「俺のセイバー(が召喚したヘラクレス)は最強なんだ!」 (ぴんころ)
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第一話

きっと誰よりも早いセイバーイアソンのss




「はい、これ」

 

「……? これって何さ」

 

「何って、触媒よ。だって、聖杯戦争に参加するんでしょう?」

 

 肩口で切り揃えたプラチナブロンドの髪をふわりと揺らしながら、いつものように青のフリルドレスに身を包んだ沙条愛歌は、『頼まれていた漫画を買ってきた』程度のノリでそう言って木片をこちらに渡してきた。

 ぎょっとして手に持っていたその触媒とやらを落としそうになってしまう俺の姿を、彼女はくすくすと笑いながら見ている。

 

「そ、それでこれは一体……?」

 

 落ち着くまでに約五分程度。

 彼女の見世物になっていた感は否めないが、もうこの上下関係にも悲しいことに慣れてしまった。

 自分程度の木っ端魔術師では、この根源の姫には敵わないのだということはすでに体にはっきりと教え込まれた。

 圧倒的すぎる差は、もはや実力の差をしっかりと理解させてすらくれず、悔しいという感情すらも抱かせてくれず、ただの友人のようにしか思えない。

 

「アルゴー号の破片」

 

「とんでもないものじゃないか!?」

 

 なのだが、さすがにこんなものを渡されては畏敬の念が滲み出てしまう。

 彼女と自分の違いを、こうしたふとしたタイミングで理解させられる。

 何せ、アルゴー号の破片ということは、この触媒に所縁のある英霊はアルゴナウタイの一員である。

 ヘラクレス、オルフェウス、テセウス、アタランテ、カイネス、カストル・ポルックス兄弟、ペーレウス、アスクレピオス、そしてイアソンとメディア。そういった著名な英霊ばかり。

 そして、個人を特定するものではないから、選ばれるのは縁召喚と同じく『俺と相性のいい英霊』になるはず。

 つまり、『狙った英霊を引き当てることができる』という触媒召喚と、『マスターと相性のいい英霊が召喚される』という縁召喚のいいとこ取り。

 しかも、この触媒で召喚される英霊はまず間違いなく誰であったとしても強者の中に名を連ねる英霊だろう。

 これで負けるとしたら、俺以外に原因があるはずがない。

 

「ありがとう、愛歌。この戦い、俺の勝利だ」

 

 そして、俺はこれでも魔術師としては結構強い方だと思う。

 故に、この魔術師同士の決闘である儀式、『第五次聖杯戦争』で負ける理由がない。

 

「ええ、当然よ。あなたは私のお友達なんだもの。勝ったら、ちゃんと触媒を用意した私にも何かちょうだいね」

 

「ああ、そんなこと当たり前じゃないか」

 

 俺のことを見下すわけでもなく友と呼んでくれる愛歌が用意してくれた触媒なのだ。

 これで勝ったなら、俺個人の勝利ではなく俺と愛歌の勝利であるのは間違いない。

 ……いや、ほんとなんで愛歌が俺のことを友人と呼んでくれるのかは謎だし、これだって友人にたかったように見えてもおかしくはないことなのだが、前回の聖杯戦争では時計塔のロードが殺されてしまったらしいから、備えられるのならばしっかりと備えておくことは当然のこと。

 

「グレイ、今から日本に行くぞ」

 

「い、今から、それに拙もですか?」

 

「当然だ」

 

 後ろで控えていた、以前に拾った墓守の少女も連れて行く。

 彼女も、時計塔の分類で言うのならば伝承保菌者(ゴッズホルダー)にあたる人物であり、サーヴァントに対して効果を期待できる宝具を持っている。

 命の保証が完全にはされない以上、できる限り生存の可能性を高める手段として連れて行くことはなにもおかしなことはない。

 

「ええ、それがいいでしょうね。準備するものなんて、あなたにはそこまでないでしょうし。それなら、サーヴァントのクラスに枠が空いているうちに召喚しないと、どんどん召喚できるサーヴァントが減って行くわ」

 

 愛歌はニコニコとしている。

 彼女の言ったことにはなにも間違いなどない。

 アタランテはアーチャー以外のクラスへの適性がないだろうから、アーチャー枠が埋まってしまえば召喚できなくなる。

 要するにそう言うことなのだから。

 七騎のサーヴァントが七つのクラスに割り当てられて使役する魔術師とともに戦うのが聖杯戦争。

 できることならアーチャーかセイバーでヘラクレスを呼びたいところだが……。

 

「だから、今夜日本に行って、明日の夜にでもサーヴァントを召喚する」

 

「はい、わかりました」

 

 狼狽えていたグレイだが、諦めたのか頷いてくれた。

 彼女の意見を一切聞かない形になるのは申し訳ないのだが、それでも死にたくはないし、友人がせっかく用意してくれたものも無駄にはしたくない。

 ぶっちゃけた話、参加しようかどうか迷っていたタイミングで愛歌が持ってきたのでなし崩しで参加することに決めたのだ。

 

「それじゃ、荷物をまとめるから手伝ってくれ」

 

「はい!」

 

 そう言って、グレイとともに荷造りを開始した。

 

 

 

 

『ここを使えばいいわ』

 

 そんなことを口にした愛歌が連れてきてくれたのは、彼女の家である沙条が持つ霊地の一つ。

 今現在は彼女の妹が住んでいるらしいのだが、そろそろ聖杯戦争だからと言うことで一時的に彼女を離れさせて、聖杯戦争の間使わせてくれることになった、と言うことを説明された。

 そこに礼装を運び込んで、愛歌が管理者権限を一時的に則って俺たちを問題なく受け入れるようにと書き換えた結果、そこを拠点とすることになったのだ。

 とは言っても、本当にただの拠点でしかなく、ここで魔術的な研鑽に励むことなど不可能。

 今あるものとこれから召喚するサーヴァントから戦力が減ることはあっても増えることは決してない。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を」

 

 根源接続者(ジェバンニ)が一時間でやってくれた魔力の調整。

 それによって、この家の霊脈の魔力は沙条家の人間ほどではないが俺にもそこまで相性が悪いようなものではなくなった。

 

「四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む。

 これによって完成した魔法陣に使われた素材は魔力を貯蔵した水銀。

 触媒は擬似的に形作られた祭壇に備えられている。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 グレイは、今この場にはいない。

 彼女の持つ宝具は英霊に所縁のあるものなので、もしもこの場にいたら愛歌が用意した触媒とはまた別の英霊が召喚される可能性があるので、先に寝てしまっているのだ。

 

「告げる」

 

 一体誰が召喚されるのだろうか。

 英霊なんていう本来なら絶対に使役できない相手を使役することができるのだ。

 どんな英霊が召喚されるのか気にならないはずがない。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 できることならばヘラクレス。

 彼ならばきっと負けはないだろう。

 ギリシャ神話最大級の英霊をそう簡単に倒せるような輩はいないはずだ。

 魔力だけが心配なところだが、愛歌がサポートしてくれるらしいし、宝具の使用にのみ気をつければ問題はない、と信じたい。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者」

 

 ただ、基本的には誰が来たとしても問題はない。

 アルゴナウタイの英霊は、ヘラクレスが頭一つ飛び抜けているだけで基本的には全員が一級の英霊。

 メディアだって、神代においての大魔女であるがゆえにキャスターとしての実力は最高峰だろう。

 イアソンは……まあ、うん、ケイローンの下で他の英霊のように色々と学んだらしいから、ある程度は実力はあるはずだ。

 前回の聖杯戦争の記録ではライダーのサーヴァントとして召喚されたイスカンダルが仲間を呼び出す宝具を持っていたらしいから、アルゴー号の船長(ライダー)として呼び出せたなら、他のアルゴナウタイを呼び寄せてくれるかもしれない。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 魔法陣を中心に、暴風と閃光が部屋中に撒き散らされる。

 踏ん張ることすらも難しいような、天災に等しいこれすらも英霊召喚の副産物でしかない。

 その副産物の大きさが、そのまま英霊召喚という儀式の規模に直結している。

 

 収束する魔力の嵐。

 肉体の中に魔力という異物を走らせていた魔術回路が、儀式の終結を悟り機能を順次停止していく。

 果たして、光の奥より現れたその出で立ちは──。

 

「セイバー、イアソン。召喚に応じて参上してやった。私は勇者であるがその前に船長だ。いいか。くれぐれも前線には出すなよ?絶対に出すなよ?」

 

 ならどうして船長(ライダー)じゃなくて勇者(セイバー)で召喚された。

 思わずそう突っ込みたくなった。

 

 

 

 

 結論。

 

 セイバーとして召喚されたイアソン、自分は船長だと言い張って剣士のくせに前線には出ようとしないのだが、実際のところはそこまで弱いサーヴァントではないらしい。

 まずはステータス。

 『筋力:C 耐久:B 敏捷:B+ 魔力:D 幸運:A+』と、最優のサーヴァントと呼ばれるセイバーのクラスに相応しいと言えるのかどうかまではわからないが、魔力以外は総て平均以上のランクを誇っている。

 そして次にスキル構成。

 『対魔力:B』があるために、それこそ神代の魔女クラスの英霊でもなければキャスターの魔術は通用しない。

 『騎乗:B』もあるので、機動力に関してもそこまで心配する必要はなく、アルゴー号を操縦していた実績もあるからこそ、騎馬を与えることも問題はないだろう。

 『求めし金羊の皮』は使い道など魔術の触媒以外には一切ないアイテムで、現代の魔術師では一切使うことなどできそうにもない代物なのだが、こちらには根源の姫がいる。彼女なら完璧にあれを使いこなしてくれるだろう。

 『虎口にて閃く:A』は彼のしぶとさを示すスキル。窮地に陥れば陥るほど、自らの身の安全を度外視した振る舞いではあるが脱出することができる。こちらで治癒を続けることで彼を死なせなければ、彼自身の戦い方もあって最終的には勝利を掴んでくれるはずだ。

 『友と征く遙かなる海路:B++』も、アルゴー号の仲間(アルゴナウタイ)限定の『超限定的な亜種カリスマ』とでも呼ぶべき代物で、本来なら一人のサーヴァントと一人の魔術師の組み合わせで行く聖杯戦争では使い道のないはずのスキルなのだが、彼に至っては何も問題はない。

 何せ、彼の宝具『天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)』は、かつてアルゴー号に乗った英雄たちを呼び出す効果を持っているからである。

 彼自身の人望の不安定さなどの短所はあるものの、その効果に関しては間違いなく強力という他ない。

 

「それで、お前は一体何を聖杯に望むんだ?」

 

 聖杯戦争における方針の話などは後回しにして、その場にいた二人の魔術師のどちらがマスターなのかを彼は確認した。

 確認方法は、俺の手の甲に浮き出ていた三つの刻印。一回の行使に一画を使用する三回限りの絶対命令権。

 そして、まず最初に行われたのが先の発言。

 サーヴァントとマスターという関係性を明確にした後の彼は、当然のことながらこちらが聖杯にかける望みを聞いてきた。

 他の世界の聖杯戦争を千里眼で覗いたりしている愛歌曰く、たまにこういうこともあるらしい。

 マスターとサーヴァントの性質が合わないために令呪を使わなければまともに命令を聞かせることすらできない様な事態が。

 

「俺が望むことねぇ……」

 

 正直、笑われてもしょうがない様なことだと思う。

 それでも言わなかったら従ってもらえないんだろうな、という未来も見えていたので、俺の望みを知っているがために笑いをこらえている愛歌を視界の端に捉えながら、俺の望みを口にする。

 

「俺が聖杯にかける望みは、『嫁さんが欲しい』ってことだ」

 

「…………なるほど。確かに嫁は大事だな」

 

「嫁さんが裏切りの魔女だった人が言うと言葉の重みが違うな」

 

「それを口にするな」

 

 微妙に親近感が湧いた、そんな気がした。

 ただ、気がしただけだ。




ちなみにこの主人公、アルゴナウタイの中には相性のいい英霊は存在しない。イアソンを呼べたのは「ヤベー奴を結構な数仲間にしている」って共通点から。

どうでもいいことだけど主人公と愛歌ちゃんの関係は”お友達”。王子様がいないことにだらけていた愛歌ちゃん様相手に「いないなら 作ればいいさ 王子様」なんてほざいたことで仲良くなりました。


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第二話

「では、まず俺がいるに相応しい城はどこだ?」

 

 こんなみずぼらしいところではあるまい、と自信満々に言うセイバー。

 とりあえず、後ろの愛歌の様子がおかしなことになっていることに気がつこうか。

 

「ねえ、ちょっとこのセイバー殺さないかしら?」

 

「それをやると聖杯戦争に参加できないんでやめてください!」

 

 愛歌ならやる。やると言ったら必ずやる。

 というか、それを実行するための魔術がすでに手の中に生み出されている。

 

「お、おいマスター! こいつ、やばいやつなんじゃないか!?」

 

「そのやばいやつの家を貶したのはお前だろ……!」

 

「マジでか」

 

「マジだよ」

 

 小声でこそこそと会話する。

 愛歌がその気にならなくても普通に聞こえるような距離なので、この状況でどのように惨めにセイバーが謝るのかを確かめたがっているような気すらしている。

 いや、セイバーもさすがに今の状況からして、愛歌が敵ではないということは理解しているはずだ。

 なので宝具の効果でサーヴァントを呼んだりはしないと思うのだが。

 

「とりあえず、あなたが宝具でサーヴァントを召喚するよりも先に私があなたに魔術を叩きつけることができるからね」

 

「あ、はい、すみませんでした! ギャー!」

 

 こんな風に、と呟いた愛歌が転移を行なってセイバーの懐に飛び込み、見た目派手な一撃がセイバーのサーヴァントに叩きつけられた。

 ちなみに、俺だとどれだけ頑張っても『対魔力:B』を抜けるクラスの魔術を放つには時間が数秒程度かかる。

 数秒程度で扱えるのはすごいことなのだ、と言われても目の前でほとんど魔法クラス(空間転移)の術式を無詠唱で行いながら大規模な儀式魔術クラスの一撃を一瞬で用意していた愛歌と比べるとどうしても格としては見劣りしてしまう。

 

「愛歌、それにセイバーも。こんなところでバカやってないで……」

 

 ただ、それに対する劣等感はもう抱いていない。

 (ほとんど存在しないのが事実なのだが)彼女にできないことは俺が、俺にできないことは彼女がやればいい。

 いや、俺としては女の子(グレイや愛歌)にそれを任せて、後方から支援しているだけだというのは歯がゆいものがあるのだが、それでも戦場に出れば一発で死ぬ。

 魔術師としては強いので魔術戦になれば勝てるのだろうが、ここに来るまでの間に愛歌に延々と見せられ続けた『ここで死ぬ、魔術師のよく陥る聖杯戦争における死に方』なんていう講座のせいで、それすらも自信が持てなくなってきた。

 というわけで、後ろにいることには反対などない。

 

「セイバー」

 

「なんだ」

 

「とりあえず、こっちの陣営にはもう一人いるんだけど、その子はもう寝てしまっているから朝になってから紹介する」

 

「そんなもんで大丈夫なのか? 聖杯戦争はサーヴァントを召喚する前から始まってるってのに、サーヴァントを召喚するときにぐっすりとか」

 

「あら、私の決定に文句でもあるのかしら?」

 

 ニコニコと笑う愛歌が、セイバーを牽制している。

 どうやら愛歌はグレイのことを結構気に入っているらしく、それを貶されるのは納得がいかないらしい。

 セイバーが土下座すらしそうな勢いで謝罪する姿は、彼が言う所の『王』の姿としては結構ダメな点だとは思うのだが。

 とりあえず、この時点で彼の治める国には住みたくはないと思ってしまった。

 

 

 

 

 翌朝、グレイも起きてきたことでようやく全員が揃った。

 グレイが寝てしまっていたこともあって、周囲の地形などの確認もできていない状況では外を出歩くのは危険と言わざるを得ず、昨晩は何もせずに眠りについたのだ。

 そのため、今日からが本番。

 昼間のうちにこの冬木という街の地形について確認を行い、夜に出撃するより前に作戦を立てる。

 ただし、これは今日だけで、明日以降はきっと昼間のうちに作戦を適宜修正していくことになると思う。

 毎日の積み重ねでサーヴァントの情報が段階的に開示されていくだろう聖杯戦争という仕組みを思えばこそ、最初に立てた方針だけでどうにかなるようなものではないはずだ。

 

「初めまして、セイバーさん。拙はグレイと言います」

 

「ああ、初めまして。君のことはマスターから聞いているよ。なんでも、人の身でありながらサーヴァントの宝具、それも神霊級のものを扱えるんだろう。私が後方で待ちながら君が前線で戦う。しっかりとした役割分担だ」

 

「え、え?」

 

 当然のように戦わない発言をしたセイバーに、グレイは思わず変な声を出しながらこちらとセイバーの間で視線を往復させている。

 その瞳に映っているのは困惑。

 サーヴァントとして召喚され、しかも最優のクラス。それが戦わない宣言をしたのだから仕方のないことなのだろうけれど。

 

「大丈夫よ、グレイ。この阿呆はちゃんと戦わせるから」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 手のひらに雷を溜め込んだ状態の愛歌がそう宣言すれば、セイバーは土下座する。

 この家での彼の立ち位置が決まった瞬間である。

 

「そ、それでまずはどうするんだ? ……あーあ。全くどうして私はこんな召喚に応じたのやら」

 

「あら、何か言ったかしら」

 

「いいえ、なんでもありません!」

 

 セイバーと愛歌がじゃれあっている姿を見ながら、どうするのかを考える。

 グレイが入れてくれた紅茶を飲みながらセイバーが黒焦げになる光景を眺め、今の状況下で開示されているものを並べ立てる。

 

「うん、そうだな。決まった」

 

「あら、どうするの?」

 

 作戦が決まれば、愛歌はセイバーを黒焦げにする魔術を止めてこちらに問いかける。

 その間に愛歌を恨みがましい目で見ていたセイバーは再度の雷撃を受けることになったのだが、この調子だと聖杯戦争が終わるまでに数えるのも億劫になりそうなほどの雷撃が発生しそうなので気にしないことにした。

 グレイはオロオロとしているが。

 

「まずは、セイバーのお望み通り、城を取りに行こうか」

 

 その言葉に、愛歌は微笑んだまま、グレイはきょとんとして、セイバーはぷすぷすと煙を上げていた。

 

 

 

 

「全く、どうしてこの私がこんなことをしないといけないんだ!」

 

 その日の夜、この冬木の街に唯一存在する城の確保に向かっていた。

 メンバーは、俺とグレイと愛歌とセイバー。

 その中で唯一ぐちぐちと口にしていたのがセイバー。

 城の確保、という目的はそこまで難しい理由ではない。

 もしもの場合の避難先が欲しいというだけの話なのだ。

 沙条の家の襲撃をかけられる可能性と安全性を天秤に比べれば、『気がついた時にはもう遅い』というのが一番怖い。

 その恐怖は、六十年もの間ずっと聖杯戦争に向けて準備してきたという御三家との戦いに対する恐怖をわずかに上回った。

 

「そう言うなって。王様なんだろ。だったら、まずは自分で動いて臣下に見せつけるべきだろ『自分はこんなにすごいんだ』って」

 

「……仕方ない」

 

 愛歌とグレイは女子同士の会話をしている。

 こちらは、男同士とは言えど価値観を含めた何もかもが違いすぎるので、そんな会話にはならない。

 

「よし、そろそろアインツベルンの土地だな」

 

「ええ、派手に挨拶して上げましょうか」

 

 愛歌が、そう言って魔術を練っている。

 完全に、愛歌の聖杯戦争になってしまっている。

 ただ、彼女に任せるのが手っ取り早い上に確実なので、何もおかしなことなど存在しない。

 

「安心するといい。どんなサーヴァントが出てきたとしても私たちに負けはない。何せ、ヘラクレスがいるのだからな!」

 

「は、はい」

 

 グレイは、初めてのサーヴァント戦ということで少々恐怖心が見える。

 セイバーもどうしようもないバカではあるが、それでも悪いやつではないようでグレイのことを励ましている。

 

「とりあえず、どーん」

 

 愛歌の気の抜けるような声とともに、大規模な魔術が解放された。

 アインツベルンの土地に存在する結界を破壊して、その一撃は森を燃やす。

 炎上している森の中を耐熱用の魔術をかけることで先に進んでいれば、セイバーがその熱気に対して文句を言っていること以外は全てが順調。

 

「とんでもないことをしてくれたわね」

 

 だからだろうか。

 アインツベルンのマスターらしき幼い少女の存在に、目の前にやってくるまで気がつくことができなかったのは。

 

「アインツベルンの、マスター」

 

「ええ、あなたたちが燃やしてくれたこの森の持ち主よ」

 

 こちらを見つめる幼い少女は、ホムンクルス特有の浮世離れした美貌を怒りに歪めている。

 その背後にいる鉛色の巨人、あれはきっとバーサーカーのサーヴァントだろう。

 息が詰まりそうなほどの超常をその身一つで体現しているその存在に慄いているのは俺だけではなく、グレイやセイバーも。

 この陣営で普段通りなのは愛歌だけ。

 

「へ、ヘラクレスだとぉ!?」

 

「あら、私のバーサーカーのことを知っているのね。ってことはギリシャの英霊なのかしら」

 

 まあ、関係ないよね。

 そう言った少女はセイバーの狼狽ぶりが面白かったのか、先ほどまでの怒りの表情を魔術師然とした冷徹なものへと変更して不敵に笑った。

 

 ────やっちゃえ、バーサーカー。

 

 その、(英雄)を解き放つ宣言とともに巨人は動き出す。

 主人の意思に応えて、巌の巨人はセイバーとの距離を一瞬で詰めて手に持った岩塊のようにしか見えない斧剣をセイバーに向けて振り下ろす。

 

「へ、ヘラクレスー!!」

 

 セイバーの情けない声。

 その直後、斧剣とセイバーの間にバーサーカーの持つ斧剣と全く同質のものが挟まれ、セイバーを一刀両断するはずだった一撃はセイバーを傷つけることはなく止められた。

 

「なんでー!?」

 

 ただし、衝撃は殺しきれなかったので、普通にセイバーは吹っ飛ばされたのだが。

 

 そのまま発生するのはセイバーの召喚したヘラクレスとバーサーカーの戦い。

 どうやら、どちらもバーサーカーのクラスで召喚されているらしく、その口から発している音は一切の意味を持たず、ただ狂気の淵に溺れている。

 

「これが……聖杯戦争……」

 

 サーヴァント同士の戦い。

 二つの人型が戦うだけで周囲に災害が襲ったかのような被害を撒き散らす。

 初めて見るそれに、俺もグレイもただ圧倒されるだけ。

 

「フハハハ! どうだ、見たかマスター! これこそがヘラクレスの力だ!」

 

 そこに、幼い少女に拾われたセイバーが戻ってくる。

 高笑いはちょっとうざい。

 

「イアソン様、私はどうしましょうか?」

 

「うん? ああ、私の可愛い可愛いメディア。君にはヘラクレスの援護をしてもらいたい。さすがにどちらが私の呼びかけに応えてくれた方のヘラクレスかはわかるだろう?」

 

「わかりました」

 

 見てもわからないので両方吹き飛ばしますね。

 そんな言葉を口にした、おそらくは裏切りの魔女メディアだろう少女の一発でわかるあまりにもサイコな部分。

 セイバーもぽかんとしている間に、メディアの元に大量の魔力を喰らい尽くしながら駆動する複雑怪奇な魔法陣が展開される。

 放たれた魔砲は、愛歌の魔術でもなければ見るようなことのない一撃。

 対魔力を持たないサーヴァントであれば確実に殺しきれるだろうと確信すら持てる一撃で、ヘラクレスがそれを持っていないことはマスターとしての能力であるステータスの透視で理解している。

 

 当たれば、確実に倒せる。当たるかどうかは置いておいて。

 

 当然のように避けられたその魔力砲は、けれど仕切り直しにはなったらしい。

 こちら側のヘラクレスと相手側のバーサーカー。

 しっかりと立ち位置で分けられたようで、こちら側のヘラクレスがメディアの魔術によって強化される。

 武器が斧剣から変化し、身に纏った装束にも変化が現れる。

 

「さて、見てわかる通り、君のサーヴァントはヘラクレスだけでこちらは私も含めて三人。さらにこちらのヘラクレスの戦闘能力に関しても神代の魔女であるメディアが強化している。君に勝ち目などない」

 

 完全に勝利を確信したのか、セイバーは堂々とアインツベルンのマスターに話しかける。

 

「ついでに言うなら、そっちのヘラクレスは私とは戦いたくなさそうだ。何せ、ヘラクレスだ。私がサーヴァントを召喚するよりも先に殺すことだってできたはずなのに、実際には呼び出す暇があったんだからな」

 

 それは躊躇したということだろう、ともはや煽るように宣言する。

 

「確かにヘラクレスが最強なのは間違いないが、ヘラクレス同士が激突したなら後はそいつを支援する連中の差だ。……さて、お前一人で私たちを超える支援ができるかな?」

 

 アインツベルンの童女はセイバーの煽るような言葉にぐぬぬと顔を歪めている。

 

「……それで、あなたたちは私に何をさせたいわけ?」

 

 だが、それも数瞬。

 魔術師としての思考からすれば『わざわざそんなことを口にしなくとも勝てるのだから、こんなことを口にするのは何か理由があるのだろう』といった考え方だろうか。

 当然、こちらにもちゃんと理由があって来たので、その取引を持ちかけようとして──

 

「ん? いや何もないが?」

 

「あるに決まってるだろ、この馬鹿が!」

 

 思わず、まるで何事もなかったかのように『ただ自慢したかっただけ』と宣言したセイバーを叩いてしまっていた。

 こちらに対して恨みがましい目を向けるセイバーだが、どうやらちょっとだけいい感じに進んだらしい。

 向こうもわずかに白けたような雰囲気を醸し出している。

 

「……何をさせたいか、だったな」

 

「ええ」

 

 そんなことは簡単だ。

 

「俺たちの下につけ」

 

 これまでの人生でこれ以上ないほどのキメ顔でそう言った。




イアソン「……なんか、いける気がする!(ヘラクレスをけしかけながら)」

愛歌→イアソン:いい感じに啼いてくれる玩具
イアソン→愛歌:怖い


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