ようこそ才能至上主義の教室へ (ディメラ)
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Chapter1
ようこそ才能至上主義の教室へ


 

 

「才能」

 

 

 生まれつき持っているという意味の「才」、ある物事ができるという意味の「能」、これらの単語が熟語になり、生まれた時から持っているある物事に対して力を発揮できる能力こそが「才能」という言葉。

 

 すなわち才能とは、先天的に備え持っている力と定義することが出来るでしょう。

 

 しかしこの定義には賛否両論があります。

 

 才能は先天的にではなく後天的に、すなわち努力で身につけられるものだという主張。

 才能に関しての議論はこの2つの主張が常にいがみ合っていると言っていいでしょう。それは現代の知識人はもちろんとして、過去の偉大な哲学者達ですらも主張は分かれている。

 ロックとデカルトの対立は非常にわかりやすい例でしょう。

 

 彼らの事を少しだけ説明すると17世紀頃に発展した経験論と合理論と呼ばれる後世に大きな影響を与えた思想を持った者達であり、経験論を主張したのがロック、合理論を主張したのがデカルトです。

 この2つの思想の違いを説明するには時間がかかるのでこれ以上は説明しないが、経験論と合理論は対称的な考え方をしているという事は頭に入れて置いて欲しい。

 

 なぜ彼らが対立したか、それを一言で言えば生得観念、人間は生まれながらに善悪を判断する能力を持つとする考えの賛否です。デカルトは合理的に物事を考える力、すなわち「良識」が生まれた時から誰にも公平に与えられていると主張した。

 

 これに対してロックは人間は生まれた時は「白紙」、すなわち何もない真っ白な状態であり、全ての知識は経験に由来すると主張した。

 

 先天的か後天的かの考え方の根本はここかもしれません。そしてこの考え方が才能の議論に発展し、さらに「平等」の議論へと飛躍する事も可能でしょう。

 では平等とは何かを少し考えてみましょうか。

 ここまで僕の話を聞いてくれた皆さんにある問題を答えて欲しい。

 

 問い:人は平等であるか否か

 

 現代社会において平等とは何でしょうか。近代化された社会では平等という言葉は売り文句のように多用されています。

 

 男女の差別、歴史を辿っていけば両手ではまったく数えられないほどの差別が上げられ、それは今現在でも少なくない数の差別が残っている。

 

 生まれた時点で何かしらの異常を持った人間を「障がい者」と区別、もとい差別をしている。社会という範囲の中で特定の地域をさらに限定すれば、部落差別という言葉も出てくるでしょう。

 

 ここでの例をさらに掘り進めて行くのは時間の無駄なので先に結論を言いましょうか。

 

 人は全く平等ではない。

 

 平等を探すよりも差別が先に見つかる社会が今僕たちが住んでいる現代社会。

 

 そしてそれは労働においては顕著に現れている。

「使う者」と「使われる者」、後者のことを「社会にとって重要な歯車となった」とはよく言ったものでしょう。代替可能な存在であり、機能停止した歯車は即廃棄し、修理なんてことはしない。

 

 前者は後者を利用するだけ利用し、莫大な富を得て人生を謳歌することが出来るのでしょう。平等の文字なんて少したりとも浮かんでこない。

 

 素晴らしくも絶望的な社会です。カール・マルクスが危惧していた事は当たっていた。

 そしてそれは誰も歴史から何も学んだことを生かさず、私利私欲のために動いていることこそが今の社会という結果を作り出したのでしょう。

 この社会が続くにつれて「使われる者」はいずれ自己の存在意義が分からなくなり迷走する。最終的には「希望」とやらを求めることで自分の恐怖を何かに押し付ける。

 その何かは他者であったり、物であったり、あるいは……

 

 

 さて、「平等」を達成するためにはどうすればいいのか? そのツマラナイ答えを僕は分かっていますが、こういう事は万人が自ら考えた方が良いでしょう。

 

 ただ1つだけ僕の意見を言いましょう。ですが十中八九あなた達は酷く激昴するでしょう。でもそうやって激昴する事自体が僕にとってはツマラナイ。

 

 

 ───才能のない人間達は、ダニのようなものです。

 平等なんて言葉はどこまでいっても理想を求める者の言葉、そんな事を考えるくらいならば素直に諦めて他の事を考えた方が良いでしょう。何せ生まれた時から不平等は始まっている。

 なぜなら「才能」と「平等」は切り離せない言葉なのだから。

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 4月に学校で起こる事とは何だろうか。すでに在学している学生ならば学年が1つ上がり良い意味でも悪い意味でも変化が起きる時だろう。

 例えば仲の良かった友達とクラス替えによって離れ離れになってしまうといった別れ、逆にクラス替えによって新しい友達を作れるといった出会いなどがあげられる。

 だがそれでも4月の学校行事と言えば入学式だろう。校門の前には、まだ汚れが全くない真新しい制服を着た新入生達が登校している姿が見える。彼らの青春というものが始まる素晴らしい時期だ。そして春風は彼らの青春を応援するかのように優しく靡いていた。

 

 

「……超高校級の希望と呼ばれた僕が再び学校というものに入学することになるとは……さすがにこれは予想外でしたね」

 

 校門を通るとすぐに新入生のクラスが貼られている掲示板がある。そこで自分のクラスを確認し終えたと思われる新入生が独り言をこぼす。

 その少年は特徴的な外見をしている。他の色が入る隙間を許さないほど真っ黒に塗りつぶされ、腰にまで届きそうなほど長いにもかかわらずきちんと手入れされている髪。

 そしてその黒い髪の間から見える赤い瞳は全てを見通していると認識してしまうほど強く、そして冷たい。

 他の顔のパーツは整っており、総合的な顔の評価は高いと言えるだろう。

 

 黒髪の少年が指定されたクラスの方へと歩きだそうとした時に面白い偶然が起きる。

 それは彼の前方でやや薄い水色の短髪の少女がハンカチを落としたことだ。

 そのまま歩いていくことから少女は落としたことに気がついてないのだろう。そんなことに黒髪の少年は気づいたのか少女に小走りでハンカチを届けようとしている。

 青春の始まりとはこういう事を言うのだろうか。黒髪の少年も一般的な男子高生ならばこれをきっかけに少女と友達になり、関係を深めたいなどと思っているだろう。やはり青春とは素晴らしいものだ。

 だが残念なことに彼は一般的な男子高校生ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 まったく面倒ですね。あの角度ならばハンカチが落ちることくらい気づいて欲しいのですが……。

 まぁ良いでしょう。進行方向は一緒です。

 初日から物を無くすのは不幸ですので渡しに行きましょう。

 

「落としましたよ」

 

 ハンカチを受け取った女子生徒はこちらを見た時に驚いた表情を浮かべた上に無言で受け取る。

 少し失礼な気がしますがまぁ良いでしょう。

 

「……ありがとう」

 

 お礼を言える辺り、そこまで失礼ではないようですね。

 ……身長は160cm程でしょうか。日本の女子高生の平均身長はいくつだったか、詳しい数値を忘れてしまいましたがおそらく彼女は平均よりも高い。

 そんな彼女は黙りながらこちらを見ている。

 

「……ねえあんたCクラス?」

 

「ええ」

 

「やっぱりそうか」

 

 短髪の少女は確認作業を終えてもやはり先程と同じようにこちらを見てきた。

 これと言って何もしてないはずだが何か悪かったのでしょうか?と考える。

 もしやハンカチを触られたくなかったなんてツマラナイ理由……ではなんてことも一瞬思考を過ぎるがそれは違った。

 なぜなら彼女は間違いなく僕の顔辺りを見ているからだ。おそらくその辺りの身嗜みについて何かがあるのだろう。

 

「僕の顔に何かついていますか?」

 

 彼女は僕の言葉に少し驚いていましたが、すぐに表情を戻す。そしてやや申し訳なさそうに言葉を発する。

 露骨に見ていた事に罪悪感が少しあるのでしょう。

 

「……あんた男だろう? それにしては髪が異常に長くて少し驚いただけだ」

 

 僕の予想は当たっていた。顔周りを見ていて、他人と変わっている所と言ったら髪ぐらいなので誰にでも予期出来た推測だ。

 自覚しているんなら切れば?あなたにいちいち言われなくても分かっています。

 ですが今回は行く暇がなかったと典型的な言い訳を添えておきましょう。

 実際言い訳ではないです。

 

「この髪は放置してたらこうなっただけです」

 

「放置って……あんた変わってるね。鬱陶しいだろうその髪」

 

「慣れれば問題ないですよ」

 

 髪は女の命と聞くことがあります。

 それに大和撫子のイメージが強い日本人は長い髪を大切にすると思っていたのですが、どうやら僕の偏見だったようですね。

 目の前の少女はショートカットですし、長い髪に対してそこまで執着はないのでしょう。

 

「あんた名前は?」

 

「名前?」

 

 よくよく思うと名前を聞かれるというのは随分と久しぶりだ。それも悪意や憎悪といった邪な感情なしで聞かれるのはもしかすると初めてかもしれませんね。

 

「これから1年は絶対一緒なんだから、自己紹介は先にやっといた方が良いでしょ? 私は伊吹澪。あんたの名前は?」

 

「自己紹介なんて意味の無いことだと思いますが……まぁ良いでしょう。僕は神座出流(カムクライズル)。よろしくする気はないですよ」

 

「……あんた友達少ないだろ」

 

「少ない? その言い方は正しくないですね。僕に友達はいません」

 

「それ言い張って良いもんなの?」

 

 困惑している伊吹という少女を置いていき、僕は教室へと歩いていった。

 

 

 

 

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 東京都高度育成高等学校。60万平米を超える程の敷地を大都会の真ん中に形成している異質な進学校。国が主導する指導を行う高等学校であり、進学率、就職率がほぼ100%という非常に優秀な学校だ。この学校にはあまたの高等学校とは異なる特徴が2つある。

 

 1つは在学中、学校に通う生徒全員に敷地内にある寮での学校生活を義務付けていると共に、特例を除き外部との連絡、接触を一切禁止しているということ。

 

 これだけ聞けば正気を疑われるかもしれないが、先程も言ったようにこの学校の敷地は広大だ。カラオケや映画館、カフェなどと言った娯楽はもちろん、デパートやコンビニ、飲食店なども完備している。早い話、小さな街が形成されていると言っていいだろう。よって生活に困ることはほとんどないと言える。

 

 もう1つは何だろうと気になる人がいるかもしれないが、後に説明があるので安心して欲しい。

 

 

 

 

 

 

 指定された教室に着くと座る席が決まっていた。

 僕の席は窓側の後ろから2番目だ。席に座って鞄や手荷物を置くとすぐに、入学式へと向かった。

 はっきり言って非常に退屈なものでした。人生初めての入学式ですが、確かにあれはツマラナイ。規則正しく並ばされ、制服をチェックされ、先生方や在校生のありがたい話を聞いて、担任発表を聞き───とまぁとにかく退屈でした。

 

 そして入学式が終わり、各々教室に戻って先程発表された担任が来るまで教室待機の指示を受けていた。

 

「なぁカムクラ、なんであんたはこの学校を選んだの?」

 

 伊吹さんが話しかけてくる。

 彼女とは自己紹介をしてから一言も話してなかったので余計な話をする人では無いと思ったのですが、担任の教師が来るまで生徒達は待機してなければならないという退屈な時間に飽き飽きしていたのでしょう。

 

 正直暇になったから隣人に話しかけるというのは彼女からは想像出来ません。……これを言ったら怒られそうですが。

 ちなみに彼女の席は僕の一つ前。つまり彼女はわざわざこちらに顔を向けて話しかけている。

 よくよく彼女の顔を見てみると存外整っている。さすがに超高校級のアイドルと並べば曇ってしまうでしょうが、それでも彼女は美人の部類に入るでしょう。

 

 ……安心してください。僕はこう見えてもアイドルの才能くらい持っています。普段はまったく必要のない才能なので使ってないだけです。想像するのが難しいというのは認めましょう。

 

 さて先程の彼女の問いに答えるべきなのですが、実の事を言うと僕も完璧には分からない。

 

 言っておくが決してふざけている訳では無い。

 

 僕は新世界プログラムで日向創が僕の才能を全て引き出し、江ノ島盾子のアルターエゴに打ち勝ったのは見ていた。

 その後僕は消滅するか、日向創に戻るかのどちらかになるはずだったのだが、なぜかどことも分からないベットに寝ていた。

 

 もう一度言うがふざけている訳では無い。すぐにベットから起き、辺りを確認すると近くにある机の上にこの学校の制服や合格証明書、パンフレットが入った書類が僕の名前で置いてあった。

 

 僕はすぐになぜと考え、数分もせず1つの結論に至りました。ですがその前にもっと重要な僕の「才能」がどうなってるのかが気になりましたので、先に全ての「才能」をチェックしました。

 問題なく全て使えたのは僕がこうも思考できることで察して下さい。

 

 そしてなぜここにいるのかの結論は、おそらく1種のバグにより超高校級の絶望を更生する予備の新世界プログラムに潜り混んでしまったのでしょう。

 

「ねえカムクラ聞いてる?」

 

 まったくこれではまるで異世界転生という昔流行ったライトノベルのようではないか。

 もしこれが僕の推測通り、新世界プログラムならば何をするのかは明白なので右も左も分からない異世界転生よりかは楽でしょう。

 ───では何をすれば良いか、すなわちそれは「卒業」すれば良い。

 

 このプログラムの舞台は学校。つまりここから抜け出すには3年間の授業を受けて退学や停学をすることなく文字通り「卒業」すれば良い。

 そうすれば絶望の生徒は更生できると言ったプロセスなのでしょう。ならば僕もそれに準じればいい。

 

 しかし困ったことに学校で学ぶことなどない僕からすればこの3年間は退屈以外のなんでもない。

 ならばこの膨大な時間の中で日向創や七海千秋が言っていた「感情」や「仲間」というものを知ってみる良い機会かも知れません。

 それならば───

 

 

「カムクラ!」

 

「!……すみません。少し考え事をしていました。確かなぜ学校を選んだかでしたか」

 

「話はちゃんと聞いてくれてたのね」

 

 当然です。複数の事を同時に出来なければ僕は超高校級の希望などと呼ばれるはずがありません。

 さてそうは言ったもののどうしたものでしょうか。この場で彼女が納得するような解答を……。

 そう考えた所で僕は思考を少し止める。

 

 ……「感情」を知るためにはそういった「模範解答」では意味がないのかもしれません。

 ですが今回は納得を求めましょう。さすがに僕の事情に関係することになると話すのは面倒ですしね。

 

「僕自身にはこれと言った理由はありません。あえて言うのならば進学率・就職率100%の数字に魅了されたという所でしょう」

 

「へぇ……あたしもあんたと同じ理由かな。あとはとりあえず一人暮らしをしてみたかったからかな」

 

 一人暮らし。絶望に支配される前の日本では一人暮らしをしている男女の合計が晩婚化や非婚化によって徐々に下がり続けているというのを聞いた事があります。

 そこから発生する孤独死や生活習慣病などがちょっとした社会問題になっていたはず。

 まぁもっともここはプログラムの世界なのでそんなの関係ありませんが……。

 しかしそう考えるとここに入学した生徒は自立に対して同年代の高校生より1歩先を行っていますね。その点に関してはここの教育方針に僕も賛成できます。

 なぜなら───おや? 

 

「……どうやら先生が来たようですね。前を向いた方が良いですよ」

 

「みたいだね」

 

 前を見ると30代の細身の男性が入ってきた。黒縁のメガネをかけ、見るからに理系科目を教えてそうな人で、何だかひ弱そうな人だ。

 

「ええ、諸君おはよう。私が君達Cクラスの担任の坂上数馬だ。担当科目は数学を教えている。この学校では3年間クラス替えがないので長い付き合いになるだろう。

 なので早い段階で名前を覚えて貰えるとこちらも嬉しい。早速で悪いのだが、この学校の特別な仕組みを説明しておきたい。

 入学前のパンフレットである程度の内容を知っていると思うがしっかりと聞いて欲しい。それでは今からプリントを配るので後ろに回してくれ。足りなかったらこちらが持っていこう」

 

 見た目の割に中々気さくな人だ。ここまでの言葉に嘘偽りなどは全くなく全て本心で話している。

 生徒たちからはなかなか好印象だ。

 

「資料を貰っていない人はいないようだね?次は学生証カードを配らせてもらう。このカードはこれからの生活で1番重要なものになる。

 Sシステムのことは君たちも存じていると思うので、ここでは割合させてもらうがもしわからないところが合ったら先程配った資料で確認して欲しい」

 

 Sシステム。この学校の特徴の1つです。簡単に言えば学校内でのものを全てポイントで支払うシステムのことです。

 配られたこのカードは学生証と一体化したポイントカードで学校内での現金に相当する物です。紙幣を持たせないことで金銭トラブルを未然に防ぐといった事も対応しているのでなかなか合理的なものでしょう。

 

 使い方は非常に簡単で機械に認証してもらうだけ。提示したり、タッチしたりするそうだ。

 紛失したら相当面倒だとしっかりと記憶する。

 

「それから今から言うことが重要だ。ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。

 君達全員にはあらかじめ10万ポイントが支給されているはずだ。そしてこのポイントは1ポイント=1円の価値がある」

 

 教室内が一気にざわつき始める。それも仕方ないことだろう。何せ10万ポイント=10万円のお小遣いを貰えるのだ。普通の高校生なら驚かないはずがない。

 今頃彼らはどうやって10万円を使うかの妄想でもしているだろう。ああ、ツマラナイ。何せ先生は毎月10万(・・・・・)なんて一言も言ってないのだから。

 現段階では情報が少なすぎるので判断しかねますが、まず間違いなく裏がある。

 僕はそう判断し、坂上先生の次の言葉を待った。

 

「ポイントの支給額に驚いたかね? この学校は実力で生徒を測る。入学すること自体が狭き門をくぐっているのだ。学校側からの君達の評価さ。嘘です、なんて落ちはないから安心して使ってくれ。ただし、卒業後にはポイントは全て回収することになっているのでずっと貯めようとは思わない方が良いぞ。それとそのポイントは譲渡も可能だ。ああ、強奪はよしてくれよ。そんなことしたら1発退学だ。さてとこれである程度の説明は終わった。何か質問はあるかな?」

 

「じゃあ質問いいか?」

 

 坂上先生が説明を終えると待っていたかのように1人の男子生徒が手を挙げる。

 黒髪で男子にしては少し長い髪をしている男子生徒へと全ての視線はすぐに向けられる。

 男子生徒はそういう視線には慣れているのか依然として堂々として答えた。

 

「許可しよう」

 

「10万ポイントってのは毎月(・・)貰えるのか?」

 

「……良い質問だ。だが龍園くん、それに関して我々教師ははっきりと答える事が出来ないのだ。すまない。これで満足して欲しい」

 

 はっきりと答える事が出来ないですか……なるほどますます怪しいですね。

 それと龍園と呼ばれた男子生徒、どうやら他のツマラナイ生徒よりかはまだマシそうだ。

 他が低すぎるゆえに目立つ。

 

「ああ満足だ坂上先生。それにしてもあんた、まさか生徒全員の顔と名前を覚えているのか?」

 

「当然覚えているとも。先程も言ったようにこのクラスは3年間一緒です。私もなるべく早く打ち解けたいですからね」

 

 この先生はかなり生徒想いのようです。理想の先生像に近い。

 無理して演じている様子もないので素でしょう。教育熱心な良い先生に当たったのは幸運ですね。まぁその程度のツマラナイ才能は持っているのですから当然ですが……。

 しかしここまで良い先生なのに左手の薬指に指輪が無い当たり未婚者でしょう。

 なかなか勿体ないなと思うが、それ以上は野暮なので思考を打ち止めた。

 

「もう質問はないかな? では説明を終わりにする。これから3年間皆で切磋琢磨していこう。時間も良い頃なので今日はこれで終わりです。

 明日からは通常授業が始まるので各自教科ごとに必要なものは忘れないように用意してください。では以上だ、好きに解散してください」

 

 坂上先生の指示で生徒達は移動を開始する。

 

 すでに仲良くなったと思われるグループでカラオケにいこうと話しているグループやカフェで話し合う事を約束している人達もチラホラと見えるが7割以上の人間は寮に帰宅するようだ。

 はっきり言って先程の穴だらけの説明を聞いて遊びに行こうというのは愚かだ。

 

 ですが愚か者のことなんて僕にとってはどうでもいい。そんなことよりまずはこの学校についてだ。

 

 

 何もかもが怪しい学校。初日に10万ポイントという高校生には多すぎる支給額。

 ポイントに関しての不十分な説明。そして何よりこの学校の異常と思える程の監視カメラの量(・・・・・・・・・・・・・・・)

 ここに来るまでで数十個、教室内には教室の四端にそれぞれ1つずつ。おそらく学校中を探し回れば100個は出てくるだろう。明らかに監視が多すぎる。

 

 でもこれならば少しは退屈しないのかもしれない。

 

 表情の変化はない。かつて超高校級の絶望と共に様々な者の絶望を見てきた時にも変化はなかった。

 それもそのはずだ。カムクライズルとはそういった余計な物を全て排除した化物(にんげん)だ。

 

 それでもなぜか少しだけ気分が高まっていた。

 全ての未来を予測可能な僕でももしかしたらという未知にほんの少しだけ期待しているのかもしれない。あの時のように───

 

 

「なぁ、カムクラ帰らないのか?」

 

 前の席に座っていた伊吹さんに声をかけられる。辺りを見渡してみると残っている生徒はほとんどいなかった。

 彼女の事だからすぐに帰ってしまうかと思ったのですが、表情を見るあたりさっきの説明について話し合いたいのでしょう。

 1人で考えるより誰かと考えた方が今の現状を理解しやすい、だから僕を待っていたと推測する。

 何せ彼女は僕同様友達がいなさそうですしね。

 ……なぜかこちらを睨んでますが、まさか聞こえていたのですか……。

 

 なんにせよ結果として彼女には少し迷惑を掛けてしまったらしい。

 

「すみません。では先程の説明について少し話しましょうか。その方があなたも少しは不安を拭えるでしょう?」

 

「……私まだ何も言ってないんだけど」

 

「表情に出てましたので」

 

 言うことを言った僕は教室を出ていく。

 

「あっ、ちょっと待てよ!」

 

 伊吹さんはすぐに後をついてくる。

 

 ほんの少しだけ「期待」しましょう。この学校に僕が予想できない「未知」を待ちましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 この物語の主人公は偽りの天才ではない。後天的に作り出された天才ではない。

 日向創という人間を媒介にして生まれた先天的にありとあらゆる才能を持った本物の天才の物語。

 

 

 

 ようこそ才能至上主義の教室へ

 

 

 

 

 






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推測

 

 

 突然ですが、1つ聞きたいことがあります。

 

 

 超高校級の希望と呼ばれた僕でも答える事が難しい問いです。

 時間が惜しいので早速問いを投げさせてもらいます。

 

 

 問い:学校から帰宅する時に男女で並んで歩いて帰る時の話題の振り方とは

 

 

 僕には恋愛感情と言ったものが存在せず、体験したことがないので予測こそ出来ても確信ができません。

 そしてこの場合、どうやって話を広げていくかが少し悩ましい。

 一般的な男女ならば少し緊張しながらも少しずつ話していけば打ち解けていくでしょう。

 例えば「今日は天気が良いね〜」や「今日の授業さ〜」などと言った話を振れば、そこまで仲が悪くない限りだんだんと話は続いていくし、お互いの距離も縮まっていくでしょう。

 

 だが本当にそれでいいのか。仮にお互いに好意を持っていればこれでいいのでしょう。会ってから時間が経ってない関係だったらその話題の振り方はおかしいのではないでしょうか。

 

 では仲を深めるために下校中の男子高校生が異性に甘い言葉を口にしていきなり口説き始めるか。

 断じてありえないでしょう。まして仮に僕がそんなことを言ったらイメージが大崩壊します。……いろいろと考えすぎて話が訳の分からない方へ飛んでいきましたね。

 

 

 さて、なぜここまで悩んでいるか。

 答え:隣に伊吹さんが並行して歩いているから。

 

 

 もう一度言わせてもらいますが確かに僕はありとあらゆる才能を持っているので相手が話しやすいように話すのは可能でしょう。

 ですが先程まで無口でまったく喋ろうとしない男が急に詐欺師顔負けの圧倒的トーク力を発揮しだしたらどう思いますか?

 

 気持ち悪いでしょう。

 

 表情筋がまったく揺れ動かない人間の顔が急にこれ以上ないほど清々しい笑顔を浮かべたらどう思いますか?

 

 気持ち悪いでしょう。

 

 まして甘い言葉なんて口にしたら?

 

 最悪通報されるでしょう。

 

 初めての高校生活初日で通報されて即退学なんてまさに絶望です。これでは超高校級の希望(笑)と呼ばれても文句はいえません。

 ですからここは伊吹さん、早く僕に話しかけても良いんですよ。

 珍しくこの僕が困っているのです。

 

 

 

 

 感情や趣味といった余分なものを全てなくしたはずの超高校級の希望、カムクライズルは結構受動的であった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「(あたしのクラスは……Cか)」

 

 私は伊吹澪。今日からこの高度育成高等学校に入学する女子生徒だ。

 この学校は進学率・就職率が脅威の100%をたたき出し、高い進学実績を誇りながらも様々な部活動が有名で文武両道を誇っている。そして何より国が運営している程の規格外な学校だ。

 

 仮にこの学校の卒業生を調べてみれば、ほとんどがテレビで1度は名前を聞いた事がある人ばかりだろう。

 とまあこんな感じのすごい学校ならば私の将来も良くなれんじゃね?と言う理由と一人暮らしが出来るからこの学校に進路を決めて、テスト受けたら合格出来た。結構ふわふわした感覚でここまで来た。そして本日とうとう入学式ってなわけなんだけど……まぁやはり1人だと不安だ。

 

 さっさと荷物置きに行くかと思い行動を開始する。

 教室に行けば少しは同性の人とかいるだろうし、人付き合いが苦手な私でも数人は友達が出来るでしょ、と楽観的な思考を持って私は行動を開始した。

 

 まぁ、こんな長々と思考してんの私らしくないし、さっさと教室に向かっちゃおうのが1番だ。

 

「落としましたよ」

 

 背後から声がした。

 私は反射的に後ろを振り向き、飛び蹴りを入れてしまいそうになる。

 

 私はこれでも武術を少し嗜んでいる。身体能力には自信があるし、喧嘩なら一般的な平均男性くらいなら勝てると自負している。

 そんな私が背後にいる人間にまったく気づかなかった?

 傲慢な言い方に聞こえるけど、さすがに背後に誰かいれば普通は気付く。

 なのに私は目の前にいるこのバカみたいに髪の長い男の気配に気づかなかった。

 てかあれ?こいつの持ってるの私のハンカチじゃん。まったくなんでこいつが持ってるんだか。

 

 私は目の前の長髪男からハンカチを強引に取り返すとすぐに思い出す。そう言えばこいつ「落としましたよ」って言ってたじゃないかと。

 

 少し気が動転して冷静じゃなかった。

 ……このままじゃ私性格悪い女みたいだ。少し遅いけどお礼言っとこ。

 

「……ありがとう」

 

 長髪男は特になんも言わないで頭を少しだけ下げた。

 私が言うのもなんだけどこいつ無愛想すぎだろ……。表情がまったく変わってないし、てかなんなのその頭、高校デビューとかで普通はそういうの切るものじゃないの!?

 それにこいつこっちの方向にいるってことは───

 

「…………ねえあんたCクラス?」

 

「ええ」

 

「やっぱりそうか」

 

 こんなのと一緒のクラスかよ〜。なんだか幸先不安だわ。と、心の中なので結構好き勝手に言い散らかす。

 そんなに伸ばしたらそりゃ気になるでしょと、責任転換する始末だ。

 でも気になんない方がおかしい。

 いっそのこと聞いてみるか?こんなに伸ばしてて聞かないのは何となく失礼な気がして来るし────

 

「僕の顔に何かついていますか」

 

 私の露骨な態度に気付き、黒髪の男子は疑問を投げてきた。

 私はその態度に一瞬だけビクリとした後に思っていた事を罵倒にならないよう慎重に応える。

 

「…………あんた男だろう?それにしては異常に髪が長くて少し驚いただけだ」

 

 ストレートに言いすぎたかな?と内心ビクビクとして彼の言葉を待つ。

 やっぱ私、人付き合いは苦手だわ……。こういうのにも多少気を使わなきゃいけないとか無理だわ。

 

「この髪は放置してたらこうなっただけです」

 

 あっ、よかった気にしてなさそう。てか放置って何!? 切れよ!高校デビューくらいしろよ!私があんたの立場だったら即切ってるわ!

 男の適当な答えに変なテンションへと私は変わる。

 

「放置って……あんた変わってるね。鬱陶しいだろその髪」

 

「慣れれば問題ないですよ」

 

 ……こいつは変人決定だ。しかし悪人には見えない。

 初めは誰かしらと一緒にいた方が気が楽だし、こいつの名前聞いておくかと気楽に考え実行しようとする。

 

「あんた名前は?」

 

「名前?」

 

「これから1年は絶対一緒なんだから、自己紹介は先にやっといた方が良いでしょう?」

 

「自己紹介なんて意味の無いことだと思いますが……まぁ良いでしょう」

 

 

 無機質な声。まるでロボットと話してると感じてしまってもおかしくないほど感情のこもっていない声。

 この男との出会いはここが始まりだった。

 この男との関わりがこれからの3年間、私の高校生活に大きな影響を与えることになったのだ。

 

 

 

「僕は神座出流(カムクライズル)。よろしくする気はないですよ」

 

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

 

 入学式と担任の先生からの説明が終わった。ここのシステムは異質だったけどまさか10万ポイントも貰えるとは思わなかった。

 それに龍園って奴が言ってた事も気になる。

 まぁそれはこの長髪男と話す時に聞くしかないか。

 多分私より頭いいだろうし(勘)。

 

 と、雑な思考をする私は現在進行形で下校していた。

 1人ではない。よりにもよってあの長髪変人男と並んで下校していた。

 

 話してみたら面白いかもしれないと思って話しかけたのは正直間違いだった。

 この男変人じゃない、超変人だ。

 表情は変わらないし、必要最低限のことしか話さない。加えてこちらの思考を高確率で読んでくる。

 

 でもこの学校のルールの事を確認し合うためにはしょうがないかなって思うし、些細のことは我慢するとしよう。

 

 校門を通ってから寮までは少し距離がある。とは言っても地図通りならば数分だ。

 なのにだ。私は今言いたいことがある。

 

 歩き出してから2分くらい経つけど、なんでこいつ一言も喋らないの!?

 

 さっき、「少し話しましょうか」とか言ってたじゃないか。

 私だって会話が苦手なんだぞ。

 

 私は自分のコミュニケーション能力の低さを恨みながら、心の中で訴えていたが、焦れったくなったのでとうとう行動に移した。

 

 

「ねえ少し話すんじゃなかったの?」

 

 長髪男は特に表情を変えることなくこちらに視線を向ける。

 相変わらず無愛想だなーって思ってるとすぐに彼から言葉が返ってくる。

 

「そうですね。……伊吹さん、1クラス40人×4クラスに毎月10万円を3年間送れると思いますか?」

 

「……無理ね。いくら国でも月1600万も支出して、3年間続けたら5億以上お金が消えてるし。それに加えて他学年のもって考えると……」

 

「そう。いくら国が運営している高校とはいえこの額は出しすぎです。大学や大学院ならばまだ納得出来るかもしれませんが高校生には多すぎます。なので10万ポイントはおそらく4月のみと考えるのが妥当でしょう」

 

 やはり私の予想通りだ。

 そして幸運だ。私だけじゃこんな感じに広い視野持って考えることは出来なかったし、説得力も結構ある。でも……

 

「なんで坂上先生は龍園って奴の質問に答えられなかったんだ?」

 

「……意外と鋭いんですねあなた」

 

「……なによその意外そうな顔……でもないわね。無表情だったわ」

 

 表情筋死んでんじゃないのこいつ……。

 

「表情筋は基本動かしませんからね。死んでると思われてもしょうがないでしょう」

 

「心読まないでくれない?キモイんだけど」

 

「……まぁ話を戻しましょう。なぜ答えられなかったか、ですがはっきり言って情報不足すぎて結論を出せません」

 

 当選だろう。さすがにあれだけで結論出せたら人間か疑うレベルだと勝手に判断を下す。

 

「ですが今ある情報でも推測することは可能です」

 

 私はすぐにカムクラの顔を見る。さっきと全く変わらない無表情だが、そんなことは関係ない。

 この男ははっきりと推測は可能だといった。

 この推測が間違っていようがなかろうがそんなものはどっちでもいい。

 

 こいつ(・・・)の答えだから聞く余地がある。

 自分と違う思考回路を持つ人間、そいつが導き出す答えはきっと私じゃ考えられない答え。

 ゆえに聞く価値があるのだ。

 

「この学校には監視カメラの量が多すぎる。まるで監獄のように四六時中学校内のあらゆる所を監視している」

 

「……確かにこの帰り道にすらチラホラと見えるわね」

 

「ではなぜ監視する必要があるのか、それは問題が起きた時に学校側が素早く対処出来るためでしょう。

 これだけの監視カメラがあればいつ、どこで、誰が、何を、どのように、どうしてやったのかなど一目瞭然でしょう」

 

 カムクラの言葉は続く。

 

「そしてそれは授業も例外ではない。つまり学校は監視カメラで生徒達を監視し、何かを基準にして厳密に評価しているのでしょう」

 

「評価?」

 

「ええ。例を上げるならば授業態度や生活態度でしょうか。まぁその辺りは詳しく分かりませんが、ここまで厳密な評価してる事を学校側が教えるわけがない。むしろヒントを与えてるんだから気付けと言ってるように感じます」

 

 確かに坂上先生の言い方は違和感を感じた。違和感を1つ感じると何もかもが怪しく見える。なんて言ったけなそんな現象……。

 

「それに教えてしまえばいくら愚か者が多いクラスでもそのルールの中では『優秀』なんてなんの価値もない評価しか得られません。そんなものを求めるくらいならばこんなに監視カメラはいらない。

 ……少し話が逸れてしまいましたが、答えられなかった理由を要約すると素のままの生徒を評価して数値化させたいからでしょう。そしてその数値化した値こそが毎月のポイントと僕は推測します」

 

 こいつの言ってることが正しければ、この学校はまさに実力至上主義の学校ね。……それを教訓にしてるんだった。じゃあこいつの予想は結構いい線いってるってこと?

 へっぽこな私の脳ミソをフル活用して私は状況を理解しようとする。

 

「……じゃあ評価の基準ってのは何よ」

 

「知りません。それはこれから見極めていきます」

 

 ま、そうよね。でもやっぱりこの男の話は聞く価値があった。この異質な学校に慣れるまではこいつと一緒にいた方が困らなそうだ。

 ならば───

 

「……ねえ私と連絡先交換しない?」

 

 あれ?そう言えば男子と連絡先を直接交換すんの初めてかも……。

 私は言った後に、その事を思い出し、少したけ恥ずかしい気持ちに支配される。

 

 

「いいですよ」

 

「……今度は思考を読まないのね」

 

「読んで欲しいのですか?」

 

「……きっも」

 

 

 こんなのが私の初めての男友達になった。

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 伊吹さんと話しているといつの間にか寮に着いていた。この学校は男子と女子の寮が一緒であり、下層が男子、上層が女子という珍しい構造をしている。

 年頃の男女の寮くらい別々にした方が良いと思いますが、正直僕にはどうでもいい。僕からすれば性別など些細な違いでしかない。

 彼女と別れを済まし、すぐに寮内の自分の部屋へと向かっていった。

 部屋はそこまで広くはないが、1人の高校生が生活するには十分すぎる部屋だった。

 ベッドや冷蔵庫、机に椅子といった生活に最低限必要なものだけ置いており、料理道具などの小道具は置いていなかった。

 

 

「……まさか水道代や電気代まで無料とは……正直10万ポイントから払われると思っていたのですがね」

 

 なぜ最初に10万払われるのか、それは生活に必要な道具を整えるため、電気代や水道代のため、部活動などに入った人たちへの道具の調達のためなどなど、そういった何かしらの制約のために最初のポイントは多く払われたと思っていた。

 しかしよくよく考えると監視カメラの量や坂上先生の発言と照らし合わせるといろいろとおかしなところが出てくる。

 

「ただのデータ化した現金なんて認識は捨てた方がよさそうですね」

 

 時刻は1時を過ぎていている。そう言えばまだ昼食を済ませてなかったですね。時間もちょうど良い感じですし、昼食と生活に必要なものを揃えるついでに少し探検してみましょうか。

 

 部屋に対する必要最低限の確認と買いにいくものをある程度纏め終えたので外に出る。

 

 さて行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰ってきました。

 早過ぎないか?何を言っているのですか。僕は3時間ほど外出してきました。

 僕の両手に荷物があるのが見えないのですか。

 

 さて、まずは戦利品を紹介しましょうか。僕はホームセンターやコンビニである程度の必需品を買ってきました。

 これと言って有意義という訳ではなかったのですが、やはり買い物は1人に限ります。

 

 それなりに購入したのですが、ポイントにはまだまだ余裕があります。

 やはり10万ポイントというのは多い。余裕があるためかついインスタントラーメンなるものを買ってしまいました。

 料理人もとい、シェフの才能があるから自分で作れるだろうと言う人がいるかもしれませんが、確かにその通りだ。

 しかし僕はこの手の料理を食べたことがありません。

 

 なので少し期待しているところがあります。だから今日の夜ご飯はこれに決めました。

 

 

「それにしても無料品コーナーですか……」

 

 

 ほとんど無意識で独り言が出る。

 コンビニ、ホームセンターのどちらにもあった無料品コーナー。もっと言えば昼食を食べたフードコートでも無料食事を提供していた。

 

 はっきり言って甘すぎる。

 おそらくこれらの無料商品はポイントがない人への救済措置。何らかの事故でポイントを使えなくなった人に対してならばわかる。そうであるならば利用者はもちろん少ない。

 だが明らかに多かった。特に無料食事コーナーには顕著だ。そこにいた全員がダイエットや節約目的といった可能性は、彼らの表情からありえないと考えられます。

 全員が絶望しかけている顔。これが偶然だったなんて天文学的な数値じゃなきゃ説明できません。

 つまり今後何らかの事でポイントが減り、生活に影響を与えるほどの何かが起きる可能性は極めて高いと言えよう。

 

「……今日はいろいろとありましたので早めに寝ますか」

 

 やはり物事の始まりはいろいろと疲れます。

 なのでカップラーメンなるものを食べてさっさと寝てしましましょう。

 感想はまた後日話しましょう。

 

 

 僕は新品の無印ベッドへと横になり、即座に瞼を閉じた。

 

 

 

 

 ─────────────────

 

 

 

 

 わいわいと賑やかな教室。入学式から初日である程度のグループに別れており、そのグループ内でそれぞれが楽しそうに話している。

 かく言う僕はと言うと1人だった。俗に言うぼっちと言うものです。

 

 もちろんクラスは集団なのだから僕のように1人の人間もいる。

 あのグループに入りたいけど今更入ってもいいのかと思っている生徒もいれば、友達すら必要とせずに1人を好む生徒もいる。このクラスは後者の生徒が多いので少し珍しいですね。それにもっと珍しいことに既に舎弟関係と思われる関係の生徒達もいる。

 

 そんなことを考えているといつの間にか次の授業の先生が来ていた。ここは国が運営する進学校。

 当然授業も非常に高いレベルのものを行っていると思っていたのですがそうでも無いらしい。

 どこの学校でも行っている普通の授業。ある程度の教育方針を教えた後にあまり早くないペースで授業を教えていく。違うところと言えば先生の質でしょうか?今のところ3つの授業を受けましたが、どの先生も教え方が上手い。

 そしてどの先生方もフレンドリーだ。あまり学業が優れていない生徒に対しても質問をしに行けば優しく答えてくれる。

 しっかりと授業を聞いていれば授業内の復習をやっているだけでテストで高得点を狙える学力が身につけられると言っていいでしょう。

 

 ですが妙な所もある。

 例えば授業中の生徒への注意。何人かの生徒は授業中にもかかわらず、携帯をいじっていたり、寝ていたりと授業に対して相応しくない態度で望んでいる。先生方はそんな生徒に注意をしなかった。

 

 が、妙な所とはここだ。

 授業に対して相応しくない態度の生徒を見つけた時に注意ではなく、メモ書きをするように先生方のノート、あるいはグリップボードに何かを書き込んでいる。

 だいたい分かってきた。この学校が何を評価しているのか(・・・・・・・・・・)

 

 

「今日の授業はここまで。今日学んだことはしっかりと復習をしていくように」

 

 チャイムが鳴り響くと、先程まで日本史を教えていた女性教師は淡々と言葉を告げ、テキパキとした動きで教室を出ていく。

 彼女が出ていくとすぐに教室内ではざわざわとし始める。

 授業が一旦終わり、昼休みの時間だ。

 

 先程も言ったが僕はぼっちです。昼ご飯を食べる友達などいません。

 今日の僕の予定は学食に行くつもりです。

 本当は節約のためにお弁当を作ってくる予定でしたが、学食がどんなものかを知りたかったので今日だけ行ってみようという結論に至りました。

 

 そう言えば昨日のカップラーメンなるものはお世辞にも美味しいとは言えるものではありませんでしたね。

 ですが不味くもない。手軽に作れてあの値段ならば確かに人気が出るのはわかる気がします。欠点を言うのならば健康に良くないものをやや多く含んでいるといった所でしょうか。

 よって月に1、2回が限度でしょう。今度食べる機会があればラーメンライスというものを試してみるのも良いかも知れませんね。

 それに他の種類も────

 

「ねえあなた、お昼一緒にいかない?」

 

 僕の近くで誰かをお昼に誘う女性の声が聞こえた。

 つい反射的に声のする方を見てしまう。自分が呼ばれたと思ったからだ。

 だがそれは勘違いだった。誘われていたのは僕ではなく、僕の前の席に座っている伊吹さんだった。

 少し自意識過剰でしたね。もう少し大きなリアクションを取っていれば、変な目線を向けられていたかもしれません。

 

「遠慮するわ。私お弁当作ってきてるからさ」

 

「そうなの?でもみんなで食べた方が美味しくない?」

 

「……申し訳ないけど食事は静かにしたいんだ。他を当たってくれ」

 

 きっぱりと断っていた。彼女はなかなか男勝りな性格ですね。

 彼女を動物で例えるならば何でしょうかね。

 まぁ少なくとも草食動物に例えるのは難しそうだ。

 小動物も無理でしょう。どちらかと言えば小動物を食べる狼などの肉食動物の方が合ってそうだ。

 ですがお弁当を作ってる辺りなかなか家庭的な1面も見られます。そう考えると意外とこの例えは難しいですね。

 

 伊吹さんがきっぱりと断ると女生徒はどこかへ行ってしまった。断られた方は他の女子と合流すると何かぶつぶつと呟きながら食堂へと向かっていった。

 

 さて僕もさっさと食堂へ向かいましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 コンビニに着きました。

 学食は混んでいたのでやめました。バカ正直に並んだら授業に遅れてしまいそうなくらい混んでましたので。

 

 よって今日はパンと無料飲料水で我慢します。明日こそ学食チャレンジだと心の中でしっかりと決意する。

 時間も少し押しているのでさっさと教室に戻ろう。

 僕は普段より早い速度で歩き始めた。

 

 

「それにしても混みすぎでしたね坂柳さん」

 

「ええ。ですがみなさんに迷惑を掛けてしまいました。私の歩くペースに合わせてもらったがために学食を食べれなかったことは申し訳ないです」

 

「い、いえ!そんなことないですよ!坂柳さんのせいじゃないっすよ!」

 

「そうです!運が悪かっただけですよ!」

 

 目の前から4.5人の集団が歩いてくる。

 その中に1人明らかに他の人達と違う雰囲気を持った白い少女がいる。

 髪、肌の白さがその少女全体を白く光らせているように見える。

 

 周りの人間はツマラナイ。特にこれと言った外見的特徴もなければ何か優れている様子もない。才能を感じられない。

 強いて言えばYシャツが第二ボタンまで外れていて、ズボンの履き方が少しだらしない不良っぽい見た目をした金髪のオールバックの生徒くらいでしょうか。彼もあの中ではなかなか見所がある生徒だろう。

 

 しかし目の前から歩いてくる白い少女は違った。

 体は女性というより少女の方が正しいと言える程小柄であるが、非常に整った顔立ちが見せる笑顔とお淑やかな立ち姿からは十分すぎる程魅力がある。

 あの青い眼、サファイアを連想させる宝石のような小さな眼は美しいだけでなく、冷たい。そして何より自分に自信を持っている眼だ。

 少女は杖をついている。歩く時に身体を杖で補助しながら歩いていることから身体に何か障害を持っているのでしょう。

 それにもかかわらず彼女の雰囲気は病弱な少女とはとてもじゃないが感じられず、むしろ獰猛な猛禽類の雰囲気を連想させられる。

 

 そのまま平然と歩いていく。あと少しで通りすぎる所だろう。

 集団は楽しそうに会話している。こちらに気付くことはないと思っていた。

 

 すれ違いざまに白い少女と視線が合う。一瞬の出来事だったが彼女は僕の中で強い印象を刻み込まれた。

 この一瞬で彼女は何を思ったのかはどうでもいい。

 この少女は強い。何を持って強いのかなど些細な問題だ。でもまだ足りない(・・・・・・)

 

 

 それでは届かない。ゆえに───

 

「ツマラナイ」

 

 口癖とはどうしようもないものだ。非常に小さい声だったが零れてしまった。他の取り巻きの方々には聞こえなかっただろうがあの少女にはおそらく聞こえてしまっただろう。

 僕は振り返ることなく、教室へと歩いて行った。

 

 

 

 後ろから視線を感じたがそんなことよりも昼食の方が大事だった。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 

「今日のHRで伝えることがある。それを聞いたら解散とする。安心してくれ、伝えると言っても1つだけだ。手短に終わらせるので君達の放課後の時間を奪ったりはしない」

 

 すべての授業が終わり、帰りのHRの時間となった。

 坂上先生が教壇に立ったことにより、生徒達は静かになる。

 するとすぐに先生は喋り始める。

 

「今日話すことはポイントについての追加説明だ。昨日、何人かの生徒から質問が来たのでこの場を借りて説明させてもらう。

 それはポイントを増やすことは可能かという質問だ。これは可能だ。部活動や生徒会などが良い例だろう。部活動は入部した部で良い成績が入ればポイントが増える。生徒会も同様だ。

 後日、新入生へのオリエンテーションがあるので部活動や生徒会に興味がある者はそこに参加するのをオススメする」

 

 つまるところ報酬ですね。これでは才能のない者達がポイント欲しさに部活動に参加してしまうだろう。

 ───ツマラナイ。

 

「昨日今日で君達はポイントの使い方には困ってなさそうだね。ポイントで買えないものはないので大事に使ってくれ。

では説明を終わりにする。忘れ物をしないように気を付けて帰りなさい。解散」

 

 本当に手短でしたね。

 それにしてもポイントで買えないものはない(・・・・・・・・・・・・・・)、ですか。

 ポイントがただの数値化された現金なんて認識はいよいよ取り除くべきですね。

 

 さて皆も帰り始めましたので僕も早速───

 

「おいカムクラ、この後暇か?」

 

 伊吹さんが話しかけてきた。

 僕にいったい何の用があるのか……大方ポイントについての話し合いでしょうが、残念ながら今日の放課後は予定がある。

 

「すみません伊吹さん。僕はこの後行く場所があります。暇ではありません」

 

「そっか。ならまた今度でいいわ」

 

「ええ。ある程度僕の中での見解が纏まったらあなたに話しますよ」

 

「……わかったわ」

 

 バツの悪そうな顔をする伊吹さん。考えている事を当てられて悔しいのだろう。

 プライドの高いことだ。実に人間らしい。

 

 時間が惜しいのでさっさと目的の場所へと行きましょうか。

 

 

「はぁ〜この後の時間どうしよっかな〜」

 

 伊吹さんのため息混じりのそんな言葉は無視し、僕は目的の場所へと向かった。

 

 

 

 



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 生まれてから疑問だったことなんてほとんどなかった。

 なぜ周りの人間はこんな当たり前の事を予測できないのか。

 なぜ分からないことがあるのか。

 なぜできないと諦め、他人に物事を押し付けるのか。

 なぜ人々は希望を求めるのか。

 

 こんな疑問を考えた時にすべて結論が出た。ツマラナイ。

 

 初めての未知と言えるものは絶望だった。だから絶望になって彼女に賛同した。期待した。でもその絶望すらも僕の予測を覆すことが出来なかった。

 

 ツマラナイ。ああ、ツマラナイ。

 

 その後、絶望は希望に負けた。予想通りだった。

 でも絶望はタダでは負けなかった。勝っても負けても新たな絶望を産む手段を用意していた。予想通りだった。

 

 だが希望は奇跡を起こし、誰もが再び絶望に染まることはなかった。

 

 予想通り……ではなかった。江ノ島盾子を完璧に利用するために、彼女のアルターエゴ、もといウイルスを「希望更正」のプログラムに持ち込んだのは僕だ。希望と絶望──どちらがより予想がつかないか確かめるという目的のために。

 けれども最低限の犠牲は出てしまった。そして絶望の残党は江ノ島盾子を倒した代わりに普通には戻れない。世の中に再び絶望が放たれる訳にはいかない。故の犠牲。

 

 そうなるはずだった。カムクライズルという存在もそこで消えるべきだった。

 しかし日向創は奇跡を起こした。何の才能もなかったはずの彼が予想を超えた。

 

 姿形が違っても日向創は僕だから、違う結果をもたらせた?

 いや、彼にそんな才能はなかった。なかったはずだ。

 

 

「ほら、やればなんとかなるってやつだよ!」

 

 

 

 やればなんとかなる。

 ツマラナイ言葉だ。

 

 

 

 その言葉に対応する感情は持ち合わせていない。

 でも彼が僕の才能を引き出す引き金になったのは彼女のこの言葉だ。

 

 分からない。僕にはそれが分からない。

 

 

 だが今ならば違う角度で捉えられるかもしれない──この感覚こそが、かつては切り捨てていたものであり、「感情」の1つに繋がるものなのかもしれないと。

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 

 学校が始まってから約一月が経過した。

 この間に起こった事なんてほとんどなかった。

 いつだったか坂上先生が言っていたオリエンテーションも行きませんでしたし、あとあえて言えば小テストと生徒会長のことでしょうか。

 まあそれらはいずれ分かるのでどうでもいいでしょう。

 

 起床→登校→授業→帰宅→就寝と大雑把に言えばこんな感じのサイクルで過ごしていた。

 他に何かなかったのか?そうですね。強いて言うならば伊吹さんとそれなりに話したくらいでしょうか。彼女は僕の事を友達と思っているらしいです。

 しかしそんなことはどうでもいい。

 今日は5月1日。ポイント支給日だ。

 

 ゆえに生徒達のざわつきはいつもの比ではなかった。

 

 

「ねえポイントの振り込まれ方おかしくない?」

 

「それな。5万ポイントくらいしか振り込まれてないんですけど〜」

 

「あたしもそんくらい〜」

 

 3人組の女子生徒がそんなことを話している。確かうち1人の名前は真鍋さん……でしたか。非常にツマラナイ。初日の龍園という生徒の質問を忘れているのでしょうか。

 

 あと10分程で朝のHRは始まるだろう。

 そう思っていると伊吹さんが登校してくる。こちらの姿を確認した後、すぐに荷物を席に置き、僕の方を向いてくる。

 その表情は関心も見えるが、なんだか警戒しているようにも見える。

 

「……あんたの言ってた通り、ポイントが半分くらいしか支給されていなかった」

 

「ですね。残ったポイントも妥当なポイントでしょう」

 

 伊吹さんはあまり大きくない声で話しかける。それもそうだ。もしポイントが減るのを知っていたなんて大声で言ったら、人が集まってくる。

 人付き合いが苦手な彼女にとって、それはたいそう辛いことになるでしょう。

 

「残りどれくらい残ってる?」

 

「8万ポイント以上残ってますよ」

 

「私も同じような感じ……。あんたがポイントは大切にしろって言うからそれなりに残してきた。あんたの予想が当たってるかどうか今日分かるけど、外れているって思ってないの?」

 

「思っていませんよ。僕の予想は当たっている」

 

「そう。ならあたしも頑張った甲斐があったわ。でもお弁当作りは続行か……」

 

 彼女はお弁当作りが苦手なのでしょうか。

 そこはあれですね。ぎゃっぷもえと言うやつです。

 学校に行ってない時は暇なので、様々なことを知ってみようと躍起になっています。例えば現代人の言葉を少しずつ勉強しています。

 はっきり言って馬鹿らしい言葉ばかりですが、ときどきバカにならない言葉もあるので意外と刺激になります。

 

 

 そうこう考えてる内に、坂上先生が教室に入ってくる。まだ朝のHRを知らせるチャイムは鳴っていない。

 手には彼が普段愛用している授業用の鞄と持ち運びやすいように丸めた大きな白い紙が見られる。

 つまりこの後あの白い紙の内容を皆に見せるのだろう。

 やはり今日はいろいろと発表があるようですね。

 

 

「諸君おはよう。少し早いが朝のHRを始めたい。さて説明をする前に質問を受け付けようか。質問がある生徒は手を挙げてくれ」

 

 あらかじめ来るだろうと予測していなければ出来ない言葉。やはりポイントについての全ての説明を今日この場で行うのでしょう。

 

「おや?てっきりどうして10万ポイント振り込まれてないのか、という質問が来ると思ったんだが……ふむ。今年のCクラスは優秀な生徒が多いようだ」

 

 坂上先生は教室にいる生徒全員を見渡す。今の彼はこの1ヶ月生徒に応対していた態度よりやや冷たくなっているように感じる。

 事実最後のクラスを褒める発言にはまったく感情がこもっていない。

 まぁもっともこれから話す説明で生徒に注意喚起を促し、発破をかけるために最適な態度を演じているだけでしょうが。

 

「では改めてポイントについて説明する前にまずはこれを見てくれ」

 

 彼はペンを出すとホワイトボードに何かを書き始める。

 10秒程で書き終えるとそこには各クラスとcpという単位で表されたポイントが書かれていた。

 

 

 Aクラス 940cp

 Bクラス 650cp

 Cクラス 490cp

 Dクラス 0cp

 

 

「まずはcp(クラスポイント)というものを説明しようか。この学校は実力で生徒を測る。ポイントはこのクラスの実力と思ってくれて構わない」

 

 なるほど。クラス全体の評価が実力ですか。

 

 実証主義の哲学者で、社会学の創始者、オーギュスト・コントの考え方を基にしているのでしょう。

 彼は社会を個人の総和に還元できない一つの有機体として捉えた「社会有機体説」を唱えている。

 この考え方を利用し、この学校の1クラス=社会と見なし、数値化して評価する採点方法なのでしょう。将来を見据えた採点方法で何よりだ。

 

「各クラスにはあらかじめ1000cpが支給されている。そして君たちの普段の生活態度を評価して、この学校の生徒として相応しくない態度をとっている所を確認したら1000cpから減点するという減点方式の採点を行っていた。本日支給されたポイントは1000cp=10万pp(プライベートポイント)という定義から考えると、君達のcpは490、つまり49000ppが君達に支給されているということに納得してくれたかな?」

 

「おい、先生質問良いか?」

 

「ふむ。本来ならば話の最後にして欲しいがまぁ良いだろう。何か不可解な点があったかね龍園くん」

 

 静かに手を挙げながら先生に問いかけた龍園くんにクラスの視線が集まる。以前も見た光景が繰り返されている。

 

「どうやってポイントは減ったのかの詳細を教えてくれ」

 

「それはできない。人事考課、社会に出て、企業に入ったとして詳しい査定内容を教えるのは企業が決めること。そしてこの査定内容を我々学校は教えないという方針にしている。だがそれでは納得が出来ないであろうから私個人からヒントを言っておこう。なぜ減ったのか、それは今まで習ってきた当たり前の事を当たり前に出来ていなかったからだ」

 

「……はっ!なるほどな。良く理解したぜ」

 

 龍園くんは納得したのか席に座る。たったの一瞬で先生の言葉を理解したわけではないだろう。

 彼もある程度の推測を行っていてそれが当たっていたからの素早い納得だろう。

 

「学校側は君達の生活を基本的に否定しない。全て自己責任。仮に遅刻や授業のサボりを行っても特に何も言わない。だがそれのツケは自分だけでなく、クラスに返ってくる。この結果が顕著だろう?特に今年のDクラスは過去最低、いや過去最高の記録を出している」

 

 0cp、すなわち0円。今の説明を聞いている限り、最低限のことをやっていればこんな悲惨な結果を出すことはないだろうに。

 確かにこれではツマラナイというよりむしろ感心してしまいますね。

 

 そして明確になった新しい事実。

 あまりに綺麗に開いているポイント差。

 なるほど。この僕がCですか。

 

「聡明な君達ならもう気付いていると思うが、この学校のクラス分けは特殊だ。優秀な生徒から順にAクラスに分けられている。もちろんこの分け方も説明は出来ない。これに関しては了承してくれ。そして君達はCクラス、つまり学校側からは平均よりやや下の評価をされたクラスというわけだ」

 

 クラスの雰囲気が殺気立つ。おそらく初めてであろう坂上先生からの罵倒。彼らが思っていた事を当てられ、それに怒っていることが教室中に肌を通じて感じられる。

 

「そう怒らないでくれ。だからと言って見下している訳ではない。初めに言っただろ?君達はこの学校に入学した時点で狭き門を突破した者達だと。そしてこれも君達には伝えなければならない。この学校は進学率、就職率100%を誇るが、それは卒業する時にAクラスに在学している生徒のみという事だ」

 

 今度はクラス中がざわめき出す。それもそうだ進学率や就職率を選んでこの学校に来た生徒も多いだろう。

 今の発言はそれを根本的に否定したのだから戸惑うのに無理はない。

 

「そして1番重要な事、この学校はcp次第では上のクラスに上がれるということだ」

 

「……なるほどな。まさに実力至上主義ってことかよ」

 

「そういうことだよ龍園くん。このcpは毎月振り込まれる金、という意味だけではない。cpの数値がクラスのランクに比例されるのだ。すなわちもし今回君達が651cpあればBクラスになっていたという訳だ」

 

 全てのことを理解した龍園くんは不敵に笑っている。

 他の生徒の多くもクラスの変更、すなわち下剋上が可能だと言うことを聞き、自分達が低い評価をされたことなど関係なく、上を目指そうと考えているであろう生徒も半分以上見られる。

 

「さてこの学校の仕組みについてはこんなものだろう。では次にこれを見てもらおうか」

 

 持ってきていた白い紙を広げ、ホワイトボードに貼ることで皆が見えるようになる。

 そこに載っていたのは先日行った小テストの結果だった。

 名前と点数が書かれていることから全員の結果がハッキリと見れるようになっており、1番高い生徒を左上に書きそこから順々と下がりながら全員の成績が表示されている。

 上から1人ずつ100、90、85、下から45、55、60となっている。

 下の方は60点から同率な生徒も見られるようだ。

 平均点は70前半くらいだろう。

 

「今回このクラスには赤点こそいなかったが、あと3週間程で始まる中間試験や期末試験で1つでも赤点を取ったものは退学となる。これについては君達も深く理解して欲しい」

 

 今日1番にざわつき始める教室。テストで赤点だったら即退学。退学だ。せっかく夢の高校生活が始まったばかりなのにまさかこれ程厳しい試練が与えられるとは思わなかったのだ。

 事実クラス最低得点の石崎くんはまぁ酷い顔をしている。

 

「退学というのは脅しじゃない。先輩で退学になった人がいるかを聞いてみるといい。そうすれば真実だと分かるはずだ。質問はないかな?……ないならば今日のHRを終わりにする。解散してくれ」

 

 言うことを言うと坂上先生は教室を出ていった。

 クラスのざわつきは大きくなる。だが誰もこの場を収める気配はない。

 

 時間が経つにつれて落ち着きを取り戻す生徒は多かったが、非情にも一限の授業はあまり心が落ち着いていないまま始まってしまった。

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 全ての授業が終わり、放課後を迎える。

 

 本日の放課後はティータイムと洒落こもうとしたのですが、今回はそうも言ってられませんでしたね。

 

 何せ初日に先生に質問していた男子生徒、龍園くんが皆を教室に集めたのです。

 本来ならば行く意味はありませんが、ポイントについて話し合うのであるならばと思い、今回は参加することにします。ツマラナければ即帰る予定ですが。

 周りを見てみるとクラス全員が残っています。

 なるほど、やはりこのクラスはなかなか珍しい。ほぼ全員に野心が見られる。何の野心かは推測するまでもないでしょう。

 

「よし全員いるな。一月経ってからだと変な感じだが、まずは自己紹介からいこうか。オレは龍園 翔。このクラスの「王」だ」

 

 自らを王と名乗った龍園くんは2人の生徒をボディガードにするように自らの周囲へ置いている。

 180cmを優に超える身長にアスリート顔負けの筋肉を持ったハーフの男子と、見るからに「不良」という渾名が付きそうな強面の男子、というか小テスト最低点の石崎くんだ。

 クラス全体の雰囲気がピリピリとしたものになっていく。前の席にいる伊吹さんも殺気立っている。

 

「いいねお前ら。オレを王と認めたくない奴がうじゃうじゃいやがる。だからまずはそこからだ。誰がこのクラスを統治するか、そこを決めようじゃねえか」

 

 龍園くんの言葉は続く。

 

「この学校は異質だ。クラスで戦い、勝つためには纏める奴が必要だ。ルールは無制限、どんな手段を用いても良い。自分以外の敵の隙を伺え。そして自分以外を潰せ。最後に残った奴が王だ。……ああ、だからクラス闘争なんてどうでもいいって奴は今ここで帰って良い。ここ1、2週間は荒れるから巻き込まれねえよう気を付けろ。だが決まった王に文句は言うなよ。これが条件だ。さあ最後の選択だぞ」

 

 龍園くんは発破をかけるようにクラス全体を挑発する。

 これだけ聞けば彼のカリスマ性は十分伝わってきた。それは他のクラスメイトも分かっているはずだ。

 だが彼らも一癖も二癖もある生徒なのだろう。

 龍園くんの言葉を気に入らない、調子に乗ってる、面白い、自分こそが王になるなどなどの感情を持って対抗しようと考えているのだろう。

 だからこそ、この自己中心的なクラスを束ねるリーダー、「王」が必要となる。でもあえて言おう───

 

 どうせ龍園くんが王になる(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 どれだけ他の生徒が龍園くんを気に入らなかろうが、そんなものはもう関係ないのだ。

 既に彼は先手を打っている。ポイントへの質問。これだって立派な先手だ。

 

 

 先んずれば即ち人を制し、遅るれば即ち人の制する所と為る。

 

 今の状況を一言で説明するにはここの言葉がピッタリであろう。

 物事は人より先に行うと人を支配できるが、人より遅れると人に支配されるという意味だ。

 

 初日、何もわからない暗闇の中で手を動かしていただけのクラスメイトに光のヒントを質問したのは誰だったか。

 少し優秀な者や臆病な者なら少なくとも他の生徒よりも龍園くんを選ぶでしょう。

 

 ポイントに対していち早く疑い、自分だけの力で答えを出していた生徒が彼の他にいたか。いたとしても彼以上に行動力はあったのだろうか。

 

 そして彼には2人の手駒がいる。それだけで差がある事など明白だ。

 

 ツマラナイ。そんな分かり切っていることに参加する意味がない。

 

 僕は彼の言葉が終わるとすぐに、教室から退出するために机から立ち上がる。

 そしてほぼ同時に水色と銀色の中間という色をした髪の少女も立ち上がる。 155cmくらいのおっとりとした雰囲気を持つ少女は、自分で購入したと思われる本をスクールバックに入れているのでいかにもといった文学少女だろう。

 

 全ての視線は僕と彼女に向けられている。

 この雰囲気の中、そして今からクラスの今後を決める話し合いが始まるこの場所から立ち上がれる事が彼らにとっては、自分の理解の外にあるのだろう。

 

 伊吹さんはまぁコイツだし、といったどうでもよさそうな表情をこちらに向けている。さすがに他の人達より付き合いは少し長いのである程度予想はしていたようだ。

 

 龍園くんは僕と少女をまるで鑑定するように見ている。

 

 視線が合う。

 

 龍園くんはこちらを嘲笑っている。彼からすれば今ここから立ち去る者など眼中に無いのだろう。その雰囲気は王者が放つものと同様だ。

 彼を動物に例えるならばさしずめ百獣の王、ライオンだろう。

 彼の思想など興味ないが彼もこの学校でいずれ注目されていく存在になるだろう。

 だが──

 

 ツマラナイ。

 今の彼ではあの白い少女にすら及ばない。

 どこで躓き、そこで終わってしまうことが分かってしまった以上、僕の中で彼はそこら辺の生徒と何ら変わらない。

 

 

 龍園くんへの視線を外し、後ろのドアから出ていく。

 後のことは伊吹さんに聞きましょう。

 

 

 さてこの後はどこに行きましょうか。

 

 何処に行くか特に決めてなかったので習慣通りに寮へと歩き始める。だがその歩みは止まることとなる。

 

 後ろから声がしたからだ。

 

「あなたもクラス闘争には興味がないのですか?」

 

 非常に聞きやすい高いソプラノの声の主は、先程僕と一緒に立ち上がった少女だった。

 僕は彼女と話す気などなかったので、そうだという意図を送る会釈だけする。そうしてさっさと帰宅する予定だった。

 

「どうして興味がないのですか?」

 

 彼女はそう聞きながらこちらに歩み寄ってくる。

 無視する程のことではないので仕方なく答える。

 

「ツマラナイからですよ」

 

「つまらない?」

 

「ええ。ツマラナイ。誰が王になったって僕には関係ない。そしてその先の結末も僕は見えている。そんなことに加担した所で何の価値もありませんから」

 

「……そうですか。私が言えたことじゃないですがそうやってなんでもかんでもつまらないで片付けるのは良くないですよ」

 

「ではそういう貴方はなぜ教室から出たのですか」

 

「争い事が嫌いだからです。後、今日は新作の本の発売日なのです」

 

 ───どうやらどちらの理由も嘘ではないらしい。

 この少女は本心からクラス闘争など興味ないと言っている。

 それよりむしろ新作の本の方が大事だと。

 率直に珍しい人間だと思った。そして同時に目の前の少女の雰囲気は彼女(・・)に似ているとも思った。

 マイペースで自分の好きな物にはこれ以上ないほど一途にのめり込む超高校級の才能を持ったあの少女に。

 

 だからなのか、彼女をツマラナイと断定することを躊躇った。

 

「本、好きなのですね」

 

 ありえない事だろう。

 カムクライズルが自分から他人に対して話題を振ることなど。

 

 僕の言葉を聞くとすぐに、少女は先程までのおっとりとした雰囲気から興味津々といったものに変化し、僕の顔に自身の顔を近づけてくる。

 

 彼女の顔は整っている。それも100人中100が美人と言うほどに。

 そんな彼女にこうまでも顔を近づけられたら、一般的な男子生徒は引かざるを得ないでしょう。

 

「興味があるのですか本に!」

 

「……僕は有名な著作の知識こそありますが、読書といった行為はしたことがありません」

 

「ではしてみるべきです!読書を!」

 

 先程とは正反対とも言える態度でグイグイ来る彼女に一瞬驚きました。

 うっとうしいですね……。

 

「貴方は今日暇ならば、是非読書をしに図書館へ行きましょう。私が案内します!」

 

 近い。キラキラと目を光らせる彼女の顔と僕の顔は鼻と鼻がぶつかりそうな程近かかった。

 非常に近いためか、なんだか良い匂いが感じる。

 おそらく彼女が使っているシャンプーの匂いでしょう。

 これ以上はいろいろと面倒ですね。理性が飛びそうとかではありません。この「はい/Yes」しか選択肢を用意してない彼女の申し出を断った後が面倒なのだ。

 仕方がありません、彼女の熱心にここは折れてみましょうか。

 

 正直書物など知識人のメモ帳でしかないと思いますが、良い機会なのでもう一度考え直してみましょう。

 

「……分かりました。少しだけなら付き合いましょう」

 

「本当ですか!本当ですね!では行きましょう図書館に!」

 

 テンションが高くなった少女は僕の手を掴み、図書館に連れていこうとする。

 

「わざわざ手を握らなくても逃げませんよ」

 

「? 早く行くためにはこれが手っ取り早かったので」

 

 冗談で言ってる訳じゃなさそうだ。本物の天然らしい。

 このタイプの人間は悪意なしで面倒なことをしてくるので余計にタチが悪い。

 

「そういえば……お互い名乗っていませんでしたね。私は椎名 ひより。あなたは?」

 

「カムクライズル」

 

 名前を聞くと椎名さんは少しだけ目を見開く。

 

「ああ、あなたが」

 

「僕はあなたと初対面のはずですが?」

 

「先程の小テストで自分より点数の高い人が1人だけいましたから覚えていたのですよ」

 

「そうですか。ではさっさと図書館に連れていってください」

 

「ええ。時間は有限ですので行きましょうか」

 

 

 そうして初めてのポイント支給日の放課後は椎名さんと2人で過ごした。

 

 

 

 椎名 ひよりとの親密度が上がった!!

 

 

 

 

 




ちょっとダンガンロンパ要素入れてみた


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王からの呼び出し


たくさんの評価、お気に入りをありがとうございます。


 

 

 龍園くんの宣言から1週間が経った。ここ最近荒れていた放課後の時間が徐々に収まってきている。

 すなわちこれは王が決まりつつあると見ていいだろう。

 

 さすがにこのままの状況があと1週間も続いたら堪ったものじゃない。

 顔に湿布を貼っていたり、マスクで顔を隠す生徒が徐々に多くなっていることから、放課後はまさになんでもありの抗争が繰り広げられていることだろう。

 

 そしてそれは授業中も例外ではない。

 ここ数日、授業は互いの弱点を探す機会と変わってしまい、嫌な雰囲気でかつ殺伐としている。

 だがポイントのことも相まって全員が真面目に受けている。

 そのことがよりいっそう不気味さを強調している。

 

 そんな状況も近いうちに終わるとなれば、真面目に受けたい人の気持ちは落ち着き、安心するだろう。

 中間テストまでの期間は残り2週間と少しと言った所なので抗争組にとってもこうも早く終わってしまえば運が良かったとも思える。

 

 

 そうやって考えていると朝のHRの時間になり、坂上先生が教室へ入ってくる。

 

「今日のHRを始める……と言いたいが実を言うと今日は連絡事項が偶然なくてね。代わりにと言ってはなんだが、彼から皆に話したいことがあるようだ」

 

 坂上先生がそう言うと1人の男子生徒が立ち上がり、教卓へと歩いていく。

 

 坂上先生が言う彼とは龍園くんだった。

 やはり彼が王になったようだ。ツマラナイ。

 

 そういえば個人的に聞いたのだが伊吹さんも彼の配下に加わっていた。

 それなりに抵抗したらしいが負けたものは負けだということで彼に賛同したらしい。まぁ納得はしてなかったようですが……。

 

 なのでついこの間まで連絡が取れていたのに、最近は忙しいと言われ音信不通という悲しい状況になっている。

 ちなみに僕の携帯に入っている連絡先は伊吹さんと椎名さんしかいないので、携帯が鳴ることはほとんどなかったりする。

 

 

「オレがこうやってお前らに話しかけるってことはだいたい察しているよな?……昨日をもってオレに反発してきたヤツらを全て支配下に入れた。

 つまり正真正銘オレが王になったわけだ。今日はその事を伝えるためにHRの時間を使わせて貰っている」

 

 龍園くんの言葉はまだ続く。

 

「これがお前達に伝える話の1つ、まぁ確認だ。そしてもう1つ話すことがある。

 むしろこっちが本命だ。今後起こるクラス闘争において、オレの方針についてだ。オレは必ず勝つ、何があってもだ。

 その為ならばどんな手段を使ってでも最後に勝つ、これが方針だ。気に入らねえならいつでもオレに反発しろ。

 だが約束しよう。オレはこのクラス全員を必ずAクラスへと導こう。だからオレに積極的に力を貸すって奴は優遇措置に置いてやる。以上だ」

 

 

 自信に満ち溢れている。

 これが彼のカリスマ性を担っている所でもあるのだろう。事実、この言葉を聞き、今まで敵対してたであろう生徒達の視線は、賛同へと変わりつつある。まぁ恐怖や嫉妬なども見られますが大半は賛同でしょう。

 

 だがそれでもまだ一部だ。半分以上は賛同したかもしれないが、残りの人達はまだ龍園くんを認めていない。

 何せ彼はクラス闘争にて結果をまだ残していない。

 いずれ起こるであろうクラス闘争の結果から判断して、彼について行くか行かないかを決める輩も少なくない。

 

 まぁ僕にとってクラス闘争なんてどうでも良いのでさっさと授業の準備をしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえカムクラ、龍園があんたを呼んでいる。着いてきて欲しい」

 

 全ての授業が終わり、放課後になった。

 今日も今日とて特にやることがないのでいつも通り寮に帰って1人の時間を楽しもうと思っていたが、何やら面倒なお呼び出しがあるようだ。

 

「それは絶対に行かなければならないのですか?」

 

「どうせ暇だろ?来い」

 

 伊吹さん。いくらキミが僕のことを友達だと思っていてもそれは酷いですよ。

 僕にだってもしかしたらがあるじゃないですか。

 それはない?クラスで僕が喋っているところを見たことがない?

 なるほど。

 何も言い返せませんね。

 

「ついてきなさい」

 

 もうちょっとお淑やかに出来ないのですか彼女は……。

 またこちらを睨んでいます。なんだかんだ彼女だってそれなりに僕の言動を読んでいる気がするんですが。

 読まれるのは嫌で、読むのは良いとはなかなか我儘な人ですね。

 

 

 そのまま僕は伊吹さんに有無を言わしてもらえず連れていかれた。

 途中先程何を考えていたのかについて聞かれたのを無視してたら、腰を蹴られた。やっぱり彼女にお淑やかさはないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「連れてきたよ龍園」

 

「ご苦労」

 

 伊吹さんに拉致──ではなく連行されて着いたところはカラオケのパーティルームだった。

 その広さはどうしてこんなに広く作ったんだよというツッコミを入れたいほど広かった。15人は余裕で入れそうです。

 

 というかこれがカラオケですか。この独特な匂い、相当大きな声を出しても隣室に響かないように整備された防音システム。

 

 なるほど、今この状況において監視カメラのないこの場所(・・・・・・・・・・・・)は最適な空間ですね。

 

 そしてぼくにとっては未知だ。

 こんなとこで様々な歌を大声で歌うのですか……。特に楽しそうとは思えませんが、何が人気なのでしょうか。

 

 ……そういえば僕は歌える曲がほとんどありません。そもそも知っている曲すらほとんどない。

 なんなら国歌と以前江ノ島盾子が歌っていた謎の曲くらいしか知らないかもしれない。

 これは良い機会だ。今日からある程度人気な音楽バンドの曲でも聞いてみましょう。

 もしかしたらそれなりに感情が浮かんでくるかもしれません。

 

 と、僕が熟考しているとこちらを不敵に笑っていながら見定めてくる視線を感じた。前にも感じたことのある視線だ。

 視線を感じた方向を見てみると案の定「王」がいた。

 彼はクッションに座りながら優雅に飲み物を飲んでいる。

 周囲には以前と同じ護衛の2人、山田くんと石崎くんが立っている。

 

「よう。根暗そうな男ランキング、見た目ヤバそうな男ランキングの両方で1位の男。ククク、学校中の人気者じゃねえかお前」

 

 なんですかその不名誉なランキングは。隠す気のない悪口程清々しいものはありませんね。というか誰が統計を取ったのでしょう。

 まぁそんなことはどうでもいい。

 

 さっさと会話を終わらせて帰りましょう。彼が僕に言いたいことは予測出来てる(・・・・・・)

 そんなツマラナイことより音楽についての方が僕にとって重要だ。

 

 

「そんなランキング興味ありませんね。それで僕に何の用ですか、龍園くん。大方僕をあなたの下につけたいだけでしょうが」

 

「……話が早い奴は嫌いじゃねえ。だがなるほどな。伊吹の言った通り、お前の予測能力ってのはそれなりのものらしいな。じゃああえて言ってやるよ、オレの下につかねえか?」

 

「嫌です」

 

「お前!龍園さんの申し出を!!」

 

「うるせえぞ石崎。こんなもん予想通りだ、喚くことじゃねえ」

 

 暴れようとした石崎くんを声だけで静止させる。彼の姿勢は未だに変わらない。足を組みながらこちらを査定するように見てくる。

 

「お前がポイントの裏に気づいていたことは伊吹から聞いた。それだけで大したものだ。そしてそんなお前の口から聞きたいことがある。……お前、どの時点で気付いた?」

 

「……ポイントが怪しいと思ったのは君同様初日です。そこから坂上先生の説明と僕の推測である程度の事は当たっていました」

 

「……嘘偽りは言ってねえな。いいぜェ、お前をオレの右腕にしてやってもいい」

 

「同じ事を何度も言わせないでください」

 

「そう邪険にすんなよ、楽しくいこうぜ?……さてともう1つ聞きてえことがあるから答えろ。……なぁポイントってのはどこまで使える(・・・・・・・)と思う?」

 

 ───心の中で素直に賞賛する。彼の洞察力、推理力は大したものだ。

 彼は気付いている。おそらく完璧には理解してないが、ポイントの有用性について僕と同じくらいの認識を持っている。

 

「ポイントについての認識は僕とキミとでそう大きな差異はありませんよ」

 

「はぐらかすんじゃねェ……と、言いたいが十分だ。クククッ、俺とお前の思考回路は似てこそいねえが、帰結地点は同じって訳か。

 つまるところお前も相当悪知恵が働くって訳だ。それに加えてお前の学力の高さ、金田には悪いがこりゃ完全に上位互換だ」

 

「小テストの結果だけで実力を測るのは良くないですよ」

 

「アホ抜かせ、先日の小テストではクラス唯一の満点、聞けばあのテストで満点を取れたのは全てのクラスを含めて坂柳とお前の2人だけ。

 普通の小テストならばお前の言う通りだが、高校三年レベルの問題が含まれていたってなら話は別だ。これだけでお前が頭脳において一流、いや超一流と言っていいだろう。

 ククク、こう考えると坂柳をぶっ潰すためにはお前が必須ってことになるのかもな」

 

 坂柳。確か以前すれ違った白い少女もそう呼ばれていましたね。

 これは覚えておく価値があるでしょう。おっと話が少し逸れたので戻しましょう。

 

「そんなくだらないお世辞は良いです。下につけ、右腕になれだの言っていますが、キミはこれから多少は起きるであろうクラスの内紛を早めに潰しておきたいだけでしょう?そして手始めが厄介そうな僕だと」

 

「……そう言うことだ。だがお前はクラス闘争に参加したくない。だから本当は放置する予定だったんだがな。

 しかし俺に危害を及ぼさないと言っても、お前には無視出来ねえ程の実力がある。お前程の実力があってなぜ戦わねえかは理解に苦しむが問題はそこじゃねえ。

 もしお前が敵に回ったら?そう考えるだけでそう小さくはない打撃を被ると俺は予測している。

 ……つまるところお前は不確定要素すぎるんだよ。だから何かをする前に手っ取り早く俺の手元において監視する必要がある」

 

「なるほど。君の言うことはそれなりに理にかなってますね。しかし安心してください。僕は君の邪魔はしませんから」

 

「それで納得できれば苦労しねえんだよ……だからそんなお前のために慈悲深い俺は特別な条件を持ってきたやった。

 お前は表舞台に出る必要はねえ。さらに普段は自由にしてくれて構わない。さらにさらにクラス闘争にのみ力を貸してくれれば良い。

 そんでもって報酬もかなり優遇してやる。どうだ、この条件ならば悪くねえだろ?」

 

 確かに悪くはない。デメリットはほとんどなく、メリットの方が多い、否多すぎる。

 この条件でクラス闘争に望む気が少しでもある生徒に勧誘すれば、十を聞かずに了承していたかもしれない。

 

「さて三度目の正直って奴だ。カムクライズル、オレの右腕にならねえか?」

 

 彼の目。この状況を本当に楽しんでいる目だ。

 相変わらず自分の意志を曲げるつもりも無く、こちらを獰猛な肉食獣さながらな視線を向けてくる。

 

 こんなごっこ遊びの何が楽しいのか。

 そろそろこの問答にも飽きてきましたね。

 退屈とまでは行きませんが、こんなことをするくらいならば別のことに挑戦した方が良かったです。

 さっさと答えて寮に帰りましょうか。

 

 

「そんなツマラナイことに参加する気はありません」

 

「……何?」

 

 僕は一般的な生徒とは少し違う。メリットデメリットで動くような合理的で利己的な感情など持ち合わせていない。

 そんなもの存在していない。

 

「僕は自分の知らない『未知』を求めている。龍園 翔という生徒がクラスのリーダーになった時点でその行先など容易に推測が可能だ。ゆえにツマラナイ。そんなものはただの既知、時間の無駄です」

 

「……そうかよ残念だぜ。これでもオレはお前の事はかなり評価してたんだがな。ああ、これで話は終わりだ。帰ってもいいぜ。だが───」

 

「「ただで帰れるとはおもってねェよな?」」

 

 全く同じタイミングで重なる声。その声を発した2人はそれぞれ違う反応を見せる。

 

 カムクライズルはいつもと変わらない無表情で龍園 翔を見ている。

 逆に龍園 翔はイラつきが表情に表れ、今にもその玉座から立ち上がって襲い掛かってきそうな程敵意を剥き出しに睨みつけている。

 

「理解してくれましたか?キミの思考回路などもう読めているという事を。キミが僕にとってもう既知だという事を」

 

 そうやって怒りの表情をこちらに向けてくるのも予測通りだ。やはりツマラナイ。

 

「やれアルベルト」

 

 先程まで龍園くんの護衛をしていたアルベルトと呼ばれた山田くんがこちらに向かってくる。

 身長180cmを越えるだけでなく、たいそう鍛えられたであろう筋肉、それを身につけた彼の身体はとても高校生には見えない。

 

「ま、待て!アルベルト!」

 

 伊吹さんの制止は聞き入れられない。

 その恐ろしい筋肉から放たれる右の拳は既に撃ち込まれている。

 

 

 だが無意味だ。

 

 

 信じられない速度で飛んでくる拳を僕は左に身体を動かして躱す。

 山田くんの表情には僅かながら驚きの感情が顕になる。

 彼は油断している。

 自分が負けるわけがないと疑わない自信と僕を外見だけで判断していること。これが油断の原因となっている。

 

 だから君は反撃の一撃が来ることはおろか、自分の予想を軽く超えてくる攻撃が迫っていることを予測すらしていない。

 

 攻撃を躱したと同時に踏み込んでいた左足を軸に彼のみぞおちへと強めの掌底をくらわせる。

 

 山田くんの口から唾液が吐き出され、腹を抱えながら数歩下がり、膝をつく。

 

 

「う、嘘だろ……アルベルトを……」

 

「カムクラお前…………」

 

 石崎くんと伊吹さんは驚いている。

 無理もない。僕は彼らの前で、否この学校に来てから「暴力」を見せていない。

 体育の時は全力でやったので運動神経が良いくらいの感覚はあったのでしょうが、喧嘩と運動は違うとでも思っていたのでしょう。

 なんと言う間抜け面だ。

 

「はっはははははは!!こいつは良い!まさか頭脳だけでなく、暴力まで超一流とは恐れ入った!ますますオレの手元に欲しい」

 

 先程まで殺すような勢いでこちらを睨んでいた王は、たいそう機嫌が良いようで大笑いしている。

 笑い終えると彼は玉座から立ち上がり、ポケットに片手を入れながら近づいてくる。

 立ち上がろうとする山田くんを静止させ、後ろに下がらせる。彼なりの優しさなのだろう。

 

「良いぜェ、オレが相手をしてやる。そんでもってこれで勧誘は最後だ。今この場でオレが勝ったら、オレの傘下に加われ、負けたらもう勧誘は辞めだ。好きにしていい。シンプルでいいだろう?」

 

「勝手にして下さい。ですがあらゆる武術の才能を持つ僕に勝つのは無理だと思いますけどね」

 

「くそ気持ち悪いナルシストかよ、救いようがねえっな!」

 

 先に攻撃したのは龍園くんだ。

 彼は悪態を発しながら、容赦なく目を潰さんと左手を突き出してくる。

 

 左手で彼の左手首を掴み、この攻撃を防ぐと彼は第2撃目へ移行しようとする。

 彼は右足の蹴りによる攻撃を狙おうと軸足に力を込めている。当たる位置を推測すると股間だろう。

 確かに彼が言っていた、どんな手段を使ってでも必ず勝つというのは嘘ではないらしい。

 

 だが、所詮その程度なのだ。

 かつての超高校級の軍人による容赦のない襲撃に比べれば、子供の遊びにしか感じない。

 

「なに!?」

 

 彼の攻撃は繰り出される前に止められる。

 掴んでいた彼の身体を引き寄せ、先に僕の左足で彼の右足を地面から離れないように踏み付けたのだ。

 

 さて、これで先程と同じだ。

 踏み込んだ左足を軸足にして山田くん同様、龍園くんのみぞおちへと掌底を強めに放つ。

 

 為す術もなくくらってしまった彼であったが、数歩引き、腹を抱えながらも片膝を着かなかった。

 強い精神力だと素直に感心する。

 

「……クククッ!なあ、お前は今どんな気持ちでオレに攻撃した?攻撃を終えた今の時間に何を思っている?

 そんだけ強い自分に浮かれて喜んでのか?それとも自分より弱いと思っている奴を自分の快楽でいたぶることに自慰を求めてんのか?

 大穴で仕方なく正当防衛って理由づけて自分を誤魔化して、本心から目を逸らしているのか?」

 

 彼は言葉で揺さぶりをかけながらこちらに向かってくる。

 やられる訳にはいかないので反撃の構えを取る。

 

 随分と隙だらけだ。

 彼の蹴りを躱し、掌底を彼の顎に入れる。

 

「……ごフッ……こうやって人は自分より弱い奴を目の前にした時、本来の感情を顕にする。人の本質ってのが見えるんだよ!なあカムクライズル!お前は何を考えているんだぁ?……!!うごっ!!」

 

 龍園くんは口と手を器用に動かしながら迫ってくる。やられないように勿論反撃をする。

 言葉による精神的な攻撃に切り替えたようです。

 

 なるほど。同じ暴力だけでは龍園くんでは山田くんに勝てない。

 ですが彼は手段を選ばない。

 そこの差で山田くんは負け、彼の下についているのでしょう。

 

 ですが僕にそんな揺さぶりは意味を持たない。

 何故ならばその答えを常日頃から探しているのだから。

 たかが喧嘩で見つかるならば、僕はそんなに苦労していない。

 

 ボクシングのようなスタイルで拳を何発も打ってくるが、全てを躱しきる。

 当たらないことを悟った彼は僕の髪を掴もうとさらに距離を詰める。

 

 さすがに髪を引っ張られたら痛いのでそこは最警戒をしていた。

 そして手段を選ばない彼ならば相手の弱点は確実に狙うと予測していた。

 

 だからあえて囮に使った。

 

 距離を詰めてきた彼の顔面へと回し蹴りが入る。

 もろに入った蹴りを受け、龍園くんは吹き飛ばされ、地面へと転がっていく。

 どうやらなんとか受け身は取れたらしいが、衝撃を殺し切れず先程自分が座っていたクッションに衝突する。

 

「りゅ、龍園さん!!」

 

 石崎くんが倒れた龍園くんへと走っていく。

 龍園くんは寄ってきた石崎くんの身体を掴みながら起き上がろうとしている。

 

「はぁ……はぁ……この化物が……わざと髪を囮に使いやがって……!!」

 

「……しぶといですね。キミは龍というよりは蛇ですね」

 

 だがさすがの彼ももう自力では起きれないようだ。他人の身体に掴みながら立つのが精一杯。満身創痍だ。

 だがそれでも彼の目は全く諦めようとしない。

 

「ここまでやってまだ諦めないのですか」

 

「……言っただろ。今負けても……最後に勝てば良いんだよ。それまでの過程なんか知ったこっちゃねぇ」

 

「ツマラナイ」

 

「はっ!良い事を教えてやるよ化物、どんな奴にも必ず付け入る隙ってのがある。朝の集中力が欠けている時、トイレに行く時、飯を食う時とかな。

 お前への勧誘はさっきも言った通り今回で辞めてやるよ。だが俺は何度でも食らいつく。今後隙を見つければすぐに仕掛ける。

 だから今一時の勝利をくれてやるよ。この屈辱を返すための戦いはもう始まってる。それが嫌ならば息の根でも止めてみろよ」

 

「ツマラナイ」

 

「ククッ、そうかよ。だがそんなものは出任せさ。人間には感情がある、その仏頂面からつまらない以外の感情が出るんだよ。想像しただけで笑えてくる。お前の恐怖を早く知りたいぜぇ」

 

 本当にツマラナイ。

 確かに龍園くんの言ってる事に間違いはないでしょう。人間は恐怖を誰しもが持っている。「心」があろうとなかろうとかかわらずだ。

 すなわち本能にこびりついているのだ。

 

 でも彼は本物の恐怖を、絶望を知らない。

 本物の恐怖とは思い出すこともおぞましく、精神というものが再起できるか分からなくなるほどのものだからだ。

 それを知らないが故にこんなことを口にできる。

 そして彼は───

 

 

「……最後に勝つ。これのためだけに他全ての過程で起こる恐怖をキミは捨てられるのですか」

 

 恐怖を押し込めるのが上手いだけなのだ。

 

「そいつは少し違うぜ、オレには恐怖なんてねぇんだよ。1度も感じたことがない。だから敗北を恐れるなんて気持ちは湧かない」

 

 矛盾している。キミも人間なのだから恐怖を感じるだろうに。

 本当に甘すぎる。

 

「やはりツマラナイですね」

 

 

「言ってやがれ……だがよく覚えておけ、そうやって何度負けたって前へ進み続ければいずれは勝つ。たとえ周りから何言われようともな。……人間やればなんとかなんだよ」

 

「……やればなんとかなるですか」

 

 今日初めて興味が引かれる言葉。

 前にも聞いた言葉だ。彼女が(日向創)に言ったこの言葉。

 奇しくも全く似つかない彼と被ってしまう。

 

「……それでは君は本当にどうしようもない絶望を前にした時、どうしますか?」

 

 何を聞いているのだろう。

 先程までツマラナイと判断していた人間に、その答えに興味をもってしまっている。

 なぜだかはわからない、でも聞かなければならない。

 そう何かが僕に訴えかけてる気がした。

 

 

「はっ!そんなもの決まってる。自分の力で前を切り開く。幸運とか奇跡なんかには縋らねェ。信じるのは自分の力のみだ」

 

 

 求めていた答えではない。日向創が導き出した、全てを救える奇跡を信じ、選択肢以外の道を仲間と創って前に進むという答えでもない。

 

 全ては己の力で何とかする。何度負けようとも最後に必ず勝つ。

 

 僕から彼を見れば弱点だらけの人間だ。才能なんてない。あるのは人より少し秀でているカリスマ性だけだ。

 まさに弱い犬ほどよく吠えるのですねとしか感じない。

 だからそんな程度の男はいずれどこかで躓き、簡単に折れる。

 

 だがそんな程度の男は僕の予測を外そうと躍起になっている。

 彼は今、今後彼の前に立ちはだかるであろう障害の中でも絶対に勝てないと思わせられる程の敵を前にしても諦めないでいる。

 何度やっても折れずに立ってくることに僕は興味を持とうとしている。

 

「どうしてでしょうか」

 

 つまるところ、期待しているのだ。彼の輝きが大きくなるのを。

 

 やれやれ、これでは以前会った希望(・・)を愛している変態と同じ思考ではないか。

 

 …………そういう事ですか。

 

 希望に定型などない。もしかすると彼のあの姿勢も1つの希望の形なのかもしれない。

 そう考えれば僕が彼に期待しているのにも納得する。

 

 

 なにせ「希望」は僕の予測を超えてくれるものだから。

 

 

 僕は龍園くんへと歩み寄っていく。瀕死寸前なのに相変わらずこちらへの視線は死んでいない。

 

「試してみましょうか」

 

 言葉で言うのは簡単だが実践するとなると話は別だ。

 彼はまだ知らない。

 だから試してみよう、彼が本物の恐怖を前にした時、もう一度同じ言葉を吠えれるかどうか。

 

 超高校級の絶望という才能を使って。

 

 

「!? 」

 

「ひっぃ!!?」

 

 今僕は初めて明確な敵意と殺意を彼に飛ばした。

 龍園くんを抱えている石崎くんはこれだけでグロッキーのようだ。

 

「はっ……はっは……それが……お前の……感情か」

 

「絶望に感情などありませんよ。あるのはただただ単純な理不尽のみ」

 

「……わらえねえな」

 

「それが絶望です。なので今からあなたを理由もなく徹底的に(ころ)します。今後一切キミが関わりたくないと思えるほどに、息の根を自ら止めたいと思えるほどに、必ず最後に勝つなんて言えないように」

 

 龍園くんの表情には先程まで見れなかった感情が出てきている。

 焦燥、怯え、そして恐怖といった感情。

 見たくないものを見ている目をしている。

 

「あ、ああああああ!」

 

 恐怖で錯乱したのか、龍園くんを支えていた石崎くんの方が尻もちを着く。

 同時に自力で立つことが既にできない龍園くんも倒れる。その一瞬で目を逸らそうとしている。

 

 だがそんなことはさせない。

 

 彼の胸倉を掴み、僕の視線と同じ高さまで持ち上げる。目と目を近づかせ、絶望を見せつける。

 

「……ほら、あるじゃないですか。あなたにも恐怖が」

 

 これで彼も知ったでしょう。己が恐怖のない人間と思っていたのは勘違いだったと。

 

「最後にもう一度聞きます。あなたはどうしようもない絶望()を前にした時、どうしますか?」

 

 彼は今絶望に触れている。知ってしまったでしょう、なにをやっても太刀打ちできない本物の恐怖を。

 

 さぁ早く、君の答えを聞かせてください。

 絶望になるか、希望になるか、キミがどちらを選ぶかを。

 

 

 

 

 

「……何度も言わせんじゃねえよバーカ。何があってもオレは必ず勝利を手にするんだよ。絶望に何度負けようと最後に勝つのはこのオレだ」

 

 舌を出し、こちらを最大限煽るような演出をする。

 強がりだ。その声は震えているし、掠れている。それでも彼は吠えきった。予測を超えてくれた。

 

 

「オモシロイ」

 

 彼の胸倉を離す。

 無抵抗だった彼もまた尻もちを付いてしまう。そして直ぐに再びこちらを見る。見たくもないはずの絶望を視界に入れる。

 

 なんて無様な姿だろう。

 そう思っても彼をツマラナイとはもう言えなかった。

 

 

「君は勝ったならば僕を軍門に入れると言っていましたね?」

 

「……あ?今更何を言ってやがる」

 

「降参です」

 

「は?」

 

 龍園くんが素っ頓狂な声をあげる。

 少し離れた所で見ていた伊吹さんと山田くんは口を大きく開けている。

 石崎くんは目に涙を浮かべてこちらを黙って見ている。

 

「僕の負けで良いです。君は僕の予測を超えてくれた」

 

 ポカーンとしていた龍園くんが数秒で今の状況を理解し始める。そして心の底からの笑みを浮かべる。

 

「……はっはははははは!つまりオレの軍門に下ると?」

 

「ええ。君を王と認めましょう」

 

「つまらねえんじゃなかったのか?」

 

「キミが僕を退屈させない限りは力を貸し続けますよ」

 

「はっ!本当に……調子の良い……やろう……だ」

 

 どうやら限界が来たことで意識が無くなったようですね。

 後のことは石崎くんに任せましょう。

 

 

 ああ、これが楽しみというものなのでしょう。

 彼が今後どうなるのか特等席で見せてもらいましょう。

 

 僕は彼に何かを言うことなく、カラオケから出ていく。

 

 

 カラオケを出ると夕日がこれ以上ないほど綺麗に見える空が出迎えてくれる。

 

 僕はそのまま寮へと帰宅する。

 なんとなく今日の歩くスピードはいつもより早く感じた。

 

 

 

 龍園 翔との親密度が上がった!!

 

 

 



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舞台は図書館


つまらない→ツマラナイ、おもしろい→オモシロイに訂正しました。


 

 

 静寂な空間と言うのは存外悪くない。

 

 周りのことなど気にならず、自分のやりたいことに没頭出来るからだ。

 あなたにもそういう空間があるでしょう?

 例えば自分の部屋、基本的に人も来ないし、自分のありのままの状態でやりたい事をしてるのではないだろうか。

 

 この学校の生徒達は寮ぐらしなのでその感覚を大いに味わってるだろう。

 僕も寮にいる時はその感覚に支配されている。

 寮の中も悪くない。しかしオススメしたい場所がある。

 

 図書館だ。

 皆が活用する空間だが、基本的に人は喋らないので静かな空間だと言える。

 ここは本の貸し借りをしたりその場で本を読む場所だが、他の目的でここを利用している生徒もいる。

 特に勉強する場に活用する生徒は少なくないだろう。

 この学校の図書館はかなり広く、様々な場所に机が用意されているので、少し探せば勉強している生徒も簡単に見つかる。

 それほどこの場所は良い空間なのだ。リラックスしながら時間を使える。

 

 僕はこの静かな空間を椎名さんに教えて貰った。

 以前彼女が僕を強引に連れてった時は期待してなかったのですが、ここを見つけられたことによって一気に+の結果になった。

 このことに関して彼女にはある程度の感謝をしています。

 実際は感謝をすべきタイミングだったから感謝しただけなのですが、いずれはそういう感情も知れれば良いと思ってます。

 

 そう言えば椎名さんは本当に本が大好きな文学少女でした。もしかしたら彼女も超高校級の文学少女の才能を持っているのではと僕は推測します。

 というか彼女の方が相応しいのではと思うくらいです。

 以前資料で見た超高校級の文学少女も不相応という訳では無いのです。

 

 ただ彼女の二重人格に問題がある。

 まあ椎名さんもオンとオフの差が激しすぎて二重人格みたいなものですが……。

 

 どっちもどっちなのでどっちも超高校級の文学少女の才能を持っているで結論付けてしまいましょう。

 

 さて話を今に戻しましょうか。

 

 僕は現在図書館にいます。

 テスト期間なので普段来るより人が多いように感じます。

 なのでリラックスタイムが出来る状況は若干崩されています。

 尤も今回は1人でいる訳じゃないので、リラックスしに来た訳ではありません。

 

 さて、今の状況を説明する前に久しぶりにあなた達に聞きたいことがある。

 

 

 どうして僕は図書館で勉強会を開いているのでしょうか。

 

 

 まぁ、あなた達の答えなど予測できていますので、答える必要は無いですよ。

 

 知るかバカ。だいたいこんな感じでしょう。

 では説明をしましょうか。

 

 それを知るには少々、遡らなければなりませんので、時間は頂きますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2日前、僕は龍園くんの軍門に下った。

 ツマラナイと思っていた学校生活にも多少色鮮やかなものになるだろう。

 

 未知を期待している。彼は可能性を見せてくれた。

 

 そういえば彼をボコボコにしてしまいましたが、結構あっさり許してくれました。

 その代わり、これからのことで結果を残せと言ってました。

 よって僕のこれからの放課後は自分の時間がどんどん減っていくだろう。

 

 そして彼も軍門に下った者には遠慮なく命令するでしょう。

 果たして彼に僕を使いこなせるのか……彼の手腕に期待ですね。

 

 そんなことを考えているとチャイムが鳴る。

 どうやら誰かが僕の部屋に来たようだ。

 

 現在は放課後、学校が終わり、即帰宅して自分の時間を楽しんでいます。

 誰かが僕の部屋に直接来るなんて初めてですね。

 誰だか知りませんが、一体なんの用でしょう。

 

 僕は玄関に行き、扉を開ける。

 

 そこには見知った男とその仲間達が立っていた。

 

「……何の用ですか?龍園くん」

 

 玄関前にいたのはCクラスの王、龍園 翔とその愉快な仲間達、石崎くん、山田くん、伊吹さんだ。

 

「おいカムクラ、お前の部屋を貸せ。これは命令だ。拒否権はねえ」

 

 確かに僕は軍門に下った者には遠慮なく命令すると予測してました。

 ですが───それは遠慮無さすぎませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「Oh……no furniture」

 

「……まじで最初に置かれていた通りだな。ちょっとは変えてみようと思わなかったの?あと喉渇いた」

 

「おい石崎、お前は机を探せ。オレはベッドを探す」

 

「了解っす!」

 

 

 今僕の部屋には僕も含め、5人も人がいる。

 これで僕も友達いっぱいのリア充って奴なのでしょうか?

 答え→ありえない。

 こんなズケズケと他人の部屋に入って「お茶よこせ」と言ってくる方々とリア充?決してリアルに充実してはいません。

 

 というか何なんですか、蛮族か何かですか。他人の部屋入ってすぐにベッドの下を探す龍園くんは何なんですか。

 なんで舌打ちしてるんですか。

 石崎くん、何が「ありません!」ですか? なんでそんなに悔しそうなんだよ。

 そして伊吹さん何勝手に冷蔵庫漁ってるんですか。紙コップだせ?そんなのありませんよ。

 山田くん……あっキミは何もしてないですね。常識的な方で良かったです。というか偉いですね、しっかりと靴を揃えている。しかも石崎くんと龍園くんの分まで。

 どうやら彼は器も大きいようです。この非常識な方々の中にも常識を持った人はいる。

 やはり人は見た目で判断しては良くない。

 

 

「アルベルト、大至急紙コップを買ってこい。あと菓子と飲み物もだ」

 

「Hey boss!!」

 

 ああ、僕の唯一の良心が……。

 

「…………なんの説明もなしに何なんですか龍園くん。というか元に戻しといて下さいよ」

 

「なぁカムクラ、クッションないのか。座れないんだけど」

 

「……ならベッドに座ってください」

 

 カオス。まさにカオス。

 

「まぁ待てよ。話はアルベルトが戻ってきてからだ。それに予想は付いてんだろ?」

 

「まぁ……そうですね」

 

 話はおそらく、いや十中八九、今日の放課後のHRに発表していた中間試験のテスト範囲変更についてだろう。

 

 テスト3週間前に発表されたテスト範囲が2週間前になって突然の変更。

 理不尽だ。勉学が苦手な人は正直大丈夫でしょう。どうせまだ勉強してないのでしょうから。

 毎日コツコツとやっていた真面目な人からすれば堪ったものじゃないだろう。

 ボイコットが起こっても多少は納得が行く。

 

「ですが僕の部屋の必要がありましたか?」

 

「俺の部屋や石崎の部屋でも良かったんだが、散らかってそうだから嫌だという理由があってな」

 

 龍園くんが伊吹さんを見る。なるほど、サバサバした彼女ならば言ってる姿が容易に推測できる。

 

「ふん。汚いとこにわざわざ行きたいと思うか?アルベルトなら意外と片付いてそうだったけど拒否するし、だからといって私の部屋に男4人入れるのも嫌だ。だからあんたが適任なわけ、真面目だから部屋も片付いてそうだったし」

 

 彼女らしい答えだ。それに龍園くんと石崎くんは管理が苦手そうなのは納得します。

 

「クククッ、とまあそういう事だ。それにしても本当になんもねぇ部屋だぜ。エロ本すらねえとはな」

 

「そんなものポイントの無駄です」

 

「あ?じゃあお前その端末でエロ動画でも調べてんのか?ククッ、学校側から配られた端末を危険視しねえとはお前の予測も大したことねえんじゃねえか?」

 

「そういうあなたは本を買ったと?……いや買わせたのですか」

 

 僕は近くにいる石崎くんを見る。彼はなんとも微妙な顔をしていた。あまり知られたいことではなかったのでしょう。

 

「クククッ、俺はこの学校が始まってから娯楽の事を調べまくったからな。この学校は注意こそするが、生徒の風紀に関しては甘い。寮だって一緒なくらいだ。酒も売っていれば、ゴムもある。そしてエロ本もAVまである。まあ買える所は限られてるがな。……ホテルは今の所見つけてねぇ。だが監視カメラが設置していない場所はある程度抑えている。なんなら紹介してやろうか?」

 

 

 

 こいつは何を言っているのだ。

 おそらくだが学校が始まってからポイントについて調べる以外は全てこんなことにつぎ込んだのであろう。いくらなんでも詳しすぎる。

 ベッドに座っている伊吹さんはゴミでも見るかのような目をしてます。

 まったく色んな意味で期待を裏切ってくれる。

 

「……僕の部屋にエロ本があれば弱味にするつもりだったということですか」

 

「もうお前は俺の軍門だ。お前が裏切らねえ限りはそんなことしねえよ。まぁ流石のお前も性癖バラされたら堪ったもんじゃねえだろう?」

 

「僕に性癖なんてありませんよ」

 

「まあ……こればっかりは嘘を吐きたくなるもんだから仕方ねえ。だがそうやって隠すってことは、お前の性癖は案外やべぇかもな」

 

 どう言っても信じなそうなのでもうどうでも良いです。

 

 まあそれはそうとして下ネタはある種最低な手段ですが、この手段を使えば、それなりに同性とは仲良くなれると知ったので今回は良い体験になったでしょう。

 

「確かにカムクラさんの性癖というか、女子に対しての好みとかって意外と気になりますね」

 

「石崎、お前にしてはなかなか良い意見だ。そいつは俺も気になる」

 

「好みですか?」

 

 あの日以来、石崎くんの僕に対する呼び方と喋り方が変わった。龍園くんと話す時と同じような話し方になってるので、同格の存在だと思っているのでしょう。

 

 それにしても女性の好みですか?あいにく考えたことがありません。

 ですが余計な感情や趣味、思考などを取り除かれたとは言え、性欲のような人間としての本能は完璧に取り除かれた訳では無い。

 ある程度の本能は残っているので考えることは可能ですが……

 

「漠然とし過ぎて判断しかねますね」

 

「なら俺が質問してやるよ……そうだな……」

 

 龍園くんが考えているとドアが開く音がする。

 

「Boss, bought it 」

 

「ああ、ご苦労。さてこの話はまた今度にしようか。真面目な話をしに来たわけだからな」

 

 龍園くんは石崎くんと山田くんに買ってきたお菓子や飲み物を準備をさせる。

 正直まだこのネタを引っ張ってくるかなと思ったが、存外切り替えは早いらしい。

 

 

「察しは付いてるだろうが中間試験の事だ。まず最初に言っておく、今回俺はCクラスから赤点を出すつもりはねえ」

 

「へぇ、意外ね。あんただったら、落ちた奴の自己責任だとか言いそうなのに」

 

 伊吹さんの言う通りだろう。彼は自分の駒を平然と切り捨てることができる人間だ。なので自分の駒にすらなり得ない人間の事などどうでもいいだろう。

 

「本来なら有象無象は切り捨てるが、切り捨てた後が問題だ。退学者が出たことによるcp(クラスポイント)の変動。おそらくそれなりのポイントが持っていかれると俺は見ている」

 

 退学者を出して実験しないとは、彼にしては根拠が薄い。

 おそらく個人的に坂上先生へ質問して何かしらの事を知った故の推測でしょう。

 そんな博打のような事を初手からやるようなアホではない。

 

「坂上の野郎は、全員が必ず乗り切れる方法はあると言っていた。おそらく正攻法以外に裏技があるはずだ」

 

「それが成功すればcpは上がるってわけ?」

 

「おそらくな。だが俺はcpをあげるつもりはねえ」

 

「は?なんでよ。ポイントを増やしたらなんかデメリットでもあるわけ?」

 

 伊吹さん以外の2人も同じような事を思ったのだろう。龍園くんを見ながら彼の次の言葉を待っている。

 

「一言で言えば様子見だな。いずれ全てのクラスを潰す予定だが、まだ早い。ここでヘイトを買って目をつけられるのは面倒くせぇ。まだ試したい事が残ってるんでな」

 

 試したい事、それに伊吹さんは突っかかろうとしたが、彼は教える気がないらしく適当にはぐらかす。

 

「それと情報が足りてねえ。敵がどんな相手でどんな手段を持ってるか分からないのに顔を出すのは得策ではねえからな。まあ、そこから巻き返すのも楽しそうではあるがな」

 

 彼の言ってる事に僕も賛成だ。だが穴がある。それは裏技を見つけられる前提という事だ。

 仮にこの裏技が見つからないと考えると龍園くんは楽しいかもしれませんが、他の生徒は追い詰められた事に余裕がなくなり、反発が起きるでしょう。

 

「……キミは裏技を見つけられるのですか?」

 

「当然だ。そのためのお前だからな。俺が見つけ出せなくてもお前が見つければいい。逆もまた然りだ」

 

 なるほど。随分と僕の事を買ってるようですね。

 確かに僕と彼が協力して裏技を見つけられなければ、方法は真面目にテスト勉強して本番に備えるという正攻法しかないと言えるだろう。

 

 しかしそれではクラス変動が起きない。AクラスはAクラスのままで、DクラスはDクラスのままで終わってしまうだろう。

 

 そこから考えると裏技はある。それも複数あるだろう。

 龍園くんが言っていた坂上先生の含みを持った言い方とこの学校の方針を加味すれば、ほぼ確実と言っていい。

 

「これが今回のCクラスの方針ってわけだ。それにしてもまぁ……学校側も面倒なことをしてくれるぜ」

 

「本当に勘弁して欲しいっす……」

 

 嘆く堂々の小テスト最下位の男。

 

「石崎は小テスト最下位だったもんね。確かにCクラスではアンタが1番退学に近い」

 

「もうちょっとオブラートに包めねえのかよ伊吹……」

 

 確かにここにいる石崎くん以外の退学の可能性はほとんどないでしょう。

 伊吹さんと山田くんは前回の小テストでもそれなりの点数を取れていた。

 そこまで心配する必要はないでしょう。

 

 

「カムクラ、分かっていると思うが、お前には今回1番働いてもらう。明日赤点の危機があるやつをオレが集める。そしてお前のとこに送る。そいつらを退学にさせるな、勉強会でも開け」

 

「裏技を見つけるならばその必要はないのでは?」

 

「Cクラスは俺の国家だ。付いてくるやつならば見捨てねえ、そういう風にクラスのバカどもに見せ付ける必要がある」

 

 早い話、従順な駒を増やしたいという事ですか。面倒ですね。

 まあ僕に拒否権はないのですが。

 

「それで他の余裕がある時間に裏技と他クラスの情報を探してもらう。と言っても裏技の方はそこまで力を入れる必要はねえ、今回の件の攻略方法は1つ宛がある。だからお前は情報収集をしながら、バカどもの面倒を見てやれ」

 

「……分かりました。正直退屈ですね」

 

「まあそう言うな、まだ前哨戦だ。それまでは我慢だ」

 

「……キミに我慢というセリフは似合いませんね」

 

 伊吹さんと石崎くんもうんうんと頷いている。

 

「自覚はある。さてカムクラ以外の指示を出すか。伊吹、お前も情報収集を個人でやれ、だが優先はテストだ。そこまで力を入れる必要はねえ。石崎、お前はカムクラに勉強を教えて貰え。アルベルト、お前は俺に付いてこい。その方が効率が良い」

 

「……わかった」

 

「勉強嫌だ……」

 

「Hey, boss」

 

 

 

 

 

 

 

 とまあこんな感じの経緯で僕は勉強会をやらされています。退屈ですが、彼の指示なので仕方ないでしょう。

 

「暗い顔をしていますよカムクラくん」

 

「……気にしないで下さい椎名さん。僕の顔は元々こんな感じです」

 

 さすがに1人で教えるより、2人の方が効率が良かったので、余裕がありそうな椎名さんに手伝って貰いました。

 クラス闘争に興味のない彼女でもクラスメイトが退学になるのはなんとなく嫌だったようで手を貸してくれます。

 

 会場は図書館、昼休みと放課後に開くこの勉強会ももう5,6回目です。

 僕と椎名さんを含めて7人の人達が勉強しています。

 ここに集まっている彼らは退学の危険性がある生徒です。

 ですが伊吹さんもなぜかいます。あなたは特に不安じゃないでしょうと思いましたが、監視役と言ってましたので納得するしかない。

 なので実質危ないのは4人です。

 

 というか何回も開いて薄々気づいてきたのですが、これ僕必要ないです。

 椎名さんが人気すぎて、僕が教えてるの伊吹さんだけという現状。

 特に石崎くん、何が教えてもらうならば女子が良いですか。龍園くんに言いつけますよ。

 

 そして山脇くんとその仲間達も同様です、鼻の下伸ばしすぎです。

 確かに彼女の教え方が非常に上手い上に美少女という存在なので仕方ないのでしょうが、僕だって人間ですよ。申し訳ないとか思わないのですか。

 

「カムクラ?大丈夫か?」

 

「……ええ大丈夫です。ですがここらで一旦休憩を取りましょうか」

 

 僕はその趣旨を伊吹さんに伝え、椎名さんにも伝えると休憩の時間に入った。

 

 それを伝え終えると僕は1度図書館から出る。

 どこへ行くんだ?お花を摘みに行くだけですよ。

 

 

 勉強をする時、適度な休憩は必須だ。

 勉強において必要なのは量ではない。質だ。ではその質を上げるためにはどうすれば良いか、その答えの1つが休憩なのです。

 3時間ずっと机に向かっているよりも1,2回休憩を挟んで3時間勉強する方が最終的な効率は良くなります。

 かつてどこかの大学でこのような論文を出していた記憶があります。

 

 まあ勉強については人それぞれやり方があるので、どうこう言うつもりはありません。

 

 しかし勉強会を開くのだから、僕のやり方で教えます。

 だから付いてきてくれる伊吹さんの点数は満点にする予定です。

 彼女はバカじゃない上に要領もなかなか良いので、教え甲斐があります。まあ性格に難はありますが……。

 

 

 ───ではお花を摘みに行きましょうか。

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 

 トイレ───お花摘みから戻ってきたら、山脇くんが見るからに不良そうなガタイの良い赤髪の男子生徒に胸倉を掴まれていた。

 

 僕のいない間に何があったんだと言いたい。

 石崎くん辺りが止めればいいものを何をゆっくりと座ってんですか。

 

 周囲の態度と雰囲気からある程度の状況を予測する、不良少年こと、赤髪くんは右拳を振り切ろうとしている。

 

 最優先は彼を止めること。

 

 超高校級の暗殺者の才能を使い、気配、足音を消しながらも、できる限り最速で近づく。

 

 

 

 ────間に合った。あと数秒遅ければ、山脇くんの顔は見るに堪えない面相へと変わっていたでしょう。

 さて、この場を収めますか。

 

 

「何をしているのですか」

 

 

 ───周りの視線が痛いので早く答えてくれませんか、山脇くん。

 

 山脇くんは何も答えようとしない。それよりも怯えた目でこちらを見てくる。

 ツマラ……!

 

 突如赤髪くんが動き出した事に、少し驚く。

 彼は山脇くんを離すとすぐに、僕の手を払い除け、後ろに下がる。

 

 なかなか良い動きをしますね。ですがどうでもいい。今僕が話しかけているのは山脇くんだ。

 君の相手をしている暇はない。

 

「何をしているのか聞いているのですよ山脇くん。まあ言わなくても凡その推測はできますが……」

 

「す、すまねえ。ちょっと悪ノリが過ぎちまっただけなんだ。なぁ?だ、だからよ、龍園さんに言うのは勘弁してくれよ……」

 

 悪ノリ、おそらくそこにいる生徒達に迷惑をかけたのでしょう。彼女達はおそらくDクラスの生徒だろう。

 彼らの中にいる金髪の彼女は最近行っている情報収集で聞いた、Dクラスの中心人物の1人である女子生徒の特徴と一致する部分が多く見受けられる。

 櫛田 桔梗という珍しい名前をしていたはずだ。

 

 これはほとんどこちらが悪いでしょう。山脇くんは自分より立場の弱い人間には強く出て、龍園くんのような強い人間には下手に出るという、良く言えば世渡り上手で悪く言えばクズのツマラナイ人間だ。

 

 Dクラスだからと煽って今この現状なのでしょう。挙句の果てに返り討ちにされかけて、僕に助けてもらった。助けてくれてありがとうもなしです。

 

「ツマラナイ」

 

「え?」

 

「……もう良いです。君たちは教室に戻ってください。目障りです」

 

「あ、ああ、わかった」

 

 この場から離れられることが嬉しいのか、謝りながら安堵の声に変わっていく。

 

 彼は立ち上がり、筆記用具を持つと愉快な仲間たちを連れてすぐに出口へと向かっていった。

 

 気付くと椎名さん達も帰る準備をしている。

 さっさとこの場から離れ、面倒事を避けたいのでしょう。

 

「目障りなんでしょ?後は任せた」

 

 伊吹さん。あなた監視役ですよね?どこへ行くのですか。

 ……まったくなんて無責任な人だ。

 

 そう言えばこんな無責任な彼女にも同性の友達が出来たそうだ。

 まあ椎名さんなんですけどね。

 

 伊吹さん、あなたがこの場に残ってくれそうだった椎名さんを連れていったのを僕は見逃してませんからね。

 

 Dクラスの生徒の視線は僕に集まっている。

 仕方がありません、面倒ですがこの場を丸く収めますか。

 

「さて、どうやらCクラスの生徒が迷惑をかけたようですね」

 

 僕はDクラスの生徒達を見渡す。なかなか個性的で、侮れない人達のようだ。

 黒髪の見るからに優等生そうな少女は多少怯んでいるがこちらを真っ直ぐ見据えている。

 赤髪の不良くんは敵視、いや最警戒の目付きですね。

 金髪の少女、櫛田さんは怯えているような仕草をしている。ただし上辺だけだ。彼女の目には明らかな警戒が含まれている。

 彼女もなかなかの才能を持っているようだ。

 

 他にも3人いるが彼らはそこら辺にいる一般生徒だろう。

 

 だが黒髪の少女の後ろにいる、一見これと言った特徴がなく地味な雰囲気をしている彼は、こちらを興味深そうに見ている。

 もちろん彼も警戒している。だがそれよりもおもちゃ箱を開けた時の子供のようなわくわくしている視線が大きいように感じる。

 

 彼はオモシロイ。初めて見るタイプの壊れた(・・・)人間だ。

 彼は警戒するに値する。だがそれはただの第一印象。今は放っておいてもいいだろう。

 彼ほどの実力があればいずれ目立つ存在になる。その時に対処すれば良い。

 

「……ええ、今後このような事が無いように言ってもらえるかしら?あなたはまともそうだからお願いしたいわ」

 

 ……無理をしている。黒髪の少女は明らかに無理をしている。僕の雰囲気に耐えられないとかではない。これは何かに縋っているような───まぁ良いでしょう。わざわざそこまで考える必要は無い。

 

「安心してください。それは後で言っておきますよ」

 

 この言葉をきっかけにDクラスの生徒達の警戒がなくなっていく。

 しかし運が良い。図書館で勉強を教えるはずが情報収集になるとは、まさに一石二鳥ですね。

 

 さて、そろそろここから立ち去りますか。

 

「にゃはは、どうやら私の出る必要は無かったみたいだね!」

 

 後方から、薄桃色の髪をした明るそうな女子生徒がこちらに向かいながら、話しかけてきた。

 彼女の特徴を言うならば、非常に良いスタイルだろう。身長は160cm程だが、豊満な胸はとても高校生には見えない。

 事実、Dクラスの男子達の目を釘付けにしている。

 

 そして、見るものを笑顔にする美少女という題名の絵が書かれてもおかしくないと思えるほど整った顔立ちをしている。

 

「あっ!一之瀬さん!」

 

「おっ!櫛田さん!久しぶり〜!!今はテスト勉強中かな〜?」

 

 一之瀬、なるほど。彼女がBクラスの実質的なリーダーですか。

 団結力があるというBクラスの中心人物、さぞかし人気があるのでしょう。

 

 ですが正直ツマラナイ。

 一之瀬さんが噂通りの人ならば、龍園くんは彼女にとって天敵だ。

 先が見えた。とまでは言いませんが、Bクラスを落とすのは時間こそかかりそうですがそう難しいことではないと思えますね。

 

「キミは神座出流くんでしょう?キミが勉強会を開いてるなんて正直意外だったよ」

 

 確かに僕は根暗そうな男ランキング堂々の1位ですからね、そう思っても不思議ではない。

 あとこの不名誉なランキングは女子が秘密裏にやっているものらしい。

 伊吹さんに確認を取ったら「私も入れた」という報告を受けたので正しいのでしょう。

 

「櫛田さん、彼女は?」

 

 黒髪の少女が櫛田 桔梗に尋ねる。

 

「彼女は一之瀬 帆波さん!Bクラスの生徒ですごく良い人!」

 

「やだな〜櫛田さんの方が良い人だよ〜!」

 

 うっとうしい社交辞令ですね。

 

「説明ありがとう櫛田さん。一之瀬さん、それと神座くんでいいのかしら?あなた達に聞きたいことがあるの。あなた達が教えて貰った中間試験の範囲についてよ」

 

 中間試験の範囲?なぜそんなことを。

 

「キミは堀北 鈴音さんだよね?よろしく!それで中間試験の範囲だっけ?う〜ん、ちょっと教科書貸してもらえる? ………………ほらここからここまでだよ!いや〜学校側もなかなか酷い事するよね!1週間前かな?テスト範囲を急に変更するなんて!」

 

「1週間前に……テスト範囲の変更!?」

 

 黒髪の少女、堀北さんは驚愕の表情をしている。

 彼女の言動と表情から見ても今初めて知った情報なのだろう。

 一之瀬さんは嘘を言っていない。

 すなわち、Dクラスの連絡に何らかのミスがあったという事だ。

 

 これは不幸ですね。だが好都合だ。厄介そうなDクラスが勝手に自爆してくれるとは。

 まあまだ確定ではない。彼らも裏技の存在を知れば、この状況を打破できる可能性は十分にある。

 

「……やっぱり、私たちの知っているテスト範囲と違う。それにテストの変更って……」

 

「あれ?Dクラスには伝わってなかったの?それって結構不味くない?……もしかしてクラス毎にテスト範囲が違うとか……ねえ神座くん、Cクラスで聞いた範囲はどこだった?」

 

「あなたが教えた範囲と一緒ですよ」

 

 伝達ミス……Dクラスの担任は余程の間抜けなのでしょうか。実力を測る以前の問題ですね。

 

「じゃあ全てのクラスは多分一緒のテストを受けるんだと思う。なんでDクラスだけこんなことが……もしかして伝達ミス?」

 

 彼女の推測は合っているでしょう。Aクラスだけテストが違うなんてことはありえない。

 明白な基準が無くなってしまえば、価値のある評価は取れませんから。

 

「ありがとう一之瀬さん、神座くん。私達はここで失礼させてもらうわ」

 

「行く所は職員室かな?昼休みもあと10分ちょっとしかないから少し急いだ方が良いよ!」

 

 一之瀬さんがそう言うとDクラスの生徒達は忘れ物がないかをチェックし、早歩きで出口へと向かった。

 

 今度こそ、僕もこの場から立ち去りましょう。僕はさっさと教室に戻って伊吹さんに文句を言わなければならない。

 

 行動に移そうとすると、先程の薄い桃色の髪をした少女、一之瀬 帆波がこちらに話しかけてきた。

 

「神座くん!改めて、彼らの喧嘩を止めてくれてありがとう」

 

「そうですか。ではさようなら」

 

 特に用はないので、さっさと話を切り上げる。教室に戻って次の授業の準備をしないと行けませんし。

 

「……へっ?ちょちょちょ、待った!なんでそんなすぐに行っちゃうの!?」

 

「?僕も早く教室に戻りたいからですが」

 

「だからと言って今の対応は塩すぎだよ!!」

 

「……一体何の用ですか?」

 

 僕に話を聞く意思があることを見せると彼女はほっとした表情を見せる。

 そしてすぐに、ふっふっふっと笑いこちらを見てくる。

 うっとうしい……。

 

「ずばり、お話をしに来たのだ!」

 

「話し相手なら間に合ってるんで良いです」

 

 スタスタと彼女を巻くように早歩きで退散する。

 

「すとぉぉぉぉっぷ!!だから早いって!!」

 

「……騒々しいですねあなた、ここは図書館ですよ」

 

「誰のせいだと思ってるのかなぁ!?」

 

 ……しつこいですね。このまま無視しても延々と話しかけてきそうな勢いをしている。

 面倒ですが、情報収集も兼ねて彼女と少し話しておきましょうか。

 それにいくら龍園くんとの相性が悪いとは言え、彼女もなかなかの逸材である事に違いはない。

 

「……そろそろ休み時間が終わるので手短にお願いします」

 

「ふぅ、キミはかなり独特な人だね〜。噂とは少し違う感じで少し困っちゃったよ」

 

「噂?ランキングのことですか?」

 

「ううん、ランキングの事じゃなくて……というか本人まで知ってちゃダメじゃん」

 

「気にしてないので構いません」

 

 気にしてないのは本当です。ただこれを作った人達に言いたいのは、自分がやられた時に、どういった対応をするのかを考えてからやって欲しいですね。

 

「あっそうなの……でもごめんね。女子を代表して謝るよ」

 

「それで話は終わりですか?」

 

「どんだけ帰りたいのキミ……はぁ……時間も時間だから本題に入っちゃうね、聞きたいことがあるの。龍園くんについてなんだけど、キミは彼側の人間なのかな?」

 

 ……なるほど。やはり意外と侮れない。ただの天然女という訳では無さそうだ。

 自らのコミュニケーション能力を生かした正面からの情報収集を行えることは1つの武器だ。相手からより情報を引き抜くための上手い話し方を学べば、彼女はなかなかの逸材になる。

 その才能もある。だからこそ惜しいですね。

 

「僕は龍園くんと親友です。放課後は仲良く2人並んで帰るほど仲が良いですよ」

 

 これで彼女にも僕が龍園くん側の人間だと言うことが分かったでしょう。

 ですがそれ以外は何も分からない。キミが知りたかったであろう僕の立場やそこから推測できるCクラスの現在の状況を教える程僕は気前が良い訳では無い。

 

「……にゃはは。龍園くんがそんなことをするようには見えないけどな」

 

 彼女について分かった事が1つある。

 彼女は性格が良すぎるという事だ。

 故に初対面の人間に明らかな嘘を吐かれても、その人の友達をバカにするなんて事は彼女にはできない。

 龍園くんのように何も気にしないなら話は別です。

 しかしここは図書館、周りに人はいる。下手な発言はすぐに噂になるので「人気」な彼女には追求するのにはそれなりのリスクがある。

 

「人は見た目では判断できないのですよ。彼の情報が知りたいなら彼から直接聞けば良い」

 

 まあ僕と龍園くんが仲良く並んで歩くなんて絶対にありえない。我ながら酷い嘘だ。

 

「……手強いね〜。まあでもキミが油断ならない相手という事を知れてよかったかな。ねえねえ、良かったら連絡先を教えてよ」

 

「……構いませんよ」

 

「おお!ありがとう!」

 

 手早く連絡先を交換し、時計を確認すると授業開始5分前だった。

 

「……ムムっ!そろそろ5分前だ!時間取ってくれてありがとう神座くん!それじゃあまた今度会った時もお話しようね!」

 

 

 彼女とのレールを引いておくことにデメリットなどない。むしろメリットがたくさんある。

 多くの情報を持っている彼女は利用する価値がある。

 

 だが彼女と龍園くんは合わない。いずれ2人は潰し合う。

 それを上から見物するのはなかなか楽しみですね。

 

 さて、さっさと教室に戻って準備をしなければ……あと伊吹さんに文句を言わなければ。

 

 

 

 

 一之瀬 帆波との親密度が上がった!!

 

 




謎理論があるので後々、修正する予定。

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交渉


1日24時間って少ないですよね。
もうちょっと増やすべきだと思う。


 

 

「全く何をしているのですかキミは……」

 

「クククッ、予想外の事が起きてな。だからお前の当てを頼らせて貰う」

 

 

 時間が経つのは意外と早い。

 先程まで昼休みが終わったはずだったのに、気付いたら放課後になっていた。

 

 何をやっても時間が経過することには変わりないのに、集中して何かをすると時間が普段より早く進んでいるように感じる。

 そんな経験あなたにもあるでしょう。

 

 僕も似たような感覚を感じています。ですが授業が楽しいという訳では無い。

 授業の内容自体はツマラナイ。高校1年生程度で学ぶことなど全て記憶している。

 だが他人が完璧に理解できるようにするには、どう教えたら良いか、どのように効率良く教えるか、さらに発展して今後どこでその学んだことを生かせるかと考えていると思ったより早く時間が経っていたのだ。

 

 先程も言った通り、現在は放課後だ。

 僕は放課後の勉強会をするために、再び図書館へ行こうとした。

 しかし僕は今、龍園くんに連行されている。

 

「先輩方からヒントを貰おうと監視カメラ外のとこに連れて行こうとしたら、こっちの考えまで伝わっていた。あれは同じ事をやられてなきゃあんな素早くは対応できねえ」

 

 放課後の勉強会を椎名さんに任せてまで、龍園くんが僕を連れてきた理由は?

 

 早い話、宛があると言っていた裏技探しにこの男が失敗したのだ。

 彼はゲーム感覚で物事を捉える。その油断から失敗しているのでしょう。

 まあ失敗をした過程の中で、同じミスをしないように復習するのは彼の真骨頂とも言えるので、見限るには早計でしょう。

 

「どうやらオレは先輩方に多少顔を知られているらしい。全く臆病なヤツらだぜ。お前もそう思うだろう?」

 

「キミの人選ミスでしょう?ツマラナイ人間かどうかを見極めればそのような結果にはなりません」

 

「おーおー手厳しいな」

 

 彼が失敗したので仕方なく僕の宛を使うことにする。

 実際は今後のことを考えた時に頼りになる人物と会うための口実だが、龍園くんにはその趣旨を伝えていない。

 

 そして今、僕達はその目的の人物がいる所へ向かっているのだ。

 

 だがここで1つ問題がある。視線が痛いのだ。

 なぜなら────

 

「……龍園くん。僕はキミと仲良く歩くなんて思ってもいませんでしたよ」

 

「ああ、そいつは違いねぇ」

 

 そう僕は龍園くんと並んで歩いている。

 道行く生徒、特に1年生と思われる生徒からは奇妙な視線を向けられる。

 

 まさか数時間後に現実になるとは……嘘はつくものじゃありませんね。

 

「で、どこに行くつもりなんだ?本当に宛があるんだろうな」

 

 失敗した彼のためにも名誉挽回の機会を上げますか。

 交渉は彼に任せましょう。

 

 今の僕はブローカーですね。

 もちろんその程度の才能は持っています。

 

「ええ、もう着きましたよ」

 

「ここは……生徒会の」

 

 着いたのは生徒会室。この場所は他の教室と造りが多少違うためか、何だか近寄り難い雰囲気を感じる。

 

 しかしここに目的の人物がいる可能性が非常に高い。近寄り難くても待ってもらうしかありません。

 まあ幸運くらい持っていますから、そこまで待つ時間は長くないでしょう。

 

「……生徒会の奴らから、テストの問題でも聞き出すってか?」

 

 龍園くんの答えは残念ながらハズレだ。

 しかしそれも学校側が求めている答えの1つかも知れない。

 

 どうやらこの学校の生徒会の権力はかなり大きいらしい。

 もしかすると1年の中間試験の問題を知っているかもしれない。

 そしてそれを聞き出すことが出来れば、緊急事態は乗り切れる。学校側がそういう手段を用意する可能性は0ではない。

 

 ですが今回は違う。

 

「いいえ、君がやろうとしていたことと同じです。過去問の入手」

 

「クククッ、それならばほぼ確定だ。さっき脅した3年共には逃げられたが、奴は間抜けでな。

 俺が何も言ってもいねえのに過去問に関することを多少漏らしてくれた。やはり俺の予想通り、過去問には何かがあるみてえだ」

 

 信憑性はなかったのだろう。

 だがテスト範囲の急遽変更が何を求めているのかを察していた龍園くんは疑うことが可能なもの全てを疑った。

 そこで導き出した答えの1つが過去問の入手であり、先程ほぼ確信したようだ。

 

「学校側は緊急事態の対応を求めている。過去問の入手は解答の1つ。問題の出題傾向、出題方式、設問の数、時間の使い方などを予め予測出来ればテストで赤点など有り得ない」

 

「それには多少の知識が必要になりますよ」

 

「はっ、そんなもん3日あれば何とかなる」

 

 龍園くんはバカじゃない。真面目に勉強をすればそれなりの成績を残せるくらいには賢いのでしょう。

 ですが彼からすればテストなんて意味が無いのでしょう。「暴力」を信じている彼にとって、勉強など時間の無駄なのだ。

 

「で、いい加減教えやがれ。誰に会うつもりなんだ」

 

 仕方ありませんね。これ以上勿体ぶる必要もありません。

 まあ彼も薄々察しているでしょうし、答え合わせをしますか。

 

 

 僕は龍園くんに目的の人物の事を言おうとした。

 しかしそれは途切れることになる。

 

 生徒会室の扉が開いたからだ。

 

「……ここで何をしている」

 

 1人の男子生徒が扉から出てくるとこちらに話しかけてきた。

 綺麗に整った顔立ちをしている金髪の男子生徒は、やや細身ながらもしっかりとした体付きをしている。身長は龍園くんと同じくらいだろう。

 

 もしかして生徒会室前での私語を注意するために出てきたかと思ったが、どうやら違うらしい。

 彼は扉を開けた時、扉付近に人がいたことに一瞬驚いていた。なので偶然だろう。

 

「あなたには関係がありません」

 

「……お前ら見ない顔だな。てことは1年、まさか生徒会入部希望者か?でもわざわざテスト期間に来る必要なんてないよな。何が目的だ?」

 

 なんだこの非常に疑い深い男、なんとも自分勝手な推測を……。

 そう思いながら、訝しんだ視線を向けてくる金髪の男に言葉を返す。

 

「目的という程、大それたものじゃありませんよ。ある人に用があるだけです」

 

「ある人だ?それは生徒会の人物か」

 

「ええ。ですがあなたに頼るつもりはありませんよ」

 

「……可愛くねえ後輩だなお前。オレが今手を貸してやれば時間を無駄にしねえ可能性が高くなるんだぞ」

 

「必要ありません。いずれ来るでしょうから」

 

「……ちっ、期待外れかよ。つまらねえな」

 

 後ろから龍園くんの笑い声が聞こえる。大方僕の口癖のような言葉を逆に言われた事が愉快なのでしょう。

 

「そっちのお前は……おっと1年の有名人、龍園 翔くんじゃねえか」

 

「あ?」

 

 龍園くんはすぐに笑いを止め、金髪の男を威嚇するように視線を向ける。

 

「噂になってるぜお前、何しろ暴力でクラスを纏めたらしいじゃねえか」

 

 彼の言っていた有名というのも嘘ではないようだ。彼のやり方は良い意味よりも悪い意味で目立つ。

 1ヶ月の間でこの学校に慣れている上級生たちには知られてしまったようだ。

 もっとも知られたところで何かが変わる訳ではない。

 

「クククッ、ああそうだぜ成金男。何せこの世で暴力程信じられる力はねえからな」

 

「なるほど。とち狂った野郎だが、それ相応の実力があるようだ。そっちの昆布はお前の駒か」

 

「ああ、使い勝手の良い駒だ」

 

 ……昆布。僕の第一印象は相当酷いらしい。

 あと平然と肯定しないでください龍園くん。

 

「お前には期待してるぜ、暴君様よ」

 

「はっ、くだらねえな。お前みたいな雑魚の期待なんか何の価値もねえ」

 

 雑魚。金髪の男子生徒はその言葉に反応する。どうやら彼の沸点は少し低いようだ。

 加えてプライドも高いと分析出来た。

 ついでなので、扉に背を預けている成金男の実力の程を分析開始する。

 

「オレを雑魚か。ボス猿かと思えば蛙だったか?名前負けも甚だしいぜ」

 

「井の中の蛙ねぇ……クククッ、違いねえ。だがお互い様だぜ成金男」

 

 突如始まった煽り合い、彼らしいと言えば彼らしいです。

 が、今の龍園くんは目の前の男ではなく、僕を見ている。なるほど、彼も少しは成長しているらしい。

 僕の与えた「恐怖」は、実力を過信するという弱点を潰したようだ。

 もちろん克服したのはそれだけではないだろう。むしろこれだけならば期待外れも良い所だ。

 

「本当にそう思うのならば、期待外れだぞ龍園 翔。ははは!お前もそう思わないか昆布野郎」

 

 傲慢な男は視線だけをこちらに向け、同意を求める。自信の持ち方が龍園くんの比ではありませんね。

 そして本当にしつこい。暇を持て余しすぎです。テスト週間なのだからさっさと帰って勉強でもすれば良いのに。

 そう思考しながら、彼の質問に返事をしなければと思うと────

 

「クククッ、小物には用はないとよ」

 

 龍園くんが余計な事を被せる。しかし手間が省けたと言っておきましょう。

 僕はこんな男に用がある訳では無い。話す価値もない。

 もっとも目の前にいる男子生徒に才能がない訳では無い。分析の結果、彼もこの学校内では逸材中の逸材と言える。

 だが僕からすればツマラナイ。

 何より彼は────「希望」たり得ない。

 

 余裕そうに背を預けていた金髪の男には、少しだけ怒りの感情が表情に出ている。

 まだ何か喋りそうな勢いをしているが、もうその時間はない。

 

 ────なぜなら目的の人物がやってきたからだ。

 

「南雲、何をやっている。笑い声が廊下にまで響いているぞ…………なるほどお前か」

 

 目的の人物は廊下から生徒会室に向かうように歩いてくる。

 相変わらず生徒会の仕事に追われていましたか、随分真面目なことです。

 目的の人物は僕を見るとある程度の状況を察したようだ。

 

「あなたを使いに来て上げましたよ」

 

「ふっ、良いだろう。話を聞こうか。南雲すまないが……」

 

「……へいへい、邪魔者は消えますよっと」

 

 金髪の男子生徒はこの場に現れた4人目の生徒、生徒会長の言葉に従い、どこかへ行く。

 去り際にこちらを見ていたが、生徒会長がいるためか特に何かを言うこともなく消えていった。

 

「お前と生徒会長に面識があるとはな」

 

「ええ、ポイントの確認をするために活用させて貰いました」

 

 僕と彼には面識がある。

 なぜ面識があるのか、まずそこを説明しなければ行けませんね。

 

 

 

 

 ─────────────────

 

 

 

 入学式2日目。伊吹さんのお誘いを断ってでも進めた僕の目的の1つは、ある生徒との接触だった。

 

 先生方への質問はあまり期待していない。彼らの質問に対する受け答えは徹底している。

 早い話、口が硬すぎて情報をあまり取れないのだ。

 だが情報を整理するにはどうしても僕よりもこの学校に詳しい人に話を聞かなければならない。

 

 まあ学校側のデータに侵入して、調べた方が手っ取り早くていいのですが、手持ちのポイントでは、機材購入によって、誰かに大きな借りを作る上に0円生活を余儀なくされる。

 カメラ1台や携帯端末に侵入するなら、そこまでのポイントを払う必要はないが、相手は学校という1つのデータベース。国が運営している上に秘匿主義のこの学校をクラッキングするには少々難易度が高いと見て良いでしょう。

 ポイントの価値観も分からないままでやる作戦にしてはリスクが高い。

 なので仕方なく僕自身が足を運ぶ必要がある。

 

 そこでポイントについての問題を解決するために思いついたのが先輩だ。だが誰でも良い訳では無い。

 2年生ではなく、3年生で非常に優秀な生徒に会う事に意味がある。

 

 今回の目的のもう1つはここにある。この学校の優秀な生徒がどれくらいのポイントを所持しているかだ。

 以前無料食事コーナーの山菜定食などを食べている先輩方は今にも絶望しそうな顔をしていた。

 だがそれも一部の人だけ。普通に食事をとっている人もいれば、娯楽にある程度のポイントを費やしている人もいた。むしろこっちの方が多いだろう。

 

 

 以前推測した通り、今後は何らかのポイント変動が起こるのでしょう。その変動によって彼らのポイントはなくなった。だが減った者がいるということは当然、増えた者もいる。

 この世のほぼ全ての事柄は二項対立的な秩序が存在する。この現象も当然これに則るだろう。

 

 では増えたポイントがどの程度なのかを知らなければならない。それさえ知れればポイントの価値観が分かる。

 ポイントは何にでも使えるという坂上先生の言葉の真意にも近づけるだろう。

 

 ではどうやってポイントを持っている生徒を見分け、接触するか。

 だがそこについては問題ない。まず間違いなくポイントを持っている生徒を1年生全員は見ているはずだ。

 

 生徒会長だ。入学式にこの学校の生徒を代表して、ありがたい言葉を言っていたのを僕は記憶している。

 この学校の長を任せられるほどの人物ならば多くのポイントを持っていてもおかしくない。

 

 つまり今回の目的とは顔を知っている3年生、生徒会長と接触し、できるだけ情報を抜き取ることだ。

 

 

 だがもう1人、僕は先輩を覚えている。

 そして情報に信憑性を持たせるためには1つでは足りない。だから生徒会長の前にその生徒から情報を教えて貰いましょう。

 

 そしてもう1人の生徒は既に見つけている。ここから5mくらいの所を歩いている。

 そして都合良くこちらに近づいてきてくれた。

 

 

「すみません、先輩ですよね?」

 

 僕はその生徒に接触する。演劇部、詐欺師、心理学者、交渉人などの才能を用いて話を友好的に進めますか。

 

 話しかけた人物は入学式に生徒会長のサポートをしていた女子生徒。

 紫色の髪を左右対称にお団子結びをした、非常に優しそうな小柄の3年生。

 彼女は僕の声に気付き、こちらを振り返る。

 

 

「オレは1年の日向創って言います!ちょっと聞きたいことがあるんですが、お時間はよろしいでしょうか?」

 

「あっ、はい!少しだけならば大丈夫ですよ!私は3年の橘 茜です。日向くんでしたよね?それで何を聞きたいのですか?」

 

 入り方は完璧ですね。やはりカムクライズルよりも日向創の方が初対面に与える印象を良くできる。現に彼女はこちらを警戒していない。

 僕の容貌を見てもそこまで気にしていないようだ。

 

「この学校のポイントについて、答えられる範囲で教えて欲しいんです」

 

 橘さんは少し渋い顔をする。非常にわかりやすい人だ。

 やはりこの人は当たりですね。

 

「ポイントについてですか?学校側から説明はしっかりしていると思うのですが……」

 

「高校生に月10万円って多すぎると思いません?」

 

 彼女が言い切る前に次の言葉を挟む。彼女に僕がどこまで知っているかを伝えれば、彼女との余計な会話は切れると考えたからだ。

 

「……キミは私が思っているよりも賢いのですね。でもそんなことはないですよ。君たちはこの学校に入学した。それだけで10万円以上の価値があると見なされているのです」

 

 坂上先生とほぼ同じ解答。おそらく予め用意したもの。

 学校側が上級生に、下級生からの質問を答えるななどと言われていると考えて良いでしょう。

 

「なるほど。じゃあ、もう2つだけお願いします。先輩って今、何ポイント持っているんですか?」

 

「……そうですね。それは秘密です」

 

 口元に手を持っていき、人差し指を立てる。

 可愛らしいその仕草からも何を言いたいのか分かった。

 しかし一瞬の間があった。

 その間から推測するに、こちらもストップがかけられていると見ていいでしょう。ダメ元ですが、聞いてみますか。

 

「え?それって誰かに教えちゃダメって決まりなんですか!?」

 

「ふふふ、それも秘密です!でも貴方みたいに優秀な生徒ならばいずれ分かるはずです!……ではもう1つとは?」

 

 ニコニコと笑ってそう言う彼女は嬉しそうに、そして楽しそうに話している。

 ツマラナイ。こうも簡単に情報を抜き出せると拍子抜けだ。

 まぁ、今回は僕にとって必要なのでツマラナイ事でもやらざるを得ない。

 

 もう1つとは?それはこの女の端末を覗くこと。一瞬で良い。それだけで彼女の所有ポイントが表示される画面を見れば良い。

 彼女の警戒心が薄いため、会話をしながら少しずつ距離を縮める事が出来た。

 この距離間ならば彼女の端末を覗くことが出来るでしょう。

 

 彼女は生徒会に選ばれるくらいの生徒。

 つまりそれなりに優秀なのでしょう。ポイントも一般生徒以上には持っていると考えて良い。

 

「もう1つは……そ、そのポイントの移し方なんですけど……」

 

「移し方?教えますよ!」

 

 僕は携帯端末を片手に彼女へもう一歩近付く。お互いの肩がぶつかりそうなほどの距離感を保つ。

 それにしても、この女子生徒は優しい人だ。さぞかし男子にモテるのでありましょう。

 ですがツマラナイ。本当に警戒心がない。

 人が良い事は美徳ですが、無警戒というのは愚かなだけだ。

 さて次は─────運が良いですね。やっとご到着のようです。

 

「おい橘、そこで何を……ん?その生徒は……」

 

「か、会長!?すみません!時間忘れちゃってました!」

 

 黒い髪に黒縁のメガネ、しっかりと制服を着こなし、ネクタイも真っ直ぐ整っている。まさに優等生と言っていい姿をした男子生徒、生徒会長がこの場にやって来る。

 彼の顔は整っている。身長は僕より若干高いくらいでしょうか。

 そしてこの男、なかなか良い才能を持っている。

 

 生徒会長の才能くらい僕も持っている。

 ですが身体運びから見ても何かしらの武術を嗜んでいる。それも非常に高い水準で。

 

「す、すみません!橘先輩、彼氏との待ち合わせ中でしたか…………これは申し訳ないです!」

 

「か、彼氏!?堀北くんが私の!?」

 

「えっ?違うんですか?」

 

 頬は紅くなり、慌てふためく女子。

 わかりやすい。生徒会長に好意を抱いていると誰でも分かってしまう反応。

 

「オレと橘はそういう関係ではない」

 

 肩をおとし、気落ちした態度を露骨にみせる女子。

 ……わかりやすい。生徒会長、後方で悲しそうな顔している人がいますよ。

 

「あっ、そうなんですか……でも時間を取らせてしまって本当に申し訳ありません」

 

「…………構わない。それにしても何故こんな時間まで学校にいる?キミは1年だろう?」

 

「はい!俺は1年です!……実は先生と先輩に聞きたいことがあったんです!先に先生方に聞いたら、予想以上に時間取られちゃって……そしたら殆どの先輩帰宅してて、やっと見つけたのが橘先輩だったんです!」

 

 適当な嘘ではない。事実と嘘を半分ずつ入れながら話すことで真実味を帯びさせる。

 超高校級の詐欺師の才能を使えばこの程度造作もない。

 

「会長、彼は賢いです。ポイントの事を聞いてきました」

 

「ほう、それは大したものだ。…………お前の名は?」

 

「オレは日向創って言います!よろしくお願いします!えっと……間違いじゃなきゃ入学式で話していた生徒会長ですよね?」

 

 さて彼からも抜き取れるだけ情報を貰いましょうか。

 

「ああそうだ。オレはこの学校の生徒会長、堀北 学だ」

 

 

 順調だった。

 生徒会長の次の言葉を聞くまで。

 

 

「さて、今度はこちらから質問しようか。なぜ名前を偽っている?『カムクライズル』」

 

 ─────なに?

 この男、どうして僕の名を……。

 

「か、カムクラ?誰ですか?」

 

「惚けなくて良い。オレは今年の優秀な1年の顔と名前は覚えている。カムクライズル、その長い髪は特徴的すぎるぞ」

 

 表情にこそ出さないが、僕は驚いていた。と同時に喜んでいた。

「未知」の襲来。その事に少しだけ興奮しながらも詐欺師の才能を使い続ける。

 

「だ、だから誰の事を言ってるんですか?」

 

「お前は入学試験を満点で合格し、身体能力もずば抜けていた非常に優秀な生徒。個人としての能力はこの学校始まって以来最高と評価されているほどにな」

 

「か、会長?何を言って?」

 

 今起こっている現状についていけていない橘さんは混乱状態だ。

 

「橘、こいつはお前から取れるだけの情報を抜き出そうとしていたという事だ」

 

「そ、そんな……せっかく良い後輩が早速出来たと思ったのに」

 

 生徒会長はがっかりとした様子を見せる橘さんから視線を外し、僕へと戻す。

 

「で、どうなんだ?カムクライズル。その一流ハリウッドスターも驚く演技をまだオレに見せてくれるのか?」

 

 予想外だ。まさか彼が僕の事を知っていたとは。

 仕方がない。これ以上彼に疑われては円滑に目的を達成できなくなる。

 僕はそう判断し、詐欺師の才能を解除した。

 

「…………侮っていましたよ、生徒会長」

 

「やっとデータ通りの口調になったな。それで何が目的だ?」

 

「ポイントについて確認しようとしただけですよ」

 

 嘘を言ってないかを確認しようと生徒会長は僕の表情、目の動きを凝視する。

 

「……ふむ。まだ学校が始まって2日目にもかかわらず、ポイントの存在に気付き、その上で行動を起こすか。そしてその手段があまりにも自然な会話による情報奪取。どうやらお前の実力は1年の中でも頭一つ抜き出ているようだな」

 

「そんな分かりきった事をいちいち言うのは時間の無駄です」

 

「オレから情報を抜き取る時間を確保したいからか?」

 

「ふーん……あなたは他の人達よりかはマシみたいですね」

 

 お互いに視線を合わせ、対峙している。ここまで警戒された彼から情報を抜き取るのは面倒だ。

 

「ふっ、お前には期待しよう。お前のこれからの動き次第で、お前に投資してやっても良い。それこそ10万ポイント、いや場合によっては100万ポイント以上をな。……これでお前が求めていた答えを見つけられただろう」

 

 確信を持った言葉とともに、眼鏡の奥にある瞳が揺らめいた。

 どうやらこちらの目的にも気付いていた。やはり彼は侮ってはいけないようだ。

 

「ええ。では僕はここで失礼します。あなた達も時間が迫っているでしょう?」

 

「待て。この学校のポイントにここまで早く、そして深く気付いた上で行動を起こしたのはお前が初めてだ。お前が良ければ生徒会の席を1つ与えてやってもいい」

 

「か、会長!?何を言って!!」

 

 生徒会。生徒会長や書記、会計、その他全ての役職の才能を持っている僕からすれば退屈でしかない。

 なら答えは1つしかない。

 

「遠慮しておきます。ですが、僕個人としては貴方との関係を友好的にして欲しい」

 

「ふっ、そうか。ならばお前とは友好的に行こう。こちらもお前という男を見極めさせてもらおう」

 

「か、会長、そろそろお時間が……」

 

「そうだな……ではまた会おうカムクライズル」

 

 そう言い終えると彼らはやや早歩きで立ち去っていった。

 

 

 ─────────────────

 

 

 

 生徒会長が案内した部屋に入る。酷くこざっぱりとした客室のようだ。

 3つの椅子と1つの机しかない。

 

 

「安心しろ、ここに監視カメラはない」

 

 さすが生徒会長ですね。配慮が行き届いている。そして手馴れている。こういう交渉も初めてではないのでしょう。

 

「それでお前達がこの時期に訪れるということは……」

 

「ええ、中間テストについてです」

 

「やはりな、それで何が望みだ?」

 

「テストの過去問、あなたが1年の時に行った中間試験を参考にしたい」

 

 薄く笑い、生徒会長の表情に初めて変化が現れる。そしてポケットから端末を出し、操作し始める。

 その数秒後、彼はある画像をこちらに見せてきた。

 

 その画像には数学の問題が写っている。つまり過去問なのでしょう。

 

「誰かしらこの可能性に辿り着くと踏んでいたんでな、予め用意しておいた。安心しろ、5教科全ての問題が揃っていて、今ここで渡せる。

 だが物事には対価交換が当たり前、3万ポイントでなら交換してやっても良い」

 

 彼のこの発言と用意周到なところから考えてもこれは正解らしい。

 やはり過去問が裏技のようだ。だがタダで手に入る訳ではない。

 当然と言えば当然ですね。若干値段が高いのは相手の交渉術を見極めるためですか。

 

「らしいですよ龍園くん。どうするんですか?」

 

「ここで俺に振るんじゃねえぞ昆布野郎」

 

「必要なのは君でしょう?僕の場合、満点が確定していますので過去問は必要ありません」

 

 龍園くんは顔を顰める。さて、彼はどのように値引きするのでしょうか。

 

「ちっ……てことで勝手ながら交渉人を変えさせて貰うが良いか?生徒会長さんよぉ」

 

「構わないぞ龍園 翔。それでいくらに値引きして欲しい」

 

 生徒会長も龍園くんを知っているようだ。

 

「決まってんだろ───0ポイントだ!」

 

 突如、龍園くんは生徒会長へと拳を放った。予想通りですね。

 監視カメラがないならば奪ってしまえば良い。彼らしい考えだが、今回はしっかりと交渉した方が正しかったですね。

 

 なぜならその攻撃は生徒会長に届かなかったのだから。

 

「……なるほど強奪か、お前らしい」

 

 掌で龍園くんの拳を完璧に抑えていた。

 博打には失敗だ。これで彼は3万ポイントからの値引きをするのが非常に難しくなった。

 攻撃を仕掛けてくる交渉人にプラスの利益なんて与える訳がないですからね。

 

「……ちっ、ただの真面目ちゃんかと思ったが存外そうでも無いらしい。歴代最高の生徒会長ってのは伊達じゃねえか」

 

「見立てが甘かったな。では次はどうする?大人しくポイントを払うか?」

 

「……分かった。ポイントを払おう。だが3万払うんだ。1年の最初の小テストも付けてくれ」

 

 少し考えた後、彼も了承する。

 

 そして彼も気付いていた。

 高校1年に出す問題にしては非常に難しいレベルと言える小テストの問題は、この過程での確認作業で使わせるためでしょう。

 どんなに難しい問題でも答えさえ知っていれば解けないことはない。

 そして小テストが一緒であるならば、中間試験の問題も同じである可能性は十分に有り得る。

 ブラフである可能性も否定できないが、間違いなく参考にはなる。

 

「良いだろう、交渉成立だ」

 

 龍園くんは携帯を取り出し、データを送るために連絡先を交換している。

 

「ククッ、あんたの連絡先を手に入れたと考えれば3万の支出も結果としては上出来だ」

 

「ふっ、お前の事は聞いている。やり方こそ褒められたものではないが、実力は申し分ない。今年の1年には期待できそうだ」

 

「ああ、期待しろ。いずれ俺のクラスがAクラスに上がるからよ。もっともその結果をあんたがいる間に見せれるか分からねえがな」

 

 龍園くんはご満悦のようですね。目的を達成したためか随分と上機嫌だ。

 

 その後、僕も生徒会長と連絡先を交換した。

 彼との関わりは今後起きる何かへの対処法としては十分すぎる収穫だ。

 

 それこそ3万程度で済んだ結果は重畳でしょう。

 

「用は済んだ。俺達はここで失礼させて貰うぜ生徒会長」

 

「ああ、気を付けて帰れ」

 

 龍園くんと僕はさっさと部屋を出る。そしてそのまま寮へと直行した。 帰り道、再び龍園くんと仲良く歩く羽目になったが、正直もう慣れました。

 

 まあ何はともあれ、中間試験の対策はこれにて終わりですね。

 ツマラナイ時間ももう少しの辛抱と考えれば多少は楽に生活できるでしょう。

 

 さて、明日のお弁当の準備をしますか。

 物事が上手くいったので少し豪華に作りましょう。

 

 

 

 生徒会長と有意義な時間を過ごした!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言えば寮に帰った後すぐに、一之瀬さんから僕と龍園くんが並んで歩いている画像と「本当だったんだね(笑)」というメッセージが送られてきた。

 

 やはり嘘はいけませんね。あなたもこんな風になりたくなかったら、嘘をつかないで生活してください。

 

 

 




活動報告でこれからの更新について書いておきました。
夏休みが残り約1週間で終わるんですよ。でも時間がない。
もはや休みじゃない件について。

お気に入り登録や感想をくれた方々、本当にありがとうございます!


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中間試験


CHAPTER1を終わらせます。展開早いです。


 

 

 試験の当日はどんな行動をするのが正しいのか。

 皆さんならばどのような行動を取りますか?

 

 覚えられるものを直前まで脳内に詰め込むか。

 普段通りに過ごし、緊張しないために心を落ち着かせ、試験本番に備えるか。

 それとも諦めて、立ったまま気絶するのか。

 

 ここから考えられることは人によって違うということ。

 つまり一概に正しいと言えるものはない、ということでしょう。

 

 だがこう考えれば正しいと思えるのではないだろうか。

「結果」が付いてくるものこそ正しい。

 すなわちテストで良い点を取れさえすれば、その日の行動なんて自分に合ったことをしていればいい。

 長期記憶だろうと短期記憶だろうと結果が良い方が全て正しい。

 このようなプラグマティズム的な考えをすれば、君たちは「納得」できるのではないでしょうか。

 

 そしてこの考え方はテストに限った話ではない。

 それが顕著に表れているのはそれこそ現代社会だ。

 だがこれ以上の飛躍は止めておきましょう。このままでは無限に追求することが可能になるでしょうから。

 

 

「ふむ、欠席者はいないようだね。良かった、もし欠席者がいるのならばそれなりのクラスポイントが引かれていたよ」

 

 そんなことを考えていると坂上先生の声が聞こえた。

 本日は中間試験当日。彼は試験のスケジュールをホワイトボードに書き終えると教壇に立って生徒たちを1人1人見ていく。

 

「高校生になって初めてのテスト。それも背後に相当過酷な罰があるテスト、そんなテストを君たちは受ける。非常に緊張するし、のしかかる不安は一般の高校生の比じゃないと思う。だが私は君たちを信じているよ。この学校に入学出来た時点で素晴らしい生徒なのだから」

 

 坂上先生の言葉に嘘偽りはない。緊張していた生徒も彼の言葉を聞き、少しずつ緊張がほぐれているようだ。

 ウサギとクマの混ざりものの先生擬きとは大違いですね。

 

「そんな君達に朗報がある。中間、期末試験を乗りきったなら───」

 

 おおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 突如、1人の人間が出せるとは到底思えない声が坂上先生のありがたい言葉を遮る。

 この声には、さすがに全員が驚いた。

 椅子の動く音がいっせいに響き、表情が変わっている者もいる。

 

 この叫び声は廊下、いや隣の教室から聞こえる。声のする方向から考えるとおそらくDクラスだろう。

 隣の教室まで聞こえてくることから相当大きな声を出していることが分かる。

 そしてこの声、叫び声というより雄叫びな気がします。

 

 これには冷静な坂上先生もさすがに何が起きたのか分からない顔をする。が、それも束の間であり、すぐに普段通りの厳格な表情に戻し、言葉を続けようとする。

 

「ごほん!……中間、期末試験を乗り越えたならば君たちには夏休みにバカンスが待っている。その楽しみのためにも今回の試験全力で望んでくれ。私からは以上だ。君たちの健闘を祈る」

 

 坂上先生は言いたい事をやけくそ気味で言い切り、朝のHRは終了させた。

 直観的にあの雄叫びはバカンスに反応したDクラスの男子の魂の叫びだったのだろうと誰かが言っていた。大した予想能力だと思います。

 

 

 その後クラスの人達は皆、テストに対して自分の出来る最善のことを始めた。

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 オレの名前は綾小路(あやのこうじ) 清隆(きよたか)。1-Dクラスに所属している男子生徒だ。

 

 唐突だが、今のDクラスの状況を説明させて欲しい。

 

 オレたちDクラスは学校側から最低の評価を付けられた「不良品」と呼ばれる生徒だ。

 事実、オレたちはこの学校の評価の存在など気にせず、否、知ることもできず、5月になるまで自由で自堕落、まさに夢のような生活をしていた。

 

 そしてとうとう突きつけられた現実を誰もが受け止められずにいた。

 0cp、つまり評価0で、人によっては1ヶ月0円生活をしなければならない現状だ。

 

 畳み掛けるように突きつけられたもう1つの現実がある。テストで赤点を取ったら即退学という事だ。

 先日行った小テストでもDクラスでは赤点が7人、なんとも悲惨な結果だ。このまま行けば7人以上退学する可能性がある。

 まさに絶望的な状況だった。

 

 だがそんな状況でも活路へと向かいだしていた。

 最低の評価を付けられた翌日からほとんどの生徒が真面目に授業を受け、ポイントを復活させようと必死に抵抗し始めた。

 

 しかし集団というのは不思議なものだ。9割の人が団結しても残り1割は団結しない。それどころか目先の利益に囚われて己の欲望に負けてしまう。

 

 すなわち後者のような人間とは勉強をしない生徒だ。

 そして俺はそいつらを対象とした勉強会を開くことを堀北(ほりきた) 鈴音(すずね)という隣人に命令された。

 友達がいないオレにはなかなかの苦行だったが、櫛田(くしだ) 桔梗(ききょう)という女子生徒に協力してもらう事で何とか勉強会を開くことに成功した。

 

 だが初めの勉強会は失敗だった。

 真面目な性格をしている堀北は不真面目組の態度に怒り、罵倒する場面も多く、仲違いを起こしてしまったのだ。

 

 しかしながらその後、堀北の中で変化が訪れた。

 あるきっかけによって視野が広がった、つまり成長したのだ。

 

 そして堀北と不真面目組はお互いにお互いの事を少しずつ認め始め、勉強会を再開することが出来たのだ。

 

 ここからは早かった。堀北は勉強が他人に教えられる程できるのだ。

 不真面目組の勉強を見始めると彼らの学力はみるみる成長した。

 もう1人の手伝ってくれる生徒、櫛田もその手伝いをしてくれた。

 そして今、俺たちは残り1週間となったテストの対策をしっかりと取り組めている。

 堀北と櫛田のおかげだ。このまま行けば、Dクラスの退学者も0人で済むだろう。

 現状を打破することができるだろう。

 

 

 ───誰もがそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

「おい、ちょっとは静かにしろよ。ぎゃーぎゃーうるせぇんだよ」

 

 近くで勉強していた生徒達の1人がこちらに注意を促す。

 

 先程も言った通り、オレたちは残り1週間となったテストの対策をするために勉強している。

 場所は図書館だ。テスト期間もあってオレたちと同じように勉強会を開いていると思われる集団がチラホラと見える。

 現在の状況は不真面目組の1人が問題を解けたことに喜んだ。そして声が大きくなり、周りに迷惑を掛けてしまったところだ。

 

「悪い悪い。ちょっと騒ぎすぎた。問題が解けて嬉しくってさ〜。帰納法を考えた人物はフランシスコ・ベーコンだぜ?覚えておいて損は無いからな〜」

 

 不真面目組の1人、(いけ) 寛治(かんじ)は彼らに向けてへらへらと笑いながら、そう言う。

 こういう時、彼のコミュニケーション能力は真価を発揮する。

 初対面の相手でも人当たり良く接することができる彼のこの能力は現代においても非常に重要な能力でありながら、できる人は少ない。

 

 このようにいくら不真面目組だと言われても彼らにだって長所はある。それも誰もが身につけられるものではない長所だ。

 

「あ?……お前らDクラスの生徒か?」

 

 注意をしてきた男子生徒の表情がニヤニヤとした小馬鹿にするような表情へと変わっていく。

 そしてその様子が気に食わなかったのか、不真面目組の1人、須藤(すどう) (けん)が半ばキレて口調を強ばらせる。

 

「なんだお前ら。俺達がDクラスならなんだってんだよ。文句あんのか?」

 

 彼も人とは違う長所を持っている。運動神経だ。それも破格の。

 スポーツ、特にバスケには力を入れており、プロを目指しているほどであり、それを言うに相応しい実力もあるようだ。

 だがかなり沸点が低く、勉強も得意ではない。それらこそ彼がDクラスに選ばれた理由だ。

 

「いやいや、別に文句はねえよ。オレはCクラスの山脇(やまわき)だ。よろしくな」

 

 山脇と言った生徒はペラペラと話を続ける。

 早い話、Dクラスへの侮辱だ。

 正面切ってこうも悪口を言える所は尊敬するが、そんな喧嘩越しで会話をすれば須藤ももちろん黙っていない。

 そして周囲にどんどん迷惑がかかっている。

 

 しかしここから状況が変わる。冷静ではない須藤を抑えて我らが堀北先生が選手交代をしたのだ。

 さすが堀北。正論の刃で山脇のプライドをズタズタにすると彼は机を叩き、立ち上がる。煽り合いを一気に優勢へと持っていった。

 

 エスカレートして行くことでこの場にいる全ての者の視線はこの状況へと向かっている。

 

 さすがにこの状況を不味いと思ったのか、近くにいるCクラスの生徒も山脇を止めようてしている。

 だが2人だけだ。

 残りの3人は何をしている?この学校で問題を起こしたらどうなるのか知らないのだろうか。

 

「俺たちは赤点を取らないために勉強してるんじゃねえ。より良い点数を取るために勉強してんだよ。お前らと一緒にするな!大体、お前らはなんの勉強をしてんだよ?退学がかかっているテストでテスト範囲外を勉強して何になるってんだよ!」

 

「え?」

 

 珍しく堀北の疑問の声が出る。それもそうだ。今この男はテスト範囲外で勉強して何になると言ったのだ。

 

「まさかテストの範囲すら分からねえとはなぁ、これだから不良品はよぉ!」

 

「いい加減にしやがれ、テメェ」

 

 とうとう須藤の堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。

 まぁ今までの彼の行動を見ていると堪忍袋と言うよりは爆発袋だが……そのことについては今は置いておこう。

 須藤は山脇の胸倉を掴みあげる。

 

 腕を引き、マジで殴り飛ばすつもりなので、さすがに止めようとオレはイスを引いた。

 そしてその直後に────

 

 

「何をしているのですか」

 

 

 黒く長い髪をした男子生徒が須藤の拳を止めていた。

 身長はオレより少し高いくらいだろう。

 

 しかしやたらと目立つ髪型などは些細な問題だ。

 それよりも───いつからそこにいた?

 気配も足音も感じなかった。そこにオレは驚いている。

 

 驚いているのはオレだけではない。須藤は自分の手が掴まれたことでやっとその生徒の存在に気付く。

 これは運動神経が非常に高く、野生児のような直感能力をもつ須藤の反応が遅れているという事を意味している。

 

 須藤はすぐに山脇の胸倉を離すと、掴まれていた右手を弾き、本能的に後ろに飛び退く。

 そしてその男子生徒から視線を離さない、まるで肉食動物が獲物を狙ってる時のような視線だ。それほどあいつを警戒しているのだろう。

 

 そんな須藤とは対照的というか、長い黒髪の男子生徒は須藤から視線を外し、山脇の方へ向く。

 何の混じり気まなく、警告してくるような真っ赤な眼に山脇は恐怖を抱いている。

 

「何をしているのか聞いているのですよ山脇くん。まぁ言わなくても凡その推測は付きますが……」

 

「す、すまねえ。ちょっと悪ノリが過ぎちまっただけなんだ。なぁ?だ、だからよ、龍園さんに言うのは勘弁してくれよ……」

 

 悪ノリで人を見下すなんてロクな奴じゃないな……。それに龍園さん?誰のことだ。

 

「ツマラナイ」

 

「え?」

 

 つまらない?山脇の発言は確かに面白いものではないが、その返しは適切か?

 もしかしてこいつもあまり会話が得意じゃないのでは……と謎めいた淡い期待をオレは持ってしまう。

 

「もう良いです、君たちは教室に戻ってください。目障りです」

 

「あ、ああ、わかった」

 

 山脇とその他のCクラスの生徒は勉強道具を片付けるとすぐに図書館から去っていく。

 

 こちらに突っかかてきた3人は怯えるように出ていき、我関せずの態度でこちらを眺めていた残りの3人はゆっくりと歩いていく。

 途中、残り3人の内の女子生徒の1人が黒髪の男子に「任せた」と言っていた。なかなかに無責任だと思う。

 

「さて、どうやらCクラスの生徒が迷惑をかけたようですね」

 

 長い黒髪の男子生徒はこちらへと振り返る。

 なんて冷たい声だ。だからといって威圧的という訳ではない。鋭いトゲがある訳でもない。

 むしろ声自体は至って普通であり、中性的な声質が特徴とも言えるだろう。

 しかし、その平坦な響きからまるで感情が篭ってないように感じる。

 聞く人によっては恐怖を抱いてしまう声色だ。

 

「……ええ、今後このような事が無いように言ってもらえるかしら?あなたはまともそうだからお願いしたいわ」

 

 堀北は彼の雰囲気に気圧されたことで少し躊躇ったが、すぐに普段の調子を取り戻し、堂々と彼に言い切る。

 

「安心してください。それは後で言っておきますよ」

 

 何故だろう。直感的にだが、こいつとは他人な気がしない。

 堀北にこの事を伝えたら、「あなたそういう趣味だったのね」と言われそうだが、そういう意味じゃない。

 何故だろう。本当に初めての感覚だ。やっぱりこの世の中はわからないことって意外とあるものだ。

 

 だがはっきりと分かる事が1つある。

 この男は危険だという事だ。

 

 確かにオレは油断していた。あの場所から出て1年と少し経ったことにより、気が抜けていたのだろう。

 だがそれでも普通の高校生が気配を消して近づくくらいなら簡単に分かるはずなのだ。

 

 でも実際はどうだ?

 オレはこいつの気配に気付かなかった。

 オレも気配を消すことはできるが、あそこまでのクオリティでできるかと言われたら肯定できるかわからない。

 まるで熟練の暗殺者のようだった。あんなことは普通の高校生にできるわけがない。

 

 

 こいつは一体何者だ。

 

 

「にゃはは、どうやら私の出る必要は無かったみたいだね!」

 

 

 オレの中で黒髪の男子生徒の警戒度が上がっていると、桃色の髪と豊満な身体付きが特徴な女子生徒がこちらに向かってくる。

 

 彼女は見たことがある。Dクラスの担任、茶柱先生に呼び出された時に、Bクラスの担任、星之宮先生に相談を持ちかけていた生徒だ。

 つまり彼女はBクラスの生徒という事だ。

 

「あっ!一之瀬さん!」

 

「おっ!櫛田さん!久しぶり〜!!今はテスト勉強中かな〜?」

 

 どうやら櫛田は一之瀬という生徒と面識があるようだ。

 彼女のコミュニケーション能力は池とは比べ物にならないほど高い。

 学校が始まった日から学校中の全員と友達になると目標にする程の明るい生徒だ。

 

 もっともそれは彼女の表の性格だ。裏の彼女は───怖い。すごく。

 

 

「キミが神座(かむくら) 出流(いずる)くんでしょう?キミが勉強会を開いてるなんて意外だったよ」

 

 だがそんな怖い櫛田よりもこいつだ。

 この男の名前は初めて聞く。カムクライズル、珍しい名前だ。漢字はどう書くのだろうか。

 

「櫛田さん、彼女は?」

 

 堀北は彼女の事を知らないようだ。まあコイツ1人好きだし、当然だろう。俺同様、いや俺より友達が少ない。

 

 うわっ、なんか一瞬こっちを睨んで来た。怖ぇ……。

 

「彼女は一之瀬 帆波さん!Bクラスの生徒ですごく良い人!」

 

「やだな〜櫛田さんの方が良い人だよ〜!」

 

 須藤以外の不真面目組は鼻の下を伸ばしている。視線は彼女の胸にしか行ってない。

 まあ確かにあれ程のものを見せられたら男として見てしまうのは仕方ないが、そこまで露骨に凝視するのはダメだろう。

 

「ちょっと待って、一之瀬さん、それに神座くんでいいのかしら?あなた達に聞きたいことがあるの。あなた達が教えて貰った中間試験の範囲についてよ」

 

「キミは堀北 鈴音さんだよね?よろしく!それで中間試験の範囲だっけ?う〜ん、ちょっと教科書貸してもらえる?…………ほらここからここまでだよ!いや〜学校側もなかなか酷い事するよね!1週間前かな?テスト範囲を急に変更するなんて!」

 

 テスト範囲の変更だと?そんなものDクラスは聞いていない。

 

「1週間前に……テスト範囲の変更!?」

 

 堀北も絶句している。なぜこんなことが起きている。まさかテストが違うのか?いやそんなはずは無い。

 

「……やっぱり、私たちの知っているテスト範囲と違う。それにテストの変更って……」

 

「あれ?Dクラスには伝わってなかったの?それって結構不味くない?……もしかしてクラス毎にテストの範囲が違うとか……ねえ神座くん、Cクラスで聞いた範囲はどこだった?」

 

「あなたが教えた範囲と一緒ですよ」

 

 相変わらず冷たい声だ。

 だがCクラスにも連絡は行き届いているようだ。

 

「じゃあ全てのクラスは多分一緒のテストを受けるんだと思う。なんでDクラスだけこんなことが……もしかして連絡ミス?」

 

 Aクラスだけ違うなんてことはありえないだろう。それでは基準が無くなり、cpに影響が出てくるからだ。

 基準が無くなれば、正確な評価は付けられない。

 評価を数値化するには正確な評価が必要なので、学校側がそんな面倒なことをするとは到底思えない。

 

「ありがとう一之瀬さん、神座くん。私達はここで失礼させてもらうわ」

 

「行く所は職員室かな?昼休みもあと10分ちょっとしかないから少し急いだ方が良いよ!」

 

 

 オレたちは一之瀬の言葉を聞くとすぐに荷物を纏め、やや駆け足で職員室へと向かった。

 

 その後オレたちは連絡ミスという衝撃の事実を聞くことになり、またもや状況は絶望的になる。

 

 

 そしてオレはこの瞬間に、1つの可能性を見出し、行動をすることを決意した。

 

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 

 

 中間試験が終わり、1週間が経った。本日はお待ちかねと言っていい試験返却日だ。

 そのせいか、クラスメイト達の間にはどこかソワソワとした居心地の悪さを感じ取れる。

 たとえ彼らにとって1ヶ月と少ししか過ごしていないクラスメイトでも、退学になるということには何か思う所があるのでしょう。

 

「みな、ご苦労だったな。今この瞬間にテスト返却を行う」

 

 答案が入っていると思われる5つの封筒と、丸めた6枚の白い方眼紙を持ってきている坂上先生がそう告げる。

 その言葉の後に、封筒から五教科のテストが、英語、数学、国語、社会、理科の順に次々と返されていく。

 全てのテストを受け取った時、生徒全員を見渡して見ると喜んでいたり、微妙な顔をしている人が多く見られ、絶望したような生徒は見当たらない。

 この様子から退学者はいないようだ。

 そしてテストが全て返却し終わると、坂上先生は持ってきた白い方眼紙6枚を全て広げる。

 そこには小テスト同様、クラス全員の各教科毎の成績と合計点が書かれていた。

 

「ふむ。全ての教科の平均点は70点くらいだろう。なかなかの好成績で感心している。みなよく頑張ってくれた。この調子で期末テストも頑張ってくれ」

 

 それにしても成績表を公開する制度とは珍しい。こういった個人情報は他人に見せるものではない。全ての点数を細かく貼り出すということもよりいっそう珍しいと思います。

 嫌がる生徒もいるでしょうが、仕方ない。これが学校の方針なのだ。変えるとなるとそれなりに苦労するでしょう。

 

 もっともこの方針はクラスという「社会」を向上させるためには最適な手段ですから、変える必要はないでしょうが。

 

「ああ、肝心なことを言い忘れていた。退学者は0だ。今回のテストで落第する者はいない」

 

 その言葉を聞くとクラスの大半から安堵の表情が見られた。

 当然と言えば当然だ。せっかくの学校生活の危機から離れられたのだから。

 

「今日の話すことは特にないので、もう自由にしてくれて構わないよ」

 

 坂上先生が話し終えるとクラスのざわめきが大きくなる。友達同士でどの程度の点数が取れたかを話題にして盛り上がっている。

 そんな中で龍園くんも石崎くんや山田くんと話している姿が見える。どうやらデモンストレーションの準備をしているようだ。

 

「カムクラくん」

 

 聞き覚えのある声が聞こえる。声のした方を向くと椎名さんがいた。

 優しそうな笑顔をしている彼女だが、友達が少ないため、教室内では基本的に他人に話しかけない。なので少々珍しく感じる。

 

「何の用ですか?」

 

「聞きたいことがあるのです」

 

「……なぜ龍園くんや石崎くんがクラスの上位になるほどの高得点を取れたか、そんな所でしょうか」

 

「ええ。カムクラくんならば何か知ってると思いまして」

 

 龍園くんはともかく、勉強を教えていた感覚的に石崎くんの点数に彼女が違和感を覚えるのは仕方がないでしょう。

 彼女は裏技の可能性に気づいていない。そもそも裏技に頼る必要がない。

 真面目にコツコツと勉強してテストに望むのも答えの1つなのだから、それをどうこう言うつもりはない。

 

「それに関しては、いずれ龍園くんから話されるので僕の口から言う必要は無いですね」

 

「そうなのですか」

 

 聞くだけ聞くと彼女は素っ気なく返事をする。どうやら興味が失せてしまったようだ。本の虫である彼女にとって裏技の存在など些細なことなのでしょう。

 

「……それにしてもカムクラくんはまた満点ですか」

 

「金田くんや伊吹さんも満点です。別に大したことではありません」

 

「……それでは満点を取れなかった私は大したことないのでしょうか」

 

 僕の言葉を聞いた彼女は全体から負のオーラが見えるほどわかりやすく落ち込む。

 彼女は500点満点中、483点と非常に高水準な点数を取っている。裏技を使わずに自力でここまでの点数を取れたのは見事と言って良いでしょう。

 なのでわざわざ他人と比べる必要などないと思います。

 そもそもテストは他人と比べるものではなく、自分の実力を試すものなのですから。

 

「そんなことはないよ椎名。私や金田が満点なのはちょっとズルをしたからだし、自力であんな高得点を出せる椎名が大したことない訳がないよ」

 

 僕達の話を聞いていたのか、前の席の伊吹さんも話に入り、椎名さんを励ます。

 

「……ズルですか?でもそれも含めて実力ですし……そもそもカムクラくんは自力で満点ですし」

 

「それはカムクラが異常なだけだからそこまで気にする必要はないよ。もっと自信持ちなって!」

 

 龍園くんや僕と話している時からは考えられないほど優しそうな顔をしながら、他人を罵倒するという高度な話術を用いる伊吹さん。

 もっとも彼女は裏技なしでも満点の可能性は十二分に合った。しかし勉強に自信がないためか、今の自分の実力を正しく認識してないようだ。

 なので僕視点から見ると嫌味を言っているようにしか聞こえないが黙っておきましょう。

 

「酷い言い方ですね」

 

「あんたはいろいろおかしいから当然の評価でしょう」

 

「ふーん、テストでは満点を取れるのに疎かな分析力ですね。ツマラナイ」

 

 僕の言葉を聞いた伊吹さんの表情が変わっていく。彼女も相変わらず沸点が低い。

 

「ふ──ん!テストでは満点なのにつまらない、つまらないってもしかしてあんたボキャ貧なの!?」

 

「ツマラナイ。あなたの煽りは予測通りですね。煽り合いではまだ彼の方に軍配が上がりますよ」

 

 彼とは勿論龍園くんの事だ。伊吹さんも一瞬で理解したようだ。

 そして彼女は龍園くんが嫌いだ。負けず嫌いでプライドの高い彼女にはこういった比較を用いた言葉に必ず反発を見せてくる。

 

「伊吹さん、そうやって怒ることはカムクラくんの思うツボじゃ……」

 

「わかってるわよ!けどムカつくものはムカつくのよ!だいたいこいつは───」

 

 今にも飛びかかってきそうな勢いの伊吹さんだが、椎名さんに止められているので、その心配はなさそうだ。

 

 だが彼女とのお話は終わりだ。

 なぜなら、とうとう龍園くんが教壇の方へと歩き始めたからだ。

 伊吹さんと椎名さんもそれに気付き、じゃれ合うのを止める。

 他の生徒も龍園くんが動き始めたのに気付き、騒々しかった教室から徐々に言葉が減っていく。

 

 どうやらこのクラスは少しずつ、だが確実に彼のものになっているようだ。

 彼に反対の意志を持つ者はまだ一定数いるが、彼の今回のテストの結果に興味を持っているためか、随分と温厚のようだ。

 

 教壇の前にいつものように部下2人を護衛に附けた王が到着する。

 

「さて、まずは退学者が出なかったことを良くやったと言ってやるよ」

 

 王の第一声、相変わらずの上から目線は個性的な生徒が多いCクラスの生徒たちの神経をやや逆撫でする。

 その証拠に彼が前に出るとまだ悪感情というものが現れている。

 

「ククッ、まあコツコツと勉強して退学を逃れたバカ共には悪いが、オレはこの試験の裏に気付いていた」

 

 彼の言葉にクラスがざわつき始める。

 この様子だと誰も過去問の存在に気付いてないようだ。ツマラナイ。

 

「この成績が答えだ。俺は“結果”を残したぞ?まさかお前らこの程度の事に気付かなかったのかぁ?」

 

 実際どの成績表の中にも龍園くんの名前はベスト7には入っている。合計点も上から数えた方が早いのだ。

 そして彼の煽りによって、反龍園派の怒りのボルテージがどんどん上がっていく。今この状況は、手に取るように分かり、彼の掌の上で起こっている。

 

「まあ落ち着けよ。今日のメインはここからさ」

 

 溜めるように彼は言う。彼の次の言葉にクラス全員が耳を傾けている。

 

「俺は退学者が出なかったことの祝勝会を今日の18.30からやろうと思ってな。それの告知だ。もし来てくれるならば、今回の裏技と今後お前達の待遇について考えてやる」

 

 何に勝ったのか知りませんが、祝勝会をやるらしい。そしてそこで全てのネタばらしをするようだ。

 

「場所はグループ内チャットにて報告する。俺のグループに入ってないが来たいと言うやつがいるならばそいつから教えて貰え。安心しろ、今回は“暴力”の持ち込みはなしだ。そこは忘れるなよ。じゃあ俺からは以上だ」

 

 まったくツマラナイことをする。何より彼は娯楽に飢えすぎている。

 もっと言えば自分の欲求に正直すぎる。

 今回のこの発言も娯楽を求めての行動なのでしょう。そこが彼の良い点でもあるのでしょうが、同時に悪い点であり、弱点でもある。

 

 ですがそれにしても他の生徒が甘すぎます。

 どんな愚か者でも、そろそろ彼の本質に気付くはずだ。

 にもかかわらず、疑っている人間は見渡した所、片手で数える程だ。

 

「暴力」を持ち込まない?何を言っているんだ。

 彼にとっての最優の手段を自ら捨てる訳がない。

 

 今日の放課後に何が起きるのか予測できてしまった以上、もう行く必要はありませんね。強制召集されない限り、僕が祝勝会に行くことはないでしょう。

 あぁ、ツマラナイ。

 

「カムクラくんは行くのですか?」

 

 龍園くんの話が終わるとすぐに、先程と同じように椎名さんが話しかけてくる。

 

「行くつもりはありません。そういうあなたも行かないのでしょう?」

 

「はい、そのつもりです。大人数のいる所は苦手ですので……。それにテスト期間が終わったので、貯めていた本を読まなくてはなりません」

 

 もはや義務となりつつある彼女の趣味について追及するのは止めておこう。

 彼女に本について興味があると言えば、活きのいい魚のように食い付いてくる。その状態の彼女はやや面倒だ。

 彼女のマイペースはこの僕も振り回される。

 

「でもせっかく一段落ついたんだし、たまには気分転換でご飯を食べるのも良くない?」

 

「伊吹さんの言うことも一理あるのですが……やっぱり大勢の方とは……」

 

 自室や図書館といった静かな室内を好む彼女にとって、大勢とは地獄のような所なのでしょう。かなり躊躇している。

 

「そっか、なら私と2人で行かないか?」

 

「……それならば良いです。ですが良いのですか?私なんかと食事をするなんて」

 

「私も大勢は苦手だからさ。あそこに行くのは無理。それに友達とご飯を食べる方が楽しいだろう?」

 

「……そうですね、わかりました。じゃあ放課後はディナーに行きましょう!」

 

 心なしか、彼女の声色はいつもより高くなっているように感じる。

 おそらく彼女は友達と夕食を一緒に食べるのが初めてなのでしょう。

 食事など何人であろうと関係ないでしょうに。

 

「じゃあカムクラくんも一緒にどうですか?」

 

「は?」

 

 ……なぜ僕を誘う必要があるのですか。伊吹さんは2人でと言っていたでしょう?

 彼女、気の抜けた声を出し、間抜け面晒してますよ。

 

「?ダメでしょうか伊吹さん?」

 

「……いや構わないけど、なんでだ?わざわざ誘う必要があったか?」

 

「え?友達とご飯を食べるのは楽しいのでしょう?ならば2人より3人です!」

 

 天然かよ……と愚痴をこぼす伊吹さんに全面的に同意する。

 

「なのでカムクラくんもどうですか?」

 

 椎名さんは僕の方を向き、改めて誘ってくれる。

 さて、これから起こるであろう僕の放課後の選択肢は3つだ。

 →誘いを断り、祝勝会に行く。

 →祝勝会に行かず、誘いに乗る。

 →どっちも行かないで帰る。

 

 正直どれを選んでも過ごす時間は変わりません。ですがわざわざ大人数のいる場所に行って余計な体力を使うくらいならば、彼女達といるか1人の方が楽だ。

 

 そしてツマラナイ人間達よりかは「友達」と過ごした方が良いのでしょう?

 僕にはその感情がまだ分かりません。ですがそれが僕の知らない何かの手がかりなのでしょう。

 

 

 select→祝勝会に行かず、誘いに乗る。

 

 

「構いませんよ。何をやっても時間は変わりませんから」

 

「何よそのイヤイヤ付いていきますよって言い方、本当は嫌なの?」

 

 伊吹さんが言ったその言葉に不安を感じたのか、椎名さんが少し悲しそうな顔をする。

 特に何かを意識して言った訳ではないが、誤解を招いてしまったようだ。

 解くために仕方なく適当な嘘で誤魔化す。

 

「いいえ、他者の料理を食べるのに少し抵抗があっただけです」

 

「……そう言えばあんた、お弁当をいつも作ってたわね。まさか料理の才能くらい持ってますよ、とか言うつもり?」

 

「ええ」

 

「……ふーん、そう。そんなに自信があるんなら、あんたの料理食べさせなさいよ」

 

 ……この会話の流れでどうしてそのような言葉が出たのでしょうか。

 なるほど、伊吹さんも僕の予想を超えてくれますね。良い意味かどうかは別として。

 

「なぜ僕がそんな───」

 

「よし決まり。椎名もそれでいい?」

 

 言い終える前に彼女の言葉によって僕の異議は遮られる。

 図々しいというか、なんというか、これからは彼女の認識を少し変えた方が今後疲れなさそうです。

 

「……私も興味あります。お昼休みにときどき視線に入るカムクラくんのお弁当は確かに美味しそうでした。なので私もその意見に賛成です!」

 

「はぁ……もう良いです」

 

 まったく僕も学習しませんね。

 神なんてものは信じていませんが、嘘をつくとバチが当たると以前体験したというのにもう忘れている。

 

 仕方がありません。彼女たちの言うことに付き合ってあげましょう。

 

 勿論僕がやると決めたからには使える才能は全て使って臨みましょう。

 放課後を楽しみにしておくことです。

 

 彼女たちとの会話が終わるとすぐに授業5分前のチャイムが鳴った。

 いくらテストが終わってもポイントが関わっている以上、授業に遅れるのは厳禁だ。

 

 クラスメイト達は授業の準備をし始め、いつも通りの生活に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の放課後は3人で過ごした!

 超高校級の料理人の才能を使って、彼女達の舌を満足させることが出来たようだ!

 

 

 

 伊吹 澪、椎名 ひよりとの親密度が上がった!

 

 




ヒロインを作るかどうか迷ってますが、それは後に決めます。
お気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。



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Interlude1
龍園 翔の独白



明日もう1話出します。


 

 

「恐怖」と「愉悦」は表裏一体。

 それらは対極に位置するように見えるが、実際は紙一重の存在だ。

 

「愉悦」とは、人間であるならば必ず存在するものでもある。

「愉悦」とは、快楽であり、人間によってそれぞれ違い、定形なんてものは存在しない。

 

 例えば享楽的な快楽。衝動的や肉体的な快楽に身を任せるなどがこれに当たる。

 例えば政治的な快楽。地位や名誉などを欲するなどがこれに当たる。

 

 この辺りが心に秘めている野望の中でも、最も多くの人間が欲するものの1つだとオレは思っている。

 だがさっきも言った通り、「愉悦」は人によって違う。

 分類する事が出来ないというもの、つまり例外もあるだろう。

 

 そしてそれはオレの「愉悦」にも当てはまる。

 

 オレの「愉悦」は、他者に勝利すること。

 他者がオレに屈する瞬間、オレの脳内は初めて悦びを感じる。

 麻薬はやったことねえが、おそらくこの感覚と似たようなものだと思っている。

 

 オレは他人とは違う自分の「愉悦」を獲得するためにはどうしたら良いのか考えた。

 そして辿り着いた答えが「暴力」だった。

 

 この世界は「暴力」によって支配されている。

 この世界の「実力」は「暴力」の強さで決まっている。

 

 この真理に辿り着いたのは小学校に上がった頃だったが、その時初めて“オレ”という個人が誕生した感覚を今でも覚えている。

 

 そして同時に自分が異常者という事実もだ。

 

 異質な存在とは多数から敵意を向けられる。

 その時からだ。オレの周りにたくさんの敵が出来たのは。

 

 今までつるんできた奴らからも異物として排除される時もあった。

 異物の噂を聞いた不特定多数からも「暴力」を受けることもあった。

 

 それでもオレには「恐怖」というものを感じなかった。

 抗えない力でねじ伏せられることが何度あっても、陰湿な嫌がらせを執拗に受けても、恐怖せずにオレは嗤っていた。

 

 考えていたことはどうやって復讐し、逆転させるか。

 

 今までのオレの人生はこれしか繰り返していなかった。

 これを繰り返すのが楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 

 そして最終的に────全てがオレの前に跪いた。

 

 本当の実力者とは、比類なき「暴力」を持つ者だ。

 そして「恐怖」を克服したものだ。

 その体現者が自分だという自信もあった。

 

 この歪な愉悦こそがオレという存在を形作り、恐怖を克服させた。

 この歪みこそが龍園 翔という男の本質なのだ。

 

 だが中学を卒業することが近付くにつれて、愉悦を得ることが難しくなったと同時に、退屈がオレを襲ってきた。

 結局、オレに勝てる者など存在しないという退屈。

 

 オレはその退屈を消すために、この実力至上主義の高校へと入学した。

 この退屈を紛らわせてくれる存在がいるかもしれないという期待を込めて。

 

 

 そしてこの学校はオレの期待に応えてくれた。

 新しい環境で出会ったクラスメイトと呼ぶ存在は、確かに一癖も二癖もありそうな奴が多かった上に、異質とも言える学校のシステムからクラス間の抗争があることを予測できた。

 

 その時からオレはこのクラスをオレの「国」にしようと考えた。勿論オレの「愉悦」のためだ。

 

 手始めは様子見だが、打てるであろう手段は全て打ち、先手を取れるようにしておく。

 まず初めにオレと同じように「暴力」を主義とする人間を見つけ、手駒にしようと考えた。

 

 時間こそかかったが、忠実な手駒が2人出来た。

 片方の強面の男は大したことなくオレに屈した。

 

 もう片方は黒人の男だ。

 ガタイもよく、筋骨隆々、素晴らしい「暴力」を持つ男だった。

 ゆえにオレは敗北した。

 オレの「暴力」は黒人の男の「暴力」に完膚なきまでに叩き潰された。

 

 だが久しぶりの敗北はオレの心を踊らせてくれた。

 敗北を喫した日の翌日から、オレは黒人の男に勝てるまで何度も挑んだ。

 3度目までは同じ結果だった。地べたを何度も舐め、体中は何ヶ所も痣ができていた。

 

 だが4度目からはそうそう簡単にくたばってやらなかった。

 それによって黒人の男はオレに対して「恐怖」を感じてきたのだろう。

 何度潰しても立ち向かう存在に言葉では説明できない何かを感じ始めたのだろう。

 

 そしてオレは7度目で黒人の男を屈服させた。

 その時の脳内に溢れた大量のアドレナリンは、オレの退屈を消してくれた。

 

 そしてちょうどその頃が、学校が始まり、一月経った頃だった。

 学校のシステムの1つが暴かれ、遂にオレはクラス闘争の準備、すなわち国作りを始めた。

 

 やった事は簡単だ。

「王」の宣言をし、それに賛同できない奴を片っ端から潰した。

 そしてオレの手駒にした。

 その中には潰しても尚、オレに従わない者もいた。そいつらを手駒にすることも愉悦を感じる楽しみの1つだ。

 

 しかしオレの興味はその程度の愉悦よりも、別にある。

「王」の宣言をした時に、オレに従わず、クラス闘争にすら興味を持たなかった人間に対してだ。

 

 1人は女。銀髪でかつ、長髪の女。雰囲気から強者の感じはしなかったが、クラス闘争に興味をまったく持たないにもかかわらず、個人として確立しているあの女はなかなか興味深かった。

 

 1人は男。黒髪でかつ、長髪の男。いろいろと奇妙な見た目だが、その男からの雰囲気は───

 何も感じなかった(・・・・・・・・)

 

 だからオレはこいつをただカッコつけているだけの雑魚だと切り捨てた。

 

 しかしこれが間違いだった。

 クラスを1つに纏め終えた時、オレに敗北し、従っている女の1人から、長髪の男がこの学校のシステムに気づいていたという事実を聞かされた。

 

 ここで初めてオレは長髪の男に興味を持った。

 

 そしてそいつを監視カメラのない場所に呼び出し、屈服させようと考えた。

 オレと同じかそれ以上にこの学校のシステムに気づいた男を屈服させた時の愉悦はどれ程のものか、それしかオレは考えていなかった。

 

 この日が龍園(りゅうえん) (かける)を変えるきっかけになる日などとオレは考えもしていなかった。

 

 

 オレは長髪の男、カムクライズルに挑み、敗北した。

 ただの敗北じゃない。そんなものはもう慣れている。

 

 知ってしまったのだ。「恐怖」というものを。

 

 苦労して手に入れた「暴力」を使える手駒ですら、チリを払うかのごとく簡単に潰され、オレ自身の「暴力」もまるで歯が立たなかった。

 

 なぜならこの男は他者の追随を許さない「暴力」に加えて、全ての未来を分析し、予測してしまう「知力」を持っていたからだ。

 さらにオレの知らない「未知」も持っていた。

「恐怖」のさらにその先にある存在、すなわち「絶望」を。

 

「絶望」の体現者とも言えるこの男と対峙した時、オレは目を逸らしたくなった。

 無論それだけではない。

 

 泣きたくなった。

 口から何かが漏れそうだった。

 身体中が震えて、まともに思考ができなかった。

 自暴自棄になりかけ、身代わりが欲しくなった。

 今すぐこの場から逃げ出し、二度と関わりたくもなかった。

 

 ───初めて「恐怖」を知った。こんなおぞましいものとは知らなかった。

 

 人間は追い詰められなければ本当の自分ってのを分からないってのは事実だった。

 結局オレは、恐怖を克服なんて出来ていなかった。勝つことこそが恐怖を克服することだと思っていた。

 しかしそんなものは、目の前にある恐怖を「勝利」という目標を見据えることで押し込み、目を逸らしているだけだったのだ。

 

 自信も、暴力も、他人とは違う歪な愉悦も破壊されていく。多分今日オレは、オレじゃなくなるとなんとなく悟っていた。

 

 

 それでも、いやだからこそ、オレは抵抗した。

 

 

 この時、オレはこんな絶望の最中にいるのにもかかわらず、自分のあり方を決して間違いとは思わなかった。

 確かに自分の認識は間違っていた。思い上がりも甚だしかっただろう。

 しかし、オレの今まで生きた全てを破壊されたくなかった。

 勝利を望むことが間違いだと思わなかった。

 たとえ自分が異常者でも自らの愉悦(きぼう)を目指すことを間違いとは思えなかった。

 

 つまりだ、結局はどんな汚い手段でも使うと豪語していたオレにも、プライドに似た何かがあったらしい。

 自分の望みを叶える邪魔をされたくない、そんなガキじみた一心で立ち向かった。

 

 そしてオレは負けこそしたが、あの男の予測を超えてやった。

 

 その時、今までの「愉悦」は感じなかった。それなのになぜか、大きな物事を達成した時のような清々しい気分だった。

 

 そしてその後オレは気絶した。

 最後に感じた感覚は今でも分からないが、それがオレの求めるものに関係があるものと思っている。

 

 その時からオレに2つの目標が出来た。

 1つ目は「恐怖」の克服。目を逸らさず、恐怖に立ち向かうことを決め、本当の「実力」を手に入れる為にリスタートすることを決めた。

 2つ目はカムクライズルへの復讐、こいつに「未知」を見せ、今度こそ本当の意味でオレを認めさせ、屈服させる。

 

 直感だが、この目標を達成した時、オレは本当の「実力者」になれる。

 そしてその時、オレの愉悦は今まで感じたことのないほど大きくなるだろう。

 

 

 

 

「石崎、仕事だ。これからDクラスを潰すための作戦を伝える」

 

 オレは前に進む。

 それがオレの愉悦であり、生き方であり、

 

 ───「希望」だからだ。

 

 

 




台風対策はしっかりしてくださいね〜


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Chapter2
事件と恋愛


 

 

 Cクラスの朝は基本的に賑やかです。元々1人1人が個性的で我が強く、積極的な人たちが多いからです。

 このクラスの特徴は基本的に仲の良い少数のグループで固まっていること。

 そのグループ内で彼らは楽しそうに会話をしている。非常に賑やかで、第三者の視点から見れば、明るい生徒達というイメージがつくでしょう。

 しかしその少数のグループを龍園くんのグループが大きく囲って、統制しています。

 

 それによってこのクラスは龍園くんがいる時は、普段よりも声が縮まり、決して賑やかとは言えないクラスになります。

 

 これはつまり、龍園くんがいるかいないかで少数のグループの声の大きさが変わり、雰囲気が180度反転することを意味しています。

 

 だが今日のCクラスの雰囲気は違う。龍園くんがいるにもかかわらず、どことなく浮き足立っていて騒がしい。

 いや、おそらくCクラスだけではない。他のクラスも同様だろう。

 何せ今日は月の初め、つまりポイント支給日だ。

 ポイントの重要性を知ってから、どのクラスもポイントが減らないように日常生活の態度を改めて努力した。

 その努力が報われるかどうかが分かる月初めなのだ。

 

 既に坂上先生は教卓に到着していて、ホワイトボードに何かを書き終えていた。

 

 Aクラス 1004cp

 Bクラス 765cp

 Cクラス 580cp

 Dクラス 87cp

 

 クラスのざわめきが大きくなる。先月のCクラスは490cp、つまり90cpも上がっていたのだ。

 そしてそれは他のクラスも同様だ。上がり方の違いはあれど、どのクラスも確実にポイントを増やしてきているようです。

 

 だがここで問題が発生する。

 

 今回のcpは580を貰えた。

 しかし端末にポイントが反映してないのだ。これこそが生徒たちが浮き足立つ原因だろう。

 

 一応ざっくりと説明しておきますが、cp(クラスポイント)とはクラスが貰えるポイントでCクラスが使えるポイントであり、pp(プライベートポイント)は個人が貰えるポイントで、個人が自由に使えるポイントです。

 cpのcは“class”のc、ppのpは“private”のpの略称です。

 

 1pp=1円、1cp=100ppであり、今回580cpを貰ったCクラスは1人あたり58000pp、すなわち58000円が貰えるはずだった。

 どう考えても高校生に渡す額ではないが、それはこの学校のシステムなのでいちいち考えて変わる訳でもないのでどうでもいい。

 

 今の現状を一言で要約すると、学生である僕達は何らかの理由によって学校側からお小遣いを貰えてない状況、こんな感じだろう。

 

 この学校で現金の役割をするppがないと生活できない可能性もあるので愚か者にはかなり辛い状態です。

 

 

「まずはこの1ヶ月よく頑張りました。先月より90cpも増やしたのは見事です。皆さんの努力が報われた証拠です」

 

「おいおい坂上先生よぉ、オレたちが聞きたいのはそんなことじゃねえぜ」

 

 だらしなく席に座り、見る人によっては恐怖を連想させられる笑みをしている王様が坂上先生の言葉を遮る。

 もちろん坂上先生は彼の態度を注意しない。

 もしかするとこの態度もポイントに関係しているかもしれないが、王様に直す気はないでしょう。

 

「ふむ、確かにそうだね。ポイントの支給が遅れていること、それについての説明が君たちにとっては重要だ。……結論だけ言ってしまうと少しトラブルが起こってね。1年全クラスのポイント配布に遅れが出ている」

 

 トラブルですか。

 その言葉を聞き、これ以上ないほど清々しい笑顔を見せている男がいる。

 もちろん王様、龍園くんです。

 

「だが数日以内に必ず58000ppが君たちの端末に支払われる。それまでは友達から借りるなり、節約をするなり凌いでくれ」

 

 その後、坂上先生はテキパキと事務連絡を終え、HRを終わらせた。

 途中、学校側のミスならお詫びがないのかと言っていた生徒がいたが、まぁ十中八九ないでしょう。

 何せ主犯格がこのクラスにいるのですから。

 

 クラスメイトたちの中には早速、友達からポイントを借りる人がチラホラと見える。

 月5万程も貰っているのになぜ足りなくなるのかと感じている人がいるでしょうが、それには少し理由がある。

 もちろんポイントを借りている人は愚か者が大半だが、少数派の中に部活動関係で予想以上の出費があったためにポイントを借りざるを得ない状況の人もいる。

 これを自業自得というのは些か酷な話です。

 

 そんなことを考えながら授業の準備をしていると、先程と同じような満面の笑みを見せながら、主犯格がこちらに歩いてくる。

 第三者の視点でこの状況を見ているクラスメイトは、龍園くんの挙動に引いているようだ。

 

「よう、オレのパーティーに来なかったと思ったらひよりと伊吹を連れて密会してたらしいじゃねえか。それもお前の部屋でなぁ」

 

「言葉の選び方に悪意を感じますね。それでそれがどうかしたのですか?」

 

「なに、両手に花ってのは羨ましくてなぁ。感想を聞きに来たんだよ」

 

 羨ましいと言っているが、彼の表情にはまったくそのような感情が映っていない。

 むしろこちらをおちょくるような愉快な笑みを浮かべている。

 

「そんなことはどうでもいいでしょう?早く本題に入って下さい」

 

「ククッ、女2人との密会をそんなこととは酷い言い方だなぁ。さすがモテる男は言うことが違う」

 

 相変わらず面倒な絡みですが、まぁ彼らしいと言えば彼らしい。

 だがそれよりも面倒なのは周囲の視線だ。

 

 彼が周囲に聞こえるくらいの声で故意に話しているせいで、クラスメイトからの視線が痛い。特に羨望の視線が多くてうっとうしい。

 

 加えて、彼が「お前の部屋で」、「密会」なんて表現を使うから間違いなく変な誤解をされている。

 

 根暗ランキング1位なんて不名誉な称号を持っている僕の評判は相当悪い。

 そんな不気味な男が客観的に見て美少女と呼ばれる2人と自室で過ごすなんてことをしたら、その後の反応はだいたい決まっている。

 それが今の面倒な状況だ。

 

 そして二次被害を受けている伊吹さんは変な誤解が恥ずかしいのか、若干頬を赤らめている。その上で龍園くんを睨んでいる。

 今日の彼女の睨みは怖いという感情は到底浮かびそうにありませんね。

 ちなみに椎名さんは本を熟読していて、こちらの話は聞こえてないようだ。

 

「キミのせいで変な噂が流れそうですね」

 

「そう言うなよ、オレらは親友だろう?」

 

 龍園くんはこれまた愉快な笑みを浮かべる。

 あの適当な嘘はとうとう本人に巡回してしまったようだ。最悪です。

 

 これ以上彼のペースになるのは面倒なので強引に話題を変える。

 

「……計画は上手くいっているようですね」

 

「ああ、今の所順調だ」

 

「では僕が手伝う必要性はありませんね」

 

「お前を使う気はねえよ。奥の手は取っておくものだからなぁ。だから大人しく傍観してやがれ」

 

 計画とはDクラスへの攻撃。これが今起こっている騒動の原因だ。

 ではその計画を実行した理由は何か?簡単だ。

 龍園 翔が知りたいからだ。学校側の対応がどの程度まで及ぶのか、そのデータを欲しいがためにやっただけなのだ。

 似たような事で、BクラスにもDクラスほどの大規模ではないが、小規模のツマラナイ攻撃、というより嫌がらせをして事前に学校側についてのデータを集めている。

 

「では本題に戻って下さい。僕にどんなツマラナイ事を伝えようとしているのですか?」

 

「せっかちな野郎だぜまったく。……やっとオレの支配体制の基盤が1つ作れた。それにお前も同意してもらおうと思ってな」

 

「祝勝会で決めたことですか」

 

「ああ、一言で言うなら税の徴収だ」

 

 随分と国家らしいことを始めましたね。バレたら学校側から何らかの処罰を受けるでしょうに。

 

「まぁまだお試し期間だがな。今後起こるであろうクラス闘争で俺が結果を残したら、これを続けるっつう条件付きだ。まだ完全にはこのクラスを手中には収めてねえからな、チクられて始める前から詰むのはつまらねえ」

 

 彼は見た目のわりに慎重でかつ、努力家です。

 これを言ったら彼が怒りそうなのは簡単に想像出来ますね。

 

「ですがわざわざ直接言うのは手間がかかる。僕にメールで送れば良かったのでは?」

 

「前にも言ったが、オレはこの端末を信用してねえ。足なんか付きたくねえんだよ」

 

 なるほど、用心深いことですね。

 僕ならばそのデータを完全に消せるため、その考えは外れていた。

 

「そもそもてめぇら3人が密会してなかったら、ここまで手間をかける必要はなかったんだがな」

 

「来なかったのは僕達だけではないでしょう?強制力も伴っていなかったのに随分な言い方ですね」

 

「黙れ。他の来れなかった奴らは後で脅すだけだから苦労しねえんだよ。だがお前ら、特にひよりは我が強すぎていちいち面倒くさい。あいつと話すと精神がすり減んだよクソが」

 

 彼は頭を抱えるように自身の後頭部を触りながら愚痴る。

 確かにいくら彼でもあのマイペースには振り回されるでしょう。

 

 僕は椎名さんへと視線を向ける。

 彼女は自分の名前が会話に出ているのにもかかわらず、先程と全く変わらない姿勢で本を読んでいる。

 僕の視線の移動に気が付いた龍園くんも続けて椎名さんを見る。

 そしてそんな椎名さんを見ると彼はため息をつく。もはや彼女のマイペースは才能の域にあるのかもしれない。

 

 

 その後、彼は僕にある紙を手渡す。そこには彼の言うポイント税というものが書いてあった。

 

 

 

 ──ポイント税──

 

 40人いるCクラスの生徒から1人あたり月3万ポイントを徴収。

 集められたポイントは全て龍園くんのppへと変わる。

 ただし、この方法で集めたポイントは私利私欲では使わない。何を目的に使ったのか確認したいならばいつでも聞いていい。

 このポイントは今後起こるクラス闘争への費用であり、万が一の貯蓄というもの。

 もし何らかの理由でどうしてもポイントが必要ならば相談に来ていい。

 例を挙げるならば部活動や生徒会。

 例外はボーナスプライベートポイント。これに関しては自由に使っていい。

 

 メリット

 ・クラス闘争への費用を確保出来たことによって、現段階では他クラスよりも1歩有利であること。

 ・集めるポイントは3万で固定しているので安定する。

 ・cpが上がれば、必然的に1人1人が使える量が増えることは目に見えて分かるので、比較的協力的になり、普段の生活態度が向上する。それによってcpも向上する。

 ・節約を強いられるので自立する力が向上する。

 ・ボーナスプライベートポイントから差し引きがないため、部活動に対して積極的になる。

 

 デメリット

 ・cpが下がってしまった時に、徴収するポイントを固定しているせいでクラスメイトが辛くなる時がある。

 ・バレた時に学校側から処罰の可能性がある。

 ・結果を残せなくなったら、反発の力が大きくなる恐れがある。

 

 

 簡単に要約すればこんな所でしょうか。

 思い切った改革をしたものですね。

 そして何より───

 

「──随分と優しい暴君になりましたね。何か心変わりでもあ──」

 

 言葉を言い切る前に彼の右拳が飛んできた。

 頬のところまで来たが、それは僕の左手で止められることになる。

 どうやら牙が抜けた訳では無いらしい。

 

「……ちっ、この不意打ちも止めやがるのか。相変わらず化物だぜお前。それで、異論はあるか?」

 

 彼の拳をすぐに離す。周囲はこの状況にざわつくが一時的なことなのですぐに収まるでしょう。

 彼はかなり破天荒な事をやっていますが、僕は特に気にしない。

 むしろこの方が僕としても退屈しないので構いません。

 もっとも教室についている監視カメラに今のやり取りが映ったのは間違いないので、ポイントは少し減るでしょうが。

 

「ありませんよ。そもそも拒否権はないと言うつもりでしょう?」

 

「根に持ちやがって……死ねクソワカメ」

 

 龍園くんは自分の机へと戻っていく。

 彼の表面は変わっていない。暴力至上主義の不良。ほとんどの人はこのイメージを持っているだろう。

 

 だが台風のような行動をする彼の背中は以前より大きく見えた。

 

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

 

 

 

「やっぱり伊吹さんとカムクラくんって付き合っているの!?」

 

 ポイント支給日の今日、授業の関係上同じグループになった女子からこんな質問を受けた。

 これを聞いた時、私はため息をついてしまった。

 この質問を受けるのは何回目だろうか。飽きる程聞いたがために出てしまった溜め息は仕方ないかなって思って欲しい。

 

 私の中でこの質問の答えはすでにパターン化されている。それほど同じような質問を受けてきた。

 特に6月初旬は少なくとも1日1回この質問をされた記憶がある。

 

 私は他人と話すのが得意じゃない。だから友達の数は一般的に見てかなり少ない方だと自負している。

 にもかかわらず、普段私と喋らないCクラスの人や、さらには他クラスの人すらもこの質問をしてくる。

 

 そして決まって否定する。

 私とカムクラは付き合っていない、この一言を言うだけで基本的に私の前から人は消えていく。

 偶に牽制するように追求してくるウザイ奴もいるけど、適当にあしらっていた。

 

 今になって考えてみると、そのような人達の中にカムクラを狙っている人がいたのかもしれない。

 わざわざ私みたいな男だか女だかわからないやつにすら先手を打たせないようにするのだから、きっとそうなのだろう。

 もっとも、色々なことが高いレベルでできるカムクラは確かに優良物件だけど、あの見た目を好きになる奴は大概ズレていると思う。

 

 まぁそれはどうでもいいとして、問題はなぜこうも質問されるかという原因だ。

 

 実際、原因は分かっている。

 それは私がカムクラと一緒に帰っているということだ。

 だが誤解はしないでほしい。決して私たちの間では恋愛感情なんて生まれていない。

 

 確かにカムクラとは友達だと思っている。

 Cクラスでもまとも──ではないが、他の奴らよりも倫理観をしっかり持っている上に、一緒にいて気を使わないでいられる稀有な存在だ。

 

 こんな感じで質問を返した時、気を許せる友達だとしても男女が何もなしにほとんど毎日一緒に帰るのか、と聞かれた時もあった。

 

 いちいちうっとうしいだろコイツらと思ったが、事実、ただ友達だからほぼ毎日帰っている訳ではない。

 その理由は簡単だ。カムクラと一緒に居れば、龍園から離れられるからだ。

 

 私は龍園が嫌いだ。あいつのやり方も考え方も賛同したくない。

 負けたから従っているだけであいつの卑怯なやり方には正直うんざりしている。

 それほど私はあいつを毛嫌いしているのだ。

 

 そんな龍園ですらカムクラのことは認めていて、かなり自由に行動を許している。

 だからカムクラと一緒にいれば、命令される回数も最低限に減るし、たとえ命令されても巻き込むことができる。

 

 巻き込んでしまえば、カムクラが持ち前の能力でぱっぱと済ませてくれるから私は基本的に何もしない。

 たぶん龍園も私の考えに気付いてるだろうけど、カムクラを引っ張り出せるから特に文句を言ってこない。

 これほど私にとってメリットに溢れたことはない。

 

 つまりカムクラと一緒に帰る理由を一言で言うなら、対龍園用スプレーみたいな感じだ。

 これが真実であり、誤解されている事でもある。

 

 だが私がカムクラに恋愛感情を持てない理由はもう1つある。

 

 それは私の心が彼を恐れているからだ。

 そしてこの根拠は私を含めて数人しか知らない。

 

 彼が口癖のように言う「ツマラナイ」という言葉。

 その言葉が無意識の内に出てしまった時、彼の血のように赤い目には何を映しているのか分からず、言い様もなく恐ろしい。

 

 龍園を追い詰めた時に見せたあの雰囲気。

 近くにいるだけで気がどうにかなりそうなあの非現実的な気配は、見るもの全てに恐怖を振り撒いていた。

 

 

 こんなものを見せられてどうやって恋をしろというのか。

 

 

 確かに私だって女子だ。恋愛をしたいと考えたことだってある。

 どんな性格が好みか、どんな顔が好みかといったそれなりの基準だってある。

 

 でも、たとえ私の好みにあいつが当てはまっていたとしても、私にとってカムクライズルという人間は他の女子が言う何でも出来る凄い人という認識よりも、言葉では説明できない恐ろしい何か(・・)を秘めている人という認識なのだ。

 

 そんな相手に恋愛感情は持てない。

 

 まぁ普通に接するだけならば、さっきも言ったけど気楽でいられる存在だから嫌いじゃない。

 だから友達で十分なのだ。

 

 そしてそんなこんなで今日の放課後もカムクラと一緒に帰っている。

 今日は龍園からの命令もないし、特に気負うこともない良い一日だ。

 

 思えば私はこいつを一方的に利用しているだけだ。

 この学校に入学したての時もポイントについての理解を深めるために利用した。

 私はそういう点で利己的で現実的に割り切れる人間なんだなぁと痛感する。

 けれどもそれを悪いこととは思えない。

 結局私も根は良い人ではないのだ。

 

 

 

「なぁカムクラ、あんたって好きな人とかいないのか?」

 

 考えるのに飽きたので私の隣を歩くこの男に暇潰しがてら、そして興味本位で聞いてみる。

 

 こんな男でもそういう感情はある。

 以前女子の好みについて質問をされていた時、らしくなく悩んでいた事を私は覚えている。

 

「そんな存在、僕にはいませんよ」

 

「ふーん、じゃあ彼女いたことは?」

 

「……あなたは僕がそのような存在を作る人間に見えるのですか」

 

 うん、まったく見えない。

 脊髄反射で出たこの答えは多分間違っていないだろう。

 

「でももしかしたらってあるだろう、あんたみたいな奴でも気になる女子がいたら面白いし」

 

「……気になる女子ですか」

 

 カムクラは以前質問された時と同じように、らしくなく悩みだす。もしかしたら本当にそういった子がいるのかもしれない。

 こんな仏頂面でどことなくズレた性格をしている彼にもそういう甘い思い出があると考えると興味が出てくる。

 ……結局私もこういう話は好きなんだなぁ。

 さっきこういう事を聞いてくる奴はウザイと思っていたけど、他人の恋愛話を聞く面白さを実感してしまった以上、もう彼らの悪口は言えないかなと心の中で反省する。

 

「いるの?それともいたの?」

 

「…………いいえ。先程も言った通り、僕にそのような存在はいません」

 

「怪しいわねその間」

 

 私は笑いながら彼に追及する。多分今の私はお淑やかからは真反対に近い笑い方をしている。

 擬音を付けるならばたぶんニタニタとかだと思う。

 

「そんな事はどうでもいいです。それよりあなたは龍園くんにpp(プライベートポイント)を渡したのですか?」

 

 ……こいつ話逸らしやがった。でも逸らすってことはそこに何かがあるってこと。

 これは良いことを知れたわ。今度椎名との話のネタにでもしようっと。

 それはそれとして質問に答えよう。

 

「渡した。あいつは大嫌いだけど、今回のポイント徴収は理に適っているし、賛成できる」

 

「ふーん、意外に公私の区別は出来ているのですね」

 

「何よ……私だって好き嫌いで全部決める訳じゃない。いくらあいつが気に入らなくても今後このクラスのメリットを考えて良いって思ったから賛成したの。別に可笑しくないでしょう」

 

「そうですね」

 

 ここで話が途切れる。

 こいつ、自分で話逸らして切りやがった。

 都合が悪くなったら話を切るって政治家か何かかよ。

 

 私はそんなことをした下手人の表情がどんな風になっているのか気になったので、彼の顔を覗き込む。

 話を強引に切ったのだから少しくらいいつもと違う表情をしているかなと思ったが、相変わらずの無表情。何を考えているのかまったく分からない顔だ。

 だが顔は整っている。何だか非常に勿体なく感じてしまう。

 やっぱりこの髪がいけないのだろう。

 

 

「やっぱりあんた、髪を切った方がいいと思うわ」

 

「人の顔をじろじろと覗き込んだ挙句に出た感想がそれですか」

 

「うるさいわね、別に良いじゃない。それよりその髪どうすんの?」

 

「どうもしません。別にこのままでも支障は来しませんから」

 

「水泳の授業サボってるのそろそろ龍園になんか言われるわよ」

 

 実はこいつ、他の全ての授業は全て出席しているが、水泳の授業だけは1度しか出ていない。

 もちろんたった1度だけでも結果は残している。

 

 テストの時だった授業にのみ参加して、クラス1番のタイムで合格していたのは衝撃的だった。

 ちなみに泳いでいる様子は大きな昆布がすごい速さで波に流されているみたいだったので別の意味でも衝撃的だった。

 

「1番になった時のポイントを龍園くんにあげたので特に何かを言われる可能性はありません」

 

 賄賂じゃねえか!っと私は心の中で叫ぶ。

 

「賄賂なんて人聞きの悪い言い方しないでくださいよ」

 

「……なんか久しぶりに心読まれた。シンプルにキモイ」

 

 チート野郎だったことを再認識する。

 そしてムカつくのでお返しと言わんばかりにカムクラの心を読もうとする。

 

「……あんた今、それに美容師の才能くらい持っていますからとか考えてる?」

 

「ふーん、なかなか鋭くなりましたね。正解です」

 

 ほとんど勘で言ったが、どうやら正解したらしい。

 でも正解したのにまったく嬉しくない。

 むしろ何で美容師の才能まで持ってんだよってツッコミたくなる。

 頭痛くなるからしないけど。

 

「本当に出来ないことってないのねあんた」

 

「そうでしょうね。……羨ましいですか?」

 

 カムクラからの珍しい質問に少し戸惑ったがすぐに答える。

 

「はっ?別に羨ましくないわよ」

 

 たくさんの才能を持っていることは確かにすごいと思うけど、羨ましがったり、妬んだりなんかはしない。

 だってダサい。

 小さい頃だったらまだしも、高校生にもなって無いものねだりをしているのはみっともないことこの上ない。

 

「そうでしたね。あなたはそういう人間でしたね」

 

 ───カムクラの表情は普段の仏頂面よりどこか優しそうな顔になる。

 一瞬幻覚かと思ったが、ここは現実だ。

 だが驚いたことによって瞬きをしてしまう。するとカムクラの表情はいつもの無表情に戻っていた。

 

「変なやつ」

 

「あなたも似たようなものですよ」

 

「はぁぁ!絶対あんたよりマシよ!」

 

 そんなくだらないやり取りをしている内に寮へと着いた。

 

 

 

 

 カムクラ イズルとの親密度が上がった!!

 

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 

 寮に戻った僕はいの一番にシャワーを浴びた。

 理由なんてものはない。

 本当になんとなくで、意味は無い。

 

「……気になる女子」

 

 伊吹さんに言われた質問は自分しかいない部屋で響き渡る。

 あの時、僕は彼女のことを思い出していた。

 

 七海(ななみ) 千秋(ちあき)

 

 自分よりも大切な人を案じ、強い想いをもって絶望に抗った少女。

 けれども絶望に勝てず、血溜まりの中で息絶えた少女。

 

 

 そしてその光景を見て涙が流れ、誤作動を起こした機械のように戸惑っていた少年。

 あの時の少年(ぼく)はどんな感情を持っていただろうか。

 涙が出た時、少年(ぼく)の心臓は苦しくなっただろうか。

 

 

 もちろん感情は存在していない。

 

 

 確かに以前の僕、日向(ひなた) (はじめ)は彼女に特別な感情を持っていた。それはコロシアイ無人島生活でも同様だ。

 

 でも(カムクライズル)(ひなたはじめ)ではない。

 

 単純でも複雑でもあり、どこか絶望に近く、ぐちゃぐちゃな人間関係を形成する時すらある恋愛なんてものは、僕にとって何の意味もないツマラナイものでしかない。

 だから僕にとって、七海 千秋はそんな恋愛対象になり得ない。

 

 僕は勉強机の引き出しからあるものを取り出す。

 それは以前、常にポケットに入れていてどこへ行く時も携帯していたものだ。

 

 なぜ今これが僕の手にあるのかは分からない。だがそんなものはどうでもいい。

 

 彼女のヘアピン。独特な形をしたこのアクセサリーを彼女は常に付けていたはずだ。

 死んだ彼女は日向創にとって大切でも、僕にとっては大切ではない。

 だからこれは僕には必要ない。

 

 

 でも、僕はこれを捨てることができない。

 

 

「……恋愛……そんなものは僕にとって必要ない」

 

 この学校に入って、一緒にいる時間が他の生徒より長い女子生徒2人を思い出す。

 

 椎名 ひよりはマイペースな所があるが、穏やかで優しい人間だ。

 

 伊吹 澪は短気で口は悪いが、意外にも賢く、気が使える人間だ。

 

 そして彼女たちは何より、才能にあまり嫉妬しない人間だ。

 ダニではない。でもだからといって恋愛対象とは思わない。

 

「まぁ、それを考えることがこれからの暇潰しにはなるでしょう。時間はあるのでゆっくり考えていきましょうか」

 

 髪を乾かし、明日の準備を済ます。

 

 今日は早めに寝ることにしましょう。

 




高度育成高等学校学生データベース

指名 神座(かむくら) 出流(いずる)
クラス 1年C組
部活動 無所属
誕生日 1月1日

 ──評価──

学力 A
知性 A
判断力 A
身体能力 A
協調性 E-

──面接官からのコメント──

入学試験では、個人としてこれ以上の生徒は今後現れないだろうと評価され、圧倒的な実力を見せてくれた生徒。
「試験」というものでは彼の実力は測りきれなかったために、仕方なく最高評価のAをつけるという事態は、おそらく当校始まって以来の出来事だろう。
文句なしのAクラスの予定だったが、常軌を逸した実力を持つことの副作用か、他者との関係をまったく必要としないため、協調性の評価を最低評価にする。
総合的に加味した結果、Cクラスに配属する事を決定する。


──担任のコメント──

他者をまったく必要としない点に心配していましたが、7/1現在では伊吹さんや椎名さん、龍園くんといった友達も出来たようで、クラスに溶け込めていることに安心です。
小テスト、中間試験を正攻法で満点だったのはさすがの一言でした。


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日常と暴君と女王


日常の絡みがアホ難しい


 

 

 朝日の光が特別棟の窓を通過する。

 通過した光は床を照らし、影を生み出す。

 規則的に並び、規則的に影が入り、離れていくにつれてその影は縮んでいく。

 自ずから然りといった芸術的な配列は、独特な景色を創り出している。

 

 素晴らしい。

 芸術的観点から見れば、この景色は価値があると言えるのは間違いない。

 矛盾が入り込まない空間だ。

 

 だからこそツマラナイ。

 予定調和の美しさ。そんなものは幾らでも見つかる。

 もっと言ってしまえば、僕自身で作り出せる。

 

 しかしたとえツマラナイものでも写真に収める。

 事件現場を撮るのは当たり前だ。

 目に見えるものから想像を楽しむ絵や小説と違い、写真は目の前に起きた事象を確定するものだ。

 

 現場に残る微かな汚れや壁の凹み具合も見逃さず、写し取られる。

 それを改変したり、まして付け足すことなんて許さない。

 

 なぜそんなことをするのか。

 

 察しの良い人間ならば気付いてるでしょう。

 それはこの場所こそ、龍園 翔が起こした暴力事件の現場だからだ。

 

 だが実際の所、そんなことどうでもいい。

 今やっているのは適当な尻拭いだ。僕自ら干渉をするつもりはない。

 この事件にほとんど興味がない。

 

 気になることがあるとすれば、この事件の結末だろう。

 一方的な被害を受けているDクラスがどうやって無罪を掴むのか、被害を受けた生徒を切り捨てるのか。

 その結末が現時点で僕が推測している結末と違うかどうかが気になる。いや、出来れば違って欲しい。

 

 Dクラスがどうすればこの事件を無罪放免の結末に導けるのか。

 暴力と嘘に塗れたこの事件をどうすれば処理できるのか。

 

「───ツマラナイ」

 

 誰かがこの事件を良い結末に持っていけたとする。

 でもそれはどうせ、この景色と同じように分析可能で───予定調和の結末なのだろう。

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

「鎌倉時代の流れをもう一度説明する。この流れは室町時代との────」

 

 この学校の授業を受けて約3ヶ月が経つ。

 どの授業も初めの頃に比べると少しずつ難しくなり、Cクラスの中には既に授業についていけなくなっている生徒もチラホラと見受けられる。

 

 例えば英語。初めの頃は中学の復習と基礎の基礎がメインだったが、徐々に本格的な英文法の基礎を教えられている。

 例えば国語。現代文では扱う文章が比較的難しくなり、筆者が何を伝えたいのかを読み取りづらくなっている。

 それに加えて古典や漢文といった授業も追加され、単純に予習復習の量が多くなる。

 

 だが、だからといって授業の質は落ちている訳ではない。

 むしろどの授業も上がっていると言っていい。

 

 特に今受けている歴史の授業では顕著だ。

 歴史は時代が進むにつれて1単元が長く、複雑になっていくが、担当の先生は依然として生徒達に分かりやすく教えている。

 生徒達に授業の評価を付けさせれば、かなりの高い評価を貰えるでしょう。

 

 話を聞きながらそんなことを考えていると授業終了のチャイムが鳴る。

 

「────だ。……今日の授業はここまで。配ったプリントを繰り返し読んで復習するように」

 

 授業が終わり、担当の先生は愛用していると思われるクリップボードと数種類の色ペンを持って教室から出ていこうとする。

 だが生徒の1人が近づくのに気づくと先生は立ち止まる。どうやら今日の授業についての質問のようだ。

 

 その経過を見てみると、質問した生徒は真剣でいて楽しそうな表情をしている。

 歴史の先生こと、茶柱先生も教え甲斐があるのか、普段見せているポーカーフェイスから薄い笑みが零れている。

 茶柱先生と生徒の関係は良好と言えるだろう。

 

 だが僕は少し違和感を覚える。

 茶柱先生はDクラスの担任だ。

 彼女には良くない噂がある。それは自クラスであるDクラスに対して無関心という噂だ。

 真偽には興味ありませんが、その噂と僕の目に映る彼女の性格が一致しないことは規則性がなく、一時的とは言え少し興味が湧く。

 

 彼女は現在起こっているCクラスとDクラスの事件があっても、公私を混ぜずに教えている。

 その辺りの線引きは出来ているし、授業中から分かる厳格な性格から見ても、自分にも他人にも厳しい人なのだろう。

 決め手と言えるのは先程の質問対応。ここから考察しても面倒見の良い人だということが分かる。

 

 だからこそ中間考査の連絡ミスをしたり、Dクラスの生徒に嫌がらせのような毒を吐く人間とはとても思えない。

 

 この学校の先生にも何かがあるのか?という推測が頭に浮かぶが、これ以上は情報が無さすぎるので打ち止めにしておきましょう。

 まぁ、少し興味深いので、今度質問を装って聞いてみますか。

 

「はぁぁぁ、退屈ぅ」

 

 僕が授業の片付けもせずに熟考していると、花の女子高生とはとても思えない声色の伊吹さんがこちらを向き、僕の机に肘を掛けてくる。

 

「わざわざ僕の方を向いて言わないでくれませんか」

 

「何よ、退屈ってあんた風に言えばつまらないってことなのよ。口を開けばつまらない、つまらない言っているあんたにそんな事言われたくないんだけど」

 

「僕の方を向く理由になっていません」

 

 背筋を伸ばし、座ったままで固まっていた身体をほぐす。

 ある程度ほぐれたので、授業の片付けをして椅子から立ち上がる。

 その時にスクールバッグに入れてある携帯端末を取り出すのを忘れない。

 

「あんた、何か買いに行くの?」

 

 この学校で現金に当たるものはプライベートポイント。

 それは紙幣や硬貨などではなく、携帯端末に入っている見えない現金だ。

 生徒達はそれがどのようなものかをこの3ヶ月で嫌という程知らされたため、財布ではなく、携帯端末を持ったら何かを買いに行くということを連想させることが出来る。

 まさに新時代的な発想だ。キャッシュレスが進んでいるのだなと感じさせられる。

 

「ええ、お弁当を作り忘れました。なので学食に行きます」

 

「へぇ〜、あんたでもそういうミスをすんのね。なんか意外」

 

 彼女の言う通りでこういった習慣化した出来事を忘れるのは僕としても初めての事だ。

 

 昨日は恋愛について少し考えた後に、かなり早い時間から眠ってしまった。そのため、習慣化されている出来事を殆どやり忘れるという失態を犯す。

 僕が再び目をさました時には時計の針が一周していたので、それは良い快眠だったのでしょう。

 

 なので今日の朝はやり忘れてしまった出来事に対処していた。

 ですがお弁当作りだけは無理でした。何せ丁度食材を切らしていたのですから。

 朝から開いているショッピングモールなんてないのでお弁当は作れない。

 コンビニで朝ごはんを買う羽目になったのは記憶に新しいです。

 

「まぁ、僕だって人間ですからミスだってしますよ」

 

「うわぁ、なんか似合わない言葉」

 

 そんな彼女の人でなし発言を無視し、僕は歩き始める。

 一匹狼である彼女は1人で食事することなど全く苦ではないでしょう。

 

 僕は食堂に行こうと後ろのドアから出る。

 すると丁度、前のドアから龍園くんと山田くんが出てきた。

 僕の事を視認すると、迫力のある2人組がこちらに向かってくる。

 

「お前が学食に行くとは珍しいな」

 

「よく分かりましたね。今日はお弁当を作り忘れました」

 

「クク、てめえでもそんなミスをするのか。意外だな」

 

 それ、さっき聞きました。

 

 前々から思っていましたが、龍園くんと伊吹さんは意外と似ている一面がある。

 龍園くんを嫌っている伊吹さんからすれば絶対に認めないことでしょうが、彼らには探せば共通点が出てくる。

 例を出すならば、好戦的な性格、1人が好きな所などでしょうか。

 

 故に思考も少し似てしまう。

 つまるところ彼女が龍園くんに悪感情を抱く理由の1つは、同族嫌悪というやつです。彼女の性格ならばこれが当て嵌る。

 

 

 特に理由もなく、そのまま彼らと食堂に向かう。

 ちなみに石崎くんは現在ハブかれ中だ。

 例の事件において彼は中心人物。下手に近付かれると面倒なので、龍園くんは距離を取っています。

 正直無意味な気がしますが、彼の方針です。口出しする気はありません。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、僕はある事に気付く。

 先程から道行く人に通路を譲られている事だ。

 

 今現在、僕と龍園くんが横並びで、その後ろを守るように山田くんが歩いています。

 こんな陣形で通路のど真ん中を歩いている僕達は、周囲から見たくないものでも見るかのような目を向けられる。

 

 1年生で1,2を争う問題児である龍園くん、190cm程の身長に加えて高校生とは思えない肉体を持った山田くん、そして問題児の親友?であり、根暗そうな男ランキング1位の僕。

 

 

 ……当然と言えば当然の対応だなと改めて実感する。

 

「Second boss, what would you like to be called?(2人目のボス、あなたの事をなんて呼べばいいんだ?)」

 

 無口な山田くんに珍しく話しかけられた。

 

 聞きやすく、流暢な英語であるが、随分と丁寧な表現に少し驚く。

 同時に今更ながらの質問に少し悩む。

 彼とは2ヶ月程近くにいましたが、お互いに名前を呼んだことはありませんでしたね。

 加えて彼も石崎くん同様に僕の事を龍園くんと同等な存在だと思っているようだ。

 だが同じbossだと区別が付かないため、何か呼び方を欲していると言った所でしょう。

 

「Whatever is easier for you to say(言いやすいのでいいですよ)」

 

 まぁ、呼ばれ方なんてどうでもいいので彼の呼びやすいように任せましょう。

 彼は僕の呼び方を決めるために腕を組む。

 意外にも真面目に考えてくれているようで、全てを丸投げするような言い方にすべきではなかったと少しだけ反省する。

 

「クク、悩む必要はねえぞ。クソワカメとかで良いんだよ」

 

 すると龍園くんが横槍を入れてくる。

 

「あなた、英語を聞き取れるのですね」

 

「雰囲気と仕草による推測だ」

 

「ふーん、実学と思って覚えないのですか?」

 

「時間の無駄だ」

 

 相変わらず勉強などどうでもいいようだ。

 彼は今度の期末考査をどう乗り切るのでしょうか。

 中間考査のような裏技は期末考査にはないでしょうから、次は自身の持っている正真正銘な学力が計られる。

 

 彼がどうするのか少し気になりますが、まぁ何とかするでしょう。そこまで深く考える必要はない。

 

 

 

 

 この後、呼び方が出流に決定した。

 本人から、山田くんというのはむず痒いそうなので、アルベルトと呼ぶことになった。

 

 

 山田 アルベルトとの好感度が上がった!

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「今日はいつもより混んでるな」

 

 アルベルトと雑談をしているといつの間にか食堂に着く。

 そしてそこは人の塊という表現が比喩ではなく、客観的事実になっている場所だった。

 まぁ、1年生だけでなく2年、3年生の利用者もいるのだから当然でしょう。

 

「オレは席取りをしてくる。アルベルト、いつものやつを頼む」

 

 アルベルトは無言で頷き、了承の意を伝える。

 僕も彼に続いて、食券の場所へと歩いていく。

 そしてすぐに食券を発行する機械の前に着いた。

 

 使い方は特に難しくなく、食べたい料理が書かれているスイッチを押した後に、携帯端末を決済する場所にタッチするだけ。それで食券が出てくる。

 

 僕は今回、和食スペシャルという少し高めの料理に決めました。

 理由なんてものはありませんが、強いて言うならばスペシャルという安直な名前に惹かれたからですね。

 

 料理が出来るまでの少しの間は、アルベルトと雑談をしながら時間を潰した。というか彼、片言ですが日本語を喋れるようです。

 

 そして彼との雑談が止まった時に、龍園くんが何処にいるかを探す。

 こんな人混みの中で迷うと面倒です。なので予め彼のいる場所を確認しておいた方が素早く到着出来て良い。

 

 さて龍園くんはどこに……いました。

 

 目立っています。彼はこれといった身体的特徴がないのに目立っています。

 なぜならこんな混んでいる所にもかかわらず、1箇所、誰かを通すかのように人がいない所があるからだ。

 そしてそこを堂々と歩いている人間が1人。

 満足そうな笑顔をしている彼はやっぱり変わっています。

 

 そしてそのまま、彼は空いている席に座った。

 もしかしたら他クラスの生徒から席を奪い取るのではないかと思っていましたが、杞憂だったようだ。

 

 視線を通常に戻す。するとアルベルトが頼んだものより豪華な料理が僕の前に出された。

 どうやら丁度良く料理が完成したようだ。僕達は食券と料理を交換するとすぐに、引き換え場所から離れる。

 

 昼時なのでゆっくりとした行動をすると迷惑になってしまいます。手際良く行きましょう。

 僕は2つのトレイを持ったアルベルトを確認すると、龍園くんが確保した場所へ彼を案内した。

 

 

 

「ご苦労」

 

 龍園くんの労いを彼はこれまた頷きで返す。そしてそのまま席へ着く。

 

「ほぉー、デザートまでついてるのか」

 

 龍園くんが僕の定食を見て興味本位でそう言う。彼の定食にはデザートが付いてないようだ。

 ちなみにデザートは季節外れの草餅です。

 

「食べたいのですか?」

 

「いや、甘い物は得意じゃねえ」

 

 意外……という訳でもない。よくよく思い返してみると僕の部屋で菓子類を食べる彼は、チップス系や辛いものを好んでいた。

 

 それはさておき、さすがにお腹が空いたのでさっそく頂きましょうか。彼らももう食べ始めてるみたいですし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでカムクラ、情報に進展はあったか?」

 

 食べ終わった龍園くんは僕に質問をしてくる。

 まだ食べ終わっていないのでやめて欲しい。

 他人の料理を食べるせっかくの機会なのだから邪魔しないで欲しい。

 と、そんな事を言って通じる相手ではないので仕方なく答える。

 

「最後にメールで送った時と変わりません」

 

「まさかつまらねえからってサボってねえよな?」

 

「どうでしょうね」

 

「クク、ムカつく野郎だ。いつ裏切られるかヒヤヒヤしちまうぜ」

 

「たとえ裏切られても君は楽しいでしょう?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 そしてそのまま話は途切れる。すると彼はポケットから携帯を取り出し、弄り始める。

 彼の携帯を弄る姿は似合わなそうに見えて意外と様になっている。

 

 まぁそんなことはどうでもいい。僕はとうとう和食スペシャルについてきた草餅へ到達する。

 

 この草餅、中々美味しそうです。市販のものではなく手作りというのが意外だ。

 パティシエやシェフの才能を持つ僕から見ても、この草餅はなかなか質が良いと言えるでしょう。

 これは期待できそうです。

 

 

 僕は記念すべき1口目を口に運ぼうと草餅を手にする。だがその直後に後ろから声が聞こえた。

 

「すみません、食べ終わっているならば席を譲って貰えないでしょうか」

 

 その声に龍園くんとアルベルトが反応する。

 僕は特に振り返らない。

 まだ食後のデザートを食べ終わっていない。そもそも始めてもいない。

 

 しかし声の高さから考えても、話しかけてきた人物は間違いなく女子だ。こんな奇妙な3人組に話しかけるなんて度胸がある。

 そんな事を考えると僕の食事を遮った人に少し興味が湧く。

 なので、やっぱり振り返ることにした。

 

 すると、そこには男女比率1:2の3人組がこちらを見ていた。

 

 1人は紫色の長い髪をしている細身のファッションモデルのように背の高い女子。

 

 1人は金髪でオールバック、不良のような見た目をしながらもどこか知的な所が見受けられる男子。

 

 そして最後の1人は、こちらに話しかけた女子。杖をつき、宝石のような蒼い瞳をしたどこまでも白い女子。

 

「クク、悪いなぁ。まだ連れが飯を食っていて譲れねぇ」

 

「フフ、そうでしたか。ならば彼が食べ終えるまで少しお話しませんか?──龍園 翔くん」

 

「いいぜぇ、丁度暇してたんだ。それにお前の情報は少なかったから良い機会だ────坂柳」

 

 そう言うと白い女子、坂柳さんは見るもの全てを魅了するようで冷酷さも連想させる作られた笑顔を浮かべる。

 

 そのまま彼女は僕へと視線を動かす。僕を見ると一瞬だけ薄く笑う。

 だがすぐに龍園くんへと視線を戻す。

 そして彼女は彼を分析する。

 どうやら彼女の目は物事の先の先を分析し、普通の人間では見ることが出来ない景色を映すことが出来るようだ。

 

 つまり彼女も持っている。超分析力を。

 僕や江ノ島 盾子以外にもあれを持つものがいる事に少し感心する。

 だが、そんなことより草餅です。

 

「やはりあなたは私と似ていますね」

 

「寝言は寝て言え」

 

 お話と言ったが、朗らかな雰囲気で仲の良い友達と楽しく話すそれとは全く違う。

 多くの人が密集していてやや暑い食堂だが、龍園くんと坂柳さんの周りだけどんどん温度が冷え込んでいるように感じる。

 

 そんなやり取りの中、取り巻きのようにいる紫色の髪の女子はため息をつき、つまらなそうに時間が過ぎるのを待っている。

 そんな彼女とは対照的に、金髪の男子は2人の王の様子を面白そうに見ていて随分楽しそうだ。

 

「そいつらは()か?」

 

「ええ、とても優秀ですよ」

 

「なるほどなぁ。どうやらお前は侮ってはいけない敵らしい」

 

「あなたは敵に回して良い人間と悪い人間の区別も出来ないのですか?」

 

「生憎育ちが悪いもんでな。区別なんて言葉は習ってねえ。オレに従わない奴は等しく敵だ」

 

 お互い笑っているのに全く穏やかじゃない。

 好戦的でプライドが高い2人は1歩も引く気がないようだ。そしてどちらもこの状況を楽しんでいる。

 

 しかし忘れているかもしれないが、ここは食堂だ。

 片方は座りながら、片方は立ちながら対峙している。

 客観的に見たらこの状況が異質なものというのは言うまでもないだろう。

 

 周囲もこの場の雰囲気に気付き始める。

 放っておいたら色々と大変な事になりそうです。

 

 だが、今回僕は彼らの仲裁をする程の余裕を作る気はない。

 そんな事より重要な事(くさもち)だ。

 

 とうとう僕は争っている彼らを完全無視することを決めた。

 

「噂通りの絵に描いたような暴君で安心しました」

 

「お前も噂通りの気取った女王様で安心したぜ」

 

 草餅を口へと運び、よく噛み、味わってから飲み込む。

 美味しい。

 これならばいくつでも食べれそうな気がしてくる。

 才能に必要のないものは取り除かれたはずなのにこんな風に思うのは何故でしょうか。

 

「それにしても噂の暴力は使わないのですね。あなたは気に入らないと判断した相手にはクラス問わず即制裁を加えると思っていたのですが」

 

「クク、お望みならば今ここで見せてやってもいいが、さすがのオレも足腰が不自由な奴を痛めつける趣味はねえよ」

 

周囲の目線や監視カメラがあるから(・・・・・・・・・・・・・・・・)ではなく、私の体を気遣ってですか。意外と優しい一面もあるのですね。しかしこの身体のことはお気になさらず。私はこの身体を弱点だなんて思っていませんから」

 

 ……取り除かれただけであって、新しく加えられる事は出来る。

 僕にとって草餅は新しく加えられた好み、その類だった。そう考えれば納得をすることは可能だ。

 ……少し無理矢理な理由付けですね。

 

「いいね、強気な女は好きだぜ。それに賢くて好戦的と来た。どうだ坂柳、オレの女になる気はあるか?そうすれば……オレに敗北するっていう未来を消せるぜ」

 

「フフ、中々ユニークな方ですね。しかし答えはNo。嬉しいお誘いでしたが、お断りさせていただきます。なぜならあなたが……私の見据えている未来を見れていない」

 

 しかし確か、日向 創の好物も草餅でしたね。僕と彼は同じ人間であり別の人間でもありますが、どうやら好みは変わってないようです。

 

「はっははは!いいぜぇ、認めてやるよ。確かにオレとお前は似た人間だ」

 

「あら、随分とあっさり認めるのですね」

 

「ああ、お前の分析力に1本取られたってわけだ」

 

「……フフ、これは予想外」

 

 

「そこまでだ」

 

 つまり作り変えられたとは言え、この体自体が欲しているものだったという見解ができるかもしれません。

 または好物程度は才能に関係しないので弄らなかったのでしょうか。

 

「双方引いてもらおう。引かないならばこの事を学校側に報告することになるぞ」

 

 という事は日向創が苦手な食べ物である桜餅を食べると僕も同じく苦手という感覚になるのだろうか?

 これは少し興味がありますね。

 

「おいおい、俺たちは『お話』してただけだぜ。わざわざあんたが出張る必要はねえと思うが?」

 

「手早く終わらせるにはオレが出るべきだからな」

 

「クク、確かに違いないな」

 

 今度両方とも作ってみましょうか。

 ですがもし僕が桜餅を食べられなかった時の対応を考えねばいけません。

 ……伊吹さんに処理を任せますか。彼女は甘い物が好きだったはずです。

 伊吹さんがダメならば、椎名さんにお裾分けという形で上げましょう。

 いや、敢えて龍園くんに送り付けるのもありですか。

 

「確かにあなたが出て来てしまったら今回の『お話』はここまでのようですね」

 

「今回の、はな」

 

「龍園くん、あなたには少しだけ期待します。頑張って私の元まで辿り着いて下さい」

 

「労いの言葉をありがとう。お礼としてお前は最後に引き摺り下ろしてやるよ」

 

 材料を買いに行くのも含めて、決行するのは休日が妥当。

 ですがビジュアルを良くするために必要な葉やそもそもよもぎ粉や道明寺粉が売っているかが懸念ですね。

 やたらと豪勢なこの敷地内でもさすがにあるとは考えにくい。

 

 ……ないならないで別に良いです。ポイントを使って取り寄せればいい。

 今回はシェフの才能よりパティシエ、すなわちお菓子職人の才能の方がメインですね。

 

「全く今年の1年は……龍園、混んでいるのだからすぐに替わってやれ」

 

「今回はあんたの顔を立ててやるよ。行くぞアルベルト、カムクラ…………てめぇまだ食い終わってねえのか」

 

 名指しされた事でやっと終わった事に気付く。

 休日の予定を考えながら食べていたのでゆっくりなのは仕方ない。

 

 僕は最後の1口を最低限噛んで飲み込む。

 

 僕が飲み込むまでの間に、彼の言葉に素早く反応したアルベルトは、3人分のトレイと食器を纏める。

 やはり彼は気が利きますね。

 

「カムクラ、お前ならばあの2人を止められただろう。何故止めなかった」

 

 僕が噛み終わった事を確認すると、彼らの仲裁に入った人物、生徒会長が僕に話しかけてくる。

 

「あなたは物事にいちいち理由を付けなければ気がすまない人間なのですか?」

 

 忘れ物がないかを確認し終えたので僕も立ち上がる。

 改めて龍園くんの方を見ると、既に彼はこの場にはおらず、来た道の方へと歩いていた。

 

「フッ、お前らしい」

 

 それだけ言うと、彼も元々座っていたであろう方に踵を返す。

 その方向には以前利用しようとした橘先輩がいた。

 相変わらずこの堅物を追いかけているようだ。彼女は本当に苦労しそうです。

 僕も彼に続いて退散しようと坂柳さん達から視線を外し、背を向ける。

 

 

 だが次の瞬間、思いもよらぬ言葉が僕の予測を超えて来た。

 

 

「あぁ……やっぱりあなたは本物の(・・・)天才なのですね」

 

 その言葉を発した少女が気になり、振り返る。

 

 先程の彼女とは雰囲気が全く違った。

 

 威圧するような笑みはない。

 まるで表と裏が反転したかのように変わっている。

 

 彼女の表情は笑顔のまま。

 ただし、妖艶でどこか狂気にも似た何かを含んだ笑みをしている。

 

 声も違った。

 頬を紅潮させる彼女は先程のような冷たく、相手を推し量るような傲慢さが隠されている声ではなく、欲しかったものを見つけた少女のような幼く、甘い声を響かせる。

 

 そしてその声を聞き、取り巻き2人が驚く。

 無理もない。僕も一瞬戸惑ったのだ。

 

 彼女、坂柳有栖の噂は聞いている。

 Aクラスに存在する2大派閥の一角。そのリーダーでもある彼女は、非常に好戦的で冷酷とも言える性格の持ち主のはずだ。

 実際、さっきの龍園くんとのやり取りを見ると、その噂が真実だと確信づけられる。

 

 だからこそ、そんな彼女が媚びを売るような声を出すとは考えられない。

 

「……坂柳、あんた急にどうしたのよ」

 

 紫の髪をした女子がその異変に問い掛ける。

 するとすぐに、坂柳さんは氷の仮面を再び被る。違和感なく最初に見せていた笑みに戻るが、取り巻きの挙動は驚いたままだ。

 

「……すみません。少しお見苦しい姿を見せましたね」

 

 その言葉は僕へか、取り巻きへか、それとも両方か。

 彼女は僕への視線を外さないまま、元々僕達が座っていた席へと座る。

 

 彼女の超分析力は脅威ではない。冷酷さも脅威ではない。

 だが先程見せた彼女のあの笑顔、あれは動物的本能に近いものだ。

 

 もし彼女が自らの本能(きぼう)に従って僕の前に立ち、持てる力を全てぶつけて僕を超えようとするならば────坂柳有栖は間違いなくオモシロイ存在へと変わる。

 

 久しぶりに少しだけ体が熱を持つ。

 どうやら彼女の評価を改めなければいけないようですね。

 

 

 ツマラナイと思っていた彼女の存在は、これ以上ない程はっきりと僕の記憶に定着した。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「……カムクライズルくん」

 

 先程この場からゆっくりと立ち去り、未だに私の視界に入っている長髪の男子の名前が口からこぼれる。

 

 小さい頃から、お父様のお仕事に付いて行った事で私は様々な「才能」を持った人を見てきた。

 

 恵まれた身体を持ち、ある特定のスポーツの才能を持った人。

 今の私とあまり変わらない年齢で、既に大人の世界に入り、実理学の才能を開花させていた人。

 学校にすら行かず、親から技術を受け継ぎ、幼い時から職人としての才能を鍛えていた少し時代遅れの人。

 

 他にも様々な種類の「才能」を見てきた。

 

 これによって私の分析力は相当鍛えられたのでしょう。

 それこそ人を見ればある程度の才能を推し量ることが出来る程度には。

 

 

 だから分かった。

 

 初めて彼を見たのは入学してから数日後。その時つまらないと判断されてしまいましたが、そんなことはどうでもよかった。

 

 今まで見てきたどんな人間よりも異質で、圧倒的な雰囲気。

 隠そうともしない彼の雰囲気に、「才能」に魅入られた。

 

 あの時、初恋にも似た感情が身体全体に衝撃を走らせたのは昨日のように覚えている。

 

()とどちらが凄いのでしょうか」

 

 とても小さな独り言。

 私は、私の考えを否定するあの白い空間で育ってしまった彼を思い出す。

 彼は今何をしているだろうか。

 まだあの白い空間にいるのか。

 それともあの場所から出て、私たちと同じように学校に通っているのだろうか。

 

「冷めるわよ」

 

「……ああ、今はお昼の時でしたね」

 

 食事を口に運ぶ真澄さんがそう言う。

 そしてそのまま怪訝そうな顔をして続ける。

 

「やっぱり今日のあんたは相当変。どうしたの?」

 

「あら、心配して下さいますの?」

 

「……心配して損したわ」

 

 彼女はすぐに嫌そうな顔をする。

 そんな彼女を見て弄りがいがあるなと感じてしまう。

 

「けど坂柳さんよ、神室の言う通り今日のあんたは何か変だぜ。特にあの長髪の奴を見た時から大分。何か思う所があったんですか?」

 

 橋本くんが核心へと問い掛ける。

 ポーカーフェイスには自信があったのですが、今日はダメダメですね。

 私は観念して彼らにその答えを話す。

 

「……恋ですかね」

 

 これが今の自分の心に伝わっている感情の中で1番近いものだろう。

 だが結局の所ただの推測だ。

 正しいかどうかは分からない。

 

 でも1つだけ確実に分かることは、彼と競い合いたいという気持ちが溢れ出てしまいそうになっていること。

 競い合って勝利し、あの虚ろとも言える彼の瞳に私という存在を映したいということ。

 

 

 果てしてこれは恋と呼べるものでしょうか。

 

 

「フフフ、退屈しなさそうです」

 

 私の答えを聞いた2人は鳩が豆鉄砲を食らったように口を開けている。

 真澄さんに関しては、あまりの衝撃にお箸を落としてしまっている。

 

「2人とも食事が冷めてしまいますよ」

 

 そう言い、私は少し冷めてしまった食事にようやく手を付けた。

 

 

 




3巻に行くまでのプロットを組み直し中なので、次の更新遅いかもです。


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何気ない休日


誤字報告してくれる方々、いつも本当にありがとうございます。
なるべく減らすように頑張ります……。



 

 

 休日2日目の朝、僕は開店前のショッピングモールから少し離れたベンチに座っていた。

 現在は、今日一緒に買い物をする約束の人物を待っているところです。

 本当ならば僕1人で買い物に行く予定でしたが、その人物とは偶然この場所での予定があったため、同行することになりました。

 

 買う物とはもちろん、草餅と桜餅を作る道具。

 ボールや鍋、ラップなどが例に挙げられます。

 ちなみに、よもぎ粉と道明寺粉は既に手配済みです。

 

 草餅を食べたことで、作ってみようと考え至ったあの日にショッピングモールで下見をしましたが、その時には売っていなかったために少々ポイントを使用して、早めに取り寄せました。

 それらを今日の昼頃に取りに行く予定です。

 それまでの間は今回の同行者に付き合って時間を潰せば良いので、1日の流れは完璧でしょう。

 

 

 それにしても、この僕が誰かと仲良く買い物に行くとは。

 僕を造った先生方がこの状況を見れば、さぞかし落胆することでしょう。

 

 人類の宿願、叡智、希望。そのような畏敬を含んだ通称こそが『超高校級の希望』。

 絶望に打ち勝った希望として呼ばれた苗木 誠とは違い、エゴによって生み出された人工の希望。

 

 先日、坂柳 有栖は僕のことを「本物の天才」だと言っていたが、それは本当に正しいのだろうか。

 何を以って本物とするのか、そもそも天才とは何なのか。

 

 例えば、ある1つの物事が他者の追随を許さないほど出来る人を、天賦の才を持つ人と言う。

 例えば、ありとあらゆる物事が平均以上に出来る人を、多彩な才能を持つ人と言う。

 

 他にも例ならいくつか出せる。だが本当に正しい天才とは何なのか。

 

 数多の天才の中でも一際優れた存在を、坂柳 有栖は自らの理論に基づいて「本物の天才」と呼んだのだろうが、果たしてそれは本当に天才なのか。

 

 先に挙げた2つの天才の例を両方とも備えた人。

 すなわち、ありとあらゆる物事が他者の追随を許さないほど出来る人。

 

 これは確かに「本物」の天才かもしれない。

 

 なぜなら限りなく『完璧』に近いということなのだから。

 

 しかし気付いているだろうか。

 完璧へと近づいていくほど、その天才は「人間」という枠組みから外れていく。

 埒外に存在する『怪物』と言った方が正しくなっていく。

 そしてその怪物の結末は、絶望的に盲信である人間から「神」なんていう陳腐な言葉で形容されるか、ダニたちにとって都合の良い「道具」になる。

 

 

 僕はやや自虐的に、今更ながら自分という存在を再認識する。

 加えてツマラナイことに、そんな天才の定義だっていずれ─────

 

「おい」

 

 突然耳に届いた声によって思考が中断される。

 機械的な動作で声の聞こえた方向に視線だけを向ける。

 

 清楚感のある私服を着ているが、猛禽類のような鋭い目付きによって全く清楚に見えない女子が立っていた。

 

 伊吹さんだ。そして待っていた人物でもある。

 

 昨日、彼女から買い物を手伝って欲しいとの連絡があった。

 どうやら男手が欲しいらしく、僕が選ばれたそうだ。

 

 

 休日に異性と出かける、すなわちデートだ。

 初めての出来事に心が踊り、楽しみでしょうがない。

 当日はどんな服を着ていこうか、どういうアプローチを掛けようか、どういうルートでショッピングモールを回ろうか。

 

 ───なんて思えたら、僕にも感情が多少はあったと証明できたでしょうが、実際のところ、同行人としか感じない。

 僕も買い物に行く予定だったので、特に断る必要もなく了承した。

 ただそれだけのことだ。

 

「ほら行くよ。さっさと立って」

 

「……そうですね。手際良く済ませましょう」

 

 そう言葉を返した僕は、ベンチから立ち上がると服のホコリを払った。

 

「……見てるこっちが暑くなりそうな服。だっさいし、季節感違う」

 

 無地の白ワイシャツに、黒のジャケットとスキニーとスニーカー。

 以前まで着ていた予備学科の制服と全く同じ色合いで、それの見た目を軽くしただけの私服です。

 彼女の発言は分かりきっていた評価なので、別に気にしない。

 

「服なんて着られればいいですから」

 

「……あんた少しはモテたいとか思わないわけ?」

 

「興味ないです」

 

 僕の返答を聞き終えた伊吹さんは腰に手を当て、溜息をつく。

 

「なぁ、私が見立てようか?さすがにその格好はさ……」

 

「結構です。僕はデザイナーやコーディネーターといった才能も持っていますから」

 

 その発言を聞き、伊吹さんが驚いたように視線をぶつけてくる。

 同時に、絶対ありえないとも疑っているようだ。

 

「……ダウト」

 

「事実です」

 

「今回ばかりはさすがに嘘よ!だってそんな才能があるんなら特に気にしなくてもセンス良くなるでしょ!」

 

 いつものクールな表情が崩れた彼女は、やや大きな声を出して僕に反論してきた。

 だがそれも一瞬の出来事で、今自分がいる場所を思い出したのか、すぐに元の表情へと戻る。

 

 しかしこれは文句の言いようがない正論ですね。

 実を言うと、今までずっとこの色合いの服を来てたからか、愛着のようなものを感じていた。

 そして特に何かを考えることも無く揃えてしまったのだ。

 だからセンスなんて欠片もない。

 

「どれほど疑われても別に良いです。持ってるには変わりないのですから」

 

「……じゃあさ……試しにあたしの服を見立ててみなよ。それでセンスが良かったなら認めてあげてもいい」

 

 彼女はそっぽを向くようにそう言う。

 その頰は少し赤くなっていて、目を合わせようとしない。

 その姿は普段とは違う服装もあってか、いつもの彼女よりどこか魅力的に見える。

 

 男勝りな性格な彼女ですが、見た目にはそれなりに気を使っているようですね。

 薄くですが化粧をしていて、普段の彼女とは違う匂いからも香水を付けていることが分かる。

 そんな彼女が誰かに服を選ばせる、それも異性にだなんて、それなりの勇気がなければ出来ないはずだ。

 

 石崎くんがこの状況を見れば、恋の予感がありそうです。

 だが残念ながらこの場にいるのは僕、他人の見た目で心が動されることはありません。

 正直、それくらい自分で選べとも思ってしまう。

 

「認めてもらう必要がありませんね」

 

「ねぇ、私だって女子。ちょっとはそういう所気にしろ」

 

「僕が他人の私服に興味を持ち、あまつさえ褒めると思いますか?」

 

 ピシッ、という擬音が聞こえてきそうな勢いで、伊吹さんの額に青筋が幾つも立つ。

 だがすぐに溜息をつき、少しガッカリとした表情を見せる。

 

「……期待して損したわ」

 

 小さな声でそう零す。これ以上、彼女を刺激する必要もないので聞き流す。

 

「行きますよ」

 

「ふん」

 

 

 ───機嫌が悪くなった伊吹さんと一緒にショッピングモールへ入り、買い物を開始した……。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ショッピングモールに入ってから2時間ほど経過した。

 彼女の買い物に散々付き合わされ、振り回され、歩かされましたが、そこまで退屈ではなかったので許します。

 

 複数の衣類関係の店。家電製品の店。日常品スペース。そして食材売り場。

 いろいろなものが入っている荷物を持ちながら、彼女に付き合うのはそれなりに疲れました。

 ちなみに、よもぎ粉と道明寺粉は既に回収済みです。

 まだ正午になっていませんが、幸運にも早く届いたため、買い物の途中で手に入れることが出来た。

 

 

「わりと重い」

 

 伊吹さんはそう愚痴りながら、自分のペースで帰り道へと歩いている。

 だが買い物を開始した時よりは機嫌がだいぶ良くなっています。

 どうやら今回のショピングはそれなりに満足したようですね。

 

「あんた、これで和菓子でも作るつもりなのか?」

 

 彼女は僕が買ったボールや鍋などの道具、砂糖や餡子といった具材を見て、そう推測したようだ。

 

「ええ、今回は────」

 

 と、草餅作りの計画を簡単に要約して言う。

 

「へぇー、ねぇ私も行っていい?お菓子作りってやった事ないからやってみたい」

 

「構いませんよ。ですがあなたはこの後、映画館に行くのでは?」

 

「ああ、別に良いよ気にしなくて。元々1人で行く予定だったし」

 

 自宅で映画を見るのと違い、映画館に行くとなると、どうしても誰かと一緒に見に行くという偏見が浮かんでしまう。

 個人的には椎名さんとでも行くと予想してましたが、どうやら違うようですね。

 

「意外ですね」

 

「卒業するまでにさ、この学校内で上映する映画を制覇するつもりなの。誰かと一緒に行ったら、無駄な時間取られて面倒じゃん?だから1人なんだよ」

 

 他人の趣味にどうこう言うつもりはないが、彼女らしくない趣味だなと思ってしまう。

 しかしそれでいて一匹狼を気取っている伊吹さんらしい発言だなとも思う。

 

「制覇と言いましたが、その中に好みじゃない映画もあるんじゃないですか?」

 

 好みじゃないものを見るのは単にお金が勿体ないだけでなく、時間を無駄にする行為だ。

 制覇すると言うくらい映画好きなのだから、オールジャンルでいけるのでしょうが、それでも少々無駄な気がしてならない。

 僕にとって映画は楽しむものではないので、どうしてもこのように考えてしまう。

 

「ハズレはハズレで楽しめるし、意外な良作もあるのよ。それに考え方が少し変わる時もある。例えば私はアニメとか全く見ないし、何となく忌避感を持っていたんだけど、この前見た恋愛アニメーション映画は普通に面白かったし、そういう偏見も少し取り除かれた」

 

「1人で恋愛映画とは、これまた意外ですね」

 

「どうやって死にたい?」

 

 彼女の殺害予告は置いておいて、実際は感心している。

 今の考え方は苦手なものに挑戦する姿勢がなければ出来ない芸当だ。

 当たり前のことだが、これは意外と難しい。

 

 苦手の程度にもよるが、基本的に苦手なものとは距離を置きたくなるのが人間の性だ。こればかりは仕方がない。

 が、それを克服しようと考えるということは挑戦するということ。

 自らの意志で真実を確かめにいく、すなわち「経験」するということだ。

 経験を重ねれば、真に力となる自信がつき始め、心の持ち方が変わっていく。

 ツマラナイ人間から変化していく第1歩だ。

 

「あんたって本当にデリカシーがないのね」

 

 僕がその考えに感心している横で、彼女はため息をつき始める。

 あなたがその言葉を言いますか、と言うのを抑えて会話を続ける。

 

「他人に気を遣って、相手を不快にさせないように笑ったりした方が良いと?」

 

「…………想像したらゾッとするくらい気持ち悪かった。絶対やめて」

 

「デリカシーって知っていますか?」

 

「うっさい」

 

 言葉のブーメランが突き刺さっている伊吹さんを放置して、僕は徐に周囲を見渡す。

 時間もそれなりに経ったので、ショッピングモールもだいぶ賑やかになってきた。

 同性だけの少数グループ、男女が入り交じっている多人数のグループ、彼氏彼女の関係と思われる2人組といった、いろいろな集団が目に入ってくる。

 

 たがその中でも、ここから少し離れた所に何やら険悪な空気がある集団を見つける。

 

「流石に人が多くなってきたわね。さっさと退散しよ」

 

「そうですねと言いたい所ですが、どうやらそうもいかないらしいですよ」

 

 僕の言葉を聞いた伊吹さんは、僕が見ている方向に視線を動かす。

 彼女がその動作をした直後、キリキリと甲高い叫び声がショピングモールに響き渡った。

 

「あなたからぶつかってきたんでしょう!Bクラスだからって調子に乗らないでくれる!」

 

 周囲の人々の視線がその発生源へと集中する。

 僕には渦中にいる片方の女子に見覚えがある。

 

「あれって真鍋と……Bクラスの生徒じゃん」

 

 ヒステリックな喚き声を上げている方はCクラスの生徒である真鍋 志保、もう片方はBクラスの生徒らしい。

 

 真鍋 志保がどのような人物か補足すると、彼女は自分より強い人間には弱気で、弱い人間には強気といった典型的なツマラナイ人間です。

 彼女はいつものように自分よりも弱い人間である取り巻きと一緒に行動している。

 

「何でそんなしょーもない事で……ああ、そっか」

 

 伊吹さんが状況の真意に気付いたようだ。

 彼女が想像している理由で間違いないでしょう。

 

 普通に見ればこの状況はただの揉め事に見えますが、実際の事情は違う。

 なぜなら彼女たちはBクラスへ嫌がらせをしろと、裏で龍園くんに命令されているからだ。

 

 彼は現在、学校側の対応がどの程度なのかを把握するために、クラスメイトを使って実験している。

 今はその現場に出くわしてしまったという訳だ。

 駒たちは休日にも関わらず、せっせと働き、今のこの状況を作ったのでしょう。

 

 無駄な事だ。

 それにここは公共の施設。これ以上騒ぎを大きくすれば、ポイントに響いてしまうかもしれない。

 

 僕としてはその辺も考慮しておくように命令するべきだったと思います。

 いや、彼からすればそんな事で足をつく人間は、切り捨てる対象なのでしょう。

 

 

「はい、ストップ!」

 

 突然、言い争っている2人の生徒を仲裁する声が聞こえたので、僕は彼女たちに意識を向けた。

 すると薄桃色の髪を靡かせ、とても溌剌とした雰囲気のある少女が、彼女たちの間に入っていた。

 

「一之瀬さん!」

 

 被害者である女子生徒の表情が、安心と信頼で明るく変わっていく。

 その様子から介入者の、一之瀬 帆波の人望が高いことが容易に窺える。

 

「千尋ちゃん、ここは公共の場所。そんなに大きな声は出しちゃダメだよ。……真鍋さんもね」

 

「一之瀬さん……」

 

「これも龍園くんの“指示”なのかな?」

 

「……龍園?あんたは何のことを言ってんのよ」

 

 これまた早い展開ですね。

 会話を自分のペースに持ち込んだ一之瀬さんは、その流れでCクラス側を追い詰めていく。

 

 不利になった真鍋 志保はというと悔しそうに唇を噛んでいる。

 どうやらこの場に一之瀬さんが現れるのは予想外だったようだ。

 そうした態度が口より雄弁に語ってくれている。

 

 このまま彼女たちが争えば、なにかしらの証拠を掴まれる可能性がある。

 つまり、ポイントが減る可能性に繋がるわけだ。

 

「止めないの?」

 

 伊吹さんの単純な疑問。

 彼女もこのままではポイントが減少するという事に気付いてるのでしょう。

 

 しかし止める気はない。

 今回のミスは彼の指示ミス。そんな事にまでいちいち手助けはしない。

 そもそも、助ける側の真鍋 志保はツマラナイ。

 

 図書館の時は彼直々の指示があったから止めただけであって、今回のような事を僕がわざわざ止める必要性はない。

 

「……つまらないって訳ね。じゃあ私は真鍋の無様な姿を見に行ってくるから。これ持ってて」

 

「手短にお願いしますよ」

 

「ん」

 

 彼女は頷きを返すと、僕に手荷物を預けて歩いて行く。

 彼女はクラスポイントを大切にしている。

 それ故の行動。あまり相性の良くない真鍋 志保を助ける理由なんてそんなものでしょう。

 

 暇になった上に手荷物が邪魔なので僕は座る所を見渡して探す。

 少し離れた所に休憩用スペースを見つけたので、そこへと真っ直ぐ歩いて行く。

 

 僕は手荷物を空いているスペースに置いて、その隣に腰を下ろす。

 特にやる事もないので、リラックスしながら伊吹さんの状況を見守る。

 

 真鍋 志保たちの姿は、伊吹さんと丁度被っているので表情が見えない。

 今頃は彼女の宣言通り、無様な姿でも晒しているのでしょうか。

 あまりに暇すぎて、ツマラナイ人間のことで時間潰しに考えてしまう。

 

 

「ねぇ、ちょっと良いかな?」

 

 

 横から誰かの声が聞こえてきた。

 僕の周りには誰もいないので人違いということも無いだろう。

 猫を被ったような高い声の持ち主に、僕は視線を動かす。

 

「……何の用ですか」

 

 金髪のショートボブで、豊満な肉体を持つ少女が目の前に立っていた。

 身長は155cm程だろう。季節にあった軽めの服装は良く似合っている。

 そして怯えと嫌悪を含んだ瞳がこちらを見る。

 笑顔なのに悪感情を抱いている様子に少し興味を持つ。

 

「えーと、『聞きたいこと』があるの!時間貰っても良いかな?」

 

 満面の笑みを見せる彼女に、道行く関係ない人間ですら目を奪われている。

 彼らのような人達にとって彼女の笑み、敢えて言うなら誰も彼も包み込んでしまうツマラナイ笑みを浮かべる彼女は幸運を運ぶ天使のような存在なのでしょう。

 そんな彼女に、僕は了承の会釈を返す。

 

「うん、ありがとうね!」

 

 座っている僕と目線が合うように腰を下げ、胸を強調するように手を組んで顔を近付ける。

 

「君は、Cクラスのカムクライズルくんだよね?」

 

「ええ」

 

「私の名前は────」

 

 

 偽りの仮面を付けた女子との会話が始まった。

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 数分後、お話を手早く済ませた僕は荷物を持って伊吹さん達の方へと向かう。

 さほど離れてはいないので、彼女たちの方も僕に気づいたようだ。

 一之瀬さんがこちらに振り向き、高く上げた左手を大きく左右に振っている。

 

 真鍋 志保やその取り巻きは見えない。

 つまりは撃退したのでしょう。宣言通り、手短に終わらせたようだ。

 

「遅い」

 

 僕の顔を見た途端に不機嫌そうな表情へと変わる伊吹さん。

 

「久しぶり!カムクラくん!」

 

 僕の顔を見る前からずっと嬉しそうな表情である一之瀬さん。

 

 こういう所ですね。

 人徳の差が出ていると認識する。

 

「久しぶりですね。それでは──」

 

「はい、ストップ!ちょっとくらいお話しよ!ね?」

 

 僕の素っ気ない態度に笑顔を返した彼女は、同時に素早い動きで退路を塞ぐ。

 さすがに2回目なので、以前のように慌てたりはしないようだ。

 

「……意味がありませんね」

 

「少しだけ、少しだけでいいからさ」

 

 親指と人差し指で、時間を摘む仕草をする。

 これだけ見れば、ただの可愛らしい少女がお願いしてるようにしか見えないが、瞳に強い意志が篭っていることから何かあると推測する。

 大方の察しは付いていますが、いちいち関わると面倒くさいので早く帰りたいです。

 

 それと先程から、被害を受けていた女子生徒からの視線がうっとうしい。

 

「……ねぇ、一之瀬さん。この人ってやっぱり……」

 

 被害者の女子生徒に視線を向けると、彼女はすぐに一之瀬さんの後ろへ隠れてそう尋ねた。

 

「大丈夫!彼もそんな事しないよ!Cクラスだからといって全員が嫌がらせをしてくるわけじゃない、伊吹さんだってそうだったじゃん!」

 

「そ、それは分かっています!……けど……彼が“あの”カムクライズルくんでしょう?龍園くんが対等に認めている唯一の人だっていう……」

 

「……まぁそうなんだろうけど、彼は大丈夫だよ」

 

 一之瀬さんは僕のことを見ながら、意地悪そうに笑う。

 自業自得というものを初めて体験した時は、新鮮で良かったのですが、このやり取りにもさすがに飽きてきました。

 

「相変わらず、厄介事に自ら首を突っ込んでいるのですね」

 

「にゃはは、でも君だって図書館の時は同じだったじゃん!人の事言えないよ!」

 

 同じなわけがない。

 利己で争いを止めた者と善意で止めた者では意味がまったく違ってくる。

 共通するのは争いを止めたという結果だけ。

 人格によって対応が変わる過程こそ、本当に見るべき点だ。

 もっとも彼女にこれを言っても聞く耳は持たないでしょうが。

 

「正直こんな所で君に会えるとは思ってなかったからね〜。今日はもしかするとラッキーデイかな!」

 

「僕からすれば貴方みたいな鬱陶(うっとう)しい人と会うのはアンラッキーデイですよ」

 

「ひ、ひどい…………あ!なるほどねぇ〜」

 

 悲しい表情から何かを察した表情へと変わる。

 

「『デート中』だもんね。そりゃあ、邪魔されたくないか」

 

 そう言い終えると、一之瀬さんは申し訳なさそうに笑う。

 客観的に見たらそういう風に見えますが、残念ながら違いますね。

 

 ……ここで動揺していれば、少なからず気があるかどうかが分かるのでは、と僕にしてはくだらない思い付きが頭の中を過ぎる。

 僕は斜め後ろにいる伊吹さんの表情を、彼女から気付かれないように見てみる。

 

 しかし予想していた通り、彼女の表情は全く変わっていなかった。

 

「デート中じゃない。そもそも私とカムクラは付き合っていない。勘違いしないで」

 

「そんなことよりも、早くこの荷物を持ってくれませんか」

 

 一之瀬さんの全く的外れな推測を無視して、僕は伊吹さんへと荷物を返すために片手を彼女の方へと近付ける。

 

「……今ならカッコつけられるわよ」

 

「あなたからの好感度を上げる必要性が感じられません」

 

 薄々気付いていたためか、そのあとの彼女の対応は早かった。

 僕の手から荷物を乱暴に奪い取る。

 その時の彼女の表情は心底面倒くさい、そういったものであった。

 

「ええっ!?あなた、女の子に荷物を持たせる気ですか!?」

 

 一之瀬さんの後ろにずっと隠れている女子生徒が驚いた声を上げる。

 どうやら、僕らの気の抜けるやり取りを見たことで警戒心を弛めたようだ。

 

「ええ。今までは僕が持っていましたが、元々は───」

 

「お、女の子に荷物を持たせるなんて酷い!一之瀬さん、やっぱりこの人ダメな人だよ!龍園くんと仲良いわけだよ!」

 

「……あなた、何を勘違いしているのですか」

 

 彼女は顔を赤くし、僕に対して蔑むような視線を向けてくる。

 

「にゃはは、多分勘違いだよ千尋ちゃん」

 

「一之瀬さんは人が良すぎる!男の人は女の人に舐め回すような目を向けてきて、あんなことやそんなことを命令してくるケダモノなんだよ!」

 

 呆れるほどの差別発言ですが、その言葉の裏側に普通の人とは違う歪な何かを感じる。

 おそらくですが、彼女は同性愛者である可能性が高い。

 よくよく彼女の挙動を分析してみると、彼女の方がよっぽど一之瀬さんのことを舐めるような視線で見ているので限りなく正しいでしょう。

 

 つまるところ独占欲ですか。一之瀬さんの1番は自分。そうなる為に彼女に好意を持つ人、特に男を近付かせない。

 その欲のせいで思わず出てしまった差別発言なのでしょう。

 くだらない。

 

 彼女、のちに白波 千尋と名乗っていたこの女子は一之瀬さんの肩を掴み、正気に戻すように揺らしている。

 揺らされている本人は特に抵抗する様子もないため、かなりの速度で顔が上下を往復している。

 

「……あんなの反則よ」

 

 横から伊吹さんの悔しそうな声が聞こえる。

 先程と同じように彼女の方を見てみると、自身の慎ましい胸に両手で触れていた。

 

 僕はもう一度、一之瀬さんの方を見やる。

 現在進行形で、白波さんが一之瀬さんを揺らしている。

 

 彼女の顔が1往復すると、連動するように彼女の(むね)は揺れていた。

 

 なるほど、確かにあのプロポーションは恵まれている。

 この学校が外部とのやり取りを禁止せず、彼女がもう少し自分に自信を持っていたならば、グラビアの才能が開花してる可能性が十分にありえる。

 

 まぁ伊吹さんには関係ない話でしょうが。

 

「おい、比べただろケダモノ」

 

「……くだらないですね」

 

「誤魔化すな!絶対比べただろ!」

 

 そう言うと彼女は、事の真偽を確かめるためか、僕の胸倉(・・)を掴み、顔が見えるように手を引いた。

 しかしその直後、冷静ではなかった彼女の動きが思考停止したかのように凍った。

 

 何故止まったのか聞こうとするが、その前に彼女は恐る恐るといった手つきで僕の胸板に触れる。

 

 

 ───伊吹さんは膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 

「ふぅ。千尋ちゃん、落ち着いた?」

 

 大分騒がしくなりそうだったので、僕達はさっきいた場所から少し離れた所へと移動した。

 

「ええ、取り乱してしまい申し訳ありません」

 

 そうは言うが、彼女の僕への視線はあまり変わっていない。

 というか、同じような視線が2つに増えました。

 

「そろそろ帰りたいのですが」

 

 時刻は現在、正午を既に回っている。

 僕は一刻も早く草餅作りに着手したいので、一之瀬さんを急かす。

 

「……もしかしなくてもカムクラくん、私の事嫌いだよね?」

 

「別に。敢えて言うなら面倒くさい人だとは思っていますよ」

 

 僕の回答にどう反応すればいいか困っている彼女は、伊吹さんへ目を向けてヘルプを訴える。

 

「……あんたはつまらないって言われてないから、多分嫌われては無いと思うよ」

 

「そっか、なら良かった!」

 

 素直に助け舟を出した伊吹さんと安心した表情を見せる一之瀬さんは、会話が終わるとお互いに薄く笑う。

 

「……でも彼の言う通り、時間も時間ですね」

 

「確かにそうなんだよねぇ〜、もうお昼の時間だもん!」

 

 伊吹さんはそれを聞くと、草餅のことを思い出したのか、ハッ!とわかりやすい仕草をする。

 

「ねぇねぇ、私達はこれからお昼にしようと思うんだけど、よかったら一緒にどう?」

 

「……ごめん、嬉しい誘いだけど断るよ。今昼食にしたら餅が食べれない」

 

「餅?……ああ、その袋は材料が入っているのか!なるほどね〜」

 

「そういう事。だから私達はここら辺でお暇させてもらうわ」

 

 その言葉とともに、僕達は一之瀬さん達から背を向けようとする。

 

「ちょっと待ってカムクラくん、伊吹さん。最後に真面目な話していい?」

 

 雰囲気が変わる。伊吹さんも直感的にそれに気付き、いつもの鋭い目付きをした表情で向き直る。

 僕達はそのまま、彼女の次の言葉を待つ。

 

「『聞きたい事』があるの。答えてもらってもいいかな?」

 

「答えられる範囲ならね」

 

 その答えを聞くと、一之瀬さんはニコリと笑い、僕達に質問した。

 

 

「ねぇ、あの暴力事件は“龍園くん”が裏で糸を引いてるのかな?」

 

 

 暴力事件。学校側の対応を見るために、龍園くんが命じた嫌がらせ事件。

 やはり彼女は侮れない存在だ。

 龍園くんとの相性が悪いのが本当に勿体ない。

 

「……さぁ?石崎の自業自得でしょ」

 

「それに賛成です」

 

 彼女をまた騙すのはさすがにどこか思う所があるが仕方ない。

 いくらツマラナイとは言え、クラスを無条件で売る訳にはいかない。

 

「……そっかぁ」

 

「話は終わり?」

 

「うん……そうだね。もっと聞きたい事はあったけど、さすがにこれ以上君たちから時間を奪うわけにはいかないしね」

 

 あはは、と少しの諦めと悲しみが入り混じった笑顔を作り、一之瀬さんはそう言う。

 

「ごめんね、時間取らせちゃって!餅作りデート頑張ってね!!」

 

 すぐに、そんな事を思わせないように普段通りの明るい表情に戻る。

 調子を取り戻すためか、軽い冗談も添えて彼女と白波さんはこの場から去っていく。

 

 

「……ねぇ、度し難い程の善人っていると思う?」

 

 彼女の言動を見て、そう感じてしまうのも無理はないでしょう。

 彼女は可能な限り理想に近い存在なのですから。

 

 ただただ他人のために奉仕を無償でする存在、まして己の矛盾に気付けない存在はただの愚か者。

「善」の反対に位置する「悪」を許さない。「悪」は無関係の他者に危害を与える存在、だから罰して良い。

 

 一之瀬さんはそんな恣意的な感情論を持つ人ではないが、伊吹さんの言うような度し難い程の善人という訳でもない。

 彼女は『偽善者』だ。

 しかし、ただの偽善者ではない。善と悪に触れ、どちらが正しいかを葛藤しながらも、最終的に最大多数の幸福のための選択を選んでしまう偽善者。

 

 

 度し難い程の善人、つまり「本物」の善人なんてものは絶対に存在しない。

 

 

 あれはただの目標だ。

 ここで大雑把にですが、弁証法に沿って考えてみましょう。

 

「性格の良い人」を(テーゼ)、「性格の悪い人」を(アンチテーゼ)とし、止揚(アウフヘーベン)した。

 

 (ジンテーゼ)が生まれる。そしてそれを名付ける。

 

 理想に縋るダニたちがだ。

 

 それが「善人」。

 決してそれは善にも悪にも付かないことが正しいと思ってる臆病者でも、相対主義を謳うどっちつかずで他者に流されやすい中間者なんていう存在でもない。

 

 誰かのために手を伸ばし、見知らぬ多くの誰かに笑顔を、希望を譲渡する存在。

 しかし、その存在に感情はない。

 その存在には矛盾も、夢も、意思もない

「善人」として必要なことを最低限やるだけ。それだけの存在。

 それこそがいるわけのない「本物」の善人。限りなく理想に近い存在。

 

 もし「本物」の善人が現れるとしたら───

 

 ────それはきっと僕と同じ存在(・・・・・・)なのでしょう。

 

「柄にも無いことは考えるべきじゃありませんよ」

 

「……すべきでもないわ」

 

 珍しく2人の意見が合い、顔を見合わせる。

 

「帰りましょうか」

 

「そうね」

 

 

 僕達はそのまま寮へと向かった。

 

 

 




たまたま休みの日が出来たので、早く仕上げられました!


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櫛田 桔梗の才能


今回の話、櫛田さんへのアンチ・ヘイトがあります。
ご了承ください。


 

 

 彼と初めて出会ったのは図書館だった。

 あの時は、CクラスとDクラスのいざこざを止めていたのが彼。

 そして今は────私と協力関係を結んでいる男の友人。

 

 私は彼が嫌いだ。

 2回目に会った時、その感情は反吐が出るほど、脳裏に刻み込まれた。

 

 

 

 勉強、私を始めとしてあの堀北よりもできる。

 嫌いだ。

 

 運動、ありとあらゆる種目で結果を残せる。

 嫌いだ。

 

 交友関係、暴力至上主義な頭のおかしい男と一緒にいる。

 嫌いだ。

 

 容貌、髪型が変なだけで綺麗に整っている。

 嫌いだ。

 

 眼、血のように赤い。

 嫌いだ。

 

 

 嫌いだ。

 

 

 私の心の内側を見透かしているような澄まし顔で気味が悪い。

 

 

 私の努力を嘲笑う程の才能を多く持っているから死ねばいい。

 

 

 何でもできるのに受動的で、自分からは動かないのが気に食わない。

 

 

 でも動き出したら誰にも止められないからもっと気に食わない。

 

 

 止めたくても止められない自分の性格。

 1度失敗してもう二度とあの状況に戻りたくないのにまた発作が出る。

 これは癌だ。もはや侵蝕を抑えるだけじゃ止められない。

 根本から取り除かなければ止められない。

 でも人間の身である以上、それは難しい。

 

 だけど、それでも、私は輝きたい。

 

 誰からも認められて、誰にでも頼られて、それでいて誰にも負けない。

 そんな御伽噺のような人間になりたい。

 みんなの「希望」になりたい。

 

 

 だから───誰にも負けない個性が、才能があれば。

 

 

 ねぇ、そんな顔をするぐらいなら私にその才能を分けてよ。

 

 

 あぁ、私は彼が大嫌いだ(うらやましい)

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

「私は櫛田(くしだ) 桔梗(ききょう)!よろしく!」

 

 休日2日目の昼前、私は目の前にいる長髪の男を見ながらそう挨拶する。

 

 彼との出会いは本当に偶然。

 今日は同じクラスの佐倉さんのカメラ(私が壊してしまった)を修理するために、彼女と綾小路を含めた3人でお出掛けする予定である。

 そしてその待ち合わせ場所へと向かってる途中、休憩スペースで休んでいる彼を見つけた。

 

 正直言うとラッキー。この機会に彼との距離感を縮めてしまおう。

 

 彼、カムクライズルはミステリアスな人だ。

 なにせ彼に関する多くの噂は、彼があまり人と話さず否定される機会がないためか、かなり独り歩きしている。

 

 例えば、Cクラスの暴君である龍園くんの親友、または唯一認められている男とか。

 ポテンシャルは非常に高く、何をやらせても完璧に出来てしまうとか。

 あの生徒会長と対等に話していたとか。

 南雲副会長を歯牙にもかけなかったとか。

 既に2人の美少女に手を出してるとか。

 あとは1年の女子達の一部に彼と龍園くん推し?のファンクラブがあるとかないとか。

 

 まぁ要するに一言で纏めると、彼は得体が知れないけど凄い人なのだ。

 言うなればCクラス版の高円寺くんだ!

 

 私は、そんな彼と今から『友達』になる。

 

 情報は力、交友は力、そして「信頼」こそが私が築ける力の中で唯一負けない力。

 この力を扱うための第1歩が友達になること。

 それを高めるためならこんな見た目が気持ち悪い奴……じゃなくて個性的な人でも友達にならなきゃいけない。

 

 今はちょうど例の暴力事件が起こっている最中。なので話の入り方は簡単だ。

 さて、ちゃっちゃと終わらせて根暗共……綾小路くんと佐倉さんと合流しよう!

 

 

「手短にお願いしますよ」

 

 感情の篭ってない声音に、全く変わらない表情は少し怖い。

 私と目が合っても無表情。

 さすがは綾小路以上の根暗なだけあるわ。

 

「うん、分かったよ!あっ、という事はこの後予定があるのかな?」

 

 手短にしたいのはこっちだよ、と言いたいのを我慢して彼に軽く尋ねてみる。

 根暗は嫌いだ。基本的にネガティブだし、不潔感あるし、なにより自分への努力が足りていない。

 私は誰と話す時にも神経すり減らして話すのだから、話される方ももう少し努力をして欲しいという前々から思っている悩みがある。

 そして、その悩みを持ってくる奴に根暗は多い。だから嫌いだ。

 

 全身から申し訳ないという雰囲気を醸し出して、彼のご機嫌を取る。

 

「ええ」

 

「そっか!ちなみに何があるの?」

 

 無表情。わざわざ胸を強調してやってんだから、少しくらい嬉しそうにしろよと思ってしまう。

 まぁ、Dクラスの三馬鹿のような気持ち悪い反応されても困るけどさ。

 

 今度は少し踏み込み、かつ気になるなぁ〜という雰囲気を。

 可愛らしい笑顔を見せながら、首を傾げる。

 男の多くはこういうあざとい仕草が好きだ。

 初めの頃は作ってるとか演技っぽいとか言われたけど、今の私がやれば全くそうは見えない。

 

「数分後にクラスメイトと合流するだけです。それより、あなたはDクラスの生徒でしたね。聞きたい事とは暴力事件の事ですか?」

 

 そう丁寧に受け答えしてくれた彼に、私は意外だと内心で驚く。

 正直、別にとか、あなたには関係ないですとかで返してくると思っていたし、最悪無視して話を続けられるとも考えていた。

 それにキモ男特有の会話における気持ち悪いインターバルや吃りもないし、ちゃんと相手の目を見て話してくれる所も意外だ。

 

 そしてこちらの意図を汲んでくれるのもポイント高い。

 おめでとうカムクラくん!あなたはDクラスの三馬鹿よりもマシになりました!

 

「正解だよ……というか、よく私のクラス分かったね!」

 

「あなたの事は図書館で1度見ていますから」

 

 へぇ〜、他人なんかどうでもいいって感じの雰囲気のわりには、ちゃんと周りは見えてるのね。

 

「覚えててくれたんだね!あの時カムクラくんは堀北(ほりきた)さんと話してたから、私なんかの事覚えてないと思ったよ!」

 

 うん、ムカつく。何がムカつくって「堀北」って名前を会話に持ち出さなければならないのが本当にムカつく。

 

「…………あなたの方が印象に残りましたので」

 

 なに、今の間。もしかして気を遣ってくれた感じなのかな?

 普段ならそういう気遣いは余計なお世話だけど、比較対象が堀北さんだから許してあげよう!

 

 私は少しだけ優越感を感じたことで、今日1番の満面の笑みを浮かべて彼との会話を続ける。

 

「嘘だ〜!あの場所には一之瀬さんだっていたんだよ〜。男の子なら可愛い子の方に目が行っちゃうものだし、気を遣わなくてもいいよ〜」

 

「気は遣ってませんよ。人によって記憶の定着具合は変わります。髪の長さや色、容姿、身長、行動などの好みに当てはまれば、記憶に定着しやすい」

 

 まだ続くだろう彼の言葉に、私は相槌を打つ。

 

「例えばあの時の場合なら、あなたは何もしてないように見えて、素早く一之瀬さんに声を掛けることで堀北さんにきっかけを与え、橋渡し役として会話を円滑に進めた。ああいった行動は一朝一夕では出来ませんから、それ相応の努力をしたのでしょう?だから印象に残っています」

 

 ……見た目のわりにすごく聞き取りやすい調子で話してくれるから、聞いていて楽だし、ストレスが溜まらない。

 

 結構良い気分、私の求めていた優越感がさらに貰えた上に、褒め方も上手い。

 ストレートに容姿を沢山褒められるのも嬉しいけど、見えない努力に気付いて、それを賞賛してくれる方が、承認欲求が満たされてやっぱり嬉しい。

 

 こいつの感情のない声もよくよく聞いてみると、意外に聴きやすくて……あぁ、なんて言うんだっけこういう効果。

 1つの所に好意を持つと他の所も良く見えちゃうアレ…………思い出せないからいいや。

 

「……そう言って貰えると嬉しいよ!」

 

「……申し訳ありませんが本題に入りましょうか。そろそろ時間もないので」

 

「あっ、ゴメンね。カムクラくんとの会話が楽しくてさ!」

 

 相対する彼の表情はやはり動かない。

 うーん、表情筋死んでんじゃないのコイツ。

 

 すると彼は少しだけ目を逸らし、手の上に顎を乗せ、いかにも考えてますよというポーズをする。

 

「……どうしたの?もしかして私、なにか悪い事をしちゃった?」

 

「……別に何もしてませんよ。ただ今日のあなたは不運だなと思っただけで」

 

「そんなことないよ!だって今日はカムクラくんに会えたんだよ!」

 

 指と指を合わせ、身体を少し揺らしながら顔を近付ける。

 加えて嬉しそうに笑うことで本当に楽しいという雰囲気をこの場に満たす。

 まぁ、実際コイツとの会話で気分良くなったから、私的気持ち悪いランキングからは外れたからねぇ〜。

 不運って訳じゃない。幸運って訳でもないけどさ。

 

 さて、後はコイツの連絡先をゲットしてさっさと根暗共……綾小路くんと佐倉さんの所に行かないと!

 

 

「それが不幸なんですよ」

 

「そんなこと───」

 

「───なぜならあなたは、僕の気まぐれで精神が崩されるのですから」

 

「ッ!?」

 

 そう彼が言い終える寸前、赤の眼差しが鋭く射抜いてきた。

 脈絡のない彼の豹変に戸惑ってしまい、裏返った声が出てしまう。

 

 怖い。

 一昨日の須藤と高円寺から感じた男同士の暴力による一触即発の時の怖さとはまた違う何か。

 嫌悪感とか憎しみとか、そういうのから来るものでもない。

 

 これはただただ純粋な何かだ。

 けれど正確に言うなら、複数の感情をかき混ぜた後に纏めてるように見せてる何か。

 

「…………言い忘れてましたが、僕は暴力事件に関わっていません。あなたの期待に応えられる情報を僕は渡せませんよ」

 

「え、う、うん!なら……しょうがないかな〜」

 

 赤い瞳の強さは変わらないまま、私の事を捉えている。

 たった数十秒の出来事なのに、何故か崖っぷちに追い詰められたような焦燥感に駆られてしまう。

 

 何なのこいつ。

 何でこんな雰囲気が急に変わるの。

 何もかもグチャグチャにして混ぜ合わせたようなこの雰囲気。

 まるで───絶望みたい。

 

 濃く赤い双眸と視線が絡んだ瞬間、こちらの「中」を読まれた気がした。

 私の「裏」を。本当の「心」を。

 

「……くだらない」

 

「え?」

 

 彼のボソリと零した一言はしっかりと聞こえた。

 くだらない、と。

 

 私は頭の中が真っ白になった後、言い様もない怒りが込み上げてくるのを感じた。

 何がくだらないだ。先程の気遣いも、今の言葉でマイナスだ。

 

 今の私は冷静ではない上に、突如変わった彼の言葉では言い表せない雰囲気によって、仕草や声色の調整に手が回らなくなっていた。

 それでも何とか、態度と表情は調整する。

 これ以上ボロを出してはならないと、本能が脳に訴え掛けてくる。

 

「…………急にどうしたのカムクラくん?やっぱり私何か───」

 

「───『仮面』、外れかけていますよ」

 

 息が喉で逆巻いた。

 冷や汗が背中を撫でるように流れていく。

 

 戯言だ。キモ男特有の厨二病が抜けてない出任せだ。

 

 あの雰囲気に力が増す。いや、グチャグチャだから増すという表現が正しいのかも分からない。

 過呼吸になりかけるが、私は自分を騙し、不穏を悟らせないように彼から視線を外さず、笑顔を絶やさないようにする。

 

 意地でも理想の自分に成り切って、この場をやり過ごそうとする。

 

 だが次の言葉が耳に届いた時には、そんな余裕はなくなった。

 

 

「『本当にどうしちゃったの』、なんて言わないでくださいよ。このままではあなたがツマラナイ存在になってしまいそうです」

 

 次の言葉を読まれた。

 

 一言一句一緒だ。先に言われた。

 なんで?どうして?

 私のコミュニケーション能力は完璧だった。付け入る隙もなかったはずだ。

 少し会話しただけなのに、どうして私の思っていることをこいつは知れた。

 いや、ハッタリだ。適当に言ってるだけの電波野郎だ。

 

 本当にそうなのか?

 いや、まず落ち着こう。

 こいつはムカつくが優秀な奴だ。それならば、私の理解の外にある推測が出来るはずだ。動揺してはいけない。

 

 落ち着いて、言葉を繋いで元に戻す。

 守りに徹する、そうすれば動揺は消える。

 

「……『みんなにチヤホヤされたい』、こんな感じですかね。あなたが“その才能”を使う理由は」

 

 私が言葉を繋ぐ前に放たれたコトダマは、私の「仮面」を貫く。

 まさしく、私の心はダンガンに撃ち抜かれたようにロンパされた。

 

 不十分であり、直観的とも言える状況からの推測だけでだ。

 別にここまで動揺することでもなかったはずなのに、突っかかることもなく聞き流せば良かっただけなのに。

 なのに、何故かこいつの言葉には重みがあって、認めてしまった。

 

 認めた時には、あの言い様もない恐ろしい雰囲気も消えていた。

 ようやく、少しずつ冷静さを取り戻せる気がしてきた。

 

「………………何なのよ……あんた。何で……急に」

 

 もう自分を繕う余裕がない。本来の目的の事なんて忘失している。

 ここが休日のショッピングモールだってことも、多くの通行人がいるってこともどうでも良くなるくらいに、私は焦っている。

 

「何で?ああ……僕があなたのそれ(・・)を分析したくなったからです」

 

 それ?……コミュニケーション能力、いや私の「仮面」のことか。

 なに、その自分勝手でふざけた理由。

 そんなんで私は、今こんな惨めな姿を晒されてるのか。

 

「劣化版とはいえ“同じ才能”を持っていてもやはり使う人間によって変わるものなんですね。なかなか楽しい暇潰しでしたよ」

 

「……同じ才能?」

 

「『詐欺師』の才能です」

 

 

 ─────こいつは何を言っている。

 

 

 同じ才能を持っているからと聞いて、私と似た境遇の人間なのかと一瞬思って、どこか安堵した。

 なのに蓋を開けてみればなんだ、よりにもよって詐欺師?

 私のこの力が、「信頼」を掴める力が、詐欺師の才能によって齎されたとでもいうのか。

 

「普通、詐欺師の才能は自分とは違う誰かに成り代わる。そして他者を騙す。1度騙せば人生をリセットでもしない限り、引き返せなくなります。これはあなたも一緒です」

 

 ……うるさい。よく知らない他人のくせに、私の領域に踏み込むな。

 

「しかし、あなたは自分を見失っていない。何度も騙すことで自分が自分でなくなり、理想の誰かになる事でしか自分の価値を見い出せなくなる詐欺師の才能を使ってるのにだ」

 

 バカにするのもいい加減にしろ。

 

 それは、私のこの才能が、そんなくだらないものじゃないからだ。

 理想の誰かになるのは……そんな訳の分からないことじゃない。

 

 誰だって憧れる誰かになりたいと1度は思った事があるはずだ。

 顔や仕草の可愛いアイドルや演技の上手い芸能人、身近にいる自分より凄い才能を持つ人。

 そのような存在に、自身を投影した事があるはずだ。

 そうする事で現実のストレスや苦悩から目を逸らすように逃避したり、抑えられない自分の欲求を満たそうとした事があるはずだ。

 

 私は誰にでも求められる理想の私を造って、本来の私の欲求を満たしているだけだ。

 それだけだ。

 

 だから私のこれは…………私のために……そんなものじゃない…………そんなんものじゃ────

 

 

『桔梗ちゃんの事、信じていたのに』

『櫛田さんってクラスメイトの事そんな風に思っていたんだ』

『オレらへの態度って全部嘘だったのかよ』

『最低……こういう奴が将来人を騙して嗤ってそう』

『櫛田、本当なのか?先生に本当の事を話すんだ……先生ならばお前の悩みを受け止められるはずだ。但し───』

 

 

「ふーん、これはもしかしたらオモシロイ掘り出しものをしたかも知れませんね」

 

 座っている男の前で、私は頭を垂れるように、首を差しだすように背筋を曲げながら立っている。

 少しでも脚の力を抜けば倒れてしまいそうだ。

 

 こいつが何かを言っているのは分かる。

 でも耳が、聴覚がこの男の声を拒絶する。

 聞きたくない。早くどこかに行ってくれ。

 

 これ以上こいつの言葉を聞いたら、私のすべてが根底から覆される気がしてならない。

 だからもう消えてくれ。

 

 

「……また会いましょう」

 

 

 私の悲痛な願いが神様に届いたのか、その言葉とともに彼は立ち上がり、ガサガサとビニール袋が擦れる音をさせながら、私の横を通り過ぎていった。

 

 

 私はそんな、他人の人生を玩具にするような人間の持つ才能は持っていない。

 私はただ自分の欲に従って、理想の自分になりたくて、自分の出来ることをやっているだけだ。

 

 ほら、今の私は「やり直し」がほぼ成功している。それも堀北さえ消せば、完璧なものになる。

 

「やり直し」は別に悪い事ではない。

 結果的に周りを騙していることになるが、詐欺師のように何かを掠め取る真似なんてしてない。

 陥れる時はやり返す時だけだ。能動的に人を騙す詐欺師とは違う。

 

 

「……櫛田?」

 

 

 カムクライズルとどこか似て感情が乗っていない声のする方へと、私はゆっくりと体を動かす。

 拒絶反応は起きない。なぜなら聞き覚えがあったからだ。

 

 地味目でいつも堀北と一緒にいる男の声。

 あぁ、そっか。そう言えば今日はこいつと会うことになっていたんだ。

 

「……お前、なんでその『顔』を」

 

 私は彼を見て、どこか安堵した。

 本当は嫌いな人間だけど、今回ばかりは彼で良かった。

 この顔を見られても何とかなる人物で良かった。

 

 

 切り替えよう。私は私の出来ることをやるんだ。

 友達(わたし)のためにこの才能を生かすんだ。そして信頼(うそ)を得るんだ。

 

 

 これはそんな才能じゃない。

 

 彼奴だって言ってたじゃないか、使う人によって変わるものだと。

 

 

「……綾小路……くん。集合の時間に遅れちゃってゴメンね」

 

「いや、まだ時間ではないぞ。それよりも櫛田……大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。早くいこう、大丈夫だから」

 

 

 嗚呼、今の櫛田 桔梗(りそうのわたし)はいつものように笑えているだろうか。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「相変わらず何もない部屋」

 

 僕の部屋に入って開口一番、もはや伝統芸とも言える彼女のトゲトゲした言葉が何も無い部屋に突き刺さる。

 

 複数の生徒との邂逅がありましたが、帰り道では特に何もなく、やっとの事で草餅を作ることができる。

 

 買ってきた物を整理し、必要なものだけを調理場に置く。

 

「あんた、夜ご飯にカレー作る気?」

 

「ええ」

 

「よくもまぁ、1人でそんな手間かかるものを作る気になるな」

 

「そういう気分だったんで」

 

「ふーん」

 

 仕分けを手伝ってくれる伊吹さんは、どこか興味ありそうな態度だ。

 声も少し上擦っていて、まるで「待て!」と言われた後に、次の言葉を待機している愛玩動物のようだ。

 

「……食べたいんですか?」

 

「!? べ、別に食べたくないわよ」

 

「ふーん、そうですか」

 

「……ま、待って!あんたがどうしてもって言うなら────ちょっと最後まで聞きなさいよ!」

 

 彼女のつんでれには飽きているので、無視をして次の作業に入る。

 僕は普段使っているエプロンを付ける。

 それに気付いた伊吹さんも持ってきたエプロンを付ける。

 

「黒いエプロン……想像通りね」

 

「あなたはその色が好きなんですね」

 

「……別にそういう訳じゃない」

 

 水色の可愛らしいエプロンを付けた彼女はいつものように目を逸らす。

 彼女も学習しませんね。

 僕にそういう嘘が通用しない事くらい、そろそろ気付くべきです。

 

「冗談に近く、軽い嘘ならば目を逸らす」

 

 僕は新品のボールや鍋を洗いながら、彼女の顔を見てそう言う。

 怪訝そうな顔でこちらを見てくる彼女の頭には、はてなマークが浮かんでいる。

 

「信じ込ませたい嘘は相手の目を見て話す」

 

「何言ってんの?」

 

「あなたが嘘をつく際、無意識に表れる癖ですよ」

 

「え?そうなの?」

 

 彼女は目を見開き、意外そうな表情を浮かべる。

 

「この学校に来てからはあなたと1番長くいましたからね。分析する時間は腐るほどありました」

 

「へぇー、そんなの意識してなかったけど、思い返してみれば確かにそういう傾向があるかも」

 

 彼女は左手を腰に、右手の人差し指で自分の頭に触れてそれっぽいポーズをしている。

 何か意味があるのでしょうか。

 

「あなたは良くも悪くもわかりやすいんですから、騙し合いをすることがあれば気をつけた方が良いですよ」

 

「そんな騙し合いなんて、日常生活でほとんどないわよ」

 

「まぁ、頭の片隅にでも入れておいてください。くだらないと思うなら、占い感覚で覚えといてください。それが役立つ機会はきっと来ますから」

 

 こういう何となく浮かべる微笑を普段からしていれば、椎名さん以外の友達が出来そうですね。

 いつものごとく、本人には言いませんが。

 

「……なぁ、あんた『占い』ってできる?」

 

 僕がそんな事を考えていると、彼女は意外にもその言葉に引っ掛かったのか追求してくる。

 今のは冗談で言っただけですが、勿論、超高校級の占い師の才能も持っています。

 

「出来ますよ。百発百中ではありませんが」

 

「……聞いといて何だけど……いやもういいや……なぁ、どうやって占いすんの?」

 

 このやり取りに飽きた彼女はもう問い詰めるのも面倒なようだ。

 それでいて彼女にしては珍しくどこかテンションが高い。

 そういう話が好きなのは申し訳ないが似合わない。

 

「……聞きたいのですか?占いを好む人間はネタばらしを好まない傾向があるのですが」

 

「ああ、大丈夫。そういうの私気にしないから」

 

 すぐに使うボウルは水滴を拭き終え、鍋は反対にして水滴を落とす。

 

「……基本的に、占いは“コールドリーディング”の応用です。会話の中で相手の言いたい事を見極め、それを伝えることであたかも未来を予測したかのように振る舞います」

 

「まぁ、そうよね。水晶覗いてあーだこーだ言っても胡散臭いだけだし」

 

「水晶玉占いは良くて5割ほどの精度しか出ませんからね」

 

「5割出れば十分でしょ。………………え?出来んの?水晶のやつ?」

 

「えぇ、詳しく言うつもりはありませんが」

 

 食って掛からないで唖然としている所を見ると、彼女は本当に占いに興味があるようだ。

 

「じゃあさ、タロットとかそんなのも出来んの?」

 

「あれはパターンを全て覚えれば良いだけですよ」

 

「と言うと?」

 

「タロットカードは一般的に大アルカナ22枚と小アルカナ56枚の計78枚で構成されています。そこからさらに正位置、逆位置の2通りに分かれ、最終的に結果は156通りになります」

 

 人によっては正位置、逆位置を取らない人もいるらしいですが、それはただ単純に覚えられないか、覚えられても使いこなせないから減らしているだけでしょう。

 

「この結果を踏まえた上で、占う相手の視線の動きや癖、コールドリーディングなどから望む言葉を推測し、伝える言葉を作ります。その時に嘘と真実を上手く練り込むとより一層真実味が増します。これがタロット占いの概要です」

 

 ちなみにこのコールドリーディングと超分析力を併用すれば、限りなく100%に近い確率で人間の心理が分かる。

 

 今日の櫛田 桔梗の時もそうだ。

 多少の予備知識はあったが、実質情報なしで彼女の「裏」を簡単に導き出せた。

 たとえ、息を吐くように嘘をついたところで、僕の超分析力はその嘘を見破れる。

 彼女が初めから「嘘つき」であるのは分かっていた。

 だから彼女が言われたい言葉を選んだ。

 

 堀北さん、という言葉を彼女は僅かに嫌悪を含む言い方で僕に告げた。

 僕はその堀北さんと比較するように、彼女の方が上の存在だという言葉を仄めかした。

 その後の反応次第で彼女がどんなタイプの悪感情を堀北さんに持っているかをコールドリーディングで確かめた。

 

 そして、その後の彼女の反応は清々しいくらいに良かった。

 ここから彼女は、他人よりも凄い自分を認めて欲しいという欲求が強めな人間だと推測できた。

 

 彼女は承認欲求の塊だった。

 承認欲求が強い者は人間らしく、どこか美しさも感じさせますが、非常に規則的だ。

 周囲を騙すような事をしてでも、いや彼女の場合は自分を騙すですか。

 自分を騙し、実質的に相手を騙す事で欲しかった言葉。

 そんなものは尊敬と羨望の言葉でしかない。

 

 だがそれでも、彼女は自分を見失っていない。

 それはおそらく────いや、もうここらでこの分析は打ち止めましょうか。

 折角草餅を作るんです。他人の分析よりも、自分の好みの分析に時間を回しましょう。

 

 ちなみに超高校級の絶望を使ったのはちょっとした気まぐれです。

 個人的に気になった彼女の詐欺師の才能を分析するために、まずは動揺させ、冷静さを失わせて丸裸にしようと考えた。

 そのために先端だけ見せつけ、彼女より先に適当に言葉を繋いだ。

 まぁ早い話、1番手っ取り早い手段だから使っただけです。

 

 

「……なるほどね。つまり156通りある結果の中から出た1通りを、占う相手に合わせて言葉を変え、真実っぽく思わせるって訳か」

 

 腕を組みながら沈黙していた伊吹さんが、僕の言った事を上手く要約してくれた。

 

「占い師も大変なんだなぁ…………ていうか、それを全部覚えているって昔のあんたは何してたのよ」

 

「……まぁ暇でしたからね」

 

 頭の中にデータとして直接叩き込まれたから、なんて言えるわけないので適当にはぐらかす。

 しかし、これではかつて友達が全くいなかった可哀想な高校生が出来上がってしまいます。

 

「別にあんたの過去を詮索する気はないからそんなマジ声出さなくていいよ」

 

 ふっ、と薄く笑う。

 クールな彼女らしい笑い方だ。

 しかし助かりましたね。彼女が深く踏み込まない性格で良かったです。

 

「あっ、でも中学生の時のあんたもそんな髪長かったの?」

 

「さぁ、切った覚えがありませんね」

 

 整えた事はあっても、バッサリと切ったことはない。

 今まで1度も切ったことがないというのはそれはそれでホラーだ。

 

 全ての準備が終わり、僕の手元によもぎ粉と道明寺粉が渡る。

 

 

「ではそろそろ始めますよ」

 

「ああ、分かった」

 

 

 

 数時間に渡り、季節外れの餅作りを楽しんだ!

 

 

 伊吹 澪との親密度が上がった!!!

 

 

 




私は櫛田さんかなり好きですよ!
でもカムクラと会ったら仮面とか一瞬でバッキバッキになるとしか思えなくて……。


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変人と不良とお助けアイテム


連日投稿。


 

 

 日曜日を越え、月曜日の朝がやって来た。

 

 僕の起床は早い。

 

 目が覚めたら、まず第一に凝り固まっている身体を伸ばし、ほぐす。

 その次に顔を洗い、意識を覚醒させる。

 覚醒したら、布団を綺麗に整えて、キッチンへと向かう。

 

 パンを焼いてる間に、上下真っ黒な寝巻きのまま、予め纏めていた昨日の夕食の残り物を元にして弁当を手際良く作る。

 

 冷蔵庫の中にある、学校の自販機から大量に持ち帰った無料飲料水を1本取りだし、今日初めて喉に何かを通す。

 

 冷たい喉越しを身体が実感し終えると、チンという機械音ともに歯ごたえの良さそうなトーストが焼き上がり、その上に草餅を作った時に残った餡子と市販で買えるやや高めのバターを塗って朝食を開始する。

 

 それを食べ終えたら、使った食器を洗う。

 それも洗い終えたら、この学校の独特な制服に着替える。

 

 最後に、学校へ持っていくものをスクールバッグに纏める。

 

 可能な限り合理的に支度した後に、初めて携帯を確認する。

 ここまでの動作を30分ほどで終えると、毎回のように、AM7:00の電子文字が、血のように濃い赤の瞳に反映する。

 8:30に朝のHRが始まるので、それまでの時間はだいぶ暇だ。

 

 しかしこれといってやる事もないので、必要最低限の休息と整髪を終わらせて、寮の自室から出る。

 

 ガチャという鍵を閉める音が無人の空間に響いた後、エレベーターの方へ止まることなく向かう。

 

 道中で誰とも会わずにエレベーターへと到着し、機械的な動作でボタンを操作する。

 

 

 1Fの共有フロアに降りると、寮の職員と管理人、僕と同じように朝の早い生徒が数人、と少数の人間が視界に映る。

 それなりの人数でパーティゲームが出来そうな大きい机、座り心地が良さそうな3人用のソファーが複数、どちらも無人だ。

 他にも至る所にスペースが存在してるが、どこかもの足りない。

 

 1歩、1歩、と踏み出す毎に、スタッと小気味良く足音が響く。

 

 

 ……あぁ、ツマラナイ。

 

 

 朝早くから丁寧な仕事をしている管理人へと頭を下げ、僕は寮を出る。

 外に出ると太陽の強い日差しが僕を出迎え、夏本番の暑さが身体に染み渡る。

 

 この学校は夏服・冬服といった制服の区別がないので、夏でもブレザー着用だ。

 そのため登校の数分間は暑く、学校に行くだけで憂鬱な気分になってしまう。

 

 だが、学校に着けばそこは天国だ。

 冷房が完備されているため、涼しい。

 湯水のように金を使っている辺り、さすがは国が支援している学校だと改めて実感する。

 

 歩きながら、今日という日が退屈にならない為に普段と違う事がないかと記憶を辿る。

 

 数秒考えると、CクラスとDクラスの話し合いまであと1日だということを思い出す。

 石崎くん達が無罪を主張するだけで終わるツマラナイ争いがそろそろ始まるのだ。

 

 龍園くんはそれなりに力を入れているようだ。

 とはいっても石崎くんと他2人に対して、意見を絶対に曲げるな、自白さえしなければ良いと強く脅しているだけです。

 アルベルトの拳は添えるだけとも言っていました。

 

 …………そう言えば、暴力事件の現場写真を石崎くんに渡すのを忘れていた。

 僕としたことが、あの日は草餅の誘惑に負けてしまい、写真の事を完全に失念していました。

 仕方ないので、今日渡しましょうか。

 

 

 さて、くだらなかったので話題を変えましょう。

 昨日の話をしよう。昨日は本当にオモシロイ1日でした。

 

 宣言通りに草餅と桜餅を作ったのですが、ハッスルしすぎたためか、かなり多く作ってしまった。

 どれくらいかと言うと、濃い緑色と薄桃色の塊によって大きめのお皿が埋め尽くされるくらいです。

 数字で表すとそれぞれ約20個ずつ、本当になんでこんなに作ってしまったのか。

 

 勿論、その中には伊吹さんが作ったのもいくつかあります。

 僕のと比べれば形は崩れ、中に入っている餡子の量も適当とは言えませんが、初めて作った割にはかなり出来が良かった。

 彼女曰く、お菓子作りは結構楽しかったらしいので、次は自分一人で挑戦するそうです。

 

 何も問題がない休日じゃねえか、と思っていますね?

 

 しかし問題が1つありました。『桜餅』です。

 それがどうして問題だったのかって?

 

 

 まず、僕が桜餅を食べられなかった事。

 

 口に入れた瞬間に舌が拒絶反応を起こし、思わず吐き出しそうになってしまいました。

 何とか水を使って飲み込んだものの、口の中には何とも言えない不快感が残り、身体が不調になりました。

 

 オモシロイ。これが「苦手な食べ物」というものですか。

 まさかこの僕に片膝をつかせられる程とは、正直思っていませんでした。

 

 先程言いましたが、桜餅も大量に作ったのです。

 山積みにされた桜餅は伊吹さんだけではとても処理できなかったので、まだ15個くらい余ってます。

 そう、余っているんです。

 草餅や桜餅は腐りやすいので処理が大変です。

 僕は食べられないので、早く誰かに処理して貰わなければいけない。

 

 問題大アリでしょう?

 ですがこの問題は既に解決されたので、せっかく時間を使って作ったものを腐らさせるなんて惨事には至らなかった。

 

 現在、大量の桜餅は僕のスクールバックの中で、保冷剤とともに厳重に保管されています。

 別に僕が食べる訳ではありません。

 これは椎名さんが所属している茶道部に差し入れという形で贈るために持ってきました。

 彼女にその意を伝えたら、簡単に了承してくれたので非常に助かりました。

 

 お淑やかな彼女が優雅にお茶を点てながら、桜餅を食べる。

 茶菓子とは言えないので、決まった作法で食べることはない。

 しかし決まった作法じゃなくても、彼女がお茶とともに桜餅を口に運ぶシーンはなかなかに様になると確信出来ます。

 

 

 そんな事を考えて登校していると、いつの間にか下駄箱に着いていた。

 僕はいつも通り、靴を履き替えようとする。

 

 誰もいないがために校庭の方から聞こえる声がよく響いてくる。

 さすがに距離があるため何を言っているかは分かりませんが、おそらく運動部の掛け声でしょう。

 朝練習とは気合いが入っていますね。

 そう言えば、この学校は文武両道を謳っていたな、という事を思い出す。

 

 部活動は結果を残せばボーナスプライベートポイントを貰えるので、Cクラスの7割ほどは何かしらの部活動に入っている。

 勿論、これはCクラスに限った話ではないので、どのクラスもだいたい同じ割合の人間が何かしらの部活動に所属しているだろう。

 

 だがCクラスの生徒は他のクラスよりも部活動に力を入れていることでしょう。

 偏にボーナスプライベートポイントの存在が大きい。つまりは龍園くんに徴収されないので、彼らは必死に頑張って結果を残そうとするでしょう。

 もしかしたら、先程掛け声の聞こえた方向にいる部活動に、Cクラスの生徒がいるかもしれない。

 そうであるならば、クラスポイントにも良い影響を及ぼす可能性があるので、僕は何もしてないのにポイントが増える。

 彼の考えた税制度が上手く機能しているな、と少しだけ感心する。

 

 中靴へと履き替え、自分の教室へと足を向けた。

 だが僕は立ち止まった。

 いつもと違う状況を目にしてしまったからだ。

 

 下駄箱から少し先にある階段の踊り場には生徒側も学校側も使える掲示板がある。

 そこに、CクラスとDクラスの争いに関係する情報を持つ生徒を募集する貼り紙──────

 

 

「うん、今日も私の顔はビューティフォーだね〜」

 

 ────の前に、高そうな手鏡で髪を整える変人が立っていた。

 

 さて……どうしましょうか。

 僕は今、柄にもなく少しだけ困惑していた。

 あそこの階段を使えば1番早く教室に到着できるのですが、普通に通っても良いのだろうか。

 

 掲示板の前に立ちながら、掲示物ではなく手鏡を見ている変人に、何とも言えない気分にさせられていた。

 

「おや、君は……」

 

 立ち止まったことによって変人に気付かれた。

 変人は手鏡を自身のポケットにしまうとそのままこちらへと歩いて来た。

 この場から立ち去ろうとするが、時すでに遅し、変人との距離は間近にまで迫っている。

 

「うん、うんうんうんうん!そのロングヘア〜、キミがカムクラボーイだね」

 

 やたらと発音の良い英語で変人は僕に話しかけて来た。

 丁寧にセットされた金髪に、僕とは違う薄い赤の瞳を持つ高身長の男が、僕の進行方向を塞ぐように立っている。

 

 僕はこの男のことを知っている。

 何故なら、Dクラスの情報を集めている時に知る機会があったからだ。

 

「……高円寺(こうえんじ) 六助(ろくすけ)ですね。何の用ですか?」

 

「おや、私の事を知っているのかね。いかにも、私が高円寺コンツェルンの一人息子であり、未来の社長、高円寺 六助さ」

 

 自分の腰に手を当て、髪を捲り、自身を誇張するようなポーズを決める。

 ……何という鬱陶しさ、一之瀬さんの数十倍鬱陶しいと直感的に判断する。

 

「そして何の用だったかね、その答えはナッシング!なぜなら、私の気まぐれだからさ」

 

「……そうですか」

 

「ハッハッハ、元気が足りてないじゃないか、カムクラボーイ」

 

 彼は謎の気遣いを見せた後に高らかに笑う。

 

「それにしても……ふむ…………なるほど、なるほど」

 

 一頻り笑い終えると、彼は僕の身体をジロジロと見始める。

 

「服の上からでも分かる、良いボディーだ。少々失礼〜」

 

 褒められた。

 と同時に、彼は流れるように僕の身体を念入りにチェックし始めた。

 別にいやらしい手付きとかではない。単純に筋肉の発達具合などを確かめているようだ。

 

「……ふむ…………素晴らしいポテンシャル。私と同等……いや、それ以上だ。エクセレント!」

 

 人の身体をベタベタと触った後に、馴れ馴れしく肩を組み始め、これまた発音の良い英語で褒めてくる。

 

 彼が何をするかは分かっていた。が、分かっていても抵抗に移せなかった。

 悪意を感じなかったのもあるが、あまりに唯我独尊すぎる彼の行動にされるがままにさせてしまった。

 彼は遠慮という言葉を知らないのでしょうか?

 

「カムクラボーイ、今度一緒に食事でもどうかな?実は年上のレディたちの中に君の事を知りたがっている子がいてね」

 

「話が飛躍しすぎです」

 

「おっと、私とした事が少々せっかちになってしまったようだ。まずは名刺交換ならぬ、メール交換が先だったね」

 

 違います。

 何なんですかこの人。

 

 僕の中で高円寺くんという人間は、江ノ島(えのしま) 盾子(じゅんこ)に匹敵する破天荒と位置付けられた。

 

 嵐のような彼は素早い手付きで携帯を取り出し、連絡先を交換出来る画面を開く。

 

「さぁ、早くしたまえ。私も忙しい身でね。この後、レディたちとお話があるんだ」

 

「……わかりました」

 

 これと言って断る理由が見つからなかったので、スクールバッグから携帯を取り出す。

 そして、テキパキと連絡先を交換した。

 

「ふむ、ミッションコンプリートだね〜。それではカムクラボーイ!また会おう、アデュー!」

 

 自分のやりたい事が終わったのか、彼はすぐに僕の肩を離し、階段の方へと歩き始める。

 朝早いがために登校している人は少ないので、彼の笑い声がフロア中に響く。

 

 

「…………凄まじく面倒な人ですね」

 

 

 

 

 高円寺 六助との親密度が上がった??

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

「おはようございます、カムクラくん」

 

「おはようございます、椎名さん」

 

 いつもより心做しか明るい声で椎名さんが挨拶をしてきた。

 お淑やかな笑顔と立ち姿はとても優雅で、優しさが含まれている。

 

 

 超変人との偶然の出会いがあった後、僕は特になんの障害もなく教室に着いた。

 ちなみに1番乗りだ。

 2番目に椎名さんは教室に入ってきた。

 

 彼女の朝も早い。彼女は朝早めに来た後、準備を終えるといつも本を読んでいる。

 彼女の読む本はミステリー小説が多い。

 誰もが認める傑作から名前も知らない作品と、幅広く読んでいるようだ。

 

 僕には本を好きになるという感情が浮かんでこないので、彼女の趣味は合わない。

 名作中の名作と呼ばれている代物ですら、僕からすればくだらないからだ。

 もっと言えば名作である以上、そこには「法則」がある。法則がある以上、その先の結末を予測するのなんて造作もない。

 良くて時間潰しの存在、そこに楽しむなんてものは生まれない。

 

 もっとも論理が破綻している書物、いわゆる駄作と呼ばれる書物も読む気になれない。

 そもそも駄作だからツマラナイのではなく、ツマラナイから駄作なのだ。

 どっちにしろ時間の無駄でしかない。

 

「やはりカムクラくんの朝は早いですね。また勝てませんでした」

 

「勝ち負けをつける必要はありませんよ」

 

「確かにそうですけど、毎回2番だと、こう、なんとなく対抗心というものが出てきませんか?」

 

 笑顔でそう言う彼女は、とても嬉しそうで会話を楽しんでいるのが分かる。

 彼女にしては語彙力のない言い方に少し違和感を覚えますが、楽しそうならば別に気にしなくて良いでしょう。

 

「さぁ、どうでしょうね。それよりも、あなたが僕に話しかけて来た理由はそんなことではないでしょう?」

 

「ふふ、そうでしたね。……では例のブツをお出しください」

 

「……一体何の小説にハマっているのですかあなた」

 

 満面の笑みとは正反対の言葉が口から零れた事に、若干ながらも戸惑う。

 

「今は刑事事件をテーマにした小説です。昨夜、最後に読んだシーンのセリフが使えそうでしたので、使わせてもらいました」

 

「そうですか。楽しそうで何よりです」

 

「楽しいです。これを機に、カムクラくんも読書を好きになってみましょう」

 

 ニコニコとしながら、相変わらず読書仲間を作ろうと誘ってくる。

 彼女には何度か図書館に付き合わされていますが、やはりどうしても僕は読書が好きになれない。

 決まって断っているのですが、彼女は全然諦めてくれない。

 

「しつこいですねあなたも。僕ではなく、他に読書が好きそうなクラスメイトでも見つけて語り合ってください」

 

「……それがいないのです。知っていますか?私達の年代では本を好む人の減少が顕著なんです。そしてそのデータと合致するようにこのクラスにも本を好む人はいません」

 

「……伊吹さんや龍園くん、金田くんの方が僕よりも可能性がありますよ」

 

「伊吹さんには断られてしまいました。他2人はあまり話す機会がありません。でも伊吹さんは確かに惜しかったです。彼女は沢山の映画を見る方なので、映画化した本の感想は語り合えたのですが……」

 

 喋り出しは嬉しそうな顔だったが、言葉が途絶え始めるとみるみる残念そうな表情に変わっていく。

 

「……なるほど。本の楽しみ方は人それぞれですが、多くの方は地の文から背景や登場人物の心情などを想像によって楽しむ。しかし映画では想像するのではなく、確定した画像から映画としての画質、役者の演技などを楽しむ。感想の種類が違い、どこか噛み合わないという訳ですか」

 

「そうです。伊吹さんは嬉しそうに話してくれるし、気持ちは分かるのですが、やはりどうしても齟齬が生じるのです」

 

 しょんぼり、というのでしょうか。彼女は肩を落として項垂れている。

 気力も普段より低く見え、あまり外出してないことが分かる彼女の白い肌も相まって体調が悪いのかと思えてしまう。

 庇護欲なんてものはないが、少し心配に近いものを感じますね。

 

「……これがあなたの言うブツですよ」

 

 彼女の御機嫌を取るために、スクールバッグから桜餅を容れたパックを取り出し、少しだけ彼女のノリに乗ってあげて渡す。

 それを見ると、先程の悲しそうな表情はどこに行ったのか、そう思えるほど彼女は嬉しそうな表情を見せ始めた。

 

「これが……カムクラくん作の桜餅ですか、とても美味しそうですね」

 

 ……新しい玩具を買って貰った子供のようなキラキラとした眼をしている彼女を見ていると将来、詐欺や悪い男に騙されそうな気がしてならない。

 まぁ、彼女は賢いのでそんなヘマはしないと信じたいですが、どこか思う所が出てしまう。

 

「これは茶道部の人達としっかりと頂かせて貰いますね。放課後が楽しみです」

 

「今はまだ朝ですよ」

 

「……そうでした。ふふ、待ちきれませんね」

 

 機嫌が良くなって何よりです。

 

 彼女と話しているとそれなりの時間が経った。

 そのため、他の生徒もぞろぞろと登校してきている。

 

 その中には石崎くんや伊吹さんの姿も見える。

 椎名さんは桜餅の入ったパックを持って自分の席へと戻った。

 入れ替わるように、包帯やガーゼが顔に付着している石崎くんが僕の前に現れる。

 

「カムクラさん、おはようございます!」

 

「おはようございます、石崎くん。しかし前々から言っていますが、わざわざ僕の席まで来て挨拶する必要はありません。鬱陶しいです」

 

「いえ!自分、カムクラさんの事は尊敬してるんでこういうのは形から入りたいんです!」

 

「……そうですか。ではもう少し声のボリュームを下げてください。それならばいくらでもどうぞ」

 

「了解っす!」

 

 石崎くんの好感度がやたら高い。彼とはそこまで会話をしてないのに、以前よりもだいぶ上がった気までする。

 彼のこれは100%善意で出来ているので、どうもそう感じてしまう。

 

「それよりも石崎くん、携帯を出して下さい」

 

「携帯っすか?」

 

「今から君に万が一の時の写真を渡しておきます。もしDクラスに追い詰められる事があったら、これを見せ付けて下さい」

 

 僕は携帯を操作し、彼の連絡先へ複数枚に撮った現場写真を送る。

 

「……これって事件を起こした所の写真っすよね、何でこれを俺に?」

 

「Dクラスがこの事件に勝つために取るであろう手段を1つ、潰すことができる証拠と思って下さい。使える場面は今から教えます」

 

「………………つまりカムクラさんが手伝ってくれるんすね!これは百人、いや億人力っす!」

 

 新しい言葉を造語した彼は、怪我の目立つ顔でも嬉しそうに笑っている。

 彼のこういう純粋な所は美徳ですね。……すごいアホっぽいですが。

 彼、億の次の単位分からないんじゃ?という推測が頭をよぎる。

 

「おいおい、カムクラ。何だか面白そうな事してんじゃねえか。オレも混ぜろよ」

 

「りゅ、龍園さん!おはようございます!」

 

 僕の席へと本日3人目の来客。

 スクールバッグを肩の部分で担ぐように持っているので、今登校してきたのでしょう。

 後ろにはアルベルトもいる。彼は僕と目が合うと律儀に頭を軽く下げる。

 僕はその動作に会釈で返す。

 そんなやり取りの間に、龍園くんは僕の机の上に座る。

 

 前に座っている伊吹さんが心底嫌そうな顔をしているのが分かる。

 

「よう、伊吹。今日も良い顔してんじゃねえか」

 

「唾飛ぶから喋んないでくんない?」

 

「クク、オレも嫌われたもんだな」

 

「自分のやってきたことを1つ1つ思い出してみたら?」

 

「そうだな、昨日は楽しく乱れた夜だったぜ」

 

「死ね」

 

 絶賛愉悦実感中な龍園くんは楽しそうに笑い、伊吹さんは嫌悪全開で顔が歪む。

 楽しく乱れた夜というのは説明するまでもないですね。

 

「それで、お前は何を石崎に渡したんだ?」

 

「事件が起こった現場の写真ですよ」

 

「あ?なんでそんなもんを渡す?別に意味はねぇだろう」

 

「意味はありますよ。僕には見えていて、あなたには見えていないだけです」

 

「ククク、言うじゃねえか。じゃあその意味ってのを教えてみろよ」

 

 僕の机に座る彼は足を組み直しながら、僕の言葉を待つ。

 石崎くんとアルベルトも聞こえる距離に近付く。

 伊吹さんも興味が出たのかこちらを窺っている。

 

「あなたはまだ甘いという事です。大方、今回の事件を相手ならどう対処してくるかといった客観的な思考を浅くしかしてないでしょう?」

 

「クク、そうだな。だからと言ってそうそう簡単に崩せるような計画は立ててねえが」

 

「ええ、計画の攻めに関しては一流です。しかし、守りは薄い。やはり過信してますね」

 

「ちっ、ごちゃごちゃ過程を垂れられんのは好きじゃねえ。先に結論を言え」

 

「Dクラスがこの事件を完全無実で切り返す方法の1つに、“偽物の監視カメラ”を設置して脅迫し、訴え自体を取り消させるという方法があります」

 

 僕がそう言うと龍園くんは腕を組み、数秒考えるとニヤリと不敵に笑う。

 

「…………クク、なるほどな。嘘には嘘ってことか。確かにオレには思い付かねえな、そんな陰湿な手段」

 

 ……あなたが陰湿な手段って言っちゃうんですか?

 と心の中で思ったが、彼の言葉はまだ続きそうなので話を切るのは面倒と判断し、黙っておく。

 

「だが、それの成功率は低いな。面白い発想だが、石崎が冷静に対処すれば良いだけだ。オレはそのための指示を送っている」

 

「そ、そうっすよカムクラさん。たとえ脅されてもオレが黙り通せば何も問題ないっすよ!」

 

「ええ、でしょうね。だからもう一手間、二手間と加えます。一つは特別棟の暑さです」

 

 僕の言葉を聞き終えると、龍園くんは少しだけ目を見開いた後に薄く笑う。

 

「……なるほどな。オレもあそこの下見はしたが、あの蒸し暑さなら思考と冷静さを奪うことは不可能じゃねえ。畳み掛けるようにもう一手間加えれば、さらなる動揺を作れてその場の空気を支配できるってわけか」

 

「さすがに理解が早いですね」

 

 頭の回転が早い彼は、もう既に僕の教えた手段の全容が見据えている。

 前の席にいる伊吹さんも、ある程度は状況が分かったようだ。

 

「でも暑さくらい、我慢すれば!」

 

「石崎くん、確かに人間は意外にも暑さにはかなりの抵抗がある生き物ですが、同時に繊細な生き物でもあります。例えば、銭湯などにあるサウナの中でクイズをしたとしましょう。あなたは集中して問題に取り組めますか?」

 

「……いや、俺は頭悪いし、サウナの中なら尚更、集中なんか出来ないし、解ける訳ないっす」

 

「特別棟はサウナ程とは言いませんが、それに近いくらい暑いです。思考も集中もかなり乱れます。冷静さを失えば失うにつれて、人間は自らの焦りで追い詰められる。その状態で普段の思考なんて出来るわけありません」

 

 あの暑さならば、おそらく僕ですら少しだけ集中が乱れるでしょう。

 他の人間ならば言うまでもない、冷静な思考なんて出来るわけがないのだ。

 

「……そっか、現場写真を予め持っておけば偽物のカメラに騙されないし、思考も乱されない。同時にDクラスが新しい嘘を仕掛けたって事で、そこから切り崩す一手にも出来る可能性があるのか」

 

「な、なるほど、伊吹って結構頭良いんだな!」

 

「あんたが馬鹿すぎんのよ」

 

 伊吹さんは石崎くんに対して嘲笑するのではなく、ため息をついて呆れていた。

 

「でもカムクラ、そんな事あのDクラスが考えられるの?あんたしか考えられなかったじゃないか」

 

「可能性の話です。警戒するに越したことはありませんから」

 

 

「クハハハ、つくづくお前が敵じゃねえのが勿体ねえな」

 

 僕の話が全て終わると彼は上機嫌に高笑いする。

 お前が敵じゃなくて良かった、味方に言うならばこっちの方が大多数の意見だろう。

 しかし彼はどこまでいっても、やはり龍園 翔。

 そんなツマラナイ事は言わない。

 

 彼は高笑いを終えるとふと疑問に思ったのか、平常時の声で思った事を口にする。

 

「しかしお前、よくカメラを使ってくるだなんて思えたな。普通はそういう監視カメラなんて売ってもねえ上に買おうとも思わねえが……」

 

 龍園くんの疑問に珍しく伊吹さんが同意するように頷いてるのを僕は見る。

 だが僕の視線に気付いた彼女はその仕草を止め、いつものツンツンとした表情で僕の事を強く睨む。

 

 僕はそんな彼女を見て本当になんとなく、少しだけからかってみようと考える。

 そして殆ど機能してない自らの感情を働かそうと躍起になり、成功させる。

 

「伊吹さんと『デート』をした時にたまたま見掛けたんですよ」

 

 勿論これは嘘だ。

 本当は入学して1週間経った頃、やっぱり無理してでも学校側をハッキングした方が情報集めるの早いんじゃないかと思って、電化製品店に足を運んだ時の産物です。

 

「ほぉ〜、デートねぇ〜。クク、お前も隅に置けねえな伊吹」

 

 頭の回転が早い龍園くんは戸惑いを見せている伊吹さんに対して、良い笑顔で模範解答のような言霊(あおり)を発射する。

 

「……き、昨日のあれはデートじゃないわよ!」

 

 そして自ら墓穴を掘る伊吹さん。

 このようにテンパる、すなわち冷静じゃなくなると普段通りの思考が出来なくなるよというのを実践してくれる。

 

「昨日のあれねぇ〜、あれってのは何だろうな」

 

「あれとは買い物ですよ龍園くん。しかし僕は昨日の買い物のことをデートなんて思っていなかったんですが……」

 

 龍園くんは僕の意図を察する。そして僕の机から立ち上がり、いつでも逃げられる体勢も整えた。

 

「クク、そうかそうか。そりゃつまり伊吹だけがそう思ってたって事か」

 

「───こんの!!」

 

 沸点の低い彼女は顔を真っ赤にさせ、大きな音を立てて椅子から立ち上がる。

 

 人は怒ると視野が狭くなる。

 時計を見て今の時間を確認するなんてことは今の彼女に出来ない。

 

「……どうしたのですか伊吹さん」

 

 勢い良く龍園くんに飛び掛かろうとする彼女の行動を見て、丁度クラスに入ってきた坂上先生は彼女に心配そうな視線を向ける。

 

 視野が狭くなった事に加えて、普段しっかり閉められている教室の扉が、今日に限って偶然(・・)開いていたから音もしない。

 彼が入ってきた事に、彼女は気付けなかった。

 

「…………大丈夫です。何も問題ありません」

 

 怒りを必死に抑える彼女の声色は全然大丈夫に聞こえず、そんな彼女の姿に龍園くんは笑いを必死に堪えている。

 

「そ、そうですか」

 

 坂上先生は戸惑いながらそう言い終えた後に、全員に座るように指示を出す。

 皆が自分の席に座ると、わざとらしく1度咳を挟み、そのまま言葉を続けた。

 

 

「おはよう、それでは朝のHRを始めよう」

 

 

 そんな在り来りな挨拶で、今日も一日、くだらない学校生活の幕が開けた。

 

 




そろそろ2巻分もラストスパートです。
なので次回予告を今回だけさせていただきます。


「とうとう始まった暴力事件の話し合い…」

「双方の意見が衝突し、話し合いは延長という思わぬ形で幕を閉じる事となる」

「再審のための手段を整え、それぞれの想い、試作が交差する」

「しかしそんな話し合いの裏側では……」


「次回、フルフルニィ」

「ぜってぇ見てくれよな!」


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天才と希望


七つの大罪39巻読んでメンタルが破壊されてました……。
辛い。フラグ立ちすぎだよ……。


 

 

 常は放課後を告げているチャイムが開戦のように鳴り響く。

 今日は暴力事件についての話し合いの2日目(・・・)だ。

 Dクラスの生徒からすれば正真正銘、運命を決めるとも言える重要な日だろう。

 

 

 本来、話し合いの場は1日しか設けられていなかった。

 しかし双方のクラスの言い分が完全に食い違い、常に真逆の言い分がぶつかったために再審に至ったそうだ。

 

 この再審の判断をしたのは、堀北生徒会長。

 今回の事件は生徒会が仕切っているらしく、絶対の権限があるそうだ。

 彼が判断したというのならば、贔屓のような事はまず間違いなく起きない。

 

 Cクラスの言い分はDクラスの生徒、須藤(すどう) (けん)に一方的に殴られ、怪我をしたから罰して欲しいというもの。

 Dクラスの言い分は彼が一方的に殴ったのではなく、Cクラスの生徒が先に手を出し、複数人で襲い掛かったために反撃した。すなわち正当防衛なので罰を無くして欲しいというもの。

 

 言い分が真逆。これはつまり、片方のクラス側が間違いなく『嘘』をついているという事。

 

 再審までの猶予は1日であり、それまでに嘘をついているクラスは白状しろ……というのが表向き。

 相手の嘘を見抜き、1日以内に明確な証拠を持ってこいというのが、この延長の本来の趣旨だろう。

 

 そして重要なのはここからだ。

 持ってこれたならば、嘘をついていたクラスへの罰則は最低数週間の停学、最高退学ということ。

 

 これでCクラスは、本来の目的を達成した。学校側の介入、罰則、暴力の許容範囲、それらの指標がだいたい分かったのだ。

 

 目的が達成された。つまり、もはや今日の再審に意味なんてないのだ。

 

 一応補足しておきますと、嘘をついているのはCクラスなので、Cクラス側のやることはたった1つ、自白しなければいい。

 被害を受けたという意見を曲げず、強引に押し通せばいい。

 

 今頃Dクラスは折角増えた僅かのポイントを守るために、必死になって対策を取っているのだろう。

 

 しかし、Cクラスの生徒からすれば、数ある日常の1つでしかない。

 普段と変わらない光景が広がっている教室。

 昨日と同じように本を読んでいた椎名さんや、大きめの声で挨拶してくる石崎くん。

 授業が全て終わって、部活に行くために颯爽と教室を飛びだす生徒、友達と雑談しながらゆっくりと帰路につく生徒などが見受けられる。

 規則的でツマラナイ日常と変わらない。

 

 石崎くんを筆頭とした“被害を受けた”側の生徒達は、龍園くんの指示を盲目なほどに信用しているため、不安がない。

 僕も少しとはいえ手助けをしたのだから、勝率は少しだけ揺らいだでしょう。

 

 しかし勿論、負け筋はある。

 それは会話のボロを録音される事だ。

 

 僕のやった事はどこまでいってもお助けアイテムの付与。

 石崎くん自身が見つけたものではない。

 

 ボロを出さなければ…………いや、もうどうでもいい。

 いちいち分析する必要もないくらいに、その先の未来なんて既に推測出来ている。

 

 それに本来の目的は達成してるのだ。

 加えて、生徒会の動き方まで知れるというおまけ付き。

 

 万々歳だ。

 後始末なんてどうでもいい。わざわざ石崎くんの助けに行く必要もない。

 

 ───たとえ負けてしまっても僕は介入しない。

 何もしないことこそが今回の最適解だ。わざわざ敵に僕の情報を渡す必要はない。

 

 

 さて、目的を達成した以上、今日は暇だ。

 暇潰しを探さなければいけない。

 

 伊吹さんはいない。私用らしい。

 ちなみに、私用というのは遅くなった部活動探しだそうだ。

 料理関係をメインに見学していると、椎名さんから聞きました。

 もしかして以前の菓子作りが影響してるのでしょうか。

 そうであるならば、彼女のツンツンとした性格にしては意外と可愛らしい所もありますね。

 

 

 そう言えば、茶道部に渡した桜餅はかなり好評だったそうです。

 部員全員が非常に満足しており、桜餅のおかげで椎名さんは先輩との距離が近づいたそうだ。

 身体的な動きには喜びが見られなかったが、表情だけでも大変喜んでいたのが分かった。

 

 しかし、問題もあったらしい。

 

 その問題とは部員1人につき1個ずつと配ったら、1個だけ余ってしまった事。

 余った桜餅を、茶道部にいる大人しい性格の人間たちが、満月の夜の狼男のように真反対の性格となって奪い合い、かなり荒れたらしい。

 最終的には全力のじゃんけんをしたそうだ。

 

 ポイントを払うのでもう一度作って欲しいと言われましたが、面倒だから気が乗らない。

 とりあえず彼女を悲しませないように気が向いたらと言っておきました。

 ……今回は嘘ではないので、いつかのように超高校級の幸運はバグを起こさないでしょう。

 

 

 帰宅準備をしていると、僕と同じように退屈を嫌う男がこちらに歩み寄ってきた。

 その後ろにはいつものように、ボディーガードもいる。

 

「よう、辛気臭そうな顔してんじゃねえか」

 

「別に普段通りの表情ですよ」

 

 話しかけてきたのは僕を使おうとしないCクラスの王、龍園 翔。

 ボディーガードであり、Cクラスの荒事担当のアルベルトもいつも通り一緒にいる。

 

「で、僕に何の用ですか。雑談しに来たわけではないのでしょう?」

 

「ああ……今日の夜パーティを開こうと思ってな。それにお前を誘いに来た」

 

「……また祝勝会ですか」

 

 意味深な笑みをした後に、彼は言葉を続ける。

 

「クク、まぁ似たようなものだな。今回は単純に、駒たちの性格をもう少し把握するのが目的だな。

 なぁ……カムクラ。オレは近い内、いや夏休みにポイントが関係する学校行事が起こると確信している。

 クラスを入れ替えられるくらいのポイント移動。その類のものが必ず起きる。そうでもしなきゃ、基本学力に差があるクラスなんて一生変わるわけねえからな。

 ……オレはそれの最終調整が必要だと思ったわけだ。そして今回はそこにお前も入れてみようとな」

 

「僕がそんな所に行くとでも?」

 

「どうせ暇だろう?……ついでに、お前に娯楽の何たるかをオレ直々に教えてやるよ」

 

「……仮に今日、君と遊んだとしても場を白けさせるのがオチです。行く必要性を感じません」

 

「……ちっ、本当に面倒な性格してやがるなお前。娯楽っつうのはまずやってみなくちゃ分からねえんだ。いくらお前の推測が神がかっていたとしても、推測だけじゃ楽しめねえ。だが実際に────」

 

 若干のイラつきが見える彼の表情、彼の説教とも言えるお話からこれは長くなりそうだと確信する。

 確かに暇ではあったが、無駄な説教を受けるつもりなんてない。

 無視すればどこかへ行くでしょうか?……行かなそうだ。

 

 僕はスクールバッグを持ち上げ、淡々とした声で答える。

 

「……仕方ありませんか」

 

「よし、大分お前の扱い方にも慣れてきたな」

 

「……成長したじゃないですか」

 

「ぬかせ、暴力を使ってない時点で十分退化してる」

 

 彼とのやや過激な雑談も打ち止めにし、帰宅しようと教室のドアに向かおうとする。

 しかし───

 

「……何で付いてくるんですか」

 

「クク、お前は懸命に捕まえた魚を網に入れずに、放置するバカがいると思うか?」

 

「後で合流すれば良いでしょう?別にわざわざ一緒に帰る必要はありません」

 

「冷たい野郎だ」

 

 どうせ何を言っても付いてくるのでしょうから、僕は彼を追い払うのを諦めて、まずは教室から出て歩き始める。

 勿論アルベルトも付いてきている。

 

 数歩進むと、彼にしては珍しく強引……僕に対して強引なことが引っかかる。

 普段の彼は僕の行動に制限を加えず、自由にさせているのに。

 さらに珍しく、彼自らお誘いなんて何故だろうか?

 

 歩く速度を緩め、僕はその態度からある事を推測する。

 

「……ふーん、僕の“監視”ですか」

 

「どうした?とうとう本物の電波野郎になったか?」

 

「いいえ、あなたが僕に付いてくるのは僕と仲良く歩いて遊び場に行きたい、なんて愉快な事ではなく、僕をあの3人の元へ(・・・・・・・)行かせないためですか」

 

「………………ちっ、正解だワカメ」

 

 嫌そうな顔をする龍園くんの表情を見ていると、どこか伊吹さんと話している気分になる。

 やはり二人は似ていると再認識した。

 

「そんなに僕を使いたくないのですか?」

 

「お前は奥の手だ。奥の手ってのは戦いの序盤から見せびらかすものじゃねえんだよ」

 

「拘りすぎですね」

 

「オレの方針に従うんじゃねえのか?」

 

「……僕はあの時そう言いましたね」

 

 彼がツマラナイ存在になるまでは彼に従う。

 これは僕の楽しみであり、自ら決めた事だ。

 さすがに自分で言ったことを軽々に撤回するのはあまり良い気分ではない。

 

「ったく、手間掛けさせやがって」

 

 彼の吐き捨てるような一言で雑談は終わり、再び歩く速度が平常時に戻る。

 

 

 そのまま歩いていると、校庭の方に気になる集団がいることを窓から確認する。

 

 僕は立ち止まると、廊下に連なっている窓の1つから外を覗く。

 窓の外にはサッカー部と思われる集団が準備運動をしている様子が見えた。

 

「あ?……あの時の成金男じゃねえか」

 

 そこで指揮を執っている金髪の男に僕と龍園くんは見覚えがある。

 以前、生徒会室前で会った男。

 名前は確か南雲、どうやら生徒会とサッカー部を兼任しているようだ。

 

 周囲の表情に異変などなく、会話を楽しみながらストレッチをし、終わると走り込みを始める。

 それも終わると少しだけ休憩に入る。

 マネージャーと思われる女子が水を準備し、持っていく。

 これだけ見れば、いかにも普通の部活だ。

 

 しかし変わった事も起こる。

 南雲という生徒の元に、複数いるマネージャーが全員、いの一番に水を持っていった事だ。

 

 どうやら彼はかなりモテるらしい。

 顔は整っていて人望もあり、おそらく運動もかなりできる。

 随分と多彩で器用な人間のようだ。純粋に彼の実力が高い事に感心する。

 

「クク、嫉妬してんのか?」

 

「いいえ、彼はツマラナイ人間ですが、実力だけはそれなりだと思いまして」

 

「あんなのがねぇ〜、クソ真面目な生徒会長の方が楽しめそうだがな」

 

「さぁ、それはどうでしょうね」

 

 

 これ以上は気になるものがなかったので、僕達は視線を元に戻し、ゆっくりと足を動かし始める。

 

 10分ほどは時間を潰せたが、状況は依然として変わらず暇だ。

 

 そのまま歩いていると、いつの間にか下駄箱付近まで着いていた。

 そこで少しだけ気になった事は、他の生徒の姿が見当たらない事だ。

 雑談と先程の見学もどきの時間があったためか、いつもより帰宅する時間がやや遅い。

 

 どうやら、この時間帯は人が殆どいないようだ。

 しかし下校時の人の波に呑まれなくて済んだのは幸運だが、今の僕にとって静寂程ツマラナイものはない。

 

 

「────ツマラナイですね」

 

 

 ボソリと少し大きめな独り言が出る。

 他の音が存在しないために、予想以上に音が響いた。

 

「……それだけの実力を持っていれば、退屈なんてなさそうだがな」

 

「何もかも思い通りなんてツマラナイじゃないですか」

 

「何もかも思い通りねぇ〜。まぁ、確かに簡単すぎたらつまらなくなるのは理解出来る」

 

 彼は感慨深い声でそう言う。

 おそらく、今まで自分がどれほどの失敗に立ち向かい、乗り越えてきたのかを振り返っているのでしょう。

 

 その中には失敗せずに、いとも簡単に攻略できるものもあったがためにこの発言。

 

 彼は不良のような見た目によらず慎重な人間だ。

 どんな物事も計画を立ててから動く人間。対策は動いてから考えるのではなく、あらかじめ想定をする。

 

 だから、彼が失敗する時は決まって予想外の事が起きた時だろう。

 自らの視野外からの攻撃。

 それで彼は敗北する。

 勿論これは彼に限らず誰にでも当てはまることであり、仕方ないことだ。

 

 しかし龍園 翔は少し違う。彼の真骨頂は敗北した後。

 何度負けても不死身のゾンビのように立ち上がり、最終的に敵の足にしがみつく彼が想像できる。

 

 そうやって今まで何度も苦難を乗り越えてきたのだろう。

 自らの埒外に己の身一つで予想外に立ち向かってきた。

 まさに不屈の闘志だ。

 

 

 分からない事は決まって予想外から来る。

 それは日常の中でも平然と起きる。

 

 そう、それこそが突然の出来事というものだ。

 だから予測出来ない未来は───オモシロイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思った僕の後方から、何かを突いたような甲高い音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまらないのでしたら、私と遊びませんか?───カムクライズルくん」

 

 

 甲高い物音の後には、女性の声。

 聞いた事のある声が、この空間に反響する。

 高く滑らかでムラがない声。それでいて、どこか艶めかしい声。

 

 背後から感じる気配は1つ。

 どうやら以前一緒にいた取り巻きはいないようだ。

 

 僕は久しぶりに、超高校級の幸運があって良かったと感じた。

 彼女ならば、僕の退屈も紛らわせてくれると少しだけ期待する。

 

 数秒の思考を終え、とうとう僕は振り返る。

 

 

 ────坂柳(さかやなぎ) 有栖(ありす)は楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「クク、良かったじゃねえかカムクラ。ご指名だ」

 

「そのようですね」

 

 手始めに、僕は彼女の事を分析する。

 

 春頃に咲き開く君影草のように真っ白な肌は美しく、健康的で、その光沢は眩い。

 

 しかし、足りない。

 あの時の雰囲気は見受けられない。

 

「だがカムクラ、分かっているな?お前はこの後───」

 

「───それは無理になりました。僕は君の駒たちと時間を潰すより、彼女と話した方が有意義になると判断します」

 

「……お前、伊吹やひよりの次は、坂柳のケツまで追い掛けるのかよ」

 

「違います。ただ単純に、彼女に興味があるだけです」

 

「何も違わねえじゃねえか」

 

 僕の言葉を聞いた彼は、呆れたようにため息をつく。

 一応言っておきますが、下心はありませんよ。

 

「……まぁ、“あれ”に干渉しなければ、別に何したって構わねえか」

 

 龍園くんは僕の我儘を聞いてくれたようだ。即座に自分の靴を履き替え、外へと出ていく。

 アルベルトもその後をぴったりと付いていき、この場にいる人間は2人になる。

 

 

 入口から流れてくる自然の生温さと、冷房から溢れ出る人工の冷たさが混ざり合った緩い風は、僕達の髪を撫でるように吹き抜ける。

 揺れる髪から、断片的に視線が重なり続ける。

 

 

「フフ、彼は見かけによらず気遣いが上手ですね」

 

 その言葉とともに、彼女はゆっくりと杖を突き、距離を縮めてくる。

 身体に障害がある彼女は歩くのですら杖が必要のようだ。

 どうやら相当重い疾患なのでしょう。ちょっとした運動も出来そうにない。

 

 とうとう僕と彼女の距離は1mを切った。

 僕が見下ろし、彼女が見上げる。

 

「こうやって1対1で話すのは初めてですね。なので初めは自己紹介を。

 私はAクラスの坂柳 有栖、どうぞ有栖とお呼びください」

 

「カムクライズル。呼び方は何でも構いません」

 

「フフ、そうですか。……ならばイズルくんにさせて頂きます。ではイズルくん、先程の答えを教えて下さい」

 

 先程の答えとは、遊びのお誘いの件だ。

 退屈で仕方なかった僕に断る理由はない。

 

「構いませんよ」

 

「……………本当に、本当に今日の私は運が良い。今日という1日は必ず、私の記憶の中でも最も重要な1ページになることでしょう」

 

 彼女は右手に持つ杖で身体を支えると、薄い朱色に染まっている自身の頬を左手で触って楽しそうに笑う。

 何となく狛枝(こまえだ) 凪斗(なぎと)と似た雰囲気を感じますが特に気にしない。

 

「……イズルくん、あなたはチェスを嗜んでいますか?」

 

「チェスと言わず、あらゆるボードゲームの才能ならば揃っていますよ」

 

「………ならば、今日はチェスで遊びませんか?……場所でしたらご心配なく、ボードゲームや賭け事を専門にしている部活動の教室があるので、そこを使えば良いです。

 私はそこに顔が利くので歓迎してくれるでしょう。構いませんね?」

 

「ええ」

 

 おおよそ出るであろう疑問を全て省いて、最短で会話を繋いでいく。

 その後、彼女は僕の答えに満足して薄く笑うと、案内しますよ、という言葉を添えて杖を突き、真後ろへと方向転換する。

 僕はそのまま、彼女の後ろを付いて行った。

 

 

 

 

「すみません、私の歩く速度に合わせてもらって」

 

 ある程度進むと、彼女はそう言う。

 まだその部活動の教室へは着いていないが、別に気にしていない。

 むしろ沈黙に飽きていたので、彼女から話し掛けてくれたのはありがたい。

 

「構いませんよ」

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言うと彼女は僕の方を見ずに薄く笑う。

 こういうやり取りは慣れているだろうに、感謝の意が表情に出てる所に少し感心する。

 

「ところでイズルくん、今日は例の事件の話し合いがあるのでは?わたしから誘っておいて何ですが、良いのですか?」

 

「僕が出る必要性はないそうなので」

 

「フフ、そうですか」

 

 雑談とも言えない淡々としたツマラナイ会話を、彼女は本当に楽しそうに笑う。

 嘘偽りを言っている所は今の所見受けられない。

 つまるところ、今は彼女の本心なのでしょう。

 

「今日は取り巻きがいないようですが」

 

「お使いを頼んでいるからですよ。あとで落ち合う予定でしたが、待ち合わせの場所を変更しなくてはなりませんね」

 

「随分な扱いですね」

 

「『駒』ですから」

 

 駒。つまり彼女にとって足ですか。

 疾患を持つ彼女には、必要不可欠な存在だとも言える存在だ。

 

「駒の使い方には自信があるのですよ私」

 

「でしょうね。その自信に見合う才能も持ち合わせている」

 

「……フフフ、やはりあなたも私と同じ分析力を持っていますね。ああ、よりいっそうこの後が楽しみになりました」

 

 そう言い終えた彼女は、ある扉の前で立ち止まる。

 

「場所はここですが、少々お待ちを」

 

 彼女は手で持つのではなく、肩に掛けられるように調整してあるスクールバッグから携帯を取り出し、何かを打ち始める。

 先ほど言っていた待ち合わせ場所の変更を伝えるための取り巻きへの連絡でしょう。

 

 彼女の連絡が終わるまで、僕は道中ひっそりと思っていたある事を考える。

 それは彼女のバッグを持ってあげるべきかどうかだ。

 彼女の身体は見ての通り、疾患がある。

 歩くのも大変な彼女に気遣いをするべきか。

 もしそうすれば、それは正しく「感情」に従うと言う事なのでは?と僕は悩んでいた。

 

 結論は言うまでもない。気付いたら目的地に着いていたので出来ませんでした。

 伊吹さんがここにいたら、まず間違いなくヘタレと言っていたでしょう。

 

「お待たせしました」

 

 打ち終わったため、携帯の画面を黒一式になるようボタンを1回押してスクールバッグに戻すと扉の前に立つ。

 

 

 しかしその直後、今度は僕の携帯電話が鳴り響いた。

 電話の相手は分かっている。

 

 だから僕は、僕の推測した未来になってしまったことについつい溜息をつく。

 

「出ないのですか?」

 

「……出る必要なんてありませんよ」

 

 本当の事を言うと、正しいかどうかは別として、この電話に出て少しだけあの事件に関わっても良かった。

 ですが、さすがに龍園くんとの約束もあるので堪えた。

 

 

「その電話、恐らく事件関係のことですね?フフ、では何でもありません」

 

「楽しそうですね」

 

「ええ。我慢は嫌いなのですが、今はその我慢すら、この後の事を考えるととても楽しく思えます」

 

 

 坂柳さんは2回扉をノックし、相手の応答を待たずに開ける。

 そして自らが王だと誇示するように、悠然とその教室へと入っていく。

 僕もそんな彼女の後へ続く。

 

「……こんにちは坂柳さん。今日も私達からポイントを奪う気かしら?」

 

 第一声はブレザーとネクタイを脱ぎ、制服の第1ボタンを外している奇抜な格好をした黒い短髪の女子生徒から。

 白い肌と大きめな胸が特徴的で、座っていても分かるほどスレンダーで高い身長を持つ彼女の姿は、様々な飲み物の匂いが入り混じった不衛生であるこの場所に意外にも溶け込んでいる。

 

 しかし、そんな彼女の声音と言葉からは悪感情がひしひしと感じ取れる。

 

 まったく、何が歓迎してくれるのでしょうか。

 そう思い、坂柳さんの表情を見ると分かりやすい意図を伝えてくる。

 引っかかりましたね、そんな表情だ。

 

「フフ、もう少し歓迎して下さいよ部長さん。それと今日はこの場を借りたいだけですよ」

 

 その教室内には10人程度の生徒がいる。

 その中に1年生と思われる顔ぶれはいない。

 おそらく全員が2年生と3年生で構成された部活動なのでしょう。

 

 坂柳さんが部長さんと呼んだ女子生徒は先程より強い嫌悪を見せている。

 彼女だけじゃない、この場にいるほかの生徒もあまり良い表情をしていない。

 歓迎ムードではない理由は、部長さんの言っていた「ポイントを奪う」という言葉が関係しているのでしょう。

 

 この言葉と雰囲気から導き出される結論は、1つしかない。

 

「……そいつが今回の『犠牲者』って訳ね。この前連れて来た紫の髪の子は捨てちゃったのかしら?」

 

「真澄さんの事ですね。捨ててはいませんが、虐めすぎてしまいまして」

 

 彼女は部長さんの事をからかうように軽く笑う。

 相手の神経を逆撫でるような喋り方をする彼女の笑顔は、先程僕に見せていた笑顔とも違う。

 

「それに彼は犠牲者などではありませんよ」

 

「……こんなやつが」

 

 部長さんは僕の事を推し測ろうと視線を動かそうとするが、それは坂柳さんの次の言葉で遮られた。

 

「という訳で、チェスのセットを一式貸してください。ああ、必要ならば近くで見ても構いませんよ。私の“敗北”がその目で見れるかもしれない、貴重な一戦ですし」

 

「……あんたが敗北?……冗談キツいっての」

 

「では賭けますか?」

 

「……嫌よ。もうポイント取られたくない」

 

 弱肉強食、この場はボードゲームが強い者こそが王ですか。

 坂柳さんは今回のように、彼女たちとポイントを賭けて何度も遊んでいたのでしょう。

 チェスやその他のボードゲームで高額のポイントを賭けた遊び。

 早い話、道場破りだ。

 そして全ての遊びに勝利し、ポイントを奪った。

 

 これが部長さんの言っていた「ポイントを奪う」の真相でしょう。

 このことから、坂柳さんのプライベートポイントは、少なく見積もっても300万以上ものポイントを所持していると僕は推測する。

 

「つれませんね〜」

 

 部長さんを嘲笑する彼女はそう言う割には機嫌が良さそうだ。

 所謂サディストの一面が出てしまっている。

 

 しかし、確かに彼女の言う通り、ただただボードゲームをするのはツマラナイ。

 それでは、僕が全勝するというツマラナイ結末が見えている。

 

 彼女が少しでも限界を越せるように配慮してあげるのも一興ですか。

 

「では部長さん、僕の代わりに賭けてみる気はありませんか?」

 

 僕がそう言うと、坂柳さんはその言葉を待っていたと言わんばかりに、嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「そうです、そうですよねイズルくん。ただ遊ぶだけでは……つまらないですからね」

 

 身体を震えさせ、心を踊らす。

 見方を変えれば不気味とも思える笑みを浮かべて彼女はそう言う。

 

「…………悪い事は言わない、止めときな。そいつ化け物みたいに強いからポイント搾り取られるのがオチだよ」

 

「僕が彼女との一戦に勝ったら、あなたには賭けた分が倍になって返ってきます。もし僕が負けた時は、あなたが賭けた分は僕が全額返します」

 

 僕は部長さんの言葉を無視して説明する。

 要は彼女に、僕の分の賭け金を出してくれたら、ノーデメリットで返しますよと言っているのだ。

 

 例えば、部長さんが僕の代わりに10万ポイント賭けるとしましょう。

 僕が勝てば、部長さんの賭けた10万ポイントに坂柳さんの賭けた10万ポイント分が足されて、彼女が最終的に貰える額は20万ポイント。

 もし僕が負ければ、部長さんの賭けたポイントは坂柳さんのものとなり、坂柳さんが20万ポイントを獲得する。

 しかし同時に僕が部長さんに10万ポイントを返却する。そうすれば彼女の損失は0ポイントとなる。

 

「……あんた正気!?確かにそれなら私にはデメリットが無いけどあんたにメリットなんて無いじゃないか!」

 

 部長さんは数秒の思考の後にすぐに反論を返す。

 賭け金のルールを瞬時に把握する辺り、彼女もそれなりに頭の回転が早い人間なのだということが分かる。

 

 しかしどうやら、余程圧倒的な実力差を坂柳さんに見せつけられたみたいですね。

 僕が負けた後の事を考えてしまったために、良心を踏り切れないのでしょう。

 これは少しだけ楽しみになってきた。

 

「部長さんの言う通り、イズルくんにメリットがありません。それでは賭けが成立しませんよ」

 

「僕は欲しいものなんてないので別に構いません」

 

「ダメです。それでは『対等』ではありません」

 

 彼女は対等という言葉に想いを込めて強調する。

 なるほど、彼女は徹底的に勝ち負けを決めたいようだ。

 

 ですが困ったことに、本当に、僕に欲しいものなんてない。

 

「思い付かないなら、私から1つ提案があります」

 

 僕は悩んでいたが、提案があるという彼女の方へと視線を向けて次の言葉を待つ。

 

「新鮮味にはかけますが、イズルくんが勝ったら『私に対して1つだけ命令できる』というのはどうでしょう?勿論何でも構いません」

 

「何でもの具体性は?」

 

「……そうですね、では『命以外の何でも』です。さらなるポイントの要求、私の持っている全てのクラスの情報、何でも構いません。……あなたが望むのでしたら私の身体でも結構です」

 

「なっ!?あんたも正気!?“たかが”チェスの賭けで身体って……」

 

 部長さんが戸惑うのも無理はない。

 チェスの一勝負に自身の身体をかける人間なんてそうはいない。

 そう思っても無理はない。

 

 しかし、坂柳 有栖の眼は本気だ。

 それほど彼女は、この一戦に強い想いを込めているのだ。

 

 だからこそ彼女は部長さんの発言に突っかかる。

 

「たかが?……部長さん、私にとってこの一戦はなによりも……なによりも、価値のある一戦なのです。それを、そんな陳腐な表現で片付けないで下さい」

 

 果てしない怒気が含まれた絶対零度の眼差しが、彼女を射抜く。

 そのただならぬ剣幕は、この空間にいる全ての部員達を萎縮させる。

 

「その提案、賛成しましょう」

 

 僕は数秒の沈黙を打ち破り、肯定する。

 

「アハッ、では賭け金は100万ポイントにしましょう。私とあなたの初めての真剣勝負、それくらいが妥当です」

 

「良いでしょう、その100万ポイントは無駄になりますが、よろしいですね?」

 

「……強気な発言。あぁ、ますますあなたを打ち倒したいという気持ちが込み上げてきます」

 

 困難を乗り越えた笑顔ではない。

 他人を見下ろすような笑顔ではない。

 本当に楽しいという笑顔ではない。

 

 

 これはあの時と同じ、どこか狂気に近い『何か』を含んだ笑顔。

 今日見せてきた、どの笑顔でもない。

 

 

 そう、その笑顔が見たかったのだ。

 

 

 今の坂柳 有栖が相手ならば、使えるであろう全ての超高校級の才能を惜しみなく使える。

 ───使って良いと思える。

 

 

「……分かった……払うわよ。あんた、本当にどうなっても知らないからな!」

 

 やけくそ気味に部長さんはそう言って、100万ポイントを用意した画面を僕達に見せる。

 他の部員達は賭けが成立した事を知るとこちらに近寄って来る。

 あっという間にギャンブルの会場が出来上がる。

 これで、勝ち負けを誤魔化すことも出来なくなった。

 

 チェスボードの上に手際良く駒を配置させ、準備を完了する。

 

 

「さぁ、始めましょうか」

 

 

 夜伽の前を連想させるように甘く、艶っぽい声とともに、異次元な一戦が始まった。

 

 




普段とは違う時間の投稿ですが今回だけなのでご了承ください。


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戦いの終結


何度も同じ誤字をしてすみません……。


 

 

 時刻は3時40分過ぎ。放課後を迎えた特別棟はいつにも増して蒸し暑い。

 手筈通りに事が進んでいるならば、もうすぐ待ち人がやってくるはずだ。

 

 手筈通り、というのは省略しすぎだったな。

 それを説明しよう。

 

 昨日行われたCクラスとDクラスの話し合いは延長した。

 お互いの意見が真反対であり、どこまで行っても平行線だったからだ。

 

 そこで、丸一日の延長の間に、どちらかのクラスが嘘を自白しろという趣旨の言葉を今回の話し合いの取締役である生徒会長に言われ、1度目の話し合いは幕を閉じた。

 

 そして現在は2度目の話し合いが行われる前の放課後。

 オレたちDクラスは1日以内でこの戦いにおける完全無罪を勝ち取るための作戦を用意した。

 

 手筈通りとはその作戦が順調に進んでいるという事だ。

 

 勿論、この作戦を考案したのはオレじゃない。

 攻略不可能かと思えたこの暴力事件に対抗策を講じたのは堀北だ。

 

 その内容とは───おっと、噂をすれば何とやらだな。3人組の男子が暑い暑いと不満を漏らしながらやって来た。

 彼らの表情にはどことなく楽観、嬉しそうな様子が窺えた。

 

 何故彼らがそんなにも嬉しそうなのか。

 それは我がクラスのアイドル的な存在、櫛田からのお誘いのメールを受け取ったからだ。

 可愛い子からの誘い、つまりデートの誘いか、あるいはまさかの告白なんて事を夢見ていたのかもしれない。

 

 しかし蒸し暑い特別棟で待っていたのはクラスでも1、2を争う地味な男……自分で言ってて少し悲しくなってきたな。

 兎にも角にも綾小路 清隆という対象外の男を見つけたことによって彼らの幻想は打ち砕かれる。

 

「……どういうことだ。なんでお前がここにいる」

 

 生徒会室で会ったことはさすがに覚えてくれたようだ。リーダー格の石崎が1歩踏み出し、威圧するようにこちらを問い詰める。

 昨日の話し合いでは大人しそうに被害者面をし、受け答えは黙り込んでいたが、人目がないとこうも強気だ。

 

「櫛田はここに来ないぞ。あれは嘘だ。オレが彼女に頼んで無理やりメールさせた」

 

 露骨に不機嫌そうな顔を見せ、ポケットに手を入れながら更に石崎が距離を詰めてくる。

 

「ふざけやがって。何の真似だ、あ?」

 

「こうでもしないとお前らは無視するだろう?話し合いがしたかったんだよ」

 

「話し合い?そんなものオレたちに必要なのか?暑さに頭でもやられたか?」

 

 石崎は心底暑そうに胸元のシャツを掴み、パタパタと扇いだ。

 

「あんな暴力魔の須藤のためにお前みたいなのが動くことは少し感心するが、諦めろ。オレたちは須藤に呼び出され、殴られた。それが答えで真実だ」

 

「別にそんな事を議論するつもりはないさ。そんな事は昨日の議論でも結論は出なかったしな」

 

「じゃあお前は何がしてぇんだ?……もしかしてオレたちを拉致って不参加って算段か?須藤と同じように暴力を使う気か?ははっ、さすが落ちこぼれのDクラス、考えることが一緒じゃねえか」

 

 石崎はニヤニヤとした笑顔でそう言い、後ろの2人は拳を合わせている。

 どうやら、こいつらにその類の脅しは通用しないようだ。むしろ歓迎と言った様子だ。

 

「大人しく諦めて相応の報いを受けるんだな」

 

 櫛田がいないことがわかった彼らは元来た道へと引き返そうとする。

 しかしもう1人の協力者がそれを邪魔する。

 

「観念した方がいいと思うよ、君たち」

 

 役者が揃うのを待っていた一之瀬が、軽い足取りでこの場に姿を現す。

 一之瀬 帆波はBクラスの生徒だ。

 

 なぜこの事件に全く関係のないBクラスの生徒がここにいるのか。

 それは今回の卑劣で卑怯な暴力事件を聞いた彼女が一之瀬 帆波という一生徒として、クラスという垣根を越えて協力してくれたのだ。

 普通の学校ならいざ知らず、クラス同士でポイント争いをするこの学校で他クラスに殆ど無償の援助をしてくれる。

 彼女の人の良さが滲み出ていることが分かる。

 

「い、一之瀬!?どうしておまえが!?」

 

 三人は驚いた様子を見せる。この事件に関係のないBクラスの人間が現れれば無理もない。

 

「どうしてって?私もこの一件に一枚噛んでいるから、とでも言っておこうかな?」

 

「有名人だな一之瀬」

 

「あははは。Cクラスとは何度か色々あってね」

 

 こちらの知らないところで、バチバチ火花を散らし合っているようだ。

 彼女の登場によってCクラスの連中は明らかに動揺している。

 

「今回Bクラスは何の関係もないだろうが、引っ込んでろよ……」

 

「確かに関係はないよ近藤くん。けどね、嘘で大勢を巻き込むのって酷いことだと思わない?」

 

「……俺たちは嘘をついてない。被害者なんだよ俺たちはっ。どうしてそんな事を言うんだ!」

 

「えーい、悪党は最後までしぶといっ。そろそろ年貢の納め時だよ!」

 

 近藤という男は明らかに弱々しい態度で一之瀬を退けようとするが、彼女はバッと右手を広げ、クライマックスと言わんばかりに宣言する。

 

「今回の事件、君たちが嘘をついたことや最初に暴力を振るったこと。それらは全部お見通しなんだよね。明るみに出されたくなかったら今すぐ訴えを取り下げるべし」

 

 オレが説明しなくても、一之瀬が全部説明してくれそうな気がしてきた。

 

「何を言ってんだ一之瀬、お前まで暑さで頭をやられたか?あれは須藤が喧嘩を仕掛けたんだよ。オレたちの証言のどこが嘘なんだよ」

 

「この学校が、日本でも有数の進学校で、政府公認だってことは知っているね?」

 

「……今それがどうしたんだよ」

 

「だったらもう少し頭使わないと。君たちの作戦なんて初めからバレバレだよ?」

 

 どんどんと饒舌になっていく一之瀬は楽しそうな笑顔を見せる。

 彼らの周囲を歩き出し、更に言葉を繋いでいく。

 今の彼女はまるで真犯人を暴いていく名探偵のようだ。

 

「今回の事件を知った学校側の対応、随分とおかしくなかった?」

 

「あ?」

 

「君たちが学校側に訴えた時、どうして須藤くんがすぐに処罰されなかったのか。なぜ数日間の期間を与えて挽回するチャンスを与えたのか。ねぇ、なんでだと思う?」

 

「須藤の野郎が泣きついたからだろう?だから建前上の猶予を与えた。それだけだ」

 

「本当にそう思うの?本当は別の狙いがあったんじゃないかな」

 

 窓を閉め切った廊下は、まだまだ日が高い陽光に照らされ蒸し暑くなっていく。

 

「……どうやら、暑さで本当に頭がおかしくなったみたいだな一之瀬。そんな戯言に付き合うつもりはねえ。俺たちはそろそろ時間だ。もう帰らせてもらうぜ」

 

「いいのかな?多分一生後悔するよ?」

 

「さっきからお前は何を言ってんだ一之瀬っ」

 

 元来た道へと踵を返そうとした3人は、一之瀬のその言葉に立ち止まる。

 

「分からない?学校側は、Cクラスが嘘をついていることを知っているってことだよ。それも最初からね」

 

 数秒間の沈黙が特別棟の中に満たされる。

 恐らく、3人の意表を突く話なのだろう。

 彼らは理解できなかったという顔を見合わせていた。

 

「笑わせんな。何が学校側は最初から知っているだ。もしそれが本当だったとしたら、お前らは何もしなくても無実を証明出来るって事だろう?わざわざオレたちに教える必要がねぇ」

 

 3人の内、石崎だけは額から汗を流しながらも冷静に一之瀬の言葉を掻き分けていく。

 

「ははっ、一之瀬を抱き込んだのはDクラスにしてはすげぇじゃねえか。だがな、そんな風に嘘ついても意味はねえ。須藤はそこまでして助ける価値なんてないだろう」

 

「須藤くんの価値を決めるのはキミじゃないよ」

 

 一之瀬は僅かながらの怒気を込めてそう言う。

 今の言葉は彼女の何かに多少引っかかったようだ。

 

「……随分と強気だな一之瀬、開き直ってんのか?」

 

「まさか。私が強気なのはこっちに確実な証拠があるからなんだよね」

 

 一之瀬は石崎の言葉にも怯まず、続けた。

 

「ならば見せてくれよ、その証拠ってやつをな」

 

 3人とも証拠なんてあるはずがないと思っている。

 動揺も、焦燥も見当たらない。

 

 しかし、この話に食いついた時点で敗北は決まっていたのだ。

 

「アレ、見えないかな?」

 

 一之瀬は、この廊下の少し先にある天井付近に視線を向ける。

 遅れて3人もその視線を追いかけた。

 

「え────?」

 

 間の抜けた2つ(・・)の声が重なって聞こえる。

 特別棟の廊下を、隅から隅へと監視するように、時折左右に首を振るカメラ。

 

「ダメじゃない。誰かを罠にハメるならカメラのないところでやらなきゃ」

 

「ば、な、なんでカメラがここにあるんだよ!?この廊下には監視カメラはなかったはずだ!そうだよな!?」

 

「あ、ああ、間違いねえ!お、俺たちは確認したはずだ……こんな事はありえねえ…………そ、そうか!お前が仕掛けたんだな一之瀬!」

 

 2人の生徒は取り乱し、落ち着いた笑みを見せる一之瀬に怒鳴り声を上げる。

 計画通りだ。

 

 しかしオレはそれを見て安心出来なかった。

 いや、もう既に勝ちは確定した(・・・・・・・)から全く安心してない訳じゃない。

 だが終始1人だけ冷静であり、先程から諦めたように俯いている石崎が直感的に不気味に感じてしまう。

 

 

 嫌な事に、その直感は当たってしまうことになる。

 

 

「はっ、はははははは!」

 

 

 突然、蒸し暑い特別棟全体に響き渡るくらいの声量で石崎が笑い出した。

 

「……どうしたのかな石崎くん。急に笑い始めるなんて」

 

「いや、悪いな。お前らのその演技が面白すぎてなァ。ははは、こいつは傑作だ」

 

「お、おい、どういうことだ石崎。オレたちにもわかるように説明しろ!」

 

 石崎はポケットから携帯端末を取り出し、ある画面を開いたままオレたちに見せつけた。

 

「おい、見えるか一之瀬?これは事件後の現場写真だ。おかしいよな?ここにはお前が言った監視カメラなんて1mmも写ってないんだが?」

 

 写真と現場を交互に見えるように石崎は笑みを浮かべながら説明する。

 

「これが何を意味するかなんてもう言うまでもないよな?」

 

「や、やっぱりお前たちが仕掛けたカメラだったのか!!この野郎、ふざけたことしやがって」

 

 一之瀬はそれを見て唇を甘く噛み、悔しそうな表情を浮かべる。

 だがそれも少しの間だけ、諦めず反撃の機会を作ろうとする。

 

 が、暑さによる制限は何もCクラスの連中にだけかかるものじゃない。

 冷静じゃなければこの場にいるオレにも降りかかる。

 そしてそれはオレより賢い一之瀬も例外ではない。

 

 焦ってしまえば、暑さと焦りで思考が鈍る。

 反撃の機会は見出せない。

 

「……どうして今、このタイミングでそうも都合良く現場写真なんて出せるのかな?もしかしてこうなるって想定したの?」

 

 絞り出した言葉は全く関係のない言葉だ。

 それを石崎は得意気な顔をして答える。

 

「ああ、その通りだ。あの人(・・・)はこう言ってたぜ? Dクラスが被害を出したのにもかかわらず、彼らは無罪を勝ち取るためにこの手段を使う。もしその時はこの写真を使ってくれってなァ」

 

 あの人。

 オレは石崎のその言葉からその人物を推測する。

 全く情報がなかったが、何故か1人の人物に辿り着いた。

 

「君の言うあの人がその写真を渡してくれたってことなのね……」

 

「ああ。残念だったな一之瀬。さすがのお前でもあの人には勝てねえよ。今回お前は手のひらの上で踊らされただけだった訳だ」

 

 勝ちを確信した石崎たちは今度こそ、澱みない笑顔を浮かべた。

 

「……君たちが怯えてないってことは龍園くんじゃない……今回の事件にAクラスは関わってないからありえない。だからCクラスで彼らに尊敬される人ってこと……消去法で考えると1人しかいない」

 

 ボソボソと独り言を零し、思考を加速させる一之瀬には汗がびっしょりと見える。

 集中力を乱しながらもゆっくりと正解へと近づいていく。

 

「おい、どうした一之瀬、壊れちま────」

 

「───カムクラくんでしょう?」

 

「!?」

 

「……その驚き方、やっぱりそっか。まぁ、誰かって分かっても無意味なんだけどね」

 

 一之瀬は諦めた声でそう言う。

 どうやら彼女は分が悪いと判断したようだ。

 そしてオレの推測も当たっていた。やはりあの長髪の男の一手だったようだ。

 

 侮れないな。

 奴はこれからのDクラスの前に大きな障害として立ち塞がるとオレは確信する。

 

 

 だが、詰めが甘かったなカムクライズル。

 勝つつもりがあったなら、お前がこの場に来るべきだった。

 

 

「そうだ、無意味なんだよ…………なぁ、一之瀬。今からオレたちは生徒会長の元へ偽物の監視カメラを取り付けた事をチクリに行くんだが……この場合どうなると思う?」

 

 一之瀬は黙秘していた。

 仕方ない、バトンタッチといこう。

 

「答えられないか?ならば教えてやるよ!それはな、仕掛けたお前らが───」

 

「───罰せられる可能性があるか?」

 

「……あ?」

 

 先程とは打って変わって饒舌になっていた石崎の言葉をオレが遮った。

 

「残念ながらそれはないぞ石崎。何せオレたちのは真実を暴くために用いた『嘘』だ。

 お前たちの悪事である『嘘』が露呈すれば、褒められるものでこそないがこの『嘘』は手段の1つと認められるだろう」

 

「はっ、何言ってやがんだお前。どこにそんな根拠があるんだ、おい。

 オレたちは悪事なんかしてねえ。悪事をしたのはDクラス最大の不良品である須藤だ。

 お前たちが用意したこの手段は無罪である俺らを嵌めるための最低最悪の手段なんだよ。

 それがどうしたら認められるって言うんだろうなァ。お前らもそう思うだろう?」

 

 石崎は2人に同意を求める。2人も当然、そうだそうだとすぐに同意して答える。

 

「お前たちが言っていることは確かに正しそうに聞こえるが、それは────お前たちが悪事をしていなかった(・・・・・・・・・・・・・・・)という仮定の元でしか成り立たない。

 そしてその仮定は成り立たっていない。だからお前の意見は間違っている」

 

「……ダチ想いな所は嫌いじゃねえが、さすがに無理があるぜ。あいつの凶暴性はお前の常識なんて軽く超えているからなァ」

 

「確かに須藤の普段の態度が悪いのは認めるさ、だがその偏見で物事を判断するのは間違っている」

 

「……悪いが、お前の戯言に付き合ってる暇はねえ。さすがに遅れちまう」

 

 今度こそ、石崎たちは生徒会室の方へと向かおうとする。

 だがその前にオレは、現場写真を見せた石崎と同じようにある画面を彼らに見せつけた。

 

「!?……録音状態だ?それがどうしたんだ?」

 

「『ば、な、なんでカメラがここにあるんだよ!?この廊下には監視カメラはなかったはずだ!そうだよな!?』

 

『あ、ああ、間違いねえ!お、俺たちは確認したはずだ……こんな事はありえねえ…………そ、そうか!お前が仕掛けたんだな一之瀬!』」

 

 オレは素早く携帯を操作して決定的とも言える証拠部分を奴らの耳へ届けた。

 

「監視カメラはなかったはず、確認したはず、これはどういうことだ?教えてくれ小宮、近藤」

 

「……それは───」

 

「石崎、オレはお前に聞いているんじゃない。2人に聞いているんだ」

 

 オレは再び石崎の言葉を遮り、威圧するようにそう言う。

 石崎は少し戸惑いを見せるがすぐに言葉を繋いできそうだったので、オレはそれよりも早く2人を問い詰める。

 

「で、どうなんだ小宮、近藤?」

 

「お、俺たちはそんな事言ってない、デタラメだ!」

 

「いや、録音していたからそれはないぞ」

 

 既に冷静ではない彼らは袋の鼠であり、後はただの作業だ。

 黙秘しても、言い訳しても、全て無駄なことだ。

 

 特別棟は日常では全く使わない場所であり、殆ど監視カメラがない場所だ。

 そのためクーラーすら付けない。だからこんなにも暑い。

 

 そんな所の監視カメラの位置を確認する理由なんてあるのだろうか。

 

 あるとすればそれは、その場所でやましい何かを起こすためだろう。

 オレの貧相な脳ミソではその程度の事しか思いつかない。

 

 が、そんな場所で暴力事件は起きた。

 こんな都合が良すぎる話、一体誰が信じるのだろうか?

 ほぼ全ての人が裏があると睨むだろう。

 

「綾小路くんすごいね。録音まで用意してたなんて」

 

「……これも堀北の指示だ。最後まで手は緩めるなってことで録音しとけって言われたんでな」

 

「…………そっか、さすが堀北さんだね。いや〜参っちゃうねぇ〜」

 

 少しの沈黙の後に、一之瀬は調子を取り戻した様子でオレにそう言う。

 

「おっと、石崎くん!誰に電話しようとしているのかな?」

 

「!?」

 

 オレと一之瀬が話している一瞬の隙を突いて、石崎は携帯電話を素早く動かし、耳に当てていた。

 

「渡してくれない?そうすれば……君たちを退学になんかしないからさ」

 

 石崎の携帯が1コールする。

 

「…………っ」

 

 2コール。

 

「そうか、ならばこの録音は生徒会長に渡すしかないな」

 

 3コール。

 

「…………ま、待ってくれ!」

 

 4コール。

 

「じゃあ、今やる事は分かっているね?」

 

 5コール。

 

「わ、分かった!渡す、渡すからよぉ!」

 

 完全に思考が乱れた石崎は自らの武器すら一之瀬に手渡した。

 これは投了と変わらないだろう。

 

 石崎の携帯は一之瀬の細長く綺麗な手に収まる。

 液晶画面には先程彼女が推測した人物、神座 出流の名前が書いてあった。

 

 しかしこれ程コールしても電話に出ない。

 緊急事態で出れないか、見捨てたか。

 まぁ、どっちだろうとどうでもいいか。

 

 一之瀬はとうとう呼び出しを拒否した。

 

「さて、石崎くん。どうする?」

 

「……くっそ……」

 

 石崎は悔しそうに唇を噛み締める。

 

「なぁ、石崎。その録音を提出されたらオレたち停学か、最悪退学になるかもしれないんだ、なぁ、諦めよう?」

 

「近藤、これだけ大規模を巻き込む嘘をついたんだ。最悪じゃない。お前ら3人は確実に退学だよ」

 

 オレはトドメを刺すために心を抉るダンカンを発射する。

 

「うっ、ううっ……、なぁ石崎!頼むよ!」

 

「やらかしたのはオレたちだから、お前の事はあの人(・・・)に何とか……じ、慈悲をもらうからよ!」

 

 ……声が震えていて怯えている?

 コイツらはカムクライズルに恐怖の感情を見せてなかった。

 むしろ尊敬していたくらいだ。

 

 だが先程とは一変した態度、あの人とは奴ではないのか?

 いや、奴以外に恐怖で支配している奴がいるということか。

 

 

「…………………………一之瀬……オレたちは……訴えを取り下げる」

 

「決まりだね」

 

 一之瀬は彼ら3人に真剣な声色でそう告げる。

 色々と腑に落ちない所があるが、一応は一件落着だ。

 

 オレたちは3人を生徒会室へと連れて行くための準備をする。

 こうしなければ、彼らはもしかすると先程と同じように誰かに連絡を取りかねないからだ。

 しかし意外にも今は大人しい。

 

「それにしてもしてやられちゃったねぇ」

 

「……そうだな。堀北の意表を突いた案も……カムクラって生徒に対策を取られていたしな」

 

「そうだね。正直彼は受動的な人だからこの事件に関与してこないと思ったけど……さすがに見通しが甘すぎたよ」

 

 一之瀬は悲観的な顔をしている。

 そんな顔をするな。

 オレはDクラスの王子様的な存在である平田(ひらた) 洋介(ようすけ)のように優しい言葉を掛けてやれないので、心の中でそう言う。

 

 生徒会室への道中、一之瀬と他愛もない雑談をした。

 案の定、彼女には納得のいかない部分に自責の念を感じていたので、少しだけその責任をほぐせるように話した……つもりだ。

 

 そして同時にこう思っていた。

 

 

 

 カムクライズルは確かに未知数な敵だ。

 Cクラスを恐怖で支配している奴も厄介な敵なのだろう。

 

 だがオレたちは勝ったのだ。

 今回の争いは勝ちなんだ。

 

 最後に勝ったのはオレなんだ。

 

 だからそれで良いんだ。

 

 オレは騙すように考えることでもやもやとする心を1度リセットする。

 1度真っ白にした心、いや正確に言えば初めから真っ白な心は平常時に戻る。

 

 

 オレたちは生徒会室に到着し、無事、須藤の無罪を勝ち取った。

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 

 楽しい。

 

 

 

 それ以外の感情が、感覚が、今は感じられない。

 

 

 格上との「対等」で「純粋」な「勝負」。

 

 一手一手を打つ度に大量の脳内麻薬が溢れ出ている気がしてならない。

 

 私は時に数秒で、時に長考して駒を動かす。

 しかし私の相手である長髪の天才は全て数秒の思考で駒を動かす。

 

 傍から見れば適当に動かしているように見えるかもしれないが、私は刻一刻と、だが確実に追い詰められている。

 でもまだ敗北は決まっていない。

 ここから巻き返すために、今日(こんにち)までの人生でもっとも速く、鋭く思考を走らせる。

 

 

 持ち時間を十二分に使って考えた38手目を終える。

 

 

 だがやはり、この状況下において最も最適だと判断した一手も数秒で返された。

 

 

 

 敗北の2文字がだんだんと視界に映り始める。

 

 

「アハッ」

 

 

 ついつい出てしまう少々下品な笑い声。

 あぁ、この学校に私を入学させてくれたお父様に今程感謝したことはない。

 

 これが本物。正真正銘、他者の追随を絶対に許さない本物の天才。

 

 でも諦めない。

 まだチャンスはある、逆転の一手があるはずだ。作れるはずだ。

 

 チェスには心理戦の要素がある程度含まれるが、彼相手には期待出来ない。

 まさに機械のような相手。だが彼は完璧な機械ではない。

 優越感や焦燥感といったものは見られないが、感情がない訳ではない。

 

 本当に薄く、一瞬だが、口角が上がる時だってある。

 

 

 逆転の一手は存在する。そしてそれに気付けない程私のチェスの腕は低くない。

 

 

「……これならばどうでしょう?」

 

 自信のある一手、逆転への一手。

 私は彼の表情を正面から拝見する。

 

「………………なるほど。この僕に長考を余儀なくさせますか」

 

 対局始まってから初めて発する彼の言葉。

 この言葉を言う彼の表情は──────で、私の心はそれに言いようもない興奮を覚える。

 

 言葉という不便な尺度なんかじゃ表せない何か、情欲のような抑えられない衝動がさらに加速する。

 

 彼の初めての長考、持ち時間をフルに使い、とうとう駒を動かした。

 

「楽しかったですよ坂柳 有栖。あなたとの遊びは、暇潰しではなかった」

 

 コトッというチェス特有の音をさせ、彼は勝利宣言をした。

 

 

 周囲にいる人間はざわめき始める。

 

 何せこの一手はキングにチェックをかけたのではない。

 ただただ普通の一手。場を固めるための一手にしか見えない。

 だが私にはそう見えなかった。

 

 最善で最高の一手だ。

 あらゆる手を先読みしていたのに、そのどれにも映らない一手。

 

 

 たった一手で私の逆転の一手は潰された上に、八手後、私の確実な敗北が用意された。

 

 

「Resign」

 

 私は悔しみながらもハッキリとした声で降参を宣言し、自分のキングを指で弾いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、嘘でしょ」

 

 部長さんの目の前の現実が受け入れらなれない、そう感じとれる声がこの部室へと響き渡る。

 

「嘘じゃありませんよ部長さん。私の完敗です」

 

「……一体何なのよこいつ」

 

「こいつではなくカムクライズルくんですよ部長さん」

 

「名前を聞きたかった訳じゃないわよ」

 

 部長さんが言いたいことは分かる。

 そして彼こそがその言葉の体現者なのだと。

 

「では部長さん、携帯をお出しください」

 

「……分かった」

 

 その言葉とともにテキパキと携帯を操作し、部長さんに100万ポイントを譲渡する。

 かなりの痛手に見えるが、私の端末にはまだ7桁のポイントがあるのでそこに関しては何も問題ない。

 

「あなたたちから奪った分の3割程ですかね。お返しします」

 

「……本当にムカつくわねあんた」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてないわよ」

 

 部長さんとの何気ない雑談を終える。

 その後、部長さん以外の部員が離れていった。

 そしてとうとう私は彼に話し掛ける。

 

「イズルくん。あなたの勝利です」

 

 私は彼の方へと手を伸ばし、握手を求める。

 それに気付いた彼も嫌がる素振りなく、私の手を握ってくれた。

 

 大きくて綺麗、それでいて冷たい手だ。

 激しい運動をし終えた時とはこのような暑さなのだろうともの思いにふけながら、彼の冷たい手をこのままずっと掴んでいたいなと思ってしまう。

 

 手に汗握る勝負だったことを今更ながら思い出す。

 私は自分の手汗の事を気付き、彼の手を汚さないために離そうと思うと同時に、恥ずかしさで少しだけ頬の辺りが紅潮しているのを感じた。

 

 傍から見れば、彼と握手する事が嬉しい、恥ずかしいと思っている少女に見えてしまうと自覚するが、それもその通りだ。

 

 本当に惜しいが、彼の手を掴む力を抜いていく。

 

 しかし私の手は離れなかった。

 なぜなら彼がまだ私の小さな手を掴んでいたのだ。

 

「あの、イズルくん?そろそろ離してほしいのですが……」

 

「……すみません。嫌な気分にさせましたね」

 

「いえ、嫌ではありませんし、そこまで気にすることではありませんよ」

 

 そうは言ったものの、実際は恥ずかしい。

 生まれてこの方、お父様以外の男性の手を握るのは初めてだったのでドキドキと心臓の鼓動が速まっていた。

 

 彼は私の手を離すとそのまま自分の掌を見る。

 

「……やはり私との握手は嫌でしたか?」

 

「そういう訳ではありません」

 

「……ではどうしたのですか?」

 

 私はだんだんと平常時に戻ってきた鼓動を整えながら彼の次の言葉を待った。

 

 

「あなたの手はとても温かいのですね」

 

 

 それはどういう意味で?と聞きたかったが、彼の表情を見て言葉に詰まった。

 

 ……あぁ、あなたも彼と一緒なのですね(・・・・・・・・・・・・・)

 

 ある事に気付いた私は動揺を悟られないように笑顔で返す。

 

「……フフ、そうですか……しかしそれよりもイズルくん、あなたは勝者です。約束は約束。私への命令を決めて欲しいのですが」

 

「そうでしたね」

 

「一応もう一度言っておきますが、命以外なら何でも構いません。Aクラスを含めた全てのクラスの情報、さらなるポイントの要求、私の身体などなどです。必要ならば契約は紙に書きますので嘘なんてことはありません」

 

「対等」の勝負に負けてしまったからにはしっかりとリスクがある。

 これが勝負の世界だ。だからどんな命令でも彼を恨むつもりはない。

 恨むのは私の弱さだ。

 

「……男ならサクッと決めな。そろそろここ閉めなきゃいけないんだしさ」

 

「そうですか。ならばさっさと決めましょうか」

 

「……言っておくが、あんたがこいつの身体を選んでも、双方の同意があるってことで学校に報告しないから安心しな。まぁ、あんたがロリコンって蔑称を付けられるのは仕方なさそうだけど」

 

「あら部長さん、ごにょごにょと話してどうしたのですか?」

 

 安心しな。の後からの言葉は早口でかつ、小さい声だったので聞きとることは出来ませんでしたが、バカにされたのは分かったので笑顔のまま部長さんを威圧する。

 

「では決めました」

 

 もう決まりましたかと心の中で言い、部長さんとのじゃれ合いを止めて、彼の方へと再度向く。

 

「僕があなたに命令、いえ貰うものは───」

 

 隣にいる部長さんの鋭い視線は彼を睨みつける。

 

「あなたの───」

 

 ……嬉しいようで、少し悲しいですね。

 やはり彼も男性。そういうお年頃ですか。

 

 部長さんの目はさらに鋭い睨みに変わっていく。

 

 

「────連絡先です」

 

「え?」

 

 予想外の一言を受け、私は間抜けな声を上げてしまう。

 

「ヘタレねあんた」

 

「……この辺りが妥当な判断ですよ」

 

 私は自分だけが変な期待をしていたことに顔が赤くなる───わけがなかった。

 

「イズルくん、それでは『対等』を満たしていません。私にリスクがありません」

 

 私が感じたのは怒り。軽い怒りだが、いくら相手が彼でもここは譲れない。

 

「あなたは敗者。どんな命令でも聞くのが道理です。口答えは許しません」

 

「……しかしさすがにこれでは」

 

「では僕があなたに与えるリスクは屈辱だと思って下さい。

 あなたはまだ僕の足元で吠えている仔犬でしかありません。

 そしてその程度の存在から情報やポイントなんて要りません……それにあなたは僕の事を本物の天才と呼ぶくせに、僕がその程度の事を出来ないと思っているのですか?」

 

 この提案を持ち出した時の私は早くチェスをしたいという一心でそんなこと考えていなかった。

 だが考えてみればそうだ。

 私に出来ることは彼にだっておそらく出来る。

 

「……仕方ありません。あなたの命令、受け入れましょう」

 

「決まりですね」

 

 お互いに携帯を操作し、連絡先を交換した。

 彼は椅子から立ち上がる。

 私も杖を突き、ゆっくりと彼に続く。

 

 すると丁度良く部室の扉も開く。

 

「……いた」

 

 紫の綺麗な髪をした女子生徒が私を見てそう言った。

 

「グッドタイミングです真澄さん」

 

「あっそ」

 

 いつも通り淡々とした冷たい態度で返事をする。

 近付いてきた彼女に私はスクールバッグを持たせる。

 

「イズルくん」

 

 私はもう一度彼の名を呼ぶ。

 彼はタイムラグなしで振り向き、私の顔を見る。

 

「今回は負けてしまいましたが、次は勝ちます。だからまた今度遊びませんか?」

 

「あなたが僕を楽しませてくれるならいつでも構いませんよ」

 

「フフ、私も日々成長します。次遊ぶ時は今回よりもさらに強くなっていますよ」

 

「期待しましょう」

 

 長髪を揺らし、私の横を通り過ぎる彼。

 その声は耳にくっきりと残り、何度も再生される。

 

 杖を突き、彼の後ろを続く。

 歩幅を合わせてくれる彼の横にすぐ追いついた。

 

「そう言えばイズルくん、私の身体を選ばなかったのはなぜですか?もしかして魅力が足りませんでしたか?」

 

「100万の割に合ってないだけですよ」

 

「あら、それは嬉しい」

 

「……え?なんの話ししてんのコイツら……」

 

 部室から出て帰路につく。部長さんは部室を閉めると、職員室へと鍵を返しに行った。

 話についていけてない真澄さんは放っておいて彼との会話を楽しみましょうか。

 

 

 初めは、私自身の抑えきれない興味と本能だけで彼を見ていた。

 

 しかし今日、目的は変わった。

 彼の瞳に私を映らせるのではなく、彼の隣に立てるような、対等の存在になりたい。

 

 そしてそこから、彼に人の温もりを教えたい。

 才能がなくても知れる人の温もりを。

 

 だからまずは(・・・)お友達からですね。

 フフ、先が長そうです。

 

 

 

 

 天才たちの親密度がお互いに上がった!!!

 

 




これにて2巻分は終わりです。
予定では幕間を1話挟んでから3巻分に行かせてもらいます。



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Interlude2
伊吹澪の特別な1日


 

 

 誕生日。

 ある人が現実世界に生まれた日のことを指し示すための、年に1回必須の事項。

 沢山の人に囲まれて喜ぶ人もいれば、普段の日常と変わらず過ごす人もいる。

 勿論私は後者だ。

 

 でも前者には憧れる。

 私は友達が少ないから一般的に陽キャと呼べる人間たちのように舞い上がることなんて出来ない。

 

 なぜこんな事を思考しているのか。

 

 それは───本日、7月27日は私の誕生日だからだ。

 

 

 

 

 夏休みが始まり、夏本番の暑さがとうとう来てしまったなと感じる今日この頃。

 こういう日はやはり、1日中寮で過ごすのが楽で良い気がする。

 しかしそれは健康状態にも響くので出来るだけ避けたい。

 

 そんなどうでも良い事を考えながら食パンを齧り、朝のニュースをボーっと見て時間が流れていく。

 今日の予定は決まっている。といっても昨日と殆ど変わらない1日。

 もはやルーティーンともいえる1日の流れだ。

 

 まず、朝9時になるまでに映画館へ1人で行き、映画を見る。

 その後昼食を挟んでもう1本映画を見る。

 帰ったら勉強して夕食を食べ、自由時間。

 

 うん、実に素晴らしくも寂しい1日だ。

 だがそんな非リア充の叫びなんて無意味なもので、どれだけ寂しくても現実は変わらない。

 でも実際の所は、この生活は充実しているから不満なんてない。

 

 さて、時間も時間なので映画館へ行く準備を始めよう。

 私は汗でベタベタになった身体をシャワーで流すために服を脱ぐ。

 

 上はインナーだけで、下はペチパンツの寝巻き。

 私は女友達が1人しかいないがために、他の女子がどんな服で暑さを凌ぐかは知らない。

 でもあまり多くはいないタイプだと思う。ちなみに根拠はない。

 

 この学校での唯一の女友達である椎名はこんな格好して欲しくないな、なんて思いながらシャワーを浴び始める。

 

 浴び終えたら、髪を乾かし整える。

 化粧は少しだけ。誰かに会う予定はないけど万が一に備えてする。

 

 今日の服は何にしようかと思いながら、数種類ある夏服をクローゼットから選ぶ。

 目に留まったのはある1つの服。あいつと買い物をした時に、半ば強引に選ばせた服。

 本当にセンス良くてイライラしたのは少し懐かしい。

 

 着る服を決定し、部屋から出る準備をする。

 忘れ物がないかを確認し終えたので、外に出る。

 

 あ、暑い……。

 今すぐ部屋に戻りたいという気持ちを我慢して外への1歩を踏み出していく。

 

 エレベーターを使って1Fまで降りる。

 1Fは共同スペースなのでクーラーが効いていた。

 地獄から解放されるとはこういう感覚なのかとこの身で実感する。

 

「お待たせ〜!待った〜?」

 

「待ってないぜ櫛田ちゃん!」

 

「嘘つけ山内、遅刻魔のお前が俺より早く来てたじゃねえかよ〜」

 

「お、おい池、それはお約束って奴だろう!」

 

「ふふふ、やっぱり2人は面白いね!」

 

 あの金髪は確かDクラスの櫛田桔梗だ。

 よくもまぁ、あんな露骨に鼻の下伸ばした奴と遊べるな。素直に感心するよ。

 

 周りの生徒も恐らくDクラスなのだろう。

 私が歩きながら見ていると、さらに3人増えたので随分の大所帯だ。

 

 でもあまり羨ましくないと感じた。

 嫉妬もない。あの人数の相手は神経すり減らすだろうから辛そうだなと他人行儀な視線を向ける。

 

 彼らを視界から外し、とうとう寮の外に出る。

 あ、暑い……(2回目)。

 人間慣れれば基本的に何とかなると思ってたけど、これは無理だ……これは無理だよ。

 大事な事だったので、ついつい心の中で反復して言い聞かす。

 

 暑さと戦うことを決意した私は、映画館へと力強く踏み出した。

 

 今日見るのは少しシリアスな物語。

 あらすじは、両親のいない一人息子が自分の存在意義を見出すために、色々な事を経験し、成長していく物語。

 ポピュラーなシナリオだが、非常に楽しみだ。

 

 

「今日は洋服から見に行こうよ!」

 

「軽井沢さん、本当にオシャレ好きなのね」

 

「オシャレは女の武器よ篠原さん。佐藤さんならこの意味分かるでしょう?」

 

「もちよ軽井沢さん!」

 

「……2人とも、またポイント使い切りそうじゃないでしょうね?」

 

「「 ギクッ 」」

 

「……今度は私貸さないわよ」

 

 楽しそうに話しながらも内容がちょっとシリアスな3人組の女子グループ。

 管理が出来ないところを見るとDクラスなのだと推測する。

 

 どうやら私の推測は合っているようだ。

 なぜならあの金髪ポニーテールは1年ベストカップルと名高いDクラスのカップルの女だ。これは間違いない。

 

 鬱陶しいので、歩くスピードを上げて彼女たちとの距離を離す。

 数分後、気付いたら映画館に着いていた。

 

 上映開始まで後数十分あるが、開始前の他の映画の予告も見たいので早めに指定された席に向かう。

 

 指定された席はとても座り心地の良いクッションだ。

 もう何度もここで映画を見てきたが、これのおかげで長時間座っても腰が痛くならない。

 

 予告が始まろうとするために照明が消え、暗転し始める。

 この今にも始まりますよという感覚は何度味わっても飽きない。

 

 さて、そろそろ集中しよう。

 

 

 

 

 

 1本目の映画を見終え、時刻は正午といった所だろう。

 今日のお昼は少ない。単純にお腹空いてないからだ。

 別に体調が悪いとかではない。

 

 先程の映画は非常に面白かった。

 やっぱり主人公の葛藤とか苦渋の決断とかって本当に面白い。

 そこに辿り着くまでの過程も丁寧に作られていたから、スっと内容が頭に入る。

 

 でもさすがに目が疲れた。

 なので今は少し休憩中だ。

 

 すると、イケメンと思える2人組の男子がフードコート付近のベンチに座り、会話を始めた。

 

 

「でよでよ神崎〜、ぶっちゃけたところお前は誰を狙ってんだよ〜」

 

「……そういう話はこういう所でするものじゃないだろう」

 

「いない、ってキッパリ言わないって事はいるってことだな?やっぱり一之瀬か?」

 

「いないさ。今はこの学校のシステムに慣れるのに手一杯だよ。

 ……それと、オレにはそう言うお前が一之瀬を狙わせないための先制攻撃に見えたが?」

 

「当たりだぜ。まぁ、でも狙うなというのが無理なもんだぜ一之瀬は。

 性格良し。顔良し。ルックス良し。その上頭も良くて運動もできる。

 そして何よりあのおっぱい、やべぇだろ!」

 

「……最後以外は同意する。あと声がデカすぎるぞ柴田……」

 

 あの柴田って奴は個人的に嫌いだ。でかけりゃいいってもんじゃない。

 形が重要なんだよ、〇すぞ。

 

 変な噂を流してやろうかと思ったが、あれだけアホみたいに大きい声を発していれば勝手に噂になる。

 事実、周囲の女子生徒から睨まれている。

 ざまあみろ変態。

 

 

 さて、ちょっとすっきりしたので2本目に行こう。

 しかし思い立った私の行動は途中で止まった。

 

 私が休憩スペースから立ち上がろうとする直前、珍しく私の携帯が連絡通知を鳴らしたからだ。

 

 迷惑メールの類かなと思ったら、意外にも椎名からのメールだ。

 すぐにメールを開き、中身の方を確認する。

 

 

『伊吹さんへ

 今日の18.00にカムクラくんの部屋に来てください。

 大事なことを伝えたいので、もし万が一来れなくなったら連絡をしっかりと下さい。

 

 P.S 夕食はカムクラくんがご馳走してくれるそうです』

 

 良し、行くか。

 カムクラの料理は語彙力が果てしなく低下する程美味しいから行くしかない。

 

 変な噂が流れるかもしれない?

 知るか。

 最初は気にしてたけど、今はそんなことどうでもいい。

 人間は3大欲求が1つ、食欲には絶対に抗えないのだ。

 

 それにしても大事な事とは何だろうか。

 ……もしかして龍園に何か言われたのか?それに対しての相談とかか?

 そうであるならば私から龍園に文句を言わなければならない。

 

 椎名は争いが嫌いだからクラスの、龍園の配下ではない。

 そんな優しい彼女にまで無理強いをさせるのはさすがに許せない。

 

 まぁ、そうと決まったわけじゃないのでこの事は一旦思考から外そう。

 とりあえず2本目の映画を見に行こう。

 次の映画もまた楽しみだ。

 今回はメインの俳優さんが私の好みであるアクション映画だ。

 

 鼻が高く、まさに西洋の人という感じのイケメン俳優で程よい筋肉を持つ。加えて声も好きという。

 もうむしろ見るのが義務とも言える映画。

 耳も目も幸せになる素晴らしい時間が待っている。

 

 私は妄想に浸りながら、映画館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 感想を語り合いたい。

 でも友達がいないから無理だ。

 こういう時、本当に不便だと感じてしまう。

 

 案の定、俳優さんは目と耳に良かったし、演出もストーリーも素晴らしかった。

 今度、彼はサイン会をするために来日するらしいが、私は行けないのでかなり悔しい。

 何せこの学校が外出届けの許可を出してくれない。

 今程、この学校を恨んだことはない。

 

 

 そう考えながら帰路につく────のではなく、私はある準備をするために予め取っておいたメモを開き、買い物にいく。

 椎名から指定された時間には、もう少し余裕があるので最適と判断したからだ。

 

 買う物は8月1日から2週間に亘る豪華な旅行へ必要なものだ。

 正直、初めてこの旅行の内容を聞いた時、開いた口が塞がらなかった。

 

 坂上先生は中間、期末試験の時にバカンスが待っていると言っていたがここまでとは思わなかった。

 

 その驚くべき内容を掻い摘んで話すと、個人で旅行するならこの旅行は数十万はかかるであろうに旅費や雑費が無料というもの。

 この事は夏休みの連絡プリントに書かれていたのだが、私はついついプリントを2度見したのを今でも覚えている。

 

 これだけでも十分規格外だが、加えて一流のレストラン、シアター、高級スパまであるらしい。

 

 いや、おかしいだろ。絶対、さすがに。

 これまでの学校側の対応を考えたら、少なくとも高校生に無償で行かせるなんておかしい。

 絶対何かある。

 

 とは言っても楽しみの方が強い。

 何かしら裏にあるんだろうけど、それが霞むほどの凄まじい旅行だ。

 

 買う物は寝巻きを筆頭に色々だ。

 さすがに日常の姿じゃ、同室する生徒に変な目で見られるので勘弁だ。

 後は……色々だ。

 

 口より手、足を動かそう。なのでそろそろ、買い物を始めよう。

 

 

「葛城さん、さっき言った事本当なんですか?」

 

「ああ、オレの予想だと今日から5日後に始まる旅行ではクラスポイントに関係する何かが起こると見ている」

 

「で、でもそんな事プリントに書いてなかったじゃないですか……」

 

「恐らくそこもこの学校が求める力なのだろう。危機感知能力、予測能力、そしてそれの対策。

 ヒントは探せばいくらでもあった。それこそ実力だ」

 

「さ、さすが葛城さんっすね!これなら坂柳なんて目じゃありません」

 

「……いや、彼女は当たり前のように気付いているだろう。そう簡単に覇権を握らせてくれるほど優しくない」

 

 

 葛城と呼ばれる生徒を中心とした4人とすれ違う。

 どうやら彼らも旅行に必要なものを買い揃えてるらしい。

 

 葛城という生徒は龍園から聞いている。

 Aクラスの二大巨頭の一角。

 非常に高い学力を持ち、規律を重んじる真面目な生徒。

 

 私個人としてはこういう人間は嫌いじゃない。

 そもそも真面目な人間を嫌うのがよく分からない。

 

 龍園は彼の事を雑魚と呼び、見下している。

 学力よりも暴力を至上にするあいつならば当然の対応とも言えるが、気に食わない。

 

 ……そして多分、カムクラも彼を好まないだろう。

 あいつの性格はそれなりに分かってるつもりなので、この予測は高い確率で合っていると思う。

 

 良くも悪くも真面目な人間ってのは規則的。

 困難があったら回り道をせず、正攻法で挑む。

 石橋を叩いて渡る人間たちだ。

 

 ツマラナイ、彼ならば絶対にこの言葉を言うと確信する。

 

 

 

 買い物を終えた。

 1度自室に戻って荷物を置く余裕があるくらい時間はあるので急ぐ必要もない。

 しかし少し特殊な内容とはいえ、友達に誘われたことに心做しか歩幅がいつもより広い気がする。

 そのためかいつもより1分ほど早く寮の自室に到着した。

 

 

『15分前だけどもう行っても良い?』

 

 私は椎名に一応の許可を取る。

 30秒もしないうちに返信が来た。

 

『せめて後5分待ってください。お願いします』

 

 そう返ってきたので言われた通り待つことにした。

 携帯端末以外のものはいらないと判断し、他のものを全て自室に入れ、買ったものを適当に仕分けする。

 終えると時間も丁度よくなっていた。

 

 

 私は再び自室から出る。

 カムクラの部屋は1つ下の階。なのでエレベーターを使わず、階段で向かった。

 

 特に何も起こることなく到着した。

 止まることなく呼び出しボタンを押す。

 

 ツーという機械音の後に、高いソプラノ声で開いてますよと来たので扉に手を掛けて引く。

 

 

 カムクラの部屋に入るととても良い匂いがしてきた。

 部屋に満たされている食欲を刺激する匂い。

 良く整理されている玄関も少しだけ気になったが、それよりも匂いの方に意識が集中してしまう。

 

 思わず涎が垂れそうになる。しかしなんとか抑えて平常心を保つ。

 靴を脱ぎ、明かりがある所まで私はゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

「来たよ、しい────」

 

 

 パンという甲高い音が鳴り響き、若干の火薬の匂いとともに色鮮やかな紙が私の頭、身体に降りかかった。

 

 

「伊吹さん、お誕生日おめでとうございます」

 

 ニコリと笑っている椎名の心地よい声が響く。

 

 先程の音の正体はクラッカーだ。

 なぜクラッカーを使用したのか、もう答えは彼女が言ってくれた。

 

 普段なら何もないはずのカムクラの部屋は装飾されている。

 カーペットが敷かれ、カーテンもカジュアルな色に変わっている。

 いくつかのリースや照明が取り付けられ、いかにも誕生日の雰囲気を醸し出す。

 

「クク、オレの予想が当たったな、ひより」

 

「ええ、そのようですね。可愛らしく驚くと思ったのですが違ったみたいです」

 

「まぁ、唖然とした表情も中々愉快だったがな」

 

「ふふ、確かにそうですね」

 

 この場に相応しくない暴君とこの場に相応しい天使が楽しそうに雑談している。

 

「Happy Birthday, イブキ」

 

「……おめでとう」

 

 もっと相応しくない筋肉と不良。

 そして────

 

「おめでとうございます」

 

 初対面ならば、1人だけ仮装してんのかと疑うような長い黒髪。

 その上に白いコック帽を被っている……いや、頭の上に置いてある。

 

「おい、伊吹。このオレがわざわざてめぇの誕生日を祝いに来てやったんだ。もっと嬉しそうにしたらどうだ?」

 

「龍園くん、そういう言い方は今日はなしと」

 

「……ちっ、分かった分かった。だから笑顔で人を脅すな」

 

「随分と優しくなりましたね」

 

「おい、別にお前には態度を変えねえぞ」

 

「龍園くん、ご飯抜きにしますよ」

 

「……なんでてめぇがその権限を持ってんだよ」

 

 言いたいことはいろいろと浮かぶ。

 だけど今伝えたいのは1つだ。

 

 

 

「────ありがとう」

 

 

 

 心の底から出た言葉は今までの人生の中で1番スッキリとした年相応の笑顔とともに。

 私を客観的に見る人間は表情の変化は違えど、みな驚いていた。

 

「クク、今日1番の驚きだ。普段からそうやって笑ってればモテたな」

 

「ぎゃっぷもえ、というやつですよ龍園くん」

 

「伊吹さんは普段から可愛いのでギャップ萌えではないですよカムクラくん」

 

 Cクラスの個性的な3人が私の笑顔を評価しあう。

 普段だったらここでイライラして食ってかかるけど、今日はそういう気分になれない。

 嬉しさが心に充満し、そのやり取りも何だか微笑ましく感じる。

 

「カムクラ、ケーキもあるんでしょ?」

 

「ええ、パティシエの才能くらい持っていますから」

 

「知ってるよ。楽しみにしてる」

 

「……誰ですかあなたは」

 

 カムクラにしては随分と素っ頓狂な事を言う。

 腹の虫こそ鳴らないが、そろそろ目の前にある料理への我慢が出来なくなってきた。

 

「お腹空いた。早く食べよ」

 

「ふふ、そうですね。じゃあみんな席についてください」

 

 椎名がみなを机に誘導する。

 さすがに6人もこの部屋にいるので、みなが机の周りにいる訳ではない。

 

 この後、カムクラがみなの料理を配った。

 

「では、いただきます」

 

 椎名のその言葉とともに石崎だけがいただきますと続く。

 見た目の割に真面目だなという笑いが起きる。

 

 今日一日は、そんな雰囲気のまま夜まで楽しめた。

 

 

 

 

 Cクラスの親密度が上がった!!!

 




明日もう1話出します。


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Chapter3
豪華客船



独自解釈入ります。


 

 

 視界に広がる世界は混沌を極めていた。

 

 活気溢れていたと思われる無数の建物は崩れ、壊れ、火の海に呑まれている。

 

 錯乱したような多くの人間の叫び声が響き渡る。

 

 叫び、倒れ、殺され、死んでいく。

 流れていく血の量が多すぎるために、どこもかしこも鉄分が含まれた独特な匂いと死の気配特有の腐臭が蔓延していて呼吸すら儘ならない。

 

 そんな光景を現在の『拠点』……そう言えるかも怪しい不衛生な廃墟から眺める。

 

 ───ツマラナイ。

 

 飽きとは恐ろしいものだなと僅かながらの感情がそう訴える。

 以前は絶望を未知のものと思っていたが、さすがにこう何度も見せられれば推測するのも容易くなってきた。

 

 結局、彼女の言ったことも一時的なものだった。

 分かりきっていた事だ。しかし変わって欲しかった事。

 改めて自身の求めるものを認識した。

 

 僕は今夜の食事をする場所を見つけるために、新たな拠点を探し始めようと行動に移す。

 世界全体が絶望に呑まれ、混沌に陥った所でこの僕には関係ない。

 

『幸運』があるので死ぬことはない。『無人島生活』のような厳しい状況を毎日続けた所で寿命尽きるまで生きることが可能だ。

 

 先程の場所から少し歩くと街が見えてきたので、特に警戒することなくそこに踏み入れる。

 

 崩れたレンガ、そこかしこにある複数の死体、壁に付着する変色した血。

 幅の広い道路に沿って延々と続いてるような商店街が見える。高層ビルも一目見ただけでは判断しきれないほどある。

 もっとも、どちらも大破している。

 

 ここも活気溢れた場所だったんだと思えるが、歩みを止めるまでとは思えない。

 

 数分後、『幸運』にもまだ食材が残っている場所を見つけた。

 明かりが取り付けられていて見やすい。人の手が加わっているデパートだ。

 

 

 僕は初めて歩みを止めると同時に────身体を横へ逸らした。

 

 

「!?……貴様何者だ」

 

 僕が止まったと同時に、物陰に身を潜めていた人間が一瞬で僕との距離を詰め、竹刀を振り下ろしたからだ。

 振り下ろした場所から大量の土煙が上がる。くらったらひとたまりもない事を瞬時に理解する。

 

 下手人は女、胸に晒しを巻き、所々に赤が付着した白の特攻服のようなスーツという奇抜な服装をした女。

 彼女は確実な隙をついた『先手』を外したことに驚きの表情を浮かべていたが、すぐに無表情に戻った。

 

 まともではない。

 事実、眼鏡越しに見える彼女の真っ赤な瞳は何重にも渦を巻いていて、ぐちゃぐちゃな何かを吸い込んでいるようだ。

 

「絶望の残党の1人ですか。確か、剣道家の才能を持ったヒットマンでしたね」

 

「……お前、何を知っている」

 

「何も」

 

 特に興味のない彼女を無視し、食材の山の元へと向かう。

 しかし、手が掴んだのは食材ではなく竹刀。

 再び彼女が切りかかってきたからだ。

 

「この際、お前の事などどうでもいい。だがその食材は坊ちゃんのものだ。勝手に取るなど許さん」

 

「『所有の権利を保証させたい』ならば、もう少しまともな意見を下さい」

 

 僕はそう言い、内側が本物の刀になっている竹刀を離す。

 同時に彼女はバックステップを踏み、僕との距離を調整する。

 

「保証などいらん、ここら全ては坊ちゃんのものと決まっている。

 お前のような男に一欠片とて渡す気はない。

 もしお前が次に奪おうとするのならば……私は坊ちゃんの『道具』として侵入者を排除する」

 

 淡々と言葉を告げる彼女の口角が徐々に上がり、とうとう不気味な笑みへと変わる。

 その笑顔は人殺しを嬉々と感じる者がする笑顔だ。

 

「感情を持つ道具。まさに絶望的ですね……ツマラナイ」

 

「死ね」

 

 

「そこまでにしろペコ」

 

 彼女はその言葉と同時にピタリと止まり、膝を折って頭を下げた。

 2人のボディーガードと一緒に物陰から現れた男は『道具』の機械的な動作を見ると、心底、まさに心底愉快そうに笑う。

 

「よォ、客人。オレがこの辺りを所有しているものだ」

 

「それで?」

 

「その食材はなぁ、オレのものなんだよ。欲しけりゃ対価を置いていけ。対価交換の『契約』だ。……それが出来ないなら今すぐ死ね」

 

 小柄で帽子を被り、右眼を眼帯で隠す少年は笑いながらそう言う。

 

 ───なんてツマラナイ存在だ。歴史が証明しているにもかかわらず、私利私欲のためだけに圧政を続けた『実力のない暴君』のようだ。

 

 彼も彼女同様、様々な感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような瞳をしていた。

 

「陳腐な『契約』を結べと?」

 

「あぁ、悪い話じゃねえだろ。そうすればお前は命が助かる」

 

「ツマラナイ」

 

「……なら仕方ねえな。ペコ、オレの『道具』として命令する、奴を殺せ」

 

 早すぎる会話の流れに待ったをかける人間もいない。

 

「はい坊ちゃん、仰せのままに」

 

 そんな空間の中、人間の常識を超える速度で少女が突撃してきた。

 

 

 ────蹂躙は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと起きましたねカムクラくん」

 

 瞼を開き、初めて視界に入ったのは真夏の太陽から発せられるギラギラと輝く光。

 明るすぎて何も見えない中、高く美しい声だけが僕の聴覚に届く。

 寝惚けることなく、思考は加速し、現状を一瞬で理解した。

 

 夢───同時に頭の片隅にしまってあった記憶でもあるもの。

 

 滅多に見るものじゃないその現象に内心では少しだけ思う所があるが、状況の対応へと意識を割いた。

 

「ベンチの上に足を乗せるなんて行儀が悪いですよ」

 

 真横から聞こえる美声が、再び僕の聴覚を刺激する。

 僕は、落ち着いた声を響かせる人間の方へと顔を向けた。

 太陽の光で反射し、透き通るようなプラチナの髪を持つ美少女。

 

 クラスメイトの椎名 ひよりが、見る人全てを魅了するような美しい笑顔でこちらを見ていた。

 

「……癖なんで」

 

 ベンチの上に乗せている片足を下ろし、断熱材が埋め込まれた地面に両足を付ける。

 アスファルトの上と全く変わらない感覚だと思いながら、眼前に広がる常夏の海を視認する。

 

「癖……ですか。

 ……ふふ、本当はもう少し注意した方が良いかなと思ったのですが、良いものを見れたので今日はここまでにしますね」

 

「良いもの?」

 

 ニコリと微笑む彼女は片手に持っている文庫本を膝の上に置き、頬に手を当てる。

 顔に関係する事を指し示しているのでしょう。

 

「カムクラくんの寝顔です」

 

「……ツマラナイものじゃないですか」

 

「いいえ。普段のあなたからは想像できない子供のような表情はつまらないものじゃありませんでした」

 

 先程と変わらない笑顔のまま、彼女は言葉を続けた。

 悪意の篭っていない純粋な賛美になんだかむず痒くなる。

 ───わけがなく、興味すら湧かない。

 

「頬をつついてみましたが、起きなかったので余程疲れが溜まってたんですね」

 

「……そのようですね」

 

 カムクライズルが他人の前で熟睡する上に、他者に触れられても意識を覚醒させないとは。

 どうやら僕は無意識のうちに、彼女を害のない人間と判断していたことを認識する。

 

「ふふ、でも気持ちは分かりますよ。ぽかぽかとしたこの陽射しに、暑さを遮る澄んだ波風。こんな素晴らしい海の上ならお昼寝もしたくなっちゃいます」

 

 波風。海の上。

 何故それらを感じられるのか。

 それは僕たちが現在進行形で太平洋を横断しているからだ。

 

「学校も太っ腹ですよね。高校生にこんな豪華な旅行をさせてくれるなんて」

 

 神々しく輝く太陽から発せられる陽射しは、無限に広がる雲ひとつない空を通過し、際限なく潮風を運ぶ海へと呑み込まれる。

 それらが出迎えてくれる豪華客船のデッキは芸術だ。

 この景色だけでも夏休みの1つの思い出になると言えるだろう。

 

 学生たち待望の夏休みが始まった中、こんな贅沢を出来るのは何故か。

 その理由をお答えしよう。

 高度育成高等学校の1年全員と担当教員は本日、8月1日から2週間、一般人からすれば規格外の豪華旅行をしているからだ。

 

 これがどれほど規格外なのかを掻い摘んで話そう。

 

 予定では最初の1週間は無人島に建てられているペンションで夏を満喫し、その後の1週間は客船内での宿泊という流れ。

 先程説明した芸術的な光景が見えるデッキ。

 楽しむために必要な設備を完備したシアターや高級スパ。

 屋上には複数のプライベートプールがあり、自身のプロポーションを強調する水着を借りて遊べる。

 

 これ以外にも豪華なサービスがあるが、すべて無償という太っ腹さ。

 はっきり言おう、異常だ。

 

「また、以前のように裏を読めということでしょうか?」

 

「でしょうね。楽しみながらも警戒しろ、注意を怠るな。大方こんな所でしょうか」

 

 社会に必要なものを実践、つまり経験させて覚えさせるこの学校の教育方針は中々のものだが、さすがに今回はタチが悪い。

 天国から地獄に叩き落とされる可能性すらある事に大量の悪感情が生まれるだろう。

 

 案の定というか、僕の言葉を聞いた椎名さんの表情が歪む。

 暗い空気が漂いながらも、彼女は自身の思考を言語を用いて形にした。

 

「……今後何かが起こったら、それはもしかして運動に関わることなのでしょうか?出来れば運動は遠慮したいです」

 

「運動が必要になる時は必ず来ますよ。もっとも今回かどうかは知りませんが」

 

「……カムクラくん、私は運動音痴なのです。この先大丈夫でしょうか?」

 

 自虐しながら短所を露呈する彼女の瞳はやや暗い。

 かねてからの悩みでもあるのかもしれない。

 

「大丈夫ではありません」

 

「……手厳しいですね」

 

 椎名 ひよりは確かに賢く、学力もあり、超分析力とまではいかないが分析能力もかなり長けている。

 だがこの学校はそれだけで評価するほど甘くない。

 証拠に彼女はCクラス、学力だけならばAクラスでもそうなる理由がある。

 彼女にとっては身体能力がまさにそれだ。

 

「……まぁ、今すぐなんとかしろということはないでしょうからゆっくりと克服すれば良いだけです」

 

「ふふ、そうですね。ゆっくりと時間を掛けて頑張るしかなさそうです。

 ……ところでカムクラくん、私の貸した本は読み終えましたか?」

 

 先程の暗い態度と打って変わって、キラキラとした視線を向ける彼女はとても鬱陶しい。

 彼女の貸してくれた本、『ABC殺人事件』という本だが確かに読み終わっている。

 だが期待の眼を向ける彼女には申し訳ないが、これといってオモシロイものではなかった。

 

 読み終わったがために、この場所で先程まで眠っていたのだ。

 余韻に浸ることなく本を閉じ、ポカポカとした暖かい陽射しから生じる睡魔が僕を襲ったがための熟睡。

 

「読みましたよ」

 

 適当な生返事のようにその言葉を言った。

 愛想がなく、そっけない雰囲気まで出ているなと自身のことを理解する。

 

「……その表情はつまらなかったのですか」

 

「ツマラナイとまでは行きませんよ。正確に言えば時間潰しにはなりました」

 

「……でも読んでくれるだけ嬉しいです」

 

 トゲのある言い方をしても先程と同じようにニコリと微笑む。

 だが彼女も人間なので、心の底ではそんな言い方しなくてもという若干の怒りと戸惑いの感情が(うごめ)いてる。

 

「……感想がないわけではありませんよ」

 

 ご機嫌取りのお時間だ。

 彼女はピクリと体を揺らす。

 本物の魚に見せるための動きをする前のルアーに食らいつく食欲旺盛な魚のような速度でこちらに顔を近づける。

 

「一部とは言え、どこか面白い所があったのですか!?」

 

「いえ、オモシロイという訳ではありません。ただ、以前読んだ『ABC殺人事件』は全て英語でしたので日本語版とはやや表現が違う部分が見受けられました」

 

「……なるほど。それは興味深いことを聞きました」

 

 彼女は顎に手を当て、うーんという感じで何かを考える。

 恐らく英語と日本語の表現技法の違いを考えているのでしょうが、たかが一高校生にその論題を考えさせるには些か難易度が高い。

 

 例えば、英語と日本語の時間の表し方一つ取っても違うのだ。

 英語は時間に厳しい言語で、日本語は緩い言語だ。

 

 英語は現在形、過去形、未来を表現する文法といった決まった表現がある。

 食べる、食う、口にするという様々な言い方が出来る日本語は英語の現在系では“eat”。

 食べた、食った、口にしたという日本語は英語の過去形では“ate”。

 時間を置いてから食べると今決めたならば“will eat”。

 その未来が既に決まっているならば“be going to eat”。

 今まさに食べようとしたなら“be about to eat”。

 

 こんな面倒な違いがある英語と比べて日本語はというと、現在形にしたいなら動詞の最後を「〜する」。

 過去形にしたいなら動詞の最後を「〜した」。

 未来の表現にしたいなら「〜する予定だ、〜するつもりだ」。

 些細な時間の違いで表現を変える必要は無いのだ。

 

 古典の時から、過去を表す表現が「き」「けり」しかなかった日本語様なのだから、時間に緩い言語であることは別段不思議とは思えない。

 

 端をつまんだだけでもこれだけの情報が出てくるのだから、翻訳による解釈の違い、所謂言語の壁とは並大抵の高さではない事を分かって欲しい。

 

「……私もっと英語頑張りますね。やはり本を理解するには言語の壁を突破しなければ話にならないと再認識しました」

 

 そう言う彼女の瞳にはメラメラと燃える炎のような好奇心が激しく動く。

 手は握り拳を作っており、やる気十分な姿勢が見受けられる。

 

「だからカムクラくん……その……出来ればなんですけど、私に英語を────」

 

 彼女が何かを告げようとした途端に、周囲が騒がしくなった。

 ワッと言う声が彼女の小さく、細い声を打ち消す。

 

「ど、どうしたのでしょうか?」

 

 彼女はデッキの取っ手を掴み、そこから景色を見渡した。

 島がはっきりと肉眼で確認出来る。

 どうやら島に到着するようだ。

 

「え?回り始めた?」

 

 椎名さんの戸惑いの声が響く。

 島につけられると思っていた船が、何故か桟橋をスルーし、ぐるりと島の周りを回り始めたからだ。

 

「……妙ですね」

 

 その意見に賛成だ。が、これから泊まるであろう島の全容を1周回ることで把握させてくれるだけかもしれない。

 だが疑えるものは全て疑う。

 かつて全ての事象を疑って真理を見つけた哲学者だっているのだから、多少懐疑的になっても怪しい事は警戒すべきだ。

 

 不自然に空洞が出来ている岩盤。高さがある程度整備されている森。

 自然に合うように作られている事が際立つがため、逆に自然に合っていない小屋。洞窟……いや洞穴と思われるところもある。

 さらには鉄塔と倒れた大木。

 そして人工的に作られたと思われるヤシの木が生えたビーチ。

 

 島の面積は約0.5㎢、最高標高230m。

 百数人が過ごすにしては大きすぎる島だ。

 

 ああ、そう言えば、重要なことを言い忘れてましたね。

 

 一通り見ましたが、この島にペンションやそれに準ずるものなんてありませんでしたよ。

 ───僕たちにどこで、どうやって生活させるのでしょうか。

 聡明な人間ならば、答えを推測出来るだろう。

 生活するための拠点がない島の中で人間たちを降ろし、やらせること。

 

 

「───サバイバルですか」

 

「……どういうことですかカムクラくん」

 

「いずれ分かりますよ。それにそろそろでしょうから」

 

 彼女から借りていた本を持ち、ベンチから立ち上がる。

 そのまま僕は彼女に背を向けて歩き始める。

 最後に見えた彼女の表情には不安が見えたが、わざわざ説明するまでもない。

 どうせ彼女ならば、直に1人で分かる。

 

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸します。

 生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認したあと、携帯を忘れず持ち、デッキに集合してください。

 それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また暫くお手洗いに行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいてください』

 

 

 僕の予想通り、上陸に関するアナウンスが流れた。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 体育の授業でも使用するジャージを身に付け、Aクラスから島へと下船する。

 1年生全員が砂浜がよく見える海岸付近へと集合する。

 

 そこに到着するまでテキパキと行動する人間もいれば、ダラダラと談笑しながら歩く人間もいた。

 そんな多種多様で纏まりのない人間たちも、誰もが全く同じジャージを着て画一化されていると考えると滑稽に思える。

 

 下船して少し経つと、全クラス一斉に出席の確認を始め、持ってきていた携帯を提出した。

 それが終わると高身長の教師が前へと出て、予め準備されていた白い壇上に上がる。

 よく鍛え抜いた身体をしているために、体育会系の先生に見えるが、英語を担当しているAクラスの担任、真島先生だ。

 

「今日、この場所に無事につけたことを、まずは嬉しく思う。しかしその一方で1名ではあるが、病欠で参加できなかったことは残念でならない」

 

 ふーん、これだけ豪華な旅行に来れないとは運が悪いですね。

 まぁ、誰が休んでいようとどうでもいいので他に気になったことへと思考を集中させる。

 

 険しい表情を浮かべる教員たち。作業着に身を包んだ数十名の大人たち。

 特設テントの設置をはじめたり、パソコンといった電子機器を用意する人間も見える。

 僕の予測が正しいならば、あれは生徒たちの身の安全を守るための準備でしょう。

 

 先程から沈黙している真島先生は生徒たち一人一人を見つめていく。

 海のさざ波や潮風のような自然な音が、人工的に作られた機械音によって霞む。

 そんな雰囲気に生徒たちも困惑の色を見せ始める。

 

 

 だがとうとう、真島先生から冷酷な一言が発せられた。

 

 

 

「ではこれより───本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 

 

 この場に満たされたのは疑問、ほぼ全員が未だに幻想に浸っている。

 周囲を確認し、浸っていないかつ、平然としている人間を探す。

 

 Aクラスからは数名。僕とは対称的なスキンヘッドの男子と坂柳さんの取り巻きである金髪の男子と確か……真澄さんという女子。

 

 Bクラスからも数名。一之瀬さんは堂々とした態度をしており、彼女の隣にいるクールなイケメンといえる男子も落ち着いている。

 

 Dクラスからは一人。これは例外だが、背筋を真っ直ぐ伸ばしながら、降り注ぐ太陽で爪を光らせる変人こと、高円寺 六助だ。

 

 

 ───そしてニヤリと不気味に嗤うCクラスの王。

 

 

「期間は今から1週間。8月7日の正午に終了となる。君たちはこれからの1週間、この無人島で集団生活を行い過ごすことが試験となる」

 

「無人島で生活って……船じゃなくて、この島で寝泊まりするってことですか?」

 

 僕の2つほど後ろにいるCクラスの生徒が戸惑いながらもしっかりと手を挙げ、真島先生へと当たり前の疑問をぶつける。

 

「そうだ。試験中の乗船は正当な理由なく認められていない。この島での生活は衣食住全て、君たち自身で用意してもらう。

 スタート時点ではクラス毎にテント2つ、懐中電灯2つ、マッチ1箱、歯ブラシを各自1つずつ支給する。

 特例として女子の場合に限り生理用品は無制限で許可している。各自担任の先生に願い出るように、私からは以上だ」

 

 やっぱり僕の予想通り、ツマラナイですね。

 倦怠感のような何かが僕の身に纏い、退屈凌ぎのためか明後日の方を向くようになる。

 

 未だこの状況に納得がいかないのか、以前図書館で見たDクラスの生徒が真島先生に叫ぶ。

 それを冷静な口調で真島先生が返し、納得させる。

 そんなようなやり取りが続く。

 

 興味が湧いたのは、この特別試験のテーマが「自由」ということを聞いた後だ。

 

「この無人島における特別試験では大前提として、まず各クラスに試験専用のポイントを300支給することが決まっている。

 このポイントを上手く使ってこの特別試験を楽しむことが可能だ。そのためのマニュアルも用意している」

 

 手にはそのマニュアルと思われる厚みを持った冊子が握られている。

 

「これにポイントで入手出来るモノが全て載っている。生活に必要なモノから娯楽まで全てだ。例えばバーベキューがしたいなら、機材と食材も用意できる」

 

 その言葉を聞くにつれて、生徒たちの表情は穏やかになっていく。

 

「言っておくが、2学期以降に悪影響もない。そして難しいことなんてものもない。

 先程も言ったがこの試験は全て自由。集団生活を送る上での必要最低限のルールはあるが守ることが難しいものなんて一つもない」

 

 会話を円滑に運用するために出てくるであろうツマラナイ質問を先に潰して彼は話す。

 今のままでは、試験と聞こえの良い娯楽にしか聞こえない。

 どう考えても試験の全貌が見れないことに若干の楽しさがあったが、それは次の情報で無に帰す。

 

「この特別試験終了時には、各クラスに残っているポイント、その全てをクラスポイントに加算した上で、夏休み明けに反映する」

 

 クク、という特有の笑い声が聞こえてくる。

 どうやら彼の予想も当たっていたようだ。

 

 早い話これは、1週間の我慢によっては来月から貰えるクラスポイントが最高300ポイント増えるのだ。

 そしてこの戦いに学力は関係ない。何せサバイバルなのだから。

 

 ゆえに上位クラスが有利で、今まで変動することなんて有り得なかったクラスポイントは変化を始める。

 本格的な───クラス闘争だ。

 

「マニュアルは1冊ずつクラスに配布する。紛失などの際には再発行も可能だが、ポイントを消費するので大切に保管するように。

 また、今回の旅行を欠席した者はAクラスの生徒だ。特別試験のルールでは、体調不良などでリタイアした者がいる場合、30ポイント減少というペナルティが決まっている。

 そのためAクラスは270ポイントからのスタートとする」

 

 ふーん、休んだのは坂柳さんですか。

 見当たらなかったのでもしやと思っていましたが、彼女の疾患では確かに厳しい環境なので仕方ない。

 

「これにて説明を終わりにする。まだ何か分からないことや質問がある者はいるか?」

 

 拡声器から発せられる太い声に反応するものはいない。

 生徒一人一人を見渡し、最終確認をしていく。

 しかしそこに、右手を天高く上げる人間が現れる。

 

 ───僕だ。

 

 この場で質問する事にメリットなんてない。

 なぜなら、未だに状況を理解しきれていない人間にヒントを与えるようなものなのだから。

 後で質問しやがれと、龍園くんに叱られそうですが、そんなものはどうでもいい。

 

 

 このままツマラナイ試験を行うことの方が僕からすれば退屈でしかない。

 

 

「質問を許可しよう」

 

 この場にいる全ての視線が僕へと集まる。

 緊張なんてない。

 むしろ、これが超高校級の希望のあるべき形だ。

 

「2つ、質問があります。1つ目は、先程今後に悪影響はないと仰っていましたが、300ポイントが0ポイント未満になった時はどうなるのですか?」

 

「それに関しては問題ない。ポイントは0から減ることはない。たとえ全て使い切っても最低が0ポイントだ」

 

「ふーん、では2つ目です」

 

 生徒が先生に使う言葉遣いではないためか、Aクラスの生徒から非難の目を浴びせられる。

 だが、そんなことお構い無しに僕はそのまま続けた。

 

「300ポイントは──譲渡する事が可能ですか(・・・・・・・・・・・)?」

 

 静寂。

 真夏のビーチを一連の潮風が靡くことで、砂埃が舞う。

 

 他クラスの生徒は何を言っているんだという表情を浮かべている。

 一之瀬さん、龍園くん、櫛田さん、スキンヘッドの男子、Dクラスの黒髪の美少女、そして地味目の彼も同様だ。

 

 我慢して耐えればかなりの量のお小遣いが二学期に貰えるこの試験において、僕のこの質問はそのお小遣いを他者に渡すというありえないもの。

 理解したり、真意を見抜こうとする方がバカらしく見えるものだ。

 

 事実、チラホラと馬鹿にするように笑っている人間が見える。

 

「………………可能だ。モノを買うためにポイントを支払うならば、他クラスに投資するという意味でポイントを支払う事が出来る。

 ちなみにポイントを使用したい場合は誰でも、その都度担任に報告することで可能だが、キミのいうポイント譲渡は誰でもできる訳ではない。

 それについては後々各担任から説明されるリーダーと関係があるのでそこで聞いてくれ」

 

 真島先生はそんな僕の質問に真面目に答えてくれた。

 どこで使うんだよその情報とAクラスの方から聞こえるが気にしない。

 

 確かにこの段階で絶対に必要なものとは僕も思っていない。

 だが数時間前にも言った通り、疑えるものは疑う。

 ルールの裏を突くには、ルール全てを把握する必要がある事と他人の予測を振り切る事が必要だ。

 

 そのための過程。結果を導くための過程を濃くすることで、成功の確率を上げるための手段。

 

 僕は幸運があるため、いちいち過程に拘ることなく勝つ事が決まっている。

 すなわち、結果は勝手についてくるのだ。

 

 ツマラナイ。

 僕が楽しめるのは過程だけなのだ。

 

「もう質問はいないな?……これにて話を終了する。各クラス毎に解散してくれ」

 

 僕の質問で時間が押してしまったためか、真島先生は手早くことを済ませる。

 その後、拡声器をもつ別の教師が現れ、それぞれの担任の先生の方へと分断していく。

 

 

 

 各クラスが距離を取るようにして集まりだした。

 

 




ダンロン要素を少しでも多く入れたいのですが、これがまた難しい……。


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始動

 

 

 喧嘩するほど仲が良い、なんて言葉がある。

 喧嘩をするということはお互いの本音をぶつけ合うことであり、それは険悪な関係では出来ないものだからこんな言葉が出来た。

 ゆえに関係が良好な時に、何らかの齟齬が生じる事で起こるものが喧嘩というものだ。

 

 私、伊吹 澪はそうは思わない。なぜなら私は友達がいた事なんて殆どないのに何度か喧嘩をしたことがあるからだ。

 例を挙げるならただムカつくから行った口喧嘩、気に入らないクラスメイトとの暴力を用いた喧嘩だろう。

 

 さて、どうしたものか。

 現在、私の視線上には二人の男が対立している。

 果たしてこれは、喧嘩と呼べるものなのか。

 

「カムクラ、お前には灸を据えなければいけないらしいな」

 

 奇抜な髪型をした男は額に青筋が立っている男によって胸倉を掴まれている。

 掴まれている方は、他の色が入り込む隙がない程真っ黒で、非現実的な長さの髪型をしている。

 掴んでいる方は、黒と若干の茶色が混じり、男子にしては少し長めの独特な髪型をしている。

 

「別に構わないじゃないですか。これの方が多少予想通りにいかなくなります」

 

「てめぇは良くてもオレは良くねえんだよ。今回の特別試験はオレの制度の継続が掛かった重要な一戦だ。

 ……100歩譲って難易度を上げたのは許してやる。だが誰が独断行動を許したんだクソワカメ」

 

 長髪の男、カムクラ イズルは視線を横にずらす。

 凄む男、龍園 翔からの睨みと合わせないようにしている。

 龍園はというと、そんなカムクラの胸倉を軽く揺らす。

 

「てめぇ……なに目を逸らしてやがる。こっち見て話せ」

 

 その光景を見たCクラスの生徒たちは自分たちの王が憤怒を見せていることに恐怖している。

 

 だが彼らと身近にいる人間たちは最近あることが分かってきたため動じない。

 感覚的だが、この程度は怒っていてもじゃれあっているくらいなのだと。

 側近のアルベルトや石崎もそれが分かっているために止めない。

 

 傍から見たら大迷惑だが、私はもう気にしない。

 

「……龍園くん、そこまでにしなさい」

 

 現在はクラス毎に距離を取ってからすぐの状況だ。

 坂上先生は補足説明をするために龍園へ制止を促した。

 

 ポイントを引かれる可能性があったためか、龍園も素直にカムクラから手を離す。

 

「カムクラくん、キミもキミです。全クラスがいる場ではなくこの場で質問すれば良かったのではないですか?」

 

「それではツマラナイじゃないですか」

 

 ───沈黙。

 坂上先生は、言っている意味が分からないという表情で何度も瞬きをする。他の生徒たちも同様だ。

 彼の身近にいる人間も以前ならばその仕草をしていただろうが、さすがに付き合いが長いために、彼があの場で質問した理由をそれなりに推測出来るようになっていた。

 大方、自分の予想外になるようにするための布石……は言い過ぎだけど、そうなるための手掛かりを相手に付与したのだろう。

 

「……はぁ、キミはそういう生徒でしたね」

 

 やれやれと言った態度を見せる坂上先生。

 現在彼はジャージを着用しているので、その姿でため息をつくと一般男性が愚痴を零してるようにしか見えない。

 もっと言うと、あまり筋肉がない先生だから正直似合ってなく、ゴボウみたいだ。

 ゴボウの愚痴……一体誰得なのだろうか?

 

「……話が逸れてしまいました。早速、補足説明をしていきましょう」

 

 その切り口とともに彼の説明が始まる。

 

「今からあなたたち全員に腕時計を配布します。これは1週間後の試験終了まで外すことなく身につけておくように。

 許可なく腕時計を外した場合にはペナルティが課せられます。

 この腕時計は時刻の確認だけでなく、体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPSも備えている優れものです。

 また万が一に備え学校側に非常事態を伝えるための手段も搭載してありますので、緊急時にはそのボタンを押してください」

 

 業者の人間が重たそうな段ボール箱の中から一つ一つ、電子器具を取り出していく。

 

「待て、坂上。その腕時計は海に入れたらぶっ壊れねえのか?」

 

「冷静じゃないがためにいつもの敬語が外れていますよ龍園くん……その点についてはご安心を、完全防水です。万一壊れてもすぐに交換しに行きます」

 

 龍園はちっ、と舌打ちをした後にカムクラを睨む。

 カムクラはそんな視線気付いてないと言わんばかりに明後日の方向を見ている。

 その態度に龍園の青筋が増えた。

 

「……勿論これだけが補足説明なわけがないよな?もう少し詳しいの頼むぜ」

 

「とうとう敬語が消えましたね……まぁ、キミらしくて良いのですが」

 

 意外にも寛容な坂上先生に若干驚くが、今は補足説明の方が大事だ。

 そして彼は長々と全ての説明を丁寧に開始した。

 あまりに長いので噛み砕いて説明しよう。

 

 まず、この試験における罰則事項についてだ。

 

 ・著しく体調を崩したり、大怪我をした者はマイナス30ポイント。及びその者はリタイアとする。

 ・環境汚染をし、発見された者はマイナス20ポイント。

 ・午前、午後8時の2回に行う点呼に不在の場合は一人につきマイナス5ポイント。

 ・他クラスへの暴力、略奪、器物破損の場合は、クラス全員が失格で、対象者のプライベートポイントは没収。

 

 これら4点がこの試験においての罰則。

 厳しいものから軽いものまであるな、というのが個人的な感想だ。

 

 Aクラスが最初から30ポイント少ないのはこのルールに抵触したからだと理解する。

 後、クラスが初めに持っているポイントは300なので、10人の人間がリタイアすれば0ポイントになるということは、覚えていて損はないだろう。

 

 

 次に、1番重要な所を説明しよう。

 それは「スポット」と呼ばれるエリアの事だ。

 ある機械を中心に一定の距離が含まれる空間、それが「スポット」だ。

 

「スポット」は占有することが可能だ。

 占有したスポットは占有したクラスのみが自由に使用でき、占有するとある恩恵が貰える。

 1度占有するごとに1ポイント貰えるというものだ。

 ただし、占有時間は8時間しか持たず、自動的に権利が失われるので更新しなければならない。

 あと、繰り返し何度も同じ場所を占有出来るし、複数占有も出来ると説明された。

 

 例えば3つのスポットを5日間占有できたならば、各スポットで1日3ポイントが手に入る。

 日に3回更新出来れば、1日で合計9ポイントも入手出来る。

 それが5日間、すなわち9×5=45ポイントが試験最終日の結果発表の場でクラスに振り込まれる。

 したがって、この方法によって集めたポイントは試験終了時のみに加算されるということだ。

 

 勿論これにはリスクもある。

 

 それを纏めたのが特殊ルールと呼ばれるもので、マニュアルには明白にそれらが書いてあった。

 

 ・スポット占有にはキーカードが必要。

 ・1度の占有につき1ポイントを得る。

 ・他クラスの占有しているスポットを許可なく使用した場合、マイナス50ポイント。

 ・キーカードは「リーダー」のみ使える。

 ・正当な理由なく「リーダー」は変更できない。

 

 

 そして最後に、これらのルールの不合理な所を抑えるルールがある。

 もしこのルールがなければ、手っ取り早くスポットを取った奴が勝ちという早い者勝ちが正しいだけのつまらない試験だ。

 

 最後のルールとは「リーダー」に関することだ。

 

 試験最終日の点呼のタイミング。つまり、朝8時の点呼で他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。

 その際にリーダーを当てられたら恩恵が貰える。

 

 ・他クラスのリーダーを当てた場合、プラス50ポイント。

 ・他クラスにリーダーを当てられた場合、マイナス50ポイント。

 ・他クラスのリーダーを外した場合、マイナス50ポイント。

 

 と、ハイリスクハイリターンなルールだ。

「リーダー」はスポットを占有できるが、何個もスポットを取ろうとすれば敵にリーダーを知られかねない。

 下手に動きすぎれば、最終日にリーダーを当てられ大損害……なんてことになりかねないのだ。

 

 なら「リーダー」を作らなければ良い、と思うかもしれないが、残念ながらリーダーは必ず一人決めなければならない。

 

 長くなったが、大まかなルールは以上、と言ったところだ。

 

 

「そして先程カムクラくんが質問していた事を補足しましょう。1つ目はもう皆さん理解してると思うので良いですね?」

 

 1つ目とは300ポイントは0ポイントより下にならないというルールのことだ。

 これは難しい所などなく、簡単に理解出来る。

 

「2つ目のポイントを譲渡するというルールは一応あるにはあるのですが、まぁ、自分のご褒美になるものを他人に上げることなんてないのであまり詳しくは出来ていません」

 

 坂上先生は頭をかきながら、言葉を続ける。

 

「リーダーになった生徒が相手のリーダーとの双方の同意があって初めて、ポイント譲渡は可能です。

 ちなみにスポットで手に入れたポイントもリーダーが各担任に言えば渡せますが…………」

 

 説明をし終えたが、含みのある沈黙が起きる。

 それにしても、さっきの腕時計と言い、些細な所まで行き届いた細かいルールと言い、この学校は抜かりない。

 腕時計は体調を監視し、不測の事態に対応するためのもの。徹底した安全管理だ。

 カムクラの聞いた酔狂な質問までも記載しているルール、これまた管理が行き届いている。

 万が一体調を崩しても最悪の事態にならないなと思うと同時に、反則は99%出来ないなと考察する。

 

「あ、あの坂上先生、それとカムクラさん、譲渡って何のメリットもありませんよね?」

 

 痺れを切らした石崎が2人に向けて、疑問を投げる。

 この疑問は1人を除いて、この場にいる全ての人間が思っていたことの代弁なので、石崎には心の中で礼を言う。

 

 この変な質問をした張本人を見てみると───直立不動。

 目をつぶっていて、立ったまま寝ているのではという心配までしてしまう程、動く気配が見受けられない。

 

 しかしその数秒後、ゆっくりと動き出した瞼から赤い瞳が現れた。夕日よりもずっと濃い赤から生じる眼差しが石崎の方へとゆっくり動く。

 

「メリットならありますよ」

 

「……それを皆に説明して欲しいのですよカムクラくん」

 

「必要ありません」

 

 適切な理由がないために嘘をついているかもしれない。

 そのため我儘な事を言って白を切っているように見える。

 が、彼のそれが嘘ではないと言える可能性も十二分にある。

 

 圧倒的な個人の言うことに盲目的になってしまう。

 その理屈が通じる程、彼には実力がある。

 私たちが見えてないだけで、天才の視界には違う景色が広がっているかもしれない。

 

「坂上先生、説明は終わりですね?僕はそろそろ行く所があります」

 

「……おい待て、何処に行くつもりだ」

 

 呼び止めたのは坂上先生ではなく、龍園。

 実質的なリーダーである彼はカムクラが動く理由を聞く義務がある。

 

「ここはあなたに任せます。あなたのやりそうな事くらい僕には分かるので、その点はご心配なく」

 

「誰もてめぇの独断行動を許した覚えはない。戻れカムクラ」

 

「この試験は重要で勝ちたいのでしょう?ならば動くのは今、君ならばその意味が分かるのでは?」

 

「理解できるさ……が、前にも言ったようにお前は奥の手。今はまだ使うべきタイミングじゃねえんだよ」

 

 声が低くなり、真面目な表情で龍園はそう言う。

 静かな怒り。先程のじゃれあっていた時と違い、本当に怒っていることが分かる声色。

 肌身で感じたそれに、今度こそ、正真正銘の恐怖がクラスメイトに伝播していく。

 

「キミの考えも分からないわけじゃない。ですが、僕はもう退屈です」

 

「最低限の仕事は渡すから退屈させねえよ」

 

「……敢えて言いましょうか」

 

 ため息をつくカムクラは無機質な声にミリ単位の感情を込めて次の言葉を言う。

 

「……龍園 翔。あなたは自分の実力の本質を勘違いしてませんか?

 目的を果たすためなら、自身も含めた全てを容赦なく巧みに利用して、たとえ負けても這い上がろうとするのが、あなたという人間でしょう。

 そんなあなたが奥の手?……何を言っている。

 もしそれが正しいと本気で思っているのならば、今のあなたは───ツマラナイ」

 

 今まで見たこともないほど饒舌に話すカムクラの言葉に、龍園の目が見開く。

 こんな堂々とプライドの高い龍園を貶せば、彼の心の内に溜まっている怒りが爆発する。

 坂上先生を含め、それを悟ったこの場にいる全員に緊張が走った。

 

「……言うじゃねえか」

 

 私、いや全員が驚いた。

 なぜなら沈黙を破った彼の声はどこか辛そうだったからだ。

 

 基本的にどんな時もヘラヘラと笑う龍園が珍しく、怒りと悔しさを交ぜた表情を見せ始める。

 その声色は苦渋、怒りよりも悔しさが多い。

 

「ふーん、自分の本質が気付かない内に変わりかけていた事を何一つ反論することなく、受け入れるのですか」

 

「……本質が変わる?……違うな。オレ自身が成長しただけさ」

 

「確かにあなたは成長し、変わってきています。

 しかし現状、その成長結果は、肥大化しすぎて抑えきれなくなった慢心によって掻き消されている」

 

「そのクソでかい慢心のせいで、オレは自らの本質を見失ってたと?」

 

 カムクラは答えない。赤い瞳を龍園に押し付けるだけだ。

 

「……ちっ、本当にムカつく野郎だ。………………だが確かにそうだ、そうだったな」

 

 感慨深い声をビーチに向けて吐き捨てる龍園。

 その両手は強く固く握り締められている。

 常ならば即座に振るわれるはずの拳は、動く気配すらない。

 雰囲気と相まって何らかの感情が滲み出てることが分かる。

 

 私は驚いている。なぜならばあの龍園が、異常なまでに勝利に拘るこの男が、こうもあっさりと自分の非を認めたからだ。

 

 そんな彼は突然、深呼吸を始めた。

 

 大きく息を吸い、呼吸を、心を整える。

 そして強い眼差しを持って言葉を発した。

 

「……カムクラ、命令だ。……内容は分かっているな?」

 

 芯が通っている強い声。響いた言葉は、私たちの耳にも届いた。

 

「当然です」

 

「ノルマは1クラスだ。これも分かっていると思うが、オレは結果のみ求める。

 それ以外なんていらねえ……せいぜいオレの期待を裏切るんじゃねえぞ」

 

「くだらない寸劇でしたね。採点すれば100点中35点といった所でしょうか。

 ギリギリ赤点回避です。しかしまぁ───あなたらしさは出てました」

 

 龍園は不敵な笑みを返した後に臣下たちの方へと、カムクラは王命を授かった後に森の方へと、お互い同時に向き合った。

 

 ビーチの潮風によってカムクラの髪が靡く。

 腰まで届く非現実的な長髪が放つ異質感。

 有している実力は「王」すら黙らせる。

 その赤い瞳はもう、森の奥を見据えていた。

 

 

 ───私は今、ある絶望に気付く。

 普段は表舞台に立たないこの男が、自らの意思で動き出したという絶望だ。

 

 今まで彼を縛っていた我慢という鎖は消えた。

 退屈で仕方なかったため、彼が限界を迎えた。

 

 ゆえに彼は『暇潰し』を始めた。

 

 その結果、他クラスがどんな被害、どんな絶望を被るか、少しだけ想像してしまった。

 

 

 

 他のクラスが未だに話し合っている中、彼はたった1人、森の方へと歩いていった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 カムクラが森へと去っていった。

 Cクラスの二大巨頭……と呼んでいいのか分からないが、そのうちの一人がこの場から消えたのだ。

 すなわちそれは、龍園 翔という支配者に対して、真正面から意見をぶつけられる人間がいなくなったことを意味している。

 つまり、本格的な独裁の始まりだ。

 

「おいお前ら。分かってると思うがリーダーはこの俺がやる。文句はねえな?」

 

 ドスの利いた声が響き渡る。

 それは少しだけザワついていたクラスメイトたちから一瞬で言葉を奪った。

 まさに鶴の一声だ。

 

「沈黙は肯定ってやつだな。

 さて、まずは1つ目の命令だ。お前らだけで現状の問題を話し合ってみろ。時間は……7分程でだ。

 その間オレはこの試験での勝利を掴むための策を考える。

 司会進行は金田、お前がやれ。お前なら上手くやれるはずだ。

 坂上、度が過ぎそうだったら止めてくれ」

 

「……分かりました龍園氏」

 

「ええ、教師としてそれは当然の行為です」

 

 キノコ頭に眼鏡といういかにもオタクっぽい生徒と坂上先生は、殆ど同時に眼鏡を元の位置にクイッと戻しながら応える。

 

 そして龍園は宣言通り、黙り込んだ。

 彼はクラスメイトから少し離れた所で腕を組みながら悩んでいる。

 

「時間も有限なので早速始めましょう。テーマは現状の問題。

 つまりこの試験においての不満、障害を話し合い、纏める。それが目的なのですが、何か意見のある人はいますか?」

 

 金田が皆に向けて丁寧にそう切り出す。

 

 金田(かねだ) (さとる)。彼は龍園にその知力を買われている一人の生徒だ。

 身体能力こそ低いが、学力は高い。

 カムクラという例外を除けば、Cクラスで1番勉強の出来る椎名と良い勝負が出来る男だ。

 それでいて狡猾で用心深い。龍園に気に入られたのはそこが大きいだろう。

 

「大問題があるじゃない」

 

 手を上げてそう言ったのは真鍋 志保。

 彼女は……龍園の暴力に脅えて賛同している生徒の1人だ。

 

「トイレよトイレ!あんな段ボールでどうやって7日間も過ごすのよ!」

 

 もっともな意見だ。

 先程、坂上先生の言った事を噛み砕いて言ったが、トイレについて説明する事を忘れていた。

 この試験で支給されたトイレは段ボール、もとい給水ポリマーシートで行うそうだ。

 何だその謎の単語はというと、早い話、組立て式の簡易トイレだ。

 災害時にすら使われるものらしく、かなり有用性が高いらしい。

 

「これは決定事項よ。あんなのでトイレなんて絶対無理なんだから!」

 

 龍園というか、自分より明確に強い者がいないとこうも強気な女だ。

 こいつは好きになれない。なる気もない。

 

「落ち着いて下さい真鍋氏。この話し合いは決定事項を推すものではありません。龍園氏に伝えるべき事を纏めるためのものです」

 

 ヒステリックになりかけてる真鍋に対し、状況を理解している金田は正論のコトダマを発射する。

 

「わ、分かってるわよそんなこと。ト、トイレの事はちゃんと龍園くんに伝えなさいよね!」

 

「ええ、承知しております。では他にはありませんか?」

 

 真鍋は龍園の名前に肩を跳ね上げ、分かりやすく気弱な声になっていた。

 その後、金田がもう一度仕切り直すと、再び誰かが手を挙げて意見を述べる。

 

「この試験ってさ、要はサバイバルなんでしょ?じゃあさ、とりあえずキャンプ経験者探してみれば?

 そういうのに慣れてる人とかいたら、龍園くんも楽できるんじゃない?」

 

「なるほど……確かにそうですね。では、キャンプ経験やそれに近い経験のある人は手を挙げてくれませんか?」

 

 金田の問い掛けが終わるとすぐに、3人の生徒が手を挙げた。

 

「3人ですか……意外に多い。これはラッキーですね」

 

 確かにラッキーだ。これで無駄なポイントを省きながらこの試験に対策を立てられる可能性が上がった。

 

「では他にありますか?」

 

「いや、もう十分だ金田。良くやった」

 

 いつの間にかこちらに戻ってきた龍園が金田の進行を制止した。

 まだ数分程度しか話をしていないが、奴は戻ってきた。

 これはつまり、予想以上に早く彼の考えが纏まったのだろう。

 

「クク、色々と伝えることがあるが、とりあえず後回しだ。お前ら全員オレに付いてこい。『拠点』を決めた」

 

 不敵に笑う龍園に逆らえる奴はカムクラしかいないので、皆黙って付いていく事を決める。

 

 私は他のクラスの様子を窺ってみる。

 AクラスとBクラスは既に森に入ろうとしており、私たちCクラスは彼らに少し遅れるように森へと向かうことになる。

 Dクラスはというと、まだ話し合っていた。

 

「あ、あの龍園さん」

 

「なんだ石崎、何か文句でもあんのか?」

 

「い、いいえ、そんなことはありません。ただここから移動したら、カムクラさんが迷ってしまうのでは?」

 

「ほっとけ。あいつの事だ、どうせ勝手に戻って来る」

 

 気持ちの篭っていない適当な返事で石崎の質問に応える。

 本当にどうでもいいと思っている発言なのか、あるいは信頼しているがための発言なのか。

 

 そんな雑感を抱いた後、私は遅れないように集団の後を追っていく。

 

 数分後に森を抜けると、目的地に到着した。

 着いたのは───浜辺、すなわちビーチだ。

 

 海に沿うようにヤシの木と思われる植物がそびえ立っている。

 それ以外の障害物はない。青く澄んだ海が私たちを歓迎していた。

 

「はっ?」

 

 私はその光景を見て混乱した。

 そのため素っ頓狂な声が出てしまい、少し恥ずかしい。

 

「勘の良い奴は驚いてやがるな。クク、揃いも揃って愉快なアホ面だ」

 

 イラッとしたので文句を言ってやろうと私は龍園に近づいて行く。

 

「ねぇ、どういうこと?この場所じゃ───」

 

「───見渡しが良すぎるか?」

 

「……そうよ……あんたが何の目的もなしにこんなバカな事をするとは思えないんだけど」

 

「クク、伊吹、お前はオレを嫌う癖にオレへの評価は存外高いようだな。嬉しいぜ。

 そして確かに何の目的もなしにここを選んだ訳じゃねえ。まぁ、その辺は今から説明していく」

 

 イライラと感情が昂りかけるが、抑え、彼の真意を聞くために集団の方へと下がる。

 

「注目しろ。今からお前らに今回の特別試験を突破するための策を伝える」

 

 彼の言う通り、全員が同じ動きをする。

 そして王の伝令を待った。

 

 

「お前ら───全力で楽しむぞ」

 

 

 ───は?

 こいつは何を言っているんだ?

 この場にいる全員は唖然としている。

 

 そんな中、沈黙が不意に破られた。

 

「……もしかして龍園くん、全てのポイントを……」

 

「冴えてるじゃねえかひより。そうだ。オレは今日1日で300ポイントを使い切る」

 

「やはりそうですか……肝はリーダー当てですね?」

 

「大正解だ。クク、やっぱりお前は放置しておくには惜しい存在だぜひより」

 

 透き通るような銀色の髪を持つ少女は沈黙を破った後に、龍園と対等のように話している。

 彼女はこの学校における唯一の女友達、椎名 ひよりだ。

 賢い彼女はすでに龍園のプランを理解したようで、その答え合わせをしていた。

 というか、今とんでもない単語聞こえたけど聞き間違いじゃないよな?

 

「だがひより、今回の策はそれだけじゃねえ」

 

「と、言いますと?」

 

「クク、それはもう少し時間が経ってからだな」

 

 龍園は椎名との話を切り、彼女を下がらせる。

 

「なぁ石崎、お前はこんなバカ暑い中サバイバルをしたいか?」

 

「え?……い、いや、出来るならやりたくないっす」

 

「そうだよな。だが他のクラスは皆で協力し、出来るだけポイントを増やそうと考えるだろう」

 

 当然の事を言って龍園は笑う。

 それこそ、この試験が要求している本来の趣旨だと思っていた私は心の中で龍園をバカにする。

 

「ま、待ってよ龍園くん、本当に300ポイント使っちゃうの?それで差が縮まっちゃったら……。

 そもそも、この試験の内容ってサバイバルじゃないの?」

 

「安心しろ西野。策はあるって言っただろ?それに、この試験の本質は『サバイバル』じゃねえ。そうだよな、坂上?」

 

 坂上先生は龍園の問いに対して会釈を返す。

 彼はその会釈を確認し、いつもの不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「この試験の本質は『自由』。だからオレはそれに沿ってこの策を考えた。その策を今から言う。

 ……オレたちCクラスは2日間全力で遊び、数名(・・)を残した状態でリタイアする。

 初日で300ポイントを使いきる事で、出欠確認やマイナスになるペナルティーを全て無視できるわけだ」

 

 爆弾発言は聞き間違いじゃなかった。

 彼は「自由」というテーマに沿って全てのポイントを初日ではき出すそうだ。

 

 ……気に入らない。本当に気に入らない。

 しかし、正直この作戦は私たちのような凡人には思い付かない。0ポイントより下にならないっていうルールを上手く使った策とも言える。

 

 だがそれはポイントが減る事を容認する理由にはならない。

 ポイントが減ったせいでDクラスになってしまうことだってありえるのだ。

 

「反論のある奴は今言え。すぐには暴力で訴えねえから安心しろ」

 

「反対よ」

 

 彼が暴力に訴えようが訴えなかろうが反論するつもりだった私は、再び1歩前に踏み出す。

 

「あんたの作戦じゃ、今は楽しくても後々辛いじゃないか。

 300ポイント使い切ったら上のクラスとの差は埋まらない。

 下手すればDクラスにすら追いつかれる可能性だってある。それは嫌だ」

 

「真面目ちゃんの意見だな。だが安心しろ伊吹、オレもDクラスに落ちるのは御免蒙る。

 そうならないために必要なことをオレは考えている。

 その肝が今回で言えばリーダー当てだ。全員がリタイアしたと思わせれば油断してやりやすいだろ?

 クク、7日間もちまちまと努力しても、残せて150。その程度のポイントなんて他の所で取り返せる。特別試験は1回じゃないしな」

 

 マニュアルを見ながらそう言う龍園の計算はあっているか分からないが、150も残せれば大した量だと思う。

 だが特別試験は1回じゃないという未来を見据えた自信満々な発言を聞くと、彼の方が私や他の生徒より広い視野を持つと嫌でも認識させられ、本当に大した量ではないのかもしれないと思ってしまう。

 

「伊吹、リーダー当てのメリットを言ってみろ」

 

「……1クラスにつき、リーダーを当てればプラス50ポイント。それが全クラス分当たれば150ポイント貰えること」

 

「クク、ああそうだ。だがここで忘れちゃいけないのは、実質的にはその倍のポイント変動が起きてるってことだ」

 

「……リーダーを当てられたクラスはマイナス50ポイント」

 

「そうだ。例えばオレたちがBクラスのリーダーを当てたとしよう。

 その時Cクラスはプラス50ポイントされ、同時にBクラスはマイナス50ポイントされる。

 ここで縮まった差は100ポイント。

 つまりリーダーを当てれば実質的に100ポイントのダメージがいく。

 ポイントが増えるだけでなく、敵のポイントを減らせる。

 これは手っ取り早くクラスポイントの差を埋められる方法だろう?」

 

 やはり龍園の策には裏があり、納得のいく内容だった。

 早い話、彼は他クラスが「防御」に重点を置く中、「攻撃」に重点を置いた策を立てたのだ。

 我慢なんて面倒するより、楽をして上のクラスとのポイント差を埋められる策だ。

 

 やる価値はある内容。少なくとも大惨事を起こさない限り、他のクラスとの差は開かない。

 150ポイントを得るという大成功が決まれば、上のクラスとの差はかなり縮められる。

 そして大惨事も───カムクラと龍園が力を合わせればまず間違いなく起きないと個人的に思う。

 

「……納得はした。で、肝心のリーダー当てはどうやってすんの?」

 

「リーダー当ての策は少数精鋭を選んで、その選んだ奴らだけに伝える」

 

 一応、何かしらの策があるらしい。

 

「まだ、反論はあるか?」

 

 手を挙げる人間はいない。皆が王の作戦に多少とはいえ納得する部分があったからだろう。

 

「なら、楽しい楽しい遊びの始まりだ」

 

 歪んだ笑みを見せる王は機嫌が良い。

 彼は再びマニュアルを開き、必要なものを買い揃えていく。

 

 男女で分けられるように仮設トイレを2つ、全員が安眠出来るようにテントや明かりを、クーラーボックスにBBQセットを3つ、甘い飲み物や菓子類、その他遊びに必要なものを取り寄せた。

 

 

 

 特別試験が始まって数十分、彼は宣言通り、300ポイント全てを使い果たした。

 

 

 



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幸運の才能


いつも誤字報告して下さる方々、本当にありがとうございます。


 

 

 浜辺から森の入り口へと歩くまでの僅かな時間、方角を確かめた僕は頭の中に『地図』を描く。

 そして船上から見えた場所の位置を把握した後、スポットである可能性の高い地点へと駆けていく。

 

 まだどのクラスの生徒もこの森の中にいない今、だからこそ急いで向かわなばならない。

 先回りして隠れる必要がある(・・・・・・・・・・・・・)

 

「この木といい、この道といい、よく手入れされていますね」

 

 人間程度の大きさが通り抜けられる道がいくつか整備され、ある程度まで高さが調整された極相林。

 

 人間の手が加えられたそれらを見渡した後、僕は1度立ち止まる。

 そしてすぐに、心地よい空気が充満しているこの空間で大きく息を吸った。

 十分な酸素が肺へと流れ込み、血管を通じて力が巡り始めた。

 

 力強い1歩を踏み出す。

 

 一陣の風のごとく、数歩で全速力に到達する。

 そのまま近くにある手の届きそうな枝へ跳躍し、力を込めた両手で掴んでぶら下がる。

 飛びついた勢いと慣性を利用して、器用に身体を捻って枝の上へ降り立つ。

 それによって先程より高い視点からモノが見えるようになった。

 

 なぜ木に登ったのか、その理由は2つ。

 1つ目は、日常を過ごす普通の人間にとって、『上下』というのは左右と比べて警戒しにくいからだ。

 所謂、死角。よくよく意識していなければ、何もわからない場所。

 よって、相手から身を隠すには打ってつけだ。

 

 2つ目は単純にこちらの方が移動に便利であり、こうして高い位置から周囲を見渡せるからだ。

 ついでに言えば、『足跡』がつかないのも良い。

 

 僕は足に力を込め、木から木へと跳躍していく。

 身体能力の才能を掛け合わせて使う。

 

 体操部、軍人、暗殺者、パルクールの才能を用いた俊敏な身のこなしで。

 格闘家やレスラーの才能を用いて効率良く出した握力で。

 止まることなく忍びのように樹上を渡っていく。

 

 前を進むに連れて、強い潮の香りのする生温かい風が髪を揺らす。

 自然のそよ風と太陽の光を遮る木々のおかげで、先程まで蒸し暑かった空気が多少涼しくなった。

 

 そのまま移動すること約1分、目的の場所を見つけた。

 船上からの一望でも、やたら目立っていた場所。折れた大木があり、その根元からさらに森の奥へと進める場所。

 

 補足説明を聞いた時点で、確実にスポットがあると特定したのは、この大木と石で囲まれた洞窟だ。

 理由はどちらも周囲から身を隠せる空間であり、拠点を築くのにも適した場所だからだ。

 

 そういった場所には『入口』が少ない。

 つまりは、見張る所が少なく済むということ。

 特に内部にある占有用の機械を使って、外部からの視線を気にせずスポットの更新が出来る点は魅力的だ。

 ゆえに2つとも、この試験において最適解と言える場所だろう。

 

 

 この大木付近を、僕は少しだけ探索してみた。

 すると驚くことに、入口が2つしかなかった。

 それも「ここが入口だよ」と分かりやすく作られたような入口。

 ここまであからさまだと、中に何かあるのではと警戒しそうになる。

 

 一通り見終えた後、僕は大木の内部に踏み入る。

 深い森の中を続く道は凹凸が見え、やや歩きづらそうだ。

 

 木の上を進むと、井戸とスポット占有用の機械が設置されていた。

 やはり僕の推測通りだったようだ。あとは此処を訪れるクラスを待つだけだ。

 

 

 待って────キーカードを見れば良いだけだ。

 

 

 予想外の事態とは突然起こる。自分の視野外から向かってくる。

 この試験でリーダーを当てられるのは絶対にダメだ!と警戒していていようと、一瞬の油断で生命線を絶たれる可能性があるのだ。

 

 物事の始まりと終わりは、一般的な人間ならば、簡単に油断してしまう。

 今回、僕はそこを攻めた。

 

 ───あぁ、ツマラナイ。

 こんな試験の勝ち方なんていくらでも思い付く。

 攻めも守りも全てのパターンが頭の中に浮かぶ。

 

 そうやって無意味で無価値な時間の流れに黄昏ていると、僕が先程侵入した入口の方から複数の声が聞こえてきた。

 話し声の内容は分からないのでまだ遠くにいると推測する。

 

「思っていたよりも早かったですね」

 

 そんな独り言を零しながら、もう1つの入口へと身を寄せる。

 スポットを占有する人間、つまり「リーダー」を視認でき、なおかつ迅速に逃げられる位置から様子を窺う。

 体勢と呼吸を整えると、僕は気配を潜めた。

 

 

「それにしても、さっすが一之瀬委員長だよな!

 船の上からこの場所に気付くなんて……俺なんか船がめっちゃ揺れてるってしか思ってなかったよ」

 

「あの放送と船の動き方や速度が妙だったからさ、もしかしてって思って島を見ていたんだよね〜。

 そしたら偶然、ここが目に留まったの」

 

 纏まりを保つ生徒たちがこちらに歩いてくる。

 

「ぐ、偶然でも凄いよ!」

 

「千尋ちゃんそんな事ないって〜」

 

「謙遜もしすぎると嫌味に聞こえてくるぞ一之瀬。それに運も実力の内と言うだろう?」

 

「うーん、たしかに神崎くんの言う通りかもね〜。ふふふ、みんな、私の運に感謝するが良い!」

 

「運に感謝するって、なんか感謝した気にならねえな」

 

 笑顔で会話しながら、楽しそうに歩く集団。

 そんな明るい彼らの中心には、よく手入れされた艶のある薄桃色の髪と高校生とは思えない豊満な美貌を持つ少女がいる。

 

 Bクラスの実質的なリーダー、一之瀬 帆波だ。

 

「あっ、一之瀬さん!あれってスポットの機械じゃない?」

 

「え!?……本当だ!網倉さんお手柄だね〜」

 

「これこそ偶然だよ一之瀬さん」

 

 朗らかな笑顔と陽気がBクラスの輪に広がる。

 彼らにとって笑顔とはセラピーのようなものか、とツマラナイ思い込みが頭の中をよぎる。

 

 程なく、Bクラスが機械の前に集まった。

 一之瀬さんは皆を先導し、休憩を提案する。

 加えて、休憩してる間にリーダーを誰にするかの意見を考えてくれという合理的な連絡を伝える。

 

 そしてBクラス全員が一斉に考え始める。

 真剣かどうかは置いておくが、全員が多少は悩んでいる。クラスのためを想って脳を働かせている。

 

 そのまま2分ほど経った。

 

「みんなどうかな?」

 

 会話の音頭を取るのは、やはり一之瀬さん。

 少しの立ち居振る舞いだけでも、彼女の魅惑的なプロポーションが輝く。

 

「俺から良いか?」

 

「はい、神崎くん!」

 

「この試験において、リーダーは当てられてはいけない存在ってのはみんな認識してると思う。

 だからリーダーを決める際は、普段から目立っている生徒はやめた方が良いと思う」

 

 神崎と呼ばれた男子生徒は表情を変えることなく自分の意見を堂々と言う。

 

「その意見、良いと思う!」

 

「私もそう思う!」

 

 1人、2人、3人……と賛同者が増えていき、彼の意見はクラス全体の意見へと変わっていく。

 

「だけど、逆転の発想で目立つ人でも良いんじゃない?」

 

「うーん、それって結構リスキーじゃない?一之瀬さん」

 

「そうなんだよね〜。でも、だからこそ予想外とも思わない?」

 

「……その作戦もありだけど、やっぱり初めての特別試験だからさ、今回は様子見をかねて神崎くんの作戦が良いと思う」

 

「それもそっか……うん、やっぱり神崎くんの安全策でいこう!」

 

「賛成〜」

 

 本当に、統率が取れた良いクラスだ。

 意見の対立も起きるが、すぐに収まり、解答の質を全員で高めていく。

 龍園くんのような絶対的支配者はいないが、リーダー的なポジションに立つ一之瀬さんに纏められ、それでいて彼女にもしっかり意見を飛ばす。

 

 まさに理想的な社会の縮図、一之瀬 帆波の人徳が為せる技ですか。

 

「じゃあ今からリーダーを決めるね。リーダーやっても良いよっていう人はいるかな?」

 

「……い、一之瀬さん、私やっていいかな?」

 

 手を挙げたのは、ややボーイッシュな女子。

 ───ツマラナイ。

 

 結局、今回も僕の幸運が働き、こうも簡単に目的が完遂しかけている。

 

 リーダーを当てる時に必要なものは、リーダーをしている人物のフルネーム。

 他クラスの生徒の名前なんて殆ど知らない僕ですが、“彼女”の事は知っている。

 

「千尋ちゃん、本当にいいの?」

 

「うん……私ならあまり目立たないし、それにみんなの役に立ちたいの」

 

 ショッピングモールで出会った少女、白波 千尋は僕に気付くわけもなく、笑顔でそう言う。

 

「良いんじゃないか?白波はみんなのためにやってくれるんだ。それを責めることなんてない」

 

「うん、そうだよ!それに真っ先に立候補するのは勇気いるから凄いよ!」

 

「……あ、ありがとう」

 

 以前よりも萎縮した態度の彼女は随分と弱気だ。

 どうやら大勢の前に立つのが苦手らしい。

 彼女は他の生徒たちからの賛美に嬉しさと戸惑いの半分を見せている。

 反発なく、彼女を受けいれてくれる良いクラスだ。

 

 しかし、今まさに危機が迫っていることに誰も気付いてない。いや、気付けない。

 

「いや〜、青春だねえ〜」

 

 胡散臭いセリフを言った人物は、Bクラスの担任であり、保健医を担当している星之宮先生。

 

「先生、ちょっとおばさんくさーい!」

 

「こらこら、先生まだ20代だよ〜」

 

 女性に年齢の話はタブーと言われるが、そんな事関係なしと言わんばかりに笑う。

 このやり取りが談笑と見えるくらいには生徒たちと仲が良い先生のようだ。

 

「はい、白波ちゃん。カード出来たよ」

 

 日常生活ではあまり見慣れない機械を使って、キーカードが発行される。

 この距離ではカードに記載された名前は読み取れないが、そのカードを白波さんが受け取ったことは分かった。

 

「じゃあ、ここ占有しますね」

 

 ピッ、というこの場に合っていないようで合っている機械音が流れる。

 これであの井戸は、Bクラスだけが使えるようになったわけだ。

 僕は───白波 千尋がキーカードを使った場面を視認した。

 

「よーし、今度は探索チームのグループ分けだね!」

 

 一之瀬さんがそう宣言する中、僕は超高校級の諜報員の才能を用いて気配、足音を完全に断ちながら移動する。

 

 

 

 木の上を誰からも気付かれないように降り、そのままもう1つの入口から出ていった。

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 Bクラスが占有した場面を確認した後、僕は次にスポットがあると睨む洞窟へと立て続けに向かう。

 ここからは少し離れているので、先程よりも速く木の上を進んでいく。

 

 木から落ちるなんてミスなどなく、目的の洞窟へと到着した。

 しかし、今度は侵入することは出来なかった。

 なぜなら、既にこの場所は1つの集団、いや対立する二つの集団によって陣取られていたからだ。

 

 近くの木の枝に右足を上げて腰掛けた僕は、そこからその光景を眺めていた。

 

 それなりの距離を移動してきたためか、額に汗が滲んでいる。

 水分を取れない上にこの暑さの中で走り回れば、さすがの僕でも消耗します。

 僕はジャージの袖で額を拭って、自身の髪以外で視界に入るモノを排除した。

 

 少しの間は身体を休めよう。しかし脳は働かせ、次に何をするかを考える。

 太陽から降り注ぐ強い陽射しによって温められた周囲は若干熱いが、潮の香りが鼻につき、塩分の強い風のおかげで体温調節が出来ているため、思考は乱れない。

 

 とりあえず、僕がやるべき事は彼らのお話を聞くことでしょう。

 先程から啀み合っていただけの2つの集団がとうとう口論に発展したので良いタイミングだ。

 僕はゆっくりと木から降り、彼らの会話が聞き取れる位置まで忍び寄っていく。

 

「もう一度言うが、今回の試験はオレが指揮を取らせてもらう」

 

「反対だね。さっき聞いたあんたの作戦は守りを重視しすぎている。

 それじゃあ、ここで更に開くことの出来る差を潰すようなものだ」

 

「差なら既に十分開いている。これ以上開こうとしてリスクを無駄に背負う方が、クラスにとって悪い結果をもたらしかねない」

 

 金髪オールバックの男子とスキンヘッドの男子が意見を言い合っている。

 背丈はスキンヘッドの男子の方が高いが、そんな彼に対しても1歩も引く気がない金髪オールバックの男子。

 険悪な雰囲気が、その集団全体を覆っている。

 

 Bクラスの纏まりを見たばかりなので、少しだけ違和感を覚えるが、これが本来あるべき形のクラスなのだろう。

 ───対立。しかし悪いことではない。

 

「坂柳さんがいないから今がチャンスだと思ってんだろうが、オレたちはお前につく気はない」

 

「そうだろうな。だがつく気がなくても集団行動はしてもらう。

 クラスが分裂するのは悪い結果になりかねない。お前たちだってそれは嫌だろう?」

 

「またそうやって決めつけか。オレたちがお前を“陥れる”ために、わざと負ける行動をするとは思わねえのか?」

 

「……橋本、それは本気で言っているのか」

 

「どうだろうな」

 

 未だに収束する気配はない。

 堂々と“裏切り”を宣言するような発言まで飛び交ってるこのクラスは、もはやクラスとして成立していないことが分かる。

 この様子からすると、恐らくリーダーすら決めてないのだろう。

 

 僕はそんなツマラナイ光景に飽きが生じ始める。

 が、それでもリーダーを知る良い機会になるのでもう少しだけ辛抱強くなることにした。

 

「葛城さん。こんな奴らの事は無視して、オレたちだけでリーダーを決めちゃいましょう!」

 

「ダメだ。そのやり方では彼らの意見を全否定しているのと変わりない。それでは前に進めない」

 

「ははっ、本当に良い人だな葛城くんよぉ〜。そういうとこは嫌いじゃない。

 でも根本的に合わない人間だっていることを覚えたらどうだ?そこの『お荷物』が言うように勝手に決めた方が良いんじゃねえか?」

 

「何だと橋本!お前は俺より成績が低いくせに俺をお荷物扱いするのか!」

 

 平凡な顔をした男子が怒りを向ける。橋本と呼ばれた金髪オールバックの男子生徒はそれを嘲笑う。

 

「戸塚、成績ってのはテストのことか?」

 

「そうだ!それ以外に何があるってんだよ!」

 

「ははは!過去問を使ってやっとの奴が何を言ってんだよ」

 

「う、うるさい!それも実力の内だ」

 

 戸塚と呼ばれた男子の主張に、橋本という男子は腹を抱えて笑う。

 ───もういいか。これ以上は時間の無駄。

 まさかここまでツマラナイとは思っていませんでした。

 

 あの葛城という男は素晴らしい能力の持ち主で、皆から一目置かれている厳格なリーダーだ。

 だがダメだ。在り方が規則的すぎる。

 そして何より僕と彼、もっと言えば彼と坂柳さんは正しく水と油だ。

 

 対立する理由がよく分かった。

 真面目で真っ直ぐな人間。仲間であれば誰にでも手を伸ばす立派な人物。

 狡猾な思考を持ち、物事を様々な角度で見られる視野から情報を取り入れ、常にベストな選択をする坂柳さんとは違う。

 彼女の思考に人道的な問題はあまり関与しない。そして葛城という真面目な男ならばそれに噛み付くはずだ。

 

 

 仲間割れをしている内は何の障害にもならないと結論付けた僕は、再び木の上に登って最速の移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずクラスリーダーはこちらで決めるが、構わないな」

 

 木の陰からカムクライズルが消えてから数分後、未だにAクラスのリーダーは決まっていなかった。

 

「はぁ……しょうがないから譲ってやるよ。皆も良いな?」

 

 橋本は坂柳派のクラスメイトたちに向かって確認を取る。

 それに対し、彼らはみな渋々といった顔を隠さずに生返事した。

 そんな態度を取られてか、葛城派のクラスメイトたちは激怒の表情になっていく。

 またもや一触即発の空気だ。

 

「でもその『お荷物』がリーダーをやるのは勘弁してくれよな葛城くん」

 

「お前っ───」

 

「落ち着け弥彦。……橋本もその呼び方は止めろ」

 

 強い口調でそう返すと、橋本はお手上げと言わんばかりに両手を上げて了承した。

 戸塚はそんなふざけた彼の態度に、もはや並々でない憤怒が溢れ出しかけていた。

 

 

 

「クク、Aクラスともあろう奴らが、まさかリーダーすら決まってないとはな」

 

 

 

 戸塚が橋本に罵声を浴びせようとした寸前、それは独特な笑いをする人間の登場によって遮られた。

 すぐさまAクラスの全員が、その男に注目する。いや、警戒する。

 

「……なぜ貴様がここにいる」

 

「それを伝えるために来たんだよ」

 

 次から次へと問題を対処してきた葛城には若干の疲労が窺える。

 対して不敵に笑う男は、後ろで荷物を持つ数人の部下たちにその荷を下ろさせた。

 そんな余裕の態度がAクラスの警戒をさらに強めさせる。

 

 

 

「単刀直入に言うぞ葛城。───オレと手を組め」

 

 

 ゆっくりと、だが確実に前へ進む男に止まる気配はなかった。

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

「さっきも言ったけどトイレがないのは無理!あんなダンボールでどうやって7日間も過ごすのよ!」

 

「さっきも言ったが我慢するしかない。感情論で動くな」

 

「私は女の子として当然の要求をしているの!」

 

 眼鏡をかけた真面目そうな男子と平均的な身長で黒髪ショートボブの女子が啀み合っている。

 

「落ち着いて、篠原さん、幸村くん。ヒートアップしすぎだよ」

 

「そうだね。さすがに熱くなりすぎだよ篠原さん」

 

 1年のベストカップルと名高い美男美女の2人組が啀み合う2人に制止の声を掛ける。

 

「今日はここにいろと私の勘が告げている。……ハハハハハ!」

 

「……高円寺くん、少し黙ってもらえないかしら」

 

「おっと失礼、クールガール」

 

 蒸し暑い中、ジャージを上まで閉めている黒髪の美少女は、派手に高笑いをする金髪の男子に振り回されている。

 

「高円寺は戻ってたみたいだな」

 

「う、うん。そそそうだね!」

 

 無表情で地味目な男子に対して、緊張した様子を見せるピンク斑の眼鏡をかけた女子はバイブレーションモードの携帯のように震えている。

 

 

 混沌としか言いようがない光景が広がっていた。

 

 

 Aクラスの監視を切り上げた後、僕は龍園くんが作った拠点の位置を一番高い木の上から確認して、そこまでの最短経路を進んでいた。

 しかしその道中、散り散りになっている生徒たちを見つけた。

 動き方から推測しても、恐らくは拠点となる場所及び、スポットを探しているのでしょう。

 

 A、B、Cのクラスの位置は確認していたので、今散開しているクラスは『D』だと結論付ける。

 彼らのリーダーは知らなかったので丁度良い。

 僕は散っている集団の内、やや大きめな集団の後を追っていった。

 

 幅広く、下流まで続いているだろう川辺に着いた。どうやら彼らはここを拠点にするらしい。

 水を利用できるという大きなメリットを獲得した一方で、360度森に囲まれ、茂みや木の上に隠れた存在に気付けないというデメリットもある場所。

 整備されたように開けたこの空間も人工物だ。

 

 中々良い場所を見つけたなと少し感心する。

 キャンプ経験者でもいたのでしょうか?

 

 

 そしてそのまま他の集団が合流して大きくなるのを待っていると、啀み合いが始まった。

 Bクラスのような纏まりはなく、一人一人が自由にしている。

 DクラスもどうやらCクラスに負けず劣らず、個人主義な生徒たちが多いようだ。

 

「みんな、一旦落ち着いて!まずはリーダーを決めようよ!」

 

 声帯を調整してよく通る声を発したのは、金髪で身長こそ平均的だが、モデル体型の女子。

 詐欺師の才能を持つ少女、櫛田 桔梗だ。

 彼女は皆に集まるように呼びかけ、円を作らせると小声で会話を始めた。

 

「私ね、色々考えてみたんだけど平田くんや軽井沢さんは嫌でも目立っちゃうと思うの。

 でもリーダーを任せるなら責任感のある人じゃなきゃダメだとも思ってさ、この2つの条件にふさわしい人が良いと思う!」

 

 相変わらず大した技術だ。

 抑揚を付けた聞き取りやすい声に、演説のように自身へと注目を集めて話す話し方。

 やはりその場しのぎで何とかなるものじゃない。

 

 まとまりがなかったDクラスがそれなりとはいえ集団の形を成していった。

 

「良い意見だよ櫛田さん。僕もその条件を満たしてる人が良いと思う」

 

「でも平田くん、そんな人いるの?しっかりしてるけどあまり目立たない人。

 うちのクラスって結構個性的な人が多いから心配なんだけど……」

 

「大丈夫だよ軽井沢さん。僕が思うに1人だけその条件に当てはまる人がいるからね」

 

「うそ!?さすが平田くん!よく見てるね〜」

 

 ベストカップルにしては随分とよそよそしい態度を見せている2人に、僕は少しだけ怪訝に思った。

 大分前に恋愛の事を考えたが、その時の観点から推測すると、彼らの関係は恋愛関係と呼べるものか甚だ疑問だ。

 少しだけ興味が湧いたが、今は仕事を熟すことに意識を集中させた。

 

「で、誰なの誰なの?」

 

「僕はね、堀北さんにリーダーをやってもらいたいんだ」

 

 堀北さんというのは、暑苦しい恰好をしている黒髪美少女だ。

 候補に挙げられた彼女は、冷静な態度で生徒たちの反応を伺っている。

 

「おい平田。嫌がってんじゃねえか無理強いさせんなよ」

 

「無理強いはさせないよ。堀北さんの意思を尊重するさ」

 

「……なら良いんだけどよ」

 

 平田という男子の意見に噛み付いたのは、暴力冤罪事件の被害者である須藤 健だ。

 あの事件以来、彼は自分を見つめ直したらしく、もう暴力を振るってないそうだ。

 そんな彼は今、堀北さんを庇うように前に立って牽制するように睨む。

 まるで彼女のボディーガードのようだ。

 

「問題ないわ。平田くん、私が引き受けましょう」

 

 庇わなくて結構と言わんばかりに、須藤くんの前へと1歩踏み出した堀北さんは毅然と答える。

 随分と強気な人だ。守られる気など一切ないらしい。

 

「ありがとう堀北さん」

 

 顔が整っている平田という男子によって繰り出される笑顔は強烈で、幾人かの女子の心を仕留める。

 が、堀北さんはそれに動じないでクールな表情を保っている。

 その後、彼は生徒たちと同じジャージを着た大人の女性に話しかけた。

 

「茶柱先生、キーカードを作ってください。リーダーは堀北さんです」

 

「ああ、分かった」

 

 リーダーという重要な役割が決まって、安心した表情を見せる生徒がチラホラと見え始める。

 が、僕はその言葉をしっかりと聞いていたのだ。

 

 ツマラナイですね。結局は、僕がなると思う方に結果が傾く。

 

 

 そう僕は考えていた。次の言葉を聞くまで。

 

 

「───少し待ちたまえスクールメイトたちよ」

 

 

 明瞭に響き渡った男子の声が、この場にいる全員の意識を集めた。

 彼の発言によってキーカード作りは中断される。

 

「どうかしたの、高円寺くん?もしかして私がリーダーになることに不満があるのかしら?」

 

「それはNoさ、クールガール」

 

 少しだけ神妙な顔をして答える男、高円寺 六助は嘘をついていない。

 そんな彼に、僕はまさかと期待を込める。

 

 自由人であり、傲岸不遜の塊のような人間である彼が珍しくクラスのために動こうとする。

 予想外だ。常軌を逸した変人は中々楽しませてくれるかもしれない。

 

「じゃあ一体何なの?」

 

「クールガール、あれが見えるかい?」

 

 高円寺くんはそう言いながら、目線の先にある木の上へと指を差す。

 その仕草に堀北さんだけでなく、Dクラス全員の視線がそこへ誘導される。

 

「良く目を凝らしたまえ。私ですら一瞬見落としてしまうほどだ」

 

「……え?……あれってまさか……」

 

「ほう、もう気付いたかね。中々目が良いじゃないかクールガール」

 

「…………高円寺くん、あなたいつから気付いていたの?」

 

「ついさっき、そして偶然(・・)さ」

 

 口角こそは上がらないものの、気分が高まるのを感じた。

 この時に僕は心の中で、高円寺 六助に対する評価を改める。

 ───完全に気配を消した僕の存在に気づいた事によって。

 

「あれって…………もしかして人か!?」

 

 男子の1人がギョッとした表情でそう叫ぶ。

 そう、指し示された方向、Dクラスの生徒たちが見ている場所には“僕”がいるのだ。

 

 僕は何もミスを犯していない。

 これでも常に諜報員の才能を使っていた。

 なのに気付かれたという予想外の事態に対して、僕は瞬時にフル回転した思考で推測する。

 

 まさか彼も───というある1つの可能性に辿り着く。

 

 が、そう思案する内にゲームオーバーが近い。

 Dクラスの生徒達が少しずつ僕のいる木へと躙り寄ってきた。

 もちろん捕まる訳にはいかないので、逃走を始めようとする。

 

「安心して出てきたまえオブザーバー。なに、捕まえはしないさ。

 この段階で私のスクールメイトを追い詰めた人間に、私は興味があるんでね」

 

 走り去ろうとしている悪者に止まれと言って止まるだろうか。

 屋内に籠っている犯罪者に大人しく降参しろと言って降参するだろうか。

 命がけの学級裁判で犯人に挙手したまえ!と言って挙手するだろうか。

 

 同様に、逃げようとしている僕に出てこいと言って出てくるだろうか。

 

 

 

 答え───出てくる。

 

 

 

「ハハハ、やっぱりキミか───カムクラボーイ」

 

 木の上から跳躍し、彼らと同じ地に降り立つ。

 

 僕の登場に笑って歓迎する者。

 驚きのあまり、目を白黒させる者たち。

 古傷を抉られたように蒼褪める者。

 苦々しさを隠し切れずに顔を顰める者。

 そして、値踏みするような目で見て推し測ろうとする者。

 

 やはり多種多様だ。

 

 

「一応、ご挨拶しておきましょうか」

 

 

 絶体絶命にも思えるこの状況で、僕の方から先に沈黙を破る。

 ビクリと身構える者が複数見える中、そんなことどうでも良いと言わんばかりに言葉を続ける。

 

 

「こんにちは、Dクラスの皆さん」

 

 

 生温かい自然の風は、感情の篭もっていない人工的な声によって被せられ、聴覚に反応しなかった。

 

 



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真意


plugxさんから素敵な支援絵をいただきました!
あらすじ部分に貼って起きますので是非見てください!


 

 

 突然の来客。予期せぬ出来事。予想外の出現。

 

 今の状況に当てはめるとすれば、これらの言葉が相応しい。

 黒一色の長い髪を怪しく翻らせ、誰も予想してなかった頭上から一回転して降りてきた人間。

 

 たったそれだけの一連の動作で、この男の身体能力がDクラスでも1、2を争うほどの運動能力を持つ須藤 健より格上だとオレは理解した。

 あの動きをここまで軽快に出来るのはあの空間(・・・・)で育った人間でもひと握りだろう。

 

 そして火炎が燃え立つような、鮮血のごとき赤。

 警告を連想させる真っ赤な瞳は、Dクラス全員を見渡している。

 

 

「一応、ご挨拶しておきましょうか」

 

 寒気。

 無機質で感情の起伏がない声は、空間を凍らせるような恐怖を与える。

 

「こんにちは、Dクラスの皆さん」

 

 挨拶とは、こうも冷や汗を流すものだったか。

 そう思いながら奴の挙動一つ一つに目を配る。

 奴に対してはこのくらいの警戒が必須だとオレは判断する。

 

 そして、金縛りみたいな沈黙が生まれる。

 平田ですら挨拶を返さない辺り、奴のことを余程警戒しているのだろう。

 

「Good afternoon カムクラボーイ。この私があえて聞こうじゃないか。何の用かね?」

 

 沈黙を破ったのはDクラス、いや学年一の自由人である高円寺だ。

 彼は普段と全く変わらない声色で奴に尋ねる。

 今回限りは彼がいてくれて良かったと、クラスの意見が一致しただろう。

 

「“リーダー”を知ろうとしただけですよ」

 

「ハハハ、キミは正直者だね〜。そして流石と言っておこうじゃないか」

 

 予想通りの答えだが、こんなにも行動が早いことにオレは驚く。

 クラスメイトたちも、ほぼ全員が驚いている。

 

 それより、何が流石だ高円寺。

 こいつは平然ととんでもないこと言ってんだぞと心の中で文句を言う。

 今回に限って味方になってくれたと思った自由人は、今日も平常運転のようだ。

 

「僕もあなたの事を評価しますよ。まさかあなたも『幸運』を持っているとは」

 

「当然さカムクラボーイ。私は生まれた時から『幸運』な高円寺コンツェルンの御曹司だからねぇ」

 

 奴の言葉にそう返して高笑いする彼は、大分機嫌が良さそうだ。

 というか、「幸運」を「持つ」って何だ?初めて聞いたぞそんな使い方。

 

 オレがそんな事を考えていると、カムクライズルは高円寺をじっと見つめる……いや、分析しているのか。

 

 奴は分析を終えると、小さい声で言葉を発した。

 

「……なるほど、貴方のは苗木 誠や狛枝 凪斗とはまた違った幸運ですか」

 

 さすがに距離が遠くて小声じゃ何を言ってるか分からないが、おそらく高円寺の評価か何かだろう。

 

「さて、カムクラボーイ。キミの登場のおかげで私は楽しめたよ。良い時間だった。いずれ食事にでも行こうじゃないか」

 

「構いませんよ。……では、僕はこの辺で失礼します」

 

「予定が決まったらこの私自ら連絡を寄こそう……アデュー、カムクラボーイ」

 

 

 特別試験でそんな日常会話をする異質な2人組。

 

 

 いや、待て待て待て。

 平然と帰る流れになっちゃったが良いのか?

 確かに奴はこれと言ってルールを破ってないし、悪い事もしてない。

 が、そんな簡単に帰させても良いのか?とオレは言う……心の中で。

 大勢の人がいる前で話すことは苦手なので、オレの思いを実行してもらうために、隣人の堀北をチラチラと窺う。

 

 すると願いが届いたのか、彼女はオレを少し睨んだ後で、深くため息をついて1歩前に出てくれた。

 やはりオレと同じ友達いない同士だとアイコンタクトだけで何とかなるなと失礼な事を思いながら、堀北を見守る。

 

「待ちなさい」

 

 はっきりとした制止の声がこの空間に響く。

 立ち去ろうとしていたカムクラはピタリとその足を止め、機械的な動作で振り返る。

 探るように揺れ動く赤い瞳は、堀北を捉えた。

 

「まだ何か用があるのですか?」

 

「あなたは他のクラスにも“こんな事”をしていたの?」

 

「ええ」

 

「そう……それは成功したのかしら?」

 

「答える必要性がありませんね」

 

 カムクラはそれだけ返すと、再び背を向けて歩き始める。

 その動きはゆっくりで、訊かれたら不味いことや後ろめたい事があるという訳ではなさそうだ。

 ただただ面倒だから、といった理由の方が適切だろう。

 

「おいお前!ちょっとは待───」

 

「───須藤くん、あなたは少し黙っていなさい」

 

 堀北は須藤を黙らせると、奴に“餌”のついた釣り糸を投げる。

 

「ねぇ、カムクラくん。あなたが掴んだ敵リーダーの情報、私に“10万ポイント”で売ってみないかしら?」

 

「堀北さん!?」

 

 堀北の意図に気づいてない平田は驚きから大声を上げてしまう。

 が、彼もそこまで愚かではないので、すぐに状況を察して黙り込んだ。

 

「ツマラナイ。見え見えの“罠”は張るものじゃないですよ」

 

「……っ!」

 

 堀北は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 そこには自らの策をいとも簡単に見破られたことの不満と悔しさが見て取れた。

 

 奴はこちらを見ることなく、歩みを緩めることもなく答えた。

 先程のように木には登らないようで、ただ平道を歩いていく。

 そのまま茂みの中へと曲がり、その後ろ姿は見えなくなった。

 

 奴は見え見えの罠と言ったが、実際には堀北の罠はかなり良いものだった。

 10万ポイントという金額に誘われて一瞬でも立ち止まれば、奴が他クラスのリーダーを知っているという可能性が少しでもあると知り得たからだ。

 試験後に膨大なプライベートポイントを払うような趣旨の契約を結べば、この試験を有利に進めることも出来たかもしれない。

 だが相手が悪かった。奴にとっては、堀北の策は一瞬という僅かな時間すら要せずに看破できることらしい。

 

「ごめんなさい。……失敗したわ」

 

 堀北は以前なら考えられない面持ちを少しだけ見せ、本当に申し訳ないとクラスメイトたちに向けて謝罪した。

 この態度の変化から、彼女は入学当初よりも成長したんだなぁと実感する。

 

「謝ることじゃないよ堀北さん。僕たちは動くことすら出来なかったんだから」

 

「そ、そうだぜ堀北ちゃん。あんなヤバそうな奴に話し掛けられたこと自体すげえよ!」

 

 コミュニケーション能力の高い平田と池が堀北をすぐさまフォローする。

 そして他のクラスメイトたちも、彼らに続いた。一瞬で堀北の周りに人が集まり始める。

 ……う、羨ましい──というのも本当だが、オレはそこで違和感を持った。

 

 彼女(・・)がいないのだ。

 いくら堀北の事を嫌っていても、自分の地位を守るために、こういう時にはいの一番に近寄ってくる彼女が。

 

 周囲をキョロキョロと見渡すと、すぐ近くで魂が抜けたように棒立ちになっている彼女を見つけた。

 小走りで近寄って、“前”のように異常が見られる彼女へ話し掛けた。

 

「大丈夫か櫛田?どこか体調が───」

 

「───悪くない。うるさいからどこか行ってくんない」

 

 近寄ると、彼女は自身の顔をオレの耳の方へと寄せ、「裏」の顔とドスの利いた声でそう告げる。

 そのあまりの変わりようにオレは驚いた。

 追求したかったが、さすがに今は………と思い、そっとしておこうと判断する。

 なのでオレも堀北の周りにいる集団へと加わろうと踵を返した。

 

 しかし10人程いる中に飛び込める勇気などなく、端の方でゆっくりと時間が経つのを待つ事になるのはもはや伝統行事だ。

 ぼっち……いや1人の時間だ。この時間を大切にしていこうと再認識した。

 

 そんなくだらない事を考えていると、こちらに寄ってくる女性に気づいた。

 オレたち生徒と同じジャージに身を包んだ担任の茶柱先生だ。

 

「1人が様になってるじゃないか綾小路」

 

「……止めてくださいよ先生。オレ泣いちゃいますよ」

 

「そうかそうか、それはすまないことを言ったな」

 

 一連の会話の中で、彼女はクールな女性が見せる薄い笑みを浮かべていた。

 絶対Sだよなこの人、と心の中でクリップボードではなく鞭を持った茶柱先生を想像する。

 ……止めておこう。

 

 オレが失礼な妄想をしていると、彼女は突然真面目な顔つきになった。

 

「分かっているな綾小路?『例の件』だ」

 

「……こういう所では話して欲しくないですね」

 

「申し訳ないとは思っている。だが───“奴”を越えられるのか?」

 

 奴、その指示語から導き出される人物は、1人。先程この場から消えた男、カムクライズルだ。

 

「Aクラスを目指すということは奴を越えること。それは必須条件です」

 

「私は出来る出来ないで聞いている」

 

 茶柱先生はより一層強い言葉で、オレから余裕を奪おうとする。

 

「……分かりません」

 

「そうか」

 

「……随分と軽いんですね。もう少し何か言われる事を覚悟してました」

 

「出来ると言っていたら、お前の言う通りになっていたさ」

 

 フッと薄く笑って彼女は言葉を続ける。

 

「これは私からのアドバイスだ。綾小路、奴には常に警戒を怠るな。あれは10年に1度……いや、100年に1度現れるかどうかの逸材だ」

 

「……そんな生徒がなぜCクラスなんですかね」

 

「……それは私も同感だ」

 

 彼女なりの激励なのだろう。

 オレを動かそうとしてる彼女に対して、嫌な感情が生まれた時もあったが、今回はその不快感はなかった。

 

 その言葉とともに、彼女との会話は終わる。

 そしてようやく、堀北の周りには人がいなくなっていた。

 

 なので、オレはそちらへと向かう。道中、堀北に睨まれながら近付くのは心臓に悪かった。

 

「茶柱先生と何の話をしていたの?」

 

「世間話だ」

 

「……嘘ね。まだそうやって“実力”を隠し続ける気なの?」

 

「オレにはお前の思っている実力なんてない。……何度言わせる気だよ」

 

「あなたが認めるまでよ」

 

「じゃあある」

 

「なら探索隊に行きなさい」

 

 堀北は薄く笑い、平田の方へと顔を動かす。

 それに気付いた平田は、悪意なんて1ミリもない笑顔をしてこちらに手を振る。

 

 ───謀りやがったな堀北!

 

 オレは心の中で全力で叫んだ。

 平田のあの笑顔を見て断れる人間なんて、高円寺くらいだろう。

 俺はそう結論付け、精一杯の眼力を使って堀北を睨む。

 

「私に“あんな役”を押し付けた罰だと思いなさい」

 

「……うっす」

 

 一睨みで敗北する。頭の中ではKO!という言葉とともにゴングが鳴っていた。

 オレは項垂れながら、平田の方へと向かった。

 

 

 

 ここまでのオレのやり取りを見ていたあの自由人は───不敵に笑っていた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 Dクラスとの予定外の邂逅が終わり、僕は茂みの中を歩いていく。

 それにしても、高円寺 六助が御曹司の才能だけでなく、幸運も持っているとは。

 予想外でした。

 今の龍園くんの実力では、少々荷が重い相手だと認識する。

 

 『幸運』とは、揺れ幅のあるものだ。

 苗木 誠の幸運も狛枝 凪斗の幸運も、そして僕の幸運も同様だ。

 

 分かりやすく数値化し、幸運の上限を100、下限を-100として考えてみましょう。

 この時、常人の平均値は0とし、揺れ幅も100から-100とかなり大きいものとします。

 

 苗木 誠のは平均値が「-30」程度で不運寄りですが、不規則な波によって「100」を優に超す幸運。

 狛枝 凪斗のは「-100」の不運が発生した後に「100」の幸運が待っている。つまり、代償を必要とする幸運。

 僕のは平均値が「100」に近く、ごく稀に「80」程度の幸運が起きる。つまり、基本的には予定調和になる幸運。

 高円寺くんに見つかったことは一見不運に見えますが、多少とはいえ予測の出来なかった未来をみせてくれたのだから、僕からすれば正しく幸運です。

 

 では、高円寺 六助の幸運は?

 正直、正確には把握しきれてませんが、彼の幸運は苗木誠や狛枝凪斗の幸運というより、僕の幸運に近いものでしょう。

 いや、もっと正確に言えば僕の劣化版。

 

 平均値が「50」程度で、基本的にマイナスにいかない幸運。揺れ幅が0から100くらいで動く幸運。

 これが彼の幸運だろう。

 

 まぁ、彼の幸運は今後行くかもしれない食事の時に見極めれば良いか、と保留する。

 龍園くんが成長しきるまでは、僕が彼のお相手をしてあげて良さそうですね。

 

 

「さて……ようやく着きましたか」

 

 

 ガサガサと茂みをかき分けて進むと、僕は遮蔽物が見当たらない砂浜へと出た。

 水着に着替えてビーチバレーをする生徒、砂浜で日光浴を楽しむ生徒、無人島にあるはずのない炭酸飲料を飲みながら仲睦まじく笑い合う生徒。

 

 夏休みを満喫している学生たちが騒いでいた。

 しかしそんな光景がどうでもいい僕はこの騒ぎを許した張本人を探す。

 

 キョロキョロと周りを見渡しながら歩いていると、前方から数人が駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様ですカムクラさん!」

 

 元気一番、そう言える程の大きな声で僕に話しかけてきたのは彼の舎弟兼、友達の石崎くんだ。

 その後ろでは、小宮くんと近藤くんも同じ言葉を続けた。

 

「お疲れ様です。それよりも石崎くん、龍園くんはどこですか?」

 

「龍園さんならあちらで眠っています!自分が案内するっす!」

 

「お願いします」

 

 ニコニコと、とても楽しそうな笑みを浮かべる石崎くんに付いていく。

 柔らかい砂を踏む感触に少しだけ気を取られながら歩いていると、パラソルによって作られた日陰の中、ビーチチェアに寝転がる王がいた。

 

 黒い海パンを着ている彼の姿は勿論水着。

 海パンや身体に濡れた所は見当たらないので泳いでいないことが分かる。

 

 しかし───彼の額には汗と思われる水滴(・・・・・・・・・・・・・)が多く見える。

 僕が戻って来るまでに何かしらの行動をしていたことが推測できた。

 

 そんなことを分析すること数秒、目を瞑っていた彼の瞼が開き、ゆっくりと口角が上がり始めた。

 

「クク、戻ったか。早速、報告を聞こう。……が、その前に、一応これを聞いておこうか。

 ───この状況は、お前の予想通りか? 」

 

「ええ」

 

「クク、相変わらず気持ち悪い読みだぜ」

 

 もう何度も聞いたその言葉を無視して、僕が話を続ける。

 

「それで、僕が出したヒントは有効活用してくれましたか?」

 

「ああ、お前の予測を超えられたかは知らないが、十分な策を思い付いた」

 

「では、説明してください」

 

「そのつもりだ」

 

 少し長くなると彼は言い、石崎くんとその舎弟に自分の座っているビーチチェアと同じものを持ってこさせる。

 僕は彼らにお礼を言い、背もたれが下がっているビーチチェアへと座る。

 寝転がらず、いつも通り右足を立て、左足をダラりと伸ばしきる。

 

「さて、まずは─────」

 

 

 

 その切り出しから、彼と数分間話し合った。

 

 

 

「───ふーん、悪くないですね。今の君が絞り出せる知識を総動員した策と言えるでしょう。

 しかし────まだ甘い」

 

「相変わらず上から目線だな」

 

「慣れてください」

 

「そいつは無理な話だ。何せオレは『王』だからな」

 

 クク、と独特な笑い方をする彼の表情などもう見飽きているので、一面に広がっている海へと視線を動かす。

 

 海には、色鮮やかな水着で身を包んだ女子たちがキャッキャッと騒ぎながら水を掛け合っていた。

 彼女たちの名前は知らないが、確かアウトドアの部活に所属していた女子。

 引き締まった肉体が素晴らしいプロポーションを作り出している。

 

「眼福ってやつだな」

 

「珍しいものなど見当たりませんが?」

 

 彼も僕と同じ方向を見ていたようで、そんな感想を述べている。

 そして僕は疑問をぶつけた。

 そんな僕に対して、龍園くんは怪訝そうな顔をし、本当に言っている意味が分からないのかと目で訴えてくる。

 

「……お前には性欲ってのがないのか?」

 

「ありますよ」

 

「じゃあ多少は何か思う所があるだろう?女の身体だぞ」

 

「あなたのようにオープンじゃないだけです」

 

 とは言ったが、若々しく、張りのある肌を持つ彼女たちを見ても、魅力的な姿だなとしか感じない。

 それ以上の感情など動く気配がない。

 

「まぁ、そんなこと今はどうでもいいか。

 とりあえず───そろそろ、お前の『収穫』を聞こうか」

 

 彼は上体を起こしながら、僕の方を見ずに言う。

 余計な脂肪がなく、引き締まった身体をしている龍園くんのその動きは、中々に威厳が出ている。

 

「そうですね」

 

 ジャージに身を包んだままの僕は1歩も動かず、彼の済ませるべき用事を待つ。

 

「おい石崎、アルベルト。

 伊吹と金田、それとキャンプ経験者の3人、あとひよりと坂上をここに呼んでこい」

 

「了解っす」

 

「Hey boss」

 

 肉体派の2人は、リストアップされた人物たちを探し始める。

 先程僕が砂を踏んだ時の軽い音とは全く違う鈍い音を鳴らしながら、彼らは砂浜を駆け抜けていく。

 

「で、ノルマは達成したんだろうな?」

 

 指示を出し終えた彼は振り返り、答えを待つ。

 僕は頷きで成功を伝える。王はそれに喜びの笑みを見せた。

 

「さすがだ。これでオレの計画の成功確率が上がった」

 

「……他クラスへのスパイを減らすためですか。ですが───本当に良いのですか(・・・・・・・・・)?」

 

「ああ。2クラスにもスパイを送れば、さすがに気付く奴が現れる。だが1人だけなら2人よりかは幾分マシだ。

 まぁ、お前ならそんなことは分かりきっているか。

 ……それよりだ。どこのクラスリーダーが分かったんだ?」

 

「『B』です」

 

「ククク、上出来だ」

 

 さっきよりもさらに上機嫌になった我らの王。

 強固なチームワークを作り出す一之瀬さんを面倒な敵と見ていた彼からすれば、手間取ることなく彼女を詰ませた事はこれ以上ない喜びだろう。

 

 そのためか、彼は手に届く位置にある炭酸飲料を掴み、蓋を開ける。

 炭酸特有のシュワシュワという音とともに、勢い良く泡が漏れ出した。

 彼は溢れ出た炭酸で手が汚れたのを気にも止めず、そのまま口に運ぶ。

 心地良いくらいの一気飲みを始めた。

 

「……ぁあ。気分が良いと最高に美味いぜ」

 

 そんな光景を見せられた僕はというと、急激に喉の渇きが始まっていた。

 それによって 、今しがた考えていた危惧(・・・・・・・・・・・)のことも思考から外れる。

 この渇きの原因は、蒸し暑い中ずっと走り回り、何も飲んでいなかったことだろう。

 

 何か喉を潤すものが欲しいなと思い始め、龍園くんから視界を外すと、グッドタイミングで飲み物がやってきた。

 勿論、飲み物が独りでに歩いてきた訳ではない。

 僕が求めた飲み物は、こちらに向かってくる人間の片手にあったのだ。

 相変わらず、僕の幸運は絶好調らしい。

 

「……これは何の呼び出しなの龍園?」

 

「リーダー当ての説明をするための呼び出しだ」

 

「!……分かったわ」

 

 納得した彼女は腕を組んだまま、パラソルの下へと入る。

 

「戻ったのねあん──」

 

「──伊吹さん、それくれませんか?」

 

「はっ?」

 

 ここへ戻ったことへの労いか罵倒か、どちらかの言葉を言うつもりだったのだろう。

 しかしそんなものはどうでもいい。

 僕は生物的本能に従って、彼女が手に持つ水の入ったペットボトルを求める。

 ──中身が半分ほど減っているが、そんなことはどうでもいい。

 沢山飲みたいのではなく、脱水症状にならないための処置をしたいのだ。

 僕は彼女の方へおもむろに手を伸ばした。

 

「……嫌」

 

「何故ですか?」

 

「そ、それは……なんとなくよ」

 

 水着ではなく、ジャージを着ている彼女は憮然と腕を組み、少しだけ頬を紅くしてそっぽを向く。

 

「僕は試験が始まってから何も飲んでいません。脱水症状になりかけているので、早く渡して欲しいのですが」

 

「…………分かったわよ」

 

 少しだけ誇張して言ったことが幸をなしたのか、伊吹さんは持っていたペットボトルをこちらに投げつけた。

 僕はそれを片手でキャッチして、早速キャップを取り外す。

 

 素早い動作で口元へと持っていく。

 しかし、ペットボトルに口が付くか付かないかの瀬戸際、そこで僕は一度止まった。

 

「……何を見ているのですか」

 

「……別に何もないわよ。早く飲めば」

 

 ツンツンとした態度でそういう彼女は先程と同じようにじっと見る。

 鬱陶しいが喉の乾きという本能には逆らえず、意識をペットボトルへと再び集中させた。

 

 そして、とうとう水分を喉へと通した。

 勿論───口をつけずにだ。

 

「クク、はははははは!こいつは残念だったな伊吹」

 

「うっさい!別に何も期待してないわよ!」

 

 何故だか怒髪天を衝いている伊吹さん。

 僕はその理由と原因を興味本位で分析してみた。そしてすぐに結論が出た。

 ……『間接キスの不発』ですね。彼女が先程見ていたのは僕ではなく、ペットボトルの飲み口だ。

 なのでこの推測は十中八九当たっているだろう。

 ───くだらない。

 

「クク、腹が痛え」

 

「そのまま悶え死ね」

 

 絶妙な距離感をしている2人。似たもの同士なんだから仲良くすれば良いのに、といらぬ世話が思考を遮る。

 

「ふふ、みんな元気ですね」

 

 華やかで高い声の方に、2人の意識が集まる。

 存在感ある銀色に煌めき、緩やかに靡く髪。

 夏の太陽に照らされた輝きは、ある種の神々しさを感じられる。

 銀髪の可憐な少女、椎名 ひよりは満面の笑みを浮かべていた。

 

「……元気じゃない」

 

「でも楽しそうでしたよ」

 

「そんなわけないわよ」

 

 伊吹さんと椎名さんの2人が何気ない会話を挟む間に、龍園くんの呼んだ人間たちがぞくぞくと集まり始めた。

 部下3人、王と僕、伊吹さんと椎名さんの7人、キャンプ経験者である3人組の男子、そして坂上先生を加えた合計11人の大所帯。

 パラソル内に収まりきらないが、龍園くんはお構いなく話を始めた。

 

「さて、今から試験攻略のための作戦会議を始めようか。

 まず初めに言っておくが、おかしいと思った点はしっかりと言及しろ。たとえ、その発言者がオレやカムクラでもだ」

 

 暴君を謳っていた彼らしからぬ発言。彼本来の本質は王なのは変わりない。しかし何処と無く違和感がある。

 

 今までの彼ならば、自分一人だけの意見を貫き、自分の手が読まれることがないと信じてやまなかったはずだ。

 なのに今の彼は、さまざまな意見を取り入れようとしている。

 どうやら少しずつとはいえ、前に進んでいるようだ。正しく「王」と呼べる存在へと彼は変わりつつある。

 そして進んでいるがために隙がなくなっていく。

 違和感の正体はこれで間違いないだろう。

 

「まずは僕からの報告ですね」

 

 彼らの注目を集め、淡々と説明を開始する。

 

「僕は先程他クラスのリーダーを探ってきました。リーダーが分かったのは『Bクラス』だけです。

 あとは他クラスの拠点位置、そこから見い出せる試験への対策方法やその傾向も押さえてきました」

 

 この場にいる人たちへ、自分のやった事を簡潔に伝える。

 何人から尊敬の眼差しを感じるが、いちいち気にしていたら先に進みづらいので、即座に龍園くんへと視線でバトンを回した。

 

「というわけだ。そしてオレはこの報告を受けた上である程度の策を練った」

 

「もったいぶってないで早く教えて」

 

「そうカリカリすんなよ伊吹。時間は逃げねえから安心しろ」

 

 この時間さえも楽しみたい彼は、ゆっくりと話を続ける。

 

「伝えることは2つある。まず、重要な役割の方からいこうか。

 ……伊吹、金田。お前らのどっちかはDクラスへと潜入し、リーダーのキーカードを撮ってこい」

 

 そう言う龍園くんは、予め用意していたデジタルカメラを見せる。

 恐らくこれもポイントで買ったのだろう。

 本来の使用方法は、夏の思い出を形に残すことであろうが、彼はこれを確実な証拠を作るための道具として利用するつもりだ。

 伊吹さんはその事に何か言いたげな表情をするが、話が続くことを分かっていたのでタイミングを計りながら黙っていた。

 

「そしてもう1つ。キャンプ経験者とオレは残りの5日間、4ヶ所のスポットを押さえながらサバイバルだ」

 

「龍園氏、4つも占有したらリーダーだってバレる危険性がかなり上がるのでは?」

 

「クク、確かにそうだな。だがそのためのキャンプ経験者だ。お前たちの内、2人は残りの5日間を効率良く生活するためにオレとこの島に残る。

 そしてオレがリーダーだというのを紛らわすためのデコイとして働いてもらう」

 

 リスクを冒してでもポイントを得る理由が彼にはある。

 それを説明すればこの策の全容が見えてくるのだが、彼は話さない。

 

 4つもスポットを占有するという事は、それなりのスピードと団体行動力が必要だ。

 そしてそれは、大人数では難しい。ゆえに経験者2人とリーダーである彼を含めた必要最低限の少数精鋭で動く。

 3人、おそらくこれが隠れながら行動できる最小の人数だ。

 加えて、人数が少なければ監視も行き渡るので反逆の心配もない。

 

「3人じゃ適当に当てられちゃうんじゃないっすか?」

 

「アホか石崎。外した時のリスクを考えたら3分の1はデカい壁だ」

 

 見当違いにリーダーを指名した際の代償はマイナス50ポイント。

 他クラスとの差の事も考えたらそうそう簡単には指名出来ないだろう。

 

「坂上、リーダーを見破られたクラスはボーナスポイントが無効になるんだよな?」

 

「ええ、合っていますよ」

 

「それも初めから0なら変化はないな?」

 

「間違いありません」

 

 坂上先生から確認を終えた彼は雄々しく笑う。

 

「その確認って意味あるの?尚更あんたの策に反対したくなったんだけど」

 

「クク、この確認のおかげで、万が一リーダーを当てられてもボーナスポイントが減ることはないと分かったからな。意味はあるさ」

 

 龍園くんのその言葉に、僕以外の生徒は疑問を持つ。唸り声を上げ始めた石崎くんはもうついていけないようだ。

 

「話は以上だが、どっちが行くのかを決めようか。伊吹、金田」

 

「私が行く」

 

「待って下さい伊吹氏。こういうのは男の自分が行きます」

 

 どちらもやる気十分な声でそう言う。

 どちらが行くかでもめる、という面倒な流れが出来そうだったが、伊吹さんのコトダマがその面倒を撃ち抜いた。

 

「あんたはこのクラスで一応の役割があってそれをしっかり果たしている。

 だから私が行く……龍園に文句ばかり言う口だけ女になりたくないしね」

 

「クク、良いね伊吹。気に入った。

 金田、今回お前はリタイアしてゆっくり休め。これは命令だ」

 

 彼女の覚悟に心打たれたのか、それとも彼の好みである強気の女性であることが響いたのか、どちらかは知らないがスパイは伊吹さんに決まった。

 

「分かりました」

 

 金田くんは悔しそうな顔をすることなく、承知の意で頷いた。

 

「これにて解散にするが、まだ何かある奴はいるか?」

 

「ちょっと待ってください龍園くん」

 

 これにて閉幕という場面で、椎名さんがストップを掛けた。

 

「Aクラスには何も対策を取らないのですか?」

 

「安心しろ。その役目はカムクラにやらせる」

 

「それならそう言えば良いじゃないですか」

 

「クク、お前には言っただろう?──もう1つ策があると」

 

「……なるほど。分かりました」

 

 意味深な発言で返した龍園くんを、椎名さんは追求しない。

 伊吹さんは隠し事をするなという表情をして訴えかけてくるが、クラス闘争に興味のない椎名さんはこれ以上のことなんてどうでもいいのだろう。

 

「さて、今度こそ本当に解散だ」

 

 手を叩き、今度こそお開きだ。しかし───

 

「カムクラ、お前は残れ」

 

 その言葉と同時に、僕以外の皆は解散していく。

 石崎くんとアルベルト、椎名さん、3人組の男子と金田くんと別れ、各々の楽しみへと向かう。

 伊吹さんだけはこの後から任務があるので近場で待機だ。

 

 そして2人だけになると、彼はとうとう会話を始めようとした。

 

「さてと……」

 

 深く息を吸う。

 クラス毎に集まっていた時と同じように、静かに心を整える。

 そしてはっきりとした声で話し始めた。

 

「まずは、本来の目的を伝えようか」

 

 会話の始まりは先程と一緒。しかし言葉の重みが違う。

 

「本来の目的は2つで1つ。だが、あえて分けて言おう。

 1つ目はAクラスとの『契約』。ここをいかに大きくできるかが、この試験最大の勝利ポイントだ」

 

 これは先程聞いた。内容はAクラスからのプライベートポイントの徴収だ。

 

 しかし僕はそのもう1つの方が気になり、やたらと溜めて話す彼の表情を窺った。

 

 彼は楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

「2つ目は────坂柳 有栖の地位を潰すことだ」

 

 

 

 

 




他の生徒にはしっかりとした証拠を持ってこさせるのにカムクラからの情報は鵜呑みしちゃう龍園くん。
これはミスなのか、それとも……。


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潜入

 

 

 ──痛い。

 その発端は、赤紫に腫れ上がった頬。

 誰もが二度見するほど大きな腫れを、私はそっと撫でる。

 じんと火照った患部に、ひりひりと痛みが走る。

 

「あのクソ野郎、思いっ切り叩きやがって…」

 

 下手人の笑みを思い浮かべ、腹の底から恨み言を吐き捨てる。

 しかしこうでもしなければ、本当に憎む(・・・・・)なんてことは出来ない。

 これは同情を誘うための傷、そして嘘と見抜かれないための本物の憎しみ。

 必要なパーツは揃っているので、作戦としては上出来だろう。

 

 私は現在、タオルや替えの服、下着などの生活に必要なものと、龍園が渡してきたデジタルカメラと無線機、懐中電灯を持って、Dクラスの拠点付近へと向かっている。

 

「……水を1本パクってくればよかった」

 

 まだ日は昇っているため、容赦無しの蒸し暑さが私の身体から水分を奪っていく。

 喉の渇きを少しだけ感じる。しかし、我慢はまだまだ出来そうだ。

 私はそう決意して、歩くスピードを速めていく。

 

「……この辺で良いかな」

 

 私は“目印”にふさわしい大木を見つけると、その根元へ腰を下ろす。

 そして地面に500mlのペットボトルが埋められる程度の穴を素早く掘っていく。

 

 雨はここ最近降っていなかったが、地面は柔らかく掘りやすい。

 昆虫なども出てくることなく穴が完成したので、そこに『無線機』と『懐中電灯』をビニール袋に入れて上から土をかぶせる。

 それらの分だけ余った土は草むらへと捨てた。

 

 私は疲れたので大木に寄りかかる。この暑さの中だからか、たったこれだけの作業でも少しだけ汗が出てきたので、ジャージの裾で拭う。

 

「手、洗いたいな」

 

 潔癖症ではないが、やはり手に土が付いていれば、どうしても気になってしまう。

 水辺を探そうと立ち上がりかけた時、真横の方角から複数の話し声が聞こえてきた。

 私は甘っちょろい意識をすぐに抑えて、任務を遂行するための準備を整える。

 

 その数秒後、3人の人間が私の視界に入ってきた。3つの人影を辿るように視線だけを向ける。

 

 バカそうな奴、地味な奴、……胸がでかい奴。

 少しだけ私怨が入ってしまったが、私は興味なさそうな眼差しを彼らに送る。

 

 すると真っ先にバカそうな奴がこちらへと1歩を踏み出そうとする。

 しかし、もう1人の地味な奴にぐっと肩を掴まれ止められた。

 

「なんだよ」

 

「あ、いや……悪い。何でもない」

 

 一連の動作で、誰が1番危険な人物か理解する。

 地味な奴だ。あいつは余計な事をさせないために、バカそうな奴を制止しようとした。

 つまり、こちらを警戒したんだ。用心深い奴かもしれない。

 だがバカそうな奴にちょっと睨まれただけでタジタジとした弱気な態度を見せ、引っ込んだ。その態度から、自分に自信がある男でもないと推測する。

 総合すると、3人とも危険度はそこまで高くないだろうが、一応地味な奴を警戒するくらいかな。

 

「なあ。どうしたんだよ、大丈夫か?」

 

 バカそうな奴は私に対して率先して声を掛けた。

 

「……ほっといてよ。何でもないから」

 

「何でもないって……全然そうは見えないし。誰にやられたんだ?先生呼ぼうか?」

 

 今のところ疚しい部分は見られないので、本当に素で案じている事が分かる。

 ……お人好しだな。まぁ、この頰を見ればそうなるか。

 自己解決した私は、そのまま用意していた言葉を続ける。

 

「クラスの中で揉めただけ。気にしないで」

 

 自嘲気味に笑って、彼の申し出を拒否する。

 ほんの少し動かすだけでもピリッと痛む口では、大きな声など出せそうにない。

 よって、必然的に声量は小さくなり、元気がないように見えただろう。

 

「……どうする?放っておく、なんて出来ないよな?」

 

 バカそうな奴は他の2人に振り返り、そう意見を求めた。

 2人はそれぞれ悩むような仕草を見せる。

 その曖昧な反応を見てか、バカそうな奴は私に向き直り、同意を求めるように声を発した。

 

「俺たちDクラスの生徒なんだけどさ。良かったらベースキャンプに来なよ」

 

「は?…何言ってんの。そんなこと出来るわけないでしょ」

 

「困った時は助け合いだっていうだろ。な?」

 

 私はそっぽを向くことで、ニヤケそうになる顔を彼らに悟らせないようにする。

 ……本当に……何を言ってるんだ。敵クラスの私をこうも簡単に、それも疑うことなく入れようとするなんてバカなのか?いや、バカだからこうしてるんだな。

 

「……私はCクラスだ。つまりは、お前らの敵ってこと、それくらい分かるでしょ?」

 

「けどさ……こんなところに1人で置いてけないって。だよな?」

 

 奴が再度2人の方に振り返って同意を求めると、今度は2人とも頷いた。

 私はそんなお人好しのアホどもを無視する。

 これも予定通り。ここで心配してくれれば計画通りだ。

 

 無視している私に気付いた彼らは、私が折れるのを待つことにしたようだ。

 そうなったなら、ここからは我慢勝負だな。

 

 私が音を上げるのを待つ間に、バカそうな奴が、胸が……いやメガネ女子にナンパし始めた。

 ……下心丸出しだな。女子は視線に敏感だから、それじゃダメだなと思いながら沈黙していた。

 

 でもその積極的なとこは少しだけ羨ましい。

 ───だって私には出来ないことだから。

 

 

「……バカだなお前ら。本当に」

 

「困ってる女の子を放っておけないだけさ」

 

 私は10分ほどで音を上げた。目の前の男はカッコつけて親指を立てる。

 キザすぎるが、言ってることは本心からだろうなと少しだけ思った。

 

「じゃあ早速戻ろうぜ」

 

 そう先陣を切るバカそうな奴は、手を高く上げて楽しそうだ。

 私は3人の中で1番警戒している男に質問する。

 

「……一応聞いておくけど、Dクラスはキャンプ場所を開示しているのか?行ってもいいのか?」

 

「大丈夫だ。別に問題ない」

 

 全く変わらない表情と声色で答える地味な奴。

 その声色はどことなく“あいつ”と似ているけど、こっちは天然のバカだと判断した。

 キャンプ場所の様子を見せれば、自分たちがどんな風に試験を乗り切るつもりか知られてしまうのに、彼はそれを気付けず、考えられないからだ。

 

「信じられないバカね。お人好しすぎる。デメリットが分からないんだな」

 

「……Cクラスの人間だったら、オレたちの場所は知っているだろう?」

 

「……いや、知らないけど」

 

 そちらの事情を知っているぞ、と脅すように言う地味な奴に対して、私は少しだけギョッとしたが、すぐに相手の目を見て話した(・・・・・・・・・・)

 

「さっき、髪の長いCクラスの生徒がオレたちの拠点に現れたんだ。そいつから聞いてないのか?」

 

 ……私は全て理解した。

 あいつ、隠れて見てたんじゃないのかよ。行動が思いっ切りバレてんじゃねえか!

 と、己の失態を省いた奴に対して心の中で悪態をつく。

 

「……あんたの言う奴が、偵察をしてきたってのは聞いてる。けど、場所なんて言ってなかった」

 

「そうか」

 

 地味な奴は、素っ気のない声で納得した。

 

「あ、自己紹介を忘れてたな!俺は山内(やまうち) 春樹(はるき)。君の名前は?」

 

「私は……伊吹」

 

「伊吹ちゃんか!よろしくな!」

 

 ……こいつ、人生楽しそうだな。特に何も考えてないだろうなぁ。

 

「なあ、せめて鞄くらい持ってやるよ。な?な?」

 

「……この中、下着とか入ってるからそれは止めて欲しい」

 

「そ、そっか。それはゴメンな」

 

 今度は目を逸らして話した(・・・・・・・・・)。適当な嘘で誤魔化したからだ。

 下着の入ってる鞄を持たれたくないのではなく、“カメラ”の入ってる鞄を持たれたくないのだ。

 ……癖とは直らないな、とあいつの指摘を嫌々に思い出しながら実感する。

 

 その後、Dクラスの3人は、私を連れて自らの拠点へと戻っていった。

 

 

 龍園の策は、第1段階を突破した。

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 腕時計の時刻が6時を回った頃、食材の探索に出かけていた櫛田たちのグループが戻ってきた。

 平田が率いる探索隊も帰還して来たので半数以上が拠点に集まっていた。

 彼らの手には苺のような小さな木の実やぶどうやキウイのような形状の果物が見て取れる。

 収穫の成果はしっかりと出ているようだ。

 

 オレはというと須藤や池、山内たちと枝を集め、焚き火の確保に勤しんでいた。

 加えて個人的にだが、伊吹という生徒の監視だ。

 

 彼女がオレたちに接触した時、2度も嘘をついていたのは分析出来た。

 パターンこそ分かれていたが、彼女が嘘をついたのは間違いない。

 なのでオレは、仕事の合間にかなり怪しい彼女をチラチラと見ている。

 ……だから勘違いしないでくれ。気になるからとかじゃないんだ。変態と言う汚名だけは勘弁してください。

 

 とまぁ、冗談はこれくらいにして。

 オレがなぜ彼女をこうも警戒するのか。

 それは彼女がDクラスへのスパイである可能性が非常に高いからだ。

 

 現在は他クラスの迷惑になりたくない、と言ってキャンプの中心から少しだけ離れた場所にいるが、目の届く位置にいる。

 今のところ大人しくしているが、いつ動きだすか分からないので、どんな時でも警戒は怠らない。

 “カムクライズル“と同じCクラスの人間だ。茶柱の言うことに従うわけじゃないが、何かしらの作戦があると疑っている。

 

 これ以上隙は与えない。

 オレは後手に回ってるこの状況で今できる最善の動きをする。

 

 しかし戦況は厳しい。何せこちら側は主要人物の体調不良というハンデがある。そして予測出来ない自由人の存在。

 将棋で言えば飛車角落ちなのだ。手持ちの()たちではこの試験に勝てるかどうかは怪しい。

 

「無事に焚き火は出来たみたいだね。ありがとう、綾小路くん」

 

「……オレじゃなくて池に言ってくれ」

 

 勝ち方について熟考していたオレに、平田が話しかけて来た。

 オレはワンテンポ遅れて返事をする。

 事実、火を上手く点けれたのは池のおかげだし、狼煙代わりにしようと言ったのも池なので、称賛を受け取るべき人物の名を出した。

 

 自身の名前が呼ばれたことに反応し、池はこちらに向かってくる。

 キャンプ経験のある彼は、現在進行形で皆に頼られる存在だ。

 つまりは人が集まる。オレは人波に飲まれる前にそこから離れ、伊吹のいる方へと避難した。

 伊吹は近づいてくるオレに気付き、こちらを見ていた。

 

「悪いな。もう少し待ってくれ、お前のことを相談してみるから」

 

「別に無理しなくていいって。邪魔することになって悪いと思ってるし」

 

 伊吹は本当に申し訳なさそうな表情をしてそう言い、続ける。

 

「どうせ私はすぐにここを追い出される。違う?」

 

「分からないぞ。平田ってヤツは人一倍お人好しだからな」

 

 どんな人間でも平等な視線で見れる彼ならば、追い出す真似をするとは思えなかった。

 

「さっき自己紹介してなかったな。オレは綾小路だ」

 

「私ももう一度した方がいい?」

 

「いや、大丈夫だ。Cクラスの伊吹。ちゃんと覚えた」

 

 改めて自己紹介を終えて顔を付き合わせるが、やはり伊吹は目を合わせなかった。

 その頃、クラスの話し合いでは川の水のことやポイントについての会議が始まっていた。

 

「……行かなくていいのか?」

 

「大丈夫だ。むしろ呼ばれるまでにお前の状況を少しでも聞いた方が話が早くなる」

 

 納得した表情で彼女はオレを見た。

 

「それで、何があったんだ?」

 

「……クラスのある男と揉めた。それでそいつに叩かれて追い出された、それだけ」

 

 テンプレートなオレの切り出しでは、話を聞き出せるか不安だったが、意外にも彼女はすんなり理由を話してくれた。

 

「ある男ってのは長髪の奴か?」

 

「いや、あいつじゃない」

 

 ということは別のヤツ。

 カムクライズルでないならば、以前推測したもう1人の存在だろう。

 暴力事件に関わった3人の生徒を恐怖で支配している生徒、いや、伊吹の状況を見るにクラスを恐怖で支配しているのだろう。

 犯人はそいつで間違いない。

 

「確か……龍園だったか?」

 

「……やっぱりあいつの悪名は他クラスにも知れ渡っているのね」

 

 オレは独り言のように言葉を零すことで、名前だけを知っている存在について、何かしらの情報を彼女から聞き出すことに成功する。

 ───情報収集、コレが今出来る最善の手立てだ。

 

「結構無茶する奴とは聞いてる」

 

「結構?そんなのレベルじゃない。やることなすこと滅茶苦茶なのよあいつは。私の頬だって……」

 

 まるで親の敵の話をするように、伊吹はイライラした様子で話す。

 

「……伊吹は反抗したからその傷を負って追い出されたってことか?」

 

 オレはここまでの話で出てきた情報を纏め、簡潔に質問する。

 

「そういうこと。あいつは自分に従わない奴はこうやって暴力で従わせるから」

 

 自身の頬を指差し、嫌悪感丸出しでそう言う。

 

「酷い奴だな龍園って奴は。……もしかしてお前の他にも暴力を振るわれた生徒はいたのか?」

 

「……いたにはいた。けどあいつが暴力をチラつかせるだけで殆どは黙り込んだ」

 

 伊吹はオレの目を見て話した(・・・・・・・・・・)

 そこでオレは疑問が浮かぶ。

 ……伊吹は本当に騙したい時に人の目を見て話すはずだ。さっきの分析ではそうだった。

 だが今の声色では嘘とはとても思えない。

 ───まさか、意図して変えているのか?……いや、間違いない。

 

 一瞬のタイムラグと感じる違和感はこれだ。

 

 Cクラスの伊吹、なるほど。確かに諜報員としては優秀だな。

 オレは一瞬騙されかけたが、まだ不十分な彼女のスキルを見破り、そう結論づけた。

 

「じゃああのカムクラって生徒もその龍園って奴に怯えてあんなことをしたのか」

 

「いや、それは少し違う」

 

 随分と口が動くようになってきた伊吹は、俺の言葉へと即座に反応して否定する。

 ───まぁ、話しやすいようにオレが会話を整えたからだが。

 

 伊吹、ペラペラと自分たちのことを嘘偽りなく話せば信用されると思っているかもしれないが、俺からすれば真実を言ったから信用してくださいとしかもう聞こえないぞ。

 

 オレは心の中でほくそ笑む。

 

「あいつは例外。唯一龍園と対等」

 

「そうなのか」

 

「龍園だってカムクラには手を出せない。だってあいつは───『本物』の天才だから」

 

「……『本物』?それはどういう───」

 

 チリッと電撃が走るように脳が捉えた言葉へついつい過剰反応する。

 しかしそれは、この会話の介入者によって遮られることになった。

 

 

「───綾小路くん、伊吹さん、ちょっと良いかな?」

 

 

 良い所で話が途絶えた。オレは少しだけ不機嫌になってその言葉を発した人間を睨む。

 ……睨んだ人間は、Dクラスの実質的なリーダーである平田だった。

 しかし彼はニコニコとした表情でオレに気を使って待ってくれる。

 オレは彼がここに来た意図を察し、説明を開始した。

 

「平田、彼女はクラスで揉めて叩かれたそうだ。しかもCクラスは龍園って奴が仕切ってて戻るに戻れない状況だそうだ」

 

「おい、私は何もそこまで───」

 

「分かったよ綾小路。話を簡潔にしてくれてありがとう。

 ……伊吹さん、状況は分かったよ。けどもう少しだけ待ってくれないか?

 今から他の生徒にも事情を話して君を置いて貰えるように頼んでみるよ」

 

 平田はやや強引に話すと、オレに伊吹を見るように伝えてクラスの輪の中に戻っていった。

 

「……お人好しの権化みたいな奴だな、こっちの話も聞きやしない」

 

「多かれ少なかれ人なんてそんなものだろ。そっちも似たようなもんじゃないのか?」

 

「全然……。Cクラスにはそんなお人好しなんて殆どいない」

 

 そう言い終えると、彼女は座り方を三角座りに変え、顔を伏せた。

 これ以上の情報奪取は無理だな。また後日だ。

 オレはそう結論付け、再び人が集まってきたこの場所から退避した。

 

 話し合いの結果、伊吹はDクラスで面倒を見ることになった。

 平田の説得が大きいのか、女子も手厚い保護をしてくれた。

 一例を出せば自分たちの携帯食料や水を彼女に分け与えたりだ。

 

 伊吹に食料を渡し終えたら、Dクラスも食事の時間だ。

 取ってきた食料を平田が皆へと均等に分けていく。

 すると平田はあることに気付く。

 

「あれ?そう言えば高円寺くんは?」

 

 Dクラスの生徒は全員集まっていると思ったが、かの自由人の姿だけが見当たらなかった。

 

「先生、高円寺くんを見ましたか?」

 

「……そう言えば見当たらないな。だが安心しろまだ点呼までは時間がある。

 あいつのことだ。どうせすぐに戻ってくるだろう」

 

 茶柱先生も知らないようだ。

 だがオレは安堵した。何せ最悪のパターン(・・・・・・・)になってはいないのだ。

 

「まったく!あいつの自由行動もどうにかするべきだ!」

 

 一人の生徒が叫び、皆が共感するように頷く。

 これにはさすがの平田も苦笑いだ。

 

「みんな落ち着こう。そのことは僕から高円寺くんに伝えておくよ。

 だからまずは夕食を───」

 

「───私を呼んだかい平田ボーイ」

 

 どこからともなく高円寺 六助の声が聞こえた。

 皆はキョロキョロと辺りを見渡すが、やたらと存在感のある彼を見つけることが出来ない。

 

「ハハハ、なるほど木の上とは素晴らしいね。全てのシチュエーションを把握できる」

 

 木の上、その言葉にみなが反応し上を見上げる。

 すると高円寺は一回転して木から降りてきた。

 その動きは───昼頃に1度見たカムクライズルの動きそのものだ。

 

「やあ、スクールメイトたち、久しぶりじゃないか」

 

 ───この場にいる全員が目を見開いて驚いた。

 

 木の上から降りてきたからとか。

 限度のない自由行動をしていたからとか。

 草と、簡易トイレと一緒に配られたビニールを編んで作ったと思われる袋を持っているからとか。

 股間を強調する海パンに普段靴という超奇抜な恰好だからとか……そういう理由ではない。

 

 

 皆が驚いたのは、彼が持ってきた───食材だ。

 

 

「こ、高円寺くん、その食材は……」

 

「ハハハ、なんて顔をしているんだい平田ボーイ。まぁしかし、凡人たちらしいとも言えるかね」

 

 皆が驚いてる中、高円寺は1人だけいつも通り高笑いしている。

 

 シャツの口を結び、簡易的な袋の中には大量のトウモロコシが。

 ズボンも同様に扱い、果物や野菜が。

 草とビニールの袋の中には魚が。

 

「なに、今回の試験、私も少しだけ(・・・・)参加しようと思っただけさ」

 

 彼はそれらを下ろして高らかに宣言した。

 

「お、おお、おおおおおおおおおおおお!!!」

 

 一斉に歓喜の声が上がる。

 

「ではスクールメイトたち、今日は青春を謳歌しようじゃないか」

 

 聞きやすい声がクラス全体に響き、それに答えるように再び歓喜の声があがった。

 彼はその後、スポットライトを平田へと譲り、この場を去った。

 

 ───これが高円寺 六助の実力。

 自分に酔っている痛いやつなのではなく、内に隠している自らの実力のみを信じる人間だと証明した。

 中には高円寺様という女子もいて、もはや神仏のように崇め奉られている。

 

「……彼が今回の試験に力を貸してくれれば、文字通り百人力だわ」

 

 オレの隣で堀北はそう言う。そしてやはり彼女はまだ甘いなと同時に思う。

 

 普段は唯我独尊、傲岸不遜を体現した人間である彼が自身の実力を用いて前に立つ。

 何が彼にそうさせたのかまでは分からないが、確かに堀北の言う通りだ。

 どうやら、かの自由人の気まぐれが良いように運んだらしい。

 

 

 

 

 その日の夜は、高円寺の持ってきてくれた食材により、節約生活から豪華な宴へと変わった!! 

 

 Dクラスの親密度が上がった!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限に広がっていると錯覚してしまう程の広大な海が、溢れるほどの光を発する灼熱の太陽を呑み込んでいる。

 半分以上欠けた夕陽はそれでも存在感を放っており、夜を越させまいと抵抗してるように見えた。

 

 そんな風流を感じさせる景色が見える海岸では、何かがゆっくりと動いていた。

 作業服を身にまとった複数の人間、そして彼らを助けるまだ幼さを含んだ顔をしている画一化された子供たち。

 海岸にはキャンプファイヤーセットと思われる組木、子供たちが運んでいるものの中には花火や無人島にあるとは思えない豪華な食材がある。

 

 

「食材はこの場所に置いてくれ!」

 

 

 不良のような見た目をする男子生徒が指示を飛ばしている。

 額には汗が流れ、疲労も隠せていない。

 だがそれでも、常に首を振り続けて周囲状況を更新し続けている。

 がむしゃらな動きに無駄は多いが、一生懸命やっている事が分かる動きだ。

 

「石崎くん、これはどこに置いておけば良いでしょうか?」

 

「……線香花火か。これは花火セットの所に置いてくれ。場所はあっちにある」

 

 石崎と呼ばれた不良のような見た目をした男子は艶のある銀髪を靡かせる美少女にそう指示をする。

 美少女はその指示を聞くと、嫌な顔1つせずにトタタタと駆け足で教えて貰った位置へと向かう。

 

「ふぅ、なんか久しぶりに上に立った気分だな」

 

 石崎はそう独り言を零す。

 彼の言っていること、つまり彼が上に立っているというのは事実だ。

 普段ならば彼は指示を待つ側の人間。

 

 だが今は、彼を使う人間が不在のために彼が指揮を取っている。

 

「……お前ら!もっと手を動かせ!そろそろ約束の時間が近いぜ!」

 

 彼はそうやって他の人間を鼓舞する。そして自らも重たそうな荷物を運んでいる集団の方へと向かう。

 彼なりに自分の出来る行動を考えた上での行動なのだろう。

 そんな積極的なリーダーに好感を持つ人間もチラホラ見える。

 

 

「ククク、中々様になってんじゃねえか石崎」

 

「りゅ、龍園さん!……おっわぁ!」

 

 重荷を運び終え、汗を拭う彼に龍園という男子は冷たい水の入ったペットボトルを投げつける。

 石崎はそれを1回、2回とお手玉をして3回目でようやく掌に収まる。

 

「さて、オレの策もようやく完遂した」

 

 彼は2度手を叩き、注目を集めた後にそう切り出す。

 話し始めると、この場にいる全ての人間が行動を止め、彼の方へ体を向け、彼の話へと耳を傾ける。

 

 気付くと、太陽は海へとすでに呑まれ、キャンプファイヤーの炎が照明へと変わっていた。

 

 照明の近くにいた「王」を見る全ての生徒の視界の中にはもう1人。

 真っ黒な長髪が風に揺らいでいる生徒が無表情で佇んでいる。

 

 その二人組に、尊敬、嫌悪、羨望、無関心といった様々な感情の篭もった視線が飛んでいく。

 

「お前ら、今度こそ本当に試験のことを考えることなく騒ぐぞ」

 

 揺らめいていた様々な感情は、そんな彼の宣言に応えるように消え、雄叫びのような歓喜がこの空間を支配した。

 用意していた食材と飲み物を皆に配り始め、行き渡ると乾杯の音頭を取る。

 それも終えると、皆が夢中に食材へとかぶりつく。

 笑いを含む話し声が至る所で発生し始めた。

 

 好きな女子や好みの話を語り合う野郎共。

 狙っている男子という話題で盛り上がっている女子集団。

 誰と誰が付き合っているのかを仲睦まじく話す男女のグループ。

 距離感が近く一線を越えそうな男女。

 

 

 誰もがとても楽しそうにしていた。

 

 

 

 しかし真面目な声でこう言う者もいる。

 

 

 

「これは未来への投資。彼女(・・)も逆境を越えるたびに強くなる。

 ───予測の出来ない未来に期待しましょう」

 

 

 




ク〜リスマスが今年もやぁ〜ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


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束の間


特別試験2日目の始まりです!


 

 

 特別試験2日目の朝、こんな状況下でも僕の朝は早い。

 意識が覚醒したのはほんの少し前ですが、緊張した身体をほぐすように伸びを繰り返し、全身の血の巡りを良くする。

 テントの中からでは分からないが、障害物のないこの砂浜から見える朝日は格別な美しさを醸し出していると推測して行動を開始する。

 

 フカフカとまではいきませんが、それでも快適に眠れる寝袋の中で夜を越したので、硬い地面で寝た時に生じる筋肉痛のような痛みはありません。

 僕は音を立てずにゆっくりと寝袋から這い出る。周囲から寝言や寝息が聞こえてくるので、誰も起こさないための配慮だ。

 

 昨日は夜遅くまで皆が騒いでいた。BBQこそしなかった(今夜やるらしい)がキャンプファイヤーで盛り上がり、誰もが羽目を外していた。

 そのため、まだ寝足りないのでしょう。

 僕のような存在と違い、まだ成長過程の彼らには睡眠が必要なのでわざわざ起こすつもりはない。

 

 僕はテントから外に出る。

 

 眼前に広がる光景は、誰一人として存在しないこの空間に朝日だけが悠々とした状態で僕を見下ろしていた。

 海の真上から発せられる光は支給された懐中電灯とは比べ物にならないほど眩しく、僕は目を手で隠すという対策を立てる。

 

 

 ───あぁ、ツマラナイ。

 

 

 何度も繰り返せば飽きるというが、この言葉に関してはもはや発することすら何も感じなくなっている。

 飽きなどとうに越しているのだ。

 

 朝日が照らすテントから出て、飲み物を求める。

 飲食物を保存するテントに辿り着き、クーラーボックスの中を開ける。すると大量の肉や携帯食料、飲み物が保冷剤と詰められていた。

 

 飲み物を1本だけ取り出し、喉へと通す。

 冷たく喉越しの良い水流が身体を巡り終えたら、今度は食事だ。

 しかし、味気ない携帯食料は朝から食べる気にならなかった。

 

 なので、龍園くんがポイントで購入した釣り糸と餌を持つ。

 近場にある海ではなく、若干離れた川辺まで移動する。

 

 川に到着するまでの道中、木の実や果実がチラホラと見えた。

 これも食べる気にはなれなかったので、それらを無視して進んでいく。

 

 予定通り川へと到着した。いよいよフィッシングの時間だ。

 しかし───わざわざ実況するのもアホらしいものだったと最初に言っておこう。

 

 餌のついた釣り糸を垂らせばものの十数秒で魚が食らいつく。そして案の定同じ事が繰り返された。

 たった2分、その僅かな時間でバケツには2匹の魚が入っている。

 こんな非現実的な事が平然と起こるのが僕の幸運だ。

 

 ───ツマラナイ。アングラーの才能を使わず、幸運の才能だけで何とかなってしまうのだ。

 まぁ、食べれる分は手に入れられたので帰りましょう。

 

 そう決断し、来た道を真っ直ぐに引き返した。

 

 

「いねえなと思ったら、やっぱり起きてたのか」

 

 

 砂浜へ戻るとクラスの王、龍園くんが僕を出迎えてくれた。

 目元に隈は見えず、眠そうな表情もしてない辺り、朝には強いようだ。

 僕は彼の方に近付いていく。

 

「食べますか?」

 

 釣ってきた魚を彼に見せる。

 

「食わせろ」

 

「炭火焼きにするのでBBQセットを少しだけ借りますね」

 

「ああ」

 

 了承を得たので僕は調理を開始する。

 龍園くんはというと、じっと待っているのではなく、キーカードを持ってどこかに行ってしまった。

 

 ───スポットの占有だ。彼は豪遊してるように見えて堅実にポイントを得ようと行動しているのだ。

 まぁ、現段階ではスポットを1つしか取っていないのですぐ帰ってくるでしょう。

 そしてこの時間帯ならば誰かに見られるということもない。

 

 そんなことを考えながらも手を動かしていた僕は、ゴルフボールくらいの炭を6つ取り出す。

 魚の頭、身体、尻尾の3部分に炭を1つずつ、それを2匹分置き終えたらこれと言って手間取ることなく点火を始める。

 すぐには魚を置かない。焼き台の上にある網を十分に温めるのが先だ。

 

 数分後、網が十分に温まってきたと僕は判断し、2匹の魚を網の上に敷く。

 火力が強かったのでいくつか炭を取り除き弱火にする。

 焼き上がるまでの時間はいつものように何も考えないのではなく、調味料で味を整えるなどをし、料理に集中していた。

 

「良い匂いがするじゃねえか」

 

「戻りましたか」

 

 魚を焼き始めてから数分後、香ばしく、ずっしりと味わい深い匂いが辺りに漂う。

 その匂いにつられてではないが、龍園くんが丁度よく戻ってきた。

 

「ふぅ、朝から面倒をさせてくれる」

 

 寝巻きと思われる洒落ているジャージで身を包む彼はそう言うと、昨日と同じようにビーチチェアに座り、寝転がろうとする。

 

「手伝って下さい」

 

「はぁ、朝から働いている人間に言う言葉かよ」

 

 そうは言うものの、彼はすぐに立ち上がり、クーラーボックスとは違う保管用のボックスから紙皿と割り箸を2つずつ用意してくれた。

 

「出来ました」

 

「クク、待ち侘びたぜ」

 

 僕は完成した焼き魚を皿に移す。いよいよ実食の時だ。

 パラソルの下にある机に水と焼き魚を持っていき、ビーチチェアに座って手を合わせる。

 

 だが僕は箸を動かそうとして止まった。

 ……気配には気付いていたが、怖いもの知らずの彼女に少しだけ驚いたからだ。

 

「美味しそうですね」

 

 いつの間にかこの場にいたのは本を愛して止まないマイペースな女子、椎名さんだ。

 彼女は龍園くんの真横からひょっこりと顔を出して魚を見ていた。

 

「……ひよりか。驚かすんじゃねえよ」

 

「それは申し訳ありません。でも、ヨダレが垂れそうな程美味しそうな匂いがしたら、こっそりと見たくなっちゃうじゃないですか」

 

 そんな理由で気配を消して近寄ってきた椎名さん。

 龍園くんの気配察知を平然と抜けている辺り、かなり高い練度な気がするが突っ込んではいけない気がしたので何も言わない。

 

「それで、何の用だ……っつうのも無粋か」

 

 彼は箸で魚を切り、切った箸と皿を彼女に渡して立ち上がる。

 もう1つの割り箸と皿を用意するために、ボックスを往復するためだ。

 

「半分はオレのだ。うっかり全部食べてしまいましたは許さねえからな」

 

「……ありがとうございます。でもその言い方だと私が食いしん坊のようではありませんか」

 

「それは自覚があるってことか?」

 

 一瞬だけ紳士だと思っていたが、やはり龍園 翔。

 女性に体重の話、またはそれに近い話をするのはNGというくだらない地雷を平然と踏み抜く。

 

「……龍園くんは、私が食いしん坊だと言いたいのですか?」

 

「そうは言ってない。だがひより、あながち間違ってはいないだろう?

 何せお前は昨日、女子たち全員が水着に着替えて遊んだ中で唯一、肌を晒したくないという理由で誘いを断ったらしいじゃねえか」

 

 僕は焼いた魚を噛みながら、無言の笑顔という名の睨みをしている椎名さんと余裕の笑みを浮かべる龍園くんを見比べる。

 嘘をついて断ったか、女子特有のあの期間だからじゃないのかという疑問が頭に浮かびつつ、彼は余計な事しか言ってないなと白い目で見る。

 そんな中、椎名さんが行動に出た。

 

「……ふふ、お箸を取りにいく必要はありませんよ龍園くん。私が食べさせてあげます」

 

 ふわふわとした美少女から感じられるのは見えない圧力。

 笑っている彼女から殺気に近い危険信号がヒシヒシと伝わってくる。

 

「……いや、遠慮するぜ」

 

「女子からの好意は受け取っておくべきですよ?」

 

 さすがの龍園くんも踏み抜いてはいけない地雷だったと気付き、美少女からのあーんという夢のような時間を拒否する。

 が、どうやら逃がしてはくれないようだ。

 

「諦めた方が楽になれますよ」

 

「楽になるに隠喩があるだろそれ」

 

「隠喩だなんて、龍園くんは意外にも賢いのですね。今度一緒に読書してみませんか?」

 

「……おい、助けろカムクラ」

 

 言うまでもないが、彼のヘルプは無視だ。

 わざわざ地雷に飛び込むバカはいないでしょう?

 

 それにしても、温厚な彼女がここまで怒る理由は何なのか。

 こうも噛みつくとは大層な理由がないのでしょうか。

 僕はその事が少しだけ気になり、彼女の事を分析するために頭の中を整理する。

 そして、その先にある真実へと到達するために、脳内にスノーボードを模した道具を用意し、その筋道を滑走し始めた。

 

 進んで行くと、分岐点が見えたので若干スピードを落とす。

 

 

 椎名 ひよりの休日の過ごし方は寮の自室で本を読む。どれくらい?

 →A,約3時間

 →B,約5時間

 →C,約7時間

 

 

 僕は一瞬の迷いなく、Cのルートを選択する。

 彼女は夜遅くまで本を読むこともあり、それでいて学校が始まる前も朝読書をしている。

 それくらい本の虫だ。だから合っていると確信していた。

 

 そう考えながら滑走すると、正解を暗示する音がどこからともなく脳内へと響いた。

 

 僕は複雑な筋道を適切な操作で前進していく。

 そうして進んでいくと、再び分岐点が現れた。今度は3つではなく2つだ。

 

 休日を満喫する椎名 ひよりは基本的に寮の自室から出るか?出ないか?

 →A,出る

 →B,出ない

 

 元になる情報が見当たらない。しかし先程の読書時間を踏まえれば、答えが自ずと推測できるはずだ。

 ───僕はBのルートを選択する。

 

 一直線になっている筋道。

 そこを滑走し終えると、先程と同じような音が脳内に響いた。

 つまり、正解なのだろう。

 

 

 ならば、これで終わりです。

 

 

「……本に夢中であるがゆえに、休日は寮の自室から出なくなった。

 つまりこれは運動を全くしなくなったとも言い替えることが出来るでしょう。

 そしてそれに比例して肉が増え、体重は増えた。ゆえに、肌を晒すことを避けたかった。

 ───これがこの疑問の真相ですか」

 

 ロジカルな思考の中へとダイブしていた僕は意識を現実世界に戻して独り言を零す。

 あまり上等な疑問ではなかったが、久しぶりにゆっくりと思考して上手く回答を導けたのでどこかスッキリとした気分になる。

 

 ───しかし、そんな気分になったのは僕だけだった。

 

 

「───カムクラくん、相変わらず凄い推測ですね」

 

 

 満面(悪魔)の笑みを浮かべながら、銀髪の少女がこちらへと顔を向けていた。

 今の言葉から推測するに───僕の独り言は筒抜けだったらしい。

 

 

「ふふ、カムクラくんも私に食べさせてほしいのですか?仕方ないですね」

 

 

 様々な人を温かい雰囲気に変える笑顔に反して、異常なまでに冷たい声が僕の聴覚に反響する。

 昨日ベンチで聞いたあの穏やさとは真反対の声色に少しだけ驚いた。

 

「僕は───」

 

「すみません。よく聞こえません」

 

 

 

 

 僕と龍園くんは、残っていた焼き魚を口の中に捩じ込まれた。

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 AM8:00、朝の点呼の時間になるが誰も集まらなかった。

 何せその必要がないからだ。

 Cクラスが所持しているポイントは0。この試験において、0より低いポイントにはならないというルール。

 つまり、減るものなんてないのだ。

 

 どうやら、「王」の策は成功しているようだ。

 坂上先生も点呼の時に顔を出すだけで済んでいるので、心の中では楽だなぁとでも思っているでしょう。

 

「小宮、近藤」

 

 僕の横で寝転がる王が2人の駒を呼び出した。視線だけを動かして様子を窺う。

 ニヤニヤとした笑顔を見せる王が何を企んでいるかがすぐに分かった。

 ゆえに飽きてしまった。僕は横になる。

 

「お前ら、これ持ってDクラスに行き、バカにしてこい。この空間がどれほど素晴らしいかを奴らに伝えて来い」

 

 彼は机の上にあったチップスとまだ開けていない炭酸飲料を2つ渡す。

 片方僕のだが、どうせ石崎くんを使って取り寄せることが分かっていたので何も言わない。

 

「わ、分かりました!」

 

 彼らは声を揃って了承した。

 

「Dクラスへはあそこの茂みを真っ直ぐ進めば着きます」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 道も知らないであろう彼らが不憫なので、僕は方角を指で示した。

 彼らは駆け足でその方向へと向かっていった。

 

「石崎」

 

 予想通り、不良のような強面の男子がこちらに呼ばれることとなる。

 傍らでアルベルトやその他の人間たちとビーチバレーをしていた彼はその言葉に反応し、慌てた様子でこちらへと向かってきた。

 僕は飽きてしまったので、眠気はないが何となく目を瞑る。

 

「キンキンに冷えた水を2つ持ってこい」

 

「わ、分かりました!」

 

 先程の2人と同様に、石崎くんは彼の命令に逆らうことなくクーラーボックスへと向かった。

 

「彼はあなたの友達じゃないのですか?」

 

「そう思ってるのは奴だけだ」

 

 彼がどんな表情でその言葉を言ったかは目を瞑っているため知り得ない。

 しかし、唯一判断できる声色からでは嘘をついていると思えない。

 視覚が欠落していると、この僕でも判断能力が落ちるんだなと思い、良い手加減になるかもしれないとくだらないことを考える。

 

「そう言うお前は友達と遊ばねえのか?」

 

「僕に友達などいません」

 

「なるほど。道理でオレと気が合うな」

 

「自意識過剰ですね」

 

「オレのことをよく分かってんじゃねえか」

 

 

「も、持ってきました!」

 

 息を切らしながらそう言う石崎くん。

 コンクリートよりも走りづらい砂の道を走ってきたのでしょう。抵抗が多いためにこの疲れ方も納得出来る。

 

「ご苦労」

 

「うっす!」

 

 そう言って彼はここから離れようとする。

 再びビーチバレーに行くつもりなのでしょう。

 彼が戻る前に、僕は目を開き、ビーチチェアから身体を起こす。

 

「石崎くん」

 

「な、なんすかカムクラさん」

 

「僕もビーチバレーに入れて下さい」

 

「え?」

 

 僕のこの言葉を聞いた瞬間、石崎くんがフリーズした。

 

「ク、クク、おいカムクラ。もしかしてさっきの言葉が響いてんのか?」

 

「いいえ、ただ試したいことが出来ただけです」

 

「試したいこと?」

 

「両目を閉じた状態でビーチバレーが出来るかどうかの検証です」

 

「……何言ってんだお前」

 

 龍園くんは呆れた表情で率直な意見を僕に言う。

 だが僕もふざけて言ってるわけではない。

 

「で、構いませんね石崎くん」

 

「は、はい!そんなことも出来ちゃうカムクラさんすげえっす!」

 

「……お前も何を言ってんだ石崎。なぜ疑わねえ」

 

 呆れっぱなしの龍園くんを放置し、僕はキンキンに冷えた水を置いてビーチバレーをしている集団の元へと向かった。

 

「そわそわしすぎですね石崎くん」

 

「す、すいません。でもカムクラさんとこんな風に遊ぶなんて新鮮なんすよ」

 

「そうですか」

 

 彼の僕への態度は依然として変わらない。

 勿論龍園くんにもだ。

 小宮くんと近藤くんは暴力事件の時の制裁を受けて以来、彼への恐怖が増し、怯える傀儡と変わってしまったが、彼は変わっていない。

 あの事件にそれなりに抵抗した彼は罰を免除されているという裏事情があるからだ。

 

「お前ら!カムクラさんが来たから人数が合ったぜ」

 

 ネットが張られた場所へと到着した。

 石崎くんはアルベルトとその他2人の生徒たちに向けてそう言う。

 この場には僕を含めて6人いるので確かに3チームでローテーションが出来そうだ。

 

「賭けはさっきと一緒な!ローテーションして1番戦績の悪いチームが罰ゲームだ」

 

 石崎くんはどこか龍園くんを連想させる笑いを見せながらそう言う。

 

「じゃあ俺がカムクラさんと組んでいいな?」

 

「おい待てよ園田(そのだ)!カムクラさんとはオレが組むんだ」

 

「ふざけんな石崎、もう罰ゲームはゴメンだぜ。それに今日の余り物は俺だったんだから良いだろ!」

 

「……ちっ、しょうがねえな」

 

 僕が何かを言う前に、チームメイトが勝手に決まった。

 余計な手間が増えなかったのでまぁ良いでしょう。

 それに───誰が仲間だろうと結果は変わりませんから。

 

「じゃあカムクラさんお願いします!

 お、俺は園田(そのだ) 正志(まさし)って言います!良ければ覚えてください」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 淡々とした言葉で返事をする。

 園田 正志。Cクラスでは珍しい全体的に高水準な能力を持つ生徒。

 が、彼も自我が非常に強い。

 先程の通り、強面の石崎くんと難なく軽口をたたくし、入学して1ヶ月頃の時は平然と龍園くんに文句を言っていた生徒でもある。

 勿論今は彼の下で働いている。

 

「まず初めはオレたちとカムクラさんチームで良いな?」

 

「構わねえよ石崎、ボコボコにしてやるぜ」

 

 園田くんは握り拳を開いた掌にぶつけ、気合十分にそう言う。

 どうやら初めは僕と園田くんチームと石崎くんとアルベルトチームだそうだ。

 

「それにしても浮いてますね」

 

「確かに1人だけ体操服ですからね!」

 

 コートに入った僕は今更ながら自分だけ格好が違うことに気付いた。

 この場にいる生徒たちは勿論として他の男子や椎名さんですら水着なのにだ。

 

「汚れても知らないっすよカムクラさん」

 

 おちゃらけた声でそう言う石崎くんは楽しそうに笑いながらボールを持つ。

 

「初めは目を開けてやりますので汚れるとしたら目を閉じてからですよ」

 

「え?目を閉じる?」

 

 園田くんの疑問を無視し、僕は少しだけ準備運動をする。

 

「差を知りたいのならば、やはり対照実験が1番手っ取り早いですね」

 

 初めに目を開けてやり、その後目を閉じてやる。

 これでどれくらい変わるのかが分かるだろう。

 

「早速いきますよ!」

 

 石崎くんがそれっぽいフォームで助走をつける。

 

「セイッ!」

 

 砂に足を取られていて殆ど飛べていない彼のみすぼらしいジャンプサーブによって戦いの火蓋が切られた。

 と同時に、いつの間にか揃っていた男女混合の観客から笑い声が溢れ出る。

 

 飛んできたボールは僕の方へと飛んできた。

 やや乱れた回転をしたボールを打ち上げる───と同時に大きくバックステップを踏み、ネットまでの距離を作り出す。

 

「まずは先制点……決めっちゃって下さい」

 

 僕が打ち上げたボールの落下地点には園田くんが待っていた。

 彼はトスを上げる。やや高めに上げてくれたおかげで、僕の最高打点から打てることを確信した。

 

 緩やかに舞い降りてくるボールを見上げ、ビーチバレー選手の才能を存分に使う。

 砂浜で高々と飛び上がるためには普通のジャンプでは足りない。

 膝の力だけでなく足腰の力を使わなければ最高到達地点には届かない。

 

「……omg」

 

 アルベルトが僕の跳躍を見て間抜けな声を上げる。

 ───僕は体をバネのようにしなって手を振り抜いた。

 

「……へっ?」

 

 ボールの目標投下地点にいた石崎くんは、弾丸のように鋭い球に反応出来ず、素っ頓狂な声を上げる。

 そして彼の顔面の横をボールが通過した。

 僕の放ったボールはというと───砂浜を勢いよく抉っていた。

 

 

 僕が打つ前まで声援を送っていた観客たちも、シューと空気が抜けている穴の空いたボールを見たら誰も言葉を発しなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右足を立て、左足をぶら下げる。

 こうやってビーチチェアに座ることで何となく落ち着くからだ。

 

「クク、ハハハハ!それで追い出されたのか」

 

「ええ」

 

 先程までビーチバレーに参加していた僕はコートから追い出されていた。

 多少本気を出して打ったら支給されたボールを破裂させてしまったからだ。

 

 1度ボールを破裂させたくらいでは確かに出禁にならない。何せ予備のボールはあったからだ。

 しかしよく思い出して欲しい。このボールはどうやって買ったか?

 現在残っているポイントは?

 

 ───答えはポイントであり、現在の残りポイントは0だ。

 

 もうお分かりの通り、このまま僕が続けたら2個目のボールも殺る。たとえ手加減してもだ。

 そういう理由から僕はコートから追放された。

 普段から僕のことを尊敬の視線で見る石崎くんに、申し訳なさそうに出禁にされたのは、はっきり言って戸惑いました。

 

「ククク、なるほどなるほど。お前にはお笑いの才能もあるってことか」

 

 確かに持ってはいるが、素直に肯定できないというジレンマに近い何かに陥る。

 

「……スポーツは個人種目の方が好ましいですね」

 

 そんな独り言がついつい零れる。

 

「まぁ、落ち込むなカムクラ。そろそろDクラスからの使者が現れる。

 そいつらをいびり倒そうじゃねぇか」

 

「僕がそんなツマラナイ事やるわけないでしょう?あと、落ち込んでなどいません」

 

「クク、そうかよ。…………噂をすれば何とやらだな」

 

 森を抜ける直前の茂みから2人組の男が、やたらと存在感のある1人の男子を連れて姿を見せた。

 

「ふーん、1日目でリタイアしなかったのですね」

 

「クク、確かにそうだな。あの野郎の噂を聞けばそれくらいしそうだ」

 

 僕はビーチチェアから立ち上がることなく、彼のことを観察する。

 モテる要素の1つと言われる高身長。ジャージの上からでも分かる彼の発達した筋肉。自信に満ち溢れた表情。

 そんな男がとうとう僕達の前へと到着した。

 

「クク、おもしれぇ奴を連れてきたな小宮、近藤」

 

「!?す、すみません。こいつが勝手に行こうとして……」

 

「別に構わねえよ。早くここから失せろ」

 

「は、はい」

 

 雑な扱いをされても何も言い返さない小宮くんと近藤くんは、怯えながらここを離れた。

 

「ハハハ、まるでお山の大将だ」

 

 存在感のある金髪の男、高円寺 六助は変わることのない傲慢な高笑いを上げた。

 

「おいおい、第一声がそれかよ。礼儀がなってねえな御曹司様よォ」

 

「そいつは失敬、やんちゃボーイ。私は君のような人間は皆統一してそう呼んでいるのだ。

 区別して欲しいなら、名前を教えてくれないか?」

 

「クク、このオレをやんちゃボーイか。噂通り傲慢な男らしい。

 ……1度しか名乗らねえからよく聞けよ御曹司様。

 オレは龍園 翔、Cクラスの『王』だ」

 

 ビーチチェアから上体を起こし、足を組んでそう告げる我らが王。

 その一連の動作からでは分からないが、約4ヶ月彼と一緒にいた僕の視点から見るとその貫禄が成長したことを分析出来る。

 

「ふむ、ではドラゴンボーイでどうだろうか?」

 

「ハハハハハ!…………殺すぞてめぇ」

 

 高円寺くんの渾名は即座に切り捨てられ、沸点の低い王の怒りを買う。

 

「分かりやすくて良いじゃないか。何をそんなに怒る必要がある」

 

「センスがねえからだ」

 

「センスがない?何を言っているのだドラゴンボーイ。この地球上で私よりネーミングセンスが良い人間などいないのさ」

 

 嘘をついていない……つまり本気で言っていて本気でそう思っているのだ。

 変人、正しくその言葉通りの人間だ。

 

 そのふざけた返しを聞いた龍園くんに青筋が立ち始める。

 拳を握り、今にでも暴力を使用する段階にまで来ている。

 本来なら止める必要はない。だがこの特別試験中は止める必要がある。

 

 特別試験のルールに暴力行為や破壊行為に関するルールがあるからだ。それもかなり重たい罰を記したルール。

 

 バレなければ何も問題ないが、いちいち面倒を増やす必要はない。

 なにより暴力を用いたとしても───今の龍園くんでは高円寺くんに勝てない。

 

 やはり、彼の相手はまだ荷が重いと感じたので、僕は勝手ながらバトンタッチをした。

 

 僕は立ち上がろうとした彼を腕で制止する。

 その行為に高円寺くんはニヤリと笑った。

 

「この僕があえて聞きましょうか。何の用ですか、高円寺 六助」

 

「ふむ、ならば私も正直に応えよう。私は彼らの言伝に従って来たまでさ。

 この場に来れば楽しいバケーションを過ごせるのだろう?」

 

「間違っていません」

 

「ならば簡単だ。私は海で泳ぐことと水上バイクを使うことを所望する。構わないね?」

 

「ええ」

 

 淡々と彼との会話を繋げていく。

 一区切りついたので、僕は石崎くんを呼び、今の趣旨をクラス全員に伝えるように言った。

 

「素早い対応感謝するよカムクラボーイ。本当は君と1対1で競い合いたいが、それはまた今度だねぇ」

 

 綺麗に整っている歯を見せて彼は笑う。

 

「……あなたと遊ぶならこの試験ではなく、個々の力が出る試験の方が良い」

 

「ハハハ、よく分かっているじゃないか」

 

 鬱陶しい高笑いを上げたまま、彼は海の方へと歩いていく。

 が、数歩進むとピタリと止まった。

 

「そうだカムクラボーイ───1つだけ聞きたいことがあったんだ」

 

 僕は何も答えず、彼の次の言葉を待つ。

 

「なぜ初めにあんな質問(・・・・・)をしたんだい?」

 

「それが分かれば、あなたは僕と対等に遊べますよ」

 

「……ハハハ!なるほどなるほど、格下扱いされたのは生まれて初めてだよ!」

 

 受け取り方は人それぞれ、彼がどう感じたかなどどうでもいい。

 彼が僕の予測を超える者になってくれさえすれば良いのだ。

 

 

「それじゃあ、アデュー!」

 

 

 今度こそ立ち止まることなく、高円寺くんは海へと歩いていった。

 

 

 

 




私様からのクリスマスプレゼントなのじゃ〜


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偽物と本物の邂逅


ストーリーの都合上、この話から綾小路視点が多くなります
ご了承ください


 

 

 朝の目覚めは思ったよりもずっと早かった。

 蒸し暑さに寝返りを打とうとしたところで、それが出来ずに意識が覚醒する。

 背中に温かい感触がし、自分がテントの中で一夜を明かしたことを思い出す。

 昨日はコミックの宴のようなバカ騒ぎをしたためか、少々身体が痛く、のしかかるような疲れが残っていた。

 恐らく他の生徒も同様の意見だろう。

 

 オレは誰も起こさないようにテントを抜け出し、少しだけ伸びをして身体をほぐす。

 グーッと伸ばした身体から力を抜くと、どこか気持ちの良い感覚が身体を支配する。

 

 その後に、山のように積まれた荷物に近づく。

 男女それぞれ、テントの前に全ての荷物の鞄を固めておいてある。

 テントを極力広く使うためだ。

 

 辺りを見渡し、周りに人がいないことを確認しようと───人がいた。

 ……もっと正確に言うと、木と木のあいだに吊るされているハンモックの上で寝転がりながらこちらを見ている人間がいた。

 

「ハハハ、何を戸惑っているんだい?物色するなら早くしたまえ。

 私は醜いものが大嫌いだが、それは理解出来る(・・・・・・・・)から許そうじゃないか」

 

「……理解出来てるならあまり大きな声を出さないでくれ高円寺」

 

「おっと失礼」

 

 自由人、高円寺 六助からの許可?を貰ったオレは、一つだけ色の違う荷物を見つけ、ゆっくりとチャックを開ける。

 これは、昨日Dクラスに保護された伊吹の鞄だ。

 

 こんな犯罪行為を誰かにバレたら……いやもうバレているんだったか。

 オレは一瞬だけ高円寺を見たあと、すぐに鞄の中身を確認した。

 中にはタオルや替えの服、下着など基本的にみなと同じものが入っている。しかし───

 

「ほう、デジタルカメラじゃないか」

 

 そんな声とともにオレが手に取ったカメラは奪われる。近付いてくるのは構わないが、奪う必要はあるだろうか。

 そんな風に悠長なことを考えていると、彼は即座にカメラの電源を点け、1枚2枚とパシャリ。

 

 ───オレは驚愕した。

 何をしてるんだコイツは。いや、本当に。何をしてるんだコイツは(2回目)。

 

「うん、今日の私も素晴らしい。100点満点中120点の笑顔だ」

 

 限界越えてんじゃねえか!と心の中で叫んだ後に、今の状況を問いただした。

 

「おい、高円寺。そんなことしたら───」

 

「おっとこれまた失敬。ついつい癖でねぇ。ハハハハハハ!」

 

 癖ってお前。ダメだろう……。

 そんなことを思っていると、高円寺は撮った写真を見てから自身の髪を整えた後、テキパキとした動きでデータを消す。

 電源もオフにし、初期の状態に戻った。

 

 ……もしかして自分の髪を見るためにわざわざ写真を取ったわけじゃないよな?

 

「さて、綾小路ボーイ。私と朝のウォーキングに行かないか?」

 

 ……思ってもみない提案だな。

 これも高円寺の気まぐれなのか。なぜ急にやる気を出したんだ。

 

 まぁなんでもいいか。それに───好都合だ。

 

「ああ」

 

「では早速行こうじゃないか」

 

 高円寺はオレのことを見ることなく、以前佐倉とオレを置いていった時のスピードで歩き出す。

 今は佐倉がいないので、オレもそのスピードに追いつける。

 しっかりと高円寺の背中を捉えることが出来た。

 

 そして勿体ぶることなく、あることを聞く。

 

「なぁ、高円寺───お前はいつリタイアするつもりだ」

 

「何を言っているんだボーイ。どうして私がリタイアすると?

 根拠は何だい?怒らないから言ってみたまえ」

 

「昨日、お前が食材を持ってきた時、『少しだけ』という言葉を強調したのは覚えている。そこからの推測だ」

 

 ニヤリと笑う高円寺。

 この笑み……どうやら、俺の推測は当たっていたらしい。

 恐らく、持ってあと1日2日。それ以上はこいつの性格からして無理だろう。

 

「ハハハ、大正解だ綾小路ボーイ」

 

「……オレの名前、覚えていたんだな」

 

「個性的な自己紹介だったからねぇ」

 

 グサリと心臓に見えない刃が突き刺さり、過去のトラウマが刺激される。

 予想外で容赦のない凶刃の飛来にメディカル対応しようとするが、ぼっちのオレには時間が掛かりそうだ。

 

 オレが心の傷に「言い聞かせ」という包帯を巻いていると、高円寺は、私もクエスチョンをいいかな?と言ってきた。

 相変わらず英語の発音が良く、個性的な喋り方だ。

 

「綾小路ボーイ───なぜ実力を隠すんだい?普段から今の私と話す時のようにならないのはなぜだい?」

 

 オレは黙り込んだ。いきなりの核心をついた質問についつい驚いてしまったからだ。

 

「……話せば長くなる。だから簡潔にいうぞ?」

 

 この男の実力の片鱗は昨日見た。そこから推測するに、嘘や偽りは通じないだろう。

 嘘や偽りを言ったとしても、彼の気まぐれがどう動くか予想できない以上、良い判断とは言えない。

 

 だからオレは観念して本当のことを話すことにした。

 

「その方が私好みだ」

 

 そう言う高円寺に、オレは言えることを話した。

 事なかれ主義のこと、茶柱先生に脅されて退学が迫っていること、今回の試験のみ実力を出すことなどだ。

 

「……なるほどなるほど。ティーチャーとのあの会話は脅迫だったというわけか」

 

「まぁ、そんなところだ」

 

 多少違う所はあるが、実際殆どあっているので肯定する。

 

「なれば綾小路ボーイ。君に伝えることがあるねぇ」

 

「伝えること?」

 

「ああ、Cクラスのことさ」

 

 Cクラス。オレはその言葉を聞き、息を呑む。本能的に警戒が強まったのだ。

 

「昨日キャンプ地に戻る前まで、私はカムクラボーイの真似をして木の上を移動してたんだが……」

 

 ……こいつも平然ととんでもない事してるな。

 木の上を移動って普通じゃないぞ。

 

「その途中、私はCクラスの拠点を見つけたんだよ。暇つぶしがてら監視してみたら面白いことが分かったのさ」

 

「面白いこと?」

 

「ああ。昨日の夕方、Cクラスのスチューデントがキャンプファイヤーの準備をしていたにもかかわらず、やんちゃボーイとカムクラボーイが見当たらなかったのさ。

 さぁ、これはどういうことなんだろうね」

 

 確かにどういうことだ。

 やんちゃボーイとは龍園という生徒だろう、そしてもう1人はカムクライズル。

 Cクラスのリーダー格2人がどこかに行くだと?

 集団を率いるリーダーが持ち場を離れるなんて基本的にありえない。

 ましてキャンプファイヤーの準備を効率化させるなら、尚更必要に思える。

 

 これはつまり、2人のリーダー格が出張る程の用事があったというわけだ。

 

「……それは、良いことを聞いたな。ありがとう高円寺」

 

「ハハハ、気にすることじゃないさ。せいぜいその情報を役立て、私を楽しませてくれたまえ」

 

「ああ、ベストは尽くす」

 

 オレは高円寺からの情報を頭の中で整理し、勝利への方程式のパーツとして組み込む。

 

「良い返事だねぇ。……さて、そろそろ私は水浴びをするがキミはどうするかね?」

 

「オレは顔を洗ったら帰るよ」

 

 有意義な雑談をしながら歩いていると、いつの間にか川へと到着していた。

 時間もそれなりに経ったので戻った方が良いだろう。

 

「こんな所で何をやってるんだ」

 

 オレたちがベースキャンプへと踵を返そうと歩み始めると、数名の男子生徒がこちらの様子を窺っていた。

 その中の1人には見覚えがあり、敵意は見られない。

 

「綾小路ボーイ、彼らの相手をしたまえ。私はこれから水浴びをしなければ行けないのだ」

 

「……ああ。気を付けろよ」

 

 ……自由人の気まぐれは本当に分からないもんだな。

 

「ノープロブレム。私の肉体に気を付ける部分などナッシングさ」

 

「そ、そうだな」

 

 腕の筋肉を誇張し、もはや聞き慣れてしまった高笑いを上げながらこの場から消えていく高円寺。

 そんな光景をオレと男子生徒たちは唖然として見届けた。

 

「あ、あれが学年一の自由人か……凄まじいな」

 

 先程こちらに話しかけてきた男子、神崎(かんざき)は吃りながらそう言う。

 無理はない。噂ならまだしもあの現物を見て1歩引かなければそれは同種か、もっと変な奴だ。

 

「それで何の用だ神崎」

 

「……1日経ってどうしたかと思ってな。少し様子を見にきてみた。良い場所を押さえたな」

 

 神崎は自分の目的を思い出したことですぐに冷静さを取り戻す。

 素直な感心から見ても、裏のある発言には聞こえない。

 

「ああ、キャンプ経験者のおかげでな」

 

「なるほど、やはりDクラスも侮れないな」

 

 納得した様子を見せ、警戒する神崎だが、不快感はない。

 

「神崎。Bクラスはどこにキャンプしているんだ?」

 

 教えてくれるかは分からないが、試しに聞いてみる。

 すると神崎は嫌そうな顔一つせず答えてくれた。

 

「ここから道なりに浜辺に戻る途中に折れた大木がある。そこから南西に入口があって進むとBクラスが滞在するキャンプ地がある。

 ……必要なら来ても構わないと伝えておいてくれ」

 

 誰かへと伝えて欲しいという言い回す相手は、十中八九堀北のことだ。

 BクラスとDクラス。神崎、一之瀬と堀北。彼らは前回の暴力事件で一応協力関係にある。

 向こうはまだ仲間だと思ってくれているのかもしれないな。

 

 

 必要最低限の会話が終わり、オレはベースキャンプへと戻っていった。

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 2日目の朝の点呼を終えたオレたちは自由行動へと移った。

 平田は頼れるクラスメイトたちに指示を出し、ポイント節約のための作戦も開始する。

 クラスのムードメーカー、櫛田を中心としたグループ。

 クラスの女王、軽井沢を中心としたグループ。

 今回の試験のMVPと名高い、池を中心としたグループ。

 そして平田自身のグループを合わせ、合計4グループに彼は指示を出す。

 ……平田だけオーバーワークだな。文句一つ言わずに成し遂げようとする彼をオレは尊敬した。

 

 しかし一方で手伝う気のあまりない生徒、オレや堀北、高円寺のような単独を好む人間はそれぞれ好き勝手を始める。

 

「何だよおまえら!」

 

 突如、池の怒った声がキャンプ地に響き渡った。様子を窺うように声の方角を覗き込む。

 するとそこには、2人の男子生徒がニヤニヤとした笑みを浮かべて立っていた。

 苦々しい表情を一瞬見せた伊吹は、身を潜めるようにしてテントの陰に隠れた。

 

「小宮と近藤か……」

 

 呟いた伊吹同様、オレもその二人組には見覚えがあった。Cクラスの男子生徒だ。

 

「いやー随分と質素な生活してんだなDクラスは。さすが不良品クラス」

 

 2人は手にしていたスナック菓子を頬張りながら、暑さを凌ぐように炭酸のジュースが入ったペットボトルをあおる。

 

「余裕の生活を送ってるみたいだなCクラスは」

 

「……これも全部龍園のせいだよ」

 

 目の敵のように話すことから余程毛嫌いしてる事が分かる。

 

「龍園さんからの伝言だ。夏休みを満喫したいなら今すぐ浜辺に来いってよ遠慮せず来た方がいいぜ。

 このバカみたいな生活が嫌になる夢の時間を共有させてやるから」

 

「なら、私を連れていきたまえ。ちょうどバカンスを楽しみたかったのだ」

 

 ───うん?

 

「……お、お前は確か学年一の自由人の──」

 

「───いかにも私が高円寺 六助さ」

 

 ……何を言ってるんだ高円寺。

 Dクラスの生徒はもちろんとして、煽った本人や伊吹もビックリしてるぞ。

 

「ん?どうしたんだい、バカンスを満喫出来る場所へと案内したまえ」

 

「……ああ、良いぜ。付いてきな。今の生活がアホらしくなる生活を送らせてやるよ」

 

 その言葉を言い終えると、小宮と近藤はDクラスへと背中を見せた。

 同様に高円寺もだ。彼は2人の後を付いて行った。

 

「私を探しに来た、ってわけじゃなさそうね」

 

「ああ。単なる嫌がらせだな。もっとも高円寺のおかげで意味をなしてなかったが」

 

「……Dクラスも大変なんだな」

 

「……そうだな」

 

 伊吹の同情を受け取ったオレは早速分析を開始する。

 奇怪な行動をしたCクラスの生徒の手にはポイントを使用して手に入る菓子やジュースがあった。

 1ポイントでも残したいはずのこの試験で、一体どういうつもりなのか。

 

「伊吹、あいつらの言った夢の時間ってのに心当たりはあるか?」

 

「……私が説明するより直接見に行った方が良い。度し難い程の最悪だから」

 

 伊吹はそれ以上のことを言わずに、昨日と同じ木の傍へと向かった。

 オレは、Dクラスのリーダー、堀北の元へと報告しにいく。

 すんでのところで防げたリーダーだ。勿論変えた方が良いという意見も多々あったが、あえて続けるのが良いということで意見は纏まった。

 

「堀北、いるか?」

 

 オレは女子テントの前に行き、朝食後から姿を見せない彼女に声をかける。

 十数秒後、物音を立てながら堀北が出てきた。

 

「さっきの声は聞こえていたか?」

 

「ええ。Cクラスの安い挑発と高円寺くんの理解不能な行動ならば把握してるわ」

 

 体調悪そうな顔つきなのに、相変わらずの毒舌だな。

 

「少し気になるから様子を見に行かないか?」

 

「……明日は空から槍でも降るのかしら」

 

 言葉足らずの発言を説明するならば、これはオレの事なかれ主義をバカにしているのだ。

 

「暇なんだよ。だから時間潰しにCクラスを偵察しにいかないか?」

 

「私としてはあまり動きたくないわね。リーダーである以上、下手に目立つと誤射でやられてしまう可能性もあるもの」

 

「気持ちは分かるが引き篭っても現状は変わらないだろ。

 お前は生徒会長の妹ってのもあって恐らくすでにターゲットの1人として上がっているはずだ。

 それに高円寺のこともある。止めなくていいのか?」

 

「……はぁ、仕方ないわね」

 

 納得してはくれたものの、その声色と気持ちとは反対に足取りの重い堀北。

 そんな彼女と共に、Cクラスの居城となった浜辺へと向かった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「オラッ!」

 

 空気を切る音。

 そんな危険な音ともに迫る拳を僕は避ける。

 

「余計なことをしてくれたなカムクラァ!」

 

「彼の相手は今のあなたでは厳しい。そう判断しました」

 

 人を殺すような睨みで凄んでくる龍園くんのパンチを僕は片手1本で軽くいなす。

 1発、2発、3発と連続のジャブも全ていなす。

 

「……そうかよ。なら憂さ晴らしに付き合えや」

 

 足場が砂だというのに、軽快なステップでさらに距離を詰めてくる龍園くん。

 彼の右足はこちらの股間へと狙いを定めている。

 

「憂さ晴らしならばDクラスいびりで我慢すれば良いでしょう」

 

「それもするさ。が、久しぶりにまともな喧嘩をしたくなってな」

 

「僕とあなたじゃ喧嘩にならないことくらい分かっているでしょう?」

 

「言ってろクソわかめ」

 

 右から左へと振り抜かれる右足を最低限の動きで躱す。

 空ぶった後の隙を埋める彼は振り切った右足を軸にし、もう一回転して回し蹴りを繰り出す。

 

「ツマラナイ」

 

 予測通りの攻撃を、僕は片手で受け止めた。

 

「……ちっ、やっぱりまだ届かねえか」

 

「満足したようですね」

 

 受け止めた左足を離す。

 両足が地に着いた龍園くんは僕のその言葉を聞くとより一層強い睨みを向ける。

 

「……てめぇ、本当に何者なんだ。その強さ普通じゃない」

 

「超高校級の希望。そう呼ばれていた存在だと言えば納得しますか?」

 

「出来るわけねえだろ」

 

 それもそうだと自己解決して話を続ける。

 

「まぁ、そんなことはどうでも良いでしょう。それにこのままでは格好がつきませんしね」

 

「あ?……第2陣か。まぁ、あの変人に物事を任せるバカはいねえわな」

 

 じゃれ合いを終えた僕たちは砂浜へと出る茂みの方を向く。

 そこには2人組の男女が浜辺へと1歩を踏み出した所でこちらを見ていた。

 恐らく今の光景を見られましたね

 

「おい、カムクラ。あいつらを呼んでこい」

 

「……近くに手駒がいないのはキミが暴れたからと理解してますか?」

 

「軟弱な奴らが悪いんだよ。喧嘩を見ただけで竦み上がるとはな」

 

 それは違うぞ!という切り返しは、僕ではなく日向 創の専売特許なので口にしない。

 仕方ないので僕は龍園くんの指示を行動に示す。

 

 あの光景を見られたことは別にどうでもいい。

 むしろそこから僕のことを分析してくれた方が良い。

 そう思いながら、僕は棒立ちになっている2人組の方へと向かった。

 

 堀北さんと地味な男子。

 彼らは警戒を含む視線を僕へと向けてくる。

 

「おはようございます。龍園くんが呼んでいるので、あちらで話しましょう」

 

 僕は朝の挨拶を忘れずに2人へと告げる。

 堀北さんは一瞬強ばった表情をするも、すぐに返事をくれた。

 

「……暴力行為はルール違反じゃなかったかしら?」

 

「他クラスへは禁止です」

 

 それだけ言って振り返り、格好つけて待っている「王」の元へと戻る。

 

「……綾小路くん、どうする?」

 

「それは堀北が決めることだろう?」

 

「そうね。この状況にした意図に興味はあるし。行ってみましょう」

 

 少しの相談のあと、彼らは僕の後ろを付いてくる。

 そしてとうとう、「王」の目前へと到着した。

 

 僕は堀北さんを僕用のビーチチェアに座るよう案内する。

 が、「立ったままでいいわ」と言われ、断られた。

 そんな強情な態度に龍園くんはニヤリと笑う。

 

 僕は立っている2人組に相対するよう龍園くんの横へと移動した。

 

「よう、堀北 鈴音。オレの拠点に何か用か?」

 

「随分と羽振りが良いわね。相当豪遊しているようだけど」

 

「見ての通り、その通り。オレたちは絶賛豪遊中だ」

 

 龍園くんは翼のように両手を広げ、展開している娯楽の宝庫を披露する。

 

「これは試験なのよ。それがどういうことだか分かっているの?ルールそのものを理解出来てないかと呆れているのだけれど……」

 

「ルールの理解だ?……クク、それはオレに塩を送ってくれるというわけか。優しいねぇ」

 

「トップ2人が無能だとその下が苦労する。それが不憫なだけよ」

 

 龍園くんは僕へと顔を向け、ただ笑う。

 目の前の少女が自分の策の本質に気付いてないことを嘲笑っているのと、僕をバカにした彼女が単純にオモシロかったのだろう。

 

「それでどれだけ使ったのかしら?」

 

「全てだが?」

 

 隠すことなく、龍園くんはそう答えた。

 堀北さんは動じない。ある程度の予測は出来ていたのだろう。

 

「さっきも言っただろう?オレたちは絶賛豪遊中だと。文字通り楽しんでいるのさ。

 これはつまり、オレたちはお前らの敵にはならねえってことだ」

 

「そう言う割には隣の彼がリーダーを知りに来たのだけれど?」

 

「クク、それはこいつの独断行動だ。こいつはオレのことを思ってリーダーを当てるための最善の手を打ったのさ」

 

 彼は笑ってそう言う。今更ながら、Dクラスに僕の存在が露呈してることを伊吹さんへ言い忘れたことを思い出す。

 

「あなたのため?違いますよ、僕のためです」

 

「クク、そうかよ」

 

 龍園くんは僕の言葉を適当にあしらう。

 すると堀北さんは僕へとターゲットを移した。

 

「あなたはそれだけの身体能力と判断能力があるのに彼のこんなバカらしい作戦に手を貸したってわけ?」

 

「おいおい、バカらしい作戦とは酷いな。オレは『自由』というこの試験のテーマに沿ってこの策を立ててんだぜぇ?」

 

「ならあなたは本物の大バカね。『自由』というのはこの試験に対する創意工夫のことだと分からないのかしら?」

 

 確かにこの学校が求めている「自由」とは彼女の言う創意工夫の自由度で間違いないだろう。

 クラス40人で試験に挑む。その上で耐え、工夫し、協力することが求められているのだろう。

 だがそんな規則的なツマラナイものに僕は微塵も興味が湧かない。湧くわけがない。

 

「お前()真面目ちゃんだな。まるであの女みたいだ」

 

「あの女?それは伊吹さんのことかしら?」

 

「あ?何だ知ってんのか。あいつも意外に有名だな」

 

 石崎くんから受け取った若干温くなった水を彼は飲み干してからそう言った。

 

「おい石崎。新しい水を2本持って来い」

 

 ビーチバレーのコート外で休んでいる石崎くんを呼び出す。

 彼は慌てた足取りで、いくつもあるテントの中の1つへと水を取りに行く。

 

「……我儘な王様ね。自分に従わなかった人間には制裁を加えたのかしら?」

 

「それが伊吹のことを言ってるなら間違いねえな」

 

「……やっぱり、伊吹さんはポイントの使い方についてあなたとぶつかり合ったのね」

 

「ま、平たく言ったらそうだな」

 

 ニヤリと挑発するように笑う龍園くん。

 かく言う僕は───分析している。

 

 やはりオモシロイ。

 

 才能ではない。

 数多の経験と修練によって超分析力の領域に至った眼を持つ地味な男子に興味が惹かれていた。

 

 冷たい瞳だ。ありとあらゆる人間を駒としか見ていない異常な瞳。

 他人を見ているようで全く見ていないあの瞳の変わる未来が、僕の超分析にも今の所映し出されない。

 この僕でも推測が難しい未来に笑みを零しかけるが、珍しく表情筋に力を込め、無表情をキープして思考を続ける。

 

 彼が見ているものは別の何か。固執した何か。駒としか見ていない絶望的な瞳が映しているものはたった1つの絶対的な何か。

 

 彼と似たような瞳を持つ人間を見た事がある。

 希望や絶望といった抽象的な存在を絶対視していた2人の人間だ。

 どちらの人間も息をするのと同じように希望や絶望を求めていた。

 では彼が見ているものは何だろうか?

 

 それは明確だ。

 その先にあるものを見据え、駒を使い捨ててでも掴み取ろうとするもの。

 周りの人間を、対峙した人間を、助けてくれた人間を引き摺り降ろしてでも欲するもの。

 龍園くんとどこか似た瞳が映すものは、破綻した(・・・・)行動理念を持つ彼が何よりも優先するもの。

 

 

 ────勝利だ。

 

 

「いいわ。戻りましょう綾小路くん。これ以上ここにいても気分が悪くなるだけよ」

 

 思考に夢中になっていると、話は終わりを迎えていた。

 

「またな鈴音」

 

「気安く人の名前を呼ばないでくれる?」

 

「なら許可をくれよ。お前みたいな強気な女には敬意を表したいのさ」

 

「嘘が下手ね。自分のモノにしたいだけでしょう?」

 

「クク、そんなことはないさ」

 

 嘘と見抜かれても笑う龍園くんを、堀北さんは侮蔑を込めた目で見下す。

 

「少し待ってください」

 

 そのまま彼らは立ち去ろうとしたので、僕は彼らを1度止める。

 ───超高校級の希望、カムクライズルとしての雰囲気を見に纏って口を開く。

 

「!?……何かしら?」

 

「あなたのようなツマラナイ存在に用はありません」

 

 僕は自らの燃えるような赤い瞳を彼へと向ける。

 

 手を伸ばした所で届かない領域。

 龍園 翔よりも一之瀬 帆波よりも葛城 康平よりも坂柳 有栖よりも。

 誰よりも濃く、圧倒的な雰囲気を、覇気を彼へと向ける。

 

 僕は地味目の男子へ右指をゆらりと向ける。

 こちらを見ていた彼は戸惑いながらも───薄く笑っていた。

 まるで感情が制御出来ていない赤ん坊のように純粋な笑みを浮かべていた。

 

 やはり破綻している。

 

「───あなたの名前は?」

 

 

「オレは───綾小路(あやのこうじ) 清隆(きよたか)だ」

 

 

 彼はそう言うと、放心している堀北さんの手を掴み、自クラスの拠点へと歩み始めた。

 

 

 

「……あの雰囲気の中で動けるとはな。あいつも実力者か……いや、雰囲気にすら気付けねえただの雑魚か」

 

 龍園くんはそう言って彼を少しだけ警戒した様子を見せるが、すぐに思考を中断させて冷や汗を拭う。

 

「も、持ってきました!」

 

「もう遅せぇよ」

 

「す、すいません!」

 

 キンキンに冷えた2本の水を持ったまま現れた石崎くんはギョッと驚いた様子を龍園くんに見せる。

 しかしすぐに頭を下げて1本の水を手渡す。

 

「石崎、次はねえぞ」

 

「……は、はい」

 

 水を乱暴に掴み、ミスをした石崎くんに睨みを利かせる王。

 そんな光景を見ながらも僕の脳内にはあのオモシロイ男が残っていた。

 

 

 

 彼の希望(勝利)を踏み躙ったら───その後の変化はきっと、予測できない未来になる。

 僕はそう確信した。

 

 

 

 



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暗躍の開始


あけおめ


 

 

 時間は遡り、特別試験1日目の夕方。

 太陽が沈んでいく中、僕と龍園くんはある場所へと向かっていた。

 ジャージに身を包みこんだ2人組はゆっくりと歩数を稼いで目的地への距離を縮める。

 

「クソが、この景色を見るのは今日で2度目だぞ」

 

 悪態をつく龍園くんは草むらを分け、強引に前へと進んでいく。

 僕は彼が作った道を歩き、形跡を消していく。

 掻き分けた際に折れた草や踏み鳴らした地面などは勘の良いものに気づかれるからだ。

 

「そんなに丁寧な作業をする必要は無いと思うが?」

 

「念の為ですよ」

 

 そう、念の為だ。

 いくら慢心を捨てたとはいえ、龍園くんにはまだまだ甘い部分がある。

「ポイント税」という計画のために勝たなければならない彼のカバーをすることこそが今の僕のすること。

 ならばそこに手を抜く理由などない。

 

「まぁしかし、あなたが木の上を移動出来ればこんな面倒をしなくて済むのも事実ですね」

 

「てめぇの化物運動神経を人に押し付けるんじゃねぇ」

 

 龍園くんは呆れを通り越し、特にリアクションなく真顔で吐き捨てる。

 

「慣れればあなたも出来ますよ」

 

「なんでオレが猿の真似事をしなくちゃならねえんだよ」

 

 出来る出来ないを別にして、木上移動は彼のプライドが許さないようだ。

 

「さて、ようやく着いたか」

 

「やっとですか」

 

 足を止めると、洞窟の入り口に着いていた。

 ……中が全く見えない。

 洞窟内部を見ようと視線をズラした僕だったが、内部にはビニールを繋ぎ合わせた巨大な目隠しが広げられていた。

 

「龍園と……お前は確かカムクラとかいう奴だな。

 葛城さんを呼んでくる。待っていろ」

 

 入り口付近で辺りを見渡していたただでさえ怪しい2人組は葛城派閥と思われる人間にそう言われた。

 その後入れ替わりで2人の男子生徒がやって来てボディーチェックを始める。

 僕たちは拒絶することなく、ボディーチェックを受けた。

 

「クク、このボディーチェックに加え、『付いてこい』じゃなく『待っていろ』か。とことん臆病な野郎だ」

 

 これから同盟を結ぶかもしれないクラス間でも中に入らせるまでにボディーチェックを行う。

 どこまでも慎重な男だというのは知っていたが、ここまでくると異常だ。

 

「ツマラナイ。やはり坂柳さんと同盟を結んだ方が楽しめたのでは?」

 

「それもありだった。だが、あの女は敵になると厄介この上ない。だから今の内に潰すこそが『策』ってもんだろう?」

 

「それがあなたの判断なら従いましょう」

 

 そう言い終えるとボディーチェックが終わり、男子生徒たちは離れていった。

 途中、ボディーチェックをした2人を含め、「坂柳」という単語に反応して僕の事を睨んでいた生徒が多かったことから、この辺りにいる人間は葛城派の人間と見て間違いないだろう。

 

「待たせたな」

 

 しっかりとしたガタイを持つスキンヘッドが洞窟内から出てきた。

 彼は僕たちの前に立ち、宣言するように言葉を発した。

 しかし、龍園くんはそんな彼に怯むことなく言い返す。

 

「さっさと案内しろ。ここは目立つ」

 

「そのつもりだ」

 

 僕たちは葛城くんの後ろを付いていき、洞窟内に入る。

 洞窟内を進んでいくと、迷路のように道が分かれていた。いくつもの岐路があり、その内の1つに進んでいく。

 そのルートを進み切ると行き止まりだった。洞窟の中でも最深部と思われるこの部屋には見覚えのある大きな机や椅子、ボックスが置いてある。

 これらは全てCクラスが使用しているものと同じだ。

 

 葛城はやや大きめの机の周りにある椅子に腰掛け、僕たちにも座るように促す。

 暗いように思える洞窟だが、壁にはランプが至る所にかかってあり、照明には困っていない。

 

「クク、オレが渡したものは上手く使ってくれてるようだな。

 ……それで、人払いは出来てんだろうな?」

 

「ああ、この部屋の周辺には入らないよう伝えた。その上で強引に突破してくる者を抑える人間も数名用意した」

 

「気持ち悪いくらいに慎重な野郎だ。……ほらよ」

 

「……レコーダー」

 

 彼の慎重さはこういう秘密会議においては有効だ。

 それを重々承知していた彼は、『契約』の保証を行わせる道具を用意し、机の上に置いて渡す。

 

 葛城くんはすぐにそのレコーダーのスイッチをONにし、机の上へ再び離す。

 

「さて葛城。早速、オレはお前の答えを聞きたい」

 

「良いだろう。まずお前の言っていた『契約』については少しの手入れをさせてもらった。

 この内容ならばクラスで一致し、受けても良いとなった。もちろん契約者は俺だ」

 

 あらかじめ用意していた紙を取り出し、机の上に置く。

 そこには彼の言う『契約』と葛城 康平のサインが書き記されていた。

 二分割されているクラスで本当に意見が一致したかは怪しいが、そこは追求しないでおきましょう。

 

「ククク、話が早くて助かるぜ」

 

 そう言って、龍園くんは紙を取り、目を通し始める。

 

「分かっていると思うが今回限りの『協力』だ」

 

「そう言うなよ。今後ともご贔屓にしてくれよ。安く済ますぜ」

 

「……安く済ますだと?よくもまぁそんなことを言えるな」

 

 強い眼光を放っている葛城くんの睨みを、龍園くんは涼しい顔で受け流す。

 

「おいカムクラ。お前も目を通せ」

 

 読み終わった彼は、そう言って僕へと『契約書』を手渡す。

 

 

 

 

『契約書』

 この契約はどちらかの契約者が卒業するか退学するまで続ける契約とする。

 

 ・第一:今回の特別試験において、CクラスとAクラスは同盟関係であり、裏切りを硬く禁ずる。

 もし裏切りやそれに準ずる行為をした場合、裏切ったクラスに対して3000万ポイントの罰金が生じることにする。

 また、信頼を深めるためにお互いのリーダーを開示すること。(当然の事だが、リーダーを当てるのは禁止である)

 

 ・第二:この試験において、Cクラスはポイントで購入した全てのものを特別試験2日目終了時までにAクラスへと渡すこと。

 渡せなかった場合第五の契約は破棄される。

 

 ・第三:この試験において、Cクラスは「スポット」で確保したポイントを特別試験終了1時間前までにAクラスへと全て譲渡しなければならない。

 

 ・第四:この試験において、CクラスはB,Dクラスのリーダーを調査し、得た情報全てをAクラスに渡さなければならない。

 また、リーダー当てをする際はお互い同じクラスのリーダーの名前を書くこと。どちらかの契約者が反対した場合は、そのクラスのリーダー当てを中止する。

 これに従えない場合、第一に反する。

 

 ・第五:第二、第三、第四の契約が満たされた時、Aクラスの全生徒は1人あたり4万ポイント、計160万ポイントを月に1回Cクラスの契約者に渡さなければならない。

 

 ・第六:この契約に署名した者は第一から第五の契約に理解を示し、同意したと見なす。

 

 

 

 

 と、やたら固い言葉で書かれた契約内容を僕は一瞬で頭に叩き込み、すぐに龍園くんへと紙を戻す。

 

「読み終えたな。……葛城、この『契約』にオレは承認する」

 

「『契約』が成立したな。たった今から我々は同盟関係だ」

 

 龍園くんは渡されたボールペンで署名をした。

 葛城くんは表情を変えることなく、話を続ける。

 

「早速だが、肝心の勝利方法について話し合いたい。まずはお前たちが他クラスの情報をどこまで知っているかからだ」

 

「まだBだけだ。Dにはスパイを送っている」

 

 ジャージから無線機を取り出して見せびらかす。

 これで嘘じゃないというのも伝わっただろう。

 

「『証拠』は?」

 

「Bにはねぇな。あえて言うなら、カムクライズルがBクラスのリーダー、白波 千尋のカード使用場面を視認したってことだ」

 

 隠すことなく固有名詞を語る龍園くんに、葛城くんの眉が僅かに動く。

 その後、葛城くんは鋭い視線を僕へと移動させる。

 

「……お前の噂は十分聞いている。ありとあらゆる物事を卒なくこなす天才。あの坂柳も一目置く存在だとな。

 だがどれだけ貴様に実力があっても、明確な証拠がない限りオレはリーダーの名前を書くことはない」

 

「そうですか」

 

 彼の分かりきっていた意見に生返事をする。

 

「クク、確かにリーダーが合っているという明確な証拠はねえ。だがな葛城、勝負ってのは多少のリスクが避けられないことは分かっているな?」

 

「十分にな。だがそれでも危険はなるべく避けるべきというのが我々の総意だ」

 

 退屈だ。僕がそう思うと、龍園くんもはぁと大きなため息をつく。

 退屈を顕にされた葛城くんはそれを見ても動じない。彼の思考は今もリスクリターンの計算に夢中なのでしょう。

 

 しかしこんな所であっさり引き下がるわけもないのが龍園 翔だ。

 彼は切り札の1つを切る。

 

「この選択が原因で、お前が坂柳に引きずり下ろされる原因になってもか?」

 

「……何だと?それは貴様が裏切ると露呈しているようなものだ。『第一の契約』を忘れたのか?」

 

「オレは裏切らねえよ。

 だが、この試験が終わった後に(・・・・・・・・・・・)カムクライズルがどう動くかは契約外の話だろう?」

 

 葛城くんはその言葉を聞き、一瞬だけ目を見開く。だがすぐに平常時の顔へと戻った。

 王はその一瞬の動作を見逃さず、ニヤリと不敵に笑う。

 見せた隙を潰しにかかる。手を休めることをしない。

 

「なぁ、葛城。娯楽での勝負とはいえ、カムクラはあの坂柳に1度勝利していてな。

 その一件以来、どうにも坂柳を気に入っている。お前との契約にすら異を唱えるくらいだ」

 

 葛城くんの顔が少しずつ歪み始めた。

 先の未来を推測できたための表情。その露呈は悪魔に付け入る隙を与える。

 

「頭の回転が早いお前なら俺の言いたいことがもう分かるだろう。もしお前がリーダー当てに協力しなかったら?

 ……この試験が終わって以降、カムクライズルという存在が、お前が手を焼いている坂柳以上の存在が、敵に回る。

 そうなればお前の派閥がどうなるかなんていちいち言うまでもないが……オレは優しいからな。敢えて忠告してやるよ。

 ────その先は絶望だぜ?」

 

「……貴様、初めからこれを想定していたのか」

 

「『契約』の変更はもうなしだぜ。署名をした部分の会話はレコーダーに残っている」

 

「───ッ!」

 

 先程のように表情を隠すことはしない。彼は悔しそうに唇を噛み、こちらを睨んでいるだけ。

 それが今の葛城くんの出来る精一杯の抵抗なのだろう。

 

 だがこの程度で攻撃が止むことはない。

 

「それによォ葛城、お前が生徒会を落選したってのが噂になるのももうそろそろじゃないのか?」

 

「!?……何故それをお前が知っている」

 

「オレの情報網を甘く見てんじゃねえ、とだけ言っておこう」

 

 生徒会。あの堀北生徒会長が支配する集団のことですか。

 葛城くんの能力は申し分ないが、異常なまでに固い思考が原因で落ちたのだろうと推測をつける。

 

「落選の情報が広まれば、これから坂柳派の連中はもっと勢力を増すだろうな。それもお前を支持していた連中が裏切ってだ。

 そんな状況下でこれからもAクラスのリーダーとしてやっていけるか?

 ……さて、葛城。もう一度聞くぞ。多少のリスクが避けられないのは分かっているな?」

 

「……良いだろう。ただし、他クラスのリーダーが間違っていた場合のリスクを付けさせて貰うぞ」

 

 悪魔の囁きに呑まれた葛城くんは、苦渋の決断を終える。

 そして無駄な足掻きを開始した。

 

「リーダーを外した時は『第五の契約』で徴収するポイントを半分にさせて貰う。2クラスとも外せばこの話はなしだ」

 

「俺なんかより我儘な事を言っていると理解しているか葛城?

 だが……了承しよう。それくらいのスリルがねえとつまらねえからな」

 

 ククと笑って話し合いを終わらせる龍園くんは僕へと視線を動かす。

 予定通り精神的なダメージを受け、焦りで思考が乱れている葛城くんに僕からのプレゼントを渡せるようだ。

 これで彼も僕のことを多少は信頼してくれるでしょう。

 

「最後になりますが葛城くん。僕から2つ提案があります」

 

「提案だと?」

 

 葛城くんは僕の方へと視線を動かし、聞き入る体勢を作る。

 

「1つ目は、この特別試験最終日の最後の点呼までに現存のリーダーをリタイアさせ、新しいリーダーを擁立してください」

 

「……ふざけているのか。何故我々が30ポイントをドブに捨てなければならない」

 

「保険ですよ。

 それに───30ポイントのマイナス(・・・・・・・・・・・・)は起こりませんから」

 

「……なんだと」

 

 自分がルールを網羅していると思っている葛城くんは、自分の視野外からの一撃に口を半開きにして驚く。

 

「そして2つ目は────」

 

 

 

 

 悪魔の契約はここに完遂した。

 

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

「……ふぅぅ」

 

 砂浜を抜け、少し離れた所まで歩くと隣人は立ち止まる。

 木に手を寄りかからせ、大きく深呼吸をし始めた。

 どこか艶めかしく、喘ぎを連想させる甘い声だ。

 

 だがそんな風に陥るのは無理もない。

 むしろあの場で、あの雰囲気を受けて1歩も引かず、取り乱さなかった堀北が凄いのだ。

 

「……彼は一体何者なの?あの息が詰まりそうな雰囲気、兄さんですら比じゃない」

 

 どうやら彼女があの雰囲気に怯まなかったのは多少の免疫があったからのようだ。

 カムクライズルとは別種の雰囲気だが、確かに生徒会長の全身を刺してくるような雰囲気を知っていればそれなりに抗えるだろう。

 

「あなたはなんでそんな平然としているのかしら?」

 

「……これでも結構驚いてるさ」

 

 これまで色々な人間を見てきたが、あそこまでは初めてだからな。

 だから嘘をついていないし、内心では珍しく本当に驚いている。

 

「……まったく、私たちは収穫0の上にとんでもない置き土産を貰ったわね」

 

「それは違うぞ堀北。収穫はあった」

 

「どこが?Cクラスはポイント全てを使ったのよ。

 持ってあと1日の食料でこの試験をあと5日も過ごすことは出来ないわ。

 そんな試験を放棄したクラスから何の収穫があったのかしら?」

 

 龍園の策を奇怪だと断言する堀北はしっかりと術中にハマっているらしい。

 なるほどな。クラスメイトの意見を全て封じられる奴だけの策だ。

 ───勉強になったな。

 

「龍園のような考えもあるってことがわかっただろう?奴の策のおかげで、Cクラスは困ることなく、試験を終了できるだろう」

 

「無理ね。彼の豪遊では一週間ある試験を乗り切れない。策と言えるものではないわ」

 

「だろうな。でも奴は一週間を乗り切る気なんてないからこんな思い切った戦略に出たんだろうな」

 

「一週間を、乗り切らない……?それはどういうことかしら?」

 

「もし試験が今日までだとしたら?完璧なバカンスが成立すると思わないか?」

 

「確かにそれは……そうだけど。肝心のその後は?手持ちが0じゃ……」

 

「簡単だ。リタイアすればいい」

 

「え……?」

 

「体調が悪い、気分が悪い。とにかく理由をつけてリタイアすればいい。そうすれば全員客船に戻って生活が出来る。

 何の苦労もなく夏休みを満喫できるってことだ」

 

 学校側も仮病だと突っぱねて追い返す真似は出来ないだろう。

 そしてこの策を成功させるためのキーになるルールが『300ポイントは0ポイント未満にならない』というものだ。

 

『リタイアする生徒はマイナス30ポイント』というルールも元が0ポイントでは意味がない。龍園はそれを逆手にとったのだ。

 

「じゃあ彼は本当に───」

 

「───試験を放棄していると?そうとも限らないぞ堀北」

 

「……なんでそんなことが分かるのかしら?」

 

「オレも正確には分かってはいない。だが推測はできる。その1つがカムクライズルの行動だ」

 

「!!……リーダー当てね」

 

「ああ、奴らの言ったことが嘘にまみれていると仮定したら、推測は出来る。

 もし、カムクラがあの時既に他クラスの情報を手にしていたら?それが龍園の指示だったら?それに伊吹がスパイだったら?

 こんなもしもの可能性を考えてみると、あの豪遊はリーダー当てという本来の目的を隠すためのフェイントに見えなくもない」

 

「……つまり彼らは、豪遊してるように見えてリーダー当てで貰えるポイントによってクラス間の差を縮めようと考えている。

 そう予測できることも可能ってわけね」

 

「そういうことだ」

 

 もっとも、この推測が事実だったとしたら、高円寺がカムクラの存在に気付けなかった時点で詰んでいた。

 やはり侮れないな……どころの騒ぎではもうない。最警戒人物だ。

 

「……やっぱり、あなたは実力を隠してたわけね」

 

「そんなことないさ。今回はお前が動揺してたから俺が先に気付けただけ。そうじゃなかったらお前の方が早く気付けたさ」

 

「動揺しなかった時点で怪しいって言っているのよ」

 

「いや、オレ鈍感だし」

 

「ふざけないで頂戴」

 

 龍園も怯むんじゃないかと思えるくらい強い睨みを利かせてくる美少女。

 ある業界では美少女の睨みをご褒美と言うらしいが、オレは勘弁願いたいな。

 

「まぁ、落ち着けよ堀北。怒って時間を無駄にするより、有効に使える方法があるぞ」

 

「……言ってみなさい」

 

「今からBクラスとAクラスの偵察に行くんだ」

 

「……確かに良い考えね。でもムカつくわ」

 

 そう言うと彼女はオレに背中を向ける。

 

「?どうしたんだ?」

 

「早く案内しなさいってことよ。私は他クラスの拠点なんて知らないのよ」

 

「えぇ……」

 

「何かしらその目」

 

「なんでもありません」

 

 オレは怖かったので即行で話を斬った。

 それにしても、偉そうに出来ないことを棚に上げるのか。

 こ、これが堀北鈴音かぁとオレは心の中である意味尊敬する。

 す、すごぉいなぁ、ぁぼぶへっ!?

 

「……な、何を」

 

 煽り散らかしていたオレは、突然鳩尾への肘鉄によって地面に倒れた。

 

「これは私の手を握った罰よ」

 

 ば、罰?……厳しすぎませんかね?

 

「あと訂正するわ。私にも収穫があった。それは『自クラスへの暴力行為は成立する』ということよ」

 

「お、横暴すぎる」

 

「あなたとはそれなりに長い時間近くにいたからそれくらい気付いてるでしょう?」

 

 このわがままな女王は流石の龍園やカムクラでもびっくりすると思う。

 オレはそう考えながらゆっくりと立ち上がり、体についた土を払った。

 

「行くわよ」

 

「……はい」

 

 オレのことなどいない存在のごとく歩く堀北。

 そんな彼女へ追いつくために小走りで距離をつめた。

 

 オレは先行する堀北の後ろから、マップとしての役割を十二分に果たした。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

「本当にこの道を真っ直ぐであっているのでしょうね?」

 

「……ああ、あっているぞ」

 

 オレは先程の肘鉄がトラウマになっているので、堀北から少しだけ距離を離してそう答える。

 

「行くわよ」

 

 堀北のその掛け声とともにオレたちは歩み始める。

 神崎の言う通りならばもうマッピングマシーンになる必要はない。このまま直線を行けば着くはずだ。

 

 程なくして、オレたちはBクラスのベースキャンプ地へと辿り着いた。

 

「流石はBクラスと言ったところかしら……」

 

 Bクラスのベースキャンプに着くと、Dクラスとはまるで違う生活感がそこにあった。

 まず木が多い。開けた場所にスポットがあるDクラスと違い、人の塊でスポット更新を見られないようにする必要はない。

 テントの数もDクラスより少ない。テント1つ分の代わりに、ハンモックを利用し、寝るスペースを確保している。

 小さいスペースを最大限利用した模範解答のようなベースキャンプだ。

 

「あれ?堀北さん?それに綾小路くん?」

 

 突然の来訪者の気配を感じとったのか、こちらを振り返り声をかけてくる美少女。

 ピンク色の髪を靡かせる彼女は、取り付けられたハンモックを取り付けようと木に紐を結び付けていた。

 ジャージ姿の一之瀬が手を振っていた。少し遠くに神崎の姿もある。

 

「随分とクラスは上手く機能しているようね」

 

「あはは。これでも最初は苦労したんだよー。でも何とかね、色々工夫して作ってみたの。そしたら逆にやること増えちゃって。まだまだ作業が山積みだよ」

 

 そう言って微笑み、一之瀬はきゅっと紐を結び終えた。

 怖い隣人に身も心もボロボロにされたオレに彼女の微笑みは癒しだ。

 

「だとするとお邪魔しているのは悪いわね」

 

「なんか追い返すみたいになっちゃってごめんね。でも少しくらいならいいよ?聞きたいことがあるから訪ねてきたんだろうし」

 

 嫌な素振り1つ見せず、彼女はそう答えハンモックに座る。

 

「一応、私たちは前回の暴力事件から協力関係にあると思っていいのかしら?」

 

「私は少なくともそう思ってるよ」

 

「じゃあ───」

 

 堀北はそう切り出し、一之瀬にどれだけ、どんなものにポイントを使ったか、そしてその道具の評価を聞いた。

 一之瀬は鞄からマニュアルを取りだし、購入したものを白紙に書き込み計算を始めた。

 ポイントの使用率は殆ど変わりない。むしろ高円寺が食料問題を解決してくれたので、若干Dクラスの方が使用率は少ないくらいだ。

 

 そしてウォーターシャワーなるものの存在も聞いた。井戸の隣に置いてある大きな機械のことらしい。

 Bクラスは井戸をスポットにして確保してるらしく、水源がある。

 そこから取れる水とガス缶を利用し、お湯を作れる機械だそうだ。

 

「テント……寝る時に地面が固くて苦労しない?」

 

 ウォーターシャワーのことやポイントのことは十分に聞き終えたので、堀北は何気なく話題を変える。

 こういう所が出来るのになんでこいつはぼっち張ってんだろうなぁ。

 

「あーうん。最初どうしようかと思ったけどね、しっかり対策はとったよ見てみる?」

 

 一之瀬はそう言い、オレたちをテントの付近に連れていく。

 テントの中で話し込んでいた女子に断りを入れてから一之瀬はテントの下を少しだけ持ち上げた。

 

「これは……」

 

「驚いた?簡易トイレが支給されたとき、ビニールは無制限ってルールだからちょっと無理して大量に貰えるよう頼んでみたの」

 

 テントの下に分厚いビニールの束が敷かれていて、厚さは2センチほどだった。

 なるほど、確かにこれくらいの厚みがあれば朝から筋肉痛のような痛みを感じることはないだろう。

 

「なるほどね、高円寺くんも多めのビニールを貰っていたけどこういう使い方も出来るわね」

 

「参考までに高円寺くんの使い方聞いていいかな?」

 

 一方的に聞くのもフェアではない。堀北はコクリと頷き、説明する。

 

「彼は厚みのある草で簡易的な籠を作って、その周りや中をビニールで覆っていたわ。

 そうすることで漏れることなく水を大量に運べる。魚や木の実も同様に運べるからかなりの効率化が出来るわ」

 

「……なるほどなるほど。ねえ、その使い方参考にしていい?」

 

「私たちは協力関係だから全然構わないわ」

 

 この場に高円寺はいないが、平然と了承する堀北。

 まぁ、高円寺なら真似しても怒るどころか、讃えたまえ!とか言いそうだし大丈夫だろう。

 

「そうだ!私たちは協力関係の継続をするってことなら、リーダー当ての追加ルールで、お互いのクラスを除外し合うのも手だと思うんだけど。どう?」

 

「私もそう思っていたわ。警戒対象が1つでも外れてくれるならありがたい。

 一之瀬さんが構わないなら、その提案を受けさせてもらいたいわ」

 

「もちろんオッケーだよ」

 

 協力関係を再確認し終えると、堀北はふと思い出したかのように顔を上げる。

 オレはそれに嫌な予感がした。

 

「そうだ一之瀬さん、あなたのクラスに───」

 

「───なあ一之瀬、Cクラスの現状を見たか?」

 

 あなたのクラスに───カムクライズルが来たかという質問を堀北には言わせない。

 いくら協力関係とはいえ、想像以上に大きかったBクラスとの差は潰せる時に少しでも潰した方が良い。

 未だに可能性の話だが、オレたちがAクラスにいくためには、現状、これが最良の手だろう。

 

「綾小路くん、今度はどこを殴られたいのか言ってみなさい」

 

「い、いや違うんだ。わざと被せたわけじゃ……」

 

「……わざとじゃなきゃあんなタイミング良く被せられないわ」

 

 右手をグーパーと動かす堀北にオレは恐怖を抱きながらも、アイコンタクトで何とか自分の真意を伝えようと努力する。

 だが彼女の睨みですぐに怯んでしまった。

 

「え、えーとじゃあ、まず綾小路くんの質問から答えるね。

 結論から言うと見たよ。あれはさすがにビックリしちゃったね。本気で試験に取り組むつもりがないみたい」

 

「……同意見よ。信じられないほど愚かなことをしていたわね」

 

「うん。この試験でズルは出来ない。龍園くんの作戦は間違いなくほぼ全てのポイントを使い果たしてる。今は楽しいかもしれないけど後で絶対に後悔する」

 

 堀北は少しだけ強ばった一之瀬の表情を見て、全員リタイア作戦やそう見せ掛けたリーダー当て作戦を言いかけるが、話さない。

 どうやら、さっきのアイコンタクトは通じたらしい。

 これならばBクラスに必要な情報を渡さなくて済みそうだ。

 

「でも、龍園くんだけならこれで終わりそうだけどカムクラくんがいるからねぇー」

 

「……確かにそうね。でもさっき、彼の態度を見たけどあの愚かな作戦に賛成してたわ。そこまで懸念する必要はないんじゃないの?」

 

「そっかぁ……でもやっぱり暴力事件の時のことを考えるとどうしてもね?

 あっ、今更ながらゴメンね堀北さん。結果的にはあの暴力事件で勝てたけど一歩間違えたら負けてたし」

 

 追い詰められた時のことを自分の責任に感じているだろうが、あれはオレたちのミスだから気にしなくても良い。

 と、言ったところで一之瀬は聞く耳持たずだろう。

 

「……それはもう済んだことよ。気にしなくていいわ」

 

「……それもそうだね。よし切り替え!」

 

 少しだけ落ち込んでいた様子を見せていたが、グッと手を握り、元気良く声を上げる。

 力強い瞳が再びオレたちに視線を向ける。

 それを見た堀北が薄く笑った後に質問をした。

 

「一之瀬さん。聞いてばかりで申し訳ないけれど、私たちはAクラスの状況も確認したいと思っているの。

 彼らのベースキャンプに関して掴んでいるとことはある?場所だけでも分かるようなら助かるんだけれど」

 

「『恐らく』で良ければ場所が分かるよ。でも情報を得るのは難しいと思うけどね」

 

 流石はBクラス。いや一之瀬と言うべきか、既にAクラスもリサーチ済みのようだ。

 彼女は嫌がる素振りなく、方角を指差し掴んでいるキャンプ場所を教えてくれた。

「ここを抜けたところに開けた場所があって、右に曲がると洞窟が見えるんだよ。Aクラスはそこがベースキャンプ、っぽいかな。

 足を運んで調べたんだけどよく分からなくてさ。秘密主義って言うか、守りが徹底してるから」

 

「秘密主義?Aクラスはどんな対策をしてるっていうの?」

 

「百聞は一見にしかず。見てみると理由は1発で分かるよ」

 

 ニコリと微笑む一之瀬を見ると、堀北に痛めつけられたオレの心は和んでいく。

 きっと彼女は神の使いか天使だろうと認識した。

 

「そろそろ行きましょう綾小路くん。長居するとBクラスに悪いわ」

 

 堀北と意見を交わした一之瀬と別れ、Bクラスのキャンプ地を後にする。

 Bクラスを後にして人気がない所まで行く。

 その道中、堀北とBクラスに対しての会話をした。珍しく堀北が他人を褒めているがそんなことは気にしない。

 

 さて、色々と分かったな。

 

 この試験の本質である協力して乗り越える作戦、Cクラスの全員リタイア作戦。この試験においてはどちらも正解でどちらも正しい。

 特に一之瀬のような絶対的なリーダーがいれば、正攻法が最も勝率の高い戦い方なのだと実感させられた。

 

 そして、2つのパターンを理解した上でこの試験を勝利へと導くキーになる2つの重要なルールを頭に浮かべる。

 特に───ポイント譲渡のルールは重要だ。

 奴がどういう意図を含めてこのルールを言ったかは知らないが、利用出来るものは利用させてもらおう。

 

 加えて、高円寺のくれた情報。

 1日目の夕方。推測だが、龍園とカムクラがいなかったのはどこかのクラスに行って重要な何かをしていたのだろう。

 そしてそれの相手はBクラスではなかった。つまりAクラスと何らかの「接触」があった。そう考えて良い。

 

 ……オレの予想が正しければ、最悪、Aクラスのリーダーが変わってしまう(・・・・・・・)ことも考慮し、慎重に計画を練らなければな。

 そして、あそこまで頑なに守られてる以上、真っ直ぐな「攻め」は通じないと見ていい。

 

 ───ならば、別のベクトルからの「攻め」をすれば良い。

 例えば外からの攻撃ではなく、中からの攻撃とかだろう。

 

「攻め」が整えば次は「守り」だ。

 しかしこれは問題ない。なぜなら対策が複数あるからだ。

 一例を挙げるならば、少人数で行動するとかな。

 

 

 オレはこの試験に勝つための策を本格的に練り始めた。

 

 




ゆっくりですが、物語は進んでいきます


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勝つための策

 

 

「結局、得られるものはなかったわね」

 

「今回ばかりはそうだな」

 

 Bクラスのキャンプ地を見に行ったあと、オレと堀北はAクラスのキャンプ地へと足を運んだ。

 しかし結果は残念の一言だった。

 

 Aクラスのキャンプ地は「洞窟」。ファンタジーに出てくる魔物の口のように開かれた「洞窟」の中をオレたちは1ミリも垣間見ることが出来なかった。

 それもそのはず。

 洞窟の入り口は1つしか見当たらず、その入口も簡易トイレに使うビニールを大量に繋ぎ合わせた巨大な目隠しによって、内部の光景が完全にシャットダウンされていたからだ。

 

 そのため、やや強引に中を見ようと攻めたが、相手のリーダー格と思われる男子に追い返され、現在に至る。

 ベースキャンプへの帰路につかされるだけなら良かったが、目指しているAクラスの情報が掴めなかったことに堀北は少しばかり不機嫌だ。

 

「それでこれからどうするのかしら綾小路くん」

 

「……そうだな。この試験に勝つための策が纏まったらお前に話をつけるつもりだ」

 

「そう…………え?あなた今なんて」

 

 現在考えている策がほとんど完成したので、オレは行動を開始するための狼煙となる発言をする。

 こうやって宣言すると心做しかやる気が注入された気分になる。

 口に出すか出さないの変化だけでも内面が随分違う気がするな、とまた1つ学習した。

 

 かく言う堀北はというと、素っ頓狂な声を上げたあと、鷹のように鋭い眼光でオレの瞳の動きを観察している。

 

「嘘はついてないから安心していいぞ堀北」

 

 何せ想像以上に敵が厄介なのだ。オレの存在を隠しながら戦うことに力は入れてるが、そうは言ってられなくなってきた。

 むしろ堀北には話して、少しでも協力させるようにした方が勝率は上がる。

 

「……じゃあ今のは聞き間違いじゃないのね。どういうつもり?急にやる気なんか出して。

 事なかれ主義の貴方らしくない」

 

「かもな。だがオレにも個人的な事情がある。そのためには動かなければならない」

 

「個人的な理由?」

 

「詮索はしないでくれ、と言っても納得できないだろうから先にこれだけは言っておくぞ。

 堀北、この約束を守れれば、これからオレはお前がAクラスに上がるための手伝いを本格的にしてもいい」

 

 腕を組みながら口を半開きにする堀北。

 事なかれ主義らしくない発言に驚きを隠せないようだ。

 

「…………分かったわ。人の過去を勝手に詮索されるのは気持ちの良いものじゃないことは理解してる。

 それに簡易的とは言え、言質も取れたから十分よ」

 

 会話に集中していくにつれて、オレたちの歩幅は小さくなっていく。

 

「それで、手始めに何をするのかしら?」

 

「まずオレは、お前の『影』になるつもりだ」

 

「『影』……つまり隠れ蓑にするつもりね。あなたの功績を私に押し付けてあたかも私がやったように見せる。

 その『影』では本物の懐柔者がいると。そういう解釈でいいのかしら?」

 

「そういう解釈であっている」

 

 話が早くて助かるなぁと呑気なことを考えていたオレは、堀北へ適当な返事をする。

 

「なら、綾小路くん。『影』とやらになるには対価が必要よ。

 …………あなたが今考えている作戦を私にも教えなさい。それが対価よ」

 

 まぁ、妥当だな。強気な堀北がタダで隠れ蓑になるわけない。

 元々話すつもりだったので、オレは堀北へすぐに頷きで了承の意を伝え、そして今考えられている作戦を全て堀北に話した。

 

 

 

 

「…………つまり、あなたの作戦っていうのは───────ってことね」

 

「さすがだな。良く要約出来てるよ」

 

 オレはわざとらしくぱちぱちと手を叩き、堀北を賞賛した。

 が、一睨みでその拍手も止まる。

 

「……清々しいわね。普段のあなたからは考えられない行動。これが本来のあなたなのかしら?」

 

「本来も普段もない。オレは綾小路 清隆っていう1人の人間だ」

 

 確かに人には普段と本来のように分けられる「表」と「裏」がある。

「表」が普段の作られた態度、表情。「裏」が本来のありのままの姿。

 そう定義することがオレは出来ると思う。

 その良い例が櫛田 桔梗だろう。

 彼女は「仮面」を被ることで「表」を作り、見られたくない本来の自分、つまり「裏」を隠そうと必死に努力している。

 

 しかし堀北、オレはオレだ。

 綾小路 清隆というどこまでいっても囚われたままの人間だ。

「表」も「裏」もない真っ白な人間なんだ。

 

 オレは、この学校に来ても結局本質が変わっていないことに悪態をつき、嫌でも再認識させられた。

 

「……そう言えばあなた、私と一之瀬さんの会話を意図的に遮ったけどあそこに意味はあるのかしら?」

 

「深い意味はない。ただ、カムクライズルが動いているということを知られればBクラスは……いや、一之瀬は警戒する。

 オレが今考えている策だと、一之瀬の存在はかなり大きいだろう?警戒されると面倒だったんだ」

 

「……遮った理由は理解したわ。けど納得がいかないわ」

 

「それは納得してくれ。こうでもしないとCクラスに勝てる確率が上がらない」

 

「……やっぱり、Cクラスが1番厄介なのね」

 

「ああ。AとBは受身だからな。こちらから何もしなければこれといって脅威にはならない」

 

「けれどCクラスは違う。あなたの言う通りならば、彼らはリーダー当てをするための準備を水面下でゆっくりと整えている。

 ……全く、自分が恥ずかしく思えてきたわ。あの時、私は無知を晒していたのだもの。龍園くんは相当危険な人物と心に刻んでおくわ」

 

 やはり、彼女は賢い。

 即座にここまで把握出来る状況判断に加え、少しずつとはいえ自分の非を認められるようになっている性格。しかしそれでいて根っこは強く、固い意志を持っている。

 今回の試験、体調を崩している堀北のために頑張ってやるのもありだなと僅かながら思えてきた。

 

「いや、警戒するのは龍園だけじゃない。カムクライズルもだ」

 

 堀北はカムクラという単語に反応し、やや苦い顔をする。

 あの雰囲気を思い出したのだろう。

 

「……彼らが協力したら、いくらあなたの作戦でも……」

 

「だろうな。いくら頑張っても完璧に止めることは出来ない。しかし、『試験』という枠組みである以上、負けないための『対策』は必ず取れる」

 

 まだ『対策』は取れる。堀北と平田、2人の力を借りればこの絶対的な窮地も翻せる。

 

 だが、本当はもっとスムーズに動かせたはずなのだ。

 櫛田の協力があればだ。しかし、どうも彼女の様子が少しおかしい。

 周りからは上手く隠せてるが明らかに無理しているのが分かる。

 試験開始までは普段通りだったのにカムクラとの邂逅があって以来ずっとだ。

 まぁいなくても支障はきたさないので、これはいつか聞くことにしようとオレは自己解決した。

 

「…………この試験の結果に期待して良いのかしら?」

 

「普段のオレよりかはな。……そろそろキャンプ地に着く。この話はこれで終わりだ。

 完璧に策が纏まったらまたお前の元に行くということを頭の片隅に入れて置いてくれ」

 

「分かったわ」

 

 その言葉を最後に堀北と別れていく。

 ……間接視野に映る彼女の重心が僅かにブレた。

 無理をさせすぎたな、と心の中で謝りながらも、オレは次の目的人物に話を付けるために歩みを止めない。

 

「平田」

 

 ベースキャンプに戻っても歩き続けたオレは、すぐに目的の人物の元へと到着した。

 相変わらずだ。

 心の中でそう言い、何人かの女子に囲まれているDクラスの王子へと堂々と話し掛ける。

 

「あ、綾小路くん。少し待ってくれないか?」

 

 どうやら、いつものように甘い雰囲気で囲まれているわけじゃないようだ。

 佐藤や篠原といった平田を囲んでいる女子からの鋭い剣幕によって、ちらっと見ただけで厄介事なのは分かった。

 だがそんなことお構いなしにもう一歩進むと、囲んでいる女子の1人、篠原がオレを睨む。

 

「ねぇ、綾小路くんさ。今大事な話をしているのが分からないのかな?」

 

 そんなことを言い、オレの前へ仁王立ちする彼女に、普段のオレなら怖くて怯んでいただろう。

 だが今は───こんな奴にいちいち構っていられない。面倒は省くのが定石だ。

 

「悪いがそうは見えない。だから退いてくれ。重要な情報が手に入ったんだ」

 

「は?重要な情報?それがどうしたの?私たちも重要なことを話してるからどくわけないじゃん」

 

 池とは仲直りしてたから、よく回る毒舌も引っ込んでいるかなと思ったら絶好調だった。

 オレは篠原のそんな態度についついため息をついてしまう。

 

「何その態度?綾小路くん調子に乗ってるでしょ」

 

「し、篠原さん落ち着いて!……綾小路くん、その重要な情報を教えてくれないか?」

 

 喧嘩腰になった篠原を宥める平田。

 そのまま、オレの情報のことも聞きに来る。

 人気者は辛いなと思いながら、オレは簡潔に俺の意思を伝えた。

 

「Bクラスのリーダーについてだ。この事で少し話し合いたくてな」

 

「え?リーダーについて?」

 

 先に反応したのは篠原だ。

 彼女の間抜けな声が響き、近くにいた佐藤と松下という女子も振り返る。

 

「……分かったよ綾小路くん。……篠原さん、この話はまた後でにしよう」

 

「……まぁ、リーダーについてなら仕方ないか」

 

 どうやら、篠原も納得してくれたようだ。

 

「あまり人に聞かれたらダメな話だから向こうで話そう」

 

「うん、分かったよ」

 

 オレと平田は人気の少なそうな場所へと移動する。

 さすがに真剣な雰囲気だったためか、篠原たちが野次馬に来ることもなかった。

 

「それで、どんな内容なんだい綾小路くん」

 

 出来る男、平田 洋介は話す前のあの寂しい沈黙を作ることなく、切り出してくれる。

 さすが平田様と感謝しながら、オレは堀北との敵情視察のことを全て話した。

 

 

 

「……なるほどね。さすが綾小路くんと堀北さんだ。僕なんかじゃ出来ないことを平然とやってくれたね!」

 

「オレはついて行っただけだぞ。

 ……それより平田ここからが本当に伝えたいことなんだけどいいか?」

 

 大方の説明をし終えて少し疲れたが、時間は有限。無駄にすることは出来ないのでそのまま会話を続ける。

 

「堀北からの伝言だ。まず、明日の昼にクラスに伝えて欲しいことがあるんだ」

 

「伝えて欲しいこと?それはなんだい?」

 

 ニコニコと笑う平田にオレは躊躇いなく、自身の策を告げる。

 

 

「────数人を残してこの試験をリタイアするという説明をだ」

 

 

「…………え?何を言っているんだい綾小路くん」

 

 数秒の沈黙のあと、平田はオレに当たり前の疑問を投げかけてくる。

 

「質問は最後にまとめて聞く。……それよりもだ平田、この試験において1番やってはいけないことは何だと思う」

 

「……やってはいけないこと?……ポイントの無駄使いかな?」

 

「違うな。1番やってはいけないこと、それは───自滅だ」

 

「……自滅?……もしかしてそれは、クラスが内側から壊れていくことをいっているのかな?」

 

 平田はどこか思い当たる節でもあるかのようにその言葉を言う。

 やや暗く、重い声の平田の表情は固い。

 

「そうだ。学生にとって限界状況に近いこの無人島で、もしクラスが分裂し、バラバラに崩壊したら?

 無人島生活で溜まったストレスが障害を呼び起こす原動力として動き出し、クラスがクラスとして機能しなくなったら?」

 

 苦虫を噛み潰したような辛い表情を浮かべる平田は、オレが言いたいことを既に理解してくれたようだ。

 だが、現状理解を深めるためにあえてその先の言葉を続ける。

 

「……もしそうなれば、ポイントは残せないし、最悪裏切り者が出て他クラスにリーダーの情報を渡す者も出るかもしれない。

 こうなったらもう試験どころじゃない。歯止めが効かないクラスメイトたちは各々自由に行動し始め、クラスは成立しなくなる。

 Aクラスを目指すなんて夢のまた夢となるだろう。

 それにクラスが崩壊したら、今後似たような試験が起こった時の軋轢になることは言うまでもない」

 

 ただでさえ厳しいこの環境でストレスなく暮らせる人間がいるだろうか。

 足並みを揃えて望まなければならないこの試験において、バラバラになったクラスの未来なんてものは絶望だ。

 特にDクラスのような協調性がないクラスはそうだ。

 初めこそ協力出来たとしても、もって数日。

 その後は、この特別な環境や集団行動によって溜まってしまったストレスから来る不満が爆発し、惨めな結末へと一直線だ。

 

「……自滅の危険性は理解したよ。でもだからといって何故リタイアなんだ。皆でしっかりと協力すれば……」

 

「最後までこの試験を通過できる、か?確かに、オレたちがBクラスだったら、可能だっただろうな」

 

 なぜ数人を残してリタイアしなければならないか。理由はいくつかある。

 そのうち1つは少人数の方が行動しやすいということ。

 クラスが崩壊する心配もなく、大量に確保しなければならない食料問題も解決できる。

 そして────スパイである伊吹 澪を追い出せる。

 他にもまだ理由はあるが、今は省こう。

 

「……それはどういうことだい?」

 

「簡単な話さ。クラスがバラバラに別れ始めた時、それをもう一度纏められる絶対的なリーダーがいるかいないかの差だ」

 

「───ッ!」

 

 思いあがっていた訳ではない。

 平田が俺の発言に目を見開き、悔しそうな顔をしたのは、自分なら纏められるという傲慢な心があったからではなく、むしろ心のどこかで本当に纏められるかと不安があり、それを言い当てられたからだろう。

 

「さっき、女子に何を聞かれてたんだ?」

 

「!?……そ、それは」

 

 大方、女子だけにポイントを使って過ごしやすい生活を送らせてくれ、そんな無理な要求を受けていたのだろう。

 試験開始から不満を垂れ流していた篠原からの真剣な相談なんてこれくらいしか思いつかない。

 そして何とか断っていたが、心優しい平田は女子にモテたいとか地位を守りたいとかではなく、心の底から可哀想だと思ってしまい折れかけていた。

 

「分かっただろう?Dクラスはまとまることが出来ていない。対立するグループもあれば、1人を好む者もいる。バラバラなんだ。

 そして優先するのは自分や自分の友達の安全と優位だ。

 このまま試験を続けていけば、クラスが分裂し、崩壊することなんて目に見えている。

 ……だが、平田。まだ二日目だ。崩壊してない今ならばまだクラスは纏まった状態だと思わないか?」

 

「…………そっか。もし仮に皆でリタイアすれば、クラスが崩壊することなく、高円寺くんや池くんが作ってくれた今の良い雰囲気を保ったまま次に起こる特別試験にも望める。

 将来的に考えれば確かに良い事づくめだ。

 ……でもさ、綾小路くん。それはこの試験で獲得出来るポイントを諦めろってことでしょ?3日間の努力を水の泡にする上に、得られるポイントがないから今度はAクラスを望む人達の不満が爆発するよ」

 

 リタイアする場合は、1人につきマイナス30ポイント。

 それがこの試験のルール。

 堀北を筆頭にしたAクラスを目指す生徒たちは少しでも上位クラスとの差を埋めたいと思っている。

 だからこそリタイアなんて絶対にしない。リタイアで生じるマイナスポイントを誰も認めない。

 

 ───そうやって1つのことに捕らわれるから折角のヒントを無駄にする。

 

「3日間の努力は無駄にならない。何せこれがあったからこそ、多少とはいえ纏まりが出来たんだ。

 そして何より───マイナスポイントは発生しない」

 

「───!?マイナスポイントが発生しない?そんな方法なんて」

 

「堀北言わく、あるんだとよ。そしてそれはみなが知っているヒントを利用すれば出来るそうだ」

 

「……みなが知っている?そんなものなんて」

 

 賢い平田でもさすがに情報量が多いためか、少しずつ処理しきれなくなる。

 戸惑いを見せ始め、彼にしては珍しく人との会話より自分の思考へとのめり込む。

 オレは平田に少し考える間を与えた後、答えを教えた。

 

「───答えはポイント譲渡だ」

 

「……先が見えないよ綾小路くん。ポイント譲渡で何が出来るんだい?

 あれはルールにこそあるだけで、他クラスを有利にするためだけのルールだと茶柱先生も言っていたじゃないか」

 

「確かにそうだ。

 でも、ポイント譲渡を───他クラスに預ける(・・・・・・・・・・)、そう解釈すればどうだ?」

 

 平田はそれを聞き、一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐにはっと何かに気づく。

 

「───そっか!所持しているポイントを他クラスに全て預けてからリタイアすれば良いのか!

 そうすれば今あるポイントを残したまま上のクラスとの差を縮められる」

 

『0ポイント未満になることはない』

 1度ポイントを他クラスに預けて0ポイントにした後ならば、どれだけリタイアしようと0未満にならない。

 そして残っていた数人にもう一度ポイントを返してもらえば、元々のポイントに変動は起きていない。

 カムクラが聞いた特別試験の裏をつくルールを利用すればこの作戦は可能だ。

 

「流石だよ綾小路くん!僕にはこんな作戦思い付かなかったよ」

 

 平田は少し大きな声を出し、オレの両肩を掴み賞賛してくれる。

 

「……思い付いたのは堀北だよ。それに平田、まだデメリットとその対処法について説明してない」

 

「……ごめんね。嬉しくて取り乱しちゃったよ」

 

 並の女子生徒ならイチコロのイケメンスマイルでそう言う。

 眩しすぎるな平田。

 

「まずデメリットというのは、ポイントを譲渡した後に本当に返ってくるか分からないという事だ」

 

「……そうだね。1度渡せば所有権は相手のクラスに移る。そうしたら何かしらの意見を言って返さない可能性が高い」

 

「そうだ。だから渡す相手は慎重に選ばなくてはならない」

 

「でも、対処法があるんだね?」

 

「ああ。堀北言わく、ある『契約』を持ってBクラスと交渉すればいい」

 

 オレはもったいぶった口調で平田にそう告げる。

 

「『契約』?それは一体」

 

「その『契約』の内容は、1度預けたポイントを返してもらう対価として、『スポット』で得たポイントを最終日にBクラスへと渡すことだ」

 

 まず、全てのポイントをBクラスへと預けるとする。

 だがいくら協力関係であるとはいえ、Bクラスには預けられるメリットも返すメリットもない。

 だからそこにメリットを作る。それが「スポット」で得たポイントの譲渡だ。

 ポイントを1度預かってくれれば、返す時にそれなりの利子をつける。

 Aクラスを目指すBクラスからすれば、こうも楽してポイントが増えるので基本的に受けないメリットなどないだろう。

 つまるところ、ポイントを預けさせてもらう対価として「スポット」で得たポイントを最終日に上げるよってことだ。

 

「確かに一之瀬さん率いるBクラスならば、成功する可能性も高いね。

 でも、これが失敗しちゃったらどうするの?」

 

「そうしたら、試験を続けるしかないな」

 

 その言葉を聞くと平田は暗い顔を浮かべる。

 

「大丈夫だ平田。トラブルの火種はもう見つけている。堀北が潰してくれるはずだ」

 

「……そっか。なら堀北さんを信じるよ」

 

「他に何か質問はあるか?」

 

「いや、ないよ」

 

 なら、この話は終了だ。

 オレは別れの挨拶を平田に言って、テントの方へと向かう。

 ……いや、止めよう。今が丁度良い。

 丁度伊吹の姿が見当たらない。

 彼女が隠したもの(・・・・・)を確認するのは今しかない。

 

 オレはそう考え、伊吹が初め座っていた木の方へと向かった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「うめぇぇぇぇ」

 

「本当だわ!塩でもタレでも美味しい!!」

 

 太陽が沈み、暗闇がこの島の空間を支配する中で一際目立つ光から沢山の人の声が聞こえてくる。

 声だけじゃない。

 芳ばしい肉の匂いが鼻腔をくすぐり、何も入っていない胃袋を刺激する。

 光の中心には沢山の人間。そして有り余るほどの肉や野菜が用意され、焼かれていく。

 

 そんな光景を、僕は中心から少し離れたビーチチェアの上から眺めていた。

 龍園くんは女子と肉を両手に騒ぎ立て、石崎くんは男子と語り合っている。

 アルベルトは肉を焼く係のようで、他数人と手際良く準備している。

 

 椎名さんはというと───

 

「食べないのですか?」

 

 僕の近くにまで寄ってきていた。

 両手に1枚ずつ、焼かれた肉が載った紙皿を持っている。

 

「カムクラくんの分ですよ」

 

「……頂きましょう」

 

 小腹がすいていたので、すぐに紙皿を受け取る。

 渡された割り箸を綺麗に割ると、いよいよ実食だ。

 

「……焼きがあまいですね」

 

「そうでしょうか?とても美味しいです」

 

 モグモグと上品に噛み、肉を飲み込んでから椎名さんはそう言う。

 本来の味を引き出し切れていない肉のどこが美味しいか。

 僕はゆっくりと思考を動かしながら、二切れ目を口に運ぶ椎名さんを見る。

 朱色の唇に運ばれていくまでの手付きに食べ方、やはり、この天然美少女は絵になるようだ。

 

「カムクラくんもみんなと一緒に食べましょう。みんなでご飯を食べたらもっと美味しいんですよ」

 

「そうですか」

 

「むっ、その顔は信じていませんね」

 

 椎名さんは少しだけ頬を膨らませ、僕のことを可愛らしく睨む。

 意図してやっていない天然さんの睨みなど痒くもなく、僕は先程と同じでいつも通りの座り方を貫き通す。

 立ち上がる気配すら起こさずにいると、彼女は紙皿を付近の机に置き、僕の横に立つ。

 

「実は私、BBQをするのが初めてなんです。初めてだからこそ、私はこんなにも大勢の人と一緒にご飯を食べる楽しみを実感しました。

 カムクラくんもあまり人と関わるタイプの人ではないから、こういう機会は少ないでしょう?だから今日を機にみんなでご飯を食べて実感しましょう」

 

「栄養摂取に楽しさなどないと思いますが?」

 

「思い立ったが吉日です。行きましょう」

 

 そう言って彼女は僕の前へと手を伸ばす。

 この少女は意外にも頑固だ。1度言ったことは基本的に曲げず、それでいて天然マイペース。

 …………あぁ、面倒くさい。

 

「……仕方がありませんか」

 

「おお、やっとその重い腰を上げてくれましたね」

 

 僕は彼女の小さな手を掴んで立ち上がる。

 本当は行くつもりなどなかったのですが、このままごねているとまた口に捩じ込まれる未来が見えたので、やむを得ない判断だ。

 

「……冷たい」

 

 彼女は僕の右手を柔らかい両手で優しく包み込む。

 熱の篭った両手は温かい。ありとあらゆる才能を持つ僕でもこの手は持っていない。

 坂柳さんや椎名さんが持っていて僕にないものに興味が湧く。

 ぬくもり。かつてはツマラナイと言って切り捨てた……いや、目を逸らしていたもの。失って初めて正面から見たもの。

 それも今ならば───向き合うことの出来るものだ。

 

 僕と銀髪少女の両目が合った。

 

「……では早速行きましょう」

 

 彼女は一方の手を離し、もう一方の手で僕の手を引く。

 そしてゆっくりと背を向け、歩き始める。

 人付き合いをあまりしてこなかったためか、恋愛感情と友達に向ける感情が曖昧で、整理出来ていない不器用な少女。

 この辺りに照明がないため暗くて見えづらいが、僕の手を引く彼女の頬は少しだけ紅く染まったように見えた。

 

「椎名さん。前々から思っていましたが、あなたは異性との距離感を掴むのが下手です」

 

「───!……そ、そうでしょうか」

 

 上擦った声が聞こえた。

 前を向いている彼女の表情など見るまでもなく推測出来る。でも、それを追求するのは少し野暮な気がした。

 

「ええ、変に勘違いされたくなかったらもう少し距離感を覚えるべきです」

 

「なら……カムクラくんもですよ。対人関係に慣れてないでしょう?」

 

「それは違います」

 

 日向 創を真似て少しだけ声を張り、彼女の意見を否定する。

 疑問符を頭に浮かべている彼女に僕は言葉を続けた。

 

「忘れたのですか椎名さん。僕は、対人関係に関する才能も持っているのですよ」

 

「……はぁ、ちょっと狡いです」

 

 そんな僕らしくない会話をしたまま、光の中心へと到達する。

 クラスメイトたちは楽しそうに笑っていた。

 

「おいカムクラ」

 

 やや大きめな声が聞こえ、こっちに迫ってくる者の気配がした。

 聞き覚えのあるこの声の主の方へ視線を動かすと、龍園くんが2人の女子生徒を横に携え、両手に花の状態でこちらに歩いていた。

 片手には大きめの紙皿があり、肉の補充をしに来たのだと推測する。

 

「いつまで手を握っているのですか?」

 

「……それもそうですね」

 

 僕は龍園くんがここに辿り着く前にそう言う。変な誤解をされるのも面倒だったからだ。

 落胆を含んだ声色で彼女は、名残惜しそうに手を離す。

 離した直後、龍園くんが僕の正面に到着した。

 

「ひよりもいたのか。どうだ、楽しんでいるか?」

 

 僕の近くまで辿り着いたことで椎名さんの存在にも気付く。

 

「ええ、とても楽しいです」

 

「クク、そいつは重畳だぜ」

 

 龍園くんは自身の隣にいる女子からジュースを受け取り、口に運ぶ。

 飲み終えたら、近くにあった机に紙皿とコップを置き、携えている2人の女子と共に椅子へと座る。

 

「本当に良い所にいたなカムクラ。このオレ直々に頼みがあるんだが、聞けや」

 

「……必要ありません。丁度僕も同じことを思っていましたから」

 

「ククク、何を根拠に言ってるんだかな。まぁ、どうせあっているんだろう?───アルベルト」

 

 彼のその掛け声とともにアルベルトは持っていた手荷物を全て置き、すぐにこちらへやってきた。

 

「肉の準備をしろ。カムクラが作る」

 

「……Yes」

 

 固唾を飲む音とともにすぐさま自分の役割を果たしに行く。

 そして僕たちもBBQセットの前まで移動する。

 

「椎名さん、ヘアゴム貸してくれませんか?」

 

「いいですよ」

 

 僕の髪の長さではBBQセットに髪が入るなんて冗談が有り得てしまうので、そのための対処だ。

 ポニーテールを作るように白いヘアゴムで縛る。

 その後、濡れティッシュで丁寧に手を拭いた。

 これで最低限の準備が出来ただろう。

 

「……今日は随分と観客が多いですね」

 

「気にすんな」

 

 いつの間にか石崎くんとその愉快な仲間たちも近寄ってきており、10人程がこちらを見ていた。

 気にすんなというのは無理があるでしょうと龍園くんに悪態をつきたくなる気持ちを抑え、BBQセットの火をつけて網を温めておく。

 

 まもなくすると、配達を命令されたアルベルトから多くの材料が届いた

 

 

「では、やっていきましょうか」

 

 

 多くの観客が見守る中、僕は肉や野菜を焼いた!

 完成した食品たちはCクラスの皆と頂くと、絶賛して貰えた!

 

 

 

 カムクライズルは1歩前に進めた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別試験2日目「夜」

 大騒ぎを終えたCクラスの生徒たちは、ほぼ全員がリタイアした。

 

 

 

 

 




読み上げ機能を使ってみたのです
龍園 翔→たつぞの しょう
こう読んでくれ───いや、誰やねん


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下剋上

 

 

 特別試験三日目、8月3日の朝がやってきた。

 上半身のみを起こしてテント内を見渡すと、クラスメイトたちが様々な音の寝息を立てて眠っている。

 試験開始からまだ3日目だというのに、誰も起きる気配がない。

 慣れない環境下の生活は彼らにゆっくりと疲労を蓄積させたようだ。

 それによって深い睡眠へと入っているのだろう。

 

「……顔を洗いに行くか」

 

 オレはゆっくりと意識を覚醒させ、昨日の朝と同じように音を立てずにテントから出る。

 ゆっくりと伸びをした後に、荷物置き場に向かって行く。

 洗顔したあとの顔をふくためのタオルが欲しいからだ。

 

「……高円寺はまだいてくれたようだな」

 

 木に取り付けられたハンモックには人影が見える。眠っているかどうかは確認出来ないがいることに間違いないだろう。

 彼の気紛れは良い方向に向いたようだ。

 余談だが、彼が使っているハンモックはポイントが掛かっている。そのためポイント保守派の人間から弾劾されかけていた。

 もっとも、あの食材の山を見せられてしまったら黙らざるを得なくなったが。

 

「朝が早いのね綾小路くん」

 

「……堀北、起きていたのか」

 

 声の発生源へと顔を向けると、そこには堀北が立っていた。

 両腕を組み、こちらを睨んでいる。

 しかし今の彼女の睨みでは全く怖くない。

 体調が徐々に悪化していることが手に取るようにわかった。

 

「殊勝な心掛けね。普段のあなたと大違い」

 

「そんなことないさ。ただ朝が強いだけだ」

 

 オレは適当に言葉を返し、川へと向かう。

 堀北はオレの後を付いてくる。

 

「それで、今日はどう動くつもりなのかしら」

 

「……まずは洗顔だ」

 

「つまらない」

 

 惚けた振りをして言った冗談は真っ二つに両断される。

 もうちょっと優しいコメントをしてくれても良いじゃないか。

 

「……今日の予定はCクラスがいるかどうかの確認とBクラスへの『契約』だけだ」

 

 弱っているとはいえ相手は堀北。また暴力を振るわれたら堪ったものじゃないので今度は真面目に答えた。

 

「Aクラスには何もしないのね」

 

「正確に言えば何も出来ないだな。あそこまで強固に守られるとさすがにな」

 

「……確かにそうね。面倒この上ないわ」

 

 そんな雑談をしながら歩いていると、いつの間にかオレたちは川へ到着していた。

 オレはすぐさま屈み、川に流れている水を両手ですくう。

 自然の冷たい水を自身の顔へと少しだけ勢いを付けて掛けた。

 そしてその行動を2度3度繰り返す。

 隣を見ると堀北も同じように顔を洗っていた。

 

「何を見てるのかしら」

 

「いや、まぁ、何でもない」

 

 顔だけは超可愛い。本当に整っているんだよな。顔だけは。

 と、喉まで出かかった言葉を飲み込み、適当にあしらう。

 

「不愉快ね。言いたいことがあれば直接言いなさい」

 

「いや、ほんと気にしなくていいです」

 

 ひぇ、あの恐ろしい手刀が、あれが出てくる目をしている。

 

「はぁ、まあいいわ。それより綾小路くん、Cクラスへの監視はいつ行くのかしら?」

 

「今からだ」

 

「……そう、なら私も付いていくわ」

 

「構わない」

 

 付着した水滴をタオルで拭き取ってから答える。

 冷たい水をかけたことによって意識が完全に覚醒した。

 やることを1つ終えたので、浜辺への道を歩き始める。

 

 そして数分後、昨日と同じ道を通り抜けた。

 

「───ッ!」

 

「やっぱりか」

 

 ここまでの道のりは終始無言だったが、とうとう会話に音が入り込む。

 驚嘆する堀北に無理はない。

 何せ視界に映りこむ光景は一面に広がる海だけだったのだから。

 

「本当にリタイアしたのね」

 

 Cクラスが使っていたビーチチェアやパラソル、コンテナや保冷ボックス、BBQセットや水上バイクなどなど。

 それらの物資は見る影もなくなっていた。

 この場に人はオレと堀北のみ。他にあるのはヤシの木と思われる植物と砂、そして青い海だけだ。

 

「……綾小路くん。私はCクラス全員が本当にリタイアしたんじゃないかとしか思えないわ」

 

「根拠はあるのか?」

 

「ないわ。……偏見なのは分かっているのだけど、彼らのような人間があなたの予測した策を思いつけるとはとても思えないのよ」

 

 堀北の意見も分からないわけじゃない。

 オレの意見と堀北の意見。可笑しいのはどちらかと言えば間違いなくオレの意見だろう。

 オレの意見は余計なことを考えすぎだ。そう言われたら確かにそうだと切られるもの。

 Cクラスのあの態度と普段の噂を聞けば、ただただ豪遊しているようにしか見えない。

 

「お前の言いたいことは何となく分かるよ。だが安心しろ堀北。オレは確実な証拠を確認している」

 

「……それは何かしら」

 

「無線機だ」

 

「無線機?そんなもの一体どこで……」

 

「伊吹が土の中に隠していたんだ。オレは昨日、お前との捜索が終わって平田に報告し終えた後、その存在を確認した」

 

 佐倉たちと伊吹を発見した時、彼女の手は土で汚れていた。

 オレはそれを確認してすぐに周囲の土を見渡した。

 すると、周りの色とは少しだけ違う色をした土が視認出来たのだ。

 そのことから、何かを埋めたのではという可能性が浮上した。

 ゆえに怪