【一発ネタ】FGO4周年で実装された英霊たちで聖杯戦争【最後までやるよ】 (天城黒猫)
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英霊召喚

 我慢できなかったんだ。ちょうど聖杯戦争できるメンバーがFGOで急に実装されたら、物書きとしては想像しちゃうし、我慢できなくなったら書くしかないじゃないか。

 自分なんかが書いていいのか感はあるけれど、頑張って書いていきますよ! ついでに言うのなら、同じ題材でほかの人が書いたものも見たい。

 連休中なので毎日投稿していきますよ!!


 聖杯戦争──それは七騎のサーヴァントを召喚し、敗北した英霊の魔力を糧として願いを叶える魔術儀式である。

 

 聖杯自体は世界中、ありとあらゆる時代にありとあらゆる種類のものが確認されているし、聖杯戦争もまたありとあらゆる世界で行われている。

 これから我々が見るのは、そんなあらゆる世界において行われている聖杯戦争の一つである。無数のIFが存在するのならば、このような聖杯戦争もあり得るのだろう。

 

「アルゴー船の破片、か」

 

 御三家が一つ、アインツベルンが所有する城の一室で、衛宮切嗣は目の前に置かれている物体を見てつぶやいた。

 サーヴァントを召喚するための魔法陣の中心に、特定の英霊を呼び寄せるための触媒として置かれたものは、時代

 を経たことによって黒く変化した木片だった。その木片こそが、先ほど衛宮切嗣が口にしたアルゴー船の破片そのものである。

 

「不安、かしら」

 

 とアイリスフィール・フォン・アインツベルンは己の夫である衛宮切嗣に問いかけた。彼は眉を潜めて答えた。その声は確かに彼女が心配したように、どことなく自信がないようなものだった。

 

「そうだね。アルゴー船といえば、ギリシャ神話でも名だたる英雄たちが乗った船だ。有名どころでもヘラクレスにアタランテ、メディア、カストールにポリュデウケス……別に戦闘が強い弱いという問題じゃないんだ。問題は、僕とそんな英雄たちとの相性が合うかどうかだね。

 キャスターやアサシンのような、不意打ちや小細工、裏でこそこそと動き回ることを良しとする英雄ならば、別に問題はない。僕のやり方とあっているからね。でも、問題はそういう卑怯な行為を良しとしない英雄が召喚された場合だ」

 

「そうね」

 

 アイリスフィールは頷いた。

 

「英雄との相性は重要よ。……けれども、おそらく心配はいらないわ。なぜって、このような複数の英雄から一人が召喚されるような触媒なら、そのマスターと最も性格が近い英雄が召喚される可能性が高いもの。大丈夫よ」

 

「……うん、そうだね。ともかく始めて見なければわからないことだ」

 

 ──衛宮切嗣は頷き、体内の魔術回路を起動させて召喚を行うための呪文を口にした。

 

「────」

 

 

 

 ──同時刻、冬木市でもいくつかの場所で英霊召喚の儀式が行われていた。その様子を一つずつ見ていくとしよう。

 まずはこの聖杯戦争という魔術儀式を作り出した御三家が一人、遠坂時臣の屋敷の様子を伺うとしよう。

 

「そろそろ時間ですね」

 

「ああ」

 

 と言峰綺礼は遠坂時臣に声をかけた。その声を受けた時臣は頷き、触媒を陣の中心に配置した。その触媒とは、とある大英雄を貫き、殺すまでに至った矢であった。

 遠坂時臣は、その触媒を自慢げに己の弟子である言峰綺礼に解説し始めた。それは師として、魔術に疎い弟子に対して指導しなくてはならない、という感情とこれから召喚する予定である英霊を己のサーヴァントとして行使することができるという期待からくるものだった。

 

「これはアキレウスの踵を貫いた矢だ。つまり、私が召喚する英霊はアキレウスにほかならない。不死の肉体を持ち、英雄として強力な力を持つのは間違いない。強力なサーヴァントだ」

 

「そうですね──」

 

 言峰綺礼は眉一つひそめずに己の師の解説を聞き入れた。

 この際、彼の心中では一つの疑問があった。それは、その矢は確かにアキレウスの踵を貫いたのだろう。しかし、矢に貫かれたものがいるのならば、放ったものがいるのは当然の話だろう。その矢を放った人物が召喚されるという可能性もあるのだ。

 しかし、己の師である遠坂時臣は、そのようなことは思考の埒外にあった。これは、召喚するべきターゲットを確定する手段があるのか。それとも……

 

 ──その疑問を口にすることは簡単だった。しかし、言峰綺礼はどうにも口にする気分にはならなかった。それに、己の師はすでに詠唱を始めていた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ──」

 

 遠坂時臣は己の魔力を、目の前にある陣に流し始めた。

 

 

 ……次に、ウェイバー・ベルベットの様子を見るとしよう。

 彼は人目のつかない山奥にて、鶏の血液を使用して描いた魔法陣の前に立っていた。そして、触媒は血まみれの十字架だった。

 彼にはその十字架がどのような英霊を呼び寄せるのかは全く知らない。それもそうだろう。彼はその触媒をとある偶然から、入手──もとい、己の教師であるケイネス・アーチボルトから盗み取ったのだ。

 

 ウェイバー・ベルベットという人物は非常に気弱で、魔術師としての家系も短く、実力もなかった。それがコンプレックスであった。それに、己が書いた論文を教師であるケイネス・アーチボルトに提出すると、教師はその論文に目を通すこともなく破棄し、ウェイバーの考えを否定してみせたのだ。

 

 その折、ケイネス・アーチボルトが聖杯戦争という、極東にて行われる魔術儀式に参加すると耳にし、更に英霊を召喚するための触媒を手に入れたウェイバーは、その儀式に参加することによってケイネス・アーチボルトだけではなく、己を馬鹿にする周囲の人物を見返そうと単身日本へと移動し、今に至るのだ。

 

「やってやる……!」

 

 ウェイバーは高揚感に包まれていた。それは、これから行われる儀式に参加するために、重要なサーヴァントという過去の英雄を従えることができるというものか、それともこれから行われる戦争の中で活躍する己を夢見てのことか。

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ……!」

 

 ウェイバーの魔術回路によって、魔法陣に魔力が行き渡り始めた。

 

 

 次に雨生龍之介の様子を見るとしよう。

 彼はいわゆる殺人鬼と呼ばれる人種であり、警察の捜査をかいくぐりながら全国のあらゆる場所で殺人を行ってきた。

 

 龍之介が殺人を行う理由はただ一つ。ひとえに死というものを知りたいからである。映画で見るような特殊メイクやらCGによる演出で表現される血みどろの内臓や役者によって演じられる断末魔のような、嘘っぱちの死に疑問を抱き、本当に人を殺した場合どのような死が現れるのか──彼は常にそれを追いかけているのである。

 

 彼はこれまでに様々な方法でありとあらゆる人間を殺害してきた。例えば刺殺、例えば絞殺、例えば溺死、例えば衰弱死、例えば焼死、例えば──考えうるかぎりのありとあらゆる方法で人を殺しては、満足していたのだが、ある程度回数を行った今となっては、満足することなくモチベーション不足になっていた。

 しばらく悩んだのち、一度己の原点に返ろうとした彼は、実家の倉庫に帰り彼が初めて殺人を行い、木乃伊状態となった姉と再会した。しかし、それでも何も思いつかず、ため息を吐いた際その本を見つけた。

 

 ……雨生龍之介の家系は、今となっては途絶えてしまっているが当時は魔術師の家系であった。そして、龍之介が発見した本というのは、聖杯戦争について書かれた本であった。

 サーヴァントを召喚するための儀式について書かれているページを見た彼は、魔術というオカルトに首を傾げ、眉をひそめつつも儀式というワードに反応した。

 

 ──儀式殺人。その殺人行為はまだ行っておらず、殺人鬼の興味を引くには十分なものだった。

 

 冬木市に移動した龍之介は、これまでに何度か夜な夜な家に侵入しては一家を皆殺しにし、その血液で魔法陣を描いては呪文を詠唱してきた。しかし、何も起こらなかったため、彼は今回で最後にしようとしていた。

 

「ねぇ」

 

 と龍之介は友人に話しかけるような笑顔を浮かべながら、逃げられないように体を縄で固定し、叫ぶことができないようにガムテープで口をふさいだ少年に話しかけた。

 哀れな被害者である少年は、突然己の母親と父親を殺し、その血液を使って魔法陣を描き始めた男に恐怖するしかできなかった。

 

「君はさ、悪魔って信じる?」

 

 その問いかけに、少年は恐怖のあまり答える気にはなれなかった。答えようとする余裕が一切ないのだ。しかし、それを気にした様子はなく、龍之介は言葉を続けていった。

 

「これからさ、悪魔を召喚しようとするんだけれど、成功したらキミを生贄にするからね」

 

「──」

 

 生贄──その言葉に少年は体を震わせた。

 つまり、龍之介は己を殺そうとしているのだ。少年はこの場から逃れようとして、体をじたばたさせた。しかし、四肢を縛られているため、逃げることなどできず、ただ傍にあった棚にぶつかっただけだった。

 その際、棚に置かれていた、何かが書かれた竹の飾り物のようなものが、ちょうど魔法陣の真ん中に落下した。──少年にはそれがどのようなものか理解できなかったが、それは両親が中国旅行に行った知り合いからもらったものだった。なんだったか、コウダイだかなんだかが書いたものだったか。

 

 そんなどうでもいいことを少年は思い出していた。

 

「ああ、もう。あんまり暴れるなって。悪魔を召喚する前に殺しちゃうぞ?」

 

 龍之介は、自分の一言によって大人しくなった少年を見やると、本に書かれた呪文を口ずさみ始めた。

 

閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)

 繰り返す都度に五度。ええっと、ただ……破却、でいいんだよな? うんうん! ただ、満たされるトキを破却する」

 

 龍之介が描いた魔法陣は、徐々に輝きを帯び始めた。

 

「おお、すっげえ! なんだ、コレ!?」

 

 

 

 さて、次はケイネス・エルメロイ・アーチボルトについてだ。

 彼は若くして時計塔のロードにまで昇りつめた才気あふれる魔術師であった。自尊心も高く、それ故に己の名を高めるために聖杯戦争という極東にて行われる遊戯に参加を決定した。

 

 その際、召喚するサーヴァントの触媒を己の教え子に盗まれるというトラブルがあったが、彼は別段慌てるようなことはなかった。

 というのも、その盗まれた触媒というのは複数用意していたうちの一つのものであったからだ。

 

「ソラウ。これを見たまえ」

 

 とケイネスは己の目の前にある木片を自慢げに、己の婚約者であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリに見せびらかした。

 その木片はアルゴー船の欠片よりは新しいものではあるが、現在よりもかなり昔のものであることは明確だった。しかし、それでもなおその木片に宿る神秘は失われることはなく、かつては見事な装飾がなされていたということが分かるほどに劣化も破損もしていなかった。

 

「これはアーサー王をはじめとした騎士達が使用したといわれる円卓の欠片だ」

 

「円卓!」

 

 ソラウはケイネスの言葉に目を見開いた。

 

「かの円卓の騎士なら、きっとハズレはないわね。皆何かしらの伝説を残しているわけだから」

 

 彼女の言葉にケイネスはまずます自慢げになり、胸を張りながら言った。

 

「その通りだとも。ソラウ。誰が召喚されるのかがわからないという不安要素はあるが、君の言った通り円卓の騎士ならばまず問題はないだろう。モードレッドのような反逆の騎士でもない限りね。私や君のことを考えるに、反逆の騎士が召喚される可能性は限りなく低い、というよりは皆無だろう。

 きっと、私のことだから円卓の中で最も強い騎士とされた男か、あるいはアーサー王そのものを呼び寄せることも可能かもしれない。

 さあ、ソラウ。これから召喚を行うから、君にも手伝ってもらいたい。パスを二人で繋ぐんだ。そうすればサーヴァントに与える魔力量も増えるし、こちらの負担も減るからね」

 

「……ええ」

 

 ソラウは頷いた。

 

 彼女の目の前に立っているケイネス・エルメロイ・アーチボルトという男は、なるほど天才なのだろう。御三家が作り出したシステムに介入し、二人の魔術師による魔力供給を可能とするのは、実に容易なことではない。

 複数の触媒を用意し、その中から最善──すなわち知名度が高く、強力なサーヴァントを召喚することができるものを選択できるようにもした。

 ケイネス自身はその努力や技巧をソラウに見せびらかし、婚約者として格好つけようとしていたが、肝心の彼女の目には彼が望むような熱は宿っておらず、どこか達観したような、冷えたものがあった。

 

 しかし、ケイネスはそれに気が付くことなく、召喚の詠唱を行っていた。

 

「────告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 

 ケイネスの描いた魔法陣は、目を開けることができないほどの強力な光を放ち始めた。そして、部屋の中が黄金色の光によって染められ、強大な魔力を持ったものが現れようとしていた。

 

 

 

 最後にこれまでに紹介したアインツベルン、遠坂に続く最後の御三家が一つ、間桐の家の中を見てみるとしよう。

 

 四方が石で囲まれたその陰気でじめじめとした地下室では、間桐雁夜が魔力を発生させるたびに己の肉体を蝕む刻印虫による痛みに苦悶しながらも、召喚の詠唱を口にしていた。

 

「……グ、ァっ」

 

 間桐雁夜は、魔術師ではない。

 間桐という魔術の家系に生まれながら、己の家の教え、そして考え方を否定し、出奔した。それ故に、本来ならば聖杯戦争という儀式に加わることすらできないのだ。なんせ、英霊を召喚しようにも己の中にある魔術回路は存在せず、存分に魔力を扱うこともできないのだから。

 

 そんな彼が聖杯戦争に参加する理由はただ一つ。彼の思い人である遠坂葵の子──今は間桐のもとへと引き取られた間桐桜を救い出すために他ならない。

 五百年を生きる間桐の当主である間桐臓硯によって、間桐桜は蟲によってその全身を犯され間桐の魔術に適応できる体に作り替えられている。その外道ともいえる手法によって、間桐桜の心身はとっくにすり減っており、今や自らの感情すらも抱かない人形のような有様となっている。

 

 そんな彼女を間桐から救うために、間桐雁夜はその肉体を刻印蟲と呼ばれる蟲に喰らわせ、魔術回路を作り出し、一人の魔術師として聖杯戦争に参加するのだ。

 サーヴァントを召喚するための触媒は、間桐臓硯が用意したため、その詳細を雁夜は一切しらない。しかし、それでも彼は間桐桜を救うための方法がこれしかないため、その用意された触媒を用いてサーヴァントを召喚しようとしていた。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者……」

 

 間桐雁夜が召喚するサーヴァントのクラスは、バーサーカーである。

 彼は魔術師として未熟であり、魔術回路も蟲によって作られた急ごしらえのものだった。狂化によってステータスを上昇させるバーサーカーならば、たとえマスターが未熟な魔術師であり、供給できる魔力量に限りがあってもステータスが失われることはない。そのことを考えるのならば、なるほどバーサーカーを召喚するのは最善ともいえるだろう。

 しかし、魔力を使用するたびに蟲たちは、宿主の肉体を喰らい続ける。そのため表現しがたいほどの痛みが全身に走り、雁夜はもだえ苦しむこととなるだろう。しかし、それでも彼はそのような痛みにくじけることはなく、己の目的のために激痛に耐えながら詠唱を続けた。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者──!」

 

 

 さて、ここまで6人の召喚の様子を見てきた。

 聖杯戦争にて召喚されるサーヴァントは合計で7体である。しかし、残り一体のサーヴァントはすでに召喚されており、言峰綺礼がマスターとなっているためこの場では省略するとしよう。

 

 魔術師たちは詠唱を続ける。──そして、とうとう最後の一句が放たれた。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 

 ──召喚されるサーヴァントはそれぞれセイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカーの異なるクラスをあてはめられ、召喚される。

 

 衛宮切嗣はセイバーのサーヴァントを。

 遠坂時臣はアーチャーのサーヴァントを。

 ウェイバー・ベルベットはライダーのサーヴァントを。

 雨生龍之介はキャスターのサーヴァントを。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはランサーのサーヴァントを。

 間桐雁夜はバーサーカーのサーヴァントを。

 そして言峰綺礼はアサシンのサーヴァントを召喚していた。

 

「──問おう」

 

 魔術師たちの前に現れるは、人類史にその名を刻みし英霊たちである。

 

 これから行われるは英霊たちによる常人離れした戦争──すなわち聖杯戦争である。

 

 さあ、これはIFの世界にて行われる聖杯戦争だ。その結末を知りたいというのならば、英雄たち、そして魔術師たちが繰り広げる一つの物語を最後まで見届けるとしようではないか!

 

「貴方が私のマスターか?」

 

 

 




 次回は8月11日に投稿します。
 怖いなあ。感想、評価などよろしくお願いします!


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第2話

 ぶっちゃけ、こういうのって解釈違いが怖いんですよね。
 コイツはこんなこと言わないって言われると、ビクッとなります。新キャラだけど、どうなんだろうなあ。

 自分の中のガレスちゃんはほかの人と結構違う像持ってる感じだし……(ガレスちゃんレベル100にした人)




 アインツベルン城にあるいくつもの部屋の中でも、とりわけ豪華な部屋に置かれた椅子の上で、召喚されたセイバーはふんぞり返っていた。

 彼の目の前に置かれたテーブルの上には、元々はたくさんの食事が乗っていたであろう皿がいくつもあった。その大量の料理を口にしたのはただ一人である。セイバーが平らげたのだ。

 

 アインツベルンのホムンクルスが用意した食事は、どれもセイバーの舌にそれなりに合うものであり、質と量も問題なく平時ならば傲慢、あるいは我が儘な彼も満足したであろう。

 しかし、この聖杯戦争に召喚されてからというもの、セイバーは殆どの時間は不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

 そのことを察したアイリスフィールは、恐る恐るとセイバーに問いかけた。

 

「セイバー、私の勘違いでなければ、ずいぶんと機嫌が良くないように見えるわね。一体何が気に入らないのかしら?」

 

「何が気に入らないのか、だって?」

 

 セイバーはアイリスフィールの問いかけに、舌打ちして答えた。

 

「全てだ! そも、私は召喚される気など全くなかったんだよ! それこそ、私のみを狙って呼べるような触媒を用いてもな! 拒否するつもりだった。今回の召喚だってそうだ! 呼び出されると感じた時に、その召喚を拒否しようとした。だが、なぜかそれはできなかった。まるで何かに引っ張られるように、召喚されてしまったのだ! 

 ええい、よりにもよってなぜ私を召喚するのだ貴様等は!? 聞けば用いた触媒は我が船の一部だそうじゃないか。それならば、私の他にも色々居ただろう! アタランテとかな! なぜ私なのだ!」

 

「それは分かりません。ですが、イアソン。我々の手によって貴方が呼ばれたという事実だけは確かです。聖杯を手にするためにも、手を貸して貰いたいわ。ギリシャに存在する数々の英雄をまとめ上げ、アルゴナウタイの長として旅をした貴方の力があれば、聖杯を手にすることも不可能ではないわ」

 

 アイリスフィールの言葉に、イアソンは椅子の上でふんぞり返り、彼女を馬鹿にしたように見下ろした。

 

「断る!」

 

「な──」

 

 予想外の言葉に絶句するアイリスフィールに構わずに、イアソンは続けた。

 

「聖杯だと? 願いを叶える杯だと? ハン、馬鹿馬鹿しい。そんなモノを奪い合ってどうするんだ。戦うなどまっぴらごめんだとも!」

 

「望みはないの? 聖杯を手に入れれば、どのような望みでも叶えることが可能──」

 

「それこそ馬鹿馬鹿しい! 何でもかんでも願いを叶えるだと? 女、お前は本を読んだことはないのか? 物語を見たことは? 神話を聞いたことは? 願いだと? そんなモノ、叶いっこない! こういうのは、どうせ最後には何かしら酷いことになるのが見えているんだよ。どうせろくでもないモノだろう!」

 

 衛宮切嗣が召喚したサーヴァントの真名はイアソン。

 コルキスという海の果てにあるといわれている、黄金の羊の毛皮を持ち帰るために、多くの英雄を集めて旅立った船の船長である。

 セイバーとして召喚された彼は、召喚されてから数日の間このように、聖杯戦争に参加するような意思を見せず城中に居座っては食事を要求したり、城の中を適当にぶらついたり、時折使用人のホムンクルスに対して威張ったりしていた。

 

 アイリスフィールは、何とかイアソンを聖杯戦争に参加させようと何度も説得を試みているが、やはり結果は芳しくない。

 

「……聖杯の降臨は我らアインツベルンの悲願なのです」

 

「フン、何を言っている! 降臨? 悲願? 下らないな! ああ、下らなさ過ぎて思わず欠伸が出てしまうとも。いいか? 俺は戦うつもりはないし、聖杯戦争などというモノに興味もない。そもそもだ、人形の癖に願いを持つこと自体が烏滸がましい!」

 

「──キリツグ……あなたのマスターは世界の平和を望んでいます」

 

 イアソンは、アイリスフィールの言葉を耳にするたびにいちいち鼻で笑ったり、大げさに彼女を見下したりしていた。それも仕方がないことなのだろう。

 イアソンは聖杯戦争に興味はなく、そしてアイリスフィールを始めマスターである衛宮切嗣のことを見下しており、彼らの言葉を聞き届けるようなことはしなかった。これは彼の中にある王族としての傲慢さによるものであろう。

 

「何度も言わせるな! ()()()()()んだよ! お前たちはな! 世界平和? 下らない! 万能の願いを叶える聖杯? 下らない! 

 なぜ今この瞬間、世界が平和ではないのか? 万能の願いを叶えるものが今までの人類史にいたか? 世界を平和にしようとしてそれを叶えたものがいたか? いいや、いないとも! そんなことは不可能だ! そんなことができるのならば、ギリシャの神々や英雄がとうに実行しているんだよ。そんなことも分からないのか?」

 

「──今まで誰もができなかったのならば、僕がそれをやるまでだ」

 

「キリツグ!」

 

 彼らのいる部屋に、衛宮切嗣が登場した。

 切嗣は、イアソンを睨みつけて言った。

 

「聖杯にはそれを叶える力がある。だから、力を貸せ。セイバー」

 

「お断りだと言ってるだろ! わからないやつらだな、お前たちは!」

 

 切嗣は己の手の甲にある令呪をイアソンに突きつけ、威圧するような調子で言葉をつづけた。

 

「僕たちに手を貸さないのならば、令呪で命じることもできる。ここで自害させることもできるだろう。それか体を動かせないようにして、日本まで引っ張っていこうか? ああ、それとも死ぬよりもマシな痛みを令呪で発生させてやろうか? 

 忘れるな。セイバー。お前は王族だったし、アルゴー船の長だったのだろう。けれども、この場でその権力は一切通じないと思え。命令権はこっちにあるんだ。どんな手を使っても、聖杯を手に入れなくちゃあならないんだ」

 

「…………」

 

 切嗣とイアソンはお互い睨みあった。

 時間にしてどれほどだっただろうか、彼らの目線や殺気によって空間が凍り付き、時間の動きは静止したかのように思えた。彼らの冷たい感情に挟まれたアイリスフィールは、さながらその前身を鋭い剣でめった刺しにされたかのような錯覚を覚えた。

 

「……ハァ」

 

 一つのため息があった。

 それはイアソンのものだった。彼のため息により硬直は解け、空間は元通りの温度となり、静止した時間は動き出した。

 イアソンは諦めたかのように──否、実際に諦めていたのだ。今彼の目の前にいる衛宮切嗣という男の意思は固く、言葉を投げかけようが、実力で制圧しようがどうこうできる類のものではないと気が付いたし、目的のためならばどのようなこともしてみる人種だと見抜いた。それ故に、イアソンはマスターに対して言った。

 

「クソ、死しても召喚に抵抗するべきだった! いいだろう、そのニホンだったか? 闘いの舞台に移動しようじゃないか! だが、私は何もしないぞ! 戦うのは、魔術師。お前だけだ。ああ、その女も戦うというのならば別だがな! 

 ああ、それとその忌まわしき令呪をこっちによこせ。あるいは放棄しろ! 強制的に前線に引っ張り出されても叶わん。言っておくがな、私は弱いぞ! それこそ、なぜセイバーで召喚されているのかも不思議なくらいにな! お前たちの結末はどうせロクなことにならないだろうよ! 呪いあれ!」

 

「令呪の放棄はできない。これは僕にとっての生命線だ。だが、令呪による命令はしないと約束しよう」

 

「……フン、どうだかな。まあいい。それと豪華な食事と部屋を用意しておけ。この私が居るのにふさわしい場所をな!」

 

 

 

 さて、場所をドイツから日本は冬木市へと移動するとしよう。

 冬木は遠坂時臣の屋敷の一室に、4人の人物が集まっていた。一人は言わずもがな、この屋敷の主である遠坂時臣である。もう一人は彼の弟子──聖杯戦争の監督役として教会に属しながらも、遠坂時臣の協力者である言峰綺礼。

 そして遠坂時臣のサーヴァントであるアーチャー、パリスに、言峰綺礼のサーヴァント、アサシンのクラスをもって現界したシャルロット・コルデーである。

 

 時臣はゆっくりと口を開いた。

 

「……先ほど知らせがあった。すべてのサーヴァントが召喚されたというな」

 

「それでは」

 

 綺礼の言葉に、時臣は頷いた。

 

「そうだとも。いよいよ始まる。聖杯戦争がね。その際は、君たちにも頑張って貰うよ。アーチャーにアサシン」

 

「は、はいっ!」

 

 アーチャーは己のマスターの言葉に、おずおずとしながらも、幼い少年特有の元気な声で答えた。

 

「未熟者ですが、アポロン様もいますし、精いっぱい頑張らせてもらいます!」

 

 アサシンも微笑んでみせた。その笑顔は、万人を魅了するほどに美しかった。

 

「私も努力します! どこまでできるかは分かりませんが……」

 

 サーヴァントたちの言葉に、時臣は頷いた。

 

「ああ。だが闘い自体はまだまだだろう。今は二人と共に親交を深めるなりしておいてくれたまえ。私も、綺礼と話があるからね」

 

 彼の言葉に、パリスとシャルロットは頷いてその場から立ち去った。

 残された時臣は、言峰に声をかけた。

 

「いやはや、全く驚いたよ。アキレウスの召喚こそは叶わなかったが、彼を殺したパリスに加え、どうやら神格は大分落ちて、そこらの使い魔のようになっているが、神霊までもが召喚されるとはね」

 

「全くです。いかがしましょうか?」

 

「私の目的は変わらない。根源への到達だ。聖杯を用いて根源へと到達する。そのためには、聖杯戦争で召喚されたすべてのサーヴァントの魔力が必要だ。だから──」

 

 時臣の言葉を、言峰が続けて言った。

 

「我々が召喚したサーヴァント以外の者を脱落させ、最期に残ったサーヴァントも令呪によって自害させる」

 

「そうだとも、綺礼。君にも働いてもらうぞ」

 

「はい──」

 

 遠坂時臣と、言峰綺礼はこの先どうやってほかのサーヴァント、そして魔術師を脱落させるか何度も協議を重ねた。

 

 

 

 さて、次にウェイバーの様子を見るとしよう。

 ウェイバーは、自分が召喚したサーヴァントの態度に、非常に不機嫌になっていた。始まりは己がサーヴァントを召喚したときだった。

 彼は自分が英霊を召喚したという事実に、興奮を隠せずに絶頂へと至っていた。しかし、その快感は召喚されたサーヴァントの言葉によって、一気に冷えてしまった。

 

「ライダー、バーソロミュー・ロバーツ、召喚の求めに応じて参上した。……君が私のマスターということでいいのかな?」

 

「あ、ああっ! そうだ!」

 

 ウェイバーは突然の問いかけに、しどろもどろになりながらも答えた。

 

「ぼぼぼ、ボク……いや、ワタシがお前のマスターだ!」

 

「そうかそうか!」

 

「うわぁ!?」

 

 ウェイバーは驚きのあまりに悲鳴をあげた。ライダーが突然、両手で彼の肩を掴んだのだ。

 

「ふぅむ……惜しいな! どことなく長髪……メカクレの気質は感じなくもないが、ああ。それにしても惜しい!」

 

「な、なんの話だよ!? メカクレって何だ!? バカにしているのか!」

 

「おっと。これはすまない」

 

 バーソロミューはウェイバーから手を放し、紳士らしいふるまいを見せながら言った。

 

「メカクレとはな、世界の宝だ。ああ、それはとても素晴らしいものだ。君にちょっと、ほんのちょっぴりだけメカクレの素質を感じたのだが、どうやら少し違うようだ。だが、安心したまえ。マスター。私はサーヴァントとして、貴方に仕えよう。海賊として、欲するものは全て手に入れてやろうではないか!」

 

「あ、ああっ! 当然だろう! 聖杯を手に入れるのはこのボクだ! せいぜい活躍しろよ、ライダー!」

 

 そう啖呵を切ったウェイバーに、ライダーは頷いた。

 しかし、それからというものライダーは特に闘志を見せる様子は一切なく、街中をうろついては道行く人物(特に目が隠れた人物)に声をかけたり、本屋へと赴いては目の隠れた登場人物がある本を購入したりなど、そのほかにも現代における娯楽をゆっくりと満喫していた。

 今朝も、ウェイバーが暗示をかけて居候している老夫婦の朝食に、舌鼓をうったり食事後に洗い物をしたりと、老人を助ける紳士といったようなふるまいをしてみせた。

 

「いつになったら戦うんだよ!」

 

 ライダーの態度に、限界が来たウェイバーは街中の道すがら、そう怒鳴った。

 

「お前は、メカクレだか何だか知らないけれど、遊んでばっかりじゃないか!」

 

「いえいえ。そんなことはありませんよ。メカクレの素晴らしさを説いてもあなたは理解できないのは残念ですが、押しつけはよくありません。あなたを私の同志にするのは諦めましょう。

 戦いに関してですが、そう急ぐことはありませんよ。無策で戦っても敗北するだけです。ですから、私はまずこの戦いの舞台となるこの地の地形を把握するために、あちこちうろついているのですし、ついでにサーヴァントの気配を探っているのです」

 

「……しっかりやることはやっているんだな?」

 

「ええ。もちろんですとも。戦いに最も重要なのは、策です。策を練るには、まずはありとあらゆることを知らなければ。全て必要な行為なのです」

 

「メカクレ本を買ったりするのもか? 正直アレ、結構出費があるんだぞ?」

 

「あ、それは単純に私の趣味ですね」

 

「ふざけんなっ!」

 

 ウェイバーは激昂し、ライダーを怒鳴りつけた。

 それにライダーは申し訳なさそうに頬を掻きつつも、ウェイバーに尋ねた。

 

「そういえばマスター。貴方は何を聖杯に願うつもりですか?」

 

「……決まってる! ボクを馬鹿にしたやつらを見返すんだ! 先生に、時計塔の同期……この戦いに勝って、ボクを見下すやつらの認識を改めさせてやるんだ!」

 

「なるほど」

 

 ライダーは笑顔で頷いた。

 

「評価……名誉を欲しますか。それはとてもいい。大切なことですからね」

 

「そうだ。ライダー、お前はどうなんだ? 何を聖杯に願うつもりなんだ?」

 

「そうですねえ。私の理想とするメカクレを呼び出して欲しい! とかどうですか?」

 

「ふざけんなっ!」

 

「ハハハ、まあ。ご安心を。──私は海賊です。海賊とは、欲しいもの全てを奪い取るものなのです。故に、私が欲するものは、すべて手に入れてみせましょう」

 

 ライダーの態度は、常に紳士的だった。しかし、この時ばかりは彼の目の奥に狂気ともいえるような、暗い光が宿っていた。それにウェイバーは身震いしたが、同時にこのバーソロミュー・ロバーツという人物に確かな期待を抱いた。

 

「……ま、頼むぞ。ライダー」

 

「ええ、お任せください」

 

 




 ライダー陣営がギャグテイストなのは仕方がない。
 真面目にやるときは真面目にやるので大丈夫。

 次は明日(8月12日)投稿します。


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第3話

 ぶっちゃけると、現状情報がマテリアルやマイルームボイスしかないキャラクターを主役として、こうして話を書くっていうのは割と無謀だったりするんですよ。
 強さとかもよくわからないし、細かい設定やキャラの考え方、信念、性格……いろいろと情報が不足している状態です。なので、設定の齟齬やらなんやら、後々起こってもなんらおかしくないです。

 でもまあ、そんなモンは想像で補ってしまえ。それが二次創作ってモンだ。つまり何が言いたいかというと、現状は解釈は自由自在。作者次第でどうにでもなる。強さのバランスも作者次第。書いていて超楽しい。

 あ、解釈違うわー、という場合は感想で言っていただけるとありがたいです。参考になりますので。

 あと、あとがきに自分の解釈とか、本編の補足とか載せてます。長々と申し訳ありません。本編をお楽しみください!




 魔術師たちには、魔術、あるいは神秘を一般の人に知られてはならないという掟が存在する。というのも、神秘というものは多くの人に知られれば知られるほど、その力を失うという性質を持っているため、魔術師たちは己が根源へとたどり着くために、そして魔術を行使するためにも神秘の漏洩が発生しないように、慎重に行動している。

 

 この聖杯戦争においても、そのルールは適用される。すなわち、サーヴァントという規格外の存在と、そのマスターである魔術師による争いは、激しいものとなるのは必然と言えよう。しかし、それでもなお神秘の漏洩を防ぐというのは、絶対的な条件であり、ありとあらゆる物事において優先されるものなのである。

 故に、聖杯戦争における戦いは人々が寝静まった深夜に行われることが多い。

 

 さて、現在の時刻は草木も眠る丑三つ時。

 冬木にある家やビルの明かりはどれも消え失せ、住民たちは深い夢の中にいる。明かりといったら、道を照らす街灯と、侘しい月明かりのみだった。僅かばかりの風が吹き、物さみしい夜となっていた。

 

「──遠坂時臣に、そのサーヴァントで間違いないかね?」

 

 そんな時間でありながら、遠坂の屋敷の庭には四人の人間が立っていた。

 一人はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。一人は彼のサーヴァントであるランサー。

 一人は遠坂時臣。一人は彼のサーヴァントであるアーチャーだった。

 

 この遠坂家の屋敷には、結界が張っておりこの屋敷の敷居の内部で爆弾を爆発させようが、その音や光は外部からは一切見えないように魔術的な細工がなされている。つまり、暴れるのには絶好の場所というわけだった。

 ケイネスは、早々にして遠坂時臣へと挑戦状を叩き付けていた。これは、彼の若さとプライド、そして自信ゆえに可能とする行為であった。

 

「如何にも。そういうあなたは、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトですね。その噂は、私の耳にも届いていますよ」

 

 その大胆不敵な登場を果たした敵に、時臣は微笑みながら答えた。彼の笑みは知人に話しかけるときのように、柔らかいものだったが、その目は敵を叩き潰すという烈火のごとき意思が潜んでいた。

 

「それは結構。これ以上の言葉は必要かね?」

 

 とケイネスは時臣に問いかけた。それに彼は首を振ってみせた。

 

「いいや。立会人も居ない。そして我々の目的は明確でしょう。──故に、これよりは言葉ではなく、腕で。魔術で語り合うとしましょう」

 

「よろしい」

 

 ケイネスは頷いた。

 それが始まりの合図だった。ケイネスの背後に控えていたランサーは、その盾を構えながらアーチャー目掛けて突進した。

 屋根の上に陣取ったアーチャーは、ランサー目掛けて矢を放った。

 ケイネスは己の礼装である月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を操り、剣の形となった水銀が時臣へと襲い掛かった。時臣は礼装を振り、1、2節ほどの短い詠唱を唱、巨大な業火を発生させた。

 

 ──この瞬間、この聖杯戦争の初戦が始まったのだ。それを見守るは、ほかのマスターの使い魔たち。そして屋敷の窓から、彼らを見下ろす言峰とアサシン、シャルロット・コルデーの二人だった。

 

「うわわ……大丈夫ですかね。アーチャー君」

 

 シャルロット・コルデーは、不安げに呟いた。彼女が持つ優しさと普遍さからくる、自分よりも幼い者を心配するという、ごくごく当然の行為であった。

 それに言峰は、彼女を見ることなく答えた。

 

「問題はないだろう。アサシン、君はあのアーチャーを幼いが故に侮っているのだろうが、アレの真名はパリス。アキレウスという英傑を殺した人物だ。曲がりなりにも神話に名を並べる男だ」

 

「それはそうですけどねぇ」

 

「少なくとも、我々が介入する余地はないだろう。私も魔術の腕では敵わない。それに、ここで下手に出れば、私が師と手を結んでいるという事実が明らかになってしまう。それだけは避けたい。大人しく見ているとしよう」

 

「……はい」

 

 シャルロット・コルデーは頷いた。

 彼女の心配は果たして不要だった。パリスは己の体と同じほどの大きさをもつ、巨大な(ボウガン)を構え、その重量にふらつきながらも矢を放った。その矢は、ガレスの脳天へと正確に射たれた。ガレスは放たれた矢を、盾で弾き、そのままアーチャーのもとへと突進していった。

 その速度は、広い中庭をものの数秒で端から端へと移動することが可能なほどに早かった。しかし、パリスはその数秒の間、羊のような姿をとったアポロンの力を借りながらも、屋根の上から何度も矢を連射したり、アポロンを投げつけたりして、ガレスを近づけさせなかった。

 

「くっ……やりますね。ですが!」

 

 ガレスは盾を持つ手の力を強め、次々と飛来する矢と、アポロンを盾で跳ね返しながら、強引にパリスのもとへと前進していった。そして、一気に跳躍し、屋根の上に立つパリスめがけて槍を振り下ろした。

 

「わ、わっ!? 嘘!?」

 

 パリスはあたふたしながらも、屋根から飛び降りて振り下ろされる槍を回避した。獲物を逃した槍は、屋敷の天井を粉々に砕いた。

 

「わ、凄い威力……!」

 

 パリスは粉々に砕かれた屋根を見て、感心しながらもこの槍が自分に当たったら、と思うと背筋が冷たくなった。

 ガレスも地上に着地し、パリスを見つめた。

 

「アーチャーですか。接近戦は苦手と見ました!」

 

「う、確かにその通りですけど……! けれども、負けませんよ。えっと……ランサー!」

 

「それはこちらこそです。様子見はここら辺にしておきましょう。いきますよ、アーチャー!」

 

「はい! よろしくお願いします。こっちも頑張りますから!」

 

 こうして、ガレスとパリスは再び戦闘を始めた。

 パリスの肉体は、全盛期のそれではなく、アポロンによってまだ少年だったころの姿で召喚されている。それ故に彼の肉体と精神は未熟であった。しかし、それでも彼はアポロンの助けを借りながらも、ガレスの攻撃を回避しつつ、矢を懸命に放ったり、アポロンを投げつけたりして、ガレスに攻撃をしていた。

 

 一方、ガレスはそうした攻撃を盾で受け止めたり、あるいは槍でねじ伏せたり、回避したりしてみせた。そして、パリスに近づいては槍を振るって攻撃を当てようとしているが、パリスはそれを回避したり、ある時はアポロンが盾となって受け止めたりするため、中々有効打を当てられないという状態になっていた。

 

 戦況は千日手の状況となっていた。

 この二人が戦っている間に、彼らのマスターである時臣とケイネスとの様子を見てみよう。

 

 彼らは魔術師が決闘を行うときの作法に則って戦っていた。

 ケイネスは形を自在に変化させ、攻撃と防御を同時に行うことができるという恐るべき魔術礼装、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を用いて、様々な種類の攻撃を時臣へと行っていた。

 しかし、時臣は磨きに磨き上げられた己の魔術を用いて、それらの攻撃に対応してみせた。彼が繰り広げる炎は、魔術によって加工された水銀であろうとも焼くほどの威力があり、その使い方も実に合理的かつ無駄のないものだった。

 その時臣の様子に、ケイネスはただただ感心するばかりだった。

 

「見事だ。基本的な魔術を土台としつつ、それを極めている」

 

「貴方のような天才に褒められるとは、光栄ですね。そのあなたの礼装も実に見事なものだ」

 

「なに、片手間に作っただけのつまらないものだよ。それでも、君を殺すには十分なものだがね」

 

「それはそれは……」

 

 時臣は不敵な笑みを浮かべてみせた。

 そして、礼装を一振りした。その瞬間、この世界の法則といえるものが変化した。それを察知したケイネスは、好戦的な笑みを浮かべてみせた。

 

「なるほど。今まではこの戦いを隠ぺいする類の効果をもつ結界しか用いてなかったというわけか」

 

「ええ、その通り。ですが今この瞬間は、私が有利となるように私自身に強化を施す効果もあります」

 

「ほう。なぜ今までそれを使わなかったのかね? よもや、全力を出さずとも私に勝利できると高をくくっていたのかね?」

 

「まさか──ただ我が家の家訓に反するから、そうしたまで。『どんな時でも余裕を持って常に優雅たれ』──あなたは正面から我が土地に立ち入ったのです。この状況はフェアではないと思っていたのですが、謝罪を。私は、全力を以てケイネス・エルメロイ・アーチボルト、貴方を殺すとしましょう」

 

「よろしい。では、そちらからかかってきたまえ!」

 

 ケイネスの言葉を合図とし、時臣は炎の魔術を発動するべく詠唱を唱えた。しかし、その詠唱は中断された。

 というのも、この遠坂の屋敷に新たなる侵入者が登場したのだ。その気配が現れた瞬間、庭のあちこちを縦横無尽に駆けながら戦うパリスとガレス、そして時臣とケイネスへと──つまりこの場にいた者たち全員に、魔術による無差別攻撃が行われた。

 

 閃光と炎が屋敷の庭に降り注ぎ、あたりはまばゆい光に包まれた。

 地面は大きく抉れ、庭のオブジェは粉々に破壊されていた。これほどの攻撃力を持つ魔術の前では、対魔力を持つサーヴァントならばともかく、通常の魔術師である時臣とケイネスは耐えることができないだろう。

 

「──無事ですか、マスター!」

 

「マスター、大丈夫ですかっ!?」

 

 しかし、それは杞憂に終わった。

 異常を察知したガレスとパリスは、それぞれ己の主を守護するために素早く行動を行っていた。パリスは、アポロンの力を借りて時臣を魔術による攻撃から遠ざけ、ガレスはその盾でケイネスへと襲い掛かった魔術を正面から受け止めてみせた。

 

「何者」

 

 それは誰が口にした言葉だろうか。

 その言葉が発された瞬間、皆は同じ方向を向いた。そこには、一人の女性が立っていた。彼女こそは、間桐雁夜が召喚したサーヴァント、バーサーカー、サロメであった。

 

 彼女は微笑みを浮かべながら、時臣のほうを見つめた。

 

「夜分遅くにごめんなさいね。私はバーサーカーよ。ねえ、トキオミという方は、そこの赤い服を着たおじさまで間違いないのかしら? 私のマスター……カリヤは貴方に執着しているの。それこそ、殺したいぐらいにね。だから、死んでくれないかしら?」

 

「バーサーカーにしてはずいぶんと饒舌なようだ」

 

 時臣はサロメを睨みつけながら口にした。

 

「雁夜が聖杯戦争に参加するというだけでも驚きだが──ふむ。わざわざサーヴァントに命じてまで、私の命を狙うとは。それは何故だ?」

 

「ふふ、知りたいのかしら? 教えてあげないわ。だって、私のマスターが貴方に執着している、理由なんてこれだけで十分でしょう? ああ、貴方を殺せばマスターは喜んでくれるかしら? サーヴァントも殺さないといけないわね。……ええ。ええ。そうね、ヨカナーン。さっさと殺しましょう。それがいいわ!」

 

 サロメは水晶の髑髏──彼女が恋したヨカナーンの頭蓋骨を撫でた。すると、いくつもの種類の魔術がパリスとガレスへと襲い掛かった。

 しかし、二人の持つ対魔力を前に、サロメの放った魔術による攻撃は通じなかった。

 

 決闘を妨害されたケイネスは不機嫌そうに、ランサーに命じた。

 

「ランサー、そのバーサーカーを殺せ。アーチャーは後回しだ。我らの戦いを邪魔した罪として、罰を与えてやりたまえ!」

 

「──いいえ。ロード、貴方の手出しは不要です。どうやら、彼女は私に用があるようですからね。申し訳ありませんが、貴方との決闘は後回しとしましょう。この不躾な来客を痛い目に合わせてやらなくては。それに、バーサーカーのマスターとは幼馴染でしてね」

 

「……いいだろう。では、さっさと済ましたまえ」

 

 ケイネスの言葉に時臣は頷いた。

 

「アーチャー! 良いかね?」

 

「は、はいっ! わかりました。バーサーカーと戦えばいいんですねっ! 未熟者ですが、頑張ります!」

 

 パリスは頷いた。それを合図として、サロメは魔術による攻撃をパリスへと放った。

 

「私の邪魔をするのかしら? いけない子ね。ねぇ、ヨカナーン」

 

 ──パリスとサロメとの戦いは、パリスが有利となっていた。

 というのも、サロメ自体は生前、魔術師でもなく、武勇に通じた英雄でもなく、ただの女性だったのだ。そのため、戦いの術というものは一切持たなかった。サーヴァントとして召喚された彼女は、魔術を使うことができるが、それはヨカナーン自身が魔術師であり、彼の首が魔術礼装として機能しているからである。

 そして、攻撃手段が魔術しかないサロメは、パリスが持つ対魔力のスキルを打ち破り、傷を負わせるほどの強力な攻撃を放つことができなかった。

 

 それ故に、パリスがサロメを追い詰める形となっていた。

 使い魔である蟲を通じて、その様子を見ていた雁夜は、サロメが魔術を使って暴れる度に、刻印虫が肉体を喰らう痛みにもだえ苦しんでいた。しかし、それでも彼は構わなかったのだ。

 

「時臣ィ……ッ! お前のせいで、桜ちゃんは酷い目に合っているんだ……! そうだ、お前が……!」

 

 間桐桜は、元々は遠坂時臣の子供だった。

 しかし、時臣は桜を間桐へと差し出したのだ。それ故に、彼女は間桐の醜悪極まりない魔術によって酷い責め苦を味わっている──それが雁夜には許せなかった。それ故に、時臣に殺意を抱いているのだった。

 

「殺せ……! バーサーカーッ! サロメ!」

 

 ──そして、この戦いを見ているのは雁夜だけではなかった。

 ウェイバーも、使い魔を通じてこの戦いを見ているし、キャスターとして召喚された陳宮もまた同様だった。そして──衛宮切嗣もまた、時臣たちがいる屋敷を見下ろせる建物の上から、スナイパーライフルのスコープ越しにその戦いを見ていた。

 

 切嗣は、ライフルのスコープを時臣の頭へと固定していた。そして、同時に彼の協力者である久宇舞弥もまた、ケイネスの頭を狙撃するべく狙いを定めていた。

 切嗣はインカムを使い、別の場所にいる舞弥と連絡を取り合っていた。

 

「舞弥、彼らはこの戦いの中で警戒している。遠坂時臣には結界があるし、ケイネスにはあの礼装がある。今狙撃しても、感づかれるだけだ」

 

「はい。だから隙が生じた瞬間に狙撃するのですね」

 

「ああ。二人同時は難しいだろう。だから、どちらか一人に当たれば良しだ」

 

 切嗣は舞弥の返答に小さく頷いた。

 

 ──そして、とうとう戦況は大きく動いた。

 パリスの放った矢は、サロメの肩へと突き刺さり彼女に大きな傷を負わせた。そして、彼女の放った魔術は、狙いがそれてあらぬ方向へと飛んで行った。

 その魔術は、時臣の近くへと着弾し、時臣は衝撃によってよろめいた。

 

「────今だ」

 

 切嗣は時臣に生じた決定的な隙を見逃さなかった。彼は引き金を静かに引き──サイレンサーがつけられた銃口から、鉄の弾丸が時臣の頭へと目掛けて放たれた。

 

 

 




 パリスの強さって、どのくらいなんでしょうね。ステータス見てると、三騎士にしては筋力と耐久が低い……
 全盛期よりも幼い姿で召喚されていて、本人も未熟者って言っているので、平均より弱いのかな……?
 神話の情報を調べても、山に捨てられる、女神にジャッジを任される、アキレウスを殺すの三つしか出てこないのも地味に判断し辛い。強そうなエピソードとかあればいいんだけれど……いや、アキレウスの踵を貫いているから、その点は凄いんだろうけど。弱点を的確に付くことができれば、ジャイアントキリングができそうですね。

 ガレスちゃんは、逆に分かりやすいですね。
 ガヴェインの妹で、才能にあふれた騎士。そのうち最も優れた騎士となる、と言われていたり、七倍パワーアップする騎士に勝ったり、ガヴェインと2時間戦い続けるとかいうエピソードがあるので、それなりに強いと思います。
 ガヴェインと渡り合えるけれど、実力はガヴェインよりも下。かといってそんなに弱くはない。みたいな解釈ですね。

 ケイネス先生は、聖杯戦争の参加者でも結構好戦的だと思います。
 昼間から街中をうろついて、敵を挑発。敵陣であるアインツベルンの城へと乗り込み、単身切嗣と戦うなど……
 だから、挑発に乗ってくる敵がいなければ、自分から攻めに行くんじゃないのかなぁ……と。

 次回の更新は8月13日です。明日ですね!


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第4話

 ──初めに発生したのは、小さな銃弾が結界を通り抜けるときに生じた僅かな音だった。けれども、その音はサーヴァントの戦いによって発生する轟音に掻き消され、ついぞその銃弾の存在に、ただ一人を除き気が付くものはいなかった。

 

 時臣は、己の結界を何かが通り抜けたということを察知した。しかし、その時はすでに手遅れだった。音速で飛来する銃弾は、時臣がその存在を認識し、回避なり防御を行うよりも早く、彼の脳天へと吸い込まれるかのように着弾した。

 

 時臣の頭の内部に弾丸が突き刺さり、その衝撃によって彼は頭の弾痕から血液を噴出しながら倒れた。

 彼が倒れたことによって、その場にいた全員の時が止まったかのように凍り付いた。

 

「マスターッ!?」

 

 始めに動き出したのは、パリスだった。

 彼は倒れた時臣のもとへと駆け寄り、その安否を確認した。

 

「そんな、マスター! これは……」

 

 時臣は意識を完全に失っていた。息こそはまだあるが、脳からの出血を考えるに、このままではじきに息絶えることは確かだった。

 パリスは先ほどまでサロメと戦っていたことすらも忘れ、突如攻撃を受けて意識を失った己のマスターの容態を確認し、涙を流しながら寄り添った。

 

 雁夜は蟲を通じてその様子を見ていた。

 時臣が突如倒れた時はあっけにとられたが、彼が何者かの攻撃を受けて倒れたということを認識すると、まるで狂った機械のように大笑いした。

 

「……ハハッ! ア、アハハハハッハ! 時臣ィ! まさかこうもあっけなく死ぬとはな! バーサーカー、もういい! 戻れ……!」

 

 雁夜の命を受けたサロメは、霊体化をしてその場から立ち去った。

 ケイネスは、サロメがその場からいなくなったのを確認すると、時臣のもとへと移動し地面に横たわる彼に手を伸ばした。

 パリスは、己のマスターを守ろうとケイネスを睨みつけ、立ち塞がろうとした。ケイネスは時臣に害を成す気がないことを伝えると、時臣に治癒効果のある魔術を施した。

 

「どうして、ですか?」

 

 パリスは、敵であるはずのマスターを助けたケイネスに、問いかけた。

 

「アーチャーよ、貴様のマスターとの決着はまだついていない。我がランサーとの決着もだ。何者かは知らないが、どことも知れない不埒者の介入で、私が勝利したとしてもそれは私の名誉にもならん。今宵はここで切り上げるとしよう。彼に施した魔術はあくまでも応急処置だ。手当をしなければ、死ぬだろう」

 

 ケイネスは踵を返し、その場から立ち去った。

 パリスは、遠ざかるケイネスに礼を言った。

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 ガレスはパリスに一礼すると、霊体化してケイネスの後ろについていった。

 ケイネスは、ガレスに小さな声で言った。彼の言葉には、怒りが込められていた。

 

「ランサー。あの攻撃がどこから行われたものかはわかるか?」

 

「申し訳ありませんが──」

 

「そうか。まあ良い。どうやらこの聖杯戦争、分を弁えない輩が紛れているようだ。神聖なる決闘に横入りした挙句、バーサーカーを囮として不意打ちとは」

 

「バーサーカーのマスターの仕業だと?」

 

「状況を考えるにその可能性が高いだろう。バーサーカー曰く、彼女のマスターは遠坂時臣に執着しているという」

 

 ──ランサーはケイネスの顔をチラリと見た。

 己のマスターは貴族らしく、いつでも冷静でありながら、堂々とした振る舞いをしていた。しかし、この時ばかりは歯をきつく食いしばり、拳を強く握りしめ、顔を歪めていた。その漏れ出る怒りの感情は、彼の内部で静かに燃えていた。

 

「……アレは恐らく銃による攻撃だ。傷跡を見れば明確だ。神聖なる決闘を邪魔しただけではなく、銃などという魔術の埒外にある道具で攻撃するなど、魔術師の鏡にも置けない人物だ。──決めたぞ。ランサー。貴様も騎士としての決闘を邪魔されて、さぞかし不愉快であろう?」

 

 ケイネスはガレスに問いかけた。

 ガレスは少しばかり考えた。というのも、彼女はこれは正式な決闘ではなく、戦場──人と人がお互いを殺しあう戦いだと認識していたからだ。それ故に、ケイネスの言ったことが本当のことであろうとも、たいして怒りは抱かなかった。しかし、それでも彼女の中にある騎士としての矜持は、この行動は邪道であると主張していた。

 

「──そうですね。確かに、正々堂々と戦わずに不意打ちというのは、卑怯と言えるでしょう。何より、私もアーチャーとの決着が付いてないですし、あのまま終わりだというのは少しばかり心残りが生じますね」

 

「ならば、今回の下手人に誅伐を。ランサー、協力してくれるな?」

 

「はい。マスターの意のままに。マスターは騎士でいらっしゃいますね!」

 

「いいや、私は魔術師であり、貴族だ。だが、騎士道も持ち合わせている」

 

 ケイネスとランサーは、闇夜の中に消えていった。

 

 

 

 さて、少しばかり時間を巻き戻し、遠坂時臣を狙撃した真犯人である衛宮切嗣の様子を見てみるとしよう。

 

「──よし」

 

 切嗣は、銃口から立ち上る硝煙と、火薬の匂いを感じ取りながらもスコープ越しに、己が撃った銃弾は時臣の頭に着弾したのを確認すると、そう呟いた。

 狙撃したのならば、すぐさまその場から移動しなければ居場所を特定され、攻撃を受ける危険があるため、その場から立ち去ろうとした。

 久宇舞弥に、その場から撤退するという旨をインカムを通じて伝えた。しかし、いつもならばすぐさま帰ってくるはずの返答は、数秒経っても帰ってこなかった。

 

(何があった?)

 

 切嗣はすぐさま舞弥の身に何かが起こったということを察知した。

 彼女がすぐさま答えるのは当然のことだし、インカムが故障したのならばその予備も用意してある。そんな彼女が返答しないということは、その身に何かがあたっということだ。

 

 切嗣は自分の指をチラリと見つめた。そこには、舞弥の毛髪が埋め込んであり彼女の生命が危機に陥った場合、そのことを知らせるための、魔術的な仕掛けが施してあった。

 しかし、それが発動していないということは舞弥の体そのものは無事だということだ。

 

(戦闘に入ったため、僕の返答に答える余裕がない……という可能性はあり得ない。あの時は不意打ちを受けても、いつでもそのことを僕に返答できる状況だった。──ならば)

 

 切嗣は状況を整理し、舞弥の身に何が起こったのかを予想していった。

 

(不意打ち、かつ一撃で舞弥の意識を刈り取る攻撃が行われた可能性が高い。彼女には訓練を施してある。不意打ちといえどもそう反応できないということはあり得ない。……相手が常人ならば。

 サーヴァントの仕業か? アサシンならば、気配を消して一撃で意識を刈り取ることが可能だろう。だが、なぜ舞弥を狙った? マスターである僕は無事だ。なぜ彼女を狙った? そこが分からない)

 

 相手の狙いが一切見えないことから、切嗣は不気味さを覚えていた。

 しばらくの間考えた彼は、その場から立ち去る──つまり、舞弥を見捨てることにした。もちろん、苦渋の決断だったのか、少しばかり歯を食いしばっていた。

 しかし、彼女を助けようにも敵の正体が見えないし、サーヴァントであった場合、常人である切嗣が戦闘を行ってもあっさりと敗北し、殺されるのがオチというものだろう。故に、彼は舞弥のことを見捨て、己の保証に走った。

 

 さて、舞弥の身に何があったのか、彼女の居る方を見てみるとしよう。

 結果から言えば、舞弥は切嗣が予想した通り、不意を打たれ、一撃で気絶していた。そして、彼女の意識を刈り取った下手人は、彼女の襟を掴んで引きずるようにその体を運んでいた。

 

「あちらの方は逃げましたか」

 

 と、下手人はつぶやいた。その下手人の正体は、キャスター、陳宮であった。

 彼は今まで使い魔を街中に放ち、遠坂邸での戦いはもちろん、切嗣と舞弥が時臣たちを狙撃しようとしていることも把握していた。

 陳宮は口の端を吊り上げて、言った。

 

「いけませんねぇ。こんな夜中に一人でうろつくなど。こうして攻撃してくださいと言っているようではありませんか。……あちらの男は、どうやらマスターである様子。

 襲撃してもよいのですが、令呪を使ってサーヴァントを呼ばれたらひとたまりもありませんね。なんせ、この身はか弱い軍師なのですから」

 

「ですが──」陳宮は、切嗣の狙撃を受けて横たわる時臣と、パリスをチラリと見た。

 

「ふむふむ。どうしましょうかね。いやはや、仕える主はおらず、指揮するべき軍は存在しない。この身一つでは少しばかり辛いですからね。ああ、ですがやりようはいくらでもありますとも」

 

 彼は舞弥の体を引きずりながら、闇夜の中へと消えていった。

 彼が何を企んでいるのか、それを知っているのは本人である陳宮自身のみしかいない。

 

 

「ひ、ひぐっ、マスター。ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 ──切嗣の狙撃により、脳に弾丸を受けた時臣は、意識を失ってはいるものの、その生命は消えていなかった。

 ケイネスの手当が功を奏し、死に至ることはなかったのだ。しかし、その後言峰が手当を行い、診断の結果によると、脳へのダメージが大きく、時臣がこの先目覚める可能性は非常に低いとのことだった。

 

 パリスは、ベッドの上で眠り続ける時臣に寄り添いながら、涙を流し続けていた。

 彼は、マスターを守ることができなかった後悔の念に満ちており、こうしてずっと泣き続けていたのだ。

 

「ボクが弱かったから。ボクが未熟ものだったからっ。マスターを守ることができなかったんんですっ。うう、ダメダメなサーヴァントですね……」

 

「──入りますね」

 

 彼らがいる部屋の扉がノックされると、その声と共にシャルロット・コルデーが、扉を開いて部屋に入った。

 彼女はパリスの様子を案じて、この場に来たのだ。

 

「酷い顔ね。そんなに泣かないで。せっかくの男が台無しよ?」

 

「でもっ……ボクは、マスターを守れませんでした……召喚されてから、付き合いは短いですし、マスターのことは、何も分かりませんけどっ、それでも、マスターなんです。戦って、敵に勝ち、マスターを守るのがサーヴァントの役目なのに、ボクはそんなこともできなかったんです……!」

 

「……」

 

 シャルロットは、幼い子供をあやすときの、優しい目線、柔らかい声を投げかけた。

 

「アレは仕方がなかったと思うわ。貴方は、バーサーカーと戦っていたんだから」

 

「それでもっ。ボクは守れなかったんです」

 

「そうね……後悔している?」

 

 パリスは静かに頷いた。

 

「……後悔ばかりです。もし、ボクが女神たちの願いを断ったのなら、トロイア戦争なんて起こらなかったのかもしれません。沢山の人が死ぬようなことはなかったのかもしれません。兄さんも死んで……アキレウスも、ボクが殺しました。……後悔ばかりです。生前も、今も」

 

「ええ。そうね──私もそうなのよ。後悔しているわ」

 

「え?」

 

 パリスは、初めてシャルロットの顔を見た。彼女は一体どのような表情をしているのだろうか。影になっていて、顔を見ることは叶わなかった。

 彼女は言葉をつづけた。

 

「少しでも平和になれば、と私はジャン=ポール・マラーを殺しました。恐怖はありませんでした。私の身がどうなろうとも構わなかった。そして、殺しました。……これで、皆が幸せに暮らせるのだと、そう信じていました。

 けれども、その結果ジャン=ポール・マラーの死はマクシミリアン・ロベスピエールに利用され、火種となりました。……結局のところ、私は何も成せなかったんです。ただの町娘でしかなかったんでしょうね。世界を動かすことはできなかった。もし、ジャン=ポール・マラーではなく、別の人を殺していたのなら。そう思わずにはいられません」

 

「……」

 

 パリスは彼女の言葉を黙って、ただただ聞き続けた。

 

「後悔、しているんですよ。私も」

 

 シャルロットは微笑んだ。

 

「私の死後もフランスは騒乱が続きました。けれども、革命は終わりました。もう、今のフランスは平穏そのものだと聞いています。……それを聞いたとき、私、ほっとしたんですよ。ああ、終わったんだ、って。

 でも、私が別の人を殺していれば、もう少し早く終わったのかもしれない。そんなことも考えてしまいます。後悔こそしています。けれども、私は自分のやったことが間違っているとは思っていないんですよ」

 

 シャルロットはパリスを見つめて、問いかけた。

 

「……ごめんなさい。長かったですね。アーチャー、貴方はどうですか?」

 

「……ボクは」

 

 パリスはポツリ、ポツリと語りだした。

 

「ボクは国を滅ぼす災厄の子として生まれました。そして、その結果、ボクがアフロディーテさまを選ばなければ。そも、女神さまたちの問いかけを断っていれば……あの時、どうすればよかったのか。分かりません。どうすればトロイアが戦争に勝てたのか。どうすればよかったのか……考えちゃいますね」

 

 パリスは己のマスターである時臣の顔を見つめた。

 彼は依然と眠ったままであり、かすかに胸が上下するだけの動きしか見せなかった。

 

「……やり直せるのなら。そう考えずにはいられないんです。でも、でも。それはダメな気がするんです。確かに、戦争の中でたくさんの人が死にました。けれども、幸せなこともあったんです。うれしいこともあったんです。終わったことは、もうどうにもできないんですよね。ましてや、ボクたちが生きた時代は、遥か昔。神話の時代ですからね。

 ……でも、今は。今ならっ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()! ──聖杯に何を願おうか、ずっと迷っていました。けれども、決めました。聖杯の力で、マスターを助けます! それが、サーヴァントとしてできる、ボクの仕事ですよねっ!」

 

 パリスは、ふんす、と鼻息を鳴らし、両こぶしを強く握りしめて叫んだ。

 それに、シャルロットは微笑んだ。

 

「そうですね。私は、聖杯に願うことはこれといってないんですよね。私のような存在に、ああいうモノは手に余りますから。ですから、アーチャー。貴方の手伝いをさせてください」

 

「えっと、いいんですか……?」

 

 パリスはきょとんとした顔でアサシンを眺めた。

 聖杯に呼ばれたからには、彼女にも何かしらの願いがあるのだと思っていた。けれども、頷くその顔をみると、嘘は言っていないようだった。故に、パリスは頷いた。

 

「はいっ! 宜しくお願い致しますね。アサシン!」

 

 パリスとシャルロットはて手を握り合った。

 

 ──そんなサーヴァントたちをよそに、言峰綺礼は別室で椅子に座っていた。

 彼は時臣の手当を終えてから、ずっとこの椅子に座り、一つのことを考え続けていた。彼の額には汗が浮かび、心の中には迷いと謎によって暗雲が発生していた。

 

「……なんだ、これは?」

 

 言峰はポツリと呟いた。

 

「我が師が撃たれ、倒れた──衛宮切嗣の仕業だろう。だが、私は師を攻撃した彼を憎しみもしなかった。彼に対して何も思わなかった。だが、これはなんだ? 我が師が倒れたとき──それだけではない。これまでにも似たモノが私の中に発生した。

 何なのだ? コレは……この感情は……」

 

 言峰は、自らの中に生じた感情の正体について、一晩じゅう悶々としながら考え続けた。しかし、ついぞ答えが出ることはなく、夜は終わり、太陽が昇りはじめた。

 

 聖杯戦争、その一回目の戦いはこれにて終了した。

 

 





 パリス、トロイア戦争のことどう思っているんだろうなぁ……
 どうすれば勝てたのか、考えることはあるみたいですけど、もしかしたら成長したパリスは、結構ギリシャバーサクみたいな性格なのかもしれない。
 ですが、幼い少年なのでこんな感じで。作者のパリスきゅんはこんな感じなんですよ!!

 しかし、パリスの羊(アポロン)もそうですけど、シャルロットの天使もなんだ。アレ。アレの方がより分からない……フォーリナー的なやつじゃないよね? ねえ?


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第5話

ラスベガスだぜやっほー!

そうそう、感想でご指摘いただいたのですが、通常の聖杯戦争で召喚されるのはアサシンは、ハサンのみという設定があるのですが、実は作者この設定うっかり忘れていて、シャルロトが召喚された説明を全くしていなかったんですよね……あとで説明できると良いのですが……どうやって説明しよう。

他にも忘れている設定とかあるかもしれませんし、このキャラのセリフや行動に違和感があるなー、なんて思ったらどんどん言ってください。作者としても助かります。普通に物語の感想でも嬉しいですし、指摘もしてくださると嬉しいです。なので、遠慮なくサンドバッグを殴る感覚で、感想送ってください!

それと、誤字報告をしてくださる方もありがとうございます!




 聖杯戦争において、拠点は重要となる。

 

 間桐、遠坂の一族は聖杯戦争の舞台である冬木市で日常を送っているため、拠点は己の住居が存在するし、アインツベルンも、冬木市の森に城を構えている。

 聖杯戦争というシステムを作りあげた御三家はともかく、そうではない外来のマスターたちにとって、拠点の確保は重要な課題と言えるだろう。

 

 というのも、己の工房を作る上げることができなければ、マスターは魔術師としての本領を発揮できないだろうし、襲撃者の対策も不可能である。それに、アサシンのような不意打ちに長けた敵の対策として、強固な守りを作るか、あるいは何者にも見つかることのない場所を選ぶことはとりわけ重要だといえるだろう。

 

 例えば、ケイネスはホテルの一階層を丸々借り取って、その中に何重もの結界を張ったり、異界化させたり、悪霊を放ったりなどして、己の身とソラウを守るための強固な魔術要塞へと改造している。

 本来の歴史にて行われた聖杯戦争において、雨生龍之介は魔術的な隠ぺいができないキャスターと共に、街中の住人を攫っても、貯水槽を隠れ家に選んだため、その拠点を発見することは非常に困難となっていた。

 

 ともかく、聖杯戦争において拠点は一つの重要な課題となるのだ。

 魔術の用意。不意打ちへの対策。単純に寝食を行える──ほかにも拠点の役割はあるが、それはさほど重要な説明ではないため、細かく話すのはやめるとしよう。

 

 さて、ウェイバー・ベルベットはどこを拠点に選んだか見てみるとしよう。

 彼はほとんど勢いに任せてロンドンから、冬木まで渡ったため、その下準備は全くと言っていいほどしていなかった。ホテルの予約もしていないし、空き家を購入するような費用もなかった。

 では、どのようにして拠点を用意し、どこにあるのかを説明しよう。

 

「ご馳走様でした」

 

 朝食を取り終えたウェイバーは、両手を合わせてそう言った。

 日本における、伝統的な食事を終えたときに行うこの行為や、箸の使い方に初めは戸惑ったが、流石に何回か行えば慣れてきた。

 

「ああ、ご馳走様。この後どうするのかね?」

 

 そうウェイバーに問いかけるのは、グレン・マッケンジーという老人だった。

 彼とウェイバーに何かしらの繋がりがあるのかといえば、そうではない。彼らは血も繋がっていないし、それどころか過去に一回も顔を合わせたことはない。

 ウェイバーは、このグレン・マッケンジー、そしてマーサ・マッケンジーという、二人きりで暮らすこの老夫婦に、自分を孫だと思い込むように暗示をかけ、彼らの家を拠点として活動しているのだ。

 

「部屋でゆっくりするよ」

 

「そうかい」

 

 果たして選択としては、非常に良い方法だといえるだろう。

 ホテルなどに泊まれば、名簿などが残されてそこから居場所が発覚する可能性が高い。住宅を購入するのも同じだ。しかし、こうして一般人の家に潜り込めば、そういった書類などによる痕跡から情報を得ることは不可能となるだろう。

 それに、この冬木市には外国人が多く暮らしており、ウェイバーのような英国人がいてもさほど目立つことはない。ウェイバー本人が狙っていたかどうかは別として、マッケンジー夫妻の住居は、絶好の隠れ家となっていた。

 

 ……この選択を、ウェイバー自身は良い手法だと理解していた。

 触媒を手に入れるという幸運が訪れ、日本へと渡り、サーヴァントという過去の英雄を従え、戦いに身を投げた。己の教師を下し、ほかの敵も打ち破り、周囲から天才だと認められる──そんな未来を予想していた。しかし、その幻想はたったの一夜で砕け散った。

 

 昨晩遠坂邸にて行われた戦いを、使い魔を通じてウェイバーは見ていた。

 そこであった戦いはどのようなものだった? 己の教師であるケイネス、そしてその敵である遠坂時臣は、ウェイバーでは到底敵わないほどの、高度な魔術を使用していた。彼らの間に自分が割り込めば、あっという間に粉みじんになるだろう。

 

 サーヴァントにしたってそうだ。規格外の英雄だということは理解していた。けれども、それがどのようなものなのかは、良く分かっていなかった。ガレスとパリス、そしてサロメの戦いは、常人の範疇を超えており、彼らの動きは到底目で追えるようなものではなかった。

 

 挙句の果てに、どこかから頭に攻撃を受けて、倒れる時臣を見たとき、ウェイバーは血の気が引いて、背筋が冷たくなっていた。……魔術師たちの決闘、儀式だというのは理解していた。けれども、こうして目の前で人が死ぬような攻撃を受けて、倒れるとなると話は別だった。

 もしかしたら、この戦いで自分が死ぬのかもしれない──そんなことをついつい考えてしまっていた。

 

 つまり、この時ウェイバー・ベルベットという男は自信を失っていたのだ。

 

「ふむふむ……ここでメガネを振り下ろす。それとも振り下ろさない……それが問題ですね」

 

「……何やってんだ。オマエは」

 

 ウェイバーは、どっと気の抜けた顔で、バーソロミューに問いかけた。

 彼は、ウェイバーの金で入手したテレビゲームを行っていた。

 

「ああ、いえ。この選択肢はどちらにしようかと思いまして。これ、ギャルゲーなのにバッドエンドやデッドエンドもあるから、中々にシビアで油断できないんですよね」

 

「ハァ……どうでもいいだろ。そんなモン」

 

「とんでもない! これは、メカクレ女子のみを集めたヒロイン達に加え、主人公もメカクレという素晴らしいゲームなのです。セーブ&ロードすれば、何度でもやり直せますが、初見プレイですからね。こうして真剣に選択肢を選んで、楽しまなければ」

 

「全く! オマエは呑気だな。ボクがこうして悩んでいるってのに、ゲームなんかやって……!」

 

 ウェイバーは拳を強く握りしめ、苛立った調子で言った。

 バーソロミューは、コントローラーを操作し、セーブを行うと、ウェイバーの方を向き合った。

 

「ふむ、どうやらマスターは苛立っている様子ですね」

 

「誰のせいだ!」

 

「では、今晩にでも戦いに出ましょう」

 

「──は?」

 

 あっけからんと、唐突にそう言い放ったバーソロミューにウェイバーはあっけにとられた。

 

「さて、マスター。貴方は昨日行われた戦いの様子を見ていましたね。では、相手がどのような攻撃を行い、どのような動きをするのかもわかっているハズです。この私が戦うべき相手を教えてください」

 

「……なんだって唐突にそんなことを言うんだよ。昨日の様子は伝えたはずだぞ」

 

「そうですね。ですが、やはり私はサーヴァント。従者の身でしかないのですよ。ただ、私の自由を縛ったりしなければ、マスターに仕えますとも。その点、貴方は私が欲する服やゲームを買い与えました。であるのならば、私はそれに報いなければ。

 そして、マスターなのですから貴方が指示をしてください。よほどの愚策でなければ、私は従いますよ」

 

 バーソロミューは微笑みながらそう言った。もしも、彼の微笑みを見たものが女性だったのならば、たちまちのうちに惚れてしまっていただろう。そういう微笑みだった。

 しかし、その裏では、ウェイバー・ベルベットという一人の人間を試すような意思があった。

 

 バーソロミューの言葉を聞いたウェイバーは、少しの間考えた。

 

「そうだな……攻めるなら、アーチャーかバーサーカーだ」

 

「ほう。それは何故?」

 

「……アーチャーのマスターは、昨日不意打ちを受けて倒れた。ボクの先生が手当を施していたから、きっと生きているんだろう。それでも、頭に傷を受けたんだ。かなりの重体なのは間違いないとおもう。あの傷は当たり所がよほど良くなければ、すぐに回復するなんていうことはないだろう。だから、今ならアーチャーの陣営は実質的にマスターの力が削がれている。攻めるなら今だと思う」

 

「素晴らしい。全くもってその通りです。では、バーサーカーを攻める理由は?」

 

「バーサーカーは、見たところ魔術による攻撃しかしていなかった。アーチャーのマスターに対する攻撃が宝具でない限りは。でも、その可能性も低い……と思う。バーサーカーは、何度か『ヨカナーン』って言っていた。ヨカナーンが人物の名前だとすれば、あのバーサーカーの真名はサロメ……聖書や戯曲で有名な女だ。サロメが不意打ちを行った話なんていうのは無い。だから別の人物による攻撃だったと思う。推測でしかないけど。

 ……それに、攻撃手段が魔術しかないのなら、オマエには対魔力があるだろ。それである程度有利になるはずだ」

 

「素晴らしい! とても素晴らしい!」

 

 バーソロミューは、大げさなぐらいに手を何度も繰り返し、強く叩いてウェイバーを褒め称えた。

 

「全くもってその通りです! 誰を攻めればいいのか、理解していますね。バーサーカーの真名までもを予想するとは。答えはわかりませんが──私も同じ考えですよ」

 

「……不安要素もあるけどな」

 

「ええ。その通り。昨夜の戦いでは、皆宝具を使っている様子はなかったようですね。宝具という一発逆転のとっておきが判明していない、というのは不安要素となりますが、それは戦いの内で調べていけばいいでしょう。それはサーヴァントである私の仕事です」

 

「…………」

 

 ウェイバーは微笑むバーソロミューに対して、問いかけた。

 

「オマエなぁ、ボクのはほとんどが素人考えだぞ? バーサーカーの攻撃手段が魔術しかないっていうのも、ただの予想でしかないんだ。真名もな」

 

「ははは、そうですね。私なら、もっと多くのことを予想することが可能ですとも」

 

「だったら何で──!」

 

 バーソロミューの言葉に憤るウェイバーに、彼は微笑んで答えた。

 

「何やら落ち込んでいた様子でしたので。頭を動かすのは、いい気晴らしになったでしょう?」

 

「……」ウェイバーは何も答えなかった。その通りだったからだ。

 

「貴方は魔術師としては、へっぽこなのでしょう。魔術に疎い私でもわかりますよ」

 

「馬鹿にすんな!」

 

「ですが、何も戦いは力が強い弱いだけではありません。力で敵わないのならば、別の方法で戦えば良いのです。例えば頭脳。例えば作戦。例えば不意打ち。例えば仲間の力を使う。例えば地の利を取る。例えば政治で戦うなど──この世には様々な戦い方が存在します。それは、今も昔も変わりありませんよ」

 

 バーソロミューはウェイバーの頭に手を置いた。

 

「貴方は未熟者でしょう。ですが、それはこの先伸びしろがあるということです。どのような選択肢を取るのか、どのような戦い方をするのか、それを選ぶ権利があります。選択肢次第で、未来はいくらでも決まりますからね」

 

「……ああ。そうだな」

 

 ウェイバーは頷いた。それから、恥ずかしそうに言葉をつづけた。

 

「ありがとう、ライダー」

 

「いえいえ。こうして落ち込む仲間を慰めるのは、生前もよくやりましたからね。それで、アーチャーとバーサーカー、どちらを攻めましょうか?」

 

「そうだな──」

 

 ウェイバーは、アーチャーとバーサーカーどちらを攻めるのか、その選択肢の答えを口にした。

 

 

 

 キャスター、陳宮がどこに拠点を構えているのか説明しよう。

 現在、彼は円蔵山にある、柳洞寺へと陣地を構えていた。

 

 この円蔵山には特殊な結界が張られており、自然霊以外の、霊的な存在、つまりサーヴァントなどは結界の抜け穴である柳洞寺へと通じる階段以外から、この山に出入りすることは非常に難しい状態だった。敵が出入りすることのできる場所が限られているのだから、自らの身を守る拠点としてはこの寺はうってつけな場所だった。

 

 柳洞寺にて過ごす僧侶たちは、魔術的な暗示によって皆寺の中で生活してはいるものの、外に出るようなことはなかった。

 そして、陳宮は本堂の一室にて、先ほど目を覚ました舞弥のもとにいた。彼女は陳宮が来る前までは、体の拘束を解こうと暴れてはいたものの、それは叶わなかった。そして、陳宮が来ると彼を睨みつけた。その目線だけで、人を一人殺すことができそうな鋭さだったが、彼はそれを何食わぬ顔で受け止めた。

 

「目を覚ましましたか。ああ、そうそう。通信機器は全て取り上げましたし、GPSでしたか? その居場所を知らせるための装置は、全身をくまなく調べて破壊しました。外部との通信は一切不可能ですよ」

 

「……何が目的なのです?」

 

「──さあ。それは貴女が知る必要はありませんね」

 

 陳宮は舞弥を見下しながら言った。

 彼女は、どうにか隙を見てこの場所から逃げ出そうと考えていた。それを感じ取った陳宮は、舞弥の後ろ方向を指した。

 

「くれぐれも逃げ出そう、なとど考えないことです。彼のようになってしまいますからね」

 

 陳宮が指した先には、龍之介が意識を失った状態で横たわっていた。それだけではなく、彼の全身にはズタズタに刃物の類で切り裂かれたであろう傷後や、何度も殴打した後があり、非常にボロボロだった。そのうえ、彼の手首は切り取られていた。

 

「彼は私の元マスターです。我が主として相応しくなかった上、少々()()が合わずに逃げ出そうとしたので、あのような目に。……ああ、別に逃げ出してもよいのですよ? まあ、その場合は私の嗜虐心が疼いてしまいますが。それでは、騒がれても面倒なのでまた暫く眠ってもらいましょう」

 

 そう言うと、陳宮は舞弥の腹部に蹴りを一発くらわした。それを受けた彼女は、その痛みに口から息と唾を吐き、意識を失った。

 

「ご安心を。殺すつもりはまだありませんので──」

 

 その言葉を耳にしたのを最後に、舞弥は意識を失った。

 

「ああ、全くどのようなマスターなのか、期待していましたが期待外れでしたね。この時代、私が仕えるに相応しい主はいるのやら。まあ、一々探すのも手間ですし、この聖杯戦争の最中では危険ですからね。諦めるとしましょう。

 いやはや。中々うまくいきませんね。この時代も、それなりに良い時代のようですし……さて、どうしますかね」

 

 






バーソロミューがやっていたギャルゲーのタイトルは、『メカクレ娘たちと泊まって過ごす一晩!』とかそんな感じらしい。
ギャルゲーなのに、バッドエンドやデッドエンドがあり、選択肢が膨大でルートもたくさんあるという、その内容のシビアさから一部のマニアに支持を得ている。らしい。

同じゲーム会社から『メカクレバスターズ!』『メカクレナド』『大図書館のメカクレ』『メカクレブラッド』『目隠姫』『夜明け前よりメカクレな』などのゲームタイトルが出ている。察しの通り、メカクレヒロインしか登場しないゲームシリーズで有名。多分。


あと、聖杯の術式云々で、東洋の英霊とは相性が合わないのに、陳宮が召喚されている件ですが、とりわけいい感じの設定が思いつかないので、聖杯がバグっているせいにしておきます。
こういう時、アンリ君は便利。最悪ハサンではなく、シャルロットが召喚されたのもコイツのせいにしておこう。

次回の投稿は8月15日に行います。


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第6話

 今回、視点が目まぐるしく入れ替わります。読みにくいと思いますが、申し訳ありません。



 間桐雁夜は昨夜の戦いを終えると、刻印虫に喰われ、割かれた肉体の痛みに耐えながら間桐の家へと戻った。

 

 移動する間、彼は時臣が死亡したということに歓喜しながら、時折気が狂ったかのように──いや、すでに彼の気は狂っているのだろう。虫に全身を喰われ、激痛に耐え続けてきたのだから──叫んでいた。それは喜びの感情からくるものであり、手を振り回したり、笑ったりして時臣の死を嘲笑っていた。

 

 家に到着すると、一人の幼い少女──間桐桜が生気のない、感情の一切を失った虚ろな目をしながら、雁夜を出迎えた。彼は桜の姿を見るなり、彼女を抱擁した。

 

「ハハッ……やったんだ。時臣のやつが死んだんだ。待っていてくれ。桜ちゃん……俺は聖杯を取る。そして、君を助けて見せるから」

 

「…………」

 

 桜は何も答えなかった。雁夜の言葉を耳にしてもいたし、その意味を理解してもいた。けれども、感情の一切を削ぎ落され、間桐臓硯の操り人形のような状態となっている今、彼の言葉に答えようとは思わなかった。

 それでも雁夜は構わなかった。彼女の状態は理解していたし、何よりも彼の頭の中は聖杯を取り、それを条件に桜を現状から助け出すということしか頭になかったからだ。

 

「待っていてね。桜ちゃん。聖杯を必ず手に入れてみせるから……」

 

 その声が届いているのか否か──桜はその場から立ち去った。それと入れ替わるかのように、臓硯が暗闇の中から現れた。

 

「カカッ、粋がるのは良いがな。どこまでやれるか見ものじゃのう」

 

 その老人の目には、酷く不気味かつ、暗い光が宿っていた。苦しむ雁夜を肴として楽しもうという気が見え見えだったのだ。

 実際、臓硯は今回の聖杯戦争では、まともな後継者がいないため聖杯を取るに足る実力を持つマスターが居ないため、参加を保留しようとしていた。しかし、そこに雁夜が現れたため、彼が苦しむ様を見て楽しむために雁夜をマスターとなりえるように蟲を埋め込み、聖杯戦争に参加させるようにしたのだ。聖杯を取ることは期待していないが、もしも最後まで生き残ったのならばそれはそれで面白いという程度のものだった。

 

「…………」

 

 雁夜はそんな臓硯の思惑を知ってか、彼を睨みつけた。

 

「そう睨むな。聖杯戦争はまだまだ序盤も序盤。この程度で舞い上がっていては、足元を掬われるぞ?」

 

「分かっているさ」

 

「カカカ、ならば良い」

 

 臓硯は言いたいことは全て言ったとでもいうかのように、己の体を無数の蟲へと変化させ、暗闇へと消え去った。その後、雁夜の近くで待機していたサロメが霊体化を解いた。

 

「あのおじいさん、酷い匂いねぇ。あたし、あの人は好きになれそうにないわ」

 

「……そうだな。俺も同じだよ、バーサーカー。あの妖怪爺は好きになれない」

 

「まあ、同じ意見ね」

 

「ああ。……バーサーカー、戦いはまだ続くだろう。俺は桜ちゃんを助けたい。……そのためにはお前の力が必要だ」

 

「……うふふ! そうね」

 

 サロメは雁夜の言葉に頬を赤くしながら答えた。

 

「ええ。そうね。あたしはあなたのサーヴァント。あなたはあたしのマスター。あなたの望みに答えるわ!」

 

 今、彼女は雁夜が己を必要としてくれているという事実に、気分を上昇させていた。雁夜がサロメを召喚してから数日が経過し、その間に彼らは何度も会話を交わした。

 例えば、雁夜が聖杯戦争に参加する理由、例えば、サロメはどのようなことができるのか──この会話は外から見れば一見成り立っていた。しかし、真実はそうではない。

 

 雁夜は臓硯から己のバーサーカーの真名を教えられておらず、またサロメも、己の主に真名を教えていなかった。真名を教える機会はいくつでもあったが、二人はそのようなことはどうでもよかったのだ。雁夜はバーサーカーではなく、救い出すべき対象である桜、そして桜をこのような地獄へ堕とした遠坂時臣のことしか見ておらず、バーサーカーのことにはまったく興味を抱いていなかった。せいぜいが、どのようなことができるのか、どのくらい強いのか、その程度だった。

 

 同じくサロメもまた、雁夜自身のことなどどうでも良かった。彼女はマスターとサーヴァントとの関係性は、しっかりと理解していた。

 仕えるべき主なのだから、その命令は実行するし、特に酷い命令でなければ反論もしないだろう。しかし、重要なのは彼女が抱える狂気そのものだ。努々忘れることなかれ──サロメの狂化ランクはC-と低く、会話こそもできるだろう。しかし、それでも彼女は狂っているのだ。

 

 召喚されたばかりの時は、雁夜という人間を一人のマスターとして認識していた。しかし、しかしだ。雁夜が投げかける「お前が必要なんだ」「お前の力を貸してくれ」といったような言葉を投げかけられるたびに。雁夜が桜を救おうと努力する姿を見るたびに、彼女の狂気は加速してゆく。

 

 すなわち──彼女は己のマスターに徐々に慕情を抱いていった。

 

「……雁夜。ええ、そうね。あたしのマスターは雁夜。ふふふ。桜ちゃん、だったかしら? その子を救いたいなら──あたしも頑張らなくっちゃ」

 

 サロメは口の中で小さく呟いた。

 雁夜はとっくに休息に入り、寝息を立てていた。彼はこの調子ならば夜中まで起きることはないだろう。

 サロメは雁夜の頭と頬をゆっくりと手のひらで、赤子をあやすかのように優しく撫でた。

 

 

 

「──間もなく深夜となる」

 

 ケイネスは十二の数字を指す時計の短針を見ると、そう言った。彼の額には怒りから来る深い皺が浮き出ており、彼の中に溜まりにたまった怒りは今にでも暴発せんとしていた。

 そんなケイネスの様子を見たソラウは、関心なさそうに問いかけた。

 

「ええ。そうなれば貴方はバーサーカーと、そのマスターを探すのでしょう? でも、心当たりはあるのかしら?」

 

「ふむ、確かにバーサーカーのマスターに関する情報は、カリヤという名しか分からない。だがね、ソラウ。そんなことは何の問題もないのだよ。私は銃という魔道ではなく、邪道に魂を売り、神聖な決闘に乱入し、不意打ちするような卑怯者に、誅伐を行わなければならないのだよ。一人の魔術師としてね」

 

「そう」

 

 ソラウは呆れたかのように、ソファに座った。実際呆れているのだ。決闘を邪魔され、ケイネスの魔術師としてのプライドは傷つかれたのも、その怒りも理解している。けれども、そこまでするのはどうにも馬鹿馬鹿しいように思えたのだ。

 それも仕方のないことで、ケイネスは貴族としてのプライドと、騎士道を持っている。しかし、ソラウはそうしたものは持っていないのだ。

 

「ご安心を」

 

 実体化したガレスは、ソラウに笑顔で微笑んだ。

 

「貴女の夫は私がお守りしますから!」

 

「夫じゃないわよ。まだ婚約者」

 

「ふっ、だがいずれそうなるだろう? ソラウ」

 

 ガレスの言葉を素っ気なく否定するソラウに、ケイネスは微笑んだ。

 ケイネスは己の魔術礼装を用意するために、別室へと移動した。それを見届けたガレスは、ソラウに問いかけた。

 

「それにしても」

 

 とソラウはガレスの顔を見つめた。その顔つきはどう見ても幼い少女のそれであった。

 

「最後の円卓の騎士──ガレスが、まさか女の子だったとは思わなかったわね」

 

「そうでしょうか? 私は別段性別を隠してはいなかったのですが──どうやら、後世には男として伝わっているようですね」

 

「まあ、あなたの活躍を見れば誰だって女だとは思わないわね。それどころか、女性の騎士という発想がなかったもの」

 

「むう。私が実際に女性なのですから、そういう発想があっても良いと思うのですが」

 

 ガレスはどこか拗ねたように、頬を膨らませた。

 

「きっと学者が捻じ曲げたのかもしれないわね。『こんな活躍をする騎士が女性であるはずがない』と。……ごめんなさいね。真実は私にはわからない。別に貴女を侮っているわけじゃないのよ」

 

「承知していますとも。侮られるのはまあ、()()がこんなですし、まだまだ未熟ものですからねぇ……ランスロット卿のような立派で、強い騎士になりたいものです!」

 

 その言葉にソラウは眉をひそめた。

 ガレス──円卓の最期の騎士にして、いずれは円卓で最も立派な騎士になるとまで言われた人物だ。彼女の活躍は実に目覚ましいものであった。そんな騎士の最期は、ギネヴィアに死刑を行うため彼女の身柄を輸送中、ギネヴィアを救い出さんとするランスロットに襲われ、武器を持たない無防備な状態で頭蓋を叩き割られるというものだった。

 故に、ソラウは己を殺したランスロットに尊敬を抱いている、ということに眉をひそめたのだ。

 

「その……貴女は」

 

 ソラウはおずおずと、言い辛そうに問いかけた。

 

「そのランスロットに殺されたハズよ。なのに、彼を尊敬しているの?」

 

「はい!」

 

 ガレスは頷いた。

 

「そうですね。確かに私はランスロット卿に殺されました。けれども、それとこれは話が別です。そも、あの時は様々な事情が複雑に絡み合っていましたからね……ランスロット卿は、騎士として尊敬しているのです」

 

「そう。そういう風に言えるのは凄いわね」

 

「そうですか?」

 

「ええ。ケイネスと婚約を結んでいるでしょう? けれども、そこに私の意思は関係なくて、政略結婚によるものなのよ。ケイネスはどうやら、私を愛しているみたいだけれども、私はどうにもね……まだ割り切れないのよ。彼を愛せるのか、その愛を受け止めることができるのか、とかね」

 

 ソラウの表情は物憂げなものとなった。彼女の表情から不安を感じ取ったガレスは、微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ。私のマスターは騎士道を持ち合わせています。きっと、貴女にも優しくしてくれるでしょう」

 

「そうかしらね。でも、そうね。……そろそろ時間ね。ランサー、あの人をよろしく」

 

「はい! お任せください! 貴方の主は私がお守り致します!」

 

 とガレスが言い終わるとともに、ケイネスの彼女を呼ぶ声があった。それは出陣を知らせるものだった。

 ソラウはこのホテルの一室に残った。この部屋にいれば、彼女の安全はまず保障されるだろう。前話にて話したように、ケイネスやソラウを守るために、このホテルの一階層には悪霊を放ち、や無数の結界を敷き、異界化を行っている──つまり、魔術的な守りは万全といっても良いだろう。

 

 

 

 衛宮切嗣は自分の意思とは反して震える手を抑え込んだ。しかし、それでもなお震えは止まらなかったため、精神を整える薬品を摂取した。

 一晩が過ぎて、アインツベルンが用意した城へと戻り、その一室でずっと地図を睨めつけたり、銃のメンテナンスをしたりしながら、町中に使い魔を放って舞弥の捜索や情報収集を行った。

 しかし、舞弥の姿はどこにも見られなかった──まず、死んでいないことは確実だが、攫われたというのなら何かしらの目的があってのことである。

 

「……人質か?」

 

 切嗣はポツリと呟いた。舞弥を攫った下手人は今だ不明である。それ故に相手の狙いが全く見えてこないのだ。切嗣は改めて自分が集めた聖杯戦争の参加者たちの情報を見た。

 

「遠坂時臣、間桐雁夜、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、ウェイバー・ベルベット……そして言峰綺礼。現在はこの五名がマスターであることはわかっている。遠坂時臣はアーチャーのサーヴァントを従え、間桐雁夜はバーサーカーだろう。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはランサーだ。セイバーは僕が召喚している。

 ……残るはアサシンとライダー、キャスターの三騎か。よりにもよって、アサシンとキャスターという早めに始末したい者の存在が明らかになっていない」

 

 切嗣は先ほど摂取した薬品の影響もあってか、冷静に物事を考え、かつ頭を高速で回転させ続けた。

 

「それに、残る一人のマスターの正体も明らかになっていない。……少し軽率だったか。アサシンのような存在をもっと警戒しておくべきだった。……あの役に立たないぐうたらサーヴァントの使い道は、強制的に戦わせるぐらいしかないな」

 

 切嗣は自分の手の甲にある令呪を見つめた。

 確かにそれを使えば、サーヴァントを指定の場所に転移させることも可能だろう。それをうまく使いさえすれば、あのセイバーを強制的にサーヴァント同士の戦いに引きずり出すのも可能だ。そのぐらいしなければ、あのセイバーは戦うことはないのは明確だった。

 

 切嗣はさらに気分を落ち着かせるために、タバコを口に加えて火を点けた。タバコの煙はあっという間に天井へと昇り、彼はそれをぼうっと見つめた。

 

 ……衛宮切嗣という人間は、この世界を平和にしようとしている。それこそ、どのような手を使ってもだ。……たとえ、愛する妻と子を犠牲にしても。

 

 ──本当に? それは否だ。舞弥という、長年使用してきたパートナーを失った今、衛宮切嗣という男の心はもともと不安定だったが、それが一押しとなって大きく揺れていた。何だったら、この聖杯戦争という殺し合いから逃げ出し、妻と子を連れてどこかへと行ってしまおうなどと考えてもいた。

 

「──」

 

 口にくわえたタバコを手に取ろうとすると、その手が震えているのが分かった。

 昔の衛宮切嗣という人間は、もっと冷酷な人間だった。しかし、愛する者を得た今となっては、その冷酷さはなりを潜めてしまっていた。アイリスフィール、イリヤスフィールという存在が彼の歯車を狂わせてしまっていたのだ。

 

「……ふぅ」

 

 切嗣はぼうっと天井へと立ち昇る紫煙を見つめた。

 

 

 

 イアソンは、現在は用意させた一室でゆっくりとくつろいでいた。ホムンクルスのメイドたちに身の回りの世話をさせ、本人は用意させた食事に舌堤をうったり、眠くなったら昼寝をするなどだらけた生活を送っていた。

 時折アイリスフィールが戦いに出向くように説得するが、やはり首を縦にふることはなかった。

 イアソンは昨夜サーヴァント同士の戦いがあったことを、アイリスフィールから聞かされていた。とりわけ興味なかったため聞き流していた。

 

 イアソンは外を見た。太陽はとっくに沈み、今は月と数々の星が空を彩っていた。彼はしばらくの間夜空を見上げると、つまらなさそうな顔をしてコップに入れられたワインを流し込んだ。

 

「……フン、まったく馬鹿馬鹿しい」

 

 彼は目を閉じた。その瞼に何が映っているのかは、イアソン本人にしか分からなかった。

 

「ヘラクレス、メディア、アスクレピオス、アタランテ、カストール、ポルックス、オルペウス、リュンケウス──」

 

 彼は静かに、ゆっくりと次々に人名を口にした。それらは皆アルゴー船に乗っていた者たちの名だった。

 

「聖杯、か。……どうせ、ロクでもないものに違いない」

 

 イアソンはゆっくりと、微睡みに落ちていった。

 このサーヴァントという身は、泡沫の存在だ。故に、彼は夢を見る。眠る必要は別にないのだ。だが、彼は眠る。そのたびに夢見るは、己の人生だった。

 

「……くだらん」

 

 彼はポツリと呟いた。

 彼には一つの願いがある。聖杯というものの存在は眉唾物だし、実際に願いを叶えられる類のものではないと思っている。それは彼の今までの経験則がそうさせていた。しかし、この二度目の生といえる物を手にしてから、時々思うのだ。

 もしも、もしも────

 

 

 陳宮は柳洞寺の門の前に立ち、真正面に広がる光景を見つめた。

 森と、長い階段。そしてその先には冬木の町がある──

 

「これは軍師の勘ですが……今夜、誰かが死にますね。間違いなく」

 

 陳宮は階段を下りながら呟くように言った。

 

「この時代に来て、指示する軍団はなく、呂布奉先も居ない。味方はこの私の身一つ。……いやはや、中々に燃えてきますね」

 

 そして、道路まで出ると彼の背後から、無数の光が発生した。その無数の光を背にしながら、陳宮は口の端を吊り上げた。

 

「──この時代にも良き兵器があるものです。それでは、行くとしましょう」

 

 

 

 さて、ケイネスはバーサーカーと、そのマスターを見つけようと意気揚々と町へと繰り出した。魔術的な操作を行えば、あちこちに魔術の痕跡があった。しかし、それらは主にどこかのマスターが放った使い魔のものであり、バーサーカーのマスターの手がかりといえるものは一向に見つからなかった。

 

 カリヤという名前のみが明らかになってはいるが、冬木市の住民ならば市役所なりに行って調べれば、その所在は明らかになるだろう。しかし、町の外から来た魔術師ではそうもいかないだろう。そもそも、市役所に忍び込んで調べるなど、ケイネスのプライドが許さなかった。

 

 サーヴァントを同行させ、街中を無防備に見えるようにうろつけば、餌に釣られた者がやってくるかと思っていたが、その餌にかかる者もいなかった。

 次の手を考え始めたケイネスだったが、その時彼の前に一人の老人が姿を現した。言わずもがな、間桐臓硯であった。突如現れたこの魔術師に、ケイネスは身構え、ランサーはケイネスをかばいつつ、いつでも攻撃できるような体制を取った。

 

「そう警戒する必要は無い。貴様らは雁夜を探しておるのじゃろう?」

 

「──御老人、どこでそれを?」

 

「カカッ、なあに。長く生きておれば自然と分かることもあるのじゃよ。お主は決闘に横やりを入れられ、怒りを覚えている……そうじゃろう?」

 

「…………」

 

 ケイネスは答えなかった。

 この己の目の前にいる老人は、己よりもはるかに長く生きてきており、かつ時計塔の魔術師たちよりも遥かに狡猾であるということを、本能的に悟っていたからだ。彼が感じた感想をを一言で表現するのならば、間桐臓硯は怪物のようだった。

 下手に答えて、あちらの思惑に乗ることは避けたかったのだ。

 

「ダンマリか? まあ良い。雁夜じゃが、ホレ。あちらの道を歩けば出会うじゃろうて」

 

 と臓硯は杖で、一つの道を指した。

 彼の調子から、嘘を言っているような様子は見られなかった。

 

「罠だと思うもよし。儂を信じて突き進むもよし。なあに、老人の戯言じゃ。信じる信じないは自由」

 

 と、臓硯は体を無数の羽虫へと変化させ、その場から消え去った。

 残されたケイネスはしばらくの間考え、臓硯が指し示した道へ進むことを選んだ。

 

「それで良いのですか? どうにも、あの老人は──」

 

 ランサーはきょとんと問いかけた。それにケイネスは答えた。

 

「確かに、ヤツは得体が知れない。だが、それがどうかした? 罠であろうとも、破ってしまえば良いだけのこと。ゆくぞ、ランサー」

 

 そのケイネスの言葉と行動は、一見無謀に思えたが、彼の魔術師としての力量はかなり高く、戦闘も十分にこなせる。つまり、実力からくる自信による行動だった。

 彼らは臓硯が指し示した道へと進んでいった。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ウェイバーは船の上で叫んだ。

 現在、彼はライダーの船にのり、高速で冬木市の上空を飛んでいた。船はそれなりに大きかったが、夜空に紛れるようにし、高度もそれなりにあったため、地上から発見されることはそうそうないだろう。故に、神秘の隠匿については問題なかった。

 

「はははは、マスター。そう驚く必要がありますか?」

 

「お、おまっ! いきなり家を出たと思ったら、いきなり船が空を飛ぶんだぞ!? 驚くなと言う方が無理があるだろ!」

 

 ウェイバーは、船の舵を操りながら自分の驚き様に笑うバーソロミューへと怒鳴った。

 

「そもそも、何で空を飛んでいるんだよ! オマエ、近代の英雄だろ!? 神話の時代とかの英雄なら、空を飛ぶ船を持っていたって不思議じゃないけど、オマエが生前乗っていた船はただの船じゃなかったのか!?」

 

「もちろん。私が生前に乗っていた船は、魔術やら神秘やらとは何ら関係ないありふれた船ですよ。ですが、こうしてサーヴァントとして召喚され、神秘を手にしたため、私の船は海だけではなく、地上や空の走行も可能としたのです。いやはや、これは略奪の幅が広がりますねえ」

 

 ウェイバーはその理屈にあまり納得がいかなかったが、それでも船が空を飛んでいるという事実を受け止めた。

 

「で、これから相手のところに向かうんだよな?」

 

「ええ、貴方が指示した場所へと。戦いの際は危険なので、私の船に乗っていれば十分ですとも。……そろそろ着きますよ!」

 

 バーソロミューは舵を操作し、船の高度を落として地上に着陸する準備に入った。

 

 

 






 今まで何名かに死亡フラグは立てたつもりです。何本旗立ってるかなぁ……?
 さあ、いよいよ二回目の戦闘が始まります。

 次回は8月16日に投稿します。


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第7話

 ──夢を見た。

 

 間桐雁夜は昨夜の戦いによる疲労で、今まで眠りこけていた。今まで見る夢と言えば、体内を這いまわる蟲、臓硯の不気味な顔、そして蟲に蹂躙される桜の様子とか、そのぐらいだった。けれども、今見ている夢はそれらとは全く違ったものだった。

 

 彼がいつも見るような悪夢ではなく、どこか冷めた──例えば、興味のない映画をぼうっと見るような感覚だった。

 

 何かから逃げてきたのか、一人の女性が息を荒くして走っている。場所はどこかの地下なのだろうか、あたりはしめじめとしていて、暗くてその姿はよく分からなかった。分かることといえば、その人物が女性であることと、彼女は酷く怯えている様子だった。

 

 ──あの視線には耐えられない! あのあたしの体を舐めるかのような、いやらしい視線には耐えられない! 

 

 そんな思考が雁夜の中に流れ込んできた。これは彼女のものなのだろうか? ……雁夜はどうでもよかった。結局のところ夢なのだし、悪夢でもなければどうでもよいのだ。そう思うほどに、雁夜の心はすり減っていた。

 

 ──だから、あの声に助けを求めるわ。

 

 あの声とはいったい何なのだろうか? これもまた雁夜にとってはどうでもよかった。

 

 女性は目の前にある古井戸の前に立った。その井戸の蓋は一枚の板で封印されていたが、彼女はその蓋を無理やり破壊した。するとどうしたことか。その井戸の中から一人の男性が飛び出すように現れたのだ。

 それに女性は驚いたように、その場から飛び退いた。

 雁夜は知る由もないが、この男性こそがヨカナーンと呼ばれた男である。女はこの男に一目惚れしたのだ。女性は口づけを要求したが、男性は断った。

 

 

 映像にノイズが走り、場面が切り替わる──

 古代の華美な装飾がなされた部屋で、一人の女性が踊っていた。その踊りといったら、踊っている女性が美しいのもあって、非常に艶やかで見る者を魅了するような踊りだった。

 この場でその踊りを見ているものは、雁夜を除けばもう一人。玉座に座りながら女性の踊りを食い入るように見つめている男がいた。

 

 女性が踊り終わると、玉座に座っている人物が、女性のことを褒め称え何かしらの褒美を取らせようと言った。

 それに彼女がなんと答えたのだろうか──気が付けば、斧を持つ人物が雁夜の方へと近づくと、その斧が振り下ろされていた。視界が揺れ、最期に目に入ったのは銀色の鈍い光だった──

 

「……うっ」

 

 雁夜はうめき声を上げながら、意識を夢の中から現実へと戻していった。

 

「いつまで寝ているつもりだ。雁夜」

 

 臓硯はまんじりとしない雁夜を咎めるような声で言った。その声を聞いた雁夜の意識は一気に覚醒した。

 

「なんだよ」

 

「もう聖杯戦争の頃合いじゃて。一つ知らせじゃ。遠坂の小僧じゃが、あやつは死んでおらんぞ」

 

「何だと!?」臓硯の言葉により、雁夜の意識は一気に覚醒した。

 

「まだあやつは生きておる。サーヴァントも健在じゃ……まあ、それがどうしたという話じゃがのう」

 

 臓硯はいやらしそうに、顔を歪めて見せた。しかし、雁夜はとっくに目の前の老人など目に入っていなかった。少しばかりよろめきながらも、その場から立ち去った。恐らく、時臣の元へと向かったのだろう。

 それを見送った臓硯は己の体を蟲へと変化させ、その場から立ち去った。この老人は、前話のようにケイネスの元へと向かったのだ。

 

 さて、ケイネスとガレスは警戒を巌にしながら臓硯が指し示した道を進んでいった。

 途中で何かしらの罠がないか警戒していたが、あっけにとられるほどに何もなかった。

 

「……何も無いですねぇ」

 

 ガレスは今まで警戒していたのが馬鹿らしくなったかのように、周りをキョロキョロと見まわした。それにケイネスは鼻を鳴らして答えた。

 

「気を抜くな、ランサー。あの老人は狡猾さでは、時計塔の貴族どもを上回る怪物と言えるだろう。少し顔を合わせただけで、それが分かってしまうほどにな。常に罠を警戒せよ」

 

「了解ですっ……マスター! 下がってください! 近くにサーヴァントの気配が!」

 

 ケイネスたちは素早く切り替え、戦闘態勢へと入った。

 曲がり角の向こうから、雁夜が体をふらつかせながら現れた。雁夜は、ケイネスたちの姿を認めると、目を見開いて驚いた。それと同時に、サロメが雁夜の前に現れ、姿を実体化させた。

 

 ケイネスはそれを見ると、サロメの後ろに立っている男がカリヤという人物であり、バーサーカーのマスターであることを認めた。

 怒りに顔を歪め、強烈な敵意を雁夜に叩きつけて名乗った。

 

「貴様がバーサーカーのマスターか! 我が名はケイネス・エルメロイ・アーチボルト! ──昨日、貴様が行った卑怯な行為の贖い、ここで受けてもらおうか!」

 

 その名乗りを受けた雁夜は、ケイネスのことを思い出した。彼は昨夜、時臣のアーチャーと、彼のランサーが戦っているところに乱入した。それ故に怒っているのだと理解し、慌てたように口を開いた。

 

「ま、待ってくれ! 俺はお前と戦う気はない──」

 

「ほう? では何だね、逃げる気か? よろしい。卑怯者はつくづく魂まで醜いというわけか。よろしい! ──では、一人の魔術師として貴様に誅伐を行う」

 

「な────!」

 

 戦いは最早避けられないといった調子だった。ガレスは槍を構え、サロメも同じく水晶の髑髏から魔術による攻撃を放つ体制へと入った。

 

「ランサー、まずはあのバーサーカーを屠れ。宝具の使用も許可しよう」

 

「はい、マスター!」

 

 先に仕掛けたのはガレスだった。彼女はサロメ目掛けて走り、槍による刺突攻撃を行った。彼女はそれを回避すると、魔術による攻撃を放った。雷や炎、氷といった様々な種類の魔術がガレスへと襲い掛かったが、ガレスは槍を一振りした。たったのそれだけの行為で魔術は粉々に砕かれた。

 サロメが行う魔術による攻撃では、ガレスの対魔力を貫通してダメージを与えることはできなかった。それは、サロメ自身も昨日の戦い、そして先ほどの攻撃で十分に理解していた。

 

「これは──ダメね。あたしの攻撃が通じないわ!」

 

「……ッ」

 

 サロメの声に雁夜は歯噛みした。

 正直に言ってしまえば、雁夜は己のサーヴァントはあまり強くないと思っていた。それは己が魔術師として未熟者なのと、バーサーカーは本来言語や理性を失い、その代償としてステータスを強化させるクラスなのに、このサロメは言葉を流暢に話しているし、理性もしっかりしているように見えた。

 つまり、狂化もあまりしていないため、その恩恵も少ないのだ。

 

 このままでは、サロメは敗北するだろう。逃げようにも、ランサーとケイネスの気迫がそれを許しそうにはなかった。

 故に、雁夜は一つの決断をした。

 

「バーサーカーッ! 宝具を使え!」

 

「──はぁい。うふふ……! わかったわ。ねえ、口づけをしましょう? ──『あなたにくちづけしたわ』(ファム・ファタル・ベゼ)!」

 

 ──サロメがその宝具の真名を開放した瞬間、彼女の持つ髑髏、すなわちヨカナーンの首が巨大化した。

 そのヨカナーンの首は魔術による攻撃を行いつつ、ガレスの動きを足止めした。

 

「なんて面妖なっ!」

 

 ガレスは突然巨大化した髑髏を見て、叫んだ。その大きさといったら、彼女の身長を遥かに凌ぐほどの巨大さだった。

 髑髏はまるで笑うように歯をカタカタと鳴らしながら、魔術による足止めを受けているガレスへと突進していった。

 

「ランサー!」

 

 ケイネスは思わず叫んだ。宝具──すなわち、サーヴァントが所有する切り札を使われたのだ。どのような効果、どのような攻撃があるのかはさっぱり分からないが、それでも正面から喰らうのは非常にまずいと言えるだろう。

 しかし、ガレスはその髑髏を睨みつけ、盾と槍を構えた。回避は最早間に合わないと言った調子だった。故に、彼女は相手の宝具を正面から受け止めようとしていたのだ。

 

「参ります!」

 

 ──巨大な髑髏はその顎を大きく開き、ガレスを飲み込んだ。あとはその内部で噛み砕くなりすればどうにでもなるのだろう。……しかし、そうはならなかった。

 ガレスは噛み砕かれることはおろか、飲み込まれすらもしなかった。

 

「う、ぐぐぐうッ!」

 

 なんとたまげたことに、ガレスは盾で上顎を受け止め、そして足で下顎を踏みしめ、つっかえ棒のようにして踏ん張り、髑髏の顎を閉じることを許さなかったのだ。

 

「馬鹿なッ!?」

 

 雁夜は驚愕に包まれた。宝具というとっておきですらも、この目の前のランサーには通じないのか? 己の体内を蝕む蟲たちに悶え苦しみ、全身から汗が噴き出たり、呻き声を漏らしていた。そのような痛みなど、今は最早どうでもよかった。この目の前の難敵を何とかしなければ、己は敗北するだろう。

 

「バーサーカーッ! 令呪を以て命じる──」

 

 故に、雁夜は令呪を用いてサロメを強化しようとした。しかし、その様子を見たガレスが、彼が令呪を発動するよりも早く、宝具の真名を口にした。

 

「さ、させません! やられる前にやるまで! 猛り狂う乙女狼(『イーラ・ルプス』)! うおおおおおッ!」

 

 ガレスは全身に力を入れ、槍を全力で振るい、髑髏の歯や顎など己の槍が届く部分へと次々に攻撃を放った。

 見るがいい! これこそが、円卓の席を飾った騎士、ガレスの宝具である。その槍の技の冴えを宝具の域にまで昇華させた、凄まじいまでの連続攻撃を前に、髑髏の歯は砕け、とうとう耐えきれずにガレスをその顎から解放させていた。

 

 しかし、なおもガレスの連撃は止まらず、次々と浴びせられる一撃一撃が必殺の威力を持った連撃を何度も喰らった髑髏は、とうとう罅が入り、その次に粉々に砕け散った。

 

「そんな──ヨカナーン!」

 

 サロメは砕け散った己の愛する人の首を見ると、砕け散り、地面へと落ちる髑髏へと駆け付けた。その様子は全くの無防備だった。

 

「貰ったッ! 止めですッ! やぁあッ!」

 

「バーサーカーッ!?」

 

 ガレスの槍は、バーサーカーの腹部を貫いた。

 その傷の大きさでは、最早回復の効果を持つ魔術を使っても、助かることはないだろう。

 

「これでサーヴァント同士の勝負は終了した。では、誅伐を行うとしよう」

 

 ケイネスは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を起動し、先を尖らせた水銀で瞬く間に雁夜の腹部を貫いた。それこそ、雁夜が蟲を使って攻撃したりすることはおろか、認識する間もないほどの素早く、見事な一撃だった。

 

「銃などという卑怯な道具を使ってまで勝利を得ようなど、魔術師の面汚しだ。そうして這いつくばって死に絶えるのがお似合いだろう」

 

「な……」

 

 地面に倒れ伏す雁夜を見たケイネスは、目的は果たしたと言わんばかりに、ランサーを連れてその場から立ち去った。

 

 雁夜は地面を這いつくばりながら、呻き声をあげた。この調子だと、自分は最早助からないだろう。少しずつ遠のいていく意識の中で思い浮かぶは、一人の少女の姿だった。

 

「さ、くらちゃ……」

 

 雁夜の意識は闇へと沈み、二度と目覚めることはなかった。

 腹部を貫かれ、マスターが死亡しても、サロメは未だに消滅することはなかった。しかし、彼女もまた同じく死に体であり、いまだにその姿を保っていられるのは、偏に意思の力によるものだった。

 

 彼女は下手糞な匍匐前進のようにして、雁夜の元へと移動するとその頭を撫でた。愛おしそうに──

 

「マスター……マスター……カリヤ……ああ、眠いわ、カリヤ……」

 

 彼女が雁夜の頭を一撫でしていくたびに、彼女の目から正気は消失し、その頬には赤みが指していった。

 

「カリヤ、カリヤ……いえ、カリヤって誰だったかしら? ……そう、そうね! あなたの名前はヨカナーン。愛しい愛しい、あたしの恋人よね!」

 

 サロメは雁夜の頬に手を当て、その顔をまじまじと見つめた。そして、その両手で雁夜の首を胴体から引きちぎり、持ち上げると口づけをした。

 

「ふふふ……あたしの愛しい、ひと……」

 

 サロメは恍惚とした表情で、雁夜の頭部を何度も撫でた。そうしているうちに、彼女の体は完全に消滅した。

 その場に残ったのは、頭部を無くした雁夜の死体のみだった。

 

 

 間桐雁夜は死亡し、そのバーサーカーであるサロメもまた同じように消滅した。

 戦いが始まり、二日目の夜となった。しかし、夜はまだ終わらない。この夜、別の場所でも戦いが行われていた。その様子を見るとしよう──

 

 パリスは遠坂邸の屋根の上に陣取り、周りを警戒していた。こちらに攻撃してくる相手がいないのか見張っていたのだ。

 

 ひゅるるる、というような何かが空を切る音がした。その音に気が付いたパリスは、上空を見上げた。すると、何発もの砲弾が遠坂の屋敷目掛けて降り注いでいた。

 

「う、うわぁッ!?」

 

 まるで雨のように降り注ぐ砲丸に、パリスは矢を番えて迎え撃った。しかし、それでもパリスの連射力よりも、砲弾の数が上回っているため、すべての砲弾を打ち落とすことはできなかった。何発かは、屋敷や庭へと命中し、いくつもの場所で爆発が生じた。

 

「な、何で今まで気が付かなかった──!?」

 

 パリスはもちろんのこと、上空も警戒していた。

 しかし、この不意打ちに対処できなかった彼を攻めることはできないだろう。というのも、この攻撃の主であるバーソロミューは、雲の上よりも上空へと船を飛ばし、大砲を放ったのだから。そして、砲弾の後に続いてバーソロミューの船、ロイヤル・フォーチュン号が大砲を放ちながら急降下してきた。

 

「ははははは! では、略奪の時間といきましょう!」

 

「うわぁぁぁぁああッ!?」

 

 舵を操作しながら笑うバーソロミューをよそに、ウェイバーは体を浮き上がらせながらも、船から落ちないようにバーソロミューの腰にしがみついていた。

 

「マスター! 私の船から出ないように! ここにいればまずは安全ですからね!」

 

「む、迎え撃ちますっ!」

 

 パリスは突如降り注いだ砲弾と、船に驚きながらも矢を番えて迎え撃った。

 

 その様を、隠蔽の結界を通しながらも遠坂邸の外から、陳宮は見つめていた。彼はほくそ笑んだ。

 

「ふふふ、私の他にも襲撃する者がいたとはね。しかし、これは好都合。どうせならば、彼らになすりつけてしまいますか。では、行きなさい」

 

 陳宮が合図を送ると同時に、彼の背後にあった自動車が、遠坂邸へと目掛けてまっすぐに、凄まじい速度で爆走していった。その車は無人であり、ハンドルとペダルに細工がなされ、自動で移動するようになっていた。

 その自動車は遠坂邸の塀にぶつかると、大きな爆発を起こし、塀を破壊した。

 

「中々に良き絡繰りです。自動車と言いましたか、このような恐ろしいモノが大量にあるのなら、使わない手はありませんね」

 

 その後も、何台もの自動車が遠坂邸へと目掛けて疾走を開始した。

 

 バーソロミューの不意打ちと、陳宮の不意打ちを以て、遠坂邸における第二の戦いが開幕した──





 ガレスちゃんパナイ。彼女の宝具って、マテリアルを見るに、技量を宝具に昇華させた類のものですから、沖田さんとか佐々木小次郎とか、りゅうたんとかの魔剣みたいなものなのかもしれませんね。

 陳宮はどうやら昼間や道中で、いくつもの車をパチって細工をした模様。

 次回はガレス陣営VSバーソロミュー陣営VS陳宮となります。

 次回は8月17日に投稿したいと思います。明日は少し投稿できるかどうか怪しいですが、頑張ります!


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第8話

エンジンのいと熱なるピストンよ。
あらゆる馬力、走力、輸送力を与えた自動車工場員よ。
我が走行を、我が疾走を、我が成しうることをご照覧あれ。
さあ、タイヤとライトをつくりしものよ。
我が輸送、我が最期、我が成しうる聖なる爆走(ニコラ=ジョゼフ・キュニョー)を見よ。

────車両一条(ステラ)! 誰かの車は爆発四散する!


「くっ──!」

 

 パリスは歯噛みした。

 英霊とは言えども、現在の彼はアポロン神によって全盛期のころの姿ではなく、まだ少年だったころの姿で召喚されていた。つまり、サーヴァントとしては不完全であり、未熟者なのだ。

 全盛期の彼ならば、この次々と降り注ぐ砲弾に、次々と突っ込んでくる自動車をすべて矢で打ち抜くなりして、止めることが可能だったかもしれない。しかし、現在の彼は己の身の丈ほどある弓を構えれば、その重さにふらつくほどの未熟者であり、しっかりと狙いをつけて百パーセントの確立で矢を命中させるには、アポロン神の助けを借りなければいけなかった。

 

 故に、この状況に対応すること──バーソロミューの船から降り注ぐ砲弾と、陳宮が放つ自動車から、屋敷を完全に守るのは不可能だった。

 

「どうやら、我々の他にもアーチャーを狙う者がいたようですね」

 

「ど、どうするんだよ。ソレ! 最悪乱闘になるぞ!?」

 

 バーソロミューは次々と突っ込んでくる自動車を目にすると、ポツリと呟いた。ウェイバーはバーソロミューの背後で喚きたてたが、バーソロミューは不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「ご安心を。アレはただの自動車のようですね。魔術的な細工もないと思われます。──我々サーヴァントにはあのようなモノは効果がありません。では、何が狙いなのでしょうね?」

 

「し、知るかよ!? うわぁ!? 矢が掠った! 今掠った!?」

 

「まあまあ、私の後ろにいれば安全ですので落ち着いてください。あの自動車は何が狙いなのでしょうかね?」

 

 バーソロミューに言われて、ウェイバーは次々と遠坂邸へと突撃してくる自動車たちを見た。何かしらの細工がなされているようで、無人であり、何かにぶつかったら不自然なほどに大きな爆発を起こしてあたりを炎上させたりしていた。

 向かってきた車の数はとうに10台を超えており、遠坂邸を守る塀はすでに粉々に破壊されており、塀を乗り越えた数台は庭のオブジェを砕いたり、屋敷の壁へとぶつかって粉砕したりしていた。

 

 パリスはバーソロミューの砲弾に対処するのに精一杯であり、屋敷を守るものを破壊するという意味ではもはや車たちは役目を果たしていた。

 だというのに、自動車の突撃はいまだに収まることはなかった。

 

「……陽動、か?」

 

 ウェイバーはポツリと呟いた。それに、バーソロミューも同意するように頷いた。

 

「そうですね。その可能性が高いです。あのようなものでサーヴァントを傷つけることはまず、不可能ですからね。そうなると、陽動の可能性が非常に高いと言えるでしょう」

 

「それと、あの自動車の爆発でアーチャーのマスターを殺すっていうのは──」

 

「その可能性もありますが、確率としては低いでしょう。マスター狙いだというのならば、最初からもっと高い破壊力を持つ攻撃を行えば良いのです。……例えば、そう、アレ、なんと言いましたか。そうそう、タンクローリーでしたか? そのような類の自動車をぶつければよいだけですからね」

 

「確かにそうだな。……じゃあ、その陽動を行う目的っていうのは何だ?」

 

 ウェイバーの問いかけにバーソロミューは首を振った。

 

「さすがにそこまではわかりません。まあ、暫くは様子見としましょう。何か大掛かりな攻撃を行うというのならば、それなりの前兆もあるでしょうし、この市街地でそのような攻撃を放っては周りの住宅も巻き込まれます。まあ、最も他者の犠牲も厭わない人物なら、容赦なくここら一帯を更地にするような攻撃を放つでしょう」

 

「……そうだな。それじゃあ、アサシンとかの仕業か?」

 

「おや? なぜそう思うのですか?」

 

「だって、この車が陽動ならそれはアーチャーの気を引くためだろ? 放っておいたら、屋敷が粉々になってしまうからな。今アーチャーのマスターは動けない可能性が高い。かといってマスターの傍にいても、それは部屋の中になるだろうから、死角ができてあの車に対処できる方向が少なくなるだろ。

 外に居ようが部屋の中に居ようが、アーチャーは今あそこから動けない。その間に、アーチャーのマスターの元に行って殺すこともできるだろ」

 

「その通り。実に中々の推理ではありませんか。マスター! あなたは名探偵の素質がありますよ。補足させて貰うのならば、アサシンとは限りません。アサシンならば、わざわざこのようなことをせずとも、影から忍び寄ることも可能でしょう。

 例えば、サーヴァントに通じるほどの神秘を持つ攻撃手段を持たない人物、例えば雇われの魔術師や傭兵などが行っている可能性もあります。そういう意味では、キャスターや昨晩の魔術による攻撃を行うバーサーカーの可能性もありますね。対魔力を持っていては、魔術による攻撃は通じませんから。まあ、その場合は何かしらの切り札もあると考えて良いでしょう」

 

「確かにその可能性もあり得るか」

 

 ウェイバーは頷いた。

 

「ええ。視野は広く……それが大切なことですよ。さて、では我々が現在成すべきことは?」

 

「あの車による攻撃をしているヤツに注意しながら、アーチャーと戦う……か?」

 

「まさしく! そも、ここで撤退するという選択はありません! 今が絶好のチャンスですからね。なので、ここは手っ取り早くアーチャーを仕留めるとしましょう! では、下船といきましょう!」

 

 バーソロミューは船から飛び降りた。ウェイバーは、突然の彼の行動に驚き、大声で叫んだ。

 

「な、なんで降りるんだよ!? 大砲撃ってればよかっただろ!?」

 

「いえいえ、それでは有効打がありませんので。あちらも、目が慣れたのかはじめよりも、多くの弾を打ち落とし始めました。全く羨ましい限りですね! なので、カトラスによる接近戦闘へと切り替えます。船は上昇させますので、落ちないようにしてくださいね。その中に居ればひとまずは安全だと思いますから」

 

「な、待てよ、ライダー、ボクをこんなドンパチしている場所で一人きりにするなぁぁぁぁッ!」

 

「ははははははッ!」

 

 その場から上昇する船から飛び降りたバーソロミューは、カトラスを手にパリスへと切りかかった。

 パリスはこれを回避するが、それはあくまでも一撃目の話だった。二撃目、三撃目と続けざまに放たれる斬撃を回避する術を、パリスは持っていなかった。

 

「貰ったッ!」

 

「あ、アポロンさま──!」

 

 カトラスの刃が、パリスの脳天をかち割ろうとする直前で、アポロンが間に入り、刃を受け止めることによって、パリスは無傷で済んだ。

 

「おやおや、けったいな羊……羊ですね」

 

「アポロンさま、ありがとうございます! むっ、けったいじゃありませんよ、コレはアポロンさまです!」

 

「ほう……? いわれてみれば、確かに神性を感じるようなそうでないような。まあ、どうでも良いでしょう。羊ならば、毛皮を剥いで、肉は焼いてワインと一緒に喰らう。骨は装飾品に加工いたしましょう」

 

「な、お、恐ろしいことを言わないでください!」

 

 バーソロミューの言葉に、パリスは頬を膨らませて怒った。しかし、バーソロミューは笑いながら答えた。

 

「ふふふ、海賊が神を恐れてどうしますか? 確かに神に祈りもしましょう。ですが、欲しいモノがあるのならば、私は神をも屠りましょう。王も、貴族も、神も、恐るるに足らず。私は欲しいモノは何としてでも手に入れるのですよ。さあ、アーチャー! 私はあなたの首が、魂が、命が欲しい! ゆえに──邪魔をするのならば障害となる全てを粉々に打ち砕くまで。我が、略奪はすでに始まっている!」

 

 パリスは思わずぞっとした。

 というのも、今目の前にいるバーソロミューの笑みは、紳士のそれではなく、残忍で、欲深く、狂気の宿ったものだったからだ。

 普段の彼はそれこそ紳士的な振る舞いをするだろう。それこそ貴族の社交界に居れば他者からの評判も良いものとなるぐらいの、優雅な振る舞いをする。しかし、彼は海賊なのである。欲しい物があれば、躊躇うことなく略奪を行う、残忍なる海賊なのだ。

 故に、バーソロミューの瞳の奥には海賊としての狂気が宿っていた。

 

「はははっはぁ! 大人しくその首を差し出しなさい! でなければ、羊もろとも()()()切りにしてさしあげましょう!」

 

 海賊故に、海神であろうとも、太陽神であろうとも彼は恐れない。そのような物を恐れているのならば、人を殺害し、物を奪うという残忍な行為など一切できないのだから、当然の話と言えるだろう。

 

「くっ──させません!」

 

 パリスは接近されたため、アーチャーとしての本分である矢と弓による攻撃が不可能となった。しかし、アポロンを盾としたり、投げつけたり、時には打撃武器として扱ったりして、バーソロミューのカトラスに対抗した。

 

 

 

「中々用心深いですね。彼は」

 

 陳宮は上昇する海賊船と、パリスと切り結ぶバーソロミューを見ながら呟いた。

 現在、彼は物陰に隠れながら遠坂邸へと忍び込む隙を伺っていたのだ。

 

「ライダーでしょうか? 他のサーヴァントが乱入するのならば、隙あらばまとめて刈り取るつもりでしたが、そうはいかないようですね」

 

 陳宮は残念そうに呟いた。

 最初、攻撃するのが陳宮だけならば、自動車による陽動攻撃を行った後、遠坂邸へと忍び込むつもりだったのだが、そこにバーソロミューが現れたため効率を優先し、パリスとバーソロミューの二人をまとめて攻撃するつもりだったのだ。

 そのための隙を伺っていたのだが、バーソロミューは陳宮の存在に気が付いており、先ほどから攻撃しようとすれば、その度にバーソロミューの殺気が飛んでくるのだ。

 

 船にいるマスターと思わしき人物を矢で射貫こうとしても、同じようにバーソロミューによる物言わぬ警告が行われる。最終的には、矢の届かないような距離まで、ウェイバーを乗せた船を上昇させてしまったのだ。

 

「やれやれ、仕方がありませんね。どうやら、あちらは自分に攻撃しないかぎりは何もしないような様子ですし、ここは一つ当初の計画通りに行動しましょう。まあ、それでも彼らには罪を背負ってもらいますが」

 

 陳宮はバーソロミューとパリスが戦っているのをよそに、パリスに見つからないように慎重に屋敷内へと忍び込んだ。彼の目的はもちろん、この屋敷のどこかの部屋で、ベッドの上で横になっている遠坂時臣だった。

 

「さて──使用人の一人や二人はいるかと踏んだのですが、まさかサーヴァントのマスターがいるとは思いませんでしたよ。同盟でも組んでいましたかな?」

 

 陳宮は少しばかり驚いたように、目の前にいる男──言峰綺礼を見つめた。しかし、彼のサーヴァントであるシャルロット・コルデーの姿はどこにも見えなかった。というのも、彼女は現在斥候として、別の場所にいるのだ。

 

「……キャスター、か?」

 

 言峰はボソリと陳宮に尋ねた。

 

「その通りですとも。ふむ、どうやら従えているサーヴァントはアサシンあたりでしょうか? 戦闘が可能なサーヴァントならば、すでにアーチャーと共にライダーを出迎えているハズですからね。この屋敷に潜んでいるのか、それとも別の場所にいるのか……」

 

「……」

 

「まあ、何にしてもよろしい。しかし、困りましたねえ。こうも無防備だとは。少々不用心なのでは? アーチャーのマスターが居る部屋を教えてもらうことはできますか?」

 

 その陳宮の問いかけへの回答は、言葉ではなく彼の行動だった。

 言峰は黒鍵と呼ばれる、教会の代行者が使用する武器を手に取った。聖書のページを聖なる力を持つ刃へと変化させて、使用されるものである。

 

「残念ですね。しかし、サーヴァントである私に敵うとでも?」

 

 ……そんなことは言峰も理解していた。

 大声でパリスを呼び寄せようにも、彼はバーソロミューの相手をしているためその場から動くことはできないし、かといって令呪でアサシンを呼び寄せようにも、キャスターとの距離が近すぎる。彼が非力な英霊であろうとも、令呪を使用する前に殴り倒すことぐらいは可能であろう。

 故に、彼は第三の選択肢を選んだ。その選択肢こそが、戦闘であった。

 陳宮が言った通り、サーヴァントと人間では規格が違うため、到底敵わないだろう。しかし、それでも言峰は戦う選択を行った。無謀と言えよう。それは彼も理解していた。

 

 逃亡することも可能だろう。しかし、己の師を見捨ててまで逃亡するという選択肢はなかった。故に、戦闘しかなかったのだ。

 

 言峰は黒鍵を振るった。鉄をも容易に切り裂くその刃は果たして、陳宮に届くことはなかった。

 

「……カァッ」

 

 言峰はうめき声を漏らした。彼の腹部には陳宮の拳が突き刺さっていた。その一撃のみで、いかな修業を受けた屈強な代行者であろうとも、意識を失った。

 

「この時代においては中々に強いようですが、生前の我が主と比べると大したことはありませんね。平兵士としてなら雇おうと思うぐらいですか。しかし──なるほど、彼は中々に良い目をしていますね。どうなることか思いましたが、彼も連れて行きましょう」

 

 その後、陳宮はベッドに横たわっている時臣も発見し、言峰と時臣の二人を抱えて屋敷の中から脱出した。

 

 さて、パリスとバーソロミューの元へと戻り、彼らの戦いを見てみるとしよう。

 状況を簡単にまとめるのならば、バーソロミューが有利となっていた。これは当然の結果と言えよう。彼の船は上昇し、かなりの高度を浮遊していた。

 船から砲弾が次々と降り注ぎ、地上では船を操るバーソロミューが、カトラスを手にしてパリスへと襲い掛かっていた。この状況の最中、パリスは徐々に追い詰められていって、その体に切り傷を少しずつ増やしていった。

 このままでは、己の首が胴体と泣き別れするのも時間の問題だろう。

 

 故に、パリスは己の切り札を切ることにした。

 

「──アポロンさま! お願いします!」

 

 その声と共に、アポロンの目が光り輝いた。すると、どうしたことか。パリスの目にはバーソロミューの弱点と言える部位が自然と理解できるようになっていた。

 

「狙いは上半身、胸! 発射しまーす! アポロンさまよろしくお願いします! ──輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)!」

 

 パリスは弓に矢を番え、矢を発射した。

 しかし、その矢は今までの矢とは違い、宝具による一撃である。彼の宝具はかつてアキレウスの弱点である踵を打ち抜いたのと同じように、敵の弱点を必ず貫くという類のものである。

 その矢は回避不能であり、太陽神アポロンの力によって追尾性能を所有していた。つまり、敵の弱点を貫くまで矢は止まることはないのだ。

 

「──ッ!?」

 

 バーソロミューはその放たれた一矢を見ると、全身に恐怖の感情が迸った。

 それこそは、死の恐怖。生前の再来──すなわち、かつて砲弾が当たり、彼の上半身が粉々に砕けたときを思い出したのだ。己へと迫りくるその矢は、大砲から放たれた砲弾と幻視した。

 

 そして、彼の本能が囁いている。この矢は回避することができないと。命中すれば死ぬと。そう囁いていたのだ。

 ……宝具による攻撃を警戒していないわけではなかった。しかし、この一矢は回避不能である──! 

 

「くっ──!」

 

 バーソロミューはせめての抵抗と言わんばかりに、カトラスを振るい、その矢を叩き落そうとした。しかし、それもまた無駄な行為なのだろう。地面に叩き落されても、その矢は尚もバーソロミューへと向かってくるのだから。

 

 ──矢じりがバーソロミューの服へと突き刺さり、彼の心臓を貫くことはなかった。

 

 矢が彼に命中する前に、彼の肉体はその場から消え去り、遥か上空を浮遊する船の上へと転移していた。そして矢は、バーソロミューが立っていた遥か後方の地面へと突き刺さっていた。

 

「ら、ライダー! 大丈夫なのか?」

 

 ウェイバーは、バーソロミューの元へと駆け寄った。彼の手の甲にある令呪は、三角の内一角が失われていた。

 

「ええ……おかげ様で。令呪を使ったのですね?」

 

「ああ。何かヤバそうだったから……ダメだったか?」

 

「いえ。そんなことはありません。むしろよくやってくれました。令呪を使わねば、私は死んでいたでしょう。ありがとうございます、マスター。やはりあなたは物事を良く見る目がありますね」

 

 バーソロミューは微笑んで、ウェイバーの手を握り頭を下げた。

 その後、彼は最後の腹いせと言わんばかりに砲弾を地上にいるパリス目掛けて発射すると、船の舵を握りその場から飛び去った。

 

「やれやれ、これではいけませんね。何の手柄も挙げられなかった上に、助けられるとは」

 

 バーソロミューは口の中で、苦々しくそう呟いた。

 

 さて、砲弾の雨あられを受けたパリスは果たして無事だった。砲弾を打ち落とし、回避することによって当たることはなかったのだ。

 しかし、パリスは次の瞬間目を見開き、非常に驚くことになる。

 

 巨大な自動車──タンクローリーが遠坂邸へと真っすぐに、高速で突っ込んできたのだ。

 

「え、ええええっ!?」

 

 パリスは慌ててそのタンクローリーを止めようと、矢を番えた。しかし、彼が矢を発射するよりも前に、パリスのこめかみを狙って、暗闇の向こうから矢が飛んできたのだ。

 彼は仰天し、慌ててそれを回避したが時すでに遅し。タンクローリーは遠坂の屋敷へと突っ込み、大爆発を発生させた。

 

 耳をつんざくような轟音と、暗闇を容赦なく照らす炎と、大地が唸り声を上げているとでも錯覚するほどの振動が発生した。

 それらが収まると、遠坂邸は粉々に破壊されており、結界も吹き飛んでいた。

 

「な、な、ま、マスターッ!? マスターは!?」

 

 パリスは吹き飛んだ屋敷を見ると、屋敷の中で眠っている己のマスターと、言峰の身を案じた。

 この状況では、屋敷の中にいた者たちは誰一人助かることはないだろう。パリスは絶望に膝を付くが、暫くして時臣とのパス──魔力供給が途切れていないということに気が付いた。

 

 彼は時臣が生きているということに気が付き、屋敷の瓦礫を次々とひっくり返し始めた。

 

 

 




パリスの宝具である『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』。その効果は敵の弱点を貫くというものです。
アキレウスなら踵を。ジークフリートならば背中を貫くと思われます。ですが、彼らのように「この部位が弱点」という明確な弱点がないサーヴァントに使うとどうなる? という疑問がわくのですが、どうなるんでしょうかね?
普通に心臓とか脳とかを貫くとかですかね?

何故言峰はシャルロットを時臣の守りに回さず、他の場所に移動させていたのか……?
次回辺りで説明できるといいですね。

次回の投稿ですが、明日(8月18日)は投稿できるかどうか怪しいです。
連休が終われば、毎日投稿は難しくなりますが、週一投稿を目指していきたいと思います。
というわけで、次回の投稿は8月25日までには行います。

追記(8月25日)
指摘があったので、本分を少し変えて、ここで補足説明します。

バーソロミューはキリストの教徒であり、十字架を持っているし、船のでも祈りの時間を設けるなど、敬虔な使徒である可能性があります。
それはそれとして、海賊だから神であろうとも奪う。その先に破滅が待っていようが、海賊なんてそんなモノ。容赦なく奪います。

神を信仰していても、それはそれで殺すときもあるという矛盾。そんな感じの精神状態だったりします。このバーソロミューは。


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第9話

(夏イベでガレスちゃんを前に尊死してるガレスちゃんレベル100マスター)←

 イアソンについてですが、彼がいまだに戦っていないのは、彼ならば戦おうとしないだろうなあ、という作者の考えもあるのですが、それよりも彼の宝具を使ったら、イアソンがどんな状態であろうととりあえず来ちゃう戦友さんが強すぎるから、むやみに動かせないっていうね……

 ホームズを動かし辛いのと同じよ。




 パリスは瓦礫をひっくり返しながら、己のマスターである時臣を探し続けた。

 しかし、一向に己のマスターの姿は見つからなかった。魔力のパスが切れていないのだから、時臣が生きていることは確実なのだ。しかし、昏睡状態となっている彼の姿はどこにも見つからなかった。

 

「マスター! どこですかぁっ!」

 

 涙を流しながら瓦礫をひっくり返す最中、アポロンは体をビクリと震わせ、とある方向を向いた。その表情には、少しばかりの驚愕と、怒りと戸惑いがあった。

 アポロンは瓦礫をどかすのをやめ、穴を掘り始めたパリスの腕を引っ張った。

 

「わわっ! あ、アポロンさま、どうしたんですか?」

 

 

 

 少しばかり、アサシンというクラスについて説明するとしよう。

 

 アサシンというのはその名の通り暗殺者の英霊に当て嵌められるクラスではあるが、通常の聖杯戦争にて召喚されるアサシンといえば、その語源となった歴代山の翁(ハサン・サッバーハ)の内の一人である。

 いくつもの人格を持つ百貌のハサン、魔神の腕で敵の心臓を握りつぶす呪腕のハサン、肉体そのものが毒である静謐のハサン──そういった特別な能力を持つハサンたちが召喚されるのだ。

 

 ところが詠唱を変化させたり、召喚の儀式に特殊な細工などを行ったりすれば、意図的にハサン以外のアサシンを呼ぶことも可能ではある。

 さて、そこで今回の聖杯戦争で召喚されたアサシン、シャルロット・コルデーは意図的に召喚されたのかどうか、と問われれば否と答えるしかないだろう。

 

 ……言峰綺礼は、遠坂時臣が聖杯戦争を有利に勝ち進めるように、アサシンを召喚しようとした。

 歴代山の翁が召喚されると、言峰も、時臣もそう思っていたのだが、実際に召喚されたのはシャルロット・コルデーだった。彼女に関連する触媒などはその場には存在していなかったし、言峰が召喚を失敗したのかと言われれば、それも否だ。彼の詠唱や召喚を行うための準備は完璧なものだったからだ。

 

 何故彼女が召喚されたのかは、いまだに不明だし、時臣たちもその理由を突き止めようにも、原因といえるようなものは一切見当たらなかったし、もとよりアサシンは情報収集やマスターか、サーヴァントの暗殺を行うための、捨て駒として呼ばれたのだ。

 故に、彼らにとっては、シャルロット・コルデーがアサシンとして、情報を集めることができればそれで充分だった。そのため、とりわけ気にするようなことはなかったし、シャルロット自身も、情報収集のような仕事は不得手ではあったものの、クラススキルとして与えられた気配遮断と、彼女の持ち前の度胸によって仕事をこなすことは可能だった。

 

 ……アサシンについて説明しているつもりが、少々脱線したため話を元に戻すとしよう。

 

 アサシンという英霊は、セイバーやアーチャー、ランサーのような三騎士とは違って直接的な戦闘には不向きである。彼らの得意とする戦法は、クラススキルである気配遮断を用いての、情報収集及びマスターやサーヴァントの暗殺である。

 

 闇討ちによる一撃必殺さえできれば、アサシンというサーヴァントは聖杯戦争にてかなりの脅威となるだろう。それこそ、三騎士よりも警戒しなければならない相手なのだ。

 実際、こことは違う別の世界では、召喚されたハサン達の能力を存分に活用したことによって、『暗殺者の春』が舞い降りたほどである。

 

 しかし、不意打ちに失敗したり、気配遮断が見破られ、直接的な戦闘が発生すればアサシンたちは一気に不利な状況となるだろう。

 アサシンというクラスは、その特性をうまく使えば、優勝候補にもなりえるほどの力を持っているのだ。

 

 ……さて、色々とアサシンについて語ったが、現在注目してほしいのは、アサシンが直接的な戦闘を不得手とするという部分だ。

 

 

 

「──ハァ、ハァッ……」

 

 シャルロット・コルデーは息を切らしながら全力疾走していた。片腕は変な方向へと折れ曲がり、そこから大量の血液が流れ出ているし、心臓は緊張と恐怖、過度な運動によって限界を迎えようとしていた。しかし、それでも彼女は走り続けていた。

 例え己の肉体の限界が来ようとも、彼女は走り続けなければならないのだ。でなければ、待っているのは死しかないのだから。そう、あの怪物から逃げなければ、死んでしまうのだから! 

 

 彼女と一緒に召喚された、卵のような形状をした天使は足止めをするために、あの怪物の前に立ちはだかった。しかし、1分にも満たない短い時間──それこそほんの数十秒でやられてしまった。

 

 ……逃げ出してからどのくらいの時間が経過したのだろうか? 10分? 1分? 30秒? あるいは1時間? そんなことは分からなかった。長いようにも思えるし、短いようにも思える。

 アインツベルンの城から、この住宅街──近くには学校や間桐の屋敷、遠坂邸がある──まで移動できたのは、サーヴァントとなったことによる身体能力の向上と、彼女自身が持つ運によるものだろう。

 

 彼女はなぜこんなことになったのか、走馬灯のように今回の経緯を振り返り始めた。

 

 始まりは己のマスターである言峰綺礼の指示だった。

 彼はシャルロットに、アインツベルン陣営の情報を探ってほしいという旨を伝えた。昨晩時臣を狙撃したのは、十中八九アインツベルンが雇った魔術使い、衛宮切嗣の仕業だったし、アインツベルンがどのような英霊を召喚したのかも不明だったため、確かに情報を得るのは不自然ではなかった。

 

 始め彼女は、マスタ-の傍から離れるのに抵抗感があり、その命令に渋ったが、時臣と綺礼は、アーチャーが守るため安全だろう、という綺礼の言葉と、それに続いてパリスもその言葉に同意しため、彼女は首を縦に振った。

 

 そして、彼女はアインツベルンの城へと向かった。

 森に仕掛けられたトラップや結界などの細工を見破るような経験や知識は、彼女にはなかったがその幸運によって、そういったものは全て通り抜けることができた。

 

 そして城の中へと入り、ホムンクルスたちの目をかいくぐり──アインツベルンが召喚したサーヴァント、つまりイアソンが居る部屋にまでたどり着けたのだ。

 

 イアソンは眠っていた。彼女はイアソンの様子を見ようと、部屋へと立ち入った。その瞬間、彼女の気配遮断はこの部屋に貼られた結界の力によって解かれ、侵入者の気配を察知したイアソンは飛び起きた。

 

「うおおっ!? な、なんだなんだ!?」

 

「──どうやら、可愛らしい動物が転がりこんだようです。イアソン様」

 

 と、メディアは実体化し、シャルロットを指した。

 シャルロットの存在を感知し、気配遮断を無効化するほどの、強力な結界を貼った張本人こそが、メディアである。

 

「ふ、フン! アサシンか? まあいい。とっととあの刺客を片付けてしまえ! ──()()()()()!」

 

「────ッ!?」

 

 シャルロット・コルデーは目を見開いた。

 突然自分の気配遮断を解除された瞬間、彼女は撤退を選択し、すぐさまイアソン達が居る部屋から離れた。そして、背後から迫り来る一撃目を回避することはただの幸運によるものだった。しかし、直撃を回避したとしても、その衝撃波によって彼女の腕はへし折られた。

 

 それからのことは簡単だ。彼女はただただ、迫り来る脅威から逃げ続けた。

 背後から迫り来る存在の姿は未だに良く見てはいない。少しでも足の動きを緩めたその瞬間が、彼女自身の死へとつながるのだから、振り向いたりするような余裕は一切存在しなかった。

 

 ……この状況で、逃げることしかできない彼女を臆病者、あるいは弱者としてなじることなどできまい。むしろ、今の今まで逃げ続けてきたことを称賛すべきなのだ。

 

 シャルロット・コルデーの逃亡劇の冒頭へと戻るとしよう。

 アインツベルンの城から、森を潜り抜け、郊外から商店街へと移動した彼女だったが、とうとうその足を止めることとなった。というのも、彼女の目の前には雁夜とサロメとの戦いを終え、他のターゲットを仕留めるべくサーヴァントの気配を探り、移動していたケイネスとガレスが現れたからだ。

 

「──くっ」

 

 シャルロット・コルデーは、この思わず出会ってしまった新たなる敵を前に歯噛みした。後方と前方の両方の方角に敵がいるのだ。

 気配遮断は、凄まじい速度で迫り来る追跡者の前には役に立たず、逃げるだけでも精一杯だったため、発動させる暇すらもなかった。

 

「ほう、サーヴァントか。それも手負いの」

 

 ケイネスはシャルロット・コルデーを前に呟いた。

 

「戦闘を仕掛けたはいいものの、敗れてここまで逃げてきたといったところか?」

 

「──そのようですね、マスター。下がっていてください!」

 

 ガレスはすでに臨戦態勢へと入っていた。しかし、彼女の警戒はシャルロット・コルデーではなく、その後方へと向けられていた。ガレスは、その脅威を確かに感じ取っていたのだ。

 

「逃げているということは、追われているということ! ──その追跡者が来ますよ!」

 

 かくして、ヘラクレスはシャルロット・コルデー、そしてガレスの前にその姿を現した。

 

「■■■■■■■■──ッ!」

 

 鉛色の巨人が咆哮し、住宅街へと舞い降りた。

 理性を無くした状態で召喚された彼は、元々の獲物であるシャルロット・コルデーと、新たに現れた敵、ガレスを前にその肉体を震わせて襲い掛かった。

 

 まずはガレスがヘラクレスの前に立ちはだかり、振るわれる石斧をその槍で迎え撃った。

 しかし、その一撃をヘラクレスは容易く弾き、続いて二撃目をガレスへと振るった。彼女は盾でその攻撃を受け止めたが、彼女の体はいとも簡単に吹き飛ばされた。

 

「うぁ──ッ!?」

 

 このやり取りを合図に、ヘラクレスという一種の暴力装置による蹂躙が開始された。

 ガレスは勇気と逞しさを以て、何度も槍を振るったり、ありとあらゆる種類の攻撃を加えた。しかし、それでも尚ヘラクレスに決定打を与えることはできないばかりか、逆に何度も攻撃を受け、吹き飛ばされたり殴られたりという状態だった。

 ケイネスは、ガレスへと回復魔術を行使し、彼女が傷を負う度に癒してはいるが、それもただの延命装置のような状況でしかなかった。

 シャルロット・コルデーはただ、何もできずにガレスとヘラクレスとの戦いに巻き込まれないようにするのが精いっぱいだった。

 

 ガレスは仮にも円卓の席に名を連ねる者であり、決して弱くはない。むしろ、ヘラクレスを前に数度の攻防を行い、幾度かの攻撃を受けても尚未だに生きているという点を褒めるべきであろうか。

 シャルロット・コルデーもまた、英霊として認められてはいるものの、その本質はただの町娘なのだ。直接的な戦闘などできるはずもないため、何もできないのは当然のことだった。

 

 ──地震、津波、竜巻、噴火、雷といった自然災害の前に、人間がどうやって対抗できようか! 彼女たちはただただ、ヘラクレスという暴風雨を前に生き延びるということしかできなかった。

 

「■■■■■■■■■■!」

 

「う、まだまだ……ッ!」

 

 ガレスは不屈の意思をもって何度やられても立ち上がるが、目の前に立つ鉛色の巨人に勝利できるイメージが湧かなかった。

 

「■■■■!」

 

 ヘラクレスはガレスの脳天へとその斧を振り下ろそうとしたが、突如その動きを停止させた。

 彼はガレスやシャルロット・コルデー、そしてケイネスたちに目もくれずに、別の方向を向いていた。彼の視線の先にはパリスが立っていた。

 彼はアポロンの先導によって、ここまで移動してきたのだ。

 

「あ、な、なんなんですか、アレ──ッ!?」

 

 パリスはヘラクレスの存在にただただ驚くばかりだった。それに対してアポロンは、ヘラクレスに敵意をむき出しにしていた。

 ヘラクレスもまた、アポロンの存在を感知した瞬間、彼に対して殺意を抱いて咆哮した。また、敵のアーチャーの真名がパリスであるということを、瞬時にして見破ると、更に獰猛に咆哮した。

 

「■■■■■■■■■■──!」

 

 その咆哮は大地と空気を揺らすほどに凄まじい迫力を持っていた。

 ケイネスが隠蔽の魔術をこの一帯にかけていなければ、住宅街の人々は目を覚ましてしまっただろう。

 

 ヘラクレスは歯をむき出しにし、己の狂気をより一層加速させ、その剛腕、俊敏、耐久、戦略、技量を最大限に発揮し始めた。

 

「う、うわぁ……あ、アポロンさまぁッ!? ヘラクレス、さんって! なんでそんなのがいるんですかぁ!?」

 

 パリスはアポロンからヘラクレスのことを知らされると、驚愕のあまり叫んだ。

 

 さて、ここにいるはギリシャ最大の英雄、ヘラクレス。

 そして対峙するは円卓第七席、ガレスにアキレウスを仕留めた災厄の子、パリス。そして暗殺の天使として称えられたシャルロット・コルデー。

 

 これまでの戦いはほんの前哨戦であり、戦いはより一層激しいものとなっていくであろう──

 





 ヘラクレス上げしすぎたかなぁ……? あんまりやりすぎないように……程々のバランスをだね……コイツ本当に取り扱い難しい。 

 ちなみに、ヘラクレスとアポロンのやり取りには、こんなものがあるそうな。

ヘラクレス「神託よこせ」
アポロン「だが断る」
ヘラクレス「よっしゃ神殿ぶっ壊すわ」
アポロン「やめろテメェコノヤロウぶっ殺すぞコノヤロウ!」

 アポロンはヘラクレスの名付け親ではるが、仲悪かったりするんですかね?

 そして、パリスの幼名→アレクサンドロス。これはヘラの異名だったり。

 これは色々な意味でマズイ。マズイ!
 真名の看破? 同郷なら何となく分かるんじゃないのかなぁ……? パリスはわかってなかったけど。

 次回の投稿は来週の日曜日。9月1日までに行います。
 切嗣とか、言峰とかウェイバーとかの様子も書きたいのに、展開の進みが遅い! ヘラクレス登場だけで終わってしまうとか!!


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第10話

 感想欄で、映画HFのヘラクレスの暴れっぷりが凄いと聞いて、映画見ていなかったのですが、見てみました。なぁにアレしゅごい……(白目)

 イアソンの宝具で召喚されたサーヴァントは、宝具を使えるかどうか、かなりギリギリまで決まらなくて悩んでいたんですよね。でもね、もうなんか、どうでもよくなっちゃった(思考放棄)

 他のアルゴタナイを見てみましょう。

 アタランテ→アルテミスとアポロンを信仰。

 アスクレピオス→アポロンが父親。アポロン含め神々気に食わねぇ。

 そしてここにはパレスきゅんにくっついたアポロンが! うーん、フレポ実装勢が主役なのに、こいつらまで参戦させるとややこしいことになるぅ(白目)
 もうどうでもいいや。作者の描写の限界とか、そういうのもういいや(白目)誰かどうにでもなーれのAA貼っといて。

 長々とすみません。では、本編をどうぞ。




 衛宮切嗣は、手や体を壁に預けながら移動しなければならないほどの、脱力感に襲われていた。

 

 その脱力感の正体こそは、彼の魔力が枯渇しかけていることによるものだった。全身に力が入らず、それでいて魔術回路は励起しているため、激しい運動をしているときのように動悸は非常に激しく、全身という全身から玉のような汗がにじみ出ていた。

 それも仕方がないことだろう。ヘラクレスという大英雄が戦闘を行う際に使われる魔力の消費は、非常に激しいものであり、たとえ一流の魔術師であろうともヘラクレスを延々と暴れさせるほどの魔力は持ち合わせていないのだ。

 

 彼は壁伝いになりながら、とうとう目的地であるイアソンがいる部屋へとたどり着いた。

 

 イアソンの姿を認めるなり、彼は叫んだ。

 

「セイバーッ……何をやっている!」

 

「ええい、やかましい!」

 

 イアソンは怒鳴りつけた。

 

「お前の魔力がヘボいせいで、ヘラクレスがネズミを捕り逃している! わかるか? ヘラクレスは全力を出せていないのだ。お前のせいでな!」

 

「何──どういうことだ?」

 

「一々説明しないと分からないのか? 私の宝具、『天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)』によって召喚したヘラクレスは、この城に侵入したネズミを狩りに行ったのだ! 本来の調子なら、とっくに仕留めているハズだ! だが、その様子を見るとお前の魔力はすでに無いようだな。もっと持って来い!」

 

「無茶を言うな! 僕の魔力はもうない! 今すぐその宝具の発動を止めろ!」

 

 切嗣は叫んだ。イアソンは、鼻を鳴らしながら答えた。

 

「フン、何を言っている? その手にあるだろう! そうだ、令呪がな! ソレは魔力の塊なのだろう? ソレを寄越せ。ソレを使えば、ヘラクレスは十全の力を振るえるんだよ!」

 

「何を馬鹿なことを──」

 

 切嗣は憤慨した。

 令呪というのは、サーヴァントとマスターを繋ぎ止めるための枷であり、同時に絶対的な命令権なのである。その令呪の使い方次第によっては、戦況を左右させることもある。合計で3回しか使えない、貴重な物を渡すわけにはいかなかった。

 しかし、イアソンはそんなことは知ったことではない、と言わんばかりに叫んだ。

 

「ええい! らちが明かないな! メディア、やれ!」

 

「はい。イアソン様」

 

 メディアは魔術を発動させた。それによって、切嗣は眠るように意識を失った。続いて、彼女は切嗣の令呪へと干渉を行い、その魔力をヘラクレスへと繋げた。これによって、ヘラクレスは魔力の枯渇という問題をほとんどものとせず、暴れることが可能となったのだ。

 

「ところで、少し調べたところこの男、面白い起源を持っているようです。魔術を発動させる触媒として、脳髄を引き抜いて魔杖にでも加工しましょうか?」

 

「怖いな!? 放っておけ。ヘラクレスさえいればなんとかなるだろう!」

 

 

 

 さて、ここで一つヘラクレスとアポロンの関係について説明するとしよう。

 

 簡単に言ってしまえば、両名にはいくつかの因縁が存在するのだ。

 ヘラクレスという名は、アポロンが名付けたものであり、その名が意味するのは『ヘラの栄光』──

 ヘラという女神は、ヘラクレスと敵対関係にあり、彼に狂気を与え彼の妻と娘をヘラクレス本人の手で殺害させたのだ。

 その後、アポロンはヘラクレスに神託(試練)を与えた。それが俗にいう12の試練である。その試練の間も、女神ヘラはヘラクレスを妨害するのだが、その詳細については省くとしよう。それでも、ヘラの栄光という名を名付けられた、ヘラクレスの感情について察することは容易いだろうか。

 

 また、ヘラクレスが狂気によって殺したのは己の妻と娘だけではなく、己の親友もまた彼の犠牲となったのだ。この罪を償うために、ヘラクレスはアポロンに神託を求めるのだが、アポロンはそれを拒否した。それによってヘラクレスとアポロンは、ゼウスによる仲介が入るまで戦い続けたのだ。

 

 ともかく、ヘラクレスがアポロンという神に対して抱く感情は、決して良くはないものだろうし、アポロンもまたそれは同じであろう──

 

 故に、ヘラクレスとアポロンはお互いの存在を認めたその瞬間、戦闘態勢へと入ったのだ。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!」

 

「わ、わ、わああっ! アポロンさま!?」

 

 ヘラクレスは大気を揺るがすほどの勢いで咆哮し、戦意を高揚させた。そして、アポロンは己の神格を開放させた。

 

 アポロンの神格はサーヴァントの枠に押し込められ、それもパリスについてきたような形で召喚されているため、本来のそれよりもかなりスケールダウンしている。それ故に直接戦うような力は持っておらず、戦闘においてはパリスが戦い、アポロンはあくまで彼の補助を行うような形となっている。

 アポロンはヘラクレスという脅威を前に、その神格を発動させるが、それでも太陽神としての権能は非常に微弱なものとなっているだろう。

 しかし、それでもアポロンはオリンポス12神の一柱である。いくら霊格が落ちていようとも、奇跡の一つや二つを発生させることは用意だった。

 

「これは──まさか、神霊!?」

 

 アポロンの神格を感じ取ったガレスは、驚きを露わにしてみせた。

 羊の姿を模ったアポロンは、一つから二つ、二つから四つといった具合に、その数を増やしていき、大量のアポロンがその場に現れた。

 

 アポロンに埋もれたパリスは全身を羊毛に包まれ、現在が戦闘中であるということも忘れてその感触を味わっていた。

 

「あ、アポロンさまがいっぱい……もふもふ、もふもふですっ」

 

「────ッ!」

 

 しかし、アポロンからの警告によってパリスは正気に戻り、その場から飛び退くように移動した。その瞬間、少し前までパリスが居た場所に、ヘラクレスの石斧が振り下ろされた。

 叩き付けるべき相手を失った石斧は、衝撃と爆音とともに、コンクリートの地面を粉々に粉砕した。パリスといくつものアポロンはその衝撃と風圧によって、吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「わ。わ、あわわわ!」

 

「■■■■■!」

 

 パリスは慌てて弓を構え、ヘラクレス目掛けて矢を射った。しかし、その矢はあっさりと石斧によって弾かれ、ヘラクレスは高速でパリス──もとい、彼の周囲にいるアポロンの元へと向かった。

 

 アポロン達は、弾丸のごとき速度で次々とヘラクレスへと飛び掛かった。それによってヘラクレスは一瞬だけ、移動速度を緩めた。その隙を狙い、アポロン達は次々とヘラクレスへと飛び付き、己の肉体でヘラクレスを包み込んだ。

 

「アポロンさまっ!?」

 

 パリスは叫んだ。

 というのも、ヘラクレスを包み込んだアポロン達が光り輝いたのだ。その光は、太陽神として発する太陽の炎であり、ヘラクレスの肉体は太陽の炎によって焼かれている状態となっている。そして、光はますます強くなってゆき、それと同時にアポロンから発せられる熱もどんどん強くなっていった。そして、とうとうその光と熱が臨界点を迎えると、爆炎の柱が発生し、ヘラクレスの肉体を一気に燃やし尽くした。

 

 炎が収まり、あたりが元通りの暗闇に包まれると、そこには焼け焦げ、炭のようになったヘラクレスが倒れ伏していた。

 アポロンはその姿を確認すると、あたりをピョンピョンと飛び跳ね、パリスもまたはしゃいでみせた。

 

「う、うわあ。凄いですっ」

 

 シャルロット・コルデーは思わずつぶやいた。

 その場に居合わせたガレスとシャルロット・コルデー、そしてケイネスもまた、今まで猛威を振るった巨人がこうして倒されたことに唖然としていた。

 しかし、彼らはすぐさま別の理由で驚愕することとなる。

 

 飛び跳ねるパリスの背後に横たわる、ヘラクレスの肉体がブルリと震え、蒸気を発生させたかと思うと、焼け焦げや皮膚は元通りの、岩肌のごとき屈強なものとなり、口からは牙をむき出しにし、目は殺意と生気が宿った光を放った。

 確かに、ヘラクレスは先ほどアポロンの炎によって焼かれ、その肉体を炭へと変化させて死亡した。しかし、彼はまだ死ぬことはない。ヘラクレスが持つ宝具、『十二の試練(ゴッド・ハンド)』の能力──それは彼の攻撃をものともしない屈強な肉体と、その肉体をもって乗り越えた12の試練が形となったものである。その効果は、一定のランク以下の攻撃を無効化させるとともに、己に12回の蘇生を行うというものである。

 そして、一度受けた攻撃には耐性を獲得し、ヘラクレスという巨人はさらに強力な存在として蘇るのだ。

 

「■■■■■■──ォッ!」

 

 鉛色の巨人は再び起き上がり、咆哮した。

 

「──え?」

 

 その声を耳にしたパリスは唖然として振り向いた。

 そこには、一度は倒れたはずの鉛色の巨人が立っていた。ヘラクレスは石斧をパリスの体に叩きつけた。この誰しもが予測できなかった突然の復活に反応し、すぐさま対応できるものは誰もいなかった。

 パリスの体は吹き飛び、並んだ街灯に次々とぶつかり、破壊しながらあらぬ方向へと吹き飛んでいった。

 

「■■■■■■■■■■■■!」

 

 続いて、ヘラクレスはこちらに再び向かってくるアポロン神たちを、石斧で叩きつけていった。その剛腕を前に、いかなるアポロン神といえどもコンクリートとともに粉々に粉砕されていった。

 何体かのアポロン神が協力し、熱線をヘラクレスへと向けて放った。その石をも溶かしつくす高熱熱量を持つ光線を、ヘラクレスは真正面から受け、その上半身を溶解させ、尚も復活してアポロン神を次々と破壊していった。

 

「やああああッ!」

 

 その最中、ガレスはヘラクレスへと槍を向けて、飛び掛かった。

 彼女はヘラクレスの復活に唖然としてはいたものの、すぐさま勇気と逞しさをもって目の前の脅威を打ち倒そうとし、こうしてヘラクレスへと立ち向かった。

 

「■■──」

 

 ヘラクレスは石斧でガレスの槍を弾き返し、ガレスの空いた脇腹へと拳を振るった。彼女はそれを盾で受け止めるが、それでもその威力を完全に受けきることはできずに、後方へと吹き飛んでいった。

 そして、吹き飛んだガレスの後を追いかけると、石斧でガレスを地面へと叩きつけた。

 

「────ァッ!?」

 

 ガレスの内臓と骨のいくつかは粉々に砕け、彼女は口元から血を吐き出した。

 

「ランサー、何をやっているッ!」

 

「う、マスター。ありがとうござい、ますっ!」

 

 ケイネスは叫び、ガレスに治癒の魔術を施すとともに、激を入れた。

 彼女はよろめきながらも立ち上がり、ヘラクレスを前に戦意を見せた。しかし、それでもガレスは内心歯噛みしていた。どうにも、この巨人を前に勝利できるかどうか、と問われれば果たして答えられるものか──

 

 それでもガレスはヘラクレスへと立ち向かうが、それも空しく再び石斧を叩き付けられ、吹き飛んだ。

 

「──あっ」

 

 シャルロット・コルデーはため息を吐くように、目の前に広がる光景を見つめた。

 パリスと、神としての力を振るうアポロンは吹き飛ばされ、ガレスもまた歯が立たず、この台風のごとき巨人を前に戦慄していた。

 

 ヘラクレスはシャルロット・コルデーの方を振り向き、彼女を新たなるターゲットとして定め、石斧を彼女の脳天目掛けて振り下ろした。サーヴァントとはいえども、ほとんど普通の人間である彼女がその石斧をよけられるはずもなく、それどころかヘラクレスが武器を振るったという認識すらもできていないだろう──

 

「■■■■──!」

 

 ヘラクレスの石斧が彼女の脳天へと振り下ろされるその直線、巨人の後方から一筋の光と、エンジン音が近づいた。その光と音の正体は、陳宮が乗っているバイクのものだった。彼は通りすがりにシャルロットの襟首を掴んだ。体を引っ張られることによって、彼女はヘラクレスの石斧から逃れることに成功したのだった。

 

「え、ええっと……?」

 

 茫然とするシャルロットに、陳宮は微笑んで見せた。

 

「今晩は。可愛らしいお嬢さん」

 

「あ、ありがとうございますっ! おかげで助かりました!」

 

 シャルロットは事態を把握すると、陳宮に助けられたことによる礼を口にした。

 彼は首を振り、続けて見せた。

 

「いえいえ。私はキャスターのサーヴァントです。あの巨人はあまりにも強力ですからね。これはいけないと思い、こうして参上した次第です」

 

 陳宮はバイクから降りると、よろめくガレスに手を貸した。

 

「あなたはランサーですね? そのマスター含め、この場にいるサーヴァントの皆さんに提案があるのですが……アレをどうにかするために、一時的に手を組みませんか?」

 

「それは──」

 

 問いかけるガレスに陳宮は頷いた。

 

使い魔(からくり)を通じて、あなた方の戦闘を観察していたのですが、どうにもいけませんね。アレは。強すぎます。ですから、こうして慌てて飛んできた次第ですとも。

強力な肉体を持ち、更に復活するとなると、かなりの難敵ですね。ここであなた方が全滅したら、私も少しばかり骨が折れる──というか、成す術はほとんどありませんので。呂布殿とどちらが強いのやら。アレをどうにかしたいのは、私もあなたたちも同じ。

 つまり、利害の一致による共同戦線です。ああ、そうそう。私の真名は陳宮と申します。ただの軍師なので、戦力としてはあまり期待しないでいただきたいですね」

 

「な──」

 

 突然真名を伝えた陳宮に、ガレスは思わず口を開けた。

 というのも、基本的に聖杯戦争にてサーヴァントの真名を知られるということは、致命的となるのだ。例えば、アキレウスやジーフリートなどのように、明確な部位に弱点を持つ英霊が真名を知られれば、その弱点を突かれることとなるだろう。他にも、伝承から敵の戦い方や宝具なども知られることとなる。

 故に、真名は秘匿するものなのだが、陳宮はそれをあっさりと告げた。故に彼女は驚いたのだ。

 

「信頼の証として、我が真名を伝えたまでです。あなた方は口にする必要はありませんよ」

 

「い、いえ。そういうわけにはいきません。それではフェアではありませんから」

 

「待て、ランサー。それ以上口を開くな」

 

 とガレスは己の真名を口にしようとしたが、ケイネスがそれを制した。

 

「そこのキャスター、陳宮殿。共同戦線と言ったが、何かアレを倒す策でもあるのだろうね? まずはそれを聞かねばなるまい」

 

「ごもっともです」陳宮は頷いた。「まあ、簡潔に言ってしまえば、そうですね。自爆してください」

 

「えっ」

 

「ほぇ?」

 

 ガレスとシャルロット・コルデーは、彼の突然の言葉に思わず驚きの感情を口から漏らした。

 

「話にならんな」

 

 とケイネスは不快感を隠さずに口にした。

 

「まあ、お聞きください。アレはバーサーカーと思われます。ですが、バーサーカーは……」

 

「我がランサーが倒したとも」とケイネスは少しばかり誇らしげに言った。

 

「そして、そのマスターも私が誅伐を与えた」

 

「お見事。ですが、バーサーカーが二体召喚されることはまずありえません。故に、こう考えるのが妥当でしょう。つまり、あのバーサーカーは宝具である可能性が高いと思われます。生前、強力な部下を従えたとか、固い絆を結んでいたとか、そういう逸話をもつ英霊ならそういうことも可能でしょう」

 

「……それは私も予測していたとも。だが、話はまだあるのだろう? 続けたまえ」

 

「はい。簡単なことですよ。その大本を叩いてしまえば、あのバーサーカーも消滅するでしょう。ですが、まずはあのバーサーカーをどうにかしなければなりません。倒すことは不可能でしょう。ですから、誰かがどこかに引き付け、その間に大本を叩くというわけです」

 

「よろしい」

 

 ケイネスは頷いた。

 

「確かにそれが手っ取り早いだろう。そこの女、バーサーカーから逃げてきたのだろう? 何か心当たりは?」

 

「え、ええっと」

 

 シャルロット・コルデーはケイネスの問いかけに答えた。

 

「はい。アインツベルンの城には、複数のサーヴァントがいました。あのバーサーカーを含めると、合計で3体いましたね」

 

「そうですか。他のサーヴァントがどのようなものかは?」

 

「すみません。男の人と女の人っていうことしか分からないです」

 

「まあ、よろしいでしょう。では、アインツベルンの城へと向かい、その大本となっているサーヴァントを叩く者と、あのバーサーカーを引き留める者とで別れなければなりませんね」

 

「■■■■■■■■■■■■──ッ!」

 

 ヘラクレスは咆哮した。

 先ほどから、彼は陳宮を含め、ガレスやシャルロット・コルデー、ケイネスへと攻撃することはなかった。それは偏に、複数のアポロン神がヘラクレスへと攻撃を加えていたからであった。

 

「弱点、発見! システムアポロン起動します! トロイアスバレルチェック!」

 

 上空に浮遊するパリスの背後には、アポロン神が浮かび上がり、太陽のごとき光を放っていた。それこそはアポロン神の加護であり、パリスの放つ矢を狙った部位へと命中させる力を持つものだった。

 

「オールグリーン! サンライトオーバー! 発射! 『輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』!」

 

 その矢こそは、かつてアキレウスの踵を貫き、彼を死に追いやった必殺の矢である。

 太陽のごとき光を纏った一矢は、ヘラクレスの心臓(霊核)を貫き、粉々に破壊した。ヘレクレスは仰け反った状態で動きを停止したが、すぐさま命を吹き返して暴れ始めた。

 

「お話は聞きましたっ! ここは、ボクとアポロンさまが引き受けます! 皆さんは先に!」

 

「パ──あ、アーチャー!」

 

 シャルロット・コルデーはパリスの身を案じて叫んだ。

 

「大丈夫ですよ! 確かにボクは未熟者ですが──アポロンさまが付いていますから! アポロンさまもやる気ですから!」

 

「分かりました。気を付けてくださいね!」

 

 パリスは頷いた。

 

「話はついたようですね。では、アインツベルンの城へと向かいましょう。敵がまだそこにいるのならば、ですが」

 

 こうして、パリスとアポロン神はヘラクレスの足止めを行い、陳宮、ガレス、シャルロット・コルデー、ケイネスは先へと進んだ。

 

 




 えっ? ヘラクレスが簡単に殺されすぎ? 相手はアポロンなんですよ。太陽神だし、本気出したらそれぐらいいけるでしょう! 二次創作だから、アポロン神が本気だして戦っても構わないよネ!

 イアソンの宝具の魔力についてですが、王の軍勢のようにイスカンダルが部下を呼び寄せて、固有結界を部下で維持する、というような呼び出された者が自前で魔力を用意するのではなく、イアソンが呼び掛ける→召喚に応える(拒否可能)という過程は同じですが、固有結界を維持するほどの数を呼び寄せることもできませんので、呼び出されたサーヴァントの魔力は、イアソンを通じてのマスター持ちとなります。

 ヘラクレスで丸々一話使うとかもう、ヤダぁ。これだからイアソンは戦わせたくなかった。ヘラクレスの強さの調節も面倒だし、登場キャラ多くなるし。

 次回は来週の日曜日、9月8日までには投稿します。
 日曜日だけじゃなくて、平日にも書いて投稿ペース高めたい。Twitterもやってるので、作者が平日の夜にダラダラやってたら、小説書くように促せば、投稿スピードが上がります。多分。



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第11話

 イアソン回りというか、アポロン周りが面倒だ……
 とりあえず、アタランテを書くのはできる。余裕だ。(アタランテレベル100マスター)
 アタランテ可愛いよアタランテ。彼女をヒロインにして愛でるだけのほのぼの日常もの書きたいけど、そういうゆるふわな話を書こうにも、なぜか最終的に流血やら絶叫やらが飛び交う内容になってしまうという呪いにかかっているから書けない……誰か書いて……お願い……




 イアソンは水晶玉に移っている映像を見て、焦りを覚えていた。

 そこには、今イアソン達が居るアインツベルンの城へと向かう陳宮達の様子が映っていた。森の中に仕掛けられた様々なトラップは、その悉くが見破られ、破壊されるか、あるいは解除されるかなりしていた。魔術的なトラップは、ケイネスがその観察眼と知識とを以て仕掛けを見破り、そして衛宮切嗣が仕掛けた火薬や機械などを使った科学的なトラップは、陳宮の手によって解体されていた。

 

 陳宮はつい今しがた掘り起こした地雷を手に持ち、その構造や仕組みを子細に調べながら感心したように頷いた。

 

「ほう。これは一度踏んだらスイッチが入り、足を離した瞬間に起爆する仕組みですか。人を殺すほどの威力ではありませんが、なるほど。死体ではなく、負傷者を作ることによって移動を阻害することが目的ですね。……いやはや、時代が進めば技術も進むのは当然ですが、この時代の絡繰りは中々に面白いですね」

 

 彼はその地雷を、大の大人ならば一人入るほどの、巨大な袋の中に仕舞い込んだ。陳宮は森の中に入る前に、バイクの荷台に乗せていたその袋を引きずるようにして、この森を歩いていた。そして仕掛けられた科学的な罠を解除すると、それを袋の中に次々としまい込んでいたのだった。

 

「では、先に進むとしましょう……おや? どうしましたか、ランサーのマスター。少々機嫌が悪いように見えますが」

 

 と陳宮はケイネスの顔をのぞき込むなりそう言った。なるほど、確かに陳宮の指摘通りケイネスの額には皺が寄り、その口は堅く閉じられており、誰しもが一目見れば機嫌が悪いと分かるような表情だった。

 それも仕方のないことであろう。まっとうな魔術師は、科学より魔術が一つの技術としてより優れていると信じており、科学を嫌う傾向にある。

 そして、ケイネスもまたこうして科学的な罠を仕掛けているアインツベルンに、怒りと失望を覚えていたのだ。

 

「……長らく魔術の名門として持て囃されていたが、このようなモノに手を出すとは、地に落ちたか? アインツベルン!」

 

「何にせよ怒りで目を曇らせるようなことは無いように。さて、そろそろ本丸が見えてくるころでしょう。途中で敵のサーヴァントと交戦すると思ったのですが、あるのは罠ばかりでしたね。ですが、油断することはないように」

 

「ええ。もちろんです」とガレスは頷いた。

 

「警戒は巌にしていますけど、敵サーヴァントの気配はあの城ぐらいからしかしませんね。アサシンが潜んでいるというのなら、話は別ですが」

 

「そうですね。ですが、ここまで接近しても何もないというのならば、我々を迎撃する本命は城の内部にあると見て良いでしょう」

 

 と陳宮は目を細めて見せた。実際、彼の口にした言葉は正解であり、城の内部にはメディアが仕掛けた数々の魔術的なトラップがあり、神代の魔術師によって仕掛けられた迎撃装置はケイネスがホテルに仕掛けられたそれよりも、威力や苛烈さを超えていた。

 

 シャルロット・コルデーは不安げな表情を浮かべながら呟いた。

 

「アーチャーは大丈夫かしら。ええ、大丈夫ね。きっと」

 

 彼女はいま現在も、ヘラクレスと戦闘を続けているパリスのことを憂いていた。しかし、彼らの戦いに参加しようものならば、彼女はあっという間に挽肉となるだろう。そのためパリスの傍にいても無駄だろうし、陳宮に言われるがままに、皆と共にアインツベルンの城へと向かうことにしていた。

 

 彼女が森の中でやったことといえば、一度城へと向かったことがあるため、道案内をしているぐらいだった。彼女はパリスの願いを成就させるために、今何かできることは無いか、常に思考していた。城の中に気配遮断を侵入しても、メディアの魔術によってたちまちのうちに彼女の存在は暴かれるだろうし、戦闘になっても生前に何の戦闘技能も習得していない彼女では、役に立てることはないだろう。

 

 では、何をすればよいのか──それを彼女はヘラクレスとの戦い以降、この森を歩き続けながら考え続けていた。

 

「おっと、とうとう本丸ですね」

 

 という陳宮の声により、シャルロット・コルデーは俯いた顔を見上げて見せた。

 途中にあった数々の罠や無人の砦を超え、森の奥深くにその姿を隠していたアインツベルンの城が、彼らの前にその姿を見せたのだった。

 

 さて、彼らはこうして森の中を進み、城へとたどり着いた訳だが、時間を少しばかり巻き戻して再びイアソンの様子を見に戻るとしよう。

 森の中に仕掛けられた罠をものとせず突き進む敵達を前に、イアソンはヘラクレスに念話を通じて叫んでいた。

 

「お、オイ! ヘラクレス、何をボサっとしている!? アポロン──ああ、くそ! あんな神がいるなんて聞いていないぞ! 呪いとか天罰とか、大丈夫だよな? クソ、お前ならとっとと片付けられるだろう! 神格はサーヴァントのスケールまで堕ちているんだ。アポロンといえども、お前の敵ではないだろう!」

 

 イアソンは先ほどからこのような調子で、ヘラクレスに向かって叫んでいた。かつて神代のギリシャに生まれ、そこで活躍していたイアソンは、神の恐ろしさや強力さは嫌というほどに知っていたし、味わってもいた。しかし、それでも尚ヘラクレスならば、アポロンをも容易に斃せるのだと信じてもいた。それほどに、イアソンはヘラクレスの実力を認めていた。

 これまでに何度かアポロン神の灼熱の攻撃により、ヘラクレスの体は焼かれ、あるいは貫かれたりしており、死亡している。そしてその度に、攻撃に対する耐性を取得して蘇っているのだ。こうして何度か復活したヘラクレスならば、戦いを有利に進めることはできるだろうが、敵もアポロンという一柱の神なのだ。……少なくとも、陳宮達がこのアインツベルンの城へとたどり着くまでに、ヘラクレスがアポロンを斃すことは難しいだろう。

 

「くそ、くそ! あいつ等は今どこにいる!?」

 

 とイアソンは水晶玉を覗き込んだ。彼は敵が徐々に己の元へと迫っているという事実に焦りを覚えていた。サーヴァントが一騎のみならば、ヘラクレスがいなくともメディアの力によって迎え撃つことも可能だろう。しかし、敵が複数ともなると、それも難しくなることは確かだった。

 

「仕方がない、新たな乗員を呼び出すぞ。森の中ならばあの獣女が相応しいだろう! 来るが良い。我が栄光の船の乗員が一人! アタランテよ!」

 

 とイアソンは、天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)を発動しアタランテを迎撃役として呼び出すことを選択した。しかし、宝具を発動しても新たなるサーヴァントが召喚されるような気配は何も起こらず、沈黙がその場を支配したのみだった。

 イアソンは慌てて再び宝具の真名を開放し、アタランテを呼び出そうとしたが、やはりアタランテが召喚されるようなことはなかった。

 

「何をしている!? アタランテ、とっとと来ないか! ……何? 『宗教上の理由により、今回の召喚は拒否する。悪く思うな。……ひつじ、ひつじかぁ。私の信心はどうすれば……おなかいたい』ええい、知るか!」

 

 

 メディアはそんなイアソンを宥めるように言った。

 イアソンは怒り、この場には居ないアタランテに怒鳴った。しかし、それでこの状況が改善されることはなかった。

 

「落ち着いてください。この城の内部には私が仕掛けたトラップや、強化を施してあります。内部に敵を誘い入れれば、それなりに時間は稼げるでしょう。その間に、ヘラクレスが敵を撃破し、こちらに来るまで耐えきれば良いのでは?」

 

「ああ、そうだな。流石だ、我が妻メディアよ」

 

 彼女の言葉によって、イアソンは落ち着きを取り戻してみせた。

 

「この城のホムンクルスたちが持つ魔力は、すでに私の糧となった。令呪の魔力も、この私と連動している。時間はあるのだ。ヘラクレスが来るまで耐えればいいだけのことだ。お前の魔術だというのならば、そうそう破られることもないだろう。ハハハハ、私の勝利は確定ではないか!」

 

「はい、イアソン様」

 

 メディアは微笑んで頷いた。

 さて、これが少し前までのイアソンの様子だ。そして、現在に時を戻すとしよう。

 イアソンは、陳宮達が城の入り口のすぐ前まで来ても、慌てることは無く部屋の中でヘラクレスに激を飛ばしていた。

 

 ガレスは皆よりも数歩ばかり前を歩き、敵の攻撃を警戒していた。そして、何もないことが分かると城の前で立ち止まり、シャルロット・コルデーに問いかけた。

 

「突入しますか? 城の中にも罠が仕掛けられていると思いますが……」

 

「えっと、そうですね。多分あると思います。私の気配遮断も通じなかったから」

 

「複数人の兵士がいるのならば、城攻めは難しいですが今回は城の中に立ち入るというだけならば容易ですね。問題は、中にどんな敵がいるかどうか、ですが」

 

 ガレスの言葉にケイネスは頷いた。

 

「その通りだ。ランサーよ。敵は複数のサーヴァントを召喚する宝具を持っているのは確実だろう。このアサシンの話によれば、城の内部で見たサーヴァントはあのバーサーカーを抜くと、2体のみ。戦い方や宝具も不明であり、新たなサーヴァントがいるという可能性もある。少なくとも、油断はできないだろう。だが、それでも我々は進まねばならん。ランサーよ、お前の実力ならばそれも可能だろう?」

 

 ケイネスの言葉は確かに間違ってはいなかった。現在、敵の戦力といえばイアソンとメディアのみであり、対魔力持つガレスならば、イアソン達の元へとたどり着き、戦うことも可能といえよう。しかし、陳宮は首を横に振った。

 

「いえ、それよりもここは私にお任せください」

 

「何か策が?」とガレスは問いかけた。

 

「はい。城を破壊してしまいましょう。ここまで来るのに、罠以外なにも無かったことを考えるに、城の中に本命があると思ってよいでしょう。それがどのようなものかは分かりません。サーヴァントなのか、あるいはより強力な罠や結界なのか……ですが、まあ。態々敵が有利となる場所に入り、戦闘する必要はありません。

 少なくとも、城を破壊してしまえば罠の類は消え失せますし、運が良ければサーヴァントも仕留めることができるでしょう」

 

 ガレスは頷いた。

 

「なるほど、それは確かに良い作戦ですね。では、お任せします」

 

「はい。では、宝具を使いますので皆さん少しばかり後ろに下がって貰えますか? ……良いですね、では──!」

 

 陳宮は、巨大な矢を弓に番えた。彼は矢を精一杯引き絞り、それを発射した。

 

「これこそが我が策! 敵の戦力を削り、断つ一矢なり──『掎角一陣(きかくいちじん)』!」

 

 そして、矢が城の壁へと着弾すると、巨大な爆発が発生し、強烈な炎や衝撃、閃光、振動と言ったものがアインツベルンの城を粉々に破壊してみせた。

 

 ──さて、陳宮は宝具をこうして発動してみせた訳だが、この矢を放つという姿は幻影を用いた偽りの様子である。彼の宝具の真実を見てみるとしよう。

 

 雨竜龍之介は召喚の儀式を行い、そして己が召喚した悪魔へと話しかけた。彼の言葉を聞いた悪魔は、ため息を吐き、雨竜龍之介の腹部に拳をめり込ませることによって、彼の意識を断った。

 

 ……その後のことは、あまり良く覚えていない。気が付けばどこかの部屋に倒れており、彼はその部屋から外へ出ようとした。すると、己が召喚した陳宮が現れ、龍之介に言葉を次々と投げかけた。その言葉といったら、聞けば震えるような内容であり、こうして書くのも躊躇いを覚えてしまうほどの、連続殺人犯の龍之介を以てしても非人道的といえる恐ろしいものだった。

 恐怖を覚えた彼はその場から逃げ出そうとしたが、陳宮がそれを許すはずもなく、彼の体は痛めつけられ、足の健を切断されることによって歩くことを不可能とし、令呪が宿った手首は切り取られ、陳宮が現界を行うための糧とされた。

 それ以降は、魔術によって起きているとも眠っているともつかない微睡みの状態にあった。

 

 しかし、雨竜龍之介の意識は唐突にして覚醒することとなる。

 彼を覚醒させたのは、偏に痛みによるものだった。突如彼の全身を凄まじい痛みが支配したのだ。それは例えるのならば、生きたまま内臓を釘で引っかかれ、筋肉に無数のガラス片が突き刺さり、肉はペンチで捻じり千切られるような──そんな痛みが彼の全身に迸ったのだ。

 

「あ、あ、ァあアア゛ああァッ!」

 

 雨竜龍之介はたまらず悲鳴を上げた。

 しかし、それでも痛みが治まるようなことはなく、それどころか彼の痛覚はますます敏感なものとなり、更なる痛みが彼を襲った。

 目や鼻、口からは涙や脳汁に血が混ざった体液が噴出しており、目はまるで今にも目玉が飛び出さんばかりに見開かれ、鼻は膨れ上がり、口は裂けるのも構わずに大きく開かれていた。四肢は糸が切れた操り人形のように、滅茶苦茶に空中を引っ掻くように動いていた。

 

「ア、ギャア! アアアアガァァッ!」

 

 龍之介は今、自分の身に何が起きているのかは分からなかった。なぜこんなに痛いのか、それすらも理解できなかった。それでも、一つ理解できることがあった。

 

 それは、これから自分は死ぬということだ。死の形を追い求め、いくつもの殺人を行ってきた彼にはそれが理解できた。しかし、これは違う。彼にとって死とは、グロテスクであり、芸術である。リアリティな死を追い求めてきた彼はこの死に評価を下していた──()()! ()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()! 

 こんなのは、死ですらない! これはただの蹂躙だ! B級スプラッタですらない! 嫌だ! 嫌だ! 死にたくない! 嫌だ! これはC級映画の怪物が、何の意味もなくシナリオも世界観もメチャクチャに破壊するだけの、意味の無い死だ──! 

 

「チガ、ガァァッぁッウ゛ァァアャァァアッ!」

 

 ……陳宮の宝具について説明するとしよう。彼の宝具は、つまるところ魔術回路を暴走させ、爆発させるというものだ。

 雨竜龍之介の魔術回路を暴走状態にし、そしてその暴走が臨界点に訪れたその時、彼の肉体と魔力は爆発四散し、周囲の物体を粉々に破壊する。それこそが、陳宮の宝具の真実である。

 

 ──陳宮が持ってきた袋の中には、彼が森で手に入れた罠だけではなく、雨竜龍之介が入っていた。そして、宝具掎角一陣(きかくいちじん)を使用したことによって、雨竜龍之介の肉体は爆散し、アインツベルンの城を粉々に破壊したのだった。

 

 砂埃が晴れると、そこにはつい先ほどまで城だった瓦礫が辺り一面に転がっていた。

 シャルロット・コルデーは呟いた。

 

「……やったのでしょうか?」

 

「──いえ」

 

 とガレスはある場所を睨みつけながら首を横に振った。彼女が睨みつけている場所の瓦礫がガタガタと動き、それが放り投げられると、その下からはメディアを抱えたイアソンが現れた。

 彼の体は埃や血で汚れてはいるものの、傷と言えるようなものは何一つなかった。

 

「なな、何が起こった!? クソ、メディア! お前の守りとやらは全く意味がないじゃないか!」

 

「覚悟!」

 

「ゲェッ!?」

 

 とガレスはイアソンの元に跳躍すると、その槍を彼の脳天目掛けて振り下ろした。

 しかし、イアソンは瓦礫から飛び出し、その槍を回避した。その後も続けてガレスの槍を、悲鳴を上げながら回避し続けた。

 

「うおおおおッ!? やめろ、貴様! この私を誰だと思っている!? ええい、クソ! とにかく逃げるぞ、メディア! 逃げるんだ! 魔術だよ、魔術でなんとかしろ!」

 

「は、はい、イアソン様!」

 

 メディアはイアソンに抱えられたまま、目くらましの魔術を放った。

 辺り一面が光に包まれ、その眩しさに陳宮やガレス、シャルロット・コルデーにケイネスたちは思わず目を閉じてしまい、再び目を開くと、その場にはイアソンの姿も、気配もなかった。

 

「……逃げられましたか」

 

 陳宮はため息を吐いた。

 

「仕方がありませんね。敵の拠点を一つ奪ったというだけでも、上々としましょう。問題はあのバーサーカーですが……ふむ。問題はないようですね」

 

「どういうことですか?」

 

 頷く陳宮に、ガレスが問いかけた。

 

使い魔(絡繰り)を通じてバーサーカーの方も監視していたのですが、つい今しがた消滅しました。一先ずの脅威は去ったと考えてよいでしょう。逃げた男を探そうにも、この深い森ではかなり手が折れるでしょうし、またあのバーサーカーが現れた場合、対処は難しいでしょう。なので、一先ずはここで解散ということで。皆さんも異論はありませんね?」

 

 陳宮の提案に、この場にいる全員が頷き、彼らは森の中から出ることにした。

 そこにはパリスが立っていた。彼は全身ボロボロの状態であったが、何とか生きているという様子だった。しかし、その表情は優れず、目をよく見れば涙を流した後があった。

 

「あぽろんさまが……全員ッ……やられ、ちゃいました……!」

 

 ……ヘラクレスとアポロン達は激闘を繰り広げていた。その戦いの最中、ヘラクレスは何度も死に続け、それでも尚アポロンを次々と屠り、そして最後のアポロンを捻りつぶすにまで至った。

 そして、残るはパリスのみとなったところで、彼はパリスにその石斧を振り下ろそうとした。アポロンと共に戦闘を行い、憔悴しきっていたパリス、その石斧を回避することはできずにただ、目を閉じていた。

 しかし、いつまでたっても己が死ぬことは無く、恐る恐る目を開いてみれば、ヘラクレスの姿は消えていた。

 

 これは、イアソンの行いによるものだった。彼は逃走する際、魔力の消費を抑えるために、ヘラクレスを現界させるのをやめたのだった。

 

 かくしてパリスは助かったのだが、その代償としてアポロンを失った彼は深い悲しみに暮れた。

 陳宮はパリスへと近づき、ボソリと彼の耳に次の言葉を囁いた。

 

「貴方やアサシンのマスターの居場所を知っています。詳しくは明日」

 

「えっ……?」

 

 陳宮はその場を立ち去り、パリスはその言葉の真意を確かめようとしたが、すでに陳宮は背を向けていた。

 

 

 

 ──さて、戦いが始まってから二日目の夜はこれにて幕を閉じるとしよう。

 続いて日付は変わり、三日目の戦いとなる。





 アタランテ可愛いよアタランテ。その耳の根本とかモッフモッフしたいし、尻尾の先端を握ってむぎゅむぎゅしたいし不憫可愛いからナデナデしてあげたい。獣っぽい感じで噛みつかれたいし、仕方のないやつだなぁ、的な感じで呆れられつつも頭ナデナデされたいし子供たちと一緒に遊んで顔がにやけているのをまじまじとみつめて赤面させたいよねホント。

 ……え? 城にいた切嗣とかアイリとかどうなっているって? 運が良ければ生きているんじゃないのかなぁ?

 ヘラクレスとアポロンの戦いの描写? ありません。カットです。シャルロット・コルデーの天使も良くわからないですし、ああいう良くわからないのはさっさと脱落させるに限る。これ真理。

次回は来週の日曜、9月15日までに投稿します。


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第12話

今回は繋ぎ回的な?



 ──衛宮切嗣は夢を見ていた。

 

 ……青色の美しき古代ギリシャの海の上を悠然と、そして堂々と進む船があった。

 

 その船は、黄金の羊毛を求めギリシャの広大な海と、無数に存在する島々を巡る旅をしていた。このギリシャの、この時代に存在する数々の英雄たちを乗せ、イアソンを船長とし、無数の英雄たちは歌を歌いながら、神を褒め称えながら、酒を飲みながら、舞踏を踊りながら、船を襲う海や島の魔物や蛮族たちを薙ぎ払いながら、海をその帆先を以て二つに切り裂きながら、今この瞬間も船はどこかの島を探しながら進んでいた。

 

 彼らが目指す地の名はコルキス、このギリシャの黒海の最果てに存在する島である。そこに黄金の羊毛があるということは、実に確かなことだった。

 だからこそ、英雄たちを乗せた船は真っすぐとはいかなくとも、ありとあらゆる困難が訪れようともそれらを突破しながら、ただただ海を進んでいた。

 

 例え怪物に襲われようが、例え神々による呪いが降り注ごうが、凶悪な原住民に襲われようが、船は沈むことなく、英雄たちはくじけることなく、ただただ最果てを目指して進み続けていた。

 

 ……人々はその長く、厳しい旅を褒め称えるだろう。栄光の船旅であると感動し、涙を流しもするだろう。

 しかし、しかしだ。──果たして船長イアソンはこの旅を栄光の旅であると思っていたのだろうか? いいや、この船旅を行っている間は、少なくとも栄光と希望と未来を抱いていた。

 

 そも、黄金の羊毛を取りに行くのは、イアソンが王となるためである。その羊毛をペリアス王の元へと献上すれば、王はその玉座をイアソンへと譲るという条件を持ち掛けた。そのため、イアソンは己が王となるために、長く、過酷な船旅を行っているのだ。

 

 さて、もちろんこの旅が困難を極めたことは当然のことだろうし、一つ一つのことをわざわざ話すこともないだろう。

 結局のところ、アルゴー船は最果て(コルキス)へとたどり着き、黄金の羊毛を手に入れたのだ。そのために、イアソンはメディアを妻としたのだが、これもまた今回はあまり関係のない話──

 

 この船旅の結末のみを語るとしよう。

 最終的にイアソンは黄金の羊毛を国へと持ち帰り、ペリアス王へと献上することとなる。しかし、王は己の権力を手放したくないがために、玉座を譲ることは無かった。

 

 その王の行為にイアソンは腹を立てもしたし、絶望もしただろう。なんせ、王となるために行ったあの厳しい船旅の全てが無へと帰したのだから。

 

 しかし、イアソンの不幸はここで終わることは無かった。

 

 彼が羊毛を手にするために、妻としたメディアは、ペリアス王の娘たちに若返りの秘術を授け、その魔術の材料として娘たちにペリアス王を殺害させたのだ。

 ……この行為を以て、王は存在しなくなりイアソンが玉座へと付く、そう考えての行動だったのだろう。しかし、果たして世間や城の従者や貴族がそのようなことを許すはずもなく、イアソン達は犯罪者として追われることとなった。

 

 そこからの逃亡生活は実に惨めなものだった──アルゴー船の長として振る舞っていた時の、輝かしい面影は泥にまみれ、とてもではないが見られたものではなかったし、食事にありつくためには森の獣を狩ったり、あるいは誰かの食べ残しを虫や野良犬のように漁らなければならなかったし、水は泥水を啜っていた。

 惨めな生活を送りながら、時折追手と出会い、そのたびに矢や剣で傷を負い、それでも何とかイアソンは逃げ続けていた。

 

 その最中、共に行動していたメディアは、イアソンの裏切りによって、イアソンの子を殺害して彼の元から去っていった。

 これによって彼が持っていた権力、栄光、美しい妻などありとあらゆるものが失われ、彼は全てを失っていた。

 

 ……そして、最期にたどり着いたのは嘗て栄光の旅を行った彼の相棒、アルゴー船の元だった。

 かつてその船体には黄金の装飾や、優れた職人たちによる見事な彫刻が施され、神々の加護が降り注いでいた。しかし、この時の船にはそんな美しい様子は一切なく、船体は苔むし、あちこちの木々は劣化によってボロボロとなっていた。

 

 逃亡し、追われる前のイアソンならば、何としてでも玉座を手に入れようと、己が王になろうとするために、この栄光の船を用いて、あるいはまた別の手段を用いて、王になるために足掻き続けていただろうか? 

 

 しかし、この時のイアソンは憔悴しきっていた。心は過酷な逃亡生活によって徐々にすり減り、日々を生き抜くだけでも精一杯だった。肉体もまた、その背中には無数の逃げ傷があり、涙を散々と流し続け、枯れはてたその目は光を失っており、その下には真っ黒な隈ができていたし、その筋肉のついた体はすっかりやつれていた。

 昔のイアソンとは似ても似つかない、まさしく亡霊のごとき姿をしていた。

 

 イアソンはアルゴー船へとよじ登り、空を見上げた。この時は夜であり、空には神々が打ち上げた無数の星座が輝いていた。

 そしてイアソンはその星を見ながら、今までのことを振り返っていた。

 

「何故だ?」

 

 とイアソンは憔悴しきった、弱弱しい声で呟いた。

 

「何故だ──どこで失敗した? 分かっている。どこがいけなかったのかなど、私が一番分かっているとも! ……私は、オレは、ただ王になりたかった。ただ、だた、それだけだった! 理想の国を──! 平和で、争いがなくて、皆がオレを褒め称える国が欲しかった! ……そこに君臨したかった! ああ、くそ、くそったれめ……」

 

 イアソンは力なく項垂れた。

 栄光の船旅は最早過去のものでしかなく、玉座に座ることは最早能わず、未来には何が残っているのだろうか──……答えは無い。何も無いのだ。

 せいぜいが、いままでのように逃げ続け、傷つき、泥と血に塗れ、いつ追手が襲い掛かってくるか分からない恐怖と共存しながら、具体的な目的地もなく、しかしてゆっくりと死へと足を進めるのみだろう。

 

 つまるところ、現在のイアソンには英雄としてのプライドも、アルゴノーツの栄光も、財宝も、権力も、その全てを失い、手放し、今彼が持っているものはなにも無く、未来への道もまた、崖へと通じるのみの道だったのだ。彼にはそれが理解できていた。

 ……ならば、ならば。未来が絶望と破滅しかないのなら。この苦しみが続くのならば。ああ、もういっそここで全てを終わらせてしまおう──

 

 故に、イアソンはアルゴー船の船首にロープをかけ、そのロープに首をくくることで、その人生を終わらせようとした。

 

「はは──」

 

 イアソンは力なく笑い、そしてロープに首をかけた。

 権力を得るために海へと旅立ち、メディアとその周囲を騙し、ペリアス王を殺し、己のことを夫として慕うメディアを裏切り──後悔しかなかった。絶望しかなかった。

 イアソンはどうすれば良いのか、どこが悪かったのか、常に考えていた。しかし、人生は一人につき一度きりでしかなく、二度目などは存在しないのだ。故に彼の未来は無い。

 

 ──そして、彼の体がだらりとぶら下がり、窒息する前にアルゴー船の船体がたちまちのうちに崩壊し、その巨体を以てイアソンを押しつぶした。

 ……これはきっと、アルゴー船なりの介錯だったのだろうか? 己の相棒が一瞬の苦痛もなく、死ねるようにその身を以て彼を押しつぶしたのだろうか? ……それともイアソンが限界だったため、アルゴー船もまた同時に限界を迎えただけだったのだろうか? それを知る由はない。

 

 ともかく、かくしてイアソンという一人の男の人生は、栄光も仲間も、権力も、妻も全てを失い、こうして幕を閉じたのだった。

 

 

 

 ──遠坂時臣は現在昏睡状態にある。しかし、それでも完全に意識を失っているというわけでもなく、夢を見ることは何度もあった。

 

 パリスの目の前には、三人の女神が立っており、彼の手には黄金のリンゴが握られていた。

 その黄金の果実は、最も美しき女神へと捧げられるものであり、パリスは三人の女神の内の一人に、そのリンゴを捧げなければならなかった。

 

 ヘラ、アテナ、アフロディーテの三女神たちは、己が選ばれるようにとパリスへと賄賂を贈ることにした。

 ヘラは王としての地位と財宝を。アテナは戦に勝ち続ける力と美貌を与えると言い、アフロディーテはこの時代にて最高の美女であるヘレネをパリスの妻として与えると宣言した。

 

 ……この女神による三択は究極のものである。下手に女神の怒りを買えば、大地は災厄で満ちることになるだろう。常人ならば、答えを出すために悩みつくし、答えの代わりに知恵熱を出して倒れること請け合いだろう。

 

 汝が欲するは地位か? 力か? 美女か? さあ、選べ。さあ、どれが良い。何を求める? そして答えるのだ。その果実を渡すのだ。我らの内、誰が一番美しい? 

 

「では──」

 

 パリスは女神がなぜ美を誘い合っているのか、そんなことはどうでも良かったし、考える頭も無かった。

 金も要らないし、地位も要らない。勝利も、美も良くわからない。けれども、美人なお嫁さんならば欲しい──! ゆえに、パリスがリンゴを差し出した相手は、アフロディーテだった。

 

 それは彼が女神の言葉を耳にしてから、ほんの一瞬で行われた選択だった。

 こうしてパリスは、ヘレネという美女を己の妻として手に入れることに成功した。しかし、ヘレネはすでにメネラオスの妻であり、パリスがメネラオスからヘレネを奪い取るという形となってしまったのだ。

 

 そして己の妻を奪い取られ、怒りに染まったメネラオスはかつてヘレネを己の妻とするために、誘い合った男たちに声をかけ、ヘレネを奪い返すために戦争を行うことにした。これが俗にいうトロイア戦争の開幕となった。

 

 パリスは己の選択が戦争を引き起こしたことを知ると、頭を抱えて見せた。

 毎日沢山の死者が発生し、英雄たちは次々とその命を散らし、大地は血と武器とで覆われ、城や町は攻撃されて崩壊した。己の兄であるヘクトールも、アキレウスを前にその命を散らした。

 そんな様子を見ながらも、パリスはこの戦争に参加し、そして敵側にいるアカイアの大英雄、アキレウスの踵をアポロンの加護を用いて打ち抜いた。

 アカイアが誇る大英雄、アキレウスはパリスの手によって死亡した。しかし、それで膠着状態に陥っていた戦況がひっくり返るわけでもなく、トロイアはあのトロイの木馬による不意打ちによって陥落した。しかし、これはこの場ではどうでも良いだろう。

 

 パリスは頭を抱えるのだ。目の前で死んでゆく人を見つめる度に。己が引き起こした戦争で、人々の命が失われる度に。

 もしも、あの時別の女神を選んでいたのならば、こんな戦争は起きなかったのだろうか──? ……いいや、それは難しいだろう。パリスはトロイアを滅ぼす災厄の子として生まれていたのだから。故にどの女神を選ぼうが、トロイアが滅びるという結末は変わらないだろう。

 けれども、考えずにはいられないのだ。他の女神を選んでいれば、もう少し()()な結果になっていたのかもしれないと! 

 

 ああ、何で僕はいつもこうなんだろうか! よく考えずに行動して、周りに多大な迷惑をもたらしてしまう! 

 

 

 

「……う」

 

 衛宮切嗣は目を覚まし、瓦礫の下からその体を這いあがらせた。

 彼はメディアの魔術によって意識を奪われ──ヘラクレスの存在を維持させるために、己が持つ令呪に細工をされたのだった。そこまで思い出した切嗣は、己の手の甲を見つめた。

 

 そこにはかつては三画あった令呪が二画にまで減っていた。それはヘラクレスの戦闘による影響か、あるいはメディアが令呪一画分の魔力を吸い取ったからなのか、それは分からなかった。

 

「セイバーは……一体どうなった?」

 

 彼は魔力を失い、いまだに完全に覚醒していない意識で回りを見まわした。

 つい先ほどまでいた城は粉々に砕け散り、瓦礫となっていた。これは恐らく敵の攻撃によるものだろう、と切嗣は結論付けた。

 その瓦礫に押しつぶされて死ななかっただけでも、十分幸運だったといえるだろうか。そして、彼は己の妻のことを思い出すと、意識を一気に覚醒させて叫んだ。

 

「アイリ……アイリ! どこにいるんだい!」

 

 アイリスフィールもまた、この城にいたのだ。ならば、彼女も同じく瓦礫の下に埋もれている可能性が高く、衛宮切嗣は力の入らない体で瓦礫を掻き分けた。

 この懸命な捜索は朝日が昇るまで続き、そしてとうとうガレキの下から己の愛しい妻を見つけ出すことに成功した。彼女の体は瓦礫によって少しばかり傷ついてはいたものの、生死に影響を及ぼすほどのものではなかった。アイリスフィールは気絶していたが、死んではいないことが分かると切嗣は彼女の体を抱きしめた。

 

「よかった……」

 

 衛宮切嗣はアイリに手当を施し、状況を整理し始めた。

 セイバーの行方は不明であり、令呪は一画を失い、そして拠点であるアインツベルンの城も、瓦礫へと姿を変化させた。この調子では、城の中にある武器、特に精密機械や銃火器なども掘り出すことは難しいだろうし、仮に掘り出せてもそのほとんどが破損していると見て良いだろう。

 森の中に仕掛けた地雷などの罠は全てが撤去されており、どこに消えたかも不明だった。

 

 現在の切嗣の武装といえば、ポケットに入るような小型の銃と、起源弾を放つためのトンプソン・コンテンダーぐらいだった。

 このような状況で、これから先どうすれば良いのか切嗣は頭を巡らせ続けた。

 

 武器と拠点は失われ、己の相棒である久宇舞弥は行方知れずとなり、妻の意識はなく、己のサーヴァントもどこかへと消えた──正直に言ってしまえば八方塞がりであった。

 それでも切嗣は己の身の安全を守るために、そしてアイリスフィールをゆっくりと休ませることができるような場所へと移動することにした。その場所というのは、彼が万一のために用意していた、今では誰も住まう人の居ない武家屋敷だった。

 

 






次の話は明日(9月16日)投稿します。会社休みだからネ!

このペースでいけば、今月か来月あたりには完結できそうです。


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第13話

そろそろ折り返し地点……それを過ぎたあたりですかね?

マテリアルというか、解説というか、そんな感じのヤツもそろそろ作り始めたいですね。




「連続殺人犯の犠牲となった一家から唯一生き残った少年は錯乱状態にあり、現在は警察の保護と共に精神病院に……」

 

 ウェイバー・ベルベットはテレビから流れる朝のニュースを読み上げるアナウンサーの声を、寝起きであまり働いていない頭で聞き流しながら、グレンとマーサに「おはよう」と声をかけた。

 リビングの机の上には、マーサが用意した朝食が所せましと並べられており、ウェイバーは自分に与えられた席に座ると、作法に則って食事を始めた。

 

「──一晩で多数の自動車が盗難され、警察にはいくつもの被害届が提出されており……」

 

「ウェイバー、今日は何か予定はあるのかい?」

 

「ん、えっと」

 

 ウェイバーはグレンの質問にぼうっとしながら答えた。

 

「今日は町をうろつこうかと思う」

 

「そうか、迷子にならんようにな」

 

「大丈夫だって」

 

「タンクローリーが民家に衝突し、爆発を起こしました。……原因は運転手の居眠り運転と思われ、詳しいことは現在調査中です──」

 

 ウェイバーは食事を食べ終えると、アナウンサーの言葉をやはり聞き流しながら家を出た。

 

 

 

 ……前にも説明したことがあるが、魔術師にとって神秘の隠匿は暗黙の了解にして絶対的なルールである。

 それは聖杯戦争も例外ではなく、この戦いによって発生した器物の破損や、巻き込まれた犠牲者などは、サーヴァントや魔術師による仕業としてではなく、何かしらの事故として処理されることが多い。

 

 聖杯戦争の監督役を務める聖堂教会は、聖杯戦争の最中にて発生した魔術的な出来事を隠匿する役目を請け負っている。

 最初に発生した戦いからすでに二日目が経過したが、その間に発生した神秘の漏洩の恐れがある出来事は全て教会の手によって処理されている。

 

 例えば、目の前でサーヴァントの召喚を目にした、雨竜龍之介の犠牲者となった家族の子供は、サーヴァントや龍之介が口にしていた詠唱など、魔術に関連する記憶を消去し、ただ雨竜龍之介という殺人鬼の手によって両親が殺され、一人生き延びた子供として処理されている。

 

 サロメとガレスとの戦いによって発生した損害は、サロメが放った魔術や宝具によってアスファルトやその下にある地面が抉れたりしたぐらいであり、水道管の破裂による緊急の工事を行うという体で隠ぺいを行っている。首を失った雁夜の死体は、臓硯の蟲たちが喰らいつくしでもしたのか、教会がその場に移動したときはどこにもなかった。

 

 陳宮が行った、冬木市内の自動車を爆弾として遠坂邸にぶつけるという出来事は、単純に一晩に発生した自動車の大量盗難として処理された。タンクローリーをぶつけて遠坂邸が吹き飛んだことについては、運転手が居眠り運転をしていたために発生した不幸な事故とされた。

 

 また、住宅街にて行われたヘラクレスと、他のサーヴァントたちとの戦闘は、地下にあるガスパイプの爆発として処理された。ヘラクレスの腕力や、パリスの槍、そしてアポロンの熱線などによって道路や民家の塀、街灯などは粉々に破壊されていたが、ケイネスが展開した結界によって騒音や衝撃が漏れることはなかった。

 

 こうした隠匿によって、冬木市に住まう一般市民たちは物騒な出来事が立て続けに発生したという認識でしかなく、夜遅くまで出歩く人々が減ったぐらいしか影響はなかった。

 ……自動車という足を奪われ、移動手段が無くなった人についてはご愁傷様としか言いようがないだろう。暫く経過すれば、自動車屋も忙しくなるかもしれない。

 

「ふぅ……」

 

 言峰璃正は眉間の皺を指先で軽く揉むと、ため息を吐いた。

 彼は監督役として、夜中の間ずっと神秘の隠匿のために活動をしていたのだ。その肉体は老人のそれとは思えないほどに鍛えてはあるものの、やはり徹夜には少しばかり堪えたようだった。それに、今の彼は己の息子である言峰綺礼と、友人──というよりは、協力をしている遠坂時臣が行方不明となっているという事実が、彼の心に傷を与えていた。

 教会は監督役として中立でなければならないのが常ではあるが、今回は遠坂時臣に秘密裏に協力を行っているため、そのルールを破っているのだ。もしもこの事実が外部に漏れたら、ロクでもないことになるのは明らかだろう。

 そのため、秘密裏に綺礼と時臣の行方を探さねばならないのだから、その心労はかなりのものだった。

 

「綺礼、お前は一体どこにいるのだ……?」

 

 霊基盤によれば、現在脱落したサーヴァントは一体、つまりバーサーカーのみであり、他のサーヴァントはまだ消滅していないことから、少なくとも綺礼や時臣はまだ生きている可能性が高いという事実が、言峰璃正の心の支えとなっていた。

 

「む──?」

 

 言峰璃正は魔術を使った通信機から知らせがあることに気が付き、相手の言葉を耳にした。

 その内容は、これからサーヴァント同士の戦いが発生する可能性がある、という旨のものだった。

 

「何だと!」

 

 彼は思わず叫んでいた。聖杯戦争は基本的には夜中に行われるものであり、このような昼間に行うようなものではないからだ。

 続いてその報告の内容を聞いた彼は、次第に落ち着きを取り戻していった。

 

 戦いが行われる場所はコンテナが並べられている港であり、現在その場所を利用する船は無いし、漁船も近づかないだろうし、一般人は立ち入り禁止の場所となっている。精々が見回りの警備員ぐらいのものであり、結界を用意すれば神秘の隠匿はしっかりと行われるからである。

 

 

 

 ──さてここで、時間を少しばかり巻き戻し、ウェイバーたちの様子を見てみるとしよう。

 

 現在、彼はバーソロミューと共に商店街をうろついていた。

 バーソロミューが目に付いたものを面白そうに眺めたり、あるいはウェイバーにねだったりしており、それをウェイバーがうんざりしながら後をついていく形となっているが。

 

「糸目のお嬢さん、このラム酒を二本貰えませんか? ああ、それともう少し前髪を伸ばしてはいかがでしょうか? 具体的には目が隠れるぐらいに。今も魅力的ですが、そうすれば貴女はより魅力的になること請け合いです」

 

「冗談の上手い人だねえ、口説いてもサービスはしないよ。毎度あり!」

 

 現在、バーソロミューは酒屋でラム酒を二瓶手に入れ、(代金の支払いはウェイバーだった)瓶の入った紙袋を片手に上機嫌となっていた。

 豪快に金を使うならばウェイバーもさすがに文句を言うが、バーソロミューはウェイバーが金欠になるかならないか、その手持ちギリギリを見定めて物を購入しているため、文句を言おうにも中々言えずに、こうして微々たる買い物なら、仕方がなく許すこととなっていた。

 

「……ライダーはやっぱり、酒が好きなのか?」

 

 やけに上機嫌なバーソロミューに、ウェイバーは問いかけた。

 

「そうですね。海賊ですから。海賊は皆酒が好きなんですよ。暴れた後は飲んで、略奪した後も飲んで、女を抱いた後も飲んで……とまあ、酒は欠かせませんでしたね。何せ船という閉鎖空間で過ごす上に、お尋ね者ですからね。数少ないストレス解消の方法だった、というのもあるのでしょうが、やはり海賊としての本能が酒を求めるんですよ。

 ……まあ、飲みすぎないように注意は必要ですが。酔っぱらって乗員を殺害とか、海に落ちるとかそういう事態になったら笑えませんからね」

 

「ふぅん……そんなにいいモノなのかね。よく分からないな」

 

「おや、マスターは酒を飲んだことがないのですか?」

 

「当たり前だろう。ボクはまだ学生だぞ?」

 

「なるほど、それは残念……是非とも学び舎を卒業した暁には、酒を飲むと良いでしょう。最も、溺れることが無いように注意する必要はありますが」

 

 このようにして、ウェイバーとバーソロミューは、取り留めのない会話をしながら商店街を練り歩いていた。バーソロミューはこの時代ある様々な物を見ては楽しんでいたが、ふと警戒の様子を見せた。そして同時に、ウェイバーも恐怖によって体を震わせた。

 というのも、彼らの目の前には、ガレスとそのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが立っていたからだ。

 

「ほう、これはこれは」

 

 とケイネスはウェイバーの姿を認めるなり、好戦的な笑みを浮かべて彼を睨みつけた。

 その視線はさながら鋭い刃物のような威力を潜めており、全身を視線という刃で貫かれたウェイバーは、恐怖によって全身から汗を流し、顔を歪めてみせた。

 

「私が手に入れた触媒を盗み取り、あろうことか聖杯戦争に参加しているとは。いやはや……残念だよ。ウェイバー君。君には未来があった。若い君には未来を歩んで欲しかったのだがねぇ」

 

「──ッ」

 

 ウェイバーは目の前に立っている人物に、ただただ恐怖していた。

 元はこの教師と、そしてその周りを見返すためにこの聖杯戦争に参加していたのだ。だが、いざこうしてケイネスという一人の天才の目の前に立つと、己の中にあった自信といえるようなものは砕かれ、蛇に飲み込まれる蛙のように怯えるばかりだった。

 

 だが、その恐怖はバーソロミューが両者の間に立ち入ることによって消滅した。

 

「ふむ、どうやら知り合いのようですが……私のマスターをこれ以上脅すのはやめてもらいましょうか。ここで事を始めても構わないのですが──いかがでしょうか?」

 

「……」ケイネスは妨害されたことによって、眉間に皺を寄せた。戦うこと自体は構わないが、このような人通りの多い商店街で戦うようなことは、神秘の漏洩を防ぐために避けたかった。故に、ウェイバーを睨み付けるのをやめ、場所を移動するように促した。

 

 ケイネスが戦いの場として提案したのは、コンテナの並んでいる港だった。

 商店街から港まで移動するのには、少しばかり時間を要したが、その間ウェイバーとケイネスは一切言葉を交わすことなく、己のサーヴァントと一言、二言ばかり話すのみだった。

 

「マスターは彼とはどのような関係で?」

 

 とバーソロミューはウェイバーに問いかけた。

 

「……ボクの先生だよ。先生がこの聖杯戦争に参加するっていうから、ボクは見返そうとしてここにいるんだ」

 

「ランサー」

 

 と会話を行うウェイバーとバーソロミューを他所に、ケイネスはランサーに念話で話しかけた。

 

「あのサーヴァントを容赦なく殺せ。言うまでもないが、躊躇いは不要だ」

 

「……はい」

 

 ガレスは、己のマスターが怒りを抱えていることに気が付いていたし、相手のサーヴァントのマスターを殺そうとも考えていることにも気が付いていた。しかし、それに否定的な感情を抱くことは無かった。というのも、彼女は騎士であり、この聖杯戦争という戦場に己の意思で参加しているのならば、殺し殺されの覚悟は抱いているからだ。

 もちろん、必要以上に痛めつけるようならば止めようと声をかけるし、逆にこちら側が殺されるようならばそれも認めるだろう。

 

 暫く歩き、とうとう港へと到着した。ウェイバーはそこが処刑場のように思えるほどのプレッシャーを抱えていた。

 ケイネスは人が寄り付かないようにするための物と、内部の様子が外からは見えないようにするための結界を張り終えると、ウェイバーの前に立った。

 

「さて、まずは申し開きがあるのならば聞こうではないか、ウェイバー・ベルベット君」

 

 とケイネスはウェイバーに話しかけた。その声は子供をあやすような柔らかいものだったが、目は一切笑っていなかった。

 

「私の触媒を奪い取るだけではなく、ましてや聖杯戦争に参加しているとはね。これは、あの時私が君のあの下らない論文を破ったことにたいする当てつけかね?」

 

「……」

 

 ウェイバーは頷いた。ケイネスの言っていることはほとんど事実だったからだ。ケイネスもまた頷くと、言葉を続けた。

 しかし、次は明らかな敵意と殺意を抱いた調子で、今にもウェイバーの心臓を鷲掴みにでもしかねないほどに激しい感情の込められた声だった。

 

「……触媒を盗み取るという行為だけでも大罪だが、挙句の果てにこの戦いに参加するという行為、これは決闘を行うに値する挑発行為だよ。ウェイバー君。

 君は魔術師同士の決闘を行ったことは無かったね? よろしい。特別に課外授業を行ってあげるとしよう。魔術師同士が殺しあうということが、どういうことかその体と魂の髄まで叩き込んであげようじゃないか」

 

「──あッ」

 

 叩き付けられたケイネスの殺意に、ウェイバーは一瞬己の死を錯覚した。

 しかし、それを吹き飛ばすようにバーソロミューは、突如大笑いしてみせた。

 

「ハハハハハッハ! ああ、全くおかしなことを長々と語る!」

 

 突如大笑いしたバーソロミューに、その場にいた者たちはあっけにとられた。ケイネスは静かに問いかけた。

 

「……何がおかしいのかね?」

 

「いやはや、聞いてみれば貴方は自分の大切な物を奪われ、そして私のマスターがこの聖杯戦争にその奪った私の触媒を用いて参加しているため、怒っているようですが、私から言わせてもらえばちゃんちゃらおかしいにも程がある! 

 物を奪われたのならば、奪い返せばいい! コケにされたのならばさっさと殺してしまえばいい! そんな当たり前のことを殺しもせずに、長々と話すとは! 奪われたから怒る? コケにされたから怒る? いはやは、なんともまあ()()()()()ことですね。全くもって滑稽だ!」

 

「──私のマスターをそれ以上嘲笑うのはやめてもらいましょうか」

 

 とガレスはバーソロミューを睨み付けた。

 ケイネスは己が馬鹿にされたという事実に怒りを覚え、歯を食いしばりながらバーソロミューを睨み付けた。

 

「海賊風情がほざくな。貴様の触媒は我がサーヴァントの触媒を用意する際、ついでに取り寄せた物だ。バーソロミュー・ロバーツ! 薄汚い海賊め!」

 

「ははは、私の真名もお見通しのようだ! さて、マスター、こちらを少しばかり預かって貰えませんか?」

 

 とバーソロミューは紙袋から酒瓶を一本引き抜き、もう一本の酒瓶が入った紙袋をウェイバーに手渡した。

 ウェイバーは思わず紙袋を受け取りながらも、顔を青くしながら叫んだ。

 

「オ、オマエ! 何であんなことを言ったんだよ!?」

 

「いやぁ、はははは。まあよろしいではありませんか」

 

 バーソロミューはウェイバーの罵倒を主とした言葉を他所に、ランサーの元へと振り向くと、酒瓶のコルクを手で引き抜き、その中にあるラム酒を一気に喉の中に流し込んだ。

 

「……ふぅ、現代の酒も中々悪くありませんね。では、始めるとしましょうか!」

 

「──やれ、ランサー」

 

 とケイネスは処刑人のように、冷酷にランサーに命じた。こうしてガレスとバーソロミューとの戦闘が開始された。

 

 バーソロミューは空になった酒瓶をガレスへと投げつけ、それが彼女の目前にまで迫ると、酒瓶を銃で打ち抜いて粉々に砕いた。

 

「なッ──」

 

 粉砕され、細かい破片となったガラス片は、ガレスの視界へと広がり、彼女の視界の妨げとなった。

 そこにバーソロミューが突撃し、カトラスを振るった。そして両者はそのまますれ違い、立ち止まった。

 

「女性に傷をつけるのはあまり気が進みませんが、まあ仕方がありませんね」

 

 とバーソロミューは呟いた。ガレスの顔を見てみると、そのカトラスの一撃によって頬に一筋の切り傷ができており、そこから血を流していた。

 

「……女性だからといって、舐めないでもらいたいですね」

 

 しかし、バーソロミューもまた無傷とはいかなかった。ガレスは目の前が見えなくとも、気配を感じ取り、槍の切っ先でバーソロミューの脇腹に一筋の傷を作り上げていた。

 

 さて、戦いはまだ始まったばかりだ。このやり取りは彼らからすれば、ほんの挨拶にすぎず、本格的に刃を交えるのはこれからになるだろう。

 

 






 次回の更新は来週(9月22日)までに行います。


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第14話

不意打ち気味の0時投稿。
この小説は作者の趣味を全開に書かれています(今更の注意)
つまり、やりたいことはとことんやるということですとも!


 コンテナの上へと乗ったバーソロミューは、地面に立っているガレスへと目掛けて銃弾を数発放った。

 しかし、ガレスは己へと向かってくる弾丸を恐れる様子もなく、その盾で真正面から弾丸を弾くと、バーソロミューが立っているコンテナへと一気に跳躍し、その槍を叩き付けた。

 

 バーソロミューはコンテナから降りることによってガレスの槍を回避し、少し前まで彼が立っていたコンテナはまるで巨大な鉄球をぶつけられたかのように、轟音とともに変形していた。……彼女の槍はまさしく、巨大な鉄球を落とすのと同等の威力を持っており、鉄製のコンテナをいともたやすく変形させるその攻撃をバーソロミューがその身に受け止めれば、彼の肉体は粉々に砕け散るだろう。

 

「これは何とも恐ろしい槍ですね」

 

 とバーソロミューは眉を潜めて言った。

 

「逃がしませんよ!」

 

 ガレスはバーソロミューの後を追い、槍を振るった。

 バーソロミューは己の元へと向かってくるガレスに、弾丸を次々と放つが彼女の盾と鎧の前には通じることはなく、弾かれるのみだった。彼は銃からカトラスへと持ち替え、ガレスの槍を迎え撃つことを選択した。

 槍の切っ先とカトラスの刀身が接触すると、閃光のごとき火花が発生し、金属と金属がぶつかり、こすれ合う耳障りな音がこの場にいる者達の鼓膜を震わせた。

 

 槍とカトラスとのぶつかり合いは一度のみにとどまらず、何度もぶつかり合った。

 常人の目では到底追いかけることのできない速度で武器が振るわれる度に、砂埃が巻き上がり、その余波がコンクリートを砕き、二つの武器の重奏が奏でられた。

 

 ……傍目から見れば、バーソロミューとガレスとの二人はほとんど互角のように、武器を切り結びあっているが、実のところはそうではない。

 武器が交差するたびに、バーソロミューは一歩ずつ後退し、逆にガレスは一歩ずつ前進しているのだ。そしてよくみれば、バーソロミューは自分から攻めることは無く、ガレスの槍の軌道を別方向へと逸らすだけで精一杯といった様子だった。

 

 それも仕方のないことだろう。ガレスは円卓の騎士として、その武勇によって歴史に刻まれ、英霊となったのだ。彼女は騎士として無数の可能性を秘めており、いずれは円卓で最も優れた騎士になるとまで言われているほどの実力を秘めているのだ。

 その実力はまさしく一騎当千という言葉が相応しく、ありとあらゆる難敵を彼女はその槍と盾と鎧と技とで打ち倒してきたのだ。

 

 そしてもう一方のバーソロミューは、海賊としては確かに非常に優れた人物といえよう。しかし、彼は直接的な戦いには不慣れであり、どちらかというと荒くれものの海賊たちをまとめる、指揮官としての能力が優れているのだ。

 つまり、このような武器と武器とを直接交わし合う戦いにおいて、不利となるのはバーソロミューであった。バーソロミューが、今の今まで彼女の攻撃を捌き続けていたことを称賛するべきであろう。

 

「ぐっ……!」

 

 バーソロミューは思わず歯噛みをした。

 ガレスの激しい攻撃をこうしてカトラスで受け止め、別の方向へと受け流す──この行為を始めてから、実際の時間は数分と経過していない。しかし、バーソロミューにはすでに何十分も経過したかのように思えた。

 彼女の攻撃を受け止める度に徐々にカトラスを握る手が、その凄まじい衝撃によって痺れ始めており、そしてとうとうカトラスは、ガレスの槍の一撃を受けてバーソロミューの手を離れ、地面を転がった。

 

「貰ったぁーッ!」

 

 ガレスはそれを好機とし、バーソロミューに最大の一撃を叩き付けようとした。

 しかしそれが実行に移されることは無かった。なぜならば、突如発生した轟音と共に、ガレスの体は何かに叩きつけられ、コンテナのほうへと吹き飛んだからだ。

 

 ガレスの体が叩きつけられたコンテナはひしゃげていた。バーソロミューは一息吐くと、不敵に笑いながら言った。

 

「私の攻撃手段はカトラスとマスケットだけではありませんよ。大砲も用意しているので、ご注意を」

 

 彼の背後には、二門の大砲が置かれていた。それは、彼の船に搭載されている大砲であり、この砲撃によってガレスは吹き飛ばされたのだった。

 

「なるほど、ご忠告痛み入ります!」

 

 ガレスは立ち上がり、砂煙を槍の切っ先で切り払ってみせた。その鎧と肉体に傷がついた様子はなく、全くもって無事といった調子だった。

 それを見たバーソロミューはどこか関心したように、嘆息してみせた。

 

「いやはや、無傷とはね。全くもって羨ましい限りですよ。砲弾を喰らっても体が弾けないほどの頑丈さとは。いや、切実に羨ましいですね。貴女は生前からそのように頑丈だったのですか?」

 

「さあ、どうでしょうか。大抵の戦いには勝ってきましたが」

 

 ガレスは不敵に微笑んでみせた。

 

「それはそれは、逞しいですね。余程高名な騎士と見える。一体どの時代のどこの騎士なのやら。どうです? 騎士ならばそれらしく名乗るつもりはありませんか? 是非とも貴女の名前を聞きたいものですね」

 

「そうですね。これが騎士同士の、正式な決闘ならばそうするべきなのでしょうが、これは聖杯戦争。真名を名乗るつもりはありません。マスターからも名乗ることは禁止されていますからね。……最も、私のみが貴方の真名を知っているというのは、些かフェアではありませんがね。バーソロミュー・ロバーツ」

 

 ガレスはチラリとケイネスへと目線を送った。それは彼に己の真名を公開しても良いかどうかという意味合いをもつ問いかけであった。最も、彼女は己が真名を名乗ることは許されないと思っていたし、実際にその通りだった。

 ケイネスは首を横に振り、バーソロミューとウェイバーを見下すように言った。

 

「ランサーよ、真名を名乗ることは許さん。貴様からすれば、そのような海賊は貴様からしたら格下であろう。さっさと叩き潰してしまえ」

 

「──とのことです。申し訳ありませんが、私の真名は明かせません」

 

「そうですか。それは仕方がありませんね。では、再開といきましょうか!」

 

 バーソロミューは己の背後にある大砲を発射した。二発の砲弾がガレスへと目掛けて放たれた。

 ガレスは一発目の砲弾を槍で粉々に破壊し、もう一発の弾丸は盾で地面へとねじ伏せた。彼女はバーソロミューを睨み、しかし不敵に笑ってみせた。

 

「そうですね。では、次はこちらの番です!」

 

 ガレスは槍をコンテナへと突き刺し、振るうことによってコンテナをバーソロミュー目掛けて投擲してみせた。この攻撃にバーソロミューは驚いたが、その身を屈めることによって空中を移動するコンテナを回避してみせた。

 

 コンテナは巨大な水しぶきを発生させながら海中へと沈んだ。

 巻き上げられた水しぶきは、瞬間的な豪雨となって港へと降り注いだ。一瞬の雨によって視界が遮られ、雨が止んだときバーソロミューはガレスの姿を見失っていた。

 

「どこに──」

 

「ライダー、上だッ!」

 

 ウェイバーの声を耳にしたバーソロミューは、咄嗟にその場から飛び退いた。その瞬間、先ほどまでバーソロミューが立っていた場所に、空中に跳躍していたガレスの槍による一撃が降り注いだ。

 この一撃は非常に凄まじいものであり、コンクリートは粉々に砕け、その下にあった地面も抉れ、その衝撃があたり一面の空気を震わせた。砕かれたコンクリート片や地面の砂や小石が巻き上げられ、辺り一面は砂埃に覆われることとなった。

 

「ライダーッ!」

 

 バーソロミューの姿が見えなくなったことにより、ウェイバーは思わず叫んだ。

 彼は砂埃の中から、こちらへと()()()()()()()ウェイバーを見ると、安堵を与える意味で軽く微笑んでみせた。

 

「問題ありません……ッ」

 

 しかし、バーソロミューの微笑みは崩れ、彼はカトラスを手に持つと、駆け寄ってくるウェイバーへと目掛けて振るった。

 それとほぼ同時に、ウェイバーは槍による鋭い一閃をバーソロミューへと振るった。

 

「──良く気が付きましたね」

 

 とウェイバー、否、ウェイバーの姿に変装したガレスは関心したように言った。

 彼女は生前ライオネットから貰った変身の指輪により、その姿を様々な人物へと変化させることができるのである。これにより、彼女は砂埃に紛れてウェイバーの姿へと変身し、バーソロミューの油断を誘ったのであった。

 

「声の方向は同じでしたが、微妙に位置がずれていましたからね……」

 

 とバーソロミューは苦し気な呻き声を上げながら答えた。

 

「今の一撃で仕留めるつもりでしたが、成程。そう上手くはいかないようですね」

 

「よく言いますね──私の左手と顔に傷を付けて、まだ満足できないのですか」

 

 バーソロミューは独りごちた。ガレスの不意打ちにより、彼の左手は切断され、その顔には真横に一筋の傷が出来上がっており、そこから血を流していた。

 彼がカトラスを振るい、ガレスの槍の軌道を変化させなければ、今頃は首と胴体が泣き別れすることとなっていただろう。それほどに、この不意打ちは恐ろしいものだった。

 

「ライダー! お、お前。手が……! それに顔も……!」

 

 砂埃が完全に晴れると、ウェイバーは傷ついたバーソロミューの姿に仰天し、思わず叫んだ。

 バーソロミューは困ったようにため息を吐いた。

 

「いやはや、これは困りましたね。海賊に傷は付き物とはいえ、顔に傷がついては私のハンサムフェイスが崩れてしまいますね……いや、逆に傷のある男も魅力的ですかね? ふふふ」

 

「冗談言っている場合かよ! 大丈夫か、オマエ!」

 

「はははは、問題ありませんとも。と言いたいところですが、少し困りましたね。──なので、ここは一つ宝具を使用しましょう」

 

「え、ラ、ライダーアァァ! 何を……!」

 

 バーソロミューはウェイバーを右手で抱きかかえると、海へと跳躍した。突然の彼の行為に、ウェイバーは思わず叫んだ。

 

「──させません!」

 

 とガレスは宝具を発動させまいと、バーソロミューへと向かって駆け出した。しかし、数歩ばかり前に進んだところで、彼女に数発の砲弾が突如降りかかった。ガレスにとってその砲弾は防御さえ行えば何ら脅威ではなかったが、地面へと着弾した砲弾が砂埃を巻き上げ、彼女の視界を塞いだ。視界が見えない最中で降り注ぐ砲弾がガレスの足を止めることとなった。

 

「では──お披露目といきましょうか」

 

 砂埃が完全に消え去り、露わとなった目の前の光景にガレスは最大の警戒を見せた。

 

 ──かつて海を自由自在に駆け回り、思いのままに略奪を繰り返し、財宝を手に笑い、酒を片手に踊り、市民を震え上がらせた海賊は無数に存在した。

 例えばフランシス・ドレイク。例えばエドワード・ティーチ。例えばジョン・ラカム。例えばウィリアム・キッド。……名だたる海賊は多数存在する。しかし、その中で最も多くの船と部下を率いた海賊は史上ただ一人のみである。

 即ち、その海賊こそがバーソロミュー・ロバーツに他ならない! 

 

 大航海時代最後にして、最大の海賊団を率いた海賊──それこそがバーソロミュー・ロバーツなのだ。

 

 さあ、刮目するが良い! これこそがバーソロミューの宝具、合計で20をも超える海賊船によって構成された大船団──『高貴なる海賊準男爵の咆吼(ブラック・ダーティ・バーティ・ハウリング)』である! 

 

 海の上にはバーソロミューの旗艦、ロイヤル・フォーチェン号を中心とした大小様々な海賊船が並んでおり、それら全てが彼の部下であり、彼の宝具なのだ。

 

「これが……ライダーの宝具……」

 

 バーソロミューの船の上で、ウェイバーは周囲を浮かぶ船を見回した。彼はバーソロミューの宝具を目のあたりにし、これだけの数の船を率い、指揮をした彼のカリスマにただ圧倒されるしかなかった。

 

「大砲に砲弾を込めなさい。マスケットを構えなさい。──バーソロミュー海賊団はこれより、海賊を執行する!」

 

 バーソロミューの合図により、今か今かとそれぞれ船の上で、銃の引き金に指をかけ、大砲の導火線に火を点けるための松明を手にしていた船員たちは、歓喜の叫びを思うが儘に上げ、一斉に銃の引き金を引き、大砲の導火線に火を点け、砲弾を放った。

 

 20もの船から全く同時に、全く同じ場所を狙って放たれた無数の弾丸は、閃光となってガレスの元へと迫った。

 

「なんと……! 恐るべき数の船ですね。ですが、それでも私は突き進むのみ!」

 

 ガレスはその閃光を前に、勇気を振り絞り立ち向かう様を見せた。

 

 

 

 冬木ハイアットホテルのスイートルームに入ってみるとしよう。そこではソラウが一人部屋の中で過ごしていた。

 彼女はこの聖杯戦争の間、安全の観点から外に出ることは許されていなかったし、彼女自身も危険性は理解していたから、このホテルの部屋の中に閉じこもっていることを選択した。

 

 とはいえども、一日中ホテルの部屋の中で過ごすのは流石に退屈を覚えるのは当然のことだった。ソラウはベッドに腰をかけながら、ぼうっと天井を見上げていた。

 

 ……ソラウやケイネスを狙い、この部屋に侵入するのにはケイネスが用意した結界や悪霊などによって構成された、凶悪であり強固な守りを突破しなければならなかったし、侵入者がいれば警報装置が作動し、即座にケイネスやソラウの元へと知らされるようになっていた。

 故に、ケイネスはソラウの身に何かがあれば、令呪を使用してガレスをソラウの元へと移動させることも考えていたし、己もすぐに駆け付けることができるようにしていた。

 

 しかし、このソラウが過ごすスイートルームに、侵入者が現れた。

 それに気が付いたソラウは身構え、叫んだ。

 

「誰!? ここに来るにはケイネスの結界を突破しなければならないのに……!」

 

 そのソラウの言葉に答えたのは、メディアだった。

 

「あの仕掛けのことですか? アレを用意した者は、なるほど現代の魔術師にしてはかなりの実力者のようですが……どうということはありませんでした」

 

 神代の魔術師からすれば、ケイネスの仕掛けた結界を無力化するのは簡単なことだったし、凶悪な悪霊達もヘラクレスの前では、ただの羽虫のようなものだった。

 侵入者が発生した際、ケイネスやソラウに知らされる警報装置も、あっという間に無力化され、メディアたちはこうして部屋に入るまでソラウにその存在を気付かれることはなかった。

 時計塔のロードを担うケイネスの結界を、こうも容易く突破されると思っていなかったソラウは、混乱するばかりであり、ケイネスに助けを求めようとしたり、敵の前から逃げたりしようということを考えることができなかった。仕方のないことだろう。彼女はこうした戦いのような場は未経験だし、こうした非常時にどのような判断をすれば良いのかも分からなかったのだから。

 メディアは己の横に立つイアソンに問いかけた。

 

「イアソン様、こちらはこの街で一番良い宿泊施設の、一番良い部屋のようです。お気に召されたでしょうか?」

 

「フン──」

 

 イアソンはじろりと部屋を見回し、このスイートルームの評価を行った。

 彼はアインツベルンの城が崩れ、拠点を失ったため新たに過ごすべき場所をこうして品定めしていたのだった。

 

「安っぽい作りだな。見栄えだけ整えただけの張りぼてのようなものだ。現代にはこんな時化た建物しかないのか? 高さだけは評価するがな! だが、メディア。お前が調べ、見つけた場所なのだ。ここを私の寝床にするとしよう」

 

「ありがとうございます。彼女はどうしましょうか?」

 

 メディアはソラウを指して、イアソンに問いかけた。

 

「適当に眠らせておけ。どうやら聖杯戦争の関係者のようだが、マスターではないようだ。殺すほどでもないし、人質にもなるだろう」

 

「はい。いざという時は有効活用しましょう」

 

 メディアは魔術を発動し、その場から逃げようとしていたソラウをあっという間に眠りの海へと落とした。

 ソラウは己の意識が途絶える最中、ガレスとケイネスのことを思い浮かべた。

 

「ケイネス、ランサー──」

 

 ソラウはぽつりと、己の婚約者と、そのサーヴァントの名を口にした。

 

 

 





顔の傷から血をだくだく流して微笑むイケメンって良い……良くない? 好き!
ちなみに傷の向きが縦方向だったらバーソロミューは物凄い怒りそう。

次回は9月24日までに投稿します。
連休だから、今日か明日に投稿しますぜ。


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第15話

今回、突っ込みどころというか、ご都合主義みたいな部分がありますが、生暖かい目で見守ってくれるとありがたいです。いや、ホント。





 ガレスは放たれた無数の砲弾を恐れる様子は一切見せず、それどころか果敢にもその身一つで立ち向かってみせた。その場から大きく跳躍し、向かってくる砲弾を足場として、海に浮かぶ船の上へと着地した。

 

「ほう、一筋縄ではいかないようですね」

 

 その絶技を見たバーソロミューは関心しつつ、ガレスの行動を観察し続けた。

 自分の船に降りてきた不埒者を殺そうと、一斉に襲い掛かる海賊たちを、ガレスは槍で薙ぎ払うと、次の船へと目掛けて跳躍し、バーソロミューが乗っている旗艦を目指して移動を始めた。その様はまさしく牛若丸の八艘飛びのようであった。

 

「こちらに向かってくるつもりですか。そう上手くいくとでも?」

 

 バーソロミューは周囲の船に合図を下し、空中を移動するガレスへと砲弾を放った。

 流石のガレスといえども、跳躍している間を狙って大砲を周囲から撃たれては、己の元へと向かってきた砲弾全てを回避したり、迎撃したりすることは不可能だった。彼女は数発の砲弾を体に叩きつけられ、爆発を起こして海中へと落下した。

 

「では、私も行ってきますね」

 

「は、ハァ!?」

 

 バーソロミューは、彼の突然の宣言に驚くウェイバーを尻目に、海中へと飛び込んだ。

 彼は海中を移動するガレスを発見するのに、そう時間はかからなかった。ガレスはその全身に鎧を着こんではいるものの、ものの見事に海中を移動していた。しかし、バーソロミューから見れば、やはりその移動速度は遅く、彼がガレスの元へと追いつくのは、容易だった。

 

 ガレスはこちらへと接近するバーソロミューを目にすると、槍を手にして戦闘態勢へと入った。バーソロミューもまた、右手にカトラスを持って構えた。

 ここは海中であり、肉弾戦には非常に不向きな場所ではあるが、もしも戦うとなったら武器の強さや、技量よりも泳ぎの達者なほうが有利となるだろう。そういう意味では、海賊として泳ぎも得意としているバーソロミューのほうが、有利となるのは言うまでもないだろう。それに、ガレスは鎧を身に着けているため、どうしても動きが鈍くなるし、かといって鎧を脱いでもバーソロミューの水泳の前では、逃げることもできないため、己の身を守るために鎧を必要としなければいけなかった。

 現に、バーソロミューはそのカトラスでガレスの鎧に、次々と傷をつけていった。この調子ならば、彼女の鎧を破壊するのも時間の問題だろう。

 

 しかし、それよりもバーソロミューは、攻撃よりもガレスの息切れを狙っていた。サーヴァントといえども、活動するのには酸素が必要となる。そのため、この酸素の存在しない海中空間にて、息切れを起こせばその瞬間、窒息して溺れ死ぬのは確実だろう。

 

 そして、とうとうガレスは息切れを起こし始めた。無理もないだろう。突然大砲で叩き落されたため、海中で長時間行動するために、呼吸などの準備はしていなかったし、バーソロミューから攻撃を受ける度に酸素をその口から漏らしていったのだ。

 

「あ──」

 

 ガレスの意識は遠のき始め、彼女の視界は徐々に暗くなり始めた。こうなれば、彼女が溺れ死ぬまでにはそうそう時間はかからないだろう。バーソロミューはそれを見ると、海面へと浮上を始めた。彼の息もあともう少しで切れ始めるし、ガレスに止めを刺すにも、十分な呼吸を行って確実に彼女を殺せるようにしたかった。

 

 ……ガレスの意識は徐々に闇に包まれ始めた。手先は痺れ始め、体が思う様に動かせないようになっていた。

 

「ああ──」

 

 彼女が思い出すのは、今生における己の主のことだった。ケイネスは騎士道を口にして行動し、己の妻となるべき女性を愛する立派な男だった。それに、ソラウもまたガレスの身を重んじるような言葉を投げかけ、己の婚約者を守るように口にしていた。

 ……ガレスの忠誠心はアーサー王へと捧げているが、サーヴァントとして召喚されたのならば、召喚したマスターに尽くすのがけじめというものだろう。ケイネスは勝利による誉れを願っており、ガレスはその願いに答えようとして戦っている。

 

 ──故に、ここで敗北するわけにはいかなかったのだ。ガレスはほんの一瞬だけ、全身に力を込め、己の体内にある魔力を槍に流し込んだ。その槍はマーリンより授かったものであり、魔力を使用した攻撃を可能としていた。

 彼女の魔力は槍へと集い、ガレスはその槍を全力で海面へと目掛けて突き出した。その瞬間、槍の内部にある魔力が爆散し、大量の水を弾いた。

 それはガレスがランスロットに憧れ、彼の宝具である『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』を疑似的に再現した攻撃だった。

 

 巨大な爆発が発生し、ガレスにのしかかる大量の水は全て弾け散った。そのため、ガレスは呼吸をするための空気を得ることができた。彼女は肺の中に酸素を大量に取り込むと、近くの船へと跳躍し、甲板に着地した。

 

「なんと……!」

 

 バーソロミューはまさかこのような芸当を可能とするとは思わず、揺れる波の上で驚いていた。しかし、すぐさま落ち着きを取り戻し、再び己の船へと飛び乗った。

 ガレスの乗った船には、もちろんのことバーソロミューの部下である海賊たちが乗っており、彼らが己の船へと上がってきた敵に手を出さない筈もなかった。しかし、やはりガレスという一騎当千の騎士に敵うはずもなく、次々と薙ぎ払われていった。

 

「ふむ、では皆さん砲撃を」

 

 バーソロミューは、ガレスが乗った船にいる海賊たちが皆やられるのを見ると、周りに命令を下した。ガレスへと目掛けて、周りの船は次々と砲撃をしかけた。360度周囲から放たれる砲撃を、ガレスは盾や槍で防いでいたが、逆に言えばそれしか出来なかった。バーソロミューによって鎧は傷つけられ、砲弾を数発受ければ、流石に砕け散るだろう。

 鎧を失った状態で砲撃を受ければ、流石に傷は負うし、最悪致命傷ともなりかねないだろう。故に彼女は次々と行われる砲撃を防ぐ必要があったし、その場から逃げ出そうにも弾幕は非常に厚く脱出できるような隙間はほとんどなかった。これは偏にバーソロミューの指揮による賜物であろう。隙間が発生しないように、次々と砲撃を行わせる彼の指揮は、非常に素晴らしいものだった。

 

 しかし、バーソロミューの攻撃は砲撃のみではなかった。彼はガレスの乗っている船がある程度破壊されはじめ、あともう少しで沈むといった段階になると、二隻の船をガレスの乗っている船を挟み込むように衝突させた。

 これによってガレスが乗っている船は粉々に砕け散り、ガレスもまた船の破片に紛れて、二隻の船に押し潰されていたが、彼女は傷つくようなことはなかった。しかし、船に挟まれて身動きを取ることは不可能となっていた。

 周りの船は、ガレスへと砲口を向けており、今か今かと砲撃の合図を待っていた。

 

「では──一斉掃射!」

 

 砲弾は再び閃光となり、ガレスへと襲い掛かった。こうなってはガレスは回避することも、防御をすることもできなかったため、彼女はその砲撃をその身に受けることとなった。

 巨大な爆発が発生し、ガレスは衝撃によって海上から港へと吹き飛ばされることとなった。

 

「う、ぁっ……!」

 

 ガレスは港のコンテナにその身を叩き付けられた。彼女の鎧は粉々に砕け散り、その全身は砲撃による傷を負っていた。

 

「何をやっている、ランサー! 敗北は許さんぞ」

 

 とケイネスは傷ついたランサーに怒鳴りつけた。彼はランサーが追い詰められているのが気に喰わなかった。触媒を盗み、聖杯戦争に参戦した己の教え子に敗北するなど彼のプライドが許すことはなかった。

 

「はい、まだやれます……!」

 

 ガレスは傷ついた己の体に喝を飛ばして立ち上がると、盾と槍を構えた。

 

「このランスロット様から授かった盾があれば、どうということはありません!」

 

 それは正直に言ってしまえば、虚偽ではあった。彼女の鎧は砕け散り、防御手段は盾のみとなった。これでは、次の一斉掃射を防ぐことは難しいだろうし、それが行われた時が己の敗北となるだろう。故に、彼女は次の砲撃が行われる前に、決着を付けようとしていた。

 

「ほう、立ち上がりますか」

 

 バーソロミューは船の上で不敵に笑いながら呟いた。

 

「大したタフネス、中々にしぶといですね。ですが、次の砲撃で終わりとなるでしょう……」

 

 バーソロミューは砲撃を行う合図を部下たちに命じようとし、ガレスは再びバーソロミューの元へと突進を始め、その場から駆け出した。

 ──その瞬間、ケイネスはこの戦いのことも、怒りの感情も全てを忘れ去り、冬木ハイアットホテルのある方角を振り向いた。

 

「──ッ!」

 

 ……ソラウはケイネスへと念話を送っている訳でもないため、ケイネスがソラウの身に危機が迫っているということを感じ取ることは不可能だろう。しかし、それでもこの時のケイネスには、ソラウが危険だという一つの予感、あるいは直観じみた何かがあった。

 その原因は不明だ。メディアの魔術によって、工房が襲撃されても警報がケイネスの元へ届くことは無かったから、ケイネスは工房が襲撃されたことなど、知りようは無い。しかし、それでもケイネスはソラウの身に危機が迫っていることを察知したのだ。

 そして、ソラウへと念話を送ったり、工房にいる悪霊や使い魔たちを操作しようとしたりした。しかしそれらは全て行うことはできなかった。ソラウの意識は途絶えているため、念話が届こうにも答えがあるはずもなく、悪霊や使い魔たちはメディアやヘラクレスによって、殲滅されているため操作のしようがなかった。

 これによって、ケイネスの予感は確実な真実へと切り替わり、彼は一瞬の躊躇いもなく令呪を使用した。

 

「ランサー! 令呪を以て命じる! ()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

「マスター! 何を──?」

 

 突然のケイネスの命令に、ガレスは驚きの表情と声を上げたが、彼女はすぐにその場から姿を消した。令呪によって、この港から、冬木ハイアットホテルへと転移をしたのだ。

 

 そして、彼女の姿が消失するとともに、ケイネスは僅かな後悔と、大きな焦りを覚えた。後悔は、ウェイバーとの戦いを中断したことによるものだった。そして、焦りの感情はもちろんソラウの身を案じてのことだった。彼は己のプライドと、ソラウを天秤にかけ、ソラウを選択したのだった。

 ケイネスはバーソロミューと、ウェイバーを一睨みすると、踵を返してその場から立ち去ることにした。

 

「……命拾いしたようだな。ウェイバー・ベルベット君。一方的な宣言になるが、急用が入ったため、戦いは中止だ。だが、覚えておくように、決闘はあくまでも中断だ。次に出会ったその時が、君が死ぬときだ」

 

「──え?」

 

 ウェイバーは突然の出来事に、口を大きく開いて、立ち去るケイネスの背中を茫然と見つめるしかできなかった。

 一方、バーソロミューはそんなケイネスの背へと、銃を向けた。

 

「あのランサーも、どこかに転移してしまったようですし、あのマスターを殺すことは容易いですね」

 

「ま、待て、ライダー! 何を──! やめろ、ライダー!」

 

 ウェイバーはバーソロミューに掴みかかり、その銃を構えた腕を掴んだ。

 バーソロミューは大人しく銃を下すと、ウェイバーに問いかけた。

 

「マスターがそう望むのならば、やめるとしましょう。良いのですか?」

 

「……」

 

 ウェイバーは俯いて黙った。彼は、あの教師を確かに殺したいほどに憎んでいたし、実際に決闘で圧勝して殺すようなことも、何度か想像した。しかし、それでもいざ殺すタイミングが訪れると、躊躇いを覚えてしまった。

 バーソロミューはウェイバーの肩を叩き、言った。

 

「まあ良いでしょう。この選択が好と出るかどうかは分かりませんが、後悔することは無いように」

 

「……ああ」

 

 ウェイバーは頷いた。

 

 

 

 ケイネスは急ぎ足で冬木ハイアットホテルを目的地として移動していた。しかし、彼はその足を止めた。なぜならば、彼の目の前には間桐臓硯が立っており、この老人は怪しく、いやらしい笑みを浮かべていたからだ。

 

「……ご老人、申し訳ないがそこを退いてもらいませんか」

 

「そう急ぐことは無いだろう。若人よ」

 

 臓硯は笑いながら言った。

 

「のう、ランサーのマスターよ。少しばかり儂の話にでも付き合ってもらえまいか?」

 

「お断りします。……今の私は急いでるのです。貴方と話すことは何もない」

 

 ケイネスは注意深く、目の前の老人を観察しながら、警戒を巌にしていた。ケイネスはこの老人の狡猾さを見破っており、警戒せざるを得なかったのだ。少しでも隙を見せれば、そこからたちまちのうちに攻められてしまうだろう。故に、言葉の一つ一つを選び抜き、体の僅かな挙動ですらも非常に慎重にやらなければならなかった。

 

「まあ、聞くがよい……あのホテルにいる女だがな。あの女の元には儂の蟲がおる。なあに、変なことはしておらんよ。ノミのように小さな蟲だが、毒を持っていてな。儂が命じて針を刺せば、その女は死に至るじゃろう」

 

「何だと……ッ!」

 

 ケイネスは殺気を抑えながらも、老人を睨み付けた。

 

「あのキャスター……真名はメディアであろうか? 魔術の実力は凄まじいが、策略、謀略の類は苦手なのか、儂の蟲には一切気が付いておらん。カカカ、のう、ランサーのマスターよ。儂が何を言いたいか分かるであろうよ」

 

「……」

 

 ケイネスは黙りながら、老人の次の言葉を待っていた。間桐臓硯が行っていることは、脅迫であり、これから何を要求するのか、ケイネスはそれを考えていた。

 

「雁夜……バーサーカーのマスターじゃな。ヤツがもがき苦しむ有様を見るのは愉快じゃった。感謝したいぐらいじゃ。あれの死にざまは中々に楽しめた。

 此度の聖杯戦争は見送るつもりだったが、ふうむ。こうして戦局を見てるとのう、儂にも聖杯を手にする好機があってなあ。こうして老骨に鞭を打って参戦しようと思ってな」

 

「つまり、私のランサーのマスター権を譲渡しろということですか」

 

「その通りじゃ。カカカカ! 月並みなセリフじゃが、あの女の命が惜しいのならば、そうするが良い」

 

 ケイネスはどうにかして、間桐臓硯を始末、あるいはこの場から退けようと考えていた。しかし、戦いはすでに終了しており、ソラウを人質に取られては何かをすることもできなかった。

 

「……」

 

 ケイネスはしばらくの間、思考し、そして己の答えを口にした。

 

「────」







……中々決着が付かなさすぎる……! ドロー多すぎ……多すぎない? この時点で三日目……!

次回は今週の日曜日(9月29日)に投稿します。


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第16話

 不意打ちの火曜日更新!!
 すまない。長い間更新してなくてすまない……でも、エタることはないから安心してほしい!!! いやホント申し訳ないです。

 理由としては、推しのVtuberの24時間生放送を見て力尽きたり、短編を書いて力尽きたり、台風が来て小説どころじゃなかったり、Vtuberになろうとして色々とやっていたんだ。
 つまり更新できなかったのは仕方のないことなんです。無罪! 作者は無罪! 
 でも、無事Vtuberになって動画投稿したから、こうして小説書く時間ができたんです。なので投稿しますよ! しばらく小説書いてなかったから違和感あるかもしれない。


「──ふ」

 

 ケイネスは目の前に立つ間桐臓硯を見下し、嘲笑を送ってみせた。

 

「つまらない戯言を垂れ流すのが得意と見えたようだ。時計塔の生徒でも、そのような虚言は口にしないぞ? 御老人」

 

「ほう、なぜそう言えるのかね?」

 

 間桐臓硯は口の端を吊り上げ、問いかけた。ケイネスは呆れたかのように、それでいてどこか得意げに言葉を続けてみせた。

 

「簡単なことだ──つい今しがたランサーから知らせがあった。我が工房にサーヴァントが侵入しており、ソラウはその敵が抱えているということも。さて、相手はアインツベルンのサーヴァントのようだが、ソラウを人質に取っている様子は見えず、ソラウを奪還して脱出することも可能だ。

 

 私からマスター権を奪い取り、我がランサーと契約をしたいというのならば、なぜこのタイミングで知らせる? 

 タイミングがあまりにも不自然すぎる。なぜランサーがアインツベルンのサーヴァントと交戦を開始したこのタイミングで、そのようなことを言うのだね? 

 御老人、仮に貴方がアインツベルンと手を組んでいるというのならば、蟲などではなくサーヴァントを使用し、ソラウを盾にするのが合理というものだし、ランサーは手出しもできないだろう。だというのに、なぜランサーは戦闘を開始している? 蟲を使用していると言うが、これもまたタイミングが不自然だ。戦闘が始まり、どちらが勝者となるか分からないこのタイミングで、ランサーの契約を寄越すように迫るのは非常に不自然だと言えるだろう。

 

 御老人、貴方は蟲を使用し、ソラウを殺せるといったが、それは全て偽りの言葉だ。貴方の目的はランサーとの契約権か? それとも与太話で私を足止めすることか?」

 

 ケイネスの言葉に、間桐臓硯は笑って見せた。

 この若きロードの言う言葉は全て本当のことであった。間桐臓硯がソラウの元に蟲を送り付けているという事実は存在せず、他の手段──例えばイアソンやメディアにソラウを殺させることも、彼には不可能であった。

 なぜならば、彼はサーヴァントを従えておらず、それどころかイアソンや衛宮切嗣と手を結んだり、契約をしたりしている訳でもないから、イアソン達の意思や行動を操ることも不可能なのだ。

 

 己の虚言を見破られた臓硯は、ただただ笑みを浮かべていた。

 

「カカカカカッ──見事。その通りよ。儂はあの女に手出しはできん。流石は若造とはいえども、時計塔のロードだけあるか。策略渦巻く時計塔のロードからすると、この問答は少しばかり簡単すぎたかのう?」

 

 ケイネスは臓硯の様子を注意深く観察していた。彼は臓硯の目的がどのようなものなのか、推理することはできても、確証を得ることはできなかった。彼の体の動きや呼吸などを細かく観察しても、この老人が現在どのようなことを考え、どのような感情を得ているのか全く見破ることができなかった。

 故に、ケイネスは警戒を最大限にし、間桐臓硯に限らず周囲に対して警戒をしてみせた。この老人は、一種の怪物なのだ。とりわけ企みとか、暗躍とか、策略とか、そういうジャンルを得意とし相手を惑わす、謀略の怪物なのだとケイネスは見破っていた。

 

「少しばかり若者と話をしたくてなあ。こうして相手をしてもらっているという訳じゃ」

 

「申し訳ないが、貴方と話をしている暇は無いのです。周りに潜んでいる蟲たちを下げてもらおうか」

 

「ふうむ、それもお見通しか。まあ、でなければロードなど務まらないじゃろうな。では次は真実を述べるとしよう。

 のう、お主は雁夜が銃を使い、遠坂を撃ったと思っているようじゃが、それは過ちじゃ。優秀な警察の監視の目があるこの日本で、銃を手に入れるような手管をあやつは持ち合わせておらぬ。雁夜は所詮凡人にすぎぬからのう」

 

「──何?」

 

 ケイネスは眉をひそめた。

 臓硯は嘘をついていないと彼の観察眼は告げていた。ケイネスは今すぐにでもここを強行突破し、ソラウの元へと駆け付けようとしていたが、彼の興味を引き、その足を止めるのには十分な話題であった。

 

「のう、アインツベルンの森を見たか? あそこには科学的な罠がいくつも仕掛けてあったであろう? ……此度の聖杯戦争、アインツベルンはその固く閉ざされた門戸を開き、外来の魔術師を雇ったようじゃ。そして、その魔術師こそが衛宮切嗣という男じゃ。あやつは『魔術師殺し』という異名を持っていてな、いくつもの戦場を渡り歩き、己の目的のためならばどのようなことでもしでかす男じゃ。

 魔術師としての誇りを不要とし、魔術使いへとその身を落とし、銃や爆弾を用い、魔術師を殺す傭兵じゃ。ここまで語れば分かるであろう? 遠坂を狙撃したのは、雁夜ではない。その衛宮切嗣という男じゃ」

 

 ケイネスは臓硯の話を耳にしながら、その脳を高速で回転させ続けていた。

 なるほど臓硯の言葉には偽りは無いのだろう。それに、アインツベルンの城を囲む森の中には魔術的な要素が存在しない、火薬や機械を用いた科学的な罠が仕掛けられていた。それだけでも証拠は十分というものだろう。

 

 しかし、ケイネスにはどうにも腑に落ちないことがあった。

 

 何故間桐臓硯は、ケイネスの前に現れるなり、ソラウを人質に取っているという戯言を口にしたのか? そして、それが全くの虚偽であることを見抜かれると、あっさりと嘘を認めた。そして、次には遠坂時臣を狙撃した真犯人である衛宮切嗣のことをケイネスへと告げた。その狙いは一体どのようなものなのであろうか? 

 ケイネスからすれば、この老人は策略とか、欺瞞とか、そうした行為に関しては時計塔の魔術師たちを凌ぐこともできる、一種の怪物なのである。そして、彼はその怪物に飲み込まれないように、その脳を高速回転させていた。そして、ケイネスは一つの答えにたどり着いたのだった。

 

「──御老人、私はあなたの時間稼ぎにこれ以上付き合う暇は無い。そこをどいてもらおうか」

 

 ケイネスは己の礼装である月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を起動し、戦闘を行う姿勢を見せた。それを見るなり、臓硯はさもおかしくてたまらない、といったように笑って見せた。

 

「カカカカカ! 時間稼ぎにこれ以上付き合う暇は無い、か! ああ、確かに儂の狙いは時間を稼ぐことじゃ。お前をこの場に縫い留めることじゃ! 。

 ──じゃが、若いのう。わざわざ儂の話に付き合うとは。儂の第一の言葉が戯言だと気が付いたのは誉めてやろう。じゃが、戯言だと気が付いた時点で切り捨てておくべきじゃったのう! ほれ、やってきたぞ! セイバーのマスターが! 今、お主の妻の身を確保しているサーヴァントのマスターが! 魔術師殺し、衛宮切嗣がのう!」

 

 臓硯は己肉体を無数の蟲へと変化させると、排水溝や建物の隙間、あるいは空へと蟲たちを向かわせ、その場から立ち去った。この場にいた無数の蟲たちの気配は、ほんの一瞬にして消失し、静寂がその場を包んだ。しかし、その静けさもまた、一瞬で破壊されることとなった。

 

 ざり、と地面を踏みしめる足音を、ケイネスの耳は捉えた。その足音の主は衛宮切嗣であった。

 

「衛宮切嗣──!」

 

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト……!」

 

 ケイネスは眉をひそめ、憎しみの籠った声で、彼の名を口にした。

 そして、衛宮切嗣は、ケイネスと出会うのは全くの予想外の出来事だったようで、彼もまた思わずケイネスの名を口にした。

 

 

 なぜ切嗣がこの場にいるのか、少しばかり時間を遡って説明するとしよう。

 

 アインツベルンの城が、陳宮の手によって粉々に破壊された後、切嗣は意識を失ったアイリスフィールの体を抱えながら、拠点の一つとして用意していた武家屋敷へと向かった。そして、そこでアイリスフィールを看病し続けたのだ。そのかいあってか、彼女は太陽が昇るころになると目を覚ました。

 

「キリツグ……」

 

「アイリ!」

 

 目を覚ました彼女は、切嗣の顔を見るなり彼の名前を呟いた。そして、切嗣もまたアイリスフィールの名を呼び、彼女の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫かい? 痛みはないかい? 見たところ運よく骨は折れていないようだけれど、それでも打撲の痛みがあるはずだ。意識ははっきりしているかい?」

 

 と切嗣は心配そうな顔を浮かべながら、アイリスフィールへと問いかけた。彼女は微笑み、答えた。

 

「大丈夫よ。痛みもほとんどないわ。何だったら、もうあるけるわよ。キリツグ」

 

 彼女は布団から起き上がると、途端に立ち上がってステップを踏んだり、飛び跳ねたりして自分の体がなんともないことを切嗣に告げた。

 しかし、実際のところアイリスフィールの体は、切嗣が口にした通り打撲による損傷があり、痛みもあるのだ。しかし、彼女はホムンクルスであるため、己の痛覚を遮断して何ともないように見せていた。これは自分が重荷となり、切嗣の戦いに支障がないようにするための行為である。

 

 切嗣はほっとしたようにため息を吐いた。

 

「そうか、それなら良かった」

 

「ねえ、キリツグ」

 

 アイリスフィールは彼の正面に座り、その顔を覗き込むようにして、言葉を続けた。

 

「今、セイバーはどうなっているの? この場にはいないようだけれど」

 

「ああ……そうだね。城が破壊された後も、セイバーは無事に生きているみたいだ。僕の令呪と、セイバーとのパスはまだ繋がっているからね……」

 

 切嗣は伏し目がちになりながら答えた。

 

「セイバーはどうやら、冬木ハイアットホテルにいるみたいだ。朝から使い魔に街中を探らせていたんだ。場所は特定しているよ。……でも、僕はセイバーに何かを命じることはできない」

 

「どういうこと?」

 

 アイリスフィールは首を傾げた。

 

「令呪が機能しないんだ。おそらく、セイバーの宝具によって召喚されたサーヴァント……彼の言葉が確かなら、コルキスの女王、裏切りの魔女、メディア。彼女に細工をされて、令呪に何かしらのプロテクトをかけられている。令呪に命令権としての機能はなく、もはや魔力を送るだけのものでしかない」

 

「そんな……!」

 

 アイリスフィールは思わず絶句した。令呪というのは、サーヴァントに対する絶対命令権であり、同時にサーヴァントの反逆を防ぐような役割も存在しているのだ。しかし、命令権を失えば、サーヴァントを己の思いのままにコントロールすることは、サーヴァントとの仲が良好か、あるいはサーヴァントが召喚した主の命令を、機械的に行うような人物でもないかぎり、不可能なのである。

 そして、切嗣とイアソンとの仲は良好とは言えず、それどころかイアソンは、切嗣の令呪がまともに機能していた時でも、彼の命令を聞くことはあまりなかった。

 

 つまり、令呪による支配権を失った現在、切嗣がイアソンを思いのままに操ることは、不可能となったのだ。

 それはすなわち、実質的にサーヴァントを失った状態であり、聖杯戦争においては致命的なものとなる。

 

「……僕はもう戦えないだろう」

 

 切嗣は震える声でそう言った。

 その声には様々な感情が入り混じっていた。例えば後悔、例えば悔しさ──もう少しうまく立ち回れなかったものか、サーヴァントを失い、武器のほとんどを失い、舞弥という道具を失った状態で、聖杯戦争をこれ以上行うことはほぼ不可能だ。それは聖杯を手にする資格を失なったことを意味する。己の願望を叶える道は閉ざされたも当然だ。

 

「……サーヴァントがいなくても、マスターを狙い続ければ戦うことも可能かもしれない。それでも、サーヴァントに気付かれ、妨害なり迎撃なりされれば僕に成す術はない」

 

 それは事実だった。衛宮切嗣という人間は、これまでに数多もの戦場を渡り歩き、何人もの魔術師や人間を殺してきた。しかし、それでもサーヴァントという超常の存在と戦うことは不可能であり、戦うとなれば彼はあっという間に死亡するだろう。

 

「キリツグ……」

 

「────」

 

 キリツグはただ、ため息を吐くばかりだった。

 しかし、そのため息には彼本人が気が付いているかどうかは、不明だが安堵の感情が混じっていた。

 というのも、彼はこの世界から争いを無くし、平和にするべく今まで戦い続け、そのためならば、手段を問わない冷酷な機械として動いていた。しかし、その歯車はアイリスフィールとの出会いによって錆び付き始めたのだ。

 アイリスフィールを愛し、そして彼女と切嗣との子であるイリヤスフィールが誕生し、衛宮切嗣の機械然とした感情は、徐々に温もりと人間味を取り戻していった。

 

 ……以前の切嗣ならば、目的を果たすためならば己の妻や子であろうとも、犠牲としていただろう。しかし、現在の切嗣は違う。彼は、アイリスフィールやイリヤスフィールを失うことを恐れている。己の愛する者ができてしまい、それが彼の弱点となっているのだ。

 

 聖杯戦争に参加し、早々に舞弥という長年の相棒を失ったことにより、切嗣の感情には罅が入り始めていた。そして、その次にはアインツベルンの城が丸ごと破壊され、その内部にいたアイリスフィールの身に危害が及んだ。これによって切嗣の思考は、徐々に弱音を見せるようになっていた。

 

 己が何かを失うことに対して、恐怖を抱き始めたのだ。時には、アイリスフィールやイリヤスフィールを連れて、戦いとは無縁の、どこか遠いところに逃げてしまおうか、などと考えてしまう時もあった。とりわけ、目を覚まさないアイリスフィールの顔を見ていると、イリヤスフィールのことを連想してしまい、この一晩そのことを度々考えていた。

 

 そして、今回イアソンへの命令権を失い、実質的に己のサーヴァントを失ったことにより、衛宮切嗣は逃げ道を得ることとなった。そのため、弱気になっている彼は戦いから身を引くという思考が大きくなっていた。

 

「──アイリ、僕はこれ以上戦うことはできない。聖杯を得ることはできない。アインツベルンを裏切ることになる……逃げよう。イリヤを連れて……どこか、遠くへ」

 

「……キリツグ」

 

 アイリスフィールは、彼の顔を見た。そこには魔術師殺しとしての顔はなく、ただ怯えた気弱な一人の男性がいた。

 彼女は彼をどうにかして元気づけようとしたが、確かにこれ以上戦いを続けるのは難しいことだと、彼女自身も理解していた。そして何よりも、今の切嗣はとても危うい状態だった。舞弥を失い、サーヴァントを失った。次にアイリスフィールや、イリヤスフィールを失えば、切嗣の精神は砕け散るに違いない。

 

 ──故に、アイリスフィールは震える声で己の夫の手を握りしめた。

 

「──あなたの願いはもういいの?」

 

「……ああ」

 

「そう……分かったわ。イリヤも連れて──逃げられるの?」

 

「分からない。だけど、やってみせるよ」

 

「……」

 

 アイリスフィールは俯いた。聖杯の権限──それこそがアインツベルンの悲願だった。世界平和──それこそが衛宮切嗣の願望だった。しかし、それを叶える手段は無いのだろうか? ……少なくとも、切嗣にはこれ以上戦う意思が存在しないように見えた。

 だからこそ、アイリスフィールは己の使命を果たせなくなることと、己が切嗣の弱点となり、彼が戦いから身を引くということとの、二つの事実によって彼女は陰りを見せた。

 

「──そのように俯いてどうした? アインツベルンのホムンクルスよ」

 

 その折、間桐臓硯の声が部屋の中へと鳴り響いた。

 

「──ッ!」

 

 侵入者の存在を感知した切嗣は、即座に懐に仕舞っていた銃を抜き、アイリスフィールを守るように立ち上がった。

 臓硯は屋敷の庭に立っており、その皺だらけの顔はアイリスフィールと衛宮切嗣を嘲笑することによって、歪んでいた。

 

「戦いを辞めるか? まあ、それも良しではないか。のう、アインツベルン」

 

「マキリ……!」

 

「聖杯は儂が頂く。のうこの肉体は徐々に衰えてゆくばかり……魔術による延命にも限界がある。じゃから、儂は聖杯により不老となる。不死となる。──故に、その肉体を寄越せ。儂の願いを叶えるためにも。聖杯が必要じゃ」

 

 アイリスフィールは、臓硯を鋭い目で睨み付けた。

 

「不老不死ですって? 馬鹿馬鹿しい! マキリよ、我らの悲願を忘れたか?」

 

「忘れてはおらぬ。ことを成すには、まず肉体が必要となる。ああ、悲しや。憎しい。この時を経る度に朽ちてゆく肉体が惜しい! 故に、儂は不老不死を望む」

 

「……マキリ」

 

 アイリスフィールは臓硯の姿を見て怒りを覚え、歯ぎしりをするとともに、憐憫を見せた。願いの根本をとうに忘れ、肉体の維持を求める悲しき老人──肉体が朽ちると共に、魂が腐った生きた亡霊。それこそが間桐臓硯という老人なのだ。

 

「それ以上近づくな!」

 

 衛宮切嗣は銃口を臓硯へと向けながら警告してみせた。

 しかし、臓硯は切嗣を嘲笑しながら、一歩ずつ彼らの元へと近づいていった。

 

「カカカ、そんなもので何をするというのじゃ?」

 

 臓硯は蟲へと命令を送った。一匹の蟲が飛び跳ね、切嗣の手に持っている拳銃へと体当たりを行った。これによって、切嗣は銃を床へと落とした。これは一瞬の出来事であったが、もしも切嗣が万全の状態ならば、このような迂闊なことはしなかったであろう。しかし、今の彼はこの簡単な攻撃にも対応が遅れるほどに弱り切っていた。

 

「やれ、儂の蟲どもよ!」

 

 彼の命令により、大量の蟲が切嗣たちのいる部屋へとなだれ込んだ。切嗣はあちこちを飛び交ったり、這ったりする蟲たちを手で払いながら、アイリスフィールを守ろうとした。しかし、大量の蟲の妨害により体を思う様に動かすことはできなかった。

 

「キリツグ!」

 

「アイリ!」

 

 アイリスフィールの悲鳴が聞こえると、切嗣は叫んだ。しかし、それでも彼は何もできなかった。

 ──気が付けば臓硯と、蟲たちの姿は消えており、アイリスフィールの姿もまた、どこにもなかった。彼女は臓硯の手によって攫われたのだ。

 

「アイリ──ッ!」

 

 切嗣は悲壮な声で叫び、アイリスフィールを探そうと街中へと飛び出した。──そして、彼は街中を宛てもなく彷徨っていた。間桐の屋敷には間桐鶴野がおり、彼を拷問して間桐臓硯とアイリスフィールの居場所を聞き出したが、鶴野は何も知らず徒労となった。屋敷で臓硯の帰宅を待つにしても、臓硯が別の場所に拠点なりを確保しており、そこに移動していた場合は迎え撃つこともできない。故に、衛宮切嗣はアイリスフィールを探し出そうと、街中を駆け回るしかなかったのだ。

 

 そして、その姿を間桐臓硯は影から監視しており、彼がケイネスと出会うように、ケイネスを足止めしていたのだ。

 

 ──間桐臓硯の策略により、ケイネスと切嗣はお互いに出会ったのだ。

 

 そして、ケイネスは戦闘を選択した。己と切嗣が戦う様に、誘導していたのは臓硯の策略によるものなのだろう。しかし、ケイネスとしては彼と戦わないという選択肢は無かった。なぜならば、彼はイアソンのマスターであり、彼を殺し、イアソンへの魔力の供給を停止させれば、イアソンは消滅し、ソラウを救うことができるのだから。

 例え臓硯の策がどのようなものであろうとも、目の前の魔術師に負ける気はないし、策を打ち破ってやろうとも思っていた。

 

「──衛宮切嗣、と言ったか。私から告げることはただ一つだ。死ね。ただただ死ぬが良い。ソラウを危機から救い出すためにも」

 

「待て──! 僕は……!」

 

 衛宮切嗣はこの場でケイネスと戦う理由は存在しなかった。しかし、それでも交戦はもはや回避することはできないようだった。ケイネスはすでに戦闘態勢へと入っており、逃げることもできないだろう。であれば、ここでケイネスを倒し、アイリスフィールを探すのが手っ取り早いだろう。

 

 ケイネスは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を起動し、衛宮切嗣は懐に仕舞っていた銃を手に取った。

 

 水銀は鞭のようにその形状を変化させ、衛宮切嗣へとその脅威を振るった。

 引き金が引かれ、銃口から一発の鉛玉がケイネスへと飛来した。

 

 こうして、二人の魔術師は戦闘を開始した。




 次回の更新は今週の日曜日!!! つまり11月10日までに更新!!! 大丈夫! ちゃんと予告通りに更新しますので!!!!!!

 あ、ちなみにこの話で文字数が10万文字超えます。ちょっとしたラノベ並みですね。褒めて!
 もうちょっとでこのお話も終わるので! 鬼滅の刃とFGOのクロス書きたい!!!


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第17話

何か地の文ばっかになってしまいました。申し訳ない。切嗣とケイネス、両方とも戦闘であまり話すようなキャラじゃないのが悪いよー!!!!

※起源弾の設定について間違えていたので、文章を修正しました。それに伴い、切嗣の腕が切断されることはありません。(11月30日)



ケイネス・エルメロイ・アーチボルトという魔術師は天才そのものであり、時計塔においては政治や研究といった分野において、その才を存分に発揮し、若くしてロードという地位にまで登り詰めた、まさしく神童といった評価が相応しいほどの実力を持っている。

 

 そして、その才能は戦闘においても遺憾なく発揮されており、その実力はそこらの魔術師では到底太刀打ちできないだろう。

 その証拠として、彼が文字通り片手間で作り出した魔術礼装、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は万能の機能を秘めており、その形状を自在に変化させる水銀は、ありとあらゆる種類の攻撃を行うことができるし、その防御力もかなりのものである。それだけではなく、移動や索敵といった役割を果たすことも可能であり、その性能は片手間で作った礼装の範疇を超えている。

 

 そして、現在ケイネスはその才能を遺憾なく発揮し、衛宮切嗣という一人の男を殺すことに全てを注いでいた。

 

 当然であろう。間桐臓硯の手によってこの状況が作り出されたとはいえども、今切嗣を殺せば、彼のサーヴァントは現世で活動するための魔力を失い、消滅するのだから。切嗣を殺すというのは、ケイネスの妻であるソラウを救い出すことと全くの同義なのである。

 それに、彼はケイネスが遠坂時臣と決闘を行っている際、あろうことか横やりを入れて、しかもライフルという非魔術的な武器を用いて、時臣を行動不能に陥らせたのだ。

 

 故に、ケイネスは全身全霊を以て切嗣を殺すべく、戦うのである。

 

 その様子といったら、まるで一匹の手に付けられない凶暴な猛獣が暴れているかのようだった。水銀は鞭や槍、剣など様々な形状へと変化し、切嗣へと襲い掛かった。切嗣が逃げ隠れすれば、辺り一帯にある隠れられそうな木々を切り裂いていった。

 

 現在彼らが戦っている場所についての説明をしていなかったため、失礼ながら今どのような場所なのかをここに書き記すとしよう。

 港から少しばかり離れた位置にある、ちょっとした雑木林に囲まれた広場のような場所で、切嗣とケイネスの両名は戦闘を行っている。

 

 切嗣は雑木林の木々を攻撃からの盾、あるいは隠れるための障害物として活用しながら、林の中を走って移動しつつ、ケイネスの隙を伺っていた。

 しかし、今の切嗣は反撃を行うようなことは、あまりしなかった──いや、できないのだ。

 

 というのも、主な装備はアインツベルンの城にて保管されており、その城が粉々に砕け散った今、切嗣はまともな装備をしていなかった。

 これが万全ならば、トラップを無数に張り巡らせ、火力の高い銃をいくつも放つこともできただろう。しかし、現在の彼の手持ちにあるのは、服の中に隠すことのできる小銃数艇のみだった。

 それに、ケイネスの苛烈なる攻撃を前に、切嗣は銃を手に取り、狙いを定めて引き金を引くという行為を行うこともできずに、逃げ続けるだけで精一杯だったのだ。

 

「虫のように逃げ回るか! 衛宮切嗣!」

 

 ケイネスは吠え立て、切嗣目掛けて水銀による攻撃を行った。彼の足元にまとわりつく水銀は、形状をや槍のように変化させ、切嗣へと向かっていった。その速度たるや、拳銃から放たれた弾丸と同等か、あるいはそれ以上のものだった。

 常人ならば避けることはおろか、認識することも難しいその攻撃を、切嗣は素早い動きで回避してみせた。

 

 しかし、それは固有時制御という衛宮家の秘伝である、時間操作の魔術による働きだった。体内の時間を加速させることによって、2倍、3倍もの素早さで動くことが可能となっていた。だが、その魔術を行使した後は、操作した時間とのつじつまを合わせようとする、世界からの修正力によって反動が生じるため、肉体にそれ相応の負荷が発生するという代償が存在する。

 

 そのため、戦闘においては非常に有効だが、易々と行使できるような魔術ではないのだ。しかし、現在の切嗣は、その魔術を連続して使用せざるを得ない状況に置かれていた。

 ケイネスの暴風雨の如く激しく、素早い攻撃を前に、切嗣は逃げ続けることしかできなかったのだ。

 

「──くっ」

 

 切嗣はこの状況に歯噛みした。

 装備からして不十分だというのに、この戦場の地形も切嗣にとっては非常に不利だった。雑木林に生えている木々は細く、攻撃から身を守るのには不十分なものだし、隠れるのにもあまり適していない、ほとんど開けた地形であるため、ケイネスの自在に動き、変化する水銀が相手では非常に不利となっている。

 それに、切嗣自信も正面戦闘よりは、狙撃や罠などの暗殺という形式による攻撃を得意としているし、ケイネスとの戦闘能力を比べると、切嗣は数段劣っている。

 

 このまま逃げ続けても、いずれ限界が来るだろう。切嗣が逆転できる唯一の手段といえば、トンプソン・コンテンダーから放つ銃弾──彼の骨を削って造り出した起源弾による攻撃ぐらいのものであった。

 しかし、そのとっておきを放つにしても、この水銀の猛攻を前にしてどうにか攻撃ができる隙を伺わなければならないのだ。障害物といえば細い木々ぐらいしかなく、身を隠すこともできないこの場所では切嗣が攻撃することができる隙を用意するのは、非常に難しいことだった。

 

 次々と襲い掛かる水銀の刃や鞭を回避し続け、ケイネスへと銃を放つことができるその一瞬が存在しないのだ。

 切嗣はどうにかしてその瞬間を生み出そうとしているが、今は逃げ続けるだけで精一杯だった。

 

「──さあ、そろそろ仕舞いにしようか」

 

 とケイネスは処刑人然とした冷酷な態度で、死刑宣告を行った。

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)はその形状を無数の触手へと変化させ、降り注ぐ雨を思わせるほどの密度で切嗣目掛けて、次々と攻撃を仕掛けた。

 

 切嗣はその攻撃を、固有時制御による加速で回避を行った。走ったり、木を蹴って飛んだりして、林の中の空間を上手に使い、三次元的な動きを見せていた。

 しかし、固有時制御による代償による痛みが、切嗣の肉体を蝕んでおり、その痛みは徐々に凄まじいものとなり、鼓動は激しくなり、汗が大量に流れ始めた。それによって切嗣は一瞬気を取られた。その一瞬が致命的となり、とうとう切嗣は水銀による一閃をその身に受けてしまった。

 

 腹部を切断された切嗣は痛みによって地面に転がった。

 ケイネスは地面をのたうち回る切嗣の元へゆっくりと歩み寄ると、冷酷な眼差しで彼を見下ろした。それは戦いはケイネスの勝利で終わり、あとは衛宮切嗣という魔術師の風上にも置けない男を処分する時間となったことを示していた。

 

「さて、衛宮切嗣よ。死んでもらおう。貴様は我が妻に手を出し、あまつさえ遠坂殿との決闘に銃などという薄汚れたモノで、横やりを入れた! これは断罪だ。これは天誅だ!」

 

「……」

 

 切嗣はのたうちながらも呼吸を整えようとした。しかし、現在彼の肉体は限界に達していた。心臓の鼓動は血液がはち切れんばかりに波打ち、筋肉はその繊維が千切れ、脳は熱によってその機能を十全に果たすことはできず、一瞬でも気を抜けば彼の意識は闇の中に落ちるほどだった。

 

 しかし、それでも尚彼は意識を懸命に保ち続けていた。それは偏にアイリスフィールの身を案じてのことだった。一刻も早くこの強敵を倒し、アイリスフィールを探し出さなければならないのだ。ここで死ぬわけにはいかないのだ! 

 

「──さあ、死ぬがいい! 魔術師の名を汚す愚か者め!」

 

 ケイネスは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を鋭い刃へと変化させると、それで切嗣の首を切断するべく振り下ろした。

 

 ──己の首を跳ね飛ばす刃が迫るのを、切嗣は視界に捉えた。

 

 処刑寸前の衛宮切嗣が抱いた感情は絶望か? あるいは悲観か? はたまた諦観か? ──否、そのどれでもなかった。衛宮切嗣はこの時をずっと待っていたのだ! そう、己が銃を握りしめ、弾丸を放つことのできるこの一瞬を! 

 

 衛宮切嗣は刃が己の首元へと降りかかるその刹那の瞬間、今まで幾度も繰り返してきた銃を手に取り、その引き金を引くという行為を機械的に、正確に、素早くやってのけてみせた。

 トンプソン・コンテンダーの銃口から、一発の弾丸が放たれた。その弾丸こそが、衛宮切嗣の切り札であり、彼を魔術師殺したらんとする必殺である。

 

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は非常に優秀な魔術礼装であり、音速で飛来する弾丸の存在を察知すると、己の主であり、創造主であるケイネスを守ろうとするべくその形状を変形させ、水銀の盾を作り出した。

 しかし、その行為は意味を成さないのだ。たとえ──月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の盾がどれだけ頑丈であろうが、どれだけの反応速度を持っていようが、衛宮切嗣の放つ起源弾がその礼装に触れた瞬間に、全てが終わるのだから。

 

「──ハァ……」

 

 衛宮切嗣は小さな吐息を吐き出した。

 それは偏に安堵によるものだった。水銀の刃はまさに紙一重といったところで、切嗣の首元でその動きを停止させていた。つまり、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)はその機能の全てを停止させ、硬直を見せていた。また、ケイネスも同じように体を硬直させていたが、それはほんの一瞬のことだった。 

 

 次の瞬間には、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は崩壊し、ケイネスは突如全身に走った痛み──すなわち魔術回路が無茶苦茶に引きちぎられ、破壊されるという魔術師にとっては想像を絶する痛みによって、倒れ伏し恥も外聞もなく、四肢をじたばたと動かし、目を見開き、叫び始めた。

 

 起源弾──それは衛宮切嗣の骨を削り、作り出した特殊な弾丸である。

 衛宮切嗣の持つ起源は『切断』と『結合』であり、魔術師に対してこの弾丸が放たれると、その魔術師が持つ魔術回路は粉々に切断され、そして何の規則性もなく、無茶苦茶な形で結合される──機械で例えるのならば、それぞれの役割を持つコードや電子回路が引きちぎられ、全く別の役割を持つコードと繋ぎなおされるようなものだ。そうなれば、その機械は機能を存分に発揮することができなくなる。

 つまり、この弾丸を受けた魔術師の魔術回路は破壊され、その機能を存分に果たすことができなくなるのだ。

 

 衛宮切嗣はこの弾丸を今まで37発放ち、37人の魔術師を全て葬ってきた。まさしく必殺の弾丸なのだ。

 

「……」

 

 切嗣は地面に倒れ伏し、未だに悶えるケイネスを見下ろした。

 こうなってはケイネスは魔術を使用することもできないし、その肉体を十分に動かすこともできなくなるだろう。しかし、まだ彼は生きており、魔術回路が破壊されたといっても、サーヴァントとの契約が途切れたわけでもなかった。

 故に、聖杯戦争の参加者としては未だに敗北していないのだ。

 

 しかし、切嗣はケイネスを一瞥するだけであり、手を下すことはなかった。

 

 いつもの冷酷な殺人機械たらんとする切嗣ならば、容赦なくケイネスの脳を撃ちぬいていただろう。しかし、この時の切嗣はアイリスフィールの身を案じ、精神的に疲労していたのだ。故に、彼はケイネスの命を奪うことより、間桐臓硯に連れ去られたアイリスフィールを見つけることを優先したのだ。

 

「とんでもない足止めをくらった……アイリ、無事でいてくれ!」

 

 切嗣は簡単な傷の手当てを行い、出血を止めると、痛みを訴える肉体に鞭を打ち、その場から立ち去った。

 

 

 

 聖杯戦争というのは、何もサーヴァントのみが戦うわけではない。そのマスターである魔術師が戦闘を行うときもあるのだ。

 マスターが死ねば、魔術の供給を得て現界しているサーヴァントも消滅する。故に敵のマスターの命を狙うというものは、不自然な行為ではない。 

 

 マスターとの戦闘において注意すべきなのは、マスターが不利に陥った際、令呪という絶対命令権を使用し、サーヴァントを転移させることができるという点であろう。いくら実力のある魔術師とはいえども、サーヴァントという、規格外の存在に勝利することはまず不可能である。

 

 この冬木の地に存在する魔術師はなにもサーヴァントのマスターだけではない。舞弥がその良い例だろうか。切嗣と共に敵のマスターを屠ろうとしていたのと同じように、サーヴァントと契約こそしていないものの、暗躍する人物は存在するのだ。

 

 間桐臓硯は暗闇に潜みながら、切嗣とケイネスとの戦闘を観察しており──決着が付くと、その表情に醜悪な笑みを浮かべた。

 

「衛宮切嗣の勝利か。アレを今殺すか? 否。それは愚策じゃのう。ヤツは未だ余力を残しておる。令呪を使ってサーヴァントを呼ばれたら叶わん。しかし、もう片方の小僧などああなっては赤子の首を捻るより容易いであろうな。ああなってはもはや何もできまい! 両方殺すなど以ての外。他のサーヴァントに対抗できなくなるからのう」

 

 ──間桐臓硯は悪辣な存在である。蟲の如く影に潜み、獲物を喰らうその期を刻々と狙っているのだ。





臓硯おじいちゃんは切嗣が令呪を使えない状況に陥っていることを知りません。

次回の更新は来週の日曜日、つまり11月17日です。……更新できなかったら、ポケモンに夢中になっていると思ってくださいな!!


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第18話

 投稿遅れました。申し訳ありませんっ……!
 いやね? 任天堂がポケモン剣盾出したり、steamがセールとかやるから、ついついゲームばっかりやってたんです作者は悪くないゲームを出す方が悪い申し訳ありません!!
 あとVtuberというかバ美肉始めました。詳しくは作者のマイページとか、活動報告とかにYouTubeとか、Twitterとかのリンクがあるので、そこからいい感じによろしくお願いします。
 
 そしてとうとうこの時が来てしまいましたね……! FGO、第二部第五章配信開始しました。作者はまだやってません。正直、ギリシャが来る前に完結させたかった……怠けてた代償がががが!

 一つお知らせというか、宣言というか、読者の皆さんに知ってほしいことが一つ。
 この小説完結するまで、ギリシャ行きません。五章やりません。
 というのも、いざギリシャ行って、登場人物のイメージとか、設定とかの齟齬が生まれると、作者頭を抱えてしまうからです。なので、作者の精神の安全のために、この小説が完結するまでギリシャやりません。

 まあ、あと10話くらいで完結しますので、年内には終わらせたいです。投稿ペースどんどん上げていきますよ!!

 長々とすみません。本当に……長い前書きが嫌われるっていう意識はあるんですけど、ついつい書いてしまう……では、本編をお楽しみください!




 ケイネスの令呪によって、ソラウの元へと転移したガレスが最初に見た物は、意識を失ってベッドに横たわるソラウの姿だった。

 その彼女の姿を目にしたガレスは、ソラウをこのような目に合わせた下手人への怒りが込みだし、すぐさま己の背後にある複数の気配──すなわちソラウを襲った下手人であり、己の敵である存在を感じ取り、敵意と殺意とを発しながらイアソンとメディアを睨み付けた。

 

「なるほど、そういうことですか!」

 

 ガレスは瞬時にして周囲の状況を理解し、己がなすべきことを理解した。すなわち──ソラウを助け出し、この場から逃げ出すことである。騎士として戦ってきた経験と、培われてきた勘により、混乱するようなことは一切なくこの答えを導きだしたが、同時にそれがとても難しいということも、騎士としての経験と勘が告げていた。

 

 というのも、この部屋及び階層には、メディアが仕掛けた結界や、魔術的なトラップがあり、強固に守られた魔術要塞から逃げ出すという行為自体が至難の業だったし、何よりもイアソンが率いるヘラクレスという、この聖杯戦争において最も強い腕力、膂力、武力を誇る怪物の如き英霊が立ちはだかるのは間違いない。

 神代の魔女による結界を潜り抜けながら、ヘラクレスという怪物を前に、ガレスがソラウを庇いながら逃げなければならないのだ。

 

「お前は──!」

 

 イアソンは、ガレスがこの場に転移を行ったのを認識すると、この突然の出来事にうろたえながらも、この侵入者を始末するための行動へと出た。すなわち、ヘラクレスにガレスの始末を命じたのだ。

 

「ヘ、ヘラクレス! あのサーヴァントを追い払え!」

 

「■■■■■■──ッ!」

 

 イアソンの命によってヘラクレスは、この冬木ハイアットホテルのスイートルームの中で、そのはち切れんばかりの筋肉で構成された巨体を実体化させ、あまりの迫力と、その声の大きさによって地震が発生したと思わせるほどの咆哮を放った。

 しかし、ガレスはこの強敵を前に戦う素振りを一切見せず、ヘラクレスが現れる瞬間には己の背後にあるベッドの上で、気を失っているソラウを抱きかかえてこの部屋から、廊下へとまさしく神速の如き速度で飛び出して行った。

 

「ヘラクレス、追え! あんな女などどうでもいいが、この私が過ごすこの部屋に侵入したという時点で、脅威であり大罪だ! ああ、だがあまり物を壊すなよ? 仮にもここは私の寝室となる場所なのだ。風穴を開けられてはたまらん!」

 

「■■■■■■!」

 

 ヘラクレスは、イアソンの言葉に承知したと言わんばかりに、叫びガレスの後を追いかけ、廊下へと飛び出して行った。

 

「ええい、メディア! お前の結界はどうなっている? アレは恐らく令呪による転移だろう? そのぐらい防げたのではないか?」

 

「申し訳ありません、イアソン様」

 

 イアソンの問いかけにメディアは答えた。なるほど彼女ほどの魔術師ならば、いかな令呪による転移であろうとも、侵入を防ぐこともできるだろう。

 

「何せ、この拠点を確保したのはつい先ほどですから……あらかた結界は張り終えましたが、それでも十分という訳ではないのです。転移を防ぐといった、強力な効果を発揮する結界の施術は、まだしばらく時間がかかります」

 

「……そうか。まあいい! フン、私にはヘラクレスがいる。そもそもアイツがここを守っていれば、侵入者など一捻りだからな! ああ、だがメディア。何もお前の仕事がないというわけではないぞ? ヘラクレスばかりを働かせるわけにはいかないからな。引き続き結界の設置をしておけ」

 

「了解しました。イアソン様」

 

 さて、注目すべき戦い──もとい、ガレスの逃亡戦に目をやるとしよう。

 

 あるとあらゆる戦いに言えることだが、逃げる側と追いかける側、どちらが有利かと問われれば、やはり逃げる側、すなわち撤退する方に軍配があがるだろう。

 というのも、逃走する方は己が逃げ切れるように、どの道を選ぶのか、どのような場所を移動すればいいのか、そしてどのような行動を取るのか、そういった選択肢を自由に取ることができる。しかし、追いかける側となれば、そうはいかないだろう。逃走する人物がどこへ逃げるのか、どの方向へと逃げるのか、そうしたことを予想しながら、追いかけなければならないのだ。すこしでも予想が外れれば、翻弄され逃走者の姿を見失うこととなる。

 さらに言えば、これらの事実から逃走する方には精神的な余裕があることが多いし、追跡するほうには余裕がない方が多いだろう。

 

 では、今回の戦いはこの法則に当てはまるのか、といえば少しばかり微妙なところであった。

 というのも、戦場はホテルの廊下であり、あまり入り組んでいないものの、ヘラクレスの巨体にとっては狭い場所であり、ある程度移動を阻害されるような場所であった。故に、ヘラクレスは高速で自在に移動することはできなかった。イアソンから下された物を壊すな、という指示もまたヘラクレスの動きの鈍さに拍車をかけていた。

 

 かといってガレスに余裕があるわけではなかった。ガレスはソラウを抱えて移動しており、もしも生身のソラウがヘラクレスの攻撃を喰らってしまったのならば、その肉体はほんの一瞬で粉々に砕けてしまうであろう。

 故に、ガレスはヘラクレスの攻撃を一撃でも、受けるわけにはいかず逃げなければならなかった。それに、彼女の鎧もまたバーソロミューとの戦いによって砕けてしまったため、彼女自身もヘラクレスの攻撃を受ければ、無事では済まないだろう。それ故に、ガレスには逃走者が抱く、あるていどの精神的な余裕はなかった。

 

「ふうッ……一刻も早くこの建物──あの巨人から離れなければなりませんね!」

 

 ガレスはソラウを抱えながら、後ろから迫り来るヘラクレスを見た。

 ガレス自身、前にヘラクレスと戦闘を行った時は、まさしく手も足も出ない状態であり、どうにか死なないようにするというだけで精一杯といった状況であった。それほどに、ガレスとヘラクレスとの間には大きな実力差があるのだ。

 しかし、ガレスはヘラクレスと戦うのではなく、逃げるのが目的であった。このホテルの廊下の狭さによって、ヘラクレスの行動を阻害できているからこそ、今のガレスはソラウを抱えて逃げ切ることができているのだ。それ故にガレスはホテルの一階を目指すために、非常用の階段を探しだし、そこから下の階へと降りることを選択した。

 

「確か、こっちの方に階段があったはず──! そこから下へと降りれば、一般人がいる階層になる。そうなればあちらも追ってこない……と願いたいですね!」

 

 ガレスは廊下を走り続けた。設置された、メディアによる魔術によるトラップが発動し、ガレスへと襲い掛かった。しかし、ガレスは持ち前の対魔力により、ソラウを庇いつつその攻撃を全て跳ね返してみせた。

 今のガレスはヘラクレスから逃げるために、必死であったためその足を止めるわけにはいかなかった。

 

 そしてとうとうガレスは非常階段へとたどり着き、すぐさま下の階を目指し階段を駆け下りた。

 この非常階段は天井が高く、幅もそれなりにあるため、ヘラクレスの巨体もある程度自由に動くことができる広さを持っていた。

 故に──今まで狭い廊下で阻害されていたその動きを晴らすかのように、ヘラクレスはその巨体を思う存分に振り回しはじめた。

 

「■■■■■■■──!」

 

 ヘラクレスは巨大な石斧を振り回し、階段の段差を粉々に砕きながらガレスへと突進を行った。

 ガレスはソラウを抱えて居るから、反撃をすることができないため、ただ避けるしかなかった。彼女はとっさに階段の踊り場から、下段の踊り場へと飛び降り、その直後に先ほどまで彼女が居た踊り場が粉々に粉砕された。

 その際に発生した衝撃と風圧により、ガレスは吹き飛ばされ、その体を壁に叩きつけた。その際彼女は思わずソラウの体をその腕から離してしまい、気絶したソラウは床へと落下した。幸いというべきか、頭を打ったり体の骨を折ったりするようなことはなかった。

 

「ソラウ──ッ! くっ、申し訳ありません!」

 

 ガレスは体中に迸る痛みに耐えながら、床に横たわるソラウを見やり、彼女の安否を確かめるとすぐさま目線をヘラクレスへとやった。

 

「ヘラクレス──このままでは、逃げることは難しいでしょうか……!」

 

 ガレスはこれまで戦わずに逃げることのみを考えていたが、この状況下では非常に難しいと判断し、考えをあらためることにした。つまり、ヘラクレスと戦い、彼をどうにかして倒すか、足止めをするかしなければならないと判断したのだ。

 ガレスは意を決すると、目の前に立つ鉛色の巨人を睨み付け、手元に己の武器である巨大な馬上槍(ランス)を実体化させ、その柄を力強く握りしめた。もう片方の手には、巨大な盾を構えてみせた。

 鎧はバーソロミューとの戦いで砕け散ったが、槍と盾だけは残った──この二つの武具こそが、ガレスの武器にして防具なのだ。

 

「──う、ん」

 

 ガレスは今にもヘラクレスへと飛び掛からんとし、ヘラクレスもまたそれを迎撃するべく待ち構えていた──ガレスとヘラクレスが行動を開始する直前の、僅かに生じた静寂の時間のなかソラウはうめき声を漏らし、その目を開いた。

 地面に叩きつけられた衝撃によるものなのか、メディアの手によって奪われていた意識を取り戻したのだ。

 

 ぼんやりと未だ目覚め切らない様子だったが、そういったまんじりともしない調子は、目の前で繰り広げられている光景を目にすると一瞬で消え去り、彼女の脳は高速回転を始め、意識は完全に覚醒した。

 

「やぁぁぁぁぁあっ!」

 

「■■■■■■■■!」

 

 彼女を驚かせ、目を一気に覚ましたその光景が、ガレスとヘラクレスとの戦いであるということは、言うまでもないだろう。

 ヘラクレスが石斧を一振りするだけで、その場の大気が叩きつけられて震え、撹拌されることによって衝撃波が生み出され、階段や壁を粉々にしていった。ガレスも負けておらず、その己に向けられた攻撃を回避すると、槍を振り回したり、あるいはヘラクレスの体へと突き刺したりといった具合に応戦している。

 

 彼らは戦う場所を次々と変えていた。階段を破壊しながら、階下へと落下する瓦礫を足場とし、上へと跳躍したり、あるいは壁を蹴って下方向へと跳躍したりと、四次元的な空間を自在に移動しながら戦っていた。

 

 ソラウはこの聖杯戦争において、サーヴァント同士の戦いは使い魔を通じて見ていたが、こうして実際に目の前で、直にその戦いが繰り広げられるとなると、離れたところから使い魔を介して見る映像とは迫力が全く違うものとなっていた。

 

「──ッ」

 

 彼女は固唾を飲んで、目の前で繰り広げられている戦いを見つめた。つまりその迫力に彼女は圧倒し、戦慄しているのだ。現在、ヘラクレスはソラウは眼中にないのか、ガレスのみを狙い攻撃し続けており、またガレスはソラウが目覚めたのに気が付いてはいるものの、彼女に言葉をかけるような余裕は一切なかった。

 ガレスは元から気絶したソラウに被害が及ばないような場所を選び、移動し、戦っているためソラウへと戦闘の余波が降りかかることはなかった。

 

 ヘラクレスとガレスとの激しい戦いは、時間にしてほんの数分にも満たなかった。何事であろうとも終わりがあるように、その戦いにも終わりが訪れることとなるのである。

 

「──ぬぐぁッ!」

 

 これまでガレスはヘラクレスの攻撃をどうにか回避し続けてきたが、とうとう石斧による一撃を受けてしまい、吹き飛ばされたのだ。今ソラウが居る場所よりも上の階で戦っていたガレスは、その身で階段を砕きながらソラウが今立っている踊り場へと落下した。

 

 幸いというべきか、彼女はヘラクレスの攻撃は、盾を使用して防いだため致命傷となるような状態ではなかった。しかし、それでも現在の彼女はバーソロミューとの戦いにより、鎧を失っているため、生身で受けたも同然の衝撃が彼女の全身に襲い掛かっていたし、階段をその身で砕いたときの衝撃もやはり凄まじいものだった。

 骨は何か所も砕け散り、内臓も潰れていたりと、致命傷ではないものの存分に動くことのできない状態となっていた。

 

「ランサー! 大丈夫?」

 

 ソラウはガレスの元へと駆け寄り、床に倒れ伏す彼女の身を起こした。

 

「酷い怪我──私の治癒では、完全には治せないわね……治癒を施しても、雀の涙程度にしかならないわ」

 

「ぐ……ははは、この程度どうということはありませんよ! それよりも──」

 

 ガレスはよろよろと立ち上がり、上を睨み付けた。

 ガレスに二撃目──すなわち止めを刺すべく、ヘラクレスが上方から降りてきたのだ。彼は階段を失い、ほとんど空洞の塔と化したこの非常階段の壁を蹴ることによって、この空間を自在に移動しているのだ。そして、その巨体は猿のように素早い動きで、ガレスへと接近していた。

 

「アレをどうにかしなければいけませんね!」

 

「ランサー、壁を破壊して飛び降りることはできないの?」

 

「可能です。ですが、それだとヘラクレスも追ってくるでしょうし、外はただ広い空間になります。あの巨体の動きが制限されるこの場所だからこそ、私はある程度戦うことが可能なのです。外に出るということは、あの巨体の動きに自由を与えるのと同じですからね……

 外にでるにしても、それは足止め──つまりヘラクレスを一度倒すなり、足を折るなりして、その間に遠くに逃げ切ることが出来るときのみですね」

 

「そう──」

 

 ソラウはこのホテルから脱出するには、あのヘラクレスを倒すしか道は無い、ということを理解した。一般人がいる階層へと逃げるという選択肢もあるが、それをするのには魔術の隠匿の問題や、一般人を巻き込まないという保証がないため、ソラウの魔術師としての本能がそれを否定していたし、ガレスもまた一般人を巻き込みたくないため、戦いの場をこの非常階段から移すことができないでいた。

 

 故に、残された選択肢といえば、やはりヘラクレスを足止めするか、あるいは倒すなりして、この場から素早く逃げ出すのみなのである。

 

 このたった一つの選択肢を遂行するのは、非常に厳しいだろう。しかし、それでもやらなければならないのだ。故に、ソラウは魔術回路を励起させ、ガレスに治癒魔術を施しながら、あらん限りの声で叫んだ。

 

「ランサー! お願い! ここから逃げ出すわよ! どうか、負けないで!」

 

「ええ──はい、承知しました! もちろん、我がマスターから貴女を守れと命じられているのですから! さあ、さあ! いざ、いざ! 円卓の騎士の名に恥じぬ戦いを! この難関、見事突破してみせましょう!」

 

 ガレスはソラウの叫びを聞くと、微笑み、意気込んでみせた。

 彼女は生前のことを思い出していた。

 

(──ああ、思い出しますね。あの時も、こうでした。リネットが私の後ろにいて、目の前には得難き難敵。赤の騎士、アイアンサイドとの戦い。今のように、追い詰められていて、ボロボロになっていましたね。そんな折、リオネットが私に声を掛けたのです。頑張れ、と──! 不思議と力が湧いて、戦い続けて、勝利することができたのでしたね!)

 

「■■■■■■■■■■■■■!」

 

 ヘラクレスは咆哮し、ガレスへと迫る。それをガレスは歯をむき出しにし、こちらもまた咆哮に近い声で答えてみせた。

 

「ゆくぞ! ヘラクレス──ッ!」

 

 ガレスは踊り場から跳躍し、こちら側へと落下してくるヘラクレスへと向かっていった。

 彼女の肉体はほとんど限界に近かったが、ソラウの治癒魔術によってどうにか動かすことができる状態だった。それを抜きにしても、今のガレスの全身には不思議と力が籠っていた。

 

 ガレスは身を小さく丸め、盾を前面に突き出した。これによって、ガレスの全身は盾に完全に隠れることとなった。唯一はみ出しているものといえば、巨大な槍ぐらいだった。

 ヘラクレスは、その行為にどのような意味があるのかは考えず、己の剛腕で全てをねじ伏せると言わんばかりに、石斧を振るった。

 

 その瞬間、ガレスは盾を突き出した。そして、ヘラクレスの石斧はガレスの盾を弾き飛ばした。しかし、これこそがガレスの狙いだったのだ。

 ヘラクレスは盾を弾き飛ばした後も、攻撃を加えようとしていたが、その体を一瞬硬直させた。

 

 なぜならば、ヘラクレスの目の前にいる人物の姿は、先ほどまで戦っていたガレスのそれではなく、イアソンのものだったのだ。

 これはガレスが持つ宝具、変身の指輪によるものだった。ガレスはヘラクレスとイアソンとがどのような関係なのかは、さっぱり分からないが、この姿になりヘラクレスの動きを止めることができないだろうか、と考えたのだ。

 このたくらみは見事成功した。ヘラクレスは狂化スキルにより、正常な思考ができずにいた。それ故であろうか。明らかにガレスが変身したと分かっていても、その姿を前に攻撃をほんの一瞬だけ躊躇ってしまった。

 

 そして、ガレスは生じた刹那の瞬間を見逃さなかった。

 

「今こそ勝機なり! 我は狼! 我が槍は全てを貫く必殺にして必滅の牙なり! 貫け! 『猛り狂う乙女狼(イーラ・ルプス)』!」

 

 ──サロメとの戦いで説明したが、今再び彼女の宝具について説明するとしよう。

 それはガレスという一人の騎士が生前に振るった猛槍(もうそう)そのものである。数々の手ごわい敵は全てこの槍と、持ち前の技量で勝利を収めたのである。これは彼女の技量と猛烈な槍捌きそのものが、強烈な連撃として宝具となったものである! 

 

「でりゃあああああああっ!」

 

 ガレスはヘラクレスへと目掛けて次々と槍を振るった。しかし、その槍の連撃はヘラクレスの強固な肉体──十二の試練(ゴッドハンド)を傷つけることはなかった。これにガレスは歯噛みするが、それでも尚続いて攻撃を加え続けた。

 

 しかし、ヘラクレスもただやられているばかりではなく、石斧を振るって反撃を行った。

 ガレスの槍とヘラクレスの石斧が交わうたびに、轟音が生じ、衝撃が辺りを破壊しつづけた。今更のことではあるが、いくら人の寄り付かない非常階段とはいえども、ここまで激しい戦闘が行われていても、ホテルの従業員なり、止まっている人が様子を見にきたりするようなことはなかった。これはメディアの魔術によって誤魔化されているためである。ホテルの中に居る人間が感じる衝撃や振動、物音は地震か、あるいは強風によるものだと思い込まされているのだ。

 

「おりゃああああああっ!」

 

 この激しい武器とのぶつかり合いにもとうとう終わりが訪れた。ガレスは最後の一撃に、己が持つ槍──マーリンから授かった槍であり、この槍にはあらゆる魔術的な加工がなされており、ただの槍ではなく魔槍といっても差し支えないほどの逸品となっている──これに込められた魔力を攻撃へと使用することによって、あらゆるものを貫き、粉砕する強烈な一撃となるのだ。

 その様はランスロットの宝具、縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)に非常に類似していた。というよりは、ガレスがそれを再現した一撃というべきであろうか。

 

 その一撃は、ヘラクレスの持つ石斧を砕いてみせた。そして、ヘラクレスの肉体に傷を付けることこそは叶わなかったが、その巨体に衝撃を与え、叩き伏せてみせた。

 ヘラクレスの体は下へと吹き飛び、階段をいくつも砕きながら階下へと落下していった。

 

「やったのね? ランサー!」

 

 その様子を見たソラウは、歓喜の笑顔を浮かべてみせた。

 

「ええ、ですが早くここから脱出するとしましょう。倒した訳ではありませんから! さあ、体を抱えますよ。失礼しますね!」

 

 ガレスはソラウを抱きかかえると、壁を破壊してホテルの外へと脱出し、素早くホテルから飛び降り、一目散にこのホテルから離れていった。

 ヘラクレスは、その後開いた穴からガレスとソラウの姿を探したが、彼女たちの姿はどこにもなかった。そのため、追うこともなくその場で立ち尽くすばかりであった。

 

 




 おのれヘラクレスゥ!!!!!!テメエ取り扱い面倒なんじゃあ!!!ガレスがヘラクレスに勝つ(倒してない)のはおかしい?知るかぁ!!!!!ライブ感じゃあ!!!!!!

 ぶっちゃけ週一更新ってキツかったりします。やること多いしね……(白目)なので、今週は2話ぐらい更新したいと思います!
来週の日曜日(12月29日)までに2話更新することをここに宣言します!
 年内には終わらせます!!!!エタりません!完結させます!!!!!


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第19話

 作者からのクリスマスプレゼントですぜ。
 つ『早い更新』

 あ、それと感想欄でギリシャのネタバレとなるようなことは、御遠慮ください。
 していいネタバレは、バーソロミューがメカクレ好き過ぎる、とか、バーソロミューが気持ち悪い、とかそのくらいです。




 ホテルにて、ヘラクレスと戦い、見事ソラウを救出して逃げ出したその後のガレスについて、少しばかり語りたいところではあるが、ガレスがヘラクレスと戦っているのと、ほとんど同じ時間に、もう一つ別の場所でサーヴァント同士が対面をしているのだ。

 また、さらに別の場所でも注目するべき出来事がこっているため、そちらの様子も見なくてはならないだろう。

 そのため、彼女については後回しにして、ひとまずはもう一つのサーヴァントの対面が行われている方に目線を移動するとしよう。

 

 場所は柳洞寺の入り口、すなわち柳洞寺へと通じる階段を上った先にある門の前には、二人のサーヴァントが立っていた。一人は言わずもがな、この柳洞寺を根城としている陳宮である。そしてもう一人は、遠坂時臣のサーヴァント、パリスであった。

 パリスはヘラクレスと戦い、アポロン神を失った昨夜の戦いの後、行方不明となった己のマスターの居場所を知っている、と陳宮に言われ、今日そのことについて話すために、ここに誘われたのだ。

 

 シャルロット・コルデーもまた、己のマスターである言峰綺礼の行方が知れなくなっているし、パリスから陳宮が言峰の居場所も知っている、ということを伝えられているため、彼らから離れた場所、階段の横にある木の背後に、気配遮断を使用して隠れながら、パリスと陳宮との話に耳を傾けていた。

 

 彼女はここに来る前に行われたパリスとの会話を思い出していた。

 

「それで、あのキャスターさんが、僕たちのマスターがどこにいるか知っているらしいんですよ! だから、明日行って教えてもらおうと思うんです!」

 

 とパリスは己のマスターの行方が分かるかもしれない、という事実に喜びを隠せない様子で、ピョンピョンと小さく飛び跳ねながらシャルロット・コルデーへと言った。

 彼女もまた、粉々に砕け散った遠坂邸へと帰った後、己のマスターである言峰がどこにもいないし、念話も通じないということに気が付き、不安になっている最中、パリスからもたらされたその情報はまさしく朗報とでもいうべきものであった。

 

 彼女もまた、パリスと同じように行方知れずとなったマスターの居場所が分かる、ということに喜び、パリスと共にその喜びをしばらく語り合った。しかし、その最中彼女はその情報が罠ではないか、という可能性を思い浮かべ、不安げにパリスにそれを伝えた。

 

「それは喜ばしいことですね! ふふ! でも……それが罠という可能性はないのでしょうか? いえ、疑うのは失礼でしたね。私ってば何を言っているのでしょうか? せっかくマスターの場所が分かるっていうのに」

 

 シャルロット・コルデーの言葉に、パリスは眉をひそめながら答えた。成程、なぜ陳宮がマスターの居場所を知っているのか、疑問ではあるし、そういったことを考えると罠である可能性は非常に高いと言えるであろう。

 

「え、ええっ……罠、ですか? そうですねっ、確かにその可能性もあるかもしれません──うう……どうしよう。ええと、罠だったら危ないですよね。でも、行かないとマスターがどこにいるのか分からないですし……ええっと、この場合どうしたら……」

 

 といった具合に、パリスは陳宮のもとに行くべきかどうか考え続けた。しかし、答えは一向に出ず、シャルロット・コルデーもまた、どうすれば良いのか判断が付かなかった。彼らは一晩中悩み続け、お互いに意見を交換しつつ、結局のところマスターの居場所について手がかりもない状態であったから、行くしかないという結論に辿り着いた。

 しかし、罠であることも警戒しなければならないから、シャルロット・コルデーがアサシンのクラススキルである気配遮断を使用し、パリスと陳宮が対話を行う傍に潜み、パリスの身に何か危害が降りかかる時は、シャルロット・コルデーが陳宮を攻撃する、というような結論に辿り着いた。

 

 こうして、二人は警戒を巌にして陳宮と対面することとなった。もちろん、警戒こそはしているが、それでもやはり彼らの中では、マスターの居場所が分かるかもしれない、という希望と喜びの方が大きかった。

 

 こういった事情で、シャルロット・コルデーは、物陰に潜みながら彼らの様子を伺っているのだ。

 

「さて──今日は来ていただき、ありがとうございます。アーチャー」

 

 陳宮はニコリと微笑みながら言った。パリスもまた、笑顔を浮かべながら答えた。

 

「いえ! いなくなった僕のマスターが、どこにいるのか教えてくれるんですよね? マスターは今、怪我をしていて意識がないから、不安で不安で仕方がなくって……」

 

「そうですか。確かにそれは心配ですよね。私も親切心というものがありますから、お教えしましょう──さて、あまり長話をするのも何ですから、結論だけ申しましょうか。アーチャーだけではなく、アサシンもこの近く……まあ、木の裏にでも隠れているのでしょうか? 生憎、気配遮断を見破る術を持っていませんから、どこにいるのかは分かりませんが……まあ、どこかにいるのでしょうね」

 

「──ッ」

 

 シャルロット・コルデーは陳宮からの思わぬ言葉にビクリと体を震わせ、唾を飲み込んだ。パリスもまた、驚きを隠せない、といった様子で目を見開き、シャルロット・コルデーが隠れている、ということを見破られていることに慌てた。

 しかし、陳宮はそうした彼の様子を気に留めることはせず、むしろ宥めるような調子で言葉を続けた。

 

「そう警戒する必要はありませんよ。貴方たちが手を組んでいるということも私は知っているので。しかし、私と貴方たちは敵同士の関係なのですから、アサシンならば用心していつでも私を攻撃できる、あるいはアーチャー、君を連れて逃げることができる、というような場所に潜むのは当然の用心でしょうから」

 

 と陳宮はなおも驚き続けるパリスの顔を覗き込み、非常に深刻な顔をしながら言葉を続けた。

 

「本題に入りましょう。貴方たちのマスターを誰が連れ去ったのか、についてですが、答えを言うならば、昨夜貴方たちが拠点で戦った時、その場にいた人物の仕業ですとも」

 

「それって!」とパリスはハッとした顔を浮かべ、遠坂時臣と言峰綺麗を連れ去った犯人についての心当たりが浮かびあがり、その人物のことを口にした。

 

「ライダー……! ライダーが僕たちのマスターを誘拐したんですか!」

 

 陳宮は、子供をあやすような、あるいは諭すような優しい笑みを浮かべながら答えた。

 

「戦いのどさくさに紛れて、マスターを誘拐したのでしょうね。手を組んでいるアサシンはその場にはおらず、戦場はライダーの砲撃が降り注ぎ、自動車とが次々と突撃してくる、非常に激しい状況でしたからね。アーチャー、貴方がライダーと戦っている時、ライダーではない、別の人物がマスターを連れ去るのは、まあ難しくはないでしょうね」

 

「──っ」

 

 パリスとシャルロット・コルデーは、憎悪と後悔との二つの感情を浮かべ、己の歯を食いしばった。憎悪については、言わずもがなサーヴァントを狙わず、己のマスターを連れ去る、という卑怯ともいえる行いをした敵へと向けられたものである。

 そして、後悔については、なぜ敵に悠々とマスターを誘拐させてしまったのか、なぜそれを阻止することができなかったのか、といったものが理由であった。

 

 パリスと、シャルロット・コルデーの二人はマスターを連れ去った犯人がライダー陣営であると思い込み、彼らに憎悪を向けているが、この物語を読んでいる我々は遠坂時臣と言峰綺麗の二人を連れ去った真犯人は、パリス達の目の前にいる陳宮本人であることを知っている。

 そのため、まんまと陳宮の言葉に誘導され、まんまとライダー陣営が犯人だと思っている彼らのことを、阿呆とか道化とかのように見えてしまうかもしれない。

 

 しかし、こうなるのは仕方のない、あるいは当然のことなのだ。

 陳宮は三国時代という乱戦の時代を、一人の軍師として知略を使用し、のし上がった非常に狡猾であり、優秀な頭脳を持つ人物である。それに対してパリスは、よく物事を考えない、成長途中の純粋な少年だし、シャルロット・コルデーはただの町娘であるから、陳宮のような優秀な頭脳も、狡猾さも持ち合わせていない。そうした彼らは、知略、あるいは策略というカテゴリにおいて陳宮に敗北しているのだ。

 

 ここに書いた以外にも、陳宮はあれこれと目の前にいるパリスや、どこかに隠れているシャルロット・コルデーに、彼らが動揺するような言葉を投げかけ、犯人がライダーである、と思い込ませるような言葉もまた、次々と投げかけていた。

 

「──というわけで、そうですね。貴方たちの言う通り、これらの理由からライダー陣営が犯人であるという可能性はありますね。

 ああ、そわそわしていますね。マスターを救うべく、ライダーのもとに向かいたい気持ちはわかりますが、彼らの居場所は分かっているのでしょうか?」

 

「いえ……」とパリスは今にも飛び出しそうな状況だったが、陳宮の言葉に首を振り、俯いた。

 

「私は町中に使い魔を放っています──ですから、明日ライダーの居場所が分かったら、連絡をします。今日は寄り道をせず、真っすぐ帰ることを勧めますよ。その場で殺さずに連れ帰った、ということはすぐに殺す、というようなことは考えていないのでしょう。慌てる必要はありません」

 

 と陳宮は言った。現在彼は、バーソロミューがガレスと港で戦闘を行っている、ということを把握していたが、それをパリス達に知らせることは無かった。というのも、彼には一つばかり気がかりなことがあり、現在パリス達がライダーのもとに向かわれるのは、彼にとって不都合であった。

 そのため、陳宮は翌日にパリス達がライダーのもとに向かうように差し向けたのだ。

 

 こうして、パリス達はライダーを標的に定めることとなった。

 さて、彼らはこれ以上話すこともないようで、その場は解散となった。パリス達は今や瓦礫のみの状態となった遠坂邸へと帰った。

 そのころにはすでに日が暮れており、空には満点の星々が煌めいていた。

 

 パリスは瓦礫に座りながら、その星空を見上げていた。その顔はどこか浮かないものであった。

 

「そんな顔をしてどうしましたか?」

 

 とシャルロット・コルデーは、そんなパリスの顔を覗き込み、問いかけた。彼は俯いて、答えた。

 

「不安なんです。僕がライダーに勝てるのか……マスターを取り返せるのか。アポロン様ももういないですし、僕一人だと……」

 

 現在のパリスには共に召喚されたアポロンが付属していない。幼い彼は、アポロンの力を借りて戦う──アポロンを頼りとしていたのだ。しかし、その頼りとなる存在を失った今、彼はライダーに勝利することができるのか、不安になるのは、当然と言えるだろう。

 

「大丈夫ですよ」

 

「──え?」

 

 パリスはシャルロット・コルデーの言葉に、思わず顔を上げ、彼女の顔を見つめた。座っているパリスの正面に立っている彼女は、優しく微笑みながら言葉を続けた。

 

「私がいます。私がライダーを倒します。前に言いましたよね? 『手伝いをさせてください』って。だから、私に手伝わせてください。──心配する必要はないですよ。私、こう見えてもアサシンですから。ライダーを暗殺してみせましょう。

 アーチャー、いいえ。パリス。トロイア戦争を戦い抜き、アキレウスという大英雄を射貫いた凄いひと。あなたなら、必ずマスターを救い出せます。そして、あなたなら聖杯戦争を勝ち抜くことも」

 

「……」

 

 パリスはシャルロット・コルデーの表情をまじまじと見つめた。

 そして、ガバリと立ち上がると頷いた。

 

「──はい! お願いします! マスターを、助けましょう!」

 

「ええ。はい。頑張りましょう! 私にお任せください」

 

 シャルロット・コルデーは煌めく星空を背にしながら、微笑んでみせた。

 

 

 

 さて、時間を巻き戻し、もう一つの注目するべき出来事を見るとしよう。

 場所は教会、その内部──すなわち礼拝堂の様子を見るとしよう。そこには、二人の老人がおり、彼らは会話を交えていた。

 

 一人は言わずもがなこの教会の神父にして、聖杯戦争の監督役を務める言峰璃正である。そしてもう一人は、間桐臓硯であった。

 間桐臓硯が唐突に教会を訪れ、璃正がそれに対応しているという状況である。

 

「今回はどうしましたかな?」

 

 と璃正は臓硯へと尋ねた。彼は笑いながら答えた。

 

「いや何。聖杯戦争中、マスターでもない儂が外をウロウロ出歩くわけにもいかん。かといって家に籠っているのも退屈でしてな。少しばかり老人の他愛もない暇つぶしにでも付き合ってもらおうと思ってのう」

 

 そういう臓硯の様子は、これまでに見せたような恐ろしい、何かを企んでいる怪物のようなそれではなく、ただの好々爺といった調子だった。

 

「そうでしたか……それでは私が相手でよければ、付き合いましょう。しかし、貴方のお孫さんは残念でした。彼の魂が安らかに過ごせるように、祈りを唱えるぐらいしかできませんが」

 

「なあに、気にせずとも良い。魔術の世界は殺し、殺されがまかり通るからのう。後継も桜がおる故。しかし、態々雁夜めの為に祈ってくれるというのなら、奴めも喜ぶことでしょう。それに、儂などより、そちらの方が大変な状況と認識しているが。

 戦いの痕跡の隠ぺい──それに加え、御子息の行方も知れないと聞いておる故。その心労、儂には図り知れぬなあ。儂の使い魔で、町中を監視しておるが居場所は判っていない……」

 

「何と──」

 

 璃正は臓硯の言葉に驚いた素振りを見せた。

 というのも、言峰が行方不明になった、という事実は知られないように、内密に捜索を行っていたからである。しかし、臓硯が町中を監視している、と聞いて納得した様子をみせた。それと同時に、聖堂教会が聖杯戦争に、遠坂との同盟を組んでいるという形で、参加しているという事実も見破られていると考え、警戒を行った。

 

 しかし、臓硯はその璃正の警戒を見破ったかのように、笑いながら答えた。

 

「カカカ、別に儂からどうこう言うことは無いとも。そちらにも事情があるのじゃろう。何よりも、願いを叶える杯を手に入れる機会を得ることができるのだから、そのために手段を選ばないというのは当然のことであろう。それに、我ら間桐はすでに敗れておる。何かを言う権利はないとも」

 

「──そうですか」

 

 璃正はほっと溜息を吐いた。

 この臓硯の言葉は、聖堂教会が行った反則行為を見過ごすということであるからだ。この話題をこれ以上引きずる理由も無いし、璃正は話題を別の物へと切り替えた。

 

「大変といえば、外部からの不埒な輩の乱入を防いでおられる、臓硯殿と比べれば、我々などどうということはありません」

 

「なあに、儂は己の役目を全うしておるだけじゃ。それはそちらも同じであろう? 魔術の隠蔽、これは儂らには欠かせない要素じゃ。重大な役割を全うしておる──それはお互い同じだとも。どちらも重要な行為じゃ。助け、助けられじゃよ」

 

「そうですね。いや全く」

 

 璃正は臓硯の言葉に頷いた。

 臓硯はそれを見るとその場から移動し始めた。彼の足が向く先は、教会の出入り口の方であった。

 

「……さて、付き合ってもらって済まんな。長居するのも不躾というもの。儂はそろそろ帰るとしよう」

 

「ええ、そうですか。それでは貴方に幸があらんことを祈っています。また退屈なされたら、私で良ければいつでも相手になりましょう」

 

 と璃正は右腕を振り、臓硯を見送ることにし──右腕を持ち上げようとした。

 しかし、彼の右腕が持ち上げられることは無かった。その代わり、何かブツリと千切れるような音と、何かが床に落ちたような音。

 璃正は己の右腕に突如生じた違和感──痛みに気が付き、己の右腕を見下ろした。

 

 果たしてそこに膝から先にあるべき、右腕は存在しなかった。右腕は床に横たわっていた。

 彼の右肩には、一匹の鋭い歯を持つおぞましい形状をした蟲が這っており、その蟲が右腕を切り落としたのは火を見るより明らかだった。

 

「──え?」

 

 璃正はそれを見るなり、突如意識を失い、バタリと床へと倒れ伏した。この時すでに彼の命は失われていた。

 そして璃正が床に倒れ伏すなり、今までどこに隠れていたのか、物陰から無数の蟲が這い出てきて、璃正の遺体へと群がり、彼の体を貪り始めた。それは右腕もまた、同じだった。

 

 その蟲を差し向けた張本人である間桐臓硯は、璃正の最期を見ることもなく、己の右腕に新たに宿った、いくつもの赤い文様をしたそれらを、見つめた。

 

 ──それこそは、つい先ほどまで言峰璃正の右腕に宿っていた、今までの聖杯戦争に参加したマスターが残した令呪、すなわち預託令呪であった。

 

 臓硯は璃正の腕に宿る預託令呪を奪い取ってみせたのだ。これは令呪を開発した間桐臓硯だからこそできる荒業であろう。

 

 間桐臓硯は、先ほど璃正と会話をしていた時のような、好々爺然とした様子は一切見られず、その代わり怪物の如き、邪悪な、良からぬことを企んでいるときの笑みを浮かべていた。

 

「──さて、そろそろ本格的に動くとするかのう」

 

 

 





 

 地獄で会おうぜ(メリークリスマス)

 更新を速めていくっ……!


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第20話

 師走ってなんで師走っていうのか知ってる? めっちゃ忙しいから、走りまくるんだと。ええ、はい。親戚へのあいさつ回りとか、大掃除の片づけとか、あちこち走り回ってましたとも。小説書く時間あんまり取れなかった……誰だ。年末までに完結させるとか言ったやつ。……うん、年始には完結させますんで、ホント!!!!!!

 


 ヘラクレスの元から命からがら生き延び、逃走したガレスは、ソラウを抱きかかえながら街中を、一般人に見つからないように、慎重に、それでいながら素早く移動していた。地上を歩く人の死角となるように屋根から屋根へと飛び移ったり、あるいは路地裏を走ったりといった具合だった。

 

「ハァッ……ハアッ……!」

 

 しかし、そういった移動の最中、ガレスは息を荒くしながら、時折吐血したり、脂汗を流したりと今にも崩れ落ちそうな様子だった。

 それは当然のことだろう。ヘラクレスと戦い、こうして生きているだけでも奇跡に等しいのだ。ガレスの肉体は、バーソロミュー、そしてヘラクレスとの戦闘でとっくに限界を迎えていた。ソラウの魔術によってある程度回復してはいるものの、それでも傷を完全に再生させることはなかった。それほどに、彼女の傷は非常に深刻な状況であり、それこそケイネスのような優れた、一流の魔術師による治癒か、あるいは令呪による命令、はたまた──この手段を誇り高きガレスが取るとは到底思えないから、この場では語るだけ無駄であろうか。ともかく、今のガレスの怪我を回復させるには、一流の魔術師であり、令呪をその手に持つケイネスの元へと移動するしかないのだ。

 

 しかし、ケイネスが現在どのような状態になっているかは、読者諸君もすでにお分かりであろう。ケイネスは、切嗣の手によって、魔術回路を粉々に破壊され、とても魔術を行使できるような状態ではないのだ。

 しかし、ガレスとソラウはそのことをしらないから、ケイネスを頼りとし、彼の元へと移動するしかないのだ。故に、彼女たちはケイネスが居るであろう場所、つまりあの港の周辺へと向かっていた。

 

「……念話は通じませんね」

 

 とガレスは呟いた。先ほどから彼女はケイネスがどこにいるのかを問いかけるため、そしてソラウを無事救出したということを報告しようとするために、ケイネスへと念話を通じて呼びかけていたのだが、一向に返答はなかった。

 

「そう……でも、パスが切れた感覚はないのよね?」

 

「はい。マスターとのパスは確かに通じています。ですが、応答がないということは、答えられない状況にあるということです。つまり、交戦中か、あるいは……」

 

 ガレスは顔を曇らせた。そも、彼女はバーソロミューと戦っている最中に令呪による命令で、ソラウの元まで移動したのだ。となると、ケイネスはサーヴァントを従えていない魔術師も同然といった状況となり、いかにケイネスが優れた魔術師であろうとも、バーソロミューに限らずサーヴァントが相手では敵わないだろう。

 つまり、ガレスはケイネスが敵の手に落ちていないか、あるいは念話に応答することすらもできないほどの、酷い目に合ったのか、といったことを心配していた。

 

「ランサー、私はあなたのことが心配よ……ほら、ちょっとおろして! 傷だらけじゃない! もう……無理をしないで?」

 

 ソラウはガレスから離れると、彼女に詰め寄るようにしてまくしたてた。ソラウとしてはこうして運んでいる最中も、非常に辛そうではあるものの、弱音の一つも吐かないガレスに対して心配を抱いていた。

 

「貴女を今失う訳にはいかないのだから、霊体化して休んでなさい。ここまでくれば追手の心配も無いでしょう。自力で歩くから──ほら、辛いでしょう? 鎧も砕けて、体もボロボロ」

 

「い、いえ。このぐらい大丈夫ですよ。どうっていうことはありません!」

 

「無理をしないの」

 

 ソラウはハンカチを取り出すと、それを使ってガレスの顔や手に付着した、彼女の血や土埃をぬぐって綺麗にしてみせた。

 

「私の治癒では完全に回復するわけではないわ。その調子じゃあ、精々が痛み止めぐらいしか効果を発揮してないでしょう? ほら……可愛い顔と綺麗な手が血だらけよ」

 

 ソラウは現在も治癒魔術をガレスに対して行使してはいるものの、彼女の魔術の腕では完全な治癒もできないし、ましてやハンカチで血を拭くだけで回復するわけがないのだから、彼女の血を拭くという行為は、一度霊体化してみせれば汚れも落とそうと思えば落とせるのだから、魔術師として非効率的で、意味の無い行為でしかなかった。

 しかし、ソラウはガレスの汚れを落とさずにはいられなかった。それは己を守ってくれたことに対する礼か、あるいは──一人の騎士として尊重しての行為であろうか。

 

「ありがとうございます──ソラウ。そうですね。追手が居る様子もありませんし、ここまで来れば安全でしょう。マスターが居るであろう港の方面へと向かって歩いてみましょう。そうすれば、マスターと出会うこともできるでしょうから」

 

 とガレスはソラウに微笑みかけると、霊体化を行った。それを確認したソラウは、自分の足で港がある方向へと歩き出した。

 果たして移動している最中、追手や他の敵と出会うこともなく、ソラウは無事にケイネスの元へとたどり着くことができた。しかし、彼女が浮かべている表情は、再開の喜びではなく戸惑い、あるいは恐怖の表情だった。

 というのもケイネスは広場の真ん中で気を失い、倒れ伏していたからだ。彼の有様は一目見るだけで酷いということが良く分かった。血走った目がかっと見開かれたままだし、口は大きく開きその中から唾液や血液といった液体が流れているし、地面にはケイネスが手足をじたばたさせたり、何度も転げまわった後があった。そこにいつもの、時計塔のロードとしてのきりっとした様子は一切なく、魔術回路を破壊されたことによる痛みは、我々の想像を絶するほどのものであり、尋常ではない容貌をしたまま気絶していた。

 

「ケイネス!」

 

 ソラウは己の婚約者がこのような有様となっているのを見ると、悲鳴を上げて彼の様子を見るべく駆け付けた。

 

「大丈夫──ではないわね。生きてはいるようだけれど……まさか、これは魔術回路を破壊されているの?」

 

「マスター! そんな……」

 

 ガレスは少しの間で、すっかり変わり果てたケイネスを前に、悲痛な声を上げた。ケイネスを守れなかったことによる悔しさ、彼をこのような状態へと変えた下手人への怒りを、唇を噛み、歯ぎしりすることによって表してみせた。

 

「私がいながら──ライダーたちの仕業か?」

 

「……否だ、ラ、ンサー」

 

 ガレスの言葉を否定したのは、ケイネスだった。彼は先ほどまで気を失っていたが、今しがた気を取り戻したようだった。

 

「魔術師殺し……だ。ああ……ソラ、ウ。無事か?」

 

「ええ。見ての通り無事よ。ケイネス、貴方は違うようね。貴方ほどの魔術師がここまでやられるなんて」

 

 ケイネスはまともに体を動かすこともできない状態ではあったものの、舌はしっかりと動かせるのか、話しているうちに舌足らずだった状態から、徐々に流暢に話せるようになっていった。

 

「まさかあのような魔術師の恥晒しにやられるなど──私は認めぬ。……私は、かつてないほどの怒りを覚えているぞ。衛宮切嗣! ヤツを今すぐにでも粉々に引きちぎり、踏みにじってやりたいところだが──ランサー、私を連れてここから離れろ。今すぐにだ! 私が指示した場所へとゆくのだ!」

 

 ケイネスは非常に焦った様子で、ガレスへと命じた。突然の命令にガレスは戸惑うも、それを実行するべく一歩足を踏み出し──槍を実体化させ、素早く振り向き、臨戦態勢を取った。彼女はソラウとケイネスを己の背後に置き、目の前に現れた存在、すなわち間桐臓硯から守る姿勢を見せた。

 

「貴様──ッ」

 

「何を警戒する?」

 

 間桐臓硯は邪悪な笑みを浮かべながら言った。

 

「何をそう警戒しておる? なぜ敵意を向けておる?」

 

 ケイネスは間桐臓硯を睨みつけながら言った。その鋭い視線たるや、人を殺せそうなほどだった。

 

「貴様と話す口など私は持ち合わせていない! ランサー、ソレは敵だ。我々の敵だ! 殺せ、殺せ! 殺すのだ!」

 

「邪悪な気配を感じますね──了解しました、マスター!」

 

 ガレスは間桐臓硯を己の、そしてケイネスの敵だと見定め、間桐臓硯を仕留めるべくその槍を振るった。横なぎに一閃された槍は間桐臓硯の頭と首を切断し、吹き飛ばした。しかし、それで彼を殺すことは叶わなかった。切断された頭は、無数の蟲へと姿を変化した。そして蟲たちは羽を羽ばたかせ頭が無くなった臓硯の首から上へと飛ぶと、老人の頭がそこに復活した。

 

「無駄じゃ。とはいっても、サーヴァントが相手では厳しいのう。故に、早々に決着を付けさせてもらうとしよう

 ランサーよ、それ以上動くでない。──己の主の命が惜しくないのならな」

 

「何を──ッ!」

 

 ガレスは臓硯の言葉を聞くと、己の後ろにいるケイネスの方を振り向いた。すると、そこには臓硯の蟲がケイネスの体にたかっていた。ケイネスは己の体を這いずり回る蟲を罵りながら、ランサーにこの蟲を取り除くように命じた。ソラウは恐怖によって動けなかった。

 

「マスターッ!」

 

 ガレスはケイネスにたかっている蟲を取り払おうとするが、間桐臓硯は嘲笑しながら言った。

 

「無駄じゃ無駄じゃ。カカカカカ! さあ、ではそろそろ終わらせるとしよう……」

 

「貴様──マスターに手出しをするか!」

 

 ガレスは臓硯の言葉に憤怒を覚え、彼の頭と体を塵一つ残さずに粉々に潰してやろうと言わんばかりの覇気で、臓硯へと迫った。しかし、彼は余裕を崩すことなく、右腕を掲げて宣言してみせた。

 

()()()()()()()()()()()()()()──ケイネス・エルメロイ・アーチボルト及び、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを殺せ」

 

 彼の言葉を聞いたガレスは、臓硯がサーヴァントを従えており、攻撃をしようと企んでいたのだと思い、それを防ぐべく周囲への警戒を巌にしてみせた。しかし、敵が現れることは無く、続く臓硯の言葉によって、彼の命令は誰に対して行われているのかを理解することとなった。

 

「やれ、ランサー」

 

「何……を!」

 

 臓硯の言葉が終わったとたん、ガレスは己の肉体が自分自身の物ではなくなったような感覚を覚えた。それはまるで操り人形のように、誰かに肉体の自由を奪われて操られているような感覚であった。それもそうであろう。間桐臓硯はケイネスからガレスを操る令呪を奪い取り、己の物としたのだから。

 ガレスの肉体は己の意思に反し、ケイネスへと槍を向けた。

 

「ぐ……ッ、貴様……!」

 

「やはりそれが狙いか、貴様!」

 

 ケイネスは臓硯を睨んだ。

 

「まさか私とサーヴァントとの同意すらもなく令呪を奪い取るなど──!」

 

「令呪を奪い取るというのは、本来ならば簡単にはいかん。だが、儂はその手段を知っておる。故に、そうするだけじゃ。粘るのう、ランサー。流石は腐っても英霊といったところか。だが、令呪の命令には抗えまい」

 

 臓硯の言葉が終わるなり、今まで全身の肉体を強張らせ、筋肉が動くことの無いように固めていたガレスの肉体は、とうとう令呪に抗える限界を迎えたのか、まるで錆び付いた機械のように、ぎこちない動きながらも臓硯の命令を遂行すべく、その槍の切っ先をケイネスへと向けた。

 ケイネスはそれを見て冷や汗を流し始めるが、同時にガレスへと向かって激を飛ばした。

 

「ランサー、耐えろ! 私を殺すなどというような、愚かなことはしてくれるなよ!」

 

 ケイネスは己の勝利を確信していた。というのも、彼はガレスをソラウの元まで転移させるために、すでに一画分使っており、臓硯が使った分を含めると二画のみとなる。それが何を意味するのかは、ケイネスが説明してくれるだろう。

 

「そのまま耐えろ──サーヴァントをこの世に繋ぎ止めるには、魔力のラインを繋げる令呪が必要となる! いいか、ランサー。このまま令呪の効力が切れるまで耐えるのだ! そうすれば、私から奪い取った令呪は残り一画となる。それが何を意味するのかは分かるだろう? 仮にここで私を殺し、マスター権を奪って聖杯戦争を続けるのならば、令呪が一画でも残っていなければならない! 耐えろ。耐えろ! そして、令呪から解放された時、そこでせせら笑っている老人を殺せ! ランサー、貴様を止めるには令呪が必要となるだろう……耐えろ。耐えろ!」

 

「ええ、はい! 承知しました!」

 

 ガレスはケイネスの言葉を聞くと、歯を強く食いしばり、ケイネスへと向けていた槍を地面へと突き刺して、耐える様子を見せた。

 彼女の体は傷だらけで、まともに動かすこともできないのだ。そんな状態の中、令呪という絶対的な命令に抗うことによる負荷は、想像を絶することとなるだろう。しかし、ガレスは令呪による命令へと抗い、耐え続けていた。それは偏に、彼女が持つ騎士道精神および、円卓の騎士としての誇りがそうさせていたのだ。

 

「その調子だ、ランサー! いいか、その調子で耐えろ。例え蟲に腕を喰われるのも、肉体を啄まれるのも屈辱的だが、その分後程しっかりと仕返しをしてやらねばな。それが貴族としての作法というものだ。いいか、今ここで私をその醜い蟲共で噛み殺すのも構わないだろう……だが、その時はランサーが敵を取るだろう!」

 

「承知しました、マスター! ご安心を、耐えてみせます──!」

 

 そうした二人の、この追い詰められても尚抗おうとするその健気な様子を見て、臓硯は嘲笑を送ってみせた。

 

「カカカカカ、なんとも()()()()()姿よなあ。この状況下において、まだ追い詰められたと自覚していないと見える。最後まで抗おうとするその姿勢は立派ではあるが、世の中は無常だということを教えてやろう」

 

 臓硯は己の着物の袖を捲り上げ、老人特有の、枯れ木の如くしぼみ、乾いた皺だらけの腕を見せてみた。すると、そこには彼が言峰璃正から奪い取った預託令呪が刻まれていた。今まで行われてきた聖杯戦争にて、使用されなかった令呪が集まっているのだから、その画数たるや三角どころの話ではなかった。

 

「な──ッ」

 

 それを見て声を漏らしたのは、果たして誰であっただろうか。ガレスか、ケイネスか、あるいはソラウか。はたまたこの場にいる臓硯以外の全ての人間であっただろうか。ともかく、臓硯と向き合う彼らは絶望を覚えた。

 

「さて、儂はせっかちなのでな……もう少し眺めておきたいところではあるが、そろそろ終わりにするとしよう……ランサー、令呪を以て命じる──」

 

 臓硯は先ほどガレスに行ったのと同じ内容の命令、すなわち主殺しをさせようと命じた。

 流石のガレスともいえども、二画の令呪を用いた命令となると耐えるのは非常に厳しいようで、とうとう今まで石化したかのように、微動だにしなかったその体を動かし始めた。

 

「あ、ッ……!」

 

 ガレスは徐々に体の動きを速めながら、ケイネスの方へと槍を持って一歩、また一歩と距離を詰めていった。徐々に近寄ってくるガレスを見たケイネスは、脂汗を流して叫んだ。

 

「ま、待て! ランサー! 耐えろ、私を殺すというのか? それは到底許されない行為だ! ええい、耐えろと言っている! たかが使い魔風情が、私を殺すつもりか! 生意気な──ッ」

 

 そのケイネスの耳に耐えない罵倒は、最期まで続くことは無かった。ガレスがその槍を使って彼の頭を粉々に叩き潰したのだ。ケイネスの体はビクリと一度大きく跳ねると、二度と動くことは無かった。

 そして、臓硯の命令はそれだけで終わるものではないのだ。ガレスが次に狙いを定めるのは、ソラウであった。ケイネスの血がべったりと付着した矛先を向けられたソラウは、ビクリと体を震わせた。

 

「ソラウ、逃げて、逃げてください……! 嗚呼、なぜ私の体は止まらない! 今すぐにでも喉を貫いてやりたい! 舌を噛み切ってやりたい! だというのに、なぜ、なぜ自害すらもできない! やめて、やめて──ソラウ、逃げてください……!」

 

「あ、ランサー……!」

 

 ソラウは間桐臓硯と対峙する際の恐怖、そしてケイネスが死んだことによる恐怖によってすっかり動けなくなっていた。つまり、腰を抜かして地面にへたれこんでいたのだ。

 彼女は涙を流しながら、徐々に己の元へと接近してくるガレスへと手を伸ばし、首を振りながら言った。

 

「やめて、ランサー。ねえ、やめて、殺さないで……!」

 

「ソラウ、逃げてください! 逃げて、どうか立ち上がって逃げてください……! お願いします……!」

 

 ガレスは悲痛な声を上げて、ソラウに逃げるように促すが、それが叶うことはついぞなかった。ガレスはその手で槍をソラウへと振り下ろした。ソラウの肉体は真っ二つに裂け、地面に横たわった。

 ガレスの体は、ケイネスとソラウとの返り血で、赤く染まっていた。彼女は絶叫し、臓硯を睨んだ。

 

「あ、あ、あああァァアア! おのれ、おのれ、おのれ! 外道め──! よくも、よくも! 許さない!」

 

 ガレスは怒り狂い、臓硯を殺すべくその槍を振るった。しかし、臓硯は恐怖することもなく、たじろぐこともなく、ただただ嗤いながら令呪を発動させた。

 

「騎士としての誇りを忘れよ、その気高き騎士の誇りを忘れよ。そして狂気へと身を堕とせ。怒りを、悲しみを狂気へと変化させよ。英雄とはいえども、所詮は使い魔。所詮は傀儡に過ぎぬ──さあ、サーヴァントとしての本分を思う存分果たすとしようではないか」

 

 

 








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第21話

開けましておめでとうございます。
もう色々忙しいので、マイペースにゆっくりやっていきまっせ。もう少しなので、どうかお付き合いください(白目)




 聖杯戦争も三日目となり、今日一日だけで注目するべき出来事がいくつもあった。その出来事のほとんどが、昼間に続いていた。しかし、聖杯戦争とは本来魔術の隠匿の関係もあり、その戦闘のほとんどが夜中に行われるものであり、昼間から戦うような場合は非常に珍しいと言えるであろう。

 であれば、聖杯戦争において戦闘が多く行われるであろう夜中の時間帯に生じた出来事について話すとしよう。とはいっても、サーヴァント同士の戦闘は生じないし、特筆すべき出来事はあまりないと言えるであろう。しかし、それでもこの先に生じる出来事を語ったり、聖杯戦争の関係者が、各々どのようにして夜中を過ごしていたのか、ということを説明することは必要であるから、少しばかり簡単にしてその様子を見るとしよう。

 

 まずは一番短く説明を終えることのできる、パリスとシャルロット・コルデーとの様子について話すとしよう。

 とはいっても彼らは前に説明したとおり、陳宮と話を終えた後、両者ともに翌日に、バーソロミューの元へと向かい彼と戦闘を行い、パリス達のマスターの居場所を聞き出そうと決意をして、夜を過ごしていただけである。

 そのため、彼らについて語ることはほとんどないと言えるであろう。

 

 次に衛宮切嗣ではあるが、彼についてはケイネスと戦闘を行った後、冬木の街中を駆け巡り、アイリスフィール、あるいは間桐臓硯を見つけ出そうとするべく、奮闘していた。しかし、その結果は芳しくなく、二人を見つけ出すことは叶わなかった。

 切嗣は何の成果も得られず、ただただ精神と肉体を酷使するだけの夜を送るのみとなった。

 

 

 

 さて、衛宮切嗣の次はウェイバー・ベルベット及びバーソロミューの様子を見てみるとしよう。

 彼らはマッケンジー夫妻の家の一室で、夜を過ごしていた。バーソロミューは相変わらず、ゲームばかりをしており、それを見たウェイバーが呆れるといった様子であった。

 

「ああ、何と感動的な……!」

 

 バーソロミューは涙を流しながら、ゲーム画面を見ながらコントローラーを操作していた。

 

「ボールを渡すたびに消えてゆく……メカクレの皆が消えてゆく……! 悲しい、私は悲しい……! だが、彼らとの会話を聞けば、これまでに攻略したメカクレ乙女たちのことを知っているだけに感慨深いっ! 非常に感動的ではある! 彼ら彼女らの成長、精神状態、身の上を知っているだけに、彼らのことを思えば、この展開は感動的ではありますが、それでも──嗚呼、素敵なメカクレたちが消えていくのは悲しい……!」

 

 ウェイバーはそうしたバーソロミューの様子を呆れながら見ていた。数日間という短い間ではあるが、このバーソロミューの様子にも慣れてしまい、いちいち突っ込みを入れたりするのも馬鹿らしくなっていたので、ウェイバーとしてはマッケンジー夫妻に、大きな声を立てて迷惑を掛けたり、不審に思われたりしなければまあ良いとしていた。

 

「……む、これは彼を運ぶか、あるいは手当をして放置するかの二択なのですね……ふむ、非常に心苦しいですが、放置としましょう。これまでの様子をみれば、彼の目を隠している髪が、バスが爆発しないように蓋となっているのですね」

 

「いやどんな状況だ……」

 

 ウェイバーはバーソロミューの言葉に思わず、小さく呟くがバーソロミューは、彼の言葉など耳に届いていないようで、ゲームを進めていった。

 

「ああ、これでストーリーも終わりですね……主人公とメインヒロインの成長を描く良い作品でした……それにしても、マスター」

 

「何だよ?」

 

「尊い……! このゲーム、とても好きです! 好き!」

 

「分かった分かった。終わったなら、さっさと寝てくれ……オマエも怪我してるだろ。ボクの魔術じゃあ、傷を塞ぐことはできても、切れた腕は生えないんだから」

 

「……そうですね」

 

 バーソロミューは微笑みながら頷いた。

 

「今日は私の宝具を使用したのですから、マスターもお疲れでしょう。魔力もそんなに回復していないようですし、これ以上負担をかけるのも忍びない。私も霊体化しておくとしましょう」

 

 ウェイバーは赤面した。というのも、バーソロミューが言った通り彼の宝具によって、ウェイバーは魔力を消耗しており、それは夜となった現在でも回復していないのを見破られたからだ。そして次に、彼は怒りの感情を覚えた。

 

「だったら最初から霊体化してろ! 何でこんな時間までゲームなんてやってるんだよ!」

 

「はははは、それはもちろん海賊ですから。今やりたかったのですから、仕方のないことでしょう」

 

 とバーソロミューは笑い、ウェイバーはそれに呆れた。

 

「オマエ、いい加減にしろよな……昼間も突然酒を飲むし、今もゲームをずっとやり続けるとか、自由というか突飛も無さすぎるぞ」

 

「まあ、海賊というのはそういうものですよ。船上での規則はあれども、基本的には呑みたいときに呑み、歌いたいときは歌う。そして奪いたい時は奪う。自分のやりたいように、好き勝手に動くのが海賊というものです。ああ、思い出しますね。最初、そんなならず者たちをまとめるのは苦労したものです……皆何というか、こう、雑なんですよね」

 

 ウェイバーは、バーソロミューの話はどうでもいいといった様子で、早く休みたいという思いが大きかった。ウェイバーはさっさと布団をかぶると、目を閉じて言った。

 

「そうかよ、今は休みたい時だ。だから、さっさと寝るぞ!」

 

 それを聞いたバーソロミューは、少しばかり微笑んで了承してみせた。

 

「分かりました──それではお休みなさい、マスター」

 

 バーソロミューは頷き、部屋の電気を消すと霊体化をした。ウェイバーは暗くなった部屋で、ゆっくりと微睡みの中に落ちて行った。

 

 ……そんな微睡みの中で、ウェイバーは一つの夢を見ていた。

 始め、それが何かは分からなかったが、時間が経つたびに、その夢が己のサーヴァントである、バーソロミューの記憶だということが分かった。

 

 今、ウェイバーがいるのは、木造でできた部屋の中だった。時折不規則に揺れることから、船の中、つまり海賊船の中だと辺りをつけた。

 周りを見回しても、人影は見えなかったため、どこかに人がいないか、ビクビクしながらも船の中を歩き回ることにした。

 

「ライダー、いないのか?」

 

 ウェイバーはしばらく船内を歩き回っていたが、どの部屋にもバーソロミューの姿は見えなかった。そしてとうとう、様子を見ていない部屋は一室のみとなった。船の窓から外を見ていると、夜のようで甲板には精々が見張りなど、必要最低限船を運用するだけの人員しかいないであろう。部屋の中には、消灯を行う前なのか、寝る準備をしている海賊の船員たちがいた。

 それに、その最後の一室というのはさながら船長室といった様子だったため、ウェイバーはバーソロミューがここにいると確信した。よく見れば、その部屋の扉は僅かに開いており、ランプの灯りが廊下に漏れていた。

 ウェイバーは興味を持ち、その部屋の中を外からこっそりと覗き込んだ。

 

「……ま、あいつのことだからメカクレ云々で、何かやってるんだろ」

 

 部屋の中を覗き込んだ彼の目に映ったのは、椅子に座って、何やら書きものをしているバーソロミューの後ろ姿であった。バーソロミューは書きものを終えると、ため息をついて呟いた。

 

「ふう、この我が船の海賊の掟(パイレーツ・ルール)はこんな所ですかね。ああ、しかし難儀なものだ。まさか私が海賊となり、船長になるとは──いや、文句を言っても始まらないか。いかなる運命の悪戯なのか、私には海賊としての才がある。だからこそ、私が船長として選ばれるのは当然のことなのだから」

 

「……」

 

 ウェイバーはバーソロミューの台詞と、声を聞いてどこかあっけにとられたような、きょとんとした様子となった。

 バーソロミューは椅子から立ち上がると、方位磁針(コンパス)の方へと向かった。その時初めて彼の顔を見ることができた。ウェイバーはバーソロミューの顔を見ると、ついつい息を飲み込んだ。というのも、薄暗いランプに照らされた顔は、今までウェイバーが見たことの無い表情を浮かべていたからだ。

 その顔は非常に静かであったが、無表情というわけではなかった。口をきゅっと結び、眉は少しだけ垂れ下がっており、目は静かな光を灯していた。その表情が意味することは、ウェイバーにはさっぱり分からなかった。けれども、どこか無機質な様子を宿していた。

 

 バーソロミューはコンパスの針が指している方向と、船が進んでいる向きを確認すると頷いた。

 

「船の航路は問題なし。さて、そろそろ消灯の時間ですね。では、船内の見回りといきましょう」

 

「うわっ!」

 

 彼は船長室の扉を開き、船の通路を移動していった。

 ウェイバーは扉が開いた時に、驚いてつい尻餅をついてしまった。この時彼はバーソロミューの顔を見たが、その表情はいつも彼が見せるものと同じであった。ふとバーソロミューが向かった通路を見ると、暗闇しか広がっておらず、バーソロミューはすでにその暗闇の向こうへと消えていた。

 

「…………」

 

 ウェイバーはただただ唖然とし、その暗闇を見つめていた。

 バーソロミューが見せた顔は、ほんの僅かなものではあったが、その僅かな表情の変化はウェイバーの心に、何かしらの打撃を与えるには十分なものであった。

 

 

 

 さて、ウェイバーが見ている夢はここで終わることとなる。その夢が終わっても、時間はまだ深夜であるから彼が目を覚ますのは当分先となるであろう。

 次に冬木ハイアットホテルのスイートルームにいる人物、すなわちイアソン達がどのように過ごしているのかを観察するため、スイートルームの中を覗き込むとしよう。

 

 イアソンはベッドのスプリング、生地の安っぽさに文句を言いつつも、寝転びながら愚痴を漏らしていた。

 

「ヘラクレス、まさかお前が獲物を取り逃がすとはな。まあいい! あいつらを始末できなかったお前も悪いが、私も悪かった、お前のでかいその図体では、この建物をあまり破壊せずに戦闘するというのも難しいだろう。だが、次は確実に仕留めろ! 

 メディア! 防備はちゃんとできているんだろうな?」

 

「はい、イアソン様。つつがなく全ての作業を終えました。この建物の階層全てに細工をし終えました。この下の階層で過ごす者たちから、僅かではありますが精力を吸い取り、イアソン様やヘラクレスの魔力とするようにもしました。少しばかり体調不良となる者も居るでしょうが、誤差の範囲です」

 

「そうか──龍脈はどうなっている?」

 

「それについては、要となっている場所でなければ、龍脈から完全に魔力を供給させるのは難しいかと。申し訳ありません、イアソン様」

 

「いいや、問題ないとも。流石は私の妻だ! ああ、メディア、お前は優秀な魔術師だ。だが、そうだな。私は聖杯戦争に興味がないといえども、やられるのは御免だ防備は万全にしなければならない。

 特にヘラクレスを戦わせるには、膨大な魔力が必要となるし、ヘラクレスの命を回復させるのにも魔力は必要だ。──メディア、私の妻よ。言いたいことはわかるね?」

 

 イアソンの問いかけにメディアは頷いた。

 

「はい、イアソン様。お任せください」

 

「ああ、任せたとも。では、私はそろそろ寝るとしよう」

 

 イアソンはベッドに横になり眠り始めた。

 そして──彼は夢を見た。

 

 その夢には、常に炎と血と泥と死と絶叫と慟哭と絶望とがあった。

 戦場は赤い炎で燃え盛り、大地は死体で満たされ、血が流れ落ち川となっていた──それは、一人の男が歩んできた人生であった。

 衛宮切嗣の足跡には、常に死が、争いが、絶望が、悲しみが付き纏っていた。そして、それらを発生させるのはいつも衛宮切嗣という一人の男であった。彼は己の肉体を道具として扱い、殺戮機械として殺すべき者達を選別し、始末してきた。

 

 そこに彼の感情や私情が入る余地は無かった──この男は機械となり、常に死を纏い、死を生み出してきた。そして尚も歩むのだ。

 

 なぜそのような事をするのか、それは当然理由がある。

 我が理想をこの手に! ああ、しかしその理想が叶わないことは知っている(思っていない)。この世界に平和を、この世界に争い無き世界を! 衛宮切嗣はただただ、この世界に平和をもたらすためだけに、人を殺すのだ。その行為が矛盾していることはとうに理解している。だが、それでも尚彼は歩むのだ。世界の平和へと向けて──機械となれ。殺戮せよ。効率を優先せよ。情を挟むな。

 それしか方法を知らないのだ。多数を救うのならば、残る少数を切り捨てよ。多数を生かすには、少数を殺すしかないのだ。

 

 ──衛宮切嗣という機械は、その歯車を稼働させ続けていた。しかし、その歯車は二人の存在によって容易く錆び付き、歯を壊してしまった。

 言わずもがな、その歯車を狂わせたのはアイリスフィールと、イリヤスフィールという、彼の妻と子である。衛宮切嗣という人間は、この二人を失うことを何よりも恐れた。しかし、それは衛宮切嗣という機構(システム)異常(バグ)をもたらし、その歯車を停止させるのと同じであった。

 

 迷い──衛宮切嗣は彼女たちを、平和(殺人)と天秤に取らなければならないとき、彼はどちらへとその秤を傾けるのであろうか? 

 ……その答えを出さなければならなくなった時、彼が出す選択は──既に決まっている。

 

 

 

 次はサーヴァントや、そのマスターではないものの、聖杯戦争と関わりを持つ──と言っても良いのか、少しばかり怪しいが、遠坂凛の様子を見てみるとしよう。

 

 遠坂凛──この聖杯戦争が行われている時代にいては、小学生であり年齢に相応しい天真爛漫な様子を見せていた。

 彼女は聖杯戦争の最中、その身に危険が降りかかってはいけないと、案じた時臣によって彼女の母親である遠坂葵の実家へと避難をしていた。とはいっても、その生活には大きな変化はなかった。精々があまり外をうろついたり、人気のない所に行かないように、と母親から注意されているぐらいであった。

 小学校に通いつつ、友人と遊び、魔術について学び、時折聖杯戦争に参加している父親の身を案じる──遠坂時臣が行方不明となったという情報は、彼女たちのもとに送られるようなことはなかった──といったぐらいの生活を送っていた。

 

「凛、そろそろ寝なさい」

 

「はーい。お母さま」

 

 凛は、母親である葵の言葉に頷くと、寝室へと向かい布団の中に潜り込んだ。

 寝る直前に、彼女は一度父親の心配をするも、優れた魔術師であるのだから大丈夫と頷き、次に今日学校と友人と交わした約束を思い出した。

 

(明日はコトネと遊ぶ約束。公園にいって、それから……──)

 

 凛はコトネと明日、どのようなことをして過ごそうか、考えているうちに眠りに落ちた。

 

 さて──丑三つ時も眠る深夜となり、パリスとシャルロット・コルデーとは屋敷の跡地で、バーソロミューと戦う覚悟と作戦を整えていたし、衛宮切嗣は相変わらず街中を捜索しており、ウェイバーやイアソン、それに凛は眠りについていた。

 

 

 

 ここまで彼らの様子を見ていったが、柳洞寺を根城としている陳宮や、彼の元で捕虜となっている言峰や時臣、舞弥達の様子はあえて省かせてもらおう。

 最後に残る人物──間桐臓硯と、ガレスとの様子について見るとしよう。

 

 場所は冬木市の住宅地、その中の一つの家へと入ってゆけば、間桐臓硯とガレスの姿を見ることが可能となる。

 

「に、逃げて──!」

 

 それは恐怖と悲痛と願望とが混じりあった女の金切り声であった。

 その言葉が叫ばれると同時に、彼女の肉体は砕かれ、血液や内臓をまき散らし、その生命を終えることとなった。

 

「あ──」

 

 コトネは、母親の血を顔に浴び、その生暖かい感覚に体をぶるりと震わせた。

 なぜこんなことになった? コトネは今日一日の出来事を、さながら走馬灯のように思い出していた。凛と明日遊ぶ約束をして、学校から帰って、宿題をやって、母の手料理を食べて、家族と他愛のない話をして、ベッドの中に入ったのだ。

 

 そして、突然夜中に、母親に叩き起こされたのだ。

 始めは寝ぼけながらも、まだ深夜だというのに起こした母親に文句を言ってやろうとして──床に横たわった、父親の死体を目にすると怯え、絶叫した。

 母親に抱きかかえられ、寝室から逃げるもすぐさま、母親は殺された。そして、次はコトネの番となるのだ。

 

「嫌……やめて……! 助けて……来ないで!」

 

 コトネは、突如この惨劇をもたらしたガレスを追い払うように、手を振り回した。

 けれども、ガレスはゆっくりを彼女の方へと歩み──その返り血に染まった手を振るい、槍でコトネの肉体を砕いた。

 ガレスの様子を見れば、彼女の体や槍にはおびただしいほどの返り血が付着しており、このコトネの一家だけではなく、他の家でも同じように殺戮をしていたのは一目瞭然であった。

 

 間桐臓硯はガレスにこのような行為を、この晩令呪によって強制的に行わせていたのだ。彼は暗闇のなかで、笑みを浮かべながらガレスへと命じた。

 

「さあ、サーヴァントとしての本領を果たすが良い」

 

 するとガレスは、コトネの遺体からその心臓を引きずり出し、まだ熱を持つそれを口の中に運び、飲み込んだ。

 

「サーヴァントとは魂喰いよ。傷はすでに癒えたであろう? その霊基もより強靭なものとなっている筈よ」

 

 臓硯の言葉を聞いたガレスは、突如体を震わせ、涙を流しながら呟いた。

 

「……や、めて……ごめ、ン……なさい……」

 

 その言葉を聞いた臓硯は関心したように言った。

 

「ほう、まだ正気が残っておるか。大したものよ──じゃが、無駄なこと。狂気へとその身を堕とせ。正気を砕け。騎士としての誇りを忘れよ」

 

「嫌──いや……お兄、さ……ごめん、なさい……おウ……ソラウ……助、け──ラン、ス……ロットさ、ま……」

 

 臓硯の令呪が赤く、不気味に光り、彼は不気味に笑って見せた。臓硯にすれば、これは必要な作業であると同時に、ガレスが苦しむ様を見て愉しんでいるのであった。

 ガレスは手をきつく握りすぎたことによって、爪が食い込み血が流れ──彼女の手は最早赤黒く染まっており、己が流した血は、今まで殺した人々の血と同化していた。

 それを認識したガレスはあらん限りの大声で、咆哮した。

 

「あああアアァァアアアAAAAAAaaaaaaaa──ッ!」

 

 

 

 さて、これで三日目の夜は終えることとなる。

 次は聖杯戦争の初戦から四日目となる──この戦いも、少しずつ激しくなって行くであろう。各々備えは十分にできている。ならば後は戦うのみである。

 






 感想を……感想をクレェ……(感想乞食)


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第22話

 更新遅くなってすまない。お詫びに9000文字くらい書いたから……!

 あと5話くらいで終わると思います。


 聖杯戦争も四日目を迎えることとなった。脱落したサーヴァントといえば、未だバーサーカーのサロメ一人のみではあるが、マスター達はその限りではなかった。

 サロメのマスターである間桐雁夜はケイネスに殺されたし、遠坂時臣及び言峰綺礼、そしてマスターではないが久宇舞弥。この三人は陳宮に囚われの身になっている。ガレスの元マスターであったケイネス及びソラウの両名は間桐臓硯の策によって、ガレスの手によって殺害された。

 イアソンのマスターである衛宮切嗣は、臓硯に連れ去られたアイリスフィールを探し、その精神を疲弊させていた。

 このように、脱落したサーヴァントは未だ一体のみではあるが、マスター達は何名かが死亡したり、ダメージを受けたりとしていた。

 

 各々様々な状態ではあるが、皆一つだけ本能的に確信していることがあった。

 すなわち──この四日目から、戦いはより激しいものとなるであろうということを。

 

 ウェイバーもまた、それは例外ではなかった。彼はこれまでにパリス及びガレスと交戦したが、どちらも致命傷を与えるまでには至っておらず、それどころかバーソロミューはガレスの攻撃によって左手を切断されたのだ。顔に付けられた傷は、ウェイバーの治癒によって回復したものの、切断された手まではウェイバーの実力では再生まで至らなかった。

 しかし、バーソロミューは自分の手が無くなったことなど気にした様子はなく──正確には、町を歩く人々に己の左手が無いということを悟られないように、うまく隠しながら街を歩いていた。そして、メカクレの人物をナンパしたりと、相変わらずの様子であった。

 ウェイバーは、そんなバーソロミューの様子に、いらつきを隠せずにいた。

 

「オイ、ライダー。オマエなぁ……」

 

「静かに、マスター……」

 

 とライダーはひっそりとした声で呟いた後、念話でウェイバーに声を掛けた。

 

「我々を尾行しているものがいます」

 

「なっ──」

 

 ウェイバーは驚いて、周りを見回そうとした。しかし、バーソロミューはそれを阻止し、言葉を続けた。

 

「自然体で──そう、そのまま……かなり遠くからこちらを窺っているようです。恐らくはアーチャーでしょうね」

 

 バーソロミューの言葉は果たして正解であった。

 パリスは夜が明けると、街中をバーソロミューとそのマスターがうろついている、という連絡を陳宮から受け取るなり、遠坂邸から飛び出してすぐさまバーソロミューの元へと向かった。

 ビルの上を怖がりながらも移動しつつ、バーソロミューを確実に仕留められるような状況を待っているのだが、バーソロミューは街中をうろついているため、人目に付くところでは攻撃は出来なかった。

 

「それにしても──」

 

 パリスはバーソロミューの様子を見ているうちに、己の内側から怒りが込み上げているのを感じていた。……無理もないだろう。今回は冤罪だということを我々は知ってはいるものの、パリスからすればバーソロミューは己のマスターを卑怯にも攫い、その上で堂々と街中に出ては好みの人物を口説いたり、好き勝手に遊んでいるというように映るのだから、怒りを覚えるのも無理もないであろう。

 パリスは今すぐにも弓の弦を引きたいのをこらえ、歯を食いしばってバーソロミューを狙撃するべきタイミングを見定め続けた。

 

「……必ず、助けますから。マスター」

 

 そうしたパリスの内心など、バーソロミューやウェイバーが知る由もない。しかし、彼らからすればパリスは元から敵なのだから、狙われる理由があるということは十分に理解していた。

 

「オ、オイ。ライダー、どうするんだよ?」

 

 ウェイバーは今この瞬間にも、バーソロミューや己を追跡している人物が居る、という事実に恐怖を隠せず、オドオドとした様子でバーソロミューに念話で問いかけた。

 それにバーソロミューは、酒屋の娘に手を振りながら念話で答えた。

 

「そうですね。真昼間であり、人通りの多いこの場所にいれば攻撃されるようなことは無いでしょうが──ふむ、ここは勝負を挑みますかね。……こうやって遠くから監視されるというのも、少しばかり落ち着かないですから。マスターはそれでよろしいですか?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 ウェイバーは逡巡した後、頷いた。

 

「こうやって狙われているのが分かっているっていうんなら、対策のしようはいくらでもあるだろ?」

 

「そうですね。では人目の映らない場所へ移動するとしましょう──」

 

 こうしてウェイバーとバーソロミューの二人は戦場へと移動することを決定した。その道中も、パリスは遠く離れた場所で、バーソロミューを追跡していた。

 移動する最中、ウェイバーはバーソロミューに対して問いかけた。

 

「何か策はあるか?」

 

「そうですね──宝具を使われると厳しいでしょうが、先ほどマスターが言った通り、やりようはいくらでもありますよ。遠距離攻撃なら、こちらにも砲撃がありますしね。……あちらはこれまで以上に、本気で仕留めにかかるでしょう」

 

「左手がないだろ。大丈夫か?」

 

「そうですね。確かに銃やカトラスを握る手が一つ減るというのは、少しばかり不便ですね。実際、ゲームをするときにもコントローラーを片手で持たなければならないので、ギャルゲーの最中にあるミニゲームをプレイするとき、手間取りましたからね」

 

「オマエなあ。こんな時にまでゲームかよ」

 

 ウェイバーは嘆息し、呆れてみせた。バーソロミューはからからと笑って答えた。

 

「何かを楽しむことができる時間があるのならば、楽しむことが大事ですよ。もちろん、メリハリは大事ですが……人生、何が起こるのかわからないのです。辛いことも、楽しいこともありますよ? そして、それらは必ずしも自分の求めるべき時に、求める出来事があるという訳ではありません。だからこそ、楽しむことができる時には、楽しむことが……自分が望むことを行える時には、躊躇わずに行動することが大事なのです」

 

「ライダー……」

 

 ウェイバーは、「それはオマエの経験談か?」と言いかけ、その言葉を飲み込んだ。彼は、バーソロミューの人生というものを知っている。彼がどのようにして、海賊になったのかを知っている。

 ……バーソロミューは元々は、商船の一員だったところを、海賊の人質となり、それから海賊船の船長としての才を見込まれ、世界最大の海賊船団を率いるにまで至った。……バーソロミューは、果たして自ら望んで海賊となったのか……その選択に後悔はないのか──ウェイバーは気になってはいるものの、それを聞くことはしようとしなかった。

 

「ここを戦場としましょう。さあ、マスター。私の後ろに」

 

「あ、ああ」

 

 気が付けば、バーソロミューとウェイバーの二人は目的地へと到着していた。そこは、我々が知るところの、元々の世界線(Fate/Zero)において、ケイネスとソラウが死亡した廃墟であった。

 バーソロミューは右手にカトラスを握り、パリスが立っている遠く離れた建物の屋上目掛けて、その刃先を突き出して叫んだ。

 

「さあ、かかってきなさい!」

 

 ──その声こそ、遠く離れた場所に居るパリスには聞こえなかった。しかし、パリスはバーソロミューがどのようなことを言っているのかは理解した。己を挑発しているのだ。

 

「……ッ」

 

 バーソロミューの様子を見て、パリスはマスターを救い出したい感情と、バーソロミューに対する怒りとによって今すぐにでも飛び出しそうになるが、どうにか理性によってそれを堪えた。

 そうだ。今飛び出してしまっては、彼女の策が無駄となってしまうのだ。いくら深く物事を考えないパリスといえども、策を無駄にするようなことはしない──彼は昨夜のことを思い出していた。

 

「大丈夫ですよ」

 

 どうやってバーソロミューを倒そうか、と二人で頭を捻っている最中、シャルロット・コルデーは唐突に言い放ったのだ。

 彼女は笑顔で言葉を続けた。

 

「私がいます。私がライダーを倒します」

 

 そうだ。彼女は確かにそういったのだ。であるのならば、彼女の行動を無駄にするようなことをしてはならない。パリスはどのようにしてバーソロミューを倒すのか、と問いかけた。

 帰ってきた答えはこうだった。

 

「それは秘密です、でも、そうですね──私はアサシン。だったら、やることは一つしかありません。あなたは、もし失敗したとき……いえ、私が攻撃した後、いつでも敵を攻撃できるようにしておいてください」

 

 パリスが行うことは、シャルロット・コルデーがバーソロミューに攻撃した後、それが成功しても、失敗しても、いつでも攻撃できるように矢を弦に番え、引き金に指を掛けることのみである。故に、パリスはこうして忍耐強く歯を食いしばりながら、バーソロミューをいつでも攻撃できるように、照準を合わせるのだ。

 

 しかし、そろそろシャルロット・コルデーがその暗殺の御業を見せても良い頃合いだ──パリスから見た彼女は、英霊というには弱く、頼りなさそうに見えた。腕力も、知力も、技術も、英霊たりえる程ではなかった。

 英雄というには、あまりにも普通で、どこにでもいる娘のように思えた。……否、実際そうなのだ。そんな彼女が、どのようにしてバーソロミューという大海賊を仕留めるというのか、その方法をパリスは一切聞いていなかった。

 というよりは、そのことを問いかけると、彼女はどこか困ったような笑みを浮かべ、そのあといつもの微笑みを浮かべながら「大丈夫ですよ」とか、「任せてください」とかの答えを口にするのみであったのだ。

 

 果たしてシャルロット・コルデーはどのようにして攻撃するのか──

 

「──え?」

 

 ……それは驚きと困惑が入り混じった声であった。誰がその声を発したのかはわからないが、その声が発された理由を説明することは簡単である。

 シャルロット・コルデーは、バーソロミュー達の真正面にその姿を堂々と晒したのだ。気配遮断スキルを使っている様子は一切見られず、彼女はゆっくりとその歩みを進め、徐々にバーソロミューへと接近していった。

 

「……なあ、ライダー。アレって」

 

 ウェイバーは目の前に現れたシャルロット・コルデーの姿を認めると、バーソロミューに問いかけた。

 

「ええ、サーヴァントですね」

 

 バーソロミューは頷いた。

 

 さて、ここで唐突ではあるが、素人ながらに暗殺というものについて説明させていただくとしよう。

 

 暗殺とは何か、と問われれば人を殺す行為だと答えるしかない。しかし、それは戦場のような場で、堂々と名乗りを挙げて一騎打ちするようなものではなく、日常の中で、唐突に刃をその首に振り下ろすようなことをいうのだ。つまりは、全くの不意打ちで敵を仕留める行為である。

 

 それでは暗殺を行う存在、すなわち暗殺者と呼ばれる彼らは、どのようにして暗殺を行ったのだろうか? 

 ……基本的にはだまし討ち、例えば月明かりの無い闇夜を歩いている中を襲い、例えば一人で歩いているところを複数人で攻撃したり、例えばすれ違いざまに心臓にナイフを突き刺したり、例えば飲食物に毒を仕込んだり、寝ているところを攻撃したり、遥か遠く離れた位置から銃で狙撃したり──例えを挙げればキリながいほどに、暗殺の手法は数多く存在している。

 

 なので、ここは分かりやすい例を挙げるとしよう。

 アサシンの語源となった山の翁達である。ハサン・サッバーハと呼ばれた歴代の長達は、それぞれが様々な方法で暗殺を行ってきた。

 魔人の腕で心臓を握りつぶす者、内に宿る多数の人格によって様々な難関を潜り抜ける者、毒の口づけで仕留める者もいた。

 どの翁たちも皆驚異的な暗殺の御業を手にしていた。しかし、そうした超人然とした彼らでも、暗殺をするときはターゲットの認識の埒外から刃を振り下ろしたものだ。

 

 影に隠れ、あるいは背後から、ターゲットに知覚されないように命を奪う。それが暗殺なのである。

 

 暗殺者とは──敵の不意を打ち、殺す者也。

 

 闇夜で刃を。認識の外から狙撃を。好意を抱かせ警戒心を失わせ。飲食物に毒を仕込み──

 

 しかし、彼女はそうしたことは一切しなかった。ジャン・ポール・マラーを暗殺することを決意し、事前の入念な下調べや、詳細な計画すらもなく、その足でマラーが住まうパリへと向かい──ターゲットへと近づいたのだ。

 その際、マラーはシャルロット・コルデーに対して一切の警戒心を持つことは無かった。そして、シャルロット・コルデーはマラーの元へ接近すると、ナイフを彼の心臓へと振り下ろしたのだ。

 

 ……結局のところ、マラーは殺される直前、否。殺された後ですらも、シャルロット・コルデーが暗殺者であるということに気が付くことは無かったであろう。

 

 なぜならば、彼女はただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 そこに他人からの警戒は一切存在しなかった。屋敷に入るときも、会話をしているときも、ナイフを振り下ろした時でさえも、シャルロット・コルデーという人間を警戒するものは、誰一人存在しなかった。

 つまり、これまで何度もしつこく繰り返しているが、暗殺者というのは認識の埒外から殺す者である。その点において、シャルロット・コルデーは究極の暗殺を行ったと言えるであろう。

 

 故に──シャルロット・コルデーは暗殺者として、英霊となったのだ。

 

 では、そんな彼女の宝具とはどのようなものなのか? それを今からご覧いただこうではないか。

 

「おはようございます」

 

 とシャルロット・コルデーは笑顔を浮かべ、まるで親しい人間にするかのような挨拶をした。

 

「ええ、おはようございます。可愛らしいお嬢さん」

 

 とバーソロミューは答え、言葉を続けた。

 

「こんなところに何の用でしょうか?」

 

「ええ、一つだけ。ライダー、さんですよね? 合ってますか?」

 

「合ってますよ。そういうあなたのクラスは何でしょうか?」

 

「ふふっ、それは内緒です。だって、そうでしょう。聖杯戦争では、サーヴァントのことは隠したほうがいいって聞いていますから」

 

「それもそうですね」

 

 彼は紳士然とした態度で、淑女に接するのと同じような振る舞いだった。

 シャルロット・コルデーは、一歩ずつ、ゆっくりとバーソロミューとウェイバーへと接近していった。それをバーソロミューやウェイバーは何ら不思議に思うことも、警戒することもなかった。

 

 ……彼らはシャルロット・コルデーがサーヴァントだということは理解している。しかし、それでもなお警戒することは無いのだ。それは、別段彼らが不用心というわけではない。

 シャルロット・コルデーの宝具は既に起動されているのだ。故に、彼らはシャルロット・コルデーという暗殺者を警戒することは到底不可能なのだ。

 

 また一歩。シャルロット・コルデーはバーソロミューへと近づいた。少しだけ強い風が吹くと、彼女は帽子を飛ばされないように手で押さえた。そして風がやむと、またバーソロミューへと歩き始めた。

 

 あと三歩。

 

 彼女はニコリと微笑んだ。

 バーソロミューは微笑み返した。ウェイバーは突然現れた彼女に戸惑いを隠せない。

 

 あと二歩。

 

 彼女は握手を求めるかのように手を差し伸べた。

 バーソロミューは握手に応じようとして手を差し伸べた。そこに警戒心は一切無かった。

 

 あと一歩。

 

 彼女は──ナイフをバーソロミューの心臓(霊核)へと突き刺した。

 バーソロミューの体は血を拭きだし、グラリと倒れた。

 

「ら、いだー……?」

 

 ウェイバーは突如崩れ落ちたバーソロミューを見て、何が起きたのか理解できなかった。

 

 これこそが、シャルロット・コルデーという暗殺者の暗殺なのだ。彼女の宝具──『故国に愛を、溺れるような夢を(ラ・レーヴ・アンソレイエ)』は、真正面から敵に近寄り、ナイフを突き刺すのだ。そこに警戒心を抱かせることはなく、それどころかターゲットが彼女を認識すればするほど、その警戒心は薄れてゆく。

 

 警戒心を抱かせることはなく、真正面から、意識外から敵意(ナイフ)を突き刺す。ああ、まさしく彼女は英霊たりえる人物であろう! これほどまでに恐ろしく、完成された暗殺があるだろうか! 

 

 バーソロミューの体は地面に倒れ伏し、その瞬間数発の銃声が鳴り響いた。

 

「あっ──」

 

 シャルロット・コルデーは息を吐くかのような声を漏らし、体にいくつかの銃弾を浴びると、その衝撃で後ろに吹き飛び、鮮血をまき散らしながら倒れた。

 

「ライダーッ!?」

 

 ウェイバーは、この時初めてバーソロミューが攻撃されたのだ、と理解し叫んだ。

 そして、それと同時に遠くからこれを見ていたパリスもまた、シャルロット・コルデーが撃たれたのを見て叫んだ。

 

「アサシンッ──!」

 

「……油断、したつもりはなかったのですがね」

 

 バーソロミューは銃を倒れてもなおシャルロット・コルデーへと向けていた。しかし、銃はパリスが放った矢によって、彼の手から打ち落とされた。

 バーソロミューは、刺された瞬間、攻撃されたのだと自覚し、倒れる最中最後の力を振り絞ってシャルロット・コルデーへと銃弾を放ったのだ。

 ウェイバーはバーソロミューの元へと駆け寄った。

 

「ライダー! 大丈夫か!」

 

「いえ……これは無理ですね。見事に霊核を砕かれています。見事にしてやられましたね……油断、したつもりはなかったのですが」

 

 パリスは一気に建物の上からシャルロット・コルデーの元まで移動すると、彼女の体を抱えて叫んだ。彼の顔は真っ青であり、目尻には涙を浮かべていた。

 

「あ、アサシン! 大丈夫ですか? 死なないで、何で──!」

 

 シャルロット・コルデーは微笑み、答えた。

 

「泣かないでくださいな。アーチャー。これでいいんです。私は──始めから、こうなるのでしょうから。私は生前、確かに暗殺をしました。正面から入って、あの人の心臓にナイフを突き刺しました……でも、逃げることはできませんでした。そのあとは、すぐに捕まってギロチンにかけられたんです。

 暗殺して、処刑される。殺して、殺される。それが私の運命なんです。これは二回目ですね。だから、どうっていうことはないですよ。どうか、あなたのマスターを助けてあげてください。アーチャー」

 

「あっ──」

 

 シャルロット・コルデーの肉体は、金色の粒子となってパリスの腕から消滅した。つまり、死亡したのだ。

 

 彼女は、シャルロット・コルデーという人間は普通の街娘だ。その度胸や決意、美貌は普通よりもかけ離れていても、普通の人間にすぎないのだ。故に、暗殺をすれば、殺した周りの人物が黙っていない。実際、戦う術も、逃げる術も持たない彼女は、マラーを暗殺した後は、すぐに取り押さえられた。そして、ギロチンによって処刑されたのだ。

 

 ──シャルロット・コルデーという暗殺者は、暗殺を行うことはできても、終わった後は、戻れないのだ。

 

 ……彼女は、最初からこうして死ぬつもりだった。否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。しかし、そこに恐怖心は無かった。こうするのが最善である、こうすればパリスと、そのマスターを助けることができる、そう考え、決意したのだから。

 

「──ッ」

 

 パリスは涙を流した。しかし、それでも悲しみを抑え、怒りの感情を沸き上がらせると、バーソロミューへと矢を向けて叫んだ。

 

「マスターをどこにやったッ! 今すぐ、返してください……! ボクの、ボクたちの、アサシンの……マスターを!」

 

「……ふむ?」

 

 バーソロミューはきょとんとした顔をしながら、首を傾げた。パリスが何を言っているのか、理解できなかったのだ。当然であろう。バーソロミュー達は、遠坂時臣及び言峰綺礼を誘拐した犯人ではないのだから。

 しかし、そんなことを知らないパリスは、バーソロミューのそうした態度を見て、叫んだ。

 

「とぼけないでください! あの夜、戦いが終わった後、ボクたちのマスターはどこにもいなかった! キャスターが、お前たちが攫ったんだと言っていたんです──! さあ……返してください。どこにいるんですか……っ!」

 

「な、何を言っているんだよ、オマエ……」

 

 ウェイバーは、パリスの言葉に戸惑いを隠せずに言った。

 しかし、バーソロミューはこの状況を分析し、一つの答えを導き出した。

 

「ふむ──どうやら、罠にかけられたようですね。アーチャー」

 

「何をッ……」

 

「私たちは、あなたのマスターを攫ってなどいません。あの晩、私とあなたが戦っているとき、車が次々と突っ込んできたでしょう。あの車は、私たちとは全く関係のないものです。……キャスターがあなたに何を吹き込んだのかは知りませんが、まあ、恐らくは犯人はキャスターの可能性が高いでしょうね。

 まんまと騙され、私と潰し合う状況を作り出す。成程、いかにもキャスターらしい手段ではありませんか」

 

 バーソロミューはため息を吐いた。

 しかし、彼の言葉を聞いたパリスは、一切を信じられないといった様子だった。それを見たバーソロミューは、言葉を続けた。

 

「それでも尚信じられないようなら、そうですね。主と海賊としての誇りに誓って言いましょう。私たちは、あなたのマスターのことは知りませんよ」

 

「────…………そんな」

 

 パリスは虚脱感を覚え、膝をついた。バーソロミューの様子から、彼が言っていることが本当だと理解したのだ。では──シャルロット・コルデーは何のために死んだ? ああ──彼女が命を賭してパリスの力になろうとしたのに、これでは全くの無駄死にではないか! この耐えがたい事実は、パリスという少年が持つ純粋な心をズタズタにして切り裂いた。

 

 唖然とするパリスを他所に、バーソロミューはウェイバーへと言葉を投げかけた。

 

「ああ……そろそろ限界ですね。お別れです。マスター」

 

「ライダー! バカを言うなよ……! そうだ、今スグ令呪で何とか……!」

 

「いえ、無駄ですね。霊核を粉々に破壊されています。いや全く、彼女の手腕は見事でした。……そう悲しそうな顔をしないでください。何事においても言えますが──何かしらの出来事は唐突に訪れるものです。死も同じですよ。まあ、突然大砲で吹き飛ばされた生前よりはマシな死にざまですかね。コレは。

 ……ああ、そうだ。ワイン、まだ一本残っていたでしょう。アレはあなたに差し上げます。いやはや、我武者羅に足掻く少年を見て、ついつい面倒を見てしまった。ですが、悪くない。ああ、不満があるとすれば、素敵なメカクレ達と遊びたかったですね……アーチャーもあの様子では、マスターに手出しはしないでしょう。はは、ははは! ああ、それではこれでおさらばとしましょう! 私は! バーソロミュー・ロバーツは今、死ぬぞ!」

 

 バーソロミューの肉体は完全に消滅し、ウェイバーはバーソロミューとの魔力のラインが途切れるのを自覚した。

 彼は涙を流し、言った。

 

「……バカ野郎。まだ酒は飲めないっての」

 

 さて、バーソロミューが消滅してから、暫くの間パリスは茫然としていた。しかし──彼は己を騙した相手、すなわち陳宮へとその怒りの矛先を向け始めた。

 

「キャスター……ッ!」

 

 己のマスターを攫ったのも、キャスターだ。

 シャルロット・コルデーを無駄死にさせたのも、キャスターだ。

 

 ──許しておけない。己を騙した彼を。マスターを攫った彼を。シャルロット・コルデーを殺した彼を。

 

「許さない──!」

 

 パリスは己が殺すべき真の敵を見定め、柳洞寺へと駆け出した。

 

 

 

 



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第23話

 正直に言えば、この話を書きたさ8割くらいでこの小説書き始めた気がする。
 故に早めの投稿! 更新ッ!


 ──走る。走る。

 

 後のことなどは一切考えずに、全力を持ってパリスは街中を駆けていた。建物の上を走り、時には飛び、柳洞寺を目指して、文字通り一直線に走っていた。

 サーヴァント故か、心臓の鼓動が激しくなることはなかった。しかし、それでもパリスは胸に痛みを覚えていた。悼む理由は何だろうか──? 決まっている! 己が騙されたことだ! 陳宮という外道の言葉に()()()と操られ、シャルロット・コルデーを失った。今回とは無関係であるバーソロミューを殺した。

 

 ……心優しく、純粋なパリスは、己の手で彼ら二人を殺したも同然だと思っていた。……バーソロミューは敵であり、殺すべき者だと理解はしている。嗚呼、しかし。それでもこのような理由で殺されるなど、報われないにも程がある! 

 そして、シャルロット・コルデーもだ! 彼女は、命を賭してバーソロミューを殺し、彼に殺された! 己のマスターを救おうとして。パリスを勝ち上がらせようとして! しかし、果たしてその死は尊いものではなく、全く意味がない無駄死にではないか! 嗚呼、これでは()()()()だ! 

 

 パリスは涙を流し、無為に死んだ二人に思いを馳せ、悲しんだ。そして、この状況を作り出した、陳宮という邪悪に怒りを覚えた。

 これは聖杯戦争。騙し騙されの戦いもあるだろう。かつて、彼が経験した戦争でも、それは同じだった。アカイアとトロイアとの戦争。あの戦いで幾多もの英雄が死んだ。その戦いの中では策略謀略も渦巻いていた。その戦いでどれだけの死があっただろうか。

 

 パリスは己の手によって戦争を巻き起こし、己もまたその戦場で戦い、アキレウスという敵を討ち取った。理解している。しかし、それは己の実力ではなく、アポロン神の力を借りたことによるものだった。

 卑劣なる策略による騙し討ち、同士討ち──戦争ならば、このようなこともあるだろう。それは理解している。理解した上で、パリスは悲しみ、怒るのだ。

 

 そして、彼が怒る理由はもう一つ。

 

 ──ごめんなさい! 僕がもう少し強かったら! 賢かったら! 

 

 己が未熟であるということだ。幼い彼ではなく、全盛期のパリスならば、あるいは──

 パリスは(かぶり)を振った。今更そのような事を考えてもどうにもならない。一度起こってしまったことは仕方がない。そうだ、あの女神の選択をした時のように。それで戦争が起こった時のように。どうすれば良かったのか、それを考えるのはまあ、いいだろう。

 しかし、それでも後悔するのはいけない。事態は進みゆくのだ。今己がすべきことはただ一つ。真実を確認し、あの卑劣なるキャスターを討つことだけだ! 

 

「キャスターッ!」

 

 柳洞寺の山門へと通じる、長い階段の途中で、パリスは立ち止まり山門を見上げた。そこに陳宮の姿は見えなかったが、気配はすぐそこに感じる。恐らくは門の裏にでもその身を隠しているのだろう。

 パリスは有らん限りの怒気を込め、涙を流しながら、純粋無垢な少年らしい顔を歪めながら叫んだ。

 

「騙したんですか! 僕たちを──マスターを攫ったのは、ライダーじゃなかった!」

 

「騒がしいですね」

 

 と陳宮はため息を吐くような声で言った。

 そして、のそり、と山門の影からその姿を現した。彼の姿を目にしたパリスは目を見開いた。というのも、陳宮は意識を失ったパリスのマスターである、遠坂時臣の襟首を掴み、彼に見せびらかすように掲げていたからだ。

 彼はパリスを見下ろしながら、目を細め、口の端を吊り上げて言った。

 

「ですが、問いには答えましょう。──そうです。アーチャー、貴方のマスターを攫った真犯人は、まさかまさかの私なのです。ええ、申し訳ありません。申し訳ないと思っていますよ。

 ですが、まあ。昨日の会話を思い返してください。私は一言も『ライダーがあなたのマスターを攫った』とは言っていません。私の言葉を、あなた方が勝手に勘違いしただけ……といっても、納得してくれないようですね」

 

 パリスは心のどこかで、自分がこれほど怒ることができるのか、というような驚愕を覚えながら有らん限りの声で叫び、弓を番えた矢を陳宮へと向けて叫んだ。

 

「よくも! アサシンは……死んだ! お前のせいで! マスターを返してください! でなければ、今すぐこの矢で殺してやる──!」

 

「それは怖いですね。ええ、私も死にたくないですし……承知しました。騙したことも悪かったと思っていますしね、返しますよ。では、ちゃんと()()()()()()()()()()?」

 

「えっ──!」

 

 パリスは呆気に取られ、先ほどまで己の内部で激しく燃え盛っていた怒りの炎はあっという間に鎮火した。その理由は何か──陳宮があっさりとパリスの要求を飲んだことか? それもあるだろう。しかし、もう一つ。陳宮は意識の無い時臣をパリス目掛けて放り投げたのだ。

 そも、時臣は頭に狙撃を受けており、少しでも動かしたら危ういといった状態である。ただでさえそんな状態であり、意識を失っているのだから、パリスが少しでも受け止めるのを失敗すれば、時臣がどうなるのかは想像に難くはないだろう。

 

 ……そうしたことをパリスが考えていたかどうかはともかく、彼は急な出来事に背筋が冷える思いで、慌てて矢と弓を放り投げて、落下する時臣の元へと駆け寄った。

 

「マスター……!」

 

 パリスは己のマスターが死んでいない、ということ。そしてその身柄がしっかりと己の元へと返却されることに喜びを抱き、時臣の体を受け止めようとした。

 そして、パリスが指し伸ばした両腕が時臣を優しく受け止める瞬間──陳宮は嗤い、己の宝具の真名を開放した。

 

「外道冷酷の策を以て、終わらせましょう。『掎角一陣(きかくいちじん)』!」

 

 掎角一陣、其れは対象の魔術回路を加速、臨界点へと到達させて膨大な爆発を起こす宝具である。そして、彼はそれを遠坂時臣へと使用したのだ。

 パリスが彼の体を抱きしめる直前に起動されたそれは、容赦なく意識を失った時臣の魔術回路を強制的に起動させ、超加速させた。

 

「え──?」

 

 それは時間にすればほんの一瞬の出来事であっただろう。パリスは何が起こったのか理解できず、気が付いた時には己の目は閃光による白い光に覆われ、凄まじい衝撃が彼の全身を叩いていた。

 

 円蔵山の木々が爆風によって揺れ、木の葉を地面にハラハラと落とした。大地は衝撃によって振動してみせた。この陳宮の宝具によって、山全体──否、円蔵山を中心とし冬木市全体が、その衝撃によって揺れたのだ。

 逆に言うならば、街を揺らすほどの威力を持つ爆発が発生したということであり、それを零距離かつ無防備な状態で喰らったパリスの状態はどのようなものであろうか? そろそろ爆発によって生じた砂埃や、煙が晴れ、爆心地が見え始めるころなので、果たしてどうなっているのかを確認するとしよう。

 

「ぅ……あ゛あ、ぅ……ッ……」

 

 柳洞寺の山門へと通じる階段は粉々に砕かれ、跡形も無くなっており、階段回りに立っていた木々や草といったもの全てが吹き飛び、さながら砂漠のような有様なっていた。その代わりに隕石が落ちたのかと思うほどの、巨大なクレーターが発生していた。そして、その中心には、呻き声を漏らしているパリスが横たわっていた。

 彼の肉体は酷く損傷していた。両足と左腕は炭化しており、その機能を果たすことは不可能となっていた。全身には打ち身や切り傷、火傷といった多数の傷が刻まれていた。パリスの肉体は見ていられない程に傷ついており、間もなく消滅するといった有様であった。

 

 陳宮はそんなパリスを見下ろしつつ、子細に観察をし、その様子を分析していた。

 

「成程、成程。そこそこ優秀な魔術師と令呪を使えば、対魔力を持っているアーチャーといえども無事では済まない様子ですね──」

 

 今のパリスは痛みに悶えているのと、突如己のマスターを抱きかかえようとしたら、このような状況となったことによる戸惑いで満ちていた。しかし、陳宮の言葉が彼の耳に入った瞬間、パリスは何が起こったのかを僅かだが、理解した。

 そして、パリスは痛みに悶えながらも、殺気の籠った目線を陳宮に送った。それを受け取った彼は、パリスを見下ろしながら言葉を続けた。

 

「おや、そのような目で睨まれると怖いですね。何が起こったのか分かりますか? ええ、簡単な事です。私の宝具は、対象の魔術回路を起点として、巨大な爆発を発生させるというものです。今回はあなたのマスターに宝具を使用しました。

 ありがとうございます、アーチャー。あなたの死は無駄にしませんよ。あなたのお蔭で、対魔力スキルを所持していても、ある程度の魔術師と令呪があれば、十分なダメージを与えられるということが分かりましたから」

 

 陳宮はニコリ、と笑った。それを見たパリスは涙を流し、憎しみと悲しみと怒りとが入り混じった感情を声に変換し、叫んだ。叫ぶだけでも、損傷した彼の肉体に激しい痛みが走るが、パリスはそんなものはお構いなしに、血の入り混じった涙を流し、血反吐を吐きながら叫んだ。

 

「あ、あ、ああぁぁ! よくも、よくも……っ! マスターを!」

 

 パリスは慟哭し、陳宮を睨み付けた。今すぐにでもいやらしい笑みを浮かべ、こちらを見下ろして嗤っている陳宮の脳天を矢で貫いてやりたいほどの怒りに駆られたが、彼の体はそうした己の意思に反して全く動かなかった。それどころか、少しでも動こうとするたびに、激しい痛みが発生して呻き声を漏らすだけの結果となった。

 

「うぁ、ぁぁぁあッ!」

 

 苦しみ──それは痛みだけではなく、己のマスターを守れなかったこと。シャルロット・コルデーの死が無駄となったこと。陳宮を仕留めることができないこと。そうした様々な理由によってパリスは苦しみ、悲しんでいるのだ。

 しかし、彼はただ苦しむだけではなかった。それで終わることは無かったのだ。このパリスというサーヴァントは幼いころの姿で召喚されており、その精神は純粋無垢といった言葉が似あうであろう。しかし、そうした彼を見ていると、到底考えられないほどの感情──すなわち、痛み辛みが復讐心へと変換され、沸き上がっていたのだ。

 

「あぁ……この……っ! 許さ、ない……! よく、もっ……!」

 

 パリスは唯一まともに動かすことのできる右腕に力を入れ、己の第二の宝具をその手に実体化させた。

 

 ──それは、黄金に光り輝く林檎だった。

 

 その宝具の名は、『不和呼びし黄金の林檎(ディスティヒア・ミリャ)

 

 かつてアテナ、アフロディーテ、ヘラの内最も美しい女神に差し出したその林檎は、トロイア戦争という幾多もの英雄が死に、血で血を洗う巨大な戦争を発生させることとなった。故に──その宝具が一度(ひとたび)発動されれば、この場に騒乱を、狂乱を、不幸を、絶望を、呪詛を撒き散らし、莫大な破壊をもたらすこととなるであろう。

 もしその宝具が発動されれば、陳宮を倒すことはできるだろう。しかし、この宝具は敵味方問わずに対象となる、凶悪な効果を持つ物である。故に、パリスも無事では済まないだろう。だが、彼は既に瀕死の状態であり、消滅寸前でもある。だからこそ──あるいは、そうした事は一切考えずに己の激情に駆られるままに、宝具を発動するであろう。

 

 しかし──『不和呼びし黄金の林檎(ディスティヒア・ミリャ)』がその効果を発動することは無かった。

 

 なぜならば、陳宮がパリスの手目掛けて矢を放ったからである。パリスの右手に矢が突き刺さり、彼の手は地面と縫い付けられ、手から離れた黄金の林檎は地面を転がるのみであった。

 

「危ない危ない……追い詰められた時の、最後っ屁が一番脅威ですからね。大人しくそのまま消えてもらいましょう」

 

 そうした陳宮の言葉も、手に走る痛みも、己の宝具の発動が阻害されたことも、パリスにはどうでも良かった。彼は、己の手に突き刺さった矢を見た。

 その矢は、あの時、あの夜、すなわち遠坂邸が粉々に破壊され、己のマスターである遠坂時臣が攫われた時に、見た物と同じ物だ! 己の頭目掛けて飛んできたあの矢と同じ物だ! それが意味するのは、あの夜陳宮がその場に居て、遠坂時臣を攫った真犯人ということである。

 

 ああ、何故早くに気が付かなかったのだ? 陳宮が真犯人であるということを! 

 

 少し考えればわかったかもしれないだろう。バーソロミューは、矢など使わず、大砲や銃によって攻撃していたのだから。ああ、ああ! もう少し早く、自力で真犯人を突き止めていれば! 

 そうすれば、遠坂時臣が死ぬことも無かっただろう! シャルロット・コルデーが、あのように無駄に死ぬことも無かっただろう! 

 

 パリスは後悔し、泣き叫んだ。しかし、そうした所でどうにもできないのだ。今、彼ができることはただ一つ。もはや己の肉体を維持するのも不可能だ。このまま消滅するのみである──

 

「う、あああ、ああぁぁぁぁァァァ──ッ!」

 

 パリスは、金色の粒子を放ち、慟哭しながら消滅した。彼が消滅したと同時に、地面を転がる黄金の林檎も消滅し、その場に残るは彼の手に突き刺さっていた矢のみであった。

 

 それを見届けた陳宮は山門から柳洞寺へと入り、その中の一室の扉を開いた。

 その部屋には、拘束され気絶した状態の、久宇舞弥と言峰綺礼との二人が閉じ込められていた。陳宮はそんな彼らを見て、笑みを浮かべた。

 

「では、そろそろ私も動き出すとしましょう」

 

 

 






 いや、ホラね? パリス君って泣かせたさあるよね? うん、泣かせたいよね! 作者は悪くない。陳宮が陳宮している所も描きたかったんだ! つまりパリス君と陳宮が悪い(暴論
 今回書いててノリノリで楽しかったです。


 あともうちょいで終わる……5話……! 多分そのくらいで……! 計算はガバガバだから、多少前後しますけど!
 あともう少しお付き合いください!


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第24話

遅くなってすまない……
レクエイムとFGO、コラボするようですね。そして、恐らくそのコラボをプレイするには、ギリシャ異聞帯をクリアしなければならない……
そして、作者がギリシャ異聞帯をプレイするには、この小説を完結させねばならない……! 分かるか、コラボが始まる前に完結させて、ギリシャやらなければならないんだ。何故ここまで遅くなった……!
あと2、3話くらいで終わります。ペース上げて投稿していきますよー!


 衛宮切嗣は、己の妻であるアイリスフィール及び、彼女を攫った間桐臓硯を見つけ出すべく、冬木市の至る所を必死に捜索していた。それこそ寝る暇もなく、あちこち駆け回っていた。気が付けば太陽は沈み、月が昇り、そして再び太陽が昇っていた。

 

 一日が経過しても、衛宮切嗣は間桐臓硯の姿を見つけだすことは出来なかった。これは切嗣が無能というわけではない。彼は今までに身に着けた傭兵、魔術師、魔術師殺しとしてのあらゆる経験と技術とを十全に発揮して、アイリスフィールを捜索したのだ。

 それでもなお、間桐臓硯が衛宮切嗣という猟犬の追跡から逃れることができているのは、偏に彼が持つ隠蔽力が凄まじいということであろう。いくら東の辺境とはいえども、聖杯戦争という第三魔法へとつながる儀式を行っていても、魔術協会に手出しをさせないほどの手腕を持つのだ。

 

 しかし、それでも手がかりを得ることはできている。昨夜、冬木市の数件の家で連続殺人が行われたというニュースが報道されている。一般的には殺人犯が押し入り、一家を皆殺しにしたという認識である。しかし、魔術に属するものがその情報を少しばかり調べれば、どのようなことがあったのかを推察することはいたって容易であった。

 発見された死体はいずれも酷い有様であった。あるものは頭を強力に押しつぶされ、あるものは胴体を切断され、あるものは肉体そのものを団子のように丸められていた。これらの行為は皆人の手によって行われた痕跡がある。しかし、人間の肉体をこのように傷つけることができるのは、サーヴァントという凄まじい力を持つモノしかできないであろう。

 それに、もう一つ。発見された死体は皆、()()()()()()()()()()()。この心臓をくりぬくという恐ろしい行為に、一般の人々は震えあがったが、魔術に関わる者達は、サーヴァントに魂喰いをさせていると予測した。

 そしてもう一つ。現場を調べれば、わざとらしく間桐臓硯が操る蟲の痕跡があったのだ。これは恐らく意図的に残されたものなのだろう。

 

「だが、何故?」

 

 衛宮切嗣はそう疑問に思った。

 犯人は間違いなく間桐臓硯であるだろう。しかし、間桐陣営、即ち間桐雁夜は死亡しているし、彼が従えているバーサーカーも消滅したことは、間桐家に侵入した際に居た間桐鶴野を尋問したことによって分かっている。恐らく、他の魔術師からサーヴァントを奪ったとしても、彼が態々魂喰いをさせる理由が分からないのだ。

 間桐は確かに衰退の道を辿っているであろう。聞けば間桐雁夜や間桐慎二には魔術師としての才能がないと聞いている。しかし、それでも間桐の当主である臓硯の魔術師としての実力は衰えてはいないだろう。彼がサーヴァントを従えるのならば、魂喰いによって魔力を補強する必要は無いのだ。

 

 例えサーヴァントが従わないというのならば、令呪を使って意思を奪うなりすればいい。

 もちろんサーヴァントの意思にそぐわぬ命令及び長期的な効果を持つ命令を令呪で行えば、その効果は薄れるだろうが──

 

「……いや、だからか?」

 

 衛宮切嗣は一つの結論に辿り着いた。

 それ即ち、間桐臓硯の操るサーヴァントは彼に従わないため、望まぬ魂喰いをさせている、というものだ。しかし、彼はその考えをすぐさま否定した。

 

「だが、その考えは余りにも性急すぎる。それならば態々証拠を残すような真似をする必要は無い……これは()()()か。わざと一般人を殺し回っていると周りに知らせ、サーヴァントを引き寄せる罠か?」

 

 ──衛宮切嗣は己の思考を高速回転させた。間桐臓硯の意図を探るために。アイリスフィールを見つけ出すために。

 

 何故間桐臓硯はアイリスフィールを攫った? 

 

 何故間桐臓硯は一般人を相手に魂喰いをしている? 

 

 何故間桐臓硯は聖杯戦争のマスターとして参戦した? 

 

 そもそも、間桐臓硯は本当にサーヴァントを従えているのか? だとしたら、それは誰だ? 

 

「情報が足りない」

 

 間桐臓硯は確かに痕跡を残している。

 しかし、その痕跡を追跡することは、衛宮切嗣には不可能だ。否、彼のみがその痕跡を元に間桐臓硯へとたどり着くことができないように、微妙な塩梅に痕跡を残しているのだ。

 

「戦力が足りない」

 

 例え、間桐臓硯へとたどり着くことが出来たとしても、間桐臓硯がサーヴァントを従えているのならば、衛宮切嗣単身のみで勝利することは不可能だろう。

 

「……何もかもが足りない」

 

 ──魔術師殺しとして、聖杯戦争のマスターとして、今の衛宮切嗣という存在を構成するのに必要なピースが無いのだ。

 

 久宇舞弥という道具が無い。彼女は最早行方知れずだ。無事かどうかも分からないし、死んだと見なした方が良いだろう──情報を、武器を、戦場を。戦うために必要な物質をそろえる歯車が存在しない。

 

 サーヴァントという使い魔が無い。力が、戦力が、火力が。英霊を相手に対等に戦うことができる存在が居ない。

 

「……アイリ、君は今どこにいるんだ……? 無事なのか……?」

 

 衛宮切嗣にはあらゆるものが欠けている。しかし、それでも尚彼が一番優先するものは、己の妻であるアイリスフィールであった。なぜならば、現在の衛宮切嗣にとって何よりも重要かつ大切なものは、己の家族なのだから。しかし、アイリスフィールは間桐臓硯に連れ去られ、見つけ出すことすらもできないし、もしも間桐臓硯がサーヴァントを従えているのならば、衛宮切嗣という魔術師のみで戦闘を行うのは無謀でしかないだろう。

 

 ああ、アイリスフィールを救い出したい! しかし、それをするには何もかもが足りない! ──衛宮切嗣は苦悩し、間桐臓硯を見つけ出し、アイリスフィールを救出するにはどうすれば良いのか、思考を高速回転させた。

 そして導き出した答えが一つ──

 

「セイバー……か」

 

 衛宮切嗣は苦虫を嚙み潰したような声で、呟いた。

 成程彼のサーヴァントであるイアソンは、まだ敗北しておらず消滅もしていない。しかし、問題点が一つ。それはイアソンというサーヴァントが、衛宮切嗣の命令を聞かないということだ。彼はそもそも聖杯戦争で戦う気が無く、かといって令呪で強制的に命令をしようにも、メディアの細工によってそれすらも不可能となっている。今の衛宮切嗣の令呪は、イアソンとのパスを繋げるだけの物と化していた。

 

 衛宮切嗣とイアソンとの主従関係は、とうの昔に破綻しているといっても良いだろう。サーヴァントはマスターの指示を聞かず、マスターもまた、令呪によって命令することすらもできない。

 

「だが……」

 

 それでも、彼はイアソンの力を借りないという選択肢を捨てずにはいられなかった。それどころか、それが最善手のようにも思えてならないのだ。

 

 衛宮切嗣はサーヴァント──即ち英雄という人種を酷く嫌っている。それこそが、そもそもの発端なのだ。

 彼は世界に平和をもたらそうとしている。彼はこの世界から争いを無くそうとしている。幾多もの戦場を歩きわたり、あらゆる地獄を目にし、体験してきた。無辜の民が理不尽に死亡するのを、か弱い女性が屈強な兵士に暴行されるのを、兵士が泣き叫ぶのを、死体の山が築かれ、血で出来上がった川が流れる地獄を見てきた。そして、衛宮切嗣もまたその地獄を造り上げた一人でもある。悪を全て殺し、多数を救うために少数を捨ててきた。

 

 それは──世界を平和にするために必要な行為なのだ。

 

 争いを嫌うがために、争うものを滅ぼす。それが、衛宮切嗣という男がやってきた行為である。だからこそ、衛宮切嗣という男は争いをもたらす存在──英雄を嫌う。

 英雄というのは、戦場で数多の人を殺したが故に褒め称えられる存在だ! 英雄というのは、大虐殺をする悪しき怪物だ! 故に、英雄とは憎き存在だ! 

 だからこそ、衛宮切嗣という魔術師はサーヴァントという英雄を純粋な道具(ぶき)として見なし、使用するつもりだった。しかし、イアソンというサーヴァントをそのように扱うのは不可能であった。だからこそ、イアソンは切嗣の指示など聞かずに、好き勝手に行動しているのだ。衛宮切嗣にとっても、イアソンという英雄は不愉快な存在であった。その尊大な態度が気に入らなかった。

 しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない、イアソンという英雄の力が無ければ、アイリスフィールを見つけ出し、救うことは不可能であろう。

 

「セイバーの力を借りるしかない──」

 

 衛宮切嗣は決断した。イアソンに頭を下げ、その力を貸して欲しいと縋ることを決意したのだ。己のプライドや嫌悪、そんなものはどうでも良い。もはや投げ捨ててしまおう。世界の平和などどうでも良い。守るのは、己家族のみだ──! 

 もちろん、イアソンが切嗣の頼みに頷くと言われれば、怪しいだろう。しかし、彼にとっては最早これしかないのだ。それほどまでに、衛宮切嗣は追い詰められていた。

 

 

 

 さて、こうして衛宮切嗣はイアソンに力を貸してもらおうと、現在イアソンが居る冬木ハイアットホテルのスイートルームまで移動した。故に、我々もスイートルームへとその視線を移動させるとしよう。

 現在、ハイアットホテルのスイートルームに向かうには、メディアが仕掛けた無数のトラップを切り抜けなければならない。しかし、それらのトラップは一切作動することはなかった。それは衛宮切嗣が、イアソンのマスターであるため、その義理であろう。そして、もう一つトラップが作動しなかった理由がある。

 

 それは、来客があったからだ。

 衛宮切嗣はスイートルームへと向かう廊下を歩いている最中、向こう側の角から現れた人物の姿を見て、驚き、構えた。

 現れたのは、言峰綺礼及び、陳宮であった。衛宮切嗣は即座に戦闘態勢に入ったが、この二人は特に驚いた様子もなく、あらかじめここで衛宮切嗣と出会うと知っていたかのような振る舞いであり、特に敵対する様子も見せなかった。それどころか、彼らは衛宮切嗣を前にしてもその歩みを止めることなく、衛宮切嗣の方へと歩き──すれ違った。

 

 すれ違う最中、言峰綺礼は衛宮切嗣に小さな声で告げた。

 

「今の私の敵は別の所にいる。ここで戦うつもりはない」

 

「それはどういう──」

 

 衛宮切嗣は振り返った。しかし、二人は彼の問いかけなど気にせず、廊下の向こうへと姿を消していった。

 

「……どういうことだ?」

 

 衛宮切嗣は思考したが、すぐさまセイバーから送られてきた念話によって遮られることとなった。

 

『どうした。私に会いに来たんじゃあないのか? そんな所でボサボサしているなら、さっさと引き返せ!』

 

「いいや、そういう訳にはいかない。セイバー、お前に会いに来たんだ」

 

『──なら、とっとと私の元に来い!』

 

 衛宮切嗣はイアソンが居るスイートルームへと進み、とうとうイアソンと対面することとなった。

 部屋の扉を開くと、イアソンはメディアとヘラクレスの二人を後ろに控え、椅子に座った状態で衛宮切嗣を出迎えた。

 イアソンは鋭い目で、衛宮切嗣を睨んで、静かな声で問いかけた。

 

「さて、用向きを聞こうじゃないか。くだらない話だったら、すぐに放り出してやろう!」

 

「頼む! ──セイバー、力を貸してくれ……! アイリを……僕の妻を助けて欲しい……!」

 

 衛宮切嗣は膝と両手を床に付き──土下座をして叫んだ。その声はどこか悲痛さが混ざっていた。彼は最早、こうするしかないのだ。令呪も通じず、イアソンとの仲も良好ではない。だからこそ、力を持たないモノが、強者へと縋るには、この方法しかないのだ。

 

「聖杯も、何も要らない……ただ、アイリを助けて欲しいんだ……僕の願いはそれだけなんだ……もう、セイバー、お前にしか頼れないんだ……」

 

 イアソンはそんな切嗣を冷ややかな目で見降ろしながら、冷たい声で問いかけた。

 

「『聖杯も何も要らない』? フン、どうだかな! 成程、今のお前は床に体を投げ出し、みっともなく私に縋っている。ああ、実に哀れだ! 実に滑稽だ! お前の願いを知っているぞ! 夢を通じて見たぞ! お前は、ずっとその願いだけを求めて来たんだろ? そのために地獄を歩いた。地獄を作り出した! 

 お前の妻とその他が天秤に乗せられれば、お前はそのその他の内容次第では、妻をも切り捨てるんじゃないか? 心のどこかで、その願いを叶えようとしている筈だ! ああ、あの口にするだけでも忌々しい願いを叶えようとしているんじゃないのか?」

 

「違う!」

 

 衛宮切嗣は叫んだ。それこそ、口を大きく開き、裂けるのではないのか、と思うほどの声で。喉と肺が潰れるほどの大声で叫んだ。

 しかし、イアソンもまた怯まずに言い返した。

 

「嘘だな! お前は世界平和を願望として抱えて居る! この私が、ギリシャ神話という箱庭(テクスチャ)の中の、私が君臨するであろう一つの国でしか叶えられないと思った、その願いを、お前は世界総てという規模で叶えようとしている! 

 ……私もまた、聖杯という万能の願望器ならば、世界の人々全てが私を褒め称え、平和で素晴らしい世界を創ることも可能だろうと思っている! 聖杯など下らないと思っているが、私ですらも、心のどこかでその願いを抱き、そして捨てずにいられない! お前もそうなんだろう!」

 

「ああ、確かにそうだ! 僕は、世界平和を願ってやまなかった! でも、違うんだ……! もう、今は、今は……もう、アイリと、イリヤが居るんだ……妻と、子供しか、家族しか……大事な家族が……彼女たちを失うのが怖いんだ……頼む……力を、力を、貸してくれ、僕の妻を救ってくれ……!」

 

 衛宮切嗣はまるで大切な物を守ろうと、なけなしの勇気を出している小さな子供のように、小刻みに震え、涙を流し、イアソンへと頭を下げ続けた。

 イアソンはそんな衛宮切嗣を静かに見下ろし続けた。先ほど衛宮切嗣が出したその言葉は、紛れもない本心であるということを、イアソンは察知した。そして、少しだけ目を閉じ、僅かに息を吐いた。

 

 そして、イアソンは目を開き、立ち上がった。

 

「──メディア、結界を解除しろ。この時化た部屋はもう不要だ。龍脈との接続は十分だな?」

 

「はい、イアソン様。今、外界からの干渉を遮断する結界及び、トラップ類など、この建物に仕掛けられた魔術は全て解除しました」

 

 それと同時に、どこか遠くの場所で轟音が響いた。衛宮切嗣はその音に驚いた素振りを見せたが、イアソンはこの音の正体を知っているため、さして驚くことは無かった。

 イアソンはメディアとヘラクレスを従え、スイートルームから外へと歩きだした。そして、茫然とする切嗣に声を掛けた。

 

「つい今しがた、キャスターとその相手との戦いの決着が付いたようだ。残りのサーヴァントは私ともう一騎のみだ。どうせ戦いは避けられないだろう! ……何をぼうっとしている。そんなに貴様の妻と子が大事なら、精々離れ離れにならないように手をきつく繋げておけばいい! 分かったな? マスター!」

 

「……ああ、ああ……!」

 

 衛宮切嗣は涙を流し、頷いた。

 

 

 

 ──さて、この時点でサーヴァントの数は残り二騎となり、残りのサーヴァントであるセイバーと、もう一騎とのサーヴァントとが戦うのみとなる。

 

 しかし、その前にサーヴァントの数が三騎から二騎となる時に行われた戦いを語らなければならない。なぜならば、その戦いで勝者となった一騎がイアソンと衛宮切嗣との敵となるのだから──

 

 

 

 

 

 




──次回、陳宮VSガレス。

言峰と陳宮がなぜ一緒にいるのか、そのあたりも説明していきます。
お楽しみに!


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第25話

エイプリルフールなので投稿。


 我々は衛宮切嗣と共にイアソンがいるスイートルームへと向かう最中、陳宮と言峰綺礼が行動を共にし、イアソンが居る部屋から登場したのを見ている筈だ。

 何故彼らが行動を共にし、イアソンの元へと向かったのか、そしてイアソンが口にした戦いの決着について、今から説明しなければならないだろう。

 時を少しばかり巻き戻し、場所は柳洞寺の一室へと移動するとしよう。その部屋には体を拘束された者が二名、即ち言峰綺礼及び、久宇舞弥の二名及び、唯一拘束されていない人物であり、この二人を拘束し、この部屋に拉致監禁した張本人である陳宮がいた。

 

 二人は気絶していたが、陳宮は言峰綺礼のみ意識を目覚めさせた。

 言峰綺礼は、己が従えているサーヴァント、シャルロット・コルデーのパスが消えているのに気が付き、彼女は消滅したのだと理解した。

 目覚めた言峰綺礼は陳宮を警戒し、睨み付けた。そして、次にこの部屋には元々三人が閉じ込められていたが、今その三人目の姿がどこにも居ないということに気が付くなり、彼は陳宮にそのことを問いかけた。

 

「私の師──遠坂時臣をどこにやった?」

 

 その問いかけに、陳宮は何の感情も持たずに、義務的に答えた。

 

「ああ、彼なら死にましたよ。私の宝具を発動させるための糧となって。必要な犠牲というものです。ああ、ついでにアーチャーも同時に消滅しましたよ」

 

「何……!? 貴様!」

 

 言峰綺礼は己の魔術の師である遠坂時臣が陳宮の手によって殺されたと聞き、怒りを覚え突っかかるように叫んだ。しかし、陳宮は言葉を続けた。

 

「おや? 何故そのような態度を取るのです?」

 

「何を言っている──キャスター! 私の師を殺したのだろう? ならば、怒りを覚えるのは当然というものだ!」

 

「そうですか。いやはや、おかしいですね。怒りを覚えると? 成程、態度は確かにそうですが──私には、あなたが()()()()()()()()()()()のですが」

 

「な、にを言っている──」

 

 言峰綺礼は陳宮の言葉を否定しようにも、何故だか上手い言葉が思い浮かばなかった。それどころか、確信とか、図星とかをつかれたかのように思えてならなかった。

 彼は心の中で自問自答を繰り返した。彼の心の中では、このような議論が繰り広げられているのだ。

 

 “師を殺されたのならば怒るべきだ”“だというのに、喜びを覚えているだと? ”“他者の死に喜びを覚えるなど、あってはならないことだ! ”“それは──嫌悪すべき感情だ”

 

「そのような感情、私は持ち合わせてはいない」

 

「さて、どうでしょうね?」

 

 陳宮はほくそ笑んだ。己の思う様に、言峰綺礼を操作することができているからである。そして、更に言葉を続けた。

 

「ああ、そうそう。あなたの父親も死んだようですよ。もっとも、手を下したのは私ではなく、別の人物──間桐臓硯と言いましたかね? その魔術師が、あなたの父親を殺したようです。私の使い魔は、その一場面をしっかりと見ていましたから、間違いありません」

 

「何だと──!」

 

 言峰綺礼は続けて告げられた父親の死に、驚愕した。遠坂時臣、そして言峰璃正の死は、彼に大きな動揺を与えることとなった。彼の心臓は激しく鼓動し、その心音を大きくしていった。肉体は体温を上昇させ、火照り始めた。

 

「馬鹿な……我が父が死んだだと? それも間桐臓硯に殺されただと?」

 

 ありえない、と否定しようとしたが、キャスターは嘘を言っている様子ではなかった。言峰璃正という人物は戦闘においては決して弱くはない。だが、成程相手が間桐臓硯という老獪な魔術師ならば、抵抗できずに殺されるのも頷けるだろう。

 

「ええ、その通り。私は街中に放った使い魔(からくり)を通じて見ていましたから。いやはや、あの時は驚きましたよ。まあ、敵が鮮明になってよかったというべきでしょうか」

 

「……」

 

 言峰綺礼は沈黙するばかりであった。己の師と、父とが殺されたということを立て続けに聞かされ、彼の内心には怒りという感情が──

 

「おや、怒ることはないのですね?」

 

「何を言っている──」

 

 言峰綺礼は陳宮の言葉に反論しようとした。しかし、陳宮は笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「普通、身内を殺されたのならば怒りを覚えるはずでしょうが、あなたは違う。仮に怒るようなことをしても、それは形だけのものに過ぎないでしょう。なぜなら──あなたは()()()()()()()()()()()()()

 

「違う──馬鹿な!」

 

 言峰綺礼は額に汗を流し、大声で叫んだ。

 

「そんな感情を覚えるなど、あってはならないことだ! 私が、そのような感情を抱くなど……世迷言も程々にしておけ!」

 

 言峰綺礼という男は、無感動な人物といえるだろう。どのような事を成す際にも、そこには情熱といったようなもの──感動と呼ばれるような感情は一切存在しないのだ。代行者として、義務を淡々と執行するのみの存在。それが言峰綺礼という人間なのだ。そして、言峰綺礼本人もそれを良しとしていた。

 ……そう思っていた。しかし、今陳宮の言葉によって、その認識は酷く揺るいでいた。

 

「否定することは無いでしょう──あなたは確かに喜びを覚えている。素直になりなさい。己を偽るのをやめなさい。

 あなたは、今喜びを覚えている! 怒りを覚えることも、哀しみを覚えることもない。しかし、唯一喜びという感情のみが、あなたの中で生じているのです」

 

「──っ」

 

 陳宮の言葉は、言峰綺礼にとってはまさしく図星そのものであった。彼は常に己に対して迷いを抱いていた。その答えを長年追い求め、そしてその答えを自覚こそしていたが、その答えそのものは、聖職者である彼にとっては忌むべき内容であった。故に、彼は己を偽り、そしてその解答を封印してきたのだ。しかし、陳宮の言葉によってその封印はほどけることとなった。

 ──なるほど、確かに言峰綺礼は歓喜で満たされていた。しかし、それは教会の代行者である言峰綺礼にとっては忌むべき感情でしかなかった。

 ありえないのだ。あってははならないのだ! 己が──人の死、苦しみ、不幸に歓喜を覚えるなど! 

 ああ、だが、だが! 己の内心は、確かに歓喜そのもので満たされていた──

 

「認めなさい。認めてしまいなさい。あなたは、喜びを得ている」

 

「違う! 違う! 私は──!」

 

 陳宮は口の端を僅かに吊り上げた。ここまで、彼の思惑通りに()()が進んでいるからだ。

 

「あなたは喜んでいる──そう、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、に──」

 

 ……陳宮は、言峰綺礼の内面を理解していた。即ち、言峰綺礼という男は人の不幸に愉悦を見出すという性質を、見透かしていた。そして、言峰綺礼がそのことを自覚しておらず、迷いを覚えているということもまた、理解していた。

 そのうえで陳宮は言峰綺礼が持つ迷いを、正解とは違った方向へと誘導し、洗脳しようとしているのだ。こうした手法は、戦国の乱世を駆け抜けた呂布軍の軍師として、荒くれ者の彼らをまとめ上げていた彼にとっては造作もないことであった。

 だからこそ、陳宮は言峰綺礼を己にとって都合の良い手駒とすべく、苦悩する言峰綺礼へと言葉を続けた。

 

「聞けば、あなたは教会の代行者なる者だという。異端を払い、この聖杯戦争を監督する役割を持つ者──でしたか。ならば、今あなたが喜びを覚えるというのも当然でしょう。なぜならば、あなたは己の役割を遂行できるのですから」

 

「な──」

 

 陳宮は戸惑う言峰綺礼に思考する暇を与えずに、口を開いた。陳宮の持つ言葉は、言峰綺礼の脳へと浸透し、彼の思考を陳宮の思うがままに誘導し、縛り付けていった。

 

「アーチャーのマスターは確かに私が殺しましたが──まあ、アレは戦争においては必要な犠牲です。あなたが憎しみ、倒すべきは間桐臓硯なる魔術師。彼はサーヴァントを令呪で操り、無辜の市民を日夜殺しまわっています。さて、ここであなたが手を下すべきは、間桐臓硯その人です。あなたの父を殺し、聖杯戦争とは何の関係もない人間を、必要以上に虐殺している者を倒すのです。そうすれば、あなたも納得がいくでしょう」

 

「──……それが、私の喜びだと?」

 

 言峰綺礼の言葉に陳宮は微笑みを浮かべながら、優しく頷いた。

 

「その通り。あなたは、己の使命の奴隷にすぎないのです。そう、代行者という使命を果たせるということに、あなたは喜びを得るのです」

 

「……」

 

「想像してみなさい。代行者として、間桐臓硯を捌き、倒した後の様子を、光景を──」

 

 言峰綺礼は脳裏に、その様子を自然と浮かべた。即ち、己の刃の元に倒れ、屈辱と苦悶との表情を浮かべ、倒れ伏する間桐臓硯の様子を──

 そうして、言峰綺礼はいつの間にか口の端を吊り上げ、ほくそ笑んでいた。気が付けば手の甲にジクリとした焼けるような痛みが走り、シャルロット・コルデーが消滅したことによって一時は消えた令呪が、再び出現していた。

 

「認めなさい。そして、契約を」

 

「ああ──」

 

 陳宮によって与えられた回答は、偽りである。しかし、言峰綺礼は陳宮の巧みな言葉によって、ついぞそれを自覚することなく、己という存在を間桐臓硯なる者を裁くべき装置とした。

 ──そこに迷いはなかった。同時に違和感を覚えもしたが、それを邪念として振り払い、ここに言峰綺礼と陳宮は主従の契約を結ぶこととなった。

 

「よろしい、では私の策をこれより話しましょう」

 

 

 

 さて、こうして言峰綺礼と陳宮とは契約を結ぶこととなった。それでは、次は時間と場所とを進め冬木ハイアットホテルへと移動するとしよう。

 契約を結んだ二名は、陳宮の提案により、イアソンの元へと向かうことにした。陳宮からすれば、イアソンは今聖杯戦争においてその姿を戦いの場に現すことは一度しかなく、戦闘は全て彼が召喚したヘラクレスが担当しているため、人格や実力など、すべてにおいて謎の多いサーヴァントであったのだ。

 ……この時点で残されたサーヴァントは僅か3騎のみであり、陳宮は大局を見ることにした。故に、無謀であろうとも、イアソンの陣地へと入り込み、イアソンというサーヴァントを見極めようとしたのだ。

 

『対話をしたい、だと? 断る。私は聖杯戦争にも、その結末にも興味はない。お前たちで勝手にやっていろ! ああ、私を殺しに来たというのならば、無論返り討ちにするがな!』

 

 陳宮はイアソンが閉じこもっている冬木ハイアットホテルへと向かい、メディアが敷設した結界へと入るギリギリの所に立ち止まり、イアソンとの対話を望んだ。しかし、帰ってきた答えは突き放すような言葉であった。

 しかし、それでも陳宮はなおも諦めずに言葉を続けた。

 

「聖杯戦争に興味がない? それは結構。ですが、聖杯を手にし願望を実現しようとするものがいる限り、この戦いから逃れることは不可能でしょう。そこにいても、敵はいつかやってくるでしょう。その点についてはどうなされるのです?」

 

『愚問だな。確かにその通りだろう、敵はいずれやってくるだろう。だが、返り討ちだ! ヘラクレスが返り討ちにする。残りの敵であるお前もここで始末してやろうか? そういえば、お前は城を爆破したヤツだったな。おかげであの城よりも貧相なところで過ごすことになってしまった!』

 

「その点については謝罪を──あなたは、聖杯に何を願うつもりなのですか?」

 

『願い、だと?』

 

 イアソンは眉をひそめた。そして、答えた。

 

『そんなものはない。少なくとも、聖杯で叶えるような願いはない。いいか、私の経験上、そんなモノに願ってもロクなことはない!』

 

「ならば、どうするというのです。聖杯戦争が終わったのならば、あなたはどうなさるのです?」

 

『……さてな』

 

 イアソンはそっぽを向いた。彼は叶えたい願望こそは存在していたものの、どうにも聖杯というものを使って願いを叶える気にはなれなかった。それでも尚、彼は夢を見続けるのだ。一度死しても、こうしてサーヴァントとして召喚され──聖杯など、願いなど下らないと口にし、内心でもそう思っていても、夢を見続けているのだ。

 国を。平和な国を。国民が皆イアソンを王として褒め称える、争いも貧富の差も飢餓もない、平和な国を夢見ている──願望器である聖杯ならば、なるほどその願いを叶えるのは可能だろう。聖杯を手にしたのならば──しかし、その願いを口にすることはないだろう。

 ならば、どうするというのか。勝者となり、最後の一騎のサーヴァントとなるのならば、どうするというのか。この時代に受肉し、惰眠を貪るのも良いだろう。飽食をするのも良いだろう。人々の上に立つのも良いだろう。しかし、どうにもそのような気にはなれなかった。

 

「おかしな話ですね。聖杯に捧げる願いがあるのですから、こうして聖杯戦争に呼び出されたというのに」

 

『……何が言いたい?』

 

 イアソンは怒気の籠った声で、陳宮に問いかけた。もし、陳宮が答えを誤ったのならば、イアソンはすぐさまヘラクレスに陳宮の始末を命じるであろう。そうした覇気といったようなものを感じ取りながらも、陳宮は涼しい顔で答えた。

 

「不快にさせたのならば謝罪を。残ったサーヴァントは3騎のみ。聖杯戦争も終わりへと向かっているでしょう。我々はこれより、ランサー及びそのマスターを討ちに行きます。そこで一つ頼みがあります。──もしも、我々が敗北したのならば、その時はあなた方にランサーとそのマスターを討ち取っていただきたい」

 

『何だと?』

 

 恭しく頭を下げる陳宮にイアソンは眉をひそめた。その言葉は、彼からすれば全くの予想外のものであったからだ。

 陳宮は言葉を続けた。

 

「現在のランサーのマスターは、前マスターから令呪を奪い、ランサーを強制的に従えています。それも、この街の住民達を強制的に殺害させ、意思を狂気に堕とすというやり方で。私はどうにも、それを無視することができないのですよ。それはこのマスタ-も同じこと」

 

 陳宮は顔を上げ、情熱の籠った目で遠くを見つめた。呂布奉先、あるいは彼のような猛将ともとに、軍師としてもう一度大地を駆ける──それこそが、陳宮の願い。だが、此度の聖杯戦争では呂布奉先と出会うことも能わず。聖杯に再開を願うことも可能だが、それは蜃気楼の如き夢と断じていた。

 彼は話すことは全て話し終えたし、イアソンがどのような人物なのかも、この短い会話の中でそれなりに理解することもできた。故に──陳宮はイアソンに次の言葉を告げた。

 

「あなたは、善き人物だ。だからこそ──私は懇願するのです」

 

『……──聖杯は、諦めるのか?』

 

「そうですね──否と答えましょう。聖杯を手にできるというのならば、叶えたい願いは存在します。ですが、それを捨て置いてでも、今回は戦わなければならないのです」

 

『……もしも、ランサーとの戦いでお前が勝利したのなら、どうするというのだ?』

 

「その時は、全力を以てあなた方と戦いましょう。呂布奉先の配下、陳宮公台、呂布軍の一員として」

 

 陳宮は狂暴で、攻撃的な意思が潜んでいる笑みを浮かべて見せた。その鋭い眼光には、例え強大な敵であろうとも、打ち倒さんとする覚悟が宿っていた。

 そこに、これから行うであろうランサーとの戦いで、己が敗北するであろうというような思考は一切なかった。

 

『……勝手にしろ!』

 

 

 

 ──イアソンと陳宮との間では、こうしたやりとりが行われていた。イアソンは彼の言葉を聞き、どのように思ったのか、それを説明したい所ではあるが、生憎と今は陳宮の様子を見なければならない。故に、イアソンについては申し訳ないが、後回しにさせていただこう。

 今、我々が注目すべきはこれより行われる陳宮と言峰綺礼、そして、ガレスと間桐臓硯との戦いなのだ。

 

 太陽が沈み、空には無数の星々が浮かんでいた。時刻は夜、場所は冬木大橋。その橋のちょうど真ん中に言峰綺礼は一人目を閉じて立っていた。

 そして、カツン、という杖がコンクリートの床を叩く音が鳴ると、言峰綺礼は目を開いた。彼の目に映ったのは、間桐臓硯とそのサーヴァント、ガレスであった。

 

「──言峰綺礼、よもやあやつからこのような傑物が生まれようとはな。しかし、随分と剣呑よなぁ。世間話をしようという雰囲気ではないのう」

 

「間桐臓硯、一つ確認させてもらおう。──我が父を殺したというのは、真か?」

 

 言峰綺礼は目を細め、間桐臓硯を睨み付けた。間桐臓硯は、笑いながら答えた。

 

「カカカ。その通りよ。ああ、実に間抜けな死に方であったのぅ。儂に警戒する素振りもなく、何が起きたのか分からずに倒れたときの間抜け面は、滑稽であった」

 

「外道め。ああ、いいだろう……!」

 

 言峰綺礼は怒りに歯を食いしばり、己の武器である黒鍵を手にした。今すぐにでも目の前に居る間桐臓硯をズタズタに切り裂きたい衝動に駆られたが、理性によってあらかじめ陳宮から告げられた策を実行することとなった。

 

「令呪を以て策を実行する──『キャスター、私を傷つけずに宝具を放て』!」

 

「よろしい。では、今こそ放ちましょう。『掎角一陣』!」

 

 陳宮は冬木大橋にはない。ならば、どこにいるのか──冬木大橋から少し離れた位置に立つビルの上で、彼は矢を番えていた。

 もちろん、その矢は幻覚であり、実際は久宇舞弥を弾丸として放っているのだが、彼女は意識を失っているため、痛みの一切を感じることは死ぬ直前まで無かった。それどころか、己の身に何が起こったのかを認識することもできなかったであろう。

 ともかく──陳宮の宝具はビルの上から、ガレスや間桐臓硯が立つ冬木大橋へと射出された。

 

「小癪なッ! ランサー、キャスターを片付けてこい!」

 

 間桐臓硯は弾丸が着弾するよりも早く、令呪を使用してガレスを陳宮の元へと転移させた。そして、弾丸は橋へと着弾し、間桐臓硯の肉体のみを蹂躙するに至った。言峰綺礼は、宝具の爆心地にいようとも、傷一つ追うことは無かった。それこそが、令呪の持つ強制力なのだ。

 煙が晴れ、そこには肉体が粉々に砕け、地面に横たわる間桐臓硯と、それを見下ろす言峰綺礼のみであった。間桐臓硯は震える、弱い声で、怒りを口にした。

 

「オ、オオォのれ……! 貴様ァ……よくも、よくも……! ア、ガァッ──」

 

「……」

 

 言峰綺礼は間桐臓硯の残骸を無言で踏みしめ、目の前にある暗闇を睨み付けた。

 

「人形芝居はそこまでだ。間桐臓硯」

 

「ほう、見破っておったか」

 

 その暗闇の奥から、五体満足の間桐臓硯が姿を現した。先ほど陳宮の宝具によって粉々となった間桐臓硯は、ただの蟲のみで構成された木偶人形にすぎなかったのだ。

 言峰綺礼は黒鍵を振るい、間桐臓硯へと向かって疾走を始めた。

 

「間桐臓硯──ッ! その命狩らせてもらおう……!」

 

「おお、怖い怖い……少々遊んでやるとしようか」

 

 かたや教会の代行者として、研鑽を積んだ怪物、言峰綺礼。かたや長年の時を生きる怪物、間桐臓硯。二人はぶつかり合った。

 

 

 

 令呪によってビルの屋上へと転移したガレスは、敵である陳宮を見つけるなりその槍を振るった。しかし、その槍に技術といったものは存在せず、ただただ狂気のままに、力任せに振るっただけの杜撰な攻撃であった。それでも、陳宮がその攻撃を受ければひとたまりもないだろう。

 彼はその一撃一撃が致命傷となる攻撃を、回避し、あるいは獲物で逸らしていた。キャスターとして召喚された彼がここまで応戦できるのは、偏に彼が元々持っている戦闘技術と、ガレスが狂気に溺れ、技量を忘れ去っていることとが大きいであろう。しかし、それでも身体能力はガレスの方が勝っていたため、直接的な戦闘において不利なのは陳宮の方であった。

 故に、陳宮は予めビルの屋上に仕掛けてあった罠を作動させた。それは彼がアインツベルンの森へと侵入したときに仕掛けられていた罠を強奪したときのものであった。地雷が、銃弾がガレスへと襲い掛かるが、神秘を持たない現代武器は、サーヴァントにとってはただの目くらましにしかならなかった。

 だが、陳宮からすればそれで充分であったのだ。一時的に足を止めることさえできれば、それで十分であった。

 陳宮は言峰綺礼に合図を送り、それを受け取った綺礼はすぐさま第二の令呪を使用した。

 

「『キャスターよ、すぐさまこちらに来い』!」

 

 陳宮は令呪の力によって、冬木大橋で戦っている間桐臓硯と言峰綺礼の元へ転移した。そして──言峰綺礼と陳宮の二人は、それぞれの武器を振るい、間桐臓硯の肉体をバラバラに切り裂いた。

 これこそが、陳宮の策であった。まず、陳宮はガレスを引き付け、間桐臓硯の仮初の肉体を破壊する。そして、間桐臓硯は言峰綺礼の元へと姿を現し、彼を始末しようとするだろう。そこに、陳宮はガレスを足止めすると、令呪によって転移し、言峰綺礼と共に間桐臓硯を仕留めるという策なのだ。

 

 だが、間桐臓硯は肉体を無数に切り分けられていようが、生存していた。そして、令呪を使用し再びガレスへと命じた。

 

「ランサーァッ! こやつらを潰せ!」

 

「させるか──!」

 

 言峰綺礼はその命令を実行させまいと黒鍵を間桐臓硯の破片へと投げつけた。その攻撃が致命となったのか、間桐臓硯の肉体は崩れ落ちた。しかし、令呪による命令は実行され、ガレスは再び冬木大橋へとその姿を現すこととなった。

 

「AAAAAAAAaaaaaaaaaa──!」

 

「キャスターッ!」

 

 言峰綺礼は己の黒鍵を用いて、令呪が刻まれた手を切断し、それを陳宮へと投げつけた。それを受け取った陳宮は口の端を吊り上げ、呟いた。

 

「感謝を──マスター」

 

 そして、陳宮はガレスを己の元へと誘い込み、橋から飛び降りて川の中へと入った。続いてガレスもまた、その後を追いかけ、川の中へと飛び込んだ。そして──巨大な爆発が生じ、冬木大橋の高さを超える程の水柱が爆音と衝撃と共に発生し、冬木大橋は大きく振動した。

 水しぶきが降り注ぐ中、冬木大橋でただ一人立ち尽くす言峰綺礼は、手首から血が流れるのも構わずに思考していた。

 

 ──果たしてこれで良かったのか? 

 

 間桐臓硯は討ち取った。代行者として、使命の奴隷として。己の肉体が傷つくのも構わなかった。それは良い。だが、己の中にある迷いは消え去ることが無かった。間桐臓硯を殺した時、再び迷いが生じたのだ。それは即ち、陳宮が口にした答えとは違うものなのではないか? 

 

 ──ならば、それは果たしてどのようなものなのか……

 

 言峰綺礼の思考は強制的に中断されることとなる。なぜならば、彼の背後からガレスの槍が、言峰綺礼の胸を貫いていたからだ。

 

 ──ああ、答えはついぞ見つからなかった。

 

 言峰綺礼はその生命活動を終え、地面に倒れ伏した。ガレスのマスターである間桐臓硯は、またもやその姿を現した。初めに陳宮の宝具によって破壊されたものはただの蟲で作られた人形。そして、次に現れたものも同じである。しかし、三度目に現れた老人は違った。腕に無数の令呪を宿している、本体ともいえる存在であった。彼は勝利を確信したからこそ、こうして姿を現したのだ。

 そして、間桐臓硯は既に物言わぬ人形となった言峰綺礼を見下し、嗤った。

 

「カカカカカ──ああ、ああ。実に哀れよのぅ。父と同じで間抜けであったか。これで、残りのサーヴァントは2騎のみ。聖杯がどのような状態になっているのか、傍観しようと思っていたが……やはり動いて正解だったのぅ」

 

 間桐臓硯は嗤う。嗤い続けた。

 

 

 

 ──陳宮という男の願いはいくつかあった。一つは猛将と共に、軍師としての力を遺憾なく発揮すること。しかし、この願いを叶えることはできなかった。此度の聖杯戦争で彼を召喚したマスターは、ただの殺人鬼であり、主としては相応しくなかった。かといって、他のマスター達に相応しい人物がいるかといえば、そうではなかった。

 では、もう一つの願いはどうであろうか? 己にとって理想の国家を作る──それは、この現代社会を一通り見て、それなりに満足していた。

 ……聖杯に捧げる願いがあるとすれば、呂布奉先、そのような人物に仕えるということであろうか? それを叶えるのも、まあ吝かではないし、あるいは一人の軍師として、一人の軍人として好きなように暴れまわるのも一興だと考えていた。だが──陳宮にとって、一つだけ見過ごせないことがあった。それこそが、間桐臓硯の存在であった。

 

 陳宮は軍師として、無辜の人々が戦争の犠牲になるのは、仕方のないことだと理解していた。戦争の中で、戦争とは無関係の人々が犠牲となるのも何度も見てきた。

 戦争に己の意思で参加したのならば、例えその命を散らしても仕方がないだろう。だからこそ、陳宮は外道と呼ばれるような行為であっても、その策を実行し、自らも将を犠牲とする。

 しかし──それでも、間桐臓硯はガレスを従えるために、あるいは己の快楽の為に、必要以上に聖杯戦争とは無関係の人々を殺しすぎた。それが、どうにも無視できなかったのだ。

 

 故に、陳宮は間桐臓硯を倒すことにした。例え、その結果が己の敗北であろうとも──

 

 仮初の夢の中で、陳宮は自笑する。いやはや──これでいいのでしょうか。

 

 

 

 

 




 


 作者なりの陳宮の解釈としては、まあ、こんな感じです。


 ──次回、最終決戦。



 ……一話に収まりきるかなぁ!? 最終話とは別に、マテリアルも同時に投稿する予定です。


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第26話

 遅くなって申し訳ないです……それと、最終決戦、一話だけでは収まりませんでした(震え声)




 聖杯の中で、()()はただただ己が降臨するべき時を待ち続けていた。聖杯の魔力を満たすサーヴァントは5騎。残りの1騎か、あるいは2騎が聖杯へと還元され、聖杯が現世に降臨する時――ソレは聖杯より現れ、この世界に願いというカタチを持った災厄として降り注ぐであろう。

 ソレは死だ。ソレは恐怖だ。ソレは災厄だ。ソレは忌むべきものだ。ソレは人が生み出した呪いだ。ソレは――この世全ての悪(アンリマユ)だ。

この世全ての悪(アンリマユ)は、天の杯(ヘブンズフィール)は、間もなく現れるであろう――

 

 

 

 「善きかな善きかな……」

 

 柳洞寺の境内にて、間桐臓硯はこれから行われるであろう戦い、そしてその結末を想像し、怪しく嗤っていた。

そも、間桐臓硯としては今回の第4次聖杯戦争に参加するつもりはなく、戦いの最中でもだえ苦しむ間桐雁夜を嘲笑しつつ、様子を見るつもりであったことは読者の皆様もご存じであろう。

 しかし、それでも彼が途中参加を決意したのは、偏に勝ち目があるからに他ならない。例え敵が大英雄ヘラクレスだとしても。こちらのサーヴァントが歯が立たなくとも。勝ち目はある。勝利する方法はいくらでもあるのだ。

 一見無謀な行為にも見えるが、間桐臓硯には確かな勝ち目があった。故に――間桐臓硯はその時を待つのだ。

 最後の戦いを乗り越え、聖杯が降臨するその時を。そして、その先に何が発生するのかを見届けるのだ。仮に聖杯が正常な状態でなくとも、願いを叶える機能が稼働していれば、どのような犠牲が伴おうと間桐臓硯にとってはどうでも良いことだ。

 もしも今回、聖杯を使用することができなくとも、それもまた良しとしよう。次回への聖杯戦争へと繋げればよいのだ。

 

 間桐臓硯は空を見上げ、嗤う。己が願い、永遠の肉体を手にする時が来るその時の訪れを心待ちにして――

 

「ああ、ユスティーアよ。待っているが良い。儂の願いが実現するその時を――」

 

 間桐臓硯は待ち続ける。敵がやって来るのを。聖杯が降臨する時を。己が願いを叶える時を。その時を夢想しながら、嗤い、狂い、気たるべき時を待っていた。

 

 

 

 イアソンと衛宮切嗣とは、柳洞寺へと続く階段を登っていた。衛宮切嗣は周囲に警戒を向けながら、階段を両断するように出来上がった巨大なクレーターをよけつつ、イアソンにポツリと問いかけた。

 

「セイバー、お前は何で僕に協力してくれるんだ?」

 

 衛宮切嗣にとって、それは大きな疑問であった。これまでの様子を顧みるに、衛宮切嗣に対するイアソンの好感度はかなり低く、衛宮切嗣自身もまたそれを自覚していたため、こうして衛宮切嗣をマスターとして扱い、彼の願いに答えてくれる理由が分からなかったのだ。

 その問いかけに、イアソンは眉をひそめ、鼻を鳴らし、空を見上げた。時刻はすでに深夜であり、満点の星空が広がっていた。

 

「さてな……強いていうならば、気まぐれだ。ちょっとした気持ちの変化だ。お前のことは嫌いだった。私を聖杯戦争などという下らない儀式に呼んだことも気に入らないし、私のことを道具と思いながらも、一言も言葉を交わさずに嫌っているその態度も気に喰わなかった。後者に関しては本当に苛ついたな! それに、抱えている願いもそうだ。世界平和の実現などという願望、それもまた私を酷く苛つかせた! 

 ――確信したとも。お前とは相成れないとな。お前に従っていても、待っているのは破滅だと確信したとも」

 

 イアソンは衛宮切嗣という人間がどのような存在なのかを見抜いていた。目的のためならば、どのような外道な手段であろうとも躊躇いを覚えることもなく実行するであろう。それは、いざという時イアソンを裏切るべき状況へと陥ったのならば、迷いなくイアソンを切り捨てるであろう。

 そして抱えて居る願望――恒久的な世界平和。それは一つの平和な国を作ろうとして、失敗した経験を持つイアソンからすれば、酷く神経を逆なでするものであった。世界総ての永遠の平和など、叶いっこないのだ。実現不可能なのだ。それを知っているイアソンからすれば、衛宮切嗣という人物は、手にすることもできないモノを手にするために、あらゆるものを捨て去り、足掻く下らない人間であった。

 

「だが――」とイアソンは相変わらず鼻を鳴らし、言葉を続けた。「今ならばマシだ。今のお前ならば、幾分()()だとも」

 

 マシ――今の衛宮切嗣は、言うならば全てを失っているのだ。世界平和という願いを捨て去り、あるのはただ、己の妻を、家族を救いたいという想いのみ。

 ……かつて全てを失ったイアソンだからこそ、今の衛宮切嗣の状態を好ましく思っているのであろうか。成程、それもあるだろう。しかし、イアソンが衛宮切嗣に手を貸す理由は他にもある。それがどのようなものなのかは、もうしばらく彼らの会話に耳を傾けていれば、分かるであろう。

 

「それに、この状況は最初から想定していた」

 

 イアソンは自信ありげな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「ああ、勘違いするなよ? マスター、お前と共に戦うということではない。私が想定していたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……この聖杯戦争という戦いで、真正面から戦闘を仕掛けるのは得策ではない。特に私のような弱い奴が戦いに出るなど愚の骨頂だ! 故に、私は自ら戦いに出ることは無く、守りを固めることにした」

 

 こうしたイアソンの策は、実際正しく機能したと言っても良いだろう。

 メディアの魔術によって守られたアインツベルンの城は、シャルロット・コルデーの気配遮断を暴き、アサシンによる不意打ちを不可能とした。そのうえ、武力という意味ではヘラクレスという最強の英霊がイアソンにはついているのだ。

 イアソンはこの聖杯戦争において、ヘラクレスと直接戦って勝利するサーヴァントは居ないと踏んでいたし、それは正解であった。唯一ヘラクレスを打倒しうる可能性があったのは、パリスと、彼と共に召喚されたアポロンであったが、メディアの補助もあり、サーヴァントとなり神格が低下していたとはいえども、アポロンという神霊をヘラクレスは何度か殺されながらも、打倒してみせた。

 懸念は放置、即ち準備期間を与えると厄介なキャスターだが――城を破壊されたのは、想定外だったし、業腹ではあったが――これもまたイアソンからすれば、メディアを超える魔術師などそうそう居ないと判断しているため、とりわけ脅威とは思っていなかった。

 

 メディアの魔術で守り、ヘラクレスの腕力で迎撃を行い、イアソン本人は拠点の中に引きこもり続ける――そして、他のサーヴァント同士が潰し合い、数が少なくなったところを一気に叩くつもりであった。

 陳宮によって最初の拠点であるアインツベルンの城が破壊されたのは、想定外ではあったものの、徹底的なまでに自ら交戦を行うことを拒み続けた結果、こうしてガレスとイアソンのみが生き残り、他のサーヴァントは皆戦いによって消滅したのだ。

 

 サロメはガレスの宝具によって敗北し、間桐雁夜の首をヨカナーンと思い込み、首を抱えて絶頂のままに消滅した。

 

 バーソロミュー・ロバーツはシャルロット・コルデーによる、芸術的な暗殺によってその霊格を貫かれるも、笑いながら海賊として突然の死を受け入れた。

 

 シャルロット・コルデーは、バーソロミュー・ロバーツの反撃によって肉体を撃ちぬかれ、己のマスターとパリスのマスターを攫った犯人がバーソロミュー・ロバーツではないということを知り、己の無力を味わいながら死んだ。

 

 パリスは、己のマスターである遠坂時臣を弾丸とする陳宮の卑劣なる策と共に発動された宝具により、陳宮と何もできない自分とを呪いながら消滅した。

 

 陳宮は魂喰いによって聖杯戦争とは無関係の市民が、間桐臓硯とガレスとによって死にゆくのを見逃せず、ガレスと戦ったが彼女を打ち倒すことは叶わず、死亡した。

 

 ――そして残ったのは、ガレスとイアソンのみである。

 

 ガレスは間桐臓硯によって望まぬ魂喰いを行い、令呪によって狂気に染まっているため、その能力は平常時よりも多少上昇してはいるであろうが、それでも尚ヘラクレスに勝利することは叶わない。

 それは実際、1回、2回とヘラクレスと交戦し、どちらも文字通り歯が立たなかったという事実から証明できるであろう。

 故に、単純に考えるのならば、イアソンとガレスとの両名が戦えば、勝利するのはイアソンであろう。

 

 最後に残ったサーヴァントは誰でも良い。ともかく、一騎のみでイアソン達と戦って勝利できるサーヴァントは、この聖杯戦争において存在しないが故に。

 

「それじゃあ、お前は――」

 

 衛宮切嗣は驚きを隠せずに口を開いた。イアソンは、得意げに笑みを浮かべながら、衛宮切嗣に返答した。

 

「何度も言わせるなよ? 私は始めからこうなる事を想定していた」

 

 だが――とイアソンは己の内心で言葉を続けた。

 

 ――私が勝利するのは揺るがない。だが、胸騒ぎがする。ああ、この胸騒ぎは、航海中に何度も経験してきた! 具体的にいうならば、何か良くないことが起こる前兆だ! 

 

 イアソンは星空を見上げた。彼の視線の先には、広大な星空が広がっていた。空に輝く星々は地上を見下ろしながら煌々と光り輝いていた。イアソンは眩しくもないのに、その輝きに目を細めた。

 

「…………」

 

 イアソンが思い出すのは、かつての同胞たち。そして、大海へと出で、いくつもの英雄譚を築いてきたあの時の冒険であった。

 そこには苦難があった。そこには困難があった。そこには試練があった。そこには幸運があった。そこには幸福があった。そこには祝福があった。いくつもの海を踏破し、無数の島を渡り歩いた。

 その冒険の結末は不幸なれども、冒険は確かに輝かしいものであった。そこには、イアソンを長とした、アルゴノーツの英雄譚があった。

 

『あなたは、善き人物だ。だからこそ――私は懇願するのです』

 

……陳宮は、もしも己たちが敗北した場合、無辜の住人を殺すガレス達を止めてくれとたのみこんだ。それは陳宮があの短い会話の中で、イアソンの性質が善性なる者だと見抜き、一人の正当なる英雄だと見抜いたからに他ならない。

 それをイアソン自身も理解していた。それ故に彼は何とも言えないむず痒さを覚えていた。

 

『──あなたは、聖杯に何を願うつもりなのですか?』『おかしな話ですね。聖杯に捧げる願いがあるのですから、こうして聖杯戦争に呼び出されたというのに』

 

「――聖杯、か」

 

 イアソンは呟いた。

 足を進み続ければ目的地にたどり着くのは当然の話であり、衛宮切嗣とイアソンとの両名は、長い階段を上り柳洞寺の山門の前へとたどり着いた。

 門は閉じられていたが、鍵や閂が掛けられているという様子は一切なく、手で簡単に押し開けることが可能であった。一応というべきか、この山でいくら暴れても一般人にはそのことが認識できなくなるような結界が張られてはいる。しかし、イアソンと衛宮切嗣とにとっては、そうしたことはどうでもよかった。

 重要なのは、この門一枚隔たられた先に、間桐臓硯とガレスという強敵がおり、これから彼らと戦うということのみである。

 しかし、二人は一切緊張することはなく、その門を開き、敷居を潜り抜けた。

 

「――間桐臓硯」

 

 衛宮切嗣は、柳洞寺の境内にある常香炉の前に立つ間桐臓硯の姿を認めると、叫んだ。

 

「アイリをどこにやった。今すぐ彼女を返せ。さもなければ――殺す」

 

 間桐臓硯は笑いながら答えた。この500の年数を生きた老人は、己の勝利を確信しているが故に、余裕綽々でありつつ、かといって油断することはなく答えた。

 

「アインツベルンの娘か。そうさのぅ……この寺のどこかに隠されているやもしれん。だが、安心せい。聖杯の器を壊す訳にもいかんからなぁ、一先ずは問題なかろうよ。――貴様らを殺し、聖杯降臨の儀を行うまで、あの娘の出番はなかろう。さあ、ランサーよ。殺せ。塵殺(みなごろし)じゃ」

 

 間桐臓硯の言葉と共に、霊体化していたガレスが、間桐臓硯を庇うかのように、彼の真正面にその姿を現した。

 そのガレスは、間桐臓硯の手によって狂気に堕ちていた。

 何人もの無辜の民を殺し、手にこびり付いた血を落とそうとし、何度も手を、腕を掻き毟ったのだろう。腕には無数の引っ掻き傷が刻まれ、そこからガレスの血がとめどめなく流れ、他者と彼女自身との血が混ざり、その腕は黒く染まっていたし、爪は粉々にひび割れていた。

 目に理性の光は無く、絶望と狂気の闇を宿していた。口から漏れ出るのは、鬨の声ではなく悪魔の如き呻き声であった。顔は死人か、あるいは悪魔か、獣のようであった。槍もまた、手と同じように返り血に染まり、赤黒く、禍々しい光を放っていた。

 ――そこに騎士としての誇りはなく、そこに人としての理性はなく、そこに英雄としての輝きはなかった。在るのは、狂気と血とに身を沈めた一匹の狂獣であった。

 

「AAAAAAAAAaaaaaaaaa――!!!!」

 

 ガレスは咆哮し、間桐臓硯の命によって敵を屠るべく疾走を開始した。

 イアソンはそうしたガレスの姿を見ると、一度目を閉じ、再び開いた。彼の目が開かれるのと同時に、イアソンの正面にヘラクレスがその姿を現した。そして、イアソンの横にはメディアが実体化し、杖を力強く握りしめた。

 ヘラクレスは石斧を握り、ただただイアソンの言葉を待っていた。

イアソンは一度歯を食いしばり、怒りの限り叫んだ。それは、彼の誇りが傷つけられたからこその叫びであった。

 

「……ランサー、私はお前の真名も知らん。その正体も知らん。どうでも良い! 興味ないからな。だが――()()()! お前は二度! ()()()()()()()()()()()()()()()()()! 一度目は全く叶わず、それでも猛然とヘラクレスへと突貫していた。二度目は、女を救うために、ヘラクレスに一撃を与え、見事女を救い逃げおおせた。それは、まさしく勇者の証といっても差し支えないだろう。二度も戦い、ヘラクレスが仕留められないというのは、実に業腹だがな!

 だが――その体たらくは何だ? ヘラクレスを侮辱しているのか? そのような様でヘラクレスに勝てるとでも思っているのか!」

 

 イアソンは一呼吸すると、静かに、呟くかのように、厳かにヘラクレスに指示を送った。

 

「――ヘラクレス、三度目は無い。仕留めろ!」

 

「――■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 イアソンの言葉によって、ヘラクレスは、鉛色の巨人は、咆哮し、その膂力を、その武力を遺憾なく発揮し、ガレスへと疾走――というよりは、跳躍した。たった一度だけ大地を蹴り、数十歩歩いた先に居るガレスの元へと一瞬で移動したのだ。

 

「■■■■■■■■■■!」

 

 ヘラクレスは神速で巨大な石斧を振るい、旋風と衝撃波を生み出した。しかし、その斧が振り下ろされた先にガレスの姿は無かった。

 

「甘いのう、まともにやって勝てるとは思っておらん」

  

 間桐臓硯はヘラクレスの石斧がガレスへと当たる前に、令呪を使用しガレスへと命じていた。それ故に、ガレスは姿を消し――イアソンの元へと転移したのだ。

 ガレスは既に槍を振り下ろし、攻撃する態勢を取っていた。だが、イアソンからすれば回避することは容易い距離と速度であったため、すぐさまその槍の射線から離れるべく行動を開始した。

 

「違う! セイバー! ()()()()()()()!」

 

「――――ッ!」

 

 衛宮切嗣の叫びを耳にしたイアソンは、すぐさま彼の言わんとしていることを察知した。ガレスの狙いはイアソンではなく、メディアであった。事実、ガレスはイアソンを攻撃するのではなく、その傍に立っているメディアを狙っていた。

 そして、メディアはガレスの不意打ちともいえるような、この攻撃を回避するような身体能力は持ち合わせておらず、ただ己の脳天へと振り下ろされる槍を茫然と見つめることしかできなかった。

 

「メディア――ッ!」

 

 イアソンはメディアを庇うべく、ガレスの槍をその身に受けることを選択した。槍はイアソンの体へと振り下ろされることとなった。

 

 ――イアソンが庇うべく掲げた右腕は根本から切断され、槍の切っ先がイアソンの脇腹のをかすめたのか、肉は抉り取られていた。この二か所の傷からイアソンは鮮血を噴水の如く舞い散らせた。

 

「イアソン様……ッ!」

 

 メディアは悲痛な叫び声を上げた。

 

 







 次回こそ最終話です(震え声)
 まさかイアソンの部分でこんなに長くなるとは……!
 
 次回話は、なるはやで投稿します。 


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第27話

 APEX楽しい(白目)投稿遅くて申し訳ありません(土下座)
  
 ……FGO5周年おめでとうございます。もう一年経つんですね(白目)いやぁ、時が経つのは早いものですねぇ。新聞の北斎ちゃん可愛い(静岡県住まい)
 FGOにはもっと長く突っ走って欲しいですねぇ!!
 

 それはそれとして、前話のあとがきで今回で終わるとか言っていましたけど、終わりませんでした(白目)許してくださいなんでもしますから!






「セイバーッ!」

 

「イアソン様ッ!」

 

 衛宮切嗣とメディアは、ガレスによって切断されたイアソンの腕が回転し、血を撒き散らしながら宙を舞うのを目にしたのを見て、初めてイアソンの腕が欠けたということを理解し、叫んだ。

 そして、イアソンもまた同じように叫んだ。しかし、それは衛宮切嗣たちのようにイアソンの身を心配するかのようなものではなく、痛みによる絶叫であった。その証拠に、イアソンはその美しい顔を歪め、もんどりうっていた。

 

「痛い、痛い――クソ、クソ! メディア、早く治してくれ……ああ、クソ! 止血だけで十分だ。クソッタレ! ああ、畜生め!」

 

「イアソン様、今治します――!」

 

 メディアの魔術によって、何とか止血と痛みを取り除くことに成功したイアソンは、脂汗を流し、肩で息をしながら間桐臓硯とガレスとを睨んだ。

 

「クソ……だが、確信したぞ! ()()()()()()() なるほど、お前たちは脅威だ。だが、そうではない! この私の中にある胸騒ぎの原因は、お前たちではない。答えろ、魔術師――貴様は、何を知っている?」

 

 イアソンは間桐臓硯を睨み付けた。その鋭い眼光は、少しでも誤魔化そうとしたり、嘘を口にしたらすぐさま殺しにかかると言わんばかりであった。

 イアソンはこの柳洞寺に入る前から、胸騒ぎを覚えていたことを読者の皆様は覚えているであろうか? 彼はこの胸騒ぎの原因は、間桐臓硯とガレスとの戦いにあると考えていた。

 なるほど多数の令呪を持つ間桐臓硯ならば、ガレスに尋常ではないほどに強化したり、あるいは転移という奇跡を用いて戦況を有利に運ぶことができるであろう。しかし、それでも、イアソンにはガレスと間桐臓硯とが脅威には思えなかったのだ。それに、間桐臓硯もまた、己との実力差は理解しているであろう。

 イアソンは間桐臓硯を非常に狡猾であり、用心深い性質を持つ人物であると認識した。そんな彼が、ヘラクレスをはじめとしたイアソン達との前におめおめと姿を現し、正面から戦うというのは、非常に在り得ないことなのだ。間桐臓硯が本当に勝利しようとしているのならば、もっと狡猾かつ卑怯極まりない手口を使ってイアソン達を追い詰めること請け合いである。

 だからこそ、イアソンは間桐臓硯に問いかけるのだ。

 

「貴様は何を企んでいる? 何を知っている? 答えろ!」

 

「何を、か」

 

 間桐臓硯は不気味な笑みを浮かべてみせた。

 

「己の企てを喋る阿呆がどこにおる? お前たちが儂の内心を知る必要は無い。なぜならば、皆ここで死ぬのだからのぅ。そら、ランサー。限界を超えよ。敵を叩き潰せ」

 

 間桐臓硯は令呪を使用し、ガレスに命じた。その命令の内容は、彼女の身体能力の強化――それも、彼女の限界を超え、霊格が砕けるのも厭わないほどの超強化であった。それは強化という名の暴走(オーバーロード)そのものであり、ガレスの筋肉は膨れ上がり、その代償としてブチブチと千切れ始めたし、彼女の肉体に流れる血液はその巡回速度を異常なまでに上昇させ、血管はその速度に耐えきれずに破裂し始めた。その他にも、彼女の肉体は強化される代償として、あらゆる場所が破壊されていった。

 もちろん、そうなれば痛みを伴うのは当たり前のことであり、実際に彼女は全身を無数の焼けた針が突き刺さり、万力が肉を力強く掴み、引っ張っているかのような錯覚を覚えるほどの、想像を絶する痛みを感じていた。

 

「ア、AA、AAAAAaaaa、aaァァア゛ッ――」

 

 絹を裂くような悲鳴というのは、このようなことを言うのであろうか。あるいは、地獄にて拷問を受ける亡者の悲鳴か。血を吐き出しながら、ガレスは耳をつんざくかのような大声で叫び、虚ろながらも血走った目でヘラクレスを睨み、彼へと襲い掛かった。

 

 ――『猛り狂う乙女狼(イーラ・ルプス)』。

 彼女は宝具を使用し、凄まじい槍の連撃をヘラクレスへと繰り出さんとしていた。それは彼女の人生における武と技術と力との集大成である宝具。一撃一撃が必殺となるその連撃を以て、彼女は数多の騎士を沈めてきたのだ。

 ヘラクレスはそれに呼応するかのように、咆哮し己の全力を以てその石斧を振り下ろした。

 

「■■■■■■■■■■■!」

 

 狂化によって言語を話すことはできずとも、ヘラクレスが発するその声に怒りの感情が籠っていることを察するのは容易であった。その声を聞くまでもなく、彼の巌の如き表情は仁王の表情を浮かべており、ヘラクレスが怒りの感情を覚えているのは確実であった。

ヘラクレスは怒りを覚えているのだ。その原因は複数存在する――

 まず一つ。己がいながらイアソンという己の友が傷ついたこと。己が守ることができなかった不甲斐なさに怒りを抱いていた。

 そして二つ目。目の前にいるガレスが侮辱され、苦しめられていること。ガレスという騎士はなるほど、そこらの人間や戦士よりは強いのであろう。しかし、ヘラクレスという大英雄から見れば、ガレスは弱く、その実力差は絶望的なまでに大きい。それでも尚、ガレスは諦めずに、己に何度も向かってきた、気高く、逞しい戦士なのだ。イアソンがガレスを認めていたのと同時に、ヘラクレスもまた、ガレスを認めていたのだ。しかし、今のガレスは戦士としての影はなく、間桐臓硯という魔術師によって侮辱され、獣畜生へと堕とされた存在であった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■――ッ!」

 

 故に、ヘラクレスは怒るのだ。イアソンの親友として。気高き戦士として。

 ヘラクレスは己の宝具であり、ヒュドラを殺した己の武の極致、――『射殺す百頭(ナインライブズ)』を発動させた。

 狂化スキルを得て限界しているヘラクレスでは、本来ならばその宝具を使用することは不可能ではある。しかし、イアソンが己の背後に在り、彼の為に動いているというその状況が、ヘラクレスに確かな理性の光を宿し、その宝具を起動させるまでに至った。

 

 ――それは、一撃一撃が究極へと至った連撃。ヘラクレスの膂力、技量、経験、才能といったあらゆる全てが集約された奥義である。

 

 なるほど、ガレスの振るう槍の技術、力、性能、どれをとっても素晴らしいものである。並大抵の戦士や騎士では、彼女の振るう槍には勝利できないであろう。だが――ヘラクレスという大英雄の攻撃は、ガレスのそれを上回っていた。

 放たれた『射殺す百頭(ナインライブズ)』による攻撃は神速を超え、ガレスの槍を砕き、その肉体を、霊核を、一瞬で消し飛ばした。それこそ、彼女は痛みを感じる暇もなかったであろう。その一見容赦ない連撃は、実に慈悲深いものであった。

 

「ああ――」

 

 ガレスは己の肉体が消し飛ぶ瞬間、この狂気から解放されることに安堵を覚え、ヘラクレスへと感謝の念を抱いた。そして、己が殺した人々への謝罪を発した。

 

「ごめんなさい……ありがとうございます……」

 

  そのかすかな呟きを耳にした者は、果たしてこの場にいたであろうか。ガレスはその小さな言葉を最後に、ヘラクレスの石斧を受け入れ、消滅した。

 そして――この瞬間、今回の聖杯戦争の勝者は決定された。聖杯戦争というサーヴァントによる殺し合いを制覇し、最後まで残ったイアソンこそが、聖杯戦争の勝者なのである。ここまで来れば、あとは降臨する聖杯で願望を叶えるのみである。だが、それでも尚イアソンの胸騒ぎは晴れることはなかった。

 

「何を企んでいる……?」

 

 己が従えていたガレスが消滅しても尚、間桐臓硯は笑みを浮かべていた。そこには、焦燥とか、敗北感といったものは一切感じ取られなかった。それどころか、彼が浮かべる笑みは、王や巫女が闘技場で戦い、死にかけている闘士を見て笑うそれと非常に類似していた。

 故に、イアソンはこの老人が敗北者の立場にあるとは、一切思えなかった。それどころか、自分たちが処刑台にかけられたような気分であった。

 

「企みか。そうさなぁ、儂は確かに何かしらの計略がある。だが、それはお主等には関係の無いことよ」

 

 間桐臓硯は、イアソンの問いかけに答えた。彼はガレスが消滅したものの、別に構わないと考えていた。令呪を使用し、強化してイアソンと戦い、勝利することができたのならば、御の字。そうでなくても、一つを除いてやるべきことは全てやり終えているのだ。残る一つ――即ち、聖杯が降臨し、どのような事が起こるのかを確認するだけである。その結果次第では、聖杯の横取りも考えてはいるが、間桐臓硯は次回への備えに重きを置いている。

  今回敗北しても、次回で勝利すれば良いだけなのだ。遠坂時臣及び言峰綺礼及び言峰璃正の三人が死んだのは、間桐臓硯にとって喜ばしいことであった。

 なぜならば、遠坂に関わる彼らが死ぬことにより、遠坂時臣の娘である遠坂凛をも己の傀儡とすることが可能になる。その他にも、言峰綺礼の死体を操ることによって聖杯戦争の監督役をも自在に操作することが出来るようになるのである。

 つまるところ、今回の聖杯戦争では敗北しても良かったのだ。だが――次への布石をより強靭なものへとすることができると睨んだからこそ、間桐臓硯はこうして聖杯戦争に参戦することにしたのだ。

 そして、今ここに己のサーヴァントは敗れたが、次への下準備はほぼ整ったと言ってよいであろう。懸念があるとすれば、聖杯の様子のみである。それも、すぐに明らかになる。

 故に――間桐臓硯は、己の思考通りに()()が進んでいるため、敗北感など一切抱かないのである。それどころか、イアソン達がこれからどのような事になるのか、さながら処刑される囚人を見送る看守のような気持ちになり、愉悦を抱いていた。

 

「さぁ、この聖杯戦争はお主等の勝利じゃ。この間桐臓硯が認めるとしよう。聖杯の器は、寺の中におる。ゆくが良い。聖杯の魔力は満たされておる。降臨の儀も、ほぼ終えている。あとは願望を口にするだけじゃ」

 

 間桐臓硯は笑い、アイリスフィールが居る場所を指し示した。イアソンは彼を睨み付けながら、本堂へと歩を進めた。

 

「ヘラクレス」

 

「■■■■■■■■!」

 

 ヘラクレスは、イアソンの意思を察し、間桐臓硯へとその巨大な石斧を叩きつけた。間桐臓硯の肉体はあっという間に粉々に砕かれた。

 イアソンは間桐臓硯の残骸を見て、鼻を鳴らした。

 

「魔術師め、やはり本体ではないか」

 

 イアソンは間桐臓硯の残骸――地面に散らばり、蠢く何匹もの蟲を見ながら言った。令呪そのものは本物ではあったが、間桐臓硯の本体はこことは別の、安全な場所に存在しており、己の蟲を通じて、ことのあらましを見ているのだ。

 

「おお、怖い怖い……見破っておったか。流石というべきかのぅ。ギリシャの英雄たちを率いた船長よ」

 

「……私の真名を見破るか。まぁ、今更分からないというのならば、それは余程の愚鈍でしかない。むしろ、お前がそうでなくて良かったぞ、魔術師。

 ――()()()。最後に一つ聞こう。お前は、何を企んでいる?」

 

「……さてな。そう警戒せんでも良い。儂はもう何もするつもりは無い。カカッ! サーヴァントも消滅したのじゃからな。手出しもできんわい」

 

 間桐臓硯の言葉に偽りはなかった。間桐臓硯はこの聖杯戦争においては、敗北した身であり、これ以上何か行動を起すことも、イアソンというサーヴァントが相手では、それも不可能である。――否、そもそも行動する必要がないのだ。間桐臓硯の目的は、この先の出来事を見届け、次へと備えることなのだから。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()明らかに何かを企んでいるヤツを放置するほど、馬鹿に見えるのか?」

 

「何ッ――!」

 

 イアソンが行った問いかけは、間桐臓硯へと対する最後通告であった。だが、間桐臓硯はそれを受け取らず、イアソンの問いかけに答えようともしなかった。己の目的を口にしようとしなかったのだ。故に――イアソンは間桐臓硯へとギロチンを振り下ろすことを決定した。

 すなわち、間桐臓硯がどのようなことを企んでいるのかは不明であり、更に内心を話すことも無いと判断した。それ故に、イアソンは間桐臓硯という不安要素を取り除くことにしたのだ。

 

「まぁ、最もあの男が患者を前に我慢できるかどうか、という話だがな! タイミング的にも、そろそろ処置を終えるころだろう。お前の醜悪さは見るに堪えん! 同情こそ――してやろうにも無駄のようだ。仏の顔だったかな、この国のことわざに乗じて三度ほど機会を与えてやったが、お前は自らの手でその機会を逃した。ならば、死ね」

 

 イアソンは冷たい目で、間桐臓硯を見つめた。そこにあるのは、敵意ではなく、かといって同情のたぐいでもなかった。ただ、これから死ぬ間桐臓硯に対する興味を無くし、感情の籠らない視線であった。

 

「ガッ――こ、これは……! おのれ、貴様ァ!」

 

 間桐臓硯であった蟲の集合体はその統制を失い、地面を蠢いたり、這いまわったり、あるいは空を飛んだりと、各々好き勝手に動き始めていた。

 何が起こったのか――それを説明するためにも、視点を柳洞寺から間桐邸へと移動するとしよう。

 

 イアソン達が柳洞寺にて間桐臓硯と彼が従えるガレスとの戦闘を行っている最中、間桐邸に居るのは、切嗣の拷問によって負傷した間桐鶴野に、間桐臓硯の養子である間桐桜の二名――そして、もう一名。

()()()()()()()()()()()。彼の本体である蟲は、間桐桜の体内へと潜り込んでいたのだ。彼の身を守るのにはうってつけな場所であった。本体はこの安全な場所に潜みつつ、蟲によって構成された分身を通じて活動していたのだ。故に間桐臓硯は、戦いに敗北しようが己が死すことはないと考えていた。だが――それは彼の前では泡沫の如き幻想であった。

 医神アスクレピオス――彼はイアソンの命令により、間桐邸へと向かい、そこに何かしらの仕掛けやら、間桐臓硯にとっての切り札といえるようなものがあるのならば、そういったことごとくを始末するべく行動していた。

 その最中、彼は蟲蔵の内部に囚われている間桐桜を発見し、彼女を救助している最中、彼女の内部に潜り込んでいる間桐臓硯の存在に気が付いたのだ。アスクレピオスからすれば、それは悪性の腫瘍の如き異物であり、体内に潜り込んでいた他の蟲達と共に摘出をしたのだ。

 そういった訳で、現在間桐臓硯の本体は、アスクレピオスの手によって握りしめられていた。間桐臓硯はその体を必死にじたばたと、くねらせながらアスクレピオスへと命乞いをしていた。

 

「やめろ! 待ってくれ、儂を殺すな! 殺さないでくれ! やめろ! ――ああ、見逃してくれ! 聖杯戦争は既に終わっている! お前たちの勝利だ! だから、殺すな! ああ、やめろ……やめてくれ……ッ」

 

 そんな彼をアスクレピオスは冷たい目で見降ろし、言った。

 

「なんともつまらない命乞いだな。だが、お前のやっていることは、あの外道畜生神共にも引けを取らないな。ああ、だとしたら不愉快だ。この聖杯戦争で、あの男が召喚されていたと聞いた今はとりわけな。さて、患部は全て摘出した――ならば、さっさと始末するとしよう」

 

 「ああ――! 嫌だ! 嫌だ! やめてくれ! 間桐はこんな所で、儂は、こんな所で終わりたくない……終わるわけにはいかないのだ!」

 

 間桐臓硯は、アスクレピオスの握りしめる手に力が入るのを察知すると、これまでよりもさらに必死にもがき始めた。だが、逃れることは不可能であり、かといって命乞いとして、どれだけ上等な言葉を述べようが、間桐臓硯を病原体として見なしているアスクレピオスは、聞く耳を持たないであろう。  

 

「嫌だ! 嫌だ! 死にたくない! 死にたくない! 死ぬわけにはいかないのだ! 儂は、儂は……まだ! おお、そうだ! まだ死ぬわけにはいかないのだ……! ユスティーツァ……! 冬の聖女、ユスティーツァ! 儂は、儂は、生き続けなければならぬ! 願望を成就させるには、生き続けなければならぬ! 死ぬわけにはいかないのだ!」

 

「黙れ」

 

 アスクレピオスは、手の中でもがき続け、叫ぶ間桐臓硯を無慈悲に、一瞬で握りつぶした。こうして、間桐臓硯という500の年を生きた魔術師はその生命を終了させたのである。

 そして、アスクレピオスは横たわる間桐桜を見やり、呟いた。

 

「寿命を延ばすというその行為こそは、なるほど称賛こそしよう。よくここまで長く生きたものだ。だが、魂まで腐りきっていては世話が無いな。こうなってしまっては、もはや救いようはない。

 だが、この子供は違うな。肉体はともかく、精神は長期的な治療を要する。聖杯戦争、か。あとわずかで終わるという話だが……オイ、もう少し現界させろ。具体的には最低でひと月ほどだ」

 

「無茶を言うな、無茶を!」

 

 イアソンは、アスクレピオスから受け取った念話を聞くなり、彼の言う言葉に対して叫んだ。

 だが、アスクレピオスからすれば患者の治療は絶対にして、当然の行為であり、そのうえ間桐桜の状態は心身共に酷く、治療をしないわけにはいかなかった。だが、イアソンからすれば彼の気持ちこそは理解できるし、汲んでやりたくもあったが、首を横に振った。

イアソンの声は、どことなく震えているように思えた。アスクレピオスもまたそれを感じ取った。

 

「いいか、それは不可能だ。アスクレピオス、お前にはもうひと働きしてもらわなければならないからな。さぁ、早くこっちに来い……これが胸騒ぎの正体か! これが嫌な予感の正体か! 下手をすれば、この街が……いいや、全人類が消滅するぞ! ああ、畜生め! これだから願望器とかそういう類のモノはロクでもないんだ!」

 

 イアソンの視線の先には――聖杯があった。アイリスフィールの肉体を依り代とし、この世界へと顕現した聖杯が。イアソン以外の、残りのサーヴァントが皆倒れ、間桐臓硯によって儀式はほとんど終了していたため、自動的に顕現したのだ。

 だが、そこにあるのは決して願いを叶える黄金の杯といったような、輝かしいモノではなかった。

 漆黒の穴が天に開き、禍々しい気配を発する泥がその穴から地上へと降り注いでいた。泥は地上を舐めるように広がり続けていた。

 

「アイリっ……!」

 

 衛宮切嗣は絶望の表情を浮かべた。なぜならば、聖杯が降臨し、泥が落ちた場所というのは、柳洞寺の本殿であり、間桐臓硯はそこにアイリスフィールがいると言っていた。だが――本殿は既に泥に飲み込まれ、粉々に破壊されていた。……衛宮切嗣は図り知らぬことであるが、どのような形であれ、どのようなモノであれ、こうして一度聖杯が降臨したからには、アイリスフィールの肉体は既に存在しないのだ。だが、どちらにしろアイリスフィールが助かることは無いであろう。

 

「まずいな、逃げる――いいや、間に合わない! チクショウ、クソッタレ! 飲み込まれる……!」

  

 泥はさながら津波の如く勢いで、イアソン達へと迫り、抵抗しようとする彼らを無慈悲にも、一瞬で飲み込んでみせた。

 

 ――災禍はここに降誕せり。聖杯はここに降誕せり。

 その泥は、かつて行われた聖杯戦争の残り香である。即ち――復讐者(アヴェンジャー)として召喚されたこの世全ての悪(アンリマユ)による呪い。人々が生み出し、人々へと降り注ぐ災厄なり。

 

 だが、儀式は終わっていない。まだ終了していないのだ。なぜならば、このような状態となろうが、聖杯は願望器であるのだから。願望器であるのならば、願いを口にする者が必要であろう。

 

 故に、聖杯は問いかける。最後に残ったマスターである衛宮切嗣へと問いかけるのだ。

 

 ――汝、何を願うのか、と。

 

「僕は――――」

 






 あと1、2話くらいで終わりますー!!ガチで!!!!多分!!!
 残りは全て今月中に投稿して完結させます!!んでもって鬼滅とFateのクロスを書くのです!!!


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第28話


 終わらない詐欺ってどうかと思う。引き延ばしと思われてしまう……
いやしかし、本当に何で中々終わらないんだろうネ! もう最終局面なのに! いやぁ、実に不思議!!


 

 

 アイリスフィールは、間桐臓硯に攫われて以降、常に微睡みの中にあった。今、何が起こっているのか、衛宮切嗣は無事なのか――あらゆることを微かな意識の中で思考していた。だが、それらは彼女にとっては無意味なことでしかなかった。

 なぜならば、聖杯を取るのは己の夫である衛宮切嗣であり、恒久的な世界平和を実現するのだから。アイリスフィールにとってそれは当然のことであり、己を喪っても、衛宮切嗣は願望を叶えるための、殺戮装置となりあらゆる障害となる者達をことごとく破壊し、聖杯を得る――そう信じて疑わなかった。

 故に、アイリスフィールは間桐臓硯に誘拐され、己がどのような状況に置かれているのか分からずとも、衛宮切嗣の勝利を確信し、彼の願いを叶えるため、聖杯の器たる己の役割を果たそうとしているのだ。

 そして――微睡みの最中、死して魔力へと変換されたサーヴァントが満たされる感覚を覚えた。そして、己が聖杯へと変貌していくのを自覚した。

 

 達成したのだ! 衛宮切嗣が勝利したのだ! ああ、恒久的な世界平和はそこにあり!

 

 アイリスフィールは我が身へと降り注ぐ漆黒へと身を任せ、願望器への変質を開始した。

 総ては衛宮切嗣の願いを叶えるために。妻として彼を支えるために。聖杯として衛宮切嗣の願望を実現するために。

 

 

 

「――――ここは」

 

 衛宮切嗣は周囲を見回した。そこは、先ほどまで彼が居た柳洞寺ではなかった。だが、衛宮切嗣にとっては見知った光景がそこにあった。

 アインツベルン城――その一室。アイリスフィールとイリヤスフィールとの親子たちで、何度も語り合った部屋。そこに衛宮切嗣は立っていた。

 

「ここは聖杯の内部。あなたなら、ここに辿り着けると信じていた――」

 

 その声を聞いた衛宮切嗣は、振り返った。そこには、黒衣を纏ったアイリスフィールが立っていた。彼女は微笑み、窓の外を指した。 

 衛宮切嗣は窓の外を見て、ここがアインツベルン城ではないということを理解した。窓から見える筈の白銀の雪に包まれた森は、黒い泥と炎とで満たされており、天には黒い月かと見違えるほどに巨大な、孔が開いていた。さながら地獄といった表現がそのまま当てはまるかのような光景であった。

 

「あれは――」

 

「あれは聖杯よ。ねぇ、切嗣。聖杯は外に出たがっているわ。さぁ、聖杯にあるべき姿を。あるべき形を与えて。それがあなたの役割なのだから」

 

「……馬鹿な、アレが聖杯だと? それに、お前は誰だ? アイリスフィールではないだろう!」

 

 衛宮切嗣は狼狽を隠せずに、叫んだ。彼の言葉に、アイリスフィールは頷いて答えた。

 

「ええ、私は聖杯の意思。この姿は偽り。アイリスフィールは願った。彼女は願った。あなたに願いを叶えて欲しいと。だから、私はそれを実現するためにここにいるの。――世界の救済を。恒久的な世界平和を」

 

「っ、それは――」

 

 衛宮切嗣は彼女の言葉を耳にすると、息を飲んだ。

 今や彼の願いは永遠の世界平和ではない。アイリスフィールと、イリヤスフィール。愛すべき妻と娘。この二人と共に、平和に過ごせればよいのだ。

 恒久的な世界平和という願望を叶えるために歩んだ殺戮の道は、アイリスフィールとイリヤスフィールという存在によって歪み、そしてこの聖杯戦争の最中完全に閉じられたのだから。

 

「違う、違うんだ。僕は、もはや世界平和なんざ望んでいない。アイリ、そしてイリヤ。この二人とずっと、平和に家族として暮らせればそれでいいんだ――」

 

 まるで口にするのが苦しいと言わんばかりに、その声は非常にかすれていた。

 

「切嗣、酷い顔をしているわ」

 

「な、に――?」

 

 その言葉によって、衛宮切嗣は己の顔が苦痛と迷いによって酷く歪んでいることを自覚した。

 ……衛宮切嗣の願望は、家族と共に過ごすこと。だが――アイリスフィールは変質した衛宮切嗣の願望を知らないのだ。

 故に、妻として、衛宮切嗣が必死になって実現しようとしていた恒久的な世界平和を願い、共に協力していたのだ。それは間桐臓硯に攫われ、聖杯になる直前であっても、アイリスフィールは衛宮切嗣を想い続けていたのだ。

 だからこそ。妻を愛するからこそ。衛宮切嗣は顔を酷く歪めていたのだ。そんな健気に己を想い、支え続けてきた妻を否定することになるのだから。

 

「まあ、いいわ――切嗣。あなたは既に願いを口にした。なら、私はその願望を実現しましょう」

 

 アイリスフィールの姿をした聖杯の意思は、口の端を歪めながらそう言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()――その願いを叶えましょう」

 

「な、に――待て! どうするつもりだ……!」

 

「簡単なことよ」

 

 アイリスフィールのカタチをしたソレは微笑んだ。そして、世界が変貌した。聖杯の中にある『泥』は、現世へと降誕し、願望を実現するべく行動を開始した。

 

「キリツグ! ようやく一緒に過ごせるのね!」

 

 そんな声が聞こえた。その幼く無邪気な声を衛宮切嗣が聞き間違える筈がなかった。なぜならば、それは己が愛娘であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの声だったのだから。

 

「イリヤ?」

 

呆気にとられる衛宮切嗣を見て、イリヤスフィールは笑った。

 

「なにおかしな顔をしているの、キリツグ?」

 

「ええ、本当に。大丈夫? 切嗣」

 

「アイリ?」

 

「さぁ、一緒に行きましょう!」

 

 衛宮切嗣の前には、己の愛すべき家族――アイリスフィールとイリヤスフィールがいた。彼女たちは笑い、衛宮切嗣の手を取って走り出した。家族と共に、平和に過ごせる地を目指して。

 

 ――その背後を追うものがいた。

 

 アイリスフィールとイリヤスフィールを取り返すべく、アインツベルンのホムンクルスたちが武器を携えて襲い掛かってきた。衛宮切嗣は彼らを返り討ちにした。

 強盗が、通り魔が、彼女たちに恋愛感情を抱く者が、道端ですれ違った者が、何でもない者が。アイリスフィールとイリヤスフィールへと危害を加える可能性のある人物たちが。即ち、全ての人類がいた。衛宮切嗣は愛すべき家族を守るために、武器を手に取り、彼らを皆殺しにした。

 

「違う……! そんなことは、望んじゃあいない!」

 

 衛宮切嗣は死体の山を前に、叫んだ。そんな彼を呼ぶイリヤスフィールの声がした。衛宮切嗣は振り返り、そこにいるイリヤスフィールの姿を見た。

 

「キリツグ、一緒に遊びましょう!」

 

 彼女は無邪気に笑っていた。無数の人々の血を浴びても尚、それを何とも思わずに、いつもと同じように、何も知らない幼い子供のように、ただただ無邪気に嗤っていた。衛宮切嗣へと差し出したその手もやはり、どす黒い血で染まっていた。何も知らずに、無邪気で無垢であるイリヤスフィールは、血を浴びながら嗤っていた。

 

「違う、違う! こんなモノ、こんな世界、僕は望んじゃいない!」

 

 衛宮切嗣は叫んだ。こんな世界、望んではいない! 愛すべきイリヤスフィールが、血に染まり、汚れても尚笑うような世界など、望んではいないと。

 聖杯は口にする。

 

 “何が違う? 衛宮切嗣。コレはお前の願いだ。ならば、お前のやり方で叶えるのは当然だろう。願いが変わろうが、人間の本質はそう変わりはしない。アイリスフィールとイリヤスフィールを害する者がいたのならば、こうするだろう”

 

 ――聖杯は泥に染まってもなお、願いを叶える願望器として機能する。だが、その願いの方向性は、泥によって歪められている。即ち、破滅へと。破壊へと。殺戮へと。絶望へと。『この世全ての悪(アンリマユ)』は衛宮切嗣の願いを許容し、叶えようとしている。

 

「切嗣? どうしたの? 顔色が悪いわ。風邪でも引いたのかしら? 大丈夫?」

 

 アイリスフィールは不安げな顔を浮かべ、衛宮切嗣へと近づいた。彼女もまた血を浴び、血に染まっていた。そして、血まみれの手を差し出し、衛宮切嗣の体調を慮っていた。

 

「ち、違う……! お前は、聖杯は! コレを実現しようというのか!」

 

“然り――それが聖杯だ。それが願いを叶える装置の機能であるが故に”

 

「なっ……」

 

 衛宮切嗣は息を飲み、戦慄した。こんなことがあってはならない。こんな恐ろしいこと、実現させてはならない。だが、聖杯は本気でコレをやろうと思っているのだ。全ての人類を皆殺しにしようとしているのだ。

 

「やめろ……違う、違う! 違う! こんな世界、僕は望んではいない――」

 

 だが、衛宮切嗣は心のどこかで思考していた。妻と子を害する者がいたのならば。彼女たちを守るためならば。確かに、己ならばこうするだろう、と。そも、衛宮切嗣は殺戮という方法でしか平和を見いだせなかったのだ。だが、それは間違った答えである。故に、衛宮切嗣は聖杯という奇跡に、己の方法では実現できない、完全無欠の平和を願っていたのだから。

 だからこそ、衛宮切嗣は否定する。聖杯が行おうとしていることを否定するのだ。それでは、己がやってきた殺戮の道から逃れることはできないのだから。

 

「ああ、アイリ、イリヤ――」

 

 衛宮切嗣は絶望し、脱力した目で彼女たちを見つめた。そして、銃の引き金へと指をかけ、彼女たちの額へと銃口を定めた。

 彼の目からは涙が流れ、その声は震え、その顔は酷く歪んでいた。

 

「愛しているよ。君たちと一緒に過ごせたらどんなに幸せなことだろうか。だけど、違うんだ――」

 

 聖杯を否定するために。世界を救うために。衛宮切嗣は彼女たちを見捨てるのだ。かつての己の願望を否定するために銃口の引き金を引くのだ――

 

 

 

 アスクレピオスはイアソンの指示によって円蔵山へと向かっていた。その最中、街中にて、聖杯から溢れ出た泥が円蔵山を覆いつくすのを目にした。そして、彼はその泥がどのようなものなのかを、瞬時に理解した。

 

「呪いか。さながらパンドラの災厄……いいや、アレはパンドラよりタチが悪いな。希望が存在しない。破滅の呪詛か」

 

 そして、アスクレピオスは溢れ出る泥への対処法、即ちその泥に溺れ、侵された患者の治療法を思考し始めた。イアソンやヘラクレスならば、あの泥に飲み込まれてもまぁ、とりあえず最低でも生存はしているだろうと考えてのことである。

 

「だが、どうしたものか。アレは僕たちサーヴァントの天敵もいいところのようだ。触れれば、霊基――性質そのものに影響をきたすと見た……まぁ、ヘラクレスなら五体満足だろう。あの男がいるのならば猶更か」

 

「もう少し思いやってやったらどうだ?」

 

 とアタランテはアスクレピオスへと言った。彼女もまたイアソンの指示によって、円蔵山の森の中にて、緊急時にすぐさま動くことが出来るように待機していたのだ。だが、聖杯から泥から逃げ回り、こうしてアスクレピオスの元へと移動してきたのである。 

 アスクレピオスは彼女の言葉に鼻を鳴らして答えた。

 

「心配するだけ時間の無駄だ。それよりサンプルが欲しい。あの泥に触れて来い」

 

「断る! 決してロクなことにならないだろう! それは。魔術に疎い私でもわかるぞ!」

 

「……ッチ。まぁいい。だが、このままではあの泥は街を飲み込むな。僕としてはサンプルも増えるし、別に構わないが――」

 

 アタランテはアスクレピオスを鋭い目で睨み付け、彼の言葉を阻止した。そしておもむろに弓矢を手に取った。

 

「私としては許容できないな。この街には子供もたくさんいるのだから。力無き者は死ぬのが定めといえども、流石にこれは見逃すことはできないな」

 

 彼女は続けて矢を弓に番え、天空へと放った。この一矢こそが彼女の宝具なのである。

 

「我が弓と矢を以って――……太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を願い奉る! いざ、この災厄を捧がん! 『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』ッ!」

 

 天空へと放たれた一つの矢は、空を埋め尽くす綺羅星の如く無数の矢となり、地上へと次々降り注いだ。たかが矢と侮るなかれ。宝具として放たれた矢は流星群の如き速度と破壊力を以て、地上へと落下した。

 そして、落下した矢は円蔵山の大地をめくりあげ、その地形を瞬時にして変貌させてみせた。即ち、大地は矢によって隆起し、聖杯の泥を防ぐダムのような役割を果たすようになったのだ。これによって、泥が街へと流れ、家や人々を飲み込むことがなくなる――という訳ではない。

 これはほんの些細な足止めであり、泥はいずれ作り上げられたダムを乗り越え街へと流れ出るであろう。

 

「――悔しいが、私にできるのはこれぐらいだな。矢で泥を蹴散らそうにも、あの量は手に余る。あとは……あの男次第か」

 

「そうなるだろう。それと、アタランテ。その宝具の口上は変えろ。聞いていて不愉快だ。特に太陽神(アポロン)の部分がだ」

 

「いや、それは……まぁ、汝の事情も分からんでもないが……うん。しかし、羊、羊とはなぁ……本体ではないことは分かっているのだが……」

 

 とアタランテはどこか複雑な表情を浮かべて呟いた。

 

「しかし、この聖杯戦争にあの男が召喚されていたと聞いたときは、怒りを覚えたが、ヘラクレスによって殺されたと聞いたときは、大笑いしたな! ざまぁみろ馬鹿め!」

 

 アタランテは爽快な笑顔を浮かべながら、高笑いをするアスクレピオスと、己の中に浮かぶ、神への信仰の想いから逃れるかのように、円蔵山を眺めた。

 

 そして――泥に覆われた地表の中から、僅かな黄金の光が一瞬だけ輝いた。 

    

 




 

 次ッ! 次こそ終ります! 多分! 
 あともう少しで終わりますので!! もうちょっとお付き合いいただけると幸いです!!


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