理不尽なシナリオという名の『神』に抗う物語(Angel Beats! SS) (おしゃぶりこんぶ)
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アニメ最終回途中からの世界線変動デス!
《第1話》
夕暮れの空は透き通り、心地よい風が吹き抜ける。グラウンドや、校舎の中では生徒たちが部活動に励んでいる。
そんないつもの学校で、グラウンドから校舎に伸びる階段に、この学校の生徒会長である少女と一人の男子生徒がグラウンドを見下ろすように立っていた。
「……だからさ、一緒に残らないか? 奏が居てくれたらさ、こんな世界でも俺は寂しく無いから」
そう言った彼―――音無結弦の表情は今にも泣き出しそうで、今まで決して皆には見せなかった『弱さ』が溢れ出してしまいそうな顔をしていた。
「前にも言ったかもしれない。俺はお前と一緒に居たい。これから先も居続けたい」
そう言うと音無はうつむいた。
「だって俺は……奏の事がこんなにも……好きだから」
顔を上げると音無は、彼の話を静かに聞いていた生徒会長―――立花奏を抱き締めた。
「……好きだ」
奏は何も言わない。
それを不審に思った音無は問いかける。
「どうして何も言ってくれないんだ?」
奏は口を開いた。
「……言いたくない」
「どうして?」
「今の想いを伝えてしまったら、私は消えてしまうから」
「どうして……?」
「だって私は、ありがとうをあなたに言いに来たんだから」
「どういう事だよ?」
「私はあなたの心臓で生き長らえる事が出来た女の子なの」
「……!」
奏は音無の抱擁から逃れ、胸に手をあてて話し出す。
「今も私の胸では、あなたの心臓が鼓動を打っている。ただひとつの私の不幸は、私に青春をくれた恩人にありがとうを言えなかった事。それを言いたくて、それだけが心残りでこの世界に迷い混んだの」
「そんな……でも、どうして俺だって分かった?」
奏はそこで音無に背を向けて話を続ける。
「最初の一刺しで気付けた。あなたには心臓が無かった」
「……あ、ああ。でも! それだけじゃ!」
「あなたが記憶を取り戻せたのは、私の胸の上で夢を見たから。自分の鼓動の音を聴き続けていたから」
「そんな……」
そこで奏は瞳を閉じ、再び開けると後ろを振り返った。
「結弦、お願い。さっきの言葉もう一度言って」
「そんなの……やだ……奏が消えてしまう!」
「結弦! お願い」
「そんな事出来ない!」
「結弦!」
「ああ……ッ」
「あなたが信じてきた事を、私にも信じさせて」
「ひぃっひぃっ……」
「生きることは、素晴らしいんだって」
音無は泣いていた顔を上げると、奏を見つめた。
「結弦」
「奏、愛してる」
二人は固く抱き合った。もう一生離さないというように。
「ずっと一緒にいよう」
「うん! ありがとう結弦」
「ずっと、ずっと一緒にいよう!」
「うん、ありがとう」
「愛してる……奏」
「……うん、凄くありがとう」
「奏ぇぇひっぁぁ……」
「愛してくれて、ありがとう」
「消えないでくれ、奏! 奏ぇぇうっ!」
「命をくれて本当に、ありがとう」
「あああぁぁぁぁぁ奏! 奏! 奏ぇぇぇぇぁぁあぁあぁぁぁあ!!」
「ありがとう……」
そう言った奏の瞳からは涙が溢れていた。
……どれくらい経っただろうか?
二人はいつまでも抱き合ったままだった。段々と部活動の終わった生徒たちがグラウンドから校舎に引き上げていき、(彼らに大層囃し立てられた)そして学校には誰もいなくなりやがて夜の帳が下りた。
「か、奏?」
「ゆ、結弦?」
「奏! 奏! 良かった」
「なんで、私消えないんだろう?」
その理由を奏は本当は分かっている。だけどそれを認めてしまったら最後、結弦は死という終わりの無いこの世界でですら永遠に使命を遂げようとしてしまう。本当に永遠にだ。
「えーと、奏? 取り敢えず帰るか?」
「そうね。もうすっかり暗いわ」
「えーと、お前確か寮の方向一緒だったよな? 一緒に帰らないか? ほら、こんなに暗いしさ」
「そうね」
二人は星空の下、歩き出す。
「そういえばさ、奏。お前の言ってた心臓をくれた人はたぶん俺じゃないよ」
「……どうして?」
「ほら、お前は俺が死ぬまでここでずっと待っていたんだろ? そうしたらおかしいんだ、俺より先に奏がこの世界に来れたことが。良く考えれば簡単な事だったんだ」
「……そうね」
「そして、奏。心臓をくれた持ち主にありがとうを言うためにここに残ってるって言ってたけど、それは嘘だよね?」
「どうして結弦はそう思うの?」
「だってさ奏は、本当は俺たちみたいな死にきれない人たちをちゃんと成仏させる為にここにいるんだろ? 俺も同じ気持ちを抱いてみて分かったんだ」
「……」
「たぶん奏はそういう想いでこの世界に残っていて自分の本当の願いすら諦めて、俺がこれから進む、最後には別れしか無くて悲しくて寂しくて途方もない年月の未来を案じてあんな嘘をついてくれたんだろ?」
「……だったら、だったらなんだと言うの!」
奏は立ち止まり、音無を糾弾するために初めて声を張り上げた。
「だってあなたは、私がここに残るって言ったら、言ってしまったら、きっといつまでも私の側に居てくれる。でも! それじゃあ、あなたは報われない! その優しさに皆が甘えてしまって、あなたはいつか本当のあなたでは無くなってしまう! それでも残った使命感で動き続けるだけの哀れな人形になってしまう! そんなのは……そんなのは!」
「それは……確かにそうかもしれない」
「じゃあ!」
「だけど、俺の側には奏が居る!」
「! でも、私なんかがあなたを支える事なんて出来ないわ! あなたは立派よ。私が出来なかった事をやり遂げてくれた。だから…… !?」
奏の言葉は最後まで続かなかった。なぜなら側にいた音無に勢い良く抱き締められ、その唇を奪われていたからだ。
しばらくの間、二人の息づかいだけが静寂に包まれた世界に微かに聴こえた。
「……俺の気持ちはちゃんと伝わったか?」
「……ズルいわ」
奏の頬には少し赤みが差していた。
「だから安心してくれ奏。俺は、奏が思っている以上に奏のおかげで生きていける。だからさ、もう大丈夫なんだ。本当に大丈夫なんだよ」
「うっ、ぅぅぅぅ」
奏の瞳は溢れるほどの涙で濡れていた。
「今まで本当にご苦労様」
「う、あぁあぁあああぁぁぁぁん、あぁぁあぁぁあああぁぁぁ」
星空の下、初めて心の底から泣いた女の子と、そんな彼女を抱いて涙する男の子がいた。彼らはいつまでもいつまでもそうしていた―――――
最後までお付き合い頂きありがとうございました~
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不登校生徒
《第2話》
翌日の朝。彼らは廊下ですれ違った。
「お、おはよう! 奏」
「ん、おはよう結弦」
(やっべー、あんな事があってこれからどう接していけばいいんだ俺は?)
音無は、心底動揺していた。昨日はお互いに気持ちをぶつけ合って、何かキから始まってスで終わる事もしてしまった気がする……
改めて奏に視線を向けると、彼女も彼女なりに昨日の事には何か思うところがあるらしく、いつものクールな無表情さが揺らいでしまい恥ずかしさに頬を赤らめているのが分かった。
そんな表情の奏を見て、音無は誇張抜きに心臓が止まるかと思った。
「じゃ、じゃあな!」
音無はその場から逃げるようにして立ち去った。
そんな彼の後ろ姿を見つめる奏の瞳には、幾ばくかの名残惜しさが伺えた。無表情生徒会長さんは、端から見るとまるで一昨日までとは人が変わってしまったかのようだった。
今日からは、音無の新しい1日が始まる。彼はまずNPCの中から人間を探すことに専念した。今では、少し話したり様子を伺ったりしただけでNPCと人間の違いが分かるようにはなってきている。しかし、困ったことに校内では『とある噂』が広がっており、音無はその日の学園生活を大いに苦労する事になった。
「ねぇねぇ、知ってる? あの生徒会長に彼氏が出来たんだって!」
教室の隅で4、5人の女子生徒がなにやら声を潜めて談笑していた。
「え!? マジ? でもあの生徒会長だよ、いくらなんでもあの子を振り向かせさせるような男が居たかしら?」
「それがね、お相手は問題児で有名なあの音無結弦先輩らしいよ!」
「えー、嘘だー。証拠はあるのかー?」
「その証拠なら全校生徒の半分近い人が昨日見てるはずよ。何でも、校舎とグラウンドを繋ぐ階段のところで、人目も憚らずにずーと、熱い抱擁を交わしていたそうよ! ラブラブなのよ、キャーッ!」
そう語った女子生徒は頬を染めてのたうち回っているが、今日に限ってそんな生徒は学校中どこにでもおり、奇異の目は今更誰も向けることは無い。
「し、信じられない……」
「あの生徒会長さんが堕ちたですって……!?」
「音無先輩やるなー」
一方、部活棟のとある教室では何やら大勢の男たちが真剣に議論し合っているようだった。部屋の入り口には『生徒会長をスコる会 総本山』と書かれている怪しげな看板が掛かっていた。おそらく生徒会から活動許可を受けていない非公式の部活だろう。こんな部活が一体どこの世界で正式に認められると言うのだろうか。
『生徒会長をスコる会 会長』と書かれた缶バッチを胸元に付けた、いかにもザ・オタクというような風貌の太っちょメガネは声を張り上げる。
「では多数決を採る! 賛成する方に手を挙げてくれよな! 我が校の生徒会長である『かなたん』の彼氏と現在噂されている男、逆賊音無結弦を『かなたん』の正式なお婿さんと認め、素直に身を引くもの!」
誰も手を挙げる者はいない。誰一人として身じろぎすることなく、まるでお通夜か何かのように教室がシーンと静まりかえる。
「音無結弦を己の命に代えてでも討ち果たし、最後には己が手中に『かなたん』を納める事だけを追い求める、真に勇気あるいにしえの歴戦の猛者ども!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」」」
大地が揺るぐかのような大音声(だいおんじょう)をもって彼らは答えた。
「全軍出撃! 敵は本能寺にあり!」
「「「いっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」」」
まるで闘牛のようになった彼らは教室から一斉に飛び出していく。
音無はその日は、全校生徒に追いかけまくられるという最恐の日を過ごした。彼はNPCをナメていた。彼らは本当に人間そっくりである。そんな音無はちょうど今、生徒会長の居る生徒会室に辛くも逃げ込んだところだった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
上がった息は当分戻りそうにない。そんな彼の姿を見て奏は不思議そうに首を傾げる。
「結弦、どうしたの?」
「ハァ、ハァ……それが、全校生徒が俺を追いかけて来ていて、もうじきここも見つかってしまう。奏、早く隠れよう!」
「え、ええ?」
状況を飲み込めていない奏の手を取り、手近な物陰に隠れる。幸い生徒会室には大型の戸棚がありその裏にすっぽりと隠れる事が出来た。
隠れ終わった直後、生徒たちの足音がどんどんと近づいて来て、遂には生徒会室に生徒たちが殺到した。
「ぐぬぬぬぬぅ……? ここにもおらんとな? 全軍後退だ!!! 逆賊音無結弦は既にこの校舎からは退避した可能性が非常に高い! すわ、急げ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」
校舎を揺るがすほどの足音が一斉に遠ざかっていく。
やっと一息つける。そういえば群れにはリーダー格がいたが、あれもNPCなのだろうか……? などと考えを巡らせていた音無は奏の囁くような声にしばらく気付かなかった。
「ゆ、結弦……あの……その……す、スカートが……だから……は、早く……どいて……?」
「どうした奏?」
そう言って、外を伺っていた視線を目の前に戻したその時、音無はこの日2度目の心臓が止まるかと思うような体験をした。まるで自分が奏の体に覆い被さっているかのような状態で、お互いの吐息すら分かるほど超至近距離密着状態だった。しかも奏は恥ずかしさからか顔全体が真っ赤に染まっていて、強引に戸棚の裏に押し込まれた為にスカートが大きく捲り上がっていた。その、イケナイコトをしているかのような背徳感に心が痺れ音無はしばらく動けないでいた。
「ご、ごめん! 今離れる!」
音無が急いで戸棚の裏から飛び出ると、はだけた衣服を整えて奏もすぐに出てきた。
「状況を……説明して欲しいわ」
音無は事の経緯を説明した。
「そう、大変な騒ぎになってるのね……」
「奏は大丈夫だったか?」
「ええ、私はいつも誰とも話さないから」
「そうか……」
何ともいたたまれなくなり、視線をさまよわせているとふと、机の上に生徒の顔写真付きの資料が重ねてあるのが見えた。
「奏、これって何なんだ?」
音無は何枚かの資料を手に取りながら話し掛ける。
「それは不登校生徒の資料よ」
「この学校にも不登校生徒って居るのか!?」
「そうよ」
「不登校になったりするって事は彼らは人間なのか?」
「うん、この人たちは心の傷を負っていて学校に馴染めない。だからそういう時は私が直接赴いて話を聞いてあげるわ」
奏が、俺達やギルドを訪ねたのも学校に来ない人たちを心配して、ただ話を聞いてあげたかっただけだったのだ。そう思うと、胸が締め付けられて息が苦しくなった。
「奏は本当に頑張り屋さんなんだな」
何気なく、いつもみたいに手を奏の頭に乗っけると、奏は突然ビクッと驚いて俺から顔を背ける。あれ、驚かせちゃったかな?
「とにかく、何かやる事があるなら俺も手伝いたいんだ。奏の力になりたい」
「そうね……じゃあ、この資料を見てみて」
奏が差し出した紙を受け取り目を通す。ふーむ。どれどれ……?
「結弦にはその人を訪ねて貰うわ。話を聞いてあげて」
「おう、任せとけ」
そう言ってもう一度手元の資料に目を向ける。彼の名前は『大野翔太』
ひとまずはここで終わりです~御評価頂けると作者のモチベがぐわ~と上がって続きを書くかもしれません!
それではまたどこかでお会いしましょう~
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