いつか黄金の世界で (Schweitzer)
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人物

アストリッド・ユーグスタクト

本作主人公

 

外見年齢12歳程度

白い髪に紅い瞳の少女

普段はユーグスタクトの証でもある血のように赤いローブを羽織っている

何事にも好奇心旺盛でる一方人間嫌い。

人間の物も嫌いだが揚げパンだけは例外で好んで食べる。

魔法に頼ることが多い。魔法を扱うことは得意

城や戦いにおいては使者を従えている

ユーグスタクト城の城主であり当主、全ての魔女を率いている

 

セイラ・ユーグスタクト

故人

外見年齢20歳前半

アストリッドの母親。先代ユーグスタクト。

白い髪に紅い瞳の女性

娘同様赤いローブを着用

娘のことが何よりも愛おしくてしょうがない

常に優しい笑顔で接する。

よくテオドシアとともにアミエリタへちょっかいを出しに行っていた

 

アミエリタ

外見年齢15歳

黒い髪に鮮やかなオレンジ色の瞳の少女

水色の異国のような服を着用。赤いリボンで髪をサイドアップしている。

鈴のような静かな声。なんでも優しく包み込んでくれるような人。

ユーグスタクト城とは違う空間の主。

願いに来た人間の願いを叶えることができる

 

ローレンヌ

外見年齢17歳

ユーグスタクト達の主。七色に変化する瞳とラベンダー色の髪の少女。

黄金に染まる世界の主.

 

 

ステファニー

年齢15歳

青い瞳と金色の髪の人間の少女。しかし本質は人間よりも魔女に近い

ユーグスタクトを破壊することができる“御子”

王宮生まれの王宮育ち

 

ギルバート

年齢23歳

癖のある黒い髪と緑の瞳の人間の青年。ステファニーの従者

ある時アストリッドに声をかけてからというものよく絡まれ遊ばれている。

従者であり上流階級の貴族出身

 

テオドシア

ステファニーの母親兼先代御子。故人。

青い瞳と金色の髪の人間の女性。

セイラとは良き友人。

少々茶目っ気の強い女性。

セイラとともによくアミエリタの元に遊びに行っていた。

ステファニー曰くいたずら好きで子供っぽい一面がある

 

ルネット・ラザフォード

20歳前後の青年

中性的で綺麗な顔立ちをしている。

王宮にはよく出入りをしている。

ある理由から封印石とアストリッドを狙っている

 

ナーシャ・イグノランス

外見年齢17歳

紫色の髪と瞳の魔女。

黒い三角帽子と黒いマントを着用イグノランスの魔女。

遊撃隊に所属

魔法を創造することが得意。

性格に少々難あり。

好物は新鮮な生肉。彼女曰く生肉を食べればすごい魔法が発明出来るらしい

 

 

その他

 

…まだテスト期間

もう少し慣れたらなんとかします…

とりあえず公開できる状態まで持っていくための一時文字数稼ぎ

話は少しずつ投下予定

少し改変あり

 



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いつか黄金の世界で

  深い森の中に閉ざされた古城であるユーグスタクト城は今日も変わらず吹雪で覆われていた。全てを凍らせる極寒の大地にひっそり佇む古城の一室で母娘はそろって寝台に腰掛けていた。優しく燃える暖炉の熱と光はぬくもりの結界となり母娘を寒さから守り包み込んでいる。

 

「ねぇアリス。この世界で一番素敵な事ってなんだと思う?」

「ぅ?」

 

 アリスと呼ばれた幼子はきょとんと可愛しく首を傾げ母の顔を見上げた。雪のように柔らかい白髪から覗く、くりくりの丸い紅の瞳が絶対的な信頼を込め母の瞳を見つめてくる。それが何よりも愛おしくて、愛らしい。

 

「それはね、愛しい人と共に過ごすことなのよ。」

 

娘と同じ色彩の髪と瞳を持つ母は愛おしそうに少女を抱き上げると自身の膝に座らせた。まだ外の世界を知らない少女にとって世界の全てである母に抱かれるだけで嬉しそうに笑い、その小さな手で母の頬に触れた。母は娘の柔らかく小さな温もりにそっと目を閉じた。

 

「いとし、ひと?」

「そうよ、愛しい人―――そうねぇ・・・大好きな人、でいいわよ。今は、ね。」

 

きょとんと首を傾げた後その言葉の意味を理解したのか嬉しそうに抱き着く。

 

「んと、アリスは、ママ!ママが大好き!」

「ありがとうアリス、ママもアリスの事が大好きよ。ねぇアリス、この世界で一番怖いものはなにかしら?」

「んと、えりゅとりあの、みこっ!」

 

舌足らずの言葉の中に確かな敵意を込め答える幼子。言葉の意味は理解していないようだがそこにはその言葉自体を嫌うような素振りを見せている。

 

「それはどうして?」

「えっと、アリスは魔女で、えりゅとりあの御子はユーグスタクトの敵なの!」

「そうね。ユーグスタクトは何千年もの歴史があって、全ての魔女を統べる一族。そしてエルトリアの御子は私達ユーグスタクトを破壊できる唯一の存在。」

「御子にはかいされたら、どうなっちゃうの?」

「魂を引き裂かれちゃうの。二度と蘇ることがないように―――先代達は一人残らず御子に殺されたわ。」

「じゃあ、じゃあ、アリスも殺されちゃうの?ママとバイバイしちゃうの?」

 

不安そうに怯えながら母の二の腕にしがみつく。娘が不安な顔をするだけで母の胸は張り裂けそうになるくらい痛くなってしまう。この子にこんな顔をさせたかったわけではない。不安そうに怯える娘の頬を両手でそっと包み込む。

 

「いいえ、大丈夫よ。アリスがアリスでいる限り御子は絶対に破壊なんて出来ないもの。」

 

まだぬぐい切れない恐怖と不安に怯える娘。そんな娘を安心させる為に優しく笑いかけ、不安を取り除くように母は娘の白く柔らかな髪を撫でそっと手で梳く。

 

「いいのよ、まだ理解できなくても。でも忘れないでね、アストリッド・ユーグスタクト。いつも自分を信じて、そして貴女が貴女でいることに、ユーグスタクトであることに誇りを持ちなさい。」

 

母は祈るように優しく娘を抱きしめた。嬉しそうに抱きしめかえす娘はその時母が流した一筋の涙に気づく事はなかった。

 

 



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3話

 

    夢

ひどく懐かしい夢を見た

 

まだ隣には大好きな母がいて

 

なんにも心配がいらなかった日々

 

暖かな記憶

 

だけど今は懐かしいだけのただの記憶

 

 

 

 重い鉛色の雲が空を覆い、絶え間なく吹雪が城の窓を叩きつけようとも変わらずいつもの時間となり目を覚ます少女。吹雪で覆われている薄暗い古城。唯一の明かりであり温もりでもある暖炉の火は変わらず燃え続けている。

 

「ぅん・・・」

 

 目が覚めゆっくりと起き上がると大きなあくびが出た。まだ眠たい目をこすりながら椅子のぬいぐるみをそっと手に取り抱きしめた。窓は寒さから部屋のぬくもりを守る為のカーテンは主の起床に合わせ開かれている。

 

「おはようママ・・・今日も外は吹雪よ・・・」

 誰もいない空間にそっと呟く城の主である少女。小さい頃は目が覚めたらいつも隣には大好きな母がいて、窓を激しく叩きつける吹雪が怖かった時も、いつもどんな時でも隣にいてくれた。

 しかし大好きな母はもういない。

エルトリアの御子に引き裂かれた魂の欠片を全て見つけ出すまでは暖かな手に触れることは出来ない。

 

「寒いよ、ママ―――冷え切ってしまった私の身体を温めて・・・大丈夫よ、すぐに見つけてあげるから。怖くないよ、だって私は強いんだもの。だから、待っててね。」

 

抱きしめたぬいぐるみに寂し気に微笑み寝台から降りると部屋に数人の赤いローブを羽織った人達入ってきた。フードを深く被っている彼らの顔は見えないが気にすることでもない。魔法で服を着替え身だしなみ整えると差し出された血のような真紅のローブに袖を通し開かれた扉から廊下へと出る。

等間隔に置かれた蝋燭が唯一の光源である薄暗い廊下は狂いそうな程の静寂の中でアストリッドの靴音だけが響く。この広い古城にはアストリッド以外誰もいない。メイドもいなければ従者もいない。いるのは自分の使い魔のように働く事しかできない赤いローブのフードを深く被る使者だけ。

 でもそれは彼女に話しかけることもなければ彼女の孤独を埋めてくれるわけでもない。ただ主である少女の命令のみを聞き行動をする人形。だからこの広い城ではアストリッドはいつも独りぼっち。

 

だが彼女は独りが嫌いだ。

 

あの日、あの夜突然母が消えてから独りが怖くてたまらない。

だから今日も出かける。この寂しく冷たい城に閉じこもるよりも少しでも暖かな場所を求めて。

 

「じゃあいってきます、ママ。」

 

フードを深く被り使者が開けた扉から外に出る。城の外に出た瞬間吹雪がアストリッドの小さな身体に叩きつけようとするが雪はアストリッドに触れた瞬間に消え、体内へと取り込まれた。吹雪が少女を傷つけることはない。降り積もった新雪を靴で踏み分け城の外れにあるガゼボに向かう。

「ふぅ…城の中に作ればいいのになんでこれは外にあるのよ」

ガゼボに着くなり出てくるのは文句の言葉。外は吹雪でもそれほど寒くないがガゼボに向かうためだけにわざわざこの悪天候の中を歩いくのは正直に言って面倒臭い。

 吹き抜けの作りであるガゼボには結界が張っているのか吹雪が入り込むことはない。床に描かれた複雑な魔法陣を一通り眺め異常がないことを確認すると陣の中心に立つ。左手を前に出し静かに目を閉じ、心を落ち着かせ魔力を循環させる。

 

「我が身を彼の地へ、開け。」

アストリッドが魔法陣に魔力を通すとそれは激しく光りだし、光が消える頃には赤いローブの少女の姿はなかった。

 



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4話

古い建物が軒を連ねる市民街。小高い丘の上にあるこの国の最も重要な施設である城を囲むように街は出来ている。朝は新鮮な野菜や果実、肉や魚が軒先に所狭しと並び朝市では人々の威勢の良い声で賑わっている。そんな人々の間を縫うようにして歩き店で食材を手に入れていく青年がいた。20代前半の青年は人込みを縫うように歩きこの後必要である食材を調達する。

 

この街で彼を知らない者はいない。

 

市民街に合わせて着ている服は確かに周りの人々とたいして変わらない。だが明らかに良質な生地に細かな装飾が施された服は素人目に見ても高級品であると言わせている。しかし本人は自分の服が市民街で浮いている事に気づいていないようだった。

 

身なりも良く、どこか気品も漂わせている彼は、主婦顔負けの値切り交渉術で安価で質の良い物を購入していく。本人は街に溶け込んでいるつもりだが、しかし着ているものが高級な物だとか、時折垣間見る気品の良さはどこかいい家の出のお坊ちゃまではないのかと噂になっていた。そんなギルバートはため息をつくと近くの出店で揚げパンを一つ購入して人気のない建物と建物の隙間に入り込んだ。

あまりに狭く暗いその隙間を誰一人として気にしないからこそ選んだ。

 

これから出会う少女の為に。

 

「ったく、いるんだろう?アリス。」

 

 誰もいないはずの空間に向けて、まるでそこに誰かがいるかのように声を掛ける。

 

「いるよー。」

 

ギルバード以外に誰もいないはずの空間から声が聞こえた。それもギルバートのはるか頭上から。

顔を上げると建物の窓の僅かな突起物に赤いローブを羽織った白髪の少女が立っていた。紅い瞳をキラキラ輝かせ面白そうにギルバードを見下ろしている。

 

「呼んだぁー?」

 

「ずっと俺の後をつけていたくせになんの用だ?」

 

「あれぇ?ばれてたぁ?まぁいっか。こうして会えたんだし!」

 

ぴょんっと子猫のように軽やかにギルバードの前に降り立つ。そして何かに気づいたのか形の良い小さな鼻をクンクン動かして満面の笑みを浮かべた。

 

「揚げパンッ!」

 

好物のいい香りにつれられギルバードから買い物袋を引ったくり中を覗き込む。そして遠慮という言葉を知らないのか、知っていても気にしていないのか買い物袋の中に手を突っ込み、楽しそうに中を漁る。

 

「そっちにはない。ほらよ。」

 

「むぅ、早くくれないと冷めちゃうのに。まぁ揚げパンに免じて許してあげる。」

 

文句を言いながらも差し出された揚げパンを受け取ると買い物袋をギルバートの腕に押し付けた。そして待ちきれんばかりに紙を破り捨て揚げパンを頬張る。嬉しそうに目を細め小さな口をいっぱい開きかぶりつく。

 

齧り付いた瞬間口の中に香ばしい香りと油が入り込む。外はサクッと中はふんわりした食感。パンにまぶしてある砂糖と中に入っている新鮮で甘酸っぱいイチジクのジャムの程よい酸味と甘味のバランスが口の中に広がる。

 

「あのなぁアリス、前にも言ったと思うがこの国でお前、見つかったらやばいことになるって分かってんのか?」

 

「ぅんっ!」

 

「一部の組合じゃユーグスタクトの首は賞金物だ。国に差し出せば一生遊んで暮らせる額はもらえるんだぞ?」

 

「知っているよー。でもただの人間相手にユーグスタクトは捕まらないわ。」

 

呆れたように話すギルバードを鼻で笑い揚げパンに意識を戻す。

やはり揚げパンは世界で一番美味しい食べ物だ。ジャムを入れたパンを油で揚げ砂糖をまぶすなんて、発明した人の顔を見てみたいと一人満足気に頷く少女。

 

「だったらさぁ、ギルが私を殺して首を国に持っていけばいいわ。どれくらいのお金になるかなんて人間のお金に興味はないから分かんないけど、今みたいに従者じゃなくて一生遊んで暮らせるじゃないの?」

 

「おまっ!冗談でもそんなことを言うなっ!!」

 

慌てて否定してくる姿が面白くクスリと笑う。

 

「―――ほんと、ギルって優しいねー。初めて会った時からなぁんにも変わらない。そういうところ、好きよ。」

 

指についた砂糖と油を舐めとり、紙をくしゃくしゃに丸め空中に投げ捨てる。紙くずは綺麗な放物線を描き地面に落ちる直前に激しく燃え炭となって跡形もなくなった。

 

「うんっ、やっぱり美味しかったわ。人間の食べ物なんて口にする価値なんかないって思っていたけど揚げパンだけは別ね。美味しいわ。」

 

パンパンと手を叩き、満足したのか頷きフードを被る。

 

「ギルはこれからお仕事なの?」

 

「あぁ」

 

「そう、もうちょっと遊ぼうと思ったけど仕事ならしかたないかぁ。じゃあまたいつか会おうね。」

 

「あ、ちょっと待て!」

 

「――――なによ。」

 

立ち去ろうとした所を呼び止められ面倒くさそうに振り返る。

 

「今度はどこに行くんだ?」

 

「私が何処に行くかなんて、ギルが知る必要、あるの?」

 

すっと紅い瞳を細める少女。見た目は自分よりもかなり幼いが、それでもただ睨まれただけのはずなのに蛇に睨まれたネズミのような威圧感を覚え恐怖で身体が動かなくなる。そして少しでも動けばその場で殺されるような錯覚にまで陥る。

 

「勘違いしないでよね。私はギルで遊ぶのが楽しいから一緒にいてあげているだけなの。それ以上私に関わろうとするなら例えギルでも殺しちゃうよ?」

 

気分を害されたのか先程の少女らしい華やかな顔とは全く違う顔を、人間の命なんて全く興味がなさそうなユーグスタクトの本来の顔をする。

その顔を見てギルバードは思い出した。姿は幼い少女そのものだがコレは、この少女の姿をしたコレは紛れもない化け物だった事に。気まぐれで街を破壊し、息をするかのように破壊や殺戮をすることが出来る化け物。人間の命なんて欠片ほども気に留めていない相手に魔法の一つも使えないようなただの人間が対処出来る生き物ではない。

冷や汗が背中を伝い、足が震えそうになるのを必死で抑える。そんなギルバードの様子が面白いのかコロリと表情と雰囲気を変えクスリといたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「あはは、ギルっておっもしろーい!この程度でそんなに怯えちゃって、可愛い所もあるのね。いいわ、揚げパンに免じて今日は特別に教えてあげるから光栄に思いなさい。今日はね、東に行くの。そこから欠片の気配がするの…この国の御子に壊されたママの魂は絶対にそこにある。間違いないの。」

 

「そ、そうか。気をつけろよ…」

 

「うん!バイバイ、ギル!」

 

アストリッドはまた表情を変え今度は無邪気に笑いながら軽く手を振り軽快なステップを踏むように建物の壁と壁を蹴り上げ屋根の影に消えた。ようやく殺気めいたものから解放され肩の力を抜く。

 

「――――たく・・・自分がユーグスタクトだって自覚していんのか?あいつは…」

 

自分より幼いとはいえ相手は魔女。魔女の気分次第で非力な人間は一瞬で跡形もなく消されてしまう。再びため息をつきポケットに入れていた懐中時計の時間を見る。

 

「って、いけね!遅刻する!」

 

会う予定のなかった少女との出会いのせいで時間がだいぶ押してしまったらしい。買い物袋を持ち直し走って表に出て混雑する人込みを掻き分け走る。人の波をかき分け走るギルバードを人々が迷惑そうに見てくるが関係ない。職場に遅刻すれば周りから小言や嫌味を言われるのは分かりきっている。

幸い職場に遅刻をするという大失態は犯さずにすんだが走っていた為、買い物袋の中身がかき混ぜられてぐちゃぐちゃとなりその原因を作った白い少女を恨んだのは別のお話し。

 

 

 

 

ギルバードの朝は主である少女を起こすところから始まる。閉じられたカーテンを全開にして部屋の中に朝日を取り込む。朝が苦手なのか少女は不満そうな抗議の声をあげながら寝台から身を起こした。

 

「おはよう、ステフ。」

 

「…おはようございます、誰かさんに起こされるまでは素敵な時間を過ごしていましたわ…」

 

「そうか」

 

15歳ほどの少女は可愛いらしく小さなあくびをすると化粧台を指差した。

 

「髪を梳いてくださいますか?」

 

「はい。」

 

慣れた手つきで主であるステファニーの繊細な金色の髪に櫛を通していく。櫛を通す必要なんてないのではというほど柔らかく絹のようにサラサラとした金色の髪が背中に垂れている。

 

「また揚げパンを買いましたね?そういう偏った食事ばりでは身体を壊してしまいますわよ?」

 

「確かにそうだな。以後気を付けるとしよう。」

 

「そうしてください。でも今日は食べていませんね?あなたが以前お話してくださったアリスさんという方にお会いになったのですか?」

「そうだ。まぁ、すぐに別れたがな。」

 

「そうですか。一度でいいからお会いしてみたいですわね、とても素敵な方なのでしょう。」

 

まだ見ぬ少女の顔を思い浮かべているのかうっとりと目を細める。

 

「―――前も言ったがそれだけはやめとけ。あいつはやんちゃすぎる、貴女の手には負えない…終わったぞ。」

 

そもそも相手は魔女の中でも最高位の存在。そんなユーグスタクトにとって御子は自身を破壊できる敵。お互い嫌悪する存在同士を引き合わせたら城が吹き飛ぶだけで済むはずがない。無理やり話を終わらせ櫛を片付ける。

 

「ギルバード、今日の予定はなにかしら?」

 

「午前午後ともに王族会議が入っています。」

 

「あらまぁ今日は退屈な日になりそうですわね。どうせ飾り物として扱われるのは目に見えていますのに…他にはなにかありますか?」

 

「別件でユーグスタクトが東に向かいました。」

 

「東…となると目的地はアルトですわね。あそこにはユーグスタクトの魂の欠片が保管されていますから目的はそれでしょう―――動いている者は?」

 

「市民街の組合数団体と王族管轄の遊撃隊、それと煉獄部隊が独自に向かいました。」

 

「あらあら、煉獄部隊まで出るとは随分物騒になったものですね。」

「相手はあのユーグスタクトだ。遊撃隊程度でどうにかできていたらこの国に組合も煉獄部隊も必要なくなるな。」

 

「確かにそうですね。わかりました、午後の会議で報告でも聞きましょう。」

 

ステファニーはようやく寝台から下りると部屋の隅に待機させておいた淑女に声をかけ部屋を出る。取り残されたギルバードは会議の準備をするため足早に部屋を去った。



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5話

王宮で会議が行われているその頃、アストリッドは小高い丘の上から街を見下ろしていた。首都の市民街ほど賑わっていないが港が近いのかあちらこちらから威勢の良い声が響き渡り街に活気が溢れている。

 

「―――やっぱり感じる…ママの気配。この街のどこかに、ママの欠片はっ―――っ!!」

 

何かを感知したのか大きく右にジャンプをして避ける。一瞬の差でつい先程までアストリッドが立っていた場所は爆発し、土煙をあげ地面が深く抉れた。

 

「あらら、この品のない攻撃は遊撃隊ね。」

 

抉れた地面を見降ろし小馬鹿にしたように嗤う。

 

「あ、やっぱりね。」

 

土煙が晴れる頃、アストリッドの目の前には黒いローブを被った集団が各々武器を持って立っていた。

 

「はぁ…なんか用なの?私、まだ何もしてないわ。」

 

「魔女がこの街になんの用だ?まさかまた狩りでもしに来たのか?」

 

「質問しているのはこっちなんだけど?これだから人間って嫌いなのよね。まぁいいわ、遊撃隊だろうが組合だろうが関係ない。私の邪魔をするのなら排除してあげるわっ!」

 

アストリッドが左手を前に出すとそこに等身大ほどの漆黒の鎌が現れる。鎌の柄をしっかり握り構え敵を睨む。

 

「ユーグスタクトの魔女が相手をしてあげるのだから精々無駄に足掻いてみせなさいっ!!」

 

集団に向け跳躍をしながら鎌を大きく振り上げる。鎌の刃先が獲物を捕らえるよりも早く集団の一人がアストリッドに向け剣を振るうがそれを魔法で編み出した障壁で防ぎ、空中で軌道を変え襲ってくる楔を鎌の柄で受け止める。

キンッ!と金属同士がぶつかり合う音が辺りに響く。

 

「っ!」

 

動きが止まったわずかな瞬間を狙いアストリッドに向け鎖が飛んで来た。

剣士の体を蹴り後方へ飛ぶ。背後から飛んできた矢を魔法で燃やし、自身を拘束しようとする鎖を溶かし、飛んでくる楔と共に迫ってくる敵を鎌で薙ぎ払う。

 

「あはは!あなた達って本当に品がない攻撃しか出来ないのね!この私を狙うからにはもっとまともな攻撃を期待していたけど、期待するだけ無駄みたいね!」

 

アストリッドが生み出す砲弾が集団を狙い続ける為統一した動きが取れていない。たった一人の少女を倒せず、それどころか翻弄され続ける。

 

「もっと無様に踊りなさい!そして足掻くだけ足掻いて私が相手をしてあげている事を光栄に思いながら死になさいっ! 」

 

一人がアストリッドを切りかかろうとする。それを風で吹き飛ばし、飛んでくる砲撃をさらに強力な砲撃で破壊して追撃を行う。

最初は楽しそうに笑っていた次第に少女の顔は玩具に遊び飽きた子供そのものになっていった。

 

「…退屈ね。面白いから遊ばせてもらったけどもう飽きた。私が相手をする必要もないし、価値もないわね。」

 

本当に飽きたのか深くため息をつくと持っていた鎌をまるで空間を引き裂くように大きく横に振った。

 

「ユーグスタクトの使者よ、ユーグスタクトの声を聞きなさい!こんな連中の為に私の手を患わせないで!」

 

少女の小さな体から莫大な魔力が溢れ出す。魔力に反応した地面は歪み、そこから赤いローブを身に纏った使者達が現れた。その数は13体。数では遊撃隊よりも劣るが使者達から放たれる魔力量に遊撃隊のほうが僅かに後ずさる。

 

「遊び飽きたわ、そいつらもう要らないからさっさと終わらてちょうだい。」

 

呼び出された使者は主の命に頷くことなく動き出す。戦闘を始めた使者に相手が気を取られたわずかな隙に鎌を手に崖を全速力で駆け降りる。

 

目標が離脱したと気づき後を追おうとした遊撃隊は少女が呼び出した使者にその道を立ち塞がれる。遊撃隊の剣が使者の身体に突き刺さるが使者達は攻撃の手を止めることをしない。生きていない使者に対しその肉体を狙った攻撃が通じるはずもない。それに対し相手はただの人間。使者達は互いに言葉を交わすことなく、されど一つの意志で動いているかのように敵の弱点を攻めては圧倒的な力を見せつけそこは血の海が広がることになった。

 

 

「―――本当、めんどくさい。なんなのよあれ、遊撃隊のくせに動きが早すぎるわ」

 

自身から切り離しても制御できる上位体の使者に戦闘を任せてきたとはいえイライラは収まらない。この苛立ちを木々に魔力をぶつけ破壊することで少し抑え込む。魔力反応で居場所がばれるがそんな事もう関係ない。先程の戦闘反応で時間を待たず応援が飛んでくるはずだから。

 

「とは言っても煉獄が来なくて助かったわ、あれだけは絶対に避けたいもん。」

 

鎌を消しフードを被り直して街に入る。鎌を持ったままでは明らかに襲撃しにきましたとアピールするようなもの。さすがにそんなことをすれば目立ってしまうことは解かりきっている。

適当な屋台で奪ってきた揚げパンをほお張りながら気配を探す。そもそも人間の金銭を知らないアストリッドには物を買うという概念はない。欲しかったら奪う、ただそれだけだ。

 

先ほどの市街地の揚げパンと違いここの揚げパンは齧ると僅かに魚の香りが口の中に広がる。揚げパン自体に魚は入っていないが魚を上げた油でパンを揚げたのかパンにまで匂いが移ってしまっている。しかしそれはそれで惣菜が中に入った揚げパンに程よい香りを足しさらに美味しく感じられる。

 

揚げパンから意識を取り戻し街から流れてくる魔力の流れを辿る。その途中戦闘を任せていた使者が自身の中に戻ってきたことを確認したアストリッドは小さくつまらないと呟く。

 

「大した力もないくせに無駄に力を誇示しようとするんだから。馬鹿らしい―――この街のどこかに必ずママのかけらはある―――私にはママがすべてなんだから…」

 



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6話

「―――ママ、おでかけ?」

 

深夜、気配を感じた娘は眠たい目を擦りながら玄関ホールの階段を降りると外に繋がる扉の前で母は使者となにか話していた。その日の夜はいつもと変わらなかった。母とベッドの中でお話しをして、子守歌を歌ってもらって、母の腕の中で眠りについた。

 

これが最後になると気づく事なく。

 

「あらアリス、起きちゃったの?いけない子ね…いらっしゃい、アリス」

 

娘の姿に気づいた母は優しく笑うとその場に腰をおろし娘に向かって両手を大きく広げた。少女は嬉しそうに笑い大好きな母の腕の中に飛び込む。

 

「ママは用事で少し遠くまで行かないといけないの。ママがいなくても、アリスはいい子にしていられるかしら?」

 

「…ん」

 

寂しそうに眉を寄せ母の顔を見上げる少女。そんな娘の頭を母は優しい手つきでそっと撫でる。

 

「いつ、帰って来る?」

 

「そうね…わからないわ、でもきっとすぐよ。ママが帰ってきていつかユーグスタクトの雪が晴れた日に、また一緒に冬芽探しをして、雪が溶けたらママの大好きなお花畑をお城の周りにいっぱい作りましょう。」

 

「うん…アリス、ママとお花、作りたいもん…」

 

幼子は母の嘘に気づいているのか離れたくないと駄々を捏ねるようにひたすら母を抱き締め離そうとはしない。

 

「ねぇアリス、この世界で一番素敵なことはなんだか分かるかしら?」

 

「んと、大好きな人と一緒にいること。」

 

「そうよ。でももうアリスも8歳になったわ。これから沢山学んで大人になっていく。だからこれも覚えておくといいわよ。この世界で一番素敵なことはね、愛する者と共にいることよ。アリスもすぐに大きくなるわ。その時恋をして、女になるの。魔女も人間もユーグスタクトも同じ、成長する生き物よ。」

 

「―――?」

 

まだ言葉の意味が理解できなかったのかきょとんと首をかしげる娘に母は優しく笑う。

 

「ふふ、まだアリスには少し早かったかしら?……ねぇアストリッド、ママはアストリッド・ユーグスタクトを心から愛しているわ。」

 

「ママ…?」

 

母は自分のことを滅多にアストリッドとは呼ばない。いかなる時もアリス、アリスと愛称でと呼んでくれていた。

少女は幼いながらも賢かった。その小さな身体の内に収められた永い歴史が自分に告げてくる。忘れるな、これが最期になると。しかし、莫大な力をまだ制御出来ていない少女には漠然としかその事に対して理解が出来ず、しかしこれが自分への最後の言葉になるであろう事をなんとなく理解してしまった。

 

「ねぇ、いつまでも忘れないでね…ユーグスタクトの誇りを、アストリッド・ユーグスタクトの誇りを、あなたがあなたであることを。愛しているわ、アストリッド・ユーグスタクト。」

 

「―――アリスも、アストリッドも、ママのこと、愛している…だから行かないで…アリスの前から、いなくならないで…」

 

「それはできないことよ、さぁアリス。もう寝なさい。」

 

「…ぃや…」

 

首を振りさらに母にしがみつく。

 

「我が儘はだめよ、アリス」

 

「ぃや…いやぁぁ、いちゃいやぁ!」

 

丸い瞳に大粒の涙をためアストリッドは母の胸に顔を埋めた。

 

「もう、アリス泣かないの。ユーグスタクトがこの程度で泣いてはだめよ?それともアリスはユーグスタクトじゃないのかしら?」

 

「―――違うもん…アリスは、立派なユーグスタクトの魔女だもん…」

 

「じゃあ泣き止んで?」

 

「ん…」

 

小さな拳でゴシゴシと目を擦り、母を見上げる。

 

「アリス、ユーグスタクトだから泣かないもん!」

 

「えぇ、立派よ。愛しているわ、アストリッド」

 

母はそっと娘を抱きしめ額にキスをすると立ち上がり使者に目で合図を送る。

 

「じゃあ後のことはよろしくね。これまで通り、ユーグスタクトの運命通り全て円滑に進めなさい。」

 

そう使者に告げ開かれた扉を潜り外に出る。

 

「―――いってらっしゃい、ママ。」

 

アストリッドの声に振り返り娘に向かって母はいつもより優しい笑みで答えた。

 

 

「はい、いってきます。アリス。」

 

 

母は吹雪の中に姿を消した。消えるまでの母の背中はどこか寂しく、だけど誇り気高かった。

 

それが、娘が最後に見た母の姿だった。

 

 

 

 

 

(今思えばママは私に嘘をついていた…もう会えないと分かっていてんだ…だってお城の吹雪は、一度も晴れた事なんてないもん。雪が溶けるなんてありえないんだから…)

 

「ねぇママ、今日のお昼はなにー?」

 

「なにがいい?」

 

「んと、お魚のマリネ!ママのマリネはね、世界で一番美味しいだもん!」

 

「あらまぁ、じゃあ頑張って作らないとね。」

 

「わーい!」

 

楽しそうな会話をしながら通り過ぎる親子の姿を彼女は寂しげに見送る。親子の姿が消えると首を静かに振り再び歩きだした。目的の物がある場所はもう把握した。自分がやるべき事は理解している。だから始めるんだ、最愛の母をこの手で取り戻してみせる。

 

 

 

だから、だからもう迷う必要はないっ!

 

     

 



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7話

町を外れた雑木林の奥、そこに古びた洋館はある。蔦が外壁覆い、庭は草が伸び放題だった。アストリッドが左手を軽く振ると草が根元からバッサリ刈り取られ消し飛ばされた。そして出来上がった道を歩き洋館の扉にそっと手を翳すだけで重厚な扉は簡単に開いた。

罠がないか魔法で確認して中に入る。

 

「っ!!」

 

空気を切る音と共に何かが飛来してくるのを感じ、障壁を張る。アストリッドが張った障壁にぶつかった飛来物が金属音をあげ床に転がった。目線を下げると障壁に弾かれ刃が折れた斧が落ちていた。革靴のつま先で触れるだけで斧は砂となり消える。

 

「―――この館への侵入者とお見受けいたします。」

 

螺旋階段から一人の若い女が両手に斧を持ち現れた。ふんわりと揺れる栗色の髪にはリボンが飾られ、ゆったりとしたロングドレスに身を包んだ細い身体の女。

 

「ねぇ、貴女はこの館の人?」

 

「私はグレディ家の使用人のエミリーと申します。」

 

女はドレスを持ち丁寧にお辞儀をしたが目だけはアストリッドから離さなかった。

 

「あはは、使用人ねぇ。笑わせないで頂戴。明らかに封印を守る術者の護衛にしかみえないんだけど?」

 

相手が確実に自分の敵であると判断をし自身の中で警戒レベルを上げ出現させた鎌の柄を握る。虚空から突然現れた鎌にエミリーは僅かに眉を寄せた。

 

「間違ってはいません。我が主のお命を守るのが私の使命。使命を守るため、あなたを排除させていただきます!!」

 

ダンッ!と音を立てエミリーは階段から飛び降りアストリッドに向け斧を振り上げた。冷静に斧の軌道を読み取り鎌の柄で斧の刃を受け止める。斧と鎌の柄がぶつかりる金属音が鳴り火花が散る。

 

「あのさぁ、私はこれでも一応来客なんだけど?この家の人間は要件も聞かずに来客を襲うのが常識なのかしら?」

 

小馬鹿にしたように嗤い魔法で紡いだ砲弾をエミリーに浴びせる。

驚き目を見開くがすぐ後退をして安全な距離であり自身の射程距離でもあろう場所に下がるエミリー。その間にアストリッドは高速で魔術式を口ずさみ新たな魔法を編み出す。たったそれだけでアストリッドを中心に光球が現れエミリーに向け発射された。襲ってくる砲弾を回避し、避け切れない弾を斧で弾く。弾を弾いた斧は溶けた。

 

「まぁ、人間の常識なんて欠片ほども興味はないけど?それでもいいわ。人間の癖に面白いのね。貴女の事は少しだけ気に入ったわ。」

 

エミリーが砲弾に対応している間にアストリッドは後退をして、全身を使い大規模魔術式を編みあげる。

 

「貴女の魔法を知りたいからたっぷり遊んであげる。この私が興味を持ってあげたのだから光栄に思いながら、死になさいっ!」

 

「気に入っていただけるとは光栄ですが…あらまぁ、これは使えなくなりましたね。」

 

ほとんどが溶けてしまった斧を放り捨て懐からハンマーを取り出す。

 

「先ほどから不思議な力を使っていますね、呪術か魔術でしょうか?それならば封印石を狙う意図が理解できます。」

 

「あら、私達の魔法を真似る事しか能がない呪術師共と一緒にされるなんて心外だわ。いいわ、せっかくだからもっと面白いのを見せてあげる。」

 

構築途中の術式を解体して鎌を持たない方の手を頭上に突き出した。たったそれだけの行為のはずが、少女からとてつもない量の魔力が溢れ出す

 

「―――この規模の魔力…魔術師…いいえ、魔女ですね?それはとても厄介です。魔女が相手では私には勝ち目がありません。私の持てる力すべてを使って対応をするのが礼儀であるとお見受けいたします。全力でお相手をさせていただきます。」

 

「そう、なら貴女の相手が出来るように私も遊んであげる。」

 

エミリーはハンマーを放り投げると虚空に陣を描き出した。両者から放たれる魔力が互いに干渉し、広間の壁を軋ませる。それだけ濃密な魔力がこの空間を満たしている。

 

「あら、面白い。呪術ばかり使っていたから呪術師かと思ったけど、あなた魔術師なのね?」

 

「私は主にお仕えする身。魔術の一つ使えなくてどう致しますか。」

 

「そうよね、そうでなくちゃ楽しくないわ。でも魔女の気まぐれが生み出した魔術師を殺すのは気が引ける。だから貴女を殺さないように気を付けてあげる!ユーグスタクトに導かれし哀れな魂よ。ユーグスタクトの名のもとに蘇れ!」

 

詠唱と共にアストリッドからさらに溢れ出る魔力波が空間を揺らす。赤いローブの中からドロリと粘性を持つ漆黒の液体のようなものがアストリッドの足を伝い地面に広がる。

 

「魔術師相手に力の出し惜しみなんて勿体ないわ。せっかくだもの。遊び相手になってくれると嬉しいわ。」

 

漆黒の液体はそれ自身が意志を持っているかのように地面に広がり影を吹き出す漆黒の泉となる。やがて泉から漆黒の影を纏う者達が生まれてきた。

 

「ユーグスタクト―――あぁ、成程。貴女様が当代でございましたか。これは数々のご無礼をお許しください。しかしせっかくの機会です。私の力がどこまで通用するのか、私の力で主人が守れるか。なぜ貴女様がこの家を襲うのか理解しかねますが…リオン、いらっしゃい!」

 

エミリーの陣の奥から獣の唸り声が聞こえそこから茶色の毛並みをした狼が現れた。

 

「ふーん、可愛い使い魔ね。リオンって言うんだ。

 

興味深そうに現れた狼を見つめ魔術の解析を始める。

 

「ありがとうございます。貴女様の使い魔を初めてこの目で見ましたが、やはりユーグスタクト様が使役するだけあってとても立派ですね。」

 

「うーん、使い魔とは違うんだけどなぁ…まぁいいわ、やっちゃいなさい!」

 

漆黒の集団は影を撒き散らしながら突進する。アストリッドはその間に自身が生み出した漆黒の泉に沈み消える。漆黒の集団に気を取られているエミリーはアストリッドが消えたことにまだ気づいていない。エミリーが漆黒の影に応戦している背後に漆黒の泉が生まれアストリッドが現れる。エミリーの首をめがけ鎌を振り下ろそうとしたその時、

 

キンッ!と金属音が鳴り響き、鎌が弾かれた。

 

「ッ!?」

 

予想外の方向に弾かれ刃が不安定な軌道を描きながら空を切る。鎌を掴み直し状況を把握するため後退する。

 

「お待ちください。」

 

「誰!」

 

声が聞こえた方向に向け砲弾を発射するが砲弾は結界に弾かれ消滅した。螺旋階段の上で車椅子に乗った老人が二人を見下ろしていた。

 

「我が主、危険です!」

 

「かまわんよ、そのお方は来るべくして来た客人でもあるし、お前のような者が手を出していい相手でもないよ。魔術を解きなさい、エミリー。」

 

「…はい。」

 

敵の前だが主の命に従い魔術を解除するエミリー。相手が魔術を解体したのを見て興が削がれたのかつまらなさそうにちいさくため息をつき最低限の障壁と鎌を残しながら泉と漆黒の影を消す。

 

「―――初めまして。ユーグスタクト家13代目、アストリッド・ユーグスタクト様。」

 

「へぇ、私のこと、知っているのね。」

 

「勿論でございます。私の従者が貴女様に対し行った数々の無礼をどうかお許しください。」

 

「別に構わないわ。貴方の従者とは楽しく遊ばせてもらったから、私の方がお礼を言いたいほどだわ。―――ユーグスタクト家第13代当主、アストリッド・ユーグスタクト。」

 

ローブの端をつまみカーテシーで挨拶をする。

 

「これはこれは、ご丁寧に。私はフェデラル・グレディと申します。身体が悪く椅子に座ってのご挨拶ですがお許し下さい。ここでは12代目のユーグスタクト、セイラ・ユーグスタクト様の魂を預からせていただいています。本日のいらっしゃった目的はそれでございましょうか?それとも別件でのご訪問でしょうか?」

 

「私はママの魂を返してもらうために来ただけよ。無駄な時間は使いたくないの、今すぐ案内しなさい。」

 

「申し訳ありませがそれは出来ない決まりでございます。我々は先祖代々続けてユーグスタクト様の魂を守ってきました。どのような用で当代が先代の魂の欠片を取り戻そうとしていているのか不思議ですがその信念は変わりません。そのようなご用件でいらっしゃったのでしたらお帰りください。ここはあなたが今来るべき場所ではありません。」

 

「―――そうやって人間はママを苦しめるのね。いつもそう…アリスのママを、返してよ!」

 

脚に魔力を流し飛び上がる。一蹴りで二階までの高さに飛び上がり、鎌を大きく振り老人の首を狙うが寸前の所でエミリーの斧に阻まれた。後退しエミリーの前に着地をする。

 

「なにか勘違いをなさっているようですが魂を封印することでセイラ様は悪夢とならずにすんでいるのです」

 

「どういう意味よ」

 

エミリーの言葉の真意が分からず困惑する。隙を見て老人を襲おうとするが防御が硬く諦め攻撃系の魔法を解除する。

 

「ユーグスタクト様であればその意味を知っているはずですが?」

 

「人間のくせにユーグスタクトの事を知ったように語らないで!いいから案内してよ!アリスにママを返してよ!」

 

ただの人間の癖に自分の要求が通らない苛立ちから声を荒げる。

 

「それはできません。残念ですがお帰りください」

 

「―――いいわ。力ずくで見つけだしてやる!ユーグスタクトの使者よ。こいつらを黙らせてよ!!アリスのママを助けたいの!」

 

地面から赤いローブを被ったユーグスタクトの使者達が現れ二人の身体を拘束した。

 

「―――気をつけなさい。あそこはユーグスタクト様でさえ危険な場所です」

 

「戯言なんて聞きたくない。もういい、そいつら殺しちゃって。」

 

目の前でエミリーと老人の首が跳ね飛ばされるが眉一つ動かさず、興味もなくなったのか警告を無視して駆け足で奥に向かう。魔力を放出させ気配掴み取ると地下に降りる。

 

「ママの欠片。もうすぐ会える。また、ママに会える…そしたら私は―――」



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8話

「―――…え?」

 

目の前に広がる光景に驚きのあまり間抜けな声が出てしまった。

部屋の中心にあるのはクリスタルの柱、そこから床に伸びるのは複雑に描かれた魔法陣。

そして厳重に守られているはずのそれは、中心が破壊され砕けていた。

 

「どう…して…?」

 

階段を降りている時までは確実にあった気配も消えている。おそらくクリスタルを破壊されたことで気配も消えてしまったのだろう。

 

「なんでっ?なんで!確かにここにあった!うんん、さっきまではあったのに!」

 

クリスタルの柱に駆け寄り掌を当て魔力を流すがもうなにも感じない。あったはずの欠片の気配もきれいさっぱり消えてしまっている。あるはずの物がなく、焦りだけが募りまともに思考が回らない。

 

「―――おや、可愛いらしい魔女さんがいらっしゃったのですね」

 

「ッ!?」

 

焦りで周囲への警戒が薄れてしまっていたのだろう、部屋に誰かいることにすら気付かなかった。声の方向に顔を向けると中性的な顔立ちをした青年が立っていた。エルトリアでは珍しい上質そうな生地を贅沢に使ったスーツを着た青年はアストリッドを品定めするかのように頭のてっぺんからつま先の先までじろじろ見つめた後にっこりと笑った。

 

「こんなに可愛らしい魔女さんに会えるとは思ってもいませんでしたよ」

 

青年の爽やかな笑顔は逆に恐ろしく感じさせる。しかし今のアストリッドにはどうでもよかった。そんなことよりもアストリッドの驚きは男が手に持つ物にあった。

 

「封印石の欠片―――どうしてあなたが…」

 

「魔女の魂、それもユーグスタクトの魂はそれだけで価値があります。これを使えばありとあらゆることが可能になり、」

 

「ッ!!!」

 

言葉の途中で砲弾が青年を襲う。

 

「そんなことはどうでもいい!人間の分際で!その汚らわしい手でママの魂に触れるなっ!!」

 

アストリッドの周りに浮遊していた砲弾が次々と青年を襲うが、青年は障壁でも張っているのか一つもあたらない。

 

「やめませんか?こういう無駄な争いを。時期に遊撃隊がきます。そうなれば不利になるのはあなたの方ですよ?」

 

「そんな事どうでもいい!いいから返してよ!」

 

「そうですか。では私と戦いながらでも遊撃隊を待ちましょう。煉獄部隊も呼んでいるのでその身を頂くとしましょうか」

 

「っ…」

 

煉獄部隊の名を聞き僅かにビクッと身体を震わせる。

煉獄部隊、それはユーグスタクトや魔女を狩ることのみに特化したエルトリアの中でも極秘の王族直属部隊。数千年の時をかけ魔女を研究しては捕獲することのみに特化してきた部隊は、魔女達にとっては最も関わりたくいない存在。

さすがに煉獄部隊に捕まれば無事で済むとは限らない。なにせ相手は魔法を溶かし無効化してくるような連中なのだから。アストリッドの中で葛藤が始まる。魂を回収するか、諦め一先ず逃げた後回収に向かうか。

 

答えはすぐに決まった。

 

「―――人間、名前を聞いてもいいかしら?」

 

「私の名前はルネット。ルネット・ラザフォードですよ。小さなユーグスタクトさん、お名前は?」

 

「アリス」

 

「愛称じゃなくて真命を聞いています。答えなさい」

 

「―――アストリッド、第十三代ユーグスタクト、アストリッド・ユーグスタクトよ。」

 

嫌々そうにカーテシーをする。例えどんな相手でもユーグスタクトとしての礼儀は忘れたくなかった。

 

「覚えておきなさい、人間。私は、ユーグスタクトの魔女は諦めない。絶対に奪われた物は奪い返してみせる」

 

鎌を大きく振り空間を切り裂くとその中に飛び込みアストリッドは姿を消した。

 

「さて、これまた随分と嫌われてしまったようですねぇ…」

 

やれやれと困ったように肩をすくめ、クリスタルの欠片の中を覗き込む。

 

「この中には彼女の…セイラ・ユーグスタクトの欠片が入っている。まずは一つ目。」

 

大切そうに欠片をポケットに入れ階段を上がる。

 

「おや、随分と派手に暴れて。痕跡も残したままとは…まだまだ甘いですね。お片付けの方をお願いしますよ。」

 

「はいよーん、まっかせてぇ~」

 

荒らされた広間に転がる初老と女の首と血の海を跨ぎ、ルネットは屋敷を去って行った。

 

 

 

 

 

ステファニーにアフタヌーンティーを入れ椅子に座るギルバード。

机の上には報告書である書類が山積みになっていた。

 

「結局煉獄部隊の報告も当てにはなりませんでしたわね」

 

「遊撃隊の話によるとユーグスタクトは欠片の強奪に失敗したそうです。グレディ家は主と護衛役が殺されていました。おそらくユーグスタクトの手によるものかと。そして煉獄部隊到着時にはすでに欠片はありませんでした。」

 

 報告書を捲りながら要点をまとめ主に伝える従者。それを聞き難しそうな顔をし考え込む少女。気になる事があったのか報告書のページをめくる手が止まる。

 

「欠片とはいえそれ自体にとてつもない魔力を秘めています。魔術師たちが狙う理由は分かりますが―――なぜユーグスタクトが欠片を狙う必要があるのでしょうか?ユーグスタクトは守護する側のはずです」

 

「それに関しては調査中です。理由が分からない今はまだ奪われていない分の守りを強化するよう働きかけておきました。」

 

「仕事が早いですわね、ありがとうございます」

 

 報告書をテーブルに置き紅茶を飲む。

 

「あなた様にお仕えして御子の業務を滞りなく行う準備や手助けをする事が俺の仕事ですから」

 

「そうですわね、ところでギルバード」

 

「はい」

 

「あなたはどうしてユーグスタクトにこだわるのですか?確かにユーグスタクトの名は世界共通の恐怖対象。長年続く得体の知れない家です…それに百年前、このエルトリアで起こったことを誰も忘れません」

 

「俺の一族はあの厄災で住む場所を奪われて、厄災の影響で親まで死んでしまった。ユーグスタクトが厄災を起こさなければ俺の家族も、他の人たちも不幸にならずに済んだ。ユーグスタクトは本来この世界に必要ないはずだ」

 

「―――百年前、このエルトリアの地でユーグスタクトが引き起こしたこと。街を破壊し多くの人々が犠牲となりました。あなたの言う通りその事を忘れず私たち人間は生き続けなければいけません。人間とユーグスタクトは相容れぬ存在です。だからと言って互いにいつまでも憎しみ続けてそれでその先に明るい未来は果たして存在するのでしょうか?」

 

「それはわからない。確かに何時までも恨み続けるのは良くないが…」

 

「それについてはよく考えるといいですよギルバード。それと話は変わりますが一つお願いを聞いていただけるかしら?」

 

「なんでしょうか?」

 

「ユーグスタクトの次の狙いは分かっていますか?」

 

「魂を横取りしたという存在、おそらく襲撃して奪い返しに向かっているはずです。それについてはギルド関連の調査依頼を王家に出しておきます」

 

「えぇ。早急に頼みます」

 

「かしこまりました」

 

 ステファニーに一礼をして資料を手に部屋を出る

 

(この世界にユーグスタクトは必要ない…しかし、あの娘は、果たして本当に人間にとって悪と決めつけてもいいのか?)

 

 脳裏に浮かぶ無邪気な笑顔を浮かべる白髪の少女は本当に人間にとって悪なのだろうか

 

 



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9話

氷に閉ざされた、ユーグスタクト城。古くからユーグスタクトが住む人も通わぬような深山の中にある古城は、その日、いつもよりも落ち着いた降雪となった。完全に晴れるとまではいかなかったが重い曇り空から微かに届く朝日が一面銀世界の景色を幻想的に照らしている。雪の積もった枝は白く、白く輝いている。

 

そんな森を一人の少女が歩いていた。ユーグスタクト城の城主、アストリッド・ユーグスタクト。彼女はふかふかの新雪の中にブーツを沈ませながらも、目だけは何かを探すように動いている。せわしなく辺りを見渡し、目的のものを見つけては目を輝かせ他にもないか探していた

 

「―――いつまた吹雪が弱くなる日が来るかわかんないけど、次こそはママと一緒に冬芽を探すわ…それに約束したんだもん…雪が晴れたら…その時は―――」

 

獣すらいない静かな森はアストリッドが踏み締める雪の音だけがよく響く。一通り探し終えて退屈になったのか近くの倒木に腰を下ろし休憩をする。昔は母が魔法で出してくれた暖かな炎と抱擁ではしゃいで冷え切ってしまった小さな身体を温めてくれた。

 

 

しかし今は―――

 

 

「やっぱり全然楽しくないわ…外に出よう」

 

 

 

路地裏

 

数秒前までユーグスタクトの森にいたアストリッドはそこにいた。通常の手段ではまず出入りすらできない高度な結界が張られているユーグスタクト城は、そこを出入りできるのはユーグスタクトのみ。城の外にあるガゼボに魔術式を組み込んでいるおかげで魔力を通せばこうして外の世界に自由に出入りすることができる。

もちろんそんな高度な魔法を扱えるのはユーグスタクトだけだがアストリッド自身、小さい頃はこの術式を組むことが苦手で母がいなくなったその日まで生まれてから一度も城を出たことはなかった。しかし母の教えを胸に繰り返すうちになんとか出来るようになった。それは才能とユーグスタクトとしての血の恩恵だろう。

アストリッドは血のように赤いローブのフードを深く被ると表通りに出た。朝市の時間なのか威勢のいい声や香ばしい匂いなどが辺りを充満していた。

栄養摂取を必要としない少女は匂いを感じても特になんとも思わない。味覚がないから食べてもそれが美味しいのかどうかも分からない。しかしアストリッドはある匂いだけは正確にかぎ分け目的地に向かっていた。

目的の物が売っている店をみつけじっと見つめる。

 

「む、新作。木苺入りとミルクジャム入り…」

 

味覚がなければつくればいい、と自身に魔法をかけ疑似味覚を作った。だけどやはり何が美味しいのかいまいち分かっていない。それでも好きになってしまった揚げパン屋の前で出来立ての揚げパン眺める。そしてやはり気になるのから奪おうと考えた時、

 

「お、そこの嬢ちゃん、食うか?今日から新作だしたんだぜ?」

 

じっと見つめる少女の姿に気付いたのか人懐っこい笑顔で店主である男が話しかけてきた。

 

「―――お金、ないよ」

 

 物を買うのにお金がいるのはわかるがそんな物に興味はないし、どうでもいい事とさえ思っていたがここで下手に騒ぎを起こして正体をバラしてしまうより人間の振りをした方が賢明だと判断したようだ。

 

「いいって食ってけ。そんで感想もらえるか?」

 

「いいよ。」

 

 新作の揚げパンを食べられる事が嬉しいのかわずかに頬を緩ませながら出来立ての揚げパンを二つ貰い、さっそく一つ齧り付く。外はサクサクとほんのり甘く香ばしい香りが口の中を満たしていく。そしてふんわりやわらかなパンから濃厚なミルクの味が口の中に広がる。

 

「―――甘い。甘くて、おいしい。」

 

「そうか、そりゃよかった。ところで嬢ちゃんはどっから来たんだい?嬢ちゃんのような色彩の髪色はこの国にはねぇからよ。北の方の国あたりか?」

 

ローブから覗く白髪の髪を見て店主はアストリッドが旅人だと判断したようだ。確かにアストリッドのような白い髪色はここら辺では珍しい色だ。

 

「そんなとこ。」

 

「にしても綺麗な白い髪だな…もしかしてお前さん、貴族の子か上流階級の子か?」

 

最後の方で声を落とし尋ねる店主。この辺りはそこそこ治安がいいとは言え金持ちの子が一人でいたらいつ誘拐されてもおかしくはない。

 

「違う。」

 

興味もないしもともと真面目に聞いてあげるつもりもない店主の質問をバッサリと切り落としあっという間に一つ目の揚げパンを平らげ二つ目に齧り付く。

一つ目同様香ばしい香りとふんわりとした触感。そして木苺の酸味が効いた甘いジャムが先ほどのミルクジャムの味と混ざり新たな味を醸し出している。

 

「んっ!おしいい!」

 

 口の中で交じり合う酸味と甘みのハーモニーに満足そうに頷く。

 

「あんがとよ。それにしても嬢ちゃんの歳で技術職かぁ…世の中わからんなぁ」

 

「…?」

 

店主の言葉に不思議そうに首をかしげる。

 

「違うのか?ローブ着ているってことは呪術師か薬師だろう?」

 

呪術師、という単語に不機嫌そうに眉を顰めたが店主は気付かなかったようだ。それでも美味しい揚げパンに気分を良くしたのか会話に付き合いながらもあっと言う間に二つを平らげ指についた油を嘗める。揚げパンにまぶしてあった砂糖が油と混じり指に絡みつく。それを最後に舐めとるのが少女の密かな楽しみだ。

 

「んっ…おいしかったわ、またね」

 

「―――おい」

 

 満足そうに笑い店を立ち去ろうとした少女を呼び止める声が聞こえてきた。アストリッドが振り返るとギルバードが紙袋を持って立っていた。

 

「あ、ギル」

 

「気配がするから来てみればまたお前か、アリス。てか金ないくせになに食っている!」

 

「おうギルバード、久しぶりだな。この嬢ちゃんお前の知り合いか?」

 

「まぁな。どうせこいつ金も払ってないのに食ってるだろ?すまん、今払う。」

 

 アストリッドを指さしケラケラ笑う店主。店主と知り合いらしいギルバードは申し訳なさそうにポケットから財布を取り出す。

 

「いいって、俺がこの可愛い嬢ちゃんに奢ったんだ。それより今夜どうだ?一杯いかねぇか?」

 

「仕事が片付いた行く。行くぞアリス」

 

「はーい、またね」

 

アストリッド腕を掴み引張ながら強制的に裏路地へ連れ込む。

 

 

「お前なぁ、あの店主がいい人だったから良かったものを。ユーグスタクトってばれたら」

 

「あーはいはい。もー聞き飽きた」

 

「アリス!」

 

軽く手を振りながら適当に聞き流すが名前を呼ばれビクンとした。

 

「いいか、約束しろ。確かにお前は強い。だがなこの国のギルドの中には対魔女用の魔術を扱うものもある。それに絶えず煉獄部隊が目を光らせているんだ。例えユーグスタクトだろうが死ぬぞ。」

 

「―――心配してくれるの?」

 

「まぁ、な。」

 

「ありがとう、気をつけるわ。ねぇ、ギル。今からお城に来ない?本当なら人間なんて存在は絶対に入れないけど今日は特別に招待してあげるわ。だって今日はね久しぶりに吹雪が弱くて綺麗な雪景色なっているのよ」

 

「悪い、仕事があるから行けそうにない」

 

「いいよ~、空間移動に人間が耐えられるとは思ってなかったし、ギルを殺さずに済んでよかったぁ」

 

「俺、死ぬところだったのか?」

 

「大丈夫だよ?空間移動に肉体が耐えられそうになかったら魂だけでも拾って連れていこうかなって思っていたから」

 

 それのどこが大丈夫なのか色々突っ込みたかったが目の前の少女に人間の命の価値について語っても理解するつもりはないだろうから諦めた。

 

「あぁ、そうだ。前に俺の主にお前の事を話したら一度でいいからお前に会いたいって言っていたぞ。興味はあるか?」

 

「私の力を利用したいのね?嫌よ。私、人間ってあんまり好きじゃないの。それくらいギルも知っているでしょう?私がギルと話しているのはギルが特別なだけよ。勘違いしないで」

 

「すまん、俺の説明が足りなかった。俺の主はお前がユーグスタクトだとは知らない。だから客人として会ってみたいそうだ。」

 

「はぁ?あーそっちね、それでも嫌よ。どうせ私が魔女って分かったら利用して使い捨てるだけでしょう。人間っていっつもそう。魔女を都合よく利用してその誇りを汚す、魔女よりも質の悪い生き物」

 

不機嫌オーラを辺り構わずぶちまけていたが呆れたように笑いもう用はないと言いたげに背を向ける。

 

「いや、彼女は違っ…!」

 

アストリッドは振り返りながら鎌を出現させると尖端をギルバードの喉元に突き付けた。

 

「違わない。人間は皆一緒よ。魔女を道具のように利用して、魔女としての誇りを奪って、破壊する。私の大切な魔女達を簡単に破壊する」

 

「違う!確かにそういう奴もいる!だがな、人間の中にだって魔女を理解している奴も…っ!」

 

ギルバードは続きを言えなかった。少女の不機嫌なオーラが明確な殺気に変わり、鎌の刃先が喉に僅かだが食い込み血が滲み出た。切り口から溢れる血が鎌の刃を伝う様子を見て面白そうに嗤う。

 

「あはは、ほんと人間って弱い生き物よね、呆れて笑っちゃうわ。あの子達を理解出来る人間なんているはずがないし、理解して欲しくもない。あの子達はね、人間の手には負えない力を持つ存在よ…魔女の気分次第で人間はあっさり死ぬわ。跡形もなくね」

 

鎌を首から離し刃先から滴る血を指で絡めとる。

 

「私は魔女を統べる者。このほんの少しの量の血でギルを呪うことだって殺す事だって簡単に出来るよ」

 

「あぁ、そうだな、そうだったな。思い出したよ、魔女はそういう生き物だったな。俺たち人間の事なんて欠片ほども興味もない連中だったな。特にユーグスタクトは魔女としての機能があまりにも強大な最悪の魔女だ」

 

「えぇそうよ。その最悪な魔女は気分次第で簡単に世界を変えられるわ。私の身体の中にはね、数千年分の魔法が刻み込まれている。人間にとってはいい道具よ」

 

アストリッドは鎌を消すとギルバードに近寄りそっと傷口に手を触れた。それだけで切り口は塞がり、傷は跡形もなく消える。

 

「それでもお前はどうしたいんだ?ユーグスタクトとしてではなく、アストリッドとして」

 

「―――そうねぇ、それでも会ってみようかしら。あなたが思う人だもの。大丈夫よ、きっと。てかなにかしてきたら殺すけどね」

 

コロリと表情と雰囲気を変え年相応の笑みを浮かべる。

 

「そうか、なら良かった。また会えた時に話そう」

 

「えぇ、楽しみにしておくわ」

 

くるりと指を動かすとアストリッドの真横の空間がグニャリと歪んだ。

 

「ねぇギル、こんな話を知っているかしら?」

 

「なんだ?」

 

「ユーグスタクトの魔女は魔女じゃないんだって」

 

「それはどういう意味だ?」

 

「さぁね。私も随分昔にママから聞いたけどよく分からないわ。じゃあね」

 

アストリッドは手を振ると歪んだ空間の中に消えた。歪んだ空間はやがてもとに戻る。嵐のように過ぎ去った少女に一人取り残されたギルバードは先ほどの言葉の意味に首をかしげながらも仕事場に向かった。



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10話

王宮のある敷地は季節に合わせ様々な色や形の花が咲き乱れている。噴水を通り過ぎステファニーの住む建物へと向かう。王族ではなく、しかし一般人でもないステファニーの活動する場所は王宮の中の一区画に限られている。御子として表に出るための大広間を通り過ぎその横に構えられた執務室に入る。

 

「お帰りなさいギルバード。組合の方で何か収穫はありましたか?」

 

「昨日西を守るユーグスタクトの魂の欠片が何者かに強奪されたと話がありました」

 

「昨日、ですか―――そんな話はまだこちらに上がっていませんが」

「どうやら組合の方もかなり混乱しているようで情報の統制がとれていないようですね。この世界にある欠片はあと二つ。そちらに関しては警備の強化の連絡をいれました。」

 

「そうですか・・・」

 

ギルバードの報告を聞きペンを置きため息をつく。そして今しがた目を通していた書類をギルバードに渡し、部屋で待機していた男に手紙を渡した。男は手紙を受け取ると一礼をして急いで部屋を出る。その様子からただ事ではないことが起こっていると感じとる。

 

「先ほどこの書類が届きました。」

 

 渡された書類に目を通す。書かれている想定外の事態に顔を顰める。

 

「この書類によれば一昨日は南を守る欠片を奪われています。奪われていないのは北の欠片のみ。そちらの警護にかなりの人員を配置するように要請しました。ここ数日で立て続けに奪われた欠片達、狙った者の正体も目的も不明。それと遊撃隊によれば欠片を奪われたが今のところこの世界に大きな異常は起きていないそうです。」

 

「そうか。こちらでも組合も使って引き続き監視と捜索を行おう。」

 

「お願いします。」

 

「―――あぁ…話は変わるが、今日アリスに会ってお前が会いたいことを話したら了承してくれたぞ・・・一応了承していたが・・・相手は魔女―――だぞ?本当にいいのか?」

 

「構いません。私は魔女だろうと人間だろうと関係なくその個人を見ているのです。私はいつでも時間はあります。アリスさんの都合の良い時間に合わせましょう。せっかくいらっしゃってくれるのですからなにか用意させましょう。魔女は食事をしないとは聞いていますが、あなたの話では揚げパンを食べているのですから食事自体はしても大丈夫なのでしょう。アリスさんは何がお好きでしょうか?」

 

書類仕事の疲れを癒すためギルバードが淹れてくれたアフタヌーンティーを優雅に飲みながらお菓子に手を付ける。

 

「あいつは揚げパン以外何か食っている所はみたことがないからそれで大丈夫だろう。」

 

「そうですか。ではお茶請けに揚げパンを用意させましょう」

 

「了解した―――ところでユーグスタクトって本当に魔女なのか?」

 

去り際に少女に言われた言葉が蘇りユーグスタクトについて最も詳しく知っているであろう人物に尋ねる。

 

「どうしたのですか?急に」

 

「いや、なんかふと思ってな・・・」

 

「そうですか。ユーグスタクトの正体は私にもまだよくわかりません。私の中の記録にもそのような記載はありませんので・・・でも確かに言われてみると少々気にはなりますね。魔女を統べる力を持ちながらにして魔女とは異なる方法で代を重ねてきた一族。魔女は御子を使わずとも消滅するのに対しユーグスタクトだけは御子の手を経て消滅をします。」

 

「―――そうか。すまん、いきなり変なことを言った。報告書を書いてくる」

 

「はい」

 

心のどこかで違和感を抱きながらもギルバードは踵を返し仕事に戻るしかなかった。

 

 

 

     

 

そこは出入り口のない部屋だった。8つある大きな窓はそれぞれ違う景色を映し出し、部屋の中心にはレースの天蓋付きの丸いベッドが置いているだけ。床に散らばるのはぬいぐるみやおもちゃの数々。

 

「…」

 

「…」

 

魂の欠片を感じ痕跡をたどるとそこには少し年上の黒髪の少女がいた。異国の服に身を包み突然の来訪者であるアストリッドを鮮やかなオレンジ色の瞳で驚いたように見つめている。アストリッド自身も痕跡の根源が知らない少女であった事に驚き対応に困り固まっていた。

 

「―――今回は随分可愛い子が来てくれたのね。私に会いに来てくれたの?」

 

鈴のように美しく静かな声で尋ねられるがどういう対応をしたらいいのか分からず、言葉が出てこない。

 

「私は貴女と対になる者、願いを叶える者。ねぇ、私はアミエリタ。アミタっていうのよ。小さくて可愛らしい貴女のお名前は、なんていうのかしら?」

 

「―――アストリッド」

 

「アストリッド…じゃあリッドね!」

 

「え?」

 

「リッドって素敵な響きだと思わない?だからリッドよ。可愛いでしょう?」

 

ベッドから降りアストリッドの手を両手で包み込みぐいっと顔を近づける。アミエリタの鮮やかなオレンジ色の瞳にアストリッドの困惑した顔が映る。

 

「綺麗な色の瞳と髪ね。ねぇリッド。私とお友達になってくれる?」

 

「―――わ、私は、魔女よ…に、人間となんか、友達になれないわ」

 

鮮やかなオレンジ色の瞳に見つめられ続けていたがようやく声を出せるようになったアストリッド。

 

「そんなことくらい知っているわ。でも私は貴女が人間でも魔女でも関係ないわ。だって貴女も私が何者でも気にしていないはずだもの」

 

「…でも」

 

「それとも私のこと、嫌いかしら?」

 

「わ、わからない…」

 

不安そうに尋ねられ、アストリッドの答えを聞き少し悲しそうな顔をするアミエリタ。

 

「私ね、ここから出られないの。だから友達欲しい、一緒におしゃべりができる人が欲しいの。リッドだったらこの結界を簡単に破って会いに来てくれるわ」

 

「―――」

 

「ねぇ、こっちに来て?」

 

アミタはベッドに座ると自分の横をポンポン叩いた。座れ、ということらしい。状況をあまり理解していないが大人しく横に座る。

 

「ねぇリッド。この世界で一番素敵なことはなんだか分かる?」

 

「―――っ」

 

その言葉を聞き脳裏に浮かぶのはいつも優しい笑顔で接してくれた自分と同じ顔の女性。甘い香りにやわらかく暖かなな思い出。大好きな人がいつも聞いてきた質問と同じ質問に息を飲む。

 

「あ、あなた、何者、なの…?」

 

「アミタよ。昔ね、ある人と出会ってね、こう聞いて来たの。その人はあなたと同じ髪と眼の色だったわ」

 

「アミタは、なんて答えたの?」

 

「いつかここを出て世界を見てみたい、そしていろんな人と友達になることって答えたわ。そしたらその人はなんて言ったと思う?」

 

「―――多分、笑ってた。笑って―――」

 

「えぇ。笑いながらそれは素敵な夢ねって。だったらまずは私とお友達になりましょうだって。私もね、聞いてみたの。あなたにとって世界で一番素敵なことってなにって」

 

「愛する者と共にいること…いつも言っていたの」

 

寂しそうに俯くアストリッドの頭をアミエリタは優しく撫でる。

 

「そうよ。その人はね、自分の話をしたの。自分にはまだ小さな娘がいる。いつも吹雪でお城が覆われているけどたまに吹雪が少しだけ弱くなる日があって、その日には必ず娘と冬芽探しをしているって。それが一番楽しいって言っていたわ」

 

俯いていたアストリッドの赤い瞳が潤む。透明な涙が頬を伝いローブを握りしめていた手の甲に落ちる。

 

「世界で一番素敵なことは愛する娘の笑顔を見られることだって…その人は、私の友達のセイラ・ユーグスタクトは、リッドのお母さんでしょう?違う?」

 

そっと小さく頷く。

 

「私のママよ…いつも優しかった」

 

「やっぱりね、だってリッドとすごく似ていたんだもの。いなくなったセイラの代わりにリッドが出て来たって事は…やっぱりセイラはいなくなちゃったのね…」

 

「―――ぅん…私が、13代目の、ユーグスタクトの魔女」

 

震える声で答える。懐かしさと寂しさで涙が止まらない。

 

「セイラにお願いしていたの。今度娘に会わせてって。だけどセイラはね、それは出来ないって言った。ユーグスタクトは自分だから娘はこっちに出てこられない。だけど会えた時はきっと友達になってくれる。優しい子だからって」

 

アミエリタはそっとアストリッドを抱き締めた。久しぶりに感じる暖かくやわらかな感覚。自分はこれが大好きだったことをアミエリタの腕の中で静かに思い出す。

 

「ねぇリッド。また私の所に遊びに来てくれる?私にセイラの事やあなたのことを話してちょうだい?吹雪のユーグスタクト城のことや、あなたが見て来た外の世界とか」

 

「―――ぅん・・・」

 

「ねぇリッド。私ね、セイラから預かっていたものがあるの。それをあなたに返すね」

 

アミエリタの胸が光り、淡い黄金色を放つ小さな球体が浮き出て来た。それを見たアストリッドは目を見開いた

 

「これだ・・・私は、魂じゃなくて・・・これに引かれて、ここに来た―――ママだ・・・」

 

それはアミエリタを離れアストリッドの胸の中へと消えた。冷え切っていた胸の中が暖かくなっていく。

 

 

 

静かな世界の優しい音色

 

  一人で震えている寂しい月影

 

   今きらきらと舞い散る黄金の粒

 

    またあなたに会える日まで

 

     どれだけ遠く―――

 

「―――ねぇ、アミタ…聞こえる?」

 

「いいえ、もう聞こえない。でも私の中に欠片があった時ずっと聞こえていたわ」

 

「ママの、ママの声だ…」

 

いつも寝る前や寂しくなった時に歌ってくれたひどく悲しい旋律の歌。だけどセイラが歌うときだけはひどく悲しい旋律でも落ち着いていられた。深紅の瞳からポロポロと涙が溢れる。

 

「リッド?どうしたの?悲しいの?」

 

「違う…嬉しいの、欠片だけどまたママに会えた。」

 

手で拭うが涙は止まらない。

 

「・・・ありがとうアミタ・・・ずっと大切に持っていてくれて・・・」

 

アストリッドの胸が淡く光り出し淡い黄金色の光を放つ球体が現れた

 

「リッド?」

 

「私も、あなたにこれを預けたい・・・私の欠片を・・・そうすれば、アミタは悲しくないよ・・・私も、アミタと友達になりたいから・・・」

 

それはアストリッドを離れアミタの胸の中に消えた。

 

「私、あなたに会えて良かった。また会いにきてね。」

 

「ぅん」

 

ごしごしと手の甲で涙を拭き小さく頷くと空間を歪め消えていった。



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11話

「―――平和ね。」

 

 アミエリタと別れその足で、街の中心にしてシンボルである時計塔の頂上に赴き腰を下ろしていた。

 

「ねぇ、ユーグスタクトの魔女ってなんなんだろうね」

 

 ほんの少し冷たい夜風に髪をなびかせながら背後に控える数人の使者達に顔を向ける。しかし使者達は答える事なくただ沈黙し主であるアストリッドの命を待っている。

 

「どうしてママは消えなきゃいけなかったのかな?」

 

 夜景を見下ろしながらアストリッドは待っていた。

 

「あ、来たわ。お疲れ様、ありがとう。」

 

 少女がそっと手を伸ばすと白い小鳥がその指に止まった。鳥の小さな頭に額を乗せ情報を得る。脳裏に流れてきたのはどこかの室内。優雅にお茶を飲みながら休憩をしている青年の姿。

 

「―――見つけたわ。」

 

 鳥を消し立ち上がり鎌を虚空から取り出す。

 

「ユーグスタクトの使者よ!あいつを見つけた!敵の数は5。全員魔術師と呪術師。あいつ以外殺せっ!」

 

 使者達は主の命に頷き音も無くと走りだした。屋根の上を飛ぶように移動し目的の建物へと向かう使者達。

 

「人間の分際で気安くママの魂に触れるな!」

 

 鎌の柄を握り締め使者に続き走りだすが焦る気持ちと苛立ちから走るのを辞め飛行に切り替える。舞うように飛びながら体内にいくつもの魔法陣を刻み展開準備に入る。

 

「撃ち、砕けっ!!!」

 

 アストリッドが鎌を振り下ろすと前方にあった建物の壁に穴が空いた。部屋の中では先に到着した使者達が魔術師たちを相手に戦闘をしていた。そんな中優雅に椅子に座り戦場を眺めるルネット・ラザフォードがいた。ラザフォードの前に降り立ち魔力を放ち威嚇をする。

 

 「おや、やはりあなたは来てくれましたか。あなたの使い魔に細工して正解でしたよ。お茶でもいかがですか?せっかくなので一緒にお茶をしましょう」

 

 威嚇されても顔色一つ変えずにこやかに、客人をもてなすように笑う

 

「うるさいっ!ママの魂はどこ!」

 

「さぁ。少なくともここにはありません」

 

「封印石ごと封印したのね―――返して!」

 

「それは出来ない話しですよ。まだ、ね。」

 

 ラザフォードは美しい中世的な顔にぞっとするほどの涼し気な笑みを浮かべる。アストリッドの背中に冷たいものが走りおもわず一歩下がってしまった。

 

「確かにあなたは強い。だけど今はまだ私の方が強い。なぜだか分かりますか?」

 

「ゴチャゴチャうるさい!」

 

「ご自身の足元を良く見てから言いなさい。」

 

「!?」

 

 突然全身の力が抜けガクンとその場に崩れ落ちるアストリッド。

 

「…な、にを…」

 

「対魔女用の拘束魔方陣です。魔女の活動源であるコアに干渉して体内に流れるはずの魔力を強制的に外に流出させる陣ですよ。魔女に使えることは確認できましたが何分ユーグスタクトに使うのは初めてで賭けでしたがまさか効くとは思いませんでした。」

 

「っ・・・ゆ、ユーグスタクトの使者よ!陣を破壊して!壊せっ!!」

 

 アストリッドが叫ぶが何も起こらない。不思議に思った瞬間、手に持っていた鎌が消えた。

 

「―――え?」

 

 それどころか先程まで戦闘をしていたはずの使者達の姿が見えない。辺りを異様な静けさが満たす

 

「どうして?…ユーグスタクトの使者よ!出て来て!出て来なさい!…来て

よ!!!」

 

 アストリッドが叫ぶが使者は現れない。それどころか魔力が正しく体内を循環していない。確かに魔力はちゃんと身体の中で生産できている。しかし作られた瞬間に身体から出ていっている感覚がある。

 

「当たり前じゃないですか。魔力が強制的に外に流出させられているのですから使者を呼びだし維持するための魔力もあなたから切り離されるわけです」

 

「っ…」

 

「今のあなたは何も出来ないただの小娘。あなたが散々見下してきた人間の小娘と何も変わらないんですよ」

 

座り込み呆然とするアストリッドを見下すラザフォード

 

「ねぇーるるっちー終わったぁー?」

 

破壊された扉から10代後半の少女が軽快な声と共に現れた。黒い三角帽子とマントを羽織った少女は紫色の髪の毛を掻き上げながらラザフォードに近づいた。

 

「えぇ。予定通りユーグスタクトを捕獲しましたよ」

 

「うわぁー本当の本当にユーグスタクトだぁ!殺して、切り刻んで食べたらどんな味がするんだろうねぇ。あ、血も飲んでみたいかもぉ」

 

「その程度で彼女が死ぬとは思いませんけどね。そもそもあなたに“味覚”なんてあるんですか?」

 

「だよねぇー。じゃあさ、いっそ生きたまま先に切り刻んでから鍋に放り投げて脳を磨り潰してみるってのはどぉ?ユーグスタクトを食べたらすんごい発想しちゃうかもなぁー。んでもって、おもしろいもの書けそう♪」

 

「ひっ…」

 

 聞くに耐え難い会話の内容にアストリッドの喉が小さく鳴る。今の自分は魔法が使えない。本当にか弱い人間の小娘と同じなのだ。ずっと魔法に頼ってきた、だから今の状態では自分を守ることすらできない、守り方が分からない

 

「まぁそうするのも面白そうですがまだこの小さなユーグスタクトには役目があります。殺してはいけませんよ」

 

「はぁーい」

 

 本当に残念そうに返事をする少女。先の発言から一先ず自分はすぐには殺されないと分かったが何かに利用されるようだ

 

「そういえばグイードのおっさんはどーしたの?」

 

「あちらは別件で動いてもらっています。それよりナーシャ、あなたはここにいても大丈夫なのですか?」

 

「む、確かにその陣に近づいちゃあ平気じゃないわぁ。でも今はへーき。ねねっ、あなたのお名前はぁ?」

 

「…」

 無言で睨み上げるアストリッド。魔力は使えず、身体は鉛のように重たい。そんなアストリッドを見ているのが面白いのか更に近づきにっこりと笑う。

 

「えー名前、教えてよぉー。同胞は結構見たことあるけどぉユーグスタクトは別格だもん。生で見るの初めて!」

 

「―――どう、ほう…貴女も魔女なのね…なら私に敬意を示しなさいよ。相手が誰だか、分かっているの?あんまり失礼な態度を取るなら壊すわよ」

 

 拘束され自分の身体すら自由に動かせないにも関わらず態度だけは立派なアストリッドが面白いのか大げさにお辞儀をする少女。

 

「えー知っているよぉ。あたし達魔女の支配者、ユーグスタクト様。だけどねぇ、残念だけど貴女にあたしは殺せないよぉ?あたしねぇ、ナーシャ・イグノランス。イグノランスの魔女だよん」

 

「イグノランス―――無知の家…魔女の裏切り」

 

 すっとアストリッドの瞳が細くなる。

 

「―――魔女に生まれながら魔法を使えず、血を裏切る者。その家の名をイグノランス。裏切り者の名をナーシャ・イグノランス。ユーグスタクトの名において彼の者の全機能の停止を命じる……あれ…?」

 

本来なら全機能の停止命令を出された瞬間、魔女の身体は弾け消し飛ばされる。魔力が使えずとも破壊出来るはずだがナーシャには何も起こらない。それどころか面白そうにニンマリ嗤う。

 

「ふっふーん、だからぁ、言ったでしょぉ?殺す事が出来ないって。忘れたのぉ?今の状態の貴女は魔法が使えない。使えたとしてもねぇ、あたしの家の名の役割を思い出してみてぇ?ね?」

 

  イグノランス―――与えられた名の役割は裏切り。

 

「どこまでも裏切るのね、イグノランス。魔女だけではなく家すらも裏切っていたとはね」

 

「そっ。まぁー仕方ないじゃん?イグノランスってぇそう作られたんだしぃ?でもぉ魔女の癖に魔法が使えなくてもあたしのような天才的発想で魔方陣とか生み出す事に特化しているのがイグノランスなんだよん」

 

「ナーシャ、おしゃべりはそこまでにして外の掃除でもしてきてください」

 

「りょーかい。じゃっ、また会おうねーユーグスタクト様ぁ♪」

 

 まるで友達と別れるかのように手を振り床に瓶を投げつける。瓶が割れ液体が床に広がり小さな泉を作るとナーシャはその中に入って消え、泉は気体となって消滅した。

 

「イグノランスの魔女は魔法が使えないはずよ」

 

「魔法が使えなくても魔女としての魔力はあります。貴女も知っているはずですよ。あの家はただ魔力を運用する能力がないだけで魔力は等しく存在する。そうでなければ魔具は作れないですからね。まぁナーシャの場合はイグノランスの中でも異色の天才児。我々人間にも魔女にも思いつかないような方法で魔法を使ってきます。」

 

「そっ」

 

 適当に適当に頷き立ち上がろうと力を入れるがやはり立つことは出来ない。別の方法を使い魔力を練ろうとするがそれも出来ない。完全に手詰まりとなってしまった。

 

「さて、ようやく二人きりで話せますね。」

 

「―――私は人間と話すつもりはないわ。」

 

「ただの小娘に成り下がってなお口だけは達者ですね。いいでしょう。この際どちらが上なのかはっきりとさせておきましょうか」

 

「ユーグスタクトの魔女を嘗めるなよ、に…きゃあ!!」

 

 僅かな魔力を搔き集め魔力砲を放とうとしたアストリッドは、突然何かに押し付けられたように床に倒された。

 

「ぅぐ…げほっ!」

 

 喉に詰まった異物を吐き出そうと咳きをすると血を吐き出した。

 

「対魔女用の魔法陣がユーグスタクトにも効いたのでこれも試したかったんですよ」

 

 まるで自慢のおもちゃを見せびらかす子供のようなにこやかな笑顔でアストリッドの胸の上に短剣を突き立てた。

 

「っ!―――重力・圧迫系の魔術ね、それにその短剣、かなりの毒を仕込んでいるみたいだけど。でも、残念ねこの程度じゃ私は死なないわ」

 

「別に殺すのが目的ではないので構いません。私と取引をしませんか?」

 

「断る、って言、ったら?」

 

「実力行使のみです」

 

「ぁぁああああ!!!」

 

 ズドンと質量を持った見えない何かに押し潰され悲鳴をあげるアストリッド。その小さな身体の骨は嫌な音をたて粉砕されていく。内臓も押しつぶされ破裂する感覚もある。普通の人間なら即死の傷だが、ユーグスタクトはこの程度では死なない。死なない身体は、痛みに気絶することさえも許さない。

 

「さてどうしますか?」

 

「…っ…取引は、…はなし、聞くわ・・・。」

 

「停戦を結び私と協力して先代のセイラ・ユーグスタクトの魂を回収しませんか?」

 

「それをして、なんのメリットがあるのよ・・・人間がユーグスタクトの魂を扱うには、負担が大きすぎるのに…」

 

「ですからその為にあなたが必要なのです。我々は人数で効率よく魂を回収できます。しかしあなたは一人だ。我々は魂を扱うことは出来ないけどあなたにはそれが出来る」

 

「だから・・・?」

 

「私のものとなってください。アストリッド・ユーグスタクト」

 

「っ・・・」

 

 あごを捕まれ、頬を撫でられる。ラザフォードの手は冷たくて気持ちが悪い。もう片方の手で首を絞められる。魔法を使って筋力を強化しているのかその小さな首から骨が軋む音が聞こえてくる。気道を潰されたがその程度問題はない。

 

「―――決めたわ。断る」

 

 激痛に顔を歪めながらも不敵に嗤う少女。

 

「ほぅ?」

 

「私は人間となんか与しないし、あんたの物になるつもりなんて、ないっ!!」

 

「!?」

 

 瞬間、アストリッドの身体から暴力的な量の魔力が吹き出した。慌てて少女から離れ距離を取る。

 

「バカなっ!魔力は使えないはずだ!!」

 

「えぇ。確かに魔力は使えなかったわ。でもあなたはユーグスタクトの魔女をなめすぎよ」

 

 胸に突き刺さっていた短剣は白く小さな手で触れられるだけで粉々に砕け消え去る。動けなかったはずの少女の身体はゆっくりとだが起き上がった。まるで目覚めをの朝を迎えたように優雅に、そして立ち上がる。

 

「時間はかかったけど所詮発動済みの魔術。ゆっくり割り込みをかけて外に流れるはずの魔力を自身の身体に向けたのよ」

 

「そんなことをしたら負荷に耐えられず肉体が!」

 

「えぇ、お陰で血を吐いたわ。でもユーグスタクトの魔女はこれくらいじゃ負けない。骨を砕かれ、内臓を破裂させられても、この程度問題ない・・・よくもやってくれたな人間。ユーグスタクトの怒りと屈辱をその身で思い知れ!!」

 

 少女が手の中にはいつの間にか漆黒の巨大な鎌が握られていた。鎌を振り上げ魔力を流し込む。ユーグスタクトの魔女がまるで死神のように鎌を振り下す

 

「ウォール!!!」

 

 漆黒の闇のような影を纏った刃が空気を高度に圧縮した壁に阻まれる。

 

「小さな箱庭、箱庭の人形!来れ、我が前に!!」

 

 ラザフォードが虚空に高速で陣を描く。

 

「逃がさないっ!」

 描かれた陣の内容を読み取り魔法で毒を染み込ませた鎌を空間と共に陣を切り裂いた。

 

「―――ちっ!」

 

 しかし発動する前に切り裂かれた陣は注意を引きかせる為の囮だったのかすでにラザフォードはどこにも居なかった。敵を逃がし、目的の物も手に入らず八つ当たり気味に部屋を破壊する。部屋を破壊した事で拘束や結界魔法の陣も破壊したのか魔力が戻り、魔法を使わなくても身体が動くようになった。

 

「―――・・・ぅ・・・ぁあ・・・」

 

 疲れたように座り込み自身の体内で未だに暴れ狂う魔力の流れを調整する。

 

「・・・あは、あはは・・・強がっちゃったけどやっぱりきつかったなぁ・・・」

 

 確かにラザフォードの言う通りだった。魔力の流れを自身に向けてユーグスタクトの魔女だろうがやはり無事ではいられなかった。表面的には無事でも体内のいたるところが破損して自力では修復できない傷を作ってしまった。多分これ以上人間界に留まり魔法を使い続けるのは本格的にまずい。今敵に襲われたら、今度こそ確実に殺されてしまう。

 

「―――帰ろ・・・お城の礼拝堂に還れば時間かかるけど、治るかもしれないし」

 

 血を吐き捨て空間を歪めアストリッドはその中に身を投げた

 

 



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12

 月明りが静かに照らす真夜中に、自室で休憩をしていたところを叩き起こされ呼び出されたギルバードは報告を聞きイライラしたように部屋を言った入り来たりしている。

そんな従者を呆れたように横目で見ながらも資料を捲る手は止まらない。

 

「少し落ち着いてはいかがかしら?ギルバード。紅茶を飲みなさいな」

「あ、あぁ」

「今晩の件についてなにか進展はありましたか?」

「いえ。夜中で目撃者が少ない上、場所が場所だったもので」

「―――呪術、魔術師専用宿。確かに戦闘は行われていたのは確認出来ましたが調査隊が向かって何も進展はなし。」

 

 呪術、魔術師専用宿、また厄介な場所で戦闘をしてくれたものだと深いため息をつくギルバート。魔術等を使用する者が安心安全に宿泊できると売りに出している宿はそれらを使用しにくい結界に囲まれているため痕跡が残りにくく調査が難航していた。

 

「調査の途中の報告では魔女の痕跡もありませんでした。この件にはユーグスタクトを筆頭にその他の魔女の関与も認められなかったとのことです。」

「会議で進展なしとなると厳しいですわね。痕跡はその道のプロが証拠隠滅を行った可能性もありますわね。」

「あぁ」

 

 やっと落ち着いたのかソファーに座り紅茶を口にする。

 

「まだ調査が続いているのであれば私たちは待つしかできませんわね。」

ため息をつくと資料を机の上に置き暖かい紅茶を飲む。

「ところで貴方が以前お話しをしていたアリスさんというお方とはお会いできましたか?」

「ここ一週間街中を歩いてみたが見かけることはなかった。」

「そうですか、普段はどちらにいらっしゃるのでしょう。早くお会いしてみたいですわ―――」

 

 

 

 

 

 冷たい吹雪で覆われたユーグスタクト城。止まぬ吹雪は世界を冷たく、深く包み込んでいた。細部まで豪華な装飾の施された威厳のある作りの立派な城は静まり返っていた

 

「―――ぅ・・・」

 

 城の一角にある歴史を感じさせる礼拝堂。本来信者の為にあるはずの席はすべて取り払われ床一面に複雑な魔法陣が描かれている。人間が神に対し持つ信仰心を持ち合わせていないユーグスタクトにとっての礼拝堂は自身が生れ落ちた場所であり、魔力を高め、自身を世界に繋ぐために必要な神聖な場所だ。

その魔法陣の中心。

固く冷たい大理石の上で眠る少女。いつもの紅いローブではなく、肩を露出させた白いドレスも身に纏っている。髪も、肌も、服も真っ白な少女は瞼をきつく閉ざし時折苦しそうに顔を歪め、寝返りを打つ。先日の戦闘で想像以上のダメージを受けていたようだった。城に帰りその足で礼拝堂についた瞬間ローブが弾け飛び、白い布が身体に巻き付きドレスとなった。細かな装飾が施されたドレスは、装飾自体が魔法式の部品となりドレス全体が魔法式として成立するように組み込まれていた。少女自身では足りない魔法をドレスに組み込まれた修復魔法を使い治療を続ける。

 

「―――ママ…ローレンヌ様…痛いよ…寂しいよ…」

 

 弱々しいアストリッドの声が、気が狂いそうなほど静寂な礼拝堂に響く。城に戻ってからずっと礼拝堂に籠もり治癒に専念してきた。自身の従者であるユーグスタクトの使者達が動き回る気配は分かるがそれ以外の気配はない。狂いそうになるほどの静寂の中、アストリッドはただひたすら治療を続けている。

 

「…」

 

 意識が戻ったのかゆっくりと瞼を開けそっと辺りを見渡して自身の身体に魔力を流し状況を確認する。

 

「―――あと、少しだ…そしたら、またアミタのところに行こう…向こうは何日たったんだろう…一年経っていたら、アミタ怒るだろうなぁ…」

 

 静寂の中、自分が狂わないように、ここにいることを確かめるように声に出す。時間の流れが狂っているユーグスタクト城。そんな空間に何日も居たら今が何時なのか正直分からない。もしかしたら人間界は100年経っている可能性もあるし、逆にまだ1分も経っていない可能性もある。どれぐらいの時が過ぎたか知るすべはない。だから今はとにかくまた魔法が使えるようになる為に治療を続ける。

 

「あぁ、そうだ…ギルとの約束もある…ギルに会おう。てか、勝手に死んでいたら許さないんだから―――それから、あぁ、やっぱり最初はアミタのところ、いこっと」

 

 早く身体を修復したら行きたい所は沢山ある。楽しみが増え嬉しそうに目を細める。

 

「?」

 

 ふと気配を感じ、目を向けるとユーグスタクトの使者が入り口に立っていた、

 

「どうしたの?・・・そう、向こうは一週間なんだ・・・あなたマメね。自我に近いものを持っているし、時間も理解できるなら、お城勤めの上位個体の子かな・・・あそこはどうなった?」

 

 僅かに使者が身動きをする。使者と記録をリンクさせ自分が戦闘の爪痕を残してきた建物を視る。ユーグスタクトの痕跡を沢山残してきてしまった。本当は早く痕跡を消しに行きたいのに体は動かない。

 

「あぁ、そう・・・そっか、あのラザフォードとかいう人間が細工したのね・・・むかつくけど助かったわ。」

 

 使者の記録からユーグスタクトと魔女がいた痕跡が消え去っていたことにとりあえず安心をする。

 

「それで?イグノランスの当主とはコンタクト取れた?・・・わかった。行く前に知らせは出すって伝えておいて」

 

 使者と接続を切り再び寝返りを打つ。

 

「―――また、会えるかな…」

 



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第13話

 久しぶりに会った少女は変わらない笑顔で出迎えてくれた。

 

「あぁ、リッド!久しぶりだね!会いたかったわ!」

 

「ふぁ。」

 

 友人の姿を見つけた瞬間、ベッドから飛び降り少女に抱き着くアミエリタ。急に抱き着かれ驚いたのか少し間抜けな声が出た。

 

「あのね、聞いて頂戴。リッドのためにセイラから貰った玩具を全部出してみたの!」

 

 一通り友人の体温を感じ取り満足したのかゆっくりと離れるとアストリッドをベッドに連れて行く。ベッドの上には大量のぬいぐるみや玩具が置いてあった

 

「ねぇ遊びましょう!」

 

 アストリッドをベッドに座らせその横に座る。これはどう?こっちはどう?と次から次へと玩具をアストリッドの前に並べていく。それがとても楽しいのか困惑する友人をよそに次から次へとまた並べていく。

 

「リッドはどれが好きかしら?」

 

「―――怒って、ないの?」

 

「なにが?」

 

「だから、私が多分二週間以上もここに来られなかった事。」

 

「あら、そんな事を気にしていたの?ありがとうリッド。でも私はまたリッドに会えるのなら何年でも待てるもの。知ってた?私ね、待つのは得意なのよ。」

 

 本当に気にしていないのか優しく笑い、それでも申し訳なさそうな顔をするアストリッドをそっと抱きしめる。

 

「ごめんアミタ。アミタには寂しい思いはあんまりさせたくなかったのに。」

 

「いいのよ。リッドはリッドでしないといけない事、あるのでしょう?私はここからは出られないからリッドがいつ来ても心地よい場所にして待っているわ。」

 

「うん―――ありがとう、アミタ。」

 

 ようやく笑顔になった友人に安心したのかそっと離れた。

 

「ねぇアミタ、揚げパンって知っている?」

 

「揚げ、パン?」

 

「これよ。甘くってすごくおいしいのよ」

 

 ローブの内ポケットから揚げパンが入った袋を二つ取り出す。袋からは甘い香りが漂ってくる。

 

「変なの。リッドはユーグスタクトなのに食事をするの?」

 

「食事はしないよ。私は栄養摂取をしないから食べ物は必要ないけど、これはとってもお気に入りなんだ。ある人間に教えてもらったの。こっちがアミタの分よ。」

 

「ありがとうリッド。」

 

 初めて見る食べ物に恐る恐るそっと袋を開け形の良い鼻を動かし匂いを嗅ぐアミエリタ。

 

「わぁ、すごくいい匂いね。食べるのがもったいないわ。あ、リッドまだ食べないでね、こんなにいい匂いがするんだもの。せっかくだから味覚を作らないと。ちょっと待ってて、一緒に食べたいの。」

 

 虚空から取り出したお皿の上に揚げパンを乗せ体内に魔法を展開していく。その作業をしている最中、アストリッドが驚いたように目を見開いた

 

「アミタ・・・それ・・・その魔法・・・ユーグスタクトの・・・」

 

「ん?あぁこれね。私も味覚が必要ないから今食べても味が分からないの。この魔法はセイラに教わったのよ」

 

「―――アミタ、よく視たら貴女、人間じゃないわね。」

 

「あれ?気づかなかったの?リッドは私のこと嫌い?」

 

「いいえ。アミタがどんな存在でも私は気にしないもん。それよりまだ?冷めちゃうよ?」

 

「そうだね、もう完成したわ、食べましょう!」

 

 小動物のように小さく齧り頬を緩ませる

 

「温かくて、甘くておいしいわ・・・リッド、私も揚げパンが好きよ!」

 

「気に入ってくれてよかった。他にも色んな味があるからまた持ってくるね」

 

 アミエリタがおいしそうにほお張るのを嬉しそうに眺め、自分もかぶりつく。魔法で揚げたての状態を保っていたため外はサクッと、中はふんわりとしている。中にぎっしりと詰められた果肉入りのイチゴジャムの程よい酸味が心地よい。

 

「リッド、ついているわよ」

 

「ん・・・」

 

 アミエリタより後から食べ始めたのにあっと言う間に食べ終えたアストリッドの頬についたパンのくずをそっと落とす。

 

「ねぇリッド、今日はなにをして遊ぶ?」

 

「んー、じゃあ石取りしよう。私、ママとやって負けたこと一度もないよ」

 

「石取り―――あぁ、あの白と黒い石を交互に置いていくもののね?いいわよ、やりましょう。セイラったら石取りゲームすごくよわかったのよ。苦手だったのかしら?」

 

「多分ね。いつもママが負けるからつまんなかったもん」

 

「じゃあ今度は私と勝負をしましょう。私、こう見えても強いのよ、負けないわ」

 

「私だって負けないもん!」

 

 ベッドにボードと石を並べる。少女たちの賑やかな午後は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 さて、こちらもある意味では賑やかな午後を過ごしていた。

 

「おい、相変わらずの食事をしているな、お前。」

 

 部屋の中でも三角帽子を被り、片手にペンを握る食事中の少女の前に完全武装をした体格の良い男が入ってきた。男の姿を見て食事を中断する。

 

「んー、あ、グイードのおっさん、おかえりー。今帰りぃー?」

 

「あぁ、大将はどこだ?」

 

「ん?あぁ、るるっちなら今二階にいるよぉー。」

 

「サンキュ、ちょっくら報告に行ってくるが・・・お前、そんなもん食って旨いのか?」

 

 顔を顰めながらグイードはナーシャが食べているものを見た。

 

「えぇ?魔女に味覚を聞いちゃうのぉ?ま、味覚あってもなくてもかんけーない。うん。重要なのは味じゃなくて閃きだよ、閃き!」

 

「相変わらず答えになってねぇし意味がわかんねぇな。」

 

 呆れたようにため息をつきテーブルの上にある料理を視界に入れないようにする。彼女が食事をしている姿を何度か見たことはあるがやはり見ても慣れないしか関わりたくない。

 

「どちらにせよあんたは我々にとっても重要だ、頼りにしてんぞ・・・じゃあ俺は大将のところ行ってくる。」

 

「あはっ、人間に頼りにされちゃったぁ。イグノランスの魔女もがんばらなくちゃぁ」

 

 グイードが出て行き昼食を再開するナーシャ。取れたての新鮮な肉や臓器を解体しては口に運び紙にペンを走らせる。

 

「んーやっぱ若いっていいよねぇー。閃きには大切だもん。あ、脳はどーやって食べよっかなぁ。すんごいの来ちゃいそう♪早くユーグスタクトの魔女っ子さん食べたいなぁ」

 

 捕れたばかりの若い少女の肉をほお張りながらうっとりと目を細める

 

「んー良い魔法が書けそう♪」

 



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