本気の戦いを (青虹)
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始動、そして行先は
滅びの始まり
太陽が真上で痛いほどに輝き、それでも薄暗い校舎の影の下。明らかに異様な集団があった。一人を複数人が取り囲むその様は、まるでいじめのようだった。
輪の中心にいる須藤健が、綾小路清隆に激しく詰め寄っている。
「おいどういうことだ綾小路!」
「どういうことって言われても、オレはそんな話知らないんだが」
尋問の対象、綾小路はそれでも無表情に冷静に、自身の無実を主張する。対して、須藤は怒り心頭。罪を認めないことに腹を立てていた。
「ふざけるな!お前って証拠はあんだよ!」
須藤が見せつけた写真は、確かに
「綾小路くん……」
立ち直ったばかりの平田が、裏切られたとばかりに冷たい視線を向ける。
それは他の生徒も同様で、平田の声を耳にすると、罵声を更に強めた。
「お前……またDクラスに落ちたからって見捨てたのか!」
須藤が綾小路の胸ぐらを掴み、今にも襲いかからんとしている。一触触発であるが、誰も止めようとしない。止める立場の人間がどこにもいないのだ。
そんな須藤を見た綾小路は、はぁ、と小さくため息を漏らすしかなかった。
綾小路の能力の高さは未知数。だが、その余裕っぷりからして、須藤よりも高いのは手に取るように分かる。
(変わったと思ったが……やっぱり
須藤健は、怒りの沸点が低くすぐに暴力を振るう男だった。それでこのクラスに幾度も迷惑をかけた。しかし、堀北の尽力もあり、ここ最近は鳴りを潜めていた。
平田洋介は過去に縛られて理想を見過ぎていた。誰もが傷つかないという、絶対に達成不可能な理想を掲げていた。平田は綾小路によって立ち直った筈だった。
……いや、立ち直ったからだろうか。彼は今、
「ねえ、どうしてくれるの?」
冷たい声音で、まるで奴隷に鞭を打つような言葉の槍を投げつける。
声の主は篠原さつき。無人島試験の時もトイレでどうこう騒いでいた。
人数としてはほぼ全員。いないのは……啓誠、明人、長谷部、佐倉、みーちゃん、高円寺、そして堀北。それ以外がここに来ている。
あの日の試験の後、確かに綾小路は坂柳と二人で帰った。だが、綾小路達は月城に妨害された戦いの続きをし、坂柳を一人で帰らせるのは悪いと思って一緒に帰ったまでのこと。今後に関わるような話は一切していない。
なのに、なぜ彼らは浅はかな考えで勝手に事実を捏造してしまうのか。
「おい綾小路、なんか言えよ。オメエ殴られてえのか、あん!?」
須藤が詰め寄ってもなお綾小路は無表情を貫く。
その目は光を映さず、その目は虚空へ向けられ、すぐ目の前にいる須藤すら興味がないようだ。
「お前、ふざけんじゃねえぞ!」
須藤の拳が、綾小路の頰を撃ち抜いた。
鈍い音と強烈な衝撃が綾小路を襲い、壁に打ち付けられ、激しく咳き込む。
頰が赤く腫れ上がり、痛々しさを物語っている。
「須藤くん、それはちょっとやりすぎじゃ……」
誰かが小声で呟いたが、大半は嘲笑を向けるばかりだ。
「このアホにはこれくらいしねえと気が済まねえんだよ」
もうこんな汚物を見たくないというように、須藤は足早に去っていった。
平田も、綾小路を一瞥し、何も言わず去っていく。他の生徒もそれに続き、遂に綾小路は一人取り残された。
「はぁ……」
「清隆!」
「恵か」
どこからか話を聞きつけてやってきた軽井沢恵が心配そうに駆け寄った。そして、真っ赤に腫れ上がった頰を見て、慌て始めた。
「清隆、頰が腫れてるけど!」
「大丈夫だ、対して痛くない」
「で、でも──!」
「ちょっとヒリヒリするくらいだ。何も問題はない」
実際、綾小路にとって須藤の一撃は
「本当なの?無理してないよね?」
「ああ。でも、心配してくれたのはありがとう」
「べ、別に……」
軽井沢は顔を赤くしてそっぽを向いた。綾小路の唐突な感謝に照れ隠しをしているのだが、言った本人は全く気づいていない様子。
「じゃ、じゃああたしはもう行くから!あんたも早く帰りなさいよっ!」
「あ、ああ」
逃げるように走り去っていった軽井沢を綾小路はただただ見つめていた。
「はぁ……」
何かを決心したかのように、大きくため息を漏らして立ち上がった。その目は何処を見据え、どんな未来を想像し、どんな結末を思い浮かべているのか。あまりにも無表情なせいで、本人以外には理解できようがなかった。
ー▼△△▼ー
自分の部屋に戻った綾小路は、何か行動を起こすわけでもなくベッドに腰掛け、思考に溺れていた。
屍のごとく硬直し、動く気配は全くない。部屋の壁は音を遮り、室内は静寂に包まれている。
世界が動いていないように見える。
この日は修了式で、1学年を終えた。明日からは休みである。浮かれた気分で娯楽を求めて友人と外へ繰り出すのは当たり前の光景というべきだろう。
逆に、ベッドに座ってただただ思考に耽る方が珍しい。
(2年からは俺の居場所なんてないだろうな……)
殆どのクラスメイトから冷たい視線を向けられれば、嫌でもその結論に至る。
どちらにせよ、クラスメイトをクラスメイトとして見ていない綾小路にとってはそんなことは些細な問題でしかなかった。
4月からは他人とのつながりを極力避け、目立たない行動をとればいい。一年前に比べれば、表面上はマシになっているだろうから。
それに、無理してAクラスを目指す必要など全くない。茶柱先生から圧力をかけられていただけであり、綾小路自身は平穏に生活できればそれでいいのだから。ひっそりと授業を受ければいい。龍園のように、端っこで誰の邪魔にもならないようにしていればいい。
ただ──綾小路がその結論に至ることはなかった。
勿論、一つの手としてそれは考えた。しかし、
結局、綾小路自身のプライドの問題だった。それに、月城という
今後月城を始め、父親との戦いが増えてくることだろう。一年生も入ってきて、関係性はより困難になる。
負けっぱなしでは、思うように駒を使えない。
「フッ」
無音の空間に嘲笑が高らかに響く。
結論を出したのか、一度思考を切り上げ、冷えた麦茶を飲んだ。
そして、端末を操作すると、誰かに電話をかけた。
全生徒が浮かれる中、男は闇の中で暗躍を始めた。
戦いの火蓋は切って落とされた。
戦いにフライングはない。誰かが動き出せば、そこでピストル音が鳴り響く。それに気づかなければ、後手に回るだけだ。
今後の展開を模索するのにかなりの時間を要します。
特に、オリジナル展開で進んでいくので、特別試験の流れは困難を極めることでしょう。
そのため、投稿間隔はかなり空くと思います。というか、空きます。
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幕開けは桜と共に
これからも完結に向けて頑張ります......!
誤字があったら、報告して下さい。すぐに訂正します。
感想、評価もどんどんお待ちしています。なるべく全部に返信していきたいと思います。
春休み明けの始業式。教室に入ったDクラス、いや、
「なあ健、なんか机少なくね?」
「何があったんだ?」
ところどころ、虫に食われたようにぽっかりと穴の空いた教室。スカスカで、どこか寂しげだ。
「あれ?椅子少なくない?」
「ホントだ」
後から入ってきた生徒たちも、同じような疑問を抱いた。しかし、当然原因を理解できるはずがない。
「お前たち、早く席につけ」
チャイムと同時に教室に入った茶柱の声で、Dクラスの面々は大人しく席に着いた。
「センセー、なんか人少なくないですか?」
池がそう口を開いたが、茶柱は何も答えない。
「え?センセー、何かあったんですか?」
「先生、退学とかではないですよね?」
平田の確認には、首を縦に振った。しかし、相変わらず何も話そうとしない。
真顔にも見えるその顔は、苦虫を噛み潰したような表情にも見えた。
「……今いない生徒だが──」
数秒か、数分か。重苦しい沈黙は、体感時間をより長く感じさせた。
「──!?」
「それって本当ですか先生!」
「……ああ。それと、送り主不明の手紙が届いている」
「何ですか!?」
──お前たちは過ちを犯した。
たった一言。しかし、聞き手の心を抉るにはそれだけで十分だった。
しかし、あれは綾小路が悪いのではなかったのか。そんな考えが頭をよぎった。
「嘘……だろ?」
自らの過ちに気付きながらも、認めたくない。
しかし、現実は非情なものだ。
──崩壊は、もう始まっている。
ー▼△△▼ー
春休み初日の朝、午前10時過ぎにインターホンが鳴った。玄関まで向かい、客を迎え入れる。奥に映るのは、ピンクに染まり始めた桜の木だ。
「おはようございます、綾小路くん」
「おはよう。すまないな、わざわざ来させて」
「大丈夫ですよ」
坂柳は穏やかに微笑んだ。登校日ではないので、私服姿である。
「飲み物はどうする?」
「紅茶でお願いします」
「温かいのか?冷たいのか?」
「冷たい方でいいですよ」
「了解」
自分の麦茶と坂柳の紅茶を準備し、リビングに持っていく。
少し口に含むと、ひんやりとした感覚とともに脳が少し冴えるのが分かった。
「それで話なんだが」
「昨日のことですか?」
「……知ってたのか?」
「たまたま通りすがりましたので。というよりも、Aクラスでもちょっと話題に上がりまして」
「そういうことか」
Aクラスでもそういう噂が流れているかもしれないとは思ったが、おそらくウチほど酷い状況にはなっていないだろう。
ほぼ坂柳の独裁状態であり、その中で反乱を起こす者は少ないはずだ。
「C──もうDクラスでしたね。そちらはどうでしたか?」
「芳しい状況とは言えないな。ただ、校舎裏に呼び出されて尋問されるとは思わなかったな」
朝その写真がばらまかれてから冷ややかな視線を受け、陰口を叩いているのは知っていたが、まさかあそこまでされるとは思いもしなかった。
この一年でかなり成長が見られたと思っていただけに、あの一件でかなり失望した。
「頰の腫れも昨日ですよね?」
「ああ、須藤に殴られた」
「須藤……ああ、暴力事件を起こしたことのある赤い髪をした子ですか」
「そうだ」
痛いか痛くないかで言えば、痛い。ただ、あそこで受けた痛みの数々に比べれば、足元にも及ばない。
坂柳は紅茶を一口飲むと、さらに続けた。
「昔はすぐに手を出していましたが、最近はそういうことが減っていましたから。まさかクラスメイトに手を出すとは」
「結局、あいつはそれだけの人間だったというだけの話だ。表面上では変わっても、中身は全く変わっていなかった、そういうことだろうな」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
坂柳は表情を変えずに話を聞いている。
オレの話をどこまで推測しているのだろうか。
「ちなみに、堀北さんはいたのですか?」
「そういえばいなかったな。あいつは多少なりとも冷静に物事を判断できるようになったのかもな」
「もしかしたら、綾小路くんに限ってそんなことはないだろうと思っているかもしれませんよ?」
「……本当にそう思っていそうだな」
オレをからかうのが楽しいようで、坂柳はクスクスと笑った。
堀北は今回の一件をどう見ているのか。あとで聞いてみて、その結果次第では
「それで、綾小路くんはどんな行動を起こすのでしょう。気になって仕方ありません」
やはり、このままやられっぱなしで終わると思っていないらしい。そろそろ本題を切り出そう。
一呼吸置いて、ごく普通のテンポで切り出す。
「オレは今のクラスに興味がなくなった」
「元から興味がなかったのではなくて?」
「平田とか堀北とか櫛田とか、そういう人間にはかなり興味があった。だが、校舎裏に呼び出した人間には興味がなくなったんだ」
今まで茶柱先生の圧力があってAクラスを目指すことを強要されていた。しかし、もとからない気力が遂にマイナス方向に振れた。
「つまり、新しいクラスに移籍すると?」
「あいにく2000万
「結局月城理事長代行から逃れられないと思いますよ」
「特別試験のたびにオレが裏で動く必要がない分その方が楽だと思うんだがな」
Aクラスの方が方針が決めやすい。誰か一人優秀な指導者を立て、残りはそれについていく。その方がかていが少なく、楽だ。独裁政治が一般的だったのは、そういうメリットがあるからでもある。
「では綾小路くんはどうするつもりでいるのですか?」
「新しいクラスを立ち上げる」
「ふふっ、そうですか。それはとても面白いことを考えますね」
ただ、立ち上げるにしてもpptに限度がある。これから加えるメンバーから一定の協力を得たとしても、要求される額に到達するか分からない。
なるべく消費を抑えるには、持ち
あらゆる権利をポイントで買えるので、多めに用意すれば、月城といえども受理しないわけにはいかない。
そして、目の前には協力者候補にして大量のpptを所持している可能性の高い坂柳。元々勧誘する予定はあったが、思ったより好都合かもしれない。
「そこでだが──」
「何ですか?」
「坂柳も一緒に新しいクラスを立ち上げないか?」
坂柳は一瞬ポカンと拍子抜けな表情を見せた。予想の斜め上を行ったのか、そもそも想定外だったか。
しかし、次第にふふっという笑い声に変換されていった。
「ふふっ、綾小路くんは急に変なことを言い出しますね。……ふふっ」
「そんなことを言ったつもりはないが?」
「いいえ。綾小路くんはいつも私をワクワクさせてくれると思いまして」
「つまり、協力してくれるんだな?」
「もちろんです。神室さんや橋本くんを連れてEクラスに移動しましょう」
参加の決め手は分からないが、二つ返事で快く協力してくれるのはありがたい。Aクラスの脅威が減るだけでなく、他クラスへの攻撃も容易になる。
そして、一番大きいのが月城への対応がしやすくなることだ。
オレがホワイトルームにいたことを知っているのは坂柳だけ。変に他を巻き込まなくても済むだろう。
「あと誰を予定しているのですか?」
「そうだな……」
オレのクラスで言えば、恵、
Cクラスでいえば、龍園。クラスからハブられているので、そう難しくないだろう。そして龍園が来れば、石崎や伊吹、椎名、アルベルト辺りが勝手についてくる。
Bクラスは残念ながら付け入る隙がない。先日の特別試験で敗北したとはいえ、今回の一件に関しては完全に蚊帳の外だ。それでいえばCクラスも同じだが、Bクラスの団結力の前で引き裂くのは困難だろう。
Aクラスは坂柳とその周り。
人間とは意外と根に持つ生物だ。坂柳のいないところで好き放題陰口を叩いている連中もいることだろう。意外と楽なのかもしれない。
そのことを端的に伝えた。全員了解したとして総勢20人弱。一クラスとしては少ないが、個々の能力で見れば何ら問題はない。
「ドラゴンボーイさんが入ってきたら徹底的にいじって差し上げましょう」
坂柳はニヤッと笑った。いじるのは勝手にすればいいが、内部分裂だけはしないようにして欲しいものだ。
教師はいるだけでもいい。教科担当が無ければ、いないも同然だ。連絡は端末に送られてくるので、プリントが配布されることはまずない。
「ふふっ、上手いことやって下さいよ、綾小路くん」
「これくらい何も問題はない」
勧誘くらいすぐに終わるだろう。
「せっかくですし、どこかへ出かけませんか?」
そう言った坂柳の表情は、Aクラスの女王ではなく、等身大の女子高生だった。
「どこへ行く?」
「ショッピングセンターで服を買いましょう」
「あんまpptは使うなよ」
「大丈夫です。たくさんありますので」
自慢げに見せてきた端末を覗くと、そこには7桁後半の数字が示されていた。
「……ほどほどにな」
「もちろんです」
身支度を整え、寮を後にした。
坂柳の歩調に合わせてゆったりと進む中で繰り広げられるのは、部屋での堅苦しい話ではなく、年間溜め込んできた他愛のない話ばかりだ。
あの日の帰り道でも同じように会話をしたが、こういうのも案外悪くないものだ。
桜はまだ5分咲きくらいだ。しかし、春の暖かな風に揺られて踊る花は、満開のものに全く見劣りしない美しさを秘めている。
気を張り詰めてばかりでも良くないのかもしれない、そう思った。
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堀北鈴音の決意
あー、ランキングに乗らないかなぁ。
評価、感想もっとくれよな(迫真)
いつもよりも時間をかけてショッピングセンターに到着した。しかし、嫌な気分になることはなかった。
時計に目をやると、11時半を回ったところだった。早めの昼ごはんにすべきだろうか。
「どこへ行く?時間的には昼ごはんでもいいと思うが」
「綾小路くんに任せます。しっかりエスコートしてくださいね?」
「はぁ……。分かった、じゃあ昼ごはんにしようか。これから混んでくるだろうし」
あまりpptは使いたくないと思い、エスカレーターのある方へ向かう。
上にあるフードコートで済ませよう、そう思ったのだ。だが、坂柳は裾を掴んで不服そうにオレを見上げた。
「むぅ、せっかく二人きりなんですから、お洒落なレストランにしませんか」
「任せるといいながらそれは──」
「何か文句でもありますか?」
「いや、ないが……」
「では、あちらへ行きましょうか」
結局、坂柳のわがままによってレストランが並ぶエリアに向かった。
ステーキやハンバーグをメインにした肉料理のレストランやイタリアン、フレンチ、バイキングやトルコ料理、中華、和食などさまざまな国の料理を専門にした店が、通路の奥まで続いている。
混まないうちにさっさと決めてしまいたいが、こんなにも店があると迷って決められなさそうだ。
ただ、昼ということもあって、重い食事は控えたいところだ。そうなると、肉やバイキングは真っ先に除外となる。
それに、坂柳はお洒落な店を希望していたので、イタリアンやフレンチ、トルコ料理といったヨーロッパ方面の料理を扱う店に絞られるだろう。
ショーケースに並んだサンプルと、看板などに書かれた値段、混み具合から少しずつ絞っていく。
しかし、あまり時間をかけると坂柳が拗ねるので難しいところだ。
ずっとホワイトルームの中にいたせいで、こういうのは苦手なのだ。
「綾小路くん、決まりましたか?」
「すまない、もう少し……」
「そんなに熱心に考えなくてもいいんですよ?」
「そうだが……」
こういうところに頭が回らないのが憎まれる。こうして長考している間にも、席が埋まっていく。
深く考えることをやめ、イタリアンに決定した瞬間、視界の端によく見る顔を発見した。
「あら、綾小路くんと坂柳さんじゃない」
「堀北か」
「こんにちは、堀北さん」
一人で歩いていた堀北が、オレたちを見つけるなり近づいて話しかけてきた。無視して通り過ぎるものだとばかり思っていただけに、少し意外だった。
オレと坂柳が一緒にいることを疑問に思ったのかもしれない。最近の問題の渦中にいるオレたちが昼間から堂々とショッピングセンターという人目のつくところに出歩いてきていることに疑問を抱いたのだろうか。
しかし、オレとしても好都合だ。堀北は能力はとても高く、月城に対抗するには申し分ない。
堀北を表で泳がせておいてそちらに注目を集め、裏で動きやすくすることもできる。
なんだかんだで今まで結構お世話になっているからな。
「堀北さんも一緒にどうですか?」
「……ええ、いいわよ。あなたが何を考えているのかは分からないけれど、綾小路くんに話をしたかったから」
堀北は一瞬難色を見せたが、意外とすんなり了承してくれた。想定外ではあったが、ちょうどいい。
「奇遇だな。オレも堀北にちょっとした話があってんだ」
あそこのイタリアンの店はちょうど客足が少ない。話をするにはちょうどいいかもしれないな。
オレは、その店を指差して二人に聞いた。
「あそこでいいか?」
「人も少ないですし、ちょうどいいですね」
「そうね」
店に入ると、奥の方の席に案内された。
店内は木を基調とした内装で、カフェで流れる曲に近い、落ち着いた曲調のものが流されている。
メニューを見ると、カタカナの長い名前がずらりと並んでいる。あの有名コーヒーチェーン店を彷彿とさせる。
……なぜカタカナはこんなにも読みにくいのやら。いつだったか、池がマッカーサーをマッサーカーと間違えていたのを思い出した。
「決まったか?」
「はい。堀北さんは決まりましたか?」
「ええ」
全員決まったのを確認し、呼び鈴を鳴らす。
注文を伝えると、もう一度確認のために繰り返し、それから戻っていった。
「なぜ二人が一緒にいるのかしら」
開口一番に堀北がそう切り出した。嘘をついてごまかすのもアリだが、わざわざそんなことをする必要はないだろう。
「この前のことについて話をしてたんだ」
「綾小路くんが新しくクラスを作ると言い出したので、少し驚きました」
「……綾小路くん、それは本気で言っているのかしら?」
堀北がオレを睨んでそう言った。かなり衝撃的なことだったのだろう。
「悪いか?あの中にいてもいいことなんてないと思うんだが」
「……まあ、それはそうね。今回に関しては少し──いえ、かなり失望したもの。頰が赤く腫れてるのもそれが原因なのでしょう?」
「そうだ。須藤はかなり手を出さなくなっただけに、かなり残念だったな」
今後も須藤はその手に出ることが増えるかもしれない。そう考えると、不都合が増える。
Dクラスの面々から反感を買ってしまった時点で、
「平田くんは立ち直ったのが逆によくなかったのかしら?」
「結果論でいえばそうなるな。前よりも人を切り捨てやすくなった」
「いつもは爽やかな彼が死んだ魚の目をしているのを見ているのはとても面白かったのですが。綾小路くん、余計なことをしてしまいましたね」
余計なことかどうかといえばそういうわけではない。平田があのままの状態で試験に突入すれば結果はもっと悲惨だった可能性もある。
平田は客観的に物事を見ることに長けていると思っていた。それだけに、あの行動を選択したのは残念だとしか言いようがない。
「で、堀北はどうして一人でこんなところにいたんだ?」
普段は家で一人で本を読んだり勉強したりしている堀北が、一人でいること自体疑問だった。料理は出来るはずだから、わざわざ外食する必要はなかったはずだ。
「これから買い物しようと思っただけよ。時間も時間だし、先に昼ごはんを食べようと思っただけ。フードコートは満席だったから、仕方なくここに来たのよ」
「綾小路くんがフードコートに行こうとしていたのを止めて置いてよかったですね」
「普通昼間っからレストランに行くとかそうそうないぞ」
Dクラスの面々と来た時は、いつもフードコートだったんだが。明るい時間からここに来るという発想がなかった。
「坂柳さん、神室さんと橋本くんはいないのかしら?」
「はい、今日は私一人ですよ」
オレの部屋に人を上げるのに、そんなに人数は必要ないと思った。いつぞの祝勝会とやらの時は、5、6人だけで意外と狭かったからな。
それに、あまり大所帯で動くと周りに疑問を持たれる。
「それで、二人で堂々と出歩いたりしてもう開き直ったのかしら?」
「コソコソしてた方が変に思われるかもしれないだろ」
「それもそうかもしれないわね」
それに、敢えて人混みを選ぶことで密談をしていたという可能性を多少払拭できるかもしれない。
上手くいけば、ある程度注意が逸れるだろう。
「カルボナーラのお客様」
「あ、オレです」
3人分の料理が届き、テーブルの上のスペースが皿で埋め尽くされた。
麺をフォークでクルクルと巻き、口に入れるとベーコンの旨味とともに、胡椒のピリッとした辛さがいいアクセントとなって口いっぱいに広がる。
「ところで、綾小路くんの話は何かしら?」
返事をしようとしたが、まだ口の中に残っていたので飲み込んでから口を開いた。
「さっきも言ったが、新しいクラスを作ろうという計画に関しての話だ」
「綾小路くんもしかしてあなた」
「まあだいたい察せていると思うが、その新しいクラスのメンバーに堀北も入らないかという話だ」
堀北は、暫く考えさせてちょうだいと言って長考に入った。色々思うところがあるのだろう。
オレは堀北の返事を待ちながら、カルボナーラを食べ進める。
堀北は入学当初は完全に人を嫌う性格だった。誰とも関わらず、孤独を貫いていた。ただ、それは堀北の兄、堀北学に憧れ、孤独と孤高を履き違えた結果。オレはそう考えている。
それに比べ、この一年で少しずつではあるが確実に変わってきている。
強く当たることも減り、交友関係を広げつつある。
オレはまだ伸び代があると思っているし、将来的に月城に単独で対抗できるようになる可能性もあると思っている。
そういう意味では、ぜひ欲しい人材である。
「綾小路くんは、今楽しいですか?」
思考に耽っていると、坂柳がそう問いかけてきた。
「まあ、どちらかといえば楽しいな。これから状況がどう動いていくのか気になるっていうもある」
「だと思いました。いつもより楽しそうですから」
Dクラスがどう落ちぶれていくのか。そして、オレたちが特別試験で圧倒していく。そんなことを考えると、意外にも楽しいと思うのだ。
ただ、それが表情に出ているとは。これがいい変化なのか、よくない変化なのか。
あそこの呪縛から解放されつつあると捉えるなら、良い変化だろう。
逆に、月城という影が迫ってきていることや、新一年生の入学など、人間関係も少しずつ変化してきている。おそらく、そこからも脅威が迫って来ているだろう。だから、100パーセント楽しいとは言い切れないのも現実である。
ホワイトルームは一年動いていなかったとはいえ、育成出来ないわけではないだろう。そう考えると、オレに迫るような実力をつけて送り込んでくる可能性が高い。
平穏な学校生活を手に入れるために平穏じゃない学校生活を送るという皮肉を感じるが、あそこに戻るよりは何倍もマシである。
「綾小路くん」
坂柳より若干低く、凛とした声。堀北がオレを呼んだ。どうするか、決心がついたらしい。
「決まったのか?」
「ええ」
堀北はオレの目をしっかり見据えた。そして、ゆっくり口を開いた。
「今までのあなたの活躍はとても大きい。須藤くんの暴力事件の時も、無人島試験の時も、体育祭の時も、あらゆる試験、場面においてあなたはDクラスに貢献していた」
「茶柱先生に強制されていただけだが」
「それでも、よ。もしあなたがいなかったら、Cクラスにすら上がれなかったかもしれない」
ところどころ買い被りすぎなところもある気もしなくはない。
ただ、Cクラスに上がれなかったかもしれないというのは事実だ。
最初の定期試験で須藤がいきなり退学して平田が機能しなくなってしまうかもしれないし、無人島の時には仲間割れをして機能が停止してしまうかもしれない。それ以外にもいくつかあるだろう。
再びDクラスに落ちたちはいえ、Cクラスとの差はあまりない。慌てる必要は全くなかったはずだ。
「今回のあの写真は、確かに誤解されてもおかしくはないわ」
オレと坂柳が並んで歩いているあの写真。
普段めったに見ない組み合わせであることから、裏で繋がっていた可能性を指摘された。
Dクラス降格が決まった直後だからかもしれないが、それでもそう決めつけるのはあまりにも早計すぎると思う。
「私は、あなたについていくことにするわ。私は、あそこまで落ちぶれていないもの」
堀北はそう結論づけた。とても大きな戦力になった。
「分かった。具体的な話はもう少し後にする」
「分かったわ」
「意外です。堀北さんがその選択をするのは」
「色々考えた結果よ」
色々考えた結果──本人はそう言ったが……
「では、話も済んだことですし、早く食べてデートしに行きましょう」
「デートと言われた記憶はないんだが?」
「女の子と二人きりで出かけている時点で、それはもうデートですよ」
「そ、そうなのか……」
「綾小路くん、たまに変なところ抜けてるわね」
たまに恵から言われるが、堀北までもそう思っていたとは……
知識ばかりあっても、女心はなかなか理解できないな。
「では行きましょうか。綾小路くん」
「分かった」
「では、これからはよろしくお願いしますね、堀北さん」
「ええ……」
堀北と別れ、ショッピングセンターを歩き回る。別れ際、寂しそうな表情を浮かべていたのは何故か分からなかったが。
奥へ進んでいくと時々陰口を叩く輩が見えるが、見て見ぬ振りをする。後々そういうやつが痛い目を見るのだから。
「綾小路くん、私の服を選んでください。私が綾小路くんの服を選んであげます」
服屋に入っていきなりそう言うと、坂柳は奥へ進んで行ってしまった。
……オレ、服を選ぶセンスないんだが。
そう思いながらも、これから暑くなることを考え、少し早いが涼しめの服を選ぶことにした。
──結局、堀北も
そう思いながら。
「綾小路くん、まだですか?」
「ああ、すまない。こういうのは苦手なんだ」
「綾小路くん、意外と優柔不断ですね」
ただ、最近の坂柳は今までで一番生き生きしているような気がするのだ。オレは、白藤色のワンピースをてに取った。
漂う坂柳へのヒロイン臭。
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ボウリングとグループの行く先
20人の方から評価を頂き、お気に入りも150件を突破。ランキングにも載って、私も調子に乗ってます()
もともとお気に入り100件突破しましたイェーイって書こうとしてたら、あっという間に150件超えてるって何よ......3話を投稿してから100件以上増えるとか快挙なんですがそれは。
これからもエタらないように頑張ります。学生である以上、更新頻度は不安定ですが、読者の皆さんに最高の作品をお届けできるように頑張ります!
太陽は落ち、月が覇権を握る夜分。オレたちは一日中歩き回って買った荷物を両手に持って帰宅していた。
もうすぐ寮に着く。そんな時、ふとこんなことを思った。
「なあ坂柳、葛城はどうするんだ?」
葛城の処遇についてだ。ちょっと前まで派閥争いをしていたものの、徐々に坂柳に呑まれた結果忠臣弥彦を失い、坂柳の軍門に下った不憫なスキンヘッドの男。
「葛城くんはとても優秀な駒として使えますので、連れて行きましょうか」
要するに残しておいて得はない、ということか。坂柳が居なくなった後のAクラスを上手くまとめてしまったら月城に集中できなくなる可能性もある。その可能性はそう高くないと思うけどな。
逆に連れてこれば、堀北と同じく大きな戦力となることだろう。
「そうしてくれると助かる」
「綾小路くんも、頑張って
「……まあ、それなりにはやっておく」
現時点で確定しているのはまだ10人にも満たない。これでは苦労が増えるだろう。特に、特別試験においてはかなり不自由が発生するに違いない。
そう思っていると、目の前に人影が現れた。
「おやおや、そこにいるのは綾小路ボーイとリトルガールではないか!」
「私は幼女じゃありません!」
「高円寺か。何か用か?」
頭を金色に染めたガタイのいい男、高円寺六助。将来大手企業の高円寺コンツェルンを継ぐことが決定しており、今まで唯我独尊を貫いてきた男だ。
自ら話しかけてくるなど、堀北以上に珍しい。
「君たちが面白いことをしていると聞いてねぇ」
面白いこととは一つしかないわけだが、その情報はどうやって伝わったのか。おそらく、小耳に挟んだくらいのことだろうが。
確かに他の女子生徒よりも身長は小さいですし……などと一人でブツブツ呟いている坂柳をよそに、オレは話を進める。
「それで、お前に何か関係があるのか?」
「フフッ、落ち着きたまえ綾小路ボーイ。この私が君の計画に興味を示しているのだよ」
「……つまり、高円寺をメンバーに加えろ、と?」
「その通り。もし私が君の計画に参加したら、全力を持って協力しようと思うのだが、どうだね?」
高円寺の実力は未知数である。しかし、その片鱗は所々に現れていた。
4月の水泳の時には須藤を抑えて優勝。しかし、本気を出していたわけでもなさそうだった。
無人島での試験の時にはツタを伝って猛スピードで進み、畑を見つけ出していた。
高円寺からは常に余裕を感じる。それはまるで、本気を出せば相手にならない、そう言っているようだった。
「ダメです!私をバカにするような人と同じ教室の中にいるなど許せません!」
「……」
珍しい。高円寺のいじり一つでここまで動揺するとは。今までそんな素振りは見せてこなかったはずだ。
坂柳の中で何かしら変化があったのだろうか。
しかも、動揺のせいからしくない発言が飛び出している。
「一回落ち着け。物事は冷静に判断すべきだ」
「むぅ」
オレが制止すると、不服そうに頰を膨らませたものの、一旦落ち着いてくれた。
「それで、高円寺はオレの計画に協力してくれるんだな?」
「さっきからそう言っているじゃないか。この私が加われば、百人力は間違いない」
能力の観点からすれば、これ以上ないほど申し分ない。ただ、問題は
その条件を満たせば、高円寺を加えるのは大いにありだと思っている。
「高円寺、今回は真面目にやってくれるんだよな?」
「もちろんさ。綾小路ボーイに興味が湧いたからね。紙に書いた方がいいかい?」
「いや、そこまではしなくていい」
高円寺がそこまで言うなら必要はないだろう。それに、今ので十分言質はとった。
「では、私を加えるんだね?」
「ああ、よろしく」
「納得いきません……!」
あくまでも、決定権はオレにある。未だに不満げな坂柳はスルーすることにした。
「では、私はこれで失礼するよ」
「ああ」
暗がりの中、やけに輝いて見えた高円寺を見送った。
「いいんですか?あの男が真面目に取り組むところを見たことがないんですが」
「どうだろうな」
高円寺が仕事をしてくれるか、はっきりとした確証は持てていないのが現状。切り捨てたところで、いつも通りの唯我独尊を貫くだろうし、あまり害はないように思える。
オレが高円寺を取ったのは、仕事してくれた時のメリットに大きな価値を見出しているからだ。
「寒くなってきたし、そろそろ行こうか」
「そうですね」
手応えのある一日だった、そう思った。
******
翌日、オレは昼からいつものグループでボウリングに行く約束をしていた。
彼らはあの写真を見てもあまり動じていなかった。
クラスメイトがああして反感を抱いていたのは、実はオレのことをあまり知らなかったからなのかもしれない。
しかし、それは憶測に過ぎず、あの日の事実は覆らない。だから、オレの取るべき行動も覆ることはないのだ。
「清隆、おはよう」
「おはよう、早いな」
集合時刻より15分ほど早く着いたのだが、そのオレよりも先に啓誠が来ていた。ボウリングに行くことを決定した時は一番乗り気ではなかったはずだが。
「他はまだ来てないのか?」
「ああ。だが、もうすぐ来るとは聞いている」
建物の屋根のひさしに入り、残りを待つこと3分。明人と波瑠加、愛里がやってきた。
「おはよう!……あれ?ゆきむー来るの早くない?」
「ほんとだ。この前はあれだけ嫌がっていたのにな」
「集合時間に遅れたら迷惑だろ。だから早く来たんだ」
「あー、ゆきむー顔真っ赤だ!」
「ほっとけ」
そんな会話を横目に、施設内に入っていく。至る所からピンの倒れる快音が響いてくる。
シューズを借りて指定されたレーンに向かうと、それぞれ球を手に取っていよいよ開始。
一番目は明人。一投目で7本倒し、スペアのチャンス。残りも比較的右側に固まっていて、狙いやすい位置だ。
投げた球はピンの方へ一直線。しかし、若干内側な気がするが……
「あー、一本残しか!」
「惜しかったね!」
「次はうまくいくと思うよ……」
しかし、なかなかの腕前であることは確かだ。弓道部だからか、集中力や腕力は秀でているのだろう。
二番目は愛里。運動は苦手だが、転んだりしないだろうか。
「わわっ!?」
投げたタイミングで滑って転んでしまい、ゆっくりとしたスピードでガーターへ一直線。
「愛里、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ。ありがとう、清隆くん」
「力まず落ち着いて投げてみたらどうだ?真っ直ぐ投げることだけ意識すればいい。ピンは当たればいくつか倒れるからな」
「うん!ありがとう……!」
オレのアドバイスのおかげか、二投目はガーターに落ちることなくピンに当たり、5本倒れた。
愛里は真っ先にオレのところに来て、目をキラキラさせてぴょんぴょん跳ねて全力で喜びをアピールしていた。
「やったよ、清隆くん……!」
「おめでとう。その調子で頑張れ」
「うんっ!」
次はオレ。そう思って席を立った。が──
「きよぽん愛里ちゃんと仲良いね。もしかして
「そそそ、そんなことないよ!」
「ああ」
そう否定したはいいものの、愛里が顔を真っ赤にして胸の前で手を振り、慌てた様子で否定したからか、波瑠加がそれに目を光らせて愛里へ迫る。
「何か隠してるんじゃないの?」
「べ、別にそんなことはないよ……!私が清隆くんとなんて……」
「本当に?愛里かわいいんだし、いいもの持ってるんだから、もっと自信もちなよ」
「う、うん……」
今のは聞かなかった方が良かったかもしれない。……男として。
場が一旦落ち着いたところで、改めてオレの番。腕をリラックスさせ、
理想のコースより少し左にずれて進み、2本残しで一投目を終える。
「きよぽん上手くない?」
「そうか?」
「もう少しでストライクだったじゃないか」
二投目はピンを掠れて一本も倒れず、8本止まり。
「あちゃー、惜しかったね」
「もう少しだったな」
「清隆くん、次は上手くいくよ」
「ああ、ありがとう」
四番目は啓誠。こちらも運動は苦手だが……
勢いよく助走をとり、そのままの勢いでレーンに突入、案の定滑って転倒。これには苦笑いするしかない。しかも、球が離れていない。
「そんなに助走はとらなくてもいいんじゃないか?」
「で、でもそっちの方が勢いが──」
「その勢いのせいで自滅してるじゃないか」
「うっ」
「ゆきむー、もっと力抜いて投げるといいよ」
「わ、分かった」
二投目。さっきよりも短めの助走から球が放たれ、転ぶことも無かった。
ただ──問題の球はガーターに一直線。残念な結果となった。
「くそっ、なぜ真っ直ぐ行かないんだ!」
「もう少し手元を見て真っ直ぐ方がいいんじゃないか?」
「みやっちの言う通りだと思うよ。投げた時に手が曲がってると、すぐに落ちちゃうからね」
「わ、分かった……」
「ゆきむー、次は私の番だから、よく見といてよ」
ボウリング経験者だという波瑠加の一投目。本人の言ったように真っ直ぐ押し出し、その通り球も真っ直ぐ進む。
プロは曲げているのだが、オレたちがそこを目指す必要はない。ガーターに落ちないように真っ直ぐ投げれれば十分だ。
「どう?ゆきむー」
「なるほど。次からは意識してみる」
一投目で8本倒した波瑠加は、二投目でスペアを獲得、まだ一巡目だがトップは波瑠加となった。
その後、ボウリングは2ゲーム目に突入し、それも終盤に差し掛かっていた。
啓誠や愛里は息が上がり始めていたが、特に波瑠加は元気そうだ。
啓誠が
「そういえば、この間は大丈夫だったのか?清隆」
「あー、須藤くんがきよぽんを平手打ちしたとか聞いたよ」
「ええっ!?」
「それなりには痛かったが、もう大丈夫だ」
流石に須藤の平手打ちだ。軽井沢には見栄を張ったが、実際結構痛かった。
だが、あいつがしてきた仕打ちに比べれば幾分マシだ。
「それと、何やら裏で行動を起こしているらしいが」
「え?なにそれ気になる教えて!」
ボウリング場は周りの音が大きい。公衆の場とはいえ今は人も減ってきているので、話をしても問題はないだろう。
「正直、今のクラスについてどう思っている?」
「どう、とは?」
明人がイマイチピンと来ないのか、オレに聞き返す。説明が悪かっただろうか。
「今のクラスにどんな印象を持っているか、ということだ」
「なるほどな、ありがとう」
今まで少しずつ確実に成長してきた。
もしかしたら、平田も変われていないのかもしれない。大衆の味方につき、自らの安全を守る。中学生のあの時と取っている行動は同じ。だから、また後悔する。
しばらくして最初に口を開いたのは、波瑠加だった。
「私は、ちょっと残念かな。せっかく、須藤くんは手を出さなくなったと思ったのに。でも、またきよぽんに暴力を振るったんでしょ?ちょっと許せないかなー。それに、他の子も須藤くんに乗っかったわけだし」
「俺も、悲しかった。あの写真だけでそこまで妄想を広げるのは違うと思うし、あそこまで酷い仕打ちをする必要はなかったはずだ」
明人も続いた。目を伏せて語るその姿には、憤りが滲み出ていた。
「わ、私も悲しい、な。清隆くんはいつもすごく頑張っていたから──それだけで酷いことをするのは……」
愛里は、涙を浮かべて言葉を振り絞った。
性格上、そういうことを口にするのに大きな勇気が必要だったのだろう。
「俺も納得がいかない。清隆がそんなことするはずないだろ」
俺が坂柳と密通していた──あの写真からそう取られたらしい。
しかし、そんな証拠はどこにもない。明人言う通り、あれはクラスメイトの思いよがりだけで起こったことだ。
だからこそオレも、みんなも失望したのだ。だからオレは、新しいクラスを作り、徹底的に叩き潰す。
本当の強者というものを知らしめるのだ。
「そこでオレからの提案だ。オレが今裏で行動を起こしているというのは、新しいクラスを作るために人を集めているというものだ。だから、みんなもそっちに入らないか?」
「俺は賛成だ。あんな奴らと一緒にいようとはもう思えない」
「きよぽんグループも失くしたくないしね」
「俺も賛成だ」
「私も……いいと思うな」
みんな賛成の意を示した。なら、決定だろう。だが、
「ちなみに、他は誰がいるんだ?」
「うちのクラスからは堀北、軽井沢、高円寺。あとはAクラスから坂柳と神室、橋下、葛城だ」
「うわぁ、なかなかすごいメンバーだ……」
「お前いつの間にそんな繋がり作ってたんだよ」
「まあ、いつの間にか、な」
これで12人。予定ではあるが、Cクラスも加えると最大で17人といったところか。20人に届かないのは少々不安だが、個々の能力を見れば何ら問題はないはずだ。
「オレからの話は以上だ。まだ三巡残ってるんだし、気持ちを切り替えて楽しもうか」
「そうだねー。きよぽん、本気出すんでしょ?」
「……あんまり見られたくないんだが」
「そんなに人いないんだしいいじゃん!」
「……はぁ、ちょっとだけだぞ」
この後、残り全てを一発ストライクに沈め、逆転勝ちをした。みんなが引いていた気がするのは気のせいだと思いたい。
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終わらない駆け引き
想像以上にこの小説が人気で驚いています。
でも、もっと感想ちょうだい(涙目)感想って意外とモチベ上がるんですよ?
さて、今回で長ったるかったメンバー集めは終わり、月城との交渉も今回で終わらせてしまいます。
文字数が少なく淡白に感じるかもしれませんが、これが私の限界でした。
8/19:不足していた情報があったので、補足しました。
3月ももうすぐ終わりを告げる。いよいよ3年生がこの学校を去る時が近づく。そして、オレたちが進級すると同時に新1年生が入学する。
一体、3年生たちはどんな心情でいるのだろうか。Aクラスで無事卒業できてホッとしているのかもしれないし、確実に進学・就職する権利を手に出来ず悔やんでいるかもしれない。
オレたちが卒業するときには、何が見えているのだろうか。
あれから2日経ち、オレたちは春休みの真っ只中にいる。外を出歩けば、私服姿の生徒が目立つ。
休みなのをいいことに、毎日娯楽に興じて散財するのだろう。
そして午後8時、オレは公園にある人達を呼び出していた。
奥にいくつかの人影を発見した。それはオレの方へ歩み寄ってくる。
「来てやったぞ、綾小路」
龍園翔が、いつものメンバーを引き連れてやって来た。オレがそう指示したのだ。龍園の背後にはアルベルト、石崎、伊吹、椎名の4人。
それぞれ個性は強いが、十分に使い道のある顔ぶれだ。
「で、話ってのは何だ。長居したくないんだが」
3月の夜の空気はまだ冷たく、昼の服装のままでくると肌寒さを感じる。
「分かった。じゃあ、お前たちは今回の件、どこまで知っている?」
「綾小路くんが須藤くんに殴られた、と聞きましたよ?」
「俺もそんなもんだ」
5人が賛同を示す。だが、やはりオレが新しいクラスを作ろうとしていることは知らない。
昨日啓誠から話を切り出したのは、オレが事前にそう伝えたからであり、易々と外部に知れ渡らないようには気をつけている。
高円寺には、軽井沢に吹き込んでもらった。
あの日の夜、まず軽井沢に計画を伝えた。そして高円寺に接触し、情報を伝えるように言った。
だから昨日高円寺は現れ、オレたちに接触してきた。
堀北とあれだけ早く接触したことだけが、嬉しい誤算だった。
他は概ね順調だ。
だから、龍園たちが知らないことは必然であり、オレがそう聞いたのは確認のためだ。
「そうか……なら、
「おい、何だあの話ってのは」
オレがなかなか話を進めないからか、少しばかり苛立ちを覚えている様子。
ただ、オレにとっては必要な会話だ。
「オレが新しいクラスを作ろうとしている話のことだ」
「……クク、クククッ、綾小路、お前面白いことするな」
龍園は高笑いをしていたが、椎名以外は唖然とした表情をしている。椎名は相変わらずの表情だった。
「綾小路くんがそんなことをするとは。私もちょっと驚きです」
だが、内心では驚いていたらしい。
今まで目立った行動を起こしてこなかっただけに、驚くというのは無理もないのだろう。
「……だが、今更なんだ? 俺はもう身を引いたんだ」
「だからこそだ。はっきり言うが、お前は今Cクラスではお荷物状態だろ?」
「おい、綾小路!」
「落ち着け石崎。綾小路は何も間違ったことを言っていない」
「龍園さん……!」
声を荒げる石崎を龍園が制する。あまり龍園を貶しすぎると、周りからの反発を買って交渉に支障が出る。不注意な発言は大きな命取りになってしまう。言葉選びは慎重に
「その龍園を新しいクラスに引き入れようってこと?」
「まあ、端的に言えばそういうことだ。今のCクラスは宝の持ち腐れのような状況になっているからな」
龍園は能力だけ見れば運動面において十分に高いものがある。須藤よりも高いだろうし、悪知恵はよく働く、工作員のように使うのもアリだ。
一人で難しいなら、石崎やアルベルト、伊吹らを使えばいい。
「オレのクラスに来れば邪魔者はほぼいなくなる。うちのクラスからはオレや堀北たちが抜けている。Bクラスは断念したが、Aクラスは坂柳、神室、橋下、葛城を引き抜いた。先導者が居なくなって混乱するだろうから、そこを狙って叩き潰せばそれでAクラスはどんどん落ちていくだろう」
「また龍園さんの活躍が見れるってことか!?」
「そういうことだ」
石崎は目を輝かせている。さっきの怒号から大きく手のひらを返してきた。
何とか好印象を持たせられたようで良かった。
「4月はcpが0だから多少節約は必要だが、その後は確実に増える」
特別試験で勝ちを積み重ねれば、意外と早くAクラスに昇格できるだろう。
Dクラスは300ちょっとだったが、このメンバーなら一年と少しで達成できるだろう。
それでも龍園は協力の姿勢を見せない。ならば、俺が取るべき手段はただ一つ。暴力だ。
「じゃあ、オレが勝ったらEクラスに入ってもらう。オレが負けたらこの話は無しだ」
「クク、いいだろう。あの日のリベンジが出来るってことだからな」
予想通り、龍園はオレの話に乗った。泥臭く勝ちを目指す龍園なら、乗ってくれるに違いないと見ていた。たとえ龍園が恐怖を知ろうが知らまいが、オレに復讐の炎を燃やしているのは想像に難くなかった。
「大丈夫なんですか、龍園さん!」
「黙ってろ、石崎」
以前、石崎やアルベルト、伊吹も束となってオレに戦いを挑んできたことがあった。結果は言わずもがなオレの勝ちだ。
それ故に、石崎はあの時のように龍園が痛めつけられるのを心配しているのだろう。
「止めた方がいいんじゃないの?」
「俺は決めてんだ。あの日俺に恐怖を植え付けた綾小路をボコボコにして鎖を断ち切ってやんだよ」
そう言うと同時に、龍園は一気に間合いを詰める。繰り出された拳を体を反らして回避する。そのままの勢いで飛んでくる蹴りも避ける。
オレにとっては遅い連撃だった。
「チッ、やっぱり不意打ちも通用しねえか」
「お前はそんなものか?」
「久々に燃えてんだ。こんなんじゃねえよ」
「怖くはないのか」
「ああ。全くな」
龍園は挑戦的な笑みを浮かべた。それだけの自信があれば少しは期待できるかもしれない。
オレは攻撃をすることなく守りに徹することにした。龍園という男の実力が知りたかったから。恐怖を知った龍園の実力が見たかったから。
だが、龍園の殴りや蹴りがオレに届くことはなかった。ホワイトルームに比べれば、アイス並みに甘い。
オレが攻撃しないことへの怒りからか、龍園の攻撃が少しずつ荒くなる。
拳を左手で受け止め、龍園は無防備となる。
「お前は相当な自信家らしいな」
あの時と同じように、胸ぐらを掴んでそう言う。
場所は違えど、構図は同じ。龍園の顔にはっきりと恐怖の色が見えた。
龍園は恐怖を感じたことがない、と言ったが、それは決して龍園が恐怖という感情を持ち合わせていないわけじゃない。今まで龍園が恐怖を感じるようなものに出会わなかっただけだ。
実は恐怖を植え付けるのは簡単だ。恐怖は生物が生き残ろうとする防衛本能の一つだからだ。
「そういえば、決着はどうやってつけようか。降参するまでか? それとも、どちらかの意識が刈り取られるまでか?」
過去の恐怖を引き摺り出し、更に追い討ちをかける。痛みを知っているからこそ、本能が後者を拒絶する。
それだけでも十分だが、右手を振り上げて更に恐怖を植え付ける。
そうすることで、オレに従いやすくなる。
「……分かった、俺の負けだ。お前の計画とやらに乗ってやる。ただし、お前がヘマしたら協力しねえからな」
「オレがヘマすることはまずない」
「なら、決まりだ」
これで龍園がオレのクラスに加わった。後ろの4人も概ね賛成のようだ。
暴力による支配。今まで龍園自信がやってきたことでオレに支配されることになろうとは思いもしなかっただろう。
「詳しいことはまた後日知らせる」
「分かった。寒いし俺はもう帰る。じゃあな」
龍園たちはにげるように先に帰っていった。しばらくしてオレも立ち上がる。
かなり先に、龍園たちが歩いているのが見えた。
その後ろをオレが歩いている。街灯に照らされた桜は、あの日よりも一層色づき、いよいよ満開を目前に控えていた。
ー▼△△▼ー
4月初旬、一通りメンバーを集め終えたオレは、諸々の準備をしてあの場所に来ていた。
出来れば顔を合わせたくないのだが、クラス設立にあたっては避けては通れない道だ。
コンコン、と扉をノックする。本当は蹴破って入りたいくらいだが、月城は理事長代理なので、それなりの礼節をもって向かわなければならない。
「入りなさい……って綾小路くんですか」
月城理事長代行は、柔和な笑みでオレを迎えた。だが、オレがその流れに乗るつもりはない。
あの対局を邪魔した代償は大きい。いつか、その口を黙らせる。そのために、今は耐え忍ばなければならない。
「今日は何の用ですか?」
「新しいクラスの設立に関する話だ」
「ほぉ、それはそれは。とても面白いことを言いだしますね」
子供の戯言だと認識していると取るべきか。
「これは、私への反抗、と捉えていいでしょうか」
「いや……少し違うな」
「では、誰に?」
「Dクラス──オレが所属しているクラスだ」
月城は、驚きもせずただ興味深そうにオレを見つめる。一体何を見ているのか。細いその目から読み取ることは難しい。
「しかし、ホワイトルーム出身の君が目立つ動きをするとは思わなかったですよ。そこは素直に感心です」
平穏な学校生活を送りたい。それだけの理由で、外部との接触を断てるこの学校を選んだ。
オレはもう、あそこに帰るつもりはさらさらない。誰にも縛られず、自由に生きていく。
それがオレの夢であり、目標だ。
「いいでしょう、承認します。目立つ行動をするということは、もう実力を隠すつもりはない、ということでしょう? 綾小路先生が育て上げた君の実力とやらを是非見てみたいですしね」
完全にオレを見くびっている。月城の実力が分からないので、どうかと言える訳ではないが。
「条件は……cp0、Eクラスからのスタート……では、1000万いただきましょう」
「分かった」
事前に集めた1000万pptを払う。もう少し高く設定するかと思ったが、案外安いものだ。
「何度も言うが、オレは戻るつもりはない」
「君がどう言おうとも、ホワイトルームに戻るという運命は変わりません。これ以上は君の大切な友人を巻き込むことになりますよ?」
オレは、それに返事することなく踵を返す。
オレに友人などいない。あるのは、
「オレに友人などいない。そこを間違えるな」
「その割には随分と親しくしているようですね?」
「オレの指示を通りやすくするためだ」
承認してくれただけで十分。こんなところに長居するつもりはない。
豪勢な扉を閉じ、視界から消した。
「──フッ」
部屋に漏れる乾いた笑いを聞くことはついになかった。
課題に追われているので、もしかしたら間隔空くかもです。ご了承ください。
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知らしめられた現実
クラス設立にあたって支払われたpptに関して、1000万です。編集しておきましたが、ここにも表記しておきます。大変申し訳ありません。
そして、日間ランキング13位ありがとうございます!
4月、始業式を迎えた日のDクラス。
最初に入ってきた生徒は、その机の少なさに疑問を抱いた。その後に続く生徒も、全く同じものを。
「ねえ平田くん、なんか机の数が少ないんだけど……」
「えっ!?」
入ってきた平田もその光景を目撃した。
机の数の減少。Dクラスはこの光景を一度だけ見たことがあった。それも、つい一月前のこと。十分に記憶に新しい出来事だ。
平田にとってそれは恐怖でしかなった。
「退学……とかじゃないよね」
しかし、退学にしては机の数が極端に減りすぎている。
「でも、春休みに事件ってなかったよね?」
「うん……自主退学ってわけでもなさそうだし……」
そこで須藤も教室に入ってくる。それを見た池が、須藤に話しかける。
「なあ健、なんか机少なくね?」
「何があったんだ?」
後から入ってきた生徒も、同じようなことを口にする。しかし、どうしても原因が分からない。
春休みに特別試験があるはずがない。Dクラスの誰かが事件を起こしたという話も聞かない。
「おい、これどういうことだ?」
「僕にも分からないよ。ただ、もしかしたら──」
「お前たち、席につけ」
平田が何か気づきかけたところで、茶柱の声が響いた。
茶柱は、全員が大人しく席に着いたのを確認するとこう問いかけた。
「お前たち、何か質問はあるか?」
それは当然目立つ空白のことだった。
池がまず手を挙げた。こういう時の行動力は比較的高い。
「センセー、なんか人少なくないですか?」
しかし、茶柱は何も答えない。原因は一つ。
新しいクラスの創設。そのメンバーの中心人物、綾小路のことだ。
茶柱がAクラスに昇格するために、もっとも頼りにしていた人物だった。しかし、その彼も当然ここにはいない。
「え?センセー、何かあったんですか?」
流石の池もこの状況のおかしさに気付き始めた。いつも大抵の質問に対し、冷静に答えてきた。しかし、今日はそれがない。苦虫を噛み潰したような表情で、目を伏せている。
続いて平田が代表して手を挙げた。最近、平田とともに活発に行動していた堀北の姿は、もうどこにもない。
「あの、今いない人はどこに行ったんですか?」
「……何を言っている?Dクラスはこれで全員だ」
ようやく答えたが、突きつけられた現実は非情なものだ。
「堀北さんや綾小路くん、幸村くん、軽井沢さんたちがいないのですが……」
平田の問いかけに、茶柱は黙り込む。
「退学とかではないですよね?」
その質問には、首を縦に振って肯定した。
「今いない生徒だが……」
遂に茶柱から口を開いた。
「新しいクラス、Eクラスに移動となった」
「──!?」
戦慄と同時に、あの日の情景がフラッシュバックする。
「そして、これがメンバー表だ」
「なんだよ……これ」
「坂柳さんもいる……」
「おい、龍園もいるじゃねえか!」
そして、激しく後悔する。
しかし、時すでに遅し。
ー▼△△▼ー
「おいどういうことだ綾小路!」
よく聞き覚えのある声で、よく聞き覚えのある台詞を聞いた。しかし、その声はどこか焦りを含んでいたように聞こえた。
始業式を終え、それぞれのクラスに戻った直後のことだった。
「どういうことも何もないだろ。お前たちがしたことを思い返せば、それが全てだ」
扉に目を向ければ、須藤や櫛田、池たちが見えた。
今では
「今のオレたちはcpを持っていない最弱だ。そんなやつにわざわざ構う必要はないだろ。帰ってくれ」
「お前には聞かなきゃいけねえことが山ほどあるんだよ!」
オレからは何も話すことないんだが。原因は自分自身にあるのだし、本人が一番よく分かっているはずだが。
「おい、愚痴愚痴うるせえぞ、雑魚が」
「あぁん!?」
「須藤くん、一度冷静になることをお勧めしますよ。無理かもしれませんが♪」
「お前ら……!」
龍園と坂柳が須藤を挑発する。
それによって、須藤は今にも殴りかからんとしている。相変わらず、沸点の低い男だ。
「まあ、せいぜい頑張って下さいね♪」
「お前──」
「あら、須藤くん。その手を下ろしたらどうかしら?」
「すずn──」
「名前で呼ばないで。吐き気がするわ」
毒舌割り増しの堀北が、須藤に立ちはだかって制止する。
しかし、一触即発の状況であることには変わらない。
しかし、須藤の大きな声のせいで、すでに注目を集めていることだろう。須藤はそれでも気づいていないのだから面白い。
「折角変わったと思ったのに残念ね」
「なっ──!?」
やはり堀北に弱いな、この男。
須藤は夏休み前から堀北に片思いし続けてきた。だからこそ、強く出られない。
時計の針が間もなく授業の開始を告げようとしている。オレは須藤の方へ歩み寄った。
「須藤、もうすぐ授業が始まる。帰ってくれ」
有無を言わさず扉を閉め、鍵をかけた。教師は前から入ってくるので、何も問題はない。
チャイムの音と同時に、教師が入室する。日本史担当の茶柱先生は、どこかいつもの冷静さを欠けているように見えた。
ー▼△△▼ー
始業式のため、午前中で授業は終わり。多くの生徒は食堂に向かう。Eクラス内でも、龍園たち元Cクラスの面々が既に向かっている。
「綾小路くん、私たちも行きましょう」
「ちょっと、坂柳さん!元々あたしと一緒に行くって約束してたんだけど!」
「あんた意外と人気じゃない」
「はぁ……」
右に坂柳、左に恵。どちらが一緒に行くかでも言い争っているらしいが、なぜそんなことをするか分からない。
「3人で行っちゃ駄目なのか?」
「何も分かってないわね……きょ、今日は坂柳さんが一緒に来るのを認めるけど、今度からはダメだからね!」
軽井沢がボソボソと何かを呟いていたが、オレには聞こえなかった。
坂柳は、余裕そうな笑みを浮かべて軽井沢に視線を向けている。
「では、今度からは先に予約しておくことにしましょう」
「ちょっ──!?清隆、明日からずっと一緒に行くわよ!」
「綾小路くん、軽井沢さんの言葉に耳を貸さないでください」
「だから二人ともオレで争うな……」
ここで争われると、この先が思いやられる。本当に、Eクラスはうまくいくのやら。
どちらにせよ、
相変わらず言い争いを続ける2人を連れて食堂に向かう。
ところどころに山菜定食を食べている人を見かけた。0pptなだけあって、美味しいとは言えない仕上がりになっている。
適当に注文して、偶然目の前で空いた席に座った。
「あれ、綾小路くんと軽井沢さん、坂柳さん」
「平田か」
「平田くん、こんにちは」
「何か用?」
一人で来ていたらしく、他のDクラスの生徒はどこにも見えない。
要件といえば、Eクラスに関しての話だろう。
「綾小路くん、どうしてEクラスなんて作ったのかな?」
「言わなくても理由は分かるだろ。あのことを忘れたとは言わせないぞ」
「……うん、ちゃんと覚えてるよ」
平田は目を伏せた。後悔が垣間見えるが、後悔した時にはもう遅い。後悔とは、失敗したことに気づいて初めて襲われる感情だからだ。
「よく考えれば、綾小路くんが勝手に情報を漏らすなんてこと、しないよね」
「そうだな」
「あの日はただの世間話をしていただけですから」
今更全ての過ちに気付いた平田は、急に頭を下げてきた。
許して欲しいのだろう。しかし、平田だけを許したところでやることはもう変えられない。
「平田くん、もう行って」
「──え?」
今まで黙っていた軽井沢が口を開いた。
「たとえ謝ったとしても、清隆を傷つけたことには変わりない。だから、謝っても無駄だってこと分かってるよね?」
「う、うん」
「平田くんは誰にでも優しい人だって思ってた。だから、あの日もみんなを止めてくれるって……そう思ってた。でも、止めてくれなかった……!それどころか、加担したよね!?分かってる!?」
「ご、ごめん……」
平田が謝っても、軽井沢の罵倒は止まらない。
今、この二人に食堂中の注目が集まっている。仮とはいえ、付き合っていた二人。平田はたくさんの女子から大きな人気を集めていた。それだけに、その事実は大きな話題となり、かなり広まっていた。
だから、その二人に溝が入っているのを目の当たりにして、その事実を無視できないのだ。
「もう平田くんと付き合うなんて無理。どっか行って」
「……ごめん」
平田はそれだけ言って、オレたちから離れていった。
「いいのか。平田は」
「いいわよ。幻滅したって感じ。それに、好きな人がいるし……」
「そうか」
確かにオレも平田がオレを切り捨てたのにはかなり幻滅した。
だから、オレが本当の勝者であると思い知らせるのだ。
オレの手で。はっきりと分からせる。自分自身が敗者であると思い知らせるために。
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圧倒的な力の差
Eクラスの初戦
UA数も10000を突破、ついに5桁に到達しました!お気に入りも間もなく400です。
目次を開いて察したかもしれませんが、今回より特別試験に突入します。綾小路無双が見たい方、もう間もなくで見られますので、後ちょっとだけ我慢してください。
中身はしょぼいかもしれませんが許してください。なんでもしますから!これでもめちゃめちゃ頭を使って考えたんです。
一年生の時は入学して間もなかったから、夏休みまで公式な特別試験が全くなかった。
しかし、二年生に上がればその制約は外れる。
「では、これから今年度最初の特別試験の説明を行います」
5月のゴールデンウィーク明け。去年の今頃は、cpを全て失って立て直そうと色々模索していた時期だった。
4月、特別試験がない中なんとか48cpを得ることに成功し、今回の試験に向かう。
「毎年2、3年生は各学年で球技大会を開催することになっています」
新たにオレたちの担任に指名された、杉本正志が淡々と説明を続ける。20代の若い男性教師で、メガネをかけ、知的な雰囲気を醸し出している。
「競技は、野球、サッカー、バスケットボールの3種目で、それぞれ総当たり戦となります」
配布された資料に目を通す。
種目は杉本先生の話にあった通りだ。ルールは簡単、試合に勝てば3ポイント、引き分けでお互いに1ポイント、負けは0ポイント。
終了時のポイントが同じだった場合、そのチーム同士の試合結果で判断する。それでも引き分けだった場合、野球、バスケは延長戦、サッカーはペナルティキック戦を行う。
総合で順位が同じだった場合、より順位の高い競技が多いクラスが高い順位となる。
勝ちは種目別優勝、総合優勝の二つがある。
種目別優勝は、名前の通りそれぞれの種目で最も勝ち点を得たクラスが選ばれる。
総合優勝は、3種目の合計ポイントが最も多いクラスが選ばれる。
「そして、この特別試験ではリーダーを決めてもらいます。リーダーは得るポイントが多くなりますが、負けた時のリスクも大きいです」
「と言いますと?」
「総合で最下位になってしまったクラスのリーダーは退学となります」
やはりか。月城の退学執念がここにも顕著に表れている。
しかし、これはまだ優しい方と見るべきなのだろう。本気でオレを退学させようとするならば、条件を厳しくするに違いない。あの日、オレの実力を見たいというような発言をしていたので、今回は緩めの設定にした、そう捉えるべきだ。
パンフレットを読み進めると、順位によって得られるppt、cpが書かれたページにたどり着いた。
種目別では、優勝すると50cpと10万ppt、2位は30cp5万ppt、3位はcpに変化はなく3万pptを得る。4位は-10cpで1万pptを得る。最下位は-30cpで、得られるpptはない。
総合では、優勝で100cpと20万ppt、2位は75cpと10万ppt、3位は50cpと5万ppt。4位は30cp3万ppt。最下位はcp、ppt共に変化はないが、リーダーが退学となってしまう。
リーダーは、退学というリスクを背負う代わりにpptが1.5倍になる。
そのため、最大で250cpとリーダーで75万ppt。万が一全て最下位となってしまうと、-90cpに加え、一人退学という大きな痛手を受けることになる。
全員が最低でも1種目に出場しなければならず、リーダーだけが全ての種目に出場できる。
つまり、原則一人あたり多くても2種目ということになる。
このメンバー表は明後日10日に発表され、それを見てメンバーの変更を行うことができる。
それで変更されたメンバーの発表は行われず、当日試合の時になって初めて分かる。直前の変更も可能なので、相手の意表をつくことができる。
「試験は2週間後の5月22日、23日に行われます。それまでにメンバーの割り振りをして、練習もある程度行っておくと良いでしょう」
それだけ言うと、杉本先生は早々に荷物をまとめて教室を出ていってしまった。
各競技の概要もこのパンフレットに書かれている。そこを読んでおけ、ということだろう。
茶柱先生よりも雑な気がしてならない。
「すいません。今回は参加できそうにありませんね」
「坂柳は仕方がない」
スポーツ系の特別試験なので、坂柳は参加不可能となる。おそらく、内容の説明を聞いている段階で全員が共通に認識していただろう。
野球は最低9人、サッカーは11人、バスケは5人。最低限必要な延べ人数は25人だ。
Eクラスは元の人数が少ないので、2種目出場する人が必然的に増える。
しかし、他のクラスはEクラスに比べて人数が多い。Bクラスに至っては、未だに40人を保っている。
人数が多い方が交代もでき、あまりスタミナを消費せず戦い続けられるだろう。
交代がメリットばかりというわけではないが。
「おい綾小路。さっさと決めるぞ」
「分かった」
このクラスの中心は当然オレだ。自らメンバーを集めたのだから、必然と言える。
「リーダーは正直誰でもいい。最下位で終わるつもりなどさらさらないからな。当然全勝をとる。だから、後で決めることにする」
リーダーはpptに困っている人が務めればいい。あくまでもこのクラスを動かすのはオレであり、リーダーはほぼ名前のみの状態になる。
「まず、2種目出る人を決める。延べ25人必要だから、坂柳抜きで16人。よって、最低9人は2種目出場しなければならない。3種目に出場したければ言ってくれ。他に誰もいなければそいつにリーダーをやってもらう」
運動の苦手な啓誠や愛里、椎名は1種目だけの方がいいだろう。
「2種目出たい人は手を挙げてくれ」
遠回しに運動神経のいい人は手を挙げろ、と言っているようなものだ。
男子を中心に、運動の出来る人が挙手する。
堀北、明人、高円寺、龍園、石崎、アルベルト、伊吹、橋下、葛城。そこにオレが入れば10人。
ホワイトボードに手を挙げた人の名前を書き込んでいく。
「これで、オレを含めて10人。他にいなければこれで決定にしていいな?」
「……私も二種目やるわ」
さっきから坂柳に指示されていたのか、神室も名乗りをあげた。これで11人。延べ27人となり、ベンチ枠は二人になった。リーダーも含めれば三人。
「んで、次は各競技のメンバー決めか」
全員出る必要がなかったら運動神経のいい人で固めれば良かったのだが、今回の特別試験は全員参加だ。啓誠にも、椎名にも、愛里にも参加してもらわなければならない。
そのため、その穴を上手く埋められる配置にしなければならない。
例えば野球。せめて塁の間はノーバンで安定した送球が出来なければ、勝つことは難しい。
フライやバウンドする球は、少なくとも正面からのものは100%取れるくらいの水準が欲しい。
これは、各ポジションの距離が非常に離れていることに起因する。
サッカーやバスケは比較的距離が近く、野球に比べてフォローが簡単だ。その分、フォローする人には体力が求められる。
それでも、3種目偏りなく振り分けなければならない。
「なるべく野球には運動が出来る人を配置したい。取り敢えず希望を聞くから挙手してくれ」
ちらほらと手が挙がる。しかし、どう見ても9人に足りていない。
あと……3人か。オレが入ってもあと2人。
「他にいないか?」
オレがそう聞くと、しばらくして3人の手が挙がった。
これで野球は決定でいいだろう。全部決めたあとまだ余裕があるなら追加で入れればいい。
その後もそんな感じで進み、無事この時間内に決めきることが出来た。
野球は恵、堀北、波瑠加、明人、石崎、龍園、椎名、橋下、葛城の9人。
サッカーはオレ、堀北、啓誠、明人、愛里、高円寺、龍園、アルベルト、伊吹、神室、橋下、葛城の12人。
バスケはオレ、高円寺、アルベルト、石崎、伊吹、神室の6人。
これでちょうどだ。あとはリーダーを決めるだけ。そのリーダーが他の競技に参加することも十分ありだ。
「最後に聞くが、リーダーを務めたい人はいるか?いなければオレがやるが」
誰も手を挙げない。流石に、退学というリスクが行く手を阻んだか。
こうなると、自動的にオレがリーダーということになる。
現時点でオレはまだ野球には参加していないが、人数の都合上参加すべきだろう。
「じゃあオレがリーダーを務める。オレは野球にも参加するから10人になる」
上手く全種目に交代がいる構図を作り出すことに成功した。
これで、誰かが怪我した時の心配は問題ない。
「それで、偽のメンバー表はどうするんだい?綾小路ボーイ」
「一応作るが、人数が少ないからあまり役に立たないだろうな」
人数が多ければ多いほど、組み合わせは増える。
逆に言えば、人数の少ないオレたちは工作が出来ないということになる。
敢えてそのままで行って裏の裏をかく方法もある。
「とりあえずそのまま書いておいて、後から変えたいところを変えればいいでしょう。もう時間ですし」
坂柳の言葉通り、ちょうどチャイムが鳴った。
杉本先生は一度帰ってきたが、挨拶だけしてまた引き返していった。
特別試験まで残り14日。絶望へのカウントダウンは始まっている。
感想もっとほしいなぁ......
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彼らの懇願の行く先は
無事、再開にこぎつけることができて嬉しいです。
リメイク前を閲覧してくださった皆様へ、2章に関しては、構成をガラッと変えています。その辺りご了承ください。1章のリメイクはこれから少しずつ行っていきます。
ゴールデンウィークという大型連休明け直後の特別試験というものは、学生たちに大きな影響を与えているようだ。あちこちから2年生の項垂れる声が耳に飛び込んでくる。
そんな場所から離れて、オレは一人帰宅路を進んでいた。道のりに生える桜並木からはすっかり桃色は消え去っている。代わりに少しずつ緑が勢力を広げていて、これから夏へ向かっていくのだと思い知らされる。
太陽も熱を帯び始めている。それはまるで、もうすぐ今年度最初の特別試験が行われようとしているオレたちのようだ。
周りに人はおらず、葉の揺れる音だけが反響している。
カサカサという音だけが覇権を握り、ステージを独占している。
しかし、そこに割り込んでくる音があった。
背後から規則正しい靴の音が近づいてくる。とても小さいが、意識し出すとそれは耳から離れることなく張り付いてくる。
やがて、オレを追いかけてきた平田が隣に並んだ。
「やあ、綾小路くん」
「ああ」
口調こそいつも通りだったが、確実に敵対心が滲み出ていた。
「綾小路くんはやっぱり戻るつもりはないんだね」
「ああ」
呼吸を音にしただけの、不真面目な声で返事をする。
今更戻るなどバカバカしい限りだ。
「……どうしてこうなってしまったんだろうね」
「……」
隣の平田は、地を見つめて沈んだ声で話し続ける。
「あの時から、何も変わってない。壊しちゃいけないものばかり壊し続けて、何も守れていない」
ふっと笑いを零すと、オレの方へ視線を向けた。いつもの爽やかな面影はどこにもなく、自虐的な笑みを浮かべている。
「……僕はどうすればいいんだろうね」
「さあ。それを考えるんじゃないのか」
「そうだね……」
平田はオレに助けを乞うた。
しかし、それを敢えて突き放した。もう同じクラスではない。ならば、助ける義理はどこにもない。
冷たく突き放して、オレへの
「いつまでもオレや堀北に頼っていると、すぐに0になるぞ」
「うん、分かってる」
平田は天を仰ぐ。そこに滲む表情は、夕陽に阻害されて覗くことができない。
「今、Dクラスはかなり荒れてるんだ」
「具体的には?」
「入学してすぐくらいかな。cpがそんなに減っていないのは、やっぱり去年は特別試験の一環だったからかもしれないね」
「……相当荒れてるな」
想像以上に酷い。ただの自滅だというのに、何を自暴自棄になる必要があるというのだ。自業自得だ。
行き場のない怒りを散布させたところで、士気が上がるはずがない。ただの悪循環にしかならない。
初めの頃は、須藤や櫛田らがわざわざEクラスに乗り込んでくることが何度もあった。
その度にアルベルトや龍園につまみ出してもらっていたので、特に気にすることはなかったが。
「須藤くんが特別試験で目にもの言わせてやろうって躍起になってるけど、あまり効果はないみたいだし」
「そりゃそうだろうな」
以前の須藤といえば、すぐに手を上げる、遅刻と居眠りの常習犯のイメージだ。そんな奴が急に本気になったところで、みんなが大人しく従うはずがない。
今の須藤には、本気の戦いをする資格すらないのだ。
「櫛田さんも、前みたいに活発に動いてくれないし……」
「それは意外だな」
櫛田は、こういう時こそ自ら先導してオレたちを退学に追い込もうとするものだと思っていた。メンバーを知って、諦めたのか?
「もう、Dクラスは終わりなのかな……」
オレは何か言う事をせず、平田の隣を歩き続けた。
平田が終わりだと思えばDクラスは終わる。平田が諦めなければまだチャンスはある。
「Dクラスの行く先は、一人一人の努力次第だ」
「そうだね……」
寮に着く直前、オレは平田にそう声をかけた。
言おうか言わまいか、少し迷った。言わなければ、平田の予想通り没落する一方だろう。
しかし、それでは手応えがない。死体蹴りほどつまらない蹂躙はない。
「オレはもう少し後に戻る」
「うん。僕は先に行くよ」
「ああ、じゃあな」
「うん」
矮小な背中を見送ると、オレは踵を返し、備え付けのベンチに腰掛ける。
涼しい夜風に吹かれながら待つ事数分、桃色がかった髪を揺らし、少女は姿を現した。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「いや、そんなに待ってないから気にするな」
「なら良かった」
一之瀬はオレの隣に腰掛けると、大きく欠伸した。そして、消え入るような声で呟いた。
「……カップルみたいだ」
「……」
今のは……聞かなかった事にした方がいいだろうか。
「それで、話ってなんだ」
「ただの世間話だよ? Eクラスが出来たっていうね」
「それは世間話と言っていいのか?」
少なくとも、オレには事務的な会話に近い気がするんだけどな。
しかし、一之瀬はオレの疑問を他所に話を進める。
「さすがに、新しいクラスを作るなんて思いつかないよ」
一之瀬は苦笑いを浮かべた。
「やっぱり、綾小路くんには敵わないなぁ」
「オレはそんな大層な人間じゃないと思うぞ」
「ううん、綾小路くんは頭の回転が早いし、運動も出来る。私が勝てるところなんて、何一つないよ」
ロビー内は、いつの間にか帰ってきた学生がかなり数を増やしていた。しかし、一歩外に出れば、時々会話や足音が聞こえてくるものの、中に比べれば静かなことは明白だった。
Bクラスの生徒もいるらしく、通り過ぎるときにこちらに向かって手を振っては一之瀬は手を振り返していた。
「いや、少なくとも一之瀬のコミュニケーション能力には勝てないぞ」
「あはは、そうかな?」
「特に、オレは世間話とか苦手だからな」
「神崎くんもよく言ってる」
「そうなのか」
確かに神崎は活発に会話するようなタイプではない。どちらかといえば寡黙な方だ。
「ところでさ、綾小路くんは今度の球技大会について何か考えてたりしてる?」
「いや、全くだ。人数的にも、割り振りだけで一苦労だったんだ。これからも苦労が多そうだ」
他クラスの半分ほどしかいないEクラスは、こうやって不利になることが多々あるだろう。
それでも、オレの、オレたちの能力でねじ伏せる。
愚か者に見下される愚か者になりたくはない。急な手のひら返しだが、あの事件はそれくらいオレへの影響が大きかったということだ。
「少なくとも、オレ以外の奴らがやってくれるさ」
「でも、綾小路くんも真剣にやるんだよね?」
「……さあな」
言葉を濁して答える。
「まあ、それなりにはやるさ」
本気を出すこと。それは自分の限界を晒すことである。それは、弱点を見せびらかすことと同等だ。
「私たちだって、負けるつもりはないよ」
「いい戦いができるといいな」
「そうだね」
一之瀬の視線は、ずっと青から赤へ、そして黒く染まり行く空へむけられていた
一之瀬が何を見ているかは、どう頑張っても分かりそうになかった。
ふと、何かが触れる感覚を覚えた。
隣に目をやると、さっきよりも距離を詰めた一之瀬がいた。
「近いな……」
「うん、近いね」
一之瀬は僅かに頰を朱に染め、じっとオレを見つめてくる。
「綾小路くんって……好きな子とかいるの?」
「いないな」
若干顔を俯かせながら、一之瀬はそう尋ねた。
そもそも、人を好きになるという感覚すら分からない。
笑うという感情すらまともに理解できないオレに、そんな高度なものが分かるはずがなかった。
「そうなんだ」
一之瀬はふっと笑った。それは、どこか安心したようにも見えた。
「Eクラスに負けるつもりはないからね」
「オレたちも負けるつもりは毛頭ないぞ」
こんなところで負けていては、真の平穏など手に入れることができないのだから。
「じゃ、私は行くね」
「オレも行くか」
共に、エレベーターで目的の階を目指す。
先にオレの部屋がある4階に着いた。
「おやすみ」
「うん、またね綾小路くんっ!」
「ああ」
オレに向かって手を振る一之瀬はどこか脆く、危なっかしい。
オレが女心とやらを理解できるはずもない。
扉は無情に閉ざされた。
ー▼△△▼ー
授業はとても退屈だ。それでも、体裁では真面目に授業を受けていなければいけないのだから、余計たちが悪い。
相変わらず隣人の堀北は、ホワイトボードとノートを何度も行ったり来たりして忙しなく板書をしていた。
「はぁ……」
「随分と重苦しいため息ね」
「既に知っている事を教えてもらってもな……」
「そう。それなら復習という意味で真面目に先生の話を聞けばいいじゃない」
それは一理ある。再びホワイトボードとノートとにらめっこを始めた堀北を横目に、オレの持つ知識と照らし合わせながら話を聞くことにした。
……飽きる。それは何ら面白みのない事だった。オレの知らない知識は、高校程度ではあるはずもなかった。
それ故に、先の展開が読めてしまうのだ。ミステリー小説なんかがいい例だろう。先に犯人や事の顛末を教えられてしまっては、面白みは皆無だ。
ぼーっと話を右から左へ聞き流しながら、退屈すぎる日々の授業をこなしていった。
窓の外に目を向ければ、どこまでも広がる青い空が見える。
それなのに、オレが生きる世界はどうしてこんなにも狭苦しいのだろう。
そして、卒業後に思考が移る。
誰にも縛られず、自らの意思でやりたい事をやりたい。オレの人生は常に誰かに縛られて来た。父親と、そしてこの学校。
その自由を手に入れるためにも、オレは勝たなくてはならないのだ。
勝たなくてはならない、必ず。
もうすぐよう実11.5巻が発売されますね。前期末試験の真っ最中ですが、そんなものは御構い無しに下校の時に近くの書店で買います。
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近づく時
全然ランキング上位に入らないと思った矢先に入ってくるってどういうことですかね(困惑)
特別試験1週間前の土曜日。相変わらずカラッとした気候が続き、とても過ごしやすい。
そんな中、オレは野球に出場するメンバーと共にバッティングセンターに来ていた。
「球をよく見ろ」
「そ、そんな事言われても……っ!」
恵が振ったバットは、またしても虚空を切った。
「こんなの怖すぎて無理!」
「じゃあ、少し速度を落とすか」
野球部がピッチャーに来ることも想定し、130km/sでバッティング練習をしていたのだが、目を瞑ってしまいなかなか当たらない。
やはり、まずはボールに慣れさせるしかない。
どのくらいの速度がいいのか、端末を使って調べてみる。
……120でも早い方なのか。高校生の平均がおおよそ115。多少早く見積もっても、130に届く可能性は低いか?
「まず100にするから、しっかり芯を捉えられるようにしてくれ」
「ん」
「それと、最初の方は無理に振らなくていい。球をよく見て感覚を掴むんだ」
球が射出される。さっきの130に比べれば、目でわかるほど遅い。
2、3球見逃した後、恵に振るように指示を送る。
すると、5球ほどして芯にではないが当たるようになった。
「やった、当たったよ清隆!」
「ああ、その調子だ」
しかし、隣では男組がどんどん打ち返している。
あそこまでは求めないが、一回でもヒットを放ってほしいものだ。
「芯に当たるようになったら少しずつ速度を上げる。最終的には130まで持っていきたいな」
「おっけー!」
恵は大丈夫そうか。そう思い、隣のレーンで空振りまくっている椎名の方へ向かう。
「綾小路くん、どうしたら当たるんですか……?」
椎名も球に日和って目を瞑り、空振っていた。
「まずはよく球を見ろ。打たなくていい。それでタイミングを覚える。そしてその後、バットを振って当たるようになったら球速を上げる。最初からできるやつなんてそういない。練習すれば、自然と当たるようになったなるさ」
「はい」
椎名は優しく微笑んだ。そして、何度も流れ行く球を凝視し、何球かした後構えた。
そして──
「綾小路くん、打てません……」
またしても空振りだった。
「こればっかりは何度も練習して慣れろとしか言いようがないな」
「分かりました。頑張ります!」
椎名は胸の前で小さく握りこぶしを作ると、力強く宣言した。
「応援してるぞ」
「はいっ!」
椎名は嬉々とした表情で返事をすると、真剣な表情に早変わりさせてバットを構えた。
その表情は読書の時に似ており、邪魔してはいけないと思ってその場を離れることにした。
ダメそうだったらまた来ればいい。
奥で快調に球を打ち返す男たちの方が気になり、その方へ歩いていく。
「綾小路は練習しなくていいのか?」
「あとでやっておくさ。今はそれよりあっちの指導をしなければならないからな」
葛城は汗を滴らせながら、俺との会話に興じていた、
ふと声がしたのでその方を見れば、明人と橋下が何やら話をしていた。
険悪そうな雰囲気はないので、教えあっているのかただの雑談をしているのかどちらかだろう。
2月だったか、一之瀬が坂柳に狙われた時、神崎と橋下が睨み合いをしていた時に明人は仲裁に入っていた。それが尾を引いていないか心配だったが、そういう様子は見受けられない。
「綾小路も打ってったらどうだ? 気を休めるのも大事だぞ」
「……そうだな」
橋下に促され、場所を代わってもらう。球速は140でいいだろう。
少なくとも初級者用の速度ではない。
「おー」
金属バットが球の芯を捉える音とともに球はネットに一直線。
橋下が歓声をあげる。
「上手いな、綾小路」
「昔結構やってたからな」
昔少しやっただけだったけどな。色々なことをやるうちに、感覚が鋭く磨かれていったようだ。
おそらく高校生だとここまでの球速を投げる投手はそういない。いたとしても、その選手がこの学校に進学しているという噂も聞かない。
「確実に勝てる」
無意識のうちに、そんな弾んだ声を漏らしていた。しかし、誰かに聞こえることはなかった。隣の明人の快音でかき消されたからだ。
その後、何球か打ってその場を後にし、橋下と交代する。
そして、再び女子陣の方へ。
その中でも、堀北の技術はやはり頭一つ出ていた。
「好調のようだな」
「ええ」
堀北はポケットからハンカチを取り出し、汗を拭いながら答える。
「そろそろ休憩にしようかしら」
「その方がいいだろうな」
まだ5月だが、朝から照りつける太陽のせいで気温は30度に迫っていた。この時期としてはかなり気温が高く、しっかり水分を取らなければ脱水症状や熱中症になりかねない。
堀北が近くにあった自動販売機でスポーツドリンクを買うのを、時々聞こえる快音をバックに見つめていた。
今までは茶柱先生や堀北の圧もあり、
しかし、今回はオレが主導。これまでよりも気持ちがぐっと楽だ。いや、違う。結局Aクラスを目指すという構図はあまり変わっていない。
変わったのは、オレの心情だ。
自ら戦地に飛び込んでいく
オレに勝てるやつが現れるのが楽しみなのか、気兼ねなく本気で戦うことができるのが楽しみなのか。
自分で自分の感情をいまいち把握できていないが、今までにないほど胸が踊っていることだけははっきりと分かった。
「おまたせ」
堀北が小さな空間に入る。壁は透明で、外の様子を伺うことが出来る。
中は冷房が効いており、快適だ。
「堀北は後悔していないのか? Dクラスを裏切ったこと」
「……全く後悔していないわけじゃない。でも、私の目的はAクラスに上がることよ。こっちの方が確実だと思っただけ」
堀北がこの学校に進学したのも、Aクラスを目指すのも、全ては元生徒会長の堀北兄に追いつくため。
「ならいいけどな。何だかんだ言って最近はクラスメイトから信頼されてたろ?」
「そうね。でも、入学してすぐは私のことを毛嫌いしていたじゃない」
「それはお前が悪い」
結局人間はその程度でしかない。
自分の都合のいいように、それか周りに合わせて行動する。
かと言ってそいつが実はすごいやつだと知れば、今までのことはなかったかのように評価を180度転換させる。
「3年生になったら、お前を生徒会長にするか」
「なったとしても、兄さんには追いつけない」
堀北は目を伏せた。
確か、堀北兄は入学してすぐ書記に就任、そして次の選挙で上級生を抑えて会長に成り上がったらしい。
現時点で会長に就任していない時点で、既に遅れを取っていると思っているのだろうか。
それか、自分が不良品だと断言されたあの日からか。
「堀北はどうして兄にこだわるんだ?」
「兄さんが優秀だからよ」
堀北も十分優秀だと思うんだけどな。
「もしお前が兄に追いつけたとして。それからはどうするんだ?」
「それは……」
堀北が兄に追いつけない可能性は0ではない。
いまの堀北が見ているものは、身近な背中。その先が何も見えていない。
ホワイトルームからの脱出しか考えず、その先は何も考えていないオレも大して変わらないが。
「……とにかく、今は目の前の試験を乗り越えることが大事だ」
「……そうね」
今はまずAクラスを目指す。これからの話はそれからだ。
気休めも大事だが、それもほどほどにしないと。やるべきことが山積みだからな。
ー▼△△▼ー
豪華に彩られた部屋の中で、男はじっとモニターを見つめる。そして、時々口角を上げる。
「随分と楽しそうですね」
「ええ。彼の実力が見られるのですから」
男たちは画面に映る1人の少年をじっと見つめていた。
この映像は敷地内の随所に設置されている監視カメラの映像。
誰がどこにいるかなど、把握は容易だ。
「あの方が最高傑作だと言っていましたが、一体どの程度なのでしょうかね」
「さあ」
男は不敵な笑みを浮かべた。
「彼はまだ子供です。我々大人には敵いませんよ」
子供は大人の道具でしかない。子供とは、ただのモルモットだ。
「いつまでも天国を見させるわけにはいきませんからね」
男は柔和な笑みを浮かべながら、それでいてそこから出るとは到底思えない冷たい声音で言う。
「Aクラスに上がるのが先か、退学が先か。どちらでしょうか」
「退学の方が先でしょう」
男は即答した。
「子供が大人に勝てるはずがありませんので」
子供だから。男はそう何度も繰り返していた。
この世界は実力主義。平等などどこにもありはしない。
しかし、それが世界の真理だ。
間も無く、生きるか死ぬかの戦いが幕を開けようとしていた。
「せいぜい私を楽しませてくださいね、綾小路くん?」
部屋に男の高笑いが響いた。
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交錯する思惑
ここまで遅くなるとは思っていませんでした。日刊一位も既に1ヶ月半前の出来事。時が流れるのは早いですね。
次回はもう少し早く更新できたらいいなぁ。
6話に修正を加えました。時間があれば見直しついでに確認していただければ幸いです。
迎えた当日、オレ達は照りつける太陽の下改めて特別試験の概要を説明を聞いていた。
説明を続ける真嶋先生の額には既に汗がうっすらと浮かんでいて、5月なのにも関わらず異様な暑さであることをはっきりと物語っていた。
「──以上が今回の特別試験のルールだ。野球の第一試合はこの後1時間後の9時45分から開始だ。それまでに各クラスで準備運動をしておいた方がいいだろう」
以前聞いたことのある説明が続き、それで解散になった。
今日行われる種目は野球。5回で終わる事以外はルールに変更点はない。
各クラス集まって準備運動を始める。比較的リラックスしているようだが、こちらに向けられる視線は少なくなかった。
集まった顔触れや、異様な人数の少なさ。注目を集めるだけの理由は十分にあった。
オレは平穏な生活を送ろうと思っていただけなんだが、どうしてこうなってしまったのだろうか。
卒業したらまたあそこに戻る。今だけは大人しく俗世を楽しませて欲しいものだ。
クラスメイトと雑談を交わしながら、来るべき時に備えて入念に準備をする。
オレがここで生き残っていかなければならない以上、一回たりとも負けは許されない。
「綾小路くん」
声をかけてきたのは、坂柳だった。今後の月城対策において欠かせない人材の一人だ。
「綾小路くんの本気、楽しみにしていますよ」
「それなりには頑張るさ」
他クラスを見る限り、オレが100%を出す機会は多くないだろう。
出来れば過度に目立つのも避けたい。
「ところで、今回の試験で月城理事長代行はどう妨害してくると思いますか?」
「審判は学校側で用意するらしい。月城が付け入るのはそこしかないだろうな」
人間は自分に都合がいいと判断すれば、それがどれだけ間違っていようともそちらに転がってしまう都合のいい生き物だ。
月城が多額の資産を保持しているのは想像に難くない。審判員に賄賂でも渡せば完全に月城の傀儡と化す。
残念ながら、それに対抗する案が思い浮かばない。
生徒に対して平等に接することに定評のあるAクラス担任の真嶋先生は、それが仇となって交渉は難航するだろう。
たとえ月城がグレーラインを攻めてきたからと言ってオレもそれに倣うと後は月城の思うがまま。後ろ盾がない今、表立って月城への攻撃は仕掛けられない。
「私としても綾小路くんが退学となってしまうのは残念でなりません。綾小路くんはここで負けるとは思っていませんが……」
「オレだって退学するつもりはない。やっと手に入れたしばしの安寧なんだ。簡単にやらせはしない」
一年生にホワイトルームの刺客を送り込んでいるのは想像に難くない。
四方八方から狙われることに間違いはない。
だが、
静かな高校生活を送りたいはずだったのにこうなってしまったのは計算外だ。だからと言って今もそれを願って止まないのは事実。その為なら、しばしの間注目を集めてしまうのは仕方ない。そう割り切るしかなかった。
「そろそろだな」
初戦はオレたちは休み。他のクラスの偵察でもしながら適当に暇を潰せばいい。
「頑張ってくださいね、綾小路くん」
「ああ」
横を歩く坂柳と共に炎天下に繰り出す。戦いの舞台は整った。
さあ、始めよう。本気の戦いを。
ー▼△△▼ー
初戦のAクラス対Bクラスは、Bクラスが勝利した。
Bクラスは未だに誰も欠けていない。対するAクラスは、絶対的な指導者を失っている。どちらが優勢かなど明白だった。
一方のCクラス対DクラスはDクラスが接戦を制していた。
当初平田は雰囲気が最悪だと話していたが、何があったのかそれなりにまとまりを見せていた。
オレという共通の敵を作り上げたのだろうか。どちらにせよ、ボロボロの矢が何本集まったところで折れてしまうのだが。
そして2戦目。Eクラスの相手はAクラス。初戦を見る限り、一方的な展開になるだろう。
試合序盤からオレの予想は的中した。Aクラスの攻撃は何度かピンチを作ってしまうもなんとか0失点で抑え切った。
ライトにポジションを取ったオレの元に弾が飛んでくることは殆どなかった。
一方のオレたちの攻撃。堀北がヒットを放って出塁すると、それに続いて後続の明人と龍園が続けてヒット、ツーベースヒットを放ち先制。
オレが打席に立った時に見たAクラスの生徒は既に諦めの表情を浮かべていた。
だからと言って手を緩めるわけではない。緩いストレートを芯で捉え、高々と上がった打球はフェンスの奥へ消えて行った。
「すごいじゃん、清隆!」
「ああ」
ベンチに戻ったオレを恵が迎え入れた。その後も更に2点を追加し、初回に5点を先取。
その後も一方的な展開が続き、オレたちは無事勝利を収めた。
「まずは一勝ね」
「ああ。だが、オレたちが目指すのはあくまでも全勝だ。今の試合は勝って当たり前みたいなところがあったから、本番はこれからだろう」
Aクラスとはいえ、今の状態だとDクラス並みかもしれない。指導者の欠損は、それだけクラスに大きな影響を与えていたのだ。
「次はBクラスね。一番厄介じゃないかしら?」
「そうだな」
オレたちはそのまま連戦でBクラス戦に臨む。一之瀬が率い、Aクラスよりも団結力がある。その上、ここまで誰も欠けることがなかった唯一のクラスだ。
Aクラスよりは強敵であるが、力量はこちらの方が上。負ける要素はない。
オレの心配事が当たらなければ、確実に勝てる。
だが、そう簡単にことが運ぶはずもない。
「おい、今のアウトだろ!」
一回表、オレたちの守備での場面。セカンドからの送球を受けた龍園が審判に向かって吠えるのが確認できた。
遠く離れたオレの目でも、ファーストを守っていた龍園の方がBクラスの走者よりも先にミットに球を収めていたのを確認できた。足がベースから離れていた訳でもなかった。それなのにも関わらず、審判はセーフの判定を下した。ギリギリの判断ではあったが、アウトであることは間違いない。やはり、予想通り月城が介入している。
「龍園、落ち着け。ここで退場処分になったら元も子もないぞ」
「……チッ」
須藤に似た部分を感じるが、龍園の方が感情を抑え込めるのは上手いかもしれない。
それ以上に恐怖による支配が効いているのだろうが。龍園が暴れたら、また暴力で恐怖を植え付け直せばいい。それを繰り返せば、見事なポーンの完成だ。
所々に審判の誤審と思われる判定が入ったものの、無事に無失点で乗り切った。
「何だよあの無能審判」
龍園が不快を露わにする。まだ一回表、それなのにこの誤審の多さ。ただの球技大会にそこまでを求めるのは違うかもしれない。だが、オレの退学とクラスポイントがかかっている以上、一般的な学校の球技大会よりも審判の重要性は増す。
それなのにも関わらず誤審の数は異常だった。
「まあ落ち着け。怒りはバッターボックスに立ってからぶつけてくれ」
ここで騒いだところで、どうしようもない。試合途中に審判を変更することはできないだろうし、そもそも月城が最低限しか用意していない可能性が高い。見る限り、審判はそれなりに経験を積んだ人が務めている。学校の教師では代わりにはなれない。
オレたちは不利な状況で勝たなければならないのだ。
「やはり月城理事長代行は妨害してきているようですね」
「ああ。厄介極まりないな」
金属バットが高い音を響かせる。球はセカンドの頭上を通過していった。
「だからと言って負ける理由にはならない。これは想定内だからな」
明人がバッターボックスに立つ。ここで出塁すればチャンスとなる。
「そうですね。リスクを負った妨害をしてこなければ、の話ですが」
「……あの男に早く連れ戻すように指示されているならやりかねないな」
それにオレが乗った瞬間、退学の条件が揃ってしまう。乗らなくても危機的状況に追い込まれることには変わりない。
そのためには、ここでの優勝が鍵となる。
「ストライク!」
明人がベンチに戻ってくる。悔しさと怒りが混じった表情をしている。
「審判の判定おかしくないか?」
「クク、鈴音は出塁してるじゃねえか。お前の方が下手だけだったってことだろ」
「……かもな」
バットを担ぎ、揚々とバッターボックスへ向かう龍園。ある程度感情のコントロールは出来ているようだ。
「次はあんただっけ?」
「ああ」
3球目、龍園がストレートを捉えた。高々と上がった球はフェンスを越えていった。さっきの怒りをうまくぶつけられたようだ。
「ナイスホームラン」
グラウンド上ですれ違った龍園にそう声をかけたが、何も言わずにベンチに腰を下ろしてしまった。
ピッチャーの方を一度見る。恐らく球速はストレートが130ちょっと。変化球はカーブとシュート。名前は知らないが、野球部であることには間違い無いだろう。
……遅い。
投げられた球を見てそう思った。ストレートなのに、こんなに遅いものなのだろうか?
「……なっ!?」
初球を芯で捉えた。当然、ホームランだ。ランニングでベースを周る。
「綾小路くんすごいね!」
「ああ」
サードのポジションについていた一之瀬に声をかけられた。
最後のストレートもジョギングで進み、ホームベースを踏む。
「あんた本当に何者なの……?」
恵に呆れ顔で言われた。
「流石ですね、綾小路くん」
「私にはあなたの実力の底が見えないわ……」
坂柳にも、堀北にもそう言われた。
それ以外にもオレを褒める言葉が何度も聞こえてきた。
ホワイトルームでは
ホワイトルームは、内装が白いだけではなかった。人の内面まで全て真っ白だった。
褒められると言うこと自体が初めてに等しい。それに対して心の何処かで
真っ白なキャンパスに極僅かながら色が塗られた気がした。
「清隆、行ってくる」
「ああ、頑張れ」
5番の葛城がヒットを放ち、順番は恵へ。
オレの心に巣食う白は何重にも塗り固められている。黒にも染まらないほどの、分厚い白。
けいはどんな気持ちであそこに立っているのだろうか。そう思いかけたところで、そんなことはどうでもいい、と思考を中断させる。今一番大事なのは月城を排除する方法なのだから。
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