飼っていた芋虫がモスラとして異世界召喚された話 (GT)
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飼っていた芋虫がモスラとして異世界召喚された話

 

 

 ――吾輩はカイコである。

 

 懐古でも解雇でもない。時々転生前の人生を懐かしんだり、その人生では何度となく解雇通告を受けたりした記憶があったりもするが、それらのことは今の人生――もとい虫生にとっていずれも必要ない話だ。

 

 カイコとはカイコガ。お蚕様とも呼ばれる蛾の一種である。

 家蚕(かさん)とも呼ばれ、家畜化された昆虫で、野生には生息しない。っていうか生きていけない。体色は擬態不能な潔い真っ白であり、成虫は立派な羽根があっても自重が重すぎて飛べない仕様になっている。野外に放り出したら一瞬にして外敵の胃袋に収まるだろう。

 野生への回帰能力を完全に失った唯一の家畜化動物である我々は、餌がなくなろうがケースが開いてようが逃げ出すことはしない、あらゆる生物の中で最も人間に依存した存在と言えるだろう。

 

 人間による管理なしでは生育することができない要介護生物――それがカイコである。

 

 そんな我々の取り柄と言っては、何より「繭」の存在だろう。

 カイコが成虫になる為の変態で生成される繭は天然繊維として絹となり、5000年も前から人類に貢献し続けてきた。

 そんな我々はこの日本でも富の象徴としてお蚕様と崇められ、皇居では伝統として現代まで飼育が行われているのだとか。

 

 そう、カイコは偉大なのである。

 繭を作ったら絹を作る為に中身ごと茹でられ、お亡くなりになる宿命にあるのだろうと、我々カイコは偉大なのである。

 

 繭が中身ごと茹でられてしまうのは、中身が成虫になって出てきた後の繭ではカイコガの糞尿や溶解液で傷んでいる為、絹としての品質が落ちてしまうからなのだそうだ。

 そういうわけで家畜用カイコの大半は成虫になることなく繭の中でその生涯を終えていく。繭はそのまま、中身だけ死んでゆけ!という具合に。

 

 

 もう一度言うが、吾輩はカイコである。名前は「レオちゃん」。

 なんだかわからんが人としての生涯を終えた吾輩は、なんだかわからんが気づいた頃には草を這うイモムシになっていた。とんだ人外転生もあったものだが、この地球に存在する無数の生命の中で人間が人間に生まれ変わるよりかは確率的に妥当なのではないかと思う。

 

 さて、そんなカイコのレオちゃんこと吾輩が住んでいるのはエサとなる桑の葉が一帯に詰め込まれたプラケースの中である。それは何を隠そう、吾輩が人に飼われていることを意味していた。

 

 元々つい先日まで魚のエサとして釣具屋で販売されていた吾輩だが、購入以後も釣り針に括り付けられることなく、こうして桑の葉を詰め込まれたプラケースの中で暮らしている。桑の葉うめぇ。

 それは世にも珍しい人の意思を持った昆虫としては、割と恵まれた環境なのではないかと思う。

 

「レオちゃんよく食べるね」

 

 レオちゃん、と。イモムシに付けるにしては立派すぎる名前を与えてくれたのは、吾輩を買い取ってくれた飼い主様である。彼女の家族が言っていた言葉から判断するに、名前は「モラ」と言うらしい。

 何分この身はご覧のイモムシである為に人間全てが山のような巨大さに見えるが、モラは十歳ぐらいの小学生である。彼女は小学校の自由研究目的に吾輩を買い取ったようだが、このケースの中に桑の葉を絶やすことなく与えてくれる優しい少女だった。

 

 そう――カイコとして歩む吾輩第二の人生は、心優しい女子小学生によって管理されることとなったのだ。良い子の皆さんの中には、そこに背徳感を抱く者もいることであろう。

 

 だが吾輩はイモムシである。人間に対してそのような感情を抱くなど、出来よう筈もない。本能的に考えて。

 ただカイコとしての短い一生を釣りエサや製糸場の中で終えるよりは、この子のような無垢な少女の手で育てられる方がモチベーションは高まると言えた。元人間的に考えて。

 

 今時は男子小学生でも虫嫌いの子が多いと聞くが、吾輩の飼い主様は女の子ながら随分と昆虫が好きらしい。

 吾輩が飼育されているプラケースが置いてある部屋の中には美しい蝶のオブジェがいくつか飾られており、本棚には昆虫に関する漫画や本が収められていた。

 カイコの幼虫である吾輩の姿に対しても拒否感を見せることなく、寧ろ時折吾輩を手に乗せたりしては微笑んでいた。

 

「ふふ……」

 

 吾輩が桑の葉を貪る口を止めて彼女の顔を見上げると、モラは今も穏やかな顔を浮かべている。

 するとケースの中に手を入れるなり、今度は吾輩に向かって指を差し出してきた。

 よろしい。吾輩はカイコだが元は人間だ。前世の知識や記憶の多くこそ吹き飛んでいるが、それでもなお猿や犬には負けぬ知性を持っている。

 こないなイモムシ風情に名前を付けてくれたこと、そして毎度エサをくれることに対する感謝の気持ちとして、吾輩はそんな彼女の意図を察し、望みに応えることにした。

 

「あ、登ってくれた!」

 

 むくりと身をくねらせながら移動を開始した吾輩は、複数もの短い足をモコモコと動かしながら彼女の指をよじ登っていく。

 イモムシ故のグロテスクな外見に対して、大多数の少女は気持ち悪く感じるやもしれぬが、飼い主様たるモラはカイコである吾輩に愛玩の情を抱いていたらしい。

 指に触れた途端、まるで子犬がじゃれついてきたような反応を寄越す彼女に吾輩は大満足である。かわいい。

 

「かわいい……」

 

 吾輩に対して変わった感想を放つ彼女には、気障ったらしく「君の方がかわいいよ」と言い返したいところだったが、無論のことながらカイコに人の言葉を話すことはできない。

 今更人間だった頃の人生に未練があるわけでもないが、要介護生物として人との関係を切ることが出来ない今の吾輩にとって飼い主様と意思疎通が取れない事実には、やはり心苦しいものがあった。

 しかしこうして吾輩の反応に一喜一憂してくれる子供の姿には、非常に心温まるものがある。美少女であれば尚のことだ。

 モラの手の平までたどり着いた吾輩は、そんな彼女の思いに報いるべく今の身体でできる精一杯の踊りを披露してあげることにした。

 すると、彼女はくりくりした大きな目を見開き、驚きの声を上げた。

 

「すごい……カイコって、EXILEみたいに踊れるんだ……!」

 

 イモザイルである。曲名は虫虫トレイン。

 吾輩はイモムシ故の身体の可動域を活かし、長い胴体をデコボコな感じにくねらせることによってあたかも複数のイモムシが重なって踊っているかのよう振る舞う。

 そんな吾輩のダンスに対して「わぁ……!わぁ……!」と瞳を輝かせるモラの姿は実に尊い。吾輩も踊り甲斐があるというものだ。

 

 それから一分ぐらい彼女の手の上で踊りを披露していた吾輩だが、しかし身体は虚弱なカイコである。

 慣れない動きをしたせいで一気にエネルギーを消耗した吾輩の身体は、すぐさまグロッキーになってしまった。

 そんな吾輩の姿を見るなり、飼い主様は血相を変えてケースの中に手を運び、桑の葉の上に吾輩を置いてくれた。

 

 かたじけない。桑の葉うめぇ。

 

 

 

 カイコの食欲は非常に旺盛である。

 蛹になるまで絶えず桑の葉を貪り、成虫になるまでの間100gもの量を消費すると言う。

 そして成虫になった後は一切食事を行うことはなく、幼虫時に蓄えたエネルギーのみで生きるのだ。成虫の頭部に口が存在しないのはその為である。故に寿命は極めて短い。

 

 尤も大半のカイコは繭を作り、蛹となった時点で絹を取る為に茹でられ成虫になる前に生涯を終えるのだが……幸いにも吾輩の飼い主様たるモラにその気はないようだった。

 

「はやく成虫になれるといいねっ」

 

 ――うむ、任せておけ。必ずや、立派な成虫になってみせよう。

 

 頬を両手で支えながら屈託のない笑みで吾輩のいるケースを見つめてくる彼女の言葉に、良い飼い主様に恵まれたものだと実感する。

 カイコが成虫に羽化するまでが彼女の自由研究のテーマなのかもしれないが、彼女自身がこうして生き物を愛してくれることが……今の私にはたまらなく嬉しかった。

 脱皮をする度、自分のことのように喜んでくれる彼女の姿に吾輩の心は奮い立つ。

 

 

 

 ……それが、吾輩たちの日常だった。

 

 

 人から生まれ変わったカイコと、心優しき飼い主の少女モラ。

 これはそんな我々がひょんなことから異世界の孤島へ転移し、数奇な運命を辿りながら、やがて「神」と呼ばれていく物語である。




 KOMのモスラはゴジラくんに一途でかわいい。
 総攻撃のモスラはヘタレのギドラくんの背中を押す健気さがかわいい。
 VSモスラのモスラはバトラくんにはビームを撃たなかったのが委員長かわいい。
 平成モスラシリーズのモスラはギドラ族への殺意が魔法少女こわいい。


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吾輩、飼い主様とジャングルに飛ばされる

 もすもすもす


 

 緊急事態発生!!

 緊急事態発生!!

 

 レオちゃんこと吾輩、現在飼い主様と共に遭難中!

 

 繰り返すッ! 吾輩、飼い主様と共に遭難中!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然ですまない。

 

 さて、吾輩たちは今、見知らぬジャングルの中にいる。この意味がわかるか? 吾輩にはわからん。

 ……そう、さっぱりわからぬのだ。

 

 

 その日も吾輩と飼い主様――モラは部屋の中にいた。

 今は小学校の夏休みという膨大な自由時間を与えられているらしいモラだが、彼女はこの時間を吾輩の成長をテーマにした自由研究に当てて勤しんでいた。

 

 そんな彼女の為に吾輩が励んで行ったことと言えば、とにかく食べることだった。桑の葉をモリモリムシャムシャ。食べれば食べるほど成虫へと近づき、脱皮を介して変態への道が開ける。

 モラが吾輩の為に用意してくれた育成環境は快適なものであり、吾輩の中でも順調に成長している実感があった。

 そんな吾輩の姿をモラはスケッチブックに描いたり、脱皮を行った後には成長の記録として体長を測られたりもしたものだが、吾輩にとってそれはご褒美に他ならなかった。いや、やましい意味ではなく。

 

 吾輩の成長の過程が彼女に記録され、その記録がいつか、彼女自身の糧になる。そんな将来を思えば、カイコとしてそう遠くなく終える短い生にも確かな意味を見出せるものだ。

 くたばりぞこないの転生者にとって、こんなに名誉なことはないだろう。

 

 故に吾輩は、彼女に対するファンサービスを欠かさない。

 

 吾輩は彼女の研究がマンネリ化し、飽きが来始めたと思った時にはこの身のエネルギーを消耗しすぎないよう気を配りながら、ケースの中で感謝の舞を披露する。

 そうすれば彼女が笑顔になり、思い出の記録として動画におさめてもらえたりもした。うむ、飼い主様かわいい。お守りしたい。

 

 我が飼い主、モラはきっと学校でも大層な人気者に違いない。聡明で健気かつ優しいの三拍子揃った良い子なのだ。当然である。

 彼女が日々吾輩に見せる笑顔は眩しく麗しいものであり――今は小さな昆虫に過ぎない吾輩の心を癒してくれた。

 

「……レオちゃんって、私の言葉がわかるのかな?」

 

 食後の休憩中、この間と同じように吾輩の身体を手のひらに乗せたモラが呟く。

 これまでに三回の脱皮を終えたことで、既に吾輩の身体も産まれた頃より遥かに大きくなっており、カイコらしい白い姿に変わっている。しかしそれでも子供の手の内に簡単に収まる程度の大きさに過ぎず、その体格差が吾輩のか弱さを教えてくれた。

 

「ふふ……そんなわけないか」

 

 吾輩が愛玩動物としての役目を果たすべく彼女の手のひらで動物園のパンダの如くこてんと転がっていると、そんな吾輩を見てモラが笑った。

 良き飼い主に恵まれた吾輩がすべきことは、一刻も早く成虫になった姿を見せること。だが彼女の手に乗せられたこの時間もまた、吾輩は好きだった。

 

 

 

 

 ――そんな時である。

 

 

 吾輩たちのいる部屋の中が、突如として眩い光に覆われたのは。 

 

 

 

 

モスラさま たいようのこ モスラさま

 あわれなるしもべ の いのりにこたえ

 いまこそ まいおりてください

 

 

 何の前兆もなく巻き起こったその現象に、モラが吾輩を手に抱えた体勢のまま椅子から倒れ落ち尻餅をつく。

 きゃっと彼女の口から漏れた短い悲鳴も束の間、一気に視覚限界まで広がってきた光の中で吾輩たちはその「声」を聴いた。

 

「え……」

 

 モラは乱れたツインテールを直す余裕もなく、呆気に取られた顔を浮かべている。

 吾輩にも表情があったなら、同じ反応をしていたところであろう。

 その声は優雅な響きを持って、吾輩の心を揺さぶってきた。

 

 

うみをこえ ときをこえ いのちをこえし しゅごしんよ いまこそ われらをおすくいに

 

 

「声……? だれ……? だれなの!?」

 

 五感とは違う、もっと別の部分から直接語りかけてくるような「女の声」。

 透き通るように響くその声は、手に届かない何かに縋るかのような儚くも美しい「歌」だった。

 

 光は最高潮に達していくメロディーと呼応していくように膨張し、そして――

 

 

「あ……」

 

 

 つんざくような、大きな何かの鳴き声が聴こえた。

 その瞬間、吾輩は、モラは見た。

 

 虹色に輝く粉と共に、光の奥で羽ばたく美しい色を。

 

 極彩色の模様がゆったりと上下する光点の中で、それは圧倒的な存在感を放っていた。

 

 しかしその存在を吾輩たちが認識した瞬間、全てが幻のように見えなくなった。

 

 

 

 

 ……そうして光が晴れて視界が開けた時、吾輩たちは冷房の効いた涼しい部屋ではなく、どことも知れぬ深い密林(ジャングル)で立ち往生していたのだ。

 

 

 

 それが、遭難の経緯だ。うむ、まるで意味がわからん。

 だが今一番動揺しているのはモラだろう。元々人からカイコへの転生などという奇妙な体験をしている吾輩の方は今更驚くことでもないかと冷静さを取り戻すことが出来たが、ごく一般的な女子小学生に過ぎないモラの方はそうもいかない筈だ。

 

 突如として自宅から転移し、着の身着のまま謎のジャングルに放り出されてしまった彼女は両親を呼びながらその場を走り回ると、どこからも反応がないことに愕然とへたり込んだ。

 スカートの腰を土に下ろし、吾輩を抱えたまま力無く呟く。

 

「どこ……どこなの、ここ……」

 

 受け入れがたい状況に対するその動揺は、彼女の目に涙を滲ませた。

 モラは普段から落ち着いた子であったが、彼女とてか弱い子供だ。このようなわけのわからない状況では大人とて狼狽えるであろう、当然の反応だった。

 

「パパ……ママ……」

 

 もしも……これがテレビ局か何かのドッキリ企画だったとするならば、関係者全員をこの手でコロコロしたいところだ。

 カイコの身では不可能だが、我が飼い主様が泣いている姿を見るのはそれほどまでに心苦しく、そして腹立たしいものだった。全くもって……自分の無力さが憎くなる!

 

「……レオ、ちゃん……?」

 

 大丈夫だ。何とかなる――そんな励ましの思いを込めてこの身を彼女の手に擦りつけると、それに気づいた彼女が目を下ろし吾輩の姿を見つめる。

 吾輩はそんな彼女に対して頭部を向けると、人が頷くようにオーバーリアクションで身体全体をばたつかせた。

 

「もしかして……励ましてくれてるの……?」

 

 疑いが確信に変わったかのような反応を浮かべる彼女の目に、吾輩は飼い主様の聡さを改めて感じた。

 

「不思議な子……あなたはやっぱり、不思議なカイコだね……」

 

 くすりと微笑みながら涙を引っ込める彼女を見て、吾輩はばたつかせていた身体を止めて手のひらに寝転んだ。

 この程度のボディーランゲージで身体中のエネルギーを消耗しすぎてしまった。桑の葉を……桑の葉を所望する……

 

「あっ、た、食べ物あげなくちゃ……桑の葉っぱは持ってないけど……これとか、食べるかな……?」

 

 桑の葉ではないのか……が、やむを得んぜよ。この際、葉っぱなら何でもいい。

 モラが周囲に生い茂る草木の中から恐る恐る青葉を摘まみ取ると、吾輩は差し出されたそれを口に運び、一心不乱に貪った。

 

 うむ、問題ない。桑の葉ほどではないがそこそこうめぇ。

 

「食べてる……良かった……でも、駄目だったら吐き出してね?」

 

 大丈夫だ。飼い主様。

 特に身体から拒否反応は出ていないし、カイコの身体は見知らぬ青葉を食べ物として認識してくれていた。

 桑の葉の時と変わらない吾輩の食事風景を見て安心したのか、モラは一先ずの息を吐く。そして吾輩を乗せた手とは反対の手を自らの腹部に添えながら、困り顔で呟いた。

 

「私の食べ物も、何とかしなくちゃ……」

 

 彼女も空腹の様子だ。飼い主様より先に食事して誠に申し訳ない……

 

 語るまでもなく、衣食住とは人間にとって必要不可欠なものである。

 衣に関してはノースリーブに短めのスカートというジャングルの環境にそぐわぬものながら身に着けているものの、食と住に関しては一から探さなければならない状態なのだ。ため息を吐くのも当然だった。

 

「どこかに人がいればいいんだけど……」

 

 ……確かに、一番手っ取り早いのは人が住んでいる場所を見つけ、助けを求めることだ。

 しかし今吾輩たちを取り巻く環境はどことも知れないジャングルの中であり、それも周囲の植物を見た限りでは日本かどうかさえ怪しいものだ。

 辺り一面がアマゾンのような雰囲気に包まれており、時折野生動物たちの鳴き声が聴こえてくる。どう考えても女子小学生がいていい場所ではなかった。

 

「トラとか出ないよね……? 大丈夫だよね……?」

 

 不安そうに周囲を見回す彼女の姿を見て、吾輩は今ほどこの身の軟弱さを呪ったことはない。

 もしも吾輩に力があったのならと……何故吾輩が転生したのが、力無き昆虫だったのかと呪ってさえいる。

 彼女を守りたいと思っていながら、吾輩の方こそ彼女の手で守られなければ生きていくことが出来ない。こんな惨めな思いをする吾輩は一体、前世でどれほどの業を背負ったのかと忘れ果てし過去を恨んだ。

 

 

 そんな吾輩を抱えながらモラは立ち上がり、スカートの尻についた土を払うと彼女は彼女自身でその身を守る為に歩き出した。

 

 人を捜し、食べ物を探し、このジャングルの中で安全を確保しようとする姿は彼女本来の冷静さと聡明さが窺えるものだった。

 その際にも彼女は謎の青葉を貪っている吾輩のことを、両手で覆うことで外敵の目から隠してくれていた。ジャングルの危険と言えば獰猛な野生動物が思い浮かぶところだが、カイコである吾輩としては蟻を含む全ての生き物が危険生物と言ってもいい。

 野生への回帰能力が皆無であるカイコは風吹けば飛ばされてしまう脆弱な存在であり、ちょっとでも気を抜けばあっという間に森のおやつになってしまう。

 ……モラの足手まといになるぐらいなら、そうなった方がいっそ救われるところなのかもしれない。だが、そうなった場合大いに悲しむであろう優しい飼い主様のことを思うと、吾輩も最大限生きなければならなかった。

 

 故に、吾輩は彼女の手の内で食事を続ける。謎の青葉そこそこうめぇ。

 

 

 

 

 しかし、モラが歩けども歩けども先は見えず、どこもかしこも草木ばかり。

 どことも知れぬこのジャングルは、やはり相当に深いようだ。

 人工的に舗装された道は存在せず、一方で獣が通ったと思われる獣道は各所に見えた。

 空から照りつけてくる身を焦がすような日差しは、頭上を覆うほど生い茂っている大木の枝葉が隠している為まだ居心地が良かったが、気温はおそらく30度を超えておりこのままさまよい続けるのは肉体的に危険である。

 子供であるモラは勿論、吾輩も。

 

 通常、カイコの飼育環境は23度から27度ぐらいまでの室温に保たなければならないと言われている。この適正温度を守っていれば一年中飼育できる生き物であるが、保てなければ育つことが出来ない。

 自然環境への適応能力が皆無である吾輩では他の昆虫のように周りが適度な気温になるまで仮死状態で休眠する真似も出来ず、待っているのは死だけだった。

 

 一刻も早くもっと涼しい場所を……せめて、水源だけでも確保しなければならなかった。

 と、その時である。

 

 吾輩の祈りが通じたのか、いや、モラの頑張りが功を成したのだろう。ふと涼やかな風が吹き、ザザザ……と川の流れる音が薄っすらと聴こえてきた。

 

 疲労していたモラの顔に、明るみが差す。

 

 ――だが、まだだモラ。まだ安心は出来ない。

 

 水を求める生き物は、人間だけではない。

 このようなジャングルの中に川が流れているのならば、他の動物たちも同様に水を求めてやってくる可能性が高い。

 そんな動物たちを食らう為、川を狩場に潜んでいる肉食動物だっているだろう。

 具体的な例としてはワニを始めジャガー、ヘビ、クマなどが挙げられる。仮にここが日本だとすればクマの出没率が現実的であり、水があるからと迂闊に近寄るのは危険であった。

 

 ここはまず、吾輩が先行して安全を確認……したいところだが、カイコの身体で飛び出そうにも彼女の手から身を乗り出すだけで精一杯だった。

 

「レオちゃん、危ないから引っ込んでて」

 

 わかったよ、ママ……じゃなかった。すまぬ飼い主様。

 

 なんと面目ない……無力なものだ。

 先走ろうとした吾輩の奇行を制したモラの顔は心配そうな目をしており、申し訳なくなった吾輩は身の程を弁えしゅんと頭を引っ込めた。

 

 

 ――だが、この時……モラはその意識を吾輩に傾け足を止めたことで、図らずもその命が救われることとなった。

 

 

 

 刹那の間合い、何かが目の前を横切った。

 そこは今しがたモラが歩き向かおうとした、川の音が聴こえた場所である。

 

 横合いから彼女を「狩る」為に狙いを定め、茂みから飛び出してきた野生動物の姿があった。

 

 その姿を前に、モラが硬直する。

 

「あ……っ」

 

 恐怖に引き攣った顔で、呆然とその巨体を見上げる。

 吾輩とて、人間であったならばたちまち失禁していたところであろう。

 目の前に現れたその生き物はあまりにも巨大で禍々しく、吾輩が想像もしていない姿だった。

 

「っ……ぁ……!」

 

 意識を復帰させた瞬間、モラは悲鳴を噛み殺した声を上げながら踵を返し、全力でその場から走り出した。

 野生動物に背中を向けるのは危険とも言うが、一体誰が今の彼女を責められようか。目の前の怪物から逃げる為に少しでも速度を上げようとするのは、至極当然の選択と言えた。

 

 ……いや、最善を言うのであれば、この時彼女は吾輩を投げつけるなりして相手の気を逸らした後、全速力で離脱するべきだったのかもしれない。

 

 追ってくる野生動物――「全高2メートルに及ぶ巨大な昆虫の姿」に、吾輩はそう思った。

 

 ぎらめくグロテスクな複眼に、先ほどモラの身を切り裂こうとしていたハサミのような前足。

 その姿はまるで――巨大な【ヤゴの化け物】だった。

 

 化け物は「ヒョヒョヒョヒョ」と不気味な鳴き声を上げながら草木をなぎ倒し、地を這いずりながら逃げるモラを追い掛けてくる。

 放たれる圧倒的な威圧感の程は、もはや動物の枠に収まらない別格の存在だった。

 

 

 アレを形容するに相応しい言葉を挙げるとするならば――まさに【怪獣】と言ったところであろうか。

 

 

 

 

 





 馬原(まはら) 最羅(もら)

 世にも珍しい転生カイコを飼っている十一歳の少女。ふわふわなツインテがトレードマークであり同級生よりやや背が低め。
 当然の如く美少女であり、頭は悪くないがちょっと世間知らずなお嬢さんである。虫好きという趣味があってか同性の子とは趣味が合わず、クラスでも友達が多い方ではない。隠れファンはそれなりに多い。
 自由研究と趣味の為にカイコを飼ってみたが、なんだか図鑑で見たのとは違う生態に興味津々。カイコがEXILEダンスを踊ったことを両親に話したら微笑ましい顔で笑われた。

 本作の小美人枠その1。
 名前の由来はお察しの通りエリアス姉妹から一文字ずつ。キラキラネームかと思ったが最近この手の名前をよく見る気がする。


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ビューリフォー……

 

 

 その怪獣は、殺意にみなぎっていた。

 全高約2メートル、全長は5メートル以上にも及ぶ巨大なヤゴ。その巨体さ故に動きは鈍重だが、化け物は走るモラとの間を着々と詰めている。

 あの前足の間合いに入ったら一巻の終わりである。化け物はなんの躊躇いも無く、彼女の命を惨たらしいやり方で奪うだろう。

 

 ……モラ、やはりこのままではダメだ。吾輩を投げつけろ! もしかしたらそれで、奴の注意が逸れるかもしれない。吾輩は元々釣り用のエサだ。魚釣りのように化け物の気を引くぐらい、やってみせよう。

 いや、やらせてくれ――そんな意図を込めてモラの指を甘噛みするが、必死に逃げる彼女は明らかに吾輩と共に逃げることに拘っている様子だった。

 

 ただ一心不乱に荒れた獣道を駆け抜け、ヤゴの化け物が迫ってくる。冗談ではない。

 

「……ゃ……っ」

 

 万事休す。死の気配に振り向いたモラが化け物の複眼に見下ろされ、か細い悲鳴を漏らす。

 そんな彼女に向かって化け物はただ無慈悲に、死神の刃を振り下ろした。

 

 

 

 

 ――だがその一振りが、モラの首を撥ねることはなかった。

 

 不意に横合いから割り込んできた一本の「矢」が、化け物の複眼の一つに突き刺さったのである。

 思わぬところから攻撃を受けた化け物は怒声のような鳴き声を上げながら暴れ狂い、放たれた矢の側へ振り向いた。

 モラも同様にそちらに目を向け、吾輩も彼女の指の間から注視し状況を確認した。

 

 ――そこには、モラが先ほどまで捜し回っていたものの姿があった。

 

いたぞ! ベラさまとおなじにおいがする……あのかたがみこさまだ!

ほうこくどおり、ベラさまそっくりだ! みこさまからはなれろ!」

メガヌロンめ! しねぇっ!!

 

 

 人である。

 

 複数人もの人間たちがそこにいたのである。

 インディアンのような民族衣装を纏う褐色肌の男たち。彼らはそれぞれが弓矢で武装しており、化け物に対して立て続けに矢を放った。

 彼らはこちらに一瞥をくれた後、叫びを上げながら化け物に挑んでいくが……その言葉は明らかに日本語ではなく、吾輩たちには読み取れないイントネーションだった。

 

 しかし、状況から考えて彼らがモラを助けるべく来てくれたことはわかる。

 彼らは巧みな連携で文字通り矢継ぎ早の猛攻を仕掛け化け物の身を怯ませると、男の一人がその手に小袋を握りながら果敢に躍りかかっていった。 

 

ベラさまとくせいのりんぷんだんごだ! これでもくらえー!

 

 男が小袋を投げ放ち、化け物がそれを弾き返そうと前足に触れた瞬間――小袋が爆弾のように破裂し、淡い色に輝く粉塵が盛大に舞い散った。

 その粉塵には、強力な毒か何かが含まれていたのだろうか。身体に粉が振り掛かった途端、化け物が目に見えて苦しみ出し、一転してのたうち回りながらこの場から走り去っていった。

 

 それを見るなり何人かの男たちが化け物を追跡しようとするが、リーダー格らしき男が右手を上げて深追いを制する。

 彼の指示を受けたのだろう。一同はその場に留まって周囲の警戒に当たった。

 

 まるで兵隊のようだ。

 化け物を原始的な武器だけで追い払ってみせた彼らに吾輩が感心と感謝を込めた眼差しを送る一方で、モラは目まぐるしく変わる状況に狼狽え、呆然とした顔で彼らの姿を見上げていた。

 

 そんなモラに目を移したリーダー格の男が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

「あ、あああの……っ、ありがっ……」

 

 弓で武装した屈強な男、それも明らかに異国人の容貌をしている彼を前にモラが言葉をどもらせる。

 命の恩人である彼らにお礼を言おうとしているのだが、どう声を掛けたらいいのか困惑しているのであろう。

 目に見えて動揺している様子のモラを前に、男は片膝を突けて目線を合わせる。

 

みこさま、おはつにおめにかかります。とうちゃくがおくれてもうしわけございません

 

 うむ……やはり何を言っているのかさっぱりわからぬが、厳かに頭を下げる姿は彼女に対して謝っているようにも見える。

 

たてますか?

「あ……」

 

 腰を抜かし、転ぶように尻餅をついていたモラに対して手を差し伸べる彼の姿からは、堂に入った騎士のような配慮を感じた。

 モラが怯えていると思ったのだろう。彼は薄く笑みを浮かべ、彼女の緊張を解そうとする。

 そんな紳士的な対応を前にモラの心も落ち着きを取り戻したのか、彼女は恐る恐る右手を伸ばし彼の手を掴んだ。

 

 ――と、何故かその時、男が大きく目を見開いた。

 

お……おお……!

 

 後ろの男たちと共に感激の声を上げ、辺りは一転して騒然とした雰囲気に包まれる。

 

 そんな彼らの眼差しは、モラが右手を伸ばしたことによって空いたもう片方の左手――そこで青葉を下敷きに転がっている吾輩の姿に集中していた。

 

 む……その目はまさか、吾輩を食べる気ではあるまいな?

 この身の安全の為、今までモラの両手で隠されていたのもあってかどうにも四方からの視線は慣れないものがある。吾輩がそんな彼らの視線に気押されるように後退ると、ハッと息を呑んだモラが吾輩の身を庇うように両手で覆い隠した。

 

「こ、この子は私の友達なんです!」

 

 モラが通じているかもわからない日本語で、吾輩のフォローの為にそう叫ぶ。

 こんなイモムシのことを友達だと、臆面もなく言い切ってしまうこの子の将来が少し心配になるが……吾輩にはその言葉が、涙が出るほど嬉しかった。ええ子や……ほんとうにええ子や……

 

 

 そんな彼女の反応を受けた男たちは――何故か、一斉にひれ伏した。

 

モスラさま! でんしょうにあるとおりだ……あなたのてにゆうぜんとたたずむそのおかたこそが、われらのかみモスラさまなのですね!

「えっ? え?」

かんげきいたしました! ベラさまのうたをききとどけ、よくぞまいおりてくださった!

「なに? なにを言ってるの!?」

 

 大の大人が複数人で一斉に頭を下げる姿は、まるで大名行列を前にした平民のようだ。中には涙すら流している男もいた。

 尤もモラからしてみればその展開がまるで意味がわからず、目をぐるぐるさせながら困惑するばかりだった。

 

 

 

 

 

 ――それが吾輩たちと彼ら……【インファント】のファーストコンタクトである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神輿の上なう。

 

 

 吾輩たちは今、屈強な男たちが六人がかりで担ぎながらソイヤッソイヤッと連行している豪勢な神輿の上に座っていた。

 ……またも突然ですまない。だが、気づいたらこうなっていたのだ。ここに来てから吾輩たちは、まるで意味がわからない展開にばかり遭っている気がする。

 やはり言葉が通じないという問題は如何ともしがたいものがあるようだ。モラも同様にこの状況が要領を得ず、唖然としながらされるがまま彼らに運ばれていた。

 

 だが、あの森の中で完全に遭難していた吾輩たちにとって、現地の者と思われる人間たちと出会えたのは僥倖であった。

 

 このまま神輿に担がれていれば、おそらく彼らが彼らの住まう集落へと運んでくれるだろう……と吾輩はこの後のことを想像している。

 まさかモラと吾輩が何かの生贄として処されるようなことはないだろう……と、一見蛮族のように見える彼らの姿を見つめながら思う。男たちの全員が弓と矢で武装している姿は一見原始的にも見えるが、それはあのような化け物と遭遇した際の自衛手段であり、彼ら自身が野蛮な人間だからではないだろう。リーダー格の男がモラに手を差し伸べた際に見せた紳士的な態度から、吾輩はそう察する。

 ジャングルにいる人=野蛮人という図式は頭の固い人間が碌に現場も見ずに思いついた偏見に過ぎない。

 

 野蛮に扱われるどころか寧ろ、彼らはモラのことを神聖なものを見る目で見ていた気がした。

 ……いや、美少女な時点である意味神聖ではあるのだろう。紳士的に考えて。

 しかしどうにも彼らがモラに向ける視線は、まるで信仰する女神様として彼女のことを崇めているかのようだった。この神輿も、吾輩の推理が正しければその類のものに感じる。

 

 そして何より解せないのは、そんな彼らの眼差しがモラだけではなく吾輩にも向けられていることだ。美少女のモラならばいざ知らず、ただのイモムシだぞ吾輩。見も知らぬ男たちに崇められる謂れはない。

 ハッ……もしやこれは「お蚕様」に対する信仰? 彼らは吾輩から絹を取ろうと……むぅ、やはりカイコは茹でられる運命なのか……!

 

「落ち着いて、レオちゃん……きっと大丈夫だよ」

 

 ……そ、そうだな、飼い主様が言うのであればそうなのだろう。そわそわした感情が伝わってしまい恥ずかしい。

 

「でもどうしたんだろうね……私、この人たちが何を言っているのかわからないよ……」

 

 吾輩もだ。なに、彼らが喋っているのは英語でもない。わからんのは仕方ない。

 発音としてはインドネシア語に似ているかもしれないが、聞いたことのない言語である。

 

みこさま、かわいいなー

ベラさまそっくりだけど、あのかたよりやさしそう

ひざにのせたい」「とうとい

きさまら、しごをつつしめ! どこにかいじゅうがひそんでいるかわからんのだぞ!

 

 ……うむ、何を話しているのかさっぱりわからん。何となく楽しそうなことを話している雰囲気は伝わってくるが。

 

 お、そうこう話している内に森を抜けたぞ。おお、海がある! 道理で先ほどから潮の匂いがしてきたと思った。

 

 

「綺麗……」

 

 神輿に乗った吾輩たちを取り巻く景色は草木に覆われたジャングルから、母なる海の広大な水平線が見える浜辺へと変わっていた。

 夏と言えば海だな。透き通った青は実に綺麗なものだ。……吾輩、カイコだし泳げないけど。寧ろ釣具屋で売られていた吾輩は、本来ならとっくに釣り針に括り付けられて海に沈められていたのだ。

 おおう……虫の運命とは、かくも過酷である。モラに買ってもらえた吾輩がいかに恵まれていたのか身に染みる。

 

 ……しかし、海か。

 吾輩が海を見たのは前世も含めておそらく随分久しぶりであった為、この時モラ同様感激していた。

 話している言語がわからないインディアン風の人々に、先ほどの化け物。まるでファンタジー世界に放り込まれたような状況に狼狽えている吾輩たちであるが、そこに広がっている青は吾輩たちの知る海と同じものだった。故に、安心を感じる。実家のような……とまでは流石にいかないが、不変であるからこそ安心するものがあるのだ。

 

「南国の、どこかの島なのかな? 沖縄……じゃないよね? もしかしてこの人たちの言葉は沖縄弁なの……?」

 

 いや、それはないだろう。沖縄にあんな化け物はいない。

 しかし、南国のどこかというのは合っているかもしれない。視界の端に映るヤシのような木を眺めながら、吾輩も彼女と同じ推測を行う。

 

 ここまで来て、ここが日本のどこかだとは考え難い。

 南国のどこか、公表されていない孤島か……あるいは世界すら違っているか。

 

 眉唾物の推測だが、吾輩のような存在がいる時点でそれもまた大いに考えられる可能性であることが、現実の馬鹿馬鹿しさ加減を表していると言えた。

 いずれにせよ、この身の安全と足りなすぎる情報を補う為にも今はなされるがままに彼らに連行された方がいいだろう。

 

 

 

 

 

「あ……あれは、村?」

 

 そうして二時間近く彼らの担ぐ神輿に揺られていると、吾輩たちの視界に再び変化が訪れた。

 さざ波を跳ね返す巨大な崖。それを日陰にして隠れ住むように、建物らしきものがちらほらと見えてきたのだ。

 その景色が見えた途端、この神輿を担ぐ男の一人がウキウキとした声を上げ、そこが彼らの集落であることが察せられた。

 そこへたどり着くまで神輿を運ぶスピードが、少しだけ速くなったような気がした。

 

だんちょうどの、よくぞもどられた!

よげんのみこさまとモスラさまをおつれした

なんと! すぐにベラさまをおつれせねば!

 

 防護柵で囲われた集落の入り口に到着すると、リーダー格の男が門番の男と何やら話し合う。

 するとその瞬間、門番が道を空けながら吾輩たちの神輿に向かって深々と頭を下げてきた。

 そして、吾輩たちの前にぞろぞろと気配が動き始めた。

 

みこさまだ! みこさまがいらしたぞー!

ほんとう!? すっごーい! ベラさまのよげんどおりだー!

 

 入り口前での動騒は瞬く間に集落へと伝わっていき、各所から次々と住民たちが集まってきた。

 いずれも褐色の肌をしており、日本ではまず見ることのない面妖なデザインの民族衣装を身に纏っている。そんな彼らは軍隊のように統率の取れた動きで神輿の前に整列すると、リーダー格の男が一声放つなり、彼らは先の者たちと同じように両膝をついた。

 静かになった空気の中、神輿からそろりと顔を出して彼らの様子を窺ったモラは、一斉にひれ伏した集落の住民たちの姿に頬を引きつらせた。

 自分が何故か崇められていることに彼女も気づいているようだが、その理由が一切不明であるためにどう反応を返せば良いのか戸惑っているのであろう。

 そんな彼女の手の上から吾輩は、この異様な空気の中で周囲を見回した。

 

 ――その時、吾輩は彼らの中でただ一人膝をついておらず、堂々たる佇まいでこちらに近づいてくる者に気づいた。

 

 モラもまたその存在に気づき、そして驚きに息を呑んだ。吾輩も思わず心の中で呟く。

 

 

 ――beautiful(ビューリフォー)……と。

 

 

 

 そこにいたのは、美しい少女だった。

 

 集落の者たちの中でただ一人煌びやかなドレスを身に纏っているその姿は、御伽噺のお姫様をそのまま現実に顕現させたかのようである。

 明らかにこの場において異彩を放った格好をしている彼女は、しかしその衣装を纏っていることが至って自然に思えるほど美しく着飾っていた。

 その少女は黒髪の頭につけたティアラのベール越しに、神輿に座る吾輩たちの姿を見据え――その口を開いた。

 

『やっと会えた……』

「っ? 今の声……!」

 

 ――あの時と、同じ声だ。

 

 聴こえてきた少女の声に、モラと吾輩が驚く。

 鼓膜からではなく、脳内に直接呼び掛けるような声は、吾輩たちがあのジャングルに飛ばされる直前に聴いたものと同じ響きをしていたのだ。

 

 しかし、驚くのはそれだけではなかった。

 

『エリアスの力を受け継ぐモスラの巫女……我が片割れ……あなたと出会う日を、どれほど待ち焦がれていたか』

「あ……あなた……その顔……っ」

 

 浜風に吹かれてティアラのベールがめくれ、少女の素顔がはっきりと外気に触れる。

 露出されたその顔を見た瞬間、モラが幽霊を見たかの如き驚愕を浮かべた。

 

 

 ――少女はまるで双子のように、モラと同じ顔をしていたのだ。

 

 

 

 

 






 サブタイトルの台詞はあのシーンを見ていた私も思わず呟きました。

 謎の言語演出をフォント機能で再現出来るの本当すごいと思う。運営さん有能 ゴジラ 芹沢博士
 インファント語はなんとなくイメージに合っている気がしたのでプリキュア文字でやってみました。


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芋虫もそうだそうだと言っています

 GHIDORAH←ぜったいつよそう
 RODAN←かわいい
 GODZILLA←こわそう
 MOTHRA←やさしそう

 四大怪獣の英名ってそれぞれのイメージに合ってて秀逸なアレンジだとワイトは思います。



 

 

 

 話は聞かせてもらった。人類は滅亡する!

 

 ……藪から棒にすまないが、思わずそう叫びたくなる衝撃の事実を、吾輩たちは知らされることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は、集落の中で最も立派な建造物。

 少女が先導する案内の下、兵士風の男たちが数人がかりで警護する霊堂のような屋敷に吾輩たちは迎えられた。

 ここの人々において、唯一吾輩たちと言語のやり取りができるドレスの少女――彼女は奥まった屋敷の広間の中で吾輩たちと向き合うと、護衛の者たちに解読不能の言語を告げる。

 おそらくは人払いの命令か。一同が屋敷の外へ退出すると、吾輩たちと彼女だけが広間に留まった。

 

「………………」

「あ、あの……」

 

 それから数拍、室内は沈黙に包まれる。

 躊躇いがちに向けられているモラの視線を流しながら、護衛たちが退出したことを確認した少女はふぅっと息を吐き、その頭に付けたベール付きのティアラを外しながら、再びモラと向かい合った。

 

 ……本当に、そっくりである。

 

 栗色の大きな目に色白の肌。端麗な顔立ちから体型、背丈まで、違うのは髪型と装いぐらいである。

 彼女はモラと同じ長い黒髪を真っ直ぐ腰まで下ろしており、フリフリのドレスを華麗に着こなした佇まいは気品に溢れた姫君のようだ。凛としたその姿は、荘厳とした霊堂のような造りをしているこの屋敷においてこの上なく似合って見えた。

 そんな彼女はじっとモラの目を見つめると、モラの手から様子を窺っていた吾輩の姿を一瞥し、口を開いて沈黙を破った。

 

『まずは自己紹介させていただきます。私の名前はベラ。この村の長を務めています』

「わ、私は最羅です! 馬原(マハラ) 最羅(モラ)と言います」

『マハラ・モラ……? それは、良い名ですね』

「い、いえそれほどでも!」

 

 同じ顔で見つめ合いながらお互いに名乗り合った二人は、片や優雅に微笑み、片や緊張に声を上ずらせていた。うむ、良き。

 第三者の立場にいる吾輩は対照的な二人の雰囲気を見比べながら、モラの手の上で慎ましく青葉を齧っていた。この葉は桑の葉ほどではないが、噛めば噛むほど味が出てくるな。

 

 ふむ、しかし少女の名はベラというのか……名前まで一文字違いとは、センチメンタリズムな因果を感じざるを得ない。

 あまりにも似過ぎているベラの姿に、寧ろ本当にモラの姉妹なのではないかと血縁関係を疑う吾輩であるが、モラの方は明らかに初対面の様子だった。

 自分と同じ顔を前にして未だ落ち着かない様相を見せるモラに対して、ベラは表情の読み取れない顔で言葉を続けた。

 

『私の召喚を受けたあなた方が、まさかあのような場所に降り立ったとは思わず……救出が遅れ、申し訳ありませんでした。モラ様、お怪我はありませんか?』

「だ、大丈夫ですっ、怪我はないですけど……って、あれ?」

 

 危険だらけのジャングル地帯を一人で渡り歩かせたことに頭を下げるベラに、恐縮な反応でモラが返す。

 しかしそこで一つ、ベラの発言の中に聞き逃せないものがあった。

 モラもそれに気づいたようであり、彼女はおずおずと聞き返した。

 

「あの、今「召喚」って……」

『ええ、そのことで私からあなた方に、感謝の言葉を贈らせてください』

 

 召喚――呼び出すという意味で扱われるその言葉に、吾輩はこれまでの状況と結びつけ、もしやと当たりを付ける。

 

 モラと共に突如として見知らぬジャングルへ飛ばされたあの時――吾輩たちは聴いた。神秘的なメロディーから響く、少女の歌声を。

 

 その声はまさしく今、目の前の彼女が発しているものと同じだったのである。

 

 もしや、吾輩たちがこの地に飛ばされたのは……このベラの仕業だと言うのだろうか。

 吾輩が疑念を抱いた瞬間、ベラはモラから視線を外すと、モラの手のひらで小腹を埋めている吾輩の姿を見ながら頭を下げて言い放った。

 

 

 

『モスラ、異界から遥々と、私の呼び掛けに応えていただきありがとうございます』

 

 

 

 

 

 ……む。

 

 

 ……ん?

 

 

 

 んんん?

 

 

 

 

 いや、待て。

 あいや待たれい、ベラ嬢。その身に覚えのない礼の言葉は、まさか吾輩に向かって言っているのか?

 モラではなく、飼いイモムシである吾輩に?

 明らかにこちらを見て礼の言葉を述べたベラに対して、モラが吾輩の気持ちを代弁するように問い掛ける。

 

「あの……今のは、レオちゃんに言ったの?」

『レオちゃん、とは? ……もしや、モスラ・レオ!? モスラ族の中で最も強い力を持つという、あの伝説の……! 何という……何という奇跡っ!』

「え……ええっ?」

 

 どういうことだ……? この少女はさっきから一体何を言っているのだ?

 頭に直接響いている声は吾輩にもわかる流暢な日本語なのだが、語っている内容は色々と飛躍しており要領を得ないものだった。

 しかも、「レオちゃん」という吾輩の名前を知った途端、ベラは先ほどまで身に纏っていたお姫様然とした気品はどこへやら、輝かんばかりの瞳を大きく開きながら、大股でモラの元へ詰め寄り吾輩に向かってずいずいと尊顔を近づけてきた。

 

 ……吾輩、そう近くで大声を出されると吹き飛んでしまうのだが。人間の息でさえ強風になるイモムシなのだ。差し出がましい話だが、もう少しボリュームを落としていただけると有難い。

 

 モラは彼女の剣幕を前に物理的に揺れ動く吾輩の身体を落ちないよう両手で支えながら、いきなり間近まで詰め寄って来たベラに向かって再度問い掛けた。

 

「あの……どういうことなの? ごめんなさい……貴方の言っていることが、さっきから全然わからなくて……」

『ハッ……も、申し訳ありません! 初めて見たモスラの姿に興奮してしまい、つい……順番にお話します』

 

 困った顔で説明を求めるモラに対して、我に返ったベラが即座に頭を上げると、同じ目線に立つ彼女を前に頬を赤らめる。ベラは客人の前で興奮した姿を見せたことに恥ずかしがっている様子であったが……その姿は年齢相応で微笑ましく見えた。

 思わずモラに近づきすぎていたベラは一歩後ろに下がり、呼吸を整えた後で改めてこちらに向き直る。

 

 そして彼女は、吾輩たちが求めていた情報を――衝撃的な事実を告げた。

 

 

『モラ様と、守護神モスラレオ……貴方がたを「この世界」にお呼びしたのは、私です』

 

 彼女がそう言い放った瞬間、吾輩は抱えていた懸念の一つが見事に的中していたことを思い知った。

 ベラは語る。それは吾輩たちが置かれた立場を語るに当たって第一に、前提として知っておかなければならない重要事項だった。

 

『まず最初に……ここは、貴方がたが暮らしていた世界ではありません。次元の壁を隔てた先にある並行世界の一つであり、貴方がたから見れば「異世界」と呼ぶのが相応しいでしょう』

 

 

 即ち――異世界召喚である。

 吾輩が言うのも何だが、真相は突拍子もない話だった。

 

 

「い、異世界……? そう……そうだったんだね……」

 

 これまでに突然の転移とヤゴの化け物との遭遇という体験をしてきたモラは、彼女から明かされた事実に対して驚きながらも理解は早かった。

 寧ろこれまでの異常体験から鑑みれば、ここは別の世界だとはっきり言い切ってくれた方が受け入れやすくさえある。

 我ながら能天気な話だが、その事実に感心している自分すらいた。

 

「なんだか、アニメみたい……こんなこと、本当にあるんだ」

 

 平穏な日常を送っていた少女が、ある日突然異世界に飛ばされる――サブカルチャーに溢れた現代日本ではそういった出来事をフィクションとして目にする機会は多く恵まれており、モラにも覚えがあったのであろう。溜め息を吐きながら、「帰れるのかな、私たち……」と呟いていた。

 そんな彼女に向かって、ベラは続けて言い放った。

 

『……モラ様、貴方はどうやらご自分の立場を理解されていないようですが……貴方はそのお方、守護神モスラの巫女に選定されているのです。故に私の呼び掛けにお応えしたモスラは貴方を巫女として伴い、あなた方の世界からこの世界へと来訪しました』

 

 それは、モラにとって理解しやすかった筈の話を、あえて拗らせるような説明だった。

 モラはその説明を聞きながら自分の頭で噛み砕くようにうん、うんと頷くと……やはり理解が及ばず、首を傾げながら訊ねた。

 

「えっと……よくわからないけど、貴方が何か不思議な力を使って、私とレオちゃんを召喚したってことでいいんだよね? その、魔法みたいにビュンって」

『魔法? いえ、私にそのような力はありません。人間の力で肉体を異世界へ瞬間転移させるなど不可能です。

 歌による呼び掛けを行ったのは私ですが……次元の壁を乗り越え、モラ様をこの世界へと転移させたのは、貴方が今抱えている守護神モスラです』

「え……どういうこと?」

 

 ほう、そうだったのか。

 

 では「モスラ」というその者が、モラをこの世界へと連れてきたのだな。次元の壁を越えた瞬間転移とは、何とも非現実的な力だ。

 モラの言う通り、それはまるでファンタジー世界の魔法である。そんなことが出来るとは、彼女が呼び掛けたモスラとやらは吾輩たちの想像が及ばぬ超常の存在のようだ。

 

 しかし、その守護神様とやらの仕業でモラが危険な目に遭ったのであれば、吾輩としては一言申さねば気が済まない。

 

 出てこいモスラとやら! じっくり話し合おうではないか! カイコとは言え、吾輩にも信念がある。心優しき飼い主様への忠誠心もな。たとえこの身が虚弱なイモムシに過ぎずとも、飼い主様を泣かせた以上、吾輩にも考えがある! …………ん?

 

 

 

 おや?

 

 

 

「モスラ……? 私が今抱えているって……」

 

 モラが自らの両手に目を落とし、そこに抱えているものを今一度確認する。

 吾輩もまたベラの言葉を頭の中で何度も反芻しながら、熱くなった頭を冷やし状況整理を行う。

 

 一つ、吾輩たちを呼び出したのはベラ。理由はまだわからないが、彼女が吾輩たちを召喚したらしい。

 

 二つ、召喚したのはベラだが、吾輩たちをこの世界へ転移させたのは彼女ではない。ややこしい話になるが、呼び出すのと連れてくるのとではまた別の話ということだ。

 

 三つ、モラはベラの声を聞き届けた「モスラ」のお力によって転移し、次元の壁を越えてこの世界へと渡ってきた。そしてそのモスラは今、モラの手の上にいる。

 

 四つ、彼女の手にいるのはカイコが一匹。ベラはそのイモムシを差して「モスラ」と呼んだ。

 

 

 

 

 えっ

 

 

 

 

 

「……その、さっきから貴方が言っているモスラって……もしかして、レオちゃんのこと?」

 

 

 つまりそれは、どういうことなのだ?

 わかるように説明してくれ、ベラ嬢。そんな意図を込めて、吾輩もモラと共に彼女の目を見つめる。

 そんな吾輩たちに対して、彼女は答えた。

 

『はい。その方こそが超常の力で次元を越え、私の召喚を受けて降臨したインファントの守護神――怪獣女王モスラです』

 

 

 吾輩、ただのカイコなのだが……嬉しそうな顔で、何を言っているのだこの子は。

 

 守護神だとか次元を越えただとか、その口ぶりではまるで吾輩が何かとてつもない存在であり、己の力で異世界転移を行いモラを巻き込んだようではないか。

 

 吾輩知らない。怪獣女王とかモスラとか、さっきから何やら大それたことを言っているが、吾輩にはまるで身に覚えがないぞ!

 そったらこと言ったって吾輩イモムシだし。

 

 

「あのね……この子はカイコっていう昆虫なの。そんなこと、できるわけないでしょ?」

 

 イモムシもそうだそうだと言っています。

 

 可哀想なものを見る目で彼女にカイコの生態を教えてやるモラの言葉に追従して、吾輩もブンブンと頭を振った。ついでに青葉を喰らう。うめぇ。

 

 しかしベラは、断固としてその言葉を受け入れなかった。

 

『いいえ、モスラです! そのお方こそが、あの伝説の……っ、本当に……ほんとうに、よく、いらして……っ』

「ベ、ベラさん!?」

 

 待て! 待つのだベラ嬢、何故ウルウルと目を潤わせている!?

 吾輩を見て君は、なにゆえ感極まっているのだ。何故そのような、絶望の果てで救世主に巡り会えたような反応をする!? まるで意味がわからんぞ!

 

 だが何かが決壊していくように、ベラはモラそっくりな顔を歪め、嗚咽と共に大粒の涙を流した。

 そんな彼女を前ににして、モラは激しく動揺しながらも目の前で泣いている人間を放っておくことが出来ず、吾輩を近くにあった円柱型オブジェの上に置いた後、彼女の背中をよしよしと擦った。

 

『す、すみません……っ、今の私たちにはどうしても……どうしても、あなた方のモスラの力が必要だったのです……』

「……ゆっくりでいいから。どういうことか、ちゃんと教えて?」

『はい……』

 

 未だ話は見えてこないが、彼女には何か並々ならぬ事情があるのだということはわかる。

 わからないなりにそのことを察したモラに優しく宥められながら、ベラはポツポツと詳しい話を語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――人間ではなく、溢れんばかりの「怪獣」たちが地上を支配する、この世界のあらましを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 世界観としてはだいたいガメラ3ぐらいな感じをイメージしていただければと思います。こう、怪獣カーニバル的な意味で


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ウルトラマンモスモス

 まさか主人公の性別がそこまで気にされるとは思っていなかった……芋虫ですし


 

 

 時は1999年7月――世間ではノストラダムスの大予言が囁かれたその日……世紀末の予言は的中し、空から恐怖の大王が現れた。

 

 

 かの予言が示していた恐怖の大王とは、まるで意思を持っているかのように方向を変え、突如として地球に落下してきた「巨大隕石」のことだったのだ。

 

 その時、多くの人々が世界の終焉を察したことだろう。

 太平洋上に落下した巨大隕石は二次災害として大津波や地殻変動を引き起こし、付近の国々を手当たり次第飲み込んでいった。

 

 数億人もの死者や行方不明者を発生させたその事件は、国家を揺るがす痛ましい大災害となったものだ。

 

 

 

 ……だが、人類は生き残った。

 

 隕石の影響により地球の気候は変化したものの、それでも辛うじて直接的な人類存亡につながる致命傷には至らなかったのだ。この時点では。

 

 しかし、それは絶望の始まりに過ぎなかった。

 海を抉った巨大隕石の衝突はその後に巻き起こった未曾有の事態の引き金に過ぎなかったのだ。

 人類を襲うさらなる悲劇は、被災から数日後になって訪れた。

 

 

 ――それこそが、「怪獣」の出現である。

 

 

 人の観測が及ばない地底深くから、それは次々と人々の前に姿を現した。

 ゾウやクジラなどよりも遥かに大きく、強大な力を持った異形の生命体。世界各地で人知を超越した巨大生物が出現し、それらの存在が世界の在り様を変えてしまった。

 

『既にメガヌロンと遭遇した貴方がたなら、怪獣の脅威も概ね理解しているでしょう』

「メガヌロンって、それがあの時の怪物……? あんなのが、たくさんいるってこと?」

『いえ……今やこの星は、メガヌロンなどよりも遥かに強く凶暴な巨大生物に溢れています』

「あれよりも、もっとって……」

 

 あのヤゴの化け物――名前を「メガヌロン」と呼ぶらしいが、ベラの話によればあの化け物さえも怪獣の中では他の怪獣たちに捕食される程度のヒエラルキーらしい。あまりにもスケールが大きすぎてにわかには想像できないが、それほどまでに圧倒的な力を持っているのが「怪獣」のスタンダードなのであろう。

 しかしそのような怪獣たちがそこら中に闊歩しているというこの世界で、力無き人類がどんな目に遭っているかと考えれば概ね察しはついた。

 

『成体となった怪獣の全長は50メートル前後が基本で、中には100メートルを超す個体もいます。そんな怪獣たちの前では軍隊の攻撃さえ通じず、地上は蹂躙され、大陸の人々は今や総人口の半数以上が死滅しました』

「酷い……」

 

 怪獣による人類の死亡者の数は、数億人どころの被害では収まらないようだ。

 想像以上の大惨事であり、想像以上のディストピアである。この世界のあらましを神妙に語るベラの話にモラは息を呑み、震え出した自らの不安を誤魔化すように台上の吾輩に指を伸ばすとその手に吾輩を乗せた。

 手をつなぐ――ようなものか、人で言えば。この世界に来てからはもはや吾輩の定位置になりつつある彼女の手の上で、吾輩はベラの顔を共に見上げた。

 すると彼女は、おもむろに後ろを向くなり移動を始めた。

 

『どうぞこちらに、ついてきてください』

「あ、はい……」

 

 モラは言われた通り彼女の後に続き、この屋敷の広間を二人で歩いていく。

 するとベラは下の階に続く階段が見えたところで立ち止まり、手前に配置されていたランタンをその手に取った。

 モラに「足元に気をつけてください」と忠告した後で、彼女は先導しながらその階段を下っていく。

 どうやらこの屋敷には、地下室があるようだ。場所を地下室に移して何をするのやらと吾輩とモラは首を傾げたが……数分掛けて長い階段を下りきったところで、吾輩たちは理解した。

 

 

「うわぁ……」

 

 周囲の光景を見回しながら、モラが感嘆の声を上げた。

 長い階段を下りた先にある屋敷の地下――ベラが携えるランタンの灯かりに照らされた先では、壁面中びっしりと古めかしい絵画が彫り描かれていたのだ。

 その壁画を差して、ベラが語る。

 

『これは、かつてこの島――「インファント島」に住んでいた住民たちが描いた、古代の壁画です』

 

 インファント島、というのか。この島は。あのジャングルを見た限りでは未開の地という印象を見受けたが、どうやら島に人が住んでからの歴史は相当な年月になるようだ。

 壁画の中ではこの村の者たちが着ていたような民族衣装を纏った人々が舞い躍っており、祭りらしき催しを行っている風景が描かれていた。

 

 ベラが各種の壁画を紹介しながら歩き進んでいくと、元々の目当てだったのであろう特に大きな壁画の前で足を止め、それを照らすように高々とランタンを掲げた。

 全体像が露わになった瞬間、モラが呟く。

 

「……蝶? いや、蛾かな?」

 

 そこに描かれていたのはインファント島民の絵ではなく、太陽を背にしながら大きな羽根を広げている一体の蛾の姿だった。

 

 蛾の身体は大きく、同じ枠の中で伏して拝んでいる人々の姿は、まるで豆粒のように小さく描かれていた。

 その壁画が何を意味しているのか考察した瞬間、吾輩は真っ先にこの蛾が神として崇められているのだと察した。

 そんな巨大蛾の壁画を前に呆然と佇むモラを横にして、ベラがゆっくりと語り出した。

 

『先ほど話した通り、今私たちの世界は怪獣によって支配されています。ここより海を越えた先にある大陸では一帯に凶暴な怪獣たちが闊歩しており……そんな世界の中で、人々にはこの島だけが楽園でした。人類に残された数少ない生活圏の一つとして、私たちはこの島に隠れ住んでいるのです』

「楽園……? あんな怪獣がいるのに?」

『ええ、楽園だった(・・・)のです、十年前までは……」

 

 怪獣が一斉に姿を現しディストピアと化した世界の中で、このインファント島だけが平和に暮らしていける場所だったのだと――ベラが手の届かない遠いものを見るように、壁画の巨大蛾を見つめながら語った。

 

『この島は、かつてこの「モスラ」によって守られていました』

「モスラ……もしかしてこの蛾が、貴方の言っているモスラなの?」

『ええ。蛾怪獣モスラ……怪獣の存在が世に知れ渡るよりも遥か昔、紀元前以来からインファントの民が崇めていた島の守護神です』

 

 モスラ――彼女が先まで散々名を出していた、神秘的な響きを感じるその名前。それこそがこの壁画に描かれている巨大蛾の正体なのだと、吾輩たちは理解する。

 そして、彼女はその守護神モスラについて熱心に説明してくれた。

 

 モスラもまた、世紀末の巨大隕石衝突後に覚醒した「怪獣」の一体である。

 地殻変動が起こり剥き出しになったインファント島の地底から、巨大なタマゴが発見されたのだそうだ。

 

 そのタマゴから地を這う幼虫の姿で孵化したモスラは数日後に繭を作り、極彩色の羽根を持つ美しい姿として羽化した。

 巨大な蛾の姿をした大怪獣は優雅に空を舞いながら、インファント島を襲う他の怪獣たちと勇ましく戦ったとのことだ。

 

『かつて古代の時代にもインファントの民と共生していたモスラは、現代の島民に対しても非常に友好的でした。その力であらゆる敵を退け……人々を守ってくれたのです』

「優しい怪獣だったんだね」

『そう、聞いています……ですが……』

 

 怪獣でありながらも凶暴性がなく、それどころか島の守り神として他の怪獣たちと戦っていたというモスラ。彼女の語る姿はまさしく守護神である。

 モスラの武勇伝を語る彼女は心なしか早口になっており、その姿はいかに彼女が敬虔な信徒なのかを表していると言えた。

 

 だがそんなベラの瞳は、モラの手に乗っている吾輩の姿に目を移すなり悲しげに曇った。

 

『……今から十年前、モスラは破壊神バトラ……ある怪獣との戦いの末、その命を落としました』

 

 彼女が語るモスラの話は、その全てが過去形に過ぎなかった。そこに引っ掛かりを覚えていた吾輩だが、その言葉を聞いて納得した。

 それならば異世界を当てにしてまで、「モスラ」を呼び出そうとした意味がわかるものだ。

 

 混沌とした怪獣だらけの世界で、それまで自分たちを守ってくれた守護神様が死んだ。

 ともなれば、守りを失ったその後のインファント島は……余程、辛い目に遭ってきたのであろう。

 

『……守護神であるモスラ亡き後、このインファント島はメガヌロンのような怪獣たちが住みつく怪獣島となってしまいました』

「そっか……だから……」

『それでもメガヌロンだけならば、モスラが残してくれた遺産でどうにか退治できるのです……しかし昨今はこのメガヌロンを捕食する為に、外から来たさらに強大な怪獣が住み着いています』

 

 そう語るベラは、ランタンの位置を動かすと別の壁画に向かって灯かりを照らした。

 その壁画にはモスラが人々に崇められている光景ではなく、空でモスラと対峙している翼竜の姿が描かれていた。

 そして、その下では何もできずに吹き飛ばされていく人々の地獄絵図が描かれている。

 

そらのだいかいじゅうラドン むかえうつモスラ

 

 壁画の下にはタイトルと思わしき文字が書かれているが、吾輩には読み取れない。

 だが、人にとって怪獣という存在がどういう存在なのかを読み取れる凄惨な光景は、ベラのランタンが照らす壁画でそこかしこに見えた。

 

 

 ……確かに、こんなのが何体もいるような世界では、人間の立場はあまりにもちっぽけ過ぎるだろう。

 話を聞いたモラもまた、インファント島民が置かれている絶望的な状況を理解し、ベラに対して同情の視線を寄せていた。

 

『元は外部から流れ着いた者たちも含めて、この島には2000人以上もの人々が暮らしていました。しかしその者たちも住み着いた怪獣の被害に遭い、今やインファントの民はここにいる42人を残すのみとなっています』

 

 ……そう遠くなく、確実に絶滅するだろう。

 守護神がいなくなったこの島はもはや、人が住める場所ではなくなってしまったのだ。

 しかし、だからと言って島を出ても待っている結末は同じだとベラは語る。

 話によれば海にも多くの怪獣が住んでおり、船を出して島を出ようとすればその怪獣の胃袋に収まるのが関の山だと語る。仮に運よく大陸まで辿り着いたとしても、海沿いの大陸には島以上に危険な怪獣で溢れ返っており、状況は完全に詰んでいた。

 

 そんな状況の中で、ベラは動いたのだ。

 

『このままでは、あと一年も持たずにインファントの民は絶滅する……そう考えた私は、一縷の希望に願いを託しました。

 守護神モスラの再臨を願い……この世界ではない、別の次元のモスラへと祈りを捧げたのです。生い立ちが特殊な私には、それができる力があった』

 

 それはまさに、藁にも縋る思いだったに違いない。

 守護神亡きインファント島を救う為、彼女は新たな守護神を召喚する為に別の世界に祈りを捧げた。

 その声で。その歌で。

 そんなことが出来る時点で彼女は普通の人間ではないことが窺えるが……確かにその声は、次元を越えて吾輩たちの世界に届いた。

 

 届いたのだが、なぁ……

 

『その結果、モラ様の世界に住まうモスラが私の声に応じ、現れてくれたのです』

 

 やはり、どう考えても人違い――もとい虫違いであろう。

 召喚までの経緯はわかったが、根本的な疑念が何一つ晴れていない。

 異世界から守護神の怪獣を呼び出した結果、何故吾輩のところへ着信が届くのだ? 吾輩はモスラではなくカイコだ。ご覧の通り、イモムシである。

 ベラは吾輩がモスラパワーを使ってモラと共に転移してきたのだと言っていたが、何度思考を巡らせようとも吾輩の頭には一切記憶になかった。

 モラも当たり前のように反論する。

 

「私たちの世界のモスラって……さっきも言ったけど、レオちゃんはカイコだよ? 絶対違うって」

 

 その通りである。吾輩こそはカイコのレオちゃん。繭から絹を生み落とす、由緒正しきお蚕様である。

 故に怪獣などという化け物をどうこうできる存在では断じてないし、守護神などもってのほかだ。

 無理難題もいいところである。

 

「大きさだって、全然違うんでしょ? モスラっていう神様は、もっとずっと大きいんだよね?」

『はい。翼長は175メートルと言われています』

「ほらー……って、ホントにおっきいね……」

『古代のモスラは、最大で250メートルにも及んだそうです』

「そんなに!? すごい……」

 

 おおう、想像以上に大きいのだな……確かに神と崇められるわけである。それだけ大きければメガヌロンとてもはやアリみたいなものか。

 因みに吾輩の体長は余裕の手のひらサイズである。

 比べるまでもなく、完全なる赤の他人だ。ベラはどう考えても何か致命的な勘違いをしている。やれやれ困ったものだな。これでは目の覚めるような美少女とて、イモムシを守護神と思い込んでいるイタい子である。

 

「うん、やっぱりカイコとは全然違うよ」

『そ、それでもモスラなんです! あの時私が感じた波動は、確かにインファントの守護神だったんですっ!』

「えー……」

 

 そうだそうだ。もっと言ってやってくれ、モラ。健気な子に絶望を突き付けてしまうのは忍びないが……現実を受け入れる勇気もまた、苦難を乗り越える為には必要なことだ。

 

『そう言うモラ様だって! 貴方にも思い当たる節はある筈です! その方がただのイモムシではないと、そう感じたことが今までに一度もなかったと言い切れますか!?』

「そ、それは……」

『ほら! そうでしょう!? ですからその方はモスラなのです! 今は小さくとも、多少の時間をかければ必ずやこの壁画のように大きくなる筈です!』

「う、うーん……」

 

 あくまでも吾輩のことをモスラだと言い張るベラに、何故か口ごもるモラ。

 いや、その理屈はおかしい。待つのだ飼い主様、何故そこで「確かに」とでも言いたげな目を吾輩に向ける? 吾輩は至って普通のイモムシだった筈だ。モリモリ桑の葉を貪り、脱皮することで成長していく。葉や指の上をもそもそ這う姿は模範的なイモムシと言って良かった筈である。

 ええい、吾輩に言葉が話せたならすぐにでも弁明できたものを……!

 

『いいでしょう! ならば私が今、その方がモスラであるという証拠をお見せしましょう! これを見たらモラ様もお認めくださいね!?』

「えっ、証拠? そんなこと言ったって、証拠なんてあるの?」

『あるもんっ! あります!』

「あっ、うん……」

 

 モラの手の上で抗議のじたばたを行う吾輩を見つめながら、議論の中でヒートアップしたベラが強く言い張る。

 なんだか彼女のイメージがどんどん残念なものになっていく気がしたが、吾輩はイモムシ故に幻滅することはない。幻滅はしないが、それはそれとして癇癪を起こした幼女を見守るような生温かい気持ちになっていたが。

 心なしかモラも同じような眼差しを送る中で、ベラがすうっと深呼吸し――

 

 

 

 

 ――神の降臨を祝う少女の歌が、地下の空間に響き渡った。

 

 

 

 

 






 因みにインファント島の被害の大半はメガヌロン食いに飛んできた鳥さんのせいです

 自分で書いていて思ったけどインファント島というより髑髏島っぽくなりました。
 最近はゴジモスがトレンドですが王道を往くバトモスもいいよね……
 次回は本作の敵怪獣枠が登場します


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黄金の終焉

 

 

 

 ――びっくりして身体がでっかくなっちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に、ベラは歌った。

 インファントの言語なのであろう。どんな歌詞なのかはわからないが、彼女の歌唱力が並外れたものであることは吾輩にも理解できた。

 透き通った歌声は聴いていて大変心地が良いものだったし、モラもまた突然の奇行に驚いてはいたものの聞き入った様子だった。

 

 ――しかし、異変は突如として起こった。

 

 彼女の歌を聞き届けたその時、吾輩の身体が不意に熱くなったのだ。

 それは、気温の高さによって体温が上昇したわけではない。もっと根源的なもので、身体の奥から不可思議なエネルギーが湧き上がってきたような感覚を催したのである。

 なんなのだ、これは……彼女の歌には何か、得体の知れない力があるのか?

 吾輩が困惑している間、この身体は勝手に動き出すようにずるずると皮を剥いていった。

 

「うそ……!?」

 

 脱皮である。それも、異常な速度だ。

 

 カイコは通常、繭を作るまでの間に四回の脱皮を行う。

 吾輩はこれまでに三度の脱皮を行っており、残る脱皮回数は一回の筈だった。

 一回の脱皮に掛ける時間は約一日であり、そして四回目となる最後の脱皮には二日ほど長い時間が掛かると言われている。

 

 にも拘らず吾輩は、彼女の歌を聴いた瞬間、ものの一分の間に脱皮を完了したのである。

 

 しかも、さらに連続で三回もの脱皮を行ってみせた。

 これによって吾輩の脱皮回数は、合計で七回となり――本来のカイコの上限を遥かに上回ることとなった。

 

「や、やめて! もういいから!」

 

 一体何が起こっているというのだ……あっという間に成長し、巨大化した吾輩の身体はモラの手をはみ出し、彼女は震える両手で吾輩を抱え直した。

 

「レオちゃんに何をしたの!?」

 

 ベラが歌い終わった後、脱ぎ捨てられた吾輩の殻を落としながら、モラが語気を荒げて彼女に詰め寄った。

 厳しい眼差しでベラを睨む姿は、吾輩が初めて見た彼女の怒り顔だった。

 突然大きくなった吾輩の姿を見て気味悪がるのではなく、ベラが吾輩に何か良からぬことをしたのではないかと疑う様子はいかに吾輩が愛されているのか窺えるものだ。

 だがそんな彼女の心配がどこか的外れなものと感じるほどに……吾輩の体調は至って問題無く、寧ろ今までより明らかに調子が良くなっていた。……うむ、今ならばきっと、過去最高にキレのある踊りを披露できる気がする。

 

『マハラモスラ……守護神モスラに捧ぐエリアスの聖歌です』

「エリアスの聖歌……?」

『ええ、これが私の、モスラの巫女エリアスとして与えられた能力です』

 

 今の歌……「マハラモスラ」というどこかモラのフルネームを連想させるその歌には、特別な力が込められているのだとベラが語り、それを踏まえた上で補足した。

 

『モスラは巫女が歌う聖歌を聴くことで、体内のエネルギーを増幅させることができるのです。そしてこの歌は、モスラ以外の生物には一切影響がありません。もちろん、ただの昆虫を成長させるような力も』

 

 今しがた吾輩が見せた生物の常識を超越した急成長は、歌を聴いた吾輩がモスラだからこそ成し得たものなのだと彼女が語る。

 どういう理屈なのかはわからない。未だ受け入れがたいが……こうも非現実的な実演をされては、さしもの吾輩も揺るがざるを得なかった。

 

 ――吾輩は……ただのカイコではなかったのか?

 

 人間の意識を持っている時点で、己が特殊な存在だというのはわかっていた。

 だが、その上まだ吾輩には……吾輩の身体には、自分でも理解できていない秘密があるのではないかと疑った。疑ってしまったのだ。

 馬鹿な、それでは一体……

 

 

『この歌に反応したこと……それ自体が、その方がモスラであるという証なのです』

 

 

 ――吾輩は……何者なのだ? モスラとは、何なのだ?

 

 

 ……吾輩は一体、何をすればいいのだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはそれとして青葉うめえ。

 

 

 

 夕暮れ時となり、吾輩たちは長であるベラ主導の下、屋外で開催された宴に主賓として参加していた。いわゆるところの「ようこそモスラ様歓迎会」である。

 島には怪獣がいる為にあまり大々的に騒ぐことはできないが、宴を開くだけ村の人々は吾輩たちの来訪を歓迎しているということであろう。吾輩とモラに対して矢継ぎ早に食料を捧げてくる村人たちの目には、やはり吾輩たちに対して何かを期待する色が見受けられた。

 尤もこちらとしては未だこの状況に困惑しているところであるが……この身を蝕む食欲には勝てず、今は彼らの好意に甘えることになった。

 

 うむ。カイコは本来偏食なのだが、こうして桑の葉以外の味を食べ比べるのもまた乙なものだ。

 イレギュラーにも身体が大きくなったことで一層食欲が増した吾輩は、甲斐甲斐しく村人たちから捧げられる各種の青葉をむしゃむしゃと齧っていた。

 そんな吾輩の身体はと言うと、現在椅子に腰掛けたモラの膝上に乗せられている。特等席で呑気にも青葉を貪り続けている吾輩は、この頭を子猫よろしく飼い主様に撫でられていた。

 

「おいしい?」

 

 おいしいぞよ。君も今のうちに腹ごしらえはしておいた方がいい。何かが起こった時慌てて逃げようにも、空腹で力が出ませんとなっては話にならないからな。

 彼女は自身に出された料理をほどほどに摘まみながら、吾輩の食事風景ばかり見守っては微笑んでいる。

 吾輩が何より感心したのはその母親みもそうだが、飼っていたカイコが怪獣だと言われ、ベラの歌によって異常成長を遂げた光景を目の当たりにしてもなお、彼女が吾輩に向ける態度が以前までと何ら変わっていないことだ。

 

 いや、寧ろこの身体が子猫並の大きさになったことで、以前にも増してスキンシップが多くなったようにさえ思える。

 客観的に考えればこのサイズのイモムシなど中々に気持ち悪そうなものだが、彼女はそんな吾輩のことを拒絶したりしない。それだけ昆虫のことが、ひいてはカイコのことが好きなのである。

 そんな少女に飼われて、つくづく幸せ者だと思った。

 

「レオちゃんにはベラさんが言ってたこと、わかるんだよね? 私の言葉も、わかってるみたいだし……」

 

 ……ああ、吾輩は人間の言葉を理解している。

 

 流石に吾輩が人の意識を持っていることまでは見抜いていないようだが、彼女も目の前のイモムシが人間との意思疎通ができることには気づいたようだ。

 それもまあ、これまでの吾輩の行動を思えば自然な推測であろう。吾輩にもよくよく考えてみれば思い当たる節はあった。アレとかアレとか。

 

「私、どうしたらいいかわからないよ……貴方がモスラっていう怪獣……ううん、神様だってこと、レオちゃん知ってた?」

 

 知らん。と言うか、今でも吾輩は否認している。

 この身体が明らかにカイコの枠をはみ出ていることも……そもそも人の意識を持っている時点で普通ではないことはわかっていたが、それはそれ、これはこれである。

 特別だからと言って自分が神だなどと考えたことはないし、この身体の異常成長に関しても吾輩ではなく、ベラの歌にこそ秘密があるのではないかという疑念が拭えていない。彼女が嘘を吐いているように見えなかったこともまた事実であるが……それでも吾輩の正体が彼女の言う通り、守護神モスラであると認める気にはなれなかった。

 ……そうだ。どこまで言っても、吾輩は――

 

「でも……私にとってはやっぱり、レオちゃんはレオちゃんだよ。普通のカイコじゃなくても、神様でも関係ないって……そう思っててもいいかな?」

 

 ああ、その通りだ。吾輩もそう思っているよ、飼い主様。吾輩は君の飼いイモムシであり、それ以上でも以下でもない。

 

 だから、そんな曇った顔をしないでくれ。元気づける意図を込めて、吾輩は一番手前の足を上げてポンと彼女のスカートを叩く。

 たとえこの身が何者であろうと、吾輩は決して君を裏切ることはしない。この先、何があろうとも。

 

「……ありがと」

 

 さて、未だ納得はしていないが、今のうちに状況を整理しておこう。

 吾輩たちをこの世界に呼び出したベラの言葉を信用するならば、吾輩はカイコではなくモスラであり、その力でモラを巻き込んで転移してしまったという話だ。

 

 ここで最も重要なのは、元の世界への帰還方法である。

 

 ああ、彼女の話を聞いて、この世界がとてつもなく重く混沌とした世界であることはわかった。故にモスラであるという吾輩に今後求められるのはおそらくこの世界か、もしくはこのインファント島の守護と言ったところであろう。

 仮に吾輩が本当にこの島の守護神モスラだったと言うのであれば……ベラの頼みを受けて、島を守るのもやぶさかではない。昆虫である吾輩の命など元々安いものである。大それたことができる自信は全くないが、その件についてはモラを無事帰還させた後で追々考えておこう。

 最優先するのはあくまでも飼い主様だ。そこは吾輩が何者であろうと譲れない一線である。

 

 そう、これらの件にモラは関係ない。

 

 彼女はただ吾輩の召喚に巻き込まれただけであり、と言うかベラの話が事実ならばモスラである吾輩こそが転移の元凶である。

 というわけで、責任を取って彼女だけは即刻元の世界に帰さなければならない。親御さんも心配しているだろうし。

 

 どうやって帰すか? そこはやはり、吾輩がなんとかするしかないのであろう。

 

 先ほどモラがベラに訊ねていたが、彼女を帰還させる手立てはベラにはないとのことだ。彼女をこの世界へ転移させたのはモスラ――吾輩であり、そこにベラは関与していないのだから当然である。

 それが本当ならば、吾輩には元々そう言った不思議な力が備わっていることになる。ならば話は簡単だ。その力をもう一度使えばいい。

 

 ただのイモムシにそんなことできるわけないだろ。

 

 ……と、思わずセルフツッコミしたくなるが、そこで思考停止するわけにもいくまい。

 この際、吾輩の正体は隅に置くとして、吾輩には不思議な力が備わっているという眉唾な話を前提に考えていく必要がある。希望的観測になるが、既に常識が通用する状況ではない。モラの帰還が掛かっている以上、少しでも可能性があるのならばそこに賭けてみよう。

 

 吾輩には不思議な力が備わっている。ならばその力を引き出す為に何をするべきなのか考えると……少年漫画的な発想になってしまうが、吾輩自身がもっと成長すれば良いのではないかと思い至った。

 

 吾輩には不思議な力が備わっているが、吾輩はそれを思うようにコントロールできない。何故か? イモムシだからさ。

 

 ならばただのイモムシでなくなればいい。ベラの歌でこのような異常成長を果たしたことで、吾輩の身体はすこぶる調子が良くなっている。未だ吾輩に備わっているという不思議な力への実感はないが、さらに大きくなり、その上成虫にでもなったらそれが実感できるのではないか?と、そう考えたのである。

 

 世界を転移する為に守護神モスラの力が必要だと言うのならば、吾輩自身が守護神モスラみたいになれば良いという理屈だ。

 

 ……よし、ならば吾輩は、今からただのイモムシであることを捨てよう。他ならぬモラの為だ。彼女が転移した原因が吾輩にあるのだとすれば、彼女の帰還は吾輩の全てを捨ててでもなさねばならぬ贖罪だった。

 

「レオちゃん?」

 

 飼い主様、今ここに宣誓しよう。

 吾輩、レオちゃんは、モスラとなって君を元の世界へ帰すことを。

 今は子猫サイズのイモムシに過ぎないが、近いうちに必ず力を手に入れて再び転移させてみせる。

 その為ならばもはや、なりふり構ってはいられない。

 自分のことを守護神と思い込んでいる精神異常者にだってなろうではないか。

 

 むくりと頭を上げ、モラの目を見つめて頷く。

 昆虫である吾輩に表情は無いが、何かを決心した様子が伝わってくれたら嬉しい。

 

「……貴方はきっと、大切な使命を持って生まれてきたんだね……」

 

 さてな……だが今の吾輩における最大の使命とは君を無事に元の世界へ帰すこと一択だ。それと比べれば、吾輩の正体やこの世界のことなど二の次に過ぎない。

 さあ頑張るぞ。一刻も早く力を付け、不思議な力を手に入れねば……その為にはもっと食事を、桑の葉っぽい青葉を所望する!

 

「一段とよく食べるね……おっきくなったからかな?」

 

 多少大きくなったところで、信じがたい自分の正体を告げられたところで、吾輩自身は結局今まで通り葉を食べ続けることしかできないのだからしょうもない。今後の方針についてこれだけ考えて、やることはこれである。

 

 しかし、こんな吾輩が本当に偉大なる守護神だったとするならば……この子のことも、守ってあげられるのだろうか。そんな分不相応なことを考えながら、吾輩は目の前の青葉に噛り付いた。

 

 

 

 ――その時である。

 

 

 大地が、揺れた。

 

 

 

 

 それは、突然の地響きだった。

 モラの食器がガタガタと震えていくテーブルを見て、吾輩は地震が起こったのかと錯覚したものだ。

 普段から地震慣れしている生粋の日本人の意識を持つ吾輩やモラはこの時「震度3ぐらいかな?」と悠長に構えていたが、周囲の反応はそんな吾輩たちとは明らかに異なるものだった。

 宴に騒いでいた村人たちの表情が一瞬にして強張り、警戒を深めている。

 地面から伝わってくる震動は地震にしては不規則的なものであり、そんな彼らの反応も相まりただの地震ではないことを吾輩は悟った。

 

 時間経過と共に揺れが小さくなると、村の若者たちが子供や女性陣を集め、何処かへの避難誘導を行う。

 不思議がるモラの元には、少数の護衛を伴ったベラが緊張の面持ちで駆けつけてきた。

 

「ベラさん、これは……?」

『怪獣が近くに来ています』

「えっ……?」

『この揺れは、巨大怪獣の足音です』

 

 怪獣――噂の存在が近くに現れ、その歩行音が地面を揺らしているというのか。

 まるでジュラシック映画の恐竜である。一体どれほどの質量があればただ歩くだけでここまで地面が揺れるのかと戦慄する吾輩たちに向かって、ベラが直々に誘導してくれた。

 しかし吾輩たちが向かう先は、他の村人たちが向かった避難場所ではない。

 

『モラ様とモスラはこちらへ。あなた方にはどうか、見ていただきたいものがあります』

 

 そう言ってベラと護衛が向かったのは、見晴らしの良い丘の上だった。

 海岸沿いで波を跳ね返す崖となっているその丘は、まるで灯台のように島の状況を広く見渡せる見張り場所になっている。

 モラは吾輩を抱えながら神妙な顔つきで彼女の案内に従うと、その丘の上に続いて登っていった。

 

 そして、確認する。

 

 ここから約10数キロメートル離れた先――ジャングルと海岸の境目に当たるその場所で、この位置からでもはっきりと姿が見える巨大な影が二つ、蠢いていた。

 

「あれは……」

 

 呆気に取られ、モラが呟く。

 あのヤゴの化け物、メガヌロンすら足元にも及ばない巨大生物だ。そこでは高層ビルのような物体が二体で地を揺らしながら取っ組み合い、周辺の木々を薙ぎ倒しながら殴り合っていた。

 ベラが彼女の呟きに応え、状況を説明する。

 

『怪獣同士の殺し合い……縄張り争いです。どうやら海を渡ってやってきた怪獣が、島に住み着いている怪獣――クモンガと戦っているようですが……』

 

 一体は巨大な蜘蛛のような――と言うか巨大な蜘蛛そのままの姿をしている怪獣である。その姿には昆虫好きのモラも流石に抵抗があったようであり、彼女はひっと短く悲鳴を上げながら吾輩の身体をぬいぐるみのように抱きしめてきた。

 正直言って吾輩も似たようなものだと思うのだが……巨大蜘蛛と巨大イモムシの間には何か、彼女の中には越えられない一線があるのだろう。吾輩としては役得と思うべきか。

 しかし巨大蜘蛛の姿を見つめるモラは、怯えながらも決して視線を逸らしたりはしていない。彼女なりに現実を受け入れ、この世界の惨状をはっきり目に焼き付けておきたかったのであろう。強い子だ。

 

 だがそのモラの横で状況説明をするべきベラは、巨大蜘蛛と戦っているもう一体の怪獣を見て言葉を止めた。

 息を呑む音が聴こえ、青ざめた動揺がはっきりと伝わってくる横顔だった。

 

『っ……あれは……そんな……!?』

「ベラさん?」

 

 『なぜ……なぜあの怪獣が……っ』と、ベラが目を見開き、愕然とする。

 巨大蜘蛛に対しては冷静な反応を見せていた彼女だが、もう一方の怪獣の姿を認めた途端、狼狽え始めたのだ。

 吾輩たちもまたそちらの怪獣に目を移し、その姿を観察する。

 

 

 ――それは、黄金だった。

 

 

 東洋の龍のような顔を持ち、亀の甲羅のような分厚い表皮が見える背中には、結晶体のように鈍く輝いている鋭利な棘が無数に生えている。

 巨大蜘蛛との戦いで武器として振るわれている尻尾は長く、その先端にも無数の棘がモーニングスターのようにびっしりと生えそろっていた。

 目測でもゆうに50メートルを超えているとわかる巨体を支えているのは、きめ細かな鱗に覆われた四本の脚だ。四足歩行で自重を支えているその脚は攻撃時には暴力的な威力を発揮し、その爪が振るわれる度に巨大蜘蛛の脚を一本ずつ引きちぎっては投げ捨てていた。

 

 巨大蜘蛛の悲鳴と思われる鳴き声が、島に響き渡る。

 

 二体の怪獣の縄張り争いはあまりにも圧倒的であり、一方的な蹂躙だった。それには蜘蛛が苦手そうなモラですら途中から「逃げて……逃げて……」と呟いている凄惨さである。吾輩も目を背けたくなった。

 

 容赦なく迫る黄金の怪獣は満身創痍の蜘蛛怪獣の喉元に噛みつき、最後はその牙で文字通りに息の根を止める。

 

 そうして崩れ落ちていく巨大蜘蛛の身体を前足で踏みつけながら、天に向かって勝利の雄たけびを上げていた。

 まるで自分の存在を、この世界に知らしめるかのように。

 凄惨な光景を見せつけながらも雄々しくも美しい輝きを放つその姿はどこか神秘的に見え、中国神話に出てくる幻獣「麒麟」のようだと吾輩は感じた。

 ベラがそんな大怪獣に対して、震える眼差しで見つめながら名を呼んだ。

 

 

『千年龍王……アンギラス……!』

 

 

 怪獣の中でも明確に格が違いそうな二つ名を持つ、島に滅亡をもたらす存在であった。

 

 

 

 

 

 












 【まさに】キングギドラだと思った? 俺だよ!【アンギラス】


 というわけで本作の敵怪獣枠その一はゴジラシリーズ最初の強敵にも拘らず、もすもすやギドラと比べて妙に不遇な扱いを受けているこのお方です。怪獣ものを書くと決めた時点でクッソ強い魔改造アンギラスは絶対に書いてみたかった。

 元ネタはゴジラモスラキングギドラ大怪獣総攻撃に元々登場する予定だったにも拘わらず「地味だから」というレッテルにより企画段階で没となり、幻に終わった氷結の護国聖獣アンギラスです。昭和時代の面影を残しながらも明らかな強そうな風格を持ち、スタイリッシュな造形に仕上げられた設定資料を一目見た時から絶対本編に出すべきだったと思いました。


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ANGUIRUS ~King of the Monsters~

 

 アンギラス――それは、極東の島国で確認された大怪獣の一体だ。

 全長は150メートル、体高は60メートルにも及び、推定体重は約5万トン。

 確認された国では元々「護国聖獣」として祀られていた伝説上の存在だったのだが、隕石の衝突後地底から姿を現し、実在を証明したのだそうだ。

 この馬鹿げた体格だけでも条理を超えたとてつもない存在であることが窺えるが、アンギラスにはさらに特殊な能力があると言う。

 

『アンギラスは冷気を操る氷結の龍です……かの怪獣が歩いた地は、経緯も季節も関係なく極寒の地に変貌すると言われています……』

 

 まるでファンタジーゲームの魔法のように、氷の力を操ることができる怪獣。平和な世界で暮らしていた時であったなら大いに好奇心が惹かれたであろう超常の能力であるが、現実に存在する生き物が持つ力としてはあまりに物騒極まりない。ほとんど神の御業である。

 あの怪獣が所かまわずその力を振るわない温厚な性格であれば良いのだが、蜘蛛怪獣を屠った際に披露した凶暴さを見るに、その可能性は望み薄か。

 

『しかし、あの怪獣は東方の守護神だった筈……何故このインファント島に……』

「守護神? ってことは、モスラと同じでいい怪獣(・・・・)ってこと?」

 

 ……おや? 守護神とはこれまた意外にも期待の持てそうな単語が出てきた。

 そんな吾輩の思いと同様のものを抱いたモラが希望的観測からそう訊ねるが、ベラは緊張に強張った顔のまま神妙に答えた。

 

『……風の噂では、守護する地を脅かそうとする存在は容赦なく殺し尽くしたという話を聞いたことがあります。他の怪獣であろうと……人間であろうと』

 

 ベラは直接見たわけではない、と補足した上で、かの怪獣の生態を告げる。その内容はやはり温厚とは言い難いものだった。

 アンギラスとはあくまでも土地の守護神であり、そこに住む人間の味方とは限らぬわけか。

 しかしそれならば、こちらから手出ししない限り直ちに危険はないのではないかと楽観的な考えが湧いてきたが……だからと言って放置していい存在だと思えないこともまた事実だった。

 

『いずれにせよ、その力は強大です。既に怪獣に溢れているこの島の生態系すら、たった一体で崩壊させるほどに』

 

 流石にあのような惨殺風景を見せつけられて呑気に構えられるほど、吾輩も間抜けではないつもりだ。

 あのアンギラスという怪獣がどのような性格であろうと、有り余る力を持つ存在はそれだけで警戒するに当たる。アンギラスにその気があろうとなかろうと、吾輩たちは怪獣の身じろぎ一つで踏み潰されてしまう弱き存在であることが、なんとも世知辛い問題だった。

 

 ……しかし、なんだ。

 

 あのアンギラスの姿を見た時から、心なしか吾輩はこれまでにない肌寒さをこの身に感じていた。

 始めは圧倒的な存在感を放つ怪獣を前にした怯えから来る感覚だと思っていたのだが、この冷気はどうにも五感を持って吾輩の身体をブルブルと震わせていた。

 それこそ今こうしてモラの腕に抱えられ、人の温もりを感じていなければ凍えて動けなくなっていると感じるほどに――寒い。

 

「くしゅんっ……」

 

 モラが、可愛らしい声から控えめにくしゃみを放つ。

 今の吾輩が感じているものと同じ感覚を催しているように、彼女は困惑しながらベラに訊ねた。

 

「あの、なんだか寒くないですか?」

 

 この明らかに南国と思われる場所で、あろうことか冬の寒気を感じるのだ。

 確かに日は沈み始めているが、その気温の変化はあまりにも異常だった。

 

『寒い? それはモラさんが薄着だからでは……』

 

 丈の長いドレスを身に纏っているベラが、いかにも現代っ子的なミニスカート姿のモラの装いを見つめて返す。

 しかしその彼女はさらに強くなってきた寒気にブルりと肩を震わせると、この肌寒さが服装程度の問題ではないことに気づき、目を見開いて遠方のアンギラスへと視線を戻した。

 

『っ! これは……まさか……?』

 

 アンギラスは沈黙していた。

 今しがた葬り去った蜘蛛怪獣の亡骸を捨て置きながら、眠るように俯きながら鎮座している。

 それは一見、縄張り争いの疲れを癒す為、休憩し身体を休めているように見える。

 

 ――しかし、明らかな異常はその怪獣の足元から広がっていた。

 

 アンギラスの足元から半径100メートルに掛けて、地面一帯がまるでスケート場のように凍り付いていたのである。

 その範囲は徐々に広がっており、吾輩たちのいる崖の上にも向かって侵食しようとしていた。

 

 環境の変化は、それだけではない。

 

「うそ……雪?」

 

 快晴だった筈の空が曇天に覆われると、暗くなった空から白い雪が舞い落ちてくる。

 真夏の暑さが一瞬にして、北国の冬景色へと塗り替えられたのだ。

 その原因をはっきりと理解したように、ベラが震える瞳でアンギラスの姿を眺め、呟いた。

 

『島が……作り変えられている……アンギラスの力で、アンギラスが住みやすい環境へと……』

「え……?」

『そんな……なぜ……なぜそんなことを……!』

 

 氷結の大怪獣、アンギラス。

 その力の影響は気象操作にも及び、今まさに言い伝えに恥じず南国のインファント島さえも極寒の地に作り変えようとしているのだと彼女は語った。

 

 

 ――それは、アンギラスによる侵略行為(・・・・)であると。

 

 

『……アンギラスは、この島の王になろうとしています……』

 

 東方の守護神と伝えられていた「護国聖獣」である筈のアンギラスは、この島に住処を移そうとしている。

 環境そのものを改造し、自分好みに構築し直しているのはその為だと、ベラが確信を持って語った。

 それは引っ越しという言葉で言い表すには、あまりにも度が過ぎた規模だった。

 

『モスラ、やはり我々には貴方の力が必要ですっ! どうか……! どうか今一度、その力を島の為にっ!』

 

 聡明なベラは今後あの怪獣の移住が島に及ぼすことになる影響を悟った様子で、今にも倒れそうにふらつきながら顔を青ざめる。

 そんな長の身体を慌てて支える護衛たちの腕に寄り掛かりながら、彼女は深々と頭を下げて言い放った。

 

 モラが抱えている子猫サイズのイモムシ――吾輩に向かって。

 

『お願いします……!』

 

 ただでさえ怪獣が闊歩している故郷が今、アンギラスの手で極寒の地に変貌しようとしている。

 その環境の変化はただでさえ怪獣の危険に溢れているこの島で、これまで以上に深刻な食糧難を引き起こすであろうことは容易に窺える。確かにこのままでは、人間が住める環境では確実になくなるだろう。

 おそらく彼女らがこのような島でも今まで生き延びてこられたのは、温暖な気候故に豊富な食物にだけは恵まれていたからなのだと思う。

 あのアンギラスによってその利点さえも失ってしまうのだと考えれば……彼女らに訪れるのは、あまりにも残酷な未来だった。

 

「ベラさん……」

『私にできることならなんでもします……! だからお願いします……島を、助けて……!』

 

 しかし……辛いな、そういう顔をされると。

 

「レオちゃん……?」

 

 モラの腕の中でもぞもぞと動きながら、吾輩に頭を下げ続けているベラとその護衛たちの方へ向かってグニョンと頭部を伸ばす。

 彼女の年の頃はモラと同じくらい――即ちまだ十歳程度の子供であろうに、島の長として民を守ろうとしている。

 その姿はフィクションであれば感動的に思えたかもしれないが、目の前で行われては痛ましくて堪らなかった。

 

 人の手に余るこの状況下では、神様に縋りたくなるのも道理である。吾輩が本当にその神様なのかは別としても、彼女の行いは何ら批難されるものではなかった。

 この子が本気で島のことを想っているのは十分に伝わったし、吾輩を呼び出したのも島を守りたい一心での純粋な気持ちだと言うのもわかった。

 そしてこの島が、吾輩が思っていたよりも遥かに危機的状況に陥っていることも。

 

 ――そんな顔をするな、ベラ嬢。それは嫁入り前の少女がしていい発言でも、島の長がしていい顔でもない。

 

 そんな言葉を発したい思いで、吾輩は懸命に伸ばした頭部で彼女が下げた頭をつんつんと小突いた。

 その感触を受けたことでハッとしながら涙に滲んだ目を間近に向けるベラに対して、吾輩は威風堂々と頷いてやった。

 

 ……正直、吾輩は今、吾輩のことがわからなくなってきている。それ故に周りのことを考えている余裕はないし、大怪獣という存在を初めて見たことで内心怯え竦んでもいた。

 

 あんな化け物、イモムシにどうしろと言うのだという困惑も。

 

 ただ、吾輩が本当にあれに対抗できるような存在だというのなら。

 この身体に、そんな力が秘められているのだとするならば。

 

 あくまでも……あくまでも最優先するのはモラの帰還であるが、吾輩も彼女の気持ちに応えたい思いはあった。もっとシンプルに言えば、吾輩はモラと同じ顔をした彼女のことを気に入っているのかもしれない。我ながら単純なイモムシである。

 

 だがこんな中途半端な吾輩でも、望んでくれる者がいるのであれば……

 

 

 

 ――吾輩は、モスラにもなろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンギラスが沈黙している間、吾輩たちは数人の護衛とベラを伴い、速やかにインファントの村を脱出した。

 十数キロ離れているとは言え、アンギラスの姿が見える場所にあのまま残っているのは危険だと判断したこと、そしてベラには是非とも吾輩たちを連れていきたい場所があったというのがその理由だった。

 

 そんな吾輩たちは今、ベラの案内を受けて「地下の通路」を歩いている。

 この島の地下に人が通れるような通路があったこと自体驚きであったが、造り自体は立派なものだった。壁や天井からはあの時ベラが見せてくれた壁画と同じような古めかしさを感じ、おそらくは昔のインファント民が作った地下道を彼女らが利用しているのであろうと推察した。

 

『このような地下の空洞は島の各所にあり、私たちの避難場所にもなっています。私たちが今日まで生き延びられたのも、先人たちが遺してくれたこの場所があればこそです』

「そうなんだ……」

 

 小休止を挟みながら数時間歩き続けているが、未だに出口は見えない。

 まるで都会の地下鉄のような地下道の長さには、モラの顔からも疲れが見え始めていた。

 そんなモラの様子を窺いながら、ベラが励ます。

 

『頑張ってください。もう少しで到着します』

「うん……」

『長く歩かせてしまい申し訳ありません……』

「あ、ううん、歩くのはいいの。ただ、今日一日色々ありすぎたから……」

 

 実際この一日でモラが体験したことは、体力自慢の大人でも参っていたところであろう。

 既に外は地上は真っ暗になっており、普段ならもう眠っている時間だ。彼女にとって、一日がこれほど長く感じたことはないだろう。おまけに吾輩という荷物を抱き抱えながらの移動である。負担にならない筈もない。

 それについてはせめて吾輩が一匹で歩けば良かったのだが、イモムシである吾輩の歩幅と言ったらお察しである。吾輩の足に合わせて移動してはあまりに時間が掛かりすぎてしまう為、この移動中、吾輩の身体は常に彼女の腕の中にあった。ベラや護衛の男たちも何度か気を利かせて彼女に交代を持ちかけたのだが、モラは頑なに吾輩を離そうとしなかったのだ。

 

 ……多少大きくなったところで要介護生物の枠から一切抜け出せないでいる自分が、酷く情けなく感じた。

 

「あの、これから行く場所って……モスラに関わるところなんだよね?」

『はい。モスラが「生まれ変わる為の場所」と言われています』

「生まれ変わる為の……?」

 

 この長い移動時間の中、吾輩たちは地下道を歩きながらベラから詳しい話を聞いた。

 インファントの守護神モスラのこと――そして、モスラに代々仕える「エリアス」という存在のことを。

 

 

 

 

 これまでにもその言葉は何度かベラの口から出ていたが、エリアスとモスラの関係は有史以前からも強く結びついていた繋がりの深いものらしい。

 

 太古の昔、インファントの民と初めて共存したモスラは民から守護神と崇められていた中で、その神秘的な能力によって民の長に「力」を与えた。

 

 それは、人と怪獣の意思を繋げる精神感応の力だった。身もふたもない言い方をするならば怪獣に対しての「翻訳機能」のようなものであり、その力を授けられた長はモスラの意思を理解し、円滑なコミュニケーションを行うことができたのだ。

 

 長の名は「エリアス」。エリアスは生涯守護神の元に仕え、モスラと共に幾度となく島の危機を乗り越えたと言う。

 彼女の没後もまた、血と共にその力を受け継いだ彼女の子供たちは代々モスラと心を通わすことができたと言う。

 

 以来、エリアスの血族はモスラの巫女として民に崇められ、伝統的に島の長を任されるようになり……そのしきたりはモスラが地上に現れなくなってからも続いたと言う。

 

 そして、現代の長たるベラの本名はベラ・エリアス。彼女はこの世界に残るエリアス族の末裔だった。

 

 この歳にして民を束ねる立場に就いているのは、そういった背景があるからなのだと彼女は語り、儚げに苦笑した。

 そしてベラは、『私がこうして言語の異なる貴方と意思疎通ができるのも、ご先祖様から受け継いだ「力」を応用しているからです』と、彼女の言葉が日本語として脳に直接響いている理由を明かしてくれた。

 なるほど……今まで気にはなっていたが、この彼女の力も遡ればモスラからもたらされたものだということである。人間に魔法のような力を与えるとは、もはや何でもありだなと吾輩は驚きを通り越した。

 

 しかし、そこで吾輩は怪訝に思った。

 ベラがモスラと心を通わすことができる特別な一族の末裔であり、吾輩が本当にモスラなのだとするならば……彼女と吾輩の間で言葉のやりとりが、意思疎通ができる筈ではないかと。

 

「じゃあ、ベラさんにはレオちゃんの言っていることがわかるの?」

 

 いの一番にそう訊ねたモラの問いに、ベラは渋い顔をしながら首を横に振った。

 

『……それが、わからないのです……血が薄まったことで力が弱くなっているからなのか……私の力は伝承にある歴代の巫女よりも酷く弱いのです。そんな出来損ないの私には、貴方が今抱えているモスラの考えていることも……何も、わかりません……』

 

 期待を込めた吾輩の眼差しに対して申し訳なさそうに言いながら、ベラは自嘲の笑みを浮かべた。

 それは単に、吾輩がモスラではないからなのでは?と吾輩はその言葉を聞いて再び自分の正体に疑問を持ったが……モラは、そんな彼女の物言いに対して諭すように言った。

 

「駄目だよ。そんな、自分のことを出来損ないなんて言うの」

『……えっ?』

 

 自らの力の及ばなさを悔やむ彼女を見て、何か感じるものがあったのだろう。

 そう言ったモラの表情はどこか、自分自身のことを省みているようにも見えた。

 

「ベラさん、いくつだっけ?」

『十一ですが……』

「あっ、やっぱり私と同じなんだ……でも、それなのに島のリーダーなんでしょ? それを立派にこなしてて、みんなからも慕われてる……今も、島を救う為に必死で頑張ってる。それってさ……とても、凄いことだと思う。私なんか、人付き合いとか全然駄目だから……私は尊敬するよ、ベラさんのこと」

 

 真摯にベラの目を見据えるモラの言葉は、彼女がはっきりと心からそう思っているのだとわかるものだった。

 モラがそんな言葉を贈ると、ベラは彼女から視線を外し、心なしか足早になりながら前に出て目的地への歩を進めた。

 こちらから窺える彼女の耳先は、ほんのり赤くなっていた。

 

『……あ、ありがとうございます』

 

 照れてるベラさんかわいい。

 かわいい。

 大事なことなので二回言いました。

 

 うむ、吾輩もモラと同意見である。彼女は今自分の無力さを自覚している上で、それでも島の為に自分にできることを考え必死に取り組んでいる。そうして見つけた僅かな希望が、本当にモスラなのかも疑わしいイモムシだったとしても。

 

 愚直に前に進もうとするその頑張りは誰にでもできることではないし、吾輩は尊むべきものだと思う。

 ベラはモラのストレートな褒め殺しに対して少なからず驚いた様子であったが、彼女も今まで面と向かってこのように褒められたことはなかったのかもしれない。彼女の反応を見て、護衛の者たちからも驚いたような雰囲気を感じた。

 その居心地の悪い気恥ずかしさを誤魔化すように、ベラが話題を変える。

 

『コホン……っ、モラさん、話を戻しますが、貴方も他人事ではありません。貴方は気づいていないようですが、貴方もまた、エリアスの力を受け継いでいるのです』

「私も? そう言えば言ってたよね、私がモスラの巫女に選定されたとか……それって、私もベラさんと同じだってこと?」

『ええ、そうです』

 

 最初に会った時、ベラが言っていたことだ。

 モラは吾輩によって巫女に選ばれ、ベラの召喚を受けた吾輩は彼女を伴ってこの世界に転移したと。

 その言葉をこれまでの説明から振り返って解釈すれば、守護神モスラが初代エリアスに与えたような力を吾輩がモラに与えたということになるのだが、当然ながら吾輩には身に覚えがない。

 

 これに関しては明らかにベラの勘違いだと思うのだが……彼女も吾輩と意思疎通が取れていないモラの様子を見て首を傾げ、当初の考えを改めるようにぼそりと新たな仮説を口溢した。

 

『……もしかしたらモラさんにもまた、私と同じ血が流れているのかもしれませんね』

「それって……私たちが、遠い親戚同士かもしれないってこと?」

『可能性の話ですが……』

「だったらいいな! 私、妹が欲しかったの」

『い、いもうと……ですか? 私も……いえ、なんでもありません』

 

 双子の美少女姉妹って、いいよね。ああ、いい……思わず吾輩は、己の頭でセルフ評論を行う。

 二人が同じ顔をしていることに関しては何かしらの関係があるのかとは思っていたが、もしかしたら事実は、案外と単純なものだったのかもしれない。

 モラの手から渡された携帯食用青葉をちょびちょびと齧りながら、吾輩は彼女らの関係を何となく推測した。

 

 

 

 





 本作を書くに当たってアンギラスの大きさを調べ直したら印象よりくっそデカくてビビりました。四つん這いだから小さく見えただけで王よりずっと大きいんですね……

 原作の固有名詞からいくつか名前は拝借していますが、本作の設定は原作のそれとは大体別物と思っておいてください。エリアスに関してはどちらかというとフツアに近いかもしれませぬ。


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知恵と愛

 

 そこは、巨大な祭壇だった。

 

 ベラによる案内の下、長時間の徒歩を経て吾輩たちは地下道を抜けた。

 屋外の冷たい外気に煽られながら、護衛たちが持つランタンの光だけが灯かりとなっている暗闇の中で、吾輩たちが前にしたのは東京ドーム一個分以上の面積がある巨大建造物の姿だった。

 護衛の一人から手渡された毛皮のローブを羽織ったモラが、圧倒されたように感嘆の息を吐いた。

 

「大きい……ここが、貴方が私たちを連れていきたかった場所?」

『はい。ここはモスラの祭壇。モスラの幼虫が繭を作り、成虫になる為の場所と伝えられています』

「そっか……だから、生まれ変わる為の場所なんだ……」

 

 周囲を見回したところ辺り一面が緑に覆われており、ここは密林の何処かであることが窺える。

 ベラに「モスラの祭壇」と呼ばれた巨大建造物は、大樹のように聳え立っている複数の石柱に囲まれており、下には人が祭壇を上る為に使う石造りの階段がある。古代のインファント人は、この階段を伝って祭壇上の「神」と謁見していたのだろうか。

 施設の各所は流石に老朽化が酷く年季による亀裂が目立ったが、古代文明の遺産としては破格なほど原型を留めていた。

 

『壁画にはここで繭を作ったモスラが、通常よりも高い能力を持って生まれ変わったという伝説が記されています』

「ここでレオちゃんを成虫にする為に、私たちを連れてきたんだね?」

『はい』

 

 天気さえ良ければ太陽の光を浴びた壇上から後光が差し、さぞ神秘的に見えたことが容易に想像できる。

 老朽化してなお神聖な雰囲気が漂っており、この場にいるだけで不思議と調子が良くなったように感じるのは、気のせいではないだろう。パワースポットとして考えても申し分ない祭壇だった。

 

 

 ……さて、そんな場所に吾輩は、とうとうたどり着いてしまったわけだが。

 

 古代の守護神モスラはこの祭壇の上で繭を作り、成虫になったと言う。

 その伝説に倣って吾輩もここで繭を作ることで、あの大怪獣にも劣らないインファントの守護神になれる筈だとベラは考えたのであろう。

 

 その当てが外れれば、島は終わりだ。

 吾輩が死亡するのはいいが、ベラたちインファント人が絶滅し、モラは元の世界に帰れなくなる。そんなことは、絶対に許されない。

 

 だから吾輩は、何としてでもここで力を手に入れなければならない。無理だろうと何だろうと、やらなければやられるのだ。

 

 ――そう気張る吾輩であったが、その時気づいた。

 吾輩を抱き抱えるモラが、覇気のない虚ろな目で祭壇を見上げていたのだ。

 隣からそんな彼女の様子に気づいたベラが、心苦しそうに問い掛ける。

 

『……モラさんは、気が乗りませんか?』

 

 名残惜しむように吾輩の頭を撫でているモラの手からは、迷いや戸惑いと言った感情が込められているように感じた。

 彼女はベラの問い掛けに対して、静かに首を振りながら返す。

 

「ううん、そういうのじゃないんだ。ただ……」

 

 俯きながら、その胸中を明かした。

 

「レオちゃんが本当の姿になるのは、とてもいいことだと思う。だけど私は……レオちゃんには怪獣と戦うだなんて、危険なことしてほしくなくて。それに……」

 

 それは、吾輩に対する心配と……自分の傍から大切なものが離れていくことに対する、彼女の寂寥感だった。

 

「レオちゃんが今よりももっともっと大きくなって、本当に神様になっちゃったら……もうこうして抱き抱えたり、一緒にいたりできなくなるなって……それが、なんだか寂しいなって」

『モラさん……』

 

 モラ……

 

『……ペット、だったんですよね……』

「うん……カイコを飼いたいなって思って、釣具屋に行って……そこで出会ったの」

 

 ああ、そこで吾輩は出会ったのだ。

 マハラ・モラという、最高の飼い主様と。

 

「レオちゃん覚えてる? あの時、貴方はたくさんのカイコと一緒にお店の水槽に詰め込まれていて……私がお店に入ってから、ずっとこっちを見ていたよね」

 

 もちろん、覚えてるよ。釣具屋では滅多に見ない女子小学生が一人で来たのだ。それも人形のように整った容姿となれば、店の中でも目立つに決まっている。

 少女の姿に思わず見とれてしまった吾輩は、立ち上がるように上体を起こしながら君を見つめていたものだ。

 

「そんな貴方を見て、私は貴方を飼うことに決めた。貴方を成虫まで育ててみたいって思ったの」

 

 あの時は自分を飼ってくれとアピールしていたつもりはなかったのだが……あの見つめ合いがきっかけになったのであれば、吾輩としては何とも複雑である。

 君に飼われて良かったと思っていながらも、君を今回のような出来事に巻き込んでしまったことを申し訳なく思っている自分がいるからだ。

 君が吾輩を選びさえしなければ、こんなわけのわからない世界に転移することもなかった。そう考えると、吾輩はあの世界でただ一人君にだけは出会うべきでなかったのかもしれない。

 

「……でも貴方は、あの時からずっと、こうなることがわかっていたのかな?」

 

 そんなことはない。

 そんなことはないが、つくづく度し難い存在である。吾輩は。

 イモムシに生まれ変わってまでこうして人様に迷惑を掛け続けている自分が、吾輩にはどうしようもなく情けなくて、許せない。

 ……そう思った吾輩の思考を読み取ったかのように、モラがおもむろに吾輩の頭を撫でる。

 優しく柔らかな手で、赤子をあやすように。

 

「私は、貴方に巻き込まれただなんて思ってない。もちろん、恨んでなんかいないよ? 私、貴方と出会えて良かったって思ってる」

 

 モラは前にも言った。

 たとえ吾輩がモスラという神様でも、レオちゃんはレオちゃんだと。

 あの言葉にはきっと、不本意に異世界転移に巻き込まれた今の状況に対しても、吾輩に恨むところは何も無いという意味が含まれていたのであろう。

 彼女の儚げな優しい笑顔を見て、吾輩はモラという少女がどこまでも「愛」に溢れていることを理解した。

 

「貴方が私より大きくなったら、貴方の為に私にできることは、何もなくなっちゃうけど……」

 

 彼女は好き好んで吾輩を飼い、ここまで成長を助け続けてくれた。

 見知らぬ地でメガヌロンに襲われながら足手まといである吾輩を見捨てようとせず、全力で吾輩のことを庇ってくれた。

 

 この子の愛は毒だ。

 居心地が良過ぎて、それに甘え続けてしまう。

 

 中途半端に人の意識を持っている吾輩は彼女の優しさを温かく感じると同時に、自分自身への情けなさを感じていた。

 しかし彼女はこのような力無きカイコに献身することさえ負担に思わず、いつだって喜びを感じていたのだ。

 吾輩たちの関係が変わってしまうことが寂しいと語る少女の姿を見上げて、吾輩は改めて彼女の美徳を理解した。

 そんな彼女が潤んだ目で吾輩を見つめ、問い掛けてくる。

 

「モスラになっても、私のこと忘れないよね……?」

 

 それは愚問だよ、モラ。

 レオちゃんはレオちゃんだと、全ては君が言った通りだ。

 だから成虫になろうが巨大になろうが、吾輩たちの関係は何も変わらない。

 吾輩自身もまだ己の身体がどのような変貌を遂げることになるのかわかっていないが、たとえどのように変わろうと君のことは絶対に忘れない。

 

 ――約束だ。

 

 勢い良く頭部を振り回しブンブンと頷くことで、吾輩は彼女の愚問に答える。

 そんな吾輩の姿に目を細めながら、モラは笑顔で言い放った。

 

「……ありがとう、レオちゃん。貴方と過ごした時間、とっても楽しかったよ」

 

 私もだよ、モラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会った時のこと、過去のことを振り返っている間にも時は流れていく。

 時間という容赦のない巡りの中で、インファント島の危機は着々と進行していた。

 吾輩を両腕に抱えたモラはベラと共に階段を上り、しばらくして頂へと上り詰めた。

 祭壇自体の高さは大樹の如く聳え立っている周囲の石柱群と比べれば一回りほど低かったが、その巨大さは地上で周囲を警戒している護衛たちを見下ろすには十分な高さだった。

 そう、今この場にいるのは二人と一匹だけだ。

 神聖な祭壇の上に足を踏み入れることが許されているのは、神たるモスラと神に仕える巫女エリアスだけだと。

 ベラから散々説明された今でも、吾輩は己がこの場所にいるに相応しい存在とは思えなかったが……こうなってはもうやるしかないのだ。

 

 モラを元の世界に帰し、ベラの祈りに応える。二つの目的を果たす為に、吾輩はモスラに対する「知恵」を担当するベラの判断に全てを委ねた。

 

『私の歌でモスラの力を活性化させ、成長スピードを上昇させます。繭の形成までどれほどの時間を要するかわかりませんが……この雪が祭壇を覆い尽くすまでには、必ずや成し遂げてみせます』

 

 彼女が今から行うことは、最初に吾輩がただのカイコではないことを証明した際に行ったのと同じだ。

 ベラが歌い、吾輩に急速的な異常成長を促す。身体が勝手に脱皮していくあの時の感覚は正直に言って怖いものがあったが、限界無しに力が溢れてくる感覚はあった。故にエリアスの歌による成長が今の子猫サイズで打ち止めということはないだろう。

 吾輩自身の感覚としては最低でも人間サイズにはなれると思っているが、そこからさらにどこまで大きくなれるのかは想像つかない。ましてや成虫になった後でも想定される相対相手は全高60メートルオーバーの大怪獣アンギラスだ。あれと同等のサイズまで行ける自信などある筈もなかった。

 

 ……吾輩が怪獣になれば、怪獣同士ということでアンギラスとの意思疎通ができるようになって、どうにか対話による解決が図れないものだろうか。あれと戦いになった場合に被る被害を思うと、吾輩に対するモラの心配はごもっともであった。

 

「私は何をすればいいの?」

『モラさんは私の傍で、モスラのをことを見守ってあげてください。羽化に立ち会う巫女が多いほど、モスラの力が増大するという言い伝えがあります」

「見守るだけ? 私にも、何かできないのかな……?」

『……それなら、祈ってください。モスラの傍にずっといた貴方なら、私よりも上手くモスラと感応できるかもしれません』

「……わかった。私、祈る。レオちゃんが立派な成虫になれますようにって」

 

 二人の少女が見守ってくれるのだ。ここで踏ん張れなければイモムシではない。

 ああ、やってやる! なってみせるさ守護神に!

 最初から、何かの間違いとしか思えなかった二度目の命だ。今更、巨大生物に挑むことへの恐怖などない。

 吾輩はレオちゃん、世界一幸せなイモムシだ。

 

 ――だから君も、そんな顔をするな。

 

 吾輩の運命を案じているのであろう曇った瞳をしているモラの胸を小突きながら、吾輩は彼女の顔を見つめる。

 釣具屋で初めて出会った、あの時と同じように。

 

『モラさん……』

「……うん、わかってる……」

 

 ベラが申し訳なさそうに掛ける声に頷き、モラが名残惜しそうに腰を落とし、吾輩の身体を祭壇に下ろす。

 彼女の腕から解放された吾輩は送られる眼差しに頷きを返した後、もそもそと地を這いながら単身で祭壇の中央部へと向かった。吾輩がこれから条理を超えた巨大化をするに当たって、彼女たちの傍にいるのは危険だと判断したからだ。

 そうして単身になって改めて気づかされたのが、今までいかに彼女の腕に温められていたのかという肌寒さと、イモムシが一匹で屋外に放り込まれる心細さである。

 子猫程度の大きさになったとは言え、今この状況で鷹などの鳥に狙われたら一たまりもない。

 尤も、今は空の野生動物などよりも、こちらを見つめながら今生の別れのような雰囲気を発している彼女の方が遥かに気になった。

 このままでは、イヤだな。

 

 ……うむ、アレをやるか。

 

 

『え?』

「あ……」

 

 こちらを見つめていたベラから、呆気に取られた声が上がる。

 そしてモラからは、彼女が驚いたことがわかるハッとした息遣いが零れた。

 そんな二人の視線の先にあるのは、この神聖なる祭壇の中央部で全身をくねらせながら踊っているイモムシの――世にも奇妙なストリートダンスだった。

 

 虫虫トレインである。この度、身体が大きくなったことでさらにキレが増した。

 

 この重苦しい空気と肌寒さを吹き飛ばす為に行った吾輩渾身のダンスは、目論見通り曇りがちになっていた二人の表情を変えることに成功した。

 ベラには驚愕を。

 モラには笑顔という変化を与えたのである。

 うむ、我ながら自分の才能が恨めしい。

 

『え……え……?』

「ふふっ……レオちゃんったら」

 

 ベラよ、見るがいい。これが吾輩だ。

 モラよ、それでいい。君には笑顔が似合っている。

 そうして踊ること約二十秒、二人のギャラリーの前で最高のパフォーマンスが披露できたと自負する吾輩は、指があればサムズアップを贈っていたところである。

 そんな吾輩に対して、モラは熱い拍手を持って惜しみない賞賛を浴びせてくれた。

 

「ありがとう、レオちゃんっ!」

 

 こちらこそありがとうな、モラ。君に飼われて良かった。

 君のおかげでカイコとしての一生を、最後まで楽しく過ごすことができたと――吾輩は掛け値無しに、そう思った。

 

 

 ――そんな吾輩の余興を経て、和やかな空気に戻った祭壇の上で、気を引き締め直したベラの上演が始まる。

 

『【モスラレオ】……この歌を、貴方に捧げます』

 

 彼女が島の未来を賭けた祝福の歌は、積もり始めた雪を溶かしきるような熱量を持って、深夜の空に響き渡った。

 

 




祭壇のイメージはKOMのアレみたいな感じです。


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大怪獣総進撃

 

 空と海の狭間で、神は目覚める。

 銀色に染まりゆく緑の大地で、少女の歌に応え救世主が産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝――朝の日差しは雪雲に隠れている為拝むことはできないが、既に日付は変わっていた。

 アンギラス出現から十時間以上経過した今、インファント島は全土が雪に覆われ、元の温暖さは見る影もない。環境が激変したこの一夜でどれほどの生物が死滅したかわからなかった。

 

 焚火を囲みながら毛布に包まり、ほんの少しの仮眠に入っていたベラの元にある報告が寄せられたのは、その時だった。

 

『……アンギラスがこちらへ向かっている?』

 

 今もなお低下を続けている気温の中で夜通し歌い続けたことで痛む喉を震わせながら、ベラはこの仮設避難所に訪れた部下の言葉に眉をひそめる。

 これまでかの大怪獣の見張りに当たっていた男の報告は、彼女にとって覚悟はしていても訪れてほしくなかった事象だった。

 

「はい……アンギラスは沈黙を破り、こちらに向かって動き始めました。しかし現在は道中に出現したメガニューラの大群に襲われ、これと交戦中です」

『そうか、メガニューラが……なるほど、この島を奴に支配されるのは、他の怪獣にとっても面白くないのだろう』

 

 これまで眠ったようにその場から動かず、島の気候変動に力を注いでいたアンギラスがとうとう動き出した。

 その理由はおそらく……いや、間違いなくこの場所で覚醒を待つ「神」にあるのだろうとベラは推察する。

 千年龍王アンギラス――かの大怪獣の力が噂通りであれば、この島に生息する怪獣たちではとても歯が立たない。時折メガヌロンを喰らいに訪れる空の大怪獣であればどうにか張り合えるかもしれないが、今この島にいる中でアレを止められる存在はいない。

 アンギラスもおそらく、そのことには気づいているのであろう。だからこそ、この島で最強の存在である神――モスラを狙いに動き出したのだ。

 

『少しでも、足止めになれば良いが……』

 

 今しがた見張りの男から告げられた「メガニューラ」とは、メガヌロンの成体である。その関係はヤゴにおけるトンボと同様で、外見もまたハサミのような凶悪な前足を携えてはいるものの概ねトンボと同じだ。

 しかし翼長は約五メートルと怪獣の中では小型だが、メガヌロン同様凶暴且つ残忍な攻撃性を持っており、人間から見ればとてつもない脅威であることは疑いようもない。何より厄介なのは、成体になり羽根を得たことで縦横無尽に空を翔けるようになったこのメガニューラは、常に100体以上もの群れで行動していることだ。

 鈍重なメガヌロンとは違い、一度襲われたら最後逃げ切るのは不可能であり、うっかり縄張りに踏み込もうものなら遺体すら残らない。故に島民たちにとってメガニューラの存在は数いる怪獣の中でも最大級の警戒対象であり、これまでも空の大怪獣に並ぶほどの犠牲をこの怪獣に払っていた。

 同じ島民としてその脅威を理解している男が、ベラの呟きに対して問い掛けてくる。

 

「メガニューラの軍勢が、アンギラスを追い払ってくれるとは考えられませんか?」

『それはない』

 

 問い掛けにベラが返したのは、一片の気休めもない確固たる事実だった。

 怪獣同士がぶつかり合いお互いに消耗してくれればという希望的観測は、まさに虫のいい話だとベラは断じた。

 

『アンギラスの放つ冷気は、メガニューラ最大の武器である飛行速度と物量を完全に封殺してしまう……メガニューラからしてみればアンギラスは、全身から殺虫剤を撒き散らしているような存在なのだ。数に任せて纏わりつこうにも、触れた瞬間片っ端から氷漬けにされるだけだ……勝てる見込みなどない』

「そんな……」

『クモンガさえもまるで歯が立たなかった以上、カマキラスやエビラでもアレを止めることは不可能だ。勝ち目があるとすれば、怪獣女王モスラだけ……』

 

 自分で口にすればするほど、改めて絶望的な状況だと言うのがわかり反吐が出る。

 ベラもまた日頃は目の仇にしている島の怪獣たちにさえ頼りたくなる感情が理解出来てしまい、酷く情けない都合の良さに嫌悪感を抱いた。

 しかしそれほどまでに無力なのが、この島における人間という存在なのだ。

 この島には大怪獣に対抗できるような武器は無く、あるのは先代の守護神が遺してくれた鱗粉を練り込んだ団子や弓、槍だけが辛うじて持ち合わせた防衛手段である。それはインファントの民を今日まで生き永らえさせてくれた必需品であったが、精々が小型の怪獣をテリトリーから追い払う程度の威力であり、アンギラスのような大怪獣を止めるには成すすべもなかった。

 

「ベラ様……大丈夫ですか? 酷くお疲れのようですが……」

『……大丈夫だ。私を誰だと思っている? お前はそんなことよりも、女子供の避難を急がせろ』

 

 ……心が折れてしまいそうだ。少しでも気を抜けば、民の前で泣き出しそうになってしまう。

 そんな己の弱い心を取り繕った表面で奮い立たせながら、ベラは気丈な言葉で男の気遣いを突き返し、胸の内で自嘲する。

 年齢や性別的には自分もここから避難させるべき女子供の一人なのだが、そんな考えは母を失い、この座に就いた時点で捨て去っていた。

 故にいつ如何なる時も、民の前に立つベラは常に長としての振る舞いを心掛けてきたつもりだ。

 

「ベラ様も避難を。ここは危険です」

『私は神に仕える巫女……今生まれようとしている神の元を離れることなど、できるものか』

 

 長は民を率いる者だ。本来ならば、民より先に死ぬことは許されない。

 だがそれ以上に許されないのは、仕える相手を見捨てることだった。

 長である一方で本分はモスラの巫女たるエリアスであるベラには、この場からの退避に応じることができなかった。

 

『声はまだ出せる……休憩は終わりだ。私は一秒でも長く、神に聖歌を捧げなければならない。それがエリアスの使命だから』

「しかし……!」

 

 エリアスとしての使命――それを果たすことこそが、この混沌の時代に自分が生まれてきた意味だとベラは考えていた。

 そして巫女として仕えるべき相手(モスラ)が見つかった今この時、ベラはこれまで過ごしてきた十一年で最も充実を感じていた。ようやく、自分の役目を果たすことができるのだと。

 神への献身は、彼女自身の喜びだったのだ。

 

「あ……」

 

 そんなベラと、これまで隣で同じ毛布に包まっていた少女の視線が合わさる。

 声のボリュームを落としていなかった為か、睡眠中の彼女を起こしてしまったようだ。

 

「ベラさん……ごめんなさい……私、寝ちゃってたみたいだね」

『モラさん……』

 

 モスラと共に異世界から渡り来た少女、マハラ・モラ。

 昨夜はベラと共に祭壇の上で祈りを捧げていた彼女は、一日の疲労から彼女自身が気づかないうちにベラよりも先に寝落ちしてしまっていたのだ。しかしベラには別段そんな彼女のことを糾弾する気持ちはなく、寧ろ酷使してしまったことを申し訳なく思っていた。

 ベラにしてみればこちらの言葉を終始信じてくれて、遅くまで付き合ってくれただけでも万感の思いだ。

 碌に眠れていない為か、モラにはまだ眠気が残っているのであろう。ウトウトと目を瞬かせながら身を起こすモラに対して、ベラは労わるように背中を支えてやりながら言い放った。

 

『モラさん、ここは今から危険地帯になります。急いでここから……』 

「……うん、聞いてた。私も残るよ」

『え……?』

 

 この子だけは最優先に避難を……と考えていたベラの頭を、思わず硬直させる返事が返ってきた。

 どうやら彼女は、先ほど交わされたベラと見張りの会話を聞いていたらしい。

 インファントの言語はわからない彼女だがベラの言葉だけは聴き取ることができる為、そこから会話の内容をなんとなく察したのであろう。

 自身の避難、この場からの退避を拒否し、彼女は言った。

 

「レオちゃんの傍で見守るのが、巫女の使命なんだよね? だったら、私も一緒に残るよ。私も、巫女なんでしょ?」

 

 さも当然のように言い切った彼女は、真っ直ぐにベラの目を見据えていた。

 その眼差しに、ベラは思わず息を詰まらせて見入ってしまう。

 力強さと澄み切った美しさを併せ持つその瞳は、ベラが今よりももっと幼い頃……その記憶に深く刻み込まれていたものだった。

 それは先代のインファントの長であり、かつてモスラに仕えていた……母と同じ目だと、ベラは思った。

 故に、ベラは彼女の決心に言い咎めることができなかった。

 

「一人より、二人の方がいいでしょ? 私にはベラさんみたいな力はないけど……ベラさん、なんだかとても寂しそうだったから」

『……っ』

 

 えへへ、と照れたように微笑む彼女の姿を見て、ベラは言い淀む。

 正直に言うとベラは、このモラという少女に対して深い負い目があった。何も知らずに生きていた違う世界の子供を巻き込んでしまったと、悔やんでもいたのだ。

 しかしそんなベラの思いを知ってか知らずか、モラはすっかりこちらに対して気を許した顔をしている。

 自分を巻き込んだベラに対して恨み言一つ言うことなく……無垢なる純真な心が、ベラには太陽のように眩しかった。

 

「とうとい」

 

 毛布の中から顔を出したモラの微笑みを見て、見張りの男が思わず溢れてしまったという具合にぼそりと呟く。

 ほんの少しだけその声を聴き取ったベラは、真っ直ぐに自分を見つめるモラの視線から逃げるように振り向いて問い掛けた。

 

『何か言ったか?』

「私も残ります。ベラ様が神に仕えるのと同じように、巫女様を守ることこそが我々の使命なのです」

『……はっきり言っておくが、この状況でお前にできることは何もないぞ?』

「それでもです」

 

 この年齢で長を務めているという立場もあり、ベラは島の民に対して常に尊大な言葉遣いを心掛けている。侮られないように、要らぬ心配を掛けさせないようにする為に。

 そんなベラの凛とした声に応じる男は、騎士然として片膝をつきながら首を垂れて言った。

 

「今ベラ様を失えば、どちらにせよ我々は終わりです。それならばせめて、最期は貴方の盾になりたい。他の者たちも皆同じことを言うと思いますが……誰もがお守りしたいのです、貴方を」

 

 それはさながら、女王に尽くす臣下のようであった。

 完全に覚悟が決まっている様子の姿にベラは肩を竦め、小さく溜め息を吐いた。

 

「ベラさん、その人はなんて言ってるの?」

『……護衛たちの一部はこの場に残り、私たちの警護を続けてくれるようです』

「そうなんだ……なんだか、騎士様みたいでかっこいいね」

『…………』

 

 モラの言葉は能天気にも聞こえるが、島の長として民に忠義を尽くされるのが悪い気分ではなかったのは確かだった。些か行き過ぎなのではないかという憂いもあるが。

 だが、だからこそ思うのだ。

 誰も死なせたくないと。

 もう誰も、犠牲にしたくないと。

 

『モスラ……』

 

 この状況を覆す為の、唯一にして最大の切り札。

 島の未来を切り拓く為には、神の君臨は絶対条件だった。

 

『貴方が、最後の希望です』

 

 己の身から毛布をはがしたベラは、儀式用のドレスに着替え、白い息を吐く。

 願いを込めた眼差しで振り向いたベラは神の祭壇を――その上に鎮座する、巨大な繭(・・・・)を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それは、銀色の世界だった。

 

 木々を薙ぎ倒しながら地響きと共に、大怪獣アンギラスは前進していた。

 四足歩行の足が振り上がっては接地する度に、大地は南極のような氷に覆われていく。それはさながら野生動物が自らの縄張りを示すマーキングのようだった。

 踏みしめた地を余すことなく氷漬けにしながら前進していく姿は歩いた場所全てを支配したのだと示しており、島そのものを屈服させる姿はまさしく「王」であった。

 

 何者にも、その前進を止めることはできない。

 それは彼と同じ枠組みに括られている「怪獣」とて同じだ。

 

 輝かんばかりの黄金の鱗を纏った龍王の足元には、氷漬けになった100以上もの虫の残骸が散らばっている。それは数分前にかの怪獣の行く手を阻もうと群がってきたメガニューラの成れの果てだった。

 元の島のような温暖な環境でのみ生きられるメガニューラたちは自らの種を守る為、群れの総力を挙げて自分たちよりも遥かに巨大な怪獣へと挑んだ。しかしその行動は、彼らの滅びがほんの僅かに早まっただけに過ぎなかった。

 襲い掛かってきたメガニューラの軍勢を数分で全滅させたアンギラスは、その残骸には目もくれず再び前進を続けていく。風に吹かれたような顔で遺骸を踏み越えていく姿は、自分が殺したメガニューラたちのことを始めから敵とすら認識していない様子だった。

 

 しかし彼は向かっている。

 ただ一体、そんな自分を唯一倒しうると感じた強敵の元へ。

 

 

 

 ――決戦の時は近い。

 

 

 

 





 繭になっている間は三人称視点でいきます
 もすもすファンとしては幼虫で戦う展開を書きたかったのですが、一度戦ってから成虫になるまで時間を掛けていたらその間に島が滅びそうだったのでサクッと繭になりました。おゆるしを


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もすもす

 繭になったところでエタったらカイコ的に美味しいかもと思ってしまった。
 まあエタらないんですが(´・ω・`)


 

 

 ――近づいてくる。

 

 巨大な影が密林の木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる姿は、祭壇の上からはっきりと確認することができた。

 こうして近づけば近づくほど、モラにはその影の強大さが理解できてしまう。

 まるで山だ。あんなものは山が自らの意思を持って自在に動いているようなものだ。人間の手ではどうやっても抗うことの出来ないその威容は、彼ら「怪獣」が生物ではなく自然災害の類なのではないかと感じるほどだった。

 

「レオちゃん……早く……早く……!」

 

 モラは今、恐怖に震える心をお互いに支え合うように、ベラと手を繋ぎながら祭壇の上に立っていた。

 そんな二人の前には五十メートル近い大きさを誇る球形状の物体が鎮座している。

 

 それは、白い糸を幾重にも折り重ねて作り出した巨大な「繭」だった。

 

 繭は今その中で心臓が脈打つようにトクトクと光の明滅を繰り返しており、インファントの希望が覚醒を迎えようとしている様子を窺うことができた。

 

 モスラ――その繭はモラの飼いイモムシである「レオちゃん」が、急速的な巨大化の果てに作り出したものだ。

 モラが見守る中、夜通し不休で歌い続けたベラの声に呼応するように、レオちゃんは変態を遂げた。ベラが言い張った当初は信じがたかった言葉の全てを肯定するかのように、モラのカイコは瞬く間に人間の大きさを凌駕すると、そのまま二十メートルにも及ぶ超巨大カイコへと生まれ変わったのである。

 

 そこで体長の変化が頭打ちになると、レオちゃんはグイッと背中を反り上げるように天を仰ぎ、その口から白い糸を放出した。

 

 まるで消防車のポンプのように豪快に糸を吐き出し続けると、レオちゃんは予定通りこの祭壇に繭を作ったのである。それは思わずモラが声を失うほどに、神聖な光景だった。

 

 それから数時間が経過し、今に至る。

 あの繭の中では今、レオちゃんが懸命に成虫になろうと頑張っているのだろう。

 ベラの話によれば繭の中が明滅し始めたのは羽化の時が近くなっている証拠らしく、今日中には覚醒する筈だとのことだ。

 

 しかし……それでも、この状況ではあまりに遅かった。

 

「アンギラス……!」

 

 この祭壇に向かって一直線に向かってくる巨体を見据えながら、ベラが憎々しげにその名を呼ぶ。

 黄金の大怪獣アンギラス。踏みしめた地を氷漬けにしながら向かってくる姿は圧倒的な存在感を放っており、数キロメートル離れていても余裕で視認することができた。

 これまでベラが歌い続けた成果は間違いなくあり、彼女はモスラ――レオちゃんの成長スピードは文献や壁画に残っていたどのモスラの記録よりも早いと言っていた。

 しかしアンギラスの方もまたそんな大怪獣の存在をはっきり認識しているかのように、最優先に潰しに掛かるように彼女らの前に現れたのである。

 アンギラスの接近により一層強まった冷気に凍えながら、モラとベラがお互いに温め合うように繋いだ手をギュッと握り直す。

 

 このままでは、羽化まで間に合わない……そのことを理解しても彼女らはまだ、繭の元を離れるわけにはいかなかった。 

 

 そしてそんな巫女たちの思いに応えるように、アンギラスの四方から矢が飛び交った。

 

ベラさまたちからはなれろ!

おまえのあいてはおれたちだ!

 

 それはインファントの民による、勇敢にも無謀な攻撃だった。

 矢は黄金の表皮に刺さること無く弾かれ、それどころかアンギラスは攻撃されたことにも気づかず進行を続けている。

 だが、それでも彼らは一秒でも長く繭から注意を逸らす為に、絶え間なく矢を放ち続けた。それが自分たちの本懐であり、使命だと言うように。

 

「みんな……」

『馬鹿っ! 離れなさい!』

 

 アンギラスがほんの少しでも鬱陶しさを感じれば、一瞬にして彼らは全員命を落とすことになるだろう。ハリケーンに向かって矢を放とうとどうにもならないのと同じように、彼らによる黄金の大怪獣への抵抗は何の成果も挙げられなかった。

 そんな彼らに向かって声を荒げるベラに対して、護衛のリーダーが右手で制しながら言った。

 

 ――今のうちに、歌を!

 

 言語はわからずとも、言い放たれた言葉のニュアンスはモラにも伝わった。

 その声にハッと息を呑んだベラに微笑みかけた後、彼もまたアンギラスの元へ走り加勢に向かっていく。

 彼らには彼らの役目があり、ベラにはベラの役目がある。

 モスラの巫女であるベラの役目とは、エリアスの血を引く巫女として神に聖歌を贈り続けることだった。

 

『……モラさん。貴方はここから……』

「言わないで、ベラさん。私も一緒にいるよ」

『……ありがとう……ございます……っ』

 

 貴方は逃げてというベラの言葉を、彼女が言い切るよりも先にモラが拒む。

 その言葉を受けて目尻に滲んだ雫を拭いながら、ベラは再び繭の元へと向き直り、その巨大な姿を見上げた。

 歌とは元々、体力の消耗が激しいものだ。

 仮眠を挟んだとは言え流石の彼女も声が掠れており、気温も相まって身体に限界が来ていることは誰の目にも明らかだった。

 できることならば、モラも一緒に歌ってあげたかった。インファントの言語さえ発声できれば、存分に助けになりたいと思っていた。

 今この場に及んでも、自分にできることは傍で祈ることしかできないでいる。そんな自分の無力さが、モラには悔しかった。

 

『……これが、最後の歌です……』

 

 握ったベラの手が震えているのは、決してこの寒さだけが理由ではない筈だ。彼女とて怖いのである。

 恐怖心を押し殺してまで、ベラはこの場に留まり繭に聖歌を届けている。

 モラはそんな健気な彼女に、ある種の憧憬を抱いていた。

 この子は絶対に死んじゃ駄目だと思い、いや、ここにいる人々を誰一人死なせたくないとモラは思った。

 

(神様、お願い……!)

 

 だからモラは祈った。自分の力ではどうすることもできないとわかっているからこそ、ただ縋った。

 奇跡でも、魔法でも何でもいい。今まで生きていてどの神にも信仰を捧げたことのなかったモラだが、この時一途に願ったのである。

 

 ――そしてその祈りは、通じた。

 

 

 それは、突然の現象だった。

 大地が揺れる。

 インファントの地がアンギラスの歩行とは異なるリズムで動き、モラたちが立っていられない強烈な震動を巻き起こしたのである。

 

「……っ、じ、地震!? こんな時に……っ」

 

 亀裂の走った祭壇の地に膝をついて堪えながら、モラは突然の現象に顔を歪める。

 ベラが最後の聖歌を贈ろうとした矢先に、自然現象までもが敵に回ったのかとモラの心が絶望に染まる。

 

 しかしその絶望は希望であることを、彼女らは直後に思い知ることとなる。

 

『……あれは……』

 

 大地の震動が最大限に達したその瞬間、白雪の降り積もった地は真っ二つに裂けていく。

 そして裂け目の中から這い出るように、くすんだ緑色の山が姿を現した。

 

 ――否、それは山ではなく、怪獣だった。

 

 地中から現れ出た緑色の物体はまず最初に大鎌のような前足をせり出すと、次に橙色の複眼が輝く頭部、細身の胸からかけて伸びていく四本の後ろ足を現して地表に踊り立つ。

 モラたちのいる祭壇と向かい来るアンギラスの間に割り込むように出現したその怪獣は、威嚇するように大鎌を広げながら背中から巨大な羽根を展開した。

 そして、甲高い咆哮を上げる。

 

「また怪獣……?」

 

 山の如く聳える後ろ姿を見つめながら、モラは新たなる大怪獣の出現に愕然とする。

 昆虫のカマキリに似た姿を持つその怪獣は、まさしくその通りの名称だった。

 

『カマキラス……』

 

 その名前を呟いたベラの声に呼応するように、カマキラスと呼ばれた大怪獣は四本の足で大地を蹴ると、一直線にアンギラスへと飛び掛かっていく。

 アンギラスもまた自分と同サイズの敵の出現には無視を決め込むことは出来ず、取っ組み合いになった二体の怪獣はそのまま交戦状態に入った。

 

 両刀怪獣カマキラス。

 体長は約90メートルで、体高は約40メートル。推定体重は2万トンにも及び、鎌の大きさだけでも20メートルある正真正銘の大怪獣である。

 

 それはメガヌロンやメガニューラと同様、先代のモスラ亡き後この島に住み着いていた存在であり、インファントの民を脅かしていた怪獣の一体だった。

 もちろん、過去に被害に遭った民も多いと言う。しかしそんなカマキラスが今このタイミングでモラたちの前に現れ、勇猛果敢にアンギラスへと襲い掛かったのである。

 それはまるで、アンギラスの手から繭を守っているかのような行動だった。

 

「レオちゃんを、守ってくれるの……?」

『……どうなんでしょうか……真意はわかりませんが……』

 

 ただ単に自分の縄張りであるインファント島に侵入してきたからか、はては住みやすかった温暖な気候を一変させた元凶が相手だからか。怪獣であるカマキラスが同じ怪獣であるアンギラスを敵と認識し襲い掛かる理由などは、動物的に考えても多岐に渡る。

 しかし今この時のモラとベラには、感傷的な思考を抱かずにはいられなかった。

 

『今は、ありがたい……』

 

 先代モスラ亡き後の島を荒らし、我が物顔で歩き回っていた一体であるカマキラス。

 インファントの民からしてみればアンギラス同様忌むべき存在であったが、今はその背中が救世主の如く頼もしく見えた。

 人間とは、つくづく現金な生き物である。カマキラスの登場に喜んでしまった己を恥じるように口元を引き締めたベラは、今度こそ最後の聖歌を繭に唄った。

 

 

 

 

 

 

 突如姿を現した思わぬ援軍、カマキラスの出現は間違いなく状況を好転させた。

 巫女たちの護衛たるインファントの民は二体の激突から巻き添えを食わぬよう一時後退しつつ、やぶれかぶれな思いで両刀怪獣に声援を送っていた。

 

「いけー! カマキラスー!」

「いつもムカついていたが、今は頼もしいぜ!」

「頑張れ! 頑張れカマキラス!」

 

 今彼らの前に広がっている光景は、怪獣同士の殺し合いだ。

 カマキラスもまた人を害する凶悪な怪獣であり、断じて人間の味方ではない。

 彼ら人間にとってこの戦いは、勝った方が自分たちの敵になるという残酷なものだった。

 だが、そんなことはこの場に留まった全ての者が理解している。

 理解してもなお、アンギラスを止められるのはカマキラスしかいない現状をわかっていたのだ。

 

 全長100メートル級の怪獣同士が取っ組み合い、大気が弾け大地が割れる。

 

 カマキラスがその大鎌でアンギラスの皮膚を切り裂こうと前足を振り下ろせば、アンギラスはまるでプロレスのヒールのように堂々とそれを迎え撃つ。

 昆虫型故に華奢な体型をしているカマキラスだが、岩石すら両断する威力はインファントの民も知るところである。あの空の大怪獣同様、島ではメガヌロンやメガニューラを捕食しながら暮らしているヒエラルキー上位の大怪獣だった。

 そんなカマキラスの大鎌が、最も鋭利な先端からアンギラスの肩部に食い込んでいく。黄金の皮膚の一部が削れアンギラスも鳴き声を上げたことから、その攻撃がダメージを与えていることがわかった。

 

 ――だが。

 

「駄目だ……」

 

 歓声に沸き立つ一同の中で、巫女の護衛たちのリーダーである男が苦渋の表情で呟く。

 大鎌の攻撃が通じたと思った次の瞬間、アンギラスはその顎でカマキラスの前足を噛み掴むと、二本の後ろ足で立ち上がりながらカマキラスの身体を豪快に持ち上げたのである。

 約二万トンに及ぶ巨体を軽々と宙に浮かせたアンギラスは、その勢いのままカマキラスを雪の地面へと叩きつけた。

 今まで聴いたことのない轟音が響き渡り、その余波だけで全員が雪の地に転げ回っていく。

 

「そんな……」

 

 民の一人が絶望に染まった声を漏らし、這い蹲りながら言葉を失う。

 アンギラスとカマキラス。両者の力の差は、見た目以上に大きかった。

 地面に叩きつけたカマキラスの腹部を、立ち上がる隙さえ与えずアンギラスが踏みつける。

 カマキラスから身の毛もよだつような鳴き声が上がる。それは、人間が上げるものと同じ「悲鳴」だった。

 怪獣同士の戦いであり、カマキラスが人間の味方でないことをわかっているにもかかわらず……それは大の男たちすら目を背けたくなる一方的な蹂躙だった。

 

「あのカマキラスが、手も足も出ないなんて……」

「なんて奴だ……!」

 

 巫女ベラは絶望的な戦力差を事前からはっきりと口にしていたが、アンギラスの戦闘能力は全て彼女の言う通りだった。

 この島に住むどの怪獣たちでも、アレに太刀打ちすることはできないのだと。

 それこそ島全ての怪獣が束になって掛かったとしても、勝てる可能性は塵一つないと感じてしまうほどに、アンギラスは圧倒的だった。

 

 千年龍王――かの怪獣がその二つ名を冠している理由を、この時彼らは目の当たりにした。

 

 だが、だとしても……

 

「……いくぞ、カマキラスを援護する」

「よ、よし……!」

 

 震える心を押し殺しながら、立ち上がったリーダーは自分たちにできる最も愚かで最良の選択を行った。

 怪獣同士の戦いに割り込むことで、己を含む全員が巻き添えを喰らい、命を落とすことになるだろう。

 しかし、彼はそれでも構わなかった。全ては自分たちの敬愛する小さき長の為、一秒でも長く時間を稼ぐ。今こそ己が命を燃やす時だと、先代から巫女を守る為に生きてきた彼らは皆覚悟を決めていた。

 破裂音と青い血飛沫を撒き散らしながら、マウントを取ったアンギラスの顎がカマキラスの大鎌を左足ごと捥ぎ取っていく。

 そうして咥えたそれを無造作に投げ捨てると、今度は完全に息の根を止めるべくアンギラスはカマキラスの喉元目掛けて前足を突き付けた。

 このままカマキラスがとどめを刺されてしまえば、今度こそアンギラスへの対抗手段が無くなってしまう。

 

 ――そんなことは、させない。

 

「おおおおおおおっっ!!」

 

 弓矢の射程内に入った瞬間、インファントの男たちは自らを鼓舞するような雄叫びを上げながらその矢を一斉に放った。

 ダメージを与えられないことはわかっている。少しでも気を逸らせればいい。

 それでも命がけで引き絞った彼らの矢は、一本も外すことなくコツンとアンギラスの爪に命中した。

 これ見よがしに視界に割り込んできたからであろう。アンギラスはその時、初めて自分が小さき者たちから攻撃されているのだと理解した。

 

「…ふっ……美しい顔じゃないか」

 

 目と目が合う。

 カマキラスの喉元に向かって前足を突き付けた体勢のまま、こちらに目を向けたアンギラスと視線が交錯する。

 その時、護衛たちのリーダーである男は自らの死を悟った。しかし、不思議と恐怖は無い。

 

 黄金に輝く龍王(アンギラス)の顔を、不謹慎にも「美しい」と感じたからなのかもしれない。

 

 それこそ生まれた地がこのインファント島でなければ、アンギラスこそが光の神だと信仰していたのかもしれない。

 その口から零れ落ちたのは苦笑だ。

 思わず見とれてしまった己の心を恥じながら、彼は親指を下に向けながら龍王に叫ぶ。

 

「だが、この世で一番美しいのは我らの長だ! 覚えておけド外道っ!」

 

 どこか満足した気持ちに浸りながら、彼は黄金を見上げる。

 そんな小さき者たちに向かってアンギラスは無感情に、彼らを踏み潰すべく自らの尻尾を振り上げた。

 

 しかし、尾は最後まで振り払われることなく停止した。

 衝動的に、アンギラスが動きを止めたのである。

 それは思わずと言うような、どこか人間にも似た反応だった。

 アンギラスは自身が支配しているこの島で、決して見える筈のないものが現れたことに驚いた様子だった。

 

 

 ――それは、眩いばかりの太陽の光だった。

 

 

 

「空が……晴れた……?」

 

 護衛の一人が天を仰ぎ見ながら驚愕に呟く。

 白銀に染まっていた筈の極寒の島から、雪が降りやんだ。

 見上げれば雪雲に覆われた空にぽっかりと穴が空いたように、青空が広がり本来あるべき光が射し込んできたのである。

 

 それを知覚した瞬間、アンギラスは小さき者たちやカマキラスからさえも目を離し、その空へと顔を向けた。

 はっきりと警戒を露わに睨みつけるアンギラスの視線の先に――それはいた。

 

 インファントの民である護衛たちには、一目でその正体を察することができた。

 気づけば全員が、その目から涙を流していた。

 

 そう……あれは――

 

 

 

 

 

      【 モ ス ラ 】

 

 

 

 

 

 真なるインファントの守護神が、覚醒の咆哮を上げた――。

 

 

 

 

 

 

 




 一度やってみたかったフォント演出。映画ならここでやっとタイトルが出てくる感じですね。
 次回からは怪獣バトル。元芋虫視点に戻ります。


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アナザー・モスラレオ

 ポケモン新作のバタフリーが完全にKOM版モスラな件。これは買わなきゃ(使命感)


 

 

 それは、純白の巨大蛾だった。

 

 白い雪が降り積もった繭に亀裂が走ると、神聖な光と共に巨大な羽根が姿を現した。

 その光景を目の当たりにした瞬間、最後まで聖歌を歌い切ったベラが前のめりに倒れ、慌てたモラがその胸を抱き支えた。

 

『やった……』

 

 酷く衰弱した顔色のベラだが、その瞳は希望に溢れていた。繭から生まれ出でた存在を見上げながら、震えた声で喜びを漏らした。

 モラもまた、その姿から目を離すことができなかった。

 

「あれは……!」

 

 内側から折り曲がった二枚の前羽根を起こしながら、内側から窮屈そうに繭を砕くと、外気に曝したそれを丁寧に広げては振り仰いでいく。広げ切った真っ白な前羽根の先端部には、蛇の目玉のような模様が付いていることにモラは気づいた。

 二対の羽根が完全に広がると、空気の感触を確かめるようにゆっくりと羽ばたかせる。途端に巨体がふわりと宙に浮き、繭の中から全長20メートル近くに及ぶ本体が舞い上がった。

 

「レオちゃん……? 本当に、レオちゃんなの?」

 

 その姿を認めた瞬間、モラは自分の知る可愛らしいイモムシと目の前の巨大蛾の姿が全く一致しないことから、思わずそう問い掛けてしまった。

 幼虫時でも繭を作る直前には既に怪獣と呼ぶべき大きさになっていたのだが、生まれ変わった目の前の姿はその大きさだけではなく何か、神秘的な気配が漂っていたのだ。

 

 羽化した巨大蛾の姿は、やはりカイコガに似ていた。

 

 体色は全身が真っ白であり、特徴的なもふもふした毛並みや腹部はまさに巨大化したカイコガのものと言っていいだろう。

 だがそれ以外にも、カイコガとは決定的に違う部位が各所から見受けられた。

 

 はっきりと違いがわかるのが、今もゆっくりと羽ばたいている二対の羽根である。

 

 カイコの成虫カイコガはその自重に対して羽根が薄く小さい為、通常の蛾に備わっている筈の飛行能力を持たない。

 しかし目の前の巨大蛾の羽根は真っ白な色こそカイコガと同じだが、身体に比べた大きさの比率はカイコガのそれではなく、飛行能力を備えていることからもわかる通り頑丈な造りになっていた。

 分厚い前羽根、後羽根が折り重なった形はカイコガのものとは明らかに異なり、沖縄に生息している日本最大の蛾「ヨナグニサン」に似ているのではないかとモラは思った。

 

 一方で頭部の形は触角と複眼共に丸っこく、こちらはカイコガのそれに似ていた。しかしカイコガ、ヨナグニサンとは決定的に違うのは、幼虫時代同様に口があることだった。

 

 自分の知るどの蛾とも当てはまらない唯一無二の姿は、余すところなくモラの琴線に触れていた。

 

「かっこいい……」

 

 皮肉にも雪の地と化してしまったこの地で、映える真っ白な姿へと変貌した巨大蛾の威容を見て、モラは恍惚とした表情で呟いた。未だかつて浮かべたことのない、まるで恋する乙女のような顔だった。

 そんなモラの視線に初めて気づいたように、全体像を現した巨大蛾――レオちゃんが頭上からモラたちを見下ろし、その口を開いた。

 

 そこから放たれたのは、バイオリンとエレクトーンを掛け合わせたような独特な鳴き声だった。

 そしてその声が、「思念」としてモラの頭脳に響く。

 

『あとは、まかせて』

「え……」

 

 口から鳴き声を発したと同時に、レオちゃんの思念らしきものが流れてきたのである。

 その感覚はベラも同様に感じたらしい。ぐったりとした身体をモラに預けながら、彼女は微笑んで頭上の「神」に祈りを捧げた。

 

『モスラ……わたしたちの思いッ……っ……?』

「ベラさん!」

『むりしないで、ベラ。もう、こえでないでしょ?』

「…………っ」

 

 私たちの思い、貴方に託します――おそらくはそう言おうとしたのであろう。言い掛けたところで声が出なくなってしまったベラに対して、身を案じるようにレオちゃんが言う。

 この寒さの中、延々と歌い続けていたのだ。彼女の小さな身体に掛かった負担の程は傍で見守っていたモラが一番理解していた。顔色も大分悪くなっており、発熱もあるかもしれない。そんなベラの身体を労りながら、モラは改めて「神」になったペットの姿を見上げて声を掛けた。

 

「立派になったね、レオちゃん……」

『モラのおかげ。ずっとわたしをまもってくれて、ありがとう』

「ううん、好きでやっていたことだから……こっちこそ、今まで私のこと、元気づけてくれてありがと。ふふ……やっと、お話できたね」

『わたしも、うれしい』

 

 カイコだった頃は、こちらから一方的に話しかけることしかできなかった。

 しかし繭から羽化した巨大蛾は、原理はわからないがこうしてテレパシーのようなもので思念を飛ばすことで、今度こそ言語による意思疎通ができたのである。

 カイコの頃から人間の言葉を理解していたこの子と、ようやく話すことができた。モラはその事実に、言葉では表現しきれない喜びを抱いた。

 

 ……やっぱりこの子は、神様だったんだ。

 

 こうして成虫になった姿を見上げれば、ベラがあれほどまで強く言い張っていたのも納得だ。

 それほどまでに空に浮かぶ巨大蛾の姿は美しく、神聖なものに映った。

 そんな巨大蛾――レオちゃんはどこか呂律の回っていない言葉遣いで、二人の少女に思念を飛ばす。

 

『わたしもずっと、モラとベラとはなしたいとおもっていた。だけど、いまはじかんがない』

 

 カイコだった頃も自分と話したいと思っていてくれたことに感激するモラに見上げられながら、レオちゃんはその緑色の複眼で黄金の姿を睨んだ。

 そうだ、今は時間がない。現実に引き戻されたように、モラはその頬を引き締め直した。

 

 

 ――千年龍王アンギラス。

 

 

 かの黄金は、圧倒的な力でカマキリ怪獣を捻じ伏せている。

 このインファント島の環境を一変させ、今もベラを始めとする民に危害を及ぼそうとしている怪物の姿はすぐそこにあった。

 レオちゃんが繭の中にいた頃から外の状況を把握していたのかは定かではないが、迷いなくアンギラスを睨む姿は今自分がすべきことをはっきりと理解している様子だった。

 

「……大丈夫……? なんとか、できる?」

 

 不安な思いを胸に、モラが訊ねる。

 アンギラスの全長は100メートルを超える。翼長50メートルに及ぶ今のレオちゃんさえも遥かに上回る巨体を持ち、他の怪獣さえもことごとく圧倒した大怪獣だ。

 蛇に噛まれて死ぬ人間よりも、蜂に刺されて死ぬ人間の方が多い。昆虫が爬虫類に劣っているとは一概に言い切れないが、今この場でアンギラスの脅威を目の当たりにしてきたモラの言葉は重かった。

 そんな彼女に向かって、レオちゃんが言う。

 

『やってみないと、わからない。だけど、わたしはモラとベラをまもるよ』

 

 あえて戦いの勝ち負けを明言しないまま、ただ自分が為すべきことを果たすと言い切った。

 そんなレオちゃんの優しげな羽ばたきを受けて、二人の少女の黒髪がふわりと風に舞った。

 

『いってくる』

 

 徐々に羽ばたきを強めながら高度を上げ、ロケットのように天へと舞い上がっていく。

 そうして雲の高さまで一気に躍り出ると、レオちゃんはその羽ばたきで空一面を覆う雪雲を豪快に吹き飛ばした。

 

「…………っ!」

「わぁ……!」

 

 雪雲が物理的に吹き飛ばされたことによって久方ぶりに射し込んできた太陽の光が、天で羽ばたくレオちゃんの姿と重なり新たな光点となる。

 そんな巨大蛾の口から上がった甲高い咆哮は、島に存在する全ての生命に対して己の存在を知らしめているかのようだった。

 

 ――今この地に、女王が蘇ったと……そう宣言するように。

 

 そんな派手すぎる演出を受けては眼下のアンギラスも即座に気づき、彼は足蹴にした満身創痍のカマキラスを他所に天空の巨大蛾を見据えた。

 忌々しげに睨むアンギラスはカマキラスと相対した時以上の凄まじい雄叫びを上げ、モラたちの鼓膜を震え上がらせた。

 そんな二大怪獣による鳴き声の応酬は、モラの目には二体の間で何らかの対話が行われているように見えた。

 

 

 ――だが、二体は程なくして動き出す。

 

 

 二体ともまるでそうするのが当然だと言わんばかりに、お互いに攻撃を仕掛け合い、戦いの火蓋が切られたのである。

 そして開戦の幕が上がったその瞬間、真っ白だったレオちゃんの両羽根の色は森林の如き眩い「緑」へと変化し、極彩色の模様を浮かび上がらせながら神々しい光を発した。

 戦闘形態に移行した巨大蛾の変貌ぶりを見て、驚くモラの傍でベラが瞳を震わせる。

 

「……モスラレオ……グリーンモスラ……!」

 

 彼女が掠れ切った声で告げたのは、希望の名だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吾輩はモスラである。名前はレオちゃん。

 

 

 ベラの歌で頭が沸騰しそうなほど力がみなぎり続けていた吾輩は、何かこう、イモムシ的な本能が赴くままに超スピードでの脱皮と巨大化を繰り返し、口から糸をぶちまけ繭になった。

 繭の中で成虫への変態を行っていた間、吾輩はずっと夢を見ていたような気がする。その夢の詳しい内容は覚えていないが、人間だった頃の吾輩が、何故か抱き枕サイズのイモムシと一緒にどこかでゴロゴロしていたような……そんな、みょうちきりんな夢だった。

 なにゆえそのような夢を見たのかはわからないが、まあ夢などそんなものだろう。しかし、何となくいい夢を見ていたような気がする。

 

 まあ、それはそれとして。

 

 さて、繭の中で無事変態を遂げた吾輩は、意識の覚醒と同時に意気揚々と繭から這い出てきた次第である。

 もちろんイモムシから蛾への変態など前の人生を含めても初体験であり、正直言って結構な不安と恐怖を抱えていたものだ。

 無事に羽化できるのかという根本的な問題もそうだが、一番怖かったのは内面的な変化である。

 

 ……実を言うと糸を撒き散らし繭を作っていた時の吾輩は、ほとんど理性が残っていなかったのだ。急激な成長による副作用やトランス状態のようなものだったのかもしれないが、あの時は頭が焼けるように熱く、今にして思えばモラとの約束を頭の中で反芻することでどうにかこの心を保つことができたように思える。

 もしも吾輩自身が生半可な気持ちで成虫になろうとしていたならば、今頃吾輩は心までもが怪獣となり、モラたちのことを傷つけていたかもしれない。外面上はどう見えていたかわからないが、あれはそう感じてしまうほどに危険な状態だった。

 

 だが、それでもこうしてこのようなことを冷静に思考できているということは、精神面の変化は幼虫時代と変わっていないようである。良かった良かった。ありがとう飼い主様。

 

 一方で、想像以上に姿が変わってしまったようだが……

 

 

 最初に繭から外に出てきた時は、氷漬けの地に反射された吾輩自身の姿を見て愕然としたものだ。成虫となり姿が変わり果てた吾輩は、最後に見た時と変わっていないモラたちの姿を見て安堵を抱き、次にアンギラスの姿を見て使命感を抱いた。

 

 そして今吾輩は、やたらと大きな鳴き声が出せるようになった口で叫びながら、かの龍王に向かって躍りかかっている。成虫になっても口が無くなってなくて地味に嬉しかったのは内緒だ。カイコガ的に考えて。

 今でも桑の葉を食べれるかはわからないが、口があるおかげでできることは多い。

 

 ――聞こえているか? 金色の、お前の目的は何だ?

 

 アンギラスサイドからどう聴こえているのかはわからないが、吾輩は目の前の黄金に向かってそのような旨で思念波を発している。

 これも成虫になったことで使えるようになった、吾輩(モスラ)の能力の一つである。

 いわゆる「テレパシー」のようなものだ。この力を使ってモラと話せたことは、それはもう言葉にできないくらい嬉しかった。イモムシだった頃であれば、喜びに踊り狂っていたぐらい吾輩は舞い上がっていたものだ。

 

 吾輩も怪獣となってしまった今、同じ怪獣同士でもあるのだし奴にもこのテレパシーが通じるのではないかと思ったが……しかし困ったことに、発したはいいが吾輩サイドの方がアンギラスの返事を理解できないでいた。

 送信はできても、受信はまた別と言うことか。それとも、巫女である二人にしか通じない能力なのであろうか。こちらからテレパシーで思念を送ることができても、返ってくるのは獣の咆哮だけだった。

 アンギラスが殺意を込めた目で吾輩を睨み、脇目も振らずに飛び掛かってくる。その姿を見るに、吾輩のテレパシーが伝わっているか否かは別として、あちらが戦う気満々であることはわかった。

 

 ……ならば、やむを得ない。

 

 大ジャンプで空中へと飛び出してきたアンギラスの前足を避けながら、吾輩は擦れ違いざまに羽根ビンタを浴びせ一度目の接触を交わした。

 よしよし、どうなるものかと思っていたが、我ながら思い通りに空を飛べるものだ。こんなに飛び回るとかカイコ失格だな。しかしこの身体に刻み込まれた本能なのであろうか? 不思議なことに、吾輩の頭には今の自分に備わっている己の能力が自転車に乗るよりも馴染み深いイメージでインプットされていた。

 怖くもある。吾輩の肉体は自分が「モスラ」であることを、ごく自然なこととして受け入れているのだ。

 

 ……まるで本当に、最初からこの身体(モスラレオ)だったかのように。

 

「――――!!」

 

 アンギラスが吠える。前足で思い切り足元を叩いた瞬間、叩いた地面から氷漬けにされた地表が隆起し、刃となって空中へ射出されていく。なにそれ怖い。

 吾輩は飛べるがアンギラスは飛べない。制空権はこちらの欲しいままにあるが、どうやらアンギラスにはツメや尻尾以外にも攻撃手段があるようだ。

 器用にも地面そのものを原料に撃ち出してきた氷の刃の嵐から、吾輩は一旦距離を取り空へ舞うことで逃れていく。あのまま追撃を掛けようと近づいていれば、あえなくこの羽根が貫かれていたところだ。

 そう言う戦い方ができるということは、見た目よりも頭がいいと見て間違いないだろう。なんとも酷な初陣である。

 

 ――それがお前の答えならば何も言うまい。吾輩はお前を、友の地の侵略者として排除するまでだ。

 

 依然吾輩に対して敵意を剥き出しにしているアンギラスにはもはや無駄だと思うが、念の為警告を言い渡しておく。

 千年龍王アンギラスは、元カイコである吾輩が対話を意識しながら戦って勝てるような相手ではない。この怪獣の強さは、吾輩(モスラ)もよくわかっていた。

 

 

 ……む? この違和感……いや、今は忘れよう。

 

 とにかく交戦が避けられないのであれば、余計なことに構う余裕はない。

 この身に宿った全ての能力を使い、退けるまでだ。

 今の吾輩には、それが不可能ではないと感じるほど全能感があった。モスラ――その力はあまりにも巨大すぎて、少しでも気を抜けば吾輩自身の心が飲み込まれてしまいそうなほどだ。

 これが、怪獣のデフォルトだと言うのであれば……この世界はあまりに絶望的すぎる。

 世界さえ破滅させられる守護神の力……本来ならこれは、吾輩のような紛い物が行使すべきではないのだろう。

 

 だがそれでも……今は存分に振るわせてもらおう!

 

 

 ――クロスヒート・レーザー!!

 

 

 吾輩の額から迸り出た虹色の光線が、黄金の鱗を貫いた。

 

 





※アニヲタwikiより引用 以下平成モスラシリーズモスラの技


 鱗粉:翼から撒く鱗粉。下記のような様々な技を発生させる他、電磁フィールドを発生させて撒いた範囲内の敵に電撃を浴びせる。デスギドラは死ぬ。

 クロスヒート・レーザー:額の三つのレンズ状器官(ヒート・トリプル)からのレーザー。かなりの速度で連射が可能なメイン武器。デスギドラは死ぬ。

 スパークリング・パイルロード:映画一作目では鱗粉を撒き、その中に光の柱を作り出してデスギドラを圧殺するという見た目も派手な技だった。二作目からは腹部から極太ビームを放つ技になっている。デスギドラは死ぬ。

 エクセル・ダッシュ:エネルギーを纏い、最大速度(マッハ85)で体当りする。デスギドラは死ぬ。

 シャイン・ストライク・バスター:鱗粉を撒きレンズを作り、太陽光を増幅して真下の敵に照射する。この技でデスギドラを戦闘不能に追い込んだ。最高温度は太陽の表面温度の20%(おおよそ1200℃)に達する。デスギドラは死ぬ。

 イリュージョン・ミラージュ:無数の小型モスラに分身、纏わりついて攻撃する。デスギドラは死ぬ。

 パルセフォニック・シャワー:植物をよみがえらせる力。デスギドラに生命力を吸われた北海道の原野を復活させた。モスラの背中に乗せてもらえるのウラヤマシイ……


 以上が原作のグリーンモスラの技です。殺しても死なないデスギドラが相手だからってこのサンドバッグぶり! 幼女こわい……((((;゚Д゚))))

 本作のモスラの見た目はこのお方に近いオリジナル怪獣という感じですね。性能は結構落ちますが。名前はアナザー・モスラレオとかそう言う感じで。状況に応じて羽根の色がグリーンになったり真っ白なカイコカラーになったりするのはKOM版リスペクトです。


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モスラ対アンギラス

 クロスヒート・レーザー。この額にある三つのレンズ状器官から放つレーザービームである。

 そんな大層なものが自分の身体から発せられるようになるなど羽化する前までは想像もしていなかった吾輩だが、使い方ははっきりとわかる。空の飛び方同様、モスラとなったこの身体の能力一つ一つが不気味なほど違和感がなく頭の中に刻み込まれているのだ。やけにキラキラした横文字の技名も同様に、自然と頭の中に浮かんできたものだった。

 そんなクロスヒート・レーザーは吾輩自身も驚く威力と弾速を発揮しアンギラスを狙い撃ち、幾度も連射を重ねることによって激しい爆発が黄金の鱗に巻き起こった。

 飛び道具があるのは体格差で大きく劣る吾輩にとって幸いだった。怪獣と呼ぶに相応しい大きさになった吾輩だが、それでもアンギラスとの体格差は大きい。あの巨体に組み伏せられれば最後吾輩に勝ち目がなく、その点レーザービームという遠距離からの攻撃手段はこちらのアドバンテージである飛行能力を存分に生かすことができた。

 これには流石のアンギラスも堪らぬだろうと確かな手応えを感じながら、吾輩は空中を旋回しつつなおもビームを連射する。

 何分これが初陣なのだ。怪獣の身体を持ちながら人間の臆病さを併せ持つ吾輩は、相手の土俵にだけは入らぬように慎重に距離を保ちながら、アウトレンジからの攻撃で着実にダメージを与えていった。

 

 ……しかし。

 

「――――!!」

 

 アンギラスが咆哮を上げると、黄金に染まる奴の背中の棘が一斉に青白い光を発生させた。

 瞬間、吾輩は羽ばたく羽根の感触から大気の変化を知覚する。

 アンギラスを囲む周辺の気温が、異常なほど急激に低下しているのだ。

 何をしようと言うのだ……? 訝しむ吾輩の思考に応えるように、アンギラスの身体を突如として水晶のように透明な膜が覆った。

 

 それは、氷の鎧だった。

 

 アンギラスは己を取り巻く周囲の大気から全ての水分を氷結し、黄金の表皮の上に全身を覆う氷の鎧を生成したのである。

 鎧の強度は非常に高く、吾輩が放つクロスヒート・レーザーはアンギラスの皮膚まで到達することができなくなってしまった。

 しかも鎧の原料は全て大気中の成分で作られているが故に再生が可能であり、一発のビームが鎧を撃ち砕いたところで破損個所から即座に新しい氷が生成され、二発目のビームが来る頃には鎧は完全に元通りになっていた。

 氷の鎧を纏ったアンギラスの全身は鉄壁の要塞だ。

 何発かビームの連射を続けてみるが、最初に直撃を与えた時のような手応えは無い。僅か数発受けただけで、黄金の龍王はクロスヒート・レーザーへの対策を確立させてきたのである。

 超常的な能力を持っているのは、お前だけだと思うなと――心なしか、吾輩を睨むアンギラスの眼差しはそう言っているように見えた。

 怪獣だらけの世界の中で「千年龍王」などという通り名を冠しているのだ。この身体(モスラ)が神ならば、アンギラスも同じ領域の化け物だということであろう。

 ……冷静に分析している場合ではないな。

 アンギラスの射程外である高高度からのレーザー攻撃が通用しないのならば、攻め方を変える必要がある。この島には二人の少女がいる以上、根競べの長期戦を行うことでこれ以上島の環境を悪化させるわけにもいかなかった。

 

 ――故に、ここは接近する!

 

 羽根を広げ再び空を覆おうとする雪雲を蹴散らしながら、吾輩は弾みをつけて急降下し、ドリルのように全身を回転させながらクロスヒート・レーザーを連射する。

 いくら氷の鎧を纏おうと、狙いを一点に集中すれば内部へのダメージは免れない筈だ。高高度からではなく一キロ圏内にまで距離を詰めれば、今の吾輩には精密な射撃を行うことができた。モスラの身体には、それほどの超感覚が備わっているのである。

 

 だが、それは奴の間合いに自分から飛び込んだことを意味している。

 ここからが、アンギラスとの本当の戦いと言えた。

 

 そしてこちらが警戒した通り、アンギラスが再び動きを見せた。

 

 全身に氷の鎧を纏ったことで動きが鈍重になっていないものかという希望的観測を抱いていた吾輩だが、アンギラスはそんなこちらの思惑に反して身軽な跳躍を見せると、バックステップを踏むような動きで一度後退し地を踏み締め、後ろ脚をバネにして一気に駆け出した。

 吾輩が降下しながら放ったクロスヒート・レーザーは回避され、逆にカウンターを仕掛けられたというわけである。

 アンギラスは狼のように俊敏な動きで吾輩の懐に飛び込んでくると、そのモーニングスターのような尻尾をハエ叩きのように縦一文字に振るってきた。

 

 だが吾輩も、ハエのように潰されるつもりはない。

 

 吾輩は急ブレーキを掛けながら全身をプロペラのように半回転させると、この羽根目掛けて叩き込んできたアンギラスの尻尾を紙一重でかわす。

 大質量から来る風圧の余波である程度の衝撃を受けたものの、この程度ならば涼しいものだ。

 そのまま背面飛行を行いアンギラスの前方へと回り込んだ吾輩は、至近距離からこちらを見下ろす黄金の顔と視線を合わせた。

 

 ……意外に、愛嬌のある顔をしている。だが、その頭の後ろで吾輩を押し潰そうと前足を振り上げている姿はちっとも可愛くない。

 

 ――やらせるか、これでも喰らえ!

 

 吾輩の腹部から照射された光の波動が、接射に近い距離からアンギラスの頭部へと襲い掛かる。

 技名はスパークリング・パイルロード。この羽根に満ち溢れるエネルギーを鱗粉を介して腹部へと集束し、一気に放射する極太のビームである。根も葉もない言い方をすればかめはめ波的なアレだ。

 連射は効かないがその威力はクロスヒート・レーザーを凌ぎ、今の吾輩に使える中では最強の飛び道具だ。

 背面飛行で丁度腹を向けた体勢になっていた吾輩は、この技を至近距離から浴びせることができた。アンギラスもまさか蛾の腹からビームが飛び出してくるとは思わなかった筈である。閃きの一瞬、大きく目を見開く姿が吾輩の複眼に映っていた。

 

 だが……ここで吾輩にとって予想外だったのは、この一発を受けてもアンギラスの動きが鈍らなかったことだった。

 

 着弾点から氷の鎧が砕け、皮膚が爆ぜながらもアンギラスは反撃を行う。ノーガード上等とばかりに食い縛ったアンギラスが、一撃離脱を図ろうとした吾輩を逃さず前足を振り下ろしたのである。

 

 

 

 ――その一瞬、吾輩は意識が飛んだ。

 

 スパークリング・パイルロードの直撃によってある程度威力を殺すことができたから良かったものの、最後まで腕を振り切られていたらその爪でこの身体が切り裂かれていたかもしれない。もはや驚きを通り越して呆れるしかない馬鹿力である。

 それほどまでに、今の一撃は痛かった……たった一撃貰っただけで正直血反吐を吐きたくなるような激痛だったが、どうにか体勢を立て直し、吹っ飛ばされた吾輩は墜落だけは避けるようと懸命に羽ばたきながら再び上空へと舞い上がった。モラたちは、さぞ胆を冷やしたであろう。吾輩は大丈夫だ。

 しかし今のでわかったが、この身体は一撃いいのを貰ってもかなり痛いで済む。命に別状はないし飛ぶのにも支障は無かった。

 この時、吾輩は吾輩自身(モスラ)に備わっている想像以上の頑丈さから確かな手応えを感じていたのだ。

 前世からタイマンだとか喧嘩だとかには全く縁のなかった吾輩だが、スピードはもちろんパワー、ある程度のタフネスも備えているこの身体ならば戦える。何より吾輩には今、二人の巫女がついているのだ。モラにはアンギラスを倒せるかはやってみなければわからないと言ったが、この力がある限り、今の吾輩には負ける気がしなかった。

 

 ――さて、どうする千年龍王よ。お前もまだ力を隠しているのだろう?

 

 痛み分けの結果にはなったが、至近距離からのスパークリング・パイルロードを受けたことで吹っ飛び、雪の下からおびただしい土煙を巻き上げながら倒れ込んだアンギラスの姿を空から注視する。

 さっきの一撃は吾輩も痛かったが、奴が受けたダメージはもっとであろう。しかし見た目通り、奴の身体も頑丈にできているようで、ダウン状態から立ち上がるスピードは吾輩が戦線に復帰するのとほぼ同じだった。

 そのアンギラスが、黄金の皮膚から緑色の血液を流しながら見上げてくる。

 

 吾輩の頭脳に「声」が響いたのは、その時だった。

 

『この力……やはりお前が今代のモスラか。随分と姿が違うが……』

 

 言葉ではない。これは吾輩がモラたちに送ったのと同じ――思念波だ。

 今まで吾輩からは何を語り掛けても反応がなかったアンギラスだが、黙ってこちらを窺っている様子を見る限り、この思念は奴のものに違いない。やはり知能を持っていたか。

 こちら側がある程度の武力を披露したことで、ようやく対話に応じる気になったと言うことだろうか? 対話の舞台に上がるにもまずは相応の武力が必要とは、怪獣社会も世知辛いものだ。

 睨みながらもひとまずは攻撃の手を止めたアンギラスが、今度は不思議そうな声で吾輩に問い掛けてくる。

 

『だが、何故だ? モスラならば何故、このオレと敵対する?』

 

 それは、疑問の言葉だった。口ぶりから察するに、奴には先代やそれ以前のモスラと面識があるのかもしれない。

 だがそんな考察は後回しにし、吾輩は聞かれた問いに答えることにする。

 

 ――知れたこと……吾輩がこうしてお前と戦うことになったのは、この島を守る為だ。お前はこの島に対し侵略行為を行った。敵対する理由はそれで十分だ。

 

 今更被害者ぶられても困る。何が目的でここに来たのかは知らないが、ただでさえこのインファント島は怪獣だらけでベラたち人間が肩身の狭い思いをしていたのだ。そこに気象環境さえ破壊するお前の移住を受け入れる余裕があるわけないだろう。

 そちらの侵略行為に悪気がなかったのなら申し訳ないが、移住するならば他をあたってくれ。お前ほどの力があれば、住み心地のいい場所なんて他にいくらでもあるだろう?――と、吾輩は質問に答えながら抗議の声を送る。

 今の吾輩は島の代表であり、民を守る守護神でもあるのだ。強気に出るべきところではしっかりと強気に出なければ、侵略者の思い通りになってしまう。故に努めて厳かに言ってやった。だからイキり芋太郎とは言わないでくれ。

 

 しかしそんな吾輩の返答に対して、アンギラスから返ってきたのは呆れと怒りの声だった。

 

『愚かな……オレと同じ守り神ともあろうものが、何と狭い視野か。お前は今破滅に向かおうとしているこの世界で、たかが島一つを守る為にオレを排すると言うのか? 今再び復活しようとする我が「盟友」を、唯一止める力を持つこのオレを!』

 

 ……何を言っている?

 アンギラスは島を守る為に迎撃に出たという吾輩の声が何故かお気に召さなかったようであり、吾輩の行動を激しく批難してきた。

 自分たちの島を守ることの一体何がどう視野が狭いと言うのか? 至って当たり前のことをしているつもりの吾輩としては、アンギラスの声は要領を得ないものだった。

 わけがわからないよと首を捻る吾輩の姿を見て、アンギラスが何かに気づいたように呟く。

 

『そうか、お前……前のモスラから記憶を継承していないのだな。なるほど……道理で前と比べて、送られてくる思念波が幼いわけだ』

 

 む、記憶の継承? 何のことだ?

 思念が幼い? えっ、この口調幼く聴こえるの?

 呆れかえったようなアンギラスの態度から察するに、吾輩のテレパシーは相手からすると聴こえ方が違うようだ。会話が成り立っている以上言葉の内容まで間違えているわけではなさそうだが、そのようなズレが生じているのはまだ吾輩がモスラとして未熟であるが故の弊害か。

 そんな吾輩の姿を地上から真っ直ぐに見据え、アンギラスの双眸が輝く。

 

『ならば見せてやろう。これが……世界だ』

 

 

 ――その瞬間、ふと吾輩の脳裏に廃墟の町並みが映った。

 

 まるで映画のように広がる、こことは違う別の場所の風景。

 これは……このビジョンは、アンギラスの記憶か?

 

 それは、数多もの異形の怪獣たちだった。

 それは、空から降り注ぐ数多ものミサイルだった。

 

 全ては人類が一か所に集めた怪獣たちを一斉に始末する為に放たれた、数十発もの戦術核。

 

 そう、核兵器である。

 

 人類の英知と罪の結晶である最強の兵器、核。

 護国聖獣アンギラスが守護していた東方の地ごと巻き込んで放たれた核の炎は、人間たちの目論見通りおびき寄せた怪獣たちの大半を焼き尽くし、滅ぼしていった。

 

 しかし核兵器の爆発によって地上は汚染され、おびただしい量の放射能が空に海にと拡散していった。

 それは世界滅亡の引き金だった。

 放射能に反応し、誰も踏み入ったことのない海底深くで眠っていた「黒い何か」が赤く発光したこともつゆ知らず、人々は喜びの声を上げていた。

 

『愚かなる人間たちの火によって、今まさに我が盟友が蘇ろうとしている。そう……』

 

 吾輩には、その「黒い何か」が何者であるのかはわからない。

 わからないし、ベラからも聞いていない。もちろんこの目で見たこともないのだが……アンギラスから送られてきた廃墟と海底のビジョンは、吾輩に備わるモスラとしての本能がけたたましく警鐘を鳴らしていた。

 

 あれは……あんなものが海底に眠っているというのか?

 あれが今、海底から目覚めようとしている?

 

 それは、今目の前にいるアンギラスさえも遠く及ばない。そう感じてしまうほどの圧倒的な絶望が、ビジョンに映る黒き龍から放たれていた。

 その存在の名を、アンギラスはこう呼んだ。

 

 

ゴジラだ

 

 

 そしてそれこそが、アンギラスがこの島を訪れた理由なのだと理解した。 

 






やっぱり王の相方と言えばアンギラス君だと思うの


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モスラVSアンギラス

 

 ゴジラ――その名前を聞いた瞬間、吾輩は今まで一度も聞いたことがなかった筈なのに、どこか懐かしい気持ちになった。その懐かしさと同じかそれ以上に警戒心が高まってしまうのも、おそらく「モスラ」がその「ゴジラ」と何らかの因縁があるからなのであろう。詳細は今の吾輩にはわからないが、「ゴジラ」という存在が桁外れの力を持つ大怪獣だということは理解できた。

 

 だが、それで……それが、お前がこの島を襲うのとどう関係がある?

 

 海底深くに眠っている存在、ゴジラ――まさかそれが、この島の近くに眠っているなどとは言うまい。

 言わなかったが、モスラには人間が持つ五感以上に優れた超感覚が備わっている。的が大きいからとは言えアンギラスに対してド素人である吾輩が上空からの射撃を正確に命中させることができたのもこの感覚の恩恵が大きく、この超感覚を持ってすれば島に住む怪獣の気配探知などもお手の物である。

 アンギラスにあのビジョンを見せられた吾輩は、もしやと思い島の中や近海の気配を探ってみるが、ゴジラらしき弩級の怪獣は見当たらなかった。即ち、この島の近くにゴジラはいないということだ。

 そう言い切る吾輩に、アンギラスが返す。

 

『モスラよ、この島はいい場所だな……』

 

 ……何を、今更。

 その島を氷漬けにしようとした侵略者が何を言うか。

 

『そうだ、この島には星の力が満ちあふれている。お前自身、その力を得た以上わかっている筈だ。この島には、オレたち怪獣の力を高めるエネルギーが集まっていることが』

 

 えっ、なにそれ。

 ……いや、思えば吾輩がこの姿になれたのも、おそらくベラが案内してくれた祭壇の影響が強い。ただのカイコに過ぎないと思っていた吾輩が巨大化できたのは全て特殊な力を持つベラの歌のおかげだと思っていたが……彼女の歌にプラスして、それ以外にも吾輩の成長を補助したものがあったとしたら?

 ……なるほど、それならば確かにこう考えることもできるか。このインファント島そのものが、怪獣が育つに当たって最適な環境であると。

 道理で他所から大勢の怪獣が集まってくるわけである。

 星の力と言った固有名詞は、おそらく吾輩を成長させた不思議パワーのことを指しているのだと解釈する。

 

 つまりあれか、アンギラスは力を求めてこの島を訪れたということか。

 

『この島をオレに渡せ。そうすればオレはさらなる力を身に着け、我が盟友ゴジラをもう一度封印することができる!』

 

 確かに今の吾輩の力の源がこの島にあるのだとしたら、元々が大怪獣であるアンギラスがその恩恵に預かった時、どんな化け物になるのか想像もつかない。

 それこそ海底深くで目覚めの時が近づいているゴジラにも、対抗する力を得られるかもしれないだろう。

 ああ、そういうことか……納得した。

 さしずめ、アンギラスは大魔王復活を阻止せんと立ち上がった勇者と言ったところか。

 そして吾輩は、世界滅亡の危機に空気を読めないお邪魔虫か。

 ……………………。

 

 一応聞いておくが、ゴジラの封印が成功した後はどうするつもりだ?

 

 

『人間を滅ぼす。奴らこそ、この星で最も唾棄すべき存在だ』

 

 

 コイツの方が大魔王だった件。

 そうか……やはりそうなるか。うむ、なんとなくそんな気はしていたよ。今よりさらに力を得て、それによって世界滅亡の脅威を取り除いたところで、その後大人しくしているような奴には見えないものな。

 しかし、何故そんなことをする?

 

『奴らはこの星を傷付け、あまつさえ我が盟友の覚悟を踏みにじった。……そして、このオレを裏切った。滅ぼされるには既に、十分すぎる業を背負っている』

 

 おお、もう……滅茶苦茶人間のこと憎んでいらっしゃる。

 まあ人類という種が人外目線から見たら碌なことをしていないというのはわかる。環境は汚染するし特に理由も無く他の生き物を虐殺したりすることもあるし、核兵器の問題なんかは最たる例であろう。

 アンギラスの記憶を見せてもらったところ、アンギラス自身もまた核ミサイルの何発かを喰らってしばらく療養していたようだ。

 

 しかも喰らったその核ミサイルは、人間側の裏切りで放たれたものときた。役満すぎる。

 

 ――そう、アンギラスは元々モスラと同じ守護神だったのだ。正確には「護国聖獣」というらしいが。

 

 かつてアンギラスもまた東方の地を守る守護神として、他所から自国に攻め入った怪獣たちと戦っていた。

 守る対象には自国に住まう人々も含まれていたし、人間側からしてみれば彼もいわゆる「いい怪獣」として扱われていたのだ。

 しかし、その関係は呆気なく破綻した。先に見たビジョンの通り、人類の怪獣殲滅作戦によって島を守る為に戦っていたアンギラス諸共、核の炎が襲い掛かったのである。それは彼からしてみれば、後ろから撃たれたに等しい裏切りであろう。

 それでも死ななかったアンギラスは流石だが、人類の攻撃で自身も傷ついた上に、守っていた国は放射能に汚染され生き物が住めない環境になった。彼は守ろうとしたものも、護国聖獣としての存在意義さえも奪われてしまったのだ。滅ぼしたいほど人類を恨むのも当然だろう。

 

 吾輩としては、なまじ人間側の気持ちもわかってしまうだけに掛ける言葉が見つからない。人間側もそれほど切羽詰まっており、国一つ犠牲にしてでも被害を食い止めたかった状況であることは想像できるのだ。人類にとって怪獣たちの存在はあまりに強大すぎたから。

 

 尤も、アンギラスを含め核攻撃でも仕留めきれなかった怪獣は何体か居り、しかも作戦が終わった後になって東方の地どころか世界中に新たな怪獣が大量に目覚めてしまう始末である。

 結果的に国一つを犠牲にした核攻撃は、その犠牲に何ら見合っていなかったことが明らかになり、人類は世界規模で絶望するという有様であった。

 その上、本来味方になってくれる筈だった守護神のアンギラスにすら見放されてしまい……自業自得感は否めないが、人類は四面楚歌というこの時代の出来上がりである。

 

『そうだ、人間は守る価値のない存在だ……お前の片割れたる破壊神もそう言っていたぞ』

 

 破壊神……バトラのことか。ああ、奴なら真っ先に核を撃った人間を襲いそうだ。

 む、バトラってなんだ? 後でベラに聞いてみよう。まあ、それはそれとしてアンギラスの目的はよくわかった。

 要するにこのアンギラスは闇落ちした勇者みたいなものか。言っていることが間違っていない分、自分の為に皆死ねとか言う系の大魔王より厄介である。

 それほどまでにアンギラスの怒りは激しく、心に巣食う闇は深かった。少なくとも吾輩の説得が通じる手合いでないことだけは確かであろう。

 

 ――そして、コイツはここで殺すしかない存在だということもわかった。

 

 

『このオレを殺すだと……正気か?』

 

 話を聞いて道を空けるどころかより戦意を昂らせた吾輩を見て、アンギラスが問い掛ける。

 ……まあ、正気ではないのだろうな。今の吾輩は。

 力を得るためにインファント島を支配し、その力で目先の脅威であるゴジラを封印した次には地球の敵である人類を抹殺する。それはこの星を守る守護神としては、満点に近い行動かもしれない。

 吾輩としても正直言って、この世界がどうなろうとそこまで関心はない。もちろんそうなることでモラとベラが悲しむのなら阻止したいと思うが、一番大切なのはやはりあの子たち自身の安全と幸せなのだ。

 その為には最悪、滅びゆくこの世界はすっぱり諦めて島の人間だけモラのいた平和な世界に送り飛ばして移住させればいいし、今の吾輩になら多分それができる。

 だからアンギラスが力を得ようと、ゴジラが目覚めようと、この世界の見知らぬ人類が大ピンチになろうとそこまで興味が湧かないのだ。自分の目の前でそういう目に遭っていたならともかくとして。

 まあそんな、守護神モスラとしてはクソ野郎もいいところな吾輩であるが……その辺りの精神性は元来の気質故致し方無いだろう。吾輩にだって守る対象を選ぶ権利はある。モスラになったとは言え、できることには限界があるのだと自己弁護しておく。

 

 ――しかしだからこそ、吾輩は今このアンギラスを撃退ではなく殺さなければならないのだ。二度とこの島に来れないように。

 

 アンギラスにこの島を明け渡す……これは無しだ。奴に支配された環境ではベラたちが生きていけない。よってNG。

 そうするとゴジラの封印ができなくなるというのがアンギラスの言い分であろうが……これは正直言ってわからない。この島で力を得たアンギラスが本当にゴジラを封印できるのかという疑問もあるし、逆に彼のようなデンジャラスモンスターに頼らなくても、就寝中の今のゴジラなら吾輩でも頑張れば封印できるのではないかと思うのだ。それが吾輩の自惚れに過ぎず、封印できなかったらもうどうしようもない。それこそインファントの民だけモラの世界に送り飛ばして、大人しくこの世界の滅亡を待とう。ベラは盛大に曇るだろうが、こればかりは……本当に申し訳ない。

 

 後のことはこちらで何とかするさ。だからアンギラスの要求は聞き入れられない。

 彼が滅ぼすと言う人類には、モラとベラも含まれているのだ。島を侵略しようとしている上にそんな悪意を持つ者を、生かしておくわけにはいかない。アンギラスはモスラとしてではなく、吾輩から見て許容できない敵だった。

 

『……呆れた守護神だな。その結果、お前が死ぬことになってもか?』

 

 吾輩はまだ死ぬわけにはいかない。吾輩の後ろにはあの子たちがいるからな。

 確かに人間には悪い者もいるが、そうでない者もたくさんいる。吾輩は彼女らが好きなのだ。だから吾輩は――

 

 ――レオちゃんは、アンギラスを許さない。

 

 

『やはりお前は人間の味方をするか。あの破壊神の言う通り、どこまでも甘い奴だ……』

 

 吾輩の戦線布告に対して、アンギラスが嘲るように言う。

 ここまで考えに隔たりがあってはもはや対話による解決は不可能である。

 アンギラスもそう思ったようで、再び大気が震え殺気が強まった。吾輩も再び戦闘態勢に入り、今度は撃退ではなく殺害する気で羽根から力を振り絞る。

 

『守護神の面汚しめ、消え失せろ!』

 

 アンギラスが上げるけたたましい咆哮には、この世界への怒りや憎しみが込められていることがわかった。

 その叫びが彼自身の闘争本能を呼び覚まし、跳び上がって攻撃動作に移る。

 高速で繰り出した爪の一振りを、空を飛び回る吾輩は余裕を持って回避する。そればかりか空中戦はこちらの領分だと見下ろし、額からクロスヒート・レーザーをお見舞いしてやる。

 だが、高熱のレーザーもアンギラスの氷の鎧の前では大した痛手にはならず、事もなげに着地された。

 

「――――ッ!!」

 

 着地したアンギラスが冷風を背に、迅雷のような速さで地を駆け回る。視界の端から端まで一瞬で移動する速さは、一回まばたきするだけで見失ってしまうほどだった。吾輩には目蓋がなくて良かった。

 アンギラスほどの重量でこのスピードを出せるのは控えめに言って頭がおかしかったが、それはモスラとて同じこと。弾みをつけた吾輩はゆうに弾丸を超える速さで飛翔すると、Z字の軌道で敵を追いかける。もちろん環境に配慮した飛び方はしているが、通常なら突風だけで島が壊滅しかねないところであろう。

 しかし、アンギラスの方とて追いつかれることは想定内だったようだ。

 足元を叩き、地面から隆起させた氷の刃で迫る吾輩の羽根を襲う。それ得意技か。

 吾輩は急停止し、一旦距離を取ることで刃から逃れるがそれは最初から牽制として放たれた技だった。吾輩の移動に先回りアンギラスが、再び前足を振り上げて跳び掛かってくる。

 背後を取られた吾輩はこのままでは回避不能――であったが、羽根をできるだけ折りたたみながら宙返りすると、アクロバティックな姿勢から腹を向けて極太のビームを発射した。

 

 ――スパークリング・パイルロード。

 

 体格差がある以上組みつかれたら厳しいのはこちら側だが、そうさせないだけの攻撃オプションがモスラにはある。

 再び至近距離からの砲撃を受けたアンギラスは吹っ飛ばされ墜落していき、木々を薙ぎ倒しながらうめき声のような鳴き声を漏らした。

 ビームを受けた部位の鎧が粉々に砕け、アンギラスが黄金の皮膚を曝け出す。しかし空気中の水分から即座に氷を生成し、再び鎧のアンギラスが復活した。

 スピードを生かした戦いなら、こちらが勝っていることがはっきりした。

 しかし、それで退くという選択肢は彼の頭にはないだろう。

 

『ぐっ……おのれ……!』

 

 受けた衝撃をものともせず、咆哮を上げたアンギラスが全速力で接近してくる。

 そして氷の鎧の中で尻尾を覆っている部位だけを「変形」させると、およそアンギラスの全長分に達する長剣の如き氷の刃を作り出した。そんなこともできるのか……と内心驚愕する吾輩に向けて、リーチが伸びたその尻尾をアンギラスが振り払う。

 

「――!?」

 

 しかし、吾輩の居場所は既にその空にはなかった。

 刃を纏ったアンギラスの尻尾が切り裂いたのは、吾輩の残像。桜のように舞い散る虹色の鱗粉に彩られたそれは、一瞬吾輩の本体かと錯覚するほど鮮明に映し出された移動の痕跡だった。

 無論、そこで呆気に取られてくれるアンギラスではない。

 即座に体勢を立て直すと巨体を揺らして方向転換し、彼は後ろへ振り向く。

 

 だが、遅い。

 

 吾輩は加速を付けて接近しながら、クロスヒート・レーザーを三発連射し定点射撃を行う。その射撃によってアンギラスの背中を覆う氷を粉砕すると、再び至近距離まで詰めてスパークリング・パイルロードを放ち、鎧が割れたアンギラスの肉体への直接攻撃に成功した。

 その後は深追いせず、鱗粉を撒き散らしながら上昇。目でこちらを追い掛けるアンギラスの反応は素早かったが、ダメージによって動きは鈍っており、反撃の尻尾は難なくかわすことができた。

 

『……流石に、やってくれる……!』

 

 至近距離からの攻撃ならば、やはり十分なダメージを与えられるようだ。

 このままヒット&ウェイで押し切りたいところだが、怒れるアンギラスが咆哮を上げた瞬間、彼の立っている森林地帯が一瞬にして氷漬けにされたのを見て警戒を強め、一旦追撃の手を止める。

 

 ――その時、アンギラスの背中のトゲがこれまでにない輝きを放った。

 

 四本の脚を氷漬けにした地面に潜り込ませたアンギラスが、大きくアゴを開き、その口元に冷気を集束させる。

 これは……いかにもブレス攻撃ぐらい撃ってきそうな外見はしていたが、やはりその手の技を使えるのか。

 だが、当たらなければどうということはない。その口からどんな代物を放つかは知らないが、この大空を自在に飛び回れる吾輩にそう簡単に当てられると思わないことだ。

 そう意気込む吾輩を見上げながら、背中から流血したアンギラスがテレパシーを飛ばしてくる。

 

『守護神モスラよ……お前はさっき、この島にはお前の大切なものがある。それがあるからこの島を渡せないと言ったな?

 ……ならばそれさえ無くなれば、この島を守る理由もなくなるというわけだ』

 

 何を言っている……?

 意味深に呟いたアンギラスの言葉に、吾輩が訝しむ。

 そして口元にエネルギーを溜め終えたアンギラスがその顔の向きを変えた時、吾輩はようやく敵の意図を察した。

 

 ――まずいっ!

 

『お前もオレと同じだ……要らぬ重りを背負い、その力を無駄に消耗している。愚かな人間たちなど見捨てて、この星の為に戦え!』

 

 アンギラスがその矛先を向けたのは空を飛び回る吾輩ではなく――吾輩が最も守りたいと思っている少女たちの居場所だった。

 

 ――やめろッ!! 

 

 全速力で急行し、羽根を広げながら敵の射線上に飛び込んでいく。

 そしてアンギラスの口から放たれた絶対零度の波動(アブソリュート・ゼロ)が、二人のいる祭壇を襲った。

 

 

 

 

 






 私的には少年漫画のボスキャラみたいなイメージで書いていますが、二次創作でもここまで魔改造されたスタイリッシュ・アンギラスも珍しいのではないかと思ってみます。


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モスラⅩアンギラス

 ユキハミかわいい

 ユキハミかわいい(迫真)





 モスラとは、この地球が生み出した守護神の一体だ。

 何らかの影響で地球環境のバランスが崩れた時、その調和を保つ為にどこからともなくタマゴが現れる特異な存在である。

 今の地球にモスラが舞い降りたのは、大量の怪獣が出現したことで絶滅の危機に瀕した在来生物を守る為と考えるのが妥当なところだろう。

 故にモスラは、人間の味方をする。

 地球のバランスを守るという使命の下に、アンギラスが嫌悪する人間達を守ろうとしているのだ。

 元々は同じ守護神側の存在だったアンギラスには、そんな彼女を憐れんでさえいた。

 死を迎える度に生み落としたタマゴに記憶の継承を行う本来のモスラとは違い、目の前にいる特殊個体の白いモスラから放たれる思念は子供のように幼く、無垢なものだった。それは彼女が先代のモスラから記憶を受け継いでおらず、見た目は成虫であっても心は幼体だからなのだろうと考察していた。

 

 ならば守護神の先達として教えてやろうと、アンギラスなりの親切心でもあった。

 

 地球のバランスを守るのならば尚のこと、地球を害する人間たちこそ最初に消し去るべきなのだと。

 人間こそがこの星にとって、最も害悪なモンスターであると。

 彼らに守る価値は無いと、そう諭した上で、アンギラスは自らが真の調停者として彼女の存在意義を縛る巫女を撃ったのだ。

 連中さえいなくなれば、彼女がこちらを邪魔する理由はない。そうすればこの島を穏便に明け渡してくれる筈だと、アンギラスは合理的な判断を下していた。

 

 しかし、それが見当違い甚だしいことに彼は気づいていなかった。

 それは、アンギラスという存在が生粋の守護神であるが故に起こったすれ違いだった。

 同じく地球の守護神として生まれてきた彼らだが、今のモスラにはあってアンギラスにはないものがある。

 加えてモスラはモスラでも、本来のモスラではあり得ない誕生経緯を持つレオちゃんモスラの本質を、彼には見抜くことができなかった――。

 

 

 

 

 

 アブソリュート・ゼロ。

 

 背中のトゲを放熱板のように輝かせたアンギラスが口から放ったのは、-270度に及ぶ絶対零度の光弾である。

 直撃した物体を一瞬で凍結し、僅かな衝撃で分子レベルまで破砕するアンギラス最強の技だ。アンギラス自身の体力を大きく消耗することから多用はできないが、これを受けて生き残った相手はかつてこの星に一体(・・)しかいなかった。

 もちろん本来人間に向けて放つには過剰に過ぎる技だが、アンギラスがあえてこれを放ったのはモスラが巫女たちを庇おうとすることを見越した上だった。

 

 この威力を見せられて、我が身を盾にするなど馬鹿のすることだ。

 星の守護神である自分と、人間にしては少しばかり特殊な力を持ったに過ぎない巫女。この星においてどちらが重要な存在なのか、それがわからぬモスラではない筈だと。まさか本当に自らが死ぬことを許容してまでも巫女を庇いに来るとまでは、アンギラスは思っていなかったのである。

 

 だからこそ直後に広がった目の前の光景は、アンギラスにとって予想外なものだった。

 

『愚かな……』

 

 モスラは星の守護ではなく、巫女の守護を選んだのである。

 自らが死ぬことを厭わず、一片の迷いも無く絶対零度の光弾に飛び込んでいった。

 守護神としてあまりにも愚かしいその選択は、アンギラスの価値観に少なくない衝撃を与えるものだった。

 

『お前ほどの神が、こんなところで命を散らすとはな。そうまでして奴らを庇うとは……お前が守るべきものは、この星だけだと言うのに』

 

 これほどの力を持つ神がまた一体この世から消えることは、この世界にとって大きな損失と言えるだろう。

 絶対零度の光弾が直撃し、おびただしい量の白煙が広がっていく中で、アンギラスは短き生涯を終えた愚かな同胞を弔うように鳴き声を上げた。

 

『モスラ……最期まで人間に縛られた神だった……』

 

 盟友ゴジラにもしものことが遭った時、彼に対抗できたかもしれない存在。

 破壊神がこの世で最も執着していた守護神。

 そんなモスラを失ったことを惜しみながら、アンギラスは自らの手で吹き飛ばしたモスラの消滅を見届ける……筈だった。

 

 ――晴れていく白煙の中から、原型を留めた白い巨大蛾が現れるまでは。

 

 

 

『……馬鹿な……』

 

 それは、信じがたい光景だった。

 自身最強の技を諸に受けたのだ。生きているわけがない。

 ならば、今目の前に現れた奴は何だ? 混乱する頭でアンギラスが呼び掛ける。

 

『貴様、何故生きている!?』

 

 モスラは健在だった。

 緑色に発光する二対の羽根をゆっくりと羽ばたかせながら、極寒の空で白い息を吐いて浮遊している。

 驚愕に染まった感情で、アンギラスがその優美な姿を睨んだ。

 アンギラスの必殺技から巫女を守る為、モスラはその身を盾に割り込んできた。確実に、彼女の姿を捉えた筈だ。

 

 しかしその一撃は、彼女の命まで届かなかったのである。

 絶対零度の光弾を受けて、白き守護神モスラは生きていた。

 その姿が幻ではないことを示すように、アンギラスの思考に幼い思念波が響いた。

 

『……やりすぎだよ……』

 

 呂律の回っていない子供のようなモスラの思念波。

 これまではアンギラスに対し懸命な説得を試みていたその声は、しかし今度はぶるぶると震えていた。

 それは越えてはならない一線を越えてしまったアンギラスの攻撃に対する、激怒の声だった。

 

『ふたりをねらうなんてー!!』

 

 一閃、嵐が吹く。

 モスラの羽ばたきが強烈な暴風を巻き起こし、前方に佇むアンギラスのみを狙いに定め襲い掛かったのである。

 咄嗟に四足を氷の地にめり込ませて踏ん張るアンギラスだが、その圧力を前に後退りするように引きずられていく。

 しかし足場を気にしている隙もなく、今度は一瞬にして距離を詰めたモスラの頭突きがアンギラスの頭を襲った。

 

「……! ――ッ!!」

『あとちょっとで……みんなしんじゃうとこだったんだよ!?』

 

 悶絶するアンギラスの顔を引っ叩くように羽根を打ち付けると、そのまま背後へ回り込んだモスラがアンギラスの尻尾を掴み、引きずり回すように彼の巨体を持ち上げた(・・・・・)

 

『っ……! これは……この力は……!?』

 

 それは、アンギラスの想定を超越した怪力だった。

 圧倒的に下回る筈の体格で、山のような質量を宙に浮かしたモスラは、祭壇の傍から遠ざけるようにアンギラスの身体を投げ飛ばしていく。

 優雅に空を飛び回る美しい姿からは、想像もつかない怪力だった。

 

『この……ばかああああ!』

「――ッ!!」

 

 投げ飛ばしたアンギラスを地に墜落させると、モスラは巨大な地割れと共に舞い上がった大量の土煙に向かって容赦なく極太のビームを乱射した。

 光る腹部から放たれた砲撃に、アンギラスは咄嗟に氷の鎧を生成し直すことで受け流そうとする。

 しかしその威力は今までに受けたものとは別物であり、遠距離からでも氷の鎧を粉砕し、アンギラスの皮膚を傷付けるほどであった。

 まるで自身の怒りをそのまま力に変えているかのような猛攻に、アンギラスが激痛の中で驚愕する。

 

 呻くアンギラスを睨むモスラの複眼が眩く点滅すると、巨大蛾の全身が一条の光へと変わった。

 

『わたしはふたりのこと、まもりたいだけだああっ!』

 

 モスラが咆哮を上げ、大空から急降下していく。

 音速を超えて突っ込んでくるその姿は、モスラ自身が光の矢となっているかのようだった。

 

 

 ――その技の名は、エクセル・ダッシュ。

 

 原理は至ってシンプル。マッハ85の加速を付けたモスラが、全力で体当たりをする技だ。

 クロスヒート・レーザー等多彩な飛び道具を携えているモスラだが、中でも最大級の威力を誇るのが純粋な力に任せたその一撃だった。

 

 

 あれはマズい――!

 

 いかにレーザーすら防ぐアンギラスとて、この一撃を受けてはただでは済まないと本能的に察する。

 しかし急いでその場から立ち退こうとするアンギラスの足を縛り付けるように、背後から死に損ないの巨大怪獣が這い寄ってきた。

 

『なっ……貴様!』

 

 ――カマキラスである。

 

 既に死に体だったカマキラスが不意を突いてアンギラスに組み付き、最後に残った一本の大鎌でその背中を突き刺したのだ。

 その攻撃自体は氷の鎧に阻まれ、アンギラス自身への傷は大して深いものではなかった。

 しかし、その一瞬がアンギラスの命運を分けた。

 

 アンギラスに密着したカマキラスが、その複眼を空へと寄せる。

 自分ごとやれと――まるで隻腕の騎士が女王の為に命を賭していくかのように、彼の眼差しは呼び掛けていた。

 

「――!!」

 

 モスラが吠え、アンギラスが叫ぶ。

 後手に回ったアンギラスが二射目の光弾を撃とうとするが、間に合わない。

 

 マッハ85の突撃が、黄金の龍王を打ち据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が死ぬと思った時、頭が真っ白になった。

 

 怒りと言うか、憎しみと言うか……最後に振るったその力は、まさしく怪物のそれである。

 守護神だなんだと言われても、力に対しては力でしか返すことができない。結局これが、吾輩の限界なのだろう。

 人間でもなく、昆虫でもなく、怪獣にもなり切れない。なんともまあ、中途半端な存在であろうか。

 

 だが……

 

「レオちゃん!」

 

 ……だが吾輩は今、こんな自分で良かったと思っている。

 

 この力で君たちを守れたのなら、それに勝るものなどありはしない。

 振り絞った力でアンギラスを吹っ飛ばした後、吾輩はボロボロの羽根で二人の居場所へと舞い戻り――そこで空元気が尽きた。

 突っ伏すように墜落した吾輩は、もたれかかるように祭壇に身を預けていた。そんな吾輩の頭の近くには、涙ぐんだ二人の少女の姿がある。

 

 今の吾輩の状況を、簡潔に言い表そう。

 

 

 ……吾輩はもう、限界だ。

 

 

 

 あの絶対零度の光弾を受けてもまだ原型を留めていた吾輩を見て、アンギラスは大層狼狽えていた様子だったがとんでもない。あれは言葉通り、死ぬほど痛い一撃だった。

 奴の氷の鎧からヒントを得て、咄嗟にこの羽根から撒き散らした鱗粉でバリアーを張ることでどうにか衝撃を軽減させてみたものだが、やはり本来吾輩に耐えられる一撃ではなかったのであろう。あの時点から既に意識は朦朧としており、肉体は崩壊寸前だった。

 しかしそれでも……火事場の馬鹿力というものだろうか。あのカマキリ怪獣のおかげで、どうにか最後の一撃を直撃させることができた。マッハの体当たりでアンギラスを海の彼方へと吹っ飛ばし、殺し切れたかはわからないが当分の間起き上がれないダメージは与えられた筈だ。

 この身が動くのなら、すぐにでもとどめを刺してやりたいところだったが……どうやら吾輩の肉体は、これで限界のようだ。

 

「レオちゃん! しっかりして!」

 

 吾輩がもたれかかった祭壇の上に立つ少女、モラがこちらの目を見つめながらそう叫ぶ。

 ……すまない、モラ。吾輩がこんな状態では、まだしばらく君を元の世界に帰せそうにない。余力さえあれば、出来たのにな……

 

「そんなこと、いいから! 死んじゃ嫌だよ……!」

 

 だが、心配することはない。

 今の吾輩にはわかるんだ。

 

 モスラとは、不滅の存在だ。

 

 モスラは死んでも、必ずどこかで新しいモスラに生まれ変わる。吾輩が死んでも次に生まれ変わるモスラがきっと吾輩の思いを受け継ぎ、君を助けるから。

 何度生まれ変わろうと、()は君を守る。

 

「レオちゃん……!」

 

 だから泣かないで、モラ。

 ベラも、そんな顔をするな。

 

「貴方は、私たちを守る為に……っ」

 

 いいんだ、そんなことで気に病むな。

 君たちの盾になって死ぬ。これより極上な命の使い方が、果たしてこの世にあるだろうか? いや、無い。だから吾輩には、この痛みが誇らしくすらある。

 ああ……振り返ってみれば夢のような人生、いや虫生だった。

 力の無いカイコとして生きていたことも、こうしてモスラという分不相応な力を身に着けたことも。吾輩には本当に、過ぎた生涯である。

 

 それも全部、モラ……君に会えたからなんだよ?

 

「私だって……私だってレオちゃんといて楽しかった! これからもずっと一緒にっ……一緒にいたかった!」

 

 ありがとう。ありがとう、モラ。大好きだ。

 

 ……ベラ、次に生まれ来るモスラを頼む。島を助けられなくて、ごめんな。

 

「…………っ」

 

 喉を潰したことで声を出せないベラが、瞳を潤わせながら吾輩の頼みに頷く。

 しかしその横ではモラが髪を振り乱し、吾輩が死ぬ現実を受け入れられず泣きじゃくっていた。

 別れを惜しまれたことを嬉しく思いながら、吾輩は大好きな飼い主様にそんな顔をさせてしまう己を嫌悪する。

 本当に……情けない奴だ。吾輩は。

 せめて次に生まれる()が、吾輩よりも上手くやってくれることを願うばかりである。

 

「……させない」

 

 ああ、身体中から力が抜けていく。おそらくはこれまで羽根を覆っていた鱗粉が全て剥がれ落ちたことで、辛うじて食い止められていた肉体の崩壊が始まってしまったのだ。

 ……もう、時間がない。

 だから私は、最後にこの言葉を言い渡そう。

 

 ありがとう、モラ。

 ありがとう、ベラ。

 二人とも、どうか元気で。

 

 暗転していく視界の中、いつか幸せになった二人の未来を想いながら、吾輩は幸福感と後悔が綯い交ぜになった感情で我が身の運命を受け入れていく。

 しかし吾輩の聴覚が最後に聞き届けたのは、凛々しくさえある力強いモラの声だった。

 

「そんなこと、させない!」

 

 羽根の先から光の塵と化していく吾輩に向かって、モラが大きく息を吸い込む。

 尚も別れを受け入れず、彼女はその声で歌った。

 

 ベラのように決して上手ではなかったが……カイコの幼虫の頃からずっと話しかけてくれた優しい声で、彼女は歌ってくれたのだ。

 

 

 

 





 更新が遅れた理由:ユキハミ
 正直こんなにハマるデザインが出てくるとは思わなかったぜ☆ モスノウもすき

 次回はおそらく最終回。ちょっと間隔が空きます。


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モスラ ~小さき聖女たち~

 これまで長時間歌い続けていたのはベラだったが、彼女の歌をずっと傍で聴いていたモラはインファント語で紡がれる歌詞を覚えていた。

 

ハオラモスラ。太陽の子モスラに力を与え、奇跡を祈る歌だ。

 

ベラの見様見まねであり、ところどころ間違えていたかもわからない。歌詞の意味もわからなかったモラだが、ただレオちゃんを救いたい一心で彼女は歌った。

 学校でも取り立てて音楽の成績が良いわけではなく、カラオケでも高得点を取ったこともない。壊滅的な音痴というほどではないが、特別上手いと言われたこともない。モラの歌唱力は極めて凡庸なものだった。

 当然、ベラの足元にも及ばないだろう。

 容姿や声が似ている二人だが、歌唱力の才能は決定的なまでに差があった。

 故にモラはこれまで、ベラに対して並々ならない尊敬と憧憬を抱いていた。自分と同じ歳でありながら民族の長を務め、その美しい歌声でレオちゃんを神様たる本来の姿に戻してみせた。

 事情を知っていたとしても、自分にはとてもできないことだ。そんな彼女に対してはもはや劣等感すら抱く気にもならず、モラには彼女を信じてモスラの戦いを見守ることしかできなかったものだ。

 しかし、今のベラは喉を潰しており声も出せない。

 故に、今こうして死にゆくレオちゃんを助けられる可能性があるのは、モラしかいなかった。

 否、そうでなくてもモラにはもはや、彼女らの戦いを見ているだけの自分を許せなかった。

 

 だからモラは、一心不乱に歌った。

 

 ベラの話によれば、自分だってエリアス――モスラの巫女なのだ。

 ならば私にだってできる筈だ。ベラのように上手くなくとも、同じ力を持っているのなら……今こうして命の危機に瀕しているレオちゃんに力を与えることだってできると信じ、モラは力いっぱい未成熟な声で歌った。

 

(お願い……!)

 

 形あるもの、いつかは滅びる。

 生まれ落ちた命はやがて土に還るのが自然の摂理であり、昆虫に関して言えばその寿命は極めて短い。

 だが、それでもモラには受け入れられなかった。

 こんな形でレオちゃんと別れることを。

 目の前で大切な……家族を失うことを。

 

(届いて……!)

 

 今まで生きてきて、自分がベラのような力を持っていると自覚したことは一度も無かった。

 本当に特徴のない平凡な子だと言うのが、モラの自己評価である。

 しかしその心は、レオちゃんを救おうとする思いは一ミリたりとも諦めていなかった。

 

(私も巫女なら……エリアスなら! レオちゃんを助けて!)

 

 そして彼女のハオラモスラは、最後の歌詞を終えた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光となったモスラの姿が、一瞬にして粉と化して砕け散る。

 その光景を前にすすり泣くベラが祈りを込めて手を合わせれば、モラは砕け散ったモスラの姿を茫然と見つめていた。

 

「……届かなかった……」

 

 懸命に歌ったモラの声も虚しく、モスラはその命を終えたのだ。

 地上に降り注ぐ光の粉はその証であり……あまりにも美しすぎる守護神の最期に、モラは膝をついて項垂れた。

 

「レオちゃん……ごめんね……ごめんね……っ」

 

 自分を守る為に、こんなことになってしまった。

 その事実を受け止めたモラは、ただ懺悔の思いで言葉を紡いだ。

 そんな彼女の肩に――慰めるように何かが停まった。

 

「えっ……」

 

 それは、ベラの手ではない。

 モラの肩に羽根を広げながら止まった、カイコガのような一匹の()だった。大きさは普通のカイコガと同じぐらいだが、その全身はかがり火のように光り輝いている。

 その蛾は再び羽根を羽ばたかせ舞い上がると、空に向かって飛んでいく。

 ハッと息を呑んだのはベラだ。彼女は大きく目を見開くと何かに気づき、右腕を振り上げながら頭上を指差した。

 釣られて、モラが同じ空を仰ぎ見る。

 そこには――

 

「レオ……ちゃん?」

 

 光り輝く無数の蛾が、踊るように集まっていた。

 やがてその大群は一体の巨大蛾の姿を描くように広がっていくと、眩い光を拡散し――

 

 

「――――!!」

 

 

 甲高い咆哮と共に、守護神は蘇った。

 光を放つ無数の蛾は、今再びモスラとなり、現世に降臨したのである。

 空に舞い戻った純白の巨大蛾はゆっくりと高度を下ろすと、モラたちの立つ祭壇の前へと着地していく。

 

 モラとベラは居ても立っても居られず、祭壇の上から駆け下りた。

 

「レオちゃん!」

 

 階段の最後の段を二段ほど残して跳躍したモラは、太ももまでスカートを翻した勢いのまま走り抜け、目の前の巨大蛾へと飛びついていく。

 小さなモラたちの為に姿勢を低くしていた巨大蛾は、じっとしたままその白い頭で少女の抱擁を受け止めた。

 温かい――もふもふした毛並みとはまた別の、生きている者の温かさだった。

 頭の中に、幼い声が響く。

 

『ありがとう、モラ。とどいたよ、モラのうたごえ』

「レオちゃん! レオちゃんっ……!」

 

 巨大蛾――レオちゃんの声に、感極まったモラは声を上げて泣いた。

 そんな彼女の後ろには同じく涙ぐんだ目で、しかし安堵の表情を浮かべたベラの姿があった。

 

『ベラ、こえでない……? いま、なおすね』

「……っ?」

 

 口を開いているが声を出せない様子のベラを見て、彼女の状態を察したレオちゃんが触角を輝かせると、ふわりとおもむろに優しい光が彼女の喉を覆った。

 その瞬間、驚きに目を見開いたベラが再び口を開いた。

 

『痛みが、ひいた……?』

 

 今度は、声を出せた。

 

「ベラさん、声!」

『あっ……』

 

 この寒空の下酷使され、声が出せなくなっていたベラの喉が一瞬にして完治したのである。それは医学では説明のつかない回復現象であったが、この場では誰がそれを起こしたのか説明する必要はなかった。

 レオちゃんの表情が、心なしか笑ったように見えた。

 

『ふたりとも、ありがとう』

 

 感謝と慈愛に満ちた思念が二人の頭脳に響くと、両目が充血していた少女たちはお互いに顔を見合わせながら喜びを分かち合った。

 そして周囲を見渡せば、そこにはいつの間にいたのだろうか。貰い泣きしたように嬉し涙を浮かべているインファントの若者たちの姿があった。

 軽傷を負った者も何人かいるようだが、ここに集まった人数は当初から誰一人欠けていない。

 

 

 生きているのだ。 

 

 みんな、生きているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世はきっと、吾輩たちが思っている以上に摩訶不思議で――だけど、世界は吾輩が思っていた以上にシンプルだったのかもしれない。

 

 吾輩の身に起こった奇跡を言葉で説明することは出来ないが、少女たちの愛が不可能を可能にしたということだけはわかっている。

 力尽きてもはや死ぬ筈だった吾輩はあの時、三途の川を渡る直前でそこにいた誰かから追い出されたような気がした。

 そして、ふと後ろから聴こえてきたモラの歌声が吾輩の魂を引き留めてくれたのである。

 おそらくそれは、世界で一番幸福な臨死体験だったのではなかろうか。

 

 ――生きている。

 

 いや、生かしてもらったというべきか。優しい彼女に。

 今の吾輩が何者なのか、どんな力が秘められているのか、詳しく分析することはできず、どこか他人事のようにぼんやりしている。

 しかしはっきりしているのは、吾輩が生きていることを喜んでくれる者たちが、ここにいるということだ。

 

 

「わぁ……!」

『綺麗な緑……インファント島の自然は、こんなにも美しかったのですね……』

「あそこ! レオちゃん、あそこ行って!」

 

 御意。

 生の実感を受けた吾輩はゆっくりと羽根を羽ばたかせながら、雪が解け始めた大地に己の鱗粉を撒き散らしていく。

 雲を吹き飛ばしたことで快晴になったこの空を泳ぐように飛び回っていると、吾輩の背中(・・)から歳相応な様子ではしゃいでいる少女たちの声が聴こえてきた。

 

 うむ、喜んでくれて何よりである。

 

 空を飛び回る吾輩の背中に乗った二人の少女、モラとベラ。巨大蛾に乗った少女というのが傍からはどう見えるのかはわからないが、少なくとも吾輩は今、この上なく喜びを感じている。それこそ強敵であるアンギラスを倒した瞬間より、遥かにだ。

 

 アンギラスの気配がこの島から消え去ったことを確認した吾輩は、今の島の安全を確認した上で吾輩なりのお礼を返すことにした。

 それが今吾輩が行っている、二人を背中に乗せての空中遊泳である。

 山を越える高さの空から見下ろす島の景色に二人が歓声を上げると、吾輩は彼女らが高所恐怖症でなかったことに内心安堵しながら羽根を羽ばたかせていく。

 もちろん、吾輩としては万が一にも二人に危険が及ぶことがないようにバリアを張りながら飛行しており、この空中遊泳が二人の身を害することは絶対にないと言い切ることができた。

 

 尤も本来なら空にも危険な怪獣がいる可能性もあったようだが、島を拠点にしている他の怪獣たちは吾輩以上にモスラの力を理解しているのであろう。確認できる彼らの気配は、まるで吾輩のことを恐れているように大人しいものだった。

 その気配からは単純な恐怖と言う感情よりも、王様に対する畏怖のようなものを感じられた。恐るべきは信頼と実績のモスラブランド……中身はちゃらんぽらんな吾輩だが、怪獣たちの本能にはモスラの存在がヒエラルキートップの存在として刻まれていたようだ。

 先代のモスラ方が彼らの祖先たちに対してどれほどの武勇伝を遺していたのかは、凡そ察することができた。

 

 だが、吾輩は思う。

 「モスラ」という種族が代々他の怪獣たちよりも強かったのはきっと、常に守るべき者が傍にいたからなのではないかと。

 

 思いながら吾輩は、この力を込めた鱗粉をシャワーのようにばら撒き、戦いの影響で荒れ果ててしまった大地へと降り注いでいく。

 地がその鱗粉を浴びた瞬間、吾輩たちの戦いで蹂躙された草木はまるで時間が巻き戻ったかのように元の青青しい色を取り戻していった。

 パルセフォニック・シャワー――モスラとしての吾輩に備わった能力の一つであり、見ての通り地上の天然自然を蘇らせる力だ。こうやって生命を思い通りにするのは自然への冒涜に当たるのかもしれないが、今回この美しい島を荒らしてしまった責任は吾輩とアンギラスにあり、島の植物や動物たちには関係ない。

 だからこれは、吾輩なりの償いのつもりだった。

 そこまで考えて思う。はて……吾輩はこんなに殊勝な奴だったかと。モスラになった影響かもしれないが、この心境の変化はきっと悪いものではないのだろう。

 

「すごいね! やっぱりレオちゃん、神様なんだ!」

 

 壊した自然の再生は、吾輩の偽善だ。

 しかしそんな吾輩の行動に対して屈託のない笑みで賞賛してくれるモラの言葉は、心から嬉しいものだった。

 だが一つだけ、彼女の言葉に訂正を入れさせてもらう。

 

 ――吾輩は神様ではないよ、モラ。

 

「えっ……でも、モスラって……」

 

 先代のモスラ方がどうだったのかはわからない。

 だが……吾輩の本質は人間や動物、昆虫たちと同じで、だけど分不相応に力を持ちすぎてしまっただけの生き物に過ぎないんだ。

 

『……怪獣……』 

 

 そう、怪獣だ。吾輩は神様なんて大層なものではなく、一匹の怪獣である。みんなと同じ生き物だ。

 アンギラスも、カマキラスも、怪獣たちもまたこの星に生きている。生きているから何かを奪い、人もまた怪獣たちから何かを奪って生きている。

 

「……難しいね……お父さんとお母さんも言ってた。生きていくことは厳しいことなんだって」

 

 本当にな……だけどそうやってお互いに奪い合わなければ、命は成り立たないんだ。

 生きている以上、生き物は他の誰かを食べなければならない。吾輩(イモムシ)だって生きる為に桑の葉を食べていたし、人間だってそう。もちろん、怪獣たちも。

 だから吾輩は、それを醜いことだなんて思わない。間違っているとも言わない。

 ただ……憎いとか嫌いとかで行き過ぎた八つ当たりをするのは、考え直すべきなんじゃないかなと思う。

 アンギラスは人間を憎んでいた。でもその怒りを、君たちのような優しい人間にぶつけるのは間違っていると思うから。

 

「レオちゃん……」

『モスラ……』

 

 ふふ、すまない。ちょっと説教臭いというか、感傷的になってしまった。

 要するに吾輩が言いたいのは、姿形が違ってもみんな生きているのだから、一緒にいる世界を壊してはいけないということだ。それと、与えられた命に感謝しないといけないってこと。

 

 たとえ世界が食物連鎖で成り立っているのだとしても、みんながそこで生きていることを忘れないでほしい。

 

「……うん。そうだね……」

 

 吾輩というイモムシを飼ってきたことで、そんな命の尊さを学んでくれたなら嬉しい。

 まあモラは優しいから、吾輩を飼う前からわかっていたと思うけど。

 

「……そんなことないよ。レオちゃんに教えてもらった」

 

 そうか……それは、良かった。

 

 ――モラ、君がいつか大人になってもどうか、優しい心を忘れないでほしい。小さな命をずっと慈しんでくれた、その心を。

 

 そんな吾輩の感傷的な思念を受けて、聡いモラはこちらの真意に気づいたのだろう。

 ハッと息を呑んだ後、彼女は吾輩の背中を撫でながら言った。

 

「……お別れしなきゃ、駄目?」

 

 ああ、ここで一旦お別れだ。

 彼女の歌でフルパワーになった今の吾輩なら、モラを元の世界に帰すことができる。

 丁度今、吾輩はそれをやろうとしていた。

 

「……一緒に帰るのは、イヤ?」

 

 せっかくこの命を繋いでくれたのに、ごめんね。

 もちろん、吾輩だって君と一緒に帰りたいと思っていたさ。だが吾輩にはまだ、この世界でやらなければならないことがある。そしてモラには、帰る場所がある。

 家族や友達だって、待っているだろう?

 

「……うん」

 

 なら、君は先に帰らなくちゃ駄目だ。

 こうして君を乗せて、飛ぶことができて良かった。成虫になった姿を見せられて良かった。……随分と、大きくなりすぎてしまったが。

 

「くすっ……本当だよ! こんなに大きくなるなんて、私聞いてなかったんだからね?」

 

 うむ、吾輩も知らんかった。

 それにはベラの力、インファント島の力はもちろんだが、何より君の献身的な世話があったおかげだよ。うん、間違いなく。

 愛情っていうのは、ホントすごいよね。吾輩にそれをずっと注いでくれた君は最高の飼い主様で――母親だった。

 

「ありがと……レオちゃんこそ、大きくなってくれてありがとね」

 

 その感謝、謹んで受け取った。

 

『モラさん……本当に、ありがとうございました』

「ううん、私なんて全然……ベラさんも、元気でね。負けないでね? 苦しかったら、いつでもレオちゃんと一緒に私の家に来ていいから。……ううん、苦しくなくても来て!」

『……っ、はい!』

「ふふ、今度はこっちがおもてなししてあげるんだから」

『楽しみにしています!』

 

 二人の別れも住んでいる世界が違う以上、必ず訪れる瞬間である。

 モラもベラも言葉は爽やかだが、涙ぐんだ声からはお互いに別れを惜しんでいる様子がわかる。

 

『全て終わったら、会いに行きます。モスラ……いえ、レオちゃん様と一緒に!』

 

 彼女にそう言い渡すベラの言葉には、確かな誓いが込められていた。

 温かい抱擁を交わす同じ容姿の二人の間には、既に固く結ばれた姉妹のような絆があった。

 

 ……もう、限界だな。これ以上は、吾輩の決心が鈍る。

 

 二人を乗せた吾輩はインファント島の自然再生を完了させると、湾岸で見かけた戦友(カマキラス)の亡骸に黙祷を捧げ、再び高度を上げて島の外へと飛び出していく。

 眼下に広がる美しいマリンブルーの上で、吾輩は内なる力を解放した。

 今度こそお別れだ、モラ。

 

「レオちゃんっ!」

 

 だけど大丈夫。心は届く。

 どんなに遠く離れていても、心は届く。

 どんな壁をも乗り越えて――必要なら時間の壁だって、乗り越えてみせる。

 

「……うん。約束だよ……?」

 

 ああ、約束だ……!

 

 

 眩い光を放ち、そして――消える。

 

 その力の行使が終わった時、吾輩の背中からは既に少女一人分の体重が無くなっていた。

 この感覚は、間違いない。

 吾輩は彼女を――モラを無事、元の世界に送り届けたのだ。

 名残惜しいどころではない。吾輩だって泣きたいぐらいだが、彼女の送還はこのタイミングでなければできないことだった。

 

 ――ここから先、吾輩たちが向かう場所に彼女は連れていけない。あまりにも危険すぎるから。

 おそらくはベラも、賛同していたことだろう。

 

『……行って、しまいましたね』

 

 ベラ……せっかくできた友達を引き裂くようなことをして、ごめん。

 

『いいんです。モラさんとはまた会えます……ええ、また会いましょう!』

 

 ……そうだな。全てを終わらせたら、吾輩たちも行こう。

 吾輩たちもあちらに渡ったら、美味しい桑の葉を紹介してあげるよ。

 

『そ、そうですか……』

 

 イモムシジョークだよ、君は真面目だな。

 その真面目さに付け込むようで申し訳ないが……この先はどうしても、巫女の補助が必要だ。

 だから今は、もう少しだけ()に付き合ってくれ。我が巫女ベラ・エリアス。

 

『仰せのままに。我が女王モスラレオ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……吾輩、メスなん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベラを背に乗せた今、他の怪獣たちを寄せ付けぬよう羽根を光らせて威嚇しながら、吾輩は大海原を越えていく。

 寂しくなった吾輩の背中には、一人取り残してしまう形になったベラが緊張の面持ちを浮かべていた。

 

 さて、もう察しているだろうが、モラとの別れを早急に済ませてまで吾輩たちが向かっている先は、この世界で最も大きな力が眠っている場所――今か今かと復活の時が近づいている、怪獣王「ゴジラ」の寝床だ。

 目覚めれば一瞬で世界は滅び、この星は宇宙の塵になる。冗談のような話だが、吾輩に備わっているモスラとしての本能が確信を持ってそう訴えかけているのだ。

 かつて暴走したその力はゴジラ自身でさえも制御することができず、深い眠りにつくことで自ら封印される道を選んだほどの厄災である。

 

 モラの歌で復活することができた吾輩はどういうわけか、これまでぼんやりしていたモスラとしての知識が復活前よりも鮮明になっていることを自覚していた。

 

 その知識が訴えているのだ。ゴジラの本当の恐ろしさを。

 かの怪獣王を再び封印しようとしていたアンギラスをこの手で倒してしまった以上、彼の代わりに吾輩が動くのも道理である。

 

 それに……自分が死に瀕したことで、どんな命も美しいものだと思ったから。

 だから吾輩は、生まれた場所も違うこの世界だけど……できるだけのことは、やってみたいと思った。

 

 自分にできることを精一杯頑張って成し遂げた、健気な少女たちのように。

 

 そうとも。

 

 

 ――私はモスラである。名前はレオちゃん。

 

 

 ――吾輩はレオちゃん。世界一幸せなイモムシだ。

 

 

 

 

 

 

 






 次回のエピローグで終わります。
 これまでお読みいただきありがとうございました。


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