異能力持ち指揮官は彼女たちから逃げられない (ヤーコブ)
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エンタープライズは逃がさない

 

「その様子じゃ、 ダメだったようだな」

 二人がけのソファーでうなだれる浩輔を見たエンタープライズが呟く。この泊地の指揮官である彼の机には、封を切られた手紙が一通。

「...ごめん」

「あなたが謝ることじゃない。そう、人手が足りないのはどこも同じということさ」

 書類整理をしているエンタープライズが言葉を選んで浩輔にフォローを入れる。艦船の補填のお伺いは本部から一蹴された。このやりとりも何度目だろうか、浩輔は謝ることしかできない。

「でもこれじゃあ、前線で体を張っているみんなに合わす顔がない」

 指揮官にはそれぞれの「能力」に見合った艦船保有数が定められている。悔しそうに顔をゆがませる水上浩輔の最大保有艦船数は7。ローテションを加味しても、艦隊として成り立つ最小限の数字。その分、艦船一人一人にかかる負担は多数の艦船が在籍する泊地を上回る。

「『力』を使いこなせず指揮官が苦しんでいること。それを補うために、努力していることはみんな知っている。何も恥じることはないよ」

 エンタープライズは書類整理の手を止めて、浩輔の左隣へ静かに腰を下ろす。まるで、秘書官という立場上、多忙な彼女に慰めを強要しているようだ。心優しい彼女ならこういう返答をするとわかっているのに。自分の情けなさに心が沈んでいく。

「だから落ち込まないでくれ指揮官。私はどこまでだってあなたについて行くから」

 肩と肩が触れあう程度に距離を詰めつつ、エンタープライズの視線が浩輔に向けられる。

浩輔の内気な性格を知ってか、彼女は言葉を交わすときに必ず目と目を突き合わせてくる。勘違いしそうになるから早急に辞めてほしい。

 浩輔がエンタープライズと出会って早二年。二人きりだったこの泊地もやっと艦隊らしくなってきた。相変わらず彼女は指揮官として至らない自分に全幅の信頼を寄せてくれる。彼女の期待に応えたい。上へ保有数の拡大を打診したのもそれが大きな理由だった。

 

「貴官の能力行使による艦隊運用の限界か...」

 頭を垂れつつ浩輔は上から戻ってきた回答をそらんじる。前回と同様の返答。嫌でも覚える。

 ここでいう能力とは、知力、経験、カリスマはもちろんのこと。何より重視されたのは指揮官それぞれの『特殊な才能』であった。他の艦隊はこの『才能』を利用し、より多くの戦果をあげている。

「指揮官の存在価値が『力』のみにあるとでも思っているのか。私は正直気に食わないよ」

「だが、上も力ある者に大きな戦力を委ねたいんだろう」

 浩輔は遠い目で答える。

 実際、『異能』を利用した艦隊運用により戦況は大きく改善した。政府は『異能』を持つ一族や後天的に「力』が発現した人間をなりふりかまわず徴兵し、艦船の管理者、指揮官としての地位を与えた。それが、ちょうど2年前。

「おれのピンボケじゃ。この評価が妥当だろうな」

 この泊地を預かる水上浩輔も、千里眼を継承する「山越」の分家に当たる人間である。意識を集中すれば、泊地に居ても航空戦力をしのぐ索敵が可能というもの。正確で即応性のある艦隊指揮が実現するはずなのだ。

 ただ、浩輔が捉えたピントのずれたビジョンが艦隊指揮に有利に働くことは少ない。

「能力だって、今はうまく行かずとも。いつかきっと、使いこなせる日が来るさ」

 二年間、進歩しない自分を見てよくこういうことが言えるなと浩輔は思う。だが、からかっているわけでも、その実諦めていてテキトーこいているわけでもないのだ。いつだって未来を信じて、真面目で実直で。エンタープライズはそういう人だ。

「期待はありがたいけど、いつの日になるんだか」

「いつだっていいさ。指揮官が自分のことを認めることができるのなら。少しでも好きになれるのなら。私はその日が待ち遠しいよ」

 言いたいことを言い終えたからだろうか、エンタープライズは椅子から立ち上がり爽やかな顔で書類整理に戻っていく。

 彼女の言葉は浩輔の心に忘れていた感情を呼び起こす。それは、晴れやかな気持ち。背中を後押しされるような。こんな自分でも彼女のように胸を張って生きていけるような。

 だが、現実は異なる。戦力外通告を受けた指揮官が、超一級の艦船を持て余しているという図式。エンタープライズはその名に恥じぬ確かな実力を有した艦船。そんな人材に秘書官としての雑務を強いる自身の無能さからは逃げられない。余計な言葉が口からこぼれそうになる。

 

「足を引っ張るぐらいなら、いっそ辞...」

「指揮官」

 決して彼女の耳に届くような声量でなかったと思う。浩輔の声にかぶせるように、エンタープライズの凜とした声が部屋に響く。彼女は手にしたペンを脇に置き、戸惑う浩輔に顔を向ける。何かをかみしめたような表情が、有無を言わせない静かな威圧感を与える。

「今指揮官が何を口にしようしたのか、私にはわからない。わからないから、どうか辞めるだなんて言わないでくれ」

 エンタープライズの肩が震えている。よく見ると瞳は潤み、今にもあふれ出す手前といったところだ。

 浩輔はその姿にかける言葉が見つからない。まるでわからなかった。ケッコンはおろかただの秘書官と指揮官である自分たちの関係性にあって、彼女がここまで取り乱す理由が。もちろん彼が本気で職を辞す決意のもと発言したわけではないことは、エンタープライズにだってわかっているだろう。理解しているのなら、なぜここまで感情をあらわにするのだろうか。

 しまいに嗚咽を漏らしつつあるエンタープライズを横目でみる浩輔は口をつぐんでいた。こうなっては嘘だと煙に巻くこともただ空々しいだけだが、それ以外の方法も思いつかない。

「た、たしかにピンボケだし、向いてないけど、やめることはないよ。やめてもほかに食っていく当てなんてないしさ。あはは」

「なら誓ってくれ指揮官」

「え?」

 とってつけたような弁解を口にして、しばらく様子をうかがおうとした浩輔は、エンタープライズからの鋭い反応にすっとんきょうな声を上げる。足早に近づいたエンタープライズは、左の手首を万力のような力で掴む。解けそうにない。

「二度と、二度と辞めるだなんて言うな。辞めるとかここからいなくなるとかとにかくそういうニュアンスの発言をするな。」

 赤みを帯びた目元でエンタープライズがむちゃくちゃなことを言い出した。動転しているのだろうが艦隊きっての常識人としての姿は見る影もなく、こちらの言論を行動を一方的に統制してくる始末。まるで思考が追いつかない。

「誓えないのか!」

「いえ!今後一切そのような発言はいたしません。」

 本部のお偉方のような恫喝。身が震える。

 混乱のただ中にいる浩輔は経験から導いた最善策を反射的にとるしかなかった。

「あなたはさっきピンボケだと言ったな」

「え?言ったかな」

 曖昧な返事は、彼女の激情を駆り立てる。

「あれはその通りだ。何も、何も見えてないじゃないか。私のことも、自分のことも」

 エンタープライズは身を翻し、ぶつぶつ部屋の隅に向かって何か言っている。しまいに涙声になり、内容はほとんど聞き取れなくなる。

 ビンタ二発は覚悟しよう。きっと彼女ならビンタ二発で相談に乗ってくれる。それが、姉であるエンタープライズのためでもあるのだから。だからどうか助けてほしい。浩輔は、ホーネットへの釈明と相談を心の中で決意する。季節は6月。執務室には重くぬるい風が吹いている。




読んでくれてありがとうございます。
あるアズレン小説の投稿に触発されて思い立った次第です。
初めてこういうものを書くので、感想くれたらうれしいです。
本はあまり読まないので、誤字とか小説の体裁とかあったら是非指摘してください。


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