誰もが一度は聞き間違える?
ヒーローの条件ってなんだろう。
緑谷出久は、時々そんなことを考えてしまう。
人を助けること、誰かに頼りにされること、悲鳴を上げた人たちのために立ち上がること。
誰かの『助けて』という声にこたえること、それがヒーローの条件。
だとしたら、彼は間違いなくヒーローだ。
「行くぞ」
背後からの声に、出久は答える。振り返り彼の背中を見つめる、何処までも高く何処まで頼もしく、それでいて振り返る視界には情熱が燃えている。
「うん、かっちゃん」
答えながら、出久は思い直す。
違う、爆発だ。誰もが引きつけられるような、まるで夜空に咲く花火のように。周辺を明るく照らし、人々を引きつけ、夜空の闇を『俺が照らすためにある』というように。
嘆きも絶望も、悲鳴も悲哀も。すべての深い闇を明るく照らす爆発の光。
人は彼をこう呼ぶ、『情熱のヒーロー』と。
あるいは。
爆豪勝己と緑谷出久の二人のすれ違いと、お互いが過剰反応する原因は何だったのだろう。
幼い頃、常に皆の前を歩いていた爆豪勝己が、小川で転んだ時の一件。
出久が手を差し伸べた時に、彼は自分が『誰かに助けられる弱い存在』に思えたのかもしれない。
その一件があって、二人の反発が始まったのかもしれない。
しかし、この世界ではそれがそのままでは終わらなかった。
「あ・・・・・」
出久が流された結果によって。
いきなりの流木が彼を倒したとか、急激な水位の上昇があったとか、勝己が手を握り返して二人して倒れて溺れたとかではなく。
彼がうっかりと足を滑らせて、そのまま浅い川なのに慌てて溺れて、流されていった。
「・・・・・デクぅぅぅぅ!!!」
慌てて追いかける彼の前で、緑谷出久は溺れて流されて行って、そのまま救急車にて搬送、病院へと運ばれていった。
臨死体験を経た彼は、ふとした瞬間に個性に目覚めたので、結果オーライといったところかもしれない。
出久自身としては、個性が発現して万々歳だろう。
しかし、爆豪勝己にとってはそれは重大な精神的負担になってしまった。
彼は考えた、自分が近くにいたのにこいつを助けられなかった。目の前にいたのに助けられなかった、死にかけた。生き返ったが、それは結果論でしかない。
自分が弱かったからと、自分を責め続けた結果、彼は捻じ曲がったように考え方を変えた。
強くあらねば。
その後、爆豪勝己は燃えた。まるで自己の個性、『爆発』のように情熱を燃やしてあらゆるものを吸収していった。
「爆豪、何を読んでるんだ?」
ある日、先生は授業中に関係ないものを読んでいる彼に、呆れた顔をしながら問いかけた。
「量子物理学の研究データです」
ビシッと空気が凍る。誰もが何を言っているんだ、こいつという顔で見つめる中、彼は『英文で書かれた研究データ』を読み進める。
「おまえ、今、何年生だか解るか?」
「小学二年生ですが、何か?」
真っ直ぐに答える彼に、誰もが深々と溜息をついたのでした。
その後も、爆豪少年の暴走というか、気の迷いというか、あるいは情熱の爆発か、捻じ曲がった決意の爆走か。
最後が一番、彼らしいかもしれないが。
色々と本来の彼から捻じ曲がった爆豪勝己の中でも、もっとも変化したものが一つある。
それは、彼が得た教訓から発生したもの。
「デクぅぅ!!」
「へ?」
「おまえどこ歩いてやがる!?」
「え? あれ?」
出久、はっとして気づく。自分が空中を歩いていることに。
緑谷出久、臨死体験の結果、得た個性『道』。
何処であっても、空中だろうと宇宙空間だろうと、彼が『歩く』と考えた場所に彼の道が出来る。
その道は彼が認めた人しか歩けない。
強力ではないが、使い方によっては絶対的な防壁になる能力なのだが、本人がまだまだ制御できずにいるため、こうやって空中歩行してしまう。
その度に勝己に止められ気づかされて、そして落ちる。
「うわぁぁぁぁ?!」
「だから何してやがる?!」
空中に勝己が受け止め、そのまま地上に落下。
「あ、ありがと、かっちゃん」
「てめぇ! よく考えて能力使いやがれ!!」
怒鳴りながらも出久の体をチェック。傷はない、脈拍正常、よし大丈夫。
素早く確認を終えた彼は、速やかに立ち上がり出久を起こす。
「本当にありがとう」
「おう」
彼は、『過保護』となっていた。
その対象は出久だけに留まらない。彼の周囲、彼を慕う人達、その人たちを『守らねば』と考え、その結果『過保護』となってしまった。
彼の過保護は止まらない。
時間の流れと共に彼の過保護は増殖していく。
「爆豪、お弁当忘れたんだけど」
「てめぇらは何してんだ?!」
重箱を机の上に置く爆豪勝己、小学五年生。すでに一流シェフ顔負けの料理を作れるようになっていた。
「爆豪、これなんだけどさ」
「あ、貸してみろ」
工具箱を片手にエアコンを修理する爆豪勝己、中学一年生。多くの修理工場から声がかかるくらいの技術を手にしていた。
「爆豪、イタリア語ってできたよな?」
「俺は便利な辞書じゃねぇ、どれだ?」
悪態つきながも、クラスメートが差し出す本を翻訳していく爆豪勝己、中学二年生。二十四もの言語を操り、古代語さえも翻訳しているため考古学者から『是非』と声がかかっていた。
こうして彼は周囲の人々を『過保護』を振りまきながら、実力を増していった。その結果、困った人は『爆豪を頼れ』といわれるようになって。
やがて。
「あ、かっちゃん」
「なんだよ、デク」
昔馴染みの彼が勝己をそう呼ぶので、彼の過保護と合わせてこう呼ばれるようになった。
「あ、かあちゃん」
「誰がかあちゃんだナードども!!」
怒声を振りまきながら、彼が自作した秘密道具入れの『四次元ポケット』を持ち出す彼の姿は、まさに『オカン』だった。
そして彼は雄英へと進む。
過保護のまま、能力を鍛えながら、必死に突き進む。
彼の情熱に当てられ、多くのヒーローの卵たちが、がむしゃらに突き進んでいった。
爆豪勝己、彼は『情熱のヒーロー』と呼ばれている。
あるいは。
「オカン、どうすりゃいい?!」
「かあちゃんどうすればいいの?!」
「かあちゃん、何処にどうなるの?!」
「かあちゃん!」
「だぁぁぁぁ!! 誰がかあちゃんだクソナードども!!」
『オカン』と。
ネタが浮かんだから書いて供養する、というらしいので。
寛容な御心で読んでいただければ、と。
没タイトル『オカンなかっちゃんとうっかりデク君』。
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