最後のボーダー (初音MkIII)
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第1話 序章①

ハーメルンには初投稿です。
ストックが割とたまってきたので、自分がチキらない内に投下します。
主人公は大体ヴィザと同格ぐらいの強さ。

※ただしヴィザは原作より強化されている模様。


 

 

 死体となって転がる見知った顔。

 敗者である事を示す、破れた“ボーダー”の隊服。

 

 

 廃墟となった街。

 闊歩する巨体の怪物。

 

 

 

 崩落した本部基地。

 首のない最高司令官……そして幹部たちの身体。

 

 

 

 あの日、人類は“近界”に敗北した。

 

 

 

「おや──」

 

 

 そして。

 

 

「──散々暴れてくれましたな。ほっほ、随分と活きがいいお嬢さん“でした”」

 

 

 わたしが、最後……。

 

 

 

 わたしこそが、最後の“ボーダー”だ。

 

 

 

「何を遊んでいる、ヴィザ」

「おや、前線に出てきてよかったので?」

「……そいつで最後だからな。あの時といい、手こずらせてくれたが……おかげで俺は本国の実権を握る事ができた。その点に関しては感謝せねばなるまい。わざわざ出向いた甲斐があったというものだよ」

「左様で……。しかし、惜しいですな。これ程の実力を持つ若者を手にかけるというのは」

「ふむ。最大の功労者であるお前の我儘ならば、聞いてやらん事もないが」

「──ほう」

 

 

 ヴィザ。

 これまでにボーダーが手に入れた知識によると、侵略してきた近界民の国……アフトクラトルでも屈指の実力者であり、国宝とされる黒トリガー“星の杖”の所有者でもある。

 

 何より、かつての戦いとは比べ物にならない程の大戦力を持ち出してきた今回の戦いにおいて、「緊急脱出」を封じられたボーダー隊員たちを、最も多く殺した怨敵だ。

 

 

「では、この子の身柄を貰い受けたい」

「よかろう」

 

 

 

 ──冗談じゃない。

 皆、命が尽きるまで戦い抜いたんだ。

 わたしだけ仇に尻尾を振って、惨めに生き延びるなんて嫌だ。

 

 

 お願い……あと一回、たった一回でいい。

 わたしに、力を──!

 

 

「……待て。そいつが持っているそれは、もしや黒トリガーか? そういえば、報告にあったな」

「そうですな。これが恐ろしく厄介でして、思わず斬ってしまいました」

「ふむ、そうか。お前が言うのならばそれは仕方の無かった事なのだろう。文句は言わんよ」

 

 

 根元から真っ二つにされ、力を失ってしまった黒トリガーを……“あの人”を握り、願う。

 あと一回だけ、一回だけでいいんだ。

 だから、お願い……!

 

 

 

 

 もう一度、やり直したいの──!

 

 

 

「光……? 馬鹿な、あの状態で動くはずが……!? くっ、ヴィザッ!!」

「ええ。“星の杖”」

 

 

 

 国宝の刃がわたしの身体を両断する──

 

 

 

 

「…………これは」

「ふむ……」

 

 

 

 

 ──直前。“あの人”は、最後の最後に応えてくれた。

 わたしを、近いけれど遠い場所へと「飛ばす」という形で。

 

 

「逃げられましたな」

「その、ようだ。まぁいい、目的は達した。もはや玄界には我々に抗う力は無い。帰るぞ」

「承知しました。お嬢さん、また何処かでお会いしましょう。その時を、楽しみに待っております……ほっほっほ……」

 

 

 第三次近界民大規模侵攻、終結。

 界境防衛組織「ボーダー」、壊滅。

 三門市、壊滅。

 死者、行方不明者、計測不能……。

 

 

 

 ……生存者、一名。

 

 

 

 

 そして──。

 

 

 

 

 

「──い、おい! 遊真、ちょい手貸してくれ!」

「ん? どうした迅さ……ケガ人か」

「酷いなんてもんじゃない。急いで病院に運ぶぞ。こっからなら俺らで運んだ方が早い」

「わかった」

 

 

 

 わたしの、“二度目の物語”は、ここから始まる。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「ん……」

 

 

 目を開けると、見知らぬ天井があった。

 いや、よく見ると少し懐かしい気もする。

 

 

 まわりを見渡してみる。

 

 

「病院……?」

 

 

 信じ難い事に、わたしが寝ていたのは病院のベッドだった。

 おかしい。

 三門市はあいつらに壊し尽くされたはずだし、病院なんて残っているわけがない。

 

 

 まさか、アフトクラトルの……?

 でも、あっちとは建物の雰囲気が違う。

 

 

 

 そうしてしばらく混乱していると、少し重々しい雰囲気を纏う青年が病室に入ってきた。

 

 

 え……?

 あの顔、あの姿は……。

 

 

「やあ、お目覚めのようで。もう目が覚めるなんて、見た目ほど傷は深くなかったんだな」

「……迅?」 

「……どこかで、会ったっけ?」

「…………」

 

 

 間違いない。

 早々に切り替えたあの飄々とした雰囲気。

 最上さんの形見であるサングラスを常に着けている……というか頭に乗せている、あの容姿。

 

 かつてはボーダーのS級隊員であり、“彼”に後を託して死んだはずの男、迅悠一だ。

 

 

 

 おかしい。

 どうなって──。

 

 ……もしかして!?

 

 

「迅。ここは三門市?」

「……そうだけど? ところで君は……」

「──近界民に何回大規模な侵攻を受けた? 相手はどこの国?」

「お、おっと? 今回で“二回目”だよ。ところで君はなにも……」

「二回目……そう、そういう事……相手はアフトクラトルね?」

「!?」

「やっぱりそうなのね。うん、理解した」

「いやいやいやちょっと待って、こっちは全く理解できてないから……」

 

 

 ボーダーが表に出るきっかけとなった第一次大規模侵攻からおよそ四年後、こちら側の世界は二回目の大規模な侵攻を受けた。

 その時はなんとか退ける事ができたのだけど、ね。

 

 

 わたし、過去に戻ったんだわ。

 ただ、迅がわたしの事を知らないようだから、恐らくこの世界にわたしは存在していない。要するにパラレルワールドのようなもの、と考えた方が良さそう。

 

 できる事なら元の世界の過去に戻りたかったのだけど、ほぼ壊れていた状態で無理矢理使ったんだから、仕方ないか。

 

 

 

 さて、これからどうするか……。

 と言っても、最初から決まっているけれど。

 

 

「迅。わたしをボーダーに入れてくれる?」

「この子こっちの話を全く聞いてくれないんだけど!?」

 

 

 あ、ごめんなさい。

 ちょっと考えるのに夢中で。

 

 

 なんというか、昔からの顔馴染みなのに向こうはわたしの事を知らないって、やりづらいわね。

 

 

「どうしたらわたしを入れてくれるのかしら」

「とりあえず君は何者なのか教えて欲しいんだけど」

「うーん、そうねえ。嘘を言っていないと信じてくれるのなら話してあげる」

「嘘……よし、ちょっと待っててくれ。適任が居る」

「ええ、いつまででも待っていてあげる」

「お、おう」

 

 

 適任……。

 

 ああ、遊真ね。

 夢みたいだわ、死んだ皆にまた会えるって事よね?

 この時期の遊真は……まだこちら側には不慣れだったかしら。

 

 

 

 でも、きっと“同じ”ではないのよね。

 だって、あの迅がわたしを知らないんだもの。

 わたしは、皆にとって見知らぬ人でしかないのよね。

 

 

 少し、寂しいわ。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

「どうしたの、迅さん。この病室に用事?」

「まぁね……っと、連れてきたぞ。こいつは嘘を見抜ける体質で……って知ってたり、する?」

「知ってるわ。お久しぶりね、遊真。修くんは元気?」

「…………はじめまして。誰だあんた」

 

 

 

 ああ、やっぱり。

 しばらくして迅が連れてきた子はやっぱり遊真で、この子もまた、わたしの事を知らないみたい。

 それどころか、きっと“強い血の匂い”がするわたしをかなり警戒している。

 

 修くんの名を出したからっていうのもあるかしら?

 

 

 って、ああ……。

 

 

「ごめんなさい、修くんはまだ起きていないのね」

「……遊真」

「当てずっぽうでもなんでもない。こいつは確実にオサムの事を知ってる」

「そうか」

 

 

 わたしとした事が。

 もう結構昔の事だから、忘れていたわ。

 修くんは第二次大規模侵攻で瀕死の重傷を負って入院するんだった。

 きっと、この世界でも同じなのね。

 

 

 

 ……よく見ると、もしかしてわたし若返ってる?

 いえ、今は全く関係ないんだけど。つい気になって。

 

 

「そうね、そうだわ。自己紹介をしましょう? まずは言い出しっぺのわたしから。名前はソフィア。ソフィア・アンデルセンよ。こう見えて日本育ちだから、普通に日本語で話してちょうだいね。じゃないとわからないもの」

「……空閑遊真」

「実力派エリート、迅悠一。よろしく」

「知ってるわ、二人ともよく知ってる。レイジや京介くん、小南に陽太郎。栞ちゃんに林藤さん。そして、チカちゃんと修くん……。ボーダー玉狛支部のみーんな、知ってるわ」

「「…………」」

 

 

 懐かしいわね。

 二人の顔からして、皆元気でやってるはずだし、是非とも会いたいわ。

 例え今のわたしが部外者でもね。

 

 

 

 あら。

 おかしいわね、迅が真面目な顔になったわ。

 あのセクハラエリートが。

 

 

「聞かせてもらうよ。君は何者だ? 一般人にしてはあまりにも深く知りすぎてる。特に、今回攻めてきた近界民の正体なんて、絶対に知っているはずがない」

「そんな事まで知ってるのか、こいつ」

「ああ。アフトクラトルっていう国名までピシャリ」

「…………」

 

 

 あ。

 これ、もしかして奴らのスパイか何かだと疑われてる?

 少なくとも遊真からは敵視されてるわよね。

 

 

 いけない、ちょっとはしゃぎすぎたみたい。

 

「わたしはボーダーよ。最後の、ね」

「……最後の?」

「嘘は、言ってないのか?」

「みたいだ」

「……どういう事だよ……」

 

 

 珍しい。

 迅がぐしゃぐしゃと頭をかいて困惑するところなんて、軽くプレミアものね。

 いつもこっちを振り回してばかりだもの。

 

 

 

 

 さて、と。

 とりあえず全部聞かせてあげないと信用されないわね、これは。

 

 

 

 そんなわけだから、たっぷりと時間をかけてわたしの正体について説明してあげた。

 二人とも終始困惑していたけど、嘘を見抜ける遊真が居る以上、真実だと受け止めるしかないのよね。

 

 

 

「マジか、俺そっちじゃ次の大規模侵攻の前に死ぬの?」

「ええ」

「あの爺さん、また来るのか……たしかに、二回目は勝てないかもしれん」

「一回あの化け物を倒しただけで勲章ものよ?」

 

 

 

 なんとか……信用、されたのかしら?

 砕けた黒トリガーの破片を見せた事も大きいかも。

 

 

 

 ──最後までありがとう、本当に。

 

 

 

「で、だ」

「うん?」

「アフトクラトルがまた侵攻してくるのは、いつなんだい?」

「まだ先の話よ。わたしが知っている歴史通りにいけばだけど、四年後ね」

「「四年後……」」

 

 

 うん、なんとか信用してくれたみたいね。

 よかったよかった。

 

 尤も……完全に、とはいかないでしょうけど。

 二人とも割とシビアな性格だし。

 プロというか、なんというか。

 歴戦の勇士だもの、当然よね。

 

 

「ソフィアちゃんには悪いけど、この事はあんまり口外しない方がいいな。ボーダーと三門市が壊滅するかもなんて、辞める人間が大量に出かねない」

「ええ、わかっているわ。レイジと林藤さん、あとは城戸司令ぐらいかしら。教えるべきなのは。あ、こう見えてわたし、あなたより歳は上よ? 迅」

「……おっと、そりゃ失礼。レイジさんにも教えるのかい?」

「彼なら漏らさないから大丈夫よ。現役隊員の中にも一人は事情を知る人間が欲しいの」

「んー……まあ、あの人なら確かに問題ないだろ」

「迅さんが言うならだいじょーぶだな」

 

 

 

 元よりわたしもぺらぺらと喋るつもりは無いわ。

 今回は迅が相手だし、ボーダーに入るコネを得るためだからノーカンよ。

 遊真もきっちりしているだろうし。

 何せ本物の戦場を知っている子だもの。

 

 

 強いて言うなら後は城戸司令以外の幹部ぐらいか。

 まあそこは司令が判断するでしょう。

 

 

 

「ところで迅さん」

「どうした遊真?」

「今からでもボーダーに入れるのか?」

「……まあ、なんとかする」

「お願いね、迅」

「……簡単に言ってくれるなぁ。間違いなく、絶対に怒られるぞ、俺……はぁ」

「うふふ。頼りにしているわ」

 

 

 

 その後、すんなりとはいかなかったけど、なんとかわたしはボーダーへの入隊が許された。

 それも、いきなりB級からだ。

 A級ではないのは、チーム戦でのわたしの実力が不明だったから。それと、他の隊員との間で起こるだろう揉め事を防止するためかな。

 

 

 これに関しては、当たり前のようにあった一悶着が関係してくる。

 

 

 

 まあさっくり言うと。

 

 

 互いに弧月一本でわたしが忍田さんと十本勝負をし、実力を認めさせたのよ。

 さすがボーダーにおけるノーマルトリガー最強。

 この時点でも強さは一級品だったわ。

 

 

 まあ、他のトリガーも使えていればもっと楽だったと思うけど。

 だって、わたしは最後のボーダー。

 元の世界では、わたしがノーマルトリガー最強と言われていたのだもの。

 

 黒トリガーを得てS級にもなったしね。

 

 

 さて、これから忙しくなりそう。

 楽しみだわ。

 

 

 

 未来の事は、もちろん不安だけれど。

 

 





 大規模侵攻終了直後なので、レプリカは既に向こうに行ってしまっている状態。しばらく出てこれない……。

 あ、原作読んでないと分からない部分が色々出てくるかも。


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第2話 序章② vs忍田本部長

仕事終わったので投下。
26話ぐらいまでストックあるんですけど、一気に投下しすぎるのもいかがなものかと悩み中。


 

 

 少しだけ、わたしがボーダーに入るにあたって起こった“一悶着”について話しておこうかしら──。

 

 

 

 

 

 

 ──小難しいやり取りは迅に任せたから、こうなったのはまあ仕方がない。

 ボーダーが四年後に滅びる可能性がある、と城戸司令以外の幹部たちにもあの迅が素直に話したのは少し意外だったかしら。上手いことのらりくらりと煙に巻くのかと思っていたのだけど。

 

 わたしが居た世界ではアフトクラトルに敗北したとは言っても、あれはあまりにも物量が違いすぎたから城戸司令たち幹部の責任ってわけでもないのよね。

 どうもあっちのわたわたとした頼りないイメージに引き摺られてるわ。反省しなくちゃ。

 

 

「お? なんだなんだ、随分と集まってなんだか楽しそうじゃないか」

「おや、太刀川さん」

 

 

 お。

 迅が太刀川くんと遭遇したみたい。

 

 

 

 ついでに言うと、いま現在階級を問わず多くのボーダー隊員で溢れかえるここは、個人ランク戦が行われるブース。

 多くの隊員が日夜鎬を削る場所よ。

 

 

 

 

「準備はいいかな?」

「いつでも」

「それにしても、本当に弧月一本でいいのか? 私は手加減などできない男だぞ?」

「だいじょぶ。負けないですから」

「ふむ。大した自信だな」

「あっちのあなたとはよく戦っていたもの」

「ほう……」

 

 

 忍田さんを侮るつもりはないけど。

 わたしの宿敵は黒トリガー所有者……しかもその中でも間違いなく最強の部類に入るアフトクラトルの国宝使い、ヴィザだ。

 

 壊れたわたしの黒トリガーは“人質”としてたぬきさん……じゃなかった。きぬたさんに研究材料として提供する事になってしまったから、わたしはノーマルトリガーであの剣聖と戦わなくちゃいけない。

 

 

 だから。

 ノーマルトリガー使いなんかに、負けていられないわ。

 

 

 ノーマルトリガーと黒トリガーの間には圧倒的な壁がある。

 忍田さんに勝てないようじゃ、ヴィザに勝つなんて夢のまた夢。

 

 

 絶対に、負けるもんか。

 

 

「ちょっと感覚が鈍ってるというか、この体に不慣れなのが気になるけれど……」

「? 何か言ったかね?」

「いえ、なにも。ギャラリーも集まってきちゃいましたし、始めましょう?」

「ああ、そうだな。鬼怒田さんの方もそろそろ準備が終わる頃だろう」

 

 

 

 遠くで猛る太刀川くんと、苦笑いしながらそれを宥める迅が見えるけど、置いておこう。

 無数にいる隊員たちも、今は置いておこう。

 ちなみに、遊真は「レプリカを探すから」と言って別れたわ。やっぱり大切に思っているのね。

 あの子はあんまり感情を表に出さないから、ちょっと分かりにくいけれど。

 

 

 ……にしても。

 四年前の身体だからか、少し動きにくい気がするのよね。

 

 

 まあ、何とかなるでしょう。

 

 

「よし、設定は完了したぞ。とっとと始めるがいい」

「お疲れ様、たぬきさん」

「鬼怒田だ、き、ぬ、た! まったく!」

「面倒をかけて申し訳ない」

「ふん。あんたが悪いわけではなかろう。わしもあんたも迷惑を受けている側じゃ」

「はは……」

 

 

 たぬきさんの毒舌に苦笑いする忍田さん。

 わたしはたぬきさんが見た目も口も怖いけどいい人だって知っているから、特に気分を悪くしたりはしないわ。

 迷惑をかけているのも自覚しているし。

 

 

 

「では、始めよう」

「ええ、そうね」

 

 

 

「えっ!? 忍田本部長、マジで戦るのか!?」

「うっそ、こんな事あるんだ!?」

「あの女の子、どこの誰?」

「忍田本部長と戦るとか、あの子かわいそうじゃね? つかマジなんで?」

「何にせよ、滅多に見られないって!」

 

「うおおお、離せ迅ッ!! 俺も混ざるんだー!」

「ダメダメ、抑えてよ太刀川さん。今から大事な戦いをするんだから」

 

「え、忍田本部長と個人戦するとかヤバない? あとあの子めっちゃかわいいやん。金髪ツインテの、外人さんやろか?」

「ヤバいっす。いやマジで」

「どういう理屈でああなったんですかね、イコさん」

 

「鬼怒田さん。これは……?」

「東か。まあ、訳ありでな。また迅の奴が面倒を持ち込んできおった」

「ふむ……」

 

「忍田本部長が個人戦だと……? どうなってる?」

「どうせすぐ終わりですよ。本部長が相手とか勝てるわけないじゃん」

「只事でない事だけは確かですね」

 

 

 

 ちょいちょい覚えのある声が聞こえるわね。

 特に東さん。彼にも教えておいた方がいいかもしれないわ。

 あの戦いが起きる頃には彼もボーダー上層部の一員として、教官になっていたし。

 

 

 っとと、雑念は置いておきましょう。

 

 

《ランク外対戦十本勝負、開始》

 

 

 

「さて、どう来る? ソフィア・アンデルセン」

 

 

 

 地味に初めて着るわね、この白い隊服。

 わたしって実は小南よりも更に古い隊員だから、これ着た事無いのよ。

 この服を見て、「C級隊員!? どういう事だよ!?」と驚いているギャラリーの声が聞こえてきそう。

 

 

「どうもこうも──」

 

 

 

 脳に働きかけ、人体のリミッターを外して……。

 ああ、やっぱり遅いわね。

 

 

 

 ──動くまで、一秒もかかってしまったわ。

 

 

「な……に……?」

 

 

《忍田、緊急脱出。1-0。アンデルセンリード》

 

 

 

 

 外野にて。

 

「「……は?」」

「……迅、今の見えたか?」

「……いいや、見えなかった」

「だよな。俺もだ」

「太刀川さんもか」

「ああ。なんだあのスピード? グラスホッパー使ってもあんなに出ないぞ」

 

 

 

 数秒の後。

 

 

「う、嘘だろ!? 忍田本部長が先に取られた!?」

「何者だよあの女の子!?」

「あの服からして、C級……なんだよな? って事はすぐ上がってくる……か、勧誘だ!! 勧誘しましょう諏訪さん!!」

「耳元で怒鳴るな馬鹿野郎! わかってんよ!! へっへっへ、誰にも渡さねえぞ!」

「諏訪さん、ちょっと変質者っぽいです」

「るせぇ!!」

 

 

 そして試合内に戻り──。

 

 

 

「……そういう事か、全くとんでもない子だ!」

「あら、もう対応してくるのね。さすが“ノーマルトリガー最強”だわ」

「世辞はいらん、よ!」

 

 

 さすが、太刀川くんの師匠ね。

 もうわたしのスピードについてくるなんて。

 

 

 でも、建物がたくさんあるこのフィールドなら、わたしを捉える事は至難の業よ?

 

 

 

「くっ!? ちょこまかと飛び回って! バッタか君は!」

「失礼ね、レディーに向かって。戦いとなると熱くなるのは悪い癖よ?」

 

 

《忍田、緊急脱出。2-0、アンデルセンリード》

 

《忍田、緊急脱出。3-0……》

 

《忍田、緊急脱出。4-0……》

 

 

 

 

 ……ううん、いくらなんでも楽すぎるわね。

 おかしいわ。

 あの忍田さんが、こんなに弱いはずないもの。

 

 

 

「!?」

「──ようやく、捉えたぞ」

 

 

 ……あらあら。

 

 

《アンデルセン、緊急脱出。4-1……》

 

 

 

 そういう事。

 やられた、わたしとした事が。

 

 

 

 緑川くんじゃあるまいし……!

 

 

 

 

 建物を足場にし、普段かけられている脳のリミッターを外して得た人智を超える身体能力から繰り出す「縮地」によって跳ねるように駆け回っていたのだけど、忍田さんはそんなわたしをじっと観察し、スピードに“慣れる”事に集中していたらしい。

 

 要は、これまでの四本は捨てていた、という事。

 もちろん一本目は完全に虚をつけていたし、実際忍田さん自身驚いていたけど、あれで完全にスイッチが入ったという事になるわね。

 

 

 そうとも気付かず、気をよくしたわたしはまんまと罠にかかり、カウンターをもらって落とされた、というのが今の一本の流れよ。

 

 

 

 にしても。

 乙女の身体を真っ二つにするとか、容赦ないわね。

 

 

《アンデルセン、緊急脱出。4-2……》

 

《アンデルセン、緊急脱出。4-3……》

 

《アンデルセン、緊急脱出。4-4……》

 

 

 

 あらら……。

 追いつかれちゃったわ。

 

 

「もう跳ね回るのはやめたのか?」

「ええ。だって斬られちゃうもの」

「ふむ。ではどうする」

 

 

 

 そんなの決まってるわ。

 

 

 

「正面、突破よ」

「面白いッ!!」

 

 

 

 小細工は無用。

 お互いに弧月一本なのだから、勝負はシンプル!

 

 

 懐に飛び込んで──。

 

 

 

((弧月を振り切るまでの、スピード勝負!))

 

 

 

 

 

 生駒くん、見てるかしら?

 これは、貴方から教わった技──。

 

 

 

 ま、弧月だけだからただの居合なんだけど。

 

 

《忍田、緊急脱出。5-4、アンデルセンリード》

 

 

 

 わたしは、“スピード”ならば誰にも負けないわ。

 そうでもないと、ヴィザの「星の杖」には追いつけないもの。

 

 

 

 

「……見事だ、完敗だよ。これは、確かに他のトリガーを解禁したとしても私の負けだろうな」

「そうかしら? 貴方、とっても強かったですよ」

 

 

 

《忍田、緊急脱出。6-4。勝者、アンデルセン》

 

 

 

 

 あ、危なかったわ……。

 徹底的に鍛え直さないと、あの翁となんて到底戦えないわね……。

 旋空や他のトリガーがあったら、正直忍田さんに勝てたかどうか怪しいし……。

 

 

 はぁ。

 やっぱり個人ランク戦に入り浸るのが手っ取り早いかしら?

 チーム戦は……オペレーターさえ紹介してもらえればなんとか間に合う……と、いいのだけど……。

 




5話目からランク戦開始なので、その時にでも主人公のステータス載せときますかね。

あ、次話から三人称になります。


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第3話 アンデルセン隊結成

オリキャラ1号出現。
今日は三話ぐらい投下しますかね。


 

 

 前触れもなく現れ、弧月一本とはいえあの忍田を下した“白服”、ソフィア・アンデルセン。

 試合後、当然のように勧誘の嵐が巻き起こる……かと思いきや、肝心のソフィア本人が煙のように姿を消し、質問は残された忍田に集中した。

 

 しかし、あまりにも重すぎる事情のため忍田もおいそれと話す訳にも行かず、幹部一同と迅が話し合って決めた“設定”を軽く語る程度で終わった。

 

 

 そして、事が落ち着きを見せた頃──。

 

「あの娘の扱いはどうする? あの実力といい、外見といい、近界民なのではないかと勘違いする者が多く出るかもしれんぞ」

「まさか、本当に忍田本部長に勝ってしまうとはねえ。約束は約束とは言え、少々軽率だったか……」

「……既に彼女の“設定”は出回っている。あれほどの実力の持ち主だ、戦力として加えない手は無いだろう。先に言っておくが、少なくとも私は本気で戦ったぞ」

「…………」

 

 

 城戸司令をはじめとするボーダー上層部は、“ボーダーが壊滅した未来”からやってきたという少女──実年齢は人形のように整った可憐な容姿に反して意外と食っているらしい──ソフィア・アンデルセンを、いくらあの迅が連れてきたからと言っても完全に信用したわけではない。

 しかし、だからと言って妄想だと捨て置くには彼女の話はあまりにも衝撃的であり、「ボーダーにおけるノーマルトリガー最強の実力者、忍田本部長に試合で勝つ事ができたら入隊を特別に認める」という約束もしてしまった。

 その難題を突破された以上、やっぱりダメ、と突き返すのはあまりに不誠実であり、玉狛支部にでも行かれようものならパワーバランスが崩壊する恐れがある。

 

 更に言うなら、彼女が持っていた黒トリガーもこちらが回収しているのだ。と言っても壊れていて使えないようだが。

 

 

「下手に放り出して玉狛支部に行かれる方が面倒だ。敵意は感じられない以上、無下に扱う事もあるまい」

「……まあ、城戸司令がそう仰られるのなら、こちらとしては言うことはありませんがねえ」

「そうじゃな。先の侵攻で捕らえた近界民に確認を取ったが、あの娘が持つ情報は確かなようだし」

「そうなると、A級……あるいはS級として迎えたいところではあるが──」

「──それは無理だな。平行世界とやらで隊員だったとしても、こちらでは新入りだ。そこまで特別扱いはできない」

「まあそうですね。それでなくても最近は玉狛と揉めたばかりだ。不満が募って内部分裂、なんて事にもなりかねない」

「……彼女は自身が隊長を務める部隊の新設を要求していたな」

「すぐに手配しましょう。忍田本部長、空いているオペレーターは?」

「問題ない。優秀な者を回せる」

「よし。それではそのようにあの娘にも知らせておくか。連絡先も教わっとるからな」

 

 

 

 結果、忍田を下すほどの実力者が玉狛支部に流れてしまう事を恐れた城戸司令の言葉により、ソフィアは本部直属の新人B級隊員として迎えられる事となった。

 

 

 これに参ったのは職員たちである。

 事前に通達されていたならまだしも、あまりにも突然にB級隊員……そして新部隊が増える事となったのだ。

 十分な広さを持った部屋を大急ぎで整え、作戦室として必要なだけの設備を運び出す。

 

 これを一日でやれと言われれば愚痴の一つも出る。

 しかし、作り物のように整った非常に美しい容姿を誇るソフィアに微笑みと共に礼を受け取り、あっさりと手の平を返し「これぐらいならいくらでも!」と騒いだとか。

 

 

 

 そして──。

 

 

 

 

 ──B級新部隊「アンデルセン隊」作戦室──。

 

 

 見知らぬ“白服”に忍田本部長が敗北するという衝撃の大事件の翌日。

 一夜にして増えた新たな作戦室を、スーツ姿の少女が訪れていた。

 

 

「すいませ~ん。新しくこの隊のオペレーターになるように言われた猫山ですけど~」

「──どうぞ」

 

 

 猫山(あかり)

 A級部隊のオペレーターに匹敵する処理能力を持ち、冬はコタツで丸くなる系女子である。

 歳は15と若く、将来を期待される優秀な人物だ。

 

 どちらかと言うと忍田派閥な彼女は、上司である忍田に「新しくできる部隊のオペレーターになってほしい」と申し付けられ、こうしてやってきた次第である。

 尚、別に忍田はタイプではない。

 

 なんかやけにガチめなトーンで言われたけど、まあやっと部隊のオペレーターになれるんだしバンザイって事でいいかなーと呑気に構えていた猫山だったが──。

 

 

「失礼しま~……す……?」

「いらっしゃい。あなたがわたしのオペレーターになってくれるのね? ありがとう、嬉しいわ」

 

 

 作戦室のドアを開け、新部隊の隊長と思われる人物と相対した瞬間……銅像のように固まった。

 

 

「……あら? どうしたのかしら。動かなくなっちゃったわ」

「──か」

「うん?」

 

 

 珍しい女性隊長だったから?

 否。たぶん、否。

 

 あの忍田本部長を破ったと噂の少女だったから?

 それもある。

 

 

 しかしそれより何より大きかったのが──。

 

 

「かっわいい~……人形みたいな女の子って本当にいるんだ~……」

「うふふ、ありがとう。さあ、そんなところで固まってないでお入りなさいな」

「う、ちょっとこんなかわいい子の部屋に入るのはちょっと難易度が高いというか聖域すぎてあたしなんかが烏滸がましいというか」

「いいから、入りなさい」

「あっはいすみません」

 

 

 隊長が、あまりにもかわいすぎた。

 ラノベのタイトルになりそうなほどである。

 ウチの隊長がこんなにかわいいわけがない、とかそんな感じの。

 

 更に──。

 

 

「……(おっぱい揺れとる)……」

「? どうしたの?」

「イエ、ナニモ」

 

 

 巨乳、巨乳である。

 それも圧倒的なサイズだ。

 歩く度に乳揺れが起きても不思議ではないレベル。

 

 灯は生まれて初めて心の底から忍田に感謝した。

 究極にパーフェクトな美少女のチームメイトにしてくれた事に。

 彼女の心の中で忍田の株が急上昇した瞬間である。

 

 

 

 それはさておき。

 

 

「じゃ、初めまして。この度新設された“アンデルセン隊”隊長、ソフィア・アンデルセンです。こう見えて歳は……そうね、21よ」

「エッ」

「よく間違えられるのよね」

「ま、まぁたしかに高校生ぐらいかと……あの、外国の方ですか~?」

「ううん。両親はそうだけど、わたしは日本生まれ日本育ちの日本人よ。だから外国語には疎いの」

「はー、そうなんですね~」

 

 

 21歳。21歳である。

 てっきり自分の一つか二つ上くらいだと思っていた灯はビックリした。

 というかボソッと聞こえた「本当は25だけど、今は21だし……」というソフィアの言葉は聞かなかった事にした。

 

 

「えーと、あたしは猫山灯と言いまして~。15の中三やってます~。隊のオペレーターやるのは初めてなんですけど~、仕事はきっちりやりますんで~」

「15! 若いわねえ。好きな男の子とかはいるのかしら?」

「はい? い、いや。いませんけど~?」

「あら、そうなのね。ダメよ、青春はあっという間に過ぎ去るものなんだから」

「は、はぁ。えーと、アンデルセン隊長は──」

「ソフィアでいいわよ」

「あっはい。ソフィアさんは~、やっぱり攻撃手ですか~? 忍田本部長に勝ったと噂になってますし~」

「あら、もう噂になってるのね。そんなに珍しい事なのかしら?」

「そりゃそうですよ~。本部長が試合やるってだけで珍しいのに、負けたってんだから驚きです~」

「そういうもの?」

「はい~」

 

 

 あっ、この人めっちゃマイペースだ。

 灯は察した。

 ウチの隊長、超絶可愛い見た目でちょっと不思議系が入ってる系女子だと。

 

 あと、たぶん世話好きである。

 若干オバ……これ以上は死ぬ気がするので考えるのをやめた。

 

 

「で、攻撃手ですか~?」

「わたし?」

「はい~」

「ボーダーの基準から言うと、攻撃手ではなく射手という事になるわね。まあ、しばらくは弧月ばかりしか使わないだろうから、結局は攻撃手になるのかしら」

 

 

 

「エッ」

 

 

 

 

 思わぬ返答に灯ちゃんフリーズ。

 だってあの“虎”を、忍田本部長を弧月で狩る程の腕を持っているのだから、普通はそれを活かして攻撃手をやると思うだろう。

 

 

 しかしそこはできる女、灯。

 マイペースな隊長が言った「ボーダーの基準」、「結局は攻撃手になる」というワードに反応し、頭を回す。

 

 

「弧月も使うんですよね?」

「あら、聞こえなかった? しばらくは弧月ばかりしか使わないわ。だから万能手という事になるのだけど、今のわたしは点が足りないから」

「あー、そういう」

 

 

 なるほど、と頷く。

 そういう事なら納得である、と胸を撫で下ろした。

 撫で下ろす胸が無いとか言ってはいけない。

 

 大変豊かなアンデルセン隊長とは違い、灯ちゃんは貧しい。貧しいが、まだ15歳。希望はあるのだ。

 

 

 

 ふと、灯は部屋を見回してみた。

 しかし、ここに居るのはどう足掻いても灯とソフィアの二人だけである。

 はて、と首を傾げた。

 

 

「どうしたの?」

「あ、いや。他の隊員はまだ見つかってないのかなーと。ランク戦始まるまであと少しですよ~?」

「ああ、その事ね。ウチは二人だけでスタートするつもりなのよ」

 

 

「エッ」

 

 

 

 はて、本日何度目の「エッ」であろうか。

 目の前の大変ご立派な隊長には驚かされてばかりである。

 いつか絶対にこの人を驚かせてやる、と灯はこっそりと誓った。

 

 

 しかしまあ聞いてみれば充分理解できる話ではあった。

 

 

「自慢になってしまうけれど、こう見えてわたしは強いし、ランク戦まで時間もない。わたしについてこられる隊員が見つかるとはとても思えないわ」

「なるほど、たしかに~。他所から引き抜くにしても、結局時間無いですしね~。おまけにあたしたち新部隊ですし~」

「そういうこと。もちろん、名を上げたらきちんと探してみるつもりではあるけれどね」

 

 

 ソフィアについていける人員となると、A級隊員かB級上位部隊のエースレベルであろう。むしろそれでも不足な可能性まである。

 しかし、現時点でそんな人員を引き抜く事などまず不可能と言っていい。

 

 

「納得納得、です~。そんじゃ~、とりあえずトリガー構成と戦闘スタイルとか、諸々教えて貰ってもいいですか~? 頭に叩き込んでおくので~」

「ええ、わかったわ。まず──」

 

 

 こうして、ランク戦開幕直前に新設された部隊、アンデルセン隊の二人は親睦を深めていった。

 

 

 

 そして、その最中にサラッと告げられた「わたしにはサイドエフェクトが二つあるの」という言葉に、灯は仰天する事になる。

 本日何度目かの「エッ」である。

 

 

 尚、厳密にはサイドエフェクトは一つ……曰く“神の眼”と呼ばれる超視覚だけらしく、二つ目のものはとあるシリアスな経験から得た後天的な体質との事。

 それって結局サイドエフェクトって事でいいですよね~、と思った灯であった。

 というか、いったい誰に“神の眼”などという中二な名前で呼ばれているというのだろうか。

 

 

 

「これ、ソフィアさん落ちる気しないんですけど~」

「そう? 油断は禁物よ。戦いは何が起こるか分からないから」

「まあ、そうなんですけどね~。絶対攻撃当たらないじゃないですか~。本部長みたくカウンターで合わせるとか、避けようがない攻撃ぐらい~? でもあの超スピードに反応できるなんて、それこそ本部長ぐらいだと思うんですよね~」

「見てたのね」

「そりゃもうねっぷりと~」

 

 

 

 そんなこんなで、幸いにもあっさりと打ち解け、早速一緒にお出かけする約束を取り付けた灯であった。

 

 

 ちなみに後日、「勝ち組ってあたしの事だよね~」と周囲に自慢して回ったらしい。

 

 




本作の世界では普通に我々がよく知るアニメもやっているので、意外とノリがいいソフィアなら「アンデルセェェェン!!」って叫んだらどこからともなく出てきてくれます。


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第4話 極秘戦闘訓練

たぶんスコーピオンの方がもっと速いけど、こんなところで全力出してもアレなんで……


 

 

 新たな隊の作戦室ができた日の事──。

 

 

「──戦闘訓練?」

「そ。ソフィアさんが強いって事は皆わかってるけど、訓練も無しに入ったってのはさすがにね。ここで規格外の成績を出しておけば、“設定”にも説得力が出る」

「なるほどね。ええ、そういうことなら構わないわ」

 

 

 アンデルセン隊の作戦室には、早速実力派エリートこと迅悠一が訪れていた。

 迅曰く、基本的に誰でも入隊時に行っている戦闘訓練をやっていないとなると、いらぬいざこざが起きかねないと危惧した幹部、唐沢の提案でソフィアも訓練を行う事になったという。

 

 ソフィアもまた、ごもっともである、と納得。

 かくして波乱の予感しかしない訓練が秘密裏に実施される事となったのだった。

 

 

 ちなみに、アンデルセン隊オペレーターの灯はお留守番である。

 事情もまだ知らされていないので仕方がない。

 

 

 

 ──対近界民用訓練室にて──

 

 

 

「じゃ、頼みますよ鬼怒田さん」

『言われんでも分かっとる! まったく、忙しいというにこき使いおって……』

「迷惑かけてごめんなさいね、たぬきさん」

『きぬただ!』

 

 

 本来ならこの訓練室を管理しているのはB級「諏訪隊」の面々なのだが、今回は極秘という事でボーダーの開発室長である鬼怒田が来ているのだ。

 当然、この場にいるのもごく少数。

 迅、ソフィア、鬼怒田、そして何故か居る忍田の四名のみだ。

 

 

「忍田さん。これまでの最速タイムはどうなのかしら?」

「ああ。玉狛支部の遊真くんが0.4秒という素晴らしいタイムを叩き出しているよ」

「それまでの最速が緑川の4秒だったかな。ソフィアさんの知識ではどうなの?」

「わたしの方も同じね。遊真には悪いけれど、更新させてもらおうかしら」

「ま、あのスピードなら確かに……大丈夫、鬼怒田さん? ちゃんと計れる?」

『……恐らくは、な。とりあえず、絶対に更新されないイカれたタイムが出そうじゃ』

 

 

 

 そんなやり取りを経て、仮想戦闘モードに移行。

 一般的に「近界民といえばこいつ」と認知されているトリオン兵、バムスターが姿を現す。ただ、訓練用なので本来よりは少々小さいが。

 

 

 尚、ソフィアの武器は弧月である。

 

「未だに白服なのね」

「隊服ができるのはギリギリになるでしょうからね。仕方がないわ」

「そりゃそうだ。さて、鬼怒田さん」

『うむ。それでは──』

 

 

 意識を切り替えたソフィアが弧月を構え……と言っても勿論抜いてはいない。

 

 

 

『始め!!』

 

 

 合図とほぼ同時。

 バムスターのコアが真っ二つに割れた。

 

 

 そして、「目にも映らぬスピード」で移動し、一瞬でバムスターを斬ったソフィアが遠く離れた床に着地する。

 

 

「──さすがだな」

「……やっぱり見えん。速すぎる。こりゃ、個人戦やってもまるで歯が立たないな」

「私もギリギリ対応できただけだからな。それに、どうも彼女はまだ全力を出していない節がある」

「マジですか、忍田さん」

「お前も薄々気付いていたんじゃないか? あの子はどうも、自分の動きに違和感を抱いているように見える」

「……確かに」

 

 

 ソフィア・アンデルセン。

 訓練用バムスター撃破タイム──。

 

 

『……本当に人間か? 0.1秒にも満たんぞ』

「うへぇ。弧月振るスピードも速すぎだろ」

「居合だな。生駒のそれとよく似ている」

 

 

 

 ──0.08秒。

 間違いなく、今後一切抜かれないだろう規格外のタイムである。

 

 

「わたしは人間なのか、否か。どうなのかしらね……」

 

 

 役目を終え、消滅する訓練用バムスターを横目に、ソフィアは寂しげにそう呟いた。

 自分が本当に“人間”なのか。

 最も疑っているのは、彼女自身なのだ。

 

 

「もしかしてソフィアさんって生駒旋空使える?」

「使えるわよ?」

「マジでか」

「向こうで生駒くんに教わったから。本人には真顔で“そう簡単に真似できるもんとちゃうねんで”って言われちゃったけれどね」

「そうだろうな……。実際、こちらでは生駒だけの絶技となっているぐらいだ」

 

 

 B級第3位生駒隊隊長の代名詞であり、彼しか使える者がいない凄技を使えるとサラッと語るソフィアを見て、迅が口元を引き攣らせ、忍田も苦笑した。

 

 

 

 そして、問題はこの後に起きた。

 

 

 

 レイジや荒船に師事していた経験があり、マスタークラスになる程度には使える、という事から狙撃手用訓練室に向かい、“トリオンが多いほど威力が上がる”狙撃トリガー、アイビスを手に取った時の事である──。

 

 

「たぬきさん。壁の補強は大丈夫?」

「うむ? 以前玉狛支部の子が壁をぶち抜いてしまった事があってな。それ以来補強は重点的に進めておる」

「チカちゃんね。なら大丈夫か」

 

 

 何故かものすごく不安そうにしているソフィアと、それを見て嫌な予感に襲われる迅、忍田、鬼怒田。

 尚、ここでは鬼怒田はすぐ傍に居るので音声通信ではなく肉声での返事である。

 

 

「……一応言っておくが。先日の大規模侵攻で爆撃を受けた影響で、今は普段よりも脆くなっとる。あんまりやりすぎてくれるなよ?」

「……そんな事言われると、却って緊張しちゃうのよね……」

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 ドズン! と、大砲のような轟音が響き──。

 

 

 

「「…………」」

「ふ、ふふ……なんとなくこうなる気がしておったわ……!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 

 さすがにトリオン怪獣こと雨取千佳ほどではなかったものの、“大砲”が着弾した壁が大きく抉れ、無惨な姿を晒していた。

 壊れたように嘆く鬼怒田を見て、本気で反省するソフィアであった。

 

 

 アイビスだけは拒絶するべきだった、と考えるも後の祭りである。

 

 

「ソフィアさんってさあ」

「うん」

「トリオンも馬鹿みたいに多いのね」

「……そうね。先天的なものではないけど」

「? それはつまり……いや、今はいいか」

 

 

「鬼怒田さんには悪いが、貴重なデータが取れた。パーフェクトオールラウンダーにもなれる逸材とはな」

「呑気だね、忍田さん……」

 

 

 

 普通ならこんな事をすれば鬼怒田ならば激怒しようものだが、ソフィアは見た目だけならば可憐な少女であり、どこか鬼怒田の娘を思い起こさせるところがあるのかもしれない。

 故に、ちょっと甘いのだろう、と迅は後に語る。

 

 

 尚、ソフィアは元からトリオンモンスターだったわけではない。

 とある悲惨な経験をきっかけに、トリオンの量が激増した結果がコレなのだ。

 それでもチカには及ばないあたり、チカのトリオン怪獣っぷりが分かるというものである。

 

 ちなみに。

 その“悲惨な経験”とは、ボーダーに限らず聞けば誰もが悲痛に顔を歪め、近界民に怒りの炎を向ける事はほぼ間違いないだろう、という程のものである。

 一つ言うならば……ソフィアは既に子を産める体ではない、とだけ。そしてその原因にはあの“わくわく動物野郎”ことハイレインが大きく関わっている。

 

 

 それはさておき。

 

 

 ──圧倒的な戦闘力を見せたソフィア・アンデルセン率いる(ただしオペレーターと合わせて二名のみ)アンデルセン隊と、凄まじい破壊力を誇るトリオン怪獣と、黒トリガー持ちの近界民にして入隊時の戦闘訓練で好成績を残した白髪のチビを擁する玉狛第二。

 

 

 激戦区であるB級へ新たに参入した二部隊はいずれも特異なチームであり、今期のB級ランク戦はかつてない程に注目されている──。

 

 

 

 ボーダーはチームとして動く以上、個人戦よりも重要なチーム戦において、あのソフィア・アンデルセンがどれだけ戦えるのか。

 ボーダー最強部隊、玉狛第一の面々をそれぞれ師に持つ玉狛第二の戦闘力は如何程か。

 

 

 A級の精鋭が。

 B級の上位部隊が。

 中位部隊が。

 下位部隊が。

 C級の雛鳥たちが。

 

 果てには上層部すらも注目する彼ら彼女らは、いったいどのような戦いを見せるのか……。

 

 

 

 その行方は、予知予知歩きにすら、分からない──。

 

 

 

「実はソフィアさんの未来、見えないんだよね」

「何、そうなのか?」

「ええ。だから俺も正直まだ警戒半分なんだよ」

 

 

 

 ついでに、迅は重要な情報を漏らした──。

 

 




そんな感じで訳あって迅の未来視が通用しないので、仮に迅が風刃持ち出してソフィアさんと戦ってもかなり勝率は低くなります。

迅vsヴィザとか原作で見てみたいなぁ……


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第5話 B級ランク戦開幕

本日三話目の投稿になります。
ぶっちゃけ初戦は消化試合なので短いです。


 

 

 無自覚ヒーローメガネ、三雲修の目覚めと記者会見での近界遠征発表という大ニュース。

 第二次大規模侵攻で、かつてよりも格段に抑えているとはいえ被害を出したボーダーに対する批難の目が、一転して期待へと変化した事などがあったりしたが、何はともあれ。

 

 ボーダーの異端、玉狛支部の面々にとっては非常に重要な意味合いを持つ今回のB級ランク戦。

 その開幕を、一人の落ち着いた筋肉がチェックしていた。

 

 

 ──ボーダー、玉狛支部──

 

 

 木崎レイジ。

 狙撃手、攻撃手、銃手……。

 三つのポジションにおいて、上級者の証であるマスタークラスに到達した、ボーダー唯一の「パーフェクトオールラウンダー」である。

 また、ボーダー最強部隊とも称される木崎隊……通称玉狛第一の隊長でもあり、とにかくすごい筋肉だ。

 

 そんな彼が眺めるのは、旧ボーダーメンバーにして現ボーダー上層部の一員、そして“ノーマルトリガー最強”としても広く知られる男、忍田本部長が珍しく個人戦を行っている動画。

 

 多くの隊員たちが見守る中、まさかの忍田敗北という結果になった衝撃の事件である。

 

 

「……やはり、強い」

 

 

 そう呟き、レイジはつい先日知り合った動画の主役について思い起こす。

 

 

 暗躍が趣味の実力派エリートこと、迅悠一に紹介された少女。

 ソフィア・アンデルセンと名乗った彼女は、信じ難い事に「ボーダーがアフトクラトルの軍勢によって壊滅した未来」からやってきたのだという。

 

 普通ならば妄想だと相手にしないのだが、あの迅が稀に見る程シリアスな表情で、真剣そのものな声色で居るのだから、信じないわけにもいかない。

 未来を予知するサイドエフェクトを持つ彼によって、いったい幾つの危機を乗り越えてきたのか、計り知れないのだ。ついに頭がイカれたか、と邪険にした結果最悪の未来に進んでしまうというのも馬鹿らしい。

 

 

 しかし、それでもやはり信じ難い事に変わりはなく。

 他でもない迅同様、未だ半信半疑というのが本音である。

 

 

「アフトクラトル……軍勢、か」

 

 

 先日起きた第二次大規模侵攻。

 その相手こそがアフトクラトルであり、ソフィアが言うにはおよそ四年後に、圧倒的な大戦力をもって再び侵攻してくるのだという。

 しかも、その目的は“ボーダーの殲滅”。

 

 曰く、レイジのかわいい弟子である雨取千佳がアフトクラトルに「新たな神」とするべく攫われ、そして本国の実権を握るに至った近界民、ハイレインが自らの基盤を安定させるため、一度は自身らを撃退したボーダーの戦力を危険視した結果らしい。

 

 

「…………」

 

 

 これを聞いたレイジは悩んだ。

 ほぼ間違いなく、千佳が攫われるのは遠征先での事だろう。

 少なくとも、ソフィアが知る未来ではそうであったようだ。

 

 

 果たして、このまま弟子を戦わせていいものか。

 彼女が攫われ、その結果最悪の未来が訪れるというのならば、例え誰に嫌われてでも、それこそ無理矢理にでも辞めさせるべきなのではないか?

 

 一人重苦しい雰囲気を漂わせるレイジだったが──。

 

 

「やあ、レイジさん。ぼんち揚げ食う?」

「……迅」

 

 

 頼れる実力派エリート、迅悠一が現れた。

 まあ、レイジがこうして悩んでいるのも元はと言えばこの男が原因ではあるのだが。

 いつもの飄々とした雰囲気で、迅はレイジと対面にある椅子に座る。

 

 

「なんでもソフィアさんが言うにはさ、向こうの俺は“千佳ちゃんを守って、捕まった人達も全員取り返すハッピーエンド”を目指して動いてたんだって」

「そうか」

「まあ確かに俺ならそうするだろうなって思ったんだけどさ。その結果がバッドエンドだったってわけだ」

「…………」

 

 

 雰囲気こそ普段のそれと変わらないが、その言葉はあまりにも重かった。

 

 

「で、それ聞いて思ったんだけど。きっと向こうの俺は、なんでもかんでも一人でやろうとしすぎたんだろうなって」

「暗躍が趣味だからな、お前は」

「はは、まぁね」

 

 

 ……実は、迅が席を外している間に、ソフィアがこんな事を言っていた。

 

 

『このままわたしの知る通りに行けば、迅は次の遠征で亡くなるわ。一人でアフトクラトル本国の奥深くに潜入した結果、敵に見つかったのだと思う。そして迅が持っていた“風刃”はハイレインに奪われ、わたしたちは最高の防御を失った』

 

 

 遺体のあの傷からして、恐らくやったのはアフトクラトルが誇る剣聖、ヴィザだろう、とも。

 

 

「迅。お前にしかできない事があるのはわかる。だが、もっと仲間を、俺たちを頼れよ?」

「……ああ、分かってる。あとそれレイジさんにそっくりそのまま返すよ」

「……くくっ、そうだな。不確かとは言え、先がある程度は分かっているんだ。俺たちであいつらを支えてやればいい、か」

「そゆこと。俺も千佳ちゃんの安全には気を付けるし、不覚を取らないようにトレーニングもしないとなー」

「ああ。絶対に、守るぞ」

「──もちろん」

 

 

 迅とレイジ。

 最悪の未来を聞かされた二人は奮起する。

 悲劇など、許しはしないと。

 

 

 

「それはそうと。いよいよランク戦始まるわけだけどさ」

「ん? ああ、そうだな」

「例のアンデルセン隊も参入するわけじゃない?」

「……そう、だな」

「……メガネくんたち、大丈夫かね……」

「…………何とも言えん…………」

 

 

 

 別の意味で空気が重くなった。

 

 そう、そうなのだ。

 本来存在するはずの無いアンデルセン隊がいるので、ただでさえ狭い遠征部隊選抜の門がより狭くなってしまったのである。

 

 この事に関してはちょっと鬼怒田さんあたりと相談してどうにか城戸さんを説得する必要があるかもしれないと思う、迅なのであった。

 

 

 

 そしてそのアンデルセン隊はというと──。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

『ボーダーの皆さんこんにちは! 玉狛第一 オペレーター、宇佐美栞です!

さあ、いよいよ始まります新シーズン! 待ちに待ったB級ランク戦、開幕!

あ、桜子ちゃんは後で来るからちょっと待っててね!』

 

 

 レイジ率いる玉狛第一、そして新たに増えた修たち玉狛第二のオペレーター、栞は実況役として本部にやってきていた。

 理由は単純。

 実況席の主こと武富桜子は、今回本来の仕事である海老名隊のオペレーターとして試合に参加するため、実況ができないのだ。

 

 そして、意外や意外。

 解説役は……。

 

『初日、昼の部を実況していくわけですが……。なんと、本日の解説には個人総合3位にして攻撃手2位! 風間隊の風間隊長にお越し頂いています!』

『風間だ。よろしく頼む』

『よろしくお願いしまーす! で、初日という事なのでランク戦の説明お願いします、風間さん!』

 

『……今期新たに参入した二部隊……玉狛第二とアンデルセン隊を加え、上位7チーム、中位7チーム、下位8チームの合計22部隊。その中で何度も三つ巴、四つ巴のチーム戦を行い、点を取り合う。

 一人撃破する事に1ポイント。時間内に最後まで生き残った勝者には、生存点としてボーナス2点が入る。

 加えて、前シーズンでの順位に応じて初期ボーナスが与えられるというのも特徴だな。

 そして、B級の1位と2位にはA級への挑戦権が与えられる……以上だ』

 

『ありがとうございます! さあ! 海老名隊、茶野隊、常盤隊、そしてアンデルセン隊! それぞれ転送完了! 各隊序盤はどう動くか!?』

 

 

 新たに二部隊増えたことで、下位グループは四部隊戦が二試合となり、実力が伴えば大量得点のチャンスとなる。

 これは、早々にA級昇格を目指す玉狛第二にとっては嬉しい誤算であろう。

 

 

 それはさておき。

 

 

 忍田本部長を打ち負かしたと噂のソフィア・アンデルセンの名を冠する、アンデルセン隊。

 見物に来ていた隊員たちの注目を集めるには十分であった。

 

「アンデルセン隊って一人だけなのか?」

「しかも可愛い女の子。大丈夫かあれ」

「おいお前たち知らねえのか!? あの子すげー強いんだぞ! あの忍田本部長を倒したんだから!」

「「は?」」

 

 C級はファン気分で興奮し。

 

 

「あーっ!? あの子はあの時の!!」

「新部隊の隊長だったのか……当てが外れたなぁ」

「……一人、か。しかしあの強さならば……」

 

 B級は勧誘できないことに落ち込み、あるいはその戦力を虎視眈々と観察する。

 

 

「いやあれB級下位にいちゃダメなやつだろ」

「そっすね、太刀川さん。本部長に勝っちゃうぐらいなんだし。まぁ上は特別扱いとかやらないもんなぁ」

「くそー、俺も参加したいぞ!」

「無理ですから」

 

 A級は上層部の思惑を推測し……。

 

 

 

 

 そして、アンデルセン隊は彼ら全員の度肝を抜いた。

 

 

『んな……!? な、なんだこれはぁ!?』

『……マップの広さなど関係ないと言わんばかりだな。障害物もお構い無しか。あとお前、もう少し声を抑えろ。なんなんだそのテンションは』

 

 

 あまりの脚力に地面が弾け飛び、トリオンで生成された“民家”を蹴ってマップ中を凄まじいスピードで飛び回るソフィア。

 その速さは、目にも止まらぬどころか文字通り“目にも映らぬ”レベルである。

 

 

『トリガーは弧月だったが、最初は何も持っていなかった。となると、メインはスコーピオンか……あるいは射手か? む』

『あっ』

 

 

 確実にA級へ上がってくると予測し、ソフィアの戦力を分析する風間だったが。

 ほんの少しの隙に、戦局が動いた。

 

 

『えー……茶野隊全滅! あ、あっという間の出来事でした!!』

『まるで戦いになっていないな。無理もないが』

 

 

 わけもわからぬ内に首を落とされ、緊急脱出した茶野隊と、動揺する各隊。

 そして残された者たちは一際大きい建物に立てこもった。

 

『広い外では不利と見たか、各隊敵同士という事も忘れて、あるいは共同戦線を結び、籠城する形! 数の力で対抗しようという事か!』

『ふむ。まあそれぐらいしか取る手はないだろうが──』

 

 

 風間が言葉を続けようとした、まさにその時。

 閃光と共に大爆発が起きた。

 

 

『……け、決着! 衝撃の結末です! アンデルセン隊長、籠城を決め込んだ各隊を丸々メテオラで吹き飛ばしたぁ~!! ……あれ、メテオラだよね? 威力すごかったけど』

『……万能手、か? まぁ今回は相手が悪かったとしか言いようがない。解説のし甲斐がない試合だった』

『ま、まぁまぁ。機会があったらまた呼ぶから……。ごほん。アンデルセン隊、生存点と合わせてまさかの一挙11得点!! 22位から暫定6位へジャンプアップです! これは強い!!』

『中位グループと上位グループの試合次第だが、まぁ最低でも中位には食い込むだろうな、アンデルセン隊は』

『そうですね、まだこれが本日初……そして今シーズン初の試合なので、順位は変動するでしょう!』

『アンデルセン隊はどうやらかなり早い段階で全ての敵を捕捉していたな。派手に飛び回ったのもそのためだろう』

『なるほど! えー、今後もアンデルセン隊には目が離せませんね! では、風間隊長、ありがとうございました!』

『ああ、お前もお疲れ様だ。また頼む』

 

 

 敵の三部隊全員を撃破し、生存点込みで11得点。

 ここまで豪快な結末はなかなか無い。

 実況しながらこの試合を目に焼き付けていた栞は、帰ったら修くんたちに見せてあげよう、と決意した。

 

 

 

 尚、そんな栞がオペレーターを務める三雲修率いる玉狛第二もまた、生存点込みで11得点を上げ、軽い祝勝会のようなものが開かれたのは余談である。

 

 




ソフィアのステータス載せときます。
は? て思うかもしれませんが、きちんと理由ありますから。


トリオン  25
攻撃  18
防御・援護  17
機動  15
技術  13
射程  6
指揮  9
特殊戦術  5

※ノーマルトリガー装備時 合計108



以下は1話で壊れた黒トリガー装備時のステータス。
もちろん黒トリガーが万全の状態なら、です。


トリオン  50
攻撃  23
防御・援護  20
機動  18
技術  13
射程  7
指揮  9
特殊戦術  11

※黒トリガー“飛天”装備時 合計151



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第6話 No.4との遭遇

本日四話目です。予定より一話増やしました。

アンデルセン隊の順位については

前回試合終了直後→他部隊の初期ポイントを参考に暫定6位→他部隊の試合結果が反映されて現在の順位

という流れになってます。


 

 

 ランク戦初日で快勝し、一気に順位を8位にまで上げた玉狛第二。

 あまりにも順調なスタートに、玉狛支部の面々は大騒ぎであった。

 

 ……訂正。

 大騒ぎしているのは一部のみであった。

 主に小南とお子様が騒いだ。

 

 そんなこんなで祝勝会が一段落してから、昼の部で実況役を務めた栞がふと皆を集める。

 尚、実力派エリートはちょくっと顔を出しはしたが、今は不在である。

 

「どうしたんだしおりちゃん。これからすわ隊とあらふね隊の対策をしようというのに」

「見せたいものがあるんだよねー。ほら、昼の部でも11得点上げて下位から中位に上がったチームがいるって話」

「11得点……!」

「すごい」

「修たちと同じ得点っすね。いくら下位と言っても珍しい」

「二チームもそれほどの得点を取るのは前代未聞じゃないか?」

「って言っても下位でしょ? 大したことないわよ」

「そう言われるとおれたちも大したことないってことになるぞ、こなみ先輩」

「しかもしかも! 今シーズン新たに加わったチームという点も修くんたちと同じなの!」

「「……!」」

「……やっぱりあの人か」

「!? 知ってるのか、空閑!?」

「まぁね」

「(どういう繋がりなんだ……!?)」

 

 ソフィアを知る遊真とレイジは既に分かっているが、烏丸、小南、修、チカの四人は知らないので興味津々である。

 

 陽太郎は栞を待っているうちにおやすみしました。

 

 

「あったあった、これだ」

「俺はもう見たが、すごいぞ。これと当たった連中はご愁傷さまとしか言いようがない」

「レイジさんがそこまで言うなんて珍しいっすね?」

「ふ、ふん! ウチの遊真の方がすごいし!」

「ありがたきしあわせ」

「……“アンデルセン隊”……? 外国人ですか? それとも、近界民……?」

「さあ? でも本部直属だし、外国人なんじゃないかな。さすがに城戸さんが許さないだろうし。見せたいのもこの人の戦いなんだよね!」

「ふーん……若いわね」

「俺と同い年だぞ。直接聞いた」

「「!?」」

「ここに来たんですか!?」

「ああ。迅の紹介でな」

「初耳なんすけど」

「あたしもなんだけど!? なんで言ってくれなかったのよ! っていうかこの見た目で21歳!? 嘘でしょ!?」

 

 

 さらっと知り合い発言するレイジに皆が驚愕する中、動画が始まる。

 新シーズン一発目の試合にして、見た者全ての度肝を抜いた、凄まじいものが。

 

 

 そして──。

 

 

「「…………」」

「すごいな」

「でしょ? 見てよかったと思わない?」

「いずれ当たる可能性は高いしな。この分だと間違いなく上位に行くだろう。はっきり言って桁違いだ」

 

 

 言葉を失う一同と、どこか得意気な栞。

 冷静に呟く遊真と、冷静に返すレイジ。

 

 見事に反応が二極化した。

 

 

「ぜ……全力でまあまあね!」

「小南先輩、動き見えました?」

「あ、ああ、当ったり前じゃない!!」

「「(見えなかったんだな)」」

 

 

 ちゃんと見えたし! 負けないし!!

 ともぎゃる小南を横目に、いつも通りの冷や汗を流す修。

 唖然とするチカ。

 冷静に、しかし何度も動画を見る遊真。

 

 

「幸い次の試合では当たらないが、いつまでも避けていられるわけじゃない。だが、先のことに囚われすぎて次の試合を落としていたら世話が無いからな。きちんと次の対策もしておけよ」

「あっ、はい! えーと、荒船隊と諏訪隊……」

「うーん……速いな。おれでも追いつけなそうだ。もしチカを狙われたらカバーしきれない。そうなるともっとスピードを上げなきゃいけないけど、どうしたもんかな……」

「おい、空閑。気持ちはわかるが、とにかく今は次の荒船隊と諏訪隊とのランク戦に集中するぞ!」

「……ん、おお。すまんオサム」

 

 

 こんな感じで、アンデルセン隊の戦闘模様は玉狛の面々に大きな衝撃を与えた。

 

 

 その後。

 遊真はかつてないほど真剣に、アンデルセン隊への対策を考えつつレイジと一緒に防衛任務。そして翌日以降の空いた時間で小南と何度も模擬戦を。

 修もやっぱりアンデルセン隊への対策を考えつつ、烏丸指導の元に自分を鍛え。まぁその前に荒船隊と諏訪隊をどう攻略するか、ひたすら考えていたが。

 チカはどうしたらもっと修たちの力になれるかを考え、後日それまでよりハードなトレーニングをレイジに要求した。

 

 

 

 B級ランク戦2日目、中位グループ。

 昼の部、組み合わせは──。

 

 

 暫定9位、アンデルセン隊。

 暫定11位、鈴鳴第一。

 暫定13位、漆間隊。

 暫定14位、那須隊。

 

 以上の四部隊だ。

 

 

 尚、修たちは夜の部で諏訪隊、荒船隊の二部隊が相手である。

 

 

 各隊の様子は……。

 

 ──鈴鳴第一──

 

「鋼、昨日の試合見た?」

「ええ、アンデルセン隊でしょう。すごいですね」

「鋼先輩なら大丈夫ですよ! なんたって攻撃手4位の凄腕なんだし!」

「そう安心もできないわよ。噂じゃあの忍田本部長にも勝ったらしいし」

「マジっすか!?」

「本部長に……!?」

「それは……すごいな。それが本当なら、俺だけじゃ抑えられない」

「そうなると、ぼくと太一も鋼の援護をしなきゃだめだね」

「すいません、お願いします」

「なんのなんの。皆で勝とう!」

「「はい!」」

 

 

 

 ──漆間隊……は、謎のままにしておこう。

 ということで、那須隊──

 

 

「うーん。アンデルセン隊はちょっとデータが少なすぎるよね」

『そうですね。忍田本部長との弧月十本勝負と、昨日の試合。たったこれだけですもん』

『そうね……使うトリガーで分かっているのは弧月と、昨日の最後に使ったメテオラだけ。他はまだわからない……』

「でも、強い事は間違いない。しかも鈴鳴もいるし……村上先輩を上手くアンデルセンさんにぶつけられたらいいんだけど。マップ選びをどうするかだね」

『……あれ? アンデルセンさんって年上なんですか?』

「らしいよ。玉狛のレイジさんと同い年だって」

『『!?』』

 

 

 結局、あまりにもアンデルセン隊の情報が少なすぎるため、どの隊も明確な対策は打てずにいた。

 その点で言うと、かなり特殊な事情から全員の手の内を知り尽くしているアンデルセン隊が非常に有利である。

 鋼たちもまさか、相手が未来の自分たちと戦った事があるとは思わないだろう。

 

 

 そしてそのアンデルセン隊はと言うと──。

 

 

「いやー、さすがにすげーですね~。11得点で一気に9位とか~」

「あらあら、褒めても何も出ないわよ?」

「ちぇ~。と、次の相手ですけど~」

「鈴鳴と漆間隊、そして那須隊ね」

「ですね~。昨日みたく全取りってわけにはいかないと思いますよ~」

「それは……あの子たちの動き次第かしら。少なくとも負ける気は無いわよ」

「はえ~、すっごい自信~。でも、鋼さんとかは要注意ですよ~? あの人、すっごいサイドエフェクト持ってますから~」

「そうね……ちょっと試合でもしてこようかしら?」

「はい?」

「行ってくるわね。なんならついてくる?」

「エッ、いやちょっと待っ──」

 

 

 村上鋼。

 彼が持つ「強化睡眠記憶」というサイドエフェクトを知ってるぽいのに何故わざわざ情報を与えるような事をするのか、と詰め寄ろうとした灯だったが、有無を言わさぬ微笑みに封殺された。

 

 この慢心、どげんかせんといかん、と息を荒らげる灯は、しかし自らの隊長が忍田以外と個人ランク戦をする様子を見てみたかったので、ついていく事に。

 

 

 

 奇しくも、件の鋼もまた、アンデルセン隊への対策として、スピードが特徴的なソフィアと似た戦闘スタイルだと思われる緑川を探して本部を訪れていた──。

 

 

 

 

「そんなわけでやってきました、ランク戦ブース~」

「うふふ。楽しそうね、灯」

「そりゃもう~。あたしだってソフィアさんの戦いには興味がありますから~」

「そう? まあ最近はお出かけしてばかりでろくに戦ってもいないものね、わたし」

「そう、そうですよ~! 慢心していいのはAUOだけだって昔から決まってるんです~!」

「慢心しているつもりはないのだけど……」

「いいえっ! してます~!」

 

 

 作戦室を飛び出し、ランク戦ブースへと足を進めた二人は、入口でそんなコントをしていた。

 当然、その様子は目立ちに目立ち。

 ただでさえソフィアは美しすぎて人目を引きやすいのだ。

 

 

「おい、あれ……」

「アンデルセン隊……!」

「直接見ると本当にかわいいなぁ……」

「彼氏とかいるのかな?」

「どっち?」

「アンデルセン隊長」

「だよな」

 

 

 群衆が騒ぎ出し、ブースで存在感を放っていたA級、B級の隊員たちもまたソフィアたちの登場に気付く。

 

 

「こうして並んでると、ソフィアさんの引き立て役にしかなってなくて悲しい」

「大丈夫よ、灯はかわいいわ」

「ほんとですか~……?」

「ええ。あら、鋼くんがいるわね」

「へ」

 

 

「おお、あれが噂の美少女隊長!」

「ん、米やん先輩ってああいうのがタイプなの?」

「ばっかお前わかんねーかなー。わかんねーか」

「なんかはらたつ」

「…………」

「あ、そっか。鋼さんとこの次の相手ってアンデルセン隊だっけ」

「ああ」

 

 

 と、思うじゃん? が口癖というか決めゼリフの、A級三輪隊攻撃手、米屋陽介。

 弱冠14歳にしてA級草壁隊の攻撃手を務める優秀な犬っころ、緑川駿。

 

 彼らと共に、村上鋼がじっとソフィアを見つめていた。

 

 

 そんな彼らに、微笑みながら近付くソフィア。

 止めるべきか止めざるべきか悩む灯。でもちゃっかり足は進んでいる。

 

 

「初めまして、アンデルセン隊長。鈴鳴第一の村上鋼です」

「はっじめましてー! 三輪隊の米屋陽介っす!」

「……ハジメマシテ。草壁隊の緑川」

「なんだおめー緑川、緊張してんのかー? 柄にもなく猫みたいに警戒しやがって」

「そんなんじゃないって」

 

 

 どうやらソフィアがレイジと同い年という話は確実に知られてきているようである。

 これには迅を使って情報を流したソフィアもニッコリだ。

 

「アンデルセン隊オペレーター、猫山灯です~」

「アンデルセン隊隊長、ソフィア・アンデルセンよ。よろしくね、三人とも。あとソフィアでいいわよ」

「よろしくー! で、で? ソフィアさんはもしかして鋼さん対策だったり?」

「それも無くはないけど、ちょっと体を動かしたくなって。どうせだから一戦どう?」

「俺でよければー!」

「残念、鋼くんの方」

「ありゃ……ですってよ鋼さん」

「それは──」

 

 

 もしやソフィアさんは自分のサイドエフェクトを知らないのか、と逡巡する鋼だったが──。

 

 

「やめといた方がいいよ、ソフィアさん」

「あら?」

「んー、言っても言わなくてもフェアじゃねー気がすんなー。でも俺も緑川に賛成っすね」

 

 

 意外な事にソフィアを警戒している様子の緑川がアドバイスし、米屋もまた賛同した。

 鋼としてはもっともだ、と頷きたいところだが、それでも情報が少なすぎるので残念だというのが正直なところである。

 

「ほらー、緑川くんと米屋先輩もこう言ってるじゃないですか~。やめましょうよ~」

「「ん?」」

「……もしかして」

「ええ。わたし、あなたのサイドエフェクトは知ってるわよ? その上で聞いてるの」

 

 

 首を傾げる米屋と緑川。

 目を見開く鋼。

 たはーと項垂れる灯。

 

 

「──鋼くん。一戦、どう?」

「……十本勝負で、五本終わってから15分の休憩を挟む。それでもよければ是非」

「構わないわ。全力でかかってきなさい、鋼くん。上には上がいると教えてあげる」

「──望むところです」

 

 

「おいこれ実況とかいた方が盛り上がるんじゃね?」

「あ、あたしやりましょうか~?」

「お、いいね! じゃあ拡散して人集めっか!」

「あの隊長さん、すごい自信だね。次の相手だって言うのに、鋼さんのサイドエフェクトを知った上で挑むなんて」

 

 

 こうなっちまったもんは仕方ねえやと開き直り、ノリノリで実況役に名乗りをあげる灯。

 早速情報を拡散していく米屋。

 一番年下なのに一番冷静で、呆れる緑川。

 

 

 

 尚、「【速報】噂の美少女隊長、鋼さんと個人戦やるってよ」と題し米屋が広めた情報により、A級B級の隊員たちが挙って押し寄せる事になり、ちょっとしたお祭り騒ぎになる模様。

 

 




ランク戦の順位変動描写が地味に大変。
推移をまとめてるサイトとか探し回りましたよ。


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第7話 おじさん系乙女

おはようございます。本日一発目です。
今日は夜勤なので、夜までに投下していきます。



 何を考えているのかよくわからない、三輪隊のお調子者アタッカー、米屋陽介。

 彼が広めた情報によって個人ランク戦ブースに集った隊員たちは、今。

 

 

 まさかの光景に、言葉を失っていた。

 

 

 

 

『トリオン供給器官破損。村上、緊急脱出。

10-0。勝者、ソフィア・アンデルセン』

 

 

 

 ボーダーが誇る攻撃手4位にして、「強化睡眠記憶」と名付けられたサイドエフェクトにより、これまで戦った敵との経験を積み重ねている猛者が。

 あの、村上鋼が。

 

 

 今シーズン新たに参入したB級部隊の隊長に、為す術もなく完敗したのだ。

 

 

 

「つえーな……鋼さんが一本も取れないとか、そんなんありか?」

「忍田本部長に勝ったって話、本当だったのか」

「おい、米屋」

「太刀川さん。何すか?」

「アイツ、休憩は取ったんだよな?」

「そっすよ」

「それであれか。くそー、いいなー羨ましいなー。俺ともやってくれんかなー」

 

 

 ようやく言葉を絞り出した米屋と緑川の元に近付き、心底羨ましそうに眺めるのは、太刀川慶。

 攻撃手1位、そして個人総合1位の凄腕である。

 ただし大学の単位を生贄に捧げたバカだが。

 

 

「強い……。嘘でしょ、あの村上先輩がストレート負けなんて……」

「これは、作戦を練り直す必要がありそうね……」

「そうだね、玲……」

 

 

 鋼とソフィア。

 次の試合で最も厄介な二人が戦うと聞いて、急いで飛んできた那須隊の熊谷と隊長の那須は、呆然と呟く。

 あの鋼であればソフィアを仕留める事も可能なのではないか、と踏んで作戦を立てていただけに、今回の結果は衝撃的であった。

 

 

「俺おもたんやけど」

「なんすかイコさん」

「あの子、なんで揺れへんのやろな」

「私服の時は揺れるらしいですよ。迅さんが言ってました」

「マジで? それはさておき俺もやりたいわ」

「俺らだけゲスい会話してて恥ずかしいっすわ。それとイコさん。あの人普通に年上やで」

「マジで!?」

 

 

 どこぞのお笑い部隊がそんなコントをしていたり。

 ちなみに、どこが揺れるのかは察して頂きたい。

 

 

 

 そんなギャラリーを尻目に……。

 

 

「強いですね……。正直驚きました」

「うふふ、鋼くんはまだまだね。精進なさい」

「そう、ですね。これからはもっと個人ランク戦をやるようにするか……」

 

 戦いを終えた二人はにこやかに握手を交わし、鋼は敬意を持って頭を下げた。

 これまでにもボーダーの凄まじい使い手とは戦ってきたが、ソフィアの強さは群を抜いていた。

 何をしても攻撃を捌ききれず、相手を捕捉する事すらできない、というのは初めての経験である。

 

 

 知ったつもりではいたが、あまりにも速すぎて目で追えないのだ。

 レイガストで守りを固めたつもりが、気付けば後ろに回られていて斬られる。

 打開策がまるで見えてこないというのは随分と久しぶりの経験である。

 

 

「そういえば、ソフィアさん」

「何かしら?」

「今回は弧月だけしか使ってませんでしたけど、他にも何か隠してますよね」

「ええ、そうね。弧月はどちらかと言うとメインというより近寄られた時の迎撃用なの。まあ、個人ランク戦だと弧月の方がやりやすいっていうのもあるのだけど」

「やっぱりそうか……うーん」

「次の試合、楽しみにしてるわ」

「こっちは対策を考えないと……忙しくなりそうですよ」

「いい事じゃない」

「──違いない。それでは、ありがとうございました」

「こちらこそありがとう。またね」

「はい、また」

 

 

 隠し玉がある事を隠そうともしないソフィアに苦笑いしつつ、試合の事を考える鋼。

 ソフィアは慢心している、と緑川やオペレーターの灯は言うが、どうやら慢心していたのはこちらの方だったらしい、と頭をかく。

 

 正直、ここまで手も足も出ないとは思ってもみなかった。

 

「上には上がいる、か。その通りだったな」

 

 

「あっ、ソフィアさ~ん!? あたしを置いていかないでくださいよぅ~!!」

 

 

 

 用は済んだという事なのだろう。

 ソフィアは、集まった隊員たちに捕まらないうちにさっさと去り、それを灯が慌てて追いかけていった。

 

 

 

「っお~い村上!! お前ずるいぞ! 俺だってあの人とやりたかったのに!! どうして引き止めてくれなかったんだよ!」

「痛っ!? た、太刀川さん……?」

「もうこうなったらお前でいいや! やろう!」

「いや、俺は対策を考えなきゃいけないので……」

「うるせぇ、やろう!!」

「いや、だから──」

「はいはい太刀川さん落ち着いてー! ごめん鋼さん! このヒゲは俺が連行しますんで!」

「出水……た、頼む」

「うおお、離せ出水ィィィ!!」

「おい槍バカ! 手伝え!!」

「ガッテン承知っと。まったく、俺もやりたかったのによー」

 

 

 思わぬ戦いを見て血が疼いたのか、単位を生贄にした個人総合1位が暴れたが、チームメイトである出水公平と、その友人である槍バカこと米屋によって捕獲。

 ずるずると引き摺られ、去っていった。

 

 

 

 それを呆然と見送る鋼。

 そんな鋼に──。

 

 

「強いだろ、あの人」

「……迅さん? 珍しいですね」

「まあね」

「あの人って、ソフィアさんですか」

「うん、そう。あんなに強い人でも、どうにもならない事があるんだ。俺たちももっと強くならないとな」

「……仲間を、そしてこの街を、守るためですか」

「そゆこと。次の試合、楽しみにしてるぞ」

「あ、はい……」

 

 

 迅が個人ランク戦ブースに顔を出すのは非常に珍しい。

 今はフリーのA級なので、居ても別におかしくはないのだが。

 

 案の定、鋼とソフィアの試合を見に来ただけだったらしく、迅はぼんち揚げを食べながら去っていった。

 その後を犬のように追いかけていく緑川。

 

 

 そして、集まりに集まった群衆は、どんどん消えていき、鋼もまた、その中に紛れて帰っていった。

 

 

 

 そして、ソフィアは──。

 

 

「ソフィアさ~ん」

「ん?」

「チーム戦の時もそうですけど、どうして弧月しか使わないんですか? 他はまだメテオラ一発しか使ってないじゃないですか~」

「まだ時期じゃないのよ。でも、たぶん次の次からは弧月以外も使うわよ」

「ほんとですか~? とか言って結局メテオラしか使わなかったりとか~」

「メテオラも使う、の間違いね。皆を驚かせるのが楽しみだわ」

「旋空見せてくださいよ、旋空弧月~」

「結局弧月じゃないの」

「や、そうですけど。あれすっごいんですもん~」

「生駒くんもやるでしょ」

「……まあ、そうなんですけどね~。もう、冷めてるなぁ~」

「そ、そうかしら?」

「そうです~」

 

 

 にゃーにゃーまとわりつく灯の相手で、ちょっと疲れていた。

 こう言ってはなんだが、試合よりも疲れる気がする。別に嫌いなわけではないのだが。

 

 

 貴重なソフィアの情報を隊の面々と共有し、対策について話し合う鈴鳴第一。那須隊。漆間隊。

 しかし彼ら彼女らが頭を抱え、唸る。

 

 

 負ける気など微塵もないソフィアは、しかし灯にぶーぶー文句を言われるほどリラックスしながら日々を過ごし、体操やら散歩やらに時間を費す。

 無論、だらけているわけではない。

 だらけているようにしか見えないが、これはこれで今の身体に慣れるという非常に重要な目的があった。

 

 

 見据える先は、遠征。

 そして四年後に訪れるかもしれない、アフトクラトルの大軍勢による襲撃。

 

 全てはそのための布石なのである。

 

 

 

「ソフィアさん……結局、何も対策してないですけど~?」

「大丈夫よ」

「本当かな~……いや、体操とか眼福でしたけど」

「おじさんみたいね」

「おじっ!? 今言うてはならんことを言いましたよあなたは!! 15の乙女に向かってなんてことを言うんですか!!」

「事実じゃないの。さあ、にゃーにゃー言ってないで気持ちを切り替えるわよ。試合が始まるわ」

「むむむぅ……」

 

 

 

 B級ランク戦二日目、昼の部……開始。

 

 

 




まぁ忍田さんに勝つぐらいなのでこうなるよねっていう。
太刀川対鋼とかどんな感じなんやろ。

ちなみにソフィアはGカップです。
そのままで動くと胸が揺れて大変なので、トリオン体は揺れないように細工がしてあります。


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第8話 B級ランク戦 二日目

本日二話目です。

今回長めです。というかランク戦はどうしても長くなっちゃいますね(:3_ヽ)_

ランク戦中の「」←これは基本的にチーム内だけの内部通信、【】←これはオペレーターのセリフ、という分け方をしています。
『』←これは実況・解説ですね。
試合中だけど他チーム同士で明らかに会話してんなこれ、ってやつは内部通信じゃないです。


 

 

 先日行われた個人ランク戦で、あの村上鋼をストレートで下した超新星、ソフィア・アンデルセン。

 その彼女が率いるアンデルセン隊が戦うチーム戦とあって、ランク戦二日目昼の部を観戦するべく多くの隊員たちが足を運んでいた。

 

 来ていないのは防衛任務が入っていたり、次の試合の対策を必死に考えていたりする面々。そして、どうしても外せない用事がある者ぐらいだ。

 

 

 一部、情報に疎いツワモノも来ていなかったりするが。例えば某幹部にアッパーをかまして降格したあの人とか。

 

 

『さぁ本日も始まりました、B級ランク戦ラウンド2。実況は私、東隊オペレーターの人見がお送りします。解説席には三輪隊の古寺さんにお越し頂きました』

『古寺です。よろしくお願いします』

『選択されたマップは“市街地B”ですね。ここは高い建物と低い建物が混在し、場所によっては射線が通りにくいマップですが……』

『オペレーターを除けばたった一人しかいないアンデルセン隊と漆間隊はともかく、鈴鳴第一には狙撃手がいますから、それを封じたい構えでしょうか。マップを選択した那須隊にも狙撃手の日浦隊員がいますが、そこは地形の利を活かして……といったところでしょう』

『なるほど。さぁ、ここで全部隊転送完了! 二日目昼の部、四つ巴戦……いよいよ開始です』

 

 

 ランク戦が始まり、転送完了と同時に周囲を見回す各員。

 しかしマップの選択権を持つ那須隊だけは、確認する必要もないため早々に動き出す。

 これが下位チームの強みである。

 

 観衆もまた巨大なモニターに映されたマップを眺め、ある者は愉快気に口笛を鳴らす。

 

 

『マップ“市街地B”、天候“雨”! アスファルトが濡れ、少々足場が悪いか?』

『なるほど。これは那須隊のアンデルセン隊に対する策ですね。機動力を奪いたい、という事でしょう。転んで隙を晒す恐れがある』

『とすれば、那須隊の狙い通りにアンデルセン隊は初日ほど派手な動きは──』

 

 

 人見がそこまで言いかけた、まさにその時。

 ソフィアが初日を彷彿とさせる姿を見せた。

 地面が弾け飛ぶほどのスピードで、建物を縦横無尽に蹴って跳ね回っているのだ。

 

 

「嘘!? この雨で……!?」

「マジか、あの人よくやるなぁ!?」

 

 

 

【!? 鋼くん、敵に警戒!! ハンパじゃないスピードでそっちに向かってるわ!!】

「──了解」

 

 

 マップを選択した那須隊の熊谷が信じられないとばかりに目を見開き、鈴鳴第一の別役太一もまた、ひぇーと戦慄する。

 そして少し時を置いて、一通りマップを“巡回”し終わったソフィアが、鋼目掛けて一直線に飛んできた。

 

 

『……』

『す、すごい事しますね……ご、ごほん。なんというか、アンデルセン隊長は多少の雨をものともせずに走り回れるようです』

『いくらトリオン体とはいえ、相当な勇気が必要ですよね……あの速さで滑って転んだらエラいことになりますし』

『そうですね……』

『え、えーと……あっ! チームメイトと合流するべく動いていた村上隊員を、アンデルセン隊長が強襲! そ、空から降ってきた!?』

 

 

 この人外じみた動きには一同唖然である。

 しかし、直接戦った鋼は「あの人ならこれぐらいはできる」と冷静であった。

 そして、文字通り“降ってきた”ソフィアの攻撃を間一髪で防ぎ、何とか無傷に抑える。

 

 先日の個人ランク戦で、彼女が使ってきた手だったからこそ、ギリギリ見えたのである。

 ちなみに、アンデルセン隊の隊服は上が白で下が黒、上は胸に二つのポケットが付いたシンプルなもの。下はショートパンツである。健康的な太ももが眩しい。

 

 

「ごきげんよう、鋼くん。少し遊んでくださる?」

「遠慮します、と言いたいところですが……逃がしてはくれないでしょうね」

「ええ、そうね。逃げたとしても──」

 

 

 軽く会話する二人。

 しかし──。

 

「ッ!? くっ……」

「鋼!!」

「鋼さん!?」

【鋼くんッ!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──地の果てまでも追いかけて、仕留めるわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソフィアが一瞬だけ放った凄まじい“殺気”に鋼が怯み、その隙を見逃さない“魔王”の鋭い一撃が走る。

 尚、殺気を放った瞬間はソフィアの目からハイライトが消え、ものすごく怖かった。と、鋼は後に語る。

 今夜は夢にまで出るかもしれない。

 

 

 ついでに、ちょっとチビったらしい。

 聞いた相手が鋼と仲のいい荒船だったので、本当か冗談なのかは不明だが。

 きっと冗談だろう。きっと。

 

 

 

『む、村上隊員がダメージを負った!?』

『こうして見ると圧巻ですね……本当に速すぎて動きがまるで見えない。正直、今のでよく致命傷を負わなかったな、と村上隊員に感心してしまいます』

 

 解説の古寺が言う通り、鋼は辛うじて致命傷だけは避けていた。

 なんとか武器である弧月とレイガストも構える事は可能で、戦闘能力を大幅に奪われる事は回避したのだ。

 

 

「やるわね。取ったと思ったのだけど」

「ご冗談を……前より剣速が落ちたんじゃないですか?」

「そうかしら? だとしたら、この雨のせいかもしれないわ」

「嘘つきなんですね、意外と」

「あら、失礼な子」

 

 

『アンデルセン隊長と村上隊員、この試合で最も高い戦闘力を誇る両隊員が激しく争う! しかし、村上隊員が常にギリギリで攻撃を防いでいるのに対し、アンデルセン隊長は微笑みながら全てを回避しています! 手に持つ弧月で受ける、という事すらありません!』

『これだけレベルの高い斬り合いはなかなか見られませんよ。村上隊員は攻撃手4位の腕前ですし、アンデルセン隊長は弧月を持てばあの忍田本部長以上の強さですから。まるでA級同士の試合を見ているかのようです』

 

 

 余裕綽々、といった様子で微笑むソフィアを見据え、激しく切り結びながら、鋼は必死に頭を回す。

 

 

(間違いない。確実に剣速が落ちてる。となると、雨の影響っていうのは本当なのか? いや、まだ本気を出していないだけ、という方が可能性としては高い。気は抜けないな……!)

 

 

 

 かつてないほどの集中。

 今までの戦いも全て本気だったが、今の鋼はつい先程までの「村上鋼」を間違いなく超えている。

 あるいは、“殻”を破ろうという……その時。

 

 

 

【鋼くん!!】

「!? ぐっ!?」

「……外したか」

「あら。漆間くんじゃない」

 

 

 

 確かに鋼はかつてないほどに集中していた。

 しかし、目の前の“魔王”に意識を向けすぎたのだ。

 ソフィアが現れる前までは、ボーダーにおいて戦闘員が一人だけというツワモノすぎる唯一無二の部隊だったチーム、漆間隊。

 

 

 姿を隠し、漁夫の利を得る必殺仕事人は、静かに移動し、開始時点で最も近くにいた鋼を狙っていた。

 虎視眈々と潜み、隙を見せたこの瞬間を待っていたのである。

 

 そして、仕留め損なったと見るや、すぐにまた姿を消した。

 さすがに、ソフィアも鋼を放置してそれを追ったりはしない。

 

 何せ、今の鋼は漆間の銃撃により、左腕に穴が空いて使えない状態なのだ。

 今回の試合で最も堅牢な戦士を落とすチャンスなのである。

 

 

『おっと、漆間隊長が村上隊員を奇襲! またも辛うじて致命傷は逃れましたが、ここでこれは痛い!

 加えて、どうやら那須隊も集まってきている様子ですね』

『大胆不敵に立ち回るド派手なアンデルセン隊長とは違い、漆間隊長はまるで忍者のように隠れ、獲物を狙う仕事人ですから。

 村上隊員は少々アンデルセン隊長に気を取られすぎましたね。那須隊もまた、厄介な村上隊員を落とせるチャンスを狙っているのだと思いますよ』

『なるほど。さあ、村上隊員は果たしてこの窮地を凌げるのか?』

 

 

【鋼くん、分が悪いわ! 引きましょう!!】

「……無理です、ソフィアさんに追いつかれます」

「うふふ……。灯、漆間くんにタグ付けよろしく」

【はいは~い。ガッテン承知です~。それと~那須隊の人達も近付いて来てるので、警戒してくださいね~】

「ええ」

 

 

 

 万事休すか。

 知らず知らず、冷や汗を流す鋼。

 

 

(片腕ではソフィアさんを捌く事は不可能……。まずいな、やられる)

 

 

 ここまでか、と諦めが少しずつ鋼を侵していく……。

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

 

「あら、いらっしゃい。来馬くん」

「避けられた!? そんな、完全に死角だったはず……!」

「太一、今はそれよりも鋼を!!」

「りょ、了解っす!」

「来馬先輩、太一……」

【よかった、間に合ったわ!】

 

 

 後方から銃弾が襲いかかり、しかしそれを全く見ずに、最小限の動きで回避するソフィア。

 銃弾の主であり、鋼を助けるためにやってきた鈴鳴第一……正式名称“来馬隊”隊長、来馬辰也は背を向けたまま自身へ話しかけてくるソフィアに、決して少なくない衝撃を受けた。

 

 

(太一じゃないけど、今のは完全に死角だったはずだ! どうなってるんだこの人は!? 背中に目でもついてるのか!?)

 

 

『ここで鈴鳴第一の来馬隊長と別役隊員が援軍として到着! アンデルセン隊長、一転して挟み撃ちにされるという窮地に陥りました』

『しかし、背後から襲いかかってきた銃弾を苦もなく避けるとは、どういう仕組みなんでしょうね? 何かのサイドエフェクトを持っているのか……?』

『たしかに、一瞬も目を向けませんでしたね。仰る通り、サイドエフェクトの効果と考えた方が無難でしょう。としても、シールドを使う様子すら無いというのは珍しいですが……』

 

 

 挟み撃ちにされたにも関わらず、微笑みを崩さないソフィア。

 そんな姿に、鈴鳴第一の面々は薄ら寒いものを感じた。

 

 まるで、人型近界民と戦っているかのようだ。

 それが来馬の正直な感想である。

 

 

「三対一……これで勝てる! とでも思っているのかしら。もしそうだとしたら──」

「消えたッ!」

 

 

 また放たれた“殺気”に、嫌な予感を覚えた鋼は叫ぶ。

 しかし、現実は非情である。

 

 

 

「──甘すぎる、と言わざるを得ないわね」

「え?」

「……へ? あ、あれ?」

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

「「太一ィッ!!」」

 

 

 一瞬で、気付かぬうちに距離を詰められ、胸を貫かれた別役太一が光となって離脱する。

 それを、チームメイト二人は叫びながら見送る事しかできなかった。

 

 

『緊急脱出したのは……鈴鳴! 鈴鳴第一の別役隊員が緊急脱出!! い、一瞬の早業でした!!』

『は、速い……いったいいつ動いたんだ……? 瞬きしたら、もうアウト……って感じ、でしたね……村上隊員だけは気付いたみたいですが……まるで瞬間移動したみたいだ……テレポーター? いや、そういう感じでも無かったしなぁ……』

『そ、そうですね。えー……とにかく、先制はアンデルセン隊、アンデルセン隊です!』

 

 

 

 このままでは来馬まで落とされる!

 そう確信した鋼の動きは早かった。

 先程までよりも明らかにスピードが上がっていた事から、本気を出したソフィアには追いつけないと判断し、片腕で握っていた弧月を捨て、シールドモードのレイガストを握る。

 

「先輩、なんとか掴まってください! スラスターオン!」

「あ、ああ! くっ……」

「……逃がさない」

【そっか……! 方向を指示するわ!】

 

 

 レイガストのオプショントリガー、スラスターを起動して移動しながら来馬を回収。

 そのまま止まらずに飛び続け、ソフィアから逃走する。

 無論、ただ逃げるだけでは追いつかれるのは目に見えているし、スラスターの飛距離もそう長くはない。

 

 

 では、どうするのか?

 

 

 

 スラスターで飛べる距離が終わり、来馬を連れて全力で走る。

 二人とも、まだ足はやられていないのが幸いした。

 加えて、どういうつもりかまたソフィアのスピードが落ちている。

 これならば逃げ切れる!

 

 

「見えた!」

 

 

 

 それでも時折追いついてくる斬撃を必死に凌ぎながら、二人が向かった先に居たのは──。

 

 

 

「鈴鳴!? 村上先輩、ボロボロじゃない!」

「ということは、アンデルセン隊から逃げてきたのね……」

「どうするんですか、那須先輩?」

「…………」

 

 

 そう。

 先程までの戦闘エリアに向かって進んでいた、那須隊の面々である。

 

 

「来馬先輩、那須の鳥篭が来たらシールドお願いします」

「うん、任せてくれ」

 

「鈴鳴第一を落とすわ。くまちゃん、茜ちゃん、やるわよ。小夜ちゃんも、サポートお願いね」

「よし、あれだけボロボロならさすがの村上先輩だって!」

「チャンスがあったら狙っていきます!!」

【漆間隊にも気をつけて。それと──】

 

 

 ボロボロの鋼と、来馬。

 この二人しかいない今の鈴鳴第一の姿を見れば、点を取る為に那須隊は必ず向かってくる。

 そしてソフィアが追いついてくれば、三つ巴となり、少しはまともに戦えるはず。

 特に、那須が誇るバイパーによる全方位攻撃、「鳥篭」はソフィアにとっても決して放っておけるものではないだろう。

 

 これが鋼の考えた作戦である。

 漆間の奇襲にも気を付けなければならないが、この人数だ、そうそう姿は現すまい。

 

 

 

【【警戒!! 追いついてきた!】】

 

「あらあら、たくさんいるわね」

「やっぱりこの人数でも、あなたは来ますよね」

「す、すごいなぁ……下手をすれば五対一の戦いになりかねないっていうのに……」

 

 

 もっとも、同じ戦闘員一人の部隊であっても、構わず突っ込んでくるアンデルセン隊も居るのだが。

 

 

『鈴鳴第一、アンデルセン隊から何とか逃げ延びて、那須隊とかち合わせる事に成功! これで三つ巴となりましたね』

『そうですね。那須隊はまだ無傷ですし、射手の那須隊長はとにかく手数が多い。アンデルセン隊と戦わせるにはもってこいの人材でしょう。提案したのは流れからして村上隊員だと思いますが、いい策ですね』

 

 

 この試合の鍵を握る那須は、誰を狙うか考える。

 ソフィアと交戦し、ボロボロの鋼か?

 最もやりやすい来馬か?

 

 

 いや──。

 

 

「くまちゃん、鈴鳴をお願い。茜ちゃんはくまちゃんのサポートを」

「わかった。気をつけてね、玲」

「了解です!」

「……ふう。“バイパー”」

 

 

 自分が狙うべきは、あの村上鋼と交戦し、彼に重傷を負わせてなお、無傷で立つ猛者……ソフィア・アンデルセン!!

 

 

【うわ~、生“鳥篭”! ド迫力ですね~】

「そうねえ……どうしようかしら」

 

「くっ……速くて追いきれない……」

 

 

 トリオンキューブを展開し、弾が飛んでいく。

 自由に弾道を決められる事から那須が好んで使う射撃トリガー、バイパー。

 通常、このトリガーは予め幾つかの弾道パターンを決めておき、それを使い分けるというのが定石なのだが、高い技量を持つ那須は常にリアルタイムで弾道を引き、自由自在の攻撃を繰り出す事ができる。

 

 ボーダーにおいて、同じ事ができるのはA級1位部隊“太刀川隊”所属の射手、出水公平のみである。

 

 

 

 そんな那須の卓越したバイパー捌きにも、難点がある。

 那須が逐一弾道を引いているという事は、即ち那須が想定する範囲内の攻撃しかできない、という事。

 

 

 つまり、那須が目で追えない、あるいは動きの予測がつかない相手には、当てられないのだ。

 

 

『避ける避ける!! アンデルセン隊長、那須隊長の圧倒的な手数をものともせずに回避し続けます!』

『ここはメテオラ、あるいはトマホークで周囲の建物を一掃してアンデルセン隊長の“足場”を崩したいところですが、あのスピードですからね。そんな隙を与えたら間違いなくやられる。目隠しが通用すればあるいは……といったところでしょうか』

 

 

 ひたすら回避するソフィアと、隙を探しつつひたすら撃ち込む那須。

 こちらの戦況が膠着する中、“あちら”が動く。

 

 

 

 

《トリオン漏出過多。戦闘体活動限界。緊急脱出》

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

「あら」

「誰と誰が落ちたの……?」

【やられた……!! 那須先輩!】

「!?」

 

 

 

『ここで戦況が大きく動いた!! まさに必殺仕事人! 陰に潜んでいた漆間隊長が来馬隊長を仕留め、しかしすかさず返した村上隊員によって緊急脱出!

 繰り返します、緊急脱出したのは来馬隊長と漆間隊長です! これで鈴鳴第一はもう後がない!』

『鈴鳴第一と那須隊、共に“向こう”に気を取られすぎましたね。上手くその隙を漆間隊長に狙われました』

 

 

 戦況を地味に引っかき回した漆間と、あんまりいい所が無かった来馬の二人が緊急脱出。

 那須隊オペレーター、志岐小夜子の言う「やられた」というのは、せっかくのポイントを漆間隊に取られた、という意味での事であった。

 

 

「もう……びっくりさせないで。てっきりくまちゃんか茜ちゃんがやられちゃったのかと……」

【ご、ごめんなさい】

 

「ふうむ、いい仕事するわねえ。さすが漆間くん」

【のんびり言ってる場合ですか、も~! ポイント取られちゃったじゃないですか~!】

「いいじゃない、そんなに焦らないでも」

【遠征行くつもりならもっと焦ってくださいよっ!】

「もう、分かったってば」

 

 

 大きく動いた戦況。

 そのうねりは、まだ終わらない。

 

 なんとかして一旦離脱し、後がない鋼を倒すべきか悩みながらも、ソフィアの足止め……あるいは撃破に専念する事にした那須が猛攻を再開し、相変わらず微笑むソフィアがそれを避け続ける。

 それどころか、時折消えるように移動し、恐らくはすれ違いざまに斬撃を叩き込んでいるのか、那須のトリオン体に徐々に傷が増えていく。

 

 

 いつまで経っても仕留められないどころか傷一つ与えられず、こちらのダメージばかりが増えていく事に、那須が焦りを覚え始めた時。

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

「「!」」

「今度は……そんな!?」

「灯、分かる?」

【予想ついてるんじゃないですか~?】

「……まぁね」

 

 

 

 再びの緊急脱出。

 それは──。

 

 

【ごめん、玲……村上先輩に勝てなかった……】

「くまちゃん……」

 

 

『……もう後がなく、いつ緊急脱出してもおかしくない程にボロボロな村上隊員が鬼神のごとき粘りを見せ、焦った熊谷隊員を撃破! 鈴鳴第一、二点目です!』

『これで日浦隊員は那須隊長の援護に回らざるを得なくなりましたね。しかし、あのアンデルセン隊長に狙撃が当たるとは思えないので、自発的に緊急脱出した方が無難ではないでしょうか?』

『ここで村上隊員が動いた! ボロボロの体を押し、既に場所が割れている日浦隊員を狙うようです!』

 

 

 熊谷が緊急脱出し、日浦茜が鋼に狙われている。

 この状況に、那須は激しく焦る。

 仮に鋼が緊急脱出したとしても、彼に最も大きな傷を与えたのは恐らく、片腕を奪った漆間であろう。

 あるいは、鋼の全身を切り刻み、無数の傷跡をつけたソフィアかもしれない。

 

 

 何にせよ。

 那須隊には、まだポイントがない。

 

 

【!? 村上先輩が狙いを変えました! 那須先輩の方に向かってます!!】

「……そう。ありがとう、小夜ちゃん。茜ちゃんは緊急脱出してくれる?」

「那須先輩……いえ! せめて一点……!! 逃げられません!!」

「茜ちゃん……」

 

 

 

「来たわね、鋼くん」

【……分かってたんですか~?】

「ええ。戦士の勘かしら」

【そ、そうですか~】

 

 

 

 そして──。

 

 

『この試合もいよいよ終盤です。漆間隊が脱落し、鈴鳴第一で唯一の生き残りにして、既にボロボロである村上隊員。

 奮戦してはいますが、一歩及ばずポイントを取れていない那須隊長と日浦隊員。

 そして、未だ無傷であるアンデルセン隊長……。

 勝利はいったいどの部隊が手にするのか!』

『厳しい事を言いますが、さすがに村上隊員は限界でしょう。もうトリオンが尽きる』

 

 

 

 片腕を無くし、身体中からトリオンが漏れ、しかし目をギラつかせる村上鋼。

 彼が狙うのは、やはりというべきか。

 

 

「最後まで、付き合ってもらいますよ……。ソフィアさん……」

「……ふふ。いい、すごくイイわ。今のあなた、最高よ。一皮剥けたんじゃないかしら」

「かも、しれないですね……!」

「おっと」

 

 

 

 片腕でのスラスター斬り。

 バランスを取るのが難しく、攻めよりも守りを得意とする鋼が使う手としては非常に珍しい。

 

 

 

(ここ!!)

 

 

【!! ソフィアさん!】

【鋼くん!】

 

 

 激しく争う二人の元に殺到する弾。

 バイパーである。

 

 

 

「く、そ……!」

 

 

《トリオン漏出過多。戦闘体活動限界。緊急脱出》

 

 

 

「一つ……!? どこに──」

「──そう。あなたも、イイわ。綺麗なだけが戦いではないのよ、玲ちゃん」

「……!!」

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 

『こ、これは!? 村上隊員と那須隊長が緊急脱出! 一瞬のうちにすごい攻防が起きました!』

『村上隊員とアンデルセン隊長が競り合っているところに那須隊長がバイパーを撃ち込み、逃げきれなかった村上隊員だけが緊急脱出し、ポイントは那須隊に。そして、持ち前のスピードで回避したアンデルセン隊長がすかさず那須隊長のトリオン供給器官を貫いた、という流れでしたね』

『なるほど、ありがとうございます。これで残るはアンデルセン隊長と日浦隊員のみ! これはさすがに自発的に緊急脱出したいところですが……』

 

 

「そ、そんな!? もう近くまで来てるよぅ! 緊急脱出できないぃ!!」

【落ち着いて、茜! 空中にいる所を狙えば……】

「あ」

 

 

 ハイライトが無い絶望の目と目が合う。

 その瞬間、茜は思った。

 あ、むり。これ死んだ。と……。

 

 

 

「ごめんなさいね、茜ちゃん。泣いちゃダメよ?」

「ひっ……!」

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

『こ、ここで試合終了! 日浦隊員、自発的に緊急脱出しようと試みるも、既にアンデルセン隊長が60m以内にまで近付いていたため条件を満たせず、緊急脱出が不可能に! そしてそのままやられてしまいました!』

『さ、最後まで非常識なスピードでしたね……』

『5対2対1対1! アンデルセン隊の勝利です!』

 

 

 アンデルセン隊 撃破数三人、生存点獲得。

 鈴鳴第一 撃破数二人。

 那須隊 撃破数一人。

 漆間隊 撃破数一人。

 

 

 夜の部の試合結果と合わせ、アンデルセン隊は7位へと浮上し、上位入りした。

 また、修たち玉狛第二も諏訪隊と荒船隊相手に圧勝して6位に浮上し、同じく上位入り。

 

 

 

 そして、遂に。

 

 

 

 

 次戦組み合わせ──。

 

 

 

 暫定2位 影浦隊。

 暫定6位 玉狛第二。

 暫定7位 アンデルセン隊。

 

 合計3チームでの戦いとなる。

 

 

 

 ──ラウンド2で相手に見せた恐怖の微笑みや絶望のハイライト無しの目、という凄まじいインパクトから、不名誉ながらも“ボーダーの魔王”というあだ名が囁かれ始めたソフィア・アンデルセンと、“持たざるメガネ”こと三雲修率いる玉狛第二。

 

 

 今シーズン加入した二チームが激突する日が、やってくる──。

 

 

 




漆間が未だに詳細不明なので、BBFのトリガー構成を参照して私が妄想したスタイルで戦わせるしかありませんでした。どう考えてもアサシンスタイルになるよ……
原作にソフィアみたいなチートキャラ出るわけありませんしね。


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第9話 玉狛と魔王

本日三話目です。

向こうの遊真は当然ソフィアと面識があり、そもそも遊真の師匠である小南がソフィアの弟子なので、向こうの遊真はソフィアの孫弟子という事になります。
めちゃくちゃ強い上に優しいので、向こうの彼はかなり懐いていました。

当然、彼も亡くなりましたけどね。


 B級ランク戦ラウンド2が終わり、次戦の組み合わせが発表された夜の事。

 玉狛支部には、重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

 見事作戦がハマり諏訪隊と荒船隊に圧勝したにも関わらず、何故こんな有様なのか?

 それは、次戦での相手が原因である。

 

 

「えー、玉狛第二、遂に上位入り! おめでとう修くんたち!」

「あ、ありがとうございます」

「ここまでは順調だな、オサム」

「ああ、ここまではな……」

「……次の相手が気になるの? 修くん」

「ああ……」

 

 

 明るい声でクラッカーを鳴らす栞に対し、なんとか礼を返す修だが、チカの言う通り次の相手に勝てる自信が無く、かなり悩んでいた。

 それを眺めるレイジや烏丸も、まぁそうだろうな、と頷く。

 

 

「影浦隊はA級に居た事もある強豪だし、アンデルセン隊は言わずもがな。だが、遠征の選抜部隊を目指すからには遅かれ早かれ当たっていた相手だぞ」

「元A級部隊……ですか」

「やっぱりつよいのか? レイジさん」

「影浦隊か。そうだな、エース兼隊長の影浦が暴れて点を取り、銃手の北添と狙撃手の絵馬がそれをサポートし、隙あらば点を狙う攻撃的な戦術を取る。そういう意味では少しお前たちと似ているかもな」

「カゲさんはスコーピオンの名手よ。たぶんその扱いに関しては遊真より上手いと思うわ」

「小南先輩が素直に相手を褒めるのは珍しいっすね」

「うるさいわよとりまる」

「ほう、スコーピオンの名手とな」

 

 

 自らが使い、日々研鑽を積んでいるスコーピオンの扱いに関して、あの小南が「影浦の方が上」と明言した事に深い関心を抱く遊真。

 

 

「あの、影浦隊はどうしてB級に?」

「んー。勝手に言うのもなんだかなー」

「いいんじゃない? 本人も別に隠そうとしてないし。つかどうでもいいと思ってるでしょ、カゲさん」

「……ま、たしかに。えっとね、幹部の根付さんいるでしょ? あの人にアッパーをかまして降格と個人ポイントを8000点没収されたの」

「「え゛」」

「へえ、そうなのか」

「……まぁ、悪い奴じゃないんだ。ただ、あいつはちょっとサイドエフェクトで苦労していてな」

「そ、そうなんですか。サイドエフェクト……」

「ふむん。どんなの?」

「それは──」

 

 

 レイジが影浦のサイドエフェクトを明かそうとした、まさにその時。

 インターホンが鳴って訪問者を告げ、阻止された。

 

 

「こんな時間に誰すかね? ちょっと俺出てきます」

「頼む、京介。影浦の話は……まあ明日にするか」

「わ、わかりました」

「ふむ」

「あの、お客さんなら私たちはお邪魔なんじゃ……」

「まぁ待ちなさいよ。連絡も受けてないし、誰が来たかわからないのよ」

「そうだな。とりあえず待ってろ」

 

 

 そして、来客の応対に当たった烏丸は。

 

 

「はい、どなたです……か?」

「こんばんは、京介くん。修くんたちは居るかしら?」

「あなたは……アンデルセンさん」

「ソフィアで構わないわよ」

 

 

 玄関を開けると、満面の笑みを浮かべるソフィア・アンデルセンの姿が。

 今のところ接点がなく、何故来訪したのか分からない烏丸は、困惑する事しきりである。

 

 

「あ。レイジさんですか? それとも、次の相手の偵察とか?」

「偵察なんてものじゃないわよ。ただ、いい機会だから挨拶しておこうと思って」

「……とりあえず、中へどうぞ。夜は冷えますから」

「ありがとう」

 

 

 そういえばレイジさんとは知り合いなんだったか、と思い出し、名前を出してみる。それと、次の試合の相手である修たちの様子を見に来たのかもしれない。

 そう思い当たった烏丸だったが、しかし本人は挨拶に来たと言い張っている。

 

 

 何にせよ、同じボーダーの仲間である事は確かだ。

 そう邪険にする事もあるまい。

 

 

 

 こうして、烏丸は魔王を玉狛支部の中へと招き入れてしまった。

 

 

 そして──。

 

 

「と、いうわけで。客は修たちが次の試合で当たるソフィア・アンデルセンさんでした」

「どういうわけだ。何しに来た? アンデルセン」

「もう、レイジったら。ソフィアでいいと言ったでしょう? あ、栞ちゃん。これお土産ね」

「わ、超高級なチョコじゃないですか!? いいんですか!?」

「ええ。忍田さんからお小遣いを貰ったから」

「へえ、随分あの人に気に入られてんのね」

「何をしてるんだ本部長は……」

 

 

(なんかめちゃくちゃ馴染んでる……)

(なんかレイジさんと夫婦みたい……)

(レイジさん以外初対面のはずだけど、そんな感じしないな。やっぱり未来の並行世界ってのは本当なのか)

 

 

 

 さりげなく親戚のおじさんと化している忍田の暴挙が暴露される中、やたらと玉狛支部に馴染んでいるソフィアを見て、修たちはそんな事を思った。

 

 

「あ、おひ……いえ、初めまして、修くん。チカちゃん。遊真はしばらくぶりね」

「あ、初めまして……」

「初めまして……」

「おひさしぶり、ソフィアさん」

 

 

 そんな事を思ってると、声をかけられた。

 正面から見ると綺麗な人だな、と修とチカは目を奪われ、遊真はのんびりと返す。

 何気に、チカは修の母より綺麗だと思える人間に出会ったのはこれが初である。

 

 

 雰囲気が若干緩やかになった、この瞬間。

 

 

「いい目ね」

「「え!?」」

「速い……」

「生身なのにすごいスピードだな」

「おい。室内で派手に動くなよ。ここは試合のマップじゃないぞ」

「あら、ごめんなさい。つい」

 

 

 客が来た事から立ち上がっていた修のすぐ傍に、いつの間にかソフィアが立っていた。

 それどころか、修の心を見透かすかのように目をじっと見つめてくる。

 

 

 その動きを追えなかった烏丸が思わず呟き、遊真は素直に驚いていた。

 トリオン体ならともかく、生身でこれほど速い人間が居るというのはびっくりである。

 

 

 そして、以前知り合った際に同じような事をされたレイジだけは冷静に咎めた。

 

 

「な、な、なんのつもりよ! ウチの修に何する気!?」

「あら。小南ちゃんには嫌われちゃったかしら。悲しいわ、お姉ちゃんお姉ちゃんって、小さい頃はあんなに懐いてくれた小南が……」

「そうだったんすか、小南先輩」

「なわけないでしょ今日が初対面よ!! さすがに騙されないわよ!」

 

 

 一拍遅れて噛み付く小南に対し、およよよ、と泣き真似で返すソフィア。

 烏丸もいつも通り真顔で乗っかり、しかし自分自身の事なのでいつものようにはいかない小南。

 

 

 

 それを見て、事情を知るレイジと遊真は押し黙る。

 きっと、“向こう”の小南は本当にソフィアを姉のように慕っていたのだろう、と。

 

 

 

「……それで? 本当のところは何をしに来たんだ。こんな時間にただ喋りに来たってわけもないだろう」

「ん、そうね。ちょっと今の遊真のレベルを見ておきたくて」

「え!?」

「やっぱり試合の偵察じゃないの!! スパイよスパイ!!」

「遊真くんの、偵察……?」

「小南先輩、映画の見すぎじゃないすか」

 

 

 ソフィアの用事を聞いた小南が騒ぎ出し、修は冷や汗を流し、チカは若干警戒モードに入った。

 しかし。

 

 

「……いいよ、やろう」

「おい、空閑!?」

「まあまあ待てオサム。ソフィアさんの情報はまだ少ないし、ここでおれができるだけ引き出すから」

「しかし……」

「……遊真本人がいいと言っているんだ。構わないだろう。やらせてやったらどうだ、修」

「レイジさんまで……」

 

 

 肝心の遊真本人が乗り気であり、何故かレイジもそれを止めようとしていない。

 普段はブレーキ役であるあのレイジが、だ。

 その様子に、レイジのチームメイトである小南と烏丸、そして栞は意外なものを見る目になった。

 

 

 結局、修の許可が下り、遊真とソフィアは模擬戦をする事となる。

 理由としては、やはりソフィアの情報があまりにも少なすぎる、という事が挙げられるだろう。

 

 

 何せ、攻撃手4位という凄腕らしい村上鋼という隊員を含む鈴鳴第一や、中位部隊である那須隊、漆間隊を相手にしても弧月しかトリガーを使っていないのだ。

 

 シールドやバッグワームすら未使用であり、あるいはそれらが入っていない可能性すら修は考慮している。

 

 

 

 判明しているソフィアのデータといえば……。

 

 ファンタジーかよ、と呆れざるを得ない程に圧倒的なまでのスピードと、弧月を握れば忍田本部長を上回る程に腕が立つ、という事ぐらいだ。

 強いていえば、天気が雨でも全く影響無く走り回れる、という事が追加される程度だろう。

 

 これらの要素を考慮して作戦を立てろと言われても、無理な話である。

 

 

 

 そして──。

 

 

 

「うーむ、強い」

「さすが遊真ね。なかなか楽しかったわ」

 

 

 模擬戦の結果は……。

 

 

「あの遊真くんが……」

「嘘でしょ、遊真が……」

「うーん、これはちょっとキビシイなー」

「強い……普通に俺らでも勝てるか怪しいっすよ」

「忍田さんが負けたぐらいだからな。それはそうだろう。何か参考になるものはあったか、修」

「空閑が……あの空閑が、こんな……」

 

 

 

 遊真の、ストレート負け。

 つまり、十本中一本も取る事ができずに終わった。

 あの小南ですら初戦で一本取られている上、今の遊真はボーダーのトリガーにも慣れてきているのだ。

 はっきり言って、ソフィアの戦闘力は異常である。

 

 

 

「ソフィアさん、おねがいがある」

「何かしら」

「個人ランク戦、付き合ってくれない?」

「そうね……カゲくんと鋼くんに勝ち越せたら、また戦ってあげるわ」

「ふむ。かげうら隊と、すずなりの人だったか?」

「ええ、そうよ」

「わかった。その人たちとはどこであえる?」

「鋼くんのアドレスなら教えてもらったから、あなたに付き合ってくれないか頼んでおくわ。鋼くんならカゲくんの連絡先も知ってるはずよ」

「おお、それはありがたい」

 

 

 修たちが呆然とする中、当の遊真本人はソフィアに再戦の申し込みをしていた。

 玉狛支部での模擬戦ではなく、本部で行う個人ランク戦なのは、お願いする相手が本部所属だからだろう。

 目上の人に不躾な事をお願いし、わざわざ足を運んでもらうのは失礼に当たる、と理解しているのだ。せめてこちらから出向こうというわけである。

 

 

 

 ただ、遊真は有言実行の男だ。

 完敗はしたが、弧月以外の手を見事ソフィアから引き出して見せた。

 

 

 

「帰るのか、ソフィア」

「だからソフィアでいいと……あら」

「呼んでやっただろう。帰るんなら送ってくぞ」

「うふふ、ありがとうレイジ。お言葉に甘えさせてもらうわね」

「本部でいいか?」

「ええ、お願い」

 

 

 

「あの、烏丸先輩。ソフィアさんのあれって……」

「……あんなバカでかいトリオンキューブはチカぐらいだろうと思っていたが、バイパーだな。ポイントの基準こそ満たしていないが、あの人は万能手だったらしい」

「つまり、攻撃手と射手を兼ねているって、事ですよね……」

「そうなる……もうこんな時間か。悪いな修、そろそろ俺も帰らないと」

「あ、はい、お疲れ様です……」

 

 

 

 次の試合まで、それほど時間はない。

 チームの点取り屋である遊真が手も足も出ない存在(ソフィアがバイパーを使ったのは、諦めない遊真のガッツに感服したから、という意味合いが大きい)、ソフィア・アンデルセンという大きな壁を前に、修は目の前が暗くなった気がした。

 

 

 

《件名:鋼くんにお願い》

 

《玉狛第二の空閑遊真くんが私に個人ランク戦を申し込んできたんだけど、鋼くんとカゲくんに勝ち越せたらっていう条件を勝手につけちゃった。

 悪いんだけど、明日遊真くんと会ってもらえるかしら? 時間はこちらで指定するから、個人ランク戦ブースに行ってあげて。頼むわね。

 

          ソフィア・アンデルセン》

 

 

 

(はい? いや、急だな。構わないけど……)

 

 

 

 ついでに、こんなメッセージを携帯端末に送り付けられて、困惑しながらも請け負う村上鋼という武士系男子がいたとか。

 

 




ヴィザの「星の杖」が黒鳥遊真が重しを付けてようやくギリギリ見える、というぐらい速いので、ソフィアも重りなしの星の杖に追いつき、斬り合える程度には速いです。

こうして書くと原作ですらあの爺頭おかしいな……
もっとおかしいのは若くしてその爺とまともにやり合えるソフィアさんなんですけど。
あ、ソフィアは小南の師匠という事なので当然彼女よりもボーダー歴が長いです。子供の頃から戦ってました。

そんな昔からボーダーあったのかって?
あった事にしておきましょう。実際謎ですし。


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第10話 影浦雅人

影浦登場回。

!注意!
本作では影浦のキャラが崩壊しがちになります。
タグに書いておくべきか。入り切る……?


 魔王ソフィア・アンデルセンの玉狛支部訪問から一夜明けて。

 彼女と再戦するにあたって、提示された条件をクリアするため本部基地を訪れた遊真。

 ついでに、情報収集も兼ねて修もついてきている。

 

 昨夜地味に連絡先を交換し、今朝ソフィアから連絡を受けた遊真は、条件の片方である村上鋼という隊員を個人ランク戦ブースにて探していた。

 

 間もなくして。

 どうやらあちらも遊真を探していたらしく、すぐに見つかった。

 

「あんたが村上鋼って人か?」

「ああ、そうだ。お前が空閑遊真だな? ソフィアさんから話は聞いてるよ」

「よう、三雲。お前もついてきたのか」

「荒船さん?」

 

 

 声をかけられた二人が振り向くと、そこに居たのは何故か件の村上鋼だけでなく、先日のランク戦で当たった荒船哲次も一緒であった。

 

 

「荒船とは俺がボーダーに入隊した頃からの付き合いでな。攻撃手として色々と教えてもらった師匠でもあるんだ」

「まぁポイントはすぐにコイツに抜かされちまったがな。そんな事より、空閑。お前、鋼とカゲの二人を倒しに来たんだって?」

「そうだよ。ソフィアさんにランク戦付き合ってくれるよう頼んだら、条件として二人に勝ち越せたらって言われたからな」

「噂の美少女隊長さんか。鋼相手に完勝したっていう。こう見えてもコイツ、攻撃手4位の腕前なんだぞ?」

「4位……!?」

「なるほど」

 

 

 どうやら荒船は鋼から話を聞いて、面白そうだと思ってついてきたらしい。

 それだけでなく、情報収集も兼ねているのだろうが。なかなか抜け目のない男である。

 

 そして、遊真と鋼は「ソフィアにボコボコにされた同志」として意気投合し、共に笑顔を浮かべた。

 

 

「お前はソフィアさんと戦った事はあるのか? 空閑」

「いちおうね。一本も取れなかったけど」

「はは、そうか。俺もだよ。まるで歯が立たなかった。たぶん、あの人に安定して勝ち越せる人はボーダーにはいないと思うよ」

「ふむ、なるほど。まあそんな感じはする」

 

 

 ところが、荒船と共に穏やかな顔でそれを眺めていた修が、思い出したように爆弾を放り投げる。

 

 

「あ、でも空閑はソフィアさんに弧月以外を使わせましたよ」

「いちおうね。ほぼお情けだったけど」

「……へえ、そうなのか。なるほどな……」

 

 

 あのソフィアが弧月以外のトリガーを使った。

 一回だけ使ったメテオラ以外、謎に包まれていたものを一つだけとはいえ暴いたという遊真に、鋼は強い興味を抱いた。

 明確に雰囲気が変わり、荒船が苦笑いし、修は冷や汗を流す。

 遊真は楽しげにのんびりしている。

 

 

「俄然興味が湧いた。十本勝負で五本終わったら15分の休憩を挟むという条件付きでよければ、早速始めよう」

「おーけい。それでいいよ。ところでかげうらさんは来てないの?」

「あいつならそろそろ来ると思うよ。一戦か二戦もやればちょうどいい時間になるだろう」

「なるほど、わかった。じゃあやろうか」

 

 

 同行してきた荒船と修を放置し、二人は個人ランク戦を始めるために走っていった。

 お互いがお互いだけしか見えていないようだ。

 

 

「行っちまったな」

「行っちゃいましたね」

「鋼のやつ、少し変わったよ。例のアンデルセン隊長っつー目標ができて意識に変化でもあったのかね」

「そうなんですか?」

「ああ。今までは鈴鳴支部に居る方が多かったからな。さて、取り残された俺たちは観戦でもするか?」

「そう、ですね」

 

 

 

 そして荒船と二人で観戦する事しばらく……。

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出。6-4。

勝者、村上鋼》

 

 

 

 休憩を挟んでからの後半の五本を連続で落とす、という遊真らしからぬ負け方を目にし、信じられないとばかりに驚愕する修。

 

 前半と後半で明らかに動きが違っていた事に首を傾げる遊真に対し、自らのサイドエフェクト、【強化睡眠記憶】を明かす鋼。

 

 

「つまり、あいつに一度見せた手は通じない。空閑としては通過点程度にしか思っていなかったのかもしれないが、そう簡単にはいかないぜ」

「……!」

 

 修もまた、荒船から鋼のサイドエフェクトを教えられていた。

 

 

 

「うーむ、どうするかな。これ以上やっても負けが続きそうだ」

「俺はどっちでも構わないぞ。お前はソフィアさんと同じスピードタイプだし、いい経験になる」

「おれはあの人ほど速くないけどね」

「それは確かに」

 

 

 そんな会話をしながら、一旦戻ってきた遊真と鋼。

 どうやら遊真はこのままではいかんと察したらしい。

 

 

「むらかみ先輩には一度見た手段は通じないんだよね?」

「大体はな」

「じゃあ、ソフィアさんと個人ランク戦やったら勝てるの?」

「いい質問だな。どうなんだ、鋼?」

「…………」

 

 

 条件の二人目である影浦待ちという事なのか、ブースの片隅でダべる事にしたらしい遊真が質問し、答えが気になるのか荒船もまた鋼に問う。

 

 修は、はっきり言ってクソザコな自分がここにいるのは場違いなのでは、と妙な居心地の悪さを感じ、やんわりと挨拶してその場を離れていった。

 何故ついてきたのか。彼はコミュ力を鍛えた方がいいかもしれない。

 

 

「いや、無理だ。確かにソフィアさんとは試合で戦ったし、その前にも一度空閑と同じように十本勝負をやったけど、勝てる気がまるでしなかった」

「ふむ?」

「……そこまでか。お前が言うならよっぽどだな」

「なんていうかな。あの人は速すぎて、何が来るか分かっていても避けられないんだ。俺自身がもっと強くならないと、勝つどころか勝負にすらならないよ」

「記録を見た限り、試合ではそこそこやれていたと思ったが?」

「あの時のソフィアさんは、どうも力をセーブしていた節がある。来馬先輩と一緒に逃げた時とか、あの人なら普通に俺たちに追いつけたはずだ。でも、そうはしなかった」

「それは──」

「──何してんだおめーら。やり合うわけでもなしにこんなとこで雁首揃えやがって」

 

 

 鋼と荒船のやり取りを静観する遊真。

 そして、鋼の「力をセーブしていたソフィア」という発言に対し、荒船が彼なりの見解を口に出そうとした時。

 待ち人が不機嫌そうに現れた。

 

 

 元A級にして現B級2位、“影浦隊”隊長。

 影浦雅人その人である。

 

 

「カゲ」

「やっと来たのか」

「るせー。いきなり訳分かんねェ理由で呼びつけやがって」

「……あんたがかげうら先輩か」

「あん? おい、なんだこのチビは」

「話をしただろ。こいつが空閑遊真だよ」

「……あァ。俺を踏み台にしようっつークソ生意気なガキか」

 

 

 影浦が不機嫌な理由。

 それは、実に単純であった。

 

 

「踏み台?」

「そうだろォが。超新星だかなんだか知んねーが、俺と鋼相手に勝ち越せたら、だァ? 舐められたもんだ」

「……ああ、ソフィアさんの事か」

 

「おい、鋼。こいつに理由を馬鹿正直に話したらこうなる事は目に見えてただろう」

「いや、変に誤魔化したら後で面倒になると思ってな。正直に話した方がマシだろう」

「…………まあ、たしかに」

 

「ソフィアさんが気に食わないの?」

「おめーもだよ。大体、そのソフィアって野郎は何様のつもりなんだァ? 鋼に勝ったからって俺にも勝てるとは限らねェだろォが。上から目線で物言いやがって」

「ソフィアさんは“野郎”じゃないぞ」

「るせーぞチビ。んな事ァどうでもいいんだよ」

 

 

 空閑遊真という新人が影浦と戦いたがっている、という事を話した際、理由を聞かれた鋼が「ソフィアさんが個人ランク戦をする条件として俺とカゲに勝ち越せたらと言っていた」と明かしたせいである。

 

 鋼はさておきとして、影浦に勝ち越せたら個人ランク戦をやってやってもいい、という事はつまり、そのソフィア・アンデルセンは自分の方が影浦よりも強いと自分で認識している事になる。

 

 

 まだソフィアと戦うどころか面識すらない影浦は、それが気に食わないのである。

 

 

「──とにかく、そのソフィアって野郎を俺の前に連れてこいや。話はそれからだ、ボケ」

「「…………」」

「まぁ、一理あるな」

 

 

 そんな影浦に、軽く頷く荒船。

 大体、面識もないはずの影浦を踏み台にさせようという事自体かなり失礼なのである。

 

 

 

 ──そして。

 

 まるでタイミングを見計らっていたかのように、彼女が現れた。

 

 

「──お呼びかしら、カゲくん?」

「「!?」」

「あ、ソフィアさん」

「急に現れないでくださいよ。いつからいたんですか?」

 

 件の、ソフィアって野郎である。

 

 

 いつの間にか背後に立たれていた影浦は思わず、といった様子で飛び退き、いつ近付いてきたのかまるでわからなかった荒船は目を見開く。

 

 

 面識があり、戦った事もあるので若干慣れつつある遊真と鋼は至って冷静に話しかけた。

 

 

「……てめェ」

「ダメよ、カゲくん。年上に対してそんな口の利き方しちゃ。あら、荒船くんもいるじゃない」

「ど、どうも。初めまして、荒船です」

「ソフィアよ。よろしくね」

 

 

 毛を逆立てる猫のように警戒心を露わにする影浦。

 しかし、ソフィアはそれをまるで意に介さず呑気に荒船へ話しかけた。

 

 

 なるほど、随分とマイペースな人らしい。

 荒船はそう思った。

 

「鋼くんと遊真はもう戦ったの?」

「ええ。俺が6-4で勝ちました」

「負けました。条件なだけあってなかなかキビシイ」

「ああ、やっぱりそうなのね。カゲくんは?」

「……誰がやるかよ。つーか踏み台にしようとして鋼に負けるたァ随分と無様じゃねーか、チビ」

「返すことばもない」

「──カゲくん」

「!? ん、んだよ。やんのかコラ!」

「……まるっきり猫だな、カゲ」

 

 

 ふしゃー! と息を荒らげる影浦を無視し、流れるように影浦の隣に座るソフィア。

 その椅子はどこから持ってきたのか。

 

 

「何隣に座ってんだてめー!」

「まあまあ、声を抑えなさいな。周りの迷惑でしょう?」

「誰のせいだと思ってやがる!!」

 

 

「なんというか、カゲとあの人は相性が悪いな」

「そうか? むしろいいと思うけどな」

「……まあ飼い主と拾われた猫には見える」

「そうだろう。そういえば荒船、お前はやらないのか?」

「やめておくよ。空閑の方はデータも大分集まってきたし」

「ほう。次に戦う時は手強そうですな」

「当たり前だ。次は負けねえぞ」

 

 

 騒ぐ影浦と、そんな彼で遊ぶソフィア。

 それを放置し、荒船と鋼、そして遊真の三人は仲良く会話していた。

 

 

「~~ッ!! おいコラ女!! 俺と戦えや!」

「あら。次戦の偵察かしら?」

「ああん!? そんなんじゃねえよ! ただ、ナチュラルに俺を見下してやがるてめーが気に食わねえ! 大体なんだてめーの変な感情は! 妙にふわふわして気持ち悪いんだよクソ!」

「サイドエフェクト? そう、ふわふわしてるのね」

 

 

「ふわふわしてるのか」

「ふわふわしてる感情ってなんだ」

「かげうら先輩のサイドエフェクトって?」

「ああ、それはな──」

 

 

 

 そのふわふわしてる感情の正体は、例えるならば世話焼きでちょっと意地悪な姉が弟に向ける愛情に似ている。

 何を隠そう、“向こう”での影浦はソフィアのかわいい弟分なのだ。

 故にこちらでもからかってしまうのである。

 

 

 

 尚、影浦とソフィアは本当に個人ランク戦をしたが、結果は10-0で影浦の負けであった。

 

 

「クソァ!! なんなんだてめーは!! もう一回、もう一回だ!! 次は負けねえ!!」

「うふふ、いいわよ。あなたの気が済むまでボコボコにしてあげるわ」

 

 

 

「すごいな。カゲが手も足も出ないとは」

「言っただろ? あの人の攻撃は速すぎて分かっていても避けられないんだよ」

「ふーむ……やっぱりかげうら先輩も強いな。ボロ負けしてはいるけど」

「ソフィアさんだから仕方がない」

 

 

 

 結局、未だかつてないほど連敗を重ねた影浦は、灰のように真っ白に燃え尽き、ソフィアに頭が上がらなくなった。

 罰ゲームとして「ソフィ姉」と強制的に呼ぶように申し付けられてしまう程である。

 

 

 

「クソが……クソがァ……今日は厄日だ……」

「げ、元気出せよ、カゲ。いい事あるって」

「カゲのこんな姿は初めて見るな……」

「……かげうら先輩、今日は、個人ランク戦やらなくてもいいよ。見てて哀れになってきた」

「うるせーチビ……つーか次のランク戦はソフィ姉とやんのかよォ……バックれてェ……」

「大丈夫、カゲくん? ゾエくん呼ぶ?」

「……あァ。つーかあんたはさっさとA級いけや」

 

 

 

 しばらくして影浦を引取りに来た影浦隊の北添は、あまりにもあんまりな影浦の様子に驚愕し、思わずカメラで撮ってネタにしてしまうほど動揺したという。

 

 

「待てコラゾエてめえ!! 何撮りやがったァ!! 今すぐ消せェ!」

「ちょ、ちょま、ちょま! ソフィ姉さんパス! ゾエさんは意地でもこの面白画像をヒカリちゃんに届けなくてはならないからね!」

「やめろォ!! つーかソフィ姉に渡すのは卑怯だろうがァ!! あとてめーはソフィ姉呼ばわりすんじゃねえぶっ殺すぞコラ!」

「ヒカリちゃんに届ければいいのね?」

「お願いしまーす!」

「まて! マジで待て!! やめろォ!!」

 

 

 

 こうして、影浦の面白画像は影浦隊オペレーターの仁礼光に届けられ、最高のいじりネタが保存された。

 

 

 ついでに。

 ショックのあまり膝を抱えてしまった影浦を見て、いじめすぎたか、とそんな彼を抱き寄せて頭を撫でるソフィアの姿があったという。

 

 

 影浦は語る。

 ソフィ姉はヒカリと違ってめっちゃふわふわだ、と。

 

 

 




影浦はソフィアからかつてないほど温かい感情をサイドエフェクトで読み取り、混乱している模様。


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第11話 仲間探し

これでひとまずアンデルセン隊が揃うので、今BBF風のデータ集を書いてます。

弓場ちゃんリスペクトのオリキャラと修リスペクトのオリキャラが出現しますので、コミック派の方だと「えっ、弓場ちゃんてそういうスタイルなん?」と驚かれるかも。ご注意。


 

 影浦をボコボコにし、愉快なギャグキャラに仕立てあげた翌日。

 確実に魔王の名が広がっているソフィアは、とある目的のため個人ランク戦ブースを訪れていた。

 

 

 ここが本部基地であるにも関わらず、私服であるゴスロリ服でブースを練り歩くソフィアを、多くの隊員が見つめる。

 実年齢はさておき、その姿は非常によく似合っており、漫画に出てくるお姫様ですら霞むほどの美貌は、酷く人目を集めるのだ。

 実年齢はさておき。

 

 

 今日も影浦や鋼、荒船や遊真といった面々が個人ランク戦に勤しんでいるが、ソフィアが来る頃には誰もいなくなっていたので、今日の彼女は一人である。

 尚、荒船は最近になって狙撃手側の訓練室だけでなくこちら側もよく利用するようになった。

 玉狛第二に負けた事で何か思うことがあったのかもしれない。

 

 

 そんな彼女が、何もかもを見透かすかのような得体のしれない碧眼を向ける先。

 

 

 二丁拳銃スタイルの少女が、見事な成績を収めていた。

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出。7-3。

勝者、蟻元》

 

 

 勝利を告げるアナウンスを聞いた少女は、しかしどこか不満気に俯いている。

 見覚えのないその顔に興味が湧いたソフィアは、ニコニコ笑顔を貼り付けて声をかけてみる事にした。

 

 

「こんにちは。随分と不満そうね?」

「……え、私?」

「ええ、そうよ。わたしはソフィア・アンデルセン。気軽にソフィアと呼んでね」

「は、はぁ。えっと、私は蟻元だよ。蟻元アリス」

「よろしくね、アリスちゃん」

「ええ……って、アンデルセン? 最近噂になっている、アンデルセン隊の?」

「そうね、そのアンデルセンよ」

 

 

 蟻元アリス。

 本部所属で部隊を組んでいないフリーのB級隊員であり、通信制の高校に通う16歳との事。

 

 そんなアリスは、規格外の戦闘力を誇り、チームでのランク戦において一度も緊急脱出していないどころか、一度も被弾した事すらないという驚愕の事実と、既にファンクラブが存在する事で有名な、あのソフィア・アンデルセンが自分に声をかけてきた事に驚いた。

 ちなみに、ファンクラブの会員として有名所といえば鈴鳴第一の村上鋼や、昨日加入したばかりの影浦などがいる。

 会長は諏訪らしい。知り合ってすらいないのに。

 

 

「し、失礼しました! まさか年上だなんて思わなくて……本当に、噂通りお若いんですね」

「あら、ありがとう。でも別に言葉遣いなんて気にしないわよ? カゲくんなんてかなり乱暴だし」

「カゲくん……ああ、影浦隊の……」

「彼みたいなタイプは苦手?」

「えっ」

「顔に出ていたわよ」

 

 

 そう言われて、慌てて自分の顔を触るアリス。

 その様がおかしかったのか、ソフィアはくすくすと上品に笑いだした。

 それがなんだか恥ずかしくて、顔を赤くしてしまう。

 

 

「うふふ。さて、と。なんだか不満そうな顔をしていたけれど、どうしたの? さっきの勝負には勝っていたみたいだけど」

「ああ、えーと……弓場さんって知ってますか?」

 

 

 しばし悩んだアリスだったが、既に“ボーダー最強”との呼び声も高い目の前の魔王に、思い切って話してみる事にした。

 自分一人で抱えていてもどうにもならないし。

 

 

「弓場ちゃん? ええ、もちろん。そういえば、弓場ちゃんも二丁拳銃スタイルだったわね」

「そうなんです。実は私、C級だった頃に教官として教えて頂いた弓場さんに憧れていて……。あの人と同じ近距離銃手での早撃ちの戦闘スタイルを練習しているんですけど、思うようにいかなくて……」

「そう? 勝っていたのに?」

「ポイントが4000や5000ポイント台ぐらいの相手になら勝てるんですけど、6000以上ともなると安定しないし、マスタークラスにもなればとても……こんなんじゃ、弓場さんにも呆れられちゃうって思うと、焦ってしまって。でも結果が出なくて……」

「ふむ、なるほど」

「さっきの相手は6000ちょっとだったんですけど、たぶん次やったら勝てないと思います。手の内が割れているし……」

 

 

 アリスの悩み。

 それは、憧れの弓場隊長と同じ戦闘スタイルを目指してひたすら戦っているのに、一向に上達する気配が無いという事。

 ただし、才能がある者の贅沢な悩みではあるのだが。全く勝てず、C級で燻っている者たちが聞けば憤慨する事しきりである。

 

 

「まあ、クイックドロウは一朝一夕で出来るようなものではないわね。弓場ちゃんだって、今の強さに至るまでには何千何万と戦ってきたのだし」

「うっ……やっぱり、ひたすらやり続けるしか、無いんですかね?」

「そうねえ……ちょっとわたしとやってみない? あなたの練度、見てあげるわ」

「え? もしかして……できるんですか? 早撃ち」

「ええ。ボーダーの隊員が出来る事は大抵わたしもできるわよ」

「えぇ……あ、いや。お願いします……」

 

 

 ボーダーの隊員が出来る事は大抵できる。

 ソフィアのとんでもない才能マン発言に、ドン引きするアリス。

 実際は“向こう”で長年ボーダーとして戦ってきたソフィアの、圧倒的なまでに豊富な経験があってこそなのだが、そんな事をアリスが知る由もない。

 

 

 

 そして、試合後──。

 当たり前だが、アリスの必死の抵抗も虚しく、容赦なく10-0でソフィアの勝ちである。

 

 

「……は、速い……いつ、撃ったんですか……?」

「まぁわたしの事はいいじゃない。それよりあなたの事だけど、妙なクセがあるわね。それがトリガーの取り出しを阻害しているんだわ」

「癖、ですか?」

「ええ。いい、よく見ててね?」

 

 

 

 あのソフィア・アンデルセンが、弧月ではなく射撃トリガーを、それもリボルバー型を使って個人ランク戦をしていると聞いた隊員たちがわんさか集まって観戦したりという事もあったが、まぁそれは置いておくとして。

 

 

 ソフィアの早撃ちは、アリスの記憶が正しければだが憧れの弓場のそれと同等か、あるいはそれを上回る程に速かった。

 この人に弱点は無いんだろうか、とアリスが思ったのも無理はないだろう。

 

 

「これがあなたの撃ち方」

「そ、そっくりです」

 

 

 

 非常に覚えのあるフォームでトリガーを構え、ばーん、と撃つ真似をするソフィア。

 妙にかわいいが、実際に撃つと規定違反になってしまうためこうなっただけである。

 

 フォームだけでなく、撃つまでの速度すら完璧に自分と同じだ、と目を丸くするアリス。

 

 

 

「次。これが──」

 

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 たった一言。

 気付けば、アリスの目の前にリボルバーが突きつけられていた。

 

 

 

「わたしのフォーム」

「……見えないです」

「そう? ならゆっくりやるわね」

「……ッ」

 

 

 ゆっくり、スローモーションで動く。

 それを自分のフォームと比べると──。

 

 

 

「!!」

「わかったかしら」

「わ、わかりました!! えっと、ここをこうで、こうして、こう……!」

 

 

 慌てて、忘れないうちに自分もやってみる。

 妙な色気を出さず、見た通りにやるのだ。

 

 

 

 そして構えると。

 

 

「……速くなってる」

「そ。才能あるわよ、あなた」

「あ、ありがとうございますっ!!」

「まあ、元々経験はかなり積んでいたみたいだからね。フォームさえ矯正してあげれば弓場ちゃんには及ばなくてもかなり速くは撃てるわよ。後はそれでマスタークラスとか実力者を相手に戦っていけばいいわ」

「すごい、私が、こんな速く……! 本当に、ありがとうございました!」

 

 

 嘘みたいである。

 まるで手品だ、と感動するアリス。

 小さな子供のようにクイックドロウをチャカチャカと繰り返す様を見て、笑うソフィア。

 

 

 ──そして、本題に入る。

 

 

 

 

「じゃあ、あなたわたしの隊に入りなさい」

「…………はい?」

 

 

 

 タダでこれほどの事を教えて貰えるわけがないのである。

 アリスは、今日それを学んだ。

 そして、ソフィアはやっぱり魔王である。

 

 

 

 

 

 更に、一時間ほど後の事。

 次の獲物を求めて、魔王は再び個人ランク戦ブースを徘徊していた。

 ちなみに、真顔で迫るソフィアに対しアリスは半泣きになってコクコクと頷き、アンデルセン隊への加入が確定した。

 さすがに明日の影浦隊&玉狛第二戦には間に合わないので、その次……ラウンド4からの参戦となるが。

 アリスと早々に挨拶を交わした灯は、微妙にゲスい手口で仲間入りしたアリスに対し、かなり同情的であったという。

 

 

 

「うーん。さすがにそうそう逸材はいないか。出直すべきかしらね……?」

 

 

 

 個人ランク戦ブースを徘徊するソフィアは、しかしなかなかアリスのような気になる人材を見つける事ができず、仲間探しは後日に持ち越しだろうか、と考え始めていた。

 

 

 そして、せっかく来たのだし一戦だけやっていこうかしら、と個人ランク戦に潜り。

 

 

 

 いつも通り10-0で完勝した相手に、才能を見た。

 

 その人物は射手で、こそこそと隠れてはスパイダーを巡らせ、罠を仕掛けた上でアステロイドやメテオラを使い攻撃してくるといういやらしい手で向かってきたのだ。

 そしてそれを生かせるだけのトリオンもあり、生成したトリオンキューブはそこそこ大きめであった。

 

 

 当然、どこぞのトリオン怪獣やソフィア自身ほどではなかったが、スーツ姿で戦う面白真顔隊長、二宮に迫る程のサイズである。

 

 

 何故これほどの逸材が埋もれているのか? と疑問に思ったソフィアだったが、話しかけてみると一発で分かった。

 

 

「あなた、ちょっといいかしら?」

「ぴぃっ!? ご、ごめんなさいごめんなさい! 身の程知らずに挑んで無様に負ける豚でごめんなさい!! もう絞られるほどポイント無いですぅ!」

「……大丈夫? 別にまだ戦おうってわけじゃないわよ」

「そ、そうですか? よ、よかったぁ……」

 

 

 戦闘中のいやらしい手に反して、ものすごくビビりな少女だったのだ。

 この分だと、トリオン兵に出くわした日にはパニックを起こしそうである。

 というか、たぶん実際に起こしてやんわりと部隊を追われたとかそんなオチだろうと察する。

 

 

「わたしはソフィア・アンデルセン。あなたは?」

「アンデルセン!? 巷で噂の女神様!? ははぁ~!! あっ、私は八十神(やそがみ)万理華(まりか)と言いますぅ! わー、お会いできて光栄ですよぉ~! 皆に自慢……あ、友達いませんでした……」

「……そ、そう」

 

 

 八十神万理華。

 ビビりにしてぼっちでロング桃髪の巨乳という色々と盛りすぎな、本部所属でフリーのB級隊員を務める少女であった。

 歳はアリスと同じで、高校生である。

 これには珍しく、あのソフィアも押され気味だ。

 

 

「万理華ちゃん。あなたの戦い方、面白いわね。気に入ったわ」

「え!? そ、そうですか!? いやらしい戦い方しやがってこの豚野郎、とか思ってませんかぁ!?」

「聞こえなかったかしら。気に入ったと言ったの」

「……あ、ありがとうございますぅ……えへへ、初めて言われた気がしますぅ。気に入った、なんて……」

「そう? 大方ポイントが低くて弱いくせに態度だけはでかい輩にばかり当たってしまったのね」

「そ、そこまで言わなくても……」

 

 

 俯いてえへえへと髪をいじり始める万理華を不憫に思ったソフィアは、結婚詐欺師の如く甘い言葉を吐き始めた。

 

 

「いい? あなたは優秀よ。その証拠に、このわたしが罠にかかりそうになったわ。だから、有象無象の戯言なんて気にしなくていいの。今度言われたら黙れこの豚野郎、とでも返してやりなさい。それでも噛み付かれたらアンデルセン隊長が地の果てまでもお前を追いかけて狩るぞ、と脅すのよ。実際にやるけど」

「は、はい……」

「そして、わたしならあなたの才能を最大限に活かしてあげられる。自分で点を取りたいというのなら少し考えるけど、味方に点を取らせるサポートをメインにするなら、あなたはA級でも通用する」

「そ、そうですかぁ? えへへ」

 

 

 若干不穏な空気を漂わせるソフィアに、周りの人々は逃げていく。

 えへえへ言って照れている万理華は気付かない。

 

 

 

 ついでに、それを遠くから眺めるアリスと灯がいた。

 

 

 

「うわぁ……丸っきりよからぬ輩だよ、ソフィア隊長……」

「捕まったあの子もかわいそうですね~。いえ、気分はいいでしょうし、魔王……げふん、ソフィアさんがいればまず負ける気がしないし、いい事なんでしょうか~?」

 

 

 こうして。

 エヘ顔ダブルピースを決めながら、八十神万理華のアンデルセン隊入りが確定した。

 隊の思想としては、万理華とアリスがコンビを組んで後衛と前衛となり、前衛のアリスがクイックドロウで点取り屋を、後衛の万理華がそのサポートをするという流れである。

 

 隊長のソフィア?

 彼女は好きに暴れる事でしょう。

 

 

 

 尚、この時点のアリスと万理華は知る由もないが、最低限ソフィアの足を引っ張らないようにと、地獄のわくわくブートキャンプが始まる。

 

 

 一人部隊からまともな部隊へ。

 

 

 

 新たなアンデルセン隊の犠牲者となるのは、ラウンド4の対戦者からだ。

 つまり、明日のラウンド3で当たる影浦隊と玉狛第二は、一応、辛うじて、難を逃れたのである。

 

 

 二回目に当たったら?

 お祈りします。

 

 

 




万理華は元々修じみた嫌がらせスタイルであり、修リスペクトから急遽練習を始めたわけではないです。
戦闘スタイルがトリオン強者な修っぽいのはたまたまであり、それが縁であのメガネに注目するようになりました。


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BBF風アンデルセン隊データ

上層部に近いボーダーのスタッフが書いたという設定のデータ集。
BBFっぽい感じにしてみました。
日付の進行に従って判明した情報、という体で更新していく予定。

時系列的には二日目が終わってソフィアと二人が出会い、三日目が始まるまでの間に書かれたもの……という設定になります。
アリスの個人ポイントが低めなのは、弓場ちゃんをリスペクトして格上相手にもちょくちょく挑んでいるからです。試合数は多いけど勝率はあまり高くない感じ。

万理華はタイマンに向いてないトリガー構成な上命中率が高くないので個人ランク戦であまり勝てず、チームにも未所属だからですね。


※極秘資料につき口外を禁じる

 

 

ボーダー本部所属 B級7位

 アンデルセン隊

 

 

 突如として現れ、あの忍田本部長を倒したという謎の超新星、ソフィア・アンデルセンが若き隊員たちと共に構成する新進気鋭の部隊。

 隊員同士の関係はチームメイトというより、師弟関係と言った方が相応しく、その意味ではかの東隊を彷彿とさせる。

 オペレーターこそA級部隊に属する者と何ら遜色の無い能力の高さを誇るが、隊長を除く隊員二人は平均を上回る程度で決して突出しているわけではない、というのが筆者の見解である。

 しかしそれを補って余りある程に隊長の強さが異常であり、一対一ならばA級隊員ですらも相手にならないと推測される。

 今後の活躍はほぼ間違いなく、今期の台風の目だ。

 

 

〈MEMBER〉

 

ソフィア・アンデルセン 隊長 攻撃手

蟻元アリス 銃手

八十神万理華 射手

猫山灯 オペレーター

 

 

〈UNIFORM〉

 

ポケットが二つ付いているシンプルな白い上着に、動きやすさを追求した黒いショートパンツを合わせたもの。

ガールズチームらしい華やかさがある。

 

 

〈PARAMETER〉

 

近 5

中 5

遠 0

 

※五段階評価

 

 実質隊長一人でこのパラメーターを叩き出している。

 個人ランク戦でのデータを見る限り、他の二人もそれぞれ近距離、中距離に対応しているが、遠距離戦はできないと思われる。

 

 

〈FORMATION&TACTICS〉

 

アンデルセン隊長に取材を試みた結果、以下の陣形が既に構築されている事が判明した。

 

 

ア 近→  ←敵  ←蟻 近

 

八 中→

 

※ア=アンデルセン隊長

 蟻=蟻元隊員

 八=八十神隊員

 

 その戦闘力から敵対者の注意を集めやすいアンデルセン隊長が囮となり、その隙に蟻元隊員が接近し攻撃。八十神隊員はアンデルセン隊長の影から援護だ。

 圧倒的な回避能力を誇るアンデルセン隊長あっての基本陣形。

 シンプル故に強く、破るのは難しい。

 

 

八 中→  敵→  ←蟻 近

 

 

 銃手でありながらほぼ攻撃手の間合いで戦うという蟻元隊員が敵を引き付け、八十神隊員がそれを援護する形。

 アンデルセン隊長が別行動する際の基本陣形。

 若干戦闘力に不安が残るが、及第点の完成度には仕上がるだろう、とのこと。

 

 

ア 近or中→ ←敵敵敵

 

 いつもの。

 

 

 

 以下は、筆者が割とマジに命懸けで調べ上げたアンデルセン隊メンバーたちの個人情報である。

 

〈隊員紹介〉

 

ソフィア・アンデルセン

 プロフィール>>

ポジション:アタッカー(ポイント的にこうなる。本来はオールラウンダー)

21歳(本当は25歳)

7月26日生まれ

ぺんぎん座 AB型

身長 156cm

好きなもの:家族、仲間、動物

職業:無職

家族構成:父(故)、母(故)、妹(故)、弟(故) 

 

 

サイドエフェクト

〈超視覚“神の眼”〉

〈感情受信体質?(仮)〉

 

トリオン  25

攻撃    18

防御・援護 17

機動    15

技術    13

射程     6

指揮     9

特殊戦術   5

 

※ノーマルトリガー装備時 合計108

 

 

 

トリオン  50

攻撃    23

防御・援護 20

機動    18

技術    13

射程     7

指揮     9

特殊戦術  11

 

※黒トリガー“飛天”装備時 合計151

 

 

〈最強のお姉さん〉

 とある理由から黒トリガー並の戦闘力を発揮する事ができるGカップ。戦闘中に乳揺れしないようトリオン体をいじっている。

 仲間、故郷、家族、の全てを失っているようだ。

 年齢を聞くと本気で怒られるので、命が惜しかったら絶対に聞かない事。

 二つ目のサイドエフェクトについては、影浦隊の影浦隊長と似たもの、としか答えてはくれなかった。どうやら完全に同じものではないらしいが……?

 

 

 トリガー構成は不明。

 詳細が判明次第このデータを更新しようと思う。

 

 

 

蟻元アリス

 プロフィール>>

ポジション:ガンナー

16歳

5月24日生まれ

うさぎ座 A型

身長 164cm

好きなもの:弓場隊長、ソフィア、うさぎ

職業:高校生

家族構成:父、母、兄

 

 個人ポイント

アステロイド:7265

バイパー:3822

 

 

 

〈二丁拳銃とサイドテール〉

 C級隊員時代に教官だった弓場拓磨に憧れ、彼と同じ二丁拳銃での早撃ちスタイルを志す真面目で勝気な少女。

 悪い噂が流れている年上の男性だろうと、彼女自身が「悪い人ではない」と判断すれば気兼ねなく接する事ができる反面、ホラー映画などの怖いものが苦手。

 自分を鍛えてくれている隊長のソフィアの事は尊敬しているが、時折ものすごく怖くなるのがちょっぴり苦手なCカップ。

 地味に鈴鳴の村上鋼よりボーダー歴はほんの少しだけ長い。

 

 

トリオン  7

攻撃    8

防御・援護 5

機動    9

技術    7

射程    3

指揮    3

特殊戦術  3

 合計 45

※ソフィアからの猛特訓の成果が出てからの能力値。

 

 

トリガー構成>>

 メイン

アステロイド:拳銃

バイパー:拳銃

シールド

グラスホッパー

 

 サブ

アステロイド:拳銃

バイパー:拳銃

シールド

バッグワーム

 

 

 

八十神万理華

 プロフィール>>

ポジション:シューター

16歳

10月15日生まれ

みかづき座 B型

身長 160cm

好きなもの:ソフィア、アリス、灯

職業:高校生

家族構成:父、母、兄(故)、妹(行方不明)

 

 個人ポイント

アステロイド:6004

 

 

〈いやがらせビビりぼっち〉

 B級昇格時にとある新規部隊に誘われ、加入するも、防衛任務やランク戦で敵に鉢合わせる度にビビっていた事からやんわりと隊を追い出され、以降ぼっちに。

 尚、その隊は既に解散済みかつ隊員もボーダーを脱退済みなので顔を合わせる心配はない。

 部隊に誘ってくれた上にビビりな自分を鍛えてくれるソフィアの事が大好きで、母のように慕っている。チームメイトはその次ぐらいに好き。

 どこぞのいやがらせメガネバリにいやらしい手を使うが、タイマンでもそこそこ戦えるEカップ。

 胸囲的な意味でソフィアの後継者候補。他には太刀川隊の国近柚宇も候補か。

 ソフィアを寝ぼけてママと呼んでしまい、赤っ恥をかいたエピソードを持つ。

 

 

トリオン  13

攻撃     7

防御・援護  8

機動     7

技術     6

射程     6

指揮     1

特殊戦術   2

 合計 50

※ソフィアからの猛特訓の成果が出てからの能力値。

 

 

トリガー構成>>

 メイン

アステロイド

スパイダー

シールド

グラスホッパー

 

 サブ

メテオラ

エスクード

シールド

バッグワーム

 

 

 




今日はこれで最後の投稿になります。
次話がラウンド3の試合前ミーティングで、その次が試合の話です。
灯はそのうち書きます。


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第12話 影浦隊と玉狛第二、そしてアレ

先日の話で、わざと影浦が見失わない程度のスピードで影浦隊の作戦室にソフィアが向かい、そこで光と会ってます。
その頃にユズルはチカと原作通りの流れで知り合いました。影浦隊と玉狛が当たるのが早いので、少し前倒しになった感じですね。


 

 遂にこの日がやってきた。

 実に多くの人間が注目する、B級ランク戦……。

 その第3ラウンド。

 

 

 影浦隊、玉狛第二、アンデルセン隊。

 この3隊による試合である。

 

 

 B級不動のツートップと称される元A級部隊。

 その一つである影浦隊は、果たして脅威の新人たちを下し、上位の壁というものを思い知らせる事ができるのか。

 隊長である影浦は、アンデルセン隊の隊長にして唯一の戦闘員である、ソフィア・アンデルセンに対し個人ランク戦で既に完敗しており、その情報は多くの隊員たちが知る事ではあるものの、チーム戦とあらば話は別……なんじゃないかなぁ? という見方をする者が多い。

 

 まぁ。

 残念な事に、肝心の影浦がアンデルセン隊と戦う事に対して若干チキっているのだが。

 

 

「なぁおい。いつまで拗ねてんだよ、カゲー。もう試合始まるぞー?」

「……うるせェな。拗ねてねえよ。少し現実逃避してただけだ」

「いやいやそれはそれでどうなのさ」

「……いったい何があったらカゲさんがこうなる?」

 

「そういや、ユズル。お前はソフィ姉と会った事無かったっけ。あの時いなかったもんな? いやー、面白かったぞー! カゲが気持ちわりーぐらいお行儀よくしててよー! しまいにゃ膝を抱えていじけてやんの! で、それをソフィ姉に慰められてて! おかしくっておかしくって、もう腹痛かったわ!」

 

「るせーぞヒカリィ!!」

「ちょっとゾエさん的にさすがに焦ってきたよ? マジでもう試合始まるからね? 早く出てきなさい、カゲ。そしてソフィア姉さんへの対策を立てよう」

 

 

 影浦隊作戦室にて。

 試合を拒否すると言わんばかりにコタツに籠城を決め込み、曰く現実逃避をする影浦を、チームメイトたちが時折からかいながら説得していた。

 この中で唯一ソフィアと面識が無い若き狙撃手、絵馬ユズルだけは、カゲの奇行が理解できず戸惑うばかりである。

 

 

「……対策つったって、どうしようもねえよ。玉狛に狙いが行く事を祈りつつ、俺らも玉狛を狙うしかねえ」

「そんなに強いのかー?」

「ゾエさんも見れてないんだよね。や、カゲがこうなるぐらいだから強いんだろうけど」

「……新人部隊を集中狙いするっていうのもどうかと思うけど」

「んな甘ェ事言ってられねェんだよ。ゾエの銃撃もユズルの狙撃も、200パー当たんねェ。俺が一本も取れねえぐらいデタラメにつえーからな」

「ふーん。おまけに可愛くて優しくてついでに面白いとか、ソフィ姉最強か?」

「間違っちゃいねェな」

 

 

 もそもそとコタツから出てきた影浦は、しかしひたすらにネガティブであった。

 完全にソフィアに歯向かう意思を失っている。

 まるで牙を抜かれた猫である。

 

 

「……ちょっと興味湧いてきたかも」

「お? 遂にユズルも女の子にそういう事を……ゾエさん嬉しい」

「馬鹿だな、そういうのじゃない」

「言っとくけどソフィ姉、21歳だぞ? さすがにユズルじゃあなー、無理だろ」

「いやだからそういうのじゃないって」

「てめェ、ソフィ姉と付き合いたきゃ俺を倒してからにするんだな」

「カゲさんまで。だから違うってば。しかも何アホな事言ってるのさ、あんたは」

 

 

 迂闊な一言から隊のオモチャが影浦から自身に変わり、うざいテンションで絡んでくるチームメイトたちの相手をする羽目になったユズル。

 彼は思った。

 

 なんなのこの人たち、酔ってるの? と。

 特に影浦のキャラ崩壊が酷い。

 

 

 

 ちなみに。

 ユズルが玉狛第二をさりげなくかばう理由は、ぶっちゃけて言うとかの隊に所属するトリオン怪獣こと、雨取千佳に惚れたからだ。

 少年にようやく訪れたアオハルなのである。

 

 

 

 そしてその玉狛第二の面々は──。

 

 

 

「今回はハッキリ言って、かなり勝ち目の薄い戦いになる」

「修くん……」

「ハッキリ言っちゃうと、そうだね」

「かげうら隊もアンデルセン隊も、今回の相手は両方がめっちゃ強いもんな」

「ああ、そうだ」

 

 

 破竹の勢いで遠征への道を突き進む新人たちの部隊、玉狛第二。

 彼らの作戦会議は、隊長である三雲修が前向きな表情で言い放った、とても後ろ向きな言葉から始まった。

 

 チカは若干暗い顔をしているが、栞と遊真は至って平然としている。

 厳しい戦いになるのはとっくに分かっていたからだ。

 

 

「特に、アンデルセン隊。たった一人の戦闘員しかいない部隊だが、その強さは尋常じゃない。空閑が完敗している事から、これまでのようにはいかないだろう」

「正直、おれが親父のトリガーを使っても勝てるかどうかわからないぐらいだ。ノーマルトリガーであれだけの使い手は、近界でも見なかったかもなー」

「ノーマルトリガーで黒トリガー並の戦闘力……ってのは少し信じ難いけど、実際に居るんだもんなぁ。やー、世界は広いねー」

「でも、味方でよかったとおもうな」

「そうだな、チカ。あのひとが敵だったら、レプリカがいない今だとちょっとキツかったろうし」

 

 

 のんびりと、冷静に戦力を分析し。

 出した結果は……。

 

 

「だから。今回は、アンデルセン隊とは戦わない。向かってきてもとにかく逃げる事を考えよう。僕たちはつまり、影浦隊をいかにアンデルセン隊よりも早く落とせるか。そういう作戦で行くしかないと思う」

「おれたちがかげうら隊を全員倒してじぶんで緊急脱出すれば、ギリギリで勝てるもんな」

「なるほど、そっか」

「了解ー! となると、しっかりオペレートしないとだねえ」

「たのむぜしおりちゃん」

「影浦隊も強敵だから、特に僕は注意しないとな」

「ただ、問題は──」

 

 

 アンデルセン隊との戦闘を回避し、影浦隊を全滅させた上での逃げ切りを狙う。

 それが修の考えた作戦である。

 

 というか現状だとそれしかないのだ。

 チカが人を撃てれば、少しはチャンスもあったかもしれないが。

 

 

 しかし、一番の懸念材料がある。

 それは──

 

 

「「今回は、よりによってあのアンデルセン隊がマップの選択権を持っている」」

「だな。あの人はどんなマップだろうと関係ないって感じだから、たぶんおれたちが不利になるところを選んでくると思うよ」

「狙撃を封じるマップとか……?」

「有り得るな。うちにはお前がいるし、影浦隊にも狙撃手がいる」

「あっちの狙撃も封じてくれるなら少しやりやすいけどな。かげうら先輩はそうそう楽に落とされてくれないだろうし」

「まあ、とりあえず! 最初は合流を目指す感じ?」

「……そうですね。散開して各個撃破されたら元も子もない」

「OK、わかった」

「うん!」

 

 

 

 影浦隊と、アンデルセン隊。

 どちらも遊真以上の実力を持つエースを擁する。

 アンデルセン隊に至っては、未だ底知れない程の力を持つ実力者の中の実力者だ。

 

 

 限りなく勝率の低い戦い。

 そう分かっていて、しかし彼らは引かない。

 

 

 

 その様は、まるで魔王に挑む勇者たちのようである。

 

 

 

 そしてその魔王様は──。

 

 

 

「うん、おいしいわ」

「ですね~。万理華さんったら気が利くな~」

「少し悪い気もするのだけどね」

「いいんじゃないですか~? あ、それよりもソフィアさん~」

「なあに?」

「作戦会議は~?」

「? どのマップを選ぶかはさっき説明したじゃないの」

「……あー、やっぱりあれで終わりなんですね~……相変わらずの慢心王……」

「それだとわたしが男になってしまうじゃない。慢心女王よ」

「ツッコむところそこじゃないですっ!! もうっ、これで普通に勝っちゃうのがまた憎たらし~……!」

 

 

 作戦会議らしい事は全くせず、ただテーブルで優雅にお茶会を楽しんでいた。

 新たに部隊へ加入したメンバー……といっても今回はさすがに参加できないが。

 

 蟻元アリスと八十神万理華がこの作戦室を訪れ、アリスは隊の勝利を願い、万理華はかなりお高いお菓子を恵んでくれたので、こうなったのである。

 

 

 徒労としりつつもソフィアの慢心を咎める灯ではあるが、彼女もきちんとお菓子を食べているあたり確実にこの隊に染まってきている。

 

 

 まあそれはさておき。

 

 

「マップは本当にあそこでいいんですか~? 相手を不利にするどころか有利にしちゃうと思いますけど~」

「いいのよ。今のあの子たちがどこまでやれるか、見てみたいから。心配しなくても、勝つのはわたしよ?」

「いっそ落とされてしまえばいいんです~」

「あらあら、酷い事言うわね」

「ふーんだ。慢心王なソフィアさんなんて知りませんもんね~……ってなんで撫でるんですか~!」

「可愛いこと言っちゃって。心配してくれてるのよね? ありがとう」

「な、ち、違っ!! 違います~!」

 

 

 マイペースにお姉さんオーラ全開なソフィアと、彼女にいいようにされる灯。

 うにゃーと抵抗するも、だんだんと顔がふやけていき、最終的には全てをソフィアに委ねて寝静まりそうになってしまう灯。

 

 

 曰く。

 ソフィアさんのふわふわボディは究極の凶器であり、まるで干したてのお布団のように気持ちがいい。

 故に眠気が来るのも致し方ない、とのこと。

 

 

 

 

 各隊の思惑が交差し、多くの注目を集めるこの試合。

 

 

 その行方は、神のみぞ知る、かもしれない。

 

 

 

「──見せてちょうだい、修くん。遊真。チカちゃん。あなたたちの力を──」

 

 

 

 魔王の眼が、妖しく光る。

 

 




この試合にはアンデルセン隊の新メンバー二人は参戦しません。連携の完成度が満足の行く出来に達していないので、書類を用意だけして提出していない状態です。

なのでこれがソフィアが単独で戦う最後の試合となります。次の試合から二人参戦です。


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第13話 B級ランク戦 三日目

実況と解説が序盤に消失しますが、頑張って脳内で補完してください。
それと、今回はオリジナルマップが舞台となります。
近界にありそうな「なにもない荒野にぽつんと佇む廃城」がテーマのマップです。中央にボロボロの城がある以外、本当に何もないところ。


 

 非常に注目度が高いこの試合。

 何せ、今シーズンにおける台風の目である新人部隊、玉狛第二とアンデルセン隊が「B級不動のツートップ」の一つである影浦隊に挑むという組み合わせなのだ。

 かつてはA級にいた事もある影浦隊は、降格こそしたものの隊員は一人も欠けておらず、その力は全く衰えていない。

 

 つまり。

 彼らに勝つ事ができた部隊は、A級でも充分にやっていけるだけの力があるという事になるのだ。

 もっとも、作戦次第で上位が食われる事もあるのがチーム戦というもの。

 実際は一度の試合結果で判断できるほど単純ではないのだが、まぁそれは置いておくとしよう。

 

 要は、この試合を見に来た隊員は非常に多いという事なのである。

 

 

 

『さあ、本日も始まりました! B級ランク戦三日目、昼の部! 実況は私、海老名隊オペレーターの武富桜子がお送りします! 解説席には嵐山隊の嵐山隊長にお越し頂きました! 嵐山さん、よろしくお願いします!』

 

『どうも皆さん、嵐山です。早速ですが、今回の組み合わせは非常に興味深く、ランクを問わず非常に多くの隊員が観戦しに来ていますね。やはり、最も注目されているのはアンデルセン隊でしょうか』

 

『うー……アンデルセン隊には苦い思い出が……一人だけ超スピードで動く人がいて、あっという間に試合終了……あの時は何が起こったのか分かりませんでした……』

 

『ああ、海老名隊はアンデルセン隊と一日目で当たっていましたね。そんな武富さんから見て、今回の戦いはどうなると思いますか?』

 

『……正直、アンデルセン隊が負ける様子が全く想像できないんですよねー。あの動きに人間が対応できる気がしないというか。失礼ながら、ちょっと人間離れしていると思いますよ、あの速さは』

 

『なるほど。しかし、影浦隊の影浦隊長には感情受信体質というサイドエフェクトがありますからね。実力もトップクラスですし、どうなるかは分かりませんよ』

 

『あー、たしかに。問題はあの速さに反応できるのかってところですね……っとと、全部隊転送完了! 選択されたマップは……“城塞C”!? こ、このマップは中央の城以外のほぼ全域で非常に射線が通りやすく、アンデルセン隊としてはかなり不利かと思われますが……?』

 

『そう、ですね……影浦隊と玉狛第二には優秀な狙撃手がいますが、アンデルセン隊は戦闘員がアンデルセン隊長一人しかおらず、彼女は狙撃手ではありません。少なくとも、これまではほぼ弧月一本しか使っておらず、他に使ったのはメテオラが一発だけ……狙いがちょっと読めませんね……』

 

 

 

 試合が始まり、アンデルセン隊が選択したマップを見て、実況の武富と解説の嵐山を含む観客全員が首を傾げる。

 本来、その試合の中で最も順位が下のチームが、相手に不利な条件を押し付けたり、自分たちが有利に戦える場所を選ぶために存在するのが“マップ選択権”である。

 

 

 にも関わらず、今回マップ選択権を持つアンデルセン隊が選んだのは、逆に相手を有利にし、自身を不利にする場所なのだ。

 

 

 そして、首を傾げているのは彼らだけではなく。

 

 

「あァ? ここじゃ射線が通り放題じゃねェか。おめーにとっちゃ嬉しい誤算じゃねェか? ユズル」

「……まあ、たしかに。どういうつもりなんだろう」

「ゾエさんもかなりやりやすいよ? 中央の城に敵が固まってれば、メテオラでまとめて吹っ飛ばせちゃうしね」

【あのソフィ姉がどっちにも狙撃手が居るって知らないようなマヌケだとは思えねーしなー。何を狙ってんだかさっぱりだ。逆にそれがこえー】

「そりゃ言えてんな。いいか、おめーら。絶対に油断すんなよ。どこに居てもソフィ姉が飛んでくる可能性があるってー事忘れんじゃねェぞ」

「おお、カゲが隊長っぽい事言ってる……ゾエさんちょっと感動」

「んだとコラ!! ちゃんとやらねーとソフィ姉にどやされんだよ!」

【玉狛にも忘れずに注意しろよー】

「わかってるよ」

 

 

 

 影浦隊もはてなマークを浮かべ。

 

 

 

「どういう事だ……? ここじゃ撃ち放題じゃないか。いくらソフィアさんでも不利なはず……狙いはいったいなんだ……?」

「気をつけろよオサム。足を止めるな。射線がよく通る開けた場所って事は、ソフィアさんからも発見されやすいって事だ。絶えず動くようにしないと食われるぞ」

「……! あ、ああ」

「修くん、とりあえず作戦通りに合流すればいい?」

「そうだな。万が一敵が接近してきたらすぐに教えてください」

【おっけー! なんせ今回は相手が相手だからねー。こりゃ私も気を抜けないぞー!】

 

 

 

 修が思わず足を止めて考察に耽り、それを通信越しに察した遊真がすかさず注意する。

 チカが指示を仰ぎ、栞が気合を入れる。

 

 どうやら、遊真が一番現状を理解できているようである。

 

 

 

【うはっ、ソフィアさんの目すごすぎる~。こんな遠いところでも見えちゃうんですか~?】

「ええ。うふふ、次々とレーダーに表示が増えてくわね」

【そりゃね~、各隊員だいたい等間隔で転送されてますから、ある程度の初期位置は普通に分かっちゃうんですよね~。その上今のウチはソフィアさんだけしかいないわけですから~】

「ええ」

 

 

 

「【動く的は、全部敵】」

 

 

 

 

 影浦や遊真がサイドエフェクトを持っているように、ソフィアもまた非常に強力なサイドエフェクトを持っている。

 

 その恩恵で彼女はいっそ気持ち悪いほどに視力が良く、非常に見通しがいいこのマップにおいては、各隊の面々を見つけるのはそう難しい事ではない。

 レーダーで何者かがそこに居るという事は分かっているので、あとはその地点をじっと眺めるだけで索敵ができてしまうのである。

 

 

 だいたい。

 これまでの試合でソフィアが飛び回っていたのは、建物が邪魔で敵が見えなかったからなのだ。

 

 それが無いのであれば、わざわざ派手に動き回る必要もまた、無いのである。

 

 

 

「……ソフィ姉にしちゃ静かだな」

「たしかに。これまでの二戦とも、最初っから派手に動いてたのにね。なんだか不気味でゾエさんブルブル」

【ん? おい、一人だけ初期位置から少しも動いてない奴がいるぞ。もしかしてソフィ姉か?】

「んだと? いったいどういうつも──!?」

「? カゲさん?」

 

 

 

 とりあえず合流するべく動いていた影浦隊。

 雑談に勤しみつつ周囲を見回す彼らだが、隊長である影浦が急に言葉を切った事で意識を切り替える。

 

 

 

「……そういう事かよ!? やべェぞ、ソフィ姉に場所がバレてやがる!! 早く合流すんぞ!!」

「えぇ!? どういう事!?」

「ふわふわした感情を感じた! 間違いなくソフィ姉だ!! そのすぐ後にゾッとするぐれェおっかねェ“殺気”に変わったしこえーっつーの!!」

「了解、急いで向かう」

【ソフィ姉ってすごく目がいいんだな!? マサイ族かよ!】

 

 

 最後に発見された影浦がサイドエフェクトでソフィアを感知し、彼女の狙いを察する。

 このマップは確かに射線がアホなほど通りやすいが、見通しが良すぎて、“いい目”があれば敵の発見が非常に容易いという顔も合わせ持っているのだ。

 

 

 つまり、ソフィアは自分たちをすぐに見つけ、そして狩るためにこのマップを選んだのだ。

 

 

 

「合流地点は……クソが、あそこしかねェ!!」

 

 

 

 彼らが向かう先は──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視点を変え、玉狛第二の面々。

 

 

 

「本当に静かだな……ソフィアさんなら、また飛び回って荒らしていくのかと思ったけど……」

「これまではそうだったもんね」

「気を抜くな、オサム、チカ。いつでもどの方向にでもシールドを向けられるようにかまえておけ。これだけの時間があれば、もう誰か見つかっていてもおかしくない」

【んー、一人だけ動いていないのがいるけど、これがソフィアさんなのかなー? あれっ、三人同時に動き出した。影浦隊?】

「かげうら先輩たちか……」

 

 

 栞から聞いた情報を元に、走りながら考える遊真。

 そしてすぐに気付く。

 さすがは歴戦の猛者である。

 

 

「……やばいな」

「空閑? どうした?」

「おれたちも早く合流しよう。たぶん、全員もうソフィアさんにみつかってる。かげうら隊もそれに気付いたから走り出したんだ」

「なんだって? しかしまだ敵なんて影も形も……」

「オサム。急がないと食われるぞ」

「……わかった。合流地点は……」

「かげうら隊が向かう先はたぶんあそこだ」

 

 

 

 そして遊真が示したのは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灯。動いたわね」

【動きましたね~。ソフィアさんの言った通りに~】

「散開していてもわたしに各個撃破されるだけ。かといって広いところに集まってもわたしの速さについてこれずにまとめてやられるだけ。カゲくんも遊真もわたしの実力をよく分かってるから、勝つには乱戦を選ぶしかない。となると、合流地点も限られる」

【両部隊とも、中央の城に一直線です~】

「そうなるわよね」

 

 

 

 完全に思い描いた通りに試合が進んでいる。

 そう確信したソフィアは、ニッコリと笑った。

 

 

 

 影浦隊と玉狛第二。

 両部隊とも、アンデルセン隊との交戦を避ける事を選択している。加えてエースが双方ともに近距離で戦う攻撃手であり、射線がよく通るだだっ広い屋外よりも、狭い屋内の方が戦いやすい。

 玉狛に限ってはチカの“大砲”で味方ごと敵を吹き飛ばす、という手も有り得そうなものだが、彼女は人が撃てないので絶対にその手は使ってこない。

 影浦隊としても、既に全員が見つかっているだろうという影浦の確信から、撃って隙を晒した瞬間ソフィアに狩られる玉狛の大砲は、封じられたも同然と分かっているし、場所がバレバレな外に居てはソフィアに狩られてしまうので退避せざるを得ない。

 

 

 故に。

 戦場は必ず、マップ中央の城となるのだ。

 

 

 

 

 そして──。

 

 

「よォ、チビ。てめェも来たか」

「やっぱり居たか。急いであんたを倒さないと、あの人にやられる」

「そりゃこっちのセリフだぜ。ゾエ、ユズル! 他はおめーらに任せる!」

「ほいほい了解ー。だってさユズル」

「わかったよ」

「影浦隊……!」

 

 

 中央の城に影浦隊と玉狛第二が集合し、戦い始める。

 迫り来る魔王の威圧感をひしひしと感じながら。

 

 

 

 この場において、最も不利なのは……。

 

 

 

 間違いなく、総合力で劣る玉狛第二である──。

 

 

 

 

「うふふ……」

【玉狛と影浦隊が戦闘開始しました~。入り組んだ城内での戦いとあって、両方とも狙撃手はやりにくそうですね~】

「そうでしょうね。でも、ユズルくんならその程度、問題にもならないでしょう。放っておけば負けるのは間違いなく玉狛よ」

【ですか~。で、どうするんです~?】

「そうね……」

 

 

 狙撃手も含め、ソフィア以外の全員が城内へ逃げ込み、そしてそこで鉢合わせとなり戦う展開。

 このマップの特徴である巨大な城は、意外な事に外見上の高さに反して建物内部は二階までしか無く、一階と二階の間がとても広い。

 そして、迷路のように入り組んだ複雑な形をしている。

 

 要は、一つの階層が非常に広大な建物である。

 

 

 

 このマップはソフィアが最も得意とする場所の一つであり、そこら中にある壁を蹴って縦横無尽に移動する事で、あの忍田ですら捕捉不可能な程のスピードで動き回る事ができる。

 

 

 こちら側以上に猛者が集う“向こう”では、ソフィアはこのマップで無敗を貫いた。

 仮にここで彼女を倒せるとしたら、あのアフトクラトルの剣聖、ヴィザぐらいであろう。

 

 

 

「玉狛を揺さぶろうかしらね」

【と、言いますと~?】

「──あの子の場所、分かるわよね」

【……あっ、はい。姿は確認してますんで、予測は付きますよ~】

「そう。行くわよ」

【りょ、了解です~。なんかソフィアさん怖い……】

 

 

 

 

 なんだかいつもと違うソフィアの様子に、本気で怯える灯。

 しかしながらも仕事はきっちりやる。プロである。

 

 

 

 間もなくして、ソフィアはまるで瞬間移動でもしたかのような、圧倒的すぎるスピードをもってその場から掻き消えた。

 

 

 

 そして──。

 

 

 

 

【……!? はやっ……警戒!!】

「「!?」」

 

 

「あァ?」

【お? ソフィ姉があっち狙ったっぽいぞ】

「あ、だから一旦退避してったのね」

「狙われたのは誰?」

【そりゃたぶん……】

 

 

 

 玉狛第二のオペレーター、栞が慌ててソフィアの接近を報告し、警戒を促す。

 それを受けて修と遊真はすぐに後退し、迷路のような城内を縫うようにして影浦隊から逃げていく。

 少し距離を置いていたチカもまた、急いで逃げようとするが──。

 

 

 

「──こんにちは。そしてさようなら」

「あ……」

 

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

「千佳ぁ!!」

「……くそっ。やっぱり場所がバレてたか」

【うそぉ……速すぎてオペレートが追いつかない……こんな、こんなのって、アリ……?】

 

 

 

 

「チッ、先制されたか」

「仕方ない仕方ない。切り替えてこ」

「急がねーと俺らもやべェな」

 

 

 そう。

 ソフィアが真っ先に狙ったのは、持たざるメガネこと修でも玉狛の白い悪魔こと遊真でもなく、トリオン怪獣の異名を持つ少女、雨取千佳であった。

 

 

 

 確かにチカは距離を置いていたが、そんなものはソフィアにとって何の意味も成さないのだ。

 

 

 ……これはあくまでソフィアの個人的な考えという事を念頭に置いてほしいが、“この時期の玉狛第二”では、チカがお荷物にしかなっていない。

 単独では弱い修とて、遊真とのコンビネーションはなかなかのものであり、サポーターとしては既に十二分に仕事をしている。点取り屋である遊真に至っては言うまでもない。

 

 

 

 しかしチカはどうだろう?

 彼女の願いである「兄と友人を近界へ助けに行く」という目的を修たちが叶えるため奔走しているにも関わらず、当のチカ本人は“人が撃てない”という理由で、一切点が取れない。

 

 

 今の彼女にできることなど、そのトリオンを活かした破壊力で地形を変えるという、使える状況が非常に限られる事ぐらいしかない。

 これをお荷物と言わずして何と言う。

 おまけに、せっかく圧倒的なトリオン能力を持っているというのに本人の戦闘力は極めて低いのだ。

 

 

 

 

 言葉を使わずとも、その事をハッキリと突きつけられたチカは、緊急脱出先の作戦室でボーッと天井を見ていた。

 

 

「……せめて、修くんと遊真くんの戦いを……見届けなきゃ……皆に、謝らないと……」

 

 

 

 のそのそと歩き、モニターを睨む栞の元へ近付く。

 しかし余裕が無い栞は、チカに気付いてはいても振り向かない。

 

 

「あの、栞さん……」

「チカちゃん、ごめんねえぇ……私がもっと早く知らせてあげられてれば……でもまだ終わってないよ! 二人を応援してあげて!」

「あ、はい……ごめんなさい……」

 

 

 

 応援してあげて。

 緊急脱出したのが仮に修や遊真だったならば、栞はきっと「指示してあげて」と言ったはずだ。

 

 緊急脱出した以上、もう君にできる事は何も無い。

 言外にそう告げられた気がして、俯く。

 

 

 

 ──真っ先に脱落し、沈むチカを他所に、試合は進んでいく──。

 

 

 

「オサム、どうする」

「……はっきり言って、一番弱い部隊はぼくたちだ。チカを落として終わり、何てことはない。この先も狙われるだろう」

「正直に言うと、そうだな」

「──落とされる前に、少しでも多く点を取る。それしかない。頼むぞ、空閑。サポートは任せろ」

「──了解。やるぞ、相棒」

「ああ! 行くぞ、相棒!」

【影浦隊の現在地はあっちだよ! ソフィアさんがいる場所も出しておくね!】

 

 

 

「(このままじゃ、修くんたちの邪魔にしかならないよね……どうにか、どうにかしなきゃ……。せめて、わたしが人を撃てれば……!)」

 

 

 

 元々勝ち目が無いに等しい戦いだ。

 修はこうなる事も想定していた。

 故に、チカほどの動揺はない。

 

 

 遊真や栞も同様である。

 

 

 そして玉狛第二は再び影浦隊と激突し、激しく競り合う。

 しかし、実力は向こうが上。

 修と遊真は徐々にトリオン体を削られていく。

 

 

 

 そして。

 

 

 

「二人目」

「……やらせるか」

「お?」

 

「チィ!! バカ野郎、ゾエ! 下がれ!!」

 

 

 

「げっ……マジぃ?」

「あら。さすがね、遊真」

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

【うわちゃー……やられやがった】

「あのバカが!!」

「……上手い」

 

 

 

 再び揺らりと現れたソフィアにギリギリで気付いた遊真が、自身が狙われている事を察してダメージ覚悟で影浦隊の北添へと突撃し、そのまますれ違う事で彼を盾に。

 哀れ盾となった北添は、ソフィアの弧月によって真っ二つにされ、緊急脱出した。

 

 それを見て影浦は北添に怒り、オペレーターの光は頭を抱え、ユズルは遊真の素早い判断に感心した。

 

 

「空閑!」

「だいじょうぶ。ちょっとばかし食らったけど、真っ二つにされるよりはマシだ。それより、スマン。逃げるのが精一杯で点をとる余裕がなかった」

 

 

 

 ついでに。

 

 

「巻きゾエで真っ二つ。ゾエさんだけに」

「……お前後でカゲにしばかれんぞ」

「せめて笑って!! 苦笑いでもいいから!」

 

 

 影浦隊の作戦室にて、緊急脱出した北添がそんなオヤジギャグを光に披露し、冷たい視線を受けたりした。

 彼はまだ若いはずなのだが。

 尚、ばっちりと聞こえていた影浦によってボコボコにされたのは言うまでもない。

 

 

 そしてソフィアは姿を晦まし、残された影浦とユズル、修と遊真の四人は、不気味に思いながらも点を勝ち取るべくそれぞれを狙う。

 

 

 

 北添が落ちた事で多少はやりやすくなったはずの玉狛だったが、エース影浦がピンピンしている事から戦況はあまり変わらず、押され続ける。

 

 なかなかに粘った修と遊真だったが……。

 

 

 

「悪いね」

「しまっ……」

【修くん!!】

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 虎視眈々と狙っていた狙撃手、絵馬ユズルによって修が落とされ。

 

 

 

「ハッ! なかなか楽しかったぜ、チビィ!!」

「……やるね」

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 しばらく後。

 度重なるダメージが祟ったか、僅かに隙を晒した遊真を、影浦が「マンティス」で落とした。

 遊真にとって、記録でしか知らない影浦のマンティスはまだ馴染みが薄い。故に食らってしまったのだろう。

 

 本来の歴史とは違い、影浦は陰険な隊員と揉める事なく遊真と出会ったため、直接披露する機会が無かったのだ。

 個人ランク戦でソフィアにボコボコにされた時も、影浦は常に張り付かれていたため、マンティスを使う余裕が無かった。

 

 

 

 

 そして。

 遊真が落ちた瞬間。

 

 

 

 姿を晦ましていたソフィアが現れ、弧月ではなく射撃トリガーのキューブを展開する。

 

 尚、ソフィアは一切バッグワームを使っていないのでレーダーには一応映っているのだが、何せ移動が化け物じみた速さなのでオペレートが追いつかず、狙われた隊員にとっては突然現れたようにしか見えない。

 

 

 

「あァ? 弧月じゃねえのかよ」

「【アステロイド……いや、バイパー!?】」

 

 

 

「ごめんなさいね、カゲくん。わたしの勝ちよ」

 

 

 戦いを見守っていた観客が全員驚愕する。

 モニター越しに、光と北添も。

 

 

 

「射撃トリガーなんざ俺には……って数多いわっ!!」

「うふふふふ」

「クソが、こんなん避けきれるわけねえ……!!」

 

 

 

 これまで弧月しか使ってこなかったソフィアが、バイパーのフルアタックを披露した。

 これだけでも影浦は頑張ったと言える。

 多少時間をかければ弧月でも充分であった可能性については、まあ置いておくとしてだ。

 

 

 一本道に居るという状況で、影浦から見て左右両方からバイパーが飛んでくる。

 これを完全に避けろというのはいくらなんでも厳しい。迂闊に跳べばソフィア本人に斬られるし。

 故に、シールドを選択したわけだが……。

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 パキン、と。

 影浦のシールドは、呆気なく砕け散った。

 

 

 

「おいおいおい、死んだわ俺」

「楽しかったわよ♪」

 

 

 

 ドドドドッ、とバイパーをその身で受ける影浦。

 哀れ彼のトリオン体は穴だらけ……を通り越して粉々になってしまった。

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 

 影浦が緊急脱出し、これで残るはユズルのみ……なのだが。

 

 

 

 

「あら?」

【ソフィアさん。ユズルくんに逃げられましたよ~】

「……素早い子ね」

 

 

 

 実は、修を落としたユズルはすぐに城を脱出し、影浦を囮にして、自発的に緊急脱出できる距離まで逃げていたのである。

 勝てない相手には無理に戦わず逃げる。

 

 

 元A級部隊に相応しい引き際である。

 

 

 

 

 何はともあれ、これにて試合終了。

 

 

 生存点を含め、5対2対0でアンデルセン隊の勝利という結果に終わった。

 

 

 

 




というわけで、今回は原作で玉狛第二が対二宮隊&影浦隊&東隊戦でぼろ負けし、上位の厚みを知る場面の代わりとなる試合でした。ここからはオリジナルの組み合わせとなります。
ちなみにこれで玉狛第二は中位落ちです。


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第14話 ソフィア・アンデルセン

シリアス注意報。
ハイレインに相当なヘイトが集まりそうな回。
ソフィアが異常に強い理由が明かされます。


 

 大勝を続けてきた玉狛第二と、元A級部隊にして現B級不動のツートップの片割れである影浦隊にさえも圧勝したアンデルセン隊。

 

 

 そんな脅威の新部隊を率いる女性、ソフィア・アンデルセンに関する事で、実力派エリート迅悠一は、何故かボーダー本部開発室長のたぬきこと鬼怒田に呼び出されていた。

 

 

「もしもーし、鬼怒田さん? 来ましたよーっと」

「……来たか、迅。入れ」

「はいよ。実力派エリート、お呼びに応じ参上しました……って、忍田さんまで」

「…………ああ。よく来たな、迅」

「…………」

 

 

 

 断る理由も無いので参上した迅だったが、やけに空気が重い事から気持ちを切り替える。

 自身のサイドエフェクトで“この画”を見た事があったが、遂に現実となったらしい。

 

 

 が、しかし。

 デキる男、迅。彼はあえて陽気な態度を装う。

 いつも通り、仮面をかぶって道化を演じるのだ。

 

 

「もー、どうしたのお二人さん。そんな怖い顔してたら老け込んじゃうよ?」

「…………」

「ふん。安心せい、すぐにお前もこうなる。彼女の話を聞けばな」

「ソフィアさんの事?」

「うむ。覚悟せいよ」

「……ああ、わかった」

 

 

 いつになくシリアス顔な二人をリラックスさせようとしたが、上手くいかず。

 逆に、覚悟しろと宣告された事から相応に重い話が飛び出るのだろうな、と察する迅。

 

 

 そして鬼怒田はそれを見て頷き、幾つもの画像を伴うデータを出した。

 

 

「ワシが彼女自身に協力してもらい、彼女の事を調べておったのは知っとるな?」

「もちろん。というとこれはソフィアさんの?」

「うむ。彼女の肉体……そしてトリオン体に関する情報を集めたものだ。結論から言うと、じゃがな」

「うん」

「…………」

 

 

 悲痛なような、怒っているような、そんな複雑な顔を浮かべて沈黙する忍田を横目で見ながら、鬼怒田と会話する迅。

 

 

 未来を視る事ができるという破格のサイドエフェクトを持つ事から、滅多な事では驚かない彼が、次の瞬間かつてないほどマヌケな声を上げる事となる。

 

 

 

 

 

 

「彼女……ソフィア・アンデルセンの身体は、もはや人間とは呼べん代物になっとる」

「……はい?」

 

 

 

 

 まさかの非人間発言である。

 いや、確かに人間離れしてるなとは思うけど……と反論しようとする迅だったが、そんな彼に構わず鬼怒田は言葉を続ける。

 

 

「まぁ聞けい。何も彼女を貶そうというのではないわ。まず、生身の方は四肢が未知の技術で造られた……まあ義手と義足、なんじゃろうな。そんなものに置き変わっておるし、内臓も同様じゃ。脳みそですら人工物になっとる」

 

「…………え? いやいや、ちょっと待て。待ってくれ。つまり、いったいどういう……」

 

「神経も生来のものではない。より早く信号を送るために、これまた未知の技術で造られた代用品に変わっておるんじゃ」

 

「…………そんな、そんなの」

 

「続いてトリオン体じゃが、これまたワシらが知るものとは根本的に作りが異なる。まず、トリオン供給器官からして人工物がへばりついておる有様じゃしな」

「…………」

 

「恐らく、彼女が持つトリオンの量を無理矢理増やしたんじゃろうな。その代償として、彼女は味覚を失っておるらしい。腹も減らんそうだ。おまけに眠る事もできないときた。一応、食べる事はできるようだが、それは栄養を補給する以上の意味は持たんだろう。味覚が無いのだから、何を食べても石を食べてるのと変わらんはずじゃからな」

 

「…………」

 

 

 

 背を向けているので迅からは鬼怒田の表情を見る事はできないが、忍田のそれからして察する事はできるし、鬼怒田の体は震えている。

 何より、迅自身が陽気な態度を取る余裕すら無くなっているのだ。

 

 

「つまり──」

「──つまり何か? ソフィアさんは、笑顔が似合うあの綺麗な人は、“兵器”として人体改造されていると、そういう事か……?」

「……そうなる。この有様じゃ、子を産む事もできんじゃろうな……」

「…………どうして、こんな」

 

 

 

 これほどの怒りを覚えるのは、迅にとって久しぶりか、あるいは初めての事かもしれない。

 少なくとも、かつて仲間を失った時と同じか、それ以上に動揺はしている。

 

 

 

「正直、どうしてこれで生きていられるのか不思議なぐらいじゃ。これ程の歪さだ、ワシらでは想像もつかないほどの激痛に、常に襲われているじゃろう。本人はもう慣れたと笑っていたが、な」

「どうして、あの人は笑っていられるんだ……これはつまり、近界民に捕まって、そこで改造されたって事だろう……? 三輪以上の復讐鬼になっていてもおかしくはないのに……」

 

 

 完全に沈み込み、そう呟く迅。

 そんな彼の疑問に答えたのは、それまでずっと沈黙していた忍田だった。

 

 

「──それは当然私も聞いたよ。思わず、な。そうしたら彼女はなんて答えたと思う?」

「……分からないよ、俺には」

 

 

 

「……仲間も家族も、街の人々も。彼女自身以外の人間が全て死んでしまったから。こうしてまた触れ合える事が嬉しくて、楽しくて、仕方ない……だそうだ」

「……!」

「健気な子じゃ。本当ならもう戦いから遠ざけてゆっくりと過ごさせてやりたいところじゃが、皆を守るために戦わせてほしい、と懇願してきおった」

「……そっか。うん、それは少し分かる」

 

 

 思わず目頭が熱くなった。

 見れば、忍田もハンカチで目元を抑えているし、背を向ける鬼怒田も手を目のあたりにやっている。

 

 

 

「迅。忍田くん。君たちと違い、ワシは戦えん。じゃから……彼女を頼むぞ」

「もちろんだ」

「ああ。仲間だからね」

 

 

 

「それと、彼女から言伝じゃ。アフトクラトルの“ヴィザ”という老剣士と彼女が出会うような事があれば、自分で自分を止められなくなるから、止めてくれ、と」

「ヴィザ……」

「かつてのレプリカ先生曰く、アフトクラトルの国宝って奴を使う強敵だよ。遊真がギリギリで倒したけど、二度目は勝てないかもしれない、と言っていた」

 

 

 

 忍田と迅は、怨敵の名を確かに心に刻んだ。

 あのソフィアが「自分を止められなくなる」というのだから、余程憎んでいるのだろう、と。

 

 

 

 

 そして、所変わって先の試合を見た者達は──。

 

 

 

 

 

 

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 ラウンド3の結果により、影浦隊は変わらず2位。

 勝利したアンデルセン隊が4位に上昇し、玉狛第二は8位にダウンして中位落ち。

 

 あの影浦隊を含めた試合で圧勝したアンデルセン隊の話題で一色となる本部基地内。

 個人ランク戦ブースにて。

 

 

 

「おう、鋼。ちょっと遊ぼうぜ」

「カゲか。ああ、いいぞ。俺もお前を探していたところだ」

「ハッ……おめーも負けたままでは終われないってクチか?」

「そういう事さ」

「ちょっとかげうら先輩にむらかみ先輩。わるいけどおれも混ぜていただきたい」

「あ? ああ、チビか」

「空閑か。ならジャンケンで順番を決めよう」

 

 

 ソフィアにボコられたエース組こと、影浦と鋼、そして遊真が戯れ。

 

 

「正面から当たれば影浦ですらまるで相手にならんと来れば、搦手で攻めるしかないだろうな」

「攻められると、いくら菊地原の耳があっても対応できないでしょうから、こちらから押していくしかないのでは?」

「風間さんが居れば大丈夫でしょ。影浦さんよりも強いんだし」

「そうはいかない。第一、忍田本部長すら負けているんだぞ。一対一では間違いなく彼女が最強だ」

「そうですかね……」

 

 

 遠征が挟まるのでしばらく先の事とはいえ、間違いなく訪れる対戦の日を見据えて、あの風間隊が真剣にアンデルセン隊への対策を話し合い。

 尚、個人ランク戦ブースを使っているのは、スピードタイプのエース級を実験台にするためである。

 

 

「どうだ、出水。お前、止められると思う?」

「いや、普通に無理でしょ。たぶん二宮さんでもあの人は止められないですよ」

「マジかー。やっぱり俺がどうにかするしか……よし、あの人を探そう」

「ただ戦いたいだけでしょあんた。ダメですよ」

 

 

 現A級1位、太刀川隊がダベっていたり。

 対策らしい対策が全く出てこないあたりが実に彼ららしい。

 

 

「次はちょっと日にち空いて土曜日だっけ?」

「ああ。というか対策を話し合うなら作戦室でいいだろうが。何故ここなんだ、陽介」

「だから言っただろーがよー? ソフィアさん、たまーにだけどここに来んだよ。相手してくれるかもしれねーだろ?」

「なんで狙撃手の俺までここに……」

「ま、まぁまぁ奈良坂先輩……とにかく、三輪先輩が鉛弾を当てられなきゃはっきり言って勝ち目無いですよ、あれ。スピードが尋常じゃないですもん」

「そうか……」

「頼むぜ大将!」

「誰が大将だ」

 

 

 意外な事に、三輪隊が勢揃いしていたり。

 生真面目な狙撃手である奈良坂が個人ランク戦ブースに居るというのは、軽くプレミアものであろう。

 

 

 

 他にも空いているA級部隊のほとんどがこの場にいるが、それはさておきとして。

 

 

 B級ランク戦、ラウンド4。

 上位の組み合わせは……。

 

 

 暫定1位、二宮隊。

 暫定3位、生駒隊。

 暫定4位、アンデルセン隊。

 暫定7位、東隊。

 

 

 こうである。

 尚、中位落ちした遊真ら玉狛第二は、鈴鳴第一、香取隊、那須隊と当たる事となった。

 

 

 

 この場……個人ランク戦ブースにはいない二宮隊、生駒隊、東隊の面々は、お笑い部隊こと生駒隊を除き作戦室で真面目にアンデルセン隊への対策会議を開いている。

 特に、二宮隊隊長、二宮匡貴と東隊隊長、東春秋の力の入れっぷりは、チームメイトたちが珍妙な目で見てしまうほどであるらしく。

 

 

 

 

 

 ── 東隊作戦室 ──

 

「よし……これでいこう。悪いな、奥寺。小荒井。今回ばかりは俺の思うようにやらせてくれ」

「は、はぁ。もちろん構いませんけど……」

「珍しいっすよね、東さんがそんな真剣になってるの」

「はは、まぁな。なんというか、彼女の戦いぶりを見ていると久しぶりに血が疼いてきたんだ。恐らく、二宮の奴も本気で来るぞ」

「うげっ、マジっすか……」

「二人とも、簡単に落とされないようにしなさいよ」

「努力はします、摩子さん……」

 

 

「──この作戦なら、必ずあいつも乗ってくる。挑ませてもらうぞ、ソフィア・アンデルセン……!」

 

 

 

 

 かつてA級1位部隊を率いた最強の隊長、東春秋。

 後進の育成に努めていた彼が、牙をむく。

 

 

 

 

 そして肝心のソフィアは──。

 

 

「ダメよ二人とも、全然ダメ。そんなんじゃまるで使い物にならないわ。さあ、早く立ちなさい」

「「イエッサー!!」」

「……どうしたんですかソフィアさん。いつになく真剣ですけど~。あとサラッと新入りのアリスさんと万理華さんを軍人みたいに仕上げるのやめてください~」

 

 

 

 ラウンド4から参戦する二人、蟻元アリスと八十神万理華を超スパルタ式で鍛えていた──。

 

 




アンデルセン隊がA級に来ると確信し、各隊は今から対策を話し合っています。太刀川はワクワクが止まらなく、夜な夜なカレンダーをめくっては早く来期にならないかな、と子供のようにウキウキしてそう。


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第15話 東春秋

皆大好き東さんの回。
完璧人間の印象が強い彼ですが、こんな東さんも見てみたいです。


 

 かつてA級1位部隊を率いてチーム戦を極めて以降、後進の育成に努めてきた男、「最初のスナイパー」東春秋。

 

 今も昔も、ボーダーに多大なる貢献をしてきた彼は、最近となっては非常に珍しくとある人物の記録を何回も見直し、徹底的に情報を洗い出していた。

 

 

 ソフィア・アンデルセン。

 詳しい事情はまだ東にも知らされていないが、戦力的な意味だけではなく、その出自からして城戸司令が「唯一無二の例外」と称する程に特異な存在である。

 

 東は、もはや彼女の事を「異常に強いだけの新人」とは思っていない。

 自身を含むボーダーの隊員たちとは比較にならない程戦い慣れているようにしか見えない彼女の事だ。行方不明になっていた旧ボーダーのメンバー、との噂も、あながち間違いではないかもしれない。

 

 

「……空中に誘い出せばあるいは。いや、その程度を彼女が想定していないとは思えない。グラスホッパーもセットしてあると考えた方がいいか……狙撃は、当たるとは思えないな。となるとやはり鍵はあいつか……」

 

 

「東さん、ほんといつになくガチだよな……」

「ああ……あんな姿初めて見るかも……」

「じろじろ人を見るんじゃない。東さんに失礼でしょうが」

「「すんません摩子さん」」

 

 

 

 モニターをガン見しながらブツブツと独り言を呟く東と、そんな彼を新種の生物のように奇異の目で眺める奥寺と小荒井。

 そしてオペレーターの人見にそれを咎められる。

 

 

 これが現在の東隊の様子である。

 

 

 

 

 そんな彼らの元に、訪問者が。

 

 

「ん? ノック?」

「あ、俺出てきます」

「お願い」

 

 

 作戦室のドアをノックする音が響き、それに気付いた小荒井が応対しに行く。

 東は相変わらずブツブツモードである。訪問者に気付いた様子すらない。

 

 

 

 

 やってきたのは──。

 

 

「初めまして、でいいかしら?」

「あ、は、え? あ、は、初めまして……小荒井と言います……」

「ええ、知ってる。ソフィア・アンデルセンよ。次の対戦相手の。ちょっと挨拶をしに来たの」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね!!」

「うふふ、わかったわ」

 

 

 

 東がブツブツと呟きながら情報を分析している相手、ソフィアがまさかの電撃訪問。

 え、何? 偵察? と半ば混乱しながら、とりあえず人見に指示を仰ぎに行く小荒井。

 

 

 

「ま、摩子さん!! すごくかわいいっ!! どうしましょう!? 危うく惚れそうだった!」

「落ち着きなさいよ。とりあえず東さんにも知らせておかないといけないわね」

「了解です。小荒井、お前は深呼吸でもして落ち着いとけ。えーと、すいません東さーん!」

 

 

 どうやらソフィアの美貌に心奪われかけたらしい小荒井は、ばたばたと手を動かしながら大興奮である。

 ボーダーでの活動に打ち込む小荒井少年には少し刺激が強すぎたようだ。

 

 

 隊服に身を包んだソフィアは、実にビューティフォーなので仕方がない。

 

 

 

「受けに回るとまず負ける。となるとやはり攻めの姿勢でガンガン行く方がいいか……」

「東さーん!! 聞こえてますかー!?」

「……ん? お、おお。悪い奥寺。どうした?」

「あの、お客さんなんですけど。その……アンデルセンさんなんですよね」

「ん??」

 

 

 何度も呼びかけられてようやく戻ってきた東は、一旦モニターを落として奥寺に振り向く。

 しかし、彼が告げた来客の正体に思わず首を傾げた。

 

 

 そしてパチリと目が合う。

 

 

「どうも、初めまして東さん。ソフィアです」

「お……はじめまして……? ンン。どうしたんだ? 何か用事か?」

 

 

 ニッコリと笑って挨拶するソフィアに面食らいながらも、きちんと返す東。

 しかし、特に用事があるという話は聞いていないが、とやはり首を傾げた。

 

 

「用事という程ではないのだけど。数少ない年上の隊長さんが率いる隊とあっては、挨拶しないのも失礼かなと。随分と熱心に分析していたようだけど、調子はどうかしら?」

「あ、ああ。そうか。わざわざすまないな。これは……あれか、俺が何を見ていたか、バレてる?」

「もちろん。恥ずかしいわね、わたしの記録を真剣に眺めたりされると」

「はは、そいつは失礼。しかし、ただ当たるだけでは勝ち目が無いと思ったんでな」

 

 

 もしや偵察か、と一瞬警戒した東だったが、全て見透かされていると察し、すぐにのんびりとした態度に戻る。

 直接会ってみると、やはりまるで底が知れない子だな、と密かに戦慄していたりもするが。

 

 

 それはさておきとして、相手は美少女である。

 それも、飛びっきりのだ。

 次の対戦相手とは言え同じボーダーに勤める仲間である事に変わりはない。

 故に、席に座るよう勧めてお茶を出し、ほんわかに雑談を楽しむ事にした。

 

 

 奇妙な空間で過ごす事になった小荒井たちは、興味津々で二人のやり取りを眺めるばかりである。

 

 

「それで、わたしに勝てる見込みはあるのかしら?」

「さて、どうだろうな。少なくともそう簡単に負けてやるつもりはないぞ」

「あら怖い。気は抜けなさそうね」

「はは、それはこちらも同じだよ。本気で隠れないとすぐに見つかってしまいそうだ」

「うふふ。じゃあわたしも本気で探さないとダメね」

 

 

 笑顔が飛び交ってはいるが、おっかないやらのんびり空間すぎて気が抜けるやら。

 しかしサラッと飛び出たソフィアの「本気」発言に、敵として戦う事になる小荒井と奥寺は戦慄した。

 東を探すついでに見つかって即緊急脱出、とか普通にありそうで困る。

 

 

「そういえば。東さんが最近気になる若い子とかは居るのかしら? 教官役をやっていると聞いたけど」

「ん? そうだなぁ。君や玉狛第二の空閑もそうだが、俺は三雲が特に気になっているかな」

「ふむ。彼、弱いけど?」

「今はそうだ。しかし隊長として見るなら既に中位の隊長たちにも引けを取らない指揮能力がある。加えて、いい意味で勝つために手段を選ばない。アレは二年もすれば化けるぞ」

「なるほどね。ええ、わたしもそう思うわ。先日叩きのめしてあげたし、次の試合では進化した姿を見せてくれるんじゃないかしら」

「ああ、そういえばアンデルセン隊と当たって完敗していたか。彼らを追い込むような作戦を取ったのも、成長を促すためだな?」

「もちろん。ちょっと厳しすぎたかしらね?」

「いや、あれぐらいで挫けるようなヤワな奴とは思えない。丁度いい機会なんじゃないかな」

「そう。あなたにそう言ってもらえると嬉しいわ」

「はは、どういたしまして」

 

 

 のんびり空間でちょっと物騒な事を話し合う二人。

 なんかアンデルセン隊長って意外と東さんに似てる? と目を丸くする小荒井たち。

 

 

 ただ、とてもB級部隊の隊長同士の会話には見えないが。

 普通に上層部で話し合っている方が似合う。

 

 

 

 しかし。

 何を思ったか、ボケたのか。

 東が急に爆弾を放り投げた。

 

 

 

「そういえばアンデルセン」

「ソフィアでいいわよ。何かしら?」

「……君、年齢偽ってないか?」

「…………どうしてそう思ったのかしら」

 

 

 

 東さん女性に年齢の話題は禁句っすよ!!

 小荒井と奥寺は戦慄し、人見は呆れて息を吐いた。

 

 そんなんだから結婚できないのよ、と。

 

 

「いや、確証はないんだが。こうして話してみると、とても俺より四歳も年下だとは思えなくてな。もしかして、俺と同い年ぐらいなんじゃないか?」

「…………老け顔のあなたに言われたくないわね」

「老け……」

「試合では覚悟していなさい、“東くん”。絶対に……見つけ出して蜂の巣にしてやるわ」

「あっはい」

 

 

 

 あれ、なんかビンゴっぽい?

 コアデラは意外な事実(たぶんが付くが)に驚いた。

 ソフィアは見た目だけなら普通に自分たちと同じぐらいの年齢にしか見えない。

 しかし、確かに東と意気投合していたところを見ると、年齢をサバ読んでいるという方が納得できた。

 

 

 

 そして、完全に据わった目になったソフィアは、真顔のまま挨拶もそこそこに作戦室を出ていった。

 

 

 

 

「……チビるかと思った。あいつめっちゃ怖いな……」

「何やってんですか東さん!! 絶対試合で本気出してきますよ!? 完全に殺る気でしたもん!!」

「いや、だって気になったからつい……すまん……」

「だってじゃないですよ! もしかして年齢サバ読んでる? とか思っても口に出しちゃダメですって!」

「そう、だな。本当にそうだ」

「東さん、普通に最低です。あんなの女性なら誰だって怒りますよ」

「まことにもうしわけない」

「謝るならソフィアさんに、です。ほとぼりが冷めてから直接自分で謝りに行ってくださいね」

「りょ、了解です……」

 

 

 

 その後、不機嫌オーラ全開で見る者全てを恐怖させるソフィアの姿が各所で確認されたとか。

 

 

 

 そして──。

 

 

 

 

 非公認ファンクラブ、「ソフィアちゃん親衛隊」の面々が東隊の作戦室に殴り込んできた。

 

 

 

「たのもー!! おいこらおっさん!! 出て来やがれ!!」

「おっさん言うな。なんだお前ら、揃いも揃ってぞろぞろと」

「なんだ、だぁ? いい度胸してんなこの野郎!!」

「お、おう?」

 

 

 影浦と諏訪がヤンキーのように睨みつけ、その後ろで鋼が腕を組んで東を睨む。

 ちゃっかり遊真もついてきており、鋼の隣でのんびりとした空気を纏っている。

 

 他にも他にも、名だたる隊員たちばかりである。

 女性隊員である熊谷や那須までいる。

 

 尚、諏訪は未だにソフィアと出会ってすらいないという事を明記しておく。

 ファンクラブの会長なのに、悲しい、とても悲しいすれ違いである。

 

 

 

「──聞きましたよ、東さん。ソフィアさんを怒らせたそうですね」

「めちゃくちゃフキゲンで、八つ当たりとばかりにボコボコにされました。こんな再戦はのぞんでなかった」

「……あ」

 

 

 ものすごく心当たりがあった。

 鋼と遊真の言葉に、思わず目を逸らす東。

 

 

 そんな東を見て、那須がずいっと出てくる。

 いつものごとく熊谷も一緒である。

 

 

「正直に言ってください、東さん。あの温厚で優しいソフィアさんを怒らせるなんて、何をしたんですか?」

「いつもは笑顔で可愛いのに、今日はめちゃくちゃ不機嫌で怖いんですよ。それで情報収集して回ったら、小荒井くんが“いや、東さんがやらかして”、と」

「!?」

 

 

 犯人はお前か、小荒井ぃ!?

 思わず振り向く東だったが、犯人は既に逃走していた。

 気付けば奥寺と人見もいない。

 ソフィアの分析と対策に夢中になりすぎた結果がこの有様である。

 

 

 錚々たる面々の、凄まじい圧にたじろぐ東。

 更にプレッシャーをかけていくファンクラブ。

 

 

「あのソフィ姉がよォ、“絶対に許さないわ東くん”ってブツブツ呟いててよォ。刺されんじゃねえかってぐれェ怖ェんだよ。何したんだおっさん」

「キリキリ吐け、おっさん! つーか俺だけ出会えてないのは何故だチクショー! なんなの、避けられてるのか!?」

「そ、そんなに怒ってるのか……あと、諏訪。お前は運が悪いだけだろう」

 

 

 影浦のちょっと気持ち悪いソフィアの真似に軽く引き、運が悪すぎて何かを拗らせそうな諏訪に呆れ。

 しかし、遊真以外全員顔が怖い。

 

 

 特に女性隊員たち。

 黙って逃げようものなら地の果てまでも追いかけてきそうである。

 

 

 観念した東は、正直に白状する事にした。

 

 

「実は……あいつがここに挨拶しに来て、その時に年齢をサバ読んでて本当は俺と同い年ぐらいなんじゃないかって指摘したらな……たぶん図星だったんだろうけど、すごく怒ってな……真顔で出ていった」

「「…………」」

 

 

 全員固まった。

 

 

 男性陣は「え、ソフィアさんって東さんと同い年なの?」という驚きから。

 女性陣は「え、そんな事をあの綺麗な人に言ったのこの人? 引くわー」という驚きから。

 

 

「あ。俺が言った事は本人には内緒な。話を広めた、なんて思われたら本気でやばい気がする」

「正直あなたにはガッカリしました東さん」

「そんなの怒るに決まってるじゃないですか。ソフィアさんかわいそう……」

「試合でボッコボコにされればいいんです」

「ぐふっ!?」

 

 

 いち早く再起動した女性陣に言葉でボコボコにされ、膝をつく東。

 氷点下の眼差しがメンタルにクる。

 

 

 

「おい、東のおっさん。ブース行こうぜ」

「いや俺狙撃手だし……」

「いいから来いコノヤロー!! 何はともあれ、ソフィ姉を傷付けるやつは許さねェ!!」

「生きて帰れると思うなよコラァ!! 俺のショットガンで蜂の巣にしてやんぜ!」

「その次は俺がやるよ」

「じゃあむらかみ先輩の次はおれで」

「「おれもおれも」」

 

 

「いやちょっと待ってお前ら本気で待って」

 

 

 

 

 こうして、東は無事にソフィアちゃん親衛隊の面々にボッコボコにされ、騒ぎを聞きつけた鬼怒田や忍田にまでガチトーンで説教される事となった。

 

 

 そして、“ソフィアさんにじゅうごさい”という話はボーダーのタブーとされる。

 誰がなんと言っても彼女は21歳なのだ。

 

 

 




ちゃっかりランバネインからも逃げ切っていたり、めちゃくちゃしぶとい東さん。
果たして彼はソフィアの魔の手から逃れられるのか。


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第16話 アンデルセン隊

カゲと鋼、JKと友達になるってよ。
あ、しばらくは日常話が続きますので、ランク戦四日目は結構先になります。


 

 圧倒的な戦闘力で他の隊員たちを寄せ付けない女性、ソフィア・アンデルセン。

 

 彼女に見出され、アンデルセン隊に所属する事となった二人、蟻元アリスと八十神万理華は、ふらりと散歩に行って帰ってきた隊長がものすごく不機嫌だった事から作戦室より避難し、個人ランク戦ブースを訪れていた。

 

 

 

 ちなみにだが。

 アンデルセン隊の作戦室は、隊長であるソフィア・アンデルセンの家にもなっているため、シャワールームや化粧室、トイレなども完備してある。

 ベッドはなんと緊急脱出先のマットである。

 

 と言っても、ソフィアは眠る事ができないので、ただ横になってゴロゴロするだけなのだが。

 

 

「アリスちゃん。ソフィアさん、何があったんだろうねぇ? すんごく怖くて、私漏らしちゃいそうだったよぉ」

「私に聞かれても。こっちが聞きたいっての。いつになく不機嫌だったけど、とても聞けるような雰囲気じゃなかったし……」

 

 

 恐怖に塗れる作戦室より脱走してきたが、未だに体が覚えている。

 あのまま逃げずにいたら、リアルにチビっていた可能性が高い。

 なまじ容姿が整っているソフィアなだけに、怒った時の怖さは半端ではなかった。

 

 ナマハゲも裸足で逃げ出すレベルである。

 

 

 何はともあれ、今はこうして無事に五体満足で居られているのだ。少しの間だけ忘れても罰は当たるまい。

 アリスと万理華は頭を振り、一旦自分たちの隊長の事を頭の片隅に追いやった。

 

 

「さて、マスタークラスの人は誰かいるかなっと」

「私もたまにはやってみよぉかなぁ。せっかくスパルタ式で鍛えてもらってるんだし、成果が出る……と思いたい……」

「そうだね……。1万超どころかマスタークラスの人に手も足も出ないって状態だと、ソフィアさんの足を引っ張っちゃうし」

 

 

 そんな事を話しながら、ひとまず個人ランク戦に潜ってみる二人。

 さすがにソフィアのように全て10-0とはいかないが、なんとか勝ち越しを続けていく。

 

 好成績の鍵は、ソフィアによって教え込まれた抜き足と、未だ半人前ながらも形にはなっている「縮地」である。

 本家たるソフィアには遠く及ばないが、しかしどこか彼女を彷彿とさせる二人に、モニターを眺めていた有名隊員たちが注目するのにはそう時間はかからなかった。

 

 

 尚、点取り屋となる予定のアリスは連勝を重ねているが、そのサポートがメインとなる予定の万理華はたまに負けたりしている。

 その度に「ソフィアさんに怒られるぅ~!?」と半泣きになるのはご愛嬌である。

 

 

 

 ──そんな二人を、奴らが見ていた。

 

 

「どうしたカゲ?」

「……あの二人、少し戦闘スタイルがソフィ姉に似てる気がする。まぁ比較にならねえ弱さだが」

「あの人と比べたら俺たちだって弱いから仕方ない。どの二人だ?」

「あの女と、あの女」

 

 

 

 ソフィアを怒らせた東をシバキ終わり、個人ランク戦に入り浸っていた影浦と鋼である。

 ちなみに荒船は狙撃手側に行っており、遊真は既に帰宅しているのでいない。

 

 

 

 そうしているうちに、また一つ。

 長い黒髪をサイドテールにした気の強そうな方の女が、影浦がよく知らない隊員を相手に勝利した。

 

 6000台相手とはいえ、9-1で。

 B級上位部隊の一つ、弓場隊の隊長を彷彿とさせる二丁拳銃の早撃ちに、影浦が敬愛するソフィアのような素早い動き。

 

 スピードをとことん切り詰めたその戦闘スタイルに、興味を抱いた。

 

 

「面白ェな。ちっと声かけてみっか」

「珍しいな、お前が。俺も付き合うよ。少し興味もあるし」

「勝手にしやがれ」

 

 

 対戦が終わり、一旦出てきた女に近付く。

 その様は完全に輩であり、チンピラにしか見えないのが難点である。

 姿勢よく歩く鋼が中和しているのがまだ救いだろうか。

 

 

 ハッキリと姿を確認できる距離にまで近付くと、さすがに向こうも気付いたらしい。

 鈍そうな桃髪の女が黒髪サイドテールの背中に隠れたが、そちらは興味が無いので無視である。

 

 

 

「よォ。面白ェな、おめー」

「もうちょっと愛想良くしろよ、お前は。悪いな、君たち。こいつに悪気は無いんだ。俺は村上鋼。で、こいつは影浦雅人。君たちは?」

 

 

 るせー、と噛み付く影浦をスルーし、できる限り温和な表情で挨拶する鋼。

 その甲斐あってか、二人の少女の態度が若干軟化したように思える。

 

 

「あ。ソフィアさんファンクラブの……」

「ああ、カゲくんと鋼くんって言ってたもんね。あっ、私は蟻元アリス。こっちは八十神万理華です。よろしくお願いします」

「「待て」」

「ぴっ!?」

 

 

 二人の少女が挨拶した瞬間、影浦と鋼の目の色が変わった。

 そしてその様にビビる万理華。

 

 

「今の……もしかしておめーら、ソフィ姉の知り合いか?」

「ソフィ姉……? そうですけど」

「ちょ、ちょっと近いので離れてくださいぃ……!」

「あ、ああ。悪い。ほら、落ち着けカゲ」

「おめーもがっついてただろうがよ。チッ、悪ィな」

 

 

 警戒している様子のアリスと、子鹿のようにぷるぷる震えて怯える万理華を見て、我に返る鋼。

 影浦もまたバツが悪そうに頭をかき、ぶっきらぼうに謝罪する。

 

 

 知り合いをビビらせたとソフィアに知られたらボコボコにされると恐れたわけではない。

 ないったらない。

 

 

 とにかく。

 すぐさま謝罪してきた事で悪い人達ではないと察したのか、二人の少女はまた態度を軟化させた。

 

 

「おめー、蟻元っつったか。もしかして、ソフィ姉に鍛えられてんのか? 動きが似てたが」

「はい、そうですよ。元々は弓場さんの真似をしていたんですけど、たまたま会ったソフィアさんにフォームを矯正して頂いたら撃つ速度が速くなって。それから仲良くしてもらってます」

「私は、個人ランク戦に潜ってたらソフィアさんと当たって、面白い戦い方するわね、と気に入られましてぇ。それからの付き合いですねぇ」

「へぇ、そうなのか。あの人に直接教えて貰えるなんて羨ましいな」

「めちゃくちゃ厳しいですけどね」

「何回吐いたかわからないですよぉ」

「お、おう」

「そ、そうなのか……」

 

 

 うら若き少女から飛び出した「吐いた」という言葉に思わずドン引きする影浦と鋼。

 アリスと万理華、二人の顔にちょっと影が差していて怖い、というのもある。

 

 

「ソフィ姉ほど人外じみた速さじゃねェが、なかなかのスピードだったな。あれどうやってんだ?」

「まだまだ未熟で、本来のスピードは全然出せてないんですけどね。何でも、縮地という歩法というか、武術らしいですよ。生身で出来ればトリオン体でも出来るようになる、と言って叩き込まれました」

「なるほどな、武術か……」

「えっとぉ、ソフィアさんに言ったらたぶん教えて貰えると思いますよぉ? 無事に済むかどうかは保証しませんけどぉ」

「お、おう。そうか」

「少し興味あるな……」

「鋼、お前マジで言ってる?」

「ああ」

 

 

 他の邪魔にならないよう壁に寄り、和気藹々と話す四人。

 共通の話題が今のところソフィアに関する事ぐらいしかないので、自然と会話も彼女関係の事になる。

 

 

「結構長い事戦ってたが、相手を探してんなら俺らとやるか? ちょうど暇してんだ」

「それは助かりますけど、いいんですか?」

「あァ」

「俺も構わない。ソフィアさんの弟子相手なら、こちらとしてもいい経験になるしな」

「……ふぇへへ、そっかぁ。私たち、ソフィアさんの弟子って事になるんだぁ……」

 

 

 影浦以外は気付いていないが、ボーダーの中での有名人である影浦と鋼が仲良さげに女子二人と会話しているとあって、多くの視線を集めていたりする。

 中には会話を盗み聞きする悪いヤツも居たりして、当然のように情報が拡散していく。

 

 影浦にとってはいつもの事なのでスルーである。

 

 

 そして、結果は──。

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出。

8-2。勝者、影浦雅人》

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出。

9-1。勝者、村上鋼》

 

 

 それぞれの一戦目。

 影浦とアリス、鋼と万理華、という組み合わせだったが、双方ともに野郎コンビが勝利する事となった。

 

 

 影浦も鋼も、ソフィアに10-0で負けているため忘れがちだが、ボーダーでも有数の強者である。

 付け焼き刃のアリスと万理華では、こうなるのが当然であった。

 

 更に言うなら、アリスはともかく万理華の方はサポートがメインなので、一対一はそれほど強くないのだ。

 一点をもぎ取ったあたりは、彼女も意地を見せたのだろう。

 

 

 

 続いて組み合わせを変更し、影浦と万理華、鋼とアリスで戦う。

 その結果は……?

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出。

10-0。勝者、影浦雅人》

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出。

7-3。勝者、村上鋼》

 

 

 やっぱり野郎コンビの勝利であった。

 特に、完敗した万理華の方は完全に消沈している。

 

 しかし、彼女は感情が出やすく、サイドエフェクトによって感情を感知できる影浦とは相性が悪いのだ。

 せっかくスパイダーやメテオラで罠を張っても、「かかれぇ! かかれぇ!! かかってぇ!!」と感情ガン出しでは丸わかりである。

 

 

 

 対して、アリスの方はかなり頑張った。

 遊真が鋼と初めて戦った時と似たスコアだと言えば、その奮闘ぶりがよく理解できるだろう。まあ、今回は休憩を挟んでいないので単純には比較できないが。

 

 影浦がアリスに圧勝したのは、やはりサイドエフェクトで攻撃を感知し、威力と弾速にトリオンをガン振りしている反面射程が短いアリスの弱点を見抜き、間合いの外からマンティスで貫く、という戦術が使えたからである。

 

 

 

 そして、試合後──。

 

 

「うぅー、負けたぁ……」

「さすがに強いなぁ。カゲさんも、鋼さんも」

「ハッ、たりめーだ。ソフィ姉相手ならともかく、そんじょそこらの奴になんざ負けるかよ」

「でも結構危なかったよ。特に、アリス相手の時はもう少しで俺の負けだった」

「私はボコボコでしたけどねぇ……くすん」

「いじけないの。タイマン苦手なのに、よく頑張ったと思うわよ」

「本当ぉ……?」

 

 

 戦いを通じ、完全に打ち解けた四人。

 さり気なく名前やあだ名で呼び合っているあたりでお分かり頂けるだろう。

 

 

「ここに空閑もいたらもっと楽しくなりそうだな」

「あァ、そりゃいいな。おいアリス、おめー今度からもっとここに来いよ。面白ェ奴を紹介してやっから」

「カゲさん、私はぁ?」

「おめーはもっと腕を磨け」

「ひどい!!」

「あはは。わかったよカゲさん。暇があったら来るようにするね」

「それは楽しみだな。連絡先を交換しても?」

「もちろん」

「はっ……! これはもしかしてお友達というやつなのでは!? やったー!!」

「お、おう」

「そうだな、俺達は友達だ」

 

 

 

 こうして華のJK二人の連絡先をゲットした影浦と鋼。非常に珍しい出来事に、チームメイトたちに酷くからかわれたのは言うまでもない。特に影浦。

 

 

 

「ソフィアさんは呼ばなくていいの?」

「ソフィ姉は強すぎて勝負にならねーからダメだ」

「ま、まぁそうだな……未だに一本も取れないし」

「さすがソフィアさん……今日はやけに不機嫌で怖かったけど……」

「あァ、まだ怒ってんだな……つーかおめーら、もしかしてソフィ姉のチームメイトだったりするんじゃねェか? 新しく隊員増えんだな、アンデルセン隊」

「そうなのか?」

「「うっ!?」」

 

 

 見事に図星を突かれ、呻く二人。

 しかしまぁ、これだけの情報があればバレるのも無理はない。

 

 どうしよう、これはバラしてもいいものなのか? と慌てる二人。

 もしも今の不機嫌なソフィアに叱られたら、破門されそうな気さえする。

 

 

「……まぁこんなとこで話す事じゃねェか。おめーら、腹減ってねえか? せっかくだから飯でも奢ってやるよ。俺んちがお好み焼き屋やってんだ」

「あ、ほんとですかぁ? ゴチになりますぅ!」

「ありがとうカゲさん。ゴチになります」

「お、いいな。ゴチになります」

「おめーは自腹だよ鋼」

「何……だと……」

「ソフィアさん呼んでもいいですかぁ? まだ機嫌悪いかもしれないですけどぉ……」

「あァ? もちろん俺は構わねェけどよ。本人が嫌がったら無理に連れてくんなよ?」

 

 

 

 かくして太っ腹な影浦にお好み焼きを奢ってもらえる事になり、ソフィアを誘うべく作戦室に顔を出してみるアリスと万理華。

 

 

 幸いな事になんとかソフィアは機嫌が治ったらしく、いつも通りの笑顔で二人を出迎えた。

 そして目論見通りソフィアも影浦家にてお好み焼きを食べる事となったのだが……。

 

 

 

 影浦がせっせと焼いたお好み焼きを口にし、「おいしいわ」と笑うソフィアが、本当は何も味を感じられていないとは、まさか誰も思うまい。

 

 

 




鋼はたまにソフィアと個人ランク戦をやってます。
カゲは牙を抜かれた猫なので、ソフィアには歯向かわないし戦いたがらないですが。


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第17話 林藤匠

なんか評価一気に増えた感……?
ありがとうございます。
林藤さん、ようやく登場。


 

 

 ボーダーの異端、玉狛支部。

 独自の改造トリガーを保有し、一時は黒トリガーさえも所有していた魔境。

 

 その玉狛支部を支配する林藤匠は、夜中ではあるがふと風に当たりたくなり、散歩に出かけた。

 

 

 るーるるーと鼻歌を奏でながら歩いていくと、小さな公園に辿り着く。

 

 

 

 すると、なんという事でしょう。

 

 

 

 とても悲しいうたを歌う、飛びっきりの美少女がいるではありませんか。

 しかもその姿はよくよく見ると非常に覚えがあった。

 

 

 色々とタイミングが悪く、直接会うのは初めてだが、話は迅からよく聞かされている。

 ボーダーが壊滅した未来の並行世界からやってきたという女性、ソフィア・アンデルセンだ。

 

 

 

「よっ。こんな遅くにどうした? きちんと部屋ん中で寝ないと風邪引くぞ」

「……人の歌を盗み聞きとは、感心しないわね。林藤さん」

「……本当に俺の事も知ってるんだな。あとこっち向いて喋ろうか」

 

 

 当然、話しかけてみた。

 絶世の美少女……いや、年齢的には美女か。

 とにかくすっごい綺麗なねーちゃんが居るのに話しかけないのは失礼なのである。

 

 

 

「お気遣いなく。わたし、随分前から眠れないし、風邪も引かない体質になってるの」

「……!」

 

 

 

 振り向いたソフィアは、仮面のように笑顔を貼り付けている。

 しかし、あの悲しいうたを聞く限り、泣いていたようにしか思えない。

 

 

 

「一応確認しておくけど、あなたはわたしの事を把握しているのかしら?」

「まぁ、迅がいるしな。大体の話は聞いてるよ。お前の、その身体の事もな」

「そう」

 

 

 吸っていたタバコをなんとなく消し、よっこらせとイスに腰掛ける。

 それを見て、ソフィアもまたブランコの安全柵によいしょと腰掛けた。

 

 

 

 ……この際だから、林藤は気になっていた事を聞いてみる事にした。

 

 

「なぁ」

「なぁに?」

「向こうの俺は、そして玉狛支部の奴らは……最後まで笑えていたか?」

 

 

 

 とても残酷な事を聞いたかもしれない。

 しかし、ビンタを貰う覚悟もした上で、どうしても聞いておきたかったのだ。

 

 

 

 

 

「──いいえ。皆、怒っていたし、泣いていたわ。迅が最初に死んで、レイジが死んで、陽太郎が死んで。小南が死んで、京介くんが死んで。修くんが死んで、遊真が死んで。ヒュースが死んで、ゆりさんが死んで、クローニンが死んで。栞ちゃんが死んで、死んで、死んで、死んで……。最後に、あなた。顔をくしゃくしゃに歪めながら、死んでいったわ」

 

 

 

 

「──全員、わたしの目の前で。ううん、迅だけは死に目に会えなかったかしらね」

 

 

 

 

 

 

 

 夜空を眺めなから、彼女はそう言った。

 

 

 

 

「…………そう、か……」

「それなのに、わたしは涙を流せないの」

「……? どういう事だ?」

「そういうサイドエフェクト……副作用なのよ。眠れもしないし、風邪も引かないし、涙も流せない。まるでロボットみたいよね。嫌になるわ」

 

 

 

 

 その瞬間、林藤は自分の顔を思いっきりグーで殴りつけた。

 愛用の眼鏡が割れたが、予備があるので問題ない。

 

 

 

「ど、どうしたの?」

「いや。自分があまりにも考えなしだったもんで、ムカついてな。お前がそんなに辛い経験をしてきたなんて、考えが甘かった」

「うふふ、気にしなくていいのよ。いつも間に合わなくて、誰一人救えなかったのはわたしだもの。最後まで結局あのお爺さんには勝てなかったし。片目は奪ったりしたんだけどね」

「アフトクラトルの黒トリガー持ちか。国宝だとかいう例のヤツ」

「そうそう、それ。あの人とは何回も戦ったけど、いつも負けちゃって。で、そんなわたしを助けるために来た誰かが犠牲になるの。その度に悔しくて、悲しくて、頭にきて。必死で自分を鍛えるんだけど、やっぱり勝てなくて。最後はこの三門市が、ボーダーもろとも無くなっちゃった。なのにどうしてわたしは生きてるのかしら。不思議よね」

「……ソフィア……」

 

 

 声はいっそ不気味なほど淡々としている。

 感情は高ぶっているのに泣くことができず、ただただ自分を責めてきたのだろうか。この女性は。

 

 

 

 もしかして──。

 

 

 

「お前、死のうとしてるんじゃないだろうな」

「そんなわけないでしょう。失礼なおじさんね。皆が繋いでくれた命だもの、最後の瞬間まで精一杯生きるわ。ボーダーの皆を鍛えてあげなきゃいけないし。みーんな、まだまだ弱いものね」

 

 

 どうやらハズレだったらしい。

 あれぇ? と首を傾げる林藤。

 

 

 

 というか、サイボーグと言って差し支えない状態にまで自身を改造された挙句、周りの人間を失って自分だけ生き残るという壮絶な体験をしているのに、何故この女性は折れないのだろうか? と林藤は心底不思議に思った。

 

 例えあの修でも、同じ目に遭えば間違いなく精神崩壊を起こすだろこれ、としか思えないレベルである。

 

 

 

「それにね、今とっても楽しいのよ? だって、皆が生きていて、一緒に話せるし、戦えるし、触れるし、遊べるんだもの!」

「……そうか」

 

 

 林藤たちにとって当たり前の日常が、ソフィアにとっては一生の宝物と言える程貴重で、楽しい時間なのだ。

 

 

 

 

「ま、重い話はここまでにしとくか。とりあえずお前が凄まじい過去の持ち主だって事はよくわかったから」

「過去は過去よ。それよりも先を見据えないと、わたしは今度こそこの素晴らしい日常を守りたいから」

「四年後の大規模侵攻、だったか?」

「ええ。迅とレイジが死んだのはそれより遥かに前だけれどね」

「……マジか。もしかしてあんまり時間に余裕無かったりする?」

「そうね。特に迅は、向こうの歴史で言うと次の遠征で亡くなるわよ」

「もうすぐじゃんそれ!?」

「そうよ。だからあなたも迅の事を気にかけてあげてね。わたしは大丈夫だから」

「わ、わかった……行かせない方がいいのか……?」

「それはそれで無理にでもついてきそうよね」

「ぐっ、たしかに」

「あの子、なまじ持ってるサイドエフェクトがサイドエフェクトだけに責任感が強いもの。きっと、未来は俺が変えてみせる──! とか思ってるわよ」

「ありそう。あいつの事よくわかってるな」

「そりゃもう。こう見えて二十年近く現役隊員としてボーダーで戦ってるから。隊員たちの事は全て把握しているわ」

「……お前何歳よ」

「21」

「嘘つけ」

 

 

 そんなやり取りをしているうちに、林藤は深く納得した。

 二十年近くも戦ってりゃあんだけべらぼうに強くもなるわな、と。

 上層部の一員として前線に出る事がほぼほぼ無くなった忍田や自分では勝てないというのも当然だな、と。

 

 

 

 そして。

 ふと、ソフィアが「あ」と呟いた。

 

 

「そういえば、来週か再来週あたりに近界民が侵入してくるわよ。ガロプラだったかしら?」

「…………おまっ!? そういう事はもっと早く言え!! えーと、ガロプラ? 国名だよな?」

「ええ。わたしが知る歴史通りに行けば、だけどね。アフトクラトルの従属国で、わたしたちの目をアフト本国からガロプラに移させるために命令を受けた彼らが、少数精鋭を送り込んでくるの」

「狙いは何か分かるか?」

「そうねえ……なんだったかしら……」

 

 

 ソフィアからすれば四年前の出来事になるので、すぐに思い出せないのも無理はないのだが。

 昨日の料理を思い出したかのような気楽さで、近界民の侵入を宣告してくるのはやめて頂きたい。

 わたわたと慌てながら、林藤は切にそう思った。

 

 

 そして、ポンと両手を合わせるソフィア。

 なんとか思い出したらしい。

 

 

「たしか、遠征艇の破壊が目的のはずよ。そうすればわたしたちからはアフト本国にもガロプラにも侵入できなくなるから」

「何ぃ!? それがマジなら、万が一やられたら遠征計画が一年は頓挫するぞ! 修たちの今後にも支障が出る!」

「そうなのよねえ。わたしも困っちゃうわ」

 

 

 なんでこんなのんびりしてるのこいつ!? と思わずツッコミを入れそうになる林藤だったが、ある事に気付き首を傾げる。

 

 

「でも、たしかアフトクラトルはトリオン能力者を捕まえるために侵攻してきたんだよな。だったらこっち側から攻めてくる分には大歓迎なんじゃないか? 放っておいてもあっちのホームにトリオン能力者が乗り込んでくるんだから」

「あっちの政治的な事情が関係して、それどころじゃないのよ。アフトクラトルは一つの巨大なトリガーによって国そのものができているのだけど、そのトリガーを維持、あるいは肥大化……強化するために“神”と呼ばれる人柱が居るのね。だから“神の国”なんて呼ばれてるんだけど」

「ふむ、それで?」

「もうすぐその“神”が死ぬの。だから、次の“神”を見つけてきた権力者は次の時代の主権を握れる。ハイレインが侵攻してきたのもその“神”を探すためよ」

「……なるほど、だから千佳が狙われたのか。だが、それなら尚更トリオン能力者を欲しがりそうなもんだが……続きがあるんだな」

「ええ。よいしょっと」

 

 

 おもむろに立ち上がり、砂場へと移動していくソフィア。

 話が途中なので、林藤もそれについていく。

 

 

 そして、どこからか持ってきた木の枝を使い、ソフィアは砂に絵を描き始めた。

 

 

「アフトクラトルは傘下の家を無数に持つ四人の大領主が統治していて、その中の一人があのハイレインなの。わくわく動物野郎ね。向こうでわたしを改造した犯人でもあるわ」

「なんというか、中世ヨーロッパみたいだな」

「そうね、その認識でだいたいあってる。それで、神候補となる“金の雛鳥”を捕まえに来たハイレインだけど、ボーダーが撃退したでしょう? だからあいつは、予め用意していた第二の策を使う事になる」

「それの影響で向こうの国内がゴタゴタするって事か?」

「そういう事。だって、傘下の中で最もトリオン能力の高い人間を“神”に……生贄にする、というのだもの。当然その人間の関係者は黙っていないわ。だから、間違いなく噛み付いてくるだろう、ヒュースをこちらに置いていったのよ」

「……なるほど。つまり……」

「生贄にされるハイレイン傘下の人間……それは、ヒュースが忠誠を誓う当主。つまりは彼の主君なの」

「そういうことね……つーか当然のようにヒュースの事も知ってるんだな。向こうじゃあいつは帰らなかったのか?」

「色々あって、ヒュースの主君はボーダーに亡命してきたのよ。そうなれば彼も近界に帰る理由が無くなるでしょう?」

「そんなのよく城戸さんが許したな?」

「そうね」

 

 

 

 ちょっと丸っこくて可愛い図を眺め、唸る林藤。

 今頃は鬼怒田あたりが“捕虜”からあの手この手で情報を聞き出そうとしているだろうに、自分がいち早くこんなあっさり聞いちゃっていいのだろうか、とか思ったり。

 

 

「さて、林藤さん」

「ん?」

「ここまで聞いたからには、働いてもらうわよ?」

「 」

 

 

 

 あ、そう来る?

 口をポカンと開け、徐々に理解していく。

 

 

「迅も既に動いてるかもしれないし、修くんも思い立っているかもしれないけど。ヒュースを玉狛第二に入れてあげてちょうだい」

「……えぇ、それはさすがにキツイだろ。侵攻してきた近界民だぞ? 遊真とは訳が違う」

「大丈夫よ。角さえトリオン体で誤魔化せば、ヒュースの顔をきちんと認識して覚えてるC級隊員なんていないわ。B級以上なら口止めも容易いでしょうし」

「うーん……でも、俺からできる事なんてそんなに無いぞ? 今は城戸さんと仲が悪いからなぁ」

 

 

 ソフィアからのお願いに対し、そう容易く頷く事はできない。

 あまりにも無理難題ではないか。

 というか──。

 

 

「なんで修たちの部隊なんだ?」

「わたしの部隊じゃ、わたしが何をするか分からないもの。それに、修くんたちと一緒に居てくれた方が、ヒュースにとっても修くんたちにとってもプラスになるわ。特に、修くんは何かと鍵を握る事が多いから」

「あっ、なるほど」

 

 

 そっか、そりゃそうだわな。

 思わずまた自分の顔面を殴りつけたくなった林藤。

 ソフィアにとっての怨敵である国、アフトクラトルの人間をソフィアの傍に置くとか、普通に考えて有り得ない。

 

 加害者と被害者、あるいはその遺族を一つの部屋に閉じ込めるようなものである。

 

 

「それに」

「うん?」

「今のままじゃ、玉狛第二は遠征に行けないわよ。遊真が落とされたら終わりというのは厳しすぎる。ニノくんやカゲくんに勝てないでしょう」

「あー……」

 

 

 たしかにそりゃ言えてるかも、と頷く。

 というか目の前の美女が居る時点でB級が魔境すぎる。

 ただでさえB級詐欺の二宮隊と影浦隊がいるのに。

 

 

 はっきり言って、修たちが遠征に行くための条件であるB級最上位二枠の内、一枠はほぼほぼアンデルセン隊で確定している、というのが林藤の正直なところである。

 恐らく隊員たちの多くもそう思っているだろう。

 

 

「お前もいるしなぁ……」

「言っておくけど、わたしは負ける気無いわよ?」

「だろうな。未だに本気も出してないだろ」

「あら、わかる?」

「だってほとんど弧月しか使ってないじゃん。バイパーをようやく使ったぐらいで」

「ついでに言うと、隊員増えるわよ」

「……はい?」

 

 

 

 はて、聞き間違いだろうか。

 思わず林藤は自分の耳をかいた。

 

 

 隊員が増える?

 ソフィア一人しかいない今でさえ明らかにオーバーパワーなのに?

 

 

「お前、手加減って言葉知ってる?」

「何故わたしが手加減しなくてはならないのかしら? まだ本調子じゃないし、こっちも手を抜いていられるほどの余裕は無いのよ」

「そ、そう」

 

 

 あれで本調子じゃないとかこいつどんだけ強いんだ。と、林藤は軽く引いた。

 

 

 

「まあ、そういうわけだから。あ、今度遊びに行くわね。お土産を持っていくから楽しみにしていてちょうだい」

「お、そうか? そりゃありがたい」

「ええ。それじゃあまたね、林藤さん」

「おう、またな」

 

 

 

 そんなこんなで、ソフィアは本部へ帰っていった。

 住む家が無いので作戦室で寝泊まりしているという噂は本当だったらしい。

 

 




仮設住宅みたいなのに住まわせる方が現実的か、と思いましたが、まぁ細かい事はいいんじゃないかな。


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第18話 二宮匡貴

遂に登場、ホストにしか見えないあの人。
キャラ崩壊注意。


 

 

 明くる日の事。

 元A級部隊にして現在はB級最強部隊と名高い二宮隊を率いる男、二宮匡貴。

 

 彼は、珍しく次戦の相手をとことん研究し、情報を洗い出し、対策を考えていた。

 完全に東と同じ事をしているあたり、さすがは元東隊といったところだろうか。

 

 

 ──アンデルセン隊。

 今シーズンになって彗星の如く現れた最強の女傑、ソフィア・アンデルセンが率いる話題の部隊である。

 未だ緊急脱出どころか傷一つ負った事がない彼女を相手に、無策で勝てると思うほど二宮は傲慢ではなかった。

 

 どうしても傲慢に見えてしまうが、雪だるまを作って時間を潰したり、皆で焼肉を食べに行ったりと意外と可愛い所もあるし、コスプレ感が嫌で隊服をスーツにしたら却って浮いてしまい、むしろコスプレっぽくなってしまったという、ちょっと天然気味なところもある面白い奴。それが二宮なのである。

 

 

「……俺一人で当たるのは無謀か。東さんがどう出てくるかによるが……恐らく今回ばかりはあの人も本気で来るはず。となると選ばれるマップは……」

 

 

 二宮がここまで真剣に考えているのは、彼の尊敬する師である東春秋率いる東隊が、今回に限っては東主導で動いてくるだろうという確信あっての事である。

 

 トリオン量にものを言わせ、ブイブイ言わせていた頃の愚かな自分を戦術で叩きのめした「最初のスナイパー」。

 後進の育成に努めて久しい彼だが、今シーズンになってソフィア・アンデルセンという巨大な壁が現れた。

 普段は冷静な東も、東だからこそ、あの巨大な壁を崩さんと燃えているはず。

 

 ならば、いくら二宮と言えど現状にあぐらをかいて普段通りにやっていれば、敗北は必至。

 尊敬する師だからこそ負けたくない。

 

 

 

 そして、ソフィア・アンデルセン。

 まだ会った事はないが、あの圧倒的な強さには惹かれるものがある。

 恐らくはこれまでに一度も本気を出さず、影浦隊にすらも圧勝したその実力。

 

 彼女もまた、尊敬に値する。

 

 

 二宮は年上を敬うタイプなのである。

 ただし諏訪は別。

 

 

 

 作戦室で一人、黙々と考える二宮だったが、訪問者を告げるノックによって一時中断せざるを得なくなった。

 

 

「チッ」

 

 

 誰だ、こんな時に。

 太刀川の野郎だったら蜂の巣にしてやる。

 

 

 そんな事を考えつつ、応対するため作戦室のドアを開けてみると……。

 

 

 

「初めまして、ニノくん。ソフィア・アンデルセンよ。次戦はよろしくね」

「…………?」

 

 

 

 バタン。

 思わずドアを閉めた。

 

 

 

「あら? どうして閉めちゃうの?」

 

 

 

 

 にのみやはこんらんした。

 なんで対策を考えてる時に来てしまうん? と。

 暇してる時ならば大歓迎なのだが。ただし顔には出ない。

 

 いや、しかし年上を締め出すのはあまりに失礼……! ここは開けるべき? と悩みに悩み、再びドアに手をかけようとした、その瞬間。

 

 

 

「酷い子ね、勝手に入っちゃってもいいかしら?」

「…………!」

 

 

 

 手をかける前にドアが開いた。

 思わず声無き悲鳴を上げる二宮。

 

 

 まるでホラー映画のワンシーンである。

 ここに隊員の犬飼あたりが居たら必死に腹を抑えて笑いを堪えていそうだ。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

 落ち着いて深呼吸。

 俺はクールだ、俺はクールだ。

 そう言い聞かせて心を鎮める。

 

 

「初めまして、アンデルセンさん。二宮匡貴です」

「ソフィアでいいわよ。あと、敬語もいらないわ。なんだか似合わないから」

「…………そうか。ならばそうさせてもらう」

 

 

 ホストっぽい格好をした男、二宮匡貴はちょっと傷付いた。

 意を決してできる限り爽やかに挨拶したのに、返ってきたのは微妙に辛辣な言葉である。

 

 

 尚、やっぱり顔は笑っていない。

 対するソフィアは笑顔だが。

 

 

「とりあえず座るといい。今茶を出す」

「ありがとう。気が利くわね。なんだか本当のホストみたいで格好いいわよ」

「誰がホストだ」

 

 

 

 この人、俺で遊んでる?

 二宮は衝撃の事実に気が付いた。

 

 射手の王として恐れられ、敬われる自分をおもちゃ扱いするとは、何とも不敵な女性である。

 しかし相手は年上。

 無下に扱う事は躊躇われる。

 

 

 

「それで、何をしていたのかしら」

「……別に、何だっていいだろう。そちらこそ、いったい何をしに来た」

「あら。次戦の相手だから、挨拶に、よ。迷惑だったかしら?」

「迷惑とは言っていない」

「うふふ、そう」

 

 

 この短い時間で、二宮は思った。

 俺、この人苦手だわ、と。

 

 作り物のように美しすぎるのもちょっと心臓に悪い。

 たぶんお化け屋敷とかで鉢合わせたらめちゃくちゃ怖いと思う。

 

 

 

 そんな二宮を見透かすように、ソフィアがぽつり。

 

 

「わたしと東隊の対策よね?」

「……!」

「そういうの、なんとなく分かるのよ。東くんも今回は本気で来るみたいだしね」

「会ったのか?」

「ええ。今と同じように、直接会いに行ったわ。挨拶をしにね」

「そうか。やはり東さんは本気で……」

 

 

 

 尊敬する師の行動を予測できていた事に機嫌を良くする二宮。

 割とチョロい奴である。

 

 ようやく笑みを浮かべた二宮を、何が面白いのかニコニコと満面の笑みで眺めるソフィア。

 そんな彼女の視線に居心地が悪くなり、ちょっと恥ずかしくなってきたり。

 

 

「ニノくんは本当に東くんが好きなのねえ」

「当然だ。愚かだった頃の俺に戦術の重要さを叩き込み、部隊の大切さを教えてくれた恩人だからな。それに、ボーダーで初めての狙撃手だ。今でも衰えないその腕には感服せざるを得ない。本気で当たれば、今でも勝てるとは断言できないほどだ。例え東さんのチームメイトがまだ未熟な奴らだとしてもな。小荒井と奥寺という、よくて中位レベルのガキどもを主軸に据えて尚も上位に居るあたり、さすがは東さんと言わざるを得ない。俺でも同じことはできんだろう」

 

「ふふ……」

 

 

 東の事になると早口になる二宮を、微笑ましげに眺めるソフィア。

 数分語り続けた後にようやく気付いた二宮は、真顔のまま頬を少し赤く染めた。

 

 いい歳をしてガキのような事をしてしまった……と自覚したのである。

 

 

「……すまん」

「いいのよ。ニノくんが東くん大好きなのはよぉく分かってるから。あなたのそういうところ、可愛くて結構好きよ?」

「な」

「さて、と。お茶をありがとう、おいしかったわ。次戦では本気で行くから、心しておきなさい、ニノくん」

「ほ、ほう」

 

 

 

 やっぱりこの人苦手だ、とハッキリ自覚し、思わず頭に手をやる二宮。

 歳は大して変わらないはずなのに、やたらと子供扱いしてくるところが、どうしても苦手だ。

 

 しかも割とそれを悪く思わないどころか、ちょっと何かに目覚めてしまいそうな自分が怖い。

 

 

 それはさておき、次の試合で本気で来ると聞き、ペースを崩されながらも不敵に笑う。

 ちょっと顔が引き攣っているかもしれないが、そこは気にしたら負けだ。

 

 

 

 

 笑顔で去っていったソフィアを見送り、アンデルセン隊の過去の記録を見直す事にした二宮。

 その最中に思い出したのだが、何やらソフィアのファンクラブとやらがあるらしい。

 

 

 噂によるとあくまで非公認だそうだが。

 

 

 

「…………入るか」

 

 

 

 そういうことなので、ファンクラブの名誉会員として有名な影浦と鈴鳴の村上鋼を探し、個人ランク戦ブースに向かう。

 

 

 

 そして。

 

 

 

「あ? 二宮じゃねェか」

「本当だ。あの人がここに顔を出すなんて珍しいな」

「あ。二宮隊の……」

「スーツ……なんで??」

「ふむ。ゆうめいな人なのか?」

 

 

 

 何やら影浦と鋼が玉狛第二の白いチビや見知らぬ女二人と共に、ブースの片隅でダベっていた。

 奇妙な組み合わせに内心で首を傾げる二宮だったが、まぁ別に奴らそのものに興味は無いので置いておく。

 

 

 

 とにかく、目的を果たすべく影浦たちに近付き。

 

 

「ん? おい、こっちに来やがるぞ」

「もしかして、対戦の申し込みかな?」

「ソフィアさん対策で空閑くん目当てかもよ」

「おれ?」

「あの人はねぇ、射手1位の凄腕で、B級一位の二宮隊を率いる隊長の二宮さんって言うんだよぉ」

「ほう、射手1位か。つよそうだ」

 

 

 好き放題言われているが、別にソフィア対策でも白いチビ目当てでもない。

 なので、話が早そうな鋼目掛けて歩く。

 

 当然両手はポケットにインである。

 

 

 

「鋼。お前見てねえか、あいつ」

「……ぽいな。なんでだ?」

「さぁ?」

「あの人、雰囲気が苦手ですぅ……」

「マリカちゃんはたしかに、ああいう人はニガテそうだな」

 

 

 

 そして、到着。

 

 

 

「おい、お前ら」

「……んだよ」

「何ですか、二宮さん?」

「え、私たちも?」

「プルプル……わるい豚じゃないよぅ」

「……何か用?」

 

 

 

 何故か全力で警戒されているが、二宮にとってはそんな事はどうでもいい。

 重要なのは、本当にファンクラブは存在するのか。

 こいつらは本当にファンクラブの会員なのか。

 

 それだけである。

 

 

 

「“ソフィアちゃん親衛隊”とやらの会員か?」

「「ぶふぅ!?」」

 

 

 

 ブース中が笑いに包まれた。

 二宮にはよくわからなかったが、面白かったらしい。

 なんでも、微妙に馴れ馴れしくなった影浦曰く、「おめーの口から出てくる言葉じゃねェだろ」とのこと。

 

 

 

 

 そして。

 

 

「会長が諏訪さんだと? 納得できん。俺がやる」

「オイオイ、新参のくせに大口叩くんじゃねえよ二宮ちゃんよォ」

「……だが、確かに諏訪さんは未だにソフィアさんと出会った事すらないらしいしな。そんな人が会長というのは違和感がある」

「なら戦ってきめるというのはどうでしょうかな」

「ふん。俺は一向に構わんぞ」

「ダメに決まってんだろエセホスト。おめーが会長になったら全員スーツ着用とか言いかねねェ。ファンクラブからホスト軍団にジョブチェンジしちまうだろうが」

「なら勝てばいいだけだ、カゲ」

「……まぁそりゃ言えてんな」

 

 

 

 ファンクラブ内で戦争が起きた。

 天然面白エセホスト、二宮匡貴の参加は少しばかり劇薬に過ぎたようだ。

 

 ちなみに、戦争を起こした主犯は半ば部活感覚でファンクラブに参加している遊真である。

 

 

 

 

「あなたたち、全員ちょっと座りなさい」

「「はい」」

 

 

 

 尚。

 戦争は、騒ぎを聞きつけた……というか地味に密告した万理華が呼んだソフィア御本人によって瞬く間に鎮圧された、という事も明記しておく。

 

 

 

 いつもの笑顔を捨て、氷点下の眼差しで延々と説教を繰り広げるソフィアと相対した二宮や影浦たちファンクラブの馬鹿どもは、揃ってちょっとチビったらしい。

 

 ただし、主犯の遊真は逃げ仰せた。

 なかなかにちゃっかりしている奴である。

 

 




二宮が正座して説教されてる絵を想像すると、ものすごく笑える気がする。


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第19話 メガネとぼっちwithソフィア

あのメガネだって青春してもいいと思うんだ。



 

 

 個人ランク戦、チーム戦、共に無敗を誇る超新星、ソフィア・アンデルセン。

 彼女が率いるアンデルセン隊に、次の試合からチームメイトとして新たに参戦する事になっているぼっち、八十神万理華。

 

 

 実は彼女、ランク戦の記録を片っ端から見て回る趣味があり、その中でも今シーズン特に注目しているチームがあった。

 尚、直接観戦した事は一度もない。万理華にとって、大勢の人間で溢れかえる観戦席は、ちょっとハードルが高すぎるのである。

 

 

「はぁ~……修くん、かっこいい……」

 

 

 完全にメスの顔になっている万理華が熱い視線を送る先に居るのは、いやがらせメガネこと三雲修。

 正しくは、彼がランク戦で戦う様子である。

 

 

 万理華はトリオン貧者な修と違い、あの二宮に次ぐ程のトリオン量を誇ってはいるのだが、サポートをメインにしているため、その意味では修と似たスタイルなのだ。

 そこから修に注目しはじめ、何故か妙に詳しいソフィアから様々なエピソードを聞き、いつしか恋に落ちた。まだ本人と会った事すらないのに。

 

 

 

 そんな万理華だったが、にへにへ笑いながら次の試合……修率いる玉狛第二が、アンデルセン隊と影浦隊という実力派部隊に完敗してしまった三日目の記録を映そうとした、その瞬間。

 

 

 

「あら、修くんじゃない」

「ぴゃあぁぁああ!?」

 

 

 ひょこっと己の肩から顔を出してきたソフィアの声に驚き、飛び上がる。

 ソフィアの事を母のように慕う万理華ではあるが、急に現れるのは心臓に悪いのでやめていただきたい、と切に思った。

 

 

「そ、そそそそソフィアさん!?」

「うふふ、相変わらず元気ねえ。何を見ていたの?」

「あぅ……えっと、玉狛第二の記録を……」

「修くんね」

「はうぅ!? ち、違います違いますー! 凛々しくてかっこいいなーとか思ってませんから!」

「顔を真っ赤にしちゃって、可愛いわねえ。そういう事にしておいてあげるわ」

「うぅー……!」

 

 

 穴があったら入りたい……。

 あまりの恥ずかしさからテーブルに突っ伏し、謎言語で呻く。

 ソフィアはそんな万理華を眺めてお淑やかに笑うばかりである。

 

 

「それにしても、変わってるわよねえ。大体の女の子は京介くんや嵐山くんあたりを好きになるものだけど。修くんが好きな子なんて初めて見たわ」

「だからそういうのじゃないですぅ!! でもぉ、烏丸くんや嵐山さんは確かにイケメンですけど、ちょっと違うというか……」

「ふーん? そういうものかしら。アリスもアリスで弓場ちゃんに憧れてる変わり種だし、うちの子は変人ばかりね。灯は……男の子自体に興味無さそう」

「ガーン!」

 

 

 ソフィアさんに変人呼ばわりされた!? とリアルに結構なショックを受ける万理華。

 でも確かにあの弓場隊長に憧れるアリスの気持ちはちょっとよく分からない。

 

 

 というか。

 

「そういうソフィアさんはどうなんですかぁ」

「わたし?」

「いっつも人をからかってばかりでぇ……!! こっちにもネタをください、ネタを!」

「そう言われてもねえ。隊員の子たちは基本年下だからそういう対象としては見れないし、忍田さんたちはちょっとおじさんすぎるし。強いて言うならレイジが好みかな? ただ東くんは絶対に許さない」

「えぇ、木崎さんですかぁ? あの?」

「ええ、あの。意外?」

「うーん……割とお似合いなのかなぁ……? でも木崎さんの事はよく知らないしぃ……」

「あはは。レイジは玉狛支部の人だものね。修くんもだけど」

「うっ」

 

 

 偶然か狙っているのかはソフィアのみぞ知るが、アンデルセン隊はボーダー内でも比較的珍しいガールズチームである。

 故に、恋バナで盛り上がるのは日常茶飯事であった。

 

 

 玉狛第一の木崎レイジがソフィアの好みと聞き、二人が並んでいる絵を想像してみる万理華。

 最初は、身長差が割とエラい事になるのでどうかと思ったのだが、双方ともに落ち着いた雰囲気のあるレイジとソフィアは、結構お似合いのカップルなのでは? という結論に至った。なんだか悔しい。

 

 

 尚、東の事については触れてはいけない。

 絶対に開けてはならない禁断の箱なのである。

 

 

 

 そして──。

 

「なんだったら修くんと会ってみる? たぶん玉狛支部に行けば会えるわよ。面識もあるし、連れて行ってあげてもいいけど?」

「えっ!? ほんとですかぁ!?」

「え、ええ。思った以上にがっつくわね。ビビりのくせに」

「是非是非お願いしますっ!! そ、そうと決まったら気合い入れてオシャレしないとっ!!」

「……本当に好きなのね。応援するわ。面白そうだし」

「えっ?」

「ううん、何でもない。そうだ! お洋服選び、手伝ってあげる」

「ほんとですかっ!? ありがとうございますっ! にへへぇ、ソフィアさんの私服って可愛いですよねえ」

「あげようか? 忍田さんから貰ったお金で、たくさん買いすぎちゃって」

「ありがたく貰いますっ!」

 

 

 

 よっしゃ!! とガッツポーズ。

 大好きな修くんと会わせてもらえるどころか可愛い洋服までくれるとかさすがソフィアさん! そこにシビれる憧れるぅ!!

 

 

 最高にテンションがハイってやつになった万理華は、軽くキャラ崩壊を起こすほどルンルン気分でオシャレに勤しむ。

 

 

 

 ちなみに、ソフィアの私服は基本ゴスロリである。

 他には清楚なワンピースやスカートなど、ひらひらとした可愛らしいものが中心だ。

 ちょっと歳を考えた方がいいのでは、とアリスが無謀にも言っていたが、当然のように締め落とされていた。賢い万理華はそんな愚行は犯さないし、そもそも普通に似合ってるからいいんじゃないかな、と思っている。

 

 いつも長ーい黄金のツインテールだし、きっとソフィアは若作りしたいお年頃なのだろう。

 

 

 

 親戚のおじさんと化している忍田に関しては、もう今更突っ込むだけ無駄である。

 

 

 

 そして、万理華はキュートでビューティフォーなソフィアに連れられ、玉狛支部へと向かった。

 

 

 

 否。

 向かおうとしたのだが、突然ソフィアに首根っこを掴まれて無理やり止められた。

 

 

「ぐぇっ!?」

「ちょっと待って。修くん、本部に来てるみたい」

「えっ? どうして?」

「嵐山隊と太刀川隊の子たちに用があるんだって。きっと修行するためじゃないかしら? 修くんって真面目だものね。常にランク戦の事を考えてるイメージだわ」

「あ、あー、なるほどぉ……どう、しましょう」

「せっかくだし行きましょう? 嵐山隊の作戦室はっと……」

「えっ、邪魔になるんじゃ……あっ、待ってください腕を引っ張らないでくださいー!!」

 

 

 改めて、そういうことになった。

 ルンルン気分だった万理華も、これには意気消沈。修行してるところに訪問なんてしたら絶対邪魔になるよぉ……と、そう思いながらも足は止まらない。

 

 むしろ、汗をかく修くんを生で見れるかも!? と内心興奮していた。

 もはや痴女である。

 

 

 

 

 ── 嵐山隊作戦室 ──

 

 

 

 新進気鋭の部隊、玉狛第二を率いる男、三雲修。

 ラウンド3で影浦隊、そしてアンデルセン隊に大敗を喫した事から、彼は己の戦闘力を上げてエースである遊真の負担を減らそうと、修行をつけてもらうために嵐山隊の作戦室の前にやってきていた。

 

 

「ふー……」

 

 

 しかし、一人でA級部隊の作戦室を訪れるというのはなかなか緊張する。

 だが、師である烏丸がせっかく設けてくれた機会だ、無駄にする事はできない。

 

 

 決心し──。

 

 

「こんにちは、修くん」

「え?」

「こ、ここここんにちはぁ」

「あ、こんにちは……」

 

 

 

 しかし背後から声をかけられ、振り向く。

 そこに居たのは、件の試合を制した部隊、アンデルセン隊を率いる女性、ソフィア・アンデルセンだった。

 

 加えて、彼女の背中に見知らぬ少女が隠れている。

 

 

 

 えっと、どなたさま?

 

 

 

 それが修の正直なところである。

 ここに遊真がいれば気さくに「おっ、マリカちゃん」と声をかけただろうが。

 

 

 

 そんな時。

 作戦室のドアが開いた。

 

 

「何してるの? さっさと……はい?」

「あら、木虎ちゃん」

 

 

 現れたのは当然、嵐山隊。

 それも、かの隊の若きエースであり、嵐山隊の勝率を大幅に上げた立役者、木虎藍である。

 

 

 

「…………なんで??」

「えっと、ぼくも今会ったばかりでなにがなんだか……」

「ほらぁ、ソフィアさぁん!! 絶対これ私たち邪魔ですよぅ!」

「まぁまぁ落ち着きなさい、万理華」

 

 

 

 来るのは修だけだと聞いていただろうに、何故か居るソフィアと万理華に目を丸くする木虎。そりゃそうだ。修だって何故二人がここに居るのかわかっていないのだから。そもそも万理華がどこの誰かも知らないし。

 

 

 

 とりあえず。

 木虎は、ふぅー……と長~く息を吐いた。

 普通に失礼だが、この場合はソフィアが悪い。

 

 

「そこのメガネは分かります。話は聞いてますから。ですが、あなたたちは分かりません。お引き取りください。ただでさえ忙しいんですから」

「ちょ、木虎……もっと言い方ってものが……」

「何が。事前の相談も無しに突然来られたら、はっきり言って迷惑よ」

 

「あらあら」

「はうぅー……」

 

 

 言い方はアレだが、正論である。

 ただでさえ嵐山隊は広報担当部隊として多忙なのだから。アポ無し訪問は迷惑以外のなにものでもない。

 

 

「そうねえ。修くん、今回は修くんの修行のためって事でいいのかしら?」

「え? あ、修行というか、嵐山さん……嵐山隊の皆さんに、射手の点のとり方を聞きに……」

「そういう事なら私もこの子も助けになれるわよ。特に、この子はあなたと同じ射手だし」

「そうなんですか?」

「あ、うん。一応。あ、その、私、八十神万理華って言うのぉ! その、修くんのランク戦はいつも見てるよぉ! 記録でだけど……。歳は16の、高校生! よろしくねぇ」

「あ、はい。三雲修です。よろしくお願いします」

「…………はぁ。もういいです、さっさと入ってください。時間が勿体ない」

「ありがとう木虎ちゃん♪」

「……別に」

 

 

 ぽわぽわと幸せオーラを放つ万理華が苦手なのか、はたまた元々機嫌が悪いからか。深くため息を吐き、作戦室に入るよう促す木虎。

 ニコニコ笑顔で礼を言うソフィアにもぶっきらぼうである。

 

 仮にだが、もしもこの場に影浦や二宮あたりが居たら喧嘩になる事請け合いだ。

 

 

 

 そして、中にいた嵐山隊の綾辻や時枝とも軽く挨拶を交わし、修が出演してしまった記者会見の影響で、入隊希望者が爆増し、しばらくの間毎月入隊申込を受け付ける事になった、という事を時枝から聞き。

 

 

 何故かいるソフィアと万理華はとりあえず放置。

 

 

 隊長である嵐山准がやってきた事で、本題に入る。

 

 

「ふむ……。エースの空閑が点を取る、というだけでは限界が見えてきたから、三雲くんも点をとれるようになりたい、と。そういう事だな?」

「はい」

「うーん……俺の意見を言う前に」

 

 

 テーブルに座り、修と話し合っていた嵐山が立ち上がり、当然のように綾辻と女子トークをしているソフィアの方を向く。

 ついでに言うと、万理華はソフィアの影からぼーっと修をガン見している。

 背後霊みたいで実際怖い。

 

 

「初めまして、ソフィアさん。嵐山准と言います。挨拶が遅れてすいません」

「初めまして、嵐山くん。ソフィア・アンデルセンです。で、こっちは次の試合からわたしの隊員になる八十神万理華ちゃんよ。仲良くしてあげてね」

「「え!?」」

 

 

 

 既にさらっと聞いていた綾辻と時枝以外の全員が驚愕する。

 つまり、万理華本人も含めて。

 

 

「言っちゃっていいんですかぁ、ソフィアさん!?」

「アンデルセン隊の新人!?」

「どこかで見た覚えがあると思ったら、B級でフリーだった人……!」

「こりゃ、驚いたな……他の奴らは知ってるんですか?」

 

 

 突然爆弾を投下された嵐山隊の作戦室は、阿鼻叫喚の大騒ぎである。

 何しろ、シーズン途中で部隊の隊員が増える事は、ルール上問題はなくとも連携などの観点からして、ランク戦で真っ先に落とされやすいので滅多に無い。しかし、あのソフィアが率いるアンデルセン隊ともなれば話は別である。

 

 

 一人しか戦闘員がいない現在でさえ、圧倒的な強さで順位を上げているのだから。

 

 

 

 そして。

 実は“向こう”では戦術面でも東に次ぐ程に評価が高かった女、ソフィア。

 

 皆の興味を引いたこのタイミングで──。

 

 

「まだ誰にも言ってないから内緒よ? それじゃ、お邪魔みたいだから失礼するわね。万理華、帰るわよ」

「えっ? あっ、はいー!」

「修くん。気が向いたらうちの作戦室にも来てね。万理華が喜ぶから」

「え? あ、はい……」

「送りましょうか?」

「いや、いいわよ嵐山くん。それじゃあね」

 

 

 

 ──スタコラサッサと姿を消す。

 残された修たちは呆気に取られるばかりである。

 しかし、これで修は確実に近付いてくる。

 

 

 そう確信しニッコリと笑う、ソフィアなのだった。

 

 

 

「なんだったのよ、いったい……」

「見て見て藍ちゃん、ソフィアさんから超高級なチョコもらっちゃった♪ いい人だわぁ。綺麗だし」

「綾辻先輩より美人な人を初めて見ましたよ」

「たしかに。充の言う通り、綺麗な人だったな」

 

 

「……アンデルセン隊に新人……ああ言われたし、顔を出してみようかな……?」

 

 

 

 修、見事術中にハマる。

 

 




地味に木虎さん初登場か?
というか嵐山隊が。


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第20話 迅悠一

本日三話目になります。
読み飛ばしが無いようにご注意ください。
迅がメインだとどうしてもシリアスになるなぁ……。
あとがきを微妙に修正しました。


 

 ある日の午後。

 実力派エリート迅悠一は、“彼女”の保護者を自認するおじさん、ボーダー本部長忍田真史からとある知らせを受けていた。

 

 

「──ソフィアさんがいない?」

「ああ……いったいどこに行ってしまったのか……。市内各所に置かれた“目”も潜り抜けて、何処かへと消えてしまったのだ。アンデルセン隊のメンバーたちも行方を知らないらしく、既に探し回っている。無論私も情報を集めているのだが、誰一人として彼女の行方を知る者が居ない」

「えっ、アンデルセン隊のメンバーって? いや、この際だからとりあえず置いとくか。何の手がかりも無いの?」

「彼女が行きそうな場所は既にアンデルセン隊の彼女たちが回っている」

「ふーむ……」

 

 

 気持ちは分かるけどソフィアさんに入れ込みすぎじゃないの忍田さん。

 この世の終わりとばかりに絶望の表情でゲンドウポーズをキメている忍田を見て、不謹慎ながらも迅はそう思った。

 あと、アンデルセン隊のメンバーってソフィアさんを抜いたらオペレーターの灯ちゃんしかいないんじゃなかったっけ? いつの間に増えたの? という疑問も。

 

 

 まあそれはさておいて、同じボーダーの仲間であり、ソフィアの悲惨な事情を知る者として、迅も決して放ってはおけない事は確かだ。

 

 

「わかった、俺も探してみる。レイジさんたちも協力してくれるだろうし」

「すまない、助かる! 何か分かったら知らせてくれ!!」

「あっはい」

 

 

 オウ……。

 おじさん勢いスゴすぎでは、と仰け反り、部屋を後にする迅。

 

 

 そして、忍田ほどではないにしろソフィアを心配している迅もまた、人のことを言えないほど真剣な表情で必死に頭を回す。

 

 

 彼女の事情にこそ詳しい迅だが、ソフィア・アンデルセンという、彼女個人との付き合いは浅い。

 故に彼女が行きそうな場所の見当もつかないが、忍田曰く既にそういった場所は調査済みだという。

 

 つまり、それらを知るアンデルセン隊のメンバーとやらは、迅よりはソフィアの事を知っているという事だ。

 

 

 

「そっちに会いに行ってみるか。ソフィアさんみたいに“未来が見えない”なんて事も無いだろ」

 

 

 

 そんな迅が考えながら歩いてたどり着いた先。

 そこに居たのは──。

 

 

 

「……迅」

「あ? お、マジだ。何の用だァ?」

「さあ。ただ、あまりいい予感はしないな」

「奇遇だなァ、鋼。俺もだ」

「ふん。俺もだ」

「俺から言っておいてなんだが、迅さんをまるで疫病神みたいに扱うのはやめろ、カゲ。ニノさんも」

「「ケッ」」

 

 

「うわぁ……扱いにくそうな三人組……」

 

 

 思わず本音を漏らす迅。

 彼が向かった先にいたのは、二宮、影浦、鋼というソフィアのファンクラブの中でも特に存在感を放つ、通称“ソフィアさんとこの三馬鹿”であった。

 尚、狙った訳ではなく偶然の邂逅である。

 

 

 まだ比較的話の分かる鋼がいる事が救いだろうか。

 

 

 若干尻込みしつつ、彼らの元に足を進める迅。

 近付く度に顔を険しくする三馬鹿。特に二宮。

 やだこの人たち怖すぎ、と内心でボヤきながらも足を止めない迅。

 

 

 ……場が、変な空気に包まれた。

 

 

 

 そして──。

 

 

 

「何……!?」

「ソフィアさんが」

「行方不明だァ!?」

「怖っ!! 顔怖いよ君たち!!」

「何呑気な事言ってやがる」

「すぐに探さないと」

「ウチの奴ら全員引っ張り出してくらァ!! 鋼、二宮ァ! おめーらも呼んでこい!」

「当たり前だ」

「ああ、来馬先輩たちなら協力してくれるはずだ」

 

 

 

 案の定、話を聞いた三馬鹿は物凄く怖い顔になって迅を睨んできた。

 軽くチビりそうである。

 

 

 そして素早い動きでそれぞれの携帯端末を使いチームメイトたちに指令、あるいはお願いをし、迅の両肩を掴む。

 

 

「「「行くぞ」」」

「あっはい」

 

 

 どうやら連れてかれるらしい。

 半ば投げやりに天井を見ながら、遠い目で迅は思う。

 

 

 忍田さんといいこいつらといい、ソフィアさんガチ勢怖すぎ笑えない、と。

 

 

 

 

 数分後。

 タイミングよく全員が本部基地、あるいは本部基地の近くに居た事から、合流は瞬く間に完了した。

 ただ、三馬鹿以外の隊員たちは困惑していたり呆れていたりするので、ガチ勢なのは三馬鹿だけらしい。

 

 

「さて。聞いた限りでは、ソフィアさんの姿が見えなくなったのは今日の十時頃から。トリオンの反応が無いという事からして、彼女は生身だろう。そう遠くへは行っていない……と言いたいが、彼女は生身でも充分速い。市外に出る直前の区域まで行っている可能性もある。しかし、さすがに市外に出ていれば分かるからな。

 よって、捜索範囲は市内全域という事になる。質問はあるか? よし、無いな。では行け」

 

 

 指揮を執るのは迅……ではなく、二宮だ。

 普段であれば噛みつきそうな影浦も、これが最適解だと理解しているのか至って冷静であった。

 

 

 とにかく。

 こうして、行方不明になったソフィアを捜索する合同部隊が結成され、市内全域を探し回るハメになったのである。

 

 尚、行方不明とは言ってもトリオン兵に攫われたという事は誰も考慮していない。

 トリオン兵、あるいは人型近界民が出没すればすぐに分かるし、そもそもあのソフィアがそれらに遅れをとる事はまず無いからだ。

 

 

 だからこそユズルとかが呆れているのだが。

 わざわざトリオン体に換装した上での捜索なので、隊服がスーツである二宮隊の犬飼と辻は正直めちゃくちゃ恥ずかしいだろう。

 普通に一般人にも見られるだろうし。

 

 

 しかし、あの二宮から大真面目に「生身とはいえ、あのソフィアさんにお前らが追いつけるはずないだろう。馬鹿な文句を垂れてないでとっととトリオン体になれ」と凄まれては逆らえない。

 ひどい話だ。

 

 

「恨みますよ、迅さん」

「ごめんて」

 

 

 迅は、平謝りするしかなかった。

 ばっちり許可を出す忍田も忍田である。

 

 

「ねえゾエさん」

「なんだいユズル」

「いつからボーダーはバカの集まりになったの?」

「……何も言えねえ」

 

 

 

 とにかく、捜索が始まった。

 

 

 

 

 そして──。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「残るのはこの公園だけか……」

「もう外も暗ェ。ここに居なきゃ探し出すのは難しくなんぞ」

「分かっている。草の根を分けてでも見つけ出せ」

「「…………」」

 

 

 とっぷりと日が暮れ、捜索隊のメンバーたちが精神的な疲れでぐったりしているが、三馬鹿だけは至って元気である。

 

 ソフィアの捜索は困難を極めた。

 何せ、本当に三門市内に居るのか疑わしいほどに、影も形も見当たらないのだ。

 何の手がかりも得られず、「俺たち何をしているんだろう」と各員が遠い目をし。

 

 

 なんとか、最後の場所にたどり着いた。

 

 

 意を決し、公園の中へと足を踏み入れる影浦。

 鋼と二宮もまた、その後に続く。

 

 そこから少し距離を離れて迅が捜索隊の面々を率いて進み、全員で必死に探す。

 

 

 すると──。

 

 

「……!? おい、嘘だろ……! これって、血じゃねェか!?」

「「何っ!?」」

 

 

 影浦の報告を聞き、全員の目の色が変わった。

 正直迷惑に思っていた捜索隊の面々も同様に。

 

 

 各オペレーターが暗視サポートを入れると、夥しい量の血が点々と続いているのが分かる。

 

 

 

 まさか、ソフィアの──。

 

 

 

「……何か聞こえる……?」

 

 

 

 ガリガリ、ガリガリ、と。

 何かを引っ掻くような音が耳に響く。

 

 

「……!!」

 

 

 ここで、影浦たちの“未来”を見た迅が走り、公園の片隅に置かれた土管の中を覗き込んだ。

 

 

「ウゥ……ウウウゥ……!!」

「……ソフィア……さん?」

 

 

 

 迅が見たものは。

 呻きながら身体中を掻きむしり、至る所から血を流す、ソフィア・アンデルセンの姿であった。

 

 

「おい!!」

「な……」

「これは……どうなってる?」

 

 

「……忍田さん。ソフィアさんを発見しました」

【本当かっ!? よくやってくれた!】

「ただ、恐らく自傷したのだと思われますが、身体中から血を流していて非常に危険な状態です。すぐに救急隊、及び輸血の用意を」

【な……!? わ、わかった!!】

 

 

「ウウゥ……!! う……」

「少し、寝ていて。ソフィアさん」

 

 

 

 迅に気付いていないのか、掻きむしり続けるソフィアを丁寧に気絶させ、慎重に抱き抱える。

 そして土管から運び出し、ゾエが持ってきていた敷物の上に彼女を寝かせた。

 

 

 

「……おい、迅」

「…………」

「おい!!」

「大声を出すな、影浦。ソフィアさんの身体に障る」

「二宮……悪ぃ」

 

 

「ソフィ姉の身体の傷。ありゃ自分の爪で引っ掻いたモンだよな? なんだってこんな事になってやがる」

「それは……俺にも分からない。何故かは不明だけど、ソフィアさんの未来は見えないからな……」

「んだとォ?」

「前例はあるのか。未来が見えないというのは」

「直接見ても見えないのは、彼女だけだよ」

「そうか……」

 

 

 思わぬ結末に唖然とし、声も出ない捜索隊の面々と、公園の入口で救急隊が来るのを待つ鋼。

 彼らを他所に、影浦と二宮、そして迅はそんな会話をした。

 

 

「幸い、ここは本部基地に近い。救急隊もすぐに来るはずさ」

「あァ」

「今の彼女を下手に動かすのはまずいからな。待つしかあるまい」

 

 

 応急処置は済ませてあるので、後は救急隊を待つのみ。

 

 

 

 とても長く感じる時間を経て、彼らはやってきた。

 来るまでにかかった時間はおよそ十分。

 しかし、迅たちはその何十倍もの時間がかかったように感じた。

 

 

 特に、影浦や二宮はイライラして一言も喋らなくなり、ただひたすら腕組みをして立っていたぐらいだ。

 

 

 

 

 そして──。

 

 

 

 

 本部基地、救急医療室。

 

 

 

 ソフィアが発見され、救急搬送されたと聞いた灯とアリス、そして万理華らアンデルセン隊の面々が捜索から帰還し、忍田や迅たちと共に部屋の外で待つ事しばらく。

 深刻な顔をした医療スタッフが出てきた。

 

 

 

「おい!! ソフィ姉は無事だろうなァ!?」

「落ち着け影浦。きゃんきゃん喚き立てられると聞きたい事も聞けねえだろうが」

「……あの、ソフィアさんの容態は……?」

 

「……彼らにも聞かせてやってくれ。ここまで来て蚊帳の外では納得できないだろうからな」

「承知しました、本部長」

 

 

 出てきた医療スタッフに真っ先に影浦が噛みつき、それを二宮が咎める。

 話を聞こうとする鋼と、その後ろで不安げに瞳を揺らす捜索隊、およびアンデルセン隊の面々。

 

 

 彼らにも話を聞かせるように忍田が言い、その隣で迅が耳を傾ける。

 

 

 

「彼女は無事です。非常に強力な睡眠薬を投与しましたが……一時間もすれば目を覚ますでしょう。本来はもっと眠っていて欲しいのですが、そうもいかないようです」

「……彼女は随分と前から眠れない体質だと聞いている。つまり、今は気絶しているだけ、という事か?」

「そう、なります。これは異常な事です。なので、彼女の身体を詳しく検査したのですが……」

 

 

 医療スタッフの話が始まり、静かに聞いている影浦たちは、内心で困惑していた。

 ソフィアが眠れない体質だというのは初耳だからだ。

 

 しかし、この程度は序の口だ。

 

 

 

「正直に言いますと、惨すぎる。彼女は……とても歩けるような身体ではない。ましてや戦うなんて……」

「……!!」

「歩く度に心臓を抉られるような激痛が走り、常人であればそれだけで気絶します。走るなんて、ましてや消えたように見える程速く動く、なんて事……出来るはずがない。しかし、現実に出来ているのですよね? そうなると、彼女の精神力は常軌を逸している」

「そこまで……酷いのか?」

「ええ。まず、四肢は彼女本来のものではありませんし、内臓に至っては何らかの加工……いえ、“改造”を施した跡がある。彼女の身体には、傷がない部分が存在しないと言ってもいいでしょう」

「…………!」

「彼女が生身で動くのは絶対にやめさせてください。常にトリオン体でいなければ、いつ亡くなってもおかしくありませんよ」

「そうか……それほどまで……」

 

 

 

 重い空気が包む。

 迅も、影浦も、二宮も、鋼も。

 その他の面々も。

 

 

 想像もしていなかった壮絶さに、絶句していた。

 

 

「トリオン体ならば、一応動いても問題はありませんが、彼女が全力を出すとなると一日一時間が限度です。それ以上は、いくらトリオン体でも持たない。彼女の精神がどれだけ強靭であっても、身体の方が先に壊れてしまいます。そして、二度と目覚める事はない」

「……その口ぶり、まさか」

「……お察しの通り、睡眠薬を投与する直前に、彼女が一度目覚めたのです。その時に、言われました。“わたしはまだ戦える。わたしの生きる意味を奪わないでくれ。戦わせてくれ”、と」

「……そうか……」

「それと、毎日必ず医療室で検診を受けるようにさせてください。急に異変が起きる事も十二分にありうる」

「ああ、わかった。すまないな」

「いえ。それでは、失礼します。ああ、彼女の顔を見ていこう、などとは思わないでくださいね。足音で彼女が起きる可能性がありますから。医療室を出るのも大変だったんですよ……」

「わ、わかった」

 

 

 

 なんとか言葉を返す忍田と、複雑な表情で言葉を繋げていく医療スタッフ。

 そして話が終わり、すぐに対応できるようにするためか、スタッフルームに消えていく……直前。

 

 

「あ。それと、今回姿を消した理由ですが」

「? ああ」

「……ちょっと我慢が限界に達してしまったから、適度に血を流して発散しようと思った、との事です。彼女なりのストレス発散法なのでしょうかね……。それでは、今度こそ失礼します」

「……へ?」

 

 

 

 え、ストレス発散?

 ストレス発散で大量の血痕が残るほど身体を掻きむしってたの?

 

 

 ……ちょっと言ってる意味がわからない。

 忍田たちはものすごく困惑した。

 

 

 

 最後の最後でいまいち釈然としないが、とりあえず。

 ソフィアの身体が何故そんな酷い事になっているのか、当然の如く二宮たちが事情を知っている風な忍田と迅に詰め寄り、洗いざらい吐かされる事となった。

 

 

 

「未来から来たァ? ソフィ姉がか?」

「そうだよ。あくまで並行世界って事みたいだけど。何でも、二十年近くボーダーの現役隊員として戦ってきたらしい。で、“向こう”のアンデルセン隊のメンバーが、カゲにニノさんに鋼。んで、オペレーターがヒカリちゃんだったんだとさ」

「……なるほど。だからあの人は俺たちを気にかけてくれるんですね」

「俺がソフィアさんの下で、か。惹かれるな。どこぞの狂犬野郎が面倒だが」

「んだと二宮ゴラァ!! こっちこそてめーなんざ願い下げなんだよ! ソフィ姉の部隊でってのは魅力的だけどなァ」

 

 

「悪いが、この事は秘密にしてくれ。ボーダーや三門市が壊滅するかもしれない、なんて話が広まれば、大パニックが起きる」

「りょ、了解です。本部長……」

「……ソフィアさんにそんな辛い過去があったなんて……私、部下なのに全然知らなかった……」

「私もだよぉ、アリスちゃん。どういう、気持ちなんだろうね……仲間も故郷も家族も、全部失っちゃうなんて……」

「ソフィアさん、そんな素振りは全然……それに、身体の事もあるのに、どうして戦えるんだろ~……」

 

 

 

 あまりにも重い事情を知り、困惑し、あるいは落ち込む面々。

 

 尚、「生きていられているのが不思議なぐらいで、本来ならとても戦えるような身体ではない」と診断されたソフィアだったが、忍田ら幹部たちに土下座して「戦わせてください」と頼み込んだ事により、条件付きではあるが今後も隊員として活動する許可が下りた。

 

 ランク戦も問題なく行う事ができる。ただ、チーム戦も個人戦も割と時間がかかるので、大事をとって全力を出してはいけないという事で、トリオン体にリミッターがかけられる事となった。

 

 尤も、こちらに来てから未だ本気を出した事がないので、全く問題にはなるまい。

 忍田戦の時はまだ身体を思うように動かせなかったのでノーカンである。

 

 仮に今の状態で再度忍田と戦う事があれば、恐らく8-2か7-3ぐらいでソフィアの勝ちであろう。

 身体の事があるのでまず忍田が拒否するが。

 

 




未来世界でのアンデルセン隊


A級1位
隊長
万能手 ソフィア・アンデルセン
 個人ポイント 
弧月:72056(攻撃手・個人総合1位)
バイパー:53034(参考順位:射手1位)

射手 二宮匡貴
個人総合3位 射手1位(ポイントはソフィアの方が上なので実質2位)

攻撃手 影浦雅人
個人総合5位(4位は当真) 攻撃手3位(2位は太刀川)

攻撃手 村上鋼
個人総合6位 攻撃手4位(アンデルセン隊に所属している間に小南と風間を抜いた)


他部隊からの評価:なんだこのクソゲーチーム!?


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第21話 車椅子の魔王

先の短い病人キャラはやたら強い。
北斗の拳のトキとか。
その方がキャラが立つからなんでしょうかね?
あ、予約投稿というものを活用してみました。


 

 あまりにも突然すぎるソフィアの失踪。

 すぐに発見できた事は幸いだったが、彼女の悲惨な身体の事情を知った面々は、もう結構遅い時間だったというのに、すぐに行動に出た。

 

 

 強力な睡眠薬を投与され、眠る……否、気絶しているソフィアが起きるまでの一時間で、ナイトキャップを被って就寝しようとしていた城戸、根付、唐沢を叩き起こし、──鬼怒田はソフィアが心配で起きていた──圧倒的な戦力を誇るソフィア・アンデルセンを活かすため、などと嘯いて「トリオン体の常時使用」および「非常時や戦闘時以外は車椅子で生活させる」という規則をソフィア限定で制定させる。

 あまりにも必死すぎる忍田と鬼怒田の様子に、正直城戸らはドン引きしていたが、そんな事は関係ない。

 

 

 その後目覚めたソフィアはいきなり自身のファンたち……つまりは忍田や影浦らファンクラブのメンバーたち、そしてアンデルセン隊の部下たちに囲まれ、制定されたばかりの規則を厳守するように申し付けられた。

 

 

 これにはさすがのソフィアもびっくりである。

 しかしまぁ、戦えるのであればその程度の制約は問題にならないので、笑顔で承諾。

 あまりのかわいさに、全員ノックアウトされた。

 

 

 そして、時間も遅いのでとりあえず解散となり、ソフィアは当然のように鬼怒田が用意していた特製車椅子に乗り、アンデルセン隊のオペレーターである灯に押されて作戦室兼自宅へと帰っていった。

 

 

 

 翌日──。

 

 

 

「……まさか車椅子がボタン一つで自由自在に動くなんて思わなかったわ。ちょっと本気出しすぎではないかしら、たぬきさん」

「当然じゃ。四六時中誰かがお前の傍に居るわけではないし、その間身動きが取れんのでは却ってストレスがたまるじゃろう。それでは逆効果じゃからな」

「まあ、それはたしかに言えてるわね。ありがとう」

「……ふん。精々身体を大事にせい。もはやお前は多くの人間にとって大切な者になっておるという事を自覚しろ」

「ふふ、そうね」

 

 

 

 実は、本部基地で生活しているソフィアが朝イチで顔を合わせるのは、徹夜で研究に勤しむ事が日常と化している鬼怒田と、そして彼の部下たちである。

 ソフィアは非常に多くの情報を保有しており、その中には“向こう”で対面した近界のトリガーやテクノロジーですらも含まれる。

 

 その美貌と相まって、開発室に属するエンジニアたちの間で女神のように崇め奉られるのは当然の帰結であった。

 

 

 

 尤も、情報量が多すぎて鬼怒田たちの徹夜が爆増する原因にもなっているのだが。

 

 

 車椅子に乗るソフィアは、いつものように彼らに情報を提供し、試作されたトリガーの改善点を指摘し、容赦なくダメ出しする。

 エンジニアの中にはソフィアを信仰するあまり彼女にしか使えないようなトリッキーすぎるトリガーを考案する者も居るのだが、そういった手合いは大抵「却下。わたしにしか使えないトリガー? 専用トリガーを作りたいなら玉狛支部に行きなさい」と辛辣なお言葉を頂いて終わる。

 

 

 いかんせん、ソフィアがどんなトリガーでも即使いこなしてみせてしまうので、エンジニアたちも調子に乗ってしまうのである。

 

 

「そういえば、アンデルセン」

「なぁに? たぬきさん」

「来週か再来週あたりにガロプラなる近界の連中が侵入してくると聞いたが?」

「林藤さんから聞いたのかしら。ええ、そうよ。もちろん、わたしが知る通りに行かない可能性もあるけれどね」

「ふむ、なるほどな。一応エネドラの奴に確認を取ってみるか」

「ああ、もう動けるのね。彼」

「うむ。そら、あんな猿にお前を会わせるわけにはいかん。とっととどっかへ行けぃ」

「はいはい、わかりましたよ」

 

 

 もはや隠し事など無意味と悟っている鬼怒田は、一応の機密事項であるエネドラ……正しくは先の大規模侵攻で敵に裏切られ殺された近界民の“角”をトリオン兵であるラッドに移植し、結果として人格の再現を果たした元近界民、現マスコットの事をもさらりと漏らす。

 

 ソフィアとしても、エネドラと会う気はこれっぽっちもない。

 粗野にして横暴な口の悪いアイツと言葉を交わした日には、即あのラッドボディを真っ二つにする自信しか無いからだ。

 

 

 そんなわけで、ボタンを押して車椅子を走らせる。

 向かう先はアンデルセン隊の作戦室。

 恐らくだが、そこで読書でもして時間を潰していれば“彼”が訪問して来る事だろう。

 

 尚、待っている最中につまみ食いをするような真似はしない。

 食べた分だけ胸が大きくなる体質だし、そもそも食べても石か砂利のようにしか感じないのだから。

 

 これ以上胸が大きくなっても邪魔なのである。

 以前それを言ったらアンデルセン隊の面々に「嫌味ですか!?」と怒られたが。

 ソフィア本人としては嫌味のつもりは欠片もない。大体にして、一時期まではこの大きな胸は彼女のコンプレックスだったぐらいなのだ。

 

 

 

 何はともあれ、作戦室でダラダラし、暇すぎて死にそうになっていた所にアンデルセン隊の面々が現れた。

 漫画や小説、秘密のデータ本などなど、作戦室に持ち込んだものは粗方読み終わってしまったし。

 

 

「お疲れ様、皆。学校は楽しい?」

「おつかれさまです、ソフィアさん。楽しい事は楽しいですけど、ソフィアさんの事が気になりすぎてめちゃくちゃ時間が長く感じました……」

「私もですよぉ。無理してないですよね?」

「ソフィアさんはす~ぐ無理しますもんね~。これ以上あたしたちを心配させないでくださいよ~?」

「あらあら、皆して可愛い事言ってくれるわね」

 

 

 一人で居る時は常に無表情なソフィアだが、誰かがいると途端に笑顔になる。

 それが友人やチームメイトなら尚更である。

 

 これは、一度全てを失った彼女にとって、「自分以外の誰かと一緒にいられること」がたまらなく幸せで、楽しい事だからだ。心配させまいと笑顔を取り繕っている事もあるが。

 

 

「それで、今日はどうしますか~? どこかへ出かけるなら、車椅子押していきますけど~」

「ううん。そろそろあの子が訪問してくる頃だと思うからいいわ」

「あの子ぉ?」

「誰ですか?」

 

 

 ソフィアの発言に首を傾げる灯たち。

 呼び方からして恐らくは隊員の誰かなのだろうが、皆目見当がつかない。

 ファンクラブのメンバーだろうか?

 

 と、チームメイトが疑問符を踊らせているのを他所に、じっと出入口を眺めるソフィア。

 

 

 

 そして……。

 本当に、来た。

 

 

 ノックの音が響き、一番近くにいた万理華が返答する。

 

「はいぃ? どなたですかぁ?」

「あ、八十神さんですか? 三雲ですけど……」

「……うぇ!? ええ!?!?」

「ミクモって……」

「玉狛第二の?」

「ええ、そうよ。どうぞ、入ってちょうだい」

「失礼します……」

 

 

 恋する相手、三雲修の訪問。

 あっという間に万理華の脳内はショートし、使い物にならなくなった。

 ただ、ドアの前に立って開けようとしていたので──。

 

 

「あ、どうも」

「……ぴゃぁあぁぁぁぁあ!?」

「えっ」

 

 

 ──当然、ドアが開けば至近距離で修とご対面する事になる。

 そしてそのシチュエーションにクソザコメンタルな万理華が耐えられるはずもなく。

 

 

 

 奇声を上げ、とても素早い動きでテーブルの下に隠れてしまった。

 

 

「「ええ……」」

「む? なにしてるんだマリカちゃん」

「あれ、空閑。お前知り合いだったのか?」

「ん、まぁな」

 

 

 チームメイトが起こした突然の奇行に戸惑うアリスと灯。

 ソフィアはくすくすと笑い。

 ちゃっかり修についてきていた遊真が、修と共に首を傾げる。

 

 

 普通にカオスである。

 

 

「あの、ソフィアさん……僕は何か彼女に嫌われ……え?」

「ソフィアさん、どうしたのそれ」

「気にしないでちょうだい。過保護な子たちに乗せられてるだけだから」

「「過保護じゃないですソフィアさん」」

「充分過保護よ。ちゃんと歩けるっていうのに」

 

 

 突然の奇行を「自分は嫌われている」と結論付けた修がソフィアに質問しかけるも、そのソフィアが何故か車椅子に乗っている事に面食らう。

 遊真も同様である。

 

 

「灯。お茶を入れてくれる? もちろん例のチョコも出してあげてね」

「了解です~」

「初めまして、三雲くん。君の話はよくソフィアさんと空閑くんから聞いてるよ」

「あ、初めまして。えっと……」

「ああ、ごめんね。私は蟻元アリス。アリスでいいよ。で、あっちでお茶を入れてるのがオペレーターの猫山灯。テーブルの下で忍者ってる奴は……知ってる風だったね」

「よろしくお願いします、アリスさん」

「アリスちゃんとマリカちゃんは知ってるけど、アカリちゃんとは初めて会うな」

「よろしくね~。二人とは同い年になるのかな~」

「おっ、そうなのか。ヨロシク」

「うん~」

 

 

 テーブルの下に隠れていた万理華はアリスに容赦なく蹴り出され、ソフィアが座る車椅子の後ろに改めて隠れた。

 それを一旦捨ておき、和やかに挨拶していく修たち。

 

 

 差し出されたお茶とチョコがうまい。

 

 

 

「──で、修くん。今日来たのはアレね?」

「アレ? えっと、射手としてのアドバイスを頂きたくて……でも、八十神さんはああだし……」

「なるほど」

「問題ないわ。万理華っ!」

「はいぃっ!!」

「……マリカちゃん、軍人みたいだな。下っ端の」

「あはは~。うまいこと言うね~」

 

 

 車椅子の後ろに隠れていた万理華だったが、恐怖の魔王である隊長に呼ばれた事で身体が反射的に動き、前に出て敬礼した。

 骨の髄までスパルタ式を叩き込まれた結果がこれだよ。

 

 

「修くんと模擬戦してあげなさい。こういうのは身体に直接教えこんでから説明した方が早いわ」

「え!?」

「了解ですぅッ!!」

「じゃあ準備しますね~」

 

「ふむ、ソフィアさんは実戦派か」

「ええ、そうよ。そういう遊真もじゃないかしら?」

「うーん。あんまり誰かに教えた経験が無いから何ともいえませんな」

「なるほど。余裕ができたら弟子でも取ってみるといいわよ。そうする事で自分の課題が見えてくる事もあるから」

「ふむ。ソフィアさんが言うならそうなんだろね」

 

 

 のんびりと会話を楽しむ遊真とソフィア。

 その一方で、修と万理華の模擬戦が始まる事に。

 

 そして、準備が終わり。

 全員が見守る中、模擬戦が行われた。

 

 

 結果──。

 

 

 

「……何も、させてもらえませんでした……」

「任務、完了ですぅ……ッ!」

「……マリカちゃん、あんな戦い方だったっけ?」

「個人ランク戦では立ち回りが違うからね。カゲさんにボロ負けしたのが堪えたみたいで」

「ほほう、かげうら先輩に」

「二人とも、ご苦労さま~。ソフィアさん、満足しました?」

「…………まあ、いいでしょう」

(((ひぇっ……すごい不満そう……)))

 

 

 自他ともに認めるよわよわメガネなだけあり、修はアンデルセン隊の中でも最弱である万理華相手に十本中一本も取れず完敗した。

 

 しかし、個人ランク戦で何度も戦った事がある遊真は首を傾げる。

 

 彼が知る万理華の戦闘スタイルは、ソフィア直伝の歩法“縮地”で後退しながらアステロイドとメテオラをばらまくというものだった。

 しかし、今回の万理華は序盤にひたすら縮地でチキりながら罠を仕掛け、それらが済んだ中盤以降にチクチクとアステロイドをばらまき、修を罠の元へ誘導した上で周囲をエスクードで囲み、罠を踏んだ修が爆殺される、というものだったのだ。

 

 はっきり言って嫌らしいを通り越してもはや陰湿である。

 遊真ほどのスピードを持たない修では手も足も出なくて当然だった。

 

 しかもあくまで牽制や誘導目的のはずのアステロイドがやたらとデカい。

 

 

 

 普通ならばこれで万理華は修に嫌われるだろう。

 だがそこはあの修だ。

 

 

「……すごい。あんなに多彩な戦い方……想像もしていませんでした」

「ふぇ? そ、そうかなぁ? ふぇへへ」

 

 

 嫌うどころかむしろ感動していた。

 彼にとって実りの多い戦いだったらしい。

 

 

「マリカちゃん、おもしろい戦い方するね。個人ランク戦もそれでやってみればいいのに」

「やった結果、カゲさんに完敗したからぁ……正直これは一対一でやるべき戦法じゃないんだよぉ」

「そうか? 相手が悪すぎただけで、並の相手なら普通に通じるとおもうよ」

「そうかなぁ……」

 

 

 意外な事に遊真からのウケもいい。

 といっても、元より本物の戦場を渡り歩いてきた彼の事だ。戦いに綺麗も汚いもない、という考え方なのだろう。

 

 

 まぁそれはさておき。

 

 

「修くんはトリオンが少ないからエスクードは確実に削る事になるけど、万理華が使っていたワイヤー状のトリガー……“スパイダー”は確実にあなたに合っているわ。何故なら──」

「──そうか! あれはあくまで建物とか、そういう障害物に向かって使うから、人に当てる必要が無い!」

「ええ、その通り。狙った所に当てるぐらいなら数日も練習すれば問題なくできるようになるでしょう。ただ、修くんが自分で点をとるのは難しいけれどね」

「え?」

「たぶんメテオラも削る事になるから、オサムじゃ純粋に火力がたりない。でも、玉狛第二にはおれがいるだろ?」

「空閑……! そうか、そういうことか!」

 

 

 常に「弱い自分が何かできるのか?」と不安に苛まれてきた修だったが、ソフィアからアドバイスをもらった事で高揚し、あるいは生まれて初めて次の試合が待ち遠しい、とまで思えるほどになっていた。

 

 

 が。

 

 

「まあ、わたしたちには通用しないけれどね」

「うっ」

「空閑くんができる事はソフィアさんもできるからね」

「ウッ」

「オマケに手の内もバレてますからね~」

「「うウっ!?」」

 

「ちょ、皆……かわいそうだよぉ」

 

 

 

 アンデルセン隊の容赦ない言葉に晒され、高揚していた気持ちがちょっと萎んだ。

 確かに、彼女たちに勝てる気は全くしない。

 そもそもソフィアを落とせないのだから。

 

 

 何にせよ、修はこうして新たな武器を得た。

 

 

 

「あれっ? そういえば木虎もあのワイヤーを使っていたような……」

「木虎ちゃんのはA級特有の特別製だけれどね。スパイダーはたしかにあの子が好んで使うトリガーでもあるわ」

「やっぱりそうなんですね……」

 

 

 地味に、木虎は出番を失ってしまった。

 とんだ流れ弾である。

 

 




というわけで、原作での木虎の出番を奪うアンデルセン隊。
これで私たちがよく知る嫌がらせメガネ、修の本領が発揮できますね。相変わらずアンデルセン隊相手は無理ゲーですが。

※次回、遂にランク戦四日目です。
 個人的にかなり面白く仕上がったと思ってます。


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第22話 B級ランク戦 四日目①

一万字超えたので二話に分けてます。
そろそろストックが尽きそうだ。
今回もオリジナルマップが舞台となります。


 

 三雲修に新たな武器を授けたソフィア率いるアンデルセン隊は、次の試合までに残った時間を全て隊の強化に当てた。

 個人の強化は元より、連携の強化や様々な状況に対応するためのフォーメーション、それぞれが孤立した場合の動き……それらの事を確認し、全員で共有。

 急拵えの代物とはいえ、もはやお馴染みとなったスパルタ式で叩き込んだので使い物にはなったはずだ。

 

 

 今シーズンの試合を全勝で終えるつもりのソフィアは、一切手を抜かない。

 多少負けた程度で腐るような隊員は、少なくともB級以上にはいないと知っているからだ。

 

 

「準備はいいわね? これがわたしたち新生アンデルセン隊の初陣よ。華々しく勝利して凱旋しましょう」

「はい!」

「頑張りますぅ!」

「了解です~」

 

 

 そして、観戦席では──。

 

 

 

『お待たせ致しました! 時間ギリギリになってしまい申し訳ありません! 実況を務めます、嵐山隊オペレーターの綾辻です! B級ランク戦四日目夜の部。非常に高い注目度を誇る試合が、遂に始まります!

 解説席には“ぼんち揚げ食う?”でお馴染みの実力派エリートこと迅さんと、A級1位部隊太刀川隊の太刀川隊長にお越しいただいています!』

 

『『どうぞよろしく』』

 

『今回の組み合わせは何かと話題のアンデルセン隊が、B級の頂点に立つ二宮隊を含む上位の精鋭に挑む四つ巴という事になりますが……』

 

『なんというか、まずアンデルセン隊が増えてますよね。それも二人も。ルール上問題は無いけど、連携などの関係から落とされやすく、シーズン途中で新たな隊員を迎える事はそうそうない。それが二人もとなると、尚更でしょう』

 

『だな。まあ俺は全然知らん奴らだが、あのソフィアさんが引っ張ってきたって事は相応に曲者なんだろう。そうそう簡単に落とされるとは思えないな』

 

『そうですね! さあ、ただでさえ強いと噂のアンデルセン隊長に加え、二人の新メンバーを迎えたアンデルセン隊を、二宮隊、生駒隊、東隊の各隊はどう攻略するのか!』

 

 

 あのアンデルセン隊に新たなメンバーが加わったと知り、ざわつく観客たち。

 太刀川も言った通り、異常な強さで知られるソフィアが連れてきた隊員とあらば、否が応でもその期待値が上がり、警戒される。

 

 

 様々な憶測が飛び交う中、冷静に眺めるのは影浦と鋼。そして、急用が入らずに済んだファンクラブの面々だ。

 

 

「あいつらがソフィ姉の指揮下でチームとして戦うのを見るのはこれが初めてかァ。果たして何をしでかしてくれるやら」

「そうだな。正直嫌な予感しかしないが、楽しみでもある。前情報無しで当たるニノさんたちはかわいそうだけどな」

「ハッ、いい気味だぜ。あの野郎がどんな無様なやられ方をするか楽しみでしょうがねえ」

「ただ、今回はあの東さんがいる。あの人がどう出てくるか……」

「問題ねえだろ。ソフィ姉を怒らせたアホだし」

「それもそうか」

 

 

 影浦と鋼。

 この二人がわざわざ観客席でランク戦を見るというのはかなり珍しい。

 周りが興味津々になるのも無理はなかった。

 

 

 

 そして、アンデルセン隊と戦う各隊は──。

 

 

「……何?」

「うわ、アンデルセン隊が二人増えてる! やっぱりあの時の子たちはそういう事だったのかー」

「どうします、二宮さん」

「……好都合だ。ソフィアさんは落とせないからな。二点、奪いに行くぞ」

「了解です」

「生駒隊と東隊はどうします?」

「いちいち聞くな。作戦通りだ」

「はい、了解ですっと。ひゃみちゃん、オペレートしっかり頼むよー?」

「わかってます、犬飼先輩」

 

 

 一人ならまだしも、二人も増えた事に驚きこそしたが、ランク戦では誰を落としても一点は一点である。

 二宮隊は次元が違う強さのソフィアを避け、アンデルセン隊の新人二人を狩る事でポイントを頂く事にした。

 そして、生駒隊や東隊からもポイントを奪えば充分に勝ちの目が見えてくる。

 

 特に、東隊の小荒井と奥寺は連携さえ封じれば明らかに浮いた駒となり、獲りやすくなるのだ。

 その他には生駒隊の面々も狙い目だろうか。

 

 

 ソフィアと東は狙うだけ無駄なので、逃げの一手だ。

 

 

 

 

 

「うわっ、マジか!? この時期に二人も新しい隊員を加える!? ソフィアさん、強気だなあ!」

「……どう思います、東さん」

「俺はあいつとそんなに仲がいいわけじゃないし、むしろ怒らせたわけだが……ソフィアは意味の無い事はしない。俺と同じタイプだと思う」

「えーと、つまり……?」

「──部隊に入りたての新人と甘く見るな。あのソフィアに鍛えられているとすれば、相当な強さに仕上がっている可能性が高い。狙う時は必ず連携しろ」

「了解でっす!」

「俺は……作戦通りまずは生駒隊を狙う。はっきり言ってこの中ではあいつらは浮いてるからな。二宮も狙ってくるだろう」

「……あの生駒隊が獲物扱いとか、この試合魔境すぎません?」

「正直に言うと、お前らもだぞ。二宮もソフィアも、狙い目だと考えているはずだ。一瞬も気を抜くな。この修羅場じゃ、一手の遅れが命取りになる」

「「りょ、了解」」

 

 

 かつて最強の部隊を率いた頃に戻っている東は、冷徹に言葉を放つ。

 足手まとい扱いされていると感じる小荒井と奥寺だが、事実その通りなので文句を言うつもりは無い。

 東がいるからこそ東隊はこうして上位に居られているのだから。

 

 足にしがみついてまで引き入れた甲斐があったというものである。

 

 

 

 

 最後に、各隊から獲物扱いされている生駒隊は。

 

 

 

「うわ、やばない?」

「やばいっす」

「この時期に二人も増えるなんて珍しいですね。そんだけ自信があるんやろか」

「隊に入りたての蟻元チャンと八十神チャンは俺が落としますよ!」

「どっちもめっちゃかわいい」

「「「そっち?」」」

「アホな事言うてないで対策の一つも考えんかい! 美少女隊長とか、ギャグみたいに強いらしいで!?」

「ソフィアちゃんな。めちゃくちゃかわいい。あのかわいさは犯罪やわ。俺あんなん斬れへん」

「じゃ、ニノさん東さんコンビに任せたらいいんとちゃいます?」

「それやな」

 

 

 比較的真面目に作戦会議をしているが、それでもやっぱりお笑いの雰囲気が漂っている。

 主犯は生駒だ。

 奴がこの空気を作っている。

 

 

 獲物扱いされているとは知らず、呑気なものである。

 

 

 

 

 そして場面は戻り──。

 

 

 

『さあ、全部隊転送完了! 選択されたマップは……!? さ、“山岳地帯”!? 天候は、雪!!』

 

『うおっ、マジか。選んだのは小荒井か? 東さんにしては変わり種すぎるもんな』

 

『どうかなー。東さん、作戦室にこもって真剣な表情でソフィアさん対策を練り込んでたみたいだから』

 

『……これ、東さんが選んだマップって事か? 嘘だろ?』

 

『どうかなー。あ、ちなみにこの試合の未来は見えてないから。ソフィアさんがどうなるか読めん』

 

『『!?』』

 

 

 雪が降り積もる山岳地帯。

 迅によれば、この特殊すぎるマップを選んだのはあの東だという。

 彼の堅実さを知る太刀川と綾辻、そして観客席の面々は一様に目を丸くした。

 

 

 あの東が、信じられない。

 

 

 ただその一言である。

 

 

 更に、あの迅ですら試合結果が読めないという。

 これは、ソフィアの未来を見る事ができないからなのだが、場が混乱に陥ったのは間違いない。

 

 

 

「……なんだと」

「意外なところで来ましたねー。ちょっと読みが外れちゃったかな」

「どうします、二宮さん。とりあえず合流ですか?」

【警戒。四人、レーダーから消えてます。たぶん東さんと隠岐くんの狙撃手組に、小荒井くんと奥寺くん】

「…………チッ。合流を目指すぞ。狙撃とソフィアさんに注意しろ」

「狙撃はともかく、この雪でソフィアさんを警戒するんですか?」

「ああ。この程度はあの人にとって何の問題にもならんだろうからな」

((ほんとソフィアさん大好きだなこの人))

 

 

 あの東なだけに、てっきりオーソドックスなマップを選んでくるとばかり思っていた二宮は、いきなり予想を外した事に少しばかり動揺し、敬愛する師の狙いを考える。

 もちろん、その最中でも部下へ指示を出す事は忘れない。

 

 どこぞの狂犬野郎とは違い、二宮はデキる隊長なのだ。

 

 

 

 

「うせやろ。なんやねんこのマップ。楽しすぎやん」

「イコさん。はしゃいでると撃たれんで」

「でも気持ちはわかりますわ。片栗粉踏んでるみたいで楽しい」

「ははっ! すげー楽しい! めっちゃ滑るし!!」

【何遊んでんねん!!】

 

 

 

 安定の生駒隊。

 

 

 

「…………」

「そ、ソフィアさん? 無言だと怖いんですけど……」

「あのぉ、指示を……」

【んー。とりあえず合流ですかね~? 地味に四人も消えてるんで奇襲に注意です~】

「「りょうか──」」

 

「待ちなさい」

 

【んえ?】

「「ふぇ?」」

 

 

 

 二宮と同じく、東の狙いを考えるソフィア。

 雪は確実に自分への対策だろう。多少スピードは落ちるとはいえ、大した問題にはならないが。

 わたしのバランス感覚を甘く見たわね、と内心ドヤ顔な一方、何故山岳地帯なのかが分からない。

 

 

 

 

 まあ、何はともあれ。

 

 

「わたしが運ぶわ。その方がすぐに合流できるから」

「「!?」」

【はい?】

 

 

 

 疑問符を踊らせる部下たちを無視し、ググッと強く踏み込む。

 そして、矢のような鋭さで空中に飛び出し、グラスホッパーを使って空中を雷の如きスピードで飛んでいく。

 

 

 

『お、おおー……。アンデルセン隊長、相変わらず人外じみた動きをしますね……』

 

『……うん、俺も驚いた。グラスホッパー持ってたんだね、あの人』

 

『いやいや普通にグラスホッパー使ってもあんな速くならないからな? どうなってんだ今更だけど。土下座したら教えてくれるかな? すげー楽しそうあれ』

 

 

 これにはモニター越しに見ていた実況と解説の三人も唖然である。

 更に、グラスホッパーをセットしていた事を知らなかった影浦たちファンクラブの面々までもが呆気に取られていた。

 

 

「車椅子で生活してる人があんな動きをするとか誰が予想できるかってんだ」

「……ああ。あの人、空中でも速いんだな……膝下のあたりまで雪が積もってるのに、全く関係ないって感じだ」

「あのソフィ姉ですら勝てねえ近界の国宝使いって奴ァ何者なんだよ」

「さあ……老人らしいけどな」

「元気すぎんだろ」

 

 

 影浦たちの中のヴィザ像がどんどん化け物染みていくが、いくらヴィザでもここまで機敏に動き回る事はたぶんできない。たぶん。

 

 できるかもしれない。

 

 

 

 そして──。

 

 

『…………え、えーと。アンデルセン隊長、雪山の空を縦横無尽に移動し、瞬く間にチームメイトたちを回収、再びの空の旅で全員合流しました……』

 

『あの人だけ別ゲー感がすごい』

 

『迅に同意。回収された新人二人は白目剥いてたけどな。たぶんあれ本邦初公開ってやつだろ』

 

 

 雪が降りしきる山岳地帯を飛び回り、無理やり合流を果たしたアンデルセン隊。

 あまりのパワープレイに見る者全てが唖然とし……。

 

 

 

「「は??」」

「ちょ、なんでもう合流してんの? これたぶんアンデルセン隊だよね? すごいスピードで動いてたし」

【え、えーと……何が起きたのか、わからない】

 

 

 さすがの二宮隊もポカン。

 大口を開けて呆ける二宮という絵はかなりのレアだろう。

 しっかりと観客席から見ていた加古にからかわれる事は確定した。

 

 

「……なあ。なんでもう合流しとるとこあるん?」

「グラスホッパーやないですか」

「いやいやそれでも速すぎますって」

「なんかオレら挑んじゃいけない相手と戦おうとしてません??」

【あかん。アンデルセン隊の美少女隊長さん、思った以上に人外やったわ】

 

 

 

 さらにプレミアものだが、生駒隊ですら思わず真顔になるほどである。

 生駒はいつも真顔だが。

 

 

 

「あ、東さん!」

「イカれてますって!! なんすかあのスピード!? レーダーバグったのかと思いましたよ!」

「──問題ない。予想の範囲内だ」

【本当ですか、東さん? 地上でも空中でもオペレート追いつかないほど速いってちょっと頭おかしいですよこれ。強がってませんよね?】

「いやいや、隊長を疑うなよ。本当だって」

「「えぇー…………」」

 

 

 ある程度は行動が予測できていた東隊の面々も、雪で機動力を制限されている中で、空を超スピードで飛んでいく、などという人外じみた力技を披露されては冷静でいられない。

 

 

 

 ただ一人、東春秋を除いては。

 

 

 

 彼はこの一週間、徹底的にソフィアのデータを調べていた。

 その結果、“この程度の事”はできて当然だと、本当に予測できていたのである。

 

 

 

 小荒井と奥寺はそんな東にドン引きした。

 東しかり、ソフィアしかり、トリオン体での戦いを極めた人間というのは全員がこんな風に人間を辞めているのだろうか、と。

 

 

 

「俺を信じろ。さあ、急いで合流しつつ生駒隊の奴らを落としに行くぞ。モタモタしてるとアンデルセン隊に取られる」

「「了解ですっ!!」」

 

 

 

 それはさておき、味方であればこれほどに頼もしい。

 自分たちの隊長について行けば、きっと怪物染みた魔王ソフィア・アンデルセンですら落とせる。

 

 そう信じ、少年二人はおっさんについていく。

 

 

 

 その前に、合流しなきゃいけないけどね。

 

 

 

 

『あ、アンデルセン隊はさておき。二宮隊、生駒隊、東隊の三隊も雪をかき分けつつ進み、道中で合流する構えか!』

 

『それっぽいですね。生駒隊が集中狙いされているようですが、当の生駒隊は二宮隊の方に向かってます』

 

『東隊はバッグワームを使ってる上、マップの見通しが悪すぎてとても見つけられるような状況じゃない。アンデルセン隊に突っ込むのはもう自殺行為だと分かっただろうし、そうなると残るのは二宮隊しかいないからな。だが、何が悪いわけじゃないが生駒隊はキツイぞこれ。開始早々に全滅も有り得る』

 

『マップを選択した東隊の面々はグラスホッパーを使って移動するかと思いきや、普通に走っていますね。これについてはどう思いますか?』

 

『うーん。東隊長がグラスホッパーをセットしていなくて、彼と足並みを合わせるために他の二人も使っていない、とかそのあたりでしょうかね?』

 

『いや、他の三隊がぶつかるのを待ってるんじゃないか? その方が東さんも点を獲りやすいだろ』

 

『なるほど、御二方ともありがとうございます! あっと、ここで一旦東隊の足が止まった?』

 

 

 

 実況と解説を聞きながら、東の狙いを推測する観客席。

 

 ちなみに。非常に悲しい事だが、風間隊は任務が入っていてここにおらず、風間は大層悔しがったそうな。

 絶対素晴らしい試合になるのに、直接見れないとは……!! と呻いていたとか。

 

 

 そして──。

 

 

『ここで東隊が分かれた!! 小荒井隊員と奥寺隊員がグラスホッパーを使って飛び上がり、移動していきます!』

 

『いつも通りのフォーメーションですね。奥寺と小荒井が前線に出て掻き回し、生まれた隙をすかさず東隊長が狙い撃つという』

 

『その割には二人がしばらく東さんと一緒に足を止めていたのが気になるな。絶対何か仕掛けたぞあれ。さて、跳ぶのはいいが射線に入れば隠岐に撃たれるぞ?』

 

『太刀川さんの仰る通り、東隊の二人は生駒隊の狙撃手、隠岐隊員を警戒してか比較的ゆっくりと、時折着地しながら徐々に進んでいっていますね』

 

『隠岐もグラスホッパーを持っていますから、位置につくのが早い。下手を打てばもう撃たれる時間です』

 

 

 雪の山岳地帯という特殊なマップだからか進行スピードが少し遅いが、それでも各隊が合流を果たし、それぞれの作戦を遂行するため再び分かれて行動するか、固まったまま行動し。

 

 アンデルセン隊はずっと合流したまま、全員がグラスホッパーで跳んで速やかに移動している。

 

 

 

『だいぶ距離が縮まってきたな。そろそろ生駒隊が捕まるぞ』

 

『そうですね。さあ、果たして先制はどの隊になるのか──!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 

「誰が落ちた?」

「思ったより早かったですね」

「これは──」

【い、いったいどこから!?】

「落ち着け氷見。狙撃か?」

【────】

 

 

 

 

 

 

「やられたわね」

「もう射程圏内って事は、気をつけないとですね」

「はうぅ、怖いなぁ……」

【どうします? 突っ込みますか~?】

「そうねえ……そうしようかしら。行くわよ」

「「了解です!」」

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、何やられてんねん」

「ちゅーかどっから撃たれたん? 全然わからへんかったで」

「やー、珍しい事もあるもんすね!!」

【何やっとんねん、隠岐ィ!!】

【いやいや、ほんまいつの間に撃たれたんやって自分でも不思議に思うとるぐらいなんすわ。あれ、東さんですよね?】

「まあ、せやんな。気をつけようや」

「はいよ」

 

 

 

 

 遂に試合が動いた。

 しかし、いろんな意味で意外な展開である。

 

 

『先制は東隊!! 東隊です!』

 

『ちょ、今の東さん何した? ファーストコンタクトが東さんで、しかも相手の狙撃手落とすとか、今の隊になって初めてじゃないか!?』

 

『お、落ち着いてよ太刀川さん。たぶんだけど──』

 

 

 

 東が点を狙う時は、その前に必ず小荒井と奥寺が相手と接触し、隙を作っていた。

 しかし今回はそれが無く、東単独での得点なのである。

 

 

 これには太刀川も大興奮であり、見ていた影浦や観客たちもまたどよめいた。

 

 

「なんだ今の!? あんなの避けられるわけねえぞ!」

「あ、ああ。驚いたな……」

 

 

 

 影浦と鋼は、たまたま目撃していた。

 故にその興奮と動揺も一入である。

 

 

 

 そして迅による解説が入る。

 

 

『東さんが逐一イーグレットのスコープを覗いて隠岐の場所を確認していたのは分かるよね?』

 

『おう。それぐらいはな』

 

『で、その後に周囲を見回してましたね』

 

『そそ。あの時、木々を挟んで隠岐と直線上に並ぶ場所を探してたんだと思うよ。で、無数の木越しにアイビスで超遠距離スナイプ。届くギリギリの距離だったね』

 

『『…………はぁっ!?』』

 

『東さん変態すぎだろ!! 木の裏から!? ってことはスコープ覗いても見えねーじゃん!』

 

『す、すごい事しますね……ソフィアさんといい勝負なのでは……? あっ、し、失礼。取り乱しました』

 

『あくまで俺の予想だけど、まぁそんなに大きくは外れて無いんじゃないかな。じゃないとあの行動の意味が分からないし。で、木の裏から撃たれたから隠岐は何が起きたか分からなかったというわけ』

 

『そりゃ、撃つ時の光も見えねえからな』

 

『マップ選択権を持つからこそできたわけだけど、それでも十分人外だと思うよ、俺も』

 

『同意』

 

『私も同意です。あ、狙撃手を失った事で生駒隊が後退していきます!』

 

 

 酷い言われようだが、そういうことである。

 最初のスナイパー、東春秋。

 

 本気を出した彼は、狙撃手の中でもぶっちぎりのド変態であった。

 

 

 

 

 そして、そんな波乱から幕を開けたこの試合は、まだまだ始まったばかりである。

 

 




というわけで雪山での戦い。
東さんならどんだけ盛っても許される。
許される、はずなんだッ!


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第23話 B級ランク戦 四日目②

生駒隊書いてて楽しい……。
けど、勝手に思わぬ方向にカッ飛んでいく問題児。


 

 

 あまりにも変態的すぎる木の裏スナイプによって先制した東隊。

 その一手により、ゆっくりと進んでいた試合が急速に展開していく。

 

 

『あっと、狙撃手を失い後退していた生駒隊が、遂にアンデルセン隊に捉えられた!! すかさずフォーメーションを展開し、応戦します!』

 

『アンデルセン隊が一人足りませんね。これは仕掛けの匂いがしますよ。放っておくと危ないぞ、生駒隊』

 

『八十神だったか、あいつがいないな。とはいえ、あのソフィアさんを前にして背を向けるなんて自殺行為だ。その上、変態スナイプを披露した東さんまで狙ってる。こりゃ、逃げ切れねえぞ』

 

 

 

 遂に始まった本格的な戦闘に、沸き立つギャラリー。

 しかし、当の生駒隊本人たちにしてみればマジで洒落になっていなかった。

 

 

 

「あかんやろこれぇ!! 速すぎて見えへんて! なんで雪に足を取られてる中でこんなのと戦わなあかんねん!」

「あっちにはグラスホッパーあるからやろ」

「冷静にツッコミ入れてる場合じゃないっすよ水上先輩!! こんなところにいられるか! 俺は逃げるぞ!!」

「アホォ!! 何跳んで逃げてんねん海ィ!!」

【あんたらもうちょい落ち着いて戦えや!!】

 

 

 お得意の生駒旋空を放つ隙が無く、騒ぎながらもなんとか耐えてみせる生駒。

 射手の水上がそれを援護し、しかし攻撃手である南沢海がグラスホッパーを使い脱兎のごとく逃げ出す。

 

 

 が。

 

 

 

「──旋空弧月」

「……は?」

「えっ」

 

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 空中に飛び出し、明らかに40メートルは地上から離れた南沢が、ソフィアに斬られて真っ二つになった。

 当然、緊急脱出。

 生駒隊、早くも二人目の脱落者である。

 

 

 そしてこれには実況席も黙っていない。

 

 

『ここで生駒隊から再び脱落者が出ました!! 空中に飛び上がり、距離を取ろうとした南沢隊員が、アンデルセン隊長の旋空弧月によって真っ二つに!』

 

『ちょっと待て。いやいやちょっと待て』

 

『……あの人本当になんでもありだな……ああ、でも前に使えるって言ってたっけ……』

 

 

 ボーダー内で抜群に人気が高い傑作トリガー、弧月には「旋空」というオプショントリガーがある。

 これは、トリオンを消費して弧月の射程を伸ばすという効果を持つのだが、A級1位部隊の隊長にして攻撃手1位、そして個人総合1位の凄腕である太刀川でも15メートルまでしか伸ばす事ができない。

 

 しかし、ソフィアが斬った相手との距離は明らかに40メートルは離れていた。

 

 

 

『あれ、生駒旋空じゃねえか!! あの人アレまで使えるのかよ!? どこまですげーんだ! やばい、めちゃくちゃワクワクしてきたぞ!』

 

 

 生駒旋空。

 その名の通り、今まさに戦闘中である生駒隊の隊長、生駒達人の代名詞であり、ボーダーの中でも彼しか使えない凄技である。

 

 

 簡単に言うと、旋空の効果時間を太刀川の五分の一にまで絞り、卓越した剣速をもってタイミングよく振る事でおよそ40メートルもの範囲を斬る事ができる、という技なのだ。

 

 

 そんな、自身の代名詞を目の前で使われ、それどころかチームメイトを落とされた生駒はというと……。

 

 

 

「あかん……」

「イコさん?」

 

 

 

 

「ソフィアさん、今なら生駒さんをやれますよ!」

「ダメよ。下がりなさいアリス。斬られるわよ」

「……は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「燃えてきたわ」

 

 

 

 

 

 ──旋空弧月。

 

 

 

 

『ここで本家生駒旋空が炸裂!! しかし、これは来るのを読んでいたか! アンデルセン隊長、蟻元隊員、共に回避しました!』

 

『うおー! 楽しそうだなあ!! 俺も混ざりてえ!』

 

『抑えて太刀川さん。えー、これはもしかしなくても、生駒旋空合戦になりそうですね。二人を援護する水上隊員と蟻元隊員は大変でしょう』

 

 

 

 本家生駒旋空を読み切り、難なく回避したソフィアと、かなり危うかったアリス。

 それを見た生駒は再び構え──。

 

 

 

「「旋空……弧月ッ!!」」

 

 

 

 

 ソフィアもまた、“空中で”生駒旋空を放って応戦する。

 それを見た生駒は内心感動していた。

 

 

 自分の技である生駒旋空を、自分よりも使いこなしている達人と出会えた事に。

 

 

 

『両者の“生駒旋空”が衝突!! しかし、両者とも斬られる事はなく、斬撃は逸れていきました!』

 

『うおー!! いいぞー!!』

 

『太刀川さんはもう使い物にならないな、うん。生駒旋空は……というか旋空弧月はつまり弧月が伸びてるだけなので、ああして打ち合う事も可能なんですよね。意図的にタイミングを合わせないとまず起き得ない事なんですけど』

 

『えっ? それはつまり……』

 

 

 

 と、迅が解説を続けようとしたその時。

 ソフィアが生駒を抑えている内に、浮いた水上を狩るべくアリスが動いていた。

 

 

 

「げっ、あかん!! 来んなや!」

「……見える。あの地獄の訓練は、無駄なんかじゃなかったんだ……!!」

「ちょ、どうなってんねん!? 当たらへんねんけど!! この近距離やぞ!? バケモンかい!!」

 

 

『おおっと!! 生駒隊長とアンデルセン隊長が熾烈な“生駒旋空合戦”を繰り広げる横で、蟻元隊員が水上隊員に肉薄!! 弾を全部避けている!?』

 

『これは……仕組みがありそうですね。手元のデータによると、蟻元隊員の個人ポイントは8000を超えたり下がったりしていて、アンデルセン隊長に比べれば突出して強いというわけではないはずですから。ただ、あの身のこなしはもちろん蟻元隊員の自前のものですが』

 

『なるほど。仕組み、ですか……。想像はつきますが、あえて今は語らないでおきましょう!』

 

 

 迅の解説を聞いて、彼の言う「仕組み」にすぐに気付いた綾辻だったが、この試合はとにかく見ている者が多い。

 その中で暴露するのはちょっとかわいそうだと思い、内緒にしておく事にした。

 

 もっとも、勘のいい者ならば気付いているだろうが。

 

 

「面白ェ……!! あいつ、あんなに動けたのかよ! あの状態ならいい勝負ができそうだ!」

「たしかにな。だけど、アレはたぶんソフィアさんがいないとできないぞ」

「わかってんよ。なんとかならねェかなァ?」

 

 

 そう。

 例えば、影浦や鋼とか。

 

 

 

 ちなみに、太刀川は生駒とソフィアの戦いを見て「うおー! いけー!! そこだー!!」などとうるさいので、迅にそっとヘッドセットを外されている。

 まさかの解説途中降板である。

 

 風間あたりが知れば絶対怒るだろう。

 

 

 

 そして──。

 

 

 

「チェックメイト」

「……くそっ!! すんません、イコさん! 先に落ちますわ!」

 

 

 

「えっ、うせやん」

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 

『遂に水上隊員が落とされた!! 蟻元隊員は銃手のようですけど、攻撃手とほぼ同じ間合いで戦うんですね。弓場隊の弓場隊長みたいです』

 

『そうですね。彼女の戦闘スタイルは弓場ちゃ……ごほん、弓場隊長から来ているようですから。なんにせよ、これで生駒隊はもう後がありませんよ』

 

 

 

 ソフィアとの戦いに熱中していた生駒だったが、さすがにチームメイトが緊急脱出すれば気が付く。

 そして、だらー……っと汗を滝のように流した。

 ギャグのように。

 

 

 

「あかん、これ死ぬ」

 

 

 

 

 

「──そうか。だったら死ね」

 

 

 

 

 

「ちっ……退避!」

「は、はいっ!!」

 

 

 

 

 ここで、満を持して彼の登場である。

 四面楚歌すぎる生駒は泣いていい。

 

 

 

『遂に二宮隊が到着!! と、同時に二宮隊長のフルアタックハウンドが炸裂します!』

 

 

「ぬおおおおーーーっ!! あかんあかんあかん、マジであかんてニノさんーー!!」

 

 

 

 必死にフルガードで凌ぐ生駒。

 既にアンデルセン隊の二人は忽然と姿を消しており、残ったのは彼と二宮隊の面々だけ。

 

 

 どうあがいても詰みです、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

『あ、よかったな生駒っち。助かったぞ、たぶんだけど』

 

『え? あっ!!』

 

 

 

 しかし、忘れてやしないだろうか。

 この試合は四つ巴なのだという事を。

 

 

 

【警戒!!】

「「!」」

「……チッ、来やがったか」

 

「あーらら、犬飼先輩の片腕だけか……」

「できれば仕留めておきたかったけど、まあいいさ。東さんがいるんだから」

 

 

 

 そう。

 東の変態的スナイプの影に隠れて忘れられかけていた、東隊のダブル攻撃手である。

 

 

「すいません、二宮さん。利き腕もってかれました」

「見れば分かる。東さんの狙撃に注意しろよ」

「辻、了解」

「犬飼、了解」

 

「ここで二宮さんを落とせればだいぶ勝ちに近付くよな。他の二人は東さんが落としてくれる」

「ああ。気張りどころだぞ、小荒井」

 

「なんや、三つ巴かい。これならまだ俺もいけそうやな。どうせ逃げても追いつかれるだけやし、覚悟決めたわ」

 

 

 

 三人対二人対一人。

 

 

 

 ……いや。

 

 

『ここで行方を晦ましていた東隊の攻撃手二人が二宮隊を奇襲! 犬飼隊員が利き腕を落とされ、少し厳しい展開となったか! 意外なことに、もう後がない生駒隊長も逃げずに戦うようです』

 

『二宮隊長がいる以上、二宮隊が圧倒的に有利……と言いたいところですが、東隊の背後には当然あの東さんがついています。あの変態スナイパーであれば、戦局をひっくり返すのは容易でしょう。太刀川さん、ヘッドセットそこに置いてあるよ』

 

『お、あったあった。なんで俺ヘッドセット外されてたんだ? ま、いいか。いやー、せっかく熱くて面白い戦いだったってのに、二宮の野郎邪魔しやがって。ま、言うまでもなく生駒がダントツで不利だが、それ以上にアンデルセン隊が消えてるのが不気味だな。またとんでもない事をしでかす気がするぞ』

 

 

 三人対三人対一人、である。

 迅の言う通り、小荒井と奥寺のバックには東がついているのだから。

 

 尚、はしゃいでいた太刀川はようやく復帰した。

 綾辻が若干白い目を向けているが、気にしない。

 

 

 

 そして──。

 

 

 激闘は、一発の弾丸により始まる。

 

 

 

 

「……は? うそ、だろ」

 

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 

 

『『『は??』』』

 

 

 

 

 観客席、実況席、共に目が点になった。

 

 

 

 

「くそ、射線に入ってたか」

「二宮さん。今のはどこから……?」

「……分からん。とにかくシールドをいつでも張れるようにしておけ」

「……了解」

【東さんって本当に何者……】

 

 

「おいおい、すげえなうちの隊長は」

「今更言うことか? なんにせよ、これでだいぶやりやすくなったぞ」

 

「またアレかい。でも、なんとなく分かったわ。俺は当たらんで」

 

 

 

 再びの狙撃。

 撃ち抜かれたのは、利き腕を落とされた犬飼である。

 

 

 

『東隊長、またもワンショットキル!! 最初のスナイパー、未だ衰えず、ということでしょうか!?』

 

『いや、すごすぎるでしょ。たぶん同じ手を使ったんだろうけど、東さんの事だから場所を変えてるはず。それでもサラッとやってのけちゃうんだもんな』

 

『なんにせよ、これで状況が動くぞ。いくら二宮でも、のんびりしてりゃ東さんに撃ち抜かれる』

 

 

 

 そう断言した太刀川の言葉通り、辻が前に出て弧月を振るい、二宮がそれを援護する形で戦いが始まった。

 しかし、東の狙撃に意識を割かざるを得ない二宮隊のキレは悪く、逆に小荒井と奥寺は地の利も相まってのびのびと戦う。

 

 ただでさえ雪でいつもより踏み込めないという状況なのだ、多少の戦力差であれば十分に逆転しうる。

 

 

 そして。

 

 

「旋空弧月」

 

「チィッ!!」

「くっ……」

 

「よっ、と!」

「危ない危ない、イコさんの射程距離だった」

 

 

 地味に、生駒の斬撃が鬱陶しい。

 雪に足を取られて避けにくいのだ。

 

 

 

『意外にも二宮隊が苦戦する形! これはいったいどういう事でしょうか、迅さん』

 

『そうですね。やはり先程の狙撃が大きかったのでしょう。恐らく、二宮隊はまだ東隊長の場所を掴めていないはずですし。だからこそ小荒井隊員と奥寺隊員にも押されている。加えて、ただ一人生き残った生駒隊長が振るう生駒旋空もいやがらせとして非常に効果を発揮している。これは、東隊の勝利も十分有り得ますよ』

 

『俺にも聞いてくれん? やっぱり狙撃に意識を割かれてるのが大きいな。東隊の二人は個人ポイントこそ低いが、連携して戦えば格上も食える。犬飼が落とされたのが効いてるよ』

 

 

 個人としては歯が立たなくとも、チームとして戦えば勝つこともある。

 それがランク戦の面白いところである。

 

 

 

 しかし、またも戦況が変わる。

 東隊の一人勝ちを許すわけもない、あの部隊が現れる事によって。

 

 

 

「バイパー」

 

 

【【【警戒ッ!!】】】

 

 

 

 

 馬鹿みたいに大きいトリオンキューブから放たれる、バイパーによるフルアタック。

 

 

 そう。

 

 

 

「来たか、ソフィアさん……!」

「こんにちは、ニノくん。残念だけどさよならよ」

 

 

 

 

 アンデルセン隊である。

 

 

 

『ここで姿を晦ましていたアンデルセン隊長が再び降臨!! しかし、蟻元隊員の姿が見当たりませんが……?』

 

『別行動してるのか、隠れてるのか。これまた相手を揺さぶるいやらしい手だな。二宮隊と生駒はそっちにも意識を割かないといけない。東さんを警戒しなくて済む小荒井と奥寺はまだ楽だろうが……さすがに相手が悪い。ソフィアさんには生駒の旋空も通用しないし、グラスホッパーがあるから雪の影響もほとんどない』

 

『ほんと、意外なほど二宮隊が追い詰められてますね。姿を現さない八十神隊員の事も気になりますし』

 

 

 

 実況席も観客席も、まだ二宮隊はこれからだと思っている。

 何せ、まだ一ポイントも取れていないのだ。

 射手の王が率いるあの強豪部隊が、このままで終わるわけがない。

 

 

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 しかし、既にソフィアは勝利宣言をしている。

 

 

 

 

 既に、終わっているのだ。

 

 

 

「これは……!? くそ、最後の一人か……!」

 

 エスクードがニョキニョキと生え、二宮と辻の周囲を囲む。

 二宮であればこの程度の壁は容易に破壊できるが、彼が射手である以上ほんの少しだが確かな時間を浪費する。

 

 

 その隙が、命取りだ。

 

 

 

 

 

 

「旋空弧月」

 

 

 

 

 

 

「……!!」

「こんな、まさか……」

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 

 

 エスクードをセットしてある隊員。

 それは、この試合において一人しかいない。

 

 

「いぇーい!! やりましたよぉ~!!」

 

 

 ずっと姿を隠していた少女、八十神万理華である。

 

 

 

 

「おいおい、まじか」

「取られちまった……すんません東さん……」

 

 

「よし。さっきの続きをやろうや」

 

 

 

 

『こ、こ、これは……!! 驚き、まさに驚きの展開!! 辻隊員と二宮隊長がアンデルセン隊長によって同時に落とされ、かつてはA級部隊であった経験があり、あの二宮隊長が率いる強豪部隊、二宮隊がまさかの無得点で真っ先に脱落しました!!』

 

『うわー、これ、二宮相当へこんでそう。つーか最後の旋空弧月やばかったな。エスクードで閉じ込められた上にあんなの食らったら避けれるわけがない』

 

『忍田本部長を彷彿とさせる旋空弧月の乱れ打ち……あの鋭さは本部長を超えていますね。さすがに生駒旋空ではなかったようですが』

 

 

 

 二宮隊の脱落。

 それも、無得点のまま真っ先に全滅という、最悪の形で、だ。

 これには観客席も騒然としていた。

 

 

 

 

 そして。

 不思議な空気の中、小荒井と奥寺が動く。

 無論、点を取り返すためだ。

 

 

 

「バイパー」

「アステロイドぉ!」

 

 

 

「ぬおおおっ!! きっつ! これきっつい!!」

「喋ってる暇があったら避けろ!!」

 

「ちょっ、俺までさらっと狙うのやめへん!?」

 

 

 

 が、しかし。

 ソフィアのバカデカく、高威力なバイパーに追い回され、二宮ばりにデカイ万理華のアステロイドに追い詰められる。

 

 

 地味にいやらしく生き残ってきた生駒も狙われており、逃げきれずに被弾。左腕を失った。

 

 

 

「あっ」

「えっ?」

 

 

 

 ここで小荒井、奥寺、共に痛恨の転倒。

 尚、雪のせいではない。

 

 これまた万理華が姿を晦ましている間にたんまりと仕掛けていた、スパイダーに引っかかったのである。

 ソフィアと万理華がわざわざバイパーとアステロイドで彼らを追い詰めたのは、ハナからこのエリアに誘い込むためだった。

 

 

 もちろん、この好機を……。

 

 

 

「「旋空弧月」」

「あっ」

 

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

「…………とられた」

「やったった」

 

 

 逃す、ソフィアだった。

 

 

 

「………………あっ」

「えっ? あっ。やってもうた」

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

「へ」

 

 

 

『こ、これは!? 一瞬の間に一気に三人が落ちた!! 誰が誰のポイントだ!?』

 

『たぶん、小荒井と奥寺は生駒のポイントだな。生駒とソフィアさん、両方の生駒旋空に斬られた二人だけど、生駒の方が近かったし』

 

『で、生駒っちはマヌケにもうっかり八十神隊員の仕掛けたメテオラトラップを踏んづけて爆死、という流れでしたね。彼らしい結末でした』

 

 

 

 生駒は最後まで生駒であった。

 迅の解説を聞き、せっかくちょっと格好良かったのに、と脱力する綾辻。

 しかし、すぐに気を取り直す。

 

 

 何故なら──。

 

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

『な……あ、蟻元隊員が緊急脱出!? いったいどこで!?』

 

『なっはっは。なるほど、厄介な最後の生き残り、東さんを一人で狩ろうとしてたのか。で、返り討ちにあったと。ちょっと焦りすぎたな』

 

 

 

 

 結局最後まで全員無事に切り抜けるかと思われたアンデルセン隊の一人、蟻元アリスが緊急脱出したからだ。

 

 

 犯人は当然、最後に残された敵。

 東春秋しかいない。

 

 

 

 そして──。

 

『あっ!? ここで東隊長が自発的に緊急脱出!』

 

『まぁそうでしょうね。さすがに前衛がいない独りぼっちの状態でソフィアさんに立ち向かうのは、いくら東さんと言えど無謀と言う他ない。妥当な判断でしょう』

 

『何にせよ、面白い試合だったなー!! 後で記録見直そっと。永久保存版だぞこりゃあ』

 

 

 

 終始各隊を脅かし続けた“最初のスナイパー”、東が自発的に緊急脱出し、試合終了となった。

 

 

 

 

『えーと、アンデルセン隊の生存点も含めまして──』

 

 

 

 

 7対3対2対0で、アンデルセン隊の勝利となった。

 

 

 ちなみに内訳は──

 

 アンデルセン隊、7点。

 東隊、3点。

 生駒隊、2点。

 二宮隊、0点。

 

 

 ──という事になる。

 これにより、遂にアンデルセン隊が単独1位へと躍り出た。

 逆に、終わってみれば散々な結果となった二宮隊は影浦隊にも抜かれて3位へと降下。

 

 生駒隊は二宮隊の煽りを受け4位へ降下。

 東隊は奮闘したにも関わらず玉狛第二と鈴鳴第一に抜かれ9位に下がり中位落ち、という推移となった。

 

 ちなみに8位は昼の部で影浦隊に食われた弓場隊である。

 

 

 四日目終了時点での順位の推移、及び得点は以下の通りだ。

 

 

 ↑ 1位 アンデルセン隊 28点

 → 2位 影浦隊 27点

 ↓ 3位 二宮隊 25点

 ↓ 4位 生駒隊 24点

 ↓ 5位 王子隊 22点

 ↑ 6位 玉狛第二 22点

 ↑ 7位 鈴鳴第一 21点

 

 ↓ 8位 弓場隊 20点

 ↓ 9位 東隊 20点

 

 

 こう言ってはなんだが、これ以下の順位にある部隊は上位争いに加わる事は戦力的にも難しいので割愛する。

 

 

 

 次節、B級ランク戦五日目、上位の組み合わせは──。

 

 

 

 暫定1位、アンデルセン隊。

 暫定2位、影浦隊。

 暫定7位、鈴鳴第一。

 

 

 この三つ巴と。

 

 

 暫定3位、二宮隊。

 暫定4位、生駒隊。

 暫定5位、王子隊。

 暫定6位、玉狛第二。

 

 この四つ巴となる。

 

 

 二宮隊と連続で当たる事になった生駒隊は泣いていい。

 特に、二宮は首位に返り咲くべく闘志を燃やしているはずである。

 

 

 

「うげっ、またソフィ姉と当たんのかよ」

「よかったな。あの状態のアリスとやれるかもしれないぞ。俺もいるけど」

「……まあ、たしかにそう考えりゃ悪くもねえか。ハハッ、楽しみになってきたぜ!」

 

 

 

 五日目の組み合わせを見た影浦と鋼は、そんな会話をしたとかなんとか。

 

 




二宮隊ファンの皆さんにごめんなさいする話。
東さんは二宮を使ってソフィアを落とすつもりでしたが、それを察知したソフィアが二宮隊を先に落とした感じです。
尚、アリスと万理華を加入させていなければアンデルセン隊は東隊にポイント負けしてました。
ちなみに、ひっそりと落とされたアリスですが、東さんが前話で仕掛けていた小細工によって発生した小規模な雪崩に巻き込まれ、顔をなんとか出したところを撃ち抜かれて緊急脱出しました。ひでぇや。


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第24話 彼らの様子

短め。
ストックが残り少ない上にアイスボーンの発売日が近付いてきてる……


 

 

 ソフィアから授けられた修の武器を活かす新戦術を引っさげ、アンデルセン隊&影浦隊と相対したラウンド3での敗戦で取り損ねたポイントを取り返すべく、ラウンド4に望んだ玉狛第二。

 しかし、同じくアンデルセン隊に敗北し、取り損ねたポイントを取り返すために新戦術を引っさげてきた鈴鳴第一と激闘を繰り広げ、倒しこそしたものの生存点を含めても獲得ポイントが同じ、という事でドローになってしまった。

 

 上位に再び返り咲く事ができたので、そこはよかったのだが……やはり勝っておきたかったというのが正直なところである。

 

「うーん。6位に上がったのはいいけど、むらかみ先輩たちも上位についてきちゃったんだよな? まだ四試合あるし、また当たるかもしれん」

「そう、だな。僕達も鈴鳴も新戦術を初披露した試合だったから、次に当たった時には他の部隊も対策を練ってくるだろうけど……」

「鋼さんが守って他の二人が攻撃するっていうシンプルな戦術だけに、対策が難しいんだよねー。アンデルセン隊も新メンバーを加えてきたみたいだし。みんな、記録はもう見た?」

「はい。なんというか、すごい試合でした……」

 

 

 二部隊の新戦術によってボコボコにされた香取隊と那須隊はご愁傷さまとしか言いようがない、点の取り合いとなった試合だったが、相手を落とした数は鈴鳴第一の方が多い。

 やはり新メンバーの加入が必要だ、と感じる修だったが、唯一に近い第一候補だった迅には既に断られてしまった。なんでも、今は修たちに協力する余裕が無いらしい。

 

「今シーズン加わった新部隊であるにも関わらず、もう単独1位になってる。アンデルセン隊から順位を奪うのは厳しいな」

「まあそっすね。修たちには悪いが、アレはお前たちが敵う相手じゃない。幸い遠征選抜の条件は2位以内に入る事だから、なんとか2位に滑り込む事を目標とするしかないと思うぞ」

「アリスちゃんは落とされてたけど、動きがすごかったもんな。個人ランク戦でやるときより全然つよく見えたけど、あれどういう仕組み?」

 

 

 ある意味同期部隊とも言えるアンデルセン隊が既に1位となっているため、話題がそちらに向く。

 中でも遊真は、友人でもあるアリスが、記録で見た限り妙にいい動きをしていた事が気になっていた。

 

 それに答えるのは、文句を言いつつしっかり記録を確認していた、遊真の師匠でもある小南だ。

 

 

「きっと風間隊と同じ手口よ。アンデルセン隊の誰か……たぶんソフィアさんだと思うけど、相手の動きを見切れるタイプのサイドエフェクトを部隊で共有していたんだと思うわ」

「サイドエフェクトを共有!?」

「ふむ、なるほど。そういうことだったのか。となると、チーム戦で当たったら、個人ランク戦のときとは段違いのつよさになると思った方がよさそうですな」

「そういう事もできるんですね」

「できる限り当たらない事を祈りたいな。アンデルセン隊との点の取り合いは分が悪すぎる。正直言って僕達じゃ勝算が無い」

 

 

 

 ふぅ……と、皆でため息。

 彼ら玉狛支部の面々に共通して思う事は、「なんであんな部隊がB級なんだろう……」という嘆きであろう。

 

 

「まあそれはさておき、次の試合も楽観視できるわけじゃない。二宮隊も生駒隊もかなりの強さだし、王子隊も同様だ。全て上位の常連部隊だからな」

「二宮隊があの試合で得点無しで終わったのが意外でしたね。ずっとB級1位を守り続けてきたあの部隊が」

「はい。もちろん記録を見て対策を立てようと思ってます。何としても勝って影浦隊との差を縮めないといけないですし」

「かげうら隊はアンデルセン隊と当たるから、差を縮めるチャンスだしな。すずなりもいるとはいえ、アンデルセン隊に勝てるとはおもえん」

「なんかアンデルセン隊ってゲームの即死ギミックみたいね。当たった部隊は大抵他の部隊に抜かれてるし」

「言い得て妙だな、こなみ先輩」

「よくそんな言葉知ってるわねあんた」

「えっへん」

 

 

 気持ちを切り替え、次の試合へと目を向ける。

 何せ、修たちの目標は2位以内に入って遠征選抜部隊への参加条件を満たす事なのだ。

 

 まあ、アンデルセン隊とは当たらない事を祈るという微妙にネガティブなところもあったりするが。

 相手が相手なので仕方がない。

 

 

 

 そして、二宮隊は──。

 

 

 

 

「このチビは人が撃てない。極論放置で構わねえ……と言いたいが、チクチク手を出してくるのが鬱陶しい。仕留めるチャンスがあれば仕留めて点を奪え」

「了解です。また四つ巴なんで、アンデルセン隊ばりの大量得点チャンスですねー」

「ああ。だが、面倒なことにまた生駒隊がいやがる。奴の旋空弧月に足を掬われるなよ」

「はい。もう無得点で脱落は御免ですからね」

「了解、オペレートの優先対象にします」

「こっちのメガネはザコだが小細工が面倒だ。真っ先に落とすべきだろうな。かと言ってコイツに固執して時間を浪費してちゃ世話がねえ。臨機応変に対応しろ」

「となると、玉狛第二を最初に潰します? もちろん転送地点次第ですけど」

「ああ、そうだな。ハマれば厄介だが、若い部隊なだけに脆さが目立つ。つまりただの餌だ」

「アンデルセン隊も若い部隊ですけどねー」

「犬飼先輩……」

「あそこにはソフィアさんがいる。だから例外だ」

 

 

 やはり無得点で真っ先に脱落するという醜態を晒したのが堪えたらしく、いつになく大真面目に次の試合の対策を全員で練っていた。

 特に、二宮の表情はかつて無いほど真剣である。

 

 それもそのはず、先日の試合が終わった直後、わざわざ作戦室にやってきた加古にエラくからかわれ、屈辱のあまりチワワのようにプルプル震えるという一幕があったのだ。

 その上、ファンクラブ関係で親交が深い影浦や鋼まで現れ、「どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?」とめちゃくちゃうざい絡まれ方をした。鋼はそれを止めようとしていたが、半笑いだったのを二宮は忘れない。

 

 

 更にソフィアまで来ていたらいよいよもって二宮は再起不能に陥っていたかもしれないが、そこは彼女が気を遣って放っておいてくれたので助かった。

 

 

 やはりソフィアは女神なのだ、と信仰を深めた瞬間である。

 

 

 

 

 ── 生駒隊作戦室 ──

 

 

「なんでやねん」

「いやなにがやねん」

「なんでまた二宮隊相手やねん! しかも絶対ニノさん殺す気で来るやん! そんなんもう慢心を捨てた慢心王やで!? あかんに決まっとるやろ!」

「イコさんの気持ちは分かりますけど、ぎゃーぎゃー言うても何も変わりませんて。対策の一つでも立てた方が有意義っすわ」

「俺がニノさんを倒しますよ!」

「「「寝言は寝て言えや」」」

「ひどい!?」

「……なんかあんたらが真面目に作戦会議してると気持ち悪いわ……いや、真面目か? ほんまに真面目かこれ?」

 

 

 

 彼らはいつも通りだった。

 間違いなく真面目ではない。

 

 生駒は真面目なつもりなのかもしれないが。

 

 

「はぁ……ソフィアさんに会いたいわ……」

「現実逃避すんなや」

「もしかして、恋」

「なんで会いたいんすか?」

「旋空弧月で斬り合いたい。試合ん時のやつ、めちゃくちゃ楽しかってん」

「「サイコか」」

「あかん、やっぱり真面目ちゃうわ」

 

 

 

 マリオちゃんの言う通りである。

 結局、その後もいつも通りぐたぐだとクソどうでもいい世間話に落ち着く、生駒隊であった。

 ナスカレー。

 

 

 

 

 ── 王子隊作戦室 ──

 

 

 

「うーん……」

「どうした王子? 難しい顔をしているが」

「いや、次の試合はどう動こうかと思ってね。玉狛の新戦術は厄介だし、加えてマップの選択権まで持ってる。下手を打てば最初からペースを持っていかれかねない」

「なるほどな。二宮隊までいるのが辛いところだ」

「そうなんだよね。次の試合で一番強い駒は間違いなくニノさんだから、ぼくらはプリンセスのように強気でいく事ができない。更に玉狛は放っておくと厄介だ。となると二宮隊はまず玉狛を狙うだろうけど、ぼくらも玉狛を狙いたい……困っちゃうよ」

 

 

 真面目な顔で語る王子隊隊長、王子一彰。

 彼の相棒である射手、蔵内和紀は、王子がさらっと放った一言に固まった。

 

 

「待て王子」

「ん、なんだい?」

「プリンセスって誰だ」

「決まってるじゃないか。アンデルセン隊の隊長、ソフィアさんだよ。あの美しさと強さはまさにぼくのプリンセスさ」

「…………」

「ああでも、噂じゃあのニノさんもプリンセスのファンクラブとやらに入っているらしいね。となると、ますます負けられないな」

 

 

 蔵内は王子に宇宙を見た。

 何言ってんだこいつ……と頭を抱えても仕方がないだろう。

 こういうちょっと変なところさえ無ければ、普通に良い奴なんだけどなぁ……というのが正直なところだ。

 

 

 

 そしてそのプリンセスことソフィアは──。

 

 

 ボーダー本部基地にて。

 

 

 

「ごめんなさい、お待たせしたかしら」

「東春秋、参上しました」

 

「いや、仕方ないさ。車椅子に乗ったままで構わないから、テーブルについてくれ。東もご苦労だったな」

 

 

 

 城戸司令に忍田本部長、一部A級部隊の隊長たち、そして迅。

 錚々たるメンバーが揃う広大な会議室に、車椅子を東に押されてやってきていた。

 

 三輪あたりは、ソフィアを「なんでいるんだこの人」と訝しんでいるが。

 

 

 

「それでは、緊急防衛対策会議を始めよう」

 

 

 

 迅が予知し、ソフィアがサラッと予言した近界民……「ガロプラ」の侵攻。

 今回行われるのはその対策会議だ。

 

 無論、捕虜であるアフトクラトルの元黒トリガー使い、エネドラからも証言をとっている。

 

 




地味に王子初登場。
あだ名をどうするか悩むよね、この人……。


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第25話 緊急防衛対策会議

三輪は近界民相手じゃなければたぶんこんな感じ。


 

 実力派エリート、迅の予知。

 未来から来た“最後のボーダー”、ソフィアの予言。

 

 そして、先の大規模侵攻での捕虜、エネドラからの聴取。

 

 

 それらから裏付けを取った結果、近いうちに再び近界民が侵入してくる可能性が濃厚となり、開かれる事となったのが、この緊急防衛対策会議だ。

 

 

 しかし、それを始める前に疑問の声が上がる。

 

「すいません、忍田本部長。本題に入る前に、質問があります」

「どうした、三輪?」

「東さんは例外として、何故この場にB級部隊の隊長が居るのでしょうか」

 

 

 それは、事情を知らない三輪にとってはどうしても聞いておかなければならない事だった。

 かつてA級1位部隊を率い、今は後進の育成に当たるためB級部隊の一隊長となってはいるが、実質的にボーダーの幹部候補である東は例外として、噂になってはいても、ただのB級部隊……それも、今期に加わったばかりの新部隊を率いる新人隊長でしかないソフィアが、何故この場にいるのか、という事だ。

 

 

「わたしの事かしら?」

「……そうです」

 

 図々しくも近界民を使っている玉狛のメガネならばともかく、三輪は別にソフィアの事を嫌っているわけではないし、むしろ尊敬に値すると思ってはいる。

 しかしそれとこれは話が別なのだ。

 

 

「まあ俺も気になるな。なぁ、太刀川?」

「そうだな、冬島さん。ソフィアさんは確かにめちゃくちゃ強いけど、だからと言ってこういう会議に出席する理由にはならないだろ」

「俺たちがごちゃごちゃ言っていても仕方がない。忍田本部長、説明をお願いします」

 

 

 そしてその疑問は当然、太刀川や冬島、嵐山や風間といった他の隊長たちも持っている。

 故に、忍田は軽く頷き、口を開いた。

 

「軽々しく口外しないで欲しいが、彼女……ソフィアは四年後に起きる大規模侵攻によって、ボーダーと三門市がアフトクラトルの軍勢に壊滅させられた未来から来た。当然、これから先何が起こるかも知っているし、その中には今回の議題の主役である近界民の国、“ガロプラ”の情報も含まれる。故にこうして出席してもらった」

「「……は?」」

 

 

 しかし、忍田の口から飛び出したとんでもない言葉に彼らは揃って呆けた。

 平然としているのは、既に事情を聞いていた東と迅、そして城戸司令や本部長補佐の沢村ぐらいである。

 

 ちなみに東は先程ソフィアの車椅子を押している最中にサラッと告げられた。

 

 

 

 しばし呆けた後、彼らなりに情報を咀嚼する。

 そして──。

 

 

「冗談……では、無さそうですね」

「当然だ。信じられないのも無理はないがな」

「……では、彼女が未来から来たという証拠は?」

「…………」

「忍田さん」

 

 

 当然、そんな現実離れした話を聞かされて、はいそうですか、と素直に頷くA級隊長たちではない。特に風間。

 太刀川あたりは「へぇ、そうなのかー」と師である忍田の言葉を鵜呑みにしているが。

 

 そんな夢物語をはっきりと言い切るからには、証拠があるのだろうな、と風間が忍田を問い詰める。

 しかし、何故か忍田は顔を渋くするばかりで、何も答えない。

 

 

 忍田だけではなく、迅や沢村、そして東も同様に沈んだ表情を浮かべて口を噤んでいる。

 

 

 そんな彼らを見かねたのか、城戸司令が口を開く。

 

 

「彼女の肉体は近界民のものだと思われる未知の技術によって改造されている。常人では歩く事もままならないどころか、とっくに死んでいる程のものをな。しかし、近界民に攫われた人間がこちらに戻ってきたという事実は一切確認されていない。加えて、彼女に使われている技術は信じられない程に高度なものだ。それでは不足かね? 彼女が車椅子に乗っているのも、そういった事情を考慮してこちらで用意したからだ」

「「な……」」

「城戸さんッ!! あなたは……!!」

「落ち着いて、忍田さん。別にわたしは平気よ。だって事実だもの。いずれ分かる事だしね」

「ソフィア……しかし……いや、取り乱してすまない……」

 

 

 当然、ボーダーのトップである城戸司令はソフィアの身体の事も把握している。

 しかし、あまりにも残酷な事を平然とした表情で暴露する彼に、忍田が怒りを露わにした。

 が、他でもないソフィア本人に宥められた事により、それを鎮める。

 

 

「……分かりました。アンデルセン隊長、申し訳ありません。知らなかったとはいえ、俺はなんて事を……」

「気にしなくていいわ、秀次くん。風間くんたちも、いいわね。納得頂けたなら、本題に入りましょう?」

「「……ああ」」

 

 

 ニッコリと笑顔を浮かべて語るソフィアを、痛ましげに見つめる忍田だったが、気持ちを切り替えてリクエスト通り本題に入る事にした。

 

 

 そして──。

 

 

「……先日の大規模侵攻で捕らえた元黒トリガー使い、エネドラから聴取を続けた結果、アフトクラトルの従属国の軌道が二つ、こちら側に接近しているという事がわかった。迅のサイドエフェクトも同様に侵攻を予知しており、ソフィアからもこの時期に近界民の侵攻を受ける、という知らせを受けている」

「さすがに三つも情報が重なれば間違ってるなんて事は無いでしょ。この実力派エリートが言うんだから間違いない」

「従属国というだけあって、アフトクラトル程大っぴらには攻めて来ないけど、その目標が厄介よ。もちろん、わたしの記憶とは異なる可能性もあるけれど。そこは迅の予知に任せるわ」

 

 

 忍田、迅、そしてソフィアの言葉を聞き、飲み込む。

 たしかに、三つも証言が重なれば確信に至るには十分と言えるだろう。

 

 

「接近している二つの従属国。それぞれ、ガロプラ、ロドクルーンという名前のようだ」

「直接攻めてくるのはガロプラだけど、ロドクルーンもアフトクラトル……というかハイレインの指令を受けてガロプラにトリオン兵を貸しているから、実質二国同時に来ると思っていいわ」

「ハイレイン……先の大規模侵攻の首魁ですか?」

「そうよ。わたしの身体を改造した男でもあるわ」

「「……!」」

 

 

 ソフィアの言葉を聞き、忍田の目に炎が灯る。

 

 

 

 ──四年後。必ず私の手で叩き斬る。

 

 

「アンデルセン。参考程度に聞くが、そのガロプラとやらはどれだけの戦力で来る?」

「んー……トリオン兵が400ぐらいに、人型近界民が……えっと、5、6人? 一小隊だったはずよ。ごめんなさいね、わたしにとっては四年前の事だから、細かいところはちょっと」

「構わない。参考程度と言っただろう。トリオン兵が400となると、少々骨が折れるな。こっちも数が必要になる」

「俺らが知らないようなトリオン兵も来るのか?」

「そうね。犬型と人型。共に連携を武器に数で押してくるタイプが主戦力になっているはずよ」

「ほぉー。生意気にもトリオン兵が連携か」

「敵を侮るのは厳禁だが、連携ならこっちに分がある。たしかに、先の大規模侵攻ほど大っぴらな事にはならなそうだな」

 

 

 牙を研ぐ忍田はさておき、風間がソフィアに質問した事を皮切りに、隊長たちが次々に質問し、ソフィアも逐一それに答えていく。

 

 

「ところで、敵の目的はまたトリオン能力者を攫う事ですか?」

「ソフィアの言によれば、敵は我々の遠征艇を狙ってくるそうだ。が、それが外れる事も考慮する必要はあるな」

「遠征艇……! なるほど、そう来るのか……。迅、あんたはどうなんだ」

「おや、まさか三輪が俺に意見を求めるとは……って悪い悪い、睨むなよ。せっかくの機会なのに申し訳ないが、市民の皆さんにもボーダーの人にも攫われる未来は見えなかったって事ぐらいしか分かってないよ」

「ちっ、役立たずめ」

 

 

 そんなこんなで、ひとまずソフィアの言葉をメインに対策を組み立てていく。

 予言が外れた時に備えて、予備のプランも当然用意しておく事も忘れない。

 

 

「……今回の件にあたって、城戸司令から一つ指示がある」

 

 

 

 忍田に話を振られた城戸司令が放った言葉。

 それは、今回の迎撃作戦は可能な限り対外秘にする、というもの。

 故に、作戦はB級以上の必要最低限な人員にのみ伝えられる事となる。

 

 先日大規模侵攻があったばかりなだけに、再び近界民の侵攻がある、などと市民に知られれば色々と不利益が生じ、遠征計画にも支障が出かねないからだ。

 

 もっとも、敵が目標を達成してしまえば一年は遠征計画が頓挫するので、意地でも防がねばならないが。

 

 

 

 そして、ソフィアの予言を参考に、迅の未来予知をフル活用する事が決まり、会議は閉幕となった。

 

 

 

 ガロプラが侵攻して来るまで、残り数日。

 

 

 

 

 会議終了後……。

 

 

 

「アンデルセン隊長」

「あら、秀次くん。どうしたの? それと、ソフィアでいいわよ」

 

 

 一生懸命車椅子を動かすソフィアの前に、先の会議に参加した三輪が現れた。

 どうした、と聞くソフィアではあるが、三輪が暗い表情を浮かべている事から、言いたい事は予想がついている。

 

 

「……ソフィアさん、申し訳ありませんでした。会議での失言、重ね重ね謝罪します」

「あら、なんのことかしら?」

「その……どうしてあなたが会議に出席しているのか、と。本部長や司令が何も言わなかったのだから、きちんとした理由がある事は容易に察する事ができたはずなのに、俺は……」

「なんだ、そんなこと? 言ったでしょう? いずれ分かる事だし、大したことでもないわ。気にしなくていいわよ」

「……しかしっ!!」

「しかしもかかしも無いの。大体、抱いて当然の疑問だもの。同じ立場だったらわたしだって聞いてたわ」

「…………」

 

 

 三輪は、知らなかったとはいえソフィアの残酷な事情を暴いてしまった事を悔いていた。

 常人であれば死んでいる程に身体を改造されている、などと、自分であれば必死にひた隠し、バレたら発狂していた自信がある。

 

 

「……強いですね、ソフィアさんは。それに、あなたは俺と違って近界民そのものを恨んでいるようには見えない」

「そう? だってわたしが恨んでいるのはあくまでハイレインと、あいつの切り札でありわたしの宿敵でもあるヴィザという個人だもの。こちら側に多種多様な人間がいるように、近界民だって色んな人がいる。そのうちの一人や二人に恨みがあったって、近界民全部を恨んでも仕方ないじゃない?」

「…………そう、でしょうか」

 

 

 わからない。

 なぜこの人は……。

 

 ただ姉を失っただけの自分と、全てを近界民に奪われたソフィア。

 彼女の恨みは、自分とは比較にならないはずだ。

 

 なのに何故……。

 

 

「ふふっ、あなたにもいつか分かるわ。だって、その証拠に今回はあの迅に意見を求める事ができたでしょう? 考えが凝り固まったままのあなたなら、絶対に有り得なかったはずよ」

「それは……そうなんですが……はぁ。ソフィアさんは大人ですね……」

「秀次くん。近界民全てを殺し尽くす事なんて、絶対にできないわ。やろうとしたら全面戦争になるし。そんな事になれば、この三門市はどうなると思う?」

「……!」

「守るべきものを忘れないで。それじゃあね」

「はい……お疲れ様です……」

 

 

 

 近界民を根絶やしにしようとすれば、近界民との全面戦争になる。

 それを聞いた三輪は、頭を全力でガツンと殴られた思いだった。

 

 

 

 近界側は一国であるのに対し、ボーダーはあくまで一つの市に拠点を置く一組織でしかない。

 全面戦争になれば、勝機などあるはずもないのだ。

 

 

 

「……ファンクラブ、入るか。影浦さんがいるのが微妙に気になるが……」

 

 

 

 

 ソフィアちゃん親衛隊への加入を決めた三輪を、実力派エリートが陰からこっそり見ていた。

 そして──。

 

 

「おーい、ソフィアさーん。車椅子、押してくよ?」

「あら、迅。ありがとう、お願いするわね」

 

 

 

「あっ、ま、待て迅!! それは俺がやる!」

 

 

 直接会ったのに、ソフィアの車椅子を押すという考えに至らなかった自分を罵りつつ、ソフィアを追いかけ、迅から車椅子の押手を奪い取る三輪。

 

 軽い口論……というより一方的に迅に突っかかる三輪をちらりと見ながら、ソフィアが微笑む。

 

 

 

 確実に、ソフィアのファンクラブがその領域を広げていた。

 

 



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第26話 ソフィアのパーフェクト弧月教室

弧月キック! 相手はしぬ(違)


 

 

 対ガロプラ緊急防衛対策会議が終わり、迅と三輪に作戦室まで送ってもらったソフィア。

 多忙な実力派エリートはそそくさと退散していったが、三輪は何故か帰ろうとしない。

 

「どうしたの?」

「いえ。少し作戦室にお邪魔させていただいてもよろしいですか?」

「もちろん構わないし、勝手に出入りしてもいいけど……何か用事?」

「はい」

「ふむ?」

 

 どうやら、用事があるらしい。

 この場で明かすつもりはないようだが。

 

 とりあえず、作戦室の中に入ることにした。

 

 

 すかさず三輪がドアを開け、サッと素早い動きで車椅子の押手の位置に戻る。

 その様が少し滑稽で、ソフィアはくすりと笑った。

 

 

「あっ、ソフィアさんお帰りなさい。あれ? 三輪隊の……」

「おかえりなさぁい。三輪先輩も一緒なんですねぇ」

「誰かを連れて帰ってくるなんて珍しいですね~?」

「ええ、ただいま」

「お邪魔します。それと、少しお時間いいですか、ソフィアさん」

「わたし? なら途中で言えばよかったじゃない」

「いえ、それはちょっと失礼かなと思いまして」

「ふーん……?」

 

 

 わざわざ作戦室にまでついて来るぐらいだから、用があるのはチームメイトの誰かなのかと思いきや、自分だと聞き、首を傾げるソフィア。

 とりあえずテーブルに向かい、三輪にも椅子に座るよう促した。

 

 

「それで、用事って?」

「……ソフィアさん。あなたの腕を見込んでお願いしたい事があります」

「ふむ、なるほど。そのお願いしたい事が何かによるわね。こう見えて忙しいの」

(((暇なくせに)))

 

 真剣な表情で切り出す三輪と、真剣な表情を取り繕って「一度言ってみたかったセリフ」を口に出すソフィア。

 両者の温度差が微妙にひどい。

 尚、実際は暇なので基本的に依頼は請け負うつもりである。

 

 

「同じ弧月使いとして、俺に御教授願えませんか」

「…………いいわよ? なんだ、そんなこと? そのぐらいなら道中にふらっと言ってくれたらよかったのに。気負って損したわ」

「す、すいません。えっと、ありがとうございます」

「どうせ暇だし、早速行きましょう? なんならアリスたちもついてくる?」

「あ、行きます行きます」

「ここの模擬戦で良くないですかぁ?」

「し~っ! ソフィアさんはお出かけしたい気分なんですよ~! 結局基地内だけど」

 

 

 ただでさえ真顔な事が多い三輪が、より一層真剣な表情でいるもんだから何かと思えば、と肩透かしを食らうソフィア。

 トリガーの扱い方程度、いつでも教えてあげるつもりである。

 

 

 彼女はボーダーのトリガー全般を扱えるし、弓場のクイックドロウのような特殊技術も大抵覚えている。

 できないのは、強いて言えば佐鳥のアクロバティックツインスナイプぐらいなのである。アレは紛れもなく変態だ、とソフィアは思っている。

 

 佐鳥からすればあなただけには言われたくない、というところだろうが。

 あと、直近で言えば東の木の裏スナイプもまだ試してないので、できるかどうか不明だ。

 

 

 狙撃手に変態が多いのは何故だろうか。

 荒船あたりが聞けば誠に遺憾である、と返しそうだが。

 

 

「じゃあ俺が車椅子押していきますよ」

「あら、そう? じゃあお願いしようかしら」

「「「ダメです」」」

「え」

「それはわたしたちアンデルセン隊の仕事です。すっこんでてください」

「そうですよぉ。部外者がしゃしゃり出るもんじゃありません」

「これだからシスコンは~」

「やめてあげなさいあなたたち……秀次くんがへこんでるわ」

「シスコン……」

 

 

 車椅子を押そうとしたところ、何故かアリスたちから猛抗議を受け、辛辣すぎる言葉にガチ凹みする三輪なのだった。

 ソフィアガチ勢筆頭であるアンデルセン隊の面々を敵に回してはいけないのだ。

 

 

 とにかく。

 そんなこんなで、個人ランク戦ブースへと移動。

 三輪が隅っこで影を落としているが、誰も気にする者はいない。

 

 

 

「お? ソフィアさん。あと重くなる弾の人にアリスちゃんたち。どこいくの?」

「あら、遊真。こんなところでどうしたの?」

「個人ランク戦をしに」

「……白チビ。俺たちはこれからソフィアさんに弧月の扱いを教えてもらう予定だが、来るか?」

「…………? どしたの重くなる弾の人。なんか変なものでも拾い食いしたのか?」

 

 

 道中で何やらキョロキョロしている遊真と出会い、そんな会話が一つ。

 

 あの三輪がいつものように敵視してくる事なく、まして同行を誘ってきた事に、心底不思議がる遊真。

 危うく「近界民は嫌いなんじゃなかった?」と自身の素性を漏らすところだった程だ。

 

 

「ふん。ソフィアさんのお話を聞いて、少し考え方に変化があっただけだ。今はお前もボーダーの仲間だからな。そう邪険に扱う必要もない」

「へえ……そうなのか。じゃあお言葉に甘えまして。おれはスコーピオン使いだけど、興味がある」

「なんならスコーピオンの扱いも教えてあげましょうか? わたし、大体全部のトリガーを使えるから。あとスコーピオンもセットしてあるしね」

「「!?」」

「ちょ、ソフィアさん! あなたはまたそうやってサラッと秘密を漏らす!!」

「いいじゃないの、別に。秘密にしていたつもりもないし。ただ言う機会がなかっただけよ」

 

 

 全部のトリガーを使えるという言葉と、さらっと付け加えられたスコーピオンをセットしてある、という言葉に激しく反応する三輪と遊真。

 聞いていたアリスたちもびっくりして慌てた。

 

 

 そして、仲良く同時に指を幾つも折って何かを数える三輪と遊真。

 

 

「ちょっと待ってくださいソフィアさん」

「うん?」

「それだと、スコーピオンが単体だとしてもあと一つしか空いてませんよね? ……シールドとバッグワームを入れるスペースが無くないですか?」

「だってセットしてないもの」

「はい!?」

「え、マジか。ソフィアさん、攻撃トリガーしかいれてないの?」

「うん、そうだけど」

 

 ソフィアの返答を聞き、呆然とする三輪と遊真。

 頭を抱えるアンデルセン隊。

 

 

 そうなのだ。

 ソフィアがこれまでに披露したトリガーを数え、更にスコーピオンまで足すとなると、必須とまで言われる防御、隠密トリガー……シールドとバッグワームを入れる枠が足りなくなるのである。

 

「最後の一つもアステロイドで埋まってるわね」

「な、なるほど」

「強気だな、ソフィアさん……」

「なんでバラしちゃうんですかあなたはっ!!」

「ど、どうして怒ってるの? アリス」

「どうしてもこうしても……この人は本当にもおぉ!! ほら、さっさと行きますよっ!!」

「え、ええ……」

 

 

 バッグワームを入れないというのはまだわからなくもない気がしなくもないが、シールドを入れないというのはちょっと意味がわからない。

 それがソフィア本人を除く全員の正直なところである。

 

 

 しかし、ソフィアがシールドを入れていない事にはきちんと理由がある。

 それは、彼女の宿敵であるヴィザの「星の杖」相手ではシールドが無意味だから、だ。

 実際、大規模侵攻にて、あのレイジがシールド越しに斬られて緊急脱出している。

 

 

 まあそんな事は露知らず。

 プンスカと怒るアリスに車椅子を押され、その横を万理華と灯にがっちり固められながら進んでいく。

 

 三輪と遊真は最後尾である。

 

 

 

 そして。

 個人ランク戦ブースに辿り着くと、当然のようにいる影浦と鋼といういつもの二人に加え、加古隊の黒江や緑川と米屋、生駒といったエース格、及びマスタークラスに届かないB級隊員などでワイワイと賑わっていた。

 

 

 そんなところに、あのソフィアがチームメイト+三輪と遊真という異色のコンビを率いて現れれば、あっという間に注目を集めるのは当然の事であった。

 

 

「ソフィ姉じゃねえか」

「本当だ。アリスたちもいるな。それに、空閑と三輪まで。空閑は分かるが、何故三輪が?」

「知るかよ。だが、面白そうなニオイがすんなァ」

 

「あの人は……」

「お、遊真先輩じゃん。十本勝負やりたいなー」

「うちの隊長までいるじゃねえか。いつの間にソフィアさんと仲良くなったんだ、あいつ?」

 

「ソフィアさんやん。これはチャンスやな。早速申し込みにいかなあかん」

「イコさん、ずっとやりたいやりたい言ってましたもんね。でも、どういう組み合わせすかアレ」

「三輪先輩と十本勝負やりに来たとかですかね?」

「なんやそれコアデラ、ずるいわ」

 

 

 有名隊員たちの視線が集中し、万理華がいそいそと遊真の背後に隠れるも、遊真がチビすぎて隠れきれておらず、逆に目立っていたり。

 まあ、本人が隠れたつもりになれてさえいればそれでいいのかもしれないが。

 

 

「目立ってますね」

「いいんじゃないかしら。あ、なんならあの子たちも巻き込んで講習会でも開く?」

「こうしゅうかい?」

「ソフィアさんが先生になってトリガーの扱いに関する授業を……面白そうですね」

「あ、なるほど。そういう」

「わ、私はちょっとぉ……でも、たしかに面白そうだしぃ……うぅ……」

「あ、近付いてきますよ~」

 

 

 そんな会話をするソフィアたちの元に、近付く影が二つ。

 当然、奴らである。

 

 

「どうしたんだソフィ姉。ここに来るなんて珍しいじゃねェか。それも大勢連れてよォ」

「三輪と勝負でもするんですか? 戦いにならない気がしますけど。鉛弾が当たるとも思えないし」

「……影浦さんに、鋼さん。ちょっと話が……」

「あ?」

「なんだ、三輪?」

 

 

 ソフィアを見ればすぐに寄ってくる。

 それが“ソフィアさんとこの三馬鹿”たる影浦と鋼である。

 ちなみに、三馬鹿最後の一人である二宮は次の試合への対策で忙しいので来ていない。

 この場にソフィアが現れた事を後で知れば、死ぬほど悔しがりそうである。

 

 

 そんな二人を三輪が少し離れたところへと連れていく。

 

 

「あァ? てめーもファンクラブに入りたいだァ?」

「ええ、お願いします」

「まあ、構わないよ。ソフィアさんの魅力を知る者は皆兄弟だ」

「ま、それもそうだな。ほら、会員証だ。無くすなよ」

「……会員証なんてあったのか……」

「作ったばかりだからな。知られていないのも無理はない。それと、ファンクラブの存在はソフィアさんには内緒だぞ」

「いや、手遅れなのでは。結構有名ですし」

 

 

 

 バカが増えた。

 つまり、そういうことだ。

 ちなみに会員証は諏訪隊の堤が作ったらしい。

 

 

 

 そして、野暮用を済ませた三人が再びソフィアの元へと戻ってきた。

 それを見て首を傾げるのは、ソフィアだけである。

 他のメンツは皆悟った顔をして頷いている。

 

 まだバレていないらしい。

 自分自身の事には鈍いソフィアなのであった。

 

 

 

 会長の諏訪を除き、ファンクラブの主戦力がだいぶこの場に集まっているが、会員はまだまだいたり。

 

 

 

 そんなこんなで明かされる、「ソフィアのパーフェクト弧月教室」。

 尚、弧月教室といいつつ、遊真と影浦などのスコーピオン使いの事を考慮してスコーピオンも使われる事となった。

 

 

 希望者を募った結果、その場にいた有名隊員であっという間に埋まってしまったので、チーム戦に設定を切り替えた上で適当にチーム分けをし、皆で仮想空間に潜っていく。

 

 

 そして──。

 

 

「おい。おめーは銃手だろうが、アリス」

「攻撃手の間合いで戦うからノーカンだよ」

「ちょっと黙っててくれ、カゲ。ソフィアさんの声が聞こえなかったら困る」

「ちっ」

「弧月はどうもしっくりこなかったんだよな。スコーピオンの方が軽くてつかいやすい」

「空閑くん、静かに」

「もうしわけない」

 

 

 射手や銃手は外からの観戦に回っており、こうして仮想空間に潜っているのはほぼ全員が攻撃手と万能手である。

 銃手なのはアリスだけだった。

 ちなみに万理華は外で観戦組だ。

 

 

「それじゃ、まずは弧月からね。初期からずっとある傑作トリガーなだけに、使用者も多い。この場に参加してくれた子たちも一回は弧月を握ってみた事があるんじゃないかしら?」

 

 

 影浦、鋼、アリス、遊真の四人からなる「チーム(ソフィア)ガチ勢」の面々のうち、弧月を使うのは鋼だけである。しかし、影浦たちも一応使おうとしてみた事はあるらしく、ソフィアの言葉に頷いていた。

 尚、遊真だけは別にソフィアガチ勢ではない。尊敬はしているが、あえて言うなら彼は修ガチ勢なので。

 

 

「使用者が少ないから今回は対象外って事で、レイガストは置いておくとして。スコーピオンと比較して弧月が優れている点は何かしら。秀次くん、どう?」

「はい。古くから存在する刀……特に木刀あたりで我々日本人にとって馴染み深い形をしているので、動きがイメージしやすく、使用者の多さから師を見つけやすい。また、スコーピオンと比べて硬く折れにくいのが特徴です。加えて、オプショントリガーである旋空を使用する事で誰でも間接攻撃をこなす事ができます」

「ありがとう、秀次くん。それでだいたいあってるわ。旧ボーダーが使っていたのもそんな理由から……でしょうね」

 

 ソフィア、三輪、生駒、緑川の四人からなる「チームソフィア」の面々を代表し、話を振られた三輪がハキハキと答えていく。

 それを聞いて、ソフィアも満足気に頷いて微笑んだ。

 

 

 ちなみに、米屋は「教室」という言葉に二の足を踏んだ結果、チームの枠に入りきれず外で観戦組となった。

 

 

 

「生駒くんやわたしのように、旋空を昇華した広範囲斬撃を繰り出す事ができるというのも利点の一つね」

「俺の旋空弧月やんな。ソフィアさんが使ってきたのはほんまびびったで。しかもたぶんその気になったら俺以上の射程距離にもできるやろ」

「あら、バレた?」

「タイミング合わせて旋空を逸らされる、なんてやられりゃそらな。あれ、俺より振るの速くなかったらできひんやろ?」

「ええ、そうね。まあそんな感じで、頑張れば旋空弧月を旋空弧月で弾く事もできるわ」

 

 

 それはあなたにしかできません。

 観戦組も含め、全員の心が一つになった。

 

 

「では、スコーピオンの方が優れている点は何かしら。カゲくん」

「あァ。弧月はスコーピオンより重いし、手で持って振るモンだから、両腕を奪われりゃおしまいだ。だが、スコーピオンは切られた腕の断面をはじめ、身体中いろんなとこから生やせる。射程もスコーピオンとスコーピオンを繋げてマンティスをやりゃあ補えるかんな」

「ええ、そうね。ありがとう。カゲくんが言ってくれたように、スコーピオンは弧月よりも幅の広い攻撃ができる反面、使い手の想像力が重要になるわ。ただ斬り合うだけなら、折れやすいスコーピオンよりも折れにくい弧月の方が強いから」

「うんうん、たしかに。弧月だとちょっときゅうくつだったんだよな」

 

 

 影浦とソフィアのやりとりに遊真が頷き、緑川が真剣に聞きつつ心のメモに書き留める。

 そして、もっといろんな攻撃を試してみよう、と決意するのだった。

 

 

「じゃあ、ちょっとここでわたしが弧月とスコーピオンを組み合わせた小技を見せようかしら」

「「おっ?」」

 

 

 ガタン、と前のめりになる一同。

 特に、スコーピオン使いである影浦と遊真、緑川の三人は興味津々である。

 弧月使いである鋼たちも同様だ。

 

 アリスだけは、弧月やスコーピオン対策を考えるために参加したので、少々異なる。

 

 

「カゲくん。ちょっと前に出てくれる? 他の子たちはちょっと下がっててね」

「あいよ」

「「了解」」

 

 

 きちんと見えるように遅くするから、と前置きし、ソフィアが構える。

 そして──。

 

 

「いっ!? うおっ!!」

 

 

 弧月を構えていたと思いきや、ソフィアはブレードを展開したままそれを落とし、地面につく寸前に柄を蹴った。

 

 そう。

 サッカーボールのように弧月を蹴ったのである。

 

 まさかの攻撃方法をなんとか感知した影浦は慌てて回避し、弧月はそのまま飛んでいく。

 

 

 が、そこから更に。

 ソフィアは軸足からスコーピオンを生やし、地面を経由して影浦の背後に出現させ、先端を爪のように変え、飛んでいく弧月をキャッチ。

 さらにそれをブン、と影浦へ向かって放り投げた。

 

 

「「はぁっ!?」」

「うおっ!? あっぶね!!」

 

 

 まさかの弧月返しに仰天する一同と、サイドエフェクトのおかげでギリギリ避ける影浦。

 

 

「よっ、と」

 

 

 そして元に戻ってきた弧月をキャッチし、身体を大きく捻るソフィア。

 そのまま──。

 

 

「──旋空弧月」

「えっ」

「「あっ」」

 

 

 

 影浦を生駒旋空で斬った。

 残念、影浦は脱落してしまった!

 

 

 

 ──と、思いきや?

 

 

「…………い、生きてる」

「ま、こんな感じね」

「無駄に器用な事すんねんな、ソフィアさん……」

 

 

 

 悲しい事に、ソフィアのパーフェクト弧月教室から斬られて脱落したと思われた影浦だったが、なんとか生きていた。

 

 いろんな意味で一同が唖然とする中、生駒がぽつり。

 同じ生駒旋空使いだからこそ、わかったのかもしれない。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

「ソフィアさん、いまなにしたの? かげうら先輩、絶対死んだとおもったのに」

「イコさんは見えてた風だったね」

「どや」

「……なるほど、ああいう使い方もあるのか……トリガー構成を考える価値はあるな」

 

 

 まさかの影浦生存を受け、口々に質問を投げかける生徒たち。

 尚、影浦は首を抑えて青い顔をしている。

 

 

「最後の旋空弧月はともかく、それまでの弧月キャッチボールはスコーピオンと弧月があれば誰でもできると思うわ」

「誰でもできるかどうかはともかく、最後のはいったい?」

「ああ、あれ? カゲくんの首を斬る寸前で弧月をオフにしたのよ。実戦じゃ無意味だけど」

「……な、なるほど」

「トリガーの切り替えも速かったし、ソフィアさんはほんと何から何まで速いな」

「弧月キャッチボールかぁ! やべー、超面白そうじゃん! オレもちょっとトリガー構成考えてみよっかなー。オフシーズンに練習しよっと!」

「ふぅむ。さすがにあんな事をしてくるのはソフィアさんぐらいだと思うけど……弧月を撃ち落としたりとかできるかなあ……」

 

 

 モルモットにされた影浦を除き、ワイワイと盛り上がる。

 観戦組はそれを眺めて目をキラキラさせて羨ましがっていた。特に米屋。

 

 

 そして、生徒たちのテンションは、ソフィアが放った言葉により最高潮となる。

 

 

「それじゃ、せっかくだしこの混成チーム同士で模擬戦をしましょうか!」

「「おー!!」」

「おお、たのしそうだ」

「ちょっと待ってくださいよ。そんなのソフィアさんがいるそっちチームがめちゃくちゃ有利じゃないですか! 私もそっち行けばよかった……!!」

 

 

 そんな感じである。

 しかし、アリスの抗議を受け、ソフィアガチ勢チームのテンションが一気に下がる。

 

 

「言われてみれば……」

「たしかにそうだな」

「ソフィ姉がいる時点で勝ち確じゃねェか。ずりぃぞ、緑川!」

「なんでオレだけに言うのさ。三輪先輩とイコさんもいるじゃん」

「ふっ、勝ちはもらったな」

「あー、こうなるならそっち行けばよかったわ。ソフィアさんと旋空弧月合戦やりたいねん」

 

 

 青い顔から復帰した影浦も、我に返り抗議する。

 鋼と遊真も同様である。

 

 

 思わぬブーイングに後込むソフィア。

 そして……。

 

「そ、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。だったら……そうね、わたしだけ走る行為を禁止するっていうのはどう? ハンデとしては充分じゃないかしら。あ、グラスホッパーは使わせてね?」

「「…………乗った」」

「すごい悩んだね、むらかみ先輩にかげうら先輩」

「えー……それでも不利な気が……まあいっか」

 

 

 

 ソフィアの代名詞とも言えるハイスピードの禁止。

 走れないとなれば、縮地も使えず、移動だけは影浦たちにも視認できる。

 

 

 しかし、剣速やトリガーの切り替えなど、ありとあらゆるスピードが別次元で速いのがソフィアという人物だ。

 故に、ハンデとしては不十分なのでは、とガチ勢チームは考えたのだ。

 

 

 しかし、これ以上文句を垂れるとソフィアを困らせてしまう。というか既に困らせている。

 それはファンクラブの名誉会員として、はっきり言ってゲロ以下の行為である。

 

 

 

 とにかく。

 影浦、鋼、遊真、アリスの四人対、ソフィア、三輪、生駒、緑川の四人による混成チーム戦が行われる事となった。

 

 

 こんな美味しいイベントを、実況席の主が逃すわけもなく。

 既に、解説者を確保してスタンバっているという事を、ソフィアたちは知らない。

 

 

 

 尚、内容はまたの機会に語る事とするが、結果は案の定ガチ勢チームの負けであった。

 と言っても、彼らは頑張った。そりゃもう頑張った。

 チームソフィアのメンバーをソフィア以外全て落とすまでに追い詰めたのだ。

 

 しかし、生駒がぬわー! と叫んで落ちた瞬間、ソフィアのメテオラが容赦なく飛来し、逃げ遅れたアリスを容赦なく粉砕。

 無事に回避した遊真がバイパーの餌食となり、鋼はアステロイドで削り殺され。

 

 

 最後に残り、必死に抗う影浦もまた、スコーピオンを全て叩き落とされて斬られた。

 

 

 それを緊急脱出先から見ていた生駒が、「こんなんチートや! チーターやないかい!」とボケたのも割とガチだったかもしれない。

 

 

 

 まあ、なにはともあれ。

 

 

 ──ガロプラ襲来まで、あと二日。

 

 




戦いの様子を描写するとエグい文字数になって私が死ぬのでカットしました。
誰か書いてくれてもええんじゃよ?()


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第27話 空閑遊真

遊真だって人間だもの。みつを
実際、少なからず彼自身も悩んでいるとは思うんですよね。表には出さないけど。


 

 今期加入した二部隊の一つであり、アンデルセン隊ほどではないが何かと話題を提供している若き部隊、玉狛第二。

 ボーダーの異端たる玉狛支部に所属するかの部隊の一員であり、近界民である少年、空閑遊真。彼は今、真剣な表情でアンデルセン隊の作戦室の前に立っていた。

 

 

「……ソフィアさん、いる?」

「あら? その声は……遊真? 今開けるわ。灯!」

 

 

 普段ならば個人ランク戦に入り浸るか、玉狛支部で次の試合の対策を皆で練っている頃なのだが、遊真はどうしても聞いておかなければならない事があった。

 

「やあ、アカリちゃん」

「いらっしゃい~。どしたの遊真くん?」

「ちょっとソフィアさんに聞きたい事があって」

「ふーん? とりあえずどうぞ~」

 

 作戦室のドアが開くと、アンデルセン隊のオペレーター、猫山灯と目が合った。

 どうやらクルマイスというものに乗っているソフィアではなく、チームメイトがこうした雑務をこなす事になっているようだ。

 

 何はともあれ、お言葉に甘えて失礼する遊真。

 奥まで行くと、ソファに座り、テーブルに向かうソフィアの姿があった。

 何やらペンでノートに書いていたようだが。

 

「いらっしゃい、遊真」

「おじゃまします。何書いてたの?」

「んー。たしか明日の夜あたりに敵が来ると思うから、おさらいと対策をね」

「明日の夜……おれたちの部隊がランク戦をやってる頃とか?」

「そうね、それぐらい。わたしたちは昼の部だから迎撃作戦に参加できるわ」

「ふむ。おれたちは無理そうですな。守りはおまかせします」

「ええ、もちろん」

 

 灯がお茶を用意している間、ソフィアとの会話を楽しむ遊真。

 しかし、聞いてみればなんと明日にもガロプラなる近界民の国……アフトクラトルの従属国が侵攻してくると言うではないか。

 

 ボーダーの事をよく知らなかった頃の遊真であれば、黒トリガーを使って参戦したかもしれない。

 しかし、今はこの組織にどれだけの猛者がいるのかをよく知っているし、何より目の前の“最強”、ソフィア・アンデルセンがいる。

 

 彼女に任せておけば何も問題はない。

 そう思える程度には遊真はソフィアを信用している。

 

「はい、お茶とチョコどうぞ~。あ、今の話は口外しちゃダメだからね~?」

「おお、サンキューアカリちゃん。うん、分かってる。きぬたさんから聞いてるよ」

「なんだ、そうなの~?」

「だからわたしも話したのよ。それで? 遊真、わたしに何の用かしら」

「……うん」

 

 ちらりと灯を見る遊真。

 それを見て、あまり聞かれたくない話なのだと察したソフィアが、灯に退室を促す。

 

「灯。少し席を外してちょうだい」

「え~? まあ、分かりました~。遊真くん、あんまりソフィアさんに負担かけないでね?」

「うん。そう時間はかからないから。ありがとう、ソフィアさん。アカリちゃん」

 

 こうして、作戦室には遊真とソフィアの二人だけが残された。

 その事を確認し、ゆっくりと口を開く。

 

 

「ソフィアさん。おれは……おれは、あと何年生きられる?」

「聞いてどうするのかしら」

「オサムが必死になって今シーズンのうちに遠征に行こうとしてるのは、おれが生きてるうちにレプリカと再会させたいからだとおもう。でも、もし……もしおれがもうすぐ死ぬって言うなら……」

 

 

 とうに覚悟は決まっていた。

 決まっていた、はずだった。

 

 しかし、こちらの世界に来てから、とても楽しい事ばかりだ。

 素晴らしい友人たちとも出会えた。

 新たな“家族”、玉狛支部の人たちと出会えた。

 

 何より、修と会えた。

 

 

 だからこそ……。

 

 

「もうすぐ、死ぬっていうなら、おれ、は……」

「──皆の前から消える、とでも?」

「…………」

「そんな事したら、修くんなら草の根を分けてでも、どんな手を使ってでもあなたを探し出すわよ。わたしに協力を仰ぐとかね」

「おれは……」

 

 

 

 皆の輪から、自分だけが消える。

 その事を想像すると、遊真は怖くてたまらなくなった。

 元より死ぬはずだった人間が、死ぬだけ。

 そう割り切っていたはずなのに。

 

 

「おれは、死にたくない……っ!」

「……遊真」

 

 

 自分の手のひらから、全てがこぼれ落ちる。

 そんな感覚に襲われ、遊真は涙を流す。

 

「おれは、もっと皆といたい! オサムと一緒にいたい! まだオサムの願いも叶えられてないのに、おれが死んだらアイツはどうなる? きっと、アイツはアイツなりに前にすすむだろう。でも、それじゃダメなんだ。今度こそ、オサムは死んでしまう」

「ええ」

 

 言いたい事はたくさんある。

 それがぐちゃぐちゃになって、うまく言葉が出てこないが。

 遊真は、とにかく心の内をぶちまけた。

 

「だから、アイツにはおれがついていないと! なのに、おれはいつ死ぬかも分からないんだ!」

 

 

 ふわり、と遊真の体が何かに包み込まれた。

 いや。

 

 ソフィアが彼を抱きしめたのだ。

 

 

「大丈夫よ。だいじょうぶ。あなたは、死なないわ」

「……ソフィアさん?」

「誰一人、死なせない。いい? まず、あなたの寿命は今の状況だとあと二年。ただ、近界民の技術とこちら側の医療を合わせれば、十年は生きられる。その間に、必ずあなたの身体を元に戻してみせるわ」

「近界民の、技術……? でも、そんなのおれには……どうすれば?」

「鍵を握るのは、ヒュースよ。正確には、彼の主……エリン家。あれと接触して、こちら側に引き入れるの」

「……なるほど……! となると、やっぱり遠征にはどうしても行かなきゃ……」

「そうなるわね。わたしに任せてくれてもいいけど、あなたたちはそんなの我慢できないでしょう?」

「……うん」

 

 

 自分に残された時間と、やるべき事。

 それぞれが明確になり、目標が立った。

 ソフィアから離れた遊真は、再びその目に炎を灯す。

 

 それを眺めていたソフィアは、にこりと微笑んだ。

 

 

「ふふっ、あなたはそうでなくちゃね」

「うっ……情けないところをお見せしました……」

「構わないわよ。胸の一つや二つ、いくらでも貸してあげる。それよりも……」

「ん?」

「悪いけど、手を抜く気はないわよ?」

「……うぐぅ。そうだった……遠征選抜への最大の壁が、目の前に……」

 

 悪戯っぽく笑うソフィアを見て、呻く遊真。

 ソフィア率いるアンデルセン隊の強さは圧倒的であり、早々に首位を奪った今、今期のB級1位は確定した、というのが大半のボーダー関係者の考えである。

 遊真もそう思っているし、来期にはA級部隊として名を馳せているだろうとも思う。

 

 しかし、少なくとも今期は遊真たちと同じB級なのだ。

 上位を走っていれば、必ずまたぶつかる日が来る。

 その時、自分たちはポイントが取れるのだろうか。

 

 

「でも、ソフィアさんってどうも他の部隊に経験を積ませたがってるようにみえるんだな」

「あら。どうしてそう思うのかしら」

「だって、その気になればもっとポイントを取れてたでしょ。おれたちと当たった時だって、ポイントを全部ソフィアさんが取る事もできたはずだ」

「随分買ってくれてるのね。わたしだって攻撃を食らえば緊急脱出するのよ?」

「当たらなければどうということはない。とにかく、勝つ事を大前提に、他の部隊が成長出来るように立ち回ってる。おれはそう思ってるよ」

「ふむ」

 

 

 例えば、鈴鳴第一の村上鋼。

 彼の壁として立つことでソフィア自身を目標として認識させ、彼の向上心を促した。

 

 更に、遊真自身。

 ソフィアとの再戦の条件として「鋼と影浦に勝ち越す事」を提示する事で、彼らとの親交のきっかけを作り、ほぼ同じレベルの攻撃手同士で切磋琢磨させてそれぞれの実力を高めた。アンデルセン隊のアリスも加わってより効果的にもなったし。

 

 そして、二宮匡貴。

 B級不動の1位という地位を確立していた部隊を率いる彼を叩きのめし、その闘志に火をつけた。その結果、遊真たちが窮地に陥りそうではあるのだが。

 

 

「そうね、当たりよ。あなたたちボーダーの皆にはもっと強くなってもらわないと困るの」

「やっぱりか。東隊と当たった試合も?」

「あれは正直東くんに一杯食わされたわね。わたし自らの手で蜂の巣にしてやりたかったのだけど、逃げられちゃったわ。アリスと万理華がいなかったら、恐らく東隊にポイント負けして勝ち逃げされてたわね」

「……東さんはバケモノか」

「実は戦場帰りです、とか言われても驚かないわね」

 

 

 意図的に試合をコントロールしてきたソフィアだったが、東に逃げられたのは普通に素だったらしい。

 

 その後、灯を呼び戻してそこそこに会話を楽しみ、作戦室を後にする遊真なのだった。

 

 

 

 ──ガロプラ襲来まで、あと一日。

 




どうでもいいことですけど
最近雨が多い気がします。


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第28話 B級ランク戦 五日目

原作の七戦目と比べてみると面白いかも。
今回ステージと時刻が原作の七戦目と同じ+組み合わせも似ている(東隊がおらず、玉狛第二がアンデルセン隊に変わっている)ので。


 

 ガロプラ襲来当日。

 運がいいのか悪いのか、この日はちょうどランク戦とかぶっており、多くの隊員が本部基地に足を運んでいる。

 

 そして──。

 

『皆さんお待たせしましたー! 本日の実況を務めます、海老名隊オペレーター、武富です! B級ランク戦五日目、昼の部。あのアンデルセン隊の試合が、遂に始まります! 解説には、先日の試合で見事アンデルセン隊を一人落とした上で逃げ切った、東隊隊長の東さんにお越しいただきましたー!』

 

『どうぞよろしく。逃げ切ったと言っても、結局試合は負けでしたけどね。少々予定外の事が重なって厳しい流れでした。おっと、今は関係ないですね。失礼』

 

 

 最早恒例である大量の観客。

 彼らが見守る中、解説兼緊急時の現場指揮を任された東が実況の武富と語り合う。

 

『おっと、選択されたステージは……市街地D! 市街地Dです! 東さん、これは……?』

 

『……なるほど。なんとなくですが鈴鳴の狙いが分かった気がします。このマップ自体は狭いのですが、大きな通りとそれに面した大きな建物が特徴的であり、中央に位置する大型ショッピングモールが戦闘の舞台となるケースが多い。いわば縦に広いマップと言えるでしょう』

 

『ふむふむ、ではその鈴鳴の狙いというのは?』

 

『外れていたら恥ずかしいので、実際に彼らが私が今考えている“手”を使ったら説明しますよ』

 

『えー……教えてくださいよー』

 

 平然とした顔で恥ずかしいなどと宣う東だが、実際のところは十中八九間違いないと考えている。

 鍵を握るのは、鈴鳴第一に所属するお調子者、別役太一である。

 

 

『直接アンデルセン隊と戦った東さんから見て、今回の試合はどうなると思いますか?』

 

『正直に言うとほぼアンデルセン隊の勝ちは揺るぎないでしょうね。隊長個人の強さが桁違いすぎる。おまけにチームメイト二人もアンデルセン隊長が率いる限り、マスタークラスどころかポイント1万超すら食らいかねないほどの駒に化けますから。真っ向勝負で行くとなると、私が旧東隊のメンバーを率いでもしないと勝てないと思いますよ』

 

『な、なるほど。東さんが言うと説得力が違いますね……。旧東隊とアンデルセン隊の戦いというのはかなり見てみたいですが、実現しそうですか?』

 

『そうですね、割と有り得ると思いますよ。楽しみにしていてください。さて、話をこの試合に戻しましょうか。少々脱線してしまい申し訳ない』

 

『いえいえ。あっ、ここで全部隊転送完了! マップは“市街地D”! 時刻“夜”!』

 

『さて……恐らく、私が気付いているという事はアンデルセン隊長も鈴鳴の作戦に気が付いているでしょう。果たして狙い通りに行くのか。見ものですね』

 

 

 そう笑う東の言う通り、ソフィアはマップを軽く見回し、中央にそびえるショッピングモールを眺めて微笑んでいた。

 

 

「なるほど、そう来たか。さて、今回はどうしようかしら……太一くんを潰せば終わりなのだけど……」

「えっ、もう鋼さんたちの狙いが何か分かったんですか? 私はさっぱりです」

「だよねぇ。影浦隊はともかく、鈴鳴にも狙撃手は居るのに、どうしてこのマップなんだろぉ?」

【ソフィアさん、指示をお願いします~】

「そうね……アリスと万理華はすぐに合流してショッピングモールに。わたしは一人で動くわ。戦場はあそこになるから。現在位置はどっち?」

「了解、となると私は上からですね」

「はーい。私は地上にいるんでぇ、下からになりますねぇ。グラスホッパーで上がった方がいいです?」

「いいえ。中に入ってから上がって合流よ。敵と当たったらわたしに教えてちょうだい。潰しに行くから」

【じゃあ、あたしは二人のサポートに回りますね~。お二人共、各エースに注意です~】

「「了解」」

 

 

 対する影浦隊、鈴鳴第一は……。

 ちなみにだが、鋼たちはまさかスタート早々に自分たちの狙いがバレているとは思ってもいない。

 ソフィアは個人としての強さが目立つので、指揮官としての力にはあまり注目されていないのだ。

 

 

「んー、ショッピングモールの中って少しやりにくいんだよねー。適当メテオラ封じられて、ゾエさんしょんぼり」

「おいヒカリ。ソフィ姉はどうだ」

【あん? まだゆっくりとしか動いてないからどいつがソフィ姉なのかわかんねーよ! 索敵しろ、索敵!】

「となると、今回はソフィアさんも慎重に行くって事なのかな。カゲさん、どう思う?」

「……派手に動いてねえとなると、アリスと万理華に経験を積ませるっつーのが一番ソフィ姉らしいな。たぶん今回はあんまり出てこねェんじゃねェか?」

「ふーむ。それなら多少は楽だけど」

 

 北添はショッピングモールの近くに転送されたので早々に中に入り、影浦が来るだろう上階に向かって進んでいる最中。

 影浦はやはり建物の屋上からスコーピオンを使って移動しており、ショッピングモールの最上階から中に入る構え。

 ユズルは外で待つ事も考えたが、点を取るために中に入る事を決意。

 

 影浦隊の面々は、とりあえず全員で合流してアンデルセン隊に対抗しようという考えである。

 

 

 

「来馬先輩、ショッピングモールに入りました。上の方に向かいますか?」

「……そうだね。僕も行くし、できるだけ早く合流した方がいい。太一、そっちはどうだい?」

「ベストポジションっす! これならすぐに目的地に辿り着けますよ! ただ、ソフィアさんが怖いぃ!」

「障害物がたくさんあるから、隠れながら慎重に進めばそうそう見つからないはずだ。縦に広いからレーダーもあまり当てにならないしな。落ち着け、太一」

「りょ、了解っす!」

【とりあえず今はまだソフィアさんらしき高速で移動する人は確認できていないわ。どこにいるか分からないから、皆気をつけて】

「「了解」」

 

 

 影浦隊、鈴鳴第一の双方ともに、インパクトが絶大な上に遭遇が即ち死を意味すると言ってもいいソフィアを、いち早く発見する事に注力しつつ上がっていく。

 

 開始位置は鈴鳴がかなりいい具合に分かれたが、果たして……。

 

 

『どうやら各チーム共にショッピングモールの上階を目指すようですね! これは道中でドンパチが始まる遭遇戦も有り得るか!?』

 

『ふむ。影浦隊も鈴鳴第一も、恐らくアンデルセン隊長の発見に気を取られていると思いますが、狭いショッピングモールの中でアンデルセン隊長の恩恵を受けている状態の蟻元隊員とぶつかれば、かなり危ういですよ。上手くエース格とかち合わせたいところです』

 

『東さん的には、影浦隊長や村上隊員であれば、アンデルセン隊の二人も止められると?』

 

『少なくとも時間は稼げるでしょうね。その間に、彼らのチームメイトがどれだけ点を取れるのか。また、新戦術を使うのであれば村上隊員と行動を共にするだろう来馬隊長がどう動くか。そこが勝負のポイントになりそうです。ただ、アンデルセン隊長に見つかればアウトですが』

 

『き、キツイですね……。なんだかあの人ならもう誰か見つけていそうで怖いです』

 

 

 完全にソフィア恐怖症に陥っている武富がぶるりと震え、それを苦笑いしながら眺める東。

 しかし、いわば隠れんぼに向いたマップであるここでは、さしものソフィアも敵の発見に手間取っていた。

 

 

「むぅ……レーダーではここなんだけど、上なのよね。全部吹き飛ばしちゃダメかしら……ダメね」

「何サラッと怖いこと言ってるんですか!?」

「それ私たちもやばいやつですよぉ!? ショッピングモールが今崩壊したら絶対下敷きになる自信がありますぅ!」

【ソフィアさん、なんだか今日は動きが鈍いですね~。大丈夫ですか……?】

「大丈夫。ただ、このマップ嫌いなのよ。落とされた事あるから」

「「へ!?」」

【嘘だっ!!】

「……そ、そんなに驚く事? わたしだって攻撃をいい具合にもらえば落ちるわよ」

 

 

 落とされた事がある。

 あのソフィアが放った驚愕の一言に、思わず足を止めるアリスと万理華。

 しかしすぐに我に返り、再び走り出す。

 

 そして──。

 

「えっと、誰もいないよね……グラスホッパーで登って、とぉ……!」

「あ。万理華発見。もうすぐ合流します」

「了解。そのまま上がって敵を探しなさい。見つけ次第噛み付いて大丈夫よ」

「はーい! あ、いたいたぁ」

「合流しました。指示通り更に上を目指します」

 

 

 と、グラスホッパーで更に上階へと行こうとしたアリスと万理華だったが……。

 

 

『ここで北添隊員と影浦隊長がアンデルセン隊の蟻元隊員と八十神隊員を捉えた! アンデルセン隊の二人は北添隊員の銃撃を捌きつつ徒歩での移動に切り替えた模様!』

 

『アンデルセン隊長ならばともかく、空中だとどうしても回避能力が落ちますからね。その状態で影浦隊長の間合いに入ると一発で落とされる恐れがあります。妥当な判断でしょう』

 

 

「ハッ! 見つけたぜ、アリス!!」

「上がってきそうだけど、どうする?」

「決まってんだろ、遊んでいこうぜェ!」

【ソフィ姉に気をつけろよー。あの人ならどこから現れてもおかしくないからな】

「さっきソフィアさんを見かけた。下にいるみたいだ」

「ナイスだユズルゥ! 今のうちに狩る!」

 

 

 地上だろうが空中だろうが馬鹿げたスピードで飛び回るソフィアは例外として、基本的には空中だと人は思うように動けない。

 グラスホッパーで多少誤魔化せても、緑川や遊真のように“ピンボール”ができないアリスと万理華では、影浦の支配領域で跳ぶのは自殺行為である。

 

 

 すぐに上がってきたアンデルセン隊の二人を、挨拶がわりとばかりに北添の銃撃が襲う。

 ソフィアのサイドエフェクトを共有し、回避能力を高めたと言っても、まだ人間を辞めていない二人では、銃撃の嵐と影浦のマンティスをかわしながら進む、などという事はできない。

 

 なので。

 

 

「万理華ッ!!」

「うん! シールドぉ!」

 

「来やがったなァ!!」

「アリスちゃんの早撃ちに注意してね、カゲ!! シールドは自分で! ゾエさんだと反応できないから!」

 

 

 万理華がアリスの前方にシールドを張り、北添の銃撃を防ぎつつ猛進するアリス。

 影浦はそれを嬉々として迎え撃ち、後衛の北添と万理華がそれぞれのチームメイトを援護する形となった。

 

 

『激しく争う両部隊!! しかし、鈴鳴の村上隊員と来馬隊長も近付いてきているぞぉ!!』

 

『アンデルセン隊長がシールドを一切使わないので忘れがちですが、トリオンが多い人間が張るシールドはかなりの強度になります。あの二宮に次ぐ程のトリオン量を誇る八十神隊員だからこそできた無茶ですね。他の人間が真似しようとすると普通に割られて終わるでしょう。蟻元隊員も、目視できるスピードとはいえかなり速かったですし』

 

 実況の武富が言った通り、鈴鳴は作戦通り鋼と来馬がコンビを組んでこの場に接近していた。

 太一はビクビクしながら一階に留まり、目的地である「電気室」で合図を待つ。

 

 

【ん! 二人とも、警戒~!!】

「「!」」

 

【警戒! やられんなよ!】

「あァ!?」

「ほ!?」

 

 

 激しく争うアンデルセン隊と影浦隊の元に、鈴鳴の二人も加わる。

 既に新戦術の構え……鋼がレイガストを構えて防御姿勢に入り、来馬が両手に突撃銃を持って攻撃を担当する、という状態に入った上で。

 

 

「外したか……! すまない、鋼」

「いえ。あいつら相手にいきなり当たるとは思わない方がいいです。ここが正念場ですね」

 

 

『出たァー!! 先日の試合で玉狛第二と熾烈な得点争いを繰り広げた、鈴鳴の新戦術です!』

 

『シンプル故に破るのが難しいんですよね。ここに狙撃も加われば影浦隊が有利になるかもしれませんが、絵馬隊員がいる階のすぐ下にはアンデルセン隊長がうろついている。迂闊に撃てば即緊急脱出させられます』

 

『鈴鳴第一と言えば、村上隊員をアタッカーとして前面に出し、来馬隊長と別役隊員がそれを援護する形が常でしたが、新しいやり方が増えたのはどういう心境の変化なんでしょうね?』

 

『恐らく、先の大規模侵攻で思うところがあったのではないでしょうか。それに、鈴鳴の来馬隊長は以前アンデルセン隊と当たった時、仕事があまりできないままアンデルセン隊長に緊急脱出させられましたし』

 

『なるほど! 苦労が新たな武器を生み出したのか!! さあ、アンデルセン隊と影浦隊はこれにどう対抗する!?』

 

 

 あのソフィアがおとなしくしている事に観客席が若干ざわつく中、真剣な表情で試合を眺める東。

 銃撃と斬撃の嵐がショッピングモールを荒らしに荒らし、援護役の万理華、北添、村上の三人が必死にそれを防ぐ。

 

「くそっ、やりづらいなぁ!」

「そ、ソフィアさぁん!!」

【ヘルプ求められてますけど~?】

「まだよ。もう少し粘りなさい。鋼くんのレイガストだっていつかは割れるしね」

「了解……ッ!」

「ふぇー、忙しいよぉ!! あっ、シールドぉ!!」

 

「ハハハッ!! なんだこれ、当たらねえ!! やるなぁ、アリスゥ!!」

「どわっち!? あ、当たりそうなものはどぅわっ!? きちんと援護役の万理華ちゃんが防いでるんだよね……っとぉ!! あっぶなー!!」

 

「くそっ、当たらないよ!! 仕方ない、やるか!」

「了解です。カゲもそうだが、アリスも本当に粘るな……これほどやりにくくなるとは思わなかった。ラウンド4で当たらなくてよかったな……」

 

 

 ものすごく楽しそうな影浦と、なかなか落とせない事に苛立ちを隠せないアリス。

 できればこんな昇り降りする階段の近くではなく、店の中で作戦に移りたかった来馬。

 

 そして、震えて待つ太一の元に、ようやく合図が。

 

 

 

「太一ッ!!」

「了解っす! 3、2、1、スイッチョフ」

【視覚支援】

 

 

 

「「!?」」

 

 

 突然暗くなり、思わず動きを止めるアンデルセン隊と影浦隊。

 

 

『おっとぉ!? ここでショッピングモール内が停電!?』

 

『別役隊員ですね。なかなか上手く考えたと思います。しかし……既にバレてますよ』

 

 

 

 

【……!? まずい!! 太一!】

「ひょ?」

 

 

【あっ! アリスさん!!】

「見えないんだけど!?」

「まりかガードぉ!!」

 

 

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 ドドンッと、二つのトリオン体が緊急脱出した。

 誰と誰が消えたのか……。

 

 

『あっと!? ここで別役隊員と八十神隊員が緊急脱出!! 先制は……えーと』

 

『二部隊ほぼ同時でしたね。別役隊員はアンデルセン隊長に落とされ、八十神隊員は狙われた蟻元隊員を庇って村上隊員に落とされました』

 

『あ、ありがとうございます東さん。先制は、アンデルセン隊と鈴鳴第一です!』

 

 太一の位置を探し当てたソフィアが少し遅れて彼を仕留め、鋼がアリスを狙うも、万理華がアリスに抱きついて身を盾にし、緊急脱出。

 シールドを使わなかったのは、どこから攻撃が来るか分からなかったからである。どこにシールドを張ればいいのかが分からなかったのだ。

 

 何はともあれ。

 

 

【視覚支援~】

【視覚支援! これで文句ねーだろ!】

 

「ごめん灯、助かった! 万理華も、守ってくれてありがとうね!」

「ふむ。万理華が落とされた……か。仕方ないわね。遅れてごめんなさい」

【仕方ないですよ~。ねー、万理華さん?】

【うんー。はー、守れてよかったぁ】

 

「おせーんだよヒカリィ!」

「ちょ、カゲ! ありがとうヒカリちゃん! すんごく助かった!!」

【んだコラカゲェ!! ソフィ姉に言いつけてやるからな!!】

「 」

 

「太一の居場所がバレてたか……!」

「なんとか一人落とせただけでもよかったです。よくやった、太一」

【褒めたら調子乗るわよコイツ】

【ですよね!! よくやりましたよおれは! ソフィアさんに探し回られてるのが見えてめっちゃ怖かったんすからね!? 勝ってくださいよ!】

 

 

 援護役を失ったアリスが窮地に立たされ、全員に視覚支援が入った事によって鈴鳴の有利は失われた。

 これからがこの試合の本番、といったところか。

 

 

 

 

「な……」

「先輩!!」

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 

 しかし、更に戦況が動く。

 

 

「……ヒット」

「っし、よくやったユズル」

 

 

『こ、ここで来馬隊長が緊急脱出!? 今のは、狙撃!?』

 

『こっそりと上がってきていた絵馬隊員が下から天井を抜いて、上の階の来馬隊長を撃ち抜きましたね。フルアタックは強力ですが、シールドを張れなくなるので脆いという弱点があります。そこをカバーするのが村上隊員の仕事なんですが、上手く不意を突かれました』

 

『なんと……! これまた珍しいものが飛び出しました! 若き天才狙撃手、絵馬隊員! さすがの腕前というべきか、村上隊員の防御を掻い潜って見事ターゲットの来馬隊長を仕留めました! これで影浦隊が大幅に有利となったか!?』

 

 

 鈴鳴が優勢に進められる要因となっていた来馬が落とされ、唯一援護役が生き残っている影浦隊が非常に有利な試合運びとなった。

 

 しかし、それを黙って見ているわけもない。

 

 

「アステロイド」

【もうちょい右、はい、そこです~!】

 

 

「どぅわっち!? あー……れー……」

「!? ゾエ!!」

 

「これは……ソフィアさんのアステロイド! ふう、助かったー……」

 

「まずいな……遂に来たか……」

 

 

 

 更に、試合が動く。

 

 

「……ほ?」

「邪魔よ」

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

『ここで北添隊員が緊急脱出!! と、とんでもない技が飛び出した~!! あの、東さん……解説お願いします……』

 

『はは、了解です。先程別役隊員を仕留めたアンデルセン隊長ですが、一旦絵馬を放置して上階に。そして、北添の真下からアステロイドで天井を抜き、立っていた床が崩落して落ちてきた北添を、飛び上がりつつ弧月で斬り捨てた、という流れでしたね』

 

『相変わらずすごい事しますね……この短時間で二度も天井抜きが見られるとは思いませんでした』

 

 

 東の言う通りである。

 そして、北添が落ちていった穴から代わりにソフィアが飛び出し、威圧感全開で着地した。

 すぐさまアリスが下階に降り、グラスホッパーで速やかに移動しつつユズルの元へと向かう。

 

 それを確認したユズルは、すぐさま逃走を開始。

 アリスとユズルの鬼ごっこが始まった。

 

 

「は、ハハ……! 最終局面ってか……!」

 

【待てユズル! そっちはやばい! あっちにはグラスホッパーがあるんだぞ!】

「そんな事言われても。このマップじゃ逃走ルートがかなり限られてるよ。ちょっと逃げるのが遅かったか。こうなったら……」

 

「……結局最後はこうなるか。なんとかカゲをとっておきたいところだな……」

 

 

 魔王と対面した影浦と鋼。

 若干ボヤきながらも構え、少しの動きも見逃さないように注意する。

 

 しかし、これまでの激しい争いで多少なりと負傷している二人と、無傷であるソフィアとでは、結果が目に見えているというのが正直なところだ。

 

 

 そして、影浦と鋼が同時に互いを見つめ、頷く。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

『おや、どうやら影浦隊長と村上隊員は共同戦線を結んだようですね! 二人一緒にアンデルセン隊長へと向かっていきます!』

 

『無難なところですね。しかし、完全に味方というわけではない。恐らく、互いが互いを落とせる隙を窺っている事でしょう』

 

「アステロイド+バイパー……“コブラ”」

「「ぐっ!?」」

 

 

 ここで、ソフィアが新技を見せた。

 A級1位部隊、太刀川隊所属の天才射手、出水公平が考案した必殺技、とも言えるべき業。

 

 

『こ、これは……合成弾!? 威力が高く、自由自在に動く特製弾が影浦隊長と村上隊員を襲う!!』

 

『まあ、彼女なら使えるでしょうね。特に驚く事でも無いでしょう。問題は、非常に豊富なトリオン量を誇る彼女の合成弾は、本家たる太刀川隊の出水隊員のソレと比べても桁外れに高威力だという事ですか』

 

『な、なるほど。たしかに、村上隊員のレイガストが見る見るうちに削られていきます! 影浦隊長も時折村上隊員の陰に隠れるなどして避けていますが、決して少なくないダメージを負っている様子!』

 

 

 ソフィアが使える合成弾は二つ。

 バイパーとメテオラを組み合わせたトマホークと、アステロイドとバイパーを組み合わせたコブラだ。

 

 トリオン量の多さを最大限に活かせる彼女の合成弾は、東が指摘した通り凄まじい威力を発揮する。

 近距離では剣技で圧倒し、中距離では超火力で粉砕する。

 “向こう”の世界にて、“ノーマルトリガー最強”と呼ばれたソフィアの真骨頂である。

 

 

 このまま削り殺されるかと思われた影浦と鋼だったが……。

 

 

 

「3、2、1、スイッチオン……ぐっ」

【視覚支援解除!】

 

 

「「!?」」

「悪ぃな、鋼」

 

「ソフィアさん!!」

 

 アリスから逃げ切る事を諦め、太一がいた一階の電気室に辿り着いていたユズル。

 彼は、背中でショッピングモールの照明の主電源をオンにしつつ、イタチの最後っ屁とばかりに、オペレーターの光から送られたマップデータとレーダーを頼りにソフィアを狙撃。

 

 そして、影浦。

 鋼と視線を合わせて頷き、さも「ここは共同戦線と行こうぜ」と言わんばかりだったが、実は影でユズルからの提案を受け、ポイントを勝ち取るべく見事に鋼を騙し討ちした。

 

 

 結果──。

 

 

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

《トリオン供給器官破損。緊急脱出》

 

 

 

 

『…………こ、これは……!!』

 

『……驚きましたね。まさか影浦隊がこんな手を使ってくるとは。そして何より……』

 

 

 

「ちっ……やって、くれたわね……! だからこのマップは嫌いなのよ……!!」

「は……ハハハ!! やったぜ! 見たかコラ!! 影浦隊舐めんなよ!」

 

【し、視覚支援解除~!! 大丈夫ですかソフィアさん!?】

 

 

 

 落ちたのは、ユズルと鋼だ。

 ユズルは追いついてきたアリスによって蜂の巣にされ、鋼は先述の通り影浦の騙し討ちに遭い、彼の肘から伸びてきたスコーピオンに貫かれた。

 

 

 しかし、観客も、実況も、それぞれの隊員たちも。

 やった張本人である影浦隊の面々ですらも驚かざるを得なかった事実──。

 

 

 

『ひ、被弾!! 被弾です!! あのアンデルセン隊長が、初めてダメージを負いました!!』

 

『と言っても大した傷ではありませんから、大局には影響しないでしょうけどね。それでも大したものです。絵馬隊員としては心臓部分……トリオン供給器官を破壊したかったのでしょうが、アンデルセン隊長が咄嗟に避けた事で左手を失う程度の損傷に抑えられましたね』

 

『なんでそんなに落ち着いてるんですか東さん!? これはものすごい事ですよっ!! 影浦隊すげー!』

 

 

 

 圧倒的な強さでランク戦を蹂躙してきたあのソフィアが、まさかの被弾。

 と言っても東の言葉通り大局に影響はなく、影浦はその後あっさりとソフィアに落とされた。

 

 

 しかし、確かに。

 確かに、影浦隊は絶大なインパクトを残した。

 

 どうあがいても越えられない壁だと思われたソフィアでも、被弾する事はあるのだ。

 

 

 

 何にせよ、これで試合は終了。

 色んな意味で見るもの全てを興奮させる名勝負が、たしかに記録されたのであった。

 

 

 

 尚、得点だけを見れば、生存点を含め6対2対1でアンデルセン隊の圧勝という結果に終わった。

 しかし、内容を見ればなかなかの接戦であったと言えるかもしれない──。

 

 




と、いうわけで。
ソフィアさんランク戦初のダメージ。
今までに彼女にダメージを与えたのは忍田本部長だけなので、すごさが分かるかと。


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第29話 ガロプラ侵攻①

天羽、遂に登場(ちょっとだけ)


 ガロプラ襲来当日。

 B級ランク戦のラウンド5が終わったソフィアは、忍田に呼ばれて本部作戦室に詰めていた。

 

 

「皆、そろそろ時間よ。気を引き締めてちょうだい」

「おう。そういや防衛会議は別として、こうして直接話すのは初めてか? ソフィアさん。今更だけど」

「んな事今はどうでもいいでしょ、太刀川。それより、東さんならともかく、なんでB級部隊の隊長がここにいんのよ。おまけに車椅子乗ってるし」

「まあまあ、太刀川さんに小南。まだ予知は来てないけど、もういつ敵が来てもおかしくないんだから」

 

 

 小南に太刀川に迅。

 加えて、今や唯一のS級隊員となった天羽と、本部長である忍田。

 錚々たるメンツが集まる中に、何故かB級部隊の隊長が混ざっているとあって、小南が疑問の声を上げた。

 

 ここで不信感を抱かれては結束に綻びが生じかねない。そう判断したソフィアが、理由を説明しようと口を開きかけるが──。

 

 

「私の指示だ。詳細は伏せるが、ソフィアは近界民の事に詳しい。我々の誰よりもな。加えて、黒トリガーに匹敵する実力を誇る、ボーダーの最高戦力の一人でもある。天羽、お前よりも強いかもしれないぞ」

「……確かに、今まで見た事ないような“色”してるね。まあ、別に最強がどうとか興味無いし。その人がボーダー最強って事でいいんじゃないの」

「……ふーん。ま、いいわ。指示って事ならそれで」

 

 

 先に忍田が説明し、小南を納得させた。

 確かに、ソフィアは忍田に呼ばれてここに来たわけなので間違ってはいない。

 尚、天羽はどうでもよさそうに返答し、もぐもぐとぼんち揚げを食べている。あんまりソフィアに興味が無いらしい。

 

 

「そこまで言うんならもう特例って事でソフィアさんをS級にした方がいいんじゃないのか?」

「慶……。ああ、それは私も考えた。しかし、この子はサイドエフェクトを共有する事で、部隊の戦闘力を大幅に上げる事ができる。単独行動が基本となるS級よりも、部隊で活動させていた方がいい」

「まあ、一理あるか。ランク戦で当たるのもいい経験になるだろうしな」

 

 

 小南に続いて太刀川が質問し、それを想定していた忍田は淀みなく答える。

 実際、ランク戦で見せる桁違いな強さに、上層部でも「ソフィアを特別にS級に引き上げてはどうか」という意見があったのだ。

 

 しかし、ランク戦は実戦とは違い負けても失うものはなく、敗北から学ぶ事こそが本懐である。

 昼に行われたラウンド5で、影浦隊が初めてソフィアにダメージを与えて見せたように、ソフィアの……そしてアンデルセン隊の存在は、ボーダーに所属する各隊の成長を促している面もある。

 

 更に、対人型近界民戦の演習にもなっている節がある、各隊の対アンデルセン隊戦は、色々な意味で人気が高い。

 

 

 これを機に、風刃を装備した迅を仮想近界民とした対人型近界民撃退訓練を実施してはどうか、という討論が上層部でなされていたりする。

 

 

「……まあ、そんなわけだから。とりあえずあんたを認めてあげるわ。ウチの遊真も世話になってるみたいだし」

「ありがとう、小南。太刀川くんもいいかしら?」

「いやいや、俺は元から文句なんてないって。ただ、なんでS級にならないんだろなーって不思議に思ってただけだから。あんたがここにいるのも当然だしな」

「うふふ、そう」

 

 

 玉狛第二がアンデルセン隊に完敗した事を根に持っているのか、ちょっと刺々しい小南に苦笑いし、そんなソフィアを見て慌ててブンブンと首を振り誤解を解く太刀川。

 決して怒れる夜王……もとい、二宮にボコられる事を恐れたわけではない。

 

 

「さて……では、敵が来ていない今のうちに作戦のおさらいをしておこう」

「了解。たしか、敵のガロプラとかいう奴らは遠征艇を狙ってくるんだったか?」

「ああ、そうだな」

「ちょっと待ってよ。なんでそんな事が分かるわけ? 前の大規模侵攻みたいに、トリガー使いを捕獲する事が目的かもしれないじゃない」

「確実に、とは言えないけど確率は高い。なぁに、俺が敵を見れば正しいかどうかなんて一発で分かるさ」

「はぁ? あんたたち、なにを隠してんのよ?」

 

 

 ここで、天羽はひとまず置いておくとして、この中で唯一ソフィアの事情を知らない小南が食ってかかるが、迅も太刀川ものらりくらりと避けるばかりだ。

 

 

「わたしが知っているからよ。彼らの目的と正体を」

「……どういう事よ。あんた、やっぱり近界民なの?」

「それは違うわ。コトが無事に済んだら教えるから、今はわたしを信じてくれないかしら?」

「…………」

 

 

 そんな小南を哀れに思ったか、味方同士で仲違いする事を恐れたか。

 自らの言葉を元に今回の作戦が立てられている事をソフィアが明かし、そんな彼女を小南が睨む。

 

 

「……はあ。分かったわよ! なんだか、あたしだけごねてるみたいじゃない! でも、約束よ!? そのゴロプラとかいう奴らを追っ払ったら、全部説明しなさいよね!」

「ガロプラな」

「う、うるさい!! ちょっと間違っただけでしょ!」

 

 

 向こうでの妹分に睨まれ、思わず困った顔になるソフィア。

 それを見た小南は、無性に罪悪感が湧き上がり、ソフィアを信じている様子の忍田たちを信用する事にした。

 決して、ソフィアに絆されたわけではない。

 

 と、小南本人は言い張っている。

 

 

「では、話を戻すぞ。ガロプラの狙いは遠征艇を破壊し、我々の足を止める事。そして同時に、我々の目をアフトクラトル本国から逸らさせる事だ。そうだな、ソフィア」

「ええ、そう。そのために、陽動として大量のトリオン兵を中心に外側からこの基地を攻め、わたしたちの目がそちらに向いているうちに数人が基地内部へ侵入。奥に進み、遠征艇を破壊……そういう流れのはずよ」

「基地ん中に入ってくる奴らは捨て駒か? それとも絶対に生きて帰れるっていう自信がある精鋭か? どっちにしろ、俺らに捕まったら終わりじゃないか」

「彼らには新型の装備……ボーダーの緊急脱出システムとほぼ同じものがあるの。だからこそ無茶な真似も平気でしてくるわ」

「「!」」

「なるほど。ま、こっちもあっちの技術を真似てるわけだからな。あっちが真似てきてもおかしくはないか」

 

 

 近界民側にも緊急脱出がある。

 それを聞いた小南たちは、瞬時に無数の状況を想像し、顔を顰めた。

 捨て身の自爆行為を仕掛けてくる近界民とか、厄介すぎてちょっとやってられない。

 

「それを差し置いても、相手の一人は忍田さんに近い実力を持つ使い手よ。楽観視はできないわね」

「ふむ。それならば、慶たち攻撃手上位陣を遠征艇の防衛に回す方がいいか」

「OKOK。強い敵が来るってんなら退屈な待機も大歓迎だ」

「うっかり遠征艇を破壊されたりしないでよ。あたしは守るより攻める方が得意だし」

「なっはっは。生憎だがそれは俺もだ」

 

 

 師匠である忍田に近い実力者が来る。

 それを聞いた太刀川は、ウキウキ気分で遠征艇の防衛任務を快諾した。

 小南もほぼ同じである。

 

 

 そんな二人を見て、若干不安になる忍田。

 

 

「……ソフィア、あいつらで大丈夫だろうか?」

「大丈夫よ。それより、わたしはどこに行けばいいかしら? 中? 外?」

「んー。ソフィアさんはいわばジョーカーだからなぁ。戦況を見て投入できるように本部作戦室で待機してた方がいいんじゃない? でも、冬島さんがいればすぐに移動できるから待機ってのも勿体ないか?」

「そうだな、中の戦況次第ではあるが、基本的にはソフィアには東に代わり外の指揮をしてもらいたい」

「ええ、大丈夫よ。カゲくんはどうするの?」

「影浦は……中だな。外はトリオン兵が中心なのだろう? それならば対人型近界民に回した方が活きる」

「そうね、その方がいいと思うわ。となると、影浦隊は別行動って事になるわね。ゾエくんとユズルくんは外の方がいいでしょうし」

「そうなるな」

 

 対人型近界民戦ができると聞いてワクワクな太刀川と小南はさておき、冷静に話し合う忍田と迅、そしてソフィア。

 

 その後も着々と会議は進んでいき──。

 

 

「……おいおい、マジか」

「……来た?」

「うん、来た。忍田さん! 近界民が来る! パターンは予定通り“A”で!」

「わかった。予定通り人員を配置する」

「OK、予定通りな。気張っていくとするか」

 

 

 未来を見た迅の合図で、皆が持ち場に移る。

 そんな中、“太刀川が真っ二つにされる未来”を小南に教え、真剣な表情で迅がソフィアに問う。

 

「ソフィアさん。いつでも遠征艇の方に回れるように準備しといた方がいいんじゃない?」

「……どうかしら。太刀川くんが真っ二つにされても、それで終わるわけじゃないわよ?」

「なんだ、知ってたの?」

「ええ。あっちでも同じだったから。まあ、確かに準備はしておいた方が良さそうね」

「うん。しくじるわけにはいかないからね。今回の敵は……思ったよりも厄介そうだ」

 

 

 

 ゲート、出現。

 ガロプラ、侵攻開始。

 

 

 とりあえず、忍田の指示通りソフィアは外で基地防衛の指揮をとる事となったが、中で遠征艇の防衛にあたる太刀川たちの戦況が悪化すれば、冬島が仕掛けたワープトラップを用いてすぐさま基地内部での争いに乱入する、という手筈である。

 

 もっとも、ソフィアは太刀川たちが負けるとは思っていないが。

 迅や忍田も同様だろう。

 




原作での天羽が詳細不明すぎてどう書けばいいのか非常に困る……。
ノーマルトリガー装備時のパラメーターこそ開示されてはいるものの、大して強いように見えないし……。
でもかませにするには「迅より戦闘能力は上」っていうセリフ(たしか根付さんだったか?)がネックになる。

どうすんだこいつ(:3_ヽ)_


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