ソードアート・オンライン 〜The Parallel Game〜 《更新凍結、新作投稿中》 (和狼)
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Prologue:絶望へのリンク・スタート

 

 

 《ソードアート・オンライン》――通称《SAO》。

 全百層から成る、石と鉄で出来た空飛ぶ巨城《アインクラッド》……その浮遊城を舞台に、数多のプレイヤー達が、立ちはだかる数多のモンスター達を倒しながら頂上たる第百層を目指す、VRMMORPG(仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム)。

 

 あらゆる物事がリアルに再現された仮想空間で行われるそれは、数多くのプレイヤー達によって楽しまれる“はずだった”。……そう、“はずだった”のだ……。

 

 

 ――二○二二年十一月六日、日曜日。

 

 

 ――その日、世界は大きく揺れ動き、多くのプレイヤー達が人生を大きく変えられた。

 

 

 ――絶望的な方向へと。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「ごちそうさま」

 

 二○二二年十一月六日、日曜日、午後十二時二十分。

 昼食を食べ終えた俺―綾野和也(あやの かずや)は、使った食器を流し台へと運び、言葉少なに自室の有る二階へと足を向ける。

 

「あたしも、ごちそうさまでした!」

 

 そんな俺を追い掛けて来るかの如く、我が妹―綾野珪子(あやの けいこ)も俺同様に食器を片付け、速足で階段を上がって来た。

 

「もうすぐだね、お兄ちゃん!」

 

「ああ」

 

「すっごく楽しみだね!」

 

「そうだな」

 

 そう、もうすぐ始まる。この後午後一時より、世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》……その正式サービスが。

 

「でね、お兄ちゃん……」

 

 不意に、二階の廊下で俺を追い抜かした珪子がこちらへと振り返り、その大きな双眸で俺を見つめて来る。こういう仕草をする時は、大抵何か頼み事が有ったりする。さて、今回は何をお願いしてくるのだろうか?

 

「ん?」

 

「始めるまでの間、お兄ちゃんが纏めたSAOのやり方ノートをもう一度読ませて?」

 

 SAOのやり方ノート――それはその名の通り、SAOのやり方や敵モンスターなんかの情報を俺が簡単に書いて纏めた、所謂SAOの攻略ノートの事だ。

 何故その様なものを書けたのかというと、それは、俺が奇跡的にも正式サービス開始前の稼動試験――ベータテストのテスターの一人に選ばれたからなのだ。

 募集人数はたったの千人に対して、応募総数はなんと十万人。そんな中から選ばれたのだから、奇跡的だの幸運だのと言っても過言ではなかろう。

 

「あぁ、アレな。構わないぜ?」

 

「ホント! ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 さて。俺がノートを貸す事を許可すると、珪子は俺に笑顔を向けてお礼を言い、俺の部屋へと入って行く。遅れて俺も自室へと入ると、珪子は俺の机から目当ての物を見付け出し、傍に有る俺のベッドに腰掛けた所だった。

 普通は自分の部屋に持ってって読むもんじゃねーのか? と思いつつ、開始までまだ大分時間が有るが、ノートを読む珪子の隣でSAOを始める為の準備を始める。余裕を持っての行動だ。

 

「お前も早めに準備しとけよ?」

 

 準備が終わった所で、珪子にも早めに準備をする様にと声を掛ける。すると、珪子は「はーい!」と返事をしてから、直ぐ様行動に移るべく俺の部屋から出て行った。

 その様子を横目で見ながら、暇潰しに小説でも読もうと携帯を手に取り、サイトを開こうとした。が、その行動は途中で止められる事となった。

 

 ガチャリ

 

 そう、珪子が再び俺の部屋に入って来たのだ――

 

 

 ――その手に“SAOをプレイする為の準備一式”を抱えて。

 

 

「……何…してんだ…?」

 

 頭の中に一つの明確な答えが浮かんでしまってはいるが、そうではないと願いつつ、恐る恐る珪子へと問い掛ける。

 

「何って、SAOの準備だよ? お兄ちゃんが早めに準備しろって言ったんじゃん」

 

「……悪い、質問を変えよう。珪子…お前何処でSAOをやるつもりだ…?」

 

「お兄ちゃんの部屋でだよ!」

 

(……嫌な予感が的中したぜ。しかも即答かよ……)

 

 どういう訳なのか、珪子は俺の事を異様なまでに好いている様で、それ故か俺と行動を共にしたがる。出掛けるにしろ、遊ぶにしろ、何をするにしてもだ。挙げ句、時々寝たり風呂に入ったりするのも一緒だ。流石に風呂に関してはお袋達も何度かそろそろやめる様にと注意しているのだが、一向にやめる気配が無い。

 今回のSAOだってそうだ。珪子は、俺がやるからという理由で自身もやる事にしたのだ。まあ、元から興味は有った様だが。

 

 余談だが、このSAOには十三歳以上推奨という年齢制限(レイティング)が存在するのだが、現在十二歳と制限未満であるはずの珪子は、「和也が一緒なら大丈夫でしょ」という、俺への責任の押し付けとも取れる様なお袋からの許可の許、プレイする事が出来ちまったりするのだ。

 

 閑話休題。

 

 何が理由なのか未だに分かっていないが、そこまで好かれる様な事をした覚えは特に無い。精々優しく接してやり、よく一緒に遊んでやり、困っている時に助けてやったり、時に珪子を虐める様な奴らから守ってやったりと、その程度の事くらいしかしていないはずだ。

 

 それは今は置いておくとしてだ。とにかく今は珪子を説得して、一緒の部屋でプレイするという状況を出来るだけ回避しなければ。

 

「そ、そうか。でもな、ベッドに二人で横になるには、ちょいとばかり狭いと思うんだが…?」

 

 俺が一緒の部屋でプレイする状況を避けたい理由……それは、SAOをプレイしている間の身体の状態に有る。

 SAOを動かすゲームハードたる《ナーヴギア》は、その構造状、脳から自身の身体に向けて出力される命令を遮断してしまう。つまり、プレイ中のユーザーは現実の身体を動かす事が出来なくなるという事だ。

 そうとなれば、プレイ中は椅子に腰掛けるか、ベッドに横になるなどして、身体を楽な姿勢にしておくのが好ましい。で、二人で一緒の部屋でプレイするとなれば、必然的に二人でベッドに横にならなければならなくなる。嫌ではないのだが、出来るだけ避け方が良いと思うのだ。

 どちらかが椅子や床でやれば良いのかもしれないが、やはりベッドの方が落ち着くだろうし、何より俺としては珪子に辛い姿勢はさせなくない。

 

「大丈夫! 何時もみたいにお兄ちゃんにくっついて寝るから!」

 

「くっ……。け、けどなぁ、そんなことしたら俺の匂いが付いちまうぞ? ……そこまで臭い訳でもないが」

 

「それも大丈夫! あたし…お兄ちゃんの匂いなら付いても構わないから!」

 

「なっ…!?」

 

 以上の理由から、色々と理由を付けて珪子への説得を試みるも、全く効き目無し。ていうか、俺の匂いなら付いても構わないって……い、色々大丈夫か、妹よ……。

 

「ねぇ、お兄ちゃん……」

 

 などと、珪子の発言に少しばかり引いていると、珪子が俺の許へ近付いて来て、両の大きなお目々で俺を見上げています。ハイ、所謂上目遣いという奴ですね。……てかこれ、かなり不味くないか…?

 

「お願い、一緒にやろう?」

 

「うっ…!?」

 

「一緒に…やろう?」

 

「くっ…!?」

 

「――やろう?」

 

「ッ…!? …………ハイ」

 

「やったー! お兄ちゃん大好き!」

 

 ……ハイ、逆に見事に説得されました。これぞ珪子必殺の説得術『上目遣いで反復お願い』である。

 実を言うと、俺は過去殆どこの説得術に勝てていない。想像してみて欲しい。幼げの有る可愛い顔をして、大きな瞳で上目遣いされて、何度も繰り返しお願いされるという状況を……。

 ……どうして断る事が出来ようか? いや、ほぼ出来まい。

 

 とにもかくにも、許可してしまった以上は覚悟を決めて、一緒に寝るしかあるまい。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 その後、珪子も準備を済ませてからはそれぞれに時間を潰し、開始時間が近付いた所で、ヘルメット型のハードであるナーヴギアを被り、二人でベッドに横になる。……珪子は宣言通り、俺にくっついてだ。

 

「いよいよだね、お兄ちゃん!」

 

「ああ」

 

「何だかドキドキして来た〜」

 

「俺も、久々にやるからドキドキしてるよ」

 

 今か今かと、開始時間になるのを興奮しながら待つ俺達。

 そして、ついに――

 

 

 ――13:00

 

 

 ナーヴギアに表示されたデジタル時計が、SAO正式サービスの開始時間たる午後一時へと変わった。

 

「んじゃ、始めるとしますか?」

 

「うん! せーの――」

 

「「リンク・スタート!」」

 

 そして、俺達は二人同時に、仮想空間――SAOの世界へと飛び込む為の魔法の合言葉を唱えるのだった。

 

 

 

 

 ――この時、俺達はまだ何も知らなかった。

 

 

 ――俺達が唱えた合言葉が、禁断の呪文だったという事を。

 

 

 ――仮想空間へと続く虹色のリングが、地獄への入口だったという事を。

 

 

 ――二○二二年十一月六日、日曜日……この日が、俺達の人生の大きな変わり目となるという事を。

 

 

 ――俺達は、何も知らなかったのだった。

 

 

 

 




 はい。という訳で始まりました、『ソードアート・オンライン 〜The Parallel Game〜』。

 プロローグで三千字以上は……やっぱり長いかなぁ?
 いやでもですね、自分としては本編はSAOが始まってからだと考えている訳なんですよ。なので、今話をプロローグか第一話にするかで迷った挙げ句、プロローグにする事にしたのです。

 さて、タグに有ったオリ主というのは、なんとシリカ(珪子)ちゃんのお兄ちゃんでした。設定を出すかどうか未定なので公開しておきますと、彼の年齢は早生まれの高校一年生(十五歳)です。
 そして、シリカちゃんはそんなお兄ちゃんが大好きな子――所謂ブラコンちゃんにキャラチェンジです。いや〜、自分で書いてなんだけど、異常なレベルだなぁ。うん、何が有ったんだろうね?

 という訳で、そんな感じで始まりました本作品……下手くそながらも頑張って書かせて頂きますので、以後宜しくお願い致します。


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Chapter.1:嵐の前の出会い

 

 

「……また来れたぜ」

 

 それが俺―綾野和也……否、プレイヤーネーム《カミヤ》の、SAOの舞台たる浮遊城《アインクラッド》に降り立っての第一声だった。

 

 懐かしさから周りを見回す。

 ベータテスト時代から大きく変わった様子は無さそうな、SAOのスタート地点にして第一層の主街区たる《はじまりの街》には、青白い光と共に次々と他のプレイヤー達が現れている所だった。

 

「あ、あのう……」

 

 ふと、隣……それも少し低い位置から、誰かに声を掛けられる。声のした方へと顔を向けると、そこには栗色の髪を左右で束ね、大きな瞳をし、幼げの有る可愛い顔付きをした、何処か珪子を彷彿とさせる少女が居た。

 

「もしかして……和也お兄ちゃん…ですが…?」

 

「……そういうお前は、珪子…なのか…?」

 

「あ、はい。……それじゃあ…!?」

 

「ああ。俺はお前の兄―綾野和也で合ってるよ」

 

「あっ、やっぱりお兄ちゃんだったんだ! 良かったぁ。間違ってたらどうしようかと思ったよぉ」

 

 その正体は、なんと我が妹の珪子だった。

 さて、何故兄妹であるにも関わらず、こうしてお互いの正体を確認し合わなければならないのかと言うと、現在の俺達の容姿は現実のものではなく、各々の好みに合わせてカスタマイズされた仮想体(アバター)だからだ。因みに俺のアバターは、パーマの掛かった黒髪に、ほんの少し浅黒い肌、角張った顔に細目という、現実の俺に近いものにしてある。理由は、単に自分を飾り付けるのが面倒だったからだ。

 

「あ、こっちでの名前を言っておかないとだね。あたしのはシリカって言うの」

 

「シリカだな……了解。俺はカミヤだ。……まあ、どうせお兄ちゃんって呼ぶんだろうけどな」

 

「あ、あははは……」

 

 今度はこの世界で使うお互いのプレイヤーネームを確認し合う。尤も、俺の事を「お兄ちゃん」と呼ぶであろう妹―シリカには、教える意味はあまり無い様にも思えたが。

 因みに、《カミヤ》という俺のプレイヤーネームは、俺が何かと好んでいる動物―オオカミの《カミ》と、俺の現実での名前―和也の一部である《也(ヤ)》を組み合わせて出来たものだ。

 

「さてと。んじゃ、先ずはパーティーを組むとしますか」

 

「はーい!」

 

 お互いの正体や名前を確認し合った所で、そろそろ本格的にSAOを始めるべく、先ずはパーティーを組む事にする。そうする事で、お互いに助け合い、協力して戦う事が出来るからだ。

 ベータテスト期間中に何度かパーティーを組んだ事が有る故に慣れた手つきでパーティー参加申請を出すと、シリカは迷う事無く『YES』のボタンを押す。すると、俺の視界左上に存在する俺のHPゲージの下に、やや小さい二つ目のHPゲージが現れ、その下にはアルファベットで《Silica》と表示されている。パーティー申請が受理された証だ。

 

「そんじゃあ――」

 

「ねぇ、ちょっと良いかしら?」

 

 「次は武器を買いに行くか」と言おうとした所で、突然第三者より声を掛けられる。声のした方へと振り向くと、そこには無造作なショートの黒髪で、だが額の両側で結わえた細い房が特徴の、猫科動物を思わせる様な目をした少女が居た。

 

「……あんたは?」

 

「ああ、ごめんなさい。私の名前はシノンよ」

 

「カミヤだ。んで、こっちは妹のシリカ」

 

「こ、こんにちは」

 

「こんにちは。へぇー、あなた達兄妹だったの」

 

 こちらの質問に答えた少女―シノンに対し、こちらも軽く自己紹介をする。お互いの名前を確認し合った所で、俺はシノンに核心を突く質問を投げ掛ける。

 

「んで、俺達に何の用だ?」

 

「その前に、一つ聞いても良いかしら?」

 

 が、返って来たのは質問の答えではなく、こちらに対する質問……その提示確認だった。まあ、「その前に」と言ったあたり、恐らくは質問の答えがシノンの用件に関係しているのだろう。

 

「……構わないぜ?」

 

「ありかと。それじゃあ聞かせてもらうけど――」

 

 そう考えた上で、シノンの質問を許可する。すると、彼女の口から思わぬ質問が飛び出した。

 

「あなた達って、もしかして元ベータテスターの人達かしら?」

 

「っ…!?」

 

 その質問には、一瞬「何でバレたんだ!?」と驚愕の念を抱く。各プレイヤーの頭上に表示されているカラー・カーソルに【β】のマークが付いているなどといった、ベータテスターかどうかを簡単に見分ける術は無いはずだからだ。

 一瞬、シノンも元ベータテスターだったのでは? とも考えたが、直ぐに違うと判断した。彼女は今「あなた達」と……つまり、ベータテスターではないはずのシリカをもベータテスターだと推測したからだ。

 

「……確かに、元ベータテスターだぜ。ただし俺だけな」

 

「あら、そうなの」

 

「で? 何を根拠にそう思ったんだ?」

 

 特に隠す必要も無いだろうと、自分だけが元ベータテスターだという事を明かした後、俺をベータテスターだと見抜いた根拠について尋ねてみる。

 

「あなたの操作の手つきが慣れてる様に見えたからよ」

 

「あぁ! 成る程な」

 

 言われて納得。考えてもみれば、全体の九割は今日SAOを始めたばかりの、操作の仕方も殆ど知らない素人ばかりだ。そんな中で慣れた手つきで操作を行っていれば、十中八九元ベータテスターだと思われる事だろう。

 シノン……どうやら彼女は、その猫の様な形に違わず、鋭い目をしている様だ。

 

「さて、元ベータテスターである俺への用件っていうねは、やっぱり……」

 

「ええ。レクチャーをお願いしようと思ってね」

 

「だろうな。素人が経験者にレクチャーを求めるのは、道理みたいなもんだからな」

 

「で、どうなの? 引き受けてくれるの?」

 

 シノンがベータテスターの質問をして来た辺りで、おおよそ見当の付いていた彼女の用件――即ち俺へのレクチャーの申し出。それは見事に違わず、そして、俺はそれに対する答えを既に決めてある。

 

「俺は構わないんだが、シリカ…お前はどうだ?」

 

 特に断る理由も無いし、妹以外の女の子に頼られるというのも何気に嬉しいので、俺はシノンの申し出を引き受ける事にした。

 しかし、それはあくまで俺の意見。現在俺はシリカとパーティーを組んでいるので、彼女の意見を無視する訳にはいくまい。

 

「あたしも構わないよ? シノンさん…あたし達と一緒にやりましょ!」

 

「ありがと。それじゃあ宜しくね」

 

 だが、俺の心配は杞憂だった様で、シリカはシノンのパーティー入りを快く受け入れてくれた。

 こうして、俺達のパーティーに新たにシノンが加わる事になった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 その後、正式にパーティー申請をした俺達は、当初の予定通りに武器を購入しに行く為、入り組んだ裏道に有るお得な安売りの武器屋へと足を運んでいる。ステータスは同じなので、それならば安い物を買った方が良いに決まっている。

 

「なあ、頼むよ!」

 

 そういう訳で、人で賑わう大通りから外れて裏道へと入り、しばらく歩いていると、少し先の方から他のプレイヤー――声からして恐らく男性――の声が聞こえて来た。断片的な内容から察するに、この先にはその男性プレイヤーを含めて二人以上のプレイヤーが居て、男性プレイヤーが何かを頼んでいるのだろう。

 

 どの道俺達の進行方向なのでそのまま歩みを進めると、件の人物達は直ぐに見つかった。

 人数は二人。一人はこちらに背を向けているので顔は分からないが、赤みがかった頭にバンダナを巻いた、長身痩躯のプレイヤー。そしてもう一人は、黒髪で、ファンタジーアニメの主人公の様なカッコイイ面をした、“見知った”プレイヤー……その名を――

 

「よう! キリトじゃねぇか」

 

 《キリト》――俺と同じ元ベータテスターの一人だ。こいつとはベータ期間中に何度か攻略を共にしており、最初の方こそ大したコミュニケーションを取れなかったものの、次第に打ち解け合い、最終的には親友と呼べる程の仲になれた。

 

「! カミヤ!」

 

 こちらから声を掛けてやれば向こうもこちらに気が付き、こちらへと歩み寄って来る。

 キリトに釣られる形で付いて来た事で、ようやくキリトと話していたもう一人のプレイヤーの顔も明らかになる。性別は男。切れ長の目に細く通った鼻梁という、戦国時代の若武者の様な顔をしている。

 

「久しぶりだな、カミヤ」

 

「ああ。こっちでもまた宜しくな」

 

「ああ。こっちこそ宜しく」

 

 再会を喜び、挨拶と共に握手を交わす俺とキリト。

 ふと、キリトは顔の向きはそのままに、視線を俺から逸らした。釣られて俺もキリトの視線の先へと目を向けると、そこにはシリカとシノンの二人が居た。

 

 それで何と無く察した。

 何でも、キリトは自身曰く人付き合いが得意ではないらしい。俺と打ち解け合うのにだって、結構時間が掛かったくらいだ。……まあ、かく言う俺も実は人付き合いが苦手だったりするのだが。

 で、人付き合いは得意ではないものの、シリカとシノンの事は気になる様子。

 つまるところ、キリトは俺に二人の事を紹介して欲しいのだろう。顔を戻せば、キリトがそんな感じの目で俺の事を見ていた。

 

「あぁ、紹介するよ。こっちは妹のシリカで、こっちはシノン……レクチャーを頼まれた」

 

「初めまして! シリカって言います!」

 

「シノンよ。宜しく」

 

「んで二人とも……こいつの名前はキリト。俺と同じ元ベータテスターだ」

 

「宜しく」

 

 キリトにシリカとシノンを、シリカとシノンにキリトをそれぞれ紹介した所で、今度は俺がキリトにバンダナのプレイヤーを紹介する様に促す。

 

「んでキリト……お前の後ろに居るバンダナさんは誰なんだ?」

 

「あ、ああ。えーと……彼の名前はクライン。お前と同じ様に、レクチャーを頼まれた」

 

「クラインだ。宜しくな……えーと……」

 

「あぁ、俺はカミヤだ。宜しく」

 

「おう! 宜しくな、カミヤ!」

 

 キリトがバンダナさん――クラインの事を紹介すると、クラインはこちらに歩み寄り自身も名乗る。すると、クラインは急に歯切れを悪くしてしまう。

 そこで直ぐ様気付く……そういえば、まだ自分からは自身の名前を名乗っていなかったと。なので、こちらも自身の名前を名乗る。

 因みに、クラインがようやく声を発した事で、先程頼み事をしていたのが彼であると判明した。

 

「ところでよぉ、あんたらもこれからフィールドに出るんだよなぁ?」

 

「ん? ああ。この先の武器屋で武器を購入したらな?」

 

 と、不意にクラインがそう尋ねて来たので、俺は肯定の言葉と共にこれからの予定を告げる。

 

「ならよぉ、此処で会ったのも何か縁って事で……どうだ? 一緒にやらねぇか?」

 

 それを聞いたクラインが口にしたのは、つまりパーティーの勧誘だ。

 

「んー、まあ…俺は構わないかな?」

 

 人付き合いが苦手であるが故に一瞬迷ったものの、ゲームだから良いかと割り切り、特に断る理由も無いので、俺はクラインの誘いに肯定の意を示す。

 

「お兄ちゃんが良いなら、あたしも構いません」

 

「私は二人のパーティーに入れて貰った身だから、二人の意見に従うわ」

 

 それに続く様に、シリカとシノンも自分達の意見を述べる。内容は他人任せなものではあるが、二人の表情からは嫌気や反感といった負の感情は見受けられないので、大丈夫だろう。

 

「俺も、構わない…かな」

 

 最後にキリトも賛同。俺同様に人付き合いが得意ではないが故に迷っていたのだろうが、どうやら割り切った様だ。

 

「んじゃ、満場一致って事で、改めて宜しくな!」

 

「ああ」

 

「ん」

 

「はい!」

 

「宜しく」

 

 こうして、五人に増えた俺達のパーティーは、先ずは各々の武器を購入する為に、裏道を進んで武器屋を目指すのだった。




 はい、連続投稿です。実は1話まで書き貯めていました。

 さて、此処までで二つの《もしも》が登場しました。
 一つ目のもしもは《シリカにお兄ちゃんが居たら?》。
 二つ目のもしもは《シノンがSAOに参加していたら?》です。

 実はこの作品のしののんにはとある大きな《もしも》が存在するのですが、それはまたいずれ。

 感想等に関しては、可能であれば返させて頂きます。
 ……その前に来るのでしょうか?


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Chapter.2:レクチャーのち異変の兆し

 

 

「どわったった…!」

 

 第一層主街区《はじまりの街》の西側に広がるフィールド。

 各々の武器を購入して街を出た俺達は、現在そこでそれぞれにレクチャーを行っている。俺がシノンを、キリトがクラインを担当だ。因みにシリカ――武器は短剣――はノートである程度知識を得ているので、自分一人で頑張ってみるとの事だ。

 

 で、一方のクラインはと言うと、青いイノシシ――正式名称《フレンジーボア》――に攻撃を仕掛けるも、無茶苦茶に振るわれる彼の曲刀は空を斬るのみで、逆に、巨体な割に以外と俊敏な青イノシシの突進攻撃を喰らって吹き飛ばされ、股間を押さえながら草原を転がる。

 

「大袈裟だなぁ。痛みは感じないだろ?」

 

「あっ、そっか。ついな……」

 

「……ああはなるなよ?」

 

「……ならないわよ」

 

 クラインの叫びを聞いて振り向き、キリトとのやり取り(コント)をする彼の姿を端から見ていた俺とシノンは、その様な寸劇をやらない様にと軽くやり取り(やりとり)をするのだった。

 

「そんじゃま、もう一度レクチャーすんぞ?」

 

 気を取り直し、俺はシノンのレクチャーに集中する。ジェスチャーでシノンをその場に待機させてから少し距離を置き、足元に落ちていた小石を拾う。

 

「重要なのは初動のモーションだ。んー……ほんの少しタメを入れる様な感じかな?」

 

 言いながら、右手の小石を軽く振りかぶり、視線前方に居る青イノシシに狙いを定め、振りかぶった手をピタリと構えて止める。すると、システムがスキルのファーストモーションを検出したらしく、小石が仄かに輝き出した。

 

「こんな風にスキルが立ち上がったら、後は――」

 

 後はシステムの力に身を委ね、右手の小石を青イノシシへと投げ付ける。空中に光のラインを描いて飛んだ小石は見事に青イノシシの横っ腹に命中する。投剣スキル基本技《シングルシュート》だ。

 攻撃を受けた青イノシシは、「ぷぎーっ!」という怒りの声を上げてからこちらへと振り向いた。

 

「システムが技を命中させてくれる。どうだ? 大体理解出来たか?」

 

「ええ。タメれば良いのよね?」

 

 最後にそう締め括りながら、俺は自身の左腰にぶら下げてある武器―片手用直剣を抜いてから、軽く構える。先程攻撃した青イノシシが、攻撃者である俺に突進攻撃を仕掛けて来たからだ。

 

「そゆ事。つー訳でやってみそ」

 

「ええ」

 

 剣を横にして青イノシシの攻撃をブロックしながらシノンに促すと、彼女は思い付いた様に攻撃の構えを取る。右足を前に出して腰を落とし、右手で水平に構えた短剣を左肩へと持って行くという姿勢だ。

 すると、規定のモーションが検出された様で、彼女の短剣が淡い水色にに輝いた。

 

「おらっ、行ったれぇ!」

 

「はあっ!」

 

 それを見て、俺は叫びながら青イノシシを蹴飛ばし、青イノシシの進行方向をシノンへと向けさせる。一方のシノンも、俺の声を合図に気合いの篭った掛け声と共に駆け出し、青イノシシとの距離を縮める。

 そしてとうとうその距離をゼロにし、擦れ違い様に青イノシシの胴体の側面に水色の軌跡を描き、通り過ぎる。短剣スキル基本技《スプリット》だ。

 今ので青イノシシのHPを削り取った様で、青イノシシはガラスが割れる様な音を立てて砕け散り、直後に俺とシノンの双方の前に半透明のウインドウが出現。経験値と賞金の加算報告が表示される。

 

「で、出来た……」

 

「おめでとさん」

 

 直ぐにウインドウを消し、一人呟くシノンに祝辞を掛けながら歩み寄り、軽くハイタッチを交わす。

 

「やったー!」

 

 その時、俺の後方からシリカの歓喜の声が耳に――ナーヴギアはその構造状脳そのものに直接接続しているので、正確には脳の聴覚野に――届いた。振り向いて見ると、シリカが笑顔でこちらへと駆け寄って来ていて、俺に抱き着いて来た。

 

「やったよお兄ちゃん! あたし一人でイノシシを倒せたよ!」

 

「おお、やるじゃねぇか! 何度もノートを読んだ甲斐が有ったな」

 

「うん! えへへ♪」

 

 嬉しそうに戦果を報告するシリカに対し、俺は祝辞を述べながら彼女の頭を軽く撫でてやる。すると、彼女は更に嬉しそうな顔をした。

 

「……あなた達って、相当仲が良いみたいね」

 

「ん? まあ、悪くはねぇわな」

 

 突然シノンから投げ掛けられた言葉にそう返す。見ると、何故かその顔は呆れている様な感じだった。

 

「うおっしゃあああ!」

 

 と、今度はクラインの歓喜の声が耳に届く。俺達が振り向いて彼らの許に歩み寄る中、彼らはハイタッチを交わしていた。

 

「おめでとう」

 

「へへっ!」

 

「けど、今のイノシシ…スライム相当だけどな」

 

「ええっ、マジかよ!? オレはてっきり中ボスか何かだと……」

 

 しかし喜びも束の間、キリトの口から告げられた事実に、クラインは驚きの声を上げる。てか、突進攻撃しか出来ない様なイノシシが中ボスのゲームって……どんだけ難易度低いんだよ?

 

「そんな訳無いでしょ。それに、もしそうだとしたら、この辺り一帯に沢山の中ボスが居る事になるわよ?」

 

 そんなクラインの認識の違いを指摘する様に、シノンはある一方を指差す。そこでは件の青イノシシがリポップしており、それを見たクラインは「ですよねぇ……」と呟き、軽く肩を落とす。

 が、直ぐに気持ちを切り替えて、ソードスキルの反復練習を始める。シリカとシノンも釣られる様に、思い思いに短剣を振り回し始めた。

 

「おおっ!」

 

「はまるだろ?」

 

「まあな!」

 

「はい!」

 

「そうね」

 

 クラインに掛けたであろうキリトの問い掛けには、クラインだけでなく、シリカとシノンも同時に返事をした。

 

「スキルってよぉ、武器を作ったりすんのとか色々あんだろ?」

 

「まあな。クラインの言う鍛冶や裁縫みたいな製造系統や、釣りや料理みたいな趣味の系統と、戦闘系統以外も含めて、多種多様なスキルが無数に有るって言われてる。……けどその代わり、魔法は存在しないみたいだけどな」

 

 ふとクラインが口にした質問には、俺が具体的な例を挙げながら説明。付け加える様に、このゲームの斬新なシステムについても語る。

 

「RPGで魔法無しとは、大胆な設定だよな」

 

 やはりと言うべきか、クラインはその点に食いつき、シリカとシノンもうんうんと頷いている。

 

 そう、このSAOには、ファンタジーゲームの定番とも言うべき《魔法》の要素が存在しないのだ。

 その代わりに、《ソードスキル》と呼ばれる必殺技とでも言うべき物が無限に近い数設定されている。その理由は――

 

「自分の身体を動かして戦う方が、面白いだろう?」

 

「確かに!」

 

「そうですね!」

 

「ええ」

 

 自身の身体を実際に動かして戦うという、フルダイブ技術を最大限に体感する為だ。

 

「よし、じゃあ次行くか」

 

「おう! ガンガン行こうぜ!」

 

「はい! あたしも頑張っちゃいますよー!」

 

「ふふっ。あんまり張り切り過ぎて、疲れない様にね」

 

「あははは」

 

 こうして、俺達は更なるモンスター狩りの為に、次の場所へと移動するのだった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「何度見ても信じらんねぇなぁ。此処がゲームの中だなんてよぉ」

 

 太陽が西に傾き、赤く染まり出した空の下、青イノシシを含めた複数のモンスターを狩り終えた俺達五人は、各々それぞれの姿勢を取って休憩していた。

 すると、不意にクラインが口を開いてそう呟き、シノンが「確かにそうよね」と相槌を打つ。声こそ出さなかったが、シリカもうんうんと頷いている。

 

「作った奴は天才だぜ。すっげえよなぁ。マジこの時代に生まれて良かったぁ」

 

「大袈裟な奴だなぁ」

 

 後半はキリトの言う通りちょっと大袈裟かもしれないが、前半はクラインの言う通りだ。誰がゲームの世界に入れるなどと予想出来ようか?

 

「初のフルダイブ体験だもんよぉ」

 

「右に同じく」

 

「あたしもです」

 

 クラインの抗議にも似た様な言葉には、シノンとシリカも味方する様に声を上げる。

 

 その後、クライン、シノン、シリカ、そして実は俺もナーヴギア用のゲームはSAOが初めてである事、SAOを購入出来た事やベータテスターに選ばれた事が幸運だという事などを話した。

 

「なあ、ベータの時は何処まで行けたんだ?」

 

 ベータテスト繋がりで、期間中に何処まで行けたのかを尋ねて来たクライン。

 

「途中から二人で協力して、二ヶ月で十二層だ」

 

「今度は最初から協力するつもりだから、一ヶ月も有りゃ十分行けると思う」

 

「協力に関しては了解。けど、そんなに早く行けるかねぇ?」

 

「大丈夫だよお兄ちゃん! あたしも精一杯協力するから!」

 

 質問に答え、今度はもっと早く行こうと意気込むキリトを見ながら、テスト期間中の事を思い出す。

 相手の戦闘パターンについてお互いに情報を交換し、協力し、助け合って、四苦八苦の末にようやく強力な敵を倒せた。もしも一人のままだったら、十二層までなんて到底辿り着けなかった事だろう。

 

「さて、もう少し狩りを続けるか?」

 

「たりめぇよぉ!……って言いたい所だけど、腹減ってよぉ。一度落ちるわ」

 

 キリトが狩りの続行を提案するが、どうやらクラインは夕食を取る為に一度ログアウトするらしい。

 

「こっちのメシは、空腹感が紛れるだけだからな」

 

「へへっ、五時半に熱々のピザを予約済みよ!」

 

 ……何と用意周到な。

 

「んで、メシ食ったらまたログインするわ」

 

「そっか。三人はどうするんだ」

 

「俺とシリカはまだ大丈夫かな。と言っても、後三十分くらいだけどな」

 

「わたしもそのくらいかしらね」

 

 対する俺、シリカ、シノンは、そこまで余裕は無いにしろ、まだまだ行けると表明する。

 

「じゃあ、今ログアウトすんのは俺だけか。あっ! なあ、この後…オレ他のゲームで知り合った奴らと落ち合う約束してるんだけどよぉ。どうだ?あいつらともフレンド登録しねぇか?」

 

「えっ? んー……」

 

「あぁ、俺もちょっとなぁ……」

 

 去り際、ふと思い出した様にそう提案して来るクライン。だが、俺とキリトはその提案に対し、あまり乗り気ではない反応を返してしまう。何せ、俺達は二人とも人付き合いがあまり得意ではないのだから。

 

「およよ、勿論無理にとは言わねぇよ! そのうち紹介する機会も有るだろうしな」

 

 そんな俺達の失礼な態度に対してクラインは気を悪くする事は無く、寧ろ気まで使わせてしまった。少しドジな所は有るが、根はかなり良い奴の様だ。

 

「ああ、悪いな……」

 

「わたしもちょっと、遠慮しておくわ……」

 

「折角ですけど、ごめんなさい、クラインさん……」

 

「誘ってくれてありがとな」

 

 シノンとシリカも含めて四人で謝るが、それでもクラインは大きくかぶりを振る。

 

「おいおい、礼を言うのはこっちの方だぜ。このお礼は、そのうちちゃんとすっからよ。特にキリトとカミヤには精神的にな」

 

 そして、俺とキリトの許に歩み寄り、俺達の肩を軽く叩いた。

 この時、俺はクラインの事を本当に良い奴だと思ったのだった。

 

「んじゃ、マジにサンキューな。これからも宜しく頼むぜ」

 

「また聞きたい事が有ったら、何時でも呼んでくれ」

 

「おう! 頼りにしてるぜ!」

 

 俺達に背を向け、最後にそう告げて去ろうとするクライン。

 

 

 ――しかしこの後、思いもよらぬ衝撃がクラインを……俺達を襲ったのだった。

 

 

「……あれっ?」

 

「ん? どうしたんだ、クライン?」

 

「どうなってんだこりゃ? ……ログアウトボタンがねぇぞ(・・・・・・・・・・・・)?」




 はい、第二話でした。何と無くタイトル詐欺臭を感じるが……。

 はてさて、文字数の均等化を意識したら、こんな感じの終わり方になってしまいました。申し訳ない……。
 いや、でもほら、アニメとかでCM挟む時、こんな区切り方しません? しますよね? しますよねっ! …………あ、いえ、すみませんでした……。

 という訳で、後書きという名の反省でした。
 さて……三話は何処まで進められるだろうか…?


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Chapter.3:悪夢の幕開け

はい、第三話です。
いよいよGMが登場して、デスゲーム宣言をするのですが、本作ではなんと――

では、早速どうぞ。


 

 

「……は?」

 

 今…クラインは何と言った…?

 

「だからよぉ、ログアウトボタンがねぇんだって!」

 

 ……ログアウトボタンが…無い? おいおい、何だよそりゃ? 冗談でも笑えねぇぞ。

 

「んな訳ねぇだろ? もう一度よく見てみろって。メインメニューの一番下だぞ?」

 

 ログアウトボタンは、この世界から離脱して現実世界に戻る為に必要不可欠なものだ。それが無いという事はつまり、現実世界に戻れないという事になってしまう。そうなっては不味いので、ログアウトボタンが無いなんて事は有るはずは無いのだ。

 

「やっぱりログアウトボタンなんて何処にもねぇぞ? おめぇらも見てみろって」

 

「だから、んな事有る訳……」

 

 しかし、尚も無いと言い張るクライン。しかもその顔は真剣そのもので、とても嘘や冗談を言っている様には思えない。

 その真剣な雰囲気に嫌なものを感じ、慌ててメインメニュー・ウインドウを開く。釣られる様に他の三人もだ。そして、トップメニュー左側の、件の一番下の欄には――

 

「…………あれ?」

 

 ――ログアウトボタンは、存在しなかった。

 

「……ログアウトボタンが、無くなってる……」

 

「こっちもだ……」

 

「わたしも……」

 

「あ、あたしの所も……」

 

「な? ねぇだろ?」

 

 どうなってるんだ? 始めた時にはちゃんと有ったはずだぞ?

 

「ま、今日はゲームの正式サービス初日だかんな。こんなバグも出るだろ。今頃GMコールが殺到で、運営は半泣きだろうなぁ」

 

「そんな余裕かましてて良いのか? ピザの宅配…五時半なんだろ?」

 

「うおっ、そうじゃん! オレ様のテリマヨピザとジンジャーエールがぁぁぁ!」

 

 クラインは初日故のバグだと言うが、本当にそうなのだろうか?

 とりあえず、気になるので俺自身もGMコールをしてみるが――

 

「……どう?」

 

「……ダメだ。反応がねぇ……」

 

「そう……」

 

 何故か、運営側からの反応が全く無い。その旨を、俺は他の四人へと伝える。これは、何やら怪しくなって来たぞ?

 

「おいおい、他にログアウトする方法って無かったっけ?」

 

 クラインのその言葉に、ログアウトボタン以外でのログアウトの方法を必死に思い出そうとするが……

 

「……いや、無い。自発的なログアウトは、メニューの操作だけのはずだ」

 

 その方法は、何一つ記憶に無かった。マニュアルにも、この手の状況に於ける緊急切断の方法など載っていなかった。

 

「んなバカな? 絶対に何か有るはずだって! 戻れ! ログアウト! 脱出!」

 

 何か有るはずだと、色んな方法でログアウトを試みるクライン。だが幾らやってみても、当然ながら何の反応も見られなかった。

 

「……言った通りだろ?」

 

「ぬぅ……。そ、そうだ! 頭からナーヴギアを引っぺがしゃ良いんじゃねぇか?」

 

 尚も諦めていないクラインは、今度はナーヴギアを外す事に思い至る。が、それはシリカとキリトの言葉によって否定される。

 

「け、けど、現実のあたし達の身体って今動かせないんじゃ…?」

 

「そうだ。ナーヴギアが、俺達の脳から身体に向かって出力される命令を、全部此処――延髄の辺りでインタラブトして、アバターを動かす信号に変えてるからな」

 

 ……万策尽きた。

 

「……じゃあ結局、このバグが直るか、向こうで誰かがナーヴギアを外してくれるのを待つしかねぇって事かよ?」

 

「……そういう事になるな」

 

 今の俺達には、そうする他ログアウトする手段は無い。今は…ただ待つしかないのだ。

 

「けどよぉ、オレ…一人暮らしだぜ。おめぇらは?」

 

「俺らは両親が居るから、夕食の時間になれば気付いてもらえると思うけど、生憎とまだ掛かると思う」

 

「わたしも両親が居るけど、多分同じ」

 

「俺も、母親と妹が居る」

 

 クラインの問い掛けに、それぞれ答えを返す俺達。すると、クラインはキリトの妹発言に食いついた。……うちの妹にはノーリアクションだった癖に。まあ、有ったとしても簡単にはやらねぇけどな。

 

「キ、キリトの妹さんて幾つ!?」

 

「あ、あいつ運動部だし、ゲーム嫌いだし、俺らみたいな人種と接点無いって」

 

 内心で「ザマァ」と思いながら見ていると、身を乗り出したクラインを押し返したキリトが、「そんな事よりさ」と前置きを入れてから話し始める。

 

「何か……変じゃないか?」

 

「そりゃ変だろ、バグなんだから」

 

「ただのバグじゃない。《ログアウト不能》なんて、今後の運営にも関わる大問題だろ」

 

 キリトも、何かがおかしいと薄々気付き始めた様だ。

 

「この状況なら、運営側も一度サーバーを停止させて、プレイヤーを全員強制ログアウトさせるはずだ。なのに……俺達がバグに気付いてからでももう大分時間が経ってるのに、切断されるどころか、アナウンスすらない。どう考えてもおかしいだろ?」

 

「……言われてみりゃ確かに」

 

 クラインのその一言を最後に、俺達は全員押し黙ってしまう。辺りが静寂に包まれた。

 

 

 ――リンゴーン! リンゴーン!

 

 

「「「「「ッ…!?」」」」」

 

 だが、その束の間の静寂は、突如鳴り響いた大ボリュームの鐘のサウンドにより打ち破られたのだった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「んな…っ!?」

 

「ッ…!?」

 

「な、何だぁ!?」

 

「何なの……一体…!?」

 

「な、何がどうなっているの…!?」

 

 突然青白い光に包まれたかと思えば、次の瞬間には視界が真っ白に。そして、ほんのニ、三秒程で光が消えたかと思えば、目の前に広がっていた光景は――

 

「はじまりの…街…!?」

 

 ――SAOのスタート地点たる《はじまりの街》……その中央広場のものだった。

 

(て事は、今のは《転移(テレポート)か》

 

 フィールドから主街区、別の層の主街区同士を移動するのに使われるシステム……それが《転移》だ。しかも、その為のアイテムやオブジェクトを使っていない事から、強制的なものなのだろう。

 運営側がようやく動き出したのだろうか。だとしても、何故何のアナウンス無しにいきなり?

 

「どうなってるの?」

「やっとログアウト出来るのか?」

「早くしてくれよ」

 

 周りでは、俺達同様に強制転移させられたであろう他のプレイヤー達が、それぞれにざわめき合っていた。

 

「おいっ、上を見てみろ!」

 

 そんな中、不意に誰かの声が広場に響き渡り、俺達五人は反射的に上を見上げた。

 見上げた先――遥か上空にある第ニ層の底に、一枚の赤いパネルが点滅している。よく見ると、パネルの中では【Warning】と【System Announcement】という二種類の単語が、交互に表示されていた。

 

 すると、突如赤いパネルが上空を埋め尽くし、そのパネルとパネルの隙間からどろりとした血液の様な物が垂れ下がった。だが、それは広場まで落ちて来る事は無く、空中でその形を変えた。

 現れたのは、全長二十メートルは有ろうかという、フード付きの真紅のローブを纏った巨人だった。ローブ自体には見覚えが有り、あれは運営側が務めるGM(ゲームマスター)が必ず纏っていたものだ。だとすればあの巨人はGMという事になるのだろうが、ベータの時とは違い、そのフードの中には何故か顔が存在しない。

 

 すると次の瞬間、遥か上空より巨人のものと思われる声が降り注いだ。

 

 

『プレイヤーの諸君、僕の世界へようこそ』

 

 

 やや低めで落ち着いた、爽やかな好青年を思わせる様な声。だが何故か、俺はこの声に……声の主に好感を持てない。

 

『僕かい? 僕の名前は茅場晶彦(かやば あきひこ)。今やこの世界をコントロール出来る、唯一の人間さ』

 

(ッ…!?)

 

 そして、次に巨人が口にした言葉に、俺は驚愕の念を抱いた。

 茅場晶彦……親父がルポライターをやっている為、俺達もある程度知っている。確か、弱小ゲーム開発会社だったアーガスを、最大手と呼ばれるまでに成長させた、若きゲームデザイナーにして量子物理学者。ナーヴギアやSAOは、そんな彼が開発したものだ。

 だが同時に、強い違和感も覚えた。親父が撮った写真を見る限り、言っては何だが……茅場晶彦は好青年という感じではなかったし、顔と今の声にギャップを感じる。

 

『君達は、既にメインメニューからログアウトボタンが消えている事に気付いている事だろう』

 

 そんな俺の考えを余所に、茅場(?)は言葉を続ける。そして、彼は思いもよらぬ言葉を口にした。

 

『しかし、これはゲームの不具合なんかじゃない。もう一度言うよ? これはゲームの不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様なのさ』

 

「し、仕様…だと…?」

 

 不具合ではなく本来の仕様……その言葉に、クラインが声を漏らす。声こそ出さなかったが、俺を含めた四人……いや、この広場にいる全員が、恐らく同じ気持ちだろう。……意味が分からない。

 

『君達は今後、この城の第百層をクリアするまで、ゲームから自発的にログアウトする事は出来ない』

 

 おいおい、この城って……まさかアインクラッドの事か? 冗談だろ?

 

『また、外部の人間によって、ナーヴギアの停止あるいは解除される事も有り得ない。もしもそれらが試みられた場合、ナーヴギアが発する高出力マイクロウェーブが君達の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

 は? 脳を…破壊…? それはつまり、『殺す』と言っているという事か…?

 

「な、何言ってんだアイツ? んな事出来る訳ねぇだろ?」

 

 俺の……皆の気持ちを代弁するかの如く、クラインが声を上げる。が……

 

「……有り得なくも無いさ。原理的には、電子レンジとほぼ同じだ。充分な出力さえ有れば、脳を蒸し焼きにする事も可能だ」

 

 キリトは、それが可能であるという過酷な事実を告げる。

 

「で、でも、ナーヴギアの電源コードを引っこ抜いちゃえば……」

 

「多分無理だろうな。ナーヴギアの重さの三割はバッテリセルだって言われてるからな」

 

 シリカの縋る様な呟きには、悪いが事実を告げさせてもらう。だが、もし万が一瞬間停電でも起こったりしたらどうすると言うのだ?

 

『正確には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって、脳破壊シークエンスが実行される』

 

 ……猶予付きって訳か。親切なこって。

 

『現時点で、警告を無視してナーヴギアを強引に外そうと試みた礼が少なからず有ってね、その結果、残念な事に二百十三名のプレイヤーが、既にアインクラッド及び現実世界からも永久退場してしまっている』

 

 に、二百十三…!? もうそんなにも被害が出てるのか…!?

 

「信じねぇ……信じねぇぞオレは! ただの脅しに決まってる!」

 

 そう叫ぶクライン。俺だってそうであると信じたい。だが、茅場(?)が告げた死者の人数があまりにもリアル過ぎて、本当なのではと疑ってしまう。

 

『現在、あらゆるメディアがこの状況を、多数の死者が出ている事も含めて、繰り返し報道している。今後、君達のナーヴギアが強引に外される事は無いだろう。加えて、君達の身体はナーヴギアを装着した状態で、二時間以内に病院やその他の施設へと搬送される事だろう。従って、君達には安心してゲーム攻略に励んで欲しい』

 

 こんな状況で呑気にゲーム攻略をしろだと? 何をふざけた事をぬかしているのだろうか? 理解に苦しむぞ。

 

『しかし、充分に注意してもらいたい。君達にとっつ《ソードアート・オンライン》は、最早ただのゲームではない。もう一つの現実と言っても良い』

 

 ……もう一つの現実?

 

『今後、ゲームに於いてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、君達のアバターは永久に消滅し、同時に――』

 

 その瞬間、俺は茅場(?)が言おうとしている事を予測出来てしまった。

 

 

『――君達の脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 

 ……出来れば、当たって欲しくはなかった。

 だがちょっと待て。そんな条件を出してしまったら、死ぬ事を恐れて、誰も攻略に向かわなくなってしまう。

 

 しかし、俺の……皆の思考を読むかの如く、茅場(?)は更なる宣告をした。

 

『君達がこのゲームから解放される条件はただ一つ。さっきも言った通り、アインクラッド最上部――第百層まで到達し、そこに待つラスボスを倒してゲームをクリアすれば良い。そうすれば、それまでに生き残ったプレイヤー全員が、ログアウトする事が出来る』

 

 ……辺りが、静まり返る。

 

 ……無理だ。ベータテストの時は、俺とキリトで強力してもたった十二層までしか行けなかった。しかも、何度もHPをゼロにしながらだ。それを『HPゼロ=死』の状況で、百層まで行ってラスボスも倒せだと? 無理難題にも程が有るぞ!

 

『では最後に、君達にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。君達のアイテムストレージに僕からのプレゼントを用意してある。確認してご覧』

 

 その謎の言葉の意味を知る為、俺はメニューを開き、アイテム欄を確認する。すると、リストの一番上に表示されていたそれは――

 

(……《手鏡》?)

 

 「何故こんな物を?」と思いながらもそれを出現させ、恐る恐る覗いて見る。しかし、そこに映っているのは、現実の自分に似せて造った自身のアバターだった。

 

「うおっ!? 何だぁ…!?」

 

 すると突然、隣からクラインの叫び声が上がる。振り向くと、彼の周りを青白い光が包み込んでいた。彼だけではなく、シリカも、シノンも、周りに居る多くのプレイヤーもだ。と思った瞬間、俺自身も青白い光に包み込まれ、視界が真っ白になった。

 ほんの二、三秒程で光は消え、元の光景に戻った…………かと思ったが、何か様子がおかしい。

 

「おい、おめぇら大丈夫か?」

 

 聞こえたクラインの方へと振り向き、「大丈夫だ」と言おうとして…………やめた。

 

「アンタ…誰だよ…?」

 

 何せそこに居たのは。髪の色とバンダナこそ同じなれど、金壺目に鷲鼻、頬と顎にむさ苦しい無精髭という、クラインではないプレイヤーだったのだから。

 

「誰って……おいおい、ひでぇなぁ。オレだよ。クラインだって」

 

 え? 目の前に居るこいつがクライン?

 

「し、詩乃!?」

 

「えっ!? 和人!?」

 

 などと考えていると、隣ではキリトとシノンと同じ装備をした別の男女が、お互いの顔を見て驚いていた。知り合いなのだろうか?

 

「そうだ、シリカは…!?」

 

 そう思い、シリカの居る方へと目を向けると……

 

「だ、大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 

 どうやら無事だったらしい。だが、今のシリカは何か少し違う。そう、どちらかと言うとアバターではなく、現実の――珪子に近い……

 

(ッ…!?)

 

 そこまで考えた所で、俺はある仮説に至り、急いで手元の手鏡を見る。するとそこに映っているのは、アバターとほんの少し違う、現実の俺―綾野和也の顔だった。

 

「なっ…!?」

 

「うおっ!? オレじゃん!?」

 

「えっ!? 現実のあたしの顔!?」

 

「な、何で…?」

 

 同じ仮説に思い至ったらしい俺の周りの四人が、手鏡を見てそれぞれ驚いている。という事はつまり――

 

「お前ら……キリトにクラインにシノン…!?」

 

「お前がクラインで、詩乃がシノンか…!?」

 

「おめぇらキリトとシノンか…!?」

 

「あなた達がキリトさんにクラインさんにシノンさん…!?」

 

「あなたがクラインで、和人がキリト…!?」

 

 俺達はお互いの顔を見て、五人同時に叫んだのだった。




すいません…。後半が思った以上に長くなり過ぎたので、中途半端ではありますが、キリの良い所で区切らせて頂きました。

さて、もうお気づきだと思いますが、もうバラしてしまうと、なんとGMは茅場さんではございません! 茅場さんは『僕』なんて言いませんもんね?
で、本来茅場さんがやるはずだったポジションを乗っとったのは、喋り方で大体想像出来たと思いますが、例のあの人です。正式な発表はもう少し先のお話で。

もう一つ。しののんの両親とキリト君との関係についても、後のお話で語らせて頂きます。

さあ、次はチュートリアル終盤と、本作のメインイベントなのです!
中途半端で気になると思いますでしょうから、なるべく早く上げたいと思います。

それでは!


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Chapter.4:義務と意思と宣言

 本作のメインイベントです。それではどうぞ!


 

 

「ど、どうなってんだこりゃ? どうして現実の姿に? てか、何でカミヤとシリカの姿は変わってないんだ? ……それと、おめぇら知り合いなのか?」

 

 突如アバターが現実の姿に変わった事に動揺し、まくし立てる様に問い掛けて来るクライン。先ずは俺とシリカが、二つ目の質問に対して答えを返す。

 

「とりあえず落ち着けって。俺とシリカが変わってない様に見えるのは、アバターを現実の姿に似せて造ったからだ」

 

「そうなんです」

 

 次に三つ目の質問について、本人達に尋ねてみる。これに関しては俺も少し気になった。

 

「で? さっきお互いを現実の名前で呼び合ってたみたいだけど、アンタらどういう関係なんだ?」

 

「えっと、俺と詩乃……シノンは、その……幼馴染みなんだよ」

 

「そういう事」

 

 大人しいスタイルの、前髪が少し長めの黒髪に、線の細い顔、柔弱そうな両目という、女の子と間違えそうな容姿に変身したキリトの言葉に、両側の房と猫目は変わらず、整ったショートヘアの少女に変身したシノンが頷く。

 

「んで、一つ目の質問に戻る訳だが……」

 

 一体これはどういう事だ? どうやってアバターを現実の姿に変えたと言うのだ?

 

「……そうか、スキャンだ! ナーヴギアは、高密度の信号素子で頭から顔全体をすっぽり覆っている。つまり、顔の形も精細に把握出来るんだ」

 

「で、でも、身体はどうするんですか…?」

 

「あ……多分あれじゃねぇか? キャ…キャリ……」

 

「キャリプレーションか? あぁ! 成る程な」

 

「そう、それだ! 初回に装着した時のセットアップステージで、自分の身体をあちこち触らされただろ?」

 

「そ、そういえば」

 

 これでカラクリの謎は解けた。

 そして、俺達を元の姿に戻した理由は、今起こっているこれが現実であると認識させる為。言ったではないか、証拠を見せると。

 

 さて……

 

「何で? そもそも何でこんな事を起こしたのよ? あの茅場って人は……」

 

 ログアウトボタンを消し、俺達プレイヤーを仮装空間に閉じ込め、挙げ句にゲーム攻略をさせる……一体全体、何の理由で、何が目的だと言うのだろうか…?

 

「どうせ、直ぐにそれも答えてくれるさ」

 

 キリトがそう言った直後、タイミングを見計らったかの如く茅場(?)が喋り始めた。

 

『君達は今、何故? と思っているだろう。何故僕は――SAO及びナーヴギアの開発者である茅場晶彦はこんな事をしたのかと? 大規模なテロ? それとも身代金目的の誘拐?』

 

 茅場(?)はそこで一旦区切ってから、静かにその核心を告げた。

 

『いいや、そのどちらでもない。そもそも、今の僕には既に、何の目的も、何の理由も無い。何故なら……この状況こそが、僕にとっての最終目的だからね。この世界を創りだし、観賞する為だけに僕はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成されたのだよ』

 

 そして茅場(?)は、とうとうこの謎のイベントを締め括るべく、最後の言葉を宣言した。

 

『以上を以って、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤーの諸君――健闘を祈るよ』

 

 そして、茅場(?)の巨人は音も無く上空へと上がって行き、パネルの中へと姿を消して行く。完全に消えると同時に赤いパネルは徐々に消えて行き、その光景を元の第二層の底のものへと戻した。

 

「嘘だろ……何だよこれ? 嘘だろ!」

「ふざけるなよ! 出せ! 此処から出せよ!」

「こんなの困る! この後約束が有るのよ!」

「嫌ああ! 帰して! 帰してよおおお!」

 

 次の瞬間、約一万人のプレイヤーの集団が、然るべき反応を見せた。悲鳴、怒号、絶叫、罵倒、懇願、そして咆哮……圧倒的大ボリュームで放たれた大量の声が、広場を震わせた。

 

「い、嫌ああああ!」

 

 隣に居たシリカも悲鳴を上げ、俺に思いっ切りしがみつき、その身体を震わせる。無理も無い。まだ十二歳である少女に、こんな絶望的な状況を受け入れる事など不可能だ。……いや、シリカだけではなく、俺にだって無理だ。けれども――

 

「カミヤ、クライン、シノン、シリカ、ちょっと来てくれ」

 

 すると、キリトはクラインとシノンの腕を掴み、人垣を縫って広場の外へと向かって行く。その後を、未だ震えるシリカを連れて追い掛けて行く。

 

「良いか、よく聞けよ」

 

 広場を抜けて、広場から放射状に広がる幾つもの街路の一つへと入り、ある程度進んだ所で立ち止まると、キリトは急に口を開いた。

 

「俺は直ぐにこの街を出て、次の村に向かおうと思う。お前達にも一緒に来て欲しい」

 

 その内容は、この《はじまりの街》からの移動。

 

「あいつの言葉が本当なら、これからこの世界で生き残る為には、ひたすら自分を強化する必要が有る。MMORPGはプレイヤー間のリソースの奪い合い……システムが供給する限られた金とアイテムと経験値を、より多く獲得した奴だけが強くなれる。……この《はじまりの街》周辺のフィールドは、同じ事を考える連中に狩り尽くされて、直ぐに枯渇する。そしたら、モンスターのリポップをひたすら探し回る羽目になる。だから、今のうちに次の村を拠点にした方が良い。俺は道も危険なポイントも全部知ってるし、何より元ベータテスターが二人も居る。この人数で、レベルの低い今でも安全に辿り着ける」

 

 ゲームを攻略しなければ現実世界に戻れないと言うのなら、怖くてもやるしかあるまい。そして、そんな状況に於けるキリトのこの判断は、恐らく正しいのだろう…………“ゲーマーとして”は。

 

 だが――

 

「……キリト、悪いが俺は行けない」

 

「えっ…?」

 

 俺の反応に、キリトは驚いた様子で目を見開く。恐らく、間違いなく俺も付いて来るものだと思っていたのだろう。だがなキリト――

 

「お前の判断は、恐らく正しいと思う。ゲーマーとしてはな。けど……“人として”はどうだ?」

 

「ッ…!?」

 

 俺のその言葉に、キリトの目が更に見開かれる。

 

「確かに、自分が生き残る為には、自身を強くするしか無い……それはわかる。けど、だからって他の奴らを見捨てて良いのか?」

 

 顔を逸らすキリトを無視して、俺は言葉を続ける。

 

「千人の元ベータテスターがそうしたとして、残りの約九千人はどうなる? そいつらは今日SAOを始めたばかりの、右も左も分からない素人ばかりなんだぞ。無事に生き残れるとは、到底思えない」

 

 あくまで攻略に出たらの話だ。中には攻略に向かわず、街に留まり続ける奴らも居るはずだ。いや、絶対に居る。

 

「先にSAOをプレイした俺達元ベータテスターには、そいつらにその経験を伝え、導く義務が有ると思うんだ」

 

 あくまでそれは俺の意見だが、今この状況に於いては確固たる事実だと思っている。人付き合いが苦手故に、正直本当は面倒だと思っているが、状況が状況なのでそうも言ってられまい。

 

「それに、俺はゲーマーである前に一人の人間だ。人間として、モラルは捨てたくない――人を見殺しになんてしたくない。そして、見殺しにして後悔なんてしたくない」

 

 その言葉に、キリトは再び目を見開いてこちらに向き直った。

 

「他の奴らの手助けをすれば、お前が言った通りモンスターは枯渇して、その分レベルアップ……延いては攻略も遅れる。けど、今大事なのは《どれだけ早く攻略するか》じゃなくて、《どれだけ多く生き残れるか》だとは思わないか?」

 

 キリトの反応を待たずに、俺は更に言葉を続ける。

 

「どんだけ時間を掛けてでも、より多くのプレイヤーを生き残らせてゲームをクリアする……俺はそのつもりでいる」

 

 出来るかどうかなんて分からない。けど、きっとそうするべきなんだ。

 

「それにだ、MMORPGってのは、大人数でやって初めて攻略出来る様に造られてるもんだ。要するに、攻略の為の人数を増やすって意味でも、助ける意味は充分有ると思う」

 

 そこまで言い終わった所で、未だにしがみついていたシリカを離し、キリト達に背中を向ける。そして……

 

「つー訳で、俺は広場に戻る。戻ってこの事を他のプレイヤーに伝える。……お前達は、お前達の思う様に行動しろ。シリカ…お前もだ」

 

 顔だけをキリトへと向けてそう言ってから、向き直り、広場へ向けて歩き出そうとした。

 

「待てよ、カミヤ!」

 

 すると、キリトに大きな声で呼び止められた。何か用かと思い、立ち止まって顔だけをキリトへと向ける。

 

「気が変わった。俺もそれに協力する」

 

「……え?」

 

 すると、キリトの口から、俺に協力するという言葉が掛けられた。

 

「……良いのか、キリト?」

 

「ああ。俺も一人の人間として、後悔したくないからな。それに言っただろ? 最初から協力するって」

 

「そうか。ありがとな!」

 

 身体も向き直り、確認の言葉を掛ければ、キリトは真剣な顔をして肯定の意を返してくれた。

 

「おう、オレも協力すんぜ、カミヤ」

 

「クライン…?」

 

 すると、今まで黙って俺達の話を聞いていたクラインが、突然協力を申し出て来た。

 

「おりゃあベータテスターじゃねぇから、他の奴らをレクチャーすんのは多分無理だ。けど、攻略になら協力出来ると思うぜ」

 

「私も。キリトに協力して、攻略に参加するわ」

 

「あ、あたしもお兄ちゃんに協力するっ!」

 

「シノン!? それにシリカまで…!?」

 

 更に、クラインに続いて、シノンとシリカまでもが協力を申し出た。

 

「モラルがどうだのなんて言われちゃったら、じっとなんてしてられないもの。それに……」

 

 と、シノンはそこで一旦区切ると、キリトの方を見てから言葉を続けた。

 

「キリトはコミュ症だから、幼馴染みの私が、ちゃんとサポートしてあげないとね♪」

 

「お、おい……」

 

 茶目っ気の有る顔で言った、まるでおちょくる様なシノンの言葉に、キリトは苦い……けれども、何処か嬉しそうで照れ臭そうな顔をする。……お前ら、本当に幼馴染みなだけか…?

 

「……んで、お前も本当にそれで良いのか?」

 

 二人のやり取りを見て少し頭が冷えた俺は、シリカに向けて、警告の意も込めた確認を取る。

 

「……正直に言うと、本当は…物凄く怖い……」

 

 顔を俯かせ、弱音を吐くシリカ。だが、直ぐに勢い良く頭を上げ、真剣な眼差しで自身の気持ちを口にした。

 

「でもっ! あたしの知らないうちに……あたしだけが安全な場所でただ怯えて待ってる間にお兄ちゃんが死んじゃう事の方が、もっと怖い! だったら……怖くてもお兄ちゃんと一緒に居たい! 一緒に戦って、お兄ちゃんを守りたい!」

 

 シリカのその熱い思いに……その覚悟の篭った眼差しに、俺は大きく心を打たれた。目頭が熱くなった様な感覚に襲われた。

 

「へへっ。兄ちゃん思いの、良い妹さんだな」

 

「……ああ。涙が出そうになる程嬉しい事を言ってくれる、可愛くて強い、自慢の妹だ」

 

 鼻の下を指で擦りながら言葉を掛けて来たクラインに、俺は手で顔を覆いながらそう返した。

 

「……四人とも……ありがとな」

 

 ようやく落ち着いた所で、四人に一言お礼を言うと、彼らは何も言わず、こちらに笑顔を返して来た。

 

「そんじゃあまあ、そろそろ行くとしますか!」

 

「ああ!」

 

「おうよ!」

 

「ええ!」

 

「うん!」

 

 そして、俺達は行動を起こす為、広場へと戻るのだった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 急いで広場に戻ると、広場にはまだ沢山のプレイヤー達が存在し、未だに騒然としていた。

 

 言い出しっぺは俺なので、演説する役目は勿論の事俺だ。正直、大勢の人を相手に演説など俺には荷が重過ぎるが、それでもやるしかあるまい。

 

(……よし!)

 

 意を決した俺は、騒然たる広場に響き渡る様、声を張り上げて切り出した。

 

「聞いてくれっ!」

 

 瞬間、広場中のプレイヤーの視線が、俺へと集まる。それに臆する事無く、俺は言葉を続ける。

 

「俺の名前はカミヤ! 元ベータテスターだ! この過酷な状況を生き残る為、俺は今此処に……SAO初心者の為の講習会を開く事を宣言する!」

 

 その瞬間、それまでとは別の種類のどよめきが広場に広がった。

 

「ただ、俺一人でやるには限界が有る! そこで、可能であれば、他の元ベータテスター達にも手伝ってもらいたい! より多くのプレイヤーが生き残れる様、力を貸して欲しい!」

 

 一旦間を置き、最後の言葉を口にする。

 

「恐らく攻略には時間が掛かる事だろう! だが、そんなのは二の次だ! 生き残る事を最優先に考えろ!」

 

 そう言い切った次の瞬間――

 

「はいっ! 俺…元ベータテスターです!」

「ベータテスターなら此処にも居るぞ!」

「教えられる限りの情報をお教えします!」

「おらァ! 死にたくねぇ奴らは、とっととオレん所に来やがれッ!」

 

 他のベータテスターと思われるプレイヤー達が、次々と挙手して名乗りを上げ、他のプレイヤー達が徐々にそちらへと集まって行った。

 

「んじゃ、オレは先ずはダチを探すわ。その後は自力でどうにかするなり、他の奴に助けて貰うなりするわ」

 

「ああ、またな。気をつけて」

 

 俺達の許へとやって来たプレイヤー達を一旦待たせ、俺達五人はそれぞれに別れる為に、別れの挨拶を交わす。

 

「おう! あっ! そうだ、キリトよう!」

 

 立ち去ろうとしたクラインだったが、ふと何かを思い出した様に立ち止まり、キリトに声を掛ける。

 

「ん?」

 

「おめぇ……案外可愛い顔してやがんな! 結構好みだぜ!」

 

「ッ…! お前も、その野武士ヅラの方が十倍似合ってるよ!」

 

 それをを聞いた後、クラインは今度こそこの場から立ち去って行った。

 

「そんじゃあ、俺達も行くよ」

 

「ああ。必ず攻略で会おうな」

 

「ああ」

 

「二人とも、元気でね」

 

「キリトさんとシノンさんもお元気で」

 

 こうして、俺達四人も別れ、それぞれに行動を開始。

 

「んじゃ、俺達も行くか」

 

「うん!」

 

「綾野君!」

 

 この後、同じ学校の同級生達を含めた多くのプレイヤー達をレクチャーした俺は、シリカ、その同級生達とパーティーを組み、長い長いアインクラッド攻略の旅へと出発したのだった。




 はい。カミヤ君が無駄なまでにカッコつけてくれました。
 反省はしている。だが後悔はしていない!

 という訳で、本作最大の《もしも》――《もしもベータテスター達が初心者プレイヤー達を見捨てなかったら?》でした。
 これにより、最初の一ヶ月で死ぬはずだった何人かが救われ、ディアベルさんもまとめ役としての責任から大きく解放された事でしょう。

 さて、次回は本編ではなく、お待ちかね(?)……キリトとシノンの関係を描いた幕間を投稿予定です。
 アスナさんの登場はその次の投稿になると思うので、アスナさん待ちの皆様はもう少しお待ち下さいませ。

 それでは。


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Interval:和人と詩乃

 タグに『ご都合主義』を追加しました。
 恐らくこれからも、ご都合主義な内容が増えて行く事でしょうから。

 話は変わるが、『幕間(interval)』と書いて『まくあい』って読むんですねぇ。
 今まで全然知らなかったなりよぉ……。


 

 

 キリトとシノン――桐ケ谷和人(きりがや かずと)と朝田詩乃(あさだ しの)との出会いは、あまりにも形の悪いものだった。

 

 その日、詩乃は両親と共に外出していたのだが、途中で交通事故に巻き込まれた。カーブを曲がり切れずに、反対車線から突っ込んで来たトラックが原因で、そのトラックに衝突された前方の車に、詩乃達が乗った車が衝突したのだ。

 

 トラックのドライバーは、フロントガラスを突き破って路面へと投げ出され、ほぼ即死。対する詩乃達は、幸いにも両親は軽傷で済み、後部座席のチャイルドシートでしっかりシートベルトをされていた詩乃は、ほぼ無傷だった。

 そして、前方からトラックに衝突、後方から詩乃達の車に追突された、詩乃達の前方の車の人物達は……前に座っていた大人二人はほぼ即死、後部座席に座っていた男の子も重症である。直ぐに救急に連絡した為、男の子は無事生還する事が出来た。

 

 ――その男の子の名前は……和人。

 

 駆け付けた母方の妹夫婦に面会した際、詩乃の両親は彼らに深く謝罪していた。

 それ以降、彼らは何度も和人――妹夫婦に引き取られる事になった為、苗字を桐ケ谷――の見舞に訪れる様になり、和人と詩乃は何時しか仲良くなっていた。

 

 和人が無事退院してからも、詩乃の両親の心は完全には晴れなかった。和人の事が気掛かりで仕方なかった。

 故に、彼らは東京から、桐ケ谷家の在る埼玉県へと居を移し、和人と……和人ら桐ケ谷家の人達と交流を持ち続けた。和人に何か罪滅ぼしになる様な事をしてやれる訳でもなかったが、ただ彼の事を見守っていたかったのだった。

 

 大人達のそんな思いなど露知らず、和人と詩乃は楽しい日々を過ごした。同じ小学校へと通い、一緒に遊び、勉強し、剣道をし、笑い、泣き、時に喧嘩もしたりと、二人の仲はより深まって行った。

 和人の従妹である桐ケ谷直葉(きりがや すぐは)も、詩乃の事を本当の姉の様に慕い、仲良くしていた。……時折、和人と仲良くしている彼女に対して、嫉妬や敵対心などを燃やす事も有ったが。

 

 だが、そんなある日、とある一つの出来事が起こった。

 

 PCに関する知識や技術が優れていた和人は、十歳の時に住基ネットの抹消記録に気付き、自身の出生について知ってしまったのだ。それを知った義理の両親は、詩乃達も交えて真実を話した。詩乃も、この時初めて事故の事を知った。

 

「本当に……本当にすまなかった!」

 

 深く頭を下げた詩乃の両親……そして詩乃。自分達も被害者側であるとはいえ、結果としては、和人の実の両親を殺してしまった加害者側とも言える。そんな複雑な思いで謝る詩乃達を、和人は咎める事は出来なかった……若しくはしなかった。

 

 それからだった。和人の中で、自身と他人との距離感が狂い始め、人と関わる事を恐れる様になったのは。安寧を求め、仮装世界に入り浸る様になったのは。

 

 それからだった。敵役であるはずの自身を責めようともせず、変わらず優しく接してくれる和人に、詩乃が負い目を感じる様になったのは。彼との距離感に思い悩みながらも、彼の対人関係に対してサポートする様になったのは。

 

 しかし、二人の複雑な関係は、これで終わりではなかった。

 

 一年後。詩乃は母親と共に買い物に出掛けた際、偶然にも和人と出くわした。親切にも同行を申し出てくれた彼と共に、途中で郵便局に立ち寄った。詩乃の母親が窓口で書類を出している間、直ぐ近くで、和人と詩乃は何気ない会話をしていた。

 すると、郵便局に一人の男が入って来た。灰色っぽい服装で、片手にボストンバッグを下げた、痩せた中年男性だった。その男を……男の目を見た瞬間、和人と詩乃は奇妙な……何処か嫌なものを感じた。

 男は詩乃達の隣の窓口の前に立つと、カウンターにどさっとボストンバッグを置く。そして――

 

「この鞄に、金を入れろ!」

 

 男は中から黒い物――拳銃を掴み出し、窓口の男性局員に突き付けた。強盗だった。

 

「両手を机の上に出せ! 警報ボタンを押すな! お前らも動くな! 騒ぐな!」

 

 拳銃を左右に動かし、奥に居た他の局員や、騒ぎ立てる周りの客達を牽制する。詩乃は恐怖のあまり、思わず和人の袖を掴んでいた。

 

「早く金を入れろ! 有るだけ全部だ! 早くしろ!」

 

 再び叫ぶ男。それに対し、男性局員は顔を強張らせながらも、右手で札束を差し出そうとした――

 

 

 ――パァン!

 

 

 その瞬間、郵便局に高い破裂音が響き、その後に、どさっ、という音を立てて男性局員が倒れた。……そう、撃たれたのだ。

 

「ボタンを押すなと言っただろうがぁ!」

 

 その光景に、男の叫び声に更に恐怖を抱いた詩乃は、和人に強くしがみついた。

 

「おい、お前! こっちに来て金を詰めろ!」

 

 男は拳銃を別の局員に向けて、金を詰める様にと叫ぶが、拳銃を向けられた局員は首を細かく振るだけで、動こうとはしなかった。

 

「早く来い! さもねぇともう一人撃つぞ! 撃つぞォォォ!」

 

 局員の対応に焦れた男は、あろう事か、その銃口を詩乃の母親へと向けた。それを見た詩乃は、何とかして母親を助けなければと思うが、恐怖のあまり動けずにいた。

 そんな詩乃の思いを感じ取ってか、和人は彼女の腕を振りほどき、なんと男に突攻を仕掛けたのだ。拳銃を握る右手首にしがみつき、噛み付いた。

 

「あぁぁぁ!?」

 

 驚愕と苦悶の混じった声を上げた男は、右手を和人ごと振り回す。それにより和人の身体は投げ飛ばされ、詩乃を巻き込んで後退する。同時に拳銃も男の手から滑り落ち、身体を起こした自分の足元まで転がって来たそれを、詩乃は無我夢中で拾い上げた。

 震える手で拳銃を握り、取り返そうと迫って来る男へと銃口を向ける詩乃。その震える手を、誰かの手が包み込んだ。

 

「大丈夫……」

 

 和人だ。彼は詩乃を落ち着かせる様にそう言いながら、彼女の指を拳銃の引き金へと誘導した。

 

 

「――俺も一緒に…罪を背負うから」

 

 

 その言葉に、罪悪感と同時に言い知れぬ安心感を抱いた詩乃は、和人に身を委ね、その引き金を引いた。

 

「あぁ…ああぁぁ!」

 

 弾丸は男の腹を貫き、男は苦悶の声を上げながら両手で腹を押さえる。その瞬間、それを見ていた局員や他の客達が駆け寄って来て、男を取り押さえた。その後、駆け付けた警察により男は逮捕され、事件は幕を下ろしたのだった。

 

 この事件で、詩乃は和人に対し、更なる負い目を抱いた。拳銃で人を撃った罪を彼にも背負わせてしまった事、そして……敵役であるはずの自分達を、助けてくれた事への負い目を。

 だから、彼女は決意した。彼を守る為に……これ以上彼を傷付けさせない為に、強くなる事を。

 

 それから三年の月日が経ち、世間では新感覚のMMORPGであるSAOが話題となっていた。勿論の事、和人もそれに食いついていた。

 ベータテスターに選ばれた彼の話を毎日の様に聞いていた詩乃は、楽しそうに話す彼の顔を見て、本当にゲームが好きなんだなぁと思った。そして、彼が愛するゲームの世界に対し、興味を持ち始めた。彼の気持ちをより深く知る為にも、自身もやってみようと思い始めた。

 

 そして二○二二年十月三十日、詩乃は両親からの援助を受け、和人には内緒でナーヴギアとSAOを購入した。彼を驚かせる為だ。そして、一週間後の十一月六日……遂に始まったSAO正式サービスの世界へと、彼女は飛び込んだ。

 ところが、最初こそ正常だったSAOは、『ゲームで死んだら、現実でも死ぬ』という異常事態へと発展。しかもGMの仕業により、アバターを現実の自身の姿へと変えられてしまった。

 

「し、詩乃!?」

 

「えっ!? 和人!?」

 

 だが偶然にも、そこで和人――キリトと合流する事が出来た。

 

 その後、それまで一緒に行動していた《カミヤ》というプレイヤーの話を聞き、異常事態を脱するのに協力する事を表明したキリト。

 

「私も。キリトに協力して、攻略に参加するわ」

 

 そんなキリトに協力すべく、自身もカミヤに協力する事を表明した。

 

「キリトはコミュ症だから、幼馴染みの私が、ちゃんとサポートしてあげないとね♪」

 

 そして決意した。キリトをサポートし、何が何でも、どんな事からも彼を守ろうと。キリト一人に、これ以上の重荷は背負わせないと。

 

「それじゃあ、宜しく頼むな、シノン」

 

「ええ、任せなさい」

 

 こうして和人と詩乃――キリトとシノンは、共に戦いの日々へと身を投じたのだった。




 という訳で、キリトとシノン――和人と詩乃の関係性でした。

 さて、この話で何と無く察した方も居るかもしれませんが、自分はキリシノ派です!
 勿論王道のキリアスや、マイナーなキリリズなんかも好きなんですが、何故かキリシノが一番なんです。
 という訳で、キリアス派やその他の派閥の方々……本当にすいません。

 さあ、次回は第一層攻略会議の模様です。
 ディアベルをどう救うのか? キバオウとの関係は…? そして、アスナとの接触は…?

 次回もお楽しみに!


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Chapter.5:第一層攻略会議

 ……良いタイトルが浮かばなかった。

 という訳で、本編第五話です。どうぞ。


 

 

 ゲーム開始一ヶ月で、約千人弱のプレイヤーが死亡した。

 

 攻略には向かわず、早急な脱出を願う者達の中で、「城から飛び降りれば、或いは出られるのでは?」と考えて、アインクラッドの最外周からその身を投げた者達。

(尚、その者達は第一層の《黒鉄宮》の中の有る《生命の碑》に於いて、死亡扱い(死因は《高所落下》)とされている)

 

 レクチャーを受けたが、恐怖の為に上手くそれを活かせず、命を落としてしまった者達。

 

 調子付いて、無茶な戦闘の末に命を落とした者達。

 

 至って普通にプレイしていても、ちょっとしたミスで命を落としてしまった者達。

 

 そんな多種多様多数の死者を出す中、最前線で攻略する者達は、遂に次の層へと続く塔状のダンジョン―《迷宮区》……そのボスの部屋の前まで攻略を進めていたのだった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 茅場(?)がいきなり始めた、『HPゼロ=現実の死』という恐怖のゲーム――プレイヤーの中には、これを《デスゲーム》と呼ぶ奴も居る――から一ヶ月の月日が経った。

 結局の所、外部からの問題解決が齎される事は無く、音沙汰も何も無い。一方で、ゲームの中では多数のプレイヤーが戦闘や自殺でゲームオーバーとなり、死んでしまっているらしい。

 

 そんな中、俺達最前線で攻略を続けるプレイヤーは、遂に次の層へと続く《迷宮区》と呼ばれるダンジョンの、その番人たるボスの部屋の手前辺りまで辿り着いていた。

 そして今日、迷宮区最寄の町である《トールバーナ》に於いて、その攻略の為の合同会議が行われる事になっている。

 

「うわぁ! すっげー人数だなぁ」

 

 会議が行われる広場に集まっているプレイヤーを見て、パーティーメンバーの一人が声を漏らす。

 

「ざっと見た所、八十人くらいは居るかな?」

 

「一つのレイドが六人パーティー八つの計四十八人だから、レイド一つと六人パーティーが五つか六つくらいって所か。それだけ有れば、充分行けるだろうな」

 

 別のメンバーは周りを見渡し、おおよその人数について予想する。それを聞いた俺は、ボス攻略の際の編成について考え、その数が適量だと判断する。

 

「あ! お兄ちゃん…あそこに居るのって、キリトさんとシノンさんじゃない?」

 

「ん? おお、確かに」

 

 シリカに指摘されてそちらへと目を向ければ、そこには確かにキリトとシノンの姿が有った。

 

「よう、キリト、シノン。久しぶりだな」

 

「! カミヤ! シリカ! お前らちゃんと生きてたんだな」

 

「お前らこそな」

 

「久しぶりね、シリカちゃん」

 

「はい! お久しぶりです、シノンさん!」

 

 二人の許へと歩み寄り声を掛ければ、二人もこちらの存在に気が付く。お互いに挨拶を交わし合っていると、今現在俺と共に行動しているパーティーメンバーの一人が話し掛けて来た。

 

「ねぇ、カミヤ君……この人達は…?」

 

「ん? ああ、紹介するよ。こいつらはキリトとシノンで、キリトは俺と同じ元ベータテスターだ。二人とは、例の宣言が始まる前に一緒に行動してたんだよ」

 

「初めまして。私はシノンよ。で、こっちがキリト」

 

「宜しく」

 

 パーティーメンバーに二人の事を紹介すると、今度はシノンが俺のパーティーメンバーの事について尋ねて来た。俺はその質問に対し、一人ずつ順番に紹介していく。

 

「それでカミヤ……あなたの後ろに居るその人達は?」

 

「ああ、こいつらは今一緒に行動してるパーティーメンバーでな、こいつは棍使いのケイタ」

 

「初めまして」

 

「メイサーのテツオ」

 

「やあ」

 

「短剣使いのダッカー」

 

「どもーっす!」

 

「槍使いのササマル」

 

「宜しく」

 

「同じく槍使いのサチだ」

 

「こんにちは」

 

「五人とも、俺と同じ高校の同級生なんだよ」

 

 そう言うと、キリトとシノンは驚きの表情を浮かべ、シノンは確認する様に言葉を掛けて来た。

 

「えっ? カミヤって…高校生だったの…?」

 

 今の反応から察するに、キリトとシノンは俺よりも年下、或いは年上(見た目からしてこちらの可能性は低い)なのだろう。その事について話そうと思ったが、その前にステージ状の広場に一人のプレイヤーが現れたので、その話については後回しにする事にした。

 

「ああ。けど、その話は後でな? どうやら、そろそろ始まるみたいだからな」

 

 そう言うと、俺達九人は広場へと移動した。

 

「はーい! それじゃ、そろそろ会議を始めたいと思いまーす!」

 

 ステージに現れたのは、長身の各所に金属防具を煌めかせた男性プレイヤーで、武器は俺やキリトと同じ片手剣。そして、何よりも目を引くのが、鮮やかな青に染まった長髪と、かなりのイケメンと称するべきその顔立ちだった。

 プレイヤーの顔は、あの宣言の時に茅場(?)によって現実のものに変えられている。という事は、あの清々しいまでのイケメンが彼の現実の顔なのだろう。そう思うと、何故かとてつもない敗北感を感じてしまう。

 

「今日は、オレの呼び掛けに応じてくれてありがとう! オレはディアベル……知っている人も居ると思うけど、元ベータテスターだ! 職業は…気持ち的にナイトやってます!」

 

 そんな俺の思いなど余所に、男―ディアベルは自己紹介をする。その自己紹介に、広場はどっと笑いに包まれた。だが、彼が真剣な表情で語り始めた事で、その空気は破られた。

 

「……今日、オレ達のパーティーが、あの塔の最上階でボスの部屋を発見した」

 

 その言葉に、周りのプレイヤーの殆どが息を呑んだ。

 

「一ヶ月、此処まで一ヶ月も掛かったけど……それでも、オレ達は示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものも何時かきっとクリア出来るんだって事を、はじまりの街で待ってる皆に伝えなきゃならない。それが、今この場所に居るオレ達トッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、皆!」

 

 続けられた言葉を聞き終えた瞬間、今度は大量の拍手の音によって広場が包まれた。ディアベルの言葉には、非の打ち所は全く以って見受けられないのだから。

 

「それじゃあ――」

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん!」

 

 と、ディアベルが会議を進めようとした時だった。広場の上段の方から関西弁口調の男性プレイヤーの声が聞こえ、歓声がぴたりと止まる。その中を、小柄ながらもがっちりした体格の、サボテンの様に尖った形をした茶髪のプレイヤーが階段を飛び降りて来て、ステージに降り立った。

 

「わいはキバオウってもんや」

 

 サボテン男―キバオウはこちらに振り向いて、なんとも勇猛なキャラネームを名乗ってくれると、次いで口を開いた。

 

「この場を借りて、一つ言わせてもらいたい事が有るんや」

 

「言わせてもらいたい事…?」

 

 ディアベルの聞き返しに、キバオウは「そうや」と言って頷く。

 はて? キバオウが言いたい事とは何なのだろうか? 見る限り、彼の表情からは憎しみや怒りといった感情は感じられないが。

 

「ナイトはん、そして、こん中におるはずの他のベータ上がりの奴らに言わせてもらいたい……」

 

 キバオウは、俺達元ベータテスターを指名すると、一旦言葉を区切る。そして――

 

「ホンマにありがとう!」

 

 ――そのサボテン頭を勢い良く下げ、感謝の言葉を口にした。

 

(ッ…!?)

 

 これには俺も、キリトも、ディアベルも、ベータテスターではない他のプレイヤーも驚いていた。まさかこの様な公然の場で、堂々と頭を下げる様なプレイヤーが居るなどと、誰が思おうか?

 

「あんたらが助けてくれたお陰で、多くのビギナーが生き残って、攻略に参加する事が出来とるんや」

 

 頭を上げ、言葉を続けるキバオウ。

 

「特にカミヤはん」

 

 すると、何故か今度は俺を名指しして来た。

 

「こん中におらんか? おるんやったら是非とも名乗り出て欲しい」

 

 目立つのはあまり好きではないのだが、周りに居るメンバーが「呼ばれてるぜ」と小突いて来るので、仕方なく名乗り出る事にする。まあ、険悪なムードではないので、何の問題も無いだろう。

 

「俺がカミヤだ」

 

 その瞬間、広場中の視線が俺へと集まるのを感じた。悪いものではないのだが、やはり居心地は悪い。

 

「あんたがカミヤはんか。これも全部、あんたがビギナーを助けてくれる事を呼び掛けてくれたお陰や思うとる。ホンマにありがとうな!」

 

「そうだね。君が呼び掛けてくれたお陰で、オレ達ベータテスターは立ち上がる事を決意する事が出来た。君には本当に感謝しているよ」

 

 キバオウに続き、ディアベルまでもが俺に感謝の言葉を述べる。かと思えば、周りに居る他のプレイヤー達までもが拍手喝采である。俺が取った行動が感謝されるというのは嬉しい事だが……か、かなり照れ臭い……。

 

「さて、それじゃあ会議を続けようか」

 

 キバオウが席に着き、俺も照れ臭さからそそくさと腰を下ろした所で、攻略会議は再開された。

 

「先ずは、仲間や近くに居る人と六人のパーティーを組んでみてくれ!」

 

 ディアベルがそう言うと、周りのプレイヤー達は一斉に仲間を探し、パーティーを組み始める。俺達も、パーティーを組もうと思うのだが……

 

(人数が微妙だなぁ……)

 

 そうなのだ。俺達のパーティーは七人なので、一人余る計算になる。仮にキリト達を加えたとしても、メンバーの合計は九人。四人と五人のパーティーに分けたとしても、やはり心許ない。

 

「キリト、シノン…お前達はどうするんだ?」

 

「んー……他を探すのも面倒だから、お前…達と一緒でも構わないか?」

 

「私も良いかしら…?」

 

「ああ、構わないぜ。寧ろこっちからお願いしたい」

 

 それ以前に、キリト達が入るとは限らないので、先ずは彼らの意見を聞いてみる事に。すると、彼らは俺達との行動を望んでいる様なので、快くOKする。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

「宜しくね」

 

「ああ。こちらこそ」

 

 よし、これで正式に九人になった。

 

「さて、人数のバランスを考えると、最低でも後一人は欲しい所だが……」

 

 はてさて、どうしたものか…………ん?

 

「すまん。一人見付けたから、声掛けて来るわ。可能なら、後二人くらい見付けといてくれ」

 

 メンバーにそう言うと、俺はとあるプレイヤーの許へと向かった。

 

「なあ、あんた一人か?」

 

 俺が声を掛けたのは、赤いフーデッドケープを羽織り、そのフードを目深にかぶったプレイヤーだ。

 

「……ええ。周りが皆お仲間同士みたいだったから、遠慮したのよ」

 

 ケープで隠れていない部分から見受けられる、肌の白さや栗色の長髪、細い体つき、そして今フードの下から発せられた声……それらから判断するに、どうやら俺の目の前に居るのは女性プレイヤーの様だ。

 

「なら、俺らとパーティー組まないか? バランス的に人数が足りなくてな」

 

「……構わないわ」

 

 そんな彼女を俺達のパーティーに誘うと、彼女は素っ気ないながらも、パーティー入りを了承してくれた。

 

「ありがとな。パーティー申請は後でやるとして、とりあえず自己紹介な。さっきので知ってると思うが、カミヤだ」

 

「……わたしは、アスナ」

 

「了解。そんじゃあアスナ…ボス攻略の間、宜しくな」

 

 自己紹介を済ませると、俺は彼女―アスナを連れて仲間達の許へと戻る。

 戻ってみると、どうやら向こうもメンバーを二人見付けていたらしい。一人は身長が百八十くらいで、頭は完全なスキンヘッド、肌はチョコレート色で、外人を思わせる様な彫りの深い顔立ちをした、両手用戦斧を背中に吊った巨漢《エギル》。そしてもう一人が――

 

「――私の名前はヒースクリフ。以後宜しく頼むよ」

 

 ヒースクリフと名乗る、削いだ様に尖った顔立ちに、鉄灰色の髪をした、何処か不思議な雰囲気を纏った長身痩躯の男性プレイヤーだった。

 

 その後、全員がパーティーを組み終えたと判断したディアベルにより、本格的な攻略会議が始まった。

 ベータテスターが提供した情報を書き記し、無料配布しているガイドブック……その最新版の情報によれば、第一層のボスの名前は《イルファング・ザ・コボルトロード》。その取り巻きとして《ルインコボルト・センチネル》が三体出て来る。コボルトロードの武器は斧とバックラーで、最後のHPゲージがレッドゾーンに入ると、タルワールに武器を持ち替えるとの事。センチネルは、ボスコボルトのHPゲージが一本減る度にリポップし、合計十二体出現すると書かれている。

 

 順調に進んでいた説明だが、此処で突然待ったを掛ける奴が現れた。

 

「ちょっと良いかしら?」

 

 シノンだ。

 

「ん? 何かな?」

 

「私の名前はシノン。ねえ、このガイドブックの情報……完全に信じて良いのかしら?」

 

 立ち上がり、名前を名乗ったシノンは、何とガイドブックの情報を疑う様な発言を口にした。そんな彼女に対し、周りのプレイヤーは怪訝な表情を浮かべている。

 

「……どういう事かな?」

 

 だが、次の言葉で場の空気は一変した。

 

「この情報は、あくまでベータテストの時のものでしょ。けど、今私達がやっているのは正式版のものよ。もしかしたら、何かしら変更されてる可能性が有るんじゃないかしら?」

 

 ……確かにそうだ。今俺達が居るのは正式版の世界であり、ベータ版とは仕様が変更されている可能性だって充分に有り得る。それに気付くとは、やはりシノンは鋭い。

 

「……迂闊だった。その可能性は失念していたよ。もしもベータ版と正式版とで違いが出て来たとして、何も考えずに突っ込んで行ったとしたら……」

 

「返り討ちに遭って、最悪…死ぬかもしれないわ」

 

 その言葉に、広場が静まり返った。

 そう、忘れてはいけない事だが、このゲームでの死は現実での死をも意味している。それを理解しているからこそ、その反応は当然のものだろう。

 

「もし違いが合ったとして、君なら何を考える?」

 

「私はそこまでゲームに詳しい訳じゃないから、そこは詳しい人達に任せるわ」

 

 ディアベルの問い掛けにそう答えると、シノンは俺とキリトへと視線を向けて来た。まったく、しゃーねぇなぁ。

 

「とりあえず、それぞれに思う事を挙げてみようぜ。武器に関しては、俺と此処に居るキリトが対策を教える。俺達二人はベータテストの時に十二層まで上がって、色んな武器を相手にしているんだ」

 

 そうして、俺はキリトを道連れに武器の対策の指南役を買って出た。で、当のキリトは恨みがましい目で俺を睨んでいるが、悪いが無視させてもらう。

 キリト…お前もこの際、俺と一緒にコミュ症を治してみようぜ?

 

 その後、ベータ版との違い――主にボスコボルトの武器について――を議論し合い、それぞれへの対策を教えていった結果、会議が終わる頃には既に夜になっていたのだった。

 

 因みにだが、指南をしている際に見えたヒースクリフの顔が、何処か微笑んでいる様に見えたのだが……あれは一体何だったのだろうか?




 はい。という訳で、第一層から黒猫団とヒースクリフさんの登場。キバオウさんがイイ人に。加えて、しののんによるディアベルさんの救出フラグでした。
 ……うん、ご都合主義満載ですね〜。

 でも後悔はしていない!

 さて、次回は攻略前夜の二人の少女の心境について書きたいと思います。
 ついでに、遂にあの人の正体も明らかになります。

「何で僕はついでなのさっ!?」


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Chapter.6:それぞれの思い

 約5日ぶりの更新です。
 表現の方法に戸惑い、大分遅れてしまいました。

 それでは第六話……どうぞ。


 

 

 長時間の攻略会議の後、アスナはボス攻略の為に組んだパーティーメンバーと別れ、一人《トールバーナ》の街の一角にいた。NPCの店で買った最も安い黒パンを、少しずつちぎりながら食べていく。

 

 コトッ。

 

 そんな音と共に、アスナの隣に何かが置かれた。いや、それ以前に、彼女の前に誰かが現れた。

 

「そのパンに使ってみ」

 

 その声を聞いて、アスナは誰が現れたのかを理解した。見上げて確認して見れば、案の定、パーマの掛かった黒髪に、ほんの少し浅黒い肌、細い目付きに、痩せた体型をした、会議の時に自分に声を掛けて来た男性プレイヤー―《カミヤ》がそこに居た。

 

「ちぃたぁ美味くなるぜ?」

 

 言われて、自分の横に置かれた物へと目を向けるアスナ。すると、そこには小さな素焼きのツボが一個有った。

 カミヤの言葉に従い、彼女は恐る恐る右手を伸ばして、指先でツボの蓋をタップしてみる。すると、指先が仄かな光に包まれ、それを食べかけの黒パンに当ててみる。そして現れたのは――

 

「……クリーム?」

 

 白いクリームだった。

 

「一つ前の村で受けられる、《逆襲の雌牛》ってクエストの報酬でな、俺結構甘い物好きだから、何度も挑戦しちまったよ」

 

 振り向くと、何時の間にか近くに座っていたカミヤも、自分と同じ様に黒パンにクリームを塗っており、それを実に美味しそうに食べていた。

 それを見て、アスナも恐る恐るかじってみる。瞬間、彼女は衝撃を受けた。何時もはぼそぼそと粗いだけのパンが、甘く滑らかで、しかもヨーグルトの様な爽やかな酸味のするクリームによって、まるで別の食べ物にでも変わったかの様な味になったのだから。そのあまりの美味しさに心奪われた彼女は、二口、三口と夢中でパンを頬張り、気付いた時には欠片も残さず完食してしまっていた。

 

「…………ご馳走様。クリーム…美味しかったわ」

 

「そりゃ良かった」

 

 ふと隣を見れば、カミヤはまだゆっくりと堪能しながら食べており、自身のあまりの速い食べっぷりに羞恥心を抱いてしまう。それでも、立ち去りたい衝動を抑え、アスナは彼に感謝の言葉を述べる。

 

「まだ幾つか持ってるから、良ければおすそ分けすんぞ?」

 

「…………いい。わたしは、美味しい物を食べる為に、この街まで来た訳じゃないから」

 

「そっか」

 

 心揺らいだアスナではあるが、自身が此処まで来た理由を思い出し、カミヤの申し出を断る。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が流れる。いや、片やパンを堪能する事に集中している。

 

「……わたしは」

 

 先にその沈黙を破ったのは、アスナの方からだった。

 

「ん?」

 

「わたしが……わたしでいる為に、今日まで戦い続けて来た」

 

 何の脈絡も無く、アスナは自身の思いを吐露し始めた。沈黙に耐えられなかったのもあるが、何と無く、自身が抱く思いを誰かに聞いて欲しかった。その《誰か》に何故カミヤを選んだのかは、彼女にも分からなかったが。

 

「最初の街の宿屋に閉じ篭って、ゆっくり腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分のままでいたい。たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム……この世界……あの男には負けたくない。どうしても」

 

 アスナの思いを黙って聞いていたカミヤは、彼女の事を強い芯を持った凄い奴だと思った。それと同時に、彼は彼女が口にした《あの男》という言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

「お前……あのGMの事を知ってんのか?」

 

「ええ」

 

 カミヤの問い掛けに肯定の言葉を返した後、アスナはこのデスゲームを始めた人物について語り始める。

 

 

「本人を知ってる訳じゃないけど、あれは絶対に茅場晶彦なんかじゃない。あれは……あの声は、須郷伸之(すごう のぶゆき)という人のものよ」

 

 須郷伸之――それが茅場晶彦の名を名乗り、このデスゲームを始めた黒幕の正体だと、アスナは語る。

 

「やっぱり、茅場じゃなかったんだな。あのGM」

 

「!? あなたも気付いていたの?」

 

「いや、気付いてたって訳じゃねぇよ。ただ何と無く、写真の顔と声の雰囲気に違和感を感じてたってだけだ」

 

「そう」

 

 カミヤの答えに、アスナは短く返してから話を続けた。

 

「あの男は、頭は良くて人の良さそうな見た目をしているけど、本性は利己的で、他人をこき下ろす様な性格をした最低な人間よ。今回の事だって、ただゲームを鑑賞する為だけにこんな事を起こしたとは考えられないわ」

 

 アスナは、昔から須郷の事が嫌いだ。父親が経営する会社の研究所で働く彼は、両親の前では猫を被っているが、目上の人間が居なくなれば、他人をこき下ろす衝動が我慢出来なくなる。そんな彼の性格には、兄共々辟易としている。

 

「出来る事なら、一日も早くこのゲームから脱出して、あの男の悪事を暴いてやりたい」

 

「出来る事ならって……おいおい、何だよ? その無理なのを前提に考えてる様な言い方は。お前…このゲームをクリアする為に此処まで来たんじゃねぇのか?」

 

 アスナの引っ掛かりを覚える様な言い方に、カミヤは怪訝な表情を浮かべながら、彼女に問い掛ける。

 

「確かにそう。……けど、クリアなんて無理よ」

 

 返って来たのは、悲観的な言葉だった。

 

「……何でそう思うんだ?」

 

「だって、百層まで有るんでしょ? この城は。そんなの……辿り着ける訳が無いわ」

 

「やってみなくちゃ分かんねぇだろ?」

 

「そうかもしれない。けど、まだ一層もクリアしてないのに、千人ものプレイヤーが死んでるのよ。そんなんじゃ、百層まで辿り着くなんて出来っこないわ……」

 

 アスナの言葉に、カミヤは顔を俯かせる。彼自身も彼女同様、本気で百層まで辿り着けるとは思っていないのだ。だが――

 

「…………確かにそうかもしれない」

 

「…………」

 

「けど……」

 

「……?」

 

「それでも、やらなくちゃいけねぇんだよ」

 

「!?」

 

 カミヤは諦めてなどいなかった。そんな彼の姿勢に、アスナは驚愕の念を抱いた。

 

「『人生時には諦めも肝心』なんてよく言うかもしれねぇが、時には諦めちゃいけねぇ事だって有る。たとえそれが無理難題だったとしても、意地でもやらなくちゃいけねぇんだ」

 

 デスゲームという絶望的な状況に於いて、此処まで強い意志を持ったプレイヤーが居るなど、アスナは思わなかった。そして同時に、何がカミヤをそこまで強くしているのか、彼女は気になってしまった。

 

「……どうして?」

 

「ん?」

 

「どうしてそこまで強くいられるの…? 何があなたをそこまで強くしているの…!?」

 

 何処か狂乱している様な、或いは何処か縋る様なアスナの質問に、カミヤは静かに、それでいて確かな意志を持って答えた。

 

「妹を…現実世界に戻す為だ」

 

「……え?」

 

 自分の為ではなく、他人の為の意志――カミヤのその答えに、アスナは一瞬唖然としてしまう。

 

「何が何でも戻してみせる。最悪……俺の身を呈してでもだ」

 

 だが、アスナは直ぐに理解した。家族――大切なものの為ならば、人は何処までも強くなれるのだと。そして、そんな強い意志を持つカミヤは、間違いなく強い人間だと。

 

「…………強いのね」

 

「ん? 何だって?」

 

「何でもないわ。それより、あなたは死んだ後、どうやって妹さんを現実世界に帰すつもりなの? 幽霊になってでも守るとでもいうの?」

 

 カミヤのそんな強い意志が羨ましかった。だから、アスナは皮肉交じりにそう尋ねた。

 

「こ、言葉の綾って奴だ! 俺は最後まで生き残って、絶対にあいつと一緒に現実世界に戻ってみせる」

 

「ふふっ」

 

 一瞬だけ慌てたカミヤが可笑しくて、アスナはつい笑ってしまう。そしてふと思う……こうして笑ったのは何時以来だろうと。

 

「と、とにかくだ、やるべき目標が有るんなら、あんたも諦めずに最後まで足掻いてみろ」

 

 すると、カミヤはポケットから何かを取り出し、それをアスナの隣に置く。

 

「これって……」

 

 見ると、それは先程のクリームのツボだった。

 

「激励だ。そんじゃ、また明日な」

 

 それだけ言うと、カミヤは立ち上がり、その場から立ち去って行った。

 

「……変わった人」

 

 そんなカミヤに対して一言呟いてから、貰ったクリームのツボをアイテムストレージに仕舞い、フードの中で笑顔を浮かべながらアスナもその場を後にしたのだった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 俺は、一体何をしているのだろうか?

 

 攻略会議が終わった後、パーティーは一時解散となり、残ったメンバーで一緒に食事でもしようかという事になった。そして、食事と宿泊を兼ねて宿屋に向かう途中、俺はふと一人で居るアスナを見掛け、メンバーに単独行動をする旨を伝えてから彼女の許へと足を向けた。

 何故そうしたのかは、俺にも全然分からない。現実の俺ならばただ見ていただけだろうし、あまつさえ、近付いて話し掛けるなんて事はしなかっただろう。

 

「ん?」

 

 そんな事を考えながら、メンバーから送って貰ったメッセージに書いてある宿屋を目指して歩いていると、視界の先に一人の見知ったプレイヤーを見付けた。

 

「サチ…?」

 

 サチ――《はじまりの街》から此処まで攻略を共にして来たパーティーメンバーの一人で、接点は少ないが、現実世界での俺のクラスメイトの少女だ。

 

「一人で何してんだ? サチ」

 

 俺はサチの許まで歩み寄り、彼女へと声を掛ける。

 アスナと話していた時間を考えても、皆と別れてからそんなに時間は経っていないはず。だとすれば、サチが一人で居るというのは少しおかしな事だろう。

 

「あ、カミヤ君! 君が道に迷わない様にって、此処で待ってたの」

 

「そっか。そりゃあ待たせて悪かったな」

 

「ううん、良いの。私がそうしたいと思って勝手にした事だから」

 

 待たせてしまった事を謝る俺だが、サチは気にしていないとかぶりを振った。

 

「そっか。そんじゃあ早いとこ皆の所に――」

 

 そう言って、サチと共に皆の居る宿屋へ向かおうとした所で、不意に彼女が俺の腕を掴んで来た。どうしたのかと思って振り向けば、顔を俯かせ、腰掛けたまま立とうとする様子も見受けられない。

 

「…………ねえ、カミヤ君」

 

 すると、サチは顔を俯かせたまま、囁く様な声でようやく言葉を口にした。

 

「一緒に…どっか逃げよ」

 

 俺は反射的に聞き返した。

 

「逃げようって……何からだ?」

 

「この街から。パーティーの皆から。モンスターから。……SAOから」

 

 SAOから逃げる……その言葉の意味が分からなかった俺だが、しばらく考えた後に、とある一つの答えに辿り着いてしまった。そうであって欲しくはないと願いつつ、俺は恐る恐るサチへと尋ねた。

 

「それは……心中しようって事なのか…?」

 

 しばらく沈黙した後、サチは小さく笑い声を漏らし、やがてかぶりを振った。

 

「ふふ……そうだね。それも良いかもね。……ううん、ごめん、嘘。死ぬ勇気が有るなら、今頃とっくに死んでるよね」

 

 サチに自殺願望が無いと分かり、俺がほっと安心していると、彼女はぽつりと呟いた。

 

「……私、死ぬの怖い。怖くて、この頃あんまり眠れないの」

 

 死ぬのが怖い……それは、人間としては当たり前の反応だろう。かく言う男の俺だってそうなのだから、女の子であるサチは尚更の事だろう。

 

「ねえ、何でこんな事になっちゃったの? 何でゲームから出られないの? 何でゲームなのに、ほんとに死ななきゃならないの? あの茅場って人は、こんな事して、何の得が有るの? こんな事に、何の意味が有るの……?」

 

 矢継ぎ早に出された質問に、俺は直ぐには答えられなかった。俺自身、その答えは分からないのだから。

 

「多分、意味なんて無いと思う……」

 

「意味が…無い……?」

 

「ああ。はじまりの日に、奴は言ってただろ? この世界を創って、鑑賞する事が最終目的だって。仮にそれ以外に何らかの意味や目的が有ったとしても、それは考えてる本人にしか分からないもんだ」

 

 再度の長い思考の後に、俺はそう答えた。その答えが、とても残酷なものであると予想出来ていながらも。

 サチをこれ以上不安にさせない為にも伏せたが、アスナの言葉を信じるならば、須郷という男は何かしらの事を企んでいるのだろう。だが、自分で言った通り、それは考えている須郷本人にしか分からない事だ。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 俺とサチの間を、沈黙が流れる。間違いなく、彼女は怯えている。このデスゲームが、何の意味も持たないという残酷な事実に、怯えて声が出せないでいる。

 

「……逃げても、良いと思う」

 

 沈黙を破るべく、そして、そんなサチの不安や恐怖を少しでも和らげるべく、俺は彼女に言葉を掛ける。

 

「……え?」

 

「そんなにも戦うのが怖いのなら、逃げても良いと思う。戦わなくても良いと思う」

 

 それは、サチの戦線からの離脱を許すというもの。彼女に意思を委ねての提案だ。

 

「死ぬのが怖い……それは人間として当たり前の反応だと思う。誰だって死にたくはない。かく言う俺だってそうさ。……だから、もしも死ぬのが怖くてこれ以上戦えないって言うのなら、無理に戦わなくて良い。明日のボス攻略にも行かなくて良い。俺はそれでも構わないし、それでサチを責めたりもしない。もし責める様な奴が居たなら、俺が全力で庇ってやるし、全力で説得してやる。……だから、お前のしたい様にすれば良い」

 

「カミヤ君……」

 

 選択肢は与えた。後は、サチ自身がどうしたいのかを決めるだけだ。

 

「……カミヤ君は?」

 

「……え?」

 

「カミヤ君は…どうするの…? やっぱり、攻略に行くの…?」

 

 まさかの聞き返し……それがサチからの返答だった。

 

「……ああ。そのつもりだ」

 

 聞き返された事に一瞬唖然とするが、直ぐに我に返り、サチの問い掛けに答えを返す。

 恐らく彼女は、俺にも一緒居て欲しかった事だろう。たとえ安全な圏内に居たとしても、一人ではきっと心細いはずだ。だが、俺はそれを分かっていながらも、彼女の望まぬ答えを口にした。

 

「そっか……」

 

「……悪い。俺は逃げないって決めてるから……」

 

「ううん、良いの。カミヤ君が謝る事じゃないから」

 

 俺の答えに落ち込んだ表情を見せたサチは、俺の謝罪にかぶりを振る。そして直後、彼女は俺に質問を投げ掛けて来た。

 

「……ねえ、カミヤ君も死ぬのは怖いって言ったよね…?」

 

「ああ、言った。俺だって死ぬのは怖い」

 

「じゃあ、何で? 何で死ぬのが怖いのに、それでもカミヤ君は行こうとするの…? 何で逃げないの…?」

 

 その問い掛けに、俺は理由を語る。アスナにも語った理由を。そして、このデスゲームが始まったあの日に誓った事を。

 

「シリカを…守る為だ」

 

「シリカちゃんを……」

 

「デスゲームが始まったあの日、俺は真っ先に攻略に向かう事を決意した。なるべく早くこのゲームを終わらせて、シリカや皆を現実世界に戻す為に。それを聞いたあいつは何て言ったと思う?」

 

 一旦間を開けてから、サチの答えも聞かずに俺は言葉を続けた。

 

「攻略に出るのは怖い。けど、自分の知らない所で俺が死ぬ事の方がもっと怖い。だから怖くても俺と一緒に戦って、俺を守りたい……あいつはそう言ったんだ」

 

「!?」

 

「それを聞いて、俺もあいつを絶対に守るって誓った。あいつが逃げずに頑張るっていうのなら、俺も逃げないと誓った。あいつにとって俺が大事な様に、俺にとってもあいつは大事な存在だから」

 

 俺がそう語り終えると、サチは何処か羨ましそうに呟いた。

 

「そうなんだ。……何か、シリカちゃんが羨ましいな」

 

「羨ましい…?」

 

「うん。……決めた。私…もう少し頑張ってみる」

 

「え…?」

 

「私も守りたい。カミヤ君を……パーティーの皆を。だって、私にとって皆は大事な仲間だから」

 

 何が羨ましいのかは語らず、直後にサチは強い意思をその目に宿し、再び戦う事を決心した。それを聞いた俺は、彼女が無理をしない様、仲間と共に彼女を支えると決めたのだった。

 

「そっか……分かった。けど、無理はするなよ。お前には、俺達が付いてるんだからな」

 

「うん。ありがとう、カミヤ君」

 

 その後、俺とサチは皆の居る宿屋へと向かい、彼らに彼女の心境を伝えた。彼らは、彼女の気持ちを受け入れて、一緒に彼女を支えると言ってくれたのだった。

 で、その後小腹が空いていた俺と彼女は軽く食事を取る事にし、それを済ませた後は、明日のボス攻略に備えてゆっくり休む事にした。

 

 のだが……

 

「ちょっとサチさん、お兄ちゃんにくっつき過ぎじゃありませんか?」

 

「そういうシリカちゃんだって、カミヤ君にくっつき過ぎだよ」

 

「あたしは良いんです! だってあたしとお兄ちゃんは兄妹なんですから!」

 

 現在俺は、少し不安だから一緒に寝させて欲しいというサチと、こちらの世界でも一緒に寝ようとするシリカに挟まれ、少し狭いベッドに三人で寝る羽目になっている。しかも、何故かサチとシリカは何処かいがみ合ってる様な感じだし……。

 

(これ…寝れるのか…?)

 

 そんな僅かな興奮と緊張を抱く俺を余所に、徐々に夜は更けて行くのだった。




 という訳で、アスナさんとサチが抱える思いに対して、カミヤ君が自身の考え(思い)をぶつける……という内容でしたぁ。
 そんな訳なんで、タイトルは『二人の少女の』ではなく『それぞれの』に変更なのです。

 ……アスナさんの思いが少ない様な気がする? 細かい事は気にしちゃダメですよ。

 さて、ようやくGMの正体が判明しましたね。そうです! 皆の嫌われ者…須郷さんでした!
 さ〜て、彼をどうやって料理しようかなぁ♪(^ω^)


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Chapter.7:最初の激闘! vs 獣人の王!

 戦闘描写が難しい。

 ……って、そんなんで大丈夫か? 俺。ソードアートは戦闘描写多いんだぞ。

 それと、ダッカー君の武器を《片手剣》から《短剣》に変更しました。
 原作2巻には、ちゃんと《短剣》って書いてありましたからねぇ。……よく確認せなアカンな。


 

 

 翌日――十二月四日、日曜日、午前十時。

 昨日攻略会議が行われた広場には、ボス攻略に挑むプレイヤー総勢八十四人が集まっていた。誰一人欠けていなかった事に、攻略リーダーであるディアベルは大いに喜んでいた。

 

 俺達のパーティーは、元ベータテスターである俺とキリトをそれぞれリーダーとした、二つのパーティーに別れた。

 俺のパーティーは、片手剣の俺、短剣使いのシリカ、棍使いのケイタ、槍使いのサチ、レイピア使いのアスナ、片手剣と盾使いのヒースクリフの六人。一方のキリトのパーティーは、片手剣のキリト、短剣使いのシノンとダッカー、メイサーのテツオ、槍使いのササマル、両手斧使いのエギルの六人。双方の構成やパワーバランスが、ほぼ均一になる様に振り分けたつもりだ。……勿論本人達の要望なんかも込みだ。

 因みに、俺達二グループの担当は、ディアベルが率いるグループと共にボスへの攻撃部隊。理由としては、俺とキリトが未知数であるボスの武器に唯一対抗出来るであろうからだ。

 

 町を出発してから約二時間半。途中モンスターとの戦闘や、アスナがパーティープレーでのテクニックを知らないというハプニングなどが有ったりしたが、俺達は無事にボス部屋の前まで辿り着いた。今は、各々戦闘で負ったダメージを回復したり、武器のチェックをしたりしている。

 

「そんじゃ、最後の確認だ。俺達の担当は、ディアベル達と共にボスへの攻撃だ。前衛は片手剣の俺と盾持ちのヒースクリフが担当する。素早さの有るシリカとアスナはボスの隙を突いて攻撃をして、ケイタとサチは武器のリーチを活かして後方からの支援だ」

 

「了解した」

 

「うん!」

 

「分かったわ」

 

「任せて」

 

「はい!」

 

 柄にもなく俺が作戦を指揮し、皆がそれに頷いてくれる。基本的には似た様な戦闘スタイルの二人一組で行動し、スイッチをしながら攻撃をしていく作戦だ。

 

「それと、ボスのHPゲージがレッドゾーンに入ったら、必ず一旦ボスから離れる事」

 

 これは俺達六人だけではなく、ボスと戦う攻略メンバー全員が行うべき行動だ。さもなくば、ボスの未知なる武器による不意打ちを喰らう事になるだろう。

 

「そこから先の作戦は、ボスが使う武器次第だ。俺とキリトの指示をしっかり聞いてくれ」

 

 再び頷くメンバー達に向けて、俺は最後に一番重要な事を伝える。

 

「最後に。お前ら…………誰一人として死んでくれるなよ」

 

 言い終わった直後、ボス部屋の巨大な二枚扉を背にしたディアベルが、攻略メンバー八十三人に向けて声を上げた。

 

「皆……もう、オレから言う事はたった一つだ…………勝とうぜ!」

 

 その掛け声に、攻略メンバーが一斉に鬨の声を上げる。これにより、攻略メンバーの士気が一気に高まった事だろう。

 

「…………行くぞ!」

 

 そんな攻略メンバーに背を向けたディアベルは、大扉に手を当てて短く一言だけ叫ぶと、思い切り押し開けた。

 扉が開き切って数秒後、暗闇に沈んでいたボス部屋の左右の壁で、ぼっという音を立てて松明に灯が灯る。それを皮切りに、ぼっ、ぼっ、と松明は次々に明かりを灯して行き、やがてそれは部屋の最奥部に設けられた巨大な玉座と、それに腰掛ける巨大なシルエットを照らし出す。

 

「全軍、突撃!」

 

 ディアベルの指示の許、俺達攻略メンバー八十四人は一斉にボス部屋へと雪崩込む。そして、俺達と玉座との距離が二十メートルを切ったその瞬間、それまで微動だにしなかった巨大なシルエットがようやく動いた。

 

「グルルラアアアアッ!!」

 

 飛び上がり、空中でぐるりと一回転し、地響きと共に着地した獣人の王――《イルファング・ザ・コボルトロード》が、大きく口を開いて咆哮を上げる。

 二メートルを軽く超える真っ赤な巨体に、獰猛なまでに輝く赤い目をしたボスは、右手には骨を削って造られたであろう斧を、左手には革を貼り合わせたバックラーを携えている。そしてその周りには、取り巻きである重武装モンスター――《ルインコボルト・センチネル》が三体現れる。

 此処までは、ベータテスト時の記憶や攻略本の情報と同じだ。問題は、ボスが腰の後ろに差している武器……ベータテストの時はタルワールだったが、正式版である今回は果たして……。

 

 そんな一抹の不安の中、初となるボス攻略は幕を上げたのだった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「スイッチだ、カミヤ君!」

 

「了解! せらァ!」

 

 ボスとの戦闘は、今の所何の障害も無く、順調に進んでいる。

 壁役であるA隊、B隊、D隊が交代でボスの攻撃を防御し、大きな隙が出来た所へ、ディアベルが率いるC隊を中心とした攻撃部隊五パーティーで攻め込んでいる。今現在のボスのHPは、もう少しで四本目のゲージに入ろうかという所だ。

 残りの六パーティーは、二パーティーずつで一体の取り巻きコボルトを相手にしており、リポップする度に交代している。

 

 やはり、数にものを言わせた戦い方が功を奏しているのだろう。ベータテストの時よりも圧倒的に早いペースで、ボスのHPがどんどん削れていく。

 そんな事を考えながら、ヒースクリフがバックラーを弾いた所へ攻撃を叩き込む。どうやらそれで三体目のHPゲージを削り切れたらしく、とうとうボスのHPゲージがラスト一本になった。

 

「ウグルゥオオオオオオオオ――!!」

 

 ボスが猛々しい雄叫びを上げ、後方ではラスト三体の取り巻きコボルトがリポップする。

 

「攻撃が来るぞ! B隊、ブロック!」

 

 再び動き出すボスコボルト。ソードスキルで仕掛けて来るが、ディアベルの指示で前衛に出たB隊が盾で、武器でそれを防ぐ。ソードスキル発動後の硬直に陥った隙を突き、残る部隊でボスへと一斉攻撃を仕掛ける。

 俺やキリトの片手剣が、シリカやシノンの短剣が、アスナのレイピアが、槍が、斧が、両手剣が、次々とボスのHPを削っていく。

 

「はあっ!」

 

 その中でも特に目覚ましのは、レイピア使いの少女――アスナの奮闘っぷりだ。

 彼女が使っているソードスキルは、専ら細剣スキルの基本技である単発突き攻撃《リニアー》一つのみ。他のソードスキルを使おうとする様子が、全く見られない。だが、だからこそ気付いた事が有る。

 

(なんつー速さだよ……)

 

 そう、アスナの攻撃は速い。技の初動からダメージが発生するまでの時間が、とにかく速いのだ。

 意図的に技の威力や速度をブーストする事は誰にでも可能だが、あれはそう簡単に出来る様な技術ではない。それを、恐らくゲーム初心者であろう彼女がやってのけているというのは、驚き以外の何物でもない。彼女の秘めたる戦闘センスは、非常に高いと思われる。

 技一つだけの状態でこれだ。もしもこの先、知識や技術を増やして磨いていったのならば、彼女は一体何処まで強くなるというのだろうか? 想像するだけでも冷や汗が出そうだ。

 

「――カミヤ!」

 

「ッ…!? おっと!」

 

 キリトに呼び掛けられて我に返ると、ボスの攻撃が目の前に迫っていた。それを見て慌てて攻撃を躱し、ボスに反撃の一撃を叩き込む。

 危ない危ない。アスナの剣技に気を取られて長考していた所為で、注意が散漫になっていた様だ。気をつけなければ……。

 

「悪い。助かったぜ、キリト」

 

「ああ。次来るぞ!」

 

「了解!」

 

 後退してキリトに礼を述べてから、再び迫り来る攻撃を今度は余裕を持って回避。そして、再度反撃の一撃を叩き込む。

 

 そんな攻防を続ける事数分、ボスのHPはどんどん削れていき、そしていよいよ――

 

「グルラアッ! グルルラアアアア――!!」

 

 ボスのHPが、レッドゾーンへと突入した。

 

「来るぞ! 皆下がれ!」

 

 ディアベルの指示に従い、ボスの相手をしていたメンバー全員が直ぐさまボスから離れる。

 ボスは咆哮を終えると、両手の斧とバックラーを投げ捨て、腰の後ろに携えた武器へと手を掛ける。そして、ボスが鞘から引き抜いたそれは――

 

「ッ…!? 野太刀か」

 

 刃の緩い反りこそ同じなれど、タルワールよりも幅が細く、研ぎ澄まされた鋼鉄の色合いをした野太刀――つまりは《カタナ》だ。

 

「気をつけろ! あれはタルワールじゃなくて野太刀……カタナだ!」

 

 その情報を、ボスと対峙するメンバーへと大声で伝える。

 

「ボスを後ろまで囲むと全方位攻撃が来るぞ! 無理にソードスキルで相殺しなくても、盾や武器でしっかり守れば大ダメージは喰わない!」

 

 続ける様に、キリトも声を張り上げて注意を促す。

 

「了解した! 皆……ボスのHPはもう後少しだが、油断せずに行くぞ!」

 

 ディアベルの声に、攻略メンバー全員が気を引き締める。

 

 そんな中、俺の隣に立つアスナは急にその身に纏うフーデッドケープを掴み、一気に身体から引き剥がした。恐らくそれは、これから臨む最後の攻防に対しての、彼女なりの気の引き締め方なのだろう。

 ケープの中から現れた艶やかな栗色のロングヘアは、松明の光を浴びて綺麗な輝きを放つ。一瞬だがその輝きに見惚れてしまった俺だが、今が戦闘中である事を思い出し、意識をボスへと集中させた。

 

「グルルラアッ!」

 

「来るぞ! 防御だ!」

 

 そして、ボスとの最後の攻防が幕を開ける。

 

 開始早々から居合系統のカタナ直線遠距離攻撃である《辻風》を放って来たボスだが、初動のモーションで技を確認したキリトの指示で動いた壁役のA、B、D隊がそれを防御。HPは削れはしたが、大きく吹き飛ばされる様な事は無かった。

 ボスがソードスキル発動後の硬直に陥った所へ、すかさず残りのメンバーで攻撃を仕掛ける。勿論の事、ボスを全方位から囲まない様にだ。

 

「次、来るぞ!」

 

 ボスがソードスキルを発動させては防御し、その隙を突いて攻撃を仕掛ける……そんな攻防を繰り返す事数分、ボスのHPがいよいよ残り僅かとなる。そこから先は、畳み掛けるかの様な連続攻撃だった。

 

「ふんっ!」

 

 ヒースクリフがボスの攻撃を弾き返し――

 

「ぬおおおッ!」

 

 エギルが、両手斧系ソードスキル《ワールウインド》でボスを後退させ――

 

「「はああっ!」」

 

 そこへ、サチとササマルが槍スキルの単発突き攻撃《スタッブ》を撃ち込む。

 それに続く様に、シリカが、シノンが、ケイタやディアベル達が、次々に攻撃を決めて行く。

 

「グルルラアッ!」

 

「させるかああッ!」

 

 最後の足掻きとばかりに野太刀を振り下ろそうとするボスに対し、それを迎撃するべく俺もソードスキルを発動させる。右手の剣を左腰へと構え、身体を転倒寸前まで倒し、右足を全力で踏み切って駆け抜ける。片手剣基本突進技《レイジスパイク》だ。

 右上からの袈裟斬りと左下からの突き上げの軌道は見事に交差し、甲高い金属音を響かせる。

 

「行っ……たれえええええッ!」

 

 上から振り下ろされた分威力の勝る袈裟斬りを、意地と気合い、そして隣を走るキリトとアスナへ向けての、ボスへの止めを煽る意を込めての絶叫と共に弾き返し、ボスをノックバックさせて隙を作る。

 

「はああっ!」

 

「行っ……けえッ!」

 

 そこへ、アスナが渾身の《リニアー》を撃ち込み、それに僅かに遅れて、キリトの剣がボスの右肩口から腹までを斬り裂く。HPゲージ……残り一ドット。

 

「お……おおおおおおッ!」

 

 その事にボスはニヤリと笑みを浮かべる――様に見えた――が、キリトの攻撃はそれで終わりではなかった。振り下ろした剣を跳ね上げ、先の斬撃と合わせてV字の軌跡を描き、ボスの身体を斬り裂いた。片手剣二連撃技《バーチカル・アーク》だ。

 それにより残り一ドットだったHPはゼロとなり、アインクラッド第一層のフロアボス――《イルファング・ザ・コボルトロード》は、その身体を幾千幾万ものポリゴンの破片へと変えて盛大に四散した。

 

 

 ――初のボス攻略は、俺達の勝利に終わったのだった。

 

 

「「「うおおおおおおォ!!!」」」

「「「よっしゃああああああァ!!!」」」

 

 部屋のあちこちから、勝利を喜ぶプレイヤー達の絶叫が沸き起こる。互いに腕を組み、拳をぶつけ合い、中には互いを抱き合っているプレイヤーすら居る。

 

「お兄ちゃん!」

 

「カミヤ君!」

 

 そんな中、シリカとサチが俺の許へと駆け寄って来て、シリカに至っては俺に抱き着いて来た。それに遅れて、俺とキリトの他のパーティーメンバー達も歩み寄って来る。何気なくサムズアップして見せれば、皆も笑顔でそれぞれに反応を返してくれた。

 更に遅れてアスナと、LA(ラストアタック)ボーナスとして手に入れたのであろう黒いコートを羽織ったキリトが、こちらに歩み寄って来た。

 

「二人ともご苦労さん。グッジョブだったぜ」

 

「ああ」

 

「あなたもね」

 

 ボスへの止めを担ってくれた二人に向けて賛辞を述べ、最初にキリトと、次いでアスナと軽くハイタッチを交わす。直後に、俺は彼女に声を掛けられた。

 

「あなたの言った通りだったわね」

 

「ん?」

 

「何事も、やってみなくちゃ分からないものね」

 

「お、おう……。そうだな」

 

 その際にアスナが見せてくれた美しい笑顔に、俺は一瞬見惚れてしまう。が、直ぐに気持ちを振り払い、彼女へと言葉を返した。

 

「一人じゃ難しい事でも、仲間が居れば乗り越えられるもんさ。だから、もし何時か信頼出来る仲間が出来て、パーティーやギルドに誘われたら、あんま断るなよ。協力して、頼って、一緒に上を目指すんだぜ」

 

「ええ。そうするわ」

 

 その後、俺達攻略メンバーは第一層ボス部屋を後にし、第二層へと続く螺旋階段を上って行く。次に待ち受けるボスを倒し、更に上へと進む為に。

 

 

 ――遥か先に存在するはずの、希望という名のエンディングを迎える為に。

 

 




 何度も言うが、戦闘描写難しい。

 という訳で、第一層……無事攻略出来ましたねぇ。おめでとう〜。
 次回からは、オリジナル展開に突入したいと思います。……上手く書けるかなぁ?

 それと、活動報告にアンケートを投稿しましたので、そちらにも目を通してみて下さい。今後の展開に関わって来るものとなっております。

 それでは〜。


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Chapter.8:月夜の黒猫団

 五日ぶりの更新です。

 今回はオリジナル展開……ギルド《月夜の黒猫団》の結成に関する話です。

 それではどうぞ〜。


 

 

 第一層ボス攻略から、数ヶ月の月日が流れた。

 

 あの後、第二層に於ける武器の強化詐欺事件や、第三層より始まった、ちょっとした手違いで発生したイレギュラー含みの大型クエストなど、様々な出来事が有った。

 

 現在、アインクラッド攻略の最前線は第十一層。俺達七人は、頑張って……けれども無理の無い範囲で攻略組の一角としての地位を維持しており、最前線で激しい戦闘の日々を送っている。

 サチも、あの夜以来あまり弱音を吐かなくなり、一生懸命攻略に励んでいる。それでもやはり戦うのは怖い様で、ほぼ毎晩の様に俺の部屋にやって来て、俺と一緒に寝ている。俺も別に構わないし、ケイタ達も容認してくれているので良いのだが、ただ……ほぼ毎晩の様にシリカといがみ合うのだけはやめて欲しい。間に挟まれて寝ている俺の身にもなってくれ……。

 

 そんな日々を過ごしていた、ある日の事だった。

 

「ギルドを結成したい?」

 

 一日の攻略を終え、第十一層の主街区《タフト》の宿屋で夕食を取っていた時の事だった。皆を代表して、ケイタが唐突に切り出したのだ。

 

「うん。僕達もそろそろ、そういうのが必要かなと思ってね」

 

 ギルドの結成は、第三層に到達した時点で可能だった。が、俺はギルドに対して特に興味は無かったので、特に何も言わないままでいた。

 因みに、今アインクラッドに存在する中で最も有力なギルドは二つで、一つはディアベルが率いる《アインクラッド解放軍》、もう一つはヒースクリフが率いる《血盟騎士団(KoB)》だ。両のギルドから一度ずつ勧誘を受けた事が有るのだが、自分達のペースで無理無くやりたい為、どちらも断った。

 

「んー……まあ、良いんじゃないか? 結成しても」

 

「本当かい!?」

 

「ああ、俺は構わないぜ。……てか、わざわざ俺に許可求めなくても良かったんじゃねぇか?」

 

「い、いやぁ……ほら、うちのパーティーの実質的なリーダーって、カミヤだと思うからさぁ」

 

 そうは言うが、俺は単にベータテストで得た情報や経験を以てパーティーを引っ張っているだけで、そんな大層な器ではない。それに、ベータテスターであるというアドバンテージは次の第十二層で終わりで、それ以降は俺も他のプレイヤーと同じだ。

 

「まあ良いや。んじゃまあ、明日は《ギルド結成クエスト》を受けに、第三層に下りるという事で」

 

「「「おー!」」」

 

 まあ、リーダーの話はとにもかくにも、俺達は《ギルド結成クエスト》を受けに行く事を決定して、皆それぞれの時間に就寝した。……勿論、俺は何故かいがみ合うサチとシリカの二人に挟まれてだ。

 

 そして、翌日の夕方。

 

「んじゃまあ、ギルド《月夜の黒猫団》の結成を祝って……乾杯!」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 無事《ギルド結成クエスト》をクリアした俺達は、《タフト》の宿屋でギルド結成の祝杯を上げている。といっても、此処最近口にしている飲み物よりも少し値の張るものと、何時もよりも少し多い食事を頼んだ程度だが。

 

「今更だけど、本当に俺がリーダーで良いんだな…?」

 

 始まって早々、皆にそう問い掛ける俺。そう……俺達のギルド《月夜の黒猫団》のリーダーは、討論の末に俺に決まったのだ。……といっても、実際には六人とも全員が俺をリーダーに推し、俺が根負けして了承したのだが。

 因みに、ギルド名の《月夜の黒猫団》というのは適当に考えたものだ。……攻略ギルドとしては些か迫力に欠ける名前だと思われるが、ギルド名に関しては皆に一任した為とやかく言えないし、言うつもりも無い。

 

「言っただろ? カミヤが一番適任なんだって」

 

 俺の往生際の悪いとも取れる最後の確認に、皆は「まだ言うか」とでも言いた気な表情を浮かべ、ケイタが代表して口を開いた。

 その言葉を聞いて、俺はリーダーを決める際の彼とやり取りを思い出す。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「俺にはリーダーなんて務まらねぇよ。素質なんてねえだろうし、上手くやれる自信もねえ」

 

「それは僕達だって同じだよ。けど、君には僕達には無い経験が有るじゃないか」

 

「経験の有無も、あんまり関係ねえと思うぞ?」

 

「そうかなぁ? 僕としては重要だと思うんだけど」

 

 俺は現実じゃあ人付き合いが苦手であり、他人とあまり話そうと……積極的に接しようとしない。そんな俺に、人を纏める立場であるリーダーなど務まるとは思えない……そう理解しているが故に、色々と理由を付けて推薦を断ろうとするが、ケイタは尚も俺を推して来る。

 

「それに……カミヤは素質や経験なんかよりも、もっと重要な物を持ってると思うんだ。この中の誰よりも」

 

 そんな問答が続く中でケイタが口にした思わぬ言葉に、俺は驚きと疑問の念を抱いて思わず聞き返した。

 

「素質や経験よりも…重要な物…?」

 

「意思だよ」

 

「意思…?」

 

 そして、ケイタが口にした答えに再び聞き返す俺。今度は疑問オンリーだ。

 

「仲間を……全プレイヤーを守ろうっていう、強い意思……そういう強い思いの力を持った人が、リーダーに相応しいと思うんだ」

 

 ケイタのその言葉に納得する俺。確かに、何かを成そうとする強い思いは自然と人を引き付け、そこから生まれる信頼なんかがその人物をリーダーたらしめたりするものだ。だが……

 

「理屈は何と無く分かる。……けど、俺にはそんな強い意思なんて……」

 

「何を言ってるのさ!」

 

 俺には強い意志など無い……そう言おうとした俺を、ケイタが声を上げて止めた。

 

「カミヤはデスゲームが始まったあの日、僕達ビギナーの為に講習会を開いてくれた……あれは、全プレイヤーを助けたいっていう思いが有ったからだろ?」

 

「あ、ああ。確かにそうだが……」

 

「それに、カミヤは僕達が危なくなった時には、何時も僕達を庇って戦ってくれてる……それは、僕達を守ろうっていう思いが有る事の証拠だよ」

 

 確かに、俺には多くのプレイヤーを……メンバーの皆を守りたいという思いが有った。そして、その思いに従って今まで行動して来た。

 

「カミヤには、皆を守ろうとする強い意思が有る。だからこそ、君か一番リーダーに適任なんだ」

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 ケイタの言う強い意思とやらが、本当に俺なんかに有るのかは未だに疑問だ。だが、俺がメンバーの皆を……多くのプレイヤーを守りたいと思っているのは事実だ。

 その点をケイタ達に突かれて言葉が返せなくなった俺は、彼らの推しに根負けしてリーダーになる事を了承したのだ。そして……

 

「分かった分かった。単なる確認だ。今更辞めるなんて言わねぇよ」

 

 今でもまだ、俺がリーダーでは不相応ではないかと思っているが、了承した以上は覚悟を決め、不相応なりにも頑張ってやってみるつもりだ。

 やると決めた責務は最後までやり通す……それが俺のポリシーだから。

 

「ほらほら、せっかくの祝いの席なんだしよぉ、真面目な話は後にしようぜ」

 

「そうだよカミヤ君。楽しもう?」

 

「ああ。だな」

 

 そんな祝いの席には相応しくない真面目な雰囲気の俺を見兼ねてか、ダッカーが、次いでサチが声を掛けて来た。二人その言葉に頷いて、今は宴を楽しむ事にする。

 飲んで、食べて、談笑して……あまり贅沢とは言えず、何時もとあまり変わらない光景だが、それでも充分に楽しい。こいつらと居ると、何だかとても心温まって来る気がするから不思議だ。

 

 だからこそ、俺はこいつらの事を守りたい。その為にも、俺に出来る限りの事をしよう……心の中で、俺は強くそう決意した。

 

「お兄ちゃん…どうかした?」

 

「ん? いや、何でもない」

 

「そう…?」

 

 その後、ある程度宴を楽しんだ所で、リーダーとしての初の仕事――ギルドの方針について話す事にした。

 

「うちの方針についてだが……先ず、行動は自由だ」

 

「「「自由…?」」」

 

 俺の自由行動発言に、メンバーはそれぞれに驚きや疑問の表情を浮かべる。

 

「攻略に向かうも良し。クエスト受けて、アイテムや情報を入手するも良し。宿で待機するも良し。各々好きな様に行動してくれて構わない。ただし、攻略やクエストに行く時は一人では行動せずに、必ず二人以上で行動する事。それと、犯罪紛いな事もしない様に」

 

 命が懸かっているとは言え、一応これはゲームだ。楽しむとまでは行かないまでも、皆それぞれに自由にやりたい事だろう。行動を強制して、束縛するのは良くない……そう考えての判断だ。

 だからといって、これが命懸けのデスゲームである事を忘れて貰ってはいけないし、何をしても良いという訳でもない。なので、そこはしっかり注意しておく。

 

「次にレベルについてだが、攻略に参加するつもりなら、なるべく積極的に上げて、安全マージンをしっかり確保しといて欲しい」

 

 最前線に於いてギリギリのステータスで戦う事はつまり、死の危険性が高まる事を意味している。それを充分に理解しているからだろう、これにはメンバー全員が強く頷く。

 

「最後に、これだけは絶対に守って欲しい」

 

 俺の『絶対』という言葉に、メンバー全員の表情がより一層真剣なものとなる。対する俺も、より一層真剣な表情で言葉を続ける。

 

「…………このデスゲームがクリアされるその日まで、誰一人として死んでくれるなよ」

 

 ボス攻略の度に、嫌と言う程口にして来た言葉。それだけ重要な事であるが故に、誰も茶化す様な事は言わず、ただ真剣に頷くだけだった。

 

「増員やギルドホームの事については追い追い考えて行くから、今は目の前の攻略に集中する事」

 

 続く内容はさほど重要でもないので、俺は真剣な表情を崩して言葉を続ける。

 メンバーの増員はともかく、ギルドホームの購入はいずれ行う予定だが、今はまだその時ではない。何も纏まっていない状態であれもこれもと手を出そうとすれば必ず失敗し、最悪全てがダメになってしまう。故に、ギルドの形が纏まるまでは、一つの事……つまりは攻略に集中するべきだろう。

 

「以上が、俺が考える限りのうちの方針だ。他に何か意見・要望が有ったら随時報告してくれ。皆で検討しよう」

 

 伝えるべき事を伝え終えた俺は、最後に皆を鼓舞するべく声を上げ、左手で持ったグラスを高々と掲げる。

 

「それじゃあ皆……このゲームのクリアを目指して、気ィ引き締めて行くぞ! 絶対に生き残るぞ!」

 

「「「おお――!!!」」」

 

 直後、皆も掛け声と共にグラスを高々と掲げ、掲げられた七つのグラスは、カチーンという心地好い音を響かせた。

 

 これが、後に《攻略組の四大ギルド》の一角となるギルド……更にその一角となるギルドの、始まりの瞬間だった。




 やっぱり自分…表現力が無いわ〜。下手くそだわ〜。
 だが! しかし! それでも! 下手くそなりにも書いてみせますよ〜!

 という事で、今回一番最後に伏線を一つ張らせて頂きました。
 ええ。黒猫団は今後他のギルドと合併して、かなり大きくなっちゃいます。

 さて、次回もオリジナル展開……第二十五層の攻略辺りを書こうと思っています。

 それではまた次回。


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Chapter.9:会議と絶剣とビーストテイマー

 タイトルでお分かりかと思いますが、いよいよタグのあの子が登場です。

 それではどうぞ〜。


 

 

 SAO開始から半年が経過し、攻略の最前線は第二十五層……つまり、ようやく全体の四分の一まで到達した。

 

 俺達のギルド《月夜の黒猫団》はと言うと、結成から今日までの間に新たに五人のプレイヤーが入団した。その中には、キリトとシノン、エギルの三人も入っている。階を重ねる毎に迷宮区の攻略が徐々に厳しくなり始めて来た為、何度もボス攻略を共にしたよしみから、心配して引き入れる事にしたのだ。特にキリトとシノンは、三層からの大型クエスト終了後に別れて以来、ずっと二人だけで行動していた様だからな。

 因みに、同じく大型クエストの後に別れ、何度もボス攻略を共にしたアスナも誘おうかと思ったが、どうやら先に別のギルドに誘われ、入団していたらしい。そのギルドの影響なのか、最近では笑っている顔の彼女をよく見かける様になった。

 

 さて。現在俺達は、第二十五層主街区の集会所にてボス攻略の会議に参加している。

 俺達のギルドの他には、有力二大ギルドである《血盟騎士団》と《アインクラッド解放軍》。近頃勢力を伸ばし始めて来た《聖竜連合》。ようやく追い付いて来たクラインが率いる少数精鋭ギルド《風林火山》。そして、アスナが所属している、うちとほぼ同じくらいの小規模ギルドと、その他ソロで活躍しているプレイヤー達だ。

 因みに今、件の小規模ギルドのリーダーの妹さんがこちらに向けて笑顔で手を振っており、それに釣られる様にアスナも軽く手を振っている。そんな彼女らにこちらからも手を振り返してから、正面を向いて会議に集中する。

 

「えぇ、ではこれより、第二十五層ボス攻略会議を始めたいと思います」

 

 会議の進行役を勤めるのは、血盟騎士団の副団長である、『謹厳実直』を絵に描いた様な性格――KoBの知り合いの談――だという金髪の青年プレイヤー《レンド》。

 彼は手元の《記録結晶》と呼ばれる、写真や映像を記録する機能を持った結晶アイテムを操作して集会所に映像を映し出し、説明を開始する。

 

「こちらが、先日我が血盟騎士団とアインクラッド解放軍の偵察部隊が調査した、第二十五層フロアボス――《ザ・ヘビィクラッジ・ゴーレム》です」

 

 そこに映し出されたのは、身の丈十メートルは有ろうかという、全身を岩の様なごつごつとした皮膚で覆われた、巨人型のモンスターだった。

 

「動き自体はそれ程速くはありませんが、その分攻撃力は半端ではないとの事。偵察部隊のタンクプレイヤーからの情報によれば、満タンだったHPが一撃でイエローゾーンを超え、レッドゾーンの寸前まで追いやられたとの事です」

 

 レンドさんの説明に、会議に集まった多くのプレイヤーがどよめき、息を呑んだ。

 無理も無い。ボスの攻撃から他のプレイヤーを守るべく、文字通り壁となるタンクプレイヤー達は、防御力に重きを置いた装備やステータスをしている。それが、たったの一撃でHPを半分以下にまで削られたのだ。もしもその攻撃を、ダメージディーラーであるスピードタイプのプレイヤー達が喰らいでもすれば、即死はほぼ免れないだろう。

 

「加えて、ボスの防御は見た目通り頑丈で、ソードスキルを用いた攻撃でも、ほんの数ドット程度しか削れなかったとの事です」

 

 ゴーレム系統のモンスターは基本的に防御力が高く、攻撃力重視ではない片手剣や短剣、槍なんかではあまりダメージを与えられない。普通のモンスターでもそうなのだから、普通のモンスターの何倍ものステータスを誇るボスが相手では、更に困難を極める事になるだろう。事実、映像の中の片手剣使いがソードスキルで攻撃をしても、ボスのHPは殆ど減っていない。

 有効となり得るのは、攻撃力重視の武器である斧やメイス、次いで両手剣といった所だろう。

 

「それと、ボス部屋の奥の方に、巨大なハンマーらしき物が見えたとの事です。恐らく、何かしら有ると考えて間違いないでしょう」

 

 レンドさんの言う通り、そのハンマーは単なるオブジェクトではないだろう。ボス部屋にオブジェクトが置かれているというのは、どう考えても不自然な事だ。恐らく、HPが一定量を超えた際にボスが使う武器なのだろう。それ以外に考えられない。

 

「以上の事を踏まえた上で、今回のフロアボスの作戦を立てて下さい」

 

 レンドさんからの説明が一通り終わり、他のギルドがそれぞれに作戦を検討し始める中で、さて俺達も作戦を考え様かと思った時だった。

 

「黒猫の団長さ〜ん!」

 

「ん? おう、ユウキか」

 

 件の妹さん――長く伸びた濃紺のストレートヘアで、小造りな顔、笑窪の浮かぶ頬に、つんと上向いた鼻、そしてくりくりとしたアメジスト色の大きな瞳をした少女――《ユウキ》が、声を上げてこちらへと駆け寄って来た。

 その後ろからは、アスナを含めた残り九人のギルドメンバーも近付いて来て、そのうちの一人――ユウキと同じくらいの背丈をした少女が、ユウキを窘めた。

 

「こらユウキ、一人で勝手に行かないの」

 

「は、はーい、姉ちゃん……」

 

 少女の名前は《ラン》。ユウキの双子の姉で、件の小規模ギルド――《スリーピング・ナイツ》のリーダーだ。ただし、彼女の顔は双子だという割にはユウキとはあまり似ておらず、顔は小さな卵型、小さいながらもスッと通った鼻筋と、どちらかと言えばアスナに雰囲気が似ている。濃紺の長いストレートヘアと、こちらはサファイア色の大きな瞳はユウキと似ているが。

 

 さて、そんな二人だが、実は驚くべき事にシリカと同じ十二歳なのだ。

 だが、ただの十二歳と侮る事勿れ。この二人……かなり強い。その強さは、攻略組観戦の下行われたデュエルに於いて立証済みで、元ベータテスターの中では豊富な経験を有している俺とキリトと、ほぼ互角にやり合える程……下手をすれば、俺達を上回る程の実力だ。

 一度元ベータテスターの線を疑ったが、本人達曰くベータテストには参加しておらず、元ベータテスターからのレクチャーで得た技術をひたすらに磨いて来ただけとの事。……どうやら二人は、アスナ以上の逸材なのかもしれないのだ。

 

 そんな二人の事を、誰が呼び始めたのか、俺達攻略組はこう呼んでいる。

 

 

 超絶、絶倫、空前絶後の剣の姉妹――《絶剣姉妹》と。

 

 

「そんで、どうしたんだ?」

 

 そんな強者たる二人が率いるギルドが、俺達に何の用なのかと尋ねてみると、代表してランちゃんが答えてくれた。

 因みに、俺がユウキの事をちゃん付けで呼ばないのは、ユウキが実に元気かつ活発で、その上自分の事を《ボク》と呼んでいる為に、ちゃん付けで呼ぶ事に違和感を感じるからだ。

 

「わたし達のギルドは、恐らく何時も通り連合を組んで攻略に参加する事になると思ったので、早々に黒猫団の皆さんと合流したんです」

 

 十二歳とは思えない、とても落ち着いた態度と口調で答えてくれたランちゃんの答えに、俺は直ぐに納得する。

 確かに此処最近のボス攻略では、うちはスリーピング・ナイツや風林火山、ソロプレイヤー達と連合を組んで参加している。やはりと言うべきか、それぞれのギルドの人数が少ないのが理由だ。

 

「ところで、カミヤ君……」

 

 するとそこへ、今まで二人の後ろで黙っていたアスナが、俺に声を掛けて来た。その視線を若干“下”……正確には、俺の“足元”に向けて。

 

「えっと……カミヤ君の足元に居るその“モンスター”が例の……」

 

 そう。今俺の足元には、アスナの言う通りモンスター……漆黒の体毛に部分的な白い毛をしたオオカミと、白銀の体毛に覆われたオオカミが一匹ずつ伏せている。本来、モンスターが《圏内》に居るというのは有り得ない事なのだが、俺の足元に居る二匹は例外なのだ。

 

「そう。俺がテイムしたモンスターで、種族名は《モノクロウルフ》って言うんだ」

 

「やっぱりそうなんだぁ」

 

 俺の答えにそう返すと、アスナはしゃがんで二匹の事を興味津々そうに見詰め始めた。その表情は可愛いものを見る様な、そして何処か羨ましそうなものだった。

 

 テイム――それは、戦闘中、通常は好戦的なモンスターがプレイヤーに友好的な興味を示すイベントが発生した際、餌を与えるなどして上手く飼い馴らす事を言う。勿論の事、全てのモンスターをテイム出来るという訳ではなく、可能性が高いのは一部の小型モンスターくらい。また、《同種のモンスターを倒し過ぎていると発生しない》というのは確実だと言われている。

 そうしてテイムされたモンスターは、プレイヤーの《使い魔》として様々な手助けをしてくれる貴重な存在となる。また、モンスターのテイムに成功したプレイヤーの事を《ビーストテイマー》と呼ぶらしく、現在の所、その貴重とも言えるビーストテイマーは俺を含めてたったの二人だけだ。

 

 俺が二匹をテイムしたのは、二日前の下層の森での事……近々行われる二十五層のボス攻略に向けて武器を強化しようと思い、シリカとサチの三人で素材を集めのモンスター狩りに行った、その帰り道の事だ。

 高価な転移結晶を使うのは勿体ないと歩いて街へと向かっていた時、近くの茂みから二匹のオオカミが現れてこちらに近付いて来た。だが、その二匹が攻撃を仕掛けて来る様な様子は無く、“前例を知っていた”為にまさかと思い、試しに偶然その日に買った袋入りのジャーキーを与えた所、案の定テイム出来てしまったのだ。

 

「ねえ、この子達には名前は有るの?」

 

「有るよ。黒いのが《リト》で、白いのが《スーナ》って言うんだ」

 

「へぇ、リトとスーナって言うんだぁ。何だかわたしとそっちの《黒ずくめ》さんの名前に似てるわねぇ」

 

 こちらに振り向いたアスナの質問に答えを返すと、彼女はくすっと笑い、キリトの事を指差しながら言葉を口にした。

 《黒ずくめ》――髪の毛からコート、インナー、ズボン、果ては武器に至るまで黒一色で統一したキリトのニックネームの事で、攻略組では有名だ。最近では《黒の剣士》とも呼ばれ始めているらしい。

 

「似てて当然だよ。なんせ、キリトとアスナを連想して付けたんだからな」

 

「え…? キリト君と……わたしを連想して…?」

 

 俺の答えに、アスナは目を見開いて驚いた様子を見せる。それもそうだ。いきなり『あなたを連想して名前を付けました』なんて言われたら、驚きもするだろう。

 

「いやな、黒と白を見てると、どうにもキリトとアスナを思い浮かべちまってなぁ。悪いとは思いながらも、アスナの名前から取らせて貰ったんだよ」

 

 事実、アスナの外見は白のインナーに白のコートと、正しく白を連想させるものとなっている。

 

「へ、へぇ。そうなんだぁ……」

 

「許可を取らなかったのは悪いと思ってる。だから、もし嫌だって言うんなら今すぐにでも変えるつもりで――」

 

「う、ううん! 良いの良いの! 何だか愛着が湧きそうだからそのままで構わないわ!」

 

「そ、そうか。ならこのままスーナって呼ぶ事にするよ」

 

 良かったぁ。本人の許可を得ずに名前を使ったから、もしかしたら怒られるだろうと思っていたけれど、どうやらお咎めは無いらしい。けど、今度からはちゃんと許可を取る様にしよう。

 因みに、キリトからはちゃんと許可を得てから使わせて貰った。

 

「う、うん。……そうかぁ。わたしを連想してくれたんだぁ」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「な、何でもないわよ! そ、それにしても、“兄妹揃って”ビーストテイマーになるなんて、何だか凄い事よねぇ」

 

 アスナが何やら呟いた様だか、あまりに小さかった為に上手く聞き取れなかった。聞き返してもはぐらかされてしまったし、しつこく聞き返すのもあれなので此処は諦める事にする。

 

 さて……。

 そうなのだ。俺以外のもう一人にして、そして俺よりも先……つまりは一番最初にテイムを成功させてビーストテイマーになったプレイヤーというのは、実は俺の隣で小さなドラゴンを肩に乗せている、我が妹のシリカなのだ。

 

 シリカの使い魔は種族名を《フェザーリドラ》といい、全身をふわふわとしたペールブルーの綿毛で覆われ、尻尾の代わりに二本の大きな尾羽を伸ばした小さなドラゴンだ。シリカはそのドラゴンに、俺達が現実で飼っている猫と同じ《ピナ》という名前を付けた。

 俺達がピナと出会ったのは、とある層の迷宮区攻略に向けてのレベルアップの為に入った森での事。森に入って早々に遭遇し、攻撃せずに近寄って来たピナへ、シリカが何とは無しに買っていた袋入りのナッツを放った所、それが偶然にもピナの好物だったらしく、運良くテイムに成功してしまった。その日の攻略を終えて街に戻るとたちまち大きな話題を呼び、攻略組のプレイヤー達にもかなり騒がれたものだ。……そういえば、その時もアスナはピナに対して興味津々な態度を取っていたなぁ。

 

「あ、ああ。だよなぁ。俺自身もかなり驚いてる」

 

 勿論の事今回も大分騒がれた。二人目の攻略組からのビーストテイマーというのもあるだろうが、やはり兄妹揃ってビーストテイマーという事の方がより印象的だったらしい。昨日の朝刊にも《驚愕! 二人目はまさかのお兄ちゃん!?》というタイトルで一面に飾られていた。

 余談だが、事の真偽を確かめに来た《鼠》という通り名の情報屋《アルゴ》は、二匹に対して僅かに距離を置いていた。

 

「ねえ、触っても良いかしら?」

 

「構わないけど、今は攻略会議中だから、会議が終わってからな」

 

「はーい!」

 

「あ、ボクもー!」

 

 この後、約束通り会議が終わってからアスナとユウキ……更には他のスリーピング・ナイツのメンバーにも二匹を触らせてあげたのだが、その時のアスナの表情は実に幸せそうなもので、うっかりドキッとしてしまったものだ。

 

 尚、肝心のボス攻略の作戦の方は次の通りとなった。

 ボスの攻撃は盾装備での防御ではなく、スピードタイプのプレイヤーによる回避行動によって凌ぐという事になり、この役目は、スピードタイプのプレイヤーを多く有する俺達連合軍が引き受ける事になった。それでも念には念にをと壁役は用意しておくとの事で、これは攻略組の中でも特に防御に優れた聖竜連合が引き受ける事になった。

 残ったKoBと軍は一部のプレイヤーを壁役に回して、残りは攻撃に専念するとの事だ。

 

 果たして、無事に攻略する事が出来るのだろうか…?

 

「ん〜♪ もふもふ〜♪」

 

 …………それと、アスナがこんなんだけど大丈夫だろうか…?




 はい。という訳で、ユウキに加えてランちゃん達スリーピング・ナイツまで登場しちゃいました! ……まだ二人しか出ていませんが。
 で、アスナさんにはそこに加わって貰い、早々に柔らかくなって貰いました。

 異論? …………し、知らないなぁ、そんなもの……。

 という訳で、次回は第二十五層のボス攻略です。前回のボス攻略よりも上手く描けるかどうか……。


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Chapter.10:激震! vs 岩壁の巨人!

 一週間に一回更新出来れば良いかなぁ……

 ……そんな思考が浮かぶ今日この頃、ようやく書けた第十話です。

 それではどうぞ。


 

 

 二○二三年五月十三日、第二十五層迷宮区の最上階――ボス部屋の前。今そこには、第二十五層のボスを攻略せんと参加した多くの攻略組プレイヤー達が集結している。

 皆一様にその表情を真剣なものにし、HPの回復、装備の最終確認など、これから挑む戦いに向けての準備に集中している。

 

「諸君……この扉の向こうが、ボスの待ち受けている部屋となっている。……全員、準備は良いかね?」

 

 ボス部屋の大扉を背にして攻略メンバーの先頭に立つ、今回のボス攻略のリーダーたるヒースクリフの言葉に、攻略メンバーはそれぞれに頷き返す。それを一通り見渡したヒースクリフもまた一つ頷くと、扉の方へと向き直り、扉に手を当てる。

 

「では……行くぞ!」

 

「「「おうッ!!!」」」

 

 そして押し開ける。扉がゆっくりと開いて行く中、プレイヤー達は各々の武器を抜いて臨戦態勢を取り、扉が開き切るのを待つ。そして――

 

「――戦闘、開始!」

 

 扉が完全に開き切ったのと同時に掛けられたヒースクリフの号令を合図に、およそ百人ものプレイヤーがボス部屋の中へと雪崩込んだ。

 そして数秒後、部屋の周りを囲う様に並び立つ大小二種類の石柱に明かりが灯り、部屋の全貌が明らかとなる。床は大きな石柱を頂点とした巨大な正八角形となっており、周りの壁は十メートル以上上の天井まで垂直にそそり立っている――所謂正八角柱の形である。そして、その部屋の中央には、高さ五メートルは有ろうかという黒くて巨大な岩の様な塊が鎮座しており、得も言われぬ威圧感を放っている。すると……

 

「な、何だ…!?」

 

 突如部屋全体を激しい揺れが襲い、誰かが何事かと思わず声を上げた。

 

「き、来ます! ボスです!」

 

「ボス…!?」

 

「目の前の巨大な岩の塊です!」

 

 その揺れの正体は直ぐに判明した。そう、目の前に鎮座していた巨大な岩の塊――その正体は第二十五層のボス――が動き始めたのだ。どうやらうずくまっていたらしいボスは、部屋を揺らしながらその巨大を徐々に起こして行き、数十秒掛けて部屋の中央に直立した。その高さ……およそ十メートル。

 

「で、でかい……」

 

 そのあまりの巨大さに、誰かが思わずそう呟いた。恐らくこの場に居る全員が、そのプレイヤーと同じ気持ちだろう。

 

「ゴオオオオオオオォ――!!」

 

 次の瞬間、部屋を揺るがしかねないボスの巨大な咆哮が遥か上空から降り注ぎ、ボスの中程の高さの辺りにボスのHPと名前が表示された。《The Heavycrag Golem》――巨岩のゴーレムと。

 

「――全軍、攻撃開始!」

 

「「「う、うおおおおおォ――!!!」」」

 

 ボスの咆哮に一瞬威圧されたプレイヤー達だったが、ヒースクリフの号令によって我を取り戻し、気持ちを切り替えて果敢にボスへと挑んで行く。

 

 今此処に、攻略組プレイヤー達と第二十五層フロアボス《ザ・ヘビィクラッジ・ゴーレム》との激闘が始まった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 第二十五層のフロアボス《ザ・ヘビィクラッジ・ゴーレム》との戦闘が始まってから、既に十分以上が経過した。だが、未だにボスのHPは五本有るゲージのうちの一本どころか、一本目の半分も削れていない。その理由は至って簡単……

 

「堅過ぎんぞ、こいつ…!」

 

 そう……堅い、堅過ぎるのだ。事前の情報で攻撃が効かない事は覚悟していたが、これは思っていた以上にきつい。しかも、攻略が難航している理由はそれだけではないのだ。

 

「ゴオ……」

 

「来るぞ! 総員退避して衝撃に備えたまえ!」

 

「オオオオオォ――!!」

 

 振り下ろされるボスの攻撃を充分な距離まで引き付けてから回避し、ボスの攻撃が床に衝突する瞬間にタイミングを計って跳び上がる。直後、ドゴオォンという轟音が部屋中に響き渡り、着地した途端に軽く足元がふらついた。

 そう、攻略が難航しているもう一つの理由というのは、ボスの攻撃によって起こる揺れが原因なのだ。ボスの攻撃一撃一撃があまりにも重い為に、ボスの攻撃が振り下ろされる度に部屋中が揺れ、数秒程だが上手く動く事が出来なくなってしまうのだ。しかも、ボスとの距離が近い程揺れの大きさが強い為に、転倒の可能性を考えると迂闊に近づく事が出来ず、どうしても距離を空けてしまいがちになるのだ。

 

「今だ! 総員突撃!」

 

 とは言え、第二層のフロアボス――《ナト・ザ・カーネルトーラス》、《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》、《アステリオス・ザ・トーラスキング》の攻撃の様に、衝撃を受けてスタンや麻痺状態になるという訳でもないので、揺れさえ治まれば一気に攻撃に転じる事が出来る。それにだ……

 

「テツオ、エギルさん、マースさん……攻撃宜しく! 他はとにかく“弱点”らしき物を探してくれ!」

 

 俺達だって、ただ闇雲に攻撃をしているという訳でもない。

 普通に攻撃しても駄目だというのならば、何かしら有効な攻撃方法が有るはずなのだ。そう考えた俺は、その有効なダメージを与えられる箇所……つまりは弱点を見付けるべく、メイサーのテツオ、両手斧使いのエギル、そして新メンバーである両手剣使いの巨漢《マース》の三人にボスへの攻撃を任せ、残りの黒猫団メンバーと共にボスのターゲットを取りつつ、ボスを攻撃しながら弱点を探しているのだ。

 

「ジュン君、テッチさん、イヴさん達も、攻撃お願いします!」

 

 これにはスリーピング・ナイツや風林火山……連合軍の全プレイヤーが協力してくれている。

 因みに、スリーピング・ナイツからは大剣使いの小柄な少年《ジュン》、シールドとメイスを持った細目の巨漢《テッチ》、両手斧使いの細身な少女《イヴ》の三人が、ランちゃんの指示で攻撃役に回っている。

 

「ゴオ……」

 

「ちっ! 攻撃が来るぞ! 全員退避だ!」

 

 すると、先程の攻撃からようやく体勢を元に戻したボスが、再び攻撃を振り下ろそうと構えを取る。それを見た俺は、黒猫団やスリーピング・ナイツ、ボスを攻撃せんと前に出て来たプレイヤー全員に聞こえる様に声を上げた。

 

「……試しに登ってみるか」

 

「あ! ならボクも!」

 

「……え?」

 

 そうして、ボスの攻撃範囲から離れようと走っていると、すれ違い様にキリトとユウキの二人が何かを呟いたのが聞こえた。……気のせいでなければ、登ってみるとか聞こえた様な気がしたのだが…? え? 登ってみるって…まさか……。

 

「オオオオオォ――!!」

 

 そんな事を考えていると、ボスの攻撃がいよいよ床に衝突しようとする。殆どのプレイヤーが後退して揺れに備えようとしている中、キリトとユウキだけはボスへと突っ走って行き、そして――

 

「はあっ!」

 

「やあっ!」

 

 ――ボスの拳が床に激突する瞬間に跳び上がり、ボスの腕の上に着地。そのままボスの腕の上を駆け上がって行った。

 

「なぁっ…!?」

 

「「「えええええェ――!?」」」

 

 その光景に、俺を含めた殆どのプレイヤーが驚愕の声を上げる。

 

「えっ…!? ちょ、ユウキ…!?」

 

 普段は落ち着いているランちゃんも、これには流石に冷静さを欠いて驚いている。

 

「はあ……。まったく」

 

 そんな中で、唯一シノンだけが落ち着いて次の行動に移ろうとしている。恐らく、彼女はキリトのああいった行動を見慣れてしまっているのだろうか。

 

「……っと。皆…俺達も行くぞ!」

 

「「「お、おうッ!」」」

 

 とにもかくにも、何時までも茫然と突っ立っている訳にもいかないので、気を引き締め直して再び行動を起こす。ひたすら攻撃して、弱点となる箇所を探し続ける。

 

「ゴオォッ…!?」

 

 上の方ではキリトとユウキがボスの顔……恐らくは眼を攻撃した様で、ボスのHPが今までよりも大きく削れた。

 今の攻撃……ボスの動きがゆっくりであるが故に何度か繰り返す事は可能だろうが、ボスの頭まで到達するのに時間がかかるであろう事から、ダメージ量を考えても効率はあまり良くない。加えて、恐らくあれを出来るプレイヤーは限られて来るであろうから、有効な手段とは言い難いだろう。

 因みに、俺の場合は無理だ。それはステータス的な理由ではなく、心理的な理由…………つまるところ、俺は高所恐怖症なのだ。故に、仮にステータス的に可能であったとしても出来ない……いや、やりたくない! たとえ此処がゲームの中であっても絶対に嫌だ!

 

「「よっ…と」」

 

 それはさておくとしてだ。

 ボスの眼を攻撃し、ボスの身体を伝って下りて来たキリトとユウキは、床を転がって受け身を取る事で無事着地に成功。……ユウキは、駆け寄って行ったランちゃんからお小言を貰っている。

 

「どうだった? 何か見付かったか?」

 

「いや、特にこれといった様なものは無かったよ。せいぜい身体の至る所にひびが有った程度だ」

 

 キリトの許に駆け寄った俺は、彼にボスの弱点の有無を尋ねるが、どうやらめぼしいものは無かった様だ。

 それにしても、ひび…ねぇ。俺も気付いていた事だが、確かにボスの身体には至る所にひびが見受けられる。これは俺達が喰らわせた攻撃によるものではなく、最初っから有ったものだ。距離故に下半身のものしか見えなかったが、どうやら上半身にも有ったらしい。

 

「……まさかな」

 

 そこまで頭の中で整理した俺は、此処でとある一つの可能性に思い至り、一番近い(低い)箇所――左の下腿の前内側の中点に有るひびを見詰める。……試してみる価値は有るかもしれない。

 

「ゴオ……」

 

 これからの行動が決まったちょうどその時、再びボスが攻撃の構えを取った。それに反応して他のプレイヤーがボスから離れて行く中、今度は俺がボスの許へと駆け出す。

 

「何か分かったんだな?」

 

「確証はねえがな。とりあえず、ボスのひびを狙ってみてくれ」

 

「了解!」

 

「オッケー!」

 

 俺が駆け出したのを見て、恐らく俺が何かに気付いたのだと思い追い掛けて来たのであろうキリト、加えてユウキに攻撃の狙い所を教え、俺は剣を右肩に担ぐ様に構えて攻撃の姿勢を取る。

 

「オオオオオォ――!!」

 

 そして、ボスの拳が再び床と衝突する瞬間、キリトとユウキが先に跳び上がり、少し遅れて俺も跳び上がる。キリトとユウキは再びボスの腕の上へ。そして俺は、本来の敏捷力では有り得ない加速度を背中に受け、剣を鮮やかな黄色い光に包んで斜め上空――ひびの有るボスの左の下腿の前内側へと飛ぶ。

 片手剣突進技《ソニックリープ》。同じ突進技の《レイジスパイク》よりも射程は短いが、その代わりに軌道を上空にも向けられる技だ。

 

「ゴオォッ…!?」

 

 俺の攻撃が見事にひびに突き刺さると、ボスの悲鳴とも取れる様な声と共にボスのHPがより大きく削れた。

 

「ゴオッ…!? ゴオオオオオォ――!?」

 

 更にぐんっ、ぐんっとHPが一気に減少し、その度にボスが悲鳴の声を上げる。恐らく二人が攻撃を喰らわせたのだろう。

 複数有るが故に見落としていたが、どうやらこのひびがボスの弱点で間違い無いらしい。やはり攻撃出来るプレイヤーは限られて来るが、それでも与えられるダメージ量を考えれば有効な手段と言えるだろう。

 

「ボスの弱点を見付けたぞ!」

 

「おおっ! マジか!」

 

「ああ! ひびだ! ボスの身体の至る所に有るひびを狙ってくれ! 出来る奴だけで良い!」

 

 ボスの身体から離れて上手く着地した所で、俺は攻略メンバーへ向けてボスの弱点を大声で告げる。

 

「なら、私の出番の様ね」

 

 すると、近くに居たシノンが突然メニューを開いて手早く操作をし始め、それが終わると、彼女の上半身と腰に合計三本のベルトが巻かれた。そのベルトには、彼女が主武器として使っている短剣よりも確実に劣るであろう武器屋の短剣が何本も吊されている。

 これは、シノンが使う戦法のうちの一つ……その為の装備だ。成る程、これならば少ない人数でもボスに有効なダメージを与えられるだろう。

 

「はあっ!」

 

 シノンはベルトに吊された短剣の一本を手に取り、槍投げの如く逆手で構えて振りかぶると、朱色に包まれたそれをボス目掛けて思いっ切り投げた。

 

「ゴオォッ…!?」

 

 見事にボスの右膝の上内側に有るひびに突き刺さった短剣はボスのHPを更に大きく削り、尚も突き刺さったままじりじりとHPを削って行く。投剣スキル中級技《ストライクシュート》。投剣スキルの中でも筋力値を要する技で、筋力値が高ければ高い程威力が上がるのだ。

 そう、シノンは短剣スキルとは別に、投剣スキルも上げていたのだ。しかもそれは保険の為のものではなく、確りと狙って確実に命中させるという、充分にメインスキルたり得るものなのだ。それにより彼女は、近距離と中距離の二種類の攻撃が可能なのだ。

 

「やあっ!」

 

 《ストライクシュート》が冷却中な為に、投剣スキル基本技の《シングルシュート》でひびを狙うシノン。左の腿の前外側に命中したそれは突き刺さる事は無かったが、HPを大きく削る事は出来た。

 

「もう一発!」

 

 そして、冷却時間が終了したのであろう《ストライクシュート》を、先程放った箇所へと再び放つシノン。今度は突き刺さったそれは、三度ボスのHPを大きく削る。

 それにより、今まで蓄積していたダメージも合わせて、ようやくボスのHPゲージが一本消えた。

 

 ――次の瞬間だった。苦難の末にようやくゲージを一本消す事が出来た事を喜ぶ俺達を、思わぬ攻撃が襲ったのは……。




 意外にも長くなってしまった……。
 という訳で、まだまだ書きたい内容が残っていますし、どのくらいの量になるのか見当が付かないので、ようやく一本目が消えたという所で、後半に続かせて頂きたいと思いますます。
 しばらくお待ち下さいませ〜。

キバオウ「何でやあああァ〜〜!?」


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Chapter.11:加速する激闘!

 本当に一週間に一話になってしまった……。

 という訳で、本編第十一話です。どうぞ。


 

 

 苦難の末に、第二十五層のボス《ザ・ヘビィクラッジ・ゴーレム》の五本有るHPゲージのうちの一本を消す事に成功した瞬間、その出来事は起こった。

 

「ゴ、ゴオッ、ゴオオオオオ……」

 

 ボスの身体が急に光を放ち出し、ボスが徐々に光に包まれて行く。何かが起こると思い、俺達は全員ボスの周りから急いで離れる。だが……

 

「? な、何も起きねぇぞ…?」

 

「な、何や。ただの虚仮威しかいな」

 

 クラインの言う通り何事も起こる事は無く、光も徐々に消えて行く。

 

「ゴオオオオオオオォ――!!」

 

 キバオウさんの言う通り、ただの虚仮威しかと油断したその時だった。ボスの咆哮と共にボスの身体を覆っていた岩が四方八方へと弾け飛び、俺達攻略メンバーを襲ったのだった。

 

「うわあッ…!?」

「きゃあッ…!?」

「ぐあッ…!?」

 

 ボスの思わぬ攻撃に反応出来ず、殆どのプレイヤーが飛んで来た岩の直撃を受けて吹き飛ばされた。かく言う俺も同様だ。

 

「くっ…! 大分削られたなぁ……」

 

 HPを見れば、今ので一気にレッドゾーン手前まで削られている。加えて、岩の直撃を受けたという痛みから上手く身体を起こす事が出来ない。

 

「「クウゥン……」」

 

「お、俺は何とか大丈夫だ。それよりシリカは…!?」

 

 上手く躱して大ダメージは避けられたのであろうリトとスーナが駆け寄って来て、俺の事を心配そうに見詰めて来る。そんな彼らに多少虚勢を張って平気であると告げてから、急いでシリカの安否を確かめるべく周りを見渡す。

 

「きゅるア〜」

 

「うぅッ……。ありがとう…ピナ……」

 

 どうやら無事だった様で、見付けた時にはピナが持つ回復技《ヒールブレス》でHPを回復させている所だった。

 一番の不安が解消された事で周りを見る余裕が出来た俺は、次に他のプレイヤーの状態を確認する。幸いな事に死者は出ていない様だが、殆どのプレイヤーがイエローゾーンやレッドゾーンにまでHPを削られている。ヒースクリフだけは何とか反応出来た様で、大したダメージは受けずに済んだ様だ。

 

「……え?」

 

 そして、最後にこの状況を作り出した張本人たるボスを確認したのだが、途端にボスの様子に違和感を感じた……正確に言えば、先程までの姿と何処か違っている様に見えた。

 先ず、身体の大きさ――全体的に少し細くなり、先程まで天井に届かんばかりの高さだったのが、今は天井との間に一メートルくらいの隙間を生むくらいの高さになっている。天井の高さが変わるとは思えないので、ボスの方が縮んだのは間違いないだろう。

 次に、身体の色――先程までは殆ど黒に近い色に少し茶色が混ざった様な色だったのが、今では黒が薄れて代わりに茶色の成分が濃くなったダークブラウンの様な色に変わっている。

 

「ゴオオオオオオオォ――!!」

 

 とにもかくにも、今はボス攻略の真っ最中。何時までも倒れている訳にもいかないと思った俺は、ポーチの中から一つの結晶アイテムを取り出す。

 《回復結晶》――ポーションと並ぶHP回復用のアイテム……つまりはこのデスゲームに於ける重要な生命線で、ポーションが回復するまでに時間が掛かるのに対し、こちらは瞬時にゲージを全快にしてくれるというスーパーアイテムだ。だがその分、回復結晶はポーションよりも値段が張る為に、無闇やたらに使う事は出来ないのだ。

 だが、今は使う事を惜しんでいる場合ではない。殆どのプレイヤーが命の危険に晒されている今、一刻も早くボスの注意を引いて、皆が回復する時間を稼がなくてはならない。加えて、リトとスーナはピナの様な回復技は使えない為、どうしてもアイテムを使って回復するしかない。故に、俺は躊躇う事無く回復結晶を使ってHPを全快にし、ボスのターゲットを取るべくボスの許へと駆け出した。

 

「シリカ! 俺がボスのターゲットを取り続ける! その間にピナを連れて皆の回復に廻ってくれ!」

 

 その途中で、シリカに向けて皆の回復に廻る様にと一方的に指示を出し、彼女の反応を待たずにボスの許へと向かう。

 

「ゴオ……」

 

 そして、どうやら狙い通りに俺をターゲットに見定めてくれた様で、ボスは攻撃の構えを取る。

 

「……え?」

 

 ……だが、此処で思わぬ誤算が生じてしまった。

 

(さ、さっきよりも動きが速い…!?)

 

 どういう訳なのか、ボスの動きが先程までよりも速くなっていたのだ。

 

「オオオオオォ――!!」

 

 やはり先程よりも速いスピードで振り下ろされるボスの拳。何とか攻撃の範囲内から離れる事は出来たが、ボスの動きの速さに驚いて一瞬反応が遅れた為、充分な距離を稼ぐ事は出来なかった。一瞬だけとは言え強い揺れに襲われる……

 

「……あれ?」

 

 ……そう思っていたのだが、今度は良い意味で誤算が生じた。

 

(距離が短いはずなのに、揺れの強さがそんなに大きくない…?)

 

 これまたどういう訳なのか、ボスとの距離の割に受ける揺れの強さが思っていたよりも小さいのだ。それこそ、距離を置いた場所で受けた揺れの強さと同じくらいだ。

 

(何がどうなってんだ…?)

 

 ボスが岩を飛ばしてからというもの、ボスの身体が急に小さくなった様に見えたり、急に動きが速くなったり、急に揺れの強さが小さくなったり。まるでスリムになって素早さが上がった分、攻撃力が下がったかの様な――

 

(ッ…!?)

 

 そこまで考えた所で、俺はとある推測に行き着いた。

 

「だとしたら……」

 

 それを確かめるべく直ぐ様ボスの足元へと走り、弱点ではない場所へと攻撃を叩き込む。すると、今まで大したダメージを与えられなかったはずの攻撃は、僅かにだが今までよりも大きくHPを削っていた。

 

(やっぱりそうだ!)

 

 それにより、俺の推測はより確かなものへと変わった。

 

「聞いてくれ!」

 

 そしてそれを攻略メンバーに伝えるべく、声を上げて叫ぶ。

 

「さっきの岩を飛ばす攻撃……どうやらあれは、ボス自身の身体を削ってのものみたいだ!」

 

 ボスの身体が小さく、細くなった事から考えるに、ほぼそれで間違いないだろう。

 

「そしてその影響で動きが速くなった分、攻撃力と防御力は落ちたと思われる!」

 

 身体……岩が削れた事で重量が軽減し、それにより動き易くなった事でスピードは上昇。一方で、鉱物特有の堅さは減弱して防御力は落ちた。攻撃力に関しては、恐らくは岩の重量を攻撃に用いていたが為に、その重量が減少した所為で減少したのだろう。

 まあ、それが分かった所で、戦法が大きく変わるという訳でもないが。

 

「うっしゃあ! 今まで大したダメージを与えられなかった分、ガンガン削ってやっからなぁ! 覚悟しろよゴーレム野郎!」

 

 周りを見渡せば、多くの攻略メンバーが戦闘に復帰出来るまでにHPの回復を終わらせた様で、続々と立ち上がって武器を構えている。クラインに至っては気合い充分といった感じで、ボスに向けて威勢良く叫んでいる。

 

 それじゃあまあ、そろそろ反撃…行かせてもらうとしましょうか!

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「ゴ、ゴオッ、ゴオオオオオ……」

 

 完全に態勢を立て直し、攻略を再開してから数十分。途中腕で薙ぎ払う、両拳を合わせて振り下ろすなどといった新たな攻撃パターンが出現したが、それらを無事に乗り切った上で、ようやく五本有るゲージのうちの四本を消す事に成功した。

 

「総員退避! 防御部隊…構え!」

 

 そして、四度目となるボスの岩飛ばし攻撃への対応も万全。聖竜連合を中心としたタンクプレイヤーが盾を構えて周囲に展開し、その後ろにその他のプレイヤーが避難する。

 

「ゴオオオオオオオォ――!!」

 

 攻撃が止むのを待ち(中には飛んで来る岩をソードスキルで迎撃しているプレイヤーも居る)、止んだ所で攻撃に転じるべくタンクプレイヤーの陰から出て、タンクプレイヤーはHPを回復させるべく後ろへと移動させる。

 何時でも行ける様にと構えていると、今では四メートル程にまで縮み、赤褐色に染まったボスが新たな動きを見せた。

 

「ゴ? ゴオッ!? ゴオオオオオオオォ――!!」

 

 自身の身体を見詰めて慌てふためいた(?)かと思えば、重量が大いに軽くなった為にかなり速くなった動き――それでも普通のゴーレム並の速さ――で、ボス部屋の奥……石造りのハンマーの許へと慌てて駆け寄って行った。……何のギャグ演出だ?

 

「ゴオオオオオオオォ――!!」

 

 さて。そんなギャグ演出をしてくれたボスは石造りのハンマーを持ち上げると、こちらへと振り返り今一度大きな咆哮を上げる。やはりあのハンマーはボスが使う武器だった様だ。だが、ハンマーの存在を確認していた時点でそれは予想出来ていた事。故にハンマー系統のスキルの対策もしてあり、皆慌てる事無く身構える。

 

「ゴオ……」

 

「来るぞ! 衝撃には気をつけたまえ!」

 

 振り下ろし系統の攻撃は後退、若しくは左右に躱すなどして回避し、ボスが次の構えを取るまで攻撃。

 

「スイング系の通常攻撃、来るぞ!」

 

「防御部隊…構え!」

 

 スイング系の攻撃は、ソードスキルならば後退して回避し、普通攻撃ならば複数人のタンクプレイヤーで防御。

 

「うおおらあああァ――!!」

 

 受け止めた所を重武器で打ち返し、その隙に他のプレイヤーが攻撃を仕掛ける。

 幸いナミング――麻痺攻撃はして来ない様なので、衝撃にさえ持ち堪えれば後はこちらのもの。数にものを言わせて一気に攻め込むのみだ。

 

 そうした戦闘を続ける事十数分、ボスの最後のHPゲージがようやく三割を下回り、長かったボス攻略もいよいよ大詰めとなる。

 

「畳み掛けるぞ! 総員全力攻撃!」

 

 ボスの攻撃を躱した直後、ヒースクリフの指示の下全プレイヤーで一斉にボスへと攻撃を仕掛ける。

 

「ゴオ……」

 

 だが、ボスもこのまま大人しく倒させるつもりは無いらしく、最後の足掻きとばかりにソードスキルを振り下ろさんと構える。

 

「「ワオオオオオォ――ン!!」」

 

「ゴオッ…!?」

 

 だが、突如リトとスーナが吠えた事に驚いた様で、発動させようとしたソードスキルを途中で解除する。

 

「ナイスだ! リト、スーナ!」

 

「「ワオッ!」」

 

 リトとスーナが作ってくれたその決定的な隙を逃すはずもなく、残り僅かとなったHPを一気に削りに掛かる。入れ代わり立ち代わりに、色とりどり、多種多様なソードスキルがボスの身体に叩き込まれる。そして――

 

「カミヤ…スイッチ!」

 

「了解!」

 

 ケイタと入れ代わり、ソードスキルを発動させてボスへと斬り掛かる。

 

「ゴオッ……」

 

 上から右下への袈裟斬り、上から左下への袈裟斬り、そして左から右への水平斬りという、三角形を描く様な軌跡で放たれる片手剣三連撃ソードスキル《トリニティ・スラッシュ》。他のプレイヤーが放ったスキルとほぼ同時にそれが決まった直後、ボスの残り僅かだったHPは全て無くなり、HPゲージは消滅。

 

「ゴ…ゴ…ゴゴゴゴゴゴゴゴ……」

 

 ボスの身体は五度光に包まれ、そして――

 

「ゴオオオオオオオォ――!!」

 

 今まで以上に大きな咆哮を上げて、第二十五層フロアボス《ザ・ヘビィクラッジ・ゴーレム》はド派手にポリゴン片を爆散させて消滅。青白い光が降り注ぐボス部屋の上空には、【Congratulations】という文字が表示された。

 

 

 ――俺達は、無事第二十五層フロアボスに勝利したのだ。

 

 

「……ん?」

 

 空中に浮かぶ文字を眺め、ボス攻略が終わった事に安堵していると、突如俺の視界にシステムメッセージが表示された。まさかと思ってメッセージを確認すると、そこには案の定【You got the Last Attack!!】という文字……つまり、俺がLAボーナスを手に入れたという内容が書かれていた。今までのボス攻略では殆ど他の奴――主にキリト――に譲っていた為、まさか自分が取る事になるとは思ってもいなかった。その為、俺は内心かなり驚いている。その半面、LAボーナスをゲット出来た事への嬉しさも勿論有る訳で、今にも口角が上がってしまいそうだ。

 因みに、手に入れたアイテムは《ブラックスチル・インゴット》。LAボーナスであるが故に、恐らくは高い確率で強力な武器が出来上がる事だろう。強化したばかりだが、今日明日にでもあいつに頼んで新調してもらう事にしよう。

 

「お疲れ、カミヤ」

 

「ん? ああ。お疲れさん」

 

 そんな事を考えていると、ケイタを始めとした黒猫団のメンバーが続々と集まって来て、それぞれに労いの言葉を掛け合う。

 

「「ワオッ!」」

 

「おお! お前達もお疲れさんだったな。リト、スーナ」

 

「「くうぅん♪」」

 

 そして、皆と一緒にやって来たリトとスーナへも労いの言葉を掛けながら、両手でそれぞれの頭を撫でてやる。こいつらも、ボスへの攻撃や最後の威嚇など、皆に負けず劣らずと頑張ってくれたのだから。

 

「「…………(ジー)」」

 

 ところで、シリカとサチが何だか羨ましそうな目でこちらを見詰めているのだが、一体これはどういう事なのでしょうか?

 

「えーっと、二人ともどうかしたのか…?」

 

「「撫でて」」」

 

「……え?」

 

「「あたし(私)達も頑張ったから撫でて!////」」

 

「ええェ〜〜!?」

 

 何なのかと思って二人に尋ねてみれば、ほんのり頬を染めながら揃って自分達も撫でて欲しいと言い出して来た。てかお前ら……頭撫でるのと同じか、以上に恥ずかしい事ほぼ毎晩の様にしてるんだから、今更そんな顔すんなよ。こっちまで恥ずかしくなるだろうが。てか周り…ニヤニヤすんな! 特にマースさん…あんた普段は無表情なくせに、こういう時だけそういう顔しないで! それとキリトお前もだ! 俺と同類のお前にだけはそんな顔されたくねぇよ!

 

「わ、分かった分かった!」

 

 やがて、シリカとサチからの無言の圧力、周りからの視線の両方に耐えられなくなった俺は、恥ずかしいのを抑えながら二人の頭を撫でてやる事に。……その際、別の場所からも二人と同じ様な視線を感じた様な気がしたが、気のせいだと判断して無視する事にした。

 

 こうして第二十五層フロアボス攻略は、最後にちょっとした騒動(?)が有ったものの、無事に終了したのだった。




 そういえば、『ホロウ・フラグメント』にてサチちゃん復活ですよ! よかったねぇ(泣)

 ……まあ恐らく、本当に復活という訳じゃないと思いますが。それでも何か嬉しいですね。……そして何だか切ない。

 他にも、アルゴやキバオウさんも登場するご様子で。

ディアベル「あれ? 俺の出番は…?」

ケイタ「僕達…出番有るのかな…?」
「「「…………」」」

クラディール「ヒャハハハハ!! 今度こそ黒の小僧を殺して、俺様がアスナ様の隣に――」
「「「お前(あなた)(貴様)(てめぇ)は出て来るな!!」
クラディール「ぐあっ…!?」

 ――クラディールは、永久ログアウトしました。


 そして、PoHの声はまさかの藤原啓治さんですよ。木いいい原くうううううんですよ。いやぁ、アニメの声も渋くてよかったですけど、藤原さんの声も中々に良さそうですね。

 ……やる予定はおろか、Vitaすら無いんですけどね(汗)


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Chapter.12:十六の月夜に眠る黒猫と騎士

 いやぁ、私情と他の人の作品に夢中になるあまり、とうとう一週間一話投稿すら出来なくなってしまいました。楽しみにしておられた方々(居るのでしょうか?)……実にすいません。
 ちなみに、今自分がはまっているのは、『ZEROⅡ』さんの『LYRICAL TAIL』という小説です。

 それはそうと、通算UAがとうとう一万を超えました〜。
うん、素直に嬉しいです。


 

 

 第二十五層のボス攻略から三日経った、二○二三年五月十六日。

 一日の攻略を終えた俺達――俺とマースさんの二人――は、突然送られて来たメールの指示に従い、現在の攻略最前線である第二十六層の主街区《エイダム》のとある宿屋へと向かっている。メールの送り主は……スリーピング・ナイツのリーダーのランちゃん。各ギルドとの連携も必要だという理由から、フレンド登録しておいたのだ。他にも風林火山リーダーのクラインや、KoB団長のヒースクリフ、軍のリーダーのディアベルに、聖竜のリーダーの《ドレア》さんなど、主にリーダー格のプレイヤーとフレンド登録をしている。……あくまでギルド間の連携が目的で、ぶっちゃけそこまで親しいという訳でもない。

 それ以外にも多少縁の有る奴とフレンド登録をしているが、数は少ない方だ。理由は、まあ……察してくれ。

 

「おう、来たか」

 

「すいません、エギルさん。今からが一番の稼ぎ時なのに、急に呼び出しちゃったりして……」

 

「なーに、気にすんな。ギルドメンバー全員集合って話なんだろ?」

 

 さて。メールの内容によると、何でも両ギルドのメンバー全員で話し合いたい事が有るとの事だったので、早い段階からプレイヤー同士の商売を営んでいるエギルにも、多くのプレイヤーが攻略から帰って来て戦利品を売却するという一番の稼ぎ時である今この時間に店を空けてもらい、集まってもらったのだ。

 

「にしても、何なんスかね。俺ら全員を集めて話し合いたい事って…?」

 

「さあな? まあ、全員揃って話し合うって事は、余程重要な話なんだろうな」

 

「でしょうね。まあ、どんな内容にせよ、今は全員が揃うのを待ちましょ。話はそれからですし」

 

「「だな(そうッスね)」」

 

 その後、足元に二匹のオオカミ、両隣に二人の巨漢というメンバーでベンチに腰掛けながら、指定された宿屋の前で残りのメンバーが揃うのを待つのだった。……シュール? ほっとけ!

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「あっ! オオカミのお兄さん達、やっほー!」

 

 しばらくして黒猫団のメンバー全員が揃った所で宿屋一階のレストランへと向かうと、そこにはスリーピング・ナイツのメンバー十人全員が揃っており、俺達を見付けたらしいユウキが手を振って声を掛けて来た。……何気に俺の呼び方が変わっているんだが、まあ特には気にするまい。

 その場所へと向かい、アスナの指示の下それぞれ席に着く俺達。団長である俺と、副団長的ポジションのケイタ、年長者代表のエギルは、向こうの代表格らしきメンバー三人と向かい合う様に六人掛けのテーブルに。残りのメンバーは、俺達の周りのテーブルに自由に腰掛けている。

 因みに、向こうの代表格らしきメンバーは、団長のランちゃんに、アスナ、そして向こうの年長者代表の、黒いストレートの髪を両肩に長く垂らし、長い睫毛の下に穏やかそうな棗型の綺麗な眼をした女性プレイヤー《シウネー》さんの三人である。

 

「えぇ、ではこれより、ギルド《スリーピング・ナイツ》と《月夜の黒猫団》による会談を始めたいと思います」

 

 代表してアスナが切り出した事により、俺達黒猫団メンバーの周りに緊張の空気が漂い始める。対し、スリーピング・ナイツの面々は会談の内容を知っている様で、こちらよりも雰囲気が落ち着いている。

 果たして、一体どんな内容なのだろうか…?

 

「今回黒猫団の皆さんに集まって頂いたのは、皆さんにとある提案を持ち掛ける為です」

 

「……提案?」

 

 アスナの勿体振る様な言い方に多少眉を寄せながら聞き返すと、彼女はようやく会談の内容を明かした。

 

「わたし達のギルドと、合併する気は有りませんか?」

 

 合併――つまりは、俺達黒猫団とランちゃん達スリーピング・ナイツで一緒に攻略をしないか? という事か。

 

「にしても、何でうちと合併をしようと?」

 

「ほら、うちとあなた達って、此処最近ボス攻略でよく連合を組んでるでしょ? なら、いっその事合併して一つのギルドになっても良いんじゃないかと考えたのよ」

 

「ふぅん」

 

 理由になっているのかどうか微妙な所だが、理由なんてのは大抵そういうものなのだろうと納得する事に。だが、俺はそこでとある事に気付いた。

 

「ん? なら、何でクライン達は誘わなかったんだ? あいつらとだって連合組んでるだろ」

 

「えっ!? ええと、その……そう! クラインさん達とはまだフレンド登録してないのよ! だから連絡しようにも出来なくて……」

 

「あれ? まだしてなかったっけか?」

 

「え、ええ。そうなの……」

 

「ふぅん……まあ、ならしゃーないか」

 

 俺の疑問に対するアスナの答えは何処か急に思い付いた様な感じもしたが、何だかこれ以上詮索してはいけない様な気がしたので、彼女の答えに納得する事にした。

 ……それはそうと、アスナ以外のスリーピング・ナイツのメンバーがニヤニヤしている様に見えるのは、気のせいだろうか?

 

「んー……ギルドメンバーの人数が増えるのは嬉しいが、それまでのお互いのギルドの方針ややり方が崩れるのはなぁ……」

 

 さて。人数が増えれば攻略の効率は上がるだろうし、連携が取り易くなる為にボス攻略に於いても有利に動けるだろう。

 が、合併するという事はそんな良い事ばかりという訳でもない。合併する以上は方針ややり方を一つに纏める必要が有る訳で、そうなるとそれまでのやり方が崩れてしまったり、考え方の違いから下手をすれば内部分裂が起こったりもするだろう。

 

「確かにそうですよねぇ……」

 

「なら、それについてはお互いが納得出来るものを考えるとして、参考までにそちらの方針ややり方について教えてもらえないかしら?」

 

 俺の言い分に同意するランちゃんに対して、前向きな提案をしてくるアスナ。更に続けてこちらのギルド事情についても尋ねて来る。……えらく積極的だなぁ。

 

「うちは基本攻略重視の方針だけど、活動内容に関しては各々の好きな様にやらせてる……つまりは自由だ」

 

「自由…ですか…?」

 

 俺の説明に、シウネーさんは驚いた様な表情をしながら問い返して来る。見ればシウネーさんだけではなく、ランちゃんやアスナを含めた他のギルドメンバーも同様の表情をしている。

 

「攻略に励むも良し。クエストに挑戦してアイテムや情報を入手するも良し。アイテム調達に行くも良し。休むも良し……せっかくゲームの世界に来ている訳なんですから、楽しむとまではいかないにしても、自由にやりたい様にさせてあげないと。勿論犯罪行為は禁止してますし、攻略に参加する意思の有るメンバーにはちゃんとレベルを上げる様に言ってありますよ」

 

「へぇー、中々良いギルドじゃん。アタシだったら迷わず入りたくなるよ」

 

「僕も僕も!」

 

 俺の説明が終わると、他のテーブルに着いていた、太陽の様に広がった黒髪に浅黒い肌、きりりとした両目に、骨太な体格をした女性プレイヤー《ノリ》がいの一番に口を開き、次いで、頭の後ろで小さな尻尾を結んだ髪をアイテムでオレンジ色に染めたのであろう、見た目シリカやランちゃん、ユウキと同い年くらいの小柄な少年《ジュン》が声を上げる。そして、他のメンバーも二人に賛同する様に頷いている。

 

「攻略の効率としても悪くないやり方だわ」

 

「それに、何より気持ち的に実にやり易そうですね」

 

「アスナさん……いっその事、もうこのやり方で決定で良いんじゃないですか? 少なくとも、わたしはそう考えているんですが……」

 

「うん、そうね。わたしもそれで良いと思うの」

 

 どうやら、うちのやり方は向こうの代表格にも好評の様で、向こうで勝手に話が纏まりつつある様だ。

 

「という訳で、わたし達はそちらのやり方に賛同します。ですので、うちと合併しませんか?」

 

「えっと……本当にうちのやり方で良いのか?」

 

「はい。寧ろそちらのやり方でやらせて下さい」

 

 再度のアスナ達からの勧誘に対して俺が確認の質問を投げ掛けると、ランちゃんが代表して肯定の意思を返して来た。

 

「分かった。そこまで言われたら、合併せざるを得ないっしょ」

 

 それを聞いた俺も、一度黒猫団の皆の反応を窺った後、彼女達からの合併の提案を受け入れる事にした。

 

「本当…!?」

 

「ああ。これから宜しくな」

 

「ええ! 一緒に頑張りましょう!」

 

 あれ? 何故だろう……アスナがやけに嬉しそうに見えるのは…?

 

 何故だろう……またしてもスリーピング・ナイツのメンバーがニヤニヤしている様に見えるのは…?

 

 そして何故だろう……後ろから殺気の様なものを二つも感じるのは…?

 

「んで、新しいギルドのリーダーは誰がやるんだ?」

 

 そんな疑問を抱いていると、隣に座っているエギルが口を開き、次いでランちゃんが言葉を口にした。

 

「あ、そういえばそうですよね。後、ギルドの名前とかも考えないといけませんよね。合併する以上は」

 

「まあ、とりあえずまずは新しいギルドのリーダーから決め……」

 

 それに続いて俺も口を開くが、思わず途中で言葉を止めて止めてしまう。それは何故かと言うと……

 

「……ええと、何故皆さん俺の事を見詰めてらっしゃるのでしょうか…?」

 

 何故か、両ギルドのメンバー全員の視線が俺に集中しているからだ。自意識過剰とかではなくマジで。……それとケイタ……俺の肩に乗せているこの手は何でしょうか…?

 

「……まさかとは思いますが、俺にリーダーをやれという事でしょうか…?」

 

「「「うん(はい)(ああ)(ええ)(おう)!!」」」

 

「まさかの即答かつ満場一致!?」

 

 嫌な予感を覚えてつい丁寧口調で尋ねてみれば、全員が声を揃えて肯定の言葉を返して来た。ランちゃんやアスナも例外ではない。

 

「何でだ!? 何で全員で俺を推してるんだ!? 適任な奴は俺以外にも居るよなぁ!?」

 

 そう思い、ランちゃん、アスナ、ユウキ、キリト、エギルと、俺の中では適任だと思われる人物達に視線を向ける。え? 最後までやり通すポリシーはどうしたって? いや、ギルド新しくなるんだから良いじゃん! あれはあくまで黒猫団の団長としてであって、新しいギルドには反映されません!

 

「い、いやぁ……ほら、俺ってコミュ症じゃん? つー訳で無理」

 

 ポリポリと頬を掻くキリト。コミュ症を理由に逃げんな! それを言ったら俺だってコミュニケーション能力低いから辞退したいよ!

 

「悪いな。俺には店が有るからな」

 

 むぅ…。エギルはまあ仕方あるまい……。

 

「姉ちゃんを差し置いてボクがリーダーになるなんて出来ないよ」

 

 くっ…。ユウキもまあ…仕方あるまいか……。

 

「わたしは……ほら、やっぱり経験の有る人がやるべきかなぁ…って」

 

 と、経験の有無を理由に逃れようとするアスナ。いやだから、経験の有無なんてそんなに関係無いと思うんですが。

 

「確かにわたしもスリーピング・ナイツのリーダーを務めていましたので経験は有りますが、けどやはり、年下の者があまりでしゃばるのは良くないと思いまして」

 

 ではと、同じくリーダーの経験の有るランちゃんへと視線を向けるが、自身の年齢を理由に俺にリーダーの役目を押し付け様としている。……何かずるいぞ。

 てか何ですかもぉー! そこまでして俺をリーダーにしたいんですか!? お前ら密かに結託してるんじゃないですか!?

 

「まあ、皆さん色々と理由をおっしゃってはいますが、あなたを推薦する一番の理由としては、やはりカミヤさんの皆さんを守ろうとする姿勢故…でしょうかね」

 

 と、五人の言い分を聞いたの直後に、シウネーさんからようやくまともな理由を聞く事が出来た。……しかし、やはり理由はそれなのか。

 

「初日の演説もあるが、先日のボス攻略の時だってそうだ」

 

「そうですね。崩壊した僕ら攻略メンバーを守る為に、一人でボスの注意を引いてくれていましたしね」

 

「うんうん! 凄くかっこよかったよ、カミやん!」

 

 シウネーさんの言葉に続き、エギル、ケイタ、そしてスリーピング・ナイツのメンバーの一人で、ショートの金髪に深緑色の大きな瞳、鼻の所に横一筋のペイントを入れた、褐色肌の細身な少女《イヴ》が口を揃えて先日のボス攻略の際の事を話す。

 

「普段の攻略の時でもそうだ。俺達は勿論の事、たとえ相手が知らないプレイヤーや他のギルドのプレイヤーだろうと、ピンチに至っていれば助けに入る」

 

「そんなカミヤ君だからこそ、リーダーに相応しいと私達は思っているし、此処まで付いて来たんだよね」

 

「「「ああ(おう)(ええ)(うん)!」」」

 

 更に、うちのメンバーである、常に白いフードを目深に被った男性プレイヤー《トシユキ》、そしてサチが言葉を引き継ぎ、サチの言葉に黒猫団メンバーが声に出して頷く。

 

「そういう訳だから、カミヤ君…新しいギルドでも君にリーダーになって欲しいの」

 

 そう言って真っ直ぐに俺の事を見詰めるサチ。そして周りを見回せば、スリーピング・ナイツのメンバーも含めて全員が頷いている。……はあ、まったく……

 

「……ようやく楽出来ると思ったんだけどなぁ」

 

「え…? それじゃあ…!?」

 

「ああ、やるよ。やってやるよ。そこまで信頼されてるとあっちゃ、応えない訳にはいかないだろうが」

 

 愚痴を零しつつも、結局俺はまた彼らの押しに負けて、リーダーの役目を引き受けてしまった。……ほんと俺、こういうのに弱いなぁ。

 

「その代わり、今回は俺がギルド名を決めさせて貰うからな? そのくらいの我が儘は認めろよな」

 

「まあ、そのくらいの権利は有っても良いわよね」

 

「はい。宜しくお願いしますね」

 

「出来るだけカッコイイのを頼むぜ!」

 

「心配要りませんよ。お兄ちゃんって、意外とネーミングセンス有りますから」

 

 シノン、ランちゃん、ダッカー、シリカの反応を聞いてから、俺は新しいギルド名を考える。そして、しばらくの思考……途中でメニューを開いてある事を確認した後――

 

「うし、決まった。新しいギルドの名前は《十六夜(いざよい)騎士団》だ」

 

 俺の頭の中で纏まった案を、メンバーに発表する。

 

「十六夜…騎士団……」

 

「うおー! カッケー!」

 

「中々良いんじゃない」

 

「ええ。ところで、何で十六夜騎士団なの…?」

 

「スリーピング・ナイツの《スリーピング》……つまりは《眠る》って言葉から、月夜の黒猫団とも共通する《夜》って言葉を連想してな。そこから夜に関係する言葉を探していく内に《十六夜》って言葉が浮かんで、そういえば今日は十六日だって事を思い出して、ちょうどピッタリだと思って《十六夜騎士団》にしたんだ」

 

「へぇー。成る程ね」

 

 俺が考えたギルド名を皆が称賛する中、名前の由来を尋ねて来たアスナ。それに対して俺が由来を説明すると、アスナが……メンバー全員が納得した様に頷いた。

 

「さてと……」

 

 と、此処で一言呟いた俺は、座っていた椅子から立ち上がり、表情を真剣なものに変えてからメンバー全員に向けて口を開いた。

 

「良いかお前ら……このデスゲームが終わるその日まで、誰一人として死んでくれるなよ? それが俺達十六夜騎士団の、絶対に守るべき最重要規則だからな!」

 

「「「おう(ああ)(はい)(うん)(ええ)!!」」」

 

 第一層の頃から煩く言い続けて来た言葉に、元・黒猫団のメンバーは勿論、元・スリーピング・ナイツのメンバーも真剣な表情をして頷いたのだった。

 

 その後、ギルドのマークやシンボルカラーなんかを決めた後、ギルド合併を祝ってのパーティーが行われ、皆大いに楽しんだのだった。




 という訳で、黒猫団とスリーピング・ナイツを合併させてしまいました。うん……ご都合主義全開ですね。すいません……。
 けど、これで本格的にアスナさんもヒロインとして活躍させられる訳ですよ。

 ……けど、自分の小説……ヒロイン要素が少な過ぎる様な気がするんだよなぁ。此処から頑張らねば……。

 さて、次回は二○二三年内の話を書く予定なのですが、内容が未だに決まっていないのです(汗)
 という訳で、次回更新までに時間が掛かるやもしれません。当小説を楽しみにしておられる方々(居るのでしょうか?)……申し訳ありませんが、あまり期待せずにお待ち下さいませ。なるべく早く更新出来る様…努力は致します。


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Interval:シリカの悩み

 あい。今回は本編ではなく幕間……急遽思い付いたネタです。ですので何時もより短いです。

 最後らへんでシリカのキャラが少々崩壊しま〜す。ご覧の方はご注意下さ〜い。ご注意下さ〜い。


 

 

 皆さんこんにちは。あたしシリカって言います。……って、あたし誰に対して自己紹介してるんだろう?

 

 あたしには、とある大きな悩みが有ります。それは……あたしの実のお兄ちゃんであるカミヤお兄ちゃんが、他の女の人に盗られてしまうかもしれない…という事についてです。

 

 お兄ちゃんは少し無愛想で、とても謙虚で、暗い性格をしているけど、それでも根は優しくて、責任感が強くて、かっこよくて、いざという時には頼りになる、あたしの自慢のお兄ちゃんです。

 そんなお兄ちゃんに好意を抱いている人が、あたしが把握している限りで二人居ます。

 

 一人は、お兄ちゃんやあたしと最初の頃から一緒に居るサチさん。

 初めて会った頃からお兄ちゃんの事を意識している様で、あたしも薄々ですが気付いていました。ですが、ただお兄ちゃんの事を意識しているだけで、特に何かをする様な気配は有りませんでした。

 けど、第一層のボス攻略の前の夜に何かが有ったみたいで、その日急に行動を起こして、お兄ちゃんと一緒のベッドで寝ようとしていました。サチさん曰く「怖くてで眠れないから」との事で、それ以降も事あるごとにお兄ちゃんと寝ようとする様になりました。そしてそれは大分戦闘に慣れて来た今でもそうで、抜け駆けされるのではと思うと毎晩気が気じゃありません。

 更に、攻略やクエストなんかに出掛ける時は大抵お兄ちゃんと一緒に行動する事が多くて、その為にと必死でレベルを上げている様なのです(勿論あたしもです)。その甲斐有ってか、あたしとサチさんのレベルはギルドの中でも上位に入るくらいまでになり、幾つかの戦闘用スキルの熟練度も大分高くなりました。

 

 閑話休題。

 

 それだけじゃなくて、ある日からサチさんは急に《料理スキル》を上げる様になって、お昼ご飯は殆どサチさんが作ったお弁当を食べる様になりました。しかも、お弁当を皆に配る時は決まってお兄ちゃんが一番最初です。お兄ちゃんの心を掴む為には先ず胃袋から……という事なのでしょう。なのであたしも負けじと、キリトさんに手料理を振る舞おうとしているシノンさんと一緒に、日々頑張って料理スキルを上げています。

 

 そしてもう一人は、元・《スリーピング・ナイツ》のメンバーで、今では同じ《十六夜騎士団》のメンバーのアスナさんです。

 アスナさんは《アインクラッド》中でも五本の指に入ると言われている程の美人さんで、その上剣の腕も強いという、まさに才色兼備な人です。

 そんなアスナさんですが、何もサチさんみたいに最初っからお兄ちゃんに好意を抱いていたという訳じゃありません。初めて会った第一層ボス攻略の会議の時は、お兄ちゃんに対して興味を持っている様子なんて全く見られませんでした。それがどういう訳か、ボス攻略が終わった直後に、何やらお兄ちゃんに親しげに話し掛けているじゃありませんか! しかも、それからは事あるごとにあたし達の前に現れては一緒に行動をする様になり、しかも、会う度にお兄ちゃんに親しげに話し掛ける回数が増えていく様になりました。それを危険だと判断したあたしはサチさんと同盟を組んで、一緒にアスナさんの事を警戒する様になりました。それでも、あたしとサチさんが敵同士だという事は変わりません。

 そんなある日、アスナさんがスリーピング・ナイツに入ったという事を知り、これでアスナさんがあたし達の前に現れる事は少なくなるだろうと、あたしとサチさんはとりあえず一安心しました。……ですが、第二十五層のボス攻略が終わってから三日経ったある日、アスナさんは急にあたし誰黒猫団と合併しようという話を持ち掛けて来ました。攻略の事も考えていたとは思いますが、恐らく一番の理由はお兄ちゃんと一緒に居る為だと、あたしとサチさんは思いました。その証拠に、お兄ちゃんが合併の話を受け入れた時、アスナさんは目に見えて嬉しそうな反応をしていました。強敵(アスナさん)が復活した事に、あたしは強く戦慄したのでした。恐らくはサチさんもでしょう。

 勿論、アスナさんもあたし達同様にお兄ちゃんとよく一緒に行動して、加えて元々上げていたという料理スキルも、本格的に上げて来る様になりました。

 そんなアスナさんに対して、実は一つだけ優位に立っている事が有ります。それは、夜…お兄ちゃんと一緒に寝る事です。ずっとあたしとサチさんだけの秘密にしていたのが見付かった時は、アスナさんも攻め込んで来るのではと二人で警戒していたのですが、未だにその様な気配は見られません。ですが、見付かった時に凄く羨ましそうな顔をしていたので、恐らく何時かは攻め込んで来る事でしょう。なので油断は禁物です。

 

 と、そんな二人の強敵が相手ですが、あたしだってお兄ちゃんの事が大好きなんです! 絶対に負けません! 血縁関係? そんなの愛さえ有れば関係有りません!

 ……そりゃあお兄ちゃんだって何時かは好きな人が出来て、その人とお付き合いする事になるかもしれないけど……それまではお兄ちゃんはあたしのものです! 誰にも渡しません!

 それに、新しくギルドに加入した、あたしと同じお兄ちゃん大好きっ娘の《コガネ》ちゃんが言ってました――

 

 

『妹は最強! 妹こそが最強! お兄ちゃんと妹の間には、誰も入る事は出来ない!』

 

 

 ――と。

 ふ、ふふふ……。そうです、そうですよね。妹こそが最強なのですよね。誰が相手……たとえそれが才色兼備のアスナさんだろうとも、妹には勝てないのですよ! 古今東西…妹こそが最強の種族なのですよ!

 

 ふふふ…ふふふふ……。

 妹の強さ・凄さ・恐ろしさ……特と味あわせてあげますよ――!!

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「ッ…!?」

 

 な、何だ!? 今一瞬…背中に物凄い寒気を感じたんだが…!?

 

「ん? どうかしたのか?」

 

「あ、いや、大した事じゃない。……ただ一瞬…得体の知れない恐怖を感じただけだ……」

 

「! ……奇遇だな。俺もだ……」

 

「「…………」」

 

 と、新しくうちのギルドに加入した、俺と何かと気の合う男性プレイヤー《カナツグ》と二人、さして寒くもないはずの迷宮区を背中を震わせながら進んで行くのだった。




 という訳で、今回はシリカにスポットを当ててみました。

 ウン。ブラコンシリカ恐ルベシ。
 ドウシテコウナッタ…?

 にしても、実際のブラコンってどんな感じなんだろ? ↑これは流石に無いかもしれないけど、やっぱりお兄ちゃん(or弟)にべったりなのかなぁ?

 さて、次回は今度こそ本編を投稿したいと思います。
 内容は……もうクリスマスイブ行くか?


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Chapter.13:聖夜にサチ有らん事を

結論から言おう…………オリジナル入ると難しい! 大分時間が掛かってしまいました!


二○二三年十二月二十四日。

デスゲーム開始から一年と一ヶ月が経過し、攻略最前線は間も無く第五十層ーーつまりは城の半分に到達しようとしていた。

 

俺達《十六夜騎士団》のメンバーの人数は俺の予想に反してどんどん増えて行き、気が付けば《KoB》や《軍》に勝らずとも劣らない程の勢力にまでになっていた。

ただ、全ての物事が上手く行っているという訳でもなく、現時点での死者の数は二千人を超えており、その内の約二割はなんと俺達と同じプレイヤーによって(・・・・・・・・・・・・・・)殺されていたりするのだ。

曰く「ゲームなのだから何をやっても許される」「ゲームで人を殺したからと言って、実際に現実でそいつが死ぬという証拠は無い」「どうせ茅場晶彦が罪を被るのだから、これは合法的殺人なんだ」と、積極的に犯罪ーー殺人を行っている節が見られる。……性質(たち)の悪い奴らだと、殺人を楽しんでいる節すら見られる。

 

そんな様々な事情を孕みながら浮かび続ける鉄の城は、今日…二度目のクリスマスイヴを迎えていた。

一度目……つまりは去年のクリスマスは、デスゲームが開始されてからまだ日が浅かった為に楽しむ暇や余裕など全く無かったが、今年は皆幾分か余裕が出て来た様で、今日という日を楽しもうとしている人達が多く存在している。それは勿論の事俺達十六夜騎士団も例外ではなく、夜には皆で集まってパーティーをする予定となっている。

 

「ふいー。こんくらい上げときゃ大丈夫か?」

 

「大丈夫なんじゃね? こっちは人数も居る訳だしさ」

 

「それでも、油断はしない方が良いと思うよ」

 

「分かってるって」

 

だとしても、攻略を怠る様な事はしない。……まあ、俺以外の奴らは別の目的が有るが故に攻略……正確にはレベルアップに励んでいるんだがな。

 

「で、肝心の巨大な樅の木の場所は?」

 

「キリトさん達が目星を付けてくれてるそうよ。アルゴさんからも情報を買っているみたいだし」

 

「おお! だとすりゃあ《ニコラス》は俺達で頂きだな! キリトさんは勘鋭いし、《鼠》の情報は確実だしな!」

 

「「ああ(ええ)!」」

 

彼らが今話しているのは、今日……十二月二十四日の夜二十四時ちょうどに現れるという、一年に一度だけのクエストMob《背教者ニコラス》……その出現場所についてである。NPC曰く「何処かの森に有る樅の巨木の下」との事だ。

そのニコラスが担いでいる大袋の中にはたっぷりの財宝が入っているとの事で、攻略を重視している攻略組のプレイヤーまでもが必死になって探している。また噂によれば、ニコラスの大袋の中には《命尽きた者の魂を呼び戻す神器》ーーつまりはプレイヤー用の《蘇生アイテム》なる夢の様なアイテムまで入っているとの事なので、それもまた多くのプレイヤーを必死にさせているのだろう。

 

「にしてもよぉ、団長はマジで来ないつもりなんスか?」

 

「ああ。俺は夜は基本…部屋でゆっくりしていたいもんでな」

 

さて。パーティーメンバーの一人にも言った通り、俺はそのクエストには参加するつもりは無い。ゆっくりしたいという理由も確かに有るが、本当の所はあまり長い事人と接していたくないのだ。一人になりたいのだ。人との接し方が分からなくなり始めてからは、一人で居る方が気が楽になる様になったのだ。

そしてもう一つ……クエストに対して、あまり興味を持てないのだ。歳の所為だろうか、イベントや祭りなどに対して段々と興が冷めつつある。何だがつまらないのだ。

 

「ノリ悪いですよ、団長〜」

 

「そんな事言ったら駄目ですよ。人には人それぞれに思う所が有るんですから。それに、うちは各自の行動は自由のはずですよ?」

 

「そりゃあ分かってるけどさぁ……」

 

「あはは……ノリの悪い団長で悪かったな。それとサツキ…気を使わせちまって悪いな」

 

「いえ、こちらこそ団長のご気分を害してしまってすみません」

 

兎にも角にも、未だに俺のクエストへの不参加に納得のいかない様子の二人と、律儀に礼儀正しく謝るサツキと共に、俺達はレベルアップを兼ねての迷宮区攻略を続けるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「それじゃあ、これよりクリスマスパーティーを始めたいと思います。乾杯!」

 

「「「カンパーーイ!!」」」

 

今日の攻略を終えてから数時間後の現在、第二十二層の大きな湖の近くに有る洋館風の十六夜騎士団のホームでは、俺の音頭を合図にクリスマスパーティーが始まった。

 

「うはぁ! やっぱりアスナの料理は美味しいやぁ!」

 

「ふふっ。まだまだいっぱい有るから、どんどん食べてね」

 

「はいキリト、これ…私が作った料理よ」

 

「おお! 美味そうだなぁ!」

 

「おっ、彼女からの手料理だなんて、羨ましいねぇ」

 

「オメーも隅に置けねえなぁ。コノコノー」

 

「うわっ!? やめろよダッカー、クライン! それに、俺とシノンはまだ(・・)そんな関係じゃあ……」

 

「まだ、ねぇ(ニヤニヤ)」

 

「ちょっ、キ、キリト!?////」

 

「はいお兄ちゃん、あ〜ん!」

 

「おい兄貴、こっちのメシも中々に美味えぜ!」

 

「ご主人様…リーシャの作った料理もお召し上がりになって下さい!」

 

「ちょ、お前ら、そんないっぺんに差し出すな!」

 

「成る程。あれくらい積極的に行くべきなんだね」

 

「……シリカ…お前さんは何をそんなに真剣に観察してるんだ? で言うか、お前さんだってもう既に充分に積極的だと思うんだが……」

 

「あははは。キリト達もカナツグ達も、やっぱり仲が良いのな」

 

「……アレは仲が良いっていうレベルなのかなぁ?」

 

皆《料理スキル》持ちが作ってくれた料理を食べ、談笑し、騒ぎながら、このパーティーを大いに楽しんでいる。一応俺も、それなりには楽しんでいる。……皆とは多少距離を置いてではあるが。

 

「カミヤ君」

 

そんな俺の許に、料理が乗った食器を持ったサチがゆっくりと近付いて来た。その表情は、まるで何かを心配しているかの様に見える。

 

「サチか。どうかしたのか?」

 

「うん。……カミヤ君がちゃんとパーティーを楽しんでるのかなって、ちょっと心配になっちゃって」

 

ーー否、事実心配してくれていた様だ。

 

「楽しんでるよ、ちゃんと」

 

嘘は言っていない。皆とは距離は置いてはいるが、パーティー自体は楽しんでいる。……百パーセントかと聞かれればそうでもないが。

 

「てか、何でそう思ったんだ?」

 

「カミヤ君…さっきからずっと皆から離れて、一人で居るのが多いから」

 

余計な詮索をされる前に、何故俺が……楽しんでいない様に見えたのかをサチに尋ねてみるが、やはりと言うべきか、俺が一人で居たのが理由だった様だ。まあ、一人で寂しくやっている(俺自身はそんなつもりは無い)のを見れば、誰だって『楽しんでいないのでは?』と思ってしまうだろう。

 

「どちらかっつーと、一人で居る方が好きなんだよ。それでも、話し掛けられればちゃんと応えるし、何よりパーティーはちゃんと楽しんでるから、そんなに心配すんなって」

 

これ以上はサチに心配は掛けまい、安心させようと声を掛ける。

 

「それなら良かった。……けど、やっぱりちょっと心配だから、私しばらくの間カミヤ君と一緒に居るね?」

 

が、完全には信用してもらえなかった様で、サチが監視役として付く事になってしまった。

 

「……好きにしろ」

 

けとまあ、異性(おんなのこ)(しかも可愛い)と二人で居るというのも、存外悪くもあるまい。

 

「やった(カミヤ君と一緒に要られる口実が出来た!)」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「う、ううん! 何でもないよ!」

 

その後、しばらくサチと二人(+足元にオオカミが二匹)で何気無い会話をしながらパーティーを楽しんでいると、俺達を見つけたシリカとアスナが近付いて来てサチとちょっとした口論をし始め、それを見ていた周りの奴らが集まって来て茶化して来るという、最終的には沢山の人に囲まれてパーティーをする羽目になってしまったのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

カミヤ君ーー和也君に対する私の第一印象は、一言で言うと『暗い』だった。

 

始めて和也君と出会ったのは高校一年生の時。偶然同じクラスになったというだけで、特に接点が有ったという訳でもない。

誰とも話そうとせず、ずっと一人で居て、話し掛けられても短く・素っ気なく返して、あまり友好的な感じじゃなかった。

正直近寄り難くて、あまり関わりたいとは思わなかった。けど…何故か気になって仕方が無かった。気が付けば、次の日からも彼の事を目で追う様になっていた。気にする様になっていた。多分…私自身が内気で、臆病で、引っ込み思案な性格だから、同類を見つけた様な気がして気になったんだと思う。親近感を抱いたんだと思う。

 

ある日の事だった。私に…和也君と接する機会が訪れた。

その日は夕方から雨が降って来て、傘を持って来るのを忘れた私は昇降口で立ち往生していた。家が近所のケイタ君は同じパソコン研究会の皆と一緒に寄り道して帰るとの事で居なくて、周りの人に頼もうにもあまり親しい訳でもないし、何よりも自分の性格柄頼みづらくて、どうしようかと思って悩んでいた。

 

そんな時だった……

 

「……入るか?」

 

突然声を掛けられて、振り向いて見るとそこには傘を持った和也君が居た。

 

「えぇと……お願いしても良いかな?」

 

「構わない……てか、そのつもりで声掛けたんだけどな」

 

「ありがとう」

 

「別にお礼なんていい。単なる気まぐれだから」

 

相手が和也君だったのは驚いたけど、折角の好意なのでありがたく入れさせて貰う事にした。

 

「…………」

 

「…………」

 

最初のやりとり以降、会話は殆ど無かった。和也君も私もあまり話す方でもないから、ただ黙々と歩くだけ。話し掛けたとしてもそれは全部私からで、彼からの応えも普段通り短くて素っ気ないもの。正直な所…彼と二人だけというのはかなり辛かった。

 

「送ってくれてありがとう」

 

「別にいい。言っただろ? 単なる気まぐれだって」

 

そんな気まずい雰囲気だったとはいえ、家まで送ってくれた事には感謝しています。なので私は和也君にお礼を言ったんだけど、彼は素直には受け取ってはくれず、「じゃあな」と一言だけ言ってそそくさと帰ってしまいました……元来た道の方向へと(・・・・・・・・・)

 

「……え?」

 

それを見て、私は一瞬驚きました。家が同じ方向だと思っていた為に、それに反して逆方向へと歩き出したのだから。けど家は近くで、少し戻る程度なのかな…とも考えたけど、まさかと思って翌日クラスの子に和也君の帰る方向を聞いてみた所、なんと…彼の帰る方向は私の家とは全くの逆方向でした。……つまり、彼は態々私を家まで送ってくれたみたいなのです。

この時、私は彼に対する印象を改めました。彼は暗い性格をしているけれど、本当はとても優しいんだと。それが証拠にもう一つ……彼は私を送ってくれる間ずっと、私の方に傘を寄せていてくれました。自分が半分濡れてしまう事も構わずに。

 

その日から、私は別の意味で和也君の事が気になる様になりました。もっと彼の事が知りたくて、度々話し掛ける様になりました。

 

そして一年前の第一層ボス攻略の前の日の夜、私の中に和也君に対する明確な恋心が芽生えました。怖がる私を気遣ってくれる彼の事が、異性として好きになりました。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

クリスマスパーティーも終わり、殆どのメンバーが『二次会』と称した『ニコラス狩り』に出掛けた中、現在俺は一人自室でゆっくりと休んでいる。

 

コンコン

 

「カミヤ君…入っても良いかな?」

 

すると、ドアをノックする音と、直後に俺同様にニコラス狩りに行かなかったらしいサチの声が聞こえて来た。因みに、シリカは俺の分まで頑張って来ると言って張り切って出掛け、ユウキに誘われたアスナもノリノリで出掛けて行った。

さて。ドアの向こうに居るサチに向かって「どうぞ」と声を掛けると、ドアを開けてパジャマ姿のサチーー何時ものと違って、少しばかり色っぽいものを着ているーーが入って来た。どうやら何時もの様に、一緒に寝る為の様だ。

 

ピロリーン。ピッ、ピッ……

 

…………おかしい。何故システムサウンドが聞こえて来る? 何故サチはウインドウを操作している?

 

「……サチ、お前…何してるんだ? 何でドアに鍵掛けてるんだ?」

 

サチの行動の意図が分からない俺が彼女に尋ねると、彼女はこちらに振り向いてーー

 

「他の人が入って来れない様にだよ。今晩は私だけでカミヤ君を独り占めなんだから」

 

ーーと、満面の笑みを浮かべて仰って下さいました。

 

「……えーっと」

 

「ほぉら、もう寝よう♪」

 

「ちょ!? お、おい、サチ!? 」

 

直後、俺は有無を言う間も無くサチにベッドの中に引き釣り込まれて思いっ切り抱き着かれてしまい、他にやる事も無かったのもあって、そのまま彼女と寝る事にしたのだった。

 

「……まあ良いか」

 

……これはこれで悪くないと思いつつ。

 

 

 




おまけ


「「しまった! 抜け駆けされた!!」」

その頃、サチが居ない事に気付いたシリカとアスナの二人は、サチに抜け駆けされたと思い悔しがり、同時に自分達が取った行動に多少後悔したのだった。

シノン「ふっ。二人とも甘いわね」(←思い人と共に行動しているが故の上から目線)


という訳で、今回は後半でサチにスポットを当ててみました。苦労して書いてみたけど、こんな出来で大丈夫だろうか…?

さて、次回は本編に於けるシリカストーリー『黒の剣士』の辺りを投稿予定です。
しかし、本作のシリカは攻略組に属している為、本編みたいな展開にはなりにくい。ではどうなるのか…?

ーーそれは次回のお楽しみなのです。



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Chapter.14:攻略組最恐のプレイヤー

お待たせしました。
『起承転結』の『結』を軸にして考えるあまり、中々内容が纏まらず、三週間も空けてしまいました。

という訳で、ロザリアさんの運命や如何に?


※アンケートは《朝霧の少女》を投稿するまで実施致します。皆様のご意見…お待ちしております。


 

 

 

 

「ひっ……や、やめ……がっ!?」

 

とある中層の主街区のゲート広場……そこでは現在、一人の女性プレイヤーが別のプレイヤーによって攻撃を受けている。

 

犯罪防止コード圏内であるが故に、他のプレイヤーに攻撃を与えても不可視の障壁に阻まれて相手にダメージが届く事は無いが、衝撃までは流石に止める事は出来ず、ソードスキルの威力によっては僅かながらノックバックが生じる事も有る。

そして、相手にダメージが届かないという事はつまり、本来デュエル以外で他のプレイヤーを攻撃してしまった場合に攻撃者が陥る、犯罪者(オレンジ)プレイヤーにはならないのだ。

これを活用したのが《圏内戦闘》と呼ばれるものであり、通常は訓練や模擬戦として使われるものなのだが……

 

「ひっ……がっ……あはっ!?」

 

今現在行われているのは訓練や模擬戦などではなく、相手プレイヤーが女性プレイヤーを一方的に攻撃しているという、所謂暴行だ。しかも、周りのプレイヤーは誰もそれを止めようとはしない。何故なら……

 

「…………」

 

ほぼ無言で女性プレイヤーに暴行を加えているのは、攻撃組の一角を担う大型ギルド《十六夜騎士団》の団長であるカミヤであり、そもそもこの暴行自体──

 

 

 

 

──『暴行』という名の『制裁』なのだから。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

──遡る事数時間前。

 

 

 

 

場所は攻略最前線より離れた中層のフィールド。そこではシリカとテツオが十六夜騎士団に新たに加わった四人の少年少女達に協力して、モンスターと戦闘を行っている。

 

攻略最前線での活動を主とする、最近では《攻略組の四大ギルド》の一角として有名となりつつある十六夜騎士団だが、その知名度とは裏腹に、ギルドへの入団は呆気ない程に簡単だったりする。というのも、レベルや実力、装備などといった入団条件の類は一切設けておらず、『来る者拒まず』のスタイルであっさり受け入れてしまっているからである。

それ故に、レベルや実力、スキルや装備などに関係無く、多くのプレイヤーが入団を希望してやって来る。

 

余談だが、メンバーの増加に伴いギルドホームが手狭になりつつある為、《大工スキル》なるスキルを習得した後方支援組のプレイヤー達が、周囲の環境に配慮しながら日々ホームの増築に勤しんでいたりする。

 

さて。誰でも入団を許可していれば、時には極端にレベルの低い者や、あまり実力の無い者も入団して来る事も有る。カミヤはそれ自体は一向に構わないのだが、レベルや実力の低さ故にギルドの最重要規則──『デスゲームがクリアされるまで、絶対に死なない事』──が破られてしまう……つまりは死者が出てしまう事を強く懸念している。

それ故に、そういったプレイヤーには当分の間ギルドの上位、若しくは中堅メンバーが交代で付き添い、充分なレベルや実力になるまで育成するというシステムが導入された。ギルドの上位メンバーであるシリカとテツオが中層に居るのも、新入り四人の育成が理由だからである。

 

「しゃあー! らくしょーらくしょー!」

 

さて。今し方一戦闘し終えたシリカ達六人。

 

「この調子でモンスターを倒しまくって、どんどんレベルアップしまくって、ソッコーで攻略組の仲間入りしてやるぜ!」

 

「バカ。そんな簡単に攻略組に参加出来る訳がないでしょうが」

 

その中の一人……栗色の髪を二つ結びにした、とても活発そうな印象の新入りの少女《ミホ》が、モンスターに勝利した事を喜んで少し調子に乗り、それをもう一人の新入りメンバー……腰に届かんばかりの水色の髪を三つ編みにし、少しきつめの目をした少女《ディア》が窘める。

 

「わ、分かってるよー、そんな事くらい。けど、じょーしょーしこーは大事だぜ? ディア」

 

「ふふっ、確かにその通りね。ミホの割にはいい事言うじゃない」

 

「あたしの割にははよけーだ!」

 

それに対してミホも負けじと言い返し、ディアは彼女の言い分を肯定した上で彼女をからかう。何はともあれ仲のいい二人であり、そんな二人を残り二人の新入りメンバーは苦笑しながら、シリカとテツオは微笑ましそうに見つめている。

 

 

 

 

「ねえ、ちょっと良いかしら?」

 

 

 

 

すると、そんな六人に話し掛ける第三者が現れた。

炎の様に真っ赤な髪に、同じく赤い唇、エナメル状に輝く黒いレザーアーマーを装備し、片手には細身の十字槍を携えた女性プレイヤーだ。

その女性プレイヤーを見た六人はというと……

 

「「「…………」」」

 

警戒する様な目で女性を見つめていた。というのも、目の前の女性がとある事情で探しているプレイヤーの特徴とあまりにも酷似しているからだ。

 

「ねえ、ちょっと聞いてる?」

 

「あ! えっと…すいません。ちょっと考え事をしていたので……」

 

……警戒するあまり応答するのを忘れてしまい、女性を少々不快にさせてしまった。

 

「えっと、俺はこのパーティーの纏め役のテツオって言います。あなたは?」

 

何はともあれ、六人の中で年長者であるテツオが代表して女性に話し掛け、名前を尋ねる。

 

「アタシはロザリアよ。宜しくね」

 

対して、女性《ロザリア》は先程までの不快そうな表情を消し、愛想良く自己紹介をする。

 

「それで、ロザリアさんは俺達に何か用ですか?」

 

「実はね、アタシをあなた達のパーティーに入れて欲しいのよ。一人でフィールドに出てみたものの、やっぱりちょっと不安でね」

 

簡単に自己紹介を済ませた所で、テツオはロザリアに自分達に話し掛けて来た用件を尋ねる。それに対するロザリアの答えは、自身をシリカ達のパーティーに入れて欲しいとのものだった。

 

「それに……こう言っちゃあなんだけど、あなた以外の子達ってまだ幼いでしょ? だから、お姉さんちょっと心配でね」

 

更に言葉を続けるロザリア。

彼女の言う通り、シリカ達のパーティーメンバーの内の新入り四人はシリカと同い年、若しくは年下と、シリカを含めて見た目的にも実年齢的にも確かに幼い。そんなシリカ達を見たが故に、彼女はシリカ達の事を『頼りない』『強そうには見えない』と判断したのだろう。

尤も、幼く見えるが故に強くないと判断されたシリカは実際には十六夜騎士団の上位メンバーであり、テツオと同等……若しくはそれ以上に強かったりするのだが。

 

「心配ムヨー! だってあたし達チョー強いもん!」

 

さて。テツオとロザリアの二人が話し合っていると、二人の後ろで話を聞いていたミホが話に割って入って来て、自分達の事は心配要らないとばかりに強気な発言をする。

 

「そうなのー? なら、逆にお姉さんを守って欲しいんだけど、良いかしら?」

 

「おうよ! あたし達に任しとけー! ねっ? テツおん、りっかん」

 

「うん」

 

「ロザリアさん…一緒に頑張りましょうね」

 

「え? あ、ええ……」

 

ミホの言葉を冗談だと受け取ったロザリアは、それに対して自身も冗談半分で言葉を返す。が、まさかテツオ達が本気で返答して来るとは思っていなかった為、彼女は一瞬呆然となった。

因みに、ミホの言った《テツおん》《りっかん》なる言葉は、それぞれテツオとシリカに対してミホが勝手に付けた渾名だったりする。……アルゴにしてもそうだが、プレイヤーネームを更に渾名で呼ぶというのはどうなのだろうか?

 

「それじゃあ、張り切って行こうか」

 

「「「おおー!!」」」

 

「え、ええ」

 

何はともあれ、ロザリアをパーティーに加えたシリカ達一行は、モンスター狩りを続けるべく更にフィールドを進んで行くのであった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

所変わって、シリカ達が居る層とはまた別の中層のフィールド。

そこでは、カミヤとメイサーの少女の二人がモンスター狩りを行っていた。

 

「攻略で忙しいのに、あたしのプレイヤーホーム購入の手伝いをして貰っちゃって、何時もありがとうございます。先輩」

 

「気にすんな。俺とお前の仲だし、何時も武器のメンテや強化なんかで世話になってるからな」

 

「……その強化の素材やインゴットなんかは、先輩から提供して貰っちゃったりしてるんですけどね」

 

モンスターを倒して区切りが付いた所で、急にカミヤにお礼の言葉を告げるメイサーの少女。

そう。攻略組である筈のカミヤが何故中層のフィールドなんかに居るのかというと、現実世界では先輩後輩の関係である少女の、プレイヤーホーム購入の手伝いをする為である。

 

「ん?」

 

さて。少女と会話をしていたカミヤだが、ふと何かに気付いた様子で、おもむろにウインドウを開いた。

 

「どうしたんですか? 先輩」

 

「ん? メールだよ」

 

どうやらメールが届いた様だ。

カミヤはしばし無言で届いたメールの内容を読んだ後、直ぐ様返信画面を呼び出してメッセージを作成し始めた。

 

「えっと、何ですって?」

 

犯人(ターゲット)が接触して来たってさ」

 

「ターゲット?」

 

「数日前にとあるギルドを壊滅させたオレンジギルド……そのリーダーだ」

 

「ああ! 先輩達が請け負ったっていう依頼の」

 

「そ」

 

興味本位で尋ねた少女の問いに答えながらもメッセージを打ち込んでいくカミヤ。そして、説明が終わるとほぼ同時にメッセージを書き終え、メールの差出人へと返信する。

 

「これから一緒に狩りに行くそうだから、終わったら俺に連絡する様にメールした。つー訳で、こっちもそれに合わせる事になる。それでも良いか?」

 

そして、これからの予定について少女に確認を取るが、少女はそれよりも、オレンジギルドのリーダーと接触したパーティーの事が心配な様だ。

 

「あたしは構わないですけど、向こうは大丈夫なんですか? 相手はオレンジギルドのリーダーなんでしょ?」

 

「つっても、相手は中層プレイヤーだ。向こうには最前線で活躍するうちの上位メンバーが二人も居るから、油断さえしなけりゃ大丈夫だろ」

 

「そりゃあ、攻略組と中層プレイヤーとじゃ力の差は歴然かもしれないけど……」

 

「それに、依頼人の話を聞く限りじゃ、相手は潜入したパーティーやギルドが大量に稼ぐのを待ってから行動するらしい。だから、会っていきなり襲って来るなんて事は多分無いだろう」

 

「……まあ、先輩がそこまで言うなら、あたしもそう信じますよ」

 

しかし、それはカミヤの説得によって幾分か解消された様で、彼女もパーティーメンバーが無事であると信じる事にした。

 

「つー訳で、連絡が来るまでモンスター狩りを続けるぞ」

 

「はい!」

 

そして、彼らはホーム購入の為のモンスター狩りを再開するのであった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

場所は戻り、シリカ達が居る中層……その主街区。

ロザリアをパーティーに加えて狩りを再開してから数時間、本日の狩りを終えたシリカ達はそれぞれのねぐらへと帰るべく、ゲート広場へ向けて足を進めていた。

 

「にしても驚いたわー。まさか、あなた達があんなにも強かったなんてね」

 

「にししし。だから言ったじゃん。あたし達はチョー強いって」

 

そんな中、先程までの戦闘でシリカ達が思いの外強かった事を知ったロザリアは驚嘆の言葉を口にし、それを聞いたミホが得意げな表情をして反応する。

 

「私達一人一人の力はまだまだ弱いかもしれませんが、皆で協力すれば、どんな強い相手にもきっと勝てる強い力になる……私達はそう考えてます」

 

「「うん!」」

 

「おうよ!」

 

そこへディアが付け足すかの様に口を挟み、それに同意する様に残りの新入りメンバー力強く、そしてシリカとテツオの二人も静かに頷いた。

 

そうこうしているうちに、ゲート広場に到着したシリカ達一行。

 

「それじゃあね。また明日も宜しくね」

 

明日も共に行動する事を言い残し、別れを告げて立ち去ろうとするロザリア。だが……

 

「「「…………」」」

 

シリカ達からの反応は無く、ただ無言でロザリアを見つめているだけだった。

 

「ちょっとー、聞いてるのー?」

 

出会った時同様に無視された事に不快な表情をして抗議するロザリア。

 

「……残念ですけど、明日……いいえ、もう二度とあなたと会う事は無いでしょう」

 

「……へ?」

 

ようやくシリカが口を開いたかと思えば、その内容は全くもって訳の分からないもの。どういう意味なのかと困惑するロザリアに、シリカが続けて言葉を掛ける。

 

「だってあなたは──」

 

丁度その時、背後の転移門内部に青いテレポート光が発生していた。こちらで転移門を利用した者は居ない……ならば別の層からこの層に転移して来たのだろう。今日の狩りを終えてねぐらへと戻って来たプレイヤーか? はたまたこれから狩りへと出掛けるべくこの層にやって来た夜型のプレイヤーか?

 

 

 

 

「──これから黒鉄宮の牢獄に入って貰うんだからな。オレンジギルド《タイタンズハンド》のリーダー……ロザリアさん」

 

 

 

 

──否、咎人(ロザリア)を監獄へといざなう閻魔(カミヤ)だった。

 

 

 

 

「い、いきなり何なのよ!? てか、あんた誰よ!?」

 

「俺はカミヤ。そいつらのギルドのリーダーで、シリカの兄貴だ」

 

いきなり現れて、シリカの言葉をを引き継ぐ様な発言をしたカミヤに驚いたロザリアは、カミヤの方へと振り返り、疑問の言葉をぶつける。対するカミヤは、彼女達の許へゆっくりと近付きながら己の正体を明かした。

 

「もう一度言うぜ? あんたには黒鉄宮の牢屋に入って貰う」

 

「な、何でアタシが牢屋に入らなくちゃいけないのかしら? シリカちゃんのお兄サン」

 

「しらばっくれるなや。身に覚えが有る筈だろ? オレンジギルド《タイタンズハンド》のリーダーのロザリアさん」

 

「さ、さっきからアタシの事をオレンジのリーダーって……アタシのカーソルは見ての通りグリーンだよ! オレンジのリーダーな訳が無いじゃないか!?」

 

「生憎と、あんたらの箏は《鼠》からの情報で確認済みなんだよ。それに、オレンジギルドのメンバー全員が全員オレンジカーソルって訳じゃない箏くらい、あんたが一番よく分かってる筈だよなぁ?」

 

「くっ……」

 

そして、再度の投獄宣告。ロザリアはそれを認めようとはしないが、カミヤの言葉が逃げ道を塞いで行く。

 

「さて、そろそろ本題に入ろうか」

 

そして、ロザリアがとぼけるのを諦めたと判断した所で、カミヤは話の本題を切り出した。

 

「あんた、五日前に三十八層で《シルバーフラグス》ってギルドを襲っただろ? メンバー四人が殺されて、リーダーだけが脱出した」

 

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

 

全く悪びれる様子も無く、ロザリアは頷く。

 

「生き残った男性はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちしてくれる奴を探してたよ。……けどその男性は、依頼を引き受けた俺達にあんたを殺してくれとは言わずに、黒鉄宮の牢獄に入れてくれって言ったよ」

 

「で、あんた、その死に損ないの言う事を真に受けて、アタシを探してた訳?」

 

「そうだ。勿論あんたの仲間も全員牢獄にぶち込む」

 

カミヤがそう言い切ると、ロザリアは心底面倒そうな表情をして口を開いた。

 

「何よ、マジんなっちゃって、馬鹿みたい。此処で人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠無いし。そんなんで、現実に戻った時罪になる訳ないわよ。だいたい戻れるかも解んないのにさ、正義とか法律とか、笑っちゃうわよね。アタシそういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈持ち込む奴がね」

 

此処は主街区のゲート広場。そして、今は多くのプレイヤーがフィールドから帰って来る時間帯。即ち、今のロザリアの発言は多くのプレイヤーの耳に入ってしまった事になる。そうなれば当然、今の発言に怒りや不快感を覚えた者が現れるだろう。

 

「成る程。あんたもその口か」

 

口調は静かだが、勿論カミヤも今の発言に対して怒っている。

 

「安心しろ。俺もあんたみたいな奴は嫌いだし、あんたのそういう考え方は許せねぇ」

 

すると、カミヤは腰に下げた鞘から剣を抜いて、ロザリアの許へと更に歩み寄る。

 

「けど、それ以上に俺が許せないのは……」

 

そして、抜いた剣を肩に担ぎ、刀身を仄かな水色に発光させて──

 

 

 

 

「──テメェがよりにもよって、俺の妹を標的にした事だァ!」

 

 

 

 

怒りと共ににロザリアへと叩きつけた。しかも、その怒りはロザリアの考え方に対してではなく、妹であるシリカを殺そうとした事に対してだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

──そして、冒頭へと戻る。

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい……も、もう……許して……!?」

 

カミヤの逆鱗に触れてしまったが故に、ひたすらソードスキルによる攻撃を受け続けるという制裁《暴行》を受け続けたロザリアは、カミヤに対して必死に謝り続ける。

 

「も、もう犯罪なんてしないッ!

大人しく牢屋に入るからッ! だからお願いッ! もう許してッ!!」

 

「…………分かった。なら次ので最後にしてやる」

 

「ひいっ…!?」

 

ようやくロザリアの謝罪の意思を聞き入れたカミヤは、最後の制裁を加えるべく、手に持つ剣を斜めに振り上げる。

 

「ひやっ……あっ……がはっ…!?」

 

そして放たれた、上から右下への袈裟斬り、上から左下への袈裟斬り、左から右への水平斬りという三角形を描く様な三連撃の斬撃──かつて第二十五層のフロアボス《ザ・ヘヴィクラッジ・ゴーレム》にトドメを刺したソードスキル《トリニティ・スラッシュ》が、ロザリアの身体を吹き飛ばしたのだった。

 

「今すぐ仲間を全員集めろ。んで、こいつで牢獄に入れ」

 

「は、はいぃ!!」

 

吹き飛んだロザリアの許へと歩み寄り、ポーチから回廊結晶を取り出して彼女に指示を出すカミヤ。精神的にボロボロとなったロザリアは、恐怖に怯えながら頷くと、直ぐ様ウインドウを開いてメールを作成し始める。

 

「いいか? 脱獄しようだなんて考えるなよ? もししようものなら、今度は完全決着デュエルでボコボコにしてやっからな? 覚悟しとけよ」

 

「は、はいいいぃ〜!!」

 

 

 

 

数十分後、主街区付近のフィールドに集まったタイタンズハンドのメンバー達全員は、尋常ではない程に震えるロザリアと共に、回廊結晶のゲートを通って黒鉄宮の牢獄へと入った。

 

そして、この事件は翌日の朝刊の一面にて大きく報道された。

 

おそらく、この朝刊を読んだ多くのプレイヤーが思ったことだろう……

 

 

 

 

──シリカ絡みで、絶対にカミヤを怒らせてはいけないと。

 

 

 

 




てな感じで、カミヤ君のシスコンが炸裂致しました。コワイネー(棒)
で、私情込みだったとは言え、ロザリアさんは罰を受けて頂きました。罪を犯したら罰を受ける……常識ですよね。

さて、次回は《圏内事件)の前に、幕間を一本入れたいと思います。


それからもう一つ。
以前別のサイトで投稿していた作品を、こちらで書き直そうと考えております。それに伴い、当作品の更新が更に遅れる事になるかもしれません事を、先にお詫び申し上げさせて頂きました。

今後とも、和狼の作品を宜しくお願い致します。


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Interval:剣士達の癒し

お待たせしました。
先にこちらの投稿になります。

因みに書き方ですが、こちらはこちら、向こうは向こうという風にさせて頂きます。
急に大きく変えたら、それまでの雰囲気を壊してしまう事になると思いますので。


 

 

 

「うーん、疲れたぁ……」

 

とある日の夕方、その日一日の攻略を終えてギルドホームへと帰って来たキリトは、一人大広間のソファーに腰掛けて呟く。

 

「お疲れ様です、キリト様」

 

そんなキリトに、大広間を通り掛かった一人の女性プレイヤーが声を掛ける。

プレイヤーネームを《リーシャ》といい、白に近い金色をした長髪に、翠玉色(エメラルド)の瞳、抜ける様な白い肌をした、ヨーロッパ系の外人を思わせるかの様な美少女。料理や裁縫、薬の調合や、必需品や食糧の買い出し、果てはギルドの経費の管理など、後方支援に特化したプレイヤーである。

 

因みに、同じ《十六夜騎士団》のメンバーであるカナツグとは主従関係にあり(尤も、彼女が勝手にその様に慕っているだけなのだが)、アスナをはじめとした女性陣曰く『出来てる』との事。

 

「随分とお疲れのご様子ですね?」

 

「まあな。アインクラッドの攻略も半分を切った事で、モンスターのパラメータやアルゴリズムも大分高くなって来たからな。肉体的な疲労は無くても、精神的な疲労は溜まるもんなんだよ」

 

さて。リーシャの問い掛けに対し、キリトは首を右に左にと曲げて、肩が凝っているとでも言いたげな仕草をしながらそう答える。……尤も、このSAOに於いて本当に肩が……延いては身体が凝るという事はあり得ないが。

 

「でしたら、お食事の後に団長様のお部屋に伺ってみては如何ですか?」

 

「ん? カミヤの部屋に?」

 

「はい! 恐らくキリト様の疲労も解消されるかと」

 

そんなキリトにリーシャはカミヤの部屋に行く様にと告ると、「それでは、リーシャはお仕事が有りますのでこれで」と言って大広間を去って行く。後に残されたキリトは、今度はリーシャの言葉に対する疑問から首を傾げるが、とりあえずは言われた通りにしてみようと、一旦自分の部屋へと戻るのであった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

そして夕食後しばらくしてから、キリトはリーシャに言われた通りにカミヤの部屋へと向かっていた。

 

「おう、キリトじゃねえか」

 

そんな彼に、背後から声を掛ける者が現れた。

 

「よお、クライン」

 

その人物とは、趣味の悪いバンダナを巻いた無精髭の男……今でこそ同じ十六夜騎士団のメンバーだが、かつてはギルド《風林火山》の頭を張っていた男……そして、キリトやカミヤ、シノンやシリカとは第一層の頃からの付き合いである、頼れる兄貴分・クラインである。

キリトの許まで歩み寄って来た私服姿のクラインは、歩みを止めるとキリトへと話し掛ける。

 

「もしかしてよぉ、おめぇもこれからカミヤの部屋に向かうところか?」

 

「ああ。『も』って事は、お前もなのか?」

 

「おうよ!《アレ》を受ける為にな」

 

クラインの問いかけに答えた後、彼の言葉振りが気になったキリトが彼へと問い返せば、彼は肯定と共に気になる言葉を口にした。

 

「なあクライン……《アレ》って何だ?」

 

「あれ? おめぇ…《アレ》を知らねぇのか?」

 

「あ、ああ、知らない……」

 

「そうか。おめぇはまだ《アレ》を知らねぇのか」

 

その《アレ》というものが何なのかをクラインへと尋ねるが、当のクラインはキリトが《アレ》を知らない事に意外そうな向けるだけで、《アレ》が何なのかを答えようとはしない。

 

「んじゃあよぉ、おめぇは何でカミヤの所に行こうとしてんだ?」

 

「ああ、カミヤの部屋に行ったら、疲れが取れるってリーシャから聞いたから……」

 

「なーんだ、やっぱりおめぇも《アレ》を受けに行くんじゃねえか」

 

もしかして違う用事なのかとクラインが問い掛けるが、キリトの答えを聞いて目的が同じであると理解し、そして「成る程。リーシャちゃんからねぇ」と一人納得した様な表情をする。

 

「だから《アレ》って何なんだよ?」

 

一向に《アレ》が何なのかを話さないクラインに少し苛ついたキリトが再び問い掛けるが、クラインは尚もはっきりと答えてはくれない。

 

「まあ、行ってみりゃ分かるってもんよ」

 

そう言われ、不服ながらもそのままクラインと共にカミヤの部屋を目指す事にしたキリト。

 

その後しばらくしてカミヤの部屋の前に到着し、ドアをノックする。すると中から「どうぞ」というカミヤの声が聞こえ──

 

 

 

 

『うあぁ〜……』

 

 

 

 

──直後に、今彼の部屋に居るらしき、別の人物の呻き声の様なものが聞こえて来た。そしてそれは、尚も続いている。

 

「……えっ?」

 

その声を聞いて、キリトはドアノブに掛けようとしていた手を止めた。

今の声は何なのか? 今この部屋では何が起こっているのか?──ドア一枚の先にて起こっている未知なる事への恐怖から、キリトは目の前のドアを開ける事を躊躇してしまったのだ。

 

「おっ、どうやら先客が居るみてぇだなぁ」

 

そんなキリトの不安を他所に、《アレ》の内容を知っているクラインは、未だ中から聞こえて来る声に臆する事無く、キリトの代わりにドアノブに手を掛けてドアを開けてしまう。

果たして、その先に広がっていた光景とは──

 

 

 

 

「よお、クライン。それにキリトも一緒か」

 

「あぁ……団長さん、そこ気持ち良ぃ〜……」

 

──私服姿のユウキがうつ伏せでベッドに寝転がり、そんな彼女の腰をカミヤが親指で押しているという、所謂マッサージをしているというものだった。

 

「……え? これってもしかして……マッサージ…か?」

 

「おう。当たりだぜ」

 

恐怖した事の内容がまさかのマッサージだったという事実に、キリトは安堵したのと同時に脱力してしまう。

その他にも、クラインの言っていた《アレ》がマッサージだと分かった事への爽快感、リーシャが『披露が回復する』と言っていた事への納得感なんかも感じていた。

 

「にしてもカミヤ、お前…マッサージなんて出来たのかよ」

 

「まあ、ちょいとかじる程度にな」

 

「いやいや。ありゃあちょっとかじったってレベルじゃねぇだろ」

 

「そぉだよぉ〜……団長さんのマッサージ、すっごく気持ち良いよぉ〜」

 

さて。お約束な展開(?)も済んだところで、入り口横に置かれたソファーにクラインと共に腰掛けて、カミヤに素朴な質問を投げ掛けるキリト。その問い掛けに、ユウキへのマッサージを続けながらも答えたカミヤだが、クラインとユウキの二人はカミヤのその答えに異を唱えた。

 

「そりゃあまあ、システムのアシストも受けてるからなぁ」

 

それに対するカミヤの答えは、システムの恩恵によるものという、遠回しに本来の自身の技術を低く評価する様なものである。

 

「な、何ィ!? マッサージのスキルなんて有ったのかよ!?」

 

「うひゃ……どおりですっごく気持ち良い訳だよ。……あ、それ気持ち良ぃ〜……」

 

それを聞いたクラインとユウキの二人は、真意には気付かず、それぞれマッサージのスキルが有る事に対する驚嘆を漏らす。声こそ出してないが、キリトも僅かに目を見開いている。

 

「ああ。上の層のフィールドでたまたまそのスキルを会得する為の場所を見つけてな」

 

「へぇー」

 

「……言っとくけど、会得するにはガタイの良いNPCのおっさんを揉み続けにゃならんし、熟練度上げるのだってひたすら床押しや相手を揉み続けにゃならないから、そんなに簡単じゃあないぞ?」

 

「う、うへぇ……そ、そうですか……」

 

カミヤはそんな彼らにスキルの会得情報を伝えるが、クラインが興味津々な表情をしているのに気付き、セクハラ紛いな事をしない様にという意味合いも兼ねて、会得するのが簡単ではない事を伝える。それにより、クラインの表情は急に暗くなり、会得を断念する様な雰囲気を漂わせた。

尚、このマッサージスキルの情報……とある事情から既にアインクラッド中に公開されてはいるが、詳細が詳細な故に、殆どのプレイヤー──主に男性陣──はクライン同様に会得を断念したのだった。

 

「俺はまあ……普段世話になってる奴の疲れを取ってやりたかったから、ちょっと頑張ってみたんだけどな」

 

「へぇー。団長さんは優しいんだねぇ。 ……うおぉ〜……足の裏効くぅ〜……」

 

ユウキの足の裏を押しながら、カミヤは更にその後の経緯を語って行く。

 

「そうかな? ……んで、そいつがある日そいつの友達にマッサージの事を話したらしくて、そこからどんどん他のプレイヤーに情報が拡散。次々とマッサージや情報を求める奴が増えて、今じゃこうしたギルドメンバーへのサービスや、その他のプレイヤー相手の商売をするに至ってるよ」

 

「ええっ!? お前…商売までしてるのか!?」

 

カミヤが淡々と語って行く中、最後の最後にとんでもない事実が判明した為、キリトは驚いて思わすカミヤへと聞き返した。

 

「ああ。俺も攻略が有るから、夕方限定でな。大分利用者が増えて来た辺りで、アスナが『店を出してお金を取るべきだ』って強く提案するから、流される形でな」

 

「アスナの意見は正しいよ。こんなに気持ち良いんだから、お金を取らなきゃ損だよ。……うあぁ〜……その足引っ張るの良ぃ〜……」

 

「……アスナさん」

 

と、足を牽引されながらアスナの意見に賛同するユウキに対し、キリトは意外と強引なアスナに対して呆れてしまう。

 

「けど、店なんて何処てやってるんだ?」

 

「ああ、それはな、うちのホームの一室を使ってやってるんだぜ。後方支援の奴らがそれ用にって部屋を増築した上に、客用の出入り口まで有るんだぜ」

 

「……ああ。どおりで最近この層に来る奴らが多い訳か」

 

クラインの説明を聞いて思い当たる節が有るらしく、キリトはへぇー、と納得した顔になる。

余談だが、十六夜騎士団のホームが有る二十二層の湖でよく釣りをしている《ニシダ》という五十代の男性は、釣りの帰りにとよくマッサージを受けに来ては、帰り際にその日釣った魚をお裾分けしてくれたりしている。

 

「因みに、お前にこの事を教えてくれたリーシャちゃんは、カミヤの店のアシスタントをしてくれてるんだぜ」

 

「成る程。それでか」

 

「彼女には主に受付を担当して貰ってる。何より彼女は経理面が得意なみたいだからな。……っと、ほい、お疲れさん」

 

「ありがとう、団長さん。……ふぅ、気持ちよかったぁ」

 

そして、最後にアシスタントとして働いてくれているリーシャの話が出たところで、ユウキへのマッサージは終了した。

 

「さて、次はどっちが受けるんだ?」

 

「キリト……おめぇが先に受けて良いぞ」

 

「良いのか? クライン」

 

「おう。俺はもう何度か受けてるからな。おめぇも早えところ受けてみろ。……ハマるぞぉ?」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰って……」

 

そして、次に受ける事になったのは、クラインの勧めで未だ経験の無いキリト。先程までユウキが寝ていたベッドにうつ伏せになると、カミヤがその背中に手拭いを掛けて……

 

「んじゃ、始めるぞ?」

 

──今此処に、キリトにとってSAOに入って初めてのマッサージが始まった。

 

 

 

 

『うおぉぉぉ〜〜……確かにこれ効っくぅぅぅ〜〜……!』

 

 

 

 

──結果は、翌日キリトが最前線で敵モンスターを無数のポリゴン片へと変えるものとなったのだった。

 

 

 



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Chapter.15:晴天下の攻防

やはりDS(DEMON STRIFE)ばかりではなく、こっちもこまめに更新しなくちゃダメですよね。

それはともかくとして、とうとうアニメSAOⅡが始まりましたね♪
動いているシノのんを見れるのが実に楽しみです!



 

 

 

世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》が正式サービスを稼働し、日を同じくして《茅場晶彦》を名乗るゲームマスター──巻き込まれたプレイヤーの一人である少女《アスナ》曰く、本当の名を《須郷伸之》というらしい──によって引き起こされたデスゲームの開始から一年と五ヶ月の月日が経った今日──二○二四年四月二十二日。

つい数日前にフィールドボスを倒した事によって挑める様になった、現在の最前線である第五十九層の迷宮区を攻略するべく、アスナを含む五人のギルドメンバーと共に迷宮区を目指そうとする俺。

因みに、シリカとサチは今日は新人や下っ端メンバーの育成担当で、何故かアスナに向けて羨望の眼差しを向けていた。

 

 

さておき、一日でも早い解放の日へ向けて、さあ今日も頑張ろうかと意気込んでいた訳だが……

 

 

 

 

……その意気込みは、出鼻から思いっきり挫かれる結果となった。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「スゥ……」

 

「ムニャ……」

 

転移門を潜り五十九層の主街区《ダナク》へとやって来た瞬間、突然俺の使い魔のオオカミであるリトとスーナが何かを感じ取ったのか、俺の指示も無しに何処かへと駆け出してしまった。とは言っても、二匹が向かった先は五十九層の主街区転移門を取り囲む低い丘の一画という、大して距離も開いてない近場だった。

直ぐに追い付く事が出来た俺達がそこで見たのは、木の下で仰向けになって寝転がっているキリトと、その両隣で横になっているシノンとユウキの三人の姿だった。しかも、シノンとユウキに至っては寝息まで立てて熟睡しているという感じである。

 

「「くうぅ……」」

 

更にそこへリトとスーナまでもが加わり、キリトの腹を枕代わりにして眠り始める始末である。

 

どういう経緯でこうなったのかは本人達に聞いてみなければ分からないが、恐らくはキリトが主犯で間違い無いだろう。シノンは割と真面目な方だし、ユウキもキリトと似た様な思考や行動をする事が有るが、大抵はキリトに触発されてのものだ。

とはいえ、こうしてキリトと一緒になって寝ているのは、ほぼ間違い無く彼女達の意思によるものだろう。シノンは真面目ではあるのだが、キリトの誘いには意外と弱かったりするし、何よりシノン自身にキリトと行動を共にしたがる節が見られる。ユウキは先程も言った通り思考や行動がキリトと似ている所が有る為、今回の事もキリトの考えに共感してのものだろう。

 

と、人間二人(シノンとユウキ)に関してはまだ分かるのだが、シンプルなアルゴリズムで動いている筈のモンスター二匹(リトとスーナ)までもが、主人である俺の指示を無視してこの状況に加わるというのは、果てし無く謎である。

とはいえ、全く訳が分からないという訳でもない。どうにもリトとスーナ、それにシリカの使い魔であるピナには、そのアルゴリズムにイレギュラー性が存在する様で、時折アルゴリズムから外れた行動を取る事が有るのだ。今回の事も、それが関係しているのかもしれない。

 

と、そんな事はこの際どうでもいい。今はこの様な状況に至っている経緯を確かめるのが先だ。

 

「キリト、起きてるか?」

 

それには先ずキリトに起きて貰わなければならない為、起きているかどうか本人に問い掛ける。

 

「ああ、カミヤか。起きてるよ」

 

眠りは浅かったのか、反応は意外と速く返って来た。

直後、閉じていた瞼を開いたキリトは、自身の腹に頭を乗せているリトとスーナを確認すると、二匹を起こさない様にそのままの姿勢で話し掛けて来た。

 

「……どうなってんだ、こりゃ?」

 

キリトの言葉が指しているのは、間違い無く二匹の事だろう。だが、主人である俺にも理由がさっぱりである為、「俺にも分からん」と答えるしかなかった。

 

「そんな事より、何こんな所で昼寝なんかしてるんだ?」

 

そして、再び浮かんだ疑問を脇に置いて、今この状況に至っている経緯についてキリトに問い掛ける。ギルドの方針に於いて自由行動を認めている為、別にキリト達に対して怒っている訳ではない。……怒ってはいないが、一応理由は聞いておきたいと思ったのだ。

 

「いやぁ、今日はアインクラッドで最高の季節の、更に最高の気象設定なんだもんだからさぁ、こんな日に迷宮に潜っちゃ勿体無いって思ってなぁ」

 

で、返って来た答えがコレだ。

アインクラッドの四季は現実と同期しているのだが、その再現度はかなり忠実。夏は暑くて冬は寒いという気温設定は勿論の事、雨や風、湿度や埃っぽさ、果ては小虫の群れなどといった気象パラメータが山の様に存在し、どれかが好条件でも他のどれかが悪かったりするのが常──キリトの談──らしい。

だがしかし、今日に限ってはそれは違うらしく、どうやら全ての気象パラメータが好条件な様だ。周囲に意識を向けてみると、降り注ぐ日差しは暑過ぎもせず柔らかで、吹き抜けるそよ風には湿気も埃っぽさも無く、更には小虫の羽音も聞こえないと、確かに最高で完璧な気象設定だと言えよう。

 

「だそうだ。今のを聞いて自分もって思った奴…………構わん。攻略を休んでも良いぞ?」

 

「だ、団長!?」

 

故に、俺同様に周囲に意識を向けてこの最高の気象を感じている他のメンバー達に対し、俺は選択の自由を与えてやる。

 

「よ、宜しいのですか? 多くのプレイヤー達が一日も早いゲームクリアを願っているというのに、攻略組である自分達が攻略を休んでしまっても……」

 

「他の奴らが何と言おうと、団長である俺が良いって言ってんだから別に良いんだよ。それに、いくら攻略組つっても、俺らだって人間だ。休まにゃ身体が保たん」

 

「そういう事だよ。頑張る事も大事だけど、それで倒れちゃったら元も子も無いからね。時には休む事も必要だよ?」

 

当然の如く、他のメンバー達は俺の言葉に懸念の表情を見せるが、俺と、更にはアスナの説得により、全員が納得の表情へと変える。

 

「で、では、団長方のお言葉に甘えさせて頂いて……」

 

「俺も……」

 

「わたしも……」

 

「おう、休め休め。何なら他の連中にも声を掛けても良いぞ? 勿論今日休んだ分、明日からはしっかり頑張って貰うからな?」

 

「「「はい!!」」」

 

そして、恐る恐るといった感じで休暇を申し出るメンバー達に許可と忠告をすると、俺とアスナ以外の四人は軽く頭を下げた後、揃って転移門の方へと戻って行った。

 

しばらくその後姿を見送った後、さて俺も自由に行動しようかと反対方向へと振り向き歩き出そうとするが、片方の腕を何かに掴まれて動きを止められてしまう。振り解こうと試みるが、俺の腕を掴む力が意外にも強く中々振り解けない。

 

「何処へ行くつもりなのかなぁ? カミヤくん」

 

振り返って見ると、其処には満面の笑みを浮かべて俺の腕を掴んでいるアスナが居たのだが…………何故かその笑顔は笑っている様には見えなかった。寧ろ怖いものを感じた。満面である分余計にだ。

 

「何処って、迷宮区の攻略にだが?」

 

本能的に危険を感じてか、彼女の問い掛けに素直に答えるが、彼女から感じる恐怖は薄れる事は無く、寧ろ更に強くなってしまった様な気がする。

 

「他の皆にはお休みさせておいて、自分は攻略?」

 

「正確には、休んでも良いっていう選択肢を与えただけであって、それを選ぶかどうかはそいつの自由だ」

 

理屈的な意見で以ってアスナを説き伏せようとするが、彼女の顔に納得の色は殆ど見られない。

 

「…………休みなさい」

 

「ん?」

 

「攻略を休みなさい! 今日はわたしもお休みするから、君も一緒に休みなさい!」

 

「はあっ?」

 

そんなアスナは、俺の意思など無視するかの如く、俺に今日の攻略を休む様にと命令して来た。

 

「わたしが攻略に行かない以上、今の君は一人で攻略に向かう事になる。けど、一人で最前線の攻略なんて危険過ぎるわよ? スーナちゃん達も行くかどうか分からない様子だし」

 

「安全マージンはちゃんと取ってあるし、スーナ達が居ない分トラップにも充分気を付ける。もし危なくなっても何とかして脱出するから、多分大丈夫だろ。それに、どっちかって言うと、俺は一人で行動する方が気楽で好きなんだけどな」

 

「多分じゃ駄目! 行かせられません! ……それに、君も少しは休まないと身が保たないわよ? 知ってるんだから……君が全然休暇を取らずに、殆ど毎日の様に攻略やレベル上げ、レベルの低いメンバーの人達の育成に出掛けてる事」

 

「気遣ってくれてどうも。けど大丈夫。自分の身体の事はちゃんと分かってるつもりだし、たまにだけど息抜きはしてるからさ」

 

「全然分かってないわよ! もう……」

 

何かかんかと理由を付けて俺に休む様にと命令して来るアスナだが、俺はそれを頑なに拒む。

休む事が大事なのはちゃんと分かっている。だが同時に、今日攻略を休むメンバーの分まで、俺だけででも少しでも頑張らなくてはという自己満足な思いも有る。デスゲーム初日に『日数は二の次で、生き残る事を最優先に考えろ』なんて言ったものの、やはり少しでも……一日でも早くこのゲームを終わらせなくてはならないと思っているからだ。

 

「あっ、そうだ!」

 

拒み続けていればその内俺を休ませる為の理由も無くなり、アスナも諦めてくれるだろう……一瞬だがそうなったかと思ったが、彼女はまだ諦めていなかった。

 

「カミヤ君……わたしの護衛をしなさい!」

 

「…………はい?」

 

果たして今度はどんな理由を以って攻めて来るのか、どうやってそれを拒もうかと考えていたが故に、俺はアスナが口にした『自分の護衛をしろ』という命令に、一瞬彼女の意図を読めずに呆気にとられてしまう。

 

「わたしは今から此処て寝る事にするから、カミヤ君はわたしやシノのん達が《睡眠PK》に遭わない様に、しっかり護衛してね♪」

 

だがその直後、アスナから告げられた内容を聞いて漸く彼女の意図を理解した俺は、虚を衝かれた思いとなる。

 

今俺達が居る此処──第59層主街区の中央広場は《アンチクリミナルコード有効圏内》に設定されており、アイテムの窃盗は勿論の事、他のプレイヤーを攻撃してもHPバーは一ミリも減らないなど、アンチクリミナル(犯罪禁止)の名の通り一切の直接的犯罪行為が不可能である。

この事は《SAO》というデスゲームに於いて、《HPがゼロになれば死ぬ》のと同じ位絶対のルールである。

 

だがしかし、残念な事にこれには幾つかの抜け道が存在する。

その内の一つが、アスナが口にした《睡眠PK》という方法。その詳細は、熟睡して動かない状態のプレイヤーに対して、HPがゼロになるまで戦うという《完全決着モード》のデュエルを申し込み、寝ている相手の指を勝手に動かしてOKボタンをクリックさせる。後は文字通り寝首を掻き、相手を死に至らしめるという寸法だ。

 

実際その方法で何人ものプレイヤーが被害に遭っている事から、アスナは警戒の為に俺を護衛に指名して来たという訳で、これなら確かに俺は攻略に行くのは難しいだろう。

だが、まだ甘い。生憎とこちらにはまだ抗議の為の材料が残っているのだ。

 

「此処にはキリトが居るんだから、別に俺が護衛をしなくても良いだろ? なあ、キリト?」

 

「お、俺が!?」

 

「キリト君もきっとお昼寝するだろうから、その間に《睡眠PK》に遭わない様に、やっぱりカミヤ君に護衛をして貰う必要が有ると思うんだ。……キリト君もそう思うよね〜?」

 

「ソ、ソウデスネー……」

 

と、内心で勝ち誇っていた俺だが、その内の一つ──未だに起きて俺達の会話を聞いていたキリトに任せるという手は、アスナにキリトを抑えられた事によって封じられてしまう。

 

「な、なら、《索敵スキル》の接近警報をセットすれば良いじゃないか?」

 

「わたしはゆっくりとお昼寝がしたいから、警報はセットしません」

 

ならばともう一つのカードを切るが、こちらは何とも我儘としか思えない理由によって却下。

その逆転劇によって貴重なカードを失った俺は、他に何か無いかと必死に考えを巡らすも、決定的な材料は中々思い浮かばない。……どうやら、俺は詰んだようだ。

 

「…………」

 

「どうやらわたしの勝ちの様ね?」

 

「…………はぁ、分かったよ。護衛という名目で、今日の攻略は休ませて頂きますよ」

 

「よろしい。あ、因みに副業のマッサージも今日はお休みね?」

 

「な、何ィ!?」

 

「それじゃあお休み。護衛宜しくね〜♪」

 

「お、おい! ちょっと待て!」

 

故にこれ以上の抗議は諦めて、渋々ながらも今日の攻略を休む事をアスナに伝えると、彼女は満足そうな表情を浮かべて更なる衝撃発言を残し、ユウキの隣に横になってその瞼を閉じてしまった。

 

「……はぁ。ド畜生が……」

 

「……お前も苦労してるな」

 

「……全くだ」

 

こうして、急遽攻略を休んでアスナ達の護衛をする事になってしまった俺は、彼女に聞こえない様に小声でキリトと会話をした後、色々と諦めて与えられた仕事を全うする事にしたのだった。

 

 

 




という訳で、こちらはいよいよ《圏内殺人》編に突入──


……なんですが、字数が目安の五千字を少しばかり超えてしまったので、今回は此処までです。
本格的な内容は次回からという事で、皆様…暫くお待ち下さいませ。


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Chapter.16:惨劇は突然に

 

 

 

「……マジで熟睡してたな、オイ……」

 

「いやー……あははは……」

 

ギルド《十六夜騎士団》が急遽攻略やレベル上げなどといった活動を休む事になったその日、浮遊城の開口部からオレンジ色に染まった夕陽の光が差し込む頃になって、最前線の主街区広場にて昼寝をしていた同ギルドの副団長である少女・アスナは、漸く眠りから覚醒した。

彼女が眠りに就いたのはおおよそ朝の八時頃であり、現在の時刻は十七時過ぎ……つまり、彼女は約半日も眠っていた事になる。

 

それに伴い、アスナによって護衛の任に就かされた同ギルドの団長・カミヤは、半日ずっと暇を持て余す結果となった。

彼女の近くの芝生に腰を下ろし、自身のステータスや所持しているスキルの確認をしたり、武器の簡単な手入れをしたり、攻略の為にその場を通り掛かった他のギルドのメンバーと軽い会話をしたり、その場に居合わせていた同ギルドのメンバーであるキリトに昼食を買って来て貰って食べるなどして時間を過ごしたものの、非常に退屈な半日だったと彼は思っている。

余談だが、長時間じっとしているのが苦手な彼は、穏やかな天候の所為もあって途中眠気に襲われてしまい、キリトに護衛の代理を任せて、座位のまま軽く三十分程昼寝をしたのだった。

 

「あ、コートありがとう。ハイ」

 

「ありがとねー」

 

「ん」

 

さて、目を覚ましたアスナは、自身と隣で一緒に寝ていた同じギルドのメンバーである少女・ユウキに掛けられていた濃い灰色のコートを、持ち主であるカミヤへと返却する。季節は春の中頃とはいえ、何も羽織らずに寝ていては風邪をひいてしまう(実際にはSAOに於いて風邪などひきはしないが)だろうと心配したカミヤが、親切に彼女達に掛けてあげたのだ。

因みに件のユウキも、アスナが起きるより少し前まで熟睡していたりする。

 

「ところで、マジでマッサージも休まなきゃ駄目なのか?」

 

そんなアスナに対し、カミヤは彼女が寝る前に告げた『副業(マッサージ)の休業』という言葉の真偽について問い掛ける。

 

「勿論です! 攻略同様毎日の様に頑張ってるんだから、たまには休みなさい!」

 

返って来た答えは、カミヤの予想した通りのものだった。

カミヤの知るアスナという少女は、一度口にした事・決めた事は滅多な事では曲げない、意外と強情な性格をしている。その強情さは半日前に経験している故に、彼は端から期待など殆どしていなかった。

 

「……分かったよ。なら、お前らへのマッサージも今日は休みな」

 

「「ええぇ──!!?」」

 

「休めって言ったのはそっちだろ? それに、働かざるもの揉まれるべからず──今日半日、攻略もせずにずっと寝てたお前らには、どっちにしろマッサージはしねぇよ」

 

「……まあ、理屈としては確かにその通りよね」

 

「そんなぁ……」

 

「ボクあれ好きなのになぁ……」

 

故に、カミヤは潔くアスナの命令を聞き入れる。……だが、何の抵抗も無しに諦めたのでは釈然としないと思った彼は、彼女達へのマッサージをも休むという策を以って一矢を報いた。

これにはアスナとユウキは不服の声を漏らし、二人同様に夕方近くまで寝ていたシノン(キリトにコートを掛けて貰った)も、納得はしているが少し残念そうな顔をする。隣ではキリトが苦笑いを浮かべている。

 

そんな彼女達の反応など気にも留めず、カミヤはアシスタントのリーシャや、十六夜騎士団が経営している施術所にアルバイトに来ている《血盟騎士団》所属の《マッサージスキル》持ちのプレイヤー《ハジメ》に宛てて、臨時休業の旨をを伝えるメールを作成する。実は既に一度、早い内に臨時休業の旨のメールを送ってはいるのだが、念の為だ。

 

「さて、この後の空いた時間をどう過ごすよ?」

 

それが終わったところで、カミヤはこの場に居る四人に対してこの後の予定について尋ねる。

本来であれば、カミヤは今この時間帯はギルドホームに設けられた施術所で副業(マッサージ)を行っている筈であるのだが、今日はアスナからそれを禁じられている為、何時もの夕食の時間(副業が終わった後で、大体十九時頃)までフリーだ。しかし、普段から攻略以外で出掛ける事が少ない上に、これと言った趣味を持たないカミヤからしてみれば、この予定外の自由時間をどう過ごしたら良いのかよく分からないのだ。

加えて、彼は会合やボス攻略以外の集団行動に於いて、自身の意見を主張する事をあまりしない。故に、自身以外の四人に意見を求め、自身はそれに身を委ねるつもりだ。

 

「そうねぇ……なら、何時もよりも大分早いけど、夕ご飯にしましょ? たまにはNPCのお店で」

 

「あ、なら、五十七層の主街区に、NPCレストランにしてはイケるって噂の店が有るから、そこに行ってみないか?」

 

「そうなの? じゃあそのお店に行ってみよう!」

 

「私もそれで構わないわよ」

 

そんなカミヤの問い掛けに対してアスナが外食する事を提案すると、他の三人もそれに賛同する様に声を上げる。

 

「という事だけど、カミヤ君はどう?」

 

「ん。俺もそれで構わない」

 

余程のものでない限りは否定するつもりなど端から無かったカミヤは、勿論の事賛成の返事をする。そしてその直後に、十六夜騎士団の料理担当メンバーの一人に宛てて、外で食べて帰る旨のメールを作成し、送信する。

 

その後は、五十九層主街区の転移門をくぐり、五十七層主街区へと移動するのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

突然出来た暇な時間を、アスナの提案で大分早い夕食を摂って過ごす事にした俺達は、現在第五十九層主街区《マーテン》に有る、NPCレストランにしてはイケるという噂の店に来ている。

 

それなりに人で賑わっている店の一角に腰掛け、何故か注がれている周りからの視線を無視しながら、やって来たNPCのウェイトレスに各々の料理を注文。

速攻で運ばれて来たフルートグラスに口を付けてから、俺は思った事を口にした。

 

「しっかし、まさかアスナが『攻略を休め』だなんて言う様になるとはねぇ。最初の頃のアスナからは全然想像出来ねぇわ」

 

「確かに。あの頃のアスナは、デスゲームをクリアするのに必死って感じだったからなぁ」

 

当時のアスナとはよく行動を共にして相応に面識が有った為、俺とキリトの言葉に頷くシノン。少しずつ変わり始めた頃の彼女と当時メンバーだったユウキも知っている様子で、「そう言えば、ボク達のギルドに入ったばかりの頃はそんな感じだったかなぁ」と言ってこちらも頷く。

 

「あの頃は心にあんまり余裕が無かったからねー」

 

対して、笑い話の様にそう語るアスナは、隣に座るユウキの方へと顔を向けてから話の続きを語り始める。

余談だが、席の位置はアスナの逆隣に俺、向かいにキリトとシノン、俺とアスナの足元辺りにリトとスーナという風になっている。

 

「そんなわたしの心に余裕を与えてくれたのが、当時の《スリーピング・ナイツ》の皆なの」

 

アスナの言葉にユウキは「ほえ? ボク達が?」と小首を傾げ、スリーピング・ナイツでの彼女を知らない俺やキリト達も気になって必死に耳を傾ける。

 

「それこそ入ったばかりの頃は、攻略の事や、一日も早く現実世界に帰る事しか考えられなかったから、好き勝手にやってるユウキ達を見て、現実での時間を無駄にしてる、やる気が有るのかってイライラしてたわ。

 

……けどある日、ユウキ達に『今ボク達が生きてるのはこのアインクラッドなんだ』って言われて、考え方が変わったの。気付いたの……こうして一生懸命に生きようとしているこの瞬間も、この世界も、掛け替えのない現実(いま)なんだって。

 

それが分かってからは、それまで現実の事で一杯だったわたしの心に余裕が生まれた。生きている今この瞬間を少しでも楽しもう、ゲームであるこの世界を少しでも楽しもうって思える様になったの」

 

アスナの口から語られた、彼女が変わる切っ掛けとなった出来事の話を聞いて……彼女の思いを聞いて、少なくとも俺は感心した。そんな風に思いながらこの世界を生きている彼女が凄いと思えた。……同時に、メンバーには『この世界を楽しめ』と言った割に、あまり楽しもうとはせず、ただ作業の様に毎日を過ごしつつある自分は、そんな彼女が羨ましいと思えた。……俺もこの世界を楽しもうと思える様に、何か切っ掛けを見付けてみるべきなのかもしれないな。

 

「お待たせ致しました」

 

などと、心の中で一つの小さな決心をした所へ、NPCのウェイトレスが注文したサラダの皿を持って来た。

 

「さ、真面目な話はもうおしまい。ここからは楽しく行きましょ♪」

 

アスナの言葉に俺を含めた全員が頷き、今はこの夕食時を楽しむべく思考を切り替え、早速運ばれて来た色とりどりの謎野菜に卓上の調味料を掛けて、五人と二匹でばりばりと頬張り始める。

 

「考えてみれば、栄養とか関係無いのに、何で生野菜なんか食べてるんだろうな?」

 

「言われてみるとそうだよねー」

 

「えー、美味しいじゃない」

 

ふと、キリトが口にした疑問にユウキも頷き、そんな二人にレタスっぽい葉物を上品に咀嚼してからアスナが反論する。

 

「味の方はともかくとして、多分現実での生活習慣的なもんじゃないのか?『ちゃんと摂らなきゃいけない』って教え込まれて、それが染み付いちまってるから、頭が野菜を摂らなきゃって思っちまうんだろうな」

 

「そういうものかしら?」

 

「そういうもんじゃねぇの? 若しくは『野菜が食べたい』っていう気分的な何かとか」

 

同じ様にレタスっぽい葉物を咀嚼しながら、『何故生野菜を摂るのか』という疑問に対する俺なりの考えを口にする。暫くの間五人揃ってその考えに首を傾げていたが、キリトがその空気を変える様に新たに話題を切り出した。

 

「ま、まあ、あんまり深く考えない様にしようぜ? ……それよりもさ、やっぱNPCの店だから、不味いとは言わないにしても、味付けが物足りないって思わないか?」

 

「あ、キリトもそう思う? だよねー。何かマヨネーズが欲しくなるよねー」

 

「あー、思う。それは思う」

 

「同感ね」

 

「俺はさっぱり塩ダレかな」

 

「「「何ソレ美味しそう!!?」」」

 

NPCの店の食事は基本的に空腹感を解消するのが主である為、味の方はイマイチ物足りなかったりする。故に、一年近く現実の調味料の味から離れてしまっている俺達はそれが無性に恋しい訳で……

 

「という訳でアスナさん……調味料作り、頑張って下さい!」

 

「「頑張って下さい!」」

 

アインクラッドに存在する調味料を使って現実の味を再現しようと日々研鑽しているというアスナに対し、キリト、俺、ユウキの三人は懇願する様に頭を下げる。

 

「うん! 任せて!」

 

「アスナ……私も料理スキル持ちとして協力するから、助けが必要な時は何時でも言ってね?」

 

「ありがとう、シノのん。その時は宜しくね♪」

 

当の本人も実に張り切っており、彼女同様に《料理スキル》を取得しているシノンも、彼女を手助けしようと張り切っている。

 

そんな騒がしくも楽しい、夕暮れの時の街に於ける平和なひと時──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──きゃあああああ!!」

 

……だかそれは、突如として何処か遠くの方から聞こえて来た、紛れもない恐怖の篭った悲鳴によって破られる事となった。

 

「!? 今のって……」

 

「お店の外からだわ!

 

「放っておく訳にもいかねぇ! 行ってみるぞ!」

 

「「「ああ(ええ)(うん)!」」」

 

対する俺達の行動は早く、椅子から腰を浮かせて各々の武器に手を伸ばしていた状態から、直様椅子を蹴立てて店の出口へと駆け出す。

 

表通りに出た所で、再び絹を裂く様な悲鳴が聞こえて来る。その方向へと向けて、俺達は持ち前の敏捷力ステータスを活かして全力疾走する。

 

「なっ……!?」

 

あっという間に悲鳴の出処と思しき円形広場へと辿り着いた俺達は、そこで信じられない光景を目の当たりにした。

 

広場の北側には教会らしき石造りの建物が聳え立っているのだが、その二階中央の飾り窓からは先端が環になった一本のロープが垂れ下がり、そしてそのロープを首に巻かれて吊るされている一人の男性の姿が有った。

だが、SAOに於いて窒息死する事は有り得ない為、驚くべきはそこではない。騒ぎを聞きつけて集まって来たプレイヤー達を真に注目させ、驚かせ、そして恐怖させているのは、明らかにNPCではなかろう、分厚いフルプレート・アーマーに身を包み、大型のヘルメットを被った男性プレイヤーの胸に深々と突き刺さった、一本の黒い短槍(ショートスピア)だ。

 

更に驚くべき事に、その槍が突き刺さっている胸の傷口からは、赤いエフェクトライトが噴き出る血の如く明滅を繰り返している。それが意味する事はつまり、他人にダメージを負わせる事の出来ない安全エリアに設定されている筈の圏内に於いて、今この瞬間も男性にダメージを与え続けているという事だ。

 

「早く槍を抜け!」

 

数刻先に訪れるやもしれない最悪の未来を回避するべく、大声で早く槍を抜く様にと男性に叫びかける。それで一瞬こちらに視線を向けて来た男性は、直後に槍を抜こうと試みるも、槍が深く食い込んでいるのであろう事と、男性が死の恐怖によって手に力が入らない様子である事から、中々抜ける様子が見受けられない。

 

「仕方ない。俺とアスナ、ユウキの三人で教会の中に入って、ロープを切る! 二人は下で受け止めてくれ。後、念の為に投擲は控えておいてくれ!」

 

「「分かった(わ)!」」

 

「行くぞ、二人共!」

 

「「ええ(うん)!」」

 

このままでは駄目だと判断した俺は、キリトとシノンを外に残し、五人の中でも更に敏捷力ステータスの高い、俺を含めたメンバー三人で教会の中へと突入する事にする。

投擲を控える様に言ったのは、もし万が一にも狙いが外れて、それが男性に当たってしまったら、助けようとしたつもりが逆に止めを刺してしまう事になり得ると考えたからだ。本来ならばそんな事は有り得ないのだろうが、今起きている出来事が出来事な為に、『絶対に有り得ない』とは断言出来ないのだ。

 

兎にも角にも、今は一刻も早く男性を助ける事だけを考え、二階中央の部屋へと急ぐ。

敏捷力ステータスを思いっきり発揮し、二階へと上がる為の階段を駆け上がり、他の部屋などは一切気にせずに廊下を駆け抜け、そして目的の二階中央の部屋の前へと辿り着く。

そして、中に居るやもしれないこの騒動の犯人の事も一切考えず、部屋の中へと飛び込むべくドアノブに手を掛けた────次の瞬間だった……

 

 

 

 

──ガシャァアアアアアン!

 

 

 

 

──ドアの向こうから、今この状況に於いて最も聞こえてはならない音が聞こえてしまった。

だからと言って、それが指し示す事実を受け容れる事など到底出来る筈も無く、聞き間違いだ、そんな事が有ってたまるかと祈りつつ、勢い良くドアを開けて部屋の中へと飛び込む。

 

……だがしかし、その祈りは儚くも散り、無常にもロープが垂れ下がる窓の向こうに青いポリゴンの欠片が見えてしまった。

それでもまだ信じられない……信じたくない俺は窓から外へと顔を覗かせるが、男性の姿は何処にも無く、男性が吊るされていた場所の真下に件の槍が落ちているだけだった。

 

 

 

 

──こうして今此処に、『圏内に於いてHPがゼロになる』という、このゲームの常識を覆しかねない大事件が発生してしまったのだった。

 

 

 




漸く『圏内事件』の始まりの部分まで書く事が出来た。
この調子だと、『圏内事件』を書き終わるのに一体何話要する事になるのやら……。

そして中盤では、アスナさんの心境の変化について触れてみました。
Chapter.9でそれとなく示唆していたのですが、こんな感じの事が有った訳なんです。

という様な具合で、今回は此処まで。
はてさて、次の更新はどちらにしようか?


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Chapter.17:圏内殺人

辻褄合わせを考えながら故に遅くなりましたが、漸く更新出来ました21話。……良いタイトルが浮かびませんでした。

さて、原作は先日15卷『アリシゼーション・インベーディング』が発売。
9卷から始まった『アリシゼーション編』は今卷で7冊目と、かなり長いですねぇ。……後何卷続くんでしょう?

そして、アニメSAO2では、キリト君がBoBにてフォトンソードで大暴れ。いやぁ、弾弾きの描写は凄かったですねぇ。
予選でアレなんですから、本戦は更に楽しみですねぇ。




P.S.
オリ主無しのIS×リリなのが読んでみたいです。
資料(原作)が無い、文才が無いので、どなたかお願いします。


 

 

 

《圏内》に於いて一人の男性プレイヤーのHPがゼロになった……それも、誰か他のプレイヤーの手によって殺されるという形で──その事実に、俺も、少し遅れて俺の隣に駆け寄って来たアスナとユウキも、俺達の眼下に集まっている観衆達も、皆が唖然となり、一瞬の後に広場は観衆達が放つ悲鳴によって埋め尽くされた。

無理も無い事だ。圏内に於いてプレイヤーのHPがゼロになる事など……人が死ぬ事など、本来ならば有り得ない筈の事なのだから。

 

「皆! デュエルのウィナー表示を探してくれ!!」

 

そんな俺達にの耳に、そのざわめきを上回る程のキリトの叫び声が届き、俺達は我に返って僅かに冷静さを取り戻す。

 

「二人は外を頼む! 俺は中を調べてみる!」

 

「「分かった(わ)!」」

 

そして、キリトの意図を読み取り、二手に分かれてデュエルのウィナー表示を探し始める。

 

キリトはこう考えているのだろう──アンチクリミナルコード有効圏内である主街区に於いて、プレイヤーのHPをゼロに出来る方法はたった一つ……それ即ち《完全決着モード》によるデュエル。死んだ男性はそれに挑み、敗北し…………そして死んだのだと。

だとすれば、何処かに必ず『WINNER / 名前.試合時間 / 何秒』という表示形式の巨大なシステムウインドウが出現する筈であり、そうすれば男性を殺した犯人を簡単に特定出来る筈なのだ。

 

ただし、ウィナー表示が出現するのはたったの三十秒間だけなので、急いで見付けなくてはならない。

外をアスナとユウキに任せて、俺は室内へと目を向けるが、ウィナー表示は何処にも見当たらない。ならば部屋の外かと思い、部屋の出入り口へと向かい、《索敵スキル》も使いながら廊下を覗くが、やはり何処にも見当たらない。

 

「アスナ! ユウキ! ウィナー表示有ったか!?」

 

「ダメー!! 全然見付からないよー!!」

 

「こっちもダメだわ!! カミヤ君! そっちはどう!?」

 

「こっちもダメだ!! 表示も見付からねぇし、プレイヤーの反応もねえ!!」

 

「嘘ッ!?」

 

背後からキリト、ユウキ、アスナの順に声が聞こえ、こちらも答えを返してから尚も捜索を試みるが、全く何も見付からない。そして……

 

 

 

 

「……ダメだ。三十秒経った…………」

 

……外から、誰かがそう呟くのが聞こえてしまったのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「カミヤの言った通り、教会の中には他には誰も居ない」

 

ウィナー表示捜索終了の直後に、シノンと共に教会の中に入って来たキリトが、俺達が居る問題の部屋に入って来るなりそう報告する。

 

「ねえ、隠蔽(ハイディング)アビリティ付きのマントで隠れてる可能性は無いの?」

 

「いや、俺達程の索敵スキルを無効化する程のアイテムは、最前線でもドロップしてないし……」

 

「もし仮に隠蔽(ハイディング)してるんだとしても、リトとスーナの嗅覚から逃れられるとは思えない」

 

「それに念の為、教会の入り口に、プレイヤーに隙間無く立って貰ってる。透明化してても出る時に接触で自動看破(リビール)される筈だ。この建物には裏口も無いし、窓が有る部屋は此処だけだ」

 

キリトの報告に、隠蔽(ハイディング)の可能性を示唆して来たアスナだったが、キリトと俺の二人でそれを否定する。

 

俺達《十六夜騎士団》は、最前線での攻略を主な方針としている為、安全マージン確保の為のレベル上げは必要不可欠。故に、モンスターを見付け易くする為にと、メンバー全員に《索敵スキル》の取得と熟練度上げを義務付けている。その結果、大半の中堅メンバーの索敵スキルの熟練度は半分を超えており、上位メンバーに至っては《完全習得(コンプリート)》している者すら存在する。

この場には、その完全習得者である俺、キリト、ユウキの三人が存在する上に、アスナやシノンだって八割台まで上げている。そんな俺達を相手に隠れ切れるであろうアイテムなど、今の所は存在しないし、そうそう存在するとも思えない。

 

加えて、先に教会に突入した俺、アスナ、ユウキと共に付いて来た、俺の使い魔のオオカミのリトとスーナだ。

隠蔽(ハイディング)は確かに便利なスキルではあるが、決して万能という訳ではない。視覚以外の感覚を持つモンスターが相手では、効果は薄いのだ。そして、オオカミであるリトとスーナは、その視覚以外の感覚──嗅覚の発達したモンスターであり、いくら隠蔽(ハイディング)スキルで隠れていたとしても、僅かな体臭で見付ける事が出来るのだ。

 

俺達の索敵スキルに引っ掛からない、リトとスーナも反応しないとなれば、隠蔽(ハイディング)の可能性は極めて薄くなる。

 

「そっか……分かったわ。これを見て」

 

それを理解したアスナは頷くと、部屋のとある一画を指差す。

そこには《座標固定オブジェクト》──つまりは動かす事の出来ない置物である、簡素な木製のテーブルが設置されてあり、その脚の一本には、例の全身金属鎧(フルプレ)の男性を吊るしていたであろう、やや細いが丈夫そうなロープが結えられていた。

 

「これは一体、どういう事なのかしら?」

 

「えっと、普通に考えれば……」

 

シノンが小首を傾げながら口火を切る。対して、アスナも同じ様に小首を傾げながら、彼女の質問に答えを返す。

 

「……あのプレイヤーのデュエルの相手がこのロープを結んで、胸に槍を突き刺したうえで、首に輪を引っ掛けて窓から突き落とした……って事になるのかしら……」

 

「けど、何の為に?」

 

「何かの見せしめのつもり……なんだろうか? けど、それ以前に……」

 

ユウキの素朴な疑問に答えた直後に、俺はこの騒動に於いて最も重要な問題点について指摘する。

 

「犯人は、どうやってあの男性を殺したっていうんだ?」

 

「ウィナー表示は見付けられなかった。広場に詰め掛けてた数十人が誰も見付けられなかったんだぜ。デュエルなら、必ず近くに出現する筈だろう」

 

「でも……有り得ないわ!」

 

俺の言葉の後に、明瞭な声で暗意に『これはデュエルによるものではない』と告げるキリトだか、それに対してアスナが強く反論する。

 

「圏内でHPにダメージを与えるには、デュエルを申し込んで、承諾させるしかない。それが常識の筈でしょう!」

 

「……ああ、その通りだ。……その通りの筈だ」

 

だが、実際にはその有り得ない筈の方法で人一人が殺されており、しかも現状、その手口は勿論の事、誰が、どういった理由や目的でやったのかも、一切分かっていない。

教会前の広場からは、尚も集まった観衆達がざわついているのが聞こえて来る事から、皆がこの事件の異常性に恐怖や不安の念を抱いている事が分かる。勿論、それは此処に居る俺達五人も同じだ。

 

だがやがて、アスナが何かを決意したかの様な表情で、俺達に告げた。

 

「何にしても、このまま放置しておいたらまずいわ。もし《圏内PK技》みたいなものを誰かが発見したんだとしたら、外だけじゃなくて、街の中に居ても危険だって事になっちゃうわ」

 

「だな。早い所この事件のカラクリを解かなきゃ、安心して攻略に集中出来ねぇだろうからなぁ」

 

アスナの言葉に頷いて俺も、そして残りの三人も、アスナ同様に決意を固めた表情へと変える。

 

「しゃあない。前線を離れる事になっちまうが、俺達でこの事件を解決するぞ!」

 

「「「おー!」」」

 

こうして俺達五人は、主街区に於いて起こったプレイヤーの死亡事件──《圏内殺人》の解決に、急遽乗り出す事になったのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

証拠物件であるロープを回収した俺達は、教会を後にして広場へと戻った。因みに、同じく証拠物件である黒い短槍(ショートスピア)は、教会に入って来る前にキリトが回収済みである。

 

「すまないが、さっきの一件を最初から見ていた人、居たら出て来て話を聞かせて欲しい!」

 

先ずは事件が起こった時の様子、更には殺された男性の詳細なんかを調べる為に、広場に居る観衆に情報提供を呼び掛ける。

すると数秒の後、おずおずといった感じで、一人の女性プレイヤーが俺達の前に進み出て来た。緩くウェーブの掛かった濃紺色の髪と、髪と同じダークブルー色の大きな瞳をした、見た感じ俺達とそう歳は離れてなさそうな少女だ。身に付けている片手剣や防具からするに、恐らくは観光に来た中層プレイヤーなのだろう。

 

俺の足下に居るリトとスーナが原因か、少しばかり怯えている様子の少女に対し、代わって前に出たアスナが優しく声を掛ける。

 

「ごめんね、怖い思いをしたばっかりなのに。あなた、お名前は?」

 

「あ、あの……私、《ヨルコ》って言います」

 

そのか細い震え声に、俺は聞き覚えが有った。

 

「もしかして、さっきの……最初の悲鳴も、君が?」

 

「は、はい……」

 

俺達がNPCレストランで聞いた、此処に駆け付ける切っ掛けとなった、あの絹を裂く様な悲鳴と同じ声質だ。

同じ様に気付いたらしいキリトがその事を尋ねると、少女・ヨルコさんは頷き、その直後に事件が起きた時の事を語り始めた。

 

「私、さっき殺された人と、一緒にご飯を食べに来ていたんです。あの人、名前はカインズっていって、昔同じギルドに居た事が有って……」

 

そこまで来て、無惨にも殺された昔の仲間の事を思い出したのだろう。悲しさからか涙を流すが、それでも尚その時の事を話してくれる。

 

「でもこの広場ではぐれちゃって……周りを見回したら、いきなりこの教会の窓から彼が……」

 

だが、そこまでが限界だった様だ。それ以上は言葉にならないという様に両手で口許を覆い、我慢出来ずに泣き出してしまう。

そんなヨルコさんに寄り添い、落ち着かせる様に彼女の背中をさすりながら、アスナは彼女に優しく問い掛ける。

 

「その時、誰かを見なかった?」

 

「……一瞬なんですが、カインズの後ろに、誰か立っていた様な気がしました……」

 

「その人影に、見覚えは有った?」

 

「…………」

 

ヨルコさんは暫く考えていたが、やがて申し訳無さそうに分からないとかぶりを振った。

 

「その……嫌な事を聞く様だけど、心当たりは有るかな? カインズさんが、誰かに狙われる理由に……」

 

次いで、今度はキリトがヨルコさんに質問を投げ掛ける。昔の仲間を失った直後に、その人を疑う様な質問をするというのは、多分に配慮に欠けている事なのだろう。だが、この事件を早急に解決する為にも、少しでも多くの情報が必要である為、どうしても聞いておかなければならないのもまた事実である。

 

だが残念な事に、今度の質問にもヨルコさんはかぶりを振るのみだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

その後、日を改めてまた事情を聞く事にて、一人で下層まで帰るのが怖いと言うヨルコさんを、アスナとシノンに任せて最寄の宿屋に送って貰う。その間に残った三人で、転移門広場にて待機していたプレイヤー達(主に攻略組)に、今回の事件に関する情報を報告する。

 

「さて……」

 

それも終わり、二人も戻って来たところで、今後の捜査の方針について話し合う。

 

「とりあえずは、証拠であるスピアについて調べてみよう。そこから何か手掛かりが見付かるかもしれないからな」

 

「成る程な。となると、鑑定スキルが居るなぁ」

 

先ずは、凶器であるスピアと、現場に残っていたロープについて調べる事になった。

が、それには《鑑定スキル》と呼ばれるものが必要であり、基本的には商人プレイヤーや鍛冶屋といった職人プレイヤーが持っているもの。戦闘色の強い俺達は生憎と持ち合わせてはいないのだ。

 

「わたしの友達で、武器屋やってる子が持ってるけど、今は一番忙しい時間だし、直ぐには頼めないかなぁ……」

 

「俺にも武器屋をやって後輩が居るけど、多分同じだろうな……。同じ理由でエギルさんも駄目だろうし……」

 

ならば、その手の知り合いに頼めば良いのだろうが、生憎とこの時間帯は、昼型のプレイヤーが手に入れたアイテムの売却や、武器のメンテナンスやらでそれぞれの店に押し掛ける頃だろう。下手に営業を邪魔してしまうのは気が引けるというものだ。

 

「けど、この時間帯なら《ヴィント》さんが帰って来てる頃じゃないかしら?」

 

「あっ、そう言えばそうだな」

 

俺達が頼む相手に困る中、シノンが新たに目星となる人物の名を挙げる。

《ヴィント》──十六夜騎士団所属の、顎髭を蓄えた長身の男性で、エギルさんと共に商人を兼任している大剣使いのプレイヤーだ。夜はエギルさんが経営している雑貨屋の手伝いをし、昼間は迷宮区(基本的に最前線)に赴いて、攻略に訪れるプレイヤーを相手に商売を行っている。予想外の消費を強いられる事の有る最前線に於いては非常に重宝であり、俺達もよく利用させて貰っている。

 

「どっちか一人に頼めば、鑑定して貰えるんじゃないかしら?」

 

「可能性は高いだろうな。よし、早速聞いてみるか」

 

そのヴィントさんかエギルさんのどちらかに鑑定を依頼出来ないかと、とりあえずはヴィントさんに宛てて、『ヴィントさんかエギルさんのどちらかに頼みたい事が有るから、今から会いに行っても良いか』という旨のメッセージを作成・送信する。

そして暫くした後に、ヴィントさんから『良いぜ。俺が聞いてやるよ』という承諾の返事が返って来たので、俺達はエギルさん達の店へと向かうべく、転移門で五十層へと下りるのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

猥雑な雰囲気が漂う、某電気街の様な第五十層の主街区《アルケード》。迷い込んだら二度と出て来れないのではと思わせる様な、その街の裏通りを奥へ奥へと進んで行けば、目当ての人物達が営む雑貨屋へと到着。

中へと入り、絶賛商談中の店主の横を通り抜け、依頼を引き受けてくれたもう一人の店員・ヴィントの後に付いて、カミヤ達五人は店の二階へと上がる。

 

「圏内でHPがゼロに? デュエルじゃなかったのか?」

 

「いや、ウィナー表示は見付けられなかったから、恐らくは違うと思う」

 

「マジかよ……」

 

小さな丸テーブルを六人で囲みながら、事件のあらましを説明すれば、ヴィントは目を丸くして驚く。

 

「直前までヨルコさんと歩いてたなら、睡眠PKの線も無いしね」

 

「第一、突破的デュエルにしては遣り口が複雑過ぎる。事前に計画されたPKなのは確実と思っていい。そこで……これだ」

 

アスナ、キリトの順に自論を述べた後に、キリトがアイテムストレージから問題のスピアを取り出し、テーブルの上に置く。全体が同一素材の黒い金属で出来ており、長さは一メートル半、柄にはびっしりと逆棘が生えているそれを、ヴィントは手に取って指でタップし、開かれたポップアップウインドウから《鑑定》メニューを選択する。

 

「コイツは……プレイヤーメイドだな」

 

そして、少しの間を置いて表示された結果に、キリトは思わず「本当か!」と声を上げる。声こそ上げていないが、他の四人も同じ気持ちだ。

 

「製作者は誰なの?」

 

ユウキから投げ掛けられた質問に、ヴィントはシステムウインドウを見下ろしながら答える。

 

グリムロック(Grimlock)……聞いた事のねぇ名前だな。少なくとも、一線級の刀匠って訳でもねぇだろう。それに、武器自体にも特に変わった事は無さそうだぞ」

 

「けど、手掛かりにはなるわね」

 

「だな。一応固有名も教えてくれ」

 

それを聞いて冷静に言葉を口にするシノンに頷き、キリトが更に質問を投げ掛ける。対して、ヴィントは三たびウインドウを見下ろし、答えを返す。

 

「えっと……《ギルティソーン》だってよ。訳すと『罪のイバラ』ってところだな」

 

SAOに於いて、装備フィギュアに設定されていない武器を地面に落とす(ドロップする)、或いは誰かに渡したり、モンスターに刺したままで遠ざかると、三百秒で所有者属性がクリアされ、システム上次に拾ったプレイヤーがそのアイテムの所有者となる。

現在の所有者はキリトである為、鑑定を終えたスピアがヴィントからキリトへと手渡される。そして、手渡されるそれを端から見つめながら、カミヤはポツリと呟くのだった。

 

「罪のイバラ、ねえ……」と。

 

 

 




・その後、カミヤはヴィントに鑑定の報酬にとマッサージを頼まれた為、《生命の碑》の確認にはカミヤを除く四人で行く事に。

・ヴィントのマッサージを終えるも、今度はエギルに頼まれ、人の良いカミヤは断れずに了承。

・漢二人を揉み終えてから帰宅したカミヤは、事件の所為で夕食を食べ損ねた為に、先に帰って来ていたアスナに軽く作って貰ったのだった。


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Chapter.18:罪と罰

お久しぶりです。

専門学校の授業やら、モチベーションやら、大乱闘やらでで時間を大分費やしましたが、漸く更新出来ました。兎に角大変お待たせ致しました。
その分、今回は九千字越えと何時もよりも長くなっております。

それでは、長らくお待たせしました第十八話をお楽しみ下さいませ。


 

 

 

ヴィントに短槍(ショートスピア)の鑑定をして貰った後、諸事情により彼らが営む雑貨屋に残る事になったカミヤを除いたキリト、シノン、アスナ、ユウキの四人は、第一層の主街区《はじまりの街》に有る黒鉄宮に安置されている、《生命の碑》を確認しに行った。

 

《生命の碑》──それは、デスゲームに参加している一万人のプレイヤー全員の名前が刻印された金属製の巨大な碑であり、ご丁寧な事に、死亡したプレイヤーの名前の上には分かり易く横線が刻まれ、その横に詳細な死亡時刻と死亡原因が記されるというシステムになっている。

それによれば、捜し人たる《グリムロック(Grimlock)》なるプレイヤーは健在。逆に、スピアによって胸を貫かれてポリゴン片となってしまった《カインズ(Kains)》なる男性プレイヤーは、事件が有った日時丁度に、貫通ダメージによって死亡している事が明記されていた。

 

そして翌日、カミヤを含めた五人は、他のギルドメンバーに攻略を(指揮は元《月夜の黒猫団》と《スリーピング・ナイツ》──所謂《十六夜騎士団》の初期メンバーに)任せて、事件の関係者であるヨルコからより詳しい事情を聴取するべく、ヨルコが泊まる宿屋へと直行し合流。現在は、昨日夕食を食べようとしたレストランへと来ており、より奥まった場所に有る六人掛けのテーブルに腰掛けている。

昨日の事件が余程ショックであまり眠れていないのか、ヨルコは何度も瞬きを繰り返している。

 

「悪いな。昨日友人が亡くなったばっかりだってのに、捜査に協力して貰っちまって……」

 

「いえ、良いんです。私も、早く犯人を見付けて欲しいですし……」

 

その様子を察して声を掛けるカミヤだが、対するヨルコは気にしていないという風に気丈に振る舞い、かぶりを振る。

が、そんな彼女の態度に反し、その後暫くの間は沈黙が続き、重苦しい雰囲気が漂っていたが、それを断ち切らんとアスナは思い切って話を切り出した。

 

「ねえ、ヨルコさん、あなた、《グリムロック》って名前に聞き覚えは有る?」

 

瞬間、少しばかり俯いていたヨルコの頭が、ピクリと震えた。

 

「……はい。昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです」

 

返って来たのは、か細い声による肯定の言葉と、かつて三人の間に交流が有ったという意外な情報だった。

それを聞いた五人はちらりと視線を見交わし、それぞれに思った──かつてそのギルドに於いて、今回の事件の原因となる《何か》が起こったのだと。今回の事件はそれの《復讐》や《制裁》なのではないかと。それ以外、同じギルドのメンバー同士による間接的な殺人の理由など、考えられないからだ。

 

「実は、カインズさんの胸に刺さっていた黒い槍……鑑定したら、作成したのがそのグリムロックさんだったんだ」

 

「ッ……!?」

 

それを確かめる為にもと、キリトがスピアの作成者がグリムロックである事を告げれば、ヨルコは目を大きく見開き、口元を両手で押さえるなど、目に見えて驚愕する。

 

「ねえ、何か思い当たる事は無いかしら?」

 

「……はい、あります」

 

そんなヨルコに対して、シノンが核心へと迫る質問を投げ掛ければ、ヨルコはそれに肯定の言葉を返し、意を決した様に更に言葉を続けた。

 

「昨日、お話出来なくてすみませんでした……。忘れたい……あまり思い出したくない話だったし、無関係だって思いたかった事もあって、直ぐには言葉に出来なくて……。……でも、お話します。《出来事》……その所為で、私達のギルドはしたんです。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

──そのギルドの名前は《黄金林檎(おうごんりんご)》。攻略目的でも何でもない、総勢たった八人の弱小ギルドで、宿屋代と食事代を稼ぐ為だけの安全な狩りだけをしていた。

 

しかし、半年前のある日の事だった。

その日、中間層の、何てことの無いサブダンジョンへと潜った彼女達は、そこでそれまで一度も見たことの無いモンスターとエンカウントし、そして偶然にも、それを倒す事に成功した。

 

そのモンスターがドロップしたアイテム──指輪は、なんと敏捷力を二十も上げるというかなりのレアアイテムであり、『ギルドで使おう』という意見と、『売って儲けを分配しよう』という意見で割れた。

話し合いの末、最終的には多数決で決める事となり、結果は五対三で売却。前線の大きな街の競売屋に委託するべく、ギルドリーダーの《グリセルダ》が一泊する予定で前線へと出掛けた。

 

残った七人は、グリセルダが吉報と共に帰って来る事を期待して待っていたのだが、しかしどういう訳なのか、グリセルダは一向に帰って来なかった。

グリセルダがアイテムを持ち逃げする筈が無い──そう信じて疑わなかった彼女達は、とてつもなく嫌な予感がして、黒鉄宮の《生命の碑》を確認しに行った。すると──

 

 

 

 

──なんとグリセルダの名前の上には、無常にも死を意味する横線が刻まれていたのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……どうして死んでしまったのか、未だに分かりません」

 

「……そんなレアアイテムを抱えて圏外に出る筈が無いよな。て事は……《睡眠PK》か」

 

「半年前なら、まだ手口が広まる直前だわ」

 

ヨルコが辛いながらも大凡の過去を話し終えたところで、キリトは《睡眠PK》の線を疑い、補足する形でアスナもそれを肯定する。

 

「だとしても、偶然襲われたってのは少し考えにくい。グリセルダさんが指輪を持っているのを知った上で襲ったと考えるのが妥当なところだろうな」

 

「指輪の事を知っていたプレイヤー……それってつまり……」

 

更にそこへカミヤの推測が加わる。それを聞いて全員がカミヤの言いたい事を察したようで、シノンの言葉をを合図に一斉にヨルコへと視線を向ける。対するヨルコもそれを肯定するかの如く、瞑目してこくりと頭を動かした。

 

「黄金林檎の残り七人……の誰か。私達も、当然そう考えました」

 

そうなれば、お互いを疑い合う七人の間に亀裂が生まれるのは当然の(ことわり)。そしてそこからギルドの崩壊へと至るのに、そんなに長い時間は掛からなかった事だろう。

たった一つのレアアイテムが切っ掛けで不和が生じ、互いに揉め合い、喧嘩別れとなる──酷く嫌な話ではあるが、同時に充分にあり得る話でもある。

 

「中でも怪しいのは、売却に反対した人間だろうな」

 

「売却される前に指輪を奪おうとして、グリセルダさんを襲った……って事?」

 

「恐らく」

 

そんな結末へと至らしめた犯人──その可能性の高い人物を、キリトは指輪の売却反対派の三人だと予測する。

 

「ところで、グリムロックさんってどんな人だったの?」

 

一方で、ユウキは今回の《圏内殺人》の重要参考人であろうグリムロックの事について尋ねる。特にグリセルダとの関係性次第では、今回の事件と大きく繋がる事だろう。

 

「グリムロックさんは、グリセルダさんの旦那さんでした。勿論このゲーム内の、ですけど」

 

そしてそれに対するヨルコの答えは、ゲーム内に於ける夫婦というもの。……その返答から読み取れる、ギルドリーダーが女性であった事に対して、五人は特に驚きはしなかった。何故なら、彼らの身近にも嘗てギルドリーダーを務めた女性……というよりも、弱冠十三歳の少女が居るからだ。

 

「グリセルダさんはとっても強い剣士で、美人で、頭も良くて……私は凄く憧れていました。グリムロックさんは何時もニコニコしている優しい人で、とてもお似合いで……仲の良い夫婦でした」

 

一方でヨルコの話は続き、グリセルダの事も含めてグリムロックの人柄を口にする。二人の関係を知り、更には今の話を聞いた五人は思った──グリムロックが復讐に走った、或いはその片棒を担いだのには充分過ぎる動機だと。

 

「もし昨日の事件の犯人がグリムロックさんなら、あの人は指輪売却に反対した三人を狙ってるんでしょうね」

 

「ねえ、その売却に反対した三人って誰なの?」

 

狙われる可能性が有るというのならば、売却反対派の三人に注意を呼び掛けておく必要が有る。

 

「……三人の内、二人はカインズと私なんです」

 

「「「!!?」」」

 

それを確認するべく掛けられたユウキの問いに、返って来たのはいささか予想外な答えであり、五人は驚愕の色を浮かべている。まさか三人の内の一人が目の前に座っているヨルコであり、更にもう一人は既に死んでいるカインズであったとは思わなかっただろう。……いや、カインズの事に関して言えば、カミヤは話の何処かで薄々気付いていた様で、「やっぱりカインズは反対派だったか……」と一人呟いている。問い掛けたユウキも似たような表情だ。

 

「じゃ、じゃあ、もう一人は?」

 

「《シュミット》というタンクです。今は攻略組の《聖竜連合》に所属していると聞きました」

 

それにより、護るべき対象はヨルコを含めて残り二人となった。ならば、これ以上の被害を出さない為にも、もう一人共々是が非でも護らなくてはならない。キリトが名を尋ねれば、返って来た答えに五人は覚えが有った。

 

「シュミット? 聞いた事有るな」

 

「聖竜連合のディフェンダー隊のリーダーだよ。ほら、あのデカいランス使いの」

 

「ああ、彼ね」

 

「シュミットを知っているのですか!?」

 

「まあ、ボス攻略とかで顔を合わせる程度だけどな」

 

五人がシュミットの事を知っていると知ると、ヨルコは彼に会わせて欲しいと願い出る。もし万が一今回の事件の事を知らない様であれば、彼もカインズと同じ運命を辿る事になりかねない、というのが彼女の弁だ。

 

「分かった。聖竜連合に知り合いが居るから、何とか掛け合ってみよう」

 

「宜しくお願いします」

 

どちらにしてもシュミットからは事情を聞かなくてはならない。そのついでに昔の仲間同士で話し合う事には、何の問題も無いだろう。寧ろヨルコが居た方が、指輪事件に関係の無い第三者だけで話を聞くよりも、より多くの情報を喋ってくれる事だろう……そう考えた上で、カミヤは彼女の申し出を承諾した。

 

「それじゃあ先ずは、ヨルコさんを宿屋に送らないと。ヨルコさん、俺達が戻るまで、絶対に宿屋から外に出ないでくれ」

 

「……はい」

 

シュミットに会いに行く途中で襲われては元も子もない為、安全の為にヨルコを再び昨晩泊まった宿屋へと送り届けた。本当ならば自分達十六夜騎士団のギルドホームで保護するのが良いのだろうが、彼女がそれを拒んだとあっては仕方あるまい。恐らくは、これ以上自分達の事情が公になる事を忌避しての事なのだろう。

ともあれ、彼女を宿屋へと送り届けた五人は、その後聖竜連合のギルドホームの有る第五十六層へと足を運ぶ事にした。

 

「皆は、今回の《圏内殺人》の手口をどう考えてる?

 

その最中、不意にアスナが他の四人に対して問いを投げ掛けた。因みに、カミヤは四人の後方で聖竜連合の知り合いに宛ててのメッセージを作成している最中だ。が、その表情からは思案の色が窺える事から、作成しながらも考えている様だ。

 

「大まかに三通りだな。先ず一つ目は、正当なデュエルによるもの。二つ目は、既知の手段の組み合わせによるシステム上の抜け道」

 

暫くの間を置いて最初に答えたのは、五人の中で最もSAOの事を熟知しているキリトだった。

 

「まあ、そんな所だよね。三つ目は?」

 

「圏内の保護を無効化する未知のスキル、或いはアイテムの存在。……いや、でもこの三つ目は先ず無いだろうな」

 

アスナの相槌を挟み、催促を受けて三つ目の可能性を口にしたキリトだったが、言ったそばから自らそれを否定する。

 

「どうして?」

 

「フェアじゃないから。認めるのもちょいと業腹だけど、SAOのルールは基本的にフェアネスを貫いてる。《圏内殺人》なんて、このゲームが認めている筈が無い」

 

シノンが尋ねてみれば、キリトは《SAO(ソードアート・オンライン)》というゲームの公平さを理由に挙げる。……尤も、《アレ》が存在している時点で、その公平さとやらは若干疑わしいものだが。

 

「だとしたら、今の所は実質二つ目一択だな」

 

するとそこへ、メッセージの作成を終えたカミヤが話に加わる。

 

「どうして?」

 

「大まかな可能性は、生憎とキリトが考える三つ以外には思い浮かばん」

 

アスナの問い掛けにカミヤは少しばかり申し訳無さそうな表情で答えた後、自身の推測を口にする。尚この時、キリトの隣と、その少し前を歩く二人の少女もまた、カミヤ同様に申し訳無さそうな表情をしていた。

 

「となると、残る可能性はキリトの言う二つになる訳なんだが……ウィナー表示が現れなかったっていう事実が、あれがデュエルじゃないって事を物語っちまってるから、恐らくは一つ目の可能性もなくなる」

 

「つまり……残った二つ目の可能性一択になるって訳か」

 

「俺の勝手な推測だが、そういうこった」

 

「……成る程ね」

 

カミヤの推測を聞き終えた直後、キリトがカミヤの出した結論を復唱すれば、アスナも未だに少し受け容れられないという様子ながらも相槌をうつ。

 

「だとして、一体どんな手口を使ったか、なんだよな……」

 

その後聖竜連合のギルドホームに着くまでの間、五人はあれこれと考えを巡らせたのであった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

攻略組四大最強ギルドの一角《聖竜連合》が五十六層に新たなギルドホームを構えたのは、つい数日前の事。小高い丘の上に聳え立っているそれは、《ホーム》というよりも《(キャッスル)》、或いは《要塞(フォート)》とでも言うべき堅牢そうな外装をしている。五十五層に有る、同じく四大ギルドの一角である《血盟騎士団》のホームの一つ上に構えたのは、恐らくは自分達の攻略組としての上位性を誇示したいという思いの表れだろうか。

 

「そういえばさあ、団長さんの聖竜連合の知り合いって誰なの?」

 

そんな聖竜連合のギルドホームの近くまで来た所で、不意にユウキがカミヤへと問いかける。他の三人も同様に気になるようで、四人の視線がカミヤへと集まる。

 

「リーダーの《ドレア》さんだよ」

 

対してカミヤが口にした人物の名前に、四人は多少なりと驚いた様な表情を浮かべる。

 

「え!? カミヤ君……ドレアさんとフレンド登録してたの?」

 

「ああ。同じギルドリーダー同士って事で、黒猫団の時にな」

 

「ああ、成る程ね。リーダー同士だから──」

 

「まあ、始めはそれこそ攻略会議で話す程度だったんだが、たまに何度か攻略で会って協力し合ううちに意気投合してな、最近は結構親しくやってるよ」

 

「「「…………え?」」」

 

瞬間、四人はカミヤの言葉に一斉に固まった。というのも、件の聖竜連合のリーダーである《ドレア》なる人物は、逆立てた金髪に、鋭い目付き、右目の辺りに稲妻模様の傷が有るなどという、見た目が少しばかりキツめな大柄な青年なのだ。その様な、見た目がアレな人物と親しくやっているなど、驚きやら不安やらで何とも言い難い気持ちになるだろう。

 

「えっと……大丈夫、なの?」

 

「? 何が大丈夫なのかは知らねぇけど、あの人見た目とは裏腹に結構優しいんだぞ?」

 

「そ、そうなんだ……」

 

尤もカミヤの言う通り、彼は見た目に反して仲間想いな優しい人物であり、人付き合いも意外と良かったりするので、特に何の問題も無かったりするのだ。

 

「ああ。さてと……よお、タダクニ、モトハル」

 

さて、ドレアの会話もそこそこに、カミヤは聖竜連合ホームの城門へと向かい、警備や来客の取り次ぎの為にと交代で配置されている、見知った門番役の少年二人へと声を掛ける。

 

「あ、カミヤさん! どうも」

 

「キリトやアスナさん達まで居るじゃねぇか。一体どうしたんだ?」

 

片手剣持ちの二人の門番の内の一人──《タダクニ》が挨拶を返し、名の知れた人物達が揃ってやって来た事を訝しんだ《モトハル》が疑問を投げ掛ける。それに対して、カミヤは早々に用件を切り出す。

 

「お宅のディフェンダー隊のリーダー・シュミットさんにちょいと用事が有ってな」

 

「シュミットさんに?」

 

「ああ。ドレアさんには事前にアポを取ってるから、取り次いで貰えないか?」

 

「あ、ああ……。ちょっと待ってろよ」

 

これは何か有るとのではと揃って訝しむ二人だが、所詮自分達は取り次ぎの身でしかないと自覚し、カミヤの要請に素直に応じてドレアへと取り次ぎのメッセージを飛ばす。返信は割と直ぐに返って来て、それから僅か数分後には、プレートアーマーの上に厚手のコートを羽織った件の青年《ドレア》が、同じくプレートアーマー姿の長身の男《シュミット》を伴ってやって来た。

 

「よお、カミヤ。この間の新居購入のパーティーの時以来だなぁ」

 

「ですね。その際はメンバー共々ご馳走になりました」

 

「気にすんなって。それより、今度また一緒に飲みに行こうぜ? ディアベルやシンカー、後ヒースクリフの野郎も誘ってな」

 

「了解です。日程とか決まったら連絡下さい」

 

そしてやって来て早々に、カミヤと親しげに話し始める。その様な光景に、キリト達四人は勿論の事、門番の少年二人も、更には用事が有ると連れて来られたシュミットも呆然としてしまい、同時にキリト達四人は、本当に親しくやっているのだと確認させられたのだった。

 

「さて、シュミットに用事って話だが…………そいつはお前らが捜査してるっていう昨日の事件絡みでか?」

 

「ええ、まあ……。そんな訳で、シュミットさんを少しお借りしても構いませんか?」

 

「迷宮区の攻略はまだ半分って所だから、ボス攻略に必要なタンクの出番はまだ当分先だ。連れて行っても大して問題は無えよ」

 

一方でドレアとカミヤは世間話もそこそこに、真剣な表情で以って本来の用件について話し合う。途中事件の部分で声量を抑えたのは、恐らくは意図しての事だろう。

何はともあれ、ドレアからの許可を得るに至ったカミヤは、その視線を問題のシュミットへと向ける。が、当の本人は何故自分が名指しで呼び出されたのか、未だに理解していない様子だ。

 

「オレに用事が有るって事らしいが、一体何の用なんだ?」

 

「詳しくは移動しながら話しますけど、敢えて言うなら《黄金林檎》《指輪》に関係する事についてです」

 

「!? ……分かった」

 

しかし、カミヤの口から自身と最も関係の有る言葉が紡がれた瞬間にその表情を一変させて強張らせ、大人しくカミヤ達に同行する事を了承した。

 

「では、俺達はもう行きますね」

 

「ああ。くれぐれも気ィ付けろよ」

 

「ご心配ありがとうございます」

 

自分達の身を案じてくれるドレアの声を最後に聖竜連合ホームを後にし、カミヤ達はシュミットを伴い、途中今回起きた事件のあらましや、半年前の事件と関係している可能性が高い事をシュミットに説明しながら、ヨルコを送り届けた宿屋へと向かうのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

街が夕焼け色に包まれる頃、ヨルコさんが滞在する五十七層の宿屋の一室に集まった俺達。向かい合う形で椅子に腰掛けたヨルコさんとシュミットさんの二人の様子を、俺達はそれぞれの両の傍らに寄り添いながら窺う。

 

「……グリムロックの武器で、カインズが殺されたというのは本当なのか?」

 

長い沈黙を破り、先に口を開いたのはシュミットさんの方。事件のあらましは此処へ来る途中に話してはあるが、圏内に於ける殺人なんて到底受け容れられる様な事じゃない。《確認》というよりも、嘘であって欲しいという《願望》の意味合いの方が強いだろう。

 

「……本当よ」

 

「ッ!! なんで今更カインズが殺されるんだ!? あいつが……あいつが指輪を奪ったのか? グリセルダを殺したのはあいつだったのか!?」

 

だがしかし、無情にもヨルコさんの口からそれが真実であると肯定する言葉が告げられ、それを聞いたシュミットさんは激しく動揺し、捲くし立てるかの如く質問を投げ掛ける。が、ヨルコさんだって真相を知らないのだから彼の質問には答えないし、答えられる筈も無いだろう。

 

「グリムロックは、売却に反対した三人を全員殺す気なのか? オレやお前も狙われてるのか!?」

 

一旦冷静さを取り戻し、椅子に座り直して手で額を覆ったシュミットは、再び質問を投げ掛ける。しかし、その質問に対する答えに関してはは未だ不明である。武器を作ったのはグリムロックさんで間違い無いのだろうが、だからと言ってその人が実行犯であるという確証は無い。その事を説明しようとしたが、それよりも先にヨルコさんが口を開いた。

 

「グリムロックさんに槍を作って貰った他のメンバーの仕業かもしれないし、もしかしたら…………グリセルダさん自身の復讐なのかもしれない。

 

「……へ?」

 

しかしその言葉に、シュミットさんは勿論の事、ヨルコさんを除くこの部屋に居る全員が絶句した事だろう。グリセルダさん(死んだ人間)が人を殺した──いくら此処が幾分か非常識なSAOとはいえ、そんな非現実的な事が起こる筈が無い。

 

「だって、圏内で人を殺すなんで事、幽霊でもない限りは不可能だわ」

 

「なっ……!?」

 

そんな事を考える俺達を他所に続けられたヨルコさんの言葉に、シュミットさんは先程とは比べ物にならない程の尋常ではない動揺っぷりを見せる。口をパクパク動かして喘ぐその表情は、『そんな事有り得ない』『信じられない』『理解したくない』とでも言いたいかの様だ。

それは俺達とて同じだ。だが、未だに圏内PKのロジックが分からない為に、その可能性を否定し切れないでいる自分が存在するのも事実だ。

 

「私……夕べ、寝ないで考えた」

 

そんな中、ヨルコさんはゆっくりと椅子から立ち上がり、そして錯乱するかの如く捲くし立てる様に己の内心を叫び吐露した。

 

「結局のところ、グリセルダさんを殺したのはメンバー全員でもあるのよ! あの指輪がドロップした時投票なんかしないで、グリセルダさんの指示に従えば良かったんだわっ!! 」

 

叫び終えたヨルコさんは一歩右へと移動し、一歩後ろに退いたアスナの前をシュミットさんやキリト達の居る方向に顔を向けたまま後ろ歩きし、南の窓へと移動して行く。

 

(……ん?)

 

その一瞬だった。俺の目には、ヨルコさんの濃紺色の長髪の間から小さな黒い棒の様な物が僅かに飛び出しているのが見えた様な気がした。俺の気の所為だろうかと思っていると、ヨルコさんが再び口を開いて言葉を続けた。

 

「ただ一人、グリムロックさんだけはグリセルダさんに任せると言ったわ。だから、あの人には私達全員に復讐して、グリセルダさんの敵を討つ権利が有るんだわ」

 

「……ッ!」

 

すると、ヨルコさんでも、シュミットさんでもない、この部屋に居る誰かが息を飲む様な声が聞こえた様な気がした。だが、それを詮索するよりも前に、シュミットさんが震える声でうわごとの様に呟き始めた。

 

「冗談じゃない。冗談じゃないぞ。今更……半年も経ってから、何を今更……」

 

そしてがばっ、と上体を持ち上げ、取り乱して叫び出した。

 

「お前はそれで良いのかよ、ヨルコ! こんな訳の分からない方法で殺されて良いのか!?」

 

ヒートアップしてヨルコさんに詰め寄らんとするシュミットさんをキリトが腕を掴む事で止め、目で冷静になる様にと促す。それによってシュミットさんが落ち着きを取り戻したのを見計らい、更なる話し合いを続けようとした──

 

 

 

 

──トンッ

 

 

 

 

──その時だった。不意に何かが突き刺さったかの様な、乾いた音が部屋の中に響いた。それと同時にヨルコさんの目が見開かれ、次いで彼女の身体が揺れた。蹌踉めく様にして振り返ると、濃紺色の長髪がなびくその背には、何とも信じ難い事に何やら黒い棒の様な物が突き刺さっていた。

一瞬それが何なのか分からなかったが、その根本に被ダメージ時に明滅する特有の赤いライトエフェクトを視認した瞬間、それが投げ短剣(スローイングダガー)の柄である事を理解し、そしてその事実に俺達全員が戦慄した。安全な筈の圏内に於ける殺人事件が、今再び、俺達の目の前で再現されているのだから。

 

「あっ……!」

 

アスナの小さな悲鳴が漏れるよりも前にヨルコさんの身体は窓の外へと傾いており、我に返った俺とキリトが駆け寄るも時既に遅し。彼女は宿屋の外へと落下してしまった。

 

「ヨルコさん!!」

 

窓から顔を出して見下ろせば、そこには石畳に落下して横たわるヨルコさんの姿が。だがしかし、次の瞬間にはその身体は青白い光に包まれ、ばしゃっ、という音と共にボリゴン片を撒き散らして消滅してしまった。

 

 

 

 

──後に残ったのは、乾いた音を立てて路上に転がった漆黒のダガーだけだった……。

 

 

 



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Chapter.19:幽幻の復讐者

おはようございます。一ヶ月ぶりの更新となります。

さて、前回の更新に於いて、誰かがヨルコさんの叫びに反応していたのを覚えているでしょうか? そして、それが誰なのかもう気付いているでしょうか?
誰なのかは明かしません。……ですが、今後の展開に関わっているという事は先に明かしておきます。

と、先の予告をしたところで今回の更新の始まりです。
次はなるべく早く更新したいです。


 

 

 

……結果から言えば、残念ながらヨルコさんを殺したであろう犯人には逃げられてしまった。

 

ヨルコさんが殺された直後、顔を上げた俺とキリトは、宿屋から離れた建物の屋根に立つ黒衣の人影──恐らくはヨルコさんを殺したであろう犯人──を発見。次の瞬間にはキリトと、少し遅れてユウキが宿屋の窓から飛び出し、漆黒のフーデッドローブを身に纏った暗殺者を捕まえんと建物の屋根伝いに追い掛けて行った。が、二人の報告によれば、犯人には追い付く前に転移結晶によって逃げられ、行き先を特定する為のボイスコマンドも、《マーテン》の街全体に響き渡った大ボリュームの鐘の音によって遮られ聞き取れなかったとの事だ。

因みにだが、二人は宿屋に帰って来るなり、相手を即死させる事の出来るであろう犯人を無謀にも追い掛けたという事で、アスナとシノンの二人から軽くお叱りを受けたのだった。

 

さて、これは一体どういう事なのだろうか……。

宿屋の客室はシステム的に保護されている為、たとえ窓が開いていたとしても、誰かがその内部に浸入する事は勿論、何かを投げ込む事も絶対に不可能な筈だ。

更に言えば、俺の感覚ではヨルコさんの背中にダガーが刺さってから彼女が死ぬまで、ものの十秒程も掛かっていない──つまりはほぼ即死に近かった。ヨルコさんが中層プレイヤーだったとしても、キリト達が回収して来た小型のダガーで満タンのHPを全壊させるなど殆ど不可能に近い上に、貫通継続ダメージが発生していた事も疑問だ。

 

……先程のあれは──更に言えば昨日の事件は、本当に殺人だったのだろうか?

 

「……違う」

 

今回の事件全体に対して疑惑の念を抱いていると、不意にソファーの上で頭を抱えて縮こまっていたシュミットさんが否定の言葉を漏らす。

 

「違うって……何が違うの?」

 

「違うんだ。あれは……屋根の上に居た黒ローブは、グリムロックじゃない。グリムロックはもっと背が高かった」

 

何を否定しているのかをユウキが問えば、シュミットさんは先程の黒衣の人物が犯人の可能性の有るグリムロックさんではないと呻き答える。

 

「それに……それに……」

 

更に深く俯いて震えながら続けられた言葉に、俺達は僅かに息を呑んだ。

 

「あのローブはグリセルダの物だ。あれはグリセルダの幽霊だ。俺達の全員に復讐に来たんだ」

 

犯人が纏っていたローブが死んだグリセルダさんの物であると口にし、更にはその事もあってか、ヨルコさん同様に犯人がグリセルダさんの幽霊であると言い出す。

 

「幽霊なら、圏内でPKするくらい楽勝だよな」

 

あはははは、と箍が外れて狂ったかの様に笑い続けるシュミットさんは完全にグリセルダさんの幽霊の仕業であると思い込んでしまっている。

 

「幽霊じゃない。二件の圏内殺人には、絶対にシステム的なロジックが存在する筈だ」

 

逆にキリトは幽霊の存在を否定し、システム的なロジックの存在を主張する。

俺もキリトと同じ考えだ。今回の犯行に使われたダガーも、前回の犯行に使われた短槍(ショートスピア)も、質量を持って実在するオブジェクトだ。幽霊などという実体を持たない存在が質量を持ったオブジェクトを手にするなど、論理的に有り得ない話だ。加えて、もし仮に犯人がグリセルダさんの幽霊であったとしたならば、態々転移結晶を使って移動する必要など無かった筈だ。更に言えば、グリセルダさんの幽霊が存在するというのであれば、彼女以外の幽霊も存在する事になる。この世界で死んだ二千人以上のプレイヤーの多くが、彼女同様に無念に思っている筈だ。……だが勿論の事、死んだ彼らの幽霊が目撃されたという話など今まで一切聞いた事は無い。

以上の事から、幽霊が犯人という線は殆ど有り得ないと言える。先程までの迷いはもう殆ど無い。

 

結局のところ、シュミットさんはそれ以上話せる様な状態ではなくなってしまった為、今回の話し合いはそれでお開きとなった。相当参っている様子で、本人は申し訳無さそうに攻略には出れないと弱気な発言をしており、《聖竜連合》本部の城門にて出迎えてくれたドレアさんは、事前にメッセージで事情を説明しておいた為に彼に対して概ね同情的な姿勢を見せていた。

因みにそのドレアさんだが、聖竜からも信頼出来る奴を捜査に出そうか、と言って援助を申し出てくれたが、無闇に人数を増やして嗅ぎ回っては相手に気付かれる恐れが有る為、気持ちは嬉しかったが丁寧にお断りさせて貰った。その代わりに、何か有った時には協力して貰える様に頼んでおいた。

 

さて、シュミットさんを聖竜の本部へと送り届けた俺達は今、彼を送り届ける前に彼から教えて貰った情報を頼りに、グリムロックさんが行きつけにしているという店の有る二十層主街区へとやって来ている。その店は主街区の下町に有る小さな酒場であり、曲がりくねった小路にひっそりと看板を掲げている。

俺達は件の酒場を見通せる一軒の宿屋へと入り、通りに面した二階の客室を借りる。窓から外を見れば狙い通りに酒場の入り口がはっきりと確認でき、灯りを落としたまま窓の近くに椅子を五つ並べ、腰を下ろして外を監視する態勢に入る。

 

「ねえ、張り込みは良いけど、わたし達グリムロックさんの顔知らないよね」

 

するとそこで、アスナがとても重要な事を指摘する。そう、俺達はグリムロックさんの名前は知っていれども、その顔までは知らない。加えて、初対面のプレイヤーに視線をフォーカスしてもそのカラー・カーソルにはHPバーとギルドタグしか表示されない為、たとえ名前を知っていても目的の人物を探す手掛かりにはならないのだ。

シュミットさんが居れば容易に判別出来たかもしれないのだが、当の本人があの様子では恐らくは無理だろう。

 

「俺とユウキは一応、さっきローブ越しとはいえグリムロックらしきプレイヤーをかなり至近距離から見てる。身長体格で見当を付けて、ピンと来る奴が現れたら、ちょっと無茶だけどデュエル申請で確認する」

 

「えーっ」

 

苦肉の索としてキリトが提示したのは、それらしきプレイヤーに手当たり次第にデュエルを申し込んで、メッセージに表示される相手の名前を確認しようという、かなり強引かつ危険なものだった。もしもその方法で行くというのであれば、相手の方にも誰かからデュエルを申し込まれたという旨のメッセージが表示される為に、身を隠したまま名前だけを調べる事は出来ないし、それ以前にマナー違反な行為である為こちらも姿を見せなくてはならない。加えて、相手がデュエルを受けて立ち武器を抜くという展開だってあり得るのだ。

 

「ご、強引過ぎない……?」

 

「けど、それ以外に方法は無いと思うよ」

 

しかしユウキの言う通り、それ以外に有効な手段が無いというのも事実。……ともなれば、止むを得ずその手段を取るしかあるまい。

 

「……分かったわ。あんまり気は進まないけど、その手で行きましょ。それと、行く時は必ず二人以上で行く事。カミヤ君もそれで良い?」

 

「ああ、それで構わないよ」

 

不肖不承といった具合ながらもその手段に従う事にしたらしいアスナは、グリムロックさんだと思われる相手に近付く際の事について付け加え、俺に確認を求めて来る。俺がそれに頷けば、いざ改めて見張りの開始だ。

 

とはいえ、じっと座って窓の外を見ている以外は殆ど手持ち無沙汰というのは、俺としては中々に辛いものがある。

 

「はい、カミヤ君」

 

ならば監視を暫く他の四人に任せて、今回起きた二つの事件についてもう一度振り返ってみようかと思った時だった。俺の隣に座るアスナが、白い紙に包まれた謎のオブジェクトをこちらに差し出して来た。不思議に思いながらもそれを受け取ってみれば、何やらやけに良い匂いが漂って来る。

 

「……えっと、何だこれ?」

 

「夜ご飯だよ。そろそろ皆お腹空いて来た頃でしょ?」

 

「……言われてみれば確かに。んじゃまあ、ありがたく頂きます」

 

包み紙を剥がしてみれば、中に入っていたのは大ぷりなバケッットサンド。カリッと焼けたパンの間には野菜やロースト肉がたっぷりと挟まれており、その見た目と包み紙を剥がした事で先程よりも強く漂って来る匂いが、より一層に食欲をそそる。

 

「うおッ! 旨そうだなぁ」

 

「本当ぉ! けどアスナ、何時の間にこんな物用意してたの?」

 

「こういう事も有ろうかと、朝から用意しといたの。そろそろ耐久値が切れて消滅しちゃうから、急いで食べた方が良いよ」

 

流石はアスナ、と感心しながらもバゲットサンドにかじりつく。するとどうだろうか? その重層的な歯応えは中々のものであり、味付けもシンプルながらも適度に刺激的で、並の店の物ではないのは瞭然だ。……というか、これはほぼ間違い無くNPCショップで売っている物ではない。そして俺は……この味を知っている。

 

「……なあ、アスナ」

 

「ん? 何、カミヤ君?」

 

「……つかぬ事を聞くが、これ……お前の手作りなんじゃないか?」

 

俺とアスナの足下に伏せている俺の使い魔オオカミのリトとスーナにも件のバゲットサンドを与えているアスナへと問い掛ければ、彼女は少し目を見開いた後にそれが当たりである事を告げる。

 

「凄い! よく分ったね、カミヤ君! そうだよ、これはわたしが作ったんだよ」

 

「やっぱりな。NPCじゃ、こんな独特な味付けは絶対に無理だろうからな」

 

「味を覚えててくれたの?」

 

「どんだけお前と一緒に過ごして、お前の料理を食ってると思ってんだよ? 良い意味で嫌でも覚えるっつーの」

 

要は慣れだ。アスナの料理を何度も口にしている内に、俺の舌──正確には脳が彼女の味を覚えてしまった様だ。

隣ではアスナが、何がそんなにも嬉しいのか物凄い笑顔で自分の分のバゲットサンドを頬張り、逆隣ではキリトやユウキが「どうりで美味い訳だ」とか「言われてみればアスナの味だぁ」と呟きながら、二口、三口とかぶりついている。

アスナの話では耐久値が危ないとの事なので、俺も味わいつつも少し急いで頬張って行く。そんな俺の視界の端に映るのは……

 

「…………」

 

キリトの隣で、先程から一言も喋らずにゆっくりとバゲットサンドを頬張っているシノンの姿だ。一体どうしたというのか、五十七層の宿での事件の後からずっと何だか様子がおかしいのだ。

 

「おーい、シノン?」

 

「……え? えっと、何ですか?」

 

「あー、いや……さっきからずっと黙ったまんまだから、大丈夫なのかと思ってな」

 

「あー、えっと……私なら大丈夫ですよ」

 

返事には一応ちゃんと応えるし、本人は大丈夫だと言っているが、どうにも大丈夫そうには見えない。現に再び黙り込んでしまった上に、バゲットサンドを食べるスピードもこれまで同様にかなりゆっくりだ。てか、そんなにゆっくり食べてると──

 

──パシャン

 

「あっ……!?」

 

言わんこっちゃない。シノンがバゲットサンドを口にしようとした瞬間にとうとう耐久値がゼロになってしまった様で、三分の一程残っていたバゲットサンドが全てポリゴン片となって消滅してしまった。

 

「ご、ごめんアスナ……。折角アスナが作ってくれたのに……」

 

「気にしないで。それよりも、本当に大丈夫? 具合でも悪いの?」

 

「心配してくれてありがとう。でも、本当に大丈夫だから……」

 

絶対に大丈夫じゃないだろ。ホント、一体どうしたって──

 

「──!!?」

 

……今、俺の頭の中を何かが過ぎった気がする。今の光景を見た事で、全くもって分からなかった数式を解く為の方程式が見付かった様な気がする。落ち着け、落ち着いてよく考えてみろ。今までの事をよーく思い返してみろ。ありとあらゆる可能性を式に当て嵌めてみろ。そうすればきっと……

 

「「「……あっ!!」」」

 

「ど、どうしたの、三人とも!?」

 

……分かった……分かって来たぞ。漸く答えが見えて来たぞ。そしてどうやら、キリトとユウキも答えに行き着いた様だ。

後もう一歩だ。そしてその考えを確信に変える為の最後のキーを俺達は持っている。それを確かめるべく、俺は急ぎストレージからある物を取り出す。それは一枚の羊皮紙であり、そこにはグリセルダ、グリムロック、シュミット、ヨルコ、カインズ……元《黄金林檎》のメンバー八人の名前が金釘流のアルファベットで書き付けられている。シュミットさんを聖竜本部へと送り届ける前に、念の為にと彼に書いて貰った物だ。

俺は羊皮紙に書かれている八人の名前を一通り確認した後、とある一人のものに注目する。そして……

 

「……ビンゴだ」

 

──遂に方程式を完成させて、真の(・・)答えに辿り着く事に成功した。

 

「な、何か分かったの?」

 

「ああ。……そもそも俺達は、何も見えちゃいなかった。見ているつもりでも、全くもって違うものを見ていた」

 

分からなくて当然だ。何せ俺達は答えを導き出す為に使う公式云々の以前に、最初に示した解答自体(・・・・・・・・・・)を間違えていたのだから。

 

「……どういう、こと?」

 

「《圏内殺人》……そんなものを実現する武器も、スキルも、ロジックも、端っから存在なんかしなかったんだよ」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

第十九層の主街区《ラーベルグ》。そこから二十分程歩いた所に有る《十字の丘》と呼ばれる小さな丘の上に今、シュミットはやって来ている。

目的はグリセルダへの謝罪。間違い無く自身にも向けられているであろう復讐の凶刃に対する恐怖に耐えられなくなった彼は、己が犯した罪を告白して心から懺悔する事で、彼女に許して貰おうと考えたのだ。

 

「……グリセルダ……オレが助かるにはもう、アンタに許して貰うしかない……」

 

ギルドが解散したその日に、残った七人のプレイヤーで相談してグリセルダの墓にする事にした、地形オブェクトである枯れた低木と墓碑が存在するその場所にてシュミットは地に跪き、ありったけの意志を振り絞って謝罪の言葉を口にした。

 

「すまない……悪かった許してくれ、グリセルダ! オレは……まさかあんな事になるなんておもってなかったんだ!」

 

 

 

 

『ほんとうに……?』

 

 

 

 

声が聞こえて来た。奇妙にエコーの掛かった、地の底から響いて来る様な女の声が。

突如聞こえて来たその声によって意識が遠ざかりかけるのを必死に堪え、シュミットは恐る恐る視線を上に向けた。

 

そして見てしまった……捻れた樹幹の陰から音も無く現れた、黒衣の影を。

 

「…………!!?」

 

悲鳴を迸らせそうになる口を両手で押さえるシュミットに、黒衣の影は再び問いかける。

 

『なにをしたの……? あなたは私に、なにをしたの、シュミット……?』

 

黒衣──漆黒のフーデッドローブの右袖から伸びる黒い細線を見開いた両眼で捉えた瞬間、シュミットは更なる恐怖に駆られる。

その黒い細線の正体は剣。しかし恐ろしく細い、《エストック》と呼ばれる分類の片手用の近距離貫通武器。大型の針を思わせる円断面の刀身には、螺旋を描く様に微細な棘がびっしりと生えている──三本目の《逆棘の武器》だ。

己に迫り来る《死》から逃れるべく、シュミットは(こうべ)を垂れて己がした事を素直に白状する。

 

「お、オレは! オレはただ……指輪の売却が決まった日、何時の間にかベルトポーチにメモと結晶が入ってて……そこに、指示が……」

 

 

 

 

『誰のだ、シュミット?』

 

 

 

 

今度は男の声。

俯かせていた頭を持ち上げて視線を向ければ、樹の陰から二人目の黒衣の死神が現れた。

 

「……グリムロック……あんたも死んでたのか……?」

 

シュミットのその問い掛けに死神は答えようとはせず、逆に再びシュミットに問いを投げ掛ける。

 

『誰だ……お前を動かしたのは誰なんだ……?』

 

「わ、分からない! 本当だ!!」

 

自身にメモや結晶を押し付けた相手が誰なのか知らないと言い張るシュミットは、必死になって弁解を言葉をまくし立てる。

 

「メモには、グリセルダが泊まった部屋に忍び込めるよう、回廊結晶の位置セーブをして、そ、それをギルド共通ストーンに入れろとだけ書いてあって……」

 

『それで……?』

 

「お、オレがしたのはそれだけなんだ! オレは本当に、殺しの手伝いをするつもりは無かった。信じてくれ、頼む……!」

 

そして再び(こうべ)を垂れて、許して乞う。夜の風が唸り、ぎしぎしと梢が軋み、暫しの間無言の時が続く。

 

 

 

「全部録音したわよ、シュミット」

 

 

 

 

それを破った、これまでの陰々としたエコーが嘘の様に失せた女性の声に、シュミットは聞き覚えが有った。いや、聞き覚えが有るなんてものではない──つい数時間前に聞いた、もっと言えば半年前まで行動を共にしていたが故によく聞き慣れた声。

それ故に驚いた彼は恐る恐る顔を持ち上げ、そして愕然と両眼を見開いた。何故ならば、漆黒のフードを取り払った事で露になったその素顔は……

 

「…………ヨルコ? ……カインズ……?」

 

まさに二人が纏うローブ姿の死神によって数時間前に殺された筈のヨルコと、そのヨルコから殺されたと聞かされた筈のカインズのものだったのだから。

 

 

 



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Chapter.20:解ける謎、迫る影

お待たせしました。本編20話となります。
ちょっとした遊び心で、11月、11日、午後11時(23時)の投稿であります。


 

 

 

「い、生きてるですって……?」

 

「ああ、恐らく生きてる筈だ。ヨルコさんも、カインズさんもな」

 

俺達が辿り着いた答えを聞いて驚愕の叫びを上げるアスナと、声こそ上げていないものの、驚愕によって唖然としているシノンの二人に対して、俺達はゆっくりと頷いてみせる。

 

「け、けど……私達は昨日の夕方確かに見たじゃない。黒い槍に貫かれて宙吊りにされたカインズさんが……死ぬところを」

 

「いや、違うんだ」

 

シノンの抗議の言葉に大きくかぶりを振ってから、キリトは謎解きの説明を始めた。

 

「俺達が見たのは、カインズ氏の仮想体(アバター)がポリゴンの欠片を大量に振り撒きながら、青い光を放って消滅する現象だけだよ」

 

「だから、それがこの世界での《死》でしょう?」

 

「……覚えてるか? 昨日教会の窓から宙吊りになったカインズ氏は、空中の一点をぴったり凝視してた」

 

夕べの事を思い返したのだろう、アスナとシノンは暫くの間その表情に思案の色を浮かばせた後、小さく頷く。

 

「あれって、自分のHPバーを見ていたんじゃないの?」

 

「俺も最初はそう思った。でも、そうじゃない。彼が本当に見ていたのは、HPバーじゃなく、自分の着込んだプレートアーマーの耐久値だったんだ」

 

「「た、耐久値!?」」

 

アスナとシノンが揃って驚愕の叫び声を上げる。キリトばかりに説明をさせるのも悪いし、丁度キリも良さようなので、此処からは俺がキリトに代わって説明を行う。

 

「圏内じゃ、基本的にプレイヤーのHPは減りはしない。けど、オブジェクトの耐久値は減る。さっきのバゲットサンドみたいにな。つまりだ、あの時カインズさんの胸に突き刺さっていた槍が削っていたのは……」

 

「……カインズさんのHPじゃなくて、カインズさんが着ていた鎧の耐久値?」

 

「じゃ、じゃあ……あの時砕けて飛び散ったのは……」

 

「そう。鎧だけだ」

 

「そして、まさに鎧が壊れる瞬間を狙って、その中身のカインズ氏は結晶でテレポートした」

 

「結果、発生したのは死亡エフェクトに限りなく近い、けれども全く別の現象だったという訳さ」

 

最初にヨルコさんの話を聞いた時からずっとおかしいと思っていた。食事をしに来たというのに、何故態々分厚い鎧を着込んで来ていたのかと。

今ならば分かる……恐らくあれは、死亡エフェクトを偽装出来る程のポリゴンの量を稼ぐ為のものだったのだろうと。若しくは、ポリゴンの爆散エフェクトを可能な限り派手にして、多くのプレイヤーの注目を集める為だったのだろう。

 

「なら、ヨルコさんの消滅も同じトリックだったのね」

 

ヨルコさんも本当に無事であると分かり、「よかった」と呟いて胸を撫で下ろすアスナ。シノンも同様に安心した様だが、直ぐに疑問の表情を浮かべる。

 

「けど、確かにヨルコさんはやたらと厚着をしてたけど、ダガーは何時刺したの?」

 

「刺さっていたんだよ。最初から」

 

「さ、最初から!?」

 

俺の返答にシノンが、声こそ上げていないもののアスナも驚いた表情を浮かべている。

 

「よく思い出してみろ。あの部屋で、彼女は俺達に一度も背中を見せようとしなかった。それはつまり、俺らに背中を向けられない何かしらの理由が有ったって事だ。そこから考えるに……」

 

「……その時点で、既に背中にダガーが刺さっていた?」

 

「そう言うこった。そしてそれを決定付ける根拠もちゃんと有る」

 

「根拠?」

 

「見たんだよ、俺……彼女の背中にダガーが突き刺さっているのを」

 

「「「ええッ!?」」」

 

再び俺の言葉にシノンとアスナが、更にはキリトとユウキまでもが加わって驚いた表情を浮かべる。直後、隣に座るアスナが急に椅子から立ち上がり、鬼気迫る勢いで俺に問い掛けて来た。

どうでも良い事だが、アスナの足元に居たスーナがアスナが急に立ち上がった事に驚き、椅子の下に潜り込んでしまった。

 

「み、みみみ見たって……そ、それ本当なの、カミヤ君? あの時、わたしもカミヤ君と同じ様にヨルコさんの傍に立ってたけど、全然気付けなかったよ」

 

「仕方ねぇよ。ダガーは彼女の髪型の所為で殆ど隠れちまってたし、色も黒だったから彼女の濃紺色の髪と見分けが付かなかったからな。だから俺も最初は見間違いかと思ったよ」

 

「そうなんだ。それで、カミヤ君がダガーを見たっていうのは何時なの?」

 

「彼女が窓際に移動した時だよ。アスナの場合は、すぐ傍を通られたから逆に背中に目が行かなくて気付けなかったんだろうけど、俺の場合は彼女との距離が有ったから、全体的に視線が行って気付けたのさ」

 

アスナが俺の説明に納得の表情を浮かべたのを確認したところで、俺は更に解説を続ける。

 

「でだ、服の耐久値を確認しながら会話を続けて、タイミングを見計らって窓際に移動した彼女は、多分足で壁を蹴るなりなんかしてそれっぽい効果音を立てる事で、あたかも外から飛んで来たダガーが彼女の背中に刺さったっていう演出をしたんだ」

 

「窓の外に落ちたのは、転移コマンドをわたし達に聞かれない為ね。……て事は、あの黒いローブの男の人は……」

 

「十中八九、グリムロックじゃない。カインズだ」

 

アスナの問い掛けにキリトが断定の言葉を返し、俺もそれに頷く。

 

「ちょっと待って」

 

だがしかし、シノンにはまだ腑に落ちない点が有る様で、眉根を寄せて問いを投げ掛けて来た。

 

「私達は夕べわざわざ黒鉄宮に《生命の碑》を見に行って、カインズさんの名前に横線が刻まれているのを確認したわ。死亡時刻もぴったりだったし、死因だってちゃんと《貫通属性攻撃》だったわ」

 

シノンの言葉を聞いて、アスナも「言われてみれば」と眉根を寄せる。俺はその時諸事情で一緒に行かなかった為に直接は確認していないが、それでもカインズさんは生きていると言える。何故ならば……

 

「なら、そのカインズさんの名前の(つづ)りを覚えてるか?」

 

「えっと……確か、K、a、i、n、s、だったかな」

 

「そうだ、俺達はヨルコさんからそう教えて貰った。……けど、これを見てみろよ」

 

そう言って、俺は元《黄金林檎》のメンバーの名前が書かれた羊皮紙を四人に見せるべく(かざ)す。椅子から立ち上がり羊皮紙を覗き込む四人──その内のアスナとシノンは紙片の中ほどを一瞥(いちべつ)するや、驚愕にその目を見開き、逆に俺同様に答えに辿り着いていた様子のキリトとユウキは、示された内容に「やっぱり」と言いたげな納得の表情を浮かべる。

 

「《Caynz》……!? これがカインズさんの本当の綴りなの!?」

 

「一文字程度ならともかく、三文字も違ってくるとなればシュミットさんの記憶違いって線は考え難い。となれば、ヨルコさんは俺達にわざと違う綴りを教えたって事になる。Kのカインズさんの死亡表記を、Cのカインズさんのものと誤認させる為に」

 

「そ、それじゃあ……私達が夕べ教会前の広場でCのカインズさんの偽装死亡を目撃した瞬間に、アインクラッドの何処かでKのカインズさんも貫通ダメージで死んでたって事よね? 偶然……にしては出来すぎてるから…………まさか……」

 

「あ、多分その可能性は無いと思うよ」

 

一つの疑問が解けた事でそこから新たに浮上した疑問に、しかしユウキがすかさず口を開いてシノンが考えているであろう可能性を否定する。

 

「多分シノンさんは、ヨルコさん達の共犯者がタイミングを合わせてKの方のカインズさんを殺した、って考えてると思うけど、それは違うよ。よく考えてみて……生命の碑に表記されてた《四月(サクラの月)二十二日》は、昨日で二回目なんだよ」

 

「「あっ……」」

 

ユウキの説明に暫し絶句した二人は、やがて力の無い、けれど何処か安心する様な笑みを浮かべた。

 

「去年…なのね。去年の同じ日、同じ時間に、Kの方のカインズさんは今回の件とは無関係に、既に死んでたのね……」

 

「そう、恐らくはそこが《計画》の出発点だったんだ。ヨルコさんとカインズ氏は、この偶然を使えばカインズ氏死亡を偽装出来るのではないかと思い付いた。しかも《圏内殺人》という恐るべき演出を付け加えて」

 

「そしてその目的は、《指輪事件》の犯人を追い詰め、炙り出す事。二人は自らの殺人事件を演出し、幻の復讐者を作り出した」

 

「狙いはシュミットだ。多分最初からある程度疑ってたんだろうな。中堅ギルドだった《黄金林檎》から一足飛びに攻略組四大ギルドの《聖竜連合》に加入したとなれば、よっぽど急激なレベルアップか、或いは急激な装備の更新が無いと無理だろうからな」

 

ならばシュミットさんがグリセルダさんを殺して指輪を奪った犯人なのかと聞かれれば、正直何とも言い難い。可能性としては疑うべきだろうが、あれ程死に対して怯えていたシュミットさんに《殺人者(レッド)》の気配が有るかどうかと言えば、とてもではないがそんな風には見えない。だがしかし、だからと言って事件に無関係ではない筈も無かろう。

 

「まあ何にせよ、後の事は彼らの間での問題だから、俺達の今回の事件に於ける役回りは此処までだ。下手に首を突っ込もうとはせずに、彼らに任せよう」

 

「うん」

 

その後、未だに登録したままの状態であるヨルコさんとのフレンド機能で彼女達の現在の居場所を確認した俺達は、宿屋から撤収してギルドホームへと帰る事にしたのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

所変わって、十九層のフィールド《十字の丘》。

その天辺に立つ低木の前にて地面に膝を付くシュミットは、目の前に映る光景に驚いていた。グリセルダとグリムロックだとばかり思っていた黒衣の死神の正体が、まさかのカインズとヨルコだったのだから。

だがしかし、目の前の二人とて死んだ事には変わりはない。カインズの死亡は伝え聞いただけでしかないが、ヨルコに至っては、つい数時間前にダガーで刺された瞬間を目の当たりにしたのだから。

 

やはり幽霊なのか、そう思い一瞬気絶しそうになったシュミットだったが、直前にヨルコが口にした台詞が辛うじて彼の意識を繋ぎ止めた。

 

「ろ……ろく、おん……?」

 

喉から(しゃが)れた声を漏らしながら、ヨルコが手に握る物へと視線を向ける。ライトグリーンに輝く八面柱型のそれは、音声の記録・再生を可能とする結晶アイテム──録音クリスタルだ。

幽霊がアイテムを使って会話を録音する筈はないし、その必要性も無い。そこから導き出される答えは一つ──今目の前に居るこの二人は死んでなどいない。つまりは二人の死は偽装だったという事だ。

 

「…………そう……だったのか……」

 

手口こそ分からないものの、自らの死を偽装する事で存在する筈の無い復讐者を作り上げ、真に復讐すべき相手──つまりは自分を追い詰め、罪の告白を録音する事が、全て二人の計画であった事を理解したシュミットは、声にならぬ声で呟き、その場にがくりと脱力した。

まんまと騙され、証拠まで押さえられた事への怒りは無い。ただただ、二人の事件解決に対する執念、そしてグリセルダを慕う気持ちの深さへの驚嘆だけを感じていた。

 

「お前ら……そこまでグリセルダの事を……」

 

「あんただって、彼女の事を憎んでた訳じゃないんだろ?」

 

「も、勿論だ。信じてくれ。……そりゃあ……受け取った金で買ったレア武器のお陰で、聖竜連合の入団基準をクリア出来たのは確かだけど……」

 

カインズからの問い掛けに、シュミットは顔を歪めながらグリセルダへの殺意が無かった事を必死に訴える。

 

 

 

 

 

 

 

 

──ザシュッ……。

 

 

直後だった。背後から伸びて来た小さなナイフが胸当て(ブレストプレート)喉当て(ゴーゲット)の隙間に突き刺さり、シュミットは身体の感覚を失ってがしゃりと音を立てて地面に転がった。恐らくは小型刺突武器専用スキル《鎧通し(アーマービアース)》と、非金属防具専用スキル《忍び足(スニーキング)》の複合技による不意打ちだと当たりを付ける。

嫌な予感がした彼は直ぐさま自身のHPゲージを確認すると、その周りを緑色に点滅する枠が囲っていた。──麻痺状態だ。シュミットは聖竜連合の壁戦士(タンク)のリーダー格として最前線で戦うべく、高い防御力を誇ると共に耐毒スキルもそれなりに上げている。その耐性をも上回るハイレベルな毒を使うのは一体誰なのか……。

 

 

 

 

「ワーン、ダウーン」

 

 

 

 

そう思った次の瞬間、背後から少年の様な無邪気な声が降って来た。

必死に視線を上へと向けるシュミット。その視線の先に居たのは、全身を黒い装備で覆い尽くし、右手には刀身が緑色に濡れている細身のナイフ、そして頭部は、目の部分だけがくり抜かれた頭陀袋の様な黒いマスクに覆われていた。

更に注目すべきは、彼のプレイヤーカーソル。その色は見慣れたグリーンなどではなく、犯罪者である事を意味する鮮やかなオレンジ色であった。

 

「あっ……!」

 

更に別方向から聞こえて来た声……いや、小さな悲鳴。そちらへと視線を向ければ、そこにはヨルコとカインズを同時に血の色に発光する極細の剣──針剣(エストック)で牽制する、全身に襤褸(ぼろ)切れの様なものを垂れ下げたやや小柄なプレイヤーの姿が。頭には髑髏(どくろ)を模したマスクを被っており、その暗い眼窩の奥には不気味に赤く光る小さな眼が有った。そして、そのプレイヤーカーソルの色は先のプレイヤー同様にオレンジ。

 

「デザインは、まあまあ、だな。オレの、コレクションに、加えて、やろう」

 

その髑髏マスクの男は棒立ち状態のヨルコからエストックを奪い取ると、しゅうしゅうと擦過音の混ざる途切れ途切れの声でそう呟いた。

 

「Wow……確かにこいつはでっかい獲物だ。聖竜連合の幹部様じゃないか」

 

そして更に現れた三人目の影。膝上までを包む(つや)消しの黒いポンチョに、目深に被ったフード。だらりと垂れ下がる右手に握られるのは、まるで中華包丁の如く四角く、血の様に赤黒い刃を持つ肉厚の大型ダガー。

 

(まさか……こいつら……!)

 

シュミットはこの男達の事を知っている。ある意味ではボスモンスター以上に厄介であり、攻略組、中層問わず、ほぼ全てのプレイヤー達が忌み嫌う存在──殺人者(レッド)プレイヤー。

 

「殺人ギルド……《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》…………ッ!?」

 

その中でも特に注意すべき、最大最凶の殺人ギルド《笑う棺桶》──その幹部の座に着く最凶最悪の男達……

 

 

 

 

──毒ダガー使い《ジョニー・ブラック》。

 

 

 

 

──エストック使い《赤目のザザ》。

 

 

 

 

そして、その二人を……数多くのレッドプレイヤー達を纏め上げ、その頂点に君臨する男……

 

 

 

 

──リーダー《PoH(プー)》。

 

 

 

 

白骨の腕が隙間よりはみ出した、にやにやと笑う漆黒の棺桶(かんおけ)が描かれたエンブレムをその手に刻みし死神達が、命を狩らんとする凶刃を携えて現れたのであった。

 

 

 




PoH達との衝突に於いて少し書きたい内容が有ります故、今回の更新は此処までとさせていただきます。
余談ですが、自分としてはPoHの声は《藤原啓治》さんよりも《小山剛志》さんの方が好みです。

さてさて、圏内事件編もいよいよ終わりが見えてまいりました。
後2話程で終了を予定している圏内事件編……次回もお楽しみにしていて下さいませ。


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Chapter.21:紅の殺人者



※ Attention please


・本文中盤辺りにて、PoH様がちょいとやらかして下さいます。

・皆さまの腹筋の耐久値は大丈夫ですか?

・回復POTではなく、回復結晶の準備はよろしいですか?


……全てOKな方のみ、下スクロールを開始して下さいませ。




 

 

 

殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。

結成されたのは、SAOというデスゲームが開始されてから一年後の事だ。それまでは、ソロ或いは少人数のプレイヤーを大人数で取り囲みコルやアイテムを強奪するという小悪党レベルだった犯罪者(オレンジ)プレイヤーの一部が、より過激な思想の下に先鋭化された集団である。

 

 

 

 

──その思想とはつまり……《デスゲームならば殺して当然》。

 

 

 

 

現代日本においては許される筈の無い《合法的殺人》が、この極限状況(アインクラッド)でならば可能となる。何故ならば、最終的にHPバーがゼロになったプレイヤーを《殺す》のは殺人装置と化したナーヴギアであり、その設計者かつこのデスゲームの計画者である茅場晶彦なる人物だ。HPバーを減少させたプレイヤーではない。

──ならば殺そう。ゲームを愉しもう。それは全プレイヤーに与えられた権利なのだから。

 

そんな劇薬じみた思想に誘惑され、洗脳された多くのオレンジプレイヤー達が狂的な(くれない)へと染まり、凶刃を携えてそれまで踏み越えなかった一線を何の躊躇いも無く超えて行き、多くのプレイヤー達の命を刈り始めた。

そして、彼らをそんな狂気の道へと(いざな)ったのが、そのユーモラスなプレイヤーネームに反して冷酷非道な思想を有し、凄まじいカリスマ性と巧みな人心掌握術をも併せ持つ、肉切包丁を携えた黒ポンチョの男──《PoH(プー)》なのだ。

 

そんな恐怖の象徴たる最凶最悪のお訊ね者の男が、何故にこの様な下層のフィールドなんかに現れたのだろうか。それも、彼同様に要注意人物として見なされている腹心の部下二人をも伴って。

麻痺毒の所為もあって身動きが取ずに地面に転がった状態のまま、加えてそれ以上の疑問に対して必死に思考を彷徨わせるシュミット。そんな彼を見下ろしながら、PoHは如何にして目の前の獲物を料理するかについて思案する。

 

「さて……どうやって遊んだもんかね」

 

「あ、あれ、あれやろうよヘッド。《殺し合って、生き残った奴だけ助けてやるぜ》ゲーム…………ぷっ」

 

「ンなこと言って、お前この間結局生き残った奴も殺したろうがよ」

 

「あーっ! 今それ言っちゃゲームにならないっすよヘッドぉ! …………ぷくっ」

 

凶悪殺人者二人の間で繰り広げられる緊張感の無い、されどおぞましやり取りに、ザザはエストックの切っ先をヨルコとカインズへと掲げながらニヤけた笑みを浮かべ、向けられている二人は恐怖からか手で口を押さえる。二人の会話によって現実に引き戻されたシュミットに至っては、その口元をひくつかせている。

…………否、実を言えば、今この場を支配しているのは何も《恐怖》だけではなかったりする。

 

「さて、取り掛かるとするか」

 

そんな事など気にも留めないと言わんばかりに、冷静にシュミットへの処刑宣告を下し、手に持つ大型ダガー《友切包丁(メイトチョッパー)》を高々と掲げるPoH。モンスタードロップでありながら、現時点に於いて最高レベルの鍛冶職人が作成出来る最高級の武器を上回る性能を持つ、所謂《魔剣》と称されるそれがシュミットの命を刈り取らんと振り下ろされる────

 

 

 

 

 

 

 

 

──しかし、その凶刃がシュミットへと届く事はなかった。

 

どどどっ、どどどっ、というリズミカルなビートと振動を立てて、何かがこちらへと近付いて来る。迫り来る気配にPoHは処刑の手を止め、部下二人と共に音の聞こえて来る方向へと警戒の目を向ける。シュミットも同様にそちらへと視線を向ければ、霧の掛った薄暗い《十字の丘》を、こちらに向かって一直線に近付いて来る白い燐光(りんこう)が見えた。

小刻みに上下するその光が、闇夜を駆ける一頭の馬の(ひづめ)を包む冷たい炎であると見て取れたのは数秒後の事。その力強い脚力にてたちまち自分達の下まで辿り着いた騎馬は、立ち止まるとその場で後脚だけで立ち上がる。

 

「ふがっ!?」

 

「あいたたた……。だ、大丈夫、キリ────ひゃうッ!?」

 

それにより、その背に乗せていた二人の騎手が重力に逆らえずに真後ろへと転がり、二人の身体が重なる形で地面へと落下してしまう。

 

「? 急に変な声出してどうしたんだ、ユウキ? ……てか、何だこれ?」

 

「や、だめぇ! 何処触ってるのキリトぉ〜〜!!」

 

「ど、何処って……?」

 

「胸ッ! ボクの胸だよぉ!!」

 

「な……っ!?」

 

そして、落下して下敷きとなったプレイヤー──キリトが、自身の上に乗っかっているもう一人のプレイヤー──ユウキをどかそうと背後から彼女の身体を両手で掴み…………そして彼女の胸を触ってしまうという、何ともラッキースケベなイベントに突入してしまった。

悲鳴の如きユウキの抗議の声を聞いてキリトが直ぐさまその手を彼女の身体から放せば、彼女は素早くキリトの上から立ち退き、地面にペタリと座り込んで自身の胸部を両腕で庇う様に抱きしめる。顔を朱に染めて恥じらうその姿は、普段の元気で活発的なそれとは全く違う、まさに乙女の姿だった。

涙で潤んだ目をしたユウキに睨まれてたじろぐキリトに、ユウキと同じ女性であるヨルコは勿論の事、カインズやシュミット、そして流石のPoH達までもが侮蔑の意思の籠った白い目を向ける。

 

「わ、悪かった! わざとじゃないんだ! こ、今度何でも一つ言う事を聞くから、許してくれ!」

 

「…………ホントに?」

 

「ほ、本当だ! 約束する! だからこのとおりだ!」

 

「…………分かったよ、(ゆる)してあげる。その代わり、ちゃんと約束は守ってよね?」

 

「あ、ああ、勿論だ。それとその……本当にすまなかった……」

 

必死の謝罪の末にユウキからの赦しを得たキリトは、騒動の元凶たる騎馬への仕返しの意も込めてその尻を少し力強く叩き、騎馬のレンタルを解除する。去り行く騎馬を見送ってからPoH達の方へと振り返り、この場に漂う微妙な空気を払拭しようとして……

 

「よう。久しぶりだな、プ────」

 

 

 

 

──固まった。

 

 

 

 

「────」

 

それは隣のユウキも同様であり、その表情は如何にも『え? これどういう事?』とでも言いたげに酷く狼狽えている。

 

「ん? 急にどうしたよ、黒の剣士様? 俺の顔に何か付いてるのか?」

 

「…………お、お前……ほ、本当にPoHなのか……?」

 

急に黙り込んだキリトに対して一体どうしたのかと問い掛けるPoH。それに応えるキリトの声は、まるで信じられないものを目の当たりにしているかの如く僅かに震えている。

 

「HA? 何を言ってるんだキリト。この声、この格好、この武器、このエンブレム……忘れた訳じゃないだろう?」

 

「え、いや、でも…………マジで……?」

 

「お前さんまで俺の事を疑うのか、絶剣の嬢ちゃん?

 

──イッツ・ショウ・タイム!

 

……これで分かっただろう? 俺は正真正銘、間違いなくお前達の言うところの殺人ギルド《ラフィン・コフィン》のリーダーのPoHだぜ?」

 

「「嘘だッ!!」」

 

その装いを見せようとも、武器を見せようとも、ラフコフの証たるエンブレムを見せようとも、決め台詞を口にしようとも……如何に本人が本人であると主張しようとも、キリト達はそれを否定し、頑として認めようとはしない。何故ならば……

 

「だって……」

 

「だって……」

 

 

 

 

「「──くまの○○さんみたいな仮面をしてる様な奴(人〉が、ラフコフのリーダーのPoHな訳がない!!」」

 

 

 

 

……そう、黒ポンチョのフードの隙間から見える今のPoHの顔は、世界的に有名な某ネズミの会社の黄色いくまさんにそっくりな仮面に覆われているからだ。その様な仮面を着けたPoHの姿からは、正直言って最凶最悪の殺人ギルドのリーダーたる雰囲気など微塵も感じられはしない。

 

「…………」

 

「「…………」」

 

キリト達の指摘を切っ掛けに一気に静まり返る十字の丘。張本人たるPoHも、キリトも、ユウキも、そして三人のやり取りを傍観していたジョニー・ブラックやザザ、シュミット達も、誰一人として口を開こうとはしない。完全なる静寂に包まれる。

 

「「「──ぶっ!!」」」

 

だがしかし、やがてその静寂は途端に破られる事となった…………示し合わせたかの如く、その場に居るPoH以外のプレイヤー全員が一斉に噴き出す事によって。

 

「ぷ、ぷははははははッ! プ、PoH……お前、何でそんなモン着けてんだよ!?」

 

「Ah、これか? 偶には気分転換でもしようかと思ってな」

 

「き、気分転換でそんなの着けたってのかよ! や、やめろッ! そのユルい笑顔をこっちに向けるなッ!」

 

「よ、よくそんな仮面を見付けたね! あ、あはは……あははははッ! お、お腹イタい!」

 

「も、もうダメ! もう無理! もう限界! ずっと我慢してたけど、これ以上はもう堪えられないっすよヘッドぉ〜! あっはははははァ〜〜!」

 

「〜〜〜〜クッ!」

 

「プ、PoHがくまの○○さんの仮面って……ぷっ! あははははははッ!」

 

「ま、まさかの名前繋がり! 俺達の腹筋を大量殺人するつもりかよッ!」

 

「お、恐るべし……殺人ギルド《ラフィン・コフィン》……ッ!」

 

敵味方問わずの大爆笑……まさに混沌(カオス)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

──彼らの腹筋が回復するまで、しばらくお待ち下さい──

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼェ、ゼェ、ゼェ……PoH、その仮面はお前の戦力すら奪いかねない。今後はあまり着けない事をお勧めするぜ」

 

「みたいだな。OK、今回ばかりは貴様の意見に従っておくぜ」

 

キリトの忠告をPoHが素直に聞き入れ、問題の仮面を外したところで気を取り直し、改めて対峙するキリト達とPoH達。緩んだ空気が一瞬にして強張ったものへと変わる。

 

「さてキリト……いくらお前達二人でも、俺達三人を相手に出来ると思っているのか?」

 

「んー……不可能じゃないとは思うけど、多分相当難しいだろうな」

 

PoHの問い掛けに、暫しの間思案した後にそう答えを返すキリト。だがしかし、言葉とは裏腹にその表情には余裕の色が見える。それはまるで、自分達の方が優勢であると信じて疑っていないのかの如く。

 

「でも耐毒POT(ポーション)飲んでるし、回復結晶ありったけ持って来たから、十分間……いやもっと耐えられるだろうぜ。そんだけ有れば、援軍が駆け付けるには充分だ。いくらあんたらでも、攻略組三十人を三人で相手出来ると思ってるのか?」

 

「…………Suck」

 

「ああ、それともう一つ……」

 

直前と全く同じ台詞を返され、尚且つ援軍が迫っている事にフードの奥にて軽く舌打ちをし、短く(ののし)り声を上げるPoH。ジョニーとザザも、不安に駆られて視線を周囲の暗闇へと泳がせる。

そんな三人へと向けて、キリトは左手を軽く挙げながら更なる言葉を投げ掛けた。

 

「うちの狙撃手さまからの伝言だ……」

 

 

 

 

──どんな時も後ろに注意(チェック・シックス)、ってな。

 

 

 

 

──ズトッ。

 

 

 

 

「…………へっ?」

 

言い終えた直後、何かが突き刺さる様な音と共に、ジョニーの身体が先のシュミットの様に糸が切れた人形の如くその場に崩れ落ちた。そして倒れた彼の背には、一本のダガーが突き刺さっていた。

地に倒れ伏すジョニーにはそれが分からない。だがしかし、自身の身体が動かない事と、その原因が何であるのかは理解出来ている。緑色の枠に囲まれた自身のHPゲージと、その隣に表示されている稲妻模様のデバフアイコン──それが意味するのは、麻痺状態。そう、彼は自身の十八番(おはこ)である筈の麻痺毒によって地面に()(つくば)されているのだ。

 

(一体誰が……何処から……!?)

 

背中に違和感を感じる事から、背後から麻痺毒を用いての攻撃を受けたであろう事はジョニーにも分かる。だがしかし、攻略組並みに鍛え上げられた《索敵》スキルを用いても、一向にそれらしき影を見付ける事が出来ない。それはPoHやザザも同様であり、程度は違えども彼らに焦りが生まれ、集中力が乱れ始める。

 

──そしてその集中力の乱れは、時として命取りともなり得る。

 

十字の丘に、一陣の疾風が近付いて来る──咎人(とがびと)達に襲い掛からんとする鎌鼬(かまいたち)となりて。

 

「ッ! ……ザザ、後ろだ!」

 

「ッ!? ……ぬおッ!?」

 

最初に気付いたPoHの声でザザも漸くそれの接近に気付くも、時既に遅し。振り向いた時には既に目の前に死神の影が迫っており、今まさにその手に持つ凶刃を突き出していた。反応が遅れてしまったザザは抵抗する間も無くその凶刃をその身に受けてしまい、ジョニー同様に地に倒れてしまう。

 

「くそッ、よくも、やってくれたな、《狼使い(ウルフハンドラー)》ッ!」

 

「へー、俺って周りからはそんな風に呼ばれてるのか。まあ、妥当っちゃあ妥当な呼び名だわなぁ」

 

麻痺毒により仰向けに地に横たわり、自身を襲った目の前の人物へと鋭い視線を向け、悪態を吐くザザ。対して《狼使い》と呼ばれたプレイヤー──現時点に於いて、唯一《モノクロウルフ》と呼ばれるオオカミモンスターを使い魔としているビーストテイマー・カミヤは、彼の怒りなどお構い無しと言わんばかりに、その関心を自身に付けられた二つ名へと向ける。

因みにだが、今カミヤの傍らには二つ名の所以(ゆえん)たる黒と白のオオカミ達は居ない。

 

「さて……どうする、PoH? あんたのお仲間は二人とも戦闘不能だぜ?」

 

エストックを握るザザの手を踏み押さえながら、片手剣の切っ先をPoHへと向けて抜き放ち構えるカミヤ。因みに、ジョニーの傍らには何時の間に移動したのかユウキが立っており、濃紺色の片手剣の切っ先をジョニーへと向けている。これで二人はもはや詰んだと言えよう。

 

「あんたに与えられた選択肢は三つ。一つ目は、仲間を助ける為に俺達三人を相手にするか。……けど、こいつは時間との勝負だぜ? あんまりちんたらやってると、うちと聖竜の精鋭が援軍として駆け付けちまうぜ」

 

一対多の状況に追い込まれたPoHに対し、指を一本立てて複数有る選択肢の内の一つを口にするカミヤ。更に立てる指を一本ずつ増やしながら、続けて二つ目、三つ目の選択肢を提示する。

 

「二つ目は、仲間を見捨てて一人で逃げるか。三つ目は、大人しく投降して三人仲良く投獄されるか。……俺達としては三つ目を選んでくれると一番助かるんだが……さて、どうする?」

 

「オイオイ、誰が好き好んで自分から投獄される道を選ぶかよ。投獄させたかったら、力尽くでやってみる事だな」

 

「だと思ったよ。……けど、そいつはやめにしておくぜ」

 

欲を言うならば、今直ぐにでもPoHの言う通りに力尽くで彼を捕らえて投獄したいところなのだが、状況が状況である為にそうもいかない。今此の場には麻痺で動けぬシュミットや、戦力的には心許ないヨルコとカインズが居るのだ。いくら三人掛かりとはいえども、シュミット達を守り、尚且つ戦闘不能状態にあるザザ達に注意を払いながらPoHと戦うというのは、そう簡単な話でもないのだ。

 

「て事で、選択肢は一と二の二択だ。さあ、どうする?」

 

今一度PoHへと選択を迫るカミヤ。それに対しPoHは少し考える様な素振りを見せた後に、右手に持つ友切包丁を収めた。それが意味する事はつまり……

 

「……二人を失うのは手痛いが、仕方ねえ。二人には悪いが、此処は一人で退かせて貰うとしよう」

 

「そうかい。なら、精々俺達に見つからない様に気をつける事だな」

 

撤退する事を選んだ様だ。PoHのその選択に対して、ジョニーとザザは些か複雑な心境である。見捨てられる事は悔しいが、だからといって自分達のリーダーをむざむざ捕まらせる訳にもいかないとも思っているからだ。

 

「フン……。覚えておけよ。貴様らは、何時か必ず地面に這わせてやる。大事なお仲間の血の海でごろごろ無様に転げさせてやるから、期待しておく事だな」

 

最後にそう言い残すと、PoHは一人十字の丘を立ち去って行く。カミヤ達は、先の理由から深追いをしようとはしない。

 

こうして、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》による脅威は、一先ずのところ過ぎ去ったのであった。

 

 

 




という訳で……


『キリト、ユウキにラッキースケベをやらかす』。
『PoH、お茶目ををやらかす』。
『ジョニーとザザ、捕まる』の回でございました。


あ、そう言えば、ジョニーを仕留めたダガーがどの様にして彼に突き刺さったのか、皆さまはご理解出来たでしょうか?

分からない方へのヒント。
・キリトがPoH達に言っていた言葉。
・あの子といったらあのスキルです。


さて、今年も残す所あと一カ月。
出来ることなら、今年中にもう一本更新したいところ。

という訳で皆さん、ご観覧ありがとうございました。
もしも更新出来なかった場合には、良いお年を。


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Chapter.22:真実と想い

お待たせ致しました。
2014年、最後の更新となります。


 

 

 

アインクラッド第十九層のフィールド《十字の丘》。

そこで行われようとしていた、最凶最悪の殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の主要幹部による凶行。だがしかしそれは、駆け付けた攻略組四大ギルドの一角である《十六夜騎士団》の幹部格プレイヤー達の活躍により阻止され、一人の犠牲者も出す事無く無事追い払う事に成功した。

尚その際、主要幹部三人の内の二人──毒ナイフ使いの《ジョニー・ブラック》とエストック使いの《赤目のザザ》の捕縛に成功。撃退後に駆け付けた増援により、黒鉄宮の監獄エリアに送り込まれるべく連行されていった。

 

余談だが、二人は連れて行かれる直前に、増援として駆け付けた《聖竜連合》のメンバーの内の二人──大剣使いの《サラマンダー》と《ハクリュウ》により、それぞれ一発殴られた。殴った二人曰く……

 

 

 

 

『お前ら、よくもオレ達の家族(なかま)に手ェ出してくれたなァ!』

 

『こいつはその報いだ!』

 

 

 

 

……との事で、この事から、この二人がいかに仲間の事を大事に想っているのかが(うかが)える。

否、仲間想いなのは彼らだけにあらず。中には自分達のギルドの上位性を誇示(こじ)したいという思いの強いメンバーも存在するが、ギルドリーダーの《ドレア》が掲げる思想の下、聖竜連合は基本的に仲間をとても大事にするギルドなのだ。故に、駆け付けた聖竜メンバーの中に二人の行動を咎める者は誰も居なかった。誰もが二人の想いに同じだったからだ。

その様な組織柄故か、攻略組四大ギルドに於ける聖竜への入団希望者数の割合は、入団基準の厳しさに反して十六夜騎士団に次ぐ二位だったりする。

 

 

 

 

──閑話休題──

 

 

 

 

ラフコフとの騒動が片付いた今現在、十字の丘に残っているのはラフコフに襲われかけたシュミット、ヨルコ、カインズの三人と、騒動の解決に尽力したキリト、ユウキ、カミヤの三人の計六人。

駆け付けた聖竜メンバーは全員捕えたラフコフメンバーの連行に(たずさ)わり、十六夜のメンバーはその護衛という名目で先にこの場を後にした。

 

「また会えて嬉しいよ、ヨルコさん」

 

「それと……こうしてちゃんと顔合わせをするって意味じゃ、初めましてになるのかな、カインズさん」

 

援軍メンバーが十字の丘を去ってから暫くして、始めにキリトが口を開き、次いでカミヤが少しばかり皮肉っぽく聞こえる台詞で以ってカインズへと語り掛ける。

 

「全部終わったら、ちゃんとお詫びに伺うつもりだったんです。……と言っても、信じて貰えないでしょうけど」

 

「いや、信じますよ。ヨルコさん達は嘘を吐くのが得意な様には見えませんから」

 

そんなカミヤ達を上目遣いで眺めながら苦笑を浮かべるヨルコに、カミヤは何時もの気だる気な表情に少しの優し気な笑みを浮かべて応える。僅かに緩んだ空気の中、今度はシュミットが口を開き、再度場の空気を引き締めた。

 

「……お前達。助けてくれた礼は言うが、何で分かったんだ? あの三人が此処を襲って来る事が」

 

「分かった、って訳じゃない。あり得ると推測したんだ」

 

シュミットの問い掛けに応えを返したキリトは、その視線をヨルコとカインズの二人へと向ける。

 

「なあ、カインズさん、ヨルコさん。あんた達は、あの二つの武器をグリムロックさんに作って貰ったんだよな?」

 

「はい。彼は、最初は気が進まない様でした。もうグリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって」

 

「でも、僕らが一生懸命頼んだら、やっと武器を作ってくれたんです」

 

確認の問い掛けに応えた二人に、しかしキリトはその表情を暗くして、恐らくは二人にとって衝撃的であろう事実を語って聞かせた。

 

「…………残念だけど、あんた達の計画に反対したのは、グリセルダさんの為じゃない。《圏内PK》なんていう派手な事件を演出し、大勢の注目を集めればいずれ誰かが気付いてしまうと思ったんだ」

 

「え……?」

 

思いも掛けないキリトの言葉に、ヨルコ達は意味が分からないとばかりに首を傾げる。そんな彼女達に、キリトは出し得る限りの静かな声で以って、自分達が行き着いた真実を語り始めた。

 

「…………俺達も気付いたのは、ほんの三十分前だ……」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

時は(さかのぼ)ること三十分程前。

圏内殺人のトリックの解明に行き着いたカミヤ達は、自分達のギルドホームへと戻り、大広間にてアスナが淹れたお茶を飲みながらゆっくりと(くつろ)いでいた。

そんな中、不意にキリトが口を開いて話を切り出した。

 

「まんまとヨルコさんの目論見通りに動いちゃったけど、でも、俺は嫌な気分じゃないよ」

 

「そうだね」

 

「ボクも。探偵の気分が味わえたみたいで少し面白かったよ」

 

などと、自分達がヨルコに騙されていた事に怒る様子の見られないキリト達。シノンも、何やら少しばかり浮かない表情をしてはいるが、同様に怒りを感じてはいない様子で、彼らの言葉に頷いてみせる。そんな彼らに少々呆れて「お前ら懐広いなぁ」などと零し、茶を(すす)るカミヤだが、かく言う彼とて騙された事にさして怒りを感じてはいない。

 

「ねえ……」

 

そんな中、今度はアスナが口を開き、そして四人へと問いを投げ掛けた。

 

「もしみんながギルド《黄金林檎》のメンバーだったら、超級レアアイテムがドロップした時、何て言ってた?」

 

「「「…………」」」

 

突然の問い掛けに数秒程絶句した後、更にそこから数秒黙考してから、先ず初めにカミヤが(おもむろ)に口を開いて答えた。

 

「……場合にもよりけりだから、一概には何とも言えないかな」

 

「まあ、そうだよね……」

 

「まあ極端な話、隠匿しても明かしても揉めて、雰囲気がぎすぎすして崩壊寸前にまで至る様なら、俺はそのアイテムに関する一切の権利を棄てて、速攻でギルドを抜けてただろうな」

 

それはあまりにも大胆かつ極端過ぎるものであり、逃避的で臆病で卑怯な考え方である。故に四人は暫し唖然とし、問題の提示者たるアスナは抗議に近い声を上げる。

 

「ちょっ!? 幾ら何でもそれは流石に極端過ぎるんじゃ……」

 

「なら聞くが、レアアイテム一つで乱れる様なチームワークの粗雑なギルドなんかで、死と隣り合わせの戦場を生き残っていけると思うか?」

 

「そ、それは……」

 

しかし、反論のしようの無いあまりにも正論過ぎる言葉を返された事により、アスナは……他の三人もまた、何も言えなくなり口を(つぐ)んでしまう。

そんな気まずくなった空気を変えるべく、カミヤは直ぐ様フォローを入れる。

 

「安心しろ。そうならない為にもうちは、ドロップしたアイテムの権利はドロップした奴のもの、ってルールを設けてるんだから」

 

「そ、そうだよね! うちはちゃんとしたルールを設けてるんだから、そんな事にはならないよね! うん!」

 

途端に少しばかり過剰な反応をしてみせるアスナの様子に、カミヤは少しばかりたじろぎ、思わず身を引いてしまう。

 

さて、カミヤの言う通り、十六夜騎士団ではアイテムによる一切のトラブルを避けるべく、『ドロップアイテムの一切の権利はドロップしたプレイヤーのもの。何人(なんぴと)もそれに口出しをしてはならない』という決まりが設けられている。これを含めた幾つものギルドのルールが加入の際に希望者へと説明され、それらを受け容れられるプレイヤーのみギルドへの加入を許される事になっているのだ。

 

 

 

 

──閑話休題──

 

 

 

 

暫くしてカミヤ以外の四人が落ち着きを取り戻したところで、アスナが静かに口を開いた。

 

「……わたし、思うんだ。戦闘経過記録(コンバットログ)が無くて、誰にどんなアイテムがドロップしたかは自己申告するしかない……そういうシステムだからこそ、SAO(この世界)での《結婚》に重みが出るのよ」

 

不意に出て来た《結婚》という話題に、理解出来ずに首を傾げるアスナ以外の四人。そんな彼らの疑問に答えんと、アスナはゆっくりと続きを語る。

 

「結婚すれば、二人のアイテム・ストレージは共通化されるでしょ? それまで隠そうと思えば隠せたものが、結婚した途端に何も隠せなくなる。《ストレージ共通化》って、凄くプラグマチックなシステムだけど、同時にとてもロマンチックだとわたしは思うわ」

 

そう語るアスナの視線は自然とカミヤへと向いており、ほんのりと熱を帯びている様に窺える。

当のカミヤは、なるべくそんな彼女の表情を見ない様にしながら「お前って確か結婚した事無い筈なのに、よくそんな事知ってるなぁ」などと呟いていたが、不意に浮かんだ疑問に再び首を傾げ、アスナへと問い掛けた。

 

「ん? プラグマチック……確か《実際的》って意味だったっけか。……SAOでの結婚が実際的?」

 

「うん。だってある意味身も蓋も無いでしょ、ストレージ共通化だなんて。お互いのアイテムを共有する事になっちゃうんだよ」

 

「ストレージ共通化……アイテムの共有ねぇ…………」

 

そこまで口にしたところで、カミヤはその二つの言葉に何やら違和感を覚えた。それは横で聞いていてキリトもであり、そして先に違和感の正体に気付いて問いを投げ掛けた。

 

「……なあ、結婚相手が死んだ時、アイテムはどうなるんだ?」

 

「え……?」

 

「アイテム・ストレージは共通化されている。片方が死んだ時、アイテムはどうなるんだ?」

 

「グリセルダさんとグリムロックさんの事? ……そうね……一人が亡くなったら…………」

 

「……ストレージの容量が許す限り、全てもう一人の物になる?」

 

「あっ……!」

 

カミヤも漸く違和感の正体に気付いた様で、アスナが答えるよりも先にその答えを口にする。そして、そこから導き出される衝撃の事実に、五人は五様の表情を浮かべる。

 

「……という事は、グリセルダさんのストレージに入っていたレア指輪は……」

 

「犯人じゃなくて、結婚相手のグリムロックさんのストレージに残る、って事になるよね」

 

「指輪は……奪われて、いなかった……?」

 

最後に紡がれたアスナの言葉に、しかしキリトは首を縦には振らず、断言する様に力強く言い放ったのだった。

 

「いや、そうじゃない。奪われた、と言うべきだ。グリムロックは、自分のストレージに存在する指輪を奪ったんだ」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「グリムロックが……? あいつが、あのメモの差出人……そして、グリセルダを殺したのか……?」

 

「いや、直接手を汚しはしなかっただろう。多分、殺人の実行役は、汚れ仕事専門のレッドに依頼したんだ」

 

俺達が行き着いた真実に、ヨルコさん達は信じられない……いや、信じたくない、嘘だと言って欲しいとでも言いたげな表情を俺達へと向けて来る。気持ちは分からなくもない。仲の良かった筈の夫婦が相手を殺してしまうなど、とてもではないが信じられないだろう。……だがしかし残念な事に、ほぼ間違いなくそれが真実なのだ。

 

「そんな……あの人が真犯人だって言うんなら、何で私達の計画に協力してくれたんですか?」

 

「あんた達は、グリムロックに計画を全部説明したんだろ?」

 

ヨルコさんからの問い掛けに、答えではなく問いを投げ返したキリト。唐突な質問に一瞬戸惑った様子を見せてから、ヨルコさんは小さく頷く。それを確認すると、キリトは説明の続きを語った。

 

「ならそれを利用して、今度こそ《指輪事件》を永久に闇に(ほうむ)る事も可能だ。シュミットにヨルコさんにカインズさん……その三人が集まる機会を狙って……纏めて消してしまえばいい」

 

「……そうか。だから……だから此処に、殺人ギルドの連中が……」

 

「恐らく、グリセルダさん殺害を依頼した時から、パイプが有ったんだろう」

 

「…………そんな……」

 

余程のショックからか、ヨルコさんは地面に崩れ落ちそうになるが、カインズさんがそれを支えた。しかし、そのカインズさんの表情も、戸惑いの色が浮かんでいるのが見受けられる。

 

「居たわよ」

 

そんな重苦しい雰囲気の中、この十字の丘に新たな来訪者が現れた。

全員が振り向いた先に居たのは、別行動を取って貰っていたアスナとシノンの二人。その足下には、とある理由からアスナに預けておいた、俺の使い魔オオカミであるリトとスーナが。

そして、それぞれの得物を手にした彼女らに追い立てられる様にして歩いて来た、一人の男性プレイヤー。かなりの長身であり、(すそ)の長い、ゆったりとした前合わせの革製の服を着込んでいる。頭にはつばの広い帽子を被っており、その陰に沈んでいる目元は黒いレンズの丸眼鏡によって覆われている。実は、アスナ達にはこの男を探して貰っていたのだ。そしてその助けになる様にと、鼻が利くリトとスーナをアスナに預けておいたという訳だ。

 

「詳しい事は、本人に直接聞こう」

 

男は俺達から三メートルほど離れた位置で立ち止まると、先ずシュミットさんを、次にヨルコさんとカインズさん、最後にちらりと苔生(こけむ)した小さな墓標を見てから、徐に言葉を発した。

 

「やあ……、久しぶりだね、みんな」

 

低く落ち着いたその声に、数秒経ってからヨルコさんが応えた。

 

「グリムロック……さん。あなたは……あなたは、本当に…………」

 

本当にグリセルダさんを殺して指輪を奪ったのか。そして事件を隠蔽(いんぺい)する為に、自分達をも殺そうとしたのか。

音にはならない、されど誰の耳にもしっかりと届いたであろう、嘘であって欲しいと切に願うヨルコさんの問いに、男──元《黄金林檎》のサブリーダー、鍛冶(かじ)師グリムロックは直ぐには答えなかった。……沈黙は肯定と見なすべきだろう。

 

「何でなの、グリムロック! 何でグリセルダさんを……奥さんを殺してまで、指輪を奪ってお金にする必要が有ったの!?」

 

「…………金? 金だって?」

 

ヨルコさんの心からの悲痛な叫び声に、しかしグリムロックさんは(かす)れた声でくくく、と笑った。

 

「金の為ではない。私は……私は、どうしても彼女を彼女を殺さなければ。彼女がまだ私の妻でいる間に」

 

まるでグリセルダさんが自分の元から離れて行ってしまうかの様な物言いをしたグリムロックさんは、一瞬だけ苔生した墓標へと視線を向けてから、独白を続けた。

 

「彼女は、現実世界でも私の妻だった」

 

グリムロックさんの口から告げられた衝撃の事実に、俺達は皆凄まじい驚愕の念に襲われた。そして尚の事疑問に思った。現実世界でも奥さんである筈のグリセルダさんを、何故に殺したのかと。

グリセルダさんの独白は続く。

 

「一切の不安の無い、理想的な妻だった。可愛らしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩すら無かった。……だが、共にこの世界に囚われた後……彼女は変わってしまった……」

 

グリムロックさんは帽子の下に隠れた表情を暗くし、低く息を吐いて言葉を続けた。

 

「強要されたデスゲームに怯え、怖れ、(すく)んだのは私だけだった。彼女は現実世界に居た時よりも、遥かに生き生きとし……充実した様子で……。私は認めざるを得なかった。私の愛した《ユウコ》は消えてしまったのだと」

 

…………。

 

「ならば…………ならばいっそ、合法的殺人が可能なこの世界に居る間にユウコを、永遠の思い出の中に封じてしまいたいと願った私を……誰が責められるだろう……?」

 

…………理解……不能だ。グリムロックさん……いや、グリムロックの戯言(たわごと)は、あまりにも理解に苦しむものだ。

 

「……そんな理由で、あんたは奥さんを殺したのか?」

 

「充分過ぎる理由だ。君達にもいずれ分かるよ、探偵君たち。愛情を手に入れ、それが失われようとした時にね」

 

だから……だからこそ…………

 

 

 

 

「…………分かんねぇ……分かんねぇよ。分かりたくもねえよ、ンな気持ちッ!」

 

 

 

 

──だからこそ俺は、俺が抱く想いを、グリムロックに抱く怒りを込めた、心の底からの叫びをぶちまけた。

 

「グリムロック……あんた、何でグリセルダさんが……ユウコさんが変わったなんて思ったんだ? 何であんたの知るユウコさんが消えちまったなんて思いやがったんだ?」

 

「……何?」

 

「何で、彼女が変わってしまったんじゃなくて、新しい一面を見せたんだと思わなかった!? 何で、その一面も彼女の一部なんだって思って認めようとしなかった!?」

 

「ッ……!? き、君に、私の気持ちなんて──」

 

「分っかんねぇよ! 俺はあんたじゃねえんだから、あんたの気持ちなんて分かる訳がねえよ! ただ一つ分かるのは、あんたがユウコさんを殺した事が間違いだって事だ!」

 

グリムロックの抗議の言葉を怒鳴って遮断(しゃだん)してから、一旦落ち着いて此処で一つの質問を投げ掛ける。

 

「なあ、あんたはユウコさんにきちんと伝えたのか?」

 

「え……?」

 

「ユウコさんに、きちんと自分の気持ちを伝えたのか? 自分がこのデスゲームに恐怖している事を。彼女が自分の元から離れてしまう事に怯えてる事を……あんたは言葉にして伝えたのか?」

 

「ッ……!」

 

グリムロックの肩が小さく震えた。顔もだんだんと蒼白くなって行く。……その様子から、質問に対する答えは明白だ。

 

「伝えろよ! 殺そうなんて考える前にちゃんと伝えろよ! 言葉にしろよ! 言葉にして伝えなくちゃ、お互いの気持ちなんて何も分かる訳がねえだろうがッ!!」

 

「…………あ……ああ……」

 

俺の想いの丈を込めた叫び声の直後、グリムロックは声にならない声を()らし、がくり、と膝から崩れ落ちた。

 

「それに、グリムロックさん……あなたがグリセルダさんに抱いていたのは愛情じゃない。あなたが抱いていたのは、ただの所有欲だわ」

 

「……………………」

 

更に追い討ちを掛けるかの如く掛けられたアスナの言葉に、グリムロックは深く(こうべ)を垂れ、やがてポツリ、ポツリと言葉を呟いた。

 

「…………何処で……間違ってしまったんだろうね……。昔は……あんなにも愛していた筈なのに……」

 

漸く己の間違いに気付いた様子のグリムロックの、眼鏡の奥に隠れた両目からは、ポタリ、ポタリと涙が流れ落ちて行く。そんな彼の元へと、今まで黙って話を聞いていたシュミットさん、カインズさんが歩み寄り、グリムロックの両隣に立ち並んだ。

 

「カミヤさん、この男の処遇は、私達に任せて貰えませんか?」

 

「……分かった」

 

頷くと、二人は項垂れるグリムロックの腕を掴んで立ち上がらせる。立ち上がった次の瞬間、グリムロックは(うつむ)かせていた顔を上げて俺へと向けてると、言葉を口にして来た。

 

「…………もっと、もっと早くに君と会いたかったよ、カミヤ君……」

 

その言葉を最後にグリムロックは二人に連れて行かれ、ヨルコさんも、俺達へと深々と頭を下げてから、三人の後を追う様に十字の丘を去って行った。

 

四つのカーソルが完全に見えなくなるまで見送ると、背後から徐々に白い光が射し込んで来た。どうやら夜が明けた様だ。

 

「…………ねえ、みんな」

 

不意にアスナが問い掛けて来た。

 

「みんななら……仮に誰かと結婚した後になって、相手の人の隠れた一面に気付いた時、みんなならどう思う」

 

ここ二日間、この手の質問が多い様な気がするなぁ……などと、俺とは縁遠そうな質問に少し現実逃避をしてから、真剣に考えを巡らせてみる。人生たかが十五、六年近くしか生きていない四人で必死に考える中、先に答えたのはキリトだった。

 

「ラッキーだった、って思うかな」

 

「え?」

 

が、その答えはあまりにも予想外なものだった。それ故に呆然とする俺達四人に、キリトは説明を加えた。

 

「だ……だってさ、結婚するって事は、それまで見えてた面はもう好きになってる訳だろ? だから、その後に新しい面に気付いてそこも好きになれたら……に、二倍じゃないか」

 

「ぷ……アハハハ。何それ、変なの〜」

 

「へ……変…………」

 

知的さの感じられないキリトの説明に、ユウキはオブラートに包んではいないと思われる感想を述べる。

 

「うん。……でも、ボクはキリトのそういう考え方、良いと思うよ」

 

が、直ぐに優しく微笑んで感想を付け加えた。確かに、悪くない考え方だと俺も思う。

 

「そういう考え方も、アリなのかもな」

 

「そうだね」「そうね」

 

「まあ、俺としてはあんまりとやかく言うつもりは無いが…………あんまりまともじゃないのは流石に御免(こうむ)るかな」

 

「「「確かに」」」

 

直後に皆で一斉に声を上げて笑った。

数秒ほど笑った後、さてホームに帰ろうかと歩き出そうとしたところで、俺は不意にアスナに後ろから腕を掴まれた。何事かと思い振り向くと、そこには驚くべき光景が有った。

 

ねじくれた古樹の根元にぼつんと立つ、グリセルダさんの墓標の傍らに、薄い金色に輝き、半ば透き通る、一人の女性プレイヤーの姿が有った。

ほっそりとした身体を、最低限の金属鎧に包んでいる。腰にはやや細身の長剣。背中には盾。髪は短く、穏やかで美しい顔立ち。そして何よりも、その身に(まと)うのは、二件目の偽装殺人の際にカインズが纏っていた物と同じ、グリセルダさんのものだったというローブ。詰まる所、俺達の目に映っている女性は……

 

「グリセルダ……さん」

 

……の幻、なのだろう。恐らくは。

 

「────」

 

そのグリセルダさんだと思われる幻は、透き通るその顔に微笑みを浮かべて、俺達に何かを伝えんと口を開く。が、当然幻である為に音など出る筈もない。

 

「あっ……」

 

そして次の瞬間には、そこにはもう誰の姿も無かった。

一時の不思議な現象に、暫くその場に立ち尽くしていた俺達だったが、やがてアスナがゆっくり口を開いた。

 

「グリセルダさん、何て言ってたんだろうね?」

 

「さあな」

 

アスナの問い掛けに俺は素っ気なく答え、今度こそホームへと帰るべく歩き出す。

 

「そら、二日も攻略を休んだんだ。早えところギルドに帰って休息取って、午後からだけでも攻略に参加すんぞ。目標は今週中にこの層を突破だ」

 

「あ、ちょっ、待ってよカミヤくん!」

 

「よ、夜通しで疲れてるんだぞ。せめてもう一日だけでも休ませてくれよ……」

 

「……午前中は休ませてくれるみたいだし、我慢しましょ、キリト」

 

「それよりも、ボクお腹空いたよ〜……」

 

後ろから追い掛けて来る四者の四様の声を聞き流しながら、俺は小さな丘を降り、主街区を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………アスナにはああ言ったが、本当はグリセルダさんが俺達に何と言っていたのか、俺には何となくだが聞こえた様な気がした。勿論実際には声は出ていなかったが、そんな様な気がしたのだ。

 

 

 

 

──ありがとう、と。

 

 

 




《おまけ》

カミヤ
「そう言えばキリト、ユウキ……」

キリト
「ん?」

ユウキ
「何?」

カミヤ
「お前らPoHと対峙してる時に物凄い大笑いしてたみたいだけど、何が有ったんだ? 距離が有ったから、俺には笑い声しか聞こえなかったんだか」

キリト・ユウキ
「「やめろ(やめて)! 思い出させるな(ないで)!」」

カミヤ
「……マジで何が有った?」




はい。
という訳で、今回で圏内殺人編は終了となります。


さて、此処で一つ製作の裏話を。

Q.何故乗馬のペアがキリトとシノンではなく、キリトとユウキだったのか?

A.一つは、前回送られた感想の返信でもお答えした通り、キリユウのフラグっぽいものを立てる為です。

そしてもう一つは、カミヤ君の方がラフコフメンバーへの奇襲作戦に向いていると思ったからです。
16話でも言っている通り、カミヤ君はキリト君よりも敏捷力が高いです。故に、索敵スキルの範囲外からでも直ぐに距離を詰める事が出来ると考え、彼を奇襲要員に選びました。
そんな訳で、とある作戦の要員であるシノンちゃんととカミヤ君がペアとなり、余ったキリトとユウキでペアを組んだという訳であります。


さて、此処まで長ったらしい(?)後書きを読んで下さった皆様だけに、素敵な特典をプレゼント。
何と、次の章の簡単な予告でございます!








《予告》
(※予告ですので、台詞は異なる場合がございます。)

圏内殺人解決から数日後の事。
攻略組四大ギルドの団長・副団長を集めたカミヤは、真剣な眼差しで以って宣言する。

「《笑う棺桶》を……討伐する」

そして始まる、《攻略組》vs《笑う棺桶》による激闘。
《攻略組》は《笑う棺桶》を無力化せんと剣を振るい、《笑う棺桶》は《攻略組》を殺さんと凶刃を振るう。

「うおぉぉぉおおおおおおお!」

「あ……ああ…………」

「ようこそ、こっち側へ」

「──るっせぇんだよォ!」

その最中、罪の色に染まる二人のプレイヤー。

──果たして、闘いの行方や如何に……?








それでは皆さん、良いお年を。



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Interval:黒と絶剣《前編》


大ッッッッッッッッッッ変お待たせ致しました!
リアルでの私用が忙しく、加えて毎度お馴染みの文法や表現の関係により、更新に二ヶ月も掛かってしまいました。
しかも、ぶっちゃけ今回の更新の出来にはあまり自信がありません。

そんな感じではありますが、タイトルから分かる通りのキリユウ回……どうぞお楽しみ下さいませ。




……それと、作者はファッションに関してはかなり疎い方なので、たとえ問題が有ったとしても、其処はどうか目を(つぶ)って下さいませ。



 

 

 

アインクラッド中を騒がせた《圏内殺人》、及びそれに深く関連する《指輪事件》の解決より数日が過ぎた。

 

事件解決後、解決に尽力した《十六夜騎士団》の一部メンバーの証言を元に発行された新聞には、事件に使われたトリックと、実際には一人の犠牲者も出ていなかった事が記されており、騒動を起こした人物及び理由に関しては、関係者の事情を考慮して詳細には記載されなかった。

その関係者である《ヨルコ》らはというと、事件が解決したその日に、事件解決への協力に対する御礼と迷惑を掛けた事に対する謝罪をしに、十六夜騎士団のホームを訪れたのだという。

 

 

 

 

──閑話休題。

 

 

 

 

さて、その十六夜騎士団なのだが……実は今日この日、ある意味でのちょっとした騒動が起きようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前九時。

十六夜騎士団がギルドホームを置く、広大なフロアの大部分を常緑樹の森林と点在する湖に占められた、アインクラッド第二十二層。殆ど小さな村と言ってもいい《コラル》という名の主街区の転移門広場に、広場に生えた大きな木に(もた)れ掛かる一人のプレイヤーが居た。

 

そのプレイヤーの名は《キリト》。十六夜騎士団に所属する幹部格のプレイヤーの一人であり、その出で立ちから他のプレイヤーからは《黒の剣士》などと呼ばれている。

しかし、今の彼の出で立ちは《黒の剣士》の所以(ゆえん)である黒ずくめではあるが、普段のそれとは違っていた。何時もは羽織っている黒のコートや背中の黒の片手剣の姿形は無く、シンプルな黒の長袖のシャツと黒の長ズボンだけという、どちらかと言えばオフの格好だ。

 

そう、今日の彼はオフなのだ。それも、他のプレイヤーから共に過ごそうと誘われてのだ。

詰まる所、今の彼は絶賛《待ち合わせ》の最中なのである。

 

「ごめんキリト〜、ちょっと準備に戸惑って遅れちゃった〜」

 

暫く上層の天井に覆われた空を眺めながら待っていると、遅れて来た事を謝罪しながら彼の許へと駆け寄って来る足音が聞こえて来た。どうやら待ち人来たりの様だ。

 

「いや、大して待ってないよ。其れよりユウ…キ…………」

 

やって来たその待ち人というのは、キリトと同じく十六夜騎士団に所属する幹部格のプレイヤーであり、若干幼いながらも《絶剣》という異名を持つ凄腕の片手剣使いの少女《ユウキ》だった。

キリトは声が聞こえて来た方向へと振り向き、やって来たユウキへと自身が抱いていた疑問を投げ掛けようとしたが、彼女の姿を視界に捕らえた途端に呆然としてしまい、それ以上言葉が続かなくなってしまった。

 

彼女の今の出で立ちは、上は白いシャツの上に桜色のカーディガンを羽織り、下はチェック柄の赤いミニスカートで、脚には黒のニーハイソックスを履いている。加えて髪型も、何時もは腰の辺りまで伸ばしている濃い紫色の長い髪を後頭部で纏めてポニーテールにしており、前髪も何時ものリボンは外し、ヘアピンで額の両側にて留めている。

その容姿から見受けられる雰囲気は、普段の可愛くも凛々しいそれとは違う、純粋に女の子らしくて可愛いものであり、詰まる所キリトは、普段とは違う彼女の姿に思わず見惚(みと)れてしまったのである。

 

「ど、どうしたの、キリト? 急に黙り込んじゃったりして」

 

「あ……えーっと、ゴメン……何時もと格好が違うから、一瞬誰だか解らなくて。それにその……結構似合ってて可愛かったから、つい……」

 

「ッ!? え、えーっと、その……あ、ありがと……///」

 

其の事を言われた──其れも異性から──ユウキは、嬉しさと気恥ずかしさから頬を朱に染め、少々(ども)りながらもキリトへと礼を述べる。

一方のキリトは、ユウキの其の照れた表情に普段はあまり見る事の少ない女の子らしさを感じ、自身が口にした言葉に気恥ずかしさを感じた事も相俟(あいま)って、此方もまた頬を朱に染めている。

 

「…………」

 

「…………」

 

気恥ずかしさ故に双方共に急に黙り込んでしまい、二人の間を沈黙が流れる。

しかし、その沈黙はそう長く続く事はなく、先に沈黙に耐え切れなくなったユウキがキリトに問いを投げ掛ける事によって破られた。

 

「と、ところでさ……キリトはボクに何か聞きたかったんじゃないの?」

 

「あ、ああ……そう言えばそうだった」

 

空気を変えてくれたユウキに心の中で感謝しつつ、キリトは先程尋ね損ねた疑問を口に出す。

 

「いやな、待ち合わせの場所の事だけどさ……俺たち同じギルドなんだからさ、態々(わざわざ)此処にしなくても、ギルドの玄関前とかで良かったんじゃないか、って思ってさ。其れにそもそも、待ち合わせをする必要なんて有ったのか?」

 

「もう、キリトは分かってないなぁ……。ムードだよ、ムード。折角のデートなんだもん、少しはそれっぽい事したいんだよ♪」

 

キリトの意見も一理有るだろう。同じ場所に住んでいるのであれば、態々時間をずらして出発して待ち合わせなどせずとも、双方の準備が整ってから一緒に出発すれば良い様にも思えるだろう。……尤も、其れは『普通に』出掛ける場合の話だ。

 

そう、二人がこれから行くのはただのお出掛けではない。ユウキが言った通り、二人はこれからデートなのだ。

 

事の発端は数日前、指輪事件の口封じの為にと殺されそうになったヨルコらの危機を救うべく、彼女らの許へと駆け付けた際の事。キリトとユウキは移動の為にと利用した騎馬から落馬してしまい、起き上がろうとしたキリトが誤ってユウキの胸を触ってしまったのだ。キリトはその謝罪の際に「何でも一つ言う事を聞く」という口約束をしており、ではと、後日ユウキはその権利を用いて「デートして欲しい」と要求して来たのである。

まさかデートを要求されるなどとは思ってもみなかったキリトは大いに面喰らったものの、言い出した手前拒否する事など出来る訳も無く、彼女の要求を承諾し、今に至っているという訳である。

 

「そ、そういうもんなのか?」

 

「そういうもんだよ。今後の為にも、ちゃんと覚えといてね♪」

 

返しの言葉に「え? 次が有るのか?」と戸惑うキリトの手を引き、ユウキは転移門の方へと歩き出す。

 

「じゃ、そろそろ行こっか。今日はとことん付き合って貰うから、覚悟しといてよね♪」

 

「お、おう。任せとけって」

 

そして、二人は転移門が放つ青いテレポート光に包まれて、上層へと飛んで行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったな」

 

「ああ、行ったねぇ」

 

……その様子を、村に生えている木や茂みの裏、更には建物の陰など、至る所に隠れて窺う者たちが居た。

 

「しっかしよぉ、まっさかキリトの野郎とユウキの嬢ちゃんがデートとはなぁ」

 

「ほんとビックリですよねぇ。キリトさんってシノンさんと一緒に居る事が多いから、てっきりシノンさんとそういう関係なのかと思っていたんですけどねぇ」

 

「あー……其れ俺も思った」

 

「いや、多分うちのメンバーの殆どがそう思ってる筈だよ…………ユウキちゃんも其の筈だと思うんだけど」

 

「マジで!? つー事は、ユウキちゃんって結構怖いもの知らずなのか?」

 

「かもしれないね。普段の行動からも、時折それっぽい節が見受けられるし」

 

「あー……言われてみると確かに……」

 

「あははは……なんか、妹がすみません……」

 

彼らは二人の事や、二人の周囲との関係性に関してよく知っているらしく、二人がデートをするという事に対して、思い思いの言葉を口にする。

 

其れも其の筈……何故ならば彼らは、二人と同じく十六夜騎士団に所属している面々なのだから。

因みに、今この場に居る面子は、アスナやクライン、ケイタ、シリカ、シウネーらなどといったキリトやユウキと特に親交の深い者たちに加え、ユウキの双子の姉であるラン、更に数名の恋愛好きのメンバーとなっている。

 

尚、今この場に居るメンバーの中に、シノンの姿は無い。

彼氏彼女の関係が疑われる彼女に二人がデートをしている光景を見せては、キリトが危険な目に遭いかねないという懸念から、彼女には今回の事を伝えていないというのも理由なのだが、其れよりも、ここ数日のシノンには何処か少しキリトを避けている、キリトから少し距離を置いている様な気振りが見られるのだ。

其の切っ掛けは《圏内殺人》の捜査中にあった何かしらの出来事に有るのだろう、とカミヤは当たりを付けているが、心配して尋ねてみても「大丈夫。大した事じゃないから」と濁されるのと、戦闘には特に支障を来たしていない事から、下手に干渉するべきではないのだろうと考え、今の所は(・・・・)執拗には触れない様にしている。

 

 

 

 

──閑話休題。

 

 

 

 

「其れにしても、キリトさんとユウキは何時の間にあの様な関係になったんでしょうか?」

 

「さあ? でもさぁ、あの二人って見た感じ仲は良いし、波長も結構合ってそうだから、そんなに意外って訳でもないんじゃないかなぁ」

 

「うーん……言われてみるとそうかもしれないね」

 

「まあ、その辺の事は後で本人たちに直接聞いてみるとして、今は二人の後を追いかけましょ。メリダちゃん、二人の現在地は?」

 

「え〜とですね〜……四十二層の主街区をゆっくりと移動してますね〜」

 

「《サビア》の街かぁ。て事は、先ずはショッピングをして回るって事なのかな」

 

何はともあれ、二人の後を追い掛ける気満々といった様子で、続々と物陰から出て来るメンバーたち。

 

「よーし、それじゃあみんな……そろそろ二人の後を追い掛けるわよ! 念の為に、二人の《索敵》の範囲に引っ掛からない様に、二人との距離にしっかり注意してね!」

 

「「「了解!!」」」

 

転移門へと歩き出して行く、張り切る方向性を何処か間違えているであろう、アインクラッドの精鋭剣士たち。

そんな彼らを見て、呆れの籠った声を(こぼ)す者が居た。

 

「…………お前ら、マジで何やってんの」

 

何時も通りに攻略へと向かうべく、転移門を利用せんと近付いて行ったが、丁度二人が話し込んでいる最中であったために、連れのメンバー共々隠れていた追い掛け隊の面々によって強引に引き留められてしまった、十六夜騎士団団長のカミヤである。

 

「何って……キリトくんとユウキがデートするんだよ! 何だか物凄く気になるから、二人の後をこっそり追い掛けるんだよ!」

 

その呟きには、他のメンバーを先に行かせて、アスナが凄まじい気迫を纏って返して来た。

 

「それは話聞いてたから分かってるよ。俺が言いたいのはな、攻略を休んでまでする程の事なのかって事だよ。そりゃ、行動は自由だって言ったけどさあ」

 

「そうだよ! あの二人に限らず、他人(ひと)の恋の行方は意外と気になるものなんだよ! しかもそれが親しい間柄の人のものとなれば、尚更だよ! 追い掛けてでも見守りたいんだよ!」

 

「そ、そうか……」

 

「カミヤくんは気にならないの? あのコミュ症だったキリトくんと、普段はちょっぴり女の子らしさに欠けてるユウキが、二人でデートなんだよ!」

 

「…………生憎と、俺は他人の恋愛にはあんま興味は無えよ。有ったとしても、後を追っ掛けてまで見守ろうとは思わねぇよ」

 

何処か鬼気迫る雰囲気のアスナに圧倒され、若干引き気味となってしまうカミヤだが、其れでも、アスナからの問い掛けにはしっかり自身の考え方を返答した。……尤も、その内容は大分冷淡なものではあるが。

 

「えー……カミヤくん、ちょっとつれなーい」

 

「考え方なんて人それぞれだろ」

 

「むぅー……確かにそうかもしれないけどさぁ……」

 

案の定、アスナはカミヤの冷淡な考え方に多少の不満を抱き、異議を唱えるが、カミヤはあまり取り合おうとはせず、むくれるアスナに向けて忠告の言葉を掛ける。

 

「まあ、俺の考え方なんてこの際どうでも良いだろ。……取り敢えず、お前らに一つ忠告」

 

「……なに?」

 

「あんまやり過ぎて、馬に蹴られねぇようにな」

 

「あ、うん、そうだね。気を付けまーす」

 

「其れともう一つ……今日の夕方六時に、三十三層主街区の転移門広場だからな。絶対に遅れるなよ?」

 

「うん、分かってるよー。それじゃあまた後でねー!」

 

そして、カミヤが何やらとても重要そうな用件を伝え終えると、話はお終いとばかりに、アスナは転移門を使って目的の層へと消えて行ったのだった。

 

「何か用事ッスか?」

 

「んー? ちょっとな」

 

「若しかして、カミヤさんもアスナさんとデートですか?」

 

「ダァホォ、ちげーよ。つーか、何をどう考えたらそういう結果に行き着くんだよ? 俺なんかがアイツと釣り合う訳がねぇだろうが」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「そうなの」

 

其の後ろ姿を何処か疲れた様子で見送ったカミヤ。そんな彼に、彼の本日のパーティーメンバーである両手剣使いの赤髪の巨漢《マース》と、長い赤髪を左側で結ったメイサーの少女《ラビ》が、先程アスナに伝えていた用件に対する詮索の言葉を掛ける。

 

余談たが、此の三人……《投擲(とうてき)》スキルと並んでサブウェポンとして扱われがちである《体術》スキルを、メインウェポンに劣らぬ頻度で多用しており、今では第二のメインウェポンと言っても差し支えない程に熟練度を鍛え、数々の敵を打ち倒していたりする。

 

「ホレ、んな事どうでも良いから、俺らもとっとと攻略に行くぞ」

 

「ウッス」

 

「……分かりました」

 

何はともあれ、カミヤは二人からの問い掛けに適当に応えを返してから、二人を伴って漸く攻略へと出発した。

 

 

 

 

──こうして、攻略組四大ギルドの一角たる《十六夜騎士団》に於ける、ちょっとした騒動(キリトとユウキによるデート)の幕が上がったのであった。

 

 

 



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Interval:黒と絶剣《中編》


大変お久しぶりです。

『表現や展開に行き詰まると、執筆意欲が低下してサボってしまう』という悪癖の所為で、3ヶ月も更新が開いてしまいました。
すみません……。

そんな訳で漸く書けました、キリトとユウキのデート回、中編……駄文ではありますがお楽しみ下さいませ。



 

 

 

街の西側から南東の方角へと緩く湾曲する様に流れ行く水路と、街の北東より流れて来て先のものに合流する水路──二本の水路によって三つに区分された、アインクラッド第四十二層の主街区《サビア》。

規模は其れ程大きくはないものの、建ち並ぶ煉瓦(れんが)造りの建物が(かも)し出す洋風な雰囲気が意外にも人気を集め、此処をホームタウンとする者や、観光目的で訪れる者たちで連日賑わっている。

 

そんなサビアの街の、各種の商店が(ひし)めく商業エリアと、公園や広場などの有る観光エリアとが合わさった北側を、《十六夜騎士団》の幹部格プレイヤーである《黒の剣士》キリトと、同じく《絶剣》ユウキが、建ち並ぶ商店へと視線を彷徨わせながら歩いて行く。

 

私服姿で、腕を組んで歩いて行く姿はまさにカップルの其れであり、其の光景を見た道行く男性プレイヤーたちの多くは、キリトへと羨望(せんぼう)の眼差しを向ける。

無理も無い。SAOに於ける男女の比率は、圧倒的に女性の方が少ない。其れに加えて、まだ少し幼いとはいえ、ユウキは充分に《美少女》に分類されるであろう可憐な少女だ。モテたい、彼女が欲しいと願う男性プレイヤーたちにしてみれば、数少ない──しかも美少女であるユウキと連れ歩いている男性プレイヤー(キリト)が羨ましくない訳がないのだ。

 

「うわー……見て見て、キリト! あそこのお店に飾ってある服、すっごく可愛いよ! 行ってみよ!」

 

「お、おい……そんなに引っ張るなって」

 

尤も、ユウキは自分たちが注目を集めている──キリトに至ってはあまり好意的ではない意味で──事など気付かず、気にする事もなく、只々自分たちが楽しむ事だけを考えて、目に映った一軒の洋服店へとキリトの腕を引いて入って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、あたしらも行ってくるね」

 

「うん。気を付けてね、ノリ、テツオさん」

 

「あいよ」

「了解」

 

……勿論の事、その後を追って十六夜騎士団の《二人のデートを見守り隊(ストーカー集団)》のメンバー ──ノリとテツオの二人も入店するのであった。

因みにだが、此の人選は《あまり目立たない》という基準の下に決まったもの。容姿端麗で明るい髪色のアスナや、赤い髪にバンダナをしたクラインなどでは目立つのはほぼ確実であり、そうなれば、こっそりと二人に近付いて様子を(うかが)う事など不可能だからだ。

勿論の事、彼らは皆あまり目立たない様な、それでいて決して怪しまれない様な装いに変装してはいるが、念には念の為という事だろう。

 

 

 

 

兎にも角にも、キリトとユウキのデート……及び十六夜騎士団メンバーによる尾行が、本格的に幕を開けたのであった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

……どうしてこうなったんだ?

 

いや、ちゃんと解ってはいる。

これは、不可抗力とは言えユウキの、その……む、むむむ胸を触ってしまった事への(つぐな)いであると。

 

しかし……しかしだ。確かに「何でも一つ言う事を聞く」と言ったとはいえ、何がどうして其の内容が《デート》になるというのだろうか? 言った手前拒否する事など出来る訳もないから、こうして承諾はしたが、未だに納得は出来てはいない。

俺としては、『スイーツを(おご)って欲しい』とか『クエストに付き合って欲しい』とか、そういう感じのを予想していたんだが……。

 

「じゃーん! 見て見てキリトー!」

 

なんて事を考えていたら、俺とユウキの間を隔てていたカーテンを勢い良く開けて、出発した時とは全く異なる格好をしたユウキが姿を現した。

と言うのも、俺たち──と言うかユウキは今、とある洋服店にて絶賛店の商品の試着の真っ最中なのだ。

因みに今のユウキの格好は、白地に淡い水色の水玉模様が入った、ノースリーブのワンピースに、足下は素足に水色のビーチサンダル。纏めていた髪も何時もの様に下ろし、其処へ麦わら帽子を被っている。彼女の肌の白さも相俟(あいま)って清楚(せいそ)な雰囲気が有り、それでいて、ユウキの活発なイメージを決して損なってはいない。そして、何よりも可愛い。

 

「どうかな? 似合ってる?」

 

「ああ。似合っててとても可愛いよ」

 

「本当!?」

 

「ああ」

 

ユウキの問い掛けに、少し恥ずかしいながらも正直な感想を述べれば、彼女は「えへへー! 良かったー!」と言って、実に嬉しそうな笑顔を浮かべる。

そして直後に、「それじゃあ次のに着替えるねー」と言ってカーテンを閉め、再度試着室の中へと消えて行った。

 

待ち合わせの時といい、今といい、在り来たりな感想ではあったが、其れでもユウキが喜んでくれたのならば何よりだ。

……いや、極端な話……感想を言えただけまだマシなのかもしれない。最悪、何を言って良いのか分からず、躊躇(ためら)っているうちに結局言う機会を逃してしまい、機嫌を取るどころか、逆に更に悪化させてしまった場合だって有り得ただろう。

 

そうならずに済んだのは、間違い無くシノン──詩乃のお陰だろう。アイツが長年ずっと俺の隣に居てくれたお陰で、女の子との接し方をある程度学ぶ事が出来たのだから。

 

……そのシノンはというと、ここ最近、何だか様子がおかしい。

具体的な事を言うと、何だか俺の事を避けている様な気がする。前は一緒に出掛ける事の多かった攻略やクエストも、最近は何時の間にか他の奴らと出掛けているみたいだし、彼女と会話をする機会も少し減った気がする。話しかければちゃんと応えてはくれるけど、其れでもあまり長くは続かなかったり、何処か落ち着かない様子だったり、変に誤魔化そうとするなど、まともに会話出来ていない様な気がする。

カミヤも心配して何度か直接尋ねてみてくれたらしいが、「大丈夫」の一点張りで何も分からなかったという。

 

カミヤ曰く、「多分、今は何を言っても答えてはくれないだろうから、(しばら)くは下手に干渉せずに様子を見よう」との事だが、やはり気になるし、心配にもなる。俺が関わっているとなれば尚更にだ。

 

「……ト、……ぇ……リト……」

 

何か彼女を怒らせる様な事をしてしまったのだろうか? 嫌われる様な事をしてしまったのだろうか?

 

「ねぇ、キリトってばぁ!」

 

「へ? おわっ!?」

 

突然掛けられた大きな声に思考を(さえぎ)られ、俺の意識は現実に呼び戻された。かと思えば、至近距離に此方を見上げているユウキの顔が有り、驚いた俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。

そんな俺を心配するかの様に、ユウキは優しい声音で話し掛けて来た。

 

「驚かせてごめんね……。けど、何回呼んでもキリト返事してくれないんだもん」

 

「わ、悪い……。ちょっと考え事をしてたもんだから」

 

「シノンの事を考えていた」とは言わない。俺とユウキは今一応デートをしているのであって、心配する意味合いだとはいえ、デート中に他の女の事を考えているというのは、あまり褒められた事ではないからだ。

 

「ふーん……。まあいいや。其れよりさ、此の服どうかな? 似合ってるかな?」

 

ユウキの方も深く追求して来る様な事は無く、話題を変えて、新しく着替えた格好に対する感想を求めて来た。

今度の格好は先程のものとは打って変わり、上は白のTシャツに、(たけ)の短い半袖の黒のジャケット、下は膝下辺りまでの長さの青のジーンズを()き、足下はスニーカーと、ユウキの活発さを前面に出した様なコーディネートとなっている。其れに合わせて髪型も(うなじ)の辺りで一本結びにし、其処にグレーの野球帽を被っている。

女の子らしさはマイナスかもしれないが、ユウキの性格的には(むし)ろこういったボーイッシュな格好の方が似合うかもしれない。

 

「おー! なかなかカッコいいじゃないか!」

 

「それって似合ってるって事?」

 

「おう! こう言っちゃなんだけど、ユウキは無理に女の子らしい格好をするよりも、そっちの方がよっぽど似合ってるかもしれないな」

 

「あははは。そうかもしれないねー。うん、ボクもそう思う」

 

普通、女の子らしい格好よりもボーイッシュな格好の方が似合っていると言われて喜ぶような女の子は殆ど居ないのだろうが、思った事を素直に口に出した俺に対し、ユウキは怒るでも呆れるでもなく、自然な笑顔で笑ってくれた。どうやら彼女の機嫌を損ねはしなかった様だ。

 

「それじゃあ次ねー」

 

「おう」

 

この後も、ユウキは何度も試着ショーを繰り返し、その中から気に入った物を何着か選んで購入──勿論、此れはユウキへの償いである為、代金は全額俺が支払った──してから、俺たちは次へと向かうべく店を後にした。

 

余談だが、試着した洋服の中に、胸の上部が大きく開いたタートルネックが存在し、ユウキが其れを着て出て来た時には激しく動揺した。

確かに、何年か前にそういうのが流行ってたのは知っているが、何で其れがSAO(この世界)に存在してるんだよ!? 何で茅場はそんなモンを取り入れてんだよ!? お前は一体何がしたいんだよ!? 頭おかしいだろォ!? そしてユウキも何故に其れを選んだ!? 時期的に考えて少しズレてるだろ!?

それとハッキリ言わせて貰おう…………ユウキの控え目な胸では大分(かな)しい事になっていて、正直あまり似合っていなかったです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………。……イケるかしら?」

 

後日、こっそり撮影した二人のデート風景の写真を整理していた際に、ユウキが胸開きタートルネックを着ている写真を見たアスナが、自身の胸元を見ながらそう呟いていたそうな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

それからというもの、俺とユウキは色んな店を見て回り、所々で幾つかの商品を購入したりしてデートを楽しんだ。

追加の衣服に、アクセサリーや小物など、其処まで多くはないもののそれなりの量を購入したが、購入したアイテムはその場でアイテムストレージに収納する事が出来る為、現実世界の様に大量の荷物を持ちながら歩いて回るという様な心配はない。そういった点では仮想世界はとても便利であり、意外と助かる。

 

それはさておいといてだ。

 

「そろそろ昼時だけど、ユウキは腹の具合はどうだ?」

 

現在の時刻は正午を少し回ったところ。普段とは違って戦闘や訓練(激しい運動)をしてはいないが、やはり生理現象だからだろう、そろそろ腹が減って来た。

 

「そーだねー……うん、そろそろ空いて来たかも」

 

 

 

 

くぅ〜〜〜〜。

 

 

 

 

俺の問い掛けにユウキが答えた直後、何とも可愛らしい音が俺の耳に聞こえて来た。其れがユウキの腹の虫の音である事は、「あ、あははは……」と照れ笑いを浮かべながら、紅くなった頬をかいているユウキを見て一目瞭然だった。

本人は普段通りに振る舞おうとしている様だが、其の様子は普段と比べれば明らかにぎこちなく、其の所為もあってか何と無く気不味い。

 

「そ、そっか……。そんじゃ、どっか良さそうな感じの店に入って昼飯にしようぜ?」

 

「え? あ、うん、えーと、ね……実はさ、お昼ご飯の事ならボクに考えが有るんだ」

 

「お、そうなのか。何処か良い店でも知ってるのか?」

 

「えへへ、ナ〜イショ! それは着いてからのお楽しみだよ♪」

 

「お、おい……!」

 

だからと言って、下手に茶化して機嫌を損ねられても不味いので、此処は何も聞かなかったフリをし、話を先に進めて意識を()らす方向で行く。

其れが功を奏したのか、ユウキは次第に落ち着きを取り戻していった。後はお互いに忘れてしまえば問題は解決だ。

 

其れはさて置き。

此方から振った話題に、自分に案が有ると応えたユウキ。だが、彼女は其の内容を勿体ぶって詳細には教えてくれない。

俺を驚かせたいとか、そういう何かが有るのは何と無く解る。だがしかし、解っていてもやはり気になるものだ。

 

そんな訳で、詳細も聞かされずにモヤモヤとした気分のまま、ユウキに手を引かれて街を歩く事数分。

 

「着いたよ!」

 

連れて来られた先は、小洒落(こじゃれ)た雰囲気のオープンカフェ……

 

 

 

 

 

 

 

 

…………とかではなく、街の東に位置する転移門広場。二本の水路の合流地点に面して造られたウッドデッキだ。

其処から見える、日の光が反射してきらきらと輝いている水路と、其の水路に沿って煉瓦造りの建物が建ち並ぶ光景は、同じく水路が流れる第四層の主街区《ロービア》とはまた違った趣が有る。

 

さて、そんな景色の良い場所で昼食にしようと言うユウキだが、生憎と周りに飲食店や宿屋の類いの建物は存在しない。となれば、残る可能性は一つ……、

 

「弁当か」

 

「そうだよー」

 

近くに有った手頃なベンチに二人で腰掛けてからそう言うと、ユウキはストレージから小ぶりなバスケットを取り出し、其の中から大きな紙包みを二つ取り出した。

其のうちの一つを受け取り、期待に胸を膨らませながら包み紙を剥がして見れば、先日アスナが作ってくれたモノとそっくりのバゲットサンドが、食欲をそそる香ばしい匂いと共に出て来た。

 

途端、其れまで感じていた空腹感を余計に刺激された俺は、一言「頂きます」と挨拶をしてからバゲットサンドへとかぶりついた。

 

「んー……美味い!」

 

飲み込んだ瞬間、以前食べたモノとは少し違った味わいが口の中一杯に広がり、其の美味さに素直な感想が口をついて出て来た。そして気付けば俺は、二口、三口と夢中になってバゲットサンドを頬張っていた。

 

「えへっ、喜んで貰えて良かったー。頑張って作った甲斐(かい)が有ったよ」

 

「……へ?」

 

だが、ユウキが俺の感想に対して返した言葉を聞いた瞬間、俺は一瞬我が耳を疑い、思わず食事の手を止めてユウキの方へと振り向いた。

と言うのも、俺が覚えている限りでは、ユウキは《料理》スキルを持っていなかった筈なのだ。対応するスキルを持っていなければ……持っていてもスキルの熟練度が低ければ、其れだけ成功率は低くなるものなのだ。

 

「……此れ、本当にユウキが作ったのか? お前確か《料理》スキルなんて持ってなかった筈だろ」

 

「あ、そう言えばまだ言ってなかったね。実はね、ボク最近《料理》スキルを取ったんだ」

 

「マジで?」

 

「うん。……でも、ホントつい最近取ったばかりだからさ、まだまだ熟練度は低いんだ。現に此のバゲットサンドだって、リーシャさんに手伝って貰ってやっとなんだ」

 

色々と合点がいった。

《料理》スキルを取ったというのならば簡単な調理くらいなら可能だろうし、《料理》スキルの熟練度がかなり高いという後方支援部隊長のリーシャ(カミヤが任命)が手伝ったというのならば、料理の成功率もぐんと上がるだろう。

 

「あ! 俺よりも遅れて来たのって、若しかして……」

 

「うん。此れを作るのにちょっと手間取っちゃったからなんだ。でも、其れでキリトに喜んで貰えたんだから、時間を掛けて作った甲斐があったよ」

 

「ああ。すっごく美味いぜ」

 

「えへへ。ありがとう、キリト」

 

其の後は、先程の様に夢中になってガツガツと頬張り続けるのではなく、ユウキが頑張って作ってくれたという事を噛み締めながら、ゆっくりと味わって頂いた。

 

 

 

 

水路の水分を含んだ涼しい風が心地よく吹き抜ける、穏やかな昼時の一齣(ひとこま)である。

 

 

 




因みにですが、

更新をサボっていた際に、作中に使われたキリトくんの声優ネタの元ネタを、今更ですが全話見てみました。
いやー、自分の心にも色々と来るものがあり、何だか他人事とは思えずについつい夜通しで見てしまいましたよ。

放送当時は気にしていなかったけど、後から何気無く見てみたらハマってしまう作品って、結構有るもんなんですね。


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Interval:黒と絶剣《後編》 〜太陽と月〜


皆様、お久しぶりです。

本作品の主人公以外のキャラによる感情表現、それも──作者が未だに経験の無い恋愛感情の表現に四苦八苦した結果、またも三ヶ月も間を空けてしまいました。

年齢=彼女居ない歴の作者には、恋愛話はヒジョーにキビシーです!(なら書くなよ!)




……という訳で、三ヶ月ぶりの更新……おかしな所も有るかもしれませんが、どうかお楽しみ下さいませませ。



 

 

 

お昼ご飯を食べ終えた後、ユウキとキリトくんは再び《サビア》の街の散策へと繰り出した。

色んなお店を見て回ったり、それぞれ違う味のアイスを買って食べさせ合いっこしたり、途中戦闘用のアイテムショップで議論を繰り広げたり、広場のベンチで休憩したりして時間を過ごしたりと、デートに誘ったユウキは勿論の事、キリトくんも実に楽しそうな笑顔を浮かべながらデートしていた。

 

其の様子を見ていたら、わたしもカミヤくんとあんな風に楽しくデートしたいなと思い、其の光景を想像してみて思わずにやけてしまった。

……その時、誰かに敵意の(こも)った鋭い視線で(にら)まれた様な気がしたけど、多分気のせいよね……。

 

 

 

 

──閑話休題(その話は置いといて)

 

 

 

 

今現在、二人はサビアの街を後にして、アインクラッド四十七層の主街区である《フローリア》に来ている。

通称《フラワーガーデン》と呼ばれているこの層は、街だけじゃなくてフロア全体が無数の花々で(あふ)れ返っていて、見た目とっても綺麗な場所だ。そういう訳なので、此処はデートスポットとしてとても人気が有り、現に今も、花の間の小道を歩く人影の殆どが男女の二人連れだ。皆しっかりと手を繋いで、或いは腕を組んで楽しげに談笑しながら歩いている。

 

……その光景を見て、羨ましいと思ってしまったわたしは悪くない筈だ。わたしもカミヤくんと二人であんな風になりたいと思ってしまったわたしは悪くない筈だ。

だってだって、大抵の女の子っていうのはそういったシチュエーションにとっても憧れるもので、目の前で其れをやられた(イチャイチャされた)とあっては、自分だってそういう事をしたいのにと羨ましく思ってしまうものだ。意中の人が居るとなれば尚更にだ。

ユウキとキリトくんのデートを見守るという目的が無ければ、直ぐにでもこの(地獄)から逃げ出したいところだ。

 

で、その肝心の二人はというと、他のカップルで賑わう転移門広場から離れて、安全エリア内に有る人気の少ない丘の上へと来ている。

黄色からオレンジ色へと移り行く夕焼け空の下、沢山の花々が咲き誇る丘の上に並んで腰掛けている二人の様子は、何だかロマンチックな雰囲気だ。

 

 

 

 

……其れは良いんだけれど。

 

実は此処で一つ問題が有って……丘の周りには花以外には何も無い所為で隠れられそうな場所が無くて、二人の其の様子を真近で見る事が出来ないのだ。仕方なく、二人から大分離れた所からこっそり様子を窺っているんだけど、距離が有る所為で二人の会話が全然聞き取れない。

これって……つまりアレなのかしら? これ以上二人の邪魔になる様な真似はするな、という神様からの警告とかそういった感じの。

 

ぐぬぬ……。折角良い感じの雰囲気だっていうのに、其れを近くで見聞き出来ないだなんて……。

神様のイジワル……。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

アスナ達が神の計らい(?)に対して其々に思いを抱いている一方、ユウキ達はというと──

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗な景色だねー、キリト」

 

「ああ。夕日の光の影響もあって、より一層にな」

 

「だねー」

 

夕焼け空の下、ボクとキリトはフラワーガーデンの安全エリア内に有る丘の上で、並んで腰掛けて景色を眺めている。

フラワーガーデンは元からとっても綺麗な場所なんだけど、キリトの言う通り、夕日のお陰で其の景色は普段よりももっと綺麗に感じられる。何と言うか、その……魅力的だ。

 

「……ねえ、キリト」

 

「ん?」

 

「何でボクがキリトをデートに誘ったのか……分かる?」

 

だからかな、そんな魅力的な光景に感化されちゃったらしいボクは、何となくキリトに対してそんな質問をしてしまった。

 

「……え? えっ?」

 

当然、急にそんな質問をされたら誰だって困惑する訳で、キリトの表情は目を見開いたり顔を引き()ったりで凄い事になっている。

 

「え、えーっと……そりゃあ、その……アレだろ? この間の(つぐな)いとして、だろ?」

 

激しく動揺しながらも答えてくれたキリトだったけど、其の表情は今度はどんどん赤くなっている。

何でだろうって思ったけど、其の答えは直ぐに解った。キリトはこの間の事を思い出して恥ずかしくなっ、て……………………って、うわぁぁぁあああああ!? やばいやばいやばいやばいやばい! どうしよう……思い出したらボクまで急に恥ずかしくなっちゃったよぉ〜!

 

そ、そうなんだよね……。事故だったとはいえ、ボクはキリトにむ、むむむ胸を触られちゃったんだよね……。

…………その、触り心地とかはどうだったんだろ? そりゃあ、ボクの胸はアスナやシウネー、リーシャさんのと比べればまだまだ全然小さいから、揉み応えは無いに等しいのかもしれないけどさ。それでも女の子の胸なんだぞ。柔らかいんだぞ。それに、ボクはまだまだ成長途中だから、これからどんどん大きくなるかもしれないんだぞ。

それと、出来ればあんな形でじゃなくて、もっとこうお互いに良い感じの関係になってから、雰囲気のある形でして欲しかったかなぁ…………

 

…………って、うわぁぁぁあああああ!? ボクは何を考えてるんだよぉぉぉおおおおお!? 確かにそういう想いは有るけど、今はそんな事を考えてる場合じゃないんだってぇー!

 

「じ、実を言うと其れは只の切っ掛けで、根本的な理由じゃあないんだよね……」

 

多分間違い無く真っ赤になってるだろう顔をキリトに見られない様に逸らしながら、キリトへと答えを返す。

そう、キリトの言う償いは、あくまでキリトをデートに誘う為の切っ掛けだ。本当の事を言えば、ボクはもっと前からキリトと二人でデートしたいと思っていた。けど、いざ言おうと思ったら恥ずかしくなったり、断られるのが怖かったり、誘う事を躊躇(ためら)ったりで中々言い出せないでいた。そんな時に巡って来たのが今回のチャンスだ。

 

「き、切っ掛け……!? え、じゃあ、その根本的な理由ってのは何なんだ?」

 

「そ、それはね……」

 

そんな事なんて知らないキリトは再び困惑顏で、ボクがデートに誘った本当の理由を聞いて来た。

そ、それはつまり、キリトはボクの想い(こたえ)を知りたいって事なんだよね! ボクが君をデートに誘ったのは、そういう想いが有っての事なんだからね!

だったら言ってあげるよ! 教えてあげるよ! たとえそういう深い意味で聞いたんじゃないんだとしても、聞いて来たんだからちゃんと聞いて貰うんだからね! ボクが君に抱いているこの想い(こたえ)を!

 

「…………好きだから」

 

「え?」

 

 

 

 

「──キリトの事が、好きだからだよ。友達や仲間とかじゃなくて、一人の男の子として」

 

 

 

 

……。

…………。

……………………。

 

う、うわぁぁぁあああああああ!?

い、言っちゃった! 遂に言っちゃったよ、ボク! キリトの事が好きだって言っちゃったよ! 友達や仲間としてじゃなくて、一人の男の子としてキリトの事が好きだって言っちゃったよ! キリトに面と向かって言っちゃったよ! 気持ちは物凄く(たかぶ)ってる筈なのに、物凄く落ち着いた声で好きだって言っちゃったよ!

 

「…………え?」

 

うわぁぁぁあああああ! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! 物すっごく恥ずかしい! 言っちゃったら何だか急に恥ずかしさが込み上げて来たよぉ〜! キリトに胸を触られた事を思い出した時よりもっと恥ずかしいよぉぉぉおおおおお!

 

「え、ええ? ええぇぇぇえええええええ!?」

 

そ、そりゃあ急に告白なんかされたら驚くよね。ましてや仲間で、そんなに目立った素振りなんて見せなかった相手からされたら余計にだよね。

 

「ちょ、ま、ユウキ……それ……マジで……?」

 

「……うん。マジで……」

 

「…………」

 

「…………」

 

其処から(しばら)く沈黙が続いた後、キリトの方から沈黙を破ってボクへと尋ねて来た。

因みに、お互いに黙っている間に頭が冷えて、幾らか落ち着きを取り戻す事が出来た。

 

「……何時から、なんだ?」

 

「キリトの事を好きになったのは、って事だよね」

 

「ああ……」

 

ボクがキリトの事を好きになった時、か……。

 

初めの頃は、デスゲーム開始直後にあの大々的な宣言をしたって理由で注目していた団長と一緒に居たって事と、キリト自身が強かったって事で興味を持っていた。

直接話してみたら、思考が似てるって事で気が合って、其処から仲良くなって、一緒に居ると面白くて楽しいと思う様になった。

ボクらと団長達のギルドが合併してからは、キリトの色んな一面を知る様になってそれまで以上に楽しいと思う様になったし、まるで兄妹として一緒に過ごしているかの様に思う様にもなった。

 

そして、ボクのキリトに対する気持ちが大きく変わったのは、うん──

 

「キリトの事が気になる様になったのは、五十層のボス攻略の時からだよ」

 

今から三ヶ月も前の年の始めの頃、五十層のボスという強敵との激闘の中でキリトへの想いを覚え始めた事を思い返しながら、ボクは其の時の事を語り始めた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

五十層のボスとの戦闘は、実に壮絶だった。

 

《ヴァジュラ・ザ・フィルスゴッド》という名前の金属製の仏像の様なモンスターは、三つの顔に六本の腕という、まるで阿修羅みたいな姿をしていて、六本の腕にそれぞれ種類の異なる武器を持って襲い掛かって来た。

しかも厄介な事に、ボスは一つの身体に三つもAIを積んでいて、三つの面がそれぞれ別々に動いていた。其れに加えて、三つの面は時々他の面を助ける様な動きまで見せた。

 

だから、事前の偵察で其の情報を知っていたボク達攻略組は三つのグループに分かれて、一つのグループにつき一つの面を相手する事になった。

それでも、左右で武器が違う所為でボスの動きに注意しなきゃならなくて、更には其処へ他の面からの横槍が時々来るもんだから、五十層のボス攻略はそれまで以上に集中力を必要とする事になった。

 

で、そんな風に激しく集中した状態で何十分と激しい戦闘を続けていれば、肉体的にも精神的にも疲労が溜まって行き、それによって集中力も落ちてしまう。

 

そうなればどうなるか?

注意力が散漫になって、それまではちゃんと見えていた攻撃にも気付けなくなってしまう。気付くのが遅れれば、それに対する反応だって遅れてしまう。

戦場に於いて、その一瞬は命取りになってしまう。

 

詰まる所、ボクは他の面が入れて来た横槍に気付くのに遅れてしまい、反応出来ずに攻撃を喰らいそうになったんだ。

 

それを助けてくれたのがキリトだった。

同じグループだったキリトがボクのピンチに気付いて駆け寄って来てくれて、ボクを抱き寄せてボスの攻撃から守ってくれたんだ。

 

 

 

 

その後は、気を取り直して再びボスへと挑み、激しい戦闘の末に一人の犠牲者も出す事無くボスを倒したんだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……あの時のアレが切っ掛けなのか」

 

戦闘が終わった直後は、助けてくれたキリトの事が妙に気になるだけで、それがどういった気持ちなのかは分からなかった。

それからというもの、名前も知らないその気持ちは日に日に強くなっていって、気が付けばキリトの事を必死で目で追って、キリトの事ばかりを見て、キリトの事ばかりを考える様になっていた。

 

リーシャさんに相談して、その気持ちが《恋》だって気付いたのは、それから随分経ってからだ。

 

恋を自覚してからは、キリトと一緒にいたい、キリトの傍にいたいという気持ちが(あふ)れて来て、積極的にキリトと行動を共にする様になった。前よりもキリトと一緒に居る事が多くなった。

そしてキリトと一緒に居ると、前とは別の意味で楽しいと感じる様になった。嬉しいって感じたりする様になった。

 

「ピンチを救われたヒロインが助けてくれたヒーローに恋をしちゃうなんて、単純で在り来たりな話だよね。……でも、ボクはそんな単純で在り来たりな恋をしちゃったんだ」

 

……だけど、ここ最近になってそれだけじゃ物足りなくなってしまった。ボクだけがキリトの事を見てるんじゃなくて、キリトにもボクの事を見て欲しいと思う様になった。

ダメだと思って今までずっと我慢してたんだけど、もう気持ちを抑えられなくなっちゃった。

 

「ボクは……ヒロイン(ボク)を助けてくれたヒーロー(キリト)に恋をしちゃったんだよ」

 

だからこそ、ボクは我慢するのをやめて、ボクの想いをキリトへと打ち明けた。少しでもキリトにボクの事を意識して欲しいから。一秒でも多く、キリトにボクの事を見ていて欲しいから。

 

「ねえ……キリトはさ、ボクの事どう思ってる?」

 

「え? ええっと……」

 

そもそも、何でボクはキリトに想いを伝える事を躊躇っていたんだろうか? 何で我慢する必要が有ったんだろうか?

 

「えっと、その……ユウキは見た目は可愛いし、性格も明るくて、元気で、それに優しくて……」

 

シノンとキリトはとっても仲が良いし、シノンがキリトの事を好きだって事は、シノンの態度で前から気付いてた。

其れだけで、ボクがキリトに告白するのを躊躇うには充分な理由だった。

 

「何だか……《太陽》みたいだって思ってる。一緒に居ると楽しいって思うし、気持ちがあったかくなる様に感じる」

 

「え、えへへへ。そ、そんな風に言われたら、何だか照れちゃうじゃないかぁ……」

 

だけど、何時まで経っても二人が付き合い始めたという話は聞こえて来なかった。

ボクは充分なくらいに待っていた。その上で相手が何も行動を起こさないというのなら、ボクがキリトに想いを打ち明けたって良い筈だ。

 

「なら、さ……」

 

ともかく、ボクはキリトにボクの想いを打ち明けた。此れでボクとシノンの関係は、キリトを巡る恋のライバルだ。

 

「──シノンの事はどう思ってるの?」

 

キリトが何で応えるのかは判らないけど、ボクは負けるつもりは無い。シノンに負けないくらい精一杯アピールして、きっとキリトの心をボクの方へと振り向かせてみせるんだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「…………え?」

 

ユウキの突拍子な問い掛けに、俺は彼女の意図を理解出来ずに呆気にとられてしまい、反応が遅れてしまった。

それも仕方の無い事だと思う。なんせ俺の事を異性として好きだと言い出したかと思えば、いきなり別の女(シノン)の事をどう思っているのかと聞いて来るのだから。

 

「な、何で其処でシノンの名前が出て来るんだ? 今は関係無いんじゃないのか」

 

「良いから、応えて」

 

返された応えに納得はいかないし、やはり意図も理解出来ない。

だがしかし、此方を見つめるユウキの目は真剣そのもの。とても冗談とかそんなんで聴いてるって感じじゃあない。それだげ、彼女にとって先程の質問は重要だという事なんだろう。

 

ならばどうするか?

 

そんなの決まっている。真面目な質問にはそれ相応の応えを返す。それが(すじ)ってもんだ。

俺は早速、俺がシノンに対して抱いている感情を真剣に思い浮かべ、其れを言葉にしてユウキへと伝える。

 

「そうだなあ……シノンはクールで、何処か素直じゃなくて、時々厳しい事も言うけど、だけど本当はとっても優しくて、面倒見が良くて、頼もしくて、そんで可愛くて……」

 

今此の場に本人が居ないからこそ、すらすらと口にする事が出来たであろう自分の言葉の数々を思い返しながら、俺は思う。

俺はさっきユウキの事を《太陽》だと例えた。同じ様に例えるとするならば、シノンはきっと其の反対の《月》だろう。

どちらも明るく照らしてくれる存在ではあるが、太陽と比べると其の強さは弱いかもしれない。けど、太陽とは違って其の光は優しく穏やかであり、夜の暗闇を照らしてくれる其の存在感は言い知れない安心感を感じさせてくれる。

何時だってそうだった。交通事故で大怪我を負って入院していた時も、俺自身の出生の真実を知った事で人との距離感が判らなくなった時も、そして……此の《SAO》という死の牢獄に閉じ込められた時も、彼女は俺の傍に居て《不安》という名の暗闇を照らし、支え助けてくれた。

 

「俺にとってシノンは少し特別で、とても大切な……ッ!?」

 

最後に俺にとってシノンがどういった存在であるのかを伝えようとするが、其の途中で不意にある事に気付き、最後まで言い終える前に思わず口を(つぐ)んだ。

 

特別、大切……シノンに対してそんな感情を抱いているのは何故か?

彼女には此れまで何度も助けられたから、というのも勿論あるだろうけど、きっと其れだけじゃ其処までの感情を抱く事は無いだろう。其れ以外の……或いは其れ以上の《何か》が有るからこそそういった感情が生まれて来る筈だ。

ならば其の《何か》とは何か? と聞かれれば、一つだけ心当たりが有る。

 

其れは──《好意》。

 

どうにも俺は、知らない内にシノンに対して好意を抱いていたらしい。

好きだからこそ特別だと感じるんだろうし、好きだからこそ大切な存在だと思うのだろう。

それに、好きだからこそ様子のおかしい彼女の事を必要以上に心配してしまうのだろう。ああ、自覚したら余計心配になって来た。

 

「キリト……?」

 

するとそんな俺の顔を、心配そうな顔をしたユウキが覗き込んで来た。

まあ無理も無いだろう。喋っている途中で急に黙り込んだりしたら、誰だって心配するに決まっているよな。

 

……さて、こりゃあ一体どうしたものか……。

察しの良いユウキの事だから、恐らくはさっきの沈黙の間に俺に何かしらの変化が有った事には、もう気付いているかもしれない。

だとするならば、このまま黙っているというのは、心優しい彼女を騙す様で何だか心苦しい。それにユウキだって、自分の気持ちを押し殺してまで付き合って貰ったって嬉しくない筈だ。俺がユウキの立場だとしたら、間違い無くそんなの嫌だと思うだろうから。

 

ならば、此処は素直に言ってしまうのが得策だろう。

 

「……ごめん、ユウキ」

 

「ううん、ちょっと心配したけど、そんなに気にしてないよ」

 

「いや、其れもあるけどさ、そうじゃないんだ……」

 

そう決心した俺は居住まいを正し、視線を顔ごとユウキの方へと向けて、真っ直ぐ彼女を見詰める。

俺の其の様子から真剣な雰囲気を感じ取ったのだろう、彼女もまた居住まいを正し、其の表情を先程同様の真剣なものへと変えた。

其れを合図に、俺は重い口を開いた。

 

「ユウキ……俺さ、気付いちゃったんだ……」

 

「気付いた、って……何を……?」

 

「えっと、其れは、その…………」

 

だが、いざ言おうと思うと罪悪感に囚われて、言うのを躊躇われてしまう。

しかし、既に話の口火は切ってしまっているので、最早後戻りなど出来ないだろう。

ならばと、俺は今一度決心を固めて、再び重い口を開く。

 

「……ごめんな、ユウキ。俺──シノンの事が好きみたいなんだ」

 

…………言って、しまった。自分の事を好きだと言ってくれた女の子の前で、他の女の子が好きだと、最低な事を言ってしまった……。

そんなのを聞かされたユウキは、「そっか……」と言って其の表情を見る見る曇らせて行く。そうさせてしまった俺としては罪悪感が半端ねぇよ……。

 

「け、けどッ! 俺は……ユウキの想いも大事にしたいって思ってる」

 

確かにシノンの事は気になる。けど、だからと言ってユウキの好意を無下にはしたくない。けど其れは決して、(なぐさ)めとかそういった理由でじゃない。ユウキが俺の事を好きだと言ってくれた事が、とても嬉しかったからだ。

要するに俺は、優柔不断で何方(どっち)付かずの駄目な奴だ。

 

「今はまだ気持ちの整理が出来てないから、どっちか一人を選ぶ事は出来そうにない……。だから、俺に時間をくれないか?」

 

挙句、考える時間が欲しいなんていう、ある意味逃げる様な事を言ってしまう始末だ。

其れでも俺は、どちらの気持ちにも真剣に向き合いたい。遊び半分な事には絶対にしたくない。

 

「真剣に考えた上で、ちゃんとした答えを出したい。だから頼む! 俺に……俺に考える時間をくれないか?」

 

「うん、良いよ」

 

「俺は優柔不断で、何方付かずな駄目な奴かもしれないけど、そんな俺でも良ければ少しだけ待ってて…………って、……え?」

 

其の思いを込めて必死の説得を試みたが、其の結果は思いもよらないものとなった。

はて、俺の耳が確かならば、ユウキは今驚く程あっさりと此方の願いを聞き入れてしまわなかっただろうか……?

 

「ええっと……ユウキ……今、何て……?」

 

「だーかーらー、待ってあげるって言ったんだよ」

 

「え、えぇぇぇえええええ!!? ま、マジでか!?」

 

「マジだよ。もう、キリトは疑り深いなあ……」

 

どうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。

普通こういった大事な話はもう少し悩んだり()らしたりしてから応えるものじゃないのか、と突っ込みたくなったが、其れでユウキの気分を害して折角の好意を撤回されても困るので、其れは心の内だけに留め、寛大で心優しい彼女に礼を言う。

 

「あ、ありがとな、ユウキ。……それと、ごめんな……」

 

「謝らなくても良いよ。キリトの真剣な気持ちはちゃんと伝わったから」

 

やはりユウキは、どんな事でも優しく受け容れ、包み込んでくれる《太陽》だ。

 

「けど、此れからは覚悟しといてよね? シノンに負けない位うんとアピールして、絶対にキリトの心をボクの方に振り向かせてみせるんだから!」

 

「あはは……。お手柔らかに頼むよ」

 

 

 

 

──此の日を以って、俺は恋愛感情というものを知り、同時に俺、シノン、ユウキによる三角関係が始まったのであった。

 

余談だが、此の後俺とユウキは暫し景色を堪能してから、雰囲気の良いNPCレストランで夕食にしたのだった。

 

 

 




……という訳で、キリトとユウキのデート回、終了でございます。

次回からは、いよいよ予告していた『笑う棺桶討伐』編でございます。
出来るだけ早く更新出来るよう頑張ります。








……とか言っておきながら、
次もまた三ヶ月も更新が空いたりしたらゴメンなさい……。
なるべく努力はしますので、なにとぞお待ち下さいませ……。


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Chapter.23:《笑う棺桶》討伐作戦会議





──地ノ文、ニガテ……。




という訳で、前回よりも更に半月遅れての更新となりました。マジすいません……。
下手に「次回は早めに」とか言うもんじゃないですね……。

そういう訳なので、これからの更新はより不定期になるやもしれませんので、それをご理解頂いた上でお持ち頂ける様、お願い申し上げます。




 

 

 

ユウキとデートをして、恋愛感情というものを知ってから二週間近くが過ぎた。

あれからというもの、ユウキは宣言通りに俺に対して猛アピールして来る様になった。具体的には、攻略やクエストに一緒に行こうと誘って来たり、飯の時に隣に座って来たり、夜に俺の部屋に押し掛けて来て一緒に寝たりだ。

いやぁ、ユウキが初めて押し掛けて来て「一緒に寝よう」なんて言い出した時はマジで焦ったし、止む無く一緒に寝たら寝たで興奮してなかなか寝付けなくて大変だった。

同じ境遇のカミヤの事を少しばかり羨ましいと思った事も有るが、いざ自分もなってみると意外と辛いもんだ。一年半近くもあれに耐えて来たのだと思うと、カミヤには脱帽するよ。

 

ああ、そう言えばかなり今更な話だけど、随分前からカミヤと一緒に寝るメンバーにアスナも加わったんだっけ。

初めはアスナファンのギルメンから嫉妬の目を向けられてたみたいだけど、カミヤの疲れ様を見たら、みんな(てのひら)を返して同情する様な目で見る様になったっけなぁ。

……色々と大変だなぁ、カミヤも。

 

 

 

 

──閑話休題。

 

 

 

 

俺の方も、シノンに対して根気良くアプローチをし続けてはいる。だがしかし、結果はあまり思わしくなく、相変わらず避けられたり会話が長く続かなかったりのままだ。

ただ、そんなシノンだが、最近俺とユウキが二人で仲良くしている所を見ると、何とも形容し難い顔をする様になった。怒っている様な、羨ましそうな、悔しそうな、苦しそうな、哀しそうな、……けれど、何処かホッとしているかの様な、そんな複数の感情がごちゃ混ぜになったかの様な複雑な表情を。

相談に乗ってくれたカミヤからのアドバイスで、彼女が抱える事情に関しては追求したりせず、なるべく頻繁に、なるべく何時も通りに接する様に心掛けている。

因みに、シノンと接する時にはなるべく一人で行く様にとも言われた。特に、ユウキと一緒に行くのだけは極力避ける様にと念押しされた。……何でユウキと一緒なのは駄目なのか、全くもって分からんままだ……。

 

 

 

 

──閑話休題。

 

 

 

 

そんなこんなで時間が経った、本日夕方。

現在進行形で夕食の準備をしてくれている後方支援組を除く、俺達《十六夜騎士団》の全メンバーは、団長であるカミヤの召集の下ギルドホームの大食堂へと集まっている。

今朝の報告によれば、何でもとても重要な話が有るとの事で、その証拠に当のカミヤはとても(おごそ)かな雰囲気を纏って(たたず)んでいる。

 

「それじゃあ、今夕食を作ってくれているメンバー以外全員集まったみたいなので、今から重要な報告をしたいと思う」

 

メンバー全員の確認が終わった様で、それまでずっと静かだったカミヤが漸く口を開いた。

重要な報告との事なので、それまでギルドメンバーの話し声で溢れていた大食堂は一斉に静まり返り、(たちま)ち話を聞く姿勢となる。

 

「これは、他の四大ギルドと協議した結果なんだが……」

 

《攻略組四大ギルド》の名前が出た事で、今からカミヤが話す内容は余程重要なものだという事を理解し、心持ちをより一層真剣なものとする。だが──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──今夜、四大ギルド合同で《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の討伐を行う事になった」

 

……心構えは出来ていたにも関わらず、報告された内容には大きな衝撃を受けざるを得なかった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

話は(さかのぼ)る事十日前──キリトとユウキがデートをした日の夕刻の事。

 

全体的に和の雰囲気が(ただよ)うアインクラッド第三十三層、其の主街区《ミヅチ》の一角に有るとある木造平屋建ての食事処に、彼らは居た。

攻略組四大ギルドの一角である《アインクラッド解放軍》のリーダーであるディアベルと、副リーダーであるキバオウ。

同じく《聖竜連合》のリーダーであるドレアに、副リーダーである《フリードリヒ》。

《血盟騎士団》の団長・ヒースクリフに、副団長のレンド。

そして、《十六夜騎士団》の団長にして、今回の食事会の主催者であるカミヤと、副団長として付き添ったアスナ、加えてカミヤの使い魔オオカミであるリトとスーナ。

各ギルドの団長、副団長+αという豪華な面子が、(たたみ)(ふすま)に囲まれた和室にて、何処か和風な料理が並ぶテーブルを囲み座っていた。

 

「皆さん、本日は自分の呼び掛けに集まって頂き、ありがとうございます。とりあえず重苦しい話は後にして、先ずは目の前の食事を楽しみましょう。それでは僭越(せんえつ)ながら、乾杯」

 

「「「乾杯」」」

 

集まった中ではアスナの次に年少ではあるが、今回の主催者であるという事からカミヤが乾杯の音頭を取り、其れを皮切りに楽しい食事会が始まる。

食事をしながら個人的なものからギルドに於ける近況を話し合ったり、各々のギルドがどの様な規則を設けているのか、どの様にすればより良くなるかなどと意見交換をしたり、時には他愛の無い話をしたりと、各々が交流を深め合った。

 

其の中でも特に話題となったのが、アスナが作ったオリジナル調味料に関してだ。

例に漏れず、此のNPCの店の料理の味付けも今一つ物足りなさを感じさせるものだった。そこでアスナは持って来た試作品の調味料を使ってみようと出したところ、《十六夜騎士団》以外の全員が其れに興味を持ち、皆試しに其れを使ってみることに。

結果は大絶賛。現実世界のものに似ている其の味に全員が衝撃を受け、歓喜の涙を流した。普段はあまり感情を表に出さず、常に冷静な表情を浮かべているヒースクリフまでもがだ。

そんな美味しい味を知ってしまっては、また食べたくなってしまうのが人間の(さが)というもの。彼らはアスナに対して調味料のレシピを求め、アスナも快く此れまで作った調味料のレシピを教えた。中でも、偶に料理をする事が有るというレンドとフリードは、アスナの話を熱心に聞いていた。

更にアスナは、新しい調味料が出来る度に、情報屋を通じて其のレシピを公開する事を彼らに約束するのだった。

 

 

 

 

──そしてその約束が、後にアインクラッド中に革命を起こす事になるのだった。

 

 

 

 

「さてカミヤ君……今回君が我々を呼んだのは、我々に話したい事が有るからとの事だが、そろそろ聞かせて貰えるかな?」

 

「ええ。では、お話しさせて頂きます」

 

さておき。

食事会も大分盛り上がって来た所で、ヒースクリフがカミヤに今回の議題を話す様にと催促をする。それに対してカミヤも頃合いだろうと判断して頷くと、姿勢を正してから

 

「今回お話ししたいのは、殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の事についてです」

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》──その名前がカミヤの口から出て来た瞬間、部屋の空気が忽ち一変した。それまでの和気藹々とした雰囲気から、緊張感の張り詰めた重苦しいものへと。

そうなるのも当然の事。何せ相手は、ゲームの中での死が現実世界での死をも意味する異常極まりないこの状況下に於いて、何の躊躇いも無く他のプレイヤーの命を奪い続ける危険で凶悪な、厳重な警戒が必要な殺人鬼集団なのだ。

そんな彼らに関する話題ともなれば、これから行われる話し合いがいかに重要であるのかを理解する事が出来るだろう。少なくとも、ふざけた態度で取り組んで良いものではないと解るくらいには。

 

「皆さん既にご存知かとは思いますが、先日の《圏内殺人》の際、事件の捜査に当たっていた俺とアスナを含む数名のメンバーは偶然にも《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の犯行現場に遭遇しました。幸いにも上手く不意を衝いて犯行の妨害、及び彼らを退(しりぞ)ける事に成功しました。また、その際に幹部である《ジョニー・ブラック》と《赤目のザザ》の二名の捕獲に成功し、《聖竜連合》の協力の下彼らを投獄する事が出来ました」

 

実の所、カミヤが行った報告の内容は既に圏内殺人の解決の知らせと共にアインクラッド中に報道されており、その知らせは犯罪者(オレンジ)殺人者(レッド)プレイヤーを除く多くのプレイヤー達に大きな喜びと安心を与えた。

何せ、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の強さは攻略組には届かないまでも、中層の上位並と中々に脅威であり、幹部に至っては攻略組に匹敵する程のものだと推測されているのだ。その幹部二人を捕まえたという事は、つまりは彼らの戦力を大きく削れたという事であり、その分だけ彼らによる脅威が減った──その分だけアインクラッドが安全で平和になったという事なのだから。

当然、今回の会に参列しているカミヤ達もまたこの吉報を喜んでおり、その証拠に張り詰めていた場の空気が僅かにだが緩んだ。

 

「さて、此処からが本題となります」

 

しかし、カミヤが口にした『本題』という言葉に緩んだ空気が再び引き締まり、全員が真剣な眼差しでカミヤの次の言葉を待つ。

これから話す内容が内容である為に、カミヤは自身に集中する視線に気後れする事無く言葉を続ける。

 

「自分が思うに、二人を失った今の彼らの戦力は大幅に低下しているものだと考えられます。ですので──」

 

必要な前置きを言い終えたカミヤは、いよいよ今回の議題について打ち明けた。

 

 

 

 

「──彼らが新たに戦力を整えてしまう前に、直ぐにでも此方から打って出るべきだと考えています」

 

 

 

 

圏内殺人が解決してから数日の間、カミヤは降って湧いた折角のチャンスをどうするべきか、一人で真剣に考えていた。

勿論、今回の案件は一人で何とか出来るものではなく、他のプレイヤーの協力が必要な事くらい重々承知していた。だが、協力を求めるにしても、自分の意見をはっきりさせておかなければ話し合いなど出来る筈もないと考えた彼は、先ずは自分はどうしたいのかを考える事にしたのだ。

 

「今この機を逃して彼らの戦力回復を許してしまえば、彼らを討ち取る事は難しくなり、最悪攻略組からも犠牲者を出してしまう事になりかねません」

 

「そうなる前に、弱っている今の内に奴らを討っておこうという事か。成る程、とても理に適っている話だな」

 

そうして考え抜いた末にカミヤが出した答えに対し、最初に賛同的な意見を返したのは、染色アイテムで緑色に染めたのであろう長髪の男性プレイヤー、《聖竜連合》の副リーダーである《フリードリヒ》だった。

 

「だな。攻略組から犠牲者が出れば、その分攻略に遅れが生じる事になる」

 

「攻略組の被害も勿論ですが、中層及び低層プレイヤーへの被害も見逃せませんよ。いくら幹部二人を捕まえて戦力を大きく削ったとはいえ、彼らの強さは未だに中層のプレイヤーの手に負えるものではありませんから」

 

「何れにしても、彼らの討伐は必須、という訳だね」

 

そのフリードリヒが自身のギルドの団長であるドレアへと伺いの視線を向ければ、ドレアは頷いて賛同的な意を示し、レンドとディアベルもそれに続く。口にこそ出さないがアスナとキバオウも賛成の様で、それぞれに頷いて見せる。

そして残りは、頷く素振りも見せずに黙ったままのヒースクリフのみ。

 

「団長はどの様にお考えですか?」

 

「ふむ……私からは特に意見は無い。討伐を行うというのであれば団員を派遣しよう。レンド君、後の事は君に任せるよ」

 

「分かりました」

 

「ちょ、何やジブン、その非ィ協力的な態度は!? 部下にだけ戦わせて、ジブンは何もせぇへんちゅーんか!?」

 

「まあまあキバオウさん、落ち着いて」

 

「せやけどディアベルはん……」

 

レンドがヒースクリフへと伺いを立てるが、しかし返って来た応えはキバオウの言う通りあまり協力的とは言えないものであった。

カミヤもヒースクリフの態度には釈然としない気分だが、それでも兵を出してくれるだけまだマシかと考える事にし、不服そうなキバオウの言葉を遮って話を進める。

 

「キバオウさん……お気持ちは分かりますが、先に話を進めましょう」

 

「お、おう。スマンな……」

 

「いえ。……では、そろそろ採決を行いたいと思います。《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の討伐に賛成だという方は挙手をお願い致します」

 

結果は、ヒースクリフ以外の七人が手を挙げた事により、賛成多数で可決となった。

念の為に反対意見も伺うが、ヒースクリフは今度も手を挙げる事無く傍観の姿勢を貫き、その態度が再度キバオウを苛立たせる事となった。他の者も怒りこそしないがそれぞれに呆れており、カミヤの場合は、其処まで興味が無いのかよ、とヒースクリフにジト目を向けるのであった。

 

「……では、賛成多数により討伐作戦を決行致します。万が一奴らのスパイが紛れ込んでいた時の事も考えて、メンバーの選抜や情報のやり取りには充分な注意をお願いします」

 

さておき。

カミヤは気持ちを切り替え、討伐作戦の決行とそれに当たっての注意事項を伝える。

それに対してそれぞれに頷く中、「一つ良いだろうか?」という言葉と共にフリードリヒが挙手して発言の許可を求める。何かと尋ねれば、作戦に大きく関わる重大な疑問が返って来た。

 

「奴らのアジトの場所や構成人数などの把握は出来ているのだろうか? 特にアジトに関しては、君も知っていると思うが、以前からずっと探し続けているにも関わらず一向に見付けられていないのだぞ」

 

フリードリヒの疑問は尤もであり、幾ら意気込んだところで、相手の居場所が判らなければ攻め込む事など出来る筈もなく、ただ空回りに終わるだけだ。

しかも、幾ら探し続けても一向に見付けられていないとなれば、その懸念は大きくなるばかりだ。

 

「それに関しては未だに調査中です。一応ある程度の見当を付けてみましたので、上手く行けば早くに見付けられるかもしれません」

 

だかしかし、カミヤは難題だと思われていた敵アジトの問題をあっさりと解決するかの様な発言をしてみせた。

当然これには一同驚き、アスナはそんなカミヤに称賛の目を向ける。……ただ一人、ヒースクリフだけは興味は無いと言わんばかりに無表情のままであるが。

 

「凄いよカミヤ君! よく六十も有る階層の中から奴らのアジトの場所を絞り込めたね」

 

「あくまで予想だ。それに、それでもまだまだ候補は多い……」

 

「いや、だとしても凄いと思うよ。俺なんて未だに全然予想も付かないんだから。それと、候補が多くて絞り込めないというならば、俺達の方でもそれとなく調査してみるよ」

 

「ウチも協力するぜ。お前らには、家族(シュミット)を助けて貰った借りが有るからな」

 

「勿論僕達も協力させて貰うよ。構いませんよね? 団長」

 

「構わないよ。好きにしたまえ」

 

アスナからの称賛の言葉を受けたカミヤだが、当の本人は大した事はしていないと、自分の推理は充分ではないと謙遜(けんそん)を重ねる。

しかし、その謙遜を否定するかの如くディアベルがすかさずフォローを入れ、次いで捜査の協力を申し出る。更にはそこへ報恩を望むドレアとヒースクリフから代理を任されたレンドが加わり、同意の意思を示す。

 

「そういう訳だから、奴らのアジトが大凡どの辺りに有ると考えているのか、カミヤ君の予想を聞かせて貰っても構わないかな?」

 

「……アルゴさんにも言いましたけど、あくまで予想ですからね」

 

「大丈夫だよ。予想っていうのは、合ってるかどうか分からないのが普通なんだから。もし違っていたとしても、別の場所を探せば良いだけの話さ」

 

「……分かりました」

 

それに対してカミヤは自身の推理が予想の域である事を強く念押しした上で、順を追って敵アジトの大まかな場所について話し始める。

 

「普通に考えた場合、誰にも見付からない様に隠れようとするならば、人があまり立ち寄らない様な場所や、探す相手の意識が行き辛い場所を選ぶのがセオリーでしょう。

 

もし彼らがセオリー通りに隠れていたとした場合、彼らが最も警戒しているであろう俺達攻略組の意識が行き辛い場所となると、恐らくは攻略の為に忘れがちになる下層でしょう。下層ならばモンスターのレベルもそこまで高くはないので、圏外のみでの活動を強いられる彼らでも苦にはならない筈です。

 

そして、これまでの調査結果を踏まえて考えるに、彼らは大型家屋などではなくダンジョン──それも迷宮区ではなく、厄介であったり目立たないなどの理由からあまり人が寄り付かない様なフィールドダンジョンに隠れているのではと考えています」

 

予想だと言う割には大分理に適っているカミヤの説明に納得する一同。

そんな中、真っ先に説明の一部に疑問を抱いたドレアは、それに対する説明を求めてカミヤへと声を掛けた。

 

「成る程、ダンジョンってのは盲点だったぜ。……だがよ、何でタワーじゃねえと思うんだ?」

 

「下層とはいえ、迷宮区はレベルアップや移動などの為に人の通りが少なからず有ります。それと、下層で活動しているメンバーからの報告を聞く限り、それらしい気配は無いとの事なので」

 

「そっか、下層に行ってるメンバーにも報告をする様に言ってるのは、この為だったんだね」

 

「今回の事に限っての事でも無いけどな。兎に角そういう事です」

 

「成る程な。理解したぜ」

 

迷宮区タワーの可能性を否定する理由を問うドレアに対し、カミヤは理屈と事実の二つを根拠に答えを返す。

その返答に対して更なる質疑の声は上がらず、ドレアを含む一同が納得の表情を浮かべているのを見て、カミヤは説明の締めに掛かる。

 

「そこから更に絞り込むには判断材料が無いので、残念ながら推測出来るのはそこまでです」

 

「いや、ここまで絞り込めただけでも充分だよ。とても助かっているよ、カミヤ君」

「そう言って頂けると助かります」

 

下層のフィールドダンジョンという大雑把な推測に終わりはしたが、誰一人としてその事に文句を言うものは居ない。

逆に労いの言葉を掛けられてホッとしたところで、カミヤは敵アジトに関する話題を切り上げて、その他に質疑は無いかと問い掛ける。

 

すると、今度はレンドが手を挙げた。

曰く「ソロプレイヤーや他の攻略組ギルドへの協力要請はどうするのか」との事だが、此れに対してカミヤは情報漏洩(ろうえい)の可能性を危惧して、表立って有志は募らないと返答。個別に勧誘するのだとしても、余程信頼の置ける者のみにして欲しいとも付け加えた。

 

「では、討伐作戦の話し合いは以上とします。この後はまたご自由にお楽しみ下さい」

 

それ以外に質疑の声は上がらなかった為、それにて作戦会議は終了。

その後は一転して軽く宴会ムードとなり、飲み比べをしたり、談笑したり、(気分的に)酔って他の者に絡むなどして、皆それぞれに盛り上がり楽しむのであった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

それから約二週間、情報屋や各ギルドで調査を行った結果、数日前に漸く敵アジトの場所を突き止める事に成功。

手に入れた情報を基に各ギルドの代表者の間で遣り取りが行われ、ついに今日、その作戦会議にて決定した内容がギルドメンバーへと報告される事となったのである。

 

察しの通り、カミヤはギルドメンバー全員に討伐作戦、及び万が一の際の後始末への参加を認めているのだ。

メンバーの選抜は充分に注意して行うのではなかったのか、と思いたくなるだろうが、カミヤは自身のギルドにスパイが紛れ込んで居る可能性を殆ど疑ってはいない。

勿論それは堅実な根拠が有っての事であり、その根拠というのは、情報屋に頼んで随時更新して貰っているオレンジプレイヤーのリストを以って行われる入団時の厳重なチェックである。入団希望者のプレイヤー名は勿論の事、そのプレイヤーの交流関係を表すフレンドリストまでをも確認し、該当する名前が無いかどうかを調べるのだ。

幾ら『来る者拒まず』の精神とはいえど、流石に犯罪者まで受け容れようという寛大な心までは持ち合わせてはいないのだ。

 

「作戦内容は以上だ。何か質問が有る人は居るか?」

 

兎にも角にもそんな訳で、信用しているギルドメンバーへと作戦内容を伝えると、次いで質疑の有無を問い掛ける。

しかし、ギルドメンバーの多くはいきなりの衝撃的な報告に未だに驚愕や困惑の念が冷めず、何を問うべきなのかを考えられる程の充分な余裕までは持ち合わせていない。

 

「なら、私から一つ良いかしら」

 

多くのギルドメンバーが未だにまごつきざわつく中、凛とした声で以ってその空気を破り立ち上がったのはシノンだった。

 

「襲撃するのは良いけど、何で夜に仕掛けるの? 普通だったら敵の警戒のそんなに厚くない昼間にやるものなんじゃないの」

 

相変わらずの鋭い指摘ではあるが、しかしカミヤにとってその質問は来ると予想していたもの。故にカミヤは焦る事無く、予め用意しておいた答えを口にする。

 

「恐らくは奴らもそう考えてる事だろうな。夜の活動を控えてる真面目ちゃんな俺達攻略組が、それもわざわざ警戒の厚い夜中に攻めて来る訳が無いって。……だからこそ、奴らの裏をかいて夜に仕掛けてやるのさ。攻めて来る訳が無いという僅かな気の緩みを突いてな」

 

敵の気の緩みを狙うというカミヤの説明に、質問したシノンを含むギルドメンバーの多くが納得の表情を浮かべる。

因みにだが、ギルドで唯一討伐作戦の存在を知らされていたアスナは、他のギルドとの作戦の遣り取りの際に何度か意見を求められていた為、襲撃を夜に行う理由は事前に知っていたりする。

 

「それじゃあ、作戦に参加する意思の有る人は、この後十一時半までに《コラル》の転移門前に集合。激しい戦闘になる事が予想されるから、軽く仮眠を取っておく事を(すす)める」

 

それ以外に質疑の声は上がらず、報告は以上となる。

その後はメンバー全員で夕食を摂り、解散後、作戦に参加する意思のある者達はカミヤに言われた通りにそれぞれの部屋で軽い仮眠を取り、この後起こるであろう激戦に備えて体力の回復に努めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──覚悟…しねぇとな……」

 

余談だが、この日昇った月は、何かしらの不吉な予感を暗示するの如く、血の様な紅色に染まっていたのだった。

 

 

 



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更新再開のお知らせ & 次作品サンプル



皆さま……大変お久しぶりでございます。
小説界の《怠惰の罪》(自称)──和狼DEATH★


いや、ホントごめんなさい。マジでごめんなさい。

・リアル(仕事)の多忙。
・折角の休みも他の事で費やす。
・他の作品の更新(現在停滞中)。
・文章化出来ない事による執筆意欲の低下。

……などなどといった理由により、前回の更新から一年以上も経ってしまいました。
……自分自身も、そんなに経っていた事に非常に驚いております。


そんなぐだぐだな感じではありますが、以前に一度申し上げました通りにリメイク作品として、更新を再開したいと思います。
なお、更新はこちらでの続稿ではなく、新しい作品という形での更新となります。


作品タイトルは……
『ソードアート・if・オンライン(仮題)』となります。


それでは、リメイク作品の第1話(第0話)……そのサンプル版をお楽しみ下さい。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──自分の部屋で、作業を行っていた時だった──

 

 

「おに〜いちゃんッ!」

 

 

唐突に、ノックも無しに部屋のドアが勢い良く開かれ、妹が俺の部屋の中へと入って来た。

 

 

「ん? どうした?」

 

 

「わたしはこれからお風呂に入って来ます!」

 

 

「お、おう……」

 

 

「お兄ちゃん……ゼッタイに、ゼ〜〜〜〜ッタイに、(のぞ)かないでね!」

 

 

「わ、分かった、分かった……。覗いたりせえへんから、ゆっくり風呂入って来い……」

 

 

「は〜い!」

 

 

一体何の用なのかと俺が尋ねてみると、何故なのかはよく分からないが妹は俺に対して、自分がこれから風呂に入るという報告をし、付け加えて入浴を覗くなと強く念押しをして来た。

当然の事だが、実の妹とはいえ女性の入浴を覗くなどという破廉恥(はれんち)な真似をする訳にもいかず。そもそもの話、俺にはその様な事を実行する程の度胸も無いので、俺は妹に入浴を覗かない(むね)を伝え、彼女を風呂へと送り出そうとする。

其れに対して妹は、何が嬉しいのかは知らないが笑顔で元気良く返事をすると、足早に俺の部屋から出て行った。その途中で、俺の部屋のドアを閉めるのも忘れずにだ。

 

 

其れを見送った俺は、中断していた作業へと再び取り掛かるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

其れから一時間くらいは経っただろうか。

試行錯誤しながら作業を続け、(ようや)くある程度の(まと)まりが見えて来たので、ひと段落つこうとした時だった。

部屋の外から、ドタドタドタドタ、と慌ただしく階段を、そして廊下を駆ける足音が聞こえて来た。

やがて、その足音は俺の部屋の辺りで止まる。そして──

 

 

ガチャッ!!

 

 

「お兄ちゃんッ!!」

 

 

勢い良くドアを開ける音と、何やら此方を非難するかの様な厳しい口調の叫び声と共に、バスタオルを一枚身体に巻いただけというあられもない格好をした妹が、部屋の中へと駆け込んで来た。

いきなり入って来られた事にもそうだが、妹のあられもない姿にも驚いた俺は、方言が滅茶苦茶に混ざった口調になってしまう程に狼狽(うろた)えつつも、冷静に彼女の突拍子もない行動の理由について尋ねてみる。

 

 

「うおぉぉぉいッ!? ちょ、おまッ……なんちゅう格好ばしとんねん!? 一体どげんしたとよ?」

 

 

「そんな事どうだって良いよッ!」

 

 

「そ、そんな事って……」

 

 

が、妹から返って来たのは俺の問い掛けに対する答えなどではなかった。

兄であるとはいえ異性(おとこ)に裸に近い格好を(さら)しているにも関わらず、「そんな事どうだって良い」と気にせず片付けてしまう妹の反応に、其れは女の子としてはどうなのだろうかと呆れてしまう。だが、そのお陰で俺の頭は大分冷静さを取り戻した。

で。冷静さを取り戻した事で気付いた事だが、妹の顔からは『怒り』の色が見て取れた。

一体何故? 俺は彼女を怒らせてしまう様な何かをしてしまったのだろうか? ……などと考えていると、妹自ら(いきどお)っている理由を語り出した。

 

 

「…………何で……」

 

 

「うん……」

 

 

 

 

 

 

「何でわたしがお風呂に入ってるのに、一向に覗きに来ないのッ!!?」

 

 

 

 

 

 

「……………………うん……?」

 

 

……ちょっと待って欲しい。

……え? 妹は今何と言った? 俺の耳がおかしくなっていないのだとすれば、『何で入浴を覗きに来なかったのだ?』と聞かれた様な気がするのだが?

 

 

「……あー、ゴメン。もう一回言ってくれないか? 聞き間違いをしたかもしれんから」

 

 

「だーかーらー! 何で覗きに来なかったのって聞いてるのッ! 」

 

 

…………うん、見事なまでに聞き間違いなんかじゃありませんでした……。

というか、『何で』と問いたいのは(むし)ろ俺の方なんだけれども。

 

 

「いやいやいや。何でって言われても……そりゃあ、お前が覗くなって念押ししていったからだろうが」

 

 

俺は妹から『覗くな』と言われた。ならば、言われた通りに覗きに行かなかった俺の対応は正しい筈なのだ。

…………だというのにだ……

 

 

「何言ってるのお兄ちゃん!? 其処は普通、覗きに来るもんでしょ!」

 

 

妹から返って反応がコレである。

うん、どう考えてもおかしいのは妹の方である筈だ。

であるにも関わらず、俺の方がおかしいみたいに思われているのは何故なのだろうか? 一体全体、妹の思考回路はどの様になっているというのだろうか?

 

 

「いやいやいや。お前こそ何言ってんだよ?『覗くな』って言われたら、言われた通りに覗きに行かないのが普通の筈だろ? なのに、何をどうしたら覗きに行くのが普通って事になるんでしょうか?」

 

 

「『押すなよ! 絶対に押すなよ!』って言われたら押したくなるし、実際にテレビとかじゃそう言われたら絶対に押してるじゃない! 其れと同じ理屈だよ!」

 

 

「いやいやいや。上○竜兵のネタを基準に考えるなよ……」

 

 

で、何を根拠に考えているのかと思えば、とある芸人の有名な持ちネタだったというオチ。

いやまあ、確かに現在に於いては『○○するな』=『○○しろ』という意味で、お笑いの業界に限らず広く認識されてはいるけれども。

其れでも、額面通りに解釈するのが普通である筈だろう。

 

 

「というかさぁ……」

 

 

まあ、其れに関してはとりあえずそのくらいで置いておくとしてだ。

俺は妹の発言を聞いて、先程からずっと思っていた事が有る。其れは……

 

 

「其れだとお前……まるで、自分の裸を俺に見て貰いたいみたいじゃないか」

 

 

そういう事だ。

まあ世の中には、(たくま)しく(きた)え上げた己の肉体や、美しく整った己の身体を他人に見せ付け、愉悦(ゆえつ)(ひた)り、あわよくば()められたいと思う人達も居るには居る。

だがしかし、そんな彼らでも最低限下着は着けている筈。余程の露出狂でもない限り、自分の全裸姿を相手に見せる事には流石に抵抗感を(いだ)くであろう。

其れを女性が、あまつさえ異性(おとこ)に対してともなれば尚更にだ。

 

 

「そうだよ!」

 

 

「まさかの肯定!? しかも即答かよッ!?」

 

 

我が妹も、なんだかんだ言いつつも本当は恥ずかしい筈だ。

……と、思ったんだが…………妹は俺の問い掛けに対して、恥ずかしがる様な素振りなど微塵(みじん)も見せる事無く、間を置かずして肯定の言葉を返してくれやがりました。

世の男どもからしたら泣いて喜ぶべき展開なのかもしれないが、生憎とチキンな俺は、妹でその様な展開は求めちゃいません!

 

 

「寧ろ、お兄ちゃんはわたしの裸を見たいとは思わないの? 見てよ! このシミ一つ無い艶々(つやつや)な肌を! 綺麗(きれい)でしょ?」

 

 

で、俺に対する羞恥心などまるで感じていないご様子の妹は、此方の思考が理解出来ないとでも言いたげな表情を浮かべ、自らの二の腕を見せ付ける様にしながら俺に問い掛けて来る。

 

 

「……ああ、うん……まあ、綺麗だとは思うけど……」

 

 

「そうでしょ!? 自慢のお肌なんだよ! 此れはもう覗きに来て当然! 寧ろ襲って(しか)るべきなんだよ!」

 

 

「いやいやいや、無い無い。後者に至ってはもっと無いから……」

 

 

妹の肌が綺麗である事は素直に認めよう。

だがしかし、だからと言って覗きに行こうなどとは思わないし、ましてや襲おうなどとも思わない。

 

 

「何でなのッ!?」

 

 

「何でって……そりゃあお前、俺とお前は実の兄妹だからに決まってるだろ?」

 

 

「兄妹である以前に、男と女なんだよ!?」

 

 

「いやいやいや、普通逆だから。男と女である以前に実の兄妹だから、俺ら……」

 

 

其れは(ひとえ)に、俺達が血の(つな)がった実の兄妹であるから。実の兄妹での交わり愛はタブーというモラルこそが、最後にして最固の壁として俺の理性を護ってくれているのだ。

では、血の繋がりの無い従兄妹(いとこ)の関係であれば、もっと言えば、兄妹の関係でなければ()(ぜん)を頂くのかというと…………多少なりとも心は揺れ動くのかもしれないが、恐らくは『否』と答えるであろう。

『チキン』だの『ヘタレ』だのと(ののし)られるかもしれないが、俺としてはその様な犯罪(まが)いな真似をするつもりは無い。其れが『俺』という人間なのだ。

 

 

「もおーーッ! お兄ちゃんの分からず屋ーーッ!」

 

 

「いや、んな事言われてもなぁ……」

 

 

「ぐぬぬぅ……。そっちがその気なら……」

 

 

が、俺のその態度がどうにもお気に召さない様子の妹は、何を思ったか自らの身体に巻かれているバスタオルに手を掛け…………って、ちょっと待て。……まさかとは思うが──

 

 

「わたしの方から見せてあげちゃうんだから〜〜ッ!!」

 

 

「うえぇッ!? ちょ、おま──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






サンプルは此処までとなります。
続きは本編にてお楽しみ下さいませ。


なお、本編の更新はこれの更新の暫く後となります。



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