HK416ちゃんは聞きたい (屋根上猫)
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HK416は聞いた

気づいたらHK416のSSを上げていた……。
自分でもわからねぇ。きっと、Twitterで繰り広げられたHK416を褒めるだののツイートを見て影響されたんだろう。気づいたら……こんなのが上がっていた。しかもコイツ、この話で終わらすつもりもないらしい。
と、とにかく、コイツを見てやってくれ……


 HK416は完璧だ。

 完璧という言葉を体現するが如く生まれたと言っても過言じゃないほどに、彼女は完璧だった。

 その容姿においても、その戦闘成績においても、他の追随を許さんとでも言うほどに完璧であった。

 そう、完璧だ。恐ろしいくらいに完璧であった。

 時としてその完璧な彼女の有様には、思わずため息がこぼれるほどに……。それと同時に、気づかぬうちに言葉を取りこぼしてしまっていたらしい。

 なかば業務報告すら終わり、ほとほと人が来ないだろうと執務室で一人感慨深そうに目を瞑り唸っていたのが行けなかったのかもしれない。

 いつの間にか目の前にいた件の彼女の存在すら忘れて、俺は独り言を呟いていた。

 

「なんなんだ、あの完璧超人は……」

「…………」

 

 そう、気づいていなかった。人前で、それこそ本人を前にすれば言葉にすることもなかったであろう言葉が、一人だと思っていたがゆえに口にしていた事実など。

 

「HK416が可愛すぎて困る……」

「っ――!?」

 

 なおも彼の独り言は続いた。

 

「なんなんだよアイツは……、可愛すぎる」

「あっ……」

「戦闘成績も軒並み平均を軽く超える完璧具合。まさに完璧と自負するに値する成績だ」

「うっ……」

 

 無論、彼女だけが平均を超えているわけではない。彼女の組みする404小隊の面々も同じように優秀な子達が多い。いや、そもそもがそういった仕事がら優秀でなくては困るというのもあるかもしれないが、それにしたってあそこまで完璧だと、ついつい粗探しをしてしまいたくなるものだ。まぁ、どれも完璧という結果以外残らなかったが。

 

「粗探しをする自分の人間性に苛立ち以外が湧いて出てこなかったが、それに見合う成果もあった……」

「……?」

「アイツはまず容姿が完璧だ」

「あぅ……」

 

 彼女についてまず触れるところと言えばその点だろうか。

 その容姿に触れずしてどこに触れるべきか。どこから手に取っても完璧なHK416について語るのに難しいものはない。むしろ、難しくないことが難しすぎる。

 

「あの淡くライトブルーを思わせる長髪など、自然と視線が釘付けになってしまう。あの腰まで伸びきったあの髪に触れられるのであれば是非とも触れてみたいところだ。きっと、間違いなく最高の触り心地が俺を天にまで運ぶことだろう」

「ッ、ッ……!!」

 

 間違いなく、俺は死ぬ。これは確定事項である。

 

「普段、どことなくキツめな性格もまたいい塩梅だ。あの上昇志向にはこちらとしても見習う点だろう。あの姿には私も負けていられない。少なくとも彼女を指揮する身である私が、彼女の足を引っ張ることなどあってはならない」

 

 そのためにも、少しでも自分の行動に目を通し明日へと繋げるべくして努力を続けてきた。それはなにも彼女のためだけでもない。この指揮部に所属する人形の生存如何にも関わってくることだと理解していたからだ。その努力を続けられてきたのは彼女のその姿勢のお陰と言っていいものであったのは間違いない。

 

「そして、あのエメラルド色に輝く瞳の色。あそこまで意志の強い輝きを私は見たことがなかった。と同時に、私は魅入られていた。なんと綺麗な瞳なのだろうと、目を逸らさずに見ていられた自分を褒めたい」

 

 あまりにも眩しすぎる輝きに、視線を逸らしてしまいそうになったことなど多々ある。あの子の輝きは、俺には毒だ。人を苦しめてやまないだけの毒であればまだ良かったのに、喰らえば喰らうほどにさらにその輝きに魅入られている。

 

「そして、仕事もまた完璧だったな。副官に置いた時の手際の良さには舌を巻いたものだ。是非とも暇があれば次もやってほしいところではあるが……。彼女の仕事を見るにそれは難しいか……」

「あっ……、っ……」

 

 それも致し方なし。彼女はその優秀さがゆえにあの部隊にいるのだ。こんなところで副官業務などしている暇はないだろう。

 

「そういえば、副官業務を任せた時に料理を作ってもらったな……。あれは今も思い起こしてみても実に美味だった」

「ぅ……!!」

「できることならばもう一度口にしたいと思える程に、出された料理も、その味付けも、いったいいつ私の好みを知ったのか知りたいほどに、私の胃袋を掴んで離さないあの料理……くぅ、もう一度食べたい。せめてもう一度……」

「あっ、あぅ……」

 

 まぁ、それも難しかろう。確か今も彼女は任務に従事していたはずだ。

 わざわざ料理して欲しいから帰ってきて~など言った時には、体中に風穴が出来上がっていても可笑しくない。だいたいそんな私用で呼び戻すなど心が引けるどころの話じゃない。

 

「そして言わずもがなあのプロポーションだ。下世話な話になってしまう自分が憎いが、認めざるを得ない。あの子のHK416の肉体美には体が反応してしまう事実を……」

「ッ、あぁ……うっ……」

「このことを言ったら嫌われてしまうだろうか……、でも、あぁ……好きだなぁ……」

「んっ――!?」

 

 言わずもがなこの思いがなんなのか分かってしまう。これは間違いようもないほどに恋だ。

 最初は憧れを抱いていたのだろう。そこに間違いはないにしても、いったいいつからこの気持ちになったのか。考えるだけ無駄な気がしてきた。

 

「気付けば、その姿を目で追っていたと言ったら、気持ち悪がられるかな」

「…………」

 

 まぁ、暫くそっと胸にしまっておく内容なのは確かだ。

 いつ話すかと問われれば、永遠に未定のまま終わるだろうことは想像に難くない。

 

「あの真面目さも、そしてキツイ言動ながらも面倒見のいい性格も、ホントアイツは完璧だな」

「っぁ……」

 

 ふぅ、と一息ついて。少しばかり冷静さを取り戻した俺はやっとこさ瞼を開けたのであった。

 

「…………」

「…………」

 

 二人の視線が交差した。

 目を何度も瞬かせる俺に対し、彼女はどこか居心地の悪さから視線が彷徨い続けていた。

 その手には書類がいくつか。多分、きっと、恐らくそれは任務の終了報告あるいは重要書類に関したものであることはすぐに想像が付いた。その書類を握る手が赤い。それはもう紅い。それに加えて僅かに震えているときた。おやおやと、その顔を覗いてみれば頬がこれまた赤い。いったい全体どうしたもんだと、遅まきに気付き始める心臓が早音を打ち始める。

 

「あ、あの、指揮官……これ、を……」

「あ、あぁ……」

「あっ……」

「あ、すまない……」

 

 書類を受け取るときに触れ合った手に驚いたように、離れゆく手の感触。バサリと執務机に散らばる書類が、今の心境の焦りぐらいを表しているようでもあった。

 気恥ずかしさすら遠のく思いだった。喉が渇く。手に思うように力が入らない。それでいて彼女へと向ける視線だけはいっちょまえに彼女を捉えて離さなかった。

 

「あっ、ごめんなさい……」

「こ、こちらこそ……」

 

 あせあせと机の上に広がる書類に手を伸ばし始める。

 その間もちらほらと彼女へと視線を伺うように向ければ、時折視線が交差するたびに目を逸らしていた。

 努めて冷静に振舞おうとしていても、机の上を泳ぐ手が何度も同じところを泳いでいる様を見てしまえば、まったくもって冷静でいられていないことなどすぐに分かっただろう。

 

「では、これで……」

「あ、あぁ……すまない。確かに、書類は預かった……」

 

 漸くして、やっとのこさ集まった書類を手にすると、彼女はそれを見やった後に全てを終えたとでも言うように、くるりと身を翻し執務室を駆けていくのであった。

 そして、数分。いやもしかしたらもっと時間がかかっていたかもしれない。

 彼女がこの部屋からいなくなって、加速度的に心臓の鼓動のBPMが上がった。

 

「あっ……えぇ、……聞かれてた?」

 

 それはもう隠しようのない事実であり、現実であり、結果だった。

 まず間違いなくあの場にいた事から、そしてあの様子から結構前からその場にいたのは間違いないだろう。何よりも、あのように顔を赤くしていたのだ。俺の独り言が聞かれていないなんていうことは、悲しいことにどう見繕っても間違いなくありえないことだった。

 

「次、どんな顔をして会えばいいんだよ……」

 

 誰もいなくなった執務室で一人、彼は誰に言うでもなくこれまた独り言を零していったのであった。

 

 

 

 

~続く~



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HK416はちゃんと聞きたい。

 あくる日のことだった。

 俺個人としては、それはもう恥ずかしさから穴掘って埋まりたい気分で仕方がない事件から数日。

 次の日にはなんら変わった様子のないHK416に、一人勝手に内心で悶え続ける悲しい人間になっていた日もあれば、またぞろ書類を渡されたときに手が触れ合ってしまい、思わず手を離してしまった俺とは対局に、彼女はどこか余裕の笑みで『落としましたよ?』と言ってのけるくらいには回復したらしい完璧具合を見せられ、またも心臓(ハート)を壊されブロークンされる日もあった。何言ってんだこいつ……。

 まぁ、なんだ。相も変わらずアイツの破壊力は成長を続けていると言っていいだろう。

 あの日から今日にかけての彼女の変化を言うのであれば、何故かは知らないが戦闘成績がさらに上がったように見受けられる。

 実にありがたいことだが、いったい彼女の身にナニが起きたのだろう。彼女らの編成拡大の有無に関して言えば俺がどうこう言える立場ではないが、明らかにひと皮向けたと行ってもいいレベルにまで成長している。いつの日かダミー含め五人編成となったHK416を見てみたいものだ。

 そういえば、ダミーで思い出したが、整備室にでも行けば彼女のダミーを一目見ることは出来たりしないだろうか。……いや、流石にそれはちょっと以上に気が引ける。そもそも彼女達戦術人形に詳しくもない人間が行くような場所でもないのだ。オリジナルである彼女を見て今日も目の保養に務めるとしよう。

 と、思っていたわけだが――。

 

「はい……、オムライスで良かったかしら?」

「…………お、おぅ……」

 

 目の前にはそれはもう美味しそうなオムライスがあった。

 相変わらずにそこは執務室で、なんやかんやと俺にとっての第二の自室でもあり、それでいて恥ずかしさの宿る場所に、今日も彼女と二人であった。今日もというか、前回のは事故に等しいものであってカウントするかは悩ましいところだが、まぁ……うん。何故か、二人であった。それに加えて、目の前には料理があった。

 その現実だけを見れば、大変幸福であることは言うまでもない。感慨無量(かんがいむりょう)欣喜雀躍(きんきじゃくやく)。サティスファクション。恍惚に至れり。少なくとも俺の数少ないボキャブラリーが底をすぐにつくことは確定である。なんだったら、一片の悔いなしって感じ。いや死ねないけども。

 それはそれとして、なにゆえこうなったのかと問うてみると。

 

「暇が出来たのよ」

 

 と、簡潔な答えが返ってきた。

 暇であればもっと自分のために自由時間を満喫してもいいのにとは思うが、まぁ、俺からしたら満面の笑み案件である。

 ――そうか。とだけ返して、俺はスプーンへと手を伸ばした。

 せっかく作ってくれたのだからと、一口サイズに切り分けたソレを口に運んだ。

 程よく温かく、そして口の中を蕩けるような卵の焼き加減にケチャップのほんのりとした辛味が口に溶けていく。あぁ……天国とはここにあったのか。そうか、ここが……。といかんいかん、危うくマジで天寿を全うしかけた。お礼の言葉すら吐き出せずに勝手に他界するなど言語道断の悪逆非道である。そんなことは俺がとてもじゃないが許せそうにない。ゆえに、最大の感謝を捧げるとしよう。

 

「HK416……流石だ。実に美味しい。この卵の焼き加減を取っても、この舌触りのいい感触を取っても、ご飯の味付けをとっても、全くもって非の打ち所のない美味しさだ。二度も同じ言葉を言ってしまう私の語彙力の無さには申し訳なさしかないが……言わせて欲しい。流石の一言に尽きる」

「と、当然じゃない。私は完璧よ!」

 

 可愛い――。

 ほんのりと僅かに頬を紅潮させて、彼女は実に気持ちがいい笑みを浮かべていた。

 もしかしなくても間違いなく笑顔だけでご飯を何杯か平らげれそうだ。むしろ笑顔で差し出されるのであればもれなく全部完食する所存である。

 それにしても、まさかこうしてオムライスなる料理が並べられるとは思わなんだ。自分自身の好物を口にした覚え自体はなかったはずだが、どうせ俺のことだ。独り言のようにどこかで呟いたのを聞いていたのだろう。ぶっちゃけてしまえば、出処なんぞに興味はない。これが偶然によるものであろうとなかろうと美味しいという事実に俺は舌の上を踊る美味に喜び勤しんでいればいい。食を楽しむとはそういうものだ。

 

「ごちそうさま。ありがとう……」

「お粗末さまでした。と言えばいいのかしら……いい食いっぷりだったわね、指揮官」

「あぁ、先程も言ったが実に美味しくてな。毎日にでも食べたいと思えるものだった。改めて礼を言おう。ありがとう、HK416」

「副官として当然のことをしただけよ」

 

 可愛い――。

 あれ、でも副官って別に料理作る必要性はなかったと思うんだけどもなぁ……。美味しかったからいっか。

 

「ところで、指揮官」

「なんだいHK416」

「そ、その……この前みたいに、褒めては、くれないかしら……」

 

 ワッツァ? なんだって? この前みたいな? 

 目の前でもじもじと人差し指を付き合わせるHK416は実に可愛い。いやそうじゃなくて、なんだって? 褒める?

 彼女の顔を見やった。ほのかに赤く彩られる頬が、チラリとこちらを伺うようなエメラルド色の瞳が小さく揺れ動いていた。

 いやいや、HK416さんや。私ってば先ほど料理について色々と褒めたのだけれど、それとは別案件なのかい? そうなのかい? 私の羞恥心を弄ぶためにしてるとか、あぁうん。その顔を見るにそんなことはないよね。分かる分かる。ただ褒めて欲しいって感じの顔だ。可愛いなお前。

 

「あぁ……コホン――」

 

 わざとらしく、一つ咳払いをした。

 チラリとこちらを見据える瞳が期待に膨らんでいるように見えた。

 

「……これ以上どう褒めればいいのか正直に言えば分からないほどだが、お前はすごいよ。よくやっている」

 

 まさにワクワクとでも言うほどに瞳がらんらんと輝いている。

 可愛いなぁ本当に。でもね。でもでもだ。君のその期待を超えるような言葉をお待ちになっている姿勢というのは些か私を困らせているということ理解して……、うん、俺ってば頑張る。

 

「君は素晴らしいよ、うん。少なくとも私が今まで会ってきた人形の中で群を抜いて君は素晴らしい人形だと私の言を持って保証しよう。それこそ何度だって君は素晴らしい人形だと言いふらしてやろう」

「っ……!! ッ!!」

「このごろになっても未だに上昇傾向にある君の戦闘成績には舌をまかざるを得ない。君ほど私が信頼を寄せれる人形はいないとここで断言しよう」

「ぅぁ……」

「HK416、君は完璧だ。何度だってそう言おう。君は完璧な人形だと」

「あぅぁ……」

「その容姿に至る全てが、私にとって心に居座り続ける君が、この世に置いて他の追随を許さない不変の存在だと、声を大にして言おう。パーフェクトだ。HK416」

「んっ!!」

 

 とてもじゃないが彼女へと視線を向けることが出来なかった。主に恥ずかしさで。

 ただ、それでも時折聞こえる興奮冷めやらぬと言ったような可愛い声が聞こえてきた時には、耳が溶け落ちるかと思ったぞ。可愛い。

 なかば言い切ったと、恥ずかしさから逃げたくなる体を押さえ付けて視線をあげれば、彼女がガッツポーズを取っている姿そこにはあった。

 これが天使か……。地上に舞い降りた天使とはこのことか。なんだコイツ人形じゃなく天使だったか……。可愛い。いや可愛いなどという言葉では言い表せれない存在だった。

 HK416ちゃん。マジHK416ちゃん! とでも言うべきか。ダメだ俺の脳内ボキャブラリーが機能してない。計測不能の可愛さに目がくらむ。

 

「よし! それじゃ、指揮官。私はこの辺で、任務があるから席を外すわね」

「…………」

「また次副官になる時があったら、また一段と完璧な姿でもって帰ってくるわ! 待ってなさい指揮官!!」

 

 そう言い残して彼女はまた去っていった。

 取り残された俺に残されたのは、ただ驚愕に身を震わすしかなかったのであった。

 

「なん……だと……!?」

 

 まだあれ以上になるのか? まだ完璧に磨きをかけ戻ってくるだと!?

 パーフェクトスーパーHK416にでもなって帰ってくる気か? 俺を殺すつもりかあの人形は!!? 生き残れるのか、俺は……? あの輝きに耐えれるほどに俺も成長しなくてはいけなくなったではないかちくしょうめ!

 

「流石、HK416だ……俺の想像すら超えてくるその上昇志向は惚れ惚れする思いでいっぱいだ」

 

 ゆえに、私もそれを耐えれるほどの男となって見せよう。お前の輝きを見るがために



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HK416は聞いてみた。

 天国とはどこか――。という哲学めいた議題があったとする。

 まぁ、それこそ人それぞれ答えが似通っていたりいなかったり、無をそこに見出していたり、地獄と変わらないだのと作文用紙一枚じゃ収まりきらない程度の考えが人にはあるとは思う。かくゆう俺にも、そういった哲学めいた事を考えてしまう時があり、その時々によってはなんだかんだと違う内容だったりするわけだけども、またぞろ今日もそういった哲学めいたことを考えてしまう日だったようだ。

 そんな俺が導き出した答えは――。

 

「どう……?」

「膝枕最高かよ……」

 

 ただ、その一言に尽きた。

 古今東西、様々な哲学書が出来上がるその議題に俺はこれを是非とも提出したい。

 好きな子の膝枕以上に天国を感じられる場所はない。そう断言しよう。

 何を言っているんだお前はと思うのかもしれない。なんだったら昨日までの俺はそれを言っている自信すら感じる。だが待って欲しい。少しでも、そう少しだけでもいいので聞いていってほしい。膝枕というものがどれだけ天国のソレなのかを。

 まず第一に説明しなくてはいけないことは、なぜ膝枕をされているのか、誰にされているのかだが。

 無論、HK416だ。当たり前だろう? むしろ確定された結果とも言える。いや嘘です。たまたまなんです。気づいたらというか、少し仮眠を取ろうとソファに横になったまではいいのだ。ただ少しして目が覚めて、あれなんか違和感覚えるなぁなんて思って瞼を開けてみたら天使がいたのよ。こちらを微笑みを携え見下ろしているのを見上げた瞬間なんて心臓が止まる思いでしたよ。えぇ。命の危機でしたね。奇跡的生還を果たしたから良かったものの、思わず『おはよう、天使』とか口にしてしまった時は何を言ってるんだお前とそのまま死んでしまいたいくらいだったが、これまた何故かその言葉が思いのほか彼女の琴線に触れたのか、顔を背けてしまった天使の耳が赤みがかっていたのを見逃さなかった。可愛いかよ。

 それはともかく脳内の奥底にちゃんと保存しておくとして、膝枕というものについてだ。

 今もなお後頭部に感じる温かみには、極上の癒しを提供されているわけで、最早言葉も出ぬままにこのまま永眠に付けるのではないかと思える程の安らぎを感じるわけだが、何を隠そう後ろばかりに気を使っていては前方の微笑みを浮かべる天使に殺されかねない。いわゆる地獄の、いや天国のサンドイッチが出来上がっているわけだ。破壊力が高すぎて表情筋が崩れ落ちるかと思ったぜ。

 なんだったらその場に釘付けにされてる気分であった。体が動くことを拒否しているのだ。動くという意思すら沸き起こらない。そもそも動くってなんだ?

 そんなわけで、現状俺はその場から動くことが出来ないでいる。溢れる疑問もさる事ながら、それはそれとして今起きている幸せな空間を堪能したいのだ。このままいっそのこと二度寝まで済ませたいところではあるのだけど、残念なことに心臓がBPMを上げていることからできないでいた。体は正直ってね。思考も正直だよバカ野郎。

 

「はぁ、まったく……」

 

 ため息は幸せを逃すという。それならばこの今感じている幸せも逃げてしまいそうなものではあるものの、どう見ても幸せの方から過剰気味に迫ってきてるのが現実だ。幸せで押しつぶす気かこの野郎。いいぞもっとやれ。なんだったら、なかばブラックじみた環境からいっそ早く開放を、いやHK416を置いて開放されても意味ないな。うん。……ハッ!? これが企業の狙いか!? 是非ともそれはないと信じたい。わりと。まじで。本当に。

 

「HK416……、膝枕をしてもらっている身としては嬉しいものではあるのだが、仕事はどうした?」

「もう終わってるわよ」

「まぁ、そりゃそうか……」

「…………」

 

 しばしの沈黙。柔らかな雰囲気を纏いながらもこちらを見下ろす綺麗なエメラルドを思わす瞳が、いつかの日のように揺れ動いているのが見えた。

 あぁ、とその思いの行き着く先を思い出して、ハハと笑みが溢れた。

 

「ご苦労様だ416。お前の働きにはいつも助かっている。やはりお前は完璧だな」

「当然よ。完璧じゃない私なんて、そもそも私じゃないわ」

「それもそうか。完璧とはお前のことを指す言葉だったな。正直言って、俺もそう言葉のボキャブラリーが多いわけではないのだがなぁ」

「指揮官の言葉だからこそ聞きたいのよ」

 

 ✩KO✩YA✩TSU✩ME✩

 危うく意識が何かに汚染されるかと思ったじゃないか、ハッハッハ。危ない危ない。

 

「そろそろお前に何か褒美をとらせたいが、今はどうにも思考がまとまらなくてな。言葉だけを先に送らせてもらおう」

 

 なかば体の感覚すら感じないほどのふわふわ感。回りくどい言い回しすら考えることも難しいのだけども。

 

「なんと言えばいいのかねぇ。一先ずはそうだな。俺は君に出会えてよかったと思ってるよ」

「それは、どうしてかしら?」

「君のその常に上を目指す志には、俺も常日頃から見習わなくてはと思っていてね。君の上司に当たる身としては恥ずかしい限りだが、君のその背中は俺にとっては眩しいものだ。思わず君の背中を追いかけたくなるほどにな」

「っ……」

「是非とも君の背中を追い抜きたいと……、いやこれでは俺の話になってしまうな。うむ。そうだなぁ、君のその頑張る姿勢が好きだ」

「んっ……」

 

 今度こそは目を離さぬように、彼女の顔を見上げた。口を腕で隠し、顔を背ける彼女の特徴的な淡く白いその肌が、仄かに赤みを浮き立たせているのが見えた。

 

「何度だって、同じことを言おう。君のその姿を称えるように」

 

 そう、言葉を着飾る必要などないのだ。彼女を称えるのに七面倒なことはしなくていい。ただ、思いを告げればいいのだ。

 

「君のその瞳が好きだ」

「くっ……」

「君のその声が好きだ」

「ぅ……」

「君のその志が好きだ」

「あぅ……」

「君のその姿が好きだ」

「んにゅ……」

「君のその几帳面な所が好きだ」

「っ……」

「君のそのなんだかんだと世話焼きなところが好きだ」

「ぅあ……」

「君の――」

「待って、待ちなさい。待って……」

 

 まだまだ続けようと勝手に開き続ける口を止めるように、彼女は何故か俺の両目を手で覆い隠していた。

 これでは、彼女の実りに実った赤い果実が見えないではないか、ちくせう。

 

「416、塞ぐ場所が違う気がするんだが?」

「塞ぐ場所は合ってるわよ……。はぁ、良くもまぁそうすらすらと言葉を続けられるわね」

「君のことが好きだからな」

「ッ……、やっぱり塞ぐ場所を間違えたかしら……」

「今からでもこの両目を覆う手を口にシフトしてもいいのだぞ?」

「私には片手しかないと思ってないあなた?」

「片方の手は口のニヤケを隠すために使っているに一票投票するが、さてどうだろうか」

「……あなた、もしかして見えてる?」

「カマかけに決まっているだろう。可愛いかよお前」

「んっ、だからあなたはっ!!」

 

 いやマジで可愛いかよ。こちらに降り注ぐ支離滅裂な意味を伴わない言葉の嵐を受け流しつつも、この現状をただひたすらに堪能していた。

 こう、わりかしマジで眠気が漂ってきているから困りものだ。両目を覆うその手のひらの柔らかさ、そしてその優しさも、全てが俺を眠りへと誘っている。

 

「なぁ、416……」

「なによ?」

「……いや、何でもない」

「気になること言って、言わないのはなしよ?」

 

 そう言って、彼女は視界を覆う手をどかした。

 こちらを伺う彼女の瞳はやっぱり綺麗だった。俺の持たない色で、俺にはない価値観で、俺にはない視点で世界を見る彼女の瞳が、ただただ、美しくて。

 

「やっぱり、俺は君のことが好きみたいだ」

「あっ――」

 

 思わずポツリと溢れた言葉に、彼女はまたも俺の両目を覆ってしまう。

 

「気になると言ったのは君じゃないのか?」

「誰も告白を聞きたいとは言ってないわよ……」

 

 少しばかり温かみを発する手が、彼女の心情を吐露するように僅かに震えていた。

 

「なぁ、416……」

「……なに?」

「悪い。もう少しばかりこのまま寝ていてもいいか?」

「えぇ、構わないわよ」

「ありがとう……」

 

 そう言うと、彼女はまた手をどかした。

 視界に映る彼女の顔は、未だにほんのりと朱を残していて、優しげな瞳がこちらを見下ろしている。

 その彼女の頬に手を伸ばすと、優しいひだまりに触れているような感覚を覚えた。確かに、そこにいる。視界に映るだけじゃない確かな感触が、俺の心を解きほぐしていくようだった。

 

「ん……」

 

 俺の手を彼女は大事そうに支えるように、そっと優しく包むように、もっと触れてとでも言うように頬に手繰り寄せている。

 何かを言おうと思っていたのに、それがなんだったのか……まぁ、きっと結局のところ伝える言葉は変わらないのだ。

 

「おやすみ……416」

「えぇ、お疲れ様……おやすみなさい。指揮官」

 

 彼女はやっぱり、完璧だ。

 俺にとっての天国とは、彼女のことなのだ。



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HK416は聞いている。

「……きかん。……しき――」

 

 人によっては、眠りから目が覚める瞬間がこの世で一番の至福だと謳う人がいる。

 俺個人の意見を言うのであれば、眠る寸前のあのまどろみこそが至高の瞬間だとは思うのだが、たった今それが塗り替えられそうであった。

 

「指揮官、起きなさい。朝よ?」

「……ん?」

 

 時刻は、多分早朝の頃合い。

 体を揺する優しい思いに、徐々に意識が鮮明に浮上していくあの感覚は、確かに至福と感じてしまうものであるのは全否定することは難しいかもしれない。その日に仕事が無ければの話ではあるけれども、例えば、そう例えば……その日が休みであれば、呑気に時計の秒針やらを見てまだ寝れるだのとおぼろげな思考の中で思うのもありなのかもしれない。もしくはそれが、誰かの、ひいては好きな子の声によって目が覚めるのであれば間違いなく至福の瞬間であるかもしれない。

 結局のところ、目覚めの瞬間も寝る寸前のあの瞬間も、何も考えずにいれる瞬間だからこそのものであるからであり、その後に待ち受ける結末を想像した瞬間の絶望感は計り知れない。次の日に遠足が合ってそわそわしだす少年心も、今にしてしまえば次の日の仕事に打ち震えそわそわしだして寝なきゃ明日じゃないと現実逃避気味に枕を涙で濡らす悲しい――おっと、これ以上は行けない。体が謎の悪寒を感じ始めたからにはこれ以上は行けないのだ。そう絶対に。

 とまれ、今現在の状況を説明するとだ。

 多分今日は休みであるはずであって、別段なにか予定を入れている予定も無いはずの日である。休みとは言ったけれど、正確に言うならばあくまでも敵さんからのアプローチがなければそれはそれで休みだし、今も最前線でE.L.I.Dなる化物共と日夜戦い続ける最前線組には頭が上がらない思いではある。今日に関して言うなら業務自体が少ない日であり、その業務もそれこそ一、二時間足らずで終わるような些細なものだ。ゆえにこうして昼間近くまで惰眠を貪ろうと思っていた自分ではあるのだけども……、些かの疑問が視界の先にいる答えに戸惑いを覚えていた。

 

「416……?」

「そうよ。まだ寝ぼけているのかしら? 流石に業務が少ないからといって怠惰な生活を送るのは、完璧である私には捨て置くことのできない事実だわ」

 

 はてと、未だにモヤがかかっている眠り気味の脳の処理能力が追いついていないが、それでも使えるだけの処理能力で現状を把握しようと努めてみよう。

 なんか、視界の先にHK416がいた。それも、普段のベレー帽すら見えないサラサラな髪が流れる綺麗なお姿で。いやいつも綺麗でしたね貴方は。失敬失敬。

 

「なぜ、ここにいる……?」

「なぜって、それは……」

 

 どこか言い淀むように、その先の言葉を探すかのように視線が彷徨っているのが見えた。

 僅かに頬が赤いのは眠気まなこが見せる視界のボヤけゆえか定かではないけれども、とにもかくにも彼女はどうやら朝早くから俺を起こしにやってきた天使役を勤めにきたらしい。実に愛らしいけれども、俺は寝起きは実に悪い方である。こう、いまいちスイッチが入りきらないっていうかね? あの感じ、そうそうアレ。アレってなんだろう。

 

「もう少し……」

「ちょ、指揮官!」

 

 なおも天使の産声が耳を優しく撫でていた。

 すまない。本当にすまない。体が起きぬのだよ416。そんな揺すっても起きれぬものは、あぁ布団を剥ぎ取らないで! あぁ! 困ります!! あぁ天使様困ります!! あぁあ!!!

 

「ふと~ん~……」

「あ、ちょっ――」

 

 天使によって剥ぎ取られた布団ごと力任せに引っ張ると、ふにゅっという可愛らしい声音と共に温もりを感じた。

 あぁ……暖かいなぁ。

 

「暖かいなぁ……」

「まだ寝ぼけてッ――」

 

 手繰り寄せるように、温かみを胸に抱えるように腕を伸ばしていくと、さらさらとしたモノが指の隙間を縫うように流れていった。

 

「ッ――!?」

 

 ソレごと丸め込むように胸に抱くと、心地の良い温かみが体を包み込んだ。

 仄かに鼻を掠める優しさを感じさせる暖かな匂いが、心を落ち着かせる。

 

「し、しきか……ん……」

 

 本当に、どこまでも手繰り寄せたくなるような温かみだ。手放すことが余りにも口惜しく感じるほどに、その温かみは俺には強すぎる。もっと、もっとと惰眠を欲する心を律するのも難しい。ジタバタと腕の中で身動ぐ彼女の頭を撫でていた。

 優しく、ゆっくりと――。

 

「あぅ……」

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

「あぅ……」

 

 どうすることもできないでいた。

 その優しげな頭を撫でる手つきが、私を抱くその腕の暖かみが、とても心地よくて。私から簡単に抵抗の二文字を奪っていくのだ。

 ずるい――。そう口にすることも出来ずに、私はただその暖かみに身を丸めることしか出来ないでいた。

 

「416……」

 

 なに? と口にすることも忘れて、彼を見上げる。瞼を閉じて、こちらを向く彼の顔。優しくて、時にその雰囲気からは想像のつかない作戦を思いつく手腕の持ち主で、きっと誰もが普段の彼を見ると信じられないようなことをする人と思うことだろう。そんな彼もまた、努力を怠らない人だった。けども、やはり彼はどこまで行っても人間なわけで、時にはこうしてだらしのない日だってある。きっと彼にとっては数少ない羽休みなのだと思う。

 ――後、五分。そう口にする彼をみて、クスリと笑みが溢れた。

 答えを返すことも忘れて、彼の懐へと腕を伸ばした。暖かい場所。安らぎを覚える場所。何者にも代え難い特別な場所。彼の胸へと耳を寄せて、鼓動を耳に感じた。

 トクン。トクン。と、一定のリズムで命の調べを奏でる音が、私にとってどんな意味を持つのか、彼は知っているだろうか。……多分、知らないのでしょうね。

 貴方が生きているということ、それは私たち人形にとって帰る場所があることの事実にほかならなくて、貴方がお帰りと手を差し伸べてくれることがどれだけ嬉しいものなのか。

 そんな人形達がいるなか、こうして抱き留められる私の気持ちは、貴方には分からないのかもしれない。

 

「指揮官……?」

 

 未だ降りてこない続きに声をかけてみるも、返ってくるのは静かな寝息だけだった。

 そうか、寝ちゃったのか。

 

「今日、だけですよ。指揮官……」

 

 彼の背中へ腕を忍ばせて、ぎゅっと腕を回した。

 指揮官のことは、私が……私たちが絶対に守りますから、だから貴方は変わらないでいてくださいね。

 おやすみなさい、指揮官。



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HK416は聞かされる。

 仕事というのはいつだって面倒なものである。

 例えそれが既に慣れ親しんだ業務であろうと、面倒なものは面倒なのである。

 だからこそ、時には手法を変えて見たりとちょっとした遊び心でもって物事に挑んではいる訳だが、まぁどんなに工夫を加えようが面倒なものは面倒なのである。さもありなん。

 

「指揮官、手が止まってますわよ~」

「カリーナこそ、手が止まっているように見受けるが……?」

「ほっほっほ、私は既に業務を終わらせてるんですぅ! もう自由なんで――」

「そうか、そいつはいいことを聞いた。倍プッシュだ」

「そんなぁ!!?」

 

 げに悲しきはこの場にHK416がいないことか、傍らにて悲鳴を上げながらも律儀に作戦報告書を練り上げる相棒に人形ちゃんの努力の結晶を授け、俺は俺でと目の前の業務へと着手し始めた。

 幸いにも設備はそれなりに整われているから、そこまで苦はないはずだ。そう作業自体は。問題はその量なわけで……。

 

「……」

「指揮官、手が止まってますわよ~」

 

 おほほほと、半ば無を取得したかが如く遠い目をしたカリーナと目があった。

 仕事を託した身ではあれど、そんな目で見ないで欲しい。なんだったら俺も俺で今ならそんな目を向けれるまである。だからそんな恨みがましく見ないで、作業するから……。

 律儀にも作業を手伝ってくれる頼もしい相方に後でお駄賃を弾ませてもらうとしてだ。

 時刻は既に夕刻時、些かお腹が減ってきた頃合いである。机の引き出しにでも何かしらの非常食があれば別なのだが、悲しいことにそこらへんの用意を疎かにしてしまった自分が憎いと言わずをいられない。ちくしょうめが……。かと言って今この場を離れると、僅かばかりに残っている集中力が消し飛ぶ気がして立ち上がれないのだ。哀れなるかな食事後にやろうものなら睡魔もセットで付いてくるだろう。こちとら軍人上がりというわけでもないのだ。一般人である一般人。いっつぁノーマルヒューマンである。銃など持つことのない悲しきアンテナなのである。

 さてはてこれとてあれとてと、電子の海に注がれる瞳が潤いを失いつつあるがと目を時折擦りながら、キーボードを打っていく。

 そんな時だった。

 

「指揮官、失礼します」

「ん、あぁ入っていいぞ」

 

 コンコンという小気味の良い音と共に癒しの声が耳に入った。

 ガチャリと開け放たれた扉から現れたるは我が指揮部の完璧ちゃんことHK416だった。

 片手にはどこぞかから手に入れたフロッピーディスクに加えて書類が何枚かが抱えられていた。

 

「指揮官、これを……」

「あぁ、すまない。そこの端に寄せといてくれ」

「……分かりました」

 

 キーボードから手を離すことはできそうにあらず、気を抜くとそのまま持ってかれそうな感覚すら体に漂い始めていた。

 HK416に当てていた仕事はなんだったか、敵情視察? 街中に眠る驚異の数? いや同じか、後は鉄血の拠点となりそうな、それも同じか……。ダメだ頭が別のところにリソースを割こうとすることすら許してくれない。

 机端に置かれた書類を見届けて、画面へと視線を向けなおすも、彼女の気配はまだそこに残ったままだった。

 なんぞなんぞと覗き見れば、どこか心配げな表情がこちらを見ていた。

 

「心配するな。こちとらこれくらいしか取り柄のない一般人なものだからな。なにあと数時間で終わらす。君は明日に備えて体を休めてくればいい」

「わ、私に出来ることがあるなら――」

「大丈夫だ。それに君は任務を終えた身だろう。休める時に休んでおけ、人形とて肉体的疲労に精神的疲労もあると聞く、ここは言葉に甘えておけ」

 

 と言えば、しゅんと雰囲気を悲しげに漂わせ、俯く姿が目に映った。

 くそぅ、可愛いなこやつめ。悲しきかなはこの仕事の量か、これさえなければ今すぐにでも楽しい会話の時間が待っていたというのに、……恐ろしいな仕事というのは、これが現実である。

 お隣さんも、最早我関せずと言った具合に同じくキーボードをカチカチとさせている中、一際大きくカターンと音を響かせ、ふぅと一息付いている間である。随分とお早い仕事で、一息がてらに零される吐息を吸い直した時、彼女は口を開くのであった。

 

「そう言えば、指揮官様?」

「なんだ? まだ仕事は――」

「風の便りに聞いたことなのですけども、人形ちゃんと寝たとかなんとか……」

「ブフッ!!」

 

 果たして吹いてしまったのは俺だったのか、二重に聞こえたように聞こえるがさておきとカリーナへと半眼を送れば、ニコニコと眩しいまでの笑顔が出迎えていた。

 

「それがどうした……」

「いえいえ、特になにかというわけではないんですよ? ただほら、私もすこーしだけ息抜きがてらにつまらない会話をと思いまして」

 

 ははは、何がつまらない会話だとツッコミたくなる気持ちを抑えて、冷静に深呼吸を行おうとした矢先、カリーナの追撃は間を持たずして第二射の投擲を開始していた。

 

「それで、指揮官は好きな人はいるんです?」

「ぷふっ!!」

 

 カリーナ、ノリノリである。

 いや待てと、今仕事だと言葉を返そうとすれば、悪戯げに微笑みを浮かべる少女の顔がこちらを見ているだけである。女性のこういう顔は得てして総じて『逃がさないぞワレェ!』の意が含まれていることが多い。まぁ、とどのつまり彼女はこの会話を取り下げるといった選択肢を考えていないのだ。

 そんな最中のHK416はと言えば――。

 

「え、うそ……どうして、いったい誰が……上手く隠せていたはず――」

 

 口元を手で抑えながら、顔を赤くしながらぶつぶつと現実逃避気味にそっぽを向いているのであった。

 彼女は彼女で、不意のアクシデントという奴に弱い傾向にある。想定していなかったモノからの思わぬ攻撃は、瞬く間に彼女へと致命の一撃を加えれることだろう。それに加えて、話題が話題であった。指揮官と人形が共に寝床を一緒にしたというその話題は、多くのモノに該当するような曖昧なものではない。それこそ当事者たる我々に取ってそれは、一体どこから漏れ出たのかと慌てふためくしかない話題であった。

 そうそうに面白い話題が上がらないようなこんな基地で、こんな得ダネもいいところな話に年頃の女子が食いつかないワケもなく、にっこりニコニコ笑顔を貼り付けるカリーナの口撃が、降り止むことなどなかったのであった。

 

「……はぁ、好きな人というのであれば目の前にいるぞ」

「おぉ! あまり包み隠さないのですね指揮官様は」

「本人にもこの好意を隠した覚えはないしな」

「熱々ですねぇー」

 

 ホントに楽しそうである。

 事実として、俺は好意を隠すといったことはしていない。というより、あの日……HK416に聞かれてしまった悲しい独り言を機に、俺はこの好意を隠さなくなったと言っていい。

 彼女のほうはどうだかは知らないが、少なくとも俺は隠していない。ことこの俺の好きな人情報に関して言えば、基地部に置いては知らない人がいないレベルだと思っていたが……。

 

「それでですねぇ」

「…………」

 

 いや、こいつは普通に知ってて聞いたな。

 その顔が全てを語っている。面白い話だ。感動的だな。もっと聞かせろと……。

 傍らでぷしゅぅ~と空気の抜ける音が聞こえるなか、そちらに意識を割けないのを残念に思いながら、カリーナから目が離せないでいた。

 

「お返事とかは貰ってたり?」

「いや、返事は貰ってはいないな。俺自身返事を求めていないってのもあるがね」

「えぇ!!? 一緒に寝ていたのに!?」

「んくっ!!」

 

 完璧ちゃんの動揺が聞こえる。

 一応言っておくが、今回俺はなんも吹き出していない。いいね?

 

「あぁ……まぁそうだな。少なくともその、その事実があったのはもう周知の事実らしいから認めるが、それは俺の朝が弱くて引き釣り込んでしまったことで起きたことであって――」

「きゃー!! わぁー!!」

「……その、彼女自身による選択があったかと問われるとない訳で――」

「あれ、でもでもこれまた風の便りによると、受け入れたとのことらしいですよ」

「ッ~~~~~!!」

 

 なんとも言えぬ可愛らしい小さな悲鳴と共に蹲っていく姿が視界の端に映った。

 流石に、こんな状況で彼女に聞くのは酷であろうか、いやそこら辺すごい気になるのだけどもね、えぇ、私、気になりますねぇ。

 

「その情報源がどっからにしろ、返事はないのは事実だよ」

「それでいいんですか?」

「いいもなにもさっきも言ったろうに、返事は求めちゃいない。それに結ばれるだけが恋の最終形態という訳ではないだろう」

「へぇ~、ふぅ~ん、愛されてますねぇ~~」

「ッ!! 指揮官、私は――」

「あ、そう言えば指揮官様」

 

 HK416が顔を真っ赤に立ち上がりざまに何かを言いかけていたが、それを遮るようにカリーナが俺に話しかける。

 わなわなと震えるHK416をよそに、一体なんだと耳を傾けた。

 

「これまたなんとも風の便りなんですけど、最近I.O.P社から、まぁそのペルシカさんから指輪が届いたとのことらしいんですけど――」

「くはっ――!!?」

 

 言葉の終わりすら待たずに奇声を上げたのは俺だった。僅かに別の声も混じっていたような気はしないまでもないが、俺だった。

 

「あれあれぇ、返事は求めてないって……あれぇ?」

 

 こいつぅ……。

 

「あ、そう言えばHK416ちゃん?」

「な、なによぅ……」

 

 なんともふにゃけた声が聞こえるが、こちとらもはや威厳すら忘れて机に突っ伏していた。

 

「指揮官様ってば、いっつも暇さえあれば貴方のことを話すんですよぉ~、愛されてますね~」

「あぅ、あっ……うぅ~~」

「それで、指揮官様……」

「な、なんだよぅ……」

「いつごろご誓約なさるおつもりで?」

「今、そういうこと言う!?」

「あっ、ぅあ……あぁあああ~~!!!!!!」

「あ、ちょ416、まっ――!!」

 

 バタン、ガタン、スタタタタ。

 風の如く一瞬にして走り去っていく後ろ姿を最後に、扉がゆっくりと閉じていく様を見た。

 

「あらら、いじめ過ぎちゃったみたいですね」

「お前なぁ……」

「それで、仕事……続けます?」

 

 こんな状態で続けられると思っているのかお前ぇ……。

 

「カリーナ……」

「なんですかぁ~」

「……仕事、倍プッシュだ」

「え!? あ、あのそのすみません。嘘です!! からかってすみませんでした!! 謝りますから!!」

「はっはっは、……慈悲はない。共に明かぬ夜を過ごそうではないか……なぁ、カリーナ?」

「ヒィ!!?」

 

 哀れなるかは、後方幕僚の好奇心か。

 執務室を覆ったカリーナの悲鳴が俺の心を浄化するかのごとく、キーボードを打ち始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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HK416は聞かせて欲しい。

お待たせ。
というわけで、第六話をお待たせいたしました。猫です。
今回もまた糖分過多でお届けいたします。
どうぞ、よしなに。


「416……」

「なぁに?」

「酔ってるな?」

「酔ってないわよ、へへへ~」

 

 ふらふらりと頭を揺らす想い人が酒瓶を片手に持っているのを見て、酔ってないと言える人がどれだけいると思うね。少なくとも俺は思わない。今もなおベッド淵に膝立ちになりながらも俺の胸にふへへ~と、ご機嫌な声音ですりすりしてくる416とかいう可愛い生物を引き離す方法もまた、頭に湧き上がる前に煩悩となって消えていくことを繰り返して早数十分の時が過ぎていた。

 視界に映る酒瓶の数はすでにひぃふぅみぃと三つを超えており、いったいどれだけ飲んだのかが伺い知れる。ちなみに俺は一つも口にはしていない。なんだったら、あの転がっている酒瓶は全て俺のだし、今いる場所も俺の部屋だし、なんぞや仕事が一段落したからと自室に戻ってきたらこの有様だ。自室への入室に関しては416にはどうぞご自由にと言ってはいるので、コイツが部屋にいること自体には疑問は思い浮かばない。それこそ酒瓶が机に広げられようと多少の疑問を挟むことはあれど、差し当たってどうこうということもないわけで……。

 ただ、なにゆえ唐突に三つも平らげたのかは疑問ではあった。

 

「416、飲みすぎだ……」

「まだまだ行けるわよ」

「……の割にはふらふらしてるように見えるけど?」

「貴方が支えてくれればいいじゃない」

「あぁ……」

 

 そう来たか、と頷きかけていやいやと首を振るった。

 416がこうして普段からは想像が付かないほどに、超が付くほどのドストレート具合でもって甘えてくるさまは、言葉にするのも難しいほどに可愛い。多分可愛いだけで感想文を大量に送りつけれるんじゃないかって程に可愛い。可愛いの権化かよ。可愛いよホントに。目が合うたびににへらぁって笑う様なんて、何度舌を噛み切りそうになったか。心の中の俺が声にならない叫びを上げていた。

 

「いったいどうして急に飲み始めたんだ」

「だって、暇だったんだもん……」

「…………」

 

 やだ、可愛い。死ぬ。

 生きる。生きるよ。頑張れ、俺。

 

「そうか、うん。そうか……」

 

 嘘です。無理です。ちょっと脳が情報の更新を渋ってきやがる。ふざけるなよおい。こちとら聞かねばならぬことが――ありますか? ……あります。

 

「あぁ、とにかくすまん。ちょっと離れてくれるか」

「やだ」

「あの――」

「やだ……」

 

 やだ……、可愛すぎる。

 額を押し付けるようにぐりぐりとしてきながら、その両手はしっかりと背中に回してくるあたり、絶対に放してやるかという強い意志を感じる。それはもう背骨が悲鳴を上げるレベルで。

 嬉しさは募る所ではあるが、これでは話は出来ないと416に痛いと言えば、悲しげな声でもってごめんなさいと、腕を緩めこちらを上目に見上げて来やがりましたよこの子、最終兵器彼女かな。可愛い。掠れた声で指揮官なんて声に出されてしまえば今すぐにでも命を絶てる気がする。いや、だからまだ死ねないっての……。

 そんでもって、どこか寂しさを孕んだその瞳が、俺のことをじっと見上げてくるのはどういう意図ですかね、心臓が爆音で鳴り響いてる気しかしない。きっと時間にしてしまえばそれは数秒のことだったろう。その瞳が潤んだかと思えば、また頭を擦りつけるようにしなだれかかってくるのだ。

 

「おい……」

「ねぇ、指揮官は私のこと、好き……?」

「何度も言ってきてるだろう。俺は、416……君のことが好きだと。俺の胸に耳を当ててみるといい」

 

 そう言うと、彼女は小さく『うん』とだけ言って、俺の胸へと耳を傾けた。

 

「聞こえる……」

 

 安心感すら感じさせる声音で、彼女は答えた。

 いったい全体、本当に何があったのだろうか。こうして彼女を冷静になって見ていると、どうにも不安を感じているように見える。指揮官の仕事の一つに人形のメンタルケアがある以前に、今目の前にいるのは好いた女性である。尚の事気になって仕方ない。だが、はたして俺が聞いていいものだろうか。こうして目の前にいるのだからと安易に聞こうと思えないのは、慎重ゆえか……臆病だからか。なんとも面倒な性格である。

 彼女を前にして弾む心臓の鼓動は確かなもので、この想いに嘘偽りの類がないのだと証明してくれている。俺は彼女のことが好きだ。この事実は既に俺の指揮部に置いては知らぬ者はいないだろう。再三何度も彼女に会うたびに口にしているのだから、当然といえば当然である。

 そんな事実があってもなお、彼女は俺に聞いてきた。好きか? と、俺の答えは当然好きと答える他の言葉を持ち合わせていない。

 

「伝わったか?」

「うん。沢山伝わった……」

 

 実にむず痒いものがこみ上がってくる。自分で聞いてみろとは言ったが、そこまで実感の篭った感じに言われると、うん。実に恥ずかしい。

 

「それで、聞いてもいいか、何があった?」

 

 彼女の頭を撫でながら、優しく問うた。

 

「好きよ……。指揮官……」

「ん? はい!?」

「好きって言ったの、聞こえなかった?」

「あ、いや、聞こえてはいたさ。ただ――」

「ただ、なに?」

 

 こちらを見上げる彼女の瞳が、優しげに微笑んでいた。

 対して俺はといえば、突然の告白に狼狽えるばかりである。

 ニヤケそうになる口元を隠すように手で覆って、彼女から目を離した。よくよく考えなくとも、こうして彼女に好きだと言われるのは初であった。まさかまさかの初がこれである。不意打ちもいい所だ。再三にわたって何度も彼女に好きだと言ってきた訳だが、何も彼女から返事を貰っていたわけではない。そもこの言葉に返事を要求する類のものではないことは、少なからず彼女にも伝わっていただろう。だからこその関係性。だからこその今までがあった。今や先週の出来事となったカリーナによる煽り事件の最中に、彼女が何を言いかけたのか、それ自体考えるのは野暮とも言えるものだろう。それでも、こうして彼女がその言葉を口にした。それがどういった意味を持つのか――。

 

「嬉しくはある。ただ、どうして今?」

「言いたくなった。それじゃだめ?」

「あぁ……」

 

 いや、意味なんてものはないのかもしれない。

 こうしてしなだれかかってくる彼女を前にして、そういった無粋なことを考えるのはよそう。

 相も変わらず彼女の髪は綺麗で、指を縫うようにしてさらさらと髪が流れていく。

 

「ねぇ、返事は?」

「え?」

「返事」

「いや、何度も言ってきて――」

「へ、ん、じ……」

 

 ぐにっと押し付けられる二つの巨峰。ついでと言わんばかりに鼻頭を突く人差し指の先で、彼女はむぅっとこちらを見上げていた。

 

「好きだよ……」

「ふへへ~」

「くっ……」

 

 くそぅ……、今日のコイツは本当にどうしちまったんだ。いや原因は分かるけども、わかるけどもさぁ!! こちらのペースなど構いなしに我が道を行くスタイルで来られると、こちらとしても対応に困る。主に俺の心臓が持ちそうにない。誰か助けて……。あぁ、いやいややっぱ待った。これは俺だけでどうにか対処するので来ないで。

 

「とりあえず、その……腰を下ろしたいから退けてくれるか?」

「はぁい~……」

 

 いちいちふにゃけやがって……。くそぅ。くそぅ。

 漂っていた酒気が離れていくの感じながら、一息吐いて、どうにかこうにかやっとこさ腰をベッド淵へと下ろした。

 こうして酔いに酔って顔を赤くする彼女を見たのは初めてである。こういう風に酔うのだなぁなんて他人事に思う自分を全力で殴りぬきつつ、これまた一つため息を吐いた。

 はっきり言って可愛いが過ぎるのだ。心臓どころか長年付き添った相棒が呼び覚まされる具合には、だがしかしと、流石にこのような状態の彼女とことを及んでみろ。彼女がどうこう以前に俺自身が俺を許せなくなる。例え彼女のその言葉が本意によるものだとしても、そこにお酒というものが絡んでいる以上は慎重にならざるを得ない。よって、今の俺に課せられた任務は、この場をどうすれば穏便に過ごせるか。それに尽きる。

 だから頼むよ416。背中に押し当てないで!! お願いだから!!

 

「考え事……?」

「そんな所だ。君は特に悩む必要はないよ」

 

 肩に顎を乗せながら彼女は鼻を鳴らしていた。

 それはもう背中に重圧を浴びせながら……お陰さまで背中が暖かさに打ち震えていた。

 酔うと引っ付き虫になるのかぁ、と頭の中のバカ野郎がメモを取り出している辺り、もうダメかもしれない。

 

「ねぇ、私のこと好き?」

 

 またそれか、と思わず口にしてみれば――。

 

「何度だって聞かせて欲しいの……ダメ?」

 

 と、可愛らしい声が耳元に齧り付いた。

 是非もなし。半ば内心で吐血しながら、どうにかこうにか頭の中で言葉をこねくりまわしつつ、ポツリポツリと言葉を吐き出していった。

 

「好きだよ」

「うん……」

「こうして君の暖かさを身近に感じて、尚の事好きだと思った」

「うん……」

「未だに、君の知らない顔を見れて、やっぱり好きだと思った」

「うん……」

「そして、これからもまだ知らぬ顔を見れるのだと思うと、もっと好きになった」

「へへへ……」

「それで、その……なんだ。君からも聞かせて欲しい」

「私の?」

「あぁ……」

 

 今だからこそ聞けるかも知れない。出来れば素面の彼女から思いを聞きたくはあるが、この際だ。卑怯だなんだと言われても致し方なし。後々になって彼女から何か言われようとも、その時はその時である。好きだとは言われたが、それでもちゃんとした形で、もっと言葉が欲しいと思えるのは……、きっと彼女も同じ思いから言葉を聞きたくなったのだと思いたい。

 

「貴方の、日々努力を怠らない所は好きよ……」

「うっ……」

 

 ただ、状況が状況だった。ほとんどゼロ距離から放たれる甘い声音で愛を囁かれるというのは、思いのほか破壊力があった。ただ、そうとだけ言っておこう。

 

「執務に取り組む時の姿勢が好き」

「っ……」

「やると決めた事はとことんやりつめるその顔が好き」

「あっ……」

「負傷して帰ってきた私たちを見て、悔やんでしまう貴方の心が好き」

「つぅ……」

「そして――」

 

 私を思って、沢山の好きを届けてくれる、貴方の事が……、好き。

 

「そ、そうか……。分かった。もういい……」

「もう終わり?」

「流石にちょっと許容量が色々と限界でな。勘弁してくれると助かる……」

「まだあるのよ?」

「次回に回してくれ……」

 

 オーバーキルもいいとこだった。

 普段俺自身がやっていることではあるのかもしれないが、よりにもよって耳元にゼロ距離ラブコールは心臓に悪いどころじゃない。危うく天国の美しき花畑が見えたレベルだ。ほぼ逝きかけました。

 口元のニヤケを隠すために片手を当ててはいるが、まったくもって意味をなしていないように思う。

 

「ねぇ、指揮官」

「なんだ……」

 

 まだ何かあるのかと耳を傾けてみれば、好きよ。という言葉が叩きつけられる。

 

「っ、俺も好きだよ」

「ふへへ~……」

 

 今日はとにもかくにも、彼女には勝てそうにないことを早々に悟った俺は、この引っ付き虫をどう対応したものかと、ただひたすらに考えるのであった。

 

「ねぇねぇ、指揮官……?」

 

 まだ何かあるのかと、ほとほと防御力なんて飾りっけもない耳を再度傾けてみた。

 

「これからも、沢山聞かせてね……」

 

 そんなもの、言わずもがなという奴である。

 俺はこれからも彼女に愛を囁くに決まっている。そんなことはもうとっくに周知の事実なのだから――。

 

「もちろん……」

 

 それだけ返して、俺は胸元にぶら下げていた指輪を、服の上からそっと触れたのであった。

 

 



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HK416は尚も聞かせて欲しい。

お久しぶり!!(クソでか声)
ほんとにね!!
てなわけでお待たせしました第七話です。
今回はちょいと糖分は控えめですがよろしくどうぞ。


 酔った416にあれやこれやと殺されかけた後日。

 未だに熱を帯びる思い出に、体の奥底から溢れてやまない嬉し恥ずかしの洪水に、言葉にならない呻き声が執務室に木霊していた。

 先程から全く持って進展しない書類整理にヤキモキしたモノを抱えながら、意味を捉えることもなく字面だけを目で追っていた。

 頭の中でするすると読み捨てられる書類の一面。差し当たって急を要するものでもなければ、なんだったら無視を決め込んだって問題はないだろうと思われる書類まで様々なモノが視界端に山となって積まさっていた。

 ライター一つで片付く山なら良かったものを、一応は目を通しておかねばと良心的な側面と事務的側面が顔を出していた。淡い感情が上乗せされた疲れから溢れ出る深い溜息が字面をなぞるように消えていった。

 結局、あの日から数日と経った今でもこうして熱にうなされてるが如く頭の片隅に彼女……416のことを思い浮かべているのだから、相当にお熱なのだろう。インフルエンザもビックリだ。悲しいことにワクチンなどという高等なものもない病気ゆえに、この熱が冷めることは──。

 

「指揮官、どうしたのよそんな顔して?」

「なんでもな──って、416ッつぅ……」

「何やってるのよ……」

 

 ガタッと机から跳ね除けるように立ち上がりかけて、ものの見事に机に膝をぶつけてしまう。

 ぐぬぬと、呆れ顔の彼女を見上げるように突っ伏したまま、ふへぇと息を吐き出す。

 

「なんでもないです……」

「何でもないようには見えないのだけど?」

 

 ツンツン、と若干頬を膨らましかけた俺の輪郭に、彼女の白く細い指先が沈み込んでいく。ぷくぅと抜けていく感情が行くあてを見つける事も間に合わずに、机上の紙面へと溶け落ちていった。

 

「ふふ……」

「なんだよ416、今日はなんぞやけに上機嫌だな……」

 

 見上げれば白銀に輝く太陽があった。なんだお前可愛いなちくしょうめ。うりうり~とでも言いながら頬をほじらないで顔が緩む、緩んじゃう! ゆるキャラになっちゃう!! やめて!! 

 

「いや、ほんほにはんあよぉ(ほんとになんだよぉ)……」

「いえ、あまりこういう指揮官の姿を見たことがなかったから、少し新鮮なのよ」

「さいですか……」

 

 うりうり──。

 

「それで、指揮官はいったい何に上の空にされてたのかしら?」

「あ、続くのね……?」

「当然、気になるもの──」

 

 うりうり──。

 何が楽しいのか、未だに頬の湖へと人差し指をタプタプしてくる416に抗議の目を向けてみるも、ふふんと嬉しそうな顔が落ちてくるのみ、俺が彼女に挑める勝負など、そうそうなかったのだと認めざるを得ないほどの破壊力を持ってして、敗北を喫した俺は、渋々と恥ずかしさと共に口を開いた。

 

「いやね……?」

「なに?」

「この前、君が俺の部屋で勝手に酒瓶開けた日のことがあったじゃない?」

「うっ……」

「その時の君が、余りにも、それはもう余りにも可愛いかったものだから、思い出して仕事に手が伸びてないのよ」

「そ、そう……」

 

 ぷるぷる──。

 

「あの時の君は、それはもう可愛かった。正直未だに頭から離れないレベルで可愛かった」

「えぅ……」

「いやまぁ、君の可愛い姿どころかかっこいい姿まで忘れることなんてないのだが、それはそれとして、脳裏に焼き付いて離れやしないのよ」

「へ、へぇ……」

「一体全体、どう責任をとってくれるんだい君は?」

 

 プルプルと震える指先を辿り、彼女の顔を見上げてみれば、耳まで真っ赤にしながら顔を逸らす可愛らしい姿が見えた。

 今日も今日とて416は可愛いらしい。

 その事実は覆ることなく、唯一無二の輝きでもって一生記憶に焼きつくことだろう。

 まさか、上の空の原因が自分なのだと思ってもみなかった彼女からしてみれば藪蛇(やぶへび)もいい所だ。我は満足じゃ……と言いたいが、俺とて色々と思い出したおかげで若干や死にかけているがな。

 

「──取るわよ」

「ん……?」

 

 ポツリと呟かれた言葉。

 見上げてみれば、顔を赤くしながらも、それでいてしっかりとこちらの目を見据えてグイっと人差し指を突き刺される。

 

「ぐへっ……」

「責任なら取るわよ」

「わーお」

「感情が篭ってないわよ」

「唐突に、そんなこと言われたら誰だってそうなるさ……」

「もう一度言いましょうか?」

「恥ずかしいなら言わなくていいぞ」

「っ、は、恥ずかしくないわよ」

「はっはー! 嘘をつくなよ416。こちとらどれだけお前のことを目で追ってたと思ってんだお前──」

 

 と、口にした途端、ものの見事なまでにまるでゴミを見るかのような視線がこちらを見下ろしていた。やだ、こんな顔もするのね君、心が痛いわ。

 

「うわ、きも……」

「ねぇ、416さん……? ちょっと指先が急に冷たくなったのだけど、あと心なしか距離感を感じるのだけど、やだ死にたい……」

「死なせないわよ?」

「え、ヤダもしかして生き地獄」

「はぁ……」

 

 あらやだ。ため息疲れちゃったわ。

 けれども、依然としてグリグリと頬を付くのはやめないのね。頬が熱いったらありゃしない。

 

「それで、貴方はどうなの指揮官?」

「へ?」

「責任、貴方はとってくれるのかしら?」

「そりゃもちろん──」

 

 ──取るに決まっている。

 そう微笑みかければ、当然ねとでも言いたげに彼女は小さく、そう。と呟くのであった。

 

「ほら、これで心の憂いも晴れたでしょ? 仕事に取り掛かってちょうだい」

「あぁ、そこはキッチリしてるのね」

「当然じゃない、この完璧な私に責任を取らせるのよ? 貴方はそれでいいのかしら?」

 

 とまぁ、そんなこと言われちゃ、流石にずっと机に突っ伏しているわけにも行くまい。

 そりゃそうだわなと、起き上がりたいところなのだけど……。

 

「ほんで、この美しき人差し指は一体いつ退けてくれるので?」

「それはそれという奴よ。まだ、その……今日は、聞いてないもの……」

「ん……?」

「だから……その……」

 

 先程までのどこかキリッとした様はどこへやら、急にしどろもどろになるものだから、なんぞなんぞと再三にわたって見上げてみて、はたと気づく。あぁ、そうかと。

 

「416……」

「なに?」

 

 微笑みが見下ろす中、俺はそっと彼女の頬に人差し指を突き刺してこういった。

 

「好きだ……」

「えぇ、私も、私も好きよ……」

 

 お互いの頬を凹ます姿に、どちらからともなくはははと笑いを零して──。

 



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