていた。そして二人の側には、申し訳なさそうな顔をしたベルが座っていた。そして体のいたるところに包帯や薬による治療が行われており、自分たちの荷物になかったはずのテントや敷き布の上に寝そべっていた。

 

 

「あの、ヴェルフ様。私たちはどうなったのですか?」

 

「それも含めて、これから話すよ。その前に共に腹ごしらえとしようじゃないか」

 

 

 リリのヴェルフに対する問いに、しかし別の人間が応答した。テントに入ってきたのはリリと同じ小人族の金髪の男。しかし纏う空気は歴戦の強者のそれである。彼はロキ・ファミリアの幹部であり、団長でもあるフィン・ディムナ。戦闘者としてレベルが上がりにくい小人族でありながら、オラリオでは上から数えた方が早いほどの実力者である。

 そんな猛者が何故この場にいるのか、リリの頭は寝起きであることも加わって非常に混乱していた。

 

 

「混乱するのは理解できるよ。でもその傷ではポーションを使っても、暫くは戦闘が出来ない。だから休憩がてら、僕らの拠点で暫く過ごすといいさ」

 

 

 彼はそう言うと、テントを出ていった。同時にテントの外からは、おいしそうなハーブの香りが漂ってくる。

 

 

「……二人とも、ごめんなさい。僕が至らないせいで」

 

 

 側に座るベルが謝る。彼女らが怪我をした原因が己であると、彼が自分を責めているとリリとヴェルフは理解した。

 しかし二人はそれを否定する。確かに冷静に考えれば他にやりようがあったかもしれないが、あのような逼迫(ひっぱく)した状態では、あのやり方が最善だったと言えるだろう。怪我はしたものの、冒険者稼業では命あっての物種である。

 このままでは終わらないと判断した二人は、一先ずベルの謝罪を受け取り、フィンたちの待つ場所に向かった。

 大きな鍋を囲むように座しているのは、ロキ・ファミリアの幹部及び高実力の冒険者たちだった。

 

 

「まずは初めまして、かな? 僕はフィン・ディムナ、ロキ・ファミリアの団長を務めている」

 

「私はリヴェリア、見ての通りエルフで、ロキ・ファミリアの副団長を務めている」

 

 

 まずはこの二人が自己紹介をし、それに続くように他の面子が自己紹介をしていく。

 

 

「さて、何故君たち二人がここにいるか、だったね」

 

「はい。申し訳ありませんが、私が知る限りロキ・ファミリアの眷属とは特別繋がりがあったという記憶がないですが……」

 

「まぁ、当事者じゃないとそう思うだろうね。でもこちらが感じている恩義はあるよ」

 

 

 フィンは一つ微笑みを浮かべると、口を開いた。

 元々ベルが、アイズやレフィーヤ、ヒュリテ姉妹の鍛錬に参加していたことを知っていること。見慣れたからこそ仲間では気づかない短所が、ベルという新たな要素によって表面化し、改善することができていたこと。それにより、彼女ら四人が目覚ましい成長を遂げたという事情を鑑み、ベル一行に手を貸すことで決定したという。

 

 

「多分君たちも知ってるだろう、ベル・クラネルの秘密を」

 

「……あっ」

 

「その秘密のおかげで彼女たちは成長したし、今回君たちも九死に一生を得たんだ」

 

 

 彼等がこの下層でベルを見つけたとき、何体かのモンスターに囲まれていた。地に伏して気絶するリリたちを護るように、しかし本能での挙動でモンスターに立ち向かう様は、戦士というよりモンスターに近かったよう。それでも仲間を護らんとする姿にベルの面影を感じ、救援に入り、三人を保護する形となった。モンスターを殲滅すると同時にベルの姿は戻り、怪我の治療が拠点で行われたというわけである。

 もしもロキ・ファミリアが遠征帰りに出くわしていなければ、ベル達がどうなっていたか想像に難くないだろう。

 

 

「勿論見返りなしに滞在させても君たちは気が休まらないだろうし、僕たちの団にも納得いかない者もたくさん出てくるだろう」

 

「それで考えたんだけど、一緒に上に戻る中で、ベル君は共に鍛錬に付き合ってほしい。そちらの鍛冶師は武具の整備を、サポーターの君には道具整理などを一緒にやってほしい。それでどうだろうか?」

 

 

 フィンとリヴェリアの提示した条件に、しばし三人は考え込む。リリとヴェルフの条件は理解できるが、ベルの条件がいまいち理解できない。彼の秘密を鑑みたとしても、それでは余りにもいつも通り過ぎる。

 

 

「勿論ただただ鍛錬するだけじゃないさ。これは僕たち幹部組だけに限る話だけど、君の力を使ってほしいんだ」

 

「僕の力、ですか?」

 

「そうだ。ダンジョン探索では決して得られない経験。アイズやレフィーヤたちとやっている鍛錬を、他の幹部たちとやってほしいんだ」

 

「でも僕はレベルも低いし、あれは……」

 

「まぁ力に関しては追々でいいよ」

 

 

 そう言葉を締めると、配膳された簡易的な食事に手を付け始めた。傷を治すためにはどうしても栄養を取らねばならない。ポーションは何とか手持ちのもので事足りたが、食事に関してはどうしようもない。

 多少重苦しい空気であったが、食事の雑談を交えることで、多少なりとも空気は改善された。ただ二人だけを除いて。

 

 

 





――なんだ、何が起こっている?

――体が、うずいて止まらない。

――あれを目にしたときから

――あれを耳にしたときから、いやに感覚がさえわたる

――レベルアップとは違う力の沸き上がり

――いったい、この疼きをどうすればいい



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28. 直系

最近前書きとあとがきのネタが思いつかないです、どうしましょう?

それでは本編どうぞ。



 

 時間帯で言えば翌日のこと。早朝に当たるときに、ベルは拠点付近の安全区域にいた。共に行動することを了承した以上、移動速度は合わせなければならない。とはいえ、それまでの時間を持て余すのも事実。そして元々早起きであったベルは、書置きを残して一足先に自主鍛錬を行っており、現在は座禅を組んでいるところだった。

 自身の内面に潜り込み、精神鍛錬を行うことで意思を強くする目的があったが、このところそれが思うようにいかない。原因は目星がついている。今回を含めた二回の暴走が、彼の精神面を蝕んでいた。

 

 

「……ベル?」

 

「あれ? アイズさん、どうしたんですか」

 

 

 そんなベルに近づいてくる者がいた。彼女の名前はアイズ、ロキ・ファミリアの幹部の一人であり、以前よりベルと共に鍛錬を積んでいた少女でもある。そんな彼女は数刻前に見たベルの姿を見て思うところがあったのか、昨晩からベルを見ている場面が多々あった。

 

 

「どうしたんですかアイズさん? 鍛錬の時間はまだなんじゃあ……」

 

「うん、でも少し気になったことがあって」

 

「気になること?」

 

「そう。ベルは、自分の力が怖い?」

 

「……」

 

 

 アイズの歯に衣を着せぬ問いに、ベルは口を閉ざしてしまった。彼女が悪意なく聞いているのは理解している。ベルの知る由ではないが、アイズはある目的のために強くなることに執着しており、己の高めること以外には興味がないとまで言われている。そしてその高めかたは、時に無茶ともいえることもあった。

 そんな彼女だからこそ、ベルが強くなることを恐れることがわからなかった。

 

 

「……この力、アギトの力は強力なのは知ってますね」

 

「うん。私たちにはない、ベルの特別な力だよね?」

 

「今はまだ、ですけど……」

 

「『まだ』?」

 

「アギトの力は、神以外の全ての種族に宿っています。勿論アイズさん、貴方にも」

 

「私にも?」

 

「ええ、ですがそれが目覚めるも目覚めないも個人差です。僕のように戦士として覚醒する者もいれば、スキル外の念力や魔法として発現する人もいます。今を生きるエルフやドワーフといった種族も、アギトの無限に進化する力によって形成された特性といわれてます」

 

 

 ベルの話す内容、それはアイズにとって初耳なことばかりだった。リヴェリアやレフィーヤといったエルフも、ガレスといったドワーフも、元々は人間が進化適応した果ての姿だという。そしてその大元となった力は、種族問わずに全ての人類に眠っているというのだ。

 

 

「念力や透視なら何とかできるでしょう。ですが僕が目覚めたのは、戦闘者としての力です。単純な力量じゃない、闘争本能の覚醒に伴う肉体変化です。それは意志を持たなければ、戦うだけの絡繰りと一緒です」

 

 

 そこまで来て、ようやくアイズは理解した。ベルが恐れているのは力そのものではなく、その力を抑えられずに大切なものを傷つけてしまうことであると。力を持ったことはすでに受け止めているが、彼の心と成長がかみ合っていないのだと。

 

 

「……ねぇベル」

 

「はい?」

 

「この後ある鍛錬、変身して戦ってほしい」

 

「え!?」

 

 

 アイズの唐突な提案にベルは目を白黒させた。今までの話とアイズの提案に、全くのつながりが見出すことができない。

 アイズとしては、高レベル冒険者を複数相手に取ることで、力に慣れていくことを図っているのだが、ベルにはいまいち伝わっていなかった。仮に暴走したとしても、レベル5前後の冒険者が10人近くいれば何とか止められると考えたゆえである。

 

 

「……わかりました。目的は分かりませんが、何か理由があるのでしょう」

 

「うん、お願い」

 

 

 ベルが承諾したのを確認すると、アイズはキャンプへと戻っていった。背中を見送るベルだったがすぐに地に座り直し、再び座禅をくんだ。

 そして朝食を取り終えて場所を移動したのち、今日の拠点の近場の安全地帯に、ベルとロキ・ファミリアの幹部、そしてリリとヴェルフが佇んでいた。二人は被害が及ばぬ外側に、鍛錬を行う者は区画の中央に集まっている。

 

 

「さて、アイズから聞いているけど、本当にいいのかい?」

 

「ええ、二言はありません。僕の全力で、相手をしましょう」

 

 

 フィンの問いに答えると、ベルは腰にオルタリングを巻き、構えをとる。ゆっくりと吐き出される息と共に右腕が突き出され、吐ききると同時にベルトのボタンを押すと、一瞬の輝きと共に黄金の肉体と角を持った戦士が立っていた。

 

 

「改めてみると、やはり伝承は本当だったんだね」

 

「アギト、創造主の系譜たる龍戦士という言い伝えだが、確かに龍だ」

 

「さて、ルールの確認をしようか。時間は十分、君一人対僕たち全員。伝承に沿うなら、君は戦闘形態を切り替えることもできるんだろう? それも使っていい」

 

「……本当に?」

 

「ああ、これでも皆レベル4以上だし、個別の戦闘力も高い。遠慮はいらないよ」

 

 

 フィンはそう言うと、持っていた槍を構えた。同時の他の面子も、各々の武器を構える。ベルも無言で構えをとると、自然フィンたちの武器を握る手にも力が入る。

 

 

「……はじめ!!」

 

 

 リリの掛け声と共に、ロキ・ファミリアとベルが衝突した。フィンの一突きを槍をつかむことで防ぎ、ガレスのハンマーの一振りを手甲で受け止める。そのまま二人をフィンの槍ごと振り回して巻き込み、高速で迫ってきた狼人族のベート・ローガ向かって投げ飛ばす。そのすきを狙ってアイズとヒリュテ姉妹がスピードを生かして彼に飛び掛かる。

 しかしそれを分かっていたかのように体を傾け、攻撃を全てよけていく。そしてすれ違いざまに拳や蹴りを打ち込むが、彼女らはその速さを生かして防いだり距離をとったりして去なしていく。

 右に左にと素早く動いていく彼女らを追うのをあきらめたのか、ベルはまずベルトの右側を押し込むと、フレイムフォームへとフォームチェンジする。追ってよけられるならば、こちらにおびき寄せればいい。そう考えたベルはフレイムソードを手に取り、攻撃を受け流してはカウンターを打ち込んでいく。

 一度距離をとった彼らは再度武器を構えると、今度は縦横無尽にベルに襲い掛かる。先程までの統率された動きとの違いを察したベルは、ベルトの左を押し、ストームフォームに変化した。

 

 

「嘘っ!? アギトって青色にもなるの!?」

 

「しかもさっきより早くなってない!?」

 

 

 ストームハルバードを駆使したスピード戦法に、ヒリュテ姉妹が悲鳴を上げる。アイズも声を上げることはないが、突然の戦い方の変更に若干戸惑っているのがわかる。

 

 

「『疾風の様に現れ、嵐のように厄災を薙ぎ払う』か。本当に伝承通りの蒼き嵐だ」

 

「リヴェリア様、アレでは……」

 

「難しいな。だが範囲魔法ならばあるいは」

 

 

 近接者が戦っている間に、魔法を主力とするリヴェリアとレフィーヤが詠唱を始める。素早い動きをする相手には、広範囲に及ぶ攻撃か、行動範囲を抑制する地形の生成が必要である。

 

 

「全員、離れろ!!」

 

 

 リヴェリアの声と共に近接冒険者たちは、一斉に距離をとった。同時にベルの周囲には氷が生成され、次の瞬間、彼が巨大な氷に閉じ込められる。追い打ちをかけるようにして、上空から幾本もの光の矢が降り注ぎ、小売りを砕きながらベルにダメージを与えていく。

 人一人に対してオーバーキルと、知らぬ人が見ればそう思うだろう。事実、彼等の様子を盗み見しに来た他の面子も、そのように感じていた。

 魔法によって砂塵が舞う中、全員が警戒したまま中央を見つめる。濃厚な砂煙が少しずつ晴れる中、黄色い二つの光が浮かび上がる。そしてそれを取り囲む彼らの肌にも、ビリビリとした感覚が襲い掛かってきた。

 

 

「……ハアアアアァァァァァ」

 

 

 長い長い吐息と共に姿笑わしたのは、罅割れ、燻った紅色の肉体と角を持つ戦士。しかし先程までの流麗な肉体ではなく、筋骨隆々で巌の様な体躯をしている。

 

 

「あれは、まずいね」

 

「そうだね、もしかしたら鍛錬どころじゃないかもしれない」

 

おおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 一旦下がったフィンたちにかまうことなく、中央でベルは雄たけびを上げる。誰が見ても、正気を失っている様相のベルは、天井に向かって声を上げ続けていた。先刻の戦う姿を見ているためか、額を伝う汗が止まることを知らない。

 

 

《……れ》

 

「え?」

 

「どうしたんだ、アイズ?」

 

「誰か、なんか言った?」

 

「いや、何も言ってないぞ」

 

 

 唐突にアイズが顔を上げ、キョロキョロ周りを見渡す。挙動不審なアイズをリヴェリアが見とがめるが、それでもアイズは周囲を見るのを辞めない。

 

 

《……れ……まれ……》

 

「だれ? 何を言ってるの?」

 

「お主が何を言っておるのだ、アイズ」

 

 

 依然頭の中に声が聞こえてくる声が気になり、アイズはベルのことに集中できない。幸いか、雄たけびを上げ終えたベルは動くことなく、息を荒らげてはいるが立ったままである。だからこそ、アイズがしきりに周囲を見渡しても、襲われることがなかったのだ。そして彼等の側が安全と判断したのか、ヴェルフとリリもフィンたちに呼ばれてひと固まりになった。

 

 

「ちっ、このまま立っていても仕方ないだろうが。俺が行く!!」

 

「ッ!? 待て、ベート!!」

 

 

 業を煮やしたのか、狼人族の青年ベートが飛び出していく。右に左に動き、自慢の脚力で素早く飛び出して蹴りを出すが、ベルはよけることなくそれを胴体で受け止めた。言い方を変えると、素直に攻撃を喰らったともいえる。しかし蹴られてもびくとも動かず、その無機質な黄色い双眼を、ベートへとゆっくり向けた。

 薄ら寒い風が背中に吹いた感覚が走り、ベートは咄嗟にベルから離れようとした。しかしそれよりも早く、ベートの足が掴まれ、地面にたたきつけられる。先程よりも緩慢で鈍重な動きだが、それに比例するように筋力が上がっている。その証拠に地面にたたきつけられたベートは、少しだけだが地面にうつ伏せにめり込んでいた。

 

 

「ベート!?」

 

「あれは、なんだ?」

 

「あれってアマゾネスの伝説に出てくる奴じゃない?」

 

「そうね。でもアレになったアギトは、本能の赴くがままに戦うって聞いてるけど」

 

「……動かぬのう」

 

「ええ、敵意を向けられた時だけ反応してる」

 

 

 アマゾネスであるヒリュテ姉妹は、ベルの状態を知っているのだろう。だが彼女らは動かないベルを見て違和感を感じているようだ。確かに彼女らの言う通り、本能に従うように、無差別に攻撃しているわけではない。先程のベートへの攻撃も、彼が先に攻撃したからこそのカウンターであった。

 

 

「……ベルだ」

 

「アイズ様?」

 

「……ベルが、止まろうとしてる。さっきから、ずっと」

 

 

 アイズは気になっていた。ベルが暴走態になってからずっと響いてきた声に、何とかして耳を傾けていた。そして聞こえたのは、しきりに「止まれ」と叫ぶベルの声だった。

 何とかして止まろうと、自制しようとした結果が、今目の前に無言で佇む様なのだろう。

 

 

「グっ……く、そぉ……」

 

「ベート?」

 

「調子に……乗るなあ!!」

 

 

 めり込んだ地面から身を起こしたベートは、再度ベルに向かって殴りかかる。また受け止められ、カウンターで返されるのだろう。それが容易に想像できたフィンたちは、何とかしてベートを連れ戻そうと駆け出そうとした。

 しかし、驚くべき事態が起こった。

 起きざまにベルに拳を叩きこんだベート。それに対して先程と異なり、ベルは衝撃でよろめき、数歩後退したのだ。

 

 

「攻撃を、受けた?」

 

「待って? ベートの手が……」

 

 

 そう、殴り飛ばしたベートの腕が変化していた。黒いグローブを装着した腕に重なるように、生々しい緑色の腕が延ばされている。荒々しく吐く息と呼応するかのように、緑色の部分が広がっていく。そしてゆっくりと、しかし明確に彼の腰に金の装飾のベルトがまかれていく。

 

 

「ベート、まさかお主!?」

 

 

 唯一ガレスだけが、何か知っているかのように声を上げる。全員彼に何かを聞こうと顔を向けるが、口を開く前にベートの雄叫びが今度は響き渡る。

 叫び声に呼応するように、ベートの体が変化していく。片腕だけだった緑色の部分が、腰のベルトの発光と共に全身に広がり、ベートは変身を完了した。双眼はアギトのように真っ赤に燃えているが、頭部に映える角はどちらかというとカミキリムシの触覚のようだった。そして彼の体はアギトと異なり、毒々しい黒と深緑の肉体に覆われていた。

 

 

「「おおおおおおおおおおおおお!!」」

 

 

 二体の獣はひときわ大きく叫ぶと、互いに向かって走り出し、拳を衝突させた。

 

 

「……ネフィリム」

 

 

 そしてその戦いを、身の丈ほどの尾びれの様な斧を持った存在が、感情を見せぬ目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

――ステイタス更新

 

――プロメスの末裔(ネフィリム)

 

――力の代価(ギルス)

 

 





――人の子よ、愛しき我が子よ

――何故力を求める?

――己がため? 他者がため?

――それとも、贖罪のため?



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29. 深緑の狼爪


本当はルート分岐を30話ぐらいでやりたかったんですけど、大きく予定変更になっちゃいました。
さて、最新話です。どうぞ。




 

 理由は分からない。

 しかしなんとなくだが、あの戦いざまを見て妙なイラつきとむず痒さが体を支配していた。そして頭の中で、度々妙な光景が浮かび上がり、その都度激しい頭痛に悩まされていた。

 そのヴィジョンでは遥か昔の時代だろう光景が何度も浮かび上がる。一人の青年が、力を持ってしまったが故に孤独になっていく。同時にその力の代償によって、体はどんどん老化が進んでいくという。更には当時人間に害を及ぼしていた存在の出現で、本人の意思に関係なく力が発動してしまう。

 ヴィジョンの中の男は、最終的には戦う本能を抑えられたようだが、それまでにどんな葛藤があったのか、わかりようがない。

 

 

「ウウウウウウウウウウ……」

 

 

 そして今目の前で無言で佇む少年。ファミリアの団長が言うように、少年の全力には束になっても易々と手玉にとられた。そしてその結果、彼の少年はさらなる力を開放し、正気を失ってしまった。

 ベートは弱者が嫌いであった。だが何も、自分より劣る存在が総じて嫌悪の対象というわけではない。だが己がどれだけ強くなっても、どれだげ技術を磨いても、両の手から零れ落ちていくものがある。それを理解しているが故に、力なく戦場に行こうとする弱者が、まるで過去の己を見ているようで、嫌悪の対象になっていたのだった。

 だが目の前の少年は、力を持ちながらそれを使いこなせていない。己よりも強大な力を持っていて、それを恐れている。正直に言うならば、ベートは嫉妬していた。己よりも「力」という意味で恵まれている少年に。

 

 

「調子に……乗るなあ!!」

 

 

 だからこそ、ベートは憤った。力を恐れている少年に。ヴィジョンの青年の友のように暴走するベルに。暴走を止めようと、しきりに叫び無理やり抑えようとする少年に。

 そして何よりも、その強大な力に嫉妬した己自身に。

 

 

──何を望む? 

 

 力を、目の前のベル(雑魚)を殴れる力を。

 

──何のために望む? 

 

 目の前の雑魚(バカやろう)を引き戻すため。

 

──会って間もない相手に何故? 

 

 

 頭に何度も問いが掛けられる。己の内側を暴かれるようでいい気がしない。そして同時に怒りも湧き上がってくる。

 身の程を弁えない弱者ほど、始末に負えないものはない。彼等は己の弱さを棚に上げ、分不相応な戦場に立ち、挙句身勝手に絶望して死んでいく。そんな奴らが死んでいく様を、泣き叫ぶ様子を何度見てきたことか。何度手を伸ばすのが間に合わなかったことか。

 だが目の前の少年はまだ間に合う。己を知り、己に過ぎた力を御しようと心身を削っている。その過程で出しているだろう泣声が、聞きたくなくても聞こえてくる。

 

 

──どれほど危険な力であっても? 

 

 

 力は強大であるほど、求められる対価も重くなる。そしてベートがこれから手に入れようとしている力は、どれほどレベルが上がっても身に余るものだと、彼は直感で理解していた。

 だが迷うことはない。大して知りもしない、しかし何かが違う少年をこの手で掬い上げられるのならば、どんな対価でも支払おうではないか。

 

 

──俺はあのとき、自分が自分である意味を見つけるために動いた。

 

 

 その声と共に、ベートの頭には一つの光景が広がる。力を恐れる青年と意見を交わし、青年を置いて戦いに赴く一人の男の姿を。最終的に青年は恐怖を克服し、さらなる進化を遂げたことを。

 

 

──振り払った俺に言えたことではないが、伸ばした手を決して離すな

 

 

 その言葉を最後に、声は消えた。代わりに己の背後に、別の存在(じぶん)が立っているのを感じる。狼ではなくカミキリムシを彷彿させる偉丈夫がベートの横にいた。

 だが拒絶はしない。手を伸ばせるのなら、何処までも伸ばすと覚悟した。

 両腕を顔の前でクロスさせ、そのまま両腰の位置に勢いよく腕を引く。すると隣にいた存在(じぶん)が入り込み、自分の体がそれに代わっていく。それと同時にベートの体は、目の前の少年と戦うという強い欲望が沸き上がった。

 目の前で変身したベートを見たベルは、天井に向かって雄たけびを上げる。それに合わせるようにベートも雄叫びを上げ、互いに拳を構えながら走った。そしてそれぞれ右拳を引き、突き出して相手の拳にあてる。獣となった二体は拳を振り上げ、足を回し、相手の肉体へと打ち込んでいく。そしてその撃ち込まれた打撃は、冴えわたった勘によって往なされていく。

 

 

「フンッ!! はあ!!」

 

「ダっ!! グォオオお!!」

 

 

 最早言の葉を出さない獣の戦いに、誰もが動けずにいた。当然だろう、人のそれではない、本能に任せた格闘戦に割り込めば、彼等の拳で焼かれ、爪でなます切りにされる未来が見えている。だから下手に動くことができないでいた。

 拳を重ねるにつれ、ベートの頭には変身前よりも鮮明に過去のヴィジョンだろう物が見えていた。自分の記憶でないのは勿論だが、目の前の少年の、ロストエイジの創造主との戦いも、そしてこことは違う、何処かの世界で戦ってきた戦士たちも。

 

 

「……テメェの様な兎野郎が、何を背負っているか知らねえよ」

 

「……」

 

「だがな。今のテメェの姿を見て、テメェは納得すんのか!? そんな弱虫野郎が、半端な覚悟で戦場に来るんじゃねえ!!」

 

 

 何度目かの交錯の後、ベートがベルに向かって吠える。事情を知らぬものからすれば、彼等がどんなやり取りをしているか、露程も理解できないだろう。だがそれでも、アギトの伝説についてある程度知っている者からすれば、非常に重要なやり取りをしているのがなんとなくだが理解できた。

 

 

「戦うんなら、最後まで走り抜けろ!! それができないなら巣穴に引きこもっていやがれ!!」

 

 

 ベートが吠えるとともに、ベルト/メタファクターと額のワイズマンズオーブが輝きを増し、ギルスアントラーから放出される余剰エネルギーも、バカにならないほど強大になっていく。触覚の様な角も。それと同時にベルのワイズマンズモノリスからは炎が噴き出し、額のマスターズオーブも輝きを増していく。

 

 

「……タアッ!!」

 

「グゥィァアアアアア!! ダアアッ!!」

 

 

 雄叫びと短い掛け声という違いだけを残し、膨大すぎるエネルギーを込めた右拳が、ベートの腹を、ベルのワイズマンズモノリスを射抜いた。二人を中心として浅く広い範囲に、クモの巣状の亀裂が地面に刻まれる。

 一瞬の静寂ののちに、二人は同時に膝をついた。ベートは辛うじて意識を保っているものの、ベルはそのまま変身が解け、地面に倒れたまま動かなくなった。ベートも変身が解けるが、肩が激しく動くほどの荒い息を繰り返し、尋常ではないほどの汗をかいている。

 

 

「ッ!? 二人とも、治療します!!」

 

 

 いち早く事態を察したリリが、ポーションを手に二人に駆けだした。それに続くようにリヴェリアとレフィーヤも駆け出し、それに続くように他の者も走り出した。

 

 

「ベル様、ベート様!! 大丈夫ですか!?」

 

「待っていろ、すぐに回復させる」

 

 

 リリは手持ちで一番質のいいポーションを二本取り出し、片方はベルに振りかけ、もう片方はべーとげと渡した。依然ベルは気絶したままだが、ベートは無言でポーションを受け取ると、自身の患部にかけていく。見る見るうちに傷は治っていくが、消耗した体力と精神力はポーションでは戻らない。そのためベートはリヴェリアが、ベルはレフィーヤが回復魔法をかけていく。

 

 

「ベート、さっきのはなんだい?」

 

「……あ?」

 

「お前の姿だ。アギトと似ているが、何処かが決定的に違う」

 

「知るかよ。それより悪いが先に休ませてもらう」

 

「待つんだ、ベート!!」

 

「テメェ、クソ狼!! 団長が聞いてるのに無視するとは何様だ、コラ!!」

 

 

 話すことなどないという態度のベートにティオネが突っかかるが、暖簾に腕押しという様子で彼は自身のテントへと戻っていった。

 

 

「……ガレス、君は何か知っているようだけど」

 

「……わしらドワーフに残る伝承じゃ。あれはギルスといってのう、アギトの進化の一つといわれておる。じゃがアギトとは違い、その強すぎる力を制する体内機関がない。じゃから殆どは制御できずに、本能に従う獣になるか、体が耐えられずに死ぬかのどちらかといわれておる。そのためか、ロストエイジ以降は目撃証言がなかったはずじゃが」

 

「じゃあ彼の異常な発汗や発熱、疲労は」

 

「ギルス化の反動じゃろうな。あやつは冒険者として心身が鍛えられておるからか、変身で己を失うことはなかったようじゃ。が、しばらくは様子見じゃな。必ずロキに話さんといかん事案じゃ」

 

「忘れないようにしよう」

 

「レフィーヤ、ベルは大丈夫そう?」

 

「……一応回復魔法は成功しています。ですが彼の心は相当に疲弊しているようで」

 

「皆さま、ありがとうございます。私たち三人の保護だけでなく、このような治療まで」

 

「いや、礼には及ばないよ。こうなった原因は僕たちにもあるからね」

 

「一先ず彼はこのままテントに運ぼう」

 

 

 フィンが指示を出すと、ヴェルフがベルを抱え上げ、テントに運んでいった。念のためにリリは二、三本ベート用のポーションを渡すと、ヴェルフの後を追ってかけていった。

 

 

「……フィン」

 

「どうしたんだい、リヴェリア?」

 

「ヴェルフの治療をしているときに気づいたんだが……」

 

「それが本当なら、どうすれば……」

 

 

 リヴェリアから発せられた言葉に、フィンは頭を振った。下手をすればロキ・ファミリアのバランスが良くも悪くも崩れかねない報告を、フィンは両手で顔を覆うことで整理しようと試みるのだった。

 

 





――アギトにネフィリム、否ギルスも目覚めた。

――無理やりの覚醒ではないことは分かる

――刹那だが、あの狼の隣にあの男が見えた気がするが。

――まぁ今はいい。幻影の男は後にしよう。

――さて、貴様にするか。

――ただの塵芥の塊がどこまで奴らに通じるか。

――これを私がお前たちに課す試練としよう。



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30. 兆し



就活辛い。
二十社以上うけて試験までこぎつけたのはたったの二社。
コロナといい、爆破予告といい、ままならないものです。




 

 

 右も左もわからぬ真っ暗な空間の中、ベルは一人棒立ちしていた。自身の記憶は集団訓練の途中から途切れていた。正確には、ベートが集団から飛び出してきたところから明確には記憶していない。僅かに覚えているのは、ベートがベルを殴り飛ばしたこと。そのままベートが緑色の異形、おそらくギルスに変身したこと。そしてその姿を見た途端、これまでの比ではない闘争心が沸き上がったこと。

 アギトとは違い、ギルス/ネフィリムは火のエルロード/プロメスの直接の子孫が発現する変身体であり、非常に生殖能力と戦闘能力が高い。反面その強すぎる力に耐えられずに本能に吞まれるものや、理性を保っても体がついていかずに、老化という形で体組織崩壊が起きてしまう。

 ベートはそれを知っていて変身したのだろうか? ギルスについてテオスに聞かされていたベルにとっては、それが非常に気がかりであった。だが恐らく現実の自分は未だ気絶しているのだろう。初めてのフォームチェンジとは違って無差別に攻撃はしていないものの、やはり強すぎる力に踊らされたのだろう。

 

 

「いったいどうすれば……」

 

 

 ベルとて、このまま力に踊らされるつもりはない。大した関わりを持たぬ、それこそ昨日初めて会話しただろう相手に、己が寿命を削る選択までして己を止めたベートに、何とかして報いたいと感じている。そしてバーニングフォームの制御はそのうちの一つの手段だとベルは考えていた。

 しかしいくら考えてもその方法が思いつかないし、だんだんと泥沼に嵌っているようにも感じられた。バーニングフォームは他の三種類のフォームとは質が異なる。恐らくだが、プロメスの力の攻撃性のみが表層化したものだとベルは精神世界で考える。いわばバーニングフォームは抜身の刀のようであり、必要なのはそれを抑える鞘である。

 何が足りない? 何が必要? 

 

 

「悩んでいいんだよ」

 

 

 突如暗闇に声が響く。右も左もわからぬ空間に木霊する声は、ベルに声の主の特定を困難にさせた。しかしそんなベルを無視するかのように、声は話を続けていく。

 

 

「いいんだよ。納得がいかないときは、何年でもかけてもとことん悩んでいい」

 

「ここで悩んでいたら、答えは出るでしょうか?」

 

「出ないだろうね。だって、そんな簡単に出たら、悩む事ないじゃない」

 

「でも、どうにかしないと……」

 

 

 声に問いかけるが、明確な答を得ることができない。

 

 

「みんな悩んで大きくなるんだから。君の場所はなくならないんだし。君が生きてる限りずっと、そのときいるそこが君の場所だよ。その場所でさ、自分が本当に好きだと思える自分を目指せばいいんじゃない」

 

「本当に好きになれる、自分ですか?」

 

「そう。少年の状態はさ、今は雨が降っている感じなんだよ。土砂降りの雨のせいで、右も左もわからない。だからこそ、自分というものがわかっていないんだと思う。でも大丈夫、止まない雨はないように君の心もきっと晴れる」

 

「そんな、理想的なことがそう簡単に……」

 

「そう、理想的。でもだからこそ、現実にしたいんじゃない。本当は綺麗事が一番いいんだもん」

 

 

 段々とベルに問いかける声にエコーがかかり、暗闇にも光が満ち始める。しかしそれでも周囲を見渡せど、声の主の影はない。何の手掛かりもなく、徐々に視界も白く染まっていく。

 

 

「大丈夫、君ならできる」

 

 

 その言葉を最後に完全に音は途絶え、精神世界にも関わらずベルの意識も薄れていく。最後にベルが目にしたのは、だだっ広い空間で一つ漂う、赤と黄金に色どられた特殊な時計と、その傍らで親指を立てた人懐こそうな青年の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 背中に感じる分厚い布の感触を認識するとともに、ベルは一つ身じろぎをして目を覚ました。ここ数日で見慣れたロキ・ファミリアのテントの天蓋に、一つため息をつく。また暴走を起こし、リリやヴェルフ、アイズたちに迷惑をかけてしまっのだと。

 首を左右に傾けてほぐし、寝袋から身を起こす。幸いというべきか、テントの中にはベル一人しかいないらしい。凝り固まった体をほぐしつつ、ベルは周囲の気配を探る。テントの外には複数の気配があり、しかしそれはここ数日で慣れ親しんだものだった。汗を拭くためだろう、脱がされていた服を着なおし、身だしなみを整える。そしてそれが終わるころに、テントの入り口が開かれた。

 

 

「あれ? どうして神様がここに?」

 

「……君たちがモンスターの群れを押し付けられたと聞いてね。居ても立っても居られないから規則を破ってでも来たのさ」

 

 

 眉尻を悲しそうに下げながら入口に立っていた人物、ヘスティアは静かに言った。彼女の表情を見て、どれほど自分たちがヘスティアに心配をかけたかを察してしまう。三度棒させたことも含めて、ベルの心中は申し訳なさで満たされていく。

 

 

「色々と話したいことはあるけど、まずは何か食べないとね。話は食事が終ってからだ」

 

 そう言うや否や、ヘスティアは二人分のスープ皿を手に持ってテントに入ってきた。それに続くようにリリもテントに入ってくる。その手にもスープの入った皿が握られていた。今回はファミリアだけで食事をとるつもりらしい。

 

 

「スープ自体はボクが来てから作ったものだ。非力な僕が探索に同行するんじゃスピードは遅くなる。野宿用の食糧で作ったものだから、これの負担はうちだけだから安心していい」

 

「え? このスープ、神様が作ったんですか?」

 

「はい。リリも側で見てましたから本当です」

 

 

 彼女らの返答を聞いて、改めて皿に目を落とす。ヘスティアの言うように、使われている具材は干し肉にハーブというシンプルなもの。一口飲むとベースの味付けは塩という非常にシンプルなものだった。しかし今の心身が疲弊した状態では、このシンプルさが妙にありがたく感じた。

 全員が食事を終えて一息ついたあと、ヘスティアは徐に口を開いた。

 

 

「さてベル君、事の仔細はリリ君とヴェルフ君。それからロキの子たちに聞いたよ」

 

「……はい」

 

「まずは良く生きててくれた。無事であったことが嬉しいよ」

 

 

 微笑みを浮かべたヘスティアは、二人に向けてそう言った。その笑みを見る限り、心の底からほっとしたのだろう。

 

 

「ベル君。もしかしてだけど、自分の暴走が原因でこんな状況になったと思っていないかい?」

 

 

 ヘスティアの指摘に、図星だったベルは答えることができなかった。もしあの場でバーニングフォームになっていなかったら、ダンジョンの床を抜かすことも、こうやって鍛錬中に他派閥に手数をかけることもなかったのでは。どうしてもそのように考えてしまう。

 一つため息をついたヘスティアは、ベルの顔をt両手で挟み込んで無理やり自分に向けさせた。突然の彼女の行動についていけずに当事者のベルも、静かに話を聞いていたリリも唖然としてしまう。

 

 

「あの大穴はボクも見た。あれほどの破壊跡は、アギトじゃない限り難しいだろう。でも君が、あの場であの形態にいならなかったら、ここにいるリリ君も、外にいるヴェルフ君も生きてはいなかった」

 

「……あ」

 

「後から『こんな策があった』、『あんな策があった』と顧みることはいいことだよ。でもベル君、キミはあの時実行できる最善をしたんだ。それを周りが何と言おうと、せめて自分だけは否定しないでくれ」

 

「辛いときは辛いと、しっかり言うんだベル君。そうして人は強くなっていく。内にため込んでも何も進展しない。それともボクやリリ君は、キミの話も聞けないほど、信用できないのかい?」

 

 

 ヘスティアの言葉が耳に入るたび、ベルの目は開いていく。しかし顔色はそれまでの青白いものから、徐々にだが血色を取り戻していた。ヘスティアの手からはなれたベルは、改めてリリとヘスティアの顔を見る。二人とも決して目をそらさず、真っ直ぐにベルを見つめ返す。その意志の強さは、今のベルにとって眩しくてたまらないものだった。

 

 





――人が一人でできることなんてたかが知れている。

――どんなに助けたくても、手が届かないことなんてたくさんある。

――だからこそ、この手が届く大切を守り抜きたい。

――自分に何ができるか、何がしたいのか。

――最後には自分で見つけないといけないんだ。



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31. 背負うもの


一旦就活が落ち着いたのでちょっとずつ書いていこうと思います。

それではどうぞ。





 

「申し訳ありませんでした!!」

 

 

 食事を終えてテントから出ると、和装を纏った少女二人からベル達は土下座をされていた。その傍らに立つ偉丈夫も頭は下げずとも、申し訳なさそうな表情はしていた。

 

 

「えっと、すみません。何に対する謝罪なのかいまいち理解していないのですが」

 

 

 そしてその状況でベルは動揺を隠せず、オロオロとするばかり。そんな様子を見てリリは一つため息をつき、ベルに耳打ちをした。

 

 

「この方たちは、私たちに『怪物進呈』をしたパーティーの人たちです。恐らくそのことについてでしょう」

 

「ああ、あれの」

 

 

 リリに説明されて、ベルは得心がいったとでもいうように、掌をポンと打った。しかしいつまでも頭を下げさせるわけにもいかず、何とかなだめて土下座を辞めてもらった。というよりも、今回のことに関しては、ベルは彼等を責めるつもりはない。下層まで落ちたのは誰が何といおうと、力を暴走させたベルに原因はある。

 

 

「あの、本当にすみませんでした」

 

 

 立ち上がりはしたものの、それでも頭を下げてくる小柄な少女ー千草を見てその隣に立つもう一人の少女ー命も同じく頭を下げた。しかし大柄な男―桜花は頭を下げることなく、口を開く。

 

 

「あの指示を出したのは俺だ。責めるなら俺だけにしろ。だが、俺はあの指示を出したのは間違いじゃないと思っている」

 

 

 堂々とした様相でそう言い放つ彼は、団長として責任を負うという覚悟と、絶対なる自信を感じられるものだった。しかしそんな彼等、タケミカヅチ・ファミリアの三人とは対照的に、ベルやリリ、ヴェルフの三人は非常に落ち着いたものだった。というよりも、この場をどう収拾つけようかということで頭がいっっぱいだったともいえる。

 やや時間が経ったが、代表してリリが最初に彼等に言葉を放った。

 

 

「謝罪は受け取りました。それに、仲間を助けるためにはアレが最善だったのだろうということは察せられます。私たちとしても、そのあたりは理解しているつもりです」

 

「そうそう。それに、モンスターの大半はベルが倒しちまったし」

 

 

 便乗してヴェルフが口を開く。

 

 

「……はい?」

 

 

 その発言を聞いた目の前の三人は呆然とした表情を浮かべた。その気持ちもわからぬわけではない。ベルがアギトであると知らねば、たかがレベル2の冒険者が、あれほどのモンスター群の大半を一人で倒すなど普通は信じられない。特に千草は同じレベル2であるだけに、その実力差について想像の範疇を超えていた。

 

 

「まぁというわけで、こちらとしては貴方たちを責める気は毛頭ありません。それでも気に病むとおっしゃるのなら、貸し一つということでいかがでしょう」

 

 

 最後にベルの出した提案が折衷案だったのだろう。ベル達に今後何かしらの危機が訪れれば、可能な範囲で手を貸すということで落ち着いた。

 話がひと段落したのち、流石に物資を補給する必要に駆られたため、ダンジョンに形成された町、リヴィラによることになった。そこでもひと悶着があり、ならず者たちのリーダー格を図らずともねじ伏せてしまったり、物価の高さに驚いたりと色々あった。

 その後、再び情操を目指して移動を始めたが、流石に休憩をはさむことになり、調度18階層にある小川近くで拠点を張ることになった。女性陣は拠点より少し離れた場所の川まで体を清めに行き、男性陣も軽く水浴びをする。しかし待っている間は暇になるもので、ベルは一人周囲の散策に出かけていた。

 探索する時とは違い、比較的心にも余裕を持ちながら歩いていると、開けた場所にたどり着いた。地下にありながら巨木が立ち並ぶ十八階層には珍しい空間に、ベルは足を止める。特に急いでいるわけでもないため、空間に足を向けたベルは、一つ小高くなっている場所に目を向ける。そこには幾本幾種類もの武器が突き刺さっており、その様子はまるで墓標のようである。

 

 

「……ッ!? 誰だ!!」

 

 

 突如背後に気配を感じ、背中の刀を一本抜いて構える。果たして目の前にいたのは、ヘスティアやヘルメス、桜花らと一緒にいたフードをかぶった女性。手練れとはわかっているものの、いったい誰なのかがわからない。少しだけベルは警戒を強める。

 

 

「……ベルさん、どうしてここに?」

 

「その声……もしかしてリューさんですか?」

 

「はい」

 

 

 深緑のマントと体に張り付くタイプの白い服を纏った助っ人の正体に、ベルは驚きを隠せなかった。元々ミアの店の店員は手練れがいるとは前々から思っていたが、まさかこうして助っ人としてダンジョンに潜ってくるとは思わなかったのだ。

 

 

「……クラネルさんは、どうしてここに?」

 

「拠点付近を散策していて偶々。リューさんは……もしかして」

 

「ご想像の通りです。花を手向けに」

 

 

 リューはそう言うとそれぞれの武器の前に一輪ずつ、丁寧に花を供えていく。やはりというべきか、場違いのように突き立った武器は墓標の代わりだったらしい。こうしてリューが手向けるということは、彼女の昔の仲間の者だろうか。

 しかし聞くわけにもいかず、ベルは黙って彼女の動くを見ていた。それでもリューは察したのか、花を手向ける手を緩めずに口を開く。

 

 

「私はかつてとあるファミリアに所属していました。正義と秩序を司る女神アストレア様率いるアストレア・ファミリアです。時折ミア母さんに暇を貰い、彼女たちに花を手向けに来ています」

 

「……」

 

「ベルさんは、神ヘルメスから私について何か聞いてますか?」

 

「いいえ。ヘルメス様とお会いするのは今日が初めてですし、妙に頭に警鐘が鳴らされる感覚がするので、余り近寄らないようにしてます」

 

「そうですか」

 

 

 リューは一度言葉を切ると、全ての花を手向け終え、武器の前で手を合わせる。暫く二人とも黙っていたが、やがて祈り終えたリューが再び口を開いた。

 

 

「私は、ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に載っています」

 

「え? リューさんが?」

 

「はい。冒険者の地位もすでに剥奪されています。一時は賞金も掛けられていました。私が所属していたアストレア・ファミリアは、迷宮探索以外にも、都市の平和を乱す者を取り締まっていました。しかしその分、対立するものも多くいました」

 

「ある日、敵対していたファミリアの罠に嵌められ、私以外の団員は全滅……遺体を回収することも出来ず、当時の私はここ18階層に仲間の遺品を埋めました。せめて彼女たちが好きだったこの場所にと」

 

「それで、復讐をしたと」

 

「……生き残った私はアストレア様を都市の外に逃がし、激情にかられるままに仇のファミリアを、一人で敵討ちしました。闇討ちに奇襲・罠など私は手段を厭わず、激情に駆られるままに。そしてすべての者に報復を終えた後、私は力尽きました。誰も居ない、暗い路地裏で……。愚かな行いをした者には相応しい末路だった。けれど……それでもミア母さんは、全てを知ったうえで私を受け入れてくれました」

 

 

 立ち上がったリューは苦痛を我慢した顔のままベルに向き直り、しかしすぐに目をそらしす。

 

 

「耳を汚す話を聞かせてしまってすみません。私は本来ならば、こうしてベルさんの近くにいられるような、きれいなヒトではないのです。すでにこの手は、薄汚く汚れています」

 

 

 そう言い、リューはこの場から去ろうとした。だが、それを許さぬように、ベルは彼女の手をつかんだ。唐突なことにリューは頭が追い付かず、振り払うことなど頭から抜けてしまっていた。

 

 

「リューさん。まずは話してくれてありがとうございます。僕は、出会う前のリューさんに何があったか、どんな葛藤があったかわかりません。ですがどんな過去があっても、少なくとも出会ってから見ていた貴女は優しい人だ。それは誰が何と言おうと、貴方自身が否定したとしても」

 

「わた……しは」

 

「それにリューさんの手が汚れているなら、僕の手も汚れています。僕も、激情に駆られて人を殺しました」

 

「……え?」

 

「神にもてあそばれ、本能のままに人を襲う存在になった人を、知己を、僕はこの手で殺しました。人を狂わせる力をその神は玩具と称し、人は神々の道具であればいいと」

 

 

 ベルから発せられる言葉の数々に、リューは動揺を禁じえない。勿論世の中は綺麗事ばかりではない、それは自分自身の経験で十二分に理解している。ファミリアの中には、暗殺やら窃盗やらを積極的に行う組織もある。しかし神自身がヒトに手を加えるなど、今の常識では考えられない。「神の力(アルカナム)」の封印を条件に下界に降臨している神では、余程の魔法具を使わない限り、そのような改造は困難を極めるものである。

 

 

「憤った僕は我を忘れ、うちに眠る力を暴走させ、義祖父に止められなければその神を『世界』から消してしまうところでした」

 

「え? ですが神は下界で死ぬような事態になれば、天界に強制送還されるのでは?」

 

「ふつうはそうです。でも、現状では僕は例外になるんです」

 

 

 ベルはそう言うとゆっくりと構えた。すると彼の腰に絡繰りじみたベルト/オルタリングが巻かれる。ゆっくりと吐き出された呼吸と共に右腕が正面に延ばされる。

 

 

「……変身」

 

 

 両のスイッチを押し込むと一瞬の輝きと共に、ベルはアギト・グランドフォームへと姿を変える。ベルの変身を目の当たりにしたリューは言葉を失い、またベルの紅い複眼の輝きと、その輝きの美しさに呆けてしまっていた。

 

 

「ベルさん……あなたはアギト……」

 

「はい。僕はこの力で神を一柱滅ぼしかけ、無理やりアギトに覚醒させられた知己たちを葬りました。それでも、そんな僕でも、神様やリリたちは受け止めてくれた」

 

「リューさん。僕たちは形は違えど『力』を持っています。そして二人とも罪を背負いました。でも僕たちはそれを忘れてはならない。でも……」

 

 

 そこで言葉を区切ったベルは、再び元の姿に戻る。先程までの戦闘者としての気配はなく、元の人懐こい少年のものだった。

 

 

「僕も先程神様から言われました。辛いときは辛いと言っていいんだと。リューさんがもし辛くなったときは、仮令僅かであっても僕が一緒に支えます。だから僕やシルの……僕の前からいなくなるなんて考えないでください。もし離れたとしても、僕がまたあなたを捕まえます。だからどうか、自分で自分を貶めないでください」

 

 

 リューの手を握ったまま、ベルはそう言葉を紡いだ。ベルは知らない。その言葉がどれほどリューにとっての救いになったのかを。彼が全てを知ったうえでリューを受け入れ、剰え自分も辛い状況でも支えると。その思いがどれほど大きくリューの心を打ったのか、ベルは知ることはない。

 

 

(全て知って尚私の、この血で汚れた私を受けてもてくれるのですか)

 

「……リューさん?」

 

 

 そして正面にいたベルは気づいた、リューの頬に一筋光るものが流れるのを。だがそれを指摘することも、拭うこともできなかった。まるで凍り付いたように動かないベルに、リューは泣きながら微笑みを浮かべる。

 勿論耐性のないベルは余計に固まることになるのだが。

 

 

「ベルさん」

 

「は、はいッ!?」

 

「ありがとうございます。何か、少しだけ軽くなった気がします」

 

「えっと……どういたし、まして?」

 

「それからこれからはリューと、呼び捨てで構いません」

 

 

 今までに見たことのない表情でそう言うリューに、ベルは言葉を発することなく見惚れてしまっていた。

 

 

 





――完璧な人間なんていない。

――だからこそ人は支えあって生きていく。

――誰もが生きているうちに、何かしらの罪を負う。

――決断八割であとはおまけ。

――その罪を数えたとき、初めて救いがある。



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32. 「強さ」


本当はもうちょい先まで行きたかった。

さて、更新です。ごゆるりと。




 

 

 暫くして拠点に戻ったが、いくら探してもヘスティアの姿がなかった。他の女性陣は水浴みから戻ってきており、話を聞く限りでは一緒に戻ってきたはずらしい。しかし彼女の姿を確認することができない。荷物は指定のテントにはおいてある。

 ふとベルが視線を落とすと、床に一枚の小さな紙片が落ちていた。訝しみながらもその紙片を拾い上げて捲る。そして書いてある内容を確認すると同時に、ベルは目にもとまらぬ速さでテントを駆け出していった。

 指定の場所は木々が鬱蒼と茂った場所であり、加えて拠点から離れていた。そのため、救援などはすぐに呼ぶことはできない。とはいえ、ベルは救援など呼ぶ気はさらさらなかったのだが。指定の場所についたベルは一人の男を見つける。それは拠点近くの街でベルとひと騒動起こしたならず者、モルドの姿だった。

 

 

「……お前が」

 

「よう、お前の神様はこっちだ。ついてきな」

 

 

 それだけを言い、モルドはベルに背を向けて歩き出した。出会いが最悪だったゆえに、彼のことが信用できないベルは、しかし他に選択肢もなくおとなしく彼についていく。暫く歩くと、岩場から突き出た円形の地形にたどり着く。中央が開け、周囲をぐるりとならず者の集団が取り囲むさまが、まるで円形闘技場の様な雰囲気を醸し出していた。

 

 

「安心しな。お前さんとこの女神様は無事だ。俺も神を傷つけるような罰当たりじゃねえ」

 

「なら、僕に直接用事が?」

 

「ああそうだ。お前さんにとっちゃはた迷惑な話だろうが、俺たちにもなけなしのプライドがある」

 

「……その白黒をつけるためですか?」

 

「話が早い。ここで俺と一騎打ちをしてもらうぜ。俺に勝てば女神さまは無傷で返してやる。だが俺が勝てば、てめえの身包み全てよこしてもらうぜ」

 

「……乗った」

 

 

 決闘の承諾と共に、ベルは背中から一本のみ抜刀した。誰が見ても業物と分かる逸品に、周囲を囲うならず者たちの目が輝く。そしてベルと相対するモルドも自身の武器を取り出す。しかしその口元には真顔のベルとは反対に獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

 

「覚悟しろよクソガキ。これから始まるのは、てめえが嬲り殺しにされる残虐ショーだ!!」

 

 

 モルドが叫ぶのと、彼が剣を振り下ろすのは同時だった。地面に切り下された剣の刃は、地面に転がる水晶体を砕ききった。同時にベルの視界は強い光によって満たされ、思わず彼は目を覆ってしまう。そしてそれがモルドの狙いであった。

 彼が砕いたのはベルの視界を遮り、「ハデス・ヘッド」というアイテムを使うためである。この頭部のアイテムは使用者を透明化させるものである。生き物は外界の情報のほとんどを、目から入る光景によって判断しているとされている。そのため、透明化されたとなると、咄嗟の反応をするのが非常に困難となるのだ。

 

 

「はっはぁー!! この程度かよクソガキ!!」

 

 

 姿が見えないのをいいことに、モルドは右から左からと斬撃を加えていく。ベルも何とか剣が空気を切る音で判断して斬撃を防いで入るが、このままではじり貧だろう。モルドもそれがわかっているのか攻撃の手を緩めず、また周りのならず者たちも彼等の一騎打ちをはやし立てる。唯一ヘスティアだけが両手を組み、ただただベルの無事を祈っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ハデス・ヘッド』も見事なものだねぇ。どう思うかい、アスフィ?」

 

「悪趣味です。何の理由があってベル・クラネルにあんな冒険者をけしかけるのですか?」

 

「それが彼の器を測るのにちょうどいいと思ったからさ。どうも僕が見た限り、人間の汚い部分をあまり知らなそうだったし」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

 

 ベル達が戦っている広場のはるか上、切り立った岩場の上からそれを眺める二つの影。今回の捜索に同行した男神ヘルメスと、その眷属である女性アスフィである。

 そもそもの話、ベルのこの戦いを仕組んだのは何を隠そうヘルメスであった。街でベルがモルドを一蹴したと聞き、彼にアイテムを与えて戦わせることで、ベルの力量とあり方を見定めようとしたのである。結果としては上々、アイテムの力もあるがベルは見事に苦戦はしているものの、あきらめずに立ち向かっていく。それは彼の実直な性格とヘスティアわ大事に思う紛れもない証拠であった。

 

 

「おや? 彼は何を?」

 

 

 ヘルメスが唐突に声を上げる。横に立つアスフィは改めてベルに目を向ける。途中から手数を補うためにもう一本の武器も抜刀していたが、唐突に両方とも納刀してしまったのだ。はたから見ればベルが降参したように見えるし、ヘルメスもアスフィも、ならず者たちもそう考えた。

 しかし実際に向かい合っているモルドとヘスティアは違った。ベルが目をつむり息を吐く動作を見て、彼の戦闘スタイルが変わったとわかったのはたったの二人だけ。

 

 

(なんだ? あからさまに空気が変わりやがった。経験で分かる。ああいうタイプのやつはヤバい!!)

 

(徒手空拳。グランドフォームの様な戦い方を武器持ち相手にするのかい? いや、エルロードたちは武器持ち。彼の存在と鍛錬したベル君ならばあるいは)

 

 

 息を吐いて動かなくなったベルを見て、周りのならず者たちのヤジが飛ぶ。しかしモルドはベルの今の状態を敏感に察知して、むしろうかつに動けないでいた。しかしいつまでも手をこまねいているわけにもいかず、武器を握りなおしてベルに切りかかる。

 

 

「ッ!? ほう? なかなかやるね、彼」

 

「見えない攻撃をいなしていく? しかしどうやって」

 

「さぁ? 流石に俺もわからないよ。(あの動き、まさか……)」

 

 

 襲い掛かられたベルは放たれる斬撃を避け、受け流し、返す刀のように拳を的確に当てていく。猛き炎の様な強力な打撃に、形を持たぬ風の様な清廉さ。その在り方に姿の見えないモルドは段々押されていき、ついに頭部のアイテム破壊されて姿が現れた。それからは棒立ちから一転、ベルの怒涛の攻撃が決まっていき、ついにモルドとの一騎打ちはベルの勝利という形で決着がついた。

 

 

「流石はレベル2、というべきかな? 一応モルドは対人経験が勝っているはずだけど」

 

「そうですね。それで? 知りたいことは知れましたか、ヘルメス?」

 

「ん~底が知れないということだけかな。今度は別の方法……で……」

 

 

 尋ねられたことに素直に返したが、言葉の途中でアスフィと声が違うことに気が付く。違和感を感じたヘルメスが振り返った先には、中世的な外身を真っ黒な衣装で包み込んだ存在が立っていた。そしてヘルメスの隣にいたアスフィは、突然現れた存在の醸し出す「格」の違いに押され、言葉を発することができずにいた。

 

 

「な、何故!?」

 

「私がここにいることが不思議ですか? ヘルメス、何やらベルが気になっているようですが」

 

「え、あ……これは、その……」

 

 

 アスフィは知る由ないが、この黒衣の存在こそが「世界」創造の片割れ、オーヴァーロード/テオスである。無論神であるヘルメスは出会ったことはなくとも、直感で逆らってはならぬと理解してしまっていた。

 

 

「どうやらベルの器を測ろうとしていたようですが。まぁあの程度ではあの子を見ることはできませんよ。あの子は彼の戦士たちの魂を継ぐもの、ならず者との戦いではあの子の本当の力は発揮されない」

 

「て、テオス様。それはどういう?」

 

「知りたければ静観を貫くことです。下手に手を出せば、あの子によって貴方は滅されますよ」

 

「人の子が神を滅する? 悪い冗談ではないですか?」

 

「冗談ではありませんよ」

 

 

 そう言い残すとテオスは現れた時同様、瞬きする間に消えていった。同時に重たくのしかかっていた存在感に解放されたために、アスフィは何度も肩で息をしていた。ヘルメスもいつもの爽やかさの気配はなく、額に大粒の汗を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この気配」

 

「うん、テオス様がいらっしゃったね」

 

「恐らくこの計画を立てたのはヘルメス様だったのでしょう。同じ場所にヘルメス様の気配も感じます」

 

「まあ何はともあれ、お互い無事でよかった。ごめんよベル君。ボクが油断していたばかりに」

 

 

 互いの無事を確認し、二人で帰路に就くために足を踏み出した。しかしその時重々しい地響きが聞こえてくる。頭上からは砂塵がパラパラと落ちてきており、足音の様な地響きは段々とこちらに近づいてきていた。人とは異なる大きな気配を放つそれを危惧し、ベルはヘスティアを抱えて広場から岩伝いに地面へと降りていった。

 拠点まで走っているとついに十八階層の天井は崩れ去り、人の何倍もある大きさのモンスターが落ちてきた。

 

 

「あれは、『階層主(ゴライアス)』!? なんで階層を突き破ってまで?」

 

「多分ボクら神を滅するためだ。テオス様の存在を感じて、そして同じくダンジョンにいたボクやヘルメスを察知したんだよ!!」

 

「だとすれば、アレを倒さない限り何処までも追ってきますね」

 

 

 走りながら推論を立てていく。拠点までの道のりの途中で、非常事態を察したヴェルフやリリやリュー、そしてアイズたちロキ・ファミリアの幹部らもこの場に集結している。

 

 

「ベル、これはいったいどういう状況だ?」

 

「わからない。でもたぶんアレを倒さないとこの階層から出られないと思う」

 

「特徴はゴライアスだけど、色が黒くなっている。多分強化されている」

 

 

 集まったはいいが、いくら高レベルの冒険者であっても、無策で階層主に挑むのは自殺行為である。加えて慣れ親しんだ団員だけでなく、この場には初めて戦闘パーティを組む者たちもいる。付け焼刃のチームワークでは、かえって死亡率を高めてしまうことになる。ロキ・ファミリア団長のフィンは頭の中で思考を進めていくが、いい策があまりわいてこない。しかしこうしている間にもゴライアスは歩を進め、ヘスティアとヘルメスを目指して近寄ってきている。

 

 

「……フィンさん。何とか策を出すことは出来ますか?」

 

「できると思う。でもどうにか時間を稼がないと……」

 

「なら僕は時間稼ぎをします。それに、どうも拠点にもモンスターが近寄ってきているようです」

 

「なんだって?」

 

 

 ベルの索敵の話を聞き、フィンたちは更に焦った。いま拠点にはヘファイストス・ファミリアの面子しかおらず、多少のモンスターは退所できても、こんな下層のモンスターを単騎撃破できるほど強いわけではない。加えて拠点を構えていたのが安全圏というのもあり、奇襲も同然のモンスター襲撃なのだ。

 頭を悩ますフィンとリヴェリアだったが、彼の目の前で黄金の輝きと緑色の輝きが起こった。そちらに目を向けると、ギルスに変身したベートとアギトに変身したベルが、それぞれ拠点とゴライアスの方向を見つめている。

 

 

「おい兎野郎。あいつの相手は出来るか?」

 

「時間を稼ぐことなら」

 

「そうかよ。手助けは期待するなよ」

 

 

 そう言うや否や、ベートは拠点に向かって目に見えぬ速さで駆け出していき、ベルもまたゴライアスに向かって飛び出していった。フィンの指示も出ぬままに駆け出した二人に一つため息をついたリヴェリアとフィンは。首を一度振って顔を上げた。

 

 

「殲滅を得意とする者は拠点の救援に!! リヴェリアはそこで指揮をとってくれ!! ゴライアスには僕とアイズ、ガレスとレフィーヤで向かう!! 他の者たちは……」

 

「私たちはベル様の方に行きます」

 

「俺たちはベルのパーティーメンバーだ。あいつの救援に行かせてもらうぜ」

 

「私も、微力ながらベルさんの助太刀に行きます」

 

 

 ベルのパーティーの面々は、是が非でもベルの助太刀に行く気だった。そこには強い意志があり、仮令フィンが拒否したとしても無理やりついてくるかもしれないということが伺えた。

 

 

「……自分たちのみは自分たちで守るんだ。こちらも戦力を半分に割く以上、フォローも満足にできない。いいね?」

 

 

 フィンがそう言い募るのと拠点で緑の強い輝きが起こるの、ゴライアスの足元から大きな火柱があがるのは同時だった。

 

 






――晴れる日も雨の日もある。

――携帯なくすこともあれば、帽子をなくすこともある。

――でも生きることはなくすことじゃない。

――自分を強く持っていなければ、その自分に負けてしまう。

――だから人は体を、心を鍛えるんだ。


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33. ゴライアス・ロード


今回は長めです。

ではどうぞ。




 ロキ/ヘファイストス・ファミリアの拠点は混乱に包まれていた。彼等が拠点を張っていたのはダンジョン内における「安全圏」といわれるエリアで、モンスターがわかないことが常識である。しかし、現在その「安全圏」に多量のモンスターが押し寄せているという報告があったのだ。

 現在拠点にいるのは武具整備のためにロキ・ファミリアに同行していたヘファイストス・ファミリアの鍛冶師たち。そしてレベルが2や3程度の冒険者だけである。一対一の状況であれば、この場にいる冒険者であっても何とか退所は出来るが、非戦闘員を護りながらとなると些か荷が重すぎる。だからといって、彼等に逃走という選択肢はないのだが。

 

 

「弓矢隊は後方に!! 盾持ちは前衛に立つんだ!! モンスターどもを拠点に入れるな!!」

 

 

 ロキ・ファミリアの冒険者ラウルの指示が戦場に響く。彼はレベル4の冒険者であり、ロキ・ファミリアの主力メンバーを補佐する二軍の中核を担う冒険者である。彼の指示により冒険者たちは隊列を組み、モンスターの襲来に対処していく。勿論十八階層のモンスターは上層とは比較にならぬほどに協力になっており、第二軍では苦戦はしないものの、決して楽な戦いではない。

 弓矢や前衛によってモンスターたちは魔石へと還っていくが、それでも冒険者側も負傷者が増えていく。元々彼等は遠征からの期間途中だったこともあり、回復用の物資も補充したとはいえ、十分な量があるとは言えない。そのため負傷しても最低限の治療しか施すことができない。このまま戦い続けてもじり貧であり、運よく鎮圧したとしても、最悪死者すら出かねない。どうするかラウルは思考をを巡らせる。

 

 その時、盾持ちの前衛たちの前の緑色の輝きが落下した。衝撃と風で前衛と交戦していたモンスターが吹き飛ぶ。土煙が腫れた先には、全身が深緑と黒い肉体で覆われた異形が、肩で息をしながらモンスター群を睨みつけていた。ラウルたちからは異形の背中しか見えていなかったが、正面から見たらモンスターと間違えても仕方がない形相をしていた。

 元々赤く輝いていた大きな複眼は更に煌々と光を湛えており、頭から生えている二本の触覚は長く伸びていた。暫くモンスターを見つめていた異形は、左手の甲から突き出ている黄色い突起を伸ばしてかぎ爪状に変えて切りかかった。

 一振りで次々にモンスターをなぎ倒していく様を見て、ラウルたちは冷や汗を流す。今はモンスターだけに意識を割いているものの、もしモンスターが全滅されれば、次は自分たちにその刃を向けるのではないかと恐れたのだ。

 

 

「ギギギ、ギギイイイ!!」

 

「でや!! ダアアッ」

 

 

 モンスターもこの緑の異形が危険だと感じたのだろう。冒険者たちには目もくれず、全てのモンスターが異形に向けて武器や爪をむき出しにしてとびかかっていった。しかし囲まれても動揺することなく、異形は獣の様な俊敏の動きで攻撃をよけ、かぎ爪でモンスターを切り裂いていく。時折モンスターを威圧するように大声で叫び、それに硬直したモンスターを更に仕留めていく。

 

 

「無事か、みんな!!」

 

 

 と、そこへ救援に来たであろう、リヴェリア率いる何人かの幹部組が戻ってきた。事前に事態を察したのだろう。すぐにケガ人の保護に動き、前衛の補助をしつつも、その他冒険者たちに指示を出していく。

 

 

「ケガ人は早く後退しろ!! 戦える奴は防衛線を護りつつこっちまで来るんだ」

 

「しかし、あの緑のやつを放っておくわけには」

 

「あいつは大丈夫だ、心配しなくていい。それより消耗していない者たちはあちらのゴライアスの救援に向かってほしい」

 

「ゴライアスも出ているんですか!?」

 

「ああ。それに見たところ強化されている。今はフィンらと共にヘスティア・ファミリアの者が対応している」

 

「わかりました。では治療班を数人残し、ほか無事の者たちと一緒に向かいます」

 

「頼むぞ」

 

 

 リヴェリアの指示によってフィンたちの許に向かおうとしたとき、ラウルは背筋に走る薄ら寒いものを感じた。恐る恐る振り返る先には、両腕を顔の前でクロスさせ、中腰で構える緑の異形。その足元には何かの紋章の様なものが浮かび上がり、やがて渦を巻くようにして異形の右足に吸収され、そのかかとに生えていた鉤爪上の突起物に大きめのエネルギーの刃が形成される。

 

 

「Grrrrrrrr……デヤアッ!!」

 

 

 一瞬の溜めののち、異形は一気に駆け出し、飛びながら後ろ回し蹴りを残りのモンスター群に向かって繰り出した。蹴りだすと同時に更に肥大化した緑色の光刃が残っていた全てのモンスターを切り裂き、魔石ごと爆散させた。たったのひと蹴りで、隊列を組むほどのモンスター群を殲滅させた異形、その牙の向かう先は果たして何なのか。ラウルは目の前の紅に光る恐怖して動けずにいた。

 しかし異形は冒険者たちやラウルには目もくれず、リヴェリアだけに目を向けた。そして彼女だけに分かるように首肯すると、ゴライアスに向けて飛び出そうと足に力を込めた。

 しかし水を差すように、異形の足元に何かが数発撃ちこまれた。

 

 

「……いやー悪いね。でも今回、君はここで待ってて貰わないと」

 

「……誰だ、テメェ」

 

「誰、か。ん~あえて言うなら『破壊者と対なす盗賊』かな?」

 

KAMEN-RIDE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に立つ黒き巨人(ゴライアス)を見上げる。全身から滲み出る覇気は抑えることをせず、その全てを目の前に立つ戦士(ベル)に向けている。ゴライアスは階層主と呼ばれるだけあり、その全てが他のモンスターと一線を画している。特に筋骨隆々の肉体に違わず、単純な力ならば並みの冒険者ならばひと捻りされることは想像に難くない。

 しかしその反面スピードはそれほど速くはない。その遅い動きを馬鹿力と筋肉の鎧で補っている。そう考えたベルは、力と防御に秀でたフレイムフォームへと変身した。ストームフォームで攪乱するのも考えたが、もしも攻撃を受けた場合、ストームフォームでは大きくダメージを受けてしまう。

 オルタリングからフレイムセイバーを引き抜いたベルは、ゴライアスのパンチや踏み付けを避け乍ら一撃一撃を確実に入れていく。着られると同時に内側を焼かれる痛みで、ゴライアスは更に怒り狂い、全身の筋肉に力をみなぎらせていく。

 

 

「……ちょっと拙いかも」

 

 

 ベルは独り言つ。攻撃を避けてはいるが、拳の風圧や足踏みによる地面の振動などで、ベル自身が思っているよりもダメージを受けていた。もしこれがグランドフォームやストームフォームだったらと考えると冷や汗が止まらない。

 

 

「でも今あいつの注意は全部僕に向いてる。あと少し時間を稼ぐぐらいなら……」

 

 

 しかしベルの期待を裏切るようにゴライアスは行動を起こした。ベルが相手をしているのはゴライアスとは言え、強化された個体。それにフィンの動揺からして、見たことのない強化体という線が濃厚である。

 大きく開いた口に得体のしれないエネルギーが集まっていくのを感じたベルは、咄嗟に足元に紋章を出し、足を介して剣にエネルギーを込める。紋章が消えた頃には剣からゴライアスの身の丈を超すほどの火柱が立ち上っていた。

 

 

「ふうぅぅぅぅ……ヌゥウン!!」

 

■■■■■■■■■■■■■──■■■■■■■■ッ!! 

 

 

 巨大な剣が振り下ろされるのと極大の咆哮(ブレス)が繰り出されるのは同時だった。暫く鍔迫り合いとなったが、やがて焔の剣が咆哮を切り裂き、そのままゴライアスを縦に切り裂いた。

 左右に切り分けられたゴライアスはドウと地響きをたて乍ら倒れていく。地に伏したまま動かなくなったゴライアスを確認し、ベルはホウとため息をついた。自身より大きい敵の相手は何度かしてきたが、今回のゴライアスは今までの比ではなかった。そのためなのか、いつになく精神的に疲弊してしまっていたようだ。

 

 

「ベル―!!」

 

「ベル様―!!」

 

 

 遠くから自分を呼ぶ声がし、そちらに目を向ける。そこには大きく手を振りながらこちらに走ってくるヴェルフとリリ、無言だが並走するリューとロキ、タケミカヅチ・ファミリアの面々。そして彼等に守られるようにして同行しているヘスティアとヘルメスの二柱。とりあえず安心したのもあり、ベルは変身を解くのも忘れて手を振った。

 しかしベルの直感が突如警鐘を鳴らす。右手に握っていたフレイムセイバーを本能に従って振りぬくと、何やら黒くて大きなものを切り払ったのを認識した。急いで前方に目を向けたベルの視界に入ったのは……

 

 

「再生……している?」

 

「ゴライアスは確かに再生するけど。普通ああも見事に縦に割られたら魔石ごと砕いているはずなんだ」

 

「でもあんな……あんな変な再生の仕方はしませんよ!?」

 

 

 立ち上がりながら、徐々に肉体を再構築していくゴライアスの姿だった。普通ゴライアスが再生する際、傷口の組織が盛り上がるように再構成され、欠損した部位を作り直すように行う。しかし目の前のゴライアスはまるで盆に注ぎなおされる水のように肉体が繋がり、傷口も塞がっていく。そして特筆すべきは、左胸の真中あたりに妙な文様が浮かび上がり光っていることである。

 

 

「あの文字……まさかエルロード?」

 

「ベル君。まさかあのゴライアスの強化はエルロードの誰かがやったというのかい?」

 

「予想です。ですがあの文字は確かにテオス様とエル、ロードの使うものです。そして水の特徴が表層化していることから考えると、恐らく水のエルかと」

 

「ただでさえ強いゴライアスがエルロードの加護を受けたんですね?」

 

 

 唯一それに気づいたヘスティアたちが話を進める。ヘルメスは口に出さずとも、エルロードかテオスが手を加えたことを察していた。しかし他の面子は彼等が何を話しているかがわからない。

 

 

「ベル。君の言うエルロードというのは何だい?」

 

「……この場ではある方の眷属という認識で。詳しくはロキ様にお伺いください。それより気をつけないといけないのは、あれは従来の強化ゴライアスと一緒にするのは拙いです」

 

「それはあの再生の仕方でなんとなくわかるけど。それほどにかい?」

 

「はい。あれは最早ゴライアスの括りに入れること自体が間違いです」

 

 

 彼等が会話を進めている間に、ゴライアスの再構成が徐々に終わりを見せる。同時に巨人の体には魚類の(ひれ)の様なものが形成され、クジラの尾鰭のような斧も握られる。

 

 

「武器を持つゴライアス……確かに認識を変えた方がよさそうだ」

 

「……僕が囮になります。その間に態勢を整えてください」

 

「しかしそれでは君が……」

 

「ベル。いくらアギトでもそれは無茶が過ぎると思う」

 

「無茶なのは分かっています、アイズさん。でも恐らく、一番適してるのは僕です」

 

 

 ベルはそう言うと、オルタリングを光らせながら二本目のフレイムセイバーを抜いた。それぞれの剣に炎を纏わせながら、ベルは出せる限りのスピードでゴライアスに向かい、足の筋や関節を切り裂いていく。しかし再構成の時に肉体を硬化させたのか、先程までと違って刃がほとんど通らない。更にはゴライアスの振るう斧によって真空間が出来上がり、それによって形成された空気の刃がベルの体に傷をつけていく。いくら防御力も高いフレイムフォームといえど、蓄積するするダメージには逆らえない。

 

 

「ッ!? ガレス、相手の隙を狙って大きな一撃を入れてくれ!! 一撃離脱を繰り返すんだ!! アイズ、ティオネ、ティオナは僕と一緒にベルの邪魔にならなように攪乱だ!!」

 

「「「はい(わかった)!!」」」

 

「レフィーヤだけど……」

 

「遅くなった!!」

 

 

 フィンが指示を出している最中に、拠点に向かっていたリヴェリア一行が到着した。何人かの冒険者たちも引き連れているが、ゴライアスの異常な変異に動揺を隠せていないようだ。それに真っ先に拠点に向かったベートの姿が確認できない。

 

 

「いいところにきてくれた。魔法隊、弓矢隊は外周を囲うように隊列を組んでくれ!! 近接隊は出来るだけ素早く動けるように盾の使用は控えるんだ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

「リヴェリア、ベートはどうしたんだい? ベートがいた方が幾分楽になるんだけど」

 

「ベートは謎の襲撃者に対応している。自身を盗賊と名乗っていたが、奴はロストエイジの道具を使いこなしていた」

 

「襲撃者?」

 

「奴の目的はベートをここに寄せ付けないことと言っていた。どうやらあのゴライアスの異常に関係しているらしい」

 

 

 ゴライアスの変異と謎の襲撃者。増えていく問題にフィンは頭を抱えたくなってしまうが、今はそんなことをしている場合ではない。一度頭を振って意識をリセットし、再びリヴェリアに向き直った。

 

 

「リヴェリアは外周でレフィーヤや他の魔法隊と共に迎撃を頼むよ。あと怪我人の治療も必要なら頼む」

 

「わかった。レフィーヤ、行くぞ」

 

「はい!! リヴェリア様!!」

 

 

 フィンの指示に従い、外周へと移動する二人。それを見届けたフィンは自らの愛槍を構えて戦場へと向かった。

 戦況は苦しく、次々に怪我人が増えていく。死者がいないことが幸いだが、このまま全員が負傷すれば結果的に全滅の一途をたどることは明白である。リリがゴライアスの目を狙ってボウガンで打つが、なかなかに命中しない。リューやアスフィがスピードを生かして斬撃を入れてもはじかれ、魔法で攻撃しても巨大な斧で薙ぎ払われてしまう。

 

 

「グっ!? 重……い……!?」

 

 

 そしてついにゴライアスの斧の振りおろしがベルを襲った。何とか二本のフレイムセイバーで受け止めるが、衝撃で腕にしびれが入る。地面に足がめり込むほどの衝撃に一瞬意識が飛びかける。そしてその一瞬が命取りとなる。

 急に軽くなったことに反応できずにつんのめるベルの正面には、巨大な拳が眼前まで迫っていた。そしてベルが気が付いた時にはすでに遅く、剛腕から繰り出されるパンチをまともに受けてしまった。あまりの衝撃と痛みにベルは完全に気絶し、地に伏してしまう。同時に彼の変身も解除されてしまい、次の一撃で確実に死に至る状態になった。

 攻略の要であるベルが倒れたことにより、一気に場の士気が乱れてしまう。アイズは剣筋が乱れ、ヴェルフとリリも同様で碌に攻撃も出せず、他冒険者たちも同様に動きに粗が出始める。

 ゴライアスも一番の危機が去ったと感じたのだろう。足を振り上げ、確実に危険要素を排除するためにベルに振り下ろそうとした。

 

 

「ベル君!!」

 

「ベル様、起きてください!!」

 

「誰か彼の回収に!!」

 

「間に合わない」

 

 

 誰もがベルが潰される光景を幻視した。事実、誰もがベルの許へと走るが、誰も間に合わないことは明白だった。

 

 

「おっと。悪いが、今そいつに死なれるのはこちらとしては痛い」

 

 

 ただ一人を除いて。

 突如ベルの下に灰色のオーロラが現れ、ベルはそこに落ちる。そしてゴライアスの足が着く前にそれは閉じてしまい、巨人の足は何もない地面を踏みしめた。

 獲物を踏んだ感触のしないことにゴライアスは戸惑うが、不意を衝いて顔面と眼球を襲う痛みにそれどころではなくなり、余りの痛みにのたうち回った。

 

 

「……誰だい?」

 

 

 再び外周に現れたオーロラを通って出てきた男に、ヘスティアは警戒を示す。しかし男の腕に抱えられたベルを見て、彼が一応助けてくれたことを理解した。

 男は無言でベルを下すと、手に持っていた妙な銃の持ち手をたたみ、一枚のカードを開いて取り出した。そしてそのままのたうち回るゴライアスの許へと歩き出す。その足取りはごくごく自然なもので、男が係争であるにもかかわらず、誰もが言葉を発せないでいた。

 

 

「誰だと聞かれれば答えに困るな」

 

「名前は言いたくなければ言わなくていい。でもベル君を助けてくれた君が信用できるかわからないんだよ」

 

「信用はしなくていいさ。そうだな……色々といわれているが、あえて名乗るとしたらこれが一番しっくりくる」

 

KAMEN-RIDE

 

「『世界の破壊者』、または『通りすがりの仮面ライダー』だ」

 

DECADE!!

 

 





――おや? どうやらあいつも来たようだね

――何の話をしてやがる?

――今はいいさ。いずれキミもわかるよ。

――ああ? 何ならここで吐いてもらうぜ!!

――できるのかい?



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34. 業炎


個人的にはやっとという印象。
ではどうぞ。

なんで熱出てるのに書いたんだろう?(夏風邪です)




 

 

「仮面ライダー? 何だそれは?」

 

「気にしなくていい。そら、奴さんも復帰したみたいだぞ」

 

 

 マゼンダと白黒に彩られた鎧を着た男が、気怠げにゴライアスを指さす。先程まで痛みでもだえていたが、もう傷も治ったらしい。加えて顔に攻撃を受けたことにより、先程よりも怒りに力をみなぎらせている。

 

 

「まあ、怒ったところで独活(うど)の大木なのには変わりない」

 

ATTACK-RIDE. BLAST!!

 

 

 男がバックルにカードを差し込むと機械的な音声が辺りに響き渡り、男が手に持つ妙な機械から弾のようなものが何発も発射され、ゴライアスの体を打ち抜いていく。

 

 

「あれは、ロストエイジの道具か?」

 

「そう言えばあの謎の襲撃者も同じように変身していた」

 

「ごちゃごちゃ言っていないで、さっさと隊列を組みなおせ」

 

ATTACK-RIDE. SLASH!!

 

「す、すまない。弓矢隊、魔法隊!! 一斉砲撃!!」

 

 

 男に叱咤されながらもフィンは気を持ち直し、部隊に指示を出していく。命令を受けた弓矢隊は一斉掃射し、魔法隊は詠唱を開始する。無論ゴライアスも抵抗を試みるが、それを阻むように謎の男が斬撃を入れてそれを阻む。そしてゴライアスにとって質の悪いことに、踵の筋や膝裏など嫌な場所を狙って切りつけられ、しかも刃が弾かれることもないので痛みが走っていく。幸い筋が切られることはないが、痛いことには変わりない。

 

 

「ベル君!!」

 

「ベル様!! 起きてください!!」

 

「回復魔法が……!!」

 

 

 救護エリアでヘスティアとリリの声が響く。ポーションとレフィーヤの回復魔法の併用で治療を施していくが、ベルの意識は未だ戻らず、傷の治りも悪い。

 

 

「レフィーヤ、交代だ!!」

 

「リヴェリア様……」

 

「お前は隊列に入り、ゴライアスの攻撃を頼んだ」

 

 

 リヴェリアと交代したレフィーヤは隊列に入るが、何度かベルに向かって振り向く。しかし他の者と混じってゴライアスに向かって詠唱を始めた。リヴェリアもベルの治療に取り掛かるが、それでもやはり遅々として進まない。

 

 

「何故だ!? 何かが魔法を拒んでいるように……」

 

「ヘスティア様、リヴェリア様!! あれを!!」

 

 

 リリの指さす先を確認すると、ゴライアスの左胸に刻まれた文字が光を放っていた。同時にリヴェリアの回復魔法は愚か、魔法隊の魔法も威力が極端に落ち込み、効果が低くなってしまっていた。

 

 

「……余計な知恵ばかりつけるな」

 

KAMEN-RIDE. BULD!!

 

FORM-RIDE. HORK-GARTERING!!

 

「変わった!?」

 

「飛んでる!!」

 

 

 再度変身をした男の容姿は、初めは青と赤のツートンカラー。それからすぐに黒と橙のツートンカラーへと変化する。背中から絡繰りじみた橙の羽を生やした男はそのままダンジョンの空へと舞い上がり、手に持つ妙な道具で何発も弾を顔に当てていく。やがてゴライアスが痛みにもだえたとき、その左胸が無防備にあらわになった。

 

 

「ここだな」

 

FINAL-ATTACK-RIDE. BU-BU-BU-BUILD!!

 

VORTEX-BREAK!!

 

「はっ!!」

 

 

 幾度目ともわからぬ機械音声に驚きつつも、周りは攻撃の手を緩めない。それはひとえに、謎の男が胸の模様を狙っていることを察し、攻撃しやすくするためである。周りの攻撃もあってかゴライアスは攻撃に悶えはするも左胸を隠すことができず、地面に縫い付けられている。そしてその胸に向かって、男の強力な一撃が過たずに模様を貫き、それを消し去った。

 

 

「模様が消えたぞ!! 魔法隊、ぶち込めええ!!」

 

 

 これにより、魔法を阻害するものがなくなったことで魔法攻撃が激しくなり、また回復魔法の効力も元に戻っていく。

 

 

「ベル君、聞こえるかい? 皆が一丸となって脅威に立ち向かっているよ」

 

「ベル様だけに背負わせないように、みんなで戦っています!! だからベル様……」

 

「アギトかどうかなど関係ない!! 君はこの戦いの要だ!!」

 

 

 ヘスティアたちの声が響く。そしてその声は、確かにベルに聞こえていた。

 

 

(神様、リリ、リヴェリアさん。レフィーヤさん、アイズさん、フィンさん、ベートさん)

 

(みんなが戦っている。なのに僕はなんで倒れているんだ。動け、動くんだ!!)

 

 

 しかしベルの意志に反して彼の体はピクリとも動いてくれない。それがたまらなくもどかしい。

 

 

……聞こえるか、少年!!

 

 

 その時戦場から一つの声が響く。それは唐突にこの場に現れた、幾度も姿を変えている男のものだった。

 

 

「俺たちは時に、自分一人で戦うこともある!! この手で……だが、この手で相手の手を握ることもできる!! その時俺たちは、弱くても、愚かでも決して一人じゃない!!」

 

「折れてもいい、挫けてもいい!! でも忘れるな!! ある人が言った……俺たちは正義のために戦うんじゃない、俺たちは人間の自由のために戦うんだと!!」

 

仮面ライダー(おれたち)の意思を継ぐならば、今立ち上がらないでいつ立ち上がる!? 今ここで脅かされているのはなんだ!!」

 

「己を賭せ!! 願いを貫き、思いを叫べ!! 人間の未来を守り抜け!!」

 

目を覚ませ、ベル・クラネル!! 俺たちの新たな同胞、仮面ライダーアギト!!

 

 

 男の叫びが終わると同時に、復活したゴライアスが再度雄たけびを上げた。最早左胸の紋様はなくなってしまっているが、それでも依然として強化された状態なのは変わりない。

 変わらず手に持つ斧を振り回し、自身に誰も寄せ付けず且つ真空の刃で部隊を崩していく。

 

 

「……ッ!?」

 

「ベル様!!」

 

「ベル君……」

 

 

 一瞬先程の声で戦場に気をとられるが、その間にベルは起き上がっていた。そして彼女らが気付かぬ間に戦場に舞い戻っていた。

 

 

「……誰も。誰も人の未来を奪うことはできない!!」

 

 

 ゴライアスの前に立ち、一つ鬨の声を上げたベル。その腰にはドラゴンズネイルの生えたオルタリングが巻かれていた。いつのも動きとは異なる構えをとるベル。そして一度顔の前で、伸ばし切った腕を交差させた。

 

 

「変身!!」

 

 

 掛け声とともに両脇のボタンが押され、一つの火柱が地面から燃え上がる。余りの熱さにゴライアスは腕を焼かれ、悲鳴を上げた。そして焔が収まった場所に立っていたのは、爛々と黄金の目を光らせた赤き角の竜戦士だった。

 

 

「ハァァァァアアアアアアアッ!!」

 

 

 変身と共に構えをとった戦士の足元には、床を埋め尽くすほどの大きさのアギトの紋章が浮かび上がり、ゆっくりとベルの右足へと収束していく。しかしその余りもの大きさに時間がかかっており、それがゴライアスにとってはいい的になっていた。

 

 

「させねえ!! 火月!!」

 

 

 ベルの方に向かおうとしたゴライアスだが、剣を構えたヴェルフが飛び込み、それを強制的に砕いて極大の炎を作り出して妨害した。実はヴェルフが鍛えていた魔剣であり、強制崩壊による一度限りの攻撃である。

 

 

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々 。愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を……】」

 

 

 炎が収まると再度歩みを進めようとしたゴライアスだが、今度はリューが高速で動きながら体中を切りつけていき、同時に魔法の詠唱をしていく。

 

 

「この高速戦闘中に詠唱を!?」

 

「【……来れ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】!!」

 

「なんて高い……!!」

 

 

 そのハイレベルな戦い方に、地表にいたアスフィと命が驚きの声を上げる。彼女たちにとってベルがアギトだったり、ゴライアスが強化されていたり、謎の救援が思った以上に強力だったりと、頭が混乱するようなことの繰り返しであった。しかしそこは腐っても冒険者、瞬時に意識を切り替え、己にできることをこなしていく。

 ペガサスの靴を履いていたアスフィはその能力を用いて空に舞い上がり、ゴライアスの目に攻撃を加え、一時的に視覚を奪う。

 

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 

 更に追い打ちをかけるように、詠唱を完了させたリューの風魔法がゴライアスを襲う。無数の風を纏った光球によってゴライアスの動きは阻まれ、ダメージを与えていく。しかしその中でもゴライアスは無理やり体を動かし、アスフィを腕で弾き飛ばし、リューをその手で握りしめた。

 

 

「【掛けまくも畏きいかなるものを打ち破る我が武神よ、尊き天よりの導きよ。卑小のこの身に巍然たる御身の神力を!! 救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣今ここに、我が命において招来する 天より降り、地を統べよ 神武闘征!! フツノミタマ】!!」

 

 

 痛みで苦悶の声を上げるリューだが、続いて放たれた命の魔法によってゴライアスの手から解放された。命が使った魔法は重力を操作する結界魔法。光のくいを打ち込んだ場所を中心に、一定範囲に作用する結界魔法である。しかしゴライアスがその馬鹿力に物を言わせて抵抗し、拘束時間はそれほど長くはなかった。

 

 

「……出血大サービスだ、先輩(こうはい)

 

FINAL-ATTACK-RIDE. DE-DE-DE-DECADE!!

 

 

 何度目かの機械音が響くとともに、ゴライアスめがけて二十枚の光の壁が形成される。男は飛び上がるとその光の壁に突き出した右足から突っ込んでいく。砕かれた壁はエネルギーとなり、男の右足に収束された。そして最後の壁を砕くとともに、男の蹴りがゴライアスにさく裂し、その身を大きく抉り取る。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 抉り取られた部分からはゴライアスの禍々しく輝く魔石が露出しており、それを護るように肉体が再構成されていく。しかしその一瞬のスキを見逃すまいと、エネルギーを溜めきったベルが空に舞い上がった。

 

 

「タアアアアア!!」

 

 

 そして雄叫びと共に爆炎を纏ったキックがゴライアスの魔石にさく裂した。声なき叫び声と共に目映い光が戦場を満たしていく。暫く再生と破壊が拮抗していたが、更にベルが力を加え、肉壁を押し切っていく。

 そしてついに一際強い光に視界が包まれ、ゴライアスの魔石が粉々に砕かれた。

 

 

「また会おう。元気でな」

 

 

 

 

 

 

──ステイタス更新

 

──スキル:【燃え盛る業炎のもの(バーニングフォーム)

 

 





――まぁ、こんなもんかな。

――てめぇ、帰らせると思ってんのかよ。

――君にはどうにもできないよ。じゃあね。

――待て!! ……ちっ、なんだよあの幕は。

――……あっちはどうなったんだ。



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35. 驚愕のロキ


やっと熱が下がった。
最近の執筆時のローテーションは、栗林みな実さんの「君の中の英雄」をきくことですね。
書くことないからこんな個人的などうでもいいことを書く「前書き」です。

それではどうぞ。




 

 

「……みんなそんな湿気た面して、何があったんや?」

 

 

 遠征から帰ってからというものの、ロキは自分の子供らの様子をいぶかしんだ。思うような成果が得られなかったのかと考えたが、どうもそれは違うらしい。それは幹部以外を人払いしたフィンの行動からは分からないが、それを成したときの深刻そうな顔から分かる。

 

 

「あえて確認するけどロキ、この部屋は盗聴されないよね?」

 

「は? どんだけヤバい話なんや。あ~大丈夫やで」

 

「そうかい、なら単刀直入聞くよ。エルロードとはなんだい?」

 

 

 フィンの口から出てきた単語が予想外過ぎ、ロキは一瞬思考が停止した。ヘスティアの眷属が何かしら言うならばわからなくはないのだが、アギトとはあまり関係を持っていない自分の眷属から出てくる言葉ではない。

 

 

「……話す前にや。その言葉、何処で聞いた?」

 

「っ!? ベル・クラネルと彼の主神が話しているのを聞いた」

 

「……ほんで?」

 

「彼からは詳しくは語られず、ロキから聞くよう言われたんだ」

 

「はぁ……ドチビといいその子供といい、面倒事ばかり作って。それで、どういう経緯でその単語が出てきたんや」

 

「ああ。十八階層の天井を破ってゴライアスが出たんだけど、それが変な強化をされていた。そのゴライアスの左胸に書かれていた模様をみて、『エルロードによる強化』って言っていた」

 

 

 フィンとリヴェリアの証言を聞き漏らすまいと耳を傾け、頭の中を整理していく。どうやら故意にその話題を出したわけでなく、事の成り行き上仕方なく出てきたことは把握した。とはいえ、自らの眷属に妙なことが吹き込まれたのも事実。

 ロキはひとつ大きく長いため息をついたあと頭を振り、卓上の自分のコップに入った水を一気に飲み干した。

 

 

「……これから話す内容は他言無用や。それくらいヤバい話やと覚悟しとき」

 

「わかった」

 

 

 確認をとり、ロキは話を始めた。

 世界の創造、それは光と闇の二つの力によって成し遂げられたという。宇宙ができ、星々が生まれ、その地に生命が生まれた。その生命体は、闇の力の配下たるエルロードたちの特徴を持ったものであった。

 

 

「恐竜、魚、虎や狼。それらは総て、それぞれのエルロードによって生み出された。フィンたちが見たゴライアスの特徴からして、水を司るエルロードの影響と考えられるな」

 

 

 それからはロキら神々が生まれ、天上界に住まうようになった。しかしエルロードはテオスの配下であり、分身体であるのに対して、生まれ落ちた神々は強力な力を持っていてもエルロードよりも格下であった。

 そんな中、テオスが自らの姿見を模してある生命体が創造された。それが初めての人類である。

 

 

「最初はエルロード達やテオス様に従順に従ってた人類も、やがて傲慢なものが出始めたんや。自分らは最高神を模した生命だから、他の生命を従えていいと」

 

 

 だがエルロード達はそれを面白く思わなかった。当然である。自分たちの子供とでもいうべき生命たちが、一方的に蹂躙されるのだ。そうしてエルロード達と人類の戦争が始まったが、結果は火を見るよりも明らか。人類は劣勢になり、勝負がつくのは時間の問題だったが、それでも人類は粘った。

 

 

「そんなとき、火を司るエルロード・プロメス様が人類を哀れみ、ある女とまぐわって子を産ませた。その子はネフィリムと呼ばれ人よりも強い存在として生れ落ち、それはエルロードにも匹敵するものやった。それにより、人類とロード達の戦争は膠着状態になった」

 

「ねぇロキ」

 

「なんやアイズたん?」

 

「そのネフィリム? っていうの、絵かなんかないの?」

 

「見た目か? せやなぁ……こんなのや」

 

「えっ!?」

 

「これって……」

 

「何やひっかかる反応やけど、話を続けるで」

 

 

 結局戦争の決着はつかず、多大な血が流れたことを悲しんだ闇の力は星を覆うほどの洪水を発生させ、双方の勢力を巻き込んで戦争を終わらせた。しかし絶滅を避けるため、大きな箱舟に幾種もの生命体を乗せて種の存続を行ったという。

 

 

「洪水の後、人に味方したプロメス様は闇の力によって処刑されたんや。そして箱舟に乗っていた人類は偶然か必然か、火のエルロードの子孫もまじっていたんや。そしてプロメス様は処刑の寸前、増えた人類に己の因子をばらまいて消えたんや。その因子がアギト因子、その因子で戦士として覚醒したのをアギト言うねん」

 

「それから、ロストエイジが始まったんだね?」

 

「その通りや。そして人類史上最初で最後にアギトと闇の力の戦いが起こったのもロストエイジや」

 

「最後?」

 

「せや。その戦いでアギトが負けとったら、今の世にフィンのような小人族、レフィーヤやリヴェリアママのようなエルフもおらん」

 

「どういうことだい?」

 

「あっ、ベルから聞いた。今いる種族は全部、アギトの進化する力でできたものって」

 

「アイズたんの言う通り。アギト因子っちゅうのは人類に無限の可能性を与えるもの。その地の気候に適応して進化するうちに、種族という形を取るにまでなったんや」

 

「てことはあたしたちアマゾネスの先祖も団長の先祖も、同じ人間だったってこと?」

 

「にわかには信じがたいけどね」

 

 

 ロキの話が一区切りつき、各々が話の感想を述べあう。コップに入っていた水を注ぎなおし、皆思い思いのペースで飲んでいく。そしてロキが三杯目の水を飲みほしたとき、再び口を開いた。

 

 

「ほいで? さっきネフィリムの絵を見せたとき反応したけど、なんでなん?」

 

「それは……」

 

「いい、俺が自分で言う」

 

 

 一瞬フィンは口ごもるが、今まで一度も口を開かなかったベートが口を開いた。珍しいこともあるものだと思っていたが、彼の次の行動でロキは再度卒倒しそうになった。

 瞬間の緑の輝きののちにベートのいた位置には、深緑色の異形の生命体が立っていた。

 

 

「ベート!? おまっ、ええ!?」

 

「さっきそこの馬鹿ゾネスが騒いでいたのはこういうわけだ。ロキ、何か知ってんだろ?」

 

「知ってるも何も、その姿はギルスやんか!? なんでベートが……はあ!?」

 

「そのギルスってのは何だい?」

 

「ギルスっちゅうんはネフィリムの、もっと言えばプロメス様の子孫や!! いわば先祖返りの一つで、普通はアギト以上に本能に吞まれるし、体の崩壊も起こる危険な姿や!! はっ、まさがベートがネフィリムの、プロメス様の子孫!?」

 

 

 ロキはもはや正常な思考ができていないのか、ベルのスキルを初めて見たヘスティアのように叫んだ。それを慣れて知るように流れる動作で耳をふさぐ部屋の面子。暫く彼女を放っていくかのように水差しに水を満たしなおし、ロキが落ち着くまで皆水を飲んだり武器を見たりと各々で行動していた。

 やっとのことで落ち着いたロキは一つ咳ばらいをし、ようやく机についた。

 

 

「……すまん。取り乱した」

 

「いいよ。それで、そのギルスというのはどれだけ危険なんだい?」

 

「改めてゆうけど、ギルスはプロメス様の直系の子孫以外発現しない姿や。アギト因子と違うて、徐々に体に慣れていくようなもんやない。一度発現したら最後、体はその強すぎる力に耐えきれんで少しずつ崩壊する。それによって通常の何倍もの速さで老化が起こって、早死にするんや」

 

「止める方法は?」

 

「アギト因子の影響が表層化しとる子から因子をもらえれば、もしかするかもしれん。やけどそう都合よく出てこんやろ。今んとこベートは出来るだけ変身せんことや、最悪一年以内に死にたくないんやったらな」

 

 

 真剣な表情でそう述べるロキに、ベートは黙したまま何も語らなかった。暫く自分の掌、正確には指先をしばらく眺めた後に無言のまま退室した。有無を言わせぬ彼の行動に誰もが何も言わず、フィンとリヴェリアはため息をついた。

 

 

「今後はベートが変身しないよう誰かが見てないとね」

 

「ん~まぁベートなら心配いらんやろ。あの子に関しちゃ様子見や」

 

 

 ベートについての方針も決まり、流石に疲労もたまっただろうということで今日はこのまま解散を言い渡し、各々事後処理や休息のために部屋に戻っていった。

 

 

「それにしてもあの子らの記憶で見たけど、まさか『破壊者』と『怪盗』が来とったんやな。やーなことにならんけりゃええけど。『仮面ライダー』なぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方ヘスティア・ファミリアのホーム。

 補修された廃教会の地下では、ベルが上半身裸でうつ伏せになったままベッドで熟睡していた。その顔にはこれまでの焦燥の色はなく、非常に安心しきった顔をしていた。

 

 

「ベル様、よく寝てますね」

 

「うん。ようやく問題が一つ解決したんだ。暴走の心配もないし、気が抜けるのもわかるよ」

 

「ヘスティア様。ベル様のアギトはどういう状態なんですか?」

 

「あれは殻に覆われている状態だね。ボクの知る限り、バーニングフォームの暴走を克服したのはベル君含めて二人だけだ」

 

「ベル様以外で一人だけ。それほど強力で不安定な形態なんですね」

 

 

 お茶を口に含みながらリリはベルを一瞥した。年齢よりも若干幼く感じるその寝顔は、一歩間違えたら生物兵器になっていただろうと、リリには到底思えなかった。

 暫くするとお茶を飲みほしたヘスティアは立ち上がり、地下室の端っこに移動した。訝し気な視線をリリは送るが、ヘスティアは気にすることなく、重なっている小棚を一つずつ動かしていく。やがて全て移動させたあとの壁には、目を凝らしてみれば扉の様なものが存在した。

 

 

「ヘスティア様? それはいったい……」

 

「リリ君。蝋燭を持ってついてきてくれ」

 

「え? はい、わかりました」

 

 

 ヘスティアの指示通りに火をつけた蝋燭をつけて戻ってきたときには、リリの目の前には人一人が通れそうな通路があった。扉は分厚い石に見せるように巧妙に色付けされており、余程注意深く観察しなければわからないだろう。

 ヘスティアとリリは無言で通路を進んでいき、途中で何度か分かれ道を曲がりながら更に奥に深くに通路を進んでいく。そして辿り着いた先は無機質な洞窟の空間。天井は大の男でも思い切りジャンプできるほど高く、そしてだだっ広い空間だった。そして壁は自然発光をしており、この空間だけが何故か昼間のように明るかった。

 

 

「ヘスティア様? この空間はなんですか?」

 

「その答えは正面にあるよ」

 

「正面?」

 

 

 ヘスティアに促されたままに正面に目を向けるりり。最初は何のことだか分らなかったが、徐々に目が光になれたことで、目の前の壁に絵が描かれていることに気が付く。

 大きな壁に描かれたそれは、まるで一つの物語を示しているように描かれていた。そしてその壁画の両脇に、アギトのベルに酷似した石像が跪いた態勢で鎮座していた。

 

 

「リリ君。この絵はね、テオス様の世界創造から最初の人類とロードの戦争、それからロストエイジまでを描いたイコンだ」

 

「人類の歴史、ですか?」

 

「そう。ボクもこれがここにあるとは思わなかったけど、あの時代の彼等が伝説を記録するために壁に絵を描いたんだ」

 

「ヘスティア様、この中央で赤子を抱いてる天使の絵は」

 

「そう。このお方がプロメス様で、全てのアギトの始祖。そしてキミの記憶を見る限り、ロキのあの狼の子のご先祖様だ」

 

 

 たった一枚の壁画。しかしそこに表現された情報はあまりにも多く、リリは一つずつ整理しないと理解が追い付かなかった。

 

 






――そうですか、ギルスが。

――アギトにギルス、彼等が同時に目覚めたという意味。

――プロメス、貴方は常に人の子の未来を見ていた。

――貴方には、いったい何が見えていたのですか?



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36. 迫る暗雲・序

――あら? ヴェルフ、それは何?

――ヘファイストス様。これはこの前の探索で見つけたのですが。

――ちょっと見せて……へぇ、機械の鎧。ロストエイジのものね。

――そんなに昔のですか? しかしなんかに似ているような。

――ゴブニュ・ファミリアに持って行ってみれば?

――そうですね。この後行ってきます。




 

 

 何とか無事に帰還したベル達だったが、ヘスティアらのダンジョン入場という規則やぶりも報告せねばならず、該当ファミリアは所有財産のいくらかをギルドによる没収という処分が下された。幸いなるはベルとリリのやりくりにより、没収されてもある程度の蓄えが残ったことだろう。しかしそれでも消耗した武具の整備費用や使ったポーション類の補充などを考えると、しばらくは質素倹約を心掛けた生活が必要になるだろう。

 

 普通ならば。

 

 ヘスティア・ファミリアに入団したことによってリリのレベルアップも順調に行われたことにより、十層までならばリリ単独でも効力が可能になり、ベル単独ならば、階層主(ゴライアス)などでない限り更に下層での活動も可能であった。そのおかげか、生活の質が戻るのにそれほどの日数はかからなかった。

 しかし問題もあった。

 それはベルの変身に関することである。初めは単独でアギトとして戦っていたが、その後再生強化されたゴライアスとの対峙は、ロキ・ファミリアとヘファイストス・ファミリアなどの不特定多数の冒険者に見られてしまっている。人の口に戸は立てられぬというように、いくら緘口令と箝口令を敷こうにも、やはり話は広まってしまうもの。疲弊から回復したあとにギルドに向かったベルは、ギルド職員や他の冒険者に取り囲まれる事態になった。

 何とかその時はエイナや偶々居合わせたロキ・ファミリアの幹部たちによって事なきを得たが、外食先や道行く先でヒソヒソとあることないことを話されることが続いていた。ある程度のことはベル達も予想していたが、まるで化け物を見るような目にさらされることに慣れているわけではない。

 

 

「ベル様の責任じゃありませんよ」

 

「その通りだぜベル。お前のことを知らない奴らの言葉は気にするな」

 

 

 共にダンジョン探索をしているリリやヴェルフが励ますが、それでもベルの顔は浮かない。ベルが懸念しているのは、自分に降りかかる災いではなく、彼等仲間や主神を巻き込んでしまうことである。最近はベルが一人で行動している時を狙って闇討ちをしてくる輩が出始めていた。

 最早自分が化け物扱いされることは些末事である。それは自分がアギトであることを自覚したときから既に覚悟していたことであるし、テオスや水のエルロードから再三口酸っぱく警告されていたことだ。それにこの先何を言われようと、己の守りたいものを護るためならば人前で変身することなど厭わないという思いも固まっていた。

 

 そんな中で事件が起こった。

 ある日の夕刻、帰還祝いも合わせて「豊穣の女神」に赴いた一行は料理に舌鼓を打っていた。ベル達にとって良いことだったのは、リューのおかげで「豊穣の女神」の店員や女将のミアはベルを偏見の目で見ることがないことだった。というよりも、ベルがアギトであると正確に伝わったがために、アギトの伝説を知っている彼女らの疑念が消えたというのもある。

 

 

「そういやどこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!!」

 

 

 しかし食事を楽しんでいる彼等に、態と聞こえるように大声でそうなじる客がいた。見るからにガラの悪そうな冒険者のグループは、ベル達を横目で見ながら、なおも罵倒を続けていく。態と声を張るということは、ベル達から手を出すことを狙っているということ。それを察したベル達は気分を害しながらも、食事を続けていた。

 

 

「新人は怖いものなしでいいご身分だよなぁ!! 化け物なのに人間と誤魔化してもおとがめなしと来た!! 俺たちには恥ずかしくて真似できねえよ!!」

 

「それに『化け物』は他派閥の連中とつるんでるんだってよ!! 売れない下っ端鍛冶師に別のファミリアから掻っ攫ったガキのサポーター、寄せ集めの凸凹パーティだ!!」

 

「威厳もへったくれもない女神のファミリアなんてたかが知れてるぜ!! 主神がへっぽこだからその眷属も腑抜けなんだろうよ!!」

 

 

 しかし罵倒はエスカレートし、ヴェルフやリリ、果てはヘスティアまでも飛び火した。自分がとやかく言われるのは別に構わない。しかし、自らの仲間まで(なじ)られるとなると、ベルは黙ってそのままというわけにはいかなかった。

 手に持っていた匙を置いて立ち上がろうとするも、隣に座っていたヴェルフが彼の肩に手を乗せる。

 

 

「落ち着け、ベル。俺たちのために怒るのは嬉しいが、ここで暴れたら奴らの思うツボだ」

 

「そうだよベル君。このまま放っておけば、ミアが何とかする。この店は彼女の城だからね」

 

「ベル様、どうかここは抑えてください」

 

 

 三人に諭されながら、渋々匙を手に取るベル。しかし顔は渋い表情を崩さず、食事もじっくり味わう様子もなく口に運んでいる。暫く無言で罵倒を聞き流していたベル達だったが、やがて冒険者たちの方がしびれを切らしたのかベル達に直接突っかかってきた。

 

 

「おい!! 聞いてんのか!?」

 

「……聞いてましたが何か? 先程から好き勝手言っていたようですが」

 

「好き勝手? 事実じゃねえかよ!!」

 

「百歩譲って僕が『化け物』ということには目をつむりましょう。ですが僕以外の仲間や神様については事実無根、到底見逃せるものではないですけど。どうやら貴方のファミリアは、他者を不当に貶めても何も言われない、素行の悪い団のようですね」

 

「貴様、言いがかりだぞコラア!!」

 

 

 ベルに反論されたことに激昂し、一人の冒険者が拳を振り上げる。しかし彼の拳はベルには届かず、彼の手によって止められていた。

 

 

「な、なんでだ!? 全然動かねえ!!」

 

「やっぱこいつはバケモンだ!?」

 

 

 拳を止められたことに驚き、なおもベルに対する貶めを辞めない冒険者たち。その言葉にベルは拳をつかんだまま立ち上がり、そのまま彼等を倒さずに押す形で店の外に出た。一連の出来事に店内の客も店の外にいた人々も、野次馬よろしくベル達を取り囲む。その中にはベルが心配だったのだろう、シルやリューの姿もあった。

 

 

「どうやら貴方たちは僕が騒動を起こすことがお望みのようだ。ならばその通り、一つ相手をしましょう」

 

「てめぇ、余り調子に乗るなよ小僧!!」

 

 

 拳を離したベルに、先程まで悪態をついていた全員がとびかかった。それをベルは受け流し、避け、攻撃を往なしていく。そしてベルからは一切攻撃を加えないことで、冒険者たちが怪我をしないようにも経ちまわっていた。そしてベルの立ち回りを見ていた周囲の人間は、徐々に彼が冒険者が詰るような「化け物」ではないと思い始めていた。

 暫くベルによって攻撃をかわされていた冒険者たちであったが、そこに一人の男が野次馬から飛び出し、一般人では目測できない速度で冒険者たちを突き飛ばし、ベルの腹に拳を繰り出した。

 一瞬ベルは拳を受け止めるか受け流すかを考えたが、今回はわざと受けることを選び、男に殴り飛ばされた。

 

 

「ヒュアキントスだ……」

 

 

 野次馬の一人がつぶやく。

 ベルを殴り飛ばしたのはアポロン・ファミリアに所属する第二級冒険者のヒュアキントス。レベル3であり、エルフに見劣りしない美貌をとレベルに相応しい力量を持つことから「太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)」という二つ名が与えられている。

 

 

「よくも俺の仲間を傷つけてくれたな、『可能性の戦士(アルファ)』。その罪は重いぞ」

 

 

 気絶するふりをしているベルに対し、ヒュアキントスは得意げに話しながらゆっくりと近寄っていく。一般人にはわからないが、レベル2以上の冒険者ならば、彼の言い分がいかに不合理極まりないものであるか理解できる。しかし首を突っ込んで厄介ごとに巻き込まれたくないがために、誰一人彼等を止めようとする気配がない。

 流石にまずいと考えたのか、リューやヴェルフたちが割り込もうと一歩踏み出そうとした。

 

 

「……雑魚が何騒いでやがる。酒がまずくなるだろうが」

 

 

 しかしその歩みを止めるかのように、一つの声が店の外に響いた。聞こえた方向に全員が目を向けると、ジョッキを片手に持ったベートが面倒くさそうな表情でベル達を眺めていた。

 

 

「ガサツな……やはりロキ・ファミリアは粗雑とみえる。飼い犬の首に鎖も付けられないとはな」

 

「他人に喧嘩売るしか能のない手前らと一緒にするな。蹴り殺すぞ?」

 

「ふん、興がそがれた」

 

 

 ベートの威圧に余裕の表情を崩さないが、恐らく内心冷や汗が流れていただろう。レベル6とレベル3ではどうにもできない差が出来上がる。加えて知るものこそ少ないが、ベートもギルスとして覚醒した影響で身体能力が根本から上昇している。覚醒による対組織崩壊も併発しているが、レベル3程度なら複数いても片手間に片付けられる力を持つ。

 地面にのびる冒険者を回収し、ヒュアキントスは足早にこの場を去っていった。

 

 

「それで、てめぇはいつまで寝てやがる」

 

「……やっぱバレますよね」

 

「当たり前だ。なんで態と攻撃を受けたんだ?」

 

「その方が後々有利になるかと……」

 

「黙らせた方が早いだろうに」

 

 

 ベートはそう言ちると、飲み干したジョッキを置いて会計を済ませる。

 

 

「そうだ兎野郎」

 

「何でしょう? あと僕はベルです」

 

「そうかよ。明日の朝、外壁の上で待ってる。鍛錬に付き合え」

 

 

 ベートの言葉に一瞬ベルは驚く、が、それがギルスのコントロールとすぐに察したため、二つ返事で了承した。承諾を受けたベートは何も言わず、そのまま店から去っていった。

 暫く店内も店外も沈黙に包まれていたが、やがて一人また一人と宴席に戻り、やがて店は元の陽気さを取り戻していった。因みに多少なりとも問題にかかわったとしてベル達に更に料理が運ばれ、予定よりも多くの代金を支払うことになったのは完全な余談である。

 

 明朝、まだ日も登らぬオラリオの街の外壁に、二人の人影があった。誰もいない城壁の上には、紅蓮色の筋肉質な体を持つ異形と、深緑色の肉体を持つ異形が向かい合って立っている。

 暫く沈黙したままお互いを見つめていた異形だったが、どちらからともなく走り出し、互いの拳を振りかぶってぶつけた。空気が破裂する大きな音が鳴るが、それを意に介していないように互いに拳や蹴りを繰り出す。どちらの攻撃も鋭いが、それを分かっているかのように互いがそれを受け流していく。

 

 

「……フン!!」

 

「Grrrrrrr……」

 

 

 一度距離をとった異形たちは再度にらみ合いに入った。しかしすぐに、深緑の異形は両手の甲の黄色い突起を伸ばし、片方は蛇腹鞭のように、もう片方は鎌のような形状に変形させた。対する紅の異形は腰のバックルを光らせ、折り畳まれたような形の両剣を取り出し、展開する。

 互いに己の得物を持った異形は一呼吸を置いたのち、互いに向かって切りかかる。片や鞭でけん制しながら鎌で切り付け、一方は鞭を往なしながら両剣で鍔迫り合いに持ち込む。素早さや手数は緑の異形が勝っているが、純粋なパワーは紅の異形の方が勝っているようだ。

 

 

「……ベートさん。次で決めましょう」

 

「ふん……GrrrraaaaAAAA!!」

 

 

 武器がらちが明かぬと判断した紅/ベルは武器を収め、足元に紋章を発現させた。対する緑/ベートも言葉をしゃべらずも、突起を収めて足元に紋章を出す。

 緑と金に輝く紋章は渦を巻きながら互いの足に吸い込まれ、肉体で膨大なエネルギーに変換されて、それぞれの右拳に収束していく。そして力がたまり切ったとき、同時にお互いに駆け出し、拳を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルスには慣れましたか?」

 

「ある程度はな。変身してなくても力が上がっていて、抑制に苦労した」

 

「本来なら素体に影響はあまりないのですけど、やはり僕たちが『冒険者』だからですかね」

 

「知るかよ」

 

 

 ようやく街に日が差し込み始めた時刻、外壁から少し離れた広場にベートとベルはいた。まだ町の人々は寝静まっており、起きているのは店の開店準備をしている者か、早めにダンジョンに潜る冒険者ぐらいである。

 

 

「慣れるのは大事ですけど、余り多用はしないでください」

 

「チッ、お前もロキと同じこと言うんじゃねえ」

 

「それは……ですが」

 

「わかってるよ、死ぬのが早まるんだろ?」

 

「……分かりました、もう言いません」

 

「それでいい」

 

 

 ベンチにどっかと座った姿勢ではあるが、一応ベルとの会話にはお維持ているベート。しかしベルは少し疑問を感じていた。アイズやレフィーヤなどがベルを気に掛けるのはまだ理解ができる。しかしベートとまともに関係を持ったのは、ゴライアス騒動直前の暴走であり、せいぜい顔見知りがいいところだ。

 

 

「ベートさん。どうして、僕とここまで?」

 

「何だてめえ。アギトの力を持ってるからじゃいけねえのかよ」

 

「い、いえ……」

 

 

 しかしベートは取り付く島もなく、手に持った水筒の中を飲みながら話を打ち切る。流石にベルもしつこく聞く気にもなれず、白と銀の凸凹コンビが、一言もしゃべらずにベンチに座るという光景。ちらほらと見え始めた人の往来も、この奇妙な光景を遠巻きながらも気にしているようだ。

 暫く二人で黙って水を飲んでいると、ベートが口を開いた。

 

 

「おい、ベル」

 

「何でしょう?」

 

「『仮面ライダー』ってのはなんだ? お前らがゴライアスと戦っているときにそう名乗るやつと戦っていたんだが」

 

「『ライダー』とですか? 一体誰と……」

 

「怪盗と名乗っていた。あとはシアンのロストエイジの道具を使ってたな。銃って言うらしいが」

 

「怪盗……銃……ディエンドさんですね。ベートさん、『仮面ライダー』について話すのはいいですけど、この後僕らの拠点に来ていただいてもいいですか?」

 

「あ? ここで言えばいいじゃねえか」

 

「口だとズレが出るので。拠点でしたらまとめたものがあります」

 

 

 暫く渋っていたベートだったが、ようやく首を縦に振り、ヘスティア・ファミリアの拠点である廃教会に向かった。道中で珍しいものを見る目で眺められたものの、特に絡まれたりすることなく教会に到着した。中では朝餉の準備をしているだろうリリの動く音が聞こえるが、特に気にすることなくベルはベートを招き入れる。

 地下でゴソゴソと動いていたベルだったが、やがて革表紙の分厚い一冊の本を持ってベートの許に戻ってきた。

 

 

「これをどうぞ、ベートさん。こちらに大体の知りたいことが書かれています」

 

「……このデカいのにか?」

 

「はい。詳細は兎も角、『仮面ライダー』の大まかなことは分かると思います」

 

「そうかよ。いつ返せばいい」

 

「貴方が納得がいったらでいいです」

 

 

 そう言い包め、本を無理やりにでも持たせるベルの気迫に、ベートは少々気後れしながらも本を受け取った。ついでにとベルはベートを朝食に誘ったが、流石に断って急いでロキ・ファミリアの拠点に戻ることになる。

 

 





――お? なんやベート、朝帰りか?

――ちげーよ、野暮用だ。

――ほーん、そか。ん? その本なんなん?

――何でもねーよ。

――しっかし珍しいこともあるもんやな、ベートが本なんて。

――うるせぇ。

――……そうか、ベートもか。



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37. 理由


――ん? 鍵かけた覚えはないんやけど。

――……ロキ。北欧の魔術の申し子。

――へ? ま、まさか、貴方がたは!?

――貴方の愛し子についてお話があります。

――ウチの子供、まさかベートを殺しはるんですか!?

――安心してください。そのようなことはしませんよ。




 

 ベートがベル達と酒場でひと悶着起こしていた夜。リヴェリアの部屋には何故かアイズの姿があった。

 

 

「それで、相談とはなんだ?」

 

「うん。なんか、私おかしいみたい」

 

「おかしい?」

 

 

 アイズの言葉にリヴェリアは首をかしげる。幼少期はそれこそ人形のように、ただ只管にダンジョンに潜っては修羅のようにモンスターを狩っていたアイズ。最近ベルと関わり始めてからは表情も若干ながら変化するようになり、喜怒哀楽の表現も少しずつ出るようになってきた。時には姉のように、時には母のようにアイズに接してきたリヴェリアにとっては、アイズが徐々に己を取り戻していくことは嬉しいことである。

 そんな家族である彼女が珍しく相談をしてきたのだ。乗らぬという選択肢はリヴェリアにはなかった。

 

 

「あの日、あのゴライアスの戦いの時からだけど。ベルを見ると落ち着かない」

 

「ベル・クラネルを? それはどのように落ち着かない?」

 

「わかんない。でもゴライアスと戦う姿を見て、なんか置いて行かれたような気がした。そして……」

 

「そして?」

 

「ほっといたら何処までも独りで、そのまま孤独に」

 

 

 アイズの言葉に少しだけリヴェリアは驚いた。アイズが他人を、更には他派閥の者にそこまでのこだわりを見せ、尚且つその未来を案じているということに。

 

 

「……? リヴェリア、どうしたの?」

 

「いやなに、お前がそういう相談を持ち掛けてくるとは思わなかっただけだ。それで、お前はベル・クラネルとどうしたいのだ?」

 

「どう、したい?」

 

「そうだ。彼について嫌な予感がする。そのうえでお前は彼に何かしてあげたいのか、彼に何かしてほしいのかそれとも別の何か。お前自身がどうしたいのかだ」

 

「私は……」

 

 

 リヴェリアの問いにアイズは答えを窮した。当然だ、そもそもベルに対してどのような感情を持っているのか、それはアイズ自身がわかっていない。嫌ってはいないが、だからと言って恋い慕っているわけではないだろう。なのに彼に対して胸騒ぎがするのは何故なのか。その答えを、彼女の前に座るリヴェリアは決して教えないだろう。

 暫く黙りこくっていたアイズではあるが、やがてポツリポツリと小さく口を開いた。

 

 

「私は……私は知りたい。ベルのことをもっと知りたい」

 

「そうか……本当なら副団長として他派閥と深い関係になるのは勧められないが。まぁ私個人として手を貸すのはよかろう」

 

「ありがとう、リヴェリア」

 

「で、彼を知るならば無論彼に近づかねばならん。確か近々アポロン・ファミリアが『神の宴』を開くと招待状が来た。その宴に主催者であるアポロンが、最近噂のヘスティア・ファミリアを呼ばぬ可能性は低い」

 

 

 アポロン・ファミリアに関しては、正直リヴェリアはあまり良い話を聞いていない。噂が本当ならば、自派閥よりも弱小な他派閥に優秀な冒険者がいれば、理不尽な要求の末に引き抜きを行うという。

 ヘスティア・ファミリアの眷属であるベルとリリは、リヴェリアから見ても駆け出しにしては優秀の部類に入る。更には箝口令が敷かれているものの、ベルにはゴライアスを単騎圧倒できる力が眠るという話が広まってしまっている。幸いにしてアギトであることは余り伝わっていないが、神アポロンがそれを放っておくとは考えにくい。

 今回の「神の宴」はアポロンの意向で、神以外にも眷属一名の同伴が義務付けられている。もしヘスティア・ファミリアにも招待状が届いているのならば、護衛もかねてベルが選抜される可能性が高い。

 

 

「私の予想が当たればいいのだが、もし宴にベル・クラネルが来たのならば少しずつ彼と話せばいい。朝の鍛錬だけではわからぬこともちょっとずつわかっていくだろう」

 

「うん。わかった」

 

 

 一先ずアイズはすっきりとしたのか、一言礼を言うと退室した。再び一人になったリヴェリアは一つ軽く嘆息し、何をすることもなく椅子に座る。長いこと面倒を見てきたゆえに、彼女の成長が嬉しく思うと同時に少し寂しく思えてしまう。

 ぼうっとしていると、再び部屋の戸が叩かれた。今日は訪問客が多いと思いつつも扉を開くと、そこには同族の少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベートに鍛錬をつけた日の探索後。ギルドで報告を済ませた折にアポロン・ファミリアからの接触があった。カサンドラとダフネと名乗る二人の少女から、ヘスティア・ファミリア宛に宴の招待状を渡されたのである。

 アポロン・ファミリアに関する妙な噂は、勿論ベル達にも伝わっていた。昨日の彼等の絡み方を鑑みると、あながちその噂もバカには出来ない印象を持つ。自惚れで泣ければ、神アポロンは自身の噂を聞いて、何かしらの手段でベルを引き抜きにかかるだろうと予想を立てた。

 

 

「やれやれ。多分昨日の騒動は、ボクたちがこの招待を断れなくするためのものだろうね」

 

「やることが陰湿ですね。ベル様、宴は私が魔法で化けて出ましょうか?」

 

「……いや、僕が行くよ。勘だけど、僕が言った方がよさそうだ」

 

「ベル君の勘は馬鹿にできないからね」

 

 

 結局は出席と結論が出たが、最悪宴中に実力行使に出るとも限らない。正装はしつつも、もしもを考えてベルは暗器を仕込むことに落ち着いた。

 

 宴の当日、服装を固めたベルとヘスティアはアポロン・ファミリア本拠店の門前にいた。彼等の他にも多くの神や眷属がいたが一度珍しそうにベル達を見ると、すぐに会場に入っていく。そして当のベル達はというと、なんとなくアポロンの企みに予想がついており、その表情は辟易としたものであった。

 

「今まで『腹くくって楽しめ』精神で出席してたけど、今回ばかりはそうもできないよ」

 

「ごめんなさい神様。色々と迷惑かけて」

 

「違うよベル君。正直言うとアポロンはボクの甥なんだけどね。昔からちょっと問題児というか色々やらかしてるんだ。寧ろ身内のごたごたに巻き込んでごめんよ」

 

「気にしないでください」

 

 お互い謝りあうという奇妙な空気を作りながらも、二人は会場入りを果たす。すでに会場内は賑やかになっており、互いの眷属自慢やお世辞合戦の場となっていた。同じく招待されていたヘファイストスとヴェルフ、ヘルメスやタケミカヅチや命に挨拶を交わすと、余り深く関わりたくないとでも言うように会場の端へと身を置く。

 パーティーが始まってもその体制は変わらず、慣れない空気にベルはバルコニーへと出ていた。ヘスティアはというと、同じく招待されていたロキと口喧嘩となり、今もなお道目をはばからず言い合いをしている。それを他の神々も面白がって見ているという始末だ。

 

 

「……隣、いい?」

 

 

 手すりにもたれて一人夜空を見ていると、唐突に声がかけられた。その方向に目を向けると、綺麗に着飾ったアイズが両手に飲み物を持って佇んでいた。挨拶の際に見とれて何も言えなかったが、今ならなんとか口を動かせそうだった。

 

 

「ええ大丈夫です。……綺麗ですね」

 

「ありがとう。嬉しい」

 

 

 よく見ればわかる小さな笑みを浮かべ、アイズはベルの隣に移動した。ついでに片手に持っている飲み物を彼に手渡す。

 暫く無言でグラスを傾けていたが、徐にアイズが口を開いた。

 

 

「疲れてない?」

 

「あはは、やっぱわかっちゃいます?」

 

「うん。心が疲れてる感じ」

 

「慣れないですからね……」

 

 

 苦笑しながらベルは頭の後ろを軽く掻いた。その様子をアイズは、じっと見つめている。自分よりも年下だが少しだけ見上げるお位置にあるベルの顔。治療で一度だけ見た鍛え抜かれた肉体に、彼の年にそぐわない傷跡の数々。そして何度か見た戦う姿。

 己以上の脅威にも臆せずに立ち向かい、それを打ち破っていく力。しかし強すぎる力に怯え、そして見も知らぬ人をも労わる優しさを持つ。

 

 

「ベル、聞いてもいい?」

 

「なんでしょう?」

 

「ベルは、どうして戦うの? どうして知らない人のために、命を懸けれるの?」

 

 

 アイズの問いに、ベルは咄嗟に答えられなかった。アギトであることはこの際どうでもいい。それはあくまでも戦う理由の一つに過ぎない。しかしベルの予想が正しければ、アイズは『仮面ライダー』についてはほとんど知らない。主神であるロキがは話していないことを、他派閥の自分がホイホイと話していいかどうかも考え物である。

 

 

「僕の戦う理由ですけど」

 

「うん」

 

「泣いてほしくないんです。せめて自分の手が届く範囲では、悲しみの涙を流してほしくない。僕がどんなに手を伸ばしても、届かない人がいるのを分かっていても」

 

「……」

 

「でもだからこそ、理不尽に『人の自由と尊厳』が奪われていくのが許せない。それを護るのが僕の、()()()の魂に誓ったことなんです」

 

「でもそれは……」

 

「ええ、修羅の道でしょう。誰にも理解されることもなく、いずれその護る対象の人によって処断されるかもしれません。叶いそうにないと、ただの夢だと笑われるかもしれません」

 

「それでも、どれほど傷つこうがどれほど危険だろうが、たった一度だけ与えられた命はチャンスなんです。僕が僕自身を勝ち得るために、(こころ)のこの旅路を進んでいきます」

 

 

 凛とした表情で、しかしその口元には微笑みを絶やすことなくベルはそう言ってのけた。その顔は、その心は。この先に何が待ち受けていようと決して憂うことはないと、如実に表していた。それはまるで、この世界に於いて時に優しく照らし、時に雄々しく恐ろしく燃える炎のような魂。

 アイズは何も言えなかった。彼のその言葉の一つ一つが、彼女の心に打ち込まれていった。アイズとベルは気づいていないが、アイズはぼうっとした顔でベルに見とれており、彼女の頬は少しだけ赤く染まっていた。彼なら、彼ならば自分の痛みを分かってくれるかもしれない。彼ならば自分の苦しみを、自分の憎しみを溶かしてくれるかもしれないと。

 会場から綺麗な音色が響いてくる。どうやら中では舞踏会と相成っているらしい。見ればヴェルフはヘファイストスと踊っており、他の神々も己の眷属と踊ているようだ。ロキもヘスティアも、自分とバディをを組むためにベルとアイズを探しているらしく、しきりにベル達の名前を呼んでいる声が聞こえてくる。

 ベルは会場を一瞥した後、自身の前でやはり会場を見つめているアイズに向き直った。ベルが見ていることに気づいたアイズは、顔をベルの方に戻す。

 

 

「アイズさん」

 

「どうしたの?」

 

Shall we dance, lady(私と一曲いかがですか)?」

 

「あっ……I'd love to(是非)……」

 

 

 ダンスに誘われたとわかったアイズは大人びたような感じのベルに一瞬呆けるが、やがて少し頬を染めつつも誘いを承諾した。そしてぎこちないながらもベルと手を重ね、二人は舞踏会場へと入場した。

 

 

「あっ、私ダンス少ししかできない」

 

「大丈夫ですよ、僕がリードします」

 

「え? できるの?」

 

「ええ、まあ。水のエル様に修業の内だと叩き込まれたので」

 

 





――ほう、ヘファイストスとその小僧か。何用じゃ?

――ええ、実はこいつを見てほしくて。

――むぅ? ほっ!? こいつはまさか!!

――知ってるの、ゴブニュ?

――こいつはの、大昔の警備組織の機構鎧じゃよ。

――これが?

――壊れとるがな。とある未確認生命体を模したという話だ。



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38. 宣戦布告



――ギルス。

――なんだあ? 鍵はかけたはず……。

――この手は……悲しい事です。プロメスよ、何故。

――テメェ、何もんだ。嫌な気配がビンビン来やがる。

――今は知らずとも。眠りなさい。

――なっ!? なに……し…や……がる……。

――ロキの愛し子、

――この力を受け入れるか否かで、貴方の運命は決まるでしょう。




 

 

 神アポロン主催の宴にて、周囲の視線を集める一組のタッグがあった。

 広間の中央にてステップを踏む男女は、片や絹のように滑らかな金の髪を舞わせ、片や白銀の髪を明かりに反射させてパートナーの体を優しく回す。華麗に力強く、それでいて儚い蝶の様に舞う姿に会場の目を一身に集めていた。

 

 

ベぇぇぇえルくぅぅぅぅううん!? どぉぉぉぉおおおしてヴァレン某と踊ってるんだい!?!?

 

アァァァァアアアイズたあああん!? なんでドチビのとこのと踊っとるんやああああ!?!?

 

 

 若干二名ほどは別の意味でだが。

 他のペアがダンスを途中で辞めるほど、ベルとアイズのペアは目立っていた。言わずもがな、アイズは今までの冒険者としての実績とその美貌で。ベルは最近の噂及び実績と、改めてみれば幼さと大人の色気が両立された雰囲気によって。

 加えて本人たちは意図せずだが、ベルとアイズのペアを引きはがそうと二人に飛び掛かっては地面と接吻を繰り返す二柱の神によるところも大きいだろう。ステップを踏みながら―偶然出会っても―飛びつく神を避けていく様を見て囃し立てる観覧者も少なくなかった。

 結局最後まで二人は踊り切り、二人に対して惜しみない拍手が送られた。

 

 

「ベル、踊るの上手だった」

 

「ありがとうございます。アイズさんも」

 

「うん」

 

 

 会場の興奮は冷めないが、流石にベルとアイズは休憩のためにダンスホールの外へと出る。前へと視線を向けると、ヘルメスが拍手をしながら二人に近づいてきていた。

 

 

「ヘルメス様」

 

「見事なダンスだったよベル君。隣のアイズ君も」

 

「恐縮です、ヘルメス様」

 

「いやいや。ところで君たちはいつまで手を繋いでいるんだい?」

 

「え? ああああ、すみませんアイズさん!?」

 

 

 ヘルメスに指摘されて、初めて自分たちが手を繋いだままであることに気づいた。顔を真っ赤にし、慌ててベルは手を放そうとするもののそれ以上の力でアイズに握られてしまっていた。

 

 

「あ……ごめんねベル」

 

 

 それも無意識に。

 手を放すと無表情ながら捨てられた子犬のような目をしているアイズを見て、この先の修羅場を回避できたことに安堵する気持ちと、もう少し繋ぎたかったという欲求が、ベルの中で只管に渦巻いていた。

 

 

「諸君、宴は楽しんでいるかな?」

 

 

 ベルが一人であたふたしていると、宴の広間に一つの声が響いた。見るとホールの中央には赤い髪の見目麗しい青年の姿をした男神が立っていた。オリーブの冠も被っていることから、彼が主催者である神アポロンであるのは間違いないだろう。現にベルの主神であるヘスティアはロキとの口論を中止してまでその神を怪しげに見つめており、ベルのすぐ近くにたつ神ヘルメスも苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

 

 

「ヘルメス様、あの男神が……」

 

「そう。我が愚兄弟のアポロンだ」

 

 

 ベルの問いかけに、渋い顔を隠そうともしないヘルメス。アレスといい目の前に立つアポロンといい、ゼウスの子供は愉快な神が多いらしい。恐らく常識神といえるのは、話を聞く限りではヘファイストスとデメテルぐらいなのではないかと、ベルは失礼と分かっていてもそう思わざるを得なかった。

 流石に自分の主神の傍にいないのは拙いだろうと思い、気づかれないようにベルはヘスティアの隣に移動した。同時にアポロンも自然に見えるように移動し、ヘスティアの目の前に立つ。それを参加者が囲むように並び、自然と縁が出来上がっていた。

 

 

「遅くなったがヘスティア。先日は私の眷属が世話になった」

 

「一応ボクは君の伯母なんだけど。それを言えば、ボクの方こそ眷属が世話になったね」

 

「私の子は君の子に重傷を負わされたのだよ。代償をもらい受けたい」

 

 

 全くヘスティアたちの身に覚えのないことに、ベルと二人そろって口をぽかんと開けた。

 しかしそんな二人の様子を意に介することなく、アポロンは奥から人を招いた。支えられるように入ってきた者は、まるで木乃伊(ミイラ)のように包帯でぐるぐる巻きにされた男だった。頻りに痛いと嘘なきをする男は、確かに先日ベル達に絡んできた冒険者であった。しかし彼はベルによって怪我をしたわけではなく、同じアポロン・ファミリアのヒュアキントスに勢いよく突き飛ばされたためである。即ち、アポロン・ファミリアによる自作自演なのだ。

 

 

「ああ!! 可哀想なルアン、こんなことになってしまって!! 更に先に仕掛けてきたのはそちらだと聞いている。証人も多くいる、言い逃れは出来ない!!」

 

「……なら一つだけ。悪いけど件の騒動はギルドに報告している。その際証人として『豊穣の女神』の店員一名と店主のミアが来てくれた」

 

「何が言いたいんだい?」

 

「つまり、君が今この場で何を主張しようと虚偽であるということ。アポロン、君はボクの甥だけど今回ばかりは見過ごせないよ」

 

 

 ヘスティアの主張に、傲慢に歪んだ顔は次に羞恥でゆがんだ。大方代償と称して無茶な要求をしようとしたのだろうが、それを事前に予想していたヘスティアたちは先手を打っていたのである。

 

 

「だ、団員を傷付けられた以上は、大人しく引き下がるわけにはいかない!! 我がファミリアの面子にも関わる。ヘスティア、どうあっても罪を認めないつもりか!! 認めぬというのならば、君に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む!!」

 

 

 焦って事を急いたのか、ヘスティアの意見も聞かずに無理やり話を進めていく。その有様を見て周りの神々もやれ“やらかした”だの、やれ“いじめだ”だのヤジを飛ばしていた。もはやだれが見ても、どちらに非があるのか丸わかりである。

 

 

「これに我らが勝ったら、ベル・クラネルをいただく!!」

 

「……(やはりそうですか)」

 

「駄目じゃないかヘスティア~。こんなかわいい子を独り占めするなんて~」

 

「化けの皮が剝がれたね……」

 

 

 悍ましいという表現がこの上なく合致するような気色悪い笑みを浮かべ、アポロンはベルに向かって顔をグイっと近づけた。ただただ嫌悪感しか抱かない顔と態度であったが、ヘスティアに恥をかかせぬようベルはポーカーフェイスを貫く。

 

 

「……受けた場合、君はウチの主力たるベル君を引き抜く。そう言うことだね?」

 

「そうとも!!」

 

「じゃあこちらが勝った場合は?」

 

 

 賭けをするならば正当な対価が必要である。ましてやヘスティアの眷属は二人しかおらず、数的値では決してアポロンにはかなわない。個々の力が協力でも、数に物を言わせたらどうなるかわからないのが戦の基本である。

 故にヘスティアが対価を求めるのは決して間違いではないはずなのである。

 

 

「勝ったら? 今勝ったらと言ったのかい!? こいつは傑作だ!!」

 

「いいから、どうなんだい?」

 

「いいだろう、君が勝ったらいくつでも、どんな要求でも飲もう!! 君に勝算なんてないだろうけどね!!」

 

 

 既に勝ちを確信しているのか、多くの神や眷属の聞いている空間でそう宣言した。これにより両者ともに勝負後の扱いにイカサマを使うことが不可能になる。尤も、ヘスティアはそんな卑怯なことをするつもりは毛頭なかったが。

 

 

「ああ楽しみだよベル・クラネル!! 君をウチに入れ、愛でるその時が!!」

 

「……変態」

 

「何とでも言うがいいさ。待っていてくれベル君、キミは必ずもらい受ける」

 

 

 ヘスティアの悪態を物ともせずに自分のペースに戻ったアポロンはベルに手を伸ばした。アポロンとしてはベルの手や顔、体のどこかしらに触れるつもりだったのだろう。流石にその動きは予想できなかったのか、ヘスティアは動きが一瞬出遅れることになった。ベルの視界の端では、ロキの隣にいたアイズが今にも飛び出そうと足に力を込めているのが見て取れる。

 しかしベルは一切手を出さなかった。

 

 

二度ハナイゾ、神アポロン

 

 

 誰にも気づかれることなく、アポロンの背後に立つ存在を確認していたから。

 クジラの意匠が強く出ているその存在は、今までベルが見たよりも一回り大きい斧をアポロンの首筋に添えていた。身にまとう装飾も一層豪華なものになっており、晴れ姿にも見えないことはない。

 

 

「誰だい? こんな無粋なことをするのは」

 

 

 気持ちの悪い笑みを収め、非常に気分を害したとでも言うように後ろを向く、が、目の前の存在が何者なのか気づいていない様子で、胡散臭げな眼を向けていた。周りの神々がざわめき、ロキやヘスティア、ヘルメスやベルが跪いているのにも気づく様子がない。

 その存在―水のエルはアポロンを無視し、ヘスティアとベルの前に立って石突を地面に打ち付けた。シャランと鳴った斧の音に合わせ、二人とロキは顔を上げる。そこで初めて、アポロンは佇む存在に違和感を覚え始める。

 

 

「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。血族の不始末は私の不始末でもあります」

 

「その眷属も同罪、罰は如何様にも」

 

 

 ヘスティアとベルは顔を上げるも依然膝をつき、水のエルの処断を待つと宣言した。どれほどの愚か者であれ、ヘスティアにとっては愛する弟(ゼウス)の息子である。その甥が先程のような行いをしたのならば、謝罪をするのも当然のこと。

 

 

何モセヌ。コヤツハ既二出来上ガッテイル故、其方ラガ責ヲ負ウ道理ナシ

 

「……はい。確かに承りました」

 

「何だいこいつは? こんなのを酒宴に招いた記憶はないけど」

 

 

 未だ胡散臭げな態度を崩さないアポロンに、流石のヘスティアも苦言を呈した。

 

 

「口を閉じるんだアポロン!! この方は我らが『世界』の創造主/テオス様の御使いが一柱、水のエルロードであらせられるんだぞ!?」

 

「は? 水のエルロード?」

 

「「「 はあああああああ!?!?  」」」

 

 

 ヘスティアの宣言に、会場は爆弾が落ちたのかと感じるほどの驚嘆の声が上がった。補足すると、いくら神といえどもエルロードと出会うことは滅多にない。精々で各神話の最高神が、長い歴史の中でテオスの伝言を受け取るぐらいである。低級のロードであれば稀に見ることはあるが、基本的にその格の違い故においそれと関わろうとも思えないのである。それゆえに、この場の神々が水のエルロードを見ても、何者かわからなかったのは仕方がないことなのである。それでもアポロンの態度は目に余るものがあるのは確かだが。

 アポロンも今までの自分の失態に気づき、自分の服ほどに顔を白くさせる。

 

 

「お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 そんな神々やアポロンにはお構いなしに、ヘスティアは膝をついたまま問いを出した。

 

 

許ス

 

「何故あなたはこの場にいらっしゃったのでしょうか? 失礼ながら、あなた方は天上より人を見守り、過度の干渉を好まないと存じておりますが」

 

 

 津上翔一らとの戦いのような場合ならばともかく、通常エルロードやロードが下界に本来の姿で降臨することは殆どない。例外とてベルを鍛えているときなどはあるが、それでもこういった酒宴に姿を見せることは絶対といえるほどない。

 

 

我ガ主ヨリ、オラリオ二住マウ神々ヘノ伝令デアル。神々の集ウコノ場ガ相応シイト、判断シタマデ

 

「伝令、ですか?」

 

「『是ヨリ先ニテ混沌ノ兆シアリ。然ルベキ時二備エヨトノコト。神々ハシカト受ケ止メヨ

 

 

 それだけを言うと水のエルロードは光の玉となり、宴のホールから音もなく去っていった。悠久を生きる神々からしても、余りもの現実離れした出来事に暫くは一部を除いて呆然としていた。ヘスティアとベルはというと、もう用はないとでも言うように退場し、ヘファイストスやロキ、ヘルメスらもそれに続くように退場していった。

 

 






――のうヘファイストスの。こいつをウチに預けてみんか?

――直せるの?

――当時そのままとはいかんな。だが今の世に合うようにならば。

――そう、お願いできるかしら?

――相わかった。小僧、完成したら試運転に付き合えよ?

――見つけたのは俺なんで、最後まで付き合いますよ。



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39. 戦支度


――ベート、体はどうだい?

――……腹立つぐらい調子がいい。

――やっぱり、ウチに黙って変身しとったんか。

――ふん……。

――ベートが本を読むなんて……「仮面ライダー」ってなに? 

――おい、勝手に見てんじゃねえ!!

――良いではないか。別にみられて困るものではなかろう?

――あれ? なんでこの本にベートや英雄(アルゴノゥト)君の姿が?




 

 宴会が終わった翌日、「戦争遊戯」の詳細を決めるために「神会(デナトゥス)」が開かれてた。そこにはヘスティアやアポロンは勿論のこと、件の酒宴に参加していた神々が軒並み揃っている。

 

 

「ほんじゃ、今回もウチの進行でやらせてもらうで」

 

「ロキ、待ってくれ。もう一人まだ来ていない」

 

「なんやドチビ、まだ誰か来るんか?」

 

「うん、ちょっとね。ほら噂をすれば……」

 

 

 ヘスティアがそう言うと同時に、会議室の扉が開かれる。そこから入ってきたのは、今まで殆どこの神会に参加してこなかった、ソーマその(ヒト)だった。

 

 当然、会議室には驚愕の声があちこちから上がり、アポロンは勿論のこと、普段は余裕さを崩さないフレイヤまでもが驚きに目を見開いている。それだけソーマが顔を出すことが珍しいことなのである。

 しかし他の神々の反応を気にすることなく、ソーマは歩みを進めてヘスティアの隣に座った。

 

 

「ソーマ。来てくれたね」

 

「遣わされた役目を全うするため。見届けるために」

 

「うん。それも又、ボクたち神々の仕事だ」

 

 

 当人たちにしかわからない会話を二言三言で済ませた二人は、一口だけ水を飲んで無言で両の手を組み合わせた。もう話はないだろうと判断したロキは口を開いた。

 

 

「もうええか? なら確認するで。今回の『戦争遊戯』において、アポロン・ファミリアの条件は『ドチビのとこのベル坊の引き抜く』こと。ドチビの条件は『なんでも要求をのむ』ことで」間違いないな?」

 

「うん、大丈夫だ」

 

「構わないよ」

 

「ああそれと一ついい?」

 

「何やヘファイストス?」

 

「私のところのヴェルフだけど、ヘスティアのところに『改宗(コンパ―ジョン)』することが決まったわ。だからゲームにはヘスティア・ファミリアとして彼は参加するわよ」

 

 

 前触れのない報告に神々は再度驚いたが、眷属たちのこれまでの行いを鑑みると納得できないわけではない。ヘスティアとヘファイストスは事前に協議済みなのか、特に騒ぐこともしない。それを見たロキは冷静さを取り戻し、一度机上のベルを鳴らして全員を静まらせた。

 

 

「話を続けるで。条件の承諾は両ファミリアから得られたから、次はゲームの形式や」

 

「全員参加型に決まっているだろう? 聞けばベル・クラネルは中層のモンスター群を単独で撃破できるというじゃないか。それに彼の噂は耳に入っているよ? そんな彼に単独で戦わせるなんてさせるわけないじゃないか?」

 

「よく言うよ」

 

「それに、そっちの方が大層盛り上がりそうだとは思わないかい?」

 

「ご自由にどうぞ。言っておくけどアポロン、ボクは相手が甥の君であろうと容赦はしないよ」

 

 

 アポロンのその発言に、宴会の時と同様他の神々が「大人げない」だの「容赦ない」などとヤジを飛ばす。しかしアポロンもヘスティアもどこ吹く風、アポロンは見下すようにヘスティアを見つめ、ヘスティアはヘスティアで面倒臭いとでも言うように頬杖をついている。

 何も言わないヘスティアに気を良くしたのか、アポロンが進行役であるロキを無視して話を進めていき、ゲームの方法は「攻城戦」ということで落ち着いた。

 

 

「相応の城も見繕わなあかんし、ゲーム開催日はギルドと協議して決めなあかんから解散やな」

 

「じゃあねヘスティア。当日を楽しみに知っているよ!!」

 

 

 ロキの締めで、アポロン含めた神々は退室していった。それら神々の中ではヘスティアの敗北で決まっているらしく、出ていきながらもヘスティアの眷属が何処まで食らいつけるかだけを話していた。ファミリアの所属人数を考えればそう結論づけるのは理解できなくはないが、些か配慮が足りないようにヘファイストスは感じていた。ただ当のヘスティアがあくびをしているのを見て、心配するだけ無駄なのではとも考えてしまう。

 最終的に部屋に残っていたのはヘスティアとロキ、ヘファイストスにヘルメス、ソーマ、タケミカヅチ、そしてミアハの七柱だった。

 

 

「ロキ?」

 

「なんやドチビ」

 

「できれば場所は更地になってもいい場所にしてほしい」

 

「理由を聞いていいか?」

 

「うん。ここには関係者̪しかいないから言うけど。嫌な予感がするんだ」

 

「予感? もしかして昨晩の警告のこと?」

 

 

 ヘスティアの言う予感に、全員が昨晩の水のエルロードの発言を思い浮かべた。本来静観を貫いてきたエルロードや創造主が危惧するほどの事態となると、ただ事ではないというのが神々の共通認識である。まさかそのような大事が、「戦争遊戯」の最中に起こるとでもいうのだろうか。

 

 

「いや、水のエルの警告とは別のものだ。この際だから言うけど、ベル君が以前とある事情で里帰りした折に、ベル君の故郷がアレスに襲われたんだよ」

 

「アレスに!? ありえん、彼は軍事王政国家であるラキアを拠点にしていたはずだ!!」

 

「うん。普通なら一都市を拠点とする神が、何処にでもある廃れかけの村を襲うなんてありえない。でもその村にどうしても見過ごせないものがあったら?」

 

「ドチビ、勿体ぶらずに言え。お前、何を見たんや?」

 

 

 言葉を選ぶようなヘスティアに業を煮やしたロキが結論を急がせる。彼ら彼女らにとって、ヘスティアは怠け癖など色々と短所は目立つものの、人の本質を見抜いたり、この先起こりうる悪い予兆を感じ取る勘などは馬鹿にしていない。それは顔を合わせれば口喧嘩をするロキも認めるところである。

 だからこそ、ヘスティアが危惧するほどの事態が何なのか、その一欠けらだけでも知りたいのであった。

 

 

「ベル君の育ての親、それは天界に送還されたと思われていた我が弟、ゼウスだったんだよ」

 

「「「「 何だって!?  」」」」

 

「ゼウスが、父上が生きていた?」

 

「似た風貌の男の噂を聞いていたが、まさか本当に我らが父ゼウスが……」

 

「ちゅーことはなんか? アレスはゼウスが生きとるのをどっかで聞いて、確実に殺すために襲撃したというんか?」

 

「そうだよ。そしてその襲撃方法が、疑似的にアギトの力を使うことさ」

 

 

 アレスの襲撃方法に再度一同は驚愕の声を上げるが、ヘスティアの説明に何とか冷静さを取り戻し、そして彼女の危惧することに当たりをつける。アポロンはアレス共々、かつての神話では何度か問題を引き起こしている。それは他の神々も大差ないのだが、長き時の中で改めるどころか更にその短所を助長させてしまっている。是にはギリシャ神話の体系に位置する神々は頭を悩ませており、天界にいるときから何度も諫めているが聞く耳を持たなかったのだ。

 

 

「……なるほどな。アレスの後ろに暗躍しとるやつがいる」

 

「その者がアポロンと接触を図っておるかもしれぬと」

 

「ねぇヘスティア。今回のその悪い予感って、ベルが感じたことなの?」

 

「その通りだよヘファイストス。彼のアギトとしての勘は馬鹿にできない。それこそみんな知っていると思うけど、アギトの勘っていうのは一種の予言に近しいものなんだ。そのベル君がゲームで何か起こる感じている」

 

「……そういやベートも嫌な感じがする言うとったな。分かったわドチビ、お前の言うようオラリオから少し離れた場所で話を進めるさかい、庵安心しいや」

 

「頼んだよ、ロキ」

 

 

 ヘスティアはそう言うと会議室を出ていった。他の神々も中々の事の重大さを感じ取り、予め備えておくためにホームへと戻っていッた。

 

 

「そうだロキ。ヘスティアのチーム編成はまだ申請してないだろう?」

 

「まあこれからやけど、どうしたんやタケ、それにヘルメスも?」

 

「いやなに、戦力は多いに越したことはない。それに許可はとってある。まぁ彼女の子らに良くしてもらっているサプライズさ」

 

「まぁええわ。ほんで、どうするんや?」

 

「我がファミリアからは助太刀を」

 

「僕からは物資補給の資金だね」

 

「……わかった。それもギルドに伝えとくわ」

 

 

 その言葉を最後に、今度こそ会議室は無人となった。なお、後日それを知ったヘスティアは二柱(ふたり)に多大な感謝をしつつも、驚きで絶叫することになる。

 

 神会による決定から数週間ほど。

 ゲーム開催日が決定したことにより、ベルとリリ、そして改宗を済ませたヴェルフはゲーム会場に向かう馬車の荷台に乗っていた。既にアポロン・ファミリアは現地入りしているそうで、ゲーム前に拠点となった城の外壁などを修繕しているらしい。

 そしてこれはヘスティア・ファミリア全員が驚いたことなのだが、タケミカヅチ・ファミリアからヤマト・命がサポートとして参加し、またゲーム後にヘスティアファミリアへの期間限定での改宗を望んでいるという。特別この申し出を断る理由もないため、本人がそれを望んでいれば良いという判断をヘスティアは下した。

 

 

「そろそろ出発だね。みんな忘れ物はない?」

 

「おう、心配ないぜ。本当は隠し玉があったんだが、流石に間に合わなかった。すまねぇな」

 

「大丈夫だよ。リリと命さんは?」

 

「大丈夫ですよベル様。ポーションもミアハ様のところで取り揃えてますし」

 

「自分も問題ないです。武器の整備も十分です」

 

 

 全員の状態を確認し終わると同時に馬車が動き出した。ゆっくりと走り出したそれに、しかしベルは後方から近寄る気配を感じてそちらに顔を向けた。そこには必死の形相で走ってくるシルの姿があった。

 

 

「シルさん!? 何故ここに、というか危ないですよ!?」

 

「ベルさん。これを!! これを渡すために!!」

 

 

 走り寄るシルの手には、緑に輝く宝石の首飾りが握られていた。大事なものなのだろう、だがベルの勝利と生還を願って彼女はこのお守りを託すと決めたのだった。徐々に彼女との距離が離れていくが、何とかベルに首飾りを渡すことができた。偶然かはたまた馭者が気を聞かせてくれたのか、渡し終えるとともに馬車はスピードを上げて更に遠ざかっていく。

 

 

「どうか、どうか勝ってください!! お店でおいしい料理、たくさん作って待ってますから!!」

 

「シルさん……はい!! 必ず勝ちます!! だからシルさん、待っててください!!」

 

 

 何度も客と店員として接し、時にはプライベートでも関わる中で垣間見た彼の人柄に惹かれ始めたのはいつだったか。自分でも定かではないが、それでも好いた相手の勝利を願い、シルは姿が見えなくなるまでベル達を見送ってた。

 やがて見えるのは地平線だけとなり、今日も今日とて店の給仕をするためにシルは踵を返した。

 

 

「……っ!? 痛……い。なんか最近よく頭痛が。それに、何か嫌な感じもする……」

 

 

 しかし彼女にも何かが、確実に起きていた。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 一方その頃のアポロン・ファミリア。

 拠点となるシュリーム古城跡地を修繕しながら戦いの時を待っていた。とはいっても対するのは総勢四人の弱小ファミリア。総団員数が百人前後おり、半数近くがレベル2以上の自分たちが万に一つも負ける要素はないと高を括っていた。

 しかしただ一人、夢という形で稀に予見をするカサンドラだけが焦燥に駆られており、同僚のダフネに縋り付いていた。

 

 

「お願いダフネちゃん、一緒に逃げよう? 今ならまだ間に合うから、お願い」

 

「できるわけないでしょう? 第一四人相手にどうやって負けるのよ?」

 

「光が、炎が覆いつくして……だめ!?」

 

「まったく、どんな夢を見たのよ?」

 

 

 作業の手を止め、ダフネはカサンドラに向き直った。これでも彼女らは友人同士であり、ダフネもカサンドラが予知夢を見ることは知っている。ただその夢が非常に要領を得ずに、また空想的な表現の者が多いため、話半分に聞くことも多い。

 

 

「天で調子づいた太陽が、黒い雲からもらった何かを人類に渡すの。それ原因で人間は龍の紛い物になっちゃう。それを見て怒った『釜戸の炎』と『なにか』が、光り輝いて且つ燃え上がってる龍を遣わすの」

 

「考えすぎじゃないの? それにドラゴンって、『黒龍』の討伐じゃあるまいし」

 

「龍はその輝きと炎で太陽を堕として、太陽に偽物の龍にされた人間は本物の龍によって倒されちゃう。偽物の龍の子供も、輝く龍の仲間たちと駆け付けた狼の王によってコテンパンにされちゃう」

 

 

 余りもの荒唐無稽な内容に、ダフネはあきれた表情を隠そうともしなかった。その顔を見たカサンドラも、落ち込んだようにシュンとしてしまう。しかし共に逃げることをあきらめていないのか、ダフネの服の裾をつまんだままだった。

 

 

「いい加減にしなさい!! 所詮は夢なのよ、あんたは気にしすぎ!!」

 

「で、でも……」

 

「『でも』も『スト』もない!! ほら、さっさと手を動かして仕事をしなさい!!」

 

 

 そう強めに告げ、ダフネは己に課せられた作業に戻った。暫くはその背中を見つめる悲し気な視線を感じていたが、やがて諦めたのかゴソゴソ物を動かしたりする音が聞こえ始める。

 

 

「それに、本当にこのファミリアを潰してくれるなら。このファミリアを離れられるんなら本望じゃない……」

 

 

 そんなダフネの呟きは誰に聞かれることもなく、大気の中へと消えていくのであった。

 

 




――すばらしい!! 何故我が兄弟はこれを独り占めしていたんだ。

――これは試作品だ。酷使すれば当然壊れるぞ。

――何でもいいさ!! これさえあれば、ただでさえ勝ち以外見えない勝負だけど、これのおかげで我らの完全勝利になる!!

――まぁそれは不完全なもの、どんな弊害がおこるかは……。

――ああそう言うのはいいから!! これはヒュアキントスに渡しておこうかな。

――……警告はしたぞ。



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40. 戦争遊戯・序



――ロキ。こいつはなんだ?

――ああそれか。テオス様からの送り物や。あんたにと。

――俺に?

――ああ。それとこうも言ってたで。受け取るからには覚悟を決めえとな。

――覚悟……はッ、んなもんこの力にてを出したときから決めてる。

――そうか、ほなウチからは何も言わんで。好きにしいや。




 ゲーム開催日当日、オラリオの宿屋、居酒屋、料亭、ファミリア本拠地において、試合を今か今かと待つ人々で溢れかえっていた。「戦争遊戯」は「神の力」を限定解除し、「神の鏡」という神器を通してオラリオ中に生中継される。そのため、ほとんどの冒険者が今日の攻略を休んで店などに集まっているのだ。

 居酒屋などの料理店では観戦を決め込んだ冒険者たちが、どちらのファミリアが勝つのか賭けをしている。

 

 

「全員アポロンにベッドか。これじゃ賭けになんねぇよ」

 

 

 それはダンジョン内都市でも同じこと。十八階層にある街の酒屋には、ならず者たちが集まって賭けを行っていた。しかし殆どの者がアポロン・ファミリアの勝利に賭けており、このままでは賭博が成立しなくなってしまう。

 胴元のを務めるドワーフが頭を悩ませていると、彼のついている席の机にずっしりとした重みを感じる大きな革袋が置かれた。

 

 

「兎野郎に50万賭けるぜ!!」

 

「は? はあ!? 正気かよモルド!?」

 

「俺だけじゃねぇぜ? そら、後ろ見てみな」

 

 

 ドワーフの驚きを気にすることなく、革袋をおいたモルドは自分の後ろを指した。そこには何人かのならず者兼冒険者がおり、全員が決して軽くも小さくもない革袋を手に持っている。

 

 

「こいつらは全員兎野郎に賭けている。これで成立するだろ?」

 

「ああ、文句ない!!」

 

 

 アポロン側に賭けられた金額に釣り合うものだったため、胴元はそれでベッドを締めた。ドワーフは知らないが、モルドとその取り巻きたちはベルとの決闘の場におり、且つベルがゴライアスを撃破した瞬間を見た者たちであった。

 

 場所は変わり、地上の「豊穣の女主人」店内。

 一日限定で休業している冒険者が店内でごった返しており、リューたちウェイターは盆を持って忙しなく動き回り、店主のミアもキッチンから一切離れられないほど忙しくオタマを振るっている。そんな店内に、シルがなだれ込むようにして入ってきた。

 

 

「ごめんなさい、ミア母さん!! 遅くなりました!!」

 

「ああ、来たかい。急いで準備しな!! ゲーム始まるまで忙しいよ!!」

 

「はい!! すぐに着替えてきます!!」

 

「ちゃんと渡せたのかい?」

 

「あ……はい。終わったら来てくれると」

 

「そいつはいいや!! ならあんたは出来る範囲で手伝いな。最近余り体の調子が良くないんだろ?」

 

 

 ミアの言葉に驚くも、シルは曖昧な笑みで返して店の奥に入った。少し前から、シルは度々頭痛に悩まされることか多かった。特にベルが初めてこの店に来てからというもの、その頻度が倍ほどに上がっている。

 

 

(何も起きなきゃいいんだけどね……)

 

 

 一抹の不安が頭をよぎったが、気のせいということにしてミアは再び鍋に向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベル達が陣を設置した場所では、各々が最終チェックを行っていた。その中で、ベルは己の愛機の最終整備を行っていた。いくらトルネイダーと言えど、流石に砂塵の舞うだろう場所で走らせると、思わぬトラブルが起こる可能性があるからである。

 

 

「ところでベル、お前アレを持ってきたんだな」

 

「トルネイダーのこと? うん、なんか持ってきた方がいい気がしてね」

 

「そうか。なら、俺のこいつもお披露目だな」

 

 

 ベルに近寄ったヴェルフは、少し離れたところで布をかけられている大型のものに近寄ると、かけてある布を一息に取り払った。その下から出てきたのは、トルネイダーよりも一回り大きい車体のバイク。青と白のツートンカラーに彩られたそれは、どっしりとした体格で非常に安定してそうなものであるが、反面スピードが遅そうな印象を受ける。さらには車体の横に、「M.P.D」と青色の字が書かれていた。

 

 

「ヴェルフ、それは?」

 

「ああ、この前のゴライアス騒動の時に偶然見つけてな。ゴブニュ・ファミリアに頼んで整備してもらったんだよ。まあ、整備といってもオーバーホール? っていうのをやったらしいけどよ」

 

「へぇ。でも練習はしたの? 馬とは勝手が違うよ?」

 

「ああ、練習はしているから乗れるぜ。で、一応横にもう一人と背中に一人乗れるようになってる。横のはオプションでつくやつだな」

 

 

 ヴェルフも車体を磨きながら自身の愛機の説明をしていく。ベルにとっては、些か見覚えのあるバイクではあったが、まさかダンジョンに眠っているとは思ってもいなかった。暫くヴェルフの作業を見ていると、自分のことが終わったリリと命が二人に近寄ってきた。

 

 

「ヴェルフ様、いつの間にそんなものを?」

 

「本隊の方に運搬は任せていたからな。もう一つとっておきがあったんだが、そっちは間に合わずだ」

 

「まぁバイクがあるだけで意表は突けるだろうけど。ところでそのバイクの銘はなに?」

 

「名前か? そうだな……『追跡者(チェイサー)』。ベルという光を追い、時に守る盾となる。こいつの名前は『ガードチェイサー』だ!!」

 

 

 そう自信満々に言うヴェルフの顔は、これ以上ないほどに輝いていた。今やヘスティア・ファミリアの出納管理をしているリリとしては、整備代などが多少気になるところ。しかし既にヴェルフがプライドを捨てて魔剣を鍛えたことにより、既に支払いは前払いで済んでいるということで安堵していた。

 

 

「しかし見るほどに奇妙な絡繰りですな。昔の人はどうやってこんなものをたくさん作っていたんだか」

 

「まぁ技術も使い方も失われてしまったからね。それに魔力に頼らない、純粋に科学の力だし」

 

「まぁ今は気にしても仕方ねえだろ。で、悪いがリリ助か命のどっちかがサイドに乗ってくれ。ベルは自分のやつがあるしな」

 

「じゃあ私がサイドに乗りますね。小人族の私なら隙間に色々入れられるでしょうし」

 

「わかりました。なら私がヴェルフ殿の後ろに乗ります」

 

 

 それぞれの乗る場所が決まったため、あとはどう攻め込むかの最終確認を集まって行い始める。その表情は緊張に張り詰めながらも、全員が少しばかり余裕を持ったものであった。

 

 

『みなさん、おはようございますこんにちは!! 此度の『戦争遊戯』の実況を務めさせていただきます、ガネーシャ・ファミリア所属のイブリ・アチャーでございます。以後お見知りおきを』

 

 

 会議がひと段落着いた時、調度良く実況が流れ始める。どうやら開始時刻になっていたらしい。一度目配せをして、ベル達は定位置に着いた。その際、ポーションの類は予定通りにリリがサイドカーに積み込んでいる。

 

『では鏡が置かれましたので改めてご説明させていただきます。今回の『戦争遊戯』はヘスティア・ファミリア対アポロン・ファミリア、形式は『攻城戦』です!! 両陣営の戦士達は既に戦場に身を置いており、正午の始まりの鐘が鳴るのを今か今かと待ちわびております!! ていうか、ヘスティア・ファミリアの四人は城からほど離れた丘の上にいるようですが。はて、何かに乗っているようですが、あれは馬でしょうか?』

 

「まぁ、これが公での初お披露目だからね」

 

『それでは、間もなく正午となります!!』

 

 

 実況の声に合わせて、ベルたちはヘルメットを装着した。とはいってもロストエイジのようなライダーズヘルメットは存在せず、フルフェイスのヘルムの内側に羊毛を厚めに縫い付けたものだが。

 

 

「始まるね」

 

「うん。頑張って、ベル君」

 

 

 試合の成り行きはギルド職員であるエイナも見守っていた。

 

 

「ベル・クラネル、大丈夫でしょうか? 一応魔法やポーションであの日の治療はしてますし、ある程度日にちは経っていますけど」

 

「心配ない。ベルはそんなやわじゃないし、レフィーヤの治療も完璧だった」

 

「アイズさん。ですが……」

 

「グチグチうるせぇ。野郎が出ると決めたんだ、今更動向いても遅えよ」

 

 

 ロキ・ファミリアの一室では、アイズやヒュリテ姉妹、レフィーヤやベートが「神の鏡」を見つめている。ベルの負傷を間近で診て治療を施したレフィーヤには不安が残っていたようだが、壁に寄りかかっていたベートがそれを一蹴する。

 暫く神の鏡で試合を見ていた面々だったが、誰一人として気づく者はいなかった。ベートが静かに退室し、外で高めのエンジン音が鳴り響いていたことを。

 遠くで鐘が鳴った。

 

 

『それでは戦争遊戯(ウォーゲーム)、開幕です!! 「Boom!! Boom!!」……は? なんですかこの音!?』

 

 

 開幕と同時に、フィールドにエンジン音が響き渡った。丘の上で一人アクセルを捻るベルが何度かエンジンを空蒸かししたのち、勢いよく飛び出して走っていく。その方向は、アポロン・ファミリアの拠点であるシュリーム古城の真正面である。その余りにもの大胆不敵な行動に、実況も観戦者もガードチェイサーから目を離してしまっていた。

 

 

『速い速い、速すぎる!? 一体彼が乗っているのは何なのでしょうか!? しかし向かう先は城の真正面!! これでは狙い撃ちだあ!!』

 

 

 オラリオ中に響き渡る実況の声に、全員が固唾を飲んで見守っている。鏡に映る映像では、馬などでは比較にならない速度で荒野を駆け抜ける一騎の戦士の姿。キッと真正面を見つめるその姿は、強き焔をも、激しき嵐をも連想させる。

 

 

「馬鹿め!! 真正面から突っ込んでくるとは『的にしてくれ』とでもいうものだ!! 弓矢隊、放てえ!!」

 

 

 外壁の上でアポロン・ファミリアの隊長格だろう一人が指揮をとる。一斉に放たれた何十ともいえる矢が、風を切りながらベルヌ向かって放たれた。それは矢の絨毯爆撃、右も左も、果ては前後にも逃げ道がないように放たれた数の猛威。しかしベルはそれを意に介さずに、更にアクセルを回してトルネイダーのスピードを速めた。

 

 

「何やっているのですかベル・クラネル!! 自殺行為ですよ!?」

 

「レフィーヤよく見て。紙一重だけど全部避けてる」

 

「英雄君すごいよね!! 矢が見えているのかな?」

 

 

 アイズの観察の通り、ベルはスピードを維持しながら時々左右に進路を変えつつも確実に矢の雨を避けていた。しかしそれでも雨はやむことを知らず、さらに激しさを増していく。

 とうとう一本の矢がベルのヘルメットを弾き飛ばした。地面を転がっていく緋色のヘルメットは時間をおかずに数多の矢によってハチの巣にされた。しかしベルは止まることなくその白髪を風になびかせながら走り続ける。

 

 

「何をやってる!? 早く次の矢をつがえんか!!」

 

「隊長、弓矢程度じゃ止まりませんよ!?」

 

「どうするんですか隊長!?」

 

「仕方がない。魔法隊!! 弓矢隊と一緒に最大火力で魔法を放て!!」

 

「隊長!? それじゃあ冗談抜きで死んじゃいますよ!?」

 

「ふん!! 戦争で死ぬことは当たり前だろう?」

 

 

 指揮官は有無を言わせずに再び隊列を組ませる。疑問に思う者も封殺し、弓矢隊は再度矢を弓につがえて魔法隊は詠唱を始めた。

 

 

「……一人相手にまぁ大きな歓迎だね。もうちょっと先で使うつもりだったけど」

 

 

 トルネイダーを走らせたまま、城壁の上に見えたいくつかの光をみてベルが言ちた。とはいえ弱小であるはずのヘスティア・ファミリアが、トルネイダーというオーバースペックの道具を使っている時点で未知数と判断されるのは仕方ないことだが。

 一際激しく城壁の上が輝くとともに、多数の火炎弾と矢がベルに向かって飛んできた。流石に前後左右どちらに避けでも、最悪トルネイダーは大破してベルも無事では済まないだろう。敵もそれがわかっているのか、微妙にタイミングをずらして魔法と矢を放ってきている。

 迫りくる脅威を冷静に見つめながら、ベルは車体を一度軽くたたいた。するとフロントライトに当たる青い水晶体が一つ輝きを強くする。同時に魔法と矢が着弾し、大きな爆発音と噴煙が荒野に上がった。誰が見てもベルは無事ではすまず、最悪死んでいるかもしれないと考えた。

 

 

「あはははは!! どうだいヘスティア、やっぱ君の負けは決まっていたんだよ!!」

 

「……」

 

「さぁどうしようかな? ベル君は私のところに来るから、どうやって愛していこうかな?」

 

「皮算用もいいけど、よく見ると言いアポロン。ボクの最高の眷属はまだ倒れてないよ」

 

「は? なにを言って……」

 

 

 バベルの三十階。鏡で観戦していた神々もベルの敗退を予想していたが、ヘスティアだけが鏡を冷静に見つめていた。そして彼女に指し示されて再び鏡をみた神々は、目をこぼれんばかりに見開くことになる。

 

 

「あそこまでやれば塵すら残らんだろうな」

 

「隊長、良かったんでしょうか」

 

「何度も言うが、戦争で死ぬことなんて当たり前だ」

 

「しかし隊長。これは遊戯であって本当の戦争では……」

 

「うるさい!! お前も魔法の一斉掃射を喰らうか!?」

 

「……申し訳ありません」

 

 

 抗議の声を上げる部下を脅し、次の行動をとるために頭を働かせる。先程まではベル一人だけに注視していたが、他にもあと三人の敵がいる。あの一斉掃射で見失ってしまったが、恐らく拠点から然程離れた場所に移動はしていないと予想をつける。ベルが短時間で城の正面に来れたのは、ひとえにトルネイダーの恩恵によるものだと考えていた。

 

 

「……あれ? 何か聞こえてこないか?」

 

「方向は……うえ?」

 

「お、おい!! 上を見ろ!!」

 

 

 部下の焦った声に顔を上げると、はるか上空に一筋走る赤い光があった。その光はスピードを上げ乍ら真っ直ぐ城壁、それも正門の上を目指して急降下をしてきている。ある程度見て取れるまでの大きさになったときには、既に彼等に対処するには遅かった。

 

 

「……ライダーブレイク!!」

 

 

 スライダーモードになったトルネイダーに乗ていたベルは、そのまま足場にして飛び出した。自由落下速度にトルネイダーの加速、更にはベルの蹴りだしによって馬鹿にならないほどの力のベクトルをもったベルは、太陽に反射するその白い髪と黄金のアーマーよって真昼の流れ星のよう。

 宙から降ってきた黄金の彗星は、白の外壁と正門を完膚なきまでに粉砕した。






――我が主。お耳に入れたいことが。

――どうしました。

――アレスの使っていたアナザーウォッチに関することです。

――なにかわかったのですか?

――はい。どうやらアポロンが入手した模様で、眷属に渡しておりました。処分いたしますか?

――そうですね。そう言えば今は戦争遊戯中、ベルに任せよう。

――あの者はやり遂げるでしょうか?

――心配いらない。あの子は殻を破る。



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41. 戦争遊戯・破(一)



――ベート。

――あ? 団長か。

――行くのかい?

――悪いが止めても俺は行くぜ。

――仕方がないね。ただ君の覚悟を確かめたかったのさ。

――満足か?

――うん。今回は君のやりたいようやっていいよ。

――『仮面ライダー』、ね。彼は一体何を背負っているんだろうね、ロキ。




 

 

『……は? な、何が起こったのでしょうか? わ、私には流れ星が落ちてきたようにしか』

 

 

 鏡に映しされた映像に、実況も都市の観覧者も言葉お失ってしまう。

 砂塵が舞い、瓦礫が散乱している中、正門近くにいたアポロン・ファミリアの部隊はそれぞれの安否確認を行っていた。余りにもの衝撃と規模に視界は遮られ、判断できるのは冒険者たちが発する声だけである。

 しかし運よく軽傷で済んだ隊長が呼び掛けても、それに返答する声が聞こえない。うめき声の様な物は聞こえてはくるのだが、誰それが無事か負傷しているのかの報告も上がってこない。それどころか、何かに打ち据えられている音ばかりが響き、そのたびに誰かが倒れていく音も続く。

 

 

「ど、何処にいやがる!? 出てこい!!」

 

 

 何が起こっているのかわからず、恐怖に吞まれた指揮をしていた冒険者は大声を上げて威嚇した。しかしこの手段はこの状況においては悪手である。視界を遮られ且つ敵の生死が不明な状況において大きな音を出すことは、自分の場所を知らせているのと同義である。

 

 

「どこだ!? 逃げやがったのか!?」

 

「……こんなやり方好きじゃないけど」

 

「なっ、下!?」

 

 

 だからか、冒険者が気付いた時にはすでに遅く、ベルの拳が腹に衝き入れられた。その衝撃と痛みに肺の中の空気が全て押し出され、間もなく気絶する。他の冒険者も同様、正門に集まっていた冒険者たちは軒並み倒され、気を失っていた。ベルの愛剣を使われなかったのは、彼の優しさかそれとも甘さか。

 

 

「なんの音だ!?」

 

「おい、正面が崩壊してるぞ!!」

 

 

 騒ぎに気付き、城内から何人もの冒険者が出てくる。そのころにはある程度の砂塵は風に払われ、なんとか被害状況を確認できるほどには視界を確保でできる程度には回復している。駆け付けた冒険者たちが目を凝らした先には、死屍累々という表現が最適といえるような、地面に倒れ伏す多くの冒険者と、その中央に多少の土埃で汚れながらも立っているベルの姿だった。

 

 

「はあ!? あの兎野郎ってレベル2程度のはずだろ!? なんでやられてんだよ!!」

 

「そう言えばまだ公になってませんでしたね。僕のレベルは5、つい一昨日久しぶりにステイタスを更新したら上がってました」

 

『うっそだろふざけんなああああああ!?!?』

 

 

 けろっとした顔でそう言いのけるベルに、相対している冒険者たちは勿論のこと、図らずもオラリオ中の声が一致した瞬間であった。レベル5ともなれば、オラリオでも上位に入るほどの実力を持つ証である。ファミリアに入って一年もしていない駆け出し冒険者が、そんな簡単に至れるような次元ではないのだ。

 

 

「へ、ヘスティア!! どういうことだ、まさかギルドに偽りの申請をしていたのか!?」

 

「いいや違うよ。一昨日彼のステイタス更新をして、昨日提出したんだ。だからみんなが知らないのは無理ないだろうね」

 

「へ、屁理屈を!!」

 

「それよりも試合を観ようじゃないか」

 

 

 バベル三十階では、アポロンがヘスティアにかみついていたが、彼女は取り付く島を見せなかった。別にインチキや虚偽をしているわけでもないし、事実ベルのステイタスを聞かれたときはまだ更新を行っておらず、ゴライアス騒動直後のステイタスのままだったのである。

 

 

「い、いつの間にか私よりも強く……」

 

「ん~でも仕方ないんじゃない? 英雄君はアギトだし、人よりも強くなるのが早いのかも」

 

「そう。だから急な成長に心がついていかなくて暴走した」

 

「あ……あのマグマのような姿の」

 

「でもあの子は克服したわ。だから相応に成長しててもおかしくない。そもそもアギトを、私たちのレベルという概念で縛ることが変なのかもね」

 

 

 ロキ・ファミリアの面々は冷静にベルの成長を分析する。主神であるロキからアギトについての説明されているため、まだまだ理解できる範疇にある。とはいえど、若干羨ましいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。

 

 

「さて、流石に不意打ちは出来そうにないですね」

 

 

 ベルはリラックスした雰囲気を崩さず、それでいて背中の二刀を抜かずにゆっくりとか構えを取った。見る人が見ればわかる、アギト・グランドフォームの徒手空拳の構えである。ベルからすれば相手殺さずに済み、且つ無力化できる方法であろ、更に加えるならばある意味最も全力を出せる戦い方である。

 しかし当然と言えば当然か。一度相手をしたことあるモルドや見たことのある取り巻き達。その他正しく相手の実力を測れる力量を持つ者は除いて、現在ベルと相対する冒険者たちの殆どは、自分たちが舐められていると感じた。

 

 

「貴様、馬鹿にしてるのか!!」

 

「やってしまえ!!」

 

 

 頭に血が上った冒険者たちが一斉にとびかかるも、ベルは流れる水のような身のこなしで除けていき、腹や顎に一撃を入れて昏倒させていく。いくらレベル5を誇っていても、正確無慈悲に急所に当てることは非常に困難である。それを成し遂げられるのは、ひとえにアギトの力との親和性が増し、技量が爆発的に底上げされたからと言えるだろう。

 鏡越しでは、ベルが千切っては投げ千切っては投げというように、襲い掛かる冒険者たちの意識を容赦なく刈り取っていく。彼等彼女らが重ならないように倒れ伏しているのは、偶然とは思えないだろう。

 

 

「ば……化け物……」

 

「失礼な。少なくとも心は人間ですよ」

 

 

 一人残って及び腰になっていた冒険者も、顎をかすめ脳を揺らして気絶させる。ここまででアポロン側の冒険者は負傷者多数、死亡無し。なお、ファミリアの半数近くがゲーム中の復帰が不可能という結果となった。そしてそれを成し遂げたベルはというと、ところどころ魔法による火傷や切り傷、矢傷が見植えられるものの、大きな消耗は見受けられない。

 

 

「嘘でしょう? たった一人に半分もやられたというの!?」

 

「はっ!! 敵は単騎で、尚且つ空から強襲した模様!! 衝撃で外壁守護の半数近くが戦闘不能になり、その後駆け付けた救援含めて総て制圧されたようです!!」

 

「空から、ですって? 天が遣わした輝く炎龍……まさか……」

 

 

 城内に残っていたダフネは、伝令役からの報告に開いた口が塞がらない心境だった。急なレベルアップも驚くところだが、リタイアした冒険者はレベルが2前後の者ばかりであっても、量でかかれば苦戦は必至だろう面子なのである。それがあっさりとやられることに納得がいかない。

 

 

「報告です!! 敵勢力第二波が、当城裏門を制圧した模様!!」

 

「何ですって!? ベル・クラネルならともかく、他の面子はそんな高いレベルじゃないはずよ!!」

 

「それが……裏門がいつの間にか開かれており、警備の者もこの短時間で戦闘不能に陥ったようです……」

 

「冗談じゃないわ!! だいたいそんなに小さくないこの城の裏手に、どうやって回り込むというのよ!!」

 

 

 ベル達が扱っているバイクは、勿論この時代には失われたものであり、そのスピードの知識なども残っていない。そもそもヴェルフたちが気付かれなかったのは、ベルが正面で大暴れしていたからであり、そうでなければこんなに容易に裏門を制圧などできようもない。

 残った人員でどのように相手をと考えを巡らせていると、彼女たちの後方から何かを力尽くで壊す音と生じた風圧が襲い掛かってきた。飛び交う小石や砂塵に目を覆うも、何とか衝撃の発生源にダフネは目を向けた。

 

 

「よお。初めまして、だったか? 悪いがお前らをベルのところにはいかせねえぜ」

 

 

 視線の先にいたのは真っ赤な髪を湛えて背中に大剣を背負い、左手にボウガンのような、しかし意匠の違う見たことのない武器を抱えた青年だった。青年は左手の武器をしまうと背中に手を回し、大剣ではなくアタッシュケースのようなものを取り出す。

 

 

「あー確かコードはっと。『132』で合ってたか? おっ、開いた開いた」

 

 

 青年はケースの横の突起を押すと、ダフネたちが驚きで動けないことをいいことにケースを組み替え、鉄筒を六本ほど組み合わせた絡繰りへと変形させた。

 

 

「さて、卑怯なんて言わないよな? こっちは出来るだけの準備をしたんだ。まさか見たことないもの使ったからってイチャモンつけたりしないだろう?」

 

 

 そう言いながら青年は六つの穴をダフネたちに向ける。そこに来てようやく彼女たちは、その絡繰りがボウガンのような射撃武器だと気づいた。しかし時はすでに遅く、彼女が防御の指示を出す前に引き金が惹かれてしまった。

 小規模だが小さくない連続した爆発音に彼女たちの聴覚は一時的に奪われ、次いで全身に襲う痛みに声すらも上げることができなくなってしまった。およそ数十秒の間に、この場に立っているのは青年とダフネだけになっていた。恐る恐る彼女が振り返った先には、血こそは流していないものの、腕や足など肌が見える箇所に青痣をこさえている冒険者他tだった。よく見れば、足元には小さな黒い玉が大量に転がっている。

 

 

「安心しな。誰一人殺しちゃいねえよ。ウチの団長が無暗な殺生を許さねぇし、俺も好きじゃねえ。特殊な弾だから、一発一発は痣ができる程度だよ」

 

 

 青年はそれだけを言うと絡繰りをしまい、今度は背負う大剣を引き抜いた。

 

 

「さぁ、今度はこっちでやろうぜ? 邪魔者もいねえしよ」

 

 

 ニヤリと歪んだ青年の表情は、ダフネにとっては獲物を見つけた肉食獣のようにしか見えなかった。彼女は気づいていないが、彼女の武器を持つ手は小さく震えていた。

 






――ウォッチの対応はあの者に任せるとして、アポロンは如何様に?

――それはあなたたちに任せよう。最悪天界送還も辞しません。

――御意。

――できるなら、ウォッチの入手ルートを聞き出すように。

――暗躍者の割り出しでしょうか。

――その通り。風と土もアポロンにつけておきます。

――かしこまりました。



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42. 戦争遊戯・破(二)



――ちょっ、ちょっと!? 何よあの武器は!?

――銃っていうらしいけど、まさかロストエイジの?

――で、でもロストエイジの道具って朽ちて使えないはずです。

――多分ゴブニュ様のとこじゃない? ほら、英雄君のバイク直したのもあそこだし。

――成程。だからあの鍛冶師さんもバイクを持っていたと。

――でもよく扱えるわね。たぶん相当肩や腕に負担があるはずよ。

――そうだよね。……あれ? ベートはどこ?






 

 

 ダフネ率いる部隊と、外壁に配置されていた部隊の全滅は総司令を担うヒュアキントスの耳にも入っていた。たった四人の冒険者にここまで言いようにされている現実に、全くの理解ができずに彼は癇癪を起こす。

 

 

「まだ始まって一時間も経過していないというのに……何が起こっている!? 『可能性の戦士(アルファ)』は私に簡単に倒されていたというのに!!」

 

「報告です!! 傍聴したところ、敵頭領ベル・クラネルは一昨日のステイタス更新にてレベルが5に上昇している模様!! 本人の虚言でなければ、異例の成長です!!」

 

「レベル5だと!? たった数週間で2程度から三つも上がるわけないだろうが!?」

 

「失礼ですが、我が勢力の半数を討ち取った事実を鑑みると強ち嘘ではないかと!! ここはひとつ、本陣を離れてベル・クラネル以外の無力化を図るべきです!!」

 

「ええい、黙れ黙れ!! 貴様はもう口を開くな!!」

 

 

 頭に血がの乗り切っていたヒュアキントスは部下の忠言に対しても、耳に逆らうと言わんばかりに怒鳴りつけて黙らせた。頭に多量の汗をかき、必死に頭を働かせて打開の策を練り上げていく。しかしどう考えても、ベル・クラネルを撃破する策を思いつくことができない。加えて彼の頭には、先程の部下の忠言など忘却の彼方に置かれていた。

 

 

「団長様!! どうかこの場から逃げてください!!」

 

「ええい貴様もしつこいぞ、カサンドラ!!」

 

 

 ヒュアキントスの側にいたカサンドラは、夢で予知をした影響か頻りにヒュアキントスに撤退を促している。が、やはり彼は聞く耳を持とうとしない。今までカサンドラの予知は外れたことはなく、大まかにではあるが当たっている。しかしその内容が内容だけに、信用する者が極端に少ないのである。

 

 

「仮令奴らが不可思議なことを行っていようとも所詮は四騎、他が落ちればベル・クラネルも多勢に無勢で押し通せる!! それに万が一があっても、アポロン様に託された()()を使えば、我々の勝利は絶対なのだ!!」

 

 

 ヒュアキントスはそう言うと、懐から黒色の禍々しい懐中時計を取り出した。些か絡繰りじみているそれには、怪物のような顔が描かれており、時計なのになぜか長針と短針が見当たらない。

 

 

「ああ!? いけません団長様!! それだけは、それだけは決して使ってはいけません!! なにか……侵してはならない『ナニカ』の怒りに触れてしまいます!!」

 

「この世に神より高位な存在などあるものか!! その神からこれを託されたのだ、何の怒りに触れると!? 貴様も黙っていろ!!」

 

「龍の……『世界』が遣わした輝く炎龍の一撃が……ああっ!?」

 

「いったい何の話を……」

 

 

 ヒュアキントスの言葉は最後まで語られなかった。先程まで縋り付いていたカサンドラが、突如予想外の大きな力で彼を玉座から月ばしたのである。初めはそんなことをしたカサンドラに怒鳴りつけようと考えたヒュアキントスであったが、それもすぐに頭からすっぽ抜けることになる。

 鼓膜が破れんばかりの轟音と共に天井が崩れ、いくつもの巨大な瓦礫が玉座に降り注いだのである。もしカサンドラが彼を突き飛ばしていなければ、確実に下敷きになっていただろう。

 

 

「な、何が起こった?」

 

 

 先程ヒュアキントスに忠言をしていた冒険者が、呆然とした様子で玉座の方を見つめていた。彼の視線を追うように全員が玉座に目を向けると、そこには白銀の髪を土埃で汚しながらも堂々と立っているベル・クラネルの姿があった。既に背中の二刀は抜かれており、それぞれの柄頭で組み合わせて両剣の形になっている。普通の両剣と異なるのは、刀身が折り畳まれて円月輪(チャクラム)のようになっている点か。そしてその横には、朱金に輝くボードのようなものが、ベルの膝程の高さで浮遊していた。

 

 

「ベル……クラネル……」

 

「さぁ、邪魔者はいません。あなたたちは此処で、僕と戦ってもらいます」

 

 

 そう言うとベルは手に持つ獲物を投げつけ、天井の不安定になっている部分を全て打ち砕いていった。遮るものがなくなったことにより、雲一つない空と照り付ける太陽が顔をのぞかせる。太陽の象徴として名高いアポロン、しかしその眷属の見つめる先で照らされるベルが、太陽ではなく光そのものに愛されているように感じられた。天井が開いたためか、彼の横に浮いていたボードは空に走り、広間から姿を消した。

 

 

「くそ……クソクソクソクソクソクソ!! 図に乗るな、三流ファミリアごときがあああああ!?!?」

 

 

 冷静さを失ったヒュアキントスが緋色に輝く己の剣を抜いてとびかかっていった。しかしベルは冷静にそれをはじき、彼の腹を蹴り飛ばしていく。ステイタス更新をしなくても、彼の一撃に然程ダメージを受けることはない。しかし刃物を扱っている以上、業物であれば怪我もする。

 腐ってもヒュアキントスはレベル3でありそれ相応の技量も持っているため、得物が優良であれば危険である。加えて冷静さを失っている分、何をやらかすか分かったものではない。

 ベルは一度ヒュアキントスの剣をはじいた後、両剣形態から二刀流に戻した。左は逆手に持ち、右の剣先をヒュアキントスに向けるように構える。

 

 

「くっ。お前たち何している!? さっさと奴に攻撃しろ!!」

 

 

 焦るヒュアキントスは汗のにじむ顔で部下たちに怒鳴った。そこにはいつものクールな雰囲気は露程にもない。しかしようやく呆然自失とした状態から復活したのか、一人また一人と己の得物を手に持ってベルに襲い掛かった。

 先程の外壁での戦いとは異なり、全員が一定以上の力量を持ち、尚且つ連携もできているため、ベルも目を走らせながら攻撃をさばいていく。しかし敵もさること、時折嫌な角度から攻撃を加え、少しずつだがベルの鎧にも傷が入っていく。そしてついにというべきか、ヒュアキントスの放った突きがベルの頬をかすめた。

 

 

「は……ははは……いいぞいいぞ!! このままこいつで止めだ!!」

 

 

 顔に傷をつけたことにより調子を取り戻したのだろう、ヒュアキントスは懐から黒い時計を取り出してベゼルを回してボタンを押した。それを見たベルの顔が、驚きと共に憤怒に染まる。それを間近で診てた冒険者たちは、自然と距離をとってしまった。

 

 

《ÅGⅠTΩ》

 

 

 禍々しいオーラと共に、地獄から響くような音をとどろかせた時計は、ヒュアキントスの体に溶け込んでいき、黒い靄で覆っていく。ヒュアキントスはやがて形を変えていき、若干だが人ではない姿がわかるほどにまで変形していた。そして黒い靄が晴れた頃には、くすんだ黄金に全身を覆われ、苦しみに歯を食いしばったような顔をした異形が立っていた。

 

 

「団長……? なんですかその姿?」

 

「まるでモンスターだ……」

 

「使ってしまった……『偽りの龍』が、出てきてしまった」

 

 

 部下たちがもろもろの反応を示す中、唯一カサンドラだけが絶望に顔を染めていた。止めることができなかった自分への怒りと、天罰を下す存在への恐れに。

 誰一人動くことができない中、唯一ベルだけが咄嗟に行動をした。「敵だから救う必要はない」と戦争を知る者ならば、何人かはそう言うかもしれない。しかしベルの中では、最早戦争遊戯は二の次となるものに成り下がっていた。

 呆然とするアポロン・ファミリアの冒険者たちの襟首をつかみ、急いで自分の後方へと下がらせる。目の前でねじ曲がった二刀を構えて高笑いする様は、ヒュアキントスの意識を残していないようにも見えた。事実、かれはウォッチの力に飲み込まれ、殆ど自我を残していない。頭に残っているのは、アポロンへ勝利を捧げることと、目の間の邪魔者(ベル・クラネル)を排除することだけだった。

 

 

「……カサンドラさん、でいいですか?」

 

「え? あ、はい!!」

 

「できるだけ他の人を連れて離れてください。可能なら城からも離れてくださると尚良いです」

 

「お、おいアルファ。お前、アレが何か知っているのか!?」

 

「ええ、遺憾ながら。あれは無理やり自分の分身を作り出します。それも近くにいる人を使って」

 

「近くの……ということは俺たちも?」

 

「はい」

 

 

 高笑いを続けている間に、ベルは簡単に状況を説明した。アナザー・アギトの能力として、周囲の人間のアギト因子を無理やり覚醒させるものがある。目覚めると、余程の幸運がない限り正しくアギトとなる確率は非常に低い。ほとんどが自我をなくし、人にもアギトにもなれない中途半端な存在となって苦しむだけなのだ。そのような苦しみを、二度と誰かに味わわせたくなかった。

 

 

「あれが出た時点でゲームは破綻しています!! 外に僕の仲間がいますから、気絶している他の人達も運んでください!! 手遅れになる前に、早く!!」

 

 

 ベルはそう言うと腰から小さな筒を取りだし、火をつけて上空に投げつけた。筒は天井の外に行き、そこから赤い煙を途切れることなく出し始めた。

 

 

「……あれは?」

 

「ヴェルフ殿、あれはなんでしょうか?」

 

「ベルに渡してた発煙筒の一つだが……赤色ってことは非常事態ってことか!?」

 

「ヴェルフ様!! ベル様がアレを使ったということはもしや!!」

 

「ああ、ゲームが破綻した。急いでずらかるぞ!! できるだけ大きい荷車を数台持ってきてくれ!! 城にいるやつらを運ぶ!!」

 

「「 はい!! 」」

 

 

 城の上方で焚かれた発煙筒に、事の重大さをヴェルフたちは把握した。外壁近くにいる者たちは後回しにし、場内に残る冒険者たちを運びだすためにヴェルフと命は城に入っていく。

 幸いなるかな、ヴェルフが制圧した者たちは外に近い場所に集められていたため、それほど運び出すのに時間はかからなかった。問題はそれ以外の冒険者である。ヴェルフが把握していないだけで、上階にも何人かの冒険者たちはいた。ただベルが上空から攻めたために、遭遇しなかっただけである。

 荷車への積み込みと城外への運び出しは命とリリに任せ、ヴェルフは上層へと急いで駆け上っていった。先程から刃物がぶつかり合う音が聞こえてくるため、嫌な予感がぬぐうことができない。そしてヴェルフの予想は、悪い方向で当たることになった。

 

 

「おいおい。なんだありゃあ?」

 

 

 ヴェルフの目に映ったのは、頭だけがアギトのように変形しており、本能に従うままに武器を振り回す冒険者たちであった。そしてそれら成り損ないは、まだ変身していないカサンドラたち冒険者に武器を持って襲い掛かっていたのである。

 

 

「しゃあねぇ!! 悪く思うなよ!!」

 

 

 腰のホルダーからGG-02を抜き放ったヴェルフは、拳銃の引き金を引いて成り損ないに当てていく。流石にアギトに覚醒しかけただけあって、多少のノックバックは受けているものの、普通の冒険者のように痛みに悶える様子がない。しかし気を引くことができたのか、成り損ないたちは一斉に注意を向けた。

 

 

「おい!! 無事なやつはいるか!!」

 

「はい!! ここに何人か!!」

 

「俺が注意を引くから、他の無事なやつを連れて外に出ろ!! 負傷者は用意してる荷車に優先的に乗せていけ!!」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 

 何とか全員を運び出させることに成功したが、ヴェルフは成り損ないの群れに囲まれてしまっていた。ケルベロスの弾倉を何度か装填したが、そろそろ弾薬も尽きてしまいそうである。実戦用の魔石弾を用いてはいるが、それでも単騎でどうにもできる物量ではなかった。

 ついにGX-05もGG-02も弾切れを起こし、使える武器は背中に背負う大剣のみとなる。ヴェルフは魔剣を鍛えられるし一応魔法を使うこともできるが、ベルのようにアギトに変身したり、命のように重力魔法で拘束することもできない。まさに絶体絶命の状況に陥っていた。

 

 

「……たはは。やってみて初めて分かるぜ。殿を務めて生き残るって、滅茶苦茶難しいんだな。やっぱベルはすげえや」

 

 

 せめてもの威勢として苦笑いを浮かべるが、応えるのは成り損ないたちの唸り声だけだった。

 

 

「へっ。だがここでくたばる訳にゃいかねえんでな。最期まで付き合ってもらうぜ!!」

 

 

 大剣を構えなおし、異形の集団へと切り込んでいく。人を切る嫌な感触に辟易としつつも、自身が生き残るために武器を振るい続ける。ヴェルフにとっては顔も知らない、自分たちを蔑んできた相手を切ることであったが、それでも人を殺めていることには変わりない。知己を葬ったというベルの心境を思うと、敵の撃破を素直に喜ぶことができない。

 しかしうじゃうじゃと蟻のように沸いてくる異形たちに、ヴェルフも疲労が溜まる一方であった。ゴブニュに整備の過程で偶然制作された通信機で、避難者は全員ヘスティア・ファミリアの拠点へと到着して治療も済ませているらしい。ヴェルフも撤退するように指示を受けたが、そこで敵の攻撃によって通信機は壊されてしまった。加えて四方を異業たちに囲まれ、大剣も折れてしまって成す術がない。

 

 

「悪いベル、リリ助、命、ヘスティア様、ヘファイストス様。俺ここまでみたいだ」

 

 

 折れた大剣を杖のようにつきながら、あちこちに怪我を負った肉体を支えて立ち上がる。倒した異形は爆散しているために復活はしないが、それでも三十はくだらない数の異形が残っていた。痛む体に喝を入れつつ、再度剣を構える。死に体の彼には戦う力は遺されていない。どちらにしても彼に時間が残されていないのは、誰が見てもわかった。実況も観戦者も声が届かないことがわかっていながらも、必死に声を上げて逃げるように促す。

 

 誰もが終わりだと考えたその時、高めのエンジン音が響いてきた。ヴェルフ含めた全員が、城の外へと意識を向ける。ヴェルフが把握している限り、オラリオでバイクを支持しているのは自分とベルだけのはずだった。しかし聞こえてくるエンジン音は、トルネイダーともガードチェイサーのとも異なる。

 そのエンジン音は段々と近づき、壁を破壊してヴェルフのいる広間に突っ込んできた。飛び込んできたナニカはバイクを駆使して異業を跳ね飛ばし、ヴェルフを囲む包囲網を打破して側に停車した。ベルのバイクよりも更に軽量そうなバイクに騎乗したその男は、ムスっとした表情を崩すことなくヴェルフを睨みつけている。

 

 

「あんたは、ロキ様のとこの『凶狼(ヴァナルガンド)』?」

 

「……ほらよ。ゴブニュん所からテメェにだ」

 

 

 バイクに乗っていたベートが投げ渡したのは、GX-05ケルベロスの弾倉といくつかのポーションだった。唖然とした様子でベートを見つめるが、今が非常事態ということもあって黙って弾倉を組み替え、ポーションを飲み下す。

 

 

「感謝するぜ。そうか、ベルが言っていた頼りになる奴ってのはあんただったんだな」

 

「兎野郎に何て言われてようが関係ねえ。オラ、生き残るんなら逃げるか戦え!! 変身!!」

 

 

 バイクを降りるとともに、ベートもギルスへと変身する。ベート自身は語る気がないのだろうが、彼も『ライダー』なのだろうとヴェルフは当たりをつけた。そうでなければ噂に聞く凶狼が、こんなところに乱入してまで救援に来ないだろうからである。

 

 

 語るべきことなどない。今は目の前の脅威を打破するのみ。

 自然背中を突き合わせるように立った二者は、己が得物を構えて異形の群れへと攻撃の楔を打ち込みに行った。

 

 






――神アポロン。貴様ハ侵シテハナラヌ領域ヲ超エタ。

――我ラガ主ニヨル決定、逃レウルト思ウナ。

――何を根拠に!? 私が何をしたというんだ!!

――諦めるんだ、アポロン。君はテオス様の怒りに触れたんだ。

――そ、それではアレスはどうだというんだ!? あいつも使っていたんだろう!!

――ソノ者ニモ間モナク裁キガ下ル。



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43. 戦争遊戯・急



――いたッ!? 痛……い!?

――シル? 大丈夫ですかシル!?

――ミア母さん!! シルが気を失ったニャ!!

――なんだって!? リュー!! 早くシルを運んで寝かせるんだ!!

――は、はい!!

――なんだってこんなタイミングで……

――ちょ、ちょっ!? みんな鏡を見るにゃ!?

――なんだい? ……は? あの坊やがアギト?




 

 

 バベル三十階。そこでは大騒ぎをする神々の声で包まれていた。特にヘスティアや彼女と懇意にしている神々の表情は、鬼もかくやと言えるほど憤怒に染まっていた。

 

 

「アポロン!! 君は何をしでかしたのかわかっているのか!?」

 

「何がだいヘスティア? 私はただ、勝利に最善を尽くしただけさ」

 

「馬鹿か君は!! いや、馬鹿を通り越して『たわけ』だ!! 君の眷属の使ったアレはね、『世界の理』そのものに喧嘩を売るようなものなんだよ!?」

 

「はあ? 『理』に喧嘩を売る? あはははは!! 君こそ何を言っているんだいヘスティア!! あれは天ではなく人によって作られたもの、人為的なものなのだよ」

 

 

 ヘスティアが怒りでアポロンを糾弾するも、彼には馬の耳に念仏な状態であった。それどころか開き直り、現実を視ようともしていない。彼の眷属であるヒュアキントスがウォッチに汚染され、自我を失っていることにすら気づいていない。

 

 

「じゃあウォッチに組み込まれた『アギトの力』はどこから来るか、それを考えたことはあるのかい!? あれはね、何処とも知れぬ誰かが持ったアギト因子を無理やり引き抜いているんだ!! 運が良ければただの人間になるだけかもしれない。でも抜かれた人間は最悪死ぬかもしれないんだ!! 無理やり引き抜かれたから、力そのものが反転して汚染されている。適切に作動させなかったウォッチは、謂わば強制移植のように使用者を汚していくんだ!!」

 

「汚染? どこが汚染だというんだ!! 私の眷属はその程度で自我を失うほど弱くはない!! ヘスティア、君は私の眷属を侮辱するのか!!」

 

「ほな見てみいや、あの偽モンのアギト!! 自分の仲間なのに何にも考えんで、無理やりバケモンに変えとるやないかい!!」

 

 

 一切の反省の色を見せないアポロンにしびれを切らせ、ロキも口論に参戦した。そして彼女は無理やりアポロンの頭をつかみ、鏡に映ったヒュアキントスの成れの果てを見せつける。

 ベルの近くにいた冒険者や運び出された冒険者は無事だったが、待機していた者たちは軒並み成り損ないに変形した。しかもヘスティアの言葉が真実ならば、変化した冒険者は殺す以外には救いようがないらしい。今その偽物と対峙しているベルは、成り損ないになった知己を涙を呑んで黄泉に送ったという。

 他者の眷属であるが、人の命がいいように失われていくのをロキたちは良しとしない。だからこそ、アポロンに現実を見せなければいけないと行動を起こしたのだった。

 

 

「ええかよう聞け!! あの成り損ないになったアンタの子はもう助からん!!」

 

「……え?」

 

「ああなったら最後、本能に従って戦い続けるんや!! それもモンスターか人かなんぞ関係なくな。それを辞めさせるにゃ殺すしかないんや!!」

 

「う、嘘を言うな!! 何か方法はあるんだろう!?」

 

「そんなものはない!! あるんだったらあの日、ベル君は悲しみに吞まれることも怒りで暴走することもなかった!! アポロン、これは君の短慮から生み出した非常事態なんだよ!!」

 

 

 直に話を聞き、そしてベルがどうなったかその目で見たヘスティアの怒りはすさまじい。いつもは彼女を馬鹿にしたり、ロキとの口論を囃し立てたりしている他の神々も、彼女や真剣なロキの剣幕に慄いていた。

 

 

「う、うあああああああ!?!?」

 

 

 突如叫びだしたアポロンは顔をゆがめながら、走り出して部屋から出ようとした。冷静な判断力を失い、逃亡を図ろうとしたのだろう。しかしそうは問屋が卸さなかった。

 扉の前には先日の水のエルロードがいつの間にか立っており、斧を手に持って出口をふさいでいた。それを見たアポロンは急ブレーキをかけ、その拍子に服の裾を踏んでスっ転んでしまった。それでも立ち上がろうとする彼の服に矢が一本射込まれ、その場に縫い付ける。どこからともなく射られた矢に場が騒然とする中、アポロンが突如動きを止めた。否、強制的に止めさせられたというのが正しい。

 気付けば彼を囲むように大鷲のような頭を持つ存在が弓を持ち、獅子のような頭を持つ存在が剣を構えて水のエルと共に立っていた。彼の者ら特徴から、否応なしにどういうような存在なのか、神々は理解してしまった。

 

 

「地と風のエルロードまで……」

 

「それほどの罪ということやな」

 

 

 恐怖に顔をゆがませたアポロンを見つめるヘスティアとロキの視線は、哀れみ以外の何も孕んでいなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が広間から退散したのを確認し、ベルは改めて目の前のアナザー・アギトへと向き直った。「AGITO」「M.A1015」と書かれていることから、つい最近また生成されたウォッチだと判別ができる。その事実がまた、ベルの怒りを加速させた。誰が作り出したのかを明からない。だが誰かの未来を奪い、誰かの未来を定めてしまうアナザーウォッチは、この世に存在してはならないものだと。

 腰にオルタリングを出現させるが、既にドラゴンズネイルによって覆われている。鏡でその様子が放送されているが、彼にとっては人を護る戦いに移り変わっている。一々人目など気にしていられない。

 

 

「……変身!!」

 

 

 両腰のボタンを押すと同時に薄暗い城内に火柱が立ち上った。先程の地獄のような黒い靄とは異なり、恐ろしくも雄々しい焔の柱に誰もが黙って魅入られてしまう。

 炎が晴れた場所に立っていたのは、全身から並々ならぬ熱を発した、紅の肉体を持つ偉丈夫。巌のように引き絞られた筋肉と、龍を思わせる顔に観戦者は一様に小さく恐怖を覚える。

 

 

「ヘスティア。まさかと思うが、彼は……」

 

「うん。ベル君はね、人類史上二人目のバーニングフォームへの進化を成し遂げたんだ」

 

「暴走はしたのかい?」

 

「勿論したさ、タケ。ついこの間まで、暴走する自分を恐れて心がボロボロになるほどにね」

 

「そうか。だからこその、あの力強い炎なのだな」

 

 

 オラリオの神々が見つめる先でゆっくりと構えるベル。胸のワイズマンズモノリスからは、絶え間なく炎が噴き出して全身を駆け巡る。

 

 

ベル……クラネルウウウウウ!! 

 

 

 アナザー・アギトは雄たけびを上げ、二刀を手に取って駆け出した。対するベルもシャイニングカリバーを出現させ、刃を交えていく。幾手もの切結びが行われ、火花を散らし、傷跡から血を流していく。床には飛び散った血が点々と付着しており、ベルの熱とヒュアキントスの気迫で即座に染みとかした。

 

 

貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様はああ!! この場で死なねばならないイイイい!! 

 

「……」

 

アポロン様のご寵愛を受けるなどおおオオお貴様に相応しくないイイイイイイ!! アポロン様ああアあアアああこの勝利を貴方様にイいイイイイ!! 

 

 

 狂ったように叫び続けるヒュアキントスを、ベルは表情の読めない目でじっと見つめていた。攻撃を加えるでもなく、ただただ只管静かに見つめ続ける。

 やがて言葉にもならない声を上げ乍ら、ヒュアキントスは両手に持つ剣で四方八方からベルに切り込んでいく。そこには変身する前までの太刀筋は面影を残しておらず、本能に赴くままに滅茶苦茶に振り回しているだけだった。

 ゲームのヘスティア側拠点にも配慮されてか、戦いを見るための鏡が設置されていた。そこから見たヒュアキントスの様に、意識を取り戻したアポロン・ファミリアの面々は恐怖を禁じえない。最早モンスターといっても差し支えない状態だの、その彼と向かい合うベルもまたモンスターのように映った。

 そしてそれは彼等だけでなく、オラリオ中が感じたことである。

 

 

「にゃにゃ……白髪頭がアギト……」

 

「アギトって、金色じゃないの? あんな赤くて筋肉質なんて」

 

「まるで、モンスターにゃ」

 

 

「豊穣の女主人」に集まる人々は、いつもの柔和なベルからの変わりように大なり小なり恐れを抱いていた。それも仕方ないだろう。誰もがアギトなど伝承でしか知らず、実物を見たことがないのだから。

 

 

「一時期あの坊主が化け物って噂流れてたが、あながち間違いじゃねぇんじゃないか?」

 

「そ、そうだ。多分ゴライアス騒動も、あいつがあの姿になったからじゃ」

 

「大丈夫なのか? 地上にモンスター予備軍みたいなのがいて!!」

 

 

 誰もがベル達を見て、彼に恐れを抱く感想を持つ。このままだとベルだけでなく、ヘスティア・ファミリア一派全てを排除する動きになりかねない。

 

 

「ベルさんは、モンスターなんかじゃない!!」

 

 

 しかし騒がしい店内を一喝する声が響いた。ミアの声ではない、今しがたシルを運んだはずのリューの声だった。普段の物静かな彼女からは想像できない声量に、客は勿論、アーニャら店員たちも驚きに目を見開いだ。

 

 

「ベルさんはいつだって、誰かのために手を伸ばして戦ってきた!! 貴方たちは分からないのですか、彼がどのように戦っているのか!! なぜ彼が戦っているのか、わからないのですか!!」

 

 

 リューが指さす先にある鏡を改めて見つめる。向かい合う二体の異形は、片や自我をなくして叫んで腕を振るうばかり。もう一方は何も声を発することなく攻撃を受け流し、時折突き飛ばす程度であった。その動きの差は一目瞭然であり、どちらが異常かなど言うまでもなかった。

 そして彼等彼女らは思い出す。

 ベートも変身してヴェルフと協力していたことと、ベルが他の冒険者を逃がすために殿を務めていたということを。彼が変身したという事実だけに目を向け、誤った判断を下そうとしていたことを。

 

 

「傷ついて心がボロボロになって、人間の醜い面を嫌というほどに目の当たりにして。それでも彼は人のために戦う」

 

 

 レフィーヤたちと共に鏡を見つめていたフィンが静かに言つ。

 一度彼が暴走した瞬間をみた。彼の力の強大さを身をもって叩き込まれた。あとからベートとアイズに聞いた話では、彼は暴走しながら泣いていたという。誰かに懺悔し、傷つけたくないと己を傷つけていたと。

 鏡面の中では、大きく殴り飛ばされたヒュアキントスの姿が映っていた。

 

 

「みんな、覚えておくと良い。強すぎる力は、己や己の大事なものにすら刃を向ける」

 

「彼はそれを身をもって経験した。傷つけること、傷つけられることを知った彼は、それでも尚前を向くことを辞めなかった。修羅になることをも覚悟して」

 

 

 更に邪なオーラを強くしたヒュアキントスが、今度は武器を捨ててベルにとびかかっていく。繰り出される拳や蹴りを受け流しつつ、ベルも負けじと反撃をしていく。自身の攻撃が当たらぬことに激昂したヒュアキントスは更に力を増大させ、同時に体も一回り大きくさせた。ベルの体躯よりも更に大きくマッシブな体となったヒュアキントスは、その筋力に物を言わせて暴れまわり、壁や天井を破壊していく。

 

 

「でも、ベルは負けない。助けを求められたら、ベルは何度でも立ち上がって手を伸ばす」

 

「『仮面ライダー』として、『ベル・クラネル』として。ベル君は己の魂に誓って救い上げるよ」

 

 

 暴れた衝撃によって、全ての天井が瓦解した。時刻はとうに昼を過ぎ、夕方となって薄暗い。逢魔が時を象徴する茜と菖蒲が入り混じった輝きは、瓦礫をかき分けて戦いの場に差し込んで二頭の龍を照らし出す。

 

 ピシリッという音が響き渡った。

 決して大きくない音、しかしオラリオの人々すべての耳に、何かが罅割れる音が入っていく。更に罅割れは続いていき、そこで人々は気づいた。紅い龍人の肉体が割れていき、中から仄かな光が溢れていることを。

 

 

──さあ、目覚めなさい。我が力を宿せし、愛しい子よ。

 

「スゥゥゥゥ……ハアッ!!」

 

 

 漏れ出る光が眩しくなったとき、ベルが叫ぶとともに何かが割れる音が響いた。

 それは暗い荒野に、ありえないはずの太陽が生まれ落ちた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ステイタス更新






――ああ、やはり私の予想は間違っていなかった。

――あの子は、彼の魂を受けついている。

――プロメス、あなたの光はまだ世界を照らしてくれている。

――あの子たちは先駆者、いつか訪れる未来への道標。

――世界は光と闇のどちらかではいけない。

――あの時、貴方が人の子に種を植えたのは正しかった。



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44. 纏うは輝き、されど戦士は



――ねぇ、アギトってまだ進化できたの?

――私が知っていると思うの、ティオナ?

――あはは、だよね。団長、アレについて何か知ってる?

――いや、僕は知らないな。リヴェリアはどうだい?

――私も知らない。私たちエルフには青い形態しか伝わっていない。

――アマゾネスは紅いのと筋肉マッチョな奴だけだよ。

――これは、ロキに聞くことが増えたね。

――……この声、ベル・クラネルの?

――レフィーヤも聞こえたの? ベルの声。




 

 

 地上に現れた太陽。その表現が最もふさわしかった。

 あたり一面を照らすほどの強い輝きは、ヘスティア側の拠点からも確認できるほどであった。

 

 

「な、なんなのあれは?」

 

「綺麗……」

 

 

 ヘスティア側の拠点では、治療を施し施されながら、鏡と遠目から輝きを見つめていた。変貌してしまったヒュアキントスはあまりの眩しさに目を覆っており、少しずつだが後ずさりしていく。

 やがて強い輝きは勢いを沈めていったが、日の暮れた今でも戦いの場は昼のように明るかった。その中心に立っていたのは、グランドフォームのように均整の取れた体になりつつも、白銀の肉体に覆われた龍人であった。相変わらず六本の紅蓮の角は雄々しく伸びており、黄金に輝く双眼は唸るアナザー・アギトから目を離していない。

 

 

「輝く龍……あれが、世界が遣わした龍」

 

「カサンドラ。もしかしてあなたが言っていた二頭の龍の戦いって」

 

「う、うん。たぶん……」

 

「あれが……」

 

 

 光と闇。まさに相反する二つの力が立ち並ぶが何故だろう、彼ら彼女らはベルが負けるというビジョンが浮かばなかった。

 

 

「伯母上、俺は夢を見ているのか?」

 

「夢じゃない……夢じゃないよヘルメス」

 

「じゃあ、本当に……」

 

 

 神々も信じられないという表情で鏡を見つめていた。当然だろう、神々しか知らぬことだが、津上翔一以来のシャイニングフォームの出現である。肯定派の神々からすれば、奇跡を目の当たりにしているに近い。

 暫く向かい合っていた二人だったが、ゆっくりとベルが歩みより始める。静かな脚運びなのに、一足一足のお足音が嫌に大きく鳴り響いた。彼の動きに合わせるように、ヒュアキントスは後ろに後ずさりしていく。しかしそれほど動くことなく、ヒュアキントスはわずかに残った壁に突き当たってしまう。

 

 

来るな……

 

「……」

 

来るな、来るな!!

 

「……」

 

来るなくるなクルナクルナくるな!?!?

 

 

 これ以上下がることが出来ぬと悟ったのか、手近に転がっている瓦礫の塊をベルに投げつけた。しかしツインモードになったシャイニングカリバーによって瓦礫は豆腐のように切り刻まれ、ベルに一切のダメージを与えていない。そしてベルは尚も、ゆっくりとした足取りでヒュアキントスに向かっていく。

 ある程度歩みを進めたところで、ベルはその足を止める。その距離は、ヒュアキントスまで5メートルというところであり、ギリギリお互いの間合いの外側にあった。ヒュアキントスの側には瓦礫はなく、またベルも遠距離用の攻撃手段を持ち合わせていない。どちらかが動けば、どちらかの餌食となる一触即発の均衡を保っていた。

 しかしベルと異なり、ヒュアキントスはアナザーウォッチによって闘争本能が極限まで昇華されている。加えて暴走状態でもあったため、この均衡は容易く崩れ去ることになった。

 

 再び咆哮を上げたアナザー・アギトは、右腕の筋肉を盛り上がらせながらベルへと殴り掛かった。正しく互いが互いの間合いに入ったことにより、どちらの攻撃が当たるのか想像もできない。

 アナザー・アギトはスピードは遅いものの、見た目に違わぬ剛力で障害を破壊していく。反対にベルは先程よりも細身になりパワーは下がっているだろうが、その代わり敏捷性が上がっていると誰もが予想を立てた。実はパワーこそはバーニングに少し劣るものの、それでも他のフォームよりも格段に高いスペックを誇ることを、一部を除いて知る者はいない。

 

 

「……ハッ!!」

 

 

 だからこそ、カウンターとして繰り出された拳に偽物が吹っ飛ばされる光景は、見る者すべての口を開いたままにさせた。殴り飛ばされたアナザー・アギトはそのまま壁を越え、はるか下の地面へと落下した。

 どうッという大きな音共に背中から落ちたアナザー・アギトは、痛みに悶えながらもなんとか立ち上がった。そこでふと周りを見渡して自分が外に出たことを認識した。

 

 ベル達が戦っていたのは城の上層の方であり、普通に階段などで降りたならばかかる時間は馬鹿にならないし、外に飛び降りても屋根や各塔を繋ぐ通路などで地上に着くまで何度か屋根や通路を経由しなければならない。アナザー・アギトが地上に真っ直ぐ落ちれたのは、ベルが殴り飛ばした先が偶然にも妨げがない空間だったため。

 それを理解したアナザー・アギトは最も近い出口を見つけ、そちらの方に駆け出そうとした。

 

 

「おっと、通行止めだぜ?」

 

 

 しかしその道を阻むように足元に銃弾が撃ち込まれた。飛んできた方向に目を向けると、傷だらけで頭から流れた血で片目を閉じながらも、ケルベロスをアナザー・アギトに向かって構えるヴェルフが立っていた。ベル達より下の階層で戦っていたのもあってか、ベートが突き破った壁の穴から正確無比に射撃を行ったのである。

 一つ雄たけびを上げてヴェルフの許に向かおうとするも、今度は背中を蹴り飛ばされた。頭から地面に倒れて少し滑るが、何とか立て直し後ろに向き直る。そこには荒い息を繰り返しながら、夜でも目立つ真っ赤な双眼でアナザー・アギトを睨みつるベートの姿があった。二人とも何とか成り損ないを殲滅したようで、もしもの時を考えて待機していたようである。

 

 

「逃がしませんよ」

 

 

 ベートたちの登場に驚いている間に、アナザー・アギトの背後にベルが降りてきていた。ヴェルフも何とか地上に降りてきており、三方向を囲まれた状況になっていた。

 だがヴェルフとベートは手を出す気はないのか、逃走経路をふさぐ形でベルとアナザー・アギトだけを残して下がった。感謝するようにベルは一度頷き、目の前に立つアナザー・アギトに集中する。

 決して軽くないダメージの蓄積により、もはや自我も薄れ、低い唸り声しか発しなくなっていた。

 

 

「神アレスは自我を保っていたけど。人なら簡単に飲み込まれてしまう……」

 

 

 表情は読めなくとも、その声色で彼が憐れんでいることが誰にも理解できた。心なしかその黄金の双眼も悲し気なものにも感じられた。本能でも逃げ場はないと悟ったのか、先程よりも粗の目立つ動きでアナザー・アギトはベルに襲い掛かった。

 やはりというべきかベルは拳や蹴りを受け流し、カウンターの一撃を次々に入れていく。ノックバックは受けているものの、最早引くことも頭にない様に我武者羅に向かっていく。

 何処までも孤独に、何処までも実直に。アナザー・アギト/ヒュアキントスは唯々アポロンのために力を振るう。しかしその深すぎる愛が彼を歪め、またそうまで狂わせたアポロンの愛がこの事態を生み出してしまった。

 

 

「……フンッ!!」

 

「アあああアあアア嗚呼アアア嗚アッッッ!!」

 

 

 力のこもった一撃がアナザー・アギトの鳩尾に突き刺さった。一度全ての空気が吐き出され、痛みに蹲ったままもだえ苦しむ。それでも彼の叫び(クルシミ)は止まらなかった。立ち上がる力さえも残されておらず、それでも意思と本能に従うままに唸り、拳を振り上げ、一歩踏み出そうと必死に立ち上がろうと藻搔く。誰もが呼吸することも瞬きすることも忘れ、結末を見守っていた。

 

 

「……初めに殺したのはゴブリンの群れだった」

 

 

 突如構えを解いたベルは直立し、言葉を紡いだ。その目はアナザー・アギトから離してはいないが、顔は若干下を向いているようにも見えた。

 

 

「僕は襲われて、この力が発現した。そして本能のままに、そのゴブリンの群れを殺した。あとから調べたらそのゴブリンは森に棲んでいて、食料調達できずに巣で待つ血族のためにと、せめて少しの食料になれば僕を襲ったみたいだった」

 

「次にミノタウロスを殺した。何かの拍子で上層に逃げ込んだ個体を、放っておいたら他に被害が出るとして一方的に殺した」

 

「その次が『怪物祭』のモンスターたちだった。脱走したモンスターを、犠牲者を出さないためとはいえ総てこの手で止めを刺した」

 

 

 言葉だけで判断するならば、まるで武勇伝を聞かせているようにも思える。事実、鏡を通して事の成り行きを見守っている者たちの中には、そのように感じていた者も少なくはなかった。

 

 

「殺した……幼い頃に世話になった知己を。顔も知らぬ人々を!! 化け物になり切れず、人間にも戻れなくなった人たちを……この手で!!

 

まだ生きたかっただろうに!! 幸せな人生にしたかっただろうに!! 本人の関係ないところで好きに利用されて、未来を奪われて、希望も絶望も感じられない存在に変えられた人たちを!!

 

殺して殺して殺して殺して、何人も殺して!! 救い上げることが出来なかった!! どんなに手を伸ばしても届かなかった!!

 

 

 彼の語りは叫びに変わり、最後は嘆きになっていた。そこでようやく人々は気づく。彼の言葉は嘆きは、普段は人懐こい、ともすれば人誑しともいえる彼に巣食う、消えることのない心の傷跡。笑顔の下に隠されていた彼の贖罪(クルシミ)の叫び。紅の角と黄金の複眼の下で、彼はずっと泣いていたのだった。彼と親しかった者たちの目からも、知らず一筋二筋の涙が流れていた。

 

 

「僕は、僕の罪を数えました。アポロン・ファミリア団長、ヒュアキントス・クリオ。今度は貴方が、貴方の罪を数える番です」

 

クラネル……クゥゥラネルウウウウ!!

 

 

 アナザー・アギトが立ち上がると同時に、ベルの足元には黄金に輝く紋章が浮かび上がった。大きさはそれほど大きくはないが、内包する力の質が今までの比ではないほど濃密なものになっている。ギルスに変身しているベートは勿論、ケルベロスを構えていたヴェルフも知らず冷や汗を流していた。

 対抗するようにアナザー・アギトの足元にも紋章が浮かぶが、ベルのものと違って形の定まらない酷く歪なものだった。紋章の全てが足に吸収され、先にベルが上空に向かって跳びあがった。

 そこで全員がようやく気付く。ベルの向かう空に、城の敷地ほどの大きさの紋章が、夜闇の中で白銀の輝きを放っていたことを。

 一足飛びで紋章よりも高い位置に跳びあがったベルは一瞬の対空ののち、紋章に向かって急速発進をした。光る右足を突き出したまま紋章を透過すると、さらに加速と輝きを増した状態で一直線にアナザー・アギトへと向かっていく。それはまさに夜空に輝く流星といっても過言ではない。

 

 

「タアアアアアッッ!!」

 

 

 アナザー・アギトも紋章を吸収して右腕にエネルギーが集めたが、それよりも早くベルのキックが彼に襲い掛かった。

 キックとパンチが重なったとき、鏡面を、二人の戦士の視界を真っ白な輝きが覆いつくした。特に直接見ていた二人は目が潰れんばかりの輝きに思わず絵を覆い、次いで全身を襲う衝撃と風圧に吹き飛ばされそうになる。

 龍の咆哮のような爆音を轟かせ、パンチを押しきってアナザー・アギトの胸に全力の蹴りが突き刺さった。刹那の均衡ののち、鼓膜を破らんばかりの爆音と熱が沸き起こる。たった数秒、しかし永劫にも思える時間の末に戦場に残ったのは、落ちくぼんだ地面に描かれたアギトの紋章と、その中央で気絶するヒュアキントス。

 

 そしてその側で、黒い時計を握りつぶす輝く龍人の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『戦争遊戯』、非常事態により強制終了。

ウォッチという異物について、ギルドはアポロン・ファミリアへ責任を追及。

神アポロンは抵抗するも、全財産のヘスティア・ファミリアへ譲渡を決定。アポロンは追放処置。

生き残った団員は、デメテル・ファミリアがカウンセリングと労力獲得のために受け入れを容認。

希望者は他派閥に『改宗』をし、冒険者活動を行うことを承認された。

ヒュアキントス・クリオは冒険者権限の一生涯剥奪を決定。

ヘスティアとロキは、眷属の変身についての情報開示をギルドに命令される。

両派閥主神は該当者への不干渉と許可を条件に、可能な範囲で全てを提示した。

光輝(アギト)』と『最古の神子(ネフィリム)』の復活。

この二つの出来事と共に、此度の『戦争遊戯』は終結した。

 

 

 






――クソックソックソッ!! なんで私がこんなことにならなければ!!

――神アポロン。貴方に聞きたいことがある。

――今度はなんだ!? エルロードに囲まれるわ追放されるわと!!

――ウォッチを、何処で手に入れた? 誰から手に入れた?

――なんだギルドのやつか? 話すわけないだろう!!

――これ以上アレの犠牲を出すわけにはいかない。言え!! どこで手に入れた!!

――い、言うわけないだろう!? あれを使えば、オラリオの愚か者どもに復讐できるんだ!! 手放してなるものか!!

――言わぬなら、星に還るがいい。

――……は?



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45. 戦後処理



――ベート様、治療しますね。

――大した事ねぇからやめろ。雑魚にやってやれ。

――あとはあなたとヴェルフ様、ベル様だけです。

――わかったわかった。だが先にあの赤毛の雑魚からやれ。

――心配しなくても、あちらはあちらで既に治療してますよ。

――イデデデデデ!? 沁みる、沁みるからゆっくりだあああああ!?

――あわわわわ、ごめんなさ~い!!

――……ね?

――……ふん。




 『戦争遊戯』の翌日、戦後処理のためにベル達はギルドにて色々と申請や受諾の承認書類を認めていた。アナザーウォッチという未知で有害なものを持ち出したアポロン・ファミリアは、主神がオラリオ追放の刑にあったことで事実上の解散状態になった。

 その結果、全財産はギルド預かりだったのだが、問題の早期解決に最も尽力したとして、遺族への保障金を差し引いた分をロキ・ファミリアとの折半という形に落ち着いたのである。ただロキ・ファミリアは受け取りを拒否したため、全額全土地がヘスティア・ファミリアの所有となった。

 

 

「しかし良いのかいロキ? 君のギルス君がいなければ、ウチのヴェルフ君は死んでいたかもしれないから……」

 

「殊勝な態度やめえ、背中痒ぅなるわ。ええも何も、ベート本人がいらん言うてたんや。それにアポロンの財産て、殆どあのバカの銅像や石像何十体とかそんなもんや。そりゃ売れば少しは金になるやろうけど、うちはいらんよ」

 

「そうかい。なら遠慮なくいただくよ」

 

 

 話し合いも特に滞ることがなかったのは、ギルド職員にとっては多いに助かることである。ウラノスの方針でアギトとギルスについての情報開示命令などもあったが、両主神とも本人の許可する範囲で余さずに報告している。そのことも、押し寄せる人の対応で混沌としつつも、ギルドは作業を(つつが)なく行えるということで安堵していた。

 

 

「そう言えばヘスティア様、我々の住んでいた場所はどうするんですか?」

 

「それなんだよ。ヴェルフ君と命君にはまだ見せてないけど、あのイコンがある以上余り空けたくないんだよね」

 

「とはいえ、倉庫として使っても泥棒が入らないとも限りませんし」

 

 

 せっかくアポロン・ファミリアの広大な土地が手に入ったのだから、有効活用をしていきたいという思いはある。事実中止になったとはいえ、「戦争遊戯」後にヘスティア・ファミリアに入りたいというフリーの冒険者や、他派閥からの「改宗」を望む冒険者の申請が後を絶たない。

 一応ギルドの方でも審査をしてもらってはいるが、それでも三十を下らない数の志望書がホームに届けられている。のが現状である。ギルドの審査を通っても、入団を拒みたくなる冒険者はごまんといる。一例を出すならば、ヘスティア・ファミリアに入団すれば、特別な力をもらえると勘違いしているタイプの輩だ。ひどい場合は拒否をすると、口に出すのも憚れるような悪態をつきながら去り、身に覚えのない悪評を流すものもいた。

 そのため、未だヘスティアの眷属はベルとヴェルフ、リリと命の四名だけなのである。命も一年限定という条件の入団のため、永続的眷属は実質三人だけの状態だ。

 五人で頭をうんうんと悩ませていると、廃教会の扉が叩かれる音が響いた。また強硬手段に出た輩かと考えるも、何処か叩き方が丁寧で小さめである。しかし来客の予定もなかったため、きょとんとした顔のままベルが代表して扉を開いた。

 

 

「あれ? カサンドラさんとダフネさん?」

 

「おや、アルファじゃない?」

 

「ど、どうも……ベルさん」

 

「こんにちは。ミアハ様のファミリアはいかがですか?」

 

「いいとこだよ、けどやっぱ財政状況がね。普段の探索以外にもちょいちょいクエストをやってる」

 

「そうですか、お疲れ様です。立ち話もなんですので、中へどうぞ。暑いですからお茶でも飲んでください」

 

 

 普通他派閥の主神や眷属をホームに招くことはない。ヘスティアとロキが内緒話したりと、余程重要な話でない限りありない。しかしそこは懐の深すぎるヘスティア・ファミリアというよりもベル・クラネル、ヘスティアも苦笑いを浮かべるだけで最早彼の人の好さには諦めをつけていた。

 出された冷えたお茶を黙って飲み続ける二人だが、流石にいつまでも本題を出すためにダフネが口を開いた。

 

 

「今日来たのは改めてお礼を言うことと、カサンドラがアンタたちに、アルファに伝えたいことがあるからだよ」

 

「伝えたいこと?」

 

「ええ。まずはありがとう。多少の恩はあったけど、あんたたちのおかげでアポロン・ファミリアから抜けることが出来た」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「……僕たちは何もしてません、と言いたいですけど、それだと納得いかないですよね。なら貸し一つということで手を打ちませんか?」

 

「……わかったわ。何か助けが必要な時、出来る範囲で援助させてもらうわ」

 

「ええ、お願いします。それでカサンドラさん、僕に伝えたいこととは?」

 

 

 ベルとダフネの話が落ち着いた後、今度はカサンドラに顔を向けた。オドオドとした態度で隣に座るダフネを見つめるも、彼女はため息をつくだけで手助けをする気配がない。何度か視線を右往左往させたのち、カサンドラはコップに残ったお茶を一気飲みした。

 

 

「お、お待たせしました」

 

「いえいえ」

 

「あの……私は夢という形で未来が見えるんです……」

 

「未来をかい? 未来視、いや、この場合予知夢というのが近いね。ということは、その予知夢で何か見たんだね? ベル君に関することを」

 

「はい、ヘスティア様」

 

「言っておくけど、この子の予知夢は結構大袈裟よ。この前の『戦争遊戯』も、アルファのことを『輝く龍』って表してたみたいだし」

 

「あはは……まぁ強ち間違ってもいないからなぁ」

 

 

 ダフネは呆れたような声で捕捉するが、大きく間違っているわけでもないため一概に否定できない。アギトは味方によれば人型の龍に見えないこともないし、シャイニングフォームなぞ正に「輝く龍」だろう。

 

 

「そ、それでですね。あの、そう遠くない先に、大きな脅威が来るみたいです」

 

「……『脅威』?」

 

「はい。闇が世界を覆いつくしていき、闇に包まれた世界は絶望にくれるんです。けれど、『世界の理』が遣わした黄金の王が、それを打ち払っていくという内容で……」

 

「『闇』……『黄金の王』……カサンドラさん、その王様の背後に、何が見えました?」

 

「星々、です。何人も侵すことが出来ない、眩い輝きを放つ黄金の星々……世界を明るく照らす優しく強い光。その星の一つに、ベルさんのシンボルがあったので」

 

 

 小さな声でそう表すカサンドラだが、ベル達にとって決して無視できない内容だった。隣に座るダフネは、未だ大袈裟な内容だとため息をついているが、当事者にとってはそうでもない。

 ベルの予想が正しければ、そう遠くない先に、オラリオ全土か、もしくは世界規模での厄災が降りかかることになる。それに立ち向かうのはベル達仮面ライダーに他ならない。現状オラリオにいるライダーはベートとベル、そしてもうすぐヴェルフが加わって三人となる。

 

 

「……ありがとうございます。お礼といってはなんですが、こちらをどうぞ」

 

「ちょっと正気? これ結構有名なお店のお茶菓子じゃない。そんなホイホイ他人に渡すようなものじゃないでしょう? それにこの子の夢の話だし」

 

「ボクたちにとって、それほど重要な内容だったということさ。これはミアハたちで分け合ってくれよ」

 

 

 ダフネたちは手土産を受け取ろうとしなかったが、ならば郵送するとヘスティアが言うと渋々受け取った。

 世間話も程々に、二人が帰ると改めて五人で机を囲った。議題は勿論、先程のカサンドラの予知夢の内容である。

 

 

「ベル君、彼女の話は『ライダー』に関わることだね?」

 

「はい。間違いないと思います」

 

「それじゃあヴェルフ様とベル様、ベート様がまた戦うと?」

 

「そうでしょうな。ベル殿たちはオラリオ唯一の『ライダー』、本人の意思に関係なく、戦うことになると思われます」

 

 

 問題山積みだねえと、ヘスティアは小さく嘆息しながら言ちた。ホームやファミリの問題に加え、世界規模の問題が舞い込むとなると、ため息の一つも付きたくなるものである。

 

 

「この際アポロン様の元領地は、道場か何かにしましょうか? 僕の予感が正しければ、その厄災の時、僕たちだけじゃ対処しきれないと思うんです」

 

「成程、ある程度自衛できるレベルまで鍛え上げるってことだな? いいんじゃねえの、俺もG3ユニットの調整場所が欲しかったし」

 

「まぁあそこは無駄に広いからね。二人はどう思うんだい?」

 

「問題ないと思いますが、教導官はどうされるのです?」

 

「それに施設の運営にもお金がかかります。完全に無料というわけにはいきません。それにヴェルフ様のG3ユニットの費用を考えると……」

 

「余り安い利用費にできないか……」

 

 

 訓練場を開くにも財政面や誰が教えるかなどの問題が浮上し、五人とも再び頭を悩ませることになる。しかし結局訓練場は開くことになり、アポロン・ファミリアの拠点建物は改築された。地下部分はG3ユニットの運転場となり、ガードチェイサーとヴェルフの鍛冶場もここに収納されている。地上部分は一階建ての道場と離れで構成されており、ヘスティア・ファミリアからベルと命が交代で指導をすることになった。

 道場が解放されるのは週二回、その他の日で鍵が開いているときは施設利用が可能という体制で運営している。無論指導料と施設利用料はとるという定めのもとである。それでも足繫く通うものが多くいるため、運営には若干の余裕が出てきていた。

 利用者には何とベートの姿もあり、誰にも見られない地下空間でベルと鍛錬を積んでいた。アギトにはアギトを、同じ力を持つ者同士、先のことを見据えての判断であった。

 

 






今回はちょっと薄味に仕上げました。
次回からはイシュタル編に移っていきます。
本当ならイシュタル編は、春姫ルートとして仕上げる予定でした。ですがやはり分岐する前にヒロインを全員出すべきと判断し、共通ルートに入れることに決定しました。

それでは皆々様、また次回に。



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46. 陰謀の影



 お久しぶりです。覚えておいでくださる方々、感謝を申し上げます。
 ダンまち最新刊が約一年ぶりに出版されましたが、いやはや衝撃ものでしたね。いや、ある程度予想していたとはいえ、なかなかにショックも大きく。
 これは原作も、そろそろ佳境に差し掛かってきたのでは?
 それでは最新話です。ちょっと内容が薄いかも。
 どうぞごゆるりと。



……シルのルートを編集しなおさねば。



 

 

 戦後処理も滞りなく終わり、迷宮都市オラリオにもいつもの日常が戻ってきていた。街の通りには人が行きかい、商店では客を呼び込む威勢のいい声がが響き渡る。夜にはダンジョン帰りの冒険者が、駆け付け一杯とでも言うように酒に喉を鳴らし、料理に舌鼓を打つ。時折路地裏で殴り合うような音も聞こえるが、酔っ払い同士による喧嘩なので、特に気に留める者もいない。

 そんな日常のなか、ヘスティア・ファミリアの拠点である廃教会には僅かにだが重い空気が漂っていた。

 

 事の発端は数日前に遡る。

 限定メンバーである命が、元所属ファミリアの仲間である千草と歓楽街に向かったのをベルが見かけたのである。身売りをする様子ではないことは察したが、目的が分からない。それに歓楽街は治安がいい方ではなく、何かのはずみで問題に巻き込まれることを危惧し、ベルはこっそりと尾行していたのだった。

 幸い防具は装着せず頭からボロ布を被っていたため、特徴的な白髪は誰にも見られることなく尾行を続けられた。纏っていた布が宵闇に紛れやすい、黒色をしていたのも幸いしたともいえる。

 しかし何故かその場にいた神ヘルメスに見つかり、あれよあれよといううちに一人の娼婦につかまり、歓楽街を統括するイシュタル・ファミリアの本拠地に連れていかれたのである。「女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)」に連れていかれたベルは大勢のアマゾネスに囲まれるが、何とか性的にも物理的にも食われる前に逃げ出した。そしてその逃走過程で、春姫という狐人(ルナール)の娼婦と出会ったのである。

 そのまま彼女に庇われる形で歓楽街出口近くまで抜けたベルは、何とか命たちと偶然だが合流し、急ぎ廃教会まで帰ってきた次第である。しかしヘスティアにも見つかってしまったため、やむなく二つのファミリアによる緊急会談となったわけだ。

 

 

「……命君、千草君。君たちの事情は分かった」

 

「しかし何故私やヘスティアにも相談しなかったのだ? 桜花も連れて行けば、護衛にも役立ったものを」

 

 

 主神二人は事の発端となった二人の行動に一定の理解を示すも、二人だけで行動したことに関しては反省を促す。軽率な行動だったことは件の二人は理解しているようで、粛々と二柱の言葉を受け止めた。

 

 

「さて、二人に関してはこれでいいだろう。次にベル君、キミに関してだ」

 

「僕……ですか?」

 

「そうだよ。テオス様やゼウスには劣るけど、ボクは君をしっかりと見てきたつもりだ。だから何となく、君が何かに悩んでいることはわかるよ」

 

 

 ヘスティアに諭されるように問われたベルはしばし逡巡したのちに、重々しく口を開いた。

 当初は春姫を娼婦の一人としか認識していなかったベルだったが、今日にいたるまでの数日に、何度か彼女と話す機会があった。何故足蹴く彼女の許へと通ったかだが、単に彼の勘としか言いようがない。ベル自身が彼女を放っておくのは拙いと感じ、彼女について知るべきであるという勘を信じて訪ねたのである。

 結果としては彼女は特殊なスキルを持っていることと、神ヘルメスの話では彼が運び込んだ荷物が彼女に何か関係があるということ。更に付け加えるのならば、ヘルメスはその荷物に関して良からぬものを感じており、それはベルも感じていた。正しくは彼女に関して良からぬことを感じたのであるが。

 

 

「……神様とタケミカヅチ様にに伺いますが」

 

「うん?」

 

「『殺生石』というものをご存知ですか?」

 

 

 ベルが言葉を発した途端、タケミカヅチとそのファミリアの面々がこぼれんばかりに目を見開き、桜花やタケミカヅチに至っては顔を青白く変化させている。

 

 

「タケ? 君は知っているのかい?」

 

「……無論だ。これはかつての人類史で日ノ本にあったとされる呪い石だからな」

 

「呪い石?」

 

「ああ。かつての我らが神話の管轄地では、妖が人に紛れているのは珍しくなかった。ある時代、九本の尾を持つ狐の大妖怪が討伐され、石となった。その石は辺りに毒をまき散らし命を奪い突けたが、三百年の時を経て砕かれたんだ。だから今の世には存在しないはずなのだが」

 

「ええ、そのはずです。ベル・クラネル。その言葉をどこで?」

 

「ヘルメス様から聞きました。もしかしたら女神イシュタル様に頼まれて運んだものがそうかもしれないと」

 

「だとすると、彼の殺生石とは別物かもしれないね」

 

 

 伝説との相違点に、全員が首をひねって頭を悩ます。仮に伝説の呪い石とは別物であっても、事情を知らないヘルメスや知っているタケミカヅチの焦り様からして碌なものではないだろう。

 

 

「……そう言えば以前聞いたことがある。狐人専用の道具があるらしい」

 

 

 しばらく考え込んでいたタケミカヅチが口を開く。

 

 

「『殺生石』かは知らぬが、狐人の遺骨を原料とした道具があるらしい。それともう一つの道具を合成したら、生贄となった狐人の『妖術』を使える道具になるようだ」

 

「では、生贄となった狐人は……」

 

「魂の抜け殻だ。合成後の道具に魂を吸い取られ、ただ肉体がそこに在るだけ、廃人同然だ」

 

「じゃあもう一つの道具は何だい?」

 

「確か『鳥羽の石』というものだ。尤も詳しい効果は俺も知らない。唯一知っているのは、満月の夜に最大限の効果を発揮するということだけだ」

 

 

 重々しくそう告げるタケミカヅチに、室内の面々は黙り込んだ。もしもイシュタル・ファミリアに届けられたものがその「鳥羽の石」であるならば、もう一方の道具は確実に春姫を材料にして作られるのだろう。そして計算が正しければ、この日オラリオで観測される月は十三夜月(じゅうさんやづき)、満月まであと二日の時間しか残っていない。

 

 

「ベル様。まさかと思いますが、イシュタル・ファミリアに攻め込むのですか?」

 

「え?」

 

「……どうやら少しは考えていたようだね。いいかいベル君、そしてヴェルフ君もだ。キミたちは確かに『仮面ライダー』だ。だけど君たちはフリーではなく、既にファミリアに所属している。その意味は分かるね?」

 

 

 ヘスティアの言葉に、ベルは少し唖然としていた。確かに彼女の言う通り、春姫をこの理不尽から救い出そうと自然と考えていた。それは彼が「仮面ライダー」と自覚しているのもあるが、単純に彼自身が救いたいと無意識下で考えていたためである。

 しかしヘスティアの言葉にもあったように、既に彼等は一つの組織に所属している。仮に後先考えずに春姫に手を伸ばせば、ファミリア同士の諍いと判断され、尚且つ先に手を出したとしてヘスティア・ファミリア全体の責任を問われかねない。下手すればベル達と懇意にしている人たちにも迷惑も掛けかねない。

 

 

「これは命君、千草君、桜花君たちにも言えることだ。君たちの、タケの反応を見る限り、その春姫という狐人が探し人なんだろう?」

 

「あ、ああ」

 

「ならば尚更、今飛び出してもしょうがない。幸い満月まで二日はある。もしもイシュタルの目的がその道具ならば、二日は何もしないはずだ」

 

「その間に、出来ることを考えよう。何も思いつかなかったら……」

 

「僕が動くのですね?」

 

「余りそうなってほしくはないけどね」

 

 

 カチコミの有力な根拠がない以上、こちらから手出しすることはできない。しかし救えるかもしれない命を見殺しにすることなどベルは勿論、この場にいる面々には到底できない。

 その日はそのまま解散となり、明日の夜もう一度集まる旨を決めてタケミカヅチ・ファミリアは帰路についた。リリやヴェルフなども自室に戻る中ベルだけが教会の外に向かい、その屋根に腰かける。

 物憂げに空を見つめる彼に気づく者はおらず、それを見つめるのは紫に雲を染める夕日と常闇を彩る月と赤や青に輝く星々だけだった。

 

 





 はい、今回はここまでです。
 本当は春姫と出会うシーンやイシュタル・ファミリアのホームに連れていかれるシーンも書きたかったのですが、下書き段階でも然程原作と変わらなかったので、今回は省くことにいたしました。
 後々小話として、分岐突入前に補完したいと思います。

 さて、およそ二か月の間更新できなかったことを、お詫び申し上げます。
 今後とも、私めの拙作をどうぞよろしくお願い致します。



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47. 画策



お待たせしました、続きの更新です。
今回も申し訳ありませんが、薄味気味になっているかもしれません。

それではどうぞごゆるりと。


 

 

 明くる朝、まだファミリアの面々が寝静まっている間に、ベルの姿はある場所にあった。元アポロン・ファミリア拠点を改築したその土地の地下、鍛冶場や訓練所の他にも、その日の経理などを行う執務室の様な物も施設にはある。しかし実は、その部屋から更に地下に通じる隠し通路があることをベルと建築担当、そしてある人物以外は知らない。

 件の隠し通路にやってきたベルは、そのまま奥へと進んで一つの部屋へと入った。特に大きいわけでもなく、およそ六畳ほどの部屋の天井は2メートル程度の高さしかなく、部屋の真ん中に小さめのテーブルと対面になるよう配置された椅子。ほの暗く室内を照らす小さなランタンしかなかった。

 しかし二脚のうちの一つには既に先客がおり、ベルが来るのを待っていたみたいである。

 

 

「それで、早朝に僕を呼び出したのは理由をお伺いしても?」

 

「一昨日の晩に依頼された調査報告だ。今の貴様にとっても有力な情報だと思うが?」

 

「そうですか。では先払いとしてこちらを」

 

「……あの日から毎度思っているが、よくもまぁそれだけをホイホイと出せるものだ。財源は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ、一応コツコツ貯蓄した()()()()()()から出してますし。ファミリアの財政には何の痛手もありません」

 

「……そうか。なら早速仕事の話をしよう」

 

 

 目深にフードを被った人物の前に、決して小さくないきんちゃく袋を置いた。中身はどう考えても貨幣であり、重そうな音を室内に響かせる。その人物は手早く巾着を懐にしまうと、居住まいを正して椅子に座りなおした。

 

 

「お前がヘルメス様から聞いたという『殺生石』。あれは極東の伝説とは全く異なるものだ。生贄にされた狐人の持つ妖術、ここでいう魔法を第三者が使えるようにするアイテムを指す。で、イシュタルはそれを手に入れるために、件の春姫だったか? その狐人を利用するつもりらしい」

 

「やはりそうですか」

 

「それからこの情報はその過程で偶然入手したのだが、こちらも聞くか?」

 

「ええ。追加も必要ならお支払いしますよ」

 

「いらん。偶然手に入ったと言っただろう? まあいい。どうやら女神イシュタルは『殺生石』を手に入れるだけじゃ飽き足らず、お前をも手にしようと画策しているようだ」

 

 

 情報屋の話を要約すると、どうやら女神イシュタルは女神フレイヤ同様、美の女神としてのアイデンティティを持っているらしい。しかしながらフレイヤ自身にそのつもりがなくても、神々やヒトはイシュタルよりもフレイヤに悉く魅了され、それがイシュタルのプライドを傷つけてしまっているようだった。

 そんな中、フレイヤがどうやらアギトであるベルに好感を持っているという情報を手に入れた。そこでイシュタルはベルを手に入れることでフレイヤより優れていると示し、『殺生石』を手に入れることで己の立ち位置を確固たるものにしようとしているのこと。

 なんともまあ、自己中心的で本人以外の誰も得をしないない様だと、ベルは大きくため息をつく。しかしながら今回のことは、テオスは動かないという予感はしている。『殺生石』はあくまでも人為的に作り出され、アナザーウォッチのように世の理に真正面から喧嘩を売るような代物ではないはずである。

 

 

「だが、もし仮にイシュタルが強硬手段に出れば、お前たちも行動しやすいのではないか?」

 

「……僕が拉致されることで、ヘスティア・ファミリア側が攻め入る大義名分を得られる」

 

「その通りだ。まぁ、この手段をとるかどうかはお前次第。奴らの決行日は明日、ダンジョンの十四階層だ」

 

「わかりました。ご協力ありがとうございます、()()()()()()()さん」

 

「一ファミリアの団長から、裏路地の情報屋になり果てた私に敬称は不要だ」

 

「ですが風のエルロードも称賛してましたよ? 貴方の情報収集力を、下界調査に欲しいとおっしゃってました」

 

「ふん。仮令神以上の存在だとしても、私が敬愛するのはアポロン様ただ一柱のみ。今は追放されたアポロン様を探すための、資金集めをしているにすぎん」

 

 

 それだけを言い情報屋、ヒュアキントスはベルとはまた別のドアから退室した。彼は戦後処理で冒険者権限を剥奪され、ファミリアも解散となったために日銭を稼ぐ必要が出てきた。ウォッチ使用による投獄期間はまだあったが、ベルが秘密裏且つ独断でポケットマネーから保釈金を支払い、情報屋として雇っていたのである。

 アナザーアギトになった影響か、加護が切れても高い身体能力と酒に酔わない体質を手に入れた彼は、いろんな人種が集まりやすい酒場や歓楽街を中心として情報収集を行った。そのおかげか、所謂表世界では到底手に入らない情報をも入手できるようになったのである。

 

 

「さて、たぶん神様は気づいているようだから帰って報告しよう。タケミカヅチ様たちは……どうしようかな」

 

 

 立ち上がったベルはランタンの灯を消し、部屋と施設を後にした。東の空からはもうすぐ日が昇るのか、地平線辺りが薄く紅を差し始めている。今日の朝食当番であるリリがそろそろ起きる時間であり、今から急いで帰っても外出がバレるだろう。ご機嫌取りといえば聞こえが悪いが、何もせぬよりはマシというもの。走りだしたベルは朝市へと向かい、肉や野菜などを購入していった。

 

 

「さてベル様、何故朝帰りをしたのでしょうか? まさか本当に歓楽街へと女遊びに出かけたのですか?」

 

「正直に言った方が身のためだよベル君。神に嘘は付けない」

 

 

 朝食をいつも以上に静かに済ませた面々は、後片付けを終わらせると同時にベルを囲み尋問する体制になる。自然ベルはファミリア、特に女性陣の威圧感が半端なものではなく、床に正座をしてしまった。

 

 

「もう吐いちまったがいいんじゃねえか? なあベルよ」

 

 

 それを面白そうにヴェルフが煽るものだから、余計にベルを襲う圧力が増してしまう。背中に尋常ではないほどの汗を流しながら、ベルは事の次第を説明した。初めは眉間に皺を寄せていたリリとヘスティアだったが、話を進めるうちに別の意味で顔をしかめた。具体的には女神イシュタルに対する呆れである。

 

 

「この際キミがポケットマネーで情報屋を雇っていたことは目を瞑ろう。しかし君はどうするつもりだい?」

 

「ベル殿。まさか自ら囮になるとでも?」

 

「……そのまさかを考えてる。今のところ、イシュタル・ファミリアに攻め入る大義名分を作るにはそれしかありません」

 

「しかしよ、俺はG3ユニットがあるからまだしも、リリ助や命についてはどうするんだ?」

 

「私は一応変身魔法があるので、潜入は出来ますが」

 

「……今回二人には直接戦闘は避けてほしい。勿論魔法での拘束や変身魔法での攪乱も、有事以外は避けてほしいのが僕の本音だ。ましてや命さんは限定メンバー、タケミカヅチ様から一時的に預かっている身です。ダンジョン攻略以外で、そのような危険なことをさせられません」

 

「ベル殿……しかし……」

 

 

 ベルの意見に命やリリは渋るが、こうなったベルが引くことがないことは皆重々承知している。そしてそれは必ず、自分以外の安全を考えているとき。

 暫く沈黙したにらみ合いの中、ヘスティアが大きくため息をついた。

 

 

「……わかった。非常に、非常~~~~~~~~~に不本意だが!! キミの意思を尊重しよう。でもベル君、これだけは約束してくれ」

 

「……」

 

「絶対に帰ってくること。絶対に救いだすこと」

 

「……はい」

 

「ボクたちを、置いて逝かないことだ」

 

 

 苦渋を滲ませながらも決定を下したベルの脳裏に、かつての怪物祭での出来事が蘇る。あの時も同じように顔をしかめつつも、彼女はベルを送り出していった。結局負傷した彼を見たヘスティアは泣きつき、次の日の攻略を休まされたほどであった。

 二度とは繰り返さぬと誓っていたが、今再び同じことをしてしまった己に怒りを感じる。その思いをヘスティアは察したのだろう。彼女はベルに万全の準備をするように言い含め、午後からのタケミカヅチ・ファミリアとの会談の準備を始めた。

 

 






はい、今回はここまでです。
いやはや、先に進むのが遅々としてしまって申し訳ありません。冒頭を端折ったはずなのにこの体たらく。

さて、本編更新と並行して分岐後の下書きも進めています。しかしどうしたものか、春姫√とシル√が悲恋になってしまうんですよね。
春姫の方は最早開き直ってそれでもいいかと思っているんですが、シルは何とかしてハッピーエンドにしたいと画策しています。

ではまた次回。



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48. 烽火(のろし)



大変お待たせして申し訳ございません。
色々展開を練っていて、書いては消して書いては消し手を繰り返し、ようやく納得のいくものを仕上げたつもりです。
それではどうか、ごゆるりと。




 

 

 ベルが誘拐された。

 その知らせは瞬く間にオラリオ中に知れ渡った。無論字面だけでは誰も信じない。それはひとえに戦争遊戯でのベルの無双っぷりが、未だ黒に新しいためである。誰もがその話を聞いたとき、嘘だと笑い飛ばした。しかしすぐにその認識は覆ることになる。

 何とその場に偶然いたロキ・ファミリアのラウルも一緒にさらわれたという。ベル達にとっても完全に予想外だったのだが、件の待ち伏せ場所に偶然にもラウル含む数名の冒険者と鉢合わせたのだ。何とか理由をつけて彼らをこの場から逃そうとするも、春姫のスキルによってステータスにブーストされたイシュタル・ファミリアのアマゾネスたちの不意打ちに対処できず、加えてその場にはベルしかいなかったこともあり、ラウルも巻き込まれることになったのである。

 辛うじて逃がすことに成功した他のロキ・ファミリア団員はすぐさま主神ロキと幹部に事の次第を伝え、そしてヘスティア・ファミリアとギルドにも警告を発したのである。たった一つの予期せぬ偶然により、図らずもヘスティア・ファミリア単独による突入が回避されたのであった。

 そして事の次第を全て聞いたロキは、ヘスティア・ファミリア傘下の訓練場、その地下の一室にヘスティアと共にいた。

 

 

「さあ話せドチビ、何でベルがイシュタルの子供ら程度に誘拐されたんや?」

 

「……ベルの個人的なお願いでね、とある狐人の命を救うために一芝居をと計画していたんだ」

 

「それで何でウチの子が攫われなあかんねん?」

 

「それに関しては全くの偶然だ!! 計画ではベル君だけで奴らに誘拐、それによる内部侵攻のはずだったんだよ」

 

「ラウルたちを巻き込む気はなかったと、それをウチに信じろと?」

 

「そうとしか言えないんだよ。ボクが信じれないなら僕の眷属から話を聞くといい。子供たちはボクら神に嘘は付けない」

 

「……」

 

 

 ヘスティアの言葉にロキは黙り込み、彼女の態度と言葉に嘘がないか観察を続ける。やがて大きくため息をついたロキは、頭が痛いとでも言うように額に手を当てた。事実、戦争遊戯前から様々なことがヘスティア・ファミリア、ベル関係で自分のファミリアに立て続けに起こり、そろそろ胃薬と頭痛薬を常備しようか本気で悩んでいた。

 それはさておき、ひとしきり頭を掻きむしったロキは落ち着いたのか、再び目をヘスティアに向けた。

 

 

「ほんで、何でベル坊はイシュタルんとこに潜入するんや?」

 

「『殺生石』。狐人を犠牲にして作られるアイテムで企て事をしているようだよ。それ以上はボクもわからない」

 

「……やつのファミリアは色々と黒い噂が絶えんが、確たる証拠を入手できんで調査が何度も頓挫しとる。今回のベル誘拐が何を目的としているか」

 

 

 神二柱が頭をひねるも、中々に良い案が思い浮かばない。ベルがアギトであることは先の戦争遊戯で知れ渡っており、それによってベルの改宗やヘスティア・ファミリアへの入団申請が絶えないのは周知に事実である。そのため、イシュタルがベルを狙ったとしてもおかしくはない。ただ何のためにベルを求めるのか、それがわからないのである。

 

 

「悩んでいるところ申し訳ないが叔母上、失礼するよ」

 

「ヘルメス?」

 

 

 五分ほど時間が経ったとき、ノックの音と共にヘルメスが入室してきた。いつもの爽やかさを感じさせない、至極真面目な表情を浮かべているため、自然とロキもヘスティアも姿勢を正す。

 

 

「どうしたんだい?」

 

「俺の方でも情報を集めたから伝えに来た。結論を言うとイシュタルは黒だよ、ベルを狙っているのは何も彼女だけじゃない。フレイヤは言うまでもないけど、戦力としてもファミリアのステータスとしても彼を欲しがる神々は多い」

 

「うん」

 

「イシュタルは後者、ステータス目的でベルを欲しがっていた。フレイヤが魅了できないベルを魅了したら、自身の地位は揺るがないと思っているようだよ。確かに財政面で言えば、彼女のファミリアはオラリオ随一だ。そこに可能性はゼロだけど、ベルが加われば間違いなく不動のトップファミリアになる」

 

「……あの女が考えそうなことや」

 

 

 実に嫌なことだ、という意思を表すようにロキは冷たく吐き捨てた。

 

 

「でも今回ベルが攫われたことで、ある意味ギルドにとっても好機になったんだ。ロキには悪いけど、キミの子供が一緒に攫われたことで、あの女神のファミリアが非合法に手を染めているという尻尾をようやく出すことになった。上手くいけば、今までの不正も明るみに出て、被害者の僅かな救済にも繋がる」

 

「本当に悪びれもせず言うな、ヘルメス。まあええ。どちらにせよ、うちの子に手を出したからには黙ってるつもりはないで」

 

「無論ボクの方からも、ヴェルフ君を出陣させる。他の二人はまだ正面突破には力量が足りないから、ホームでの待機になるけど」

 

「ヴェルフ? ああ、あの赤髪の兄ちゃんか。うん? まさかG3システムは完成しとるんか?」

 

「G3マイルド。G3やG3-Xに比べると戦力不足は否めないけど、只人と相対するには十分すぎる性能だよ。ロキも覚えてるだろ? G3-Xのサポート用に過去に開発された」

 

「ああ、ビートルロード相手に時間稼ぎしよったアレか。確かに冒険者相手でも十分やな」

 

 

 強化ゴライアス、生身での成り損ないたちとの戦闘を経て、ヴェルフのレベルも3へと上昇しており、本職が鍛冶師といえどそこらの冒険者とは一線を画する強さを持っている。そんなヴェルフがG3シリーズを扱えば、アギトに迫る強さを手に入れるのは想像に難くない。

 どのタイミングで攻め入り、どうイシュタル・ファミリアを崩壊させるかの話し合いを始めた神々の許には、いつの間にかヴェルフやベートなど、主力の顔も室内にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャラリと鎖の音が暗い部屋に響く。ノロノロと意識を覚醒させたベルは、やがて自分が両手両足を縛られ、大の字になるよう壁に繋がれているのを確認した。対面に見える先には、同じように磔にされて気絶するラウルの姿がある。結局のところ、ベルは単独で潜入するはずが予期せず他派閥を巻き込んでしまったことになった。

 

 

「おや、お目覚めのようだねぇ~?」

 

 

 どう脱出するか思案していると、暗い室内にだみ声が響いた。目線だけ声の方向に向けると、巨人と見紛うような巨体を揺らしながら、一人のアマゾネスが歩いてきていた。

 彼女の名前はフリュネ・ジャミール、イシュタル・ファミリアのレベル5冒険者であり、自意識過剰かつ傍若無人な人柄によって他の団員からも忌避されている冒険者である。己こそが最高に美しいと考えており、自らの主神であるイシュタルすらも内心では見下しているほどのナルシストでもある。

 

 

「ここが何処だか気になるかい? ここは『ダイダロス通り』に隣接いてねぇ~、地下にはこんな秘密の部屋が合ったりするのさあ~。ここはそのうちの一つで、アタイだけの愛の部屋なんだよぉ~!!」

 

 

 カエルのごときギョロ目を嫌衝かせながら、悦に入ったようにフリュネは語りだした。話を聞き流しながら、ベルは全神経をとがらせて周囲の音や気配を探っていく。石造りの部屋で小さく水音が響くが、この室内には自分を含めた()()しかいない。そして外では騒々しく走り回る何人もの足音が響いている。

 得意げに語るフリュネの声を聴きながら、試しに腕と足の鎖を動かしてみた。一見ただの鎖に見えるが、軽く動かしても簡単に千切れる気がしない。

 

 

「無駄だ無駄だ。その鎖はねぇ、『ミスリル』製で何重にも巻かれれば上級冒険者だろうとすぐには壊せない!! それに『魔法』を使えばミスリルが反応して手首が吹っ飛ぶよぉ~」

 

 

 ベルが鎖を外そうとしたと考えたのか、無駄な行為だと止めを刺すようにフリュネは声を上げた。視界の端では、カエルのように長い舌で舌なめずりす彼女の姿が映る。直視していないとはいえ、ベルの背中には薄ら寒いものが走った。

 

 

「あん? 何だい、全然準備できてないじゃないか。こりゃクスリでも入れるかねぇ」

 

 

 ベルの下半身を一度見たフリュネは大きなため息をつき、再びドスドスと足音を立てながら部屋から出ていった。暫くして完全にフリュネの気配がなくなり、ベルは少しだけ力を込めて鎖を引きちぎった。

 レベルも5に上がり、更には新世代の人類であるためか、変身前の体の能力も強化されているため、千切るのは簡単なことだった。鎖だけでなく手首足首に繋がれた拘束輪も強引に外す。別段魔法を用いているわけでもないため、爆発の危険もない。拘束具を外したベルは、すぐにラウルのも外しにかかった。

 

 

「……今は誰もいませんよ。出てきたらどうです?」

 

「やっぱ気づいていたんだね。捕まったのも演技だと」

 

 

 ベルの声に応えたのはアイシャ、イシュタル・ファミリアのアマゾネスの一人である。春姫経由で何度か顔を合わせており、一応一定以上には親しい関係を築いている一人である。

 

 

「まぁ、目的のためにですけど」

 

「それはあの子を、春姫を助けるという目的かい?」

 

「気づいていたんですか?」

 

「いや、ただの予想だよ。ただあんたの春姫に向ける目を見たら、ね」

 

 

 悲しげに微笑みながら、アイシャは言葉を紡ぐ。短い間の沈黙が流れるが、やがてベルはラウルを背負って出口へと向かう。部屋から出ようとしたとき、ふいに背後から声をかけられた。

 

 

「なあ、アンタは何で戦うんだい?」

 

「何で戦う、ですか?」

 

「ああ。アタシらで言えば、本人の意思に関係なく『恩恵』を受けたからには主神を裏切る行為は直接できない。本来であれば、春姫を救ったところでアンタらのファミリアに何の得もない」

 

「……損得の話じゃないんです。手を伸ばせば届く距離にいる、助けられる。それなのに手を伸ばせなかったら一生後悔する。だから僕は戦うんです。少しでも手を伸ばすために」

 

「それに聞いたんです。春姫さんは聞かれていないと思ってそうですが、確かに『助けてほしい』と言ったのを」

 

「……春姫を頼んだよ。情けないことに、あの子に情が移っちまった。でもさっきもいたように、アタシがあの子を助けることは主神を裏切ること。本心では助けたくてもそれを実行できない。だからこんな形で依頼することしかできない」

 

「……無論」

 

 

 アイシャの言葉を背に受け、今度こそ駆け出そうとしたが、背中に背負ったラウルの重さがふと失われた。驚いて背後を見ると、ベルの代わりにアイシャが彼を背負っていた。

 

 

「春姫は別館の屋上にある空中庭園に連れていかれるよ。アンタの持ち物は、この通路から出た近くにある宝物庫に置いてある。何とかそっちはフリュネに盗られなかった。次に会ったときは容赦できない。アンタも容赦しないでくれよ」

 

「アイシャさん……」

 

「こいつはアタシが責任を持って安全に外に届ける。この男に関しては特別なにも言われてないからね。どうしようがアタシの勝手さ。だから……頼んだよ」

 

 

 最後の激励を受け、遂にベルは駆け出した。全速で走っているため到底目で追える速さではなく、何人ものアマゾネスや戦闘娼婦が彼を見逃していく。やがて件の宝物庫に着いたベルは手早く装備を整え、件の塔を目指すために外へ出た。

 しかし戸が開く音で察したのか、扉の外には何人もの戦闘娼婦とイシュタル・ファミリアの男性団員が武器を手に持って待ち構えていた。

 慄く者、舌なめずりする者、険しい表情や青ざめた表情を浮かべる者。

 静かに彼ら彼女らを見つめるベルは、ゆっくりと背中の二刀を引き抜く。その刃は窓から差し込む月明かりを受け、鈍色の輝きを放っていた。

 

 






はい、ここまでです。
さて今回の春姫の騒動ですが、原作をお読みになったりアニメを視聴された方々はお気づきだと思います。内容を結構端折ったり、展開を捻じ曲げたりしています。
ラウルの件がその大きな例です。ロキ・ファミリアが介入しやすいように挿入した展開です。
一応ご都合主義のタグを入れておりますが、念のために報告いたします。

さて、次回も待たせずに上げる予定ですので、またお会いしましょう。


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49. 蛙、龍を獲ること能わず



お待たせしました、続きです。
それではごゆるりと。




 

 

 東の空から月が昇り始めるのを横目に、春姫は何人かの戦闘娼婦(バーベラ)に連れられて歩いていた。

 自身がこれから連れらていく別館屋上では既に『殺生石』の儀式の準備が進められているそうだ。春姫が到着すればすぐに儀式が始まり、彼女の魂は石に封じ込められてしまうだろう。

 

 

(これも因果応報なのでしょう)

 

 

 歩きながら春姫は懺悔の想いを頭に浮かべる。

 春姫は英雄譚を好む。一騎当千の戦士、仲間との絆、様々な英雄譚が好きだ。ベルと初めて会ったとき、まるで物語の中から飛び出してきたような印象を受けたのは記憶に新しい。

 何度か会って彼と話を重ねるうちに初めて聞く英雄譚、今や失われたロストエイジの物語を知った。彼の境遇を知った。あの日、おら戦争遊戯で何があったかを知った。

 

 

(どの英雄譚でも、娼婦の存在は破滅への布石だった。知らなかったとはいえ、彼の誘拐の一助となってしまった)

 

 

 後ろから急かされながら、春姫は歩みを進める。

 思い返せば、彼の話はこんな遊廓でもよく耳にした。余りホームから出ない春姫でさえ耳にするベルの武勇伝。きっと遊廓の外ではより詳細な話が出回っていたのだろう。初めは憧れでしかなかった。伝説のような存在が、自身の生きている間に生まれ出でていると聞いただけで興奮した。

 実物のベルを見たときは、興奮よりも何故か安堵の想いが勝った。雲の上の存在のはずだった時代の英雄も、自分たちと変わらぬ人間なのだと知ることが出来た。彼の裏表のない正確に、身の程も弁えずに惹かれてしまった。

 

 

(けどクラネル様を、彼という英雄を不幸にしてしまうならば、私など……)

 

 

 知らず彼女の眼には涙が浮かんでいた。周りの戦闘娼婦にも気づかれずに頬を流れたそれは、はらりと床へと吸い込まれていく。

 突如大きな音と共に、彼女らが歩いていた地面が揺れた。轟轟という地鳴りはやむことを知らず、むしろより大きくなっていく。春姫を引率していた戦闘娼婦たちは咄嗟に胸壁に乗り出し、音の発生源の確認をしていた。かくいう春姫も一緒に身を乗り出した。

 視線の先には土煙を上げる歓楽街の一角、ダイダロス通りに面しているイシュタル・ファミリアのホームからである。別館から遠くもなく近くもないそこでは絶えず音が鳴り、土埃が舞い上がり、その合間を鈍色の輝きが閃く。

 

 

「な、何だよアレは……」

 

 

 一人の娼婦が戦慄してつぶやく。文字通り人ではなく「アレ」と示された存在は次々と宮殿を破壊しながら戦闘娼婦や冒険者を沈めていき、中庭の方へと、正確に言えば別館に近づくように進撃している。

 一際大きな爆発音と共に、一つの影が夜空に姿を現した。

 両の手に逆手に持った二刀は、まるで広げた翼のようにも見える。白銀の髪は(たてがみ)のように風に靡き、紅色だった瞳は黄金に爛々と輝いている。月を背景に浮かび上がるそれは、まるで伝説上の翼竜のよう。

 

 

「クラネル……様?」

 

 

 知らず口から言葉が出た。

 視線の先にあるシルエットが、一瞬だけ彼女に顔を向けた気がした。戦意を漲らせた金の瞳が、紅色に輝いたように見えたが、すぐに土煙の中へと消えていった。

 再び地表で衝撃音と煙が上がる中、先程とは別の方向からも大きな音が鳴り響いた。僅かに吹く風によって、硝煙の鼻につく匂いが漂ってくる。このオラリオにも大砲や花火はあるため、火薬の存在は然程珍しいものでもない。しかし銃器の類を扱うのは、ヘスティア・ファミリアの赤髪の青年以外はありえないことである。

 

 

「おい、あれってヘスティア・ファミリアの鍛冶師じゃねえか?」

 

「奇妙な鎧を纏っているけど、あの変ちくりんな武器は間違いないよ!! 何であいつがここにいるんだ!? ギルドのペナルティとか考えてないの!?」

 

「いや、団長である『可能性の戦士(アルファ)』を攫っている時点で、ペナルティ受けるのはウチらじゃないかな?」

 

「「そうだった!?」」

 

「じゃああっちで暴れている『剣姫』と『凶狼』はどう説明すんのさ!!」

 

「そういえば攫った二人のうち片方がロキ・ファミリアの団員だったような……」

 

「「何これ無理ゲー!?」」

 

 

 緊急時なのに漫才のようなやり取りをする戦闘娼婦たちだったが、騒ぎを聞きつけたイシュタルが彼女らの許に姿を現す。その表情は不機嫌さを隠そうともせず、眉間にそれはそれは深いしわが寄っている。

 

 

「何の騒ぎだ?」

 

「い、イシュタル様!? ヘスティア・ファミリアの鍛冶師、並びにとロキ・ファミリアの『剣姫』よ『凶狼』が攻め入ってきました!!」

 

「恐らく『可能性の戦士』と、ついでに攫った冒険者の奪還のためかと!!」

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン? それにベート・ローガだって?」

 

 

 自らの眷属による報告を聞いたイシュタルはしばし思案するも、すぐにその口元を妖艶に歪め、三日月を描いた。先程までの眉間の皺も嘘のように引き、機嫌も良くなっている。

 

 

「……丁度いい。ロキの奴もフレイヤに次いで目の上のタンコブだった。『可能性の戦士』を手に入れた後に、あいつらも手中に入れてやる。鍛冶師の方はどうでもいい」

 

 

 クツクツと偲ぶように笑うと、先程よりも鋭い光をはらむ視線を、容赦なく春姫へと向けた。

 

 

「お前たちはさっさと春姫を連れていけ!!」

 

「は、はい!!」

 

 

 指示を出された戦闘娼婦たちは急いで春姫を引き連れ、庭園へと向かう。そこから一泊遅れるようにして、イシュタルも建物の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲い来る冒険者たちを峰打ちで沈めていき、目的の空中庭園へと走り続ける。先程爆風を利用する形で宙に浮いた時、春姫と庭園のおよその位置関係は把握した。全力で行けば、あるいは儀式が始まる前に救出が完了する距離にベルはいた。

 ベルが現在変身していない理由はいくつかある。その中で最も大きな理由は、ベルのプライドの問題である。歴代の数いる仮面ライダーの中には、個人に固執していた者も確かにいただろう。だがベルにとって、ライダーの力はそのために使うものではなかった。というよりも、今夏に限ってはアギトとしてではなく、ベル・クラネルとして救いたいという思いが強かった。

 幼稚で愚かといわれるかもしれない。

 目に入れることも憚れる偽善者と蔑まれるかもしれない。

 しかしそれでも、ベルは春姫の救出だけは変身せずに成し遂げるべきと考えていた。

 勿論このままイシュタルを野放しにすれば、いずれはオラリオの、もしかするとオラリオ以上の脅威になりかねないだろう。必要であれば変身してアイテムの破壊を先に行うべきかもしれない。

 

 

そこを……どけえっ!!

 

 

 階段を上る先で占拠する冒険者たちを吹き飛ばし、更に上へと駆け上がっていく。それほど時間をかけずに空中庭園へと繋がる廊下にたどり着く。が、そこには先客がいた。

 

 

「ようやく来たね『可能性の戦士』。いや、アギト」

 

「……女神イシュタル」

 

「よくもまぁ好き勝手暴れてくれたねぇ。私に喧嘩を売るとは、中々にいい度胸してるじゃないか」

 

「最初に手を出したのはそちらでしょう。そんな自分勝手なら、最古で暴君と名高いギルガメッシュ王でも嫌うのも頷けます」

 

「私の前でその名を出すな!! 私の顔に泥を塗ったあの男、あの屈辱を忘れるものか!!」

 

 

 ベルの出した名前に過剰に反応し、イシュタルは唾を飛ばしながら激昂する。それほどまでに、少なくとも彼女にとっては耐えがたい黒歴史となっているらしい。

 何度か深呼吸を繰り返して平静を取り戻したのか、再び微笑を浮かべてイシュタルはベルに向き直った。

 

 

「……まあいい。どの道今日であの雪辱は果たされる!!」

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!! やっと見つけたよぉ、『可能性の戦士(アルファ)』ぁ!!」

 

「諦めの悪いことで……」

 

 

 イシュタルの声に合わせるように、階下からフリュネが飛び出してくる。その背後には幾人かの戦闘娼婦がおり、フリュネを除いた全員が何やらオーラで包まれている様子で、各々が自分の武器を手に持っていた。

 

 

「……レベルブースト、それが春姫さんの能力ですね。対象の冒険者の能力を引き上げ、本来のレベルよりも高い力を一時だけ得るもの」

 

「ゲゲゲゲゲゲッ、分かったところでどうしようもないさ!! なんせアンタはアタイに、負けるんだからねぇ!!」

 

 

 そう叫ぶとフリュネは己が得物を持って、ためらいなくベルへと向かってきた。周囲を考えない攻撃から身を護るためか、後方の戦闘娼婦たちが手を出す気配はない。

 右に左にと振るわれる彼女の斧から目を離さず、出来るだけ触れないようにしてフリュネの攻撃を避けていくベル。初めは愉悦の表情を浮かべていたフリュネだが、次第にその顔は険しいものへと変わっていた。

 彼女が焦るのも無理はない。

 一般的な認識では、ベルは大幅なレベルアップによる影響で思い通りに動けないと考えられている。加えて戦争遊戯があった後でも、大半の冒険者は変身前のベルはレベル相当の技量しか持たないと考えている。それはこの場にいる戦闘娼婦たちも例外ではない。

 さらに言えば、ベルのステイタスは力よりも敏捷の能力が高い。そのため避けることに徹すれば、ある程度相手が上のレベルでも、何とか張り合うことが出来るのである。焦りで動きが単調になれば尚更だ。

 

 

「なんで……当たんないんだ!?」

 

「貴方は強い。正直こうして避けることに集中していなければ、確実に負けていたのは僕だったでしょう」

 

「クソッ、バカにしやがってえええ!!」

 

「けど単調な動きになった後なら……!!」

 

 

 ベルはそこで一度言葉を切り、フリュネの大振りの一撃を躱して彼女の懐に入り込んだ。フリュネとベルとでは、その体格は横も縦も大きく異なる。それこそ人間と小人族ぐらいには体格が違う。

 さて、自身よりも小さいものが己の足元へ移動したらどうなるか。応えは至極簡単、視界から消えたように錯覚してしまう。そしてその錯覚は、戦闘中においては致命的なミスになってしまう。

 

 

「こうやって……でやあッ!!」

 

「グゲエッ!?!?」

 

 

 懐に入ったベルはそのままフリュネの鳩尾に容赦ない正拳突きを入れた。一切の防御をせずに思い一撃を受けたフリュネは成す術なく、床に伏せることになる。

 フリュネは実力に限って言えば、イシュタル・ファミリアの中でも指折りの技量と力を持っている。結論を言えばフリュネが倒されたということは、彼女の後方にいた戦闘娼婦たちでは相手にならないという事実を突きつけることに他ならない。自然とオーラを纏った冒険者たちは戦意喪失し、後ずさることも無理はなかった。

 彼女たちの戦意が失せたことを察したベルは視線を背け、再びイシュタルと向き合う。

 

 

「情けないね。まあいい、いくらアンタでも私の『魅了』にかかれば!!」

 

 

 イシュタルはそう叫ぶと、自身の纏っていた衣服を全て脱ぎ、その裸体を惜しげもなくベルの前にさらした。

 その顔に、勝利を確信した笑みと獲物を見つめる眼光を刻み付けて。

 

 






はい、ここまでです。
実はちょっとアニメ版を見直しまして、前回話を丸々修正するかしないか迷ってます。
原作では春姫に解放されてるんですよね。それに攻め入りには命とかも参加してますし。
まぁそれは追々考えていきます。書き直す場合は、今回の話に然程影響がないように変更する予定です。その場合は事前に予告いたします。

さて、次回はクライマックス。
イシュタルの『魅了』にベルはどう対処するのか!?(白目)



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50. 塵の再生者


更新、お待たせしました。
クライマックスにすると言った分私の文章力不足のせいで、恐らく私が書いた全二次創作の中で最も長い一話になっております。詳しく言えば、9000字後半です。
前編後編にすべきだったかなぁ、でも50話で共通ルート締めたかったし……。



何であれ、どうぞいつも以上にごゆるりと。




 

 

 女神イシュタル。

 その存在の歴史は古く、人類史上最初の文明といわれるメソポタミア文明まで遡る。彼の女神はイナンナ信仰を核とし、王権授与の役割以外に金星・愛欲・戦争を司る女神として完成された。そしてイシュタルはのちに生まれる、ギリシャ神話・アフロディーテやエジプト神話・アヌス、旧約聖書・カナン=アスタルテのモデルとなっていることは有名である。

 彼女は愛欲を司ることもあり、夫以外にも120人を超えるの恋人を抱えていたとされる。その逸話が転じて、彼女が美を司る神と認知されることになったのだろう。

 だからこそイシュタルに魅了されず、彼女の求婚を跳ねのけた人類最初の王ギルガメッシュには、激しい屈辱と憤怒を覚えたのだろう。シュメール神話が廃れても、彼女から連想された幾柱かの女神は非常に気性が激しくなっており、先に述べたエジプトのアナトは「凶暴なる乙女」と評されたほどである。

 

 閑話休題(それはさておき)

 このように愛欲と美を司るイシュタルがその裸体をさらせば。

 イシュタルは衣服を床に脱ぎ捨てたまま、勝利を確信した顔を正面に向ける。廊下の奥の方にいた戦闘娼婦たちは一様に恍惚とした表情を浮かべており、呆けた顔を隠すこともなく光を失った目をイシュタルへと向けている。自分の「魅了」にかなうものなどいない。

 

 

(さて、ベル・クラネルはどう……!?)

 

 

 後方から手前にと視線を写したイシュタルの表情は、愉悦から驚愕へと変化する。イシュタルの計画通りならば、目の前に立つベル・クラネルは己の美しさに魅了され、だらしなく床に崩れ落ちている。そのはずなのだ。

 

 

「……女神から痴〇神に改名したほうが良いのでは?」

 

 

 しかし現実はどうだ? 

 魅了されるどころか、冷ややかな目でイシュタルを見つめている。その視線はかつてのギルガメッシュ王を思い起こさせるようで、彼の王よりも冷たいように感じた。

 ギルガメッシュの場合は、過去のイシュタルの数々の暴挙を聞き及んでいたため、彼女の求婚を根っこから跳ねのけた。恐らく性格的にも合わないことも多分にあっただろうが。

 しかし目の前のベルは違う。彼女の眼前に立つ少年は今や記録に残らぬ、彼の叙事詩や神話など知らず、己についてもここ最近のオラリオでの行動についてしか知らないはずなのである。

 仮令エルロードの系譜であるアギトであったとしても、冒険者のスキル程度ならばともかく、降臨の枷でも制限できぬ己の「美」を、神の権能である「魅了」をただの人の子が跳ねのけるなどあり得るのだろうか? 

 

 

「何故……変身もしていないのに……!?」

 

 

 イシュタルの中から、沸々と怒りの感情が沸き上がってきた。何千年も昔に味わった屈辱が時を超えて蘇る。否、半分神であったギルガメッシュとは異なり、種族で言えば目の前の少年は紛れもなくただの人間。そのため、湧き上がる憤怒は数千年前の比ではない。

 因みにベルが魅了されなかった理由は大きく二つ。一つは単純にイシュタルが彼のタイプじゃなかったこと。もう一つが現在戦闘中のために、色欲の方向に意識が向かなかったからである。

 これが戦闘中じゃなければ目を背けるなり、顔を赤らめるなりしただろう。

 

 

「この私を……『美の女神』をコケにしやがってエエエエエエッ!!!!」

 

 

 彼女の怒りに呼応するように、戦闘娼婦たちのさらに後方からアイシャが剣を片手にベルへと切りかかった。

 彼女(イシュタル)の思い通りにならぬのならば最早用はない。かつての逸話のように、興味の失せたもの、彼女に歯向かうものにかける情けはない。そのままベル・クラネルはアイシャに任せることにし、イシュタルは廊下を去っていく。その際脱ぎ捨てた衣服を拾い、着なおすことは忘れない。

 背後から切りかかられたことを気にすることもなく、ベルは静かに背中の一本を抜き、アイシャの一太刀を受け流した。

 

 

「悪いね、イシュタル様をやられるわけにはいかないのさ」

 

「ええ、わかってますよ」

 

 

 短く会話をしながらも、ベルはアイシャの攻撃を往なしていく。後方の呆けていた戦闘娼婦たちは未だ陶酔状態から戻っておらず、目の前で繰り広げられている剣戟にも反応する気配がない。

 

 

「……あの小僧はちゃんと『剣姫』に渡したよ。ポーションも飲ませて傷も癒した」

 

「それは良かったです」

 

「あたしは責を果たしたよ。だから……」

 

「ええ、任せてください」

 

 

 短い会話を切り、アイシャは分かりやすい上段切りを跳びあがりながらベルに放つ。勿論太刀筋は当たれば必死の一撃で、アイシャも当たれば殺す勢いで剣を振っている。だが態と隙を作るように胴をがら空きにしたまま上へと跳んだのだ。

 彼女の示したサインを逃すはずもなく、ベルは剣を握っていない左手の掌底をアイシャの腹へと打ち込んだ。当然素のレベルでもベルに劣るアイシャでは、ブーストを受けていようとも馬鹿にならないダメージが通る。

 薄れゆく意識の中、堕ちるアイシャを優しく支えたのは他でもない、己の腹に一撃を入れた健か*1な腕だった。彼になら任せられると、本心でそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく空中庭園へとたどり着くも、そこにはイシュタルの姿はなかった。その代わり庭園の中央に、鎖につながれた春姫と手に特殊な短剣を持ったアマゾネスが佇んでおり、飛び出してきたベルに対して二人とも驚きの表情を浮かべている。

 アマゾネスの短剣のs柄頭には拳大の宝玉が取り付けられており、妖しげなかあが焼きを放っていた。恐らくそれが儀式に必要な宝玉であり、「殺生石」となるアイテムなのだろう。

 

 

「あ、『可能性の戦士』ァ!? どうしてここに!?」

 

「クラネル様!!」

 

「春姫さん、お待たせしました」

 

 

 出来るだけ己の怒気を抑え、にこやかにベルは春姫に声をかけた。しかしその視線は油断なく宝玉に向けられており、見た目ではわからないが五感総てを用いて周囲の気配を探っていた。

 

 

「クラネル様、どうして!! 早く逃げてください」

 

「逃げませんよ。僕は、逃げません」

 

「どうしてですか!? (わたくし)は一介の娼婦、いずれ英雄になられるだろう、貴方様に救われる資格なんてありません!!」

 

「……逆に聞きますが、救われる資格って何でしょう? 娼婦だから? 英雄だから? 人を救うことに、生い立ちも職種も関係ない。必要なのは己が救いたいという意思、救ってほしいという願いだけ」

 

「え?」

 

「誰かを助けることに、理由なんていらない。僕は僕自身が貴女を助けたいと思っている。春姫さん、貴方はどうしたいですか」

 

「私……私、は……」

 

 

 春姫は迷っていた。

 救ってほしいという思いと、彼の拉致に諮らずとも加担してしまった後ろめたさがせめぎ合い、結論を出せないでいた。

 側に立つアマゾネスに目を向ける。アイシャ意外とは特にかかわりを持っているわけではないが、己に刃を突き立てるだろうアマゾネスは何を思っているかを知りたかった。

 顔を向けるが、少女は春姫を見ていなかった。その少女の視線は突如現れたベルに釘付けなっていた。それも無理はなかろう。アマゾネスは種族からしてヒューマンとは一線を画す身体能力を持っている。加えてイシュタル・ファミリアのアマゾネスは殆どが冒険者と兼業であり、ちょっとやそっとの冒険者では相手にならない。また人数も相当多いため、ほぼ無傷でこの場にたどり着くのは、彼女の中では不可能なのが常識だった。

 しかし目の前に立つ少年は、鎧に真新しい傷がいくつか入っているものの、肌の見える場所は無傷であった。彼女は先程までのベルの戦闘を見ていないため、驚くのも無理はない。

 改めて視線を前方に移す。何も言わぬ少年は、全ては春姫次第であると目で語っている。貴女が決めろと、誰でもない、春姫自身の出した選択がこの場の正答であると訴えかけていた。

 

 

わた……く、しは……

 

 

 はらはらと落ちる雫は喜びか、それとも悲しみか。

 涙は枯れたと思っていた。

 娼婦になったときから、己に救いはないのだと。己に手を差し伸べてくれる存在はいないのだと、心のどこかで諦めていた。

 だがその諦めていたものが、目の前に現れた。己を救おうと手を伸ばしてくれる存在が現れた。厚かましいかもしれない、身の程知らずと言われるかもしれない。

 最早彼女の中の迷いは消えていた。彼の手を掴むため、生き別れた友とまた出会うため、惹かれた少年の助けになるため。

 

 

助けて……ください……クラネル様ァっ!!

 

 

 生涯で出したことがない程の声が出た。そのことに春姫自身が驚いていたが、それほどにまで彼女の願いが強かったという証明でもあるだろう。

 

 

「はい。必ず」

 

 

 ベルが応えると同時に、春姫の側にいたアマゾネスが我に返った。短剣の宝玉も禍々しい輝きを強めていることから、すぐにでも儀式を始められる状態なのだろう。それを示すように天上には満月が輝き、庭園の床の法陣は輝きを放っている。

 アマゾネスが短剣を振り上げたとき、剣を握っている腕に鈍い痛みが走った。何かに弾き飛ばされたような衝撃が走り、思わず剣を取り落としてしまう。顔を上げた彼女の眼に入ったのは、ブーメランのように回転しながら宙を走り、そのままベルの手元に帰ってきた双身刀。武器を手にしたベルはそのまま彼女の側に駆け寄り、地面に落ちた短剣を拾い上げる。

 

 

「あ、あんた何を!?」

 

「これは、いらないですよね」

 

 

 アマゾネスが声を上げるも、ベルはそのまま柄頭の宝玉を握り砕いた。悲鳴のような音と共に宝玉は粉々となり、その禍々しい輝きは失われていく。これで『殺生石』の儀式は進行不可能であり、春姫の魂が侵されることはなくなった。残るのは、彼女の身の解放だけである。

 

 

「ゲゲゲッゲゲ、英雄ごっこは終わりかい!?」

 

「……しつこいにも程がある」

 

「ふ、フリュネ!?」

 

 

 しかしいい気分を邪魔するかの如く、気絶から回復しただろうフリュネが床を突き破りながら庭園へと姿を現した。恐らく春姫の意志ではないだろうが、彼女のスキルであるレベルブーストがかかっているのだろう。その証拠にフリュネには先程の戦闘娼婦たち同様、光のオーラが包み込むように纏われていた。

 とりあえずベルの頭に過ぎったのは「面倒くさい」という感情と「ここの床は石造りのはずだけど」という疑問だった。

 

 

「さっきは油断したけどねぇ、今度はやられやしないよお!!」

 

「……レベルブーストですか」

 

「それだけじゃないさあ。こいつはイシュタル様にも隠していたことだけどねえッ!!」

 

 

 先程よりもさらに勝ち誇った声を上げるフリュネの体表には、奇妙な模様が浮かび上がっていた。それらは次第に色濃くなり、遂には全身が灰色の凸凹した皮膚に覆われる。それはさながら鎧の様でもあり、生身にも見える奇妙なもので、顔や掌など、カエルをほうふつとさせるような造形になっているのも特徴的だった。

 

 

「ヒィッ!? フリュネが本当のカエルのバケモンになった!!」

 

「クラネル様……あれは一体?」

 

「あれは、マズい。そこのアマゾネスの方、そして春姫もです」

 

「えっ!? アタシのことかい!?」

 

「はい。どうかこの建物を離れるか、何処か物陰に隠れてください」

 

「まさかクラネル様、戦うつもりですか!? いくら貴女が強い冒険者でも、あのような化け物には敵わないはず!!」

 

「かもしれません。あれは……ヤバいです」

 

「ならば何故!?」

 

「ヒュアキントスさんの時とは質の違う脅威、素体の強さにブーストもかかって実力は未知数、勝率は不明。死に戦のようなものです。ですがだからこそ、放っておけばヨリ強い脅威になる。あの様子だと、ファミリアかどうかなど関係ない。加えて理性を持っている分、ヒュアキントスさんよりも質が悪い!!」

 

 

 じりじりと三人は後ずさりしながらも、なんとか無事に逃げる策を考える。しかしフリュネは、灰色の異形はその時間さえも許しはしない。

 

 

「ゲゲゲッゲゲエ!! これでも食らいなあ!!」

 

 

 体と管の様な物でつながった灰色の銃を構えたフリュネは、躊躇なくベルへと引き金を引いた。銃口から飛び出した毒々しい液体に猛烈な悪寒を覚えたベルは、後方の二人を抱えると即座に横に飛びのいた。

 液体のかかった場所は煙をあげながら抉れ、否、溶けていく。ベルの感じた悪寒は、悪い意味で正しかった。

 

 

「溶解液……本当に化け物じみている」

 

「ど、どうするんだよ!?」

 

「さっきも言ったように、この場から春姫を連れて逃げてください!! そして出来れば、ベートさんとヴェルフにもここに来るよう伝えてください!!」

 

「わ、わかったよ……って、ヤバい!?!?」

 

 

 再び向けられた銃口に警戒の声を上げるも、溶解液が発射される前にいつの間にか移動したベルが銃身を蹴り上げたために彼女たちには向けられなかった。

 しかしベルが向かっていったことに気を良くしたのか、フリュネは尚更カエル味が増した笑い声をあげ、パンチや蹴りをベルに繰り出す。避けることはかなわないため辛うじて受け流したベルは、一瞬のスキをついてフリュネから距離を取った。引き下がった先では既に腰にオルタリングが巻かれており、待機音を鳴らしている。

 

 

「変身!!」

 

 

 左右のスイッチを押すと同時に火柱が上がり、瞬きの間にバーニングフォームへと変身する。そして再び射撃を受けない様、フリュネの許へとトップスピードで突っ込んでいった。

 アギトは強力である。パワーも素早さも、そして武器を扱う技術もテオス直属のエルやロードたち以外ではかなわないほど高い。しかし決して目を背けれない欠点がある。

 それは遠・中距離攻撃の手段を一切持っていないことだ。ストームフォームの竜巻攻撃も、他の攻撃と比べるといまいち効果は薄いし、何より作り出せる距離もそれほど遠くない。

 そんなアギトにとって射撃専門の敵と戦うには、相手の懐に入るか武器を破壊するしか手立てがない。鞭や長槍などある程度剣よりも遠い間合いから攻撃できるなら話は多少変わるが、残念ながらアギトが持っているのは剣や双身刀の類で、どうしても懐に入らなければならない。

 ベルもそれを分かっているからか、相手の距離に持ち込ませないためにフリュネの両腕を抑えている。

 

 

「く、クラネル様!?」

 

「早く、行けえッ!!

 

「い、急いで呼んでくるからな。死ぬんじゃねぇぞ!!」

 

 

 ベルの叫びに尻を叩かれたように、アマゾネスの女性は春姫を抱えて中庭を去って行った。

 

 

「ゲゲゲェ、時間稼ぎしようと無駄だよぉ!!」

 

 

 組み合った状態だったが、フリュネはカエルに恥じない脚力でベルを蹴飛ばした。アナザーアギトよりも更に強い脚力に驚きつつも、勘だけを頼りに何とか蹴りを受けきる。しかし衝撃でまた距離を離されてしまい、フリュネに銃を握らせる時間を作ってしまった。

 間髪入れずに放たれた溶解液に反応することが出来ず、ベルが気付いた時には彼の左肩に溶解液が付着していた。

 

 

アッガアアアアアアアアアア!?!?

 

 

 今まで受けたことのない痛みが、左肩を起点として全身に回る。今までのロードとの訓練の比ではなく、まるで内臓や筋肉を、直に業火で焼かれているような苦しみがベルを襲う。

 アギトの変身は肉体の変質、表面が溶かされれば、必然体内にも溶解液が侵入してしまう。いくらアギトが人間離れした肉体を持っていたとしても、内部からの攻撃に弱いのはどの生き物にも共通することである。

 

 

「は、──ヅッグァェアアア────!!??」

 

「ゲゲッゲゲッ!! 痛いだろう、苦しいだろう? やっぱアタイが見込んだ通り、いい声で啼くねえ!!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……オェウアアアあアア……」

 

「さて、次はどんな風に逝かせてやろうかねぇ? ああ、楽しみで仕方ないよ!! お前がアタイアタイからヒィヒィ言わされてるのを想像したら!!」

 

 

 ゲロゲロとカエルのように喉を鳴らしたフリュネは、悠々と床でもだえるベルの許へと近寄っていく。自身に襲う痛みに苦しむベルを見つめながら愉悦に非たるフリュネは、ゆっくりと銃口をベルに向ける。何処に次を打ち込むのか、頭や胸などと狙いを定めては場所を移していく。そしてようやく決めたのか、胸部のワイズマンズオーブに狙いを定めた。

 

 

「決めた、次はここだよ!!」

 

 

 引き金へと指をかけたが、溶解液がベルにかかることはなかった。不自然に跳ね上げられた銃身は明後日の方に向き、庭園の床を再び溶かす。

 突然のことに理解が追い付かないフリュネだったが、次の瞬間横から無防備の状態を蹴り飛ばされた。なぜ彼女が蹴られたと理解したか、それは地面を滑った痛みと打撃を受けた痛みで我に返ったとき、自身のいた場所で何かを蹴った態勢で立つベート(ギルス)を確認したからだった。

 では銃口を跳ね上げたのは何か? 

 

 

「ベル、しっかりしろ!!」

 

「ヴェ……ルフ……」

 

「ミアハ様んとこのデュアルポーションだ!! これで少しはマシになるはず」

 

 

 その答えもすぐに得られた。

 ベルの側には奇妙な機械鎧をつけた人間が跪き、倒れるアギトにポーションを飲ませている。その傍らに拳銃の用の真野が置かれていることから、その銃弾によって反らされたのだろう。

 

 

「おい白兎(ベル)、何だあいつは?」

 

「グっ……あれは、フリュネです」

 

「は? あのガマガエル女か?」

 

「はい……ゲホッ、突然姿を変えて、全ての能力が跳ね上げられてます」

 

「……過去で言う、怪人ってやつか」

 

「はい。恐らくですが……」

 

「ちっ、ミラージュって個体の記録がある分、なまじ冗談じゃすまない事態みてェだな」

 

 

 ゆっくりと起き上がりながら、ベルとベートは推測を重ねていく。ヴェルフはというと、いつでも攻撃できるように背負ったケルベロスのキーを解除してフリュネに向けていた。彼女の銃を撃ったスコーピオンは、既にホルスターに収めてある。

 

 

「相手にも銃がある分、要になるのはテメェだ」

 

「ああ、わかってる」

 

「僕とベートさんでフリュネを押さえるから、その間にそのGX弾で彼女を撃って」

 

「忘れんなよ。テメエのその鎧はまだ不完全だ。一撃でも貰えば、テメェの命はねぇ」

 

「相手が相手だから、守りながら戦うのは難しい。頼んだよ、ヴェルフ」

 

 

 ベルの言葉を最後に、二人は走り出した。ロストエイジでは電力で行っていたコンピューター演算だが、今のオラリオにその技術はない。代替として魔石を使うことでバッテリーの代わりとし、マジックアイテムを用いてコンピューター演算擬きを行っている。

 ただしヴェルフが纏っているのはG3-Xより低スペックのマイルドであるため、彼の冒険者としての技量も併用してようやく目で追える戦い。今のヴェルフでは、彼ら同様に近接戦闘を怪人相手にすることは、自殺行為にも等しい。

 だからこそ、戦局を見誤ってはならない。冷静にヴェルフはオレンジ色のロケット弾頭、GX弾を取り出し、ケルベロスの銃口に装着した。一発限りのぶっつけ本番。失敗すれば、自分たちの負けを示す。

 彼等の邪魔にならぬよう、ヴェルフは少し距離を開けて、いつでも撃てるようッケルベロスを構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事かいな、ラウル!?」

 

「大丈夫。何でか知らないけど一人のアマゾネスが届けてくれた」

 

「は? イシュタルんとこの子が?」

 

「うん。ポーションとかで傷は治してるみたい」

 

「ほうか……んで、ベートは何処や?」

 

「わからない。ベルの救援らしいけど、ものすごく焦った顔してた」

 

「……は? ベル坊がヤバい、ベートが焦るほどの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金が閃き、緑の飛沫が散り、鈍色が翻る。

 三体の獣の戦いは終わることを知らず、切り、撃ち、打つことを繰り返す。美しかったはずの庭園は破壊しつくされ、あちこちが溶け落ちて瓦礫が転がっている。

 ベルがカリバーで切りかかればフリュネはよけ、その退路を塞ぐかのようにベートが爪で切りかかる。カエルの跳躍力で逃走しようと計れば、逃げられぬよう上下からの攻撃で退路をふさがれる。

 フリュネはイライラを隠そうともせず、あちこちに銃を乱射して距離を離そうとしたりと大雑把な攻撃が目立つようになってきた。

 

 

「ベートさん!!」

 

「ッ!! ガアアアアアアアアアア!!」

 

 

 ベルの声に応えるように、ベートが叫びながら右腕を振るった。また凝りもせずにかぎ爪で攻撃してきたのだろう。そう考えたフリュネはよけると同時に、ベルへと突進した。何も武器は銃だけではない。冒険者として扱う大斧も立派な彼女の武器である。その剛腕から繰り出される斬撃が切るだけでなく、大きな衝撃を与えることも可能であり、仮に受け止めても腕が痺れる確率が高い。

 そんな一撃を叩き込もうと、ベルに肉薄した。そして刺し違えたとき、ベルではなくフリュネの方に激しい痛みが走った。肉体、というよりも肉体から延びる器官があ気られた感覚に陥り、二人から距離をとって己の体を確認する。

 診ればじゅうから延びる管が切られており、同時に切断面も焼かれているため繋ぎなおすことが出来ない。彼女が見つめる先には、赤々とした輝きを持つシャイニングカリバーがツインモードで握られていた。ただし先程までのシングルモードではなくツインモードとなっており、居合義理のような態勢をベルはとっている。

 すれ違いざまに居合抜きで、彼女の管が切られたのだった。

 

 

「許さない……アタイの世界一美しい体に傷をつけやがってエエエエエエッ、ゲロリック!?!?」

 

 

 怒りの方向を上げるフリュネだったが、突如彼女の首に金の鞭が巻き付いた。それにより息が詰まり、満足に声を出すこともできない。加えて鞭を外す方向に意識を割いているため、その場から動くことが彼女の頭にはなかった。

 首の鞭と格闘していると、やがて右腕も同様の鞭で縛られ、首元から無理やり離される。両の手に一本ずつ鞭を持ったベートが、それぞれの部位に縛り付けたまま引っ張り、フリュネを逃がさないよう踏ん張っている。

 ベートに気をとられているフリュネだったが、後ろから羽交い絞めにされて完全に身動きが取れなくなった。加えて背中が炎に焼かれる感触に襲われ、最早鞭についても頭から抜け落ちて逃れようと暴れる。

 

 

「離せ!! ハァァァァアナアアアアセエエエエッ!! 

 

「ヴェルフ!! 今だ!!」

 

赤髪(クロッゾ)!! ヤレえええ!!」

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

 

 千載一遇のチャンスと、ヴェルフは迷わずに銃口をフリュネに向ける。元々は冒険者であり、自分たちと変わらぬこの時代を生きる人類。だが理性を持って破壊活動を行うのは、果たして怪物とどこが違うのか。もしもモンスターが理性と知性を持ち、万が一億が一そんな存在がいたとすれば、その存在こそ自分たちと変わらぬと言えるだろう。

 銃口から発射されたGX弾は過たずフリュネへと直撃した。ロードをも葬り去るGX弾、その強力さは時代を超えた現在でもお墨付きであり、羽交い絞めにしているベルもろとも吹き飛ばした。

 幸運なことにベルは直前でフリュネから少し離れていたために、ポーションがあれば感知する程度のけがで済んだ。

 

 

「なんで……このアタイが、こ、んな奴ら……に!!」

 

 

 地面に倒れ伏しながらフリュネは怨嗟の呪詛を吐く。その体は元のアマゾネスのものに戻ってはいるが、ところどころ体表が罅割れており、そこから青白い炎が揺らめいている。

 

 

「アタイは……世界一美しい、おん、な……」

 

 

 全身から灰のようなものを零しながら這いずるフリュネの姿は、イシュタル・ファミリア屈指の冒険者というイメージとは程遠く、哀れみすら誘う姿に映る。

 自然ベルとベートは変身を解除し、ヴェルフは仮面を外した。周りの変化にも気づかないフリュネは、やがて這いずる動きを止めた。その時点んで彼女の脚部は灰として崩れ落ちており、まだ形を保っている両腕も殆ど蒼炎に燃やされて灰塵の塊に変化している。

 

 

「アタ……イ……は……う、ちゅ……う、い……――」

 

 

 最期は呪詛すら吐けずに燃え尽き、残った灰塵は風に攫われて中庭から一粒も残さずに吹かれていった。先程までの激しい戦いが嘘のように、中庭は静寂に包まれる。

 瓦礫が散乱し、ところどころ溶けたような跡が残った中庭に佇む傷だらけの三人、その場所に東から眩しい朝日が差し込んだ。

 

 

*1
粘り強く、圧力になかなか屈しないさま。 手強いさま。『強か』と異なり、身体的な意味で用いられる。





――今回の騒動により、イシュタル・ファミリアは事実上の解体。

――主神イシュタルは行方知れず。

――しかしファミリア財産の用途不明の使用。

――その他数々の証拠が差し押さえられ、眷属たちは改宗か脱退を余儀なくされた。

――悪事に自ら加担していた者には実刑判決が下された。

――ライダーたちはフリュネ殺害の容疑がかけられたものの、春姫と何人かのアマゾネスの弁護により収容は免れる。

――ただし無罪放免には出来ないため、三名の少額の賠償金と一週間のダンジョン攻略禁止を命じられることになる。

――保護された春姫は、ヘスティア・ファミリアへの移籍とし今回の騒動は収束となった。


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異端児:ルートA
51. 我は問う、汝は怪異なりや?




お待たせしました。
ようやくヒロイン毎の分岐ルートへ突入です。
さて、最初は誰のでしょうか?

ではどうぞごゆるりと。


 

 イシュタル・ファミリアとの抗争も落ち着き、オラリオは表面上だけではいつもの日常を取り戻していた。冒険者たちは日々ダンジョンへと乗り込み、冒険をして切磋琢磨していく。

 しかしオラリオ内の強力なギルドがまた一つ潰れたのも事実であり、この数ヶ月の間に巨大派閥が二角崩れたことで情勢が揺れ動いているのも事実である。幸運なことにほとんどは他のファミリアに映ったりで事なきを得たが、それでも何人か行方不明となっている者もいる。捜索はされたものの、目ぼしい成果は得られなかった。

 

 

「ベル君、鍛冶師君。今日もかい?」

 

「何故か最近多いんです」

 

「しかしこの本が正しいのなら、本来この世界には存在しないもののはずでは?」

 

「ああ。グールにヤミー、眼魔と出自もバラバラなやつらなのに、どうしてか最近頻繁に姿を現しやがる」

 

「アギトの感知は利くんですが、こうも頻発すると同時に二か所で起こる可能性も」

 

「G3-Xは一応完成しているが、ガードチェイサー使っても遠かったら時間かかるし、この都市はまだバイクを使うには不向きな造りをしている」

 

「どうしても大通りでしか使わざるを得ないから、裏路地とかにでられるとね」

 

「まだ夜間にでてないだけマシだな」

 

 

 そしてさらなる問題がオラリオを襲っていた。

 イシュタル事変後、突如オラリオやダンジョンの一角で人外が多量に湧いて出る事件が多発している。全身をボロ布で巻かれた怪物だったり灰色の化け物だったり。全く同じ造形の未確認生物が、街のあちこちから湧くのである。

 所謂ライダー分野において雑魚敵に分類される奴らだが、一般人にとってはとんでもない脅威になり得る。レベル2以上の冒険者ならばなんとか対処できるが、それでも数で囲まれれば話は変わってくる。

 現在はベルとヴェルフが中心となってオラリオ市街の、ベート含むロキ・ファミリアなどの強派閥がダンジョンのパトロールを行っているため、殺生沙汰の事件は起こっていない。ひどくても家屋の一部に穴が開いたり、公共のゴミ捨て場が少しゴチャゴチャになったりする程度である。

 一応他の面子がダンジョン攻略に向かっているため、ファミリアの財源が尽きる心配はない。しかし攻略の主力となるベルとヴェルフがいないのならば、どうしても上層での探索にとどまってしまう。最近加入した春姫は、隠れて観察していたテオスが匙を投げるほど戦闘に不向きであり、もっぱらホームでの雑事を中心に行っていた。そのため攻略は実質、リリルカと命のにめいだけで行っている。

 

 

「どうにかしたくても原因がわからないことにはね」

 

「士さんがいたらわかるかもしれないですけどね」

 

「士? ああ、あのマゼンタ色の男かい?」

 

「ええ。あの人ならこの混乱した状況について少しは知ってそうですけど」

 

 

 しかし士はどこにいるかわからないし、そもそもこの世界のこの状況を知らないかもしれない。なので今のところは、自分の力でどうにかするしか手立てがない。結局この日もこれ以上の襲撃はなく、彼等はそのまま床につくことになった。

 だが真夜中の皆が寝静まったころ、廃教会を抜け出す一つの影があった。バイクに乗らず、人の通りのない道を猛スピードで走る姿は、最早獣が駆けているといっても過言でもない。しかし目的の場所がわかっているのか、一切速度を落とすことも無駄な音を立てることもなく走っていく。

 

 

「……ッ!! 近い!!」

 

 

 夜道を走りながら人影、ベルは頭に響く声と全身に訴えかける感覚に従って動く。誰もいないはずの裏路地、しかし確かにそこから助けを求める声がベルには聞こえてくる。

 はたしてそこには、ヤミーに囲まれた誰かの影があった。夜にヤミーが出現しているというのもだが、誰かが襲われているというのがベルにとって一番の問題であった。

 

 

「変身!!」

 

 

 一対多数に最も向いている形態、ストームフォームに直接変身してヤミーを弾き散らす。ストームハルバードを展開してヤミーを全て切り捨てていく。そもそもの動きが緩慢なヤミーでは、スピードに秀でたストームフォームの動きにはついてこれない。パワーが多少落ちたとしても、彼の神速から繰り出される斬撃からは逃れることが出来ず、悉くが塵に帰されてしまった。

 ヤミーを全滅させて暫く変身は解かなかったが、再出現の兆しは現れなかった。警戒と変身は一応とかないものの、ベルは戦意を和らげながら地面に倒れ込むモノに目を向けた。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「だ……れ……?」

 

 

 無事かどうか問いかけるも、帰ってきた答えは要領を得ない。というよりも、ボロ布越しに推測されるシルエットはヘスティアよりも少し大きい程度の体躯、しかし聞こえてくる声は幼い少女のもので喋りも拙い。

 

 

「ちょっとゴメンね、フード外すよ?」

 

「……うん」

 

 

 一応承諾は得られたため、頭があるだろう場所の布だけずらす。そこから覗いたのは真っ青な髪と薄紫に近い肌。紅とも橙とも受け取れる色の眼にその目じりに浮かぶ深い青の鱗。額に装着されているだろう赤い宝玉も鱗も後天的に張り付けたものではなく、少女の体から生えている歴とした体器官であることがわかる。

 

 

竜女(ヴィーヴィル)!? ……いや、違う」

 

「だれ?」

 

「……僕はベル・クラネルだよ」

 

「ぼくはべる、くらねる?」

 

「ベル。それが僕の名前だ」

 

「な、まえ?」

 

 

 どうやら舌足らずなだけでなく、精神面も相応に幼いらしい。どうにも見た目とのギャップがあり過ぎて対応に戸惑いが生じてしまう。

 しかしこのまま放っておけないのは事実。この短い時間でこの少女に知性と理性があることは理解した。しかし顔だけでも所謂モンスターの特徴を持っている彼女が発見されれば、問答無用で討伐したりする人が出てくる可能性は否めないだろう。果ては彼女を捕獲したのちに、見世物小屋や貴族の嗜好品や奴隷として売りさばかれるかもしれない。

 

 

「べる……なまえ……」

 

 

 もう一度ベルの前で座り込んでいる少女を見やる。先程から言葉を食べ物のように租借し、じっくりとその意味を飲み下している様子でベルの名前を繰り返している。

 本当に幼いのだろう。

 右も左もわからぬ中、誰もいない街に布切れ一つで出てしまい、挙句ヤミーという人外に襲われる。もしかしたらダンジョンで本当に生まれたばかりで、今の人間がモンスターにどういう行動を起こすか分かっていないのかもしれない。

 ヤミーにそれ程傷は負わされてない様子から、只人よりも体が強いことは確実だろう。そんな竜女(あかご)が力の制御も学ばずに放っておかれたら、それこそベルが危惧することが起こりうる。

 

 

「ねえ、ちょっといいかな?」

 

「べる……うん?」

 

「今日はもう暗いし、こんな寒くて堅い場所で寝たら体を悪くしちゃうよ」

 

「くらい? さむい?」

 

「そう寒くて暗い。だから僕のところに来ない? 大丈夫、さっきの奴らのようなことはしない」

 

「……いたい、しない?」

 

 

 ベルの誘いに暫く逡巡したのち、竜の幼子はベルに問いを投げた。先程襲われたばかりであり、助けてくれた存在(ベル)も紺碧の鎧と武具を持った異形、紅の複眼も黄金の角も少女に恐怖を与える要素としては申し分ない役割を果たしてしまう。

 一瞬のためらいののち、ベルは変身を解除して少女の側に屈んだ。目線を合わせ、決して怖がらせないように微笑みを浮かべる。

 

 

「大丈夫。痛いこと、絶対に、しない」

 

「だいじょう、ぶ?」

 

「うん。大丈夫」

 

「だいじょうぶ……ベルは、だいじょうぶ!!」

 

 

 ベルの言葉を含み、味わい、ようやく少女はベルと共に教会に向かうことを承諾した。無邪気に満面の笑みを浮かべるその様子は、何よりも人間らしく、何よりも人間からほど遠いものだった。

 

 






はい、ここまでです。
原作ではダンジョン19階層内で出会ったウィーネ、本二次創作では街中で邂逅するという展開にいたしました。
異端児編は色々と精神的に来るものがあるパートですが、とあるヒロインと関係を進めるためには必要だと考え、分岐後に取り扱うことにしました。
さて、次回は分岐編第二話、ベルの保護という選択は、ヘスティア・ファミリアにどのような影響を与えていくのでしょうか?

それではまた次回、お会いしましょう。


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52. 我は汝に問う、物の怪は何ぞや


 本編に入る前に一つ謝罪をいたします。
 何かやらかしたわけでなく、これからの展開について前もってするものです。
 さて、今回の分岐ルートですが、異端児編をベースとしております。しかしライダー要素を取り入れたりするうちに、原作の展開から大きく乖離する結果になりました。
 タグにて事前に「原作乖離」「ご都合主義」を入れておりますが、流石に一言添えるべきと思い、この前書き欄をお借りして報告した次第です。

 原作の流れが好きな方には申し訳ないですが、今回以外の個別ルートも同様な形になるため、どうかご容赦願います。

 それでは分岐第二話、どうぞごゆるりと。




 ベルが連れて帰った竜の少女は、当然だがファミリア内に動揺をもたらした。初めに出会ったベルに特別になついているのか、彼から離れようとしない少女にメンバーはは大いに悩み、渋々ながら一旦少女を保護する方針に決まった。

 

 

「でも流石にこの教会にずっと置くわけにはいかないからねぇ」

 

「あの元アポロン・ファミリアのホームに行きましょう。僕だけは暫くこの子と一緒にそこで過ごします」

 

「まぁそれが無難かなぁ」

 

「ではリリと命様とヴェルフ様で、街での情報収集をしますか?」

 

「交代でいこうぜ。ただでさえ怪人たちの対処もあるんだ、それでダンジョン探索も滞ったら貯えがなくなる」

 

「それもそうですね。では日ごとに二人はダンジョンに、もう一人はヘスティア様と情報収集と行きましょう」

 

 

 動揺は残るものの、サクサクと今後の行動についての予定を立てていく。ここら辺は、ヴェルフやベルという不確定要素を抱えるヘスティア・ファミリアならではの即決さといえるだろう。

 そして話に上がらなかった春姫だが、彼女はスキルによるサポートは出来ても戦闘は出来ない。そのため滅多なことでダンジョンに繰り出すわけにもいかず、ベルかヴェルフのどちらかが参加する時だけダンジョンに共に潜り、それ以外はファミリアホームの掃除やリリと共に出納管理を行っている。

 そして春姫だが、どうやら竜の少女はベル以外にも春姫になついたようで、彼女の背中に隠れたり、ゆるく抱き着いたりしている。春姫も満更でもなさそうで、ゆっくりと単語を繋ぎ合わせて少女と意思疎通を図っていた。

 

 

「……まぁ今のところは問題なさそうだし、人目につかないよう気をつければいいですね」

 

「そうだね。ベル君、キミは今晩この子を連れて第二ホームに連れて行ってくれ。春姫君も明日の朝からそっちで暫く生活だ」

 

「必要なもんは追って持ってくから、二人はこの子から目を離さないようにしてくれ」

 

「わかったよ」

 

「わかりました」

 

 

 決めた方針の通り、人通りのない夜間の間にベルは少女を連れて第二ホームへと移動した。少女の名前もこの世界に伝わる神話、「異類婚姻譚(メリュジーネ)」と「竜女(ヴィーヴル)」を組み合わせた「ウィリュジューネ」に決まったことにより、彼女も満足そうにベル達に従っていた。

 それからは数日、彼等は情報を集めながらウィリュジューネ、ウィーネについて理解していくことに努めた。もしもベルがアギトでなければ、彼ら彼女らが積極的にウィーネと交流をしようとは考えなかっただろう。しかしアギトは存在すら場合によっては畏れられるもの、姿かたちは人よりも竜人という方が早い。

 付け加えるならばベートの変身するギルスは、アギトよりもモンスターに近い印象を抱かざるを得ない。何も知らぬものが見れば、ベルもベートも討伐対象にされてもおかしくなかった。

 しかし姿は変わっても、恐ろしい力を手に入れてtも、彼等の人としての心は失われていなかった。ならばウィーネはどうなるか。もしかすると種族としてはモンスターでも、人として意思の疎通ができるやもしれない。理性と知性を以て人と交流を可能とする存在になりうるかもしれない。

 そう考えたヘスティアたちは、ウィーネに歩み寄ることにしたのである。

 

 更に数日が経過したのち、ベルはウラノス直々の指名でギルドへと赴くことになった。当然彼になついているウィーネは少し愚図ったが、春姫が側にいることでベルが離れることを了承した。因みにだがウィーネはスポンジのように知識を吸収し、いまでは多少の舌足らずさは残るものの、違和感なくベル達と意思疎通ができるまで言葉を操っている。

 それはさておき、ギルドに到着したベルはそのままウラノスが祈祷をしている部屋へと案内された。その際受付にいたエイナに怪訝な視線を向けられたが、ウィーネを保護したこと以外に問題行動を起こしていないため、特に気にすることなく案内に従う。

 通された薄暗い部屋には老いた男神が杖をついており、その隣に頭から真っ黒な布を被って素肌を一切見せない人物が立っていた。

 相手は神であるため、ベルは自然跪いて首を垂れる。アギトとはいえ、彼は人間であるからその行為は当然と言えば当然だ。

 

 

「……ベル・クラネルだな?」

 

「ええ。お初にお目にかかります、ウラノス様。我が主神、竈の女神ヘスティアが祖父。神々の王と謳われた天の神格」

 

「いかにも。とはいえ、テオス様には及ばぬがな」

 

 

 軽い挨拶を交わしたうえで、ウラノスに促されてベルは立ち上がる。

 

 

「単刀直入に聞こう。モンスターをどう思う? ダンジョンについてどう思う?」

 

 

 真っ直ぐと、感情の読めぬ目でベルは見据えられた。神威こそは制約もあって解放はしていないが、一介の冒険者ならば下手すれば失禁しかねない圧力を感じるだろう。ベルも動揺はしないものの、戦闘時並みの緊張感をもってウラノスと対峙していた。

 

 

「ダンジョンは、過去の遺物が変質したものと考えています。ロストエイジの神代には、今のような魔法なども存在していたと聞きます」

 

「……」

 

「しかしその歴史では神秘ではなく、科学が発達した。それによって神秘は薄れ、やがて伝説のような存在になりました。ですが認識できなくなっただけで、神秘自体は存在している。証拠がテオス様や貴方達、神々と呼ばれる存在です」

 

 

 一つ一つ、言葉を選びながらベルは思いを紡いでいく。遠回しな言い方などを使ってはいるが、その言霊に込められた思いは嘘偽りのない、ベル自身の想いである。

 

 

「使われなくなった神秘は滅ばない。しかし使われないということは、それらは蓄積するということ。その結晶のようなものが、このオラリオのように存在しているダンジョンだと思います。モンスターは結晶のかけら、生き物でもあり、神秘の塊でもある。無色の神秘、しかしダンジョンで死んだ多くのモンスターやヒトの無念の集合体。それが私たちがモンスターと呼んでいるものと考えてます」

 

「ではモンスターに魂はないと?」

 

「いいえ、それはあり得ません。魂がないなら抜け殻そのもの。ですが彼等は本能が強いとはいえ、己というものを持っている。いずれは人語を解し、操る個体が出てもおかしくはない。共に歩める道があるならば、個人的にそれに越したことはありません」

 

「これまで冒険者としてモンスターを多数屠ってきたのにか?」

 

「殺めてきたからこそ、です。僕は一度たりとも、殺めることを楽しんだことはない。これからも楽しむことはない。殺めたモンスターの顔を忘れたことはない。奪ってしまったもののためにも、僕は助けを求める声に手を伸ばし続ける。仮令それが、モンスターと呼ばれるそんざいからだったとしても」

 

「修羅の道に堕ちるというのか?」

 

「この力を手にしたときに、薄々覚悟していたことです。その覚悟がオラリオに来たことで確固たるものなっただけ」

 

 

 ベルの言葉を最後に部屋は沈黙に包まれる。ベルもウラノスも、互いに視線を躱したまま一言も話すことはない。また、ウラノスの隣に立つ謎の人物も口を開くことはない。

 暫くして先に沈黙を破ったのはウラノスだった。

 

 

「明朝、ヘスティア・ファミリアの冒険者全員でダンジョンの第二十層に向かえ」

 

「全員、ですか? ヘスティア様は?」

 

「ヘスティアには個人的に話がある。明朝ここに来るよう伝えろ」

 

「わかりました」

 

「それから二十層には、竜女の少女も連れていけ」

 

「……存じていたのですか?」

 

 

 ウラノスから紡がれた、ウィーネの存在を察しているような言葉。知らずベルの声は低いものとなり、警戒心が強まった。それを察したためかウラノスの隣に立つ人影は、いつでもベルに飛び掛かれるように態勢を僅かに変える。

 

 

「そう殺気立つな、これはその少女にも非常に関係あること。案ずることはない。この件において、決して彼女よお前たちにに危害は加えん」

 

「言葉だけで、それを信じろと?」

 

「イシュタルや愚かな曾孫アポロン、アレスのこともある故、神を信じきれぬのも無理はなかろう。だが我が天の神格に違って、嘘はつかぬと断言主しよう」

 

「……分かりました。その任務、ヘスティア・ファミリアが承ります」

 

 

 ウラノスの強制ともいえる任務をベルは受諾した。何処でウィーネのことを知ったか、なぜこんな極秘にベルを通して依頼したのか、疑問に思うことは多々ある。

 しかしウィーネに関する情報が全く得られない今、ベル達にはこの依頼以外に縋る術はなかった。

 

 

 

 

 

「良いのですか、ウラノス様?」

 

「フェルズ。私は彼奴(あやつ)が鍵だと思っている。」

 

「鍵、ですか?」

 

「『人類とモンスターの共存』。人であって人でない彼奴こそが……

 

「しかし人々は認めるでしょうか?」

 

「拒絶は受けるだろう。オラリオ総てが敵になるやもしれん」

 

「ではなぜ? もしも彼がヒトの敵になるならば!!」

 

「それでも彼奴はいばらの道を進むだろう。彼奴の守り通した先に、私の望む世界への一歩がある。私はそう信じている」

 

「……ならば私は私で見定めさせてもらいます」

 

「それでよい。己の眼でしかと見極めよ」

 

 

 






――実験は上々だな。

――だがこの世界、時代の人間は欲が薄い。クズヤミーでもこの程度か。

――だが冒険者という存在をエサにすれば……。

――それにこの世界はライダーの存在がたったの三人。

――目標第一段階の達成は近い。

――我ら、ネオタイムジャッカーによるライダー抹消の日が。



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53. 汝に問う、ヒトとは何ぞや


はい、生きてます。
五か月、ですか?
本当にお待たせしました。


では最新話です、ブランクもありましたが、現状私にできる限りで書きました。
どうぞ、ごゆるりと。




 

 

 ウラノスに言われた翌日の早朝、日も昇らぬ時間帯でダンジョンには殆ど人影はない。その中で第20層に向かうベル達一団は、ある意味では異色の集団ともいえた。

 一応ウラノスの言う通りウィーネを連れてはいるものの、彼女や自分たちにモンスターが襲いに来ないと言われるとそうでもない。ウィーネは十中八九モンスターの変異体だろうが、自分たち冒険者と戦う以外でも、モンスター同士で殺し合い、相手の魔石を取り込んで己を強化するのである。もし仮にウィーネの魔石やベルの血肉を取り込むとなると、どのような変異種や強化種が現れるか、そんなこと想像もしたくない。

 

 

「待ち合わせ場所まで、そろそろのはずだけど」

 

 

 手元の簡易地図を見乍ら、一行の先頭に立つベルがそう呟くが、周囲は岩壁に依然として囲まれている。比較的安全なルートを通っているためか、モンスターの気配もない。勘の鋭いベルや竜女のウィーネが特に反応しないということから、彼等の周りに敵性反応がないことは自ずと他の面子も察する。

 暫く地図に従って歩くと、一行は二十層でも初めてみる広い空間にたどり着いた。周囲からモンスターがわく気配もなく、準安全地帯ともいえるのだろう。朝から歩き通しだったこともあり、ベル達は朝食がてら手持ちの弁当の包みを開いた。

 因みにウィーネはベル達と過ごすうちに同じものを食すようになっているため、特に気を遣う必要性はない。現にベルの目の前で、おいしそうにサンドイッチにかぶりついている。

 ダンジョン内では異質ともいえる、ほんわかとした雰囲気がベル達を包む。しかしベルは食べ終わると同時に、背中から剣を一本抜き、元来た道とは別方向に繋がる通路に向けた。

 

 

「……先程からこちらの様子を見ていますが、誰ですか?」

 

 

 警戒心を若干強めながらベルは問いかけた。それに合わせるようにヴェルフもベルの隣で大剣を構え、その後ろで命が刀を、ウィーネのすぐそばでリリと春姫がすぐに逃げ出せるよう準備している。

 果たして暗闇から姿を現したのは、東洋人のような顔つきをした男。黄土色のロングコートを軽鎧の上から羽織っており、左腰には刀を差し、反対の右腰には手錠とピストルボウガンらしきものが畳んでホルスターに収められている。

 

 

「……白い頭髪に十代後半程度の体つきと顔、特徴的な片刃の双剣。成程、君がベル・クラネルだな?」

 

 

 男はベルに問うた。敵意こそ感じられないが、男の纏う気迫は歴戦の猛者のそれであり、ベル自身、得意分野で試合ったとしても勝率は二割を下るかもしれない。彼のフレイヤ・ファミリアの眷属であり、恐らくオラリオ最強とも言われるオッタルにも引けを取らぬのいうのが、ベルの彼に対する印象である。

 

 

「……確かに僕はベルですが、貴方は?」

 

「ウラノス様の使いで、この先の案内役だ。名前は悪いが控えさせてもらう。まだお前たちが信用できないからな」

 

「わかりました。話はウラノス様より聞いているお思いますが、僕たちは彼の神の依頼でこちらに来ました」

 

「……あの顔、どこかで?」

 

 

 男から簡潔に紹介されたことで、早速ベル達は本題に入った。春姫一人だけが、男の顔を見て首をかしげていたが。

 男によると、これから向かう場所はおいそれと他者に教えることはできないらしい。それはウラノスから言われたベル達でも、例外なく道筋を教えられないそうだ。

 

 

「だから目隠しをしたうえで、この縄でみんなと私を繋ぐ。私を先頭にして目的地に、向かうが、それでいいな?」

 

「ええ、問題ありません。みんなもそれでいい?」

 

 

 一応ベルがファミリアのリーダーであるため、彼が中心になって交渉を進めた。どうにもこれから向かう先には大きな秘密があるらしく、依頼を完遂するためにも、条件を飲むほかない。それに大した条件でもなくベル達に不利になるような内容でもないため、誰も反対することなく承諾した。

 それからというものの、一行は男を先頭に目的地へとゆっくりと向かっていく。生来面倒見がいいのか、逐一足元の注意を促すさまは先までの雰囲気や表情とギャップを感じるには十分すぎる要素であった。

 

 

「……ついたぞ。リド、開けてくれ」

 

 

 目的地に着いたのか、男は扉らしき壁の向こうに話しかける。少しの間の後、遮られた視界の外で岩のようなものを動かす音とわずかな振動をベル達は感じた。そして薫が動くままに足を進める。

 

 

「よし、取っていいぞ」

 

 

 男の許可が出たため、ベル達は目隠しを外した。そして目の前に広がる光景に驚き、声を上げることすらかなわなかった。

 ベルを遥かに超える体躯は全身が真っ赤な鱗に包まれ、蛇のような頭部から覗く黄色い双眼でこちらを見つめる蜥蜴人(リザードマン)の男。

 毛先が青みかかった金色の羽毛に包まれた肉体と、今にも羽ばたいて空を飛びそうな両湾を持つ歌鳥人(セイレーン)の女性。

 他にも多種多様のモンスターの特徴を持った存在がひしめき合い、興味深そうに、あるいは警戒するようにベル達を見つめている。

 

 

「ベル・クラネル。これがウラノス様の言う秘密だ。彼等は我らと同じく理性を持った存在、そこのウィーネという少女と同じ存在だ」

 

「意思疎通できる、モンスター種?」

 

 

 やっと口を開いて出てきたのは、自分に言い聞かせるような言葉。それほどにまで、ベル達にとっては衝撃的な光景だった。

 暫く無言で互いに見つめ合っていたが、ウラノスがこれまで隠していたということは、彼らを保護対象として匿っていたのではとベルは推測した。そしてもし仮にベル達を信用してここまで案内させたというならば、敵対行為など決してしてはならない。

 漸く冷静になったベルは自身の武器を地面に置き、他のファミリアメンバーも武装解除するように促した。訝し気に、しかし目の前のモンスター種が攻撃してこないことを確認すると、全員が武具を地面に置いた。

 

 

「リド。見ての通り、彼らに敵対意思はない。それに、後方の竜女の少女を保護したのは彼らだ」

 

「それは本当か?」

 

「ああ。一応ウラノス様の保障も得ている」

 

「そう、あの神が認めているなら、一応は大丈夫そうね」

 

 

 男の発言を受け、リドと呼ばれた蜥蜴人と歌鳥人は警戒心を下げた。他の者たちも警戒はしているものの、武器や爪などを下におろす。

 話ができる状況になっただろう、そう判断したベルは武器を地面に置いたまま彼らに一歩だけ踏み出した。

 

 結論から言えば、武器を置いたことが功を奏した。初めは互いに恐る恐るといった様子で名乗り、自身のことについて説明することに時間を費やす。その際ウィーネがベルや春姫になついていたことや、地上での彼らの動きを男が補足したことで、昼時に差し掛かるころにはほとんどのモンスター種と和気藹々とした雰囲気を作り出すことに成功した。

 そして彼らによると、ウィーネやリドといった通常とは異なるモンスターを「異端児(ゼノス)」と称し、他の仲間を探したり、ウラノスから頼まれてダンジョン内の問題を解決したりしているらしい。そしていつの日か、地上に出てヒトと共存することが、ほとんどの異端児の夢だという。

 互いに理解を深め合うためにも話を重ねたいと思うベル達だったが、現実はそう簡単には行かない。手持ちの食料はどんなに長くても昼間で尽きてしまい、かといって異端児たちのように、モンスターの魔石を取り込むというやり方はウィーネ以外に出来ない。

 互いに名残惜しみながらも別れの挨拶と再会を約束し、再び目隠しとロープに繋がれて外へと出ていった。なお、ウィーネは知己を増やす一環として今日一日は他の異端児たちの許に残ることになった。

 

 

「……意外だった」

 

 

 待ち合わせ場所に到着して目隠しをとると、案内役だった男が口を開いた。その声色からはわずかな驚きと疑念が含まれている。

 

 

「何がですか?」

 

 

 しかし男の疑問が何を指しているのかが分からない。沈黙を保っているベルの代わりに、彼の側にいたリリが問いかける。

 

 

「いくら竜女の少女がいるとはいえ、普通なら彼らを見ればそれなりに警戒するはず。だが君たちは多少驚きはしたものの、すぐに彼らに歩み寄った。それが不思議だった」

 

 

 男の疑問にしばしベル達は考え込む。一分ほどの思考ののち、初めに口を開いたのはヴェルフだった。

 

 

「別に大した理由なんてねえよ。ただ言葉が通じるならそれに越したことはねぇ。それに、あちらさんが襲う気がねえってんなら俺たちが攻撃する必要もねえ」

 

 

 ヴェルフの言葉に賛同するように他も頷く。そしてヴェルフに続くようにリリも口を開いた。

 

 

「リリも以前までなら問答無用で攻撃していたでしょう。ですがベル様に出会って、普通じゃできない経験をして、この娘と出会って。自分の知らないものが存在するということを知ったからこそ、リドさんたちのことをすんなり受け入れられたのだと思います」

 

 

 リリの言葉を静かに聞き、彼女の言葉が終わっても何も言わずにベル達を見つめる男。暫くリリやヴェルフらを見つめていた男だったが、最後にベルへと視線を向けた。

 

 

「君のこれまでをウラノス様から聞いた。君は、何故戦う? 何のために戦っている?」

 

「……単純な答えでしかないですけど、『ヒト』の笑顔と自由、未来のためです」

 

「異端児たちが人間に刃を向けたら、君は狩ると?」

 

「違います。僕にとっての『ヒト』とは、種族を指しているのではありません。僕にとっての『護るべきもの』こそが『ヒト』なんです。それは異端児たちも例外じゃありません。少なくとも今日出会えた彼らは、僕のエゴで護りたいと感じたものたちです」

 

「種族なんて関係ない、市民の、異端児の、オラリオの笑顔と自由を護れるなら、僕はそれを脅かす存在と戦う。だって市民も異端児も、みんなこの世界の未来なんだから。未来のために戦うことが罪だというなら、(オレ)それを背負う覚悟を持っています」

 

 

 ベルの覚悟を聞いた男はしばし黙り込んだが、少しだけ泣きそうな顔と微笑みを浮かべ、ベルへと向き直った。それまで浮かべていたしかめ面がウソのような笑みだったために、今日何度目とも分からぬ驚きがベル達を襲う。

 納得できる答えを得たのだろう。もしもまた異端児に会いたいのならば、その前日にこの空間の壁に指定の印を書くように言い、この場で解散となった。細かな調整のためにベルだけ少し残り、他の面子は来た時同様に安全ルートで地上へと戻っていった。

 

 

「では、次回については追ってお伝えします」

 

「……薫」

 

「……え?」

 

「イチジョウノ・薫。それが俺の名前だ。好きに呼ぶといい」

 

「……ではイチジョウさんと」

 

「ッ!?」

 

「何故か、貴方をそう呼ぶべきだと思ったんです。では、またいずれ」

 

 

 その言葉を最後に、今度こそこの空間は男、薫ただ一人佇む空間となった。

 昼も夜も分からぬダンジョンの薄暗闇の中、男はそっとコートのポケットから真っ赤なベゼルの金時計を取り出した。

 

 

「まだ若いのに、世のため人のため、笑顔と未来のため。どうにも覚悟を決めたものを止めることが出来ないな。どれほど時がたっても、あのような未来ある子供に、戦いとは無縁で生きてほしいと願ってしまう。お前はこういうときどんな言葉をかけるんだろうな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――なぁ、五代

 

 






はいここまでです。
改めまして、本当にお待たせしました。
決してプリティーなダービーに勤しんだり、騎空団活動していたり、英語のお勉強に精を出していたわけではないです、はい。
まだまだ遅々とした投稿になってしまいますが、どうかご容赦を。

それではまた次回お会いしましょう。



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54. 我は問う、汝は何ぞや



お待たせしました、最新話です。
ようやく一つプライベートで肩の荷が下りたので、亀の歩みのようなペースではありますが、更新していこうと思います。

それではどうぞごゆるりと。




 

 

「異端児」たちとの邂逅から早数日、ベル達はダンジョン攻略と彼らとの交流に日々を費やしていた。元々団長のベルが余程でない限り非好戦的な性格であるし、原点の彼と異なって英雄願望も持ち合わせていない。そのためか、避けられる戦闘は徹底的に避けることを信条としており、団員も彼の気質に魅かれて集まった者たち。自然と他の団員も必要以上の戦いは行わないという、ヘスティア・ファミリア暗黙のルールが出来上がっていた。

 ある日、ベルは再びウラノスによって呼び出しを受け、ギルド本部の神の部屋にいた。

 

 

「ヘスティア・ファミリアが団長ベル・クラネル、ただいま参上いたしました」

 

「よく来てくれた、急な呼びたてに応じてくれて感謝する。まずは座ってくれたまえ」

 

 

 ウラノスに促されるままに、向かい合うようにして椅子に座る。成程、見かけは頭から黒い布を被った、老いた男神と言ったところ。しかしその身から発せられる覇気は、枷をつけられた下界においても強い圧迫感を醸し出している。仮に対面に座るのがベルやベートでなかったら、本人にその意図はなくとも、恐れひれ伏してしまうだろう。

 

 

「本日はいかがされました? まさか『異端児』たちに何か?」

 

「うむ。少し関係があるが、一から説明しよう」

 

 

 ウラノスによると、最近ダンジョンで姿を消す冒険者が増えてきているらしい。もともと命がけの職業である冒険者は、ふとした時に命を落とすというのは珍しいことではない。しかし助かる命は助けるというウラノスの心の元、「異端児」たちが中心となって安全圏に移動させたり、薫のように裏で動ける人員に救助させたりしていた。

 しかし最近の行方不明者はその比ではない。ロキやヘファイストス、フレイヤなど強大なファミリアに埋もれてしまっているが、オラリオには十を優に超えるファミリアが存在する。中にはヘスティアやタケミカヅチのように、数人しか眷属がいないというファミリアも少なくない。

 そういったファミリアにおいて行方不明者が出ているのである。オラリオの冒険者ギルドを統括する神として、見過ごすわけにはいかない。付け加えるとすれば、リドによると、生まれたばかりの『異端児』やある程度の強さを持つ単独主義者も行方不明になっているらしい。

 

 

「その調査を『異端児』と一緒にしてほしいと?」

 

「そう言うことだ。とはいえ他ファミリアであるお主を危険にさらすのだ、孫の方にも儂から説明する。そして相応の保証をせねばな」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 

 一先ずの用事が済んだところでお互いに黙りこみ、机に置かれた茶に手を伸ばした。どちらとも語ることなく湯呑を傾けるが、やがて先に飲み干したベルが口を開いた。

 

 

「ところでお伺いしてもよろしいですか?」

 

「許そう」

 

「20層の彼、イチジョウさんは何者ですか?」

 

「何者、とな?」

 

「ええ。彼は生身の人間にしては力が突出しています。それもスキルやレベルでは説明できない程です。

 始めは私の同類、アギトかと思いましたがその気配はない。ウチの春姫の出身地では代々警察組織の出と伺ってますが、それにしては格闘能力や狙撃に始まる射撃能力は、今の時代にそぐわないものです」

 

 

 ベルの問いかけにウラノスは黙りこくった。否、正確にはどう話そうか考え始めた。ウラノスとしては、ベルだけに話すことは吝かではない。しかし果たして当人がいないところでベラベラと話してよいものだろうか。

「神に人の道理は通じぬ」とは昔から言われていたが、長い年月を経て、ヒトで言う「良識」を持ち合わせた神々も少なくはない。ウラノスもその一柱で、曲がりなりにも所属している団員総てを把握し、彼なりに地上のヒトを愛している。

 

 

「いいですよ、彼に話しても」

 

 

 しかしウラノスの思考を遮るように男の言葉が部屋に響いた。そちらに目を向けると、ここ数日ベルが世話になっていた件の男が立っていた。

 

 

「薫、帰っていたのか」

 

「報告がてらです。さて私が何者か、だったね。そうだな、結論から言えば私は次元の渡航者だ」

 

「次元の渡航者?」

 

「そう。『破壊者』と違うのは、私は元の世界から受動的に来たということだ」

 

「なら正確に言えば転生ですか?」

 

 

 ベルの問いかけに薫は曖昧な表情を浮かべる。

 ゲゲルが真に終息したのち、薫はとある立てこもり事件で人質を庇って致命傷を受けた。立てこもり犯は拳銃を所持しており、撃たれた場所も左胸に三発。何とか己も発砲して犯人の拳銃と脚に入れて逮捕に貢献したが、そのまま殉職になると彼は自覚していた。しかし気が付けばウラノスの前で無様に寝転がっていたという。犯人に撃たれた場所は生々しい傷跡として残っており、己が死にかけたのも、見慣れない世界に来たのも現実だと否応なく理解させられたらしい。

 それが数か月前、ちょうどベルがバーニングフォームで暴走し、ギルスとなったベートと戦ったとき。

 

 

「そのときウラノスの隣に黒衣の男とも女とも分からない存在がいて、私を手繰り寄せたと言っていた」

 

「テオス様が呼び出した? いやそれ以前に、まさかこの世界にはもう一人のイチジョウさんがいるんですか?」

 

「いやそれは違う。元々この世界の私は行方不明のまま死にかけていたようでね。魂が死んだこの世界の私に肉体が死んだ向こうの私、二つを合わせるという強引な手段を使ってこの世界に繋ぎとめたらしい。だからこの世界に一条薫は私一人しかいない」

 

「なら、憑依?」

 

「それが近いようだね。ところでこれを君に」

 

 

 そう語りながら、薫はポケットから金と紅に彩られた時計を取り出した。本来ある筈の針はなく、文字盤には「2000」の文字とベルには馴染み深いライダーズクレストが刻まれていた。

 

 

「クウガ……五代雄介さんのウォッチ?」

 

「そう、五代の力だ。何のために私のもとに来たのか知らないが、時が来るまで持っていようと思っていた」

 

 

 そう言うと薫はベルの方にウォッチを差し出した。

 

 

「これは君に託そう。君なら、あいつの魂を悪く使うまい」

 

「ですが、もし五代さんの力なら、貴方こそ持つべきではありませんか?」

 

「いや、俺はあいつに戦いを強いていた。戦うのを、ヒトを傷つけることを嫌っていたあいつに。仮令あいつが許したとしても、私は一生()を許せはしないだろう」

 

 

 薫はベルの手を取り、無理やりにウォッチを握らせようとした。気のせいだろうか、金色のベゼルが弱しく光を放ち、一瞬だけクウガの顔が浮かび上がった。

 

 

「……やっぱ受け取れません。このウォッチは貴方が持つべきです。いつか、いつかあなた自身の手で、五代さんに返してあげてください」

 

 

 ベルは改めて薫にウォッチを握らせると、両の手でそのまま薫の手を包み込んだ。ウォッチは先程よりも輝きを強くし、仄かにだが熱を持ち温かくなった。それはまるでウォッチ自身に意思があるように。

 結局ベルに言い包められ、薫は継続してクウガライドウォッチを所持することになった。彼自身の身の上について聞くつもりが、色々と脱線してしまった。しかしベル自身は知りたいことを知れたし、ウラノスも話すべきことを話したため、今日はこのまま解散となった。

 

 

 ギルドを出ると、太陽は西の方に傾いていた。恐らく今は昼八つどき、これからダンジョンに行っても碌に調達もできないだろう。幸い今日は自分の財布を持ってきており、帰りがてら夕食の材料を買うこともできる。ついでにファミリアで食べる菓子類を買うのも悪くない。

 そう考えたベルは、早速商店街のほうへと足を向けた。

 

 

「おばちゃん、このシチュー熱すぎねえか?」

 

「ほっときゃ冷めるよ」

 

「俺は熱いうちに食いてぇんだよ」

 

「なら氷でも入れときな」

 

 

 市場街に出ればあらゆるところから声が聞こえてくる。品を売る声に値切りをする声、井戸端会議の声と、歩く人を飽きさせることはない。かくいうベルも両手に食材が入ったバッグを抱えており、表情には出さないものの内心は非常に満足していた。魚の口に小指を突っ込み鮮度を見るというベルの特技で、非常に状態のいい魚を購入できたということが大きい。

 仮に人の纏う空気を文字化できたのならば、「ホクホク」という言葉がベルの周りに浮かんでいるだろう。

 

 

「悪ィ!! そこの少年、その猫を捕まえてくれ!!」

 

 

 上機嫌のベルの耳に男の声が背後からかかった。振り返れば真っ白の毛並みの猫が、更に後方から駆けてくる青年から逃げるように走ってきている。両手の荷物を置いたベルは、そのまま両膝をついて猫を待ち構えた。猫はよけるかと思いきやそのままベルの懐に飛び込み、服の中に入ってしまった。

 

 

「……は?」

 

 

 あっけにとられるベルだが、ネコは暫くベルの服の中でゴソゴソと動きまわると、頭だけ襟から出す形に落ち着いた。頭の整理が追い付かないベルに、ネコを追いかけていた青年が近づいてきた。相当走ったのか、額には汗が浮かんでいる。

 

 

「すまねぇ、捕まえてくれてありがとうよ」

 

「あ、いえ。貴方の猫ですか?」

 

 

 何とか正気に戻ったベルは服から猫を取り出し、そのまま青年に手渡した。今度は猫も逃げることなく、目の前の青年におとなしく抱かれる。見れば青年の手には猫じゃらしのようなものが握られており、猫はそれに夢中になっていた。

 

 

「いや、そこのクリーニング屋のご婦人のだ。それにしても……」

 

「え?」

 

 

 ベルと青年の会話に突然第三者の声が混じった。そしてその声の主、もう一人現れた青年は遠慮という言葉を知らぬように、ベルの頭髪に触れたり目をのぞき込んだりしている。

 

 

「興味深いねぇ。髪は銀に近い白に虹彩は紅、アルビノの特徴なのにアルビノじゃない」

 

「あ、あの?」

 

「それに中世欧州に似ているようにも感じる街並み、なのに目に映るのは小説にしか出てこないような種族ばかり。ゾクゾクするよ!!」

 

「ダアアッ!? すまねぇな少年、この知りたがりは後で叱っとくから!! 何かあったらその場所に来てくれ、初回無料で請け負うぜ!!」

 

 

 流石に不味いと思ったのか。猫を追いかけいた青年はもう一人の方を掴むとお辞儀させるように押さえつけ、ベルの手に小さなカードを握らせて足早に去っていった。

 

 

「台風のような人たちだったなぁ。『鳴海探偵事務所:オラリオ出張所』? 場所は……バベルのすぐ近くか。まぁ機会があれば行ってみよう」

 

 

 少しの時間に目まぐるしく動いた事態に目を白黒させるものの、買い物かごを持ち直してベルは教会に足を向けた。尚、その日の夕食はベル御手製「魚のムニエル」となり、ファミリアの面々には非常に好評だったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、少しは押さえろっての」

 

「すまないねぇ、初めて見るものは気になってしょうがないのさ」

 

「さっさと事務所に戻るぞ。他の人らも集まってきているはずだ」

 

「彼の様にかい?」

 

「ここをこうすれば、ア"ッ、折れたァっ!?」

 

「何やってんだあの人は!?」

 

 

 





――案ずるな、計画に穴はない。

――そうやってティードが失敗したのを忘れたのか?

――俺は奴ほど甘くない。洗脳も上手くいっている。

《KUUGA》

《ÅGⅠTΩ》

――それに、量産型ではないこいつもあるしな。

――成程、だが依り代はどうする?

――目星は付けてるよ。こいつだ。

――ほう。

――苦労したがやっと見つけた。十数年前同様、手間をかけさせやがる。


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55. 迫る暗雲・序Ⅱ


えー、ハイ。
一年待たせて申し訳ありませんでした。

いろいろあって今年から新社会人となり、ようやく初めの忙しい時期から脱したので執筆を再開しました。
ああ、安心してください。ちゃんと大学は卒業できました。

それではリハビリがてらで拙くはなっておりますが、どうぞごゆるりと。




 

 

 謎の二人組との邂逅から早二日、ベルは再びウラノスから召喚要請を受けていた。前回のように探索ついでにエイナから言われるのではなく、いつの間に廃教会の入口にいたフェルズによっての呼び出しであった。

 

 

「……フェルズさんが直接来たということは、それなりに急を要するということですか?」

 

「うむ。つい今朝、とある冒険者パーティーの数名が行方不明となった。たまたま近くにいたリドが交戦したが、下層に逃げられたとのことだ」

 

「リドが? 彼は無事なんですか?」

 

「彼奴は軽傷で済んだ。そして一人だけ救出できたそうだ」

 

 

 ウラノスの言葉に、ひとまずベルはため息をついた。敵の情報が一切ない状態ならば先は暗闇しかないが、救助者が一人いるだけでも犯人にたどり着くための情報量が違う。

 

 

「では僕の召喚理由は、その事故があった場所の調査ですか?」

 

「その通りだ。ダンジョンで己の実力を見誤り、命を落とすことは残念ながら以前からあった。だがここ最近は事故以外での行方不明数が多すぎる」

 

「確かに、このひと月の事故数は不自然に多いですね。どの階層でしょうか?」

 

「場所は第20層、中層の中でも下層のほうだ。ソロではいくらお主でも困難だろう。リドたち以外にも、必要ならパーティを組むといい」

 

「わかりました。ではこの後すぐに向かいます」

 

 

 ウラノスの話も終わり、ベルはその足でエイナにソロでの探索を報告してダンジョンに向かった。さすがに危険なクエストになるため、ポーションなどは十二分に準備していく。

 今回ベルはダンジョンに行く前から勘が働いており、以前アレスの襲撃を受けた時のような警鐘が頭の中で鳴っていた。本来ならば他のファミリアメンバーに一言告げるべきであるが、彼の勘が非常に危険だと知らせている。

 そのため、エイナにも上層でソロ潜りとだけ報告し、下手に詮索されないように仕向けた。

 

 ダンジョン20層、少し進んだ先に「異端児」の蜥蜴人(リド)歌人鳥(レイ)の二名が待ち構えていた。既にウラノスから話を聞いていたのか二名とも、特にリドはフル装備で待っていたようである。

 

 

「おっ、ベルっち来たな?」

 

「ベル・クラネル。待ってたヨ」

 

「うん、お待たせ」

 

 

 軽く挨拶を済ませて、全員が警戒したまま更に下層へと足を進める。自然とお互いに口数は少なくなり、周囲に視線を向ける。現在のところは特に異常はなく、ちょくちょく普通のモンスターが来たり、他の異端児に出会ったりと足止めを食らうことはなかった。ただやはりというべきか、階層を降りるにしたがって、空気は重くなっていく。

 

 

「ベルっち。今回のことは聞いてるか?」

 

「うん。リドのおかげで一人だけ助けられたって」

 

「そうね。でもそれでも手がかりが少ない」

 

「今はともかく自分の足で歩くしかないな。ベルっちには悪いけど、あの冒険者は体が治っても二度と迷宮には戻れない」

 

「ならその冒険者から情報を聞き出すのは……」

 

「心が壊れかけてるわ。だから聞き出せても相当先になるはず……」

 

 

 結局地道に積み重ねる以外、今回の問題解決はできないということなのだろう。最近の怪人騒ぎと言い、冒険者と異端児の拉致行方不明といい、迷宮都市(オラリオ)もベルが来た時に比べて物騒になったものである。

 とそのようなことを考えてながら第27層にたどり着いたとき、ベルは背筋に薄ら寒いものを感じた。具体的にどのような感買うとは説明できないが、悪寒がしたというのがこの場合正しいだろう。

 突如足を止めたベルに、リドもレイも怪訝そうな顔をして振り向いた。だが途端にそれぞれ武器や戦闘態勢に入り、最大限の警戒態勢をとった。

 

 

「……ベルっち」

 

「うん。誰かが戦ってる」

 

「モンスターじゃないわ。これは……まさか人同士の戦いなの!?」

 

「ベルっち、レイ!! 急ぐぞ!!」

 

 

 リドの声を聴くや否や、ベルたちは一斉に音に向かって飛び出した。迷宮(ダンジョン)は地下に存在するが、一層一層の天井は非常に高い。それこそ歌人鳥(ハーピー)であるレイが飛んでも問題ないほどには空間が確保されている。そのため、騒動の場所に最初にたどり着いたのは、三人の中で唯一空を飛べるレイだった。

 

 

「畜生!! 何なんだよ!?」

 

「こいつら、最近ダンジョンや地上で噂の新種モンスターよ!?」

 

「さっさと倒さないと全滅だぞ!!」

 

 

 そこでは総勢十人ほどの冒険者が、クズヤミーやレイドラグーンと戦闘を繰り広げていた。敵の数は冒険者の二倍ほど、ウジャウジャと通路の奥から湧き出している。まるで誰かに意図的に生み出されたようなそいつらは、迷うことなく場王権者たちに向かっていき、攻撃を仕掛けていた。それによって冒険者たちは決して浅くはない、大小さまざまな傷を負ってしまっている。

 

 

「そこのヒト!! じっとしてテ!!」

 

 

 真っ先にたどり着いたレイは、今にも背後からレイドラグーンに切りかかられそうな冒険者を見つけ、一息に急下降した。突然上空から声をかけられた冒険者は幸か不幸か、驚きに咄嗟に止まってしまった。それよりレイの蹴りは過たずレイドラグーンに突き刺さり、地面に縫い留めることになった。

 

 

「怪我はない?」

 

「あ、ああ。助か……モンスター!?」

 

「驚くのはわかるけど、早くポーションを飲みなさい!! 次が来るわよ!!」

 

「え? あ、ええ? モンスターがしゃべってる!?」

 

 

 レイの言葉を聞くよりも、モンスターが言葉を話しそのモンスターに救われたことにその冒険者は思考が停止してしまった。戦場において、考えることや行動することをやめることは死を意味する。それは相手がモンスターだろうが怪人だろうが関係ない。

 

 そしてこの一瞬の逡巡が運命を決める。

 一瞬のうちに近づいた新たなレイドラグーンが、二人に刃をかざした。既に敵の間合い、加えて雑魚怪人とはいえ、冒険者やモンスターにとっては非常に脅威となるその刃が振るわれる。

 

 

「せりゃあッ!!」

 

 

 はずだった。

 レイドラグーンのさらに後方、レイの飛んできた方向から銀の輝きが閃き、レイドラグーンを一刀両断した。そこでようやく冒険者は正気にも戻り、先ほどまでレイドラグーンが立っていた方向に目を向けた。

 

 視線を向けた先には、薄暗いダンジョン内では非常に目立つ銀髪と、爛々と輝く紅の目を湛えた少年が、襲われた冒険者を見下ろしていた。

 

 






はい、今回はここまでです。
改めまして、一年間お待たせして申し訳ありません。

前書きにも書きましたが、しっかりと大学を卒業をしたうえで就職をしました。
まあと言っても4月まで更新できなかった理由はまた別なのですが。

昨年の夏の時点で卒業が確定し、また後期の授業もなかったため、暮らしていたアパートを引き払って実家に戻ってました。
で、父親はいいんですが、母親がまあ傍若無人というか、自分の好き嫌いをほかの家族に押し付けるタイプの人でして。二次創作の執筆やゲーム、漫画などのサブカルは低俗と断じるほど嫌いな人なんです。
そのため、過去にお小遣いをためて買ったPSPもその日のうちに目の前でハンマーでたたき割られたり、買っていた漫画を正月のしめ縄と一緒に燃やされたりと、まぁ過激な母親なんです。
で、実家には私の自室なんてものはないですから、二次創作なんて書いているとまぁお察しのことかと。
一度だけpixivで短編を更新しましたが、それも母の目を盗み、スマホで何とか書いたものでした。
ようやく四月に社会人になり、アパートの賃料も光熱費もスマホ代も水道料金も自分で払えるようになったため、やっとのことで更新を始めた形です。

まぁ恐らく何人かは、ミラティブ配信をご覧になっていた方もいるかもしれませんが。

てなわけで、不定期ですがこれから更新も進むと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。



久しぶりなせいで、文章の書き方とか忘れてもうた(泣)


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