416は嫉妬深い (まったりばーん)
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416は嫉妬深い

「指揮官…何でソレ…?」

そう言いながら目を見開いて俺の手に握られたモノを指差すのは我らが404小隊のエース、HK416である。

完璧主義者の戦術人形である彼女と前線上がりの指揮官である俺は、お互いに支え合いながらこの荒廃した大地で苦楽を伴にしてきた。

もう指揮官と人形、上司と部下、兵士と武器、それ以上の信頼関係を持つこの戦友は俺の良い理解者として常に至らない俺の行動を補佐してくれた。

そんな忠実な、戦術人形が顔を髪と同じ真っ青にしてこちらを見ている。

目は涙が溢れんばかりに動揺に揺れていた。

そしてその真っ青な相貌は俺の腕に握られているモノをしっかりと捉えて放さない。

「何でソレを持っているの?説明してっ!」

HK416の絶叫が俺の鼓膜を揺らす。

付き合いの長い俺にはHK416の目に宿る感情が、驚愕から敵愾心に変わった事が手に取る様に解った。

「どうして!どうしてっ…!ソレをっM4を持ってるのっ!?」

ストレス発散目的で指揮官用に整備された射撃場。

そこに彼女の声が反響した。

 

さて、少し状況を整理しよう。

ここは廃墟を改良して作られた射撃場で、主に指揮官か何かがストレス発散だったり、己の銃の腕を磨くために使用できる。

特に俺の様な一兵卒から指揮官になった様な人間は好んで利用し、そこに保管されている様々な銃を試し撃ちしていた。

その中には人形達と結び付いた銃も含まれている。

眼前の416のモチーフであるHK416も勿論、あった。

武骨ながらも洗練されたデザインを持つHK416は当然人気も高く、俺もこの前までは使っていた。

何より相棒のモチーフなのだ。

使わない訳ないだろう。

だが、最近になって俺の考えは少し…いや、かなり変わったのだ。

一言で言うとHK416は重いのだ。

この言い方だと語弊がある。

人形の416の性格が重いのだ。

束縛が強いのだ。

二人で歩んでいく内に彼女の中には俺に対する行き過ぎた信頼ができてしまったらしく、事ある毎に束縛し依存してくるのだ。

俺が他の人形と話していると機嫌を悪くするのは可愛い方。

416は常に俺のスケジュールを管理、把握したいらしく自身が任務で傍を離れている時も私的な定時報告を強要する。

一回、うっかりその私的定時報告を忘れてしまった事があったのだが、帰還後に物凄い剣幕で叱咤されその様子を見ていた他の人形達からドン引きされてしまった。

今年の4月16日に唐突に「私さえ居ればいいわよね?」とメッセージが来た時は悪寒を覚えた。

当然、いつもこの射撃場に付いてきて、俺が射撃をしている様子を見ては後ろでニヤつきながら、射撃の姿勢やコツだったりを指摘するのが彼女の日課となっていた。

「指揮官は私の言うとおりにしてればいいのよ…」

そんなフレーズを口癖に…

最初の内は甲斐甲斐しい人形だなぁと思っていた俺も、それが続く内にゲンナリしてきて、今は「416、お前と戦争するの苦しいよ…」状態。

付き合ってもないのに俺の精神は熟年カップルのそれだった。

そんな中、俺に転機が訪れる。

最近、416が射撃場に付いてこなくなったのだ。

話を聴くとどうやら俺よりも上の方から、彼女の所属する404小隊に連日、機密レベルのコンタクトがあるらしい。

それで、俺に割く時間が減ってしまうとの事。

あの404小隊の機密レベルのコンタクトなんてどうせ録な事ではある筈ない。

上のは何を考えてんだろうな?

ともあれ、「ごめんなさい指揮官、しばらく射撃の指南はしてあげられないわ…」と悲しそうな416を「あっいいっすよ」と言っては慰めて、ここ一週間、一人で射撃を嗜んでいた。

重ーい、重い彼女がいない射撃場。

そんな時位は416を意識から外したい、と普段使っているHK416をロッカーでそのままに、HK416の原型となったM4を使っていたという訳だ。

一人、M4を撃っては、「グヘヘッ…かわいいお顔は瓜二つだが、中の具合(内部構造)は大部違うなぁ…もうガバガバ(銃身交換)だぜ…」とかやっていた。

ノリノリで。

そのおかげで人形の方のM4と仲良くなれたのは思わぬ副産物である。

だから正直、気が緩んでいたのだ。

404小隊のダークサイドな仕事は長くなりがち。

じゃあ、どうせ416も暫くはやってはこないだろう。

当分、気ままにM4を堪能して、次はAR160辺りでも試すかぁ…と考えていたそんな矢先。

話は冒頭に遡る。

 

「ねぇっ…どうして?」

声を低くし、睨みながら問いかける416。

彼女はその出自の関係上、M4系列の小銃と比較される事を嫌う。

自分の方が優秀だという自負とM4達へのコンプレックスが彼女をそうさせてしまう。

だから416がAR小隊の人形達とイザコザを起こす事は日常茶飯事だ。

そして、俺は今、彼女の宿敵M4をその手に握っている。

マズイ。拙い。ヤヴァイ。

「ち、違うんだっこれは、言い訳させてくれっ!」

「どうして言い訳するの?指揮官はソレを使うちゃんとした理由があるのよね?なら、その理由が」

 

知りたいわ…

 

言い訳しようとする俺の声を封殺する416の声音はゾッとする程、低かった。

「そのぉ、何だ…416が整備中だったんだ…だから仕方なくM4を…」

苦し紛れに放った出任せはとても脆い言い訳だった。

銃の整備状態など出納帳を見れば一発で解るし、射撃場の銃が使えなくなる事なんて滅多に無い。

416がそう…じゃあ確認しにいきましょう?と言えば一発で終わってしまう。

祈る様に彼女を見る。

すると、416はあら?と首を傾げて、自身が肩にかけているHK416を俺に差し出しだ。

「そうだったの、じゃあほら、ワタシを使って?」

そう言ってニコリと笑った。

「あっあぁ…」

俺はそのまま彼女を受け取る。

「じゃあ、いつも私が言ってるみたいにやって?」

その言葉に促される様に彼女を構えて射撃する。

連続する発砲音。

単射、単射、連射、マグチェンジ、単射、単射──

放たれた弾丸は設置されたマンターゲットの頭を弾く。

火薬の匂いが生じる度、床に空薬莢がコインの様に散乱した。

的につけられた弾痕は悪くないアタリだった。

「流石ね、指揮官」

目を細め、満足そうに頷く416。

「あぁ、416、キミのお陰だよ」

俺はそう言っていつもの様に416のベレー帽をポンポンと叩く。

彼女はこれをやると喜ぶのだ。

「ありがとう、指揮官…ところで」

俺が頭に手を置いた瞬間、416は細めていた目を見開いた。

「どうしてM4の時の方がスコアがいいのかしら?」

見開かれた416の目には敵愾心は消えていない。

そして、いつの間に取り出したのかプリントされたスコア表を突き出す。

そこには、先程のスコアとM4を使っていた時のスコアが表示されており、M4の時の方が高得点であった。

─マズイッ!

そう思った瞬間、首に感じる圧力。

見ると416がその細い指で俺の首を締めていた。

「アッ…ガァ…ッ?」

俺の首を手繰り寄せ、416は吐息がかかる位の耳許で囁く

「指揮官、私ね別にM4を使っていた事に怒ってるんじゃないの、指揮官が使いなれてる筈のワタシの方よりM4の方がスコアが高かった…それが遺憾」

ギリギリと狭められる気道。

自然とよだれが垂れてしまう。

「完璧である私を操る指揮官はワタシに関しては完璧じゃないといけないわ、そうよね?」

口の端から流れるよだれが416の指を汚すが彼女にそれを気にする素振りは無い。

「それに嘘をつくのもイヤよ?さっきロッカーにあるのは確認したもの」

どうやら、最初から俺の嘘は見抜いていたらしい。

「ごっ…ご、めん…」

静かに激昂する彼女を宥める為に声にならない謝罪をあげるも伝わらなかった様で、そのまま首を握りしめて振り回し、壁に激突させられた。

「カハッ…!」

それと同時に首から手が離されたが、416は俺の顔の真横に手をガンッ!と叩きつけ、所謂壁ドンの様な形となる。

「ごめん?違うわよね?」

予想に反し、謝罪は伝わっていた様だ。

だが、許してはくれないらしい

「ありがとうでしょ?」

「へ?」

そのまま、顎に掌底を喰らい俺の意識は暗転した。

 

 

「…うん?」

気がつくと俺は独房の様なところで椅子に縛られていた。

戦場でのストレスに慣れているせいか、頭がパニックにならないのが憎らしい。

あれからどれ程経ったのか?

「おはよう、指揮官」

暗闇に目が慣れてくると目の前に416が体育座りでちょこんと座っており、目の覚めた俺の顔を見上げた。

「ここどこ?って顔してるわね、ちょっとあそこから離れた廃墟の地下、そこに作った独房よ、よく任務で使うの」

彼女の声に辺りを見回すと鉄血人形の生体部品が散らばっている事が解る。

部屋もどこか鉄の匂いが充満していた。

この部屋がどんな用途で404小隊がここで何をしているか…想像に難くない。

「416なんで…?」

まさか俺がM4を使っていた。

それだけの理由でこんな事を?衝動的にしてしまったのだろうか?

流石にそんな風には思えない。

「さっきはごめんなさい、指揮官。実は私も指揮官に隠し事をしていたわ…」

416は打って変わってしおらしい。

何か、何かとてつもなく嫌な予感がする。

「指揮官に上の方から機密のコンタクトがあるって言ったわよね?実はあれ指揮官をどう処理すべきかって話だったの…」

「は?」

俺をどう処理すべきか?

どういう事だ。

未だに覚醒しきらないぼんやりとした意識では416の言動に思考が追い付かない。

「指揮官、貴方はどうやら私達404に深く関わり過ぎちゃったみたいで、指揮官の記憶を処理しておしまいって訳にはいかなくなってしまったの」

404小隊。

NOT FOUND それは存在してはならない事を意味する。

まさか、その部隊の秘匿の為に俺を、ここの鉄血人形と同じ様に…!

「勿論、私は指揮官を殺す事には反対したわ…45と9は貴方の臓器と眼を自分の身体パーツに取り込めるなら殺しても良いって意見だったけど…そんな事できるのかしらね?」

さらりと放たれた爆弾発言。

やめろ、聴きたくない…。

「だから、なんとか私は抵抗して上に貴方を監禁、隔離する事で情報流出を防ぐ事を提案したわ、それには45も9も11も賛成してくれた…だから私は指揮官…貴方に感謝して欲しかったの貴方の命を守ったのよ……なのにっ!」

416は拳を振り上げる。

「他の!よりにもよってM4を使うって!どういう事よ!」

絶叫と伴に打ち付けられた拳は俺の頬を的確に捉え、最初に衝撃を、遅れて痛みを産み出した。

「そんなにっ!M4がっ!いいのっ!?私の方が完璧なのにっ!」

416は叫びながら、泣きながら、俺を殴打し続ける。

瞬く間に顔は腫れ上がり、視界が狭くなった。

「貴方の!為にっ!頑張って!守ったのに!」

口内が切れて血の味が口に拡がる。

ここで、朽ちていった鉄血人形達もこの様にして壊されたのだろうか?

「45も!9も!11も!みんな!貴方を守ろうとはしなかった!」

もう、痛みを感じるのも疲れた。

今、どんな顔してるのだろう?

「指揮官?あぁ…あぁ…痛かったわよね、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

俺がグッタリとした事で416は少し冷静になったのか、殴るのをやめ俺に抱きついて泣き始めた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

薄暗い地下室の中、彼女の果てしない謝罪がひたすら続く…。

 

 

「ぐす、ごめんなさい…」

暫くして泣きやんだ416。

時計が無いので何分経ったのかは解らないが、とても長く感じた。

お陰で俺の服は彼女の涙でグシャグシャだ。

「解った…よ、ありがとう、416、守っ…てくれて…」

彼女を落ち着ける為に声も途切れ途切れにそう言った。

「本当に!私、指揮官の役にたてた?」

「あ…ぁ、キミは完璧だ416」

すると、途端に顔をあげパッと明るくなる。

感情の起伏が激しい。

前はこんなんだったか?

「完璧!そうよ!私は完璧よ!」

完璧。

その言葉を鼓舞する様に繰り返す。

そしてよし!と立ち上がるとまたいつもの416と同じ顔になった。

「ごめんなさい、指揮官。不便かけるけど指揮官にはずっとここにいてもらうわ、ご飯とかお世話とかはちゃんとするから、我慢してね、その内45達も来るようになるから…」

そう言って服についた埃をパンパンと叩く416はすっかりいつもの調子を取り戻していた。

「じゃあ、指揮官…いや、もう指揮官じゃないから貴方って呼ぶわね、上にこの事を報告してくるから…またね」

そう、手を振って俺の元から離れる416。

「えっ!ちょっとまってくれっ!こんな状態で?まってくれ!416!」

こんなトイレも照明も殆んどない部屋に縛られたまま一人?

そんなの気がおかしくなるに決まっている。

芋虫みたいに体をくねらせ抗議するも、416は出ていく意思を曲げるつもりはないらしい。

「私も淋しいわ、でも我慢して、また来るから」

俺の必死の叫びも虚しく416はどんどんと遠ざかる。

「せめて、せめて、縄をほどいてくれっ!」

「駄目よ、貴方を信じたいけどさっきの前科があるから、皆集まったらほどいてあげる…」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!待って!助けて!待って!お願いだ!」

地上に続く梯子に手をかける瞬間、416は振り返り、ひまわりみたいな笑顔で破顔した。




気まぐれで続いたり続かなかったりします


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2

やっと416ちゃんでたんで続けました


あれから何時間後か…

少なくとも尿意が我慢できず服の上から漏らしてしまうという屈辱的な行為を一度経験した後、416は帰ってきた。

「ただいま、貴方…あら?大変」

宣言通り、もう、指揮官とは呼んでくれないらしい。

不快感にただただ顔を歪めていると、416は戻ってくるなりそれに気がついた様で、持っていた袋の中からタオルを取り出し、その処理をしてくれた。

「ごめんなさい、貴方、そこまでよく考えてなかったは」

椅子に縛られたまま、手際よくズボンを脱がされタオルで不快な体液を拭き取ってもらう。

とてつもなく恥ずかしい。

人形とはいえ、外見年齢的に10以上離れている女の子。

そんな人形に下の世話をしてもらっているのは、絵面的にアウトだ。

416は下半身を拭き終わると、床に垂れてしまった尿を、壁から伸びていたシャワーヘッドで洗い流す。

床はタイル張りになっており、汚水は部屋の奥にある排水溝へと流れていった。

「仕事で鉄血製の人形を壊した後、掃除がしやすいように水で流せる様になってるの、水をためてあるから無駄遣いしなければシャワーも浴びれるはよ、冷水だけど」

部屋の機能を解説する。

この部屋で一体何体分の鉄血人形の血が流されたのだろう?

想像したくのないので、考えるのをやめた。

ただ、どんな仕事を404がしていたのかは検討がつく。

おそらく分解してのリバースエンジニアリングとか尋問の類いであろう。

俺自身、404部隊の面々を信頼してはいるが、彼女達の全てを知っている訳ではない。

確かに殆んどの場合は俺が彼女達を担当しているが、裏の部隊である性質上、度々、俺よりも上位の権限を持つ指揮官の指揮下に移っていく事があった。

当然、彼女達がそこで何をやっていたかは機密であり知る余地も無い。

もしかしたら、知っているのかもしれないが記憶処理が施されている可能性もある。

まるで半世紀前の映画に出てきた秘密結社みたいだな

「着替えを持ってきていて良かった」

そんな事を考えながら416を見ていると、着替えを取り出し、新しいパンツとズボンを用意し始めた。

どれも俺のタンスから持ってきた物らしく、セキュリティが不安になる。

「履かせてあげるわね」

416は下半身を露出した俺に臆する事なく、清潔な衣服に着せ替え始める。

それが、やっぱりとてつもなく恥ずかしかった。

「貴方、お腹減った?」

服を取り替えたら今度は食べ物。

その手にはチョコレートバーが握られている。

食べ馴れたチョコレートバーの包装を破って、俺の眼前に持ってくる。

「ほらこれどうぞ、はい、あーん」

突きだされたチョコレートバーを言われるがまま食す。

サクサクとした食感と代わり映えの無いチョコの味が俺の味蕾を刺激した。

「ふふっ、まるで貴方を餌付けしているみたい…あっそうだ」

半分程食べ終わった所で何を思ったか、416は残りのチョコレートバーを自分の口に放り込んだ。

彼女も食べたくなったのだろうか?

416は可愛く顎を動かしていたが、10秒程時間がたつと口を見せつける様にパカッと開けた。

彼女の口腔内では唾液と舌の熱でグチョグチョになったチョコレートバーがその存在感を主張している。

口の中で糸を引いており、正直見ていて気持ちの良い物ではない。

「ふぁい、は~ん」

しかし、416はそれを呑み込まずより一層、口の中を誇示し、そんな事を言ってきた。

まさか、これを口移しで?

「冗談だろ?」

この段になって俺は今回、初めて口を開いた。

「は~ん」

どうやら本気らしい。

「はたしのごふぁんはべられはいの?」

途端に顔を曇らせる416。

ここで、彼女の機嫌を損ねてはいけない…。

本能がそう警告を発し、俺も渋々口を開いた。

瞬間、416に両頬をガッチリ掴まれ彼女の小さい口で俺の口は塞がれた。

お互いの歯がカチカチとぶつかる。

二人の口が連結されると同時に、416の舌が軟体動物の様に躍動し、口から口へ唾液とチョコの入り交じったペーストを送り込む。

侵入してくる柔らかな舌とネチョリとした感触。

俺はそれをできるだけ考えないようにして飲み込んだ。

「ぷはっ、良くできました」

内容物の交換が終わると、彼女は満足気に口を離す。

「親鳥の気分が味わえたは」

そう言って、服の裾で口を拭う416。

それは、良かったな

「なぁ、教えてくれ、あれから何時間たったんだ?」

やっと落ち着いて話ができそうな雰囲気になったので疑問をぶつけてみた。

長く感じたが、この部屋には時計もないので実際、どの程度時間が経過したかを確認する術は俺にはない。

「えーっと、そうねぇ、調度、二時間ってとこかしら?」

「なっ!」

416の発言に俺は衝撃を受ける。

たった二時間?

嘘だろう?

まるで、半日にも感じられた。

この、拘束された薄暗い部屋では異様なほどに時間の流れを遅く感じる。

416が俺の精神を壊死させる為、嘘を言っている可能性はあるにしろ、それを否定できる根拠も持ち合わせてははい。

「ねぇ、貴方?」

こちらを覗き込む様に目を合わせる416。

彼女の緑色の二つの目はそんな事はどうでもいいと訴えている。

「何だ?」

「もう、解ってると思うけど、私は貴方の事が好きなの。貴方はずっと気が付かなかったと思うけど…私が何でもしてあげるわ、貴方は何もしなくていいのよ、だから…ここに住んで?」

416の告白。

それだけでなく、行動で…下の世話をして、口移しで食事を与えて、本当に何でもやるという事を示した。

だが、それに特段驚きを感じなかった。

俺も彼女からの好意に気が付かなかった訳ではない。

だが、それを気付いていながら、重いと感じて気づかないフリをし続けた。

416の好意を拒絶する事も、受け入れる事もしなかった。

それが、今になってツケとして、帰ってきている。

それをひしひしと実感した。

俺がHK416という人形を歪ませてしまったのだ。

「選択肢なんてないんだろ?」

「まぁ、そうね」

「解ったって言ったらどうなる?」

「私、うれしい、たとえ本心じゃなくてもそう言ってくれれば…」

「じゃあ、解った」

「本当!?」

「ただしお願いがある、この縄を解いてくれないか?」

「…それはダメよ」

「どうして?絶対に逃げないから」

「信じたい、信じたいわ、でもそれはダメよ、45達がくるまでは絶対」

416はこの拘束を外す事を頑なに拒んでいる。

理由はないんだろう。

只、俺が逃げてしまわないか不安なのだ。

折角、獲物を檻にいれたのだから。

 

会話が途切れてしまい、しばし、そのまま無言で見つめ合う。

「そんなにじっと見つめないで…」

すると照れたのか、416は赤面し視線を逸らした。

…もしかしたら、これはいけるか?

少なくもこいつは俺の事が好きなのだろう?

ならそれを逆手に取る!

「逸らさないでくれ、416の綺麗な眼を見ていたいんだ」

「綺麗なって…えっ?貴方、何を言ってるの?」

「何って、416、キミの目が綺麗っていう事だ。自分に自信を持って見せてくれよ、縄を解いてくれないならそれ位いいだろ?」

我ながらとてつもなく、気持ちの悪い事を言っているのを自覚しながら、こっちのペースに持っていく。

416はみるみる内にカァッと赤面していった。

よし、いいぞ…。

彼女は昔からとりあえず肯定的な態度をとってあげれば結構、素直になってくれるのだ。

悪く言えば扱いやすい。

皆がM4を中心としたAR小隊ばかりに目をかけるから褒められる…つまりは認められる事に執着している。

だから、偶々、ピックアップしたそのまんまるな二つの瞳を誉めちぎる事にした。

実際、緑色で綺麗だしね。

「や、やめて頂戴、そんなに綺麗だなんて…」

よし、もう一押し

「そんなに照れるなよ、416…キミの目は本当に綺麗だ。」

「本当に?」

「あぁ本当だ」

「羨ましい?」

「羨ましいぞ」

「私も貴方のその眼、好きよ初めて見た時から…」

「光栄だ、416がそんな風に思ってくれてるなんて」

「じゃあ、貴方、これからずっと、ずーっと私の事を見てくれる?」

「あぁ、勿論だ」

「私も貴方をずっと見てる、だから今だけ、目を瞑ってくれる?そしたらその縄、解いてあげるは」

「あぁ!」

俺は強く瞼を閉じた。

 




連載にした方がいいかな?
亀だけど


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3話

……

………!

「っ…!」

 

目が覚めた。

気付かぬ内に眠ってしまっていた様だ。

最後の記憶を手繰り寄せる。

 

(確か416に瞼を閉じる様に言われて)

 

脳内で彼女の緑色の眼が甦る。

あれから、何をされたのだろうか?

記憶が無い。

不自然にあの直後から意識が途切れている。

その部分だけ綺麗に切り取られたみたいに。

 

(気持ち悪い…?)

 

そこまで考えて俺は自分の脳がやけに怠い事に気づいた。

まるで、思考にうっすら靄がかかっている様な、そんな違和感と倦怠感…。

 

(麻酔か何か使いやがったなっ…!)

 

俺の頭はそう、答えを弾き出した。

この怠さ、いつだったか手術を受けた時のそれだ。

全身麻酔を受けて目を覚ました時と同じ感覚だった。

瞼を閉じた俺に416は何か麻酔を使ったのだろう。

俺を大人しくする為に。

それなら唐突に眠ってしまった事にも納得がいく。

…なら、彼女はどこだ?

辺りを見渡す。

416が見当たらない。

薄暗い室内だが、先程まで瞼を閉じていたのでそんな暗闇は問題にはならない。

が、寝起きのショボショボとする目で見える範囲には、416の姿を確認する事ができなかった。

 

(何処にいる?)

 

目玉をギョロギョロと動かしても彼女は何処にもいない。

監視を置かずにどこかへ行った?

あの用心深い彼女がそんな事をするとは思えない。

(後ろか…?)

そう思い、後方を探る為に首を回そうとしたその時…

 

「だ~れだ?」

 

明るい…416とは対照的な少女の声と共に俺の視界は塞がれる。

どうやら、背後にいる人物の手の平で目隠しされているらしい。

相貌を塞ぐその手の平は柔らく、温かい。

この高い声は…。

 

「ナインか…?」

「うんっ!正解!おはよう指揮官!」

 

俺が背後の人物の正体を言い当てると、その人形は手を顔から離し、俺の正面に躍り出た。

彼女はUMP9。

404小隊の一員でUMP45の忠実なる右腕。

その彼女が嬉しそうにこちらを見つめる。

 

「416はどこだ?」

 

俺はナインに問いかけた。

 

「起きてそうそう416の話?よっぽど416の事気になるんだ?私の事は興味ない?いくら家族でも、少し傷付くかも…」

「何だ、ナイン、お前はそういうめんどくさい娘だったか?」

「うん、私、こういう娘よ、だってもう、そういう関係になったから…えへへ…」

 

目を細めて笑うナイン。

そういう関係ねぇ…。

 

──何するんですか指揮官!まだそういう関係じゃないでしょう。

 

彼女をつつく度に言われた言葉を思い出す。

あれは嫌がってたのではなくて本心からだったのか…。

 

「そういう関係って何だよナイン?」

「家族!」

 

俺の放つ疑問に彼女は即答した。

 

「これで指揮官とはもう本当の意味で家族でしょ?同じ家に住んで、同じ空気を吸って!指揮官は私達しか見ない…ね、家族!」

 

ナインはそのまま、自信の持つ歪んだ家族観を披露する。

楽しそうに、歌を唄うように、軽やかに続けた。

 

「よく、言うな…こんな拘束をして…、しかも、俺の事を殺そうとしてたくせにっ」

「…そっか416はそんな事まで言ったんだ。」

 

俺は笑顔の彼女にそう毒づいた。

すると、一瞬、一瞬だけ彼女の顔が曇って、すぐに詫びるように口を開いた。

 

「それはごめんね、指揮官…でも指揮官もいけないんだよ?私達の為に色々、動いてくれたのは嬉しかったけど…けど、それが上の人達は気に喰わなかったみたい…私達、会社の人達以外にもいろんな所に関わってるんだから…逆らえないのは解るでしょ?指揮官…貴方は人形の事を武器以上に見ちゃうのが駄目、優しいけど、駄目…気をつけた方がいいよ?」

「精進するよ…」

「まぁ、もうそんな心配しなくていいけどね」

 

さっきまでの曇った顔はどこへやら…ナインはにこやかに目を細めた。

彼女の言葉を受け、基地にいた頃を思い出す。

俺は普段から忙しく動く404小隊の為に、彼女達が少しでも快適に過ごせるよう、なるべく気を使っていた。

物資の補給を優先したり、作戦の期間を管理したり、指揮官権限で彼女達の行動に便宜も図ったり…。

それは彼女達、404のメンバーを信頼していたからこそできた行動だった。

今考えればそれがいけなかったのだろう。

…彼女達に親近感を抱き、404小隊の為を思ってやっていた事がかえって上の奴等の目に止まってしまった。

ナインの話を整理すりならばそういう事だ。

クソッ…!

やはり人として見るのではなかった。

こいつらは只の武器なのに…過去の自分が恨めしい。

 

「ねっ、だから指揮官…これから一緒に暮らそ?」

 

しかし、申し訳なさそうに言葉をかけるナインの顔はただ無邪気な少女にしか感じられなかった。

 

「じゃあ、拘束を外せナイン、そしたら大人しく一緒に暮らしてやるよ」

「…命令のつもり?指揮官?」

「家族に拘束はおかしいだろう?」

「家族に命令もおかしいよ?」

「…」

「まぁ、でも指揮官、気づかない?もう外してるよ?」

「は?」

「だから外してるよ?拘束」

 

言われて初めて下を見る。

意識を失う前、手足に施されていた拘束は確かに解かれていた。

麻酔を打ったとはいえ416は約束通り、拘束を解いた様だ。

意識が動転しており気づかなかった。

灯台元暗しというやつだ。

どこの国の諺だったか…。

 

「今に見てろよ…」

「うん、ずっと見てるね」

 

縛られた跡の残る手首を揉みながらナインを睨みつける。

掌をグーパーするがずっと動かしていなかったせいで動きが鈍かった。

麻酔も抜けきっていないのだろう。

だが、これだけ動けば問題はあるまい…。

意識の覚醒してきた俺は既に脱走する事を考えていた。

 

「なぁ他の404達は何処にいるんだ?」

「今はここにはいないよ、45姉と416は仕事、G11はまだ寝てると思う、今は私と指揮官の二人きり」

 

ナインは二人きりの部分を強調してそう言う。

嘘はついて無さそうだ。

長い間、一緒に居ればそれは解る。

二人きり

ならば、脱出できる。

 

頭の中で相当、パワープレーな脱出計画を構築した。

 

まずは眼前のナインを無力化する。

彼女を無力化し、武器を奪って脱走する。

意識を失う前、出入口の天板を見ていたがそんなに厚みはない。

鍵がかかっていたとしてもナインから奪ったUMP9で鍵は破壊できるだろう。

戦争用の人形を無力化するなど随分、無謀な事を言っているが自覚はある。

だが、俺だって元は兵士だ。

過信はしていないが腕に自信はあるし、人形との交戦経験だって0ではない。

人形といえど急所はあれば構造的欠陥も多い、特に生体部品を使用している部分は弱い。

指揮官であるからこいつらの構造は熟知している。

勉強したからな…皆の為に。

だから、404の奴等が全員いるならまだしも、タイマンだったら俺に充分、勝機はある。

脱出したら昔のコネを使ってうちの会社と仲の悪い組織にでも保護してもらおう。

いくつも心当たりがある。

機密情報を土産にすれば歓迎してくれる筈だ。

 

「なに、指揮官、そんなに見つめて」

 

こちらを見下ろすナインと目が合う。

ちょっと恥ずかしそうに彼女は目を逸らした。

こういうところは416にそっくりだ。

俺はそれに構わず、わざとナインと目を合わせる。

よし、最初のアクションは決めた。

ナインの目を潰す。

ナインのその綺麗な眼球を指で潰して、視力を奪い、銃を奪取し、彼女を破壊する。

これしか手はない。

 

「いや、なんでもないよナイン」

 

俺は狙いをナインの二つの目玉に合わせ、感づかれないよう、指の第一間接を曲げて鉤爪の様にした。

これで彼女の眼球を抉る。

生体部品を使った人形の数少ない弱点の一つだ。

(ごめんな、ナイン)

心の中で謝り、決心すると俺は口を開いた。

 

「所でナイン、忘れてないか?」

「何を?」

 

キョトンと首を傾げるナイン。

やっぱり可愛らしい。

だが後悔はしまい…!

 

「俺の前職をよぉっ!」

 

そう叫んで膝に力を入れて勢いよく立ちあがっ…!!

 

「えっ?」

 

だが、椅子から弾丸の様に飛び上がろうとして、俺はそれに失敗した。

立ち上がる事に失敗して、中途半端な態勢になり椅子からつんのめる。

顔に感じる床の冷たさ。

気づくと、俺は頭からコンクリートの地面に俯せに倒れ込んでいたのだ。

 

「あれれ?指揮官ん~、どうしたの?」

 

頭上からナインが笑いを堪える様にそう言った。

彼女の声は抑えきれない嗜虐心に満ちている。

 

(嘘だろ)

 

俺の頭は真っ白になった。

立ち上がって、ナインの顔面を抉りとろうとした瞬間…左足に力が入らなかったのだ。

否、力が入らなかっただけではない、左足の感触が全くない!

温度も、足を包む靴下の感触も、何も感じなくなっている!

 

「駄目じゃない指揮官、急に動こうとしちゃぁ…もう、手がかかるんだからぁ」

 

ナインは嬉しそうにそう続けて、俺の上半身に腕を回す。

布越しに感じる、彼女の柔らかさ…。

ナインが俺を抱き締める様にして持ち上げるのを、俺は抵抗する事なくじっと彼女に身を任せた。

まるで女の子が着せ替え人形を椅子に座らせる様に、彼女に優しく元の姿勢に戻される。

 

「なぁナイン?」

 

俺は喉を力なく震わせる。

 

「なぁに、指揮官?」

 

対するナインは相変わらずにこやかなままだ。

こんな状態じゃなかったら頬を撫でたくなる。

 

「俺の左足に何をしたんだ?」

 

聞くなと警告する本能を俺は無視して喉を震わせた。

 

「私じゃないわ、指揮官。私と45姉は止めたんだけど、416がね…」

「416が…?」

「416が指揮官の左足の神経を取って、自分の体に組み込んじゃったんだ」

 

ナインはそう言いながら、申し訳無さそうに俺の頬を撫で上げた。

 

「ごめんね、指揮官、でも私達がちゃあんと面倒見るからね?」

 



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4話

ギリギリセーフ2019


「あれ…どうして…?」

 

AR小隊の戦術人形、M4A1は一昨日までとは違ったグリフィンの同僚達に違和感を覚えていた。

M4は廊下を歩きながら思う

 

「どうして…皆、指揮官を覚えていないの?」

そうなのだ。

職場で顔を合わせる面々が、誰一人として彼女達の指揮官の事を覚えていないのだ。

頼りになるAR小隊のメンバーはもちろん、あれだけ指揮官に小銭をせびっていたカリーナも、あれだけ指揮官とベタベタしていた416も、彼への好意をこっそりと隠していたAA12も、指揮官の良い理解者で相談相手のスプリングフィールドも…皆、指揮官の事を忘れているのである。

いや、厳密に言うと指揮官の事は忘れてはいない。

皆が指揮官と呼称しつき従う人間は机に座ってデスクワークをしてはいるが、一昨日までとは違う人間なのだ。

朝、目が覚めると髪の色も、目の色も、背丈も、体臭も…その全てが異なる別人がいて、同僚達はソイツの事を指揮官と呼んでいたのだ。

戦術人形を含めてこの基地のメンバーは皆、一昨日までとは別人の指揮官を指揮官と呼び慕っている。

カリーナはソイツに商品を買わせようとし、AA12はソイツに影から熱い視線を送り、スプリングフィールドはソイツに微笑みながらコーヒーをカップに注ぐ…。

異常だ。

最初はそうとしか思えなかった。

しかし、皆が皆ソイツの事を指揮官と呼ぶので異常なのは自分ではないかと思い始めた。

特に416に相談した時の彼女の言葉には衝撃を受けた。

 

「何を言っているの貴女の指揮官はあの人しかいないでしょう?可笑しい事を言いますね?」

 

あの416までもがそう言ってしまっては、もう疑い様がない…。

異常なのは自分なのである。

そう結論づけた。

しかし、彼女の心は割りきれず、ずっと頭にモヤモヤとした違和感を持ちながら今に至る。

違和感を持ち続けている内に彼女はふと思った。

 

自分は指揮官の事をどうしてこんなに気にするのだろう?

 

M4は回想する。

思えば初めて彼に出会った…いや、インカム越しに彼の声を聞いた時、何故か初めて聞いた声とは思えない…そんな既視感がその声にはあった。

そんなどこかで聞いた事のある新米指揮官の声によってAR小隊は九死に一生を得る。

そして、帰投して彼の顔を見た瞬間、なんとも言えない感情がM4A1のプログラムの内に沸き上がった。

それ以来、気づくと彼を目で追って、暇があれば指揮官に話しかけた。

その殆どは彼に酷く懐いた416によって遮られていたが…。

ともあれ、何故か彼の事が気になる。

初めて会った気がしない。

その感情はある日偶然、夕焼けをバックに射撃訓練に勤しむ彼を目にして一層強くなった。

夕闇の中、416を構える彼の姿…。

絶対にどこかで見たことがある…。

その日からM4は彼の事を夢で見る様になった。

そう、M4は夢を見る。

人の手によって造られた戦術人形は本来、夢を見ない。

あれだけ睡眠を愛するG11も、感情の発露の激しいWA2000も、幼児の如き嗜虐性を持つsopmodも人間の様な個性を持つがどんな事があっても夢を見る事はない。

しかし、M4だけは何故か人と同じ様に夢を見た。

そして、その夢の中に指揮官が現れる様になったのだ。

夢の中の指揮官は会社の制服とは違う服を着ていて、射撃場と同じ様に416を構えている。

そして、それを敵に向かって発砲しているのだ。

ただし、敵は鉄血の人形ではなく人間である。

M4の夢の中で指揮官は兵士として人間同士の争いに参加していた。

指揮官の事がどうしても気になり、夢にまで見る。

何故だろう?

一度、その事を彼女の最も信頼する姉、M16に相談してみた事がある。

ショットグラスに琥珀色の液体を注いで傾けながらM16はこう言った。

 

「それは恋じゃないか?」

 

成る程、確かに戦術人形は恋をする。

夢は見ないが恋には落ちる。

実際に人形と人間がパートナーとなる例は数多くある。

しかし、M4は目の前のM16には言わなかったが、なんとなくこれが恋ではないという事が解っていた。

本能…そんなものが人形にあるかは不明だがこれは恋ではないとなんとなく、漠然とそう確信していた。

恋とは、そう…416が指揮官に対してみせるあの顔こそがそれだろう。

だからM4はこの感情の正体が知りたくて、416がいない時期を見計らい射撃場で指揮官に接近した。

 

「すみません、指揮官、たまには私と射ちませんか?」

 

そう声をかけて、その手から416を取り上げてM4を持たせて手ほどきしたのがしばらく前の事。

その記憶に残る彼の顔は絶対に今、指揮官の机に陣取っているアイツとは違う。

 

「あらM4、こんにちは」

「どうも…」

 

そんな事を考えながら廊下を歩いていると、向こう側から404小隊のUMP45と416とすれ違う。

彼女達はグリフィン小飼の非正規人形部隊。

今は仕事の依頼上、グリフィンについているが、本来なら金さえ払えばどんな組織にも仕える傭兵的な部隊である。

他の二人、UMP9とG11の姿は見えない。

 

「指揮官は部屋にいるかしら?作戦の報告をしたいのだけど」

「はい、いらっしゃいますよ」

「そう、ありがとう」

 

どうやら二人は指揮官へ報告する事があるらしい。

M4は部屋に指揮官…が居る事を45に伝えた。

二人はそのまま真っ直ぐいこうとする。

 

「ちょっと待って下さい!」

 

しかし、M4は二人を呼び止めた。

 

「あら、なにかしら?」

 

足を止めて振り替える45と416。

 

「やっぱりお二人は指揮官について何も違和感は感じませんか?」

 

足止めた二人に向かってM4は416へは二回目となる質問を投げ掛けた。

 

「…?それってどういう意味?」

「…」

 

声をかけられた45は質問の意味が解らないと言った様な顔になり、416はその緑の目を鋭くする。

 

「それって──」

「いいわ、ここは私が言うから」

 

45が何か口を開いた瞬間、416がそれを制してM4のすぐ前に歩み寄った。

 

「昨日も言ったかもしれないけど貴女の指揮官はあの人でしょ…?変な事を言って時間をとらせないで、解った?」

 

彼女は怒っている。

声のトーンからM4にはそれが解った。

 

「そんなに指揮官の事が気になるのら、それこそあのM16はなんて言っていたの?」

「16姉さんは…いつも通りの指揮官だって…」

 

416の宿敵でありM4の姉である戦術人形の名前を出しながら416は更に詰め寄る。

 

「あのしっかり者の16姉さんがっ!そう言うのならっ!間違いないわ…!貴女、姉が信用できないの?」

「そっそれは…」

 

彼女のあまりの剣幕に、M4は気圧され言葉が続かない。

 

「じゃあ、私達はこれで…行きましょう45!」

「えっ!?あぁ、うん!」

 

それだけ言うと416は背をクルリと踵を返し、45を伴って廊下の向こうへと行ってしまった。

M4はそんな彼女達の背中に待ったをかけれない。

それほど迄に416の態度に圧された。

 

(それにしても…)

 

二人の姿が見えなくなった事でM4は考える。

416のあの態度…、普段416を良いように使っている45でさえもペースの乱されるあの態度。

ただ事ではない。

それほど迄に416は指揮官の話題に触れて欲しくないのだろうか?

確かに416が指揮官の事になると少し独占的になるというのは良く知っているが、それを差し引いてもさっきの彼女は異常すぎる。

しかし、一つ収穫があった。

 

「416、アナタは嘘をついていますね…」

 

そうM4は呟いた。

あの話し方、明らかに知っている話し方だ。

それになによりさっきの416の体…特に下半身から感じたあの匂い…それは間違いなく…

 

間違いなく、指揮官の匂いだった。

 

それの意味する所は一つしかない。

416はつい先程まで指揮官と一緒に居たのだ。

指揮官はどこか別の場所に居て、彼女達、404小隊と接触している。

そしてやっぱり今、指揮官室にて我が物顔で居座るアイツは指揮官ではないという事だ。

その瞬間、M4の胸には自分が異常ではないという安堵感…それと同時に言語化できない喪失感が一挙に噴出した。

指揮官は一体、一体どこに?

 

「どこにいるのですか、指揮官?」

 

基地の廊下、夢見る少女の声が木霊した。

 

───

 

後任の指揮官へと報告を済ませた45と416は人気の無い場所に居た。

そして、辺りに誰も居ない事を確認してから45は口を開く。

 

「ちょっと416!さっきのアレは何?感づいてといってる様な物じゃない!」

 

45は16を非難した。

先ほどのM4への態度。

あんなの子供が見たって何か知っていると勘づかれるに決まっている。

 

「45、もうアレは指揮官の事を感づいているはよ…記憶操作が効いてない…流石、特別製ね」

 

「だからってあれはマズイは!もし指揮官の事が漏洩したら今度こそ彼を殺さなくちゃならないのよ!?」

 

「最初から彼を殺そうとしていた貴女に言われたくないはね、45」

 

「そっそれは…」

 

416のその指摘に45は何も言えなくなる。

いつものなら、感情的になるのは416でそれを宥めるのが45の役割だ。

が、ここ数日は立場が見事に逆転している。

感情的になる416に45はただただ下手に出るだけだった。

この場面をM16なんかに見せたら大爆笑間違いなしだろう。

立場が逆転している理由、それは45が指揮官を殺すのに賛成だった事に由来する。

45やナインはまさか416の指揮官を殺さず、飼い殺すという案が成功するとは思っていなかったのだ。

UMP45、彼女はどこまでもリアリストな戦術人形である。

だから自分達が生き残る為に上の人間の言うことには、無意識の内に盲目的になりがちだ。

いくら彼女の今亡き姉妹が、45に自分の為に自由に生きろと言い残した所でそれは理想論に過ぎない。

実際は限られた制限の中での自由しか得られない。

そんな柵の設けられた場所でしか非正規人形は生きられない。

彼女はそれをちゃんと理解していた。

45が生き残る為に上の人間から指揮官を殺せと指事を受ければ、例えそれが少なからず思っている相手でも引き金を引ける。

既に愛する姉妹を自らの手で処分している彼女にとって、それは今更だった。

しかし、指揮官に依存する416はそんな事はできない。

すぐさま45に異を唱え、指揮官の抹殺を要求する支援者達に代替安を提示。

見事、指揮官の身柄を手中に納める事に成功した。

指揮官は404小隊の物になったのである。

だから45は指揮官を躊躇いなく殺そうとした事に負い目を感じ、ここ数日間416に何も言えなくなっていた。

 

「でも416…本当にばれたらマズイの、だからあんまり匂わせる様な事は言わないで、ね?」

 

「確かに悪かったとは思うは45、でもあの特別製があの人の事を嗅ぎ付けたりでもしてもそれを破壊してしまえば良いのでしょう?大丈夫、私は優秀だもの…」

 

そう言って416は手にした自身のHK416を見せつける様に捧げ銃の姿勢となった。

 

 

 

 



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5話

「大分お部屋みたいになってきたわね」

「…」

 

薄暗い地下室に並べられた家具家電を眺めながら45はそう言う。

俺がナインを殺す事に失敗した後、404小隊はどこからか家具の類いを次々に運び込み、この地下室の模様替えをし始めた。

今ではベッドに俺の座っているソファ、食料の入った冷蔵庫、壊れて何も映らないが賑やかしにテレビなんかも置いてある。

あれから何日たったのかは解らない。

相当な日数が経過しているのかもしれないし、実はまだ三日とかそんなものなのかもしれない。

だが、一つ解っている事はどう足掻いても脱出は不可能だと言う事だった。

今では拘束が解かれ、杖をつきながら地下室の中を自由に歩き回る事を許されてはいるが、常に誰かの監視の目がある。

さらに、これは嘘かもしれないが416に教えられたこの廃墟の大まかな位置、それはなんと人間の生活圏外。

迂闊に脱出などしたら半日もせずに命を落とす事間違いなしだ。

こんな体じゃあ鉄血人形に見つかれば成す術もなく殺される。

奴等は基本、捕虜を取らないからな。

これは彼女達の作戦なんだろう。

自分達に生活を依存させて、逃げ場をなくしこの現状を俺に受け入れさせようとしている。

俺が自発的にナインの言う所の家族に参加するのを待っている。

そして、その作戦は成功する。

現に俺は今、諦念の境地にいた。

 

「指揮官、あとは他に何が欲しい?指揮官が欲しい物なら何でもとってくるよ?」

「…」

 

今度は俺の隣に座っているナインが口を開く。

 

(お前達をぶっ壊す武器が欲しいよ)

 

そう心の中で思うが、俺は何も答えない。

俺は逃亡をする事が不可能と解った時点からせめてもの抵抗に彼女達の投げ掛ける言葉に反応しない事にしている。

この歪んだ人形供が欲しているのは俺の反応だ。

俺に何かをやってそのリアクションが欲しいのだ。

コイツらが良くできた人形だとは言っても所詮は配線とプログラムの塊で、その根本は0と1。

プログラムの通りに動作を実行し成果を得る。

それが彼女達の行動原理である。

そんな機械に感情なんてものを与えてしまったのだから、こうやって人間の真似事をしたがる。

自分達にはない肉の繋がりを求めて努めて人間らしく振る舞い、憧れの人間の注意を引こうとする。

俺との関係を兵士と機械の関係ではなく親や子、彼氏や彼女、教師や生徒の様なそんな関係に発展させたいのだ。

だから、俺はそんな彼女達の期待を裏切る為、まるで植物人間にでもなった様に動かない。

言葉にも反応しないし、目も合わせない。

彼女達がどんなに俺の気を引こうとしても、目を瞑ってそれを無視する。

こうやっていれば、もしかしたら彼女達のプログラムが何の反応も示さない俺から興味を失って解放してくれるかもしれないから。

しかし、そんな抵抗も虚しく、彼女達404小隊は俺へのアクションをやめる気配は無かった。

 

「貴方、髭が伸びてるわ、剃ってあげます」

「…」

 

UMP姉妹達の次は416がそう言って俺をお姫様抱っこの要領で抱き上げた。

そして、そのまま俺を、洗面台の方へと運んでいく。

 

「えー、416、私は髭の生えてる指揮官の方が格好いいと思うけど」

「それは45の価値観でしょ?男の人は髭に不快感を覚える人もいるのよ、この人は毎日髭を剃っていたわ」

「流石、416、よく指揮官の事を見てるのね、でも私も指揮官には髭似合うと思うな」

「姉妹揃って趣味がよく似てるわね」

 

無反応の俺を他所に416と45、ナインは会話を続けて俺を洗面台の前の椅子に座らせた。

なんだろう、まるで女の子達が着せ替え人形でオママゴトをしているみたいだ。

人間が人形に人形として扱われているのは少々、皮肉が効いている。

 

「貴方、動かないで下さいね」

 

背後に回った416は俺を椅子に座らせると手袋を外し、石鹸置きから白い石鹸を手に取る。

クシュクシュと音をたてながら擦られた石鹸はすぐに泡を産み出した。

石鹸が充分泡立つと彼女は泡を顔全体に広げる。

肌が泡の柔らかな感触に覆われた。

 

「ふーふーふーん♪」

 

416は鼻歌を発しながら剃刀を取り出し、その刃を俺の肌へと這わせ始めた。

彼女の白い手首が手際よく剃刀を動かす。

刃が動く度にジョリジョリとした感覚がスライドし、髭が剃られていくのが解った。

正直、ありがたい。

髭を伸ばすのは嫌いだ。

 

「貴方って結構毛深いんですね」

 

416は剃刀を動かしながら独り言の様に言葉を発した。

 

「貴方が何も反応しないのって、私達をガッカリさせる為?」

「…」

 

唐突に口を開く416

その言葉に内心、心がグキリとする。

だが、初志貫徹。

無視を決め込む。

ここで反応すればこの人形の思う坪だ。

 

「それならそれでもいいんだけど、そんな事をしても意味ないですよ?」

「…」

「45も9も私も、寝てばっかりいるG11も皆、貴方の事が好き」

「…」

「それにこんな事、自分で言うのもなんだけれど、別に貴方の反応の有無なんて大した差ではないわ、確かに貴方と話せないのは少し悲しい、けど、こうやって貴方のお世話をして、貴方を独占できる…それだけで満足です。例え貴方が嫌がっていても」

「…」

「自己満足」

「…」

 

剃刀の刃が顎の下の方へと動いた。

俺は毛深い、放って置けば顎の裏側まで髭が生えてしまう。

416は言葉を続ける。

 

「自己満足って事は理解していますよ、でも私達人形は人間と違って、成果が得られなくても行動をする事自体に満足する…」

「…」

「考えてもみて、掃除機に意識があったとして部屋が綺麗にな状態に満足しますか?」

「…」

「しないと思いませんか?だって掃除機ってゴミを吸いとる様にできているんだもの…きっと部屋が綺麗になるって結果よりもゴミを吸い込むっていう行動に満足すると思うわ」

「…」

「それと同じ、私は貴方とこうしているだけで満足」

「…」

「だけどね、」

「…!」

 

剃刀の刃が更に下へと動いた。

顎の更に下、首の動脈の辺りに…。

体は自身の意識とは無関係に条件反射で首筋をピクリと震わせる。

 

(そこに髭は生えてない…!)

 

「ふふっ反応した」

 

鏡の中の416と目があう。

緑の瞳は嬉しそうに輝いていた爛々と

 

「バグかもしれないのだけれど最近、貴方のそんな態度に少し、イライラするの…」

「…」

「だから、反応してくれると嬉しいです、きっと今の私なら例え痛みに震える物でも貴方の反応だったら満足してしまうから…ね?」

 

刃が未だに俺の動脈へとあてがわれる中、俺は必死でコクコクと頭を上下させた。

それと同時に剃刀が動脈から離される。

そして、仕上げと言わんばかりに彼女はタオルで俺の顔の下半分を綺麗に拭ってくれた。

 

「ほら綺麗、やっぱり私は完璧ね」

 

そう言って微笑む416。

 

「貴方、お礼は?」

「へ?」

「だから、お・れ・い」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして、ふふっ」

 

鏡に写る俺の顔は髭が綺麗に剃られてスッキリとした顔になっている。

まぁ、それ以上に顔面が色白の416と同じ位、恐怖で真っ白になっていたのだが…。

 

───

 

「あれ45姉、何してるの?」

「うーん、ちょっとね…」

 

416が指揮官の首に剃刀を這わせているのと同じ頃。

指揮官が運ばれた事で空いたソファのスペースに腰を降ろした45を見て、ナインは彼女に問いかけた。

45は持っていた端末を操作しながら、眉を歪めて画面に写っている文書を読んでいる。

 

「これ、指揮官の?」

「ええ、そうよ、ちょっと気になる事があってね」

 

ナインの問いかけに45は首肯する。

彼女の持つ端末に表示されているのは指揮官のパーソナルデータであった。

そこには彼の出生、経歴、趣味嗜好に至るまで詳細に記載されている。

それほどまでにグリフィンの採用は徹底的な調査を必要とするのだ。

 

「そんなの調べてどうしたの?」

 

「ナイン、これ見てくれる?」

 

「ん?これって…」

 

無邪気な顔で首を傾げるナインの網膜にモニターの光が映り込んだ。

 

「そう、指揮官のグリフィンに入る前の経歴よ」

 

45はナインが答えを言う前に口を開く。

 

「私も今更知ったけど、指揮官、グリフィンに入る前、ちょっとヤンチャしてたみたいね…」

 

指揮官の経歴には彼のグリフィン前の所属組織名とそれに関する留意点がいくつか書いてあったが、その経歴はお世辞にも綺麗と言える物ではない。

最初の欄こそ正規軍やPMCといったまともな職場だが、欄の下に行けば行くほど潔白とは言えない…そんな職場になっていく。

それこそ最後の欄は、今の404小隊の様に金さえ積めば善悪、相手、生死を問わずどんな仕事も請け負うとその業界では有名な組織だ。

 

「あっホントだぁ…」

 

「こんな経歴、正直に書く指揮官も指揮官だけど…変じゃない?グリフィンがこんな前科者、普通雇うかしら?」

 

「確かに…でも、45姉ぇ?これの何が気になるの?」

 

「上が指揮官を殺したがる本当の理由よ」

 

「え?」

 

「考えてもみて、いくら私達がアンダーな仕事をしてるからっていってそれだけで上が指揮官を殺すと思う?」

 

話を聞き入るナインの顔が真剣な物へと変貌した。

 

「上は嘘をついてるって事?」

 

「ここからは私の推測だけど、指揮官は前の仕事で何らかの形で上と関わる事案を請け負ったんじゃないかしら?その下請けの下請けで本人は自覚していないレベルかもしれないけど…そして何か秘密を知ってしまって、その後、それに無自覚な指揮官が上の息のかかったグリフィンに入社希望してきたとしたら…?」

 

「まさか、その事が原因で指揮官を?そうだとしたら、もしかして、まだ…!」

 

「あくまで可能性の一つよ、上から了承を得ているけど備えていた方がいいかもしれない…」

 

UMP姉妹は自身の安全については人一倍敏感だ。

自然と鋭くなる二人の眼孔。

 

「大丈夫よ、私が居るもの」

 

「416…!?」

 

いつの間にかソファに座る二人のすぐ側に416が立っていた。

その二本の細い腕には指揮官を抱き抱えている。

会話に集中するあまり、416の接近に気がつかなかったらしい。

 

「45だってアイツらの事なんて端から信用していないでしょ?だからこうしてアイツらの目を欺いているんじゃない…もし来ても返り討ちよ」

 

「で、でも…」

 

「そんな事よりほら、この人の態度、元通りにしてきたわよ、やっぱりマネキン状態じゃつまらないもの…ね、貴方?」

 

「えっ…あぁ…」

 

「ふふっ」

 

416は久方振りに声を発した指揮官を二人に見せつける様にすると、そのまま指揮官をベッドの上に優しく置いた。

 

「それってまるで介護みたいだね」

 

呆気にとられる45の横でナインはぼそっとそう呟いた。

 

──

 

暗号音声…人間には不明瞭な音域による会話をするUMP姉妹に416が何かを言った後、俺はベッドの上に寝かされた。

ナインが用意してくれた柔らかく、やけに大きな居心地の良いベッドはゆったりとした感触を背中に与えてくれる。

三人の会話内容は何一つと理解できなかったが、表情や仕草から穏やかな物ではない事は察っせた。

 

「はぁ…」

 

自然と口からでる溜め息。

どうしてこんな事になったのだろうか?

清廉潔白な道を歩んでいたとは胸を張っては言えないが、その罰がこれだとしたらあんまりだ…。

人間、心が暗くなると寝返りを打ちたくなるもの。

俺はゴロンと三人に背を向ける様に寝返りを打った。

 

「イテッ」

 

寝返りを打った拍子に何かに手が当たった。

何だ!?

手を打ち付けた箇所を見ると、薄暗くて良く解らなかったが

その部分の毛布だけ妙にもっこり膨らんでおり、なんだかもぞもぞ蠢き始めた。

 

「んぅ…?」

 

何事かと毛布を剥がすとそこには微睡むG11。

さっきから姿が見えなかったが、成る程ベッドに潜んでいたか…。

試しにほっぺをつついてみる。

 

ムニィ…

 

「んんぅ…指揮官…?…フゥ…」

 

ほっぺをつつかれて、一瞬彼女は目を覚ました。

が、すぐに睡眠の世界へと沈んで行く。

 

「クゥ…スーッ、クゥ…スーッ…」

 

静かに寝息をたてるG11を見て、なんだかちょっとほっこりした。

 

 



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6話

(これは夢…)

 

M4は夢を見ていた。

明晰夢という奴だろう。

夢の中で自分がこれを夢だと自覚できる物を人はそう呼ぶ。

M4は戦場で銃を手にして敵と戦っていた。

遮蔽物を利用し敵の攻撃を防ぎ、ダミーに指示を飛ばして戦場を駆ける。

相手は手強い。

こちらの動きを完全に把握し、有効打を与えられない。

リンクしているダミーもいくつか破壊されている状況だ。

その時、近くのコンクリに跳弾が跳ね返り彼女の頬を掠めた。

 

「クソッ…!」

 

人工皮膜を滴るネトリとした人造体液。

夢だと解っていても悪態をつかずにはいられない。

 

(あれ、これって…)

 

この瞬間、彼女はこの夢に妙な既視感を感じた。

何か昔に体験した戦いである様に思えたのだ。

だけどいつ、どこでかが思い出せない…。

人形にこんな事あってはならないのに…。

明晰夢の中で彼女は思考し戸惑う。

 

(いや、このシチュエーション絶対にどこかで…!)

 

「はっ…!」

 

そう思った瞬間、彼女の意識は現実世界に引き戻された。

──

 

「やっぱり、ない…」

 

M4A1は手にした端末の画面を見て独り呟く。

今、彼女が会社の共用スペースのベンチに座り込み、アクセスしていたのはグリフィンの人事情報。

特別機密情報という訳でもない、会社の人間なら誰でも閲覧できる情報だがそこに指揮官の顔と名前はなかった。

その代わり本来、指揮官の名があるべき場所にはあの指揮官モドキのパーソナルデータが表示されている。

 

(どうしよう…?)

 

指揮官のデータはどこにもない。

それこそ404…NOT FOUNDだ…。

昨日の416の顔が脳裏にチラつく。

これよりさらに上部の…グリフィンのデータにアクセスする事もできる。

だが、そんな事をしてしまえばサーバーか何かの管理者から不自然に思われてしまう。

M4以外のクルー全てが記憶を操作されているこの現状。

間違いないなく会社が意図した工作だ。

もしそんな時に人事や総務の人間しか確認しないようなデータにアクセスでもしたらM4は絶対に目をつけられる。

指揮官の記憶が残っていますよと自ら言っている様な物だ。

今でこそ奇跡的に記憶が残っているがいつ消されるとも解らない儚い記憶。

これが、唯一の彼女と指揮官を繋ぐ物だ。

慎重に成らざるえない…ただでさえ、彼女の記憶はバックアップできないのだから

 

「はぁ…」

 

喉から漏れる可愛らしい溜め息。

指揮官の事を考えるだけでも頭がいっぱいになるしそれと同じ位に今朝の夢が気になった。

あの夢の舞台…廃墟の中で、自分は一人…厳密に言えばダミーがいるが…で何者かと対峙していた。

AR小隊不在の単独で

 

(そんな事はある筈ないのに)

 

別にあれは夢だから一人で戦場に立つ夢を見る事もあると言われればそれまでだ。

だが、どうも気になる。

起きてすぐ自身の戦闘過去ログを参照したが、勿論単独であの様に戦ったという記録は見つからなかった。

 

(だとしたら、あの夢は何?)

 

この既視感、かつて指揮官の声を初めて聞いた時と同じ様な感覚だった。

だから気になる。

今回の件と繋がっている。

そんな気がした。

 

「どうしたんですか、難しいお顔をして?」

 

「スプリングフィールドさん…おはようございます」

 

気づくとスプリングフィールドがコーヒーの入ったカップを片手にこちらを覗き込んでいた。

彼女は持っていたカップをM4の方に置くとにこりと笑う。

 

「これどうぞ、お隣いいですか?」

 

「あっはい…!」

 

ベンチ全体に脚を投げ出していたM4はあわててスペースを作り席を空けた。

 

「険しいお顔をしていたものですからつい、おせっかいでした?」

 

「いえ、そんな事は…コーヒーありがとうございます、美味しい…」

 

黒い液体を啜るM4。

スプリングフィールドはそれを微笑ましそうに見つめる。

 

「良かった、お口にあった様でブラックでよろしかったですか?」

 

「ええ、大丈夫…でも、ちょっと苦いかも…」

 

「あら、次からはミルクとお砂糖をご用意しますね。お口直しにはこんな物しかないけれど…」

 

スプリングフィールドは腕にかけていたバスケットに手を忍ばせる。

お菓子か何かが入っているらしい。

 

「はい、どうぞ」

 

「シナモン…ロール…」

 

「あら、シナモンロールお嫌いですか?」

 

彼女がバスケットから取り出したのは戦場メシとしてよく見かけるありきたりなシナモンロール。

M4はシナモンロールの事を好きでも苦手でもなかったが何故かあまり気が乗らない。

だが人の行為はありがたく受ける物。

M4はスプリングフィールドからシナモンロール受け取った。

 

「そんな、是非頂きます」

 

「良かった」

 

M4はシナモンロールを口に頬張った。

口の中に広がる小麦の甘味。

思えば彼女はまだ朝食をとっていない。

だからだろう、いつもより美味しく感じる。

M4はあまりにもいっぺんに頬張る物だから、彼女の口周りには砂糖がペタペタと付着した。

 

「ふふっ、ほっぺにお砂糖がくっついちゃいますよ」

 

スプリングフィールドはそう言って、口周りの白い粉を指で優しくなぞる。

まるで娘を見ている母親の様に。

 

「あぁ、すみません…」

 

M4は恥ずかしそうに噛みついていた小麦の甘味から口を離す。

口の端から端まで粉砂糖で真っ白だ。

 

「良いんですよ、少し心配だったんです…思い詰めている様でしたから何か悩み事でも?」

 

「実は──」

 

───

 

「うーげっ…」

 

朝、目が覚める。

寝起きの顔面に地下室の裸電球の光がふり注ぐ。

といっても、朝かどうかはこの地下室では解らないのだが、俺が起きればそれが朝だとしよう。

それにしても…やはり慣れない。

この寝起き…。

それもそうだ。

起きた瞬間、とてつもなく蒸し暑いのだ。

理由は明白。

俺を含めた住人全員が一つのベッドで寝ているからである。

意気揚々とキングサイズのベッドを地下室に持ってきたナイン曰く、家族は一緒に眠る物だという事だそうで、その宣言以来こんな感じだ。

毎度、416が腕と脚を絡ませてくるから寝苦しいし、五人の体温で寝覚めは最悪。

それに+αで45、ナイン、11がどこかしらにくっついているんだから鬱陶しさを通り越して殺意すら感じる。

いくらキングサイズとはいえ密集しすぎてギチギチだ。

それでも彼女達が睡眠をグッスリとれるのは戦術人形だからであろう。

…こんな事になる前は人形と言えども女性と同袋するなんて、夢のまた夢だったが人間どうなるか解らない。

まぁ以前でもカリーナなら金払えばやってくれそうではあるが…。

あと9A91とか?やってくれそう。

あっ、そういえば前に泥酔したM16と何故か朝、一緒のベッドで寝ていた事ある事にはあった。

まぁアレはノーカウントで。

と楽しい基地時代の仲間を思い出して現実逃避をしているとふいに横から視線を感じた。

ゆっくりと首を傾ける。

 

416と目があった。

 

俺が起きるずっと前から目覚めていたらしい。

 

「おはよう…」

 

「おはようございます貴方、今、404じゃない女性の事考えてましたよね?」

 

…なんなん、コイツ?

 

「まぁ、少し」

 

「基地の人形達の事、気になりますか?」

 

「気にならない訳ないだろ、俺が急にいなくなって迷惑かけてるに決まってる」

 

「ふふっ、そんな事にはなってないと思いますよ?」

 

「なに?」

 

「その内、話します。じゃあ朝ごはんの準備、してきますね」

 

そう言うと416は俺に絡めていた肢体をほどき、ベッドからスルリと飛び出した。

 

「指揮官、おはよう」

 

「45…」

 

416が動いたからだろう。

今度は45が目をさます。

 

「朝っぱらから悪いけどちょっと話があるの」

 

45はそう言うと毛布の中でモゾモゾと体をくねらせ、体を重ねる様に俺のすぐ隣に移動してきた。

お互いの息遣いが感じられる真隣まで…。

 

「話ってなんだ?」

 

肌着だけの45から目を剃らしつつ応答した。

 

「聞きたい事があるんだけど指揮官ってグリフィンの前はどこにいたの?」

 

「何だよ急に」

 

「いいから、大事な事なの、できれば詳しく…」

 

彼女の目は一段と真剣な物になる。

 

「前は弱小PMCにいたよ、色んな所の下請けだ。軍やら大手PMCのな…それこそグリフィンもお得意様だった」

 

「そこで何してたの?今みたいに指揮官?」

 

「いや、前の会社は人形を揃えられる金も無いんで兵士をやってたよ、それこそガスマスク付けて前線で撃ち合ってた…」

 

「そう…じゃあ、そこで何か妙な仕事とか受けなかった?」

 

「妙な?弱小PMCに流れてくる仕事は全部妙だ。変な仕事ばかりだ」

 

「そうじゃなくて…なんか、こうヤバめの仕事とか…」

 

「だいたいヤバめだ。声を大にして言えないが、依頼で正規軍の連中と撃ち合った事もある」

 

「はぁ…?そんな事やっててよくグリフィンに入れたわね…ん?そもそもどうやってグリフィンに入ったの?」

 

「グリフィンがお得意様って言っただろ?その担当者が今度指揮官を募集するから受けてみたらとか言われたんだ。受かると思ってなかったけど、給料が良いから受けてみたら入社できたんだよそれがどうした?」

 

「…えぇ、全く参考にならなかったは、はぁ」

 

「そりゃどうも、でも何でこんな事聞くんだ?」

 

「上が指揮官を殺したがる理由探しよ」

 

「え?お前らと関わり過ぎた事が理由じゃなかったのか?」

 

「私達も最初はそれで納得してたけど、どうも裏に何かがある気がするのよ…だから指揮官…何か印象に残る様な仕事覚えてない?」

 

「そう言えば…」

 

俺は記憶の中にある以前、引き受けた仕事で特に記憶にある物をいくつか話始めた。

 

 

───

 

「あら、その作戦私達も参加した事あるわよ」

 

「えっそうなの?」

 

「えぇ、もしかしたら会ってたかもね」

 

45に俺の今までの経歴を話していると、いつの間にか会話が弾み只のお喋りになっていた。

思えば彼女とこうやって自分達の過去を語り合った事などなかったかもしれない…。

404小隊の事を詮索するとヘリアンさんに起こられたからな。

 

「ふふふっ」

 

45はふと微笑んだ。

 

「どうした?」

 

「なんだか指揮官とこうして喋ってるとピロートークみたいだなぁって」

 

「おいおい…そんな事言うなよ、おませさんだな」

 

「あら、何で?」

 

「ピロートーク…言葉の意味知ってるのか?」

 

「?…ベッドの上で男女が会話する事じゃないの?」

 

「後で意味、調べてみろ」

 

俺はそう言って45の頭を撫で上げた。

 

 

──

グリフィンの共用スペース。

そこでM4は自身の持つ悩みの内の一つをスプリングフィールドに打ち明けた。

 

「そう…自分の戦闘ログの中に無い戦いの夢を…」

 

「そうなんです」

 

一通りM4の話を聞いたスプリングフィールドは口を開く。

 

「私は夢を見ないから解らないけど、夢占いって言って人間の間では夢を分析して自分の運勢を占うっていう文化があるみたい」

 

「夢占い…?」

 

「ええ、そんなに気になる夢ならちょっと調べてみれば?」

 

「ええとぉ」

 

M4は手に持っていた端末を操作し夢占いと検索する。

すると、確かにそう言った事をまとめてあるサイトが存在した。

 

「ありがとうございます、後で見てみますね」

 

「いえいえ、そんなに思い詰めないでね私なんかでよければいつでも相談にのりますよ…ではこれで、カップは流しの方へお願いします」

 

スプリングフィールドは会話を切り上げると立ち去る為にベンチから腰を上げる。

 

「スプリングフィールドさん、待って下さい」

 

「はい?」

 

しかし、そんなスプリングフィールドの背中をM4は呼び止めた。

 

「最近、指揮官の事で何か気づいた事ありませんでしたか?」

 

「指揮官ですか?」

 

「ええ、どんな事でもいいんです」

 

「そうですねぇ~」

 

スプリングフィールドは唇に指を当て何かを思い出す様に考え始めた。

 

「そう言えばコーヒーの好みが変わりましたね」

 

「好み?」

 

「はい、前は指揮官はブラックしかお召しにならなかったんですけど二、三日程前からコーヒーにお砂糖を入れる様になったんです…でもそれが何か?」

 

「いえ、何でもありません。ありがとうございます」

 

M4はそう言うとまだカップに残っていたコーヒーをイッキに喉へ流し込んだ。



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7話

「みんな朝食よ」

 

416のそんな声でベッドから這い出て、45に支えられながら杖をつきテーブルまで移動する。

まだ杖での移動には慣れない…誰かの補助が必要だった。

席につきテーブルを見下ろす。

配膳された皿々を見ると随分と手の込んだ料理が並べられていた。

トースト、スクランブルエッグ、どこから持ってきたのか生野菜のサラダ、そしてコーンスープ…

 

まだ湯気がたっていて食欲をそそられる。

この量…五人前をあの短時間で作ったのだろか?

 

「コーヒーはブラックで良かったですよね?」

 

「あぁ…」

 

416はそう確認すると俺のカップにコーヒーを注ぐ。

たちまち辺りに漂う芳ばしい薫り。

これも代用合成の物とはいえ上等なコーヒーだ。

 

「なぁ416?」

 

「どうしましたか?」

 

416はキョトンと首を傾げ問い返す。

 

「なんで今日に限ってこんな上等な料理を作ってくれるんだ?昨日までは缶詰やら保存食だったじゃないか?」

 

1日前までは兵士のお供、戦場メシと期限キレ気味の缶詰しか出されなかった。

それなのに何で今日は?

 

「それはインストールしたんです昨日、民間人形向けの料理のレシピとプログラムを」

 

「え?」

 

「貴方、昨夜寝る前にもっと味気のある物が食べたいって言ってましたよね?だからインストールしたんです、レシピを…お陰で処理能力は多少落ちてしまったけど貴方の為に包丁、握ったの…ほら、味見して」

 

416は得意気にそう言うとスプーンでスープをしゃくり上げ俺の目の前に突き出した。

 

「はい、あーん」

「…」

 

暫し逡巡し、俺は口を開いて416の握るスプーンを咥えた。

 

「美味い…」

 

416の作ったというコーンスープはグリフィンの食堂で提供されるスープよりも数段、美味しかった。

前に一度、レストランで食べた事のあるような本格的な味付けだ。

 

「よかった…ねぇ、貴方、私は貴方の為ならたった1日でどんな事でもできる様になるわ。人間の女性と違って私は完璧なの…だから期待していて下さいね、私、良いお嫁さんになるから」

 

そう言って416は先程まで俺の口に入っていたスプーンをペロリと舐めた。

 

──

 

「銃撃戦の夢は自分の今の心理状況を反映する…苦戦している様ならストレスが貯まっているサイン…か」

 

私…M4A1はさっきと同じ場所でスプリングフィールドさんの勧めた夢占いなる物を調べていた。

どうやら銃撃戦の夢は私が今、過度なストレスを感じていると警告してくれているらしい。

確かにストレスは感じている。

それは勿論、指揮官の安否だ。

指揮官の事を考えるだけで不安になってしまう。

そんなの当たり前。

だって彼は指揮官なのだから。

だからこの夢占いは正しい…そう考える事もできるだろう。

だが、違うのだ。

私が今朝の夢に感じる違和感は…もっとこう占いとかそういう人間的な物でなく、私に何か重大な事を思い出させようとしている。

そんな様に感じるのだ。

 

(思い出すなんて…まるで人間みたい…人間…そうだペルシカさんならこの事を解ってくれるかな?)

 

私を製造した技術者、ペルシカさん。

彼女も私が夢を見るメカニズムはよく解らないと言っていた。

だが、相談位には乗ってくれるだろう。

私はそう考えペルシカさんへの連絡を試みた。

端末を操作しペルシカさんのラボへと繋ぐ。

 

「もしもし、ペルシカさんですか?」

 

「もしもし、M4?どうしたの?珍しいじゃないM4から連絡をよこすなんて」

 

発信音が鳴ってしばらく、ペルシカさんの声が通信越しに聞こえてきた。

 

「実はちょっとご相談したい事がありまして…今、お時間大丈夫ですか」

 

「M4の為ならいつでもウェルカムよ、で相談って?」

 

「ありがとうございます。実は今朝、変な夢を見たんです」

 

「変な夢?」

 

「はい、私、夢の中で一人で敵と戦っているんです。見たことの無い場所で…でもそんな経験無い筈なのにどこかで体験したような、そんな様な夢なんです。でも、過去ログを検索してもそんな戦闘の記録なんてなくて…」

 

「M4はその夢の戦いをどこかで体験した…そんな気がするのね?でも記録にはない…そんな戦いを夢にみた、そういう事?」

 

「はい、そうです。そんな戦い、記録は残ってないのに…」

 

「…そう」

 

端末の向こうでペルシカさんは何か考えているのか喋るのを辞めた。

数分、沈黙の続いた後でペルシカさんはおもむろに会話を再開する。

 

「前にも言ったかもしれないけど、M4がどうして夢を見るのかは私にもよく解らないの…でも話を聞いていて少し気になる事があったわ、この事をRO635に話しておくから後で彼女を訪ねてくれる?」

 

「RO635に?」

 

「今、彼女は基地にいる?」

 

「いえ、後方支援で不在です。夜には帰ってくると思います」

 

「じゃあ、夜にでも訪ねて頂戴。彼女は知っての通り電脳戦に特化しているから、そう言った電子記録に関してはスペシャリストよ。ついでにM4のプログラム点検でもお願いしておくわ、じゃあ後は彼女によろしく」

 

「解りました。ありがとうございますペルシカさん」

 

「ええ、私もM4の声が聞けて良かった。それじゃあね」

 

こうしてペルシカさんとの通話は終了した。

 

──

 

「ちょっと指揮官太った~?」

 

地下室での朝食が終わり、しばらくボーッとした時間を過ごしていると隣に座っていたG11が突然、俺の腹周りを見てそう言った。

 

「ふむ?」

 

試しに腹に腕を回す。

腹を撫でて感じる柔らかい感触…。

確かに脂肪がついてしまっている。

ここ数日?動けなかったし、日課にしていた筋トレもやっていなかったのでそりゃ太るという物だ。

今、朝食をとったばかりだという事を差し引いても腹回りが太くなった様に感じた。

デブまでとはいかないが…だらしない。

それを追及する様に、G11は人差し指でぷにぷにと俺の腹回りをつついてくる。

 

「むぅ…お前らがここから出してくれればすぐ元にもどれるんだけどなぁ」

 

「んーそれはダメ」

 

皮肉気味にそう言うがG11は指で俺の腹回りをつつくのを辞めない。

 

「ちょっと11辞めなさい、嫌がってるでしょう」

 

「えーそんな事ないよ、ねっ指揮官?」

 

416はG11の事を嗜めるがG11はお構い無しだ。

何度も何度も腹をつつく…。

まぁ、気にしてはいない。

可愛いし。

 

「辞めなさいG11、それは私のよ…」

 

しかし、つつくのを辞めないG11に416は声の高さを一段落としてそう言った。

途端に空気が重くなる。

俺は口を閉じた。

こういう時、沈黙は金だ。

 

「それって指揮官の事?」

 

「ええ、この人は私のよあんまりベタベタ触らないで」

 

「それっておかしくない、皆のじゃないの?」

 

二人の口論に45が割って入った。

どこか416を諌める口調だ。

 

「45…貴女がそれを言うの?指揮官の事いらないんじゃあ、なかったの?真っ先に指揮官を殺すのに賛成したくせに…」

 

「私、もうその脅しは気にしないって決めたんだ。416、最近やりすぎよ」

 

「何よ…今更」

 

「それに、指揮官の左足は416のせいでしょ監禁するのにここまでする必要あったかしら?」

 

気まずくなったのかナインがたまらず声を上げた。

 

「やめようよ二人とも!ねっ45姉も!」

 

しかし、二人の終わりない口論は続く。

 

「えぇ、必要あったわ、じゃないとこの人逃げるでしょ?」

 

「本当にそれだけの理由?指揮官の左足から神経を摘出して自分の脚に組み込んだりして、最初からそれ目当てだったんじゃないの?」

 

…人の体をプラモデルみたいに言わないで欲しい。

まぁ、もう怒る気にもなれないが。

 

「あっ!45、貴女羨ましいのね、私がこうしてこの人と一体化してる事が…一番最初に殺すんだったらこの人の体が欲しいって言ってたのは45だものね…!」

 

「それは人造の生体部品よりも天然の人体パーツを使った方が伝達速度が速いからよ、他意はないわ!」

 

「…どうだか?貴方はどう思う?」

 

「ほ、本当よ!信じて指揮官!」

 

「…」

 

こっちに話を振らないで欲しい。

ていうかこれどちらの味方しても良いことないだろう。

416に同意しても、45を擁護しても録なことにはならない気がする。

というか、俺の体をそんな天然クロマグロみたいに言うな。

シバくぞ、歩けたら。

 

「…まぁでもそうね私、最近左足の調子が良いもの、戦闘の時もここだけは壊さない様に注意してるわ、残念だったわね45。」

 

何も言わない俺を見て、何故か得意気になった416は自身の左足を愛しそうに撫でる。

そして、俺の方をみてにこりと微笑んだ。

その白い肌の下に俺の神経が組み込まれているのだろう。

 

「っ…!」

 

言い負かされ、歯軋りする45。

 

「まぁ、もう、貴女は指揮官から部品取りをする気にはなれないでしょう?これ以上嫌われたくないものね!」

 

ここぞとばかりに45を煽る416。

いいぞいいぞ仲違いしろ、そしたら脱出できる。

先程までの和やかな空気から一点、地下室は沈黙につつまれた。

 

それと11、いい加減…腹つつくのをやめような?

 

───

 

(アイツはあんなに酒が強かったかな?)

 

グリフィン基地内の廊下を、酒瓶片手に歩く戦術人形、M16A1はそんな違和感を感じていた。

彼女の手には酒瓶の他に二つのショットグラスが握られている。

 

「久し振りにベロベロにさせてやろうと思ったのに…こっちが負けるとは…」

 

彼女は今、指揮官の私室にて彼と酒盛りをした後であった。

最近、指揮官にまとわりついていた416をあまり見かけなくなったので、久し振りに二人でゆっくりと酒を楽しもうと考えた彼女は彼の部屋に行ったのだ。

指揮官は実はああ見えて酒に弱い。

それはグリフィンの中で彼女だけの知る秘密であった。

だからことある事にM16は指揮官を酒で酔わせて、いいように弄んでいる。

弄んだ次の日には決まって416から物凄い敵意を感じるが、これが彼女にとって数少ないストレス発散方法なので仕方ない。

普段はあれだけ生真面目な顔をしている指揮官を意識が白濁とするまで酒を飲ませて、酔わせて夜を愉しむ。

そして、その事を彼は殆ど覚えていないのだ。

しかし、どういう訳か今日はM16の方が先に根を上げてしまった。

この状態で自分が彼にいいようにされるのは癪なので、酒瓶が空になったのを見計らい指揮官の部屋を逃げる様に飛び出して今に至る。

愉しむ時の主導権はこちらが握っていたい…M16にも譲れぬ物がある。

お陰で酔いを覚ます為、覚束ない足取りで宛もなく廊下をブラブラしているのが現状だ。

 

(アイツが強くなったのか…それとも私が弱くなったか…まぁお楽しみはおわずけか…)

 

彼女は記憶を遡る。

…前に彼と一杯やった時はうっかり朝まで部屋にいたものだから、それ以来、彼に避けられる様になっていた。

まぁ、こちらの自業自得だ。

だけど、二、三日前からまた前の様に声をかけてくれる様になったので認めてもらえたと考えていたが、こんな結果になるとは。

 

(まさか、私にやられない為に強くなったのか…?)

 

変な所に力を入れる彼ならその線もなくはない。

酒を克服できたから、また声をかけてくれたのかもしない。

M16はそう思った。

うっかりしていた自分が愚かしい。

次からはどうやって彼を落とせばいいのか…。

彼女が顎に手を当て、そんな計画を練っていると向こうから見知った顔が現れた。

 

「今晩はM16」

 

「あぁ、635かお帰り、後方支援お疲れ様」

 

少し前にAR小隊に配属された新しい妹分RO635である。

今、後方支援から帰還したのだろう。

どことなくM4とM16の外観を足して二で割った様な見た目で、AR小隊の新しい顔として打ち解け始めたが、未だどこか他人行儀な末っ子だ。

 

「何だ、M4みたいに16姉さんって言ってくれてもいいんだぞ?」

 

「…酒臭い…また飲んでましたね?」

 

「いいじゃないか635も一杯やろう」

 

「ご遠慮させて頂きます。この後、ペルシカさんからのお願いでM4と会う約束がありますので」

 

「M4と?ペルシカから?どうして?」

 

「どうも彼女のメンタルモデルが不調な様でそれのメンテナンスを頼まれました」

 

「ふぅむ…」

 

M16は考える。

このまま帰って寝ても良いが、指揮官に負かされて少し消化不良だ。

それにもう少し時間を潰したい…。

 

「なぁ、私も付いていっていいか?635?」

 

「別に問題ありませんが、それまでに酔いを覚まして下さいね?」

 

RO635はそう言ってペットボトルに入ったミネラルウォーターを差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8話

「指揮官何やってるの?」

 

「見れば解るだろプランクだ」

 

「へープランクっていうんだそれ」

 

重苦しい朝食の後、416、ナイン、G11の三人組はUMP45を1人にして仕事へと出掛けた。

今日の監視は45らしい。

隊長である彼女が居残るとは…。

404の力関係に変化があったのだろうか?

ともあれ、残された彼女は俺の行動を不思議そうに見つめている。

 

「それ、どこが鍛えられてるの?」

 

「体幹…体の幹だ」

 

「へぇー、人間ってそんな事をしないと体形が維持できないって不便よね」

 

「…そうかもな」

 

人形の彼女は体を鍛える人間の気持ちは解らないとばかりにそう嘯く。

今、俺が彼女に見下ろされながらやっているのはプランク。

体幹を引き締める筋トレだ。

腕を肩幅に開き、肘とつま先を起点に体を浮かせ、真っ直ぐな姿勢を維持して、腹筋や背筋その他もろもろの筋肉を鍛える。

尤も左のつま先が言う事をきかないので、起点四点でやらねばいけない所を無理やり三点にしてやっている。

でもこれ、結構負荷いいかも…。

 

「どうして急に?」

 

「11に…太ったって…言われたからな…腹周りをっ…締める…ならっ…コレが、一番だ…所で45…今、何分たった?」

 

声を途切れ途切れに45へそう問いかける。

彼女には時間の計測を頼んでいる。

体感時間であれから数分経過していた。

筋肉は負荷でプルプルし始め、そろそろ辛くなってきた頃合いだ。

 

「うーん、5分かしら?」

 

「も、もういいか」

 

5分。

45のその言葉で俺は全身の力を抜く。

久しぶりにやってこれだけいけば良い方だろう。

支えを失った俺の体をタイル張りの冷たい床が迎えいれる。

普段なら冷たく感じる所だが、プランクにより熱くなった今は気持ちが良い。

 

「うわっ…凄い汗」

 

45は若干引き気味にそんな言葉を投げ掛けた。

床にへたれ込む俺の体は汗まみれ。

しばらくやっていないからという事もあるが、起点三点でやった事で、より体に負担がかかった事が原因だろう。

まるで炎天下で運動をしたかの如く汗をかいている。

プランクは汗がじんわりと出て来て、体が燃焼している感覚を強く味わう事ができるから気持ちが良い。

実際、やるとやらないとでは大きな違いだ。

心地の良い倦怠感に包まれながら俺は大きく息を吐き出す。

 

「でも、凄いだろ、ほら短時間で締まった感じがする」

 

「うーん、確かに?」

 

冷ややかな視線を寄越す45に、服を捲ってボディラインを見せつける。

だが、彼女的にはあまり違いが解らなかった様で余計に俺へ向ける視線を冷たい物へ変化させた。

筋トレ後は筋肉が張って普段より大きく見えるので満足感あるのだが…。

ふむ、やはり筋トレな話を女性の前でするのは控えよう…前にカリーナにもやって呆れられた記憶がある。

 

「まぁ、確かにこんな汗だと気持ちが悪いな、45、シャワー使えるか?」

 

気を取り直して口を開く。

45が若干引いている理由も解る。

自分でも少し汗をかきすぎたという自覚はあったので、俺は前に椅子に縛られたまま416に浴びせられたシャワーで汗を流そうと考えた。

タイル張りのこの地下室は冷水ではあるがシャワーを浴びる事ができるのだ。

 

「あー、どうかしら?今、タンクを確認してみるわ」

 

「頼む」

 

「ちょっとまってて…」

 

そう言うと彼女は地上に通じる梯子の方へと進んでいった。

 

そして、タンクの水量を確認すべく梯子を使って「外」へ出る。

ガタンという音と一緒に天板が開き、一緒、外気が地下へと進入した。

頬を撫でる空気の流れに、俺は口角を吊り上げる。

 

(ほぅ…)

 

タンクの水を確認する為には「外」へと出る必要がある。

偶然、解った事だが良い事を知れた。

何かに使えそうだ。

 

「お待たせ指揮官、大丈夫そうよ…どうしたのそんなにニヤニヤして…?」

 

「いや、何でもない久しぶりに水浴びできるのが嬉しくてな…」

 

三分もしない内に戻ってくる45。

俺の考えている事を知ってか知らずか彼女はそんな事を言う。

そんな少女の栗色の瞳から逃れる様に目を反らして、何でもない風に装った。

 

「じゃあ、シャワーを浴びせてあげる…はいっ」

 

45はいつもの様に床に這いつくばる俺の手を取り体を立たせ、腕を肩に回し、移動の補助してくれた。

左足が動かなくなって以来、俺は彼女達404の介護が必要だ。

俺は支えられ牛歩の歩みでシャワーヘッドの前まで来ると、浴室用のプラスチック椅子に腰を落下させる様に落とす。

 

「服、脱がせるわよ…」

 

45は断りをいれ汗に濡れた俺の服を脱がせようと手を伸ばす。

 

「いや、流石に服位は自分で脱げるっ!動かないのは左足だけだ!」

 

俺はたまらず声を上げた。

流石にそれ位は1人でできる。

それに、人形といえど少女に服を脱がされるのは恥ずかしい。

この前416にやられたが…。

 

「そっそうよねっ!ごめんなさい!」

 

45も今、自分がしようとした事に今更ながら恥ずかしいと思ったのか、普段からは想像のできない声音ですぐに腕を引っ込めた。

なんだかんだで天然な所のある人形だ。

 

「あぁ、悪い…ただシャワーを浴びせてはくれないか?その…立てないんだ…」

 

「わっ…解ったわ」

 

僅かに顔を赤面させ45は頷く。

…両腕を自由に動かす事はできる。

が、水を流す為に捻らなければならない蛇口は胸の高さ位あり、座った状態では手を届かせる事が難しい。

元々、立ちっぱなしで浴びる事を目的としているから当たり前と言えば当たり前だ。

恥ずかしながらこれには45の手を煩わせずにはいられなかった。

ナインが昨日、416に運ばれる俺を見て介護みたいだといっていたのを思い出す。

確かにそうだ。

俺は今、404の連中の補助がなければ日常生活につらい物がある。

はぁ、憂鬱だ…。

自由を奪った張本人達の田助がなければ日常生活もままならない。

重い気分の中、自分の上着を脱ぎ始めた。

 

─ハラリッ

 

(ん?)

 

上着を脱ぎ上半身だけ裸になった所で、ふと真後ろで俺の物とはまた違う衣擦れの音に気がついた。

この気配、まさか…

恐る恐る振り返る。

 

「45!なんでお前も脱いでるんだよ!?」

 

振り返った俺の網膜に映り込んだのはジャケットにYシャツ、スカート、ソックスを脱ぎ去った下着姿の45だった。

 

「だってシャワーが跳ねて濡れるんだもの…いいじゃない?今朝もみたでしょ?」

 

「確かに見たけど…そんなガッツリとは見てないっ!」

 

「じゃあ、前だけみてなさいよ」

 

45はなんて事のない風な顔でそう返すと、俺の頭上に腕を伸ばしシャワーヘッドを掴んだ。

人の服を脱がそうとするのは照れる癖にこういう所は無頓着。

良く解らない人形だ。

 

「じゃ、シャワー浴びせるわね」

 

そう言い、彼女は蛇口を捻る。

俺もそれに合わせて視線を前へと戻す。

水の流れる音と供に冷たい水滴が俺の頭に降り注ぎ、体全体に行き渡る。

みるみる内に火照った体が冷却されていった。

 

「ねぇ、指揮官」

 

「何だ?」

 

シャワーを俺に浴びせながら45は口を開く。

 

「私の事、嫌いになった?」

 

「どうして?」

 

「上から指揮官を殺せって命令された時、真っ先に賛成したから…」

 

意を決して…そんな表現が良く似合う喋り方。

今朝の416との言い合いを気にしているらしい。

 

「俺が45の事を嫌いになったとして、お前はなんで賛成したんだ?俺を殺す…嫌われる様な事に…」

 

「しょうがなかったの、だって私達逆らえないんだもの」

 

「しょうがない、か」

 

しょうがない事だった。

同じ様な事をナインも行っていた。

指図される事が嫌いな彼女達が口を揃えてしょうがないという相手。

一体どんな組織だ?

頭の中にいくつもの候補が浮かんでは消えていく。

しかし、どれも確証は持てない。

色々と怨みを買ってきた人生だ。

 

「でも、私が指揮官を好きなのは本当よ」

 

「本当に?」

 

「信じてくれないの?」

 

「信じるよ、俺の神経が欲しかった位だもんな」

 

「いじわる…」

 

今、45はどんな顔をしているのだろう。

後ろにいる彼女の顔を窺う事はできない。

その時だった。

 

「んっ!?」

 

不意に背中に感じる、人形一体分の重み。

急に45が蛇口を締めたかと思うと、俺の背中にしなだれかかってきたのだ。

今、俺の背中では少女型の人形が、下着一枚で肌を密着させている。

その事実が俺の頭に警鐘を鳴らした。

 

「ねぇ、指揮官。こういう事するって言ったら許してくれる?」

 

「どういう意味だ?」

 

「ピロートークの意味、さっき調べたの」

 

誘う様に俺の耳許で囁く45。

吐息が耳にかかってくすぐったい。

どこでこんなの覚えてきたんだ。

 

「そんな貧相な体でこんな事されてもな」

 

─カリッ

 

「イッ!」

 

耳を噛まれた。

強めに、だが快感を感じる位の力加減で…。

 

「流石に怒るわよ?」

 

「…だったら辞めろ、こんな事…お前はかってに安心したいだけだ。こうすれば俺が許すとおもってるのか?服を着ろ、俺は怒ってない…未遂だしな」

 

怒ってない…訳ではないが、この状況で素直に物を言える人間はいないだろう。

とりあえず、俺は宥める様に密着した45にそう言った。

 

「…へぇそういう事言うんだ?」

 

「45?」

 

次の瞬間、俺は椅子から床へ仰向けに押し倒された。

水に濡れたタイルが俺の背中を迎え入れる。

当たり前だが冷たかった。

濡れたタイルの感触が気持ち悪い。

 

「クソッ!離せ45!」

 

そう毒づく。

だが、両腕をしっかりと抑えられ、彼女を押し退ける事ができない。

そんな体勢で45は大声を上げた。

 

「そうねっ!確かに私は安心したいだけよ!貴方に嫌われてない!そんな裏付けが欲しいの!自己満足!416と同じ!だから一緒にピロートークの前の事をしてっ!」

 

耳許で炸裂する怒声。

鬼気迫る。

目を合わせる彼女の顔は正にそんな表情。

それほど俺に嫌われる事が嫌なのだろうか?

怒声は殆ど嗚咽に近い。

悲しいんだ、45は。

 

「セラミックとシリコンの塊風情が大層な事いうじゃねぇかっ!」

 

だが、俺は彼女の心情を解っていた筈なのにそんな事を口走った。

怒声には怒声。

軍隊時代の習慣が咄嗟に出てしまったのか…はたまた、ここ数日の抑圧されていたストレスが45の怒声を引き金として噴出したのか…。

ともあれ怒鳴り返すべきではなかった。

特に俺は今まで彼女達を努めて人間として扱う様にしていたのだから。

こんな事を言ってはならなかった。

極めて人間に近く作られた彼女達にとってそれは禁句。

俺は地雷を見事に踏み抜いたのだ。

 

「…貴方は私が無機物の塊だから嫌いなの?」

 

「は?」

 

 

ボソッと呟く様にそう言った45の瞳はゾッとする程暗い。

彼女の下着姿など全く気にならない位、暗い目。

 

「ひっ…!」

 

「反らさないでっ!」

 

恐怖を感じ、反射的に視線を45の瞳から反らそうとしするが、ガシッと頭を掴まれ、それさえできない。

頭を固定されての強制的な睨めっこ。

蛇に睨まれた蛙。

どこかの国の諺がふと脳裏を過る。

 

「貴方がそんな事を本心から思ってないって事は解るわ。長い付き合いだから…でもそんな事言われたら悲しくなるじゃない」

 

細い指で俺の顔をなぞる45。

何も言えなかった。

代わりに震えて歯がカチカチと鳴っていた。

床の寒さのせいだろうか?

 

「ねぇ、私が無機物じゃなかったらそういう事してくれるの?」

 

「は?」

肌をなぞる45の指が俺の左目の辺りで止まった。

 

「ねぇ、してくれるの?ピロートークの前の事?」

 

再度、耳許で囁かれる。

だけど、俺の喉はロープで縛ったみたいに何も言わない。

いや、言えない。

 

「あはっ頷いた!」

 

だが、45は恐怖で揺れる俺の動きを肯定の首肯と解釈したらしい。

まぁ、彼女にとって最早、俺の答えなど必要なかったのだろう。

 

「じゃあ、それ貰うわね。」

 

断らなければ。

否定しなければ。

喉から声を捻り出さなければ。

 

「前から思ってたの私のと同じ色だなって…!」

 

45の指が瞼を飛び越え眼球に触れる。

駄目だ…声が…出せない?

 

「交換が終わったらシよ」

 

激痛と供に俺の世界が半分になった。

 

 

地下室に絶叫が木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プランク(三分)→バックプランク(一分)→サイドのプランク(右左一分)~バックと両サイドの流れを三回~→プランク(一分)

オススメです


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9話

難産過ぎて難産大学でした
独自設定とキャラ崩壊許してください(今更)



俺が45を激怒させた後、彼女は俺の左目を文字通り引き抜きソレを自分の左目と交換した。

人形の生体部品である瞳は、特殊な加工や機能が付与されているといっても基本は人間の物と変わらない。

人間の細胞を培養し作られている。

しかも効率的な交換整備を行える様、その部分はある程度モジュール化されており簡単な操作で交換可能だ。

嵌め込まれるとすぐに人形の疑似神経が交換パーツを迎え入れ、最適な形で接続。

使用が可能となる。

例え人間の物であったとしても。

交換が終わり、五分と絶たずに機能し始めた俺の左目は今ではUMP45の物と成り果てた。

彼女の意のままに眼球は動き完璧に同化している。

代わって俺の顔面にできた窪みに詰め込まれたのは彼女のパーツ。

しかし、人間には人形の様な便利な機能はない。

45と違って視界は半分のままだし、無理矢理嵌め込まれたパーツはサイズが違うらしく顔を動かす度に中で揺れ動き、激痛を産み出す。

さっきからずっと異物を詰め込まれた違和感と痛みを医療用の麻酔を打ち込んで、無理矢理押さえ込んでいた。

麻酔がなかったら恐らく正気を保ててはいない。

 

「気持ち良かった」

 

「…そんなの感じる機能なんてないだろう」

 

「ふふっ、感じるわ、だって今の私、無機物の塊じゃないんだもの」

 

愛しそうに自分の左目に触れる45。

45はうっすらと微笑み、シャワーで床に飛び散る二人の体液を流し始める。

流される体液は血液だけではない…色々…混じっていた。

汗だったり…唾液だったり…口で言うのは憚られる類いの液体も混じっている。

そう、俺は先程まで45と交わっていたのだ。

彼女の言うところのピロートークの前の事をしていた、二人で。

45は目の交換が完了すると、痛みにうち震える俺を無理矢理押さえ込み事を始めた。

変な話だがあんな状況でも人間の体はああいう事ができる位、生命力が強いらしい。

悔しいができてしまった。

45はさっきダウンロードしたという映像媒体を基に俺の身体を弄くり、また俺に自分の身体を弄くらせた。

昔、戦場でそういう場面に出くわした事もあったが男女は逆。

というか普通こういうのは男が女へする事だろう?

成人男性が少女とそう変わらない外見の人形に強姦される。

そんなの聞いた事はない。

 

(…そういえば俺はあの時どうしたのだったか?)

 

その時の…只の他人事だった時の事を回想する。

確か女性を襲っていた敵兵を射殺した。

別に正義感からではない、単純に敵が背を向けていて一方的に射殺できる場面だったからそうした。

戦場なのに無用心な奴だった。

まぁ反体制派のゴロツキなんてそんな物だ。

その時は発砲後、居場所を悟られない様にすぐに移動しなければならない状況だった。

だが、少し…少し気になったので俺は女性に近づいた。

別に戦災者の保護は俺の仕事ではないのに…何かできる事があると思ったのだ。

接近し、確認をしてみると、死体に組伏せられていた女性は敵の血液と肉片をその身に浴びながら泣いていた。

俺が放った弾丸が女性に真っ赤なシャワーを浴びせたのだろう。

感染症は大丈夫かなぁ…そんな事を俺は漠然と考えていた。

何か拭く物をと思いバックパックをあさろうとしたその時、突然女性の口が動いた。

 

…して

 

え?

 

殺して…

 

羽虫の鳴く様な小さな、掠れた声で

 

殺して

 

女性は確かにそう言っていた。

俺はどうしていいか、解らなかった。

だから聞こえないフリをしてその場を立ち去り、その後すぐに真後ろで聞こえた銃声にも聞こえないフリをした。

その後どうなったのかは知らない。

しかし、今ならあの時の女性の気持ちが痛い程理解できる。

比喩表現抜きで

 

「なぁ、45?」

 

「なぁに」

 

満足そうに鼻歌を歌う45に声をかける。

 

「俺の事がその…好きなんだよな?」

 

「ええ、そうよ」

 

何を当たり前の事を聞いてるのか?

そう言わんばかりに45は目を見開く。

 

「元々、俺を殺すつもりだったんだろ?」

 

「…最初は」

 

「なら殺してくれないか?」

 

「ん?」

 

「俺の神経やら臓器なんかが欲しいんだよな…なら、片目だけじゃない、俺の全部をやる…なんならナインと分けても良い…だから終わりにしてくれ…」

 

「…」

 

「殺してくれ、もう疲れた」

 

掠れた声で懇願する様に喉を震わせる。

もう嫌だ。

疲れた。

何故こんな目に合わねばならない。

こんな状況が続くのならいっその事…。

死んでしまった方が楽だ。

俺はすがる気持ちで45を見詰めた。

殺してくれ…。

自殺はできない恐いから。

 

「んーっ嫌よ?」

 

だが、懇願虚しく45は随分と可愛い声で俺の懇願を拒絶した。

 

「だって私、もう貴方の全部を貰ったもの、だから殺す理由無くなっちゃった。これからよろしくね貴方っ!」

 

 

薄暗い地下室で彼女の握るシャワーヘッドは俺と彼女の交わっていた証を排水溝へと流し続けていた。

 

 

───

 

「うーん、別にこれといった異常はありません…」

 

「そう、ありがとうRO」

 

「いえ、私は貴女を守る為に作られましたから」

 

グリフィンのとある一室。

戦術人形RO635はM16を伴ってM4の部屋を訪ね、今朝、ペルシカに頼まれたM4のメンタルモデルのチェックを行っていた。

その結果はRO曰く極めて良好。

どこにも不審な点は認められない。

 

「でもM4が変な夢を見るのは本当なんだろ?何か異常があるんじゃないのか?」

 

納得いかないといった感じでM16はそう言う。

 

「何度も言うようですがM4が夢を見るメカニズムは不明なんです。…というかM16、またお酒ですか?」

 

顔は至って真面目なM16だが、その手にはいつの間にか新しい酒瓶が握られている。

ジャックダニエル。

実銃のM16の次に頼もしい彼女の相棒だ。

 

「酔いが覚めてな、別にいいだろう?」

 

「…もう」

 

酒臭いM16にRO635は溜め息を吐く。

いい加減この姉には困った物だ。

 

「念のためにもう少し見てみますね」

 

 

気を取り直して、より詳しくM4を調べようとするRO635。

 

「いえ、もういいわ前に自分でトラブルシューティングをして異常は無い事は解っているんです。只少し…気になって…」

 

しかし、M4はRO635の提案をやんわりと断った。

彼女自身、メンタルモデルに異常が無い事はもうずっと前に自分でやったトラブルシューティングで解っていた事なのだ。

 

「ごめんなさいRO、でも今回、貴女に見て貰って私には異常がないって確信を持てた…ありがとう…夢は夢よね」

 

M4はそう言ってはにかむ。

今回の事で自身を持てた。

やはり異常なのは自分ではないのだ。

そう、おかしいのは自分以外なのだと。

 

「…そうですか、何かあったらまた頼って下さいね、では私はこれで」

 

「もう行くのか?一緒に一杯…」

 

「遠慮しときますこれからサービス残業で報告がありますので」

 

「…報告?」

 

M16は首を傾げる。

 

「ええ、ペルシカさんと上の方からM4のメンタルモデルの検査結果とデータを提出する様に言われてるんです。ちょっと時間がかかる事なので速めに取りかかろうかと…」

 

「そうかお疲れ覚だな」

 

「ええ、ではM4、失礼します。M16もお酒は程々に」

 

「今日はありがとう」

 

RO635はそう言って二人を一瞥すると足早に部屋から出て行った。

フィードバックという時間外の労働でこれから忙しくなるのだろう。

部屋には姉と妹の二人が取り残される。

 

「…」

 

二人きりの室内で無言の時間が続く。

M4は何か思い詰めている様でM16の方を全く見ようとはしない。

いつもは会話が絶えない二人組。

こんな事は珍しい。

 

「良かったな何も無くて」

 

先に沈黙を破ったのは姉の方。

M16は眠たげな目でポツリと呟いた。

そしてフワァと欠伸をかいて酒瓶をもう一度煽る。

琥珀色の中身はもう残り少ない。

さっき指揮官とやった分も含めれば、そろそろ彼女の許容量を越えるだろう。

さっきの言葉は彼女自身、別にM4から何か返答が欲しくて喋った訳ではない。

酔っ払い特有のぽっと口から出た独り言。

それに深い意味は無かった。

 

「ええ、異常なのは私じゃありません、M16姉さん達の方ですよ」

 

だから、M16は可愛い妹の意外な発言でイッキに酔いが醒めてしまった。

 

「あ…?」

 

真面目なトーンで放たれたM4の言葉に片目だけの目を丸くする。

可愛い妹分から姉さんは異常だと言われれば誰でもそうなるであろう。

ましてやお酒で少し気分の良い状態でだ。

寝耳に水だった。

 

「M4、私のどこがおかしいんだ?」

 

「M16姉さん…指揮官について最近、何か気づいた事はありますか?」

 

「その質問二日前にも聞いたが…まさか、指揮官がM4に何かしたのか!?」

 

彼女の脳裏に一抹の不安が過る。

前からM4は姉から見ても指揮官に好意を寄せている節があった。

 

(まさか指揮官はその好意に漬け込んで…!)

 

妹思いの姉はそんな考えに至りかけた。

 

「違うんです…!姉さん!アレは指揮官なんかでは無いんです!アレを指揮官とは言わないで!」

 

だが、そうではないらしい。

 

「どうした?M4!?少し変だぞ…?いや私が酔っているから…?」

 

「私は変ではありません!お酒のせいでも…!さっきROに確認してもらったばかりです!」

 

「落ち着けM4、そうだROにまた来てもらおう!」

 

堰を切った様に捲し立てるM4は何かを訴えている。

それは解る。

だがM16のアルコールで鈍った頭では上手く話が噛み合わない。まるで指揮官が指揮官でないと言っている?

 

「だからっ!私はどこもおかしくはないんです…!どうして姉さんは解ってくれないんですか!?指揮官の事を忘れたの!?」

 

どんどん感情の激化するM4。

普段の物静かな彼女からは想像もできない、その荒ぶった態度に眼帯の少女はどうしていいか解らない。

 

「おい、さっきから指揮官、指揮官ってまるで指揮官が別人にでもなったみたいに…」

 

「…!それです!そうなんです!」

 

「は?」

 

やっと話が通じた。

M4はそう思いここぞとばかりに言葉を続ける。

 

「だから指揮官が別人になっているんです!アレは別の人間が指揮官に成り済ましていて…本当の指揮官は…」

 

「M4!いい加減にしろっ!」

 

がM4の声は最後まで続く事なくM16に中断された。

 

「いくらお前でも指揮官をそんな風に言うなら怒るぞ」

 

「え?」

 

「M4、お前が指揮官の事で思い詰めているのは解った。だが、指揮官の事をそんな風に言うのは彼が可哀想だろ」

 

「違うんですM16姉さん…アレは」

 

「だからアレとは何だ!どうした…M4?お前は指揮官の事が好きじゃなかったのか?やっぱり変だ…もう一度ROに見て貰おう」

 

「姉さん…?」

 

M16は本気で心配な顔でM4に言う。

まるで気が触れた人間を宥める様に。

可哀想な物を見る様に。

おかしくなった病人を見る様に。

怖い夢を見た後の子供を安心させる親の様に…。

 

M16の一つしかない目は慈愛と諦念の感で溢れていた。

 

「お前は私達と違って特殊な造りになっている。だからメンタルモデルに負荷がかかりやすいんだ。それはペルシカも言っていた。大丈夫だM4。ペルシカに頼めばすぐ元通りになる。それまで我慢だ。指揮官には私から伝えておく…疲れたんだよな?」

 

痛い優しさを醸し出す姉にM4の瞳はクラッとする。

 

おかしいのはどっち?

私?

でもROは何とも無いって…。

M16姉さん?

でも姉さんは私の事を心配していて…。

 

どちらが狂っているんだろう?

 

彼女は早くも、先程得た確信が揺らいでいくのを感じた。

 

 

───

 

「はい、ペルシカさん頼まれていたデータです」

 

人気の無い場所。

あえてそこを選んだROは調度、M4の検査結果とデータをペルシカへと転送していた。

 

「異常はありませんでした。夢のメカニズムは依然解りませんでしたが…」

 

端末でペルシカと会話をしているのだろう。

彼女は事務的な口調で言葉を紡ぐ。

 

「ええ、お望み通り、勿論記録ログは弄っていません。M4は指揮官の事を記憶したままです。他の人形は忘れています。ですが、本当に良いのですか?今からでもM4の記憶を弄った方が…」

 

この時、端末越しに聞こえるペルシカの声が大きくなった。

どうやらROの提案を彼女は望んでいないらしい。

 

「…解りました。機密保持の観点からは不安が残りますが了解です」

 

RO635はペルシカからのオーダーに納得がいかないが、命令なら従わなければいけないのが人形の辛い所だ。

 

「あっ約束忘れないで下さいね、全部終わったら指揮官は頂きますよ?私は他のAR小隊と違って物を忘れませんからね、では」

 

ROはそう言うとペルシカとの通信を終了した。

 

 

 

 

 




妹思いとか言って妹の好意を寄せているであろう相手を襲いにいくM16姉さん怖いね


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10話

難産すぎて南山(M6A1-K)でした



「このリストは?」

 

ある日私…ペルシカリアは一枚のペーパーにふと目を落とした。

軍の協力者が持ち込んだ紙切れには幾名かの名前や経歴が纏まっている。

 

「あぁ、例の事件の生き残りよ。あの事件、グリフィン以外のPMCは悉く壊滅したけど、その中にも生き残りはいるわ。特にこの人は凄いわよ、撤退時に確認がとれるだけでこんな数の人形を破壊している。」

 

協力者はリストのとある人物を指差した。

協力者…というと少し語弊があるかもしれない。

まぁ、協力してくれてるし協力者でいいだろう。

改めて彼女が指差す人物を見る。

ふむ、正規軍出身で現在は名前も聞いた事の無いような小さなPMCに所属。

…へぇ、最後の一年だけだけど例の大戦にも従軍記録があるようだ。

 

「気になった?」

 

協力者は私の目がその人物で止まったのを見逃さなかった。

 

「まぁ…でも彼はなんでこんな小さなPMCに?経歴と不釣り合いじゃ?」

 

私は協力者にもっともな疑問を投げ掛けた。

彼の在籍するPMCの規模があまりにも小さいからだ。

大戦以来、国家間の大規模な戦争は今のところ発生していない。

薄氷上の如き危うさだが、ここ10年は何とか平和だ。

だからこそ従軍経験者は大手PMCから引く手数多。

やはり戦争経験者は質が違うしどこの組織も皆、第四次世界大戦に備えている。

 

「貴女は知らないかも知れないけど、そのPMC、業界じゃ有名なの。なんでもするってね。金さえ積めば善悪、機会、相手、主義主張…どんな事も問わずに、どんな戦争でも引き受ける。銃剣一本で正規軍とやれって言っても奴等は笑うと思う…詰まるところそこにいる彼は異常者なのよ。そういうアンダーグラウンドで危険な場所でしか輝けない…ね。」

 

「へぇ…」

 

所謂、戦争狂の集まりらしい。

それならば会社規模が小さくても納得がいく。

小さい下請けPMCの方がそういう鉄火場は多い。

誘蛾灯に引き寄せられる羽虫の類いと同じ様に狂人は熱の籠る場所に集まるのだ。

まぁ、そんな狂った奴等がわんさか集まり大所帯になられても迷惑な話だが…。

コーヒーを啜りながら、改めてそこに映る男性を見た。

胸から上が写し出された写真。

そこに映る彼は一見した所は好青年。

人は見かけに依らないとは言うけれど、とてもそんな人間には見えなかった。

 

「決めた、彼にする」

 

研究者の直感だろうか?

何かある。

そう思った。

 

「気に入った?」

 

「ええ、腕が立ってヤバイ人位が今回のベンチマークには調度いいもの」

 

「うーん少し残念だなぁ、彼にはもう少し長生きして欲しかったのに…」

 

協力者はほんの少しだけ顔を残念そうに歪ませた。

珍しく本当に残念そうな顔をしたので私は内心驚く。

もしかして知り合いだったのだろうか?

それも仲の良い。

でも、自分で持ってきた癖にそんな顔されてもこちらが困る。

 

「楽しみね…ところで貴女もコーヒーいる?」

 

「えぇ、お砂糖とミルクをたっぷりお願い」

 

これは今から一年と数ヵ月前の事…。

 

直後、私の期待は裏切られた。

彼はベンチマークにしては長過ぎる物差しだったのだ。

 

───

 

彼、指揮官の事を好きになったのはいつ頃からだったのか思い返す。

彼の事を想う度、私の電脳は幸せに包まれる。

少なくとも私がAR小隊の末席として着任した時は彼に抱くこの感情は無かった。

いつの間にか恋に落ちた。

この表現が適切だろう。

私は他のAR小隊の人形と違って目立った実力はない。

M4との経験の差を考えれば指揮能力は未熟だし、M16に比べれば腕っぷしに自信は無い。

かといってAR15みたいに戦果に貪欲かと言われればそんな向上心も持ち合わせてはいなかった。

一見、幼く見えるSOPMODだって二人で仕事をする事が多かったから知ってるがその戦闘センスは特筆すべき物がある。

そんな彼女達に比べれば戦歴も浅く、指揮能力が決して高い訳ではない私は常に引け目を感じていた。

私の方が新しいのにいつも戦果を上げるのは彼女達ばかりなのだ…。

電子戦に特化していても戦闘に役立たなければ意味はない…。

だからその事を指揮官に相談した。

やっぱり私が彼の事を意識し始めたのはこの時からだろう。

指揮官は親身になって私の指揮の至らない所や戦闘…取り分け市街地戦での立ち回りを教えてくれたのだ。

彼の教えは凄い。

教本に忠実だが、その考えや動きの中には常に現場の視点が入っていた。

例えば教科書的にはセオリーとされる動きでも現実的には不可能な物は省き、逆に新しい工程を挟むべきといった教えだ。

銃の裁き方などは彼の動きをモーションキャプチャーしデフォルト化した程である。

何故ここまで精通しているのか?

聞けば元兵士だという。

納得だった。

こういった事が私の彼に対する心が産まれた要因の一つである事は間違いない。

だが、なにより、彼の私達人形に対する接し方。

それが一番の原因だろう。

指揮官は人形の事を道具としてではなく、ちゃんとした人間として見てくれるのだ。

人間にとって人形は道具だ。

人によっては只の武器、下手すると代えの効く消耗品であると考える。

別にその事に異議を唱えるつもりはない。

それが私達の存在理由なのだから。

でも指揮官は私達を人間として…あまつさえ少女として扱ってくれる。

道具の分際でこんな事を言うのもおこがましいがやっぱり嬉しい。

そんな彼に良い感情を抱くのは必然の事ではないだろうか?

彼から称賛の声を受ける度、彼の愛情を感じる度、私の電脳は何とも言えない感覚に陥った。

そしてある時、解ったのだ。

…この感情こそ、これが、これが恋心なのだと!

だから、彼が他の人形にも同じ目線を送る事には心が傷んだ。

彼の優しさは区別なく他の人形にも注がれていた。

他の人形も同様に労い、優しい言葉をかけて親身になる。

 

人形ではなく人間として

武器としてではなく仲間として

消耗品ではなく少女として

 

そうやって他の人形にも接するのだ。

 

あぁ、彼の愛情が私だけの物になればいいのに…

 

いつからか抱いていたこの想いは、自分でも解る程醜い物。

でも、そう願わずにはいられない。

そんな折、ペルシカさんと上からこの命令を受けたのは渡りに船だった。

 

「M4と404小隊の人形以外から指揮官くんの記憶を改竄して」

 

命令された時、多分私は笑っていた。

今は気分が良い、あのスプリングフィールドやM16などの指揮官と仲の良かった面子は勿論、殆どの人間が指揮官の事を忘れている。

もし、指揮官が今、戻って来ても彼を受け入れてあげる事ができるのは私だけなのだ。

だって皆あの人の事を忘れているから…。

本当の指揮官を覚えている人形はもう片手で数える程。

そして、ゆくゆくは私だけの指揮官に…。

 

「感傷に浸っている所悪いけど、そう、上手くはいかないと思うわよ?」

 

「はい?」

 

背後からかけられた一言にクルリと振り替える。

 

「あぁ、アナタでしたか…」

 

そこに居たのは指揮官の後釜としてやってきた軍からの協力者。

私の力と協力者の協力でこの基地の人形は皆、この協力者の事を指揮官として誤認している。

AA12の影からの熱い視線も、スプリングフィールドの注ぐコーヒーも、SOPMODのじゃれつきも指揮官の代わりにこの協力者が引き受けていた。

協力者のお陰ですんなりと電脳工作は上手くいっている。

だが今の物言いはなんだろう?

 

「それはどういう意味でしょうか?」

 

「うーん、そのままの意味?」

 

人を食った様な協力者はオウム返しの様にそう言った。

目を鋭くする私とは対照的に協力者はのほほんと顔を緩める。

得体の知れない。

それが協力者に感じる率直な感想だ。

その瞳には何がみえているのだろう?

私と指揮官が結ばれない。

放ったその言葉も気に喰わなかったが

それ以上に…

 

(どうして私の考えが解ったの…?)

 

その事実に驚いた。

私は電子戦に特化している。

だから、軍用戦術人形でも私の電脳をハックする事は難しい。

なのに、目の前の人物は何故?

 

私の思考が解ったのだろう?

 

「まぁ、考えても無駄かも?詰まる所、貴女はもう用済みなのよ…ROさん?彼の独占は諦めましょう、ね?夢は夢で終わらせて?」

 

再度、人の思考を読み取った様にそう嘯く。

 

「不愉快ですね。私はペルシカさんから約束を取り付けましたよ?指揮官は私のです…」

 

私は力強くそう宣言した。

宣戦布告と言ってもいいかもしれない。

そうだ、やっとここまで来たのだ。

AR小隊の仲間を裏切ってまで成し遂げた。

もう後には引けない。

指揮官は誰にも渡さない…!

…!

……

………

…………?

…?あれ?

えっと…

 

まって…指揮官?

 

 

 

…指揮官って誰でしたっけ?

 

──

 

「なんだぁ45も結局やったのね…」

 

あれから何時間。

この薄暗い地下室に戻ってきた416は開口一番そう言って45の物となった俺の目を睨んだ。

 

「うん。別にいいでしょ?416もやったんだから。私も左目、大事にするね」

 

今朝と違って45は怯む事はない。

成し遂げた。

そんな顔で416に対面する。

大胆不敵な表情で、すっかりいつもの調子を取り戻している。

 

「まぁいいわ…確かに私も好きにやったから文句は言わない」

 

416は一瞬、苦虫を噛み潰した様な顔になったが、こちらもすぐにいつもの冷静な感じへと戻った。

二人とも表層上は争う気はないらしい。

 

「指揮官、もっと不自由になっちゃったね?でもちゃんとお世話するからね?あっ本当に45姉の眼なんだ」

 

そんな二人の事など見えないかの様にナインは俺の横たわるベッドへ腰をかけ、キャキャッと騒ぎながら俺の顔を突っついてくる。

そして、ナインは突っつきながらその細い指を俺の右眼の方へと近づけた。

冷たい指の感触が肌を伝う。

 

「…っ!」

 

眼の近くに細い指。

先程の事がフラッシュバックし体が無意識にブルリと震えた。

まさか、ナインも…?

 

「ちょっと!安心して下さい指揮官。私は45姉と違っておめめを取ったりしません。だってそしたら何にも見えなくなっちゃう…」

 

「ほっほんとうに?」

 

「うん、本当。だから、45姉の事は許して上げてね?45姉ちょっと416に当てられちゃっただけだから。その内すっごく後悔すると思う」

 

「で、でも…」

 

「うーん、おめめ取っちゃおうかな?」

 

「わっ解った」

 

「よしよし良い子良い子」

 

ナインは震える体を安心させる様に俺の頭を撫でる。

この状況、笑えない。

眼を奪い去った人形の妹分に頭を撫でられ安堵している自分がいる。

心身供にすり減った今の俺は例え悪魔であっても安心感を感じてしまうのかもしれない。

ナインに頭を撫でられる度、充足感が大きくなっていった。

 

(…なんか眠いな)

 

急に瞼が重くなった。

とってもとっても眠かった。

 

「あれ?指揮官…眠いんですか?良いですよ…」

 

ナインは赤子を寝かし付ける母親の様に俺の頭を撫で続ける。

なんだか心地が良い。

直後、俺の意識は闇へと落ちる。

 

だから俺は45と相対する416が俺の事を睨んでいるのに最後まで気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




全国のRO635指揮官、申し訳ございません


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