鷹の呼吸 胡蝶朱翼 (黒チワワ)
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胡蝶朱翼

俺の名前は胡蝶朱翼(あずさ)。

代々医者を営む両親の元で姉のカナエと妹のしのぶと五人暮らしをしている。

胡蝶家の長男であるが、家族としての血のつながりはない。

いわゆる養子として数年前引き取れられた身だ。

胡蝶家に引き取られる前は親に捨てられ数年間山で暮らしていた。

どういう経緯で親に捨てられたかは憶えていない。

それどころか4歳以前の記憶が全くなかった。

自分の名前すら記憶になかった。

そんな子供が過酷な山の中で生きてこれたのは鷹が常に上空から俺を守ってくれたからだ。

最初は獲物として狙っていると思ったが、食べるものが見つからず餓えで死にかけている時、空から野鼠やモグラを落とし分け与えてくれた。

最初は偶然かと思ったが、同じようなことが何度もあった。

他にも鷹は狐や山犬に襲われた時守ってくれた。

嵐が来たときは、雨風がしのげる所を鳴き声で教えてくれた。

俺は次第にその鷹を親のように思うようになり、同時に鷹の強さに憧れるようになった。

ただ守られる存在ではなく、対等な力を持ち肩を並べたいと思った。

俺は鷹の強さに近づくために鷹の動き真似をして狩りの仕方、外敵の倒し方を見て学んだ。

山にいたほかの鳥からも動きを学んだ。

学習と鍛錬の結果、俺は鷹に頼らなくても自分で食料を確保できるようになった。

狐や山犬から身を守れるようになり、数年後には熊すらも倒せるようになった。

ようやく鷹の強さに近づくことができたと確信した頃、俺の山での生活は終わりを告げることになる。

ある日俺は高熱を出し身動きが取れなくなった。

恐らく食料として食べていた動物の中に伝染病を持ったものがいたのだろう。

薄れゆく意識の中、翼を羽ばたせ降りてきた鷹をぼんやりと眺めながら俺は気を失った。

それが鷹との最後の思い出となるとも知らずに。

どれくらいか経ってから目を覚ますと俺は知らない屋敷の布団の中に寝かされていた。

俺が目を覚ましたことに気が付くと近くに座っていた女が事情を説明してくれた。

「鳥のけたたましい鳴き声がして、驚いて玄関をみたらあなたと大きな鷹が倒れていたのよ。鷹ほとんど死にかけだったみたいでこちらを一瞥して動かなくなったわ。羽が抜け、体もやせ細っていた。あなたを運びながらかなりの距離休まずに飛び続けたのでしょうね」

「そのおかげであなたは助かったのよ。あなたも本当に危険な状態であと1日でも治療が遅れていたら命はなかったわ。本当に目を覚ましてくれてよかった。」

結局守られてばかりであった。

強さに近づけたなど浅ましい自惚れだった。

いつか恩を返したかった。

いつかは自分が守りたかったのに。

「あなたは親はいるの?」

「わからない。親の顔も自分の名前も憶えていない。俺の中にあるのは鷹との思い出だけだ・・・」

愚かで惨めな俺は頬を濡らす涙を止めることもできない。

こんな俺は生きている価値など欠片もないだろう。

「それにしては言葉が堪能ね。ある時期まで親と暮らしていたけど記憶を失ってしまったのかもしれないわ」

女は一呼吸おいてから毅然とした態度で口を開いた。

「あなたが鷹に少しでも恩を感じているのなら精一杯生きなさい。鷹は君に生きてほしくて命を落としてまでここまでやってきたのだから」

それから一転いたずらっぽく笑って

「もしあなたがよかったらだけど行くところがないのならうちの子にならない?女の子ばっかりで男の子がいてくれたら心強いのだけど」

一瞬何を言われたかわからないが、反射的に頷いてしまう。

その様子を見て女は花が咲いた様に笑った。

「とってもうれしいわ!断られたらどうしようとおもったけどよかったわ。一緒に暮らすのなら名前がないのは不便ね。そうねあなたの朱いきれいな目とあなたをうちに運んでくれた鷹の翼のような強さを持てるように願いを込めて朱翼(あずさ)というのはどうかしら?」

『■■の目は朱くてきれいねぇ』

俺に名前の良し悪しはわからないが鷹のような強さを憧れていたので頷く。

「気に入ってくれてなによりだわ。今日からうちの子よ朱翼。あの人もあなたを気に入ると思うわ。きっとカナエとしのぶとも仲良くなれるわ」

『■■は私の宝物』

俺の頭を撫でながら優しく微笑む。

こうして目の前の女は俺の母となり、俺には胡蝶朱翼という名前が付いた。

俺は心の中で誓った。

今度こそ俺を助けてくれたものを守ろう。

守られるだけでなく守る強き者に。

鷹のような強さを持った男になると。

不意にあふれた記憶に戸惑いながらも俺はそう誓った。



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妹から見た義兄(あに)/兄の決意

私には姉と義兄(あに)がいる。

兄は幼少の頃山で暮らしていたためか少し変わっている。

当たり前の常識や知識を知らない。

「しのぶ、これはなんて読むんだ?」

「胡蝶(こちょう)と読むのですよ兄さん。私たちの苗字です」

「苗字って何だ?」

「家族の証の様なものですよ」

「家族の証か・・・いいなぁ。書き方も教えてくれ」

「はいはい」

言葉はそれなりに堪能だが字の読み書きが出来ないため、わからない字があると姉と私によく聞いてきた。

「雑草なんて集めてどうするんだしのぶ?」

「雑草じゃなくて薬草。これで怪我や病気を治すんです。兄さんの病気もこれで治ったんですよ」

「こんなちっぽけなものなのにすごいなぁ。山で散々見かけたけど知らなかったよ」

兄に薬学や治療の知識を教えるも姉と私の役目だった。

知らないことを教えるたびに兄は大げさに驚いていた。

兄さんわからないことがあるとなぜか姉より私に聞いてくることが多かった。

「しのぶ、べっぴんさんって何だ?」

「綺麗な女の人のことですけど・・・兄さんその言葉誰から聞いたの?」

「父さんがすれ違った女の人をみて呟いてたんだ。べっぴんさんだって。べっぴんさんていう名前の人かと思ったよ」

「父さん・・・」

思わず頭を抱える。

兄さんはたまに誰かから聞いた変な言葉を私に聞いてくる。

「じゃあ、しのぶはべっぴんさんだな」

「ちょっと兄さん何言ってるの!?」

「朱翼、朱翼、お姉ちゃんは?」

「姉さんもべっぴんさんだ。ところで姉さん何でしのぶは顔を赤くしているんだ?」

「しのぶは朱翼にべっぴんさんっつて言われ照れてるのよ」

「そうなのか。本当の事なのに」

「姉さん!」

時々変な事を聞いたり、言う兄だがいつも私に何か物を聞いた後には必ず、

「ありがとうしのぶ。しのぶは物知りだなぁ」

と言って兄さんが私の頭を撫でる。

「そうそう、しのぶはお利口さんなのよ」

姉さんも一緒に私の頭を撫でる。

きっと兄は父の真似をして私が喜ぶと思ってやっているのだろう。

兄に頭を撫でられるのは嫌いじゃなかった。

父と母の手より一回り小さい二人の手で頭を撫でられるのは少し恥ずかしいが心地よかった。

「しのぶ、しのぶ!この衣のついた物はなんだ?すごく美味いぞ!」

「天ぷらですよ兄さん。そんなに急いで食べなくても誰も取りませんよ」

「おいしそうに食べてくれて母さんうれしいわぁ」

「そんなに気に入ったの?ならお姉ちゃんの分も食べていいわよ」

「本当か、ありがとう姉さん!けど姉さんに悪いから一個でいいよ」

「えらいぞ朱翼!いい子の朱翼には父さんの天ぷらも一個あげよう」

「父さんもありがとう!」

兄と血の繋がりはなかったけれど本当の家族の様に思っていた。

手の焼ける優しい私の兄。

いつまでも5人で一緒に暮らせると思っていた。

そう思っていた。

 

 

 

 

「あまり遠くまで売りにいかなくていいからね朱翼。張り切ってくれるのはうれしいけど夜道は危ないんだから」

「大丈夫だよ母さん。俺は夜目が効くんだ」

「早く帰ってこないと父さんが朱翼の晩御飯も食べちまうかもな?」

「それは困るな。暗くなる前に帰るよ。それじゃあ行ってくるよ姉さん、しのぶ」

「いってらっしゃい朱翼」「気を付けてね兄さん」

薬を売りに出かける兄を家族で見送る。

兄は内で診断や治療の手伝いをするより、外に出て薬を売る方が性にあっているらしくいつも遠くの方まで薬を売りに行く。

暗くなる頃に家に帰る事も少なくなかった。

そのたび少し申し訳な様子で玄関の扉を叩き、母に家の中に入れてもらう。

その日も辺りが暗くなった頃、玄関の扉を叩く音がして母が玄関に向かった。

いつもより扉を叩く音が乱暴だったが兄が帰ってきたと思っていた。

「キャアアアッ!」

「母さん!?」

母の悲鳴が聞こえ玄関の方に向かう。

そこには見知らぬ男が目を血走らせて、母の首を噛みついている。

首から血だまりが出来ている。

「うぅ・・・逃げてカナエ、しのぶ・・・・」

「うまい、うまいなぁぁぁ!久しぶりの飯だぁああ・・・うん?」

飯、飯といったのか母を。

目の前の男は母を食べているというのか。

「此処にもうまそうなこどもがいるなぁあああ」

焦点の合わない目がこちらに向いた。

「逃げろ!カナエ、しのぶ!」

悲鳴を聞き駆け付けた父が男を床に抑える。

「お父さんは大丈夫だから、早く此処から離れろ!」

「邪魔臭いなぁあああ」

父の言葉に姉が我に返り、私の手を引いてその場から離れる。

背後で母と父の悲鳴が聞こえる。

悲鳴が段々と大きくなり、やがて聞こえなくなった。

代わりに背後からギィギィと床の軋音が近づいてきた。

縁側までたどり着き、外に出られるすんでのところで私は恐怖で足が縺れ転んでしまった。

「しのぶ!・・・・ヒッ」

「追いついたぜぇええ」

私たちの後ろには母と父を殺した男がニタニタと笑っていた。

両手に何か持っている。

「安心しろよぉおお。すぐ母ちゃんと父ちゃんに会えるぜぇええ」

それは苦痛に満ちた表情の母と父の首だった。

姉が膝をついた。

恐怖と絶望が私たちを満たす。

「あぁぁ・・・あ、あ」

「俺の腹の中でなぁああ」

叫び声をあげることも、立ち上がることもできない。

男が地に濡れた口を大きく開き、ゆっくりと近づいてくる。

怖い。怖い、怖いよ。

誰か。誰か。誰か、助けて・・・お父さん、お母さん・・・兄さん。

私は恐怖で目をつぶった。

「いただきまぁあ・・・アグァ!?」

突然空気が破裂するような破裂音がした。

それは男の首の肉片がはじけ飛ぶ音だった。

男が縁側の仕切りを突き破って庭に転がっていた。

驚いて目を開くと、兄が目の前に立っている。

兄の手からは血が滴っている。

兄が男の首を殴りつけたようだ。

「二人はここで待っててくれ」

兄はいつもと様子が違った。

陽の光のような朱い目は、地獄の炎の様に燃え滾っている。

素朴な声は、感情が抜け切ったように冷たく響いている。

「絶対に許さない・・・必ず殺す。地獄の底に落としてやる」

「殺すぅううう?お前じゃ無理だぁああ」

男が首をさすりながら立ち上がる。

はじけ飛んだはずの首の一部は何事もなかったかのように元に戻っている。

やはり男は人間ではなかった。

「ほぉら、もう元通りぃいい。地獄に行くのは俺じゃなくお前の方だぁああ」

「兄さん!」

男の拳が兄の頭めげけて振り下ろされる。

兄の頭がはじけ飛ぶ光景が脳裏に浮かんだ。

「そうか・・・それは都合がいい」

「は?」

さっきよりも大きな破裂音が鳴り響いた。

兄が拳の風圧で男の腕を根本から抉り取った音だった。

「ギヤァアアアア」

男の悲痛な叫びが辺りに響く。

兄はもう一度拳を空に振り、風圧で男のもう片方の腕を抉りとり、距離を詰め男の顔面を地面に押し付け引きずった。

私たちから距離が離れたことを確認すると男の上に馬乗りの姿勢になり低い声で呟く。

「死に切らないというのなら何度も殺してやる・・・地獄に落ちないのなら俺がお前の地獄になってやる」

「おい、お前やめぇ・・・」

「永遠に死に続けろ」

兄は男の至近距離で風圧を放ち、首をねじ切った。。

首をねじ切り、その間で腕が再生したなら拳を振り下ろしはじけ飛ばした。

再び頭が再生しても、何度も頭をねじ切った。

何度も。何度も。何度も。

拳の肉が裂け、骨がむき出しになり、体が鮮血に染まっても兄は構わず拳を振り続けた。

砂煙と共に兄の鮮血が辺りに舞う。

「痛ィ、痛ィ、痛ィィ!」「腹が、腹が減ってたんだよぉおお!」「許してぇ、許してくれェエ!!」

男が許しを請うても兄は無視して拳を振り続けた。

何度も。何度も。何度も。

兄が拳を振るごとに、悲鳴が響き、庭の地面ごと男の体が抉られる。

私と姉は互いに抱きしめ合い、その地獄の様な光景を見ているしかなかった。

兄の拳は日が登り、男が塵になるまで止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「もういい、やめろ。それはもう直に死ぬ」

「あぁ?」

何者かに腕をつかまれ後ろを向く。

俺の後ろには数珠をもった大男が立っていた。

大男が来ている羽織には南無阿弥陀仏と書かれれている。

「ギャァァァ」

いつの間に朝日が昇り辺りが明るくなっていた。

日の光を浴びて殴っていた男が塵になって消えた。

「君が殴っていたものは人ではない、鬼だ。鬼は日の光と日輪刀でしか殺せない」

「鬼・・・」

父さんと母さんを殺したのは鬼。鬼か・・・

「私の名は悲鳴嶼行冥。鬼を殺し人を守る鬼殺隊に所属している。私には鬼を殺し、君たちを守る義務があった」

数珠の他にも斧と鉄球を鎖でつなげがった物を持っていた。

どう見ても刀には見えないがあれが日輪刀だろうか。

「私がもう少し早く来ていれば君の両親は死なずに済んだかもしれない。間に合わなくて申し訳ない・・・!」

悲鳴嶋さんは深く頭を下げた。

手に持った数珠にひびが入るほど拳を強く握りしめている。

母さんと父さんが殺されたことに対し、心を痛め、憤りを感じていてくれているようだ。

「姉さんとしのぶは?」

「後ろにいる子供なら無事だ。目立った怪我もない。救援は既に呼んである」

よかった。母さんと父さんは守れなかったけど、二人は何とか守れたみたいだ。

「悲鳴嶋さん、鬼はこいつの他にもいるのか」

「今も闇に身を潜み、どこかで人を食らっている。元凶を潰さぬ限り鬼は際限なく増え続けるだろう」

「さっきの鬼よりも強い鬼もいるのか」

「十二鬼月という強力な鬼共がいる。それに比べたら先の鬼は塵芥も同然だろう」

いつ鬼がまた襲ってくるかわからない。

次はもっと強力な鬼が二人を襲いに来るかもしれない。

次は二人とも殺されるかもしれない。

嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。耐えられない。

二人がこちらの話を聞いていないのを確認してから俺は言った。

「悲鳴嶋さん、俺を鬼殺隊に入れてくれないか?」

二度と二人の前に鬼なんて来させないために鬼を殺す。

そのためには鬼殺隊に入るのが一番だろう。

「姉と妹はどうするつもりだ?」

「近くの町に親戚が暮らしている。そこを頼りにすれば生きるのには困らないだろう」

「鬼は狡猾で強力だ。手足を切り落としても新たに生えてくる。鬼殺隊に入る、鬼と戦い続けるということは平穏を捨て、炎に身を投げるのも同然の事だ・・・」

「姉さんとしのぶを守れるのなら望むところだ。二人を平穏な生活を守れるのなら、笑顔を守れるのなら、幸せを守れるのなら。地獄の炎にこの身を燃やしても構わない」

「・・・鬼殺隊に入れるかはわからないが伝手がある。素質があれば入れるやもしれぬ」

「ありがとうございます。・・・今から二人に別れを伝えてきます。少し待っていてください」

「もう少し落ち着てからの方がよいのではないか?今の二人には君が必要だろう」

そうかもしれない。

けど今じゃなきゃダメだ。

鬼殺隊の存在を二人が知らない今じゃないとだめだ。

今は恐怖で打ちのめされているが、いずれ立ち直るだろう。

鬼殺隊の存在を知れば入隊を考えるかもしれない。

姉さんは優しい性格だ。自分達のような思いの人達を増やさないために刀を取るかもしれない。

しのぶは強い性格だ。母さんと父さんの仇を取るために刀を取るかもしれない。

何より俺が鬼殺隊に入るなら、二人も間違いなく鬼殺隊に入るだろう。

二人を巻き込むわけにはいかない。

「今二人から別れないときっとふたりを巻き込んでしまう」

「・・・わかった。先に行って待っている」

悲鳴嶋さんは玄関の方に歩いて行った。

俺は二人の方に向かう。

二人とも目が虚ろだ。

「ごめんな姉さん、しのぶ。母さんと父さん助けられなくてごめん。怖い思いさせてごめんなぁ」

「・・・兄さん?」

「親戚の叔父さんを頼れば面倒をみてくれるだろう。人のいい人だから心配ないさ。そこで叔父さんの仕事の手伝いをしてもいいし、医者の仕事を継ぐのもいいかもしれない」

「いつかは好きな人でも出来るだろう。もしかしたら誰か告白しに来るかもしれないなぁ。二人ともべっぴんさんだし」

「母さんと父さんは死んでしまったけど、幸せな日々も平穏な日常も必ず取り戻せるさ」

「朱翼も一緒だよね・・・?」

姉さんが俺にすがるように俺を見つめた。

しのぶは無言で俺の袖を掴んだ。

「俺がんばるからさ。二人を傷つける奴は全部俺がやっつけるからさ」

「だから、ここでお別れだ」

しのぶの手をそっと袖から離す。

最後に頭を撫でようかと思ったが、血だらけの手を見てやめた。

二人から背を背け、走り出した。

「待って、待ってよ朱翼!どこに行くの!?」

いつもおっとりとした姉さんが必死に叫ぶ。

けど、足を止めるわけにはいかない。

「・・・置いていかないでよ兄さん!。一緒に居ようよ!」

いつも勝ち気なしのぶが弱弱しく叫ぶ。

けど、振り返るわけにはいかない。

姉さんとしのぶのところに戻りたい衝動を抑えるために、かつて母と約束したことを思い出し奮い立たせる。

『朱翼、母さんと父さんに何かあったらカナエとしのぶを守ってあげてね』

『何言ってるんだよ母さん!俺が母さんも父さんも守るよ』

『ありがとう朱翼。けど親は子を守るものだから、母さんと父さんの事はいいの』

こういう時の母は頑なで、有無を言わせぬものがあった。

『・・・わかったよ。母さんと父さんに万が一何かあったら俺が二人を守るよ。けど万が一だからな!俺は母さんも父さんも守るつもりだからな!』

『うふふ、ありがとう。じゃあ約束よ、朱翼』

母さんが小指をだした。

『約束するときは、お互いの小指と小指からめてゆびきり、げんまんって一緒に言うのよ』

『こうか?母さん』

母の小指と俺の小指を絡める。

『そうそう、じゃあ一緒に言うわよせーの』

『『ゆびきり、げんまん』』

母はすこし申し訳なさそうに笑った。

なぜかその表情は昔どこかで見たことがあるような気がした。

『ごめんね■■、お母さんの代わりに■■■をまもってあげてね』

玄関の近くにいた悲鳴嶋さんに声を掛ける。

「お待たせしました。行きましょう悲鳴嶋さん」

「・・・あぁ」

どんどん二人の声が離れていく。

家族と暮らした家が小さくなっていく。

もう、二人の笑顔を近くで見ることは出来ない。

二人の笑顔を見ると心がほわほわして好きだった。

もう、父さんに頭を撫でられない。

少し乱暴に撫でられるのが心地良くて好きだった。

もう、母さんの作った天ぷらを食べられない。

山から降りてきてから沢山のおいしいものを食べてきたが、母さんの作った天ぷらが一番好きだった。

失ったものは二度と元には戻らない。

ならせめて母との約束だけは、二人の平穏な生活だけはせめて守り通そう。

何があっても。




胡蝶朱翼
母との約束を守るために家を出る。
姉と妹には平穏に暮らしてほしい。

カナエ、しのぶ
何の説明もなく朱翼に置いて行かれる。
鬼についても、鬼殺隊の事も何も知らない。

悲鳴嶼行冥
少し朱翼を過去の自分の姿と重ね合わせてみている。


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鬼殺隊になるまで/同期から見た朱目の男

「鬼狩りになるは育手の修練を乗り越えねばならない」

「…じゃあここは育手がいる道場ですか?」

家を立ち野を超え山を越え休まず走り続けて数日、町はずれの一軒の道場の前に着いた。

今まで行先をいくら訪ねても何も答えてくれなかった悲鳴嶋さんが唐突に口を開いたので少し反応が遅れてしまった。

「そうだ。育手はそれぞれの流派、場所、やり方に応じて身体能力を上げる全集中の呼吸を使える剣士を育てる。基本となる流派は炎、水、風、岩、雷の五つでほかの流派はここから派生した流派だ」

「君の戦いからして、私の使う純粋な力で押す岩の呼吸よりも斬撃で切り刻む風の呼吸の方が適正にあっているだろう」

鬼を直接殴り飛ばした時よりも風圧を飛ばし肉を抉った時の方が手ごたえがあったし、鬼も苦しんでいたからそうかもしれない。

「この道場にいるお方はかつて鬼殺隊の最高位の剣士、柱であった風の呼吸の使い手だ。怪我で柱を退いてから育手になった。とても厳しい人だがこの人の元での修行を乗り越えることが出来れば、必ず君の力の糧となるだろう」

「育手の修練はどこも命を落しかねぬ程過酷で厳しい。修練を乗り越えても藤襲山で行われる最終選別で生き残れる者は極わずかだ。強い復讐心を持っていても、覚悟や信念を抱いてもなお鬼を前にして土壇場で心が折れ、逃げ出す者も後を絶たない。人のために命を懸けて戦える者はそう多くはない…」

「……」

悲鳴嶋さんの言葉にはどこか重みがあり、それが彼自身の体験に基づいて得られた事実なのだろう。

「もし君が本当に残してきた家族の事を想うのなら、家族を奪われた怒りが本物なら乗り越えて見せろ。修練と想いだけが唯一不滅の鬼から大切なものを守る手段なのだから」

「…わかりました。ここまでありがとうございます」

 

 

 

〇月〇日

今日から師匠の元で修行の日々が始まる。

教えてもらった型を忘れないように日記に書き残しておこうと思う。

姉さんとしのぶに字の書き方を教えてもらっておいて本当に良かった。ありがとう姉さん、しのぶ。

師匠はかつて悲鳴嶋さんと同じ鬼殺隊の最高位である柱だった程の実力者であり、師匠の訓練はとても厳しい物だった。

どうやら俺は既に全集中の呼吸を習得していたらしく、兄弟子たちに混じって訓練に参加した。

師匠が風の呼吸の技、壱ノ型 塵旋風・削ぎを木刀で放ち、その攻撃を受け止めたり、避けながらも文字通り骨の髄まで体に技を叩き込み、型を覚えるという単純なものだ。

反吐をぶちまけて気絶するまで休憩はないし、師匠に攻撃を与えるまで次の型には進めない。

あまりに早く失神するとバケツで水を掛けられて無理やり起こさせる。

持っている木刀が折れたら、素手で殴りかかるか倒れている奴の木刀を使うかしかない。

師匠の放つ技はどれも凄まじく、まともに受けると嵐に巻き込まれたようにに吹き飛ばされる。

師匠は俺たち全員相手にしてもかすりもしなかった。

師匠や兄弟子達の顔や体に同じ様な切り傷があるのは多分この修行が原因だろう。

師匠が技を放つ度に気絶し、倒れる者が増えまさに辺りは死死累々といった阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

初日は全身ボコボコのゲロまみれで、鏡に移った自分が別人に見えるほど腫れた。

正直心が折れそうだが、母さんとの約束を守るため、何より残してきた二人のために挫ける訳にはいかない。

明日は避けて見せる。

 

〇月●日

訓練を始めて数週間経ち、何とか避けたり防ぐことが出来るようになった。。

だが、師匠に一撃を与えられていない。

そもそも技をうまく放つことが出来ない。

うまく師匠の懐に潜り込み、木刀をふり技を放とうとすると力を入れ過ぎて根本から折れてしまう。

なら力を抜いて技を放とうとすると、手から木刀がすっぽ抜けて遥か彼方に飛んでったしまった。

ボコボコにはされなくなったが、まともに木刀も握れなかったら何時までたっても次に進めない。何とかしなければ。

そういえば兄弟子の中で一人師匠に技を当てて、弐の型に進んだ奴がいたな。

兄弟子の中で一番動きがよかったから印象的だった。

確か名前は不死川実弥という名前だったはずだ。

日中は師匠の訓練で聞けないから夜の内にコツを聞いてみよう。

 

〇月△日

今日も壱の型から進めないが収穫があった。

実弥に技のコツを教えてもらう代わりに稽古をつけてもらえたのだ。

相手にされなかった最初に比べるとかなりの進歩だ。

これで何か手がかりがつかめるかもしれない。

 

〇月▽日

兄弟子たちの数が日を経るごとに減っている。

己の限界を悟り、書置きを残し、道場を去る者。

病院に運ばれた者は、治療のため病院にいるのか、逃げ出したのか戻ってくる者も最近は少ない。

残っている者も目が死んでいる奴が増えてきた。辞めるのも時間の問題だろう。

気持ちはわからなくはない。

だが、俺は何が何でもあきらめるわけにはいかない。

実弥は厳しい訓練に耐え、肆ノ型まで進んでいる。

あいつにも何か背負っている物があるのだろうか。

いつまでも負けてはいられないな。

 

〇月□日

実弥との稽古を経て、風の呼吸に近い動きは出来ているが癖がかなり強い事がわかった。

風の呼吸を派生させて、自分に合った理想の型編み出したらどうだと実弥に助言された。

見た目に反して、親切な奴だ。

 

△月■日

師匠の元で修行を受け数か月が経った。

俺の理想の動きは、天高く舞う鷹だ。

目蓋に焼き付いて離れない、双翼で風をきり、上空を勢いよく飛ぶ鷹。

俺は木刀を二刀構え、塵旋風・削ぎを基に剣技で風を起こし、その風の中に飛び込み回転しながら突進して斬り込んだ。

名付けるなら、鷹の呼吸 壱ノ型 飛鷹展翔。

今までと比べものにならない速度で師匠の懐に飛び込み、木刀を弾き飛ばし一撃を与えられた。

ようやく俺が弐の型に進める様になった頃には、三十人程いた弟子達は俺実弥以外残っていなかった。

 

■月〇日

壱の型を超えてからは、何度か三途の川を渡りかけながらも順調に風の呼吸を鷹の呼吸に昇華できた。

弐ノ型、参の型と進み俺が漆ノ型を超え、鷹の呼吸の型に組み込んだ頃、ついに最終選別の知らせが来た。

最終選別を受けるか否かは育手である師匠にゆだねられたおり、俺と実弥は二人とも最終選別を受ける実力があると認められた。

だが師匠の方針で、最終選別を受けるのは1年に一人と決めあり、二人のどちらが受けるか俺と実弥の真剣での勝負で勝った方がが最終選別を受ける事になる。

実弥との稽古での勝敗は今まで五分五分だ。

負けるわけにはいかない。

 

 

 

「勝負は一回。真剣で勝負する。先に相手に一撃を与えるか、無力化した方が勝ちだ。勝者に今年の最終選別に受けさせる。異論はないな?」

師匠が立会人として今回の勝負の説明をする。

「はい」

「あァ」

俺と実弥は間合いを開けて、位置に着く。

真剣は普段使う木刀よりいくらか重い。

「勝って最終選別に行くのは俺だァ。てめぇは弟弟子らしく道場で待ってなァ」

「実弥こそ兄弟子なら兄弟子らしく弟弟子に花を持たせたらどうだ」

「その減らず口今すぐ聞けなくしてやるぜェ」

互いに刀を構え、呼吸を整える。

"風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ”

"鷹の呼吸 壱ノ型 飛鷹展翔(ひおうてんしょう)”

自身で起こした風に飛び込み、回転しながら二刀で突進してくる斬撃を迎え撃つ。

互いの剣技で弾け飛ばされ、軌道がずれる。

実弥の背に回り、すぐさま追撃を開始する。

"鷹の呼吸 漆ノ型 飛鷹風車(ひおうかざぐるま)”

垂直方向に身体ごと一回転させ、体を翻し再び実弥に向かって突撃する。

「読めェてんだよォォ!!」

"風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪”

だがこれを実弥は背中を反らして空中で避け、空中から地上に向かって螺旋状の斬撃を振り下ろす。

「お返しだ!!」

"鷹の呼吸 陸ノ型 帆翔流転(はんしょうりゅうてん)"

水平方向に横長の風を巻き起こし、旋回しながら攻撃を避け、回避と同時に流れる様に横から斬りつける。

「ぐっ!!」

攻撃を刀で受け、実弥の体が宙に飛ぶ。

"鷹の呼吸 肆ノ型 飛鷹谷風(ひおうたにかぜ)"

自身の体を吹き上げる風を巻き起こし、実弥の懐に飛び込む。

「舐めんなァァ!!」

"風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐”

下方から巻き上げるように切り上げ、上空に弾け飛ばされた。

だが防がれるのは予想通りだ。

空中に弾け飛ばされるのが狙いなのだから。

「手の内を知っているのはお前だけじゃないぞ、実弥!!」

「コイツ・・!?」

”鷹の呼吸 伍ノ型 飛鷹地嵐(ひおうじあらし)”

伍ノ型は落下速度も加わるため壱ノ型、肆ノ型、漆ノ型と比べ速度が出る。

伍ノ型は技を放った位置が高ければ高いほど威力が増す。

上空から吹き降ろす風を巻き起こし、上空から獲物を襲う鷹の様に身を翻しながら、二対の刀を振り下ろした。

"風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹”

実弥を取り巻くような剣戟を繰り出したが、構わずそのまま突っ込み、実弥を巻き込みながら落下する。

「俺の勝ちだ」

「っち・・・」

首に向かった刀を片方の刀で防ぎ、もう片方の刀を首元に押し付けた。

「勝者、朱翼!よって今年の最終選別に受ける者を朱翼に決定する!」

師匠は高らかに宣言した。

勝負は俺の勝利で幕を閉じた。

「…ろくに木刀すら握れなかった奴に負けるとはなァ」

「実弥のおかげだな」

「勝った奴に言われても嫌みにしか聞こえねぇ…俺に勝ったんだ雑魚共に喰われるなんて下らない死に方すんじゃねえぞ」

「無駄死にするつもりはない。生き残ってみせるさ」

「甘ったれた事言ってんじゃねェ、山に居る雑魚共全員ぶっ殺せェ!!」

「出来るだけ多くの鬼の頸を斬ってみせる」

「手ぶらで帰ってきたらぶん殴るからなァ」

「わかってる」

俺達の会話を師匠はいつもの険しい目つきを少し緩めながら聞いていた。

 

 

最終選別の舞台である鬼襲山は季節外れの藤の花が月明りに照らされてどこか浮世離れした雰囲気が辺りに漂っていた。

山の中腹にはすでに20人程度の鬼殺隊を志す者達がそれぞれ張りつめた顔を浮かべながら選別の時を静かに待っていた。

覚悟を決め落ち着いている者もいるが、足が震え怯えている者もいた。

師匠は最終選別を毎回一人ずつ受けさせるが、育手によっては複数人を最終選別に受けさせる者もいるようで、何人かは複数人で固まって待っている。

狐の面を被っている少二人組の少年もおそらく育手が同じなのだろう。

皆程度の差はあれど体や顔などに、傷跡や包帯を巻いており、ここまで来るのに厳しい訓練を乗り越えてきたのがわかる。

それでもこの中で生き残るのは数人しかいない。

どれだけ努力しても、鬼殺隊に入る前に死んでいく者がほとんどなのだ。

しばらくすると、白樺の木の妖精の様な美しい女性が現れて最終選別の説明を始めた。

「今宵は最終選別にお集まりいただきありがとうございます。此処までの山には鬼が嫌う藤の花が一年中咲いており鬼が外に出ることができませんが、これより先は藤の花が咲いていませんので鬼共がおります。この中で七日間生き残ることが最終選別の合格の条件でございます。では皆様ご武運を」

説明が終わると皆一斉に駆けた。

生存率の低い最終選抜だが、より多くの鬼を殺せば全員生かすことが出来るだろうか。

実弥の言うような皆殺しまでいかずとも、出来る限り鬼の頸を落そうと心に決め、七日間選別が始まった。

……と初日に意気揚々として挑んだ最終選別だが、既に五日目に入ったが未だ鬼を一匹も倒していない。より正確に言えば一匹の鬼にも遭遇していない。

負傷した者には会っているのだから鬼はいるはずなのだが……

この六日間やったことといえば、負傷した者の手当て位である。

手当した人数は十人は超え、最終選別を受けている者の半数以上にものぼるがそれだけである。

昨日手当した後藤によれば、鬼に殺されそうになったところを、狐の面をつけた宍色髪の少年に助けられたそうだ。

一昨日手当した尾崎も狐の面の少年に助けられたと言っていた。

今まで治療してきた者ほとんどが一様に同じことを言っていた。

ということは、俺が十人治療程治療している間にその少年は最低でも十匹の鬼を倒していることになる。

このままでは少年が助けた者の治療をしている間に、この山にいる鬼共をすべて倒されてしまうかもしれない。

人を助けらるのは確かに好ましいが、俺は負傷者の手当てをするために鬼襲山に来たのではなく、鬼の頸を斬り、強さの糧にするために来たのだ。鬼殺隊に入るために来たのだ。

もし一匹の鬼も倒さずに最終選別を終えたら実弥にぶん殴られるだろう。

まずい、まずいぞ。非常にまずい。あと二日しないのに。

山中を走り回りながら必死に鬼を探す。

しばらく探索していると、どこからか男の叫ぶ声が聞こえた

声のした方に行ってみると、二人の男が揉めているのが見えた。

「錆兎、錆兎!」

「その怪我じゃ無理だ!俺たちが行っても彼の足手まといになる!」

狐の面をした黒髪の少年が、四日目あたりに手当てした村田に止められている。

狐の面の少年は額から血を流しており、戦える状態には見えない。

「どうした!?何があった」

「君はあの時の…」

「錆兎を助けてくれ!一人で大型の鬼の方へ行ってしまったんだ!」

「その鬼は強いのか?」

「あぁ、大量の腕を操る鬼でいくら斬っても生えてくる。たぶん今まで喰べてきた人間は一人や二人なんかじゃない…今までの鬼とは別格の強さだ」

「錆兎の刀は今までの鬼との戦いで摩耗してるんだ!一人じゃ無理だ!」

鬼の強さは人を喰った数に比例する。

人を多く喰べた鬼は時として、肉体を変化させ、人知を超えた妖しき術を操ると師匠から教わった。

鬼の急所である頸も固くなる。

そんな鬼に対して一人で戦うのは確かに無謀だ。

刀が摩耗しているのなら尚更だ。

「その鬼と錆兎はどこにいる?」

「東の方角だ。そんなに距離は離れていない」

「わかった。その鬼は俺が何とかしよう。村田、そいつとどこか安全な所で隠れててくれ」

「わかった!気を付けてくれ!」

「錆兎を頼む!」

二人の声を背にして、錆兎と鬼のいる方向に駆けだした。

 

 

 

 

 

 

「お前鱗滝の弟子だろ?俺はアイツに捕まったせいでこんな所に閉じ込められている。だから俺は狐の面をしたアイツの弟子を皆殺してやると決めれるんだ。」

「!?、じゃあ今まで鱗滝さんの、俺たちの兄弟子を殺したのは…」

「俺だよ。皆腹の中さ。かわいそうにこんな面をつけてなきゃ殺されずに済んだかもしれないのになぁ。鱗滝が殺したようなもんだ。育手失格だよなあ」

「お前は俺が殺す!」

あいつは兄弟子達を、俺達が大好きな鱗滝さんを侮辱した。

誰よりも強く、身寄りのない俺達を想ってくれる鱗滝さんが育手失格な訳がない。

"水の呼吸 参ノ型 流流舞い”

流れるような足さばきで四方から伸びてくる無数の腕を避け、斬り刻みながら間合いを詰める。

鬼の愉悦を浮かべた表情が次第に焦りに変わっていく。

地中から伸びてきた腕を踏み台にして、鬼の頸に刀が届く間合いへ跳んだ。

なぜか刀を振るう瞬間鬼が笑みを浮かべたが構わずに斬りかかった。

兄弟子達の未練をここで晴らす!

"水の呼吸 壱ノ型 水面斬り”

"鷹の呼吸 壱ノ型 飛鷹展翔”

風を切る轟音と共に何者かが横に急接近し、刀を鬼の頸を振り下ろす前に俺を脇に抱えて地面に飛び降りた。

「誰だか知らないが邪魔をするな!コイツは俺が倒さなきゃならないんだ!」

突然割り込んできた朱目の男の脇から逃れ、叫んだ。

「その鈍らでか?」

俺の持つ日輪刀を指を指しながら言った。

言われてみれば確かに連日の鬼との戦いによって摩耗している。

あの鬼の頸は斬れないかもしれない。

「だからといって引く訳にはいかない!俺の兄弟子達はアイツに殺されたんだ!ここで逃げたら男じゃない、何よりも鱗滝さんに顔向け出来ない!」

「だからといって無駄死にするつもりか?あの鬼はその鈍らで頸を斬り損ねた瞬間を狙って頭を握り潰すだろう。それをお前の育手を望むと思うのか?」

「……しかし」

「なら逃げなくてもいいから、俺があの鬼を倒すまで此処で見ていろ。お前の代わりにお前の兄弟子の未練と育手の屈辱を晴らしてやる。しっかり見届けろよ」

男は二対の刀を構えながら鬼の方へと向き直った。

「お前鱗滝の弟子じゃないな。狐の面をしてないもんな」

「ああ、俺の師匠は鱗滝という名ではない。貴様は今まで何人人を喰った?」

「俺は鱗滝に閉じ込められた江戸時代…慶応の頃から狐の面の子を十一、他のガキを合わせるとお前で五十人目くらいだなぁ」

「……クソ!」

鱗滝さんは十一人もの弟子をコイツに奪われたのか。

いったいどれほど苦しんだのだろう。

「鬼襲山には人を二、三人程喰った鬼しかいないと聞いたが江戸から大正まで生きながらえた鬼がいるとは驚きだな」

「……大正?アァアアァ年号がァ!!年号がまた変わっている!!許さん、許さん!鱗滝!!!」

「安心しろ、これ以上お前が年号を気にする必要はない。なぜなら大正時代でお前の命が終わるからだ。楽に死ねると思うな」

「ほざけぇ、ガキが!」

前方から無数の腕が伸び朱目の男に向かって襲い掛かる。

"鷹の呼吸 参ノ型 双翼乱舞(そうよくらんぶ)"

二対の刀で凄まじい連撃を放ち、全ての腕を真正面から斬り落としながら前に進む。

俺でも全ての腕を斬り落とすことは出来ず、回避しながら間合いを詰めていたのになんて奴だ。

「ッ危ない!」

男の死角の地中から腕が伸び、襲い掛かった。

「何!?」

男は後ろに目でもあるのか、前を向いたまま後方の腕を斬り落とした。

「その程度じゃないだろ?もっと腕を生やしてみろ」

「くそっくそっ!!!」

鬼は後方に伸ばしていた腕を戻し、全ての腕を前方向に集め無数の腕が壁のように男に迫る。

"鷹の呼吸 玖ノ型 嘴穿壊砕(しせんかいさい)"

二対の刀から大砲の様な斬撃が二つ放たれ、無数の腕を貫通して鬼の下半身を大きく抉った。

「ぐぅうう!?」

下半身を抉られた鬼は体勢を崩し、仰向けに倒れた。

「その穢れた命を以て、俺の力の糧となれ」

”鷹の呼吸 壱ノ型 飛鷹展翔”

二対の刀を交差させ、斬撃と共に体を回転させながら鬼の下半身から鬼の体を全て斬り刻みながら猛進し、太い腕に覆われた頸を捻じ切った。

鬼が消える間際に何か言っていたようだったが、風を切る轟音で何も聞こえなかった。

男は終始鬼を圧倒し、勢いと鋭さを併せ持つ剣技でねじ伏せて見せたのだ。

「フハハハハ!!いいぞ、いいぞ。俺の技は鬼に通じた!俺は確実に強くなっている!師匠との訓練の日々は、実弥との稽古は、この数年間は無駄ではなかった!!だがまだだ、まだ足りない。俺はもっともっと強くなって見せる!そして鬼共を一匹残らず殲滅してみせる!!!」

男は刀を鞘に納めることなく、猛禽類の様に朱い瞳を鋭く光らせながら叫んだ。

男の獣じみた戦い方も相まって、自分が仕留めた獲物を前にして吠える鷹の様に見えた。

 

 

 

 

 

 

「…すまない、見苦しい物を見せたな」

錆兎がいることを忘れ叫びまくってしまった。

控え目にいってもかなり頭のおかしい奴に見えただろう。

「…いや、こちらこそお前が来なければ殺されていた。気にしていない」

狐の面で表情が分からないが顔が引きつっていない事を願いたい。

錆兎と話していると後ろから村田と兎の面の少年が走ってきた。

「錆兎、よかった無事で…」

「男がめそめそと泣きつくな!」

「だって、錆兎が一人で突っ走るから…」

「…心配をかけてすまない。ありがとう」

錆兎が狐の面の少年にげんこつをしたあと、頭を優しく撫でた。

友人関係というよりも、兄と弟の様に見える。

「あの鬼を倒すなんてお前すごいな!手当てだけじゃなかったんだな」

「一言余計だ」

「痛たたた、脇腹をつねないでくれよ!」

村田の脇腹をつねっていると錆兎と狐の面の少年が前に来た。

二人とも面を外して口を開いた。

「錆兎を助けてくれてありがとう…!俺の名は富岡義勇だ」

よほど錆兎の事が心配だったのか、富岡は目を潤ませている。

「お前が来なかったら俺は死んでいた。兄弟子達の未練を、鱗滝さんの屈辱を晴らしてくれて本当にありがとう。この恩は忘れない。俺の名は錆兎だ。よければ名前を教えてくれないか?」

錆兎の顔は口元から頬にかけて大きな傷が目立つ。修行の跡だろうか。

そういえば、自己紹介をしていなかったと思い、村田の脇腹から手を離す。

「俺は胡蝶朱翼だ。今まで鬼狩りをしなかった分を働いただけだから気にするな。それより冨岡額の傷を見せてくれ。簡単だが手当てする」

「朱翼は医療の心得があるのか」

「めちゃくちゃ痛いけどな。雑巾みたいにざくざく縫われるぞ」

「……痛いのか」

そんなやりとりをしている間に五日目の夜が明けた。

残りの六日目と七日目は鬼が全く現れず、何事もなく七日目の朝を迎え最終選別は終わった。

鬼のいる山をぬけ、最初に集まった藤の花が囲まれている山の中腹にいくと、選別開始時と同じ位の人数が集まっていた。

ぱっと見た感じだと、負傷した者はいるものの、欠けた者はいないようだ。

離れた所では錆兎が助けた人達にお礼を言われている。

「一人であれだけの人数を助けるとは、やはり錆兎はすごいな」

錆兎なら鬼殺隊の最上位の剣士である柱にもなれるかもしれない。

「何言ってんだよ、確かに鬼から守ったのは錆兎だけど、治療して選別最終日まで戦えるようにしたのは君だろ。ほら、後ろ見てみろよ」

村田に言われ後ろを振り向くと、後藤と尾崎がいた。

「おっ、いたいた。あんたのおかげで最終日まで生き残る事ができたぜ。ありがとうな」

「…いや、俺がやったのは簡単な手当てだけだ。そんな大層なことじゃない」

「そんな事いわないでください。確かに直接鬼から助けて貰ったのは錆兎さんですけど、こうして最終日まで途中で離脱しないでいられたのは胡蝶さんが手当てしてくれたからですよ」

「そうだぞ、もっと自信持てよ」

「…そうか、助けになったのなら何よりだ」

そう言うと、二人は笑った。

しばらくすると、初日にいた白髪の女性がやってきた。

「皆様、最終選別突破おめでとうございます。長い鬼殺隊の歴史において最終選別で全員が生還する事は非常に稀な事であり、当主の煇哉共々喜んでおります」

俺が倒した鬼は、腕の鬼一匹だけだが、結果だけみれば全員生還でき、少しでもそれに貢献できたのなら喜ばしいことだろう。

「村田、煇哉って誰の事だ?」

「鬼殺隊の一番偉い人、産屋敷の現当主の産屋敷耀哉様だよ。お館様って呼ばれてる。鬼殺隊に入るんだから自分の上司の名前くらい知っておけよ。あの人はお館様のお内儀のあまね様だ」

そんな偉い人だとは驚きだ。

「まず、皆様に隊服と鎹烏を支給させていただきます」

あまね様がパンパンと手を叩くとどこからともなく鴉が飛んできた。

「鎹烏と言い、皆様に任務の連絡、本部からの通達を伝える鴉でございます」

「鴉か…どうせ鳥なら鷹がよかったな」

「カァァ!カァア!」

「痛い、痛い!やめろ!」

小さな声で愚痴を漏らしたら、鎹烏が突っついてきた。

コイツ人の言葉がわかるのか?

「次は鬼を滅する日輪刀を造る鋼をご自身で選んでください」

大小様々な鋼が置いてある。

鋼の良し悪しなどわかりかねるので、触ってみて一番しっくりくる物を選んだ。

その後は、体の寸法を測り隊服が支給され、腕に階級が刻まれそれぞれ解散した。

「朱翼、俺はお前と肩を並べられるくらいに強くなる。そして今度はお前の命を守ってみせるぞ」

別れ際錆兎にこんな事を言われた。

鬼殺隊の任務はどれも命掛けだと聞いた。そんな事もありうるだろう。

「そうか、その時は頼むぞ錆兎」

「あぁ、任せろ!」

こうして長い長い最終選別は終わった。

 

 

 

最終選別からおよそ二週間後、ひょっとこの面をした男が訪ねてきた。

「私は鉄穴森鋼蔵と申します。朱翼殿の刀を打たせて貰った者です」

「刀匠の人ですね。俺が胡蝶朱翼です。どうぞ中へ」

鉄穴森さんを道場の客間に案内する。

刀が来る事を予想してたのか師匠が既に茶の用意をして座っていた。

「では、さっそくですが刀を抜いてみてください。二刀流の方に刀を造るのは初めてでして、合うといいのですが…」

「日輪刀は別名色変わりの刀と言う。呼吸の適正によって刀の色彩が変化し、適正が高ければ濃い色彩が出る」

つまり自分がどれくらいの才能があるのか、伸びしろがあるかある程度わかるということか。

鞘から刀を抜いてみる。

「灰緑色か。風と岩の呼吸の適正が高いみたいだな」

「渋い綺麗な色だ。握り心地はどうですか?」

「…えぇ、しっくりきます。ありがとうがございます鉄穴森さん」

「気に入って頂いて何よりです」

「カァァ、胡蝶朱翼ァ。北北東の町へ行かレヨ!」

客間の戸から鎹烏から飛び込んできた。

コイツ喋れるのか。

「鬼狩りとして最初のをオ、任務に遅れテはいけまセン!カァすぐ向かエカーッ」

カタカナ混じりで若干聞こえ辛いが鬼殺隊として最初の任務がさっそく入ってきたようだ。

鉄穴森さんを見送った後、支給された隊服を着てすぐに支度を整える。

町はずれのこの道場とも別れの時が来たようだ。

「朱翼、これを持っていきなさい」

師匠が持ってきたのは鷹の羽の模様があしらわれた羽織。

「師匠これは…」

「お前の門出祝いだ。今までよく頑張ってきた」

数年間師匠の元で修行してきたが、今初めて褒められた。

「…今までお世話になりました。本当にありがとうございました」

「お前は儂の弟子だ。自信を持て」

「はい、行ってきます」

玄関を開け外に出る。

庭の方を見ると実弥が素振りをしていた。

「実弥、いままで世話になったな。俺もう出るよ」

「…そうかァ。前の勝負の借りを返すまで死ぬなよ。勝ち逃げは許さねぇからなァ」

「そうだな、実弥こそ最終選別で鬼に喰われるなよ」

「雑魚にやられるかよォ。早く行ってこい、任務に遅れるぞ」

「あぁ、行ってくるよ」

二人に別れを告げ、道場を後にする。

師匠の元での修行は長いようで短い数年だった。

「カァ、話は済んダカ。ならすぐ向かってチョーダイ。カァア、悪鬼滅殺ゥ。カァー殺してェエちょォオオダイねーッ」

…それにしてもうるさい鴉だ。まさかずっとこんな調子じゃないよな?

若干の不安を抱きながら俺は初任務に向かった。




胡蝶朱翼
鷹の呼吸を生み出した。
二刀使い。

師匠
元風柱。

不死川実弥
一応兄弟子にあたる。

後藤
後に隠になる。

尾崎
ポニーテールの少女。

村田
サラサラヘアーの少年。

錆兎
原作と違い生存した。



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柱までの道のり

単行本17巻未収録の話に出てくる登場人物が登場します。
ネタバレを気にする方は注意してください。



町から少し離れた、深い自然が息づく夜の森を駆ける。

剃刀のように肌を削ぐ冷気が冬の到来を感じさせる。

「カァ、急がレヨ、急がレヨ。討伐隊は既に向かってイル」

闇にまぎれた鎹鴉が、吐息を白い霧に変えながら、翼を広げて急かす。

――――この辺り一帯の森では短期間で行方不明者と謎の死を遂げる者が続出している――――。

死体として発見された者は、頭を粉々に砕かれた者、胴体をぶち抜かれた者、足を吹き飛ばされた者など。

最初は人喰い熊の仕業だと思われたが、死骸の中に複数の鬼殺隊員が発見され鬼の仕業だと断定された。

殺された隊員の中には丙の階級に就いている者がいた事から、鬼の中でも一際強力な十二鬼月の可能性有りと判断された。

そこで、鬼の実力――――鬼が十二鬼月が否か、十二鬼月なら上弦か下弦のどちらか――――を判断するため乙と丙の階級の隊員数名の隊員が討伐隊として派遣された。

俺の階級は現在甲であり、この討伐隊には含まれていない。

俺の本来受けた任務はこの討伐隊が鬼を仕留め損なった、或いは鬼に壊滅された際に第二の討伐隊として他二人の甲の階級の者共に鬼を討伐を命ずる。二人の到着まで待機せよ。という内容だった。

全滅の可能性を低くするために待機を命じたのだと思うが、近くで仲間が戦っているのに悠長に待っている訳にはいかないと思い待機場所である藤の花の家紋の家を出て、現在討伐隊を追いかけ森を駆けている。

「カァア、討伐隊はココから南に向かっタ。急いでェエちょォオオオダイーッ!」

喧しい鳴き声が森に響く。

言われた方向に進む程に、漂う夜気が異様なものに変わっていく。

霧が月明かりを呑み、辺りは漆黒の闇に覆われている。

夜目が効かなければ歩くこともままならないだろう。

この時間帯は獣達も寝静まる。

森に聞こえるのは風の音のみ。

足音も話し声も、鬼と戦っている様な騒音もない。

討伐隊が向かったはずなのに、全く人の気配がない。

――――だが、夜の森に鬼殺隊員の制服でない、明らかに不釣り合いな着物姿が見えた。

木々の影や霧でよく見えないが、姿形から小柄な年若い少女だとわかる。

少女に近づくにつれ、何かが地面をつく音が規則的に聞こえてきた。

「キャハハ」

音の正体は少女が手で鞠をつく音だった。

無邪気に遊ぶ様子は微笑ましい光景だ――――少女の正体がこの惨状を作り出した鬼でなければ。

「間に合わなかったか…」

辺りには討伐隊だと思われる死体が転がり、血のむせ返る様な臭いが漂う。

腹に穴が開いた者、頭を砕かれた者、胴体が二つに分かれた者……凄惨極まる光景だ。

「今日は遊び相手が多くて楽しいのう!」

鬼特有の割れた瞳がこちらに向く。

――――その瞬間、轟音と共に鞠がこちらに放れた。

咄嗟に身を屈めそれを避ける。

鞠は背後の木に大きな穴をあけ、地面に跳ね返り鬼の手元に戻っていく。

あれ程の威力なら、人の頭など簡単に吹き飛ばす事が可能だろう。

「貴様が最近この森で人を襲っている鬼だな」

鞘から刀を抜き鬼を観察する。

鬼の瞳には十二鬼月の証となる座位が刻まれていない。

しかし、腕は血管が浮き出て異様に発達しており腕力は相当なものだと推察できる。

十二鬼月程ではないにしろ、それに近しい実力はありそうだ。

次に周囲を観察する。

地面には、既に事切れた討伐隊と破れた提灯の残骸が散らばっている。

討伐隊は辺りを照らす提灯を鞠で破壊され、暗闇の中飛んでくる鞠に対応できずに殺されたのだろう。

辺りに生きた人の気配はない。

鎹鴉は既に戦闘に巻き込まれないよう、姿を消している。

生者は俺と目の前の鬼のみ。

周囲の被害を気にする必要はなさそうだ。

「そうじゃ、今までの連中は弱くて楽しめんかったがのう。けどお前は少しは楽しめそうじゃ」

チリン、チリンと鈴の音を鳴らしながら、鞠が一つ増え、鬼の手に収まる。

鞠の数は自在に増やせるようだ。

「遊び続けよう、朝になるまで命尽きるまで、キャハハハ!」

両手か放たれた鞠が、回転しながら左右に飛ぶ。

特別な回り方をしている訳ではないため、軌道は容易に予想出来る。

二刀を交差させ、左右に飛んできた鞠に向かって振りぬく。

鞠は刀で斬れぬ程の硬度はないようで真っ二つに割れ跡形もなく消えた。

刀を外側に向けた姿勢のまま、鬼との間合いを詰めるべく奔る。

「面白いのう、面白いのう!」

鬼は顔に喜色を浮かべながら新たな鞠を右手に持ち、地面に向かって振りかぶった。

力任せに放たれた鞠はボンっと大きな音を立てながら地面を跳ね、腹部に向かって低い位置から飛んできた。

"鷹の呼吸 陸ノ型 帆翔流転”

いつもよりわずかに低く踏み込み、水平に刀を振り、鞠を斬らずに軌道を逸らす。

鞠の勢いを利用して風の流れに乗り、鬼の背後に回る。

同時にすれ違いざまに鬼の両腕を斬り落とす。

「キャハハハッ、なかなかやるのう。ここまで粘った鬼狩りはお前が初めてじゃ」

「はしゃぐな餓鬼め。紛い物の力を自慢げに振りかざすな。そんなに臆病者に血を分けて貰えたのがうれしいのか?」

「臆病者…?一体誰の事を言っておる」

「鬼舞辻無残に決まっているだろう。不滅の肉体を持っているにも関わらず、己よりもずっと脆い肉体の我々から逃げ続け、陽の光からビクビクと隠れなければ生きていけないあの惨めで哀れな臆病者の事だ。貴様のような餓鬼の手を借りる程、我々が怖いと見える。奴は筋金入りの臆病者だ」

わざと目の前の鬼とその首領を嘲り煽るような言葉を選ぶ。

鬼は総じて鬼舞辻に対し生物的な本能とは別に、強烈な恐怖を抱いている。

その恐怖の強さたるや、あらゆる責め苦にかけられようとも、殺されそうになろうとも鬼舞辻に不利益になるような情報は口にしない程だ。

今まで倒してきた鬼もそうだった。

もはや呪いと言っても過言ではない。

そんな鬼に対して、鬼舞辻を侮辱する様な事を言うと大抵二種類の反応を示す。

強烈な恐怖心から、侮辱に対して動揺し、怯え、平常心を失い攻撃が雑になる者と――――

「黙れ!よくもあの方を侮辱したな痴れ者め!あの方の能力は凄まじい、誰よりも強いのじゃ。臆病者のはずがなかろう!」

強烈な恐怖心が崇拝に近い忠誠心に転じ、侮辱に対して怒りを覚え自身の能力の全てを使って潰しにかかる者の二種類だ。

どうやら目の前の鬼は後者のようだ。

「あの方のご機嫌を損ねるような事はこれ以上言わせぬ」

鬼は諸肌を脱ぎ、晒姿を露にする。

先程斬り落とした腕は既に再生し、新たに四本腕を増やし六本の腕が胴体に生えている。

それぞれの手には鞠が握られている。

全力を出してくれるのなら、都合がいい。

わざわざ煽った甲斐があった。

鬼との戦いにおいて最も重要なのは情報だ。

どの様な血鬼術を使い、どの様に体を変化させるか知り、また自分の技がどの程度実戦で通用するのか推し量ることで、今後の戦闘やより強力な鬼との戦闘――――延いては十二鬼月との戦闘で役に立つ。

鬼の背後をとった時、頸を斬ろうと思えば斬れたが、もっとこの鬼の手の内をみるため、自分の力をより正確に確かめるために両腕のみ斬り落としたのだ。

「今度は全力で鞠を投げてくれようぞ。減らず口を二度と叩けぬよう、鞠で頭を潰してやろうぞ」

鬼は腰を深く落とし腕を同時に振り抜き、鞠を放った。

捻りを加えずただ真っ直ぐに向かってくる。

しかし今までと比べ速度が増し、一度に放たれる鞠の数が多く隙がない。

ただ斬り落とすだけでは間に合わないだろう。

――――なら

"鷹の呼吸 捌ノ型 迅嘴刺刹(じんししさつ)”

左右同時に三回ずつ、計六回高速で撃ち込み、鞠に向かって斬撃を放つ。

この技は強く踏み込み、二刀をそれぞれの腕で大きく振り抜き斬撃を放つ嘴穿壊砕より威力が落ちる。

しかし大きな予備動作が必要なく、刀を鋭く、短く突き斬撃を放つ技のため、手数が多くかつ高速の斬撃を瞬時に放つことが出来る鷹の呼吸最速の技だ。

放たれた斬撃が寸分の狂いもなく、正確に鞠を撃ち落とす。

「人間風情が調子に乗るなぁ!」

鬼が負けじと、六本の腕で二度三度と鞠を絶え間なく投げる。

放たれた鞠は十を超え、間髪入れず、際限なく放たれる。

今の捌ノ型の速度では間に合わない。

――――もっと速く、もっと巧く。

無駄な動作を削り、一撃ごとに速度を上げ、捌ノ型を連続で繰り出す。

斬撃に一切の緩急を許さずに、豪雨の如く放たれる鞠を弾く。

そして、奔る刃は投擲の速度を上回り、鬼の六つの腕を斬り落とした。

「おのれッ…!」

「遊びは終わりだ」

腕が再生する暇を与えすに、捌ノ型を放つ。

斬撃は鬼の胴体を抉り、鬼の頸を穿った。

「ギャアアッ」

鬼の断末魔が森に響く。

頸と泣き別れになった胴体は地に伏す前に塵となり、僅かに残った鬼の頸が地面に転がる。

人を多く喰らった鬼は頸を斬ってもすぐには死なない。

往生際の悪い鬼は自分を殺した者を道連れにしようと血鬼術を使う事があるが、目の前の鬼にその様な意思は感じられない。

鬼の目は陸ノ型で受け流し、斬られずに残った鞠を見つめている。

「ま…り」「遊…ぼ……」

「……」

うわ言の様に呟きながら、着ていた衣服と毬を残して鬼は消滅していった。

死に際まで毬を求め遊び相手を探す様はただの幼い少女に見えた。

「カァ、悪鬼に情けを掛けてはいけまセン!」

「あいたっ」

不意に後頭部に衝撃が突き刺さる。

確かめるまでもなく、犯人は相棒である鎹鴉だ。

いつの間に肩にちょこんと乗っている。

「どんな姿形をしていてもオ、長い年月人を喰らい続けたのは紛れもない事実ゥ。鬼殺隊の本分を忘れてはいけまセン。悪鬼滅殺、悪鬼滅殺ゥ!」

鬼にとって人は食材以外の何物でもない。

千年以上の歴史を持つ鬼殺隊において人を喰らわない鬼は確認された事例は無く、俺自身も見たことがない。

人を脅かし続ける鬼は存在自体が人にとって悪である。

人であった時がどうであれ、鬼になった過程がどうであれ鬼であるならば殺さなければならない。

選択を誤ってはならない――――でないと、また大切なものを取りこぼすことになる。

二人の元の鬼を一匹も来させない為にどんな鬼も殺すと誓ったのだから。

「…悪い、少し腑抜けていた様だ」

「分かればよろシイ!カァア」

鎹鴉は納得した様に頷くと肩から飛びたった。

「胡蝶朱翼ァ、隠の遺体回収を見届けた後にィ、他の甲の隊員と共に藤の家紋の家で待機セヨ、カァー」

「待機?付近にコイツ以外の鬼がいるのか?」

「カァア、まだ分かりまセン!ただ此処から少し離れた部落周辺で行方不明者が続出しているのは確かデス。今度は大人しく待っててェエちょォオオダイねーッ!」

そう言い放つと鎹鴉は飛び去って行った。

…相変わらずうるさい奴だ。鬼殺隊に入ってそれなり―に経ったが、こればかりは慣れる気がしない。

「第一討伐隊の方ですか?状況を教えて貰いたいのですが」

暗がりから提灯を持った黒子装束を纏った者が数人現れた。

「俺は第二討伐隊、階級甲の胡蝶朱翼だ。俺が来た時には第一討伐隊は全滅していた。生存者はいない。遺体の回収を頼む」

「わかりました。では見張りをお願いします」

事後処理部隊、隠。

目元以外素顔を隠した彼らは、鬼との戦闘の隠蔽や負傷した隊員の救護、遺体の回収を行う。

人目の多い町中での任務や大規模な被害が予想される任務において、隠が派遣される事が多い。

剣才は無いものの、育手の元で修練を積んだ経験のある者が多く常人より遥かに身体能力は高く、人を背負いながら長距離走る事が可能だ。

戦闘能力が無いため、最低一人鬼殺隊士が隠の後処理を終えるまで見張りをする事になっている。

隠は慣れた手つきで遺体の回収をテキパキと行っている。

ふと回収さらた遺体の中に見覚えのある顔があった。

「知り合いの方ですか?」

「あぁ。記憶が確かなら最終選別が一緒だった同期だ」

「…そうですか」

最終選別以来会わなかったので、名前を忘れてしまったが確かに同期の隊士だ。

苦痛で目を見開き、死してなお刀を強く握りしめている。

――――同期の死に立ち会うのはこれで6度目だ。

階級がまだ癸の頃―――鬼殺隊になったばかりの頃は最終選別で死人が出なかった事もあり俺も少しは人を守れる様になったのだと思っていたが、任務を重ね、階級を上げていく度にそれが思い上がりだと気づかされた。

宛がわれた任務先で自分の実力以上の鬼と遭遇する事が何度もあり、俺はその度に死にかけ、多くの仲間を失ってきた。

仲間が死に際の言葉に残す言葉はいつも同じだった。

――――死にゆく自分の分も鬼を殺してくれ。

それは鬼への恨み故か、それとも誰か守りたい人のためなのかはわからない。

どちらにせよ我が身の事の様に理解出来る。

同期の遺体に近づき、手から握りしめた刀を外し、開いた瞼をそっと閉ざす。

「後の事はよろしく頼む」

「わかりました。お任せください」

頭を下げると、隠は力強く頷いた。

討伐隊の遺体は、身元がある者は家の墓に埋葬され、身元がない者は産屋敷一族が管理する鬼殺隊員の墓地に埋葬される。

鬼殺隊員は身元がない者、または家を捨てた者が多く討伐隊の何人かは後者の方法で埋葬されるだろう。

討伐隊の遺体を運ぶ隠を見送りながら残してきた二人のため、散っていった仲間達の無念を晴らすため鬼を殲滅すると改めて誓った。

 

 

 

山から町はそれなりに距離があり、町に到着した頃には陽は高く昇り昼を少し過ぎていた。

多くの人が行き交い、町は活気に満ちている。

人の間を縫うように目的の場所に向かう。

しばらく歩くと藤の花の家紋の家にたどり着いた。

暖簾を潜ると、主人が迎え入れてくれた。

「鬼狩り様ですね。どうぞお連れの方がお待ちです」

主人の後を付いていき、部屋に案内される。

部屋の中には座布団に座した見覚えのある男が一人いた。

「やぁ、久しぶり朱翼。前回の共同任務以来だな。元気そうで何よりだ」

乱雑にかきあげられた前髪。

右頬に二つの切り傷。

人の良さそうな笑みを浮かべているのは、粂野匡近さんだ。

実弥を鬼殺隊に誘った人で、俺と実弥の兄弟子である。

共同任務の時に初めて会い、それから何かと世話になっている。

「お久しぶりです、匡近さん。命令を破って勝手に先行してしまってすみません」

「朱翼は仲間の事を想って先に向かったんだろ?なら構わないよ」

「お詫びといっては何ですが甘味です。良ければ食べてください」

手に持っていた包みを机に置く。

ここに来る途中に甘味屋で買ってきたおはぎが入っている。

「もう一人の隊員はどこですか?」

「ああ、実弥なら――――」

「命令を破った奴がテメェとはなぁ、朱翼ァ?」

「うッ!?」

不意に背後からもう一人の兄弟子である実弥に背後から組み付かれた。

声色から怒り心頭なのが容易に想像出来る。

「テメェの様な命令違反が上の階級の隊員から出ると、下の隊員に示しがつかねぇだろォ」

ギリギリと頸部の締め付けがどんどん強くなる。

実弥は人相と言動こそ凶悪だが、目上には敬意を払い、規律には厳格である。

故に勝手な独断行動や命令違反には厳しい。

特に隊員同士の連携や協調が重要な共同任務のおいて、単独行動と命令違反を行えば実弥が激怒するのは火を見るよりも明らかだ。

実弥の言い分は反論の余地の無い程正論である。

だがこのままでは絞め技が決まり、意識を失うのも時間の問題なのでもう一人の兄弟子に目線で助けを求める。

「まぁまぁ実弥。朱翼も第一討伐隊の加勢のために先行したんだ。朱翼、標的の鬼は倒したんだろ?」

匡近さんの問いに勢いよく頷く。

「なら、いいじゃないか。目立った負傷もしてないみたいだし。」

「良くねェよ。匡近さんはコイツに甘いんだよ。今回は無事倒せたが次はわからねェ。もしコイツが鬼に負けて喰われるなんて事になったらわざわざ鬼を強くしちまうだろォ」

「けど朱翼から話を聞かないといけないだろ。そんな状態だと朱翼も話せない。話の続きは甘味でも食べながらしよう」

「チッ、仕方ねえなァ」

渋々実弥は腕を離し、匡近さんの向かい側に腰を下ろした。

…師匠の道場にいた頃と変わらず容赦のない奴だ。

話を聞く気にはなったが、怒りは収まってない様でゆらゆらと髪が逆立っている。

念のため俺は匡近さんの隣に座った。

「(おはぎを選んだのは正解だよ朱翼。実弥はおはぎが好物なんだ)」

「(――――)」

匡近さんが耳打ちして来た内容に思わず言葉を失う。

あの全身傷だらけで悪人面のどこからどう見ても堅気の人間には見えない実弥が!?

俺の知る限り甘味が世界一似合わない男だと思っているが……

向かいの席の実弥を見る。

「……」

実弥は包みに入っていた黒文字でおはぎを大きめに切り、ガツガツと口に運んでいる。

無造作に食べている様に見えるが、こぼれた餡を餅にくっつけながら綺麗に食べ進めている。

…確かに僅かではあるが、実弥の纏う雰囲気が柔らかくなっている様だ。

数年同じ育手の元で修業し、同じ釜の飯を食べ、共同任務をこなしてきたが兄弟子の思わぬ一面を知ることになった。

「それで、テメエの倒した鬼は十二鬼月だったのかァ」

おはぎを一つ食べ終えると、実弥が口を開いた。

「いや、十二鬼月ではなかった。だが異常に発達した腕で硬い鞠を太い木々を粉砕する程の剛速球を放つ強力な鬼だった。もう少し時が経ち、人を多く喰らい続ければかなりの脅威になっただろう」

「…第一討伐隊の被害の状況はどうだった?」

「……俺が来たときには全員死亡していました。暗い森で辺りはとても暗く、明りを潰された彼らは鬼の剛速球に対応できずに殺されたのだと思います。俺も夜目が効かなかったら危なかったでしょう」

「そうか…」

――――その時の光景を思い出す。

遺体から流れる血はそこまで時間が経った後はなく、地面に染み込み切っていなかった。、

数時間――――いや数分早く合流出来ていれば、死人を出さずに済んだかもしれない。

「しけた面してんじゃねェよ。一番近い場所にいたテメエが間に合わないなら、鬼と交戦する前に合流するなんて事は不可能だ。幾ら悔やんだって死んだ奴の弔いにはならねェ。死んだ奴らのためにやれる事は醜い鬼共を殲滅する事だけだ」

「…そうだな。死んだ仲間の想いを無駄にしないために出来る事はそれくらいしかないな」

死んだ仲間達は皆最後まで鬼と戦った。最後まで鬼に屈する事なく鬼を許さなかった。

ならば俺達に出来る事は、その想いを受け継ぎ、今ものさばり続けている鬼共――――十二鬼月、鬼舞辻を殺す事が最大の手向けになるだろう。

「それにしても、なかなか十二鬼月に会えないね。前回の朱翼との共同任務の時も結局十二鬼月ではなかったし」

「こればかりは仕方がないですよ。逢わない者はてんでない。…柱になりたいのは山々ですが」

「確か夏の柱会議で新しく水柱になったのは朱翼の同期なんだっけ?」

「えぇ。最終選別で鬼襲山の鬼をほとんど倒したのは今の水柱です」

「それはすごいな」

柱とは現場指揮などの裁量権や独自の屋敷が与えられた、鬼殺隊最高位の剣士である。

半年に一度の柱会議でお館様から条件を満たす事で任命される。

任命されるには二つ条件がある。

一つ目は甲の階級である事。

二つ目は十二鬼月を倒すまたは鬼を五十匹倒す事。

錆兎は甲の階級になりたての頃下弦の肆に遭遇し、これを討伐して異例の早さで柱になった。

俺が柱になりたいのは同期である錆兎に追いつきたいから、という事もあるが一番は柱になれば強力な鬼と遭遇する任務を優先して受ける事が出来るからだ。

強力な鬼と戦えば、より強くなれる。

討伐する事が出来れば犠牲を減らせるし、何よりも強力な鬼が二人の元に来る可能性を減らすことが出来る。

裁量権や屋敷にはあまり興味はない。

「俺も師匠の弟子として柱になりたいな。実弥はどうだ?」

「柱の地位には興味ねェが、産屋敷に自分だけ安全な所から命令して隊士を捨て駒にするのはどんな気分か直接聞きたいもんだなァ」

「実弥……」

鋭い三白眼を見開き、忌々し気に呟いた。

実弥は鬼殺隊の頭領――――産屋敷耀哉の事をひどく嫌っている。

それは死んでいった仲間の事を想っての事だろう。

鬼殺隊は長い歴史を持つが政府非公式の組織であるため、万年人材不足であり、全国にのさばり続けている鬼に対して数百名の隊士でなんとか対応している状況である。

故に強力な鬼に対抗できる柱は貴重であり、下位の階級の隊士は柱の露払い、偵察役――――言い方を悪くすると捨て駒として扱われ才能の無い者、運の無い者は容赦なく死んでいく。

異様な組織体制の上で鬼殺隊は成り立っている。

その異様な組織体制を是とするお館様を常識的な考えを持つ実弥が嫌うのも無理もないだろう。

「しかし、朱翼が標的を倒したならなぜ待機する必要があるんだァ?まだここらに人を喰らう鬼でもいるのかよ」

「それはまだわからない。鴉が言うには近くで行方不明者が最近続出しているらしいが、今は連絡を待つしか――――」

「「「伝令、伝令!」」」

突如喧しい声に話を遮られる。

廊下から三羽の鎹鴉が慌てた様子で部屋に入ってきた。

左から実弥、匡近さん、俺の鎹鴉だ。

「何事だァ?」

「右目に席位が刻まれた鬼の目撃証言有リ。下弦の陸だと思われる。直ちにこれを討伐セヨ!」

「此処から南南東の町外れにある屋敷に鬼がイル」

「朱翼、実弥、匡近共に向かエ、すぐ向かってチョオーダイ。カァア、悪鬼滅殺ゥ!。カァ――ッ殺してェエ、ちょぉオオダイね――ッ!」

三羽の中でとびきり喧しい鳴き声を聞きながら、俺達は急いで支度を済まし、下弦の陸の討伐に向かった――――

 

 

 

 

町を出て数刻経ち陽が落ち辺りが暗くなった頃、件の鬼のいる邸宅にたどり着いた。

付近の広々と続く畑や点在する民家から遠く離れ、人の営みから逃れるように山麓にぽつんと瓦屋根の邸宅がひとり寂しく佇んでいる。

辺りには木々や生い茂った草花しかなく、静寂に満ちている。

こじんまりとしていながらも、立派な佇まいの二階建ての建物は、戸が全て固く閉ざされ、玄関からわずかに漏れた光で辛うじて家主が居る事がわかる。

玄関の戸から室内に入る。

天井には行燈が吊り下がっているが中は薄暗い。

一階を手分けして探索したが、鬼の気配はない。

「ケッ、陰気な場所だなァ」

「!?、あれは…」

二階への階段には血痕が点々と続いている。

人が襲われたのかもしれない。

「急ぐぞ実弥、朱翼」

床についた血の跡を辿り、廊下を駆ける。

重苦しい空気が辺りに漂う。

鬼が近い、それも相当数人を喰らった鬼だ。

血は襖が続く大部屋に続いていた。

襖を引き、大部屋の奥に進むとそこには――――

「もっとだ、もっと人を喰わなければあの御方に見限られてしまう…小生はこれからも十二鬼月として人を貪り、尚一層強くなるのだ…」

腰布を纏い、体の各部位に鼓を生やした奇妙な格好をした大柄の鬼が鬼殺隊員を足から喰らっていた。

鬼殺隊員は既に生気がなく、虚ろげな目がこちらを向いている。

“風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐゛

一番早く動いたのは匡近さんだった。

鬼の前に立ちはだかり、鎌鼬の如く斬りつける。

「ぐぅ…!?」

突然の攻撃に鬼は虚をつかれ、よろめきながら後ろに下がった。

“風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐゛

“鷹の呼吸 参ノ型 双翼乱舞゛

実弥と共に追い討ちをかける。

左から実弥が切り上げ、右から俺が二刀を振り下ろす。

鬼にを防ぐ手立てはない、獲った――――

刀が鬼の頸に届く寸前、鬼が左足の鼓を打った。

すると、部屋が鬼の後ろの方に回転し、畳が側面に移動した。

鬼を切り裂くはずの剣戟は畳を切り裂き、足場を失った俺達は重力にしたがって落下する。

「――――」

刀を畳に突き刺し、なんとか踏みとどまる。

鬼殺隊員の死体は下の開いた襖に落ちていった。

鬼は重力に縛られない様で、側面に移動した畳に依然佇んでいる。

どうやら体にある鼓を打つ事で部屋の空間を自在に操作する鬼血術を操る鬼の様だ。

鬼の赤い瞳が忌々し気にこちらを睨む。

右目には十二鬼月の証である席位、陸が刻まれている。

目の前の鬼が下弦の陸――――

「余所様の家にづかづかと入り込み腹立たしい…小生の獲物だ、小生が見つけた獲物だぞ…」

「人を喰う畜生がテメエの都合だけブツブツ言ってんじゃねェ!」

「人はお前の食い物じゃない、これ以上好きにはさせない!」

「鬼狩り共め…」

腹部の鼓を叩く音と同時に畳の側面に沿って畳にしがみ付く俺達を斬撃が狩り立てる。

斬撃は彗星の如く滑らかに、正確に狙いを定めこちらに向かってくる。

「…ッ」

体を横にそらし、斬撃を避けるべく畳を蹴り、天井に移る。

さっきまで俺達が居た畳には、獣の爪痕の様な裂け目が五つできた。

爪の威力は畳に出来た裂け目の深さから、日輪刀で真正面から受け止めようとすると、日輪刀ごと体を真っ二つにされる事がわかる。

「消えろ、死ね、死ね」

右肩の鼓は右回転。

左肩の鼓は左回転。

右足の鼓は前回転。

左足の鼓は後ろ回転。

右へ左へ、前へ後ろへと絶えず部屋を回転させながら、こちらが跳躍を必要とする隙を狙って斬撃を放つ――――!

「…くそッ」

思わず悪態が漏れる。

身を翻すことで何とか避けきれているが、宙に浮いた状態でずっと避け続けるのは不可能だ。

だが、こちらから攻めようにも――――

”鷹の呼吸 壱ノ型 飛鷹展翔"

接近すれば、部屋の回転で軌道を逸られ、狙いが定まらない。

”風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風”

遠距離からの攻撃は、鼓から放たれる斬撃に阻まれる。

足場が安定しない状態で技を放っても、威力、精度共に大きく低下し、牽制になっても決定打にはなり得ない。

部屋を回転させる事で敵を翻弄し、斬撃を連発して仕留めるのが鬼の戦法の様だ。

鬼の体力は無尽蔵だが、人の体力には限界がある。

このまま攻防戦を続ければ負けるのは必至だ。――――単独であったのなら。

俺は共同任務を二人と組まれる事が多い。

それは同じ階級である他に同系統の呼吸を使うからだ。

同系統の呼吸の使い手なら、どんな技を使うのかわかるので連携が取りやすい。

連携が取れれば、一人では敵わない強力な鬼――――たとえ十二鬼月でも倒すことが出来る。

「実弥、鬼を誘導してくれ。朱翼、技を合わせるぞ!」

「応ッ!」

「はい!」

”風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹”

実弥が、鬼のいる側面の畳に接近し竜巻の様に広範囲に斬り付ける。

鬼は鼓を叩き、攻撃の軌道を逸らし、攻撃の範囲外である上方向に自分が来る様部屋を回転させる。

”鷹の呼吸 玖ノ型 嘴穿壊砕”

”風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風”

匡近さんが巻き起こした疾風が俺の放った斬撃を威力を上げ、鼓から放たれた斬撃の威力を上回りに、鬼の体に斬撃が被弾した。

体の幾つかを抉り、鬼は膝を付いた。

鼓の音が止んだ。

この隙を逃す訳にはいかない、ここで仕留める。

「おのれ、虫けらめ…」

「このまま仕留めるぞ!」

再び斬撃を放つべく、匡近さんと呼吸を合わせ、構える。

「仕留めるのは一匹ずつだ…一匹ずつ確実に仕留めてやる」

鬼が何やらブツブツと呟いているが構わず技を放つ。

”鷹の呼吸 玖ノ型 嘴穿――――”

”風の呼吸 漆ノ型 勁風――――”

技を放つ直前、鬼は背後にある鼓を叩くと、気づいたら俺は別の部屋にいた。

この部屋は一階の物置場所だ。

鬼のいる二階の大部屋から随分離れている。

鬼は俺達を分断させ、一人ずつ始末するつもりなのだろう。

別の部屋に飛ばされたのはおそらく俺と匡近さんだ。

実弥が危ない。

俺は鬼のいる大部屋に戻るべく、二階への階段に急いで向かった。

 

 

 

 

 

 

鬼が背中の鼓を叩いた途端、二人の姿が消えた。

三人相手だと分が悪いと判断し、二人を別の部屋に飛ばしたのだろう。

上下左右から弧を描いて、爪状の斬撃が襲う。

俺一人に狙いを定めた攻撃は、今までよりも正確に、執念深く迫ってくる。

部屋の回転も徐々に早くなってきている。

”風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風”

抉り裂く様な打ち下ろしを同時に四つ放つが、要塞の如き斬撃に阻まれる。

やはりこの斬撃は二人以上で連携し、攻撃を強化しなければ打ち崩せない。

だが、二人の援護は望めない。

二人が合流してきたとしても、また背中の鼓で飛ばされる。

背後の鼓を破壊しない限り、俺一人で下弦の陸を相手にしなかればならない。

柱でもない限り、下弦の鬼を相手に一人で戦うのは自殺行為に等しい。

だが、俺には鬼に対抗する取って置きの手段がある。

「ようやく効いてきたかァ」

「なんだこれは…!?視界が歪む、まともに立つことが出来ぬ……」

鬼は片膝を付き、動きが鈍くなる。

鬼は俺の腕から垂れる血を凝視している。

「テメェらの大好きな稀血だァ。俺の血はその稀血の中でも更に希少な血だぜ、存分に味わえ!」

「稀血、稀血の人間……」

「ハッ、もう理性はほとんど残っちゃいねェか」

稀血とは珍しい性質の血を持つ人間の事を指す。

鬼がこの人間を喰うと通常の人間の50人から100程の力を得る。

そして、俺の血は稀血の中でも群を抜いて珍しい、匂いで鬼を酩酊させる血だ。

俺の血を嗅いだ鬼は、またたびを嗅いだ猫の様に、酒に酔う人の様に身動きが取れなくなる。

この血で俺は、お袋を――――醜い鬼共を殺してきた。

「これ程の血、百人分、いやそれ以上…こやつを喰らえば小生は十二鬼月でいられる。あの御方に見限られずに済む……」

「これで終いだァ」

鬼が何か譫言の様にボソボソと呟いていたが、気にせずに無防備になった鬼の頸に向かって、刀を振り下ろす。

「稀血、稀血ィ、稀血ィ゙イ゙イ゙」

「――――コイツ、まだ動けるのかァ!?」

耳を劈く唸り声を上げ、獣の様に地を這って振り下ろした刀を避けた。

俺から間合いを取ると態勢を低く構え、両腕を勢い良く振るい――――

「小生の血肉と成り果てろォオオオ」

"尚速 鼓打ち”

今までと比べ物のならない速度で荒々しく鼓を連打した。

部屋は上下左右絶え間なく、落下する間も無い程高速で回転する。

俺の体は宙を浮いたまま身動きが取れなくなってしまった。

そして、一番不味いのは――――

腹の鼓から放たれる斬撃だ。

一度に放たれる斬撃の数が5つから8つに数を増やし、威力も攻撃範囲も強化された。

更に酩酊により狙いが定まらなくなったのを補う様に、部屋の外周から身動きの取れない俺がいる中心に向かって削り取り、確実に俺を仕留めに来ている。

畳を削りながら、円の軌跡はだんだんと小さくなって来ている。

宙に浮いてままでは、回避する事も技を放つ事も出来ない。

畳か天井に刀を突き刺そうにも届かない。

このままだと俺は輪切り――――いや、粉微塵になる。

まだ、俺は死ぬ訳にはいかない。

お袋を殺し、鬼殺隊に入り刀をとったのは全てはアイツ――――生き残った唯一の肉親、玄弥のためだ。

アイツに好きな奴ができて、そいつと所帯と持って、女房と子供に囲まれて幸せな日々を過ごし弟や妹を殺した鬼の事やお袋を殺した俺の事を忘れられる日のために。

アイツが孫に囲まれて幸福に天寿を迎えさせてやるために。

アイツの幸せを、命を誰にも奪わせないために――――俺は

「こんな所で死ぬ訳にはいかねぇんだよ……ッ!」

回転する部屋の中、鬼の位置を目の端に捉え、渾身の力を込めて刀を投げつけた。

狙いは足に生えた鼓――――

刀は弧を描いて右足の鼓を破壊し、畳に突き刺さった。

右足の鼓が破壊された事により、部屋の回転の速度が落ちて地に足を着く事ができた。

この隙に円の軌道から逃れる。

「ぐッ…」

円から逃れる際、斬撃が僅かにかすり、内太腿を抉った。

痛みが全身を駆け巡り、意識が遠のく。

「うお゙ォ゙オ゙オ゙!!」

雄叫びを上げて、己を鼓舞する。

今は痛みを意に介している暇はない。

畳に刺さった日輪刀を引き抜くべく、負傷した脚で駆ける。

「小生の、小生の獲物だ。逃さぬ、逃さぬぞォ…!」

雄叫びが部屋を揺らす。

途端、巨体が消えた。

ゴオン、という突風を巻いて鬼は跳躍し、一足で部屋の中心まで距離を詰めた。

「ぐッ、コイツ離しやがれッ!」

鬼の腕が伸び、俺の胴を掴んだ。

日輪刀があれば腕の根本から斬り逃れる事は容易だが、手元にはない。

逃れようともがくが鬼の腕はピクリとも動かない。

そうしている間に万力の様に腹を圧迫する力が徐々に増していき……

「ぐはッ…!」

深く、はらわたを抉るように鬼の指が食い込んだ。

口から血の塊が込み上げる。

今の衝撃であばら骨の何本かが折れ、肺に突き刺さった様だ。

「フーッ…、フーッ…」

空気が抜けた様な間抜けな音が漏れる。

こみ上げてくる血のせいで呼吸が上手く練れず、呼吸の度に激痛が走る。

「貴様を引き裂き、血を啜り、肉を喰らって小生は十二鬼月の更なる高みに行く」

空いた片腕が腹の鼓に伸びる。

この至近距離であれば、いくら精度が落ちたとしても斬撃を当てるのは容易だろう。

鬼の眼球が此方に狙いを定める――――

「実弥――――!」

゛風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪“

突如聞き覚えのある声と共に、旋風が巻き起こった。

旋風は鬼の背中を穿ち、鼓を抉った。

鼓が部屋の隅に転がる。

鬼は不意を突かれた様で、反応が少し遅れた。

”風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐”

その隙を逃さず、間髪入れず刀が奔る。

巻き起こった剣風は俺を掴んでいた腕を吹き飛ばした。

落下する体を支えられ、鬼との距離が離れる。

鬼の眼球がギョロリと動く。

狙いは俺から食事の邪魔をした者――――匡近さんに移った。

「グオ゙ォ゙オ゙オ゙ッ――――ッ」

爆音が部屋を揺らす。

叫び声ですらない咆哮をあげ、片腕で腹の鼓を狂った様に連打した。

――――部屋が振動する

前方に斬撃が大気を引き裂きながら、雪崩の様に迫る。

跳躍しても天井に迫る高さの斬撃を飛び越える事はできずに、肢体を切り裂かれる。

半端な後退では間合いから逃れる事はできず、胴体を引き裂かれる。

かといって前に出ても、斬撃の間には人ひとり通れる程の隙間はなく避けきれずに、四肢を粉砕される。

斬撃を避けるには別の部屋に移動するしかない。

しかし、隣にいる匡近さんは動かない。

驚いて様子を見る。

「実弥」

こちらを見る強い意志が宿った眼。

その眼は今まで何度も見たことのある眼だ。

死にゆく者が後の者に意志を託す覚悟を決めた眼。

自分の死を受け入れた眼。

なぜだ、なぜあんたがそんな眼で俺を見る。

俺は脚をやられて避ける事は出来ないが、あんたなら隣の部屋に跳べば避けれるだろう。

嫌な想像が頭に過った。

早く俺を置いて避けろ、やめろ、やめてくれ。

「匡近さん――――」

「後は任した。柱になれよ。朱翼とならきっとなれる――――」

言葉を言い切る前に突き飛ばされた。

匡近さんの姿が離れる。

“風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹゛

無数の斬撃に向かって、竜巻が奔る。

斬撃が交差する。

鬼の左足の鼓を裂け、日輪刀が砕け散った。

匡近さんが沈む様に倒れ、畳を鮮血で染めた。

鬼の眼球が匡近さんを睨む。

今にも消えそうな息遣いの匡近さんに止めをさそうと、鬼の手が鼓に伸びた。

「させるか……ッ!」

俺は部屋の隅に向かって走り、転がっていた鼓を取った。

鬼の背中に生えていた、他者を別の部屋に移す鼓だ。

日輪刀がない今の俺では鬼を殺すことは不可能。

負傷した脚では匡近さんを背負って鬼の攻撃を避ける事も出来ない。

だから、この鼓を使って鬼を別の部屋に移動させる。

これは賭けだ。

俺が鼓を打った所で部屋が移動するとは限らない。

それども、このままでは匡近さんは確実に死ぬ。

鼓を打つ。

ポンっと軽い音と共に鬼の姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「また部屋が変わった。一体何が起きている…?」

階段を上っていると、突然大部屋の前に飛ばされた。

鬼が鼓を叩いたのかわからないが、ともかく声のする方へ向かう。

「実弥、匡近さん!」

「匡近さん、匡近さん。しっかりしろッ!」

襖を開けると、血まみれの匡近さんの傷を抑えた実弥がいた。

二人に駆け寄り、匡近さんの傷を見る。

…ひどい怪我だ。

辛うじて息をしているが、風前の灯火だ。

体中は傷だらけ。

肉はずたずたに引き裂かれ、どれも骨や臓物が見えそうな程深い。

ボロ雑巾の様な体を縫う。

「朱翼ァ、匡近さんはッ!」

「手は尽くしたが、早く病院に連れて行かないとどうなるかわからない」

「…クソッ」

実弥が唇を噛め、怒りと悔しさを滲ませる。

…実弥の怪我も相当ひどい。

内太腿を抉られ、赤黒く変色している。

実弥の手当をしようと、実弥に近づこうとした時――――

「ガフゥウウ――――、ガフゥウウ―――」

地の底から湧き出る様な声が響いた。

ドシドシとこちらに近づいてくる。

「実弥、この鼓は俺が打っても効果があるのか」

「あァ、俺が鼓を打ったら鬼は部屋から消えたから恐らくなァ…何するつもだテメェ」

「匡近さんは任せた。俺は鬼の相手をする。屋敷の外に隠がいるはずだ。病院まで運んでもらえ」

「ふざけんなァ!テメェ一人残して俺に逃げろって言うのかァ!」

「足止め役がいなければ鬼は町までおいかけてくる。負傷した実弥より、無傷の俺の方が足止め役には適任だ」

「…死ぬつもりじゃねえだろうなァ」

「死ぬつもりはない。夜明けまでに倒せなければ撤退する。…だが万が一俺が夜が明けても戻らなかったら屋敷に火を放て」

転がっている鼓を拾い、打つ。

実弥と匡近さんの姿が消えたと同時に、四方の襖が全て開いた。

距離にして10メートル程先に鬼が立っている。

「うばァアアアアッ」

鬼が左肩の鼓を打つ。

畳が側面に、襖が底面に反転しする。

同時に瀑布の如く斬撃が大部屋全域に降り注ぐ。

落下していく体を立て直し、肺に酸素を貯め、斬撃を見据える。。

――――隊員の中には生来より、視覚や嗅覚など五感に優れた者、稀血など特殊体質の者が稀にいるが、俺は優れた肺活量と特殊な視野を持っている。

俺の肺は、胸部が大きく膨らむ程、多くの酸素を溜められる。

俺の目は、広く、あらゆる角度から周りを見渡せる。

"鷹の呼吸 肆ノ型 飛鷹谷風"

"鷹の呼吸 漆ノ型 飛鷹風車"

"鷹の呼吸 壱ノ型 飛鷹展翔"

これにより、瞬時に大量の酸素を全身に送り瞬発力と腕力を底上げし、風に乗り縦横無尽に部屋を駆け、降り注ぐ斬撃を認識し避ける事が出来る。

「ッ――――」

それでも全ての斬撃を避けきる事は出来ない。

身を捻っても、どこかしらの体の部位を削ぎ、体を貫く。

刀から巻き起こる疾風も、斬撃の威力を緩和こそするが、完全に相殺する事はできない。

斬撃を横切る度に刀は欠け、体は真紅に染まる。

致命傷に至らないのは、どの斬撃も精度が甘く、狙いが定まっていないからだ。

鬼の姿が眼前に迫る。

およそ3メートル。

機能する鼓は両肩と腹部のみで、部屋は右左にしか回転しない。

狙いをつけるのは容易で、別の部屋に飛ばされ逃げられる恐れもない。

一人ではここまで追い詰めることは出来なかった。

実弥が稀血によって斬撃の精度を下げ、右足の鼓を破壊した。

匡近さんが背中と左足の鼓を破壊した。

――――二人の働きを無駄にしない。鼓が回復する前にここで確実に仕留める

溜めていた酸素を吐き出し、全身のバネを使って、距離を一気に詰める。

まずは、攻撃の手段を潰す。

狙いは、左太腿、右太腿、腹部の鼓と左右腕、合計五ヵ所。

”鷹の呼吸 弐ノ型 鉤爪捉躯(こうそうそくし)”

弓なりに曲がった太刀筋が、鬼の体を捉え各部位を同時に切り刻む。

「グァアアア」

両肩の鼓は裂け、腹部の鼓は両腕ごと地面に転がった。

鼓が壊れた事で、畳は側面に、襖は側面に変わり、部屋が元の位置に戻る。

次の攻撃で頸を捻じ切る。

鼓を失い、両腕を斬られた鬼には攻撃の手段も攻撃を防ぐ手段もない。

正面から斬捨てようと、鬼に接近する――――そこで違和感に気付いた。

俺は腕を根本から斬り裂き、鼓を打面を突いて裂いた。

腹部の鼓も打面を突いて引き裂いたはずなのに、腹部の鼓だけ根本から地面に転がるのはおかしい。

そこで気が付いた。

腹部の鼓を裂かれる前に鬼は自分で鼓を抉り取ったのだと。

いつの間にか鬼の足元に鼓が転がっている。

転がった鼓を鬼が足で打ち、至近距離から斬撃が放たれる。

不味い、この距離だと技を放っても間に合わない。

斬撃が当たる、避けられない――――死ぬ。

瞬間、過去の様々な記憶、思い出が脳内で駆け巡った。

血にまみれた兄弟子、死んでしまった仲間、助けられなかった民間人、守れなかった優しい両親、置き去りにしてきた二人――――崖から俺を見下ろす男の姿。

守りたい人がいる。

大切な人が何処かで生きている限り、生きる事を放棄する事は出来ない。

許せない敵がいる。

燃え上がる怒りが続く限り、死を許容する事は出来ない。

"鷹の呼吸 陸ノ型 帆翔流転"

刀を薙ぎ払い、少しでも体を斬撃の軌道外に逸らし、被弾面積を最小限にする。

刀が砕け、脇腹が抉れ、右腕が使い物にならなくなる。

回転しながら鼓を蹴り飛ばし、残った片腕で鬼の頸に斬りつける。

「グッウウウ」

「コイツ…!?」

日輪刀を歯で止められ、切っ先が折れる。

静止した俺の体を鬼が容赦なく蹴りあげた。

体が宙に浮き上がり、天井に突き刺さる。

そのまま落下し、畳に叩きつけられ視界が赤く染まる。

頭痛がする。

視界も朧気で、耳は音を正確に捉ず、腕の感覚はひどく曖昧だ。

死が近付いている。

だが、俺には片腕が残っている。

「まだだ、まだ俺は戦える…ッ」

「グルルルルッ」

「ぐああアッ……!」

折れた刀に手を伸ばした腕を踏み潰された。

腕があらぬ方向にぷらんと垂れ下がる。

次は俺の頭蓋を砕こうと、鬼の足が迫る。

゛風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り゛

突如疾風が吹き荒れ、すれ違い様に鬼の頸を撥ね飛ばした。

殺の字をあしらった羽織を着た背中が目の端に移る。

町に戻っているはずの兄弟子の姿がそこにあった。

「朱翼、朱翼ァ!しっかりしろ、鬼は倒したぞ。死ぬんじゃねェ。柱になるんだろォ!おい――――」

実弥が何か叫んでいるがよく聞こえない。

体が糸が切れた様に沈み、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

不意に意識が浮上する。

窓から見える景色はまだ薄暗く、朝か夜か判別できない。

目を覚ました時にはベットに横たわっていた。

見慣れない部屋にいくつかベットが並んでいる。

自分の服を見ると着慣れた隊服ではなく、病人服を着ている。

俺はどうゆう経緯でここにいるのだろうか。

「――――朱翼、目ェ覚めたのかァ!」

「実弥…」

部屋に実弥が入ってきた。

珍しく狼狽した様子で、どうやら俺はそれなりの期間意識を失っていたようだ。

実弥の顔を見ると記憶がふつふつと蘇った。

――――下弦の陸を討伐しに屋敷に入り、二人が負傷して、俺が鬼の足止めをしてそれから……

「下弦の陸は倒せたのか!いや、それよりも匡近さんは無事なのか!――――ぐッ」

実弥に事の詳細を問いただそうと起き上がると激痛が走り思わず蹲る。

「無理に動くんじゃねェ。テメエは3ヵ月気ィ失ってたんだからよ」

「そんな事はどうでもいい。それでどうなんだ」

「……下弦の陸は倒せた。鬼がテメエに気を取られている内に俺が頸を捻じ切った。次の柱会議で俺とテメエは柱に任命されるだろォよ」

「俺と実弥だけか?匡近さんはどうした、下弦の陸は三人で倒しただろ」

「匡近さんは左目を失明、右足切断の重症で意識不明。戦線に復帰するのは不可能と判断され、柱の任命は取り消しになった……ッ!」

ぎりり、と歯が軋む音がする。

下弦の陸は三人で倒した、三人でなければ倒せなかった。

それなのに、柱になるのは俺と実弥だけなのか。

もう肩を並べて戦う事は出来ないのか。

「なぁ朱翼ァ、何であんな善い人がこんな目に遭わなきゃなんねェんだろうなァ……」

「いつもそうだ。自分の幸福より他人の幸福を喜ぶ様な奴が死んでいき、テメエの都合で人を傷つけ笑える様な屑共がのさばり、一段高い所から指示だけする様な奴が涼しい顔して生きてやがる。俺にはそれがどうしても許せねェ……ッ」

この世の不条理を呪う怒り。

仲間を守れなかった自身に対する怒り。

そして、仲間を傷つけ、殺してきた鬼達と自分だけ安全圏にいる産屋敷に対する怒りを吐き出した。

こんなに追い詰められた実弥の姿は初めて見る。

「……俺は大切な人達の命を理不尽に奪った鬼を許す事が出来ず、刀をとった。鬼のいない未来を夢見て戦い続けてきた。それは散っていった仲間達も匡近さんも同じだと思う」

戻る事のない幸福な日々ともう会う事ができない大切な人の顔を思い出し、どうしようもない気持ちになって膝を付きたくなる事もある。

それでも、地獄の様な過酷な日々を乗り越えられるのは燃え上がる様な怒りと夢があるからだ。

鬼がいない未来、大切な人がいつまでも平穏無事に過ごせる未来。

そんな儚くも当たり前な日々を誰もが過ごせる未来がいつか訪れると信じているから戦える。

それは死んでいった仲間達も、匡近さんも、実弥も同じだと思う。

「その想いを、夢を無駄にしたくない。なかった事にしたくない。だから俺は仲間達の想い、夢を未来に繋なぎたい」

「……………」

静寂が辺りを包む。

周りに他に人はいないのか、時計の音だけがチクタク、チクタクと部屋に響く。

しばらくすると、実弥が口を開いた。

「……繋ぐんじゃねェ。醜い鬼共を殲滅して叶えるんだ俺達の代で今度こそなァ」

その言葉には力が宿っていた。

強い意志と覚悟。

こちらに背を向け、表情をうかがい知る事は出来ないがだぶん大丈夫だろう。

「カァア、ようやく目を覚ましたかこのお寝坊サンめッ!」

「うわっ何だ!」

「心配をォオオ掛けてはァアアいけまセン!謝レ、カァア、すぐ謝ってェエエちょォオオダイー!」

「悪かった、謝るから耳元で叫ぶのをやめてくれ!今目覚めたばかりなんだ!」

「カァアア!」

「……うるせェ」

窓から俺の鎹鴉が入ってきた。

この喧しい声を聞くのも随分久しぶりな気がする。

……心配してくれたのはわかるが、正直病み上がりの時には聞きたくない声だ。申し訳ないが。

「それで、要件はなんだ。文句を言うためだけに来たわけじゃないんだろ?」

「カァア、その通リ!朱翼、実弥、両名は本日午後に本部で行われる柱会議に出席セヨ!下弦の陸の討伐の功績により両名を柱に任命スル!」

「本部とやらは何処にあるんだ?」

「使いの隠が来ル。隠の案内の元本部に向かわレヨ。柱会議には産屋敷耀哉様、ご息女、ご子息がお見えにナル。くれぐれもぉオオオ失礼のない様にぃイイイしてちょォオオダイね――ッ」

要件を伝えると、窓から飛び立っていった。

俺の鎹鴉が鬼の情報以外で語尾を上げ、あまつさえ人に敬称を付けるとは驚きだ。

産屋敷には忠実の様だ。

ふと隣にいる実弥を見るとワナワナと怒りに震えていた。。

明らかに命令違反した時よりも怒っている。

「会議にガキ連れてくるとはいい御身分だなァ……産屋敷様はよォ」

「実弥大丈夫か…?人間がしてはいけない顔をしているが」

「そう言えばァ、お館様に聞きてェ事があったのを思い出したぜェ。部下の質問に答えるのは上司の務めだよなァ、朱翼?」

「………念のため言うが手を出すなよ。鬼殺隊にいられなくなるぞ」

鬼殺隊最強の剣士である柱は産屋敷を敬愛していると聞く。

そんな者達の前で、手を出せばただではすまないし、処罰は免れない。

最悪鬼殺隊除籍なんて事もあり得る。

最も実弥は短気で荒々しい性格だが、常識的な人物なので大丈夫かと思うが…

「……あァ、手は出さねぇさ。手はなァ」

般若みたいな顔をして此方を向いた。

……だめかもしれない。

一抹の不安を感じながら俺と実弥は当主の産屋敷耀哉と柱がいる柱会議に参席する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

柱会議の行われる午後、隠の案内で鬼殺隊の本部に着いた。

鬼殺隊の本部は今まで見てきたどの建物よりも立派でまるで貴族の屋敷の様だ。

庭には白い砂利が敷かれ、植栽や池が趣を醸し出している。

柱会議は屋敷の縁側と庭先を挟んで行われ、俺と実弥は会議の途中で参席した。

俺が鷹柱、実弥が風柱にそれぞれ拝命し他の柱と軽い自己紹介を終えた後、俺の一抹の不安は的中する事になる。

「いい御身分だなァ、ええ…おい、産屋敷耀哉様よォ」

他の柱が産屋敷を前に跪く中、実弥は立ち上がったまま暴言を言い放った。

あまりに無礼な行為に柱達は驚愕し、次第に殺気立った。

輝石をあしらった額縁を着け、化粧をした大男、音柱の宇髄天元が額に青筋を浮かべ。

「南無阿弥陀仏」の文字が染め抜かれた羽織を着た巨漢、岩柱の悲鳴嶼行冥が涙を止め、持っていた数珠がピシッと砕け散り。

黒い隊服の上に白い羽織を着た同期、水柱の錆兎に至っては刀に手をかけている。

一触即発の雰囲気が辺りに漂う。

「大丈夫だよ皆、私は構わないから」

「ですがお館様、不死川の言動は目に余ります!」

「大丈夫だよ錆兎」

産屋敷は不躾な言動を咎めず、殺気立つ柱達を制した。

その声色は小川のせせらぎに似た律動で、不思議と心地よさを感じた。

だが、その態度が逆に実弥の怒りに火をつけた。

「隊員の事を使い捨ての駒としか思ってねェ奴が白々しい演技してんじゃねえよォ」

「今までアンタの命令で何人の隊員が犠牲になったと思ってやがる。今回の任務で俺達が下弦の陸を討伐するまで何人もの末端の隊士を死なせたんだろォ?」

「そんな命令を下した奴が、鬼殺隊の頭領が、鬼と戦った事は疎か武術も何も碌に齧ってすらねェだと?ふざけんなよォ!!」

烈火の如く怒りが爆発する。

実弥の言うことは恐らく間違いはない。

十二鬼月の下弦とはいえその情報を掴むのに決して少なくない隊員、それも甲よりも階級の下の者が犠牲になったのは想像に難くない。

鍛錬や剣術を行っていないのも、体格や雰囲気、立ち振る舞いからわかる。

鬼殺隊の剣士なら誰でも経験する、育手の元での過酷な修練も人外の鬼との戦いも当然経験した事はないに違いない。

産屋敷は一拍置くと口を開いた。

それは弁解でも、釈明でもなく―――――

「ごめんね」

悲しそうに笑みを浮かべ、謝罪した。

余りにも真っ直ぐで、飾り気のない返答。

予想外の言葉に息を呑む。

「病弱な体では素振りすらまともに出来なかった」

「私も叶うことなら君たちのように身一つで人の命を守れる立派な剣士になりたかった」

「けど、どうしても無理だった。つらいことばかり君たちに押し付けてごめんね」

皮膚の爛れが侵食していない片方の目には溢れるような慈しみが込められていた。

その眼差しは、もう会うことはできない母の顔が脳裏によぎった。

陽だまりの中にいるような、懐かしい安堵感に包まれる。

「君たちが鬼舞辻無惨を倒すための捨て駒だとするならば、それは私も同じだ。私が死んだところで鬼殺隊は痛くも痒くもない。私の代わりはここに居る」

産屋敷の傍らに座る子供に目を遣る。

どちらも女物の着物を着ているため双子の姉妹の様に見えるがどちらかが嫡子なのだろう。

十にも満たない子供とは思えない程大人びている。

「実弥と朱翼は初めて柱会議に来たから、勘違いしているのだと思うけど私は鬼殺隊にとってそう大した存在じゃないんだ」

「皆の厚意で私が立派な存在の如く扱ってくれたいるだけなんだ。無理に同じようにしなくてもいいんだよ」

「私の願いは、二人に柱として人の命を守ってほしい。ただそれだけなんだ」

「匡近が大変な時に呼びつけてすまなかったね。朱翼は六度目の同期の死に目に会ったばかりで殊更つらいだろうに」

「!!…名前」

「なぜ、そのことを…」

「朱翼、不死川。お館様は深手を負った全ての隊士の元に時間の許す限り寄り添い、励ましてくださるのだ。そして、亡くなった隊員の名前と生い立ちの全てを記憶していらっしゃる」

毎日の様に死人や重症人がでる鬼殺隊において、その数は決して少なくない。

病に侵された体では見舞いに行くだけでも大変だろう。

……俺ですら共に戦って死んだ隊士の名前どころか、死んだ同期の名前すら全ては憶えきれていない。

ましてや生い立ちなんて知るはずもない。

「……使い捨ての駒である隊員にどうしてそこまでなさるのですか?」

「鬼と戦う剣士の代わりはいるけれど、君たちの個人の代わりはいない。皆私の掛け替えのない子供たちだがらね」

その言葉には隊員に対する深い愛情と敬意が込められていた。

本心からの言葉だというのが嫌でもわかる。

組織の長としての冷徹さと、親のような愛情深さが両立した在り方はともすれば狂人のようにも思える。

だが俺は自身の命すらも鬼舞辻無惨討伐のための駒の一つと考え、散っていった隊員の事を身一つで人の命を守れる立派な剣士として尊び、忘れないよう努める在り方が鬼殺隊の頭領として何よりも相応しいともののように思えた。

「鬼殺隊の子供たちは、大切な人に宛てて遺書を書いているよね」

「血の繋がった肉親だけでなく、家族のように慕っている仲間に宛てられた物も多いんだ」

傍らの子供に手を引かれながら、歩みを進める。

片側の目もあまり良く見えていないのかもしれない。

「匡近が生死の淵を彷徨っている今、二人も読むべきだと思うんだ」

庭先に降りると、実弥に手紙を渡した。

立ち上がり、手紙の内容を見る。

そこには――――

『大切な人が笑顔で、命を全うするその時まで幸福でいられるよう心から願う。例え自分がその人の傍らにいられなくても。どうか生きてほしい。どうか生き抜いてほしい』

匡近さんの想い、願いが綴られていた。

痛い程その気持ちが理解出来る。

やはり、匡近さんも同じ夢を見ていた。

鬼のいない未来を、大切な人がいつまでも平穏無事に過ごせる未来を。

二人には陽の当たる所で生活してほしい。

綺麗な着物を着て、目一杯御洒落してほしい。

好きな人と添い遂げて、いつかは義父さんと義母さんのような温かい家庭を築いてほしい。

好いた人や大切な人と共に明日も、明後日もともに過ごしてほしい。

今度こそ幸せの道を誰にも阻まれる事なく、歩んでほしい。

失った分だけ、幸せを掴んでほしい。

最後に顔を見たのはいつだったか。

もう久しく会っていない。

元気にしているだろうか。

姉さん、しのぶ。

二人の顔が思い浮かび、頬から涙が伝う。

「私も、大切な人が天珠まで幸福に過ごせる日々を夢見ている」

「匡近にとって実弥と朱翼は大切な人だと思う。匡近は失った弟と二人を重ねていたみたいだから」

匡近さんは俺と実弥に何かと世話を焼いてくれていた。

『また、無茶をしたな朱翼。勉強熱心なのはいいことだが、もう少し自分の身を大切にしてくれ』

無茶な戦い方をすれば咎め、身を案じてくれた。

『もう甲になったのか。さすがだな。兄弟子として鼻が高い。偉いぞ!』

成果を上げ、昇進した時には我が身のように喜んでくれた。

匡近さんとの思い出が蘇る。

『朱翼、天ぷら好きだろ。俺の分も食べていいぞ』

『あれは汽車だ朱翼。人を運ぶ乗り物だ。怖い物じゃない。だから刀を仕舞え、警察が来るぞ!』

そうか、俺達はそこまで想われていたのか。

「――――お館様の御心も知らず、数々の無礼どうかお許しください。そして、仲間の代わりに心からの感謝を申しあげます。風柱、不死川実弥、謹んで柱として務めを果たさせていただきます」

「――――同じく鷹柱、胡蝶朱翼、柱の名に恥じぬ様、誠心誠意尽力いたします」

「ありがとう、実弥、朱翼」

産屋敷――――お館様に傅く。

今度は形だけでなく、心から敬意を込めて。

お館様は俺達と同じ夢を見て、同じく命を懸けて戦う同志だ。

決して自分だけ安全な所にいる臆病者ではない。

この御方になら、命を預け、想いを託せると心底思った。

 

 

 

 

 

柱に就いてから数か月の時が経った。

活動の中心が藤の家紋の家から、宛がわれた屋敷に移った以外は柱になる以前の生活と変わらない。

屋敷周辺の警備担当地区が割り当てられたぐらいで、鬼の情報収集や剣技向上のための訓練、鎹鴉から送られる任務をこなす日々を変わらず送っていた。

柱としての激務には慣れたが、心は相変わらず晴れなかった。

それは匡近さんの目が覚めないからだ。

時が経つに連れ焦燥感が増していき、このまま寝たきり状態になってしまうのではないかと嫌な考えが過ってしまう。

下弦の陸の討伐任務からそれなりに時が経ったが、任務が終わった気がせず、心が晴れなかった。

そんなある日、実弥との共同任務を終えた頃、匡近さんの意識が戻ったという連絡が入った。

俺達は路行く人を跳ね飛ばす勢いで急いで病院に向かった。

一度も足を止めずに最短距離で走り続けたため、驚く程早く病室辿り着いた。

「「匡近さん!」」

実弥と声が重なった。

扉を勢い良く開ける。

「久しぶりだな実弥、朱翼随分心配をかけてしまったね」

短めの眉を下げ、少し申し訳なさそうに微笑む。

半年近く意識を取り戻さなかった、もう一人の兄弟子の姿がそこに居た。

優し気な声や人の良さそうな笑みは何一つ変わっていない。

「もう体は大丈夫なんですか?」

「あぁ、義足を付けて回復訓練をすれば、日常生活には支障はないらしい。最も、剣士として復帰するのは難しいらしいけど」

「匡近さんすまねェ。俺が不甲斐ないばっかりに……ッ」

目の前で匡近さんがやられる所を見た実弥の気持ちは想像に難くない。

自分がもっと強ければ匡近さんを助けられたかもしれない。

自分がもっと上手く行動できていれば、匡近さんはこんな目に遭わずに済んだかもしれない。

そんな事を考えずにはいられないだろう。

俺もあの時、部屋に飛ばされずにあの場に居れば何か変わったかもしれない。

もっと早く部屋に辿り着いていれば、今よりましな結末になったかもしれないと考えてしまう。

「後輩の盾になるのは先輩として当然の事だ。気にすることないぞ、実弥」

「朱翼もだ。それぞれが最善を尽くした結果下弦の陸を倒せた。ならば、恥じるのではなく誇るべきだ」

こちらの気持ちを察したように、言葉を投げかける。

負い目や後悔が完全に無くなるわけではないが、少し気が楽になった。

「それに、俺は鬼殺隊を抜けるわけじゃない。剣士として前線で立つ以外にも貢献できる事はある。お館様から打診があって、育手になろうとおもっている」

「世話好きのアンタにはピッタリだなァ」

「そうかな、だといいけど……。実弥、朱翼俺は二人を誇りに思う。本当に立派になったよ」

「なんだよ、急にィ……」

「二人は血の滲むような努力の果てに、柱の地位に上り詰めた。どんな死地に立っても決して挫けない二人ならば悲しみの連鎖を断てると信じている」

「だから、その時まで決して死ぬなよ。俺はもう二度と弟を失いたくないからな」

どこまでも俺達を信じ、案じる目。

俺が匡近さんを差し置いて柱になるべきだったのかわからない。

それでも、ここまで言われ、信じられたのなら応える以外の道はないだろう。

「任せてください。必ずや鬼舞辻無惨を倒してみせます!」

「………まずは上弦を倒してからだろォ。匡近さんやっぱりコイツどっかずれてるぜ」

「ははは、まあいいじゃないか。目標は大きければ大きい程いい。それに実弥も付いてるし大丈夫さ」

こんなやり取りをするのも久しぶりだ。

夜が更け、担当地区の警備に出るまでしばらく取り留めのない話をした。

下弦の陸の討伐任務からそれなりに時が経ったが、今日になってようやく任務が終わったのだと実感できた。




朱紗丸
原作と違い、ミンチにならずに済んだ。

響凱
ぎりぎり下弦の陸の地位に留まっている。
通常時で5つの斬撃を放つ事ができ、尚速 鼓打ちの時には8つも斬撃を放てる。
背中の鼓も健在。
鼓を打つスピードも速い。
原稿は一階の物置の奥底に眠っているので、散らばって動揺することもないので厄介極まりない。
実弥の血の匂いを嗅いでも、理性を失いつつ狂暴化して善戦した。偉い。

粂野匡近
原作と違い下弦の壱でなく、下弦の陸と戦ったのと、応急手当が迅速だったので剣士としては引退したが生存。
口調は完全に想像の産物。
なんとなく炭治郎に似ていると思う。

胡蝶朱翼
鷹柱就任。
やたら広く、蝶々がたくさんいる屋敷をお館様から与えられた。

錆兎
水柱。
厄除けの面は屋敷に大切に保管している

不死川実弥
風柱就任。
二人が病院で気を失っている時は、気が収まらず病院を抜け出し鬼を殺していたため、お館様が見舞いに来ているのを知らなかった。

花の呼吸を使う隊士
近いうちに柱になれそう。
毒を使う隊士と共に居る事が多いらしい。


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