無限の時間の中で、僕の時間は無限じゃない (モトヤス)
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新しい光の章
気軽に親しみを籠めてレイちゃんと呼んでくれ





よろしくお願いします。


 

 

 

プロローグ

 

 

 

 なぜ、戦うのか。

 なぜ、強くならなければならないのか。

 与えられた力の意味を探して、彼女は旅に出る。

 その果てに答えはあるのだろうか。それでも歩みを止めることだけはなかった。

 誰かのために力を行使する者もいれば、自分のためだけに使う者もいる。

それでも少女たちは幸せを願い、祈りを捧げたのだ。

 

 

 

01

 

 

 

 ――輝く彗星のようだった。

 

 少女は飛来する光弾の悉くを弾き尽くした。

対する浮遊する怪物は不気味な声を上げつつ、迫る銀色の少女を見つめている。

 少女は無手である。否、その両手には赤い籠手がはめられていた。

 相対する怪物の黒いドレスにシルクハットを被った令嬢のようだ。しかし、その姿に人間味はほぼ無い。ゆらゆらと揺れ、少女を翻弄した。

 怪物の放つ光弾に終わりはない。眼前に迫る少女を打ち落とすため、その行為の苛烈さは増していく。しかし、危険を本能が察知したのか、後退した。余儀なくされていく。

 声には困惑が含み始めていた。そして、怒りに変わる。

 食物連鎖の頂点に至るはずの怪物が自身に劣るはずの矮小な存在が目の前に立ちふさがることに、いまだに醜く地べたに這いつくばっていないことに、魔女である怪物が年端もいかぬ少女を殺せぬことに。

 

『ウギギギキャァァァッァァァァァァ!!』

 

 発狂とも思える叫びにも少女は臆さない。ここに活路を見出す。

 拳にありったけの力を籠める。左手は防御に徹し、右の籠手には魔力が迸った。

 耐える。数十の光弾を受けきる。この時既に、魔女との距離はもうゼロだ。

 

『イギッ!?』

 

 驚愕のまま間髪いれず、魔女は最後の足掻きを見せる。

 あまりにも巨大で、途轍もないほどの熱量を内包した光線。少女の身体がその閃光にかき消される。

 やはり所詮は人間。怪物である自身には到底かなわないのだと、魔女は嗤った。嗤うはずだった。

 

『ッッッ!』

 

 健在である。それも、無傷だ。

 打ち出された拳を目にした魔女は合点する。攻撃に使うための魔力をあの一瞬で光線を防ぐことに使ったのだと。

 

「今のは驚いたよ。でも――僕の勝ちだ」

 

 打ち出された拳にはまだ大量の魔力が秘められていた。すなわち、それを魔女に放ち直すのみ。

 

「はああああああ! ブレイジング・バスター!」

 

 炎が爆ぜた。

 魔女は苦悶の雄叫びを上げながら、その身体が崩れ落ちていく。墜ち行き、地に接触する寸前、消え去った。

 魔力をすべて炎に変換して、力の限り叩きつけた。そのエネルギーの総量は魔女を絶命させるには十分なほどだった。

 それが存在したはずの痕跡は掻き消え、結界も解ける。辺りは町の廃工場へと戻る。

 ああいう存在にとってここは、人が寄り付かなくなったことと、経営者たちの無念が呪いを増大させるのにはうってつけの場所だったのだろう。そして人を招きいれ、呪い殺すのだ。

 そして、宙には禍々しい宝石が浮いていた。

 この宝石こそが少女にとって危険を冒してでも手に入れたいものだった。

 

「よし、回収完了」

 

 掴み取り、胸の内にしまう。

ああ、そうだ。あと、もう一つ仕事が残っていた。

 

「君、怪我とかないー?」

 

 あの魔女が殺そうとしていた人間の安否確認。小さく幼い少女の命を救えたのかどうか。

 

「ふえ……大丈夫」

 

「よし、よかったぁ。とりあえず、交番まで送っていくよ」

 

 夜も遅いし、親御さんが心配しているだろうなーと、一緒に連れていくことを決める。そのまま戦装束を解除した。

 少女に手を差し出す。

 

「ほら、行こっか」

 

「あのね、おねえちゃんは……」

 

「え、僕のことかぁ。あれはまあ……なんというか」

 

 思いっきり見られてたため、この際、テキトーなことを言っても今どきの若い子は信じてはくれないだろう。ならばあえて、

 

「僕は魔法少女レイちゃん。気軽に親しみを籠めて、レイちゃんと呼んでくれ」

 

 真実であるがゆえに荒唐無稽なことを述べてみた。

 

 ――名を飛鳥レイ。魔法少女である。

 

 

 

02

 

 

 

 ――風見野市。

 

 強く風が吹くこの町で、佐倉杏子はこの町でもとびっきり高い電波塔の上に佇んでいた。

 風を感じるのは嫌いじゃない。肌を撫でるような風も、吹き抜けていく風も、どちらも。

 

 だからこうして、彼女は高いところを好む節があった。

 

「今日もいい風が吹いてんじゃん」

 

 残っていた最後の一個の団子を口にする。自然と癖で串は咥えたままだ。

 佐倉杏子は、ここ風見野市の魔法少女である。赤く長い髪を髪留めで纏め、水色のジャージを羽織り、下はホットパンツという少女らしい見た目をしていた。

 

「ちょっと中二病すぎないー?」

 

「おま、レイ! いつのまに!?」

 

 後ろに突如として現れたレイに杏子は驚く。

 銀色の髪にキラっとした赤と青のヘアピンで前髪を分けている快活な少女だ。彼女お装いはいったてシンプルなジーパンにオフショルの白い洋服を着ている。今日は服装のせいか、清楚な印象を強く受けた。

 

「いつも言ってるじゃんー。僕のことは気軽に親しみを籠めてレイちゃんと呼んでくれって」

 

「別にアンタのことをどう呼ぼうがアタシの勝手だろう。それとも下よりも上の名前の方がよかったかい」

 

「うーケチんぼめ。下の名前でよろしくお願いします」

 

 たはは、としょんぼりするレイ。彼女がこの町に来たのは最近のことだ。魔女狩りの一環でつるみ始めたものの、今では共同戦線を張る仲になっていた。

 基本的にはあまり人に頼ることをしない杏子ではあるが、レイの実力は相当なもので、性格的にも信頼に値すると判断したうえでの関係が築いている。

 

「それで、何か用があって来たんじゃないのか」

 

「それよりも、まず、ホットパンツって寒くないの?」

 

 杏子お気に入りのパンツである。

 うむ、確かに寒い。寒いが、我慢もオシャレの内というだろう。

 

「ケッ、ほっとけ」

 

 他人に言われる筋合いはないのである。

 ファッションとは自分の好きなものを好きなように着る。そういうものだろう。

 まあ、しかし、思いっきりダサい服装であったならば、指摘される方がいいのかもしないが。

 

「ふぅーん。寒いんだねー」

 

「なんだよ、レイ。からかいに来たんなら帰れよ」

 

「いや、別にそういうわけでじゃないけど」

 

「じゃあ、なんか用があったのかい?」

 

「用がなかったら来たらダメ?」

 

 改めて、理由を聞いてやったのにひどいやつだ。

 だからこそ、こっちもそういうふうに帰してやる。

 

「めんどくせーやつだな」

 

「く、冗談が通じないっ」

 

 こういったところでレイは杏子に敵わない。

 杏子は杏子で彼女のノリが良いところは気に入っている。だから、つい他人より自分を優先することをポリシーにしているのに、彼女とつるんでしまっていた。

 レイもこの関係性を楽しんでいるところがある。

 

 少し口を尖がらせた彼女だったが、話を本題に戻した。

 

「さてと。最近、魔女とかその使い魔とかがよく出没する地域があるんだけど、けっこうまずい感じでさ」

 

「ふうん、いったいどうまずい感じなのさ」

 

「ここ風見野とお隣の見滝原とのちょうど間のところで……」

 

 魔法少女たちには己の縄張りがある。そこで狩りをし、継続的にグリーフシードを手に入れている。手に入れなければならない。

 なぜなら、魔法を使うたびに彼女たちの命とも呼べるソウルジェムに穢れが溜まっていってしまうからだ。その穢れをグリーフシードに移すことで浄化し、また日々を過ごしていく。

 ここから導き出されるのは、

 

「つまり、魔法少女同士の殺し合いってか。上等じゃねえか、やってやるよ」

 

「なんで喧嘩上等みたいな感じで、殺し合いおっぱじめようとするの杏子さんは」

 

「グリーフシードなんていくらあってもこまりゃしないだろ。出会わなかったらラッキー、出会っちまったら、その魔法少女の持ってるグリーフシードを頂いてラッキーってことで」

 

 これにはレイの顔が引きつっていた。

 

「まあ、アタシだって、無理に事を荒立てる気はないさ」

 

 咥えていた串を引き抜き、レイに向ける。杏子の顔はいつになく獰猛で、挑戦的だった。

 歯ごたえのある敵と相対することがあまりなかったせいか、いつになく興奮気味である。レイは強いが、杏子が槍を構えても、本気を出してはくれない。つまり、退屈な日常を打破してくれる何かを探していたのだ。

 

「それで、いつ行くんだい」

 

「今日は動きがなさそうだから、明日に行くことになるかな。ああ、それと杏子」

 

「なんだい?」

 

 レイが懐から何か赤い箱を取り出して、封を切る。ビリビリと紙を破るような音が聞こえた後に、中からチョコでコーテイングされたスナック菓子を杏子に向けた。

 

「食うかい?」

 

「それアタシのなんだけど」

 

 最後にアイデンティティーをレイに取られてしまう杏子なのであった。しっかりとお菓子は食べた。食べ物を粗末にしないのも杏子のポリシーなのである。

 

 

 

03

 

 

 

 立ち昇る熱気、壮大な富士山、じんわりとかいてくる汗。飛鳥レイは一人で風見野にある銭湯にやってきていた。

 富士山はもちろん壁の絵だが、銭湯と言えば、富士山だろう。毎日のようにレイはここに通っている。

 住所不定、無職(魔法少女)という肩書きが重くのしかかる彼女ではあるが、住所不定なのは旅の途中であるここと未成年であるが由縁だからだ。悪い点など一つもない。

 

「この時間帯は貸し切り状態と言っても過言じゃないし、ホント快適♪」

 

 平日の午前中。無類のお風呂好きであるレイにとって、訪れる町の銭湯の混まない時間帯は魔女やその使い魔を調査することよりも最優先事項のリサーチ対象なのである。

 銭湯の楽しみ方は様々ある。まず、銭湯に足を踏み入れる前に外観を楽しむこと。昔ながらの脱衣所、お風呂の中にある壁画など。ほかにも、サウナに入ったあとに水風呂に入るのが至高という人だっている。

 

 そんな中でも、レイはただ湯船にゆったりと浸かることが最高に好きだった。

 しかも、今日は彼女以外、誰一人として現在、入浴している人はいなかった。

 

「女の子のお風呂を覗きに来るなんて、紳士じゃないなー、君は」

 

 浴槽の淵の上を起用に歩く白い獣の如き生物がいた。

 

『君の裸体になんて、まったく興味ないから気にする必要はないよ』

 

 女子に向かって、そんな心にもないことを言う。

 真っ白な体に赤い目、大きな尻尾を持つ小動物。特徴的なのは、耳から垂れる髪のようなもの。その先端が淡いピンクになっていて、両方に黄色いリングをしている。

 

 かわいい見た目とは裏腹に、この小動物の発言はなかなかにデリカシーが欠けているのだ。

 

「いや、欲情されても困るし、それもそうか」

 

 冷静に受け入れる器量があった。自身に異性を魅了する武器は今はない……。

 まだ年端もいかぬ少女飛鳥レイ。絶賛、成長期真っただ中である。未来は明るいはず。

 自分の中で納得し、切り返す。

 

「いったい僕に何の用?」

 

『君たちが見滝原の方に向かうと聞いてね、ちょっと様子を見に来たんだ』

 

「ご心配どうも」

 

「いや、興味が湧いただけさ」

 

 やはり、この小動物は人間とは価値基準が異なるらしい。対象にとっての興味の有無が行動原理にあるだけ。あまりこちら側が気にするだけ無駄であることは察しがついている。

 頭に乗せた白いタオルで目を温める。

 

「まあ、無難にやりたいのはやまやまなんだけどね~」

 

『佐倉杏子かい?』

 

「うん、そう」

 

 懸念事項はそこにあった。

 喧嘩っぱやい性格と自分の信念を曲げない性質が杏子にはある。それがいざこざを起こしやすい原因であることは目に見えていた。だとしても、それをなんとか収める方法はレイにはない。

 

「無理やり、止めるのも杏子に悪いし」

 

『杏子を止めるのなんてわけない。そんな物言いだね』

 

「簡単ではないけど、無理でもないと思うよ。僕は相手の意思を尊重したいだけだ」

 

 杏子を力ずくで止めてしまって嫌われるのもなー、と胸の裡で思う。

 レイはタオルを取り、天井を眺めた。

 憂いても何も事は進まないのだ。

 

「キュゥべえは僕たちにどうして欲しいんだい」

 

『ボクは別に君たちがどうなろうと構わないよ。ただエネルギーを回収することさえ達成できれば、それで何も問題ないんだ』

 

 隠しもせず、大っぴらに言うキュゥべえ。それを聞き、「やっぱ最低だなぁ」と口にしたい気持ちが生まれるが、一度言ってしまえば、自身を貶されたと更なる追及は免れないだろう。

 苦笑し、飲み込む。

 

「さて、さっぱりしたし、僕は上がることにするよ。それじゃ」

 

『そろそろ杏子と見滝原に向かうのかい』

 

「うん、そんなところー」

 

 レイは立ち上がり、タオルを肩にかけ、湯船から出た。

 キュゥべえの方に振り返り、銀色の髪が揺れる。

 

「ああそれと、お風呂はリラックスする場所だから、今度からは入る前に来てくれないかな」

 

『オーケー、了解したよ』

 

「よろしい」

 

 至福の時であるお風呂タイムを他人に邪魔されたくないのだ。お風呂から上がった後の冷たい牛乳を飲むところまでも邪魔されたくない。そしてできれば、そのあとはゆっくり過ごしたい。

 

「このタイミングで現れたってことは絶対に何か企んでるなー」

 

 その読みは当たっているのだろう。きっと見滝原にいる魔法少女とぶつかることになる。

 魔法少女になって早三年。孤児院を出て、旅をしながら色んな場所を訪れてきたが、キュゥべえが顔を出すとろくなことにならないのはこれまでの経験から分かり切っていた。

 

「できれば、仲良くなれればいいな」

 

 溜息を一つ吐く。

 その期待は儚く、銭湯の脱衣所で今後を憂うのであった。

 

 

 

 






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これからは親しみを籠めてレイちゃんと呼んでくれ






 

04

 

 

 

 夜――見滝原市

 

 

 

 夢を抱けなくなったのはいつかからだっただろう。

 毎日を生きていくことで精一杯だった。いつ死ぬかも分からない戦いの中でレイはずっと一人であった。仲間はおらず、友と呼べる者もいない。

 仕方がないことだった。庇護されるべき年齢ではあるが、もう少女は人を守る役目を背負っていた。

 祈りを捧げてしまったからだ。それを後悔したことはない。守りたいものがあったのだ。どうしても譲れないものがあった。しかし、一つ残念だったのは自分が守りたいものだったのはつまらないもので、大切にする必要もなかったことだった。

 ……悔やむ点があるとすれば、祈りは届けられたが、願いは達成できなかった。方法も間違ってはいなかったのだ。守りたいものが応えてくれなかっただけ。レイの想いがエゴそのものだっただけ。

 それを当時、小学六年の十二歳には理解の及ばないことだったのは道理ではあるが、それでも必死で願ってしまったのだ。あの白い生物に――

 

『ボクと契約して魔法少女になってよ』

 

 今思えば、悪魔の囁きとはああいうことを言うのだろう。

 そこからは苦難の日々だった。掌で拳を握り、血を流しながら戦い、旅を続けてきた。

 

「強くなっても、あの頃からなにも変わってないや」

 

 ずっと欲し続けている自分がいる。願いは馬鹿々々しいことも理解している。そんな自分を一歩引いたところから冷たい目で眺めている自分がいるのも分かっていた。

 

「ああ、こんな自分は嫌いだな。もっと明るくいこ」

 

「自分が嫌いなのかい?」

 

「タイミングが悪いというか、なんというか」

 

「レイ、君はいつもボクを無碍にするけれど、ボクがいったい何をしたっていうのさ」

 

 突然現れたのはキュゥべえだ。そして、疑問だ! といったふうにレイの問う。

 

「僕を魔法少女にした」

 

「きゅぴぃ」

 

 特に反論はなかったらしい。都合が悪いのか、はたまた。

 かわいこぶんなよ……、レイはしっかりと言葉を噛み潰す。

 

 銀の髪が風に揺れる。これから戦いが待っているのだろうが、夜は深く、今夜の寝床はどうしたものかと思案するレイ。とりあえず、赤い方のヘアピンを留め直し、前髪を整えた。

 

「よし、今日は見滝原でスーパー銭湯で泊まれるとこ探そ」

 

 キュゥべえに目をやるが、なんだか猫がじゃれている時のように身体を動かしていた。何も喋らなければ、愛嬌があるのに。それも噛み潰しておく。

 

「喋らなければ、それはそれで得体の知れなさとかが不気味か」

 

「わけがわからないよ」

 

 レイにとって、他者との関わりとはどのような形であれ、大切なものだった。

 世界との繋がりを感じる瞬間であり、自分の存在意義を再定義できる要素であるから。大人であれば、成長の過程で得られるものがレイにはない。経験が圧倒的に足りていなかった。幼くなければ、また何か変わっていたのかもしれない。

 魔法少女になったことが少女の幸か不幸か、ならなければ、こんな人間にならなくてすみ幸福だったのか。いずれにせよ、レイは魔法少女であった。

 

 出会った人に恵まれなかった。憧れを抱く対象がなかった。気づけば、こうして魔法少女をこなしている。

 

 飛鳥レイには、彼女を受け入れてくれ、隣に並び立てる仲間が、友がいなかった。

 

 

 

05

 

 

 

 夕方――巴マミの自宅。

 

 

 

「というわけで、隣町の風見野市から魔法少女がやってくるからよろしく頼むよ」

 

 まさに外道だ。鹿目まどかはそう思わずにはいられなかった。

 

「ちょっと待ちなさい、キュゥべえ! いったいどういうことよ」

 

「今言った通りだよ、マミ。見滝原と風見野の境目辺りに魔女が出現したのは知っているだろう? だから、縄張りに位置する風見野の魔法少女がマミやまどかよりも先にグリーフシードを手に入れようって魂胆なのさ」

 

 学校の帰り、制服姿のまま、一人暮らしする巴マミの自宅にて作戦会議中にいつものように、ふらりとキュゥべえが現れ、そんな爆弾を落としていた。

 迷惑なのだが、確かな情報なのでありがたくもある。まどかはこの状況に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 まどかが発言する。

 

「風見野ねぇ……」

 

「キュゥべえ、いつやってくるの?」

 

「今晩さ!」

 

「あなたって子は、なんでそんな重要なことをもっと早くに言わないの……」

 

 心底、頭が痛いといったふうに溜息を吐くマミ。

 

「向こうは即決即断するタイプだからね。仕方がないよ」

 

「ほら、マミさん、元気出して」

 

「ありがとう、鹿目さん」

 

「ボクに感謝はないのかい、マミ」

 

 キュゥべえがきゅぴぃ、と鳴く。そんなことよりも現状をどう対処するか、それが問題である。

 まどかはマミよりも冷静であった。

 

「マミさん、これからどうしていくか考えないと」

 

「ええ、そうね。キュゥべえ、やってくる魔法少女はどんな子たちなの?」

 

 気を取り直すことに成功したようで胸をなでおろす。うろたえるマミをうまくセーブするのはまどかの役割になっていて、それが型にはまっているようだ。

 

「とても気が強くて、戦闘能力も申し分ないくらい強い魔法少女が二人」

 

 マミが息を呑む。知らぬところでレイはキュゥべえに気が強い女と認定されていた。自身を臆面もなく貶す存在は気が強いと見なされるらしい。

 

「おそらくは、マミ、君と遜色ないレベルで強い相手だ」

 

「そんな相手が二人も……」

 

 まどかはまだ見ぬ二人の魔法少女に恐れを抱く。

 当然だ。鹿目まどかは魔法少女になったと言っても、それはつい一週間前のことだ。経験も浅ければ、実力も高くはない。自分がその二人に敵わないことを明確に実感していた。

 しかし、その恐怖を、冷静な判断をマミは見抜く。

 

「鹿目さん、恐れることは恥ずかしいことじゃないわ。人間として当然の感情だもの。それを自覚しているあなただからこそ、魔法少女としてしっかりやっていけると思うの」

 

――恐怖を自覚するものこそ、勇者である。

――実力を過信するものこそ、愚者である。

 己の力を正確に見極め、自惚れることがないことこそ戦いにおいて生き残れる者である。引き際を見誤ることはないのだ。

 

「マミさん……」

 

 弱気になって、涙目になっていたらしい。まどかは目元の雫を指で拭う。

 

「さて、キュゥべえ。あとは今回現れる魔女について何か知っていることはないの?」

 

「そうだね。これまでの魔女とは違うタイプのものだってことくらいしか観測できていないんだ」

 

 すまない、とキュゥべえは付け加える。

 

「いいのよ。もしかしたら、魔女の方を優先して魔法少女同士の戦いになんてならないかもしれないし」

 

「そうですよね! もしかしたら、協力して魔女をやっつけることになるかもしれないですし」

 

「それはどうだろう。少なくとも、極めて特殊なケースじゃなければ、ぶつかることは必至だとボクは思うけどね」

 

「そっかぁ」

 

 肩から力が抜けて、腕をだらーんと後ろにつけた。床のマットが心地良く感じる。

 特殊なケース。いったいどれほど強い魔女が出てくるとそんな展開になるのだろうか。想像したくない。

 巴マミと同等かそれ以上の実力を持つ魔法少女が二人いる状況下で共闘が必要なほどの脅威がやってこなければ、そのような事態にはならないだろう。

 しかし、脅威とはいつだって不意にやってくるものであった。

 

「――特殊なケースってのは、こんな状況かい?」

 

 一人でに窓が開き、部屋に風が舞い込む。

 

「え」

 

 声のした方向に、瞬時にまどかとマミは顔を向ける。

 赤い髪の少女が窓の外、ベランダを越えた先にいた。

 

 挑戦的な目。

 へそを出したスタイルのいい格好。

 手には棒状のスナック菓子。

 黄槍の上に偉そうに乗っている。

 風見野市の魔法少女、彼女の名は佐倉杏子。

 

「やあ、杏子。思ってたより、劇的な登場じゃないか」

 

「なに、人の情報を勝手に流してくれてんのさ。アンタ、ぶっ殺すよ」

 

 

 

06

 

 

 

 暁美ほむらはナニカを見つけてしまっていた。

 いつも通り、学校での授業を終え、家に帰るという何気ない日常を謳歌する中で非日常と出会ってしまうようになっていた。

 それは濃い負の感情。蠢くようにして集まっていく気配。それを感じ取ってしまった。

 

「とにかく、鹿目さんに連絡しないと」

 

 先日、ほむらは暗い感情に支配されていた際に魔女の結界に迷いこんでしまったことがあった。その時にクラスメイトである鹿目まどかと一つ上の先輩である巴マミに助けられる。

 そこから二人とは親交が生まれたのだが、今日は大事なことを話すからと先に一人で帰宅することになったのだった。その矢先の出来事である。

 迷いこんだときと雰囲気が似ていたのだ。だから、危険が自分に及ばないように探った。何か彼女たち二人の役に立ちたいという一心から。初めてできた友達にお礼がしたい想いから。

 

「ええっと」

 

 ほむらはあまりケータイの操作には慣れていない。友達とアドレスの交換をしたのもまどかが初めてで、毎日のように何かメールを送った方がいいのかと迷っている。

 得意ではないものの、メールではなく、思い切って電話をかけてみようと〈鹿目まどか〉の欄を開く。

 

「ふうっ」

 

 緊張の瞬間である。初めての友達との通話。緊張するなというほうが無理である。

 

 突風が巻き起こった。

 

「きゃあっ。これって……」

 

 明らかな自然現象ではない。地面から舞い上がるように風は勢いは増していく。

 暗く、不気味な魔力を纏った風。もう緊張などは消し飛んでいた。

 

「早く、出てっ」

 

 ボタンを押し、コール音が鳴る。

 ほむらの胸の裡では警鐘が鳴り響き続けている。一人で踏み込み過ぎたのだと。

 十秒もしないうちにまどかに繋がった。

 

「はい、もしもし……」

 

「あ! 鹿目さん、大変なの! 魔女の結界がっ!」

 

 

 

07

 

 

 

 まさしく強襲だった。

 夕空の下、穏やかなティータイムが流れるわけでもなく、尋常ならざる緊張感が場を包み込んでいる。

 この急展開はなんなのだ、と頭が現実に追いつかない。

 

 まどかは助けを懇願するかのようにマミの名を紡いだ。

 

「マミさん……」

 

「大丈夫よ、相当なプレッシャーだけれど、今ここで事を荒立てる気はないみたい」

 

 マミがまどかを自分の後ろに控えさせるように立つ。

 経験という絶対の信頼を置ける予想。それが今のマミを支えているのだろう。まどかの年上であり先輩という点も彼女が踏ん張る一要因になっていたのは間違いない。それがまどかの不安を和らげた。

 

「よく分かってんじゃねえか、マミ。確かにここでドカンと派手に暴れる気はねぇよ。それはそれで楽しそうだけどな」

 

 愉快そうに笑みを浮かべ、八重歯を覗かせる杏子。

 

「ま、宣戦布告ってやつさ。あの魔女はアタシらが狩る。だから、アンタらは手を出すなってね」

 

「人の家にまでのこのこやって来てただで済むと思っているのかしら」

 

「挨拶しに来ただけだったんだけど、そっちからおっぱじめるってんなら、こっちも容赦はしないよ」

 

(あれ……なにか)

 

 そこでまどかが違和感に気づく。

 

(たしか、キュゥべえは二人って……)

 その違和感の正体を代わりにキュゥべえが杏子に訊ねた。

 

「そういえば、レイはどうしたんだい。君と一緒に向かうって聞いていたと思うんだけど」

 

「ああ、あいつかい」

 

 杏子はトンっと黄色の槍からベランダに降り立つ。

 一息ついてから、口を開いた。

 

「あいつがこの場にいると締まらねえし、なんだかゆる~い雰囲気出るからな。置いてきた」

 

「たしかに」

 

 キュゥべえもそれに納得して、うんうん頷いている。

 まどかは一連のやり取りを目にして疑いを持った。

 

(この人たちは悪い人なのかな。むしろ、いい子たちなんじゃ……)

 

 目の前にいる杏子と今この場にいないレイという少女。なんだか、杏子が仲間想いの情の深いタイプの人間のように思える。確証はないけど、そんな予感がある。

 なんとなくだが、レイを気遣っていることに杏子は気づいていないように見えた。

 

「なんだろう、あんまり怖くなくなってきた?」

 

「え、どうしたの、鹿目さん?」

 

「いや、なにもっ」

 

 鹿目まどかには以外と肝っ玉があるようだった。

 

 その時だった。まどかのケータイの着信音が鳴り響いたのは。

 つい、確認してしまう。表示されていたのは先日アドレスを交換したばかりのほむらからの連絡だった。

 なぜか、共に嫌な予感もまどかに訪れる。

 

「マミさん!」

 

「もしかして、このタイミング。出てあげて」

 

「はい!」

 

 すぐさま通話ボタンと押して、耳にケータイ電話を当てる。いまだ、杏子とキュゥべえが話をしていたのも幸いした。

 

「はい、もしもし……」

 

「あ! 鹿目さん、大変なの! 魔女の結界がっ!」

 

 必死な声。緊急を要するのは火を見るよりも明らかだった。

 

「大変! ほむらちゃんが!」

 

「行きましょう、鹿目さん」

 

 まどかとマミは窓へ向かって駆ける。そのままソウルジェムを取り出し、変身した。

 

「ちょ、アンタたち! どこに!?」

 

 杏子の横をすり抜け、大きく跳躍する。驚愕を彼女は浮かべていたが、そんなことに気を割いている暇はなかった。

 

「友達が大変なの! ごめんね!」

 

「なあ、おいって!」

 

 二人は杏子からはすぐに見えなくなるスピードで夕空の下を行ってしまった。そのせいで一人、マミの自宅に取り残されてしまう

 

「どうするんだい、杏子」

 

「どうするってすぐに追いかけるけどよ」

 

 杏子は、一人は寂しいもんだな、とキュゥべえ以外の誰もいなくなった部屋でそう呟いた。

 

 

 

08.

 

 

 

 見滝原と風見野の狭間。そこに異界が形成されていた。

 人が寄り付かないのはあまりにも気味が悪いからだ。ダーティーな雰囲気が好きという人間や心霊スポット巡りを趣味としている人間でも避けてしまうほどの不気味さ。

 暁美ほむらはその場所を探り当ててしまっていた。

 

「ほむらちゃん、大丈夫!」

 

「鹿目さん、それに巴さんも!」

 

「無事でなによりよ、暁美さん」

 

 完全に周囲一帯が異界と化しかけ、結界から現実世界に出てこようとするまでに中の魔女は成長しているのだろうか。そうだとすれば、彼女たちだけで勝てるのだろうか。

 

「とりあえずは、中に入ってみましょう」

 

「正気かよ、お前らじゃあ、すぐに殺されて終わりだよ」

 

「杏子ちゃんっ」

 

 追いついてきた佐倉杏子が暗闇から現れた。

 ほむらにとっての杏子との邂逅である。

 

「杏子……さん?」

 

「ここ見滝原とは別の地域の魔法少女よ」

 

 と、簡単にマミがほむらに説明する。それでも警戒してしまうのがほむらという人間だ。

「嫌われたかねえ」

 

「少なくとも、友好的ではないでしょう?」

 

「違いねえや。さっさと始めようぜ」

 

「あら、さっき宣戦布告してきたのはどこのどなただったかしら」

 

 マミがあからさまに杏子を挑発する。しかし、それを意にも返さない。

 

「こんなでかい瘴気は初めてだ。正直、一人じゃ厳しい。手伝ってくれ」

 

「以外と素直なのね、貴女」

 

「現実をよく見ているって言ってほしいね、まったく」

 

 杏子は自己の欲望を優先することの愚かさを心得ている。判断を見誤るなんてことを起こさないタイプだ。何が必要で、何が求められているかを的確に見抜く才能が彼女にはあるのだ。

 ゆえに、小さな変化を見逃さない。

 

「奴さん、我慢できずに出てきやがるぜ」

 

「なんですって」

 

「ほむらちゃん!」

 

「えっ」

 

 顕現する。人を喰らう魔女が。

 血管のようなものが体表に浮き出た大きな赤黒い魔女。そして、鋭い鉤爪を持つ、翼の生えた赤い魔女の二体(・・)

 

「おいおい、聞いてねえぞ、なんだよこのイレギュラーは……」

 

「これは本当にまずいわね」

 

 二人は槍を、銃を構える。額にはじんわりと嫌な汗が滲んでいた。まどかは、マミがそうしてくれたように、ほむらを守る盾になるように立つ。

 

「巴マミだっけか、アンタらはあの羽の生えたやつを頼むよ。飛ばれるとアタシじゃあ、相性が悪い」

 

 命が危険に晒される。利害が一致していようとしてなかろうと利用するものは何でも利用する。そういったスマートさが杏子は兼ね備えている。

 それに状況を分析したうえでの判断だった。何をしてくるか分からない以上、ある程度、外見から判断を下さなければならない。

 変身してからマミとまどかが携えていたのは銃と弓だ。これでは接近を許すだけで、あのでかい魔女の腕の一振りでぺちゃんこである。それを防げるのは近接武器を持つ杏子のみ。当然の帰結であった。

 

「了解したわ」

 

「あのデカい筋骨隆々のやつは任せてくれ」

 

 先手必勝、杏子は駆け抜ける。戦場へと向かっていった。

 暁美ほむらは、その光景を眺めていることしかできない。

 

「わたし、わたしっ……」

 

「大丈夫だよ、ほむらちゃんは私たちが守るから」

 

「そうね、暁美さんは命に代えても守って見せるわ」

 

 マミが銃をさらに地面に展開する。まどかが矢を番えるここに魔法少女と魔女の互いを終わらせる殺し合いが始まる。

 

――それでも、魔法少女ではないわたしは足手まといでしかなくて。

 

 命の光が消えるのは一瞬なのである。

 翼の魔女の旋回する速度が早すぎたのだった。

 佐倉杏子は自分の仕事である大きく力のある魔女を一人で手に取り、巴マミが油断したわけでもなく、鹿目まどかが気を抜いたわけではない。

 自分に訪れる危機でなかったからこそ、見落としてしまった。

 明確な攻撃のチャンスにこそ十分な注意を払わなければならないのだ。

 

 戦いの余波でできた瓦礫の裏に隠れていた暁美ほむらは、魔女の流れた雷撃によって死を迎える。

 

 力を持たぬがゆえに起きた事故。弱肉強食の理の中での必定。それによって死ぬ。

 

 迫る死に介入できるものがあるとすれば、今ここに居ない者のみ。

 

 強い魔法少女のみだ。

 

 だが、魔法少女でもない暁美ほむらに死は与えられなかった。

 

「ひっぐ、えっ……ぐぅ」

 

「ちょっと遅れすぎたみたいだけど、間に合ったかな」

 

 あの雷撃を凌ぐ銀色の魔法少女がそこには居た。

 おそらく、腕で払いのけたのだろう。ほむらの前は肩から横に腕を伸ばした救世主がいる。

 それを見て、自分は命が救われたのだと安心して足から力が抜けた。全身からも抜けていく感覚がする。

 

「大丈夫だった? 怪我とかさ、してない?」

 

「う、うん」

 

 安心が勝っている状態だが、先ほどまでの恐怖がまだ身体に残っているのか、上手く声が出せない。

 それでも、助けてくれた人にお礼が言いたかった。

 

「あ、あ、ありがとうございます。あの! あなたは、いったい」

 

「え、僕? ただの魔法少女だよ」

 

 少女はうーん、そうだな、と考えてから、

「だったら、これからは親しみを籠めてレイちゃんと呼んでくれ」

 

 彼女にとっての言いなれた台詞を決めた。

 

 

 これが暁美ほむらと飛鳥レイの初めての出会いだった。

 

 

 

 





はーどふる





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ここからが本当の戦いだ



めるば、ごるざ






 

 

09

 

 

 ――とある話をしよう。

 

 かつてインキュベーターが地球に降り立つよりも前、闇の眷属と光の巨人たちの戦いがあった。

 激化していく戦争を終わらせたものがいた。

 その名はティガ。光の守護神。

 

 人々の願いに光が応え、この地上に遣わす地球の守護神であり、すべての人の中に宿る神聖なる魂の光。その人の光と石像の巨人が一体となり、光の巨人は誕生する。とされている。

 

 役目を果たした光の巨人は希望を託し、元ある宇宙へと還っていく。

 

 

 光は過去から未来へと引き継がれて、現代にも残っているのかもしれない。

 

 

 宇宙より飛来したインキュベーター、光の巨人その二つは人々に希望を与える存在であった

 

 

 

10

 

 

 

 銀の髪を靡かせ、赤き翼の魔女に相対する。

 既に装備である籠手(ガントレット)は嵌めている。魔女の体色と比べて、鮮やかなレッドだ。

 魔女が翼をはためかせ、少女の白のスカートが大きく揺れた。

 

「ねえ、君たちー、一緒にこいつらやっつけよーぜー」

 

 まずレイは三人でこいつを倒そうと思った。

 今もなお孤軍奮闘する杏子のところに駆けつけるよりもまずは、魔法少女三人がかりで圧倒することを選ぶ。

 その選択はレイの杏子に対する信頼が成せる選択だ。

 付き合いは短くとも一度刃を交えば、相手の実力をおおよそ把握できる。その戦闘のスタイルも。交えたのは拳と槍ではあるが。

 無茶と無理をしないタイプの人間であると分かっている。そういった人物は滅多なことではミスを起こさない。杏子に加勢するよりもまず、非戦闘員である少女がいるこの場をなんとかしなければならなかった。

 

「さて、僕は飛鳥レイ。レイちゃんと呼んでくれ。君たちはー?」

 

 戦うよりも前に礼儀を尽くすのが飛鳥レイである。これから共闘するのだから当然だと心が言っていた。

 遠くにいるピンク色の少女と黄色い少女に発する。

 

「わ、わたしは鹿目まどかって言います~」

 

「巴マミよ」

 

「うんうん、まどかにマミね。よし、覚えたっ。これからよろしく!」

 

 満足げに頷く。

 新しい出会いに心が弾んだ音がした。だが、今はそれに感謝し、喜んでいる場合ではない。

 

「さて、一気にあいつを叩くよ。僕が前衛務めるから、援護よろしくぅー!」

 

 一足で跳躍する。

 レイの登場にあたふたしていたまどかだが、落ち着きを取り戻した様子でマミに話しかけた。

 

「悪い子じゃなさそうですね」

 

「そうね、明るくって前を向いている子のようね」

 

 二人の魔法少女は遅れを取るまいと弓を銃を構えなおす。

 

「行くわよ!」

 

 マミの掛け声にまどかは大きく「はい」と返事した。

 駆け出す前に、

 

「ほむらちゃん、ごめんね。もう絶対に怖い思いをさせたりなんてしないから」

 

「鹿目さん……」

 

「行ってくるね」

 

 ほむらを危険に合わせてしまったことを謝る。守ると言ったのに叶わなかった。今回はまどかの代わりにほむらを守ってくれた人がいた。だから、改めて心に誓いを立てるのだ。

 

 それを横目に見ていたレイは少し羨ましかった。

 

「いい友達なんだね」

 

 自然とクスっと笑みがこぼれる。だから、この場にいるみんなを守らなくてはいけないと思った。

 

 戦いの中で彼女はいつも考える。

 なぜ、戦うのか。なぜ、強くならなければならないのか。魔法少女の力の意味を探し続けている。

 

 拳を握った。その姿に明確に敵である判断され、翼の魔女は(いかづち)を放つ。

 高速で迫るそれを的確に弾き流す。

 驚異的なスピードだ。まともに食らえば、丸焦げは免れないだろう。頭でシュミレートしていく。

 どんな場面においてもシュミレート、イメージしていくことは重要だ。予想、予測を打ち立てていく。その裏打ちのための情報を一つずつ得ていく。それこそが戦いだ。

 目標の所作、目の動き、そこからどう行動するか。パターンを見極めていく。その対応のみ。

 

「どうしよ」

 

 ちょっとだけ弱気であった。

 もう一度、拳を握りなおして気合を入れる。

 

 その間にも、レイの後方から敵の隙を突くように攻撃が放たれている。

 

「ダメージ覚悟以外で近づける方法が思いつかない」

 

 まどかとマミの援護は強力である。しかし、即席のコンビゆえに攻めるためのパターンがこちら側には多くない。

 だが、これでも矢と弾丸が魔女の気を割くのに有効である以上、その手を中断してまで新たに何かするのは得策ではない。

 

 マミの巧みな銃撃が翼の魔女の追撃を許さない。

 マスケット銃を常に召喚しつつ、高速で移動し続けることで敵の攻撃を躱し続ける。まどかは、さらに遠距離から腕に精一杯力を籠めて桃色の花の装飾がされてある弓を引く。

 

「仕方ないか」

 

 消耗が激しいうえに、行くなら一気に勝負を決めなければならない。

 

「ねえ、マミー! 一発デカいので気を引いててくれー」

 

「ちょっといきなり何を!?」

 

「マミさん、早くっ」

 

「マミー、まだー」

 

「もう、わかったわよ!」

 

 マミは半ばヤケクソにリボンを取り出す。

 くるくると円を描く姿はさながら新体操の選手のようだ。そのリボンが大砲クラス大きさの銃へと変化した。

 

「特大の一発決めてやるわよ」

 

 マミの愛用する単発式の白い高貴なマスケット銃をそのまま巨大化させたようなデザイン。その銃口に魔力が込められていく。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 その一撃は並みの魔女ならば耐えることなど不可能なほどの一撃。一直線に赤き翼の魔女へと放たれた。

 直撃すれば、対象を焼き尽くすのは必然だった。

 だからこそ、顔に驚愕が浮かぶのも必然だった。

 

「翼で受け止める、なんて」

 

 魔女はマミの必殺技を防いだ。

 本気の一発だった。それを一度翼をはためかせ、突風をマミの一撃に合わせることで威力の減衰と己の翼で防御することを可能とした。

 気を引いてくれと言われたが、倒しきるつもりの攻撃だった。少なくともマミにとってはそのつもりで放った。

 だが、防がれてしまったのだ。

 真っ向から持ちうる最大の攻撃を防がれる絶望は計り知れない。マミの心が大きく揺れる。

 

 

「こんなのって……」

 

「諦めるのはまだ早いよ!」

 

 レイが赤き翼の魔女の横をすり抜け、背後へと回る。

 

「ここからが本当の戦いだ」

 

 ――希望(ひかり)とは受け継がれるもの。

 

 銀が煌めく青へと変化する。

 その必要な工程は一手順のみ、キラッとしたヘアピンを一つ外すこと。

 残すのだ。青い変化のためには赤を外す。赤い変化のためには青を外す。

 青い力は奇跡を起こす導きの力。

 

「こいつでフィニッシュだ」

 

 銀の魔法少女は青の魔法少女へと変わる。装束もそれに合わせるように青を基調とした姿へ。

 

「リザリウムパニッシュ」

 

 落ち着いた声音だった。

 魔女の背中にすっ、と手を置くようにして放たれた必殺の技。この一撃は凄まじい衝撃によって相手の体内を破壊し尽くす。

 ここに赤き魔女の絶命は確定した。

 その身体は痛みにもがきながら、ノイズを走らせる。

 

「ふう、倒した」

 

 緊張を緩める。張り詰めた糸とはピンと伸びているものだ。そういったものは簡単にプツンと千切れてしまう。適度な息抜きは戦場においても欠かしてはいけない。

 ヘアピンを前髪に付け直し銀色の姿へとレイは戻った。

 魔女は撃破され、消えていく。風景は変わらず、結界はまだ解けない。なぜなら、もう一体が健在だからだ。

 

「よし」

 

 それでも、この勝利には素直に喜んでおく。共に戦った結果ゆえの白星なのだから。

 

「やったね、マミさん」

 

 その光景を目にしていたまどかがマミに歓喜を見せる。それに対して、マミは、

 

「そうね……なんとか」

 

 同じように喜べないでいた。

 これほど強く厄介な魔女は、マミの魔法少女としての活動の中に一度として現れたことはない。いや、今回が初めてになっただけなのかもしれないが。自信がなくなりそうだった。

 レイはまどかとマミの下へと戻ってきた。

 

「まどか、マミ、大丈夫だったかい」

 

「うん、それにしてもすごかったね! こう……ずどどーん! って」

 

「ええ、助かったわ。ありがとう」

 

「いや、二人のおかげだよ。あんなすごい一発を持っているなら、最後はマミに任せてもよかったかもしれないな」

 

「大袈裟よ、褒めても何も出ないわ」

 

「初めて組んだにしては上出来、上出来!」

 

「いろいろとありがとう、飛鳥さん」

 

 正直、気が滅入そうだったマミだが、レイの暖かさが心地良かった。

 そんなことには全く気付いていないのが飛鳥レイという少女なのだが。

 

「だから、レイちゃんと呼んでって。まあ、いいか……あとは」

 

 一人で戦い続ける杏子を助けに向かうだけだった。

 

 

 

11

 

 

 

 命を懸けるということは、そう簡単なことではなかった。

 戦いとは命を奪い、落とすことである。それを理解した瞬間、手が震えたのものだ。

 殺すこと、死ぬこと。どちらも嫌だと思った自分がいた。

 それまで自分はなんて生物の生き死にとは遠いところに身を置いていたのかを痛感した。だから、親の代わりとしてレイを育ててくれた男の教えてくれてくれたことの大切さを初めて知った。

 

 腹ペコのまま学校に行かないこと。

 天気の良い日に布団を干すこと。

 道を歩く時には車に気を付けること。

 他人の力を頼りにしないこと。

 土の上を裸足で走り回って遊ぶこと。

 

 男は私も親から教えられたものだ、と感慨深い表情でそれを口にしていた。その他にも多くを教わった。

 

『レイ、ご飯を食べる時には、いただきますを必ず言うんだよ』

 

 食材への感謝を胸に、口にしてからご飯を食べる。あの頃のレイはもっと幼く、食卓に並べられたご馳走に目を輝かせていた。だから、その本当の意味をこれっぽっちも理解していなかったのだ。

 されど、魔法少女となり、命を懸けなければならない戦場に身を置くようになってようやく男の教えを理解する。

 あの食材たちは、元、生命としてこの星に生まれ。そして人間の糧となるために命を奪われたのだ。

 食事とは自分のために糧となってくれた生命への感謝だ。人は食べることで他からエネルギーを得なければ生きてはいけないから、だから感謝を忘れてはならない。たったそれだけの、当たり前のこと。

 

『五つの教えのねー、他人の力を頼りにしないことっていうのはなんでなのー?』

 

 その一つの教えには幼いながら疑問が湧き、男に問いかけた。ただの子供の純粋な好奇心。それに彼は少女と同じ目の高さで答える。

 

『他人の力を頼りにしないっていうのはね、別になにも一人で生きていくことの教えではないんだ。

 レイも大きくなれば、いずれ仲間と出会うだろう。その仲間と日々を過ごす中、いつも仲間たちがレイを助けてくれる状況とは限らない。

 だからね、自分の力でなんとかできるように鍛えておこうっていう意味なんだ』

 

『そーなんだー』

 

『ピンチをギリギリまで踏んばって、ギリギリまで頑張って持ち堪えている時、仲間はきっとレイの元へと駆けつけてくれる』

 

『うん!』

 

『だから、仲間がピンチのその時は……』

 

 優しい声音だったのを覚えている。

 

「杏子―――!」

 

「レイか! 遅いんだよ!」

 

『レイが助けてあげるんだよ』

 

 その教えはここに成る。

 

 

 

12

 

 

 

 レイが知る中で杏子ほど守りの堅牢なる魔法少女はいなかった。

 赤き翼の魔女を倒し、駆けつけるまでの間、怪我を一つも負わなかったわけでもないが、たった一人で強力な魔女を相手どり、その命を散らすことなく奮闘している。

 

 佐倉杏子は多節棍の槍の使い手である。

 武器が仕込んだ鎖の多節棍ゆえにその伸縮は自在であり、槍という武器の特徴であるリーチの長さを存分に発揮できる。そして、仕込んだ鎖以外でも、鎖を召喚して防御壁を作りだすこともやってのけたことがある。

 守りに徹するだけでなく、攻めの一手を忘れない。隙があれば、相手の首元に噛みつく。そんな獣のような。

 対人戦であれば、これほどトリッキーな武器を扱い、変則的な戦闘スタイルである杏子と戦うのは気が引ける。というか、是非とも丁重にお断りしたい。それがレイの佐倉杏子という人物の魔法少女としての評だ。

 

「レイ来るぞ!」

 

「分かってる!」

 

 拳を構える。レイに魔女が迫ってくる。それを真正面から迎撃した。

 

 双方の拳が衝突する。嵌めている籠手には多大な魔力を注ぎ込み、膂力で負けないようにする。

 魔法少女と魔女。その肉体的スペックは人のサイズであるがゆえに、大きく魔女に劣る。だからこそ、その差を埋めるべく知恵を張り巡らせていた。

 

「マミ!」

 

「飛んで行ったと思えば、もう戦い始めているんだから」

 

 会話が終わったと同時に杏子の元に向かったレイに遅れる形で到着する。

 理由があった。戦えないほむらがいたから、それをどうするか。決めるのはすぐで、まどかが自分からほむらを守ると言ってくれていたから、すぐに出発できた。

 リボンを用いた移動方法で、そこまで遅れての登場ではなかった。

 マスケット銃を自身の周りに八本召喚したマミ。その一本を手に取り、発射する。

 

「かったい!?」

 

 体表がこれまでにないほどに分厚いようだ。マミの銃撃を意にも介さない。

 身体に浮き出た血管が特徴的な赤黒き魔女。全身に備わる筋肉自体が強靭なのだろう。これを打ち砕くのは容易ではない。

 それでもマミはどこかに弱点は無いか、と銃撃をやめない。一発撃ち込み、使い捨てる。それがマミの戦闘スタイルだ。

 

「な、あれ、厄介だろ」

 

「そういうことは早く言うこと」

 

「言っても状況は変わんなかったさ」

 

「そうね」

 

「いや、援護して!」

 

 小休止を挟んでいた杏子とマミが他愛ない会話をしていたが、レイは拳を撃ち続けていた。ここは戦場でなのであった。

 

「力負けするー」

 

 相当な量の魔力を籠手に回していたが、これでは無駄な消耗でしかなかった。だから、手を打つことにする。

 レイは手を前髪にあてる。青いヘアピンを外し、赤いヘアピンを残した。

 変化が現れる。装束は美しい銀から、情熱の赤へ。髪も赤毛が混じるように変わっていく。

 赤い変化は邪悪を打ち砕くための力。

 

「負けない」

 

 再び、拳を交える。今度は魔女に膂力で負けることはなかった。

 

 魔女は苦しみの声を上げた。苦しみは呪いを増大させていく。

 呪とは憎しみであり、この世界への絶望である。それが膨らんでいくことは、魔女の純粋な成長に他ならない。

 

「あらら」

 

「ばか! なにやってんだよ。敵を強くしてどうする」

 

「飛鳥さん、ちゃんとやって」

 

「真剣も真剣にやってるよ」

 

〈ギャオオンンン〉

 

 痛みが、憎しみに、怒りへと姿を変え、激情が魔女を強くしていく。

 貌は憎悪によって歪み、体表はさらに禍々しく硬くなる。

 

 憤怒の悪魔のようだった。

 

 戦いを繰り広げる中で強くなっていく。

 

「はあっ」

 

「もう一発!」

 

「てぇぇっ、やあああ!」

 

 銃撃が、拳戟が、槍の一刺が当たる。だというのに、敵にはまったくダメージが入ったようには見えない。

 

「くそっ」

 

「こんなことって」

 

 さらに全員が相当な魔力を籠めた攻撃が通用しなくなっていた。

 ただ肉体が攻撃に対して硬くなっただけ、腕力が大きくなっただけ、これといって特筆した特殊能力が発現したわけでもない。

 純粋なまでの強さが魔女には備わっていた。

 

 魔法少女たちはそれを前にして、この敵をどう倒せばいいのかと恐怖する。杏子を、マミを不安が支配していく。

 

「こんなやつ……」

 

「いったいどうやって倒したらいいの……」

 

 撤退すれば、自分たちは助かるが、町に大きな被害が出る。それは避けたい。だが、身体が動かない。

 

「まだ終わってないよ」

 

 レイはまだ諦めていなかった。勝ち目があるかは分からない。むしろ、勝機なんてない。

 そんなことは分かっている。

 嫌だったのだ。このまま敗北して、みんな死んでしまうことが。

 

「諦めるな」

 

 その言葉を発した。

 二人がレイを見つめる。光が灯る。

 

「そうね、まだ諦めるのは早いみたい」

 

「諦めてなんていない。どうするか、考えていただけさ」

 

 マミと杏子も諦めなかった。ピンチに踏ん張ることこそ、根性。

 その二人の姿を目にして、自然と顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「よし、杏子、マミいくよー!」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

 三人の連携が始まる。

 

 まず先陣を切るのは杏子だった。

 槍を複数出し、投擲する。それに合わせて、自身も跳躍した。続くようにマミが銃撃を開始する。

 総じて、三〇の槍が銃弾が魔女へと襲い掛かる。それを一薙ぎで叩き落された。

 数発が直撃するも大きなダメージにはなっていない。それも想定内だ。

 

「くらえええええ!」

 

 二人が作った隙をレイが突き、右の拳を撃つ。狙いは魔女の顔面。

 当たった。これには軽いノックバックを起こす。銀の状態時よりも、大幅に上がった膂力の一撃だ。ある程度は効いてもらわないと困る。

 連携はけっこう形になっている。さっきまでのマミとの共闘、以前からの杏子との関係。それが確実な戦術へと昇華していた。マミと杏子はなんやかんやで連携が取れているようだった。

 

「もう一回いくよ!」

 

「いや、次で決めるべきよ」

 

「そうだな」

 

「そうなの?」

 

 気持ちの良い爽快な一連の流れだったから、もう一度やってみたかったのがレイの本音ではあるが、

 

「よし」

 

 飲み込んで、従う。知らないうちに杏子とマミの仲が良くなったように思えたが、気にしないでおく。

 

「そうっーれ!」

 

 突進する。距離を詰めていく。

 その直進を止めようと魔女が腕を振りかぶった。だが、ブレてレイには当たらない。当たるのはレイのパンチだけだ。

 

「残念、力任せじゃどうにもならないことってあるのよ」

 

「ほうっら、よ!」

 

 杏子は魔女の頭上から巨大化させた槍を突き落とす。

 脳天を勝ち割るように突いたが、まだ倒しきれない。レイと杏子の攻撃はすべて全力で行っている。いや、マミを含めた全員が全力を出し尽くしている。

 

〈アアアーギャアアア〉

 

 突如として、魔女は跳躍した。攻撃してきた杏子を一撃で殺すために。

 殺すことを躊躇ったりしない。怒りに任せて振るう。

 だが、次の瞬間に訪れたのは杏子の死ではなく、魔女の困惑だった。

 

「何度も同じ手に引っかかるなよなー」

 

 鎖が魔女の頭上を覆いつくしていた。

 杏子の持つ防御の術。破られないように保険をかけ、鎖を四重にまで施していた。実に彼女らしい警戒だ。

 

 殺せない。魔女にとって羽虫のような存在である少女たちが殺せない。怒りは有頂天に達しているようだ。さらに進化を果たす。

 

「ここだ、マミ!」

 

「ええ!」

 

 否、これ以上は魔法少女たちが許さない。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 マミは、すでにフィニッシュまでの準備は完了していた。

 事前に打ち合わせをしたわけではない。レイの性格、杏子の性格、彼女たちがどう行動するか、それを予測して合わせたまで。

 その程度のことは造作でもないのだ。

 超巨大な銃から壮大な威力を秘めた弾が発射された。

 

「――ブレイジング」

 

 レイは信じていた。マミを心底、信頼していた。

 ついさっき出会ったばかりだが、マミが良い人だというのは知っている。そして、その実力を、心から。

 

「バスター!」

 

 拳を撃ち放つ。炎が纏まり、唸り上げる。

 赤い姿での、超パワーの必殺技。敵を焼き尽くすのは当然のことだった。

 

「くっ」

 

 しかし、魔女の進化はそれを凌駕しつつあった。

 その身体が炎に包まれているはずなだというのに、いまだ消滅しない。

 進化した鋼鉄のごとき体表が魔女を生かしている。

 この炎を耐え切り、殺すという意思を見せつけてくる。

 

(だめだ、倒せないのか)

 

 悪態をつくレイ。

 光線を放つのをやめない。だが、倒せるとは確信できなかった。

 

「根性だせええええええ!」

 

 弱い気持ちを振り払うように叫ぶ。

 杏子が、マミがチャンスを作ってくれた。誰も諦めていない。諦める気など毛頭なかった。

 炎熱をもっと上げる。限界を越えて、その先へ。

 もう頭にあるのは踏ん張ること。

 

(応えるんだ)

 

 赤き翼の魔女と戦った。かなり消耗した。だから、ここでこの魔女に負けて死んでもいい。

 そんなわけはない。そんな理由で諦めるわけにはいかない。

 レイの腕が悲鳴を上げる。魔力の使い過ぎだ。肉体的にも、魔力的にも限界はとうに越えている。それでも、炎熱を上げ続ける。

 そのレイの姿に応える仲間たちがいた。

 

「もう一発!」

 

「ええ、私も!」

 

 さっきの一撃よりも特大の槍が銃撃が魔女に叩き込まれる。意識が警戒が完全に杏子とマミに移った。

 勝機が見いだされる。

 

「うおおおおお!」

 

 魔力が爆ぜた。

 上昇していた熱は臨界点を越えて、魔女へと注がれる。そして、大爆発を起こした。

 

 辺りに黒い爆風が巻き上がる。

 凄まじい熱量をもって打倒された赤黒き進化する魔女は、ようやく消滅を始めていた。

 

「倒せた……」

 

 命が絶えていた。

 三人の魔法少女の協力があってこその勝利だった。この中の誰か一人でも欠けていたら、決して倒せないほどの脅威だった。

 

「やったな、レイ」

 

「やっと、終わったのね」

 

 レイも、杏子も、マミも、全員がボロボロだった。全身に傷がないところを探す方が難しいくらいに。

 それでも倒した。勝利できた。

 

「なあ、レイ。お前、顔がすっげえ汚れてるぞ」

 

「杏子だって、顔、真っ黒だけど?」

 

「二人ともだいぶ汚れてるから、お風呂に入らないとね」

 

「マミだって、汚れてるよ」

 

「なら、一緒に入る?」

 

「お、いいねー」

 

 魔女の結界が解けて、現実へと戻される。遠くにまどかとほむらの姿も見える。無事のようだ。

 

「僕、お風呂好きなんだよねー。このあと、行くつもりだったんだけど、見滝原で良さげな泊まれるとこもある銭湯ってない?」

 

「あるにはあるけれど、どうせなら家に来る? あなたなら歓迎よ」

 

「うっそ、タダで宿までゲット!? やったー」

 

「お前、ホント風呂が好きなんだな」

 

 槍を肩に乗せた杏子が呆れながら、レイの横に来る。

 

「どうせなら、あなたも泊っていく? 私は歓迎するわよ」

 

「アタシは、生憎……」

 

「杏子もマミの家に泊まろっ。ね!」

 

「おまっ、レイ!」

 

 レイちゃんは強引なのである。自分の欲望にちょっと忠実なのであった。

 一方、まどかはそのやりとりを見て、ふふっと笑う。

 

「あの二人、やっぱり悪い人じゃなかったね」

 

「悪い人だったんですか?」

 

「うん!」

 

「え」

 

 ほむらには知らないマミとのやり取りがあったのだった。

 この後、当然、レイはマミのお宅に杏子とお邪魔し、お風呂にはさすがに三人では入れなかった。

 この時のレイのはしゃぎようは、後日、マミの元にご近所さんから苦情がくるほどだった。

 

 

 飛鳥レイは二体の魔女との戦いを通じて、見滝原市にいる巴マミと鹿目まどか、暁美ほむらと親交を持つようになる。

 

 これより始まるは希望と絶望の光と闇の物語。

 光を受け継ぐ飛鳥レイはこの先、幾重の困難に遭遇するだろう。それでも、少女は何度でも立ち上がる。

 

 

 

13

 

 

 

 白い獣は彼女を観察していた。

 

「君はいったいどれほどの希望を振りまくんだい」

 

 二体の魔女を倒し、歓声を上げる少女たちの姿を目にする。

 飛鳥レイのこれまでの戦いにおいて最大の強敵だったはずだ。しかし、それを仲間と協力して、またも倒してみせた。

 

「あれほどまでの輝きを放つなんて、本当に彼女は人間なのだろうか」

 

 疑いは当然のものだった。今に至るまで、どれほどの強敵や困難が立ち塞がっても、レイは膝をつくことはなかった。

 白い獣にとって、旅を続ける彼女を常に観察し続けることは難しかった。契約を必要としている少女たちは他にもいる。そのため、レイに固執するわけにもいかなかった。

 その中で彼女は行く先々の地で魔法少女と共闘し、数多くの魔女を撃ち滅ぼしてきた。

 多感な時期の少女たちだ。悩みや戦いの中で簡単に絶望していく。それが必然だったのだ。それが今、ノルマの回収率がレイによって大幅に下げられていた。少女たちの希望として、彼女の存在があったのだ。

 本人にその自覚は全くないのだろうが。

 

 だとしても、レイを排除するという考えは白い獣の考えにはない。

 

「飛鳥レイ、君はどんな絶望を見せてくれるのかい」

 

 期待があった。多大な希望を振りまく飛鳥レイが絶望する姿に少なくない関心が寄せられている。

 大きな希望が絶望へと移るその時に、どれほどの途方もない現象が発生するのか。

 彼女を白き獣は観測し続ける。

 

 白い獣――インキュベーターは夜の闇へと姿を消した。

 

 

 







レイ「さすらいの魔法少女とは僕のことさ!」


やっとウルトラマン色を色濃くできたかなとしみじみ。
いつの時代も戦闘描写は難産なのじゃ。

ここらでちょっとした解説。

この二体の魔女はゴルザとメルバをモチーフにしています。

魔女とはそれぞれに与えられた物語がある。それが今回、ウルトラマンティガのゴルザとメルバの物語だった。
象徴は「進化」・「翼と雷」


そして、魔法少女まどか☆マギカにおける三話までは、導入部分で、視聴者を引き摺りこむお話。
今作では、主人公である「飛鳥レイとはどういった人間なのか」を描きたかったんです。
一応は12話の構成でいきたいと思います。あらためて、よろしくお願いします。


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じゃあ、デートしよう

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それと、もしよろしければ、感想や評価してください。




01

 

 

 

 飛鳥レイは、今日も今日とて銭湯に足を運んでいた。この年ではあるが、学校なんてものに通っていないせいで、日中からぶらぶらと出来るのは最高で、そしてお風呂こそが至福の時間なのであった。

 

 彼女にとって、根本的に机に向かって勉強するということが嫌いだった。

 

 そんなレイだが、最近、友達が増えた。向こうはどう思っているか分からないけれど、少なくとも彼女は見滝原で出会った魔法少女たちに対してそう思っている。

 もちろん、杏子のことも友達だと思っている。

 

「一方通行じゃなければいいなー」

 

 湯船に浸かりながら、寛ぐ。

 時折、ぽちゃんと雫が桶に溜まった水の上に落ちる音が気持ちいい。

 魔法少女としての活動の傍らで、こうして銭湯を巡ることを日々の楽しみにしているのだが、通いすぎるとすぐに財布が軽くなってしまうのはレイの定石だった。

 

(もうちょっと仕送り、増やしてくれないかな)

 

 先日、通帳記入した時の残り残高が頭の上に浮かぶ。

 育て親である男が毎月きちんとある程度の金を口座に振り込んでくれている。いつ独り立ちしてもいいようにと、貯金を貯めるために作ってくれた口座だ。今の生活はその男のおかげで成り立っているのは明確である。

 それもあと一年やそこらでアルバイトできる年齢になるため、大幅に減らされてしまうのが約束されているから、出費は考えなければならないのが専らレイの悩みの種であった。

 

(けど、お風呂上りの冷たいジュースは絶対に外せないし)

 

 節約の中にも外せないこだわりというものがある。それが飛鳥レイにとってのお風呂と食事である。

 お風呂に入ることと、食べたい物は絶対に食べる。それが≪QOL≫。すなわち、クオリティ・オブ・ライフというやつだ。

 だからこそ、この後に待っている自販機の前で何を買うか迷うのも、レイはとても楽しみにしている。

 

「それにしても、学生たちが勉強し、社会人たちが働いている時間から入るお風呂は最高だなぁ」

 

 思っていることが割と最低だった。

 

 

 

02

 

 

 

 時は遡り、二体の魔女を倒した夜。

 お風呂パーティーだぁー! とはしゃぎだしたレイを見て、暁美ほむらはくすっと笑う。

 

「楽しそう……」

 

 無邪気そうな彼女を羨ましいと思った。

 現在、時刻は二〇時。マミの家に戻り、祝勝会ということで魔法少女ではないほむらだったが、みんなと共に参加していた。

 このまま泊まる予定であるレイと杏子は置いておくとして(杏子が泊まることになったのはレイが強引だったからではあるが)、まどかは家に九時頃に帰ると言っていたので、その時間までほむらも一緒にいることにした。

 

「レイちゃんって、本当に強いんだね!」

 

「ま、ど、か……」

 

 なぜか感極まっているレイ。

 

「あんなにも決め台詞にしてたのに、これまでに呼んでくれた人はほとんどいなかったんだ。ありがとう、まどか!」

 

「ふええ、それほどでもないよ~」

 

 抱き着かれ、まどかはなすがままにされている。

 そんな彼女たちを微笑ましく思う。

 

「あら、暁美さん。頬が緩んでいるけど、どうかしたのかしら」

 

「いえ、すぐにあんなにも鹿目さんと飛鳥さんが仲良くなって、その」

 

「羨ましいわけね」

 

「いえ、そんなことは……あります……けど」

 

 日和った。そんな自分を見て、マミが優しく笑う。

 こちらを見ながら、窓の近くでお菓子を食べている杏子に声をかけた。

 

「あなたも、こっちに来たらどう?」

 

「な、巴マミっ」

 

 先ほどからチラチラとこちらの様子を窺っていたのをマミは見逃さない。それは意地悪のように思えるが彼女の優しさでもあった。

 

「ほうら、ケーキも紅茶もあるわよ」

 

「い、いらねぇし」

 

「じゃあ、全部食べちゃおうかな~」

 

「太るぞ」

 

「なんですって」

 

「しゃ、しゃね~なぁ……」

 

 ドスのきいた声だった。杏子は汗を額に滲ませながら、顔を合わせない。怖いからである。だから、マミに従った。

 うら若き乙女に対して、カロリーや体重のことを口にするのはタブーなのである。正直、杏子が悪いのではあるが、それ以上に強制的であった。

 そうして、ようやく近づいてくる。

 

「ところで、アンタさ、魔法少女じゃないわけ?」

 

「わたし、ですか?」

 

「アンタ以外に誰がいるっていうのさ」

 

 まさか、話しかけられるとは思ってもみなくて、おどおどとした態度になってしまう。ほむらは、そういったところが自分の嫌いな部分であった。

 

「え、ええと」

 

「変に首突っ込むと死ぬよ」

 

「……」

 

 何も答えられない。それに答えを持っていない。

 自分は彼女たち魔法少女と違って非力であり、そしてなにより命を懸けるつもりもない。この行為自体が遊びだと思われても仕方ない。

 それでも命を救われたから何か役に立ちたい、恩返しがしたい、そんな気持ちがあったのだ。

 

「これ以上、アタシたちのようなやつらと関わらない方がアンタのためだよ」

 

 その通りだ。守られる存在である自分が、今回のように何かのアクシデントで戦いに巻き込まれるかもしれない。そうなれば、魔法少女であるまどかやマミがほむらを助けようとするだろう。

 それでは自分はただの足手まといでしかない。

 自分は安全な場所で彼女たちの無事を願い、祈ることをしていればいい。

 なんなら今までのことを見なかったことにして、日常に帰ればいいのだ。ほむらにはまだその選択肢が残されている。

 

「こら、そんな意地悪なことを言わない」

 

「いてっ。意地悪ってな、アタシは本当のことを教えてやろうって親切にだな……」

 

 コツン、とマミは杏子の頭の上に軽い拳骨を落とした。

 そのせいで二人が会話を始めることになる。

 助かった。気まずくて、どうしていいのか分からなくなってきていた。

 しかし、杏子の言ったことは、ほむらがこれから真剣に考えなければならないのは間違いないことでもある。

 キツイ物言いだ。しかし、気遣われているのはなんとなくだが伝わってくる。性質がお人好しなのだろう。

 

(佐倉さんって、もしかしてツンデレ……)

 

 テレビで耳にした単語が思い浮かぶ。そして、リアルにもいたんだぁ~とほむらの思考は別の方向へと飛び始めていた。

 

「たしかに、佐倉さんが言うことももっともなの。暁美さん、あなたはこれからどうしたい?」

 

「私は……っ」

 

 魔法少女となって、彼女たちと一緒に戦うという選択肢も与えられている。願いがエントロピーを凌駕さえすれば、暁美ほむらも魔法少女となれる。

 

「まだ分かりません。それでも、私自身が考えて答えを出さないといけないことなので」

 

「そうね、悩んで悩んで、悩み抜いて、そうして答えを出せばいいわ」

 

「でも、そんな悠長にはしてられないぜ」

 

「はい……」

 

 レイと談笑していたまどかがこちらに戻ってくる。

 

「ほむらちゃんがどんな選択をしても、私はほむらちゃんの友達だからね!」

 

「うん、ありがとう、鹿目さん」

 

「友情だなぁ。なんかいいなぁ」

 

「どうしんたんだよ、レイ。ああいうのに憧れでもあるのか?」

 

「憧れ、か……うーん、どうだろう。でも、友達とか友情とかって素晴らしいものじゃない?」

 

「ま、悪いもんじゃないと思うけど」

 

「そうそう、ほむらー。なんかあった時は僕も君を守るからね~」

 

「あ、ありがとう。レイ……さん」

 

 まだちゃん付けで呼ぶのはハードルが高かった。

 

 みんなの想いが暖かった。

 この場所を守りたいな、とほむらは思う。

 力の無い自分がそう願うのは烏滸がましいかもしれない。それでも、この温もりを大切にしたいという思いが胸に溢れていた。

 

 

 

03

 

 

 

 マミの家でのパーティーの帰り道。

 

 時間にして、そろそろ中学生は家にいないと補導を受けてしまうような時間帯になっていた。

 ほむらたちは、まだまだ少女だ。歩く道などには気を付けなければならない。

 

「いやー、楽しかったね! ほむらちゃん!」

 

「はい!」

 

 ああいう友達同士で、家でお菓子を広げて楽しくお茶をする会みたいなものは人生で初めての経験だったが、案外悪くないものだった。

 今日に初めて出会った人たちもいる中でのことだったが、二人とも良い人でよかった。

 

「レイちゃんととっても仲良くなっちゃったよ」

 

「よかったね」

 

「うん!」

 

 満足げに頷くまどか。よほど、意気投合したのだろうか。ちょっと羨ましい気持ちになる。

 

「私はレイさんと、あまりお話できなかったので……」

 

「じゃあ、また今度会った時にでもいっぱいお話すれば、きっと大丈夫だよ」

 

「……うん」

 

 まどかは他人を思いやることのできる女の子だ。優しく、相手としっかり向き合ってくれる人。だから、友達が多い。

 学校では、水色の快活な少女―美樹さやかと、上品かつお淑やかな少女―志筑仁美と一緒に行動しているのをよく見かける。そして、保険委員でもある彼女は教師からも、クラスメイトからも何かと慕われている。

 みんなから人気のある普通の女子中学生であった。

 だが、彼女は町を守る魔法少女でもある。

 半年も病気で意識がなく、さらに内気な自分とは全く反対側にいる女の子。それが鹿目まどかだ。

 

「それじゃあ、私はこっちなので」

 

「うん、またね、ほむらちゃん!」

 

「ま、また……」

 

 曲がり角で別れた。彼女とはまた明日に学校で会う。夜は遅いが、これからシャワーでも浴びようと考える。

 

 劣等感を感じないわけではない。そんなもの生きてきた中で何度だって感じたことがある。気にするだけ無駄な感情。

 なぜなら、自分はまどかとは違う人間なのだから。

 

『本当にそう思っているのかしら?』

 

「え?」

 

 何者かの声が聞こえた。

 周囲を見渡す。

 誰もいない……。

 

「でも、今、声が……」

 

『あら、私の声が聞こえるのね』

 

「誰なの!?」

 

 遠くから身体の中へと響き渡っていくような声。恐怖と得体の知れなさにほむらの心は限界を迎えそうだった。

 まどかはいない、マミやレイ、杏子もいない。暁美ほむらを守ってくれる魔法少女は今ここには誰一人としていない。魔法少女ではない自分は魔女やその使い魔にすら出会っただけで簡単に殺されてしまうだろう。

 それでも、勇気を振り絞って叫ぶ。

 

「もしかして、魔女!?」

 

『私は魔女ではないわ。言うなれば、私は本当のあなた自身』

 

「わたし……?」

 

『あなたの心を映し出す鏡のようなものだと思ってくれてかまわないわ』

 

 姿の見えないナニカはそう言う。そして、言葉を続けた。

 

『そう、私はあなた。非力で自分では何もできないあなた自身』

 

「違う、私はそんなのじゃ……」

 

『ふふふ、くふっ、フフフフフ!』

 

 それは事実だった。

 ほむらは何一つ自分の力で成し遂げることが出来ない。勉強も、運動も、戦うことも。

 自分だというナニカ振り払うように走りだす。

 

『ねぇ、なんで鹿目さんが何の取り柄もないあなたなんかと一緒にいると思う?

 それはね、あなたに同情したからよ。ネガティブなせいで魔女の結界に閉じ込められてたところを助けてしまって、友達の一人もいないのを可哀想だと思ったから。

 仕方なく、今も関係が続いているだけ』

 

 頭の中はずっと自分の声に似た笑い声が響いていた。もう限界だった。

 

「やめて、やめてよぉぅ」

 

『ふふっ、生きている価値もないような人間。それがあなた』

 

「う、うるさい!」

 

 とにかく走る。走って、自宅を目指す。

 黒いおさげが揺れる。短い距離を走るだけで身体が悲鳴を上げる。自分に体力がないことをここまで恨んだことはない。

 

『気にかけてもらえるような可哀想な女の子でよかったわね。』

 

(なんで、私がこんな目に……!)

 

 そんなこと分かりきっている。魔法少女と関わったからだ。

 

「やだ、やだよぉ」

 

 まだ死にたくない、その思いがほむらを支配していた。

 戦うことのできない少女には目を逸らして、逃げることしかできなかった。

 

『鹿目さんが羨ましいんでしょう? クラスのみんなから慕われている彼女のことが妬ましいんでしょう?』

 

 そんなことない、と叫びたい。だが、否定しきれない自分がいる。

 何もできない可哀想な子供。それが暁美ほむらだった。

 

『ふふ、ふふふ、ふふふふふ』

 

 ほむらは正体不明の存在から逃げ切ることは叶わない。

 

 

 

04

 

 

 

 見滝原市――公園

 昼下がりののどかで心地の良い風が吹く。

 飛鳥レイは風呂上りに公園のベンチに座っていた。

 

 髪の毛は備え付けのドライヤーできちんと乾かしてある。身だしなみは乙女の嗜みなのだ。抜かりはない。

 ところで、髪の毛を乾かさないとどうなるかご存じだろうか。

 濡れた髪とは一番傷つきやすく傷みやすい。乾かすのを面倒がり、濡れたまま布団で気持ちよく寝てしまえばどうなるかはもう分かるだろう。

 髪の毛はパサつき、キューティクルがなくなる。それだけでは済まない。頭皮には大量の雑菌が湧き、鼻につく異臭を放つ。乾かさないと何もいいことはないのだ。

 実は薄毛の原因にもなっているだとか……。

 

「今日も良い天気だなぁ」

 

 大きくのけ反らせながら、背中を伸ばす。火照った身体を冷ますためにも、こういった時間は必要だった。

 レイはとことんマイペースな女なのであった。

 

「む、あれって……」

 

 視線を戻した先に先日見知った顔を見た。

 一瞬見間違いかと思ったが、やはりあれは間違いないだろう。

 

「ん? でも、この時間って」

 

 中学生である彼女は学校に登校して、勉学に励んでいるはずの時間帯である。

 何かあったのだろうか。

 心配になって、声をかけることにする。

 

「おーい、ほむらー。何してんのー!」

 

 黒髪の少女には反応がない。綺麗に編んでいたはずの髪が今日は何も触っていないのが、見間違いだとレイが思った理由。

 あと、眼鏡をかけていなければ気づかなかったかもしれない。

 しかも、どこか髪もくすんでいるように見えた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「あ、レイ……さん」

 

「あ、おいっ」

 

 そのまま倒れそうになったほむら。

 地面に激突する直前、レイが間に合った。こういう時、魔法少女の能力が活きる。

 

「危ないな。ほんと大丈夫か、顔、真っ青だぞ!?」

 

「あんまり大丈夫では、ない、です」

 

 ほむらはそのまま意識を失う。

 

「ほむら! こういう時は病院とか言った方がいいのか……って」

 

 魔女の口づけが首元にあるのを見つける。

 それは悪魔の鋭い爪のような意匠が施されていた。

 

「これは病院に行くっても意味ないな」

 

 医者に診せても何も解決しないのは明白だった。これを取り除いてほむらを助けるためには、この原因となる魔女を倒さなくてはならない。

 

「ともかく、安静にさせるしかないかー」

 

 前途は多難である。

 

 

 

05

 

 

 

 目が覚めた。

 昨日はあれから恐怖が邪魔して眠れず、でも人間というものは疲労が溜まれば意識を失うものだ。だから、ほむらが眠れたのは昼前だった。

 ひたすらうなされて、すぐに目が覚めて、起き上がる。やはり安眠するまではいかない。

 家から出るのも億劫で、ベットの上にずっといた。でも、学校は一人だけを待ってくれるわけではない。たとえ、ほむらが登校していなくとも授業は行われる。

 

「学校行かなきゃ」

 

 無断欠席になっているはずだ。少しでもみんなから幻滅されてしまう前に頑張ろうと立ち上がる。

 制服は昨日から身に着けたままだ。シャワーも浴びずに布団をかぶって、あの不気味な笑い声を塞いで聞こえないようにした。

 家では聞こえてこなかった。

 

「行ってきます」

 

 意識が朦朧とする。十分な睡眠が取れていないからだろう。

 

「いかなきゃ」

 

 それでも歩くことはやめない。でも、限界というのは意思に反してやってくるもので。

 

「あ、レイ……さん」

 

 昨日、初めて出会った銀色の少女を見て気が抜けてしまったのか、意識が遠のく感じがする。

 暁美ほむらの疲労はやはりまだ限界にあった。結局、闇に意識は沈んだ。

 

 

 だが、次に目を開けた時にはいい匂いがした。

 

(……やわらかい?)

 

 ここはどこだっけ、という疑問がまず湧く。そのあとに、そういえば最後の記憶にレイがいたことを思い出した。

 

「あー、ほむら、目が覚めた」

 

「はい……」

 

「よしよし」

 

 頭を撫でられているみたいだ。心地が良い。昔、母親にそうしてもらったような気持ち良さがある。

 ――日差しが眩しい。どうやら、顔は空を見上げているようだ。

 薄目のまま、少しずつ目を開こうとして、すぐに驚愕がほむらを襲う。

 

「ふええ、何してるの! レイさん!」

 

「えー、なにって……膝枕?」

 

 やわらかい感触はレイの太ももだった。何故か、羞恥もほむらを襲ってくる。

 

「そ、そそ、そういうのは彼氏とかにしてあげるもので」

 

「いやだって、僕、彼氏とかいないし」

 

「そういう問題でなく!」

 

「彼氏でもない男の子に膝枕するのはさすがに僕でも躊躇うけど、女の子相手なら別に問題なくない?」

 

「それはっ、そうかも、しれないです、けど……」

 

 今も膝枕されたままである。

 もじもじ、ほむほむしてしまう。いや、ほむほむはしていない。けれども、顔が熱い。

 

「さて、疲れ、ちょっとは取れた?」

 

「……はい」

 

「じゃあ、デートしよう」

 

「はい……はいっ!?」

 

 ドキドキしていて、上の空で返事していたら女の子とデートすることになっていた。

 

「よし、決まりね。じゃあ、レッツ、デート!」

 

 デートという響きにさらにドキドキが加速するほむらであった。

 

 

 

06

 

 

 

 身構えていたほむらだったが、デートといってもこれといって特別なことをしたわけではなかった。

 映画を観たり、服を見たり、フードコートで甘いものを食べたり。そんな普通の女子中学生の日常のような過ごし方。

 

「どう、疲れたかもしれないけど、ちょっとは気が晴れた?」

 

 デートした大型ショッピングモールから離れた場所。最初の公園に戻ってきていた。もう辺りは夕焼けに照らされている。

 

「レイさん、どうして」

 

「そういう機微とかには鋭いんですよ、実は」

 

 またベンチに腰をかけながらレイは得意げな顔をする。その言葉に昨日悩んで眠れなかったことが幻だったようにも思えてくる。

 隣に座るように促され、素直に座った。

 学校に向かう途中だったのもあって、お金をあまり持ち合わせていなかったほむらだが、そのほとんどをレイが持ってくれた。本人曰く、ちょっと良い顔したかったらしい。

 それも、ほむらに気を使わせないための彼女なりの優しさだった。

 

「なにかあったんだろう? もしよかったら、このレイちゃんに話してみなよ」

 

「お見通しなんですね」

 

「言ったでしょ。そういう機微には鋭いんだって~」

 

「う……」

 

 昨日のことを話すか迷う。

 

「話して楽になることもあるもんだよ~、一回話してみなよ」

 

 レイは、あっ、でも恋愛関連のことは経験ないから、そっち方面のことなら力になれないかも、と付け加える。

 少し笑みがこぼれた。

 

「元気でたねー」

 

「え」

 

「今、ほむら、笑ってた」

 

「うん」

 

 自分でも気づいていなかったことに恥ずかしさを覚える。さっきから、レイに調子を乱されてばかりだ。

 だが、少し話をしてみようという気が出た。勇気がでた。

 

「……その、変な話だけど、聞いてほしい?」

 

「私ね、昨日、変な目にあったの。ずっと頭の中に声が聞こえてくるの」

 

 うんうんと相槌を打ってくれる。親身になって話をレイは聞いてくれる。

 

「声は非力で自分は何もできない、生きている価値のない人間だって囁く

 嘲笑ってくる。くすくす笑うのが頭から離れない。挙句の果てには、私が鹿目さんが人気者だから嫉妬してるって!」

 

「よしよし……」

 

「そんなふうに考えたことなんて、ない。ないのに否定できない自分がいるの! 鹿目さん

 は友達なのに、私は!」

 

 それが図星のようで辛かった。意識していなかった自分の醜悪な部分を自覚させられて、でも、そんな自分を受け入れられなくて苦しんだ。

 

「私は、かわいそうな子……なのかなぁ」

 

 涙があふれていた。

 真剣に考えて、妬んでいたことを否定できずに、まどかに対して申し訳なくて涙が止まらない。

 

「苦しかったね」

 

「わたしっ」

 

「いいんだよー、そんなに思いつめなくても」

 

「う、うん」

 

 ほむらは心を曝け出してしまうほどに弱っていた。体力も、気力もすり減っていた。

 だからこそ、真正面から話を聞いてくれた、受け止めてくれた相手にぶつけてしまう思いがあった。

 

「どうして、レイさんはそんなにも強いの! 私には何もない! 何もないの。なんで……」

 

「僕だって強くはないよ」

 

「それでもあなたは魔法少女で、強くって、綺麗で、きらきらしていて。私なんかじゃ、鹿目さんに相応しくないっ」

 

「僕も最初から、こんなだったわけじゃないさ。魔法少女として戦うのは怖かったし、今でも少し怖いよ」

 

「でも、そんな風には見えないもん!」

 

 つい反論してしまう。

 でも、だって、とつけてしまう。繰り返してしまう。負のループから抜けられない。

 

「あんまり頭がよかったわけじゃなかったから、必死だったんだー、僕。魔法少女になった祈りなんて、叶ったものの全然上手くはいかなかったし」

 

「そんなことは……」

 

「誰だって、完璧じゃない。魔法が使えても、何もかもが完璧にいくわけじゃない。それを僕は教わった」

 

 分かっている。完璧な人間なんていない。誰もが欠点を抱えて生きている。

 

「モロボシ君っていうんだけど、高校生くらいの男の人だったかなー。僕もこうやって、ほむらみたいに一日中悩みまくってた時期があったんだよ。

 そんな時に出会って、洗いざらい、その時に悩んでたことをぶちまけたよ。全然知らない、初めて会った人なのに。今思えば、不思議な経験だったなー」

 

「レイさんにも、そんな時期が?」

 

 ほむらの興味は自身のことから、レイの過去に移ろいでいた。

 

「うん、あった、あった! いや、思い返すとめちゃ恥ずかしいわ……」

 

「聞きたいです。レイさんがどうやって乗り越えたのかを」

 

 涙を拭う。このまま嘆き続けることも、弱いままの自分も嫌だった。

 

「ちょっと長くなるかもしれないけど、それでもいい?」

 

 これから語られるのは、飛鳥レイという少女の起源。

 祈りを捧げ、魔法少女となった彼女の過去である。

 そして、絶望(やみ)という終点に向かう駅で出会ったモロボシ・シンという男との出会い。

 希望(ひかり)を紡ぎ、受け継ぐ物語。

 

 

 




ほむらとのコミュ。

モロボシ・シンというのはウルトラマンプレミア2011にて出演したゼロの人間体の名前。

彼との出会いがあったからこそ、レイがレイであるのだ。




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僕は友達を守れる自分になりたい

登場、ウルトラマンゼロ





07

 

 

 

 飛鳥レイには二人の幼馴染がいた。

 彼女たちとの出会いとは平凡なもので、小学一年生の時に同じクラスになったことか親交が生まれた。

 よく遊んだのが少し気の弱い「みく」という名前の少女。そして、もう一人。無邪気なレイとは対極の位置にいるようなクールな女の子。名前を「サキ」という。

 

「とーさん! きいて、きいて!」

 

「どうしたんだい?」

 

「おともだちができたの!」

 

 孤児院にいたせいで友達というのは小学校に入学するまで誰もいなかった。他の子たちは兄であり、姉であり、弟であり、妹だ。全員が家族なのである。

 世界が一気に広がったような気がした。

 同年代の女の子たちとの関わりが増え、机に向かって勉強するのが苦手なものの、日々を謳歌していた。でも、そんな楽しい時間はいつも短いのだ。

 

「いじめられている?」

 

「う、ん」

 

 小学六年生になってから、みくからその報せを聞く。

 これまでずっとクラスが一緒だったものの、今年になって初めて、レイは彼女と違うクラスになった。

 学年が上がって、落ち着いた時期に入り、ようやく二人で遊べるようになった日の出来事。

 

「それ、ほんとか?」

 

 友達想いのレイにとっては見逃せない親友のピンチだった。だからこそ、少女は解決に乗り出さずにはいられなかった。

 

「うん」

 

「誰に?」

 

「サキさんに……」

 

「サキが、か」

 

 レイとサキの付き合いは長い。それは彼女ともこの五年間一緒のクラスだったからというのもあるが、二人は事あるごとに衝突していたからだ。

 勉強するのは苦手だが、負けず嫌いな気があるレイはテストの点数でサキに負けるのが嫌だった。それ以外にもたくさんある。

 たとえば、マラソンだ。長距離を走るとしても、彼女には負けたくない。家庭科の調理実習でも、裁縫の実習でも、友達をライバル視していた。

 いわゆる腐れ縁のようなものが二人の間にはあった。

 それをサキは特に気にも留めず、淡々とこなしていた。人としての能力値が総じて高いのだ。何もかもを容易にやってのける。それがサキという人物だ。

 

「話つけてくる。みく、一緒に行くぞ」

 

「ええっ、一緒にですか!?」

 

 レイはみくの腕をとって足早に歩く。

 放課後サキはよく教室に残って、彼女の友達と雑談していることが多い。それを知っているから、レイは学校へと足を向けた。

 思った通り、彼女は教室にいた。

 

「サキ、話がある」

 

「おまえ、サキさんに向かってなんだよその態度……!」

 

「サキさんは私たちと楽しく会話しているんだ。邪魔しないでくれる」

 

 そうだ、そうだ! と何人かが発言した二人に同調する。

 あまり空気が良くなかった。

 

「レイ……なにかしら?」

 

「ちょっと、サキさん」

 

「いいのよ、レイとは同じクラスだったよしみがあるから」

 

「お前、誰だか知らねぇけど、サキさんに感謝するんだな」

 

 レイはサキをずっと見据えていた。

 真剣であることを彼女は見抜いている。そして、友達のためならば、どんなことでもやってのけるレイの本質にも気が付いている。

 

「それで何の用かしら?」

 

「みくをいじめてるのはほんとか?」

 

「あら、なんのことかしら」

 

「真面目な話なんだけどなー」

 

 口調はいつも通りだが、それ以上にサキを射抜く視線が鋭い。相手を見定めようとするこの目に嘘や冗談は通用しない。

 惚けたとしても、話を逸らすことがサキには出来ないでいた。

 

「いじめ、ね。みくのことを?」

 

「そうだ、みくからお前にいじめられてるって」

 

「そんな嘘か本当かも分からないことを信じて?」

 

「みくは嘘をついたりなんかしないよ」

 

「だから、私の言い分を聞きに来たというわけね」

 

 そこまでサキはレイの行動を読んでいる。

 腐れ縁というのはあながち間違いではないのだ。

 

「私は彼女をいじめていたつもりなんて無い。そういうふうに捉えられていたのなら、今ここで謝るわ」

 

 サキの言ったことは本当であった。別にみくに対して心無い言葉を投げかけたことはこれまでに一度もない。

 

「私はみくに対して、こうした方がいいんじゃないの、って言っただけよ。

ほら、彼女って少し消極的じゃない? だから、それを少しでも良くしてあげられたらなって思ったのよ」

 

 そのあと、同調した周りの人間が何を言ったとしてもそれはサキのせいではない。自分の意見に賛同して、みくに強い言葉を投げた周りの人間が悪いのだから。

 

「ほんとか?」

 

「疑うの?」

 

 それは友達を信じないのか、というレイへの問いかけだった。

 サキの言葉に返す言葉はレイの中では最初から決まり切っていたものだ。

 

 友達が頑張っていたのなら応援する。

 友達が悩んでいたのなら一緒に考える。

 友達が失敗したのなら助ける。

 友達が間違えたのなら一緒にやり直す。

 

 レイにとって友達とは掛け値なしに信頼に値するものだった。

 

「信じるよ」

 

「レイちゃんっ」

 

「信じてくれると思っていたわ。だって、私たち友達だもの……ね」

 

「そういう言い方はなんか引っかかるなー」

 

「気にすることはないわ」

 

 そして、サキは教室に人が数人いるにも係わらず、何の躊躇いもなく、恥じらいもなく、みくに頭を下げた。

 

「みく、ごめんなさい。あなたを傷つけたことを悪かったと思います。本当にごめんなさい」

 

 取り巻きたちは謝罪に騒ぎ立てる。

 

「謝る必要なんてないよ!」

 

「そうだよ、こいつが悪いんだからさ!」

 

「しかも、いきなり来てなんなんだよ……こいつ」

 

 彼女たちの言葉をサキは一つ睨むことで静止させる。

 それほどの迫力があった。

 

「私は謝らなければならないと判断したからそうしたの。あなたたちは私が間違ったことをしたから、そうやって声を荒げて言葉を発するのかしら?」

 

 全員が黙った。いや、一つも言葉を発せないでいる。

 

「間違ったことをしたら、それを正す。相手を傷つけたのだから謝る。それは当然のことではないの。あなたたちは、そんなことすら、小学六年生になってもまだ理解できていないのかな」

 

「そ、そうだよねー」

 

「ごめんなさいっ」

 

 次々と謝り始めた。しかし、それはサキに対してだ。

 取り巻きたちは誰一人として、いじめられたみくを見ていない。

 

「みく、許してくれるかしら……」

 

 心が籠っているからこそ、レイは見逃してしまう。

 そして、有無を言わさぬ圧力をサキがみくに対してかけたことにも気づかない。

 

「う、うん……」

 

 そうして、レイとみくは帰っていった。

 これでひとまずはいじめがなくなり、落ち着くだろうとそんな確信があった。

 だが、いじめとはいつの時代でも無くなることはない。それよりも、それに口を出してきた者が新にいじめを受けるケースもあれば、以前にも増して、いじめが酷くなるケースもある。

 みくの場合は後者であった――

 

 

 

08

 

 

 

 あの夕方から約一か月後、みくは学校で自殺した。

 屋上から飛び降りたらしい。どうやって忍び込んだかは調査中とのことだが、答えは出なさそうとのこと。

 飛鳥レイは、その数日後、みく母親に呼ばれ、彼女の自宅に来ていた。

 

「お邪魔します」

 

 どんな顔をして訪ねていいか分からない。

 初めて人の死に関わった。深い悲しみだけが、胸の裡を埋め尽くす。

 自分よりも、みくの母親の方が辛いし、悲しみ明け暮れているだろうことは想像できた。だから余計にどんな言葉をかけていいのか分からなかった。

 

「お悔み申し上げます」

 

「あら、そんな難しい言葉を知っているのね」

 

 それでも、みくの母親はレイを歓迎してくれた。オレンジジュースも出してくれる。

 

「娘がいなくなると、お家がこんなにも広くなるなんて思ってもみなかったわ」

 

 相当泣きはらしたのだろう。まだ目元には跡が残っている。

 本来なら大学生になるころに一人暮らしを始めたり、結婚して家を出るまでは毎日この家に帰ってくるはずだったのだ。もっと先にあったはずの出来事。

 それはもうやってくることはない。

 

「……」

 

「ごめんなさいね。つい、あの子のことを話してしまうの。だめね」

 

「そんなことないです。僕はもっと話していただいてもかまわないので」

 

「ふとした瞬間に思い出してしまうのよ。何気ない言葉や景色、ご飯を食べた時とかもね」

 

「っ……」

 

「やっぱり、だめね。娘の友達の前なのに、情けないわ」

 

 みくの母親の目には涙が浮かんでいた。

 

「よし、こんなままじゃ、天国にいる娘に笑われちゃうわ。あなたを呼んだ用件を伝えるわね。少し、待っててくれるかしら」

 

「はい」

 

 そう言って、部屋から出ていった。

 一分もしない内に戻ってくる。

 

「これ、みくからあなたに」

 

「僕に……ですか」

 

「あなた宛てに手紙が部屋に残されていたのよ。きっとあなたにだけ伝えたい言葉があったのよ。読んであげてもらえるかしら」

 

 手紙を受け取る。そこには『レイちゃんへ』と書かれていた。

 レイは母親の前でそれを読むわけにもいかず、そのまま帰路へと着く。

 孤児院には人がたくさんいる。だから途中、みくとよく遊んだ公園に寄った。

 

「ここでなら大丈夫かな」

 

 ベンチに腰を掛ける。

 日はまだ高い。周りにはまだ遊具で遊ぶ小さな子供や、それを見守る親の姿、他には散歩しているおじさんもいた。

 

「みく……」

 

 ここには何が綴られているのだろう。

 助けてくれなかった恨みか、生きたかったという願いか。どんなことが書いてあったとしても、レイはその全てを受け止めなければならない。

 それが友達としてみくにやってあげられる最後の事だった。

 

『レイちゃんへ

 

 ごめんね、ごめんね、ごめんね。私、辛くて、苦しくって、もうダメだったんだ。

 

 あの時ね、相談に乗ってくれて本当にうれしかったの。そして、一緒にいじめるなーって言ってくれたことも、ありがと。

 

 でも、変わらなかったんだー。サキさんたちが私を思って言ってくれることを、私は何も出来なかった。ドジで、ぐずで、ノロマだから、私は何にも出来ない。

 

 もっとレイちゃんみたいに何でも出来る子だったらよかったな。あ、レイちゃんが頑張っていたのは知ってるよ。でも、私は頑張っても出来ない子だった。そんな自分が大嫌いだった。

 

 最近、自分のダメなところがずっと頭から離れないの。レイちゃんなら、サキさんなら簡単に出来ることが私には何一つ出来ない。勉強も、運動も、友達も。

 

 だから、サキさんたちは何も悪くないの。悪いのは私。私だけなの。

 

 私が悪かったの。

 

 ごめんなさい。こんな私でごめんなさい。強くなくってごめんなさい。

 

 弱くてごめんなさい。

 

 こんな私だったけど、こんな私とお友達になってくれてありがとう。

 

 大好きだよ

 

みくより』

 

 そこにはひたすらに謝罪の言葉が残されていた。

 自分が悪かったと恥じる思いが書いてある。

 そして、感謝と好意を最後に伝えようとしてくれた。

 

 悔しかった。みくを助けられなかったことが何よりも悔しかった。

 涙が溢れ出る。

 サキが悪かったのか、みくが弱いことがいけないのか。答えは一生出ることはないのだろう。

 だから、悲しみがレイを押しつぶそうとする。喪失感で、ぽっかりと胸に穴が空く。

 

「ごめん、僕の方こそ、ごめんね……っ」

 

 手紙を握りしめた。紙がくしゃっとなる。

 この悲しみに終わりはないようだった。

 

 ――その姿を見つめる白い獣がいた。

 

 

 

09

 

 

 

 みくの死から二週間経って、学校側はいろいろと対策に追われていたらしい。

 保護者への説明会や、生徒へのいじめ調査など、全校集会では黙祷もあった。

 レイはいまだ喪失感に襲われていた。

 

 世界が色褪せたようだ。大切な友達が一人いなくなったというのに、世界は動じることもなく回り続ける。

 授業は通常通り行われる。その中で変わったことは集会でみくの死を先生が語るくらいなのだろう。

 気が付いたら、みんなはみくの死を忘れていく。ここにいたことを忘れていく。存在が忘れ去られ行く。それだけは嫌だと叫ぶ自分がいた。

 

「疲れてるのかな」

 

 凄まじいほどの眠気に襲われる。

 ずっと、あまり眠れていないからだろうか。倦怠感は常に身体に残っている。そんな状態でも授業中に居眠りをいたことはなかった。

 

「限界なんだけど……」

 

 あまりにも眠くて、独り言が出た。

 そんな時にふと周囲の異変に気づいた。

 

「あれ、みんな寝てる……?」

 

 ほぼ全員が机に突っ伏しているという異常な光景が広がっている。

 授業をする先生も、ふらついていた。

 

「ここはだなぁ~、ふわぁ~。おやすみなさい」

 

「ちょっと先生!」

 

 レイは立ち上がって、先生が頭を地面にぶつける寸でのところで支える。

 重さに耐え切れず、ゆっくりと下した。

 

「これ、なんだ。いったい、何が起こってるんだ」

 

 このような教室にいる全員の意識を無くすなんて起こりうるはずがない。

 異変だと確信したレイは、重い身体を無理やり引き摺るように教室から出る。すでに、辺りは静まり返っている。

 大人数が集まる学校という場所が、日中であるにも関わらず静寂に包まれたのであった。これは異様な事態である。

 意識のある人が誰か一人でもいないか、とレイは学校中を駆け回った。

 同じ階の教室、職員室に、保健室。どの場所でも誰も起きていない。もう、外部に助けを呼ぶしかなかった。

 

 最初からこの異変に対して、外部に助けを求めなかったことを後悔することになる。

 

「なんだよ、これ!」

 

 学校が学校でなくなっていた。

 校内にあったはずの風景は現実味を欠いていき、まさしく異界へとなり果てる。

 人間の理解の領域をとっくに超えていた。

 

 電話が繋がらない。

 

「なんで、どこにもかからないんだよ!」

 

 警察にも、消防にも、孤児院にも、どこにも電話が通じない。そもそも、この異常な空間の中で電波が届くのかも分からない。

 そんな危機的状況において、ありえない現象の中で、見たこともない生物を見たのは起こりえる現実だったのかもしれない。

 

『ねぇ、君、ボクと契約して魔法少女にならないかい?』

 

「うさぎが喋った……!?」

 

『誰がうさぎさ。ボクにはちゃんとキュゥべえっていう名前があるんだけどなぁ』

 

 突如として現れた目の前の怪生物にハテナしか浮かばなかった。

 

 

 

10

 

 

 

 非日常の真っ只中とは、こんなにも現実とかけ離れていて、それでいてどこまでも現実だった。

 飛鳥レイにはこの現実を打開する術が何一つとしてない。

 

「そんなことより、これいったいどうなってるの。説明して!」

 

 切羽詰まった状況下だというのに、この白いのには落ち着きがある。だからこそ、焦るレイを見て、やれやれといったふうに質問に対して答えた。

 

『これは魔女の結界と呼ばれるものだ。この学校全体に張られてしまっているね』

 

「魔女? 結界?」

 

 てんで、理解が追い付かない。

 

『まず、前提として、魔女は迷路のような異空間の中にいる。これが結界だね。そして人が集まる場所、たとえば、繁華街や病院なんていった場所だ。そうして、結界へと人間を誘き寄せ糧とする』

 

 息を呑んだ。

 魔女だとか、そんな御伽噺の夢物語が現実であるわけがないが、それでもこの目で見たものが真実だ。

 閉鎖された空間に、喋る動物、集団催眠。こんなもの現実に起こってたまるか。

 

『つまり、魔女とは人を簡単に殺しちゃうような化け物ってわけさ』

 

「なら、この結界から出る方法は……?」

 

『捕まえた獲物を逃がすような檻があるかい?』

 

 入る者は拒まないが、出ていくことは許さない。よって、

 

「逃げることもできないし……結界によって内と外とが遮断されているから、電話も繋がらないってわけか」

 

『そう、外部からの助けは来ない。君を助ける者は誰もいない。まさに今、魔女の結界にいる君は格好の餌食というわけだ』

 

「なんだよ、それ」

 

 呆れるしかない。呆れるほどに詰んでいる。

 相手は人間では太刀打ちすら敵わぬ化け物。

 それがついにレイの前へと姿を現す。

 

「今度はいったい何がっ」

 

『お出ましのようだね』

 

 魔女に発見されてしまったらしい。

 

「これが」

 

 少女は見上げて眺めることしか出来なかった。

 

『ああ、あれが魔女だ』

 

 それは得体が知れないという言葉が似あう魔女だった。

 青っぽい肉体に真っ白の顔。目は朱に染まっており、耳のようなものが大きく肥大化して円を描いている。

 山羊のようなだと思った。立派な山羊の角。しかし、さらに観察すると腕には営利な刃がある。ふと、逆さにしたハサミのようにも思えた。

 

「僕は死ぬのか」

 

 魔女とは呪いを振りまく存在である。

 すなわち悪性の化身。人の良くない感情を煽り、傷害事件であったり、殺人、喧嘩。または自殺へと誘わせることもあるそうだ。

 レイはそれに呪われ、これから死ぬ。

 

「こいつの餌になって終わるのか」

 

 ――それは嫌だと思った。

 

「でも、死んでみくと会えるなら、それもいいのかも」

 

 死に抗う気持ちと死を受け入れる自分がそこにはいた。

 

『相当に魔女の瘴気にあてられたみたいだね。仕方ない』

 

 どう足掻いても、こんな力の無い自分では逃げることも、立ち向かうことも何も出来ない。

 

 また出会うことが出来るのなら、死ぬのも悪くないのかもしれない。この際だ、直接あの時のことを謝りに行ける。ずっと先になってしまうと思っていたが、それももうすぐ。

 

『レイ、君はこのままここで死ぬつもりなのかい?』

 

「え」

 

『……さて、ここで君に選択肢を与えよう。ボクと契約して魔法少女になって、みんなを助けるか、ここで独りで何も出来ないまま死んでいくか』

 

「みんな……?」

 

『ここはいったいどこだったかな』

 

 さっきまでレイは学校にいたはずだ。そこから魔女の結界に迷い込み、そして、

 

「まさか、ここって!?」

 

『そう、そのまさかさ』

 

「学校の中なのか……」

 

 学校とは見た目がかけ離れすぎていて、ここが同じ場所とは思いもよらなかった。

 そうして、ある考えに至る。

 

「じゃあ、生徒や先生たちが眠っていたのって」

 

『もちろん、魔女の仕業だよ』

 

「だったら、このままこいつを放置なんてしてたら……」

 

『うん、君の想像通りのことが起きるだろう』

 

 ――全員が死ぬ。

 

『さて、レイ、ここでもう一度問おう。君に魔法少女になる気はあるかい?』

 

「魔法少女ってそもそもなんなんだ? それになれば、今をどうにかできるのか?」

 

『ああ、もちろんだとも。君にはこの魔女を倒してしまうことなんて造作もないことだ。だが、魂を掛け、戦いの運命を受け入れなければならない』

 

 戦いの運命とはどういうことなのだろう――どうでもいい。

 このままではレイが助からないのはもちろんのこと、学校にいる誰もが死ぬ。何も悪いことをしていない人たちがたくさん死んでしまう。

 ならば、答えなんて、最初から決まっていたようなものだ。

 

「魂とか運命とかなんだっていいさ。どうすればいい?」

 

『願い事を言うんだ。どんな願いだって叶う。そのためにボクはいる』

 

「それであいつが倒せるんだな」

 

『ああ。レイ、君の魔法少女としての素質は十分だ。君がボクと契約してしまえば、簡単なことさ』

 

 せっかくだ、願いには何があるだろう。無難なところでいえば、資金難である孤児院のためにお金が欲しいなぁ、と頭に浮かぶ。

 だが、それよりもずっと考え続けたことがある。

 叶えられなかった願いが。

 

「僕さ、友達を助けたかったんだ」

 

 一つ、過ちがあった。きっとそれを彼女に伝えても「レイちゃんは何も悪くないんだよ~」って微笑んで頭を撫でてくかもしれない。

 友達を救うことが出来なかった。もう失いたくない。だから、今度は必ず助けるために。

 

「もう、手が届かないのは嫌なんだ。だから、友達を助ける力が欲しい。守り抜くための力が」

 

『君の願いに魂を掛けられるかい。魔法少女になるということは、戦いの運命を受け入れるということになる。もう一度聞くよ。飛鳥レイ、君はどんな祈りでソウルジェムを輝かせるんだい』

 

「さっきも言ったけど、魂とか運命とかそんなことはどうでもいいんだよ。大事なのは諦めないことと立ち向かうことだ」

 

 それが飛鳥レイという少女。

 

「助けたいんだ……僕は友達を守れる自分になりたい。もう二度と失わないために」

 

『契約は成立だ。君の祈りはエントロピーを凌駕した。さぁ、力を解き放ってごらん』

 

 その願いは叶えられる。

 

 

 

11

 

 

 

 その輝きは、まさに希望の光だった。

 戦う姿は剣闘士のようで、肉弾戦を得意とするのが少女の戦い方だ。

 だが、少女の初陣は困難を極める。

 結界内の空間を捻じ曲げて移動し、背後を取ってくる基本戦術に加え、分身能力まで兼ね備えている曲者。それが、この悪夢の魔女。

 苦戦を強いられる。自己の戦い方の確立から始めなければならなかった。

 自分には何ができるのか、魔法とはどうやって使うのか、どう敵を殺すのか。一つ一つを手探りでいく。それを成せたのは一重に飛鳥レイには戦いのセンスがあった。

 魔力の扱い方。特にエネルギーを腕に集め、光に変換し、放つことが得意だった。

 誰に教わったわけでもない。それこそ、遺伝子に刻まれていたのではないかと見た者が口を並べて言うほどに完璧な魔力調整の元で放たれた必殺技である。

 

 その光線は空を穿つほどの熱量を誇っていた。

 悪夢の魔女は撃ち抜かれ、跡形もなく消失する。

 

 願いはここに成就した。

 

 

 

12

 

 

 

 星々の煌めく宇宙の中に青き星、地球は存在する。

 大気圏の外において、青い巨人がこの星を懐かしそうに見つめていた。

 

『へへっ、久しぶりだな。地球』

 

 彼は以前、こことはまた別の宇宙で地球に訪れたことがある。その時はある男の声に導かれて、二人の勇者と共に強大な悪に立ち向かったこともある。

 

 この宇宙にはとある宇宙人を太陽系にまで追ってやってきたのだが、その案件を片付けた後、こうしてやってきていた。

 

『親父に何か土産でも持って帰ってやるか』

 

 その軽い気持ちが少女の運命に大きな影響を与えることになるのを彼はまだ知らない。

 

 

 

 




最後にだけちょこっと登場。ウルトラマンゼロ。

「悪夢の魔女」
モチーフ、ウルトラマンティガより異次元人ギランボ。





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へえ、モロボシさんね。僕は飛鳥レイ、よろしくー


もしよかったら、感想とか評価していってね!




 

 

13

 

 

 

 魔法少女の希望とは総じて絶望に変わるための糧である。希望が絶望を後押しするのだ。

 それは飛鳥レイにとってもまた同様の事柄であった。

 

「う……っ」

 

 レイの友人であるサキは校庭から響く轟音で目を覚ました。

 立て続けに教室の窓が軋むので、つい外を覗く。

 

「あれはレイ……?」

 

 見慣れた銀色の少女が見たこともない怪物と戦っている。

 その姿に見惚れるわけでもなく、応援するわけでもなく、ただ恐怖を感じた。

 一歩、後退る。机をガタっと揺らす。

 

「何これ」

 

 周囲の異変に気付いた。

 教室が教室でなくなっていることに、誰も意識がないことに。

 

「みんな、眠ってしまっているの?」

 

 教室で意識があるのは彼女一人のようだ。だから、校庭で怪物と戦っているレイの存在を認識するものはいない。

 サキにはただその光景を見ていることしかできなかった。

 

 

 

14

 

 

 

 敵を倒したことで世界が元の形へと戻っていく。

 完全に魔女が消滅したからだろう。これにて一件落着である。

 魔女のいた場所に何か宝石のようなものが出現している。だが、レイはよくわからないものは放っておくことにした。

 

「倒せば、元に戻るんだねって、いないし」

 

 あの奇妙な生物はいなくなっていた。

 

「ま、そのうちまた会えるだろうし」

 

 教室に戻ろうと、変身を解く。

 魔法少女の装束が消え、元の私服が現れる。手首にはブレスレッドが嵌められていた。

 

「魔法少女になるための変身アイテム的な?」

 

 とりあえずは置いておこう。

 大きな怪我もしていない。腕に少し、擦り傷ができたくらいだ。授業に戻るのに何の心配もいらなかった。

 校舎の玄関に行く。靴は上履きのままだったが、砂を軽く落とし、床を汚さないように気を付ける。

 レイはそこで出会うはずのない友達と出会った。

 

「ねえ、何してるの?」

 

「サキ……」

 

 サキが玄関の先にいた。

 なぜ意識があるのか、という疑問が湧きおこってくる。全くもって頭が回らない。

 

「レイ、質問に答えて」

 

「あはは、別になんでも」

 

「なら、さっきの校庭のにいた化け物はなんなの?」

 

「それは……」

 

 核心に触れる言葉だった。サキはすでにあの化け物を目にしてしまっている。これでは、何も言い訳なんて通用しない。

 

「化け物なんて学校にいるはずないだろう?」

 

「ねぇ、私たち友達でしょ。答えて」

 

「その言い方はずるいなぁ」

 

 友達を何より大事に想うレイにとって、そのやり方はとことん上手い。断れないのを分かり切ったうえで質問している。

 

「なあ、サキはこれを聞いて信じるか」

 

 知っている情報を彼女に伝える。

 すべてはあの白い生物から耳にした内容ばかりだが、魔女のことを、魔法少女のことをかいつまんで話した。

 まだレイも知らないことだらけだ。魔法少女とはいったいどういった存在なのか、根本的なことは何も聞かされていない。それでも友達には応えたいという想いが強かった。

 それを聞いたサキは、

 

「そう……」

 

 と、つまらなさそうに答える。本当にどうでもいいといったように。それが意外だった。

 そして、もうレイのことを見ていなかった。

 

「驚いたわ。でも、もう脅威は去ったというわけね」

 

「僕が倒したからね」

 

 彼女はレイの方に目もくれず、立ち去る。

 

「ちょっと、サキ」

 

「気安く話しかけないでもらえるかしら」

 

「は? 何言ってるのさ、僕たち友達だろ。別に話しかけるくらいいいじゃんか」

 

 そのあとに続いた言葉はレイにとって想像もしたことのないものだった。

 

「人間じゃない人と友達になんてなれるわけないじゃない」

 

 言葉が出なかった。

 思いもよらぬ衝撃を受けた時に人とはこういった反応を取るのだろう。だが、少女はもう人ではない。

 自分が助けたはずの友達はもう友達ではなかったらしい。助けられたことへの感謝もなく、そして友達であることさえも真正面から否定される。

 

「だってそうでしょう? 化け物を倒してしまえるような人が人間であるはずがないわ。むしろ、あの魔女だったかしら、それと同じ化け物よ」

 

「僕は化け物なんかじゃっ……」

 

 頭では分かっていたつもりだった。

 でも、その考えは甘くて、気にも留めなかったことが自分の大切にしなければならなかったことで。されど、契約は果たされており、後戻りなんて出来ない。

 レイは特別な存在になりたかったわけではない。ただ、みんなを守りたかっただけだったのだ。

 選択肢はあの場面では実質一つだったのだ。

 生きるか、死ぬか。その二つに一つ。死を選べるほどに成熟していないし、死ぬことを許容出来る心なんて持ち合わせてはいなかった。

 

 ――魔法少女とは人ならざる魔女を倒すことの出来る唯一の存在である。それと同時に、人ならざる者であるということ。

 

 それでも諦めきれない。諦めていいわけがない。

 だが、説得しようとした手は弾かれた。

 

「ッ……!」

 

「もう私に関わらないでくれるかしら」

 

 サキの身体は震えていた。人間ではないものを目の前にして恐怖していた。

 自分を見る目が恐れや怯えの色を伴っているのがレイには分かってしまう。あれは初めて、得体の知れないナニカに出会ったときのようで。魔女と出会った自分自身を鏡で映したようだ。

 

「あちゃー、ごめんね。あんまり、そういうセンチメンタルなことを気にしてなかったよ」

 

 レイはサキに背を向ける。

 こんなにも自分に恐怖心を抱いているというのに、これ以上一緒にいるわけにはいかない。そして、もうレイとサキは友達ではないのだ。

 教室に戻ろうと思っていたが、やめる。今日はもう学校にいたくない気分だった。

 

「今日はもう帰るよ。サキ、何か聞かれでもしたら、飛鳥レイは体調が優れなくなって帰ったって言っておいてくれ」

 

「ええ、それじゃあ」

 

 友達を助けても、みんなを助けても、感謝なんてされない。褒めてもくれない。レイが頑張ったことなど誰からも評価されない。

 叶えたはずの願いは最悪の形で自分に帰ってくる。希望が絶望となり降り注いでくる。

 

「私はなんのために魔法少女になったんだろう……」

 

 魔法少女となった少女は友達を失わないために守る力を得て、友達をもう一度失った。

 

 

 

15

 

 

 

 青年は天高く輝く太陽を見つめた。

 この地球に降り立つにあたって、巨人のままでいるわけにはいかない。相当な混乱を招いてしまうのは明白だった。

 だからこそ、地球人の青年の姿を作り、こうして町を歩いていた。

 蝉の声が聞こえる。夏の風物詩に挙げられるのだろうが、暑さの象徴であるようにも思える。

 時期は七月。梅雨が明け、肌寒さがなくなり、ようやく気温が上がってくる季節だ。

 町を歩いているのは、父親へのお土産を買うという普段の彼ならばまずしないであろう行動。久々に故郷に帰るというのに手土産も無しに行くのは、さすがの彼にも出来なかった。

 

「お、これなんかいいんじゃないか」

 

 商店の店先で立ち止まる。

 日本らしい着物が吊り下げられていたのが目に入ったからだ。これなら、この星を思い出して懐かしく思うのではないか、と青年は考えた。

 着物といえば、お祭りをイメージすることが多いのではないだろうか。この季節にピッタリのものである。これに決めようと思った時だった。

 

「む、なんだ」

 

 何か邪悪なものの気配を察知してしまう。

 周囲を探る。特にそれらしいのが見当たるわけでもなく、

 

「気のせいか。いや、でも確かに」

 

 そのようなものを見逃すはずがない。悪意や邪悪なものには敏感なほどに直観が働く。戦士の勘ともいうべきものが反応したのだ。何かがいるはずだ。

 ゼロはもう一度範囲を広げて探す。

 すると、それはすぐ近くから感じ取れた。

 

「まさか、でも、なんだあれ?」

 

 邪悪な気配はこれまでには感じたことのない種類のものだった。

 一言で表せば、奇怪。濃い気配ではあるものの、何かが混じっているような。

 どこまでいっても深い闇の中に輝く温もりがあるような。それが、自分と近い光を感じたような。

 

「とにかく、追うか」

 

 青年は銀色の少女を追った。

 

 

 

16

 

 

 あれから飛鳥レイは学校に行かなくなった。

 もちろん、孤児院のみんなからは心配されたし、父親代わりの男からも相当なほどに。でも、男はレイのことを心配したうえで、信頼していた。

 ある程度の額の金銭といつも使っていた綺麗な服を用意してくれていた。孤児院にもいたくなかったので、その気遣いがありがたかった。

 毎日をただ無意味に過ごしている。やるべきことを放棄している。

 戦いの運命だったか。もうどうでもよくなっていた。

 守りたいものに裏切られた少女の心はすり減っている。どうして、と自問自答し続ける。

 自分の何がいけなかったのか。ずっとそれだけを考えては思考の迷路に囚われていた。

 

 朝から町をさ迷い歩いている。だというのに一度も補導されなかった。

 髪の色から外国人と思われることが昔から多かった。だから今も観光客とでも思われているのだろう。こんな時間に一人で出歩いていても誰からも声を掛けられない。

 それほどまでに、レイは独りだった。

 

 公園のベンチで一休みする。疲れは溜まる一方で、特に何もすることもなく、空を仰ぐ。

 

「空っていいもんだろ」

 

「……ん、誰?」

 

 見知らぬ背の高い青年が自分を見下ろすように立っていた。

 彼は誰が見ても整った顔と言えるだろう。

 鍛え抜かれた肉体とは総じて引き締まっていくものだ。その身体には無駄な筋肉がついていない。だが、青年はスラっとしているようで、その実、均等のとれたしっかりとした身体つきであった。

 そして、無駄に声がいい。

 魔法少女になってから、こういった相手のことを見抜く才能が開花しつつあったレイだが、我に返る。

 

「いや、いきなり何?」

 

「あれ、なんで敵意丸出しなんだ。俺はせっかく落ち込んでいるお前にわざわざ声を掛けてやったっていうのに」

 

「いやいや、男の人にこんな感じで迫られたら女の子は誰だって怖いでしょ」

 

 知り合いでもない人に声を掛けられれば、誰だって警戒するものである。

 

「 ……それも……そうだな」

 

 変に納得した青年。

 それがなんだか可笑しくて、レイは笑う。

 

「ふふっ、なにそれ」

 

「お、初めて笑ったな」

 

「お兄さん何? ナンパ?」

 

「子供にナンパなんてするわけないだろ……ま、逆に俺に惚れると火傷するぜ」

 

「意味わかんないや。でも、お兄さん、面白いねー。よし、ここで会ったのも何かの縁だ! 名前なんて言うのー?」

 

「そっちもいろいろと突飛なやつだな」

 

 二人して笑う。似たものがレイと青年にはあるのだろう。

 初めて会う人と打ち解ける速さに定評のあるレイと、直球でぶつかることで知り合う青年。何かと気が合うようだ。

 

「俺はゼ……っ、いや、も、モロボシ、モロボシ・シンだ」

 

「へえ、モロボシさんね。僕は飛鳥レイ、よろしくー」

 

「俺はお前のことをレイって呼ぶ。だから、シンでいいぜ」

 

「じゃあ、シンくんねー」

 

 レイは人の名前を呼ぶ時にあまり「さん」を付けたり、「くん」を付けたりしないのだが、なんとなく付けてしまった。

 こう、びっくりするくらい年上? みたいに感じたから。

 その直感は実は間違っていなかったりするのだが。

 

「ところで、なんで僕が落ち込んでるっていうの?」

 

「ああ、そのことか。そんなもの直観以外にねえよ」

 

「女の勘、みたいな?」

 

「俺は男だ」

 

 シンは苦笑する。

 

「だよねー」

 

「まあそれはいいや。ところでレイ、お前、いったい何に悩んでるんだ?」

 

「別に悩みなんて無いよ」

 

「なら、そんなにも心の光が曇ったりしねえよ。自分では気づいていないと思うが、相当なもんだ。俺には魂が濁って暗闇に閉ざされているように見えるぜ」

 

 レイは唖然とした。自分の全てを見透かされているように感じたから。

 いや、見抜かれているのかもしれない。だからこそ、思わず、問いかけてしまう。

 

「……魔法少女って知ってる?」

 

「は? 魔法少女?」

 

「いやっ、なんでもないっ!」

 

 もの凄い直観ということが判明した。

 知るはずもなかったが、ついつい色々と彼が知っているのではないかと考えてしまう。

 

「ともかく、話してみろよ。悩みってやつは、一人で抱え込むから苦しくなるものだ。それを誰かに話して分け合えば、自然と楽になる。物は試しに……ってやつだ」

 

「ありがと」

 

 かなり強引に感じられるが、シンという青年の気持ちが伝わってくる。

 それは相手を思いやるという心。

 その心が温かったから、話してみようという気になった。

 

「シンくんは不思議な人だね。僕なんかよりすっごいおっきく見えるよ」

 

「お、おう」

 

 今度はシンに変な汗が出た。

 そして、レイの直観もなかなかなものであった。

 

「実はね。友達が死んじゃったんだ。そのことで色々あって、もう一人友達を失っちゃったんだぁ」

 

 みくが自殺し、レイが魔法少女となり、サキに嫌われた。

 

「みんなを思っての行動が友達に嫌われる理由になった。何のために頑張ったのか分からなくなった。一番大切にしていたものを失ったの」

 

「そうか……」

 

「僕は何がいけなかったのかなぁ。どこで間違ったのかなぁ。友達なんて作るんじゃなかったよ……」

 

「それは違う」

 

「そんなことないよ! こんなふうになっちゃうなら、最初からいなければよかったんだ!」

 

「違う! 友達を作ったのは絶対に間違いなんかじゃない。それにだ、相手のために頑張ったことが裏目に出たことだって、お前は悪くない」

 

 シンは立ち上がり、少女の話を真正面から真摯に受け止めて、その上で否定する。

 

「そういうことはよくある。努力が実らないなんて日常茶飯事だ。だがな、その頑張りを否定しちゃいけない」

 

 かつて、認めてもらおうとしたことが全部裏目に出て、仲間たちから追放されかけたことがあった。

 師匠に修行をつけて、努力したが、実力がすぐに上がっていったわけでもない。

 諦めなかったから、彼は掴み取れる何かがあった。

 

 それに、と加えて言葉を続けるシン。

 

「友達と、仲間と仲違いすることだって、これから先の人生で何度だってある。ケンカしちまったなら、仲直りすればいいだろ」

 

「そんなこと……それが出来れば」

 

 涙がこぼれていた。

 落ちる。止まらない。悔やんで、苦しんで、悩み続けてきたものが流れ出る。

 ダムが決壊したように溢れ続けた。

 

「僕は、もう! 二度とっ、サキとは友達に戻れない!」

 

 あんなふうに恐怖させてしまうのだ。レイが彼女と会うことさえ忌避してしまう。

 そもそももう自分は人間ではない。化け物だ。

 サキも言っていた。人と化け物が友達をやれるわけがないと。

 

「諦めるな!」

 

 シンは叱咤する。

 どんな状況に陥っても必ず胸にある不屈の魂。

 それは諦めない心――

 

「もしかしたら、友達とやり直せるかもしれねえ、もう友達とこのまま一生すれ違ったままってこともあるかもしれねえ。けどな、お前自身はどう思っているんだ?」

 

 レイは思い出す。みくのことを、サキのことを。

 これまでの人生で出会った友達のことを。

 

「お前の心はどう思っているんだ?」

 

 たくさんの思い出があった。学校の中での出来事、一緒に買い物に行ったことなど、全部が掛け替えのない大切なものだ。

 だから、たとえ死んでしまっても、友達でないと告げられたとしても、

 

「友達だよ。ずっと友達だよぉ」

 

「レイがそう思ってるんなら、ずっとそいつとは友達さ。何があってもな」

 

「うん……うん……!」

 

 少女の心はもう前を向いていた。

 たしかにその選択を後悔し続けていた。自分ではない誰かが、あの魔女を倒してくれればと何度も考えた。

 しかし、あの時、あの場所ではレイしか戦える素質のある者はおらず、仕方ないと考えた。その運命を呪った。友達を失ってしまった運命を呪い続けていたのだ。

 

「もう友達じゃないかもしれない。それでも、僕が思い続ける限り友達……か。なんかいいね、その考え方」

 

 シンはレイの心に光がもう一度灯ったのを確認して、「へへっ、だろ?」と微笑む。

 

「昔は俺も色々と悩んだもんだ。戦う意味とはなんだ、与えられたこの力はなんだ、とかな」

 

「力……?」

 

「まぁ、昔の話だ」

 

 シンは言葉を濁した。

 力に溺れることの醜悪さを彼は痛いほどに知っている。そのせいで、幽閉されてしまった者が国に対して叛逆したことも。そんなやつと同じ道を辿りかけたこともあった。

 だからこそ、そのような同じ轍を踏んではならないと身に染みている面がある。

 

「そうやって、すぐはぐらかすー」

 

「大人はミステリアスなんだ」

 

「シンくんはどう見ても、高校生くらいにしか見えないんだけど」

 

「いや、俺は若くて、かっこいい。レイ、お子様のお前とは違うんだよ」

 

「く、小学生の自分が憎い。あと、四年くらい早く生まれていれば……っ」

 

 あと三年早く生まれていれば、高校一年生くらいの年齢だ。目の前の青年に少しは追いつける。地球に換算すれば、同い年くらいということにレイは気づいてはいないのだが。

 

「お前、すごいな」

 

「え、何が?」

 

 やはり、女の勘というのは鋭いものなのである。

 

「じゃあ、最後に教訓を授けてやろう」

 

 これはシンがとある歴戦の戦士の戦いの資料を見た際に知ったことと、その本人から直々に教わったことである。

 

「優しさを失わないでくれ。弱いものをいたわり、互いに助け合い、どこの国の人たちとも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。

 たとえ、その気持ちが何百回裏切られようと……」

 

「何百回裏切られても……」

 

「ああ」

 

 人間とは愚かな種族である。どこまでいっても個人というものがあるがゆえに、この種の争いは無くなることはない。

 各国の政治を見てみれば明確なことだ。誰もが、利己的に動いている。私利私欲と言っても過言ではないだろう。他を虐げ、個を優先する。それは道理だ。

 だからこそ、かつてとある光の巨人はその言葉を地球人に送ったのだ。

 

「本当の優しさと向かい合え。争いや憎しみを越えた先で暗闇はいつか光になる」

 

 きっと必ず。

 

「苦しい時もあるだろう。いつでも想ってくれている人がいる。お前は一人なんかじゃない」

 

「うんっ」

 

 さっき大人であるとシンは言った。

 だが、彼はあの星の中では相当若い部類に入る。目覚ましい活躍があろうともまだ若さというものが抜けきっていない部分がある。それが良さであり、悪いところでもある。

 父親に教わったことがあった。師匠に教わったことがあった。仲間から教わったことがあった。

 それらすべてが今のシンを形作っている。一つ一つが掛け替えのない宝物なのだ。

 そして彼は、彼らは人間のことが好きなのだ。愛している。

 

「もう、大丈夫そうか?」

 

「自分のやるべきことが見えてきた気がする」

 

 レイの目には希望が満ちていた。

 薄暗く濁り切っていた闇は光によって照らされた。その確認ができたシンは一安心だ、といったように息を吐く。

 

「ほら、手を出してみな」

 

「え、急になに?」

 

「おまじないってやつだ。こういうの女の子はみんな好きだろう?」

 

「えぇー、なんだか偏見がすごい」

 

 戦いばっかりで流行には疎いのである。

 と、言いつつもレイはシンに差し出す。

 その手を彼は大きな手で握る。

 目を瞑った。

 

「なんだろ、あったかい感じ」

 

「もう終わったぜ」

 

「え、もう終わり?」

 

 ああ、とあっけらかんにシンは言い放つ。

 シンは手に、正確には手首にある彼女の魂に光を授けた。

 

(これでもう完全に問題ないな)

 

 魂の穢れは浄化された。

 一人の少女の心も魂も彼は救いたかったのである。

 

「よし、なら、おまじないも終わったし、こんなところにいる場合じゃねえな。そろそろ家に帰れ」

 

「また急に、なんだよー」

 

「お前の帰りを待っている人がいるんだろ」

 

「うん」

 

 少女には帰る場所がある。育ててくれた孤児院。そこの兄弟たちに、いつもよくしてくれる父親のような男。

 

「じゃあな。気を付けるんだぞ」

 

「はーい!」

 

 銀色の少女はシンに背を向けて走っていく。公園の出口に差しかったところで振り返った。

 

「ありがとー! 君は僕のヒーローだ!」

 

「よせよ、二万年早いぜー!」

 

「あはは! それじゃあ!」

 

 もう会うことはないのだろう。二人ともそのような気がした。

 根拠なんてない。だが、そんな確信めいた何かがある。

 それでも、どこかで繋がっている。貰ったものがたくさんあった。

 モロボシ・シン――ウルトラマンゼロから、飛鳥レイへと紡がれる絆があった。この絆は何があっても切れることはないだろう。

 

「美しい心の人間だったな」

 

 友を想う強さが少女にはあった。

 再び立ち上がる胆力があった。

 誰かと心を通わせる温かさがあった

 また挫けることだってあるかもしれない。だが、その度に少女は涙を流したとしても立ち上がる精神を得た。

 

「いい、土産話が出来ちまったな」

 

 よくよく考えれば、地球の通貨なんて持ち合わせていなかったから、ゼロには何もお土産を買うことはできない。まさに失念である。

 

 ウルティメイトブレスからゼロアイを取り出し、変身し、即座に成層圏を抜ける。

 ゼロは地球を見つめ、少女を想う。

 

「さよなら、飛鳥レイ」

 

 手を振る。特徴的な指の形を作ってしまった。

 以前、彼が憑依した人間の癖が移ってしまったのだろう。それも今となっては懐かしい。

 ウルティメイトイージスを装着し、ウルトラマンゼロは時空を越えた。

 

――かつてそうだったように、ウルトラマンゼロはアスカの嘆きの声に導かれて、この地球へとやってくる運命だったのかもしれない。

 

 

 

17

 

 

 

「もしかして、その人のことを好きなんですか!?」

 

 飛鳥レイの話から、暁美ほむらはコイバナというものに耐性がないことが判明した。

 これまで友達が少なかった影響だ。うむ、ほんの少しだけ。少しだけ友達が少ないだけだ。

 これをコイバナと気づかないのも、レイの性格がそういうのに疎いからであった。

 

「僕がちょっと重ための昔話したのに、いきなりなんなんだ、君は」

 

「だって、完全にラブロマンス的な雰囲気ありましたよ!」

 

 恋愛ドラマの見過ぎである。

 

「うーん、どうだろ。たしかにシンくんは顔もかっこいいし、面白いし、恩人だしで、とってもいい人だけどね~」

 

「うんうん!」

 

「どっちかっていうと、恋人になりたいとかそんなのはなくって、人生の師匠的な?」

 

 興奮しているほむら。だが、一気にハテナが顔に浮かぶ。

 

「じゃあ、どんな人がレイさんのタイプなんですか?」

 

「タイプかぁ。あんまり考えたことなかったけど、僕は好きになった人ならどんな人だって愛せるさ」

 

「どんな人でも……もし、女の子を好きになってしまったらどうなるんですか?」

 

「別に女の子を好きになることだってあるかもしれないだろ。もしかしたら、僕がほむらのことを好きになるなんてことも……」

 

「ふえっ、ふえええええ!」

 

 恋愛ドラマでは飽き足らず、そういう界隈の本にも興味がありそうだ。

 いや、ある。

 他人の趣味を否定することはしない。それが友達であるなら、より一層にだ。それがレイのポリシーである。

 

「あっはっはっは、君は面白い反応をするねー」

 

「もう揶揄わないないでください!」

 

「ほむらのそういうとこ、僕は好きだぜ」

 

「はぅ」

 

 ほむらはボフンと爆発してしまう。

 その反応にまた笑っているレイだが、表情を真剣なものに戻した。

 

「よし、ちょっとは悩み事がどっかにいった頃合いだろう。一気に治療といこうか」

 

 銀のブレスレットからソウルジェムが現れる。そのまま、変身した。

 

「ちょっと痛かったら、ごめんねー」

 

「え、どうして変身を」

 

「それはこういうことー」

 

 ヘアピンを取り、青き姿に変わる。その力は奇跡を起こす、導きの光。

 瞬時にほむらへの背後へと回り、背中に手を添える。

 

「え、なにを!?」

 

「いくよー、クレセント・ミラクル――」

 

 眩い光の粒子が注がれていく。ほむらは憑き物が落ちていくような感覚がした。

 

(これはレイさんの光……)

 

 優しさに包まれる。

 辛かった心が、苦しかった心が晴れていく。

 ゆえに、そこに巣くっていた魔物が現れた。

 

「出たな」

 

「これが私の中から……?」

 

「僕さ、こういったのに鋭いんだよねー。直観っていうかさ、見逃さないんだよ」

 

 鋭利な爪を持つ黒い魔女だ。身体の中心を黄色い肉が分けるようにして存在している。それは意思を持ったかのように点滅を繰り返していた。

 

「さしずめ、精神に寄生するタイプの魔女か。さぁ、やっつけるかー」

 

 レイは守るようにして、ほむらの前に立つ。

 これは飛鳥レイが暁美ほむらという少女の心に立ち向かう戦いだった。

 

 

 






おまじないとは、お呪いとも記す。
彼の与えた光とは、呪いとなるのだろうか。はたまた……

今回のモチーフ
ウルトラマンガイアより、精神寄生体サタンビゾー。




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幸せになりたいから、人ってやつは醜いのかもしれない

一区切り。





18

 

 

 

 暁美ほむらにとって、自身の裡より出でし魔女は悪夢のような存在だった。

 精神に寄生されていたせいか、すべてを閲覧されてしまっている。ほむらが何を考えていたのか、何をどう思っていたのか。やつは知ってしまっている。つまりそれは、自分のデータをコピーされたも同然であった。

 

「レイさん、ごめんなさい」

 

 自分が招いてしまった問題を力が無いせいで、レイに任せきってしまっている。そんな現状をほむらは嫌だと感じている。

 

「別に謝ることのほどでもないとっ、思うけどねっっ!」

 

 迫る黒き爪撃を器用にレイは躱していく。

 まさに紙一重といったようにギリギリの距離でだ。

 様子見として、今は通常の銀色の姿で少女は戦う。

 

「それにしても、スパスパ切れるなー、あの爪」

 

 黒い爪はレイがいたはずの場所の悉くを切り裂いた。

 浮遊していた足場が割ける。

 一刀両断。振り下ろした先にあった物質のすべては真っ二つである。これを一撃でもくらってしまえば、少女の身体も同じようになってしまうことは明白だった。

 つまり、正面から籠手(ガントレット)で爪撃を受け止めるような真似は一切できない。防御の面において、圧倒的に不利な状況へと追い込まれている。

 その中、魔女の爪の鋭利さによって、レイは防戦を強いられていた。

 

「強くないか、こいつ」

 

 できれば、一人で相手にするのは避けたい敵。

 理想を語るのであれば、射撃による攻撃が行える後衛がいるのが好ましい。スピードがあり、魔女の目を攪乱できる前衛と後方からの射撃で仕留める。それがこの敵の対処の仕方である。

 

「マミか、まどかがいれば楽なんだけどなーっとッ!」

 

 ないものねだりをするのは意味のないことだが、それでも愚痴を零したくなるほど厄介な相手であることに違いはなかった。

 さらに躱す。

 レイの速さは十分に悪夢の魔女に通用している。だが、攻撃に転じる隙がないことが問題だった。

 

「レイさんー!」

 

「応援、頼む!」

 

 集中力を研ぎ澄まし、爪撃を対応。

 当たれば絶命するのだ。気を抜く余裕なぞない。

援軍の要請をほむらに任せる。

 

「(キュゥべえ! 大変なの、レイさんが!)」

 

『(いったいどうしたんだい、ほむら。すごく焦っているようだけれど)』

 

 すぐに繋がった。こういった時にテレパシーを使えるのは便利だと、ほむらは思う。

 魔女の結界に入ってしまえば、携帯電話での連絡は使えない。魔法少女になったわけではないが自分にその適正があったことに心の中で感謝した。

 

「(どうしたんだ? 近くにレイのやつがいるのかい?)」

 

「(ん、レイさんがどうかしたのかしら、暁美さん)」

 

 ちょうどよかった。キュゥべえの近くに杏子とマミがいたらしい。すぐに情報が伝わって動いてくれる。

 

「(すごく強い魔女が現れて、一人だと厳しいから助けてって!)」

 

『(そんなことになっていたのかい……)』

 

「(そういうことは早く言えよな、待ってろ)」

 

「(ええ、すぐに向かうわ)」

 

『(レイ、もう少しだけ持ち堪えるんだ! すぐに二人が駆けつけるから)』

 

 ――魔女がレイの頭上で旋回する。

 それは特有の不気味な笑い声を上げながら爪の先を向けていた。

 

 レイからは、キュゥべえの言葉に返事がない。

 ほむらたちの会話は聞こえているはずだ。しかし、応答がないのは意識の全てを迎撃に向けているからだろう。

 

「――――」

 

 見つめていた。

 レイは悪夢の魔女をその目に捉え続けている。

 その姿を見て、ほむらは畏怖を覚える。

 魔法少女であろうとも、鋼鉄をも切り裂く一撃のもとに散ってしまうだろう。だというのに、レイは怖気づく素振りすらない。

 焦っているのは見て取れた。

 だがそれは、この魔女と戦う中で最大限に警戒すべき攻撃に対してだ。

 それでも、いつ死んでもおかしくないはずなのに立ち竦むことも、背を向けることもない。

 

「レイさんは、なんて」

 

 強い人なのだろう――。

 また一つ、ほむらの中には羨望の感情が生まれていた。

 

 

 

19

 

 

 

 戦いにおいて、相手との間合いとは、全ての行動の際に最も気を付けなければならいものである。

 一歩踏み込めば相手に一太刀浴びせられ、一歩距離を取れば相手の一太刀を躱すことができる。

 これを剣道における一足一刀の間合いという。

 つまるところ、適切な距離を測ることが攻撃に繋がり、防御にも繋がるのだ。それを制することが出来れば、自ずと勝利は近づく。

 こちらが一方的に攻撃を与えられる位置、相手の攻撃が届かない位置は自身の有利となる間合い。

 だが、敵も、自分も近接戦闘を得手としている。

 武器のリーチで見れば、圧倒的に向こうが長い。リーチの長さとはそのまま戦況に反映される。

 手の甲、手首の付近から延びる鋭利な爪はおよそ五メートルほどもある。それが魔女の巨大かつ長い腕が合わされば、脅威であることは言うまでもない。

 拳で戦う飛鳥レイが苦戦を強いられるのは、当然の原理であった。

 

「はぁ、はぁはぁはぁ、はぁ……はぁはぁ」

 

 肺が熱い。苦しい。

 肩で呼吸をするほど疲労が蓄積している。

 

「は――はっ、はぁ……」

 

 それでもレイの動きは鈍らない。

 鈍らせない。

 鈍らせるわけにはいかない。

 常に動き続け、爪撃を躱していた。

 

「クっ!」

 

 戦況は好転する気配を見せない。

 このまま続けていれば、いずれレイの体力が尽き、地に伏したところを一刺しだ。そうなってしまってはお終い。

仲間の到着を信じている。それでも、このままではまずい。

 レイに待っているのは死だけだ。

 

「よっと!」

 

 薙ぐように振るわれた爪を避け、跳躍。

 間合いから脱出する。

 距離を離したのは、一気に決着をつけるためだ。

 これまでずっと身の回りにいた自身よりも遥かに小さいレイが離脱したことで、魔女は不意を突かれた。

 その大きな身体が姿勢を崩す。

 

 訪れるチャンス。レイは勝機を見出す。

 

「今しかない」

 

 ヘアピンを外した。

 取ったのは青いピンだ。前髪に残るヘアピンは赤。

 銀が赤へと移ろい行く。

 惜しまず、魔力を練り上げ、拳へと集約する。

 

「くらえ! ブレイジング・バスター――!!」

 

 魔力が熱に変換され、特大のエネルギー内包し、魔女へと一直線に放たれた。

 

「いけえええええ!」

 

 悪夢の魔女は無理やり腕を動かし、なんとか光線を防ごうとした。

 踏ん張れるはずもない態勢のまま、黒き爪を当てる。

 

 ――光線が割けた。

 

 炎熱が吹きすさぶ。

 完全に切り裂かれたわけではないが、魔女は光線を肉体に食らいつつも、死ぬまいと必死に腕を突き出していた。

 死んでたまるかという意思が嫌というほど伝わってくる。それでも、レイは光線を止めない。

 ついに魔女が膝を着く。

 その姿が光に飲まれたのであった。

 

「たおした……?」

 

 手応えはしっかりと感じた。

 倒したという確信とともに、まだあの執念深き魔女は生きているのではないかという不安にレイは駆られる。

 そしてその不安は現実となってしまう。

 

「嘘だろ……」

 

 魔力はもうそこまで残っていない。さらに戦闘を続けるのは困難であった。

 しかし、魔女の身体は半壊している。もはや、死ぬのは時間の問題のように思えた。

 されど、魔女はレイを見据え続けていた。

 悪寒が走る。

 それはよくない直感。

 

「レイさん! やりましたね!」

 

「バカ! こっちに来るな!」

 

「え……」

 

 魔女を倒したと勘違いしたほむらが駆け寄ってくる。

 レイはそれを静止させようとしたが既に遅かった。

 それは生物だけが持つ、死ぬ間際の最期の足掻き。

 命に後がないからこそ、なりふり構わないことをしてくる。巻き起こる被害を考えれば、悪あがきなぞさせずに確実に殺しきらなければならない。

 ならなかった。

 

 悪夢の魔女は最期に呪いを粒子とし、レイとほむらに注ぐ。

 

 だが、それを防ぎ切る術はなかった。

 

 

 

20

 

 

 

 飛鳥レイは幻覚を見た。

 なぜなら、肌が褐色に染まり、髪の色が金色になっている暁美ほむらがいたからである。

 

「これは夢だな、夢に違いない」

 

「夢じゃないですっ」

 

「夢ではないぞ、人間」

 

 加えて、通常色の暁美ほむらもいた。

 

「ええっ! 色違いの、私!?」

 

「ワタシはキサマに寄生していたあの魔女だが……」

 

 どことなく珍しそうである。

 

「ああ、だからほむらの姿形をしているのか」

 

 レイの中で納得がいく。

 暁美ほむらの精神に寄生していたがゆえに、彼女の姿を象って現れたのだろう。

 身長などの体格。顔の形から、おっぱいの大きさの何から何まで全く同じ。

 夢ではなく、現実。うむ、了解だ。

 

「ちょっとレイさん、視線がなんだかその……」

 

「いやらしいな」

 

「そんなに直接的に言わなくても!」

 

「そうやって内気だから言いたいことを他人にはっきりと言えないんだ、キサマは」

 

「それとこれとは関係ないです!」

 

「あっはっはっは!」

 

 金髪褐色肌ほむらちゃんと通常色ほむらちゃんとのやり取りを見て、思わず笑ってしまった。

 なんだろう、同じ顔なのにギャップがすごい。

 

「見ていたことは謝ろう。ごめんねー」

 

「見ていたんですね……」

 

 見ても減るもんでもなし、しかも服の上からだ。何も問題はない。

 飛鳥レイはうら若き女の子である。女の子であるがゆえにセクハラにはならないのだ。

 ついつい笑っていたし、特に罪悪感もなかった。

 どちらかというと面白さがレイの中で勝っている。

 それは置いておくとして。

 

「ところで、君はさ、あの魔女がほむらの姿を模しているのだと思うけれど、いったい喋れるようにまでなって何がしたかったのさ」

 

 和んでいた空気が一瞬で緊張する。

 この謎の空間はいったいどこで、この褐色金髪の黒ほむらの目的は何なのか。それが問題であった。

 

「壊してやりたい。それがワタシの存在理由だ」

 

 悲壮な面持ちで彼女は応じた。

 

「……素直に答えるんだね」

 

「もうワタシは死んだようなものだからな」

 

 ……やはり、と予想が当たっていたことに安堵があったが、レイは警戒を解こうとはしない。

 それは魔女にも見て取れたようだ。

 

「それほど、ワタシを危険視する必要はない。もう、力なんて何も残されていないのだ」

 

「だからって、用心しない理由にはならないよ」

 

 油断はしない主義なのであった。

 黒ほむらはレイを見据える。

 数秒の間隙の後、観念したのか、胸の裡を語り始めた。

 

「ワタシは他人に寄生することでしか存在できぬ。そういった魔女なのだ。

 取り憑き、呪い、殺す……。

 先日、そこの少女に取り憑いた。実に心の弱い人間だった。ワタシが言葉で揺さぶれば、心はみるみる疲弊し、壊れていった」

 

 この魔女がほむらに取り憑いたことで、ほむらの心は擦り減っていたのだ。

 学校にも行けなくなるほどに傷つき、自己に悩んでいた。

 まさしく悪夢。

 

「もう少し時間があれば、少女を殺せたというのにキサマが現れた」

 

 それをレイは見かけたのだ。だから、こうして魔女と正面から相対している。

 

「飛鳥レイ。キサマさえ現れなければ、簡単に殺せたというのに!」

 

 怒りを露わにする魔女。

 普段のほむらの顔からは想像もできぬ憤怒の形相だ。

 だが、その怒りはすぐに身を潜め、クールな装いに戻った。

 

「……人間の感情とは醜いものだな。ワタシはこれまでに様々な人間に憑いて理解したのだ。

 他人と争い、見下し、虐げる。そのような自分しか優先しない人間ばかりだ。それにそこの人間はひたすら自己を嫌い、友に嫉妬する。それが本当の自分だと告げられれば、違うと叫び、現実逃避だ。

 これは醜い以外の何物でもないだろう?」

 

 他を羨む心。妬み、嫉み。そこから人は呪いを積み重ねていく。挙句の果てには破滅するだけでなく、羨んだ対象を破滅させることもある。

 まさしく醜悪なる感情。

 

「うるさい! 私は鹿目さんにも、レイさんにも嫉妬したりなんてしてないっ」

 

 それに否定の声を上げたのは通常のほむらだった。

 

「私はっ!」

 

「いいえ。アナタはみんなに慕われたいと心の中で思っている。

 鹿目まどかを見る暁美ほむらはいつも羨ましがっていた。彼女の傍にはいつもたくさんの人がいる。でも、自分に近寄ってきてくれる人はほとんどいない」

 

 鹿目まどかは温かい太陽のような人柄をしている。

 いつも友人たちが周りにいて、楽しそうにしている普通の女の子だ。

 だが、暁美ほむらは彼女ほど人当たりが良いわけではない。社交的なわけでもない。

 これといった趣味があるわけでもない。

 身体が弱いこともあって、運動も得意ではない。

 だからこそ、他人と関わる機会そのものが無い。

 

「飛鳥レイを見るキサマはいつも力に焦がれている。魔法少女として優れている姿を見て、あんなふうに自分もなりたいと思っている。でも、意気地なしの暁美ほむらは魔法少女になることすら躊躇っていた」

 

 臆病だから。

 戦うのが怖いから。

 暁美ほむらは魔法少女にはなれないのだと、悪夢の魔女は語る。

 

「違う、そんなことない!」

 

「事実である。

 ワタシはキサマに憑依していたのだ。すなわち、その心の全てを覗けた。嘘偽りなく、暁美ほむらの心の姿である」

 

 取り憑いた対象の情報の全てを閲覧することができる能力。それが、この魔女としての特性。

 そして、その外見すらもコピーして、ほむらの姿を形成し、人の言葉すらも話すことができるようになった。

 

「私はただっ、憧れただけなのに――」

 

 そう、この悪夢は現実だ。

 何一つ偽りのない、暁美ほむらの心の形。

 嫉妬という憧れ。

 自分には手に入れることなんて出来ない人としての在り方。

 だから、恋焦がれた。鹿目まどかという少女の美しさに、飛鳥レイという少女の強さに憧れを抱いた。

 しかし、それは羨望だけではなく、醜悪に歪んでしまったもので、妬むことしかほむらにはできない。

 でも、諦めきれなくて、離れたくなくて、学校に復帰して出来た新しい友達を失いたくなくて、命の危険があろうと魔女退治に付いて行っていた。

 

「どうしようもないほどに、私は……!」

 

 ほむらの目には涙が溢れる。

 悲しみに暮れ、うずくまってしまう。

 

「――醜くなんてない。ほむらは醜くなんてないよ」

 

 この悪夢を否定するレイがいた。

 

「嫉妬なんて感情は人間誰だって持ってるだろ。別にそこまで深刻に悩まなくたっていいじゃないか」

 

「でも、私は、そんな自分も嫌いで。友達をそんなふうに思ってしまう自分が嫌いなんです」

 

 劣等感が生まれてしまうのだろう。

 しかし、羨み、妬んでしまうことに嫌悪してしまう。

 

「見たであろう、飛鳥レイ。この種以上に醜い生命体がこれまでにあっただろうか!」

 

「……」

 

 レイはすぐに答えることが出来ない。

 例えば、ウルトラマンという種族であれば、他者の命を尊み、自己を顧みないような存在はいない。

 人間という種族を見れば、個々がそういった行動をすることもあれるだろう。だが、全がそうではない。ほとんどが個を優先するはずだ。

 人間はウルトラマンのように全が他のために行動できるわけがない。

 

 彼らの在り方を美しいとするのであれば、人間とはどこまで醜いのだろう。

 それはきっと最悪なほどまでに醜悪なのである。

 

 知性があった。だから、美しく在れる者もいる。しかし、醜く在る者もいる。

 

 知性がなければ、これほど矛盾しなかった。全が美しければよかった。全が醜ければよかった。

 

 知性を持たぬ獣ではないのだ。本能で生きることだけをしていけるなら、どれほど幸せだっただろう。

 

 それでも、人とは自分で考えることのできる種族だ。己のためだけに欲望を抱く獣の名だ。

 

「だけど、全てが醜悪なんかじゃないさ」

 

 どうあっても幸せに生きていく人の数は少ない。

 幸福が世界にありふれていたのなら、不幸なんて存在しない。

 

「幸せになりたいから、人ってやつは醜いのかもしれない」

 

 自己の欲望のために人間はなりふり構わないこともあるだろう。

 他を貶めてまで、自分の利益を優先しようとすることもあるだろう。

 ――そして、満ち足りていたのなら、祈りを捧げる魔法少女などというシステムは生まれない。

 

「それでも、僕はそういうところも含めて人間が好きだ。

 好きなものに夢中になるところとか、手を取りあえるところとか、綺麗なものを見て感動するところとかさ」

 

 うずくまって泣くほむらの頭を、しゃがんで優しく撫でた。

 レイは醜悪である部分も人間の持つ一側面だと思う。

 魔女の言うことは糾弾されなければならないだろう。きっと咎められた方がいいはずだ。

 

「ほら、人って失敗することができるじゃん。そこから学んで成長するところとか、いいなって僕は思うんだけどー……」

 

 綺麗すぎるのもどうかと思う。

 愚かであったとしても、それが人という種なのだ。だが、愚かでなくなることもできるのが人だ。

 それは悪いことではない。

 

「そのようなものが、美しいわけがないだろう!」

 

「聞く耳は持ってくれそうにないか」

 

 それでも、呪いを孕み続ける怪物は認めようとはしなかった。

 黒ほむらは姿を捨て、元の魔女の姿へと戻る。

 この問答の裏で、回復に努めていたのだろう。なんとか動けるにまでなっている。

 黒き爪を伸ばし、突進してくる。

 

『ギャアアアアアアアアアオンンンンンン!』

 

 レイの魔力は先の戦闘でほぼ使い果たした。

 だが、使い果たそうとも回復することは出来る。

 

「悪いな。同じこと考えてたみたいだ」

 

 したたかに、裏では魔力の回復の手を休めていなかった。

 飛鳥レイは油断しないタイプなのである。

 ブレスレットに魔力を集める。

 左腕を横に切り、一気にエネルギーを光に変換していく。

 それを、左腕を曲げ、指の先を肘に添えるようにして、全てを右腕へと。

 

「ワイド・シュート!」

 

 光線を放った。

 輝かしい銀色の光。

 その一撃は、悪夢の魔女に腕を振り落とすことすら許さない。

 撃ち抜き、魔女の胴体には大きな穴が空く。

 そのまま、前方に倒れるようにして爆発した。

 

 轟音が響き渡る。

 

「終わったよ、ほむら」

 

 魔女の死をもって結界は解除され、町には平穏が訪れた。

 

 

 

21

 

 

 

 

 マミと杏子の救援は間に合わなかった。

 それもレイが一人で肩をつけてしまったからである。

 マミは二人が無事でなにより、と言っていたが、杏子は強敵だったということを聞いて、残念がっていた。

 

「それにしても、危なかったな」

 

 戦闘を思い返し、呟く。

 最期の悪足掻き、あの時、レイは反射的にブレスレットに手を当てた。

 ほむらの前に立ち、光のバリアーを張っていたのだ。あれがなければ、彼女と同じように取り憑かれていただろう。

 

「あれ、ほむらー?」

 

「ええっと! レイ……さん、どうかしましたか……」

 

「む?」

 

 いつもと様子が変である。

 レイは観察する。

 ほむらの顔がちょっと赤いようにも思えた。

 

「いや、なんでもありませんよ。なにもありません……」

 

 戦いが終わって、このまま一人で家に帰すのも憚られたので、こうしてほむらの家まで送って行っている最中なのだが、どうも反応がぎこちない。

 

「もしかして、さっきの気にしてる?」

 

「い、いえ。気にしてなんて」

 

「恥ずかしかったとか?」

 

「分かっているなら、口にしないで下さい」

 

 肩を落とすほむら。

 誰だって胸の中に隠しておきたいものはあるだろう。それが魔女のせいで、強制的に晒し上げられてしまったのだ。落ち込みもする。

 

「まあ、ほむらがいろいろ考えてることが知れて、僕は嬉しかったよ」

 

「慰めになりません」

 

「ほむらって、ホントまどかの事、好きなんだね」

 

「……~~~っ!」

 

 レイは彼女の反応を見て、くっと笑いが出てしまう。

 もう少し畳みかけてみようと思った。

 

「そういえばさー、僕の名前も出ていたけれど、どうしてなんだい?」

 

「いえ、あれは、その……」

 

「もしかして、僕のこともけっこう好きだったりするー?」

 

「もうっ、揶揄わないでください!」

 

 ほむらがちょっと怒ってしまったのでここでやめておく。

 少し元気が出たみたいで一安心だ。

 

「そっか。僕はけっこうほむらの事、好きなんだけどなー」

 

「え……」

 

「残念、残念~」

 

「どういうことですか、レイさん。まだ、揶揄ってますか!?」

 

 困惑するほむらを見て、楽しそうに笑うレイ。

 

「シンくんの言葉を借りるのであれば、僕に惚れると火傷するぜぃ」

 

 ――飛鳥レイはどっちでもイケるタイプである。

 

 

 




ウルトラマンガイアにて主人公・高山我夢の心の姿として描かれた怪獣。

今作では暁美ほむらの心を映し出すものとして登場しました。

この作品での主人公とほむらとの距離が縮まる三話だったと思います。

あと、サタンビゾーの配色から褐色肌金髪ほむらとなったのですが、彼女は新しいナニカを生み出しそうだなと思いましたまる。




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運命の光




後半戦開始。

タイトルがここから台詞ではなくなります。

あと、ちょっとボリューミー。




 

 

 

 

 

 

 

 運命とはいったいなんなのだろう。

 それはきっと定められた個人では抗えぬ道のことだ。

 魔法少女たちは、願いを叶えるために祈り捧げ、魔女と戦い続ける運命が定められる。

 しかし、それは自らが選択し、受け入れた運命だ。選ばないという選択肢もなかったわけではない。

 さて、自分の意思を以てして選んだ運命は果たして、本当に自分の意思によるものだっただろうか。そこには何かもっと別の大きく強い力が働いてはいなかっただろうか。

 さも物語の脚本ように作者の意思によって、話の展開が決まっていて。

 世界が作られていて。

 個人(キャラクター)の考えが生まれていて。

 全ての事象は予め、歴史(プロット)によって定められており、それに沿って時間が流れていく。

 まさしく、人の身では覆すことの出来ぬ運命であろう。これこそが人の越えらぬ限界だ。

 世界中が君を待っている? 否である。それは世界からの強制に他ならないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 銭湯とは飛鳥レイにとっての楽園である。

 汗を流し、肉体を綺麗にする。

 髪を洗い、艶を与える。

 湯船に浸かって、心を落ち着ける。

 そう。日々の至福とはここにあるのだ。

 

「……だというのに、君はどこにでも現れるな」

 

『お邪魔だったかい?』

 

「……」

 

 あえて答えてやらない。

 またか、と思うところがあるからだ。

 ふと思い返せば、キュゥべえと会うのはお風呂場が多い気がする。これは、

 

「もしかして、キュゥべえはスケベなの?」

 

『それには誠に遺憾であると言わざるをえないよ」

 

 そんなふうに思われても仕方ないだろう。

 小動物のくせに、お風呂場によく出没する。なぜだろうか……身体を綺麗にするならば、公園の噴水でもいいと思う。

 そもそもだが、この生物は美意識のようなものがあるのか。

 でもだ。久しぶりに会うキュゥべえから変な臭いがするというのも、なんとなく嫌だな。

 

「いやー、銭湯によく来るのってさ、女の子を品定めでしてるのかなーって」

 

『君がよく通っているから、ここに来れば会えるだろうと思っての事なんだけど』

 

 なんやかんやでその見た目は可愛いのだ。女の子に警戒心を抱かせずに取り入ることなんて簡単だろう。裏では、『この見た目も戦略のうちさ、実に容易かったよ』とか言っていそうである。。

 

「でも、普通の人からさ、キュゥべえの姿って見えないよね」

 

『どうやらレイは、ボクのことをどうしてもスケベで変態であると言いたいらしい』

 

「そんなに機嫌を損ねないでよー」

 

 誰にも気づかれないのであれば、完全犯罪し放題である。やっていることは、女湯を覗くという行為ではあるが。

 でも、そろそろキュゥべえが不満だー! と怒ってきそうではある。

 レイは本気でキュゥべえがそんなことをするようなやつだとは思っていない。一応。

 

『話は今度にして、帰ろうかとも考えたよ』

 

「んー、なに話ってー?」

 

『君の特異性についてさ』

 

 ピンとこないレイ。

 はて、自分はそんなに他の子と違って変だろうか。

 

『まったく思い当たる節がないような顔をしているね』

 

「うん。そんな思い当たることなんて、何一つないからねー」

 

 これといって特筆すべきことはないはずだ。

 レイは魔法少女として祈りを捧げ、魔女との戦いの運命を受け入れた。それは他のどの魔法少女とも同じ。

 いや、自分の縄張りを持たず、旅をしているというのは通常の枠には当てはまらないのかもしない。

 

『それはね、君の魔法少女としての才能についてだ』

 

「魔法少女としての才能……?」

 

『ああ。君のそれは到底ありえないほどのものだよ』

 

 キュゥべえは語る。魔法少女とはどういうものなのかを。

 

『生まれながらにして持っている運命。それが魔法少女の素質に大きく関わっている。才能と言ったのはそういうことさ。

 しかし、君の場合はある時期からそれが跳ね上がった』

 

「それは僕が魔法少女になったからじゃないの」

 

『運命とはそうそう大きく変動したりするものじゃない。たかだか八十年やそこらしか生命としての活動を維持できない人間が簡単に操れるものではないんだ』

 

 きつく絡み合った糸が簡単には解けないように、時間を掛けても無理なものは無理なのだ。

 

『レイ。ボクが魔法少女を選ぶ理由はね。その素質がある人間……さっき説明した通り、背負う運命を見定め、その大小をもって勧誘する。だから、君の背負う運命を見込んで声を掛けたんだ」

 

「でも、それが大きく変化してしまった、と」

 

『ああ。これほどまでの因果が一人の人間に集約するとは思えないほどにね』

 

 飛鳥レイの人生は平凡ではないものの、非凡でもない。

 両親を知らず、孤児院に預けられ、父親代わりの三船大地という男に育てられた。ただそれだけだ。

 幼少期に友達を失って、魔法少女となって、今がある。

 ちょっと魔法少女歴が長いだけの女の子。それがレイの自分の評である。

 

『いつだったか。君がふさぎ込むのをやめた前後にその兆しが見られた。何かなかったかい?』

 

「……」

 

 とある青年との出会いがあった。そして、立ち直ることができた。

 もしかすると、その出会いが理由なのか。

 

「んー、わからないなー」

 

 レイに確信があるわけではない。確かなことは答えられない。

 あの状況を表すのなら、知らない男の人に声を掛けられて、運命が変わるのであれば、年頃の女の子はみんな魔法少女になっている。まさにナンパ男様様である。今頃、溢れかえてしまっているのではないか。

 しかし、キュゥべえの話が本当であれば、生まれた時に決まっているものを、そんな偶然が人の運命に何かをもたらすのであろうか。謎である。

 

「さぁてね。まぁ、色んな縁があるんじゃないかなー。人生ってそういうのが折り重なって、絡まりあって、繋がってるんだよ」

 

 偶然と必然。

 自由と運命。

 これまでとこれから。

 ずっと繋がっている。

 

『そうかい。レイ、君の価値観は実に参考になったよ。僕たちにはなかった考え方だ』

 

 レイは仰々しく、それはどうもーと答えた。

 言葉を続ける。

 

「うん、出会いってやつは等しく素晴らしいものだ。善し悪しはあれど、かけがえのないものであるってね。

 父親代わりの人から教えて貰ったことだけど、わりと納得できるところがあるんだー」

 

『ふむ、なるほどね。君は大いにその人物からの影響を受けているようだ』

 

「なんか恥ずかしいというか、照れるというか」

 

 よく笑うあの男の顔を思い出し、変に暑くなる。

 言葉とは、教えとは、親から子へ引き継がれていくものなのだろう。人格の形成に大きく影響を与えられてしまっている。それでも、彼の語った言葉をレイが好ましく思ったから、受け入れて、成長してきた。

 

「だったら、レイ。君にとって僕との出会いは良きものだったかい? それとも悪いものだったかい?」

 

「怪しさ満点の怪生物との出会い?」

 

『レイはボクに対して辛辣なんだね』

 

 知っているとも! とキュゥべえはそっぽを向く。

 触ってみたら、ふわふわな感じとか特にずるい。仕草だけを取ってみても、相変わらずかわいい生物なのである。

 

「ごめんごめん。でも、ありがとうって思うところはあるよ」

 

『ほんとうかい』

 

「うそ」

 

『君という人間は、まったく……』

 

 笑っているレイを見て、やれやれというふうに首を振るキュゥべえ。

 

「冗談だって気づいてるくせにタチが悪いなー」

 

『そう思っているのなら、ボクを舞台の悪役のように仕立て上げるのはやめてくれないかい』

 

 こう見えて彼女とキュゥべえの付き合いは相当長い。

 つまり、互いのことを知るからこそのやり取りだった。

 

「今の僕があるのは、色んな人のおかげだからさ。そこにはもちろんキュゥべえもいる。だから感謝してるよ」

 

『……ふむ。それじゃあ、ボクは行くよ。リラックス中に失礼したね』

 

「いや、正直に思いの丈を語ったっていうのに、反応、軽いな!」

 

 背を向けて四本の脚で歩き出すキュゥべえ。

 彼は振り返って答えた。

 

『ボクが君の言葉に感動している姿を見たら、気味悪がるだろう?』

 

「うん」

 

『だからさ』

 

 即答であった。

 想像するだけで、ちょっと薄気味悪い。互いが互いの性格をよく分かっていた。

 

「じゃあね。あ、あとそれから、今度からお風呂入ってるタイミングを狙ってくるのはやめてちょーだい」

 

『わかったよ。善処しよう』

 

 絶対にまた次も同じことを繰り返すやつのセリフだった。

 この生物にプライベートを邪魔するなという常識を説いても、『言われなかったからさ!』だとか変わらない表情で口にするであろうから追及することはしまい。

 

「あー、冷たいシャワーでも浴びて、もっかい浸かろ」

 

 銭湯の気持ち良さはいつもと変わらないものの、もう少し一人でボーッとしていたい。レイはそういう時間も大事にしているし、好きなのである。

 キュゥべえと喋るのが嫌いというわけではない。しかし、身体が休まるかと言えば、それは違うのである。

 会社でいう上司とのやりとりのようなものだ。妙に気が張ってしまう。

 レイは働いたことはない。でも、そういうイメージが彼女の中にはある。打ち解けてはいるが、契約を交わした以上、立場はキュゥべえの方が上みたいな。

 そうして、溜息を一つ。レイは湯船から上がった。

 

 

 

 

 

 

 やはり、飛鳥レイという個体は異常である。

 これまで続く長い魔法少女の歴史を鑑みても、あれは条理(ルール)から逸脱している。

 

 第一に、あの背負う運命の膨大さだ。

 文明を築き、一時代を作った者と同程度の量。

 過去において、時代が大きく動く機会が多かった頃ならば、まだありえただろう。しかし、この二十一世紀において、時代が動くことなぞそうそう起こりえない。

 飛鳥レイが社会そのものの変革を起こすような人間であるとも考えにくい。

 

 第二に、ソウルジェムの穢れについてだ。

 通常、魔法少女のソウルジェムとは魔法を行使することによって穢れをため込んでいく。あるいは、負の感情によっても穢れを増長させる。

 だが、これまで飛鳥レイのソウルジェムが大きく穢れをため込んだことはない。これはあり得ないことなのだ。

 絶対に少なからずの穢れが発生し、グリーフシードによる浄化を試みなければならない。

 しかし、レイはこれまでほとんどグリーフシードを使用したことがない。だというのに、水晶のような輝きを灯し続けている。

 

『レイ、君という存在は実にボクたちの興味を惹く』

 

 ――異端者(イレギュラー)

 おそらく彼女からのエネルギー回収率は素晴らしいものに違いない。ノルマがあるとするならば、それを容易くクリアするほどの量を回収できるだろう。

 

『これからも観察が必要だ』

 

 キュゥべえ――インキュベーターと呼ばれるものたち。

 彼らの目指す目的のための行動原理。

 それは宇宙のために■■を生み出すもの。

 

 

 

 

 

 

――見滝原市、デパート。

 

 学校に通っていない佐倉杏子にとっては縁遠いものだが、知り合いはそうでもない。学校に行っている者もいる。

 巴マミがそうだ。今も見滝原中学の三年生として学校に通っている。飛鳥レイはふらふらと町の銭湯にぶらついているが。

 

 出会いというものは突然に。偶然に起こりうるのだ。

 たまたま遅刻してしまった時であったり、普段とは帰り道を変えてみた時であったり、こうして寄り道をしてしまった時など。

 

「あ、杏子ちゃんだ」

 

 エスカレーターを降りようとしたところ会った。

 

「たしか……鹿目まどか、か」

 

 学校の帰りなのだろう。彼女は制服姿であった。

 風見野から見滝原に来て、知り合った少女。

 初めてマミの自宅で会った時の印象はぽわんとしていて、便りのないやつ。まだ経験も少ない未熟者。そういったふうに思った。

 しかし、二体の魔女との戦いの後、芯のしっかりしたやつだと杏子は考えを改める。

 

(感情が豊かで心の優しいやつ……か)

 

 そんなふうに頭で思って、レイの顔が浮かんだ。

 

「なんで、あいつの顔が出てくるのさ……」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでもない」

 

 フロアに繋がる落下防止のためのガラス張りのフェンスにもたれかかる。

 

「わかった。レイちゃんのこと考えてたでしょ」

 

「おまっ、エスパーかよ」

 

 魔法少女だよ。そうまどかは答えなかった。

 なぜなら、

 

「ねえねえ、この子、まどかの知り合い?」

 

「わたくしたち以外にもこんなかわいい女の子がお友達にいらしたなんて、鹿目さんも隅には置けませんわ」

 

「もう! ただの友達だよ!」

 

 二人の知り合いがいたからである。まどかに遅れる形でエスカレーターを登ってきたようだ。

 快活な水色の髪の少女――美樹さやか。お淑やかな印象の少女――志筑仁美という。

 見てみるに、彼女たちとまどかは親しい間柄のようだ。

 

「なんか、レイに似てるやつだな。アンタ」

 

「レイ? 誰それ?」

 

「アタシのダチさ」

 

「……言われてみれば、そうかも」

 

「へえ、さやかさんに似ているんですね」

 

「この場にいない、しかも知らない人の話題で盛り上がるなー!」

 

 快活で、短い髪。ヘアピンをしている。

 杏子は思っていたよりも共通点が多いことに気づく。

 

「騒がしいとこも似てるな」

 

「初対面の人に騒がしいって言われた!?」

 

「そういうところですわよ」

 

「そういうとこだねー」

 

「みんなあたしの敵だぁ~あ~」

 

 レイと会えば、一分もしないうちに意気投合してしまいそうだなぁと思う。

 

「いきなりで、悪かった。アタシは佐倉杏子。よろしくな」

 

「失礼な人かと思ったけど、そうじゃなかった……」

 

「それが失礼にあたると思いますが……わたくしは志筑仁美と申します。よろしくお願いいたします」

 

「あー、あたし美樹さやか。よろしくー」

 

 そんなありきたりな挨拶を交わす。

 彼女たちとのひと段落が着いた時、まどかが杏子に話しかける。

 

「杏子ちゃんはどうしてここに」

 

「アタシはこれからマミのやつと約束があってだな」

 

「じゃあ、レイちゃんは?」

 

「いや、以前に追いかけていた魔女……」

 

「魔女? ねえ、魔女ってなに?」

 

「い、いやっ、それはだなぁ……」

 

 一般人のいる前で口を滑らせてしまい、汗が吹き出る。

 

(しまった)

 

 最近まで魔法少女以外の人間とあまりにも関わる機会がなかったから油断していた。これも杏子を取り巻く環境が変わってきているからのだが、本人はあまり気が付いていない。

 ゆえに起こってしまったミスだった。

 

「ね! ゲームの話だよね、杏子ちゃん」

 

「げーむ……? そう、ゲームの話だな!」

 

「なんだ、ゲームかぁ。真面目な雰囲気で言うもんだから、本当にいるのかと思ったじゃんー」

 

「アハハハ」

 

 話を合わせてなんとか乗り切った。

 ナイスだ、まどか。と杏子が視線を送ると、まどかはチラッとだけこちらを見て、背中の後ろでサムズアップした。

 わりとノリが良いやつなのだろうか。今は置いておこう。

 

「じゃあ、杏子さんはゲームがお好きなのですね」

 

「いや、別にそういうわけじゃないんだけど」

 

「え?」

 

「違うよ! 杏子ちゃんじゃなくって、マミさんがびっくりするくらいゲーム廃人なんだよね。ね! 杏子ちゃんっ!」

 

「ハイジン……? まあ、そうだな」

 

 まどかは背中の後ろでサムズアップした。

 

「えー、廃人に付き合わされてるのー。大変だね、アンタも」

 

「んー、そうだな……」

 

 マミへの変な誤解が生まれていたが、誤解であることに杏子は気づかない。悲しい誤解である。

 

「あちゃー」

 

「まどかさん、どうかしたのですか」

 

「いやっ、なんでもっ」

 

 まどかは見ないことにする。

 一度生まれてしまった誤解を解くのは、少女には難しいのだ。

 さやかとひとみは知り合ってもいないが、巴マミの先輩としての威厳はきっと地に落ちていた。

 きっと出会わないであろうから、何も問題はないはずと自分に言い聞かせるようだ。

 杏子の目に大きな柱時計が映る。

 

「じゃあ、そろそろ時間だし、アタシは行くよ」

 

 マミとの約束の時間に近づいていた。ここでずっとあまり油を売っているわけにはいかない。

 

「そうだ。また、お茶でもしようね。杏子ちゃん」

 

「お、おう……」

 

 杏子はまどかが親しく接してくれると思わず、妙に照れる。

 レイとはまた違った居心地の良さがあった。

 

「ねえねえ、あたしとも、今度あそぼーよ」

 

「そうですわね。では今度は、そのレイさんという方も誘って」

 

「お、いいねー。それアリかも!」

 

「そうだな」

 

 心がくすぐったくて笑みがこぼれてしまう。

 自分がこんなふうに笑うなんて不思議な感じだ。

 学校に通っていたら、自分にもこんな今があったのだろうか。そんな考えが頭に浮かんだ。

 いや、考えても無駄だ。杏子の人生はあの時に、魔法少女になった時に止まってしまっている。

 

「まあ、暇になったら、こっちから声を掛けるさ」

 

 過去を振り返っても仕方がない。

 今は今で充実している。それでいい。

 

「またなー」

 

 そうして、杏子は彼女たちに別れを告げてマミとの約束の場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 飛鳥レイは巴マミの自宅へと招待されていた。

 なんでも新しい魔女について話があるとか。

 学校の授業が終わった頃にマミの家に来いと伝えられて、こうしてマンションの前にまでやってきている。

 ピンポーン、とインターホン。

 すぐに「開けるわ」とマミの声が聞こえ、ドアのロックが解除される。

 自動ドアを抜け、エレベーターを使い、部屋へと到達。中に招かれた。

 

「いらっしゃい」

 

「おせーぞ、レイ」

 

「おじゃましまーす。と、杏子はすでに寛いでいる……」

 

 杏子が頭だけで振り返り、言葉をかけてきた。

 どうやら、レイが最後に来たらしい。彼女はソファに腰掛け、既にゆったりとしている。

 マミは用意してくれていたのであろう紅茶をカップに注ぎ、テーブルの上に置いてくれた。

 

「はい、どうぞ」

 

「マミ、ありがとー!」

 

「さて、メンツも揃ったことだし、さっさと始めちゃわないかい」

 

「まどかはいいの?」

 

「経験のまだ浅いあの子は今回は不参加よ。キュゥべえ曰く、今回の魔女は手強いらしいの」

 

「あいつが絡んでいるのか……」

 

 ろくなことにならないだろう、と予想が簡単につく。

 最近で言えば、たしか結界に魔女が同時に二体出現した時だ。あの時も、警告を受けていた。だから、万全を期して、決して一人では突っ走らず、杏子と共に見滝原の地までやってきていたのであった。

 でも、杏子の脚が早すぎて遅れてしまったのではあったが。

 

「見たところ、標的は魔女っぽくない魔女だったぞ」

 

「え。杏子、戦ってきたの?」

 

「ちょっかいかけて、帰ってきただけさ」

 

 そんな知り合いのバイト先に寄って、作業の邪魔をしてきたみたいな。きっと魔女にとってもはた迷惑でしかなかっただろう。

 

「それであの時、駆けつけるのが遅くなってしまったの」

 

「だから、珍しく二人で行動していたのか」

 

 先日の一件だ。

 ほむらに取り憑いた魔女と交戦していた際の救援要請をした時の事。

 マミに連絡したところ、杏子もその場にいたのだ。一緒にいた理由がキュゥべえから警告された魔女の結界にでも入っている時だったのだろう。

 

「で、魔女の特徴だが、体についている金属みたいなやつをブーメランにして攻撃してきたな。しかも、その金属は色んな形に変えることが出来るみてぇで、厄介極まりないって感じだ」

 

「そうね。佐倉さんの主観に私の考えを足すならば、変幻自在の攻撃ということはブーメランのような投擲武器以外にも何か作れるはずよ。例えば、拘束具なんかを作って、魔法少女を動けなくするなんかされてしまうと、一貫の終わりだと思ったわ」

 

「鋼鉄の檻とかに閉じ込められてしまえば、そこから脱出するのは難しいね」

 

「だなー。となると、近接主体のアタシらよりも、遠距離から攻撃できる鹿目まどかを呼んでおいた方がいいんじゃねぇか?」

 

「いえ、金属の身体を持つということは、並大抵の攻撃では意味がないと思うわ」

 

「矢で、金属の魔女を貫くのは難しいってことだね」

 

 マミはレイの言葉に頷いて答える。

 彼女の実力を低く見積もっているわけではない。魔法少女になって二週間やそこらだが、まどかはよくやっている。強い魔法少女だ。

 しかし、経験という、これまで魔女と戦い続けてきた魔法少女としての時間だけはどうにもならない。

 機転が利くというのは、これまでで大きな困難にぶつかったことから、それを乗り越えるための方法を知っているということだ。天才であれば、やってのけることもあるだろう。

 それでも、その困難を数多く乗り越えてきたからこそ、今を生きることが出来ている。

 飛鳥レイ、巴マミ、佐倉杏子。この三人の魔法少女はただそれだけで強い。

 

「だったら、銃弾でやっちまうってのもいけるのかい? 傷つけるのが関の山だろう」

 

 杏子の疑問は当然だ。

 硬く厚い金属を貫くなんてスナイパーライフルでもなければ、表面をへこませる程度しかいかないだろう。マミの武器は単発のマスケット銃だ。これでは火力が圧倒的に足りない。

 

「ええ。だから、私は支援の方に回るわ。主に敵の攻撃に対して、リボンでの防御することとかね」

 

「リボンも要は使い方ってわけさね」

 

 ブーメランの重い一投から仲間を守るための人員。

 リボンで受け止めることや、搦めとってしまうことも可能だろう。そして、これはレイの考えだが、マミの必殺技であるティロ・フィナーレなら打点に繋がるようにも思える。

 

「ええ。だからアタッカーはあなた達よ。特に打撃による衝撃なら、金属の身体にもダメージが通りやすいと思うの」

 

「なら、アタシはレイが攻撃しやすいようにするためのサポートってワケだな。了解~」

 

「僕も了解―。なんとかなると思うけれど、キュゥべえがわざわざ言ってきたくらいだからね。いつも以上に気をつけないと」

 

「そんなに心配することか?」

 

「だって何考えているか、分からないじゃん……」

 

 あー、というマミと杏子の声が重なる。

 やはり、思うところはあるのだ。魔法少女になった以上、あの怪生物に対しては。

 そうして作戦会議は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、このケーキ美味しいな」

 

「わかる!ちょー、うめぇよな」

 

 まさしくティータイム。穏やかに流れる時間に、美味しいケーキと鼻孔を優しく包む紅茶の香り。

 少女たちが楽しむ理想の形がここにあった。

 

「杏子は甘い系統の方が好きなのー?」

 

「そうだな。酸っぱいのとかよりは断然そっちだな」

 

「なるほど、味覚がお子ちゃまと」

 

「お、なんだい。アタシにケンカでも売ってるのかい?」

 

 杏子の目は挑戦的だ。その奥にはこの状況を楽しんでいることがうかがえた。

 そして、マミが二人に言う。

 

「貴女たち、本当に仲が良いわね。羨ましいわ」

 

 

「そう……?」

 

「まぁ、気性が合うのはあるだろうさ」

 

「一緒に戦ってきたからねー」

 

「そうさね。レイのことは何となくならだいたい分かる」

 

「二人は心が通じ合えるような仲……」

 

「それは大袈裟だな」

 

「大袈裟だねー」

 

 息ぴったりではないか。

 レイと杏子には、戦いの中で紡いだ絆があった。確かな絆がここにはあるのである。

 他人の頭の中なんて分かるわけが無い。それでも何となくで察せるものがある。同じ時間を過ごした者同士だけが感じ取れるものがあるのだ。

 

「だったら、戦友のようなものかしら」

 

「そんな感じじゃねぇか」

 

「う、僕は親友だと思っていたのに。ひどいよ杏子!」

 

「あー、めんどくせぇ」

 

 彼女のことだ。嫌がる素振りは見せているものの、本気ではない。

 悲しがってみせたレイは直ぐに復活して、話を戻した。

 

「僕と杏子が親友であるかどうかはともかくとして、マミと杏子はけっこう仲良しだろ?」

 

 マミと杏子はレイの方を驚いた様子で見た。気にせず続ける。

 

「どうしてかしら」

 

「うーん。事実と違っていたら申し訳ないんだけど、親しげに話をしたり、行動したりするくせにお互いがお互いに深く踏み込もうとしない。

僕が見た限り、僕と杏子より、よっぽど親しい間柄だと思うんだけど、ねえ、何かあったの?」

 

「レイさん。貴女、鋭いわね」

 

「まぁね。孤児院で色んな子の面倒見てたし」

 

「孤児院?」

 

「そう……孤児院」

 

 逡巡した。

 今、それを語る必要はきっとない。けれども、すぐに決めてしまう。

 レイはマミと杏子の知らない自身の過去について語り始めた。

 自分がどういうふうに育ってきたのかを。

 

「幼少期に保護される形で孤児院に入って育てられた。そこでは僕と同じような境遇の子達がいっぱいいてさ。いっぱい友達が出来たような感覚だったよ」

 

 そういえば、最近もこんな話をほむらにしたっけなー、と思い返す。

 

「孤児院に来る子たちは全員が訳アリの子だ。年長になるにつれ、みんなの面倒を見ることが多くなってきてさ。

すると、その子たちが何を考えてるのか、どういう関係性なのかとか分かってくるようになったんだ」

 

 事故で両親を亡くしてしまった子。

 親に捨てられてしまった子。

 虐待を受けて親と暮らせなくなってしまった子。

 あそこには、様々な理由があった。そうして独りになってしまった子たちが集うのだ。

 だが、この孤児院ではみんなが家族だった。たとえ、血の繋がりはなかったとしても。

 

「毎日ケンカばっかりだった。些細なことで殴ったり蹴ったり、泣いたり、塞ぎ込んだり、家出したり。

でも、そんな子たちと僕は家族になった。孤児院が僕たちの家だったから。あそこに帰れば、みんながいたんだ」

 

 レイは話がズレてしまった、と戻そうとする。

 

「あー、ともかくだよ。二人は相手に遠慮しないで仲良くしようとすればいいんだー!

 喧嘩とかしてたなら謝る!お互いが遠慮し合うからぎこちなく見えるのさ。思い切って、ほらっ、勇気を出せー!」

 

 他人の人間関係に口を出すのは難しい問題だ。一つ間違えれば、これまで以上に関係性がこじれてしまう可能性もあれば、その原因を作った自分が嫌われてしまうことになってしまう。

 彼女たちのために出来ることは、背中を押すことだけ。あとは当人たちの問題だ。レイには関係ない。

 いや、関係がないわけでは無い。マミも杏子も大切な仲間だ。それがギスギスしてるのはあまり嬉しくない。みんなが仲良くしていてほしい。

 そんな子供っぽい理由。そんな理由で行動するのが飛鳥レイという少女だった。

 

「えっと、いや、だから、その……っ!」

 

「……厚かましいやつだな、ホント」

 

 必死だったレイに、杏子は遠ざけるように口にする。

「そんなことレイに言われるまでもなく、分かっているさ。」

 

「う、ごめん。杏子」

 

「だいたい、アンタが首を突っ込む必要なんてないのさ。それで勝手に落ち込まれると、それはそれで迷惑だ。

 これはアタシとマミの問題だからな」

 

 過去にすれ違いがあった。

 佐倉杏子にとってみれば、ただそれだけであり、気に留めていても仕方のない過ぎた日々だ。

 感傷に浸ることもあるだろう。思うところがないわけではない。しかし、当時の自分には受け入れ難い現実と、それによって起きた考え方の変化があった。だから、巴マミとの衝突は避けられなかった。

 

 ――魔法少女の数だけの正義がある。

 

 自分のために生きるか、他人のために生きるか。

 そんな些細な、されど、両者が譲らなかった在り方。

 

「そうね、いつか仲直りしましょ。佐倉さん」

 

 もう一度、歩み寄ろうとするのも一つの在り方。

 

「ケッ、アタシはアタシの信じるものを信じているだけさ。それでぶつかることがあるってんなら、矛を交えればいいだけだ」

 

「私はあんまり野蛮なのは好まないのだけれど」

 

「野蛮で悪かったな」

 

「あら、気を悪くさせちゃったかしら」

 

 そっぽを向く杏子。

 マミは小首を傾げる。

 意地らしい。狙ってやっているのだろう。小悪魔のようである。

 そんな中でずっと不安だったことがレイにあった。

 

「……あのさ、二人は幻滅してない?」

 

「……?」

 

「なんでさ?」

 

「いや、不快じゃなかったかなーって……」

 

 レイの心配事を聞き、心底呆れたような顔をする杏子。

 

「はぁ、あのな。レイがアタシたちのためを思って言ってくれたことで、お前のことを嫌いになったりするわけねえだろ。

 鬱陶しいとか、ウゼェって思うことはあるかもしれない。でも、今までのことがなくなったりするわけじゃない」

 

「一度築いてしまった絆って案外、そう易々とは断ち切れないものなのよ」

 

「そういうこった」

 

「杏子、マミ……」

 

 元気づけるのは自分の役割だったというのに、気が付けば元気づけられてしまっていた。

 レイの心に不安はもうない。

 

「ありがと……」

 

「どういたしましてだ」

 

「ええ。こちらこそ」

 

 この場の全員に相手への感謝があった。

 レイは仲間を傷つけて失うことの恐怖を失うことはないという安心に変えられ、杏子とマミは二人の関係性がより良い方向へ一歩踏み出すためのきっかけができた。

 照れくさい気持ちはある。

 それでも、しっかりと言葉にして相手に伝えることができた。それが当たり前だけど、とても大事なこと。

 

「それじゃあ、あらためて、明日に魔女の討伐を開始するので時間には遅れないように」

 

「はーい」

 

「ほーい」

 

 長くなった作戦会議が終了した。

 

 

 

 

 

 

 ――魔女結界。

 そこは一面の荒野のようであった。

 朽ち果てた送電塔だけが倒れ、転がっている。潰れてしまった発電所の跡地のようにも思える。そこに魔女の根城がある。

 

「見えてきたわよ」

 

「ご対面だ」

 

「さ、気を引き締めていこー」

 

 マミはマスケット銃を自身の周囲に突き刺さるように召喚し、

 杏子は多節昆の槍を取り出し、

 レイは籠手(ガントレット)を装着する。

 

 魔法少女たちが戦闘態勢に入るのと同時に荒野に風が吹きすさぶ。

 魔女のお出ましである。

 マミと杏子から聞いていた通りの容姿だ。金属の身体を持つ魔女。魔女とは似つかわしくない魔女。

 異形の騎士のようにも思える姿だ。武器を持ち、二足で立つ。

 

「確かに強そうー」

 

「それじゃあ、前衛はアタシとレイに任せな。マミ、アンタは援護よろしく」

 

「ええ、分かってるわ」

 

 レイは杏子と視線を交わし、手筈通りに動く。

 魔力を拳に籠める。

 戦闘において、備えることは命を落とさないための必要条件である。彼女の場合は、籠手に魔力を籠めておくことで防御にも、攻撃を撃ち合った時に力負けを回避するためでもある。

 生きるための努力を惜しむべからず。それが飛鳥レイの心情だ。

 

 ――先手必勝という言葉がある。

 

「――ワイド」

 

 籠めた魔力に、さらに籠めていく。

 それはそのまま光のエネルギーへと変換された。

 

「シュート――!」

 

 これは相手に何もさせずに勝つという意味でもある――

 

 様子見ではるが、加減などするものか。

 レイは殺すつもりで光線を放つ。初撃で殺しきるつもりで撃つ。

 その光に魔女が呼応した。

 

「何っ!?」

 

 エネルギーの全てが吸い込まれていく。放つ腕から光が抜けていくように吸い出されていく。

 これはまずい。

 

「杏子!」

 

「まったく、なにやってんのさ」

 

 レイのミスを杏子が槍を振り下ろすだけで帳消しにした。

 彼女は切り裂いたのだ、光線を。

 レイと魔女を繋いでいた光線が途切れたことで撃ち止める。これ以上は本当に危ないところであった。

 杏子が自分のところにまでやってきてくれる。

 

「なにがどうなってんのさ」

 

「わかんない。けど、魔力を全部持っていかれるところだった」

 

「なんだって」

 

 これでは魔女を倒しきるなんて不可能だ。

 予想では、おそらく光に対しての特効を持っている。加えて、それを吸収することで自分の力に変えることもやってのけるかもしれない。

 まさに、対飛鳥レイのための魔女と言っても過言ではない。

 銀の姿以外であっても、その根底にある魔法の属性は()だ。いかに炎に変換しようとも吸いつくされてしまう。下手を打てば、敵をより強力にしてしまいかねない。

 

「僕に出来るのは、直接殴るくらいしかできないぞ」

 

「そいつぁ、まずいことになっちまったねぇ」

 

 魔力で膂力を上げて、拳を撃ちこみ、ダメージを与える。そのくらいのことしか成せない。

 この戦いにおいて、レイは完全にお荷物と化していた。

 

『魔力カラ解析完了。

 データベースヨリ照合開始。

 完了。

 コレヨリ、コピー開始シマス』

 

「コピーだと……」

 

 以前、暁美ほむらが魔女に取り憑かれたことがあった。

 その時、魔女は彼女の心に巣食い、全てを見抜いていた。

 見抜くとは、解析すること。人間を情報として閲覧すること。

 そうして、悪夢の魔女は少女の姿を形作り、言葉まで発せた。意思の疎通まで可能だった。

 その魔女と魔法少女は対峙した。

 対峙したということは情報を抜き取られてしまう危険性があったということ。

 

『形成ヲ開始シマス。

 三、

 二、

 一、

 完了』

 

 金属の身体がぐねぐねと歪曲を始める。

 人間とはかけ離れていたサイズが、人間と同じサイズへと変化を遂げていく。

 そうして、黒い少女の姿へ。

 

「おい、レイ! あれって、まさか!」

 

「そんな、そんなのって……」

 

 レイはそれの誕生を眺めていることしか出来なかった

 

 飛鳥レイによって倒された魔女は亡霊(クリシスゴースト)として、情報を手に入れ、仲間へと明け渡す。

 ここからが本当の悪夢だった。

 

『やあ、初めましてだね。忠実に再現したから完璧だとは思うけれどー』

 

 それは、自らの姿を嘗め回すように見る。

 スカートを揺らめかせながら、容姿を確認する姿はさながら快活な少女そのもの。

 

「レイと同じ姿」

 

「黒いレイさん……?」

 

 銀を基調とした魔法少女が飛鳥レイだとすれば、彼女を象って生まれたそれは、黒を基調とした魔法少女である。

 その存在の証明をオリジナルが許すわけにはいかない。

 

「く……そっ!」

 

 光線を抜き撃つ。

 今のレイは冷静さを欠いていた。

 普段であれば、予想の範疇を超える問題が発生したとしても、その分析を怠ることはないのが彼女だ。それが明らかに焦りを見せていた。動揺が大きすぎたのだ。

 

『あーあ。そんなことしちゃうと全部――貰っちゃうよ』

 

 黒いレイが光線に掌を合わせるように腕を上げた。

 敵の狙いはもちろん、レイの魔力の奪取である。

 

「ぐっ……くっ!」

 

『ほらほら、もっとだよー』

 

 不意を突くことすら敵わなかった。

 それも当然だ。相手は自分自身そのもの。自分の考えなんて、最初から見抜かれている。それに同じ思考に至る以上、裏をかくことも不可能。

 光線を撃ったのは間違いなく失敗だった。

 

「くそぉぉぉぉぉ!」

 

「バカ野郎っ」

 

「レイさん!」

 

 杏子が乱入し、マミがレイに抱き着く形で退避に成功する。

 彼女の本気の一振りは光線を吹き飛ばし、滅させる。凄まじい気迫が成した結果だった。

 

『さすがだねー、佐倉杏子。僕が信頼を置くだけはあるよー』

 

「レイの顔で気安く話しかけんじゃねぇよ」

 

『ちぇー。辛辣だなー、佐倉杏子は』

 

 黒いレイへの警戒を強めながら、レイに駆け寄る杏子。

 マミはもう介抱を始めていた。

 

「おい、大丈夫かよ」

 

「レイさん……」

 

 レイは弱々しくも、黒い自分を睨む。

 

『君のコレ、ありがたく頂くよ』

 

 黒い彼女がそう言うと、変身が解けてしまった。

 自分の意思とは反し、ブレスレットからソウルジェムが排出される。

 

「な、待て……」

 

 腕を伸ばす。

 腕を伸ばす。

 腕を伸ばす。

 ――届かない。

 それは直線で向こうへと遠ざかっていき、奪われてしまう。

 

『これは君たちの魂にあたる部分だ。それが全く同じ肉体に引かれないはずがないだろう。これで()()のものだよ』

 

 魔女は黒を基調としたものから、そこに銀のラインを加えた美しい姿へと変わる。

 もはや、怪物ではなく、魔女でもなく、それは魔法少女だった。

 

『素晴らしい。素晴らしいよ、レイー。君の力はなんて希望に満ち溢れているんだ!』

 

 新しいものを肌に馴染ませるように、ソウルジェムを撫でている。

 黒いレイは恍惚とした顔で、喜びを満期していた。だからだろう、

 

「逃げるわよ」

 

 追い詰められていた魔法少女たちの状況の判断は早かった。

 マミが動けないレイを背負い、杏子が魔女の結界を突破する。それに黒いレイが対応できない。

 すぐに脱出を試み、行動に移す。

 こうして抜けているところがあるのも、飛鳥レイに似通っている部分がある。だとしても、ソウルジェムを肉体に定着させるために追撃してくることはないだろう。

 逃走は成功した。

 

「二人とも、僕のせいで……ごめん」

 

「謝ってんじゃねえ。今は休んで回復に努めろ」

 

「そうよ、レイさん。あらためて、(うち)で作戦の練り直しよ」

 

「ありが……と……」

 

 おぶられながら、今後のことを考える。涙を流しているだけでは何も解決しない。

 レイはマミの背中で顔を隠す。ちょっと恥ずかしい思いがあって、そして、そのま、ま意、識、が、遠くな、って。

 

「次はアタシらだけじゃなくって、まどかのやつにも手伝ってもらおう。うん、それがいいな」

 

「そうね。仲間外れにしちゃったこと謝らないと」

 

「……」

 

「そうだな。しかし、あいつがレイの力を手に入れたってなると相当厄介だぞ」

 

「魔女と戦うのではなく、魔法少女同士の戦いのようになるわね」

 

「……」

 

「なあ、レイ。……レイ?」

 

「レイさん……?」

 

 彼女の反応が無い。

 いつもならば、すぐにふざけ出すはずなのにどうして。魔力が欠乏してしまって、眠ってしまったのか。

 

「まさかっ」

 

 おかしいと感じた杏子が背負われているレイの首に手を当てる。

 嫌な直観だった。だからこそ、脈を測った。

 

「どういうことだ、おい。コイツ……死んでるじゃねえか」

 

 飛鳥レイの心臓は止まっている。

 少女はすでに運命の果てに到達していた。

 






難産でした。時間が空いてしまって申し訳ないです。
再放送していたまどマギがもう終わっちゃいましたね。悲しい。

そんなわけで、今回の怪獣はウルトラマンガイアより金属生命体ミーモス・電子生命体クリシスゴースト。

クリシスゴーストが保管されていたアパテーとアルギュロスの破片を元に融合し、ニセウルトラマンガイアとなった。

そもそもとして、クリシスゴーストとはアルケミースターズのクラウス・エッカルトにより生み出されたコンピューターウイルスの生命体だ。
そのクラウスが怪獣となったのがサタンビゾーである。その怪獣の亡霊はまさに彼のゴーストなのである。ゆえに、飛鳥レイの姿をコピーし、成りかわろうとした。

よかったら、感想ください。


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彼女の輝き



改行が上手くいっていなかったので修正。

いわゆる魔法少女の説明回。

前回のあらすじ、主人公である飛鳥レイのソウルジェムが魔女によって奪われてしまった! 大変だ!です。






 

 ――夜、巴マミの自宅。

 

 なぜ――。

 酷く困惑している。

 殺されたわけでもなく、飛鳥レイは死んだ。

 いったい死んでしまう要素がどこにあったのか。それが不明だった。

 鹿目まどかは彼女の死を知り、悲しみで顔がぐしゃぐしゃになった。

 巴マミは、そんなまどかを慰めながら仲間を失ったことに胸を痛めている。

 佐倉杏子は――

 

『やられたね。まさか、ソウルジェムを狙ってくる魔女が現れるなんて想定外だった』

 

「やっぱ、それが原因だったか」

 

 状況を分析するにレイが死んでしまったのは、魔女に彼女のソウルジェムを奪われたことに起因するのではないかと杏子は推測していた。

 

「佐倉さん、どういうこと?」

 

「魔法少女はそう簡単にくたばったりしねぇ。頑丈にできてるからな。

けど、今回、レイのやつは戦いの中で大きなダメージを負ったわけでもなく、怪我をしたわけでもなく、魔力を奪われたくらいだった。そんなんじゃ、死んだりしねぇよ」

 

 魔法を遠慮なく行使しても、グリーフシードを使うことでソウルジェムの穢れを取り除くことで魔法を再使用できることから、魔力が枯渇してもすぐに死んでしまうことはありえない。

 

「衰弱はしたとしても、あとで何とかなる。加えて、あの時のレイは戦い続けるのもできただろうし」

 

 だからこそ。

 

「不可解なんだよ。なにもかも。マミの背中でアイツがいきなり息を引き取ったこと自体が。

 なあ、キュゥべえ。アンタ、アタシたちに話していないソウルジェム秘密があるんじゃないか?」

 

「えっと、ソウルジェムは、私たちが魔法少女になったときに生まれるものなんだよね。だから、魔法を使うためのものなんじゃないの?」

 

 涙を拭ったまどかが質問する。

 

「鹿目さん。ソウルジェムの使用方法は、魔法少女への変身と魔法の行使よ。そして、魔法を使ったことによって溜まってしまう穢れをグリーフシードによって浄化するの」

 

 ソウルジェムとはそういうもの。

 まどかは、魔法少女になった時に教えてもらったことを再確認する。だからこそ、新たな疑問が生まれた。

 

「じゃあ、なんでソウルジェムには穢れが溜まるんだろ」

 

「それは……」

 

「そこがアタシもずっと引っかかってたのさ。さぁ、教えなよ」

 

 三人の視線がキュゥべえに刺さる。

 

『まったく。仕方ないなー、君たちは。じゃあ、ソウルジェムの事実について話そうじゃないか』

 

 無機質な声色。

 キュゥべえの語る真実は、今まで語らなかっただけのもの。

 聞かれなかったから語る必要のなかっただけのもの。

 隠していたわけではないからこそ、「事実」と彼は言った。

 

『まずはソウルジェムの穢れが溜まってしまう理由についてだね。

それは君たちの魂を代償に行われる現象(魔法)を起こすためのの等価交換さ。

人間には到底行使することの出来ない奇跡を現実にするための対価。それがソウルジェムの穢れさ』

 

「つまり、アタシ達は自分の命を糧に魔法を使ってるってわけかっ!」

 

「騙していたわけね」

 

「そんなのってあんまりだよ……っ!」

 

 必ずこの悪魔は少女たちにこう持ちかける。

 

『何を言ってるのさ。ちゃんとボクは聞いたはずだよ。その祈りに魂をかけられる(・・・・・・・)かい、と』

 

 きちんと話をしている。契約に齟齬があってはならないからだ。

 

『それを承諾して祈りを捧げたのは君たちだ。そんなふうに怒りを露わにするなんて、まったくワケが分からないよ』

 

「……」

 

『さて、話を戻そうか。

 グリーフシードに移している穢れは君たちの魂の負(マイナス)の面だ。正(プラス)の部分が負(マイナス)に変わるとも言える』

 

「魂とは人の心のことか?」

 

『言い換えるのなら、心という意味は狭義では当てはまるね。

 生物である以上、正によって魂は構成されているワケだけれど、それが正の反対である負に変換されるということは君たちにとって良い意味では無い』

 

 キュゥべえは魔法少女になった少女たちに戦い方を教える中で、魂の大部分がマイナスに染まり切らない方法をも伝える。

 戦い続けるためには魔法が必要であり、魔法を使うためにはグリーフシードが必要なのである。

 だからだ。これまでは魔力の消費をグリーフシードの使用によって補填できると思っていた。だが、考えてみればすぐに分かるだろう。消費したものを別のものに移したところで何も変わらない。

 であれば、悪いものを自分から切除するためにそれを使っているのではないかと。

 命を生かすために、手術で内蔵を切り落とすようなもの。身体から膿を出していたのだ。

 

『もちろん、魔法少女としての役目を果たすのさ。そして、彼女たちには新たな役割が生まれる』

 

 嫌な感じだった。

 

『そろそろ気づいたんじゃないかな。ソウルジェムが穢れを溜め込み、完全に染まり切ると、グリーフシードと化す。

 すなわち、君たちは魔女になるのさ』

 

「なにっ!?」

 

「それって!」

 

『この国では、成長途中の女性のことを少女と呼ぶんだろう。だったら、やがて魔女になる君たちのことは魔法少女と呼ぶべきだよね』

 

「だったら、今まで倒してきた魔女たちは人間だったっていうのかよ!」

 

『全部がそうというわけではない。知っての通り、魔女は君たち人間から転じたものもいれば、使い魔から転じるものもいる。だから、一概には言えないのさ』

 

 穢れをため込んだただのグリーフシードが魔女と化すこともある。だとしても、

 

「私たちは、同じように奇跡を願った少女たちをこの手にかけてきたということ……?」

 

『そうなるね』

 

「ひっぐ、うぇ、いっ……」

 

『何を悲しむ必要があるんだい? 彼女たちは君たちにとっては、知りもしない存在だろう。そんな対象に対して、感情を割くこと自体が無駄だとボクは思うんだけれど』

 

「テメェ!」

 

 杏子は思わず、キュゥべえの首根っこを掴んで持ち上げた。

 宙に吊るすようにして睨みつけている。

 正義感の強いマミは自身のしてきたことに対して、苦しみ、憔悴した。相手を思いやる優しいまどかは、悲しみの運命にある魔法少女を想い涙した。

 

『君たちが魔女になる際に生まれる膨大な感情のエネルギーの回収がボクたちの役目なんだ。

 今のレイのソウルジェムは魔女に奪われたままだ。これだとエネルギー回収が出来ない可能性がある。だから、みんなで協力して、レイを助け出そう!』

 

「どの口がっ!」

 

 キュゥべえの目を見た。

 感情の宿らない目。だが、嘘を吐いているようにも思えない目だ。

 だから、きっとこの生物は本気でエネルギー回収のためだけに飛鳥レイの救出を依頼してきている。

 

『包み隠さず、話したというのに何をそんなに怒っているのか……人間とは、やはり不可解な生命だ』

 

「なら、一生不可解なままで構わないさ。理解されたいとも思わないね」

 

 状況を打破するために必要なのは情報である。

 ソウルジェムについての情報は得た。あとは助け出すために。

 

「どうすれば、いい。どうすれば、レイを助けられる……」

 

『さすがだよ、佐倉杏子。君は常に物事を冷静に捉えられる人物だ』

 

「御託はいい、早く教えろ」

 

『助けられるという保証はどこにもない。しかし、事は急がなければならない。なぜなら、今こうしているうちにもレイのソウルジェムは魔女に取り込まれつつあるのだから』

 

 時間との勝負だった。

 飛鳥レイのソウルジェムが魔女に馴染み、完全に取り込まれてしまえば、そこで終わり。本当にレイが死んでしまう

 それは避けなければならなかった。

 

『それにレイ抜きでは、これからやってくるワルプルギスの夜には到底敵わないだろうね。そういった点からも、レイを助け出すことをオススメするよ』

 

 超弩級。災害級の魔女。それがワルプルギスの夜と呼ばれている魔女。

『まあ、それは置いておくとして、ソウルジェムとは君たちそのものだ。通常は肌身離さず、身に着けているだろう。肉体を維持することも、動かすことにも役立っている。しかし、それと身体との距離が大きく離れてしまえば、動かすことも出来なくなる』

 

 ゆえに。

 

『もう一度、レイと魔女が近づき、出会えば、彼女の身体は息を吹き返す。そこからは君たち次第だね。期待しているよ』

 

「なにか、方法はないの!?」

 

『なにせ、前例がないからね。これといった解決策は提示できないな。明確な判断からきた方法でなければ、それこそ君たちの怒りをさらに買うことになる』

 

「そんな……」

 

「――あきらめんな」

 

 言い放った。

 杏子には根拠なぞ、どこにもない。魔女を倒したとしても、レイを助けられるとも限らない。

 分からない。自分には助け出せる自信なんか何もない。

 それでも、彼女(バカ)なら明るく前向きにこんなふうに言うだろう。

 

「アタシたちは魔法少女だ。奇跡を起こすのがアタシたちだろ。だからさ、心配すんな。なんとかなる」

 

 アタシらしくないな、と杏子は思う。

 自分のためにだけ戦うと決めたはずなのに、こうして同じ魔法少女の仲間とつるみ、気づけば、必死になって助けようとしていた。

 そういえば、本人には言ったことはないが、レイのことをダチだと口にしたことがある。

 

「フッ」

 

 たくさんの影響を受けていたみたいだ。それが可笑しくて、笑みが出た。

 

「絶対に助けて見せる」

 

「そうね、くよくよしてても始まらないわ。まだ何も終わってないもの」

 

「そうですね。杏子ちゃんの言う通り、なんとかなる。奇跡だって起こす。レイちゃんを助けて見せる!」

 

 三人の心に火が灯る。

 熱い勇気の火だ。暖かい、光だ。

 

 ――佐倉杏子は友達を助けるために全力だった。

 

 

 

 

 

 

「僕はどうなってしまったのだろう」

 

 意識がはっきりとしない。ぼんやりと、宙を漂っているような感覚だけが脳を支配している。

 レイはその感覚に身を任せていた。。

 

『おい、起きろ! いつまで寝てんだー! おーい』

 

「あと、五分……」

 

 学校に行きたくない子供の台詞である。

 

『変な夢でも見てんのか。じゃあ、必殺のウルトラゼロキックで……』

 

「暴力は反対ですっ!」

 

 飛び起きた。

 寝ている時に蹴られるのは寝覚めが悪すぎる。といいうより、起床が遅れただけで、キックされるのは理不尽だ。

 

「……だれ?」

 

 赤と青と銀の人……人?

 人なのだろうか。二足歩行ではあるが、人間っぽくはない。

 頭には二本の鋭利な、なんだろう。

 

「トサカ……?」

 

『いや、トサカて。これはゼロスラッガーっていうカッコいい武器でだなぁ……イケてるだろ?』

 

「イケてる、イケてるっ。ちょー、センス良いよ!」

 

『だろぉ。やっぱり、分かるやつにはこの良さが分かるんだよなー』

 

「フォルムが何と言ってもカッコいいね。しかも、しっかりと手入れされていてるのもポイント高めだよ」

 

『くぅーー』

 

 握手を交わす。

 二人の顔はどこか満足げだ。

 レイは目の前の謎の生命とすっかり意気投合していた。

 

『久しぶりだな、レイ』

 

「……あれ。どこかで僕とお会いしたことがありまあしたっけ?」

 

 

 レイの記憶の中にはイカしたトサカの知り合いはいない。

 彼はレイの反応を見て、納得のいったように彼は言葉を続けた。

 

 

『そういえば、この姿では今回が初めてだったか。だったら、改めて自己紹介だ。

 俺の名はゼロ。ウルトラマンゼロだ。以前、この星ではモロボシ・シンと名乗ったことがある』

 

「……え、シンくん!? うそ、やだっ、久しぶり!」

 

『三年ぶりだな。そういうお前は、けっこうおっきくなったじゃねえか』

 

「もはや、レディーだよ。レディー」

 

『ない胸のくせに、淑女を名乗るな』

 

 

「まだまだ発展途上だよ!」

 

 

 正確には発育途上。そして、反応は浪速のおばちゃん。

 胸がないことはあまり気にしてはいない。しかし、面と向かって言われると、傷つくものもある。

 少女の心は繊細なのだ。

 

「ところで、シンくんは宇宙人なの?」

 

『ああ。故郷はM-七八星雲、光の国出身のウルトラマン。呼び方はゼロでも、シンでも、どっちでもいいぜ』

 

「じゃあ、シンくんで」

 

 ウルトラマンの姿にシンの貌が重なった。

 やっぱり、この温もりは間違いなく昔出会ったモロボシ・シンのものを感じる。

 レイの心には懐かしさからこみ上げるものがあった。

『宇宙人であるカミングアウトをしたのに、えらく普通だな』

「でも、シンくんはシンくんでしょ?」

『お前、その歳で成熟しすぎじゃないか』

 

「なにせ、レディーですから」

 

 褒めると調子づくタイプなのである。

 

「ところでさ、なんでシンくんとの奇跡の再会が果たされたのかな?」

 

 彼とは三年前に別れてそれっきりだ。街ですれ違うことも、噂を聞くことも無かった。

 

『簡単に説明すると、俺の光をお前に分け与えたからだ』

 

「基準がウルトラマンでよく分かんないー」

 

 彼は、そうだな……と思案して答える。

 

『あの時のお前は、心が暗く、酷く濁っていた。大きな闇に囚われていたんだ。

 それを浄化するためには同じウルトラマンの光を分け与えるしか助ける方法が無かった』

 

 当時、酷く荒んでいたのは覚えている。

 どうしようもないほどに自分は世界を拒んでいた。

 友達を失い、助け、失う。

 自身の生に意味を見失っていた。

 そんな時に出会ったのが彼、モロボシ・シン。ウルトラマンゼロだった。

 ……同じウルトラマン?

 

「待って、同じウルトラマンってどういうこと!?」

 

『お前、やっぱ自分では気づいていなかったか』

 

「ということは、僕も宇宙人っ!? でも、この星で育ってきたんだけどっ! いったいどうなってんだ〜!」

 

『いや、別に宇宙人というわけではないんだがな』

 

「そうなの?」

 

 てっきり、自分も人間ではなかったものと思ったレイ。

 その理由がゼロから語られる。

 

『昔話を少ししよう。かつて、とある宇宙で光の巨人と闇の眷属と戦争があった。

 この戦いにおいて、一人の闇の眷属が光の軍勢に付き、状況は一転。光の巨人たちが勝利を掴んだ。

 その巨人の名はティガ。光の巨人ティガ』

 

 しかし、その巨人は元来、光の巨人であったという。闇に囚われ、自分を見失ったが、もう一度光を取り戻した勇者。

 ユザレという名の女性が彼に心の光を取り戻させる要因になったらしい。

 今のレイとゼロの関係に似ている。

 闇へと堕ちかけたレイ。それを救ったゼロ。性別や巨人としては逆なのかもしれないが、共通点が二人にあるなぁとレイは感じた。

 

『そうして、ティガたちは自分たちの遺伝子を人類に託し、この地球(ほし)を去った。未来に希望あれと、人間たちを信じて。その遺伝子を継いでいるのがお前だ、レイ』

 

「だから、同じ光の巨人(ウルトラマン)である君が僕に惹かれた……?」

 

『おそらくだが、な』

 

「そっか」

 

 出会いはロマンチックな運命などではなく、決められていた必定。

 

『惹かれて見つけるに至ったのはそれが理由だと思うが、だからって助けたのはそれだけじゃないぞ』

 

「え?」

 

『同じ光の巨人(ウルトラマン)だから助ける。確かにそういった理由がないわけじゃない。

 誰かを助けるのに理由なんているかよ。お前が苦しんでいたから助けたいと思った。それだけだ』

 

 弱い者を助ける。それがウルトラマンではない。

 彼らはきっとどのような存在であったとしても、相手を尊び、手を伸ばす。

 差し伸べるのではない。手を取ろうとするのだ。

 それが不可能な時もある。それでも、彼らは僅かな希望()を諦めたりしない。

それが宇宙に響く、彼らが光の巨人と呼ばれる所以。

 

「あっはっは、単純明快だね。これほど、心に深く刺さるものはないよ」

 

『だろ? 助けたいから助けた、でいいんだ』

 

 他人を助けるなんてエゴでしかない。自身がそう思ったから助ける。

 そんな理由でいいのだ。

 救いの手を必要としないものだっているだろう。それでも、その命を守りたいと思う心がある。

 

「たしかに、それ以上の理由はいらないね」

 

『テメェの守りたいもんを守ればいい。難しいこと考えるのはそれからだ』

 

 ふと、レイは杏子と彼は似ていると思った。

 気質や考え方が近いのだろう。感情に任せては行動せず、理性的に動くが、胸の中に大きな情熱を秘めている。

 熱い人物。それが二人の共通点だ。

 

『……よぉし!説教垂れるのはここまでだ。なぜ、今、このタイミングで俺が出てきたのかを簡潔に述べるぞ』

 

「は、はいっ!」

 

『俺の存在は、以前、お前に渡した光の残滓のようなもの。そこに宿しておいた俺の意思の欠片だ。

 もう一度、お前の心(たましい)が危険領域に達した際のセーフティとして設けていたのが俺というわけだ』

 

「やっぱり、けっこうやばい状態ってことね」

 

『ああ。だが、まだ終わったわけじゃない。本当の戦いはここからだぜ』

 

 前に言ったことのある言葉に愛おしさが込み上げる。それを発したのは彼の影響だったのだろう。

 愛おしさといっても、彼を恋愛感情をもってして見ているわけではない。

 優しい、この暖かい気持ちが愛おしさなのだとレイは思う。

 

『俺の力(光)はとっくにお前の心(たましい)に融けている。どう扱うかもお前が決めろ』

 

「うん」

 

『これから先、とてつもなく大きな困難が待ち受けているだろう。挫け、膝を着くこともあるかもしれない』

 

「うん」

 

『それでもお前には、お前を信じる仲間がいる。それを忘れるな』

 

「うん」

 

 レイは光の遺伝子を継いでいる。

 避けることのできない未来が待っている。

 同じ光の戦士である(ゼロ)は少女の覚悟を問う。

 

『レイ、光を継ぐ者として、どう在りたい?』

 

 ――遥か太古から現代へと続く意思があった。

 

 これは、まさに運命なのだろう。

 光の巨人の遺伝子を持つ者が魔法少女として、堕ちた闇である魔女を討つ。

 本質を光として、そっちに引っ張られることもあるだろう。それでも、運命を選び取るのは彼女自身だ。彼女の手が掴んだものが彼女自身の運命(みらい)だ。

 それだけは誰にも譲らない。譲れない。譲ってやるものか。

 

「僕は、僕自身が守りたいと思ったものを守るよ。仲間(ともだち)も街も、魔女も。全部助ける」

 

『それがお前の答えだな』

 

 満足したように、彼は微笑む。

 表情からは分からないが、そんな気がしたのだ。

 

『レイ、これを』

 

「なに?」

 

 彼が左手をレイに向けた。

 流れ出すのはキラキラとした光の粒子だった。それが魔法少女に変身するためのブレスレットに注がれていく。

 変化(きせき)が起きた。

 

『――ウルティメイトブレス。俺がとあるウルトラマンから授かったもの。その力の一端だ。

なぁに、心配すんな。きっと、お前の力になってくれる』

 

「シンくんはさ、なんで僕のためにここまでしてくれるの? 出会って、たった一回だけ言葉を交わしただけなのに」

 

『お前のことが気に入ったから』

 

 即答だった。

 気恥ずかしい台詞を言うことにこの宇宙人は躊躇いがないようだ。

 

「……うん。なら、仕方ないねー」

 

『ああ、仕方ないな』

 

「ふっ」

 

 はっはっは!と二人して笑う。

 言葉を通して、光を通して、心が繋がったような感覚。

 

「もう、大丈夫。やるべきことも、揺るがない意思も得た。だから」

 

 矛盾だらけの世界で、基準だとした言葉は意味を失うだろう。

 それでも未来を信じている。だから、旅をするのだ。答えを探して。

 

「シンくん、仲間が待っているから行くよ」

 

『やるべきことは分かっているな』

 

「うん、やり方もバッチリ! だから……」

 

『じゃあな』

 

「また、いつか、どこかで」

 

 出会って、別れて。

 そうして巡る。ああ、運命のようだ。

 意識が引っ張られる感覚共に、少女は目を醒ます。

 

 ずっと繋がっている想いがあった。

 

「おはよう、杏子。けっこう心配を掛けちゃった感じかい?」

 

「お前はずいぶんとお寝坊さんなこって……心配なんてしてねーよ」

 

「ツンデレだねー」

 

「チッ、誰が!」

 

「はいはい、仲が良いのは分かったから行くわよ」

 

「本当に良かったよ、レイちゃん」

 

「ごめん、みんな。もう大丈夫だから」

 

――さあ、勝ちに行こうぜ。

 

 

 

 

 

 

『待っていたよ、僕』

 

「全部、取り戻しにきたぜ。僕」

 

 空中で佇む自身がいた。

 再び、対峙する。あの時と違っているのはこちらの戦力にまどかが追加されたことだ。いや、

 

『もう少しすれば、君の全てを完全に僕のものにできるのに』

 

「急いできて正解だったね」

 

 黒いレイの姿は最後に見た時と変わっていた。

 漆黒のみの衣装は、上半身には青銅色が追加され、スカートの部分が漆黒に施されている。

 オリジナルの飛鳥レイが銀を纏った魔法少女ならば、彼女はもう別の飛鳥レイになろうとしていた。

 近づくのではなく、独自の進化を求める。なんて、欲深き生命なのだろうか。まさに人間のよう。

 

『それも、時間の問題よ。あなたの魂はここにある』

 

 黒いレイはブレスレットの中に銀色に輝くソウルジェムを覗かせさせる。

 

『これが真に僕のものになると思うと、ゾクゾクするねー』

 

「させないさ」

 

『僕にこれを取り返す手段が無いことくらい、僕が一番よく分かっているよ』

 

 全てをコピーしたのだ。データなら既に閲覧し終えている。飛鳥レイが出来ることの全てをこの黒いレイは頭の中にある。

 

「みんな、ここからは手を出さないでくれないかい」

 

「お前、何言ってんだ。前回、何も出来ずにこうなったの忘れたのかよ」

 

「そうだよっ、みんなでいけばなんとかなるはずだよ」

 

「そうね。貴女一人を行かせるために、私たちはここにいるわけじゃない」

 

 杏子が、まどかが、マミがレイの言葉を拒否する。

 自分を助けるために彼女たちが一緒に着いてきてくれた。涙が出そうになるくらい嬉しいし、感謝もしている。

 

「みんなを信じていないわけじゃないんだ。ただ、まずは僕のソウルジェムを取り戻さなくちゃいけない。あと、」

 

「あと?」

 

「自分には負けられないしねー」

 

 自分には負けられない。自分の心はそう叫んでいる。

 

「仕方ない、でしょ?」

 

「仕方ないのかしら?」

 

「仕方ないんじゃないかな?」

 

「仕方なくないだろ」

 

「ありゃ」

 

 彼のようにはいかないみたいである。

 

「でも、ピンチだったら助けて」

 

「任せろ」

 

 杏子に二人が頷く。頼もしい仲間だ。

 みんなが好きだ。守らなくちゃならない。そのためにも、ここで死ぬわけにはいかない。

 だからこそ、取り戻さなくてはならない自身の(ひかり)を。

 

「いくぞ、僕」

 

『来なよ、僕』

 

 跳躍する。その勢いのままに右の拳を叩きつけるように放った。

 避けられた。

 読まれていたのだろう。思考パターンすらも、解析され、戦闘においては厄介なこと極まりない。

 それでも飛鳥レイが諦めることはない。そのことすらも、敵には見透かされているが。

 

『わかんないかなー、無駄だってこと』

 

「活路ってやつは、切り開くもんだよ」

 

 敵はどんな相手であっても油断しないレイの性格すらも引き継いでいる。これでは隙すらも見出すことは出来ない。

 高い壁にはいつだってぶち当たるものだが、これほど自分自身が障害になるとは思ってもみなかった。

 

『我ながら、僕の諦めの悪さには反吐が出るね』

 

「そいつはどうも」

 

 左の拳を左の拳で受け止められる。

 ビリビリと衝撃が全身に走った。

 渾身の力を籠めても、膨大な魔力を迸らせても、同等のパワーで返される。

 

「くっ」

 

『ね、無駄でしょ?』

 

「それはどうかな」

 

 レイは相手の拳を掴んだ。

 

『無駄な足掻きを……なにっ!?』

 

 黒いレイのブレスレットから、レイのブレスレットへと光の粒子が流れ込んでいく。

 その現象を目にした瞬間、敵は拳を振り払おうとする。が、しっかりと掴まれており、離されはしない。

 

『何を!』

 

「取り戻すって言っただろう?」

 

 全ての光がレイの元へと返還され、ブレスレットが青き輝きを取り戻す。失った方は黒く、輝きを失い、濁り始めていた。

 一度距離を離す。

 

「僕の魂は僕だけのものだ。誰にも渡さない」

 

 レイが腕を伸ばし、ブレスレットから銀色のソウルジェムが現出した。

 この輝きこそ、飛鳥レイの心の輝き。

 自分の光を取り戻したことにより、ブレスレットがウルティメイトブレスへと変化する。

 よっぽど、頭にきたのだろう。怒りを隠そうともせず、語気を強める。

 

『返せ!』

 

 怒りのままに光線が放たれた。その姿は、初めてレイが黒いレイと対峙した時のよう。

 凄まじい熱量の光線をレイは籠手(ガントレット)に魔力を籠めてガードした。

 

「次はこっちからいくぞ」

 

 ブレスに手をあて、光を収束していく。継承したレイの力はより彼のものへと近づいていく。

 光線の構えを取るレイをそのまま映したように、黒きレイも光線の構えを取る。

 

「ワイド・レイ(・・)・ショット!」

 

『ワイド・シュート!』

 

 眩い輝きが空間を震わせた。

 

 

 

 



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永遠



一週間ぶりなのであらすじ

ソウルジェムを取り戻した飛鳥レイと黒い飛鳥レイ(魔女)との戦い。

さて、本当に12話で終わるかという。頑張ります。



 

 

10

 

 

『――――』

 

 ――どうして、この光に憧れてしまったのだろう。

 

 絶望を振りまくだけの存在となった存在に自分という意識はあるはずもない。

 この世界に生れ落ちた時から、誰かを不幸にすることしかできない。それが魔女となってしまったものの運命(さだめ)

 希望を信じ、祈りを捧げた少女の末路。

 今となっては、自分にどういった願いがあって、自分がどういった者であったかも覚えてはいない。

 

 ――希望(ひかり)を見た。

 

 命を摘むために目にしたものの中に、一際輝くものがあった。

 

 ああ、これはいったい何なのだろう。そんな疑問が魔女の中に湧く。

 

 データとして取り込み、閲覧していく中で、少女の生を見た。

 人として生まれ、人には不釣り合いの運命を背負う。それが少女のこれから辿る未来だ。

 孤児院にて育ち、父親代わりとなる人物から愛を貰う。友達を作って、愛が何なのかを知る。失って、失う。

 奇跡を起こす所業とは、人の手には余るのだろう。それでも、この少女は友達を守るために命を張った。自分を張り続けた。

 膝を折り、地面に倒れたこともあった。けれども、立ち上がる。そう、その胸には消えることのない光があったから。

 

 どうして、こんなにも。

 

 旅を始めた。

 少女には仲間が出来るが、本当の意味で信じられる存在にはなれない。

 過去に想いを裏切られたことがあったからだ。

 疑心が心の奥から離れない。

 旅を続けた。

 同じところに留まることは精神が疲弊する。どうせ、また裏切られるのだと、心のどこかで叫ぶ少女がいる。

 旅を続けた。

 紡いだ絆は確かにそこにあった。しかし、過去に囚われて進めないでいる。

 旅を続けた。

 友を持つことを恐れた。それでも誰かを助ける度、仲間が出来る度、少女はこの繋がりを絶たせないために拳を振るう。

 旅を、続けた。

 これまでに幾度となく別れがあった。ただ別の土地に向かう別れがあれば、死別することもある。しかし、足を止めることはない。

 旅を続けた。

 そうして、少女はこの地にまでやってきた。

 仲間を疑ったことが無いと言えば、嘘になる。過去は変えられぬ事実であり、それが少女を形作っていく。

 だが、現在(いま)もこれからの少女を形作る。

 彼女との出会いこそが一歩踏み出すためのきっかけだった。

 それは痛烈で。忘れることはない。

 助けてあげたはずなのに、仇を討つように返された。少女は、たいへん憤慨したのを覚えている。

 その土地に留まることにしてからというもの、時折、ぶつかるようになった。考えてみれば、彼女の縄張りに何も考えずにずかずかと踏み荒らしていれば、戦うことになるのは明白である。

 あとで反省した。

 剣を交えてみれば、通じるものがある。どこかで聞いた言葉は本当みたいで、次第になんとなくではあるが相手のことを理解出来るようになっていった。

 彼女の性格や、本質が少女を大きく救ってくれていたことを知りはしないのだろう。知られれば、きっと恥ずかしいに違いない。

 出会いがまたあった。

 一気に二体もの魔女を相手にしたのは、あれが初めてだ。しかも両方とも強い。少女が一人では勝ち目はなかっただろう。

 新たな仲間がいたから勝つことが出来た。生き抜くことが出来た。仲間を信じることを恐れなくなっていった。

 信じることを臆すこともある。それでも、前に進もうとした。

 

 少女は決して強くない。だが、弱いわけではなかった。

 折れない芯が胸にある。

 諦めない志が足にある。

 

 きっと、その命の輝きこそ――

 

 生前の自分には無いもので、その輝きがどうしても欲しくて。

 諦めてしまった自分にさらに絶望して、その中で少女なら、と考えて、魔女は模倣した。

 どんな絶望の中でも、希望を捨てず、不可能を可能にしてしまう。そんな未来を夢に見て、諦めることを辞めようと思ったのだ。

 

『――だから、(わたし)(あなた)みたいに……』

 

 ――なりたかった。

 絶望して終わった魔女は、もう一度だけ、もう一度だけ希望の花を咲かせたかった。

 

「僕は(きみ)の分まで、誰かを助けられる人になるよ」

 

『まったく、どこまで、かっ、こ、いい、の、やら……』

 

 偽りの肉体が消えゆく。

 腹を光線で貫かれたはずなのに、不思議と痛みはない。驚きもない。

 撃ち抜かれた光が暖かく、心地いい。

 そうか。やっと、未来へ進める――

 

 

 

11

 

 

 輝きの衝突は熾烈を極めた。

 命を刈り取るに余り得る一撃が振るわれる。

 繰り出す拳は鋭く、放たれる蹴りは重く、その全てが相殺される。

 思考は読まれ、繰り出される技の数々は鏡で映し出されたそのもの。だからこそ、勝利は遥か地平線の彼方にあるかのように思われた。

 両者は同一のような存在だ。だが、唯一違いがあるとすれば、光の巨人(ウルトラマン)と呼ばれる者たちの光を受け継いでいたかどうかの差。

 そこに勝機があった。

 飛鳥レイには、彼に託された光があったのだ。

 光線の撃ち合いにおいて、彼女が単純な力負けをするはずがない。受け継ぎ、自分の魂に融け合わせ、己が光に昇華する。

 もうそれは与えられただけのものではなく、借り受けたものではなく、仮初のものでもない。飛鳥レイという彼女自身の光だった。

 受け継ぐことの本当の意味はそういうことなのだろう。

 

「……終わった」

 

 黒い自分が消えていくのを看取る。

 その表情はどこか幸せそうで、本当の彼女を救うことが出来たように思えた。

 

「やったな」

 

「やったねー、レイちゃーん!」

 

 離れた所にいる杏子と、顔を上げた瞬間に迫ってくるピンク色の髪。

 

「待って、その勢いはっ、がっ」

 

 しゃがんでいた姿勢から立ち上がろうとしたところに、抱き着かれ、まどかの頭がレイの顎にぶち当たる。

 ごつんと痛そうな音が響いた。

 

「あたたた……」

 

「ちょーいたい……」

 

「もう、嬉しいからって、はしゃがないの」

 

「はーい……」

 

「まったく。いつも通りだねー、アンタたちは」

 

「ちょっと嬉しそうだねー、杏子」

 

「な、ばっか。安心したとか、そんなんじゃあねぇ」

 

 全部口から出ちゃうツンデレさんなのである。

 

「かわいいなぁー、もうー」

 

「あんま、人のこと、おちょくってんじゃねぇぞ……」

 

「あ、杏子ちゃんが怒った!」

 

「こらぁー!」

 

「ほらー、追いつかないよーだ」

 

「待てっ、レイー!」

 

「なんでか、私も一緒に逃げてる!?」

 

 マミの周囲をぐるぐると駆け回る。

 

「みんなったら」

 

 マミが妹を見守る姉のように穏やかな目でみんなを見つめていた。

 

「何が、みんなは手を出さないでくれーだ。カッコつけてんじゃねえ~よ!」

 

「あれは僕が一人で戦わなきゃ意味がなかったんだよ」

 

「何を!」

 

「何だとぅ!」

 

 槍を取り出し、籠手を取り出し、互いに距離を取る。

 本気でケンカしたいわけではない。ただ、己の主張を通すには実力を示さねばならぬ時があるということだ。

 

 騒がしく、楽しい日常が戻ってきた気がした。

 戦いの日々は続く。しかし、こんな友達がいれば乗り越えていけるとレイは感じる。

 

 だからこそ本当に今まで通りの毎日が戻ってきたと思っていたのだ。

 

『――見つけたぞ、光を継ぐものよ』

 

「誰だ!」

 

 レイは声の先を見上げる。

 頭上、まだ魔女の結界は解かれず、禍々しく歪んだ空間の先にそれはいた。

 

 ――あれは、なんだ。

 

 あまりにも異質。少なくとも、魔女の類ではない。

 これまでを見ても、魔女の中にも異常な個体は存在していた。その最たる例が、先ほどの人間をコピーする魔女だ。だが、コイツはどう考えても違う。

 金色の鎧と赤い羽衣を身に纏い、深紅の割れた仮面をつけている。そこから覗く顔は、この世の悪逆を尽くしたかのような(ぼう)だ。

 一対の角は、バイソンの如き猛々しさがある。

 

『我が名はエタルガー。全てのウルトラ戦士を滅ぼす者』

 

 彼はそう名乗った。

 

「ウルトラ戦士? なんだそりゃ……」

 

「……光の巨人が冠する名だよ。つまりは、僕がお目当てみたいだ」

 

「レイちゃん、巨人だったの!?」

 

「鹿目さん、それはないと思うわ」

 

「うん。それは、ない」

 

 理論が飛躍しすぎである。勘違いさせるような物言いをしたのはレイではあるが、間に受け過ぎなのもどうかと思う。

 

「それにしても、コイツは」

 

「強敵に違いなさそうね」

 

『そこの銀色の以外に興味はない。疾く失せろ、俺の邪魔をするな』

 

 金色の戦士はレイ以外は眼中にないらしい。

 

「だからって、レイちゃん一人を戦わせるわけにはいかない」

 

「そうだな。レイ、アンタは今の戦いで相当消耗しているはずだ。だから、後ろの方でアタシたちが勝つこと信じて、見物でもしてな」

 

「私たちに観戦させたのだから、休んでて頂戴」

 

「みんな……」

 

 魔力の枯渇と体力の消費は、前回の戦いから続いている。

 意識を失い、回復もせずにもう一度戦い、何の躊躇いもなく光線を撃ちまくった。とっくにレイには限界が訪れている。だが、ギリギリのところで意識は保っていた。

 

「けど、ピンチだったら、すぐに助けに入るからね」

 

「その時はお願いするわ」

 

 レイたちの会話が終わるのを待っていたエタルガーが声を発する。

 

『作戦会議は終わったか? では、俺が本物の絶望を見せてやろう』

 

 腕を横に薙ぐ。たったそれだけの行為が爆風を生んだ。

 全員が顔を腕で防ぐようにする。

 

「腕、振っただけだぞッ!」

 

「なんて威力……!」

 

 腕の隙間から、無数の光弾が迫ってくるのが見えた。

 

「まずい、みんな!」

 

 体力を温存するとか、そんな悠長にしていられない暴力の散弾が飛来した。

 前に出て、ディフェンサーを展開する。それは光の防護壁。(ゼロ)の技にあるものを彼女が魔力によって形成したものだ。

 後ろに攻撃が行かないように張った。防ぎ切る。

 

「大丈夫!?」

 

「さっそく助けられちまったな」

 

「来るよ!」

 

 まどかが叫ぶ。

 レイは即座に魔力を滾らせ、防護壁をさら強化する。

 まずい、という直感から成す行動だった。

 その行動は間違ってはいなかった。にも、関わらず、戦士の放つ拳の膂力に耐えられなかったのであった。

 

「がッ――」

 

 背中に大きな衝撃が走る。瞬時に吹き飛ばされたようだ。

 血がドクドクと流れているのがわかる。瓦礫が真っ赤に染まっていった。

 防護壁の上から殴られたのにこのありさまだ。さらに強化を加えたというのに、防ぐことは敵わず、容易に砕かれ、ディフェンサーは見る影もない。

 レイは意識を繋ぎとめておくので精一杯だ。気を抜けば、このまま死んでしまうだろう。

 嬲られ、遊ばれるように殺される。これは直観でもなく、この先に待ち受ける現実。

 

『ぬるい、ぬるすぎるぞ。それでも、かのウルトラ戦士屈指の実力を持つゼロの光を受け継ぐ人間の強さか? 拍子抜けにも程がある』

 

「ぐ、っふ」

 

 喉の奥から血が溢れ、口から流れる。

 今の一撃で内蔵までずたずただ。腕の骨も軋み上げていた。

 ――エタルガーは凄まじき戦士だ。さながら、昔話に登場するかの阿修羅の如し。

 超高速で繰り出されるパンチは、それこそ(ゼロ)でなければ受け止めることすら困難を極めるのではないかと考える。

 エタルガーはレイを見下ろすかのように立つ。

 一瞬のうちに起こる現実に魔法少女たちは追いつけない。自分たちとは次元が違う者の動きに着いていけるはずがなかった。

 これら一連はレイが吹き飛ばされた僅か二秒のうちに起こった出来事であった。

 

『興覚めだ。過大評価しすぎたようだったな。ここで死んで逝け』

 

 そうして、少女を戦士が踏みつぶした――かのように見えた。

 戦士の足裏に大きな衝撃が加えられる。押しつぶすには至らなかったらしい。

 

「拍子抜けにも……程があるって? そんなもんかよ。僕を倒そうなんざ――二万年早いんだよぉ!」

 

 足に膨大な熱を感じたエタルガーが退くように、離れた。

 そこには拳を突き上げるレイの姿があった。

 エタルガーは後退し、距離を取る。

 その小さき身体のどこに、それほどまでのパワーを秘めているのか。

 銀の輝きに赤き光を纏い、強き太陽の力(ストロングコロナ)を現出させる。

 前髪の青いピンを外すことで変化するのは以前と変わらないが、赤き装束の中に銀のラインだけでなく、黄金のラインが追加されている。

 彼の前に進むための力を彼女のものとして具現化させたのが、この姿である。

 

「はぁ、はぁ――は、――は」

 

 力を振り絞れたのはこの一回限りであった。

 消耗の激しさから、銀の姿へと強制的に戻される。

 身体から力が抜けた。

 

「死んでねえよな、おい」

 

 地面に倒れける寸でのところを杏子に支えられる。

 

「ありがと。でも、けっこう限界」

 

「無理しないでね、レイちゃん」

 

「でも、全員の力を合わせても勝てるのか、どうか……」

 

 おそらくは、この戦士に食い下がれることが出来るのはレイだけだ。この戦場においての絶対覇者はエタルガーただ一人。天がひっくり返らなければ光明すら見えないだろう。

 

『片鱗は見せるか……キサマ、名を何と言う?』

 

「……飛鳥、レイ」

 

 エタルガーは少女の名に歓喜を上げた。

 

『飛鳥レイか、覚えたぞ。魔法少女、飛鳥レイ。キサマとは真正面から戦い、打ち倒したのちに殺してやる。そのためには――』

 

 戦士の視線がマミに向けられて、

 

「マミっ!」

 

「え――」

 

 迫られた。眼前に掌を当てるように青白い球体を生み出す。まるでそれは、水晶のようだ。

 間に合わない。

 驚愕を顔に張り付けたまま彼女の身体は吸い込まれ、水晶の――鏡の中に閉じ込められた。

 

「マミ!」

 

「マミさん!」

 

「くっそ……」

 

 凄まじき戦士は、悦に浸りながら呟く。

 

『まずは一人』

 

「みんな気をつけッ」

 

 身体が浮く感覚に襲われる。

 その次には、後方に転がっている自分がいた。

 

「杏子っ! 何を!?」

 

 キックしたままの杏子が目に映る。

 鎖が壁のようにしてレイを守るために展開された。

 槍を構え、杏子はエタルガーを見据える。

 

「レイ、お前がアタシたちの最後の希望だ。コイツはアタシたちが幾ら束になって掛かっても勝てるような相手じゃない。だから後はお前に託す」

 

 言われなくとも分かった。彼女はこう言いたいのだ。

 

――逃げろ。と。

 

「バカか、君は! どうやっても勝てないと分かっているなら、その中でなんとかして生き残る術を見つけようとしなくちゃならないだろ!」

 

「そうさねー。ケド、コイツはどうあっても、放っておいていいようなやつじゃないだろう? きっと地球くらい簡単にぶっ壊しちまう力くらい持ってて、気が向けばそうしちまうんじゃないかって思うのさ。

 だから、倒さなくちゃならないんだ。レイ、お前ならやれる――」

 

「僕は君の友達だろ! だから、助けたいんだっ!」

 

「アタシだって、アンタのこと、友達だって思ってるさ。だから同じだ。アタシもアンタを助けたい」

 

 その瞳を見て、レイは何も言えなくなった。

 覚悟の炎を宿す、女の瞳。この決意は誰であろうと揺らがすことはできないと告げていた。

 

「まどか、損な役回りを押し付けちゃって悪いね。どうしても、ここは譲れそうにないんだ」

 

「杏子ちゃんは本当に友達想いの良い子だよね。そういうところ、私も好きだよ。だから、最後までとことん付き合わせてもらうよ」

 

 まどかは弓に魔力の矢を番える。

 

「さあ、いくぞ!」

 

「うん!」

 

「杏子! まどか!」

 

『無駄だぞ。コイツらはキサマが逃げられないための楔だ』

 

「上等だ。掛かってこいよ!」

 

 さらに二重の鎖が展開され、杏子のこっちには来るなという意思と、レイを守るという想いが伝わる。

 ダメだ。彼女たちの想いを反故にはできない。

 

『やはり、人間と光の巨人(ウルトラマン)との絆とは面倒だ。ゆえに封印する』

 

 飛鳥レイはボロボロの身体に鞭を打ちながら走った。

 絶対に振り返らない。振り返ってしまえば、必ず自分は足を止めて助けに入ろうとするからだ。

 レイは魔女の結界を抜け、虚構から脱出する。

 

(ごめん。絶対に助けにいくから)

 

 心に誓う。

 仲間を、友達をこのまま見捨てるわけにはいかない。だが、助ける力がないジレンマがあった。

 少女の祈りはきっと届く。されど、叶わぬ願いもあるのだ。

 力を、身に余るものを振るうには相応の対価が必要となる。それが飛鳥レイにとっては一番大切な仲間を天秤にかけることに他ならないのかもしれない。

 

 

 

12

 

 

 

 変身が解ける。

 もうとっくに限界なんて越えて、立っているのも無理だった。

 服が血に濡れている。それでも、こんな人目に付きかねない場所で倒れて通報でもされてしまえば、大ごとになる。それだけは避けなければならない。

 だが、体を動かそうとしても、力が入らなかった。

 

「はぁー、くっ、そ」

 

『まさか、君以外、全滅してしまうとはね。想定外だったよ』

 

「……キュ、べ……」

 

 ――白い獣がいた。

 魔法少女を生み出す者。それが、この生物。

 相変わらず、人がこんな状態であっても人のように感情を露わにしない。

 

『おや、いつもボクに対して失礼な君はどこに行ったんだい? 今にも死んでしまいそうな顔をしているけれど』

 

「とりあえず……ほむら、呼んでもらえるかな」

 

 レイには、皮肉を返している余裕がない。

 比較的人気の無いところで助かった。人の往来があれば、ジ・エンドだっただろう。

 なんとか背中を壁に預けて、天を仰ぐ。

 空は曇っていた。今にも雨が降り出してしまいそうなほどに。

 

「早く、治して、助けにいかないと……」

 

 ああ、背中が冷たい。

 そういえば、ずっと瞼が重かったんだ。

 レイはそのまま流されるようにすぅー、っと意識が離れていった。

 

 

 

13

 

 

 

『レイが重症を負った、来てくれないかい、ほむら』

 

 その報せを受けた暁美ほむらは街を疾駆する。

 決して、身体が強い方ではない。病気で先月まで入院していた身だ。あまり無理をしていいような状態ではない。それでも、無理を押し通さなければならなかった。

 

「レイさん!」

 

 見つけた裏路地で、息絶えたかのようにぐったりとしている少女。

 激しく乱れた呼吸が、彼女の死にそうな姿を目にするだけで止まっていく。

 

「ひっ……」

 

 正確には息をするのを忘れていたのだ。この凄惨さに。

 

「やぁ、ほむ、ら。ちょっと手を貸してくれないかい?」

 

「う、うん。血が……」

 

 ほむらに気づき、意識を取り戻したレイに頼まれる。

 鞄からハンカチを取り出し、なんとかして止血しようとするが背中の傷が酷い。こんなサイズでは、どうにもならなかった。

 

「私が魔法を使えたらっ」

 

「そこ、くやまない」

 

 身動きの取れないレイの無様な姿を見かねたのだろう。キュゥべえが、

 

『……仕方ないね。こうなったら、一つグリーフシードを君にプレゼントしよう。今回だけの特別サービスだ』

 

 それを渡してくれた。ほむらが補助する。

 魔力回復のみに使う。普段、全くと言っていいほど穢れを蓄積しないレイのソウルジェムだが、ここまで消耗すれば、魔力の補填という方法としてのグリーフシードの運用は可能だ。

 飛鳥レイの魔力量は無尽蔵と言い換えてもいい。だが、生命である以上、必ず限界がある。

 そんな最初の戦闘、加えて、奪われた際の消耗に、再度魔女との戦闘、そして新たな敵の出現。この連戦を全力で乗り越えてきた彼女に、魔力の節約なんて不可能だった。

 ましてや、エタルガーとの死闘は予期できるものではない。それらの戦闘での魔力の補填をグリーフシード一つで賄えるはずもないが、ないよりはマシなのである。

 魔力の回復を以てして、なんとかする。力技だが、これくらいしか方法がなかった。

 回復させ、背中の傷を塞いでいく。

 

「とりあえず、ここだと……私の家に」

 

「お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 ほむらは肩を貸した。

 

「すまない」

 

「謝らないで、ほら、いこ」

 

「……すまない」

 

 レイはただ辛そうに目を伏せる。

 あえて今は聞こうとはしなかった。この場にいない三人の少女たちのことを。

 

 

 

14

 

 

 

「鹿目さんが……っ」

 

「ああ」

 

 レイは真実を告げる。

 

「杏子も、マミも、みんなやられた。そして、僕を逃がしてくれたんだ」

 

 ほむらはどこかでこの答えを予想はしていたのだろう。

 あの裏路地で重症のレイが倒れていたこと。そして、助けを求めるのに同じ魔法少女ではなく、ただの一般人である暁美ほむらを頼ったのだ。その時点で、彼女たちに何かあったことは明らかであった。

 

「すまない」

 

 力が及ばなかった。

 守ると誓ったはずなのに、誓いを果たせなかった。

 

「レイさんは、何も、悪くない、から」

 

 包帯をレイの額に巻くほむら。

 彼女が震えているのが分かる。

 きっと、レイが付いていながらどうして! と心では叫びたいはずだ。マミや杏子も相当な実力者であることには違いなく、魔法少女になって日の浅いまどかも強くなっていた。

 魔女と戦った後という悪環境での連戦だった。けれども、四人がかりでも敵わなかった。それも手も足も出ないほどに。

 

「悪くないから……」

 

 だから、ほむらはレイを責めるわけにはいかなかったのだ。

 

「だったとしても、君にはのこのこと一人生き残って逃げ帰ってきた僕を責める権利がある。君は友達を守れなかったやつを殴る権利だって……」

 

 レイは無力だった自分をとことん追及して欲しかった。

 助けたかった。助けられなかった。こんなにも、自分は無力だった。

 消えてしまいたくなるほどにレイは自分を責めていた。

 

「やつのパワー、スピード。どれをとっても何も敵わない。手も足も出なかったんだ」

 

 連戦で消耗していた?

 それが敗けていい理由になるはずがない。

 

「貰ったものを何一つ活かせていないんじゃ、なんの意味もない」

 

 そんなことない。レイは彼の光を受け継ぎ、しっかりと自身のものにしていた。魂に融けたものを最大限に扱えていた。

 けれども、エタルガーの攻撃を防げず、瞬く間にマミを封印される。

 一矢報いることすら敵わなかった。

 殺されなかっただけなのだ。戦士の気まぐれによって、戦いの嗜好によって、見逃されただけ。

 

「そんなこと、ないよ。レイさんは……」

 

「僕の力では届かない――ッ」

 

 エタルガーからすれば、小手調べのようなものだった。それで魔法少女たちは全滅し、こうしておめおめと逃げ帰っている。

 

「何も見てないくせに、分かったように言うな。

 ……もしかしたら、僕が死ぬ気で頑張っていれば、僕が命を投げ出していればみんな助かったかもしれない!」

 

 決死の覚悟でレイを逃がしてくれた杏子とまどか。

 なぜ、あの時の自分は流されてしまったのだろう。少しでも、彼女たちを信じようと思ったことがダメだった。

 彼女たちの想いを無視してでも、あそこで踏ん張らなかったのか。何も出来なかった自分を殺したいほどに憎んでしまう。

 力を入れ過ぎた拳から血が滲む。ずっと握り続けていたからだろう。レイの悔いが痛いほどそこに現れていた。

 

「僕が、僕が――!」

 

「――あなたは独りじゃないでしょっ!」

 

 不意に抱きしめられた。

 彼女の温度に強張った身体から力が抜けていく。

 

「……ほむら」

 

「諦めるな。戦いの時に言ってましたよね。挫けそうになった鹿目さんや巴さん、佐倉さんに希望を見せていた」

 

 暁美ほむらは魔法少女たちの戦いを目にしていた。

 

「あなたが魔法少女になった理由(ワケ)を私は知っている。だから、みんなを救えなかったのは辛かったよね」

 

 飛鳥レイの魔法少女としての原点を耳にしていた。

 

「出会って間もなかったのに、親身になって私を助けてくれた。だから、今回だって友達を助けるのに必死だったんだよね。全力だったんだよね」

 

 友達に対する想いの強さを理解(わか)っている。

 

「だから誰もあなたのことを責めたりなんてしない。もし、責める人がいるなら、私が許しません」

 

 だから、レイの気持ちが分かるからこそ、その矛先は、

 

「なのに、レイさんがこんなにもボロボロになりながら戦っていたのに私は……」

 

 ほむら自身に向くのだ。

 

「――私は魔法少女ですら、ないッ!」

 

 怒りが溢れ出してしまっていた。

 

「君は……」

 

 歯を食いしばり、目に涙を溜めてしまう。助けに行けるならば、助けに行きたいと思っている。

 だが、彼女には助け出すための力がなかった。

 何も出来ない自分はただの足でまといにしかならない。戦うために魔法少女であるというスタートラインにすら立てていない。

 どこまでいっても、暁美ほむらは戦場に立つ資格がなかった。

 友達を助けるためには誰かに頼らなければならない。しかし、頼れる誰かなんていない。

頼れるのは、大怪我をして、今にも死んでしまいそうなもう一人の友達だけだ。

 都合の良い誰かとして、飛鳥レイにお願いするなんて出来なかったのだ

 本当の強さを持つのがほむらなのかもしれないな、とレイは思っている。

 

「そうだね。ここで目を瞑って、諦めてしまえば、僕は死なずに助かるかもしれない。だけど、そうしたら、手にしたこの希望(ひかり)は意味を失ってしまう」

 

 手を見やる。

 とっくにそれは握り拳に変わっていた。

 

「守るんだ。僕が、この手で。友達(みんな)を守り抜く」

 

 ――失いたくないと願った。

 力がなかった。

 ――助けたいと祈った。

 力がなかった。

 ――そうして、守ると誓った。

 魔法少女になった。

 

 それが飛鳥レイの原初の願い――

 

 どんな絶望の中でも決して諦めたりしないのが飛鳥レイという少女だ。

 レイはほむらの涙を拭う。

 

「ほむら。僕がみんなを助けに行く」

 

「そんなボロボロのあなたを一人でなんて行かせられない。もし、それでも行くというなら、私も……私も連れて行って!」

 

「……それは出来ないよ」

 

「確かに私は魔法少女じゃない、けどっ!」

 

 ほむらの友達を助けたい想いは、きっとレイにだって負けていない。

 

「……」

 

 無言で意思の籠った目に見据えられる。

 レイは思わず身構えそうになる。堪えた。

 

「わかった」

 

 溜め息一つ。

 ほむらの強い目に押されて、ついに観念したレイ。

 

「ただし、キュゥべえと一緒に絶対に危なくない位置にいてくれ」

 

『おや、どうしてボクも一緒なんだい?』

 

「いざとなれば、囮役くらい買ってでてくれるだろう?」

 

『ボクは別に便利な道具というわけではないんだけどな』

 

「エタルガーを相手にほむらを守って戦う余裕なんて無いだろうし、ね?」

 

『……エタルガー。あのエタルガーかい?』

 

 キュゥべえがその名に反応を示した。

 

「キュゥべえ、君はやつのことを知っているのか」

 

『過去、宇宙にその名を轟かせたことがあるからね。

 数々の光の戦士を打ち倒した戦士。時空間を超越できることから、彼のことを超時空魔人と呼ばれ、畏れられている』

 

「弱点は?」

 

『さてね。聞いたこともないよ。でも、あの金色の鎧は驚くほどに頑強で、どんな攻撃も寄せ付けないと謳われている。

 魔女であるワルプルギスの夜と比較するのは難しいが、この宇宙において彼の強さは間違いなく最強の一角に席を置いているだろう』

 

 ほむらはハテナを浮かべている。ピンと来ない話なのである。

 ワルプルギスの夜については、詳しくはレイも知らない。知っているのは災害級の魔女ということだけ。

 

「たとえ、相手が最強だったとしても倒すだけさ。でなければ、みんなを助けられない」

 

『みんなを助ける……か。マミたちが死んでいない根拠はあるのかい?』

 

「やつが言ってたよ。こいつらはお前が逃げないための楔だと。だから、殺されていないと思う」

 

 レイはマミを鏡に封印したのを目にしていた。だから、そんな推測を立てていた。

 となると、杏子もまどかも鏡に封印されて、囚われの身だ。エタルガーを倒し、彼女たちも助け出さなければならない。

 

「なんとしてでも、まずはやつを倒さないとですね」

 

「百パーセント勝つ見込みが無くったって、戦いの中で可能性を見出してやるさ」

 

 強き太陽の力(ストロングコロナ)で迎撃した際、耐え切り、しかも打ち返せたのだ。まだ分からない。可能性はゼロではない。諦めてなるものか。

 ブレスレットの輝きは、やはり消耗が激しかったせいか、グリーフシードを一つ使用したくらいでは元の輝きを取り戻せてはいなかった。

 だが、戦いまで少しの休養を取り、出来るだけ万全の状態にしなければならない。

 人事を尽くして天命を待つ。否、待ち受ける天命を、運命を覆してやる。

 

「地球の危機なんだ。最大限、あいつが外に出てこられないように時間稼ぎヨロシクー」

 

『今回だけだからね』

 

 キュゥべえが姿を消し、どこかへ向かう。

 

「少し、眠らないと……」

 

 回復させなければならない。そのためにも睡眠をとることにした。

 

「おやすみなさい。しっかりと休んでね」

 

「ありがとう、ほむら」

 

 彼女のベッドを借りて、横になる。

 すぐに意識は離れていった。

 






強襲エタルガー!

というわけで、最後を飾るのは超時空魔人エタルガー。象徴は「永遠」。

彼は魔女とは一応何も関係ありません。

ウルトラ十勇士にて、ウルトラマンたちを苦しめた金色の戦士。
その頑強さは、溜め時間が短かったものの、ウルトラマンゼロの『ファイナルウルティメイトゼロ』の一撃を耐え切ったほど。

その他に特徴として、エタルダミーという相手が最も恐れる存在を実体化させるという技を持つ。
これによってダークルギエルやウルトラマンベリアルなど、宿敵が生み出されたことがある。

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決戦、そして終局



長く時間が開いてしまいました。

そんなわけで前回までのあらすじ。

魔女を倒した飛鳥レイたちの元にエタルガーが強襲をしかけた!疲弊したレイを逃がすために犠牲となってしまった杏子たち。さあ、どうなる11話!


 

 

 

15

 

 

 

『来たか』

 

 かの戦士がこの地に訪れたことにより、主を失い消えるはずだった魔女の結界は歪な様相を保ち、存在し続けている。

 異界であるというのに、青空が広がる矛盾がそこにはある。

 

『少しはマシな(ツラ)になったではないか』

 

 額に包帯を巻いたままの少女。すでに戦装束を身に纏っているが、露出した肌に傷がないところの方が少ないくらいだ。

 だというのに、戦意は衰えていない。むしろ、熱く燃え上がっている。

 

「お前を倒して、みんなを助ける」

 

『みんなとはアレのことか?』

 

「……あ、クッ」

 

 戦士が天を指さす。

 少女がそこに視線を向けると、鏡の中に囚われている三人を見つけた。

 意識はないと判断したようだ。

 

「でも、よかった……」

 

 ひとまずの安堵があった。

 戦士は少女の後ろにいる力のなき存在に気が付く。

 

『どうやら、虫が一匹紛れ込んでいるようだが、まあいい』

 

「全部、守り抜いてみせるさ」

 

『大きく出たな。だが、先の戦いでは見逃してやったのだ。仕切りなおすためにも、前座を用意しやろう』

 

 戦士は不敵に笑い、幻影を作り出すのであった。

 

『お前の相手は俺ではなく、お前の宿敵たち(・・)さあ、楽しませてくれ』

 

 それに命を吹き込む。

 朧げな姿に実体を持たせていく。

 百に届くかという魔女の大群。これらは総て、少女がこれまで倒してきた魔女たちだ。

 

『行け』

 

 力なき存在――暁美ほむらはこの光景を目にして、息を呑んだ。

 勝てるはずがない。いかに少女――飛鳥レイが最強の魔法少女だとしても、この数をまえにして勝ち目などない。数の暴力によって蹂躙されて死んでしまう未来しか待っていないと絶望する。

 しかし、挫けたほむらなぞ関係なしと、二体の魔女が先陣を切り、襲い掛かってきた。

 

「諦めるなよ、ほむら」

 

 レイは続けさまに魔女を殴り、爆殺した。

 目にも止まらぬ早業とはこのことか。もう、普通の人間でしかないほむらには目で追えないほどのスピードで以てして、敵を倒してしまう。

 呆気にとられる自分に、レイは言う。

 

「君があらためて教えてくれただろう。もう、諦めない。だから、君も絶望なんてしなくていい」

 

 

 

16

 

 

 

 会話の最中であろうと、敵は待ってはくれない。理性のない化け物に成り下がった魔女たちは、同胞が殺されようとも怖気づくことはない。

 果敢にも、向かってくる。

 

「限定召喚――ウルトラゼロスラッガー」

 

 レイの頭の付近に一対の宇宙ブーメラン。

 それらを発射する。その後は、魔力で操作し、敵を切り裂いていく。

 

「セェーヤッ」

 

 二十体を切り裂き、手元へと引き戻した。

 つかさず、連続でダメージを与えた個体のみを狙い、的確に殺していく。

 

「残り、七十八体!」

 

 果敢にもではない。正確には力の差も理解できず、恐れすら抱かず、無謀にもだ。

 レイは足に魔力を籠め、跳躍。熱に変換し、蹴りを放ち、三体まとめて貫いた。

 止まらない。

 (ゼロ)の宇宙拳法をトレースし、自身の戦い方に組み込んでいく。

 荒々しい戦法の中に、センス煌めく技の数々。

 ゼロスラッガーを手に、敵を屠った。

 

『ほう、全快といかなくともこれほどまで』

 

 エタルガーがレイを観察しているが、手は出してこないのを確認しつつ、目の前の敵に集中する。

 一体一体が、当時戦ったほどの強さではない。なぜか。

 おそらく、レイの記憶から作られた存在たちだからだ。それらを自身が鮮明に覚えているか、どれほどの脅威と認識しているかによって敵の強さが設定されているのだろう。

 ゆえに、最近戦った魔女はそのままの強さを再現されてある。

 

「あの時の二体同時に出現した魔女か」

 

 雷を放つ赤き翼の魔女(メルバ)血管の浮き出たような赤黒き魔女(ゴルザ)

 空と地から連携を取ってくる。

 非常に厄介だ。だが、成長したレイが一人で対応できない相手ではない。よって、まず狙いを翼の魔女に絞る。赤い方のヘアピンを外した。

 奇跡起こせし月の力(ルナミラクル)を現出させ、飛び上がる。

 銀の装束が青き姿へと変化した。

 

「守り抜く――レボリウムスマッシュ!」

 

 掌底を放つ要領で吹き飛ばし、赤黒き魔女にぶつかるよう調整。計算通り、二体は衝突する。

「よし!」

 

 へアピンを入れ替え、強き太陽の力(ストロングコロナ)の姿へと。

 絶殺の意思の下、魔力を炎熱に変換。放つ。

 

「ガルネイトバスタ―!」

 

 体表がいくら頑強であろうと、焼却する。

 進化した炎は何者をも溶かし尽くした。

 苦戦していたあの頃とは違うのだ。

 毎日を必死に生きて、進化している。過去の亡霊に遅れを取ることはない。

 ほぼ完全に彼の力を引き出すことが出来るようになったレイの技は昇華されていた。

 手を止めない。敵を蹴散らそうとも、空を埋め尽くすほどの光景はまさに圧巻である。

 臆さない。

 

「まだまだいるじゃん。ほんと、厄介だなー……」

 

 銀の姿に戻る。消耗を抑えるためだ。通常フォームとも呼べるこの姿が一番バランスの取れた状態。

 

 ――赤き姿は太陽を象徴し、青き姿は月を司る。

 

 総じて、(ゼロ)の能力を引き継いだものではあるが、いかんせん尖った性能をしている。今まで使っていたものとかけ離れてはいないが、それでも出力が段違いなのである。慣れるまでは、まだ扱いにくい。

 

 宇宙拳法による打撃の応酬によって、魔女を倒す。

 ゼロスラッガーを操り、敵の肉体を切り裂いた。ゼロスラッガーは常に操ったままの状態だ。

 その中で必要に応じて、魔力を変換し、光をスパークさせ放つ。

 

 ――魔法少女になって初めて戦った魔女を殺す。

 ――旅をして、出会った仲間と共に倒した魔女を殺す。

 ――以前、ほむらの悪夢として現れた魔女を殺す。

 

 そうして、敵の数がついに十を切ったとき、そいつは現れた。

 

「黒い僕……」

 

 つい先日倒した自身と瓜二つの存在。

 

『やぁ、僕』

 

「君もいるなんてね」

 

『一番の宿敵が僕なんじゃないかい?』

 

「ああ。その通りかもしれない」

 

 対峙する。救ったはずの存在と。

 

『でも、きっと僕という障害を君は難なく乗り越えていくのだろう』

 

「うん、倒さなきゃならないやつがいる」

 

『本当は君と一緒にエタルガーに立ち向かうことが出来れば、なんて胸熱な展開なのだろう!

 と、思っていたけれど、残念ながら、僕は僕に協力するという意思は剥奪されていてね』

 

「僕もそんな展開が待ち受けていたなら、胸を躍らせていただろうさ。

 だからこそ、君という僕の本質はどこまで行っても飛鳥レイなのだろうけど、その実、飛鳥レイの存在を許せない」

 

 自分もそう在りたいと願ってしまう。

 同一自己の存在を羨むから、消滅させようとする。

 否定せず、その心に従うことも、彼女(魔女)が飛鳥レイを複製(コピー)してしまったがゆえ。

 

『僕にとっての最大の敵が僕なんだよ』

 

 否定しない。

 

『美しいから壊したくなるでしょ?』

 

「そういうセリフを僕ならば、カッコつけて言ってしまう気がして、なんか複雑な気持ちだなっ!?」

 

 そういう痛いセリフをカッコイイと思ってしまうのがレイなのであった。

 要は子供っぽいのである。

 

「――ワイドレイショット!」

 

『――ワイドレイショット!』

 

 二つの光線が激突した。

 拮抗し、破裂するように弾ける。

 一秒の間隙の後、拳がぶつかった。

 

「この光線を君が使えるなんてねー」

 

(きみ)の分身のようなものなんだから、当たり前だろう!』

 

 エタルダミーが起こした魔女の成長。

 自身と同じという一点が、レイの想像により強化されこの現象を存在させていた。

 

「エメリウムスラッシュ」

 

 指先を額に当て、エネルギーを集約、エメラルドに輝く光線を放つ。

 これは牽制だ。回避に回った魔女を打撃によって仕留めるためのもの。

 しかし、同じ自分。読まれる。

 

『はああああああ!』

 

 魔力を籠め、熱を灯し、キックが放たれる。エメリウムスラッシュにぶつけながら、一直線にレイへと肉薄した。

 爆裂する。

 両腕でのガードが間に合うも、その上からのダメージは少なくない。

 

『戦術が甘いんじゃないかい? そんなのじゃ、エタルガーはおろか、僕にすら通用しないよ』

 

「その通りだね。だからこそ」

 

 次の布石は用意しておいた。

 

『くッ』

 

 黒きレイの両肩を宇宙ブーメランが切り裂いた。

 腕がだらんと下がる。

 

『いつのまに……』

 

「お茶の間にさ」

 

 召喚し、操って魔女を倒していたゼロスラッガーをこの戦闘に持ち込んだまでのこと。この戦いの最中、レイは残りの八体を倒していた。

 

「さすがでしょ?」

 

『まったく、カッコいいんだから。片手間に戦ってたってワケか、くっそ~』

 

 一対のゼロスラッガーを両手に持ってくる。

 頭の中にかの巨人の使う最強光線が思い浮かぶ。

 ウルトラマンゼロがゼロスラッガーを胸のカラータイマーに装着し、広範囲を焼き尽くす必殺光線。

 

「――レイ(・・)ツインシュート!」

 

 黒き自分を光線が貫いた。

 

 上半身と下半身が別たれ、各々が粒子となり消えゆく。

 

『容赦ないんだもんなぁ』

 

「最強が控えているからね」

 

『違いないや……』

 

 声は掠れている。力なく倒れ、彼女は死ぬ。

 

『勝ちなよ。守りたいって決めたんでしょ?』

 

「負けるつもりなんて毛頭ないさ」

 

『なら、何も心配ないねー……』

 

 そう言って、完全に消滅した。

 一度救った人に激励されてしまった。レイがそっちの立場なら、同じようにしていたかもしれない。

 実際はどうだったか分からない。それでも、一つの決着がここにはあった。

 

『――光の巨人を受け継ぐものよ、それでこそ俺が自ら手を下す価値があるというもの』

 

「エタルガー……」

 

 これまでの戦闘を目に焼き付けるようにしていたエタルガーは確信する。

 

『素晴らしい活躍! 素晴らしい能力! ああ、貴様と戦うことにこれほど胸が高鳴るとはな』

 

 歓喜に震える戦士がいた。

 

『力を得た人間がここまでやれるとは想像もしていなかった。下に見ていた非礼を詫びよう』

 

「そんな形だけの謝罪なんていらないよーだ。さあ、始めよう――」

 

『いいぞ。人間ッッ!』

 

 ――超速の拳が衝突した。

 

 

 

17

 

 

 

 暁美ほむらはただこの戦いを眺めていることしか出来なかった。

 いつだってそうだ。涙を浮かべ、状況を見ているだけ。

 

 魔女に殺されそうになって鹿目まどかに命を助けられて以来、魔法少女の世界と関わりを持つようになった。

 しかし、ほむらは魔法少女ではない。ただの人間だ。

 彼女の魔法少女の素質は高くなく、キュゥべえが見えるくらいのもの。危険がずっと付きまとってくる魔法少女になりたいとは心から思えなかった。

 それでも、まどかやマミとの関係を絶つことをしなかった。出来なかったのだ。

 憧れがあった。かっこよく人を助けられる魔法少女鹿目まどかに。

 

「レイさん……」

 

 彼女たちに着いて行った際に、飛鳥レイという少女に危ないところを救われた。

 それがほむらとレイの出会い。

 数日後、悩みを相談する機会が訪れた。偶然だったと思う。町を歩いていた時に出会って、一緒にショッピングモールに行った。そして、魔女に憑かれていて、助けられた。そのあと、少し揶揄われてどぎまぎした。

 

「お願い……」

 

 手を合わせ、無事を祈る。勝利を祈る。

 出会って、まだ間もない少女の身を案じた。

 少しでも怪我が少なくあってくださいと願う。

 

「もし、わたしにも……」

 

 魔法少女の力があれば、と考える。

 エントロピーを凌駕するほどの願いがほむらにはない。だから、魔法少女になりたくともなることは叶わない。

 キュゥべえは暁美ほむらを魔法少女にしようとはしない。

 

「わたしには何も出来ないけど、それでも」

 

 少女は奇跡を信じて、祈る。

 ――友達と笑い合っている幸せな未来を。

 

 

 

18

 

 

 

 小手先の技なぞ通用せず、

 力押しの技では押し切れず、

 そこには純粋なまでに力の差があった。

 

『その身体でどこまで保つか……』

 

「ハ――――あ、――っ」

 

 拳を交えるだけで骨が軋み、全身に途轍もない痛みが走る。

 蹴りを受け止めるだけで、衝撃から意識が飛びかける。

 ブレスレットは早い間隔で点滅を繰り返している。

 武装である|籠手〈ガントレット〉はボロボロで砕けかけている。

 

「はぁ、はぁ……はッ。ハァ……は、は――はぁ」

 

 呼吸は乱れ、酸素を肺に送ることすら困難になっている。

 いまだに死んでいないのは全神経を総動員し、この刹那を駆け抜けているからだ。

 

(どうしてこんなにも頑張っているんだっけ?)

 

 意識と身体が乖離していた。

 

 頭の中はクリアで冷静に今を見ている。

 

(ただ痛くて、苦しくて、辛いだけじゃないか)

 

 拳を撃ち出す。

 

 ここに来る前から限界で、本当は嫌だった。

 カッコつけるんじゃなかった。彼女たちに助けてもらったから、今度は自分が助けないとなんて思うんじゃなかった。

 せっかく助かった命だ。大切にしなくちゃいけないだろう。

 今になって後悔し始めていた。

 

 枯渇しているはずの魔力を気合のみで無理やり生成した。全てを拳に集めて、撃ち出す。

 一撃で使い果たし、霧散した。

 

 どうして今も戦っているのだろう。

 いっそのこと死んでしまえば楽になる。こんなに苦しく、激しい痛みの地獄にいるくらいなら。そう思ってしまう。

 

 再度、魔力を練っていく。

 

(もうやめよう。でも、あと一度だけ力を振り絞って、握り拳を作ろう)

 

 己の全てを乗せて拳を撃ちだす。

 敵を倒すことは叶わず、相殺された。

 ずっとただひたすらにそれだけを繰り返している。

 

『もう意識すらままならないか』

 

「っ――、ぅッ――」

 

 何度目だろうか。

 撃ち合い始めて、いったいどのくらい経ったのだろう。拳を交える度に、これまでの頑張りを全て否定されてような気がする。

 

 拳を撃ち出す。大きく吹っ飛ばされた。

 

「ぐっ、ガッ……」

 

『ウルトラ戦士共を殺す前の肩慣らしにしては存外に楽しかったぞ、飛鳥レイ。そろそろ終わりにしよう』

 

 眼前には凄まじき戦士が有り余るエネルギーを腕へと集めている。

 

『では、死ね――』

 

 凝縮され、この星をも粉砕しかねない火球が放たれた。

 レイの目はそれを捉え続けている。

 これを防ぐ手段なぞあるはずもない。人がこの凄まじき戦士に勝てるはずもない。

 

 ――もう尽きているはずの魔力を、命を削って生成する。これまでの戦いも大きく差のあり過ぎる質量を埋めるために命を削りながら魔力を生み出し、消費していたが、それもなりふり構っていられない。

 今まで以上のありったけを持ってくる。

 

「フっ、はあああああ!」

 

 力の入らない両腕を無理やり上げて、眩く、グリーンに輝くディフェンサーを展開した。

 ブレスレットの点滅の間隔がさらに早くなる。

 希望はどこにもない。

 厚く、強固に展開する。だが、敵の攻撃が障壁にぶつかった瞬間にヒビが入った。

 

『ク、ハハハハ。諦めよ、人間!』

 

「諦めるもんか」

 

 まどかの顔が浮かぶ。

 マミの顔が浮かぶ。

 ほむらの顔が浮かぶ。

 杏子の顔が浮かぶ。

 ――|仲間〈ともだち〉を助けると、守るとこの胸に誓った。

 

「今ここで諦めたら全てが終わってしまう。それだけは」

 

 ダメだ――。

 想いを無かった事にしてはいけない。友に応えなくてはいけない。そして、誓いを果たさなくてはいけない。

 自身の裡から湧いた気持ちを裏切ってはいけない。

 

 ――それでも、圧倒的な力の前で魔法少女と言えど、人間はあまりにも無力で。

 

「僕たちは絶対に……負けないッ!」

 

 限界を越えた先で、飛鳥レイのソウルジェムはその光を失った。

 

 

 

19

 

 

 

 宇宙のような空間。

 宙を揺蕩う感覚が身体を支配しているものの、周りは暖かい星の海が広がっているかのように感じられる。

 手を、足を動かそうとしても、まったく動かない。

 

「僕は死んだのか」

 

 ギリギリまで頑張って、踏んばっても駄目だった。

 諦めなくとも、敵わない場合もあるのだと思い知らされた。

 

「僕は……それでも」

 

 唇を噛む。

 悔しくて堪らない。もっと自分にみんなを守るための力があればと切に願う。

 エタルガーを倒すに至れる力が無かった。だから敗北した。

 

「みんなと笑って生きたいんだ。まだこんなとこで、死ぬわけにはいかないんだ……!」

 

 ――突如として目が眩むほどの光が眼前に広がった。

 

 赤きエナジーコアが出現し、そこから光が形を成していく。

 

 ――神々しき白銀の巨人。

 

「ウル、トラマン……?」

 

 問いかけても、返答はない。

 巨人の周囲には無数の光が滞留していた。幻想的で神秘を纏っているかのようだ。

 それはレイの知る|彼〈ゼロ〉とは似ても似つかない姿。そして、もっと大きく感じる。

 存在そのものが異質なのだろうと思う。

 

 巨人は腕を差し出す。

 

 滞留していた光の全てが巨人の腕に集まり、少女へと注がれていく。

 レイは世界を守るかのような優しい光に包まれた。

 ブレスレットに再び光が灯る。

 

「ありがとう、神様」

 

 巨人から諦めるなという声が聞こえた気がした。

 神々しき巨人の名はノア。全宇宙の平和を守り続けているという伝説の超人。

 決して希望を諦めない者への最後の希望。

 

 ――奇跡を起こすのは少女の祈りが神に届くからだ。

 

 故にこそ。

 

 それはきっと神様がくれた運命の雫――

 

 

 

20

 

 

 

『な……にィッ!?』

 

 その輝きをエタルガーは知っている。

 戦いの中で幾度となくウルトラ戦士を封印する彼を追い続けて歴戦の勇士がいた。その勇士が纏う光の鎧。

 ノアイージスが眩い光を放ちながら火球を防ぎ切ったことにエタルガーは怒りの声を上げ、憤怒の形相へとなり果てていく。

 

「神様が認めてくれたんだ」

 

『その力はウルトラマンノアの物。ゼロの力を継いだ貴様が使えるのも不思議ではないということかァ……!』

 

 そもそもレイが継承した|彼〈ゼロ〉の光が形となったウルティメイトブレスは、ウルティメイトイージスが変形したものである。その全てをゼロから受け継いだものの、その一端しか今までは使用出来ていなかった。

 強き太陽の力(ストロングコロナ)奇跡起こせし月の力(ルナミラクル)は|彼〈ゼロ〉ではないとあるウルトラマンの力ではあるが未熟な少女の助けになればと力を貸してくれていた。

 全ての機能を扱うにはノアから認められることが必要だったのだ。

 ノアはどんな状況であろうと、決して諦めない者だけに手を差し伸べる。

 実に厳しきウルトラの神様である。

 

「ウルティメイトイージス!」

 

 バラージの盾と呼ばれるイージスを纏う。そして、そのままエネルギーを剣の部分に収束させて放った。

 狙いはもちろん、

 

『ク、しまった!』

 

 鏡に捕らえられている杏子たちだ。

 意識を失っていたはずだが、三人ともしっかりと復帰し、彼女らは自分たちで着地した。

 レイが彼女たちへ、攻撃させないようにエタルガーを剣――ウルティメイトソードで牽制する。

 

「レイちゃーん!」

 

「ありがとう。助かったわ」

 

「無事でよかった」

 

「信じてたぜ、レイ」

 

「うん、ボロボロだけど、元気そうでなによりだよ」

 

 詰められていたエタルガーとの距離をソードで薙ぎ払い、離した。

 駆け寄ってくる三人。あの戦いのままの姿だ。

 全員がボロボロで、満身創痍。されど、怪我が無い時よりも絶対に全員が強かった。

 

『感動の再会はもういいか?』

 

「ああ、気を遣ってもらって悪いね。じゃあ、君を倒そう」

 

『大きく出たな! 全員まとめて死ね!』

 

 エタルガーの拳に、ソードをぶつける。

 難なく対応できた。ノアの力を受け継いだおかげだろう。総じて出力が向上している。これならば、薄かった勝ちの目も大きくなる。

 動きの止まった瞬間に銃弾と弓撃がエタルガーに注がれる形で戦闘が繰り広げられていた。

 

『やはり厄介だな、その鎧は……』

 

「なら、これからは愛用するとしよう」

 

『神経を逆撫でするのが好きみたいだなァ!』

 

 三発の剣戟を飛ばす。

 これはもう一度距離と時間を稼ぐものだ。急いで、三人の下へ戻る。

 

「あいつを倒すためにさ、ちょっと……いや、けっこう時間を稼いでもらいたいんだけど、お願いしていい?」

 

「もちろんだよ」

 

「アンタさぁ、ウチらのこと信用してないのかい?」

 

「何分でも任せてちょうだい」

 

「じゃ、魔力を供給するねー」

 

 陣形を組む。

 先頭に杏子。続いて、援護にあたるマミとまどか。そして、最後尾にレイだ。

 組み終えた後に、魔力を譲渡する。

 

「はいなー」

 

「ちょっ、と。こんなに!?」

 

「いつも、こんな量の魔力を平然と扱ってんのかよ。おっかねえ……」

 

「でも、これならいけるよ。みんな!」

 

 士気が上がる。レイがウルティメイトイージスを変形させ、矢の状態にした。

 チャージを開始する。

 まずはマミが、

 

「特大の撃ち込むわよー。ティロ・フィナーレ!」

 

「いきなり必殺技撃ってんじゃねえよ! 様子見でやる戦法じゃねえええ!」

 

 マスケット銃を巨大な仕様に変化させ、必殺技を放つ。

 レイの魔力を供給されたがゆえに普段とはかけ離れた威力を伴った一撃は、固定砲台と化した砲身の方が地面から吹っ飛んだ。

 その速度も跳ね上がっている。

 

『クッ!』

 

「そこだぁ!」

 

 こちらもまた巨大化させた槍で切り裂く。しかし、エタルガーの纏う鎧も相当頑強なものだ。衝撃は与えど、大きなダメージにはならない。

 

『おのれぇ!』

 

 吠えるエタルガーに百の矢が降り注ぐ。

 まどかは隙を見逃さない。

 注意が矢に割かれた瞬間にもう一発のティロ・フィナーレと三本の巨大な槍が撃ち込まれた。

 幾つもの戦闘を潜り抜けてきた者達の卓越した連携攻撃。

 杏子とまどかの二人は、まだ日が浅いが、マミとの関係は長い。

 マミと杏子。マミとまどか。ここに関係性があることで成しえているコンビネーションと言えるだろう。

 チャージはまだ完了しない。

 

『このような……人間なぞにィ……』

 

 怒涛の攻撃に今まで傷一つ付かなかったエタルガーの鎧に綻びが生じ始めた。

 それほどまでにノアの力とは強大なのだ。

 

『喰らえ!』

 

 エネルギー弾を生成し、レイを狙うエタルガー。

 

『莫大な力を収束させているのだ。避けれるはずがあるまい』

 

「まずいわ!」

 

「レイちゃん!」

 

 攻撃がレイに迫る。他の魔法少女は誰も対応できない。

 チャージはいまだ完了していない。

 直撃した。

 さすがの進化したレイと言えど、防御もせずにエネルギー弾を受ければ、ひとたまりもない。

 されど、それは本当に直撃していれば、の話だが。

 

『なん……だと』

 

 攻撃が素通りしていった空間が歪み、そこから杏子が現れる。

 

「知らなかったかい? こう見えて、幻影を作るのは得意なのさ」

 

『貴様ァ!!』

 

「エタルガー!」

 

「……ッ!?」

 

 声を発したのはエタルガーの背後。

 ウルティメイトイージスのエネルギーチャージが完了する。

 

「いくぞ。これが、僕たちの――光だ!」

 

 青白い極光を灯す、途方もない神秘を内包した神々しき巨人の矢。

 たとえ神が相手であろうとこの一矢をどう防ごうか。

 放つ光の絆。奇跡を起こし、運命を覆す。

 

『おのれえええ! またしても、人間とウルトラマンの絆に俺は敗北するのかああああああ!』

 

 超高速回転したイージスの矢がエタルガーを貫いた。

 

 

 

21

 

 

 

「終わった……」

 

 レイはゆらゆらと地面に着地し、へたり込んだ。

 

「もう一歩も動けない」

 

「やったな」

 

「あ、仕事人だ」

 

「役目をきっちりとこなしたけれど、そういう言い方はどうなのさ」

 

「全身痛いのに頭をぐりぐりしないでぇー」

 

 杏子をちょっといじったことを全力で後悔する。本当に大失敗である。そして、次にやってくるのは、

 

「レイちゃーん!」

 

「ぐっっっは!」

 

 ダイブしてくるまどかである。

 なんか前もこんなことがあったなーと遠い顔をするレイ。痛みでひょっこり死んでしまいそうだ。

 

「本当にお疲れ様」

 

「ありがと、マミ。君がお姉さんキャラであることをこれ以上に嬉しく思ったことはないよ」

 

「あー。なるほどね」

 

 レイの惨状を目にして、納得がいったよう顔をマミはする。

 

「信じてたぜ、レイ」

 

「あ、先に言われたっ!?」

 

 いつもの日常が戻ってきた。

 あともう一人。

 

「レイさん」

 

「……ほむら」

 

 戦いが終わって、頃合いを見計らってから来てくれたのだろう。

 ほむらは膝を立てて座る。

 彼女のもう目が真っ赤だった。

 

「わたし、レイさんが死んじゃうと思って、でも何も出来なくって、祈ることしか出来なくって……わたし、わたし……っ」

 

「ありがとう。君の想いは僕に届いてたよ」

 

「レイさん-!」

 

 よしよしとほむらの頭を撫でる。

 こんな死ぬかもしれない戦場に付いてきてくれたのだ。不安は測り知れない。

 彼女はポロポロと涙を流した。

 

「ほうら、泣かないの」

 

「だって、だって」

 

「はいはい、レイちゃんは無事ですよー」

 

「一番ボロボロでしょ」

 

「死にかけてるじゃねえか」

 

「なんかちょっとジェラシー湧いちゃうな」

 

「一人だけ嫉妬してる!?」

 

 マミと杏子にツッコミを入れるはずがまどかの発言に全部持っていかれる。

 それはさておき、ふと思ったことがあった。

 

「そういえば、あの覗き魔は」

 

『もしかしなくても、僕のことかい?』

 

「うわ、出た」

 

『呼ばれたと思って来てみれば、まったく』

 

「え、キュゥべえ。あなた、覗きなんてしてるの?」

 

「覗き? 最低だな」

 

「キュゥべえ、それはよくないよ」

 

「レイさんの裸を見たことがあるの……?」

 

『まったく、訳が分からないよ』

 

 その通りである。しかし、流れが面白いからレイは留めない。

 

「それなら、アタシ見たことあるけど」

 

「え?」

 

「裸だろ? 前に、なあ」

 

「あー、マミの家でお風呂に一緒に入ったことあるもんねー」

 

「「そういえば……」」

 

 まどかとほむらが思い出して納得した。

 そこからキュゥべえが弁明を始める。

 

『まあ、レイとコンタクトを取るのに銭湯に赴くのは効率が良かったからね。当然の帰結というわけさ』

 

「お前、他の一般人の女の身体も覗いて……」

 

『目撃してもなにも感じたりしないさ』

 

「欲情されても困るわ」

 

「実ははお風呂と掛けたギャグかい、マミ?」

 

「マミさん……」

 

「違うわよ!」

 

 不意にほむらの頭を撫で続けていた手に力が入らなくなる。

 心地よさそうにしていた彼女が気づく。

 

「レイさん……?」

 

「あれ、なんだか……意識が」

 

 遠のいていく感覚がある。

 焦点が揺らぎ、視界が定まらない。

 

「ん? どうした、レイ」

 

「大丈夫、レイちゃん?」

 

「飛鳥さん?」

 

(どうして……)

 

 疲労はピークを迎えているが、そういう感じではない。

 意識が完全に途切れる瞬間、腕のブレスレットに光が灯っていないのが見えた。

 

 

 

 



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飛鳥レイという魔法少女の物語


最終回です。

拙作をここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

では、どうぞ。




 

 

 

 

 

 

 人の運命は生まれた時から既に決まっている。

 これは変えようのない因果である。

 生命は芽吹いた時から死に向かう。その過程で成せることはそう多くない。

 母から生まれ、学校に通い、就職をし、恋愛をし、結婚する。ゆくゆくは子供に恵まれるかもしれない。仕事で成功するかもしれない。

 政治家になる者もあれば、信仰に向かう者もいる。

 人はそれぞれだ。

 

『君という人間は、背負う運命を間違ってしまったのか。それとも、担わされたのか』

 

 白い外来者は宇宙の存続という使命のため、少女を気に掛ける。

 その頭に浮かぶのは飛鳥レイである。

 魔法少女であり、光の巨人の光を受け継いだ人間。

 背負う運命の大きさで飛鳥レイを魔法少女に選んだが、これは嬉しい誤算だった。

 

『まさか、運命を乗り越えるなんてね』

 

 自身が唯一信じていたものに裏切られ、絶望から破滅に向かう運命を覆した。きっとその時に光の巨人との出会いがあったのだろう。

 それまでであっても相当なエネルギーが回収出来たはずだが、比較にならないまでに回収率が上がった。彼女が絶望し、魔女となるのが楽しみなほどに。

 

『しかし、屈強な精神を持つようになってしまったのが問題点だね』

 

 思春期の女の子のものとは思えないほどのタフさを手に入れてしまった。それこそ、巨人級のスケールだ。

 これがさらに大きな想定外であった。

 

『ああ。けれども、これはチャンスだ』

 

 飛鳥レイという最高戦力が欠けた状態で超弩級の魔女とこの町の魔法少女たちは相対さなければならない。

 そして、仲間である少女たちの成れの果てを目にした時、飛鳥レイはきっと我々が望んた通りの結果をもたらしてくれることだろう。

 

『さあ、ワルプルギスの夜が来る』

 

 

 

 

 

 

 見滝原市――暁美ほむら宅

 あの戦いの後、魔法少女たちはほむらの自宅で意識を失ったレイの面倒を見ていた。

 体中の骨折をはじめ、レイの肉体には怪我が無いところがほとんど無い状態であった。

 これほどの怪我を治すには病院に駆け込むのがベストだが、これの経緯を一般の人に説明するわけにもいかず、両親が家に居ないほむらの家は実に都合がよかった。

 マミも一人暮らしをしている身ではあるが、ほむらの懇願によって彼女の家で世話をすることとなる。

 最初の数日で、全身の怪我は魔法によってどうにかなった。治療魔法を得意とする魔法少女が居なくとも、日にちをかければ問題はない。

 しかし、枯渇し切ったレイの魔力の方はどうしようもなかった。

 通常、魔力はソウルジェムから発せられるものであり、魔力を消費すれば、グリーフシードを使用することによって回復させることが可能だ。

 一つのグリーフシードを使い切るまでにソウルジェムの穢れを数度は取り除くことだって出来る。だが、レイのソウルジェムはいくつグリーフシードを使用したとしても、穢れを取り除くことは出来なかった。

 

 普段からレイはグリーフシードを使用せずとも、ソウルジェムの輝きを維持していた。だから、魔女を倒したとしてもグリーフシードを欲せず、共に戦った仲間に譲ることも多い。

 これにはおかしな点がある。

 ソウルジェムは魔法少女が魔法を行使することで穢れを溜めていくものである。他にも穢れを溜める要因はあるが、それを浄化するためには必ず、魔女の落とすグリーフシード用いなければならない。

 飛鳥レイがグリーフシードを使用せずとも、己がソウルジェムに穢れを溜めこまなかった理由。それは、光の巨人の力によるものであった。

 (ゼロ)が初めてレイに会った際、ソウルジェムを浄化したことから、光の巨人には(穢れ)を照らし、救うことが出来ることが分かる。

 これをレイは無意識的に利用し、普段から行っていた。

 

 ゆえにこそ、先の戦いにおいて、光の巨人の力を行使することすらままならないほど、摩耗し、命を削るほどに使い果たした魔力をグリーフシードごときでは完全に回復させられない。

 グリーフシードの数が足りないのだ。圧倒的に。

 

 魔法少女たちにも、自分のために使用するグリーフシードは必要だ。

 もう、レイが自分自身の力で回復するのを祈るしか道はなかった。

 

 

――そして、飛鳥レイが目を覚まさないまま一か月が過ぎ、ワルプルギスの夜が到来する。

 

 

 

「くっそ、どうなってやがる!」

 

「全部倒すしかないわ!」

 

「でも、数が多すぎて……っ」

 

 出現したワルプルギスの夜と呼称される魔女は、噂通りの化け物であった。

 それは移動するだけで、まさしく災害と呼ぶに相応しい被害を周囲にまき散らしていく。

 迫りくる自然の猛威に対して、いかに策を弄そうと、人間如きが敵うはずもない。

 

 町がワルプルギスの夜の発生させる突風によって破壊されていく。

 それを魔法少女たちは防ぐことが出来ない。

 

「チクショー!」

 

 思うように戦いを運べず、杏子は叫んだ。

 展開される魔女の使い魔たちの量が膨大すぎて、それの対処に追われ続ける。

 

「アイツがいなくたって、負けやしないっ!」

 

 脳裏にベッドで横たわる彼女の姿が浮かぶ。

 気合を入れ直した。

 魔女は魔法少女たちが自身に辿り着きすらしない様を目にし、不気味な笑い声を上げた。

 

「この使い魔たち! 普通の使い魔とは比べ物にならないくらい強い!」

 

 並みの魔女を想定するなかれ。

 エタルガーとはまた別の次元の強さを発揮するのがこのワルプルギスの夜という魔女。

 個として最強の戦力がエタルガーであれば、群として最凶の災害こそワルプルギスの夜である。

 エタルガーとの戦いの後、ワルプルギスの夜が襲来するまでの期間、みんなで作戦会議を何度も行った。

 事前に得られた情報からワルプルギスの夜への対処方法、魔法少女同士の連携を十数パターン。それの練度を上げる訓練も行ってきた。だが、すべては無に帰す。

 

「こんなのっ」

 

 侮っていたわけではない。油断していたわけでもない。

 ましてや、予測が甘かったわけではない。

 ただ規格外すぎただけ。

 

 全員が絶望に包まれる。

 

 状況を変えられるほどの火力のある一撃を放てるのは、あれからいまだ目を覚まさない飛鳥レイだけだ。

 

 心のどこかでレイを頼ろうとしている自分がいることに魔法少女たちは気づく。

 いつも、どんな絶望の中でも決して諦めない輝きを放つ少女が支えてくれていた。

 笑顔や、言葉に助けられていた。

 

「こんなんじゃ、今も眠ってるアイツに顔向けできねーんだよ!」

 

 杏子は槍を振るった。

 その姿は獅子奮迅の如き勢いだ。

 使い魔の包囲を抜ける。

 瞬間――大きな影に覆われた。

 

「――……あ」

 

 ワルプルギスの夜の接近に気づかなかった杏子は、

 

「く、……っそ……」

 

 その半身を巨大な魔女の肉体によって押しつぶされた。

 

「杏子ちゃん!」

 

「佐倉さん!」

 

 ワルプルギスの夜の不気味な笑い声が響き渡る。

 まどかも、マミも、なんとかして杏子を助けようと彼女の下に駆けつけようとするが、使い魔たちに阻まれ、どうすることも出来ない。

 

「ケッ。ほんとにアイツに、顔む、け……できなく、なっち、まっ、た」

 

 痛覚があったら、ショック死でもしてたか。そんな言葉が杏子の頭をよぎる。

 そう。痛覚を遮断していようとも、痛いという感覚が全身を駆け巡っている。いや、全身ではない。腰から下の感覚が何もなかった。

 

「ああ……くっそ。しにきれねぇ、や」

 

 柄にもなく、レイ(アイツ)に勝利を誓った。

 仲間というものを信じてみようと思った。

 そして、この魔女を倒してみせた後、笑いながら、大したことなかったぜって言ってやるつもりだった。

 

 佐倉杏子の命は潰えた。

 

 

 

 

 

 

「……杏、子……――」

 

「……ッ。レイさん!?」

 

 空へと届くように手を伸ばす。

 レイが目覚めたことに気づいたほむらが驚いて、椅子を倒した。

 

「よかった……よか、ったよぉ……」

 

 意識を取り戻したことに嬉しさがこみ上げたのか、思わず涙を零すほむら。

 彼女は付きっ切りでレイの面倒を見ていた。

 食事など、魔法でなんとかなる部分以外の世話を全てやっていたのだ。

 暁美ほむらは飛鳥レイに助けられたから。友達だから。こんな自分でも、出来ることをしたかったから。

 

 レイはまだ朦朧としているものの、身体を走る嫌な悪寒を黙らせながら、言葉を発した。

 

「みん、な、は?」

 

「戦ってます。ワルプルギスの夜と」

 

「なんだって……」

 

「レイさんはあの壮絶な戦いの後、一か月もの間、眠り続けていたんです、でも、やっと目を覚ましてくれた」

 

「行かなきゃ」

 

 一か月ぶりに動かそうとする体は言うことを聞いてくれない。

 それでも無理に動かそうとして、ベッドから落ちそうになる。

 

「なにやってるんですか!?」

 

「行かなくちゃ……」

 

「仲間を……友達を信じてください」

 

「その言い方はずるいなぁー」

 

 だが、ここぞという時の嫌な直観というものは当たる。当たってしまうのだ。

 状況がどうなっているか分からない。それでも戦いが始まっているというのであれば、自分もその場所へと赴かなければならない。

 

「だったらさ、ほむらも一緒に付いてきてくれない? 僕、こんなだし、一人で外をぶらつく方が危ないと思うんだよねー」

 

「……」

 

「ほら、今までいろいろ頑張ってたのが水の泡になっちゃうぞ~いいのかい~?」

 

「はあ、わかりました」

 

 一度睨まれたが、観念した、とようやくほむらは折れてくれた。

 

「では、よろしくお願い」

 

「……はい」

 

 差し出した手をほむらは取ってくれる。

 そのまま引っ張られるように立ち上がって、二人は戦場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 ワルプルギスの夜の侵攻はなおも続いていた。

 世界の終焉を描くように、町を、大地を、移動するだけで捲りあげていく。

 ゆえにこそ、超弩級と称される魔女。

 

「どうして、戦いが終わっているんだ……」

 

 隣で息を呑むほむらに支えられながら、レイは戦場へと到着した。

 激しい戦いの痕跡があるだけで、もうここは戦場ではない。

 誰も戦っている者がいなかった。

 

「みんなを感じれない」

 

「レイさん……」

 

「うん」

 

 頷き、捜索を開始した。

 感じることが出来るのは尋常ではない存在感を放つワルプルギスの夜だけ。

 人の気配を感じることが出来なかった。

 

 嫌な予感が現実のものとなる。

 

「レ、イ、ちゃん」

 

「まどか、か? まどか! どこにいる!」

 

「え、鹿目さん!?」

 

 ほむらから離れて、掠れた今にも消えてしまいそうな声のした方向を探す。

 よろけて、こけそうになっても全身に力を入れて堪えた。

 そして、魔法少女の姿からいつもの見滝原中学の制服姿へと戻っているまどかを発見する。

 

「まどか! まどか、しっかりしろ!」

 

 彼女は制服までもがボロボロになり、そして腹からは大量に血が流れていた。

 致命傷を負っていて助からないのがどうしても分かってしまう。

 

「杏子ちゃん、も、マミ、さんも死んじゃった。ごめんね。なにも、守れなか……った」

 

「謝まらなくていい。死ぬな、まどか!」

 

「ワル、プルギス、の夜には、勝、てない。にげ、……て」

 

 最期まで友達の身を案じながら鹿目まどかは息を引き取った。

 

「鹿目さんーッ! うわああああああ!」

 

「まどか……」

 

 ほむらがまどかの死を間近で目撃し、耐え切れず、泣き崩れた。

 無理もない。親友だと思っていた女の子を目の前で失ったのだ。ほむらの悲しみは測り知れないだろう。

 ふと、

 

「僕がやらなきゃ――」

 

 そう思った。

 

「え」

 

 戦わなければならない。

 他の誰でもない。飛鳥レイ自身が戦わなければない。

 代わりはもういない。

 みんな死んでしまった。

 だから、戦えなくとも戦わねばならない。

 

「その身体でっ、無理だよ! 勝てっこないよ。逃げようよ!」

 

「逃げるわけにはいかない」

 

 誰も戦えぬのならば、自分が行こう。それを行動に移せてしまうのがレイ。

 鹿目まどかが、巴マミが、佐倉杏子が死ぬ気で守ろうとしたものを守りたいと、レイは思った。

 

「ここでアイツを倒さなきゃさ、全部終わっちゃうよ。町も、人も、全部壊されちゃう」

 

「……そんなものよりも、わたしはっ! レイさんに死んで欲しくない! あなたまで、死んじゃったら、わたしは……っ」

 

「君にそんな顔をさせるために付いてきてもらったわけじゃなかったんだけどなぁ」

 

 ほむらにとって、大切なのは命を救ってくれたまどかやレイだけだ。

 学校や、そこに通う他の生徒たちのことなんて彼女たちに比べれば、優先順位が低い。

 嫌悪感を自身に対して抱かないわけではない。それでも、迷わず己の大切なものを選び取れるのがほむらだった。

 

「君は強いねー」

 

「わたしは、あなたや鹿目さんみたいに強くなんてない」

 

「ううん。自分の大事なものを守りたいという想いを抱ける人間はそれだけで強い」

 

「だったら、わたしに従ってください……」

 

「それは聞けないお願いかな」

 

「友達だから! あなたが大切だから、わたしはっ!」

 

「……友達、か。君がそう言ってくれて、僕も嬉しいよ。けど……」

 

「……ッ」

 

 ほむらは悲壮と悔しさの混じった顔を伏せる。

 友達を想う目の前の少女の願いを受け入れるわけにはいかない。

 なぜなら、まどかたちの想いは誰かが達成しななければならないとレイは思うからだ。

 

「ごめん」

 

「行かないで」

 

「ごめん」

 

「死なないで」

 

「ごめん」

 

「……わたしのことはどうでもいいんですか?」

 

「ずるいなぁ」

 

 矛盾している。

 友達の想いを成すというのなら、ほむらの想いも汲むべきだ。

 それをレイは無碍にしていた。

 

「心が、あれは倒さなくちゃならないって叫んでいる。世界をめちゃくちゃにしてしまうようなものを野放しには出来ない」

 

「あなたは皆を守るために行くんですね」

 

 英雄だったら、救世主だったら、友達の命を守れただろうか。

 

「――僕はさ、英雄でも、救世主でもないよ。ただの友達を守りたいって思う女の子さ」

 

 答えは出ない。けれど、はっきりしている事実はある。

 守れなかった。

 大切な友達を失ってしまった。もう彼女たちと言葉を交わすことも、触れ合うことも出来ない。

 だから、こんな思いを他の誰にもさせたくないと強く思う自分がいた。

 

『今の君には、魔法少女に変身する力すら無いと思うけれど』

 

「キュゥべえ……」

 

 白い獣が戦場に佇まっていた。

 ちょこんと地面に座るこんな瓦礫の山が構築されている場所でなければ可愛らしくも見えるだろう。

 

「君はこの戦いをずっと見ていたのかい?」

 

『もちろん。僕には、そういう役目もあるからね』

 

「みんなを助けようとも思ったりしないの?」

 

『無理に決まっているだろう。ボクにそういった力は何もないのさ。彼女たちが死んで逝くのを見て、悲しんだりはしたけれど』

 

「そんなふうには見えないけどね……」

 

 振り返る。

 レイは遥か先にいるワルプルギスの夜を見据えた。

 

「さてと、それじゃあ、最後の戦いに赴くとしますか」

 

『魔法少女にもなれず、光の巨人の力も行使できない今の君が行くのは本当に無謀だと思うよ。やめておいた方がいい』

 

「戦う力ならここにあるよ」

 

 完全に真っ黒に染まったソウルジェムをブレスレットから取り出し、キュゥべえへと見せる。

 

『魔力を生成することも出来ないはずだ。それでいったいどうやって……』

 

「なんとなくだけどさ。分かるんだ。いつからだったかな、シンくんに光をもらった時くらいからだったかな。

中からナニカが弾けようとしている感覚がだ、力を使っているとあった」

 

『……』

 

「しかもそれは相当大きなエネルギーを孕んでいるんだよね。」

 

『驚いた。まさか、そこまでね』

 

「僕、エネルギーの流れには敏感なんだよね。これがいったいどういうものなのかまでは把握できていないけれど」

 

 光のエネルギーの扱いに長ける者として、己の中に流動する物には過敏に反応する。

 レイは魔法少女の秘密にまでは気づいていないが、小さなヒントからソウルジェムにはナニカがあることを突き止めていた。

 

「それでも膨大なエネルギーには違いない。これ発動条件はよく分からなかったけど、今なら分かる。発動させるためには、ソウルジェムを完全に濁らせなければならなかった」

 

『正解だ。しかし、それを解き放ってしまえば、君は……』

 

「言わなくていい。なんとなく想像はついているよ」

 

 おそらく、レイは飛鳥レイという個を保てなくなる。

 自身の消失を意味することくらい理解していた。

 人にとって、魔法とは身に余るものだ。それを行使してきた代償を払わされるだけのことだ。

 

「それでも、やらなくちゃならない」

 

『そうかい。残念だ』

 

「そんなこと思ってもないくせに」

 

 無表情だなぁと、キュゥべえに対して改めて感じる。

 

「シンくんにも申し訳ないことをしてしまったなー」

 

 せっかく貰った(ひかり)をこれから失ってしまう。だから、謝ろうと思って、

 

『お前の守りたいもんのために使うんだろ? だったら、意味があったさ』

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

「そうだね。なら、この選択は絶対に間違いなんかじゃない――」

 

 最期にまた勇気を貰ってしまった。

 レイの心が温かくなる。

 

 きっと怖くなんてない。力を使って、あれを倒して、またみんなと。

 

 希望を胸に秘め、それを反転させた。

 

 ――世界は、救われた。

 

 

 

 

 

 

『素晴らしい力だ。あのワルプルギスの夜を一撃で葬り去るなんてね』

 

 暁美ほむらは結末に涙し、すべてを目撃した白い外来者は、大袈裟に結論づけた。

 

『ようやく納得がいった。君は地球における外敵を退けるための抑止力(カウンター)だったんだね』

 

 少女の運命の大きさとはいったいなんだったのか。

 なぜ、光の巨人から光を受け継ぐことになったのか。

 

『地球が選んだ地球を守るための装置。それが君だ、飛鳥レイ』

 

 ゆえにこそ、運命に選ばれた。

 

『原初の巨人はティガ。もとは光の側の巨人だったが、闇に墜ちた側面をも持つ巨人だ。この二つの属性を備える巨人を、地球上において食物連鎖の頂点に立つ人間に与えることで、人間が生き残る要因と、人間が絶滅する要因を作った』

 

 星が外からの侵略者によって滅ぼされる可能性を潰すため。

 星が内からの破壊者によって滅ぼされる可能性を潰すため。

 そのために地球の意志が用意した抑止力。

 

『要するに、地球が生んだ光の巨人というわけだね』

 

 必ずそこには特別な理由があるのだ。でなければ、本物の光の国の巨人が認知するはずがない。

 

『しかし、人間を守るために行使した力は、闇へと堕ちた。これから世界は彼女によって滅ぼされてしまうのだろう。……こうしてみれば、簡単な方程式だった。さて、この結末をどう思うかな。暁美ほむら』

 

「わた、し、は……」

 

 無力だったがゆえに、少女は生き残ってしまった。

 力を得る勇気がなかったから戦う術を持たなかった。

 最後まで傍観者であったからこそ命を落とすことはなかった。

 それが暁美ほむらという少女。

 力を得て、友達を守ろうとした彼女とは違う運命を自身で選んだのがほむらだ。

 

「この結末を否定したい」

 

 涙を拭った。

 

 決意を胸に秘める。

 

『なら否定し続けるとといい。それで何か解決するとは限らないけれど』

 

 佐倉杏子が死に、巴マミが死に、鹿目まどかが死に、飛鳥レイはその身を闇に堕としてまでワルプルギスの夜を倒した。

 これが変えようのない結末であり、ほむらにとっての現実。

 ゆえに、打破せねばなるまい。

 

「私、叶えたい願いがあるの」

 

『……ふむ』

 

 獣はほむらを観察するように見つめる。

 

『なるほど、これは驚いた。不思議なことに以前では考えられないほどに君の背負う運命は大きく変動したようだ』

 

「キュゥべえ、あなたはどんな願いでも叶えられるんだよね」

 

『もちろんさ。どんな願いだって叶う。しかし、それに見合った運命を君が担っているのなら』

 

 そう。人の運命とは生まれた時から決められているものである。それが何らかの要因によって変化があるのは、飛鳥レイが証明している。

 暁美ほむらの運命は獣と邂逅した頃であれば、魔法少女になる素質および素養は兼ね備えてはいた。だが、それは魔女に襲われたところを魔法少女に助けられたがゆえに、獣を目視出来るようになったにすぎない。

 その程度のものだったのだ。暁美ほむらという少女の背負う運命とは。

 だからこそ、結末を否定すると言ったほむらに対して、先に釘を刺す。

 

『だが、飛鳥レイを助けることは不可能だ。暁美ほむら、君と飛鳥レイでは背負っているものが違い過ぎる。ああなってしまったレイに干渉し、元に戻すのは到底……』

 

「私の願いはそうじゃないの」

 

 祈りを捧げるようにほむらは両手を握り、立ち上がる。

 

「私は魔法少女になって、出会いをやり直したい。守られる私じゃなくて、誰かを守れる私になりたい」

 

 英雄になりたいわけじゃない。救世主になりたいわけじゃない。

 ずっと守られてきたのだ。

 まどかに、マミに、杏子に、そしてレイに。

 出会ってから守られてばっかりだった。もう彼女たちの後ろ姿を眺めるだけの自分にはうんざりだ。

 友達が傷つく姿を見るのが怖い。

 友達が死んでしまいそうになるのが怖い。

 ただ、大好きな友達を守りたい。

 

 ――今度はすべてを見てきた暁美ほむらが助けなくてはならない。

 

『そうかい。君はそう願うんだね』

 

 いいだろう、とキュゥべえはちょこんとその場に座り込む。

 

『契約は成立だ。君の願いはエントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん。その新しい力を』

 

 なりたいんだ。

 誰かを守れる自分に。

 誰かを助けられる自分に。

 友達の隣に立てる自分に。

 

 暁美ほむらは未来への希望(ひかり)をその手に掴み取った――

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました。

 

 ずっと長い夢を見ていた気がする。

 

 それは少女漫画なんかで見るメルヘンな魔法少女が登場する夢だ。

 けれど、彼女たちの生きる世界はメルヘンなんかではなく、人間を狙う魔女と殺し合いを続けるというもの。本当に血生臭いものだった。

 私はそんな魔法少女たちと友達だった。

 魔法少女はクラスメイトだったのだ。これには驚いた。彼女に危ないところを助けられてからというもの、よく一緒に居るようになった。

 気の弱い私なんかに友達が出来るなんて思ってもみなかったのだ。

 だから、彼女やその先輩と過ごす時間は嬉しくって、かけがえのないものになった。

 新しい二人の魔法少女と出会った。一人は怖くって、気が強そうな女の子。もう一人はカッコよくて、お風呂が好きな女の子。

 二人とも私とは全然正反対の人だ。

 お風呂が好きな女の子とは一緒に遊びに行ったこともある。

 ショッピングモールの中を色々回って歩いた。

 すごく楽しかったのを鮮明に覚えている。

 そして、魔女に標的にされてしまった私をその女の子は助けてくれた。

 色んな強い敵がいた。みんなでかかっても勝てないくらいの敵。

 それでも最後には力を合わせて勝利した。

 私はその光景を見て、すごいなって、ずっと憧れていた。

 でも、勇気が出なかった。人を、町を守るために戦う魔法少女たちと自分なんかが一緒に戦えるわけがないと思っていたのだ。

 

「ここ……」

 

 意識が覚醒してくる。

 白で埋め尽くされた部屋。カーテンは揺れ、隙間から陽光が差し込んでいた。

 そのベッドに少女は眠っていたらしい。

 少女は自分の身体の重ったるさに、むぅとしつつも上体を起こした。

 

「なんで」

 

 自分は泣いているのだろう。

 顎にまで、涙が流れてしまっている。

 そうだ。この夢の結末はとても悲しいもので……。

 

 握られた手の中にある感覚にハッとした。

 

「夢じゃない……」

 

 紫に輝くソウルジェムがあった。

 

「そうだ。私は」

 

 ――無力であった少女は、自分自身で己の運命を掴み取った

 

 

 

 







これにて最終回となります。最後までこのような拙作を読んでいただきありがとうございました。

最終回まで初めて描き切ったことに自分でも驚いております。ホント、エタるかと思ったことはありました。

あと一時期、更新が滞ってしまい申し訳なかったなあと思っています。

 この物語の始まりとしては、旅人である魔法少女がたまたま風見野市で佐倉杏子と出会い、ひょんなことから見滝原で活動する魔法少女たちと出会い困難に立ち向かうものとなっております。

 もし、続きを妄想するならば、アニメのようにほむらちゃんがループする中で、旅人としてレイが色んな形で出会ってストーリーが紡ぎ出されるかと思います。

 なのでルートによってはレイと良い形で出会えるかどうかが、ほむらちゃんのワルプルギスの夜攻略の鍵となってくるみたいな。

 さて、ウルトラマンと魔法少女まどか☆マギカのクロスオーバー作品でしたが、どうだったでしょうか。面白いと思っていただけたなら幸いではありますが、そんなこともなかったのかなーと。

 あんまりというか、ほぼ感想が来なかったので、自分が書いているものが全く面白くないのかなーと思い悩む時もあったのですが、なんとか最後まで書き切れてよかったです。

 完結したし、感想をくれ!!(切実)

 そんなわけでちょっとした設定とかをここに投げて終わりたいと思います。


name:飛鳥レイ (アスカ・レイ→零→ゼロ)

ティガの光を継ぐものとしてのアスカ・シンが存在しており、名前の由来として彼の名前と光を冠する者として飛鳥(アスカ)レイ(光)。

父親の名前 三(ティガ)船(ノア)大地(ガイア)

性別:女

一人称:僕

イメージカラー 白色(まばゆい光&銀)

髪色は銀。キラっとした赤と青のヘアピンで前髪を分けている。美樹さやかと似たように分けているせいで、本人にはどこか親近感が湧いている。初対面からさやかに対しては距離が近いのもそれが理由。
快活なタイプ。運動は大の得意。以前、学校に通っていたが、もう通っていない。魔女との闘いによって校舎が壊れた後、もうその地域から立ち去った。
幼少期、孤児院で育つ。よって、親の記憶が彼女にはない。そこの助けもあり、お金に関しては困っていない。しかし、食べたい物は食べちゃえをモットーにしているがため、お財布は常に軽い。無駄遣いではないのだ。決して!

好きなものは、お風呂、入浴。

性格の形成に孤児院での頃の経験が大きく関わっており、中でも父親代わりになってくれた人物との毎日が彼女にとっての宝物である。

魔法少女になった祈りについて。
彼女は友達を助けたかったのだ。ただ、それだけ。因果は彼女自身の遺伝子によるもので、魔法少女の素質は十分あった。
自分では自覚していないが、人助けこそが彼女の本質だった。遺伝子によるものが大きいが、孤児院での教えがよりその本質の形成に深く関わっっていた。彼女は彼女なりに人を愛している。愛しているからこそ、悩む。もがき苦しむ。愛とはなんなのか。

しかし、彼女の本質とは地球によって定められた脅威への対抗(カウンター)に他ならない。
光の巨人としての運命も背負う彼女は、太古から活動するインキュベーターによって魔法少女となるのは目に見えていた。だからこそ、地球を蝕むもの。すなわち、人間を滅ぼすための手段として、地球の意思が用意した運命。魔女となった飛鳥レイは数日のうちに人間のみを殺し尽くす殺戮兵器なるだろう。それがダークネス化。

その性質は奇跡と光
物語は『ウルトラマン』。光の巨人、神。
その意思を遺伝子に宿すがゆえに奇跡を代行することが可能だ。しかし、奇跡には総じて代償が伴うだろう。
だってそうだろう? この世に起こる事象のすべては等価交換によって成り立つのだから。

ノアが彼女を認めたのは光を受け継ぐ者としての側面をもつ人間だったからである。そういった意味ではレイも適正者(デュナミスト)と言えるだろう。
父の名前にも起因するものがある。

ウルトラマンを継ぐため、体は丈夫で健康そのもの。同化することにより、相手を救う(癒す)という能力も秘めている。それにより、円環の理と化す鹿目まどかに救いの手を差し伸べ、助け出した。(ここの設定を使って、もし話が続いたなら、そういうエンドにしようと考えていた)

叛逆の物語はない。


彼女は魔法少女として生きるのか、人間として生きるのか、それとも……


「あきらめるな」


光を継ぐもの(ティガ)
新たなる光(ダイナ)
光をつかめ!(ガイア)
新しい光(ゼロ曲名)

ティガ=3
光の巨人

光の三原色=赤・緑・青

合わせると白色になる

これがイメージの基であり、継ぐ者としてのティガが根幹にあり、そのバトンを繋いだダイナの名を冠し、新しい光となるべくガイア(地球)が選んだゼロ(始まり)。



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