鬼よ、己が道を往け (息吹)
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入学試験

 初めましての方は初めまして。そうでない方はこんにちは。もしかするとこんばんは。息吹と申します。

 前から書いてみたいなとは思っていたヒロアカssです。後悔はしていない。苦悩はしている。
 ということで見切り発車気味ですが、書き始めちゃいました。オリ主と耳郎を絡ませたかっただけ。

 それでは、どうぞ。


 ――ね? 約束。

 

 ――君は、ヒーローになって。

 

 ――世界で一番強くて格好いい、そんな、最高のヒーローに。

 

 ――だから。

 

 

 

 

 ――――ばいばい。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 目が覚めた。

 身体を起こし、枕元に置いてある時計を確認すると、時間は目覚ましの約五分前。若干の早起きである。

 のそのそとベッドから出て、腕や肩を伸ばし、寝ぼけ眼のまま着替える。

 あー……入学試験だ。

 筆記試験はもう既に終わっている。自己採点では合格ラインはほぼ確実に超えているため、倍率は300を超えるらしいけど、まあ大丈夫だろう。あとは今日の実技試験次第って訳だ。

 洗面所へと向かって歯磨きと洗顔を済ませ、冷蔵庫から()()()()()()()()()()()()()()

 いくら個性社会になったとしても、未成年の飲酒は違法である。

 だが、俺の場合、飲まないといけない。きちんと役所を通して許可は取ってある。

 スキットルボトルにとぽとぽと移し入れる。

 本当は瓢箪とかの方が『っぽい』んだけどなあ。流石にこっちの方が携帯するには便利だ。ちなみにだが、このスキットルの材料もちょっと特別製で、まあ下手な刃物くらいなら傷一つ付かないし、ちょっとした自強化系の個性を持った奴の拳でも凹みもしない。流石にオールマイト並となると話は別だが。

 

「あとは……んー、出る前にもう一回所持品の確認するか」

 

 受験票や実技試験用の服……は、ジャージでいっか。

 その他鞄の中身を確認し、最後に、机の上に置いてある小さな木箱へと手を伸ばす。

 その木箱を見た人間は、まず間違いなく同じ感想を抱く筈だ。

 

 ――結婚指輪、と。

 

 だが残念。確かに中身は指輪だが、そんな甘酸っぱいものじゃない。小さい頃に受け取ったプレゼントだ。当時の年齢を考えれば中の指輪のデザインはシンプルに過ぎる……それこそ、まさしく結婚指輪の体を為しているので、おそらくソイツの母親にでも相談したのだろう。もう指のサイズに合っていないので、紐を通し、ペンダント代わりにしている。

 あ? ああ、くれた奴は勿論女の子だ。男から指輪のプレゼントなぞ受け取りたくない。

 首にかけ、指輪を手に握り、目を伏せる。

 

「……うし! 行くか!」

 

 小さな本棚の上に立ててある写真を見やって、この部屋を後にする。

 ああ言い忘れてたけど、この部屋には俺一人しかいない。入試の為に一週間程度こっちに来ているんだ。地元はもっと田舎の方。いや都心に比べたらどこもだいたい『都心よりは田舎』だとは思うが。どうせ明日には帰る。まだ中学は終わってないし。

 俺が受験する高校、ないし、行く予定の高校との距離は駅二つ分。丁度快速(地域や路線によっては急行と言ったりするのか?)だと一駅分。まあ近い方だろう。

 朝飯代わりにおにぎりと飲み物、あと単純に食いたいからという理由でチョコ系のお菓子を二つほどコンビニで買い、駅へと向かう。

 丁度通勤ラッシュにぶつかったのか、電車内で押し合い圧し合いしながらなんとか高校の最寄り駅に着いた。いや、こういう時ものの数分で降りれるっていいな。一番楽なのは高校の近所に住んでしまうことというのには目をつむる。

 まず間違いなく同じ高校受けるのであろう見慣れない制服の人達を横目に、スタスタと目的地へと歩みを進める。

 

「どけデク!」

「か、かっちゃん!」

「俺の前に立つな、殺すぞ」

「おっ、お早うがんバ張ろうねお互ががい……」

 

 ……門をくぐってすぐの所で何やら剣呑な空気が流れていたが、まああまり気にする必要もないだろう。知り合いでもない。

 

 

 

『今日は俺のライヴにようこそー! エヴィバディセイヘイ!!」

 

 演説者のテンションは高いが、残念。受験生からの返答はなく、この講堂? は静寂に包まれたままであった。

 壇に立つのはプロヒーローの『プレゼント・マイク』。ヒーローでありながらラジオ番組にも出演しているんだったか。流石に有名だし知ってる。

 

『こいつぁシヴィ――! 受験生のリスナー! 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!?』

 

『YEAHH!!!』

 

 いやうるせえ。

 

『入試要項通り! リスナーにはこの後! 十分間の〈模擬市街地演習〉を行ってもらうぜ!! 持ち込みは自由! プレゼン後各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!」

 

 その後の説明と入試要項を纏めると。

 会場にはそれぞれ1~3ポイントのロボットの仮想敵がいて、制限時間内にどれだけ稼げるか、が合格基準になるらしい。勿論、他受験者へ危害を加えたり妨害したりするのは論外。

 だが、入試要項には仮想敵の種類が()()記載されている。

 その点については生真面目そうな眼鏡君がプレゼント・マイクに質問したことで解消した。

 どうやら1~3ポイントのロボ敵の他に0ポイントの敵も配置されているらしく、こっちは所謂お邪魔虫。各会場に一体居て、まあ避けていけ、ってことらしい。

 確かにわざわざ戦う必要性はないな。

 あとその眼鏡君は何やら個人的にも物申していたようだが、俺じゃなかったし、別にいいか。

 それにしても、戦闘向きじゃない個性の奴はどうすればいいんだろうな、この試験。

 

『最後にリスナーへ我が校の”校訓”をプレゼントしよう』

 

 うん?

 

『かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! 〈真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者〉と!!』

 

『Plus Ultra!!』

 

『それでは皆、良い受難を!』

 

 そして、俺の高校実技試験――全国最難関レベル、雄英高校の入試が始まった。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 

 ということで会場へ。先に受験生は試着室でジャージ等、動きやすい恰好に着替えてからの移動だった。人数が人数だけに、それだけで既に数十分は経っている。

 会場の前で軽いアップを行い、開始に備える。

 周囲の生徒も同じように準備運動を行うか、知人でもいたのか、軽く談笑してる姿も少ないとはいえ見受けられる。まあ全員、緊張の文字が顔から読み取れるのは共通か。

 ……場の空気に中てられたかな。俺も少し緊張増してきた。

 ジャージの下にある、胸元のペンダント、というよりは指輪を握る。

 ああ、大丈夫だ。こんな所で俺は止まってられない。目指すはさらに遥か先。誰よりも強くて格好いい、最高のヒーローなんだから。

 

『ハイスタートー!』

 

 急に届いてきた大音量に、誰もが呆けた表情をした。

 この声は……プレゼント・マイク?

 どうやら入試の説明を行った場所にある一番高い所から全試験会場に向けて叫んでいるらしい。何の建物かまでは分からんが、よくよく目を凝らせば小さく人影が見えるし、多分そう。

 つい数十分前にも聞いたその声と台詞の内容を吟味するよりも先に、彼は言葉を続ける。

 

『どうしたあ!? 実践じゃカウントなんざねえんだよ! 走れ走れぇ!! 賽は投げられてんぞ!!?』

 

 言い終わるよりも先に駆け出した。

 いまこの会場に居る生徒の中では誰よりも早く飛び出したみたいだ。前を行く人、横に並ぶ人はいない。遅れて慌てて走り出す足音が後ろから無数に聞こえる。

 

「狂襲・参式……!」

 

 自分の個性の出力を二段階程上げて、さらに加速する。

 一応保険の為に、ウエストポーチからスキットルを一つ取り出し、一気に飲み干す。空になった容器は仕舞い直す。大丈夫。あと三つ予備はある。

 

「んだよあの角の奴、めっちゃはええ!?」

 

 なんか金髪の奴が叫んでるが、気にせず行こう。

 大体、俺の個性は確かに速くはなるが、加速特化の個性や単純に出力が大きい増強系個性と比べると劣るんだぜい。

 一々説明解説はしねえけども。

 他の受験生を置き去りにして入口から真っ直ぐ伸びる大通りを駆け抜け、しばらくして脇道に逸れるつもりだ。ここで時間を潰されて他の人と取り合いになるくらいなら、最初から人の居なさそうな場所を狙って倒す。

 だがまあその道中に居る分は倒すか。

 飛び出してきた一輪ロボット……1P敵の頭部を蹴り抜き、四脚ロボ……は2Pか。どことなく蠍を思わせるそのフォルムの尻尾のような部分を掴んで、同時に迫って来ていた二体の1P敵に投げつける。1P敵はそれで沈黙したが、2P敵は念のために頭部を踏み砕く。これで5P。

 

『標的発見! 死ネッ!!』

「その語彙力どうにかなんなかったのか……?」

 

 少しの距離を開けて次に飛び出してきたのはミサイルポッドらしき武装をした仮想敵。3P敵か。

 視線の先、ポッドが開く。

 実弾なのか、威力を落とした玩具なのかは分からんが、まあ撃とうとしてるのは火を見るよりも明らか。

 そして俺の個性は、遠距離には対応していない。

 だから。

 

「よっ」

『ッ!?』

 

 一息に詰め寄り、開いたポッドに()()()()()()()()

 驚いたような声を上げる3P敵。振り落とそうと暴れるが、もう遅い。発射は止められない。

 俺の腕で押さえられたミサイルポッド内で爆発。その爆発で指示系統がやられたのか、それきりこの3P敵は動かなくなった。

 ふむ。誘爆するかと思ったけど、そうならない設計がミサイル本体かポッドにされてるのかもな。そこらへんの軍事的というか兵器関連には大して詳しくない。

 ()()()()()()()()()右腕の調子を走りながら確認して、問題がないことを確かめるとさらにスピードを上げた。

 そうだな……せめて50台中盤は取っておきたいところだな。

 ()()()()()()の腕など気にする必要はない。痛みもない。

 俺は行く手を塞ぐ仮想敵を前に、さらに前進した。

 無意識に、口角を上げながら。

 

 

 

 およそ残り時間三分を切っただろうか。

 既にさらにスキットルボトルを一つ空にした俺は、この会場で一番高い建物の屋上に居た。ポイント数は約60弱。まあ多いに越したことは無いか。

 途中からこうして高所に居るから、もう地上を走り回るだけの仮想敵の相手はしていない。

 では何故、俺はこんな所にいるのか。

 勿論、他の受験生や仮想敵の撃破状況を把握するっていうのもあると言えばあるんだが。

 

「……0P敵はどこだ?」

 

 未だに姿の見えない仮想敵。仮称0P敵の居場所を探していた。

 別にあれを相手にする必要はない。俺も最初はそのつもりだった。

 だが、こうも姿を見せないとなると、何となく嫌な予感もするもので。

 耳を研ぎ澄ませ、目を凝らし、風の向きすら感知しながら、仮想敵の居場所を探る。

 そして、ようやく聞こえてきた、聞き覚えの無い駆動音。場所は左後方。

 振り返る。

 ……。

 …………。

 

「いやデカすぎだろオイ……」

 

 どこにその巨体を格納していたのかと思わざるを得ない程の大きさ。俺が今居る、会場内で最も高い建物よりも高さだけでもある。さらに横にもでかい。

 確かにプレゼント・マイクは所狭しと大暴れしてるって言ってたけどさあ。これは違くね? つかどうやってあの巨体のバランス制御してんだろ。雄英ってすげー。

 ……はっ。あまりの非現実さにちょっと現実逃避してた。いかんいかん。

 さてどうしたものかと、一応撃破するつもりでその巨体を眺めていると、

 

『――――』

「……あっはっは」

 

 笑ってみたが駄目だった。

 大きさ故の緩慢な動きで、自身を支えるように建物を掴んでいた0P敵の片腕が上がる。

 某ポケットなモンスターのレジ系を彷彿とさせるカメラレンズと、俺の視線が交錯する。

 うん。

 完全に標的になった(ロックオンされた)

 持ち上げる時の鈍さは何だったのかというレベルの速度で腕が降ってくる。こいつ重力に従いやがって。

 咄嗟に頭上を庇うと同時、衝撃。

 流石に重量には耐え切れず、俺は崩壊する建物と一緒に下へと落ちて行った。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 耳郎響香は焦っていた。

 一つは思ったよりも仮想敵の撃破ポイントを稼げていないこと、もう一つは、急に出現した超巨大な仮想敵が思ったよりも近くに来たこと。以上二つの理由により、彼女は大いに焦っていた。

 すぐ後ろの建物が上から潰されるように崩壊する。

 爆音と砂埃で、一瞬周囲の情報が断絶する。

 

(いやいや冗談キツイって! 相手にするしないとかの次元じゃない!)

 

 必死に逃げ惑う。幸い足元は見えるので、間違って変な方向に向かってしまうこともない。自分の個性だと後ろの爆音が五月蠅すぎるので使えないが、そもそも使う必要すらない。

 だから、その叫び声が届いたのは、全くの偶然なのだろう。

 

「ガッ、ァァァァァアアアアアッ!!」

 

 人の声。

 

「ったくどうなってやがんだここの安全意識は!? 俺みたいな個性じゃなきゃまず間違いなく死ぬぞ!? 高さ云々じゃなく、そもあの重量が迫ってくるだけで大怪我必至だ!」

 

 男の、人の声。

 有り得ない。

 だって。どうして。

 

 ――今しがた崩壊した建物の跡地から声がするのだ?

 

 その異常性が、耳郎の足を止めてしまった。

 彼女の中の常識が囁く。

 普通はあの高さから落下して、いや、この巨体に殴られて無事である筈がない。衝撃に耐えられるような個性だったとしても、今みたいに叫ぶ程の気力が残るのか? プロでもなんでもない、ただの受験生に。

 この土埃で0P敵の方も標的を見失っているのか、少し音が止んだ。

 目潰しが消えてしまえば、あのロボットはまた動き出してしまうだろう。その前に、この声の主の安否の確認はしておいた方がいいのだろうか。声は元気そうだが、それでも殴られ、落ちたことには変わりないのだろうし。

 

「ん? 何だ、誰かそこにいんのか?」

「っ」

 

 迷ってるうちに、向こうから声がかけられた。相手もこちらの姿は見えていない筈だが、何か自分のように、人の居場所が分かる個性なのだろうか。

 ……いや、それならそれで何故今平気そうなのだろうか。およそそういう個性ならば、身体はさして丈夫ではないと思うのだが。

 

「だ、大丈夫なの? ウチの勘違いじゃなきゃ、瓦礫と一緒に落ちてきたと思うんだけど」

「んー、ああ、それなら大丈夫だ」

 

 誰かが立ち上がる音と、小さなコンクリ片がパラパラと落ちる音がした。

 

「取り敢えず、離れることをお勧めしよう」

「いや、あんたもでしょ。早く逃げた方がいいって」

「かはは! いーや、俺はアイツをぶっ壊す。殴られた借り、というか、んな危険物で殴りかかってきやがった腹いせにぶん殴ってやる。じゃねえと気が済まない」

「ウ、ウチは逃げるからね!?」

「おう。その方が賢明だ」

 

 土埃の先の男子生徒は、気にした素振りもない。

 むしろ腰のポーチから何か飲み物が入っているのであろう容器を取り出し、一気に傾ける程の余裕を見せている。

 一般的な水筒というには少し小さいような気がしないでもないが、わざわざこんな状況で飲むということは個性に関係しているのかもしれない。

 いや、そんなことよりも。

 踵を返し、元の進行方向に足を向ける。

 今ここで自分が一緒に居る必要はない。自分の個性では何もできない。相手がアレでは、逃げる方が理に適っている。

 誰に向けたのかも分からない必死の言い訳が心の内を占める。

 

「狂襲・陸式!」

 

 もう向こうはこちらを気にしないことにしたのか、未だ動けない耳郎を無視して飛び出していったようだ。一際大きな音が辺りに響く。

 同時に土埃もある程度晴れたのか、ようやく周囲の状況が視認できるようになった。

 そして、耳郎の目に入ったのは。

 

 ――散乱する建物の残骸。

 ――大きく腕部を振りかぶる0P敵。

 ――蜘蛛の巣のように罅割れた先程の男子生徒が立っていたと思われる場所。

 ――そして。

 

 

 ――――哄笑を響かせながら0P敵の胴体を殴り飛ばす男子生徒の姿。

 

 

「かははははははは!」

 

 その一撃で、仮想敵の巨体のバランスが崩れた。

 しかし、片腕で建物を掴み転倒を防ぎつつ、もう片方の腕を男子生徒へと伸ばす仮想敵。

 だが、男子生徒の動きも優れていた。

 受け身の取れない、足場のない空中で器用に体勢を整え、向かってくる手指に掴まる前にするするとその手に降り立った。

 轟音を鳴らしながら、その上を駆ける。いや、跳ぶ。

 何の音かと思えば、どうやらその一歩一歩が仮想敵の腕の装甲を壊しているらしい。人体で言う所の肘に相当するのであろう箇所に到達した時点でそれより下が地面に落ちた。

 ……あ、振り落とされた。

 仮想敵は我武者羅に振り回したのだろうが、丁度彼の身体が空中に在る時に腕が直撃したらしく、すぐ横の建物に激突した。

 

「まだまだァ!」

 

 意も介さず、すぐに人影が飛び出した。放たれる跳び蹴りが、頭部を蹴り抜く。

 しかし破壊には至らず、動きを鈍らせるだけに止まった。他の仮想敵と同じように、指示系統は頭部に集約されているらしい。

 

 ……その大怪獣バトルの体を為し始めた光景を前に、耳郎は。

 

「~~っ。あー、もう!」

 

 走り出す。

 ――仮想敵と男子生徒が今まさに戦っている、その場所へ。

 それに気付いたのは、男子生徒の方が先だった。

 

「ああ!? お前さん、何でまだいる!?」

「分かるか馬鹿!」

「あァ!?」

 

 そうだ。自分でも分からない。何でこっちに走り出したのか。自分に何が出来るのかも分からない。

 それでも。

 自分の目指すヒーローは。

 

「ここで逃げちゃ駄目だと思うから……っ!」

 

 ちょっと話したからとか、仲間意識が芽生えたからとか、そういうものでは決してない。たった数回言葉を交わしただけ、今初めて会った相手にそこまで意識することなんてない。

 でも、だからと言って、戦ってるのが分かってるのにそれに背を向けて逃げ出すのは違う。

 共闘だという訳でもない。元々戦う必要のない相手、彼が相手にしてるのも、仕返しの意味合いが強い。

 それでも。

 

「耳郎響香!」

「あン!?」

「名前! 耳郎響香! 呼び名がなきゃ連携取れないでしょ!」

 

 視線の先、構造の関係上出っ張った部分を掴んで落下を防いでいた彼は、手を離し、再度蹴り飛ばすことで耳郎の近くに降り立った。

 

「かはは! 良いね。そういうの俺は好きだぜ?――俺は相間。相間(そうま)或鬼(あき)。見ての通り、個性は『鬼』さ」

 

 そう言って、相間と名乗った彼は額から伸びる二本の角を撫でた。

 短めの白髪。背は次郎よりも二十センチ近く高い。この戦闘のためか黒いジャージをボロボロにしているが、腰のポーチは大して傷付いていなかった。

 そして何よりも目を引く、二本の角。髪の白と相反するように赤黒く伸びるそれは、その無機物っぽさも相まって、皮膚や骨の変形というよりは額を突き破って直接生えているかのような印象を受ける。

 破れた衣服から見え隠れしたり、顔に走ったりしている赤い模様はお伽噺の赤鬼を彷彿とさせ、対峙する耳郎は少しばかり恐怖を覚えてしまったが、これは内緒の話。

 

「ウチは『イヤホンジャック』。音拾ったり、爆音にして流したり」

「……アレに通用するか?」

「……動力部分に直接流し込めば、或いは」

「最悪効かなくても問題ない。俺の個性は自強化。力や速度、耐久力から五感まで、まあ色々強くなる」

「めっちゃ強個性じゃん」

 

 しかし相間は、自嘲気味に鼻で嗤って、

 

「それだけなら、な」

 

 それ以上は語らず、彼は0P敵に向き直った。

 ポーチから取り出したスキットルボトルを一つ空にし、拳を握る。

 

「直接の相手は俺がする。お前さんはサポートをお願いできるか?」

「どうせウチの個性じゃそんぐらいが関の山。あんたも、巻き込まれないでよね」

「巻き込まれても俺なら大丈夫……さっ!」

 

 跳躍し、仮想敵が振り下ろしてきた無事な方の拳(?)と、自身の引き絞った拳をぶつけて殴り合う。

 押し勝ったのは、相間。

 弾かれた腕の重量に引っ張られるように、後方へとバランスを崩し始める。

 しかし、向こうにそんな意思というものがあるのかは定かではないが、あたかも反撃するかのように壊れた方の腕を振るう。殴るにはもう腕や手の部分は残っていないから、建物を削り飛ばすつもりなのだろうか。

 耳郎もまた走り出す。

 流石に彼程の爆発力は持っていない。そんな個性じゃない。他の仮想敵には直接プラグを挿して心音を爆音にして流し込むことで行動不能にはできたが、それがこの巨体に通じるかは定かではない。定かではないのに、アレに近付くのは危険が過ぎるか。

 だから、プラグの届く約六メートルの範囲には近付かない。それよりも離れた所で彼のサポートを。

 正直、時間さえあれば相間はこのデカブツを破壊するだろう。そこに耳郎の出る必要性はない。

 だが、こうして残っているのに何もできませんでした、ではプライドに関わる。

 空中でバランスを取り、瓦礫を迎え撃とうと構える相間の姿を確認して、プラグを地面に挿した。

 いつもはこんなことは出来ない。でも。

 やらなきゃいけない。

 

「相間! 足元壊すよ!……っ」

 

 すぐそこで巨体が軋む音が、重力に引かれる音が流れ込み、耳が痛むが、我慢。

 流し込む。

 ドクン! と一際大きな心音が地面を伝わり、相間と仮想敵との戦いでボロボロになっていたコンクリの地面を崩していく。

 仮想敵を巻き込みながら、耳郎を中心にクレーターのように地面が陥没した。いまだ滞空状態だった相間には影響はない。それを狙った。

 本来の耳郎の音量ではこんなことは出来なかっただろう。だが、やってみせなきゃいけないという使命感と、戦闘により既にボロボロだったのが幸いした。

 崩れ行く足場と落ちていく自分。今後は音量の上限と指向性が課題かなと思いつつ、相間に向かって親指を上げる。

 意味はただ一つ。

 やれ、と。

 彼はただ、ニッと口角を上げただけだった。

 空中で身体を上下反転。倒れいく0P敵の頭部を狙って、飛び出す。

 

「らっしゃああああアアアアアアッ!!」

 

 再度反転。飛び蹴りの要領で細長い頭部に突き刺さるようにして、相間は仮想敵に止めを刺した。

 最後の抵抗か、緩々と腕が持ち上がり――伸びてきたプラグに爆音を流され、一瞬動きを止めた後、力なく落ちて行った。

 

「なんだ。ちゃんと効くじゃん」

 

 小さく呟くと同時、遥か後方から大音量の声が届く。

 

『終了――――!!』

 

 そして、短くも長い十分間が終わりを告げた。

 

 

 

 巨体の上でプラグの長さを元に戻しつつ、耳郎は相間が突き刺さったままの仮想敵の頭部に声を掛ける。

 幸いにも、地面を崩壊させたにも関わらず上手く着地できたのか、こちらも捻挫や目立った怪我はなかった。

 

「そっちは大丈夫ー?」

「……配線だとかの所為かな。少しビリビリしてる気がする」

 

 破壊音と共に内側から装甲を蹴り壊しながら現れるのは、思ったよりも平気そうな相間の姿。

 ほ、と一安心。

 ちゃんと個性で息をしているのは聞こえていたし、何か怪我をしている様子でもなかったのは分かっていたが、それでもこうして直接目にすると安心する。目の前で大怪我されてても困るし。

 衝撃に耐えられなかったのか、彼の靴は既にどこかへと消えており、裸足でトントンと耳郎のもとまで登ってくる。

 

「ん。お疲れさん。ナイスアシスト」

「そっちこそ、お疲れ。正直ウチが居る必要は無かったと思うけどね」

「フォロー要る?」

「要らん」

 

 そか、と短く返答すると、相間はその場で座り込み、ポーチをまさぐった。

 取り出すのは、土埃の中でも飲んでいたと思われる飲料の入った容器。

 っていうか、先は気にならなかったが、その形は。

 

「……未成年飲酒?」

「個性の関係上飲まないといけないの」

 

 確かに、こうして落ち着いてみると微妙に酒臭いような気がしないでもない。

 

「ってか、角と赤いヤツ、短くなったり消えたりするんだ」

「個性の出力を上げると角は伸びるし、模様も範囲が大きくなる。今も心臓部分にはあるぞ」

「見せなくていい。見せなくていいからっ」

 

 服を捲ろうとした相間を慌てて止める。

 はあ、と溜息を一つ溢す。なんだか今のやり取りでようやく緊張が抜けた気がする。

 

「あ、あれ?」

 

 ペタンと、座り込んでしまう。

 ちょっと気恥しくて立ち上がろうとするも、足腰に力は入らず、なんだかプルプルと震えるばかり。

 

「……腰抜けたか」

「わざわざ言わなくてよろしい」

 

 むっとした視線を向けると、気にした様子もなくカラカラと笑いを返されるだけだった。

 

「まあ無理もない。こんな奴、立ち向かう方がどうかしてる」

「それは自慢? それとも自嘲?」

「お前を褒めてんだよ」

 

 おっと予想外の返答が。

 突然のことに思考が停止した耳郎の脳に、相間の声が届く。

 

「俺はこんな個性だったし、まあ荒事にも多少は慣れてた。けど耳郎、お前は違うだろう? およそ普通の生活をしてて、こんな圧倒的脅威って奴に立ち向かうことなんてそうそうない。だがそれでも、お前は逃げることを選ばなかった。立ち向かうことを選択してみせた。そんな狂気こそ、ヒーローの素質だろうよ」

「……遠回しに自慢しているようにしか聞こえない。しかも狂気て。せめて勇気と言ってよ」

「自慢してるつもりはねえんだが……しかし、ふむ。それもそうか。狂気という言い方はアレか」

 

 言ってることがヒーローのそれではないような気がする。

 それに勿論、相間が自慢してるつもりはないのは分かり切っている。だが、照れ隠しくらいは許してくれたっていいだろう。

 動かない足を無理矢理起こして体操座りにして、膝に顔を押し付ける。

 まあ、同年代だとは言え、褒められて悪い気はしない。

 しかしヒーローの素質云々の前に。

 

「でもま、ウチあんまポイント稼げなかったし、合格はしてないかもね」

「それに関しては俺も何とも言えないなあ。俺も途中からコイツ探して仮想敵倒してなかったし」

「それじゃあ頑張ってこれ倒したのに二人して落ちるかもしれない訳だ? 何それアホくさ!」

「是非もねえな」

 

 バシバシと足場にしてる0P敵の装甲を叩く。

 だが、そっか。

 

「……ウチ、きちんと立ち向かったんだ」

「ん」

 

 相間は何も言わなかった。しかし、その沈黙は有難かった。

 なんだか、感慨深い。

 最初この仮想敵が出てきた時はあまりのスケールの違いに逃げ出すことしかできなかったが、何の因果か、今はこうしてその残骸の上で共闘相手と談笑している。本当、何をどう転んだのだろう。

 仮想敵の出現場所が違ったら、耳郎のその時の居場所が違えば、相間があの建物にいなければ。

 何かが違っていたら、今ここに自分は居なかっただろう。

 相間は……なんだかんだコイツを相手取って一人でも狂気的に笑いながら戦っている気がする。

 空白。

 耳郎は手持無沙汰にプラグを伸ばして弄び、相間は不定期にスキットルを傾ける。

 

『怪我人。怪我人。保健室ヘ』

『I found』

 

 暫くすると、小さなロボットが二機、担架を手にやって来た。

 ボコボコになった道路では走行できないのか、相間や耳郎からちょっと離れた所で立ち往生している。

 

「……まだ立てないようなら運んでやるが?」

「心配すんな。もう立てるし」

「なら一応診て貰っとけ。俺は個性があるから後回しでもいい」

「却下。ウチよりあんたでしょ。あんたの方が大立ち回りしてたんだから、ウチより先」

「……ここで問答しても仕方ないしな。一緒に付いていけばいいだろ」

 

 降りるときは装甲も地面も不安定だったため手助けしてもらったが、時間が経ったこともあり耳郎は既に立ち上がることはできるようになっていた。

 どっちが担架を使うかでまた一悶着あったが、結局どっちも歩いていくということで落ち着き、担架ロボット――なんと自己紹介され、ハンソーロボと名乗られた――に先導される形でその場を離れる二人。

 出入口のゲートで他の生徒から色々詰め寄られることになるのだが、それはまた別の話。

 

「ま、もしお互い合格してたら、新学期からよろしく」

「おう。また会えるといいな」

 

 ――雄英高校入学実技試験、終了。




 主人公の個性の詳細はいずれ。

 本当は紹介くらいで終わらせるつもりだったんですが、
「俺の名前は~~」
 みたいな紹介の仕方や、
「俺は~~、君の名前は?」
 みたいな原作キャラとの絡ませ方があまり好きじゃなかったので、結果、こうなった。自分にしては長い。

 とりあえず耳郎が一番活躍してる文化祭までは書かないとなあ……(遠い目)

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ゴメン、砂藤……退場させて。ゴメン、上鳴……これからお前の出番を色々食うわ。主に耳郎関連。


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合格通知

 まだ熱があったのでとりあえず書き上げました。

 本当は個性把握テスト書こうかなとは思っていたんですが、一話で入学試験終わり、二話で個性把握テストも終わるのはちょっと急すぎ……? となったので休憩。二話目にして早くも休憩? うせやろ?

 入学試験は二話に区切る予定だったんですが、キリの良い所がなかったので長くなっただけなのです。本当は私はあの半分以下がデフォ文字数なのです。

 それでは、どうぞ。


 突然変異、と言うらしい。

 

 生まれた時から額に小さな角があり、すぐに両親から個性が遺伝していないことは分かった。少し誰の子供なのかで一悶着あったそうだが、遺伝子検査と、突然変異に付いての説明のお陰できちんと俺は両親の子供であると確定したらしい。

 と言っても、もう十年以上前の話だ。母親から聞いただけの話だし、そもそも自分の出生話にそこまでの興味はない。

 

「ただいま」

「……ン。おかえりー」

 

 約一週間ぶりの我が家。ごく一般的な一軒家だ。

 リビングに入り声を掛けると、ソファから間延びした声が返ってきた。姿は見えないので、寝転がっているのだろう。

 雄英という国内最難関レベルの受験を終えた息子に対し少々冷たくないかと思わないでもないが、この母親は普段からこうなので特に気にすることもない。

 個性『代替睡眠』。

 睡眠時間が増え、いつも眠そうという個性。睡眠が必要なのではなく、本当にただ眠いだけらしい。

 この個性との付き合いも長いからか、きちんと仕事はこなすし、日常生活に支障は出ていないのだが、ややうっかりが多いらしい。今も姿は見えないが、寝落ち一歩手前みたいな顔で何をするでもなくぼーっとしているのだろう。

 挨拶はしたし、部屋に戻って長旅と受験の疲れを取るかと思っていると、そんな母親から声が掛かった。

 

「……どうだったー?」

「……受験の話?」

 

 そー、と肯定の返事があった。

 

「筆記は大丈夫の筈。実技は微妙……って感じかな」

「珍しー。或鬼なら実技こそほんりょー発揮のとこでしょー」

「内容が内容だったんだよ」

 

 一度会話の区切りかと思い、荷物を置き、着替え、手洗いうがいをしてまたリビングに戻ってくる。

 母親が寝てるソファの向かいに座ると、ちょいちょいと手招きされたので溜息を一つ溢して近くに座り直す。

 

「ン。お疲れさん」

 

 頭を撫でられた。

 ……昔からこの人はこうだ。中学卒業を目前にした今でも、俺をどこか子供扱いしている節がある。流石に思春期の男子としては気恥しい。反抗期らしい反抗期は俺にはまだないみたいだが、それとは話が別だ。

 だが、それも仕方ないのだろう。

 

「――約束、果たせそう?」

「果たさなきゃいけないんだ。出来る出来ないの話じゃない」

「そっか」

 

 俺がヒーローを目指す理由を知っている数少ない人間。

 俺の、原点を知っている人間。

 それが俺の母親だ。

 お陰様で俺はいつまで経っても子供扱いされるままな訳なんだが。

 

「よーし、今日はこの母がご馳走を振るってあげましょー」

「止めてくれ。それでこの前火事になりかけただろ。個性があるんだから家事は俺がする」

「だいじょーぶ。或鬼がいないこの一週間何もなかったし、よゆーよゆー」

「マジで何でこの一週間無事なんだろうこの人……」

 

 先の通り、個性の関係か『うっかり』が多いこの母親は、ふとした瞬間に何をやらかすか分かったもんじゃない。

 テレビやエアコンの消し忘れならまだ可愛い。包丁を落としたり椅子やテーブルの足に引っかかるのもケガで済む。両手が塞がった状態で階段を使ったり、料理の際に揚げ物をしたりするのは本当に止めてくれ。

 俺も疲れていたので、ご馳走は一週間後、合否が判明してからということで話は落ち着いた。受かっていたら合格祝い、落ちていたらドンマイ会だ。

 

 

 

 

 ――ね? 約束。

 

 今でもたまに夢に見る。

 

 ――君は、ヒーローになって。

 

 あの日の記憶。

 あの日の痛苦。

 

 ――世界で一番強くて格好いい、そんな、最高のヒーローに。

 

 俺はあの時何もできなかった。

 壊すことしか出来ない俺は、あまりにも無力だった。

 俺には、誰かを救ける力なんてなかった。

 

 ――だから。

 

 だから。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 一週間後。入試要項では、そろそろ通知が届くはずだ。

 この一週間、これといった変化はなかった。精々、学校で友人達から揶揄われたり、教師と少し話した程度。

 俺は変わらず筋トレ等の日課をこなしつつ、受験前と変わらない生活を送っていた。

 だがまあ、これが届いていたら多少は緊張する。

 

「或鬼ー、通知届いてたよー」

「通知……? ああ、雄英の」

 

 休日、夕飯も終えゆっくりしていた時分、唐突に母が一枚の封筒を手渡してきた。

 見れば雄英の校章のようなものが入った封鍼印があるから、まあ間違いなく合否の通知が入ったものの筈……なんだが、小さい。

 書類が入っている様子でもなく、少し揺らすと何やら硬質なものが入っている感じ。何だコレ。

 

「先に一人で見てみる?」

「ん……そうする」

 

 一旦自室へと向かい、その封筒を開ける。

 中から出てきたのは小型の機械装置。いやマジで何だコレ。

 イマイチ操作方法が分からず手で弄んでいると、何かを押した感触と同時、急に中心部分から光が漏れ出し俺の網膜に直接攻撃してきやがった。

 

「眩しいんじゃオイ」

『私が投影された!!』

 

 机の上にポイと投げ出すと、何やら空中にテレビとかでよく見る画風の違うナンバーワンヒーローの映像が投影……成程。映写機(プロジェクター)、というよりは立体映像(ホログラム)に原理は近い機構を持った装置だったらしい。

 

『びっくりしたかい? 実はこの春から私は雄英に教師として勤めることになってね……え? 巻きで!? むう、仕方ない……』

 

 なにやら撮影側から急ぐように言われてる。くるくるしてる手が映っちゃってる。

 しかしオールマイトが教師か……いや驚くことなんだろうけど、割とそうなのかー、で終わってしまってる自分がいる。

 

『早速だが総評だ! 筆記試験は九割以上の点数を叩き出して勿論合格圏内! そして実技試験な訳だが……実はあの実技試験、見ていたのは敵Pのみならず!!』

 

 大きく腕でバツを作りながらオールマイトがドアップで映し出される。

 敵Pだけではない、つまりは撃破した点数だけじゃない? いや確かに、あの試験内容だと戦闘向きじゃない個性の奴はどうしたらいいのか、とか思わないでもなかったけども。多分あの仮想敵達は0P敵を除いて戦闘系の個性じゃなくても倒せるように設計されてたのではなかろうか。確認はしてないが、じゃないとあまりに不平等だし。

 そして、敵Pだけが合格基準ではないというのなら、何を見られていた? 戦闘行為以外の点が見られていたのだろうから、可能性としては……

 

救助活動(レスキュー)P! 戦闘だけでなく、人として、ヒーローとして、どれだけ正しいことができたか! 綺麗事? 上等さ! 命を賭して綺麗事実践するお仕事なんだからね! 審査制のこの救助活動Pと、仮想敵の撃破Pを合算した点数が今回の合格基準って訳さ!!』

 

 考えが纏まるよりも先に投影されたオールマイトが答えを言ってしまった。

 しかし、それもそうか。例えば全然敵Pを稼げていない人がいたとして、その人が誰かの手助けの為に会場を奔走していたら。誰かを救ける為に自分のポイントやもしかすると個性による反動等を犠牲にしていたら。そんな奴がいたとして、そいつが不合格だなんてのは、ヒーロー科じゃ考えにくい。

 

『とまあ大袈裟に言ったのは良いんだけどね。実際の君の点数配分を見るとあまり意味がないと思わない訳でもない』

 

 いやそれは思ってても言っちゃ駄目な奴では?

 

『相間少年、敵P――57P! だが君は途中から積極的に仮想敵を倒しに行ってなかったからね。君のペースや他の受験生の撃破状況を鑑みるに、70ないし80Pも狙えはしただろう! そして救助活動P――』

 

 撃破点数は俺が数えていた数値と一緒。だが、救助活動Pの方は? 正直、審査制ということは審査員の感性次第で点数が変動するのだろうし、そもそも大雑把にヒーローらしいこと、と言っても何がどのくらいなのか判然としていない。

 これはあまり期待しない方がいいかもな……。

 

『――18P! うん! 実のところね、そこまで高くない! むしろ平均より下だったりする!』

 

 だから言うなて。

 

『……君、0P敵を撃破しただろう? あれは本来逃げるべき敵、圧倒的脅威って奴なんだが、君はそれに立ち向かってみせた。それだけならもっと点数は高かったんだ。意味がないと分かっていても、それに向かう勇気を、我々は評価する。だけど相間少年……アレ、大分私怨入ってただろ?』

 

 ……まあ。そんなことは、ない。ことも、ない。

 いやうん、そうだよな。思いっきり私情であの巨大敵殴り飛ばしてたからな。やられたらやり返す的な思考で。だがヒーロー的に、敵との戦闘に私怨を混ぜる、仕事に私情を挟み込む、なんてのは基本的には御法度なのかもな。

 それこそ、何か強い因縁でもない限り。

 

『確かにあの場に居合わせた少女、耳郎少女を救けた形にはなっていたが、それも結果論としての側面が強い。ついでに言うと、あの時一度は逃げ出すも君を手助けする為、そして0P敵を倒すために立ち向かった彼女の方が救助活動Pは高い』

 

 それはそうだ。だから俺はあの女生徒のそんな行動を好ましく思ったんだ。

 耳郎と名乗った彼女が合格してるかどうかは分からなかったが、オールマイトの口振りからして合格してる可能性は十分あるみたいだな。

 

『だが、合計75P! 文句なし、全生徒中次席合格さ! 喜べ少年!!』

 

 いや、素直に喜べる雰囲気じゃねえんだけど……。

 

『……そして、これは君の合否に直接関係しない話なんだけどね?』

 

 小さく、耳元に話しかけるような仕草でオールマイトがカメラに寄った。

 なんだなんだ。

 後ろの方でオールマイトがなにやらリモコンを操作すると、背景にあったモニターに電源が付き、なにやら二人の男女が映し出された。

 見飽きた角と、見覚えのあるプラグ。

 これは……俺と耳郎?

 

『すまない。本当はプライバシーに関わると思ってはいたんだが、どうしても訊いておきたい、言っておきたいと思ってね』

 

 聞こえるのは、あの時の会話。

 

〈まあ無理もない。こんな奴、立ち向かう方がどうかしてる〉

〈だがそれでも、お前は逃げることを選ばなかった。立ち向かうことを選択してみせた。そんな狂気こそ、ヒーローの素質だろうよ〉

〈自慢してるつもりはねえんだが……しかし、ふむ。それもそうか。狂気という言い方はアレか〉

 

『正直、こんな台詞が君のような少年から出てきたのに皆驚いたんだ。世間一般的にはヒーローは栄えある職業、耳郎少女の言う通り、勇気ある職業と称されることが多いけれど、その本質に君の言ったような狂気が存在しているのも確か。なんたってヒーローは、見知らぬ誰かのために無二の友人や家族を蔑ろにしかねないのだから』

 

 そんなことは、分かっている。

 俺が彼らヒーローに最初に抱いた感想は、『凄い』でも『格好いい』でもなく、『怖い』だったのだから。

 何で他人の為にそんなに動ける? 何で自分の命を擲ってまで誰かを救わんとする?

 あまりにも、狂気的。

 だが、俺は、ヒーローになりたいと願ったんだ。

 ならなくちゃ、いけないんだ。

 ヒーローになりたいという思いに偽りはない。俺にだって、いっぱしにヒーローになりたいという願望はある。恐怖を覚えたのも幼い頃であって、今はなんともない。

 だがそれ以上に、義務感、使命感があるだけ。

 約束を、守らなくては。

 

『――なんてね! しがないおじさんの独り言さ! どうであれ君はヒーローになるために雄英に来たんだろう? ならば我々は君達に数多くの試練を課すまで!』

 

『Plus Ultra!!』

 

『君なら乗り越えられる。――来いよ。雄英(ここ)が君の、ヒーローアカデミアだ!』

 

 

 

 

 

 その後は書類等は後日配送されるだとか、いくつかの注意事項を伝えると映像は切れた。先程押してしまったらしき箇所を弄っているとまた網膜を攻撃され、もう一度押すと消えたので、やはりスイッチ的なものだったらしい。

 暫く、ぼーっと考える。

 そうだ。後半の話だったり、救助活動Pが低いとかの話であまり盛り上がらなかったが、合格したんだ。

 天下の、雄英に。

 それ自体は誇っていい筈だ。喜んでいい筈だ。

 うむ。そうだ。近所迷惑も頭の隅に追いやって、大声で喜んでやろうじゃないか。

 

「い……よっっっしゃあああああああ!!」

 

 うん。少しすっきりした。

 迷う必要なんてない。悩む必要なんてない。誰が何と言おうと、俺はヒーローを目指す。その為の一歩を踏み出したことに間違いはないのだから。

 よし、次は母さんに報告だな。

 階段を降り、リビングに入ると、珍しく母の姿が見えていた。扉の開閉音に気付いたか、緩慢な動きで振り返る。向かいのソファに向かう俺を視線で追いながらいつもと変わらぬ間延びした声で話しかけてくる。

 

「ン。合格だったんだ」

「ああ。そりゃ下にも聞こえてるか」

「あんなに大きな声ならねー。君にしては珍しー」

「色々考えることがあった。嬉しかったから、というよりは叫んでスッキリしたかった感じ。ストレス発散みたいな」

 

 ふーん、と興味があるのかないのか、聞く気があるのかないのか分からない返答があった。

 まあいつもの事なので、気にしない。こういう場合は大抵、色々考えてるだけ。個性のせいかその時間が少々長いだけだ。

 

「……ン。おめでとう。流石私の息子だ」

 

 ……。

 

「……はあ。わざわざキメ顔するためだけに個性使うなよ」

「いいじゃないか別に。私は君の母親だ。偶には親らしくいさせてくれ」

 

 先とは打って変わってハキハキと喋る母親。眼もしっかりと開き、心なしかいつもは寝癖のようにぼさぼさの髪も整ってる気がする。髪は流石に気のせいだ。

 個性、『代替睡眠』

 睡眠時間が増える代わりに、覚醒時における記憶力や思考速度といった、所謂頭を使うと言われるタイプの脳の活動にブーストがかかる、という個性。覚醒タイミングは任意。ただし、覚醒時間は睡眠一時間に対し三分。二十分の一。非覚醒時間かつ非睡眠時間一時間に対し一分。らしい。

 俺は突然変異の異形型個性なのでこの個性の性質は出ていないが、なんとも生活しにくい個性だとは思った。先の通り『うっかり』が多いから必然家事も俺がこなすようになったし。

 そんな個性を、わざわざ俺に『おめでとう』と言う為だけに使うなんて……。

 友人からは若干マザコン気味と言われたりもするが、どちらかと言うとこの人の方が息子離れできていないだけだと常々思う。

 

「なんだか、感慨深いよ。君が、ヒーローか」

「悪いか。俺は最高のヒーローにならないといけないんだよ」

「分かっているさ。私はそんな君を手放しで応援するとも。でもね――」

 

 ゆっくりと俺の隣に座った母親は、俺の顔を抱き寄せた。

 いくら小くなっていようとそこにある以上、決して痛みなど無い筈がない角を、無視して。

 

「あまり、過去に縛られ続けるのもよくない。或鬼は或鬼なんだから、君の思う道を、進みたい道を歩きなさい」

「俺は俺の道を自分で決めたよ。確かにアイツとの約束もあるけど、俺は俺の意思で、ヒーローになることを選んだんだ」

「いや、君のその意思も、ヒーローになるという選択肢も、彼女の影響だ。それが悪いとは言わない。それが君の糧と、君の原動力になってるのは確かなんだから。だけど、この機会だから言うけど、こんな機会に言うのもあれだけど、あの日から君は、とても苦しそうに見える」

「そんなこと、」

「ある。言っただろう? 私は君の母親なんだぞ」

 

 撫でる手は止まらない。

 あの日から苦しそう? そんな訳ない――当たり前だ、あの日から何かに追われるように焦っている実感はある。

 進みたい道を歩け? そんなの、言われるまでもない――あの日から俺は、俺自身の選択をしたか?

 アイツの影響が強い? そんなの――そんなの、当然だろう!

 

「……俺は、俺の道を往く。アイツの影が足を引っ張ろうと、アイツの影を一生背負うことになるとしても」

「……君がその選択を後悔しないのなら、私は止めない。だけど忘れないでくれ。私は君の背中を押すけれど、それと同じように、君の前に立って君を止めもすることを。親というのはそういうものだと」

 

 そして母は、個性を解いた。

 そのまま彼女は寝落ちするまで、俺の頭を撫で続けた。こんな空気では、以前言っていたご馳走の気分にもなれやしない。

 俺はただ何をするでもなく……ただ、いつかの記憶に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 その記憶には熱があった。

 

『はぁ……はァ……ッ』

 

 その記憶には痛みがあった。

 

『大丈夫、大丈夫だから……!』

 

 その記憶には轟音があった。

 

『うわっ。あぶな……』

 

 その記憶は、赤に満ちていた。

 

 ――その全てを感じていた少女が居た。

 

「熱い、熱いよ……」

 

「苦しい、痛い……」

 

 熱い。辛い。痛い。苦しい。

 

 俺は何度この言葉を聞いただろう。

 

 熱い、辛い、痛い、苦しい。

 熱い、辛い、痛い、苦しい。

 熱い、辛い、痛い、苦しい。

 熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。

 熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。

 熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。

 熱い辛い痛い苦しい熱い辛い痛い苦しい熱い辛い痛い苦しい熱い辛い痛い苦しいい辛い痛い苦しい熱い辛いい苦しい熱い辛い痛い苦しい熱い辛い痛い苦しい熱い辛イ痛い苦シイ熱い辛い痛いクルしい熱い辛い痛イ苦しい熱い辛い痛い苦シい熱い辛いイタい苦しい熱い辛イイタい苦しイアつい辛いイタいクルシいアツ辛いイタイ苦シいアつイツらいイタいくるイアツいツライいタイくルシイアツイツライイタイクルシイ――――

 

「――あき君だけでも、にげて!!」

 

 

 

 

 

 

「…………クソが」

 

 夢見、寝覚めの気分共に最悪だった。

 普段はあそこまでの夢は見ないんだが、昨日の母親との会話の所為か、やけに鮮明な夢を見る羽目になってしまった。腹いせにあの人の嫌いな食べ物でも朝食にぶち込んでやろうか。

 ほぼ無意識に、枕元に置いてある木箱へと手を伸ばし、中の指輪を握り締める。

 俺は痛みを感じにくい。

 俺は熱を感じにくい。

 俺は苦しみを感じにくい。

 だから、あの感覚はきっと、

 

「アイツは、どれだけ辛かったんだろうな……」

 

 当時は無自覚だったが、個性をある程度制御できるようになった今なら分かる。俺の個性は力だけでなく、あらゆる攻撃的なものへの耐性も持っているらしい。流石に矢鱈と試すようなことはできないが、相当な防御力はある。実技試験の時にあの0P敵に殴られても平気だったんだし、多分そう。

 だがそれ故に俺は、他人の傷に多少無頓着な所があるらしい。

 幼い頃はそれで何度かいざこざがありもしたが、今となってはいい思い出……ではないな。あまり良くはない。

 ……そろそろ逃避も限界か。

 今日も休日だが、もう一度眠る気にはなれない。あの夢の内容は忘れてはならないことだが、何度も見たいものではない。そんな何回も見せられたら俺はそのうち心が死ぬ。そんな未来が見える。

 チラリと時計を見れば、まだ四時。カーテンの隙間から覗く外の風景も、まだ黒一色だ。

 

「……飲みもん」

 

 そろりそろりとリビングの扉を開ける。

 一度ソファを覗くと、あれから寝落ちしたまま起きていないのか、掛けておいた布団が上下する毛布団子がまだいた。

 寝室に運んでもいいんだが、布団をこっちに持ってくる方が楽だったのでそうした。どうせいつも寝落ちして殆ど寝室のベッドは使ってないんだ。別に構わんだろう。

 冷蔵庫からお茶を取り出し、グラスに注ぎ、呷る。物足りなくて、結局日本酒を取り出す。

 本当は個性に関係しない分、つまりは個人的に飲みたいからという理由での飲酒はあまり褒められたことではないのだろうが、結局は個性なので必要ですで押し通せてしまう。俺の個性の特性はそんなものだ。

 

「そういや、俺の個性をオールマイトみたいだー、なんて言ってたなアイツ」

 

 角の生えた異形型と言えど、子供にとって他よりも純粋に力が強いっていう個性なら、大体はオールマイトに行き着くだろう。あの頃は俺も、俺の個性は単純な増強系だと思っていたし。

 ただ、とある事件というか事故の所為で他の子供の親御さんから悪い意味で警戒されていた俺は、あまり周囲には馴染めなかった。

 そりゃ当然だ。どんな親だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と遊ばせるのは避けたがるだろう。多分、その子供は親から言い聞かされていた筈だ。俺とはあまり関わらないように、と。

 この個性社会、個性が発動したのなら誰だって誰かを傷付ける可能性はあるのにな。

 だがそれが人間心理というか親の心理というか。可能性の話か、実際にあった話かで感覚は違うのだろう。むしろ時代が時代なら、俺は園に入ることはできなかっただろうさ。

 そんな中でも、アイツは俺にやけに構ってくる奴だった。

 悪戯好きなやんちゃ少女。年齢を考えればやんちゃ幼女かもしれない。

 だがそれ故に、親の言うことを殆ど聞かなかったのかもしれない。当時の俺でも、その様は易々と想像できた。

 実際には親御さんが俺のことをそこまで危険視していなかっただけなのだが、それを知ったのはもっと後の話。

 

「……いや、もう止めよう」

 

 夢の所為か、ちょっと昔を思い出していたが、もういい。どうせこの思考の先にはあの事件しか待っていない。結末の分かっている追懐など、面白くもなんともない。

 使ったグラスを洗い、リビングを後にした。寝る気はない。眠気もない。仕方ないから本でも読んでいよう。

 中学卒業までもう一か月を切る。

 雄英にだって受かったんだ。

 今更、何を恐れる必要があるんだ。

 俺はただ進むのみ。

 己が道を、駆け抜けるのみ。




 特殊タグで遊びたかった。

 デアラと東方は特殊タグ使わないorまだ使ってないので、ちょっと使ってみたかった感はある。少しはホラーチックにできてたらいいな。そこまでの意図はないんですが。

 まあ何となくで母親を書いていたらやけにキャラが立ってしまった。名前も出てないのに。普段はぐーたらなのに時折めっちゃかっこよくなる大人キャラっていいよね。
 個人的にはまた書いてみたくなるキャラではある。予定はないけど。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 主人公の個性の詳細と過去を明かすタイミング、どこだ……?


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個性把握テスト

 ということで原作に戻ってきました。

 やっぱりヒロアカって名前が大きいですね。二話しか投稿してないのに、もうお気に入りに登録してくれる人がいらっしゃるとは。
 ヒロアカというだけでお気に入り登録してる人がいても不思議ではない。

 この話で単行本一巻の内容がほぼ終わる筈です。

 それでは、どうぞ。


「実技総合成績出ました」

 

「救助Pゼロで一位とはなあ!」

 

「仮想敵は標的を捕捉し近寄ってくる。後半、他が鈍っていく中派手な個性で寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」

 

「対照的に敵Pゼロで八位」

 

()()に立ち向かったのは過去にもいたし、他の会場にも一人いたけど……ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね」

 

「思わずYEAH! て言っちゃったからな――」

 

「しかし自身の衝撃で甚大な負荷……まるで発言したての幼児だ」

 

「妙な奴だよ。あそこ以外はずっと典型的な不合格者だった」

 

「細けえことはいいんだよ! 俺はあいつ気に入ったよ!」

 

「YEAH! って言っちゃったしな――」

 

「そして、()()に立ち向かったもう一人……」

 

「点数自体はやや敵Pに偏ってはいるが、それでも次席合格。行動を見るに、一位も狙えるポテンシャルはあるように思えるけど」

 

「狂気、狂気か……雄英(ココ)に志願した人がヒーローをそう称するなんてね」

 

「戦闘センスや能力は一位と比べても遜色ない。()()と真正面から殴り合いをしたのも、それはそれで凄いわ」

 

「思わずYEAH! って言っちゃったもんな――」

 

「(…………ったく、わいわいと……)」

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 

 春。

 入試の時に借りていた部屋を再度借りる形で、俺は地元から上京して独り暮らしをすることになった。

 ただ、俺離れが出来ていないらしき母親曰く、「そのうち私も行く」だそうだが。うん。いやまあ日常生活の負担が減るのはいいのかもしれないけど、我が家の場合は増えるんだよなあ……あの寝ぼすけめ。

 何の仕事をしているのかも判然としないウチの母親なら本当にこっちまで引っ越ししかねないので、それはそれとして諦めるのが早いかもしれない。

 

「んー……」

 

 忘れ物はないだろうか……ないな。ない、筈。

 スキットルボトルも十分量あるし、指輪のペンダントも着けている。今日は入学式やガイダンスだけだから教科書の類は必要無いだろう。

 でも、その筈なのに何でコレが必要なんだろうか?

 疑問に思いつつも、携帯用のウエストポーチを入れるために若干大きめのリュックを背負って家を出る。

 

「行ってきます」

 

 一言、そうとだけ言い残して。

 

 

 

 

 道中のコンビニでグミ系のお菓子とキャンディー系のお菓子を買って、電車に揺られること数分。まだまだ見慣れることのない校舎を真正面に見据えながら、校門をくぐった。

 合格通知の後に送られてきた書類によれば、俺のクラスは1-Aになるらしい。

 まだ人気の少ない廊下を、教室を探しながら練り歩く。

 つーか無駄にでけえ。いや、無駄ではないのか。個性上、その身体が大きくなってしまう個性だって無い訳ではないだろう。そういった人達向け……だと思う。それに、そもそも広い。講堂の規模や、実技試験会場が敷地内だっていう話だ。そりゃ本校舎も相応に広くなるのかもしれない。

 まあ、だからこの教室の扉もやけにデカいんだろうな。

 ようやく見つけた目当ての教室の前、見上げる程に大きな扉であった。

 

「これもある意味バリアフリーの一種……なのか?」

 

 片引き戸の扉を見上げつつ、取っ手に手を掛ける。

 小、中学のように見慣れた友人達が居る訳ではない。色んな所からこの難関校、雄英高校に受かった初対面の人達。緊張が無い訳ではないが、元来の性格か、そこまで気にもしていない。

 大方いつも通り、ってことだな。

 

「お? よう、お早うさん。初めましてだよな?」

「ん? ああ、初めましての筈だ。えーっと……?」

 

 ガラガラと扉を開けて教室に入ると、真っ先に赤髪の男子が話しかけてきた。

 うーむ。何となく感じる暑苦しさ、もとい、熱血っぽさ。初対面の俺によくそんな笑顔で声を掛けれるものだ。

 

「悪ぃ、自己紹介がまだだったな。俺は切島。切島鋭次郎。まあ好きに呼んでくれや」

「よろしく、切島。俺は相間或鬼、俺の方も好きに呼んでくれ」

「おう、よろしくな! 相間!」

 

 手を差し出されたので、掴むと、力強くブンブンと握手された。

 いっそここまで真っ直ぐな奴だと好感が持てる。根っからの好い奴なのかもしれないな。

 教室はまだ人の数が少なく、切島と俺を含めても五人といない。そして切島がこの性格だからか、自然全員が一塊になって談笑していて、なんとなく、流れで俺も加わることになった。

 えーっと、何だ。蛸とムササビを合体させたみたいなムキムキの腕を生やした男子生徒と、顔は地味目だけど尻尾が生えた男子生徒、そして紫っぽい肌にピンク髪、頭から触覚が生えている点ではなんだか親近感を覚える女子生徒。

 

「障子目蔵と言う。相間……だったか」

「……おう。それ、喋れるんだな」

 

 ムササビ蛸改め障子の一本の腕が伸びたと思ったら、その先端に口ができてそのまま話しだした。声帯どこにあるんだろ。

 

「俺は尾白。尾白猿夫。よろしく、相間」

「よろしく。マシラ、マシラ……猿か」

「俺の名前の漢字を音だけで分かったの君が初めてかもしれない……!」

 

 なんだか感極まっているが、アレだ。ムジナを狸、カガチやクチナワ(ハ)を蛇の別名と知ってるのと同じ感覚だ。握手の後に流れるように尻尾のフサフサの部分を触らせてもらって、最後の女子生徒に目を向ける。

 

「……やっぱり君だー!」

「俺は俺だが?」

「違う違う! ほら、入試の時! でっかいロボットぶっ飛ばしてたの君でしょ!?」

 

 近付いてからずっと俺の顔、より正確には角を見ていたので何だろうとは思っていたが、どうやら向こうは俺のことを知っているらしい。だが俺は彼女の事を知らない。誰だ。

 しかし、でっかいロボットって言うと、0P仮想敵のことか。確かに殴り飛ばしてはいたが、それを知っているということは試験会場が一緒だったのか。そりゃそういう可能性だって十分有るか。

 ピンク髪の女子生徒はその時のことを思い出して興奮しているのか、切島、障子、尾白の三人にも説明していた。

 

「彼……えっと」

「相間」

「さんきゅー! あっ、私は芦戸三奈ね。でさ、相間だけどさ。入試の時のめっちゃデカいロボット居たじゃん? 皆の会場にも出たよね?」

「ああ。俺がいた会場では、なんか誰かが一発でぶっ壊してたけど……」

「ん。切島、もしかすると俺も同じ会場かもしれん」

「マジかよ障子。偶然ってすげえ。五人中二人ずつ同じ会場かよ」

 

 どうやら切島と障子は俺と芦戸とは違う会場で一緒だったらしい。

 しかし、

 

「アレを、一発……?」

「そうそう。詳しい見た目とかは見てないんだけどよ、誰かが飛び出したと思ったら、そのままあのロボット殴り飛ばしてたぞ?」

 

 いくら全力は出していなかったとはいえ、俺が何度も殴りつけてようやく機能停止したあの仮想敵を、ワンパンだと……?

 いや有り得ない話ではない。俺の個性は増強系に近しいとはいえ、単純なパワーという点では、オールマイトのように純粋にパワーが増大するような個性と比べるとやはり少々劣る。その、ワンパン生徒も、所謂同じタイプの個性を持っていたというだけの話だろう。

 だが、理屈ではそう分かっていても、動揺を禁じ得ない自分もいる訳で。

 少し、何かが疼く感覚。

 

「それはまた詳しく聞いてみたいけど……でも相間だってあのロボット倒してたんだよ? 遠目だったけど、片腕を壊したのは見えてたもん」

「凄いな。アレを破壊したのか」

「んんん……いや、切島達が見たっていうワンパン生徒の方が凄いだろう。俺の場合は何度も殴打を入れなきゃいけなかったからな」

「つまりアレを相手に殴り『合い』をしたのか……」

「そう聞くとお前もお前でヤベえな」

 

 戦慄の表情の切島。だがどう考えてもあの仮想的をワンパンした某生徒の方がヤベえだろ。

 なんだか癖になり始めた尾白の尻尾の先端を手慰みに触っていると、新しく扉が開く音。皆が引かれるように視線を向けると、集まった視線にギョッとしたような顔をする女子生徒。

 その顔はどこかで見たことあるようなボブカットと心電図のようなハイライト。三白眼に、耳たぶから伸びるイヤホンのような……

 

「――お」

「――あ」

 

 向こうも俺を認識したのか、ほぼ同時に素っ頓狂な声を上げた。

 

「耳郎! おお、やっぱ受かってたのか!」

「相間じゃん! そうだとは思ってたけど、アンタも合格か!」

 

 素直に喜ばしい。

 オールマイトの総評が入っていたあの映像の中で、なんとなく耳郎が合格しているようなことを匂わせる発言はあったが、直接彼女の姿を見ると安堵のようなものが込み上がる。袖振り合うも他生の縁。ちょっと話しただけだが、顔見知りがいるのは嬉しいものだ。

 耳郎も耳郎で嬉しそうに顔を綻ばせてくれている。荷物を適当に近くの机に置き、俺らの輪に入ってくる。

 

「んと、知り合い?」

「いや、全員初対面。そこの女子生徒は俺のことを一方的に知ってたみたいだが」

「芦戸三奈でーす! だってあんなに目立ってたんだもん。そりゃあねえ」

「ウチは耳郎響香。察するに、入試会場が一緒だったのかな。もしそうならウチとも擦れ違ってたかもね」

「えー! まさかの三人目!?」

 

 ……俺は見逃さなかったぞ。芦戸の目が一瞬、『面白いもの見つけた』とでも言うように光ったことを。その目には見覚えがある。具体的には、中学時代に俺がいつも身に着けているペンダントを、厳密にはペンダントトップにしている指輪のことを知った時の女子の目とほぼ一緒だった。

 経験上、その目をした女子との会話はロクな事にはならない。だから咄嗟に先程まで話題にしてた入試の時の話を振ったんだ。

 そして偶然にも耳郎がその話題に乗ってくれたお陰で、変な勘繰りを入れられずに済んだ。

 それから順に障子達も自己紹介を終え、他のクラスメイトが来るまでの間、しばし話に花を咲かせていた。

 ただ、入ってきた時間的な理由なのか、なんとなく二つに話題が分かれ、俺と耳郎、切島や芦戸達の四人というように微妙に人的にも分かれてしまった。まあすぐそこに居るんだし、グループができたと言う程のものでもないのだが。

 そして俺と耳郎とになったとなれば、自然と話すことはあの入試以降のことになる。

 

「オールマイトの総評で何となくそうじゃないかとは思ってたが、いやなに、嬉しいもんだ」

「何でアンタが喜んでるのよ。それに、合格と言っても下から数えた方が早い順位だったし。っていうか、順位で思い出した」

 

 苦笑気味だった耳郎が、急になにやら恨みがましい目線に切り替わる。

 

「アンタしれっと次席合格してんじゃん。入試の時は、自分も分からない、みたいなこと言ってたくせに。騙しやがって」

「騙してはないだろう。それに合格ラインの点数も分かってなかったし、救助Pの存在もあの時は知らなかった。どれだけ点数があったところで不合格の可能性はあっただろ」

「うっさい。そんなことはこっちも分かってるし」

「じゃあ何故俺はプラグをプスプス挿されなきゃならないんだ……」

 

 制服の上からとはいえ、肌に直接感触はある。しかし傷も痛みもない。割と真面目にこのプラグ部分どうなってんだろう?

 コード部分を掴み、まじまじと観察する。

 

「へっ?」

 

 ふむ。形状自体はイヤホンプラグと殆ど一緒。血の跡もないから、『挿す』ならぬ『刺す』ではない様子。

 コツン、と指先で弾いてみる。

 

「うひゃっ」

 

 ほうほう。割と硬質。だが金属程ではないような気もする。正確に硬度の差なんて測れないからあくまで感覚だが。

 掌に挿そうとしてみると、思ったよりも簡単に挿さった。が、やはり流血もなければ痛みもない。ただ何となく触れている感触があるだけ。

 いや簡単に調べてみてるけど、余計に謎が深くなっていくなこのプラグ……

 

「い、いい加減にしろぉぉぉぉぉぉ!」

 

 耳郎の怒声が聞こえると同時、掴んでいたコードが手を離れ、もう片方と合わせて俺に襲い掛かってきた。

 軌道的に耳を狙っていると思わしきその襲撃を反射的に避けようとして、だが同時に一回くらいは食らってみたいという衝動が湧いたのでそっちに身を任せることにした。

 ぷすりと耳に異物が入り込む感覚。

 そして、爆音。

 

「……うおー」

 

 意外とうるせえ。音、というより振動が直接身体の内部に響く感覚だ……これはちょっとした新感覚。

 

「えっ? 何でそんなにけろっとしてんの?」

「え? 何かおかしいのか俺?」

「?」

「?」

 

 二人して首を傾げた。

 いや、まあ確かにうるさいとは思ったけど、そもそも入試の時のように破壊を目的とする程の音量を流し込まなかったんだろ? だったら俺が別に普通にしていようがおかしくはないと思うけど。

 だが耳郎の台詞から考えるに、どうやらそれはちょっと異常らしい。おっかしいなあ。

 考えられるとすれば、俺の個性で耐えてしまった、って辺りだろうか。いや俺の個性の防御力が、身体の中に響かせられる音、にまで対応してるのかどうか知らないけど。そんな経験今が初めてだし。

 再度、今度はそれぞれ逆方向に首を傾げ合う。

 

「……おい、なんか凄い音したけど、どうしたんだ?」

 

 いつの間にか会話が止まっていた四人の中から、切島が話しかけてくる。どうやら音は俺を飛び出して付近にも漏れ出していたらしい。反応を見るにそこまでの音量ではないようだが。

 大丈夫だと告げつつ、まあ何か耳郎の気に障ってしまったんだろうと遅まきながらに察する。

 地面に突き()したり、ぷすぷす俺に挿してくるから考えてなかったが、もしかするとコード及びプラグの部分にもきちんと触覚はあるのかもしれない。まあ自在に伸ばしてくるんだし、そっちの方が有り得る話かもしれない。

 確かに思い返してみれば、コードを掴んだ時、プラグを指弾きした時にも何やら可愛らしい声が聞こえたような気がしないでもない。

 単にちょっと時計見せてー、とか、眼鏡貸してみてよー、とか。所謂装飾品に触ってみるような感覚だったが、それならそれで確かに申し訳ないことをしたな。

 初対面で尻尾に触らせてくれた尾白とかの方が少数派なのかもしれないな。

 

「あー、いや、悪い。感覚があるとは思わなんだ」

「……せめて触るなら触るで事前に言え。っていうかあんま気安く触るな」

「なら最初から伸ばさなければ……」

「あ?」

「ナンデモアリマセン」

 

 とまあそうこうしている内にちらほらと他の生徒の姿も見えてきた。

 時間ギリギリに入ってきたボサボサ頭の男子生徒とショートボブ? の女子生徒、それに二人のちょっと前に教室に来てその時教室に居た全員に挨拶と自己紹介を果たした堅苦しい眼鏡君……あれ? よくよく思い返せば彼は入試説明の時にプレゼント・マイクに質問してた人では?

 ……ど、どうやらこの三人は面識があるらしく、扉の前で少々話し込んでいる。耳を傾けると、なにやら彼らも彼らで入試の時に何かあったご様子。合縁奇縁ってやつかな。

 あ、チャイム鳴った。

 そのすぐ後、扉の前で立ったままだった女子生徒の後ろで立ち上がる影。

 ……え、誰?

 寝袋に飲料ゼリー、ボサボサの髪に無精髭……いやホント誰。

 

「ハイ。静かになるまでに八秒かかりました。時間は有限、君達は合理性に欠くね」

「……先生?」

「……だと思う」

 

 席の指定がされてなかったので、なんとなく前後で座った俺と耳郎。すぐそこに切島や障子もいるぜ。

 ぬー、っと寝袋から出てくる先生(仮)を目に、俺らは彼の正体に当たりを付ける。発言からして教師で間違いはないと思うけど。

 しっかし声色といい、なんだか草臥れてる人だなあ……。

 

「担任の相澤消太だ、よろしくね」

 

 まさかの担任であった。

 

「早速だが……体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

 ごそごそと寝袋の中から取り出したのは雄英の体操服。青地に白で『UA』とデザインされた服だ。

 成程。入学式やガイダンスだけの筈なのに体操服が必要だと書かれていたのは最初からこの人がその予定だったからか。納得。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

『個性把握……テストォ!?』

 

 クラスの複数人が驚いたように声を上げた。

 場所は変わって、言われた通りグラウンド。何の説明もないままここに来たが、居るのは1-Aの面々のみ。更衣室で簡易的に自己紹介は済ませたから、男子だけなら名前はなんとか分かると思う。

 

「入学式は!? ガイダンスは!?」

「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間無いよ」

「……!?」

 

 ショートボブ少女が皆の心情を代表するように相澤先生に詰め寄るが、素っ気なく返される。

 

「雄英は”自由”な校風が売り文句。そしてそれは、”先生側”もまた然り。……お前達も中学の頃からやってるだろ? 個性禁止の体力テスト」

 

 先生は携帯にも似た端末を見せる。そこにはソフトボール投げや立ち幅跳びと言った、所謂『普通の』体力テストの項目八つが並んでいた。

 

「国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けている。合理的じゃない。まあ、文部科学省の怠慢だな」

 

 嘲笑気味の相澤先生。

 だが、その言葉には頷けるものがある。

 個性社会となった現代、いくら無個性の人間が少なからず存在するとはいえ、そちらばかりを気にする訳にはいかないだろう。多数決を採る際に少数派の意見も取り入れた結果、本来の目的から遠ざかるのと似ている。

 それに、俺のような複合型含め、異形型個性の奴らなんか、使う使わないの境界線が曖昧な奴だっている。それを無視して個性禁止と言われても、自分ですら加減が分からないことなんてままあるだろう。

 

「実技入試成績トップは爆豪だったな。中学の時、ソフトボール投げ何メートルだった?」

「67メートル」

「じゃあ、個性使ってやってみろ」

 

 呼ばれた爆発ヘアーな男子生徒、爆豪は指示に従ってソフトボール投げ用の円の内側に立つ。

 つーか、しれっと言われたけど、彼が実技入試成績主席、つまり俺の上の奴だったのか。眼鏡君改め飯田に教室で『机に足を置くな』と注意されて喧嘩売ってたイメージしかねえ。

 

「円から出なきゃ何してもいい。早よ。思いっ切りな」

「……んじゃまあ」

 

 振りかぶり、

 

「死ねえ!」

 

 ……死ね?

 頭髪と同じように個性も爆発するような個性なのか、炎と風を生み出し、他の奴らの髪を揺らしながらの投擲。

 火力は凄まじく、一瞬にしてボールは空へと消えてった。が、目を凝らせばなんとか見えそうな気がする。

 しかし、実技入試のロボットの口調を思い出すな……。

 

「まず、自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する、合理的手段」

 

 電子音と共に今の記録が出たのか、相澤先生は端末の画面を俺らに向ける。

 そこに表示されている記録は――705.2メートル。

 

「705メートルってマジかよ」

「何だこれ!? すげー面白そう!」

「個性思いっ切り使えるんだ。流石ヒーロー科!」

 

 金髪に黒メッシュの上鳴の言葉を皮切りに、クラスが俄かに色めき立つ。

 まあ無理もないだろう。体力テストに限らず、一部見逃されている小さな部分を除けば日常生活での個性の使用は禁止されている。その抑制が無いというのだ。テンションも上がると言うものだ。

 

「……面白そう、か……ヒーローになるための三年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?」

 

 生徒達の興奮を一気に冷ますように、相澤先生の言葉が冷たく響く。

 

「よし。八種目トータル成績最下位の者は、見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

『……はあああ!?』

 

 何が可笑しいのか笑みを浮かべる先生の言葉を一瞬遅れて理解した生徒たちが、驚きと非難を込めた叫び声を上げる。かく言う俺も、叫びこそしないものの、目を見開いてる訳だが。

 

「ど、どうしよう相間!? ウチの個性、こういったこと向きじゃないんだけど!?」

「落ち着け耳郎。多分嘘の筈だ。そうそう除籍なんてしない……と思う」

「はっきりしなよ!」

「断言できる訳ねえだろ!」

 

 近くに居た耳郎も相当狼狽えている。

 だが、それはそうだ。三百倍とかいう頭おかしい倍率を超え、ようやく入学した雄英高校を、まさか登校初日に除籍にされるかもしれないなんて、誰が予想できていただろう。

 特に耳郎のようなパッと見身体を動かすことに向かない個性の奴等の狼狽っぷりは大きい。あの服だけ浮いてる透明少女……少女だよな? 身体の起伏的に。彼女もぴょんぴょん跳ねてその身を一身に使って抵抗を露にしている。

 俺は性質が増強系に近しいから最下位とまではいかないだろうが、やはり耳郎のようなタイプの個性持ちには厳しいものがあるよなあ。

 

「生徒の如何は先生(オレたち)の自由。ようこそ、これが――雄英高校ヒーロー科だ」

 

 一旦冷静になった生徒達だったが、ショートボブ少女が前に出た。

 

「最下位除籍って……入学初日ですよ!? いや、初日じゃなくても理不尽すぎる!」

「自然災害、大事故……そして身勝手な敵達。いつどこから来るか分からない厄災。日本は理不尽に塗れている。そういう理不尽(ピンチ)を覆していくのがヒーロー」

 

 その理不尽と最下位除籍の理不尽は別種だと思います先生……。

 

「放課後マックで談笑したかったならお生憎、これから三年間、雄英は全力で君達に苦難を与え続ける。”Plus Ultra”さ。全力で乗り越えて来い」

 

 挑発的に指をクイクイと曲げる相澤先生に、生徒達の顔付きも変わる。

 皆一様に真剣な表情となり、肩を回したり小さくジャンプしたりと、早くも準備運動を始める奴もいた。勿論、ショートボブ少女のように緊張が抜けきらない奴もいるにはいたが。

 

「さて、デモンストレーションは終わり。こっからが本番だ」

 

 

 

・50メートル走

 

 飯田が3秒台とかいう驚異的な記録を叩き出したが、聞けばそもそも足が速くなる個性なのだとか。より正確には脚力が強くなる、といった感じのような気もするが、脹脛を見るに本当に文字通り加速する個性なのかも。名前は”エンジン”だったか。

 それに金髪キラキラ眼の青山も面白かったな。臍からレーザーが出る”ネビルレーザー”という個性らしいが、撃てばきちんと反動があるらしく、それを利用して後ろ向きに立ってレーザーを放ち進むという芸当をやってみせた。途中で切れたから何事かと思えば、一秒以上射出するとお腹壊すのだとか。

 そして、何人か挟んで俺の番。

 少々多めに酒を飲み、先に走った耳郎にウエストポーチを持ってもらうよう頼んで、スタートラインに着く。

 スターティングブロックに少し力を入れ、しっかりと俺の膂力に耐えきれるのかどうかを簡易的にだが確認する。

 ……まあ、多分大丈夫だろ。

 

『位置ニツイテ、ヨーイ――」

「……狂襲・拾式……ッ!」

 

 数秒にも満たない時間なら、全力でも大丈夫の筈だ。

 

『――ドン!』

 

 飛び出す。

 一度身を沈めるように膝を曲げ、弾丸のように。

 50メートル『走』だったか。残念。50メートル程度、個性を全力行使した俺の膂力なら――!

 

『1秒78』

 

 計測機の機械音声すら置き去りに、ゴールラインを駆け抜ける。

 身体を反転させ、爪先と両手で地面を抉るように減速させながら出力を下げていく。伸びていた角や、全身に行き渡っていたであろう模様が引いていく。

 平時の状態まで戻ったのを感覚で判断しながら、身を起こす。

 一応もう一度酒を摂取しておこうとスタートライン近くにいる耳郎のもとに歩き出そうとすると、なんだか他の奴等が唖然とした目で俺に注目してることに気付いた。

 ……ドヤ顔すればいいかな。

 

「君……速いな! まさかぼ……俺の記録が抜かれるとは思わなかったよ!」

「かははっ。そりゃ50メートルなんてごく短距離じゃ、俺の方に分があるだろうさ」

 

 何をしたか。簡単。()()()()()

 わざわざ『走って』やる必要は無い。青山だってそうだった。だから俺は、単純な膂力だけで50メートルを突っ切っただけだ。着地地点とかも特に無かったから、減速を気にしなくてよかったしな。

 スタートを切って、約20メートル付近で一歩着地し、そこからさらにブースト。その名残か、跡がレーンに残ってる。あ、整備ロボが均しちゃった。

 耳郎からポーチを受け取り、一言感謝を告げてから中のスキットルボトルを取り出す。

 相澤先生の無言の圧力によりもう次の走者が準備する中、くぴくぴと喉を潤す。

 

「……実技入試の時にも見たけど、やっぱりアンタの個性の爆発力は桁違いだね」

「今回は本気だったからな。しっかり身体を温めておけばもう少し縮めれそうな気もするが」

「アレで最速じゃないってマジかよ……」

 

 まあ気がするだけで、実際の程は分からんけどね。そうそう今みたいな十割の出力なんて使わないし。

 ()()()()

 

 

・握力

 

 障子の片腕ってどっからどこまでを指すんだろうな……?

 540とかいう馬鹿力を見せた彼を尻目に俺も力を込める。個性の出力としては十割出してはいるが、三秒で止めた。これ以上は危ない。

 記録はクラス内で三位。障子以外にも、お嬢様然としたポニテ少女が俺の上にいたらしい。

 しかしあのポニテ少女、この体力テストで道具を使うのはアリなのか?

 

 

 

・立ち幅跳び

 

 50メートル走の時と同じように、思いっ切り地面を蹴って跳んだ。

 相澤先生が言っていた通り、計測の際には十割出しているけど、三種目の時点でもうこれ以上は危険だと感覚で分かるんだけど。明確な安全圏は多くても五種目目までなんじゃなかろうか。

 記録は二位。一位は爆豪で、爆発で飛ぶように記録を伸ばしてた。

 

 

 

・反復横跳び

 

 これは流石に膂力だけでどうこうできるものではないか。

 なんかぷよぷよしたものの間で高速移動してるミニマム男子改め峰田の動きを見て、今回は十割である必要は無いと判断した。

 結果は四位。毎回有用な道具をどこかからか持ち出してくるポニテ少女と、左右に爆発を生むことで速度を上げた爆豪がさらに上に居た。

 てか爆豪の個性の汎用性や応用の幅がすげえ。

 

 

 

 そして、第五種目、ソフトボール投げの時。

 ショートボブ少女が記録無限を叩き出し、俺の中での渾名が無限少女へと変わるという出来事があったが、ことはそのすぐ後だ。

 何人か挟んで、円の中に入っていくのは、今の所一つも目立った記録を出していない少年。今朝教室にギリギリで入ってきた奴で、名前は確か、緑谷だったか。

 ブツブツと何事かを呟きながら進むその姿には、激しい焦燥が見て取れた。

 

「…………」

 

 既に俺の計測は終わっている。一回目は蹴り飛ばしたら相澤先生に「せめて投げろ」と注意を受けたので、普通にオーバースローで投げて記録を出した。ボールが適度な重さがあったのも相まって、記録は約700弱。爆豪には若干及ばなかったが、十分だろう。

 あと先生、俺にそれを言うなら、なんか大砲みたいなものを取り出したポニテ少女はどうなるんですか。無視ですかこんちくしょう。

 閑話休題。

 緑谷の個性は、今の所不明だ。

 ただ、何となく察しは付いている。

 彼の見た目にはこれといった特徴はない。身体の内部に顕在でもしていない限り、彼の個性は発動型の個性なのだろう。

 そして、今朝切島や障子達が話していたワンパン生徒。

 体力テストを見た感じ、あの大型敵を一撃で壊せそうな奴は、爆豪、轟、ポニテ少女辺り。

 だが話では、ソイツは『殴り飛ばしていた』らしい。この三人に、殴り飛ばすような個性は辛うじて爆豪が当てはまるかもしれない程度。しかし爆豪だったなら爆豪だったで、その感想は『殴り飛ばした』ではなく『吹き飛ばした』だとか、そういった類のものになるだろう。

 そうであるならば、あの緑谷という少年がそのワンパン生徒と同一人物であると考える方がしっくりくる。

 無論、そのワンパン生徒がこのクラスに居るのなら、という前提だが。

 まあどのみちどんな個性であろうと、今のままでは緑谷は最下位決定だ。一つも目立った記録が無いのだから。

 視線の先、緑谷は大きく振りかぶり――投げる。

 記録は……

 

『46メートル』

 

 無慈悲な音声が鳴る。

 だがその結果に一番驚いている様子なのは、緑谷自身のようだった。

 

「な……っ、今、確かに使おうって……」

「個性を消した」

 

 前に出ていくのは、髪が逆立ち、マフラーのように首に巻いていた包帯のようなもの蠢かせる相澤先生であった。

 

「つくづくあの入試は……合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

「個性を消した……? っ! あのゴーグル……! そうか……! 視ただけで人の個性を抹消する個性、抹消ヒーロー、イレイザー・ヘッド!!」

 

 イレイザーヘッド……?

 たしかに俺はそこまでヒーローに詳しい訳ではないが、名前も聞いたことがない。耳郎の方にも目を向けると、首を横に振るという返事があっただけだった。彼女も知らないらしい。

 この雄英に勤める教師はれっきとしたプロヒーローでもあるので、ちゃんとしたヒーローの筈……なのだが。

 個性を抹消、つまりは無効化? もしそうなら、確かにあまり大衆に知られるのもマズイのかもしれないな。

 包帯擬きで緑谷を拘束し、近寄らせ、何事か話し込んでいる二人。雰囲気的には、説教でもしているのだろうか。何故個性を使って全力を出さない、的な?

 暫くして離れる相澤先生。緑谷は二投目もきちんと投げるのか、円の中に戻っていった。

 思いつめたようにブツブツと呟いている姿は、最早芸の一種ではなかろうか。

 そして二投目、大きく振りかぶって――

 

「SMAAAAASH!!」

 

 爆風。そして、衝撃。

 圧倒的なまでのパワーで投げ出されたボールはみるみる小さくなっていって……ピピッと電子音が相澤先生の持つ端末から鳴った。

 記録の程は分からないが、相当な距離を飛んで行ったのは間違いない。ようやく目立つ成績を残せたのか。

 

「先生……まだ、動けます!」

「こいつ……!」

 

 大記録は出した。出した、が。

 ……指先、腫れてないか?

 

「うわ、痛そー……」

「やっぱワンパン生徒イコール緑谷なんだろうが……何だアレ、全然扱えてなくないか?」

 

 ボール投げだけで指先が腫れあがっているのに、あの仮想敵を殴り飛ばしたときは、一体どれ程の反動を受けたと言うのだ。

 殴れば反動が自身に返ってくる。押し出せば、その分の負荷が掛かっている。緑谷の場合、出力が大きすぎる所為でその反動に身体が付いて行ってないのだろう。

 だが、個性発現から約十五年の歳月がある。だというのに、あれじゃまるで、個性が発現したばかりの子供と変わらない。

 なまじ俺や緑谷のような、出力の大きい個性はそういった調整が大事だというのに。

 

「どーいうことだ! こらワケを言え、デクてめぇ!」

「うわああ!」

「んぐっ! んだこの布、固……っ!」」

 

 何故か怒ったように飛び出していった爆豪だが、相澤先生の包帯擬きで拘束されてしまった。

 先生の説明によると、あれは捕縛武器なんだとか。

 興奮のためか爆豪が掌で連続で発生させていた爆発も消えているのを見るに、個性の方も消したのか。

 

「ったく、何度も個性を使わすなよ……俺はドライアイなんだ」

 

 個性便利なのに勿体ないなあ。緑谷が漏らした、『視た人の』って台詞から考えるに、視界に納めることが発動条件っぽいのに。

 

「時間が勿体ない。次、準備しろ」

 

 先生が個性を解き、緑谷が恐る恐るといった様子で爆豪の脇を通り抜ける。

 無限少女が心配そうに駆け寄る中、緑谷は中断することなく、体力テストを最後までやり遂げた。

 その後、前屈では舌を使って20メートル近くの記録を出した蛙みたいな少女や、持久走では地面を凍らせ摩擦を限界まで無くした状態で滑る紅白饅頭みたいな頭の轟など、さらなる大記録が出る中、緑谷は腫れた指の痛みからか全然記録を伸ばせていなかった。

 そして、結果発表。

 

「んじゃ、パパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので。一括開示する」

 

 相澤先生が端末を操作すると、空中にリストが表示さ――

 

「ちなみに、除籍は嘘な」

 

 ――え。

 

「君らの個性を最大限を引き出す、合理的虚偽」

『は――――!?』

「あんなの嘘に決まってるじゃない……ちょっと考えれば分かりますわ……」

 

 ポニテ少女よ、それを最下位かどうか瀬戸際だった奴に課すのは酷な話だと思うぜい……

 そのポニテ少女の成績はトップ。いや、彼女に限ってはマジで”体力テスト”じゃなくて”個性把握テスト”だったもんな。……彼女自身だけの力で結果を出した種目が一体どれだけあるものか。

 因みに、俺の結果は四位。

 単純な身体能力という面では俺が一番だと言う自信はあるが、それは個性が増強系に近しいから。応用が利くという点で、二位と三位の轟、爆豪には敵わなかったという話だ。

 

「ほ、よかった」

「やっぱお前さん、身体能力はそうでもないのな」

「当たり前でしょ。あんたと違って、ウチは可憐な乙女ですので」

「自分で言う? ソレ」

「ウチも言っててキャラじゃないとは思った」

「これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類があるから、戻ったら目ぇ通しとけ」

 

 除籍はないと分かり、体力テストも無事終わったということで、生徒達の緊張が和らぐ。どことなく、空気も弛緩する。

 緑谷は相澤先生に保険室利用の為の紙と指示を受け取り、そのままグラウンドを出て行った。

 俺もまた、耳郎や芦戸にまた後でと告げながら、他の男子共と一緒に更衣室へと向かった。

 なんかやけに疲れたが、これで初日が終わる……。




 ということで、全部詰め込んだ結果また文字数が大変なことに。

 現時点で主人公は女子組の名前や、誰が推薦組なのか分かっていません。自己紹介碌にしていないからですね。女子とのつながりは耳郎と芦戸。轟は轟で自分の事あまり話さなさそうだし、主人公も突っ込まないから盛り上がらない。ホントにそれでいいのかお前。

 ずっと原作リークばかりもあれだったので時々耳郎との会話を混ぜてみましたが、違和感はあまりない、筈。ないといいなあ……。
 つか最初からヒロインと仲いいなお前。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 まああと数話もすればいつのまにか名前呼びしてるんじゃないですかね(適当)


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戦闘訓練

 デザイン力が欲しい今日この頃。

 主人公のヒーローコスを考えてたけど、結局決まらないまま書き始めました。
 取り敢えず戦闘訓練の話ですが、今回の注意事項として。
 ・視点切り替えが多い上に間隔が短い
 ・主人公の作戦がガバガバ(重要)
 ・主人公と耳郎を際立たせすぎたかもしれない
 となっていますので、苦手な方、嫌いな方は読み飛ばすことをお勧めします。
 これといって重要な設定明かしとかも無い筈ですので、特に問題はないかと思います。

 それではどうぞ。


 いくら天下の雄英高校、さらに言えばヒーロー科と言えど、必修科目等の他の高校や普通科でもやっているような授業内容自体はそう他と大差ないだろう。つまりは、普通。

 敢えて言えば、授業レベルは他校と比べて高いのかもしれない。

 午前中はそう言った座学で時間が過ぎていく。

 昼になれば、殆どの生徒が食堂へと向かうのだろう。

 クックヒーロー、ランチラッシュの料理を安価で頂けることもあって、お昼時の食堂は大変混雑する。他科の生徒も一堂に会するので、その混雑具合は想像を絶する。それを見越した上での食堂の広さなのだろうが、確かに食事自体は容易なのだ、座席も十分量ある。ただカウンター付近の待機列となると話は別。多すぎて二度と並びたくなくなった。でも飯は美味いんだよなあ。

 いいよね、白米。

 そして、午後。

 

「わーたーしーがー……!」

「来っ」

「普通にドアから来た!!」

 

 うーん変化球。

 

「オールマイトだ……! すげえや、本当に先生やってるんだな……!」

「あれ、銀時代(シルバーエイジ)のコスチュームね……!」

「画風違い過ぎて鳥肌が……」

 

 今年の春からこの雄英に就任したというオールマイト。教師としてのナンバーワンヒーローの登場に教室内がざわめく。

 改めて間近に相対すると分かる存在感。尾白の言う通り、なんだか一人だけアメリカンな気がする。

 ちなみに、座席は出席番号順となり、二個前に耳郎、前は瀬呂と名乗った男子生徒、隣に切島だ。後ろは常闇という烏みたいな奴。

 

「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う科目だ。単位数も最も多いぞ」

 

 ヒーロー基礎学。ヒーロー科特有の授業。

 ざっと調べた限りでは、救助訓練や戦闘訓練と言った、まさしくヒーローとして活動するための訓練をする授業らしい。身体を鍛えたり、動きを学んだり。

 雄英が雄英たらしめる大きな要因の一つが、このヒーロー基礎学なんだろうな。

 

「早速だが、今日はコレ! 戦闘訓練! そしてそいつに伴って……こちら!」

 

 『BATTLE』と書かれたカードを取り出したオールマイトが、今度は黒板横の壁を指差す。

 ……あ、逆の手でなんかリモコン的なの弄ってら。

 駆動音と共に飛び出してくる壁。中には番号が割り振れらた鞄のようなもの。20まであったってことは、クラスの出席番号か?

 

「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿って誂えた――戦闘服(コスチューム)!」

『おおお!!』

「着替えたら順次、グラウンド・βに集まるんだ!」

『はーい!!』

 

 成程、コスチューム。あんなとこに仕舞われてるのね。

 出席番号順に手渡しされるその重みを手に、なんとなく、力が入った。

 

 

 

 被服控除というものがある。

 入学前に『個性届』や『身体情報』、希望の『デザイン』といったものを提出すると、学校専属のサポート会社が最新鋭のコスチュームを用意してくれるという制度だ。

 個性とはその名の通り千差万別、人それぞれ。弱点を補う為、強みをさらに伸ばす為、ヒーローはそれぞれにコスチュームがある。それがそのヒーローのイメージに直結してることも珍しくない。

 そしてそんなものを、一般人が準備するのは酷く難しい。技術的、金銭的な意味でだ。殆どのプロヒーローだって、自分のコスチュームはサポート会社に任せていることが多いと聞く。

 雄英高校は、そんなコスチュームを学校側が用意してくれるというのだ。使わない手はないだろう。

 俺の場合、あまりデザイン等のセンスはないという自覚はあるので、要望だけ出してデザインは母に任せた。一応目を通してあるから、突拍子の無いデザインになることはない。

 俺の個性も別に何か放出したりする訳ではないから、耐久性や動きやすさを重視してもらったしな。

 

「うっわ、オメーすっげえデザインだな……」

「……否定はせん」

 

 場所は更衣室。自らのコスチュームを広げると、やはり他と比べて布の量が多い多い。

 基本にあるのは和服。袴は馬乗り袴。分かり易く言うとズボンタイプの袴だ。ただ形の関係上、ただ立っているだけでは、なんならある程度なら足を広げてもそうと分かることはないだろう。剣道とかで使われている袴を想像してもらえればいい。

 スキットルボトルを携帯する用のポーチを含めてデザインしてもらったので、それを身に着けても全体として違和感はない。

 袴だから動きにくいかと思うかもしれないが、意外とそうでもない。丈の長さだって多少は調整してる。そりゃ初めて着たら裾とか踏みそうだが、俺は別に初めてじゃないし。

 何故こんなデザインになったのか。それは単に、『母親が本気を出した』の一言に尽きる。

 どうも個性を使ってまでして考えたらしく、俺もこれを格好いいと思ってしまったし、結局これで決まってしまった。何で時間効率めちゃくちゃ悪いのにこれだけの為に二時間近く費やすかね……。

 色は黒が主体。全体的に暗めの色ばかりで、諸所に金や赤といった組み合わせとして噛み合った色が存在する程度。

 正直片マントは必要ないと思うんだが……まあ、折角母親が無駄に凝ってくれたんだ。装着してやろうじゃないか。

 最後にポーチにボトルが十分量入っているのを確認して、更衣室を後にする。

 

「先に行ってるぞ、緑谷」

「あ、う、うん! 僕もすぐに準備するよ!」

 

 どうしても構造上着替えに時間が掛かる。慣れれば短縮できるかな?

 ともかく、なぜか一向に着替える様子の無かった緑谷を置いて、やや小走りで先に出ていた他の男子達に追いつく。

 ふむ。やはりこう見ると、皆それぞれの個性に見合ったデザインを提出してるんだろうな。多分。俺なんかは外見上は多少派手でも、要はただの増強系と大差ない。見た目重視のコスチュームだぜい。

 途中、出入口へと続く通路で女子組とも合流。

 

「あっ、相間……って、うっわ」

「ケッ。嗤いたきゃ嗤いやがれ。これでも大分大人しくなったんだぞ」

 

 このコスが割と突飛だという自覚はある。そもそもヒーローコスは個性と同じく千差万別。これも見慣れれば気にならなくなるのだろうが、初見でのインパクトはそれなりにあるのだろう。

 でもホントにこれでも落ち着かせたんだぜ? 初期案には、俺の個性イメージなのか、鬼をモチーフにした肩当てとかもあったくらいだ。

 にししと笑っていた彼女も、出入口が近付けば自然と顔が引き締まる。初めての戦闘訓練。初めて個性を使っての実地訓練だ。緊張もするだろうし、期待もするだろうさ。

 

「良いじゃないか皆。カッコイイぜ!」

 

 オールマイトの声が届く。

 快活な笑い声が響く。

 ああ、否応なしに、俺も高揚してしまう。自然と口角が上がってしまう。

 走って近付いてくる足音は緑谷か。オールマイトも、それで全員が揃ったのを確認したのか、高らかに宣言した。

 

「さあ、始めようか、有精卵共!!」

 

 

 

 

「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

 フルアーマーなコスの眼鏡君こと飯田が手を挙げ質問する。

 あれは動きにくくないのか、個性との相性は悪くないのかとか思ったが、聞いたところによると、彼の個性は脹脛のエンジン器官さえ封じられなければ大丈夫且つ、それはそれとして補助するような仕組みになっているらしい。アーマー自体も軽量で、殆ど気にならないのだとか。

 まあ見た目の動きにくさだけで言えば俺もどっこいどっこいだわな。

 

「いいや、もう二歩先に踏み込む。屋内での対人戦闘訓練さ!」

 

 オールマイトからの回答は、ピースサイン……いや、『2』のハンドサインと一緒にだった。

 

「敵退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内の方が凶悪敵出現率は高いんだ。監禁、軟禁、裏商売……このヒーロー飽和社会ゲフン……真に賢しい敵は屋内(やみ)に潜む!」

 

 屋外の方が派手になりがちだったり野次馬が多かったりで目立つが、実際に凶悪な犯罪ってのは人目に付かないから所でこそ行われるってもんだ。

 そりゃ誰だって、白昼堂々、衆人環視の中悪事の予定を組もうとなんてしない。

 

「君らにはこれから、『敵組』と『ヒーロー組』に分かれて二対二の屋内戦を行ってもらう!」

「基礎訓練も無しに?」

「その基礎を知る為の実践さ! ただし、今度はブッ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ」

 

 成程なあ。

 誰も他人に向けて個性なんて使ったことないような奴等ばっかりだろうけど、自分がどの程度動けるのか、どう個性を使うのが有効かを知るのに、実戦形式ってのは手っ取り早いかもな。

 なんとなく場当たり的にも思えるがきっと気のせいだろう。

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ブッ飛ばしてもいいんスか」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか」

「このマントヤバくない?」

「んんん~、聖徳太子ィィ!」

 

 八百万を筆頭に、爆轟や麗日、飯田が次々に質問する。しかし青山、お前はなんか違うな?

 オールマイトもいくら超人とは言え人は人。一気に話しかけられては答えることも出来ない。聖徳太子は一度に複数人の話を聞き、理解できたらしいが、そういうことだろうか?

 

「いいかい!?」

 

 あ、カンペ。

 オールマイトが今回の訓練の状況設定の説明を始める。

 敵側は屋内のどこかに『核兵器』を隠していて、ヒーロー側は制限時間内にそれを確保するか、敵を捕まえること。敵側は逆に「核兵器」を制限時間まで守り切るか、ヒーローを捕まえること、とのこと。

 コンビと対戦相手はくじで決めるらしい。

 結果、

 A 緑谷&麗日

 B 轟&障子

 C 八百万&峰田

 D 飯田&爆豪

 E 芦戸&青山

 F 俺、そして口田

 G 耳郎&上鳴

 H 蛙吹&常闇

 I 尾白&葉隠

 J 切島&瀬呂

 ……となった。

 最初の対戦の組み合わせはAとD。それ以外の奴等は訓練で使うビルの地下にあるモニタールームで観戦だと。

 んじゃ、身体が鈍らないように適宜準備運動は挟みつつ、出番まで待つとしよう。それに、他の奴等の個性も改めて見たい。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 …………これは。

 最初の戦闘訓練。緑谷&麗日チーム対飯田&爆豪チーム。それぞれ前者がヒーロー側、後者が敵側だ。

 結局は戦闘と言えども訓練は訓練。マトモに戦ったことなどないだろう学生のものだと思っていたが……いやはや、これは。

 モニターに映される戦闘訓練の様子に、俺はただ感心していた。

 特に爆豪。アイツ、個人で特訓でもしていたのか、それとも天賦の才能か、めちゃくちゃに戦闘センスがいい。個性、動き、ともに高水準なのではなかろうか。素人目にみても、優れているのは分かる。

 ただ、別カメラに映る飯田の慌てようを見るに、爆豪これ、独断専行してるのか……?

 そしてそれに相対する緑谷も中々だ。

 威力の高い爆豪の個性相手に引けを取らずに相手できている。

 綺麗な背負い投げが決まった時は思わず声を漏らしたよ。

 けど、それも序盤のみ。

 今はもう訓練も終盤に差し掛かっているだろう。麗日は『核兵器』を守る飯田と相対し、緑谷と爆豪もまた、二度目となる対峙。

 爆豪はもう緑谷の動きに慣れたのか、個性を巧みに使った空中機動で翻弄し、彼を逆に叩き付けている。

 それに、その前。

 腕に装着した手榴弾のような籠手から発射された爆発は、建物ごと吹き飛ばす程の高火力。建物の破壊そのものは敵にとっても褒められたものではないが、脅威としては十分だ。

 オールマイトが止めていたが、そこで即座に訓練中止にしない辺り、何か思う所があるのかもしれない。

 ……お、緑谷と爆豪が同時に飛び出した。

 爆豪は右手に小規模の爆発を生みながら。緑谷は右の拳を大きく振りかぶって。

 そして。

 

 

 

 総評。

 八百万の言葉を借りれば、

 爆豪……私怨丸出しの独断、加えて、屋内での大規模攻撃。

 緑谷……同上。それに、受けたダメージを鑑みても、あの作戦は愚策。

 麗日……中盤の気の緩み。及び最後の攻撃が乱暴に過ぎた。

 とのこと。俺も概ね同意見だ。

 あの後緑谷は爆豪の動きを読んでいたのか、左腕で爆発を防ぎ、彼の超パワーの個性で上の階をぶち抜いた。その瓦礫を麗日が柱を無重力にして野球のバットのように振ることで打ち出し、飯田が対応に遅れている中、隙を突いて核に触れて回収……となった訳だが。うん。雑!

 逆に飯田は一番状況設定に応じた動きを取れていた。今回のベストは彼だというオールマイトの言葉にも肯ける。

 じゃあ敵チームはどうするのが正解だったか。

 

「機動力に優れる飯田が奇襲を掛ける、爆豪が初撃で決める……決めれなかった場合は一撃離脱で精神的に追い詰めるか。核の移動も視野に入れとくべきなのかな? 二人してヒーローチームを攻めるのは流石に愚策だな。だが、深追いせず、一撃で片方を落としさえすれば逆にアドバンテージになるかもな……やはり大事なのは初撃。あそこで避けれたのは運が良かっただけ、個性がバレていたからこその動きだったもんなァ……」

「何ボソボソ言ってるの……ちょっと不気味」

「おおうグッサリいくね? いや何、今回のベストは飯田だが、じゃあどうすれば敵側は勝てたのかってのを考えてた」

 

 言葉にするのは意外と大事だ。考えが纏まる。

 結局は後からならどうとでも言えるってやつなのであまり意味はないが、馬鹿ほど真面目な飯田なら話を聞いてくれそうだ。面倒なことになりそうだからしないけど。

 さァて、俺の番はまっだかなー。

 

 

 

 

「んで結局最終戦かあ……まあいいさ。よろしくな、口田」

 

 握手を求めると、無言ながらも握手に応じてくれた。

 柔和な表情、少しコミュニケーションを図ってみた感じ、単なる口下手なだけで冷淡な訳ではなさそうだ。

 今回俺らは敵チーム。相手は耳郎と上鳴のGチーム。何かと耳郎と縁があるな。

 互いの個性は既に紹介済み。相手の個性も共有済みだ。特に耳郎の方は入学試験の時にも見た。それなりに知ってる。

 作戦も既に立てているし、準備も終わっている。オールマイトにも了承を得ているし、アレも終わった。口田の方から何か作戦はあるか訊いたが、首を横に振り、俺の作戦に協力してくれるそうな。

 まあ屋内戦じゃ彼の『生き物ボイス』という個性はあまり使えない。精々が潜む鼠等の小動物に斥候を頼んだり、外の鳥に見回りしてもらう程度。いや十分だけどな。

 だが今回の作戦じゃ、屋内の斥候はあまり意味を為さない。一応鳥を介してどこから侵入されたかくらいは教えてもらうが、その程度。個性とは別に体格故のパワーもある程度はあるそうなので、核の防衛に専念してもらうとしよう。

 ……そろそろかな。

 建物内のスピーカーから、オールマイトの声が響き渡る。

 

『それでは最終戦! ヒーロー側がGチーム、敵側がFチーム! 張り切って――スタート!!」

「……そんじゃ、行ってくるよ」

 

 ひらひらと手を振ると、小さく手を振って見送ってくれた。心配そうな顔をしてたけど、まあ大丈夫だって。

 

 

 

〈ヒーローサイド〉

 

「……相手さん、どんな感じ?」

「――二階に二人ともいる。だけど片方は動かず、片方はこっちに向かって来てる。多分、動いてる方が相間」

「入試二位だっけ。かーっ、俺らも俺らでツイてねえなあ!」

 

 爆豪や轟とやり合うよりはマシだろうが、それでも入試二位で、恐らくクラスで一番単純な身体能力が高い人物。それが相間或鬼という男だ。

 耳郎にとって、入試の時に見せた戦闘センスもあってか、今回最も相手をしたくない相手であった。確かに爆豪や轟も凄かったが、もっと間近で彼の強さを見せつけられていたからか、彼らよりもよっぽど想像しやすい相手だった。

 どうやら上鳴も同じ会場に居たようだが、彼の強さを直には見ていない。だからだろうか、言動に少し余裕があるように感じてしまうのは。

 ――いや、自分が緊張し過ぎているだけか。

 深呼吸を挟み、二階に続く階段へと向かう。もう片方のメンバーである口田が二階にいる以上、核は二回にあるのだろう。

 一歩を踏み出した直後。

 

『――――ラッシャアアアアァァァァッ!!」

 

 叫び声、そして、崩壊音。

 

「うわっ!?」

「くっ、何!?」

 

 揺れるビル。パラパラと振ってくる埃や小さな瓦礫。集音していなくてよかった。タイミングがもう少し早ければ、耳をやられていたかもしれない。

 

「おいおい……大規模な破壊行為ってのは大幅減点じゃねえのかよ……」

「その筈だけど……それを相間が分かってないとは思えないし……」

「そりゃァお前、意味のある破壊活動なら別にいいだろォが」

 

 足音。

 そして声。

 暗がりの中、カツカツと足音を鳴らして近付いてくるその影の正体は。

 

「よう。見ィつけた、だな。お二人さん」

 

 相間或鬼。

 一回り程大きくなった角。獰猛に歪む口元。

 堂々と彼は、二人の目の前に現れた。

 

 

 

〈敵サイド〉

 

 口田からの情報により、相手チームが普通に入口から入ってきたことは分かった。そもそも増強系の個性じゃない二人だ。二階より上から入ってくるのは難しいし、わざわざ閉まっている窓を割ってまで変な所から侵入するよりも正面突破の方がまだいいとの判断だろう。

 まあいい。大事なのは一階からの侵入という、俺の予想通りだったこと。

 もし敵ならば、周辺のヒーローの個性くらい調べるだろう。だから相手の個性ありきの予測や動きは、敵側ならばそれほど問題じゃない。はず。

 さァてまずは一発、どかんと決めますかね。

 目的の場所で、大きく腕を振り上げて――!

 

 そして俺はまず、()()を破壊した。

 

 そりゃそうだ。エレベーターはまず止めるのは当然。となると上に行くには階段かエスカレーターを使うしかない。だがこのビルにエスカレーターはないので、必然的に階段を使うしかない。

 つまり、どう足掻こうとそこは〈必ず通る道〉になる。

 ならそこをまず壊すのは定石だよなァ? 俺なら口田を抱えて屋上から飛び降りても無傷でいられる自信がある。こっちは使う必要はなく、向こうは使わざるを得ない。となるとまずそこを潰す。

 八百万あたりなら罠を張ったりするのだろうが、生憎、今回こっちにそういったことができる奴はいない。

 まあ多少の減点はあるかもしれないけど……先にオールマイトに訊いて了承は得ているから、きっと大丈夫!

 壊した階段を飛び降り、わざと足音を鳴らしながら入口へと向かう。

 本来敵としては白兵戦は愚策なのだろうが、今回の主目的は核の護衛。俺は捕まりさえしなければいいし、最悪捕まるとしても時間稼ぎくらいはする。

 隠密は俺の得意とするところじゃないし、そもそも索敵という点において耳郎は有能過ぎる。

 だったら、下手に奇襲を仕掛けるよりはこうして姿を晒した方が俺としてもやりやすい。

 さあ、まずは俺を越えるところからだ。

 二人の姿を確認し、俺はゆっくりと近付いた。

 

「よう。見ィつけた、だな。お二人さん」

 

 ああ、ああ――愉しみで仕方ない。

 

 

 

〈ヒーローサイド〉

 

「初っ端から正面戦闘かよ……嘘だろオイ」

「向こうにウチの個性がバレてる以上、こうなるかもとは思ってたけど、やっぱキツイなあ……っ」

「かはははは! さァてさて、どうするよヒーロー? 俺を越えなきゃ先には進めないぜ?」

 

 まだ分かれ道すらない。入口からすぐの、一直線の廊下。

 取れる選択肢は――

 

「チックショウ! これしかねえだろ!」

「あっ、馬鹿!」

「だよなァ! そう来なくっちゃなァ! 俺はそォいうのを待ってたンだよ!」

 

 上鳴による突撃。

 彼の個性『帯電』は方向性を調整できないので、無闇に放てば味方である耳郎にも当たってしまう。

 故に突撃。相間に触れた状態での放電ならば、耳郎に当たる心配もない。

 駆け出す上鳴に対し、相間が取った対応は、

 

「行くぜ電撃! 気絶程度に弱めてやんよ!」

「ああ来てみろ!」

 

 正面から受け止めることだった。

 耳郎にとっても、上鳴とっても予想外過ぎるその対応に思わず目を見開くも、本当に相間は動く気配を見せない。不敵な笑みを湛えたまま、その場に立っている。

 上鳴が手を伸ばし、相間に触れた瞬間、あたりに電撃による轟音と光が溢れるも、その笑みは崩れなかった。

 そう、弱めたとは言え、電撃の中でも。

 

「はあ!?」

「フン、こんなもンかよ、ヒーロー」

「ッ。なら、もっと上げてくぜえええ!!」

 

 バチバチとさらに威力を上げたのか、音と光が大きくなる。

 だが、それでも彼の笑みは崩れなかった。

 

「な、に……」

「んじゃまァ取り敢えず一人かー、なっと!」

 

 腕を伸ばし、上鳴の胸倉を掴むと、そのまま彼は背中から上鳴を叩き付けた。

 

「ぐはっ!?」

 

 上鳴の個性が止まる。

 しかし相間の攻撃はこれで終わらなかった。

 今度は上鳴の腕を掴むと、そのまま壁へと投げ飛ばしたのだ。

 増強系に近しい相間のパワーだ。大雑把に投げつけられただけなのに、壁に罅が入っていた。いや、入試のあの力を見れば、これでも大分手加減しているのは分かる。

 

「そんじゃァ最後に――?」

 

 彼が拳を握った所で、ようやく身体が動いた。

 咄嗟にブーツに仕込んだスピーカーに片方のプラグを挿し、心音を爆音として放つ。

 相間の動きが一瞬止まった隙にもう片方のプラグを伸ばし、上鳴の腕に巻き付け、回収する。と言っても、持ち上げることは出来ず、殆ど引き摺る形だ。

 

「ほォ……?」

 

 失神寸前の上鳴を支えながら、耳郎は取り敢えず外に逃げ出すことを選んだ。

 態勢の立て直しと言えば聞こえはいいが、要は敗走である。

 ここまでの経過時間、僅か三分。

 振り向いた先では、相間がスキットルボトルを傾けていた。

 

 

 

〈モニタールーム〉

 

 必死に外へと脱出するヒーローチームの様子を、カメラが捉えていた。

 

「何でアイツ、電撃に爆音と連続で食らってケロッとしてるんだよ!?」

「耐久性能が高い個性なのかしら。なんにせよ、脅威ね」

「階段の破壊は減点対象じゃないのでしょうか!」

「いや、通路の破壊自体は別に普通だ。ただ、乱暴なやり方ではあるけどな」

「うわあ。笑顔なのに怖い……」

「オイオイ上鳴の奴大丈夫かよ……思いっ切り投げられてたぞ……」

 

 思い思いの感想を溢す生徒達。

 教師であるオールマイトもまた、相間の個性に驚きを禁じ得なかった。

 

(確かに個性には高い耐久力とはあるが、まさか電撃と爆音をほぼノータイムで受けても無傷とは! 攻撃、防御、速度、おおよそ戦闘行為において、彼は間違いなくトップクラスの適性を持っている)

 

 パワーも、それに付随するスピードも、そして今しがた見せたディフェンスにおいても、彼は自己完結した強個性と言えるだろう。

 個性による避けられないデメリット、制限が無ければ、彼はもっと化けていたかもしれない。

 

(上鳴少年、耳郎少女。彼は大きな壁だぞ……どう攻略する!?)

 

 

 

 

〈ヒーローサイド〉

 

 息も絶え絶えになんとか脱出し、気絶寸前だった上鳴は直接音を流し込んで無理矢理目を覚まさせる。

 逃げることしか出来なかった自分に、嫌気が差す。

 

(違う。今のはこうするしかなかった。ウチは最善策を取った。その筈!)

 

 元々自分一人では彼に立ち向かうなんて無謀の一言に尽きる。

 だから、そう、これは。

 間違ってなど、いない筈。

 

「はっ……はあっ……どうなったんだ、耳郎?」

「……逃げ出した。ここは外。早く突破口を見つけないと、時間が……」

 

 彼との相対が開始直後だったのは幸いだっただろう。まだ時間はなんとか残されている。

 

「取り敢えず、作戦を立て直さなきゃ」

 

 本来なら耳郎の個性で相手の位置を把握し、あわよくば会話を盗み聞きして核の位置を知る。上鳴の個性で足止め、確保しつつ、核を探すか近付いて触れる、というのが大まかな作戦としてあった。

 だが、蓋を開けてみればどうだ。

 初っ端から一番恐れていた相間との対峙。上鳴の個性も効かず、こうして逃げるしかなかった。

 ……悔しい。

 分かっていた。分かってはいたが、思考とは別に、感情が暴れ出す。

 ……何も、出来なかった。

 何かが出来ると自惚れていたつもりはなかった。でも、何か傷跡ぐらい残せると思っていた。だというのに彼は平然とそこに立っていた。

 これが悔しくなくて、なんだと言うのだ。

 だからせめて一矢報いたい。

 

「上鳴、見取り図出して」

「お、おう……ほい」

「サンキュ」

 

 ビル内の見取り図を広げ、上鳴と一緒に覗き込む。

 

「音の方向、今聞こえる足音から察するに、最初の破壊音の正体はココ。階段だと思う」

「でもよ、そしたら相間も上に行けなくないか? もう一人が上で動いていないっていうなら、核は上に在るんだろ? これじゃ守りに行けないじゃねえか」

「多分相間なら一回分の高さくらい普通にジャンプで届くよ。下りるにしても、口田を抱えて飛び降りれるだろうから、向こうにとって階段はあってもなくても一緒なんだと思う」

「俺らが上に来られないようにするためだけってか。厭らしいな」

 

 でも。

 

「逆に、ほぼ確実に上に核がありますよってことだよな」

「だと思う」

「問題はどうやって上に行くか、だけど……」

 

 中から進むか。そもそも階段も無いのにどうやって上に行こうと言うのか。それに相間もいる以上、一番現実的じゃない。

 となると選択肢は一つ。外からどうにか中に侵入するしかない訳だが、残念ながら二人共、それができるような個性ではない。

 イヤホンジャックで相間の位置を把握しつつ、何か使えそうなものはないかとビルの周囲を探る。

 そして、入口とは反対方面にそれはあった。

 

「「これだ!」」

 

 

 

 

〈敵サイド〉

 

 ン。気付いたか。

 個性の出力をさらに上げ、強化した聴力が、二人分の足音が階段を上っていくのを感知した。

 だが一階と二階を繋ぐ階段はついさっき破壊した。

 ではどこか。

 音は外。コンクリートにしては甲高い音。

 まあつまるところ。

 

「外の非常階段。それしかねェよなァ」

 

 外から中に侵入、そして二階以上に行くには、彼らではそれを使うしかない。

 たとえそれがこちらの思惑通りだとしても。

 だってそうだよなァ? わざわざ中の階段を壊してんのに、外の非常階段を壊さない筈ねェもんなァ。なら何で残すか。勿論罠だ。トラップというか、誘い込みというのが正しいかもな。

 階段を使った以上、上へと向かった以上、アイツらは核は上にあると思っている。

 うむ。その思考は正しい。

 これ見よがしに口田を一切動かさずに配置してるんだ。耳郎ならそれも分かっているだろうし、俺の位置もすぐに分かる以上、真っ先にそこに向かうのが普通だ。俺が来る前にケリを付けたい筈だからな。

 だから俺も、そっちに向かう。

 だってそれが普通なのだから。

 

 

 

 壊した階段の方に向かい、二階へと続く穴へ跳ぶ。

 こうして俺なら階段なんてなくても階の移動が出来るからこそ破壊したのだしな。

 途中、ドアを蹴破る音がしたが、アイツら自分達の索敵能力にかまけてやることが大雑把になってないか?

 まあいいさ。俺のスピードならアイツらが到着するよりも前に口田の所に辿り着ける。それが可能な部屋を選んだし、そうなるよう一階の巡回もルートを選んだ。

 俺の位置はバレていると思っていいだろう。もしバレていなくても、既に二階にいることは気付いている筈。そうなると口田のいる部屋に向かうってのはあっちも予想できるだろうから、どのみち相対は避けられないものだと気付く筈だ。

 部屋に入ると、やはりまだ二人は来ていない様子。それじゃあここで迎え撃つとしましょうか。

 およそ一分後。訓練開始から半分くらい経ったのだろうか。

 俺らのいる部屋の扉が開け放たれた。

 

 

 

 

〈ヒーローサイド〉

 

「この部屋! 多分二人共いるから気を付けて! 開幕放電もダメだかんね!?」

「わぁってるよ! こっちは触れれば勝ちなんだし、どうにか隙を見つけるしか方法ねえって!」

「そうなんだけどさあ!」

 

 語気は荒いが音量は小さく。

 一度部屋の前で止まり、中の音を聞く。やはり二人分の呼吸音。敵チームは両者この部屋に集まっているらしい。

 互いに頷き、一息に扉を開ける。

 

「…………は?」

「…………え?」

「っ! ―――っ!」

 

 素っ頓狂な声を上げたのはヒーローチーム。声になっていない声を上げたのは口田。

 耳郎と上鳴の視界には、あるべき物がなかった。

 いや、あると思っていた物が無かったと言うべきか。

 

「……核、ねえじゃねえか!?」

 

 そう広くもない部屋。柱や瓦礫など、視界の妨げになりそうな物はいくつかあるものの、どれもあの核を隠すには大きさが足りていない。

 だと言うのに、どれだけ見渡そうとも、それらしいものはどこにもなかった。

 そこにあったのは、ただ口田と相間。

 たった二人だけしか、そこにはなかった。

 

「動かないものの位置の把握は難しいよなァ。自ら音を発しないからな。特にハリボテとは言え無機物なら尚更だ。だからお前さん達は俺らの位置から核の場所を推測するしかなかった。それが一番確実なのだから」

「っ。マズい上鳴! すぐに撤退を――!」

「一回目は温情だ。二回目はねェよ」

 

 踵を返し部屋を出ようとした瞬間には、後ろに引っ張られる感覚があった。

 どうやら襟部分を掴まれているのか、服が引っ張られ、首が締まるような感覚。

 直後に、浮遊感。

 

「口田ァ! 上鳴と耳郎は離れさせるな! 耳郎の方はプラグ部分を掴んどけ! ただし、挿されないように注意してな!」

「っ!!」

 

 コクコクと何度も頷く口田が視界に映る。

 上鳴は自分が近くにいると無闇に個性を使えない。自分の個性への対策も大雑把とはいえ考慮されてある。

 どうする。どうすればいい。

 口田に確保されるまでのおよそ数秒。過去最高速なまでに思考が加速する。

 どうにか軌道を修正して避けられるか? いや、そんな手段は持ち合わせていないし、よしんば思いついたとしてもその時にはもう手遅れだろう。

 上鳴だけでも逃がすか? 結局上鳴の個性が効いてなかった以上、索敵能力のない彼では相間に狩られる。

 では自分が? 上鳴と同じ。自分の場合は直接戦闘能力が相間と比べて圧倒的に不足している以上、狩られる。逃げるにしてもやがて追い付かれそうだ。

 口田をやり過ごして、後ろの窓から脱出するか? 投げつけられた時点で対策は考えられていた。難しいだろう。

 

「――ッ。ごめん上鳴!」

「え!? あっ、うぇええええい!?」

 

 だから、プラグを伸ばして()()()()()()()()()()()()()()()

 

「電撃!」

「っ! なァる程なァ!」

「良く分からんけど分かった!」

 

 空中だったから不安定になったが、逆に空中だからこそ、それ程の力を込めずとも互いのスピードの調節が可能だった。

 反動でこちらは若干の失速。上鳴の方は自分より僅かに先に口田のもとへ。

 そこで彼も気付いたのだろう。得心がいった顔で個性を解放した。

 

「食らえ! 無差別放電!」

 

 音、そして光。

 部屋中に満ちるそれらに、相間も耳郎も巻き込まれた。

 だが、それでも威力は弱めたのだろう。多少痺れた程度で済みはしたが、一番間近で直撃した口田の方は、

 

「――――」

 

 案の定、目を回していた。

 

「う、うぇい……」

 

 ……そして何故か、上鳴の方も微妙に限界そうだった。

 

「かはは! 咄嗟の判断にしては中々。だけどまァ……一人を犠牲にしてようやく一人か。味方にも被害を出してるし、もうちょっと細かい調整が必要だったかもなァ」

「……嘘でしょ」

「残念リアルだ。今ので俺を止められなかった、耳郎の方を止めてしまったってのはまァ、悪手だったなァ……」

 

 微妙に痺れたままの耳郎を、平然としたままの相間は捕縛テープでぐるぐる巻きにした。

 これで耳郎はもう失格だ。

 そして限界っぽい上鳴の方も。

 スピーカーからオールマイトの声が響く。

 

『敵チーム――WIIIIIIN!!」

 

 

 

 

 講評。

 

「まァ今回のMVPは耳郎だろうなァ……」

「その通りだな相間少年。君ならそれが何故か、きちんと分かってるんじゃないかな?」

 

 そりゃ勿論。

 

「今回俺は口田の個性を活かし切れなかった。殆どが俺一人でやったことばっかだったしな。自分の個性に物言わせた力押しの作戦だったてのもある。もうちょっとスマートなやり方があっただろうな。ヒーロー側が俺らの予想通りに動いたからって、核の防衛を疎かにしたのも減点かなあ。口田自身は殆ど動かせなかったせいで、評価のしようがねえだろ」

「うんうん。それじゃあ、ヒーローチームの方は?」

「上鳴は突撃からの個性使用って言うワンパターンなことしか出来なかったのが辛いな。核がある以上、無闇な放電はできなかったとは言え、階段を壊した時点で俺の個性が増強系に近しいってのはたとえ初見でも分かる筈。それなのに俺相手に近接はあまり褒められた手段ではないな」

 

 だからヒーローチームの最も避けたい状況が、俺との直接戦闘だっただろう。

 

「耳郎は何だろうなあ。俺を恐れすぎか? 一番堅実なやり方は出来ていたし、自分にできることをしっかりやっていたとは思うが、俺を極端に重要視し過ぎな印象を受けたな。俺にどう対応するかよりも、俺とどう鉢合わせしないかを考えるべきだったのかもな」

「……結局、核ってどこにあったの?」

「ん? そういや明かしてなかったか」

 

 核がある部屋を映したモニターを指差す。

 その部屋は少なくとも、俺と口田が待ち構えていた部屋ではない。造りが違う。

 

「あそこな。あれ、二階のあの部屋の真下だ」

「真下……てことは、一階!?」

「ああ。階段を壊せば普通なら上に何かあると思うだろ? わざわざ非常階段を残したのも、思考誘導の意味合いが強い。ああそうだ。その件も、もう少し考えてから使うべきだったな」

 

 その点で言えば、あの時二人がすぐに外への脱出を選んだのは敵側としては幸いであったし、若干の不安要素でもあった。

 外からバレるような位置に核を設置はしていないが、偶然でもその部屋を引き当てる可能性もあった。

 二人が素直に非常階段を使ってくれたのも運が良かったな。精神的に追い詰められていた、俺と言うインパクトが強すぎた所為だろうか。ちょっと考えれば罠だと分かっただろうのにな。

 一応窓から侵入されようと迎撃できるようにはしていたけど……やっぱ十五分はちょっと短いぜい。全部時間の所為にしてやる。

 非常階段を使わずとも、口田の位置が分かれば、その真下にある部屋に行ってみると言う選択肢が生まれた可能性はある。少なくとも俺なら一度考慮する。

 偶然でも引き当てられる可能性があるくらいなら、確実に迎撃できる部屋にってことで真下の部屋に核を置いておいたが……まあ無駄ではなかったと思うことにしよう。

 

「うん。概ねその通りだよ、相間少年。口田少年も、上鳴少年も、耳郎少女も、これを糧にして次に繋げて欲しい。……ちなみに、どうすればヒーローチームが勝てたと思う?」

「ンー……耳郎は索敵に専念して、離れた場所で上鳴に指示を飛ばし続ける。上鳴はそれを元に探索ルート構築と修正。俺との接敵を避けて核を探す、ってのが一番勝率が高いのかな?」

「その時に口田少年を確保できていれば一気にヒーローチームに有利になっただろうね――よし! これで全チーム戦闘訓練終了だ! 取り敢えず皆、出入口のゲート前に集合!」

 

 はい! という各々の返事を耳に、俺はスキットルボトルを傾けた。

 あァ……暴れ足りねえなァ……。




 ツッコミどころ満載。

 自分で読んでていやそこはそうするべき、とか、そこはそうしないだろ、とか思う所は多々あります。それに何だか主人公がやけに上から目線な印象が……。
 アニメでは多分、EvsFっぽいんですが、どうせ原作でも曖昧だからと、勝手にFvsGにしました。
 っていうか主人公の個性強くしすぎ……?……他の方のssではもっと強い個性だってありますし、きっとそうでもない筈。そういう風に思いこむことにする。
 明確な苦手ってのもありますし、強個性どまりの筈です。多分。きっと。めいびー。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 委員長決めは軽く流して、とっととUSJ編ですかね。流石にUSJ編は何分割かにしましょうかね。


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USJ編Ⅰ

 タイトル通り、USJ編です。

 前回の後書き通り、委員長決めは軽く流しています。それよりも早くUSJに行かせたかった。
 今回でようやく主人公の個性を大々的に書けます。やっと。

 それではどうぞ。


 戦闘訓練から数日が経ち、オールマイトが教師を務めるようになったというスクープが連日世間を賑わすようになった。学校にもマスコミが押しかけてきていて、通行中邪魔な事この上ない。

 ああいう手前は無視するに限る。チラッと見えた飯田はクソ真面目に応対していたが、時間が食われるだけだろうに。

 すこし前に行ったクラス委員長決めの時も昼休みの時間にマスコミが何やらやらかしたようだが、詳細は知らない。その日は偶々コンビニで買ったサンドイッチやおつまみを酒を片手に教室で食ってた。

 いや美味さも値段も食堂のランチラッシュの料理の方が格段に上ってのは分かるんだけどな……あの人数を並ぶのが俺には無理だ。普段は確かに食堂で済ませるが、時折こうして嫌になるよね。

 結局、委員長は飯田に決まった。本来なる筈だった緑谷が飯田に譲り渡す形だ。非常口という渾名が少しばかり気になるが、多数決で決まったんだからいいだろう。因みに俺は飯田に投票した。何故って? 眼鏡だから。

 ……まあ無記名投票の自分への投票有りって時点で無茶苦茶だとは思ったが、別に俺は委員長に拘ってはいないので正直どうでもよかった。

 ともかく。

 今は昼休みも終え、午後一番の授業。ヒーロー基礎学。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

「ハーイ! 何するんですか!?」

 

 少々言い回しが気になったが、相澤先生の言葉に瀬呂が手を挙げて質問する。

 

「災害水難なんでもござれ。人命救助(レスキュー)訓練だ!」

 

 いつかのオールマイトのように掲げるのは『RESCUE』と書かれたカード。

 ふむ、救助訓練か……俺の個性は救助活動にも使えるだけで、やっぱ主に戦闘面に傾いてんだよなあ。

 

「レスキュー……今回も大変そうだな」

「ねー!」

「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!? 鳴るぜ、腕が!!」

「水難なら私の独壇場ケロケロ」

「おいまだ途中」

 

 盛り上がる切島や蛙吹達が先生の言葉で大人しくなった。

 静かになったのを見計らって、相澤先生が小さなリモコンを操作して壁に埋められた皆のヒーローコスを取り出す。

 

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗って行く。以上、準備開始」

 

 

 

 

「皆さん、待ってましたよ。早速中に入りましょう」

『よろしくお願いします!』

 

 訓練場の入口で待っていたのは、宇宙服のようなコスチュームを着たプロヒーロー、スペースヒーローこと13号。

 緑谷の言う通り、災害救助で大活躍しているヒーローだ。個性が似ているからか、麗日は大興奮している。

 そして案内される訓練場。

 中央に広場があって、取り囲むようにいくつかのドームや、ウォータースライダーのようなものがあるプールみたいな場所、崩れた建物や瓦礫が散らばる場所に、瓦礫の代わりに土砂が傾斜を付けて敷き詰められたゾーンまである。切島の言うUSJって言葉にも肯ける。

 

「水難事故、土砂災害、火災に暴風、エトセトラ……あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も、〈ウソの 災害や 事故ルーム〉! 略して――〈USJ〉!!」

 

 USJだった。

 相澤先生が小声で13号と話す。今日の授業の相談でもしているのだろうか。

 ? そういや、来るって言ってたオールマイトは? ……案外、その辺りの話でもしているのかもな。

 

「……仕方ない。始めるか」

 

 あ、オールマイト抜きで始めることにしたらしい。

 

「えー、始める前にお小言を一つ、二つ、三つ……四つ……五つ……」

 

 増える増える。

 

「ゴホン……皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 

 おーすげえ。麗日が残像レベルで頷いてる。

 個性『ブラックホール』。その名の通り、何でも吸い込む個性。瓦礫の除去から障害物の排除、出力を調整できるのなら、チリにせずにこちらに近寄せることもできるだろう。まさしく救助活動でこそこの個性は輝く。

 緑谷の称賛と解説が混じった台詞に13号は首肯する。

 

「ええ。しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にも、そういう個性がいるでしょう」

 

 ……ン。

 

「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる、”いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないでください。相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘訓練でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では心機一転! 人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君達の力は人を傷付ける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな――以上! ご静聴、有り難うございました」

 

 そう締め括った13号に、生徒達から興奮気味の称賛が送られる。

 そんな中で俺は一人、自分の個性を思い返していた。

 力に善悪は無い。力は力。善悪を決めるのはそれを振るう者だ。

 だが。それでも。

 ――俺のこの個性(ちから)は、誰かを傷付ける為にあるのだろうか。

 この個性は破壊しか生まない。破滅しか道はない。誰かを守る為ではなく、自分を守る為。誰かを救ける為ではなく、誰かを壊す為にあるのではなかろうか。

 ふとした時に頭に過る。

 俺には他人を救けることなんてできないのではなかろうか。あの日何もできなかった俺には、そんなこと不可能なのではないのか。

 弱気になるつもりはないが、それでも考えずにはいられない。

 

「……?」

「……ン。どうした?」

「いや、何でもないけど……」

 

 なんだか耳郎に見られていた。何なのだろう。

 首を傾げていると、不意に施設内の照明が消えた。

 皆が不審に思っていると、続くように中央広場の噴水が断続的なものになる。

 何か異変に気付いたらしい相澤先生が振り向く先、噴水のすぐ前。

 突如現出し、拡大する黒い靄。

 そこから顔を覗かせる、不気味な人間。

 ……あれは。

 

「一塊になって動くな! 13号、生徒を守れ!」

 

 切迫した先生の声が届く。

 続々と現れる謎の輩達。数はどんどんと増え、二桁を超える。

 アイツらは。

 

「何だアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

 

 違うなァ、違うんだよ切島。

 いや仕方ないところもあるだろうよ。ああいった手合いと直接対峙したことなんてこの中じゃいるか怪しい。書く言う俺でさえ直接的にこうして相見えるのは初めてだ。

 だけど、なんだろう。

 血が騒ぐ。

 どうしても、

 

「動くな! あれは――敵だ!」

 

 口角が上がる。

 

「やはり先日のはクソ共の仕業だったか……」

 

 視線を悟らせないようにするためだろう。ゴーグルを装着し、臨戦態勢へと移行する相澤先生。

 広場の黒い靄からはぞろぞろと何人もの敵が今尚出てきていて、先頭集団はもう入口に続く階段まで半分を切った。

 成程、あの黒靄は移動系個性か。厄介な。実際の所は分からないが、溜め込んだものを吐き出すタイプではなく、地点間を繋ぐタイプの個性と見てよさそうだ。

 となると最初に処理すべきはあの黒靄。入口にも出口にもなりそうなんだ。先に潰さないと。

 だが一番警戒すべきは誰だ? こちらに向かって来ているのは有象無象と切り捨てて構わない。真に警戒すべきは、無数の敵の後ろで佇む二つの影。

 片方は腕や肩、顔を謎の手で覆った男。もう片方は、脳が剥き出しになった、黒い肌と巨躯を誇る怪物。

 ……見た目だけなら、後者か。

 そう、自然と『立ち向かう』ことを考えてる頭に一切の違和感も、疑問も無かった。

 

「ハァ!? 敵ンン!? 馬鹿だろ! ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

「先生、侵入者用センサーは!?」

「勿論ありますが……!」

「反応しねえってことは向こうに電波や電気に関する個性がいるってことだ」

 

 それでも予め雄英のセキュリティシステムについて把握していなければ対策のしようがない筈。

 ……いや、向こうには黒い靄の個性がいる。アイツならバレずに敷地内に侵入するのも容易か? だが侵入したところでセキュリティ自体は何重にも掛けられている。入っただけで警報が鳴ったっておかしくはない。

 

「校舎と離れた隔離空間。そこに少人数(クラス)が入る時間割……馬鹿だがアホじゃねえ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 

 数少ない冷静なままの轟の言葉。俺も同意だ。

 だが淡々としている故に、今この状況がどれくらい危険なのかも、皆が理解できてしまう。

 

「13号、避難開始! 学校に連絡試せ。センサー対策も頭にある敵だ。今尚妨害中かもしれん。上鳴、お前も個性で連絡試せ」

「っス!」

 

 相澤先生もまた冷静に指示を出すが、それでもクラス内のざわめきは収まらない。

 だがそれも雄英。13号先生に従って避難を始める。

 

「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消すって言っても!」

 

 緑谷が堪らずといった様子で相澤先生に話しかける。

 

「イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 確かに先生の個性を最大限活かせるのは、緑谷の言う通り正面戦闘ではなく奇襲だ。

 それでも相澤先生は、いや、イレイザーヘッドは止まらない。

 

「任せた、13号」

 

 飛び出す。

 先頭組は遠距離型の個性なのか、各々構えるが、先生の個性によって発動を止められ、動きが止まったところを自前の包帯みたいな捕縛武器で捉え衝突させる。

 集団の中にイレイザーヘッドのことを知ってる奴がいたのか、今度は異形型の腕が四本ある敵が突っ込んでいく。

 その敵の拳を避け、顔面を殴り飛ばし、脚を捕縛。後ろから襲い掛かった敵の攻撃を避けて膝蹴りでさらに後ろの敵にぶつけた後、追い打ちをかけるように捕縛した多腕敵を投げつける。

 凄いなあ。

 最も得意な戦法は推測通り奇襲なのだろうが、だからといって多対一が苦手な訳ではない。むしろ連携を崩せるといった意味では、そちらの方も得意なまでありそうだ。

 

「何やってんの相間! 早く避難しないと!」

 

 ……俺はそれを、一切動くことなく見てた。

 血が騒ぐ。腕が痙攣する。自然と表情が笑みに変わる。

 耳郎が何か叫んでいるが、届かない。

 脚に力を込める。腰を落とし、突撃準備。

 

「ッ!? ちょ、相間!?」

「悪ィな耳郎。どうにも抑えきれねェわ」

 

 そうだなァ……大義名分として、それでも近接戦闘が得意な俺がイレイザーヘッドに加勢する、なんてどうだろう。

 プロヒーローとヒヨコにすらなれていない卵じゃ実力差なんて天と地ほど離れているだろうが、止まらない。

 理性は逃げろと叫んでいる。先生の指示や、耳郎の言葉に従って避難すべきだと言っている。

 だが、個性(ほんのう)がそれを拒絶する。

 そういや、さっき13号は力の善悪について語っていたか。

 なら。

 ――俺みたく、闘争を求める個性ははたして善だろうか。

 

「狂襲――」

 

 そして、

 

「――伍式!」

 

 俺もまた、身を投げ出した。

 

「っ、先生、相間が!」

「えぇっ!? 何しているんですか、早く戻ってきなさい!」

「チッ、アイツ……!」

「何してんだ爆豪! 俺らは避難だって!」

 

 その声が俺に届く頃にはもう、俺は広場の前に着地してしまっている。

 無意識に作られる笑顔のまま、周囲の敵を確認。相澤先生との戦闘を見る限り、やはり警戒すべきは後ろの二人。こいつらは大した奴らじゃない。

 

「何だあ!? ガキが一人のこのこやってきたぞ!」

「な――ッ!? 何故ここにいる相間! 俺は避難しろと言った筈だ!」

「すいませんイレイザーヘッド。でも、どうにも止まらない!」

 

 殴りかかってきた異形型個性の拳を左手で受け止め、右の拳で殴り飛ばす。宙に浮いた状態の敵に追撃し、顔面を横から蹴り抜く。

 着地したところを襲ってきた遠距離攻撃の個性を身をさらに低く沈めることで回避し、最短距離で近付く。下手に蛇行するより、俺の場合は真っ直ぐ突っ切った方がむしろ向こうは標準を合わせ辛いだろう。それだけの速度を持っている自身はある。

 目の前にやって来た俺を見て遠距離個性の敵は一歩下がろうとするが、させない。

 

「なんだコイツ、速……!?」

「オメェが遅ェんだよ」

 

 足払い。傾いた方に下から蹴り上げ。顔面を掴んで横から迫った敵の攻撃の盾代わりにする。悲鳴が響くが気にしない。

 そのまま盾は別の敵に向かって投げつけ、俺を見て呆然としている他の敵に向かう。

 慌てて構えるが、遅い。

 顎を打ち抜き、膝から崩れ落ちたとこをを爪先で蹴り飛ばす。

 一息の間。

 その間にポーチからスキットルボトルを取り出し、一気に呷る。これでもう暫くは保つ筈だ。

 口の端から溢れた酒を拭いながら、嗤う。

 駄目だなァ。

 

「お前、どうやって……」

「さあ、何でしょうね。俺にも分かりません。でも身体は動く。今はそれで十分でしょう」

「……帰ったら説教だ。だから――死ぬなよ」

 

 背中合わせに立った先生が声を掛けてくれる。お小言を言う余裕は流石にないか。

 だが、発破は掛けられた。

 なら俺は……死ぬわけにはいかねェなァ。

 

「多分一番ヤバいのは後ろの手だらけ男と真っ黒筋肉。黒い靄もそうですね。先生はもしもの時、そっちの相手をお願いできますか」

「言われずとも分かっている。お前こそ、下手に突っ込むような真似はよせよ」

「俺の個性は近接戦闘でこそ真価を発揮します。突っ込むなと言われましても」

「……この数だ。お前をカバーする余裕はない。隙を見て逃げろ」

「逃げる、の一点以外は了解しました」

 

 何か言われる前に飛び出した。さっきから身体が疼いてしょうがないんだ。

 何故だ? 理由を考える。

 個性が闘争を求めるのは間違いない。俺の隠れた願望などではなく、意識しないと個性の出力がどんどん上がっていくから、多分それは間違いない。

 地面を抉り飛ばしてきた奴に、投げつけられた塊を殴り飛ばして返す。

 今まで抑圧されていた分がここにきて爆発してんのか? 確かに以前の戦闘訓練の際は暴れ足りないと思いはしたが……。

 何やら驚愕の表情をして何をしているか分からない敵を取り敢えず殴り飛ばして別の敵の妨害をする。

 まだだ。まだ足りない。更なる闘争を。

 ……いけない。無意識に出力が漆式まで上がってた。意識して少し出力を下げる。

 暫く、攻防が続く。

 

「おいおいガキにまで負けんのかよ……ま、やっぱ寄せ集めじゃこんなもんか」

 

 声がした。すぐ後ろ。気配はあった。

 

「なあガキ、威勢よく飛び出すのは良いけどさ、まさか全員が全員この程度だとは思ってないよな?」

「お前は要注意人物の一人だ。少なくともお前に関しては他とは別だと思ってたさ!」

 

 裏拳。

 避けられる。

 追撃。回し蹴り。

 屈まれた。

 迫る腕を掴もうとする。打ち払われた。

 

「パワー、スピード共にガキにしてはずば抜けてる。だけど、それ程じゃない。角と模様が目立つけど、要はただの増強系と変わらないだろ? その個性」

「お前もお前でよく俺についてこられるこられるよなァ……これでもそれなりに出力は高いと自負してたんだが」

「強いだけ、速いだけだ。今回の目的であるオールマイトに比べたら、ただの無個性と大差ない」

 

 五指が迫る。

 先程から彼は拳を握らない。引っ掻くという動作にしても、ぱっと見ただけでは爪に関する個性には見えない。

 となると可能性は二つ。

 一つは毒。芦戸のように皮膚から何か分泌する系の個性。

 もう一つは、掌、もしくは指で触れることが条件の個性。

 手を伸ばす時に手を叩き付けるような動きではなく、指全体で掴むような形をしているから可能性としては後者の方が上か。

 何にせよ、直接触れるのは避けた方が良いか。

 

「……なあお前」

「あァ?」

「今この状況、()()()()()()()?」

 

 動きが。

 止まった。

 

「その様子じゃ図星か? まあその顔見れば分かるよ。オールマイトのような気色悪い笑みじゃない。お前の笑顔(ソレ)(コッチ)側だ」

「……だからどうした」

「いやいや! 可笑しくてね! ヒーロー志望のお前が、敵に襲撃され、先生は戦い、お仲間さん達は逃げ惑うこの状況で、それでも愉しんでるその精神がさあ!……もっとも、お仲間さん達はもう黒霧の個性でバラバラにされてるだろうけど」

 

 最後の言葉に、バッと入口を確認する。

 チッ、駄目だ。高低差の所為で様子が分からない。だが確かに、周囲に黒靄の姿は無い。相澤先生の立ち回りを見れば、あの黒靄を先生も警戒していたのは見て取れる。でも先生の個性は常に発動し続けることはできない。その隙を突かれたのか。

 ……相澤先生はどこだ?

 

「おいおい余所見すんなよ。悲しくなっちまうぜ」

「クッ……」

 

 地面を蹴る音。違和感を覚えたが、もう一度周囲の状況を確認する余裕はない。

 そうだ、違和感だ。

 俺と相澤先生は互いに目の前の手だらけ男をマークしていた。だというのに、何故俺がまだ相対している?

 警戒していたのは二人。となると相澤先生が対応しているのはもう一人? なら、どこにいる? やはりもう一度しっかり確認したいところだが……まさか。いや、でもプロヒーローだぞ?

 悪い想像を証明するように影が落ちる。

 ……嘘だろ?

 

「相間……逃げろ……っ」

「……気付いたか」

「ッ! 狂襲・拾――!」

『フルルルルルォォォアアアア!!』

 

 衝撃。

 破砕音。

 そして、暗転。

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 視界の先で相間が吹き飛んだ。

 一周回ってコミカルに映る程に簡単に殴り飛ばされ、激突した壁に大きなクレーターを作る。

 かろうじて挟み込んだ防御用の腕はあらぬ方向に捻じ曲がり、それでも激突ではなく拳の衝撃で片腕は失っていた。撃ち抜かれた胸部は凹み、段々と彼の周囲に紅い液体が溜まっていく。

 誰がどう見ても致命傷……いや、ここに来て遠回しにする必要もない。それ程までに直接的な致死。なんとか即死は免れているかもしれないが、その命がもう風前の灯火なのは違いない。

 がたがたと震える身体が、水面に波を生み出していた。

 

「…………」

「ケロ……」

 

 絶句。

 何よりも鮮明な死の匂い。吐き気を催す程の命の色。

 これまで感じたことのないほどの悪意。

 水難ゾーンで自分達の力が通用したから、なんとか突破できたから。それが勘違いだった。

 相間が飛び出していったのは見えていた。それからすぐに黒い靄の敵が現れ、皆をバラバラに転移させてしまった。

 相澤先生の邪魔をするつもりはなかった。でもせめて相間を逃がす隙くらいは作れればと思って迂回せずに広場の方に来たが、その思考がまず間違いだった。

 相澤先生の動きは確かに下手に加勢はできなかった。それ程までに洗練された動きだった。プロヒーローなのだから、それは当然だ。

 だが相間も相間で、明らかに自分達とは動きが一線を画していた。相澤先生のように無駄の無い、という訳ではないが、一生徒の動きではないのは明らかだった。

 そんな二人でさえ。

 

「何だよあの黒い怪物はよお……なんなんだよ……」

 

 峰田はもう涙を隠すことすらしない。逃げなきゃいけないというのは分かっていても、身体が動かない。

 そこに、皆をバラバラにした黒い靄が手だらけの敵の傍にやって来る。

 何言か話した後、苛立ちを抑えきれない声色で、首を掻きながら手だらけの方の敵がぼやく。

 

「黒霧、お前……お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ……」

 

 溜息交じり。その様子はまるで、失敗は失敗として流しているようにも見えた。

 だが苛立っていたことを考えると、失敗するのは嫌だけど、したらしたで仕方ないと受け止めているようにも思える。

 どこか、歪。

 

「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ……今回はゲームオーバーだ……帰ろっか」

 

 くるりとこちらに背を向ける敵。

 声色は軽い。

 

「……? 帰る? カエルっつったのか今?」

「そう聞こえたわ……」

「やっ、やったぜ! 助かるんだ俺達!」

「ええ、でも……」

 

 どさくさ紛れに蛙吹の胸を触った峰田は水に沈められた。

 

「気味が悪いわ、緑谷ちゃん」

「うん。これだけのことをしておいて、あっさり引き下がるなんて……」

 

 相手の考えが分からない。黒霧と呼ばれた敵の言葉では、今回の目的はオールマイトの殺害。

 だと言うのにこのままあっさり引き下がってしまっては、雄英の危機意識が上がるだけだ。プロヒーローが一人重体、生徒の一人が瀕死。既に引き下がるには遅きに過ぎるだろう。

 確かに死んではないかもしれない。今すぐに適切な処置をすればまだ間に合うのかもしれない。

 それでも。

 命に優劣など無い。オールマイトでも、相間でも、命は命だ。

 それでも人を殺すレベルのことをやっておいて、そんなに簡単に引き下がるのか?

 その思考の歪さに困惑、混乱してしまう。

 ――――――パキ。

 

「……?」

「どうしたの、緑谷ちゃん」

「今、何か音が……」

「俺にはボゴボゴ、聞こえなかったぜブググググ……」

「峰田ちゃんは単純に水音だと思うわ」

「じゃあその手離せよ!?」

 

 周囲を見渡す。

 音の発生源は分からない。残っている主犯格の敵二人と黒い怪物からではない。

 敵の様子を見ても、先程の音は向こうにも聞こえていないらしい。

 ――――パキパキ。

 

「ほら、また」

「今のは私にも聞こえたわ」

「オイラにも聞こえたぜ」

「何だ、何の音だ……?」

「――その前に、平和の象徴としての矜持を少しでもへし折って帰ろう」

 

 訝し気に音源を探していると、手だらけの敵が目の前に迫って来ていた。

 一瞬で思考が切り替わる。

 敵が狙っているのは蛙吹。右手を伸ばし、顔面を掴もうとする動き。

 相手の個性は分からない。だが、その動きが個性を発動する為に必要な動作だというのは分かる。

 

「っ、蛙吹さん!」

 

 咄嗟に庇うように腕を突き出す。同時に蛙吹を敵から離すが、余裕が無くて突き飛ばすようにしてしまった。後で謝らなくては。

 

「……お前も中々」

 

 腕は掴まれていた。

 掴まれた個所から崩れていく手袋を見て、相手の個性の内容と、そして自分の行動が決して良い手ではなかったことを悟った。

 マズい。どうする?

 ヤバい。次の一手は?

 咄嗟にもう片方の拳を握る。卵が爆発しないイメージ。敵の実力は遥かに上、腕を壊す訳にはいかない。いや、調整はまだ上手く行ったことないのにそんなことを考えてる余裕なんてない。

 とにかく、最優先は腕を離させること――!

 

 ――パキパキパキパキ!

 

「ああもう五月蠅いな――っ!?」

『…………』

 

 笑み。

 

「脳無ッ!」

『クルルルルル!』

 

 手だらけ男に襲い掛かった影から庇うように、脳無と呼ばれた黒い巨体が立ち塞がる。

 影の拳が振るわれる。

 衝撃で水面が波打ち、掴まれていた腕も離れた。

 

「……おい、どういうことだ」

『…………?』

 

 言葉に反応はない。

 ただ首を傾げたのみ。それはむしろ、自分の拳を受け止めた脳無に対してのようだった。

 跳び、距離を取る。

 

「お前、さっき脳無に殴り飛ばされて死んでたよなあ? 即死でなくても、ものの数分で死ぬような怪我だった。見間違いなんかじゃない」

『…………』

「何か言ったらどうなんだよ、なあ、おい、化物!」

 

 そこに立つのは一人の少年。

 額の角は今まで見たことがない程に巨大化し、血に汚れた白髪と相まって、その様態はまさしく童話に出てくる彼の怪物そのもの。

 ヒーローコスチュームは上半身部分は喪失し、肌を晒している。心臓の上から伸びるような鮮血色の模様は全身に行き渡っているのか、顔や指先、ちらりと覗く脚にまで及んでいて、最早肌色よりも紅い部分の方が多い。額に伸びた模様は縦長の瞳のような形になっており、まるで第三の眼がこちらを見つめているかのような気分になる。

 浮かべる表情は笑み。どこまでも凄絶な、獰猛な、激越な、そんな笑顔。

 パキパキと何かが割れるような音が、彼の無くなっていた筈の指先から小さく鳴った。

 失われた腕はそこに在る。心臓を穿つような凹みはそこには無い。

 五体満足にて、健在なり。

 

 ――その姿、まさしく〈鬼〉

 

 ――彼の者の名を敢えて言うのならば、〈或る鬼〉と

 

『GA,AAAAAAAA――――!!』

 

 その時、その咆哮を聞いた誰もが一様に同じ感情を得た。そこに所属の善悪は無かった。

 その感情の名は、恐怖。

 誰もが身を竦ませる。心臓が引き絞られるような感覚。

 強制的に喚び起こされる本能的な恐怖。

 そして敵は知るだろう。自分達の大きな誤算を。

 オールマイトの不在? ああ、それもあるだろう。だがそれ以上に。

 

 ――〈相間或鬼〉という少年を。恐怖の化身たる、或る鬼の存在を。




 大々的に書く(書くとは言ってない)

 主人公のムーブがただただ問題児な件について。
 ・先生の言うことを聞かずに飛び出す
 ・まあ戦えてはいたけど、言うてチンピラが相手
 ・挙句脳無に瞬殺
 ……こいつ何したかったんだ?

 まあ今回のメインは主人公の覚醒というか個性の真価の発揮なので、仕方ないよネ。
 そのうち主人公の全身図を描きたいと思わなくもない今日この頃。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 あー耳郎を出したいんじゃあ~


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USJ編Ⅱ

 二か月半ならまだ大丈夫。

 とりあえず書きたかったシーンは書けたかなといった感じ。
 ただ書いているうちに迷走しまくった感はある。主に後半は完全に予定から乖離していきました。

 それではどうぞ。


 身の竦むような、全身が鳥肌立つような恐怖が突き抜けた。

 耳朶を打つのは咆哮。

 誰かの叫び声。

 その声はUSJ内にいる生徒にも勿論届いていた。特に倒壊ゾーンや土砂ゾーン、山岳ゾーンといったドームで内部が仕切られていない場所に飛ばされた生徒には強く響いた。

 

「…………ッハ」

 

「ッ……今の声」

 

 切島のようになんとか呼吸を思い出すような者も居れば、

 

「……これ、敵じゃねえな」

 

 切島と共に同じ場所に飛ばされた爆豪、土砂ゾーンに居た轟のように何かに気付いた様子の者も居た。

 そして、

 

「――相間?」

 

 その個性故に、声の発生源を特定できてしまう者も、また。

 

 

 

 

 

 中央広場。

 影改め相間が叫んだ瞬間、まず最初に反応を示したのは蛙吹だった。

 

「きゅう……」

 

 眼を大きく見開いたまま、そのまま気絶するかのように後ろに倒れ込んでしまったのだ。

 突き飛ばしてしまった時に力を入れ過ぎたのかと緑谷は一瞬不安になったが、それにしては様子が変だ。痛がってるようには見えないし、微動だにしないのは何故だろう。

 次いで峰田。

 

「あ、あ……」

 

 あの咆哮で遂に恐怖の臨界点を越えてしまったのか、周囲の水が変色する。敢えてそれ以上に何か語る必要もあるまい。

 気絶中の相澤先生は変わらず不動。緑谷もまた足が竦んでしまって動きを忘れていた。辛うじて動いた眼球が蛙吹が倒れ込んだ時の水音に反応したくらい。

 口を閉じ、俯きがちになる相間。そのまま倒れ込むように前屈みになり、腕をだらりと身体の前でぶら下げる。

 顔が動いた。

 

「……殺せ、脳無」

 

 彼が見据えるのは脳無。浮かべるは変わらず喜悦に歪んだ笑顔。

 奇声を上げながら、脳無が相間に殴りかかる。

 対する相間も、一度身を左右に揺らしたかと思うと、同じように拳を振りかぶって突撃していた。

 だがしかし、それも確かではない。

 二者の予備動作と衝突の体勢でそうと推測できるだけであって、動き自体は緑谷勿論、実の話死柄木や黒霧にも見えていない。

 それ程までに速かった。

 対オールマイト用に作られた脳無と、それと少なくとも同速を叩き出した相間という生徒は。

 

『クルォア!』

『AAAaa,AAAAAaaaa!』

 

 拳の激突。

 拮抗は一瞬。

 

「対平和の象徴用の怪人だ。オールマイト並のパワーにスピード、そしてオールマイトの攻撃を受け止めるための『ショック吸収』……なんだよ、見せかけだけかよ化物」

 

 打ち勝ったのは脳無。

 相間の腕は直ぐに後方に吹き飛ばされ、明らかに人間の肘の可動域を越えた曲がり方、どころか、皮膚を突き破って赤黒い何かが見える始末。

 それでも彼は、笑みは消えなかった。

 押し敗けた腕を見遣ったのは一瞬。すぐに脳無に視線を戻し、吹き飛ばされそうになる身を、その衝撃を利用してさらに捻る。

 空いた左腕。爪を立て、拳を振りぬいた脳無の右腕に突き立て、食い込み、そして。

 引き千切る。

 吹き飛ばされるままに距離を取り、着地。片腕に収まった脳無の右肘から先をつまらなそうに投げ捨てた。

 ――パキパキパキ。

 

「無駄だって。そいつはさらに『超再生』も持ってる。どれだけ壊したところで、すぐに元通り――あ?」

 

 緑谷は見ていた。死柄木もまたその光景を目にしていた。

 先程聞こえていた何かが割れるような音の正体。それは、

 

「紅い結晶……相間君の右腕を覆ったと思ったら、すぐに割れた。でも怪我が治ってる……そうか。さっきのはあの怪我を治すための音だったのか」

 

 鮮やかな血の色と同色の小さな結晶群。壊れた右腕を覆うように無数に生まれたその結晶は、腕を覆い隠すと、一斉に甲高い音と共に砕け散った。

 残ったのは、血も骨も見えない、鮮血色の模様が走る負傷する前の腕。

 その頃にはもう脳無も千切られた腕が再生していたが、傷口から生えるようにきちんと文字通り『再生』した脳無と違い、相間のはどこか別種の回復方法に思えた。

 

「パワーだけじゃないのか? 成程、だから異形型個性。諸々含めての一つの個性って訳か」

『クルル……』

「構わん。思う存分殴り殺してこい』

 

 再度飛び掛かる脳無。

 対する相間の動きは単純だった。

 

『AaaaaaAAAaaaa!』

 

 その懐に潜り込んだ。

 先の拳同士の衝突よりもさらに速い。予備動作すら殆ど見えない程。

 打つ。

 脳無はその巨体故に腕の内側は確かに隙になりやすいように思える。そこを狙ったのかもしれないが、脳無には死柄木が言ったようにショック吸収の個性も備わっている。いくら拳を直撃させたところで、効果は薄い。逆にその硬直を狙われてもう片方の腕で拘束、そのまま締め上げられる。

 だが、脳無は膝を付き、動きは止まったままだった。

 

「……? どうした、脳無」

 

 反応もなく、沈黙したままの脳無。

 相間が右腕を引き戻し、三度距離を取ると、その右手には何か握られていた。

 まだ鼓動するソレ。大きさは普通の人間のものよりもその巨体に合わせて数倍は大きい。繋がる太い管からは赤黒い液体が零れ落ちていて、

 

「心臓――!?」

 

 握り潰した。

 然したる脳無と言えども、心臓を抜き取られれば暫くは動きを止めるらしい。超再生のお陰でまた動き出すだろうが、それでも。

 

「一撃目で真正面からの衝突は無意味だと悟った? それとも俺の言葉を聞いて理解して殴るという動作を避けたのか? どっちにしろこんな僅かな時間で取れる戦い方じゃない。お前、つくづく化物だな」

 

 再生の完了した脳無が立ち上がる。

 一瞬後には横に倒れ込んでいた。

 

「チッ……!」

 

 駆け抜けた相間が片腕に持つのは脳無の片足。

 脚を千切られた脳無はバランスを崩しただけなのだ。

 

「脳無! ソイツに遠距離の攻撃手段はない! 合わせて殴り飛ばせ!」

 

 言葉通り、次に相間が飛び出すとほぼ間を置かずに壁に激突する音が響いた。

 土埃が晴れた先、壁に埋まっているのはやはり相間。だがその腕には黒い腕が二つ握られていて、反撃とばかりに脳無の両腕を奪っていったようだった。

 破砕音は小さい。状態を見るに殴られたのは脇腹のようだが、どちらかというダメージは内部にいったらしい。

 それでも尚相間は止まらない。変わらぬ笑みのまま、脳無の腕を投げ捨て、身体を壁から引き抜く。

 消える。

 

『コォ……ル……』

 

 次に相間の姿を視認できた時には、脳無の顔は真後ろを向いていた。脚の回復も終わってない今の脳無は、ただ俯せに倒れ込むしかない。

 そしてそれを放っておく相間でもなかった。

 

『AAAaaaAAaaAAAAu,GAAAAaAAaaaaAAAAu!!』

 

 跳躍。胸部を踏み潰して着地。背中側に向いた嘴のような脳無の口を蹴り抜いて折り、再生中だった腕を肩を踏み抜くことで再び壊す。

 藻掻く動きに反応したのか、相間は今度は脚の方に視線を移す。片脚は健在。回復の優先度でもあるのか、もう片方の脚は再生の途中で心臓を潰されたため、膝の辺りで再生が止まってしまっている。

 肩と同じように脚も踏み抜いて、相間は脳無の上からようやく降りた。

 早くも胸部の再生は終わり、腕も半分近くが再生している脳無もまた化物染みているが、相間も相間でその猟奇的で残虐な戦い方はおよそ人とは思えない。

 ただただ、怖い。

 最早自分のものなのか脳無のものなのかも分からない血に汚れ、変わらず嗤い続ける彼の姿は、目の前にいる敵の誰よりも、緑谷や峰田を恐怖させるには十分すぎる程に強烈に映った。

 

「んだよ先生……聞いてないぞ。こんなガキが居るなんて、聞いてないぞ、先生!」

 

 苛立ちを隠さない死柄木。

 

「ああクソ……ッ、脳無がこれじゃあ引き上げるしかない。ここからさらにプロヒーローが集まるんじゃ、その余裕さえ無くなる。黒霧、すぐにワープゲートを繋げ」

「賢明な判断です、死柄木弔」

「――まあそう簡単に逃がしはしないか」

 

 迫る相間。見据える敵。

 相間が次に標的と見做したのは、二人の敵、特に死柄木と呼ばれた敵の方だった。

 拳を握り、腕を振りかぶり、殴る姿勢。

 対する死柄木の反応は短い。

 

「黒霧!」

 

 傍らのもう一方の敵の名を呼ぶ。

 それだけで意図は通じたのか、はたまた最初からそうするつもりだったのかは不明だが、その敵の動きは迅速だった。

 

「失礼。貴方は地面でも殴っているといい」

『――AAAuaaa!』

「おっと危ない危ない」

 

 死柄木に拳が届く直前、彼とその拳の間に黒い靄敵の個性と思われる靄が展開された。

 そして、もう一箇所。全く関係のない場所で破砕音が轟いた。

 すぐに転移系の個性だと気付いた相間だが、引き抜くことはしない。それよりも速く蹴りを放つ。

 だがこれも黒靄の個性でスカされた。

 流石に片腕片脚を飛ばされた状態は不利だと悟ったのか、転移され地面を貫いていた腕に力を込めて無理矢理離脱。

 

「お前だけでも壊しとくか」

 

 その先に、黒靄から飛び出る一本の腕。

 死柄木が黒靄敵の個性で片腕だけを転移させて相間に追撃を仕掛けたのだ。

 広げられる五指。着地時の衝撃による一瞬の動きの停滞。敵の個性。

 選んだのは、防御。

 顔面狙いのそれを間に腕を挟み込んで防ぐ。腕は掴まれたが、それは向こうの隙に繋がる。

 

「――あ?」

「なに……?」

 

 敵側はなにやら困惑しているが、知ったことではない。

 掴む手を腕を捻ることで離し、逆に手首を掴み返す。そのまま引っ張る。単純な力勝負では、相間に軍配が上がる。

 上半身が靄から出てきた所で、もう片方の腕を振りかぶる。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「チッ……脳無!」

 

 横からの衝撃。と同時に同じ方向へわざと吹き飛び、その衝撃を緩和する。

 完全には消しきれず、着地後に再度跳躍。二度目の着地も何メートルも滑ってようやく止まる。

 どうやらあの間に脳無は最低限の再生は終えていたのか、相間の意識から脳無が外れていたあの瞬間を狙っていたらしい。もっとも、相間はそれを察知できていたのか、だからこその先の不自然な攻撃のキャンセルなのだろう。

 そして脳無もまた、追撃のチャンスを逃さない。

 相間が止まるよりも先に動き出し、その拳を握り締め、追撃。

 また吹き飛ばされる相間もその腕を引き千切ってはいたが、今度は脳無はその程度で止まらない。

 追い縋り、もう片方の腕を振りかぶる。

 相間もまたそれは見えていたのか、着地による完全な失速よりも先に、前に飛び出す。

 

『クルアアアアアッ!!』

『AAAuAAaaaaaAAuGAAAaaaaa――――!』

 

 そして。

 激突の直前。

 もはや遥か遠くに感じれる程の距離、施設入口。

 真なるヒーロー。

 

「もう大丈夫――」

 

 扉を吹き飛ばし、いつもの笑顔さえ浮かべずに立つその姿は。

 

「――私が来た!」

「待ってたよヒーロー……社会のゴミめ!」

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

「嫌な予感がしてね……校長のお話を振り切りやって来たよ。来る途中で飯田少年とすれ違って、何が起きているかあらましを聞いた」

 

 ネクタイを引き千切り、圧倒的な威圧感を敵達に与えながら歩みを進める。

 恐怖、そしてそれが拭われたことによる安堵により涙を浮かべる生徒達、背中側のコスチュームは無残に破れ倒れ伏す13号に、眼下に広がる敵の集団。そして、他と違う存在感を放つ三人の敵と仲間達。

 

「もう大丈夫――私が来た!」

 

 オールマイト。

 笑みすら忘れ、彼はそこに立っていた。

 施設内をぐるりと一瞥する。どうやら視界に映る中に生徒達は殆どいないようだ。精々が三人の敵の近くにいる程度。その中には、蛙吹と思われる女生徒を背負う緑谷の姿もあった。

 入口から飛び降り――

 

「相澤君、すまない」

 

 まだ残っていた有象無象の敵達の意識を刈り取りながら、気絶し押さえつけられていた相澤を抱える。

 目にもともらぬ速さ。

 オールマイトの強さを間接的にしか知らない敵達にとって、それは反応できる速度などではなかった。

 次に彼が見据えるのは、水難ゾーンから続く水場に残る緑谷、蛙吹、峰田の三人と、その近くに佇む手だらけの敵と黒い靄を放つ敵。

 

「ッ!」

 

 威圧感は一瞬。

 次の瞬間には、三人を抱え敵から距離を取っている。

 

「皆入口へ。相澤君を頼んだ。意識がない、早く!」

「え? え!? あれ!? 速え……!」

「っ、オールマイト!」

「なんだい緑谷しょうね……ッ!?」

 

 衝撃。

 頭部を狙った一撃。咄嗟に腕で防がなければ、相応のダメージは免れなかっただろう。彼の体躯を考慮しても数メートル滑らせた威力だ。侮れない。

 だが、今の一撃は誰から?

 視線の先。そこに立つのは、

 

「相間少年……か?」

『AaaaaGAAAAaaa……」

 

 オールマイトが疑問形になるのも仕方ない。

 確かに今の相間はオールマイトの記憶にある彼の姿と記号としては一致している。袴ベースのコスチュームの下半身部分に、紅く走る模様。そしてなにより目立つ大きな角。ネックレスだと思われる装飾品には見覚えがないが、制服やコスチュームの下に着けているのかもしれない。

 ともかくとして、彼が相間であることには違いはない。

 だが、その雰囲気は記憶とはまるで違った。

 一番大きな理由は、やはりその表情だろう。

 嘲るように、愉しむように歪むその笑みは、プロヒーローとして相手してきた今までの敵と比べても遜色ない。

 そう。()()()()()()

 比較対象が敵という時点で、もう間違っているのではなかろうか。

 

『……GAAaAaaAAAAaaaaa!』

「くっ……緑谷少年達は早く相澤君を連れて離れるんだ!」

 

 いくら敵のようだとはいえ、生徒に手を挙げるなど言語道断。迫る相間の拳に対して、回避を選択。

 そう言えばと思い出す。入学時に提出される生徒の資料に、彼の個性に対する情報も載っていた筈だ。個性の暴走……否、()()()()()()()

 暴走時の止め方、又はその終了条件は……。

 そして何も、彼を狙わんとする存在は何も相間一人だけではない。

 

「なんでヒーロー同士でやり合ってんのか知らんが……チャンスだ、脳無。やれ」

『――――ッ!』

 

 黒の巨体が迫る。

 相間の拳を回避したこの体勢では身を捻ることもむ不可能。受けるしかない。

 体勢が不安定だった。吹き飛ばされる。思考も一旦中断。

 だが、狙うべき相手も決まった。

 

CAROLINA(カロライナ) SMASH(スマッシュ)!!」

 

 腕を交差させ、バツ印の衝撃。所謂クロスチョップ。

 脳無の後ろで水難ゾーンの水が吹き飛ぶ。

 しかし脳無本体には大したダメージにはなっていないのか、数瞬の硬直の後、オールマイトに掴み掛らんとする。

 身体を反らせることで躱すが、その隙を突くように相間からの蹴りが迫る。

 

「相間少年! 私は敵じゃないぞ!?」

『AaaaGAAAAaaaAAAaaaaAaaaa!』

 

 防いだところを防御の隙間を狙って逆の脚で追撃。 已む無く掴み、脳無とは反対方向に投げ飛ばす。力は弱めたが、綺麗に着地してみせた所を見るに、動きもやはりやけに洗練……というよりは()()()()()

 懲りない脳無に一発。

 

「『ショック吸収』さ。いくら殴っても脳無には効かない」

「その割には、動きが硬いんじゃないか!?」

「チッ……あのガキの攻撃が響いてんのか……?」

 

 さらに数発。

 

「脳無! ガキだ。そこのガキを先にやれ!」

 

 単純なタイマン勝負では先のように削り切れられる。ダメージ的にも、肉体的にも。

 だが、良くも悪くも今はオールマイトがいる。彼を狙っているこの状況なら、一撃を当てることはできるかもしれない。そして一撃さえ当てれたのならば、脳無のパワーは相間の物理的な耐久力を超える。化物染みた回復力は持っているものの、それは相間にとっても、そして生徒を守ろうとするオールマイトにとっても致命的な隙に繋がる。たとえ当てれずとも、生徒を狙うという行為そのものがオールマイトの動きを制限する。

 脳無は死柄木の指示通り、真っ直ぐに投げられた相間のもとに向かった。

 

「くっ、させない!」

「馬鹿かよ、余所見が過ぎるぜ?」

「敵め……!」

 

 接近した死柄木が手を伸ばしたが流石に打ち払われる。その隙に身を反転させ、オールマイトもまた脳無を向かえうとうと駆け出した。

 互いの到着点である相間はと言えば、

 

『AAAAaaaaGAAAAAaaa,AAAaaaaGAAAAAaaa……!』

 

 限界まで引き絞った右腕を、一気に突き出す。掌を押し出すように撃たれたその一撃は、反動で相間自身が少し押し出される程。

 パキパキと、破砕音を右腕から発しながら放たれたその衝撃は、オールマイトと脳無の両方を吹き飛ばす。

 なんとか着地したオールマイトに対し、脳無は膝から崩れ落ちる。

 突然の勝機。

 

「っ――DETROIT SMASH!!」

 

 これを逃す手はない。急接近し、アッパー気味に打ち込む。

 しかし、先程告げられた『ショック吸収』の所為か、浮かす程の攻撃にならない。

 歯噛みすると同時、脇を通り抜け、脳無に迫る影が一つ。

 相間だ。

 

『AaaaaaAaaaAAua!!』

 

 先と同じように腕を引き絞った姿。だが先と違うのは、それが両手であるということ。

 放つ。

 相応の反動があるのか、相間の両腕から何かが砕かれるような、引き裂くような音がしたような気がするが、当の本人は変わらず愉悦の眼差しで此方を見遣るのみ。

 その一撃ですら脳無を浮かすことは叶わなかった。だが確かに、その動きは止まった。

 ならば、

 

「ショック吸収だって? ならば私は、更に上から捻じ伏せよう……!」

 

 一撃。

 芯を捉えた。

 二撃。

 動きの視点となる肩や比較的衝撃が通りやすいであろう脇腹を狙う。

 三撃。

 顔面も含め、反撃を許さない程のラッシュ。

 四撃、五撃、六撃……攻撃の手を緩めるなんてことはしない。

 

「敵よ、こんな言葉を知ってるか!?」

 

 更に向こうへ。

 

「PLUS ULTRA!!」

 

 最後の一撃が、個性と体力の限界を迎えた脳無を吹き飛ばす。余波で相間が吹き飛ばされていたので、後で謝らなくては。

 施設の天井を突き破り、雲を突き抜け、遥か彼方へと飛んでいく脳無。

 

「チートがぁ……!」

 

 ああ、まさしくチートだ。

 相性不利の個性を相手に、いくら相間の一撃があったとはいえ、力押ししたのだから。

 その見てくれの割には然程の危機にはならなかった(戦況を見れば、十分脅威ではあったが)脳無と呼ばれていた敵もいなくなり、今ここに居るのは敵二人にオールマイト。そして未だに目的が見えないどっちつかずの相間。その相間も、今のオールマイトのラッシュに気圧されたか、様子見のようにじっとこちらを見据えるのみ。その表情からは、いつの間にか笑みが消えていた。

 

「撤退です死柄木弔。私達だけではオールマイト一人の相手すら難しい」

「分かってるよ黒霧……クソッ! 何もかもが想定外だ! ふざけやがって……」

「そう簡単に逃げられると思ったのかい!?」

 

 黒霧と呼ばれた敵がその靄を拡大させる。会話から察するに、どこかに移動する気なのだろう。

 だが、これだけの騒動を引き起こした中心人物と思われる二人を逃がす訳にはいかない。

 

「おいおい……俺らばっかにかまけてちゃ駄目だろ」

『AaaaaaGAAAAa!』

「ぐう……ッ!」

 

 完全に不意を打たれた。相間から意識を切り離した瞬間を狙われたのだ。

 

「待つんだ相間少年! さっきのことは謝る、謝るから!」

「じゃあな、平和の象徴――今度は殺す」

 

 そして今回の事件の首謀者達は闇へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、今回の騒動はもう少しだけ続く。

 

「そんなに怒らなくたっていいだろう!? 謝るから! 謝るからまずは攻撃しないでほしいなあ!」

『AAAAaAAAAaAAaAaaaa……!』

 

 いまだ暴走状態にある相間と何故か彼に狙われるオールマイト。

 的確に人体の急所や防御の隙を狙う相間に対し、オールマイトは手を挙げるわけにもいかず、やむを得ず掴んで投げてしまうことは数度あれど回避し続ける他ない。

 必死に会話を試みるも、呻くような声が返ってくるのみ。

 

(何故だ!? 何故相間少年は私をこうも執拗に狙う!?)

 

 何か因縁や気に入らない事でもあったのかと思うが、残念ながらそんな記憶はない。

 他の教師陣がここに到着すれば状況は動くだろう。今はただ、彼の攻撃を避け続けるしかない。

 

「俺が相手になってやるよ、クソ敵が!」

「離れろ爆豪!」

「俺に命令してんじゃねえ!」

 

 オールマイトの脇を爆発と共に駆け抜ける人影と、反対側を走る氷。

 爆豪に、轟の個性だ。

 爆豪は躊躇なく相間に爆発を叩き付け、轟もまた、彼を拘束せんと足元から一気に氷で閉じ込める。爆豪も言葉に反して退がってきている。二人の容赦無い攻撃に冷や汗が落ちるが、二人共もしかすると、相間を相間と認識せずに敵と判断しているのか。

 二人に遅れるように切島少年が、別方向から緑谷が走り寄ってくるが見えた。

 

「爆豪少年に轟少年! いや、彼は敵じゃないぞ!?」

「アァ!? ……まさか、角野郎か!」

「角……相間、だったか?」

「そう! 正直手詰まりだったからね。君達の参戦は嬉しいんだが……っ!」

 

 二人の前に出る。

 直後に衝撃。正体は疎らに砕かれた氷塊。

 

「大丈夫ッスかオールマイト!?」

「平気平気! それより、早く皆の所に合流して他の先生方が来るのを待つんだ。ここは私に任せなさい!」

「うるせえよオールマイト……俺らが来た時点でアイツとアンタは殴り合ってた。でもアンタじゃアイツを殴れない。そういう奴だろ、アンタは。なら俺がぶっ殺す」

「こ、殺しちゃ駄目だって!」

「クソデクは黙ってろ! 殺さない程度にぶっ殺すだけだ!」

 

 爆発。加速。接近。そして、着弾。

 黒煙が相間と爆豪を覆い隠し、二人の状況が分からなくなる。

 

『AAAuaGAAAaGAAaAAAAua!』

「ぐっ……!?」

 

 だがそれも数秒。黒煙の中から吹き飛ばされるのは相間ではなく爆豪の方。

 ゆっくりと、煙を裂くようにして相間が現れる。

 オールマイトの目から見ても爆豪の一手は的確だった。煙による目眩ましも含め、今の攻撃に反応できるのは中々いないだろう。

 しかし結果として爆豪は押し敗けている。

 それが意味することは、

 

(野郎、あの状況で()()()()()()……気付いてたのか?)

 

 ちらりと新しくやって来た顔ぶれを見渡す相間。

 爆豪、轟、緑谷、切島を順に見遣り……そして視線を外す。

 

「ッ!!」

 

 四人の中でその意味に気付いたのは爆豪だけであった。

 故に、飛び出すのもまた、彼一人。

 

(俺を木端(モブ)と認識しやがった)

 

 彼には分かる。あの視線は品定めする視線だと。

 彼には分かる。視線を外したのは、コイツらじゃ敵足り得ない、という意味であると。

 彼には分かる。足りない、つまりは力不足……弱い、と認識したのだと。

 

「死ねッ! クソ角があ!」

 

 跳び、上空から接近。手を翳し、爆発を起こそうとする。

 その腕を掴まれ一歩踏み込まれた。

 逆の腕を挟み込み、掌を向けると同時に爆破。

 構わず鳩尾を殴られた。

 

「ぐぉ……っ」

 

 息が詰まる。

 だが止まる訳にはいかない。

 殴られると同時に離された腕を捻り、爆発。加速と微調整を経て地面に這うように着地。視線が向く前に攻撃を仕掛ける。

 

『……』

「ッ! チッ!」

 

 急遽変更。すぐにその場を離れる。

 浮いた瞬間、つい先程まで身体が存在していた場所が踏み抜かれ、少し陥没。罅が入る。その足で地面を蹴り抜き砂礫が爆豪の全身を叩いた。

 咄嗟に防御したものの、吹き飛ばされる。

 

「少し凍っとけ!」

 

 爆豪が離されたのを見て、轟の氷が迫る。

 しかし相間はその氷結をつまらなそうに一瞥すると、

 

『AaGAAAAa!』

 

 右足を先と同じように地面に叩き付け、その衝撃だけで氷を砕いて止めてみせた。

 その表情に、笑みはない。

 

『……』

 

 しかし動きは止まらない。

 拳を構えつつ、轟に急接近。

 

「させねえ!」

「駄目だ切島少年!」

 

 間に切島が入り込み、個性を発動させて腕を重ねることでその拳を受け止めようとする。

 その威力を知っているオールマイトは切島の前に出ようとするが、もう遅い。

 だが、オールマイトが想像したような結果にはならなかった。

 

『AaaaaaAAAaaaaAuaaaa……』

「おわっ!? 爆豪!?」

「クソッ、見えてやがったか……!」

 

 響いたのは爆発音。

 拳が当たる直前、それを開き切島の腕をそのまま掴み、復帰した爆豪の攻撃を防ぐ盾としたのだ。

 無論相間とて目は二つしかなく、後方から仕掛けた爆豪の姿を視認していた訳ではない。

 そのカラクリを現段階で把握できる程、四人にはまだ経験が足りなかった。オールマイトとて、推測はできても確証はない。

 それはあまりにも非現実的過ぎるが故に。

 

「超パワーに超スピード。傷を巻き戻すかのような再生力に、驚異的な反応速度……まず間違いなく個性なんだろうけど、どれもこれもが桁違いだ……!」

 

 どうにか分析しようとする緑谷だが、情報が足りない。

 

「っ。ごめん、相間君!」

『……GAaaaaaAaaa』

 

 爆豪が離れ、切島が投げ飛ばされたその空白。思考を止め、彼をこれ以上動かさない為に自分から打って出る。

 一瞬、相間の口角が上がった。

 腕を引き、拳を放とうとする緑谷に合わせ自身も腕を引き、

 

「――SMASH!」

『AaaaAAuaAAAAaaaa!』

 

 激突する。

 互いに拳をぶつけ合い、その衝撃波だけで突風が巻き起こる程。

 緑谷は我武者羅だっとというのに初めて腕を壊さずに拳を打てたこと、相間は面白そうな奴が四人の中にもいたこと、それぞれが喜びを抱きながらの衝突であった。

 だが、残念ながら状況は変わらない。

 

「マジか、相間君……っ!」

 

 無傷。

 多少引き離さされてはいるものの、依然として相間はそこに立っていた。

 

『……AAAuaaGAAAuaGAAaAAAAa』

 

 相間が大きく距離を離す。

 そして息を大きく吸い込み――

 

『――GUUUOOOOAAAAAAAA!!』

 

 咆哮。

 それは強制的に呼び起こされる恐怖。本能的な畏れ。

 

「うぐ……っ」

「クソが……ッ!」

「この叫び声は……っ!?」

 

 動けない。

 その声は恐怖によって身体を縛るもの。

 その声は恐怖によって意思を砕くもの。

 その声は恐怖によって死を想起させるもの。

 幸いだったのは、ここが雄英高校であり、相手がヒーロー科に所属している生徒とプロヒーローである教師であったことだろう。

 何故ならば。

 ――その咆哮(鬼の咆哮)は本来、死を選ばせるものであるからだ。

 意思力の問題ではある。気の持ちようや精神状態によっては抵抗できるものではある。だが凡そ一般人であるならば、その声を聞いた時点で死を選ぶ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と。そう思わせる程の力を、今の咆哮は持っている。

 彼が暴走した時の、一回目の咆哮とは込められた力の密度が違う。

 そんな声を相間は、新参の三人が邪魔だからと、つまりは露払いとして使った。

 

『AAAAA――――GU!?』

 

 突如、その咆哮が苦悶の声と共に止められる。

 喉元を押さえ、振り向く先は施設の入口方面。

 一瞬、相間の視線が微かに揺れ動いた。

 

『AAuaAa!』

 

 左右の手が虚空を掴み、右腕で顔面を覆う。

 投げ捨てられたのは銃弾。そして口でも銃弾を止めていたらしく、吐き出すようにして銃弾が地面に転がった。

 

「来てくれたか……!」

 

 その銃弾の正体は、雄英の教師の一人、スナイプが撃った銃弾である。

 状況証拠的に彼が敵だと誤認されてしまうのは仕方ないとは言え、一発撃たれた時点で場所を突き止め、二発目以降に対応するその反応速度は最早人の域を超えているようにすら思える。

 視線の先、並び立つは雄英の教師陣。その数は十人以上。

 

「1-Aクラス委員長飯田天哉! ただいま戻りました!!」

 

 飯田は状況を伝え、教師陣を連れてきてくれた。

 もう敵の主犯格は逃亡済みだが、生徒の安否確認もある上に、残った敵も多い。しかし事態はすぐに解決に向かうだろう。

 そして、それに満足しない、する筈のない存在が一人。

 

『――AaAua!』

 

 相間。

 彼の目標はただ一人。

 オールマイト。

 彼の行動理念、基準は酷く単純だ。それを邪魔するものを排除しようとはするものの、根幹は変わっていない。それこそ、暴走を始めてから、一切。

 相間も雄英教師陣が揃ったことで状況がどう動くかは分かってしまったのだろう。だからこそ、制止の声も、迫る銃弾も、迎え撃とうとする生徒四人も、何もかもを無視して。

 構える。

 

「……そんなに私に挑むと言うのなら、仲間達すら邪険にすると言うのなら、一発だけ相手してあげよう」

『GAAAAAA!』

「――DETROIT SMASH!」




 本来なら脳無にはもう少し苦戦させる予定だったんですがねえ……

 書きたいこと書いてたらUSJ編が後日談抜きに前後編で終わったし、Ⅲに分けようとすると切りどころ分かんないしで全部詰め込めました。
 主に深夜と徹夜のテンションなのでクオリティは気にしてはいけない。
 やけに強くなったな主人公。

 主人公の個性詳細についてはもう少し先。多分次話の後日談くらいで。
 んー……しかし思ったより問題児になったなコイツ。
 ・助けに来たオールマイトに喧嘩を売る
 ・挙句邪魔をして敵二人を逃す
 ……暴走とはいえ、マジで何やってんだ主人公。
 ちなみに何の邪魔もない状態で脳無とタイマンした場合、どちらが先に体力尽きるかの泥仕合になりますし、オールマイトとタイマンした場合はストレートに主人公が負けます。緑谷には暴走してなくてもまだ勝てる。
 勿論、平時主人公<<<<<(越えられない壁)<<<<<暴走主人公です。単純な出力以外でも平時の状態では(それこそ暴走しないぎりぎりまで出力を上げた状態でも)暴走状態には及びません。
 友人曰く、「狂化スキルみたいなもんでしょ」とのこと。あながち間違いではない。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ほーら過去の君から負債が飛んできたよ主人公~。


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USJ編Ⅲ

 改めて見返してみれば丸々一話分主人公がマトモに言葉を発さないってマジ?

 ということでUSJ編後日談。アニメで言う所の丁度一期分ですかね。
 長かった(投稿ペース的な意味で)
 世の爆速投稿者さん達は何を糧にそんなに書いてるの……?

 それではどうぞ。


 すぐにコレは夢だと分かった。

 周囲は紅蓮に包まれ、視覚聴覚嗅覚の全てがその役割を全うできていない。

 悲鳴。熱。煙。そして、炎。

 もう見慣れてしまったたった一度の光景。何度も魘され、そして嘆いた過去の記憶。

 ただ――何かが違う。

 

『熱いよぅ……』

『大丈夫、大丈夫だから……』

 

 灼熱の中を進む二人の幼い男女。俺は彼らを後ろから見ていた。

 飽きる程に見覚えのある角に、今でも忘れられない苦しむ彼女の声。

 ああ、やはり、同じだ。

 俺はコレが夢だと認識している。明晰夢、なんてものもあるが、既に結末を知ってしまった以上、変えられないと思っているからこそ内容を書き換えるなんてことは俺にはできない。

 視線の先、二人の進行方向で炎に包まれた何かが崩れ落ちてきた。もうこれではここは進めない。道を変えるしかない。

 そんな悠長にできる時間なんて有りはしないのに。

 

『こっち……』

『……うん』

 

 角が少しずつ肥大化していく。こんな状況だ。自衛のための出力強化は無意識だった。

 いや違う。そんなところに注目する必要はない。こんなことは前から分かり切っていたことなんだ。

 何がおかしい?

 逃げ惑う幼い影に、迫る炎。崩れ去る床に壁に天井。逃げ道はどんどん失われていく。

 だから、やがて身動きがとれなくなってしまうのは必然だっただろう。

 

『どうしよう……』

『……』

『……? どうしたの?』

『――あきくん』

 

 握られた手に力が込められる。

 彼女の目には、強い覚悟が見て取れたのを覚えている。当時は分からなかったが、今ならあの眼差しの意味が分かる。

 アレは……自らの犠牲を覚悟した者の眼なんだ。

 

『ね? 約束』

『?』

『君はヒーローになって。世界で一番強くて格好いい、そんな、最高のヒーローに』

 

 これは呪いだ。約束なんて飾った言葉じゃ生温い。

 俺に刻まれた呪い。俺の行く道を決めた原点。

 

『だから――』

 

 この苦しみの中儚げに微笑んだ彼女の手を振り払う。

 論理的な思考があった訳ではない。ただ彼女の個性とその発動条件、そして続けられるであろう言葉が無意識下で組み合わさって、手を握ったままじゃ駄目だと頭のどこかが告げていたんだ。

 手加減なんて考える余裕はなかったし、それが分かる年齢でもなかった。相応に出力が増大していた俺の個性の力で振り払ったと言うのに、彼女の表情に苦悶の表情は浮かばなかった。

 

『……だめだ。だめだよ。まだ助からないと決まった訳じゃない。逃げられない訳じゃない。そんな言葉は聞きたくない!』

『うん。まだ助かるかも。逃げられるかも。でも……君一人なら、ね』

『ッ』

 

 事実である。

 俺に炎熱の苦しみはない。床が崩れて下の階に落ちようが、天井が崩れて下敷きになろうが、痛みや怪我は避けられないかもしれないが死に至ることはない。

 そんなことは自分が分かっていたし、彼女もまた分かっていた筈だ。

 

『あき君だけなら逃げれる。わたしが逃がしてあげられる。だから、逃げて』

『……いやだ』

『君だけでも、逃げて』

『いやだ!』

『――あき君だけでも、逃げて!』

『いやだ……っ!?』

 

 気が付けば顔は目と鼻の先。

 間近に迫る彼女の顔に驚いている間に、動く唇が何を告げようとしていたのかも分からないままに――

 

『あ、ああ、あああああああああああ!?』

 

 俺の身体は、そこからいなくなっていた。

 

 ――そんな光景を、俺は端から見ていた。

 

 何度も見た光景だ。何度も魘された悪夢だ。何度も後悔した苦悩した自責した記憶だ。何度も。何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。どれだけ回数を重ねても、時間が経っても風化することも褪せることもなく俺を縛り続けるものだ。

 独り残った少女が、ようやく涙を流す。

 それは恐怖か、安堵か。苦しみか、喜びか。

 その涙の真意は分からない。俺はもう、そこにはいないのだから。

 そう――()()()()()()()()()()()()

 

「……悪趣味な奴だ」

 

 本能的にここから逃げ出したいと、終わらせてしまいたいと叫ぶ心を無理矢理沈め、周囲を見渡す。

 そうだ。まず前提として、これは俺の夢である。

 脳は未だに謎の多い人体のブラックボックスだが、夢に関する一つの通説として、記憶の整理だというものがある。だから夢には知人や見知った場所が出てくるし、組み合わさった結果見たこともない風景が広がることもある訳だが、少なくとも俺はこの光景を知っている。知っているし、覚えている。

 知っているからこそ、俺はこの光景を否定できる。

 周囲は熱の無い炎のみ。ならば突くべきは――

 

「お前しかいないよなァ?」

 

 ――涙を流す少女しかいない。

 

『――案外あっさりバレるもんだねえ」

 

 今の今まで泣き顔を見せていた少女の顔は消え去り、喜悦に邪悪に歪む【誰か】の顔がそこにはあった。

 俺はこの光景を覚えているが、俺はこれを覚えていない。

 俺はこの夢を知っているが、俺はこれを知らない。

 俺は……目の前の少女が涙を流していた姿なんて、見たことはない。

 

「誰かは知らねえが随分とまあ好き勝手やってくれるじゃねえか。人の夢にまで潜り込むとはな」

「知らないなんて酷いなあ。あんたと私は一心同体。我はいつだってお前と共にいたし、オレはいつだってここにいたというのに。……まあ、こうして現出するのはまだ二回目かな?」

「一人称くらい統一したらどうなんだ。面倒な」

「なんせ()()()()存在なもので」

 

 何が面白いのか、【誰か】はきししと笑う。対照的に俺の表情は冷めきっていく訳だが。

 くるくると踊るように俺の周囲でステップを踏むソイツに手を伸ばすが、ひらりと避けられてしまう。まあ別に真剣に捕まえようとは思っていない。

 

「何故こんなものを見せた? 今みたいにバレる可能性があるのなら最初から何も見せなければ良かっただろう。真っ暗闇でいい」

「君の弱点、一番揺さぶるに適したものがこれだっただけさ。これしきで折れるのならそれまで。妾がお前さんを食らうだけ。強がるのならそれまで。時間をかけてゆっくりと弱るのを待つとするよ」

「……結果は?」

 

 嫌な顔を隠しもせずに訊くと、【誰か】はその笑顔を一層歪めて、

 

「気に入った! もう少しあんたに付き合ってやるさ。だからどうかアタシを飽きさせないでおくれ?――我が宿主様?」

「――お前は……」

 

 何なんだ、と。

 そう訊ねる前に視界がブレた。

 世界が外側から崩れていくような感覚。思わずしゃがみこむが、どうにも足場も曖昧としていて妙な浮遊感が消えない。

 それでも変わらず【誰か】は嗤っていて。

 

 そこで意識が途切れた。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 

 目を覚ませば、薬品の匂いに白い天井。清潔感を演出するベッドやカーテン、それに窓から見える風景と合わせてここが学校の保健室の一室だと推測する。

 この学校の保健室は別に一つじゃない。ヒーロー科なんてものがあるくらいだ。大小問わず何かと怪我の絶えない場所であるが故、保健室と呼ばれる部屋は複数存在する。リカバリーガールが主に作業する部屋は決まっているが、怪我の度合いや種類によって部屋を分けたりするとかしないとか。

 まあ大抵の傷はリカバリーガールの個性で大体治ってしまうので、複数存在する意義はあまり無いように思えるが。昔の名残か何かだろう。

 

「目は覚めたかい?」

「……?」

 

 どこかからか声が。

 

「こっちだよ、こっち」

 

 こっち、と言われて何となしに窓に向けてた視線を反対側、つまりは扉側に向ける。

 一瞬誰もいないように思えたが、視界の隅でちょこちょこ動くものが見えたので視線を下げると、白い鼠が。

 

「校長先生?」

「YES! 鼠なのか犬なのか熊なのか。かくしてその正体は――校長さ!」

 

 いかんいかん。白い鼠は流石に失礼過ぎるな、うん。間違ってはないと思うけど。

 来客用の椅子の上で自己紹介する根津校長だが、いまいち表情から何を考えているかは読み取れない。というか残念ながら人間以外の顔の表情を読み取れる程俺は動物に精通していない。

 

「私の毛並みが美しいのは分かるけど、あまりそう熱心に見つめないでおくれよ。どうにも本能的に逃げ出したくなってしまうのさ」

「そんなこと言われましても」

 

 俺の眼つきってそんなに悪いか?

 

「まあ世間話はこのくらいにして。目覚めてすぐで悪いけど、君と話さないといけないことがあるのさ」

「……俺の個性、より正確には、暴走について、ですね?」

「話が早くてなによりなのさ」

 

 俺の個性には所謂『暴走』が存在する。理性の消失に記憶の欠落、まあおおよそ暴走と言って差し支えない状態になっている……らしい。

 と言うのも記憶の欠落ともあるように、俺にはその間の記憶が無いからだ。かつて一度だけ暴走した時にそう説明された。

 暴走の条件は個性の使用。この鬼の個性は異形型個性、言い換えれば常時個性を発動しているようなものなので、多分だが何もしなくてもいつかは俺は暴走する。今回のUSJの件も含めて二度しか暴走していない以上確かなことは言えないのだが。

 俺が個性の出力を伍式や拾式と言って段階的に分けてる理由もここにある。数字が大きくなる=出力が大きくなれば暴走へのタイムリミットが早まるって訳だ。因みに、玖以上は暴走前提の出力、程度に調整している。体力テストの時は一瞬だったから数度は拾式まで上げたが。

 逆に暴走しないためにはどうするか。これは俺が普段から飲んでる酒が関係してくる。どういう原理かは不明だが、酒を飲むとその分暴走までの限界が延びるのだ。ただアルコールを摂取するだけでは駄目だったし、効果も日本酒が一番高いことが今の所判明している程度。要はワインや最悪料理酒でもある程度の効果は見込めるが、本当にその場凌ぎ程度だってことだ。

 推測としては、【日本酒を飲む】という行為そのものに何か理由があるのではないかと睨んでいるが……結局は推測。現状これが最善である以上、妙なことはしない方が良いだろう。

 

「君はどこまでの記憶があるんだい?」

「どこまで……」

 

 記憶を掘り返す。

 飛び出したのは覚えている。手だらけの不気味な敵と相対していたことも。

 この次だ。

 

「黒い巨体の敵に殴り飛ばされ……相澤先生。そうだ、相澤先生は!?」

 

 その時の違和感も思い出す。

 そうだ。あの時相澤先生が視界に入らなかったんだ。マークしていた筈の手だらけ敵も黒靄の敵も黒い敵も、警戒していた筈なのに行動できてしまっていた。

 俺にも注意を払っていたからだろうか。敵側が動けたことの原因の一旦は俺にあるだろう。心配するのはお門違いかもしれないが……

 

「心配はいらないよ。命に別状はないのさ」

「そうですか……」

 

 ……命に別状()、ね。

 根津先生が隠すのならわざわざ追及はすまい。俺のことを気遣ってくれてのことだろうからな。

 

「では、ええ、はい。俺の記憶は黒い敵に殴り飛ばされた辺りで止まっています」

「うんうん。まあ聞いていた通り、推測通りなのさ」

「あの場に俺や相澤先生以外の誰かが?」

「緑谷出久君、蛙吹梅雨君、峰田実君の三人なのさ。詳しい話は当人達に聞くんだね」

 

 あの三人が……?

 手だらけ敵の言うことには生徒達をバラバラにしたみたいな事を言っていたような気がするし、そこからあの中央広場に戻って来ていたのだろうか? まあ、その辺はどうでもいいか。

 訊いてはいなかったが、校長はその後のことの説明を始めてくれた。

 

「暴走後君は敵達と相対。黒い巨体の敵――脳無と交戦。途中オールマイトがUSJに到着し彼が敵達と戦闘に入ったが君はオールマイトとも交戦を始めたのさ。その後脳無は撃破したものの主犯と思われる他二人の敵は逃走。君はそのままオールマイトと敵対していたけど、最終的に彼の一撃で気絶。そして今に至るって訳さ――凡そ客観的にはこんなところさ」

「オールマイトと交戦……? 俺はそんな無謀なことを?」

「私はそう聞いているよ。その真意は君も誰も分からないけどね」

 

 俺にも記憶が無い以上、本当にこれ以上のことはもう闇の中だ。

 ん? 何か頭にチラついたような。

 ……まあいいか。

 

「となると俺から話せることは何も。入学時に提出した書類に書いてある以上のことは俺も親も知らないです」

「んー……やっぱりそうなんだね。我々としてはこれからも暴走の可能性を考慮して、また新しい情報が得られればと思っていたんだけどね。でも元より期待していた訳じゃないのさ。気にする必要はないよ」

「……わざわざそれを考えないといけないってことは、俺の暴走は教師か生徒か。何かしら危険があるってことなんですね?」

「……オールマイト先生との交戦は君からの積極的攻撃行動だったと聞いているのさ。それが彼以外には向かないと限らない以上、考慮しなければならない」

「そうですよね」

 

 分かっている。分かっているとも。

 ……この個性は、決して『善』には分類されない。

 力に善悪は無い。振るう者こそ善悪で仕分けられる。今回の騒動の折、13号先生も言っていたではないか。

 闘争を求める個性。破壊しか、破滅しか残さない個性。誰かの為ではなく自らの為に振るわれる個性――暴力。

 

「何で、俺の個性は、こんな……」

 

 思わず、漏れ出た言葉。

 根津校長は口を開きはしなかった。否、開かないでいてくれた。

 

「……俺の処罰はどうなるんですか?」

「処罰?」

「話を聞く限り、主犯格の敵二人の逃走を許してしまったのは俺がオールマイトの邪魔をしてしまったからというのもあるでしょう。流石に何もありませんとはいかないでしょう」

 

 俺はそう言うが、根津校長、つまりはこの学校内でトップの権力を持つ方は何か迷っているようだった。それは俺への処罰の内容についてではなく、そも処罰が必要かという迷いのようで。

 はっきりしない態度に、首を傾げる。

 

「うーん……確かにそういう見方もあるんだけどね……」

「他に何か?」

「オールマイト先生曰く、君が居ても居なくても、敵の逃走は防げなかっただろうとのことさ」

 

 それは、どういう?

 逆側に首を傾げる。

 

「脳無との交戦中敵の一人が呟いていたらしいんだけど、君の攻撃により、オールマイト先生が到着する頃には脳無は相当に弱っていたらしいのさ」

 

 それでも十分な脅威ではあったけどね、と校長は続ける。

 

「『ショック吸収』に超パワー、聞いた所によると『超再生』もあったそうじゃないか。複数の個性持ち……彼の見立てでは、もし脳無がフルパワーだった場合、敵の逃走を防ぐ余裕があったかは怪しいと言っていたのさ」

「そこまで言われると逆に、俺が弱らせることに成功していたというのがむしろ怪しいのでは……?」

「所詮は推測の域を出ないけどね。それでもナンバーワンヒーローとして戦い続けているヒーローの言葉さ。強ち間違っていないと思うのさ」

 

 本当にぃ~?

 いやふざけてる場合ではないのだが。

 そもそも性質や状態的に『暴走』と便宜的に呼んでいるだけであり、決して強化とは限らないんだよな、アレ。それを知るには圧倒的に回数が少ないし、試そうにも危険すぎる。話を聞く限りじゃ一応普段より強くなっている……ぽい。

 まあ個性の使用や出力増加の果ての暴走なので、多分強くはなっているのだろうとは思っていた。

 

「学校側の見解としては、罰を与える必要はないだろうとの判断さ。そもそも敵の侵入を許した学校側の責任問題な訳だしね。それでも君自身が気にするのなら暫く校内清掃等ボランティア活動でもしてもらおうかな?」

「……それでいいのなら」

「冗談なのさ!」

 

 所詮は個人感情の問題なので学校側がそう言うのならこれ以上は何も言うまい。

 

「さて、リカバリーガールから目を覚ませば帰宅してもいいとの許可は出ているのさ。取り敢えずは今日はもうお帰り」

「分かりました」

 

 それじゃあね! と根津校長は小さな手を大きく振って部屋を出て行った。よく見れば明らか校長専用の小さな扉が出入口の下部にある。

 帰宅許可は出ていると言ったが、一度教室に戻る必要はあるだろう。見た所荷物もここには無いようだし。

 気付けば外も茜色になってきていて、完全に陽が落ちてしまうまでそう時間も掛からないだろう。腹も減ったし、強くらいは自炊やめて適当に外食かコンビニで済ませるか。

 スキットルボトルの入ったポーチだけは置いてあったので、教室までの道中に飲んでおく。

 ……ん、まだ冷えてて美味い。

 

「何か、夢を……」

 

 目が覚める前、何か妙な夢を見ていた気がする。

 内容は何も思い出せない。何か引っかかるものはあるものの、気持ち悪くなるだけで手掛かりはない。

 唸りつつ、再度ボトルを傾ける。

 何か大事なものを見たような気が……。

 何故か、誰のとも分からぬ笑い声が脳裏に過った。

 

「ん? まだ誰か残ってたのか?」

 

 教室の扉を開くと人影が一つ。まだ夕陽が差しているので室内は決して暗くはないが、照明ぐらい点ければいいのに。

 

「って、耳郎か」

「あ、相間。起きたんだ」

 

 残っていた人影の正体はどうにも縁がある耳郎響香その人でした。

 携帯で音楽を聴いていたらしく、俺に気付くと耳からイヤホンを抜いていた。

 その視線から見て取れるのは……心配?

 

「何だ何だ。俺の事心配して待っててくれたのか? 愛い奴め」

「当たり前じゃん」

「……んあー」

 

 そう真っ直ぐ見詰められながら即答されると茶化した俺の方がどう反応すればいいのか分からなくなる。

 極まりが悪くてボリボリと頭を掻いた。 

 

「……大丈夫?」

 

 多分、その言葉にそれほど意味が込められている訳ではないだろう。

 彼女は暴走について知らない。あの場に居合わせた三人の中に耳郎という名前は挙げられていなかったから、多分知らないだろう。

 だから今の言葉は、今まで眠っていたからという意味以上に込められているものはない。

 それ以上に、余計なことを考える必要は無い。

 

「まあ、な。個性で傷は癒えるし、これといった後遺症も残っちゃいねえ。後日事情聴取はあるらしいけど、今日はもう帰っていいってさ」

「…………そ」

 

 妙な間があったが、短くいたく簡素な返事があった。

 なんだか会話が続かなくて、仕方が無いので荷物の整理を始める。耳郎は椅子の向きを変え、特に何を言うでもなく俺の方を見てるだけ。気まずい。

 ガサゴソと、無駄に音を立てつつ普段はしない程綺麗に教科書その他を纏めていると、

 

「……ま、相間がそう言うのならウチからは何も言わないし訊かない」

「何かあるなら気にしなくていいぞ?」

「じゃあ待たせた罰と待ってあげたお礼に何か甘いものでも」

「あ、そういう?」

 

 分かってる。耳郎は今何かについて遠慮した。それ以上は踏み込むべきじゃないと判断して引いてくれた。

 まず間違いなくわざわざ口にするのなら俺の暴走についてだと思っていたが、進んで話すようなことでもなし。引いてくれたのなら有難く乗るべきだろう。

 まあ冗談にしろ、別に何か奢るくらいは別にいい。元より外食でもしようかと思っていたんだ。大した差じゃない。

 既に帰路に着く準備は終わっている。荷物を持てば、耳郎の方も合わせて立ち上がる。

 

「分かった。疲れて自炊する気も起きんしな。なんなら飯ごと奢ってやろうじゃないか」

「お、ラッキー。んじゃ親に連絡しとこっかな。この時間ならまだ準備中か始めていないかだろうしーって、え? 自炊? 独り暮らし?」

「そうだぞ? 言ってなかったか?」

「初耳。じゃあ今度物色でもしに行ってやろうかな」

「残念だが、妙な期待はしないこったな」

 

 他愛もない話をしながら歩く帰り道。

 なんだか漸く、日常に戻ってきたのだという実感が沸いた。




 なお帰宅したらしたで学校から連絡のあった母親が家で寝ている模様。多分。

 ホントは最後の辺りもうちょっと耳郎が語ってたりもうちょっとイチャついてたりしたんですけど、『まだそんな時期じゃない! もうちょっと待て! 具体的には分からん!』と言って今みたいな多少サッパリした内容に。
 ということでこれで大方主人公の個性については出て来たかと。もうちょっと設定はあるんですが、それが明かされるのは大分後になりますかねえ……。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。 

 相間 或鬼(そうま あき)
個性 『鬼』
 身長 175~180辺りを想定。凡そ瀬呂や飯田君辺り。角含まず。
 細身だが筋肉質。創作あるある。かっこいいよりも綺麗という感想が先に出る容姿。ただし(※黙っていれば)が付く。所謂ギザ歯で笑うタイプのため、いい意味で粗野というイメージが追加される。結局は面が良い。プロ入りしたら年上にモテるんじゃないんですかね(適当)
 性格は陽気(ポケモン脳)。というか正確に当て嵌まるもの分からないからだれかおせーて。
 隠れ戦闘狂(バトルジャンキー)。詳細は個性の暴走についてのところで。
 好きなものはお酒。お酒に合うつまみや料理。
 幼少期、個性の制御がままならない時期に他の子に怪我をさせてしまい、以来他の親から大なり小なり敬遠される。さらにその後、ある事件に巻き込まれ当時数少ない仲の良かった友人を亡くす。いつも着けているペンダントトップの指輪は形見のようなもの。
 この時にヒーローを目指すことを決意する。しかし母親からは心配されている模様。
 父親については特に設定を考えていません。未亡人にしてもいいし、単身赴任でもいいし。片親にした方が何かと便利なんだろうかと考え中。
 母親の個性が個性なので家事スキル高し。休日お菓子とか作ってそう(数少ない砂藤要素。活かされることはないだろう)
・個性について
 『鬼』
 端的に言えば、『鬼の力を得る』となる。
 出力段階に応じて壱式から拾式まである。追加予定(強化)あり。段階分けはもともとこの個性には関係なく、特訓でできるようになっただけ。
 身体能力強化、感覚強化、耐久力強化、回復力強化と、自身の肉体を様々な方面で強化する個性。出力段階に応じて角が伸び、身体の紅い模様の範囲が広がる。最大時は全身。暴走時は額部分に眼のような模様が出来る。
 どこかで書いたような気もするけど、特化型の個性には一歩及ばないことが多い。パワーではオールマイトには負けるし、感覚(特に聴覚)では耳郎に負ける。物理耐久という点でいえば切島にも負けます。(刀剣や銃弾を通さないことはできるが、打ち勝つ訳ではない)まあ裏を返せば特化型と比べるくらいには強いんですが。
 ただこの耐久力、別に物理だけに向かない。言うなれば真・全門耐性。無効化ではないが、おおよそカット。だから感覚強化をしても、耳郎のように逆に突かれたりしない。されても耐える。
 そして回復力。彼の場合回復や再生とは厳密には違う。どこぞの怪異殺しと同じ、肉体を保つというもの。傷を癒すのではなく、戻すと言った方が近い。出力が高ければ高いほど瞬間的に回復するようになる。暴走時であれば瀕死の傷でも瞬時に治る。
・暴走について。
 カウントダウン方式。個性の使用(≒出力強化)に応じてカウントスピードが上がると考えて貰えれば。異形型のため常時カウントは進んでいる。酒を飲むという行為そのものがカウントを引き延ばす一番の方法。酒気があれば基本何でもいい。最悪料理酒でも。アルコールを含んだ錠剤などでは効果なし。
 幼少期に日に日に肥大化する角や拡大する模様に母親が悩んでいたところ、彼が手を伸ばしたのは料理用に置いてあったワインでした――的な過去話があったりなかったり。
 暴走時が最も個性の出力が大きい。つまりは彼の段階で言う所の現状の最強モードだと思ってもらえれば。しかもその実、力の最大値は或鬼自身に拠るので、まだまだ成長途中。
 デクがパワー型なので、こちらはテクニック型を想定。デクの全力スマッシュくらいなら受け流せるんじゃないんですかね。デラウェアはどうだろう。
 暴走時の行動基準は【強者との闘争】。この為、本人の自覚していないところで戦闘狂のケがある。闘うことそのものも好き。
 要は暴走とは【――――】の一部現出のこと。彼の者は強きもの、美しきものを好む。故に強者を求める。
 或鬼が戦闘中の動き方を知っているのも、個性が酒を求めるのも、【――――】という存在が為。
 この個性について最初に言いましたよね?

 予想以上に長くなりました。まだ明かしていない部分は多少ありますが、何かこの時点で書き加えることができるものが発覚次第更新します。
 Q 長い。十文字以内で。
 A 東方projectの鬼(英語部分は音数で)






 鬼とは、奪い、犯し、壊すものである。
 気に入ったものは力尽くで簒奪する。気の向くままに凌辱し、逆らう者、気に入らないものを破壊する。
 悪なる者の代名詞にして、強き者の象徴である。
 だが同時に、彼らは常に『倒される者』である。
 彼の鬼は望む。自分を倒す英傑が現れることを。彼の鬼は望む。いつかその日が訪れることを。
 だからそれまで――酒でも呑んで気を紛らわせるとしよう。
 【――――】――そう呼ばれていたこともあったか。
 なに、肴には困らない。必死になって英雄たらんと走り続ける存在がそこにいる。楽しもうではないか。その生き様を。愉しもうではないか。自分に抗う様を。
 嗚呼、またいつか。またいつか、話してみたいものだ。


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体育祭編Ⅰ

 よし更新。

 USJも終わり、体育祭の始まりです。
 単純な身体能力が化物な主人公の順位や調整考えるの途中であきらめたのでそんなもんなんだと思って読み進めてください。

 それではどうぞ。


 雄英体育祭というものがある。

 それについては観客かプロか俺達のような卵か、どの視点で語るかで言葉は変わるが……まあ俺達にとってそれは最大の『チャンス』である。

 個性社会になった現在、かつてオリンピックと言われていたスポーツの祭典がほぼ日本限定に縮小、規模も雄英生徒のみになったとはいえ、全国全世界が熱狂したソレに代わるのが雄英体育祭だ。

 だから観客目線で語るのならこれは規模がデカい『お祭り』だ。

 では何故、俺らにとっては『チャンス』なのか。

 それはこの体育祭、プロヒーローも観戦しているからだ。

 勿論ただの観戦目的ではない。成績や個性、競技を通しての動きなどを見て自らの事務所にスカウトするためである。つまり、端的に言えばプロへの道のりがぐっと縮まるって訳だ。

 だからプロヒーロー目線から言えばこの雄英体育祭は……市場、とでも言えばいいのだろうか。

 と言ってもUSJ事件の記憶も新しい。生徒からも不安の声があったが、逆に開催することで雄英の危機管理体制は万全であると示すつもりなのだとか。警備も今までの五倍に強化されるとも言ってたな。

 まあ気兼ねなく参加できるってならいいことだ。俺らが気を揉んだってしょうがないだろう。

 なんだかお茶子が麗らかじゃなくなったり、敵情視察に来たらしき他科の生徒に爆豪が喧嘩売ったりととかもあったなあ。最早懐かしく感じるぜ。たった二週間前の話なんだがな。

 

「あーあ、やっぱコスチューム着たかったなあ」

「公平を期すため、着用不可なんだよ」

 

 A組に振り分けられた控室。各々軽くストレッチをしたり、座ってリラックスを図ろうとしている。

 今回A組……というよりヒーロー科は自分のコスチュームの着用は禁止されている。まあただでさえヒーロー科メインみたいな側面がある体育祭だ。経営科はともかくとして、普通科との実力差を埋めるための処置としてそうなるのは仕方ないだろう。ちなみにシューズはいいらしい。装備とかさえ外すのなら。

 勿論、俺みたいな個性上必要不可欠という理由での持ち込みなんかは申請して認められれば許可が出る。青山なんかもその類らしい。

 

「ねえねえ、今年の種目何だと思う?」

「まあオーソドックスに競走系とかじゃねえの? チーム戦なんかもあると面白いかもな」

 

 そんなことを耳郎と話していると、入場の時間が近付いたのか、飯田が控室に入って皆を呼びに来た。

 その時だった。

 

「緑谷」

「轟くん……?」

 

 彼が動いたのは。

 

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」

「えっ?……う、うん……」

「けどお前、オールマイトに目ぇかけられてるよな」

「っ!」

 

 ……剣呑な雰囲気だなあ。

 

「別にそこ詮索するつもりはねえが――お前には勝つぞ」

 

 それは間違いなく、誰が聞いても、緑谷への宣戦布告であった。

 あまりの空気に切島が宥めようと声を掛けるも、轟は取り付く島もなく跳ね除ける。

 

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかは分かんないけど……」

 

 言いたいことはそれだけなのか轟は出入口へと向かっていたが、緑谷も黙ってはいなかった。

 

「そりゃ、君の方が上だよ……実力なんて大半の人に敵わないと思う。客観的に見ても……」

「緑谷も、そーゆーネガティブな事言わねえ方が……」

「でも……! 皆、他の彼の人も本気でトップを狙ってるんだ。遅れを取る訳にはいかないんだ」

 

「僕も本気で、獲りに行く!」

 

「…………おう」

 

 随分と弱気だなと思ったが、全然そんなことはなかった。むしろ今この瞬間、誰よりも勝利に貪欲になっていた。

 ふふ、ふふふ。いいねえ、それでこそ俺も滾るというものだ。景気づけにもう一口。

 他の奴等の空気が一気に緊張する。楽しむという思考が一時的に消失し、これは勝負事であるという意識が皆の中に駆け巡る。

 いい緊張感だ。

 一早くその空気から脱した飯田が入場準備の声をあげるまで、俺らは動けずに、もしくは動かずにいた。

 

 

 

 

『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!』

 

 実況役にでもなっているのか、バカでかいプレゼントマイクの声が会場に響き渡る。

 

『どうせアレだろこいつらだろ!? 敵の襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星! ヒーロー科、1年A組だろおおおお!?』

 

 入場する俺達に、無数の光と視線が突き刺さる。それはカメラのフラッシュであり、昼間にも拘わらず眩しく咲く花火であり、燦々と照り付ける太陽である。

 いくら規模が小さくなったといえどそれでもかつてのオリンピックに代わる日本の一大イベント。観客席は見る限り満員で、しかも外にも、他学年にもまだ人がいることを考えると、やはり雄英ってのは相当なビッグネームなんだと再認識させられる。

 

「わああ……ひひひ人が、すんごい……」

「おいおい、今から緊張してちゃワケないぜ。普段通りでいいのさ」

「僕はまだ相間くん程の境地には達していないかあ……」

 

 控室での威勢はどこへやら。すっかりガチガチの緑谷であった。

 A組の入場に続いてB組の紹介、そのまま普通科、サポート科、経営科の紹介と入場が続く。

 整列が終わり、生徒の前に立つのは18禁ヒーローことミッドナイト。高校にいていいのかという常闇の疑問は峰田が肯定して解決した。解決したのかコレ?

 

『選手宣誓! 選手代表、1-A爆豪勝己!』

 

 まあ入試成績一位らしいしな。順当だろう。中身はともかく。

 普通科は嫌味ったらしくヒーロー科の入試であるとわざわざ教えてくれたが、この学校が単なる学力テストに科ごとに難易度を変えてくるとは思えない。そりゃ多少は差はあれど、それは内容であり難易度ではないだろう。実技があるとはいえ、ヒーロー科のテストがそれを加味されたのかと言われると多分違うだろうよ。ここはそういう所だ。

 だから緑谷、別に気にする必要はないんだぜい。にはは。

 まあこうやってヘイト集めてる大きな要因が今前に立つ爆豪にあるんだけどな。

 

『せんせー』

 

 ポケットに手を突っ込んだまま、彼は気兼ねすることもなく。

 

『俺が一位になる』

「絶対やると思った!」

 

 言いきりやがった。

 巻き起こるブーイングの嵐に対しても、寧ろ踏み台になれと煽る始末。

 まあどうあれ、そう宣言した以上後には引けねえなあ。

 

「爆豪の奴、あいつの所為でウチらまで顰蹙を買うんだけど……」

「かっはっは! ンなこと気にしたって仕方ねえさ。それに、敵対視されてンのは前からだ。今更今更」

「だからって前以上にヘイト集める理由にはならんでしょ」

 

 それもそうだけどな。

 

『さーて、それじゃあ早速第一種目に行きましょう』

「雄英って何でも早速だね」

『所謂予選よ! 毎年ここで多くの者が涙を呑むわ(ティアドリンク)! さて運命の第一種目! 今年は――コレ!!』

 

 効果音と共に表示される種目名は……

 

「障害物競走……!」

『計11クラス全員参加のレースよ。コースはこのスタジアムの外周約四㎞! 我が校は自由さが売り文句! コースを守れば何をしたって構わないわ! さあさあ、位置につきまくりなさい!』

 

 鞭によって示された先にあるのは、見るからにスタート位置ですと知らせるような退場門に、明らかにカウントしますと言っている照明。

 ぞろぞろと移動するが、皆競走と言うだけあって前に前に詰めている。俺は少し下がって空間的に余裕のある所にしたが、まあ耳郎含め大体のクラスメイトとははぐれたよね。別に仲良しこよしで走る気はないが、角が目立つのかやけに視線を感じる。主に悪感情で。

 カウントが一つ進む。

 次はいつ飲む余裕があるか分からない。ペース配分もアドリブじゃないといけないし、今のうちに酒を飲んでおこう。

 カウントが二つ進む。

 ポーチに仕舞う。慣れた動作だ。こういうの、ルーティーンって言うのだろうか。アレも良し悪しなんだろうけど。

 カウントが、終わる。

 まずは様子見で、

 

「狂襲・参式」

『スタート!!』

 

 駆け出す。

 スタートゲートは酷く狭い。というよりは人数に見合ってない。誰もが我先にと押し合い圧し合いしてm詰まりに詰まりまくっている。

 ()()()()

 軽く助走をつけての跳躍。一息に飛び越えるため。だから敢えて下がった。こんな風になるのは目に見えてたからな。助走の邪魔になる。

 ……ん? 冷気?

 

「ッ! なァるほどなァ……!」

 

 空中ジャンプの方向を予定より変更。横向きにし、壁を蹴っていこう。

 そう思い体勢を整えると同時、世界が凍り付いた。

 まあ考えてみれば当然だ。アイツ、轟の個性なら、初手で足止めとして場を凍らせるなんてやらない方がおかしい。

 凍り付いた壁面を、氷を踏み砕いて滑らないようにし、再度跳躍。反対側の壁でも同様。つまるところの壁ジャンプだな。方向が上ではなく前なだけだ。

 

「うっわ某配管工みてえな奴がいる」

「どっちかってっとアレじゃね? バッタ」

「……お前の所為でGの存在を思い出したじゃねえか」

 

 おい聞こえてるぞ人を節足動物扱いしやがって。

 ゲートを超えると同時、今の凍結の邪魔立ての結果が分かった。

 見たことのあるA組連中はそれなりに突破できているようだ。他科も思ったよりは動けてる。同じヒーロー科の中だと、下がった分若干俺は遅れているようだ。急がなくては。

 壁がなくなり、やむを得ず地上に降りてからもなるべく空中に居ることを意識する。人、邪魔だし。地面、凍ってるし。速度は落ちるが凍った地面走るよりかは安定的なスピードになるだろう。

 着地の時は踏み砕いておこう。

 あ、視線の先で峰田が見覚えのあるロボットに殴り飛ばされた。

 あれは、入試の時の仮想敵か。成程、第一関門はこれか。

 

『さあ、いきなり障害物だ! まずは手始め……第一関門、ロボ・インフェルノ!』

 

 さらにその先には0P敵が所狭しと配置されている。邪魔くせえ。

 先頭集団の動きが止まるが、それも一瞬。俺が追い付く頃には轟が特大の氷結で道を作って突破していた。

 ぐらりと傾く機体。どうやらタイミングを見計らって凍らせたらしく、付いていくように通ろうとした連中の妨害にもなるらしい。今しがた倒れた。

 

『すげえな! 一抜けだ! アレだな、もうなんか……ズリィな!』

『合理的かつ戦略的行動だ』

『流石は推薦入学者!』

 

 負けてらんねェなァ……ッ!

 爆豪や瀬呂、常闇のように立体機動に優れる個性持ちの奴は頭上を飛び越えていくつもりらしい。飛んでる姿が。

 ふむ、これは酷く個人的な都合なんだが。

 

「狂襲・捌式――穿て、天閃!」

 

 皆の遥か頭上を越え、さらに一体の0P仮想敵の頭部に着地する。こいつなら、良い感じに倒れた時に邪魔になるだろう。

 頭上の俺を認識したのか、振り落とそうと腕や頭を我武者羅に振り回すが、既に足を突き立て固定済みだ。

 角が伸びる。身体の紅い模様が拡がる。腕を引き絞り、限界以上の力と残像すら残す程の速度で以て撃ち出される一撃。

 反動で体が浮く。右腕が壊れ、断裂音や骨折の感覚が激痛として返ってくる。

 だが、それもものの数秒で甲高い破砕音と共に治る。

 捌式は俺の個性出力に当て嵌めるなら、暴走しない程度の限界だ。もしもの際、俺はこのレベルを基準として強敵かどうか、勝てるかどうかの判断をする。

 そして今の攻撃は何だろう。一番分かり易いのは中国武術の発勁と言うのが動きとしては近いのかもしれない。寸勁とも言うかもな。ネーミングについては母親に言え。名付けるつもりはないのに、あたかも技のように名付けたから、別に拘ってる訳でもなし。そう呼んでるだけ。

 自身の治癒力にかまけた一撃は、あまりにも鈍く響き渡る轟音となって仮想敵の頭部を文字通り粉砕した。

 制御中枢を失った巨体は、この攻撃の運動に流されるまま倒れていく、即ち――轟の妨害でただでさえ道を塞いでいる仮想敵のさらにその上に。

 連動するように、ドミノのように何体かも巻き込んだのも勿論計算済みである。思ったより少なかったけど。

 

『は? オイオイオイ! 今の何だよ!? 綺麗に頭だけぶっ壊していきやがった! トップには多少遅れているが、相間の奴、殺意高え!』

『衝撃を頭部にだけ集中させたんだ。どこかの試験会場の時みたいに相手全体に力を通した訳じゃないから、ああいう風に機体の一部だけが壊れる』

『高度な技使うねえ! ホントに高校生かよ!』

『……ま、一朝一夕でできるものではないのは確かだな』

 

 え、そうなの?

 これをするようにというかできるようになった経緯はと言えば、何か出来る気がした、の一言に尽きるのだが……。

 ……細かいことは気にしない! ほら、あくまで『っぽい』だけでそれそのものじゃないから!

 出力を元に戻し、倒した仮想敵の上に着地してから再度跳躍。先頭集団に早いとこ追い付くか、せめて距離を縮めないとな。

 右腕の感覚は、もう元に戻っていた。

 後ろからは非難と呆然の声がちらほらと届いてくるが、無視だ無視。

 

「次は……ンだコレ。綱渡り?」

『オイオイ第一関門チョロいってよ! んじゃ第二関門はどうさ!? 落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! ザ・フォール!!』

 

 点々と存在する足場に、それら同士を繋ぐ一本のロープ。下は暗闇が蟠り、落ちればどうなるかこっからでは分からない。流石に怪我防止のためのマットなりなんなりを用意しているとは思うが、それも見えない程の高さ。奈落。恐怖を煽るには十分だろう。コースアウト扱いにもなるかもな。

 後続も次々と突破してきている。八百万や切島等、それなりの人数が追い縋ってきている。

 先頭も、轟はロープを凍らせ滑るようにして止まることなく突破、爆豪に限っては空中を飛んでロープガン無視だ。

 俺も爆豪と似たようにして超えるつもりだが、なんどか着地を挟まないといけない以上それなりの減速にはなるだろう。

 スタート地点からゴールまでの凡その足場と着地のタイミングを予め決めておこう。

 えー……そこ、そこ、あそこ。んであの辺。着地はあの辺りと、一応そこでも挟んでおいて……よし。

 

「狂襲・肆式!」

 

 スピードを上げる為にも一段階出力を上げておく。

 そして跳躍。予定していた位置に着地して、助走をつけて再度跳躍。飛距離を稼ぎつつ、これを繰り返していく。

 中間を過ぎた辺りで轟がここを突破、爆豪もそれを追うように突破していくのが見えた。んー、最初のスタート地点で下がったのは悪手だったか?

 やけにテンションの高いサポート科の少女の声を聞きつつ、大した障害もなく俺は第二関門を越えたのだった。

 

『爆豪に隠れて目立ってねえけど、相間の空中機動も大概じゃね?』

『個性の応用ではなく単純な身体能力だけで実現しているからな。その点だけで言えばA組トップクラスだよ、アイツは』

『担任からのお墨付き! メズラスィー!』

 

 照れるぜ。

 さて、最終関門だ。先頭二人も目と鼻の先。まだ追い抜ける!

 

『最終関門、かくしてその実態は――一面地雷原! 怒りのアフガンだ! 地雷の位置はよく見りゃ分かる仕様になってんぞ! 目と脚酷使しろ!』

 

 成程。先頭程避ける地雷が多くなり不利になるって訳か。続くマイクの声によれば、音と光が派手なだけらしいし、タイムロスを考えなければ最悪強行突破も選択肢として入れるのもアリか。

 だがこのトラップだと爆豪の足止めにはならねえな。アイツは俺と違って着地する必要が無い。

 轟も目に見えてスピードが落ちてる。抜かれるのも時間の問題だろう。

 跳躍して一気に距離を詰めてもいいんだが……強行突破は最後の手段だ。

 

「微妙に盛り上がってるのと、若干土の色が違う……のは地面を埋め直したからか。ふむ……」

 

 ぱっと見渡した感じ、この程度なら……いけるな。

 よし。

 後ろも足音が近づいてきた。早いとこ抜けなきゃな。

 

「狂襲・陸式……っ」

 

 一歩目を強く踏み出し、低空飛行で駆け抜ける。いや飛んでは無いけど。

 距離は稼げないが、この高さなら着地のタイミングを任意で変えれる。地雷の場所も見える。ン、一度ここ。

 二歩目を踏み込み、再加速。

 三歩目は両手で着地し身体を回転させて調整。両足で踏み込み、更に加速を図る。

 

『相間の猛追! 先頭集団に追い抜いたー!』

「角野郎……ッ!」

「相間……!」

「悪いな、一足先に行かせてもらうぜ?」

 

 わざと地雷を踏み抜いて爆発。爆風で身体が煽られたが、体勢を崩すほどのことではなかった。

 しかし。

 

「俺の前を、行くんじゃねええええッ!!」

「くっ!」

 

 お互いの妨害を止めた二人がすぐに追いついてくる。爆豪は爆発による飛行で、轟は後続を無視して地面を凍らせて。

 追い縋ってきた爆轟の掌の叩き付けを腕を弾いて逸らす。

 轟の氷結を蹴り抜いて砕く。

 抜かれた。

 再加速で抜き返す。

 妨害を受け流す。

 掴みからの崩しで減速させる。

 

『一進一退の攻防が繰り広げられる先頭集団! なのにアイツら元が速くてそれでも他よりリードを保ってやがる!』

『A組連中の中でも総合的な能力に優れた奴等だ。だが……』

『何だ?――ってうおおおお!? 後方で大爆発!? 何だあの威力!?』

 

 あ?

 

『偶然か、故意か! A組緑谷、爆風で猛追……っつーか抜いたああああああー!!』

「緑谷!?」

 

 何があった、いや何をした!?

 緑谷が乗るようにして手にしているのは……仮想敵の装甲か! さらに今の大爆発、地雷が爆発したのだとしても一個分の威力を優に超えている。となると複数個一気に爆発させ、そうか。その爆風でここまで飛んできたって訳か!

 足の引っ張り合いは終わりだ。轟と爆豪がそうだったように、共通の敵が現れれば取り敢えずの休戦になる。抜き返せないと。

 丁度良く地雷の設置されていない場所を強く踏み込み、前に飛び出す。一瞬遅れて爆豪が加速、轟も駆け出した。

 緑谷自身は空中機動に関する個性ではないし、そんな使い方もしない。大きく飛んだはいいが、見るにもう自由落下に切り替わっている。

 ほぼ横並びの俺達が緑谷を追い抜く寸前。

 

「ッ! ごめん、相間くん!」

「あァ!? ってェ、うぼばばばばばばばばば!?」

 

 体勢を低くしていた俺ではなく、爆豪と轟の背を足場に緑谷が俺の眼の前の地面を再度叩きつける。地雷をわざと爆発させ、一気にこの最終関門を通過した。

 んでもって、この妨害の一番の被害を受けたのは他ならぬ俺であった。

 そりゃあ目の前で爆発されたら溜まったもんじゃない。体勢が崩れ、誘爆を繰り返し、運良くほぼ地雷原を抜けたものの、大きくタイムロスとなった。爆豪と轟も同じく巻き込まれていたが、アイツらは比較的早くリカバリーしていた。

 

「狂襲・漆式ッ!」

 

 もう第三関門は抜け、後はほぼ直線。整備された道(轟が凍らせてるけど)を如何に速く駆け抜け、会場に戻ってくるか。

 本当なら捌式まで出力を上げたいんだが、それはマズいと直感が告げている。こういう時は従っとかないと痛い目に遭う。多少は持つだろうが、その多少を信用できる程リスクは軽くない。

 だがそれを抜きにしても、単純な競走となるのなら、先頭の三人よりも俺の方に分があるという自信がある。

 駆ける。

 駆け抜ける。

 一歩分遅れてる。

 会場の明かりが見えてきた。

 まだ諦めねえ。

 まだ。

 まだ!

 

『雄英体育祭一年ステージ! 序盤の展開から、この結末を誰が予想出来た!?』

『無視か』

『今一番にスタジアムに還ってきたその男――』

 

『――緑谷出久の存在を!!』

 

 

 ……。

 …………。

 

「………………はあああああー」

 

 負けたなあ。最後まで緑谷は抜けなかった。

 二位は今映像で確認中らしいが、俺か爆豪か轟か。まあ誰がなってもおかしくはない接戦だっただろう。

 ……角の分俺の方が早かったりしねえかな。ダメか。

 最初のスタート地点の位置取りが既に失敗だった? いやでもあそこで下がってないと十分な距離跳べなかっただろう。もっと個性の出力を上げておくべきだった? それはあるかもなあ。各所で一段階上げておくだけでも多少の差は出たかも。ああでも、最後の直線勝負で出力上げきれなくなる可能性も出るか。

 緑谷の爆発に巻き込まれたのは違う。アレは偶然にしろなんにしろ、この障害物競走という種目においてなんら不思議ではない行動だ。巻き込まれる位置取りをしてた俺が悪いし、リカバリーが遅れたのも個人の問題。

 しかし応用性という点でやはり俺の個性は一歩劣るな。確かに戦闘時とかならそれなりに使えるだろうが、便利ではない。

 湧き上がる歓声の中、個性の出力を最低まで落としていく。角が縮み、模様も引いていく。

 ……あ、結果が出た。

 

『っつーことで大接戦だった二位から四位の発表だ! すげえぜ? 一位と二位の差でも一秒あるかないか、二位から四位の差なんてさらにそれ以下だ! んでもってー、気になる第二位は!』

 

『――相間或鬼!』

 

「よし、って、素直に喜べねェなァ……」

 

 何とか二位までは追い縋ったらしい。上々……と言っていいのだろうか。

 

『最終関門で大きなタイムロスを受けたが、持ち前の個性と身体能力で最後の直線で一気に追いついたな。ああなると相間の個性は大きく有利になる』

『あそこから二位まで上り詰めるなんてフィジカルお化けかよ! 因みに、結果に角部分は含まれておりません……続いて第三位!』

 

『――轟焦凍!』

 

「…………」

 

 特に反応はない。ちらりと見ても、どこか不機嫌そうに呼吸を整えているだけで、何がある訳でもなかった。

 

『序盤から一貫してトップを走り続けたのは間違いなくアイツの実力だ。今回は緑谷の奇策と相間の単純な身体能力とに遅れを取ったが、障害物の内容次第では結果は変わってたかもな』

『個性も、それを抜きにした素の身体能力もトップレベルって訳だ! 流石は推薦入学者! 次の戦いも見逃せねえな! そして、惜しくも第四位となったのは!』

 

『――爆豪勝己!』

 

「ク、ソ……があああああああああ!!」

 

 二位が俺と発表された瞬間からワナワナと震えていた爆豪が、ついに爆発した。

 声を上げ地面に拳を叩きつけるその姿からは、悔しさと、苛立たしさがひしひしと伝わってくる。

 

『爆発による立体機動で殆どの障害を無視して突き進んできたが、残りの二人が僅かに上回っていた訳だ。だが、最後のあの混戦の中、個性のコントロール手放さなかったのは認めるべき点だろう。飛ぶだけでも微細な調整が必要だからな』

『おいおいなんだかべた褒めじゃねイレイザーヘッド?』

『客観的に見て判断できることばかりだ。それに、改善点や指摘したいこともある』

『それは後に取っておけイレイザー! わざわざそんな盛り下がりそうなこと言わなくていいって!』

 

 お小言回避。

 大接戦だった俺達しか発表する気はないのか、続々と会場に戻ってくる五位以下の生徒達への言及はそれほどなかった。

 そして大体の生徒が戻ってきて、順位もはっきりした。ミッドナイトによる発表によれば、五位と六位にB組を挟み上位陣は軒並みA組が殆ど。B組の残りの面々は少し落ち着いた順位に集まっている。

 ……ん? 耳郎の方がB組の殆ど面子よりも上の順位?……んー。ま、いいか。

 別に見下してる訳じゃないが、耳郎自身の身体能力は然程高くは無い。だと言うのに、明らかに『肉体派です』みたいな見た目をしているというかそんな個性らしき犬みてえな奴より上だというのは少し不自然な気もするが、まあいい。

 上位42名が次の第二ステージに駒を進めることができるらしく、安堵する者、落ち込む者、様々な反応をする生徒の姿。

 普通科、サポート科を含めると軽く150を超える人数の内の約四分の一程度。多いのか少ないのかはともかく、相当に絞られてるな。

 飲む余裕がなかった酒を流し込む。美味い。ボトルが一本空になったので、今日持ってきた分の内残ってるのは六本。普段より少し多めに持ってきたんだぜい。

 予選通過者の発表が終わってすぐ、第二種目、本戦の種目内容が明かされた。

 

『第二種目は――コレよ!』

 

 そしてモニターに映し出される種目名は……『騎馬戦』

 個人競技じゃねえのに、と思ったが、説明されたルールによると、予選の順位で生徒にポイントを割り振り、組んだ騎馬での総合ポイントを奪い合うらしい。奪うのはハチマキだが。

 んで肝心のポイント。二位の俺で205、三位でも200とあったが……

 

『予選通過一位の緑谷出久くん! 持ち(ポイント)1000万!!』

 

 あほくさ。頭の悪いクイズ番組か何かか?

 だが、そうなると分かり易い。要は一位の、緑谷がいるチームのPの奪い合いだ。流石に一位だけが次の種目に進めるって訳ではないだろうが、それを取らない限り一位は有り得ない。

 どうせなら一位、獲ってみたいよなあ……!

 自然と上がる口角を隠すように、またスキットルボトルを傾けた。

 さて、誰と組むのが正解かねえ?




 ちょっと甘めな相澤せんせ。

 そりゃ身体能力強化がメインの個性なんだもん……ああやって露骨な妨害やこじ付けが無いと直線勝負で負ける訳ないんだよなあ……。
 というか現時点での爆豪の空中機動って第三種目時点で轟の走る速度とそれほど大差ないんですかね。緑谷が抜いた後殆ど同じくらいの位置でしたが。
 主人公はなんか飛蝗とか兎みたいな動きです。ぴょんぴょんしてる。なんでこいつ空中ジャンプできるの?

 砂藤不在と主人公の登場でどう辻褄合わせるか考え中。
 順位は主人公以下を一個繰り下げるからいいとして、騎馬のメンバーがなあ……。ちなみに主人公のチームはもう決まってます。というよりこれくらいしか思いつかなかった。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 技名は語感で決めました。


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体育祭編Ⅱ

 まあホント時間は作ろうと思えば作れる状況ですからね今……

 ということで体育祭編Ⅱ。騎馬戦編。騎馬戦だけだと思ったより文字数が少なかったので急遽昼休みとレクリエーションの部分も生やしました。
 といっても耳郎と主人公がイチャイチャしてるだけですが。

 それではどうぞ。


 第二種目、騎馬戦。

 予選通過者の中でチームを組み、その合計ポイントを時間一杯奪い合うというルール。ポイントはハチマキに表示され、そのハチマキを取り合う形になるらしい。

 一般的な騎馬の組み方だと四人組になる訳だが、予選通過者は42名。一部変則的な組み方になる奴らが出てくるのかな。

 さて。

 

「俺と組もう! な!?」

「私と組もうよー!」

 

 群がるな群がるな。ええい鬱陶しい。

 いや理解はできるんだ。予選2位通過な上に個性も分かり易い。汎用性という点で爆豪には劣るので生徒はある程度分かれているが、それでも多い。轟の方は既にプランがあるのか八百万や上鳴に声を掛けている。

 緑谷は……頑張ってもろて。

 うーん……いや俺は別に騎手だろうが騎馬だろうがどっちでもいいんだが、多分俺が騎手となった場合その出力の反動に耐えれるであろう奴があまり思い浮かばない。となると俺の膂力的にも騎馬になった方がなにかと便利なんだろうけど……うむむむむ……。

 ……よし。

 そして俺は目的の人物を呼び掛けた。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

『よォーし組み終わったな? 準備は良いかなんて聞かねえぞ!』

 

 チーム決めの制限時間が迫り、プレゼントマイクの声が会場内に響き渡る。

 結局、俺は騎手にはならなかった。俺の個性だと、十全に力を発揮するには人の上よりも地面の上の方がいい。なら誰と組むのが正解か。

 

『さあいくぜ! 残虐バトルロイヤル、カウントダウン!!』

 

 緑谷はここでは除外。面白そうではあるが、リスクがデカすぎる。パッと見た感じ麗日とサポート科の女子がいたので、バランス的にも俺は少々向かない。

 では俺の一個下で予選通過した轟か? これもノーだ。面子を見るに俺が入る余地はあったかもしれない。だがそのメンバーを決めた轟にとっては俺ではなくソイツが最適だと考えたのだろう。まあこと走るという一点においては俺は劣るだろうからな。

 では俺は誰と組んだのか。

 

『――START!』

 

 マイクのカウントダウンを引き継いだミッドナイトが開始を知らせる。

 こぞって緑谷のチームが持つ1000万のハチマキを狙う他の騎馬達に、少し離れた場所で静観する一部のB組連中。正確にはこれは観察、様子見……隙を伺っているというのが正しいか。

 今、皆から狙われる緑谷が上へと逃げた。見れば地面が不自然に揺れて、いや柔らかくなっているのか。飛び出そうとする騎手を抑え、機を伺う。今度は障子の組……成程、あの複製腕の中に騎手を隠してしまっているのか。乗っているのは峰田と蛙吹か。足場に峰田のもぎもぎが散らばっている。

 ふむ。

 

「ッ!」

「あっ……キャッチ頼んだぜ、瀬呂」

「任せとけ!」

 

 俺の、というより爆豪のチーム。

 騎手、爆豪 195P

 騎馬、俺  205P

    瀬呂 170P

    切島 165P

 の計735P。緑谷の1000万があるものの保有ポイントだけなら2位。このまま逃げの一手でも十分この種目を通過できる範囲だ。勿論場のポイントの移動次第なのであくまで狙えるだけだが。

 緑谷の騎馬である麗日が足の装着している機械から黒煙が出ている、つまりは故障ないし不具合が出たのを見計らってか、騎手である爆豪が自前の空中機動で飛び出した。

 それは隙にも繋がるからしっかりタイミングは狙えとは言ったんだがな。まあ好機と言えなくもないか。

 

「常闇くんっ!」

『アイヨー!』

「何だコイツ――……」

 

 爆豪の奇襲も直前で気付かれ、常闇の個性である影に阻まれた。

 失速し、落下を始める直前に瀬呂がテープを伸ばし捕捉。地面に着いてしまう前に騎馬の上に戻す。

 

『おおおおお!? 騎馬から離れたぞ!? いいのかアレ!?』

『テクニカルなのでオッケー! 地面に足着いてたらダメだったけど!』

 

 騎馬は崩れてもいいって話だから、騎手が落ちた状態での移動その他は禁止ってことなのかな。

 

「爆豪、右後方!」

「わぁってらァ!!」

 

 振り向かずに右手を向け爆発、それを目くらましに身体を捻り左手の爆発。組み直しの隙を狙ってきたらしきチームの攻撃を防ぐ。つーか耳郎だ。やほー。騎手は葉隠か。

 爆豪はあわよくばハチマキを狙っているかのような視線を向けるが、葉隠の額(だと思われる個所)にハチマキが無いのを確認すると興味を失ったように体勢を戻した。

 

「追え切島!」

「んな怒鳴らくても分かってるよ!」

「違う、爆豪、まだ来るぞ!」

 

 明確にこっちに向かってくる組が一つ。首元には複数のハチマキ。

 アイツはB組の……?

 

「単純なんだよ、A組」

「んだてめェコラ返せ殺すぞ!」

「オメーの注意散漫じゃアホ!」

「んだとクソ角!」

 

 やられた。爆豪の意識が緑谷を追いかけることだけに向いたその一瞬を狙われた。俺が無理矢理止めるべきだった? いや、それだと瀬呂や切島に被害が及ぶか。まあいい、取り返せば一緒!

 

「ミッドナイトが“第一種目”と言った時点で予選段階から極端に数を減らすとは考えにくいとは思わない?」

「あぁ?」

「だから凡その目安を仮定し――」

「長え! 行け爆豪!」

 

 俺の言葉の意味をそれだけで理解してくれたのか爆豪が先と同じように爆発で空中に飛び出し、何やらご高説垂れ流してるB組の金髪君に飛び掛かる。

 ハッ! 変身中に攻撃されないのは創作の中だけってな! 口を開く余裕があるのならとっとと距離を離せば良かったものを!

 

「おっと! 円場!」

「てっ! 壁!?」

「瀬呂、一旦戻せ!」

「了解!」

 

 残念、奇襲失敗!

 何かにぶつかるようにして失速した爆豪がそれ以上何かさえないようさっさと回収する。今のは何だ? 直前で円場と呼ばれた恐らく前騎手の奴が何かしたのは見えた。俺には息を吹き出していたように見えたが。さて実際の程はどうだか。

 

「全く、人が喋っているのに邪魔をするなんてね。やだやだ、こんな野蛮な人間がヒーローだなんて。これから蛮族とでも名乗ればいいんじゃないかい? これだから人参ぶら下げた馬みたいな単純思考しかできない人間は」

 

 ……ふうん?

 

「あ。あとついでに君、有名人だよね?」

 

 その場を殆ど動いていない俺らを狙ってきたのか、段々と組が集まって来ていた。今はハチマキを取られているから狙われないにしろ、人が集まればそれだけ動きにくい。とっとと取り返すなり一旦離脱するなりして距離を取りたい……が。

 

「『ヘドロ事件』の被害者! 今度参考に教えてよ。年に一度、敵に襲われる気持ちってのをさ」

 

 ぬお、爆豪が力んだのか不自然に揺れた。

 ヘドロ事件……去年の今頃にそんなニュースを見たような気がする。なんだっけか。果敢に抗った少年がどうの、オールマイトがどうの、みたいな。

 元々あまりそういうのに関心が無いせいか曖昧だが、オールマイトが出てた以上相応の規模になる。それで目に留まったのをうっすらと覚えているのかも。

 まあいい。ンなことはどうでもいい。

 いや、ただ煽られているだけってのは分かっている。頭では理解している。

 だがそれを差し置いても。

 

「……爆豪」

「わざわざ言わなくても元よりそのつもりだ……ッ!」

 

「叩き潰そうか」

「ぶっ殺そう!」

 

 一声かけ、俺を除く3人分の重量を一気に押し出して加速。少々力み過ぎたか予想以上の速度と反動で地面が少し割れたが、まあ問題は無いだろう。爆豪なら対応できるだろ。

 急接近に合わせて爆豪が爆発。見切られたのか辛うじて捌かれたが、体勢を崩すことには成功。畳みかける。

 二撃目はしっかり命中。しかし、煙が晴れた先、ダメージを受けた様子はなく……アレは、切島の硬化と同質の?

 

「また個性被り!?」

「お返し……だ!」

 

 向けられた手から爆発……こっちは爆豪と同じ?

 成程。

 

「――コピーか!」

「正解! まあ、馬鹿でも分かるよね」

 

 一瞬の間。そこに別の組が横槍を入れてきた。謎の白い粘着質の物質で俺らと金髪君組を分断する。しかしそれは一対一を狙ったのではなく、俺らから相手を逃がすためだったらしく……つまりはクラスぐるみで作戦を練っていたて訳だ。

 急いで追おうとするが、切島の足が先の白い物質に絡めとられて動けない。ふむ、これボンドか。切島に固められたボンドの中の足を硬化させ、ボンドごと踏み砕く。固まったせいでむしろ砕きやすい。

 

「一位だ……ただの一位じゃねえ。俺が取るのは完膚なきまでの一位だ……!!」

「もう一回急接近する。備えとけ……違うな。やるなら急襲。少し捻りを……」

 

 つまりは。

 

「行くぞお前ら! しっかり対応しろよ!」

「はあ……やれやれ。またさっきと同じ急加速か……ッ!?」

「死ねえええええ!!」

 

 俺の声はブラフ。本命は空中に飛び出した爆豪の方。

 どっちも先程見せた手。だが虚を突くことに成功したのか相手の動きが一瞬硬直する。

 

「円場!」

「同じ手を食らうかよ!」

 

 前騎馬の暫定円場少年がまた息を吹き出すように口をすぼめるが、同じ手をそのまま食らう程爆豪は甘くない。

 爆発による微調整で見えない壁を回避。回り込むようにして驚いたのか油断したのか、止まってしまっている金髪君のハチマキを二本奪取。

 そこで一度瀬呂が回収。今度は綺麗に着地。

 しかし、爆豪、今見えない壁をしっかりと避けやがった。しかも見た感じそこそこギリギリをだ。たった一度で凡その大きさを把握したというのだろうか。凄いな。

 

「まだだ! 完膚なきまでの一位なんだよ取るのは!」

「作戦!」

「俺単騎じゃ踏ん張りが効かねえ! 行け! 俺らのポイントも取り返して1000万に行く!」

「つまりは突撃ね! 任せろ!」

 

 それでは舌を噛むのにご注意くださいってなァ!

 出力を今までの参式から伍式まで引き上げる。ほんの少しの『溜め』行動。

 加速。

 

「ぬぼぉ」

「うばぁ」

「クッ!」

 

 予想以上の加速だったのか皆の顔が歪むがそれでも騎馬は崩さない辺り流石だ。

 ここまで出力を上げれば、下手に他の面子が手を出すよりも早い。爆発も、テープも、俺と比べればまだまだ遅い。

 そうだ。金髪君はまだ取り返されていない俺らのチームのハチマキを保持していれば、今のポイントや場の状況的にそれで予選は通過できる。だから逃げの一手を打つのは決して間違いなんかじゃない。

 ただ一つ、失敗があるとするならば。

 

『爆豪、容赦無し――!! やるなら徹底! 彼はアレだな、完璧主義だな!!』

 

 爆豪の一位への執念を見誤っていたことか。

 慌てたように生み出された見えない壁も俺のスピードと爆豪自身の爆発で上からぶち壊しながら残りのハチマキも奪い返した。

 残り時間も一分を切る。

 

「次! デクと轟んとこだ!!」

 

 二人のチームがどこにいるかなど周りを見れば一目瞭然。氷の壁で覆われたステージの一角。その壁の向こうにいるのだろう。

 時間もない。止まる余裕なんてない。

 確かこの騎馬戦、騎馬が崩れても失格ではないと言っていたな……。

 

「瀬呂、切島、少し騎馬頼んだ!」

「え? あ、おい!?」

「狂襲・陸式――!」

 

 手を離し、一度俺だけが単騎になる。そうして俺が腰を落とした時点で三人は何をしようとしているのか凡その見当はついたのか、一度頷くと、俺を置いて先に氷の方へと向かっていった。なに、すぐ追い()()

 飛び出す。

 目測三歩。一歩目は更なる加速、二歩目と三歩目で体勢を整えて――!

 

『一人飛び出した相間、何かと思えば、跳び蹴りで轟の壁を蹴り砕いたー!!』

 

 あ、なんか巻き込まれてた奴等をさらに巻き込んじまった。余波で吹き飛ばされてら。ごめんねー!

 轟音と共に崩れ落ちていく氷塊。これもこれで邪魔だな。

 

「穿て、天閃!」

 

 腕を引き絞った自傷有りの一撃で、辺りの氷塊も全て吹き飛ばす。一部内側に居た緑谷と轟チームの方にも飛んで行ったのか、ただでさえ俺の力押しの登場に動きが止まっていたというのに、流れ弾の対処をせざるを得なくなってしまった。

 だが、一瞬だが戦況は見えた。緑谷チームが轟チームを追う形……緑谷は本来逃げ切ればいいという状況である以上、この構図が意味するのは轟チームが1000万を()ったということ。ならば向かうべきは轟の方!

 少しバックして追って来ていた自分達のチームと合流する。

 だが、俺が騎馬に戻ろうとするよりも先に声が掛かる。

 

「俺を蹴り飛ばせ、角野郎!」

「ッ、応!」

 

 片脚を挙げる。

 爆豪がそこに乗る。

 一瞬だけ重みを感じたが、脚が下がるよりも先に身体を回し、上げた脚を、そこに乗せた爆豪を轟の方に蹴り飛ばす。

 咄嗟に轟の方に向かわせたが、まあ意図は通じてるだろ。

 途中で爆発による更なる加速。

 残り十秒はもう切っている。

 迫る緑谷と爆豪に一瞬だけ対処の順番の判断を迷った轟。それを逃す爆豪ではない。

 避けられてしまい一本だけだがハチマキを轟から奪取……順位は動いていない! そっちじゃない!

 何か言う前に既に爆豪は動き出している。完膚なきまでの一位と言っていたし、元より両方取るつもりだったのだろうか。

 しかし緑谷もそこに加わり――

 

『TIME UP!!』

 

 ――時間切れだ。

 力が抜けたのか地面に落下した爆豪のもとに駆け寄る。

 周囲、特に騎手組は皆悔しそうに顔を歪めている。緑谷はともかく、轟は何故悔しそうなのだろうか。1000万は死守したというのに。

 

『早速上位4チーム見てみよか!』

 

 そして発表される順位は、一位は1000万を守り切った轟チーム、二位は俺ら爆豪チーム、三位がまさかの普通科が騎手である心操チーム、四位が土壇場でハチマキを掠め取っていたらしき緑谷チーム。

 なんとか通過したとはいえ、この結果に満足していない爆豪はたいそう悔しそうだが、まあ最後は運が無かったとしか言いようが無いだろう。ポイントも見えないようにしていたし、咄嗟に取れただけでも上々だろうよ。

 まあ、そうは言っても納得するようなタマじゃないか。

 競技中は手が塞がってて飲めなかった酒を一気に呷る。かーっ、うめえ。

 

『以上の四組が、最終種目に進出だああ――!』

 

 この後は一時間程の昼休憩を挟み、脱落者も参加できる進出者は自由参加のレクリエーション競技を経て最終種目……例年通りなら、何かしらの形での純粋な勝負が始まる。

 ふむ、まあまずは腹拵えかね。

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 

 緑谷を探して会場内を歩き回る。

 一旦会場を出る時緑谷の姿が見えなかったので、まあ探すついでに一緒に昼飯でも誘うかと思いつつ麗日や飯田に席の確保を頼んで俺はこうして探し回っている訳だが。

 さあて、どこだ?

 

「ん、よう爆豪」

「チッ、少し黙ってろ」

「えぇ……」

 

 何、さっきまでは一緒に戦った仲じゃないか。急に冷たいなあ。

 なんだどうしたと近寄ってみれば、外に繋がる通路から二人分の別の声が。

 この声は……緑谷と轟?

 

「盗み聞きは感心しないぜ?」

「うるせえ」

 

 こういう時何故かこっちも小声になるよね。

 元より緑谷に用事があったのだし、俺はここで待つとしますかね。まあ二人が声を抑えてない以上内容が聞こえてきちゃうけど、致し方ないよネ。

 

『親父は極めて上昇志向の強い奴だ。ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが……それだけに、生ける伝説であるオールマイトが目障りで仕方なかったらしい――』

『何の話だよ、轟君……僕に、何を――』

『――そんな屑の道具にはならねえ……記憶の中の母はいつも泣いている――』

 

 あ、待って。予想以上に重い身の上話で正直ビビってる。これは確かに下手に動けなくなるわ爆豪。大体お前の状況が分かった。

 轟の話で聞こえてきた個性婚。今でこそ大分減ったが、それでも無くなったわけではない社会問題。アイツはそうやって自分達を道具扱いする父親――エンデヴァーを見返すために緑谷に突っかかっているという。

 緑谷はオールマイトに目を掛けられている、らしい。俺はあまり感じないが、まあ言われてみれば確かに……? といった印象。だが何にせよ、緑谷とオールマイトの個性が似ているのは事実。だから緑谷に右の冷却の個性だけで越えることで、疑似的にでもエンデヴァーを見返したいらしい。

 爆豪と二人、神妙な表情になる。

 んー……昼飯に誘う空気でもなくなっちまったな。足音が遠のいていくし、声の距離的に轟は立ち去ったのだろうが、なんだか声を掛け辛い。

 しょうがない。

 

「あー……一緒に昼飯どうよ?」

「……チッ。勝手に食ってろ」

 

 爆豪を代わりに誘ってみたが敢え無くフラれてしまった。俺が来た道を爆豪は歩き去ってしまった。

 まあ、仕方ない。緑谷が外に向かうとも限らないし俺も戻るとしよう。二人には見つけられなかったとでも説明するとして、今聞いてしまった話は胸の内に仕舞っておこう。うん。軽い気持ちで聞く内容じゃなかったな……。

 

 

 食堂に戻ると、食券だけ買って待っていてくれたのか、飯田と麗日、それに追加で耳郎と八百万の姿が。

 

「悪い、流石に見つけきれなかったわ」

「まあココ広いもんね。時間も時間だし、先に食べちゃおっか」

 

 肉が食いたいので唐揚げ、いや豚カツ定食だな。そうしよう。

 先に俺と飯田で席を確保し、女子組が戻って来てから俺らも列に並ぶ。時間も相当経っていたためか、俺らが並ぶ時間はそうでもなかった。先に食べてていいと言ったが律義に待っていてくれたらしい三人のもとに戻り、手を合わせ、箸を伸ばす。

 思ったより八百万が健啖家だったのは驚いたが、個性の関係上どうしてもそうなるのだとか。まあ体調体質関係無く酒を飲んでる俺みたいな例があるんだ。そういうこともあるのだろう。

 さっさと食べ終え、各々飲み物を手に残った時間は談笑する。話すのは最終種目の内容だったり、先の騎馬戦の話だったり。俺の超パワーだとか、飯田の超必(麗日談)だとか。

 途中峰田と上鳴が、

 

『午後は女子全員ああやって応援合戦しなきゃいけないんだって』

 

 と嘯いていたが、さらに蛙吹や障子が合流したりした結果最終的にそれなりの大所帯での談笑時間となってしまった。まあ程よく緊張が抜けたと思うことにしよう。元よりそこまで気負ってはいなかったが。

 まあ麗日とかは会話の端々に緊張が見て取れたし、いい時間の過ごし方であったと思いたい。

 レクリエーションの時間も、結局峰田達に騙された八百万によってA組女子全員分のチア服が用意され、衆目に晒されるというイベントがあったものの、緩やかに時間は過ぎていった。

 

「はあ、馬鹿らし……」

「でもその衣装は脱がないのな」

「……まあ可愛いのは確かだし、折角だからね」

 

 最終種目進出組はレクリエーション種目は自由参加のため、A組用に割り当てられた観戦スペースではしゃぐ生徒達を酒を片手に見ていた訳だが。自分の出場種目は終わったのか単に時間が空いたのか、チア衣装のままの耳郎が隣にやってきた。

 

「麗日はあんなにはしゃいで体力大丈夫なのか?」

「はしゃいでるって言っても応援ばっかりだし、そうでもないのかも」

「成程」

 

 スキットルボトルを傾ける。未だ冷たくて美味しい。残る本数は三本。まあ体育祭終わってから用に一本は残したいところだが、それを抜きにしても最終種目で全部飲み切るということはないだろう。もしもの時は食堂、というよりは厨房に言って分けてもらおう。日本酒かワインのどっちかくらいあるだろ。

 ボーっと眼下の会場を見ながら最終種目について思いを馳せていると、何やらもじもじとポンポンを弄っていた耳郎がちらちらと視線を寄越しているのに気付いた。

 

「……何か?」

「あーっと、その、なんというか……」

「?」

 

 はっきりしない態度だ。何か言いたいことがあるなら言えばいいのに。

 それとも何か言いにくい理由があるとか? まあ内容に見当もつかないから理由も何もないんだが。

 首を傾げていると、耳郎は小さく。

 

「ふ、ふれー、ふれー、そ・う・ま……」

 

 こちらを見もしない。かと言って正面すら向けず顔を真っ赤にして俯いたまま。ポンポンも僅かに揺れて小さく音を鳴らすだけで、なんとも控え目な主張だ。

 だが声は届いた。恥ずかしがっているのはもう今更言うまでもないが、それでもそれは紛れもなく俺への応援であった。

 

「く、くくく……」

「わ、笑うな! あーもうっ、葉隠に言われたけど、やっぱりやるんじゃなかった! これでも食らえ!」

「いやいや、そんなことは――うぼば」

 

 ポンポンが口の中にー!

 うげーと口内に侵入した繊維を吐き出しつつ、耳郎からは目を離さない。

 なんだ。つまりはこうか。葉隠の入れ知恵があったとはいえ、コイツはわざわざ着替えればいいチア衣装をこの為だけに着替えないままに俺の所に来てくれたと言うのか? このとても小さな応援のためだけに?

 いやー……それは、なんだ。うん。

 ……小っ恥ずかしいな!

 だけどまあ。

 

「ありがとよ、耳郎。お陰で頑張れそうだ」

「……ん」

 

 椅子の上で体操座りをし、その膝頭に顔を埋めて赤くなった顔を隠す耳郎だったが、小さく返事は聞こえた。

 我ながら単純だが、なんとなくさっきより力が漲っている気がするから不思議だ。実際にはそうでなくても、精神的に影響があれば、それだけでコンディションに影響が出る。

 いやはや、不思議なもんだ。

 …………コレ、正面に移動したら流石にキレられるかな。




 内側見たい!→× これ穿いてるの?→○

 性的欲求というより純粋に知的好奇心ですね。
 ということで文字数稼ぎの後半。解釈違いと思ったのならブラウザバック推奨。私はこういうシーンの耳郎相当に可愛いのでは? と思ったので書きました。ぶっちゃけ趣味です。
 
 最終種目の内容を考えた結果芦戸さんには退場していただきました。ゴメンネ。
 氷対策に入れられたと言っていましたが、主人公ならまあ対応できるし代用可能だろうということで。なお役割的に一番代用できるのは飯田君。ただし主人公の利便性により芦戸と交代させられました。
 騎馬が崩れてもいいなら下の奴が単独行動しても問題ないよね! の精神。片腕犠牲くらいなら割とコンスタントに犠牲にする。治るし。
 ホントは物間君に主人公の個性をコピーさせて書きたいシーンがあったんですが、未だに異形型個性に対しての描写が無いので断念。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 一話辺り何戦くらいかなあ……


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体育祭編Ⅲ

 二か月半……かあ……

 長らくお待たせしました。別作品書いてる途中で飽きてこっち書いてて飽きて戻る……みたいなことを繰り返していたらこんなに時間が……・
 ポケモンたのちい。

 取り敢えず体育祭編Ⅲということで第三競技です。

 それではどうぞ。


『ヘイガイズ! アーユーレディ!?』

 

 レクリエーション種目も終わり、会場の準備も整った。

 

『色々やってきましたが! 結局これだぜ、ガチンコ勝負!!』

 

 三種目目、最終競技、一対一のガチバトル。

 既にトーナメント形式で対戦相手のことは分かっている。俺の最初の相手は青山、次は常闇か八百万、次はー、うん、爆豪あたりだろうな。決勝は轟がやはり鉄板か。

 緑谷と轟の組み合わせが意外と早い形で実現しそうなのが気懸りだが、俺が気を揉んでも仕方ない。自分の相手の事だけ考えるようにしよう。耳郎に応援されたしな。

 実は尾白やB組の……庄田? とやらの棄権が認められてメンバーが変わったりしてるのだが、大した話ではないだろう。

 そんでまあ五試合目。俺の試合だ。

 第一試合で緑谷と戦った普通科の心操って奴の個性の話だとか、第二試合の轟の初手ブッパな話とかあるが、取り敢えず今はそれは置いておこう。第三試合以降は予想以上に試合が爆速で進んでいくから早めに控室に移動して観戦していない。

 まあプレゼントマイクのバカでかい実況の声のお陰でおおまかな試合の流れと勝敗は分かっているので別にいいか。

 上鳴はもうちょっと頑張ろうぜ?

 まあ早く進むなあと思ったところに飯田とサポート科のハイテンション少女改め発目との試合だった訳だが。

 丸々十分使っての自分の開発品アピールとはこう、商魂逞しい的な感想抱くよネ。

 さて、そろそろ移動するか。

 

「青山か……」

 

 正直彼の個性についてはよく分かっていない。臍からレーザーが出ること、出し続けるとお腹を下すこと、あと妙に目立ちたがる……は個性じゃない。為人の話か。

 対策と言える対策も思いつかないんだが、レーザーの威力、速度、連射性等を鑑みるに、俺にとってはそれほど脅威にはならないだろう。出力段階次第では正面から耐えれそうだ。あくまで推測なので一応避けることには避けるが、変に意識して移動範囲を自分から狭めないようにしないとな。

 試合ステージを前にして、プレゼントマイクが俺達の紹介を始める。

 

『第五試合! 腰にベルトがあっても変身しねえぞ! ヒーロー科、青山優雅!』

「ボンジュール☆」

 

 キラキラしてら。

 

『バーサス! 試合成績はトップクラス! けど妙に目立たねえ! ヒーロー科、相間或鬼!」

「まあ派手さはないよなあ……」

 

 何か放出する系の個性じゃないからな。結果だけ見ればそれなりでも、その様相は割と地味なんだよ。

 許可を取って持ち込みを許された酒を一口流し込む。

 

『START!!』

 

 俺達が指定の位置に立ち、プレゼントマイクの試合開始の声が響く。

 青山の個性は言ってしまえば純粋な遠距離型の個性。純近距離向きな俺とは正反対に位置するとも言える。青山側の理想は俺を近付けさせずに一方的に照射。場外ないし戦闘不能を狙うこと。

 対して俺はその攻撃を掻い潜って彼に近付き、一発殴り飛ばすこと。人一人くらいなら一発で場外まで持っていける自信があるし、たとえ抵抗して場内に残ろうとも、ダメージにはなる。

 さて、では個性を抜きにして青山自身の戦闘能力は如何の程か。

 

「せいっ!」

 

 正解は、そうでもない、だ。

 狙いが若干甘い。やや身体の右側を狙ったレーザーを半身になって避ける。逆側を再度狙ってきたが、今度は左に寄り過ぎだ。右へ。ついでに一歩前へ。

 少し太くなったか? 流石に半身では避けきれない。一歩分左へ。少し上に逸れたな。しゃがんで躱す。立ち上がるのに合わせて一歩前へ。

 連射速度が上がる。精度は少しずつ良くなっている。だが、俺を捉えきれるほどではない。

 足元を狙った照射をジャンプで避けて、空中を狙った二撃目を地面への強制方向転換でやり過ごす。一瞬ベルトの中心が俺から離れたのを見て、青山の視線と身体の向きから次の狙いを予測。予め移動しておく。となるとまた狙いが修正されるので再度先読み。苦し紛れに撃ったところでそんなものに当たる程甘くはない。

 わざと動きを鈍らせ一撃を誘発し、まんまと引っ掛かってくれたので悠々と避ける。

 

『おいおいおいおい! ほぼ正面からゆっくり近づいてるだけなのに、相間に当たらない当たらない!』

『最初の方はある程度の予測と共に見てから避けてたが、今じゃ既に完全に予測してる上に敢えて一撃を狙わせてる』

『流石フィジカルお化け! 青山どう切り抜ける!?』

 

 距離を取ろうとしたのか青山が一歩下がる。その間に俺は二歩は進める。

 さらにもう一歩。大きく跳んで何歩分進んだ?

 迎撃用のレーザー。既に予測済み。身を屈めて低姿勢で前へ。

 

「……そろそろ限界か?」

「うっ……」

 

 もう彼の顔は青い。酷い腹痛に襲われているのだろう。膝も震え、少し及び腰だ。

 

「リタイアするならした方がいいんじゃないか?」

 

 返答は腹辺りを狙ったレーザー。棄権する気はない、と。

 照射時間的に考えて、もう一発撃つのも限界だろうに。

 だが、その心意気に敬意を表し、俺も一撃で終わらせよう。

 

「狂襲・肆式――」

 

 残りの距離を一気に詰める。

 狙わせる時間も与えない。避ける暇も与えない。この距離、この速度に反応できる程、青山の目は慣れていない。

 踏み込み。拳に力を込める。引き絞る。

 打ち込む。

 

「うぐっ!?」

「――ハッ!」

 

 のめり込むように突き刺さった右腕。天閃程の威力は乗せていないので、相当痛い、程度で済んでいる筈だ。

 しっかりと踏ん張れなかったらしく、吹き飛ぶ青山の姿。俺との距離を取る為に下がっていたのもあり、あっさりとその姿は場外へと飛ばされてしまった。

 

『青山君場外! 相間君、二回戦進出!』

 

 審判役のミッドナイトが告げると同時、観客が湧いた。

 まあこれで一種のアピールになったのなら上々。多分俺なら速攻を仕掛けて勝負を決めることもできたのだろう。今の動きを開幕でできない理由はない。

 ただどのみち青山は時間経過で弱体化する。それを待つのも戦略の内だろう。

 個人的に、どうせ弱体化してしまうのなら、それまでの全力を見たかったというのも否めないが。

 イレイザーヘッドこと相澤先生とマイクによる今の試合の総評を背に、俺は一度A組用の観客席に戻るのであった。

 

 

 

 

 ということで予選二戦目。

 予選を勝ち抜いたのは緑谷と轟、B組の塩崎って奴と飯田、んで俺と常闇、切島と爆豪だ。

 緑谷と轟の試合は激しすぎる試合だった。思わず飛び入り参加したくなる程には。まあお互い色々抱え込んでいたみたいだが、俺が踏み入っていい領域ではないだろう。結果だけで言えば、轟の勝利に終わった。

 塩崎某と飯田の試合は、飯田が自慢の脚で塩崎を場外に運んで決着。

 他にも第八試合の麗日と爆豪の試合なんかも語りたいところだが、置いておこう。

 

「ま、まずは目の前の相手、か」

「……」

「よろしくな、常闇」

「たとえ級友と言えど、今は敵同士。慣れ合うつもりはない」

 

 仰々しい物言いだなあ。

 常闇踏影。個性の詳細は青山よりも知らない。なんか黒い奴が身体から出てるっていう印象しかない。

 ただ騎馬戦の時の動きを見るに、それなりに自由の利く上に距離も伸ばせるというのは分かっている。オールレンジ対応で、パワーも未知数。スピードはそうでもないが、果たして回避と迎撃、どちらが正解か。

 

『両者定位置に着いたな? それじゃあ――START!』

黒影(ダークシャドウ)!」

 

 伸ばされる黒い奴改め黒影。

 フォルムとしては鳥類っぽい頭に人形の腕、下半身に相当する部分は常闇自身と繋がって存在しない。

 掴み掛かるつもりなのか大きく広げられた両腕が迫る。

 

「狂襲・伍式――」

 

 取り敢えず、様子見一発。

 

「っ、防げ、黒影!」

「――穿て、天閃!」

 

 右腕を番え、撃ち出す。

 反動で腕はボロボロに、地面に足もめり込み、踏ん張った影響で罅が出来ている。

 パキパキと治癒を開始する右腕を尻目に常闇の方を見ると、俺のこのモーションに見覚えがあったためか、咄嗟の防御には間に合った様子。しかし折角けしかけた黒影は吹き飛ばされ、常闇の近くにまで戻ってきている。

 成程成程、物理で押し出すことは可能、と。となると直接的な殴打も効果ありかな?

 騎馬戦の時直接妨害や攻撃を弾いていたから、多分そうだろうとは思っていたが、やはり俺みたいな物理一辺倒な個性でも対応は可能らしい。

 酒を一口。

 さて。

 

「――フッ!」

「くっ!?」

 

 身を屈め、一瞬で肉薄。

 咄嗟に常闇は飛び退き、間に黒影を挟み込む。

 掴もうとする腕を首と思われしき箇所を掴んで飛び越えるように避ける。黒影の背中を足場にして常闇の目の前に着地。伸びた腕を打ち払い、空いた手で一発拳を鳩尾に。

 身体をくの字に折り曲げ苦悶の声を漏らすが、止まりはしない。黒影に邪魔される前に拳を引き戻し、膝で顎を蹴り上げる。

 そしてあまりにも大きすぎる隙。わざわざ狙わない理由もなく。

 掠るように顎を撃ち抜く。それで十分だ。

 念のために黒影も対処しておかなければ。黒影で単体で動ける可能性もある。

 ようやく俺に追いついてきた黒影を裏拳で怯ませ、回し蹴りで転倒? させる。そのまま踏みつけて動きを封じる。突然の出力増加を警戒して力は抜かずに伍式段階での全力で踏んづける。

 

『グ、苦ジイ……』

「……降参、だ」

 

 立ち上がれない常闇、動きを封じられた黒影。どう足掻いても詰み。

 俺と常闇の勝負は、彼のリタイアで幕を閉じた。

 

『い、一瞬で勝負ついちまったよイレイザー……』

『先程の青山戦と違い、速攻で勝負を仕掛けたからだろうな。初撃で個性が通用するかの確認。終わると同時に勝負。青山もそうだが、個性に頼り切りだと個性の相性なんて簡単に覆ると言う良い実例だな』

『あ、技術方面に言及ナシ?』

『脳震盪の事を言っているのなら……まあ、不可能ではないだろうが』

 

 先生が言い淀むのも分かる。俺は別に何か武術を修めているわけでもなんでもない。しかし素人があんな綺麗に脳震盪を決めるのも考えにくい。

 だがこれに関しては俺に言われても困るのが正直なところだ。できるからできる。それ以上に言えないのだから。

 イマイチ俺自身もこの個性について全容は把握しきれていない。俺の知らない何かが眠っているのはほぼ確実だろうが、それが何か、どんなものかまでは見当もつかない。

 縮小する角と紋様。酒をもう一口。

 ああ、うん。

 そうか。

 ……そっか。

 

 

 

 準決勝。

 俺と常闇の試合の次だった切島と爆豪の試合は根負けした切島がダウンして爆豪の勝利。

 準決勝第一試合の轟vs飯田は、飯田が超加速で惜しい所までいったものの、運び出されていた轟が全身を凍らせ行動不能に。轟の勝利で終わった。

 そして準決勝第二試合。俺対爆豪。

 

『第一種目ではデッドヒートを繰り広げ、第二種目では同じチームで手を取り合った二人だが、今この瞬間は敵同士! 昨日の友は今日の敵ってかー!? 慈悲も情けもいらねえ! 全力でいこうぜ! 相間vs爆豪!!』

 

 熱気が、歓声が、会場を包み込む。

 爆豪相手に青山や常闇のような試合運びはまず不可能だろう。予め酒を飲んでおく。決してカウントダウンをストックするようなことはできないが、ゼロに近づけておくようなもの。二割くらいは気分だ。

 スキットルボトルが一本これで空になり、残すは二本。さてこの試合のうちにどれだけ消費してしまうことやら。

 

「クソ角」

「それで返事するの凄く癪なんだが……何だ」

「テメェ、今たのしいかよ?」

「…………」

 

 ……ふうん。

 

「ああ、勿論。まさかお前さんからそんなことを言われるなんて思っても――」

「しらばっくれてんじゃねえよ」

「――どういうことか、訊いても?」

 

 少しずつ口角が上がる。

 爆豪は気付いている。そのことに僅かな喜びと期待が湧き上がってくる。

 この感情は駄目だ。不謹慎だとか、場に相応しくないだとか、相手への侮辱だとか、色々言い方はあるだろうが、つまりはこの感情はそういうモノに分類されるものだ。

 だが、彼は気付いている。気付かれてしまっている。

 何が何でも隠したかったと言う程ではないが、それでも気付かれないようには一応の注意はしていた。では何故、彼は気付いた?

 

「テメェは本気で戦う時、笑うんだよ」

「ほう?」

「あの時もそうだった。俺を雑魚(モブ)と認識しやがったあの時、テメェはオールマイトに向かって笑っていた!」

「……その時のことを言われても、俺は困るんだがね」

 

 USJ事件(あの時)、つまりは俺の暴走状態の時のことを言っているのだろう。

 俺にその時の記憶はないが、オールマイトとの闘いに楽しさを見出している俺の姿は容易に想像がつく。成程、一応話には聞いていたが、やはり爆豪もその時の俺をきちんと見ていたらしい。

 

「だったら愉しめよ。嗤って愉しんで、あの時みたいな全力で来いや! 俺はそんなお前をブッ殺して、完膚なきまでの一位を獲る!」

「断る」

「ンだと!?」

 

 きっぱりと告げる。

 爆豪が俺がつまらないと感じていることに気付いている理由は分かった。そうだな。全力で愉しんでいる姿を見たことがあるのなら、それと比較して今の俺がひどくつまらなさそうに見えるのも納得できる。

 相手は本気だった。勝利を掴もうとしてた。そんな相手に対して抱く感情につまらないなんてものがあっていい筈がない。

 だが、それとこれとは話が別だ。

 

「お前が暴走状態(あの時)の俺の勝利しか認めたくないように、俺は暴走状態(その時)の勝利を勝利だなんて認めない」

「最初から勝った気で舐めた口利いてんじゃねえ! 勝つのは俺だ! だから全力でかかってきやがれ!」

「全力は出さない。出せない。それでも、本気のつもりではあったんだが」

「そんな詭弁はどうでもいいんだっつてんだろォが!」

 

 視線がぶつかり合う。お互いの主張を曲げようとしない意思が、火花を散らす。

 アイツはアイツ自身の矜持の為に暴走状態の俺に勝ちたい。

 俺は俺の意地の為に、暴走状態になる訳にはいかない。

 ならどうするか。

 

『準備はいいみたいだな? それじゃあ――START!!』

「嫌でも呼び起こさせてやるよクソ角野郎おおおおお!!」

「やれるもンならやってみやがれ爆発さん太郎がよォ!!」

 

 試合の中で無理矢理発現させるかさせないかを賭けた勝負を繰り広げるのだ。

 

 

 

 

 爆豪の個性は近~中距離向けの爆発を起こす個性。調整次第ではそれなりの距離も攻撃できる可能性があるが、やはり警戒すべきは俺の間合いでもある近距離時。

 爆発の威力は馬鹿には出来ない。直接当たれば付け入る隙を与えることにもなるし、ダメージも無視できないものになるだろう。

 そして何より、彼はあれでスロースターターだ。爆発の原理を知らないので理屈は分からないが、時間が経てば経つほど爆発の威力が増していくのは第一種目で確認済みだ。

 では爆豪が取るべき初手の一撃は何か。

 答えは上から。

 

「死ねえ!」

 

 空中で距離を取っての上からの個性による絨毯爆撃。回避させるつもりもないってか。

 

「狂襲・陸式!」

 

 その程度なら真正面から受けてやる。範囲と距離のせいで威力は大きく落ちている。

 迫りくる爆炎と煙幕に顔だけは覆って防御態勢。直後、身体が炎に包まれる。視界も悪い。炎も煙も邪魔だ。

 だから一息に消し飛ばす。

 

「ハッ!」

 

 腕を振るい、炎と煙を散らす。

 爆豪の姿は既に地面の上。この距離なら俺が詰める方が早い。

 距離を詰めようとした俺の予備動作は見えていたのか、空中に逃げようと下向きの爆発を起こす爆豪だが、顔面狙いだった俺の拳が爆豪の腹に突き刺さる方が早かった。

 鈍い音が鳴り、ゴロゴロと転がる爆豪。

 しかし怯むことも呻くこともせずに、むしろ自分から間合いを詰めてきた。

 

「もう一発!」

「見え見えなンだよ!」

 

 右の大振り。外から内へと受け流し、回す腕で俯せのまま叩き落す。追撃の蹴りを爆発による目眩ましと強制移動で避け、再度距離が開く。

 それをそのままにする俺達ではない。

 両者共に駆け出し、お互いの拳でお互い顔面を殴り飛ばした。

 しかし個性の差か。俺は蹈鞴を踏むだけだったが、爆豪はまたゴロゴロと飛ばされていた。

 

「どォした。大口叩いた割にはそンなもンか、あァ!? 俺に全力を出してほしいンだろォがよォ!」

「うるせえ、死に曝せや!」

 

 今度は空中から接近することにしたらしい。そうだな。俺は基本的に空中での機動力に欠けるから、空中から、位置的に有利な上を取るってのは間違いじゃない。

 しかし爆豪は第一種目の時、俺より前にいたから知らないのだろうか。

 別に俺は空中機動に関して、からきしという訳ではない。

 跳躍。

 

「上なら安全とでも?」

「予測できとるわそんなもん」

 

 なに?

 爆発。いなす。二撃目。弾く。蹴り。先んじて潰す。

 しっかりと対応してきた爆豪。流石にできないこともない程度の俺の空中機動力は爆豪より各段に劣る以上、既に失速し、落下を始めている。

 その前に爆豪の背を借りて再跳躍。

 

「ぐっ……! 待てコラテメエ、人を足場にすんなや!」

「なら来い!」

「死ね!」

 

 器用に身体を半回転させ、上を向いた爆豪がさらに上を取った俺を追う。

 そして俺は、一回くらいなら着地を挟まず空中で方向転換できる。

 追ってくる爆豪に対し、自分から急接近。流石の対応力で爆発で迎撃されるも、それを無視して蹴りを突き刺す。

 そのまま重力に従い落下。

 流石に地面に衝突する前に足は引き抜いたし、爆豪自身も爆発で落下ダメージを抑えようと試みていたが、それでも相当のダメージにはなった筈。

 ――規模が分からない。最初から防御に専念。

 身構えた俺へと、土埃の中から爆炎が襲い掛かった。

 回避し、黒煙はすぐに晴れたが、そこにはもう、爆豪が立つ姿があって。

 

「「まだまだァ!」」

 

 駆ける。

 爆発で加速した膝を片手で受け止め、投げ飛ばす。

 そのままなら場外へと飛ばされてしまうのを爆発で減速し、再加速。

 左腕を叩き付けるような攻撃を一歩踏み込んで内から外へと弾き、空いた胴帯に一撃。

 が、間髪入れずに右手の爆発で反撃される。

 回し蹴りで蹴り落と……掴まれた。爆発で意趣返しとばかりに投げ飛ばされるが、無理矢理真下に方向転換。力み過ぎたのか地面が罅割れるがご愛敬。

 一度酒を飲むために腰のポーチのスキットルボトルに手を掛け、

 

「させるかよ」

 

 爆発。

 酒を飲むことへの妨害? だがこの程度では、違う。目眩まし。本命は次、のさらに次。音がする。二度目の爆発音。空気を切る音。これは加速。三度目。こっちはブラフ。呼吸。爆発。真の狙いは――

 

「そこかァ!」

「チッ!」

 

 およそアナログ時計で言う所の四時から五時の方向。接近に合わせてカウンター気味に後方への蹴り上げ。

 咄嗟の回避に成功したのか、はたまた黒煙のせいでタイミングがずれたのか、鼻先を掠める程度にしかならなかったが、同時に爆豪側の攻撃も阻止した。

 着地音。

 腕を振るい、煙を払う。

 

飲酒行為(ソレ)、要は薬なんだろ」

「ほう?」

「異形型個性かつ常日頃から同じモン飲んでるとなりゃ、そりゃ燃料か薬かのどっちかだ。そんでテメエが嫌でも全力を出さねえって言うなら、薬だと考えた方がしっくりくるわな」

「…………いやはや。誰かに教えた覚えはないから、まさか自力で辿り着かれるとはなァ」

 

 正解だ。この個性に付きまとう暴走を遠ざける唯一の方法である飲酒行為。確かに抑制化するという点で見れば、薬という言い方にも納得がいく。

 わざわざ暴走状態のことを言い広めるようなことはしていないので、酒を飲むことに関してはいつも個性の都合上必要、とだけ返していたが、まさか気付かれるとは。

 

「薬と考えるならそれを飲ませるのはお前が全力から遠ざかるってのと同義だ。なら、させねえ」

「これは、ちとばかし辛いかなァ……」

 

 酒を飲むという行為は言ってしまえば大きな隙だ。今までは勝負事の前や後、もしくは飲むだけの余裕があると判断した時にしか飲んでいなかったが、その妨害を積極的に行おうとする爆豪相手だとそんな隙を探すのは困難を極めるだろう。

 蓋を閉め、ボトルをポーチに仕舞う。

 既に出力は漆式を下回らなくなってしまっている。先程伍式以下に抑えられないか試したが、無理だった。角はさらに肥大化し、模様も顔に到達しているだろう。

 

「時間が掛かる程全力に近付くってなら、時間稼ぎでもなんでもしてやる。こっちも温まってきたとこだ」

「ハッ。暴走には至らずとも、出力が上がっているのは確かだ。時間経過は決して不利という訳じゃねェのはお前も分かってンよなァ?」

「――死ね!」

「――来いやァ!」

 

 加速。

 激突。

 散開。

 跳躍。

 回避。

 追撃。

 反撃。

 先程までより一段階ギアを上げての戦闘。特にスピードという点において顕著だ。

 飯田のような勝負を決めるためのごく短時間の加速ではなく、戦闘スピードという途切れることのないもの。それは攻撃であり、移動であり、回避であり、技術であり。停止と減速、移動と加速の緩急と変わりゆく戦況への対応。

 轟と緑谷の試合のような大技と派手さによる見栄えのある試合にはならない。精々が爆炎程度しか生じていない以上、あんな風にはなる筈もない。というより煙のせいで視界は悪いまである。

 まあ俺は天閃を使っていないし、体育祭にサポートアイテムやコスチュームアイテムの持ち込みは出来ないとはいえ、爆豪も戦闘訓練のような超火力技を使っていない。お互い、威力という点においては全力は出していない。

 俺は個性の進行を早めないため、爆豪は知らね。まあ撃たない理由は使い所を見極めている以外にもあるだろう、ということしか分からない。

 酒を摂取するのが厳しくなった以上、天閃は迂闊には使えない。回復するからと使い過ぎると、一気に暴走までのカウントダウンが進んでしまうからな。普通に考えて壊れた腕を戻してるのだから、相応に出力は上げないといけないのは当然だ。基本酒を飲んで誤魔化しているだけで。

 腕を掴んで腹を蹴り上げ、浮いた身に掌打。転がる身を綺麗に立て直し、すぐに迫りくる。カウンターとして蹴りを入れようとすると、器用に躱して爆発を食らった。咄嗟の防御は間に合ったものの視界が煙に包まれる。音で大まかに距離と方向を推測して追撃を警戒……ビンゴ。しかし反撃は当たったものの、クリーンヒットには程遠く、爆発で俺の頭を越えるように縦回転で一瞬だが後ろを取られる。

 裏拳で打ち払うように振り向くが、しっかりと受け止め、いや逆方向への爆発で相殺? 何故だ。身体強化に近しい俺の個性の前で、わざわざ受け流すではなく受け止めたのか。苦悶の表情を浮かべてまで止めた意味。肉弾戦において距離を取り直さない意味。何が狙いだ。何をしようとしている。小規模の爆発。自分もろとも大爆発? それじゃあ耐久性能や回復力で勝る俺の有利になるだけ。なら攻撃とは考えにくい。至近距離。非攻撃。爆破の性質。

 つまり。

 

「……目潰し!」

閃光弾(スタングレネード)!」

 

 閃光。

 音はそうでもない。相応の爆発程度。だが光量がマズい。完全に今この瞬間は視界が機能しない。段々と収まってきてはいるが、これにも俺の耐久力や回復力の効果があるのか、それとも普通の速度なのか直接的な傷がない以上判断がつかない。自分も同じだけの光に包まれていた筈だが、予め予測出来ていたかどうかってのは結構結果に関わってくる。片目を塞ぐ、ないし瞑っておくだけでも爆豪側なら十分だ。

 ステージ上での自分の立ち位置は凡そ把握している。境界線際は背後からの攻撃を気にしなくていいというメリットはあるが、ふとした時に場外に出かねないという危険を捨てる程のものではない。ならば立つべきは中央。

 およその当たりをつけて移動し、地面を這うような体勢に。アナウンスがないということはミスって場外側に出たということもなさそうだ。

 一度、足音。同時に爆発音。

 音の発生源に目を向けるが、多少回復した程度の視界では見える筈もなく。

 連続、しかもかなり短い間隔。

 

「ここで使う予定は無かったんだがよ……」

 

 研ぎ澄ませた聴力が爆豪の言葉を捉える。掻き消すように音を、つまりは威力を増しているのであろう爆発が近付いてきている。

 おおよその距離を推測。方向をやや右、そして上に微調整。接触までの時間を計り、タイミングを見極める。迫るスピードは多少速くなっているか?

 

榴弾砲(ハウザー)――」

 

 立ち上がる。視界は大分回復したが、結局爆煙で見通しは悪いし普通にチカチカする。まあ見えないよりはマシか。

 音が迫る。空気の流れが出来上がっている。

 音のブレ方でどういう風な攻撃かはある程度察した。あとはそれに合わせるだけ。

 …………。

 ………。

 ……。

 

「――ガアァッ!!」

「――着弾(インパクト)!!」

 

 距離と回転で威力を上乗せした一撃と、カウンターとして放った右の回し蹴り。

 大爆発。

 吹き飛ばされる。だが、()()()()()()()()()

 蹴りにも手応えはあった。だが見えなかった以上、分からない。

 結果は。

 

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

「榴弾砲――着弾!!」

 

 会場を炎と煙が包み込む。

 『榴弾砲着弾』。爆豪が考案していた対相間の近接戦闘能力であり、対轟の氷結と火炎のための大技。決め手である以上使い所は見極めねばならず、またなるべくなら手の内を明かさないという意味もあって決勝の轟戦にまで取っておきたかった切り札の一つ。

 近接が得意。というより基本近接しかできない相間の相手をするにあたって、自らも同じ土俵に立つのは悪手だ。だが敢えて爆豪は近接にもある程度付き合うことを選んだ。

 それは保険。

 もし、榴弾砲着弾を使わないといけないと判断した時、確実に当てるための布石。

 目眩ましで視界を潰し、回避の選択を潰した上で十分な威力を乗せた一撃。反動で暫く爆発を起こせないだろうが、確実に場外にまで吹き飛ばすか戦闘不能にさせる程の威力。

 

『ここにきて爆豪決めに来たー! 麗日戦で見せた特大火力に勢いと回転を加え、まさに人間榴弾!!』

『先に閃光で目潰しをしている辺り、身体能力に優れる相間への対策を考えているのが見受けられるな」

『さてさて、煙も晴れてきた! 結果はー……マジかよ』

 

 だが、ただ一人、爆豪本人だけは、まだ勝負が終わっていないことを悟っていた。

 煙が晴れた先、境界線ギリギリだが、それでも彼は、まだステージに立っていた。

 カウンタ―で蹴られた個所が酷く痛む。反動のせいで腕も痛み、爆発が起きない。

 攻撃が当たるあの瞬間、相間は迎撃に成功していた。

 身体能力が高いから閃光弾というワンクッションを挟んだが、爆豪の否、本人以外のこの試合を見ていた全員の想定以上に彼の五感強化の恩恵は大きかった。それこそ、視界の八割以上を奪われた状態でもカウンターを決める程度には。

 その所為で榴弾砲着弾の狙いが逸れ、直撃には至らなかった。それ故、吹き飛ばされはするものの、相間にとっては耐えれる程度にまで威力は落ちていた。

 そもそもの話。榴弾砲着弾は着弾方向に炎が拡がる。ならば、会場全体が包み込まれるという事態が相間に直撃していたのならば有り得ない。

 とは言ってもやはり完全に防いだ、もしくは躱したという訳ではなく、雄英の上半身分のジャージは今の大爆発が決め手になったのかボロ雑巾同然なまでに至る所が燃えるか破けるかの状態で、下に着ていたらしきインナーも破け素肌が見えてしまっている。

 一見して怪我はない。だが回復性能を考えれば、なんら不思議ではない。

 身体中を走る紅い紋様に一回り以上大きく、長くなった角。まるで血管のような紅は、既に顔の七割程度を埋めている。

 肩で息をするその姿に多少のダメージは見受けられるが、逆に言えばその程度しか分からない。

 しかし、それでいい。

 

「フーッ……フーッ……」

 

 その荒げた呼吸は、なにもダメージの所為だけという訳ではあるまい。

 ()()()()()()()()()()()()動かない相間を見て、爆豪は確信する。

 

「……限界なんだろ。こっからが本番だ。テメエをぶっ殺して、俺が一位になる!」

「は、はは、まだ行けるさ。まだ、手放してね、え……?」

 

 ふと、相間が自分の胸元に手を当てた途端、動きが止まった。

 何かを探すようにペタペタと身体中を触り、見当たらないのか、表情がどんどんと焦りと絶望に染まっていく。

 そして爆豪もまた、この場にそぐわないあるモノを発見していた。

 それは偶然だっただろう。相馬の元から離れるのも。留め具が壊れてしまったのも。爆豪の近くに落ちたのも。先に爆豪が見つけたのも。

 会場の光を反射して、きらりと光るモノが足元に落ちていた。

 拾い上げればそれは、千切れたチェーンと、ネックレストップとして使っているのかシンプルな指輪が二つ。

 

「ンだコレ……?」

「っ! 返せ……ッ!」

 

 投げ捨てた。

 爆豪のものではない以上、それは相間が身に着けていた物か、もしくは可能性は低いが前の試合をしていた誰かが落としたものをセメントスが気付かずそのままにしてステージを補修してしまったかだ。

 どっちみち、爆豪には関係ない。誰のものであれ今この瞬間においては不必要であるし、試合か体育祭そのものが終わった後にでも誰かが拾うだろう。

 持っていても仕方ない。そもそも興味がない。

 だが。

 当の持ち主本人にとっては違う。

 彼も理性では分かっている。ここでわざわざ追う必要は無い。試合を終えた後に拾えばいい。大きさが大きさだが、捜せばすぐ見つかる程度のものである。だからこうして飛び出す必要も、手を伸ばす必要も、爆豪すら無視して追い抜く必要もない。

 ああ、だが、それでも。

 身体は勝手に動いてしまった。

 

「………………あ?」

 

 いつの間にか目の前から相間が消えていて、と思えばすぐ後方から激突音と破壊音がした。

 呆けた顔と表情で振り向けば、そこには何かを大事そうに抱えるような姿勢のまま会場の壁に激突して瓦礫の上で倒れる相馬の姿が。

 手の中にある『何か』を見て、ひどく安堵した表情を浮かべる相馬がいて。

 彼が立ち上がり、自分を見つめる爆豪を見て何かに気付いたような表情の後にバツが悪そうに目を逸らして、

 

 そこで爆豪の堪忍袋の緒が切れた。

 

「テ、ッメェふざけんじゃねえ!!」

「……」

「言ったよな!? 俺が獲るのは完膚なきまでの一位なんだよ! 本気のテメエをぶっ殺さないと意味が無えんだよ! 大技も使った。決着は付かなかった。オメエも本気の一歩手前だった! だってのに、その結末が()()()だと!? 馬鹿にすんのも大概にしろやぶっ殺すぞ!!」

「…………悪い」

「謝るな! 俺が求めるのは謝罪ではなく決着だ再戦だ! こんな勝負は認めねえ。徹底的にお前を殺し尽くす!」

 

 辛うじて残っていたジャージの胸元を掴み、今まで以上に、そしていつも以上に激情を露にする爆豪。

 相間もその怒りは正当だと理解しているためか、他に何を言うでもない。

 だが、どれだけ爆豪が熱くなろうと、相間の行動の真意が分からずとも、ルールはルールである。

 

『相間君場外! 決勝戦進出は爆豪君!』

「ふざけんな! こんな決着認められるか! もっかい、コイツをブッ飛、ばし、て……」

 

 辺りに独特の匂いが立ち込める。

 それはミッドナイトの個性による吸ったものを深い眠りへと誘う香り。感情的になった爆豪を鎮めるため、彼女は自身の個性を使用したのだ。

 

「取り敢えず二人を医務室へ。目立った怪我は見当たらないけど、あのレベルの戦闘だったし、一応診てもらって」

「ありがとう、ございます、ミッドナイト。了解、しました」

 

 え、と困惑の表情を向けるよりも前に、ふらふらと相間は自分の足で会場を後にしていった。

 スキットルボトルを取り出し酒を口にするその後ろ姿は、どこか小さく感じた。




爆豪vs相間の試合開始前後の緑谷
「相間君の個性は異形型個性だけどある程度発動型の個性の特性もあって十段階に自分の個性の出力を変えれるらしいけどUSJみたいな暴走状態についてはよく知らないんだよねでもかっちゃんなら多分それを使えみたいなこと言うだろうしあ試合が始まったかっちゃんの爆発は確かに便利だし強力だけど相間君の防御力も相当だ傷もすぐに治ってしまうしいくらスロースターターなかっちゃんの個性といえど攻めきれないんじゃジリ貧だでも肉弾戦闘しか相間君はできないみたいだし相性は悪くないネックになるのはかっちゃんの攻撃力と相間君の耐久力やっぱり相間君の個性はその威力や見た目もそうだけど一番凄いのはその耐久能力と回復能力だよね敵を倒すのもそうだけど倒れないってのはそりゃ当然大事な訳で――」
麗日「デクくん、こわい」

試合中盤頃の緑谷「お酒を飲むのを妨害した……?かっちゃんはその意味に気付いてるってことなのかないつも飲んでることに異形型個性であることそれに今までのよく飲むタイミングはあったあった書いてあるねふむそう考えるとやっぱり個性の出力を意図的に抑えるために飲んでるって線が一番濃厚かな今度聞いてみよう二人共個性の威力が増してきているし相間君も分かり易く見た目に出てる遠目じゃ気付きにくいけど明らかに角が大きくなってる戦況は相間君がちょっと有利だけどさすがかっちゃんそのタフネスさは凄いなあまだまだ状況はわからな―わまた二人共出力が増したみた――」
麗日「デクくん、こわい」

決着後の緑谷「自分から飛び出したように見えたけど、一体何だったんだろう?」
麗日「デクくんが普通に喋ってる……!?」
緑谷「僕普通に喋れないと思われてたの!?」
耳郎(独り言の自覚ないのかな)

 
 爆豪と相間が戦って相間が普通に負ける様子が想像できなかったので自滅していただきました。
 納得いかない点は多々あるでしょうが、↑でも言われている通り相間の個性の真骨頂は実は耐久力の方なんですよね……最後のも含めて。
 実力不足で爆豪の強さを上手く引き出せなかったのが今回の悩み。戦闘能力(才能だとかセンスだとか諸々)が主人公ずば抜けているとは言え、爆豪も普通に頭一つ抜きん出ている訳で。近接で戦わせたから近接得意な主人公が動けるのは仕方ないとは言え、もっと拮抗させたかった。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 主人公自身把握していない主人公の個性。


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体育祭編Ⅳ

 単行本派なので今本誌でどうなってるのか知りたいけど知りたくない。

 年内だからセーフみたいなとこない? ないですか。すみません。
 こっから先主人公どう絡ませようかなとか考えてました。特に目下の悩みはインターン先。やはりオリジナルヒーロー出すしかないか……?

 それではどうぞ。


 俺はA組要の観客席で放心していた。

 俺が纏う空気が気まずいのか、この辺りの空気が重い。折角もうすぐ決勝戦なのにもの凄く暗い。

 いや俺の所為だってのは理解しているんだが、それをどうこうしようとする気力すら湧かなくてな……。

 ちなみに。ボロボロになったジャージは新品を貰った。インナーまではどうにもなんねえから買い直さないとな。個性の出力段階も最低まで落ち着いた。

 

「ま、まあ元気出せって! 結末はああだったけど、内容はプロにも引けを取らない高レベルな戦いだったぜ!?」

「その結末が問題なんだよなあ……」

「ケロ……響香ちゃんも、機嫌を直したらどうかしら?」

「……別に、不機嫌な訳じゃないし……」

 

 隣から発せられる負のオーラも相当ヤバかったわ。

 まあ耳郎が勇気を出して応援してくれたってのに、その結果があのザマじゃあな。耳郎が機嫌を損ねるのもそりゃ当然だって話である。

 ボトルを傾けて一気に酒を流し込む。別に逃避のためじゃないぞ。

 

「あー、その、なんだ。すまなかった。お前の応援をふいにしてしまった」

「……結局、アレは勢い余って場外に出たのか、自分から出たのか、どっちなのさ?」

「後者だよ。俺は自分から場外に出て、失格になって負けた」

「………………はぁぁぁぁぁ――……」

 

 長い、とても長い溜息だった。

 

「もう別にいいよ。元よりいつまでも引き摺るのもウチのキャラじゃないし。この話はこれでお終い。これでいいでしょ?」

「訊かないのか? 俺が飛び出した理由」

「訊けば教えてくれんの?」

「別に教えるのは構わないが……まあ、訊かないでくれるのならありがたいが」

「ならいいよ、別に」

 

 その口調からは険が取れたように聞こえて、眉間からも皴が消え、いつも通りの調子に戻ったことが見て取れた。

 クラスの連中達からほっと安堵するような息が漏れたのも聞こえた。

 指輪、というより俺がヒーローを目指すようになったワケ、俺の原点って奴をわざわざ進んで話すつもりは今のところない。どうしても暗くなる話だしな。話さなくて済むのならそれに越したことは無いだろう。

 この個性社会、俺のような事情は多少珍しくても無い話ではないのだから、いつまでも気に病む必要はないとは頭では理解しているんだがな。そう簡単に割り切れたら苦労しないさ。

 

「しっかし、体力テストや模擬戦闘、今までの授業から分かっちゃいたが、やっぱオメーの強さは俺らの中でも抜き出てるな。頭一つ」

「元より戦闘向き、特に近接戦に特化した個性だ。こう言っちゃなんだが、ただのごり押し個性だよ」

「いや、その個性を活かせる技術があるのも確かだよ。何か武道とか武術とか習ってたのかな?」

「そこら辺俺にも謎なんだがな。俺は今まで戦闘術を習った覚えはない。だが何故か体が動くんだよ」

 

 瀬呂、尾白が緊張した空気が解けたからか話しかけてきた。

 尾白に説明した通り、俺は誰かに戦い方を習った覚えはない。自主的に特訓くらいはするが、あくまでその程度。だというのに何故か戦闘時に体は動く。まさしく『体が覚えてる』っていう感覚に近い。

 体……というよりは間違いなく未だ謎の多い俺のこの『鬼』の個性の影響だとは思うんだがなあ。それ以上は何も分からん。分からんが使えるのなら利用するまでだ。

 

「そういや尾白は武道を習ってるんだったか。今度手合わせしてみるか?」

「いいの? なら是非お願いしたいかな」

「あ、じゃあやる時呼んでくれよ。俺も参加してえ」

「オーケー。手加減はしねえからな?」

 

 望むどころだと硬化させた拳同士をガチンと鳴らす切島の強気な笑みに、つられて俺も小さく息を漏らすような笑みを溢した。

 

「ねっ、応援って何の話!?」

「うげ」

「入学した時からなーんか相間君と耳郎ちゃんって仲良いよね?」

「そんなことは……」

「「アオハルですか!?」」

「う、うるさいっ」

 

 ……隣から聞こえる好奇心と野次馬根性に塗れた声は無視するとしよう。

 

『さァいよいよラスト! 雄英一年の頂点がここで決まる!! 決勝戦、轟 対 爆豪!!』

「ほら、決勝が始まる。しっかり観てやれ」

 

 一応の助け舟として声は掛けつつ、視線を会場に向ける。 

 これまで以上の熱気に包まれる会場に、同じように盛り上がる実況役のプレゼントマイク。

 轟と爆豪。クラスで誰が一番強いか談義となると俺と一緒に名前が挙がる二人だ。こう言ってはなんだが、まあ一年生の部で最終的な優勝争いをすることになるのは俺を除けばこの二人だと思っていた。B組には少し悪いとは思うがな。如何せんあの二人という壁はちと高すぎる。

 俺はアレだ。暴走の危険性とかあったからな。あははのは。

 

「うわ、かっちゃんすっごい不機嫌だ……!」

「申し訳ないことをしたなあ」

 

 いやホント。

 真剣勝負を望んでいた爆豪にも、その怒りの発散の矛先にされることになった轟にも。

 

『今! スタート!!!』

 

 合図と同時、轟が先制で氷結を放った。

 会場の半分以上を埋めるような規模だが、瀬呂との試合で見せたほどの規模ではない。緑谷との試合の時に対応されていた以上、それだけでは決着がつくとは限らないと学んだか。

 だが、怒り心頭な爆豪にとってはこんなもので終わらせるつもりはないのだろう。

 断続的な爆発音が続いたかと思えば、氷結の中からモグラのように氷を爆破で破砕しながら進んできたらしい爆豪が姿を表した。

 顔がスゲェ。

 爆発で投げ飛ばす爆豪に、場外に出る前に氷の足場を作り滑走することでそれを防ぐ轟。

 実況の相澤先生の言葉通り、ことセンスとなるとあの二人では爆豪の方に軍配が上がるか。

 ……ん? 爆豪が何か轟に怒鳴り散らしてる。流石に声は届かないが、そんな雰囲気と迫力はここからでも見て取れる。  

 耳郎に聞こえているのか確認しようとも思ったが、個性を使ってない普段の聴力は普通の人と大差ないだろう。どうしても知りたい訳でもなし。別にいいか。

 

「あ、爆豪が決めにいった」

「轟君……っ」

 

 宙へ浮かび、爆発と捻りで回転を加え威力を増した爆豪の大技。榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)……とかなんとか言ってたか。

 対する轟は無防備に突っ立ったまま。いくら後ろに初手で繰り出した氷壁があるとは言え、直撃してはいないから確かな事は言えないが、モロに食らって大丈夫と言えるような威力ではないだろう。

 どう出る、轟?

 

「負けるな! 頑張れ!!」

 

 緑谷?

 突然立ち上がり、声援を送る緑谷。今の戦況から見て、間違いなく相手は轟の方だろう。何だと言うのか?

 いや別に応援すること自体は不思議ではないのかもしれないか。俺も状況が違うとはいえ送られてるし。

 だが受け取った轟の方は何か違うらしい。左腕を構え、炎を吹き出し、爆豪に対して迎撃態勢を……解いた?

 大爆発。

 当事者だったから実感なかったが、榴弾砲着弾の威力を客観的に見るとこりゃ凄まじいな。会場の大半が爆炎に包まれてら。いくら俺の方も出力が上がっていたとは言え、よく耐えれたなアレ。

 

『相間戦で見せた爆豪の超必殺技! 轟は緑谷戦での超爆風を使わなかったようだが、果たして……』

「……こりゃ相当荒れるだろうなあ」

 

 もう決着はついた。あの状況で直撃からのあの火力じゃ、轟が耐えきったという線は限りなく薄い。背後にあった氷壁も崩れちまっているしな。

 ただ問題なのはあの瞬間轟が炎を消したこと。俺に対して本気で来いと言った爆豪だ。轟相手に言わない筈がない。だが轟は終始炎を使わなかった。雑に言ってしまえば、半分だけしか本気を出していないようなものだ。

 そしてそれをされた爆豪がどうなるか、俺の時どうだったのかを鑑みれば、まあ想像に難くない。

 ほら、場外に吹き飛ばされた轟の胸倉掴み上げてる。

 

『轟君場外! よって、爆豪君の勝ち!!』

『以上で全ての競技が終了! 今年度雄英体育祭一年優勝は――A組 爆豪勝己!!』

 

 再度ミッドナイトの個性によって爆豪が眠らされ連れていかれても、会場の熱気と歓声は止むことはなかった。

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 

「それではこれより、表彰式に移ります!」

 

 ミッドナイトが言い終わると同時、視界が煙幕に包まれ、今俺が立っている表彰台がせり上がっていく感覚。

 花火が幾発も咲き、紙吹雪が舞う会場。表彰式ということで、結果三位だった俺は生徒の前に立っている。ホントは飯田も俺と同じ場所に立つ予定だったんだが、家の事情で帰ったとかなんとか。残念なことだ。

 いや今はそれよりも、横で未だ暴れ続ける悪鬼羅刹みてえな奴か。鬼は俺だけど。

 

「んーッ! んんん――ッ!!」

 

 四肢と胴体を拘束され、口を塞がれ、個性防止用に両手も覆うような拘束具に包まれている。

 喋れないから何か怒鳴りながら、俺と轟、両者に向かって睨むわ手を伸ばそうとするわなんなら噛み付こうとしているのか暴れまわる始末。というかミッドナイトの個性が解けて目を覚ました後も暴れ待ったらしい。よくこの状態まで拘束できたな。また眠らせでもしたのだろうか。

 尚轟の方は何か考え込んでいるかのように静かに爆豪を無視している。それが一層爆豪をヒートアップさせてる節もあるだろうな。

 

「メダル授与よ! 今年メダルを贈呈するのは勿論この人!」

「――ハーハッハッハッハ!」

 

 んお。この笑い声は。

 

「私がメダ「我らがヒーロー、オールマイトォ!!」来た!!」

 

 被っちゃった。

 気を取り直して。

 

「相間少年、おめでとう! 大健闘だったな!」

「そう言っていただけるのなら、ありがたいです」

「そう卑屈になるなよ。確かにあの決着は不完全燃焼かもしれないが、君の強さ、レベルの高さは誰もが認めるものだ。自信を持て!」

「……次こそは、絶対」

「良い眼だ!」

 

 続いて二位の轟の方に向かうオールマイトを視界の端に入れながら、首に掛けられた銅メダルを持ち上げる。

 色々と思う所はある。後悔なんてしちゃいねえが、それでもあんなイレギュラー無しに爆豪と、ひいては轟と白黒はっきり勝敗をつけたかったのも確かだ。

 だが、俺は。

 未だに過去を乗り越えられていないのだろう。

 誰にだって譲れない思いがあった。感情があった。矜持があった。俺のコレだってそういった類のものであるのは否定させない。だが、ヒーローを目指すという一点において、一位を目指すという皆の目標の中でのコレは果たして、不相応なのではないだろうか。

 そんな筈はない。これは俺の原点の象徴。疎かになんてしていい訳がない。

 それでも、いつかは越えなくてはいけない過去のトラウマのようなもの。表面では隠していても、今回のようにふとした時、俺の身体は自然とこっちを優先してしまっている。

 いつか、いつかだ――一体いつだ。

 ああクソッ。こういうネガティブな思考は駄目だな。折角表彰台に立っているんだ。せめて今くらいはこんな今まで何回も俺を苛んだ思考は捨て置こう。

 

「オールマイトォ……こんな一位、なんの価値もねえんだよ!!」

 

 爆豪の口の拘束具だけ外されたが、相変わらず鬼のような形相でキレている。いや鬼は俺なんだけど。

 爆豪との決着もいつかはつけたいところだな。今回の件を抜きにしても、純粋に興味がある。

 締めるに締めれないオールマイトの締めの言葉に一同ブーイングをしながら、こうして初めての雄英体育祭は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

「お疲れー」

 

 翌日。

 学校に寄せられたプロヒーローからの生徒の指名の整理と、生徒達の休息も兼ねて今日と明日は休校になっている。

 俺も流石に疲れたし、今日くらいは一日ゆっくりしようと思っていたのだが、お昼頃にインターホンの音で叩き起こされた。

 何だ誰だと思い相手を確認すると、そこには眠たげな母親の姿が。

 そういや何か携帯に連絡があったような気がすると思い出しながら、扉を開け招き入れる。そんで開口一番そう言われた。相変わらず、間延びした声で。

 

「ま、来た要件はなんとなく察してる。どうする。何か食べにでも行くのか?」

「それは夜でもいーんじゃないかな。今は……眠い……」

「よくここまで来れたなこの人……」

 

 はてさて個性を使ったのか。

 因みに今俺は枕代わりに抱き付かれている。ソファに寝転がる母親に、そのすぐ傍らで俺が床に座っていて、そのまま腕を押さえられた。これ枕というより暖を取っているだけでは?

 夏場とは言え冷房の効いた室内だ。このままという訳にもいかないだろう。

 

「ほら、適当にブランケットでも取ってきてやるから、一旦離してくれ」

「んー……」

 

 手は離してくれたが、寝ぼけ眼でこちらを見つめる我が母。なんだなんだ。

 

「……ン。まだ、きつい?」

「? 疲労という意味なら、まあ完全には……」

「そーじゃなくて」

 

 ……。

 

「……全く、何でこういう時は異様に鋭いんだ……」

「親なので」

「答えになって……るのかねえのか判断がつかねえ」

 

 まあ普通に考えて息子が雄英生で、体育祭があって、テレビ中継されていると言うのなら、そりゃ観ているだろう。

 となると俺のあの時の試合も観ていたに違いない。そしてそれを観ていたこの母親が、何だかんだ鋭いこの人が気付かない筈もなく。

 今更隠したってしょうがないが、突かれ続けるのもそこそこにキツイよ、ったく。

 

「……きつくはない。きつくはないさ、別に。ただ、俺はどうするのが正解か、分からないままなだけだ」

「……きっと、せーかいなんてないよ。多分今の或鬼には切っ掛けがないだけ。いつか、乗り越えられる。なんて言ったって、私の自慢の息子だもの」

「切っ掛け、ねえ……そんなもの、あるといいがな」

 

 俺の個人感情の問題の解決を他者に求めているような感覚でどうにも腑に落ちないが、実際今のままじゃ変われないであろうことも事実。

 切っ掛け、か。十年近く変わらないこの感情を変えてくれる何かがあるとすれば、それは俺にとって、劇薬のような刺激物になるだろう。

 それがどんなものになるのかは想像がつかない。それが俺にどんな影響を及ぼすかなんてもっと分からない。そもそもどう変わればいいのかも分からない。

 俺は本当に、過去を乗り越えることを望んでいるのだろうか。




 耳郎「……ッシュン!」

 まあ体育祭編Ⅳとは銘打ってるけど、後日談的な、エピローグ的なものしか殆ど残っていないからそりゃこんなに短くなるよねという話です。
 母親登場はなんか原作でも似たような感じだし、文字数稼ぎに使いました。これ姉とか従姉妹とかにした方が都合が良かった説ある?

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 耳郎→一番仲のいい男子。アイツにとってはどうなんだろう。
 相間→よく話す奴。お、一緒に昼飯食おーぜ。


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