アルタラス王国近代史 (鉄くず屋)
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”門”からの来訪者
中央歴1614年4月初め
アルタラス王国はフィルアデス大陸の南約1000kmの島に位置する絶対王政国家です。
当時、人口は約1500万人を数え、フィルアデス大陸とその他の地域を結ぶ中継地点として活発に世界各国と貿易を行っています。
また、世界有数の魔石鉱山を有することでも知られていて、魔石輸出にて発展を続けていました。
また、世界各国の文化が流入するため、独自の文化が発展していて、特に菓子作りにおいて名高く、列強並みとも評されることがあります。
軍事面においては、陸軍が常備軍として6万人が整備されていて、装備の主力は火打ち式前装銃とサーベルの組み合わせ及び騎兵対策の槍兵がメインで、銃剣はまだ発想すら有りませんでした。
空軍は全て標準型ワイバーンとその維持要員で構成されていて、主力の北方空中騎士団が50騎、東部および西部騎士団がそれぞれ30騎の計110騎を保有しています。
そして三軍の中で最も比重が高いのが海軍で、6隻の80門戦列艦を主力として、合計約110隻の木造舷側砲廊艦を保有しています。
外交関係については、最も近いパーパルディア皇国とは、紛争までには至っていないものの、年々関係が悪化している傾向があります。
特筆すべき点として、文明圏外国にもかかわらず列強国のムー帝国と少なからぬ貿易を行っていて、国内に飛行機械用の空港を整備する計画まである。
それが牽制となって、パーパルディア皇国もうかつには手を出さないのだと考えられています
5年前までは頻繁に見られたパーパルディアによる周辺国の恫喝も、現在は鳴りを潜めていて、これは現皇帝が融和方針に転換したからだと言われています。
しかし皇国内では皇太子ルディアスの一党を中心に、融和方針に反発する声も大きく、皇帝も先は長くないため、何れはまた領土拡大方針に戻るのではと、周辺国は憂慮していました。
それでも世界は一応平和が保たれていました。
そして、アルタラス王国が歴史の表舞台に登場する時がやってきます。
その日のディエップ村は、よく晴れた春らしい日だと記録されています。
東西と北の三方を森に囲まれたディエップ村は、アルタラス島の中央にそびえ立つ休火山、カニグー山の南側麓にある、特に何の特産品もない寂れた村でした。
そのディエップ村で、一人の女性がきのみを摘みに北の森へ出掛けたまま帰ってこない事件が起こりました。
異変を察知した女性の夫は村中に協力を仰ぎ、村人総出で捜索しますが、森の奥には魔物が多く住み着いているので、中々近づくことができません。
夫は意を決して、愛する妻のために単身、森深くに入って……ではなく、近隣にある町の衛兵隊に助けを求めました。
普通なら一回の村人如きの頼みなど受けては貰えないでしょうが、運がいいのか、同時期に町から森に探検に出た冒険者も同じく行方不明となって捜索願が出ていて、丁度衛兵隊が捜索に向かうところでした。
ついでとばかりに夫の妻の捜索も了承した衛兵隊40人は、前人未到の森の中に侵入していきます。
途中、何匹かの魔物の襲撃を撃退しつつ痕跡を辿っていくと、洞窟が見えてきました。
どうやら痕跡は中まで続いています。
洞窟からはこれまで感じたこともない量の魔素が溢れ出てきていました。
衛兵隊は警戒を強めます。
これほどの魔素、中ではどんな魔物が待ち受けているやら。
きっと行方不明者はこの魔素の源となっている魔物に連れ去られたに違いない。
勝算は不明だが、相対して魔物の詳細を把握し、町に知らせるも任務のうち。
場合によっては軍の出動も要請せねば。
衛兵隊の捜索部隊長はそう思索しながら、覚悟を決めて洞窟内に踏み込みました。
洞窟内を100mも進むと、周囲が人工的に加工されたと思しき空間に出ました。
壁には幾何学的な筋が幾重も走っていて、その隙間からは紫色の光が時折点滅しています。
そして空間の﨑、奥の壁には一際目を引く半円筒形の構造物が頭をのぞかせていました。
その円筒形の中は紫色に光り輝いていて、更に内部の途中は垂直の水面のようなもので遮られていて、その奥は窺い知ることはできませんでした。
また、半円筒形の構造物の前方50m先には、子供の背丈ほどの周囲とはまた異質の物体が佇んでいました。
金属製の人工物のようだが、箱形のボディの上に一つ目のようなものが付いていて、ボディ左右下側には帯の様なものが、これまた下部にある複数の車輪のようなものに巻き付けられている。
ボディからは二本指の腕のようなものが伸びており、どうもこれで物をつかめるように思える。
ある程度観察していると、円筒形構造物のほうで動きがありました。
水面のように光り蠢く壁から、数人の人間が出てきたのです。
しかし、顔を大きなマスクで覆い、ぶかぶかの服を着たその姿は、人間というよりは出来の悪いゴーレムのようでした。
しかもそのゴーレムもどきの手には、いかにも銃らしきものが握られています。
お互い真正面から対峙する形となり、緊張が高まるのが手に取るように分かりました。
捜索部隊長がゴーレムもどきに、身分を明らかにするように求めます。
するとゴーレムもどきは、片言で聞き取り辛い大陸共通語で話し始めます。
彼らの言によると、彼らは他の世界からやってきた調査隊で、自らの所属組織を“連邦軍”と名乗ります。
しかし、彼らもこの場所に足を踏み入れたのは初めてで、この半円筒形の物体も、この空間も、彼らが作ったものではないようでした。
そしてこの半円筒形の物体は、彼らの世界に繋がる“門”だと言います。
数日前、“連邦”側の世界で不審な人間が立て続けに二人保護されました。
二人は未知のエネルギーを体内に宿している点で共通していて、見た目は似ていても、彼らの知る人類とは異なっていました。
“連邦”は二人にどこから来たのか案内させると、この“門”があり、別の世界に繋がっている可能性が高く、調査隊が編成され今に至るとのことでした。
話を聞く限り、保護された二人というのは衛兵隊が捜索していた行方不明者に違いありません。
捜索部隊長は、まず二人の即時解放を求めます。
“連邦軍”の調査員は、耳元に手を添えて魔信のようなもので連絡をとると、承諾された旨を部隊長に伝えました。
暫くすると“門”の中から、箱型の馬無しで動く荷車が水音のような音と共に出てきました。
馬無し荷車は唸り声のような声をあげてこちらに向かってきたため、すわ魔物かと衛兵隊達は警戒しますが、それを察した“連邦軍”の調査員が、これは自動車という人が操る乗り物で、危害を加えるつもりはないと説明します。
衛兵隊の手前で自動車と呼ばれるものが90度の方向転換を行って停車し、その横腹を見せます。
そこにはドアのようなものが付いていて、そのドアが開いて出てきたのは、行方不明者である村娘と冒険者でした。
衛兵隊達は二人の無事な姿を見て腕をなでおろしました。
そして“連邦軍”は見返りとばかりに、この国の責任者と対話を要求してきました。
衛兵隊の皆は、目的が達成されて安堵しましたが、より大きな動きに巻き込まれたことで、これからの展開に一抹の不安を感じざるを得ません。
しかし、彼らは衛兵としての責任を忘れてはいませんでした。
衛兵隊の中から一名が伝令に選ばれ、町にある衛兵隊司令部に帰還して“門”に関する事の顛末を伝えます。
やがて、情報は衛兵隊司令部から陸軍司令部へ、そして陸軍司令部から陸軍大臣を通してアルタラス王国の国王、ターラ14世の耳に入るところとなりました。
“ディエップ村付近の洞窟にて魔帝遺跡が発見され、そこから不思議な装束を纏って馬無しで走る荷車を使役した武装集団が現る”
ターラ14世は万が一に備え、直ちに軍へ出動を命じて一個連隊がディエップ村に派遣されました。
同時に、要求された対話には国王自らが赴くと宣言します。
これに側近たちは驚き、
「一国の長が正体不明の武装集団の前に出るのは危険すぎます、まずは外交官を対話に当たらせるべきでは」
と説得を試みます。
しかしターラ14世は頑なに譲りません。
彼には、今回の対話次第では王国に多大な利益をもたらすという確信がありました。
対話を確実に成功させる、そのためには自信が赴かねばならぬという強い意志があったのです。
ターラ14世一行の外交団がディエップ村付近に到着したころには、“門”を通って大量の“連邦”製機材が持ち込まれて洞窟の遺跡周辺は掘削されており、空いた空間では“連邦軍”の仮設基地が既に完成しつつありました。
他国の領域に断りも無く勝手に基地を設営するとは、もしかして“連邦”とはかのパーパルディア皇国のように横暴な存在なのでは……?
ターラ14世はそんな不安に襲われます。
しかし、かといって彼らの技術は控えめに見て非常に高度で、恐らく武器の性能も魔帝のそれに迫るものと予想できました。
その証拠に、ほんの二週間前にはただの自然洞窟だったのが、今では王国基準で見て大規模な基地が非常に短期間で設営されていました。
このような芸当、魔帝の技術の解析が進むミリシアル帝国でも難しいに違いない。
であればミリシアル以上の力は持つと考えるのは当然でした。
“連邦軍”の高級士官と名乗る人物に基地内を案内されて近代的な建築物(仮設)の数々を目に入れて、その思いはより強くなります。
その近代建築の一つに案内され、外交団は応接間に通されます。
“連邦軍”派遣部隊司令官が、一行の到着を快く迎えます。
彼の温和な態度にターラ14世は若干の安堵を覚えますが、まだ本番はこれからと気を引き締めます。
そして、ここにアルタラス王国のみならず、世界の行く末を変えることになる会談が始まりました。
まずお互いの自己紹介を済ますと、彼らの国家について、派遣部隊司令官から説明が行われました。
彼らの正式な国名は“アルゴン連邦”といい、自然科学を極めた科学立国であるとのこと。
信じがたいことに空のさらに上にある宇宙まで進出し、複数の星を領土に持つ星間国家だとのことでした。
そして今回の騒動の顛末を話し、このように強引に基地を設営したことを謝罪しました。
この時点で聞いていたアルタラス側は、あまりのスケールの大きさに潰されそうになっていました。
しかし、次の言葉は更に予想の斜め上を行くものでした。
「あなた方は洞窟内の構造物を、古の魔法帝国の遺跡と言われましたね、その魔法帝国も遥か昔に魔法で姿を消したとも伺いました。」
「しかし信じがたいでしょうが、我々連邦は古の魔法帝国と同一の存在と、現在交戦中です」
ターラ14世他外交団一同は、その顔を凍りつかせました。
8/23追記、ご指摘により年月を中央歴1614年に修正致しました。
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魔帝との遭遇
中央歴1914年 4月中頃
”連邦”は魔帝との戦争状態にある。
ターラ14世率いるアルタラス王国外交団は、魔帝が今も存在している可能性を示唆するその発言に恐怖しますが、ほどなくして多くの疑問が脳内を駆け巡ります。
古の魔法帝国はかつて栄華を誇ったある種の超古代文明で、その存在は各地に残る遺跡が証明していて、その実力も彼らの技術を再現して実際に使用している国があるほどなので疑いようはありませんでした。
しかし彼らが神の怒りを買い、復活を示唆する石板を残して自ら転移魔法で姿をくらませて以来、再度復活する兆しは無いまま1万数千年が過ぎてしまい、人々の間ではもう復活などしないとさえ思われていました。
一応、古の教えを守るエモール王国において”空間の占い”を用いた魔帝復活の監視は行われていて、動きがあれば魔信を通じて世界中に伝わるはずでしたが、何かあったとは寡聞にして聞きません。
であれば一体いつ、どこで魔帝が復活したのか?
そもそ”連邦”は本当のことを言っているのか?
そんな雰囲気を察してか、連邦軍”派遣部隊司令官は、これまでの経緯を”連邦”の歴史も交えて説明すると言いました。
窓のカーテンを閉めて部屋を暗くしたかと思うと、壁に大きな映像が映し出されました。
説明の内容は以下の通りだったとされています。
アルゴン連邦、通称“連邦”の成り立ちは、今から400年前に惑星アルゴンを統一した国家から始まりました。
統一から10年もする頃には、宇宙船に超光速航行機関を搭載して恒星間を飛び回っていたとされています。
他星系への植民も進んでいき、数十もの植民星を持つに至りました。
それから何度かの植民星との争いを経験した後に全植民星を統一して”連邦”を興し、今から100年前には戦争の根絶にまで成功します。
その後、軍事力を保持する必要性が無くなった“連邦”は更なる発展と新たな発見を求めて、科学研究と深宇宙探査に力を注ぐようになり、軍事技術研究の多くはストップしてしまいます。
かつてSFさながらの宇宙戦争を戦った“連邦”宇宙艦隊も、今となっては純粋な戦闘艦と言えるのは哨戒艦や警備船程度で、それ以外の大小様々な艦艇は全て科学探査船と位置付けられて宇宙探査に明け暮れており、最低限の自衛武装が施されている程度でした。
また民間においても、連邦艦隊の支援の下で深宇宙探査は大々的に行われていました。
“連邦”においても、領域外からやってくるかもしれない未知のエイリアンによる侵略を危ぶむ声は上がっていましたが、それも深宇宙探査が進む過程で自分たち以外の星間国家が中々発見されなかったため、尚更軍事力の保持には消極的となっていきます。
そんな最中、ある一隻の民間探査船が高度に発達した文明が存在する星系を発見しました。
この探査船は特に深宇宙探査に特化した船で、搭乗できるクルーはたったの10名足らずですが、超長時間の旅が可能なように自動農業プラント付きの大型居住区を備えていて、大きさだけは中型艦並みでした。
この探査船から亜空間通信によって送られてきたデータには、星系内に存在する惑星の基礎的なデータと共に、センサーに捉えられた星系内をせわしなく移動する多数の宇宙船が含まれていて、超光速航行技術の有無は不明なものの、その星系には未知の星間文明が存在していることを示していました。
“連邦”中が、世紀の大発見だと沸き立ちました。
発見された星間文明は、その星系の識別名から、仮にS8472文明と名づけられました。
政府はS8472文明との国交樹立のために外交使節団の準備を進めますが、前代未聞の案件のために人選に手間取ったことと、発見された星系が恐ろしく遠方に存在していて辿り着ける船が前述の深宇宙探査特化船ぐらいしかなく、それでは不味いということで新たに外交使節団専用の超長距離航行船が建造されました。
この間にも“連邦”宇宙艦隊本部は、現地の民間探査船からの新たなデータを待ち続けていましたが、一向にデータが届く様子がありません。
しびれを切らして量子通信を試みるも、それに対する返信も全く帰ってきませんでした。
実のところ、当の民間探査船はデータを送信した直後にぷっつりと音信不通となっていたのです。
この状況から、当該探査船は何らかの原因で破壊されたと艦隊本部は結論付けます。
この話は瞬く間に“連邦”中に広がり、S8472文明の手による撃墜説までもが囁かれました。
このため各方面から、S8472文明に使節を派遣すべきではないとの声がそれなりに上がってきましたが、最終的に政府は以下のような見解を示します。
「事故の可能性も高く、仮に撃墜されたのだとしても現地の法律に抵触してしまった可能性も考えられ、完全に敵対的と決まったわけではない。」
こうして外交使節派遣の取り組みは続行されることになりますが、万が一の予防措置として、同じく長距離航行可能な護衛艦を新たに建造し、同行させることになり、派遣計画は更に遅延することとなります。
そして数か月後、やっとの思いで船団が完成し、外交使節団を乗せて“連邦”の領域外に向けて航行を始めました。
何度か途中の植民星で補給を行い、“連邦”最外縁の植民星スプリット3番星軌道上に浮かぶ宇宙港での補給を最後に、後はひたすらS8472文明を目指すのが今回の派遣計画でした。
そして計画通り、最後にスプリット3番星での補給を終えた外交使節船団は、軌道上を離れて超光速機関に火を入れようとしますが、ここで予期せぬ事態が起こりました。
船のセンサーが大規模な質量の異常を捉えます。
それと同時に目に見える現象として、まるで恒星自体の光が弱まったかのように宙域一帯が暗黒に包まれました。
謎の暗黒現象が収まると、船団の目の前に巨大な未知の物体が姿を現しました。
それは直径15kmはある巨大な円環が3つ重なったような姿をしていて、上下二つと中央の円環はそれぞれ異なる方向にゆっくりと回転しています。
勿論、このようなモノは“連邦”のデータベースのどこにも載っていません。
その物体の映像が映されるとアルタラス側は、かの列強ミリシアル帝国が保有する決戦兵器、パル・キマイラ空中戦艦に通ずる意匠を感じ取りました。
突如現れたこの物体に、船団は混乱に包まれます。
この物体はどこから来た?
何の目的があるのか?
思い当たるのはそう、彼らが今まさに向かおうとしていたS8472文明しかありません。
「“連邦”の領域にようこそ、我々はあなた方と平和な関係を結びたい」
量子通信は勿論のこと、電波通信や光通信、更に映像やボディランゲージなど、ありとあらゆる方法で上記のような意味のメッセージが外交使節船団から送られます。
しかし中々円環状の物体は反応を示しません。
船団はめげずにメッセージを送り続けます。
すると巨大物体に変化がありました。
物体がその向きを変え始めたのです。
初め船団からは円環の側面しか見えていませんでしたが、徐々に傾いて円環の上面を船団側に向けてきました。
円環の中央には、円環より二回り小さい直径の円筒が配置され、その円筒から円環にかけて5条の支柱が伸びている様子がよく分かりました。
円環と一緒に回転しているのは支柱までで、中央の円筒は回転していませんでした。
その円筒の一部がハッチのように開き、中から物体の大きさに対してとても小さい物体が射出されました。
早くも向こうの外交使節を乗せたシャトルが出てきたのかと、“連邦”側の外交使節団は考えます。
しかしセンサーによると、射出された物体は“連邦”で作られたものであり、しかもその識別はS8472文明を発見した民間探査船の残骸であることを示していました。
外交使節団が状況を理解すると同時に、巨大物体から船団へ電波通信による回線が開かれました。
「我はラヴァーナル帝国である、久々に倒しがいのある奴らに会えて嬉しいぞ」
「せいぜい抵抗してみるがいい、この帝国外征艦隊の力にな」
こうしてS8472文明もとい、ラヴァーナル帝国と“連邦”の凄惨な戦いの火ぶたが切って落とされました。
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