相互不理解(I hate you with everything I am. ) (ユンカース)
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相互不理解(I hate you with everything I am. )

昔書いたものを加筆修正した作品です。
もしもなお話ですが読んでいただけたら幸いです。
*残酷描写あるので苦手な方は注意です


 

夕暮れの左右対称の公園。

砂場で泣きながら砂の城を崩して、再び作り直している幼い少年が一人。

 

 

 

 

 

 

 

「だああっ、アンタ見てるとイライラすんのよ!」

それを見てすかさずヒステリックにアスカは叫ぶ。

「いつまでもメソメソしてんじゃないわよ!」

まるで

まるで

 

「昔の自分みたい?」

目の前にいるシンジがなにもかもお見通しだという風にぽつりと言ってみせる。

それがアスカのいらつきを更に増幅させるのだ。

 

昔の自分。泣いてばかりの自分。

 

ママ、私を見て!

私を捨てないで!

お願いだから私を見て!

 

アスカの必死の叫びも虚しくアスカの母は、

虚ろな目で人形をじっと見つめ続けている。

 

ねぇ、ママ…

 

「ママ?…あなた…誰?」

 

ようやくアスカに気がついた母は冷めきった口調で言う。

 

「あなたなんて知らないわ…」

 

その言葉が深く深くアスカの心をえぐる。

あなたなんて

あなたなんて

あなたなんて

あなたなんて

あなたなんて

知らない

 

ママに必要とされてないなら

わたしは1人で生きないと

1人でなんとかできるようそうしなきゃいけないのだから、泣いてなんかいられない。

 

泣いたらだめ。

他のやつらに負けたらだめ。

甘えてはだめ。

 

私は1人で生きるの誰もいらない。

誰も

誰も

誰も

誰も

誰もいらない。

 

だれもだれもだれもだれもいらない。

いらない。

いらない。

いらない。

いらない。

 

 

 

 

「あんた私のこと救ってやれると思ってんの!

それこそ傲慢な思いあがりよっ!」

 

自分で何も決められないくせに。

自分の意思も、自分の好意もわからないクセにヒトを救えるはずないのよ!

 

「だって、アスカ何も言わないじゃないか。何も言わない。何も話さない。それでわかってくれなんて無理だよ!」

 

アスカの顔色を伺いながらの上目づかいをしながらシンジは答える。

対するアスカは、怒りを隠さず眦を吊り上げシンジを睨みつけていた。

 

「碇くんはわかろうとしたの?」

 

「わかろうとした」

 

「何故わかろうとしないの?」

 

「わかろうとしたんだよ!」

 

「嘘ね…」

 

「知ってんのよ…あんたが私のことオカズにしてること」

 

シンジの座る座席に足を乗り上げるアスカ。

 

「いつもみたいにやってみなさいよ。全部見ててあげるから…」

 

「アンタが全部私のものにならないなら…私何もいらない」

 

「だったら僕に優しくしてよ」

 

虚空を見つめながら言うシンジ。

 

「優しく?優しくしろって?甘えるのもいい加減にしなさいよ!!」

 

「アスカだって他人のクセにっ!僕のこと何も知らないくせにっ!」

 

「じゃあ見せてあげる。私の心…ほら」

歪に口を歪め笑みを作るとアスカは両腕を広げた。すると、光景が切り替わる。

 

白い壁が続く建物の中。

病院?シンジがそうイメージするとその中を一生懸命走っている小さな影が現れる。

 

幼いアスカ。息を弾ませながらリノウム張りの廊下を走る足に迷いはない。

 

「私、エリートパイロットに選ばれたの!」

嬉しそうにそう言いながら廊下を走るアスカ。

 

(そっかエヴァのパイロットに選ばれて嬉しいんだ。)

アスカの幼少期の記憶。

嬉しかった時の思い出。

でも何か違和感を感じてしまう。

喜ばしいことなのに背筋がすっと冷えるような

恐怖を感じるのだ。

 

目的の部屋に辿り着いたらしくアスカが足を止める。早く朗報を伝えたいとばかりに小さな手がドアを掴み開けようとノブをひねる。

 

(開けたらだめだ。開けるな)

シンジがそう念じた瞬間、扉が勢いよく開け放たれた。

 

「だから、私を見て!」

 

部屋の中を見てアスカの喜びの感情があっという間に消える。

 

「ママ…」

 

部屋にあったのは

ギシッ…。

天井からぶら下がっている人の身体。

首を吊って亡くなっている女性。

長い髪の間から少しだけ見えた顔は正常な精神ではなかったためか、笑っていた。顔の影も相まってそれは狂った笑顔そのものに見える。

傍らには人形が同じように首を紐でくくられぶら下げられていた。

 

(アスカの母親が自殺していたなんて…)

ショックが大きすぎてそれ以上の言葉が出てこない。何よりこんなことをするなんて異常だ。

まるで死ぬことを望んでいたというような笑顔。一緒にくくられた人形。

 

まるでアスカと

 

「一緒に死んでちょうだい…」

アスカの母の声がどこからか聞こえた。

 

「ママは私が、いらなかったの?」

「私、ママに捨てられたの?」

 

「そうよあなたなんていらなかったの…私はあなたのママじゃないわ」

 

 

ママじゃないわ

ママじゃないわ

ママじゃないわリフレインする言葉とひびが入った幼いアスカの姿。

 

「いやああああああああああああああああ」

徐々にそのひびが大きくなり幼いアスカの姿が砕け散ると今のアスカが現れる。その顔は無表情だった。

 

「嫌い嫌い嫌い大嫌い!」

 

「ママも!叔母さんも!ミサトも!ファーストもみんなみんなみんな嫌い!」

 

「シンジも嫌い私も私が嫌い!」

 

「大っ嫌い!」

 

ひとしきり叫ぶとシンジを見る。

冷めきった顔のまま

「これでもまだ救えるとか思ってる?」

 

(アスカも1人だったのか)

苦しい思いをしているのは自分だけだと思っていた。でも違った。苦しい思いをするのは他人も同じなのだ。そんな当たり前のことも忘れてしまっていた。

 

しばらくすると場面が切り替わる。

シンジは暮石のま 前に立っていた。

隣で大人たちが数人集まってさめざめと嗚咽を漏らしながら泣いている。

 

暮石には、ローマ字で惣流・キョウコ・ツェッペリンと記してある。

 

(アスカの母さんのお墓だ)

 

墓の前には頑なに口を引き結び怖い顔したまま立っている喪服姿の幼いアスカ。

隣で泣いていた女性が形通りというより子供をあやすふりをしているかのようにアスカに声をかけた。

 

「アスカちゃん。偉いのねでも、無理しなくていいのよ…」

 

「いいの、私は泣かない」

私はひとりで生きるの。

だから泣いてはダメなの。

悲しい気持ちなんてひとつもない。

だって、ママはあたしのこといらなかったんだもの…。

だから私はひとりで生きるの誰かに捨てられるくらいなら、ひとりで生きていたほうがマシ。

 

(アスカ…)

 

だから私は泣かない。

早く大人になるの。

誰にも頼らない。誰も好きにならない。

ひとりだけで生きていくのずっと…。

 

子供でありながら目の奥に灯した輝きは尋常でない決意を秘めており周りの大人たちはそんなアスカを遠巻きに気味が悪いといい近寄りたがらなかった。一番近くの父と叔母さえも。

 

(痛み、寂しさ。アスカはこんなに苦しい思いをしていたのか)

それなのに僕は、自分だけが寂しいと、自分だけが苦しいと、自分だけが認められていないと勝手に思い込んでいた。

他人はアスカはそうでないと決めつけていた。

 

シンジはふと顔を上げる。

目の前には、何の表情も無いアスカの顔があった。

夕暮れの中を走る電車の車内。

言葉を交わさず2人は向かい合っていた。

 

アスカは何も言わない。

シンジも黙ったまま電車に揺られている。

 

「あのさ」

永遠に続きそうな沈黙を破るべくシンジはおずおずと口を開く。

 

「……………」

 

「僕、本当にどうしようもない人間なんだって自分で思っていたんだ」

 

「…………」

 

「けどさっきアスカの心を見たとき、それはただ自己否定して逃げてるだけなんだってわかった」

 

「……………」

 

「多分痛みは消えないし、過去のことを無かったことにすることもできやしない。そこから逃げても何かをきっかけにそれを思い出して失望するんだと思う」

 

「アスカも辛い思いしてたのに、わかってあげられなかった。自分のことしか考えてなかった」

 

そうして、シンジはゆっくりとアスカの顔へと視線を向ける。唇だけが形づくるごめんという

言葉。

 

「アンタって本当に馬鹿なのね。」

そこではじめてアスカが口を開き冷たい口調のままそう言う。

 

「私が不様な姿晒すの見て同情したんでしょ…ざまあ見ろって蔑んでたんでしょ。どうせ…どうせ私は、アンタに負けたわよ。エヴァのパイロットでいる資格も生きる意味もないわよ」半ば投げやり気味に言うあすかは悔しさを隠さずに叫ぶ。

 

「そう思い込んでいるのはアスカだろ。僕はそんな風に思ってない」

 

「嘘!」

 

「嘘じゃない」

 

「嘘よ。誰も私を大切にしてくれない。誰も私を本当の意味で必要としてくれない。私のことなんかどうでもいいのよ!」

 

「どうでもいいわけないよ」

 

「抱きしめてもくれないクセに口だけ達者になってんじゃないわよ!」

 

「ごめん…」

 

アスカを慰めたり優しくしたりしてやれなかったのは事実であり言い訳できないことだった。

一歩踏み込んで手を差し伸べていたら彼女はここまで絶望しなかったかもしれないのに、その一歩が踏み出せなかったのだ。

行動しなかったその結果がこれなのだ。

それは素直に受け止めなければならない。

 

「わかろうとしなかったのは僕の方だった。アスカのこと何もわかろうとしてなかった。

母親のことも知らなかったし、アスカがエヴァにこだわっていた理由も大した意味なんてないって」

 

「………なんなの急に今さら贖罪でもしようってわけ?」

 

「かもしれない。でも遅すぎた。アスカがこんなにボロボロになってになって後から気がついて謝って許してもらおうとかさ虫が良すぎるよな…ほんと俺って最低」

 

「で?あんたはどうしたいの?」

憮然とした表情のままアスカ。

 

「許してくれなくてもいいから、一緒にいさせてくれないかな」

 

「はん同情したってわけ?冗談じゃない。あんたなんかに同情されるなら死んだ方がマシよ。」

拒絶の言葉が深くシンジの心を抉るがシンジはそれに耐える。

 

「どうしてアスカはそうやって人を遠ざけようとするの?もっと甘えようとしてもいいんじゃないの?」

 

「うるさい」

首を横に振っていやいやするアスカ。

 

「自分自身を受け入れてあげてよ」

 

「うるさいっ!」

両手で耳を塞ぎ現実逃避しようとするアスカ。

 

「もっと…自分を好きになって、拒まないであけてよ」

 

「うるさいうるさい。いちいち当たり前なことばかり言わないで!変えられるならとっくにそうしてるわよ」

 

簡単に変えられないから苦しい思いをして、もがいてあえいで誰1人信じることが出来ず、他人を遠ざけ自分を守ることしかできない。

殻にこもり閉塞した世界でしか生きられないと決めつけてしまう脆く弱い心。

1人では変われない。それでも2人なら…

支え合うことができるなら変わることができるかもしれない。

 

「アスカ…もう我慢しなくてもいいんだ。泣いてもいいんだよ」

その言葉は躊躇いなくシンジの口から紡がれる。

 

シンジはアスカの肩に手を乗せていた。

 

「触らないで!あんた私を傷つけるだけだから、もう側にこないで!」

 

乗せた手を振り払われる。それでもまた肩に触れようとシンジは手を伸ばす。

 

「嫌だ」

 

「どうして?シンジは私のこと好きでもないのに、私にそこまで構うの?」

 

「アスカを嫌いになれないから」

 

「……っつ」

 

伸ばされた手を振り払おうとしていた手がビクリと震え止まる。

 

「シンジ…」

 

「なに?」

 

アスカの唇は震えていてすぐに言葉を発せないようだった。アスカもそれがもどかしいらしく眉間に僅かなシワが寄り情けない顔になる。

 

「アンタなんか…アンタなんか、嫌い」

その声は涙声になっていた。はらはらと溢れていく涙を拭わずにアスカはシンジに強く抱きつく。シンジも優しく彼女を抱きしめ、彼女の髪を優しく撫でてあげる。

 

「もう、苦しまなくていいんだ」

 

「うっうっ…」

嗚咽を繰り返すアスカが落ち着くまでシンジはアスカを抱きしめたままでいた。

 

 

 

 

そうしてしばらく2人で抱擁し、アスカが泣き止むとシンジは小さな声で聞いた。

 

「ねぇ…キス、してもいいかな」

 

「ダメって言ったら」

 

「しない」

 

「嘘よ。してもいいけどあの時みたいに鼻息荒くしないでよね。こそばったいんだから」

 

「わかってるよ」

 

泣いたせいで少し赤くなってしまった目でアスカはシンジを見やる。視線が合うとすっと瞼をとじる。

 

「シンジのことなんかこれからもわからないしわかりたくもないけど…誰かと一緒に生きてみるっていうのも悪くないかもしれない」

 

「僕もアスカのこと全部わからないけど君と2人ならきっと心から笑えるようになるかもしれない」

言い終えた後短いキスを唇にすると、ふっと微笑んでみせるシンジ。

 

「なーに笑ってんのよ気持ち悪い。ま、いいわ。私、自分を好きになってみる。どんな私でもOKって言えるように」

 

「僕も自分がしたいこと見つけてみる。他人に嫌われても心からやりたいことを」

 

 

 

アスカとシンジの言葉が狭い世界の壁を崩し、青空が広がっていく。

人が互いにわかり合うなど幻想でしかないのだろう。だからこそわからなくても互いに手探りで生きていく意味を模索するのであろう。

 

2人の閉塞した世界は終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

終劇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




わかり合うじゃなく分かり合えないから
試行錯誤しようじゃないかって方向になればいいのではと考えながら書いた話なんですが、
シンジくんの葛藤が置き去りになりました
すみません。余裕がなくてもアスカのことをシンジが少しでも知っていたらこんなこともありえたりするのかなぁと。

誤字脱字やキャラ崩壊あったらすみません。
読んでいただきありがとうございました。
また間あきますが短編乗せます。


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