空駆けるミシラ飛行隊 荒野のコトブキ飛行隊 (紅の1233)
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ミシラ飛行隊 前編

ガタガタ...

不規則に大きく揺れる機体、何とかして機を安定させようと目の前の操縦桿を必死に握る。

「...チッ...!」

目線をずらすと高度計はどんどん低い値へ回っていく、燃料計も既に底を指してるしエンジン回転数を示す計器も同じだ。

機先には近付いてくる地面が見える。

「仕方ない、脱出!」

私は眼をつむり脱出レバーを思い切り引く、座席下のロケットが作動し風防を破って座席が外へ出る。

パラシュートが展開し体に重いGがのし掛かってくる。

開いた眼の先には乗っていた機が黒煙を吹きながら落ちていき、地面とぶつかり爆発した。

「ハァハァ...」

(まだ死んだわけじゃない、落ち着いて)

そう自分に言い聞かせまたゆっくりと眼を閉じて開いた。

「...!」

私は絶句した。

思ったりよりも地面が近くに見えた。

落下速度が思ったよりも落ちていないかったようだ。

私の頭は死の予感で一杯になった。

派手な破壊音と一緒に座席下部分が地面に着地した。そのまま座席が倒され空を見る形になる。

目の前には白糸のパラシュートと、パラシュート繋がった糸、その間に見える青い空が一瞬だが私には長く感じた。

そう思った矢先、私の意識は闇に包まれた。

 

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シズマツ

 

ラハマから南西に、飛行機で数時間かかる所にラハマより一回り小さい都市が存在する。

その名はシズマツ。

断層が町の真下を通りそこから大量の湧き水が湧いている。

富んだ水資源を生かし農作業が豊かになり、他の町への農作物の売買で成り立っている町だ。

東西南北に十字型に伸びた大通りを中心に建物が建ち並ぶ、北向きの大通りの先には飛行場と工業地区、南向きに貯水タンクと掘削施設、東向には大農場地区、西向きには住宅街が密集している。

西向きの大通りの一角、左に『パン屋シオノ』、右に『スズネ運送協会』に挟まれた小さなレンガ造りの建物。すると

バンッ!

ドアが乱暴に開かれ中から四人の女の子達が飛び出してきた。

「はやくはやく!」

「急いで急いで!」

オレンジ色のサイドテールにした髪の向きしか外観の違いがない双子が先に飛び出してきた。その後ろから

「おいおい姉貴を置いていく訳には行かないだろ!」

「二人とも待ってー」

灰色の髪を方で切り揃えた長身の女性が後に続いた。

そして彼女は杖を握りしめた緋色した長髪の少女をお姫様抱っこしていた。

そこへガタガタと音をたてて六輪のトラックが並走してきた。

直立6気筒水冷式ガソリンエンジンで後部の四輪を駆動し、後部には荷台を設け荷物や人員輸送に重宝している乗用車だ。

今は後部荷台の天井を幌で覆っていた。

「よう“ミシラ飛行隊”の嬢ちゃん達!そんな急いでどこ行くんだ?」

運転席から立派なアゴヒゲを生やした人が声をかけてきた。

『ジロウのおっちゃん!!』

双子が声を揃えると

「ジロウのおじさまも“現場”に?」

お姫様抱っこされた少女がそういうとジロウはにっこりして

「そうだよ、乗ってくかい?」

「いいのかジロウ!」

灰色の髪の女性が嬉しい声をあげる。

「二人とも何してるの?」

「早く乗って!」

後部の荷台を見ると既にあの双子が乗っていた。

「おい量産型!先に乗ってんじゃねぇ!」

「ちょっと顔に唾飛んだ」

「あっ、悪い姉貴」

彼女は今自身がお姫様抱っこしているのを忘れてつい声音を大きくしてしまった。

「姉貴は助手席に乗せればいいのか?」

「うん、そうしてもらうね」

トラックは四人の飛行隊員を乗せて走り始めた。

 

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シズマツ大農業地区端

 

大農業地区から少し離れた場所にシズマツ自警団が現場検証をしていた。

そこには燃えて墜落した衝撃でぐちゃぐちゃになった航空機の残骸が散らばっていた。

そこへトラックが到着し彼女達が降りてきた。

先に降りた双子が現場へ駆け寄ろうとすると

「おうなんだ、お嬢ちゃん達の出る幕じゃないぞ」

大きな体格をしたシズマツ自警団の一人がそう言いながら双子を制止した。

「お嬢ちゃん?こっちはミシラ飛行隊だよ」

双子の一人、サイドテールを右側に出した方が自警団員に反論する。

「ミシラだかなんだか知らないが所詮トーシローの集まり」

「撃墜数も私達より下、密かに税金の無駄とか言われ続けようやく出撃の機会が来たと思ったら出撃に手こずった。」

「それで手柄を独占しようとして今に至るって訳だね。」

自警団員の言葉を遮るように双子の会話が出る。

「練習も模擬戦もろくにやらない」

「保有機数は多くても半分以上が整備してない」

「団員の殆どは柄の悪い連中ばかり」

「町では威張り散らしてはしたない」

「よくそれで自警団やってられるね」

『ねー♪』

双子の会話に自警団員は顔を真っ赤にし始めた。

「こんのガキがー!!」

頭から蒸気が出るって位に怒ると

『キャー♪』

双子はキャッキャッ騒ぎながら逃げていった。

その様子に緋色の髪をして杖を支えに立っている少女はため息をついて、シズマツ自警団団長に向かって頭を下げた。

「作業に支障を出す行為をしてすいません。あの隊員には私がきつく言い聞かせますのでどうか御無礼を御許し下さい。」

そう謝ると自警団団長は苦笑いしていた。

「確かにあの双子の言ってるは正しいよ」

「しかし...」

緋色の髪の少女が何か言おうとしたところを後ろから肩に手を添えられた。

振り向くとあの灰色の髪をした長身の女性がいた。

「でも何もしないで税金泥棒だと言われてる事は平和だって事なんだろ、姉貴?」

「そうね...」

「でもよぉ...」

そう言って彼女は自警団団長を向く

「流石に三式戦闘機飛燕を常備するのはどうかと思うぜ」

そう、シズマツ自警団が使用している戦闘機は三式戦闘機飛燕と零戦二一型が主力だった。

その言葉に自警団団長は少し顔を曇らせた

「整備費だってバカにならないし過剰過ぎるんじゃないか?」

「そうは言っても上が決めたことだし...それに過剰であっても抑止力になるし...」

「となり町のラハマは九七式戦闘機じゃないか。それに団長、アンタが乗ってるのは三式戦闘機の飛燕だろ?あれ整備性悪いって聞いたぞ」

「そ、そうだけど...」

杖を持ったミシラ飛行隊団長は二人のやり取りから双子へ目を移す。

『鬼さんこちら♪鬼さんこちら♪』

「ウガー!!」

あの双子は団員をまだからかっていた。からかわれた団員もしつこく追いかけている。

その様子にため息を吐いてしまった。

すると、双子が残骸の方へ近付いていくのが見える。

「二人ともー残骸の方へ行っちゃダメー!!」

二人に叫んでもまるで聞こえていない感じだった。

双子は残骸の一つであろう、白い布で覆われた所に入ろうとした。

「次はかくれんぼだー!」

「いぇーい!」

二人は布をバッ、と勢いを付けてめくる。

『わっなんだ!?』

布が退けられると双子の前に物体が現れた。

黒色の椅子のような機械のような物体だった。

『あっ人だ!』

双子が叫んだその先、その物体の真ん中辺りに人がいた。黒色のヘルメットに地味な色の服装のため、一瞬物体の一部のように見えてしまったのだ。

「おいどうした、ってなんだぁ?!」

双子の声を聞きつけ駆けつけた灰色の髪をした女性も、双子と同じように謎の物体の人を驚いた。

「生きてる?」

「死んでる?」

「いや生きてる、」

灰色の髪をした女性は頸動脈に軽く手を当てる。鼓動を感じるし、ヘルメット?と思われる物についた透明なバイザーには周期的な曇りが生まれた。

「とりあえず病院へ連れていくぞ!量産型、これ外すのを手伝え」

『了解!』

三人はハーネスやヘルメット等を外しその人を機械から剥がす。

「うん?こいつ女だったのか...ジロウのおっちゃん!!」

 

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薄れ行く意識の中断片的に何かが聞こえてきた。

 

「はや...こい......びょういん.........」

「おう任し...」

 

その後ガタガタと左右に揺られ、更にエンジン音が響いてくる。

私は目を開けて回りを見ようとしたがそれよりも睡魔に襲われ、それは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

私が目を覚ますと病院のベットの上に居た。

目の前には私が着ていた、緑色のフライトスーツがハンガーに掛けられていた。横のテーブルの上には水の入ったボトルと小さなコップ、小さな白い花が入った花瓶が置かれていた。

私は窓の外を見た。そして驚愕した。

空を飛んでいたのは零式艦上戦闘機だった。



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ミシラ飛行隊 後編

主人公の名前(サクラ→アオイ)
理由はアプリ版のキャラにガッツリ名前かぶったから


私の記憶では、零式艦上戦闘機は動態保存されていてその数は少なくないと聞いていた。それでも保存されている型や色はバラバラ、総数も片手で数えられる程度のはずだった。

だが、今空を通過していった零式艦上戦闘機は全て同じ型で六機編隊、おまけに全機砂色の塗装をして飛んでいった。

砂色に近い飴色をした零戦は実際に存在したが今見た機体は、砂漠上空での使用を考えたデザート迷彩を施していた。

あれは...いったい...

「気が付いた?」

声がする方へ向くと左手に杖を持った少女が病室入り口に立っていた。髪は鮮やかなスカーレットで顔は大人びた雰囲気を出していた。

右足を少し引きずりながら彼女は私が寝ているベット横に来た。

「気分はどう?」

彼女の問いに私は窓の外を眺めながら

「ここは天国?それとも」

壁にかかった自分のフライトスーツを見て、

「地獄かしら」

と呟く

その様子に彼女は少し笑って

「安心して貴女は生きてるの、それよりお腹すかない?」

彼女は肩から下げたポシェットからリンゴと十徳ツールを取り出した。

「うん、頂くわ」

ここは甘えることにした。

彼女は椅子に座りリンゴを手際よく皮剥きし始めた。

今なら聞けると思って、私は話始めた。

「今空を通過していった飛行機だけど」

「あれはシズマツの自警団の零戦二一型よ」

「二一型...」

「ユーハングがこの地に残した物よ」

ユーハング?

聞き慣れない言葉だった。

「ユーハングって?」

「昔この世界に穴が開いてここイジツにやって来た人達よ、穴の向こうでは“日本軍”とか言ってたわ」

「っ...!!?」

日本軍!もしかして旧日本軍の事かしら、だとしたらこの世界は私の知る世界ではない。

いやそんなおとぎ話みたいな事が

「はい出来たわ、どうぞ召し上がれ♪」

彼女が横のテーブルに置かれた皿の上に、綺麗に切り分けられたリンゴを並べた。

「ほらどうぞ食べて食べて♪」

私はリンゴを一つ取って恐る恐る口に入れた。

甘い

旨い

口一杯にシャリシャリした食感が拡がった。

やっぱりこれは現実ね

リンゴを食べながらこれは現実だということを実感した。

「そういえば貴方の名前を聞いてなかったわね、私は“アニラ”」

アニラと名乗った彼女もリンゴを食べながら、私に尋ねた。

「“アオイ”...」

「アオイって言うの、ねぇアオイは何処から来たの?」

「何処から...」

まずいことになった。ここでもし仮に本当の事を言っても信じてもらえる訳がない、それに今の私はここから帰れる方法もない。

やっぱりここは

「...わからない」

こう答えるしかなかった。

「わからないの?」

「...覚えてない」

「覚えてないの?」

アニラは興味深々で聞いてくる。

「なんで?」

「なんでってそれは...」

答えに行き詰まってきた。そこに

「姉貴、そいつは記憶喪失だ。」

入り口側から声がすると思って向くと身長180センチ位ありそうな長身の女性が立っていた。灰色の髪から覗く眼は勝ち誇ったように鋭く、男勝りな雰囲気を出してる。

「記憶喪失?」

「記憶喪失って」

『なに?』

彼女の横から服装も体格も全く一緒の少女が出て来た。唯一違うのはオレンジ色に輝くサイドテールの出る向きぐらいだ。

「記憶喪失ってのは一時的に過去の記憶をなくしている状態だ。強く頭を打つと稀になるらしいぜ」

「へーよく知ってるわね」

「ふふ」

アニラが褒めると彼女はどうだとばかりに胸を張った。

だが双子がニヤリと笑って

「さっきの医者とそっくりそのまま言ってる」

「ってか診察書を読んでたら誰でもわかるよね」

「お前ら知ってたなら聞くな!」

「それ!」

双子の片方が怒って油断していた長身の彼女から、隠し持っていた診察書を取った。

「あっお前」

双子の片方が診察書を私に手渡した。私は診察書を見た。

そこに並べられた文字は

「読めない...」

読めない字だった。日本語や英語、キルリ文字が入り交じった文章だった。

「やっぱり読めないんだね」

いやアニラ、これは記憶喪失以前に本気で読めない

「それでアオイは行くところある?」

診察書をにらんでたアオイの前にアニラが顔を覗き込んできた。

「行くところ?」

「行くところないならうちに来る?いや、来てよ」

そう言ってアオイの手を取って強く握った。

「姉貴、そんな強く押したら...」

「ねぇ来ない?ねぇいいでしょぉ?」

長身の言葉を無視してアニラがグイグイ来る。

でも実際に私は今この世界に行く場所がない、ここから元の世界に帰れる保証もない。これから生活するとなると暮らせる場所が必要だ。

私は考えて答えを出した。

「では行くわ」

「じゃあうちに来るってこと?」

「えぇ暫く御世話になろうかと...」

そう言うとアニラは満面の笑みでアオイを抱き締めた。

「ありがとう!これで飛行隊員が増えた!」

長身の女性は唖然として双子は

「これで負担が減るぞ♪」

「これで休暇が増える♪」

と手を取り合って喜んでいた。

アオイは苦笑いしていたが、少し引っ掛かった。

飛行隊員?

「ちょっと待って飛行隊員って?」

「あっそうそう私達、ミシラ飛行隊って言うのほら皆自己紹介して!」

『はーい!』

「わかったよ、うぉっほん。俺の名前は“オルカ”宜しくな」

長身の女性はオルカと名乗った。

「はいはーい私は“エリ”♪」

「で、私は“リエ”だよ宜しく♪」

双子はそれぞれエリ、リエと名乗った。

外観も性格も一緒、名前も殆ど一緒、これは覚えるのは大変だと思った。

これがアオイとミハラ飛行隊の出会いだった。

 

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数日後アオイは無事退院した。

そして、文字も読めるようにはなった。

文字はパッと見は難しそうに見えるが文字配列的にはローマ字読みによく似ている。まだ完璧とは言えないが殆ど問題ない程度には使えるようになった。

病院窓口で私は簡単な書類を書いて病院を出た。出た先にはアニラとオルカが待っていた。

「退院祝いの花はねぇが、退院おめでとう!」

オルカはそういって拍手して祝ってくれた。

「それじゃあ行きましょう!あれに乗って!」

アニラが歩いた先には路駐された車があった。

やはりその車にもアオイは見覚えがあった。

3.6メートルちょっとの車体と縦長な小判型のグリルとその両端に付いた二つのライト

九五式小型乗用車だ

この型はおそらくロードスター型と呼ばれる型で後ろに開閉式の、屋根になる幌が付いている。

博物館で展示してある九五式小型乗用車は見たことがあるが、動ける状態を実際に見る、しかも乗ることなんて始めてだった。

運転席にオルカ、助手席にアニラ、後部座席にアオイが座って九五式小型乗用車は発進した。

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シズマツ北飛行場

大きな飛行船を横目に見ながら九五式小型乗用車は三つのハンガーの前に到着した。

九五式小型乗用車の乗り心地は悪くなかった。いや、現代の車と比べたら酷い揺れだが不快に感じる揺れじゃなかった。ちょっと癖になりそうだった。

なんて思いながらアオイはアニラとオルカについていった。

開いている一つのハンガーの中を覗くと驚いた。

中には艦上戦闘機烈風と艦上攻撃機流星が羽を折った状態で格納されていた。

烈風は元の世界では現存している機はなく写真だけが残る。いわば幻の飛行機だ。流星も機体の一部が残っているだけで、完全な形になって保存されている機はない。だがその幻の飛行機が今、目の前にある。

私は感動を覚えた。

「おーいなにつっ立っんだ。こっちだぞー」

隣のハンガーでオルカが手を降っている。

走って隣のハンガーに向かうとこれまたアオイの心を震わせる機体が止めてあった。

みかんみたいな橙色で全体を塗装した複葉機が止まっていた。

機体を上下から挟むように付く翼、それを支える支柱とワイヤー、簡単な風防しか付いていない操縦席、気筒むき出しの空冷星型九気筒エンジン。

「九三式中間練習機、まぁうちらは赤トンボって呼んでるけどな」

オルカは得意気に言ってるがそんな事はアオイはもう知っていた。

実機は河口湖にある博物館で展示されているのを見たことある。

それとそっくりそのまま同じものが今、目の前にある。

「ローズ、いるー?」

アニラが呼ぶと、赤トンボの影からレンチを持った女性が出てきた。

モデル体型で全体的にスレンダーだ。髪は鮮やかな瑠璃色で後ろで三つ編みに束ねている。

「アニラ、遅かったねぇ。その子が例の新入りだっけ?私は“ローズ”、宜しく。」

ローズはアオイに手を差し出した。だがすぐ引っ込めた。

「ごめんねぇ、握手しようと思ったんだけど。さっきまで機体弄ってたから手が汚かったや。」

アオイがローズの手を見ると真っ黒になっていた。

「名前はアオイ、だったよねぇ?実は私もミシラ飛行隊のパイロットなんだぁ。」

「そうなんだよ!ローズは凄いんだよ!飛行機にも乗れて整備も出来ちゃんだからね!」

「いやぁ照れるなぁ」

アニラの褒めに照れるローズ、ローズはつい指で軽く頬をかいたため、ローズの頬に黒い筋が入った。

「それじゃあ入社試験をやるよ!さあ来てアオイ!」

アニラは赤トンボの方へ来るようにと手招きした。

アオイにとってはこの世界に来て始めて乗る飛行機だ。

しかも生きてる内に複葉機に乗るなんて思いもしなかった。




そのうち各キャラの設定資料なんかも公開しようかな、まぁそれはまだ先の話で


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スズネ運送協会 前編

主人公の名前(サクラ→アオイ)
理由はアプリ版のキャラにガッツリ名前かぶってたことに気付いた
後、一式陸攻の操縦士の名前もややこしいから変更


「それじゃあ私は後ろに乗るからアオイは前に乗ってね」

アニラは赤トンボの後部座席へ向かって行く

「アオイのその格好、飛ぶ気満々だったみたいだねぇ」

ローズが言う通り今のアオイの格好は緑色のフライトスーツを着ている、ってかこれしか着る物がなかった。

病院からここまで上下緑色のつなぎ姿で来たことを思い出したが、道中周りの人から稀有な目で観られていなかった。

それだけ飛行機乗りとこの町は密接な関係を築いている事なのだろう。

アニラはオルカの手を借りて後部座席に乗り込む、オルカが操縦席に乗り込みと人差し指を上に向けくるくる回す。それを合図に赤トンボに付けたイナーシャをローズが回す。

数回の爆発音と共に赤トンボのエンジンが動き出す。

「おい姉貴、本当にアオイを飛ばすのか?」

「えぇそうよ。」

心配するオルカをよそにアニラはゴーグルを装着する。

「一度空に揚がってしまえば何とかなるものよ。大丈夫、いざとなったら私が操縦するから。それに...」

「それに、なんだ?」

「私には解るのよ、アオイは翔べるって事を!」

オルカは思った

出た、姉貴の根拠のない絶対的な自信。だけど、そう言っていつもいい方向へ進むから侮れない。おそらく今回は...いや考えるのは止めた

オルカは席を降りてアオイへ向く。

隊長の言う事を信じて今があるんだ。今回も上手くいく、絶対にな

オルカはアオイの肩にポンッと手を置いて

「がんばれよ!」

そう言ってハンガー奥へ歩いていく

アオイが赤トンボの方へ向くとアニラが手招きしている。

アオイは数回両頬を手で叩いて

「...っよし!」

ステップに足をかけ赤トンボに乗り込んだ。

乗った第一印象は、とても簡素だった。操縦桿は本当に只の棒だ。練習機だからこれは仕方ないだろう。

それと赤トンボのメーターは思ったよりも見やすい、水平計がないぐらいで一通り必要なものは揃ってる。有り難いことにメーターの下に何の数値かそれぞれ説明してある、しかも漢字でだ。

一気に飛べる自信が湧いてきた。

そこへ

「おぉ~いアオイ」

ローズ声がする方向へ向くと、ローズが何か手に持って降っている。

「忘れ物~」

そういって持っていた物を投げた。

アオイは投げられた物を見た、ゴーグルだった。受け取って確認すると、ゴムバンドの所にアオイの名前が入っていた。

どうしてこれが、よく見るとハンガー内のテーブルの上に私と一緒に移出された、サバイバルキットが入った背嚢が置かれていた。

中身を詳しく見ていないことを祈りながらアオイは赤トンボをハンガーから出した。

 

滑走路手前でアオイは機体チェックをする。

操縦桿を右左右左、ラダーペダルも同様に行って翼の可動を確認する。

「こちらスズネ運送協会のミシラ飛行隊隊長アニラ、滑走路使用の許可を貰いたい」

『こちら北シズマツ管制塔、離陸を許可する』

「了解アオイ、発進。」

アニラは管制塔から発進の許可を得る。

「OK, Runway 01 Cleared for takeoff」

「えっなんて?」

「ただの独り言...」

元の世界にいた時のやり取りをついやってしまった。

気を取り直してスロットルを全開にして赤トンボを滑走させる。ある程度、速度が出たところで後輪を浮かす。

試しに操縦桿を引いたら、機体が綺麗に浮いた。

速度メーターは百少し超えた所を指していた。

さすが複葉機だ。

「それじゃあ町をぐるっと一周して」

「了解」

機体を傾け町の中心部へ向ける。

水資源に優れているため、町の各所に地下水を貯めた水タンクがある。

町の中心部にある十字路には噴水広場になっている。上空を通過して西向きへ向かう。

西側は住宅街が拡がる。アオイが入院していた病院も見える。住宅のベランダでは洗濯物が干されている。

住宅街から少し離れた公園では子供達が此方に手を降っていた。

アニラは手を振り返しいた。

しばらく飛んで町から離れ、荒野に出ると

「それじゃあ千クーリルまで上昇して」

「了解」

スロットを全開にして上昇する。

この世界全体が見えてきた。

町から離れると周りは荒野が拡がっている。なにもない荒れ地が地平線のその先まで、どこまでもどこまでも続く。枯れた海だ。

町は島だ。

その島を繋ぐのが飛行船と飛行機だ。

陸路で繋ごうにも今の世界、イジツにある技術力では、鉄道や車で行き来できるようにするには途方もない時間がかかる。

エンジンとプロペラ越しに見える空は雲一つなく、どこまでもどこまでも果てしなく続く青空。

その色はアオイがいた“世界”の空より綺麗だった。

 

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宙返り、捻りこみ、失速、立て直し等、ある程度の機動飛行を行って赤トンボは帰路についていた。

「やっぱり筋が良いね、記憶喪失していても飛ばし方は体がおぼえてるのかしら?」

まあ記憶喪失でもバイクの免許を取る人だっているし、十年も戦闘機に乗ってない人がいきなりVTOL機を手足のごとく操る人だっている。

一応記憶喪失って事になってはいるが、このぐらいの飛行機を操縦するなんて、私にとってはお茶の子さいさいだ。

着陸しようと滑走路側へ向かうと

「待って定期便が先に入るから待機して」

アニラに注意され私は滑走路へのアプローチをやめ上空を旋回する。

滑走路反対側から三つの影が見える。

葉巻型の機体が特徴的な二色迷彩の一式陸上攻撃機と、翼端がスパッと切り落としたような形をした翼を持つ零式艦上戦闘機三二型が二機、一式陸攻を中心に編隊飛行をして滑走路へ進入してくる。

零戦三二型は通常と違い全体を真っ黒く塗装されかなり目立っている。

アオイも三機の後に続く。

エンジン出力を下げ機首を揚げぎみにする。

車輪のゴムと滑走路が擦れる音が一瞬して、赤トンボは着陸した。

「合格ー」

どうやら合格したようだ。

「でもすぐ仕事って訳じゃないよ、ボスの了解を得ないといけないからね」

「ボス?」

「私達ミシラ飛行隊が所属している所がスズネ運送協会、そこの会長がボス。ほら、この赤トンボもあの一式陸攻も零戦もあの飛行船も全部同じマークが付いてるでしょ?」

確かに同じマークが付いている。

デザインは日本国籍のマークに似ているが真ん中にカタカタの『ス』が入っている。

「あれもこれも全部ボスの持ち物!」

「すごいのねえ」

感心しながら赤トンボをハンガーへ向かう。

 

「手を離さないでね!」

「わかってるわ」

アオイはアニラを手で支えながら赤トンボから降りる。

「飛んでたのアオイだったんだー」

「だー」

エリとリエが走ってきた。

「あっエリ、リエ、輸送護衛お疲れさま」

『おつかれさまー♪』

二人はアニラに敬礼してその場を後にした。

「あの黒い零戦はあの二人の...」

「そうだよ」

アオイの問いに、アニラが黒い零戦三二型指差しながら答える。

「じゃああの一式陸攻は...」

「あれもスズネ運送協会の物」

一式陸攻の胴体横、スズネ運送協会マークがある所が開いた。

そこから八人、搭乗員が降りてきた。

先頭の頭には鉢巻きを付けた女子。

若い、多分高校生にもならない位の年齢だ。

他の七人は行進してその場を後にしたが、その鉢巻きを付けた女子はアニラの元へやって来た。

「ヒルファ、お疲れさま」

鉢巻きを付けた女子はアニラに敬礼した。彼女はヒルファという名のようだ。

「...」

「あとこっちは新しくミシラ飛行隊に入る隊員、アオイよ」

ヒルファはアオイのことをジッーと見て、去っていった。

「ヒルファは口下手でね、あんまり喋らないタイプなの。でも操縦は上手いから機長なんだ。」

口下手ねぇ...

「ちょっと一式陸攻を見てきてもいい?」

「うんいいよ」

アオイを一式陸攻へ向かった。

 

濃緑色と茶色の迷彩を施した一式陸攻。この機体も美しい。

前後が細くなった外観は正しく葉巻型だ。

だが所々見ていくと私と知っている一式陸攻とは違う点が出てくる。

尾翼は若干下向きに付いているし、後部銃座の形状が違うし、各所銃座にある銃はどう見ても九二式7.7ミリ機関銃じゃない。

「これは...」

「そのぉ、一式陸攻が気になるの?」

「わぁっ!」

後ろにローズが立っていた。今まで足音も気配も何も感じなかった。

「びっくりしたわ!」

「ごめんねごめんねぇ、なんかぁ興味津々だったみたいだからぁ、邪魔しちゃ悪いかなぁって思ってぇ」

「まぁいいわ、それよりこの一式陸攻他と違うような気が...」

するとローズは目を輝かせ始め

「あぁわかる?そうなんだぁ!この一式陸攻はそんじゃそこらの一式陸攻とは訳が違うんだよぉ!なんたって三四型なんだよ!!」

「例えばどう違うの?」

「まずは防弾性!」

ローズは一式陸攻の翼をバァッと叩いた。

「一式陸攻はインテグラルタンク、つまり翼自体をタンクにしていたからちょっとでも被弾すると命取りになっちゃうんだよ!」

確かに一式陸攻は翼自体を燃料タンクにしているから、燃料の搭載量も増えて重量も軽くでき、超長距離飛行を可能にしていた。

だが、被弾時には脆弱だった。防弾性も考えてはいたようだが軽量化のために、性能は不十分な物になっていた。

一発で火が着くことから「ワンショットライター」なんてひどいあだ名が付いた位だ、だが文献によっては一式陸攻の防弾が優れているなんて記述があるからよくわからない。

ただ、他国の爆撃機と比べたら脆弱なのは確かだろう。

「でもこの機体は三四型!インテグラルタンクを廃止にして自動防漏タンクにしたの!更に厚い防弾ゴムを張って強固に!自動消火装置もバッチリ装備!ちょっとやそっとの銃弾じゃあ音をあげない頑丈な一式陸攻なんだよ!他にも聞きたい?」

おっとりした口調だったローズがすごいハキハキ喋っている。

普通の人ならこの辺で話を切り上げるだろう、だがアオイはまだ聞きたかった。

「武装も違うみたいだけど」

「そぉ!本来は後部銃座は20ミリで、それ以外は全部7.7ミリだけどこれは全部取り換えてあるの!それでね...」

 

ローズの長話を聞いてるアオイの姿を遠目に見ていたオルカは驚愕していた。

「ローズの長話を真剣に聞く人間がいるとは...」

「勉強熱心だね」

「だけどいいのか姉貴?確かボスの面接に行かせるんじゃなかったのか?」

「あっそうだった。」

「姉貴悪いけど俺は行けそうにないや、流星の調整が必要だし」

オルカはハンガーから出された流星を親指で指す。

「“くろがね”は俺とローズが帰る時に使うから、姉貴とアオイは“側車”で行ってくれるか?」

「いいよわかった」

 

「それでね、搭載している火星二五乙型も今後改良を加えていくつもりなんだよ!」

「ほぉー」

「例えば排気タービンを付けたり他にも燃料噴射装置を別個で...」

ローズの講義を聞いていたアオイの元へエンジン音が近づいてくる。

空冷V型二気筒特有の音を響かせながらやって来たのは

九七式側車付自動二輪車

三共内燃機がハーレーダビッドソンからライセンス生産して作ったバイク『陸王』、日本版ハーレーダビッドソンだ。

その陸軍向けに改良した物が九七式側車付自動二輪車だ。通常のバイクと違い横に片輪式の車台がついている。サイドカーとも呼ばれ三人乗りが可能だ。

「ローズ悪いけどアオイは用事があるの、話はまた今度にしてくれる?」

「あぁそうだったの、ごめんねぇアオイぃ長話しちゃってぇ」

「いいの今度またゆっくり時間がある時に話そう」

「うん!約束だよ!」

アオイは側車に乗り込む。すかさずアニラはエンジンを吹かし発進する。

横から見ていると九七式側車付自動二輪車の操縦は中々興味深い。

大体のマニュアル操作のバイクは、左手でクラッチを操作、左足でギアチェンジを行う。

だが、この九七式は違う。左手でブレーキ操作をして、左足でクラッチ操作、ギアチェンジはタンク隣のシフトレバーで行うのだ。

これは同年代のバイクではよく見られる操作方法で、瞬間的にではあるが片手運転を余儀なくされる。

アニラは器用に操作している。その横に乗っているアオイにはよく見えた。

 

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シズマツ中央通り

『スズネ運送協会』と書かれた看板を掲げた建物の前にアニラは九七式を停めた。

「それとって」

「はい」

側車に積んであった杖をアニラに渡しアオイは側車から降りた。

扉を開けると中は明治風な造りになっている。二階まである高い吹き抜けで、壁や天井は石材で作られ目の前のカウンターも同様に石製だ。

壁には各種ポスターや料金表が貼ってある。

目の前のカウンターでは、緑茶色の髪をした女性がタイプライターを打っていた。

その横をアニラとアオイは通過しようとする。

「アニラともう一人誰だっけ?」

その女性はタイプライターと資料から全く目を移さずに、二人を認識した。

「新しく飛行隊に入るアオイって言うの」

「あっそ」

素っ気ない反応だった。

「この人は“ミュラ”さん、事務担当でここで受け付けをしてもらってるの」

「はいこちらスズネ運送協会」

受話器を取りもくもくと事務作業をこなしていくミュラ

「ミュラさんは足音だけで人を当てられるんだよ!すごいよね!」

足音だけって、足音以外にも雑音がしているのに聞き分けたことになる。

二人は奥へ進んでいく。しばらく進んでいると重厚そうなドアの前に立つ。

「それじゃあ私はこれで、頑張ってね♪」

そう言い残しアニラはどこかへ行ってしまった。

「...すぅ、はぁ...」

アオイは大きく深呼吸して目の前の扉をノックした。



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スズネ運送協会 後編

コンコンコン

アオイは扉を三回叩く、二回だとトイレになるからその辺配慮する。

「用件と名前は?」

中から声がする

「アオイです!面接の為にここに参りました!」

「入りなさい」

アオイはゆっくりと扉を開ける、床は赤い絨毯が敷き詰められ、正面には応接セット、更に奥の窓際には大きな机が置かれていた。机の上には蓄音機が置かれ、部屋中にゆったりとした音楽が流れていた。

アオイは中へ入り扉の方へ向き、ゆっくりと閉める。

向き直った先には女性が書き物をしていた。

金縁の眼鏡をかけて羽ペンでなにかを書いている。

髪は鮮やかな紫色の髪で、老いてる筈なのに全くそんな気配を感じさせない、いわゆる美魔女と呼ばれる感じの女性だった。

「アオイ、待っていたわ。とりあえずそこに座りなさい」

「はい、失礼します」

机前のソファーに座る。

「私の名前は“キシネ”、現スズネ運送協会会長キシネ。皆はボスって呼んでくれているわ」

キシネは蓄音機に手を伸ばし

「ちょっとうるさいわね」

針をレコードから離した。

「事業について軽く説明した方がいいかしら?」

「はいお願いします」

「スズネ運送協会は名の通り運送業が主、副業として学校や孤児院の運営、シズマツの工業地区への出費、農畜産業への発展を支援しているわ」

そういって羽ペンを壁に向ける。

アオイも指す方向へ向くとそこには学校や工場等色んな建物の写真が貼ってある。

「運送協会は曾祖母からやってる事業でね、昔は協会なんて名前がぴったり合うほどの大きなグループだったわ。でも今は殆どの運送会社が独立して今は商会の方がお似合いの筈なのに、今でも皆運送協会って呼んでるの、おかしいでしょ?」

そうキシネは笑って見せた。

「さて、昔話もこれぐらいにして貴女について話して貰うわ」

キシネは机の引き出しからファイルを取り出した。

「希望はミシラ飛行隊よね、アニラ達から推薦があるくらいだし」

「はい」

「他の業務の中で一番きつい仕事よ、それを承知の上?」

「はい!」

「いつどこで命を落とすか分からない仕事でも?」

「覚悟は出来ています!」

...

しばらく沈黙が続いた。

「飛行機には乗れる?」

「はい、つい先程アニラに試験して貰い合格を頂きました。」

「貴女はほんの数日前に突然姿を現た。おまけに記憶障害を持っている。間違いないわね?」

「はい」

「それでも飛行機乗れるのね」

「...」

「貴女、本当は記憶なんか失っていないんじゃないの?」

「...」

返答に困ってしまった。

「黙秘はだめよ、たとえ話したくないことがあっても私の前では隠し事は許されないわ」

キシネは手に持っていた羽ペンを置き、ファイルから七枚の写真を取り出しアオイの前に並べる。

アニラ、オルカ、エリ、リエ、ローズ、ミサオ、ミュラ

それぞれの顔写真だ。

「皆それぞれ他人には明かしたくない過去や執念を持ちながら私の元に来てくれたわ。それでも皆隠さずに私に全てを話し、私は採用する。これは曾祖母からの伝統でもあるの、どんな人でも採用する前には必ず聞く。貴女だけ黙秘というのは許されないわ。」

話さないという選択肢はない。仮に話さなかった場合ここに居られなくなる。

それは今まで優しくしてくれたアニラ達を裏切る行為でもある。

たとえ信じてもえないかも知れないが、今アオイにとって話せる唯一の事だ。

話したら後には引けなくなる、だが後悔はしない!

アオイは覚悟を決め話し始める。

「キシネさんは穴をご存知ですか?」

一瞬キシネは頭を傾げた。アオイの言った事があまりにも唐突だったからだ。

「えぇ知ってるわ、ユーハングとイジツを繋いだ」

「私は、その穴の向こうから来た人間かもしれないんです」

一瞬沈黙する両者

「かもしれない?貴女はその穴から来た事に自覚は...」

「ありません、それどころかどうやってここまで来たのか、よく分からない状態です。」

「そう...」

ファイルから新たに取り出した写真、それは自分が乗ってきた機体。

「それは!」

「やっぱりこの機体は貴方が乗ってきた物だったようね」

残骸からでも想像できる全体的に小型で丸い機体、バラバラになった尾翼に施された黄色と黒のチェック模様

T-4練習機

航空自衛隊で使われている主力中等練習機だ。ブルーインパルスで使用される機として有名な飛行機だ。

「安心して残骸はこちらで回収して、ミシラ飛行隊のハンガーに保管してあるわ」

その言葉にアオイは少し安堵した。

「それでどこに所属していたのかしら、確かユーハングは穴の向こうではニホングンと呼ばれていたようだけど...あなたも?」

「いえ、私は空軍...正確には“航空自衛隊”。つまり、後世の軍隊に所属していた者です。」

「ジエイタイ...」

キシネは聞き慣れない言葉に耳を傾ける。

「自衛隊と言いましても自警団や軍とは少し違いまして、なんて言えばいいでしょ...」

アオイにとって自衛隊を説明するのは少し難しく感じた。

アオイの元いた“世界”では自衛隊は軍なのかどうか等、よく議論が起こる。

いっそのこと武力と言い切ってしまえば潔く感じるかもしれない、だがそれを良しとしない連中が多くいる。

自衛隊に所属するアオイにとってそれはとても歯痒く感じた。

自分達は日陰者だと言われているようなものだからだ。

「いいわ、その辺にして」

黙りこんでしまったアオイを気遣って深く追求するのをキシネは止めた。

「質問ばかりで嫌になるかもしれないけど、貴女はその穴がまた開いた時には向こうへ帰るつもり?」

「はい...出来ることなら...」

「なるほどね...」

キシネは机から書類を取り出すとなにかを書き始めた。

「役所への届け出は私からしておくわ、貴女が戻れるまではうちにいなさい」

そう言ってキシネはウインクした。

すかさずアオイは立ち上がり

「ありがとございます!」

頭を下げる。

「いいわお礼なんて、部下のために動くのも上司の役目よ。それと」

「まだなにか...?」

「住居と機体はアニラ達と話し合って決めなさい。これから長い付き合いになるかもしれないんだからね、もう下がっていいわ」

「はい!これからお世話になります!」

アオイは部屋を出た。

 

カウンターの所まで戻るとミュラはさっきと変わらずにタイプライターを打っていた。

隣を通り出ようとしたら

「待ちなさい」

ミュラに止められた。やっぱりこっちを見てくれない。

そして、タイプライターを打つ手を止めてカウンターに真鍮でできた鍵を置いた。

「貴女の部屋の鍵よ、場所は隣のパン屋シオノの隣の女子寮、二階部屋よ。これからお互い世話になるわね」

そう言ってミュラは仕事に戻る。

「はい、よろしくお願いします!」

 

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スズネ運送協会の建物を出て隣、パン屋シオノに挟まれた小さなレンガ作りの建物、ここがスズネ運送協会の女子寮のようだ。

ドアを開け中に入るとまるで飲食店のような雰囲気だった。

スズネ運送協会本部同様に高い吹き抜けで、正面奥にはバーカウンター、左には本棚にジュークボックス、右には大人数が同時に食事を取れる長テーブル。

そして、バーカウンター隣に奥へ行くドアとバー上の廊下に繋がる階段がある。

「確か二階だった...」

アオイは階段を上る。

ベランダ状の廊下に六つの扉が並ぶ。

扉にはそれぞれ「1~6」の番号札がかけられている。

ミュラから貰った鍵には「6」の刻印が彫られている。

「6」の扉の鍵穴に鍵を挿し込みひねる

カチャ

開いた

中に入ると、ベッド、クローゼット、小さなテーブルと、必要最低限の家具があるだけの部屋だった。

...

アオイはベッドに飛び込んだ。

綺麗にしてあったタオルケットと毛布が一瞬でしわくちゃになった。

アオイに強烈な睡魔が襲ってきた。

朝から何も食べずに飛行機に乗り、そこから面接、気が緩んだこと、疲労が重なり眠りへの我慢が決壊した。

「まだ...やる...ことが、あったはず...あぁ...ダメ...すぅ」

アオイの意識は闇へ飲み込まれていく。

着替えもせず、シャワーも浴びず、飯も食べず、靴は一応ぬいだ。

とにかくもうそのまま寝てしまった。



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一式陸攻の娘達

開眼

アオイは眼を覚ました。

起き上がって窓の外を見る、日の出前位の明るさだ。

壁にかけてある針だけの時計を見ると四時少し過ぎた位だ。

普段より二時間程早い起床だ。

ふとクローゼットの方へ目線を向けると、ミシラ飛行隊のハンガー内で見たサバイバルキットの入った背嚢があった。

中身を確認したら予備のパイロットスーツが中に入っていた。

アオイは着ていたパイロットスーツを脱ぎ、下だけ新しいズボンを着用する。

ちなみに自衛隊のパイロットスーツ、もとい繋ぎは腰の部分で分割することが可能なのだ。

ブーツを履き、紐を閉め、アオイは部屋を出た。

部屋を出て鍵を閉め階段を降りようとしたら、隣の部屋のドアが開いているのに気付いた。

中を覗いてみるとオルカがいた。

ベッドから転げ落ちた状態で寝ている。仰向けで寝ているのに、私より大きい胸は横へ全く流れていないで形を保っている、だが色気のない下着だけ着て大口開けて寝ている様は、おっさんそのものだ。

「アネキ...カンベン...ガァ」

寝言から察するにアニラに何か注意でもされたのだろうか

アオイはゆっくりと扉を閉めた。

見なかった事にしよう

下へ降りたアオイはバーカウンターの流し台で顔を洗った。

今の格好は下は緑色のズボン、上は白いTシャツのみの軽装な格好だ。

別になんの問題はないだろう

そうアオイは考え外へ出た。

 

軽くストレッチをしてアオイはランニングを開始した。

これは昔からの習慣である。

それに町並みを見るいい機会でもあった。

西向きの大通りに面したシズマツ運送協会女子寮、西へ向けば住宅地、その反対側の東側には大農場地区が見える。

とりあえず町の中心部がある東側へ走り出す。

走っていると町の風景がよく分かる。レンガと石造りで作られた町並みは明治時代の日本だ。どこか懐かしく、目新しく思う町並み。

床屋にクリーニング屋、喫茶店に雑貨屋、おっと映画館まである。そうかと思えば木造建築の建物もちらりほらりと点在する。

ますます日本だ。

町外れまで来たところで折り返し寮を目指す。

日が徐々に地平線から顔を出し辺りは明るくなってきた。

人通りも多くなっていく、皆西側住宅地から町中心部の商店街へ、もしくは大農場地区や飛行場に隣接する工業地帯へ、向かう人達だ。

朝日が登りそれと共に仕事を始めて、日が落ちれば家へ帰る。

まさしく昔の日本だ。

そう感じながらアオイは寮へ戻る。

 

寮内に入ると、白い円盤が空を飛んでいた。

未確認飛行物体か、アダムスキー型UFOか、いや一緒か。

よく見るとそれは皿だ。かなりの速度で滑空した皿はテーブル脇に立つ、エリが取った。いや右側にサイドテールが出てるからリエだ。

「次トーストー」

左側にサイドテールを出したエリはバーカウンターの方から、トースターから飛び出したトーストをさっきの皿同様に投げる、それを簡単に受け止めるリエ。

「あっマーガリンとジャムも取ってー」

「はいはーい」

リエはそう要請する。エリはカウンター下の冷蔵庫からマーガリンとジャムの瓶をそれぞれ取り出すと、投げた。

それを造作もなく受け取るエリ、しかもそれぞれ片手でだ。

唖然としてたらエリとリエがアオイに気付いた。

「アオイお帰りー」

「ランニングー?」

「せいが出るねー」

「せいってなに?」

「エリ知らなーい」

この双子は朝から元気そうだ。

『アオイも朝ごはん食べる?』

そして唐突に綺麗にハモる

「頂くわ投げて寄越さないでね」

エリはもう一枚トーストを用意した。

アオイは取りに行こうとカウンターに向かうと、エリがマグカップでなにかをかき混ぜているのが見えた。

白いマグカップと黒いマグカップが二つ、嗅いだことある匂いだった。

「これって...」

「ミルクココア」

エリはそう答える。

ミルクココアは大正時代には既に存在していた。マーガリンも同様にその時日本にはあった。マーガリンとココアもおそらく穴を通ってこの地にやって来たのだろう。

その後エリはスープカップに野菜とベーコンが入ったスープを注いだ。

テーブルにエリとリエが並んで、その反対側にアオイが並び。

『いただきまーす!』

エリとリエは手を合わせて食べ始めた。

「いただきます」

アオイも手を合わせる。

アオイはマーガリンをトーストに塗り、ジャムの瓶に手を伸ばす。ジャムの柄を見るとブルーベリーと書いてあった。

軽く塗って食べ始めようと、ふとエリとリエを見るともう朝食の半分以上を食べ終えていた。

「二人ともなんでそんなに早く食べるの?」

そう聞くとエリとリエは

「朝一から」

「仕事があるんだ」

「それにはアオイも」

「同行させろって」

『アニラが言ってた』

食べながら交合に答えた。

アオイも急いで食べ始めた。

早食いは前から慣れている。

急いで食べ終えると皿を集めて、バーカウンターへ持っていこうとしたがエリとリエに止められた。

『片付けはローズに任せればいいよ』

「ローズ?」

『ん』

二人がアオイの隣を指差した。

アオイが向くとその先に

「びっくりした!」

なんとローズがテーブルに突っ伏していた。

全く気づかなかった、音も気配も感じられなかった。

「いぃいよぉ~、まぁかせぇて」

ローズの顔を見ると目の下に大きなクマがある。

「ローズどうしたの?!」

「あぁ~オイ、これぇ~やってぇたら徹夜しちゃいましたぁ~」

そう言って見せてくれたのは、右端に病院で撮ったアオイの正面写真、その横に色々書かれた履歴書のような物だった。

だが、下には戦闘機の真横から見た図と真上から見た図が載っていた。

「これぇなんだけどぉ~アオイは...どんな......ぐぅ...」

ローズはその場に寝てしまった。

「ちょっとローズ」

声を掛けても全く反応しなくなった。変わりに小さな寝息が帰ってくるだけだった。

「いつもローズってこんな感じ?」

エリとリエはやれやれって感じで

『そういつもこう』

「特に機械が絡むと」

「のめり込みすぎて」

「時間を忘れて」

「ご飯も忘れて」

『こうなっちゃうの』

仕事熱心なのは関心だけど徹夜は美容と健康の毒、作業にも支障が出る。なんてアオイは思ったけど今のローズにそんな事伝えられるわけがなかった。

見せてくれた履歴書のような物をローズの元に置き、三人は外に出た。

 

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側車に三人乗りして飛行場に到着した。

エリとリエが颯爽とバイクから降りるのに側車に乗ったアオイはぐったりしていた。

「リエ、飛ばしすぎ...」

「あのぐらい日常茶飯事だよ」

「ねー」

なにせ全く舗装されていない砂利まみれの道路を飛ばしたんだ、揺れでアニラは少し疲れてしまった。

気を取り直してアオイは側車から降りる。

目の前には一式陸攻と零戦三二型がエンジンをかけた状態で待っていた。

「それじゃあアオイは一式陸攻に乗って!」

そう言ってエリとリエは零戦三二型へ走っていく、一式陸攻の搭乗口の部分に琥珀色のツインテールにした娘が待っていた。

「アオイさんですね?私は一式陸攻副機長のカグマです」

カグマはアオイと握手をする。

「さあ入ってください」

カグマに案内されて一式陸攻の機内に入ると、爆弾槽の部分が改造されて荷物室になっていた。

そこへ野菜が入った箱、穀物袋が敷き詰められその上にも荷物が積まれ天井一杯にまで積まれていた。その脇には乳製品の入った木箱が置かれている。

総重量はおそらく一トンに達しているかもしれない。

だが、重量が二トン以上ある桜花を積むことが出来たんだから、これぐらいどうってことないだろう。

狭くなった機内を通り操縦席まで来る。

操縦席ではヒルファが飛行前のチェックをしていた。

「私はどこに座ればいいの?」

「そこに座ってください、ヒルファの後ろです。」

そこは操縦席後ろ、一段高くなった観測員用の席だ。

「リュー、上部機銃座に移ってくれる」

「ほーい」

リューと呼ばれた子は観測員席を私に譲ってくれた。

「それで私は何をすれば」

「もちろんこれです」

そう言って渡してくれたのは双眼鏡だ。

「見張り員です。」

そしてカグマも席に座ると機内電話で確認する。

「準備は大丈夫?」

「万端!」

「OK!」

「ほーい」

「いつでも行ける」

「状態良好」

「もちろんさ」

各員から返事が帰る。

カグマがヒルファに目線で合図を送ると、ヒルファは前を指差す。

「よし出発!」

カグマがスロットを前へ入れる。両翼に搭載した火星二五乙型の回転数が上がり、機体が前に進み始める。

アオイが後ろ方向へ向くとエリとリエの乗る、黒い零戦三二型がついてくるのが見えた。

乗ってるエリとリエはこちらに気付いて手を振っている。

滑走路に到達するとエンジン音がまた一段と激しく響き始めた。

ゆっくりと浮き始める機体。

アオイはハンガーの方を向く。

三つあるミシラ飛行隊のハンガーの前に、一機の戦闘機が置かれている。

塗装が全くされていないジュラルミン無地むき出しの銀色が、太陽光に反射して輝いている。

零式艦上戦闘機五二型だ。

零戦の中で一番多く生産された型で、零戦の中でも最高傑作とも呼ばれている位の機だ。

なにも塗装されていない無地そのもの零戦は、まるで米軍機にも見える。

滑走路から離れ、徐々に高度をあげていく一式陸攻、雲に隠れて見えなくなるまでその零戦の輝きにアオイは眼が離せなかった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

シズマツから大分離れた場所。

周囲は見渡す限りの荒野だ。

その上を悠々と飛ぶ一式陸攻、その両翼に飛ぶ零戦三二型が二機。

アオイは周りを警戒しながら不思議に思うことがあった。

この一式陸攻の乗員は、どう見ても高校生にもならない年頃の少女ばかりだ。

なぜそんな歳でこんな任務についているのか疑問だった。

「カグマ達はどうして一式陸攻に乗ってるの?」

「唐突ですね。と言いますと?」

「いや、なんで貴方達みたいなまだ若い娘がこんな危ない任務をしてるのか気になって...」

「確かにそうですね」

「それに親御さんとかは心配しないの?」

「...」

カグマは黙ってしまった。カグマはヒルファを向くと、ヒルファは目線と仕草で合図した。

カグマはそれを見て決意し、アオイに話始めた。

「実は私達に親はいません、つまり孤児って訳です。」

それを聞いてアオイは驚いた

「ごめんなさい、悪いこと聞いちゃって」

「いいえ謝る必要はありません。確かにそう不思議に思っても仕方ありませんね。」

「やっぱり何か事情を持っているの?」

「えぇ今の仕事を選んだ理由は、キシネさんへのある種の恩返しです。」

「恩返し?」

「そうです。元々私達はシズマツではなく遠いインノと呼ばれる町にいました。」

そう言ってカグマは自身の手を見る

「その町は治安が悪くて人身売買なんて日常茶飯事でした。孤児である私達なんかただの家畜同然にしか扱ってくれません。私達はそれが嫌で逃げ出して、路地裏や廃屋に隠れて生活し、窃盗や詐欺、密売といった犯罪に手を染めて生き延びていました。」

アオイは目の前にいるカグマにそんな過去があるなんて信じられなかった。

「でもそんな生活は長くは続きません。ある日へまをして捕まってしまったのです。また競売に掛けられていたところを、助けてくれたのがキシネさんだったんです。」

そう言ってポケットから写真を取り出す。そこにはカグマとキシネが並んで立っている写真だ。

「キシネさんは私達を高値で買いここシズマツに移住させてくれました。そこで私達は始めて人の暖かみを感じました。シズマツの人達は見ず知らずの私達を受け入れて優しくしてくれました。そしてキシネさんは私達に住む場所を提供し学校へも行かせてくれました。インノの時とは比べ物にならない位明るい生活が出来る事ができました!」

隣にいたヒルファも頷く

「私達は少しでもいいからキシネさんの役にたちたい、そう思って一式陸攻に乗っているんです!」

「そうだったの」

「ところで」

「うん?」

「スズネ運送協会にいる人は昔からなにかを抱えている人が多いみたいなのです。アオイさんもなにかあったんですか?」

藪から棒だった。

「いや、私は...」

「ええ、いいじゃないですか。ずるいですよアオイさんだけ話さないなんて」

アオイは双眼鏡を覗いてそっぽを向いた。

「ほら任務に戻って」

「あぁー逃げないで下さいよー」

だが話をしている場合ではなかった。

覗いた先に機影が見えたのだ。

「三時の方向に機影を確認!」

「えぇ!?数と機種は?」

見えているだけで六機、翼下から固定された脚が見える。

「数は六、固定脚機」

「六で固定脚...モメガ!この辺で固定脚機の飛行プランはある?」

機内電話で機首にいるモメガに呼び掛ける。

モメガからの返答は早かった。

「この周囲にそのような飛行プランはありません、おそらくこの辺に出没するアカリス賊です!機種は九六式艦上戦闘機です!」

「やっぱりね総員戦闘配置について!」

その号令と共に各員一斉に持ち場の機銃を確認し、旋回機銃なら動作確認、横の銃座だったら窓を開けて機銃を外に向ける。

「迎撃体勢を取るようにエリさんとリエさんに伝えて」

「了解!」

アオイから見て右斜め後ろの通信席で無線担当のムサイは急いで、護衛のエリとリエに連絡する。

即座に護衛の零戦三二型二機がアカリス賊のいる方向へ機種を向けた。

「アカリス賊って...」

「空賊ですよ」

「空賊?」

「空賊は戦闘機に乗って輸送機や飛行船を襲ってくる悪い奴等です。」

「やってることは海賊と一緒ね」

 

「さあ行くよ!」

「空戦上等!」

エリとリエは真っ直ぐアカリス賊の正面から突っ込む。

アカリス賊六機が横列になると全機が一斉に機銃を撃ってくる。

それを見透かしたように二機の零戦三二型は機種を下げ降下すると一気に機種を上げ、九六式の尾翼を掠めるように上昇していく。

リエは20ミリと7.7ミリ両方を撃つ、九六式の尾翼が吹き飛び堕ちていく。

降下加速度も加えて上昇、宙返りを素早く行い九六式艦戦の後ろにまわる。

するとアカリス賊は左右、二手に別れた。

「私は右!」

「なら左!」

エリとリエも別れて追撃する。

エリは一気に九六式に追い付くと7.7ミリ機銃だけ撃つ。九六式の主翼付け根に当たりバランスを失って落ちていく。

「よし当たり!おっと」

後ろから曳光弾が追い抜いてきた。

後ろを確認すると二機追いかけてくるのが見えた。

「あれやるよ!」

「オーケー!」

エリとリエはお互いの場所を把握する。

エリは九六式を追うのをやめリエの方へ向く、当然九六式はエリの後ろへ付く。

「よーし食い付いてきたよ!」

そのままエリとリエはそれぞれ正面を向き衝突する形となる。そしてギリギリの所で

『そーれ!』

機体下を掠めるようにすれ違う。

しかし、後ろにいた九六式は避けきれずに仲間通しで正面衝突をしてしまった。

残り二機

不利に思ったのか一機が逃げ出そうとしたが無理だった。

九六式艦上戦闘機は最高速度が時速400キロ程度、対して零戦三二型の最高速度は500キロ以上だ。

あっさり追い付いてエリによって撃墜されてしまった。

「後、もう一機!」

「一式陸攻に向かったよ!」

九六式が一式陸攻に向かっていくのが見えた。その後ろをリエが追いかける。

機銃を撃つがふらふら飛んで避けられてしまう。

「ちょこまかと鬱陶しい!」

だが一式陸攻が射線に入り始めて撃てなくなった。

「しゃーない!」

 

「九六式一機こちらに接近!」

アオイは向かってくる九六式を見た。

仲間を全滅された怒りか、死なば諸共の覚悟で真っ直ぐ突っ込んでくる。

「迎撃用意!」

不意にヒルファが声を上げた。

リエの零戦三二型が急上昇し、銃座の射線から外れると

「迎撃開始!」

上部、側部、前部の三つ銃座が一斉に射撃を開始する。

九六式は一式陸攻を撃つため機動が真っ直ぐになってしまった為当てるのは簡単だった。

機体が三回大きくぐらついた後、火を吹いて一式陸攻の下を抜けていった。

「状況終了、各員警戒を怠るな」

そう言ってヒルファは黙ってしまった。

「ふぅ、これで暫くは安心出来ますね」

カグマは安堵して胸を撫で下ろした。

アオイは心情は少し不安になった。

これからこの娘達を守らなくてはならないのだから。

見上げた一式陸攻の上空では零戦二機がロールをしながら、アオイ達を追い越していった。

 



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アオイ零戦

ラハマ飛行場

 

無事配達先の町、ラハマに到着すると中の荷物をバケツリレー方式で運び出す。

それを横付けしたトラックへ載せ替える。

「なるほど、一式陸攻乗員の数が定員の七人より多いのはこういう作業の為ね。」

「そうです。こういう時は一人でも多く作業を手伝ってくれる人がいてくれると助かります。」

「これで最後の荷物ね。」

「ふぅ、終わりました」

全ての荷物を運び終えアオイとカグマが一息ついていると、ヒルファがトラックの運転手に運送伝票を渡していた。

「後は岩塩ですね」

「岩塩?」

「そうです。ラハマの特産品、岩塩を積んで帰るんです。」

「なるほど、あら?」

ふとエリとリエの方を見るとそわそわしている。

「どうしたの二人とも?」

「あんまりラハマには」

「長居したくないんだ」

「居心地がなんか悪いとか」

「都合が悪いと言うべきか」

「コトブキ飛行隊が怖いんですよ」

カグマがそう言って指差すのは大きな飛行船だった。

「あの飛行船があるってことはここにコトブキ飛行隊がいるってことです。」

「コトブキ飛行隊って?」

「コトブキ飛行隊はここラハマを拠点に働く飛行隊です。オウニ商会所属でその腕前はイジツでもトップクラスなんです!」

「そうなの。でもなんでエリとリエはそのコトブキ飛行隊を恐れているわけ?」

「さぁそれはわかりかねません」

これはエリとリエにもなにか過去があるのかもしれない、そう思って聞こうとしたが

「あっこれから皆さんお昼ご飯にしませんか?」

「お昼ご飯?」

「まだ岩塩が届くには時間がかかりそうですし、どうです?」

「えぇいいわよ」

「やったぁ!ほらエリさんリエさん、一緒に行きますよ!」

『引っ張らないでーカグマー』

エリとリエはカグマに引っ張られていく、一体どこにそんな力があるのかアオイは非常に気になった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

スズネ運送協会女子寮

 

『ただいまー!』

『お帰りー!』

アオイ、エリ・リエ、ヒルファ一向が寮内に入るとアニラ、オルカ、ローズが出迎えてくれた。

ヒルファ達一行はそのまま寮奥へ行く。その時オルカの横を通った際に何かの臭いを感じた。

「あっ、なんかニンニク臭いぞお前ら!」

そう言ってオルカが鼻を手で覆う。

すっかり忘れていたが今日のお昼によった場所は中華屋だ。

「今日のお昼ご飯は」

「ラーメンと餃子!」

『美味しかったよー』

エリとリエは笑顔で言うとオルカは

「えぇーいいな!俺もラーメン食いたかった」

「オルカも今日仕事だった」

「郵便と新聞の配達の仕事」

『移動先で食べれば良かったじゃん』

するとオルカはちょっと悔しそうな顔をして

「今日は姉貴の弁当が食べれなかったんだよ!」

『じゃあ今から食べに行けば?』

「ラーメンは夜じゃなくて昼に食べるのが一番なんだよ!ちくしょー!」

すると横でアニラがジト目で

「へぇオルカ、私の作ったお弁当に不服だったんだ」

それを見てオルカは慌て始めた

「そんなことないぞ!いやー毎日でも食べたい!いや作って欲しい!姉貴の弁当はイジツ一番だ!」

しかし、アニラはそっぽ向いて

「いいもん、もう作ってあげないから。ふん!」

「そんなーごめんよー姉貴ー」

アニラに抱きつくオルカ、その様子をエリとリエはケタケタと笑っている。

それを見ていたアオイの元へローズが今朝見せた履歴書みたいなのを持ってきた。

「アオイぃ、これなんだけどさぁ」

「あっ、それ今朝私に見せてくれた物よね。これって...」

「あぁこれは、飛行機登録書だよぉ」

「飛行機登録書?」

「そう、誰がどの機体を保有しどのような特徴になるのか記載するの」

「つまり車検証の航空機版ね」

「?シャケンショー?」

「いいわ忘れて、ところでそれを私にどうしろと?」

「あぁ自分のパーソナルマークと機体の塗装を決めて欲しいんだぁ」

「全部同じ...ってわけにはいかないかしら?」

「そうはいかないよぉ、だってぇ皆の機体色は全員バラバラなんだもん」

そう言ってローズが見せてくれた他の皆の飛行機登録書を見ると、どれも個性的だ。

アニラの烈風には“片羽を包帯で巻いた燕”に塗装は一般的な深緑色に斜めの赤帯が二本

 

オルカの流星には“銀色のシャチホコ”に濃い緑色と茶色、ベトナム戦争期の東南アジア迷彩に似た塗装

 

ローズの彗星には“クロスしたレンチと薔薇”に現代飛行機によく見られるグレー塗装

 

エリの零戦三二型には“白の道化師の仮面と王冠”

 

リエの零戦三二型には“白の道化師の仮面とナイフ”

 

そしてそれぞれが夜間戦闘機のように黒色塗装だ。

 

多種多様であった。

「それでどんな色とパーソナルマークにする?」

「ところで機体は何?」

「零戦五二型だよぉ」

「あの銀色無地になっていた?」

「そうそれそれ、話が早くてぇ助かるよぉ。ちなみにぃ今提出すれば明後日には出来るよぉ。」

「そんなに早く出来るの!?」

「塗料についてはアテがあるんだよねぇ」

せっかく塗装するなら忠実に基づくべきか、やっぱりここは自身の考えで行くか。

一度現実でやってみたかったことを。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

シズマツ北飛行場

 

あれから二日たった。

アオイは朝早い時間に飛行場端のスズネ運送協会所有の第四格納庫へ来た。

第四格納庫は他の格納庫より何倍も大きい。

中に入ると大きな機体が目に入った。

二枚の垂直尾翼に四発エンジン、全長31メートル、全幅は42メートルと、大きさだけならアメリカのB-29爆撃機に匹敵する大型の四発爆撃機。

深山

六機だけ試作製造された爆撃機だ。後に輸送機に改造された機でもある。

さらにハンガー奥には回収したと思われるT-4の残骸が放置されていた。

あれじゃあ修理不可能ね

なんて思っていると

「あっ、アオイーこっちだよぉ」

深山の影からローズが手を降っている。

ローズの方へ向かうと、これから自分の愛機となる零戦五二型がいた。

アオイはその零戦の翼を軽く撫でる。

「いいできね」

「へへ、塗り立てですからねぇ」

アオイはその出来に満足だった。

「じゃあ早速乗ってみる?」

「いきなり?!」

「大丈夫だよぉ、始動までは私がやるしぃ、脚の操作とか細かい操作は私が随時教えるよぉ。後、私も先導するからぁ」

そう言って目線をハンガーの外へ移す。そこにはローズの愛機、灰色の彗星が止まっていた。

「じゃあ乗るわ!」

「よぉーし!処女飛行だぁ!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

スズネ運送協会女子寮

 

「ふぁあいい朝」

「そうか普段通りの朝だろ」

「毎日無事に朝を迎えられるってのは有り難いことなんだよ」

「そうか?」

寮を出たアニラとオルカに近づく二つの轟音。

「うん?」

「おぉ?」

液冷V型12気筒エンジンのアツタ32型、空冷複列星型14気筒エンジンの栄二一型、それぞれが奏でる爆音。

建物を掠る程の低空飛行で彗星と零戦五二型が通過した。

「あの灰色のはローズの彗星だな後ろの、青いのか黒いのかよくわかんない零戦は見たことがないな」

彗星を追い掛ける零戦は二色の迷彩が施してあった。

黒色に近い蒼色と空色に近い水色の二色、それぞれの色が交わる箇所は波打っている。

尾翼についたパーソナルマークは“一枚の花弁が赤く塗られた桜花”。

その塗装はアオイが元いた世界、元いた部隊に配備されていた“平成のゼロ”と呼ばれていたF-2戦闘機とそっくりそのまま同じ塗装だった。

もちろんその事を知っているのはアオイだけだ。

「あの零戦、アオイが乗ってるわね」

「あっミュラさんお早うございます」

ミュラが出勤のためにやって来た。

「アオイって、見えるのかミュラ?!」

「見えるわこれぐらい、それにしてもいい機動するわね。」

見てみると彗星の機動を綺麗にトレースするかのように零戦が飛行している。

 

「へぇなかなかいい動きするねぇ」

ローズは後ろを希に見ながら機動飛行している。かなりの余裕を持っていた。

「ローズ、こんなに低空飛行して住民は迷惑しないの?」

アオイは心配する。

「大丈夫だよぉ、皆お祭り感覚で見てるからぁ。」

確かに今の二人のランデブー飛行は格闘戦と言うよりは、スピードを競うエアレースだ。

下を歩く住人達を見ていると

「おぉ今日もかっ飛んでな!」

「後ろの零戦もいい機動してる」

「いやぁまだまだだぁ」

が聞こえそうな感じでこちらを見上げている。

目線を前に移すと彗星がいなかった。

いつの間にか零戦の後ろに移動していた。

「それじゃあ模擬空戦ねぇ」

初めて乗る機で空戦なんて無理だ。

だが乗っているのは一番有名な戦闘機、零戦だ。

どんな戦い方をしていたかはアオイは知っている。

アオイはスロットルを前まで倒し操縦桿をゆっくり手前に引く。

零戦は軽い機体を生かし急上昇し、巴戦に入ろうとする。

「おっ零戦の戦い方がわかってるねぇ、けど」

ローズもスロットルを前へ倒し追撃する。

「上昇力ならこっちも負けないんだぁ」

搭載されるアツタ32型は最大1400馬力を叩き出す液冷エンジンだ。上昇力の優れた零戦にも負けない。

機首が頂点を向いたところでアオイは操縦桿を目一杯引いて機首を下に向ける。

そのまま下降状態になる後ろを見ると彗星がさっきと変わらない位置にいる。

アオイは水平に機体を戻して一回右に機体を傾けてフェイントすると、左へ旋回し始める。

「ぐぅ...うぅ......」

アオイの体にきついGがかかる。下手にこういう時は呼吸をしない、息を殺し耐える。

首を筋張らせて後ろを見るが、彗星は主翼のフラップを展開して旋回力をあげていた。

「もうなにもやってもダメ!ならば...!!」

旋回をやめ若干降下させると左フラップを力一杯踏み、操縦桿を左斜め下に思いっきり引く。

すると機体は進行方向に腹側を見せるような状態になり、尾翼を滑らせる形でバレルロールをした。

これは一歩間違えれば機体は失速し、最悪機体がきりもみ状態になる可能性がある。更に敵からも撃たれやすくもなる、いわゆる諸刃の剣だ。

だが成功すれば後ろの敵を自機より前に出させることが出来る。

うまく成功したとアオイは思ったが、ローズの方が一枚上だった。

ローズは彗星のダイブブレーキを展開して減速していた。

「後もう一歩って所だったけど、惜しかったねぇ。そろそろ降りてくれる。機体の検査しないといけないしぃ」

「うん...わかったわ」

 

滑走路に降りた零戦と彗星。二機を深山が駐機してある第四格納庫の手前まで近づけ、降りてくるアオイとローズ。

「いやぁいい機動だったよぉ。おかげで可動部分がよく見えたよぉ。」

「そう」

「少しぃ尾翼の右側を調整する必要があったけどすぐ直るよぉ!」

「うん」

アオイは元気のない返事が続いていた。あきらかに気を落としていた。

「がっかりすことないよぉ。それに初めて乗る機体であれだけの機動が出来たから、慣れてきたらきっと負けなしになるよぉ!」

ローズがアオイの肩を優しく叩き励ます。

「そっそうかしら、へへ」

ちょっと嬉しくてアオイは笑った。

「あっそうだ。ローズ、この町に図書館ってあったかしら?」

「図書館ねぇ、そうだぁ!ここよりラハマにある図書館の方が大きいよぉ!」

「ラハマに」

「ところでぇ何か読みたい本でもあるのぉ?」

「ううん、零戦に関して書いてある本がないか探そうと思ってね。」

「おぉ勉強熱心だねぇ!」

「今日はここに停めてある深山について教えて貰おうかしら」

「いいよぉ!この深山はスズネ運送協会二機目の輸送機なんだ!下部機銃座を荷物搬入口に改造した大型輸送機なんだ!一式陸攻では運べない飛行機のエンジンやガソリンの入った缶、といった重量物を運べるようになってるんだ!」

「搬入はどうやるの?」

「機内に設置したクレーンで釣り上げて入れるんだ!ちなみに人員は機首下から階段を下ろして乗るんだ!」

「エンジンはやっぱり“護”?」

「おっよく知ってるねぇ!でもこれは整備面を考えて一式陸攻と同じ、火星二五型乙に換装してあるんだ!搭載するの苦労したんだよぉ。」

「へぇ、武装も...」

「そう!交換出来るところは全部交換したよ!例えば...」

ローズの抗議が長く続くなかアオイは気付いていなかった。

深山の後ろに置いてあったT-4練習機の残骸、そこからエンジンの部品、二つあるうちの一つ、一基分が丸々一つ無くなっていたのだ。



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薔薇の刺突

ラハマ飛行場

 

輸送機に改造された深山の下、観音扉式に開いた所からハ25エンジン、またの名を栄エンジンが機内クレーンで吊り下ろされてくる。

その作業を見上げている人物がいる。

「ナツオ~、久しぶり」

オウニ商会所属コトブキ飛行隊の整備班長を勤めている“ナツオ”だ。

ナツオが振り向くと声をかけてきたのはローズだった。

「おぉローズ、久しぶりだな」

ナツオは深山の護衛できていた彗星と零戦五二型を見た。

「相変わらずお前っとこの飛行隊は塗装も機体もバラバラだな。整備面で苦労してるだろ、うちみたい統一したらどうだ。」

「統一したいのは山々だよぉ、でも皆の意見も尊重したいしぃ。あっそれに色んな機体を毎日整備出来るから楽しいよぉ!」

「なるほどなぁ、ところであの五二型は見たことないな。新入りか?」

「そうアオイっていう新しい隊員が入ったんだぁ!でも今は図書館に行ってるんだよ、零戦の資料を探しに」

「偉いもんだな、そいつの爪の垢を煎じてアイツらに飲ませたいぐらいだ。」

「えっ?それってもしかして」

「“キリエ”と“チカ”のことだ。」

「おぉ疾風迅雷のキリエと電光石火のチカのことだねぇ!」

「そう、だが操縦はできるが知識については全くだ。“棘の飛燕”みたいな奴が一番なんだけどな!」

「古い呼び方をしないで!もう足は洗ったんだよぉ!」

「わりぃわりぃ、ところでまだ飛燕に乗ってるのか?」

「ううん、今は彗星に乗ってるんだ」

「ってことはあの灰色の彗星か」

「そう!」

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ラハマ図書館

 

館内に入ったアオイは受け付けに行った

「すいません」

「はいなんでしょう?」

眼鏡をかけた老夫が出てきた。

「ニホン...ユーハング語でかかれた本はどこにあるでしょうか?」

「ユーハング語かい?ちょっと付いてきな」

付いていった先は図書館の奥の方にある棚だった。

「ここ一帯がユーハング由来の本が置いてある。まぁ読む人は殆ど居らんから誇りまみれだと思うが」

「いいぇ有難うございます」

「ごゆっくり」

そう言って老夫は行ってしまった。

アオイは自分の背丈よりも高い本棚を見上げる。

「この中から目的の本を、骨が折れるわね」

そう言って探し始めた。

 

「これは夏目漱石の“坊っちゃん”ね懐かしい、他には」

 

「童話集、まさかの右読み!」

 

色々捜索し

「陸軍兵器集、栄エンジン取り扱い説明書、海軍省...これだ!」

『取扱説明書 零式艦上戦闘機 海軍本部』と書かれた古い本を取った。

「昭和19年ちょうど五二型の生産してる時ね、これだわ」

書いてある文字は少し古いが十分読める。

アオイはそれを持って行く。

「五二型の20ミリはベルト給弾式になり各125発を携行可能か、二一型の二倍かぁ。でも甲型以降ね、私の五二型は無印だからドラム式かしら?」

アオイは図書館中央に設けられたテーブルに本を広げ読んでいた。他にも零戦の図面までも見つけた。

「へぇ燃料給油口は風防前にあるのね」

色々見ていくと様々な事が分かって面白い。

零戦はあの短い期間で栄光と衰退、両方を味わった機体でもある。

初戦から華々しい活躍をしていたのに、中期には時代遅れのになり終戦時全く太刀打ちできなくなっていた。

その輝きは花火のように一瞬だった。

零戦は空を滑るように飛ぶ、自身が風の一部になったかのように飛ぶ。これは他の日本機も同様、飛ぶ姿が無理をしないで飛んでいるからだ。

米軍機みたいにエンジン出力にものを言わせて、大きなプロペラをガンガン回して飛ぶ姿とは違う。

「急降下限界速度は667キロ、大体350ね。覚えておかなくちゃ。」

アオイはシズマツの文房具屋で手に入れたメモ帳に記入する。

急降下限界速度は絶対に覚えておくべきものだ。なぜならその速度を越えると機体が耐えきれず、空中分解を起こすからだ。

それにしてもこの世界の単位は微妙に私のいた世界と違う。

クーリル、ボットル等。

金の単位もそうだ。

銭とポンドが混じってる。

でも、昔の日本の単位と同じだから案外簡単だ。

厘がないだけましかもしれない。

ちなみに厘は銭の十分の一、円の千分の一の単位だ。

実にややこしい。

「失礼」

「うん?」

唐突に声を掛けられた。本から顔をあげると向かいに誰か座っていた。

長い銀髪を後ろで二つに縛っている。頭にゴーグルを付けている所を察するにこの人も飛行機乗りだろうか。

「あっごめんなさい、もしかして独り言がうるさかったかしら?」

「いえ、そちらの読書を邪魔してしまったのを謝罪する。」

「声をかけたって事は、私に何かよう?私はアオイ、貴女は...」

「ケイト、アオイの読んでいる本が興味深かったので声をかけた。」

「これね。これは零戦の事が知りたかったから読んでいたの、今度の愛機は五二型でね。ケイトの愛機は?」

「キ43-1丙、隼」

「隼かぁいいわね。」

「それよりアオイの読んでいた本についてだが、その本はユーハング語で書かれている。」

ギクッ

「普通では読めないはずのユーハング語を貴女、アオイは読解出来る。なぜ?」

あまりにも堂々と読んでいたのが悪かった。

自分がユーハング、もとい日本から来た人間だと言うことをすっかり忘れていた。

「あっああ、これはその只見ていただけ、そう見ていただけ!」

「貴女が先ほどまで記入していたメモ帳にはユーハング語で書かれていた。これについてはどう答える。」

ケイトはアオイのメモ帳を指差す。

「ぐぅ!」

自身がユーハング人だと言うことを公には余り知られたくない、そう思ったが言い訳があまりにも酷かった。

どうすれば

「もしアオイがユーハング語を理解出来るのであれば協力を得たい。」

「頼みね、なに?」

ケイトが持っていたペンで指したのはテーブルに置かれた数冊のノートだった。

「翻訳の手伝い。」

 

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ラハマより少し離れたら上空

 

キーンという甲高い増速冷却ファンを響かせて飛ぶ、紡錘形の機体。

「ミシラめ...よくも...!」

その機体に乗る男は呟いた。

 

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「これはね、ここじゃなくてこの前に付けるのが正しいの。」

「なるほど、理解した。」

ケイトから頼まれた翻訳は思ったよりも簡単だった。

今はユーハング語で書かれた参考書や本を手にケイトと共に勉強をしていた。

内容は物理学だ。

内容は飛行機乗りならある程度知っておくべき項目だ。

例えばG、重力の計算式とか。

「この計算式は間違えやすいから要注意ね」

「注意しておく」

いや、びっくりだった。

私がユーハング語もとい日本語を読解出来ることに対してなにか反応を見せるのかと思ったが、なにもなかった。

それどころか表情が全く変わっていない、多分眉毛の角度も変化していない。

「ねぇケイト、一つ聞いてもいい?」

「?」

「もし仮に私がユーハング、穴の向こうから来た人間だったらどうする?」

「どうもしない」

「それはまたなんで?」

「アオイがどのような生い立ちでイジツにやって来たかどうかについて、ケイトは興味がない。」

「まあそうよね」

「知ったところでケイトにはどうすることも出来ないから。」

「ふん...」

確かに私がユーハング人だっていうなら何が出来る?せいぜい飛行機の操縦ぐらいだ。

私は物語に出てくるような変身して戦えるヒーローじゃない。

イジツに住む人と何ら変わりなく暮らす、普通の人間だ。

この世界に来た理由は運命でも何でもない、神のちょっとした悪戯だろう。

迷惑な話だ。

「だがアレンの研究に役立てるかもしれない。」

「アレン?」

「ケイトの兄」

「お兄さんがいるの。なんの研究をしているの?」

「“穴”の研究」

「!!」

そこへ

「アオイぃ~、そろそろ行くよ~」

ローズがやって来た。

「えっ、もうそんな時間だったの?」

「もうエンジン回してるから早く行こう!」

「えっ!ちょっと待ってローズ。ケイトはどこ所属の飛行隊?そのおでこのゴーグルから察するに飛行機乗りでしょ、仕事柄これから会う機会があるかもしれないし、ね?」

「オウニ商会所属、コトブキ飛行隊」

「オウニ商会のコトブキ飛行隊ね!また縁が会ったら会いましょう!」

アオイは名前が少し気になったが、それを後回しにして急いで片付けをしてローズの後を追った。

 

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地上に大きな機影を落として、悠々と飛ぶ深山。

その後ろ斜め上空を並んで飛ぶ、彗星と零戦五二型。

無事輸送を終えて帰路、シズマツへ向かっていた。

アオイはふとあることを思った。

ローズはなぜ飛行機に乗っているんだろう?

普通の整備士だったら自分で操縦して飛ばない、例外があるかもしれないが、だからといって飛行隊に所属して空戦する整備士はいないはずだ。

「ねぇローズ」

「なにぃアオイ?」

「ローズってさ、なんでミシラ飛行隊に入っているの?整備士だけなら飛ぶ必要はなかったんじゃないの?」

「確かにぃそうだよねぇ。でもねぇ一度空の楽しさを知っちゃうと戻れないんだよねぇ」

「じゃあミシラにいる前から飛行機に乗ってたの、どこかの飛行隊に所属していたの?」

「ううん、私は元々賞金首だったの」

「えぇ?!」

衝撃の告白

操縦桿を握っていたのを忘れて、驚いた拍子につい手を動かしてしまい機体が大きく揺れた。

「大丈夫ぅアオイぃ?」

「ううん、平気よ」

アオイはすぐに機体を立て直す。

「私はねぇ、社長令嬢だったの。」

「えぇ?!」

「わわ、と言っても大きめの工場を保有してるだけだよぉ。でもねぇなに不自由なく暮らせているのがぁ、嫌だったんだよねぇ。」

「羨ましい悩み事ね」

「そんな時にぃ、飛行機に出会ったの。飛行機の存在を知った時に思ったんだよ、あぁ地べたをはいずくばって生きてる自分ってなんて惨めなんだろぅ、ってさ。それでパパの工場に勝手に潜り込んで、そこの人達に飛行機の事を一から教えて貰ったんだぁ。そして自分だけの戦闘機を手に入れたんだぁ、飛燕だよ飛燕!嬉しくて横に大きくバラの絵を描いちゃったんだぁ!」

「飛燕...彗星と同じエンジンを積んだ戦闘機ね。」

飛燕は陸軍の主力戦闘機の一つで、珍しい液冷エンジンを搭載していた。ただ、扱いの難しい液冷エンジンのせいでよく不具合が起きてしまった。

しかし、飛燕が優れた戦闘機だったの確かだ。速力、火力が優れ機動力も必要十分。防弾もある程度考えられ、急降下速度も高かった。

「でもねぇ、当時の私はすごく思い上がりが強くてねぇ。空を飛んでいる他の飛行機が邪魔に思えてきたの、それで色んな飛行機乗りを地におとしていったんだぁ。雇われ飛行隊、空賊、自警団、落としていった機体は数知れず。いつしか私は無敵だぁ、って思うようになっちゃってぇ、そうしたら賞金がかかっちゃってぇ。」

平然と言っているがかなりヤバイ過去だ。

「まぁ賞金首って言っても顔とか分からないから、バラのマークを付けた飛燕ってだけしか特長がなかったんだよねぇ。だから“棘の飛燕”なんて呼ばれていたんだ。でもそれは長くぅ続かなかったんだぁ。」

「親御さんはご存知だったの?」

「いや、知らないと思う。飛燕に乗って家出したのは知ってるけど、バラのマークは家出後に付けた奴だからね。」

ローズは風防越しに見える青空を見上げる。

「ある日飛んでいたら二機の見慣れない戦闘機を見かけたんだ、私は有利な上空にいたから一撃離脱を狙った。だけどその二機はあっさりと私の不意打ちを回避してそのうち一機が、後ろから追い掛けてくるんだ。特徴的な逆ガル翼だから流星だってすぐわかったよ。」

「流星...」

もしかしてオルカの流星かしら

「戦闘機じゃない飛行機に追われるなんて屈辱的だ、って思った私はなんとか振り切ろうとしたけどまるで歯が立たなかったよぉ。最後はエンジンとラジエーターを撃たれて不時着することになったんだよねぇ。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

機体各所から煙を吹きプロペラはへし曲がり、不時着に失敗して前方につんのめりひっくり返った飛燕。

操縦席後ろの脱出ハッチが内側から乱暴に開かれる。

出てきたのは髪をショートカットにしていたローズ。

「“棘の飛燕”なんて大層な名前がついて賞金が掛けられているからどんな奴かと思ったが、まさか女の子だったとはな」

ローズが顔をあげた先には髪を腰まで伸ばしていたオルカだった。

「飛燕の正体見たりロウズマリイ。どうだい姉貴?」

「オルカ、ローズマリーは別にバラの仲間じゃないよ。正式にはシソ科。」

オルカの後方には流星と零戦五二型が止められていた。

その五二型の方から松葉杖を両手に持ったアニラが来て、オルカに突っ込みを入れた。

「げぇマジか。ってそんな事よりどうするんだコイツ、当局につき出せば金一封だぜ!」

「そんなことしなくても撃破した事を証明できる物があれば賞金が出るでしょ。」

「それもそうだな、じゃあもしかしてコイツも?」

「そのつもりだよ。」

アニラはローズの元へ寄る。

「貴女がオルカ、あの流星に負けた理由わかる?」

アニラはローズに聞いた。

「技量...それとも機体の差」

「それもあるかもしれないけど大事な事を忘れているよ。」

「大事なこと...」

「守りたい物だよ。貴女にはあった?」

無心でただ目の前の戦闘機を落としていたローズにはそんな物がなかった。

「なかった...」

「貴女を撃墜したオルカは私を守ろうという一心で戦った、だから貴女に勝てたの。」

「守りたいもの...、それで私をどうするの?」

「本来は当局につき出すべきだと思うけど、飛燕を自分で整備出来る優秀な戦闘機乗りを牢屋の中で燻らせちゃもったいなよ。」

アニラはローズの前に手を伸ばし

「私と一緒に飛ばない?まだ見知らぬ空へ!」

と言った。

呆然としていたローズと目をキラキラさせたアニラ、その二人を後ろでオルカは笑っていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「自分が井の中の蛙だぁーって事を強く感じたよぉ。」

「そうだったの。」

「でも今はアニラのミシラ飛行隊に入って良かったぁーって思うよ。キシネさんは優しいしぃ、地元だし。」

「地元...ローズ!貴女シズマツ出身だったの?!」

「へへ、そうだよぉ。」

二人の元に唐突に無線が入る。

相手は目の前を飛ぶ深山の通信手、ユサイだ。

「緊急事態です!未確認戦闘機接近です!」

『!!』

二人に緊張感が走る。

「向きと数は?」

「本機八時の方向、今の所一機です!」

「わかったわ、ローズは上で他に敵がいないか警戒してて、私がその不明機の確認に向かうわ」

「おぉ頼もしいねぇ。了解。」

彗星は機首をあげ高度をあげる。

アオイは機首を八時の方向へ向け、迎撃に向かった。

 

段々近付く機影。

ずんぐりした本体と短い翼。

雷電だ。

海軍の局地戦闘機として作られた飛行機だ。

「まずはお前からしまつしてやる!子分の敵だ!」

雷電の機首と翼から弾丸が飛び出してきた。

アオイはラダーペダル踏んで零戦を横滑りさせる。

すれ違う一瞬、アオイは機体横についたマークを見た。

見覚えがある。

以前落とした九六式艦上戦闘機にもついていた。

アカリス賊のマークだ。

雷電は旋回してまたアオイへ向かってくる。

「向こうは雷電の戦い方を知らないの?」

雷電は上昇力を生かして相手より有利な上空に出て、降下しながら敵を攻撃し離脱する。

いわゆる一撃離脱が主な戦法だ。

旋回能力は他国の戦闘機に比べたらいいかもしれないが、零戦と比べたら絶対に負ける。

雷電が大回りして旋回するところを、零戦はそれより小さく回る。

アオイは雷電の後ろにつく。

「おっなかなかやるじゃねぇか!」

零戦に後ろを取られたことに気付いた雷電は垂直に近い降下を始めた。

アオイも降下し始める。

雷電と零戦、両者共に重力の力を借りてどんどん加速する。

その時、アオイは速度メーターを見て一瞬血の気が引いた。

五二型の速度メーターは普通300ノットまでしか刻まれていない。

だがこの零戦のメーターは400ノットまで刻まれていた。そして、その400ノットより上を針が指していたのだ。

零戦五ニ型は大体350ノットで機体の限界が生じ、機体の一部からミシミシという鉄の破れる鈍い音が徐々に聞こえ始め。最終的には派手な音をたてて空中分解を起こす。

アオイの脳裏には最悪な光景がよぎった。

だが零戦からは機体の限界を感じられるような悲鳴が聞こえない。

どうして?

それよりも今は目の前の事に集中。

雷電は水平に戻り、今度は上昇し始める。

「ぐっうぅ...」

機体が空中分解を起こさぬようにアオイはゆっくりと操縦桿を引いて、機体を引き起こす。

急上昇に入ったものだから五二は速度が落ちてしまう。

だが目の前の雷電は持ち前の馬力を生かしぐんぐん昇っていく。

ダメか、と思ったそのとき。

突如無線から

「追い込みありがとぉー」

とローズの声が聞こえたかと思うと、ダダダダダと雷電の斜め上から弾の雨が降った。

雷電は、エンジンカウル、風防、尾翼まで一直線に被弾した。

黒煙を吹き始める雷電、その横を彗星が通過した。

7.7ミリ機銃でも重要部分を的確に当てれば、撃墜は可能だ。

ローズは上空で待機しアオイと雷電の動きを見ていたのだ。

そして、雷電の動きが単調になった上昇中、弱点を晒した瞬間をローズは見逃さずに刺したのだ。

“棘の飛燕”と呼ばれていたローズが得意としていた戦法だった。

その後零戦五二型、彗星、深山の三機は無事シズマツに到着した。




スズネ運送協会保有機体
その1
アオイの零戦五二型
塗装:F-2戦闘機の洋上迷彩に酷似した塗装
マーク:一枚の花弁が赤く塗られた桜花
以前はアニラの愛機でもあった。
翼は超々ジュラルミン(通称:EDS)を越えるHEDSと呼ばれる新素材巷で作られた物に交換され、カタログスペック以上の強度を持つ。巷にはハイパージュラルミンと呼ばれる。
20ミリの給弾はベルト式になり各125発、計250発を発射可能。
座席背後に防弾板、風防は全て防弾ガラスに、翼内には自動消火装置と防弾ゴムを装備してある。
エンジンについても潤滑油やプラグも選りすぐりの物に交換され、実際より馬力は上がっている。
ローズは五二型の性能向上を計画しているが、パーツの不足で実現には至ってない。
シズマツの“ハナマル飛行機”製造。


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堅気な鯱鉾

スズネ運送協会女子寮

 

パチ

~♪

パチ

ジュークボックスからジャズが流れ、それになにかがぶつかる音が混じる。

「それで空賊が雷電を使ってたんだよぉ!びっくりだよねぇアオイぃ」

パチ

ローズに問いにアオイは「確かに雷電だったわ」と答える。

パチ、パチ

「空賊が雷電だぁ?見間違いじゃないのかそれ。」

疑うオルカ

パチ

「ローズの工場の商品だった」

「それかコレクションの一部」

『どっちかが盗まれたんじゃない?』

エリとリエはきれいに声を揃えながらいう。

パチ

「後で回収した雷電の残骸にはうちの刻印が入ってなかったから、そんなはずないんだけどなぁ。それに最近製造したのは隼の三型と飛燕だし...後零戦二一型と...」

ローズは首を傾げながらいう。

「おっしゃあ!あがり、ロン!!」

「えぇ?!」

「あら」

『あぁぁぁぁぁ』

揃った牌をひっくり返すオルカ、驚くローズ、いっぱい食わされた顔をするアオイ、頭を抱えるエリ・リエ。

「“マージャン”なら自信あるんだ」

得意気にいうオルカ

「トランプと」

「賭け事なら」

『負けないのに~』

負け惜しみ的な事を言いながら他の人の牌を集めて、箱の中へしまうエリとリエ。

そう五人はついさっきまで麻雀をしていたのだ。

麻雀は中国発祥で、日本でメジャーになり始めたのは関東大震災の頃だ。

おそらくこれも“穴”から来たのだろう。

テーブルの四方にアオイ、オルカ、ローズ、エリとリエは二人で一人。

といった感じでやっていた。

「人生油断した奴から負けるんだぜ!」

オルカの言葉に目をキラキラさせたエリとリエ。

「なにそれかっこいい!」

「今度それ私らも使う!」

対してローズは

「マージャンに人生かかってるのはやだなぁ」

で、そんな事を無視してアオイは

「オルカは麻雀が得意だけど、親御さんの影響?」

「まぁ...な。」

目線を反らすオルカ。

なにかあるのかと、気になったがそこへ

ガランガラン

ドアに設けたベルが鳴ってアニラが入ってきた。

「おかえり姉貴」

『おかえり~』

「おかえりぃ~」

「おかえりなさいアニラ」

「ただいま」

アニラは器用に杖でドアを押して入ってきた、反対側の手には封筒を持っている。

「ミュラさんから伝言と仕事が入ったよ、集合して」

ミシラ飛行隊員全員がアニラの前にオルカ、ローズ、エリ・リエ、アオイの順で並ぶ。

「番号!」

「一!」

「二!」

『の!』

「三...うぅん!!?」

アオイはこけかけた。

アニラはやれやれって顔をして、オルカとローズは笑っていた。エリとリエはそっぽ向いている。

「もうエリとリエは、さて気を取り直して」

これはアオイにとって始めての飛行船乗務だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

翌日

シズマツ上空

 

全長200メートルを軽く越える大型の飛行船“タテヤマ”、スズネ運送協会が所有している輸送用飛行船だ。

悠々と飛ぶタテヤマの後部、ハッチが開いている。

そこへ脚を降ろし、フラップを全開にして洋上迷彩の零戦五二型がフラフラしながら近づいている。

アオイは緊張でいっぱいだ。

ハッチの広さは烈風や流星が余裕で入れる大きさだから、それより小さい五二型なら簡単に入れると思ったがそんな事はない。

妙な圧迫感があって息苦しく感じる。

自分はもう五二型には乗り慣れている、心配はない。

そう言い聞かせハッチへ近付く。

怖がったアオイは五二型の着艦フックを降すことにした。

操縦室右側にあるフック垂下把手を下方へ下げる。その下にある指示装置を見てフックが下がったことを確認する。

着艦時、前につんのめるを我慢するためアオイは足を踏ん張る、踏ん張らないと目の前の照準機に顔をぶつけることになるからだ。

着艦する寸前で機体後部を下げ、前輪と後輪を同時に着地させる。

タテヤマ内の滑走路に設けたアレスティングワイヤーに引っ掛かり、五二型は急停止した。

アオイは一息ついて、エンジンを切る。

プロペラが停止した所でタテヤマ乗員が集まってきて五二型を、滑走路横の駐機スペースへ押して移動させた。

エリ・リエの夜間迷彩の三二型の隣に駐機されアオイは五二型を降りた。

周囲を見てみると烈風と流星が翼を折らないで展開した状態で並んで駐機している。

両方全幅14メートルもある飛行機なのに飛行船内はかなり余裕がある。

一式陸攻は無理だが、おそらく双発戦闘機位簡単に運用できるくらい広い。

「アレスティングワイヤー使ったとはいえ一発で着船するとは中々センスがいいな!」

オルカが手を叩きながらやって来た。

「一発でクリアしないと飛行船に衝突して私はお陀仏になって、オルカ達は火の玉になってたわ」

「げっそれはいやだな!」

そう一歩間違えば大事故に繋がる行為だ。

これからも日常的に輪くぐりをしなくちゃいけないから気が滅入る。

「それより中に休憩所があるからそこに行こうぜ」

「待って」

「なんだ?」

「運ぶ荷物が気になるわ」

「あぁ、荷物ならそこの階段を上って右へ行った先の倉庫だ。」

「ありがとうね、オルカ」

そう言ってアオイは倉庫へ向かった。

そこへ

「オルカ、ちょっといい?」

アニラがやって来た。

「なんだ姉貴?」

「エリとリエの姿が見えないの、探してきてくれるかな?」

「ローズに頼めばいいだろ?」

「ローズは整備で忙しいんだよ、これはオルカにしか頼めないの、ねぇお願い?」

アニラはオルカの手を取って頼む。

「わかったよ姉貴のお願いなら断れないな」

 

タテヤマ船内倉庫

 

多数の木箱が並ぶ。その真ん中をアオイは歩いている。

送り先はシズマツ自警団のカナリア自警団宛になっている。

なんて思っていると

ガタッ

ダダダダダ

ドッ!

なにかが駆け回る音が聞こえた。

音がする方を向くも姿がない。

サササ

後ろで音がして振り向くと箱に隠れていくオレンジ色の尻尾。

やっぱりね。

「エリー!リエー!」

そう叫ぶと箱の上からひょっこりと二人が顔を出してきた。

「あっアオイだー」

「だー」

「二人とも何してるの?!」

『かくれんぼー!』

二人は箱の上からジャンプすると空中宙返りをして着地した。

エリ・リエの身体能力の高さは一体なに?

そんなことより

「えらく大きな木箱ね。中に何が入ってるの?」

中身の方が気になった。

「エンジンのパーツ主に誉エンジンの」

「イズルマ自警団の主力戦闘機紫電用」

「紫電ってあの局地戦闘機の?」

『そうだよ』

「火力に優れて速度に優れて」

『優秀だけど』

「旋回性能は微妙航続距離は短い」

『おまけに視界が悪い』

「そんなことないわ、紫電はあの有名な戦闘機、紫電改の元にあたる機よ。水上戦闘機の強風を陸上型に設計し直したのが紫電で、多くの問題を抱えた機でもあったわ。だが、私の乗っている五二型より勝っている所もあるわ。エリとリエが乗る三二型よりもね。」

『たとえばどんなところ?』

「例えば機体の強度、強度のおかげで零戦より限界速度は高い、更に機銃を撃った時にぶれないから命中率もいいわ。それに航続距離が短いのは局地戦闘機だからよ。町を守る自警団なら長い航続距離は無用だわ。」

『あっーそっか!護衛する必要ないもんね』

使い方を考えればそれなりに使える戦闘機だ。

「でも、なんでエンジンパーツをわざわざ遠いシズマツから取り寄せるの?地図をみるとシズマツからかなりの距離があるのに。」

「機体を作る工場はたくさんあるけど」

「エンジンを製造できる工場は少ない」

『イジツには少ない』

「でもシズマツのハナマル飛行機は」

「数少ないエンジンを量産する工場」

『しかも質も価格も安いから大人気!』

確かに飛行機用のエンジンは車以上に高回転で回るし過酷な場所で使う。

それだけ頑丈に作らないといけないし精度も求められる。

シズマツのハナマル飛行機は優れた工業力を持っているのだろう。

「おい量産型!また荷物の周辺で遊んでいやがったな!」

オルカはエリ・リエにげんこつを喰らわした。

『いたーい!』

頭を押さえるエリとリエ。

「姉貴が探していたぞ、空賊がいつ現れるかわからないから配置に付いていろよ。」

「確かにそうだね」

「オルカがいると尚更ね」

「なんでそう言いきれるんだ?」

エリとリエは互いに顔を見合わせニヤリと笑うと

「似た者同士は」

「引き付け合うんだよ!」

「このやろう!!昔の俺とは違うと言っただろうが!!」

『キャー♪』

オルカはエリとリエは追いかけはじめた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

イズルマまで後18時間で到達する位置に、飛行船タテヤマを飛んでいる。

現在は夜。

夜のはずなのな外は頑張れば見える位に明るい。

理由は月だ。

月からくる月光の影響でかなり明るい。

ビッービッービッー

艦内を警報音が響く

『現在本船に向けて多数の航空機が接近中、数は十二、向きは本船正面接敵までおよそ二十分。情報によると近辺に出没する“ウノメ”団と思われる。』

無機質なアナウンスを合図に格納庫内の整備士がイナーシャを持って、急いで各担当の戦闘機に向かう。

それに混じってローズ、一足遅れてアオイとエリ・リエ、アニラをお姫様抱っこしたオルカが続いた。

手早く各機、エンジンを回すと格納庫真ん中の白線に並ぶ。

前方のハッチが開き、整備士達が退避を確認すると上のランプが赤から青に変わる。

順に各飛行機が離陸していき、最後にアオイの零戦五二型が出た。

 

先頭をアニラの烈風、右翼にオルカの流星、その反対にローズの彗星、その両翼端にエリとリエの零戦三二型、そして真ん中にアオイの零戦五二型がくる。

綺麗な編隊飛行だ。

各戦闘機、飛行特性が違うのに揃えられるのはそれぞれが信じあってあるからこそ出来る芸当だ。

そこへ

『ミシラ飛行隊へ緊急連絡!』

「どうしたの?」

アニラが応答する。

『本船右方向から別部隊が接近中!』

「別部隊?」

「伏兵じゃない?」

エリとリエは口々に言う。

『数は八!』

「これで合計二十だねぇ。でもおかしいねぇ、ウノメ団だったらせいぜい七機程度なのにねぇ。」

ローズは手帳に記載してある空賊の情報と照らし合わせる。

「だからって放っぽっておく訳にはいかねぇだろ。姉貴、別部隊は俺に任せてくれ!」

オルカの流星はバンクすると編隊から離れていった。

「あっ!アオイ、オルカに付いていってあげて!」

「了解」

アオイは零戦を上昇させ編隊から離れるとオルカの流星を追った。

 

「といって無茶して飛び出したはいいが一機で八機相手にするのかきついな」

「そりゃそうよ、でも一機で四機相手にするならまだ気は楽じゃない?」

「ア、アオイ!」

「見栄はるのはいいけど墜とされたら元も子もないわ。」

「見栄じゃねぇ、こうでもしねぇと姉貴に顔向けできねぇんだ。」

「ねぇ、オルカとアニラはどういう関係なの?もしかしてオルカがミシラに入ったのと関係あるの?」

「...俺は空賊の団長だったんだ。でもそこから俺を救いだしてくれたのが姉貴、アニラだったんだ。」

「オルカは元空賊だったの」

「そうさ、俺は空賊の前の団長が拾ってきた捨て子でな。族長がいなくなった後はそのまま頂点にされちまった訳だ。団長になったからには仕方がないと、色んな悪事をしたもんだ。」

「麻雀ももしかして」

「あぁ、金稼ぎのやり方として覚えたことだ。とにかく腕を磨いて掛けマージャンで稼ぎまくった。」

「それであんなに上手かったの」

「イカサマなんてない、マージャンも空戦も自分の実力を磨いて勝ってきたんだ。だけどそれを姉貴、アニラに砕かれたんだ。」

「なにがあったの?」

「あれはスズネ運送協会の一式陸攻を集団で襲おうとした時だった。一機の零戦が迎撃に来たんだ。こっちは六機で機体は紫電、性能だけならこっちが上で楽勝だと思ったが違った。ヘッドオンで一機撃墜されたと思ったら次の瞬間にはもう一機、また一機とどんどん仲間達が堕ちていったんだ。」

「ちょっとまって、アニラは零戦一機で紫電六機を相手にしたの?!」

「今でも信じられないぜ、でもあの光景は今でも目に焼き付いてる。あんなに華麗に撃墜されたのは始めてだった。」

 

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不時着した紫電の前に俯くオルカ

「団長機に乗ってたのは貴女だったんだ」

オルカが顔をあげるとアニラが両手に松葉杖を持った状態でやって来た。

「お前はなんだ?」

「貴女たち空賊を撃退した零戦のパイロット。」

「マジか...」

オルカはアニラの姿を見てため息が出そうだった。

「俺は手負いの奴に墜とされたのかよ」

その言葉にアニラはムッとした。

「失敬な私は手負いじゃないよ」

「じゃあその足はなんだ」

オルカが指差したのは引きずっていたアニラの右足。

「これは只の義足。まだ馴染んでないだけで、これ以外は健康そのものだよ。」

アニラはオルカの前に立つ。

「貴女はこれから連れていくけどいい?」

「連れていく?はっ、俺はブタ箱行きか...」

「うぅん、もっと良いところに連れていく。」

「空賊上がりの俺に行くところなんかそこ以外ないだろ...」

「それがあるんだよね。一つ。」

「それはどこだ?」

「私の働いてる場所、シズマツのスズネ運送協会。」

「はっ、なに言ってんだお前。俺はついさっきまでそこの配達便を襲おうとしていた身だぞ。雇ってくれる訳ないだろ。」

「じゃあ大人しくブタ箱に入る?私はあんなに操縦が上手い人間を閉じ込めておくのは、勿体無い気がするけどね...あっ!そうだ!ねぇねぇ!」

アニラはオルカの手を取って

「貴女は私が憎い?」

「はっ?」

唐突に何を聞いてるんだこいつは

「まぁそりゃあ仲間を墜とされたら少しは憎いけどさ。」

「なら私を撃ち落としてよ!」

「はぁ!?」

ますます言ってる意味がわからない。

「だからなんて言えばいいかなだろう?つまり私を墜とせるのは貴女だけってこと!貴女名前は?」

「えっ、オルカだけど...」

「オルカって言うの!私はアニラ、宜しくね!」

 

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「半ば強引に入れられたが、姉貴は凄いぜ。義足でありながら俺より撃墜数が上なんだぜ!」

「義足だったんだ...」

「あの日以来決めたんだ、姉貴を撃墜できるのは俺だけだ!ってな。」

「そうだったの、あれ?紫電に乗ってたのよね。」

「そうだが」

「流星はどこで手に入れたの?」

「ハナマル飛行機で売れ残ってた奴を姉貴が買ってくれたんだ!ちなみにいた空賊の名前は“ダイミョウエビ”団だ。」

「ダイミョウエビ...」

「ユーハングには民衆を束ねる偉い人をダイミョウと呼ぶんだったかな?」

「それじゃあ機体の鯱もその名残ね」

「いや、ちょっと違う。これは姉貴の元に付くときに付けた奴だ。」

「つまり...」

「ダイミョウが住んでるのは城っていうデカイ建物だろ、その城で一番高い所にあるのがシャチホコなんだってな。それを機体に付けていれば俺は天下を取れる、最強になれるって訳だ!」

「こじつけね」

「おっ見えてきた。」

遥か遠くでなにかが光った。月光に反射して光った翼だろう。

「相手はウノメ団、型は鍾馗だったよな。楽な相手だ。」

「そんなことないわ。鍾馗はいい戦闘機よ。上昇力と降下速度に優れ限界速度は800キロ以上。登場当時、800キロまで耐えられる戦闘機は他国でもそういなかったわ。火力はそこそこだけど、防弾性もよく、旋回性能も他国の戦闘機に比べたら良いほうよ。舐めてかかったら痛い目見るわ。」

「そ、そうだったか?」

「さらにとあるドイツ人パイロットは「日本パイロット全員が二式単座戦闘機を乗りこなせれば日本軍は最強になる。」と言い。アメリカも紫電改や疾風を抜いて「迎撃機として最優秀」との評価を得た位よ。」

アオイが話している内に鍾馗の群れが近づいてきた。

「なぁ、アオイ。なんでそんなこと知ってるんだ...?」

鍾馗の群れが射撃しはじめた。

「オルカ!あまり動きを予測できないような機動をして!」

「わかってる!」

オルカは大きくバレルロールをしながら射撃し始める。

アオイはロールをして背面飛行にすると一気に降下し、降下速度を稼ぐと上昇し鍾馗の後ろにつく。

後ろについた鍾馗は蝶フラップまで展開して機動力をあげようとしている。

だが、零戦と鍾馗の機動力を単純に比べるなら。零戦の方が圧倒的に上だ。

前のアカリス団の雷電もそうだが、この世界の戦闘機乗りは機動戦を好むようだ。

斜め上を向いて仕掛けてくる他の鍾馗がいないことを確認する。

アオイはスロットルレバーにつくスイッチを切り替えて20ミリと7.7ミリが同時に発射するようにする。

アオイは目の前の照準をにらみ敵がそこへ重なった時、発射レバーを握った。

曳光弾が生み出す四つの光の線が目の前の鍾馗に伸びる。

7.7ミリと20ミリは中心から少しずれたが鍾馗の左主翼の付け根に直撃し、大穴を開ける。

鍾馗は火を吹き墜ちる。

すかさず周囲を確認する、すると直上から鍾馗が降下してくるのが見えた。

アオイは左フットレバーを思いっきり踏み、零戦を左へ滑りながらロールさせる。

鍾馗が撃った曳光弾が横を通過し、鍾馗も通過していった。

そこを見計らってアオイは右ラダーを一瞬踏んでロールを止めると、背面飛行の状態で鍾馗を追う。

例え零戦の翼が強化されているとはいえ、鍾馗には降下速度では絶対に負ける。

アオイは鍾馗が照準機にとらえた瞬間引き金を引いた。

20ミリは鍾馗の両翼に綺麗に当たり右翼のエルロンが外れた。

アオイはそれを避け、機体を水平状態にする。

一瞬、速度メーターを見て問題ない速度だと確認して機体を上昇させた。

上昇させた先では鍾馗が流星に墜とされているのが見えた。

艦攻でも十分戦えるのね。

なんて思っていると流星の後ろから鍾馗が近付いてるのが見えた。

「オルカ後ろ!」

「なに!?」

間に合うか

アオイは見越し射撃をする。

撃った機銃は無防備に晒していた鍾馗の腹に当たる。

鍾馗は火を吹き墜ちる。

アオイはオルカの流星に並ぶ。

「ありがとうなアオイ、今の何機目だ?」

「...三」

「三か俺も三...」

そうオルカが言いかけた時、後ろに鍾馗がもう一機追い掛けて来るのが見えた。

「アオイ!避けろ!」

「っ!」

アオイは咄嗟に操縦桿を引いて零戦を上昇させる。

オルカは機首を上げると同時にスロットルレバーを閉める。

流星は失速し機首を上に向けたまま降下しする。

速度が出ていた鍾馗はそのまま流星を追い越してしまった。

オルカは素早くスロットルを開いて流星を加速させ、鍾馗の後ろにつくと機銃を撃った。

翼内に設けた九九式二号20ミリ機銃が火を吹く。

鍾馗の両翼がもげた。

「よっしゃ、これで四機目!」

これでこっちの部隊は壊滅できた。

あの短時間で私は三機も墜としたの。

アオイはあまり実感がわかなかった。

「オルカ!ちょっといい?」

無線から聞こえてきたのはアニラの声だ。

「姉貴どうした?」

「こっちが思ったよりもやり手だったから手こずってるの、手助けに来てくれる?」

「わかった。アオイ、残りの一機の方を頼んだ!」

「了解したわ」

オルカの流星はアオイの零戦から離れていった。

アオイは流星を見送り残った一機がいる方を見る。

この世界の夜は昼間ほどではないがアオイのいた元の世界より明るい。

ぼんやりではあったが機影が見えた。

アオイはいざという時に備えて有利な位置、斜め後ろにつく形でその未確認機に近付いた。

見えてきた機体は戦闘機だ。

だが少し普通と違う。

空冷エンジン搭載だと絶対にできない細くなった機首、風防後部は機体と一体化されている。

その戦闘機はアオイに気付いたのか、旋回して雲の中へ逃げていった。

攻撃意思がないと読み取ったアオイはその戦闘機を追いかけなかった。

「未確認の戦闘機を確認した、機種はおそらく飛燕?」

「飛燕だぁ?」

「でも問題ないわ。今雲へ逃げていったわ。」

「ならよかった。こっちも片付いたから戻ってこい。」

「了解。」

アオイは五二型の機首をタテヤマの方へ向け帰還することにした。

それにしても気になることがあった。

さっきの戦闘機だ。

確かにシルエット的に水冷エンジン搭載した機なのは確かだった。

咄嗟に飛燕と言ってしまったが、アレは全くの別物だった。

「機体下にはラジエーターがなかったみたいだし、飛燕と違って機体が直線的だった。それに...」

そうはっきり覚えていた事がもう一つ。

「プロペラスピナーの模様...あれはなんだったのかしら?」




スズネ運送協会保有機体
その2
ローズの彗星
塗装:現代戦闘機風なグレーの迷彩
マーク:クロスしたレンチと薔薇
エンジンをアツタ三二型に換装してあるため彗星一二型である。
ローズの現在の愛機。整備も自分で行っている。行えるのは以前飛燕を乗っていたからだろう。
彗星の速度と強度を生かした一撃離脱方式の戦闘を行う。
7.7ミリ機銃では威力不足を感じ、ローズは換装を考えている。
ジャンク品をかき集めて作ったローズの傑作品。


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黒と白の翼

皆さんは一番くじは何当たりましたか?
私は三つ引いてF、G、H賞が当たりました。
三つともザラ!これにはびっくり。


イズルマ

飛行場

 

イズルマに到着してアオイはアノ機体のことで頭がいっぱいだった。

水冷エンジンの機体を色々思い出した。

第一に思い出したのはアメリカのP-51ムスタングだ。だがすぐに候補から外れた。

ムスタングにはラジエーターを冷やすための大きな空気取り入れ口があるはずだ。それと現存していた機体のほとんどは銀色だったはずだから、月光に反射してギラギラ光っていてもおかしくない

その次の候補は同じくでアメリカのP-40だ。あえて名を言わなかったのは三つもあるからだ。それはいいとして、これもすぐ候補から外れた。

P-40の機首、カウル下は口みたいに大きく開かれている。それが見られなかったアノ機体はP-40じゃない。

そこで次の候補、いやこれが大本命。

ドイツのBF109だ。

飛燕と殆ど同じエンジンを使っている上、数は少ないが研究目的で日本に輸入された記録もある。

穴を通ってこの世界に来た可能性だって十分あり得る。

「でもあのメッサーのパイロットは私を攻撃しなかったのかしら...」

そこが不可解だ。

私とオルカを攻撃チャンスはいくらでもあった。なのに攻撃しなかった。

「なぜ...」

「アオイー、そんな所で何してるの?考えごと?」

下から声がした。

アオイの下でアニラが手を降っていた。

アオイが腰かけて考えごとをしていたのは愛機、零戦五二型の主翼の上だ。

普通はそんな所に座っちゃダメだが、補強してあるおかげで全く問題なく座れる。

「正解、考えごと」

「ちょっと時間くれるかなー?」

「いいわ」

アオイは翼から飛び降り、アニラの近くに着地した。

「要件はなに?」

「実はね、シズマツのカナリア自警団にね演習相手を頼まれたんだけど、良いかな?」

「今すぐ?」

「そうだよ。特別報酬もでるからさぁ、ね?」

「報酬目当てでやるつもりはないけど...」

「そうなの?エリとリエは特別報酬ありって聞いたら大喜びで引き受けてくれたよ。」

「オルカとローズは?」

「オルカは買い物に行ったよ。ローズはプラグと下請けに出したパーツを取りに行くって。」

「なるほどね、アニラは?」

「私は下で評価と記録係を頼まれたよ。」

「飛ぶのは零戦だけになるわね。」

「機体統一した方が訓練しやすいからね、それにアオイ達の機体は昼間は目立つから敵機役にぴったりだよ!」

「私のは本来昼間でも目立たなくするための塗装なんだけどね...」

アオイの零戦に施してある洋上迷彩は元々、昼間の海上を低空飛行する際に目立たなくするための塗装だ。

ただ、海の無いイジツでは昼間は目立ってしょうがない。夜間は別だが。

「まぁいいでしょ。敵役が目立つ塗装をしていれば負けた時に敵機が見えなかったから、って言い訳出来なくするし。」

「確かに、私らはさながらアグレッサー部隊といったところね。」

「あぐれっさー部隊...?」

「なんでもないわ、忘れて」

「うーん?」

「とりあえず私は先に休憩してくるわ」

アオイはその場を後にした。

「あぐれっさー...ってなんだろう?」

アニラは首を傾げる。

その後ろでは零戦の蒼が太陽に照らされて、輝いていた。

 

しばらくたって

 

滑走路横の駐機場に綺麗に並んだ、全体を薄い黄色で塗り青い帯を付け、機体横にカナリアのマークを付けた紫電が四機。

その反対側に、機体横に赤丸にカタカナの『ス』を付けた全体を真っ黒に塗った零戦三二型と、同じマークを付けた濃い蒼色と水色の洋上迷彩をした零戦五二型が並ぶ。

「本日は宜しくお願いします!」

『おねがいしまーす!』

カナリア自警団の、アコ、エル、ヘレン、リッタが並ぶ。

「じゃあこれから打ち合わせを...」

『私達はパスで』

エリとリエはそう言って自分達の愛機の方へ向かった。

「えっ?ちょっとエリ、リエ!」

アオイが呼び止めようとするが

「だってこれから私達敵じゃん?」

「下手に仲良くして情が入ったら」

『演習にならないもんね~』

二人は各自零戦三二型の点検を始めた。

「全く、あの二人はいつもマイペースね。」

「すいません」

アオイは呆れ、アニラがアコに謝ったが、アコは

「いえいえ、それだけこの訓練に取り組む気があるんですよ。」

「そうかしら?」

「そんなことより搭乗する機が全てバラバラなのにあの高度な連帯が取れるミシラ飛行隊と訓練出来るんですよ!感激です!!」

アコの横で眼を輝かせるリッタ。

「巷には飛行隊全員が訳有りと聞きましたが、実際はどうなんですか?」

「それについてはノーコメントで」

「同じく」

エルの問いにアオイとアニラはそっぽを向く。

「フフ、もしそうだったら面白そうですね。」

「もうエル!」

言ってることは正しい、今アオイが解っているだけでも元空賊団長、お尋ね者、擬記憶喪失(アオイ)がいる。

スズネ運送協会の従業員の多くが訳有りの人が多い。

整備士をやっているジロウは元ギャング、事務をやっているミュラは...謎。

といった感じで、表沙汰に出来ないことを背負った人が多く勤めているのがスズネ運送協会だ。

ボスであるキシネはそういう所は気にしない寛大な人なのか、もしくはそういう人達を救うために多く雇っているのか、それはよく分からない。

 

簡単なミーティングを終えて滑走路に並ぶ両隊。

紫電と零戦を並べると、その違いがよくわかる。

零戦は低い位置に羽が付いているが、紫電は機体の中間位の高さに付いているため脚が長い。おかげで地上では操縦席から正面が殆ど見えない。

更に紫電のプロペラが零戦のに比べて大きいことがよくわかる。だが、アメリカのP-51ムスタングやP-47サンダーボルト、F4Uコルセアに比べたら小さい。速度を手っ取り早く向上するには、プロペラを大きくするのも一つの手だ。これも日本機が米国の戦闘機より劣っていた理由の一つだ。

零戦は栄、紫電は誉、それぞれのエンジン音を響かせて離陸していく。

 

両隊離れて、アオイは編隊を調える。

両翼端にエリ・リエがつく。

アオイ、エリ、リエが領空を侵犯し、それをアコ、ミント、リッタ、ヘレンが紫電に乗って迎撃にくる。

エルも本来加わる予定だったが、搭乗機に異常がみられたのでアニラと共に下で評価することになった。

今回実弾演習、実弾といっても中身はペイント弾。

当たった範囲を下から観察して判定するらしい。

ちなみに中の塗料は低温になるとゴムみたいに固まって剥がれなくなるらしい。

一体どういう仕組みなんだろう、そう思っていると

「イズルマ市営、こちらカナリア自警団です!貴方達の飛行プランは提出されていません!速やかに等空域から撤退して下さい!」

アッコが無線で呼び掛ける。

「来たわねエリ、リエ、配置用意」

『りょーかい!!』

アオイは減速してアコの斜め後ろに付くと射撃をした。だが弾道は機体から大きく離れている。

いきなり当てて撃墜、では訓練にならない、今回は警告後に敵が攻撃、その後空中戦に発展したという想定で行われる。

カナリア自警団から離れたアオイ、エリ・リエは隊列を整える。

アコの正面に対向する形になる。

『突撃ー!』

「火力と防御力で勝る敵にはヘッドオンしないのが鉄則なんだけどね...」

アオイとエリ、リエは真っ直ぐカナリア自警団に突っ込む。

「えっ正面突破?!」

アコが驚いていると目の前で三機の零戦が編隊を組んだまま急上昇する。

宙返りすると三機は揃ってカナリア自警団の真上から仕掛けてくる。

「全機散開して下さい!」

『はい!』

アコの呼び掛けにカナリア自警団全機散開する。

それを予想していたアオイは操縦桿を引いて機体を水平にする、そのままアコの後ろに付く。

「さぁこれで終了...」

機銃の発射レバーを握ろうとした時、

「お姉様危ない!」

ミントが後ろから容赦なく撃ってきた。

アオイは操縦桿を左右に降って弾を避ける。

 

「ヘレンさん!後ろはお任せ下さい!」

「はいよー」

リッタから元気な声が出るがヘレンは間の抜けた返事しか出ない。

目の前ではエリとリエの零戦三二型が、まるで曲芸飛行の如く、両翼が触れ合うほど接近したり、そのまま背面同士を重ね合う形でバレルロールをしたりと、まるで敵を錯乱させるような動きをする。

「ぬおおお、当たれー!!」

ヘレンの前に出たリッタは紫電のスロットルレバーに付いた20ミリ機銃用のボタンを押す。

だが目の前で蝶のようにふらふらと飛ぶエリとリエの機体には当たらない。

「へぇーあの双子なかなか上手だねー」

「感心してる場合ですか!」

突如二機の零戦三二型は急上昇を始めた。1130馬力を出す栄エンジンが軽い機体をぐんぐん引っ張って行く。

それにヘレンとリッタも続く。

「上昇力なら負けませんよ!」

対する紫電の誉エンジンは最大2000馬力を出力する。

徐々に紫電が零戦に近付いていく。

「よし撃墜!」

とリッタは射撃しようとした時、エリとリエの零戦三二型はラダーを横に向けて機体をスピンさせ、機首をこちらに向けてきたのだ。

「危ない!」

「おっと」

リッタとヘレンは二機を避けると自身も宙返りをして、降下していく零戦を追撃する。

 

「エリとリエ...でしたっけ、敵を翻弄させるのがお上手ですね。」

「そちらのエレンさんとリッタさんも中々良い判断力だよ。」

アニラとエルは双眼鏡を片手に各機の動きを評価していく。

エルはふと空から目を離しアニラの右足へ移す。

目線を感じたアニラは気付いた。

「なに、気になる?」

「いえすいません...つかぬことを聞きますが、先ほど右足を引きずるように歩いておりましたが、お怪我を...?」

「あぁこれ?これねぇ、義足をはめてあるんだよね。」

「義足...!」

「昔ね、敵の弾が機体を貫通して直撃。痛かったんだー、今は馴染んでるから気にしてないよ。それにしても、足が気になるってことは知り合いに誰か同じような境遇の人がいるの?」

「えぇ、祖父が足を痛めてまして。なにせ実業家でいつも色んな所に飛び回っていました。」

「なるほどねー」

「話は変わりますがミシラ飛行隊は六人いると聞きましたが、残りの二人は」

「おーい姉貴ー」

声がする方を向くと、見覚えのある銀髪で長身の女性がリヤカーを引っ張ってこちらに来るのが見えた。

「あっちょうどいい所に来た、おつかいお疲れさまー」

オルカはリヤカーに大荷物を入れて引っ張って来たのだ。

そこにローズの姿が見えなかった。

「あれ?ローズは?」

「ローズは...」

「すぅ...」

どこからか寝息がする。

リヤカーを見ると荷物の間でローズが器用に寝ていた。

「お前はなにを寝ているんだ!」

オルカはローズの額をはたいた。

「いたいなぁー」

額をさすりながら起きるローズ。

エルはローズの顔を見て

「あら、ローズ?」

「あれぇ、もしかしてエルぅ?!ひさっしぶりだねぇ!!」

「しばらくぶり、会ったのは学生の時以来かしら?」

「そうだよぉ!卒業して以降は私は家出しちゃったからぁ会ってなかったよねぇ。」

「家出!一体何をしていたのかしら?」

「そこはあまり掘り下げないでぇ」

ローズとエルが昔話に花を咲かせてるなか、アニラはオルカが引っ張って来た荷物が気になった。

「おつかいご苦労様オルカ」

アニラは引っ張っていたリヤカーを見る。リヤカーには買い物に混じって麻袋に包まれた大型の荷物が二つがあった。

「かなり大きい荷物だね、中身は?」

「13.2ミリ機銃だってよ」

13.2ミリ機銃とは三式十三ミリ固定機銃のことだ。零戦五ニ型の派生型や試製烈風に搭載された機銃だ。

12.7ミリブローニングM2機関銃をコピーして作られたのが本機関銃だ。

その13.2ミリ機銃がニ丁並んで置かれている。

「13.2ミリ...、なにに使うの?」

「ローズいわく、彗星の火力アップに使うってさ。」

「おぉ頼もしいね、でも何処に積む気なんだろう?」

ローズが乗っている機は彗星、もう機銃の搭載できるようなスペースはない。

「さぁな、それはローズに聞いてみないとわかんねぇな。」

オルカがふと上空を見るとアオイの零戦にミントの紫電が接近するのが見えた。

「おっ、アオイがピンチだぞ」

「あっねえねえオルカ」

「なんだ姉貴?」

「あぐれっさー部隊って知ってる?」

「聞いたことないな、なんだそれ?」

「アオイが言ってたんだけど新手の空賊かなにかかな?」

オルカの頭の中でアオイに関するある推測が生まれた。

だが、今は確証が得られないから話すべきではない。

下手に言って姉貴を困らせてはいけない。

オルカは自制した。

「知らないな、それより演習の監視はいいのか姉貴?」

「あっ!いけないいけない、えへへ」

「しっかりしてくれよ姉貴」

アニラは慌てて双眼鏡で上空を見た。

 

垂直上昇に入った際にアオイは少し後悔した。

紫電と零戦では上昇力を比べたら、紫電の方が上だ。

後ろから接近してきたミントの機体から20ミリ機銃が発射される。

被弾する。

と思ったら機銃が途中で止まった。

「えっ?!弾切れ」

ミントは一瞬思考が停止した。

紫電は20ミリ機銃が翼に四基と強力だが致命的な欠点がある、弾薬が少ないことだ。

紫電の20ミリ機銃は零戦から流用したドラム弾倉式のため100発しかない。

引き金を十秒程連続で引けば弾切れを起こすほど少ないのだ。

それを悟ったアオイは零戦の操縦桿を左下に倒す。

上昇しながら零戦をバレルロールさせた。

「上昇中にバレルロール!!」

ミントが驚いている中、アオイは後ろに付き発射トリガーを握る。

ミントの紫電の左翼に五発、命中した。

「お姉さまー!」

ミントの機体が離脱していく。

「ミントさん!」

アオイは動きが単調になったアコを狙った。

だが機体が言うことを聞かなくなった。

失速を起こしたのだ。

アオイは機首を下に向け増速させる。

だがその隙にアコの紫電が後ろから接近してきた。

「この!!」

機銃を撃ち続けるアコ。

その時、一発がアオイの零戦の右翼に当たった。

「当たった!」

だがアオイは離脱しない。

まだ一発程度なら撃墜判定にならないのだ。

アオイは零戦が増速させた所でまた一気に上昇させる。

今度は垂直上昇ではなく宙返り、巴戦に持ち込む。

アコも体にかかるGに耐えながら追おうとするが紫電と零戦では、零戦の方が有利だった。

アオイはGの影響で脳の血圧が下がり眠気が襲いかかってくる。ブラックアウトの前兆だ。それを奥歯を噛みしめて我慢する。

そして、機銃の操作スイッチを7.7ミリと20ミリ同時に撃つ位置にあることを確認し、照準機と紫電の位置を見る。

この世界の戦闘機乗りの多くは数打ちゃ当たる方式で撃っている。

つまり照準機を見て中心に来た所で撃ち、外せば修正する。

これを繰り返しているのが多い。

今まで後ろから撃っていたミントやアコも同じ事をしている。

だが、アオイは違う。

敵が進む方向、弾道を予測し撃つ。

弾を敵に当てに行くのではなく、弾に敵が当たりに行くようにしているのだ。

アオイは紫電が照準機を外れ、隠れる位の位置で射撃トリガーを握る。

翼と機首、四ヶ所から銃弾が飛び出す。

アコの紫電の左右の主翼、胴体後部に着弾する。

「きゃあ!」

「カナリア自警団の団長、撃墜と」

 

その後、アオイはエリ・リエの援護に向かおうとしたがヘレンとリッタ、両機ヘッドオンをして相討ちになり、残存機はアオイ一機だけになってしまい、侵犯側の勝利で演習を終えた。

 

アオイは駐機した零戦の翼を見ていた。濃い青と水色の洋上迷彩についた黄色のペイント弾。

「アオイさん」

そこへアコがやって来た。

「今回はいい経験をさせてもらいました。実戦さながらの訓練ははじめてでした。」

「はじめてで味方の連帯、操縦も的確だったわ。私相手にあそこまで飛べれば実戦でも勝てるわ。」

「そんな謙遜する必要ありません。負けてしまったの私達なんですから。」

「いえ、今回の判定は私達が勝利になったけど、実戦だったら負けていたわ。」

「えっ?なぜですか?」

「これよ」

アオイが指差したのは零戦に残るアコが唯一当てたペイント弾だ。

「当たってる箇所がエルロン、補助翼の基部に当たってるわ。もし本当に実戦だったら機動が遅くなって、今頃地面にダイブしていたわ。それに私の乗ってるのは零戦だし...」

「でもミシラ飛行隊の零戦は通常とは違って改造が施されていると聞いたのですが」

「例え改造してあっても所詮零戦よ。貴女方が使っている紫電に比べれば防弾は無いようなもの。敵が当てにくい動き、いや敵が射てない位置に行くのが、生き残るコツよ。それに」

「それに、なんですか?」

「弾を無駄遣いしないことね」

「アッハハハ、やはり気付いてましたか。紫電は装弾数が少ないんですよね。どうしたらアオイさんみたいに当てることが出来るんですか?」

「偏差射撃って奴ね。」

「偏差射撃...」

「照準機の中心に敵機が来てから射撃するのではなく、敵機が来ると思う方向、弾道を予想して敵機が弾に当たりに行くような射撃をするの。こうすることで無駄遣いも減らせるわ。」

「なるほどー」

「お姉さま!あっ、お話中でしたか、失礼しました。」

二人の元にミントが来た。

「あぁ待ってミントさん。何かようですか?」

「あぁはい。皆で烈風を見ませんかって、聞こうと思ってました。」

アオイがミントが来た方向を見ると、飛行場でリッタとエルが烈風を見上げていた。

「エルさん見てください!幻の艦上戦闘機烈風ですよ!感激です!」

「噂は聞いていましたが、まさか実機が存在していたなんて」

烈風を見上げていた。

そこへアオイが来て。

「よかったら飛んでるところ、見てみる?」

「良いんですか!?あざーす!!」

アニラの配慮に大喜びのリッタ。

「へぇあれが烈風。」

「よかったら行ってきたら?」

「えっ、でもまだ話の途中...」

「話なんてまた後で出来るわ。」

「アオイさんありがとうございます。行こうミントさん。」

「はい。お姉さま。」

アコとミント、二人仲良く歩いていくのをアオイが見届けるとそこへ

「アオイ~」

ローズがリヤカーを引っ張って現れた。

「ローズ何かよう?」

「下請けにぃ出したぁパーツの一部を忘れ物しちゃってねぇ。それを一緒にぃ取りに行ってくれないかなぁ?」

「オルカはどうしたの?」

「アニラのぉ烈風の始動の手伝いをやってるよぉ。エリとリエはぁどっか行っちゃったしぃ、アオイにしか頼めないんだよぉ。」

「わかったわ、付き合ってあげるわ。」

「ありがとぉ♪」

「で、ローズ。」

「なにぃアオイ?」

「忘れ物ってなんなの?」

「13.2ミリ機銃の弾薬と増槽タンク。」

 

二人は歩いていくと、工場に着いた。

「それじゃあぁ、アオイはここでぇ待っててぇ。」

「わかったわ」

アオイは外で待つことになった。

そこへ

「やぁお嬢さん、暇してるかい?」

声をかけてきたのは灰色の作業着がオイルで汚れ、年期の入った帽子を被ったおじいさんだった。

「あの貴方は」

「お前さん、飛行機乗りじゃろ?」

「え、えぇ。でもなんでわかったんですか?」

「ハハハ、今はこの工場で働いておるが昔は飛行機の整備士をやっておったじゃ。飛行機乗りかどうかは雰囲気で分かるもんじゃ。」

雰囲気?服装ですぐに分かる気もしたがあえてそれは言わなかった。

「まぁそこに座りたまえ、どれジジイが暇つぶしに一つ、不思議な話しでもしてやろう。」

そういって案内されたのは工場外の一角に設けた、テーブルと椅子が置かれた場所だった。

「昔イズルマにはな、“イカルガ”自警団という強い飛行隊があったんじゃ。」

「昔...今はないのですか?」

「あぁない。ある日団長であるトキオが不慮の事故で亡くなってしまってな。それから直ぐに解隊になってしまったんじゃ。」

「それは残念でした。」

「ちなみにトキオは、カナリア自警団団長のアコの父親じゃ。」

「!!」

「まあそれはいいとして、不思議なのはここからじゃ。その事故は新聞に載ったが、写真は載っていなかったんじゃ。」

「確かに、そういう墜落事故が起こった場合事故機の残骸とかを載せたりしますね。」

「そうじゃろ?それに事故が起きた際に真っ先に検証しに行くのがワシら整備士じゃ。じゃがな、そういうのをやった覚えが全くない、これは上が情報を意図的に規制をかけてるとしか思えんのじゃ。じゃがこんな年寄り一人ではどうすることも出来んよ。」

「結局事故原因はなんだったんでしょう...」

「団員の一人が言うにはな、団長は雲の中に入ってパッと消えちまったみたいじゃ。で、その時に

『なんだこの穴は』

といったそうじゃ。」

穴?!!

「まぁその操縦士が嘘言ってるかも知れんから真相は闇の中じゃ。とりあえずアンタも雲の中を飛ぶ時は気を付けるんじゃぞ。」

そう言うとおじいさんは立ち上がり

「話しすぎて喉が乾いてきた。どれお茶でも持ってきてやろう。」

と言って工場内へ入っていった。

アオイは脱力して椅子の背もたれに背中を預ける。

アオイの目線の先ではアニラの烈風が飛んでいた。

零戦並に軽快な動き、紫電以上の上昇力で昇っていく。

その翼は太陽に反射してキラキラと輝いていた。




スズネ運送協会保有機体
その3
ヒルファ(機長)、カグマ(副機長)、モメガ、リュー、レム、ニッパ、ラウ、キプシロン
一式陸上攻撃機三四型改
塗装:史実と同じ、茶色と緑色の二色迷彩
マーク:タンポポ

インテグラルタンクを廃止して自動防漏タンクに、更に防弾ゴムも自動消火装置も装備された。
水平尾翼への上反角追加等の改修を施した
上方旋回機銃と後部機銃は長砲身の20ミリ九九式二号銃、前方と横方は13ミリニ式機関銃が装備されている。両方ベルト式。前方銃座の左右は任意で7.7ミリ九ニ式機関銃を取り付け可能。
爆弾槽を改良した荷物室が設けられ最大積載量は1トン前後。食料品や手荷物関係が主な運搬物。
スズネ運送協会所有している輸送機の一機、基本的に近場への運送に使われる。

深山改
塗装:史実と同じ、一式陸攻と同じ
マーク:ひまわり

殆どが忠実と同じ、唯一の違いが火星二五型乙に換装されている位。
最大積載量は4トン。
エンジンや大型の工業機械を運搬するのが主な運用、まれに旅客機として使用されることもある。
ユーハングの工厰跡地にある援蔽壕でバラバラに分解された状態発見されたのを、スズネ運送協会が復元した物。


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摩天楼から来た 前編

なんか想像以上に長くなったから前後で分けるよ


空を飛ぶ一式陸攻とその先頭を飛ぶアニラの烈風、その烈風の両翼を飛ぶ、ベトナム戦争時のアメリカ軍機のような二色塗装を施したオルカの流星と、F-2戦闘機のような洋上迷彩を施したアオイの零戦。

アオイは烈風と流星に見とれていた。

烈風は翼端が上を向いたガル翼だ、しかしその角度は浅いためあまり目立たない。

対する流星はガル翼の角度が大きく、とても目立つ。

形状だけなら米軍のF4Uコルセアを思い出す。だがコルセア程の派手なガル翼ではない。

その時、横から突風が吹きアオイの零戦が少しふらついた。

「アオイ大丈夫か?」

「大丈夫よ」

オルカが心配しアオイが返事をする。

零戦にはオートパイロットなんて気の聞いた装置はない、おまけに零戦は軽いから上空で希に吹く突風で簡単に流される。

だから常に操縦桿とラダーを操作しなくてはならない。

第二次世界大戦時の零戦乗りはこんな感じで、長距離移動の後に空戦してまた同じ長距離移動をして帰っていくのだからその苦労がよくわかる。

アメリカのP-51ムスタングも硫黄島からこんな感じでB-29を護衛していたのだろう。

多分アメリカの事だから自動操縦装置ぐらい採用していたかな?視たことある資料には書いてないから分からない。

それはさておき。

今回の配達先はシズマツからかなり離れた場所だ。

途中、空の駅で休憩と給油をして行く程の場所だ。

途中空賊らしき編隊を見かけ肝が冷えた瞬間もあったが、現在無事に全機編隊を組んで飛行している。

山脈の上を飛んでいくと

「街が見えてきたけど」

アオイが呟く。

確かに街が見えたが様子が変だった。

建物は残っているがどれもボロボロ、至る所の木々は伸び放題あれ放題になっていた。

「この街なんか変ね」

「そりゃそうだ、そこはとっくの昔に人が居なくなった街だ。」

一式陸攻を挟んでオルカが無線を飛ばしてきた。

「昔は色んな所に街があったんだけどな、今じゃあ殆どが廃街さ」

「まれに空賊とかが根城にしていることがあるから、やだよねえ」

アニラとオルカは口々に言う。

確かに人が全くいないゴーストタウンではあるが、滑走路や建物はそのまま残っている。

隠れ家とし使うには絶好の場所だ。

「ここも“アノ街”が発展したから」

アノ街とは私達が今行こうとしている場所だ。

その時

「あれは?」

アオイはゴーストタウンから進行方向へ伸びる道に気付いた。

片側二車線、アスファルトで綺麗に舗装された道が真っ直ぐ続いていた。

「あれは陸路を開拓しようとした者達の夢の跡。」

街から伸びた道路の先に大きなトンネルがあった。

「ここからイケスカまで道路を通そうとしたんだよね。」

「でも、途中で放棄されて今に至るって訳だ。ほら反対側の出口は塞がってるだろ?」

オルカの言うとおり山の反対側の出口はなかった。あったのは山肌だけだ。

この世界のトンネルは全部手掘りだから、途中で嫌になったのだろう。

「皆さん、そろそろ到着しますよー」

カグマの言うとおり遠目だが高層ビル郡が見えてきた。

砂漠の中に唐突に現れる感じは中東の都市を思い出す。

そのビル群の方から一機こちらに近付いてくる機がいた。

砂色の五式戦闘機だ。

翼と胴体には丸と花の赤いマーク、イケスカ所属を表す識別マークだ。

五式戦闘機が編隊の前に来ると左右にバンクをした。

「ついて来いってか?」

「お行儀良くねオルカ」

「わかってるって姉貴」

オルカの流星が返事するかのようにバンクを降る。

五式戦闘機に先導され目的地が見えてきた。

イケスカ

イジツ最大の発展した都市。

高層ビルが建ち並び、その間を戦闘機が離発着できそうな位広い道路が碁盤の目みたく通っている。

その中心には

...

なんだかよく分からないキャラクターの大きな像がある。

本当になんだかよく分からない。

イジツの絵本、“ウーミ”に出てくるキャラクターやカナリア自警団の“アレ”の方がかわいい気がしてくる。

次いでだけど、カナリア自警団のアレはアコが考案したそうだ。

趣味が良いのか悪いのか。

なんて事をアオイが考えていると

「ほらアレだ!」

ビル群を通り過ぎてヌコヌコ沼が広がり、その真ん中に建設途中の建物が見える。

「あそこに降りるの?!」

「そうだよ!」

沼の真ん中に立つ高い建物の根元、紫電改と五式戦闘機が止まる滑走路が見えた。

最初に一式陸攻が着陸し、その後に烈風と零戦、流星の順で着陸する。

アニラの烈風に先導されアオイもアプローチに入る。

アオイは零戦のフラップを下ろし、失速ギリギリの速度で着陸する。

誘導員の指示にしたがって駐機させる。

着陸し零戦から降りたアオイは建設途中の建物を見る。

とにかく趣味が悪い。

ビルを無理やり古風に仕立てあげた感じだ。

その最上階近くにはビルを貫くように滑走路が付いている。

違法建築なんて言葉がぴったり合う造形だ。

「スゲーよなこれ、イジツで一番高い建物じゃないか?」

オルカが子供みたいに上を見上げながら、その場でぐるぐる回っている。

そこへ

「オルカさーん荷物下ろすの手伝ってくださーい。」

一式陸攻の所でカグマが手を降っていた。

「よしきた任せろ」

オルカとカグマ一行がバケツリレー方式で、一式陸攻から青色の花丸が描かれた木箱が多数、降ろされる。

箱の中身は四式射爆照準器一型と四式自動爆撃照準具だ。

前者は戦闘機の照準機で私の零戦にも搭載されている物で、ユーハングでは主に紫電改に付けられていた。

後者は鹵獲したB-25用ノルデン照準器をコピーしたジャイロ式の照準機だ。

どちらもハナマル飛行機製だ。

ハナマル飛行機は光学機器の製造も得意でハナマル製造の照準機は、イジツ全体に広まっている。

だが、わざわざシズマツから我々が派遣された理由は

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ジャズが流れるスズネ運送協会、会長室

「ボス、わざわざ遠いイケスカからシズマツのスズネ運送協会に?」

質問するアニラ、その横にはオルカとアオイ、一式陸攻の機長と副機長のヒルファとカグマも並ぶ。

その目の前では資料を見ているキシネ。

「そうですよ、イケスカにはブユウ商会があるのになぜわざわざうちに頼むんですか?」

荷物を運ぶ役の一式陸攻、その搭乗員のカグマがそう思うのは仕方がない。

「わざわざ自分達が危険な目にあってでも取りに行くつもりはないらしいわ。変わりにかなりの額の報酬を払ってくれるそうよ。燃料代も込みでね。」

「むぅ」

カグマは言い返せなかった。

「もし救難が必要な状況になったらイケスカから救難隊を飛ばすつもりらしいわ。」

「妙に待遇良いですね。」

カグマの発言に横のヒルファは頷く。

「あなた達は一式陸攻で行って貰うわ。」

「えっ?なんでですか?」

「なるべく急ぎの依頼でね、飛行船でも深山でもなく、一式陸攻による輸送で向こうから頼まれたわ。」

「あっだから私達も呼ばれたんですね。てっきり飛行船で行って、途中から一式陸攻で運ぶと思ってました。」

「そんな危ねぇことやらせるわけないだろ!」

カグマにオルカが突っ込みを入れる。

アオイは横で頷く。そりゃそうだ、双発戦闘機ならまだしも双発爆撃機が運用できるわけがない。

「ハッチ外すの大変だったし、あんな肝が冷えること二度とごめんだ!」

アオイは度肝を抜かれた。

実際に一式陸攻は飛行船に着船したことがあったのだ。

後で聞いた話だが、スズネ運送協会で使っている飛行船、タテヤマで一時期一式陸攻も運用できないか考えた事があったそうだ。

そこでタテヤマの船首と船尾のハッチと、ハッチ周辺の一部部品を取り外し、ギリギリ一式陸攻が入れる幅を確保したのだ。

そこで何回か発船試験をしていたらしい。

発進するのはわりと簡単そうだが、着船は相当苦労しただろう。

一式陸攻の全幅は大体25メートルある、だがタテヤマのハッチ周辺はどんなに広く見積もっても30メートルはない。

着船試験は一回きりだったようだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

そんなことを、目の前で作業しているヒルファとカグマ一行を見て思い出す。

アオイは周りの停まっている機が気になった。

周りに停まっているのは五式戦闘機だ。

終戦間際に登場した最後の陸軍戦闘機だ。

P-51やB-29を撃破するといった戦果をあげパイロットからの評価も高かった。

だがアオイから言わせたら五式戦闘機は、遅すぎた二軍戦闘機だ。

評価が良いのは先代に登場した四式戦闘機疾風に比べてエンジンの信頼性が高く、元となった三式戦闘機飛燕よりも上昇力と旋回性能が向上したからだろう。

だが当時、他国の戦闘機と比べたら技術的に進んでる所は一切ない。

アオイが二軍戦闘機と呼ぶ理由はそこだ。

しかし、もしこれが疾風より早く飛燕と同時期に登場していたら、米軍の戦闘機乗りは更に辛い戦闘をしていただろう。

発動機の選定がいかに大事だったかよく物語っている。

だから私はよくローズに零戦に金星エンジンを積んでくれって頼んでいるのに、「パーツが無いよぉ」と言って断られる。

はやいとこ実現してもらいたい所だ。

話がずれるが、紫電改みたいな高性能な機体が欲しいと前に言ったがこれも却下された。

「生産ラインが無いから無理!」だそうだ。

現在ハナマル飛行機で主に製造しているのが、零戦、隼、飛燕。エンジンだと栄と火星と熱田、誉だ。紫電と雷電も製造しているがこれは受注生産だそうだ、しかも割高。

生産ライン上に無い機体を作るとなると、完全なワンオフとなってしまう。

そうなるととんでもない価格になってしまう。

現在、アオイの貯蓄では到底買えそうにない。

また設計図も保持していないから当分無理だ。

保有する機体だけでどうにかするしかない。

そんな感じで苦虫を噛み締める思いをしていると、先導していた五式戦闘機の方から誰かがこちらに歩いてきた。

「やあやあ君達がスズネ運送協会のパイロット達だね。長らくの旅路お疲れちゃーん」

長身長でノリのよさそうな感じだった。



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摩天楼から来た 後編

びっくりする位に長くなった、文章量的にも投稿的にも


「アレどこにやったかなぁ~?」

その男はあたふたとした感じで背広のポケット、ズボンのポケット、色んな所を探ってアオイ達の前に取り出したのは

「なんだ花札?」

オルカは間の抜けた声を出す。

猪、鹿、蝶が描かれた、萩、紅葉、牡丹、の三枚の札。

早い話『猪鹿蝶』だ。

「あれれ?僕ってばまた失敗しちゃったいけないいけない、テヘッ♪」

そう言って舌を出してウインクし、空いた片手で指を鳴らすと、

ポンッ!

花札が煙に包まれ出てきたのは、漢字で『自由博愛連合』とデカデカと書かれた名刺だった。

「おぉスゲー!」

「どうやったの?!どうやったの!?」

オルカとカグマ一行は手品に驚いている。

それを見た男は少し得意気な表情をしている。

アオイはイジツ語で書かれた名刺を呼んだ。

“イサオ”

トウワ・ブユウ商事の会長で次期イケスカ市長に一番近い男。そしてひそかに自由博愛連合を設立した人でもある。

アオイは正直第一印象が悪く感じた。

なんか胡散臭い、笑顔がお面を着けたような感じで不気味だ。

イサオがアオイに右手を差し出してきた、握手を求めてきた。

とりあえずアオイは握手しておく

「君が隊長さん?」

「いえ、私は違います。」

「そういえば降りてきてから姉貴の姿が見えないな?」

「おかしいですね。」

オルカとカグマは周囲を見渡すがアニラの姿はない。

「会長そろそろ出発のお時間です。」

イサオの執事がそう告げると

「もうそんな時間?嫌だなー」

そう言いながら二人は五式戦闘機の間に止まっていた。

イサオのタキシードと似たような色をした流星に乗り込み、飛び立っていった。

カグマ達は笑顔で手を降って見送っている。オルカは自分と同じ機に乗っているのが気に入らないのか、嫌そうな顔で見送った。

アオイはイサオの乗る流星から、五式戦闘機の止まっている駐機場へ目を移したら、アニラが歩いてくるのが見えた。

「アニラ、なんで居なくなったりした.,.」

アオイは駆け寄ったが、

「お腹空いたね!お昼ご飯にしよう!」

アニラはアオイの言葉を遮って、皆の元に歩いていく。

アオイがアニラが歩いてきた方向を見ると誰かいた。

飛行帽とサングラスをかけた男が手を振っている。

その男はニヤニヤした顔でアオイを見ていた。

とても不気味に感じた。

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バババババババババ...

五式戦闘機がハ112-II、金星62型エンジンを響かせ降りてくる。

耳を引きちぎりそうな轟音をたてるF-15JのF100エンジンに慣れたアオイであっても、また違ったうるささが胸に響いてくる。

今、アオイがいるのは滑走路の端の空き地だ。

そこで持参した弁当をアニラ達で囲んでお昼ご飯をしている。

わりとうるさい上に風も強いのに皆、ピクニックにでも来たかのように涼しい顔で食べ続けている。

「肝っ玉が座ってるわね」

「なんか言ったかアオイ?」

「何でもないわ」

オルカがパンケーキを頬張りながら問い掛けてきたが、アオイは適当に返して握り飯に手を伸ばし、口に入れようとした時、滑走路に入ってくる機が見えた。

五式戦闘機ともまた違うシルエットの戦闘機だ。

「アレは...」

「あっ、四式戦闘機の疾風ですよ!」

唐揚げにレモンをかけていたカグマは歓喜の声をあげる。

四式戦闘機疾風は一式戦闘機隼と二式戦闘機鍾馗を合体させたような機体で、旋回能力と速度を両立し、防御もしっかりしていた。

高高度性能にも優れアメリカ軍戦闘機や爆撃機を数多く撃墜し、対地攻撃でも優秀な戦績を残した。

海軍の戦闘機、紫電改と並ぶ優秀戦闘機として今でも語り継がれている。

だが当時の戦況悪化による、劣悪な整備や製造の結果、信頼度が低くなってしまった。

ある一部の部隊では高い稼働率を維持した部隊もあったが、当時のユーハングが持つ技術力で維持できる戦闘機ではなかった。

ユーハングは設計する技術はあったが、その性能を維持したまま量産する技術と整備する技術がなかったのだ。

「珍しいな、モグモグ、疾風、モグモグゴックン、なんて」

オルカは喋りながら次のパンケーキに手を伸ばす。

「でも、なんか変ですね。」

カグマの言う通り変だ。

疾風はグレーのカバーで全体を覆っている。本来所属のマークがあるはずの所もカバーで覆われている。

「覆面戦闘機...」

まるで誰かに見られたくない、みたいな感じだった。

だがアオイは静かにではあったが少し興奮していた。

アオイが元いた世界では、疾風は一機しか保存されていない上、その一機は昔飛行可能な状態だったのだ。

今では飛ぶ姿を見せられなかったあの疾風が、今目の前で動いている。それも十機近くもだ。

アオイは感動した。

余韻に浸っていると疾風は五式戦闘機のいる方に並んで止まっていく。

「あっ五式戦闘機の方に止まっていきました。疾風も自警団の持ち物なんですね。」

「でも疾風なんていたっけかな?そういえば姉貴は元々イケスカにいたんだよな、その時はどうだったんだ?」

「私がいた時には、いなかったような?」

サンドイッチを手に持ちながら首をかしげ、答えるアニラ。

「えっ!アニラさんって以前イケスカにいたんですか?どういう経緯でシズマツに?」

「まぁね...」

アニラはそう言って俯いてしまった。

普段どんな時でも笑顔でいるアニラがこんなに落ち込むのは珍しかった。

「そういえば五式戦闘機の所に男の人が立ってましたけど、それと何か関係があるのですか?」

カグマは人差し指を口に添えてしばし考え、口を開いた。

「あっ!もしかして“コレ”ですか!?」

「ブッ!」

カグマは右手の小指を立てる。

その横でヒルファがお茶を吹き出した。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

岩肌むき出しの壁、天井からぶら下がるはだか電球が照らす室内に数名の人影。

「今回の獲物は一式陸攻と烈風と流星、零戦五二型か。」

「烈風以外はわりと簡単そうだな。」

「そういえば隊長。」

部下と思われる人影から手が挙がる。

「なんだ?質問か?」

「いえ、零戦の塗装が今まで見たことがない奴だって」

「見たことがない?」

「青の二色塗りだったような」

「青の二色?」

「えぇ、なんかウーミに出てくる波みたいな色だって」

「波みたいな色?」

それを聞いてその影はニヤリと笑った。

「作戦を変更!出撃機数を増やす、それと一機以上の撃墜の予定だったが一機も撃墜するな!」

「了解しましたが、なぜ?」

「知りたいだよ、奴を。だが“アレ”で出れるなら私も出たいが...」

「まだ整備もまだですからね、私の“機”で出ますか?」

「いや今回はやめておく、では頼んだぞ。」

「御意」

人影達は部屋を出ていった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

日が陰り始めた世界。

摩天楼から伸びるを影を機体に映しながら一式陸攻、烈風、流星、零戦五二型が離陸していく。

アオイは少しアニラの事が気掛かりした。

普段から笑顔を絶やさないアニラから笑顔が消えたのだ。

あの話の後、カグマ達にさんざん囃し立てられたのにアニラは口を閉ざしたままで、その隣でオルカはおろおろしていた。

「やはり、あの男が関係しているのかしら...」

なんて思っていると、無線からアニラの声が聞こえてきた。

周波数を見ると秘匿回線で話している。

「ねぇアオイ、少し話を聞いてくれる?」

「昼の時に話していた男の話でしょ。」

「察しがいいね。」

「でもオルカじゃなくて私なの?」

「オルカはあぁ見えて心配性な所があってね、それにカグマ達にも聞かれたくないし。」

「オルカが妬くわよ」

「かもね、へへへ♪」

「で、結局あの男はなんだったの?」

「あの人は私が配属していた隊の隊長だった人。」

「隊長...」

「私は昔イケスカの飛行隊に配属していて、それはもう名の知れた飛行隊でね評判も高かったんだよ。そして隊長も優しくて私も慕っていた、でも...」

ガンッ!

無線から何かを叩く音が聞こえた。

「隊長は変わった!リノウチ大戦の後に!」

「リノウチって数年前にあった大空戦よね?」

「そうだよ!私はあの時に私は右足をダメにしたの、機内を貫通した機銃が私の右足を粉砕してね。すごい撃墜だったよ。」

普通右足にそんな怪我をしていたら、普通の人間は気絶すり。しないということはとんでもない精神力の強さだ。

「病院を退院して隊に戻ったけど、隊長は私の事を以前のように優しくしてくれなかった!戦闘機に乗れなくなった私は不必要だ、って言ってたみたいに!」

声を荒げたアニラ

「落ち着いてアニラ!深呼吸、深呼吸」

アオイはアニラを落ち着かせようと促す。

「すぅ...ハァ、それでね私は自棄になってイケスカの端っこでしょんぼりしていたの。もう死のうかなって思った時に所をミュラさんに拾って貰ったんだ!」

「ミュラさんに...」

「そうだよ!最初は疑ったよ、でもシズマツのボスは私を受け入れてくれてジロウさんには義足をつくって貰ったんだ!イケスカにいた頃よりも良かったよ!」

「それであの昼はなんだったの?」

「あっそうそう、私がまた飛行機に乗っていることを知ってて『隊に戻ってくる気はないか?』、な~んて言ってくるんだ!私のことをただの手駒としか見ていない人の元に誰が戻るもんか!お断りしてきたよ!」

「よかった。いつものアニラに戻ってくれた。」

「なにか言ったアオイ?」

「なんでもないわ、あれ?」

「どうしたの?」

「ミュラさんはどうやってイケスカからシズマツに、アニラを連れてったの?」

「確か飛行機だったよ。」

「どんな飛行機だった?」

「うーん、いまいち覚えてないんだ。確か双発だったような...でも乗った場所なんか狭っ苦しかった。」

「双発で狭っ苦しい?」

「でも月光とか屠龍じゃなかったような...」

「それって...」

ザァ...ガッ...

さらに聞こうとしたらノイズが音声に混じった。

「あっ、もう秘匿回線でしなくてもいいね。」

そう言って秘匿回線を解除すると、一式陸攻の無線手であるムサイとオルカの声が飛び込んできた。

「姉貴!アオイ!なんで答えてくれないんだ!」

「アニラさん!アオイさん!聞こえているでしょうか!!我々に近付いてくる編隊が見えます!!」

アオイは急いで全体を見渡した。

零戦の風防は支柱が多いが、全周がよく見渡せる。

夕日の方向からこちらに向かってくる機が見えた。

「ムサイ、数は?」

「数は十機です!さっきから呼び掛けを続けていますが、全く返答がありません!!」

「十機ね」

アニラの烈風が編隊から離れ近付いてくる編隊へ向かう。

「姉貴!本当に空賊なのか?イケスカにもかなり近いぞ!」

慌ててオルカの流星も烈風へ続く、そこへアオイの零戦も加わる。

「空賊かどうかは近付けばわかる!」

「だと思ったよ!」

未確認編隊はこちらが接近してくるのに気付くと、緩降下気味にヘッドオンしてくる。

翼内から曳光弾混じりの弾道が飛んでくる。

「撃ってきたわ!」

「散開散開!」

「危ねぇ!」

避けながら三人は撃ってきた機を確認した。

「なんだこの機体は?!」

「見たことない機だよ!!」

アニラとオルカは口々に言うが、アオイは知っていた機体だった。

翼から覗く三つの12.7ミリ機関銃の銃口、機首に付いた大きな空気取り入れ口、そしてその機首に大きく描かれたシャークマウス。

間違いない、アメリカ軍の戦闘機P-40だ。

それがウォーホークなのか、キティホークなのか、トマホークなのか、アオイにはわからない。

ただそれはユーハング機ではない、アメリカ軍機だということは確かだった。

「アオイ!姉貴の事を頼んだ!俺は一式陸攻を守りに...」

「待ってオルカ、様子が変よ...!」

一式陸攻へ護ろうと方向を変えかけたオルカを止めるアオイ。

敵、P-40を確認すると全機こちらを狙っていくるのが見えた。

「目標はヒルファ達じゃなくて」

「俺達ってことか!」

斜め上後ろからP-40が機銃を撃ちながら通過していく、アオイは零戦の機首を下げてP-40を追う。

四式射爆照準器に映し出された照準と目の前のP-40が重なる。

左手のスロットルレバーを握り、機銃を発射しようとした時。

目の前を曳光弾が横切り、遅れて違うP-40が通過する。

アオイは驚いて零戦の射撃体制が崩れる。

体制を整えた時には狙ってたP-40はもう逃げている。

アオイは追うのをやめて横切ったP-40を追う。

P-40はアオイの零戦に気付くと機首を持ち上げて上昇していく、アオイも上昇する。

降下させて増速された零戦はP-40へ近付く。

「今度こそ!」

と思ったがまた邪魔が入った。

後ろから近づいたまた別のP-40が撃ってきた。

アオイは操縦桿を目一杯引いて零戦の機首を地面に向ける。

アオイは後ろを確認するとP-40が余裕そうにゆっくりと機首をこっちに向けているのが見えた。

「手強いわね...!」

目の前に移すと真っ直ぐ飛ぶP-40を追うオルカの流星が見えた。

「クソッ!追い付けねぇ!」

無線からオルカの悔しそうな声が聞こえた。

確かにオルカの流星ではきつい。

P-40の最高速度は派生型によって異なるが大体560から580ぐらいだ。当時の基準で見れば速い方だ。

対して私の零戦五ニ型は560、オルカの流星は540。

現代の第五、第四世代戦闘機であればそんな速度差は大したことないが、レシプロ戦闘機であれば大きな差となる。

おまけにP-40は大きな空気取り入れ口があるとはいえ液冷エンジン搭載機、加速力がいい。

アオイはオルカの後ろから近付いてくるP-40に気付いた。

「オルカ後ろ!」

「なっ、いつの間に!」

アオイは機銃のスイッチを切り替えて7.7ミリ弾だけ撃つ。

20ミリを無駄にしたくなかったため7.7ミリだけを撃つことにした。

流星を追っていたP-40の主翼に数発命中したが、ただ破片が舞っただけで被弾したP-40は平然と飛んでいる。

「さすがね...」

敵ながら羨ましく思うほどの防弾性能だ。

被弾したP-40は離れていく。

「なんなんだあの機体は!?当たったのに平気な顔で飛んでやがる!!」

「やっぱり7.7ミリじゃあ無理ね。20ミリじゃなきゃあ...」

「おい前から来たぞ!」

真っ正面からP-40が撃ちながら迫ってくる。

オルカは大きく避ける。

アオイはラダーペダルを少し踏み射戦をずらす、そして背面飛行状態にし一気に降下する。

高度を犠牲にして速度を稼ぐ、スライスバックと呼ばれる戦術だ。

逆さまの地面が目の前に拡がり、次の瞬間には暗くなり始めた空が見え始める。

その先には先程のP-40がゆうゆうと飛んでいる。

すかさず左スロットルレバーのスイッチを、7.7ミリと20ミリ同時に撃てるよう切り替える。

増速したおかげでアオイの零戦P-40に一気に近付く。

「当たれ!」

機首の九七式7.7ミリ機銃、翼内の九九式20ミリ二号機銃四型が同時に火を吹く。

銃身が延長された九九式20ミリ二号機銃四型から発射された弾丸は真っ直ぐP-40に進む。

20ミリが数発、胴体に直撃した。

直後にP-40から白煙が吹き、次第に黒煙えと変化していく。

「よし一機やった!そういえばアニラは?!」

アオイはアニラを探す。

上空からP-40を追って降下してくる烈風が見えた。

その烈風の後ろにはP-40が三機追ってくるのが更に見えた。

急降下限界速度なら烈風も負けない。

更に烈風の乗るエンジン出力も相まって、P-40との差はどんどん縮まっていく。

「今度こそ!」

アニラが前方に意識を集中しすぎて、別方向から来るP-40に気付かなかった。

「アニラ斜め上からもう一機来てる!!」

アオイの言葉に気付いて上を見たときにはP-40が射撃体制に入っていた。

風防に近付くP-40のシルエット。

「あっ...」

当たる

そう一瞬悟った時、風防全体に入り混んできたのは別の大きな機体。

オルカの流星だ。

「やらせない!!」

P-40から発射された12.7ミリ機銃は流星の後部座席付近に着弾した。

オルカの流星は大きく揺さぶられる。

「グワッ!」

「オルカ!」

「このぉ!!」

アオイは機銃を乱射してP-40を追っ払う。

「オルカ!大丈夫!?」

「平気だ姉貴、それよりコイツに大穴が空いちまった...」

流星の元に並ぶ烈風。

するとP-40達は一斉にアオイ達から離れていった。

「なっ、あいつら逃げる気か!追撃し...」

「いやもう無理ね...燃料が」

アオイはスロットルレバーの下に付いてる燃料計を見る。

翼内燃料タンクは0を指し、胴体燃料タンクも残量残り僅かだ。

空の駅からイケスカまで往復できる分しか燃料を搭載していなかったため、もう道の駅まで行けるかどうか怪しくなってきた。

そこへ

「こちらイケスカ自警団、空賊に襲われているとの通報が入って駆け付けた。」

無線から男の声が聞こえてきた。

イケスカ方面を見ると五式戦闘機が数機、編隊を組んで飛んでくるのが視認できた。

「来るのが遅すぎだ、クソッたれ!」

オルカは暴言を吐く。

「空賊の数は10機、そのうちの1機は大破させた。それと見たこともない戦闘機だった。」

アニラは淡々と報告する。

「了解、後の捜査は我々が引き継ぐ。」

「了解。オルカ、アオイ、ヒルファ、一回イケスカに戻るよ。」

「わかったわ」

「...りょーかい...」

「了解」

烈風、流星、零戦五二型、そして一式陸攻は編隊を組み。

すっかり日が沈み昭明が輝くイケスカの摩天楼へ、一行は引き返した。



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昨日に向かって撃て

シズマツ飛行場横

ハナマル飛行機工場

 

全長2キロ以上ありそうな真っ直ぐな滑走路の端。

そこにハナマル飛行機の工場がある。

現在ミシラ飛行隊全機の点検を行っている。

工場前の駐機スペースには発送を待つ三式戦闘機飛燕とシズマツ自警団の零戦二一型、アオイの零戦五二型とオルカの流星もいる。

「あーあー、カッコ悪い。」

オルカは自分の流星の惨状に愚痴をこぼす。

「それにしてもよくここまで直したわね」

アオイも補修した箇所を見上げ、呟く。

以前、流星の後部座席付近はP-40の12.7ミリ機関銃によってグチャグチャにされた。

そして、補修されて出てきた流星の後部座席周辺の外板は銀色無地のままで、おまけに風防もまだガラスが入っていない状態だった。

「いやぁなんとか形にはなったよぉー」

ローズが顔についたオイルを手拭いで拭きながら、工場から出てきた。

「後は塗装して終わりか?」

「うにゃ、実はぁ内装とかも全部剥がしてやったからぁ操縦索も設定し直さないといけなくなっちゃってねぇ。」

「じゃあもう少しかかるのか?」

アオイはオルカの流星から目を移し、空を見上げる。

結局私達を襲撃してきたP-40については不明のままだった。

あれ以降イケスカの自警団からは何も説明がないし、ハナマル飛行機の同業者にP-40を整備したメーカーはないか調べたが手掛かりなしだった。

「あのP-40はなんだったのかしら...」

おそらく穴から入ってきた物だろう。

それより唯一の帰る手、穴についてだが全く情報が掴めてない。

70年ほど前に穴が閉じた事とそれ以降にも局地的に開いているのは確かだ。

だが、そんなオカルトみたいな物を信じられるのか?

自衛隊内でそんな事を言ったら乗務を外されて病院送りにされる。

しかもだ、私が知る限り第二次世界大戦前後に穴が空に開いたなんて記録は見たことがない。

「夢なら覚めてほしいわ...」

「なぁに上の空みたいな顔してぶつくさ喋ってんだ?」

「わっ!」

オルカがアオイの顔を覗きこんできた。

「どうした?イケスカから帰ってきてかれぼっーとすることが多くなってるぞ。」

アオイはのけ反りつつ

「なでもないわ!」

「なでもないわ?」

“ん”を忘れてしまった。

「それよりも、ただあの戦闘機が気になってね。」

「あぁあれか、化け物みたいな派手な口のマークを付けた奴。」

「そうそれ、私が一番気になってるの、あのP-40って飛行機が」

「ぴーよんじゅう?変な名前だな」

「いや、ぴーってのはpursuit aircraft、つまり追撃機って意味。40は型番みたいなもの。」

「パァ、エア?なんだそれ?」

「つまりアメリカの機体って意味よ。」

「アメリカ?」

「オルカ、あまり本とか読んで知識付けた方がいいわよ。」

「そう言ってもよお、俺はあんまり文字読むの苦手でさ。アオイは図書館で知ったのか?」

「いや、ここの図書館の本には載ってなかったわ。見たのは基地の資料室で...」

「基地?アオイ、お前記憶が戻ったのか?!」

「記憶、あっ。」

「あっ、てなんだよ。」

「ねぇねぇアオイアオイ」

アオイの視界の端に、オレンジ色の尻尾が見えた。

アオイの袖を誰か引っ張っている。

右にサイドテールをしているかリエだ。

「こっち来て、こっち!」

「ちょっと、リエ!」

アオイはリエに引っ張られていく。

「オルカー、流星の飛行準備できたよー。」

「あぁ」

オルカは疑ってそうな顔をした。

「アオイの奴、絶対何か隠してるな。いつか吐かせるか...」

━━━━━━━━━━━━━━━━━

リエが連れて来た所は、飛行場横の射撃場だ。

「実はね、コレクションの一部を撃ってみたいなーって思って試してみたらね、ジャムってたからね分解してみたら元に戻せなくなったの♪」

リエが指差す先でエリが机の前で唸っている。

「こっちこっち」

リエに手を引かれ、机の上を見ると、モーゼルC96がバラバラに分解された状態で置かれていた。

マウザー製の機関拳銃だ。

モーゼル、もといマウザーの作る銃は軒並み性能が良い、いい例が三式戦闘機飛燕に載っていたマウザー砲ことMG151/20だ、マウザー砲は当時ユーハングが保有していた航空機関砲の性能を凌駕し、防備の硬いアメリカ軍機に大穴を空けた記録もある。

だが、性能は良いがパーツ数が多いし整備が難しい。かのアメリカでさえ完全なコピー品を作ることができなかった。

さて話は戻って、C96も同様にパーツが多く、分解すると慣れた人でなくては組み立てられない拳銃だ。

そんなC96を前に口をへの字に曲げて腕組みをしているリエの様子は、とても可愛らしく見えた。

「どう直せそうエリ?」

「全然ダメだよリエ」

エリは首を横に降るだけだった。

以前エリ・リエの部屋を覗いた事があったが、女の子らしくない部屋だった。

壁には各種銃や古そうな時計に絵、机の上には何やら大量に印がつけられたイジツの地図と古びた手帳、本棚には大きさがバラバラの本が雑に並べられている。

雰囲気だけ言うなら冒険家な部屋だった。

唯一女の子らしい要素と言えば、ベットに置かれた二つのテディベアぐらいだ。

エリとリエはいったい何者?

なんてアオイが思っていたら、試射場の机の上に何か置かれているのが見えた。

エリとリエを残してその机の上を見る。

乗っていたのはライフル銃だ。

木目調の銃床が美しく、先には鞘に入った銃剣がついている。このライフル銃は、おそらく三八式歩兵銃だ。

推測なのは三八式によく似た銃は多く存在するからだ。

アオイはその銃を持ってみる。

第一印象は長くて重いだ。

三八式の重量は3.95キロある。今自衛隊で使われている89式小銃より400グラム程重い。

以前基地一般公開時に持たせてもらった事があるからよくわかる。

更に三八式の銃先には銃剣がついている。

三八式に付いてる一般的な三十年式銃剣は、長さが五十ニセンチある。ちょっとした包丁より長いし、手に持てば短剣として普通に使る。

それを全長一ニ八センチの三八式に装着すると、全長百八十センチにもなる。

試しにアオイの横に立たせてみたら、身長より長い。

ゴボウ銃なんて呼ばれていたそうだが、ぴったりな名前だ。

前床を左手、尾床を右手に持って前に構えてみると普通に長刀坂として使えそうだと、アオイは思った。

三八式が置いてあった机の上に弾薬箱が置いてある。

上には“三八、6.5mm”と書いてある。

やはり三八式だった。

開けてみるとクリップでまとめられた6.5ミリ弾が入っている。

三八式のボルトハンドルを引いて開い、開かない。

「あれ?」

何度引いても動かない、安全装置が働いているからだ。

ただ、三八式にはそのようなレバーが見えない。

不思議に思っていると銃身の後ろにあたるとこのダイヤルに気付いた。

「そういえば昔おじいちゃんがグアムで撃つ時に、ここを手で捻ってたような...」

試しにアオイも右の手の平でそのダイヤルを捻った、動いた。

「ビンゴ!」

これが安全装置だ。

ようやく開いて、クリップでまとめられた五発の弾薬を入れる。しっかり入れた所でボルトハンドルを引っ張って装填する。

よく映画とかで装填する際に、派手にガチャガチャ音が鳴ってる描写があるが、実際によく整備されたボルトアクション銃だと、シュコンと擦れるような音と金具が当たった小さな音がするだけだ。

ちゃんと落ちたクリップは拾って机に置く。数十メートル先の的を狙う。そして、引き金を引く。

ドン

カンッ!

金属の的に当たった音がした。

反動も小さいし発砲煙も少ない。

五発撃って机に置いてある手持ちスコープで的を見る。

距離は20メートル位だろうか。

でも、弾跡は思ったよりもバラけていない。

狙撃銃として見るなら三八式歩兵銃は優秀だ。

隣を見るとこれまた珍しい、十一年式軽機関銃が置いてあった。

三八式の弾薬をクリップが付いたまま使用できる、中々面白い機関銃だ。

いわゆるホッパー式機関銃という奴だ。

ホッパー式は余裕さえあれば幾らでも銃弾を装填出来るのが、長所だ。

上から抑えてる蓋をあげて、クリップで付いた弾を入れていけばいい。

他の機関銃みたいにいちいち弾切れするまで撃って、マガジンを交換するなんて必要がなかった。

十一年式はよく、なぜ箱型弾倉を使わなかったんだ?みたいな批判をされるが、当時他国で開発された軽機関銃を見てみると皆、弾倉の方式がバラバラだった。おまけに欠陥持ちばかり、高価、故障はする、重量は重い、そんなのばっかりだった。

ようやく形になったのは十一年式の制式化からの八年後に登場した、チェコ・スコバキアが作ったZB26/30だ。

ZB26は本当に優秀な軽機関銃だった。第二次大戦時のイギリスやオーストラリアも使用し、満州事変時の中国でも大量にコピー生産された、もちろんユーハングも鹵獲し使用していた。当時の写真を見ていると結構写っている。

十一年式よりも故障が少なく、丈夫で銃身の交換もしやすかったと、記録に残っている。

ただ命中精度はよくなかったとか。

ちなみにZB26の日本的な解釈が九六式機関銃だ。だが内部機構は日本オリジナル、単純なコピーだとは断言できない。側が似ているだけだ。

さて話を戻して、十一年式だ。

十一年式の照準器は右側に付いている。おまけに銃身が横に左に曲がっている。

海外ではもっとも醜い機関銃、なんて言われたりもするがいざ使ってみるとこんな形状にした理由がわかった。

いざ構えてみると、普通の銃を構えるよりも脇を閉めることになる。

弾倉に弾を入れた時の重量を考えるとバランスがとりやすい。

いざ撃ってみようと思ったら、

「油ツボに油がない...」

十一年式はまれに薬莢が機関部に張り付くことがあったので、上部のツボから油を弾丸に塗り付けて、張り付くのを防いだ。

その油がないのだ。

「…ちょっとがっかり。」

少し残念な気持ちもあったが、仕方ないとアオイは自分を言い聞かせた。

何せ戦後、完全に調整された十一年式で30発の連続射撃ができたのは2回に1回だそうだ。

逆に扱いになれていないアオイが下手に弄って、壊したりでもしたら大変だ。

「いい判断ね」

目線を十一年式から移すと見慣れた緑色の髪、ミュラだ。

「あっミュラさん。」

ミュラの手には黒いアタッシュケースが握られていた。

「ミュラさんも射撃に?」

「そうよ、頼まれた依頼品。」

ミュラさんはアタッシュケースを机に置き、中の物を取り出す。

置かれた物は三八式同様、木製の銃身のライフル銃。

だが、銃身、銃尾、ボルトハンドルの三つに分解されていた。

アオイが見たことない銃だ。

「これは...」

「二式小銃よ。」

二式小銃、九九式小銃を原型に前後に分割することを可能にした小銃だ。

主に空挺部隊に導入された小銃だ。降下の際にそれぞれを足に縛り付けておき、地上で組み立てて射撃する。

ミュラさんは慣れた手つきで二式を組み立てる。

二式の組み立て後の大きさは大体1.1メートル、銃剣を付けても1.5メートル程だ。

アオイがまじまじと二式に気付いたミュラが

「撃ってみる?」

と訪ねてきた。

「では、遠慮なく」

アオイは二式を持って構えてみる。

二式の重量は三八式とそれほど変わらなかった。

「弾丸はこれを使って」

ミュラが置いた木箱には『7.7』と書いてある。

アオイは五発弾丸を取り、二式に装填する。装填の仕方は三八式と変わらない。

再度構え、銃身を握る手に力が入る。

ガタ付きが生じていない。

こういう分解できる銃はガタ付きが生じるが、二式のジョイント部分は頑丈に作られていたためガタ付かない。そのまま白浜戦に使っても問題ない程の頑丈さを持っていたのだ。

発砲

少し三八式よりも衝撃が強く、音も大きかった。

だが、この衝撃も慣れそうだった。

元になった九九式小銃も大きな発砲音をしたため、敵味方がよーくわかったという。

これは三八式機関銃の使う三八式実包よりも二式の使う九九式普通実包の方が、口径が大きいし火薬量も多いからだ。

何で三八式はこんな威力の低い弾丸を使ったんだと言われるが、理由は簡単だ。

当時の倫理観だ。

殺すのは残酷だから負傷させるだけでいいという変な、本当に変な倫理観があった。

後に日露戦争で使った際に敵に当たって撤退したと思ったら、手当てして戦線に戻って来るという光景があったとか。

骨に当たれば貫通力を生かして粉砕できるが、これが肉になるとあんまり効果がなかった。

それで途中から弾薬を交換したって訳。しかも交換が始まったのは第二次大戦始まるちょっと前。

すぐに変えようとする所は評価するがタイミングが悪すぎる。

「中途半端なタイミングで配備を開始するから、部隊では変な混乱が起きる。」

と二式小銃の反動に苦しめながら、ぶつくさ言う。

更に二式小銃は頑丈な上、性能も九九式小銃と変わらない優秀な銃だったのに、実戦で使ったのは一回切り。

アオイがユーハングのやり方に文句を言っているが結局のところ

「ただの後出しジャンケン!」

後になって言えることばかりだ。

なんかイライラしてきて、二式小銃をちょっと雑に置く。

「ちょっと、荒っぽく扱わないでよ」

雑に置いた二式の心配をするミュラ。その横には

「おぉすごい!全弾命中してるよ、アオイって射撃のセンスいいね!」

いつの間にかスコープを用意して的を見ていたアニラがいたが、アオイの耳には入ってこなかった。

そして横に置いてある九九式軽機関銃を構える。

この九九式には面白い機構がある。

ちょうど左側にある照準を覗いたときに、弾倉の部分に残弾数が書かれている。

これも結局実戦中に見れる余裕があったかどうか謎だ。

おまけに九九式軽機関銃と九九式小銃の使う弾は互換性があるが、火薬量がそれぞれ違う実包を使っていたため完全な互換性がある、とは言えなかった。

アオイはフルバーストで九九式機関銃を撃つ。

普通は数発撃った所で引き金を離し、そしてまた撃っては離し、を繰り返すバースト射撃が基本だが、そんなこと忘れちゃっていた。

撃ち切るとその隣にある百式機関銃に手を出した。

百式機関銃は日本で実用化された今のアサルトライフル的な機関銃だ。だが現代のライフルとの違いが、マガジンを横から刺す所だ。

一瞬変だと思うかもしれないが伏せ撃ちする時の考えた設計だ。

「頼むから壊さないでちょうだい」

ミュラの注意をよそにバカスカ撃ち始める。

撃ち切るとアオイは手のスナップをして空のマガジンを横に跳ばすと、慣れた手つきで新しいマガジンを刺し撃ち始める。

そこへもう一つ射撃音が混じる。

横でアニラが十四年式拳銃を撃っていただが、

「あっ?詰まっちゃった?」

ジャムっていた。

ミュラが見る限りアニラの撃ち方に問題があると感じた。

「普通自動拳銃は撃った際の衝撃を利用して次発装填をしてるの、アニラみたいに肘を曲げて衝撃を吸収する撃ち方には合わないわ。アオイみたいに手首だけ動かして撃つやり方は、自動拳銃に適しているわ。」

「そうなんだ」

そこへ

「ようやく直ったー!!」

「たー!!」

エリとリエが組み立て終わったモーゼルを持ってやって来た。

「って、何でアニラはここに来たの?」

ミュラはしれっといたアニラに疑問を感じた。

「そうだった、実は新しい依頼が入ったからそれをアオイ達に伝えようとしたんだった。」

「新しい依頼?」

「確かミュラさんも同行して欲しいってボスが」

「私も?」

「そうだよ、それでアオイ達にも...、'×'!!」

アオイ達はどっから引っ張り出してきたのか、九六式十五糎榴弾砲の発射準備をしていた。

「装薬!」

「装薬こめー」

「こめー」

リエとエリがえっちらほっちらと装填していく

「あれはまずいんじゃないかしら?」

「ちょっと撃ちかた止め!!」

「ぅてぇー!!」

ズドォオン!!

発射の衝撃で砲両脇にいたエリとリエは○貫光殺砲を食らったのごとく、後ろに綺麗にぶっ飛び。

的を見ると弾着時の砂ぼこりでみえない。砂煙が収まったが的の姿はない。消し飛んだのだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

スズネ運送協会

 

「今回は派遣の仕事よ」

「派遣ですか?」

キシネの言葉に首を傾げるアニラ。

『どこに?』

エリとリエもそれぞれのサイドテールをしている方に首を傾げる。

「私も気があまり乗らないけど...“コウケツ運輸”への派遣よ。」

その言葉にオルカとアニラは眉間にシワが寄る。

対して

「おぉーコウケツ運輸かぁー!」

『コウケツ!コウケツ!』

エリとリエ、ローズはなんだか嬉しそうだった。

「コウケツ?」



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作内資料集及び、その他小話
零戦の始動方法


零戦の簡単な始動方法を教えよう。

1:乗る前にまず燃料と潤滑油が充分な量が入ってることを確認。

 

2:パーキングブレーキが無いからしっかり車輪止めがしてあることを確認。

 

3:補助翼・昇降舵・方向舵の固定金具を外す。

 

4:操縦席に入ったら操縦桿とラダーペダルのロックを外して動作確認。同時に桿の位置と座席の高さを調整。

 

5:バッテリースイッチと降着装置確認スイッチ、その他電気系統のスイッチを入に。

 

6:フラップ上げ操作レバーと降着装置装置レバーをニュートラルの位置に。

 

7:燃料タンク切り替えバルブは翼内タンクを入、胴体タンクを切、落下増槽付きなら真っ先に使いきる。同時に燃料の量を再確認。

 

8:潤滑油冷却器のシャッターを閉。

 

9:高度計を補正。

 

10:方向舵、昇降舵の修正タブをニュートラルに。

 

ようやくエンジン点火へ移る。

11:点火スイッチを切。

 

12:気化器空気取り入れ口弁を冷気に。

 

13:カウルフラップを開く。

 

14:プロペラピッチを高回転位置に。

 

15:過給気は一速の位置に。

 

16:混合気調整は自動レバーを自動・濃に。手動レバーは濃に。

 

17:手動ポンプで燃料圧力を上げる。

 

18:スロットルレバーを動かして冷却器の空気取り入れ口への燃料の流動を確認。

 

19:スロットルレバーを3の位置に。

 

20:地上員がイナーシャを回し、始動機の回転が上がった所で点火スイッチを入、手動ポンプを押して燃料圧力を上げて、ブースタースイッチを入にしてようやく始動。エンジンが冷えすぎて回転が上がらないときは、スロットルレバーを全開の位置に。

 

始動したからと言ってこれで終わりではない。

 

21:暖気運転は1000~1200rpmで行い。その際に油圧が30秒以内に5.5㎏にまで上がらなかったらエンジンを止めて点検する。

 

22:燃料圧力が0.25㎏、油圧が5.5㎏、油温度が50℃、シリンダー内温度が150℃になるまで暖気。

 

23:回転数が1800rpm時にプロペラピッチを高にし、その時の回転数の低下が70rpm以内に収まることを確認。

 

24:回転数を2000rpmまで上げて、ピッチを低にし、その時の回転数の低下が1300rpmになることを確認。その後ピッチを高に。

 

25:回転数を1500rpmに戻し過給器を二速に、次に吸入空気圧力が0になるまでスロットルレバーを押して、過給器を一速に切り替えて吸入空気圧力が1.8㎏低下することを確認。

 

26:1800rpmにて電圧計を見て12ボルト以上あることを確認。

 

27:2400rpm時に吸入空気圧力が2.6㎏になることを確認。

 

28:非常用ブーストハンドルを引いて吸入空気圧力が2.9㎏、回転数が2500rpmになることを確認。

 

29:1400rpmに戻し、フラップを下げ、油圧計の針が正常に動くか確認

 

30:座席のベルトを閉める。

 

※スクランブル発進時は21~29の項目を一部省略して離陸することもある。



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予告小説 紫電改のマキ編

書くか書かないかは私しだい


ジリリリリリリリリリ!!!

バンッ!

うるさく鳴る目覚まし時計を壊れんじゃないかって位の勢いで叩いて止める。

「うぅ...あぁ」

ボサボサ頭のアオイは布団からはい出る。

ベットの上でタオルケットと布団を端に綺麗に畳み、その上に枕を重ねる。

横から見ると切ったサンドイッチの断面図のように、キチッとする。

「よしっ...」

ベットから梯子で降り、カーテンを開ける。

一瞬外から入る光に視界を奪われるが直ぐに慣れる。

空には薄い雲がまばらにあるだけ、風は微風、絶好の飛行日和だ。

「さてと...」

窓からクローゼットへ向かい、自分の制服である緑色のパイロットスーツを着よう。

そう思ってクローゼットを開けるが

「......あら?」

そこには緑色のパイロットスーツじゃなく

 

クリーム色に朱色の飾り帯、両腕についた階級章のようなマーク。

飾り帯と同じ色の肩から首にかかる大きな襟。

 

石神女子高校のセーラー服だった。

 

「......」

一瞬アオイの思考は停止する。

そして、動き出す。

「えっ、なにこれ...?」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

キーンコーンカーンコーン

四時間目の終了チャイムが鳴る。

教室から先生が出ていくのを確認すると、他の生徒は自由に行動を始める。

お弁当を持って外へ行く、机をくっ付けて集団で食べる、授業中からずっと睡眠に没頭する奴、と色々いる。

そんな教室の端で、自分の机の上の、教科書とノート、文房具類をカバンにしまう生徒。いや、それが私だ。

私の名は原崎アオイ、高校生になっているようだ。そして、

ドタドタドタドタ!

「うるさいのが来た...」

そう呟くと同時に教室の入り口から見慣れた四人組が飛び込んできた。

『アオイお姉ちゃーん!!』

「弁当忘れただろ?持ってきてやったぜ!」

「一緒にぃ食べよぉ!」

エリ、リエ、オルカ、ローズ、一斉にアオイの元に来た。

...

 

どういう訳だか家族になっていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

行方がわからない、ミシラ飛行隊長の長女アニラ。

「数ヶ月、足取りを探しているが全く手掛かりなし、唯一の手掛かりは...」

ミュラは、五人の前に映し出す一枚の画像。

ある通学機の機内から偶然とられた一枚の写真。

それはヤタガラスのマークを付けたP-51ムスタングに混じって飛ぶ、

 

“烈風”だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

四発陸上攻撃機“連山”の前に立つ二人、機長のヒルファと副機長カグマ。

「最近、ヤタガラスの連中らが執拗に追いかけてきて正直迷惑してます!」

コクコク

横で頷くヒルファ。

「まぁ連山は防弾がしっかりしていますから問題ないですけど」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「槇紫苑とアニラが繋がるのは確かだ」

アオイの目の前に立つ一人の少女。

その後ろにはBT2D-1アヴェンジャーⅡ、一番ポピュラーな呼び方はAD-1“スカイレイダー”。

アメリカが終戦間際に完成させた、艦上攻撃機。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『俺の主が来たぜ』

アオイは振り向く。

紫電改のいる壕入り口に立つ少女。

肩にスカーフを付けたウサギ、紫電改の尾翼に付けたマークと同じ髪止めを着けている。

「あなたが“紫電改のマキ”...」

「そうだよ」

その少女は笑って答えた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「この機体に、また助けてもらうとはね。」

『久しぶりね』

その機体は答えた。

アオイは翼を優しく撫でる。

「ようやく喋ってくれた」

アオイは笑顔になった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ハ43が奏でる爆音の中、機内でアニラは呟く

「この空に自由を...」

 

 

 

紫電改のマキ ミシラ飛行隊ミッシング“SAM”

 

 




紫電改のマキ完結しちゃったから書こうと思う、理由はそれだけ


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戦翼のシグルドリーヴァに出てくる飛行機を見て(ミシラ飛行隊の反応)

今年7月放送予定のアニメ、戦翼のシグルドリーヴァに出てくる飛行機があまりにもアレなので、ミシラ飛行隊の面々に一言どうぞ。


クラウディア・ブラフォード(グラディエーターMk.II)

 

アオイ「7.7ミリ機銃が四つ、一部の機体にはM1919重機関銃を搭載していたみたいだし、火力面は問題ない?」

 

エリ「複翼機なのに」

 

リエ「密閉風防だね」

 

アニラ「全体的な性能は複翼機として見るなら悪くない?」

 

オルカ「酷いなこれじゃまるで自殺だぜ」

 

ローズ「九六式艦戦と九七式戦闘機と戦ったことあるんだぁ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

六車・宮古(キ44-II乙)

 

アニラ「えっ?40ミリ搭載?」

 

ローズ「正確にはぁロケット弾を発射するんだよねぇ」

 

エリ「ズドーン!!」

 

リエ「バゴーン!!」

 

アオイ「ユーハングにいたエースはこれでB-29を撃墜したみたいね」

 

オルカ「つまり対爆撃機って訳だな、しかし装弾薬が8発は少なすぎないか?」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

駒込・アズズ(He100D-1)

 

アオイ「ユーハングはこれを本気で量産することを考えていたそうね」

 

ローズ「キ64にも採用された翼面蒸気冷却方式!最高速は700!旋回能力も良い!加速も良い!降下限界速度も良い!性能“だけ”みればBF109より良い!」

 

オルカ「でもよぉ、翼に冷却装置があるから被弾したらすぐオーバーヒートするぞ」

 

アニラ「この形で武装が7.92ミリが三基、貧弱だね」

 

エリ「翼の形が隼そっくり」

 

リエ「鍾馗にも似てるよね」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

渡来・園香(M.C.72R)

 

アニラ「いい機体設計だね。速度が出そう。」

 

アオイ「実際に709.202km/h出したそうよ。」

 

エリ・リエ『めっちゃはやーい!』

 

ローズ「あぁっ!よ~く見たらぁこれ二重反転プロペラじゃん!」

 

オルカ「垂直尾翼の形状がサカナのヒレみたいだな」

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総評

アニメについて

アオイ「設定資料にはF-15の文字が見えたので、おそらく年代的には最近なのでしょう。何はともあれ楽しみね。」

 

ローズ「戦乙女の『ワルキューレ』とぉ『英霊機』だったかなぁ?アレいったいなんだろう?」

 

リエ「オーディンって神崎××かな?」

エリ「ライダーバトルを始めた奴だね」

エリ・リエ『戦わなければ生き残れない!』

 

アニラ「5月1日に『戦翼のシグルドリーヴァ Rusalka』が販売されるみたいだね、それを読んでみることにしよう。」

 

オルカ「リゼロの長月達平、ガルパンやハイフリにGATEや多くの作品を担当した鈴木貴昭、この二人が絡むアニメになるんだ面白くならない訳がない!キャラは藤真拓哉か、非常に楽しみだ!」




コロナ騒動で休みが増えたから投稿早くしてくれ?
申し訳ないが作者は逆に忙しくなってるから少し長引きそう。


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