二次創作 狼の城と魔法使いの話~史上最強のソルジェラ~ あるいは、暗殺者チーム練成法、その一例 (こんこん)
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その1

はじめまして、こんこんと申します。

・これは「ジョジョの奇妙な冒険 第五部 黄金の風」と
 その外伝「恥知らずのパープルヘイズ」との二次創作、
 ファンアートの端くれでございます。
 BL要素無し、家族愛と友愛とを軸に書いております。
 とある方のMMD作品に発想の発端をいただきました。
 年が明けてから全面的に手を入れ整理と加筆しました。
 言葉足らずの不親切な表現があまりにも多かったので、
 解りにくかった部分が少しでも通じやすくなったらと。

・作中非常に不遇だった暗殺者チームの謎多きキャラクター、
 「ソルベ」と「ジェラート」に個性的なスタンドを進呈し、
 その存在意義を最大限に膨らませつつ本編と連結してみる、
 という実験を目的とした文章であります。

・「暗殺者チームとその叛逆」の練成実験的なものともなりましたが、
 これは上項の副産物的なものであり原作の補完等ではございません。
 公式様が心血注がれた創作物に、異を唱えるものでもございません。
 文中の創作と申しますか捏造の数々ついては
 生暖かい目で読み流しいただければ幸いでございます。

・二次創作に至る発想の殆どを各種名作モデルさん・名作MMDより
 与えていただきました、造形解釈がなんともいえず心踊らされます。
 動画にコメントとして吐露したファン心理を繋ぎ合わせたものとも
 なっております、…職人様がたへの感謝は尽きません。

・国語とつじつま合わせとをこよなく愛する書き手ですので、
 解釈の方向性は「表現の裏をかく」寄りになっております。

以上、
コイツだめだ早くなんとかしないと…とお感じになられた場合は
速やかにお引き返しになることをお勧めいたします、しかも長い。
また拙い文とはいえ当方の可愛い創作物ですので、
無断のお持ち帰りや転載ご利用はおやめください。


本編だけで八万字近く、読むにも時間がかかるものと思います。
では…まあいい駄文読んでやろうじゃないの、とお思いの方は、
本編にお進みくださいませ。
後半の短編集は、同じお題に添った考察目的の連作になります。
原作を見、不思議に感じたことや、
ぜひ見てみたいと思ったシーン等、
詰め込みすぎ長文ではありますが…
書いている間とても楽しゅうございました。
「ジョジョ」とはまことに美しい幸福な作品でありますね。



こんこんより






 

 

 

夜半からぐずついていた空は明け方になり晴れた。

過ごしやすいネアポリスとはいえ年の瀬となるとさすがに冷える。

黎明の空気は好きだけれど湿気を含んだ冷たい風は好きではない。

窓を閉めようか…ええと、午前の予定はたしか…めんどくさいな…

オジサンたちはすぐ親や祖父気取ってマウントしたがるんだから。

ぶっちゃけ僕には親なるものが良くは解らない、と、笑ってみる。

解らないものを気取られたって扱いに困るだけだよ、無駄なこと。

だのに僕こそ、そのよく解らないものになることを求められてる。

妙案はあったんだ、…反則だけど、

そう起死回生、おとぎ話の大団円。

けどそれも…計画変更が必要かも。

ふと隣を見る、

ねえどうしますかあなたなら…代わりが見つかると思いますか?

たまに気配を感じる気がして…そんなわけない、弱気のせいだ。

ほら胸を張れ、あの人の賭けに相応しい黄金の子たる僕であれ。

 

…とはいうものの…、

それはそれで扱いには困る…あのままってわけにもいかないし…

独断でどうこうしていいものでもない、バトンは捨てられない。

というより…諦めるにはあまりにもったいない、それが本音だ。

さんざん「投資」はしてきた…精魂込めて、細かいところまで。

もう大丈夫だと思ったんだけど…そこからが進展無し、…長い。

難物「揃い」ってことだろう、さて手詰まりだどうしたものか…

 

「お早うジョルノ。良かった、起きててくれて。」

呼ばれて振り向くとバッグを片手にフーゴが静かに歩いてきた。

まだ薄暗い夜明け、窓辺で外の空気を吸っていたところだった。

僅かに緊張した面持ちに「予感」を覚えた。

 

 

「お早うフーゴ。何か変わったことが?」

「「彼」が病院から消えた。夜中過ぎ。」

「…、そう。」

きた…きた、よし計画変更の計画変更、

そのうえ思ってた以上のこの手ごわさ!

それでこそだ、あとは僕の手腕しだい。

明るい緑の瞳に浮いた困惑が消え覚悟を孕む凛々しいそれに

なったのを、今ではすっかり穏やかになった面持ちが眺める。

 

「そうなんだ…。怪我人は出ましたか?」

「看護師が片足に凍傷、警備員が右手の親指を無くしたそうだよ。」

ああ、と痛そうな顔をするこの優しさは変わらず好もしいものだ。

言葉遣いや態度もすっかり出会った頃みたいになってしまってる、

言葉の選び方が丁寧なのはネイティブではないからなんだろうが、

スラングや威張った言葉は実際似合わない…これで良い気もする。

この方がしっくり来るから身内の前でだけ、と頼み込まれたのは、

「彼」の存在を密かに知らされその扱いを相談されたときだった。

反対するなんて選択肢は無いものの、驚きもしたし気後れもした。

けれど他ならぬ我らが「ジョジョ」のたっての願いというのなら、

憩いの場にでも知恵袋にでも…穏やかな眼で眺めながらそう思う。

「彼」に関することは組織に先住する面倒な大人たちと同程度か

それ以上に、この若いカリスマにままならなさを感じさせている。

大丈夫「ジョジョ」仕掛けはしっかり仕込んでおいた、幾重にも。

 

 

「でもやっぱり被害は少ない、埋め合わせは僕だけで出来る。」

「意図してそうなったか偶然の成行かは判らない。どうする?」

忌憚無く反対意見も頼むと言われてる、君の大切な仕事だと。

「ミスタを呼んでください。先に病院に寄ってから追います。」

外出着に着替えはじめる背をやや心配そうにフーゴは見やる。

「了解。だが治療を先にしていていいのかい?急がなくても?」

「ええ。行き先は決まってるし、もし途中で怪我人が出るなら、

 それは怪我しても仕方の無いたぐいの人達だろうと思うから。

 病院には長いこと無理を言いました、後回しには出来ません。」

「信用は大事だからね。しかし、ミスタは納得しているのかな?」

話しながら片手が盟友への緊急メールを送る。

寝起きの悪い「上司」じゃあない、車に着いた時はもう居るだろう。

いいえ、と、襟を閉じ振り向いたジョルノはにっこり笑った。

「だから一緒に行くんですよ。留守番、お願いしますね。」

「了解。幹部さんたちの陳情もついでに整理しておこう。」

「ありがとう!フーゴが戻ってくれて、本当によかった。」

 

親友の手を取り、両手でギュッと、生国式の拝む仕草が出る。

こんなふうにふざける様子を見せるようになったのも最近だ。

ジョルノなりにギャングの親玉「らしさ?」みたいなものを

模索した結果、こんな感じのキャラの使い分けに落ち着いた。

超引きこもり気質の先代は別人格まで持ってた細心だったが、

アレとカブるのだけは嫌だ、あんな人間不信の親あるものか。

もともと明るいブロンドのフーゴは、それを更にジョルノと

そっくり同じ豪奢な色に染め、緩やかに伸ばしてくれていた。

年恰好も発想も近いから声音を似せてベールの一枚も通せば

じっとしているのを好まない「ボス」に自由を与えてくれる。

腹心の秘書、参謀役、兄貴に護衛に影武者を過不足無く兼ね、

このように苦手分野の負担までさりげなく受けてくれる彼は、

今や新生パッショーネにとっても新首領ジョルノにとっても、

掛け替えの無い近しい存在に立ち戻っていた。

 

「…本気なんだね。」

革のビジネスバッグがジョルノに渡る。

「君がそれを?」

受け取って朝日のような笑顔が応える。

「それもそうだ。出かけるには少し寒い。寒いの苦手だろう?」

と届いたばかりの仕立ての良いチェスターコートを羽織らせ、

「これはとても暖かくて手触りがいいんだ。持っておいきよ。」

しなやかなスエードの手袋も手渡される。

緑の瞳が薄く潤む、無言で袖を通す、お礼は無事の帰還後だ。

キレてない時のフーゴはちょっと僕の生まれた国の人っぽい、

懐かしそうに言われた時から不思議なくらいキレなくなった。

「かっこいいよ。行っといで、待っている。」

頑張れ「ジョジョ」勝負服のプレゼントだ。

お小遣いは余ってるから、君のおかげでね。

飽くなき冒険を命題とする、君は我らが黄金の子。

 

 

元気良く通用門へ降りたジョルノの前にはお忍びの外出用の

年季の入った小型車がアイドリングのまま横付けされていた。

入団以前のジョルノが小遣い稼ぎに使ってたのと同じ車種で、

なりこそ古いがガラスはじめ隅々まで改造済みの防弾仕様だ、

小さいが座り心地も良くリムジンよりよほど気に入りだった。

運転席に仏頂面ミスタ、とカルツォーネに食いつく分身ども。

助手席に座ると、フン!、とぬくぬくの包みを差し出される。

「お早うミスタ、いただきます。」

「腹ごしらえしねーとな。病院までは連れてくぜ。けどよー。」

わちゃわちゃ食いつくピストルズ押しのけ残りを咥えたまま、

ガッとアクセルを踏み込んだ、機嫌が悪い。

タメ口きかないミスタなんてミスタじゃあない!とのことで、

フーゴと同じく以前の口ぶり。

対等ごっこ、友達ごっこだ?序列が命のクソジジイどもに解るかよ、

オレらはオレらの流儀で「共存」を模索していくんだ見てるがいい。

忠誠心なら誰にも負けねー、念のため。

 

「オレぁよー、やっぱ反対だぜ…やば過ぎんだろ。」

「やばいですね。なにしろ、既にしてやられてる。

 思った以上の強敵ですよ。あ、飲み物ください。」

もぐもぐ食べながら膝横にある革バッグを撫でる。

「何だかんだで頼んだものは揃えてもらえました。

 フーゴは応援してくれてます、心配されたけど。」

「奴はお前にゃゲロ甘だからな、でもオレぁ絶対やだぜ、なにせ」

「あ、待ってミスタ、停めて、早く!」

「え、ちょ」

ギキイイイイッッ、と、ものすごい音立てて小型車がスピンした。

気にする様子もなく窓を開け、ジョルノは伸び上がり手を伸ばす。

卵大のてんとう虫のブローチが飛んできて、華奢な掌に収まった。

ミスタのきつい黒い目が半眼のジト目になり、いやあな顔で黙る。

「そら予想通り。早く片付けて向かいましょうよ。」

対してジョルノは得心の笑み。

 

手をきれいに拭き、さっそくバッグを開き中を確かめる、

「さすがフーゴ、こんなの頭も勘も良くないと見つからないよな。

 ん、すごくまとまって…え、これ最高っ!この発想は無かった!

 ほらねやっぱり、フーゴ戻して大正解だったじゃあないですか。

 人材って何より大切ですからね、これは必要な試練なんですよ。」

一緒にすんな…と、深い深いため息ついて、ミスタは車を走らせる。

なんでこう冒険のノリで始めるかねぇ、まあ冒険は男の華だけどな?

何でも出来るお前さんだから、これっくらいが丁度いいのかもだが。

ピストルズよ、ボスに登んな、馴染むな、ぬおぉ緊張感がねぇーッ!

「はぁ…思い出すだけであちこち痛ェんだがなー。こことかよォー。」

脂汗かきデコ撫でる…残りはどーぞ使い魔ども、オレもう食欲ねー…

なんだかんだでゲロ甘なのは、もとよりフーゴだけじゃあないのだ。

 

流血のクーデターから8ヶ月、クリスマス前。

げんなりした運転手とエメラルド色の眼の美少年を乗せ、

小さなお忍び自動車は、静かな夜明けの通りを走り抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




6話中の1。


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その2

 

 

 

 

 

街はマシになったのだろうか…と、窓の外を眺め思う。

麻薬は嫌いだった、馴染みの良い人たちもアレ一つで

変わり果てるし、周りもどんどんめちゃくちゃになる。

この街はとても好きだ、過ごし易い気候に美味い食事、

程よく残る歴史の香り、交じり合う光と影、表と裏…。

この心地よさの中で、僕は楽しく要領よく生きていた。

それを侵略し始めた汚い薬を強くしかし漠然と憎んだ。

そんな漠然さに方向付けしてくれたのはあの人の怒り。

強い賢い優しい悲しい…僕に黄金の光を見てくれた人。

あの人の怒りが本物だったから僕も本気で薬を憎んだ。

出会えたから歩き出せた、親より恋人より響き合う人。

あんな刺激的な時間はもう無い…思い出せば心が騒ぐ。

…短いけれども鮮烈な…ブチャラティとの奇妙な冒険。

 

冒険のきっかけを探してた…そうだったと今なら解る。

特に困らずに大抵のことはやれてしまう僕だったから、

逆に機会を掴みそこねてた、いつだって始められると。

不思議な力も手に入れた、僕は特別なんだと思ってた。

けど同じ不思議な力に立て続けに出会うことになって、

なるほど僕の住む世界はこっちなんだ、と思い始めた。

ブチャラティはもう居てくれた、走り出した僕の隣に。

あなたで良かった…カッコ良かったな…もう過去形か…

 

物語は終わりあなたは仲間と旅立ってしまったけれど、

僕には組織の引継ぎ、街の守護者という現実が残った。

こんな巨きなものを喪うのは初めてだ…正直…キツい。

でも立ち止まらない、あなたの遺産を無駄にはしない。

出会いはこんなふうに人を変える…期間は関係ないね。

一生懸命頑張ってますよ…フーゴも戻ってきてくれた。

あなたがチラと言ってた情報屋、あと親衛隊の女の子、

彼らも使える人材だったよ、あなたの眼力は確かだね。

麻薬チームは潰したよ、自滅的な哀しい人たちだった。

ギャングってのは、はみ出し者の受け皿となりながら

街と共存共栄していく私兵であるべきだと思っている。

街を食い荒らす寄生虫、なんて刹那的なのはごめんさ。

もと売人たちは僕の勅命で街のパトロールやっている。

安定収入と遣り甲斐があれば彼らは文句は言わないね。

 

ただ上が…問題は…オジサンたちさ…

あそこまで登り詰める間の、投資ってものがあるから…

面倒だよ…そいつに攻め込む算段、…やっと、めどが…

 

「そろそろ起きな。お疲れのとこ悪いが。」

 

んっ、と、呼ばれて目を擦る、…少しうとうとしてた?

景色を見る、久しぶりに来る目的地はもうすぐだった。

「ここんとこ睡眠時間が少なかったので。」

「ああ、大物だよ。よく寝る気んなるわ。」

ゴシック様式の大きな教会の前を過ぎ、商店街を走る。

カルチャーセンターで守衛に金を渡し車を預からせた。

徒歩で脇道に入れば、途端に雰囲気は落書きの目立つ、

荒れたものに変わった。

美しき観光都市ネアポリスの光と影を象徴する変貌だ。

「なあジョルノ。やっぱあぶねーぞ、考え直せよ。」

周囲に気を配りながら先導するミスタがまた言う。

怪我人の傷を「補修」し心づけと口止めしたあと、

病院のすぐ傍で不安そうにしていた「目撃者」の新聞少年に、

途中の道で自損事故起こし泣き泣き祈ってたバンの運転手に、

それぞれ「彼」の話を聞いてきた後だった。

 

「そうかな?」

返事が能天気に聞こえるんですがそれは。

「あぶねーだろうが。ちっと前までは植物状態だったってのによー。

 逃げるために平気で女や警備のオッチャンに大怪我させてんだぜ。

 そのうえ無関係な運ちゃん死ぬほど脅して連れてこさせやがった、

 そりゃあオレらだってカタギに無理言うことはあるさ、けどよー、

 お前が治さなきゃ顔半分ダメになってた、そこまではやんねーよ?

 ヤツは変わっちゃあいねー、相変わらずのケダモノだってことさ。」

「…周りを警戒してくれてたのはありがたいけど。

 話を聞かずに判断するのはどうかと思いますよ。」

だからやめとけ、と続けようとするのを遮られる。

「看護師は靴を狙って足止めしただけ、警備員は慌てて暴れたから

 指が取れたんです、攻撃ってより最低限のアクションに過ぎない。

 それとバンの運転手、あいつカタギだけどサドの変質者でしたよ。

 あの病院は心療内科もありますからね、そこから逃げた患者だと

 思ったから拾ったって、苛めたり身代金取るのが楽しいんだって。

 苦しそうだし目立つし、車を物色してたから弱みに付け込んだと。

 常習犯です、ナイフでビビらないからカッとして切り付けたとも…

 いいですか、殺せたし、殺すほうがラクだったんですよ三人とも。」

「ずいぶんとまた好意的な解釈じゃあねーか、ええおい。」

話しつつ歩く速さに合わせてんとう虫が緩やかに先を飛んでゆく。

身なりと器量の良い若者二人はこんな道を歩くだけでも危険だが、

ミスタの発する抜き身の威圧はろくでなしどもに見て見ぬフリを

決め込ませるに充分過ぎた。

変質者だぁ?それほど珍しいモンでもねーが災難だったな、

よりによってアレ拾うとかよ…勇者すぎんだろ尊敬するわ。

「普通に分析してるだけです。顔はほっといても良かったかも。

 ムカついたから、皮膚の補修は靴の中敷でしてやりましたよ。」

「えげつねーッww」

おえっと舌出して笑いかけたが、足を止め見上げる。

古びた雑居ビルが目の前にあり、てんとう虫はその通用口の

暗がりに吸い込まれていった。

 

「くれぐれも。約束は守ってくださいよ、ミスタ。」

約束した覚えなんぞあるか命令いや依願はされたけどな、と

腹のうちだけでミスタは言い返す。

つま先から這い上がる緊張と体のそこここに蘇る痛みの記憶。

いまだ消しようのない、ごまかしようのない…これは恐怖だ。

旧親衛隊の生き残りやコウモリ野郎も心酔させて拾うヤツだ、

こいつの「再利用」好きは知っているし感心もしてる…けど

今度こそはわけが違う…解ってるのか…解ってるんだろうが…

「僕の許可無く攻撃しないで。絶対に。」

「お前が危ねーと判断した場合は、その限りじゃあねーぞ。」

つかいま判断させやがれ、言えませんがねェそれが何かッ!?

「それでも。先に指示は仰いでください。怒りますからね。」

「わーった、わーったよォ。」

その顔されたらダメだ、やっぱりこいつにはかなわない。

人たらしのジョルノ…だからってなんとかなるとは到底…

思えないが…だが。

「行きますよ。」

明るい顔して無造作に歩き出したかに見えたジョルノの頬も、

緊張の汗でうっすら光っているのを知った。

発汗で相手の心情をことのほか繊細に読んだ聡明な嘗ての上司を想う。

この無謀とそれを止められない自分見たら、いったいどんな顔をする…

「おう。」

冷や汗は腹をくくれば秒で引いた。

先に立つ肩を掴んで制し、ドアの向こうの暗い廊下に足を踏み入れた。

 

 

三ヶ月前パッショーネ配下に入れ換えた管理人は昼間しか来ない。

ビルごとの買取予定はあったが、差し迫った故あって無理だった。

ただでさえ湿っぽく冷たい空気は地階に下りるほどに更に冷えた。

こんなところで生きてきたんだな…と、僅かに心が揺らぐ。

地階の突き当りとか…間取りを見れば狭くはないとはいえ、

ろくに光も入らぬ地の底、襲撃でも受ければ逃げ場は無い。

「彼ら」にここを与えた旧上層部の、傲慢な悪意を感じる。

黎明期の組織が何をやってきたかを知る厄介な生き証人らとはいえ…

今にして思えば「あの男」とその側近はみな、「彼ら」にかぎらず

強力な能力者たちに対しては本当に、吐き気がするほど冷酷だった…

ジョルノの心遣いで定期的に管理の手が入っており不潔ではないが、

言うに言われずやさぐれた気分になる場ではあった。

ドアのロックの部分がもそもそと動き歪み、さっきのてんとう虫の

ブローチに変わり、ふうわりと舞い上がりジョルノの襟に止まった。

ここに「彼」が来ればドアを開け、ジョルノに報せてから先導してくる、

到着した段階で役割を終える…最初に入ったとき破壊した錠の代わりに

ここに残されたブローチは、そういう役回りだった。

ミスタは銃を構え気配を探る。

居る…のは、確かだった。

顔を合わせる前に力尽きるなり自死してくれちゃあいねーか…

んなうまい話あるかよ、と自分を叱りつけ薄くドアを開いた。

攻撃は…無い。

引き金に指を掛けたまま素早く滑り込み真っ暗な室内で、

あらかじめチェックしておいた明かりのスイッチを押す。

管理人の掃除機かけの為に、電気だけは通っているのだ。

 

リビング…と呼ぶには素っ気無さが過ぎる部屋が現れた。

広い…といえば広い。

打ちっぱなしの床に低いテーブル、それを囲む黒いソファー。

壁には鏡と棚、酒ビンと安っぽいグラスの見えるキャビネット。

空調、テーブルの上のモバイル、ちょっとした筆記用具。

この広さの部屋に置くには小さすぎるテレビ、レコーダー、

いくつかのリモコン。

…それだけだった。

潤いも個性も何も無い…、何も無さだけが個性の味気ない空間。

注意深く死角を調べ回りながら、こんな場所にそれでも戻った、

孤独な凶獣の執着をつい想像してしまい、ひどい気分になった。

「ミスタ、…足元を。」

見下ろしたジョルノが呟く。

冷たい床のそこここに、付着し滲んだ赤いものが見えた。

「…素足なんだ。」

冬の濡れた道で足を傷つけたまま歩いてきたようだった。

眉を顰めたものの、哀れんでいる場合でも相手でもない。

回りを見回し動こうとするジョルノを制しドアを調べる。

玄関ドアの内側のポストが開けられたまま。

モバイルにはごく薄い土の指紋。

ユニットバスにトイレ、仮眠室。

物騒な「仕事」道具や資料の残る物置部屋。

居ない。

 

 

最後に…物置部屋に通じる隅の小部屋が残った。

間取り図を思い出す、たしかここは…

今更だが地階の突き当たり、…確かに「逃げられ難い」が、

袋小路の一本道、こっちだって「逃げ難い」んだ忘れてた…

ドアノブを握った瞬間、異常な冷たさを感じ、

反射的にジョルノを抱えて庇い右下へよけた。

 

ギャリン、と乾いた音がしてノブが後ろへ吹き飛び、

開いた穴から飛び出したのは透明な…氷の槍だった。

 

一m近く飛び出た槍はすぐビシャと水になり散った。

反射的にトラウマ交じりの勝機を知る、

チャンスだヤツは弱ってる効果を瞬時しか保てない、

盾も作れまいやるなら今だ、ドアの穴めがけて発砲、

「…!」

する寸前、肘をぎゅっと掴まれた。

緑の大きな瞳が切実に睨んでいる。

「約束は?」

「…~~~っっ!!」

攻撃!!されたんだっつーの今ぁッ!!

オレ庇わなきゃ腰えぐられてたぞ解ってんのかよォーッ、との

反論をかみ殺す、「約束」やぶったらこいつ「怒る」からーッ!

自慢じゃあないがあれから冷たい飲み物が嫌いになっちまった、

氷がどうにも嫌なんだ、ドアの向こうのその化け物のせいでッ!

ドアの穴から冷たい風が流れ出る、寒い。

フーゴに持たせてもらった皮手袋を華奢な両手にはめると、

またうっすらと緊張の汗で肌を光らせたジョルノは立った。

「ばっ」

なんッで穴の前に立つかあああッ!、と伸ばす手が届く前、

 

「元気そうでなにより。しばらくです。」

 

自分の顔から表情がスッとんでいくのをミスタは感じた。

何ソレ…なにふつーに快気祝いの挨拶…してんだヨオォ…

ドアの向こう側のやばい気配が静まり返ったのは、

相手もいくらか呆気にとられたからなのだろうか。

 

「あなた…必要な「分子」は「上から」調達していましたね?

 水や空気を固体にするとき、横風が在りませんでしたから。

 そこはキッチンでしたよね?外の光が唯一入る天窓がある。

 水道は止まってますが、そこからなら水も空気も手に入る。

 武器にしようにもここ地階ですから、気体なんか固めたら、

 減圧で自爆してしまう。…そこにいるのは判っていました。」

 

忘れもしない…

リベルタ橋からサンタルチア駅前に至った、

あの「死闘」時の話をジョルノはしていた。

そうか…「分子」…空気や水蒸気、「上」…上空か!

あの時、固形化してた膨大な分子は上空の大気から!

そう…か、そうか、今更魔術のタネ明かしときたか。

槍に仕立てた水…これは雨後の大気の大量の水蒸気。

「上」から分子を掴める所でしかあの技は使えない、

それで無防備に動こうとしてたのかよ、とミスタは、

この段階に至り今度こそ、無謀な「大将」を制めるのを諦めた。

勝算があるのだ…とても納得いかないが…それでもジョルノは

今どうしてもそうしないといけない理由と執念とを抱えていて、

そのために勝ちにいたる考えを時間掛けて組み上げてきたのか。

「僕が来るのは知っていたでしょう。ミスタも一緒です。」

返答は無い。

 

が、耳を澄ますと聞こえる音に、漸く気付いた。

息の音だ…辛そうな。

そうか…八ヶ月以上も寝たきりだった身体を無理に動かしてる、

そのうえ暴漢とやり合って「能力」まで使った。

元気なものか…そこらじゅう痛いし疲れたはず、

加えてこの冷え込み…こたえてないわけがない。

「あなたに見せたいものと、返すものがあります。

 教えてほしいこともあります。それとお願いが。」

生真面目な優しい、が覚悟の滲む若い声が、丁寧に言葉を紡ぐ。

「あなたも、僕に聞きたいことがあるはずです。

 それ以外の望みにも、応える用意はあります。

 だから…今だけ休戦にして、僕の話に応じてはくれませんか。」

フー…、フー…、と、苦しげな息の音が続く。

まるっきり野獣…ここまで「らしい」のも珍しい。

話し合えったって…考えてみたら…そもそも声なんか出るのか?

ヤツの傷は…ミスタ自身がつけたものだから間違いようがない、

頚の後ろから咽喉…串刺しだった。

「二人」の手により念入りに「補修」されたとはいえあれでは、

「僕じゃあ信用できませんか?それも当然だけど…」

ビジネスバッグを開く。

「では、先に、これを。…あなたに「見せたかったもの」です。」

ドアの下の隙間から、散った水を避け何かをシュッと、通した。

 

よく見えなかったが、誰かの写真…のようだった。

 

数秒。

呼吸音が止まった。

ジョルノのこめかみからツゥと一筋の汗が伝った。

吉か凶か…今日最初のそして決死の賭け…だった。

ジョルノは風穴の開いたドアの正面に立ったまま。

さっきと同じ攻撃が来れば命にかかわる立ち位置。

「影武者もね。用意して来たんですよ。」

縁起でもねぇっ、とヒいたとき、

フー…、と、息を吐く音がした。

 

「…開けな。」

 

ごく弱く低い…

が、忘れようにも忘れられない忌まわしい声が…聴こえた。

ぞくんっ、と同時に二人の背筋が震えたが、

ジョルノの桃色の唇は漸く、意を得たりの笑みを浮かべた。

 

「…チャージ中…だ。…入れ。

 こんなもん…持ち出されちゃあ…な…。」

やりやがったこいつ…手負いの獣をテーブルにつかせやがった!

きつい黒い目を丸くしてミスタが見つめる前で、

革手袋の手がドアの穴に指を掛け、ゆっくり…引いた。

すかさず銃を構えその肩越しに狙いをつける、罠かもしれない。

薄暗い室内に、開いた天窓からの淡い、朝の光。

カーテンリングは下がっているがカーテンは無かった。

 

その下に…壁に背をつけ写真を手に、男が座っていた。

 

「…「これ」、を…、どこで?」

顔色は控えめに言って、ひどい。

頚椎も声帯も気管もズタズタ、出血と酸欠で脳も壊れかけて

いたはず…呻くように低い声は、だがはっきりと聞き取れた。

暗い眼差しは衰弱を露にしつつも闇の燐光のような凄味を湛え。

血と泥に汚れた素足、雨を吸った病衣一枚が痩せた身体を覆う。

濡れた癖毛がちりちりとうねり額や削げ落ちた頬に落ちている。

かつての強敵の無残な面変わりに息を呑むが…

これだけは変わらず不可触の獣の威と恐怖を濃く纏う男だった。

 

「僕の影武者…いえ、親友が探して、偶然に見つけたんです。

 三年前、ダンスパブにお父さんと遊びに来ていたぼうやが、

 もらったばかりの子供用のビデオカメラで録画してました。

 あんまり楽しそうで、すてきに踊る人達だったから、って。

 無理言って、彼の宝物をダビングさせてもらったそうです。」

くっ、と、男は笑った。

「ガキのカメラ…なぁ。なるほど…「あいつ」らしいか…

 は…、そうかよ…見逃したか、ははは、ははははははッ!」

喘ぎながら笑うが目は笑っていない、どころか…

「あなたのチームの他の人は存外あちこちで姿を残してました。

 仕事関連では隙がなくても、日常生活中では普通に残ってる、

 ストリートカメラとか、防犯カメラとかね。でも彼ら二人は、

 そういうところからでは姿を掘り起こすことが出来なかった。

 組織の記録からも丁寧に抹消されていて、何も判らなかった。」

聞いているのだろうが写真から逸らされない鋭い眼が赤い。

笑っているが底が見えぬほど深々と怒りそして怨んでいる…

何人にも触れることを許さぬ真っ黒な、死神の哄笑だった。

どれだけひどい事すりゃあ人はここまで怨みを溜める?

殺し屋なんだろう殺し殺されは慣れっこのはずだろう…

警戒はしながらもあまりの異様さにミスタは気圧され、

笑う男とジョルノを見比べ銃を支える作業に縋り付く。

 

「…優秀…だったんですね。おそろしく用心深い。」

ふいと笑いが消え死神の瞳がジョルノを見上げた。

「二人の姿を歪めたのは意図的に流された噂、ですね?」

「そんなこと…を、言うのは…、てめえが初めて…だ。」

え…と、ミスタも訝った。

誰の話をしているのかやっと解ったが、そいつらはたしか…

クーデターの二年前、叛いて見せしめに始末されたマヌケ…

麻薬ルート狙ってた身の程知らずだとか、ホモだったとか…

そんな噂が流れていたからなんとなく信じ込まされていた、

嫌な話だがよくある、疑ってみたことはない…それが何か?

 

「グイード・ミスタ!!」

 

困惑を見た男が唐突に、本当に唐突に夜叉の貌に変わった。

その形相と豹変には二人とも覚えがあり過ぎ一瞬固まった、

すんでで引き金を引きかけるほど焼きついた恐怖と一体の、

「てめえらも…チーム戦やってりゃあ…解るだろうがッ…!

 チームで一番…殺られたくねーヤツの役割はッ…何だッ!」

え…と、横目、ジョルノがまさに、

 

「答えろおぉッ!!!」

 

ちょ…どっから出る声だよ心臓に刺さるッ…

「そ…そりゃあよ…回ふ…、」

うっかり返事して気付き、腹の底が重たく冷えるのを感じた。

 

「…って…」

銃口が揺れた。

汚れ仕事専属の大所帯だ、薄給で使われったけ使われたと聞く…

プロだろうがみな人間だ、心も身体も当たり前にメンテが要る、

必要性なら他の「職種」の比じゃあない、

チーム解体したわけでもない使い続けた、

だというのに、

「…。」

粛清されたのは彼らのヒーラーだったか…想像し心臓がバクつく、

もしあの旅路…ジョルノが殺られてたら…奪われてたら自分らは…

チラと思っただけで足元から崩れそうな不安…酩酊感すら…

あの実力でチーム丸ごと消耗品認定…怒るだろ、そりゃあ。

バカなことをしたもんだ…けど死んだ奴らも、重要な役割だからこそ

もっと慎重になるべきだった、どっちもどっちの愚か者だ、胸糞悪ぃ…

嫌な顔が、そのまま相手への返答になった。

「そうだよなァ。…やって…られっかよ、…そうだろ?」

夜叉の形相のまま男はまたげらげら笑った。

目を剥き尖った犬歯を晒し笑むというより猛獣の唸る「歪み」。

ジョルノが顎を引く、踵が引きたがるのを堪えているのだった。

こいつヒかすとか…やっぱ化けモンじゃあねーか…おぞましい…

「くく…命綱をッ…切りやがったッ…はははははははッ!!!

 もういい…消えろ…邪魔だッ…ひははははははははッ!!!」

 

「その人達のことを、調べているんです。」

 

引きつった笑いがまた唐突に消え、凍ったような無表情。

この静けさこそが最も恐ろしい…彼はそういう敵だった。

 

「…なんでだ?」

冷静そのものの声が問う、まばたきが消えてる。

野次馬根性が欠けらでもあるならいま死ね殺す。

作り物じみた無表情でも気配がそう言っていた。

ジョルノが答えた、

「未来のためです。」

「誰の。」

とうに消えた命と群れ…呪う対象でしかない言葉だろう。

ジョルノはまた答えた。

「彼らとあなたたち、僕ら。組織と、ひいてはこの町の。」

 

壁に凭れたまま、じいっと…

充血した暗い穴のような眼が輝きの強い瞳を見上げた。

空気読めずにたわごとほざくこのガキどうしたもんか…

憤怒すら越した侮蔑の空白、そう見えた。

見るに耐えない…なんでこいつ生きてる…倒したのに…

引き金が引けたら…今ならヘッドショットで…一瞬だ。

それにさっきのあの…嗤いときたら…ゾッとする…

こいつは怨嗟の塊だ、情緒も選択も壊れきってる。

生かしといたら絶対ろくなことしない…後悔する。

ミスタが沈黙の緊張に倦み奥歯を噛み締めたとき、

ふっと視線は下がり…右手の写真に落ちた。

 

「…大きく…出たな…。」

これに免じて聞くだけ聞く…そう判断したように見えた。

たかが写真がそんなに大事か、…気になる…どうしてだ?

「あなたなら知ってる。」

「答える…とでも?」

「ええ。だってあなた、」

会話になってる、続いている…ミスタの頬に引き笑いが浮いた。

これぞ人たらしのジョルノ…これだからこいつおっかねーんだ…

 

「話したい、でしょう?ミスタが彼らを誤解してたことに、

 今あなたはすごく怒った。過小評価されるのが嫌なんだ。

 皆彼らを解らないまま忘れる、あなたはそれが許せない。」

え、とまたミスタは訝る。

あれってそういう方向で怒ったのか?

回復役を殺られ使い潰された怨みってだけじゃあないのか、

生え抜きどもにはそれだけでも充分すぎる屈辱…だろうに。

「…条件を飲むか。」

写真から視線は動いていない。

交換条件は肯定の証拠だった。

「はい!」

ジョルノの息が白い。

「…誓うか。」

「誓います。」

「なら…話が終わったら…殺せ。」

また空白。

 

ジョルノが暫くでも言葉を探す様は滅多に見ないものだ。

「リゾット・ネェロは、それを許しますか。」

「…くたばった…んだろ。…許すもなにも…」

ああ…、と、思い当たる。

ジョルノは何か言おうとしたが、口ごもった。

カード一枚切り損じた…そんな顔をしていた。

「オレしかいねえ。…白状した…だろうが。…いま。」

この男がジョルノに「聞きたかったこと」とは、これか…

「…彼は、…あなたの傷を補修し、蘇生させて、病院へ。」

ジョルノの声に苛立ちが乗り男が答えた。

「「死ぬな」「連絡を待て」…リゾットは…そう言った。」

気管と肺を塞いでいたはずの大量の血はなぜか消えており、

ステンレスの密なステントが気管を内張りしていたという。

殆ど折れていた頚椎はこれもステンレスの鎹で固定されていた。

当然ながら人の技ではない。

長身黒衣の男は彼を渡すと目を離した一瞬に消え失せたそうだ。

彫像じみた美丈夫だが不可思議な…たとえるならば喪装の道化…

そんな風体の、ひどく寂しげな男だったと。

 

「だから、メッセージを確認しに、ここへ戻ったんでしょう?

 電話は見つからなかったから、ポストとメールを調べに来た。

 あなたはリゾットの言葉に、忠実に従った。だったら、」

死ねないはずだ、と言い募るが、

「…「殺されるな」とは…言われてねえ。」

ざくりと斬り捨てた息遣いには、喘声が混じりはじめていた。

どうも様子が…ああ足にしたクズに切り付けられたんだっけ、

見たとこ病衣に血はついてないが、背中でもやられてるのか?

メッセージは無いと確認した、もう連絡は来ないと解った、

命令には従った、文句あるまい、…そう言いたいのだろう。

「…屁理屈です。リゾットを前にしてもそれを言えますか。」

「…頭のいい大将、だったが…、…たまに…ヌケてやがってな。

 ヘマだぜ、リゾット…「あいつ」なら…「生きろ」と言った。

 だい、たい…助かっても…全身麻痺…頚椎やってんだろ…が、

 どう…する気だった、んだ、…アホかよ…ったく…。」

肩が大きく上下、息切れがひどい。

 

いつの間にか…

手負いの野獣か、地獄に落ちそびれた怪物でしかなかったモノが、

人の顔に見えかけていることにミスタは気付いた。

総毛立つ迫力も危険さも少しも揺らいではいないのに…不思議だ。

実際の話、その時は後先など考えちゃあいなかったのではないか…

彼らはジョルノの能力を知らなかった、生身の部品を新たに作る

離れワザを知っていてアテにでもしていなければ、救った部下が

ベッドに固定されて死を待つ惨めな結果しか見えなかっただろう。

「あなたが死ぬのが、彼にはそれほど辛かったんです。

 離れても、死後も、執念がステントや鎹を保つほど。

 それに、解ってるでしょう、彼が補修した後、僕が。」

無骨かつ乱暴過ぎるが効果的な応急手当に使われた鉄の部品は、

ジョルノの手で生身の「器官」に変わり、この男を延命させた。

「だから、おこがましいけど僕にも、あなたの生死に干渉する

 いくらかの権利はあると思」

「ネタ切れか。…都合を、権利と?」

三度の食い下がりもにべもなく撥ね付けられた。

 

はぁ…と、吐き出してる息がひどく白い…

このザマでここまで頭も口も回るか恐れ入った、

ジョルノが拳を握る、…反論の筋は通っている。

…なるほど、こりゃあ攻めあぐねる、しかしだ。

死神の群れでも仲間には…そうなのか、さんざん殺しておいて。

部下に「遺族」シーラがいる、それこそおこがましくないかと

腹が立ちはしたが、ジョルノを見習い立場を変えて考えてみる。

ついてきたばかりに次々と逝き、最後の一人になってしまった

大切な部下に息があった、どんな状態であれ生かしたくなった。

その極限の衝動は、同じく情の濃過ぎた上司を思えば刺さる…。

病院に置き去りにしてからあの島でたった独りで逝くまでの間、

リゾット・ネェロが悔い揺らぎ苦しまなかったわけがなかった。

「…はん。…吐くほど痛かった…ぜ…ヘッタクソ…」

逝き残され吐き出す親しみゆえの悪態、あまりにも哀しすぎる。

もういいジョルノが承知しなくてもオレが送ってやる。

目を伏せた空ろな無表情を睨みミスタは全霊で念じた。

だから安心しろ、好きなだけ喋ったら仲間たちのところへ行け。

こっちだって…警戒し続けなければならない相手は少ない方が…

「…死人を…利用するな。クソガキ。」

「…ごめんなさい。そのとおりです。」

素直に悔しそうに詫び、ジョルノは項垂れた。

写真の借りで我慢はしてるが、かなり機嫌損ねた…幸いにも…

調伏なんぞどだい無理だ、同情の余地はあるが殺すしかない。

「解ったら…教えな。…いつ…どこで、リゾットを…殺った?」

せめて最期の様子だけは…どう闘ったかが気になるのだろう。

「自慢の…大将だ。…さぞかし…」

「僕では、ないんです。…彼は、」

少し小さくなった声が、しかし一言一言はっきりと…答えた。

 

「四月五日に…サルディニア島で。「ボス」との一騎討ちで。」

 

伏せられていた顔が上がった。

困惑と驚愕その後、

興味。

 

再会して初めて、生ける亡者の顔を鮮烈な「意思」が覆った。

やや俯いたままジョルノが目を上げた。

「「聞きたいこと」が、増えましたか?」

 

…巧いッ…、

これも初めて、嘗ての敵と感嘆が同調したのをミスタは感じた。

 

「…ヒーラー…てやつ…は、」

チラと写真を見た目がジョルノを睨み、クッと犬歯を覗かせた。

小便チビりそうな迫力だったが、もう完全に人間の笑みだった。

「…皆こうか?油断も隙も…」

「え、似てますか?」

「ざけんな!似てて、たまるか、…だが、

 すげームカツク…が、」

目をそらさず、はあっ…と、深呼吸する。

雨に濡れた病衣は体温で乾くどころかますます濡れていた、

顎先から落ちる雫、

濡らしているのは止まらない苦痛の汗なのだった。

「「ジェラート」とは…さぞ話が合う…だろうよ…」

 

と、揚げた手が震え、天窓からの寒風が写真を舞わせた。

 

「あ」

 

手が追う、空を掴む、

反射的にミスタはしゃがみ、床の濡れたところへ落ちる寸前で

無事に掬い取った。

「…んっ?」

気になってた写真を漸く見た。

 

画質はそう良いとは言えない。

いい雰囲気に素朴に飾られたパブ、ほろ酔い客のクラップの中、

楽しそうに踊ってる二人…アイコンタクトには深い信頼が滲む…

アジア系の血が伺える黒髪の、鞭のような長身の男と、

蜂蜜色の短髪したほっそり小柄な、…男、…男だよな?

これが粛清されたマヌケどもだって?

自堕落感は無いむしろ知的、…予想外だこんな奴らだったのか。

 

「…かっけえ。」

 

思わず口をついて感想が漏れた、キマってる。

達者…いや、こいつらドチャクソ踊れるだろ解んぞ…

振り向くと目が合った。

急に喰い付いてくれるなよ…緊張しながら近付いた。

右手だけ伸ばしてくるからずいぶん近くまで寄った。

黒に見えてた瞳は北極の海みたいな寂しい青だった。

ああ動けねーんだ…戦闘などできる容態じゃあない。

「…ほらよ。」

「…すまん。」

 

うわあオレまで死神に声かけちゃったよやべーなツキが落ちる…

つかこいつ礼とか言うんだ…躾いいのかよキャラわかんねえわ…

もう落とさぬよう左手を添え見つめる、力が入りきっていない。

「休戦協定、いいですね?そのままだと倒れちゃうから、

 少しだけ…、チャージを手伝いますが、構いませんね?」

傍らに来たジョルノが膝をつき、左手から手袋を外した。

凍らせないでくださいよ?、と、点滴の痕の散る腕に触れる。

ジョルノの黄金色のスタンドの腕が華奢な手の甲に重なると、

とうに限界のきていた身体へ緩やかに、生命の補充を始めた。

「解りますか?ビビってる…でしょ、僕…

 全然…安定しないや…時間かかるかも…」

見ればジョルノこそ鼻の頭に汗の玉をいっぱい並べている。

呆れたような困惑したような目が、黙ってそれを見ていた。

「だってあんた…怖いんだもの「ギアッチョ」。

 ワケわかんない…虎とか鮫と話してるっぽい。

 病院で動かないときは…まだマシだったけど、

 その、…やっぱり、思い出してしまうので…。」

そうでしたねえアンタにはボロッボロのヘロヘロになるまで

可愛がっていただきましたよねーッ、ええその節はどーもッ!

激しく同意もうやだ帰ろうぜ疲れた!と素直に顔に出したら、

至近距離の三白眼にガン飛ばされて危なく変な声出しかけた。

 

「…側近のくせして大将ひとり御せねーか。無能。」

ザクウッ!とぶっとい氷の槍がハートに刺さった、

いま大事な写真拾ってやっただろがこの恩知らず!

「にゃ…におを!大将首取られた無能が言うかよ!」

「その調子で前の大将首取られたってか、マヌケ。」

「がぁーー言っちゃあなんねーことを!表出ろぉ!」

「いや…やめて…気が合うのはいいけどやめて…。

 なんで入れたそばから無駄に消耗するんですか、

 無駄は嫌いなんですよ僕、黙ってくれないなら、」

いろいろと限界突破したらしきジョルノの目がとうとう据わった。

 

「…怒りますからね。」

 

ざわっと癖毛と黒髪の両方が逆立ち物騒な口ゲンカが消滅した。

あっなんか居心地悪そーーな目しやがったな一瞬だが見たぞッ、

やっぱこいつ獣だ怒らせちゃあいけない相手だと獣の本能で解ってる、

つかいま「気が合う」とか言われなかったか冗談やめてくれ鳥肌がっ!

「そろそろ管理人が来ますから、ミスタ、水道とボイラーを、すぐ。

 ギアッチョ、すみませんけどシャワーとタオルを借してださいね。

 動けるようになったらあなたもあったまって着替えてくださいよ、

 ここ寒すぎ…寒いのダメなんですよ、トラウマだよ誰のせいかな!

 ミスタ、ぼけっとしない、行って早くっほんとに寒いんだってば!」

「あ…ああ、…ハイ。行くよぉ…。」

対人ストレス溜まってるせいか最近こんな感じだよなおっかねーよ、

オレ使いっぱじゃなくて護衛なのに…こんなのと一緒に残したとか、

フーゴやシーラが聞いたらぶっ殺されるんですけど…行くけどさあ。

ぼやきながらキッチンの出口でチラと振り向くと、

少し怒った生真面目な顔でヒーリングをするジョルノに手を取られ、

目を閉じて静かに任せているギアッチョの表情が沁みた。

癒される歓びと安らぎとを知ってる顔だ、なんともいえず穏やかな…

 

人食い虎がああしてネコに変わる歓びを与えた者たちが殺された。

あの写真…三年前というなら二人はその後ほどなく惨死している。

彼らのチームにいたなら、優れたスタンド戦士に違いなかろうが…

聞き知る噂と目で見た姿の肌別れがひどい。

本当はどんな奴らだったのだろう?

いったい何があったのだろう?

残された連中はどうしたのだろう?

何よりも、ジョルノは生き残りの氷使いをどうする気だ?

なぜあんなヤツにこだわるのかと、何度か問うてははぐらかされた。

疑問と興味が矢継ぎ早に浮いてとんと忘れていたレベルで胸が騒ぐ。

走っていくとちょうど管理のオヤジが管理室を開けるところだった。

大声で呼びボスの指示を伝え急かす、早く早く戻りたかった。

ここへ来たときとは別のそれのように心が軽い、

ジョルノの興味は既にミスタ自身の強烈な興味となっており、

嘗ての強敵いや強敵らへのあれほど根深かった忌避は、

ここにきてきれいさっぱり、消し飛んでいたのだった。

 

 

 

 

 




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その3

 

 

 

 

 

 *

 *

 *

 

 

誰もそっちを見ようとしない…

誰もなんにも言おうとしない…

 

 

 

 

なんてザマだ…情けねー…

人のことは言えねー…オレも…

ふて腐れて…頬杖ついて…

嘘ついてんなよ…ビビりやがって…

知ってんだろ…あいつ…言えねえ…

 

顔を上げろよ…

なんとか言えよ…

恩知らず…クズ野郎…

誰のために怒ってるって…

それが怖ぇ?ふざけんな…

 

翼が生えてるような背中…

白と黒の…綺麗な使い魔…

行かせるな…

消えちまう…

待ってくれ…

待ってくれ…

 

 

 

扉…

が…

閉…

 

 

 

 

 

 

 

言葉がどこにも届かねえのは…

ああして黙ってた罰…だろう…

 

 

 

 

 

 

疲れと寒さと痛みの隙間で夢を見た。

何回何十回何百回見たか知れない罰。

 

 

 

 

 

 *

 *

 *

 

ほわほわとカップから花や果実の香りの湯気が立つ。

テーブルの上の熱いハーブティーは管理人に持ってきてもらった。

寒いのに酒しかない、飲むものよこせと大将がダダこねたせいだ。

煙草の匂いの残る無機質の部屋には不似合い過ぎるがお構いない。

「ああ…生き返った。こんなに疲れることになると思わなかった。」

汗吸った下着をランドリーに放り込んだから借りたガウンと毛布。

仕立てたてコートとフーゴの手袋だけは畳んで傍らに置いている。

コートはフーゴからのプレゼントか…小遣いねーもんなお前いま。

「合うサイズ…は、ねーか、ここじゃあ。」

「着心地はいいんですよ。しっくり来る。」

程よい洗いざらしの長い袖をまくった腕が白い。

 

「警戒するのも解りますけど、チャージより先に言ってくれないと。」

横向いたままの洗い髪のギアッチョをしげしげ観察しミスタがヒく。

すんげー不機嫌…解るわー…悪ぃけどちょっとした拷問だよなアレ。

襟の高いニットが上半身の線をくっきり出してるがなんか…やべぇ。

かなり筋肉は落ちてるはずだが元が元だから細めの細マッチョ程度。

むしろ長く寝てたのに崩れが無い…ジョルノのチャージのおかげか?

剣呑な三白眼でもクソでけえ目、睫ばっさばさ、賢しげなデコに口…

なんですぐ目とか歯とか剥くんだよ元のツラがわかんねぇっつーの。

つーかよ…違和感ハンパねー…無表情と極端な表情だけが早変わる、

表情筋使えてなくねーか、整ってはいるんだよ認めたかねーけどな。

なんでか知らんがジョルノが切らせなかった癖毛がタテガミっぽい。

こんなだから最初に寄ってきたド変態なんぞを足にする羽目になる…

魔法で人の形させた獣…んな感じだ…ハンター気分にもなんだろよ。

 

「活性化したぶん余計血が出ちゃったでしょ。

 そもそも致命傷ですよ。よく歩けましたね。」

クズは「切りつけた」とほざいたそうだがありゃ「刺した」という。

左の乳下と腿の内側とか…ガチガチに凍らせて止血していたのだが、

そこ刺される状況て何だよ…そーゆー作品じゃあねーぞ何のこった。

罪の無い運ちゃん脅して痛めつけたとか誤解して正直すまんかった。

とゆーよりよく生かしといたな!オレなら蜂の巣にする自信あるわ!

チャージ中まどろんだと思ったら急にドバァと血が噴き出たとかで、

戻ったときジョルノは珍しいほど慌ててこいつの傷を補修していた。

引き出しのカトラリー引っつかんでなんとか塞いだら今度は喀血だ、

出口塞げば溜まってたぶんが逆流するのは当然だが、なにぶん量が…

ビビりもスッ飛んで久々のフルパワーでくたびれてしまったらしい。

 

「もう少しで借りた手袋汚すとこでした。」

「てめえの治し方、下の下だぞ。…痛ぇ。」

「治すんじゃあなくて部品交換ですから。」

「難点あんなら創意工夫しろやクソガキ。」

 

しかしながらやっぱ口はクソ悪ぃ…これが暗殺屋クオリティっすか。

血まみれ同士でも手袋とコートと写真は汚さねー執念は…アホかと。

上目線でボロクソ言う相手がいない状況のせいか、会った頃よりは

そーとー我侭が漏れるようになったジョルノが、やや膨れながらも

まんざらでもなさげな顔しているのが印象的だった。

「ここは顔採用ですかっつーの。」

テーブルの上にジョルノが並べた写真どいつも押しが強ぇ強ぇ。

大将からして…奇天烈ファッションなのに何だよこの色気はよ。

「見てくれも武器。だ、そーだぜ。」

「どっちなんだよガチかよまさか。」

「さーな。」

冗談で言ったんですがコノヤロウ。

 

「…天然モノか。」

「天然…何です?」

「三人目だ、…いや、何でもねえ。」

自己完結されジョルノが訝ってる。

なんつーか…思ってたおどろおどろしいヤツラと違う…ような…

殺し合ってた当時は一杯一杯でそれどこじゃあなかったが、

忌避感が抜けた目で見ると、皆ちゃんと…若者なのだった。

最年長で28だっけ…そんなに年も変わらない。

ハーブティーで鎮痛剤飲むがカップ持つ手つきが堂にいってる、

スラム育ちとかじゃあない、普通にマシな躾を受けてる感じだ。

あんな遭いかたではなく、話す機会があれば…と、つい思えた。

いや騙されるな、と踏み留まる、見かけがどうあれこいつらは

目的のためなら無関係な列車の乗客全員巻き添えにするような

おぞましいテロリスト…あの地獄絵図の光景を忘れてたまるか。

というかまともな躾受けたヤツがなんで専業の暗殺屋になんか

なるというのだこの先進国で、そこ考えたら余計に気味が悪い。

 

ジョルノがチロと斜めのジト目で見やる。

おお仕掛ける気だな、行け大将、必殺の口車でヤっちまえ…ッ!

「ブチャラティのことを知ってたってことは、かなり以前から

 意識は戻っていて情報を集めてたんでしょう、用心深い人だ。

 目は開けてるのに反応が無いから、脳の方はダメだったかと、

 正直諦めかけたりしてたんですよ。僕のこと騙したんですね。

 してやられましたよ、僕はともかく医療スタッフは気の毒だ。

 様態に説明つかず空回りしてるところ、可笑しかったですか?」

見透かすイヤミに微動だにせぬ上から目線がド正面から応じた。

「リサーチは基本だろうが。身体だってすぐには動かねー。

 とはいえ、一月以上我慢してんのはなかなかキツかった。

 あのアマ下の世話するフリして人のモン触りたおすしよ。」

 

一瞬間が空き緑のジト目が泳いだ。

 

「…凍傷の看護師さん…のことでしょうか。」

「確認してみな…刺激的な話が聞けるぜぇ?」

 

ニッと口角を上げ目をそらさず凄絶なエロ気が嗤う、

そうエロ怖ぇんだってこいつネコ科の猛獣と一緒で、

見てくれも武器にせよとの前言を地で行く説得力ッ!

 

「てめえのシマの病院じゃあ患者をオトナの玩具にするってか?

 タチ悪ぃぞシメとけやボケがァァ!」

「すみません管理不行き届きでした!」

「理学療法士は優秀だ。給料上げろ。」

「ありがとうございます善処します!」

 

競り負けたーーッすげえモン見たーーーーッ!!?

ジョルノを赤面させた挙句平謝りさせる…だと…ッ、

なんか海外ドラマの日本のサラリーマンぽかったぞ、

いやいやいや待て…このパターンだと…と、確認してみる。

「…もしかして、警備のオッチャンにもなんか恨みあんの?」

ギッと睨み、ちっ、と嫌っそーーにハーブティー継ぎ足す、

「オレんトコの病室来ちゃあノロケ電話ばっかしやがって。

 キモイし動けねー。こっちは早くリハビリしてーんだよ。

 はッ、逃げられたのアイツの責任だよなー使えねーなー。

 どーせ治したんだろソッチのおせっかいなクソガキがよ。」

「…お、…おう。…はぁ。」

 

全然無差別攻撃ではなかった…色眼鏡で見てこいつを誤解してた、

考えたら当たり前かも…プロだからこその最低限の暴力行使、か。

待て待て…考えてみたらあの列車テロも、こっちだって…

追っ手がいるの解ってて公共の乗り物使った…だったら…

乗客を盾にした…巻き込んだのは一緒…かもしれねーっ…

「……っ、」

どうやら自分は彼らを…こういうのを「差別」って言わねーか?

普通に銃持って殺し合いもやるチンピラだったオレたちなのに、

なんてこいつらの事だけキモくてコワいもんだと思い込んでた?

冷遇してたっていう旧上層部もこんな感じ…だったんだろうか…

思いついたらものすごく…嫌な気分になった。

 

「僕たちに対しては?怨みはありますか?」

 

何気なく、だが核心に触れるジョルノに心臓が跳ねる。

そうそれだって、お互いガチの殺し合いを経た間柄だ、

この男に辛勝し、瀕死に追いやったのは自分たちだし、

仲間たちを手にかけた以上は…そりゃあ、

と思いきや、

 

「ナメてんのかクソガキ。てめえはオレらの何を見てた?」

平手で張っ倒すようなぶっきらぼうな声が探りをはね付け、

傲然と見下すやッばい目つきで真っ向から斬り下ろされた。

 

「負けてうだうだ抜かす程度の覚悟しかねー敵に見えたか?

 侮辱してるって自覚はあるか?」

「愚問でした。忘れてください。」

微笑んだジョルノを睨みギアッチョもニィと不敵に笑んだ。

「てめえが組織を乗っ取ったのも承知してんぜ、クソガキ。

 なんだっけ、若すぎるから混乱を避けて素性を隠してた、とか?

 組織運営の失敗や麻薬に手ぇ出す暴走は全部、旧上層部のせい?

 見るに見かねて直接改革します、だと?設定が無理すぎねーか?

 てめえいつから裏切ってた、ガキのくせにとんだ食わせ物だな。」

「あなたほんと頭いい人ですね。説明しなくて済むの助かります。

 言ってはナンだけど幹部のオジサンたちはいちいち頭カタくて。」

 

おお…なんか火花散ってんぞすげー会話聞いてんなかっけえ…と、

密かな興奮が顔に出そうになり口を引き締める。

ジョルノはめちゃめちゃニコニコしてる、始めからフラットなのだ。

知的レベルが合うからか知らんが…懐いてねーか…いいのかこれで?

 

 

「…で。何から話せばいい。」

ソファーに背を沈め頭を預ける、体調が良いわけじゃあない。

傷口にカトラリーブッ刺されたはず、よく我慢してるもんだ…

ジョルノの補修は…言っちゃあ悪いけどクソ痛ぇ…当分辛い。

一旦進化(?)してしまった「レクイエム」から四苦八苦して

生命を操作する元の力を引っ張り出したもののそこは同じだ。

その四苦八苦した理由が、病院で植物状態だったと判明した

コイツを治すためだって話だったから、驚いたのなんのって…

膝の前のテーブルにあの写真、よほど気に入ってるのだろう。

 

その前に…と、ジョルノはバッグから小箱を出し差し出した。

「僕が今回の調べごとを始めた理由を話します。

 親友が、あなたには先制押し貸しスタンスでいくようにと。」

「ダチもダチかよ。…どっかで聞いたセリフだぜ、ムカツク…」

悪態ついたが、箱を開けたギアッチョの三白眼はじき揺れた。

 

「これが「返したかったもの」です。」

銀色の球にRの浮き彫り。

「あなたの大将の遺品ですね。」

「…ああ。」

リゾット・ネェロを喪装の道化に見せていた特徴的なフード、

その飾り珠の一つだった。

 

見つめた後、小さく咽喉を鳴らし、掌に取る。

目を伏せじいっと眺め、…軽く転がす。

作り物のように、やっぱり顔は動かなかった。

「本丸に届いてた…とはな。ああ…そういうヤツだよあんた。

 泥臭ぇようでいつも…オレらと次元の違うとこで闘ってた。」

ごく静かに…語りかける。

「…おかえり。…お疲れさん。」

短いねぎらい。

仲が良かったのだろう…表情には出なくとも伝わる。

 

ブチャラティの死を知ったときのことを思う。

あんなに泣いてキレて取り乱したことはない。

裏社会での死などそんなもの…なんて納得は全く出来なかった、

なんで言わなかったなんで治せないとジョルノをひっぱたいた。

生きてれば自分で担ぎ込んだあの病院に来ないわけがないから、

リゾットがもう来られないことはとっくに理解していただろう。

それでも最後のメッセージ確認しに弱った身体でここまで来た…

胸が締め付けられる、一月考えて心の準備はあったのだろうが、

大人の静かな哀しみようはミスタには泣き喚かれるより響いた。

 

「…この…傷は。被弾したのか。

 顔やったなこれじゃあ…男前…だったのにな。くそ…」

飾り珠の表面の痕に目を留め嘆息。

「僕の親友ナランチャの「エアロスミス」の弾の痕です。

 …彼もボスに…その後の戦いで。半数…連れて行かれました。」

そうか、と、返事は淡々としていた。

 

戦い方があまりにしぶとかったからねちっこい男かと思いきや、

存外のさっぱりさ加減を見てミスタはちょっと感動すら覚えた。

双方覚悟してのぶつかり合いだった、割り切っているというか、

死力を尽くしやるだけやった結果をただ尊重しろと示している。

そういえば闘ったときも、褒めるところはきっちり褒めてきた…

敵だろうがそういうトコには敬意払っていい…いや払うべきだ。

死線で働いてきたプロ中のプロってのはこういうもんなのかね…

だんだんと見え方が変わってくる…弱ったな、どうしたもんか…

ただ、さっき感じた「怨み」は本物…いったい誰をあんなにも?

流れ的にやっぱボスか…けど…なんかしっくり来ない…ような。

 

 

「リゾット・ネェロの最後の戦いは、誰も見ていません。

 なので、情報を整理し繋ぎ合わせて解析するしかありません。

 あの日、分かれて索敵中だったブチャラティとナランチャは

 離れた場所からの突然の攻撃を受けて、戦闘に突入しました。

 崖の上から数本のメスが飛んでくるという単純な攻撃でした。」

ピクと吊り眉が反応する、

「…何だって?」

「違和感があるんですね?」

憤懣を押さえ頷くのを確認しジョルノは続ける。

「ナランチャは敵を彼一人だと認識し追尾、狙撃し倒しました。

 ブチャラティが見つけたとき、傍には誰もいなかったけれど、

 遺体にはエアロスミスのものでない負傷の痕跡がありました。

 ナランチャは敵に利用されたとブチャラティは言ってました。

 リゾットと戦いダメージを受けた別の敵が、エアロスミスを

 利用することでリゾットに辛勝し、行方をくらましたんだと。」

「同感だな。リゾットの戦術は執拗でエグいうえに計算づくだ。

 射程距離外にメス飛ばすようなチャチな真似してたまるかよ。

 敵が再利用して、敵の敵を引き込む小道具にしたんだろうよ。」

「安心しました。あなたが保障するんだ、間違いないでしょう。」

頷いて一瞬微笑む、けれどすぐ悲しい顔になりそれでも続ける。

「その直後、僕のチームのアバッキオがその敵に殺されました。

 慎重なとても強い人でしたが、…出会いがしらの瞬殺でした。」

「アバッキオ…というと、…過去を再現するとかいう?」

「ええ。過去を隠したかったボスが最も嫌がる力です。

 逆に僕たちにとってはかけがえの無い命綱でしたが。」

 

きつい眼が逸らされたのは大切なヒーラーを殺された辛さからの

感情移入らしい、「ボス」はいつも、一番大切な泣き所ばかりを

ピンポイントで狙っては、あざ笑うようにぶち壊していったのだ。

別れの言葉ひとつ無く三人も…駄目だ今は考えるな…考えるなッ。

 

「その段階で僕たちとトリッシュは既に、ボスと敵対する立場でした。

 サンタルチア駅で僕とミスタがあなたと奪い合った、あのディスク…

 あれで指示された場所で、ボスはトリッシュを消そうとしたんです。

 ブチャラティはそれが許せず彼女を奪還し、僕らはそれに同意した。

 僕らもあなたたちも、ボスの不実に振り回されていただけなんです。

 そのブチャラティも、そのときの負傷で、先に逝ってしまいました。

 …悔しいです。あなたたちと敵対して良いことなんか何もなかった。

 むしろ…トリッシュぐるみ、双方を消そうとしていたと考えた方が…」

 

まあな…と、ギアッチョは呟き、飾り珠に祝福を呟くと小箱に戻した。

写真の横に並べてそっと置く、美しい弔いの仕草だった。

「…ウチのみてーな大将だ。そっちも…ご苦労なこった。」

同じ本丸を目指しながらも潰し合い敵の思うツボだった。

ディスクを得ていたとしてもボスに殺されるだけだった。

後続に勝利を託して逝った仲間たちになんて言えばいい…

瞬く間に空しさを理解した聡い瞳の静けさが、逆に惨い。

 

 

「敵がボス本人だったと判ったのは?…トリッシュか。」

メゲねえし…すげーヤツと戦ったんだな…ミスタは素直に感嘆する。

話が終わったら…か、…仕方ねーが撃ち難くなっただろクソッタレ。

「そのとおりですギアッチョ。それが解ったとき、僕たちにとって、

 リゾットが戦ったことの意味が、どれだけ大きかったかも解った…

 ボスは初見殺しの危険な能力者で、まだ情報なんて全く無かった、

 リゾットがあのとき戦い、足止めしダメージを与えていなければ、

 僕たちはサルディニア島から出られず各個撃破で全滅してました。

 敵に余力が無かったからこそ犠牲はアバッキオ一人だったんです。

 リゾットがどうやってボスの故郷の島を探り当てたのか判らない、

 ボスと一騎討ちすることになった経緯も判らない、

 それでも、結果的にですがその時、彼と僕たちは共闘したんです。

 僕たちとあなたたちはリゾットの番で漸く同じ正しい敵に挑んだ。

 僕たちが生き伸びなんとか勝てたのは、彼の先陣あればこそです。」

大粒の宝石のような緑の目の輝きが熱い。

 

「リゾット・ネェロは尊敬すべき戦友。そう思っています。

 彼ほど、腹を割って話してみたかった人は他にいません。

 こんなに賢いあなた達が叛乱を起こすなんてよっぽどのことだ、

 なぜ叛いたのか対戦時に訊かなかった…後で思えば痛恨でした。

 共闘の目はあったんですよ、…あなたを見舞うたび思いました。

 …あなたの読みどおり、僕はボスを憎む裏切り者でした。

 僕がお世話になったギャングは恩義や信頼を大切にしていました、

 だけどボスは薬から護ると嘘をついて自分が街に薬をばら撒いて、

 僕らを食い物にし始めた、イラついてる時に僕らは出会いました。

 僕が起こした揉め事を彼が調べて争った後、意気投合したんです。

 僕とブチャラティがトリッシュを護りあなたたちと闘った目的は

 ボスに会って倒すことだったんです。初めからそのつもりでした。」

無謀に過ぎる少年の覇気を少し眩しげに氷使いが見る。

なんと青い…が果敢な…裏社会の「先輩」はそう感じたことだろう。

 

「そういやオレも…目先の他の目的なんぞ言わなかったな…他も?」

「ホルマジオさん…ですか、麻薬利権の話をしたと聞いてますが。

 ただ、人がどれだけ死んでもおかしくない話だと言いながらも、

 欲しいとは表現しなかった、別のことを考えてるようだったと。」

目のきつい、短髪に洒落た剃りの入った美男の写真を指先が指す。

ナランチャはこいつにはそんなこと話してたのか…知らなかった。

学なんぞ無くたって鋭いとこがあった…観察眼は確かなんだろう。

「それが共通目的なら他の誰もそれを言わないのはおかしい、と。

 目的は別にあって、あなた達はその為に闘ったのじゃないかと。

 ディアボロを倒す戦いの先陣をつとめた、リゾット・ネェロも。」

この場の亡き主への敬意のこもった表現をジョルノはまた用いた。

 

「先陣…な。オレを治したのは、リゾットへの返礼か。」

「はい。…外せないステントが食い込んで炎症起こしていて、

 タイムリミットぎりぎりでした。一週間も経っていたので…

 あなたにはよけいなお世話だろうけど、僕だって怖かった。

 いつ起きて凍らされるかとか、深刻な禍根を残すかもとか。

 正しいかどうか相談できたはずの人も居ない…心細かった。

 なぜ隣にいないのかと、彼を少し…恨んでしまうくらいに。

 怒ってくれる人も、茶化して励ましてくれる人も…居ない。」

膝の上で両手の指が毛布をギュウと握り締める。

ブチャラティ達が居なくて心細いなんて一度も言わなかったくせに…

「ブチャラティはね…カッコいい人でした、リーダー気質で…

 ナランチャは可愛いしアバッキオは…すごい叱り方するし、

 仲間とか初めてで、…嬉しくて、何かもう、がむしゃらで。

 冒険のノリで始めた…と思います。…ああ、笑ってますね。

 …僕はもっと、自分に力が有るつもりでいた。…驕りです。」

 

ミスタは目を赤くし、若すぎるボスの不休の頑張りを心でねぎらう。

正直に率直にそうぶっちゃけられると、クッと三白眼が細められた。

先制押し貸しスタンスでいけとのフーゴの助言は実に的を得ていた。

皮肉には皮肉、本音には本音の等価で返す相手だとだんだん解った。

「結果論を思い込みすぎるのもどうかとは思うがな…

 勝負は勝負だが、こっち的にはてめえらは「ボスの手先」だ。

 忠誠で戦う相手じゃあねーのは、オレも戦って初めて解った。

 リゾットがてめえらを怨んだとは思わんが助けたかったって

 わけでもあるまい、先に顔合わせてればどう転んだか判らん。

 が…まあ一応そうか。犬死にってわけじゃあなかったんだな。

 別件の私的な謎もおかげで一つ解けて、幾らかスッキリした。

 うん…、よく掘り起こしてくれたな、ありがとうよクソガキ。」

 

すいと手が伸びたと思うと、巻き毛がくるくる盛り上がる頭を

ぽむぽむと軽く叩いた。

 

 

「!!」

 

目をまん丸にしたジョルノは一瞬置いてぶわっと赤くなった。

 

 

「なな何!?何なんです!?」

ずざあッとヒいてソファーに食い込む、

「あ?ガキに礼言うときはこうするもんだろ。」

おぉ貴重!我らがジョジョが照れまくりすげえすげえすげえ!

「ふん…確かに、お綺麗な手じゃあねぇわな。」

汚れ仕事に使い尽くされた手を眺める伏し目。

おい誤解されてんぞ大将、フォローしと…く余裕はねーか。

「いい嫌とか言ってませんよべつにっ、子供じゃあないし!

 僕はこっちで話しますっ、ミスタつめて、そっちつめて!」

「おう、ヒヒ…おぐっ!?」

毛布にくるまったまま手が届かない向かいの席に来て座る、

何そのツラ子猫がフーとかシャーとか言ってるみてえだぞ、

思わず笑ったミスタの脇腹に八つ当たり的に肘打ちが来た。

「いっ、つっ…。そ、そっから、こいつらのチームのこと、

 調べなくちゃあって話になったってワケか、なるほどな。

 組めてりゃあお互いラクだったな、こいつら強ぇもんな。」

そのエロ怖ぇご面相で褒め上手とかーっ…

ちゃんと褒められた経験なきゃそんな褒め方できねー…

ややこしい環境で育ってきたジョルノには衝撃だろう、

この男、面白ぇッ、隙あらば攻めるぜシビれるゥーッ!

 

 

「コホン。…ええそんなとこです。

 殺し屋集団なのに回復系がいないのは変だと思ったのも

 わりと早い時期で、その段階で興味はあったんだけれど。」

吊り眉がまたピクリと、ヒーラーの話題には敏感なようだ。

左腿に触れてる手…痛むんだろう、そいつらがいたらとか

思ってるのか、痛みも癒せる回復系なら…正直羨ましいぞ。

肘掛に右頬杖つき少し考える、揺れる視線に逡巡が透ける。

キロと横目が向いた。

「他にもなんか理由がねーか?どうして「あの二人」なんだ?

 こっちは…べつに何かを隠したいとかじゃあねえんだ…が、

 ただ、そう発想した理由が気になる、詳しく聞いていいか。

 …そっちの予備知識として…だ、…言ってる意味、解るか?」

値踏みされているのだと悟ったジョルノは僅かに身を乗り出し、

ミスタは相手が今までになく下手に出ていることを感じ取った。

 

「あります、聞いてほしかった。これ、見てください。

 ボス…ディアボロは人間不信の極みな男だったので、

 こと記録に関してはずいぶん厳しかったようですよ。

 主に懲罰や粛清の根拠とするためでしょうけれどね。

 自身の過去はあれほど消そうとしたにもかかわらず。」

ペース取り戻すと姿勢を改め、またバッグ開きファイルを

取り出して広げた。

数字まみれの会計表、ミスタには頭痛を催す類いのものだ。

フーゴが戻る前に一人で調べだして、戻ってからは一緒に、

あーだこーだ言いながら調べまくってたのは知っているが…

て、手伝えなかったんじゃあねーぞこっちは人事あれこれ、

…思わず自分に言い訳したのは内緒だ。

「組織を掌握してから、親友と二人して過去の組織運営の

 問題点を洗い出していたんです、事業とか付き合いとか。

 あなたたちのチームの扱いがひど過ぎるのが先に解って、

 こういう不公平というか不実は今後絶対避けないと、と。

 内紛の元になるし、能率も上がりようがありませんから。

 それで過去に遡って決算や経費の申請を調べていったら、

 ある時期の、非常に不自然な変化が見つかりました。」

 

機嫌がいいと目を細め黙って眺めるのが猛獣の癖らしいと

チラ見したミスタは悟った、…ボスがディアボロみたいな

冷たいサイコ野郎でなく、こんな賢い優しいやつだったら…

彼も自分らも、掛け替えのない大事なものたちを奪われて

こんなに辛い思いしたり、叛く必要だって無かったものを。

目から鼻へ抜けるジョルノの気づきは聞いてて気持ちいい、

ぽんぽんぽんと次に何が飛び出すか楽しみでしょうがない、

心が刺激されつい見入って期待する、その感じ、よく解る。

ロクデナシにはそれが逆に、やたらとムカツクもんらしい、

要するにあれだ、この男とはどうやら…ウマは合うんだな。

 

「ほらここです、三年前の三月…これはいわゆる裏仕事の会計です。

 こんなものがきっちり残されてる時点で既に異様なんですけどね。

 ここまでは、あなたたちのチームにも、豊富とはいかないまでも、

 経費も報酬も相応に出てはいるんです。申請はほぼ通っているし、

 報酬はまあ相場…っていうのもアレですが。医療費もごく少ない。

 この頃まではそこそこ安全に、やっていけたんじゃあないですか?

 当時の事務の上役達が何かやらかしてまとめて粛清されたとかで、

 今いる事務方はろくな情報は持ってませんでしたが。」

「……。」

ギアッチョの口の端の薄い笑みがそこで消えた。

 

「しかし翌月からはうってかわってひどいもので…

 報酬は絞られ経費の申請は半分も通っていない、

 入れ替わりに医療費が増えています、それすら全額には程遠い…

 単に厳しくなったというより、事務方からの嫌がらせみたいな。

 今の部下…旧親衛隊所属の連絡役からも証言が取れましたけど、

 申請は何度も却下され直させられてます、…辛いですよ、これ。

 チームから造反者を出せば立場は悪くなる、けど変な扱いです。

 僕ならチームの解体なり再編で再利用する、禊だけ済ませてね。」

フーゴの帰還やムーロロ、シーラの重用はまさにその「再利用」、

その成功を見るほど、前ボスは頭は良いか賢くはない、と感じる。

「こうなるとイジメというか…目的があるようにしか見えません。」

「…続けろ。」

言外に肯定する眼に熾火じみた暗い情念がまた灯る。

どうやら及第点…ここまでは、

 

って何だそれ…ジョルノたちが興味もつだけあって本当に何かある。

考えてみたらこいつら…殺し犬と呼ぶにはあまりに「使え」すぎる、

なんでああも長いこと我慢してた、一人も叛きも逃げ出しもせずに?

パッショーネは確かに大きな組織だが世界組織ってわけじゃあない…

高飛びして売り込めば欲しがるところはいくらでもあっただろうに。

それに…いま思やオレらだってまとまったカネ稼げる仕組みじゃあ…

ポルポの遺産争奪戦ってバクチに運よく勝てたから良かった話だが…

余分なカネを持たせねーために数字で縛り付けられてた…て事だぜ…

ぞくっと鳥肌が立ち生唾を飲む、…そうだよ上はオレら能力者には。

二人の表情を見比べミスタの目が忙しく往復した。

ごく、と咽喉を鳴らしたジョルノが別の表を示す。

 

「…はい、他にも、おかしなことが…こっちは…執行部機密費です。

 三年前の三月まではそれほどの支出は無くて、あっても支出先は

 簡単に追えました、不明な点はべつだん見つからなかったんです。

 しかし四月ぶんから先、急にすごい勢いで機密費は減っています。

 十二月の時点でとうとう空になり、繰越金と予備費を全額流用し、

 次年度の予算が組まれるまでにそれでも足りず特別会計から流用。

 送金ならともかく現金渡しです、支出先は全く追えませんでした。

 当然内部の横領を疑い、旧親衛隊や事務方の資産を当たったけど、

 不審な形跡も無く、終いにボスの個人資産まで洗ってもみました。

 ボスの認知と指示が入ってない金額では絶対にない話ですからね。

 でも、結局のところ、支出の経緯も支出先も判らなかったんです。

 判ったのは扱ったのが旧親衛隊のティッツアーノ、という事だけ。

 次年度にはこの不可思議で大きな支出はなぜか無くなっています。

 そしてこの年の収支決算は、組織が始まって以来の大赤字でした。

 スポーツくじなどの収益がガタ落ちしたのが一番大きいんですが、

 担当部署の人事異動があったわけでもなく、これも原因不明です。」

 

親衛隊の名を聞いた途端、ギアッチョの睫が伏せられた。

効きの悪い暖房でやっと温まった空気がまた冷えてゆくような…

名状しがたい重たい気配が、静かにじわじわと滲み出る。

 

 

「…まだあります。」

注意深く様子を観察しながらジョルノは続けた。

「この三月を境に…組織は得意先企業や資産家の多くと切れてる。

 特に事業で損させたとかでもないのに、逃げられているんです。

 何があったのか部下が探ると、要人たちの個人的な決定だとか。

 理由はばらばらで要領を得ない、べつだん統一性もありません。

 それが機密費の件と関係があるのか無いのかも掴めていません。

 しかし彼らは一様に、パッショーネに見切りをつけてしまった。

 麻薬の扱い量が増えたのは、これらの損の補填と見ていいかと。

 どれも境目は「三年前の三月末」なんです。

 …僕がなぜ「彼ら」のことを調べなければと思ったのか、

 ギアッチョ、あなたには、もう解ってもらえましたよね?」

 

 

頬杖を外しこちらへ向き直った眉間には深い縦皺が刻まれていた。

人の色を取り戻しつつあった瞳は、また暗い穴じみたものに戻り、

だが今度は激すでもなく静かに答えた。

 

「三年前の三月末、…オレらのジェラートとソルベが死んだ。

 組織でそのころ起きた変わったことといえばそれくらいだ。

 ウチのチームの異常な冷遇とも合わせどうにも引っかかる、

 今後の組織運営のため詳細を知りたい、…ということだな。

 未来のために、というのは、そういう意味で言ったんだな。

 もし過ちがあったなら、それを二度と繰り返さねえために。」

 

こくりと頷いたジョルノがソファーに背を戻した。

 

 

これは…えらい話になってきた…ミスタはごくんと唾を飲む。

造反と粛清、組織にとってはとりたてて大きな事件ではない。

が、死んだ仲間を語るその言い回しは引っかかるものだった。

無名の団員二人の死が、彼らと組織にそれほど深刻な影響を…

二人の存在とそれにまつわる出来事は、隠蔽されていたのか?

いったい何者で本当は何やったんだそいつら…解らん!

 

 

姿勢を正したギアッチョは向かいの二人の目を順に見、

なんとも妙な薄笑いを、動かない顔の口元に浮かべた。

「…合格だクソガキ、そのオツムと執念、答える甲斐がある。

 とはいえ、その気で調べ始めたらあいつらの特殊性が解る。

 調べれば調べるほど、捕まらねーことに気付いて焦るんだ。

 どう聞き込んでもあいつらを知ってる「はず」の誰からも、

 要領を得た話は聞けなかったんじゃあねーか?困ったよな?

 いやオマエだ…悔しかったんだな?そら、顔に書いてある。」

え、とミスタは隣へ目を向ける、

図星を指され唇を噛む少年の横顔がそこにあった。

視線に気付くとチラとミスタを見、言葉を探し、目を上げる。

「…正直、お手上げでした。偶然から動画ひとつ手に入れて、

 その後はほんとに何も。…手ごわいです。余計気になって。

 当初は造反者との関わりを避けてスッとぼけているのかと…

 だけど違う、誰ひとり彼らを説明できないのは逆に変です。

 能力や性格について尋いたけど、気に留めていなかったと。

 密告者だったムーロロですらそうなんです、有り得ません。

 どうってことない連中だから覚えてない、そう言うんです。

 それを変だと思わないかと訊いたら初めて、確かに変だと。」

そうだろうよ、と、ギアッチョは目を逸らさないまま頷いた。

 

「あいつらとぶつからずに済んだことを幸いに思え。

 総がかりで単体相手でもキツいが組まれたら詰む。

 オレもウチの連中も模擬戦でボコられてたもんだ。

 戦闘用スタンドですらねえってのが笑うしかねえ。」

 

「いや嘘だろ、ねーよ!」

思わずミスタが突っ込む、

怜悧なジョルノと楽観的な自分とにトラウマを残すほど恐ろしかった、

速く賢く死ぬほどしぶとく一点の曇りすらも無い正統派の強さだった、

殺し合いでなく情報の探り合いという制約つきだからこそ辛勝できた、

そんなこいつがボコられてただと…どんな怪獣の話ですかねそりゃあ?

しかも何だ、戦闘用スタンドじゃあない??

いや大前提としてそいつら、回復系…オカシイだろからかってんのか!

またさっきの奇妙な薄笑いが応じる。

そのツラやめろよ、似合わねーし、なんか…ザワつく。

 

「嘘っぽいか?ヒントはほぼ出揃ってるが。」

「解るかそんなもん!」

逆ギレ。

「あの、…もう少し、ちょっぴりでいいので、ヒントを。」

降参。

見下ろし冷笑、…ではなく、目を細めている。

「それがオマエがオレに「教えてほしいこと」なんだな?

 だからオレにチャージしに来る回数を増やしたんだな?

 当初の義理が興味に変わり、終いに必要性に変わった。

 オレの生死に干渉する「権利」?…笑うトコか、うん?」

「あ、あなただってそれ利用して逃げ、…いえ、…はい。」

たたみかけられたジョルノがこっくりした。

「あれは方便ですごめんなさい。もう勘弁してください。

 だけどあの…通ってた理由はそれだけじゃあ…他にも…」

語尾ぼそぼそ、しょんぼり。

「承知した。お互い嘘もハッタリもこっから先はナシだ。」

ほっ、と並んで息をつく…駄目だこれ、適わない。

 

調子が狂う…この男相手だと二人してなんだか…

歳相応の、フツーの学生にでもなったみたいな…

しかしそれは不思議に、少しも嫌な感じではなかった。

心地よい振り回されかた…二人とも同じにそう感じている。

ちょっと目を合わせた少年らを見つめ、氷使いの笑みが消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




6話中の3。連結パーツ更に増えます。


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その4

「確認するが、…現実…だよな?居るんだよな?」

え?と再度のメンタル破壊砲を警戒したジョルノが言葉を捜す、

「オレらか?ちゃんと居るぜ、いきなり何だよ。」

休戦中だかんなッ、とテーブルに片手をつくとズイと乗り出す、

差し出された手と膝の前の写真と遺品とを、三白眼が見比べた。

視線が上がりきつい黒いミスタの目を見る。

「ほら。」

右手が上がり握手、しかけて引くが、ミスタの手が追い掴んだ。

傷の多いごつごつ無骨ながっつり日焼けしたその手に比べれば、

長く病室に篭っていた氷使いの手は思いのほか白く繊細だった。

「おい凍らせんなよッ!」

「しつっけえな、解った放せ、つかオマエワキガきっつ!」

「やかましい手入れするヒマなかったんだよ今日はぁッ!」

てめえのせいで叩き起こされたからと豪快にヘソ曲げる様子に、

「ま…まあそうだな…こんな下品な幻覚あるか。」

「どーゆー確認だッ!ちゃっちゃと話せ氷野郎!」

「ああ…すまん。…話す…」

お互い席に座り直す、ああミスタと一緒に来て良かったなあと

最側近の獣臭を認識から追い出しながら金髪首領は独りごちた。

漸く流れ出た声のトーンは、怒声でも狂笑でもなく押し殺した

ものでもなく…柔らかさのある、たぶん彼本来の…ものだった。

「嘘なんかついてねえ。あいつらがクッソ強かったのは本当だ。

 オレらはあいつらを…護れなかったし、護るべきだったのに、

 護るって発想は全然無かったんだよ、…少なくともオレには。」

考え考え答える唇の端が震えた。

「護ってくれてる側…そう認識してた。心配なんぞしなかった。

 あんなことになるとは、チームの誰も思っちゃあいなかった。

 オレらがどこでくたばってもあいつらだけは残る…

 みんなそう思ってた。…本当にそう信じてたんだ。」

気持ちが入り過ぎた証拠に、両手に僅かにジェスチャーが入った。

「本当…なんだよ。…嘘なもんか…」

傲然と闊歩する猛虎の仮面がふいに割れ生々しい血肉が溢れ出た…

そんな気がする気配の激変だった。

これまでの豹変と別種、ごとんとステージが一つ変わった。

 

 

きつい三白眼が目の前でなくどこか遠くへと泳ぎだす。

視ているのは過去。

切られた命綱…

死にたい以外の意思の無かった彼がそう表現した時の哄笑が、

おぞましい凶獣のそれから満身創痍の慟哭に色を換え蘇った。

室内をぐるりと見渡す、仲間たちが座った筈のソファーには

少年たちが座るのみでしんと静かだ、…やがて視線は落ちた。

ジョルノもミスタも声も無く、ただ独白を待つしかなかった。

 

「オレらが首輪つけられて…木偶みてーに黙って働いたのは…

 いま思えば…脅されたから…って理由だけじゃあなかった。

 …あんな奴ら…死なせちまうようなクズの、バカさ加減に…

 呆れたってか…気力…抜けちまったから…だった気がする。

 居なくなって困り果てて…やる事ばっか増えて疲れきって…

 意味がわかんねえ…そのまま時間だけ…たぶん…それから…

 ああそうだ…だんだん思い出してきたぞ、そうだったんだ。」

 

右頬に手を当てるのは考えるときの癖だろうか。

くく…と、目を見開いたまま、咽喉の奥で嗤う。

「ざまぁねー…こんな生業で…ガン首揃えてよ…」

何かが突き抜けてしまった乾いた…

けれど血を吐くよりも苦しい嗤いなのだった。

 

ふいに思いきり息を吸う、

「…違約金だッ!!」

暗い瞳で嗤い怒鳴る、突き上げた激昂を歯噛みし喰い殺す。

え、と、ジョルノが引く。

真正面から銃のかたちの指が突きつけられる、

「記録ってのは大事だぜぇ、だが嘘もある、数字はただの数字だッ!

 上のヤツラがピンハネしたレンタル料は当選金に混ぜられてたッ!

 無論当選の生じた賭けそのものにもタネも仕掛けもあるけどなァ!

 でなけりゃポルポが賭場の片手間であんな収益上げられっかよッ!

 脱税はあったんだよ、解るか?解んなかっただろ、オマエでもよ!」

声を立て嗤う、空ろになり黙る、また激昂しそれを喰い殺す。

「レ…レンタル…?何の…?賭けの仕掛け…脱税?詳しく…、」

何かもうテンションの振れ幅があり過ぎて付き合う側がもたない。

「詳しく…?ああ、…だな、そりゃあ…そうだ、」

何度か深く息をつく、

「それな、あいつらの…レンタル先に搾り取られた、違約金なんだよ。

 その、消えた機密費、ってやつ…パねぇ額だろ…聞かなくても解る。

 そんだけ高く貸してたんだからな、ピンハネ率だってパねえけどな!

 …大赤字だと?当たり前だ…チームにとってだけじゃあねえ…

 あいつらがどんだけ組織の役に立ってたか、儲けさせてたか!

 あいつらを切ったせいで、どんだけ金ヅルに逃げ出されたよ?

 バカな親衛隊どもより、逃げた金ヅルどものほうがよっぽど、

 あいつらの価値を解っ…、いや…違うッ…それも…くそ…ッ!」

片手が邪魔くさげに伸びた癖毛を跳ね除ける。

「は…便利…だったんだなアレ…

 はは…無理か、どのみち他のヤツじゃあ捌けるわけが、」

血走った目を見開き激情を咬み殺しまた咬み殺し、呻く。

「ちくしょう…何から話しゃいい?…全然まとまんねえ。

 イラつく…ッ…訊けよクソガキ…答えてやるよ何でも。

 とっとと訊け話させろ…話してえんだよ訊けよ早くッ!」

「わ…解りました、…じゃあ…、」

 

「声が小せええッ!!!」

 

キャビネットのガラスがビリビリ鳴った、

雷食らったように薄い肩が跳ねた、

「すみませんっ!その…彼らはすごく強かったそうですけど、

 スタンドが気になりますっ、強力だったんだろうなってっ!」

 

「…ああッ?オマエ思ったよりバカだな、全然解ってねえッ!」

 

必死で繰り出した質問に鉄拳的ダメ出し。

「え」

どうも幼少時のトラウマあたり直撃されたっぽいジョルノは

ホワイトアルバム食らわされて凍ったぐらいその場で固まり、

そんなレアすぎる光景を初めて見たミスタも一緒に固まった。

冷や汗がつーっと、…や…やっぱこの男やばっ…マジモンだ、

スタンドじゃあない中身だッ、本体がいろいろ強烈すぎるゥ!

 

 

「ちっ…まあいい、オレは絵心ってもんはねーがこれだけは、

 …ジェラートがすげー喜んだんだ、…出来るようになった。」

右手がガッとテーブルの上のポットを鷲掴みしビクゥとさせられる。

牙剥いた口が閉じた途端に端正に戻るのも、ものすごく心臓に悪い。

空のカップの上でツゥ…と…細糸のように、湯が落とされる。

パキ、と、テーブルマジックよろしく左手指が鳴る、と同時。

流れ落ちた湯はカップの上空でチリと微かな音を立て凍った。

透き通った氷が見る間に大きくなり形になる。

遊びのようだが繊細極まる操作、氷使いの本領発揮だ。

眼が…すごい…過集中する眼というのはこんななのか、

吼え狂ったかと思えばこれかよ…違う意味で化けモン…

と、凝視していた四つの大きな瞳が見開かれた。

 

「ジェラートの「ドリーム・シアター」だ。」

 

それは非常に華奢な…ヘッドフォンに見えた。

ヘッドバンド部分は折れそうに薄く細く、細かい文様が浮く。

まあるい貝殻のようなパッド部分の内側に、小さな唇の意匠。

外側には透明な翼が三枚ずつ、ふんわりと広がっていた。

「ドリーム・シアター…?…スタンド…これが?」

「ドリシアと呼んでた。この形だけは忘れねー。」

会心の出来なのだろう、懐かしげな優しい声だ。

 

「え、綺麗…というか、」

思わず感想が毀れる。

「おおお?癒し系かよ!こう来る!?」

顔を寄せ目を丸くし夢中で、二人で見入る。

効果音をつけるなら、ふわん、キラン♪、といったところ。

凍傷になると解ってるのに触りたくて手がムズつく可愛さ。

スタンドというと不可思議で奇怪な造形していがちなのに、

氷の模型からはその手の異形感が微塵も感じられなかった。

「す…スタンド萌えとかよォ…開発されたわ今!」

「…こんなスタンドあるのか…系統が違う気が…」

「Pokemonだろ!飛ぶだろ?なっPokemonじゃん!」

「それだ!これは…飾りたい、いや飼いたいっ!」

 

その上空数cmあたりに、更に何か形が生まれた。

繊細な編み込みか彫刻に見える…幅広のリング。

「…腕輪?」

「ソルベの「バングルス」。これは「ジェラートの形」だ。

 白…いや真珠色でうっすら光ってた。」

「アクセサリータイプ!初めて見たッ!」

 

ため息が漏れる…見れば見るほどそれらの造形は端整だった。

実物は更に美しかったという、美術品のような二つの模型は、

しかし思っていたイメージとは、あまりにもかけ離れていた。

「これ実物大、ですよね?」

「ああ。手首に浮き出る。」

「つけるとステータスがアップ、とか…」

「違ぇ。バングルスは情報収集専用だ。

 標的の肌への接触で作れて記憶や感覚や意図を読み出す。

 人格によって形状は千差万別だ、ゲスいやつのはグロい。

 戦闘用じゃあねえ、二度言わせんな、寝てんのかよバカ。」

「…う…だって…」

強かったって言ったでしょうが…とぶすくれるジョルノ。

えっちょっと待った、汎用性が…とかぶつぶつ考えだす。

ミスタが眉を寄せ、更に氷のバングルスに顔を近づける。

「じゃあこれ、ジェラートさんの読み出し用ってことか?

 それヘンだぜ、相棒だったんだろ?なんで傍いんのに

 わざわざ作る必要あんだよ、話せば済むじゃあねーか。」

そりゃあ…と、ギアッチョはポットを置いた。

美しい彫像はさらさらと融けて水になりカップに落ちて揺れた。

模型の体積を合わせてもカップ一杯に満たない小さなスタンド。

攻撃力とも防御力とも間違いなく無縁…「強さ」にどう繋がる?

 

「必要だからだ。ジェラートは声出せねーヤツだったから。

 常在型スタンドが声とセットの超レア形態だったんだよ。

 ジェラートと組めるのは、だからソルベしか居なかった。」

 

造形といいレアにもほどが!ソファーの並びで二人が呆気。

こいつの「纏う」「見える」やつもレアだがその更に上を…

あっ…と、ジョルノがカップの水を見て呟いたのは、

沈黙からものの十秒やそこら経った時だった。

無色透明…どんな形状にでもなる水…汎用性…

「…解った。」

スタンドの形状と声、名。

優れたヒーラーにして暗殺者で、カネを生む得がたい諜者。

多様過ぎる不可思議な現象、影響力、組織外へのレンタル。

まるで生きたステルス機ででもあるかのように隠れた実像。

全部が繋がり成立する条件、能力…やっと見つけた!

 

「催眠…じゃない、「暗示」ッ!

 ドリーム・シアターは声で掛ける暗示のスタンドなんだ、

 そうとしか考えられないっ…、違いますか、ギアッチョ!」

机に手をつき頬を紅潮させ身を乗り出す、

にいっ、と、三白眼が…細められた。

「正解。…いい子だッ、よく解いた。」

「やったッ!ミスタやった、シンプルこそが最強って、ねえっ!」

今度は子供扱いを怒りもせずギュウと肩組んできて全身で喜ぶ。

こんな歳相応すぎるジョルノ見たことない、なんて嬉しそうな…

ブチャラティだってナランチャだってこんな顔させたことない、

いつも大人びて冷静だった、あの中ではそれが求められていた、

だからみんな助かってた、だけど少年のこの顔も…ジョルノだ。

思い出したくもないおっかないばかりと感じていた嘗ての敵が、

こんなにもこいつの心を躍らせ生き生きさせるとは、ヤラレた。

ギアッチョ自身もすごく…ほんとにすごく嬉しい眼をしている。

人たらしのジョルノが見事にたらされてるし、たらしてもいる。

こいつらとびっきり相性いい…意外だけれど新鮮な驚きだった。

 

 

「あいつらの強さは、スタンドのステータスじゃあはかれねー。

 桁外れの汎用性とマッチングと、生まれ持った素のチートだ。

 ジェラートはここの性能狂ってたし、ソルベは身体がそうだ。」

拳でこめかみを示しトンと突く、口角が上がる。

やっと落ち着いたらしい、さっきまでブッ壊れそうで怖かった。

「ドリシアの暗示は強力でな。意思で動かす部分だけじゃあなく、

 反射や内分泌や代謝とかのレベルまで問答無用で作用してきた。

 ソルベがバングルスで苦痛だの不快だのを読み取って伝えると、

 ジェラートは適切に無理のねーように整えて回復させてくれた。

 負傷、疾病、メンタルケア、ケンカの仲裁まで何でもござれだ。

 神経ガス吸って死にかけから麻痺もなく回復したヤツまでいた。」

「はぁ?暗示って毒ガス消せんの?魔法か?」

「違ぇって。気管の粘膜に吸着させといて片っぽを剥がしながら

 もう片っぽを回復させる、間で休ませながらそれ繰り返してく、

 排出できたら粘膜を完全に再生させて元通りに戻していくんだ。

 あいつの言葉で身体は機能を総動員する、最大限に最速で治る。

 肝機能と免疫力を強化して仕上げ、効果的なリハビリはソルベ。

 そういう使い方を瞬間的に発想するし、やっちまうヤツだった。

 だから言ってんだろ、オツムの性能狂ってたってよ。

 ジェラートの「仕事」はただの一件も暗殺とは認識されてねえ。

 当人まで納得しかねん自滅に持ち込むからだ、イカレてやがる。

 「神託に偽装したヘッドショット」、だとさ。リゾットいわく。」

 

「な…なるほど…、」

話したくて伝えたくて堪らない、声だけでなく総身が訴えている、

どれだけ溜め込んでいたものか、熱く語る舌鋒の勢いが凄まじい。

怒涛の新情報にジョルノが目をぱちぱちし、ふるふる首を振った。

「使いかた無限だな…じゃあほら、戦闘になったら、

 バングルス経由でソルベさんに指示を出したりは?

 絶対そういう使い方してますよね、僕だってやる。」

「おう解るか、行動予測オカシイんだ、「演算」だっつーんだが。

 いろいろ危な過ぎるんでジェラート本人は模擬戦はやらねーが。

 ただでさえソルベの旦那は単体でも手がつけらんねーのによぉ!」

思っくそジェスチャー、普通に楽しげな若者のやんちゃな笑い方だ。

おめーも大概…とミスタが呟いたが盛り上がり中の二人はガン無視。

って、なんだよマトモに笑えたのか、やりゃあ出来るじゃあねーか!

 

「さっき言った便利なアレって、バングルスのことだったんですね。」

「え?ああ、言った…かもな。…まあ無理だ、旦那は別枠だ。」

「身体チートって…何なんですか、細い人だと思いましたが。」

「ああ、オマエ踊んねーのか…これ動画からだろ、出せるか?」

と膝の前の写真を指す。

持参したチップからモバイルで件の動画が再生された。

なんで今まで見せろと言わなかったのかと不思議に感じたミスタが

横目で見ると、気後れと期待が入り混じったえらく初々しい横顔が

飛び込んできたから、気付かなかったふりしてそっと目を逸らした。

 

明るい自然光の入る店内、客たちのクラップ、指笛に歓声。

仲よく向き合い踊っていた二人を熱を増した演奏が包んだ。

「おお…やっぱかっけぇ!二人とも巧ぇぞ目立ってるーッ!」

「黙って見てろ気が散る。」

「そうですよ静かにして。」

「ご、ごめんなさいハイ。」

たんっ、と踵が床を打つ、

「…おあつらえ向けにタップだ。すげえ資料だ…」

見入りつつ氷使いの声に熱が込もった。

機械のように正確な小気味良い靴音が響きだす。

心得の無いジョルノには単に超巧いタップにしか見えない。

楽しそうに踊っているだけの鞭のような細身の男はしかし、

 

「いいねぇ、…て、…んん?」

自分もやるだけあってダンスにはうるさいミスタの口が開いた。

「ちょ…待っ、…ええ、…、」

何度か足を動かす、首を傾げ二度見する。

「…はあぁぁ??」

液晶にぶつからんばかりに寄って、凝視。

何ですか、と覗き込むジョルノ向いてモバイル指差す。

 

「何コレ、どう踏んでんだ解んねーッ、両利きか…にしてもっ!」

違ぇ、と唾飛ばされそうなモバイルを離させギアッチョが笑う。

「両利きだと矯正してっから癖は残るんだよ、パターンもある。

 けど旦那は利き手利き足って感覚から解んねーっぽいんだよ。

 「両方あるから。」だもんな、使やいいだろって意味らしい。

 コントロールが神ってる上に、反応速度が狂ってる域だった。

 とにかく見な、ほんの遊びでこんなだ。」

 

動画を少し戻しまた再生する、

 

タップのリズムはそのままにのびのびと右に左に回る、

ふいと相棒の手を掬い、甲にキスしてふわりと離れる。

人でない、別の生き物の求愛の舞踏に見えなくもない。

厳しい顔立ちだが、柔らかな表情、…空気は穏やかだ。

上昇気流と戯れる海上の猛禽…、たとえるとすればそんなだろうか。

「音が一緒なんだよぉ…オカシイだろーが…靴のドコ使ってもさあ…」

「同じ音がするように当ててっから。」

「なに極めてんだよアスリートかよ!」

「ああ変態さんなんですね…解った…」

言われてみれば軸足すら時折同じ音で歌うというのもどうかしてる。

体重支えながら靴の別のトコ当てるわけだ「同じ音がするように」?

「待てちょっと待て…これタップシューズじゃあ…普通の靴だよな?」

「今更かよ?」

「…………。」

上手下手の話ではなかったことを新ボスと最側近やっと理解し愕然。

真に何気なく無理なく楽しく…精緻な人外の動作が実現されている。

息を乱す気配も無い、ごく無造作で明らかに我流、が優美に過ぎた。

「こ、こんなん、タップとは言わねーよ…、…かっけぇ…すげーッ…」

ミスタの語彙が消えて見入る、パブの客もいつか静まり返っていた。

 

 

「これだよこれ…戦闘になるとどう動くか解るか?」

興奮を抑えられない声が囁く。

「筋肉も腱も…そりゃ柔らかくて、しなやかでな、歪みが全くねえ。

 見た目は細ぇが「合い」が全然違う、連動が作る速さとパワーだ。

 速ぇ上に読めねー。どっからどんな速さでクるかが全然判んねー。

 勘いい上に効果前にクるわ射程距離内入れても神回避しやがるわ、

 掠られでもしたらバングルスで手の内も泣き所も全部読まれるわ、

 そのうえジェラートが予測回避とトラップブッ込んでくるんだぜ?

 無理ゲーだっつーの…、リゾットだけだ、ガチでやり合えたのは。

 なんかを実体化して仕込むなり使い回すなりでやっと五分五分だ、

 ゼロからじゃあ発動も反応も攻撃についていけねー。

 イカレてる…スタンド殺しの一つの極みってやつか。」

生え抜きの猛者が悔しがるどころかむしろ嬉しげに完敗を語る。

澄みきった憧憬以外の何物でもない熱が、横顔を輝かせていた。

「そう…か、スタンド操作だって本体の認識と反応速度でやる、

 もしそこが規格外だったら。スタンド自体が非力だとしても。」

 

神速のソルベ、最弱にして最強。

 

感応特化・アクセサリー型、本体の資質とのそれが最善の相性。

伝達の速さは脳での情報処理においても発揮される…「別枠」!

 

 

そういうことだ、と誇らしげな目がカップを見やる。

「能力の応用は、ジェラートに援けてもらった。

 たかだか「冷やす」「融かす」って法則をここまで広げるのは

 オレ一人の発想じゃあ無理だった、他の仲間だってそうだった。

 あいつにヒントもらっちゃあ夢中で考えたもんだ。

 身体の作り方と使い方は、旦那に教えてもらった。

 鬼教官にも程があるが、何の惜しげもねえ…最高の師匠だった。」

生き延びさせるため、護るため、すべての目的がそこに収束した。

一人の脱落者も出すものか、筋金入りのヒーラーの矜持が伝わる。

 

「誰も彼らを説明できなかった理由は、これですね。」

ジョルノの指が上がり、映像の隣を指す。

ちょっとハラハラするほど華奢な肢体に、人形めいた小さな顔。

相方が超絶なせいで控えめに見えるが、こっちも達者なものだ、

何やら羽でも生えていそうな、体重が無いかのようなステップ。

蜂蜜色の髪の彼は甘く揺れながら歌うように唇を動かしていた。

「ほら、ジェラートさん…スタンドを使っています、いま。

 お店の人やお客たち一人一人に、暗示をかけていってる。

 みんなの記憶から、自分たちの印象を削ってたんですね。

 警戒されたりあなたたちを巻き込むことを避けるためだ。

 姿が残ってなかったのは、映らなかったんじゃあなくて、

 管理者に干渉して、消去させてから、忘れさせてたんだ。

 このステルス性こそが彼らの流儀。…そうなんでしょう?」

満足そのものの柔らかな笑みが気づきに応じた。

「ああそうだ。覚えていてくれるのはオレらだけでいいと。

 ドリシア知って意味が解りゃあ誰だって疑心暗鬼になる。

 見るもの聞くもの考えること全部が本物か暗示の結果か

 その境目が自分じゃあ全く判断つかなくなるんだからな。

 絶対に警戒される、周りのモンも危ねえ、だから隠れた。

 そういうヤツなんだ。それがオレらのジェラートなんだ。」

 

 

晴れ晴れと…氷使いが宣言する。

彼は…どれだけこれを言いたかったのか、伝えたかったのか。

迷いも探りも揺さぶりも総てこれを伝えるためだけに在った。

こんなのただ言ったって誰も信じられやしない、当たり前だ、

そういうヤツ、などとさらっと表現できる類いの話ではない。

これほどの優秀性、特異性を持ちながら自らの意思で掩蔽し、

ステルスの存在として裏方やる男など他にどこに居るものか。

縦社会のギャング組織、みなのし上がることに夢中なのにだ。

どんなに伝えたくても伝える手段が無い、証拠も証人も無い。

見えぬことが最大の個性しかも達人だ「見せる」手など無い。

嘘じゃあない本当なんだと何度繰り返しても意味が無かった、

記憶を共有する友すら亡くした彼は孤室のカサンドラだった。

けれど悲劇から三年近くを経て条件は漸く揃った。

独自の証拠と強い興味とを携えた聡明な聞き手と、

幼い目撃者が残してくれた動画という確かな証拠。

生き証人である彼自身は間一髪で死の沈黙を免れ、

諦念の壁を突き破り、堰を切った想いを吐き出す。

「…綺麗だな…」

歓喜に満ちた躍動に知らずジョルノがそう呟いた。

 

「な…なんか、」

姿を現した素顔の控えめだけれど確固たる彩が心を揺さぶる。

超速の世界の住人たち、異次元の戦士、であるにも関わらず。

その無私の在りようときたら、…スタンド戦士というよりは、

「泣けてきちまった…なんだよ…カーチャンかよ…」

じわ…と浮いてきた涙をミスタがこすり泣き笑いした。

だろ、とギアッチョは目を細めた。

「ジェラートはウチの女将…いつからかみんなそう呼んでた。

 初見でリゾットか旦那の女かと思ったら稼ぎ頭、驚くわな。

 やりくりして、旨ぇ家料理出してさ、楽しそーに掃除して。

 ミスるとこっそりヘソクリでなんとかしてくれたりとかな。

 空き時間はいつもキッチンのカウチで…資料読み漁ったり、

 誰かの相談乗ったり、幹部の機嫌とったり…休みゃしねえ…」

 

二人がいた間は、チームはけして暗殺専門のそれではなかったと、

隣の席の肘掛を撫でながらギアッチョは続けた。

配置的におそらくは大将…リゾットの定位置と思われた。

Mago di Santa Chiara、当時はたしかそんな通称だった。

「サンタキアーラの魔術師?」

「魔法使いが居たからなー。」

諜報や脅迫、懐柔などで組織のために他者を操作したり、

他組織からの襲撃者とやり合うときの頼りにされるなど、

裏部隊ではあるが大きな組織ならどこでもあるいわば懐刀だった。

スタンドで仕事するなど常人からしたらなるほど魔術師まがいだ。

映画みたいに殺し専門の部署ができるほどには、パッショーネは

まだ「歴史ある」組織ではなかった、考えてみればそれも当然か。

殺し仕事もそりゃああるが、経費と危険の割りに報酬がショボい、

他所の怠慢を引き合いに不公平だと日常的に文句はたれながらも、

いずれは幹部に、とか軽口交わす程度の希望はあったのだという。

調査に救出、運び屋、調停、全て完璧、他の奴等がトロく見えた。

オレらが居なけりゃあどうなるか…威張った奴らも笑い飛ばせた。

 

一番デカかったのが巨大賭博への介入だった、スポーツや選挙の

結果を自然に操作することで組織に安全で莫大なカネを流すのだ。

組織がよそのように脱税に血道上げなくても十二分に上り調子で、

きっちりカネ関連の文書を残しても平気だったのはそのおかげだ。

国内外で買いまくり「コレ勝たせとけ」の一言で「運用」が成る。

本業の賭場よりよほどオイシイから賭博部門はデブの巣と化した。

当選金は無税、レンタル料も隠し混ぜられ膨らむ、儲かりまくる。

疑われるのは有名どこの当選の操作疑惑ぐらい、他は混ぜ放題だ。

武闘派一本槍は存外リスクもコストも多い、カネと力を使い分け

速やかに組織を拡大したディアボロはその点実に巧みではあった。

 

「…ちょ待て。殺した数より助けたり食わした数のが多くねーか。」

「そうだが?ジェラートが一番得意としてたのは人質奪還だしな。」

「………。」

そんなの記録にも数字にも…ジョルノの口が開いてる。

経費や報酬だけ見ても解らない…数字はただの数字か。

賭けそのものを動かす脱税?知りませんよイカレてる!

「クチコミでレンタル増えてなー、断んねんだよガキ好きだから。

 つーかさ、オレらが出張るほどの殺しなんて数ねーのよ普通は。

 途上国のゲリラとかじゃあねーから!先進国のギャングだから!

 現場はどこも馴れ合うからな、待ってちゃあ食ってけませんて。

 お呼びとあらば何だってやるさ、九人だ!大所帯だぜ解んだろ!」

唖然!固定観念ってやつは恐ろしい、

発想しなかった、…けど全部、言われてみれば!

 

 

鬼才ジェラートはその手の繊細な依頼にはまたとなく適していた、

タペストリーの目のように緻密な作業を瞬時に組んで織り上げて

シチュエーションを仕立てる手際は、魔術師の名に相応しかった。

「立体的に並列計算的に思考してる感じですね。どんな人でした?」

「カワイイぞ。周りゴツいんでちっこくてな、で声が、またイイ!」

ここ重要ッとばかりに力説されジョルノ多少困惑。

「え、いや性格の話…ああスタンドに関係ある…どんな声ですか?」

絶対違うぜおめー真面目ね、とあえて突っ込まない優しいミスタ。

「治療でしか聞けねーんだが、朗読か歌でも聞いてるっぽい声だ。

 男にも女にも、大人にも子供にも聞こえる、けどキレイなんだ。

 本名も前の通り名も判んねえ、好きに呼べって名乗らなかった、

 声が甘ぇからってリゾットがジェラートと呼びだして定着した。

 じゃあツレはソルベかって話になった。オレが入るずっと前だ。」

「ヘッドフォンで美声叩っ込んで昇天とかよ、それなんてエロゲ?」

ついヘラついたら両側から睨まれた、真面目同士かよ悪かったよ。

 

「そんな上玉さんどこでスカウトしてきたんですか、リゾットは。」

「レンタル先で仲間全滅したとこに出くわして一目惚れ、だとさ。」

「あぁ…何があったかなんとなく解りますよ。普通逃げ出します。」

「そうだがリゾットだからな。遺体かき集めて埋葬してゲットだ。」

「かっけえなソッチの大将もよ!ブチャラティも負けねーけどな!」

「意思疎通は相棒通してだけ?さすがに不便ですよね、それだと。」

「普通に筆談だ。ドリシア実体化させて書かせたりな、器用だろ。

 あとはこう…耳打ちだな、息だけで。内緒話の要領だよつまり。」

「あぁ、…、…えぇ!?」

 

ちみカワ保健のセンセだか若女将だかが、耳元ヒソヒソだと…ッ…

 

「うわ勘違いするわそれ!惚れちゃわねえ?ぶっちゃけよ。」

構図想像して大将が絶句したとこに下世話で側近割り込み。

男所帯でそいつぁヤバいですよ…オレだってヤバいと思う!

また冷線くるかと思いきや、まさかの溜息。

「ん…まあ…あいつ身内には警戒しねーから「いろいろ」あった。

 セクハラしかしねーヤツいるし。後で旦那がシメるんだけどな。

 セクハラしてるって自覚がねー、後で旦那がシメるんだけどな。」

「何やってんだおめーらwwウケるww」

「あなたは?なんかしたんですか?」

「死ぬ思いで阻止してたわボケェ!」

なんか知らんが鬼気迫る否定っぷりに一瞬置き吹く、楽しい。

三人で話すには広いが野郎九人がひしめくのにはここは狭い、

血気盛んな若い奴らの青くかまびすしい日常が伝わってくる。

 

ジェラートは頭の使いすぎなのか偶に発熱し丈夫ではなかったが、

寸刻を惜しんでちょこまかパタパタ何かしら頑張っていたらしい。

口癖は「何とかする!」実際何だって「何とか」してしまってた。

実体化ドリシアと手で偽手紙の同時清書とかは異次元だがザラだ。

隣でソルベが両手で同時複製やってるだとかも異次元だがザラだ。

うっかり大声出て静粛にとリゾットラリアット食らうのもザラだ。

クソほどレンタル入れられて多忙を極めたが苦にする様子も無い。

レンタル先で依頼とは別に要人たちの個人的な悩みの解決という

旨いオマケをつけることで、金ヅルどもの歓気も掴みきっていた。

それはたとえば冷えた夫婦仲の改善だの、EDなんとかしろだの、

グレた孫を学校に戻せだの、若い愛人の浮気判定しろだのという、

ごくプライベートな人に言えないみっともない内容が殆どだった。

 

優秀だが人付き合いや事務仕事の苦手なリゾットの補佐として

幹部たちや事務方の機嫌だけとりつつも警戒されるのを避ける

まことに絶妙なバランスは、「女将」役たるジェラート個人の

同情通り越し痛快なほどのマメさとやりくり適性の賜物だった。

「地球の裏側にいたってリゾットは細かい相談はしてたからな。

 バカの「察しろ」ってやつが苦手なんだ、大抵それ尋いてた。

 なに話してんのか聞いてても解んねー、すげー世界だったぞ。

 幸い頭いいヤツがいて解説はしてくれてたが、感心してたな。」

「助言貰える相手は少なかったんでしょう、頼りにしてたんだ…」

死別が一番コタえてたのはリゾット…そう思うとしんみりする。

僕だってブチャラティの声が聞きたいもの…

今いる仲間も頼れるけど…だけど聞きたい…

やっぱり…キツいな。

 

途切れかけた会話をミスタの元気いっぱいの声がすぐに繋いだ。

「で?で?相方どんなんだよ、ハードボイルド?それとも策士か?」

「旦那はなあ…別の意味で見てくれと中身が肌別れしてるってか。

 いやかっけえんだよ、頭もキレる、けどいろいろギャップがな。」

 

寡黙なソルベはそんなツレにベタ甘で一切の否定なく寄り添い、

その安全と意思実現とが命題の、猛禽じみた強者だったという。

孤高の威風、無造作、揺らがない、素っ気無い、けれど暖かい。

躍動は剽悍、変幻自在、神速の美技はそのまま芸術、そのくせ

仲間にヘソクリつぎ込むツレの補填で金策には余念がなかった。

異邦人なのだろう、ジェスチャーの無い佇まいがシンと気高い、

キッチンで芋剥いてるだけでも絵になりずっと見ていたくなる。

発想は大胆、殆どツレの声の代わりになってる口が策を語ると、

キワモノ揃いの仲間たちも、そのキレっぷりにヒくか自失した。

「狙ってやってるわけじゃあねえと思うんだがとにかくやべえ…」

「それは…どっち方向にキレてたんですか、そんなに怖かった?」

「怖えよ?最終的に地獄絵図だし。まあ相手が悪ぃんだけどな…」

「なんで手が震えてるんですか解りましたよそこは聞きません。」

「ああうん…悪ぃ。オマエわりといいヤツな、髪型ヘンだけど。」

「あんたに髪型についてとやかく言われる覚えはないんですが!」

「なんで髪型の話でいきなりキレるよ何のスイッチだよ遺伝か?」

「わかったわかった引き分け、いいから話を進めようぜお前ら。」

 

切れ過ぎるツレの思考の直通に独り言のように静かに応じ、

誰よりも信頼されながらどこか引け目でもあるかのような

独特の緊張ある距離感は、もどかしくも清楚なものだった。

バングルスの通信精度のため華奢なツレに膝上に座られて

鷹みたいな強面で真面目に作戦会議するシュールな様子に、

デキてるだのそこ代われよだのネタにされまくっていたが、

底抜けに明るく否定するツレの後で黙って笑うだけだった。

 

ミスタが眉間に皺を寄せ神妙な顔で問う。

「カワイイ。と思っちまったのはオレだけか?」

氷使い爆発的歓喜…駄目だコイツ読めなすぎてもはや爽快。

「それなんだよカワイイんだよ、かっけえし怖ぇくせによ!

 旦那の可愛さが解るとはミスタ、オマエは見所があるッ!」

「渋イケメンで強くて健気!つーかむしろ本体がスタンド!」

「あー思ったわ!てめえはオレかコノヤロウ!!」

「ケケ、そのDanna ってどこ語よ、あだ名か!?」

「日本語だよジダイゲキ、頼れる漢の称号だ!!」

「おお勉強になったぜ、あんた物知りだなぁ!!」

テーブル越しにガシィと謎の共感握手しかもうるさい。

ジョルノにはちょっとついてけない世界だ。

カワイイってナランチャやドリシアみたいなのを…違うの?

あと日本語間違えて覚えてますよ…雰囲気は伝わりますが。

 

「ろくすっぽ喋んねーくせに煽ててノセんのが上手ぇのよ。

 何を言ってるのかわかんねーと思うが実際そうなんだよ。

 もう抱いてくれってレベルな!言うと締め落とすけどな!」

「そ…そうですか。僕にはちょっと早い、かな…」

アバッキオ…優しかったんですねあなた、知らなかったよ!

はっ…と、身の毛もよだつ「可能性」に気付き声が震える。

「あの…「涙目のルカ」事件の調査依頼…あなたたちには?」

「は?ああ覚えてる、出払ってるうちによそへ回ったとか。」

「…よ…よかった…幸運だった…」

もしアレでブチャラティじゃあなくリゾットとかコイツとか

来訪してたら冒険が始まる前にコッチが消えてた絶対そーだ!

来てくれてありがとうブチャラティ…あなたは命の恩人です!

 

何がいいって、並びがたまんねえ。

満ち足りた猛虎はそう言うと、毛繕うように瞼を閉ざした。

蜂蜜色の髪を陽光に輝かす、陶人形めいた白いジェラート。

影のように背後に寄り添う、静かなる衛士、漆黒のソルベ。

熟練の指揮さながら操る使い魔、言葉は詠唱、守護は疾風。

おとぎ話から抜け出してきた、二人はそんな生き物だった。

二人と出会わなければ仲間を持とうと思うような生き方は

していなかったというリゾットだったが、巣を得た孤狼は

世にも見事な父に化けた、というよりは本質が顔を出した。

元からツテや家格のある奴等は親衛隊や幹部の側近になる、

囲うならイイトコのツテもハクも有るに越したこたぁない、

歴史あるこんな風土じゃあ権威ってもんは未だに強いのだ、

リゾットはじめそんなもん無い野郎どものここは城だった。

若いはみ出し者の集まり、小さいながらファミリーだった。

育てられ切磋琢磨し合い評価され癒され、満ちていられた。

謹厳な父性を芯に二人が賢く回してくれていた幸福の円環。

 

 

 

しかし…

 

 

 

ひとしきり笑ってふざけて騒いだ後で、

ふと…話が途切れ静寂が場を支配した。

在りし青春を語った笑みが空ろになりフッと消えた。

「あいつら…居なくなったら、な…」

美しかった環のどこもかしこも欠け崩れ、裏目に出たという。

 

 

 

暗示と精神の直読み、究極の汎用性に補填など利きようがない。

以前ならば殺さずに済んだものが、殺すしか手段がなくなった。

そうしなければ求められた条件が満たせないから、そうなった。

血なまぐさい成果が増えるたび、周囲からは恐れられ厭われて、

安全で割の良かった殺しの他の依頼は、じきに入らなくなった。

 

二人の印象を薄められていた事務方も幹部どもも金ヅルどもも

同じチームだから、と当然のように二人のやってきたレベルの

余計で過分な成果をねだり、それが出来ないと露骨に忌避した。

特に個人的な恥を明かし済みのジジイどもの多くに逃げられた、

違約金が底をつきかけて悲鳴上げていた親衛隊のお坊ちゃまは

それを全部チームのせいにしてこき使い事務方に苛めぬかせた。

違約金が止まったのは、それを求めてきた相手を殺しまくって

見せしめにしたからだ、危険で酸鼻な後始末に報酬は無かった。

お前らが二人を叛かせなければ…反論の気力は悔恨に潰された。

ヒーラーが居なくなったのに医療費削られて身体もメンタルも

傷ついたまま傷を重ねる悪循環に陥る、それを罰と呼ばされた。

疼きに耐えかねてつい思い出の場所や人など訪ねようものなら、

二人を覚えている者が誰も居ない最悪の徒労が待ち構えていた。

Squadra assassino 、そう呼ばれていると知ったのはその頃だ。

 

損を取り返すのに薬の流通量が増え関係者が幅を利かせたため、

暗殺屋の立場は相対的にも沈んで口をきく幹部は皆無になった。

楽してピンハネしてのさばってた賭博部門からも逆恨みされた、

不名誉な噂を流され侮辱される二人を庇う手段も金もなかった。

プライドなんてものがあったことすら忘れてしまいそうだった。

「魔術師どもの変節」が雪だるま式に流血を増やしてゆく皮肉、

思い出の品を片端から処分しすっかり殺風景になった空ろな城、

次から次へと舞い込む穢れた「仕事」を機械的に片付けながら、

人としての部分がどんどん欠けて磨り減っていくのが解ったが、

もう誰にも…誰よりも手を汚しながら庇い続けたリゾットにも…

そんな泥底への沈没を止められず、疲れ果て…麻痺していった。

 

 

「…命綱だったんだよ…」

まばたきすら殆どせず繰り返し繰り返し動画を眺め、

人恋う獣の横顔が言う。

それほど重い言葉と知らずに流した自身を、少年たちは恥じた。

「オレはさ…拾われたのが、後のほうだったからよ…

 居た時間より、居ねー時間のほうが…じき長ぇな…」

動画の中の二人は明るく笑い踊りワインにほろ酔い、

多忙の隙間のたまのサボりを満喫していた。

「つまり…あの、あんたたちに関わる記録ってのは…」

言いかけてミスタは言葉を飲み込んだ。

普通なら残す筈もない細かい記録が残っていたのは、

どうですちゃんとイビりましたよ、と、

事務方のクズどもが上に証明する為の…

 

「彼らは、どうして…」

ジョルノが問う。

強く賢かった彼らはなぜ叛き、なぜ死んだのか。

指先が愛しげに液晶の中で煌めく短髪をなぞる。

「…キレたんだよ。ジェラートが。」

 

新入りのペッシが調査の大手柄を事務屋に横取りされたうえ、

投げられたガラス瓶が当たり目をやられたのが発端だという。

「あ…あの列車ん中の…釣り針のヤツかよ!手こずらされた…」

「あいつのビーチ・ボーイ…片目じゃあ間合いが…致命的だ。

 兄貴分のプロシュートもとんでもなくショック受けてたが、

 ジェラートもペッシには期待して、ずいぶん可愛がってた…

 旦那に二度も針を掠ったんだぜ…偶然じゃあねえ、才能だ。」

兄ぃに捨てられる死にたいと泣かれて何とかすると請合った、

一睡もせず丸三日、繊細な器官を少しずつ少しずつ回復させ、

見事に元の視力に戻した、途中から高熱出しながらの突貫だった。

怒り心頭のリゾットとプロシュートがワビ入れろと押しかけたが、

猛者二人にビビった事務屋はツテのあるお坊ちゃまに泣きついて、

あること無いこと告げ口しワイロも包んで被害者に成りすました。

 

…犬ころの片目がどうしたと言うんです、治ったんでしょうに…

 

形ばかりの謝罪とはした金で片付けられ、そう言い捨てられた。

悔しいなんてもんじゃあなかったがイイ家のツテは厄介過ぎた。

「歴史ある」風土の弊害だ、馴染みの業者らが忽ち背を向けた。

特殊な消耗品や弾薬など定額で補充出来ない…これには困った。

そのくせ報酬に上乗せされる経費は従来どおりの金額ときてる。

事務方に掛け合っても幹部を頼っても無視されるか門前払いだ。

誰もかれもグルになり根回しを済ませて押さえつけにきていた。

「ひどいな…嫌なやり口だ…」

「性格スタンドまんまかよ…」

「疲れてぶっ倒れて…目ぇ覚ましたジェラートは、それ聞いて…

 人形みてーな無表情になった…」

小柄でかわいい、女と見間違えるほど華奢な優しいジェラートを、

そのとき初めて怖く感じた、感応した半身は…正視できなかった。

 

 

「次の日、ヤボ用だって二人で出かけて…夜になって戻ってきた。」

ジェラートはリゾットたちの苦断をねぎらい見た目は平静だった。

嫌がらせは業者らが切られぬ程度にとりあえず抑えてくれていた。

仕入先が代わっても難儀する、その時点では最善の手当てだった。

ペッシの件で何かやってるのではないか…口に出さず皆が思った。

誰も何も問わなかった、悔しさはよく解ったし、正直…怖かった。

精密な作業に口出してもバグにしか…格が違う…しかも怒ってる。

処遇が不満で機嫌が悪い、ふて腐れてる、そう装って黙っていた。

ソルベとドリシアを伴い、おやすみ、とジェラートは背を向けた。

重い空気のまま皆で見送った、この部屋で二人を見た最後だった。

 

「まだペッシは痛みがあって、二人のヤサで寝かしてもらってた。

 うとうとしながら、横で何か調べてるのを聞いてたと…」

悔しいことは悔しいが眼が治る嬉しさが先に立っていた。

美味しい夕飯食べて腹いっぱいで安心して、眠たかった…

目を閉じたソルベがパソコンで、ヘッドフォンで何か聞いていた。

ジェラートはその肩に手をかけ何かを次々再生していた。

…違う。

…違う、次。

…次。

いつもは愛らしく舞ってるドリシアが空に静止していた。

ものすごく集中して、何かを聴き比べているようだった。

張り詰めたその姿は美しい一対のロボットのようだった。

忙しいなあ、すげーなあ、かっけぇなあ…と目を閉じた。

うとうと眠って明け方に目を覚ますとまだ…続けていた。

二人とも寝ねえの、大丈夫?…声を掛けようかと思った、

…待て。もう一度。

…もう一度。

…もう一度。最初から。

見てはいけないものを見た、そんな気がした。

ジェラートの横顔がなぜか怖くて寝たままのふりをした。

…見つけた。間違いない。

ソルベが呟き、目を開く。

濃い金茶色の、猛禽の眼。

 

「サルディニア。」

 

そのまま突っ伏したソルベの髪を白い小さな手が撫でた。

 

 

「……!!」

絶句。

「さ…サルディニアと、…ソルベさんは言った?なぜっ…」

三年近く前…まだトリッシュの存在を誰も知らなかった、

ボスの故郷の手がかりは何一つ無かった筈、なのになぜ?

「後になって…ペッシから聞いてリゾットにだけ話した…

 二人とも何のことだか…解らなかった…だが…やっと…」

てめえのおかげで思い当たった、とギアッチョは続けた。

「ずっと引っかかってた「私的な謎」ってのは、これのことだ。

 サルディニアがボスの故郷だった…と言っただろ、それなら…

 ジェラート流の「作業」とペッシの証言を繋いで逆算すると、

 手順はこうなる…いつもこうだ、答え合わせで初めて、解る。

 コレをあいつは瞬間で組む、細かいトコまで丸ごと、完璧に。

 それ丸ごと飲み込めんのも旦那だけだ。言葉は…不自由だな。」

 

ボスはデジタルのログを嫌い、伝言を繋いで通達を発する細心。

メールは通達受けた幹部が使うが、そこまで至る人員は未特定。

まず連絡役の幹部のところへ行き、そいつのバングルスを生成。

それを使い記憶からそこへ連絡してきたボスの使いを読み出す。

会った事実は忘却させる、記憶に残すのを暗示で脳に拒ませるのだ。

使いのところへ行って同じ事を。

繰り返せば終いにボスの肉声を聴いた側近に辿りつくからまた作る。

記憶から肉声を読み出して、それをソルベの脳に強固に焼き付ける。

次に言語学とくに方言学の権威に資料とのアクセス方法を喋らせる。

ヤサに戻ったらイタリア語圏各地の言葉を聞き、徹底的に比較して、

暗示で作った過集中下で肉声に含まれる僅かな「訛り」を抉り出す。

 

想像を絶する負荷でもソルベはジェラートの望みはけして断らない。

内通者・協力者・ハッキング無し、使うのはただ、二人の能力のみ。

にも関わらず、秘中の秘たる連絡経路と出身地が白日に。

 

「…す…」

「…すごい…ッ…」

僅か一晩でなんという…汎用性とマッチング…着想、集中、執念…

そんなことが出来るのか…出来たのか、

「サンタキアーラの魔術師…」

震えが走る、チャラけた通称だが伊達でなかった。

「あいつらなら出来た。…オレが気付くんだぜ?リゾットなら、」

護衛チームがジャックした飛行機が墜ちた先にその島はあった。

同じく島育ちの彼は、おそらくはその墜落で島の意味を悟った。

二人が何を調べ見つけたのか、なぜ死んだのか。

部下たちがなぜ死ななければならなかったのか。

溢れた万感を一身に抱えあの乾いた島へ馳せた。

先陣の孤闘は率いた仔らへ捧げた孤狼のケジメ。

二人の非業は友を導き、魔王の終わりへと続く細い道を繋げた。

 

「仲間を護るための、交渉材料…考えるとしたらそれだけだ。

 クーデターなもんかよ…仲間が傷付く…死ぬかもしれねえ。

 あいつらはそれを…一番嫌った、そのためのステルスだろ?

 ただ堪忍袋の緒が切れたんだよ…このままじゃあ護れねえ、

 関係を変える…野心なんぞ一っ欠けらも、それだけなんだ。」

二人は…ほんのちょっぴり、彼らの魔術を見せただけだった。

チームはこれほど有能、よく仕えている、が「身分」が低い、

どうか目を留め、才と経済効果に見合う待遇を与えてほしい。

癒し手としての、ごく自然でささやかな望みが起こした行動。

 

でもなあ…と、ギアッチョは動画を止めた。

あの写真に切り出された眩しい瞬間だった。

 

「…速すぎる。…オーバーキルだ…先方には。」

 

 

ステルスの守護者であり続けるため搾取に甘んじてきた二人。

報酬となるのは彼らの高額な貸出料金の、僅か数%であった。

それまでノーマークでピンハネの道具にしてきた便利な駒だ、

ソレらがふと牙剥いた途端、隠しぬいてきたものは暴かれた。

二人を「どーってことないマヌケ」ぐらいに認識させられていた

密告者ムーロロの「暗躍」は、事態の小さな欠片に過ぎなかった。

解析の成果を報せ揺さぶりをかける小道具として使われただけだ。

 

<ボスにはサルディニア訛りがあり連絡役は「」「」「」「」「」>

マヌケどもがそんなことを言っていたどうせ当てずっぼだろうが…

密告者は親衛隊の前でそう嗤った、白い魔術師の繰り糸のままに。

 

が、暴かれた側はパニックに陥った…過剰反応した、

靭き二人の思慮の枠外でボスは身勝手で臆病だった。

…否、超速の住人とそれ以外との「感覚のズレ」か。

ボスから降りた苛烈な対処命令に親衛隊は困惑した、

なぜノーマークだったのか、何かおかしい…訝った、

自分も周りも暗示で印象操作されていた可能性を発想し愕然となる。

裏切られた危機感に震え上がり怒り狂う、…後先構わぬ愚かな狂奔。

なぜ隠れていたなぜ黙って搾取されてた、いったい何を企んでいる、

二人の流儀も優先順位も理解し難い、疑念と恐怖が膨らむばかりだ、

二人は少し手加減すべきだった、てこずってみせるべきだったのだ、

けれど情の濃さゆえの怒りがそうすることを許さず急かした。

ほんのそれだけの透き通った焦りが、二人の蟻の一穴となる。

薄情なことに…分け前話で集まる二日後までリゾットの外は誰も

二人との「連絡が付かないことにすら」気付いていなかったのだ。

床上がりしたペッシを帰した朝、最後に会ったのはプロシュート。

世話かけたのに根回しに負けた…礼は述べたものの話さず別れた。

プライドの塊のような男がそう言い震える指は煙草を抓み損ねた。

 

「あいつらは強ぇ…ガチで強ぇ。けど…

 弱点はあったんだよ…致命的な…」

 

ジェラートのドリーム・シアターは全部で三体。

真骨頂の並列思考で三体同時に自在に舞わせる、神業の使い手だった。

射程範囲=声の届く範囲であり風向きによっては数十メートルと広い、

見えづらく素早いから難しくはあるが、一体でもスタンドで捕えれば。

あ…と、ジョルノが口を押さえた。

巨大な射程範囲が裏目…さしもの神速もとてもカバーしきれない。

戦闘では役に立たない弱いスタンド使いで構わない、数を揃えて、

犠牲覚悟の人海戦術で散開し、障害物の乱立する中、取り囲めば!

 

「おあつらえ向きの私兵どもをお坊ちゃまの実家が大勢飼ってた。

 相手が多いときは…ジェラートは眠らせたり、同士討ちさせる。

 それ見越して…追っ手にスタンド使えるガキを混ぜやがったと…」

数多の子供を救った二人に子供を差し向ける。

同士討ちなら子供たちは大人たちに殺される。

眠らせれば役立たずとみなされて処分される。

底意地の悪いダブルバインドだ…これも裏目。

憤る声すら出てこない、少年たちは青ざめた。

「…防御力は、…皆無だ。一体破壊されたら…ジェラートは…」

スタンドが受けたダメージが逆流する、脆い儚いあの本体に。

陶人形のような身体は一瞬で…身動きとれなくなっただろう。

ドリシアは暗示の機軸である本体だけは癒すことが出来ない。

皮肉な裏目。

「痛みは…バングルス通して、旦那に伝わる…」

悲鳴を上げる自由すら無い愛しい半身が吹っ飛び崩れ落ちる、

傷一つ無く護ってきたソルベにもツレの痛みへの耐性が絶無。

致命的な裏目、否…とどめ。

抱き上げて逃げようにも動かすだけで激痛の走る細い身体を

どうしてやることも出来ない、おろおろとただ惑うしかない。

コントロールできなくなった残り二体は捕まり、質にされる。

そうなればソルベの選択肢は…投降一択。

 

「捕獲戦の話はドリシア潰したクズの自慢で聞いた。

 そいつはオレらが叛く一年も前に粛清されたがな。

 発端の事務屋と一緒に損失の責任とらされたとさ。

 ここまでは…スタンド使いとしての普通の読みだ。」

 

さあ、と、

魔術師の最後の弟子が腕を広げる。

哀しみを敷き詰め瞑い理智の瞳で。

 

「ここからは…情報が限られる、「演算」の真似事といこう。

 親衛隊どもの虚勢や思い込みから「飾り」をこそげ落とす。

 こっちは二人とも…あの野郎もよく知ってる、情報がある。

 ジェラートはこれに関してだけは旦那以上の鬼教官だった。

 好奇心からうっかり習い始めたのを後悔しちまうほどにな。

 ありがとうよクソガキ、やっと「あの日」を掘り起こせた。

 上が何に「怯えて」あいつらとオレらを嬲ったかが解った。

 やっとピースが揃ったんだよ、…最後まで全部…繋がった。」

答え合わせは自分たちが見たもの聞いたもの…味わった全部。

聞いてもらうぞ逃げるなよ生かして「教えた」責任を果たせ。

魔虎の爪牙に囲い込まれた少年たちが息を忘れる。

その日その時の密室が、深泥の底から浮き上がる。

イリュージョンの幕は開かれた…世にも美しくけれど無残に。

 

 

捕獲された二人はそのまま自室に連れ込まれ家捜しを受けた。

親衛隊は内通者と協力者を探るがそんなもの初めから居ない。

ソルベの自白で解析方法を知った先方は自失したことだろう。

そんなマネされるんじゃあ、この先、通達など出来やしない…

凡庸を装うステルスのベールの下から、危険な怪物が現れた。

隠れて隙を伺っていた…二人はそう認識いや「誤解」された。

 

「それでも…

 それでもまだ「詰み」じゃあなかったはず…なんだ。

 殺すには惜しい…あいつらはそれほど…カネを生む。

 取り扱い中の事案もレンタル待ちもまだまだ有った、

 クスリなんぞ使って性能を鈍らすわけにもいかねえ。

 売ろうと思えば大枚はたく相手だってごろごろ居る。

 だが…あのやさ男…気位の高い陰険な、…ヤツなら…」

 

殺しては大損だが危険すぎる、なんとか御さねば親衛隊の立つ瀬が…

いやそれより何より怖い、自分たちの恐怖を克服しないと堪らない。

なにしろ何をする気か既にされてるか解らない、何も信用できない。

浮き足立ち焦る部下どもの前、震えを隠し苛立った末、何をしたか。

 

拘束したソルベの前でジェラートの口を塞ぎ危険な「声」を封じて

苦しんでる姿を見せつけ、二度と逆らわないようにと執拗に脅した。

失点は大きい、進退問題だが支配さえできれば手柄だ、逆点できる。

巧くすれば管理の名目で個人所有に…これほど便利な奴隷は居ない。

それがこいつらの為でもある、自分なら使いこなせるもっと有効に、

隠して家事や回復屋に使ってた穴倉のイヌどもはなんと愚かなのか!

親衛隊の立場をかさに、恐怖の反動で言い募る、調子に乗ってゆく。

 

何でもするから手当てをとソルベは懇願しただろう、

相手は聞かず罵り疑い難癖つけて責め立てただろう。

 

「…一人で逃げろと…ジェラートは望んだはずだ…

 仲間が巻き込まれる、報せてすぐに隠せ、とか…

 手なずけた幹部を巻き込んで騒がせろ、とでも…

 それとバングルスの解除、あると動けねーから…

 けど旦那だ…怖ぇが…優しいんだよ、ほんとに…」

失神寸前の苦痛と、逃げろという切実な指示が一緒に伝わる。

傷一つ無くても身体の中はズタズタだったろう、それが解る。

ソルベは指示を拒否した、両方とも、…間違いなく、初めて。

 

「背中半分コゲてんのにオレ担いで走るような男だったからな…

 自分が痛ぇなら耐えるさ、けどツレが痛ぇのは我慢できねえ。

 どう頼んだって駄目ならもう、ブチギレる以外ねーだろうが…

 リミッター解除…てやつだ、拘束なんぞは吹っ飛ばしちまう。

 そういう身体なんだよ…周りのザコどももひとたまりもねえ。」

我慢強いにも程があったが次段階で「殲滅」に直接繋がる男だった。

人質あとは皆殺し、加療と時間稼ぎ、いとも自然にこう切り替える。

性というよりは異邦の行動様式、その意味で最高に「キレて」いた。

 

「首ぐらい素手でも飛ばす。ヤツらはパニクって、二体目を潰した。」

組織も親衛隊も一顧だにせぬ屠殺を前に作戦ミスを悟るももう遅い。

悪あがきだ、だが前にも増した激痛がジェラートを襲う、はや瀕死。

衝撃はソルベを鼻先で後退らせた、最後の一体を砕かれれば…即死。

身体が死にかけているのに折れぬ守護者の意思は逃げろと繰り返す、

だが離れればバングルスが消えてジェラートの様態が判らなくなる。

苦痛を読解するのは死ぬほど怖いが感じられなくなるのは更に怖い。

拷問されるかも、売り飛ばされてしまうかも、放置されて死ぬかも。

拘束は何も無いのにドリシアを潰されるのが怖くて傍へも寄れない。

ソルベの足はその場からもう動かない…最悪のフリーズ。

錯乱し襲う障壁は邪魔だから砕く、スタンド使いも他のヤツも。

逃げられるのに部屋から出ない近付いても来ないが襲えば死ぬ。

護衛に使ってた実力者の筈の側近もチンピラも全く同じに死ぬ。

周りから見ればわけがわからない、犠牲の数だけが増えてゆく。

壊れた人体と血臭が充満する室内、血だるまで立つ無傷の死神。

怯え惑うだけの哀れな反射が、敵の目には怪物の弄りに映った。

こんな状況を作ったキサマが憎い…使い魔の眼が血走る、

静かなる影が初めて見せる本気、純粋無比の哀しき憎悪、

 

 

その、形相。

 

 

プライドも損得勘定も一緒くたに消し飛ばす、恐怖、…ただ恐怖!

護衛は壊滅、自身とドリシア掴む下僕の他が残っていたかどうか。

歯の根も合わず電話を掴みティッツァーノが金切り声で泣き叫ぶ、

 

化け物!御せるものか駄目だッ、生かしておいては駄目だあぁッ!

 

ソルベは殺す怖いから、組織の方針はここで決まった。

当時の親衛隊最高位、殺そうが逃がそうがもはや同じ。

詰んだ、そのはず、が、ここに至っても。

 

「…ジェラートは…諦めねえ。んな選択肢持ってねえ。」

瀕死の身体、スタンドも声も封印、しかし頭を上げる。

まだバングルスが健在…ソルベも仲間も…殺させない。

 

真性のヒーラーだ、怯えきる半身を立て直そうとする。

初めて指示を拒否したことを責めず整然と励まし説く。

ソルベだけなら逃げられる誰よりも速く強いのだから。

巻き込んだのは自分だから、彼は手伝っただけだから。

逆らえない暗示で操られてやったと言えば辻褄は合う。

操られてたこいつらも自己弁護のため必ずしがみ付く。

 

どのみち帰れない、命一つをワビに使えば他が助かる。

 

 

「ち…」

ミスタが呻く、

「違ぇ」

…正しい、

正しいが、

「ジェラートは、だから、」

「や…やめて」

聞いていられずジョルノも震え声で遮った。

「もう、いいです…いいから!」

大きな目の縁に涙がいっぱい溜まっている。

隣でミスタは手放しでボロ泣きしていた。

 

「…口ん中…突っ込まれた布を…気管に…」

後始末はおそらく辛い…仲間たちは怒るだろうか…

短気など起こさないだろうか…生き延びてほしい…

霞みゆく瞳が声無き声が、心残りの涙が、告げた。

長き献身への感謝と謝罪と…半身への最後の願い。

行け。逃げろ。仲間たちを…愛しい家族を…頼む。

混乱の極みの敵は彼の異常になど気付けなかった。

閃光の即断・突貫それが強みのジェラートだった。

 

…けれど…

 

「こんなことのためにさ…教わったんじゃあ…ねえんだよ…

 けど解る…見えちまう。何を思ったかどうしたか…全部…」

致死のオセロの最後の白が裏目に…闇に。

「旦那にだけ…疎いんだ。どういうわけか…」

真珠色のバングルスが最後のドリシアと共に崩れて消えた。

長く尾を引く声にならない苦鳴が劈き…絶えた。

三年前、三月の終わり。

最後の最後まで、護ることしか考えなかった癒し手たちは、

一人は自死し、一人はその絶望と恐怖で、世界から消えた。

 

 

ジェラートは棒切れのように硬直したヌケガラで見つかり。

抵抗し部下を殺したから仕方なく殺したと言いつくろわれ、

見せしめに使えと医者くずれのゲスに投げ渡されたせいで

ソルベは見るも無残なホルマリン漬けのバラバラで戻った。

叛逆・粛清、あたら功労者を消したそれがタテマエとなる。

チームの安堵の象徴だった面影も小さな美しい分身たちも、

呆気にとられるほど唐突に、幻のように…消えてしまった。

 

 

「…泣くんだろうな…普通は…」

わけがわからない…リアクションはそれだった。

替え玉ではと疑ったが遺体の特徴はそうではないと訴える。

が、変わり果てたこんなモノが彼らだなんて飲み込めない。

ただただ呆然…悲しむ余裕などすぐにはやって来なかった。

リゾットも…涙は見せず、忘れろと、苦渋の選択を告げた。

離れがたい「環境」だった組織は怖いだけのものになった。

「あの」二人を「捕まえて殺す」怪物が上層部にいるだと…

「あの」二人ですら逆らったら切り捨てられるというのか…

深く追求する気にはならなかった、自信が潰れ震えていた。

不自由と負担が重なるごとに喪失の実感が這い寄ってきた。

怪我ってこんなに治りにくく痛い…そんなことも忘れてた。

忘れさせてくれていた二人の優しさありがたさ…思い知る。

思えばオレたちは最高にうまくいってた…二人が居たから。

寂しい…悲しい…二人が好きだった、それを漸く思い出す。

 

名門出のティッツァーノがスクアーロの道具に降格された。

腰に届く美髪の色が抜け、上役べったりの豹変で見違えた。

私兵も信用も後ろ盾も喪い主人への忠誠に縋り付いていた。

扱うカネと権益が激減した輩の錯乱、八つ当たり、逆恨み。

殺されもしない…思わぬ損失でボスもそれどこじゃあない?

何だこれ…組織の印象が逆転した…バカなんじゃあないか?

怖れが薄れた隙間を虚脱が埋めた、忠誠心も依存も失せた。

なにが組織だ「こんなモノ」のせいで二人がここに居ない?

 

無抵抗で連れて行かれた二人の場面を知ると愕然となった。

自分らのために怒ってた二人は攫われた「戦えない」まま?

暗示で二人に見せかけた躯…淡い可能性にまだ縋っていた、

答え合わせはまだか…それさえ解ればきっと笑い飛ばせる…

心のどこかで待ち続けていた連絡…もう来ない…理解した。

そこからこそが…救いの全く見えぬ本物の生き地獄だった。

 

護るべきだった、と…痺れていた心が陰々と…呻きだした。

 

二人の背を横顔を遠巻きに見ていただけの自身を振り返る。

完璧だからと野放しだった二人の作業に口を出せていれば?

二人が事前相談できるだけの頼もしさを身に着けていれば?

そのとき二人だけでなければ、もう一人でも傍にいたなら!

たったそれだけで二人をあんなざまにさせずに済んだのに!

己の不甲斐なさこそが元凶だった、気付いた者から壊れた。

ちっぽけなプライドやビビりそんなもんと何を引き換えた…

自責の怨嗟に比べれば外からの「迫害」などまだ生ぬるい。

写真一つ無い…目に焼きついた死に顔が邪魔し二人の顔も

思い出せなくなっていた、…彼らはここに確かに居たのに…

殺し続けている人々のように消えた温もりは取り戻せない。

気付くのが遅すぎた…悔やんでも悔やんでも…悔やんでも…

ぽっかり開いた暗い穴の瞳が懐かしい笑顔を眺める。

「…けどさ、…どーやるんだっけ…泣くってのはよ…」

 

 

罰せられ続けた二年開で人としての何もかもが枯れ果てた。

殺して殺して殺して疲れて…不浄の麻痺は逃げ場と化した。

二人を亡くした経緯を本当に思い出せなくなった者も居た。

時は過ぎる…感覚がおかしくなる…自分は…まだ正気か…?

「ボスの娘」の一報が彼らの耳に届いたとき。

恐怖は無く闇黒の歓喜に牙を研ぎ光を感じた。

ボスは「愚か」な「仇」かつ「人間」だった。

隠し子が出てくるようなただの人の男だった。

爆笑した仲間らの顔こそ人でなく夜叉だった。

攫おうぜ、と最初に言ったのは誰だったのか。

二人が愛した若く覇気ある「魔術師」たちは、

誰を殺しても何を壊しても一切心に届かぬ化け物の群れに、

すっかり姿を変えていた。

 

勝った後の具体案は特に無かった、ただ光に手を伸ばした。

分は悪くとも勝つ目はゼロでない、浅い夢のように信じた。

リゾットももう制めなかった、粛々と率い導くのみだった。

喪装の道化の仮面の下、その怨念は誰よりも強く深かった。

初めて得た仲間…孤狼を人へ還してくれた掛け替えの無い…

あれほど世話になりあれほど美しかった宝を見る影も無く…

亡骸までもを辱めた…そんな輩がのうのうと人ヅラをする!

総てを奪え!悔いを教えろ!何も知らず忘れるクズどもに!

まだ気力があるうちにこの自責すら腐り果て忘れぬうちに!

 

 

 

 

 

かつて魔術師の暮らした穴倉で、叛逆はこうして始まった。

 

 

 

 

 

「手がかりがあろうが…なかろうが娘は…」

 

 

差別と怨嗟の泥底から血みどろの牙剥き這い出した群れは、

 

 

「同じ姿…に…」

 

 

闇夜の花火のごとく爆ぜ狂い、一人また一人、

 

 

「してやろうと…」

 

 

誰知らず砕け散りそして、

 

 

「…思った…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…消えていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




6話中の4。繋いで繋いで、もう一踊り。


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その5

 

 

 

 

 

時刻は…正午を回っていた。

室内はしんと静かで古びた空調の音だけが低く続く。

魔虎の結界は消えていたが動き出すものは未だ無い。

ジョルノは身を硬くし座り膝の上で拳を握ったまま。

ミスタは声を殺したまま、止まらない涙を持て余す。

 

…モバイルを撫でた指が、ぷつりと電源を落とした。

ほう、と一つ、息をつく。

疲れた獣の横顔が上がり何気ない所作で手を伸ばした。

写真をニットの胸のポケットに、

飾り珠をジーンズのポケットに。

ビクッとジョルノが肩を震わせミスタが顔を歪めた。

 

「よっ…と。」

大儀そうに…ソファーから立ち上がり、背の筋を伸ばす。

所作も体躯も目を奪う…乾いた癖毛がくるりと背で巻く。

見てくれも武器…か、誰の言葉だったかが、今なら解る。

我が「銘作」よ傷など負うな…教えの形の優しい護符だ。

 

「なあクソガキ。

 …未来のために、あいつらの話を聞くんだと言ったな。」

暗い瞳が薄く笑って、青ざめているジョルノを見つめた。

極地の海に似た色の眼は、どんな想いで写真を見たのか…

思うとまた一筋、緑の眼から雫が毀れた。

「…はいっ…」

答える声は掠れている。

「護る、てのがどういう事だか解ったか。」

「…はいっ…」

「護れねえのがどういう事だか解ったか。」

「…はいっ…」

「抱え込んだモン丸ごと、護る覚悟はできてるか。」

「…はいっ!」

聡い大きな瞳を見開き血の気の無い顔が見上げる。

唇が震えてはいるが返答に迷いは無い。

よし、と三白眼が細まり見下ろす。

「オマエの役に立ってくれるモンを、よーく見極めろよ。

 扱いは絶対に間違えんな、…気ぃ張って見ていてやれ。

 組織預かるならオマエはみんなの「親」だ。

 親として、包んで、躾けて、育てろ…安心させてやれ。」

「…はいっ…」

合格だクソガキ、と、優しい悪態。

「いい大将になる。変わってくれるなよ。

 聞いてくれたのがオマエらで…あいつらは喜んだろう。」

手を伸ばし頭に触れかけ、少し残念そうに笑って引いた。

壁に片手をつき身を支え、上がらない左脚を引きずって、

ギアッチョはキッチンの方へ身を向けた。

 

 

「ちょ…ちょっと…待てよ…待ってくれ…」

袖でごしごし顔を拭いミスタは立ち、先回りし立ちはだかる。

「何の真似だ。」

傲然と顎を上げ睨まれる、コワい。

ビビりながらもドアに背をつけ先へ行かせまいと腕を広げる。

「オレぁ…やだぜっ…まっぴらだ、…なんでだよ、せっかく、」

せっかく助かったのに生き延びたのに大将怒るぜ絶対、

怨みなんかねえと言っただろう、こっちだってそうさ、

言いたくない事まで誠実に話してくれて感謝したし感動した、

一緒に笑った…いい男じゃあねーか…オレら話合うじゃんよ、

なのに今更、

「一番好きなトコで死なせろって言うんだろ!

 つか死にてーからあそこ居たんだなあんた!

 あのまま眠ったら出血多量で死ねたからな!

 オレに撃てっつーんだろ!嫌だっ、断るっ!」

勇気を絞る、肩を掴もうとして前へ踏み出す、

パキと指が鳴る、室内なのにヒュッと追い風、

鼻先に浮かんだ氷の小粒、攻撃…いや、威嚇。

「ゲホ!!がはッ、げほ、」

すぐ消えたが咳き込む、ジョルノも真っ青で見てる。

 

「…っ、ぜは、」

空気の凝集…減圧で肺が刺激されたのか、目も痛い、

口を押さえた掌は噴き出た鼻血で真っ赤に染まった。

「オマエ何しについて来た?」

ギラと獣の威が顔を出し比喩でなく空気が冷える。

いつでも殺せたいつでも殺せる、そう言っている。

全然脅しじゃあない事実…本当に強い、恐ろしい。

「何を護れなかったか…忘れたのか?」

堰を切ったように語ってくれた彼とは別の何かだ。

くっ、とミスタは詰まるが伏せた目をすぐ上げる、

あんなに笑ってたのに…反動これじゃあ怖ぇよな…

苦しいんだな…可哀想にな…顔も心も固まるよな…

出会いがしらの嫌味…解ったよ…うん…解ったよ…

そりゃあ…そうだよ…そうだったんだが今はもう、

 

「こ、怖ぇカオしたって無駄だぞ!オレぁあんたが気に入った!

 撃つ気で来たけどもう撃てねー…無理言うんじゃあねーよッ!

 おいッジョルノ、おめーもなんとか言え、いいのかよォーッ!」

鼻血を拭う、小手先の威嚇だけでガラガラの声が搾り出される。

怒鳴られたジョルノは固まっていたものの、立ち上がると

おぼつかない足取りでおどおどとやって来た。

こんなに自信の無い顔するやつじゃあない、躊躇って躊躇って、

おずおずと…同じように腕を広げ、ミスタの横で通せんぼした。

どくんどくんどくん、取り乱したひどい動悸が響いてる、

冷えた瞳が約束守らないヘタレなガキどもをねめ付けた。

 

 

「使えねぇ。」

 

 

侮蔑の激怒は順当、

何もかも話してもらって死への渇望の切実さは刺さりまくっている。

それに信用は最優先…約束破りなどもってのほか…解ってる、でも、

「か…関係ないそんなの、だって、僕は、」

せっかくシャワー浴びたのにまた汗びっしょりかいて目を泳がせる、

「…まだあんたには「お願い」を聞いてもらってませんよ…それに…

 …っ、…そうだ、あんた正式に退団したわけじゃあないんだから!

 僕が今のボスなんだからっ、僕の言うことを聞くべきなんですよ!」

ひねり出したのは斜め上の屁理屈。

 

氷使いの眉間に皺が寄った、…腹案じゃあないなコレ、アホすぎる。

「チームぐるみ造反したんだが?」

「そんな記録どこにあるんですっ!出してみなよ、ほら出せないっ!

 記録ってすっごく大事なんだ、あんたさっき僕の見せた書類見て

 感心してくれてたじゃあないですかっ、忘れちゃったんですかっ!」

マジで押すか何だその詭弁、それとこれとは、

「…ふざけんな。どけ。」

ジェラートの気配の残るあの場所がいいんだ早く行きたい行かせろ、

仲間も目的も消えうせた、情けねーのはもうまっぴらだ飽き飽きだ、

さっさとあいつらに詫びいれてえんだよ手伝えねーなら邪魔すんな、

イラついたこめかみに青筋が浮き形相が変わるが、

「ふざけてないっ!退団願の写しと受理証出してみせてよ決済済の!

 そ、それと…あんたの入院費は僕個人の小遣いなんですからねっ!

 ボスだって無限に小遣いとか貰えないんだよ、このビルだってっ、

 買おうと思ったけどスッカラカンでっ…管理人雇うぐらいしかっ!

 チャージに行くときフーゴに影武者手当ても払わなきゃあだしっ!

 フーゴは…いいよって言うけど…契約だから仕方ないんだからっ!

 借金返してよっ…保険きかないから実費…それと、そ、それとっ、」

…恥も外聞もボスの威厳もあらばこそだ。

退団願って何だよお役所かよ、あー新米ギャングだったっけ、

様式はあると聞くが使われたことねーぞ出す前に死ぬからな。

眩暈がするほど所帯じみた言い分並べた早口で喚くだけ喚き、

言いよどんだらばかでかい目から大粒の涙がぼろぼろ零れた。

マジギレしかけていたギアッチョが鼻白みドン引く、

「こ…子供扱いばっか…しといて…クソガキクソガキってっ…」

古代ギリシャの彫像みたいな綺麗な顔が、くしゃっと…歪んだ。

 

「あんた大人でしょうがっ!ガキのワガママぐらい聞けよっ!

 ジェラートさんだって、子供は見逃したんじゃあないかっ!

 おかげで動画が残ったんじゃあないか、良かったでしょう!

 すごく嬉しかったくせにっ…なんであんたは聞けないのさ、

 あんた心が狭いよ、ケツの穴が小さいっ!最低な大人だっ!」

 

よくぞまあこう次々…オツム回り過ぎるクソガキも考え物だ。

どー見てもむちゃくちゃだがそーだそーだとミスタは全肯定。

ピストルズまでがぞろぞろ出てきてソーダソーダと指を指す。

な…んだこれ…なんだこの…シュール…

「…ちっ…」

かなり痛いトコ突かれ焦る、しかもこいつらガチのガキ…

勝手に助けられて協定結んでちゃんと情報提供したのに

約束破られた被害者こっち…のはず…なんでこうなるッ!

「めんどくせえっ…これだからガキは…

 だから何だよ「お願い」とやらはよ!」

 

言われると通せんぼしてたジョルノがハッとした顔して、

だだだだだッと席に戻りバッグの底持って逆さに振った。

ばらばらっと中身が全部ソファーに散らばる。

落ちた四角いものとペン引っ掴みまただだだだッと戻る。

「こ、これ…ここに」

オレいったい何見てんだいま、と年長二人自問、

ルックスと動きが究極的に分離してる…

 

「サイン」

「は?」

 

…色紙?、

に見えた。

チームの皆のクソかっけぇ写真編集しデジタルプリント。

 

 

リゾットよなんで防犯カメラでまで立ち姿そんなキマっ…

 

 

違ぇうっかり惚れ直してる場合か、

お…ねがい、…て、…それかあぁ?

「…や…え…」

激しく困惑、基本真面目。

 

「ここに!」

下の空白部分バンバン叩いてペン突きつける、

「書いて!」

「危ねっ…よこせバカ!」

コイツの「補修」のせいで先端恐怖を発症しそうだ、

切実にいろいろと危険を感じペン取り上げカリカリ、

「こ…これで…いいか?」

もう帰れいや帰ってくれ後生だからよ…と少々震える手が返す。

 

と、パアァァァ//////と空気に手描き効果音がついた、

 

 

…気がした。

 

 

「はっ。」

短い気合と一緒にジョルノは色紙の両端をぱきんっと

小気味良く折り曲げた。

ペリッと裏表を剥がすと長方形の中身が現れる、

ぱかんっ、とミスタとピストルズの顎がまとめて落ちた。

「な」

正面で氷使いフリーズ。

色紙の中から出てきたのは…

ばららっ、と華麗にそれをめくりジョルノがキッと見上げた。

「チェック完了、サインよしッ、」

壁にパシィと押し付けていつの間にか握ってた判を叩き付ける、

 

「決済完了ッ!これであんたはッ!パッショーネ親衛隊だ…ッ!」

 

箔押しと地模様のびっしり入った豪奢な紙。

無駄にでかでかと記された「親衛隊加入契約書」の題の下には、

前もって記されてたジョルノ・ジョバァーナ直筆サインと判と、

たった今書かされた自分のサインとが、がっつり…入っていた。

「…何…だっ…て、」

コーティングのそこだけ窓に?しまった写真に気ぃ取られてッ、

は…

ハメられ…た?

 

立ちすくむ横でミスタの顔面がヒクつく、

「ジョ…ジョルノ、…さん?」

「フーゴですッ、契約文も全部…っと、」

取り上げようと伸ばした手をかわし部屋の反対隅へ逃げられる。

「て…てめぇ…よ」

ダッシュの足がもつれガクンとのめる左脚が焼け付く、

「危ねえーっ!!」

ミスタが腕を掴みキャビネットに突っ込むのを防いだ。

そのままがっしり抱え支える、胸元の激痛も背まで突き抜けて、

一瞬視界が暗くなったが頭を持ち上げ睨み付けた。

ジョルノはガウンの胸元に契約書抱えて身構える。

「渡しませんよ!目を開けてくれた時から用意してたんだっ!

 あんたが僕を信用出来なくて壊れたフリしてた間もずっと、

 話を聞いてもらえるようになるのを、僕は待ってたんだよ!

 どうせ普通の方法じゃああんたは契約なんかしてくれない、

 煮詰まってたらフーゴが何とかするって言ってくれたんだ!

 僕がどうしてもあんたと組みたい、雇いたいと言ったから!」

「…はあぁ!?」

大将が大将なら影武者も影武者かッ!!

ソレが病室に通ってきてた「他の理由」…ってか?

 

組みたいだって?何言って…なんで、わからんがそれより、

「泣いたのは芝居か…汚ぇ…」

諦めていた二人の姿と大将の遺品、心遣いに感謝していた、

思い出話など出来る相手がまた現れるとも思ってなかった、

楽しかった、疑われず真実を伝えられたことが嬉しかった。

何も解らず逝くよりマシと「助け」られたことに納得した、

干からびていた心が漸く動いて心残り無く逝けると思えた、

好もしく感じ信じただけに本当に…本当に幻滅し傷付いた。

「違いますッ!けど「お願い」聞かずに死のうとしたのは

 そっちじゃあないですかっ!約束破りはあんたが先だっ!」

一歩も引かぬ緑の瞳が潤んだまま睨み返した。

「…っ…」

 

返事が出ない。

んなこた解ってんよ…が…情報はちゃんと…ありのまま、

抱え込み閉じ込めてた狂うほどの悔いも恥も総て晒した、

おかげで全部…全部思い出してしまった苦しい…苦しい、

詫びたい逢いたい惨めだいつまでこんなところに独りで、

やっと終わるはずだったのにそのために戻ってきたのに、

思い出せば出すだけ…何も取り戻せないその事実までが!

「い…い加減に」

視界が赤く染まる、刺激するだけしといてまだ茶番をっ!

空気読めやクソガキが何のための極上の脳みそだ、

この場所にすら!、もう誰も居ないというのにッ!

「危ねえって!ジョルノの修復が痛ぇのは知ってるっ、

 あの程度の鎮痛剤じゃあろくすっぽ効いてねーだろ!

 病み上がりが死ぬほど刺されたんだぞ、動くなよォ!」

抱えた腕を振り解こうとするが筋力の落ちた今は

転ばせまいと踏ん張るミスタの方が強く離れない、

脅かしても詰ってもクソガキは食い下がってくる、

その影武者の手口ときたらまるで…まるで誰かの、

付き合いきれるか、何の恨みでこんな…屈辱…ッ、

 

「余計な世話だクソがあああああ!!」

 

あまりのままならなさに遂にブチギレる。

 

「ざけんじゃあねえぇッ!どいつもこいつもコケにしやがって!!

 誰が助けてくれと言ったッ…なんでそう構いやがるウゼぇッ!!

 オレの大将はリゾットだ、誰がクソガキにくれてやるかあぁ!!」

 

漸く痛みの薄れた咽喉の傷がまた爆ぜるほどの咆哮。

歯噛みして開いた右掌が胸に押し当てられた。

あ、とジョルノが喘いだ、

 

 

「んなでけぇモン取りこぼしてオマエならどう生きるッ!?

 これ以上腐っちまったらッ…オレが誰だか…

 あいつらわかんなくなっちまうだろーがあああああッ!?」

 

 

絆と未来に溢れかえるお綺麗なツラに本音の本音を叩き付けた、

目を見開いたクソガキがまた泣きそうになったが知ったことか!

話したいのに思い出したくないこうなると心の底で知っていた、

だから話しだすまでがあんなにキツかったんだそうだったんだ、

後からこんなに苦しいのなら麻痺したままで死ねれば良かった!

大将には悪いがなにも撃たれなくたって手はある、

一番好きな場所でなくてもすぐ傍だ許容範囲内だ、

意識さえあれば能力は使える脳だけ残しこの身体全部凍らせる、

細胞全部ブッ壊せばクソガキがどう頑張っても蘇生出来まいッ!

「待って!話を聞いて一つだけッ…あと一つだけ!」

「え…何…やめろ!」

やかましいざまあみろもう誰も何も信じねえ、

死人を利用するなと言ったのによくも二度も、

もし出血が少なければこうするつもりだった、

胸の皮膚から静かに…凍りだすまずは…心臓、

 

 

「待ってよ動画はまだッ…あるんだッ!見つかったんだッ!」

 

 

 

 

 

 

え、

 

 

 

…と、

空白。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…、」

顔を上げた前でジョルノが座り込んだ。

膝ががくがく震えてる芝居でこんな動かし方できない、

止まってくれたことに安堵し膝が崩れた…そう見えた。

「せ…正確には、あの動画の、…消されてた部分…が、」

 

何…、

何だって…

 

ジェラート…が、そこだけはと隠した…核心?

ステルスに徹していたあいつは…姿を残すのをなぜ…許した?

都合も気持ちも話さなかった、問えば笑ってばっかりだった、

…もしかしたら、

 

けど、

 

怖気づく震えが走る、

…今更…だ、何か知ればまた…もっと…

 

 

秒で殺されるのが解ってるくせに離さねえ腕、

怖ぇくせに勝算ねえのに絡みやがるクソガキ、

顔泣き腫らして見苦しいんだよイライラする、

こうすべきだった、

でもやらなかった、

たった一言言えてたら誰も黙り続けはしなかった、

今も世界のどこかで一緒に魔術師やっていられた、

たった一言…誰かが…、…オレが。

 

 

 

 

「心配だ」と。

 

 

 

 

やめ…て…くれ…キツい…解れよいっぱいいっぱいだ…

ムリなんだ押し潰される…もうこれ以上…背負えねー…

 

大きすぎるガウンの袖が、見下ろす色白の顔を拭った。

どくん、と。

チラと一瞬だけ袖口に見えた見覚えのあるものに胸が鳴った。

 

ああ…、

そんなとこに…あったのか、…他はみんな…焼いてしまった。

 

「僕も…見てません…見せてもらえなかった。

 どうしても、…ほんとにどうしてもダメで、

 詰んじゃったら、その時は一緒にごらんよって。

 駆け引きなんか考えずにただ見てごらん、って。

 逆効果かも…これでダメなら、仕方が無いって。」

信じられるかよと撥ね付けたかったが…能力が働かなかった。

心の半分が怯え、残る半分と身体とが「知りたい」と訴えた。

縋り付く少年の眼。

信じてほしいのに疑われる痛みは骨の髄まで沁みていた。

「フーゴが…あんたにそう伝えてほしい、と。

 一緒に…見て。…それだけ…お願いします。

 もう僕には手が無い…カードは全部使った。

 ガキだって事まで…武器にしたってのにさ…

 あんた…手ごわすぎだ…小細工は通じない。」

笑おうとして泣きそうになり唇を引き結ぶ顔。

お願いします、と床に手をつき…力の抜けた声が認めた。

 

 

 

「…あんたの、勝ちだ。」

 

 

 

打ちっぱなしの床の上で、壁に立てかけられたモバイルが、

「その動画」を再生した。

ジョルノは本当に立てなかったから、そこで見ることになった。

ジェラートは撮影した男の子でなく、同行した父親を操作していた。

父親は帰宅し指示された箇所を切って消し、それを忘却させられた。

もらいたての新しいチップはその後何かを上書きされることもなく、

少年の宝物として大切に保管されていた、…カメラが喪われた後も。

フーゴはデジタルビデオのメモリーチップを少年から借りていたが、

ふと思い立ち、消された可能性のある他のファイルの復元を試みた。

幸い前述のとても幸運なコンディションのチップであったがために、

まるで小さなタイムカプセルを掘り起こすかのように、

残されていた消去部分は、完全に復元されたのだった。

 

 

 

それは短い動画だった。

 

美しい舞踏を誰もが忘れ去り、てんでに踊りさざめく店内で、

ほんのちょっぴりだけ寂しげに懐かしい二人が寄り添い佇む。

通った誰かにぶつかられたのか少年のカメラは大きく揺れた。

天井、壁、人々の顔…でたらめになぞり構え直したその前で、

陶人形じみた小さな顔がひっそりと覗き込んでいた。

凛とした顔立ちの中、印象的なのは眼。

目頭と目尻がくっきりし猫を思わせる。

瞳孔だけ目立って一瞬ギョッとするが、

よく見れば淡い淡い水色の大きな黒目。

氷の破片をはめ込んだような、吸い込まれそうな綺麗な眼だ。

性別ばかりか年齢すらも定かでない造作と色香、滑らかな肌。

 

唇が開き何か言いかけ。

けれど閉じ、人恋しげにまばたきをした。

『天使なの?』

少年が問う。

『ちがうよ。』

ふいとその顔は画面から消え、息だけの囁きが答えた。

『声が出ないの?』

『うん、今はね。』

厳しい顔立ちの黒髪の男が後ろから来て隣にしゃがむ。

東洋の顔、鷹の色の眼が複雑な血を語る。

画面の端で蜂蜜色の短髪が軽く揺られた。

『そうか。』

僅かにざらつく低い美声が独り言のように。

そっと手を伸ばす、カメラが揺れた、頭を撫でた?

 

身を起こし、小さな顔がまた現れ、仲よく並んだ。

二人ともとても優しい顔だった。

『君は覚えていてくれる?』

耳を澄ましてもよくは聞こえないけれど唇が囁く。

『忘れないよ。』

幼い返事。

『ありがとう。』

息だけの囁きと、アイスブルーの瞳の潤み。

『うれしいな。』

 

 

 

氷菓の名をもつ声を出せない彼が、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

震える息が…モバイルに掛かる。

「…、…を、」

伸ばされた指が液晶の中の短髪を撫でた。

ミスタは肩の背後で両手でしっかり支えていた。

床に座り込んだままのジョルノが目を上げ、見遣った。

 

「…礼を…、…言う…」

 

ぐらり、と、…傾き、頭が落ちた。

「!」

血の気を引かせたジョルノが手を伸ばすが、

「…、大丈夫だ、」

引き起こしたミスタが確認しほっと息をつき言った。

「眠ってる。…大丈夫だ、もう。」

規則的な寝息にジョルノもほうっと息をつき天を仰いだ。

「よ…よかった…」

どっちに転んでもおかしくなかった諸刃の剣。

古巣も自身も彼らが最も望まぬ姿となった今。

自責が先走れば瞬時の発狂か自死が有り得た。

「よくやったぜ。頑張った。」

「いえ、僕じゃあなくて…フーゴと、この人…」

ミスタにもたれ深く眠り込む寝顔を見る。

「ああ。まいったな。…強ぇ。」

あれほどの理不尽の泥底…何重にも殺され続けたというのに、

遺されたものを正しく受け取る感覚まで喪くしていなかった。

 

二人が本当は覚えていてほしかったこと。

忘れられるのが辛いと言えなかったこと。

 

少年に向けた言葉を通し、彼は「生きろ」と師らから望まれた。

底知れぬ悔いや哀しみの深さに挑む覚悟を決め、迷わなかった。

ここまで運び殺してくれる相手だからと、あんな変質者にまで

感謝するほど死にたがってたくせに、即断と気力には舌を巻く。

いい男だッ、と、目を細めたミスタが惚れ惚れと寝顔を評した。

悪い意味でも良い意味でもどこまでも彼は果敢な獣なのだった。

 

 

「護るって発想無かったとか言うけどよー、護ってたんだよな。

 二人を見て聞いていろいろ教わって覚えてる、そんだけでさ。

 二人とも、そうしてくれる相手が欲しいからこいつらのこと

 命削るくらい大事にした…そうなんだろ?」

そうでしょうね、とジョルノが頷く。

この上なくシンプルな使い勝手の良い、しかし見方によっては

本体たる二人にとって、これほど残酷な能力もないものだろう。

信じてほしい、忘れないでほしい、死なないでほしい、そんな

人であれば抱いて当然の欲求を叶えるハードルが並大抵でない、

カタギの世界に居場所など無い、裏の社会に来るほかなかった。

類稀な癒しの声をそのまま形に顕した「ドリーム・シアター」、

無私の献身と秘めやかな心遣いそのものである「バングルス」。

敵対すれば恐ろしいが、二人の人恋しさと明るさは分身が語る。

忘れられると知っても人波に遊ぶ、仲間に依頼にがむしゃらだ。

 

なのに仲間たちを巻き込むまいとする執念の苛烈さを鑑みれば、

リゾットに拾われる前の「家族の全滅」はたぶん一度ではない。

亡くした家族に呼ばれた名を捨てるほど深く酷く傷付いていた。

 

「安住の地が手に入らない、作るしかない人達だったんだもの。

 流儀を決めるまでどれだけ試行錯誤と絶望を繰り返したのか…

 受け入れたリゾット・ネェロの懐の深さだって規格外ですよ、

 この人も言ったけど、僕らのブチャラティと近いものがある。

 絶対に何かある筈だとは思ってたけど、まさかここまでとは…

 フーゴはどこまで予想してたのか…僕では勝てないことまで?」

少し悔しそうに手を伸ばし、寝息で上下している胸に触れると、

右掌のかたちの凍傷になってしまったところを補修しにかかる。

凍結で破壊されモノになった組織を元の生身に造り変えながら、

損傷のひどさにため息が漏れた。

「ああ、深いな…こんなのお医者さんじゃあ助けられないよ。

 油断も隙も無いのはどっちさ。死人を利用するなったって、

 僕はリゾットから二度も、バトンを受けちゃったんだから。」

存在を掛けた叛逆と、彼の命と。

大将や師匠の言うことしか聞かない超難物相手の無理ゲーだ、

無断で手伝わせたことを怒る小者だとは断じて思えなかった。

折り重なった不幸によりただ一人しか遺せなかったとはいえ、

リゾット、ジェラート、ソルベ、とりどりに見事な「親」だ。

地の底の寒い城跡…こんなところで習えるとは思わなかった。

 

せこ過ぎる反則でサイン取った契約書を見て微笑む。

「こんなのは周りを納得させるための形式的なものです。

 彼は僕の命令なんかきかない、納得した事しかしない。

 だけど役回りなら必ず解ってくれる、それだけで充分。」

ジョルノが落とした毛布を引き寄せながら、ずっと気になってたのに

はぐらかされ続けたことを、ミスタはまた問うてみた。

「なあ、そろそろ教えてくんねーか?お前こいつに何させる気だ?

 こんだけ協力したんだからよー、オレにもいっちょ噛ませろよ。」

なんにも知らずに組織ぐるみでこいつらに乗っかっていた、

こいつの大好きな師たちのことも噂を信じバカにしていた、

解ったからには何かしてやりたい、訴える黒い瞳を見上げ、

明るい緑の瞳が爽やかに笑った。

「僕に出来なくて、彼にしか出来ないことです、いろんな意味で。

 でなくちゃあフーゴも応援なんかしてくれるもんですか。」

「何かってえとフーゴ。オレ最近、仲間はずれなってねぇ?」

毛布で肩を覆ってやりながらジト目。

「ミスタも頼りにしてますよ、ただ傾向が別ってだけです。

 一番頼りにしてるから一緒に来たんです、解るでしょう?

 何事も適材適所。それだけの話です。」

 

はてさて…、なんでこうもったいつける、言いにくいのか、

怪しいな…やべぇニオイがしてきたぞ…とミスタは笑った。

「わーったよォ。もういい、見てりゃあいずれ解るんだろ。

 さ、帰ろうぜ、…みんなでな。腹減ったし咽喉も痛ぇや。」

よいせ、と抱えた身体を抱き上げる、体重落ちててくれて幸いだ。

よく寝てるいつから熟睡してなかった?つか睫!長っ!ざけんな!

「はい!」

膝を撫でてジョルノは立ち、ビジネスバッグに書類だのペンだの

モバイルだのを手早く詰める。

コートと手袋を掬いタタッとランドリーのある風呂場へ駆け込む、

大急ぎで着替え…だすかと思ったら、

 

「…ええっ!?」

 

突然聞こえた声が裏返ってたから、どした?と声を掛けたら、

返事もせず、すぐに着替えて顔を出した。

フーゴの手袋しっかり嵌めて、小脇にはガウンを抱えている。

「…持って帰んの?」

サイズ合わねーのに、つか誰んだよソレ。

「もらうんですよ。お護りです、…悔しいけど。

 いいですよね、家賃と管理料、僕なんだもの。」

とか言いながらも悪戯っぽい子供っぽい顔して笑っていた。

 

殺風景な室内を晴れやかに、きらきらした瞳が見渡す。

「ここはこのまま残しましょう。彼がいいと言うまで。」

訪れたときの陰鬱はもう感じられなかった。

殺風景な部屋はただ静かで、ただ広い。

ああ、とミスタも頷く。

「魔術師たちの帰る家、か。」

ジョルノが答えた、

 

 

 

 

「リゾット・ネェロの城、ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 *

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ…

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいねえ…いなくなった…

行っちまったんだな…置いてきぼりか…

 

 

 

 

空っぽだ…何すりゃあいい…わかんねえぞ…

人間になって過ごしたのは…ずっとここだっただろ…

所在無く歩いてみる、動物園の獣かよオレ。

 

ん…?

 

何だ…これ…

手に取った。

 

 

 

 

また場違い…

でもねえか…

あいつの忘れモンだな…

魔法使いだったからな…

 

 

 

 

悪くねえな…キレイだ…

なんか…似てるし…

うん…

いい…

 

 

 

 

とはいうものの…

 

………

 

 

 

 

ち…しょうがねえなぁ…

時間できたことだしな…

 

 

 

 

 

しげしげ眺めて形を頭に焼き付けた。

辛くない夢だって…あるものらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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お疲れ様でした、次で最後です。

趣味炸裂で大変なことになっておりますのでご注意ください。

 

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6話中の5。連結パーツまだ増えるッ。


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その6(完)と、後書きのようなもの

 

 

 

 

 

*******************************

エピローグ、おとぎ話の大団円…といえば聞こえは良いものの、

こっから先は趣味しかありませんがお覚悟よろしいでしょうか?

いんじゃね?と仰せの勇者のみスクロールお願い申し上げます。

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四月。

 

しばらく寒暖を繰り返したネアポリスはここ数日の陽気に華やいでいる。

町には観光客がそぞろ歩き、見下ろす庭園のそここには春の花、

新たな側近を迎えたあの日と同じにジョルノは風に吹かれて窓辺に居た。

ただしメンタルは壊滅的だ。

 

「…詳しい説明を聞きたい…」

 

震え声を聞き、傍らの飾り台の上の亀が申し訳なさげに頭を引っ込める。

背後に控えた側近たちが顔を見合わせた。

全員既に「それ」をゲットし済みだった。

 

 

「シーラ。」

片目に星をメイクした美少女が踵を合わせる。

「はい、ジョルノ様。」

「君はどうして貰ったの。」

序列6位、シーラE、パワー型スタンド戦士、親衛隊先鋒・兼・遊撃隊。

「葬儀の騒ぎで「シロッポ」と「カッサーティナ」にアレを見せるなと

 事前に言われましたが、彼らが望むので止めずに最後まで見せました。

 理由を言わねーとシメると言われたので、彼らの言い分を伝えました。

 あなたは優しいから、悲しいから、怖がったりしないで見たかったと。

 あなたはやはり優しい、ひどいことのようでも苦しませなかった、と。

 本部十週走らされましたがその翌日。ガキ共がねだるから持っとけと。

 以上です。」

むうっ、と座った目が睨む。

「仲悪かったんじゃあなかったの君達。」

「よろしく付き合うようにとおっしゃったのは他ならぬジョルノ様です。

 私が彼らをクズと感じたのは、任務を楽しんでいるかに見えたことと、

 麻薬利権に執心があるように見えたことですが、どちらも違いました。

 よその部署や幹部達のように、私を小娘とあなどりもしませんでした。

 彼が私を嫌ったのは、毎度嬉々として経費の申請書を突っ返してくる

 嫌がらせ側だったからですが、私が遺族と知ると態度が変わりました。」

「仲直りしたのは良いことだけどさ…それは喜ぶべきことなんだけどさ…」

整然と説明されて釈然とせず爪を噛む。

 

「仲直りとも違いますが彼は有能です。」

「ああ解ったよ仕方ないな。ムーロロ!」

序列7位、カンノーロ・ムーロロ。

ボルサリーノ帽がトレードマーク、情報部の凄腕、護衛も兼ねる。

左頬が腫れて派手な青タン作っている。

「はッ。」

「どんなこすズルい手を使った?」

整ってはいるが暗めで地味な顔立ちが複雑な表情を浮かべて答える。

「ジェラートとソルベにあしらわれ、顔すら忘れていたというのは

 私にとって非常な名折れでありましたので、例の動画を熟見して

 彼らの肖像画を描いて贈りました。…すると胸倉を掴まれまして、」

「それで、それ?」

左顔を指差す。

「いえ。こういうのの描きかた教えろオレは絵心がねーからな、と。

 しかし自覚なしのウソですな、絵心無しであの美しいスタンドの

 形状再現など無理、コツさえ掴めば…と答えたら、渡されました。

 要するに授業料です。…強制ですがね。」

「じゃ…じゃあなんで殴られてるんです?」

それは、と、帽子のつばを摘み俯く。

「口が滑ったのです。「その時」もしもソルベが指示通り逃げれば、

 二人とも助かったのではないかと思う、ジェラートなら芝居でも

 駆け引きでも何でもして、旧親衛隊ぐらい手玉にとったはず、と。

 ブン殴った後、てめーは全然解ってねー、と踏んづけられました。

 虎の尾を踏んでこの程度で澄んだのは、絵が気に入ったからかと。」

いや芸は身を扶くとはこのことですな、とかペラと写真を向けられ、

若いやんちゃな彼と二人が仲良く描かれている睦まじい絵面を見て、

色白のこめかみにピクピク青筋。

 

 

「あざとい!ポルナレフさんは!」

亀を振り返る。

『立ち話をした。』

のそり、と首を上げた亀が咽喉を震わせ奇妙な「声」で答えた。

序列2位・ココ・ジャンボことジャン・ピエール・ポルナレフ。

今は亀の肉体の中だが歴戦の勇士、暫定だが組織の参謀トップ。

『三つ質問され答えた。それだけだ。』

「聞かせてもらっても構いませんか?」

飾り台の前にしゃがみ亀と目線を合わせる。

現実離れしたファンタジックな画だが王子然とした容姿が妙にハマる。

 

『構わんよ。「人の心にすげー敏感な奴が、特定の誰か一人にだけは

 やたら鈍感なのはどうしてなんだ」とか。私は専門家じゃあないが。』

ジョルノが大きく目を見開き、顔を寄せる。

「それは僕も聞きたいです。どうしてでしょうか?」

生死の境でも変わらなかった不可思議な優先順位。

亀がゆっくり頭を振る、

『甘えたかったんだと思う、と答えた。何かとても嫌な辛い目に逢い、

 その人だけは安全、無防備でいていい人、そう決めていたのかなと。

 敏感であることは警戒があるということだ。装ってるうちに本当に

 そうなったが、それは幸せな約束事だった。…納得したようだった。

 専門家の見解じゃあダメなんだそうだ。そういうのは違うんだ、と。』 

「…なるほど…他には?」

台の上、顎の下に手を重ねる、…あどけなさの残る少年の横顔。

 

『誰かの名前を絶対に呼ばない奴がいた、他人に紹介したりする時は

 その名を使うんだが、何故だか解るか、と。』

「そうだったんだ?へえ…、それはどうして?」

先生を前にした学生そのものだ…こういう瞬間があれから増えた、と

シーラとムーロロが同じように思い見つめる。

過度に張り詰めた痛々しい感じが薄れ、代わりに柔軟さが増している。

何もかも独りで背負い込もうとし「過ぎ」る近寄りがたさが遠のいた。

『自分だけが知っている、何か別の名で呼んでいたのじゃあないかな。

 たとえばだが、出生届にある本名。二人きりの時や、心の会話では。

 口には出さなくとも、相手にとって特別な存在でいたかったのかね。

 私には日本の友人が何人かいるんだが、何か共通した気配がするよ。』

「…そう…ですね。そうかもしれない。」

語らず察し合う国で生まれたジョルノには響くものもある。

どこからどう流れ着き寄り添ったのかは、知る由も無いが。

 

『三つ目だ。いつかはあいつらのために泣いてやれるんだろうか、と。』

「それは…」

質問ではない、との語尾をジョルノは飲み込む。

サバイバーズギルトというが「考え過ぎではない」から逃げ場が無い。

救う場面と方法は明確に在り且つ彼と彼らにしか出来ないことだった。

「サルディニア」の意味を聞くだけで師の終幕を読み解くほどの男だ、

幾千幾万の言葉を連ねようとも、聡き者の自責を打ち消す魔法は無い。

愛おしむ心や笑みを取り戻してもそれは常に取り戻せぬ現実と一体だ。

自らへの罰にしか向かわない、…赦す方向である涙…どう取り戻すと?

 

「…答えたのですか?」

『私にも解らない。…が、代わりに泣いてくれる者もいる。大切にと。』

なるほど、求められたのは専門家の「見解」ではない。

ほう…と息を抜き、午後の光の中、明るい緑が潤んだ。

「彼は、なんて?」

『黙って、私の背中に「これ」を落とした。』

ポウ、と亀の背の上に魔道具めいた一本の鍵が浮かんだ。

氷色のアクアマリンと金茶のキャッツアイが光る、古風な美しい造り。

 

 

しかしそれが現れた途端、せっかく感動的だった空気がいきなり全壊。

機嫌直しかけていたジョルノが今度は憤慨せず垂直降下で落ち込んだ。

 

「だから!なんで出歩かないポルナレフさんにまであげてるのに、

 僕にだけ鍵よこさないんですか!ミスタもフーゴも、とっくに、」

振り出しに戻…りかけたが、

 

「そりゃあ君がいけないなあ、ジョルノ。嘘やタテマエは禁物だ。」

穏やかに微笑みながら豪奢な金髪の美少年が入室し場が華やいだ。

窓辺に観葉植物の鉢植えを置く序列4位、パンナコッタ・フーゴ。

ジョルノの参謀にして影武者、お兄さん、いざとなれば最終兵器。

「契約の件は僕と一緒に許してくれているけど、その後がダメだ。

 聞いたよ、君、彼にしょっちゅうチャージしに行ってるだろう。

 使わないとパワーが落ちるから役立ててあげます、とか言って。」

ムッとした様子でジョルノが立つ、

「だって、首やっちゃったせいか時々頭痛がするって聞いたから。

 レクイエムから無理に引き出した力が不安定なのもほんとです、

 ちっとも使えない時だってあるんです、べつに嘘もタテマエも…

 だいいち傷の補修したの僕なんですからね、責任というものが、」

「そのタテマエが嘘だから逃げられているんだよ、勘がいいんだ。

 基本、触られるのが嫌いなんだと思うよ、僕も苦手だから解る。

 ガード固いだろ、衰弱してた時に立て続けに痛い目みてるもの。

 恩師を「そういうの」から護るのに悪戦苦闘もしてたんだって?

 それを嘘ついて触りまくったら、いくら味方でもヒいちゃうよ。」

 

話の意味を悟ったシーラとムーロロの眉間に同時に縦皺が寄った。

フーゴは相変わらずニコニコしながら、理論武装をポイ捨てされ

一気に旗色が悪くなった新米ボスに顔を近づけて、声を落とした。

 

「認められたい人に褒められたりお礼されるのは嬉しいもんだよ?

 で、恩着せてなんか良いこと言って、見返りを期待…違うかい?」

「~~~!!」

 

ふしゅううっ、と、絶世の美形が耳から湯気吹くほど赤くなった。

いじけ虫のいじめられっ子だったジョルノに自信と信頼を教えた

原体験の相手は、親でなく不言実行の律儀なギャングだったとか。

ブチャラティだって、誰もが知る親分肌の生真面目な男前だった。

判り易い正解のしるしに、ああ…と、親衛隊の姫が頷く。

「目下のご寵愛というわけですか。」

認めてほしいとジョルノ・ジョバァーナに思わす格の漢は稀だが、

稀だけにいざ出会うと…つまりこうなるらしい。

「ついでにスキンシップにお目覚めになったと。」

「わざと誤解を招く言い回しを選んでないかな!」

 

男惚れ体質とでも言ったらいいか。

共感し命がけででも望まれる形を顕したくなる。

なおお近づきになる手段を致命的に誤った模様。

 

『言ってはナンだが、君の回復能力自体もかなりその、印象がな…

 傷塞ぐのにフォークをブッ刺したと聞いたが、どうかと思うぞ…』

「だ…だって出血…血を補充…しないと」

遠慮がちに亀参謀が追い討ちカマし、気にしてなかったボス蒼白。

敵じゃあないのにイタイコトする獣医師が患畜に噛まれる構図ッ!

しかも野生動物と仲良くなろうと触り過ぎて警戒されまくりかッ!

ふむ、と、多芸な古典的ギャングもニヒルに笑った。

「ああ目立ってはじゃれ合いすら憚られる、鬱憤も溜まりますか。

 素直に頭ポムポムしてくださいとおっしゃるのをお奨めします。」

「そういう余計なこと言うから殴られるんだよ君はーッ!!」

 

実際…

ジョルノの狙いどおり、彼は呆れるほど役にハマり「目立った」。

あの日、夜まで昏睡し目覚めた彼は一言だけ言った。

「オレを有効活用してみせろ。」

望むところをド正面から突く再起動の覇気は、武者震いを誘った。

 

齎した「効果」が最高の舞台で最大限に発揮されたのはつい先日。

去る四月六日、ブローノ・ブチャラティの命日をもって、

新旧交代劇で逝った友たちは新設の「功労者の墓所」に葬られた。

ジョルノの盟友ブチャラティ、アバッキオ、ナランチャ。

旧ボス配下だが恩ある後見人、ヌンツィオ・ペリーコロ。

加えて旧上層部の不実不正に初めに非を鳴らしたとして、

リゾット・ネェロを筆頭とする悲運のアサッシーノ八名。

嘘でもないが本当でもない。

人たる所以をくれた者への感謝と懺悔に殉じたなどと、誰が知ろうか。

過去の彼らの功績を組織として遇するのは難しく、英霊も必要だった。

組織の懐刀からの転落劇も目を引く容姿も若さも、それに適していた。

茶番だが泥の底よりはマシだ、役に立ってやってくれ、とは彼の弔辞。

実像の冒涜をあれほど憎んだ男だが、黙って片棒を担いでくれたのだ。

タテマエが何であれ、彼らは紛うことなき「功労者」だったのだから。

 

その際、影武者を用いず自ら献花する首領「ジョジョ」の首を狙って、

麻薬利権の旨みを忘れられない裏切者の一団が、葬儀の場を襲撃した。

下克上の期に漏れず、ジョルノは歴然と強く聡明な本物の腹心のみを

序列の上へ置いたので、ディアボロ相手の「世渡り」巧者ほどそこに

食い込むことを許されず、それを我慢出来ぬ一定数は想定されていた。

小僧に頂点に座られたばかりか小娘や苛めぬいてきた暗殺屋までもに

序列の上へ並ばれた悔しさも、仕返しされる危機感もあったのだろう。

後に言う、「新生パッショーネ最後の動乱」だ。

 

きな臭い動きは事前に予測されていたものの規模の桁だけは違った。

手を組んだ他国の麻薬ギャングの一個小隊と重火器までも持ち出し、

幹部たちの家族を人質に迫った敵「軍」に、

これも後に言う「ジョジョの盾」たちが研ぎ澄まされた牙を剥いた。

 

序列3位、グイード・ミスタ、百発百中、魔弾の射手。

快活な平素から一転、急場での静かなる集中を武器とする、最側近。

 

そして序列5位、ギアッチョ。

Tigre di ghiaccio 、氷結の虎、誰が呼び始めたのかは定かでない。

完全復活したその肉体は、銃弾も刃も炎すらも一笑に付す白き魔獣。

向けられた火器の束を捕捉不能に突き抜ければ爆薬が順に凍り付く、

腕の一振りは人質たちと襲撃者どもの間を硬い氷壁で完全に遮った。

人質を奪還された敵の乱射は足元から突き上げた氷柱にかき乱され。

両脇に追い付くシーラとムーロロ、背後からピンポイントで敵兵を

片端から撃ち倒すミスタ、三人共まるで生き物のように生成消滅を

繰り返す氷壁に護られ掠り傷一つ無く、重火器は忽ちスクラップに。

可憐な分身を三体同時に高速操作した師に手を叩かせただろう精妙。

以前より伸びた効果範囲に加え地下の水道管がとどめに活用された。

「メッセンジャーを、二人。」

命令に傭兵二名が紙屑のように飛ばされ、生き残りどもは地表から

噴き出た水が巻き上がり凍ったドームに数瞬の間に追い込められた。

恐怖し中央で犇く眼前、真半球の穹窿越しの包囲。

丘を吹き渡る風、四枚の盾と黄金の「ジョジョ」。

「…「躾」を。」

静寂、上がる腕の優雅。

双眸に白熱の憤怒のみ。

 

 

「ホワイト・アルバム…「グラス・オニオン」。」

 

 

パキィ!、と。

フィンガースナップ一つ、直後、ドームが破裂。

「内側」へ。

轟音は遅れて響いた、氷は虹纏う飛沫と化し煌いた。

残された二名の絶望の唱が、丘の上の墓所を彩った。

「ジョジョの友」の弔いを穢した末路は一塊の赤いオブジェであった。

漆黒の狼と鷹の頬を緩ませたであろう華麗なる殲滅のイリュージョン。

密閉状態で内部の気体を座標を絞り一点凝集・固体化する減圧攻撃だ、

真空中での損壊と全方位から刻む氷刃、惨くはあるが苦しむ暇は無い。

あの日のジョルノの言及を上位互換した、超絶技巧のお披露目だった。

常人の目には魔術にしか見えない、下手するとスタンド使いの目にも。

唾棄の対象であった暗殺のイヌは三年の時を経て魔術師に返り咲いた。

虚脱状態で二名が送り返された後、パッショーネにちょっかいかける

裏社会の者は絶えて無くなり、組織内も格段にまとまり引き締まった。

人質の家族を救われた幹部たちの深甚な感謝と心酔は言うまでもない。

 

街を保ち共存する為には組織内の不実も不和も有ってはならなかった。

ハンパな強さゆえに外部からの侵略を許すのも有ってはならなかった。

 

圧倒的な力と美、加えてエンターテインメント性を兼ねた「親」。

自身の絶世の容姿をも活用したジョルノの組織再生の戦略だった。

かつて戦った敵を強く欲するようになったのも、構想の要として。

唯一無二の威と型にはまらず読めない行動様式をもつ最強の衛士。

操るのは、世にも稀なる「可視のスタンド」、それも実に美しい。

組織の雄飛を支えた鬼才らの手になる「最高傑作」たる氷使いは、

葬儀以後組織のスタンド戦士を畏怖と崇敬をもって完璧に束ねる、

そのうえ転落を生き抜いたからこそ幹部個々の性格と泣き所とを

実によく識っている、睨みが効く、ここまでの適任者は他に無い、

 

危険上等で求めたのは「最強最美のワル目立ち要員」なのだった。

 

この存在のトンデモさを前にすれば、美貌で小僧の首領だろうが

亀の参謀長だろうがまだあどけない美少女の鉄壁だろうが普通に

説得力をもってしまう、新旧交代劇の無理すぎる設定すらも霞む。

まだ腹心が少なくおぼつかない状況を乗り切るための苦肉の策だ、

ずっとそれで通す気は無い、が経験を詰み人材を充実させるまで。

策士フーゴも勇者ポルナレフも快哉を叫ぶ上出来のド反則だった。

 

 

 

…ただし…、「多少の」誤算は生じた。

 

 

 

「本当にカッコ良かったんだよ!演算のくだりとかは凄かった!

 あれ見たら君らだって絶対シビレる、葬儀も捨てがたいけど!」

一つは…首領自身が番犬ならぬ番虎に喰われまくっていること。

戦闘中子供を気遣うブチャラティに即陥ちした性は健在だった。

 

もう一つは、ジョルノの予感どおり、というか予想の斜め上に、

本当に、文・字・通り!、彼がジョルノの支配を無視したこと。

敗因はおおむね契約書の最後の特例的「補則」。

 

「Mago di Santa Chiaraの矜持に反すまじきこと。

 これは前述のあらゆる項目に優先されるものである。」

(意訳:リゾット配下のままで良いので就職ようこそ♪)

 

組織最強「野良幹部」ここに爆誕。

 

がしかしこれが無ければ彼が親衛隊に居つくことも無かったのだから、

笑顔でちょこちょこっと書き足したフーゴの判断は間違ってもいない。

『しかも蓋を開ければ最善の処遇だぞ。』

「聞きました!マインドセットでしょ!」

狂獣のようだった脳の癖を否定せず生存率を上げようとジェラートが

彼に擦り込んだ「仕掛け」が多数あるため、優先順位が複雑だとの話。

座標確定のフィンガースナップや要回復時の爆睡など単純なものから、

(ある程度のセルフヒール可能→寝たきり時にも反復使用で筋骨維持)

クールダウン遅延対策で敵を意識した時は無関係な事でキレとけとか

ナゾなルールを抱えている、不用意な命令は下手すると命取りになる。

内分泌いじると他に影響が出るから個性を削るよりは足し算でいこう、

もっといい方法が見つかったら修正しようねーと掛けたまま施術者が

居なくなったから、野放しで動かしてバックアップするのが最善策だ。

「冗談抜きで「魔法で人にした獣」だったってわけさ!

 マナーの躾までこなすとか、女将さんがプロすぎる!」

モノがボンクラならともかく超高性能の戦闘マシン、精密機器同然だ、

優先順位の衝突の恐ろしさは思い知った、手を加える勇気は…無いッ!

「なんで気付くんですフーゴ、頭どうなってるんです?」

「勘さ。キレるタイミングとネタがね、何かあるなと。

 順当な内容でなら、僕よりよほど沸点の高い人だよ。」

『ははは、戻ってきてもらって良かったなあジョルノ。』

「手綱をつけるのはお諦めを。無駄ですよ、無駄無駄。」

「葬儀の時にもキレかけましたが、ミスタ様は普通に宥めてましたよ?」

「ほんと?どうやって!?」

「漢同士のヒミツ?とか。」

「何それ教えない返し!?」

 

貯金ねーから借金返すまでは働く、とぶっきらぼうに言った氷使いは、

今も「同志」たる小さな部下二人と本部の内外でワル目立ちしている。

幹部扱いで本部内にオフィスと私室を設けても滅多にそこでは寝ない。

サンタキアーラのあの古巣の鍵を交換し、大抵はそこへ戻って休んだ。

部下のスタンド能力で合鍵の作れない錠を設けてしまったものだから、

鍵の無いジョルノは入り口まで行っても立ち入らせてもらえなかった。

「僕だけ露骨に避けといてあの馴染みよう、ちょっとないと思うんだ!」

窓から庭園の隅を見下ろすと、盟友たちの和やかな様子に妬きまくる。

ベンチに掛け長い脚を組んだギアッチョはカッサーティナに髪を預け、

春の日差しの下で何かの文書をめくっていた。

ミスタは息を切らし、シロッポが投げ上げる小石を追い続けている。

地面へ落ちる前に拾うだけだが、一度に落ちてくる数が増えるほど

加速度的に難しくなる。

ソルベからの教えをギアッチョが伝え、今はミスタが没頭している。

強力なスタンドがあろうがまずは素の地力、流儀に完全同意してだ。

本体のチートと超汎用性スタンド、過集中+魔弾のミスタとは近い。

師らもだがジョルノも同タイプだ、来るべくして彼は来たのだろう。

 

 

「いいなあ…混ざりたい。」

頬杖ついてジョルノが呟き、側近達が笑みを堪えた。

意外にも、一番懐かれてるのは誰が見てもミスタだ。

師らの愛おしい本質を初めて解ってくれたスゲー奴。

ポルナレフとフーゴが異口同音言ったから、それで正解なんだろう。

 

 

「どーせ僕なんかタテマエやハッタリばっかりカマすヤなヤツだよ…

 鍵はくれないし相変わらずクソガキ呼ばわりさ…嫌われてるんだ。

 けどみんなの親になる為にはカッコつけることだって必要でしょ。

 僕の親ヅラしたがる幹部たちにナメられるわけにはいかないもの。

 可愛くなくて悪かったね回復ヘタだし。この世のクズさ僕なんか。」

混ざりたいまでは微笑ましかったが、幼少の折のいじけモードまで

顔出すとさすがにマズいとフーゴが焦った。

「そッ、そんなことはないぞジョルノ、考えすぎだって。なあみん、」

振り向いて同意を求めるとなんたることか美少女と帽子ギャングは

揃って横向いてしまい、亀も甲羅に頭を引っ込め沈黙、影武者愕然。

僕一人で対処しろというのか人でなしッとキレたいのをグッと堪え、

滅多なことでは落ち込まない上司を慰める方法を必死で探り寄せる。

「よ、呼び方はほら、愛称、親しみの表現なんだよきっとそうだよ!

 それに君、最後に二番目の動画をちゃんと見せたんじゃあないか!

 最悪の事態を防げたのは君だからこそだ、大丈夫、自信も…って…」

言えば言うほどぐたーっと窓枠の上で脱力していくのに気付かされ、

天才フーゴはナニカを間違えたのを悟った。

「…違います…それ僕じゃあない…」

マジか、まだなんか隠してたの、それはさすがにカッコのつけすぎ…

あー詰んだよどうしよこうなったら最終兵器バケツプリ…

 

 

「おいクソガキ。」

 

 

真後ろから空気読まない一言が全てをブッ壊して沈没は阻止された。

えっえっ…あっ…と、窓から転げ落ちかけたジョルノが下を見ると、

いい汗かいたミスタとおちびたちが三人でイチゴケーキ食べていて、

今しがたそこに居たはずの声の主はかき消えていた。

なバカな…、ショートカット?テレポート?イリュージョンな日常。

「はい…移動速度オカシイです。」

「オカシイのはてめえだボケが。」

普通に…速度が普通でないだけで…非常階段ダッシュしてきた男は

まっすぐ入ってくると丸めた書類でノーガードの首領を張っ倒した。

「はぅ!?」

巻き毛の頭が隣の影武者の胸にダイブ。

「ちょ、ギアッチョ様、ぶたない!ダメっ!」

制止するシーラ嬢の口調が猛獣使いっぽく聞こえるのは気のせいか。

ムーロロおじさんはポルナレフおじさん片手にドア近くへ避難済み。

「三日・前に・言った筈だが。」

ぽこぽこぽこと巻き毛の上を書類ロールが跳ねる、声が低いコワい。

一応ぶつのは止めてくれてる…猛獣使い有能…これが天敵パワーか。

 

「す…進めてます…ジャンルッカさんと…調整中で、」

頭ぽむぽむはものすごくされたいが断じてこういう意味じゃあない。

何に怒ってるのか言う前に毎度こんなだが意味は解った。

彼が唯一特に印象悪くないという幹部・小ペリーコロの名を出すが、

「進めんじゃあねー「決定しろ」そんで「公表しろ」スットロいわ。

 いつまでオレとヤツに保育園やらせとく気だ。」

えっ…と、金髪美形二人驚愕し、事情を悟った。

「わざとやってたんですか。何かあったんですね。」

フーゴが問う、当然だ、と三白眼が睨むとシーラの顔も曇る。

見直せばケーキ食べつつミスタも油断なく目配りはしている。

猛獣どものお気に入りをアピールしておちびたちを庇っていたのか?

「ワル目立ちはオレの仕事だからガラじゃあねーがべつに構わねー。

 ウゼぇジジババがこっちまで寄ってきやがんのも我慢はしてやる。

 だがガキどもが直接接触されるまで待遇決めらんねーグズは別だ。」

 

ぽいっと投げ出した書類が散らばる、

養子縁組の陳情書に混じり意匠を凝らした紙に甘い言葉書き連ねた

歯の浮くような「ラブレター」の数々。

若ボスに恩売っておちびも取り込んで身内の輪に入ろうというのだ!

「なんて掌返し!カッサーティナは売り飛ばされる寸前だったのに!」

高価な香水の匂う一枚を拾って読んだシーラが吐き捨てた。

その少女は現在九歳だが、三年前の「捕獲戦」でドリシアを捕らえた。

わけもわからず連れて行かれて、物陰を通ってきたヘッドフォン型の

小さな天使があまりに綺麗だったから、つい捕まえてしまったという。

近くに居た怖いオジサンが幽霊の腕で取り上げてあっという間に壊し、

可哀想で悲しくてわんわん泣いた…能力に弱い暗示が含まれるために

それを忌み嫌った旧親衛隊に冷遇されていたのを、その悲しみだけで

ギアッチョは赦し「シーラ姉さま」の下に就けた。

「父親の捜索?…いまさら…」

十二歳のシロッポ充ての誘いを見つけると、ジョルノも眉を寄せた。

ジェラートがただ一人姿を残すことを許した、あの動画の撮影者だ。

カメラの揺れはぶつかられたのでなくスタンドを追ったためだった。

ドリーム・シアターの飛行の癖を知る者の外では有り得ない気付き。

分身を天使と褒めてもらえたことを喜んだ二人が記憶を彼に託した。

分け与えられた「特別」がその人生の支えとなることも計算済みで。

この子は能力者だ、絶対に困っていて孤独…ギアッチョの読み通り

見えないものを見る亡妻の連れ子が怖くなった父親に女と逃げられ、

たらい回しでいたのを、組織の養い子として保護されていた。

 

「すみません。…まさかここまで露骨だとは。」

葬儀の件で心酔は得たものの、いい歳した大人たちが寵愛を巡って

こうも早くからやらかすとは思わなかった、専横のイメージを避け

非の打ち所の無い型どおりに事を進めるのだけでは駄目だと知った。

目を上げると、組織の愚を嘗め尽くした男が深く静かに怒っている。

素っ気無く表情も乏しいが見出してくれた恩人を子供たちは慕った。

彼にとっても師らと分身とを慈しく覚えている、彼らは幼き同志だ。

「あいつらは頭イイ。絶対役に立つ。天然モノってのは違ぇんだよ。

 ペリーコロに無理言え。どうとでもする、大人ナメんなクソガキ。」

ポケットに片手突っ込んだままの叱咤は、冷たくもあり底熱かった。

「解りました。彼らはジャンルッカさんの子供になってもらいます。

 せっかくあなたが見つけてくれた、大切な将来の側近ですからね。」

 

 

目配せでフーゴがすぐ退室し、比喩でなく冷えていた空気が緩んだ。

てめえらついててなんだとばかり亀抱いたままのムーロロ蹴倒すと、

…繰り返すが「ぶってはいない」蹴倒しただけ、ここテストに出る…

用は済んだとクルッと反転し、そのまま出て行こうとする広い背を、

「…あの、待って、」

と追っかけたジョルノの顔には笑みが戻っていた。

剣呑過ぎる横目が振り向く、これだけ見たら誰だって二の足を踏む。

いつ食いかかるか知れない猛獣の佇まいそのもの…ではあるのだが。

「何がおかしい?」

にっこにこ笑って迫る首領にヒきぎみに問うてくるのは、カワイイ。

「あなたでよかった。頼もしいなあ…と。」

「…ウチなら誰が残ろうがこんなモンだ。」

その眼は一瞬の間、ここに立ったかもしれぬ師や友を視ただろうか。

みな若く優れていた、組織に多大な功績あるステルスの英雄だった。

隙あらば尊敬してた仲間たちを立てる、人恋う獣っぷりも堪んない。

 

「かもしれないけど、僕はあなたがいいです。お茶に行きませんか?」

近づくと同じだけ引いて距離を保つガード固すぎるトコもカワイイ。

ミスタから漢の可愛さの熱弁講義とうとうと受け済みのせいなのか

何やってもかっこカワイイ、この人も師らにはこんなだったろうか?

「…、要らん。交代しねえと。」

ほんのり汗かいてるカワイイ、ブチャラティなら嘗めてるところだ。

発想がはっちゃけてる、ストレス溜まってるしシーラもからかうし。

「イチゴケーキですか、僕も行こうかな、子煩悩なトコもカワイイ。

 襟足のブレイズ、カッサーティナですね、お洒落ですよカワイイ。

 器用な子だなあ、僕も編んでもらいたいです、頼んでくださいよ!」

ずいずいずいずいコロネが迫る。

 

「…~…」

ごくり…と咽喉が動き、散らかった書類拾ってるシーラを見下ろす。

しゃがんだまま見上げた美少女戦士は聖母の笑みで首を横に振った。

「…!…」

助け求めてる、黙認されて白くなってる、マンモーニ風味カワイイ!

軽いフリーズの隙、いつもチャージでするように胸に片掌を当てた。

「捕まえた。ところで鍵ですが、」

「オ…オレの傍に近寄るなぁッ!」

 

とうとう本音叫んでドアに飛び込…もうとした鼻先を、わらわらと

回転するトランプの渦が、能天気な笑い声ケタケタ立てて封鎖した。

ポルナレフ抱えたまま蹴倒されて右側にも青タン作ったムーロロが

鼻血たれつつゾンビのごとく手を差し伸べて哀願。

「ギ…ギアッチョ様~、頼みます、いいかげんジョルノ様にも鍵を…

 イチイチ落ち込まれちゃあ、私ども…周りがタマランのです…よ…」

「~~断るッ!!!」

ひらっと卓を飛び越え開いた窓側へ逃げながらの返事は既に悲鳴だ。

「ひどいな!なんでですかイジメですか!?」

ものすっごい被害者目線で問われ、壁に背中押し付けて怒鳴り返す。

 

「なんでもなにも、胸とか腿にいきなり手ぇ突っ込むのやめて言え!

 チャージなんだろ、痛ぇの消すんじゃあねーだろ、なのになんで

 傷跡に直触りする必要あんだよ、どっから入れても一緒だろーが!」

 

ばらばらばらっ…と、シーラの手からせっかく拾った書類が落ちた。

 

しーーーん…

 

静寂の中、床方面から六つの目玉がボスを見上げた。

絶世の美形がキョトンとなって、…にっこり笑った。

 

「え…、まあ…気分で。補修したトコは気になるじゃあないですか。

 シーラの胸を触ったら問題ですけど。触って減るもんじゃあなし。

 もう触り心地スゴいんですよ筋肉柔らかくて。指が沈むんですよ!」

 

明るい緑の眼をキラっキラさせて語る、使い込まれた脅威の速筋率…

 

「あ…え、と…」

ジョジョサーの姫にすら擁護もうムリ、アバッキオさんこの人です。

筋肉神ジョースターの子だけに美麗筋肉へのこだわりハンパないッ!

『それはジョルノが悪いな!うん悪い!』

「お、…お逃げ…を、ギアッチョ…様…」

トランプがへろりんと落ち、床っぺたのムーロロがガクと力尽きた。

「あーー!ムーロロがまた裏切ったっ!」

違うし、怒ったってドア擦り抜けられてはもう誰にも追いつけない。

捕まる心配無くなるとギアッチョは振り向き、フーフー言いながら

ドアを盾にして伊達眼鏡を上げると、無自覚セクハラ上司を睨んだ。

 

「い…言い忘れてたがなクソガキ…「アレ」は返しとけ。

 形見だからまあいいかとは思ったがやっぱ…やべーわ。

 いいか良く聞け、ウチのリゾットは…たまにヌケてた!

 アレに気付かなかったり、ジェラートのことを…その、

 胸ねーけどくそイイ女だとガチで思ってたりとかなっ!」

 

えっ、と生き残り三人、絵面は二人と一匹が、静止した。

ああ確かに見ても踊らせてもどっちなんだか…で、声も?

体型に肌…ホルモン事情も特殊っぽい、髭など生えまい。

動くトコを見て思ったが、ルックス超えの仕草の破壊力、

さすが天使系ポケモンの本体様、ツレも甘やかしますわ。

 

…ちょっと確認してもいいですか、とシーラ真顔で挙手。

「ジェラートをウチの女将、と表現したのは誰なんです?

 セクハラしかしなかったって人と同一人物でしょうか?

 私、それメローネだろうと勝手に思っていたのですが。」

「メローネ?ジェラートにはメシの催促しかしなかった。

 濡れ衣だぜ、つーか旦那ついててヤツに何ができるよ。」

 

そのとき…

三人の類稀に明晰な頭脳の中で、散りばめられた情報が

一筋のタコ糸となりピーンと、繋がった。

 

 

「「『え』」」

 

 

ヒントは既に出揃っていた、それはもうエグいまでに。

「リゾットか旦那の女かと」「この男でも阻止が決死」

「ジェラート」「神託的ヘッドショット」「一目惚れ」

「見ず知らずのバラバラ遺体をかき集めてまでゲット」

「出会わなければ仲間を持とうと思うような生き方は」

「地球の裏側に居ても相談電話高い通話料にもメゲず」

かつ「格下にはお優しいソルベの旦那が直々にシメる」?

 

プルプル震える指がドアの影から棒立ちの大将を指差した。

「アレはな…ジェラートのイタズラだ、全員につけてくれたんだ。

 忘れろっつーからみんな仕方なく焼いたが、リゾットのだけは

 見つからなかったから、アレだけ残ったんだ。…て、てめえが

 触り魔になってんのは、…だから、ぜってー「そう」なんだよ!」

止めなかったからってオレにまで祟るこたねーだろうがァッ!と

震え声で怒鳴ると、野良幹部は無垢な同志たちの元へと今度こそ

トップギアで逃げ去った。

 

 

 

沈黙の中、無表情の新ボスはホテホテ歩き執務机の引き出しから

あのガウンを取り出して広げ、左袖を大きく折り返した。

そこに縫い付けられた白いタグ、刺繍。

幸運の馬蹄の意匠に「R」の飾り文字。

ジャストサイズなら袖を捲る必要が無いから気付かなかったのだ、

理知的でありながらプリミティブな…それは手作りの護符だった。

どこにつけたか教えないよ無事でお帰りよ、甘く歌うような祈り。

あのとき偶然袖口に見えたこれこそが、最後の弟子の命を留めた。

リゾットの受容とジェラートの感謝が響き合ったお洒落な護符を、

御守りに最高だと持ち帰った、実に微笑ましく羨ましく、美…し…

 

「…いやぁぁぁぁ!」

そんな感動をゲンコツで粉砕する、絹を裂くよな美少女の悲鳴。

「たば…煙草…さっきから!」

窓側を指す、マジだ匂い…ここ三階…当然誰も吸ってはいない…

 

ズアッ!と亀が尾と二本足で立った、あせあせと前足を振り回す、

『ジョルノぉぉ!!ソレはネコババしてはいけないモノだぞッ!

 はは早く元の場所に返してくるんだァーッ!』

「あ…あ、ハイ、…でも僕…鍵が無い…ので…」

若き首領の声と膝は生まれたての仔鹿状態。

魔窟のラスボス、喪装のジョーカーのキャラ立ちよ…だからって

強かろうがイケメンだろうが祟りとなれば話は別うぅ!

シーラを見る、半泣きで拒否される、ムーロロは床で死んでいる。

『わ、私を連れて行けッ、一緒に行こうッ!』

「ありがとうございますポルナレフさんっ!」

さすが歴戦の勇者そこにシビれる憧れるゥ、

またまた影武者手当てが発生するのも構わず亀を小脇に走り出す。

 

 

前任とはうって変わりアウトドア派のボスが出ていった執務室を

爽やかな春風が吹き抜けた。

お仕置きキックで完全にノビた情報部トップを医務室へ送った後、

天を仰いだ美少女の手で、床の書類はまとめてダストボックスへ。

前のボスではあるまいしジョルノ様は迂闊な幹部達をこれ理由に

ブラックリスト送りにする小胆でない…どーせ野良が覚えてるし。

いざとなれば私がシメる、家格がどうのといつまでも、甘いのよ。

これは大切な戦略なんだ君は綺麗でなくちゃあいけないんだ、と

ジョルノが丁寧に補修したから、歴戦の傷跡は跡形もなくなった、

物騒な思考を巡らせながらも、その顔は人を振り向かす可憐さだ。

若い娘としての見てくれにこだわる気はなかったつもりだったが、

やっぱり嬉しい、…ジョルノ様は人の想いを汲み上げる「親」だ。

魔術師たちの死が組織を麻薬に頼らせ腐らせてゆきはしたものの、

魔術師たちの復権を成したジョルノ様が組織から麻薬を追い出す。

我らが黄金の子には光が纏わる、見飽きない、その存在こそ冒険。

 

「そうだ…鍵、」

窓辺に立ったシーラは、ふと美術品めいたそれを掌に取る。

カッサーティナの力で複製・紛失・貸与を「封じ」てあり、

実体だが望んだときにどこからか出てくる、まさに魔道具。

錠もあの子が「封じ」たのよね、大好きなセンセイの為に。

ナメた真似するとあの子になんて呼ばれてるかバラすわよ。

嵌め込まれた二色の貴石が午後の陽を弾き柔らかに光った。

なんて綺麗なんだろう、おとぎ話から摘み取ったかのよう。

高給いきなりコレにブッ込んで借金増やすあたりマゾかと…

だけどあのキャラでこれを発想するだなんて、微笑ましい。

美しいものを識る者は自らも美を分け与え得る存在となる。

 

「…あそこには九人いた。」

 

当時の仕事内容は知らない、物の受け渡しするだけの子供だった。

癒し手の二人は見なかった、リゾットも他も隠し会わせなかった。

三体の天使だけは見た、…不覚にも、場違いな置物だと思ってた。

子供好きなのに会わせてもらえないから分身通して見ていたのか。

彼らは二人を「護って」いたし、あれを「見た」私に野良は甘い。

どこぞの金持ちに貸し出され、目撃者かどうかも解りかねる姉を

殺させられたという仇が、納得出来ずにジェラートからメンテを

受けていたと知ったのは、遺族だと野良上司に打ち明けた最近だ。

軽んじられオモチャにされたという点でオレも殺した娘も同じだ、

仕事とはいえ無性にムカつくどうしたらいい、そう怒っていたと。

「普通の」ヤツらはオレらを何だと思ってる、そう嘆いていたと。

赦せと言われたわけではない、無表情で淡々と事実だけ語られた。

勝手に殺し勝手に死んだ仇を赦すでもない、ただ…人だと感じた。

二人が消えて見るたび人でなくなる彼らは、けれど誰も座らない

二人の席だけは、失念したかのように片付けようとはしなかった。

彼らだけが二人を信じた、何故と理由を問うのは野暮なのだろう。

 

席は九つのまま、ならば用意されたであろう鍵の数は。

 

おちびたちがわけのわからないまま師を慰めてる風景を遠くに見、

ふんふんと指折り数え頷く。

「やっぱり!」

くすっと笑う姿勢の良い背に、そこはかとなく漂う若女将の風情。

わざわざ教えてさしあげることもあるまい、放っておけばいずれ。

 

 

父なる孤狼が築き遺した魔術師たちの小さな城。

ネアポリスの新米守護神、黄金の子の寛ぐ席は、

その九番目に、鍵と共に空けてあるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

二次創作

狼の城と魔法使いの話~史上最強のソルジェラ~

あるいは、暗殺者チーム練成法、その一例 (完)

 

原作

ジョジョの奇妙な冒険第五部「黄金の風」および

公式外伝「恥知らずのパープルヘイズ」そして

MMD職人様がたのお手作りの数々

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









この拙い文を最後まで読んでくださる方がおられたなら。
貴重なお時間いただき、本当にありがとうございました、
ご不快は無かったでしょうか…それだけが気がかりです。
ジョジョの奇妙な平行世界の一つ…
ですらない、単なる私的な実験レポートでありましたが。
さて実験は成功したのか失敗したのか…

区分けは「ジョジョ五部MMDの二次創作」でしょうか。
技術の進化と発想の自由闊達さには目を見晴らされます。
たまには年齢相応の無駄息子だとか邪神コロネ暴走とか、
お仕事を選ばない、いや選べない涙ぐましい暗チだとか、
暗チのたむろしてる日常だとか、暗チの有効活用法とか、
暗チのキャラ崩壊とか、暗チのドタバタ暴走青春劇とか、
暗チとちいさいのだとか、静画と動画で始まる謎解きだとか、
リーダーが細部は完璧なのにどういうわけだかズレてるとか、
なんという影響力か…MMDっていいなぁ…学ぶしかないな!
職人様がたに対しては伏して感謝申し上げる他ございません。

ソルジェラさんを生き証人として解説してもらうという目的で、
一番傷が少なくて身体が丈夫そうな人に居残ってもらいました。
だがッ!ジャンプならッ!嘗ての強敵は最も頼れる味方のはず!
そんなばかなアンタは死んだはずだあッ!は日常茶飯事のはず!
ゲームとかには絶対使えない個性的なスタンドがいいなあとか…
ソルベさん一言(断末魔)だけか残念、じゃあ静かな人でとか…
ジェラさんCV無いのか、寂しいな喋るなということか、とか…
原作ジェラさんは凛々しく、ソルベさんは渋く、良い男ですね。
そしてMMDモデルさんたちの可愛さ!踊る!演じる!健気に!
物語の二年前に亡くなっているのでメンバーとは二歳ズレると。
弱い人が取られたなら皆の怯えとの合いが悪いので強かろうと。
彼らの能力での死に比べ二人の死は相対的に惨いだろうか?と。

スタンドって魔法だよなースタンド使いは魔法使いだよなー
そんなところから入っています(が最推しは波紋の初代様)
うっかりモバイルとエロゲ投入したのはオーパーツでした、
あと…ティッツァごめんティッツァごめんごめんごめんな!
恥パで戻ってきたフーゴさん側近で活躍しているだろうか、
シーラ嬢もムーロロさんもポルさんもお達者か。などなど。


とりとめもなく。


こんこん 2019.07.20








追記 2020.01某日


書き終えてみて気付いたことを幾つか。
写真にすら写らない死者のスタンドを後の他者に伝える方法を、
ジョジョ五部作中の要素を組み合わせて、模索してみたかった。
新ボスとその側近にどうしても暗チについて調べさせたかった。
新組織に暗チに報わせる方法は無いか、弔わせる方法は無いか、
なんとかその方法を見つけてみたかった、だって功労者だもの。
二人が居て当たり前でチームがチームとして連動していた筈の、
九人体制を見てみたかった、彼らが組む実利を見てみたかった。
旧ボスもお若いのでコカキ氏や大ペリーコロ氏のような先達と
組んでて無碍にはしてなかったな~大人達をどうするの新ボス…
護チにだけ回復系いるのズルイ!暗チにも回復系が居てほしい!
MMDモデルさんなんて可愛いんだ健気だなサインくださいっ!

私はそんなファン心理で書いていたんだなあ…と、読み返しつつ。



暗チの闘った目的は作中ホルマジオと兄貴が語っておりましたが、
薬の利権を手に入れるもう後には引けない、と言ってはいたけど、
欲しいという表現はせず「二年前の屈辱」を思い出していました。
兄貴がペッシに語った「栄光」ともどうにも合いがよろしくない。
というかそれが目的ならそれこそ叱咤の場面で口にするはずでは?
他のメンバーも薬について語らず共通目的かどうかは判りません。
トリッシュを得れば手に入る「はず」の手がかりなるものも漠然…
その漠然を追ってあれだけ聡明な猛者たちが全滅するまで戦った。
目的がバラバラだとするとその決死の結束のほうが合わなくなる。

その不思議の辻褄合わせを二年前の屈辱をネタに「やってみた」。
MMD鑑賞ハマりを機にこの実験レポを書いた源泉でございます。
作中語られなかった想いを他のキャラクターに語ってもらったり、
他所の構造で核心の構造を見せたりややこしいレポとなりました。
相似形や多重多面を拾い上げ楽しんでいただければ、と思います。

もし気が向かれましたら、皆様のご考察などお教えいただきたく。



作中とコメントでの字数あそびは、私のフェイク文体の一つです。
我らが日本語の特性を生かし字を「描く」も一興と思いましたが、
読みづらいとお感じの方がおられましたら、申し訳ございません。








さらに追記 2020.02某日


お二人さんのキャラクター設定についての考察。

本体チート+究極の汎用性が合うと思ったのは、
イルさんとギアさんが加わっておられるからで。
独りで大丈夫な戦士が組んでる理由が欲しいと。

イルさんはあの能力と性格なのでまだ解ります。
なんか怖いことあれば不安から組みもしようと。

でもギアさんの本体を鍛えられる人が居ません。
抑えられる人も居ません大将だと体を傷付ける。
本体チート+汎用性タイプに傷は付けられない。
体が資本の戦闘マシーンです、それも超一流の。
兄貴も無理ですマメに叱るし本体が押し負ける。
だから同タイプの上位互換が居ればよかろうと。
北風では反発するから太陽方向の人でないとと。

彼の力が「出来て」からでは組む理由も薄いと。
だから「組んでから出来た」でないと合わない。
あの気性の損を抑えるタイプも居れば合うわと。
とても賢い人なのでそれ以上に賢い人が合うと。
彼も年少の後輩設定ならぴったり合うだろうと。

大将は硬派で厳しい苦労人なので憩わせたくて。
女将+嫁御のダブルヒロイン体制()どうよと。
バングルスですし可愛いですだってバングルス。

こんな感じで組みましたがどんなものでしょう?
ご意見をお聞かせ願えれば嬉しゅうございます。







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二次創作のその0?、原型のようなもの

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繰り返し読んでくださる方がおられるようですので…

不調法なものですが、よろしければお召し上がりを。

こちらは本編に先立って書いた原型的なものですが。

同じお題を扱った同じ世界観なのでシリーズ末席に。

 

ほーずき式モデルさんは本当に本当に良いものです。

日本刀だの着流しだの似合うのなんの…てなわけで。

ああいう人たちがツルんでたらいろんな仕事出来る。

始末仕事ばっかりでは食べられまいしもったいない。

まとまった小遣い稼ぎの方法と相手は限られそうな。

 

ソルジェラさんヒーラー説はずいぶん前からのもの。

ギアさんキレ芸マインドセット説は最近のものです。

 

************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月を負う鷹

 

 

 

 

 

 

 

ひゅ、とか、ざ、とかの音がやや遅れて聴こえる。

チッ、と微かな金属音がしたのも剣が鞘に収まり

姿勢すら戻ると同時…音の感覚が狂いそうになる。

斬られた藁束や緑の竹が静かに斜めに滑り落ちる。

ばさぁっと人の胴ほどの束が重みで傾いて落ちた。

すっげぇ真っ平ら…麦藁の真ん中の竹の切り口が

鏡みたくピカピカしてた。

「おおう…」

解るのはいつも「終わった」後そういう男だった。

ツレもそうだが「答え合わせ」を逆算し事を知る。

ぶっつけ本番で…これだもんな…感嘆しか出ねえ…

 

 

「確認を。」

素っ気無く言うとソルベの旦那はオヤジに剣を返した。

淡く光る腕輪の手で顔を覆ったベールをするりと外す。

この真珠色の細いキレイなのはいつものツレのやつだ。

旦那の分身「バングルス」初見で肩透かされたもんだ。

飾りモンだと誰でも思う、スタンドにはまず見えねえ。

アクセサリータイプ、自動性も自我も持たない超レア。

肌の直接接触で生成、対象の人格がその形状を決める。

精神直読み読解ってのがどんな感覚か想像つかないが、

手当てや模擬戦で使われてみてスゲーもんだと解った。

一瞬目が合ったと思う、きちんと見たかモノにしろと。

目が合うたびキンと音でもしそうな眼だなと思ってた。

シビレるってのは…こういう感覚か。

 

 

抜いて確かめられる刃は刃こぼれどころか曇りひとつ無い。

剣がスゲーのか使う側がスゲーのか…まあ両方なんだろう。

「あ…ああ、はい…ありがとう、えらいもん見せてくれて。」

武器商のオヤジが二百年前のサムライの剣仕入れたとかで

高く売るために使って見せてくれと言ってきたのが昨日だ。

ああ、剣じゃあなく刀…カタナって言うんだっけ、日本刀。

あんたら刃物はお手の物だろデモ撮影に協力してくれ、と。

美術商や骨董商が扱う品だがこの武器屋は解釈がチト違う。

アレな後輩の内緒の保釈金にツレがヘソクリ使い果たして

口には出さないが明らかにゲッソリしてた旦那は珍しくも

自分からスタントを買って出た、…とホルマジオに聞いた。

そのホルマジオは隣で笑った顔のまんま完全に固まってる。

チーム入る前からの腐れ縁で器用で何でもこなせるからと

頼まれたのはコッチだがドル換算の仕入値チラ見てヒいて、

ビビリが聞いて脅しまくった、折りでもしたらどーすんだ、

それ旦那が聞いて…って話だ、組織には秘密の小遣い稼ぎ。

その割りに差し出された封筒はそこそこ厚い…太っ腹だな。

受け取るとそれまで黙っていたリゾットはツイと前に出た。

そのへんに立てかけてあった反射板を拾うと、

最後に真っ平らに斬られた藁束の上へ乗せた。

ベアリングの玉を板の真ん中へ上から落とす。

 

…こん、こ。

 

玉は落とされたのと同じ位置で微かに跳ねて、静止した。

ヒュウ、と口笛。

「…水平とはな。」

ひゃあっとオヤジがでかい声を上げリゾットの眉が上がる。

「すばらしいっ!もう一度、もう一度やってくださらんか!

 固定カメラ長回しでそこまでワンテイクで撮りましょう!

 キャッシュで倍いや三倍!すぐ準備を、その間食事でも!」

旦那、迫る顔にベール畳みながら親指しゃくり大将へパス。

仕事は絶対に直接じゃあ受けつけない、大将か仲間を通す。

乗り気なわけでもない、ノリで動く性分でもそもそもない。

リゾットは額を押さえてる…とはいえ…今は懐具合がだな。

「…ソルベ。」

スィ、とだけ答えた細身が滑るように移動し椅子にかけた。

大将やらかしたな、珍しいな、血が騒いでつい…だろうが。

刃物のエキスパートが目の前であんな刃物扱いされちゃあ。

 

 

 

部下二人がせっせと二回目の準備をし直すのを横目に見て

用意された軽食をパクつく、おし晩飯代浮かすぜラッキー。

旦那がフッと手首見る、いつ見ても洒落てんなバングルス。

「ぐふっ!げほげほっ!」

横向いたらむせたっ…は、ハナに…炭酸水入っ、

食わずに飲むだけ飲んでた大将、呆れ顔で苦笑。

「ギアッチョ?慌てて食うな子供か。」

「げほ、…ちが…今、何でもねーッ、」

オレは悪くねぇーッ…くそ…カッコ悪ぃとこ見せちまった!

「そういえばどうしてついて来てる?」

「勉強しろっつったのはあんただろ。」

「勉強するには特殊過ぎると思うが。」

せーな解ってるよ、つかおまゆう、今回はお互い様だろッ!

「カタナとかどこで覚えるんだよ?何でもやるなー旦那は。」

テイスティングだけして黙って手酌する空気は凪いでいる。

実は覚えてはなかったりしてな、初めて握ってたりしてな。

いやどうだかわかんねーけど、わかんねえぞぉ旦那だけに。

酒とブルスケッタ持ったままふいと立って広間の隅へ行く。

ドイツのナイフのカタログ見てる…オマケしてもらおーぜ。

 

 

「藁と竹には何か意味あんのか?ジダイゲキに出てきたが。」

「人体を両断する鍛錬用、竹は背骨役。…のように見える。」

「うは…本家コメの藁だろ、麦藁のが硬えぞ、本家超えか。」

空の皿を手に戻って座る、同じ具のを取ってサクリと齧る。

「引きながら同じ角度で完全に振り切ればいいんだろうが、

 それが難しい、対象の抵抗に重み、…刃の角度も厚みも。」

「つーかよお…、角度の絶対感覚みてーなもん?持ってる?

 あるだろ絶対音感とか、方向感覚とかさあ。どうなんだ?」

両側からリゾットとホルマジオが見るが黙って流すだけだ。

無視じゃあない、当人的にフツーの事なら答えようねーわ。

これで返事をしろと怒り出すのはプロシュートぐらいだが、

業界の先輩だろーがチームの先輩は旦那だし別にいいだろ。

怒り方がまた関係改善してぇのについイライラ、みたいな。

メシでもどうだの一言でいいのに小言に変わるルーティン。

言われた側は律儀に謝り言った側もソレ見て凹むコメディ。

若いの預かるとか大丈夫かよ…存外化けると大将は言うが。

 

 

滅多に酒飲まねえ人だ、炭酸水同士でグラス合わせて乾杯。

アジア系は見た目が若ぇ…大将と同い年とかびっくりした。

無口で冷静で…極東っぽいがチャイナ系だと主張するよな。

日系じゃあねえのと訊いたことがあるが知らんと流された。

けど日本刀イミフなほど似合うし絶対サムライの子孫だろ。

我慢して我慢してキレたら殲滅とかパールハーバーかよと。

ナイフやスプーンの扱いも一分の隙もねえ、絵になってる。

あんま喋らずに実力で語るとかクール過ぎると思うワケよ。

怖ぇヤツラに拾われたもんだ…目の前イイ漢しかいねえし。

こんなふうな物の感じ方が出来るようになったのも二人の…

旦那とそのツレの、精魂こめた「手入れ」のおかげだしな。

何にでも逆毛立てていつまでも怒ってた獣…無様だったな。

 

 

 

にんまり見てたらオヤジが酒と貝料理の皿を追加してきた。

「シシリー産のいいもんですよ、いかがです。」

おっうまそーだな、と手を出しかけたらリゾットが制した。

鋭い黒い眼が武器商人を射すくめる。

「故郷の味をありがとう。で何を追加しろと?」

あ…と、目を合わせるとホルマジオもフォーク引っ込めた。

大将の出処の名産な…あーはいはい。

愛想笑いを浮かべるオヤジの目が泳いだ。

「ああいや、その…本番では、ベールを、」

「顔は撮らせない約束だ。」

ざっくり断った横で旦那が音を立てずカトラリーを置いた。

気配がスッと変わるというか消える、人形っぽくも見える。

ツレも…こんなふうだ、時々だけど…人間に見えなくなる。

たまたま気付いてしまうとヒヤッと、

…しはするものの。

「モザイクはもちろん掛けますよ。見てみたいんです。

 いったいどういう表情であれをやってのけるのかを。

 だいいちね、…そのね、口はばったいようですがね、」

旦那を見る視線は既に魅了されたそれだった。

「この威風、エキゾチック!何が楽しくて隠しなんぞ!」

生臭ぇ秋波や何やとは別モノ、解る。

旦那の動くトコ見たヤツにだけ解る。

これは美術品だと。

まごう事なき変人だがこのオヤジ目が利くし全くブレない。

変人だから武器商なのに昔の剣も売り買い、じゃあなくて。

美術品とみなして武器を売るから日本刀も扱う、が正しい。

「いったいどこを探せばこんな逸品を拾えるというんです?

 懸賞つきの中には居ませんな。軍人…傭兵崩れですかな?」

あーあ…と揃って肩を竦める、「美術商」の血が騒いだな。

習いたいことだらけ、というタテマエでついて来て正解だ。

 

 

流麗な細身の長身、タテガミか冠羽めいた黒髪、黒づくめ。

神速と解析で徹底して本体を喰らうスタンド殺しの黒い鷹。

速く強いことに特化した一級の生物兵器、全身これ機能美。

カメラでだって捕まえてみたくもなる、解るぜ、その興奮。

 

 

「感動したんですよ。額に入れて飾っておきたいほどにね。」

 

 

オヤジにしたらこの上なく褒めてるつもりだったらしいが。

嫌というより何かゾッとしたのは、オレだけのわけがない。

「…帰るぞ。」

ガンと文字通り床を蹴り椅子を倒し、リゾットが席を立つ。

「報酬分の仕事は済んだ。デモならさっきの映像で充分だ。」

尋常でなく怒ってる、漏れた磁力でカトラリーが震えてる。

「いや、…いや待ってくださいよ足りませんか、」

憮然とホルマジオも立つ。

「商人がそう素直にゲスい本音垂れ流してていいのかねぇ。」

「顔バレると危ねー仕事なんだ。カネカネうっせぇバーカ。」

とかタテマエを叩き付けて、オヤジの肩をこづいてやった。

「だ、だからモザイクなら必ず掛けると…痛いぞこのガキ!

 カネに困ってるんだろ、顔出すだけで済むオイシイ話だ。

 おい待ってくれ、あんたはどうなんだ!ええと、名前は、」

リゾットを追い帰ろうとする旦那の袖を掴み身振り手振り。

「名前…なんだっけ、あんたウチの社員になる気は無いか!

 デモにも教導にもいい、組織から買うよ元はすぐ取れる!」

 

名乗ったしさっき目の前で大将が呼んだが覚えてねえよな。

商人が取引相手の名前忘れるとかねえけど覚えてねえよな。

懸賞つきの一覧も覚えきる達者な記憶力でも残念ながらな。

気安く触んな、と割って入りかけたら旦那の片手が制した。

我慢し過ぎて相手が図に乗るが、格下には寛大な人だった。

哀れむような悲しむような…ごく静かにオヤジを見下ろす。

 

「断る。三度目だ。」

 

 

はあ?、と、赤ら顔が口を開けた。

「何をばかなっ、あんたみたいなのを見たら忘れるわけが、」

「ジェラート。」

リゾットの冷えた声が言葉を遮る。

白い姿が目の端にフワと現れてオヤジと部下が飛び上がる。

「うわ…うわっ!誰だ、どこからっ!」

部下どもが銃を向けたが背後から三人ともの頭にすぽりと

半透明の羽の生えた優美なヘッドフォンが嵌まった。

ジェラートの分身、三体の「ドリーム・シアター」。

不可避の暗示を運ぶスタンド、素早いカワイイ怖い使い魔。

 

『俺たちのことは気にしない。』

 

唇がその言葉の形に柔らかく動いたのがこの距離なら判る。

撮影用ライトを一瞬チカと弾いたのは氷色の大きな猫目か。

力を操るジェラートは背景に音楽でも流れてるかのようだ。

甘く神託めいた声はしかし分身を通してしか発せられない。

ツレ同様の超レア形態…常在・複数・そして…声とセット。

「あ…あー、」

きょとんと…部下どもは握った銃を見る。

「しまえよ。」

「お前こそ。」

「仕事…仕事の途中だ、あんた手当てははずむから…あれ?」

ぶるッと頭を振ったオヤジがまた旦那を探してキョドるが、

『片付けないと。仕事は終わり、上出来だ。』

唇がまた動くとぱあっと笑顔になりパンパンと手を叩いた。

「さあさあ早く片付けておくれ!いいもんが撮れたからね!」

ほくほく映像を見返す、部下どもも機嫌よく掃除を始めた。

 

 

「面倒をかける。が、見事だ。」

リゾットが近付き、横に立つと細く尖った肩に手を掛けた。

逆側にいつの間にか旦那が立ってる白い細身の影のように。

頭一つ違う長身が遮り、人形じみた横顔の表情は見えない。

ジェラートは一緒に来てずっと広間の隅で一部始終見てた。

対象との接触で生成するツレのバングルスが保てる距離で。

ツレの美技見てはしゃいだり奇妙な仮面でオレ吹かしたり。

エビのブルスケッタとワイン渡されて旨そうに食ってたり。

オヤジと部下どもが「気にしなかった」だけのことだった。

誰かが名を呼ぶまで気が付かない「決まり」なだけだった。

旦那の名を覚えられないのもそういう決まりなだけだった。

猫目の白い王様が出会いがしらの勅命でそうと決めていた。

 

 

体重が無いかのような優雅な歩みと、氷色した指揮者の瞳。

すらすらと歌うように唇が動く声無き声が命じる淀み無く。

あんたのソレが気になって、みんな読唇を覚えちまったぞ。

『カタナは早く売ってしまおう。売れば映像は用済みだね。』

『防犯カメラのHDDは壊れてる。昨日から何も映らない。』

『馴染みのギャングが役に立った。目立つ者は居なかった。』

『いつもの奴らさ。気にならない。』

天使のかたちの使い魔たちが蕩ける美声を下僕の耳へ注ぐ。

オヤジも部下どもも、カメラすらも二人の記憶は残さない。

もともと使用後デモ映像を処分させるため一緒に来ていた。

なんとも華麗な残酷な、だが胸の疼く魔法を並んで眺めて。

 

 

もうこっちには目もくれない三人に背を向け、

はじめから室内に居た五人して場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワインはちょいと惜しかったな。ラベル見たかい。」

咥えタバコの飲んべがぼやくからみんなでニヤつく。

カメラなんぞはどこにも無い人通りの無い暗い裏道。

オレら襲えるような無謀バカもどこにも居ねえしな。

「メシについてたのより明らかにランクが上とかよ。」

「そう言うな。業者としては良心的だし腕も確かだ。」

「毎度熱烈スカウト、やべえご執心だと思うがねぇ。」

「好きが高じて武器を売るオタクに常識を求めるな。」

リゾットもちょい酔ってるな、…ヤケクソ方面だが。

「一度目の暗示に抵抗した執念にはたまげたけどな。

 ああ素直じゃあ早死にする、ま、しょうがねえな。」

刈り込みの後ろ頭に手を組んだホルマジオの背後を、

タンタンと靴を歌わせて軽いステップがついてゆく。

「何してんだジェラート?」

月明かりの中、息を切らした小さい白い顔が揺れる。

『け・ん・ぱ!』

息と口の動きだけだが叫ぶ、いつだって楽しそうだ。

「けんぱ?何だぁソレ。」

使い魔たちが頭上の暗がりでふわふわと一緒に踊る。

「古い遊びだと聞いた。」

ああ旦那が教えたのか…暗がりの顔と、真珠色の輪。

 

カン、カン、カン

 

黒い靴がいい音立てて石畳で同じステップを踏んだ。

片足で二度、両足で一度、繰り返して、跳んで反転。

いつ誰から「聞いた」のかどこの遊びか判らないが。

カンカンカン、カンカンカン。

単調な子供の遊びでこんなに優雅だとか、オカシイ。

ジェラートはリゾットに追い付くとふぅふぅ言って、

長身の肩に手を掛けて息遣いだけでころころ笑った。

飲むの好きだが酒弱いよな、グラス一杯でご機嫌だ。

楽しい大好き嬉しい嬉しい、月光のように幸を放つ。

はいカワイイ、とホルマジオが笑って呟くから同意。

これでワーカホリックの敏腕とか笑うしかねえわな。

息切れが早すぎねーか、…出張キツかったようだが。

「疲れただろう、背負ってやろうか?」

また始まったよコリねーなこの大将。

二人とホルマジオで話が済んだトコわざわざ同伴だ!

旦那に何回「ツレは男だ」って微ギレで諭されても

「そういうことにしといてやる」でスルーしやがる。

初見でムスリム娘に変装しててヤバかったと聞くが。

骨細だもんな腰も尻も背が延びる頃のガキに似てる、

髭は生えねーし詰襟しか着ねーから疑惑が晴れねー。

スタンド何体か喪くすうちにこう育った…とか言う。

カッコ悪いよね内緒だよと…約束したから黙ってる。

あんたカッコいいから安心しろとは言いそびれたが。

 

 

背中向けかけるとすかさず旦那が来てサッとかっ攫う。

酔っぱらいがプロの使い魔を出し抜けるとかなぜ思う。

「すまなかったな、ソルベ。」

すぐにくーくー寝たツレ背負った旦那に、

並んで歩きながら、低く通る声が詫びる。

「余計な事をした。嫌な思いをさせたな。」

そんな事かと言いたげに後姿が月を見る。

「報酬はお前たちで折半してもらいたい。」

「断る。約定に反する。」

少しざらっとした低い…旦那も滅多に居ねえイイ声だ。

プールと経費を除いて全員で分配、約定上はそうだが。

その経費に超細かいんでがめつい呼ばわりされてるが。

「例外だ。プールから出すはずのメローネの保釈金を

 ジェラートのヘソクリから出させたろう。返すなよ。」

「受け取っとけよ旦那。あんただから稼げた金額だぜ。」

封筒上着にねじ込む大将と逆側で加勢するホルマジオ。

「白状するがわざと聞かせた。イルーゾォのヤローが

 弁償騒ぎになるとやべーから旦那にパスしろってな。

 でもあんたあのオッサン苦手だろ、言いづらくてよ。

 目の前で困ってみせりゃ一発だってプロシュートが。」

めちゃめちゃ旦那解ってんなやっぱ気に入ってんのな。

その扱いの的確さをコミュニケーションに生かせよと。

「三人がかりでハメられて、オレの興味で絡まれたと。

 すまないなソルベ、やはり報酬は入れてはもらえん。」

「分けたらいくらにもならねえ。家賃払っちまいなよ。

 …ああ悪ぃ、こないだヤサ行ったとき、管理人にな。

 向こうもあんたらの顔を覚えてねーからオレにさぁ。」

バツ悪そうに下向く旦那くそカワイイ、いや深刻だが。

ジェラートちゃん助けて→解ったすぐ行く!→尻拭い。

ツレがこう仲間に盲目じゃあカネに細かくもなるって。

見てくれだけ無駄にイイ問題児、二ヶ月連続はヒデェ。

ジェラートのメシしか食えんとかくすぐり過ぎだバカ!

「誰も文句など言わん。次からは隠すな、頼ってこい。」

「面目ない。」

「はっは、元気出せ旦那、イエスマンなのは承知だぜ!」

何がはっはだ可哀相だろ、どんだけ旦那に乗ってんだ!

問題児もツレも乗っかってるしオレも世話かけてるし!

ジェラートはいいんだよ最終的になんとかするからな!

けど二人無しじゃあチーム回んねえ、これはダメだろ!

オレだけカッカするんだが怒んねえのもやっぱ旦那で。

すまん旦那絶対強くなって恩返すからもうちょい待て。

 

 

 

脚をあんまり上げないで歩く、旦那の足音だけが無い。

さっきいい音で鳴ってた同じ靴なんだが不思議だよな。

肩の上の金髪が月から落ちたもののようにほの明るい。

上半身が揺れねーから運ばれんの快適…経験者は語る。

月の明かりがしっくり来る…撮影のライトなんかより。

海風が気持ちいい…夏が終わる。

「シンガポールでは休めなかったようだな。」

請われてレンタル、要人家族の人質奪還、最短で突貫。

二人にしか出来ねえ、そのくせ上も二人を認識しねえ。

報酬やっすいがどんだけボッてるか知ったら顎外れた。

文句ひとつ言わず笑ってるがクタクタなのは見て判る。

チームの保健も二人して一手に引き受けてくれてるし、

秘書役も事務役も女将役も、…ほんと…大した奴らだ。

蜂蜜色の髪に触ろうとしてスッと離れられた手が泳ぐ。

大将もマメだがガードも固いぜ…なお当人平和に熟睡。

修羅場で見せる魔術師だか王様の雄姿はどこに消えた?

 

 

人畜無害な寝顔を見ながら歩いてたリゾットがポツリ。

「変人は変人だが、買えば無理などさせんのだろうな。」

「リゾット。オレではツレにあんな顔はさせられない。」

ヤケクソ風味のぼやきを、珍しく食い気味に一刀両断。

声出さなくてもジェラートは全身で喜んでた、いつも。

「オレたちをモノ扱いする輩にあんたは誰よりも怒る。

 オレたちを隠す不都合に黙って無理してくれている。

 ツレもオレも解っている。どれだけ嬉しいか解るか。」

ろくすっぽ喋んねーが言葉が足りないわけじゃあない。

月明かりの下に朗読のように流れる言葉に返答は無い。

穏やかだが底熱い素直な感謝はほろ酔いの涙腺に来る。

「あんたはオレの王の盟主だ。…それにな。」

肩越しに振り向いた逆光の横顔に胸が鳴る。

「奴の部下程度じゃあ、磨く気にもならん。」

 

 

名前を呼ばれたら、身体は勝手に前へ出た。

回り込むが、なんだか顔が見られなかった。

 

 

「あんたの拾ってくる原石は、物が違う。」

 

 

きた必殺技、予測回避なんぞ絶対不可能。

ので自分から罠にかかりに行くスタイル。

ぽんぽん、と癖っ毛の頭を軽く叩かれた。

なんでそう煽ててノセんのが上手ぇかな。

やべえ琴線ヤラレたっ返事…返事だ急げ、

「一生離れねーッ、つか抱けチクショウ!」

茹だって斜め上を口走った記憶はあるが。

気が付くと大将にプランと担がれていた。

「セクハラという言葉を知ってるか阿呆。」

あーそのテのジョーク厳禁だったわ旦那。

旦那キックも回避不可…あと、おまゆう。

 

 

 

 

 

 

 

ボコられて拾われて一年、秘密の壁のオレも一角だ。

経歴も本名も知らないが透き通る気配を纏っていた。

オレらの他にはだあれも知らない覚えない姿と声と。

桁違いの汎用性とマッチング、生まれ持ったチート。

旦那もジェラートもあまりにも特別すぎ美しすぎて、

他の誰の目にも記憶にも残しておくことが出来ない。

異常に警戒されるか欲しがられるか、今日のように。

家族を巻き込むのが嫌で隠れるんだと大将に聞いた。

強い奴が好きだとも言う、強い奴は死なねーもんな。

獣のガキに術を掛け人にしてくれた魔術師と使い魔。

居なくなる事なんか考えらんねえ、考えたくもねえ。

誇りたいのに隠しぬく、そんなオレらの宝物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そんな…

 

 

 

 

 

 

 

 

ありふれた夜をそれほどくっきりと覚えてるんだが。

そこから二人の顔の記憶だけがすっぽり抜けている。

目鼻、口の動き、輪郭、髪の色艶、肌の色。

何もかもを覚えてるのに、繋がんねえ。

あいつらはどんな顔をしていた?

どんな表情でオレを見てた?

すげえ嬉しかった憧れてた、

ずっと見てたその筈なのに、

 

 

二人を覚えてるのは、

オレらだけ…なのに、

 

 

邪魔をしやがるのは…

あの、変わり果てた…

 

 

 

 

 

 

 

 

精魂込め人にしてもらったはずだったが。

心は凍りつき感情が砕けて欠けちまった。

ジェラートが本当に物言わぬ人形になり。

旦那が額縁に収められて帰ってきたとき。

現実感が無いまま二人だと認めないまま。

 

…感動したんですよ…

…額に入れて飾っておきたいほどにね…

 

売った爆弾で死んだオヤジの声が脳裏に。

刻んだゲスも同じ事を考えそうしたかと。

微かでも納得できるとしたらそんだけで。

後は意味がわからず時だけが呆然と過ぎ。

屈辱と疲労の渦中で漸く息を継ぎながら。

答え合わせはまだかまだ来ないか早くと。

待ち続けるうち逃げ遅れ獣に戻っていた。

答え合わせなんぞとうに終わってたのに。

どうしてもどうしても諦めきれなかった。

 

 

それほど希望も幸福も二人と共に在った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこへも引き返せないところに今は居る。

前にはあとひとりだけ後ろには大将だけ。

人のままでは居させねえその想いだけで。

人たる所以を根こそぎにしたクズどもを。

 

 

『敵を感じた段階であらかじめキレとこうか。』

『副交感神経に働いてもらうタイミング調節。』

『何でもいいんだよ慣用句でも映画ネタでも。』

『キミの脳も身体もクールダウン苦手だから。』

 

 

消えた今もオレを護る甘やかな声を聴く。

思い出せない慈しい顔たちを仕舞い込む。

半瞬の例外も無い怨嗟を抱えてきた二年。

負けやしねえオレは強い…さあ行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤツらを探し出すために……

 

 

『根掘り葉掘り聞き回る』の…

『根掘り葉掘り』……ってよォ~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(完)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

******************

 

自動性も自我も無いと見えるものには、

本当にそれらが無いのでしょうかね…。

付喪神なんていう考えもありますしね。

誰に確かめようも無いのだろうけれど。

 

文中「ベール」と見なされているのは

日本人が見れば「黒子頭巾」だったり。

外国の人が見れば奇妙なベールかなと。

で「奇妙な仮面」は謎の石仮面でなく

カタナと一緒に買った「般若」の能面。

 

******************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大将→狼王ロボ→白目の見えない獣瞳と生き様全部

列車兄弟→浦島太郎→亀、老いる煙、漁師と釣り竿

ホル兄→一寸法師→どう見てもそのまんまですよね

イル兄→白雪姫→鏡、黒髪と白服と血のような赤瞳

メロ兄→蛇婿→美男、女性喰い、子宝、舌ペロと蛇

ギア兄→雪の女王→能力、ドレス風の衣装、目潰し

               と来たものだから

ソルジェラさん→鶴の恩返し、で書いてみましたよ

 

 




アニメの中の人からの発想ですけど…
その手のジョークが厳禁というより…
夜間2つ先の通りまで届く絶叫なら…
それは立派な性的嫌がらせ…たぶんw


更に筆が走り「過ぎ」の短編集なら、
ニコのブロマガに収納してあります。
よろしければお召し上がりください。


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