悪魔の優雅な休日〜メギド72短編集〜 (シベリアの騎士)
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ダゴンとシトリー 焼肉の教え

 今日の戦いを終え、シトリーがアジトの広間で休んでいると、一人のメギドが話しかけて来た。頭の左右で編んだ小麦色の髪をドーナツのようにまとめた少女だ。確か名前はダゴンだったか。シトリーはあまり話したことがなかったので名前くらいしか思い出せない。

 

「ねえ、もし良かったら私の料理を味見してくれないかしら。誰もいまお腹が空いてないって言うのよ」

 

 活発な調子で喋るダゴンに、シトリーは何となく興味が湧いた。シトリーははるか昔からこのヴァイガルドで、独り幻獣と戦い続けていたメギドである。そして、大の食いしん坊であった。孤独で過酷な戦いも、ヴィータの笑顔と素晴らしい料理があるから続けられたのだ。

 

 対するダゴンは、強大な力を持つメギドの軍団長でありながらヴァイガルドの食べ物に惹かれ、全てを放り出してきた変わり者であった。シトリーはダゴンがこのヴァイガルドで戦う理由を知らなかったが、不思議な共感を抱いたのはそのせいだったかもしれない。ヴィータの文化に真剣に向き合おうとするメギドは少ない。同じ料理を愛するメギドとなれば同志である。

 

「ええ、喜んで。私、料理が大好きなの。ついでにお腹も減っているわ」

「ほんと!? 気に入ってもらえると嬉しいわ!」

 

 心底嬉しそうな様子にシトリーも釣られて笑顔になる。なかなかいい子じゃないか。そう思っていた。

 

 その『料理』を食べるまでは。

 

 数分後、場所を厨房へ移し、二人はカウンターを挟んで向かい合っていた。カウンターの真ん中には紫色の米を炒めたような物体。

 

「これは、なんという『料理』かしら・・・?」

 

 若干引きつった笑顔でシトリーが尋ねる。ダゴンは意気揚々と「『ちゃーはん』よ! お米をたくさんの具材と炒めたの」と答える。これは『傷めた米』の間違いではないだろうか。恐る恐るスプーンを取り、シトリーはひとくち料理を食べる。

 

「ごふっ」

 

 暖かい刺激臭が鼻腔を内側から貫き、シトリーはむせた。目をキラキラさせたダゴンの手前、吐くようなことはしなかったが正直匙を投げたい。手に負えない。

 

(みんなお腹がすいてないって・・・そういうことね)

 

 決して食べられない訳ではないが、食べ物の味ではない。タチが悪かった。どうしたものかとシトリーが悩んでいると、厨房の扉が勢いよく開いた。

 

「ああ〜、またやってるよ。ダゴン、勝手に人を実験台にしちゃダメだって言ったじゃないか」

「先生!? 起きてたのね・・・」

 

 蒼い髪をボブカットにした小柄な女性、フルフルである。彼女はひどいねぼすけメギドであり、大体寝ているか、王都にある自分の料理店を開けたりしている。彼女の料理は大層評判が良く、たまに起きて店を開けると瞬く間に完売御礼、閉店となるのである。そして寝る。

 

 そんな凄腕シェフの弟子が、こんな・・・。と、シトリーは首を傾げる。フルフルは『チャーハン』を取り上げ、少しだけ指でつまんで口に入れた。

 

「・・・運が良かったねシトリー」

「えっ」

 

 助けが入った事がだろうか? そう思うとフルフルは「まだマシだったよ」とカウンターに置いた。シトリーは苦笑いする。

 

「全く、今日は私が料理当番なんだよ。それで来てみればダゴンがシトリーと厨房に行ったって聞いたから。やな予感はしてた」

「うう・・・」

 

 なるほど、フルフルの料理が食べられるとなれば誰も他の食べ物など要らないだろう。ダゴンの実験体となれば尚更である。

 

「さて、せっかくだし手伝ってもらおうかな。ダゴンの勉強にもなるでしょ」

「えっ、いいの? 先生他の人に食べさせる物は手伝わせないのに」

「皮むきとか下ごしらえはさすがに大丈夫だろ。シトリーは予定とかないかい?」

「ええ。あなたの料理を手伝えるなんて、むしろ光栄だわ」

 

 数時間後、いつになく賑わう食堂を影から眺めるダゴンを見つけ、シトリーは声をかけた。

 

「お疲れ様。すごい盛況っぷりね」

「うん。先生の料理だもの。当然よ」

 

 尊敬と信頼、そして仄かな悲哀の響きにシトリーは顔を曇らせる。この子は本当に料理が好きだ。そして苦手だ。理想と現実のギャップに引き裂かれている。

 

「ねえ、ダゴン。もうご飯は食べた?」

「ううん。食べてないわ」

 

 声音からその気分でなかったことは容易に察せられた。

 

「なら、外に食べに行きましょう。私、いいお店知ってるの」

「え・・・」

 

 妙に意外そうなダゴンの顔にシトリーは眉を上げる。

 

「どうしたの?」

「あなたは先生の料理食べないの?」

「・・・そういう時もあるのよ。あなたに食べて欲しい物があるの」

 

 ダゴンはごしごしと目元を拭い、頷いた。

 

 

 三十分後、シトリーとダゴンはテーブルを挟んで向かい合っていた。テーブルの真ん中は円形の網になっており、下から火が出る構造になっていた。

 

「ねえ、このお店はなに・・・?」

「ここはね、王都で一番の焼肉屋さんよ」

 

 シトリーは軽く店についてダゴンに教える。生肉や野菜が運ばれてくるので真ん中の七輪で自分で焼くこと、網の使える面積や食材ごとの焼き上がる時間をよく考えること、生焼けで食べると危ないのでしっかりと火が通ったことを確認すること、などである。

 

「自分で焼くのね。面白そうだわ! それで、調味料はどこかしら」

「この小瓶の中から選ぶのよ。塩、胡椒、焼肉用のタレ。レモン汁とかもあるわ」

 

 ダゴンは子供のように目を輝かせて小瓶を見つめている。愛想のいい店員が盆を持って歩いて来た。

 

「はい、当店自慢の牛ロースでえす」

 

 深紅の宝石のような牛肉を見て、ダゴンが歓声を上げる。「焼いていい!?」と火箸を持つダゴンにシトリーは頷いた。

 

「四枚あるから、まず一枚ずつ焼きましょう」

 

 新鮮な肉を網の上にそっと置くと、炭火特有の心地よい音が響く。わくわくしていたダゴンの顔がふっと強ばった。

 

「シトリー、私こわいの。こんないいお肉、私が焼いて大丈夫かな・・・」

 

 シトリーはニヤリと笑い、肉をひっくり返す。ダゴンもそれに倣った。

 

「私が保証するわ。あなたは失敗しないってね」

 

 なぜか自信満々のシトリーを見て、ダゴンは納得するしかなかった。すごい説得力を感じた。そう、シトリーは食べる専門である。すなわち、どのような過程や技術が料理に存在するのか、あまり知らない。そんな自分でも間違いなく美味いものを作って食べられる。それが焼肉であった。

 

 焼肉はそのシステム上、食材を単純にしか調理できない。そして対面に座っているダゴンと一緒に調理できる。自ら調理した物を自ら食べる、そこには『自由』と『責任』があった。

 

(そう、焼肉は料理の真髄を誰でも味わう事が出来る・・・!)

 

 シトリーには勝算があったのだ。「そろそろね」と声をかけ、お互いに肉を取り皿に引き上げる。

 

「まずこの塩を振ってみて。私と同じように」

 

 シトリーは軽く塩を肉にかけ、ダゴンに渡す。ダゴンはシトリーと同じくらいの塩をかけた。店員が白飯を持って来て、二人の前にそれぞれ置いた。

 

 いただきます、と手を合わせて二人は肉をかじった。柔らかい肉が舌の上でとろける。噛むと旨みが染み出して、塩と絡み合って行く。芳醇な風味が熱と共に鼻を抜け、五感が歓喜する。ダゴンは目をまん丸にしていた。

 

「お、美味しいわ。美味しいわよシトリー!」

「ええ。こういう『料理』もあるのよ、ダゴン。あえてシンプルに。食材の力を信じる」

「食材を信じる・・・」

 

 ダゴンはシトリーの言葉を咀嚼しているようだった。腑に落ちたような、歯に挟まっているような、そんな顔だ。

 

「今はとにかく食べる事ね。あと、ご飯も忘れてはいけないわよ・・・」

 

 肉と米を一緒に頬張ると、これがまた美味い。なぜ米を一緒に食うと美味いのか、シトリーには分からない。難しい事は何も分からない。分からなくても美味い。それで良いではないか。見ればダゴンも夢中になって白ご飯をかきこんでいる。気持ちの良い食べっぷりに、シトリーは頬がほころんだ。

 

「ご飯も不思議なものよね。水を入れて炊いただけ。『だけ』なのにこんなにも美味しいのよ。これもまた、食材を信じるということ」

「・・・すごいわ。シトリー、あなたは私のもう一人の先生よ!」

「そんな大層なものでは無いわ。私は・・・そう。『仲間』よ。同じ料理を愛する者としてね」

 

 二人はとにかく食べた。肉を焼き、野菜を焼き、素材を堪能した。ひとつも食べられない物は無かった。ダゴンは初めて、『食事』を楽しんだ。作って、食べる。シンプルな行為を。

 

 帰り道、二人は果物のジュースを飲みながら歩いた。ダゴンはまだ不思議そうな顔をしていた。

 

「どうして私が焼いた物もちゃんと美味しかったのかな」

「あなたがどんな料理の仕方をしているかは知らないけど、多分理由がわかるわ」

「どんな理由?」

 

 シトリーは少し考えてから、ゆっくりと答える。

 

「あなたは『料理をしすぎた』の。食材は本来、そのままでも食べられるはず。でも食材を信じず、色々と弄りすぎてしまった。あのチャーハンはそんな味がしたわ。『迷い』、そして食材への『畏れ』・・・。神聖視するあまり、手をかけようとしてしまうのね」

 

 ダゴンは考えているようだった。思い当たる節があるらしい。少なくとも今日の経験は、ひとつの道しるべとなる。肉を焼き、塩をかけるだけであんなにも美味いこと。米もそう。ただ炊いただけで、あんなにもいい香りで、美味く、肉に合うこと。

 

「あなたの言う通りだわ。さすがヴァイガルドが長いことはあるわね・・・。料理はしたことあるの?」

「私は食べる専門よ。料理は出来ないわ。旅してた時も釣った魚は焼いただけ。採った獣も山菜も、焼いただけ、あるいは煮ただけとかね」

「だからこそ焼肉に私を連れてきたのね。食材の力を教えるために・・・」

 

 ダゴンは理解したようだ。料理とは食材に力を与える行為ではない。食材の力を引き出す行為なのだ。何もしないこと、それが最高の『調理』であることもある。

 

「分かってくれたようね・・・。料理は確かに深い道なのでしょう。でも食べるということは、本当はとってもシンプルなの。まず食べること、それが大事なのよ」

 

 実はシトリーは一度バラムが教えてくれたパスタのマヨネーズ和えを自分で作ってみたことがある。食べてみて、少しアレンジをした。茹でた卵とブロッコリーをいれ、マグロの身を煮てほぐした物を加えたのだ。それはどこか懐かしい味がした。冷たくしても美味しかったのを覚えている。今度ダゴンとアジトの料理当番にしてもらおう。そうシトリーは思った。

 

 その後、ダゴンが作った「マヨパスタ・ダゴン風」が人気を博すのは、また別のお話である。

 

 

  



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ダゴンとシトリー お礼のショートケーキ

一部メギストのネタバレあり。注意


 

 ダゴンは悩んでいた。シトリーとの焼肉を経て、それなりに料理はまともになってきた。フルフルもダゴンの料理を止めなくなってきたし、ダゴンが食事当番でもみんな普通に食べてくれるようになった。

 

 しかし、ダゴンはいまだ高く分厚い壁に阻まれていた。フルフルの店の厨房を借り、今日も料理の練習をする。

 

「また、こうなるのね・・・」

 

 粘り気を持った、もそもその塊を前にダゴンはうなだれる。なぜパンはいつも失敗するのだろう。ダゴンの原点であるこの「パン」という料理に、彼女はいつも泣かされていた。

 

(あたしはなによりもお菓子が作りたいのに、パンも焼けないんじゃ絶対ムリじゃない・・・)

 

 かつて一度だけ、まともなパンを焼けたことがある。あの時なぜ成功したのか、ダゴンは思い出そうとした。

 

「そうだわ。確かあの時あたしは、人の為にパンを焼いたんだ」

 

 あのヴィータは、王都を出ようとしていた。だから二度と会えなくなる前に、そう思ったのだ。その時のパンはダゴンは食べていないが、フルフルいわくまともだったらしい。

 

 ダゴンは決心した。今こそあの日の力を取り戻す時だ。

 

 

「ねえ、シトリー。何か食べたいお菓子とかないかしら。あの日のお礼がしたいの」

「え、お菓子? そうね・・・」

 

 アジトの広場でくつろいでいたシトリーにダゴンが尋ねてきた。シトリーは驚きつつも、リクエストを考える。シトリーはあまりお菓子に詳しくない。だがひとつだけ、ふと頭に浮かんだお菓子があった。

 

「じゃあ、ショートケーキをお願いしてもいいかしら」

「ショートケーキ・・・。分かったわ! 必ず仕上げてみせるから、待っててよね」

 

 元気よく駆け出していくダゴンを見送っていると、ソロモンが通りがかった。

 

「シトリーって甘い物も好きだったっけ」

「ええ。そういえば前に頂いたテラケーキ、美味しかったわ。ありがとう」

「口に合ったようで良かったよ。たまには甘いのもいいかなと思ってさ。お菓子を食べてるところあまり見なかったから」

「あら、私はなんでも食べるわよ?」

 

 そう言いつつも、シトリーは甘い物を無意識に避けている自分に気付いた。過去の記憶、もう会えない友人との思い出や、ヴィータだった自分の意識といった物を思い出してしまう。シトリーにとって、甘味とはどこか切ない味なのだ。

 

「・・・どうしたんだ?」

「え?」

「いや、なんか寂しそうな目をしてたから」

 

 シトリーは「気のせいよ」と笑う。ソファから立ち上がり、伸びをした。

 

「ちょっと散歩に行ってくるわ。夕飯までには戻るから」

「ああ。気を付けてな」

 

 ソロモンと別れ、シトリーは外へ向かった。アジトの周りは何も無い。かつてハルマが拠点として残した砦であるここは、人の足で訪れるには恐ろしく辺鄙な所にあった。

 

「私は、未熟だったわね・・・」

 

 『シトリー』の意識を取り戻した時、ヴィータの親に礼を言っていない。酷いことを言って飛び出してしまった。今はもう生きていないだろう。そして、ヴィータとしての自分を成長させてくれた友人も、気付けば老人になっていた。まだ若かりし頃の彼女とかつて別れた時も、一方的にこちらが消えただけだ。

 

「やっぱり感傷的になってしまうわね。あいつが見たらなんて言うかしら」

 

 シトリーは傾き始めた太陽を眺め、目を細めた。

 

 

 あれから数日、ダゴンはフルフルの店でショートケーキを練習していた。

 

「せんせー! やっぱり上手く出来ないよぉ〜」

「そんな訳ないだろ〜。ちゃんとレシピ通りやってる?」 

 

 ダゴンは頷く。フルフルはため息をついた。

 

「あのね、レシピ通りにやれてたとしたら、レシピ通りの結果しか出ないの。少なくともこんな霊魂ムースをかじってる方がマシだって思うような物体は出来ないの。わかるかい」

「ひどい〜」

 

 フルフルは冷却貯蔵庫、通称『冷蔵庫』の扉を開けた。こいつは周囲のフォトンを集め、内部を冷却し続けるというハルマ製の優れものだ。アジトから持ってくるにあたりフォカロルを説得するのは骨が折れたが、その甲斐はあった。生モノでも長期間保存することが出来るのはありがたい。

 

「これがショートケーキだよ。私が作ったんだけど、食べてごらん」

「いいの? いただきます」

 

 ダゴンはあっという間にショートケーキを食べ終わる。

 

「何が違う?」

「スポンジがふわふわだし、クリームも滑らかだし、何もかも違うわ」

「まあ、そこが肝だからね。君の料理の仕方は基本的に乱暴なんだよ。スポンジ生地を作る時は、力加減を変えつつ卵液をきめ細かく混ぜなきゃだめだし、クリームは一気に作っちゃダメ。クリームはまず緩く作っておいて、塗る用と飾る用で分けておく。塗る用は混ぜ固めていいけど、飾る用は使う時に改めて混ぜ固める。塗りは思い切りよく一回で塗る。あまり何回も弄らない方がいい。イチゴは力を出来るだけ入れずにナイフの切れ味だけで切る。押し潰しちゃダメ」

「はえ〜・・・」

「他にも細かい所は色々あるけど、慣れるしかないね」

 

 フルフルはクリームがついたダゴンの頬を拭く。

 

「手間をかけるのはちゃんと理由があるんだよ。逆に理由もないのに下手な小細工を仕掛けると味がめちゃくちゃになる。練習だよ」

「うん。わかったわ」

 

 ダゴンは改めて下ごしらえを始める。フルフルの指示を完璧にこなすため、神経を集中した。とにかく正確に。今はただ、レシピを崩さぬ事に専念する。

 

(なんか、いつもと違う)

 

 焼き上がるスポンジ、練り上がるクリーム、その一つ一つが、違う。なんというか、『本物』という感じだ。いつものどこか的外れな感じが無い。

 

 メギドとは『個』。つまり『自我』の塊である。ダゴンは料理をするには余りにもメギドすぎた。いつの間にか、自分のやりたい様にやっている。基本が身につき、理屈を知り、その上でアレンジを加えるのなら、そのエゴも武器となろう。しかし、今はまだその段階ではない。

 

 早い話が、ダゴンは身の程を知ったのだ。そして調和を知る。メギドには到底知りえない感覚。無我夢中で作業を続ける。クリームを塗る。いちごを並べる。スポンジを重ねる。

 

(これは・・・芸術ってやつなのかしら)

 

 音楽や絵、そういった物と同じ。そんな気がした。

 

「はい、完成だよ」

「・・・えっ」

 

 フルフルの言葉に、ダゴンは手を止める。確かにもうやることは無い。ケーキがいつの間にか眼前にあった。少々不格好ではありながらも、間違いなくショートケーキだった。

 

「時間、忘れてたわ。一瞬みたいだったのに、すごく疲れた」

「本当に根を詰めると疲れるものさ。そして良い物になる。ほら、シトリーの所に持っていきな」

「うん! ありがとう、先生」

 

 箱に詰め、ケーキを大事そうに抱えてダゴンが出ていく。フルフルはあくびをする。

 

「疲れた・・・片付け終わったら寝よう」

 

 掃除をしながらダゴンの動きを思い返す。フルフルの指示を全力でこなそうとする姿。凄まじい集中力だった。本人は気付いていないだろうが、一つ一つの工程で『正解』を続けていた。力加減ひとつで仕上がりは変わる。食材の反応を感じ取るセンスは、間違いなくある。

 

(大丈夫。そのケーキは、ちゃんと美味しいよ)

 

 フルフルは、満足そうに微笑んだ。

 

 

 シトリーがアジトを訪れると、広場のソファにダゴンが座っていた。なにやらそわそわしているが、こちらを見るなりとことこ駆け寄って来る。

 

「シトリー! お待たせしたわね。ついにケーキが完成よ!」

「あら、とても楽しみにしていたの。わざわざありがとう」

「こちらこそよ。おかげで色々学んだんだから。よし、さっそく食堂に行きましょ!」

 

 ダゴンに連れられ、シトリーは食堂に入った。テーブルの上には既に、銀色のドームが置いてある。料理に被せるあれはクロッシュと言うらしい。この間アンドロマリウスから聞いた。

 

「はい、座って座って」

 

 シトリーが席に着くと、ダゴンがクロッシュを外した。綺麗なワンホールのショートケーキが姿を現す。それをダゴンが切り分け、皿に盛りつけた。

 

「さ、召し上がれ!」

「ええ。それじゃ、いただきます」

 

 シトリーはフォークを取り、ケーキを切って口に運んだ。柔らかいスポンジが、滑らかなクリームを舌に運んでくる。爽やかないちごの酸味と香りが刺激となり、より一層クリームの甘味を求めさせる。とても美味しい。驚くほど美味しいケーキだ。

 

 シトリーはケーキを食べる。黙々と食べる。ダゴンはわくわくと見守っていたが、シトリーの顔を見て驚いた。

 

「な、なんで泣いてるの!?」

「・・・え?」

 

 シトリーは気付いてなかったらしく、フォークを持ってない方の手で顔をなぞる。

 

「驚かせてしまったわね、ごめんなさい。とても美味しい。そう・・・このケーキ、とても美味しいの。だからかしらね」

「・・・・・・」

 

 ダゴンは目をぱちくりさせていたが、深くは聞かなかった。というより、聞くまでもなかったのだ。シトリーに頼まれ、ホールからおかわりを切り出す。いつの間にかケーキは全て無くなっていた。

 

「すごいわね・・・」

 

 シトリーが「ごちそうさまでした」と言った。立ち上がり、ダゴンの手を握る。

 

「ありがとう。本当に、美味しかったわ・・・!」

 

 そう言って笑うシトリーの顔は、とても明るく、あどけない少女の様だった。ダゴンも笑った。なんだか無性に嬉しかった。

 

 

 ダゴンとシトリーは並んでテーブルに着き、紅茶を楽しんでいた。アリトンがどこからともなく現れて持ってきてくれたのだ。

 

「ショートケーキはね、思い出があるの」

「そうなのね。もしかして悲しい思い出だったりしないよね」

「もちろんいい思い出よ。愛されていたんだって気付いた・・・いえ、思い出したの。それを思い出させてくれたのが、友達の作ったショートケーキだった」

「ふうん・・・?」

 

 シトリーが紅茶をすする。

 

「もう、私がそのケーキを食べる事は出来ない。両親が私にくれるケーキも、友人が作ってくれるケーキも。ある意味、『私』が初めて食べた料理の味・・・。それがショートケーキだった」

「色々あったのね。あたし、ちゃんと作れたみたいでなによりだわ。きっとそのケーキ達、とても美味しかったでしょうから」

「ええ。私が食べさせてもらったケーキは、ほんとにどれも最高のケーキね」

 

 紅茶も飲み終わり、二人は食堂を出た。アリトンは食器はそのままにしておいてくれればいいと言っていたので、甘えることにする。

 

「今日は本当にありがとう。あなた、最高の料理人ね」

「えー! まだまだだよぉ〜」

 

 そうは言いつつも喜びを隠せないダゴンである。シトリーと別れた後、フルフルの所に報告に行こうと考え、「あっ!」とダゴンは声を上げた。

 

「あたし、結局ケーキ食べてないじゃない・・・」

 

 またしても『完成品』の味を知ることの出来ないダゴンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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オリエンスとダゴン 野菜アヒージョに想い出を添えて

一部オリジナル過去設定描写あり。


「ダゴっち、居る〜?」

 

 オリエンスは暇になると必ずダゴンの屋敷を訪れる。気心知れたふたりは他愛もない雑談をしたり、ダゴンがオリエンスのメイクの練習台になったりと平和に過ごす。議席持ちの軍団長同士とは思えぬフランクな関係に、旧世代のメギドは眉をひそめたりもしている。だが、ここはメギドラル。力持つ者が正義であり、彼女達にとっての正義がこの時間と言うだけである。

 

「あ、オリエンス。いい所に来たわね!」

「あはは、ダゴっちいつもそう言うじゃん」

「いつもいい時に来るからよ。あのね、もうご飯は食べた?」

 

 時刻はちょうど昼前だった。オリエンスは首を振る。

 

「一緒にご飯でも食べようと思って誘いに来たの。『あっち』にすごい美味しいお店があってさ。焼肉っていうやつなんだけど」

「あ・・・それ実はこの間シトリーと行ったかも」

「ありゃま」

 

 オリエンスは肩を落とす。その肩をダゴンがぽんと叩いた。

 

「たまには外食じゃなくて、あたしの料理食べてみない?」

「えっ・・・」

 

 オリエンスの顔がほんの少し強ばった。頑張って平静を保とうとしたがそれでもだ。ダゴンのパンの様な何かや、よく分からない物体を間近で見てきたオリエンスとしては、ダゴンが作った料理と呼ぶ物を食べる気にはなかなかなれなかった。友人だからこそ、知っている地雷がある。

 

「そ、そんな・・・悪いじゃんいきなり来て作ってもらうなんてさ〜。あはは」

「遠慮しなくていいのよ! あたし達の仲でしょ」

 

 真っ青な顔をしたオリエンスの肩を抱き、ダゴンはのしのしと厨房へ向かった。

 

 

「どんな料理が食べたい?」

 

 テーブルに着いたオリエンスにダゴンがにこにこと尋ねる。オリエンスは「まともな物」と思ったが口には出さなかった。

 

「そうね、野菜とか好きかな・・・美容にも良いし。でも野菜料理ってサラダとかばっかりになっちゃって、ガツンとくる奴が食べたいかも」

「ふむふむ。野菜料理でガツンと来る奴ね」

 

 ダゴンがむむ、と唸りながら腕を組んだ。しばらく考え、ぽんと手を叩く。

 

「よし、決まったわ! 最近来たニスロクってのが言ってた『アヒージョ』ってやつを作ろう」

「ああ、あの料理人の・・・」

 

 オリエンスは偏屈そうな顔のメギドを思い出す。腕は確かだし、舌も毒舌なことを除けば信頼出来る。とはいえ、ダゴンにその天才料理人から聞いただけの料理が作れるのだろうか。

 

「ねえ、ダゴっち。なんか手伝おうか・・・? 待ってるだけじゃ暇だし、せっかくだから一緒に作ろうよ」

「だめだめ! 今日のオリエンスはお客さんとして待ってて」

 

 こうなるとダゴンは譲らない。オリエンスは介錯を待つ侍のような顔でテーブルに戻った。

 

「じゃあまずは下ごしらえね」

 

 にんじん、ブロッコリー、じゃがいも。様々な野菜を洗って、鍋にぶち込んでいく。ダゴンがにんにくを取りだしたのを見てオリエンスが慌てた。

 

「にんにくはちょっと」

「あ、もしかして苦手?」

「いや、くさくなるじゃん」

 

 ダゴンが不敵に微笑みながら指を振った。

 

「にんにく臭くなるのは熱を通す前に刻んじゃうからなのよ!」

「え・・・? 何か違うの」

「酵素? とかいうのがにんにくを傷付けると染み出して、栄養素と反応しちゃうんだってさ。だから切る前に熱を通すと酵素が壊れるから臭くならないの」

 

 オリエンスは衝撃を受ける。ダゴンが賢そうな事を言っている・・・。いや、バカにしている訳では無いが、ダゴンは基本的に理屈が通用しない。そんな彼女が理論に基づいた知識を蓄積している。その事実にオリエンスは驚愕した。

 

「へえ〜・・・。ダゴっち、もうすっかり料理人じゃん」

「まあ、ニスロクが言ってたんだけどね」

 

 半日ほどぶっ通しでニスロクに料理を作らせて喰らいまくったダゴンが得たのは腹の肉だけではないという事か。オリエンスはちょっと期待しつつあった。

 

「アヒージョは素晴らしいのよ。オリーブオイルってパンチも与えてくれるけどヘルシーだし美容にもいいし、肉にも野菜にも魚介にも合うの。この間よく分かったわ。なによりも・・・」

「なによりも?」

 

 オリーブオイルで満たした野菜鍋をダゴンが火にかけた。

 

「とっても簡単!!」

「なるほどね」

 

 しばらくすると、香ばしいにんにくの香りが漂ってきた。ダゴンが火を弱め、煮込む間に別の作業に取り掛かる。

 

「次は何を作ってるの?」

「凍らせたトマトを潰してジュースにするの。はちみつとレモンで味付けするだけでとっても美味しくなるのよ〜」

「ああー、たしかに美味しそう。油っこい料理に合う感じがする」

 

 シャクシャクと凍ったトマトを潰す涼しい音が響く。鍋がぐつぐつと煮える音と相まって、オリエンスは空腹を感じ始める。早く食べたい。そんな風に考えている自分に気付き、驚く。

 

(ダゴっち、変わったな・・・)

 

 そういえば、ダゴンとの出会いはなんだったか。そうだ、確か王都に初めて訪れた時に・・・。

 

「出来たよっ。『野菜たっぷりアボカドアヒージョ、トマトフローズン添え』」

「おおーっ」

 

 金色のとろりとしたオイルの中で野菜達が輝いていた。ガラスのコップに注がれた深紅のジュースが雫を纏っている。

 

「この雑穀パンを最後にオイルにひたして食べると美味しいのよ。雑穀パンはパサパサしてるから相性がいいの。栄養もあるし」

「考えてあるのね・・・。早速頂くわ!」

「うん。召し上がれ!」

 

 オリエンスはスプーンをとり、アボカドをすくった。少し冷ましてから口に入れると、とろとろの食感とにんにくの風味が広がった。野菜なのにとても満足感がある。にんじん、ブロッコリー、きのこ、どれも違った食感、風味を伴って味覚を楽しませてくれる。

 

 熱くこってりした料理の合間に、キンキンに冷えたトマトジュースを飲み干す。爽やかな甘みと酸味がシャリシャリした果肉の中で弾けて、冷涼な波となって喉を流れ落ちていく。

 

「これは・・・美味しいっ」

 

 オリエンスは夢中になって食べた。皿に残ったオリーブオイルも全部パンに吸わせて食べ切った。トマトジュースをおかわりして、最後にぐっと一息にやった。ぷはっ、と満足気な吐息と共にオリエンスがコップを置く。

 

「ごちそうさま〜! 凄いじゃんダゴっち、めちゃめちゃ美味しかったよ!」

「ほんと!? よかったあ」

 

 オリエンスの惜しみない称賛に、ダゴンも最高の笑顔を浮かべる。ようやくダゴンは自分一人の力で、誰かに美味しいと言って貰えることが出来た。それが友人なら尚更嬉しい。二人は今、とても幸福だった。

 

 

 ダゴンの屋敷のバルコニーで、二人は外を眺めていた。美しく、寒々しい景色。この景色に飽きてオリエンスはヴァイガルドに飛び出し、ダゴンは豊かな食に魅せられてヴァイガルドに飛び出した。跳ねっ返り同士の同盟。

 

「ねえ、ダゴっち。初めて逢った時のこと覚えてる?」 

「ほえ?」

「あ、いまアヒージョ食べてるのね・・・」

 

 もぐもぐと口を動かすダゴンに呆れつつ、オリエンスはふふっと笑う。

 

「そうそう、そんな感じであの時もダゴっちはずっと何かを頬張ってたの」

「そだっけ」

「うん。あたしがまだヴァイガルドのこと何も知らない時に、色々教えてくれたでしょ」

 

 

 何年か前のことである。何度かヴァイガルドを訪れる内、王都にたどり着いたオリエンスはその街の規模に圧倒されていた。ヴィータの規律など何も分からずただうろうろとさまよっていた時、異彩を放つ少女が居た。その少女は飽きること無く出店や料理屋の食べ物を買いまくっていた。食べて、次。食べて次。オリエンスは興味を持ち、なんとなくその後を尾けていった。

 

「ねえ、あんたさっきから着いてきてるけど、何か用?」

「えっ」

 

 突然ダゴンが振り返り、尋ねてくる。とは言え警戒している素振りはない。ただ興味本位といった様子だった。その証拠に今も何かをかじり続けている。

 

「別に、たまたまよ。ヴィータに用なんて無いわ」

「ん、ヴィータ? ああ、あんたもメギドね!」

「えぇ!?」

 

 驚くオリエンスにすっと近付き、何かを差し出してくる。それは小さなマフィンだった。

 

「ヴィータが作る食べ物って美味しいのよ! あんたが料理を気に入るかどうかは知らないけど、なかなかヴァイガルドって捨てたもんじゃないわよ。んじゃね」

「え、ちょっと待って。あんた名前は?」

 

 ダゴン〜、と適当に答えながら少女は去っていった。オリエンスはマフィンをかじる。

 

「あまくて、美味しい・・・」

 

 まるで施しを受けたようで癪だった。だが、オリエンスは感謝をしていた。この世界に興味が湧いた。色々とヴァイガルドについて学びながら、オリエンスはメギドラルで勢力を拡大していく。なにより、ヴィータの軍隊というものはオリエンスに鮮やかなインスピレーションを与えてくれた。統一された組織の強さ。これはメギドラルでも使える。

 

 そうしてメギドラルで戦いを続けるうち、ある圧倒的な敵の前にオリエンスは倒れる事になる。メギド体を維持出来なくなり、敵の目前で彼女は非力なヴィータ体になってしまった。死を覚悟したその時だった。

 

「あれ。あんたあの時の」

「は・・・?」 

 

 戦っていた相手が突然ヴィータ体に戻る。ダゴンと名乗った少女がそこにいた。

 

「ああ〜っ!?」

 

 

「ああ、そうだった、かな」

 

 首を傾げるダゴンにオリエンスは頷く。

 

「あの時のお菓子、美味しかった。そしてあのお菓子があたしの命を救ったし、ダゴっちとあたしの仲を繋いだ。あたしはヴァイガルドと、ヴィータの作った料理ってモノに感謝してる」

 

 神妙な顔をしたオリエンスの顔をダゴンはぽかんと眺める。

 

「おかげであたしも可愛い物探しとかオシャレとか、好きな物を見つけられたし。今日みたいに美味しい物も食べれた。ありがとね」

「どうしたのよオリエンス。いきなり」

 

 心配する様なダゴンの様子にオリエンスは顔を赤くする。

 

「なんでもないわよ! ちょっと、感動しただけ。ダゴっちずっと頑張ってたんだなって分かったから」

「そうだよぉ、とっても大変だったんだから!」

 

 ダゴンが胸を張る。オリエンスは正直ゲテモノを食べさせられると思った自分を恥じた。だが胸にしまっておくことにする。

 

「またダゴっちの料理、食べさせてね。あたしも何かお礼考えとくから」

「うん。また食べて!」

 

 オリエンスはダゴンと別れ、自分の屋敷に戻る。その日の夜、オリエンスは自分の部屋で銃の手入れをしていた。分解、清掃。油膜の引き直し。逆の順序で正確に組み上げていく。

 

「銃を使ってメギド体に頼らない戦い方を考えるきっかけをくれたのも、ダゴっちなんだよ」

 

 元の姿を取り戻した愛銃を撫で、オリエンスは呟く。

 

「ダゴっち。あんたはいつかメギドラルから狙われる。その時は・・・」

 

 銃を構え、空撃ち。かしゃんっと小気味よい金属音が響く。異常無しだ。

 

「あたしが一緒に戦ったげる。最後まで一緒なんだから」

 

 

 

 

 

 

 



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ソロモンとバティン 耳かきと恋愛相談

 ソロモンがアジトの広場でのんびりしていると、なにやら右の耳の中でごそっと異音がした。正確には「ような気がした」なのだが、一度気になってしまうとこういうのは悪くなるばかりで、今すぐにでも耳の穴を大掃除したくなってしまう。

 

 しかしソロモンは耳の穴に突っ込むのにおあつらえ向きな道具など持ってはいない。小指で何とかしようとしたがどうしたって耳の細くなる穴の入口に阻まれた。致し方あるまい。医務室へGOだ。

 

「もしもし、誰か居るかな」

 

 医務室の扉をノックして中に入ると、バティンがいた。

 

「あら、ソロモンさん。どうかしましたか」

「いや、なんでもないよ。お邪魔しました」

 

 踵を返すソロモンの手が後ろにねじられる。なんというスピードで接近してきたのか。職業は看護師など虚偽申告も甚だしい。アサシン兼尋問官だ。

 

「逃がすとお思いですか」

「いてててて・・・折れる!」

 

 この女、怪我をさせるために医務室に居るのか? ソロモンは大人しく白状した。

 

「大したことじゃないんだ。耳の中がごそごそして、なにかいい道具とか無いかなと思っただけなんだよ」

「取ってあげましょうか」

「痛くないよな?」

「痛い訳がありませんよ。怪我もしてないのに」

「させようとしてなかった?」

「いつ?」

 

 ソロモンは首を振った。もはや何も言うまい。

 

「で、どうするつもりなのかな」

「耳かきで取るだけです」

「耳かき?」

 

 バティンは長い爪楊枝のような、とても細長い匙のようなものを取りだした。なるほど、これなら耳の中にも差し支えなく入りそうではある。問題はあれをソロモンの耳の中に突っ込むのがバティンだと言うことだ。

 

「さて、始めますか」

 

 バティンはベッドに腰掛け、びくびくしているソロモンを見上げた。

 

「なにぼさっとしてるんですか。ほら、早く」

「え?」

 

 バティンがぽんぽんと自分の膝を叩く。

 

「ここに頭を乗せてください。安定しませんので」

「は、はい・・・」

 

 ソロモンは恐る恐る、右耳が上になるように膝に頭を託した。なんだかギロチンにかけられている気分である。その余りにも緊迫した状況にそぐわない、不思議な柔らかさとふわっとした甘い香りにソロモンは余計に緊張した。

 

「動かないでくださいね。入れますよ」

「はい」

 

 一ミリたりとも動くものか。死んでしまう。息すら詰めてソロモンは身体を固くしていた。不意に、耳にふーっと息がかけられた。

 

「わーっ!!」

「動かないでと言ったでしょう!」

 

 ガシッとバティンの左手がソロモンの頭を掴む。異常な力だ。

 

「だっていきなり」

「軽く耳垢を飛ばしただけです。それに」

 

 一度バティンは言葉を止めた。

 

「それに、なんだか緊張しているようだったので」

「へ?」

「なんでもありません。医療ミスです」

「穏やかじゃないな・・・」

 

 いよいよ耳かきが耳の中に入ってきた。かり・・・かり・・・と小さな摩擦音が耳の中に響く。痛くない。それどころかなんだかくすぐったくて、眠気すら誘いそうだ。

 

(あ、これ・・・けっこう良いかも)

 

 ようやく身体から力を抜くことができたソロモンは、静かに目を閉じていた。バティンも黙って耳掃除を続けている。時々耳かきを取り出して布で拭いたり、なにやら他の道具などに持ち替えたりはしているようだが、全く苦痛などが与えられることは無かった。

 

「ソロモンさん、どうですか」

「うん? どうって」

「悪くは無いでしょう」

「ああ。むしろすごく心地良いよ」

 

 今バティンがふっと微笑んだ気がしたが、気のせいだろうか。なんにせよ耳を破壊されなければ御の字である。いや、バティンは決して残るような危害は加えないのだが・・・。

 

「ソロモンさん、緊張していたのはなぜですか」

 

 不意にそんな事を聞かれた物だから、ソロモンはとっさに返事できなかった。まさか耳を拷問されると思っていたなどとは言えない。少なくとも現実として痛い事はされていないのだから。

 

「いや、女性の膝に頭を乗せたり、耳を触られたりなんてした事ないからさ。あはは・・・」

 

 完璧な答弁だ。ソロモンは力強く自画自賛した。唐突にバティンの手が止まる。なにか、まずいことを言っただろうか。にわかにソロモンの胸中に暗雲が立ちこめる。

 

 バティンの行動に意識を集中していると、ソロモンの頭がそっと撫でられた。そう、撫でられたのだ。ソロモンは驚愕し、耳かき中に頭を動かすとバティンじゃなくても危険だということすら忘れて頭を起こした。バティンの顔を見ると、彼女も驚いたような顔をしていた。

 

「あ、ごめん。動いちゃまずかったよな・・・」

「・・・・・・」

「その、バティン?」

 

 なぜか悲しそうに見える目にソロモンの不安は微妙にその形を変えた。恐怖と言うより、興味へと。

 

「なんか、怒ってる?」

「いいえ。そう見えるとしたらあなたの修行不足ですよ。続けます」

「はい・・・」

 

 自分の修行不足とはどういう意味だろうか。ソロモンは釈然としないながらも取り敢えず機嫌を損ねた訳では無いならいいかと頭を再び寝かせる。

 

「なんで撫でたのか聞いていいか? 嫌だったとかじゃなくて、気になっただけ」

「撫でたくなったので」

「・・・そっか。え?」

 

 百万パーセント、バティンらしくない台詞だ。頭が自由だったら二度見していた。

 

「その、なんでかな」

「撫でたくなったと言ったら撫でたくなったのです。逆に、嫌だったら答えなくてもいいので私も質問してもいいですか」

「うん」

「恋をした事は?」

 

 ソロモンが黙った。バティンはそれが困惑や時間稼ぎなどではなく、真にシリアスな思考や感情が彼の中で動いたのを知っていた。だからそのまま黙って耳掃除を続ける。

 

「ない、と言えば嘘になるかな・・・。振り返ってみればだけど。なんで?」

「あなたはソロモン王です。しかし、あなたをソロモン王としてだけ、皆が慕っているわけではありません。そして、あなたを慕っているのはメギドだけでは無いはずです」

「・・・・・・」

「あなたは、若い。ヴィータとしてまだあらゆる道が残されています。ソロモン王としての責務だけであなたが人生を送っていないか、私は心配になりました」

「なんだか、バティンらしくないな」

「らしい、というのがよく解りませんが。一人の女として気になっただけです。あるいは『個』として」

「なるほど」

 

 『個』という単語でソロモンは納得した。そういう意味では、確かに自分は『個人』ではなく、『機能』として行動しているのかもしれない。

 

「俺がいろいろ我慢してたり、自由が無いと思ってたりしてないかって心配してくれてるんだよな」

「そんな所です」

「ありがとう。でも、俺は今がすごく楽しいよ。戦い始めたのは確かに復讐心が全てだったけど、ちょっと変わってきた。今は、ただ守りたい」

「誰の為に?」

「誰のためって、皆の為だよ。それぞれの大切なものの為に」

「そこにあなたは居ますか?」 

 

 ソロモンが黙る。

 

「俺が、『そこ』に居る?」

「あなたの大切な物は、あなたの物ですか?」

「それは、重要な事なのかな」

「そのはずですが。ところで、右の耳が終わりましたので左耳を上にしてもらってもよろしいですか?」

「あ、うん。分かった」

 

 とは言ってもどうしよう、とソロモンは考えながら身体を起こそうとした。が止められる。

 

「わざわざ反対側まで動かなくてもいいですよ。身体の向きだけこっちに変えてくれれば」

「そっか」

 

 くるっと反転して、ソロモンはぎくっとした。バティンの腹部が目の前にある。別に裸だったりする訳ではないのだからなにも気にしなくてもいいはずなのに、緊張する。

 

「どうかしましたか?」

「お腹が近い・・・」

「ああ、顔の前に何かあると嫌な人もいますね。身体ごと動きますか?」

「そういうわけではないけど、その」

「触ってみます?」

「なんで!?」

「冗談ですよ」

「真顔で言うからな・・・」

「まあ触っても構いませんけどね」

「遠慮しとく・・・」

 

 耳の向きが変わってもバティンは手際よく掃除を続けた。むずむずしてたのは右耳だけだから左は別にしなくてもいいのだが、今更断る理由もない。ソロモンはなんとなくバティンに質問をし返す事にした。

 

「バティンは好きな人とか居るのか?」

「おや、積極的ですね」

「す、すみませんでした」

「どうして謝るんですか」

「やっぱ失礼だったかなって」

 

 ソロモンがごにょごにょ言っているが、バティンはそれを遮るように答えた。

 

「ソロモンさんの事はわりと好きですよ?」

「えっ」

「ヴィータにしては、見所があります」

「あ、ありがとう。でもそれは恋とかじゃないよな」

 

 バティンは黙る。そう、恋ではない。しかしこれは何と言うのだろうか。バティンも言語化は出来ていなかった。

 

「興味、ですね。ソロモン王という個人が、どのような人格を持っているのか。どのような人生を望むのか、あるいは歩む事になるのか」

「ソロモンとしての、俺に・・・かな」

「かもしれませんね。ともすれば失礼な話ですが・・・。しかし」

「うん?」

 

 バティンの手がソロモンの耳をくすぐった。 

 

「わーっ!!」

 

 頭を動かしたソロモンを、バティンは叱らなかった。彼女は、あははっと笑った。そう、笑ったのだ。ソロモンは二度見した。

 

「ソロモン王があなたで良かったと、本当に思っていますよ」

「・・・・・・そうか」

「だから、あなたはもっと勝手に生きた方がいいです。どうせあなたの事だから、良い風にしかなりませんよ。それをもっと見たいのです」

「俺個人として、か」

 

 バティンが頷く。

 

「さて、ちょうどいい頃合です。もう耳はすっきりしましたか?」

「あ、うん。すごくすっきりした。ありがとう」

「まあまた何時でも来て下さい。怪我人でも居ない限りは暇なので」

「分かった。怪我してなければまた来るよ」

「・・・なるほど?」

 

 バティンの目がすっと細められたのを見てソロモンは部屋を飛び出した。お礼は言いつつ。

 

「ほんと、いいキャラしてますね。あの人は」

 

 バティンは再び、ふふっと微笑んだ。ハサミを磨きながら。

 

 

「あれ、アニキ。怪我でもしたのか? 医務室から出てきたけど」

 

 廊下に出るとモラクスが声を掛けてきた。ソロモンは少し息を切らしながら首を振る。

 

「いや、怪我は無いよ。あったら無事に出てこれなかっただろうな」

「ああ、バティンのねーちゃんか! まあ怪我してねえならなによりだな」

「ちょっと耳がゴソゴソしたから見てもらったんだ。モラクスはどうかしたのか?」

「いや、特訓がてら斧ぶん回してたらちょっと筋肉痛でさ。しっぷ? とか言うのを貰ったらどうだってガープが教えてくれたんだ」

「なるほどな。まあ、それなら大丈夫か」

「やばかったら逃げるって! じゃな〜」

 

 モラクスを見送り、ソロモンはそういえばと思い出す。

 

(ガープもブネも、ヴィータの家族が居たな。彼らはいま幸せなんだろうか。一人の、ヴィータの『個』として)

 

 戦っているのは何故だろう。彼ら自身の大切な物の為だろうか。そこには多分、彼らが『居る』のだろう。

 

(もしあの二人がまた酒場に行くなら、一緒に行ってみようかな・・・)

 

 頼れるメギドではなく、一人の人生の先輩として。彼らと話してみたい。ソロモンはそう思いついて、広場へと向かった。

 

 

 



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ソロモンとサキュバス 夢のまた夢を

 ソロモン誘拐事件の実行犯であるアガリアレプト達が仲間になってからひと月が立った。サキュバスは今日もソロモンや他のメギドと幻獣退治に勤しんでいた。

 

「もぉ〜、お兄ちゃん働きすぎィ! ちょっとくらいお休みの日があってもいいじゃん」

 

 文句を言いつつもしっかり幻獣を退けるサキュバスにソロモンが頷く。

 

「そうだな。みんなにも休んでもらわないと」

「休めるのは歓迎だが、今じゃねえ。相談は後にしろ」

 

 ブネが大剣を構え、幻獣が投げてきた石を防ぐ。ベリアルが石の飛んできた方へ射撃する。離れていても分かるくらい幻獣が派手に弾けた。辺りから剣呑な気配が消える。ポータルに戻る途中、たわいもない雑談をするのがお決まりだった。ベリアルがいつも噛んでいるお菓子を取り出す。

 

「この『ふうせんかむかむ』はいいぞ。いつでも食べられる。飲み込んではいけないらしいが」

「なにそれ、おいしいの?」

「マズい」

「えぇ・・・」

 

 ベリアルが差し出してくる『ふうせんかむかむ』をサーヤが迷惑そうに受け取る。仕方なく噛んでみたが、別に不味くない。少し辛いが、爽やかな香りがした。鼻がすっと通る感じがする。

 

「いい香りするじゃん。おいしいよ?」

「そうか、ならよかった。おまけもやろう」

「いや、もういいわ・・・」

 

 ベリアルがお菓子を風船のように膨らますのを見て、真似しようとしたが難しい。練習がいりそうだ。

 

「オマエもいるか? ブニ」

「ブネだ・・・まあお前にしちゃマシな間違いか。俺はいらねえ」

 

 ブネが首を振る。ソロモンがベリアルの肩をつついた。

 

「良かったら俺もひとつくれないか? ちょっと気になってきた」

「ああ、いいぞシャックス」

「シャックスは居ないよ・・・」

「ん・・・知ってた」

 

 ベリアルが言うと途端に怪しい。ソロモンの手にベリアルが菓子を渡そうとした時だった。ベリアルが落とした菓子はソロモンの手のひらではなく、地面に落ちていく。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 急に力無く倒れかかるソロモンをベリアルが支えようとするが、身体が小さいせいでよろめく。

 

「コイツ、重い」

「お兄ちゃん!」

 

 サキュバスとブネが駆け付け、ソロモンを支えた。ブネがソロモンを背負う。

 

「何だか分かんねえが一大事だ。大至急で近場のポータルまで走るぞ」

 

 

 

 

 アジトに着いた時、サキュバスとベリアルはぜえぜえと肩で息をしていた。

 

「ソロモンは俺が医務室に連れていく。解散だ。ゆっくり休んでな」

 

 ブネは涼しい顔で医療系メギドが居る医務室へソロモンを運んでいく。

 

「私も・・・筋肉もりもりに転生したかった・・・。もう歩けん」

「サーヤは、今の身体、気に入ってるけど、こういう時困るね・・・」

 

 ポータルの見張り当番をしていたマルコシアスが心配そうに声をかける。

 

「ブネは特別鍛えてますから。お疲れ様でした。彼の言う通りゆっくり休んでください」

「そうしよう・・・湯浴みがしたい」

「私もお風呂入りたいけど、お兄ちゃんが心配・・・」

 

 医務室に行こうとするサキュバスをベリアルが呼び止める。

 

「どうせやる事はない。ユフィールやバティンの邪魔になる。そんな事より湯を沸かすのを手伝え」

「えぇ〜」

 

 やっとの事で入浴に十分な湯を用意し、サキュバスは身体を洗い終える。

 

「やっぱり心配だなあ・・・お見舞いくらい良いよね?」

 

 サキュバスが医務室の扉を開けると、ユフィールが居た。

 

「ねえ、お兄ちゃん居る?」

「お兄ちゃん・・・、ああ。ソロモンさんですね。一時的なフォトン中毒ですが時間経過でなんとかなるので、自室療養に致しました」

「フォトン・・・中毒?」 

「ようするに、戦いすぎですね〜。あくまでソロモン王はヴィータですから、我々のようにフォトンが溜まったからと言って消費したり出来ないんですよ」

「なるほどね。ありがとう、ユフィール」

 

 サキュバスは礼を言い、医務室を出る。ソロモンの部屋にたどり着き、扉を小さくノックする。返事が無い。

 

「お邪魔しまぁす・・・」

 

 部屋に入り、ソロモンのベッドに近づく。意識は無いようだが、苦しそうだ。

 

(どんな夢見てるのかな。それとも夢なんて見られないくらいしんどいのかな)

 

 ベッドの脇に膝立ちになり、横顔を眺める。整った顔をしているな、とサキュバスはふと思った。しばらく眺めていると、疲労のせいか眠気がしてくる。ソロモンのベッドに突っ伏すような格好で、サキュバスは少しだけ目を閉じる事にした。

 

 

 

 

「頭、いて・・・」

 

 ソロモンが頭痛と共に目を開ける。窓の外は金色で、夕方頃だと分かる。森にいたはずなのに自分の部屋ということは、ブネが運んでくれたのだろうか。なぜ気を失ったのだろう。ソロモンは身体を起こそうとして、すぐ側にサキュバスの頭があるのに気付いた。

 

「えっ、サーヤ!?」

「んん・・・あ、お兄ちゃん起きた!」

「あ、ああ。おはよう・・・心配かけたかな。ごめん」

 

 ツインテールを揺らしながらサキュバスが首を振る。しかし彼女は嬉しそうな顔を引っ込め、頬を膨らませた。

 

「だから言ったでしょ、戦いすぎなんだって。フォトンちゅーどく? なんだってさ」

「そういうことか。なんとなく分かった気がする。身体が妙に重くて、熱っぽい。酷い風邪をひいたみたいだ」

 

 その言葉を聞いてサキュバスは何か考えているようだった。突然「あっそうだ!」と声を上げる。

 

「お兄ちゃん、ちょっとだけフォトンちょうだい」

「な、何をするんだ?」

「いいからいいから。サーヤ閃いちゃった♪」

 

 こうなるともう言う通りにしてあげた方がいい。ソロモンはそう直感した。そんなに量がいらないなら、大抵どうにかなる。フォトンを受け取ったサキュバスが大きな飴のような武器を取り出した。

 

「お兄ちゃん、(フォトンが)溜まってるんでしょ? だからぁ、サーヤが抜いてあげる・・・」

「えっ、ちょ、ちょっと」

「すぐ楽になるからね〜。サーヤの手にかかればあっという間なんだから」

 

 サキュバスの大きな飴がソロモンの胸に当たる。心臓の近くだ。ソロモンが息を詰めて見守っていると、だんだん楽になってくる。頭の中に詰まった焼けた砂が抜けていくような、優しい感覚だった。じっと目を閉じていると、サキュバスの飴が離れる。金色に輝きを持ったそれを、サキュバスが満足そうに見つめた。

 

「どう、お兄ちゃん? 気持ちよかったでしょ」

「確かにすごく楽になった。ありがとうサーヤ」

 

 サキュバスの得意技であるフォトンの吸収を応用したのだろう。さすが純正メギドだけあって能力を活かした機転が利く。サキュバスは大きな飴をぺろっと舐めた。

 

「んん〜! すっごく濃くて美味しい・・・。こんなに良いの、初めてかも」

「・・・・・・」

 

 ソロモンはなぜか落ち着かない気持ちになってきた。なんだろう。ただフォトンを取り出してもらって、サキュバスがそれを吸収しているだけだ。

 

「あの、サーヤ。今食べるのか・・・?」

「あまり長く貯めておけないの。すぐ食べないと消えちゃうから」

「そっか・・・」

 

 サキュバスが艶めかしく飴を舐め続けるのを、ソロモンはできるだけ意識しないようにした。

 

「どうしたのお兄ちゃん、顔赤いよ。まだ熱ある?」

「大丈夫。大丈夫」

「え〜?」

 

 サキュバスの手がソロモンの額に当てられた。柔らかい、ひんやりした感触。なんだかくすぐったい。

 

「やっぱりまだ具合悪そうだね。そろそろ失礼させてもらおうかな」

「ああ、わざわざ治療までしに来てくれたのに悪いな。今度なにかお礼をするよ」

「ほんと!? じゃあ〜・・・デートがいいなっ」

「わ、分かった。どこがいいかその時また教えてくれ」

「約束ね〜♪」

 

 サーヤは上機嫌でドアまで向かった。振り向いてソロモンに手を振る。

 

「じゃね、お兄ちゃん。美味しいのたっぷりくれてありがとうね!」

 

 サーヤが出ていく。ソロモンは見送ってから、腕を組んで考える。

 

「・・・なんか、すごく落ち着かなかった」

 

 陽はすっかり落ちて、窓の外は紺色になっていた。気分は良くなったが、長い夜をソロモンは悶々と過ごすことになった・・・。

 

 

 

 

「お兄ちゃんとデート、お兄ちゃんとデート」

 

 るんるんといった様子でサキュバスは部屋まで戻る。ベッドに飛び込んで転がり回った。

 

「私いま、すっごく幸せかも?」

 

 サキュバスは枕を抱きしめる。101年の夢を覚えていない彼女は、その来るべき現実の一日に胸を躍らせる。楽しい未来。確かな時間。

 

「どこに行こうかなあ。お買い物もいいけど、たまには海とか、なんにも無いところでのんびりするのもいいなあ。それで夕日を見ながらキスなんてしちゃったりして。これからもずっとそうやって二人で・・・」

 

 そこまで夢を膨らませ、サキュバスはふふっと笑う。

 

「な〜んて。夢のまた夢、かな・・・?」

 

 

 

 

  

 

 

 



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