実験体29号「織斑チナツ」 (地味子好き)
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少女は姉と出会う。

薄暗い地下、岩盤をくりぬいた部屋は冷たい空気が流れている。

 

その中に白衣を纏った男が一人、パソコンの画面を見つめていた。

 

「…もう、ここも終わりだな。」

 

眼前のパソコンには外の監視カメラの映像が映しだされている。

 

完全武装した複数人の兵士…そして特殊な装甲服を装備した二名の女…。

 

さらにもう一人、スーツを着た女の姿もあった。

 

「軍のIS部隊に…さらに織斑千冬(オリジナル)とはな…」

 

インターネットが普及したこの時代、よほどの秘境に住んでいなければこの世界最強のことを知らぬ者はいないだろう。

 

しかし男にとっては彼女は別の意味があった。

 

「父上の遺産(アーネンエルベ)か…」

 

その男はもう齢80に近い。その父親となるともはや軽く歴史の人になるであろう。

 

「…所詮私は父上の二番煎じだったのかもしれないな。」

 

男はそう自嘲気味に呟く。

 

「私の夢か…」

 

男に父親のような野望はない。唯、父の研究を超えたいという思いがここまで引き連れた。

 

その為にはなんだってした。そう、文字通り()()()()()()()()()()()

 

…その結果28の命を天国(ヒンメル)へ送ることになったとしても。

 

しかし、その犠牲が最高傑作を生みだした。人間を超越する存在、新たなる進化のアーキタイプ。

 

文字通り、進化を止めた旧人類への()()()()

 

「先生…?」

 

後ろから声が聞こえた。可愛らしい少女の声だった。

 

「ああ、ノイン。私の可愛いノイン。」

 

少女―その体躯は彼女の、15と言う年齢の平均より小さめであった。

 

しかし、誰もが振り向く黄金の髪と美しい碧眼。まさしく『帝国』が求めたアーリア人の姿であった。

 

「先生、どうかしたんですか?」

 

「…よく聞けノイン。今日は11月9日(運命の日)だ。そして…お前の誕生日でもある。」

 

「はい。先生、私の誕生日です。」

 

「…生まれてきてから15年。お前は私の夢をかなえてくれた。ありがとう。」

 

男の目からは涙が零れた。

 

「先生、泣いてるの?悲しいの?」

 

「いいや、このまま聞け。ノイン。私の最後の命令を伝える。現時刻をもって総統令第999号を完遂したものとする。」

 

男は机の上にある拳銃、ワルサーP38を少女へ手渡す。

 

「そして総統代行として第1000号を発令する。ノイン…私を殺せ。そして私の血でこの場所に我らのシンボルを描け!」

 

「…了解。すべてはわが父、総統閣下のために。」

 

少女の目から光が消え、銃を受け取った右腕は()()()()()()()()()

 

そして男は立ち、叫ぶ。

 

Ein Volk! Ein Führer! Ein Reich!(一つの民族 一つの総統 一つの国家) Heil Ahnenerbe!(アーネンエルベ万歳) Heil Deutschland!(ドイツ万歳) Heil Hitler!(ヒトラー万歳)

 

ダン―と音が響いた。

 

「さようなら先生。…ようこそ先生。」

 

そして扉が開かれた…。

 

 

* * * *

 

 

その日、織斑千冬は地獄を見た。

 

その発端は1週間前、自身が教官として働いているこのドイツの地で、悪魔的な研究が今なお継続されているという情報が諜報部より入った。

 

スイスとの国境にあるとある町、そこは昔から『ナチスドイツのオカルト研究が今なお続けられている』という都市伝説でそれなりに有名な街であった。

 

町民のほとんど…いや国民のほとんどがそれは単なるうわさに過ぎないと信じていた。

 

 

…とある日までは。

 

 

ある日、山へハンティングを行っていたとある猟師がソレを見つけた。

 

山中の崖にある扉のようなもの。そして猟師はすぐさま警察へ電話を掛けた。

 

その理由は扉に描かれていたある紋章、ドイツ人の中で知らぬ者はいない『負と栄光の時代』、それを表す、鉤十字(ハーケン・クロイツ)

 

噂は…事実であった。

 

その後、現地の警察が調査を行ったところさらなる事実が判明した。

 

()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()。その事実はすぐさま軍部へ伝えられ、軍もこれに呼応し、今まで泳がせておいたスパイからの情報の確保と突入部隊の編成を行った。

 

そして…その突入部隊の指揮官としての白羽の矢が立ったのが、世界最強、ブリュンヒルデこと織斑千冬であった。

 

 

「…想像以上だな」

 

その施設に突入してからと言うものの、肝心のISらしきものは見つかっていない。

 

しかし代わりといわんばかりに人間の死体は大量にあった。それもほぼ数分前に自ら引き金を引いたようなものばかりであった。

 

「…教官、IS反応はこの先です。」

 

隣にいた教え子―『ラウラ・ボーデヴィッヒ』がそう言った。眼前には鋼鉄製の扉が備え立っている。

 

「よし、ラウラ、クラリッサ。位置につけ。突入したら速やかに制圧しろ。いいな、私が鍛えてやったんだ。後れを取るなよ」

 

「「了解」」

 

扉の前には二機の絶対無比な力、インフィニット・ストラトス。

 

引き連れた鍵開け専門(爆薬持ち)の特殊部隊がその扉の蝶番を破壊する。

 

ボン―と小規模の爆発が起き、絶対無比の蹂躙が始まる、かに思われた。

 

「きょ、教官…これは…」

 

しかしその先に敵はいなかった。いたのは血濡れの少女と、一つの死体。

 

その先には、壁一面に少女によって鉤十字(ハーケン・クロイツ)が描かれていた。

 

「千冬…姉様…?」

 

そしてその少女は、その碧い瞳でこちらを見つめ、そう言った。




始めまして。

普段は同じユーザー名でISの二次創作を投稿しているのですが息抜きに思いついたものを書いてみたくなったので投稿しました。

駄文ですが、よろしくお願いします。


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少女は父を語る。

少女を『確保』した町からほど近いケンプテン。

 

そこにはドイツ連邦軍病院が()()()存在していた。

 

既に閉鎖になった廃病院…しかし、そこは完全に潰されたされたわけではなかった。

 

軍が確保した特殊な…検体と呼ぶべき生命体。それらを閉じ込めておくための改装を施し、極秘裏に運用されていた。

 

 

「どうだ、彼女の様子は…?」

 

 

織斑千冬は現在、その廃病院にいた。

 

 

「はッ、意識はあるのですが…如何せん、状態が状態でして…。」

 

 

人形のように美しい金髪に、宝石のような碧い目…そして私の事を「姉」と呼んだあの少女は今、最新設備のそろった病室に監禁されている。

 

担当についた軍医は黒うさぎ隊直属であり、いわば遺伝子強化兵に最も精通しているといっても過言ではなかった。

 

上は当初、『近隣の町から誘拐された少女』と言う見立ての元で医師他各種検査技師を手配した。

 

いわばメンタルケア関連を中心とした医師団だったが…こちらの意見を聞けばよかったものを。その手配された医師団は逆に()()()()()()()()()()()

 

偶然、少女のメンタルが不安定であったこと。そして部下のラウラ・ボーデヴィッヒが護衛についていたことからそれ以上の被害の拡大は免れたが…。

 

少なくとも二人が精神病院での本格的な治療が必要になった。

 

ぎりぎり病院行きを免れた奴からの証言では、『いきなり少女の腕が異形のものに変わり、次の瞬間、頭に走馬灯が流れた』と言っていた。

 

その後、少女には特殊な麻酔薬が投与され精密検査へかけられたのだが…。

 

 

「彼女は錯乱状態へ陥っていると思われます。…ブリュンヒルデ。貴女の名前をしきりに呼んでいます」

 

 

まだ私には結果が聞かされていない。あの薄気味悪い施設の調査報告も同じくまだ私の元へ届いていない。

 

 

「入っても?」

 

 

「10分でお願いします」

 

 

少女が軟禁されている部屋の前に立つとまるで壊れたラジオのようにしきりに金切声が聞こえる。

 

私をここから出して。千冬姉様に合わせて…と。私は意を決し、その扉を開けた。

 

 

「…あ、ああ。千冬姉様…」

 

 

改めて、少女には惹き付ける容貌であった。

 

しかし、彼女を確保したあの施設のあの部屋、そこに描かれていたマーク…それを思い浮かべると少女のその容貌には別の意味があるように思えた。

 

金髪、碧眼の優秀人種(アーリア人)。『生命の泉』…。それはすべてあの崩壊した『帝国』を思わせるものだった。

 

私は彼女が括り付けられているベッドへ近づき、隣へ腰を下ろした。

 

 

「君は…」

 

 

「あ、申し訳ございません。千冬姉様。私とあなたはまだ一度も実際にあっていませんでしたね…」

 

 

彼女が私の事を一方的に知っているという事実はどうやら彼女の理解のうちである。

 

 

「私の名前はノイン・ウント・ツヴァンツィヒ(2 9 号)と言います。姉様の事は先生から聞きました。遠い、妹である…と」

 

 

「先生…?」

 

 

「はい。研究所で私やほかの皆にいろいろなことを教えてくださった方です。」

 

 

…恐らく、あの部屋にあった老齢な男性の事だろう。しかし、私の妹か…。それに29という単調な名前…

 

 

「君のことを教えてもらえるか?両親や、生まれなんかは…」

 

 

「勿論。年齢は15歳です。生まれは…覚えていません。昔から研究所(あそこ)で暮らしていましたから。でも、父様と母様の事は先生が教えてくれました。」

 

 

彼女は純粋な視線で私の顔を見つめる。

 

 

「私の父様は、とても偉大な方でした。今でもその御威光は消えることを知りません。政治、軍事、思想、美術、すべてにおいて完全なお方でした。子供と、女性と、動物に優しい紳士であり、酒も煙草もたしなまず、さらには菜食主義であられた」

 

 

そして私は見た。彼女の顔が、過去幾度となく見た()()()()()()と同じになる瞬間を。

 

 

「ああ、何と素晴らしい父なのでしょう。私はなんと幸福な娘なのでしょう。結ばれたエヴァ・ブラウン(母様)どれほど幸せでしょう!父様が残した第三帝国の威光と我らの印たるハーケンクロイツは永遠に消えることはないのです。そしていつか再び全世界でこの言葉が叫ばれる日が来るのです!」

 

 

彼女はその腕を、体を異形のものさせ、拘束衣を破った。

 

 

「何を!?」

 

 

そしてその異形の右腕を前方に突き出し、叫んだ。

 

 

ハイル・ヒトラー…ハイル・ヒトラー…ハイルヒトラー!」

 

 

私は信じられなかった。アレからもう数十年以上たっているというのに、彼女の言い放った言葉はこの国の暗黒にして栄光の時代の古き遺物であった。

今、そのような狂信であの男をたたえるものはネオナチにすらいなかった。そして彼女は言葉を言い終わった時、静かに眠りに落ちた。

 

 

「教官!ご無事ですか!」

 

彼女の叫びは外まで聞こえたのだろう。護衛として部屋の外で待機させておいたラウラが部屋に突入してきた。

 

「私は無事だ…。ラウラ、すぐに医療班を呼べ。彼女をもっと詳しく知る必要がある…。」

 

私は先ほどの狂った姿とは打って変わり、美しい寝顔を見せる少女に唯、恐怖した。

 

 

同時に、彼女を生み出した者を、果てしなく憎んだ。

 

 

 




次回、一気に情報を開示と言うか報告書と言う形の設定回を入れます。

意見、感想、評価、よろしくお願いします。


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少女の過去と家族。

少女を保護してから三週間がたったある日、織斑千冬はとある一人の女性医師のところへ赴いていた。

 

 

「一通り調査は終わったよ。ブリュンヒルデ」

 

 

年齢は40を少し超える女医は口元に皺を少し浮かび上がらせながらそう言った。

 

彼女の名はヨゼフィーネ・メンゲレ。黒うさぎ隊付の特務医師であった。だが、医師と言いつつも彼女の素性は研究者のそれに近い。

 

何事も根堀り葉堀りと自らが満足するまで追及をやめない、そう言う意味では彼女は「マッドサイエンティスト」の一種とも言えた。

 

 

「…その名前は、今の私には相応しくありません。」

 

 

「全くもってそうだ。ヤーパン人は気負いし過ぎなんだよ。カロウシでもしたらこっちが悪者にされちまう」

 

 

ヨゼフィーネの言葉の通り、織斑千冬は組織に対する憎悪と少女に対し何の施しも与えられないことに対する嫌悪で半ばノイローゼのような状態になっていた。

 

三日後、十日後、二週間後と日に日に弱っていく彼女を見て、軍からは休暇()()が出ていた程だった。

 

 

「まぁ、上がアンタに休めと言ってくれたおかげでこっちはノンオフィシャルで話ができるんだ。」

 

 

ヨゼフィーネはテーブルに来客用の少し高価なコーヒーを置いた。

 

今二人がいるのは少女が監禁されている病院ではない。そこから約百キロほど離れた田舎町にあるヨゼフィーネの自宅だった。

 

二人はコーヒーを口に当てつつ、目の前に広がるアマー湖を見た。白鳥やガンが羽根を休めている。

 

 

「…忌むべきあの戦争から長い年月が経った。」

 

 

ヨゼフィーネはその一言から語り始めた。

 

 

「かのオカルティスト、ハインリヒ・ヒムラーはあの伍長にこういったと言う。『千年帝国には人を超えた、新人類が必要である』―と。」

 

 

「新人類…?」

 

 

「奴がアーネンエルベと呼ばれる特務機関の長だったことは周知の事実…だが、そのさらに奥の奥。彼の子飼いの特務組織を知るものは極めて少ない。そう、あの帝国は人為的な進化をさせようとしたんだよ。新しい支配者階級を確固たるものにするために、自らを神にしようとした。」

 

 

カチン―と震えながら織斑千冬がカップをソーサーに置く。その顔は彼女の話から何かを悟ったようだった。

 

 

「戦前よりヒムラーは古のアーリア、ゲルマン神話を信奉していた。…それに加え、東洋の神つまりヤオヨロズと形容される神を信じる国にも興味を持った。そしてその国と帝国が同盟を組む数年前、アーネンエルベ極東支部がその国に生まれた。そこからその国、日本のオカルティズムも彼はその秘めた意思に内包しようとした。」

 

 

彼女は本棚から数冊のファイルを取り出し、中の紙をめくり始める。

 

 

「だが、彼らの野望は果たされずに帝国は滅びた。…しかし、その灯が消えることはなかった。1948年11月。アーネンエルベ極東支部は政府から黙認された状態で…とある計画を始めた。」

 

 

バインダーから紙を一枚切り離し、それをテーブルの上に置く。

 

 

「プロジェクト・モザイカ…良く知ってるだろう?こうも呼ばれた。―織斑計画と」

 

 

織斑千冬の手はさらに震えを増す。

 

 

「責任者は…グスタフ・メンゲレ。死んだアタシの父親だ。」

 

 

ジョゼフィーヌ・メンゲレはさらに複数のファイルを出した。

 

 

「しかし…新人類創造計画はまた別のプランによって行われようともしていた。プロジェクト・モザイカが遺伝子改造による進化なら、こっちは機械と人類の融合だった。こっちのほうは…あの子の近くで死んでいた爺さんのパソコンに事細かに書いてあったさ。実験体29号について…もね。」

 

 

「……」

 

 

織斑千冬は何も言わない。

 

 

「その実験はドイツで続けられた。主任はヴィクトル・フランケンシュタイン。そう、不死身の兵士フランケンシュタインを作り出すってわけだった。…私が調べた限りでは、あの研究所では10歳で機械化手術を受けることになってた。だか彼女が7つの時、とある事件が起きた。」

 

 

「…白騎士事件」

 

 

「そうだ。…まぁ、一応隠しておくがどこかの誰かがISを使い、日本に向けて発射されたあまたのミサイルを切り捨て、日本を護った。それが起きたんだ。」

 

 

メンゲレはさらに写真を千冬に見せた。それはあの施設で回収された実験記録だった。

 

 

「既存の機械化兵士なんて、ISに比べればどれほど弱い存在だったか。ミサイルを迎撃する?バカ言うんじゃない。50口径のFMJを弾くこともできなければ40ミリのグレネード弾でただの人間と同じように四肢が吹き飛ばされる」

 

 

そこに映っていたのは機械と肉の塊。まだそれが人だったと分かるものもあれば、原型をとどめていないものも複数あった。

 

 

 

「だから、I()S()()()()()()()()()()()()。奴らの立場で考えてみれば至極当然で道理にかなっているってもんさ。……クソが。人の命を何だと思ってやがる」

 

 

 

そう言って今度はタブレットを開いた。パソコンの中のデータをコピーしてきたものだった。

 

 

 

「急遽計画は変更、20号からは全部ISの適合手術が行われている。28号までは全員コアに耐えれず、29号の手術は彼女の成長まで大幅延期…だがこれだ。コイツを見てほしい」

 

 

その文章データは日記のようだった。日付は今年の10月5日。彼女の改造手術の一カ月前とも記述してあった。

 

 

そこに書いてあったのは3つ。

 

 

1つは()()()()()()()()()()()()こと。

 

 

そして2つ目はその改造担当者が次の手術を支援してくれること。

 

 

そして最後に―実験体29号は手術成功の後、()()()の手に引き渡されること。

 

 

『彼女ら』、Sieと書かれたその組織がナチスの残党を支援していた。

 

 

その組織の事で千冬は心当たりがあった。

 

 

2年前の第二回モンド・グロッソにおいて、当時まだ11歳の弟―織斑一夏を誘拐した組織……。

 

 

千冬にはSieとその組織が同じものとしか思えなかった。

 

 

「まさか!」

 

 

「ああ。そのまさかだとアタシも思う。ま、今日はこれを見せるのも呼んだ理由ってワケだ。()()()()()()()()ね」

 

 

「そうか。三月にはもう私は……」

 

 

ドイツ軍との契約期間は2年。その後はIS学園の教師として赴任することがもう決まっていた。

 

 

「あの娘は…ノインはどうなるんだ!?」

 

 

「アタシが最大限手をまわした。2年。2年間の特殊コールドスリープで疑似冬眠させボーデヴィッヒの嬢ちゃんと一緒にIS学園へ入学させる」

 

 

「コールド…スリープだと!アレは!まだ実験段階だったはずだ!まだ試験も十分に…ッ!そういう事か!」

 

 

「ああ。厄介なんだろうさ。上は。あの子でコールドスリープ装置の実験をする。死んでも惜しくはないからだとさ」

 

 

「そんな!そんなふざけたことが!上のやつらも所詮は…所詮あのナチス残党とやってることは変わらないじゃないか!」

 

 

千冬は激高した。許せなかった。上層部だけではない。彼女を助けられない自分が、悔しくて悔しくてたまらなかった。

 

 

「すまない…」

 

 

「いいさ。……アタシも同罪みたいなものさ。……コーヒーまだ飲むかい?」

 

 

そう言ってメンゲレは立ち上がった。

 

 

「……ああ」

 

 

千冬は短くそう答えた。あと4カ月半、自分がやれるだけのことはしよう―と。

 

 

 

「そうだ。忘れていたよ」

 

 

部屋の奥からメンゲレの声が聞こえた。手には新しくコーヒーが注がれたカップがある。

 

 

「あの子の遺伝子調査の結果をアンタに言うんだったね」

 

 

カップをテーブルに置いたメンゲレはファイルを取り出した。

 

 

「後天的に…金髪碧眼そして肌が白くなるように調整されている。……それ以外はアンタと同じだ。ブリュンヒルデ。彼女はアンタの……クローンさ」

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりに余裕が出来たのでこっちも投稿します。


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少女は狙われる。

「姉様!」

 

 

扉を開けると、嬉しそうな声が聞こえてきた。

 

 

「ああ。今日も来たよ。ノイン」

 

 

私はあの日からこうやって毎日妹へ会いに来ている。

 

始めは10分だった面会時間もだんだん伸ばされ、今は2時間も一緒にいれるようになった。

 

 

「ふふふ、姉様のお話はとっても楽しみです。今日もいっぱいお話してくださいね?」

 

 

「ああ。今日は…そうだな。日本の料理の話でもしてやるか。」

 

 

今までの会話はほぼ全て日本語で行われている。

 

もともとノインは見つけ出された段階で、ドイツ、フランス、イタリア、そして英語が話せた。

 

それに加えて、短い千冬との会話のみで日本語を完璧に話せるようになっていた。

 

 

「なるほど。ヨーロッパとは全然違うのですね。それにしても生で卵や魚を食べて大丈夫なんですか?」

 

 

「ああ。生で食べる前提で期限やら保存やらがされてるからな。日本に行ったら一緒に食べよう」

 

 

「はい!とっても楽しみです」

 

 

言語はできる、といっても彼女の新たな情報源は現状数冊の各言語の本と千冬の話だけで元々の知識も研究所で教わったことのみ。

 

 

とにかく偏っていた。彼女にとって知っている音楽はクラシックのみでしかもその殆どがワーグナーだった。

 

 

書物だって、年頃の少女が読むような小説は読んだことがなかったようだし、甘い菓子の類も今まで食べたことがなかったようだった。

 

 

それもあって、ノインは私とのこの時間をとても嬉しそうに過ごしてくれていた。

 

 

「ノイン、何か飲むか?」

 

 

時計を見ると午後の四時を過ぎていた。ここにきてからずっと話しっぱなしで一息つくにもいい時間だった。

 

 

 

「はい。ではココアを……姉さまッ!」

 

 

いきなりノインが叫びその腕を異形のものへと変えた。

 

 

その次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「この発射音…感触、姉さま!これは151用の20ミリ弾です!」

 

 

「狙撃だと!?ラウラ!」

 

 

私は大声で外に待機させているラウラのことを呼んだ。

 

 

「ラウラ…!?おい!」

 

 

ラウラの反応は無い。不審に思った私は足に装備した拳銃を抜き、部屋の扉を開ける

 

 

「お?やっと出てきたか!こっちは待ちくたびれたぜぇ…」

 

 

 

扉を開けた先にいたのは山吹色の髪をした女だった。しかもその身体にはIS―ラファール・リヴァイヴを身にまとっている。

 

 

 

「貴様…!」

 

 

「おっと、できればこっちはテメエとやり合うつもりは無ェ。あのヘテロクロミアのガキもちょっと眠ってもらってるだけだしよォ」

 

 

ラファールを纏った女の後ろにはラウラが倒れていた。

 

 

「何が狙いだ」

 

 

千冬は無駄と知りつつも拳銃を女へ向ける。

 

 

「アンタがたいそう大事にしてるそのガキをこっちへ寄越せ。つーか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「貴様らが例の……!」

 

 

あの老人がSieと呼んでいた組織、そのメンバーが目の前にいる。だがいくら千冬でも生身で軍仕様のISと立ち向かうには今は不可能だった。

 

 

「姉さまッ!」

 

 

「おっとッ!」

 

 

ノインはISの両腕を部分展開し私の前に立つ。

 

 

「おうおう、おいでなすったか。早速だが、アタシら…亡国機業の元に来い。あのジジィから聞いてるんだろ?」

 

 

「嫌です!私は姉さまと一緒にいるんです!」

 

 

「チッ!あのジジィが死んだおかげでいろいろ面倒くさくなりやがった。コイツは使いたくなかったんだけどな。まぁいいや」

 

 

女の手に握られていたのは何かのスイッチだった。

 

 

「それはッ!」

 

 

「御察しの通り、このボロイ病院を発破解体してもいいんだぜェ?さぁて、お前が来るのを拒否すれば何人死ぬだろうな?」

 

 

持ち出したのは古典的な戦法―だがしかし、今のノインにとっては効果的な戦法だった。

 

 

ノインも目に見えて呼吸が激しくなっている。

 

 

 

死ぬ……?死ぬ、死ぬ、死ぬ!シヌ!しぬ!死ぬ!死んじゃう!!みんな死んじゃう!

 

 

 

「ノイン!?」

 

 

違う。ノインは爆弾と自身の葛藤で呼吸が荒くなっているわけではない。

 

 

死ぬという一言に反応して錯乱しているように見えた。

 

 

 

 

死ぬのはイヤぁぁぁぁぁぁぁッ!

 

 

 

ノインが叫んだ瞬間、彼女の背から黒い触手のようなモノが何本も飛び出る。

 

 

 

「なッ!?」

 

 

 

その触手は一瞬のうちに女のラファールへと突き刺ささってゆく

 

 

 

「これはッ!なんだ!急に暗く…?ああッ!やめろッ!やめろッ来るな来るな来るなッ!クソッ!あ、あぁぁ!ァァァァァ!」

 

 

女はいきなり叫びだした。まるで()()()()()()()()()()()()()()()に錯乱し始めた。

 

 

ISを展開したまま、座り込む。そして何かから逃げ出すかのように床を張って逃げようとしだした。

 

 

()()()()!ISを解除しなさい!」

 

 

「あ、あい、えすを、か、解除!」

 

 

 

新たな声がした。

 

 

その声の主もまた、ラファールを装備していた。だがそのカラーリングは燃えるような赤だった。

 

 

「はじめましてねぇ。織斑千冬。今回のところは私達の負け。挨拶もろくにできなくて悪いけど、帰らせてもらうわ」

 

 

そのもう一人の女は、オータムと呼ばれた女を抱え、天井を破壊する

 

 

 

「ッ!待てッ!」

 

 

しかし、そう言ったときにはもう二人の姿は空の彼方へ消えていった。

 

 

「ノインはッ!」

 

 

ドサッと後ろで倒れる音がした、

 

 

「ノイン!ノイン!」

 

 

千冬は必死に彼女に呼びかける。

 

 

「姉さま…よかった…」

 

 

意識はある。だがまだ呼吸は荒い。

 

 

「ブリュンヒルデ!すまない!地下の防護隔壁が降りて出られなかった。ノインは!」

 

 

「ヨゼ、ノインのISのことは……あの研究所のデータにあったか?」

 

 

「いや。なかった。どれだけ探しても欠片もね」

 

 

「そうか…。ノインとラウラを」

 

 

「ああ。すぐに地下のほうに移す」

 

 

「頼む」

 

 

亡国機業と名乗った襲撃者はもとより、ノインのISの能力。どちらにしてもまだ不明な点があまりにも多かった。

 

 

千冬はガラスでめちゃくちゃになった部屋へ戻った。

 

 

たった数分の出来事だったが、織斑千冬が亡国機業への憎しみを強めるには、時間など関係なかった。

 

 




と、言う訳でオータムとスコールの登場です。原作ではアラクネ、ゴールデンドーンを装備している二人ですが、まだ原作開始よりも結構前なのでラファール・リヴァイブです。一応ラウラもクラリッサも設定上ドイツ製第二世代機(名称未確定)に乗ってる設定です。

ノインのISについては後々……ということで。

Tips

151→第二次世界大戦中にマウザー社が開発したMG151/20のこと。スコールが狙撃に使ったのは実際には南アフリカのダネル NTW-20である。どちらも同じ20x82ミリ弾を使用する。

拳銃→千冬が使っているのはHK45SH。.45スーパーACP弾を使えるように改修し、スライドに黒うさぎの刻印をした黒うさぎ隊用独自モデル。(架空モデルだがHK45自体は現実に存在する)


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少女は眠りにつく

「フロイライン、これは決定事項なのだよ」

 

 

「しかし!」

 

 

ドイツ国家IS運用委員会、その会合の中に織斑千冬はいた。

 

 

「既にテロリスト集団が()()()()報復兵器V5(ノイン・ウント・ツヴァンツィヒ)を奪還しようとしている。彼女は元来、軍ではなくIS委員会が管轄するべきものなのだ。」

 

 

丸眼鏡をかけた初老の男がそう言い放った。

 

 

「だから、()()()()()()()()()()()()()()。彼女の身の安全も考えた上だ。理解してくれ」

 

 

「それでもあの娘は!」

 

 

「分かっている。精神的に不安定で、体躯もまだ未成熟だ。しかしだ。融合型ISの生体保護機能を考えれば、十二分に安全と、メンゲレもそう結論付けている。話は以上だ。もう退出してくれ」

 

 

そう言われた織斑千冬は、それ以上反論する姿勢を見せなかった。

 

 

反論できない、というより、反論することが無駄と考えたのだろう。

 

 

こんなところで無駄な時間を過ごすより、残り少なくなった彼女との時間を作ることのほうが、先決だと考えたのだろう。

 

 

彼女の後姿は、初老の男にはそう見えた。

 

 

 

 

「……まさか、私もお前もこのようなところで過去との因縁に付き合わされるとはな」

 

 

 

男はそう呟く。

 

 

 

「マルガリ―テ御婆様、貴女の愛した夫が妄信したその産物は、今私の前に再び現れた。()()()()()()()()()()()()()()()()のね……」

 

 

 

ドイツ国家IS委員会、それは偶然か、それとも必然か。

 

 

その本部があるのは、かつて褐色の館と呼ばれていた建物の中であった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

窓ガラス越しの彼女の姿は実際の距離よりも何万倍も離れているように感じた。

 

 

「ノイン……」

 

 

私には、弟がいる。まだ彼女に話していない大切な家族。

 

 

そして、()()()()()()()もいた。

 

 

「私は…また…」

 

 

私も、一夏も、あの子も、ノインも、兵器なんかじゃない。

 

 

その限界は、たとえ人間を超えていたとしても、私達は人間なんだ。

 

 

笑い、泣き、怒り、そして愛する。他と何も変わらない、ただの人間なんだ。

 

 

「教官……お時間です」

 

 

「クラリッサか……」

 

 

部屋の扉を開けて入って来たのは教え子の一人、クラリッサ・ハルフォーフだった。

 

 

「心情は……お察しします」

 

 

「ああ……すまない。もう少しだけ、いいか」

 

 

そう言うと、クラリッサはうなずき、無言で私の後ろで立っていた。

 

 

「…私はお前を絶対に救う。必ず」

 

 

私はそう呟いて部屋の外へ出ていった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「始めたまえ」

 

 

バルト海に存在する、独波国境を持つ島、ウーゼドム島。

 

 

その島に存在する、ペーネミュンデ特別技術開発センターでは、まさしく生きた人体の冷凍保存という世紀の実験が行われていた。

 

 

「分かりました。所長」

 

 

IS工学によって得られた技術をもとにIG.ファルベン社、トート機関によって開発された新型のコールドスリープ装置は現在ドイツのみが保有している。

 

もし実験が成功したならば、それはドイツがまさしく第四帝国と化し、経済面以外においても欧州を牽引する国家となれることを意味していた。

 

 

「成功、しますでしょうか」

 

 

「してくれなければ、我々は唯の子供殺しだよ」

 

 

そう話しているのはドイツIS大臣であるアルベルタ・シュペーア、そしてトート機関の機関長であるフリードリッヒ・ギネスであった。

 

 

12.7ミリ弾をも弾く防弾ガラスを隔てた先には人形の様に美しい少女が眠っている。

 

 

「ボーデン委員長も仰られていたが、まさか()()()()()()が集まるこの時代に新たなアーネンエルベ(遺産)が現れるとはな…」

 

 

旧第三帝国の遺産は多岐にわたる。現在へと至る軍事技術はもとより、政治的、科学的に大きな貢献を与えた。

 

しかし時としてそれはドイツにとって不利に働くことになる。

 

数十年前発生した、旧ナチスドイツの科学技術者たちによるバイオテロ、そしてならず者国家への核技術の流出。

 

そして現代の最強の兵器、インフィニット・ストラトスと融合した少女。

 

 

「報復兵器V5号、正式名称Gottes-WaffeV-29(神の兵器試作29号)。その能力の全容は不明…か」

 

 

ギネスは瞳を閉じる。

 

 

(あの帝国はどこまで私たちを締め付ける!まだ殺したりないのか!)

 

 

「凍結、始まります」

 

 

操作員の声にその閉じた瞳を開けた。

 

ヴゥゥンという起動音と共に少女の周りには薄い膜が生み出され、それが羽衣の様に彼女を包んで行く。

 

 

「完全凍結まで、drei…zwei…ein…完全凍結、完了」

 

 

「非検体の身体は?」

 

 

「異常なし、シミュレーションと同一です。……待ってください!値が異常値を!」

 

 

「何だと!」

 

 

同時に、施設内に存在したサイレンが一斉に鳴り響いた。

 

 

「シュペーア大臣!侵入者です!」

 

 

「侵入者だと!?」

 

 

「はい!物理的にも電子的にも防護壁が突破されています!今すぐ退避ルートを使って退避を!時間は委員会直属の武装IS部隊がッ!」

 

 

次の瞬間、壁が爆ぜる。同時に二つの数メートルの巨体(インフィニット・ストラトス)もまた吹き飛んできた。

 

 

「馬鹿な!防御特化の重ISだぞ!対IS用シュルツェンだって装備しているはず!?」

 

 

空気よりも軽くなった微小の壁の破片がまだ空を舞っている。

 

それが集まりできた煙の中で異様な影が動いていた。

 

 

 

「ウサギの……耳?」

 

 

 

場違いな、異質な、異常な、おかしな、傾奇な、影。

 

 

 

青と白のドレスにウサギの耳、そして紫色の髪。

 

 

 

ISをも一撃で倒すその力は、まさしく人類最強。

 

 

 

 

 

「あは、面白そうなことしてるねぇ。束さんもまぜてよ」

 

 

 

 




満を持しての束さんの登場です。

Tips

<用語>

褐色の館→ミュンヘンにあった旧ナチ党本部。空爆で焼失したが再建され現在は国家IS委員会の本部になっている。実際には国家社会主義資料センターとなっている。

ペーネミュンデ特別技術開発センター→有名なA-4ロケットの試験はペーネミュンデという場所で行われていたので流用。個人的に好みの地名。

IG.ファルベン→合成燃料や化学工業などで活躍したドイツの企業。実際はWW2後に解体されているがこの世界では戦後も存続し、業種を変え運営されている。

トート機関→WW2以前よりアウトバーンや要塞、飛行場などの建設を請け負った土木組織。この世界では戦後は先進技術、現在はIS技術の研究を行っている。

報復兵器→一連の兵器群に付けられた名称。Fi-103(V1号)、A-4(V2号)が有名。
ムカデ砲またはHs117がV3号とされる。この世界ではV4号は終戦時に計画されていたA-6ロケットにWunderWaffe(超兵器)である原子爆弾を搭載したもの。Gottes-Waffeとはそれを超える神の兵器の意味。またVとは試作を意味するVersuchの意味

対IS用シュルツェン→ただの追加シールド

<人物>

ドイツ国家IS委員会委員長 ルートヴィッヒ・ボーデン
→ハインリッヒ・ヒムラ―の妻、マルガレーテ・ボーデンにはヒムラ―との間の子の他に養子を持っていた。その養子の息子が彼である。

ペーネミュンデ特別技術開発センター所長 ワーナー・ハイゼンベルク
→ヴェルナー・ハイゼンベルグの孫。特段詳しい設定は無し

副所長 ミラージュ・フォン・ブラウン
→ヴェルナー・フォン・ブラウンがペーネミュンデにて秘書官との不貞によって生まれた子供の孫。フォン・ブラウンの本名はヴェルナー・マグナス・マクシミリアン・フライヘア・フォン・ブラウンであったため、マクシミリアンをマクロスのマックス(マクシミリアン・ジーナス)にたとえミラージュと命名。

トート機関長 フリードリッヒ・ギネス
→フリッツ・トートのフリッツはフリードリッヒの略称であり、トートはTodtと書くことからトッド、つまりダンバインのトッド・ギネスの連想でこの名前に。

IS運用大臣アルベルタ・シュペーア
→アルベルトの女性名がアルベルタ。ハイゼンベルグ同様詳しい設定は特に無し。





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