鬼に育てられた少女 (ねみのや)
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1話

ーーー昨日は雨が降っていた。

 

まるで雨に洗われたように青く美しい空は、葉の上で宝石のようにキラキラと光る雫を照らしている。

 

私は、雨が好き。

雨が降ったあとは、世界が洗われたみたいにキラキラするから。

 

…でも、曇りは嫌い。

青空を見せてくれないし、灰色のモクモクで世界をおおってキラキラをどんよりにしちゃうから。

 

今日は、私の8歳の誕生日。

多分、綾女さんと高次さんはそんなこと覚えてもいないだろうけど。

綾女さんと高次さんは、私の両親。

 

お母さんとか、お父さんとか呼んだらすごく殴られた。蹴られた。

私は目と口は綾女さんに、髪と鼻は高次さんに似ていた。

どこからどう見ても綾女さんと高次さんの娘なのに、それが嫌だって二人とも言いながらまた殴る。蹴る。

 

顔が見たくないって言われて、髪は伸びっぱなしでお風呂も入れてもらえないからボサボサ。こっそり川で洗ったりしてるけど、やっぱり気持ち悪い。

 

誕生日って、贈り物が貰えるらしい。

綾女さんが、いろんな男の人からいろんなものを貰っていた。

「お誕生日おめでとう」って。

 

だから、私のお誕生日の贈り物は雨で洗われたこの景色。

なんて嬉しい誕生日なんだろう。

初めての、贈り物。

 

ーーーさて、朝ごはんの用意をしよう。

今日は、何にしよう。

肉じゃがでいいかな。

 

そんなことを、思っていた時、耳をつんざくような甲高い悲鳴が聴こえた。

ーーー綾女さんの、声だ。

 

急いで家に戻る。

ーーー高次さんの叫び声が聞こえる。

何があったのかな。

 

家に戻ると、まずはじめに目に入ったのは鮮やかな赤。

そして、その赤に染まった綾女さんと高次さん。

 

ーーー死んじゃった、のかな。

私の両親が、死んじゃった。

それなのに、あんまり悲しくない。

 

なんでかなぁ。

 

そう思っていると、一人の少年が家から出てきた。

あやとりのようにして手に絡めている糸と同じ、白銀の髪。

糸からポタポタと血が垂れていて、ああ、この子が殺したんだと分かった。

 

とても美しい少年だった。

綾女さんと高次さんを踏みつけながら、ゆっくりとこちらに目を向ける。

 

「…君、この女と男の子供?珍しい毛色だね。僕と同じだ。」

 

無表情でそう言う少年ーーーいや、鬼はゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「痩せこけて、汚らしいな。食べる気にならないよ。」

 

少し考える素振りをしながら足を止めた。

私は、その場にへたりと座り込む。

怖い。

殺されるんだろうか。

 

「ねえ、君は、家族が欲しい?」

 

何か楽しいのか、ニッコリ笑って聞いてくる。

さっきまでの無表情がうそみたいだ。

 

ーーー「家族って、どんなものなのか、分からないの。」

 

震える声でそう言うと、ニコリと笑い、こう言われた。

 

「君は、僕と似てるなあ。」

 

 

 

 



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2話

 

それから、私は少年に知らない山に連れて行かれた。

途中、疲れたと伝えたら抱きかかえてくれて、ほんのりと温かい体温を感じた。

鬼でも、体温は温かいんだ、と思いながら少し眠ると、山に付いたらしい。

 

「ほら、もう歩けるでしょ。立って」

 

そう言うと、小さな小屋に連れて行かれた。

なんだか暗くてどんよりとしていたけれど、雨の匂いがして落ち着いた。

 

 

ーーー「いいかい、君は今日から僕の家族だ。今日から、僕の妹だ。」

 

不気味なくらい穏やかな声色でそう言われた。

 

 

ーーーその日から、少年ーーーいや、累さんが私の家族となった。

 

 

* * * * * * * *  

 

 

ーーーあれから、半月程が経った。

 

私はまずお風呂に入れられ、髪を切られ、綺麗な着物を着せられて、あの小屋から出ないよう言われた。

累さんが綺麗な着物やかんざし、美味しい食べ物、全て用意してくれた。

 

家族がどういうものかあまり分からないけれど、累さんは私が頼めばいつも抱きしめてくれた。

はじめに頼んだ時は酷く動揺したあと、おずおずと抱きしめてくれた。

 

ほんのり温かい体温になんだか安心して、毎日抱きしめてほしいとねだった。

始めの一月は殴られたりもしたけど、二月目で抱きしめてほしいとねだったら、暴力をふるわれることはなくなった。

3ヶ月が経つころには累さんは着物やかんざしなどを私にくれるようになり、4ヶ月経つと名前をつけてもらえた。

 

芹(せり)、そう名付けられた。

うれしくて泣いたら、累さんは抱きしめてくれた。

 

これが家族というものなのかも、と思った。

それからは本当に楽しい日々だった。

 

累さんはとても優しくて、温かかった。

はじめは累さんに恐怖心しか抱いていなかったけど、あの日抱きしめてほしいとねだって良かった。

私は、累さんのことが大好きになってしまった。

 

だから、着物や口の端に血がついていても、見てみぬふりをした。

女の人のごめんなさいという叫びが聞こえても、決して小屋の外には出なかった。

 

だって、累さんと一緒に、いまのまま幸せな生活が続いてほしかったから。

だから、そのことには触れずに、日々を過ごした。

 

「累さん、累さん、おかえりなさい。抱きしめて」

「もちろんいいよ、芹。」

 

いともどおり、ほんのり温かい体温。そして、少しの血の匂い。

 

「…累さん、大丈夫?つかれてる?」

 

そう聞くと、累さんは微笑みながら、頭を撫でてくれる。

 

「最近、この山を妙な奴らがうろちょろしているんだ。

でも、大丈夫。お前は僕が守ってあげるよ。」

「私も、累さんを守るよ。累さんだけは、命をかけても守るよ。」

 

そう言うと、抱きしめてくれた。

何を思っているのか、わからない。

 

ただ、なんとなく、嫌な予感がした。

 



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3話

鬼・累君視点です。


 

ーーー酷くみすぼらしい少女を拾ったのは、単なる気まぐれだった。

 

理由の一つとしては、毛色が自分と似ていたから、そして、家族が欲しいかと聞いたら、「家族がどういうものか分からない」と答えたから。

 

ーーー自分と、何処か似ていたから。

 

小屋に連れて帰り、洗い、着物を着せ、髪を切ると少し驚いた。

自分とそっくり、とまではいかないが、何処か似ていたから。 

 

はじめは僕に怯える少女に苛つき、殴ったり、蹴ったりもした。

 

二月目になり、やはり、今回も自分の求めた家族になるのはムリだと思っていた時、ポツリと少女の口からある言葉が漏れる。

 

「…抱きしめて、くれませんか?」

 

まさか僕にそんなことを言うとは予測できず、かなり驚いた。

動揺して、どうしたらいいのかよく分からなくて、取り敢えず抱きしめたら少女がポロポロと泣き出たから、ますます戸惑った。

 

それから、少女は僕に毎日抱きしめてほしいと言うようになる。

毎日抱きしめているうちに、なんだか少女に苛つくことはなくなって、少女に暴力をふるうことはなくなり、少女は僕にとても懐いた。

 

それから少しずつ会話することが増えて、話す話題ができたらいい、ぐらいの気持ちでかんざしを贈ったら大げさなくらいに喜んで、一生大事にすると言うものだから贈り物をするのも悪くないと思い、着物や食べ物も人間が好むものを贈った。

 

贈り物をする度、なんだか家族に近づいていくような気がして、色んなものを贈った。

 

そうして会話がどんどん増え、少女との時間も増え、君、とかお前、とか呼ぶのが煩わしく感じたから、名前をつけることにした。

1月7日が誕生日だったから、その日の誕生花、芹だ。

 

少女ーーーいや、芹は泣きながら喜び、芹と呼ぶたびに顔を綻ばせて僕に抱きついてきた。

 

それから僕は他の「家族」のことは二の次にして、一日の殆どを芹と過ごした。

まるで、本当の妹のように愛おしく感じて、何か人間の頃の記憶が戻るような気がしたが、途中でつっかかるような感じで思い出せない。

 

だが、酷く幸福に感じた。

 

芹といるだけで、心が温まって、抱きしめる度、愛情が増して、芹の笑顔を見るたび、幸福になった。

 

だが、最近少し芹といる時間が減ってきた。

理由は、最近鬼殺隊の奴らがこの山をうろちょろしているからだ。

そいつらを始末している時間が多くなって、芹との時間が減るのはとても苛つく。

 

この山は、いざとなれば離れてもいい。

芹だけ連れて、遠くで二人きりになり暮らすのも悪くないだろう。

 

ーーーまあ、そられは鬼殺隊の奴らを始末してから。

大丈夫、芹は何があっても守らから。

 

「おかえりなさい、累さん!抱きしめてください」

「ただいま、勿論だよ、芹。」

 

 

 

 

ーーーああ、涙が溢れそうな程幸福だ。

 

 

 



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4話

 

ーーーその日は、どんよりとした曇り空が広がっていた。 

 

私は曇りは嫌い。

だから、なんだかこの日は嫌なことが起こるんじゃないかって予感がしていた。

 

ーーー朝に、お魚を焼いて、お米を炊いて、昨日作った煮物を食べた。

累さんは、珍しく来なかった。

いつもなら私が食べるところを愛おしいと言って見つめてくれるはずなのに。

 

ーーー昼になっても、累さんは来ない。

なんとなく食欲がわかなくて、お昼ごはんは食べなかった。

いつもなら、累さんとお話しをして、一緒のお布団てお昼寝をする頃なのに。

 

ーーー夜になっても、累さんは来ない。

いつもなら、夜にどこかへ少しだけ出かけている累さんをおかえりって出迎えて、ただいまって累さんが笑顔で帰ってくる。

それで、私が抱きしめてほしいってねだっていた。

 

一日のこと、ご飯のこととか、天気のこととか、お昼寝のときに見た夢とかの話しをして、それで、それで、それでーーー。

 

 

 

(いつもなら、それが、当たり前の筈なのに。)

 

 

 

 

ーーー待って、私、今なんて思ったーーー?

 

いつの間にか当たり前になってた?

こんなに幸福で夢みたいな生活が、当たり前?

 

今まで、何かしたら暴力をふるわれて、何もしなくたって殴られて。 

まるで、生きていること自体が罪だとでも言うようにこき使われてきて。

そんな中、救ってくれたのは誰? 

 

ーーー(累さん)

 

そうだ、両親を殺されたのに悲しくなかったのは、あの人達が私のことを自分の子供だと思ってないのと同じで、私もあの人達のことを親だと思っていなかったからだ。

 

累さんに、救ってもらえた。

累さんが、私に家族を教えてくれた。

累さんが、私を愛してくれた。

累さんを、私も愛していた。

 

累さんが、私に会いに来ないなんて、何かあったのかもしれない。

会いたい。

累さんが、心配だ。

 

 

ーーー『小屋から出ては行けないよ。約束だ。』

 

 

ーーーごめんなさい、累さん。

累さんとの約束は、絶対に破らないって決めていたのに。

 

累さんに貰ったかんざしを外して、帯につける。

キレイに結わってくれた髪は解いて、お水を一口口に含んで、ごくんと飲むと同時に古くきしんだ扉をガラリと開けた。

 

明かりがなくて真っ暗だし、道なんて見えないけど、なんだか累さんは北にいると思って北に進んでいった。

はじめは歩いていたけど、不安になってかけていった。

 

(累さん、早く、会いたいよ。抱きしめて。)

 

走っていると、黒い服を着て刀を持った人が話しかけてきた。

 

「おい、子供じゃないか。どうしたんだ?」 

「…急いでるんです、すみません。」

 

そういうと、人の良さそうな笑みを浮かべて抱きしめてくれた。

 

「鬼から逃げているのか?大丈夫、君を保護してあげよう。」

 

ーーー何故だか無性に苛ついて、気づいたらその人を突き飛ばしていた。

 

「累さん以外が、私を抱きしめないで!!」

 

そう言って、また走り出した。

ごめんなさい。心配してくれたのに。

でも、今はそんなことどうでもいい。

 

だって、むかしから私は勘が鋭かった。

私の嫌な予感は、いつも当たっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー「累さんっ!!!!」

 

 



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5話

累君は禰豆子を欲しがっていません。
芹がいるから。


ーーー「累さんっ!!!!」

 

龍のような炎が舞うようにして累さんの首を斬る。

竹のくちかせを加えた少女と、額に傷のある少年が共に戦っていたようだ。

 

私は一目散に累さんにかけていった。

 

「累さんっ!!累さん!!」

 

首を斬られてしまった。

累さんが言っていた。「にちりんとう」という刀で首を斬られると死んでしまうんだと。

 

目の前の死にかけの少年に、底なしの殺意を覚えた。

ボロボロと涙が溢れてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「…芹、泣かないで。死んでないから」 

 

 

バッと振り返った。

首を糸で持ち上げて、累さんは生きてた。

私は思わずヘナヘナとその場に座り込んだ。

 

「僕は自分の糸で首を斬ったんだよ。お前に斬られるよりも先に」

 

そう言って、久々にみるいらいらしたような顔で首を手で持ち上げて体にくっつけた。

 

「…ーーー累さん!!」

 

累さんの名前を呼んで、累さんに抱きついた。

累さんは私の頭を撫でながら、抱きしめ返してくれる。

 

「約束を破ってごめんなさい。

どうしても、累さんに会いたかったの。」

 

そう言うと、愛おしそうに微笑みを美しい顔に浮かべてくれる。

 

「いいよ、約束なんて。芹が生きていてくれれば、それで充分だ。」 

 

その言葉に、涙が止まらなかった。

あの少年は動けないようだし、もう大丈夫。

累さんが殺されることはない。

 

「累さん、大ーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴトッ。

 

 

 

 

 

 

 

好き、そう言おうとしたら、目の前で、累さんの首が斬られた。

黒い髪に深い青の瞳の、黒い服に刀、羽織っている羽織が半々で柄が違うのが特徴的だった。

累さんは、驚いたような顔をしたあと、泣きそうになって、怒りそうになって、私の顔を見て、何かハッとしたような表情をした。

 

 

「累、さん…?」

「ーーーぁ、芹。」

 

 

 

「累さんっ!!!」

 

私は声にならない声を上げた。

絶叫、なんてものじゃなかったと思う。

 

累さんは、涙をながしながら「お母さん、お父さん、」と呟き、私の名前を呼んで愛してると言ってくれた。

ゆっくりと、累さんが灰に変わっていく。

 

ーーー私のせい、だ。

私がいなければ、きっと累さんは今の不意討ちも回避できた。 

だって、累さんはつよいもの。

 

ーーー私のせいで、累さんがーーー。

 

 

 

死んで、しまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…芹、 …って、ます」 

 

 

 

 

 

多分、行ってきますっていたんだ。

いかないで、なんて言えなかった。

累さんは、すごく穏やかな顔をしている気がしたから。

 

もう顔は、半分ほど灰になっている。

行ってきます、なんて言わないで。

 

行かないで。大好き。愛してるよ。累さん。

 

 

 

 

「い、いってらっ、しゃい…!いって、らっしゃい…っ!!!

 

 

 

 

 

ーーーお兄ちゃん…!!!」

 

 

お兄ちゃん、そう言うと、累さんは泣きながら愛おしそうに私に微笑んで、こう呟いた。

 

 

 

 

「…さいご、の、おく、もの…。愛、してーーー」

 

最後の、贈り物。愛してる。

そう言って、白銀の糸を固めたような透明で、神秘的で、綺麗な石をコロンと置いて目を瞑った。

 

 

 

 

 

「私も、愛してるよ…。お兄ちゃん。」 

 

 

 

 

 

 

この上なく幸せそうにして、お兄ちゃんは逝ってしまった。

 

 

 

いってらっしゃいなんて、言いたくなかった。

 

行ってきます、なんて言ってほしくなかった。

 

おかえりって言って、それで、抱きしめてほしかった。

 

 

 

ーーーいつもの、ように。

 

私は目玉程の綺麗な石を握りしめ、お兄ちゃんを殺した男を見た。

その男は、すたすたと先程の少年のところへ歩いていき、

 

ーーーお兄ちゃんが着ていた着物を、踏みつけた。

 

殺意が、湧いてくる。

死ねば良いのに。

お兄ちゃんが死んで、何故こいつが生きているの?

 

血が、沸騰するほど熱くなる。

こんなに殺意を抱いたのは、初めてだ。

 

「人を喰った鬼に情けをかけるな。子供の姿をしていても関係ない。

何十年何百年生きている醜い化け物だ。」

 

そこで、初めて気がついた。

あの少年は、お兄ちゃんの体に手を添えていてくれたのだ。

 

ーーー「殺された人達の無念を晴らすため、これ以上被害を出さないため…、

もちろん俺は容赦なく鬼の首に刃をふるいます。

 

だけど、鬼であることに苦しみ、自らの行いを悔いているものを踏みつけにはしない。

 

鬼は人間だったんだから。俺と同じ人間だったんだから。」

 

涙が、溢れてきた。

悲しいわけじゃない。

嬉しいわけじゃない。

ただ、涙が溢れた。

 

「足をどけてください。

醜い化け物なんかじゃない。鬼は悲しい生き物だ。虚しい生き物だ。」

 

私は駆け寄り、お兄ちゃんを殺したクソ男を突き飛ばしてお兄ちゃんの着物を抱きしめた。

 

 

ーーー「お兄ちゃんは、優しくて、暖かくて、お月さまみたいな人だった。

私の、たった一人の家族だった」

 

溢れてくる涙を拭うこともせずに、言葉を続ける。

 

「それを、醜い?化け物?そんなふうに言うお前の方が、よっぽど私には醜い考えなしの阿呆に見える。」

 

涙は、止まらない。

着物を抱きしめ、石を握りしめ泣き崩れた。

 

お兄ちゃんは、醜い化け物なんかじゃない。

お兄ちゃんは、神様みたいに優しい人だった。

 

そんな考えを肯定するように、少年が私を抱きしめてくれた。

ほんのりと温かい体温が、お兄ちゃんに似ていて、私の涙はまるで滝のように溢れていく。

 

 

 

 

 

 

ーーー(いってらっしゃい、お兄ちゃん)。

 

 

 



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6話

鬼・累君視点です。


 

ーーー「累さんっ!!!!」

 

愛おしいあの子の声を聞いて、瞬時に糸で自分の首を斬った。

泣きながら駆け寄ってくる芹を抱きしめたい衝動にかられながらも、鬼狩りとその妹に殺意を覚える。

芹に人を殺すところは見せたくないから、一度芹を小屋に戻してからこの2人を刻もう。

 

「累さんっ!!累さん!!」 

 

僕のために、泣いてくれている。

先程鬼狩りの妹が鬼狩りを庇っていたが、きっと芹だったら僕だって身を呈して守るし、芹もそうするだろう。

 

そんなことをぼんやりと考えながら、糸でキリキリと首を持ち上げる。

 

「…芹、泣かないで。死んでないから」

 

僕の言葉に、芹は鬼狩りを射殺さんばかりの視線で睨みつけるのを止め、振り返った。

その目には涙がうるうると溜まっていて、僕を見た途端またボロボロと泣き出した。

そんな芹を愛おしく思うと同時に、殺されそうになったという怒りが湧いてくる。

 

「僕は自分の糸で首を斬ったんだよ。お前に斬られるよりも先に」

 

苛々しながら首を持ち上げ、身体につける。

 

「…ーーー累さん!!」

 

思わず、と言ったように安心したような笑顔で此方に駆け寄り、抱きついてきた。

僕は芹の頭を撫でながら、抱きしめ返す。

 

「約束を破ってごめんなさい。どうしても、累さんに会いたかったの。」

 

そんなふうに言われたら、怒るに怒れないだろう。

 

それに、芹が生きていてくれれば、その約束は意味がない。

だから、そんなことはどうだっていい。

芹の頭を撫でながら、芹に言葉をかける。

 

「いいよ、約束なんて。芹が生きていてくれれば、それで充分だ。」

 

そう言うと、涙が止まらないとばかりに号泣しだした。

大げさな子だ。

 

ぱっと涙だらけの顔を上げ、笑顔で芹は口を開けた。

 

「累さん、大ーーー」

 

 

好き、そう言おうとしたのだろう。

いつの間にか、景色が逆さになった。

 

ーーーえ?

首を、斬られた?

ーーー僕、死ぬの?

せっかく芹をーーー本当の家族を手に入れて、まだ半年なのに。

許せない。許せない。殺してやる。

僕の邪魔ばかりする屑共め…!

 

 

 

 

ーーー芹の瞳が、絶望したような暗さを灯した気がした。

芹を見て、苛立つ気持ちは不思議と消えて、代わりにーーー

 

 

 

 

 

 

 

『累はなにがしたいの?』

『母さん』が泣きながら尋ねてきた。

 

答えられなかった。人間の頃の記憶がなかったから。

本物の家族の絆に触れたら記憶が戻ると思った。

自分のほしいものが分かると思った。

 

 

 

ーーー(そうだ、俺は…

 

 

俺はーーー)

 

 

* * * * * * 

 

体が弱かった。生まれつきだ。

走ったことがなかった。

歩くのでさえも苦しかった。

 

 

ーーー無惨様が、現れるまでは。

 

『可哀想に。私が救ってあげよう』

 

両親は喜ばなかった。

 

強い体を手に入れた俺が、日の光に当たれず、人を喰わねばならないから。

 

村のある男を殺して喰った。 

そうしたら両親は絶句して、父親は『なんてこをしたんだ、累…!!』と言って 立ちすくみ、母親は泣き崩れた。

 

 

ーーー昔、素晴らしい話しを聞いた。

 

川で溺れた我が子を助けるために死んだ親がいたそうだ。

俺は感動した。

なんという親の愛。そして絆。

 

川で死んだその親は見事に"親の役目"を果たしたのだ。

 

 

 

 

ーーーそれなのに何故俺の親は俺を殺そうとするのか。

 

母は泣くばかりで、殺されそうな俺を庇ってもくれない。

 

偽物だったのだろう。きっと。

俺たちの絆は。

 

本当じゃ、なかった。

 

ーーー両親を殺した、満月の美しい夜にそんなことを考えながら夜空を眺めていた。

 

 

ーーー『……』 

 

(何か言っている。まだ生きているのか…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『丈夫な体に産んであげられなくて…

ごめんね……』

 

その言葉を最期に母は事切れた。

死んだ。

 

 

ーーー『大丈夫だ累。一緒に死んでやるから』

 

殺されそうになった怒りで理解できなかった言葉だったが、父は、俺が人を殺した罪を共に背負って死のうとしてくれていたのだとーーー、

 

その瞬間唐突に理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本物の絆を、俺はあの夜俺自身の手で切ってしまった。

 

 

ーーー無惨様は俺を励まして下さった。

 

『全ては、お前を受け入れなかった親が悪いのだ。

己の強さを誇れ。』

 

そう思うより他、どうしようもなかった。

自分のしてしまったことに耐えられなくて。

 

たとえ、自分が悪いのだと分かっていても。

 

毎日毎日父と母が恋しくて堪らなかった。

偽りの家族を作っても虚しさが止まない。

結局俺が一番強いから誰も俺を守れない、庇えない。

強くなればなるほど人間の頃の記憶も消えていく。

 

自分が何をしたいのか分からなくなっていく。

 

俺は何がしたかった?

 

どうやってももう手に入らない絆を求めて。

 

必死で手を伸ばしてみようが、届きもしないのに。

 

ーーー「累さんっ!!」

 

酷く愛おしい声、姿。

それと同時に感じる、温かい陽の光のような優しい手。

 

 

 

 

思い出した。

はっきりと。

 

 

僕は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー謝りたかった。

 

ごめんなさい。

全部全部僕が悪かったんだ。

どうか許してほしい。

 

「でも…山程人を殺した僕は…地獄に行くよね…。

父さんと母さんと…同じところへは…いけないよね…。」

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー「一緒に行くよ。地獄でも。」

 

ーーー「父さんと母さんは累と同じところへ行くよ。」

 

 

 

ーーー嗚呼、

 

「…芹、…って、ます」

 

ありがとう。ありがとう。

愛してるよ。恋しいけど、もう行かなくちゃ。

 

「い、いってらっ、しゃい…!!いって、らっしゃい…っ!!!

 

 

 

 

 

 

 

ーーーお兄ちゃん…!!!」

 

ーーー血が、繋がってなくても、たとえ過ごした月が半年でも、絆は、本物になる。

それを教えてくれたのは、芹だ。

 

ありがとう。ーーー芹は、僕の自慢の妹だ。

 

 

ーーー「さいご、の、おく、もの…。愛、してーーー」

 

そう呟いて、鋼よりなにより硬い強度の糸を固めた石を、置いていった。

何か、芹に残したかった。

 

 

 

 

「私も、愛してるよ…。お兄ちゃん。」

 

 

 

ーーーなんて、幸せな最期なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー父さん、母さんに抱きつく。

 

涙が、溢れてくる。

 

 

 

 

「全部僕が悪かったよう…!ごめんなさい!!」

 

赤い業火に、包まれていく。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…っ!!」

 

ーーー芹。

 

「ごめんなさい……!!」

 

愛してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー(いって、きます。芹…)

 

 

 

 



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登場人物設定とオマケ

芹(8歳)

 

本作の主人公。

物心ついた頃から両親に虐待され、こき使われていた。父親は異人(外人)の血筋。

白銀の髪と、アイスブルーの瞳を持っている。

 

なんでも吸収しやすい体質。

一度教えたことはすぐ覚えるし、一度実践すれば技術を完璧にコピーできる。

ただし、薬等の回りも早いため、毒をくらうと即効で死に至る。

 

勘が鋭い。予知レベルで勘が鋭い、が、

嫌な予感がする、とか、そうしたほうがいい気がする、などの良いか悪いかの曖昧なもの。

 

累は自分の唯一の家族で、神様みたいに優しいと思っている。

累を殺した冨岡義勇をかなり恨んでおり、クソ男呼ばわり。鬼殺隊員としては当然のことをしたまでだが、感想を書いてくださる読者様からは、そんなだからみんなに嫌われるんですよ、みんなに言葉責される冨岡さん可哀想(満面の笑み)などと言われている。

 

累に貰った着物やかんざし、おもちゃなどは全部持って下山する。

 

最期はちゃんといってらっしゃい、お兄ちゃんと言えて悲しいけど嬉しい。

精神的にまだ幼い面もあり、累には、というか一度懐くとべったり。

 

 

 

気まぐれで芹を拾ったら、愛してしまった悲しい鬼。

初めは芹に「躾」と称した暴力をふるっていたが、抱きしめたら愛情が生まれたらしい。

異常なほどの着物やかんざし、お菓子におもちゃなどを芹に贈った。

 

芹を本当の絆で結ばれた家族だと認め、惜しみない愛情を与える。

死に際お兄ちゃんと呼ばれた時は死ぬ程嬉しかった。死んだけど。

 

父母共に地獄の業火に包まれて逝ったと思いきや、輪廻転生した。

キメツ学園ではあやとり大会で優勝して一躍時の人となったらしい。

ちなみに芹は来世、累の従兄妹。従兄妹溺愛のデレデレお兄ちゃんとなった。

来世ではどうか幸せになってほしい鬼。

 

冨岡義勇

 

そんなだからみんなに嫌われるんですよ。

 

 

原作からの改変点

・累は家族の絆を手に入れている。

・累は禰豆子を欲しがらない。

 

 

 

 

 

 

オマケ話し。

 

* * * * * * 

 

「お、おにい、おにぃっ…、る、累さん。」

 

ああ、駄目だ。また言えなかった。

 

「ん?なあに、芹。」

「な、なんでもないの。お、おにっ…累、さん。」

 

累さんはそう?と言うと私を抱き枕にして布団につく。

お昼になると必ず2人でねるのが恒例なのだ。

 

ーーー(また、言えなかった。

お兄ちゃん、って。)

 

私は累さんの妹なんだから、いつまでも名前じゃなくてお兄ちゃん、って呼びたい。

けど照れくさくっていざとなると言えない。

うう、駄目だなあ、私。

 

私も累さんにぎゅうっと抱きつき、少しモヤモヤしながら夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー(多分、お兄ちゃんって呼ぼうとしているんだろうな。)

 

今日も今日とて世界で一番愛くるしい妹は、どうやら僕のことをお兄ちゃん、と呼ぼうとしているらしい。

 

かれこれ3日ぐらい僕を呼ぶときお兄ちゃんと呼ぼうとして、言えていない。

 

呼んでほしいけど、まあ、芹が呼べるまで待とう。

いつか、呼んでくれたらぎゅうっと抱きしめて、愛してるって伝えよう。

 

* * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いってらっ、しゃい…!!いって、らっしゃい…つ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーお兄ちゃん…!!!!」

 

 

ーーー身体が、朽ちていく。

 

やあっと、呼んでくれた。

 

嬉しいなあ。死ぬ間際に、こんなに幸福な気持ちになるなんて。

ぎゅうっと抱きしめることはできないけれど、せめて、愛してると、伝えよう。

 

「…さいご、の、おく…もの。愛、してーーー」

 

 



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8話

 

ーーーキュインッ!!

ーーーガッ!!

 

金属がぶつかり合う音がきこえた。

いきなりのことに、かなり困惑する。

 

ーーー蝶の髪飾りを身に着けた、優しそうなお姉さんが刀を向けて突進してきたのだ。

それを、クソ男が受け止めた。

 

「あら?どうして邪魔するんです、冨岡さん」

 

冨岡って言うらしい、お兄ちゃんを殺したクソ男は。

刀を構え、私…いや、竹のくちかせを加えたお姉さんと、優しいお兄さんを守るような体制をとっている。

 

「鬼とは仲良くできないって言っていたくせに、何なんでしょうか。

そんなだからみんなに嫌われるんですよ。」

 

刀を構え直したお姉さんは、整った顔に笑みを浮かべたまま、そう言う。

 

「さぁ冨岡さんどいてくださいね」

 

刀をクソ男に向ける。

すると、クソ男が真顔で口を開いた。

 

「俺は嫌われてない」

 

その場が、ピシッと凍りついた。

大真面目な顔で何をいうかと思ったら、先程の言葉への否定だった。

 

「…ああそれ、嫌われている自覚がなかったんですね。

余計なことを言ってしまって申し訳ないです。」

 

お姉さんが形の良い眉を下げて嘲笑うように口にする。

 

「…私は嫌い」

 

私がそう言うと、またまたピシッと空気が凍りついた。

お姉さんはなぜか私に対してニコニコと微笑みかけてくるし、クソ男はギョッと目を見開いて私をガン見してくるし、優しいお兄さんは固まってしまった。

 

「…坊や」

「はいっ!!」

 

お姉さんは優しいお兄さんに呼びかけ、呼ばれたお兄さんは硬直していたのを戻し返事する。動けないのに、元気な返事だ。

 

「坊やが庇っているのは鬼ですよ。危ないですから離れてください。」

 

ヒソヒソと内緒話をするように話しかけるお姉さん。

優しいお兄さんは焦ったように否定の言葉を紡ぐ。

 

「ちっ…!!違います!いや違わないけど…あの、妹なんです!俺の妹でっ、それで、」

 

そう言うと、お姉さんは眉を下げて、哀れんだような顔でこう言った。

 

「まあ、そうなのですか可哀想に。ではーーー」 

 

とても、穏やかで優しい声だった。

 

「苦しまないよう優しい毒で殺してあげましょうね」

 

ぞくり、と背筋が冷たくなった。

穏やかで、綺麗で、優しそうな笑みを顔に浮かべたこの人は、なんだかとても恐ろしく感じた。

優しそうに、慈悲の笑みをたたえたお姉さんが、殺すだなんて言ったのが衝撃的だった。

 

「……」

優しいお兄さんは絶句して、顔を青くしている。

優しいお兄さんにクソ男が動けるか、と聞く。

 

「動けなくても根性で動け。

妹を連れて逃げろ。」

「!!冨岡さん…」

 

そう言うと、優しいお兄さんは竹のくちかせをくわえたお姉さんを抱えて走り出した。

 

「すみません、ありがとうございます!!」

 

私はその様子を、ただ見ていた。

 

「これ、隊律違反なのでは?」

お姉さんは、刀を肩にとん、とあてニコニコしながらそういった。

 

 

* * * * * * *

 

 

ーーー「鬼を斬りに行くための攻撃は正当ですから、違反にはならないと思いますけど、冨岡さんのこれは隊律違反です。」

 

お姉さんは冨岡さんに担がれ、動けないよう固定された状態で話し続ける。

 

「鬼殺の妨害ですからね。どういうつもりなんですか?」

「……」

「何とかおっしゃったらどうですか?」

 

お姉さんはニコニコと笑顔のままだが、額には青筋が浮かんでいる。

ギリギリとお姉さんを締め付けつつもクソ男は口を開いた。

 

「あれは確か2年前…」

「そんな所から長々と話されても困りますよ、嫌がらせでしょうか。

嫌われてると言ってしまったこと根に持ってます?」

 

それを聞いたクソ男は、ピシッと元々固い表情がますます固くなる。

そこでグッとお姉さんが抵抗し、靴のかかとから刃が出てきた。

仕込んでいたんだ。ここまでの会話はこの時のためのものだったんだろう。

 

お姉さんは足を振りかぶり、クソ男の顔面に直撃ーーーと思ったら、

「伝令!!伝令!!カアァァ!!」

とカラスが喋った。

 

もう一度言おう。

カラスが、喋った。

 

 




「そんなだからみんなに嫌われるんですよ」


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9話

 

ーーー「炭治郎・禰豆子ヲ拘束、本部へ連レ帰ルベシ!!」

ーーー「炭治郎及ビ鬼ノ禰豆子、拘束シ本部ヘ連レ帰レ!!」

ーーー「炭治郎額ニ傷アリ、竹ヲ噛ンダ鬼禰豆子!!」

 

カアァ、カアァと鳴きながらバサバサと飛ぶカラス。

カラスが喋るなんて、もしかしてこれ夢かな?

ーーーじゃあ、お兄ちゃんが死んだのも、夢だったのかなあ?

そうだったら、いいのに。

 

「カアァァァァ!!追加伝令!追加伝令!異人ノ血が混ジッタ少女ヲ保護シ、タダチニ連レ帰レェ!!」

 

お姉さんとクソ男の視線が私に注がれる。

異人って、おそらく私のことだよね…。

 

「白銀ノ髪ニ、薄イ藍色ノ瞳ノ少女!!カアァ!!」

 

ーーー私は思わず、その場から逃げ出した。

早く、あの小屋に帰りたい。

あの小屋はお兄ちゃんの匂いと思い出でいっぱいだ。

早く、速く、疾く。

 

 

 

 

 

ーーー「まあ、どうして逃げるんです?可愛らしいお嬢さん」

 

 

* * * * * * *

 

 

「…お姉さん、どうして私は連れて来られたんですか?」

「わかりません。」

「お姉さん、どうしてカラスが喋ったんですか?」

「わかりません。」

「…お姉さん」

「なんですか、お嬢さん。」

 

ーーー私の周りには、変な人達がたくさんいる。

私はお姉さんの後ろに隠れてお姉さんに話しかけるが、全て素っ気なく返されてしまった。

 

「お姉さん。あの変な人達はなんですか?」

 

気になったので、お姉さんに尋ねてみる。

 

「あの人達は柱ですよ。柱というのは鬼殺隊の中で最も位の高い9名の剣士のことです。」

 

丁寧に質問に答えてくれる。

『きさつたい』って何だろう? 

 

「へぇ、お姉さんも柱なんですか?」

「ええ、そうですよ。」

 

「強いんですか?」

「あなたよりはずっと強いですよ」

「若いのに大変ですね」

「あなたの方が若いでしょう?」

 

少しずつ会話が弾んできた。

でも、このお姉さんは優しいけど怖いから苦手かも。

 

そんなふうに何故連れて来られたのかも分からないままお姉さんと話していたら、あの優しいお兄さんが黒衣みたいな人に運ばれてきた。

改めて見ると、お兄さんはボロボロだった。

 

…お兄ちゃんとの戦いで、怪我したのかな。

 

お兄ちゃんの首を斬ろうとしたのは許せないけど、お兄ちゃんの首を斬ったのはこの人じゃないし、お兄ちゃんの着物を足蹴にしたクソ男にも反論してくれた。

お兄ちゃんが灰になる前、お兄ちゃんの背中に優しく手を当ててくれたし、泣き崩れた私を抱きしめてくれた。

 

ーーー酷く、やさしくて、そばにいる心地良さがお兄ちゃんに似ていた。

 

ーーーぐるぐると思考が絡まる。

お兄ちゃんを殺そうとした人。でも殺してない人。

お兄ちゃんを憐れんでくれた人。抱きしめてくれた人。

 

 

(…お兄ちゃん)

まだ拳の中に握っていた石と、羽織っているお兄ちゃんの着物をぎゅっときつく握りしめた。

 

「起きろ。」

「起きるんだ」 

「起き…オイ。」 

「オイコラ、やいてめぇ」

「やい!!」

 

優しいお兄さんに向かって、黒衣みたいな人が起きろと声をかける。

いささか言葉が乱暴な気もするけど、誰も気にした様子はない。

 

ーーー「いつまで寝てんださっさと起きねぇか!!」

 

バチッ、と目を開くお兄さん。

バッと顔を上げて状況を確認しようとするが、周りを見て唖然とした。

 

「柱の前だぞ!!」

 

 



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