ファイアーエムブレム風花雪月 番犬のカスパル (狩る雄)
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第1話 光に満ちた日々

海に囲まれたフォドラの大地は、半島である。フォドラの喉元という険しい山脈によって大陸とは隔絶され、1000年を悠に超える歴史を築いてきた。もっとも地理関係について別にフォドラの衛星写真があるわけではないが、時折空を飛び交うペガサスや飛竜に乗って、それを確かめたのだろう。

 

現在はガルグ=マク大修道院を中心として、アドラステア帝国・ファーガス王国・レスター諸侯同盟という4つの勢力によって、均衡を保っている。だからといって平和が約束されているわけではない。盗賊の掃討や魔獣討伐で、また貴族の後継者争いで、そして時には国境付近の小競り合いで、いまだ戦いが起こることも多い。

 

己の技能を研鑽して各クラスを得た、兵士や騎士は主に従って戦場を駆ける。

 

 

そういった戦場でよく見かけられるのは、一騎当千の将が無双する姿だ。彼ら彼女らは、日々の鍛錬によってそれを成す。アドラステア帝国軍を指揮する1人の男も例外ではない。その拳は人をいとも簡単に吹き飛ばし、その蹴りは大地を砕く。才能の差というこの世界の不条理も、その男には意味をなさない。

 

 

「逃げ足だけはマシになったな。」

 

長身で筋肉質のこの男こそ、2度目の人生での父親である。

 

いわゆる異世界転生や憑依ものといえば、チートは付き物である。だがしかし、与えられた能力もないし、前世の知識を生かす器量もないし、そして紋章も俺は持ってはいない。腐った根性を叩き直すという意味で、訓練が過激化したデメリットですらある。

 

「よかったな、これが訓練で」

「ああ、生きているって素晴らしい」

 

そして今日も、俺は必死に生きていた。肉体年齢12歳の身体の、この傷みが必死さを表している。

 

背中を向けた父が向かう先には、長兄がいるはずだ。

 

今の俺ことカスパルは、アドラステア帝国のベルグリーズ伯爵家の次男である。父は彼の世代の貴族にしては珍しく、生粋の武官だ。友人の父親といえば、太った宰相と痩せ細った文官だから、他の2人が羨ましく思う時も多い。

 

 

「あら、大変だわ!今すぐに治療しないと」

「……待ってくれ、母上」

 

平均身長より背が小さく、綺麗な水色の髪を持った母親だ。地面に倒れ伏した俺に治癒の杖を持って近づいてくる。俺の水色の髪は母親譲りというわけだ。

 

この世界には魔法があって、母上はドラゴンに乗って回復魔法をかける異質な後衛職だったらしい。

 

「だめよっ!私は傷ついた息子を見ていられないわ。」

 

「今、治してはもらっては、また父上が戻ってくるじゃあないか。」

 

傷みが癒えていくのは確かにありがたいことである。それを聞いてもなお、首を傾げている母上には、小一時間ほど兄上と一緒に説得する機会が欲しい。少し抜けているところがあって、例えば本人曰く、ペガサスよりドラゴンがかわいいと言っている。

 

だからってフォドラの喉元まで、ドラゴンをスカウトしに行くなよ。母上の相棒である飛竜のカルシュは、庭で日向ぼっこする毎日である。

 

「たいへんっ!遠くで私の息子が傷ついているわっ!」

 

そんなことを言いながら、駆けていった。

傷つけたのはあなたの愛する人ですよ。

 

 

貴族といえば、兄弟仲があまりよくないことが多い。

 

その要因は、後継者争いであったり、才能の差であったり、紋章の有無であったり、多岐にわたる。だがしかし、俺と長兄は深い絆で結ばれている。

 

 

「勝てるわけがない! 逃げるんだぁ……」

 

父上がフォドラ西方に位置するブリギット諸島の侵攻に行っていたのは、たった数日であった。その仕事柄か、帝都にこの屋敷が近いことは不条理である。冷や汗をかきながらも立ち上がる。

 

兄上の悲鳴が聞こえた直後から、こちらへやってきているだろう悪魔に対して、俺はファイティングポーズをとった。

 

 

憐みの視線を向けてくるだけじゃなくて、庭師の人は父上を止めてほしい。

 

 

「勝負っ!!」

 

今日も、綺麗な青空だった。

 

 

****

 

この世界の文明レベルは、前世でいうところの中世レベルである。機械製品など科学は全く発達していないし、魔法で生活が成り立っているわけでもない。フォドラの大地を守るために、戦うことにより重きを置いてきたのは確かだ。回復魔法の使い手も傷を癒すことが第一とされ、補助魔法に目を向ける人は多くはない。

 

俺たち貴族が通う学校でも、貴族のマナーや政治と同じくらい、戦争に関するカリキュラムが多い。指揮系統が多いのは、やはり貴族が騎士団を従えて戦うからだろう。

 

友人の1人はノリノリで授業を受けているが、隣の友人は紋章学だけノリノリで受けている。

 

「どうして社交界なんてものがあるのかな。」

「貴族だからだろ。」

「あまり固い考えを持つことはよくないよ、カスパル。」

「まあ、それもそうだけどな。」

「そうだよ。はぁ……噂に聞く、ヴァーリ家の伯爵令嬢のように引きこもりたい……」

 

そう呟くのは、リンハルトという名の美男子貴族である。

 

「最後まで引きこもることを抵抗したらしいな。そのせいでフェルディナントとの婚約が破断になったらしいし。」

 

煌びやかな会場では、ダンスが行われていた。習いたてのダンスは見ていて微笑ましく思えるが、すでに政治的な意味合いも込められている。その生まれながらの身分によって誰と踊るべきかを考えないといけない。

 

身分違いの恋愛は決して多くはない。

 

「本人はもう気にしていないけどね……ところで。カスパルはちょっと、食べすぎじゃないかな。」

「やることがないし、お前らの量が少ないんだよ。そんなんじゃ、背が伸びないぞ」

 

俺やリンハルトは、壁の花に徹している。もちろん壁の花は女性に使うものだが、綺麗な緑髪と中性的な容姿を持つリンハルトには相応しいのかもしれない。

 

対して俺は、この低い身長と鋭い目つきから、番犬と呼ばれている。

 

「君より、ずっと背が高いよ。僕も適度に食べているし、バランスも気を使って……まあ、いいや。」

 

いわゆるマイペースなやつで、面倒くさがりで戦うことは好きではない。好きなことは眠ることである。紋章学の授業の時だけは唯一、やる気を見せる。貴族の子どもだけが集まっているパーティーで、彼に向けられている視線を意識から遮断するように目を細めた。

 

ただ単に眠いから、ということもあるが。

 

 

「さて。私のダンスはどうだったかな、2人とも。」

 

もう1人の友人であるフェルディナントが壁の花に意気揚々と話しかけてくる。彼に婚約者を探す目的があるわけではなくて、ダンスの出来栄えを確認するために、また社交をするために、ダンスを行っただけだ。

 

 

「ごめん、見てないよ…」

「なんだとっ!」

「いっぱいいるから、見つけられなかったんだ。食べることに忙しかったこともある。」

 

「ふっ、そうか。それなら仕方がない。このフェルディナント=フォン=エーギルもまだまだ輝きが足りないということか。」

 

以前よりも確実に上達していたはずだ、と一人頷いている彼は非常に努力家である。公爵家の嫡男に生まれた彼は、紋章と才能を持っていた。しかし決して甘んじることはなく自分を磨き続けてきた。俺のように戦いだけではなくて、政治関連や歴史、社交界でのマナーといった、多方面に意識を向けている。

 

なんとも気疲れしそうなことをしているが、貴族としての生き様を自然と心掛けているらしい。それでいて、有能な人材は平民でも他国の民でも受け入れる器量を持っているのだから、次期宰相に相応しいやつだ。

 

父親が間違っていると、ちゃんと気付いている。

 

 

「やれやれ。今日もこちらを見てくる者が多いな。有名税だろうか。」

 

「ふわぁ……男女問わずね。」

 

フェルディナントが自意識過剰なわけではない。2人とも国の重鎮を担っている親の、嫡男である。それは一応俺も当てはまるのだが、後継ぎはあくまで長男である。そして、このメンバーの中で『紋章』を持っていないから、婚約者としての『旨味』はない。

 

生まれながらに持つ才能によって、人の価値が決まる世界なのだ。『紋章』とは、女神から英雄や聖人が賜ったとされ、その子孫である貴族たちにその血で受け継がれており、いまだに発現する可能性がある。したがって、貴族として権力を示すものとして扱われる風習がある。

 

まあ、フェルディナントは紋章の有無など気にはしないし、リンハルトにとって紋章はあくまで研究対象である。この2人と同じ時間を過ごせているのは、彼らの考え方に甘んじているだけである。だから、この2人とお近づきになりたい人からすれば、邪魔者だ。

 

そういう意味でも、番犬なのだ。

 

 

「そういや、皇帝の跡継ぎってどうなっているんだ?」

「どうなんだろうね。皇帝には正室だけじゃなくて側室が何人もいるし、僕たちと同世代に皇族がいてもおかしくはないけれど……」

 

生まれる度に、そのことは新聞で帝都を駆け巡る。

だがしかし、その姿を俺たち貴族ですら見たことはない。

 

「父もそのことだけは、はぐらかす。……順調だとは言っていたが、それが何かまではわからん。」

 

突然。

楽器の音が鳴り響いた。

 

大きな扉が開いた後、赤い絨毯を歩いてくるのは、黒い軍服を纏った同年代の女の子だ。腰まで届くほど髪は煌びやかだが、真っ白だ。黒髪の長身の男が、彼女に付き従っている。

 

まあ、俺なんて水色の髪なのだから、今更か。

 

 

「噂をすればなんとやら、か。」

 

俺は小さく呟いた。

 

「エーデルガルト、と言っていたね。たしか第四皇女の名前だ。」

「服装や髪の色、そして何よりあの憎悪に満ちた目……一体、彼女になにがあったというのだ。」

「……さあな。」

 

会場がざわめいている理由は、彼女が憎むように貴族の子どもたちを睨んでいるということだ。ヒソヒソと非難する声が聞こえることに、俺は思わず顔を顰めてしまう。いまだ俺はこの世界の『闇』を受け入れることはできてはいない。

 

 

 

 



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第2話 俺がいた現実は、彼女の理想

今となっては、基礎トレーニングは日課である。元々は、課されたメニューを半強制的に行わされていたが、兄上と地獄の日々を生き抜くうちに欠かせないものとなっていた。今日も静寂の訓練場でただ1人、腕立て伏せを行う。

 

でも、強くなって、その後は一体どうするか。

 

「いかん、集中集中。」

 

兄上の領地の自警団をやってもいいし、騎士になってもいい。勉強も鍛錬も将来の選択肢を増やしてくれるのは確かだ。たとえ紋章がなくても、その血は流れているはずだし、成長率は大きいはずだ。努力で実力を示し続けている父上が見ていたからこそ、俺は努力をやめない。

 

「ここが訓練場なのね。……あら?」

 

訓練場に入ってきたのは、フェルディナントとは違うようだ。

 

服装はいつものように軍服であって、訓練だからといって着替えることはしないようだ。その手には木でできた訓練斧があった。女性で、主武器が斧だというのは珍しいことなのではないか。あまり、多くの女性戦士と会ったことはないとはいえ。

 

「えっと、エーデルガルト、さん、……いや、エーデルガルト様、か?」

「別にいいわよ。貴族らしくしなくても。」

 

彼女はあまり貴族にいい印象を持っていないことは、ここ数日でわかった。貴族を誇りに思っているフェルディナントの言動が彼女の癇癪を起こす可能性もあったので、ひやひやする時は多い。

 

従者に諫められる、または理性で必死に抑えていた。

 

「そっか。俺はカスパル、よろしく!」

「私は、エーデルガルト=フォン=フレスベルグよ。」

 

貴族らしくない貴族に対して、彼女は余裕のある笑顔を見せた。そういう表情もできるんだな。

 

アドラステア帝国随一の学校に、皇女であるエーデルガルトは入学してきたのだ。容姿端麗であり学業優秀な彼女の人気は鰻登りである。そして第四皇女でありながら、次期皇帝と言われている彼女に媚びへつらう生徒は多い。そういう風に帝国貴族として教育されてきたのだから、自然なことなのだろう。

 

でも、やるせない気持ちは確かだ。

 

エーデルガルトは彼ら彼女らをあしらっているし、付き人であるヒューベルトは近づきがたい雰囲気を醸し出している。そんな彼女も今は柔らかい雰囲気を見せていた。

 

「これだけ広いのに、貴方しか使っていないの?」

「たまにフェルディナントが槍を振っているな。今日はお茶会に行ったけど。」

「たしか、エーギル伯爵家の嫡男ね。今日だけで3回、決闘を挑まれたわ……」

 

すでに諦めの境地に至ったようだ。

フェルディナントは悪気があってやっているのではない。

 

「ははっ、あいつは悪いやつじゃないんだけどな。筋金入りの頑固者だ。」

 

こっちの気も知らないで……と呟きながら、彼女は木でできた訓練斧を振るう。

 

空気を裂く音が訓練場に鳴り響いている。その細身の腕のどこにそのような力があるのかはわからないが、力任せに振るっているのは確かだ。その音からは様々な感情が伝わってくる。

 

「ねぇ、貴方は、何のために鍛えているの?……戦うことは、怖くはないの?」

 

闇雲に強さを求めていて、今を生きることに必死であって、焦っていて。

 

 

「まだ経験はないけど戦場は怖い。この手で誰かの命を奪うってことはもっと怖い。でも、ここぞという時に『力』があれば何とかなるかもしれないからな。」

「そうね。この世界では『力』がなければ、何も成せないわ。」

 

貧富の差、身分差、人種差別、フォドラ人以外の排斥、紋章の有無による扱いの差、そして傀儡の皇帝。

 

「俺は次男だからな。領地は兄上が継ぐだろうし、親戚も多い。」

「すべてを継ぐ苦しみもあれば、何も継げぬ者にまた苦しみがあるのね。」

 

憂いに満ちた瞳は、揺れる。

第四皇女であって、まだ若いのに、次期皇帝なのだ。

 

「まあ、勉強をがんばれば騎士になれるし、傭兵だっていいと思っている。貴族の次男だといっても、俺の選択肢は多いな。」

 

大学を出て、就職をして、つまり自分の道を選ぶことのできる世界に、かつて生きていた。元々、継ぐものなんて1つもなかった俺には、彼女や貴族の嫡男の苦しみがわからない。フェルディナントのように貴族としてのプライドはないし、リンハルトのように学問に対して熱意もない。

 

でも、わからないことはひどく怖いと思う。

 

「エーデルガルトの立場がどれだけ大事かってことを俺には……おれにはわからない。」

「そう……」

 

斧を振るう音が止んだ。

わかってくれるかもしれなくて、でもわかってくれなくて。

 

人と人は、簡単に分かり合えないものなのだろう。

でも、少しずつ伝えられる。

 

「ちょっとだけ、待ってくれ。」

 

 

俺は立ち上がって、拳を構える。

 

「よしっ!」

 

殴る。

固定した棒が折れて、藁案山子は吹き飛んでいった。

 

 

「俺は父上を超えることを目標にしている。だから、安心しな。『力』がなくて、後悔なんてさせない。将来、俺の『力』の使い方はエーデルガルトが決めてくれ。」

「私が……?」

 

 

「まっ、目指すは立身出世ってことだな!」

 

エーデルガルトは目を見開いた。

初めて見る表情に、俺も嬉しさがこみ上げてくる。

 

 

「優秀な者が出世し、人の上に立つ世の中……、貴方は手を貸してくれると言うの?」

 

そういう世界を、彼女は求めているんだな。

紋章の有無も貴族であるかどうかも関係ない、世界。

 

「いいぞ。」

 

俺は、確かにそれを知っている。

 

「エーデルガルトが俺を評価してくれれば、父上のような元帥とか軍務卿とか、えっと、それは言いすぎか。」

 

俺は、自分の拳で未来を切り開くつもりだ。その果てに多くの屍を築いて果てようとも悔いはない。迷ってばかりの俺に、父親が教えてくれた。

 

「切り込み隊長だとか!そういう役職に任命してくれるだろうしな!」

「……ふふっ、その可能性はあるわね。」

「だろっ!」

 

エーデルガルトが正しく『力』を使ってくれるのならば、きっと怖くはない。実は優しくて、自己犠牲も厭わなくて、精一杯背伸びしている少女をなんだか放ってはおけない。

 

「……なぁ、エーデルガルト。あんたに何が」

 

訓練場に駆けてくる足音が、俺の言葉を遮った。

 

「見つけたぞ、エーデルガルト!」

「よう、フェルディナント」

「はぁ……また貴方? なぜ私に決闘を挑むというの?」

 

困った顔をしているが、フェルディナントを嫌っているわけではないはずだ。たぶん、フェルディナントの父親のことを嫌っていて、全く違う好青年だから動揺している。

 

「ふっ、そこまで言うなら語るとしよう! アドラステア帝国の建国から数百年、とある2人の人物がいた。1人は、千里を駆けた戦う宰相ディルク=フォン=エーギル!」

「もしかして、時の皇帝と宰相が玉座をかけて争った話のこと?」

「なんだ、それは?」

「まったく、カスパルは忘れっぽいな。この前、一緒に歌劇団を見に行ったではないか。」

「……ああ。それもそうだったな。」

 

リンハルトも俺も途中で寝ていたなんて、当事者の子孫2人の前では言うことは怒らせるかもしれない。それでも、フェルディナントには正直に言って、謝っておきたい。

 

「ふわぁ……みんな、ここにいたんだ。」

「俺もリンハルトも、寝てた。ごめん。」

「なんだ……それならこのフェルディナント=フォン=エーギル自身がエーデルガルトとの喜劇を、目の前で見せてやろう!」

「遠慮しておくわ……」

 

また困った顔を見せる彼女は、年相応だ。

 

「ククク、楽しそうですな、エーデルガルト様。」

「ヒューベルト、いつから見ていたというの!」

 

これで5人目、この訓練場がにぎやかになるのは、珍しい。

 

「さあ? ご想像にお任せしますよ。いやはや、ずいぶんと珍しい表情をしていましたな。」

「……そう、かしら?」

 

思わず、エーデルガルトは頬に手を当てた。

 

 

「……ねぇ。貴方たちはこの学校を出れば、どうする気?」

「どう、とは?」

 

次期皇帝ならば、その役職を決めてもいい。しかし、俺たちの希望を聞いてきた。

 

「ガルグ=マク修道院の、士官学校に一緒に来てほしいの。」

「ほう? それはおもしろい提案だな。他国の貴族と言葉を交わすのも悪くはない。」

「いろんな紋章を持っている人が集まるんだろうなぁ……紋章の起源について調べられるなぁ……」

「私はエーデルガルト様に従いますよ。」

 

これで3人の同意が得られた。みんなが俺の方を向いた。

 

「エーデルガルトが推薦してくれるなら俺でも行けそうだし、だから行ってみたい、と思う。」

「決まりね。ありがとう、みんな。」

 

3つの国から選りすぐりの生徒が集まる場所が、ガルグ=マク修道院である。数年後、アドラステア帝国を出て、俺たちは『世界の縮図』へ行く。

 

各々、教室へ戻っていく途中でエーデルガルトが近づいてきた。

 

「カスパル、時間があるとき、話をしたいのだけれど」

「いいけどよ……?」

 

 

いつしかエーデルガルトとは、友達になっていた。何もかも失って『紋章』を手に入れた彼女が年相応に笑っている姿を、いつも見ていたい。

 

出会った頃から俺はもう、後戻りができなくなっていた。

 

 



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第3話 黒鷲の学級

エーデルガルトと出会って、すでに数年が経った。あれから俺はどれだけ変われたのだろうか。

 

 

避難を促す男の声がする。

誰かの名前を呼び続ける女の声がする。

 

無力を嘆いて、人々は逃げ惑う。

 

「はっはっは、楽な仕事だな!」

「まったくだ!」

 

1つの村を襲った。

彼ら自身は盗賊を名乗っているが、ならず者でしかない。

 

「なあ。」

「な、なんだ?」

「村の子どもか? 驚かすなよ。」

 

初めは、必要最低限の生活を必死に求めたのかもしれない。

 

「なんで、こんなことをするんだ?」

 

盗みをして、略奪をして、そして人を……

 

次第に、楽して稼ぐことを味わってしまったのだろう。村に火を放った彼らの表情を見れば、その理念は一目瞭然である。未来を見ることもなく、過去を見ることもなく、今のありのままの恩恵を手に入れようとしている。

 

「へっ、ガキがカッコつけてんじゃねぇ!」

 

ナイフを避けて、敵の懐に潜り込む。

拳をそのがら空きの腹に、ぶち当てる。

 

「このやろっ!」

 

意識を失ったことで、その重みは増す。

のしかかってくる身体を軽く放り投げた。

 

激昂して声をあげながら、ナイフを構えてこちらに向かってくる。

 

「もらったぁ!!」

 

背を向けた俺に刃が届く前に、彼の身体は別方向に飛んでいった。その現象はかつて生きていた世界では見慣れない光景だ。夜の暗闇に、魔法の残光が舞っていく。

 

「声をかけなければ、抵抗することはなかったでしょうに。」

「別に、暗殺しにきたわけじゃないんだ。」

 

月夜に不敵な笑みを浮かべる彼の表情を、もし女の子が見てしまえば悲鳴をあげて失神してしまうだろう。基本的に毒舌だとはいえ、理論もしっかりしているし、アドバイスもしてくれる、そんなヒューベルトはツンデレだと、俺は思っている。

 

「目立つことは長所にも短所にもなることを、お忘れなく。」

「はいはい、忠告ありがとうな。」

「ククク」

 

今のところデレることはないけどなと思いつつ、縄で盗賊たちを硬く結ぶ彼を見ながら俺も作業を続ける。

 

ガルグ=マク修道院に行く途中で、俺たちは盗賊と鉢合わせたのだ。

 

「エーデルガルトは?」

「どうでしょうな。そう簡単に負ける方ではないですがね。」

「お前、心配じゃねぇのかよ。」

「あの女傑を心配するのは、貴殿くらいですよ。」

 

あの細い腕で、ぶんぶんと斧を振り回す姿が脳裏に浮かんだ。

 

「いや、お前もなんだかんだいって……」

 

剣を弾く音が聞こえた。

俺もヒューベルトもその方向へ駆け出す。

 

エーデルガルトの無事を確認して、ほっとしたこともある。盗賊が散り散りに逃げていくが、追うことはしない。傭兵やセイロス騎士団が側にいて、彼らとエーデルガルトは共闘したのだろう。

 

「捨て置きましょうかね。なぜなら……」

「深追いは危険って言いたいんだろう?」

「くっくっ、貴殿にしては珍しい。」

 

1人の男がこちらを見てきた。傭兵の中でたった1人、俺たちと同年代くらいの人だ。誰かの息子なのかもしれない。黒い鎧に身を包み、腰に差した剣でばったばったと敵をなぎ倒したのだろう。

 

エーデルガルトは俺たちのことを紹介しているようだ。

 

値踏みするような眼。

しかし光に満ちている青い瞳は、とにかくまっすぐ。

 

「お待たせ、2人とも。」

「ご無事でなによりです、エーデルガルト様。」

「まったくだ。一目散に駆け出していくんだからな。」

「貴方たちも後に続いたんでしょう……まったく。無事でよかったわ。彼らジェラルト傭兵団が助けてくれたの。」

 

傭兵団は村に残党がいないか確認しに行くようだ。団員1人1人がかなり鍛えられている。

 

「ジェラルトって確か、セイロス騎士団の元団長で最強の騎士だったよな。俺でも知っているくらい有名な人だ。」

「しかし、20年前にすでに引退した身では。」

「そうね。気になることもあるけれど、今は修道院に戻りましょう。事後処理は、傭兵団と騎士団がやってくれるそうよ。」

 

ガルグ=マク修道院の固有戦力であるセイロス騎士団なら、信頼できる。

 

 

 

「みんな、無事だったか!」

「ふわぁ……もうこんな夜更けだ。もう、寝よう、よ……」

 

フェルディナントやリンハルトも来てくれた。事情を話して村が心配ないことを伝えれば、フェルディナントはほっとした表情を見せる。そして、同行しているペトラにもエーデルガルトが丁寧に伝えている。

 

ペトラはブリギット諸島の王の孫娘で、留学という形でフォドラへ来ている。まだフォドラの言葉には慣れていなくて、片言だが、少しずつは上達している。まあ、俺が英語やブリギット諸島の言葉でいきなり話せと言われてもすぐには無理なのだから、彼女の苦労は伝わってくる。

 

「あの、みなさん、ぶじ、よかった、です。」

「おうよ。」

 

ジェスチャーと表情で、答える。敗戦国の姫だということを気にはせず、受け入れてくれるメンバーに、感謝は尽きないようだ。アドラステア帝国の帝都にいた頃は、ずっと暗い顔だった。

 

「さて。このまま留まるわけにはいかないわね。」

「幸い、下町に着くことは、朝には可能でしょうな。」

 

いまだ残党がいて、野宿に慣れていないメンバーがいる。

 

「そんな……」

「ほら、着いたら一休みするから。」

「わたし、よるなれて、います。」

 

そういえば、ペトラって狩猟民族の姫だったか。

 

 

俺たちが向かう先は、ガルグ=マク修道院。

士官学校という、新しい学びの場だ。

 

 

 

****

 

個室に荷物を降ろして、背伸びをする。

 

すでに昼頃であるが、リンハルトに至ってはまた眠り始めるのだろう。これから黒鷲の学級の顔合わせがあるというのに、マイペースなやつだ。

 

「広くはないですな。」

「このくらいでいいわよ。あまり物があっても、意味はないわ。」

「なあ、こういうのって男女別じゃないのか?」

 

俺とヒューベルトで、エーデルガルトの部屋を挟んでいる。

 

「この部屋割りは、エーデルガルト様の護衛も兼ねているのです。それに、事情もありますからな。」

「迷惑かけるわね……」

 

憂いに満ちた表情をするエーデルガルトは、本当に身近な人に対して優しすぎる。

 

「安心してお休みください。番犬がいれば、何も恐れることはありません。」

「安心しな……って誰が番犬だ!」

「くっくっ、すぐに声を荒げるところでしょうかな。」

 

こういうやりとりが、エーデルガルトを元気づけるためだってわかっているだろうが、それでも。

 

「ふふっ、2人とも助かるわ。」

 

士官学校まで行く途中で、エーデルガルトやヒューベルトを見た上級生たちは感嘆する。帝国にいた頃のような、ねっとりとした視線ではない。純粋にその容姿を見て、純粋な気持ちを声に出しているのだろう。

 

エーデルガルトは慣れない状況に、少し頬を染めている。

 

「「ヒュー様、かっこいい……」」

 

ヒュー様って、なんだよ。

ていうか、もう名前まで知れ渡っているのかよ。

 

 

集合場所である教室に、俺たちは着いた。

 

「ひゃあっ!どこなんですかぁ!?ここぉ!」

「おちつくのだ。私の淹れた紅茶でも飲んで、落ち着きたまえ。」

 

すでにメンバーが何人か集まっているし、すでに騒がしい。

 

「そうやって甘い言葉で誘って、最後は私を監禁するんですねぇっ!」

「フェルディナント。監禁する、悪いこと、です」

「被害妄想だ! 貴族である私がそんなことをするはずはない!」

「ひぇぇ、貴族なんですかぁ!!」

「待て!走り回ると危ないぞ!」

 

紫色の髪の女子がフェルディナントから逃げ回る。2人の早口を上手く聞き取れないペトラは、あたふたするしかない。

 

「あら、このあなたたちも学級の人かしら?」

 

困った表情をしていた茶髪の女子が、こちらに気づいた。俺とヒューベルトを見比べて、軽く頷いた後に俺に笑顔を向ける。

 

「私はドロテアって言うの。ねぇ、あなたは?」

「俺はカスパルだ。」

「えっと……、家名は?」

「ベルグリーズだ。次男だけどな。」

 

ほんの一瞬、緑の瞳を閉じた後、また作られた笑顔を見せる。

 

「……ふふっ、貴方とは仲良くできそうだわ。私は歌劇団に所属していたのだけれど、以前エーギルくんと一緒に見に来てくれたのよね。」

 

リンハルトと一緒に、寝てしまった歌劇のことだろうか。潔くそのことを伝えようとしたが、エーデルガルトが俺たちの前に割り込んでくる。

 

「私は、エーデルガルト=フォン=フレスベルグよ。よろしく、ドロテア。」

「ええ。よろしく、エーデルちゃん。」

「よ、よろしく……」

 

フレンドリーなやつだな。

エーデルガルトの顔を、まじまじと見つめている。

 

 

「というか、ここは一体どこなんですかぁっ!」

「君こそどうして麻袋の中に入っていたんだ!?」

「落ち着き……、落ち着くこと、しましょう!」

 

ベルナデッタは慌てふためき、フェルディナントは落ち着かせようとしていて、ペトラは戸惑うばかり。

 

 

「ふわぁ……もう部屋に戻ってもいいかな。」

「そのうち、落ち着くだろうよ。」

 

リンハルトは我が物顔で欠伸をしており、カスパルはどこか懐かしそうに教室を見渡している。

 

 

「ねぇ、エーデルちゃんは、甘いものは好きなの?」

「ひ、人並みには好きよ。」

 

甘い声で囁きかけるドロテア、同性に迫られて困惑するエーデルガルト。

 

 

「ククク。この状況を貴殿ならどうしますかな、先生。」

 

唯一、己に気づいてくれたヒューベルトは不敵に笑う。

 

 

「……選択を、誤っただろうか。」

 

若い傭兵は、教室の天井を見上げるしかない。彼が手に持っていた名簿が地面に、するりと落ちる。



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第4話 鷲獅子前哨戦

ランキング掲載、ありがとうございました。読者様とFE風花雪月のおかげです。


師と書いて、せんせいと読む。

エーデルガルトはそうベレト先生を呼んでいる。

 

士官学校に入学してすぐに学校行事が催されることとなった。俺たちは最低限に互いの戦い方や性格を知って、他クラスとの模擬戦に挑むこととなる。今日は実戦形式でクラスメイトとの交流を深めようとしているのだろう。

 

なんだか穏やかそうに見えて実は肉体派な、あの大司教の提案である、気がする。

 

「そろそろ行くわよ、カスパル。」

「おうよ。」

 

荷物を持って、教会から少し離れた平原へと向かう。

 

 

 

****

 

ベレトは、自分の生徒たちに目を向けた。

 

 

「ベル、おへやかえるぅ~~!」

 

紫色の髪をぼさぼさにしており、貴族らしくはない少女ベルナデッタが泣き叫んでいた。その細い腕では武器もろくに持つことはできず、体力も不安が大きく残る。今回の模擬戦までの短い時間、べレトはヒューベルトとともに1つだけ戦い方を与えておいた。

 

その夜も今も、悲鳴を上げ続けている。

 

 

「ふわぁ……カスパルは僕の分までがんばってね。」

 

緑髪で長身のリンハルトが、まったくと言っていいほど筋肉はついていない。戦場を前にしてリラックスしているように見えて、ただ眠いだけである。その才能は高く、学問に関しては並々ならぬ実力を持っていて、すでに魔法を使えるという。

 

親しい人が傷ついたなら、丁寧に回復をしてくれるはずだ。

 

 

「先生、私は何をすればいいかしら。」

 

なにかとべレトに話しかけてくれる茶髪の女の子は、ドロテアだ。歌劇団に所属していたので、実戦経験は皆無と言っていい。他クラスを受け持っているマヌエラとの縁で、少し魔法を学んだとはいえ、齧った程度だ。

 

後方支援を頼んでおいて、すり寄ってくる彼女から意識を隣の少女に向けた。

 

 

「私、狩りはしたことは、あります。」

 

ペトラはブリギット諸島の姫ということもあって、本音を言えば前衛を任せたくはない。しかしその民族性からか狩猟を学んでおり、弓や剣を扱うことができるという。対人戦でどこまでその力を活かせるかどうかが問われるだろう。

 

中衛として皆を援護してほしいと言えば、笑顔で答えてくれた。

 

 

「ほう、あれがディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドか。彼は若手最強の槍の使い手だと聞く。このフェルディナント=フォン=エーギルの実力がどこまで通じるか、楽しみだ。」

 

すでに戦場に意識を向けている彼は、特に目立っていた。指揮系統の知識は目を見張るものがあって、この模擬戦で騎士団を任せられないのがとても惜しい。一番槍として戦ってくれるだろう。

 

前衛を任せられる生徒がいて、べレトは大いに安心した。

 

 

「リーガン家の嫡子、ですか。一筋縄ではいかないでしょうな、エーデルガルト様。」

 

柵や林を使って陣を築いている他クラスの級長を、ヒューベルトは危険視していた。それはべレトも同意見であって、次期皇帝であるエーデルガルトの側近としてはこの上ない生徒である。理学や拳術を修めており、静かな雰囲気の中で並々ならぬ強さを持っている。

 

彼が己の指揮に従うのかどうか、新任教師にとっては荷が重い、とべレトは思う。

 

 

「なにかいろいろ考えているけれど、そういうのは奇襲に弱いこともあるんだ。」

 

水色の髪の少年、カスパルの手には何も武器はない。近接職でありながら、籠手すら装備しておらず革のグローブだけだ。満ち溢れた自信は、おそらく訓練の賜物であって、後衛を信頼しているからこそだ。

 

最前衛として活躍できるだろうが、それ相応の危うさも持っている。

 

 

「私が指揮するとしたのなら、骨が折れそうなメンバーだわ……。そう思わない、師?」

 

今回の采配を任せると言った、エーデルガルトは額に手を当てていた。自分の采配を試すように言っている彼女だが、その細い腕のどこに鋼の斧を振り回す力があるのか、ハンネマン先生と一緒に問いたい。

 

模擬戦で鋼の斧を持ってきたという、彼女の天然さにはベルナデッタを除く皆の緊張は紛れた。

 

 

「師。思う存分、貴方の采配を振るってくれる?」

「……皆の実力を、俺に見せてほしい。」

 

屈強な大人に囲まれて生きてきたべレトにできる、精一杯の激励だ。

 

「はい!」「ええ!」「うん」

「おう!」「ああ!」「……」

 

「ベルナデッタ殿……?」

「うぅ……はいぃぃ」

 

「いきましょう」

 

8人の若き生徒がそれぞれ持ち場についた。

 

 

 

「これより、模擬戦を開始とする!」

 

父の声を聞いて、べレトも鞘から木製の剣を引き抜いた。

 

青獅子の学級が陣としている廃墟、金鹿の学級が陣を組んでいる森、その境い目に駆けて行くカスパルとエーデルガルト。

 

教師は、生徒たちを追いかけた。

 

 

 

*****

 

「おっしゃ、行くぜ!」

 

俺たちと違って、相手は実戦経験のあるやつだけを出陣させている。ハンネマン先生とマヌエラ先生らしい、采配なのだろう。特に、青獅子の学級では騎士の士官学校に通っていたやつが多い。対して、金鹿の学級は才能を秘めたやつが多い。

 

「ふっ、僕とイグナーツ君に任せてくれたまえ」

「えっ、ボク!?」

 

「アッシュ、前線から敵を引き付けてくれ。」

「わかりました!」

 

長身のローレンツが槍を持って向かってきて、弓を持ったやつがイグナーツとアッシュ。ロ―レンツはクロ―ドの意見を聞かずに前衛に出て、模擬戦開始早々に特攻してきた俺たちを相手することにしたのだろう。

 

「2人とも、このボクが相手しよう。」

 

それは、時間稼ぎ。

 

「フェルディナント!」

「わかった!」

 

先生の声を受け、フェルディナントは木製の槍を打ち合わせる。

 

「くっ……やるね。」

「君も、な!」

 

その声を後ろにして、俺たちは前へ進む。

 

「ベルちゃん、いきましょう!」

「うりゃあ!」

 

弓を構える音がしたが、雷と氷の魔法がアッシュとイグナ―ツに向かって放たれる。彼らが林から狙撃しているからこそ、木々を揺らしその集中力を乱す。

 

ドロテアの魔法の技術、ベルナデッタの命中精度はなかなかのものだ。ベルナデッタの悲鳴がこれまた、彼らを動揺させている。

 

 

カスパルたちは青獅子の学級へ、ベレトは金鹿学級へと意識を集中させる。

 

 

ベレトは、森に入った。

木の上から声が聞こえる。

 

「2つの学級と同時に戦おうってのか! 大した自信だな。」

 

「柵と森を使って、牽制しながら戦う。それが貴殿の策略でしたが、迂回すればいいだけのこと。まあ、まんまと2学級を相手することとなりましたがな。」

 

「ははっ! なんのことやら。」

 

弓を構えたクロードと対峙するヒューベルトは、別ルートで迂回していた。ヒューベルトはその籠手を持ってして、構えをとる。障害物の多い森の中でクロードと、1vs1で戦うことのできる生徒はそう多くはない。

 

「……無茶苦茶なことをしていると思うのよ、わたくし。」

 

マヌエラ先生が、つぶやく。彼女の回復魔法を持ってして金鹿の学級は長期的な戦いに持ち込もうと画策しようとしていたのだが、完全にあてが外れた。もちろんクロードは『来る』とわかっていたため、べレトは3人に囲まれる。

 

『ほれ見たことか!』と、べレトの中に同居している少女も言っている。

 

 

「せんせー、私は見逃してほしいんだけどなー?」

「ジェラルト師匠の1番弟子として、負けるわけにはいかないよな。」

 

そのか細い腕でどうやって訓練斧をバトンのように扱っているかを、べレトはヒルダにも聞きたい。父親の縁でなにかとつっかかってくる少女は、手慣れた手つきで槍を構えた。

 

 

べレトは、少し頼りない木製の剣を引き抜く。

 

「……別に生徒でも、倒してしまっても構わんのだろう。」

 

カスパルが先日挑んできた時に言っていた言葉を決して弱くはない豪傑の女性たちへ伝える。リンハルトが回復することのできる距離、ギリギリの地面だ。もしクロードがヒューベルトとの戦いに集中していなければ、これからすることの『理由』を感づかれていたかもしれない。

 

 

ここからは通さないと言わんばかりに、ベレトは剣で線を引いた。

 

 

 

 

 

移り変わって、青獅子の学級と対峙するのはエーデルガルトと俺だ。彼らの策略に嵌まったと言えば、そういうことなのだろう。

 

「どうやら、誘い込めたようだな。」

 

「ええ。私たちだけで、貴方たちをここで全滅させるわ。」

 

「おおっ! こわっ!」

「ずいぶんと、なめられたものですね。」

「やれやれ、この女も猪の同類か。」

 

軽薄そうなシルヴァンは心にもないことを言い、まっすぐなイングリットはむっとし、生粋の剣士であるフェリクスは呆れるばかり。

 

 

「そらっ、ぶっとべ!」

「……なかなか鍛えているようだな。」

「ドゥドゥーって言ったっけ!」

 

俺の拳は、斧を投げ捨てた男の手に遮られた。

その巨体は父上にも匹敵する。

 

 

「残念ながら。うちのハンネマン先生は、弱くはないぞ。」

「……そうみたいね。」

 

廃墟にてペトラを軽くあしらっているのは、ハンネマン先生だ。老いた身体であって無駄のない動きで、ペトラの大ぶりな剣を避けていた。あくまで、狩りで学んだ戦い方なのだ。

 

だがしかし、余裕のある表情を見せているハンネマンも、少しずつ食らいついてくるようになっているペトラに焦りを見せている。

 

 

「ともかく、その戦力で俺たちと相手をすると?」

「ディミトリ、勝負よ。」

 

ディミトリを退かせることができたなら、青獅子の学級の士気に影響を及ぼすことができる。ここからは通さんとばかりに、エーデルガルトはその斧で地面に線を引く。

 

 

「……いいだろう。君が相手でも容赦はしない。」

「そうこなくては、ね!」

 

斧と槍がぶつかり合い、轟音が戦場に鳴り響いた。

これが、紋章の『力』だ。

 

 

「……殿下!」

「おいおい、番犬のカスパルを忘れてもらっては困るぜ!」

「邪魔を、するな」

 

努力で『力』を手に入れた俺たちも、拳を交じ合わせた。

 

 

 

****

 

「よーし、そこまでだ!……はぁ」

 

べレトの父であるジェラルトは深くため息をついた。

朝から始まって、すでに月の輝く夜である。

 

 

地面をえぐるほどの闘いは、模擬戦なのか。

1つの森を無残な姿にする戦いは、模擬戦なのか。

 

 

乱戦だった。

つくづく、木製の武器でよかったとジェラルトは思う。

 

****

 

 

 

「いやーっ、まけたまけたー!!」

「もうすこし、でした……」

「引き分けと言えば、そうなのでしょうが……あのまま続いていれば押されていたでしょうな。」

「ああ。強かった。ロ―レンツとは、これからも共に研鑽したいものだ。」

 

誰もが服までボロボロで、回復に奔走していたリンハルトに至っては、疲れ切ってすでに爆睡していた。ベルナデッタも、天井を見上げて放心している。

 

 

「お疲れ様、師。」

 

乱れた髪のままだ。飲み物の入ったコップを渡しつつエーデルガルトはべレトに話しかける。彼女とディミトリの戦いを間近で見ることはできなかったが、その戦いの跡が激しさを物語っていた。

 

 

「……残念だった。」

「それでも2学級を相手にして競り合えたのは、先生のおかげですよ。」

「……そうだろうか。」

「その通りだ。リンハルトもベルナデッタもいてこその、戦績だ!」

「だな。皆ががんばったでいいんじゃないか?」

「まとまりのないこのメンバーの、個性を活かしきったのは貴方よ、師。」

「……そうか。」

 

一気に、飲み干す。

 

 

「それでよ。ドゥドゥも!途中参戦してきたラファエルも!すごくてよ!」

「ロ―レンツ、イングリット、シルヴァンもディミトリに近づけるほど、なかなかの槍の使い手だったぞ!」

 

己の剣が届かなかったことも悔しいし、勝利を生徒にあげられなかったことも悔しい。悔しいと思うのは彼にとっては初めての『感情』だった。

 

 

『お主、いい生徒を持ったな。』

(ああ、本当に)

 

まだまだわからないことが多いけれど、それでも彼ら彼女らに少しずつ近づけている。



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第5話 新任教師 

****

 

ここは教会から少し離れた場所、周囲に人気はない山の上だ。

 

「くそっ、村に傭兵団がいるなんて!聞いていないぞ!」

 

先日襲った村はセイロス騎士団が常駐していないと聞いて、その話に乗ったのが間違いだった。最強の傭兵集団であるジェラルト傭兵団がいると気づいた時には絶望しかなかった。

 

ならず者を纏めあげていた彼は、その盗賊団の数を減らしてしまい、地団太を踏むしかない。

 

『偶然なのだから、運がない』

「なっ!このやろ!!」

 

全身鎧で、仮面だ。おそらく男だろうが、声に違和感がある。魔法で変声しているかのようだが、そんな技術は聞いたことはない。

 

その名は、炎帝といった。

 

『貴様たちのおかげで、ジェラルトは教会へ戻った』

「あの壊刃が、か!? お前のために俺たちは犠牲になるっていうのか!!」

 

一体、どこにジェラルトが教会に戻るメリットがあるかなど、セイロス騎士団の増強ということでしか『彼の頭』では考えられない。

 

『どうせ、いつかは教会に狩られる命だろう。このまま追撃されることを、罪もない者を殺してきたことを嘆いて詫びろ』

 

「くそぅ!!」

 

『教会が言う主、とやらにな。』

 

彼は斧を振り舞わずが、バックステップで軽々と避けられる。

 

 

『数が増えたことはいい。だが、傭兵をいきなり教師にするなど、あの女の考えが読めない……』

 

それだけ告げて目の前から瞬間的に消える。

最後の希望も途絶えた。

 

残された時間を噛みしめて、彼は地面を叩くしかない。

 

 

****

 

それぞれの月末……いや節末に、『課題』に取り組むことになっている。課外授業のようなもので、教室の中では学べない実戦経験を身につけることができる。もちろん騎士団も手を貸してくれるとはいえ、決して模擬戦ではないのだ。

 

死を間近にする。

 

 

枢機卿であるレアに気を許すな、と言う父の言葉を訝しみながらべレトは教壇に立った。訓練と学びが生きることに役立つと知っているから。

 

「……ハンネマン先生の紋章学だ、リンハルト。」

「はいっ!」

 

最近リンハルトの起こし方を、心得たべレトだった。

 

 

基本的にべレトは戦いしか知らない。帝国の士官学校に在籍していたフェルディナントですら、ジェラルト直伝の指揮には感嘆の声を出してくれる。もちろん実戦形式の訓練では大いに力を貸すことができる。

 

そして、他クラスの教師であるハンネマンやマヌエラを呼んで生徒と一緒に学ぶことは多い。まあ、それは受け売りなので、アドバイスしてくれたカスパルにべレトの感謝は尽きない。

 

 

その他の時間は、生徒の自習として『個性』を活かす教え方だ。己自身も一緒に学ぶということをべレトは実践していた。

 

 

「先生、魔法に詳しいんですね。私、尊敬しちゃいます。」

「ふむふむ……この魔法なら遠くから……」

「ベルナデッタが戦うことに目を向けるとは。やるな、先生。」

「魔法、ブリギット、には、ありませんでした」

 

ドロテアやベルナデッタは特に理学に興味を示している。士官学校に通っていなかったこともあって、ペトラやその2人は重点的に教えているのだ。そういえば、エーデルガルトは仕事があると言っていた。理学が得意なヒューベルトは、カスパルと一緒に拳術を鍛えにいった。

 

ヒューベルトは、一体何を目指しているんだ。

 

 

「ヒューくんでも、先生の理学の知識には、驚かされていましたね。」

 

『ふふん。』

「……まあな。」

 

自分に同居している少女の声を伝えるだけ。

記憶の欠けている彼女だが、魔法には詳しいのだ。

 

『そろそろ時間じゃぞ。ここからが面白くなるのじゃがなぁ…』

「そろそろ、休憩にしよう。」

 

彼女の存在を伝えることを、べレトは機を逃していた。

信じてくれるだろうが、現状彼女は己としか会話できない。

 

 

 

****

 

休憩時間には、ふらふらと教会内を歩く。

 

 

珍しい植物であふれている温室や、人で賑わう釣り掘、定期的に祈る大聖堂など生徒たちは各スポットで休憩時間を過ごしている。自分に同居している少女と真逆で、人と話すことが苦手だと自分自身で思っているから、1つの場所にあまり留まらない。

 

何かと落とし物の多い生徒たちのために、新任教師は今日も奔走していた。副業的に医務室をやっているマヌエラ、紋章学の研究をしているハンネマンには頼めない仕事である。そういうこともあって、他クラスの生徒たちからもべレトは慕われていた。

 

 

「今日は天気が良いぞ、ベルナデッタ!」

「天気が良いから、部屋にいるんですぅぅ!」

「そうか、無理か……」

「ごめんなさい、無理じゃないですぅぅ!許してえええ!」

「別に、私は怒ってはいないぞ……」

 

授業と食事の時以外は自室に引きこもっているベルナデッタを、お茶会に連れ出そうとしているフェルディナントを横目に、彼は食堂へ向かう。フェルディナントなら危害を加えることはないし、ベルナデッタの引きこもり癖を、もしかすれば改善してくれるかもしれないのだ。ベルナデッタの心理的ケアは黒鷲の学級総出で続けている、とだけ言っておく。

 

「リンハルトくん、いくら春でも風邪ひくわよ?」

「君もここで寝てみなよ。今日は、心地いいよ……」

「もう……貴族らしくないわ、ほんと。」

 

温室の外にあるベンチで寝そべっているリンハルトに、ドロテアは声をかけている。そしてべレトは先ほど、温室の作業を手伝ったことでプラムという果物をもらったのだ。温室の人はデザートの材料にしても美味しいと言っていたので、料理してみることにしたのである。

 

 

前提として。

料理の経験は皆無である。

 

 

最低限肉を焼くことしか、傭兵団では経験していない。

 

『よくわからんが、上手くできるのか?』

「……美味しいものなのだから、合わせればもっと美味しいはずだ。」

 

 

アレンジ材料として自室から持ってきたものがトマトと1匹の魚なのだから、誰かが彼を止めるべきである。だがしかし、彼は1つの料理台を貸してくれてしまった。入学したばかりの大食らいな数人の生徒とこの新任教師のせいで、料理長や料理人は総動員で夕飯の仕込みに忙しい。

 

 

「あの、何を作るのでしょうか……?」

 

奇跡的に呼び止めたのは、明るい青色の髪を持つマリアンヌである。目は前髪で隠れており、背後から彼女に話しかけられて驚かないのは、べレトくらいだろう。同居している少女に急に話しかけられて、いつも驚いている彼の胆力は並みのものではない。

 

彼女は先日の模擬戦で最後まで戦場に出なかった、1人だ。

 

 

「ゼリーという、デザートだ。」

 

それを聞いて、マリアンヌは気まずそうに両手の指を交じ合わせる。

 

「その、あの、料理なら、少しはできます……」

「……そうなのか。」

「ええ。小さい頃に、母から教わって。……あの、でも、凝ったことはできませんけど……その……」

 

どもりながら、話す。

真摯に話を聞く、べレト。

 

「申し訳ありませんが……材料が、間違っている、と思います。」

「……!?」

 

梨とトマトと魚で、ゼリーができると心から信じていたらしい。ちなみにべレトはゼリーを一度も食べたことはない。動揺する。

 

『この少女に、聞いてみればよかろう。』

(それもそうだな。)

 

「……何が必要だ。タマネギか?」

 

珍しく女性に迫るこのべレトを、もしシルヴァンが見れば口笛を吹いてイングリットに耳を引っ張られて退散させられるだろう。彼のまっすぐな目つきに対して、マリアンヌは少し後ずさってしまう。

 

「あの、……その……」

 

マリアンヌは作り方を知っているが、今の彼女のコミュニケーション力では『教える』ことはできない。彼女は、己の不幸を呪い、己の信じる主に助けを求めることしかできない。

 

 

「先生、マリアンヌが怖がってます。」

「……すまん。」

 

マリアンヌの友人の、リシテア。

カスパルと一緒に通りがかったところに声をかけたのだろう。

 

長く綺麗な、されど白い髪。

それがどうしてか、エーデルガルトを思わせる。

 

 

「おいおい。先生も料理って珍しいな。一体、何を作るんだ?」

「……ゼリー、というデザートだ。」

「プラムやトマトを使うことはわかりますが、その魚はさすがに……」

「それより、全然材料が足りねぇだろ」

 

べレトは自分の持つ食材と、カルパスが抱えている材料を、必死に見比べる。紙の袋に入ったのは、『塩だろうか』とべレトは顎に手を当てて考える。マリアンヌはリシテアの背に隠れたとはいえ比較的長身の彼女は、低身長なリシテアに隠れきれていない。

 

「あの、お二人が一緒なのは、珍しいですね……?」

「こいつが、プリンというデザートを作ってみせるらしいですよ。まさか、私の知らないデザートを知っているなんて……」

 

昨晩、食堂にて好きなデザートの話になった際に、カスパルはプリンの名を出したのだ。(この世界に来て、)あまりデザートを食べない彼にとっては失言だったのだが、甘党のリシテアは聞き逃さなかった。

 

「本当に、プリンを作れるんでしょうね?」

 

リシテアは頑固なところがあって譲ることはない。未知の料理を知ってしまっては、人一倍知識欲のある彼女は眠ることすらできなかった。寝る間も惜しんで努力することに彼女が慣れているとはいえ、失言してしまったカスパルは責任を取ることにした。

 

 

「がっはっは! まあ、見てろって! ちょーっと違うものになるかもだけどな!」

 

カスパルはプリンの作り方を知らない。

厳密にいえば、簡単に作れるその材料がない。

 

だが彼は、それなりには策士だ。

 

「むっ、それなら私が本物のゼリーというものを教えてあげます!」

 

てきぱきと手を動かし始めたリシテアと、彼女のサポートをするマリアンヌ。それに対して、べレトの釣った魚を丁寧に捌いて煮込み始めたカスパル。べレトは生徒たちの手際の良さに、目を見張った。

 

 

『ほほう、これが料理なのだな。』

 

傭兵の頃とは、決して違う。

料理とは繊細なものだったのかと、べレトは思う。

 

 

「どうぞ、先生。」

「あの……お口に合えば……いいのですが。」

「俺のやつから食べた方が良いぞ。」

 

いつのまにか料理対決となっていたらしい。

茶器に入った薄黄色のもの、皿に盛られた透明のもの。

 

「ほほう、さぞ自信があるようで。」

「まっ、久しぶりだったけどな。」

 

 

「……いただこう。」

 

カスパルの作ったものをスプーンで掬えば、ぷるんと揺れる。

そして、黄金色の液体が滴っている。

 

『小さく具材を切っているのだな。どれ、食してみよ。』

(わかった。)

 

感覚を共有するとかいう、器用なことをして彼女は食を楽しんでいる。

 

『甘くはない。じゃが、この深みのある味はなんじゃ……魚か!』

「これがプリン……、デザートとは決して違うけれども、美味しい……」

「不思議な味です……」

「プリンじゃなくて、『チャワン蒸し』だけどな。」

 

「むむぅ、こんなに美味しいなんて、帝国はすごい……。いやまあ、デザートとは呼べませんけどね。」

「まっ、プリンと似たようなものだ。こっちの方が美味しいと思ってな。……あれ、ていうか、ゼリーって、作れるんだな。」

「ふふん。先生のプラムがあってこそですけどね。」

 

市販のゼラチンがなくて、ゼリーを作れるのだったら、プリンだって作れるじゃねぇかと、カスパルは途方に暮れた。

 

『ずいぶんと、ガサツな男じゃのう……』

(だが、優しいやつだ。)

『そうじゃな。誰かさんと似ておる。』

 

 

デザートとして梨のゼリーを食べて満足すれば、べレトですらほっこりした気分になる。

 

「ふふっ、よかったです。」

 

リシテアはカスパルに肩をゆっくりと預けた。椅子に座ったまま彼も腕を組んで、器用にこっくりこっくりしている。リシテアもカスパルも子供っぽく、思い悩んで眠れなかったのだろう。

 

 

「ごちそうさま、カスパル、リシテア、マリアンヌ。」

「私も、ですか……?」

「ああ。マリアンヌの2人を手伝う姿を見ていた……今度、俺に料理を教えてほしい。」

 

新任教師は生徒のことを、よく見てくれる。

そのことは、生徒たちが一番よくわかっている。

 

 

「はい……私なんかで良ければ……」

 

頬を赤くして俯いた彼女に、べレトは首を傾げる。

 



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第6話 死神

※残酷な描写あり。そういう描写に不快感を感じる読者様は読み飛ばしてください。


赤き谷ザナド。

騎士団によると、ここに盗賊は逃げ込んだらしい。

 

深い谷底に落ちてしまえば、ひとたまりもない。

 

 

「やっぱり、あたし帰りますうぅ!」

「ベルちゃん、もうここまで来たんだから、がんばりましょ。ね?」

「安心したまえ。このフェルディナント=フォン=エーギルが守ってみせよう。」

「フェルディナント、頼りになる、なります。」

「うぅ……みなさんが痛い目に遭うのもいやぁ……」

 

 

ここまで登ってきただけでも、ドロテアやベルナデッタ、リンハルトには酷なことだ。空気が薄く、元傭兵のべレトでもかなりの体力を奪われていた。木製ではなくて鉄の武器を持って、初めての対人戦となる生徒は多い。

 

 

『時を巻き戻す力、おぬしに使わせてやろう。』

(……どういうことだ?)

『級長の少女を救ったときの力じゃ。際限なく使えるわけではないから気をつけよ。』

(……たすかる。)

『盗賊は討たねばならぬ、そんな気がする。』

(どうした、ソティス?)

 

 

先生がたまに俯く時があるのだ。

目線は、地面を向いているようで向いていない。

 

 

「……なあ。ここって何かの遺跡なのか?」

 

俺は、余裕の表情を見せているヒューベルトやエーデルガルトに尋ねる。

 

「いいえ、わからないわ。でもこの建築様式はどの時代でもない。」

「この戦場跡、一体どれほどの時が流れたのかわかりませんな。」

「そうか。まるで空中都市だと思ってな。」

 

『マチュピチュ』が思い浮かんだ。

ある程度広大な平地に、崩れた橋や柱が目立つ。

 

「帝国の歴史にない時代のものやもしれませんな。」

「そうね……歴史にも載らない民が暮らしていたのよ、きっと。」

 

 

途方もない歴史を、感じた。

エーデルガルトはその長い歴史に挑もうとしている。

 

 

それよりも今は、目の前の盗賊だ。

 

「皆、気を引き締めなさい。」

「情報通りですな。……追い詰められて何をするかわからない輩には、気をつけませんと。」

 

エーデルガルトやヒューベルトは、先生に視線を向ける。

盗賊と一番戦い慣れているのは、元傭兵の彼だ。

 

 

「……焦らず戦おう。ゆっくりと進軍すればいい。」

「そうね。すでに麓では騎士団が待機している。ここから逃げたのなら、私たちが討ち取るまでもないわ。……もし逃げたのなら、ね。」

 

山頂から盗賊を麓まで下ろさせる、そういう意味で騎士団は俺たちに任せたらしい。

 

 

「難儀なことですな。」

「くるぞ。」

「大丈夫よ、カスパル。」

 

エーデルガルトが斧を振るって矢を軽々と破壊する。

鋼の斧を持ち上げることすら、簡単ではない。

 

 

「すごい、です」

「これが、エーデルガルトの実力か……、遠いな。」

 

その実力にペトラたちも、盗賊たちも目を見開いた。

矢の軌道を完全に見切っているということだ。

 

 

「さあ、開戦よ。師は、皆のことを頼むわね。」

「おっしゃ! 切り込み隊長、番犬のカスパルいくぜ!」

 

先陣をきるエーデルガルトよりも先に、俺が躍り出る。

 

 

「こいつらを人質にとれば、俺たちはまだ!!」

「教会の言う限りじゃあ……」

 

飛んできた手斧は、俺の手刀で打ち落とす。

親父の拳に比べれば、簡単に見切れる。

 

「一体なんなんだよ、てめぇらは!?」

「殺してもいいらしいんだけど、な!」

 

 

その腹を殴って盗賊ぶっとばし、後方のやつにぶち当てる。

彼らの近くに着弾するのは、闇の魔法。

 

 

岩を砕き、砂埃が舞う。

 

「俺かヒューベルトに倒させてくれたなら、命はあるかもな。」

「ククク……エーデルガルト様は、手加減が苦手ですからな。」

 

出鼻をくじかれたエーデルガルトは、鋼の斧を手元で弄んでいる。

 

 

「こいつも、馬鹿力かよ……」

「最近の女の子は筋トレが趣味なのか?」

 

「……貴方たち。ずいぶんと失礼なことを言うわね。」

 

次々と武器を落としていく盗賊の男たちに、エーデルガルトは呆れるしかない。すでに戦意は失っているが、万が一のことはある。ヒューベルトと俺の拳骨で、気絶させられるだけマシと思ってほしい。

 

 

「さて。エーデルガルト様、どうしますかな。」

「師なら任せられるわ。この戦乱の世に、皆の『力』は必要よ。」

「はてさて。ついてきてくれるでしょうかな。私や番犬はともかく。」

「ヒューくんには、番犬って呼ばれたくねぇよ。」

「ククク、喧嘩を売っているのですかな。」

「貴方たち……わかっているでしょうけど、次が来るわよ。」

 

人数の少ない俺たちを優先したのか、盗賊の頭領はこちらへ来たようだ。血走った眼で、エーデルガルトを睨んでいる。憤る理由に頭の中では気づいてはいないだろうが、無意識に怒りを向けていた。

 

 

「苦労も知らねぇ貴族様が!!お前らも道連れだ!!」

「苦労を知っていれば相手を殺して良いと?―――貴方も屑ね。」

 

 

彼女の目つきが変わる。

首を落としに向かう彼女から、目を背けたくなる。

 

死に場所を求めているわけではない。今は。

 

 

「加勢しますよ。」

「おうよ!」

 

たぶん、このままだと俺は彼女と戦う時が来る。

守りたいから。

 

 

 

****

 

ところ変わって。

飛び出して行った3人ほどではないが、囲まれていた。

 

「くっ……」

 

いまだ時を戻す力は使ってはいない。

だがしかし、『守る』ことにべレトは慣れていなかった。

 

「はっ、所詮は貴族の坊ちゃんか!」

「ふっ、フェルディナント=フォン=エーギルは臆することはないさ!」

 

武器を落とした盗賊も、やがて武器を拾い直して立ち向かってくる。傭兵だった頃にべレトもその手を血で濡らしてきた。何も感情はなく、機械的にその命を奪ってきた。

 

『やらねば、やられるぞ?』

「ああ、そうだ。……かつてはそうだと思っていたんだ。」

 

だがしかし、命を奪うことを躊躇う生徒たちを見て、躊躇いの気持ちが芽生えた。剣が迷っていても、負けることはない相手だが、何度も立ち上がってくる盗賊たちには手を焼かされている。

 

(紛れているな、回復魔法の使い手……)

 

 

そして盗賊たちに、統制された動きがみられた。

 

「『計略』だ、気をつけろ。」

「計略……、この前、教えてもらった?」

 

知識としては、生徒たちは知っている。多人数の動きで少数を動揺させることが、『計略』だ。優れた指揮官がいてこそ発動できる技だが、盗賊なりの連携だろう。

 

 

「いくぞぉ!てめぇら!」

「くっ、盗賊なりの計略か。厄介だな!?」

 

数を活かして、攪乱される。

 

後衛を担っていた、ベルナデッタやドロテア、リンハルトと一緒に囲まれたことが問題である。どの方向からその凶器が迫ってくるかわからない。戦い慣れたべレトはともかく、生徒たちは身動きを取れない。

 

「どうした!」「どうした!」

 

「どうします!先生!?」

 

彼1人だったのなら、簡単に剣で切り抜けられる。

そうやって、今まで彼は戦ってきた。

 

「あーもう! なんでこんな目にいい!!」

 

限界を迎えたベルナデッタが泣き叫んで氷柱を造る。

咄嗟とはいえ、上級魔法を扱ってみせた。

 

『好機じゃ!』

「フェルディナント、氷に槍を振るえ!」

 

「そうか!わかった!!」

 

旋風のように、フェルディナントは鉄の槍を振るう。技を練習していたことは知っていたが、実戦でも成功したようだ。

 

 

 

砕かれた氷は礫と化して、周囲の盗賊を襲い、陣形を乱した。

 

「リンハルト、ドロテア! 閃光だ!」

 

「「はいっ!」」

 

上空へと、魔法を放つ。

光と雷の魔法が戦場を照らして、思わず盗賊は天を見上げる。

 

「ペトラ! 獲物を狙え!」

「はい!」

 

ペトラは指揮官へ、べレトは聖職者へ鉄の剣を振るう。

一連の行動で、冷静を保った者こそが、敵の要である。

 

「うぅ……」

「さすがにこれは、ね……」

「ベルナデッタ、ドロテア、休んでいろ。2人を頼んだぞ、フェルディナント、リンハルト。」

 

「ああ!任せたまえ!」

「僕なりには、がんばりますよ。」

 

フェルディナントですら、鮮血で動揺した。

貴族らしく耐えて、気丈に振る舞う。

 

守ることなら、今の彼らに任せることができる。

 

 

「ペトラ、やらないとやられる。」

「……そうですね。」

 

学び始めてたった2ヶ月の少年少女たちには、この死線は早すぎた。帰ったら少しくらいレアに文句を言ってもいいだろう、そう思いながらべレトは慣れ親しんだ鉄の剣を、両手で握り直した。

 

 

『生徒たちの前じゃ。やりすぎぬようにな。』

 

 

「……覚悟しろよ。」

 

盗賊たちは、怯む。

若くして機械的に命を狩る黒き鎧を纏った彼は。

 

「まさか、ジェラルト傭兵団の、『死神』……」

 

羽織った制服の上着を、べレトは今だけ捨てる。

 

攻撃こそ最大の防御。その紋章の力なのか、敵の血を得て、彼の傷は癒える。単騎で敵を斬り伏せることこそ、彼本来の戦い方だった。ジェラルトが制していたとはいえ、

 

ゆくゆく彼は、殺人鬼になっていただろう。

 

 

「運命を、呪え!」

 

もし血に染まったこの俺でも望むことが許されるのなら、自分の生徒には戦いをさせたくはない。

 

残酷な世界を、呪った。

 

 

 



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第7話 現実と理想

あれから数日が経った。

少しずつとはいえ、生徒たちは『現実』を受け入れている。

 

 

『うーん、うーん』

 

セイロス教の崇める女神が民に与えたと伝えられる紋章によって、貴族の跡継ぎさえ左右されており、紋章はフォドラ全土に影響を及ぼしている。自分の出自も知らないべレトもまた、紋章を持つ者の1人だった。

 

 

フォドラの地ではそんなセイロス教が根付いている。その開祖セイロスは、1000年以上昔の戦争で解放王ネメシスを討って、アドラステア帝国の建国にも関わったとされている。

 

(何か思い出せたか?)

『さっぱりじゃ。』

 

セイロス教に関する話を教会の大聖堂で聞きまわってもなお、ソティスは自分の名前しか思い出せていなかった。セイロス教の女神も同じ名前を持つから、セイロス教こそが何かのきっかけになるかもしれなかったのだ。

 

 

「やはり、この像は美しい。特に聖セスリーンは見事の一言だ。そう思わないか、フレン。」

「なぜ、この像だけが輝いているのでしょうか、お兄様?」

 

厳格を表しているかのような人物である、セテスの声を耳にして、べレトは像の前で立ち止まってしまう。いつもよりずっと優しげであって、どこか甘ったるくて、聞き慣れない声だった気がするのだ。

 

「ま!先生が大聖堂に来るとは珍しいですわ。」

「ようやく主に祈ることを覚えたか。…………ところで先ほどのことは忘れろ、いいな。」

 

念押しするセテスに対して、言いふらすつもりもないべレトは黙って頷いた。枢機卿であるレアに近しい人物であるセテスと、その妹であるフレンである。フレンはレアに似た緑色の髪を持っているし、血縁関係があるのかもしれない。

 

『いやはやこの2人、存外仲が良いようじゃの。』

 

セイロス教の教えで、様々な逸話を残す4聖人の像の前で祈る人も多い。2人もそうなのだろう。

 

 

「この後、お兄様と一緒に湖へ釣りをしに行くのですわ。ご一緒にいかが?」

「まあ、待て。この者は新任教師として忙しいのだ。」

 

せっかく取れた、フレンとの兄妹水入らずの時間をセテスは邪魔されたくはない。

 

 

「……また機会があれば。」

「そうですの。では、私たちはお先に。」

「精進したまえ。」

 

厳格な言い方だが、悪いイメージを抱くことはない。

彼なりの激励なのだろう。

 

 

 

「主よ、私をお導きください……」

 

『あの少女、ずいぶんと熱心に祈るのう』

 

聞き込みを始める前から、彼女は祈りを捧げている。外部から、山の上の教会まで訪れる人も多いこともあって、休日は人で賑わっていた。そういう理由で、大聖堂の隅なのだろう。

 

なんとも、彼女らしい。

 

「……あっ、先生もお祈りを?」

「……通りかかっただけだ。」

「そうですか……」

 

『うーむ、何を祈っているのか、気になるのう。ほれ、聞いてみよ。』

「一体、何を祈っていた?」

 

もしドロテアに聞かれていれば、減点をくらう聞き方である。

まっすぐ見つめて、まっすぐ尋ねた。

 

「えっ、えっと……具体的には何も……主に感謝を捧げ、加護を願う……それだけです。」

 

『ほほう、祈るとはそういうものなのか。』

「……セイロス教のことは詳しいのか?」

 

「す、すみません……主に祈っているだけであって、セイロス教の信徒、というわけでは……」

「なぜ?」

「えっと、人と関わることが、苦手で……そういう性格で……特に理由はないのですが……」

「そうか。」

「すみません……、こんな私のために時間をとらせてしまって……」

「時間に余裕がないわけじゃない。」

「で、でも、あの、……私のことは気にしなくても構いません。―――先生も不幸になります。」

 

失礼します、と深々と頭を下げて足早に去っていく。

 

 

『不幸になるのかの』

(どういうことかわからないな。)

 

もちろん、べレトなら追いかけることは容易い。

 

なぜマリアンヌが辛い顔をして、他人に不幸が起こると案じてくれるのか。そんな疑問が芽生えてべレトは立ち止まっていた。彼は恐怖という気持ちが芽生えたことがなく、決して未来を恐れない。

 

 

もう少し話をしたいと思っていて、もっと不思議だった。

一体、彼女は何を恐れているのか。

 

 

「あの。先生、今節の課題に僕も連れていってほしいんです。」

「……理由を聞こう。」

 

青獅子の学級の少年アッシュ。

課題協力を生徒自ら打診してきたことに、意識を向けた。

 

 

***

 

 

大量の本を抱えて、もっとも幼い少女は壁にもたれかかる。

 

「はぁはぁ……」

「リシテア、大丈夫!?」

 

リシテアのところへ駆けつけたのは、自分と似た白い髪を持つ次期皇帝だ。入学して以来、何かと声をかけてくれていた。お菓子をくれることは悪くはないけれど、彼女が優しさより、同情して接してくれる。

 

そんな関係をリシテアは嫌っていた。

 

「エーデルガルト……、またあんた?」

 

本を取り上げて、彼女は軽々と持つ。

紋章の『力』が魔導に偏っているリシテアとは違う。

 

「力仕事なら誰かに任せればいいのよ。同じクラスにラファエルやヒルダがいるじゃない。」

 

ここでヒルダを出す辺り、エーデルガルトも彼女の馬鹿力を知っている。

 

 

「子供扱いしないでくれます?」

「子供扱いなんてしていないわ。」

 

それに対してリシテアはもう我慢ができなくなった。

だから、踏み込んだ。

 

「ねぇ……あんたの髪色、昔からそうだった?」

「そうね、元々よ。」

「とぼけても無駄。わたしは、紋章を2つ宿したことで髪の色を失った。あんたもそうなんでしょ。」

「まあ、気づくわよね。……同じなのだから。」

 

人為的に、血の改造を施された。

決して、望まず。

 

「やっぱり。あんたもなんだ……」

 

それがわかってどうするというのだ。

 

運命が変わる?

一緒に苦しむ?

 

「ねぇ、リシテア、復讐をしたくはない?」

「こんな目に遭わせたやつらは許せない。こんな世界が憎くて仕方がない。」

「そうね。私も憎いわ。私は必ずこの世界の闇を討ち果たすわ。」

「でも、どうすればいいっていうのよ。」

 

私にはそれだけの時間も力もない。

 

「私に『力』を貸してほしい。変革をもたらし、紋章の価値を失くすつもりよ。ゆくゆくは貴族の制度も失くす。」

「エーデルガルト、あんたって……理想的」

 

エーデルガルトなら、この忌むべき『力』を正しく使ってくれると思えた。

 

「ええ。皆がいるから、理想を実現できる。」

「ねぇ、私とエーデルガルトでも……間に合う?」

「間に合わせるわよ、絶対に。」

 

それに、とエーデルガルトが続ける。

 

「リンハルトやヒューベルト、カスパルが私たちのために。今はハンネマン先生と一緒に紋章について研究してくれている。全てが終われば、紋章なんていらないわよね。」

「そうですね。紋章が消えても問題ない世界になるんですから。えっと、あいつも……、カスパルも?」

「珍しい発想の持ち主なのよ、彼。」

 

エーデルガルトは、額に手を当てた。

 

「その、本人は異世界から来たなんて、軽く口にしたの。もちろん私たちだけに。」

「異世界って……、どう見ても普通の男子ですよね、彼。」

 

あのチャワン蒸しも、彼の故郷の料理なのだろうか。

あれから何度か食べさせてもらっている。

 

「そうね。彼が常識人と思えるくらい、私の学級は個性的よ。」

「苦労してるんですね……。それで。あんたはなんでここに?」

「……実験に使う鼠が怖かったのよ。ちょっと訳ありでね。」

 

くすっと笑みが零れた。そこも私と同じなんだ。

 

「あんたも、かわいいところあるんですね。実は、女の子かどうか疑っていました。」

「正真正銘、女の子よ。あのヒューベルトが珍しく腹を抱えて笑っていたけれど、昔カスパルがくれたネコの人形がないと寝られないもの。………すぐに忘れなさい。」

「残念、記憶力はいい方なんですよ。そうですか、あいつがですか……」

 

 

気になっていた2人に、置いていかれたようなそんな気持ちだ。まあ、あいつもエーデルガルトもちゃんと手を引っ張ってくれる。2人のおかげで未来が開けたからか、どうにもそういう思考に陥ってしまう。

 

将来の夢を考えると、明るい気持ちになれるらしい。

 

 

「リシテア……?」

「1人じゃなかったんですね。私たち。」

「ええ。貴方も『力』を貸してほしい。」

「もちろん。」

 

抱きかかえてくれたエーデルガルトは温かい。

 

「ふふっ、いい子ね。」

「子供扱いしないでくれます? まったく。」

 

撫でる姉、拗ねる妹。

そう見えるだろうか。

 



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第8話 光と闇

フォドラ全土に及び、セイロス教の教徒は途方もない数である。『正義』がなにかを考える際、それは彼ら彼女らが信じる主に判断を委ねる。フォドラの民の道徳心はセイロス教の教えである。セイロス教は、フォドラを外から守ってきた『光』なのだ。

 

 

****

 

 

王国の小領主ロナート卿が、教会に反旗を翻した。しかし規模は小さくすぐに騎士団によって掃討されたと聞く。べレトの父であるジェラルトは苦い顔をしながら、命令に従って出兵したことは脳裏に焼き付いている。

 

そして残党の討伐という『事後処理』が、今節の課題である。

 

(あれが、雷霆か……)

『並々ならぬ力を感じるな。』

 

『英雄の遺産』の1つである雷霆を携えているのは、女性の騎士だ。確か名は、カトリーヌだ。『英雄の遺産』とは、特定の紋章を持っているものしか、正しく扱うことができないとされる古代の最強武器だ。

 

同じ剣士として、彼女自身の実力も途方もないものだと感じた。

 

「霧が濃いですな。」

「ええ。森の中に逃げ込んだように見えて、誘い込まれたようね。」

 

ヒューベルトやエーデルガルトは、冷静に状況を判断している。カスパルもリラックスしているように見えて、周囲に神経を尖らせている。自分が受け持つ生徒の中でも、この3人は実戦経験が多い証拠だ。

 

「ロナート様、無事かな……」

「ねぇ、アッシュ君、どうしてロナート卿は兵を出したのかしら?……こういうことは言いたくないけれど……、彼らに勝ち目はないじゃない。」

 

課題協力を自ら言ってきたアッシュや、ドロテアたちの話にべレトは耳を傾ける。

 

「……ロナート様の親族の方が、『ダスカーの悲劇』で……その……、教会に処罰されたんです。だから、ロナート様は教会をよく思っていませんでした。」

「ああ、あの事件か。」

「ベルでも知ってます。……いっぱい人が……亡くなったとか……」

「私、ブリギットいた頃、聞いたこと、あります。」

「教会が王国の代わりに残党を処罰するというのは、かなり異例だったからね。……こりゃあ、今節の課題もきな臭いなぁ……はぁ……帰りたい……」

 

 

『どうやら、あの引きこもり少女ですら、知っておったようだぞ?』

(……悪かったな。)

 

王国で起きたという、ダスカー人による王の暗殺事件だ。家臣や騎士も多く亡くなったらしい。すでに4年経ったとはいえ、今ではダスカー人はその数を減らされ、差別されている。青獅子の学級のドゥドゥーもダスカー人の生き残りの1人だ。

 

ドゥドゥーが心優しい男なのは、確かだ。

 

 

「まったく、貴族の風上にも置けんな。」

「そんなことっ!……きっと、理由があったんですよ……」

「……すまん。このフェルディナント=フォン=エーギル、どうやら視野が狭くなっていたらしい。確かに、ダスカーの悲劇には納得のいかない箇所が多い。」

「……どういうことだ?」

「先生、ダスカー人は屈強な者が多いのだ。だがしかし、王国騎士の精鋭を越えてなお、亡き王のもとにまでたどり着けるのかと思ってな。」

「……そうか。」

 

ダスカー人やロナート卿の親族は、なにかの陰謀に巻き込まれたのかもしれない。

 

 

「おい! べレト、作戦変更だ!」

 

「……なにかあったか?」

 

先を歩いていたカトリーヌが振り向かないまま、告げる。

 

「どうやら、乱戦になりそうだ。あたしは1人でつっこむ。」

「……そうか。」

「愛想ねぇな。こいつら置いていくから、生徒のことは優先しろ、べレト先生。」

 

彼女の騎士団を置いて、短期特攻。

その行動はかつての自分に似ていた。

 

 

「……無論だ。」

 

剣を構えると、『英雄の遺産』は輝く。

霧の中に入っていった。

 

 

 

人の悲鳴が響いて―――途絶える

 

 

「容赦ねぇな、あの人。」

「私たちはどうするのかしら、師?」

「戦闘準備だ。固まって、進軍する。」

「位置を悟らせぬようにしませんとな。ベルナデッタ殿は、どうぞお静かに。もし叫んだのなら……」

 

「さ、叫んだなら?」

「ククク、私が黙らせますよ。」

「ひぇぇっぇえ!!」

「ヒューベルト、ベルナデッタ怖がって、ます。」

「おやおや、それは申し訳ない。」

 

緊張感を紛らわせるためなのだろうが、それでも目立ちすぎている。

 

 

「おしゃべりはそこまでよ。皆、視界に入った瞬間、敵を討ちなさい。」

「まっ、これだけ油断しているんだ。」

「カスパル、わかっているわね。」

 

もちろん、べレトも準備はしていた。移動の時に物音を立て、連携も不足していて、相手は戦いの素人だ。

 

 

「ようやく、出てきてくれたかぁ!」

 

その斧を片手で弾き、拳を放つ。

 

「……あぶねぇな、ほんと。」

 

咄嗟に威力を弱めたカスパルはホッとする。呻き声を発して糸が切れたように、ドサリと倒れた彼は鎧すら身に着けていない。

 

 

「まさか街のみんなまで戦場に!?」

 

アッシュが一早くそう叫ぶ。

倒れた兵は防具をしておらず、鉄の斧も錆びたもの。

 

「……民兵ということか。」

「くっ、なんたることだ。貴族であるロナート卿は一体何を考えているっ!」

「ちょっと、やりづらいわね……」

「はぁ、どうやっても降参してくれないだろうね。」

「うぅ、なんで来ちゃうんですかぁぁ」

 

「落ち着きなさい!」

 

動揺する生徒たちをエーデルガルトは、一喝した。

 

「それだけの覚悟をもって、ロナート卿は教会に挑んだだけのこと。だから、―――私たちも迎え撃つだけよ。」

「ここは私が……っ!」

 

霧の中から飛んできた矢を、ヒューベルトがその手刀で弾いた。

 

「拙い弓術で、まさかエーデルガルト様を狙うとは……、覚悟はできているか?」

 

 

闇の魔法が霧の中を突き進んで、着弾した。

ここから見えはしないが、想像はできる。

 

「そんな……」

 

「化け物か、こいつら!!」

「領主様を死なせるかぁ!」

 

騎士団の報告より明らかに兵士の数が多い。

 

霧から現れて各々武器を構えたが、拙い。

この大半が民兵なのだ。

 

 

「ひぃぃぃ、こんなにいたんですかぁ!?」

「万事休す、だね。」

「霧が濃く視界が悪い。そして統制も取れておりませぬ。エーデルガルト様、お気をつけて。」

 

べレトとしても、むしろやりづらい相手だ。

 

「エーデルちゃんだけじゃなくて、私たちも助けてよ、ねっ!」

「民よ、それがロナート卿の望んだことなのか!?」

「みんな、やめようよ……どうして……」

 

 

混戦が続いていた。

 

 

「ロナート様、おらたちの分まで……生きて」

無謀にも立ち向かってくる民兵を、べレトも斬る。

 

 

『残酷よな。なぜ人と人とが争わねばならぬのじゃ。』

(……彼らが望んだことだ。)

 

怨念を残して、その命を散らしていく。その冷たくなっていく身体が周囲の足場を悪くする。その鮮血の臭いが彼ら彼女らの顔を歪める。生徒たちの動きは少しずつ鈍り、エーデルガルトでさえも、肩で息をしている。

 

「動きが鈍っておりますよ、番犬」

「殺さないようにするって簡単じゃないんだ。」

「やれやれ。理由がわかっていてなお、無駄な体力を使うとは。やはり貴殿は、甘い。」

「むっ、今日はヒューくんは休んでいいぞ。先に行く。」

「ククク、喧嘩を売っているのですかな?気をつけられよ。」

 

軽口を叩き合う彼らは仲が良いのか悪いのかわからない。生徒の中で2人はかなり戦い慣れているからか、いつも通りのようだ。

 

 

「そこですかな。」

 

ガサッと草木が揺れ、躊躇いなく手を伸ばす。

 

「がっ……」

「どうやら、ロナート卿は上に立つ『力』はないのでしょう。」

 

「キ、サマ……」

 

「勝てる見込みのない戦と知っていて死地に向かう雑兵など―――生きる価値はありませぬな」

「ヒューベルト、残酷、です!」

 

「邪魔しないでもらいたい。」

 

ペトラは制する。

片手で男の首を持ち上げた彼は、その魔法を止めない。

 

「そのようにお辛そうな顔をして、エーデルガルト様が手を出すこともありません。残りは、私がやりましょう。」

 

人だったものが、投げ棄てられる。

 

「いいえ。私は決して運命から逃げることはしないわ。」

「ククク、さすがはエーデルガルト様。」

「カスパルはかなり前へ行ったみたいね。まったく無茶ばかりする。」

「我々より先に多くの民兵を気絶させればいい。いやはや番犬らしい愚行ですな。」

「貴方もカスパルも私に忠実でないからこそ、隣に置きたいのよ。私も前線に行くわ。」

「お気をつけて。」

 

血に濡れたヒューベルトは『死神』に近いように思えて、遠いものを感じる。覚悟と確かな意志をもって、何かを成そうとしている。

 

 

「ヒューベルト、もう、やめましょう!」

「ペトラ殿。我々は教会から許可を得ているのです。罪を感じることはありません。今この時、我々は教会の兵士なのです。」

 

それでも、と言葉を続ける。

 

「お優しい貴殿が私を怨むのを躊躇うのであれば、その命令を下した教会を怨めばよろしいかと。」

「そんな……こと……」

「上に立つ者は相応の責任を負うのですよ。貴殿もブリギットの姫なのだから、覚えておくといい。」

「でも、フォドラ、同じ住む人です……」

 

 

「ペトラ殿、邪魔しないでもらいたい。なぜなら……」

 

闇の魔法で、護衛の騎士が倒れ伏す。

リンハルトは彼に手を翳そうとして、首を振った。

 

 

「こういうことが起こりうるからです。」

「ヒューベルト、助けられた?……私の、せい……?」

「セイロス教の騎士は名誉ある死を遂げた。それでいいのです。ペトラ殿が責任を感じる必要はありません。」

「でも!」

 

ヒューベルトは大きくため息をついた。これ以上、論争しても時間の無駄だということだ。

 

「それでは、先程のガスパール兵を処理しなければなりませんので、失礼。」

 

べレトとペトラは、彼の歪さに気づいた。

 

 

「まあ、ああいう考えの持ち主なんですよ。エーデルガルト第一主義って言えばいいのかな。」

「……どういうことだ?」

「ヒューベルトも、あとカスパルも、エーデルガルトのためだなんだと言いながら、勝手に独断で動き回るんです。それでいて3人が喧嘩しないんですよね。あー、お二人がどうにかしてくれるなら、どうにかしてください。エーデルガルトも一応友達なんで。」

 

早口で、リンハルトはそう言い切る。

初めて見る、真剣な目だった。

 

皇帝としてのエーデルガルトを求められ、個人としてのエーデルガルトを求められ、今一番辛いのはエーデルガルトなのだろう。

 

 

『難儀な関係じゃのう……どうした?』

「……戦況が変わったか。」

 

霧が晴れていく。

ヒューベルトが追った魔導士の仕業だったらしい。

 

 

 

「……あれが教会最強の騎士か。」

 

かつてのべレトは『機械』だったが、彼女は『正義』のためにそれを成した。

 

 

「まったく、ヒューベルトが可愛く思えますよね。……いや、さすがに冗談ですよ。」

 

カトリーヌの周りには、多くの屍だ。そして彼女が突き進んだ道がわかるほどの、おびただしい血が地面に飛び散っている。彼女はロナート卿を馬から引きずり下ろし、雷霆を彼の首に向けていた。

 

 

 

『あの騎士。よもや、ここまでとは……』

「……生徒は無事だろうか。」

 

「そうですね。……僕の出番はないみたいです。」

 

ここで自分の生徒の安否を確認してしまうあたり、べレトはヒューベルトの考え方を否定することはできないのだろう。気絶したベルナデッタがフェルディナントに背負われているが、大きな怪我はないようだ。

 

 

「レアは民を欺き、主を冒涜する背信の徒だ!」

「……なんだって?」

「大義は我らにあり、主の加護も我らにある! わしは悪鬼を討たねばならぬ!!……たとえこの身が果てようとも!!」

 

血を吐きながら、彼は叫んだ。

 

「じゃあ望み通り、果てな。主に歯向かったあんたは―――罪人さ」

 

雷の剣が躊躇いもなく、振るわれる。

世界を呪って、彼は逝った。

 

 

「ロナートさまぁっ!!」

 

アッシュの絶叫が、響く。

 

 

『生徒たちの憤りは、おぬしが取り除くのじゃぞ。』

(……ああ。わかってる。)

 

 

霧は晴れた。

しかし靄がかかったような感覚だった。

 

 

「もう少しだけ、耐えてくれていたのなら……せめて帝国に……」

 

エーデルガルトのつぶやいた言葉は、風に消えた。

 



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第9話 幸せなひと時


【挿絵表示】

エーデルガルトとリシテア


 

 

今は亡きロナート卿のガスパール城で、レアの暗殺計画の密書が見つかった。カトリーヌや騎士団は黙っておらず、総出で教会の見回りを行っている。そして、女神再誕の儀が近づいていることもあって、多くの民で賑わっていた。

 

『うーむ、うーむ、どこも狙われそうじゃのう。』

 

教会の人口密度の高さによって、訓練場や教室で過ごす生徒が多い。まあ、ベルナデッタはいつもの自室だろう。黒鷲の学級では、何か別の目的があるのではと学院を調査している。

 

(食堂が怪しいとラファエルが言っていたな。フォドラ全土の中心地なのだから、貴重な食材があるかもしれない。)

『いや、食堂はないじゃろう。』

(……そうか。)

 

武器庫、宝物庫、温室、大聖堂、食堂……といった場所についてべレトもまた聞き込みをしていた。一早く場所を絞ってしまうことは視野を狭めてしまう。祝日を利用して、まずはより多くの候補を各自で集めていた。

 

 

中庭を通りかかったところで、エーデルガルトがいるのを見つけた。

 

「……なにかわかったか?」

「えっと、その、休憩をしていたのよ……」

 

頬を染めたエーデルガルトに首を傾げる。

リシテアと一緒にお茶会をしているようだ。

 

「先生、ちょうどいいところに。」

「……どうした?」

「私を解放するように言ってほしいんですっ!」

 

エーデルガルトの膝の上で、リシテアはそう訴える。

腕力の差は歴然だ。

 

「だめよ、もう少しだけだから。」

「……だが。」

「師、ここにある菓子は帝都から取り寄せたものよ。好きなだけ食べて?」

「わかった。」

 

彼にしては珍しい、即答。

 

「お菓子に釣られるんですかっ!?」

 

『おぬしは、菓子でなくとも美味しいものならなんでもいいじゃろうて。……うむ、なかなかの味じゃ。』

(……今日はオーダーメニューを食べていなかったからな。)

 

感覚を共有するという、器用な技でソティスもお菓子の味を楽しむ。べレトは食堂に食材を持ち込んでは、料理をオーダーする。ラファエルを越える大食感の彼と将来結婚する女性は苦労することだろう。

 

「はむ……まったく……先生は……エーデルガルトに甘すぎますよ。」

「……そうか?」

 

抵抗することなくお菓子を口に入れられるリシテアは、見事に餌付けされていた。

 

「おーっす、マリアンヌを連れてきたぞ!」

「ご苦労様。これが報酬よ。」

「先生のペースが速い……お菓子、足りますかね?」

 

先生も来たんだな、とカスパルは椅子に座った。

大食感2人目である。

 

「あっ……先生……」

「……久しぶりだな。」

「ごめんなさい、先に始めていました。」

「えっと……、遅れて……すみません。」

「構わないわ。今日も馬の世話をしていたのでしょう?がんばるわね。」

「えっと、……好きでやっていることなので。」

 

 

「……馬が好きなのか?」

「……動物が、好きです。」

「……そうか。」

 

静かな会話をする2人の隣では、3人での会話が始まっていた。

 

リシテアがカスパルに狙っていたお菓子を取られたと駄々をこね、エーデルガルトは彼女をあやしながらカスパルを責め、彼はただひたすらに謝る。やがて笑って仲直りする。

 

なんとも子供っぽくて、前節の課題の姿とはまるで異なる。

 

「やっぱり、お菓子なくなったじゃないですか!先生もあんたももう少し遠慮してくださいよ!」

「食堂にでも行って、頭下げるしかねぇな。」

「ほら、リシテア、貴方の好きな物を選ばせてあげるから。」

「むう……それで手を打ってあげます。」

 

そうして、べレトたちに一言残して離席した。

 

 

 

残されたのは、べレトとマリアンヌだけだ。

 

「あっ……」

 

微笑んでいるマリアンヌと目が合う。

髪に隠れている儚げな瞳が見えた。

 

「あの……先生は……笑ったこと、ないんですか?」

「……マリアンヌがそういうのなら、笑ったことはないのだろう。」

 

笑うということがわからないのだ。

 

「……気付いた時には俺は戦場で剣を握っていた。ずっと父の背中を追いかけていた。」

「子供の頃も、ないんですか……?」

「……子供の頃、か。」

 

祝日でなお、黒き鎧を着こんで制服を羽織っているのはそれが慣れ親しんだ格好だからだ。腰の剣を片時も離すことはない。子どもの頃、ただひたすらに屈強な男たちの剣を見つめていた。

 

 

「……空虚な人生、なのだろうか?」

「そんなことありません! 先生はこんな私にもまっすぐ向き合ってくれます。だから、その、……」

 

いつもより、少し大きな声で彼女は主張した。

いつもより、明るい印象だ。

 

「……ありがとう。」

「い、いえ……」

 

「……いつも夢に出てくる少女だけは、記憶に残っている。」

『ほう、そうなのじゃな~』

(……ソティスのことだ。)

『わしの寝顔を見ていたというのか!?』

 

急に黙った彼を見て、マリアンヌは首を傾げる。

 

「えっと……?」

 

「ソティスという、口うるさい少女だ。」

『口うるさいとはなんじゃ!?』

 

「ソティス……それって女神様の名?」

 

「そうらしいな。女神らしさはないが、可愛げはある。」

『か、かわいいじゃと!?』

 

「ふふっ、女神様は可愛げのある方なのかもしれませんね。」

 

『そうじゃろう、わしみたいな美少女やもしれんな!』

「そうかもな。」

 

「もしかして、さっきから、その女の子と話しています?」

「そうだ。」

 

マリアンヌは片手で口を塞いで、背中を曲げる。

くすくすと言う声が聞こえた。

 

「どこか痛むのか?」

「いえ、先生が面白くって。」

「そうか?」

「ええ。信じられないようなことを真顔で言いますから。」

「信じられないか?」

 

彼女は大きく顔の前で手を振った。前髪に隠された瞳がべレトの目に入った。

 

「し、信じますよ!―――だって、先生ですもの。」

 

『そうじゃな。おぬしじゃから、信じてくれるのじゃぞ。』

「俺だからか?」

 

「はい!」

「そういうものなのか。」

 

マリアンヌは周囲をキョロキョロと見渡して、大きく息を吸い込んだ。

 

「ねぇ、先生。私も秘密を話していいですか?」

 

べレトはただ頷く。

寂しげな表情彼女に、問いただすことは決してしない。

 

「私は紋章を持っています。それも、呪われた紋章を。」

 

『紋章、か……』

(彼女の人生は紋章に狂わされたんだな。)

 

「呪われている、とは?」

「歴史から抹消された、『獣の紋章』、です。……それを持っていると知られるだけで、忌み嫌われます。」

 

「なぜだ?」

「あくまで噂なのですが……いつか私は獣と化してしまうんです。」

「だが、噂なのだろう。」

「はい。……でも、私、怖いんです。い、今すぐにだって、先生を、この爪で、傷つけてしまうかもしれない……」

 

可能な限り、深く切られている爪がべレトの目に入る。

 

「私に関わると、いつか不幸になってしまうかもしれない。だから私を1人にしてほしいんです……私のために……」

 

「俺は強い。たとえマリアンヌが獣と化しても、それでもマリアンヌは俺の生徒のままだ。少し、荒っぽい生徒だ。」

 

自然とべレトは口にしていた。

彼は『力』だけが、かつて存在意義だった。

 

「それに。今この瞬間、不幸なのか幸せなのかは、俺が決めることだ。俺には幸せがよくわからないが、別に不幸だとは感じていない。」

「ふふっ、そうですね。本当に、先生は強い人。」

 

『ほれ、褒められておるぞ。』

「ああ。悪い気分じゃない。」

 

「私、先生に出会えたことは、幸運です。」

 

不幸を振りまくと言った彼女は、幸せを自分で決めた。

 

『女神が応えてくれたのやもしれんな。』

「……女神が応えてくれたのかもしれない、そうソティスが言っている。」

 

「ありがとう、ソティスさん。」

 

『うむ!』

 

 

マリアンヌはハッとして、身体をべレトの方向から変える。

 

 

 

「よっしゃー!二次会だぞ、先生!」

「マリアンヌ、なんだか顔が赤いですよ?」

「い、いえ、何もありませんでしたっ!」

 

「さあ、リシテア。座りましょう。」

「いえ、カスパルと先生には負けていられません。本気で臨みます!」

「生徒といえど、手加減はできんぞ。」

「おっ。先生、やる気だな。」

「師、手加減してあげなさい。」

 

 

マリアンヌから、べレトは紅茶のカップを受け取る。

 

「あの……、先生。今度一緒にお料理しませんか? そうすれば、お腹いっぱい食べられるかと思って。」

「助かる。」

 

まっすぐ見つめられて、マリアンヌは顔を逸らしてしまった。



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第10話 死神と死神騎士

多数の方から評価を寄せられていて、皆さんありがとうございます。自分でも気づいて何度も直しているのですが、誤字報告もぜひぜひ。




女神再誕の儀当日は、女神の塔にいるレアを守るように、大聖堂の警護に騎士団が集中していた。黒鷲の学級全員で考えを出し合った結果、敵の裏の狙いは聖廟だと断定した。手薄となっている重要な聖遺物がある場所だ。

 

もちろん万が一のために向かうだけで敵の狙いがそれで確定だとは限らないのだ。推測の域を出ない。元々課題は修道院の警護ということになっている上に、他の候補もある。だから、全員を向かわせることはできないのだ。

 

「だからって、なんでベルはこっちなんですかぁ!!」

 

黒鷲の学級も二手に分かれることにした。

 

「だって、屋内好きだろ?」

「なるほど。そういう理由もあったんですね。」

「まったく。うるさいやつらだ……」

「ははっ!賑やかなメンバーだねぇ、ほんと。」

 

黒鷲の学級からベルナデッタとカスパル、青獅子の学級からフェリクス、メルセデス、アネット、金鹿の学級からリシテア、マリアンヌ、クロードを引き連れて、べレトは聖廟へ続く地下へと降りていく。

 

「あの……なぜ、私を?」

「ん? あー、ラファエルやヒルダでも連れてきて、誤って聖廟をぶっ壊されても困るからな。そういうことだろ、先生?」

 

級長であるクロードまでもが、ヒルダをラファエルと同格の力持ちとして扱っている辺り、彼女はあくまで自称『かよわい女の子』なのだろう。もちろん、エーデルガルトとディミトリも彼女たちの領域に入っているし、カスパルとドゥドゥーも負けてはいない。

 

魔法の使い手については命中精度が高い生徒を選んでおり、前衛も剣や拳で戦うことのできる生徒を選別した。クロードはベレトの意図を読み取っているのだ。

 

「……マリアンヌの白魔法、期待している。」

「は、はい……」

「私たちも負けてられないね、メーチェ!」

「そうね~」

 

彼女たちもハンネマンに指導してもらいつつ、魔法を研鑽しているらしい。少し後衛が多いとはいえ、フェリクスやカスパルの速さを活かした戦い方をフォローしてくれるだろう。弓使いでありながら中衛を担うクロードも実力者である。

 

 

『なんだか、わしはここを知っておる気がする……』

(……ソティス?)

 

「どうやら、大当たりのようだな。」

「大外れですよおおお!」

「墓荒らしなんて、穏やかじゃないですね。」

「いやほんと、ここには何があるのかねぇ。」

 

やがて、開けた場所に出た。

大きく間隔を開けて、棺が置かれている。

 

「広い……ここが聖廟?」

「これは、すげぇ技術だな。」

 

自分たちの学び舎を悠に超える広さだ。まさか修道院の地下にこれほどの空間が広がっているなどと、誰も思わないだろう。精巧に造られている地下室に対して、カスパルにはまるで重機を使ったかのように思えてしまう。

 

「あの修道服は見覚えがある。」

「西方教会のものねぇ。どうしてかしら。」

 

すでにべレトたちは気づかれたようだ。人数にして30人ほどだ。武器を持った兵士が10人、残りは修道士である。しかし、修道士の中でカラスのような仮面を身に着けた者は異質に見えた。

 

 

「中央にいる甲冑の騎士、強いな。」

「……気をつけよう。」

 

骸骨を模した鎧を身に纏う馬であり、そして騎乗している騎士も骸骨を模した全身鎧であり、紅く光る目がこちらを向いている。このメンバーの中の誰かを見ているように思えたが、やがて巨大な三日月の鎌を構えた。

 

『我は死神騎士。何の因縁なのか、貴様も死神と呼ばれていたようだな。』

「……そうだな。だが今は違う。」

 

かつてべレトはそう呼ばれていた。

マリアンヌに対して頷く。大丈夫だと。

 

 

「逃げましょうよおお!」

 

『惰弱な者どもよ、退くなら命は取らん。』

 

魔法で変声したかのような、違和感のある声だ。

 

「それは聞き捨てならんな。」

「おいおい、今なら見逃がしてくれるって言っているのに。フェリクスお前は血気盛んだな。」

「そういうクロードもやる気満々じゃねぇか。」

 

剣を両手で握りこむフェリクス、弓に矢をつがえるクロード、素手で構えをとるカスパル、すでに臨戦態勢のようだ。もちろんべレトも勝ち目がないわけではないから、退く理由もない。

 

 

「さっさとこいつら倒して、目的を吐いてもらいましょうかね。」

「リシテアちゃんもはりきっているわね~」

「負けてられないね!」

 

 

フェリクスとカスパルが、敵の前衛たちと乱戦を繰り広げる。若くして人数差をものともしない彼らは、それほどの努力を積み重ねてきたのだ。後衛の修道士たちは仲間に当たることを危惧して、マリアンヌたちへと魔法を放つ。

 

 

「ぎゃあああ!」

 

『どうするのじゃ!?』

「……無駄だ。」

 

鉄の剣を振るい、次々と火球を切り裂いていく。

それは経験の為せる業。

 

魔力を喰らい、紋章の力で多少の火傷は癒える。

それは彼の『力』。

 

 

「「先生、すごい……」」

「あら~」

 

「さて。うちのお姫様たちを狙うとは、もう謝ってもどうにもならんぞ?」

「倍返しにしてやりますからね。」

 

クロードが同時に3本もの矢を放ち、3人の肩を貫いた。床に伏せて呻いている仲間たちを慌てて治療しようとした数人の修道士は視界が真っ暗となる。リシテアは闇魔法の使い手だが、ヒューベルトとはその威力が大きく異なっていた。エーデルガルトの怪力に対して、リシテアは魔法の威力なのだろう。

 

「えいっ!」

「えーい」

 

風の刃が、男を聖廟の壁まで簡単に吹き飛ばす。

火球が着弾して、その衝撃で人を地に伏せる。

 

『うむ。見事な魔法じゃ!』

「……人選を誤ったか。」

 

命を奪わないよう上手く当てているとはいえ、聖廟は傷ついていく。べレトの隣で直線上に気絶レベルの雷を的確に放っているマリアンヌやベルナデッタの方をそれぞれ向いて頷き、これが求めていたものだと、彼は再確認した。

 

前方においては剣圧と拳圧で、聖廟はボロボロである。

 

 

「棺の中に何もないことに気づいたようだな、先生。」

「……そのようだ。」

「それに、あの騎士は手を抜いて勝てるほどの相手じゃなさそうだ。」

 

宙に吹き飛んだ1つの棺の中には、遺体も遺品も何もない。セイロスどころか、四聖人や十傑のその遺体の行方はどうなったのか。クロードやべレトの中に、大きな疑問が芽生えたが、今は敵が優先である。

 

「死神騎士、なんとかしろ!」

 

敵も聖廟であることを盾にして戦うつもりだったようだが、血気盛んな生徒たち相手にその策は破られた。聖廟の最奥にいるリーダー格の男は、もはや死神騎士を宛てにするしかない。

 

 

『強き者が多いようだ。よき邂逅。』

 

甲冑の重さをもろともせず、馬は駆ける。

 

 

「狙いは女たちか!?」

「先生、そっち行ったぞ!」

 

2人を飛び越えて。

そしてメルセデスたちも素通りしていく。

 

 

「……俺か。」

 

鉄の剣で、その巨大な鎌を受け止めると甲高い音が鳴る。

 

 

『強者との戦いは、心が躍る。貴様や先程の拳士たちならわかるだろう。』

「……西方教会の目的は二の次か。」

 

べレトは冷静さを保っている。

焦りなど、彼は感じることはない。

 

『惰弱な者の指図は好まんからな。』

 

「……そうか。」

『おぬし!このままでは持たんぞ!?』

(わかっている。)

 

使い慣れた鉄の剣の罅は、次第に広がっていく。

相手の鎌は一体何でできているのか。

 

『誠に残念だ。勝敗を決するのは、武器の性能の差とはな!』

 

「「「先生!?」」」

 

『むっ!?』

 

馬が地面を勢いよく蹴って、バックステップ。

1本の銀の矢がべレトの目の前を通過した。

 

 

「おいおい、少しくらい助けを求めてくれよな。」

「……助かった。」

 

援護が入ることもべレトはわかっていたのだから、常に無愛想な彼に対してクロードは苦笑いするしかない。

 

 

「先生、剣が折れちゃいましたね。」

「……俺はここまでのようだな。」

「先生、少し動かないで。」

 

マリアンヌに対して、軽く頷く。

 

手を翳して、淡い光で腕を癒す。力を籠めすぎて彼の腕は炎症を起こしていた。目に見える傷だけに視野を狭めることなく治療しようと志して、白魔法を学ぶマリアンヌならではの技能である。

 

「鋼の剣ですら、このざまだ。」

「……そのようだ。」

 

フェリクスが深く傷の入った鋼の剣を片手でぶら下げたまま、そう告げる。周囲の敵の落とした武器をべレトが目視で探そうとも、槍と斧しか見当たらなかった。しかし見つかっても意味はない。敵と斬り結ぶことに重きを置いたフェリクスやべレトの戦い方では、鎧の相手を斬れる剣は必須だ。

 

今もなお、前方の聖廟をさらにボロボロにしながら、カスパルは回避に重きを置いて時間稼ぎをしている。

 

 

素手で戦うカスパルは、一撃でさえ致命傷。

そして、カスパルは決定打を与えられない。

 

「あいつ、大丈夫かな……」

 

「援護するにしても、カスパルのやつに当たっても問題だからな。2人とも速すぎだろ。」

 

馬から降りて巨大な鎌を振るう死神騎士に対して、カスパルは攻めあぐねていた。

 

 

「メーチェ?」

「ごめんなさい、ボーっとしていたわ。……そんなことあるはずはないのにね。」

「せんせぇ!なんとかなりませんかぁぁ!」

「あの甲冑、そう簡単に剣で斬ることはおろか槍で貫くこともできんだろうな。」

「いないやつねだりだが、ヒルダかエーデルガルトにハンマーで叩いてもらうしかないな。それとも、『英雄の遺産』使いである雷霆のカトリーヌさんか……」

 

 

カスパルの蹴りで瓦礫が舞って視界が悪く。

やがて、煙が斬り裂かれる。

 

「おいおい。カスパルのやつ、なんか投げてきたぞ!?」

 

「あら~」

「先生、ナイスキャッチです!」

 

 

べレトに向かって飛んできたのは、1本の剣。

彼が手にしたとき輝きを見せる。

 

こうして間近で見ると、血のような赤い色。

 

 

 

「おっと。運よく、先生に合うやつのようだな。」

「剣ですか。フェリクスもなんですけど、先生でよかったですね。」

「俺には実家に盾がある。剣に生きる俺は、そんなものを使う気は起きないがな。」

 

ここにいる生徒たちも紋章を持つ生徒が多いから、誰かしらが適合できた可能性は高い。カスパルは偶然見つけたこの剣にかけたのだろう。

 

 

「先生の紋章に反応しているのでしょうね。」

「でも、紋章石がないのにどうして?」

「先生、何か変わったことはありますか?」

 

マリアンヌは心配そうに声をかけた。

『英雄の遺産』は、曰く付きだ。

 

『なんじゃ、この感覚は……』

「この手に馴染む。」

 

今まで使っていた鉄の剣より、ずっと。

 

金属特有の光沢はない。

それでいて、よく斬れる剣なのだとわかる。

 

 

「先生、やっちゃってください!」

「ファイトですっ!」

 

べレトは駆けて、カスパルのその先へ行く。

 

 

「先生、選手交代だなっ!」

 

『英雄の遺産か!面白い!』

 

 

剣を突き出せば、蛇腹状に伸びた。

なぜかべレトはこの剣はそうなるとわかっていた。

 

 

『ぐっ!』

 

咄嗟に躱したとはいえ、意表をつく攻撃。

 

『隙ができたぞ!』

「ここだ!」

 

踏み込んで、剣を振り下ろす。

固い甲冑を大きく切り裂くに至った。

 

 

『見事っ!』

「……武器の性能の差だ。」

 

その意趣返しは、愛用の剣を折られて悔しかったからかもしれない。

 

『ふっ、そうらしいな。まだ完成形でないとはいえ、一線を画す『英雄の遺産』だろう。』

 

主人を守ろうと背後から突進してくる馬を、べレトは避ける。

 

『また会おう。死神……いや若き教師よ。』

 

紫色の閃光に包まれた後、その姿は消えてしまう。

べレトは辺りを見回す。

 

 

 

「高難度の魔法『ワープ』ですよ。もうここにはいないでしょうね。」

「うーん、逃がしちゃいました……?」

「逃がしちゃっていいですよぉぉ!」

「無駄な殺しはしないやつだ。自ら騎士を名乗るだけのことはある、俺は気に食わんがな。」

「ええ。そうみたいね~」

「無茶しすぎたか……身体のあちこちがいてぇ……」

 

「聖廟にあったのは『英雄の遺産』だけ、か。確かに貴重なものなんだが、わざわざそんなもののためにここまでリスクを冒すのか。今回の襲撃も、何か裏があるな。」

 

疑問が残り。

生徒たちは俯いて、空気は重い。

 

 

「それにしても、よく育てられた馬でした。……えっと?」

「ああ。そのようだな。」

 

マリアンヌらしい一言にべレトは笑みを零した。それは初めてのこと。

 

 

 

「大聖堂の揺れで急いで駆けつけたと思えば、貴方たちやりすぎよ……でも無事でよかったわ。」

 

階段から聖廟へ降りてきたエーデルガルトは大きく息を吐いた。それは安堵。

 



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第11話 剣と槍

心理や語り合いの方がすらすら書けます。他の投稿作品もこの作品も、拙い戦闘描写ですよね。精進します。


捕らえられた修道士たちが1人残らず処刑されたことは、何人かの生徒たちに疑問や恐怖を芽生えさせた。レアはカトリーヌたち騎士団を派遣して、西方教会を処罰することに決めたらしい。

 

「……歪な剣だな。」

『天帝の剣、解放王、よくわからぬ話じゃ。まったく、あのレアというものは隠し事が多すぎる。おぬしがネメシスという解放王の血縁者で『炎の紋章』を宿しているからといって、そのような貴重な剣をほいほいと託せるじゃろうか。』

 

わからないことは多い。

それでも、彼は前に進むことしかできない。

 

「先生。少し話をしてもいいか?」

 

青獅子の学級長であるディミトリが、腕を組んで壁にもたれかかっていた。クロードも一緒に、頭の上で手を組んでべレトの部屋の扉にもたれかかっている。どうやらべレトは2人を待たせてしまったようだ。

 

「……なにかあったのか?」

「今節の課題についてだよ。エーデルガルトも交えて話そう。」

 

どうやら今節も忙しそうだ。

新任教師は、気を休める暇もくれない。

 

 

****

 

 

 

 

色とりどりの雨合羽の集団が、雨の中を進んでいた。

 

「さむーい、帰りたいなー」

「ヒルダ、俺にはお前がまったく寒がっているようには見えないんだが。」

「えー、ひっどーい!」

 

王国領はフォドラの北部に位置する。王都ほどではないとはいえ、夏でも少し肌寒さがあり、生憎の雨によって寒さは増す。べレトは生徒を連れて修道院から遠く離れた、ゴーティエ領へ来ていた。

 

「シルヴァン、無理はしないでね?」

「おいおい、イングリット。別に俺は俺さ。」

「やっぱり無理はしているじゃない。」

「お見通しか……先生。わざわざ俺の兄上のためにありがとうございます。」

 

シルヴァンにしては珍しい低い声で、真剣な顔。

 

ゴーティエ家に生まれたマイクランは今、廃嫡の身である。彼こそが今回の事件の首謀者であり、『英雄の遺産』を盗み出した大罪人としてセイロス教中央教会に扱われている。

 

「紋章がないから、苦しむ人もいるんですね……」

「そうね。マイクランも、紋章に人生を狂わされたのよ。」

「やるせない気持ちになりますよね、ほんと。」

「俺や兄貴のように仲が良い兄弟って、そう多くはいないんだな。」

 

弟のシルヴァンは紋章を持っていて、兄のマイクランは持ってはいない。紋章を持たざる兄は弟よりずっと冷遇された。マイクランはあの手この手で、幼いシルヴァンを追い詰めていたという。

 

「殿下。コナン塔が見えました。」

「ああ。北方民族に対する防衛として築かれた基地だ。」

 

黒鷲の学級からエーデルガルト、ヒューベルト、カスパル、青獅子の学級からディミトリ、ドゥドゥー、シルヴァン、イングリット、金鹿の学級からクロード、ヒルダ、マリアンヌ、リシテアという各学級の選抜メンバーで課題に挑んでいる。

 

騎士団は西方教会の残党討伐に忙しいというのだから、今回の教会の命令には元傭兵のべレトは特に首を傾げるしかない。

 

金属を叩く音がしたので、こちらが補足されたということだ。

 

 

 

「せんせー、さっさと終わらせて帰りましょうよー!」

「手筈はどうするのかしら?」

「ククク、素早く追い詰めて一網打尽でしょうな。」

「ここまで来るだけでこっちは一苦労したんですからね。倍返しです。」

「まさか嵐の前に、奇襲にされるとは思っていないでしょうね。」

「これだけのメンバーが揃っているんだ。策を考えるまでもないだろうな。」

「こういうときはあれだぜ、先生。『ガンガンいこうぜ』だ!」

「……彼らの命までは取らない。」

 

 

後衛であるリシテアや中衛であるクロードでさえ、前衛の豪傑たちに負けじと登っていく。シルヴァンとイングリットも彼ら彼女らを追いかけた。塔の中からは反響する悲鳴と、騒音が聞こえてきた。

 

 

『頼りになる生徒たちじゃのう。』

「……血気盛んだ。」

 

丈夫な素材である鋼は重い。

 

ディミトリは槍を片手で振るって、エーデルガルトは斧をぶん投げて、ヒルダは斧をバトンのように扱って、クロードは矢を同時に3本放って、兵士を気絶させていく。強力な魔法を扱うリシテアは塔を揺らす一撃を何度も巻き起こして、そしてカスパルたちはその拳術で薄暗い中で迅速に兵士の意識を刈り取っていく。

 

 

「先生、あの、私たちも行きましょう……」

「そうだな。」

 

背中の天帝の剣も、腰の鉄の剣も、べレトは一度も抜くこともなく塔を螺旋状に登っていく。視界が悪いこともあって、階段があった時にはマリアンヌの手をとって慎重に歩く。べレトの冷たい手は、彼女の温かく湿った手と、確かに繋がれていた。

 

(戦場で緊張しているのか。)

 

 

壁に力なくもたれかかった兵士、床に力なく伏せた兵士、余裕のある戦いだからか生徒たちはその命までは取ることはしていない。野党崩れの彼らはゴーティエ家領内の若者たちが多く、シルヴァンに対して配慮しているのかもしれない。

 

 

前方から騒がしい声が聞こえてきた。

生徒たちの声だ。

 

 

「きゃっ!ネズミよ!」

「ほれ、あっちに行け。」

 

エーデルガルトも可愛らしい声を出せるのだな。

 

「ねぇ、ここ……幽霊とか出そうなんですけど……」

「友好的な幽霊かもしれないな。」

 

普段気丈なリシテアが珍しくしおらしい。

 

 

べレトやマリアンヌは心の中でそう思った。

 

「おっ、先生たちも来たのか。」

「師、この塔は一筋縄ではいかないわ。」

「先生、すぐに脱出しましょう。」

 

意気揚々と鎮圧に向かった豪傑の2人も、歴史ある塔に自然発生したトラップに苦戦しているらしい。

 

「そういうわけにもいかないだろ。まだ『英雄の遺産』を持ったマイクランが、何をするかわからんしな。」

 

「えっと、エーデルガルトさんは……ネズミが怖いので?」

「師やマリアンヌなら話してもいいかしらね……。」

 

自嘲するように、彼女たちは弱みを見せた。

 

「私たちは昔捕らえられていたことがあったから。本音を言えば、牢も鎖も、この無機質な暗闇も怖いわ。」

「……そうなのか。」

 

「詳しく聞くかしら? 決して楽しい話ではないわよ。」

「先生も、後戻りできなくなるかもしれませんよ。」

 

あくまで生徒と教師という関係。

踏み込めば進むしかない。

 

それでも。

 

「話してくれ。」

 

べレトはいつだって自分の剣で未来を切り開いてきた。

 

「まあ、そこまで言うのなら。」

「最近の師は積極的ね。いいわよ。」

 

動かなくなった兄

助けを求める姉

理解できない言葉を話す妹

泣くことを忘れた弟

 

エーデルガルトが次期皇帝である理由は、皇族がすでに現皇帝と第四皇女エーデルガルトしかこの世にいないからだ。

 

「私もエーデルガルトも、元々はこんな髪の色じゃなかった。小紋章を1つ持つだけだったんです。」

「最強の『力』を得る実験のために、ただ紋章をもう1つ宿すという成果のためだけに、私は10人の兄弟姉妹を失ったわ。もちろんお父様も止めようとしてくれたけれど、傀儡の皇帝として何十年も苦しんでいる。」

「コーデリア家の一族も、父と母、そして私以外は実験で殺されました。」

 

「お二人も、紋章によって苦しんで……」

「薄々感じていたけど、マリアンヌ。あんたもそうなんですね。」

「はい……」

 

べレトの家族はジェラルトしかいない。家族を失う苦しみはわからない。母は生まれてすぐ亡くなったと聞いた。ジェラルトがその女性について語っていた時はとても優しくて苦しそうな顔だった。それだけ彼は母を愛していたのだろうし、べレトのことを愛していたとも言っていた。

 

「一体、誰がこんな世界にしたんだろうな。一体、どうすれば変えられるんだろうな。紋章なんかなくたって、俺の親父は強いんだ。紋章なんか関係なしに、すごいやつはいっぱいいるんだ。」

 

『この世界には、闇が蔓延っておるのじゃな。』

(紋章もこの剣も、世界の闇ということか。)

 

「なあ、先生。俺ってバカだから、エーデルガルトやリシテアの苦しみがどうしても他人事のように思えてしまうんだよ。だからさ、『理想』じゃなくて、ちゃんと『現実』を見ているヒューベルトが、俺は羨ましいんだ……」

 

この中で唯一紋章を持たないカスパルの顔は怒りに染まっている。べレトが彼の笑顔以外の表情を見るのは初めてだった。彼が生きてきた『現実』は、この世界では『理想』となったことで、カスパルという少年はいつも憤りばかりだ。

 

 

いまだ『現実』を受け入れられない。

空想上の物語のように感じてしまう。

 

 

「貴方は優しすぎるのよ、カスパル。」

「あんたは私たちにとっては光なんですよ。それだけは忘れないで。」

 

エーデルガルトとリシテアは、べレトにまっすぐ向き直る。

 

 

「ねぇ師、貴方もどうか自分の『正義』のために背中の剣を振るってほしい。」

「私たちが、セイロス教会をよく思っていないことは黙っておいてくださいね。」

 

もし紋章がなければ、苦しむことはなかった。

これからも苦しむ人は限りなく増え続ける。

 

『信頼の上で、話してくれたのじゃからな。』

「……もちろんだ。」

 

「私も秘密にすることには慣れているので……」

 

 

 

「よしっ! 先生、大丈夫。俺は持ち直したぞ。」

 

完全に、ではない。

ヒューベルトの生き方に彼は依存している。

 

カスパル・ヒューベルト・エーデルガルトの3人は一方的な依存で結びついている。もし誰かが欠ければ、その関係性は崩れてしまう。残された者は果てるまで覇道を止めることはないだろう。

 

「カスパル、無茶はしないでね。貴方がいなくなれば私は……」

 

果てしなく、危うい。

 

 

「……増援か。」

 

隠し扉から、およそ20人の兵士が現れた。

他の通路を使ったのだろう。

 

 

「カスパル、やつあたりしましょう。塔を明るくすれば幽霊なんて怖くないです。」

「戦っていれば、気が晴れるわ。ついでに周囲のネズミを駆逐するわ。」

「へへっ!この2人もやる気みたいだ。先生とマリアンヌは先に上まで行ってくれ。」

 

「……わかった。」

「覚えたばかりなんですが、どうぞご安心を。『ワープ』!」

 

 

 

視界が紫色に包まれ、景色が一気に変わる。

塔の最上階だろう。

 

突然現れたべレトとマリアンヌに対して、クロードがリシテアの魔法だとみんなに説明している。彼個人としては、クラス対抗の鷲獅子戦まで隠しておきたかった切り札である。

 

 

 

「貴様ら、俺から槍まで!奪おうっていうのか!!」

「お前が扱える代物ではないということは、自分でわかっているはずだが?」

「また紋章の話かよ!うんざりだ!!」

 

強力な槍の先端とは打ち合うことがないように、ディミトリが戦っている。

 

 

「兄上! 自分の身体のことは、あんたが一番わかるだろうが!!」

 

彼が槍を振るう度に、血が噴き出す。

 

 

『いかんな。あのままでは槍に呑まれるぞ。』

 

紋章を持っていないとはいえ、その血には槍が求める血が僅かには流れている。だから彼は槍の力をある程度は扱うことができる。しかし紋章石は、彼の血を糧として槍に相応しい血を作ろうとしているらしい。それがまるで紋章石の機能であるかのようだ。

 

 

「シルヴァン!お前はいいよなぁ!!お前ならこの槍も上手く扱えるんだろうなぁ!!」

 

槍から禍々しい闇が溢れ出した。

感情に応じるように、彼は闇に包まれる。

 

 

「なんなんだこいつは!!」

「兄上、なのか……?」

 

―――もはや人にあらず

4足歩行の怪獣が雄叫びをあげる。

 

『魔物じゃ!』

「魔物だと?」

 

『なぜかわからんが、知っておるのじゃ。決して野放しにするわけにはいかんぞ!』

 

 

クロードが試しに射撃を行うが、どうやら無駄だったようだ。

 

「矢が通らないな。死神騎士の甲冑と違って、単純に硬いわけじゃない。まさか全身が『英雄の遺産』だということはないよな。」

 

「嘘なら、よかったのでしょうがね。」

「よしっ!ここはヒルダの怪力でどうにかするしかないな。」

「ひっどーい! それならディミトリくんが適任じゃない!」

 

「どうやら冗談を言っている余裕はなさそうだぞ。」

「来ますっ!」

 

 

「……やらせない。」

 

押し潰さんと飛んでくる岩を、蛇腹状に伸ばした天帝の剣でべレトは弾いた。

 

 

「岩を吐くなんて、兄上は悪いもんでも食べたんだな、ははっ……」

「放心している場合じゃないでしょ、シルヴァン!」

 

『障壁じゃ。一点集中の攻撃ならば、並みの武器でも通る。』

「どうやら障壁のようだ。一点集中しよう。」

 

マリアンヌだけは、ソティスがアドバイスしてくれたのだと理解した。

 

 

「さらに追撃がくるぞっ!」

「礫か!?」

 

自分自身の岩の身体から飛散する針。

生徒たちは冷や汗をかきつつ、その場から逃げる。

 

 

咄嗟にべレトはマリアンヌを抱えて、背中で庇う。

 

 

「せんせ、い……?」

 

初めて感じた痛み、これが痛み。

 

「血がいっぱいで……心臓が止まってて……せんせぇ……しんじゃいやぁ……」

 

最近べレトは身体の調子がおかしい。

人らしさを取り戻してきている。

 

『無茶をするな。おぬしとわしがやられたのなら、時を戻すこともできんぞ。』

「俺は平気だ。みんなはどうだ。」

 

彼の心臓は、『生まれたとき』から動いていない。

 

 

「よっし! とりあえず。先生も無事のようだな。」

「えっ!この大ケガで!なんでクロードくん!?」

「俺が知るか。」

 

魔物は待ってはくれない。

その4本足を動かして地響きを起こす。

 

 

「殿下、お任せを!」

「ドゥドゥー。お前だけでは厳しいだろう。」

 

2人が、拾った鉄の盾を使い突進を防いだ。踏ん張っている彼らの顔は必死である。ディミトリやドゥドゥーでなければ、いとも簡単に吹き飛ばされていただろう。

 

 

 

「殿下とドゥドゥーでも押されているなんて。」

「兄上、もう止まってくれよ!」

 

轟音と衝撃が、塔を揺らす。

 

 

『おぬし、未だ『力』が不安定な今が好機じゃ!』

「一斉攻撃だ!」

 

魔物の顔面を狙って力任せに生徒は武器を振るう。

鋼でできた武器が歪むだけの結果に、顔を顰める。

 

 

 

マリアンヌの直線上の雷撃トロンが、ついに障壁を割る。

 

「「「「先生!!」」」」

 

 

身体を天帝の剣に委ね、秘めた技を放つ。

炎の紋章は熱く。

 

 

「その名は、破天!!」

 

蛇腹状態で複数の斬撃を高速で加えて、そしてまっすぐ貫く。

 

 

 

「やったか……?」

 

崩れていく魔物の身体。

人だったものに対して、生徒たちは息をのむ。

 

 

「残ったのはマイクラン、と。……これでも壊れない槍か。一体、何からできてるのかねぇ……」

「ダークメタル、書物にてそう呼ばれていますな。」

 

各自考察を言っている。この天帝の剣も例外ではないだろう。

 

「『英雄の遺産』、か。……いつか必要になるかもな。」

 

ディミトリは、小さく呟いた。

 

 

「シルヴァン……?」

「ちくしょう!一体なんなんだよっ!!紋章って!!」

 

シルヴァンの声は静寂の塔で反響して、やがて消えていく。

 



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第12話 交わる道

遠征に行った生徒たちは暗い顔のまま、心配そうに駆け付けた他の生徒たちに迎え入れられた。休む間もなく、エーデルガルト、ディミトリ、クロード、そしてシルヴァンを伴って、べレトは課題の報告のためにレアに謁見する。

 

シルヴァンの手には、布で厚く巻かれた『破裂の槍』がある。

 

「よく戻りました、べレト。どうやら、かの愚か者を討ち果たしたようですね。」

「……マイクランは魔物となった。無論、討伐はした。」

 

シルヴァンが酷く顔を顰めたが、レアの視界には入ってはいない。

 

「魔物とは、紋章を持たざる者の末路のことでしょうね。愚昧で傲慢な使い手が、またもやフォドラに現れるとは、嘆かわしいことです。」

「……魔物を知っているのか?」

 

「それよりも。べレトはその背中の剣を用いて……、槍と刃を交えて、何か変わりはありませんか?」

 

『馴染むというくらいじゃの。決して、魔物になるような兆候はない。』

「……特にない。」

 

「そう……ですか……」

 

酷く残念そうに、俯く。

あまりにも顕著な反応にべレトたちは動揺。

 

「なあ、レアさん。『英雄の遺産』とは、一体何なのですか?」

「槍が意志を持ったかのように、彼を取り込んだことは私たちの総意よ。」

「鉄を斬り、鋼をものともしない武具など『英雄の遺産』以外にはない。」

 

「……レア?」

「古の時代から伝わる武具です。それ以上でもそれ以下でもありません。」

 

何かを隠していることは誰でも察することはできる。魔物を知っていて、英雄の遺産の正体を知らないはずはない。生徒たちは、家宝とされている『英雄の遺産』が普通の武器ではないとわかっている。

 

背中の剣も、普通ではない。

なぜそんな危険な剣を、人に渡せるのだ。

 

「おいおい、それで納得すると思ってるのか……?」

そのクロードの小声はレアの耳には届いてはいない。

 

「かの塔で起こった惨事は、胸の内にだけ留めておいてください。」

「……なぜだ?」

「遺産を使った人間が化け物になったなどと噂が広まれば貴族の権威に関わり、フォドラは混乱に陥るでしょう。それは避けねばなりません。級長たちも自学級の生徒に伝えなさい。いいですね?」

 

箝口令を敷くということだ。

貴族や軍部に関わる者なら経験する可能性はある。

 

「応じましょう。」

「わかりました。」

「はいはい。」

 

教会から、三大勢力に対する命令。

次期皇帝、次期国王、次期盟主は乾いた笑みを零す。

 

 

「さて。槍は教会からゴーティエ家に返還しましょう。お渡しなさい。」

 

シルヴァンは大きく息を吸った。

 

「レア様。我が家から出た罪人の討伐課題を出していただき、誠に感謝しています。」

「構いませんよ。『英雄の遺産』絡みで、ゴーティエ家には重い課題でしたでしょうから。」

「……槍についてですが、我がゴーティエ家次期当主の私自らが管理することを申し上げます。父の許しは得ています。」

「次代の当主としてこのような不祥事を起こさぬと誓えますか?」

「兄の命にかけて、必ず。」

「わかりました。ゴーティエ家の異端児のような末路を誰かが進まないようにしなさい。」

「はい、必ず。」

 

シルヴァンは最後まで頭を上げなかった。

 

 

「それでは、べレト。また来てくださいね。」

「……ああ。」

 

べレトは背を向けて、足早に去る。

 

 

 

****

 

 

『まるで尋問だったの。おぬしには柔らかく話すのにな。』

(……シルヴァンは大丈夫だろうか。)

 

大聖堂から出るまで無言だった。

槍を強く握る彼の顔には、軽薄さは決してない。

 

「先生。兄を止めてくれたこと、感謝しています。」

「……よく耐えたな。」

 

「先生の言うとおりだ。シルヴァン、お前の覚悟を見せてもらった。」

「自分でも褒めてやりたいくらいですよ、まったく。今すぐにでもこの槍を折りたいくらいだ。」

「そうしないのはなぜかしら?」

「父上に叱られるのは嫌ですからね……。」

 

シルヴァンが復讐する相手は一体誰なのだろうか。彼を軽蔑した家なのか、彼を魔物にした槍なのか、人生を狂わせた紋章なのか。

 

「この槍は、兄上の仇を取るまでは利用してやりますよ。」

 

それとも、才能を持って生まれた自分自身なのか。

 

 

「それはいい考えだ。」

「……ディミトリ?」

 

好青年の彼の様子が、どこかおかしい。

 

「何に対して復讐するにしても、『力』をなくしては成せないからな。より一層、鍛錬に励むことが一番だ。」

「いや、確かにそうなんですけどね。」

「少し休んで気が向いたら、お前も鍛錬に来い。」

 

シルヴァンの肩を軽く叩いて、鍛錬場の方向へ歩いていく。

 

 

「たくっ、あんたも休めって言うのによ。」

「どいつもこいつも、世知辛い生き方をしているな。」

 

クロードはおどけた様子だが、ディミトリが歩いていく背中から目を離さない。

 

「……どういうことだ?」

「あいつも、復讐者なんですよ。先代の王がダスカーの悲劇で殺されたんですが。おっと、ドゥドゥーたちダスカー人じゃないですよ。真の敵っていうのかな。」

 

シルヴァンは、エーデルガルトに配慮したようだ。口説いた時には模擬戦でかなり酷い目に遭っている。

 

「まったく。私たち帝国も、恨まれたものね。」

「帝国の政治体制も一筋縄ではいかないからな。別にエーデルガルトがやったわけじゃないだろ。」

 

クロードの言う通りだ。べレトは最近知ったが、帝国貴族にはきな臭いところが多い。

 

 

「それでも。皇位を継ぐ者にはそれ相応の責任が生じるわ。過去も含めてね。」

 

べレトが接してきた生徒は、過去に囚われている者が多い。

 

 

「……ディミトリは何か患っているのか?」

 

最近、目に見えて調子が悪い。

模擬戦の授業に、倒れる時がある。

 

「さすがにそろそろ気づきますか。頭痛、幻覚、幻聴、悪夢、それに味覚障害も、……他にもありそうだな。まあ、俺たちがいなかったら、あいつはとっくに逝っていますね。」

 

「おいおい。無茶苦茶かよ……」

「ディミトリ、貴方そこまでなの……?」

 

シルヴァンが言ったことに、エーデルガルトたちも目を見開いた。

 

「怪我をしても鍛錬を続けるものだから、メルセデスとアネットがいつも追いかけ回してますよ。いやはや、同じ男として羨ましい限りだとは思いませんかねぇ、先生!」

 

幼なじみであったシルヴァン、フェリクス、イングリットは彼を止めることはできない。ドゥドゥーも結局は殿下の望みならと協力をしている。だから、メルセデスとアネットに懸けている。

 

もし、べレトが青獅子の学級の担任だったなら。

そんな理想を考えてしまう。

 

「それじゃあ、先生。俺はこの槍の管理をイングリットにでも任せて、気分転換に女の子と遊んできます!」

 

嘘ばかりだけど、周りに気を使える優しい人物。

彼が去っていく道は濡れていく。

 

 

「紋章も血筋も、生まれた国も……今更、俺たちにはどうしようもないことなのにな。なぜ出自で、差をつけたがるんだろうな。」

「マイクランの指揮系統や人望は、目を見張るものがあったわ。あれだけの数の兵士を領民から集めたんですもの。その実力は軍の小隊長に任命したいくらい。……紋章の有無がゴーティエ家の貴族の視野を狭めたのよね。」

 

「へぇ、実力がなけりゃ、あんたは人を評価しないのか?」

 

クロードは頭の上で手を組んで、そう告げる。

エーデルガルトは挑戦的な笑みを返す。

 

「人には人の役目がある。人の優れた部分を活かすことが、上に立つ者の役目よ。」

「人には弱い部分もあるだろうに。強さも弱さも認め合ってこそだろう。」

「弱さなんて、見せなければいいわ。」

 

価値観の違いで、いまだこの2人は決して交わることはない。

 

「そうだな。例えばだけどな。戦うことで存在意義を満たすやつが、もし戦う必要がなくなった後はどうするんだろうな。」

「一体、何が言いたいの?」

 

エーデルガルトは問い詰めた。

 

「あんたやヒューベルト、それにリシテアに比べれば、カスパルのやつはずっと平凡なやつだぞ。始まりが誰かは知らないが、番犬とはよく言ったものじゃないか?」

「喧嘩なら。彼の代わりに、私が買うわよ。」

 

エーデルガルトは、右手で二の腕に触れる。

 

「おっと、踏み込みすぎたか。あんたやディミトリの考え方を俺は否定する気はないが、少しくらい歩み寄ってくれ。それじゃあな、先生。」

 

まだ生徒たちの抱える闇をわかっていない。

笑顔が陰る姿を見る度に、哀しい気持ちになる。

 

 

「師には3つ、いや4つの選択肢があった。傭兵のまま生きる選択肢もあったものね。」

「……傭兵は成り行きだ。」

「そうだったのね。ねぇ、師は私たちの学級を受け持ってよかったと言えるかしら?」

「……まだ半年も経っていないが、充実した日々だ。」

「ふふっ、そうね。まだ師とは出会ったばかりだったわね。」

「……戦いを共にしているからか、長くは感じるな。」

「ええ。私たちにとって貴方は最高の教師よ。卒業してもずっと、師が私たちの教師のままでいてほしいくらいだわ。」

「……皇帝の教師とはな。」

「前例がないからといって、その役職があってはならないと決まっているわけじゃないわ。狭い視野を持ってはダメよ。私たちが思いもよらない考え方をする人が外の世界にはいるようにね。」

 

海の向こうにも世界がある。

 

「……フォドラの外にも世界があるということか。」

「ええ。」

 

 

それにね、とエーデルガルトは微笑んで会話を紡ぐ。

 

 

「こうやって夢を語ると、あたたかい気持ちになれるらしいわよ。たまに切なくなるけどね……。それで、どうかしら?」

「生徒たちとの穏やかな時間が続くのなら、教師を続けるのもいいな。」

 

「ええ、本当に。続いてほしいわね……」

 

 

大聖堂からおびただしい数の騎士団員が慌てて出てきたところを見て、2人は大きくため息をつく。休む暇はなさそうだ。

 

「はぁ……続いてほしかったわ……」

 



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第13話 運命を変えた少年

セイロス聖教会の大司教補佐であるセテスの妹、フレンの行方不明。誘拐の可能性が高いと断定したレア様は直ちに3人の教師を呼び出して、生徒にも捜索を手伝わせることを命じて、今節の課題とした。

 

 

騎士団は修道院外部をくまなく捜索している。

だからといって。

 

「俺たちに修道院内を探せって言われてもな。」

「オデ、フレンのこと、よく知らないんだけど。」

 

筋肉質な男、ラファエルが呟く。

 

「背の高さは……、リシテアと同じくらいで、レア様と似ている髪の色だ。薄い緑な。」

「妹と同じくらいなのか。」

 

彼が肉料理を食べる手を止めたのは、ほんの一瞬だった。

 

「腹、空いてないといいんだけどなぁ。」

「あんたら。だれと身長が同じですか!だれが子どもですか!」

「別に子ども扱いはしてないだろ。な?」

「あはは……」

 

声を荒げるリシテアを諫めるレオニーに、イグナーツは苦笑いするしかない。

 

 

「そのタルトを譲ってくれるのなら許してあげます。」

「いいぞ、ほら。」

「はむっ……」

 

よくエーデルガルトがしているように、お菓子を近づけると、彼女は小さな口で精一杯に入れる。リシテアや俺にとって貴族らしくはない行儀の悪さなのだが、ここにいるメンバーで気にする者はいない。

 

 

気にするやつが来た。

紫髪の長身な、ローレンツである。

 

「君たち、こんなところで休んでいる暇はないぞ。」

「オデ、歩き回って腹が減ったんだ。」

「とはいってもなぁ、私たちが修道院内を捜索したところでな。」

「私たちでは入らせてもらえない場所は多数あります。子ども扱いですよ。まったく、人選ミスです。」

「ぐっ、確かにそうだが。」

「地下には僕たちの知らない部屋があるそうですね。一体、誰が設計したんだろう。」

 

俺からすれば、ガルグ=マク修道院は、かの名作『ハリー・ポッター』のホグワーツだと思っている。あれよりはまだ、謎が少ないけれど。

 

アビス、そういう言葉を聞いたことがある。

 

 

「一応、聖廟はもう確認したしな。」

「うっ、思い出すだけで、足が痛くなってきましたよ……」

 

聖廟の捜索はべレトたちが行った。

 

天帝の剣を守ったことは認められたが、聖廟を瓦礫まみれにしたことは厳格なセテスによってこっぴどく叱られた。妹の失踪で取り乱している彼は、聖廟に入ったことのあるべレトや生徒にその場所を頼んだ。

 

ここにいるリシテアはそれは理不尽だと思っていて、9割以上は西方教会と死神騎士のせいだと言う。

 

「そういうわけで、闇雲に捜していてもどうにもならなかったんだよ。」

「オデの勘、冴えてると思ったのにな。」

「……捜索も足で稼ぐだけでは貴族失格だな。今少し、君たちと意見を交わすとしよう。」

「わかった!ところで、腹減っただろう。肉は食べるか?」

「貴族様も食べないと、思考が鈍るぞ?」

 

「ふむ、一理あるな。本来ならマナーに反することはしたくはないが、緊急事態だ。仕方あるまい。」

 

ローレンツがマナーよりも捜索を重視すると聞いて、レオニーは肘をついて感嘆の声を漏らした。口を開けば貴族という言葉ばかり発する彼を、彼女はあまり好んでいなかった。

 

 

 

「だからといって、ラファエル。お前はナイフで肉を突き出すな。せめてフォークにしたまえ。ええい、僕は自分で食べられる!」

「わかった!どんどん食うんだぞ!」

「適量で十分だ。そうそう、件の死神騎士がいまだ見つかっていないらしいぞ。」

 

「えっと、下町に現れたんでしたっけ。」

「夜な夜な仮面を被ったやつが町を徘徊しているらしいな。」

「ああ。下町に住む民は安心して出歩けない事態となっている。まったく、嘆かわしいことだ。」

 

 

「その死神の、騎士がフレンを、誘拐したのか?」

「ええい、全部飲みこんでから言え!」

 

ローレンツは珍しく冷静さを失う。

 

 

「可能性としてはありますね。」

「そもそもなんでフレンさんなんでしょう。優れた容姿なのは確かですけどね。フレンさん、無事かな……?」

 

イグナ―ツ、一目惚れしたのか。

心の中で呟き、ラファエル以外は淡い恋心を察した。

 

 

「フレンは聖セスリーンの大紋章を持っていたはずですよ。」

「しかしリンハルトも、小紋章なら持っているな。基本的にあいつは無防備だぞ。」

 

小紋章より、大紋章の方が4聖人から継いだ血が濃いということだ。

 

 

「それなら、わからんな。紋章で決めるのなら候補はもっと多いはずだ。クロードのやつはともかく、皇族のエーデルガルト、王族のディミトリ、それにこの僕だってそうだ。」

「この際、だれでもよかったのでは?」

 

俺に対して、机の下で手をそっと握らせる。

なぜ自分だったんだと、リシテアはよく口にする。

 

 

彼女の父親や母親は虐げられて、リシテアが連れていかれる姿をただただ嘆くことしかできなかったらしい。もしヒューベルトが、あいつら『闇に蠢く者』を調べる途中で、彼女が捕らえられた場所を見つけられなかったらと思うと、ぞっとする。

 

それでも、手遅れだったけれど。

 

 

「まあ、紋章絡みなのは確かだよな。」

「それならば、命までは取るまい。」

「少し安心しました……いや、安心できませんよね。ごめんなさい。」

 

「紋章って、そんなに大事なものなのか?」

「どうなんだ、貴族様?」

「貴族としてのステータスにはなる。だが紋章を持っている者全員が歴史に名を遺すわけではない。持つ者としての責務を果たすことが求められるのだ。紋章は試練のようなものさ!」

「いや、呪いでしょう。間違いなく。」

 

睨むようにそう告げる。

 

怒りをぶつけても意味がないことはわかっている。

もう手遅れなのだ。

 

「リシテアさんの言うことも正しい。望まずして紋章を持つ者もいる。望もうとも紋章を持つことのできない者もいる。紋章は手に入れることも捨てることもできないのだから、呪いでありやはり試練なのだろう。」

 

その過酷な試練から、リシテアもエーデルガルトも逃げられないんだな。彼女たちは決して強くはない。別に普通でよかったけど2人は運命から逃れられない。先生やヒューベルトは2人をちゃんと前に進ませてあげられるけれど、今も俺は隣にいるだけだ。

 

 

俺は普通なのだ。

それでいて、世界の『異物』なのだ。

 

 

「そうですね。好きで紋章を持っているわけじゃない人が、少なからずいることはお忘れなく。」

 

かつてのオレからはずいぶんと大人びてしまったと思う。それでも、もう少しくらいこの学園生活に甘えても責められないだろう。エーデルガルトとリシテアの未来のためなら、俺はなんだってやる。もし途中で果てたとしても、ヒューベルトがうまくやってくれるはずだ。

 

 

「カスパル、手伝ってください。」

 

リシテアはお菓子を取りに、席を立った。

 

 

「おう!」

 

大きく返事をして追いかける。

 

 

あいつらによって、俺は彼女たちの『枷』にされるつもりはない。

 

 

 

****

 

 

べレトたちは、騎士団宿舎で倒れていたマヌエラを発見した。彼女が指し示した方向には地下に続く通路があり、マリアンヌとヒルダに彼女のことを任せ、そしてエーデルガルト、ヒューベルト、クロードを連れて、教会地下へと降りた。

 

 

偶然にも、地下通路を2つの棺を引きずる死神騎士を見つけた。

 

 

『若き教師よ!地獄の舞踏を愉しもうぞ!!』

 

『おぬし!おぬし!先程から防戦一方じゃぞ。』

(ここでは戦いづらい。)

 

死神騎士の背後には棺に入ったフレンがいる。

見たところ、外傷はない。

 

 

狭い通路での戦いにおいて、背中の長剣は扱えない。

 

「実家の『英雄の遺産』がさっさと貰えたらよかったんだけどな。ほら、特注の弓だ。」

 

それはキラーボウと呼ばれて、対魔物用武器である。その危険性からか多くは出回ってはいない。

 

 

『むっ!』

 

的確に、紅く輝く目を狙うが鎌を振るって弾かれる。

その隙をついてハンマーが振るわれた。

 

 

「打撃なら効くようね。」

「エーデルガルト様の怪力は並みのものではありませんな。」

「……退く気はないか。」

 

 

脳を揺らされた死神騎士は頭を振った。

それは否定の意味も含む。

 

 

『我が真に求めるは、悦楽だ。貴様らの指図は受けん。』

 

「……そうか。」

「先生。フレンは奪還したぞ。」

 

横抱きしているフレンを、死神騎士は一瞥しただけ。

 

 

『これで遠慮する必要はないな。さあ!剣を抜け!』

『そこまでだ。』

 

べレトも見覚えのある紫色の閃光。

ワープの魔法で現れたのは全身鎧の仮面の男。

 

「また仮面のやつかよ……」

 

『これからいくらでも機会はあるだろう。直に騎士団も来るから、ここは退くことをおすすめする。』

 

その異質な声が地下で反響する。

 

『邪魔が入るんだよ?』

『……承知。』

 

「おいおい、挨拶もなしに帰るっていうのか?」

 

クロードたちも逃がす気はない。

 

「一体、貴方は何者かしら?」

 

『我が名は『炎帝』。世界をあるべき姿に還す者。』

 

 

「『炎帝』ですって!?」

「その名を語るとは、万死に値しますな。」

 

エーデルガルトは目を見開き、ヒューベルトは不敵に笑う。

 

 

『………怖いことを言うな。』

 

べレトたちは逃がすまいと武器を構えたが、それよりも魔法の発動が早かった。

 

 

 

「……逃げられたか。」

「なあ。エーデルガルト、炎帝のことを知っているのか?」

「師も、聞きたそうね。いいわ。……フォドラを統べる絶対無比の皇帝の完成形のことよ。」

「それってつまりあんたのこと、なのか?」

「ええ。聖者セイロスの小紋章、そして師と同じ『炎の紋章』を私は持っている。」

 

ハンネマン先生によって特定された紋章だ。解放王ネメシスから受け継いだとされている。

 

「……俺と同じ?」

「それよりも異質よ。私は、2つの紋章を持つ者の成功例なのだから。」

「信じられねぇけど、……信じるしかないよな……」

 

「貴方が信じる信じないはどうでもいいわ。多くの屍の上に私は立っていること、それは事実だから。」

「わるい。」

 

10人の兄弟姉妹だけでなく、コーデリア家の子どもたち、それよりも過去に生まれた子供たちがサンプルだった。リシテアは運よく成功して生き残っただけだ。彼女たちに対して強制的に行われた人体改造実験が、プロジェクト『炎帝』

 

 

「炎の紋章は解放王が持っていたものですからな。先生が、生涯独身だった、かの英雄の子孫とは考えにくいでしょう。」

 

『よもや炎の紋章とはな』

「……俺も何かされたのだろうか。」

 

レアも、そして父ジェラルトでさえも出自について何も言わない。

 

 

「……この剣はどうする?」

「いいえ。それは師の剣よ。紋章石のない剣を扱えるとは思っていないわ。」

「しかしとんでもないな。紋章の優劣があるからって、そこまでやるのかよ。」

「ここまでのことがこの世界の裏では起こっているのよ。……愚かな犠牲を二度と生まない世を創る。そのための皇帝に、私はなるつもり……だった」

 

彼は絶対に死なせない、と小さく呟く。

 

 

「……エーデルガルト?」

 

彼女は礎になって、果てるつもりなのだろうか。

 

 

「『炎帝』の名を知っている者は多くはない。私が入念に探っておきましょう。」

「ええ、よろしくね。」

「帝国絡みなら、あんたらに任せるしかないか。」

 

 

「……フレンを連れて戻るぞ。」

「それもそうだな。もう1つの棺に入っていた、赤髪の女子も息があるようだぞ。」

「どうやら、生徒のようですな。」

「外傷はないけれど、まだ油断はできないわ。急ぎましょう。」

 

炎帝を騙る仮面の男にはどこかで会った気がする、そうべレトは思わずにはいられない。

 



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第14話 教師という職業

既プレイ済みの人はもちろん、未プレイの方も読んでくださっているようで、本当にありがとうございます。今回はキャラクター紹介っぽく書きました。自分のクラスには愛着沸くんですよね、だからゲーム後半は儚くて辛いものがある。


時が経つのはあっという間だ。

傭兵をしていた頃のことは、あまり覚えていない。

 

「師、準備ができたわ。」

 

べレトを独特の呼び方で『せんせい』と呼ぶ白髪の少女は、黒鷲の学級の級長であるエーデルガルトである。とある村に滞在している際に彼女と出会ってべレトは新任教師となって、少しずつ彼女はその胸の内を明かしてくれるようになっていた。

 

「そうか。」

「ふふっ、貴方に勝利を捧げてみせるわ。」

 

べレトが微笑むと、エーデルガルトも嬉しそうに笑みを返した。次期皇帝として日々研鑽する彼女にとってべレトの指導は必要ないかと思われたが、父譲りの采配の実力を確かめられて以降、慕ってくれている。

 

鋼の斧を軽々と振るう彼女には、生徒としても仲間としても信頼を置いている。

 

 

「先生、このフェルディナント=フォン=エーギルの栄えある戦いも見ていたまえ。」

 

フェルディナントは騎馬に乗って、開始を待つ。エーデルガルトへ何かと対抗心を持つ彼だが、いまだその槍術は彼女の斧術には敵わない。しかし馬術と合わせて戦うのなら、互角にまで達することができる。

 

周囲を見渡した彼は、ベルナデッタへ大きく頷いて安心させる。

 

 

「はいぃ、誰も見学に来てなくてよかったぁ」

 

ベルナデッタは胸に手を当ててホッとした雰囲気を見せている。彼女の領地付近にある戦場に着くまではビクビクしていた。学園生活によって少しずつ彼女の被害妄想は緩和してきているが、彼女が父から受けた傷はまだ癒えてはいない。

 

心優しい彼女だからこそ、学友のために理学を学んできた。

 

 

「これで一安心ね、ベルちゃん。」

 

ドロテアは元々、理想の男性と結婚して安泰な未来のために学園に入った。今となっては親友と一緒に理学を学ぶことを楽しんでいる。ベルナデッタが精密制御、そして彼女は高難度魔法というそれぞれの長所を身に着けた。

 

ため息をついて、うとうとしているリンハルトの肩を揺らした。

 

 

「心地いい平原だね。朝日が…まぶしい……」

 

落ち着いているリンハルトは、実は誰よりも学友を信頼していることをべレトは知っている。無茶をしてでも前に進もうとする親友たちをサポートするために、紋章学と白魔法を研鑽している。

 

杖を持った手で大きく背伸びをした。

 

 

「身、隠す場所、少ないです。」

 

流暢に話すようになってきたペトラは、冷静に戦場を見渡す。フォドラに人質の身として連れてこられた彼女だが、次期皇帝であるエーデルガルトと友達としての関係を築いていた。そして祖国の未来のために、ヒューベルトから言語と政治学を真剣に学ぶ姿をべレトは見てきた。

 

ペトラは、繊細な銀の弓の点検を終えた。

 

 

「前回のように、クロードの策に乗せられるわけにはいきませんからな。」

 

ヒューベルトは先にペトラと席を外す。エーデルガルトの従者としてその忠義は高いが、彼女の利益となるためならと独自に動くことも多いようだ。何かと裏の多い彼だが、今回の模擬戦に対する熱意は誰にも負けてはいない。

 

自分の魔力を刃とする特殊な籠手が、朝日に照らされて輝く。

 

 

「先生、よく見ているな。」

 

カスパルがベレトに声をかけた。

 

「父が、俺の教師像なのかもしれないな。」

 

傭兵団を率いた父を見ていたからこそ。

実力以外、生徒たちの個性をちゃんと見る。

 

 

エーデルガルトは準備が完了したと言っていたが、基本的にマイペースな生徒が多い。それが黒鷲の学級なのだ。互いのことをちゃんと知ろうとして、もっと役に立とうとして、長所を伸ばしてきた。

 

『おぬしは教師という職が似合っておるようじゃな。』

(傭兵としか比較できないがな。)

 

べレトは、彼ら彼女らの中心にいた。

生徒であり、仲間なのだ。

 

 

「皆、行くわよ!」

 

次期皇帝は、仲間と一緒に野を駆ける。

 

 

 

 

****

 

紋章学の権威であるハンネマンは今まで担任として、何人もの生徒を見てきた。帝国・王国・同盟それぞれの学級を受け持った経験から、その手腕は今年の青獅子の学級の生徒たちからも称賛されている。

 

今までで悩みを抱える生徒が最も多いこともあって、彼は予断を許さない毎日だ。

 

 

「先生、俺は戦えますよ。」

 

日々鍛錬するディミトリを見て、ハンネマンは目を細める。フォドラ十傑のブレーダッドから伝わる小紋章を持ち、鋼の槍を軽々と振るう彼の怪力は尋常なものではない。しかし彼が抱えている精神病とその症状は、本来戦いをできるようなものではない。

 

優しげな顔をしているが、彼は死に場所を探しているのだ。

 

 

「殿下には、俺が付いていますから。」

 

ダスカーの悲劇以来、罪のないダスカー人は虐殺を受けた。その生き残りであるドゥドゥーはディミトリの従者である。表情は固く寡黙だが、根は優しい生徒であってディミトリのことを常に気にかけている。ディミトリの意志を第一に優先する彼は、今回も従うだけ。

 

 

「ちっ、猪も犬も引っ込んでいればいい。」

 

フェリクスも亡き兄のことをいまだ吹っ切れておらず、同族嫌悪としてディミトリを嫌っていた。フォドラ十傑のフラルダリウスから伝わる大紋章を持つ彼は、反応速度に優れている。剣の腕はべレトにも喰らいつけるほどだが、独断行動が目立つ。今回の模擬戦もまた、強敵に単身立ち向かっていくつもりだ。

 

 

「3人とも無茶はダメよ~」

 

メルセデスに優しく戒められて、彼らは苦い顔をする。フォドラ十傑のラミーヌの紋章を持つ彼女は、癒しの力に優れている。それは傷に対する治癒魔法だけではなく、優しい雰囲気にも表れていた。いつもより興奮している親友にも声をかけた。

 

 

「ごめんね。お父さんもいるから舞い上がっちゃった。」

 

努力家で空回りしやすい性格だが、友達想いのアネット。鍛錬ばかりする彼らをメルセデスと一緒に追いかけ回している。フォドラ十傑のドミニクから伝わる小紋章によって攻撃魔法に優れているが、魔道学院主席卒業なだけあって回復魔法についても十分な実力がある。

 

 

「メルセデス、アネット、君たちのことは俺が守って……イテテ!!」

 

シルヴァンは先日の兄のことについて、いまだ気に病んでいるのは確かだ。フォドラ十傑のゴーティエから伝わる小紋章を持つ者として、遺産の管理も担っている。学級以外の女性に声をかける頻度が多くなっているが、それは彼のトラウマを掘り起こしうる。

 

 

「シルヴァンはもう少し緊張感を持ちなさい。」

 

イングリットもフォドラ十傑のダフネルから伝わる小紋章を持つ者だ。彼女もまた領内の財政難で悩みを抱えており、婿を娶って実家を継ぐことと、夢の騎士になることの揺らぎで苦しんでいる。軽口を叩き合いながら2人はそれぞれ槍を持って、ペガサスと騎馬に跨る。

 

 

「あの人も見ているんですね……」

 

ロナート卿を討った人物であり、彼の息子を罪人として教会に連行した女性騎士を見ていたアッシュだが、首を振って戦場に目を向けた。この学級でどことなく平凡な彼は、弓や槍を学んでいるがまだまだ未熟だ。とはいえ、騎士に憧れる彼の実力はいつか花開くだろう。

 

 

 

「俺がいるからな。勝てるさ。」

 

どのクラスよりも勝つことが一番だと考えているのだ。優しくて、お互いに古い付き合いだからこそ、『強さ』を求め合って、そして生き急ぐ。また、力なき者のために戦おうとする騎士道精神に溢れる生徒が多い。王国の次代を担う者たちは、危うさと可能性を兼ね備えている。全員が暗い過去を抱えている学級は、新任教師のベレトには荷が重かっただろう。

 

 

「己が満足の行く戦いをしてきなさい。」

 

穏やかに、ハンネマンはそう告げるだけだ。

野を駆けていく若き俊英たち。

 

 

ままならんものだ。

教師という職業の重みは、いつも考えさせられる。

 

 

 

 

****

 

もう20年……、時が経つのは早いものね。

 

アドラステア帝国の有名歌劇団で歌姫をしていた彼女だが、今は教師兼医師として飛び出してきた。天性の歌声は永遠のものではないと気づいたからだ。同盟の次代の担い手たちを見ていると、若さを実感してしまう。

 

 

「今回はなんともやりづらいねぇ。俺はこれからもずっと白兵戦は苦手になりそうだ。」

 

おどけた仕草を見せるクロードは、よく作った笑顔を見せる。歌劇団に属していたマヌエラからすれば、それはお見通し。同盟の盟主リーガン家の嫡子だが、今までその存在は知られていなかった。隠し事を話してくれるまでの関係にまだ誰も至っていないのは、彼のガードが高い証拠。

 

 

「クロードの策も役に立たないようだな。前哨戦のように、この僕に任せていればいいさ!」

 

グロスタール伯爵家のローレンツはクロードが次期盟主となることをよく思ってはいない。その対抗心から、一貴族として日々研鑽している。プライドの高さは減点で、有能な女性を見出してはアプローチをかけていることは減点。まあ、根はいい少年だけどね。

 

 

「やる気だな! オデも負けてられねぇ!

 

親を失くしているが、妹思いで楽観的な少年のラファエルだ。その筋肉は無造作に鍛えられていて体格が大きい。座学の授業では頭を抱えているが、騎士となることを目指す彼のガッツは若さの証よ。ムードメーカーな彼は見ていて楽しいが、まあ、恋愛ごとにはとことん向いていない。

 

 

「えー、クロード君がなんとかしてくれるんじゃないのー?」

 

甘え癖のあるヒルダとは意気投合した。片付けが得意で、マヌエラ自身は苦手なことも影響していて、代わりによく自分の経験談をしてあげている。級長のクロードに対する信頼は高く、彼とよく軽口を叩き合う。まあ、クロードが腹を割って話すようになるまではその仲は進展しないだろう。まったく、ガードの固い男はこれだから。

 

 

「我らが級長もこの地形じゃお手上げみたいだな。まあ、それはどこも同条件か。」

 

歴代最強の騎士団長と言われるジェラルトを師匠として慕うレオニーは、決して恵まれた出自ではない。男勝りな彼女は彼のような傭兵になるために日々鍛錬している。ジェラルトに指導を受けることが多いが、彼が多忙であることにはいつも残念そうだ。年の差もいいと思うわよ、あたくし。

 

 

「あはは……それにしても綺麗な場所だなぁ」

 

イグナーツは個性的な学友に囲まれている中で、平凡な少年だ。弓を扱えるが、お世辞にも戦いを好んでいるとも言えず、本人は余暇を作っては絵を描く。商人の親から、次男の彼は騎士となるように言われていてそのジレンマに押し潰されそうになっているが、マヌエラからすれば我が道を行けと言いたい。

 

 

「油断しないでください。何人かは一直線に来るでしょう。」

 

リシテアの、その若くして白い髪は、きっと理由があるのだろう。幸せそうな毎日を穏やかに生きるようになった彼女を見ていれば過去について問いただす気も起きない。入学当初よりも明るくなっているのは黒鷲の学級の生徒のおかげ。無茶ばかりしていた頃に寝不足で倒れた彼女を、保健室に必死な顔で担ぎ込んできた少年とは今も上手くやっているみたいね。

 

 

「先生。あの、大丈夫ですか?」

 

先日のケガを心配してくれるマリアンヌに対して、ウィンクで返す。

 

医学と白魔法について学ぼうと、いつも保健室に通ってくれる彼女とは生徒の中で一番仲が良い。入学当初は常に暗い表情をしていた彼女も、その想い人と同様に感情豊かになってきている。やがてその目にかかった前髪をばっさり切って、その美しい顔を皆に見せてくれる。恋は女を美しくするというのは本当だと思うわよ、あたくし。

 

 

 

「それじゃあ、策を発表するぞ。」

「おっ!まってましたー!」

「ようやくか。この僕を納得させてみたまえ。」

 

直前になってようやくクロードが本気の顔をすれば、ローレンツまでが真剣な表情で耳を傾ける。みんなあちこちの方向を向いているが、やるときはやる学級だ。次代の同盟はなんだかんだ言いながら、次期盟主の彼を慕うのだろう。マヌエラがやるべきことは、若き生徒たちの応援すること。

 

 

「気をつけて行っていきなさい。」

 

野を駆けていく生徒たちは我が子のように可愛い。

これだから教師という職業はやめられない。

 



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第15話 鷲獅子戦

フォドラ最大の平原にある、とある場所だ。ベルグリーズ家の領地であって、親父との鍛錬の時にここを使ったこともある。ここには建物も小麦畑も1つもないのは、かつて帝国と王国の戦場として使われて血に濡れているからだ。

 

もちろん、その痕跡はもう見受けられない。

 

 

「先に行くぞ!」

「やっぱりこわいですぅぅ!」

 

フェルディナントがその後ろにベルナデッタを乗せて、馬で駆けていった。戦場中央の台地に設置された弓砲台と魔法砲台をどの学級も確保するべく動いている。シルヴァンやローレンツ、レオニーが騎馬で駆けて、空中ではイングリットがペガサスで空を翔ける。

 

戦力差で言えば、互角の人数。

ベルナデッタも絶叫しながら氷柱を突き立てている。

 

 

「おっと……?」

 

 

急に、騎馬の戦いは俺たちを避けるように戦場を変えた。これから戦場中央で行われることを予感して馬たちが必死に退散したのだろう。苦笑いしながら、台地の3方向で俺たちは立ち止まった。

 

 

「お前らを抑えられるのは、俺かヒルダかだからな。」

「まさか、あのクロードが前衛に来るなんてね。」

「ここで雌雄を決するのも悪くはないだろう?」

 

エーデルガルトとディミトリは武器をぶつけ合う。2つの紋章を持つ彼女に対して怪力で拮抗状態なのは、ディミトリがそれだけの修練を積んできたからだ。

 

 

「君と、こうして戦うとは思いもよらなかった。」

「そうね。これが模擬戦だからまだ良かったわね。」

 

 

「おいおい、王国と帝国は戦争でも始めるのか?」

 

1本の矢がその間を切り裂いた。

2人は鋼の武器を振り下ろし、台地に罅が入る。

 

 

「おっと!」

 

クロードは楽しそうにしながら、バックステップで躱した。

 

 

「クロードくん、無茶しすぎじゃないかなー」

「殿下の邪魔はさせんぞ。」

「はぁはぁ……オデも仲間に入れてくれよ。」

「おっ、ラファエルも混じるか?」

 

ドゥドゥーが3人の戦いを邪魔しないように時間稼ぎを行うことはクロードの策略だったらしい。ラファエルは肩で息をしながら、鋼の籠手を構えた。その彼の呼吸が淡い光とともに癒えたのはマリアンヌの遠距離回復魔法だろう。

 

「戦いを始めようにも、まずは避けないか?」

「あっちゃー、これは本気出さないとまずいかもね。」

「なんだなんだぁ?」

 

そう提案した直後に、数々の魔法と矢が着弾する。

 

これも三つ巴戦の醍醐味ということだろうか。各々の陣営は味方に当たらないように少し遠くに放っていて、前衛を信頼しているからこその援護だ。

 

 

 

「けほっけほっ。皆、容赦ないわね。」

「ああ、威力が高すぎるぜ」

 

エーデルガルト達や俺たちはその余波を避けきれずに傷を負うが、長距離回復魔法によって治癒していく。魔法が空中でいまだ飛び交う中、一度俺やエーデルガルトは下がって態勢を立て直していた。

 

「サンキュ、リンハルト。」

 

 

煙を裂いて振るわれる槍の柄を、俺は拳で叩く。

 

「俺たちの級長の首は、取らせねぇよ!」

「くっ!」

 

いまだ傷を負ったディミトリの動きは、ずっと鈍い。

見切ることは容易だ。

 

 

「私たちが先ってわけね。」

 

俺を狙った矢を、エーデルガルトは斧で軽快に落とす。

クロードは矢を片手で弄んでいる。

 

「あんたら。ヒューベルトをどこに隠したんだ?」

「常に私の指示を受けるわけではないわ。彼と違ってね。」

 

エーデルガルトの視線の先には、ラファエルと拳を交えるドゥドゥー。

 

 

「もらったぁ!」

「声出しながらかよ!」

 

ヒルダが斧を振り下ろせば、ちょうど岩があった。

その礫で対して俺は思わず目を閉じてしまう。

 

 

迫る危機を本能的に察知した。

 

「やべぇ!?」

 

「皆を勝たせるために!」

 

紫色の閃光、ワープで現れたのはマリアンヌ。

 

腹に鈍痛。

氷柱で宙を舞っているのか。

 

 

「カスパル!?」

 

視界が揺らぐ。

エーデルガルトの声がした。

 

俺がこのメンバーに喰らいつけているのは、オレが幼い頃からやっていた親父との鍛錬の賜物だったのだ。しかし最近は成長の伸びも次第に落ちてきて、どんどん成長していく皆に追い抜かれていく。

 

結局、俺は平凡なのだろう。

 

 

「油断したな! エル!」

 

気づけば俺は再びの衝撃の後、地面にぶつかる。

 

愛称、か。

 

ディミトリは俺の知らない彼女を知っているらしい。いつか未来で、フォドラを統べる皇帝と王として、『対等な名君』として、2人は隣り合って立つのだろう。

 

 

「ちくしょう……」

 

エーデルガルトが打ち上げられて、その身体は俺とぶつかったようだ。

 

 

「俺って足手纏いみたいだな……」

「立ち上がりなさい。貴方がここで立ち止まるはずはないわ。」

 

動じていない風に立ち上がって、彼女は斧を再び構える。

 

強い。生き方も、『力』もその扱い方も彼女はずっと成長していたらしい。俺の生きていた『現実』のこともどんどん吸収して自分の知識の1つに変えていく。彼女も俺が強いと思っているから、手を貸してくれることはない。

 

 

「決まったと思ったんですけどね。」

 

かつて虐げられた彼女の瞳は、今は輝いている。前を見据えていて、エーデルガルトと対峙しているリシテアは強くなった。彼女には俺の助けはもう必要はないのかもしれない。彼女も俺が強いと思っているから、手を貸してくれることはない。

 

 

俺は、いまだ誰かの手を掴むことを恐れているけれど。

 

『なに腑抜けてるんだ、オレ。そう難しいことを考えていても、わかんねぇよ。』

自分で自分に言い聞かせる。

 

オレは、立ち上がって拳を構える。

嬉しそうに、エーデルガルトは頷いた。

 

 

「さて、鷲獅子戦も終わりに近いわよ。」

 

矢と魔弾が、河川の向こうから的確に飛んでくる。ペトラとベルナデッタによる精密射撃が行われているのだ。ディミトリやクロードたちならともかく、他のメンバーは戦闘をしながらそれを避けることはできない。

 

「ヒューベルトの策か!?」

「これが次期皇帝の従者か。末恐ろしいな。」

「いつも通り、思いもよらない策を考えたわね。」

 

ヒューベルトは孤高だ。エーデルガルトに付き従っているが、独自に動くことは多い。エーデルガルトは彼の秘策を理解すると微笑んだ。弓砲台と魔導砲台の移動を画策しているなど、誰が思うだろう。

 

 

「エーデルガルト。あんたのクラスの、ベルナデッタ。面白い魔法を使いますね。」

「ええ。彼女らしい魔法よ。」

 

レスキューという高難度魔法が鍵だった。

 

 

縦横無尽に戦場を駆けていたフェルディナントは退いたように見せかけて、一度彼女を下ろす。戦場を駆けるあまり体力はないのだから、守り通す必要があったからだ。そして、再び中央に戻った彼を、飛び散っていた砲台とともにベルナデッタが後衛まで回収した。

 

 

 

圧倒的優勢。

それを判断したのか戦いの終わりを告げる音だ。

 

 

 

「やられたな。リシテアたちが上手く意表をつけたと思ったんだがな。」

「フェリクスに黒鷲の学級の後衛へ向かわせる手筈だったが、ヒューベルトに拒まれたか。」

「やはり、一筋縄ではいかない人たちね。紙一重だったということかしら。」

 

「いやはや、この経験が活かされないことを祈るばかりだ。」

「元々は、王国と帝国の戦をなぞったものだったな。」

「それも過去の話よ。ゆくゆくはこの行事も忘れられていくでしょうね。」

 

今この瞬間も、やがて遠い思い出となるのだろう。

 

 

「これからもずっと仲良くしようぜ、次期皇帝、次期国王。そうだな。この晴れやかな気持ちを忘れないよう、宴でもするか? 急いで修道院まで戻って食堂なんだけどな。」

「そうね。その提案を呑みましょう。」

 

「くくっ……宴なんだから、飲まないとやってられないよな!」

「戦勝国も同意しているからな。我々も、必要な物資と人員を確保しておこう。」

「そういうつもりで言ったのでは!……もう、勝手に笑いなさい」

 

学友たちのところへ駆けつける2人に、エーデルガルトも背を向ける。

 

 

「皆、お疲れ様。」

 

黒鷲の旗がグロンダーズ平原に掲げられている。

今は、勝ち負けはどうでもいいことだった。

 

 

****

 

べレトは半年前と同じくボロボロの制服を着た生徒たちを迎え入れた。あの頃と違うのは彼が満足そうな笑みを浮かべていることだ。生徒たちの満足そうな顔を見て彼も大きく頷いた。

 

今回のMVPであるヒューベルトの周りには人が集まっていて、彼もどことなく嬉しそうだ。なんだかんだいって、学園生活を満喫している1人なのだ。そうでなくては、本気の顔はしない。

 

「よくやった。」

「ええ。ありがとう。」

 

べレトとエーデルガルトは喉を潤して、一息つく。

 

「師、貴方の采配は私たちに必要みたいね。ずいぶんと危ない橋を渡ってしまったわ。」

 

「ああ。冷や汗の流れる戦いだった。」

『汗など掻いておらんじゃろうに。』

 

「そうね、どうせ私はまだまだよ。だから、もっと師に学ばせてもらわないとね。」

 

軽口を叩き合う関係をべレトは手に入れるなんて、かつての『死神』と呼ばれた彼は思っていなかった。自分をいい意味で変えてくれたのは、ソティスや生徒のおかげなのだろうと実感している。

 

 

「カスパル、宴に行くぞ。」

「お、おう。先生、なんか生き生きしてるな。」

 

時々、人となりが掴めないときがある。

 

エーデルガルトとリシテアをいい意味で変えたのは、彼であることはと確かだ。迷える生徒をべレトは導くだけ。たとえこの手を取ることを渋ろうとも、まっすぐ接していく、時間がかかったとしても………そうべレトは思っていた。

 

 

宴の途中、彼はいなくなった

 



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第16話 父

DLC更新来ましたね。

今更ながら気づきましたが、エーデルガルトの髪型の変更が最も嬉しいです。もしかすると、皇帝の座を降りた後なのかもしれませんね。


べレトの目の前には、1つの小さなお墓。

 

『おぬし、揉みくちゃじゃったのう。』

(人気者は辛い、とでも言えばいいか。)

 

宴はいまだ続いているが、少しずつ部屋に戻る生徒が出てきた。

 

山の上にある修道院は空に近く、雄大な自然をその場所からは一望できる。すでに萎れている花を見て、その儚さを感じた。一体何色をしていたのだろうと、べレトは疑問に思う。

 

そして、暗闇の中から足音が聞こえたが、その気配に敵意はない。

 

 

「よう。こんな夜更けに墓参りか?」

「父さんこそ。」

 

騎士団として、ジェラルトは修道院外部の仕事に出ていることが多い。

 

 

「俺は仕事帰りだ。……ったく、俺のことは団長と呼べと言っただろうに。」

 

そう言われたが、咎める気はないのだろう。むしろ嬉しそうな表情で、その武骨な手で萎れた花を手に取って、代わりに小さな花を供えた。べレトの母親は花が好きだったらしく、生前も行っていたことらしい。

 

マリアンヌの髪の色を思い出す、そんな青い花。

 

「その花は?」

『おぬしが花に興味を示すとは珍しいのう。』

 

「お前が花に興味を持つとはな。人生わからんものだ。こっちはアネモネで、新しいやつは勿忘草だ。」

「ワスレナグサ、か?」

「おう。あいつは花言葉だのなんだの言っていたが、俺には花の名前と色しかわからん。」

 

騎士団での任務の帰りに、偶然見つけた珍しい花を彼は持って帰るだけだ。ちなみに修道院にある温室にもフォドラ各地の植物が集められて育てられているが、べレトの母が主導して作ったものらしい。

 

さぞ、ジェラルトはあちこち馬を走らせたのだろう。

 

「べレト、教師生活はどうだ?」

「楽しい、という感情があてはまるかもしれない。」

「はっはっは、お前もようやく人間臭さが出てきたか!」

 

常に厳格で、気を張っている、そんな彼が大笑いするのは初めて見る。

 

 

「ああ。体がどこかおかしい。」

「遅れてやってきた成長痛とでも思え。」

 

「そういうものか?」

「そういうものだ。どんなことがあっても人間なんだよ、お前もな。」

 

ぽんっと心臓を軽く叩かれる。

その一瞬の『振動』は心地いいものだった。

 

「あいつもそうだった。自分の心臓が動いていないことをいつも嘆いていた。自分は血が通っていないから人間じゃないのかって、いつも泣いていた……」

 

綺麗に手入れされた墓を武骨な手で撫でながら、そう呟く。

 

 

「修道院から絶対に出してもらえないが、それなのに不思議なことばかり知っていた。まあ、俺がこっそり町に連れて行っていたけれどな。あいつは、二ホンという国にいたんだって伝えてくれたんだぞ。俺だけにな……」

 

「二ホン……?」

「異界にある、遠く東の国らしい。思い出に残っている食べ物と花を俺に持ってきてほしいって、……あいつはずっと、サクラが見たいって言っていてな。こんな俺なんかに懐いて、最期まで子どもみたいなやつだった。」

 

 

いまだその花を見つけられていないのだろう。

フォドラの喉元の向こうを、昔から東を遠く見ていた。

 

「まっ、俺も先は短いだろうが、サクラだけは見つけてきてやるさ。」

 

 

いまだ彼をこの世界に繋ぎとめているのは、その花を探すことを使命とすら思っているからなのだろう。そして忘れ形見のべレトを見守るために、父親として最期まで戦い続けるつもりなのだろう。

 

 

『父親というものは存外強いものじゃの。』

 

だから、初めての『悩み』はお見通し。

 

「お前、生徒のことで悩んでいるんだろう?」

「ああ。彼は隠し事が多すぎる。」

「隠し事で今も昔も何年も悩まされている俺からすれば、お前が自分で明かせばいい。散りばめられた糸を手繰り寄せて、その先にあるものを掴み取れ。」

「……それもそうだな。」

 

べレトは、その剣で自分の道を斬り開いてきた。

 

「隠し事と言えば、もうなんとなく察しているんだろう?」

「俺には女神の紋章石が埋め込まれているということか。」

 

天帝の剣を、べレトは扱えて、エーデルガルトは扱えない理由。

 

「元々、子を成せるかどうかも危うかったくらいだ。だからあいつはその運命に従って、お前に心臓を託した。」

「母さん……」

 

べレトはおそらく、母親似なのだろう。

 

 

「まあ、お前が女神ソティスに変わることは決してない。なぜなら、お前は俺とあいつの息子だからな。」

『その通りじゃ、父よ。おぬしに為って変わろうとする気はないぞ。』

 

「……なるほど。そうやって母を口説いたのか。」

「お前、ずいぶんと生意気になったな。どの生徒の影響だ?」

 

べレトは、フッと笑みを零す。

 

「さあな。全員かもしれないな。」

 

 

 

乱れた足音が近づいてくる。

 

「師、ここに……いた……」

 

よほど急いできたのだろう。

肩で息をしているのは、エーデルガルト。

 

「ヒューベルトもカスパルもいないの!私、どうしたら……」

 

リシテアと、1人の女子生徒も遅れてやってくる。

 

これほど動揺している彼女は見たことはない。

かつて聞いた『依存』という言葉が思い浮かぶ。

 

「お前の学級の生徒か?」

「ああ。」

 

「エーデルガルトさん、落ち着いて?」

 

赤髪の女子生徒は、モニカ。黒鷲の学級の上級生で、死神騎士に攫われたフレンと一緒に救出された。1年間も失踪していたことに対して、早く馴染んだこととその回復速度は、怪しさが残る生徒だ。

 

エーデルガルトの両肩を心配そうに掴んでいる彼女を、リシテアは睨んでいる。

 

「あの2人が何も言わずいなくなるときはいつもそうなの。無茶をしてたまにケガをしてくるの。」

「行き先ならわかるよ。なんとなくだけどね。」

 

暗闇からさらに現れたリンハルトは、この時間にはすでに眠っていると思っていたが。

 

 

「どこにいるの!?」

「カスパルが置き手紙していったんだけど、ルミール村だね。炎帝が現れたとなんとか……いや、まあ、詳しくは向かいながら話すよ。」

 

早口でそう告げる。

 

あの死神騎士に命令して逃がした、炎帝。

いまだその足取りは掴めていない。

 

 

「急いで、モニカさんは騎士団の人に伝えてくれるかな?」

「は、はいっ!」

 

彼女をこの場から離したことを、べレトやジェラルトは察した。

 

 

「厩舎に行きましょうかね。」

「そうだな。ルミール村の案内なら俺に任せろ。」

 

「ジェラルトさんが来てくれるなんて、心強いわ。」

 

傭兵なら、疲れた身体のまま仕事することには慣れている。

 

 

「なあ、お前らって馬に乗れるのか?」

「私は走らせるくらいなら可能よ。」

 

エーデルガルト、リシテア、リンハルトの中で乗れるのは、エーデルガルトのみだ。

 

 

「べレトは馬にはまだ乗れないんだろ?」

 

身体は冷たいこと、心臓の鼓動がしないこと、多くの動物は彼を本能的に恐れているのか、近づくことすらしない。

 

「宛てならある。」

 

厩舎に行くとべレトに対して告げたマリアンヌが、いまだ馬たちの世話をしていた。先月にべレトも立ち会ったのだが、仔馬を出産したばかりの雌馬がこちらをじっと見つめている。

 

 

「えっと、先生……?」

「緊急事態だ。馬を走らせてほしい。」

 

「わかりました。聞いてみます。」

 

優しく撫でながら、彼女は問いかける。

やがて、頷いた。

 

「ドルテは私以外を乗せたことはありませんが、先生なら大丈夫のようです。」

「助かる。」

「いえ、お役に立てたら幸いです……」

 

「ほほう。」

 

顎をさすりながら、ジェラルトは感嘆の声を出す。動物と会話できるマリアンヌの技能に対してだろうかと、べレトは首を傾げた。

 

 

「それじゃあ、そこの少年は俺の後ろに乗りな。」

「ありがとうございます。」

 

 

「師、準備できたわ。」

 

あっという間に手懐けられた黒馬が、蹄で地面をかく。

リシテアもすでに後ろに乗っている。

 

 

「一刻も早く向かうべきなんだろうな。」

「そうですね。あの2人だけじゃなくて、ルミール村の人たちも危ないですから。」

 

 

血を使った実験が、今この瞬間そこで行われている。

 

「それは一体、どういうことだ?」

「『闇に蠢く者』が、本格的に動き始めたんですよ。」

 

曇り空が、フォドラの夜明けを隠した。

 



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第17話 燃える村、そして虚無の世界

べレトたちが辿り着いた時にはルミール村は燃えていた。

 

「そんなっ……」

 

マリアンヌは両手で口を覆い隠す。

リシテアやエーデルガルトも険しい顔をしている。

 

「見知った顔もいる。間違いなくルミール村のやつらだな、くそっ」

 

人が、親しい人を。

血走った眼の人が手当たり次第に襲い掛かる。

 

「カスパルの置き手紙によると……いやまあ、そういう設定なんですけどね。カスパルやヒューベルトから、先に村に救援に行くって直接言われました。」

 

「貴方たちは3人揃って、何を企んでいるの? わざわざ炎帝を名乗って3人で入れ替わりながら、フォドラ各地に現れるとは思いもよらなかったわ。」

「人知れず、村を襲う盗賊や謎の魔導士を倒すという他の仮面騎士も、あんたたちなんでしょう?」

「死神騎士をワープで逃がしたのは、リンハルトか。」

 

フレン誘拐事件の時。

戦意は欠片もなく、死神騎士より強くはないように思えた。

 

 

「ああもう……だから、やめようって言ったんだよ……エーデルガルトにバレたら怖いって……」

「リンハルト?」

「降参です。レスキューを扱えるベルナデッタにも協力してもらいましたよ。」

「それで、狙いは?」

「お二人は知っての通り、紋章学の研究は思う通りに進んでいないんですよ。レア様やセテスさんは何も話してくれないし、ハンネマン先生でも紋章を消す方法についてまではお手上げ。こうなったら、『闇に蠢く者』の懐に潜り込もうって、それはもう、士官学校に入る前から、いろいろと」

 

早口でそう告げる。

あまり時間はないが、冷静に誤解を解く。

 

「生徒たちが敵でないならいい。詳しい話は後で聞くとするぞ。今は村のことだ。」

「そうだな。」

 

このまま手をこまねいているわけにはいかない。

 

リシテア、マリアンヌ、リンハルトを村の集会所で待機させて、救護所とする。エーデルガルトは防御に徹し、村のことをよく知っているジェラルトとべレトが少しでも多くの人を救う。

 

 

 

その采配に、ジェラルトは大きく頷いた。

 

「こういうのはなんだが、久々にお前とは共闘になるな。」

「行くぞ、父さん。」

 

べレトは腰の鉄の剣を引き抜く。

複数の武器からジェラルトは、鉄の槍を選んだ。

 

「コロス……コロス」

 

元が村人とはいえ、その身体能力は過剰に上がっている。

 

 

『どうやら、紋章の血を入れられたらしいの。気をつけよ。』

(わかっている。)

 

 

剣の峰で、時には拳で村人を攻撃した。

それでもなお立ち上がってくる。

 

「気絶しないか。仕方ない、数を減らすぞ!」

 

ジェラルトは一度目を閉じて、意を決した。

 

 

「仇は取ってやる。」

 

斬り伏せた血は、真紅。

 

「……悪いな。」

 

かつて『死神』と呼ばれた彼なら何も考えずに父の言うことにただ従っていただろう。

 

 

「た、たすかった!」

「ジェラルトさん、これは一体?」

 

「わからん。お前らは集会所の守りを頼む。」

 

ジェラルトに近づいてきた村人は大きく頷いて、駆けて行く。ルミール村に滞在していた期間はそこまで長くはなかったのに、父の人望の高さが伝わってくる。

 

 

 

「……死神騎士。」

『若き教師、また会ったな。』

 

「どう見ても怪しいんだが、こいつは味方なのか?」

『それはお前たちが決めればいい。だが、我にスパイは合わないと生徒に伝えておけ。』

 

「……わかった。」

 

巨大な鎌で、暴れる村人の命を狩る。

何を切り捨てるかどうか、何を優先すべきか、彼も覚悟はできている。

 

 

もちろん、べレトやジェラルトも躊躇いはなく、その武器を振るう。

 

 

『混じっているな。奴らの扱う魔導には気をつけろ。』

 

「どうやら、そのようだ。」

「……助かる。」

 

『たまにだが、あいつが世話になっているようだからな。礼には及ばん。』

 

闇魔法が、火に紛れて向かってくる。

 

 

彼らがこの事件を引き起こした張本人なのだろう。

べレトたちは魔法を見切って、己の武器で斬り裂いた。

 

 

「お前がリーダー格か?」

 

「ほう。このようなところで相まみえるとはな。我らは運がいい。」

 

べレトの天帝の剣を見て、老人がそう告げる。

人ならざる容姿の男は、嗤った。

 

 

『幹部の、ソロンだ。……どうやら運命の日が来てしまったようだな。』

 

「死神騎士か。これはこの駄犬が望んだことだと知っているはず。」

 

彼の足元にはカスパルが倒れていた。

 

 

 

「……何をした。俺の生徒はそう弱くはないぞ。」

「なに、取引だ。」

 

「……取引?」

「やはり知らなかったか。冥土の土産に教えてやろう。『失敗作』の寿命を伸ばす薬をくれてやる代わりに呪いを受けること、そして甘くなった『炎帝』に対する枷を自分が代わりに受けることだ。」

 

駄犬では目標が定まらなかったがなと、ソロンは呟く。

 

 

「おれは、番犬だからな……」

 

未来あるリシテアやエーデルガルトを救うためなら、『一度失ったはずの人生』なんて惜しくはない。

 

「こやつは散々、我らの計画を邪魔してくれた。楽には殺さんぞ。」

 

もし学院内にトマシュとして忍び込んだままでいれば、いつだって機をうかがえたのだ。入学してすぐに正体を明かすと脅して取引を持ち掛けてきて、そして中途半端な強さを持つ番犬が、トマシュにとって今でも腹立たしい。

 

 

「せんせい、か……?」

 

兆候さえあれば、いつでもその命を絶てるようにしていた愚者。

 

 

「もう少し、離れたほうがいいぞ……」

 

カスパルは薄っすらと目を開けた。

そして、重い身体を引きずって遠くへ行く。

 

 

「カスパル、今から助ける。だから止まれ。」

 

心臓からは、すでに鮮血が溢れていた。

 

自己犠牲。

その手に持つ短剣で自分でやって、そして。

 

 

彼は、生きて伝える。

 

「せんせい、にげてくれ……こいつの狙いは……」

 

最期まで、助けを求めない。

 

 

 

「こやつの役目は『起点』だ。」

 

『おぬし、ここは退くのじゃ!?』

「生徒を置いて逃げる教師がいると思うか?」

 

ソロンは、英断を嘲笑うだけだ。

 

 

「女神の心臓を宿す者よ、まずはお前だ。」

 

『これは禁呪魔法じゃ!』

(足元が……)

 

マイクランが英雄の槍に呑まれた影よりも、ずっと黒くて暗い。

 

 

「身動きがっ!」

 

この焦りが原因なのか、禁呪のせいなのか、『時』を戻すことができない。

 

 

 

「ごめん、先生……」

「カスパル。お前を愛してくれる彼女たちが望んだことかどうか、もう一度考えてくれ。」

「そうか、そうだったのか……失うものばかりかんがえていたんだ、俺……、たしかに、もうすこし一緒にいたかったなぁ、俺も……」

 

 

****

 

(終わるんだ、両親にも別れを告げずいきなり始まった『旅』が。)

 

居場所はあった。ずっと続けばいいと思った時間も確かにあった。しかしそれは有限であっていつか終わりを告げるし、急に終わることを1度経験した。

 

覇道に生きるが故に短命なエーデルガルト、その身に受けた実験のせいで短命なリシテア。大切だったから、俺は必死になってフォドラを駆けずり回った。仮面で素顔を隠して、運命に抗い続けたのだ。愛おしい時間を守るために。

 

 

でも彼女たちは、俺のいない未来をあげても悲しむくらいには大切だと思っていてくれて。

―――やはり俺はまた間違った。

 

 

この世界にもまた、未練ができたらしい。

 

 

 

****

 

 

「時は満ちた。ザラスの禁呪よ、その顎を開くがよい!」

 

べレト、そして女神の残痕はこの世界から消えた。

 

「数多くの同胞たちよ。長年の悲願は、ここに叶いましたぞ………」

 

ただひたすらに虚無を彷徨うのみ。

 

 

 

 

「「せんせい!カスパル!!」」

 

「そんなこと……って……」

 

村が燃える音が、耳に入るだけ。

彼女たちにとっての光は、ここで失われた。

 

「どうして、独りで抱え込んだのよ……」

「私たち、あんたを犠牲にしてまで生きたいなんて……」

 

 

炎帝もずいぶん(ほだ)されたものだと、ソロンは深々と溜息をつく。

 

炎帝に『枷』をつけるように命令されたことも頷ける。感情に流されて使ってしまったとはいえ、駄犬は惜しい足枷だったと今なら思える。

 

 

まあ、また作ればいい。

 

「さらばだ。」

 

天から、『光の柱』が墜とされた。

 

 

「『失敗作』共々、『炎帝』も消えよ。」

 

 

鋼鉄の細長い物体が迫る。

カスパルならば、『ミサイル』だとわかっただろう。

 

 

 

『上だ! 貴様ら、間に合わんぞ!?』

 

死神騎士は焦った声を発する。

 

フォドラにある溶岩地帯を創ったのは、数十発の『光の柱』なのだ。たった1発とはいえ、周囲を塵も残さず破壊するだけの力はある。死神騎士の特別な鎧や、強靭な肉体がなければ地獄の業火を生き抜くことはできない。

 

 

 

だから、ジェラルトの答えは決まっている。

 

「べレト! お前の生徒は、俺が守ってやるからな!!」

 

エーデルガルト、リシテア、マリアンヌを地面に押し倒して、その大きな身体で覆いかぶさった。

 



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第18話 振り返ることと進むこと、2つ同時に。

もう思い出になったことだ。

過ぎてしまった時間は取り戻すことができない。

 

 

****

 

同盟にあるコーデリア伯爵家の領地は、裕福な場所でも貧しい場所でもない。

 

 

フォドラ十傑カロンの紋章をその血に宿すが、どちらかというと魔導に優れている。『英雄の遺産』の剣は王国のカロン伯爵家が代々有しており、武人を輩出することはほとんどないからだ。そして庶民に魔道を広げようと考えている、そんなのどかな領地だった。

 

それもリシテアにとっては、遠く昔のことのように思える。

 

 

「なんで私なんですかね。なんで私だけ……」

 

さらに牢屋の隅で、身を縮こませる。

 

石で敷き詰められた暗闇の空間に風が吹く度に、揺れる瞳で周囲を見渡してしまう。両親が助けに来てくれたのかもしれないと思ったのは最初だけで、奴らが自分たちを連れていく合図なのだ。

 

 

「なんでだっけ……」

 

始まりは、帝国の内乱だったか。

 

内乱を起こした家と繋がりがあったからと難癖をつけられて、統治の実権を帝国貴族たちに奪われた。その時にはすでに帝国は皇帝は傀儡となっていたらしい。それ以降、コーデリア領民は重税を課された。

 

屋敷には奇妙な仮面の魔導士が巣食い、使用人たちは奴隷のように扱われ、そしてリシテアを含むコーデリア伯爵家の血筋の子どもは地下の世界に閉じ込められた。もう何年過ぎてしまったか分からない。

 

 

「なんで紋章なんてあるんだろう……」

 

 

世界に対する疑問はどんどん湧いてくる。

 

カロンの紋章を持っていた子どもたちに、さらにもう1つの紋章を宿す実験だ。各自1種類ずつ輸血したらしい。もちろん何も問題がなく、そのような実験が上手くいくはずはない。すぐにショック症状を起こした男の子、呼吸困難を訴えた女の子、高熱を出してそのまま息を引き取った赤ちゃん。

 

奇跡的に生き残ったリシテアも例外ではない。

 

 

「結局、失敗なんですよね……」

 

経過観察ということでいまだ閉じ込められているとはいえ、リシテアの寿命は長くないと診断された。『人』の世のための名誉ある礎となったなどと告げた奴らを、呪い殺したくて仕方がない。

 

 

「ひっ……」

 

天井が揺れて、小石が目の前に降ってくる。

 

耳を塞ぐが、それよりも大きい音だ。自分より幼い子たちが、生き残った自分を怨んでいるのではないかと思ってしまう。未練を残して、幽霊となって、自分を呪おうと、彷徨っているのかもしれないと。

 

 

「上で暴れすぎだ。崩れるぞ!?」

 

ドタバタと階段を駆け下りてくる足音で現れたのは、水色の髪を持つ少年だ。どうやらあいつらの仲間ではないらしい。謎の魔導士たちはカラスのような仮面だが、彼は何かの黄色い動物の仮面を身に着けている。

 

クリクリとした目と、赤い頬が可愛い。

 

「誰かいるのか?」

「あんたは、誰……?」

 

「俺はカ……」

 

そこで、彼は一度黙った。

 

「カ……?」

 

彼は、『闇に蠢く者』の紋章に関する研究資料があるかもしれないからと、ここに来た。少女を見つけたのは偶然にすぎないし、あくまで帝国にも同盟にも内緒で1貴族が独断行動をしているのだ。

 

つまり、今は正体を明かすことのできない仮面の騎士として活動している。

 

「仮面ライダーだ。」

「いや、明らかに偽名でしょうが。」

 

「うっ……」

 

それより、と彼は焦るように鉄格子を両手で掴んだ。

 

 

「仮面ライダーって……?」

「俺も上手くは言えないけれどな。人知れず、誰かのために戦える、そんなかっこいい人たちだ。正義の味方という一言では表せない。もちろん俺も、ごっこ遊びだ。」

 

腕でこじ開けて、小柄な2人なら通れるくらいの隙間ができる。

 

 

「ほら、行くぞ。悪いが、急ぎなんだ。」

「ちょ、ちょっと……」

 

強引に横抱きをされて、彼は階段を駆け上がっていく。

 

 

「あんた以外にも誰かいるんですか?」

「ああ。兄貴や親父たちが来ている。金は払わせるから、家は後で建て直してくれ。」

 

「いいですよ。あいつらの根城にされた屋敷なんて、いっそ壊してほしいです。」

「……そろそろだな。」

 

 

あまりの眩しさに、リシテアは思わず目を閉じてしまう。

 

 

「外なんて、久しぶりです。」

「ああ。ずいぶん白くなってしまったな。元々かもしれないけど。」

 

うっすらと。

目を開けば、今にも崩れそうな屋敷の外にいた。

 

視界に入るのは、伸び放題の白くなった自分の髪。

 

「髪、白くなったんですね……はぁ」

「知り合いに同じ色をしたやつがいるな。たぶん、事情も同じだ。」

 

「私以外にも……?」

 

先に実験を受けたのか、後に実験を受けたのかはわからない。でも会ってみたいと、リシテアは思った。闇の世界から光の世界へと、この鍛えた腕で強引に引き上げられて、それでいてこの世界をどう思っているのか、気になった。

 

 

「まあ、俺の水色の髪の方がファンタジー感強いけど。」

「そういうものなんですかね。」

「そういうものだ。俺って元は黒だったんだけどな。」

 

おっ、と彼は声を出す。

 

「お父さん……お母さん……」

 

リシテアは、いまだはっきりしない視野で大切な人の姿を見つけた。

 

 

「嬉し泣きか?」

 

「はいっ……」

 

涙なんてとっくに枯れていたと思っていた。

 

 

「じゃあ、俺は行くぞ。」

「ねぇ、名前を教えてくれませんか?」

 

「通りすがりの仮面……」

「だーかーらー、実名を明かしてくださいよ!!」

 

ほんの少し残った体力で、彼の腕の中でリシテアはじたばたする。

 

 

「わかった!わかったから!? 秘密にしておいてくれよ。」

 

告げる。

それはいまだ、誰にも名乗ったことはない本名。

 

 

 

*****

 

エーデルガルトにとって落ち着く場所は、清潔であって心地よい静寂である。だから次期皇帝であるにも関わらず、彼女の個室には質素かつ新品の最低限の家具しかない。最も目立つのはフォドラ各地から集められた学問書の山。

 

「風が強い日は骨が折れるな。」

「いらっしゃい。」

 

彼女は王族であり、第4皇女としてゆくゆくは降嫁することになるはずだったので、物心ついたときから常に厳しい教育を受けてきた。古典、歴史、語学、礼儀作法、音楽、美術、政治学、帝王学、そして戦い方。

 

「次期皇帝の部屋へ、色恋や暗殺でもないのに窓から忍び込むのは貴方くらいよ。」

 

それでも、かつては次期皇帝という立場ではなかった。

 

 

「どうせ見張りもいないんだろう。」

 

彼からすれば、友達の家に遊びに行くという当たり前のこと。

 

「ヒューベルトというお目付け役は隣の部屋で控えているわ。あまり騒がしくしないでね。」

「おう。」

 

普通の令嬢として育っていたはずの彼女。

今も昔も、彼女を『物』として扱う『敵』が多い。

 

「その荷物は?」

 

早速、背負ってきた革袋に気づいてくれる。

カスパルは笑顔でその中身を出す。

 

「ぬいぐるみだ。ヴァーリの引きこもり令嬢さんに頼んだ。眠るのがつらいときには、これが一番だと思ってな。」

 

呪いの人形騒ぎで何かと話題になっていたので、カスパルはベルナデッタに依頼してみたというわけだ。もちろん手紙で。

 

「ネコ、かしら……?」

「ああ。ネズミには猫だろ。こいつの名前はニャースって呼んでやってくれ。」

 

まあ、2足歩行する猫なんて想像できないかと言いながら、カスパルは苦笑する。

 

 

「ネズミの天敵は、ネコだとでもいうの?」

「あれ、こっちの世界では違うのか。」

 

「私が知らないだけかもしれないわ。ねぇ、今日は何を話してくれるの?」

 

精巧に造られたぬいぐるみを抱えて、エーデルガルトは異世界の話をしてくれように、促す。学問や民主制政治の内容はもちろん為になるし、彼女では想像もつかない物語の話を聞くことも楽しみにしている。

 

この瞬間だけは、彼女は『皇帝』というより、塔に閉じ込められた『姫』の気分でいられる。

 

 

「天気が悪い日は部屋に閉じこもって……、そこのボードゲームとかどうだ?」

「盤面遊戯ね。」

 

 

向かい合うように置かれている椅子と、盤面が乗っているテーブルがある。昔から付き人のヒューベルトとは、それで束の間の空き時間を費やした。彼女が子どものときに唯一、『遊び』を経験したこと。

 

今は亡き兄弟姉妹との仲は決して悪くはなかったけれど、1人1人別々に厳しい教育を受けていた。

 

「これの経験なら、私の方が上よ。」

「ゲームと名の付くものでそう簡単に負ける気はないぞ。チェスみたいなものだろう。」

 

均等に区切られた陣地に、青と赤の駒を並べ始める。

 

「えっ……なんだ、その配置。」

「貴方こそ、それでいいの?」

 

「まあ、もうオープンしてしまったからな。」

 

縦3マスの範囲で、限られた兵力をどう配置するかが鍵となる。カスパルはまず兵士を横一列に並べて、後衛も横一列に並べる。対するエーデルガルトは、アーマーと騎士へ、兵士を持たせて隊を作り、後衛からメイジの援護を行う配置。

 

 

「次期皇帝だからと自分に言い聞かせて手加減をする、そんなことをしないのは貴方やヒューベルトくらいよ。」

「いや、こっちは冷や汗ものなんだけど。」

 

「必死だからいいのよ。それにしても、均等に割り振られた盤面で、よくそこまで守ることができるわね。その粘り強さは称賛に値するわ。」

 

勇猛果敢で速攻。

エーデルガルトの戦法はまさにそれ。

 

「これが使い慣れているだけだ。別に、俺が考えたわけじゃない。」

「そういうところが、貴方の直すべきところなのかもしれないわね。」

 

 

エーデルガルトやヒューベルトは自分でいくつもの配置と戦法を考えて編み出した。対するカスパルはルールに則った配置にすぎない。彼が異世界から持ち込んだのは、『価値観』と『知識』だけ。

 

そこに『誇り』はない。

 

 

「チェックメイトよ。」

「完敗、か……」

 

自分では彼女には勝てないと、カスパルはそんな気がしてならない。

 

 

「ふふっ、またリベンジしなさい。」

「おう、もう一度だ。次は俺なりのアレンジで……」

 

やがて、カスパルの助けがいらないほどに、エーデルガルトは強く成長していくのだろう。

 

いつか教えることは何もなくなるからだ。異界の科学技術を実現する器量もないことはともかく、そして未知を広める『覚悟』がない。決して自重することもなく、有用な知識を求めて未知を全て奪わんとする者もいる。

 

―――あいつらだ。

 

『闇に蠢く者』の医学・科学技術には異界人が関わっている、そう考えられる。

 

 

 

「なあ、あの短剣は?」

「『決意』の証と言えばいいかしら。あれがなければ、私はいつ生きることを諦めてもおかしくなかったわ。」

 

真紅のハンカチに包まれているだけで鞘には入っていない、古びた短剣。

 

 

「昔、友達にもらったのよ。彼も、元気にしているといいわね。」

 

大事そうに机の上に置かれていることを、カスパルは気づいた。

 

 

 

****

 

果てまで続く、暗闇だ。

何もなく何も感じない。

 

「ここは……?」

 

光り輝いて人の形を成す。

大きく背伸びをした後、少年は腕を回す。

 

「さあな、よくわからん。」

「出口は、あっちか。」

「おっ、エーデルガルトやリシテアが示してくれたみたいだな。」

 

指で示した方向へ、光輝く道ができている。

温かい光を感じた。

 

 

「なあ。」

「どうした?」

 

「オレ達、初めて会ったな!」

 

今まで時折り重なることはなかったけれど、人格は歪だったことは確かだ。

 

焦り、必死になって、そんな時に起きた鍛錬中のミスが彼の意識を失わせ、それでも立ち止まることを躊躇うという彼の信念は、『奇跡』を起こした。だから俺は全部、彼の強さに甘えてきただけだ。

 

 

「また難しいこと考えているんだな。」

「なあ。俺は、いてもいいのか?」

「おいおい。オレたちは一心同体だろ?」

 

楽観的だな。

それでいて、危うい。

 

「わかった。俺でいいなら『力』を貸す。これからも。」

「よろしくな。えっと。」

 

初めて、向き合うことになる。

 

「オレの名は、カスパル!」

「俺は、イッキだ。」

 

日本もフォドラも、四季が移り変わる。

明けない夜はない。

 

雪の下で春を待つ花、自由の空へ羽ばたく鳥、熱さを冷ます心地よい風、涼しい夜空で優しく輝く月、そういった季節が過ぎていく光景を愉しむ余裕なんてなかったように今なら思える。時が刻一刻と過ぎ去っていくことを実感してしまうことは、いつだって怖かった。

 

儚くて、美しい時間をもっと過ごしていたかった。エーデルガルトとリシテアもそう思っているのだと、今ならわかる。彼女たちと、みんなと歩む未来のためにまた立ち上がろう。

 

 

「優しいよな、オレの相棒は。」

 

強さだけではダメだ。

 

「俺の迷いを背負ってほしい。」

 

優しさだけでは駄目だ。

 

 

2人だから、目指せるものがある。

 

 

「俺がお前で。」

「お前がオレで!」

 

拳を合わせる。

2人で、少しでも理想のヒーローに近づけるように。

 

 

「ちゃんと還るから、待ってろよ。」

 

みんなと出会えた奇跡が、『誇り』

だから、手が届く限り多くの人を守りたい。

 



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第19話 雪月風花

窓の外では、少し早い雪が舞っている。

 

大司教レアは、べレトの行方不明の報告を受けて、酷く憤りを見せた。自室に閉じこもることが多くなっていて、時折り『アガルタ』という言葉を口にしては、憎悪の声を部屋の外に漏らしている。

 

 

その事情は察することはできる。

だが今は、療養に専念するしかない。

 

「痛みはどうですか?」

「酒を飲んだら癒えると、俺は思うぞ。」

 

もし背中に盾がなかったら、もっと傷は深くなっていたはずだ。その特別な『血』と、マリアンヌの適切な応急処置があったからこそ、ジェラルトは生きている。もちろんいまだ未練があるから、死ぬつもりもない。

 

もう戦うことはできないという可能性が頭に浮かんだが、あまり気にはならなかった。

 

 

「その……あの……」

「わかった、従おう。」

 

バツが悪い感じがしたジェラルトは、酒を今日も控えることにした。ちなみにこの男は息子と同じ大食感であって、加えて、多くの酒場でツケを残しているほどの酒豪である。

 

 

「あんたの料理が美味いから、美味い酒のつまみにしたいんだ。」

「いえ、私なんかまだまだで……」

 

少しでも消化がいいように調理された、肉団子に被りつく。怪我人の癖して肉を食べたいと言えば、マリアンヌは手のこんだ料理を作ってきた。さすがに、酒の代わりになるようなものまでは思いつかなかったらしい。

 

 

「いいや。うちの息子の嫁に来てほしいくらいだ。」

「わ、私なんて……」

 

「鈍感、大食感、いずれは俺のような酒豪だろうな。知っての通り、いろいろなものを抱えている厄介者だ。そんな愚息や、こんなぐうたらな俺を支えてくれるんだ。傭兵として、目の前の宝をみすみす逃す気はないぞ。」

「でも、紋章のこともあって……」

 

「自信を持て。」

 

武骨な手で、頭を撫でられる。

彼女の亡き両親とも違う、温かさを感じた。

 

「紋章があろうとなかろうと、気にしないやつだって、あんたは知っているはずだ。べレトは必ず還ってくる。俺とあいつの息子が柔なはずはない。」

「……はい。信じていますよ。先生は約束を破らない人ですから。」

 

「ああ。傭兵は信用が大事だからな。そう教え込んでいる。」

 

剣で自分の道を斬り開く、つよい人。

だから、危うい。

 

ようやく心を取り戻してきた彼は、支えるべきものを増やして、多くの人から愛され、やがて女神のような存在になってしまう気がする。いつだったか、彼に人としての生き方を続けてほしいと思った時には。

 

引っ込み思案なはずなのに、べレトを支えたいと思った。

 

 

「雪が……?」

 

雪が止んだことを仲間に伝える声を聴いた。

 

広い大空へ飛び立つ鳥たち。そして、1匹の青い小鳥が大切なことをマリアンヌに伝えて、群れを追いかけていく。

 

 

「しかし歳を取ったな、俺も。あいつはもう、立派な教師なんだな……」

 

「はい。べレトさんは、みんなに幸せを運んでくれる人です。」

 

晴れ空の向こうに鳥たちが飛んでいく。

そして、扉が開いた音。

 

 

「先生、おかえりなさい。」

 

「べレト、お前無事でっ!?」

 

大司教レア、セテス、フレン、そして母親のような緑色の髪だ。身体には傷一つなく、人間らしさはより顕著になっていることが、とあることを言いづらそうにしている表情が物語っている。

 

子どもらしい表情だ。

 

「なにか……食べさせてほしい……」

 

お腹の鳴る音が、響いた。

 

『そこはただいまじゃろうが!』

『あたしの義娘になるマリアンヌちゃんなのよ!』

 

「ったく、騒がしく……なりそうだな……」

 

「父さん、ありがとう。マリアンヌたちを守ってくれて。」

「馬鹿野郎……、大切な義娘を、傷つけさせるかよ……」

 

「べレトさん。少し待っていてください、準備しますから。」

「ああ。助かる。」

 

彼女も嬉し涙を流しながら、静かに笑う。

目の前にちゃんとある幸せを噛みしめていて。

 

 

人間ではなくなる未来を恐れることは決してない。

 

 

 

****

 

今日は、月が輝く夜だ。

ただ無心に訓練場で槍を振るう。

 

「はぁ…はぁ……」

 

いつもより集中できていない。

このままの『力』では何も成すことはできない。

 

「あなたはこれからどうするの?」

「メルセデス、か……」

 

英雄の遺産アラドヴァルを、強く握りしめた。

どの武器よりもずっと、重い武器だ。

 

先日届けられたその槍とともに知らされたのは、彼が王国で罪人として扱われていることだ。宮廷魔導師のコルネリアは少しずつだったとはいえ、王のいない王国を乗っ取っていた。強力な魔導兵器を開発したとして支持されているらしい。

 

「俺に、近づくな。」

 

ディミトリは気づけなかった。

復讐と、この学校での安らぎのせいだ。

 

「えっとね。私の弟が、帝国にいるのよ。あまり心地いい場所じゃないけれどね。」

 

いつもと変わらない、のんびりとした声だ。

 

「俺に、帝国などへ亡命しろと?」

 

ディミトリにとって、帝国は母を苦しませた国だ。父や多くの騎士を失ったダスカーの悲劇も、帝国からの干渉だと考えている。いつの日か、帝国の貴族を根絶やしにしたいとすら思ってここまでやってきた。

 

「エーデルガルトさんなら、受け入れてくれるわよ。きっとね。」

 

白い髪となったエーデルガルトと再会して、あの頃と変わらない彼女の笑顔を見て、ディミトリは動揺した。カスパルたちと軽口を叩き合う彼女は、普通の女の子に見えた。そして彼女たちならば、帝国を変えてくれるだろうと信じてしまった。

 

そんな彼女とは対等の国王として立とうとしたディミトリだったが、今の立場は罪人にすぎない。

 

「でも、それは私のわがままよね。」

 

「……どういうことだ?」

「あなたに生きてほしいというのは、私の願いだから。」

 

まただ。

心の『傷』が傷む。

 

いまだ、両親の仇を取れないのは自分のせいだと思っている。彼はここ数年の間、自分が生き残ったことを後悔している。だから、復讐者としていつか果てることを望んでいる。

 

「ねぇ。ディミトリは私に生きてほしいって思う?」

 

まただ。

彼女の優しさは、彼を苦しめる。

 

「どうしてっ! お前の運命を俺に選ばせるんだっっ」

 

同族嫌悪のようなものを感じる。

 

「ディミトリがどんな選択をしても、少なくとも私は付いていくわ。」

 

たとえそれが『死』だとしてもだ。

死なせないための、死ぬ覚悟。

 

だってメルセデスにとっては、大切な男の子だから。目の離せない弟みたいで、頼りになる兄みたいで、助け合いの関係を一番に結びたいと思った男の子。

 

 

「その短剣は!?」

 

新しい鞘に入った、古びた短剣は、いつの日にかディミトリがエーデルガルトに渡したものだ。剣で未来を切り開けと、決して立ち止まらないようにと、彼女にかけた『決意』と『呪い』の証。

 

「私が預かっておくわね。いい?」

 

「そうか、エル、君は……、懸けたのかっっ」

 

彼女の『呪い』を断ち切った男がいる。

自分の居場所を見つけることができたということ。

 

 

「あなたのことをよろしくって頼まれたわ。元々、そのつもりだったのだけれどね。」

「俺の……おれなんかのために……もう、誰も命を懸けないでよ」

 

『傷口』が、開く。

 

 

何度拒絶したとしても。

『愛』を、メルセデスは笑顔でくれる。

 

 

「おまえたちは、やさしすぎるだろぅ」

「あなたも、やさしいのよ。」

 

槍が手からするりと地面に落ちた。

雫でどんどん濡れていく。

 

 

「優しくなんか、ない……、おれのために、あいつらは……」

 

ダスカーの悲劇は、いまだ『傷み』を訴える。

 

王族のために命をかけることは、近衛騎士ならば当たり前のこと。その職務を全うしようと彼らが、苦痛に歪んだ表情のまま、息を引き取っていく光景を目の当たりにした。生まれ持った『血』だけが、当時のディミトリの持ちうるものであり、自分ではその価値を実感できない。フェリクスの兄を含む、多くの騎士の未来を奪って、今ここにいる。

 

破滅に向かう場合でも、付いてきてくれる。

運命に立ち向かう場合でも、付いてきてくれる。

 

命をかけて。

 

 

「おれは……どうすればいいんだぁぁ」

 

母が病に伏せた時も、継母が自分を見てくれなかった時も、エルと別れた時も、父が目の前で殺されたときも、彼は泣くことはなかった。幼い頃から親しい者とも、どこか壁を作っていた。

 

 

王国を離れて、士官学校に入って。

(ほだ)された。

 

 

「よしよし」

 

固く鍛えられた両腕で少しでも力を入れれば壊れてしまう、そんな華奢な身体。

 

「メルセデス……」

 

ディミトリは弱々しくて、やさしく慎重に、両手を彼女の背中に回した。

 

「ドゥドゥー、フェリクス、シルヴァン、イングリット、アネット、アッシュ、エル……」

 

今残っているものが、零れおちないように。

大切な人たちの名を噛みしめる。

 

「わたしは、あなたを置いていかないわよ。」

「俺は、孤独じゃなかったんだな……」

 

決して傷つけさせない。

これ以上、大切な人は失うまいと、ここに誓う。

 

 

****

 

重苦しい空気から逃げるように、クロードは寮の屋上に登った。

 

遮るものはなく、身に染みる風は心地いいとすら思う。

寝転ぶ彼の側には、『英雄の遺産』の弓

 

 

「どうしたものか……」

 

フォドラの闇は、強大だ。

一体、どれだけの戦力を隠しているのやら。

 

これから、その導火線に火をつけることになるのかもしれない。

 

 

「さっむーい」

「なんだ、ヒルダか……」

 

顔を見なくとも、感情豊かに笑っていることはわかる。

彼女ならば、取り繕った顔をする必要もない。

 

「風邪引いたら、責任とって看病してよね。」

「俺もお前も、そんな柔な身体はしていないだろ。いつもは鍵で閉じているここに来られるやつは、そう簡単にいないが……ヒルダなら可能だな。」

 

「クロードくんがたまにひょいひょいと上がっているのを見て、できるかなーって。」

「よく見てるな。」

 

「だって目を離したら、すぐにどっか行っちゃうんだもの。」

「流浪人は気楽でいいぞ。」

 

「うん、そうだね。卒業すれば、もう会えないかもね……」

 

卒業後、特に同盟の連中はバラバラになる。

自分の領地を持つ奴が多いからだ。

 

 

「ねぇ、クロードくんは何のために入学したの?」

 

風で揺れる桃色の髪が視界に入るが、クロードは彼女の真剣な表情と向き合うことはない。

 

「次期盟主としての人脈づくり。」

 

すらすらと口から出た答えは、ありきたりなもの。

嘘ではないが、それは真実ではない。

 

「そういうヒルダは?」

「この学校に来たら見つかるかなーって。」

 

「なんだそりゃ。」

 

ヒルダには兄がいる。

だから、家を継ぐということもない。

 

「社交界で会った人と結婚して、子どもを産んで、そうして幸せになって。でも、やっぱりね。それだとなんだかなーって。」

「それで。何か夢は見つかったのか?」

 

「うん。同盟にね、みんなが通える学校を作ろうかなって。」

「へ……?」

 

その答えに、クロードは珍しく動揺する。

ヒルダらしくないと、そう言ってしまいそうになる。

 

「へぇ、そうなんだな……」

 

ちゃんと向き合っていない自分が、彼女らしさについて語るということはおこがましいことだ。

 

「カスパルくんが聞いてきたんだ。そういう学校は、同盟にはないのかってね。」

 

そんな学校は、彼の本当の故郷にもない。

 

貴族の女性が通う学校でもなく、士官学校でもなく、平民が通う学校を作ろうとしている。女性の識字率はあまり高くないのだから、多くの女性がいずれ社会に参画するということは革新的なこと。

 

「ははっ、あいつもおもしろい価値観の持ち主だな!」

「うん。でもカスパルくん行方不明だし、もし無事だとしても、帝国で学校を作るのに忙しくなりそうだし。」

 

甘え上手だ。

それでいて、ちゃんと頼れる人を選ぶ。

 

自分を頼れる人だと思って必要としてくれることは、悪くはない。

 

「ねぇ、クロードくん? 誰かに手伝ってもらいたいなーって?」

「いいぜ。その話、乗った。」

 

彼女と、フォドラの未来について話すのは悪くはない。

夢を語る彼女の笑顔は眩しい。

 

自然と笑みが零れている。

俺らしくない、そう思った。

 

「ほんと!」

「おいおい、俺は仲間には嘘はつかないぞ。」

 

「じゃあ、あたしたちは仲間ってことだね!」

「まあな。」

 

魔弓を手に取った。

これは平和を作るための『力』だ。

 

 

「よしっ、まずはマヌエラ先生にでも意見を聞いてみるか。」

「うんっ!」

 

何かと気が合うヒルダと会えたのだから、フォドラに来たことも無駄じゃなかった。甘え上手のように思えて、実は面倒見がいい。表も裏も、強さも弱さも、ちゃんと見てくれる、そんな女性。いろいろと言葉の裏を考えてしまって、疑心暗鬼に陥って、めんどくさい自分を望んでくれる。

 

言わなくても伝わるとか心が通じ合うとかっていうのは、この現実ではやはり『理想』のままなのだろう。それでも。

 

 

「なあ、パルミラ王国って知っているよな。」

「『フォドラの喉元』の向こうの王国だよね?」

 

『本物』と呼べる関係を、ずっと求めてきた。

離れて暮らしている両親のような。

 

「俺が王様になりたいって言ったら、どうする?」

 

「どうするって………もしかしてパルミラまで駆け落ちするってことですか。たしかに社交界は嫌いじゃないけど知らない国はさすがに心の準備がいるし、それに兄さんがどういうかわかりませんから、今は決められません、ごめんなさい。」

 

「ずいぶんと早口だな。まっ、気長に待つとするさ。」

 

察しが良すぎる彼女は、なんだかんだ言いながら付いてきてくれるとわかっている。だから、こっちまで顔が熱くなる。

 

 

 

****

 

兄弟姉妹の墓へ、紅花を供える。

今となっては彼女の家族は父しかいない。

 

「私はたくさんの大切な人ができたわよ。もう独りなんかじゃない。」

 

カスパルから始まり、従者のヒューベルトとは新たな関係を結び、友人としてリンハルトやフェルディナント、そして士官学校に入った後は、ペトラ、ベルナデッタ、ドロテア、教師であるべレト。

 

絆は重なり合って、他の国の学友とも仲良くなった。

 

「エーデルガルト、そろそろ……」

「リシテアは、覚悟ができたのね……」

 

強くなんかなくたって、たとえ弱くたって、一緒にいたいと思える仲間だ。そのことをちゃんと自覚できたのは、大切な人を失ってからだ。満身創痍だったカスパルは無事とは思えず、べレト、ヒューベルト、リンハルトも行方不明のまま。

 

「身体の調子は、どう?」

「変わりはないのは、いいことなんでしょうね……」

 

少しでも延命すること。

紋章を消すこと。

枷を肩代わりすること。

 

そのために命をかけるほど必死だったなんて、知らなかった。たとえ、叶わないと思っていた『奇跡』が起きるとわかっていたとしても、その身を犠牲にしてほしいなんて思っていない。

 

 

「あの人たちが、そう簡単にくたばるとは思えませんよ。だって……馬鹿ですから……」

「ええ、ほんと……男の子って……」

 

目の前の女の子が泣いていることを、歪んだ視界で知る。

気丈に振る舞っていたとしても、女の子。

 

無事だとわからない今は、嬉し涙を流せるはずがない。

 

 

「行きましょう。」

「はい。」

 

士官学校の制服は、存在証明。そして、腰まで届く白い髪をサイドポニーに結んで、お揃いの髪飾りを身に着けた2人は、実の姉妹のよう。

 

重々しい空気が漂う宮廷に入る。

エーデルガルトはリシテアを伴って紅い絨毯の上を堂々と歩く。

 

 

「お父様。お辛い身体であるのに、お呼び立てして申し訳ございません。」

「いいや、構わない……ぁぁ……エーデルガルト、よく来たな……元気そうだ……」

 

 

イオニアス9世という名を持つ、エーデルガルトの父は、玉座に座ることさえ辛そうである。黄金の冠を身に着けてはいるが、傀儡の王として受けた精神疲労をその病的な顔が物語っている。彼自身もう長くはないことはわかっているが、エーデルガルトに皇位を継ぐまでは決して死ぬつもりはなかった。

 

「すぐに、終わらせますから。」

 

今もずっと、息子と娘が苦しめられたことについて、自分を責めている。

 

 

「エーデルガルト、此度はどうして我々を集めたのかな?」

 

「伯父様……いえ、アランデル公。皆をここに集めたのは他でもないわ。」

 

ここに、現在帝国を牛耳っている6人の貴族がいる。

宰相たちは急な招集に対して、格下の存在を睨む。

 

 

軍務を担うカスパルの父は目を閉じて腕を組んだまま、政務を担うリンハルトの父は顎に手を当てて、黙したままだ。

 

 

「皇位継承についてよ。」

「ほう……?」

 

アランデル公の訝しむ視線は、小娘たちを貫いた。

お前たちにそのような『力』があるのかと問う。

 

今すぐにでも捕らえて、自分たちに従属する気のないだろう、『炎帝』に枷をつける処置を行うつもりだった。

 

 

「次期皇帝として、ここに宣言する!」

 

父の隣に立って、振り向く。

 

「『血』は争えないということか。」

 

父の隣に立った小娘を見て、呟く。

アランデル公はあの忌々しい『白き獣』の面影を見た。

 

 

 

「父が皇帝の座を降りたのち、私が一時的に皇位継承するが……」

 

愚かな発言。

身を乗り出すように、怒りを見せたのはアランデル公。

 

「貴様ッ!血迷ったか!!」

「皇位継承だなんて、聞いていないぞ!?」

 

 

「民のため!すべての人のために! 一度、世界を壊すのよ!!」

 

凛とした声は、ざわめく彼らを黙らせる。

 

 

お父様は、どうか穏やかな余生をお過ごしください。

ああ、エル……、終わらせてくれるのか……

「いいえ。新しい時代の始まりよ。」

 

正式な手順などもう必要ない。

父から冠を受け取って、天に掲げた。

 

 

「帝国史上、最高最善の皇帝、我『炎帝』は、ここに最初の公務を宣言する。『貴族制度を廃止し、すべての民による安寧の世を築くこと』」

 

 

『革命』という言葉が、頭に浮かぶ。

 

紋章と貴族制度の打破。

民主制政治に向かって、君主自らの手で改革するということ。

 

貴族たちは唖然として、大きく口を開いた。

 

 

「それを、最後の公務とするわ。」

 

皇帝自らが、その地位をいずれ放棄すると宣言した。

 

 

「以上よ。」

 

「お供しますよ、エーデルガルト。早速、議会の体制を築かないと。」

「頼りにしているわ、リシテア。」

 

混乱する場に対して。

してやったりという笑みを2人でこぼして、背を向けた。

 

 

「と、捕らえろぉ!」

 

宰相直属の兵士が槍を構える。

だが、その場にいる衛兵全員ではなかった。

 

「ど、どうしたっ、貴様ら!?」

 

 

エーデルガルトやリシテアも無策ではない。

 

この数年で軍部はカスパルの父親や兄が、完全に掌握している。銀行を中心として、金融機関についてはリンハルトの父親が主導で立ち上げた。そして、ヒューベルトが構成した諜報部隊によって、帝国に潜む『闇に蠢く者』を炙りだす。

 

 

コーデリア家の領地から少しずつ。

男女問わず、民が学問を受ける風潮を広めてきた。

 

みんなが自分にできることをやったから、ここまで来れた。

 

 

「小娘たちは楽には殺さんぞ! 再びその肌を切り裂いて!その血を焦がして!今度こそ、貴様らを化け物に変えてくれよう!」

 

「この外道がっ……げほっげほっ

「イオニアス様、どうぞこちらへ」

 

近衛兵が激昂する先代皇帝を避難させていく。

 

 

「エーデルガルト、大丈夫ですか?」

「リシテアこそ。」

 

『傷み』は癒えてはいない。

でも、今は弱さを見せるときではない。

 

強くなければ、何も成せないから。

 

 

「反逆者をっ!殺せっ!!」

 

潜んでいた仮面の闇魔導士たちが現れ、手を翳した。

 

 

「皆の者、迎え撃ちなさい!」

 

「闇の魔導には気をつけて!」

 

手筈通り、味方に迎撃するように合図した。

 

 

 

「……来たか」

 

無言で腕を組んでいたベルグリーズ伯が、大きく口角を上げる。

 

 

「エーデルガルト、やっぱり彼はヒーローですよね。」

「ええ。私たちにとっては、間違いなくね。」

 

深い暗闇でも、雨の強い日でも、会いたいと思っていれば、いつかひょっこりと顔を出す。自然と『傷み』が和らぐのだから、駆けつけてくれる瞬間が何となくわかる。

 

今日も、光をくれる。

 

 

 

「飛竜の鳴き声だと? 貴様らは一体、何を企んでいる。」

 

「策略に関することを、俺はあいつに何も教えてはいない。」

 

 

轟音

 

 

大扉を貫いてでも進んできた、ドラゴンライダー

 

 

 

 



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第20話 光に満ちた魂

「寝坊助ドラゴンを叩き起こして、急いで来たんだが……」

 

青年は飛竜から降りた。

エーデルガルトとリシテアの前に立つ。

 

 

「ただいまって、言える雰囲気じゃないみたいだな。」

 

その横顔は、大切な少年の面影がある。

黒髪の青年の笑顔は。

 

 

「変わらないわね。」

「そうですね。」

 

危なっかしい彼を、2人で支えるべく両隣に立った。

 

 

「生きていてよかったわ。」

「無事でよかったです。」

 

たとえ強くなんかなくたって、隣にいてほしい人たちがここにいる。

 

 

「心配かけたな。」

 

ようやく『答え』を俺たちは見つけられた。

まだ遅くはない。

 

 

「そういえば。あんた、背が伸びてよかったですね。」

「ここ1年、私も背が伸びていないのだけれど。」

「ちゃんと食べていたら、2人もそのうち伸びるだろ。」

 

「………貴様らは欲しないのか?」

 

愚かな若さを目にして、アランデル公は不敵に嗤う。

 

「何をだ?」

 

「我々には1000年間築いてきた科学がある。人を力で捩じ伏せるための禁忌の魔導も、世界征服を容易に可能とする兵器も、そこの失敗作の命だって救える医学もある。この混沌とした世界を変えるためには、獣たちに頼らない人の世界を創るには、我々の力は必要だ。」

 

聡明な炎帝ならわかるはずだと、囁きかける。

 

 

「確かに、貴方たちの知識を利用するつもりだったわ。」

 

現状、偽りの女神にしがみついている世界だ。いまだに偶像を崇拝し、自分の価値観からくる判断を女神の言っていることなのだと当て嵌めて、それが正義なのだと執行する。だからフォドラの民に現実をつきつけて、ちゃんと自分の目で正しいことを見てほしかった。そのための『力』を欲した。たとえ、その道の果てで『屍』となって、自分は『礎』になってもよかった。

 

でも、異界の知識を安易に広めることは混乱を招くことを懸念している人がいて。

 

「その科学が混沌を呼ぶのなら、要らないわ。」

「そもそもあんたらが何もしなければ、いつか世界は変わっていましたからね。」

 

女神の眷属や十傑から継いだ、その血は薄まっている。いずれ紋章を持つ子どもはほとんど生まれなくなり、その価値も忘れられていく。紋章なくして、才ある若者は多い。また、航海技術の進歩によってブリギット諸島や他の島国、フォドラの喉元の先のパルミラ、フォドラの外とは少しずつ交流している。1000年かかったが、民主的な世界に向かって変化している。

 

 

「なんで加害者に頭を下げてまで、生かしてもらわないといけないんですかね。そんなことしたら、後悔して逝きますよ。」

 

過ぎていく時間を惜しみながらも、ちゃんと噛みしめたくて、だから未来を恐れる暇はない。

 

「平穏の時代を創った後は、私は1日ゴロゴロするつもり。この皇帝の地位も、紋章2つとも、捨てるのよ。私はリシテアと一緒に普通の女性になりたいだけ、今はそう思っているわ。」

 

 

―――私たちには、普通に生きてほしいって望んでくれる人がいる。

 

「小娘がっ! 温い理想を持ちおってからにッ!!」

 

「ええ。だから、現実にしてみせるわ。元・叔父上」

 

もう、利用し合う関係は終わった。

今はもうエーデルガルトは独りじゃない。

 

 

「ていうか、お前らは女神を排斥したかっただけなんだろ。」

「そういうことよ。フォドラを統べるという欲望は、彼らには嫌と言うほど見せつけられたわ。」

「だから私たちも個人的な事情なんですけど。受けた苦しみ、倍返しですよ。」

 

「貴方たち『アガルタ』の民とは、今日を持って決別するわ。」

「恐怖で、みんなを縛り付ける政治なんて、時代遅れだろ。オレもみんなを守るために、……俺もお前の正義に立ち向かう。」

 

女神は、いつの時代だって民を第一にして治世していた。そしてヒーローは、いつだって信念をぶつけるだけ。

 

 

「残念だ。愚かな者たちよ。」

 

「ああ。俺たちは愚かだ!」

 

今でも、わからないことが多い。

それでも。

 

「だから、転んで怪我してみないと判らない。時には道に迷い、間違えたとしても、それでも……、オレはまっすぐ立ち向かうだけだ。」

 

 

「お前は一体、何者なんだ!!」

 

計画の邪魔をする新たな敵を、アランデル公は指差す。

 

忌々しい。

才能のない『獣』ごときが、意見するなど赦されない。

それでいて1人なのだとは思えないほど、異質だ。

 

 

「番犬のカスパルだ!」

 

もう仮面で、自信に満ち溢れた表情も、戦うことを躊躇う顔も、隠すことはない。彼女たちを護るために、どんな鍛錬だって耐えられた。いつだって彼の隣には、一番に護りたい2人がいて、ちゃんと支えてくれる人たちがいる。

 

立ち向かう勇気をくれる。

 

 

「おっさん!」

 

意趣返しとばかりに、指差す。

 

「リシテアやエーデルガルトも、この国も! もう傷つけさせないからな!」

 

「ほざけ!」

 

お互いに譲れないものがある。

それを押し通すためには『力』が必要。

 

未来を斬り開くため、大切な仲間を守るため、閉鎖的な風潮をひっくり返すため、自分の意志を伝えるため。

 

そうやって理由をつける。

でも結局のところ、自分のために戦うのだろう。

 

だから。

時に、すれ違う。

 

でも。

帝国、王国、同盟の未来を担う若者たちは、1つの場所で過ごす時間に絆された。

 

 

 

「若造が、どこまで苛立たせてくれるッ!」

 

アランデル公の顔は、もう人の者とは思えないほど、怒りに歪んだ。彼はその悲願のために人間らしさを尽く失っていて、女神を信じる『フォドラの民』を殲滅せんと何年も必死に生きてきた。そして、炎帝の完成を持ってして、1000年以上かかった一族の悲願がようやく叶うはずだった。

 

「我々に逆らって、無事に済むと思うなよ!!」

 

20年も生きていない小娘たちによって、計画を台無しにされた。

 

 

「我が名はタレス。アガスティアのタレスなり!」

 

紫がかった肌を持ち、常に白目。

その禍々しい魔力の強大さは、リシテアをも超える。

 

 

「蹂躙せよ。巨魔獣よ!」

 

闇の魔法に包まれて、巨大な魔獣が2本足で立つ。実際に目の当たりにしたことはないが、恐竜のようだ。かつてマイクランが成り果てた魔物よりずっと巨大で、より強力な個体だろう。

 

「人工紋章石の完成形。これこそが我々の研究の成果だ。」

 

フォドラのあちこちに出没する魔獣は、放棄された個体。世界に混沌を呼ぶのはいつだって、欲望。

 

 

「さあ! 最後の戦争を始めましょう!」

「よっしゃー!切り込み隊長行くぜ!」

 

勢いよく、その懐に潜り込む。

渾身の拳は、その甲殻を打ち砕くことはできない。

 

「硬いな。」

 

「馬鹿め! 英雄の遺産も紋章も持たない貴様に何ができる!」

 

カスパルはバックステップで一度下がる。

咆哮とともに地団駄を踏み始めれば、宮城は揺れる。

 

 

青年は魔獣を見据え、拳を腰だめに構えた。

 

「ほう……」

 

カスパルはやがて、その構えを解いた。

父は敵を叩き伏せながら、感嘆する。

 

『戦鬼の一撃』という、父の拳の奥義は何度も見た。それでも、目の前の甲殻には届かない。だから、その上を目指す。背中を見せるように上半身を大きく捻り、光のオーラを全身から噴出する。

 

「カスパル、貴方も魔法を……?」

「温かい光、たしか天使の名を冠する魔法のはずです。」

 

 

「ふっ。生半可な魔法など、効きはせん。」

 

 

胸に右手を当て、オーラを伝える。

集中していて無防備な状態。

 

 

「何をしているか知らんが、隙だらけだ!やってしまえ!!」

 

 

満足の行く技の完成に、子供っぽく笑った。

そして、目を見開く。

 

 

「これがオレたちの、『華炎』!」

 

飛びかかってきた魔獣へ、オーラを纏った拳を突き出す。紋章石によって作り出されたアーマーを打ち破り、魔獣特攻の魔法が闇を打ち破って、光はその巨体を浄化する。

 

生命の冒涜から、解放されていく。

魔獣も元々は人間だったということだ。

 

 

「馬鹿な……ただの人間に敗れるだと……」

 

「鍛え方が違うんだ。」

 

光の残痕が、花びらのように舞う。

それが献花だと言わんばかりに。

 

 

 

「き、貴様も薄汚い獣の末裔かッ!」

 

事実を認められない、1人の敵幹部が激昂する。

その手に、『死』をもたらす禁忌魔法を掴む。

 

「これからの人の世に獣は必要ない。惨めに果てろ!」

 

 

「魔法剣!」

 

白いサイドポニーがたなびく。後衛だと信じて疑われなかったリシテアが、魔力の剣を振るった。

 

 

「最後の戦いです。紋章両方とも、とことんまで利用してやりますから。」

 

「ミュソン様!?」

 

側近に抱えられた敵幹部は立ち上がれないほどの、魔力ダメージを負っている。

 

 

「残りは貴方だけよ。」

 

キラーアクスを軽々と振るって、構えた。

 

宮城内で不審な動きを見せた者は捕らえるように命令している。どれほどの勢力が隠れているかは未知だが、その人員数は決して多くはない。そして、魔獣に対抗できる戦力も十分に温存できている。

 

 

 

「粋がるなよ。我々の執念は決して潰えんぞ……」

 

 

宮城へ、『光の柱』が墜ちた。

大きく揺らし、破損した天井が降ってくる。

 

 

「あいつに逃げられるぞ!?」

 

タレスは闇魔法で退いていったが、エーデルガルトやリシテアは追うことはしない。

 

 

「作戦通りよ。」

「あんたも、挑発ご苦労様です。」

 

「オレはさっぱりなんだが……あー、ミサイルの数を減らすためか?」

 

その意図を理解して、頭をかく。

 

「そういうことです。あんたが思いつきそうなことでしょう?」

「それは……、たぶん」

 

数十発ほど撃ち込んできている。

だが、残弾数は無限ではないようだ。

 

 

「でも爆発オチなんて、経験したくなかったけどな……」

「私の命、あんたにかかってますからね。」

 

手に汗を掻いていること、気づいているだろうか。

 

「それは責任重大だな。」

 

成長しても黒髪になっても、変わらない。

今も昔も、緊張している。

 

横抱きすれば、あの頃よりリシテアはずっと重く感じた。

 

 

「脱出よ。皆、絶対に生きて避難しなさい!」

 

歴史のある城が崩れ去ることよりも、民が脅かされることを避けた。

 

 

 



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第21話 フォドラの縮図

黒髪の青年と、生徒たちが扉の前で談笑している。

その距離は以前よりもずっと近く。

 

「おっ、先生とマリアンヌも来たか。」

「成長したな、カスパル。」

 

「ああ。背が伸びてよかったぜ。」

「カスパルさんも、無事でよかったです。」

 

教師仲間、生徒たち、父親、そしてマリアンヌやソティス、母親と、『安寧の時間』を過ごしたいというべレトの願いは聞き入れられた。ソティスの力の大幅をその身に宿すことで、虚無からの脱出を行った。

 

「重ね重ね、みんなには心配かけたな。」

「全員、無事でよかった。」

 

その代償として1日の睡眠時間が増えたソティスや母親は、今日も幸せそうな寝顔だろう。意識すればその姿が脳裏に浮かぶのだが、見ると怒られる。

 

「あのー、ところでー?」

「師、その髪の色は……?」

「どこかで見たような薄緑色ですね。」

「エーデルガルトたちの髪型はともかく、カスパルや先生までイメチェンか?」

 

「女神が力を貸してくれた。」

 

級長たちに迎え入れられる。

カスパルやべレトの変化は受け入れられた。

 

「あら~」

「何であれ、先生が無事でよかった。」

 

何かきっかけがあったのか、少し大人びた表情。

それでも、まだ幼さがちゃんと残っている。

 

 

「さて、答え合わせといこうか!」

「クロードくん、元気いっぱいだねー。」

 

 

扉を開けば。

 

レアや、セテスとフレン。

べレトの雰囲気に対して、目を見開いた。

 

「ああっ……べレト、無事でよかった!」

 

「ああ。」

 

「何も言わずともわかっています。主の力を借りたのですね。それなら、これからあなたは聖墓に行き、主の啓示を受けて、そして……」

 

彼女らしくなく、興奮している。

何百年も待ちわびた瞬間なのだろう。

 

「レア、やはり君は!」

「まさか!本当に禁忌に手を出したんですの!?」

 

激情したセテスやフレンを、べレトは制する。

 

 

「大丈夫だ。俺は女神にはならない。」

「なん、ですって……」

 

なぜなら、と言葉を紡ぐ。

 

 

「ソティスは望んでいない。」

 

 

その一言が、『答え』なのだ。

いつだって、べレトを依代にすることはできた。

 

 

「そんな……お母様は私が絶対に……」

 

絶望に染まった表情のレアは、これまで『答え』に気づかなかった。

 

「嘘をついているのですね。べレト、どうか嘘だと……」

「本当だ。」

 

何体もの『失敗作』を創ってきた。

彼女の執念は『人間』を悠に超えている。

 

 

「この際だ。もう腹を割って話そうぜ、レアさん。」

「何も……なにも……」

「レア、教えてくれ。」

 

「私が話そう。」

 

放心しているレアに代わって、セテスが口を開いた。

 

 

「今もなお、フォドラに巣食んで暗躍する『闇に蠢く者』は、アガルタの一族の末裔だ。彼らは、神祖ソティスとその眷属が与えた『知恵』と『力』を戦いに転用した。」

「人々が争うことはいつの時代でも、見たくはありませんわ。」

 

フレンも、その惨状を何度も見てきた。

 

 

「やがて彼らは叛逆を始めた。我々がフォドラの実権を握っていたことが気に入らなかったらしい。」

「人の世を取り戻すためかしら?」

「ああ。だが、紋章の有無による優劣など、その時は決してなかった。君たちと違って、彼らは自分たちが上に立ちたかっただけだ。」

 

「わかっているわ。元・叔父上の野心は、途方もないものだったから。」

 

エーデルガルトやリシテアの脳裏には、女神を憎悪する彼ら彼女の表情が焼き付いている。彼女たちの髪が白くなった理由を知っているセテスは、いまだ沈んだ表情を見せているレアを一瞥した。

 

 

「言い訳にはなるだろうが、説明させてくれ。そのためにも『紋章』と『英雄の遺産』について話さねばなるまい。まず紋章については、2種類あると言っていい。」

「十傑と女神の眷属、ですか?」

 

クロードやディミトリたちの紋章は、十傑から継いだものだ。

エーデルガルトやマリアンヌは女神の眷属から。

 

「その通りだ。そして、その性質は同じだ。紋章とは、『血』に宿った女神の力にすぎない。」

 

 

だから、人の価値を決めるほどの役割など、本来はないのだ。

 

 

「そのおかげで、私もエーデルガルトも、よくわからない『血』を入れられましたね。」

「アナフィラキシーショック起こしそうな話だよな、ほんと。」

「実際に、拒絶反応を見せたのでしょうね。私の兄弟姉妹は。」

 

やるせない気持ち。

紋章のために命をかけさせられた2人が、一番強い。

 

 

「『英雄の遺産』については、アガルタの民が解放王ネメシスに墓荒らしをさせたことから始まる。」

「あの憎き盗賊王は!!」

 

レアは髪をかきむしりながら、泣き叫ぶ。

 

「愚かにもお母様の!!その亡骸と心臓を奪った!……はぁはぁ」

 

「どうか、落ち着いてくださいまし。」

「忌々しくも……」

 

セテスも、力強く手を握った。

 

「神祖ソティスの骨と心臓から造ったものが『天帝の剣』であり、同様に、眷属の亡骸から造ったものが他の『英雄の遺産』だ。」

 

「剣が、ソティスさんの身体だなんて……そして心臓はべレトさんの……」

「ははっ、笑えねぇ……、この弓も誰かさんの遺体だって言うのかよ……」

「それって、うちにもあるんですけど!?」

「マイクランが『血』に呑まれたことも頷ける。この槍にも、執念が宿っているんだな。」

「いつか、休ませてあげたいわね。」

 

子どもの頃から家宝だと言われてきた武具が、骨と心臓からできているなんて思うはずもない。

 

 

「『英雄の遺産』は女神がもたらした『神造武器』にも劣ることはない。その武器を用いて、彼らが我々と争ったのはもう深く過去のことだ。」

 

それが『英雄戦争』の真実。

 

 

「やはり、貴方たちは本物なのね。」

「ああ。赤き谷ザナドと今は呼ばれている聖域における虐殺から生き残った女神の眷属が、我々4聖人と呼ばれる者だ。しかし私やフレンは数百年ほどの眠りから目覚めたところで、大幅に力を失っている。」

「他のお二方については、生きているかどうかわかりませんわ。」

 

「……レアは、セイロス本人なのか?」

「はい。お母様を主神とするセイロス教の教祖、セイロス本人であり……、私はお母様の最後の眷属です。」

 

1000年の時を、たった独りで生きてきた。

人間とは違う種族で、帝国を築いてからずっと孤独。

 

 

「英雄戦争や十傑についての事実を、あんたらが捻じ曲げたってこと……か」

 

「混乱するフォドラを治めるためには必要なことでした。亡き同胞の『血』と『武具』を頼らずには、アガルタや外の世界からフォドラを守ることができませんでした。」

 

「フォドラが閉鎖的な理由、か……」

「貴方も、無力を感じたのね。」

 

エーデルガルトはまだ許したわけではない。

それでも、レアの『弱さ』を理解した。

 

 

「そのアガルタってやつが、あのダスカーの悲劇でも暗躍したんだろうな。」

「それは、先日まで帝国にいたアランデル公が引き起こしたと考えているわ。」

 

「そうか。あいつが……」

 

力強く握った手を、メルセデスが包み込んだ。

だからもう、ディミトリは死に急ぐことはない。

 

 

「あいつらには、姿を変えられる技術があるってことか。厄介だな。」

「それって同盟にもいるかもしれないってこと? やだなぁ」

 

「アガルタの末裔は、今この瞬間もフォドラ各地に潜んでいるのだろう。例えば、王国を乗っ取らんと画策しているコルネリアはその可能性が高い。」

 

「そうね~。いつだったか、人が変わったみたいという噂を聞いたことがあるわ。」

 

姿を変えて入れ替わっているなど、想像つかないことだ。

 

「モニカは、今は学校からいなくなっているみたいですね。」

「わざと泳がせていたのだけれど、私の監視という名目もあったのでしょうね。」

 

エーデルガルトに悪意を持って付き纏っていた女がいなくなって、リシテアはすっきりした顔をしている。

 

 

「この修道院にいた、トマシュって爺さんもそうだったな。」

「それにしても。あんたは敵の幹部に喧嘩を売ったんですか……」

 

まさか幹部だとは思わず、と言いつつカスパルは頭をかく。

 

 

「あの者たちは『光の柱』を持っています。その本拠地もわからず、迂闊に手を出すことは愚策です。」

「だからといって、数百年も手をこまねいていたのね。」

 

「はい……、その通りです……」

 

「カスパルには、あれが何かわかりますよね。」

「ミサイルっていうんだが……、落下式の爆発物みたいなものだ。それは異界の武器で、どれくらい持っているのかはわからないけれど、数には限りがあるだろうな。」

「それも、帝都の宮城を盾にして、その数を減らしておいたわ。」

 

この世界では異質な科学技術の産物なのだ。記録上では、過去に一度しか使われたことがなかった。

 

 

「それと、俺たちはただ手をこまねいていただけじゃない。」

 

「この音は……?」

 

扉の外を守っている騎士たちを叩き伏せる音がする。

強引なところは、リーダー譲り。

 

 

「お待たせしました。エーデルガルト様。」

「貴方も生きていたのね。よかったわ。」

 

「ええ。番犬も飼い主のもとへ帰ってきましたか。」

「おう。そういえばお揃いの黒髪だな。ヒューくん!」

「ククク。番犬の背を超えるように、精進しなければ。」

 

「あんたら、本当に仲が良いんですかね?」

 

ヒューベルトに続くのはリンハルトとフェルディナント。

 

ここに仮面騎士が勢揃いというわけだ。アドラステア国のために、数年前に立ち上がった俺たちに、エーデルガルトやリシテア、ベルナデッタ、ペトラ、ドロテア、そして先生も加わってもらえば、敵なしだ。

 

 

いや、もっともっと多く。

開け放たれた扉の向こうに、学友がいる。

 

 

「生徒というのは、賑やかなものだな。」

 

べレトは微笑んだ。

 

「いいや。今年の生徒は問題児ばかりだからだろう。」

「そういうあなたも気になってここに来たのだと思うわよ、あたくし。」

 

 

誰もが居ても立っても居られなくて様子を見に来たということだ。ぞろぞろと謁見の間に入ってきて、広かった場所はすぐに人でいっぱいになった。この場所には、フォドラの未来を担う若者のリーダーが揃っている。

 

 

「よっしゃー! これで全員勢揃いだな!」

 

「ヒューベルト、報告を。」

「『光の柱』発射時の魔導検知より、敵の本拠地を割り出しました。」

「あいつらは、同盟の地下にいるみたいですよ。」

 

「貴方たち、よくやったわ。………でも覚えておきなさい。」

「エーデルガルトに内緒でやったことは、褒められないことですからね。」

 

拗ねている2人の頭を、カスパルはそれぞれ撫でる。

危険な道でも一緒に歩もうと、心に刻んで。

 

「ああ。心配かけて悪かったな。」

 

 

 

1000年間も戦力を蓄え続けて、近年になって暗躍してきた。同盟に巣食い、帝国の政治に干渉し、王国でダスカーの悲劇を画策した。ここにいる生徒たちの中にも『アガルタの民』によって人生を狂わされた者は多い。

 

 

「またも奴らは、お母様を狙うというのですね。」

「ええ。戦争がまた始まるのですわね。」

「私たちの残した『禍根』だ。衰えた我々でどこまで役に立てるかわからないが、力を貸そう。」

 

 

べレトは一度、目を閉じた。

生徒たちも、教師仲間たちも、発言を待つ。

 

 

 

「エーデルガルト、ディミトリ、クロード。」

 

皇帝、国王、盟主に問う。

 

「何のために、その『力』を使う?」

 

紋章。

英雄の遺産。

そして、仲間。

 

「「「自分のため」」」

 

まっすぐな目に、答えを返した。

 

願い、誇り、覚悟、そういう譲れないものだ。ちゃんと自分自身で考えた正義のために戦う。もし間違ったとしても、対等の関係を結べている学友が正してくれる。だから、3人は迷うことを恐れない。あくまで自分なりに、フォドラをよりよく変えるために尽力するつもりなだけ。

 

 

「私たちでもまだ掴めていないほど、強大な敵よ。」

 

あの『思い出』の先に、それぞれ起きた悲劇。

エーデルガルトは鎖で囚われて傷つけられた。

 

「ディミトリ、貴方は過去に立ち向かえるかしら?」

「俺は、過去を乗り越えなければいけない。」

 

ディミトリの目の前で倒れていく人たち。

2人とも『屍』の上に立っていることは、同じだ。

 

 

「ようやく。あんたらも歩み寄ってくれたか。」

 

パルミラとフォドラを結ぶ存在として生まれたことは、クロードにとっては運命だと思っていた。閉鎖的な空気を変えることを望んでいたはずだった。それがまさか自分も大きく変わるとは。

 

 

「これでも、皇族として貴方には負い目を感じていたのよ。」

「王として、もうあんな悲劇を起こさせはしないさ。そのためにも。」

「もう全員わかってることだろ。俺たちでフォドラの明日を守ろうぜ!」

 

「ええ。」

「ああ。」

 

このフォドラの地に現れた、三者三様の『ロード』

すれ違い、争い合う未来があったかもしれない。

 

でも、この3人で共闘できることは熱い気持ちになる。

ここは、いつの間にか絆されてしまう場所らしい。

 

ーーーこの学校に来てよかった

それは生徒全員がそう思っていること。

 

 

「そうそう、英雄の遺産についてなんだが……」

「紋章のこともよ。」

「ああ。わかっているさ。」

 

今も未来も守るために。

その『力』を使うのは最後にしようと頷き合った。

 

 

 

微笑む先生たちを、まっすぐ見る。

 

共に成長してくれる、べレト

その貫禄で安心感をくれる、ハンネマン

母親のような、マヌエラ

 

「「「師(先生)」」」

 

「俺たちの自慢の生徒なら、やれるさ。」

 

今の『フォドラの縮図』は、確かにこの場所にあった。

 



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第22話 王都奪還戦

フォドラの北部に位置する王都フェルディアへ、セイロス騎士団は移動を開始した。殺害の容疑をかけられた王族ディミトリの、王都移管に応じたことになる。

 

そして呼応するかのように、王都市街では民衆による暴動が勃発した。だがしかし、その暴動を鎮圧することもなく、コルネリアは兵力を王城の防衛に充てていた。過激派の民衆の血が城を染めていく。

 

「ここまでとはな。どうする?」

 

シルヴァンが低い声で、尋ねる。

 

「叔父上は、完全にコルネリアの虜というわけか。」

 

本来、ディミトリ自らが囮となって、コルネリアを討つつもりだった。しかしディミトリが復讐に囚われていたとき、王都から離れている期間に、政治体制は掌握されてしまっていた。

 

「親父殿も民衆の救援にかかりきりのようだ。」

 

フェリクスの実父を中心としたディミトリ派も、城の外へと追いやられている。

 

 

「ディミトリ殿下、この王都が戦場になることでしょう。」

「わかってるさ。ドゥドゥー。」

 

コルネリアは決して王に君臨しようとは思ってはいないのだろう。フォドラの戦力を削ぐため、そしてアガルタの民の理想郷を創るために、この王都で虐殺を起こそうとしている。

 

 

「殿下。」

 

イングリットたちペガサス部隊が、王都の外に築いた陣に降り立った。

 

「予想通り、魔導兵器の準備をしています。」

「そうか。情報とともに、皆が無事に還ってきてくれてよかった。」

 

「はい!」

 

軍として、私情を持ち込むことは間違っている。

それでも、それが彼の王道だ。

 

「セイロス騎士団の方も準備完了のようです!」

「殿下。我々も進軍の用意は整っております。」

 

アネットとその父が、ディミトリに報告する。

 

 

「わかった。俺で、いいんだな……?」

「私たちはディミトリがいいのよ。」

 

「……そうか。」

 

その一言で、ほどよい緊張感になった。

 

 

「我々も、あなたの号令を待っています。」

 

ディミトリが率いる王国軍に、アネットの父が率いるセイロス騎士団に加わったとしても100人にも満たない。それでも、自信が満ち溢れてくるのは、同じ志のもとに集ったからだ。

 

 

「青獅子遊撃軍隊長として、告げる!」

 

エーデルガルトの志もちゃんと受け取った。

 

 

「生きろ!そして己の心に従え!……以上だ!」

 

全員が声を荒げる。

ちゃんと自分で考えた正義のために、戦え。

 

 

「俺に、続け!」

 

ディミトリを追いかけるように、精鋭が戦場を駆ける。

 

 

****

 

コルネリアは、街を見下ろした。

 

「ちっ、あの坊ちゃん、絆されおってからに。可愛い姉君と殺し合っていればいいものを」

 

帝国軍や同盟軍と協力して王都を囲むなど、異常だ。

民衆は戸惑い、『王』を探す。

 

「忌々しいほど、正義感に満ち溢れていますね。」

 

青獅子の旗を見つけた民衆は、そちらへ誘導されていく。

 

「いいでしょう。あなたの故郷、滅ぼしてさしあげますわ。」

 

スイッチを押す。

王都市街にあった像が動き始めた。

 

アガルタの民の科学力を見せつける機会だ。

 

魔導兵器という名の『自立機械』

圧倒的暴力。

 

そして、魔道砲台『ヴィスカム』もある。

 

 

「運命を呪いなさい。」

 

嗤い声が静寂の王城に響いた。

 

 

 

****

 

黒い鎧を纏った像が、盾と剣を持って動く。

 

「あれがカスパルの言っていた、『機械』か……」

 

魔獣や魔物とは違い、金属製。

動力は魔力なのだが、どこから供給されているのやら。

 

「お前は猪らしく、まっすぐ行け。」

 

大剣を、神聖武器で弾くのはフェリクス。

 

「わかっているさ。」

「ふんっ」

 

信頼などしてはいない。

フェリクスは民衆を守るつもりもない。

 

「俺の『剣』がどこまで通用するか、それだけだ!」

 

紋章の力を最大限に発揮し、押し返す。

 

「これだ。これを求めていた。」

 

この腕の痺れが、生きた心地をくれる。

亡き兄より勝った剣士なのだと実感させてくれる。

 

「意外だ。俊敏なんだなッ!」

 

両手で握りこみ、振り下ろして罅を入れる。

何度も何度も

 

 

「その程度か! 意志無き『機械』ッ!!」

 

何度、怒りをぶつけたとしても。

疑問が浮かぶ。

 

「……俺は何のために戦っている?」

 

民衆は王を求め、騎士は国を守るために戦う。

あの『ダスカーの悲劇』でも何も成せなかった。

 

「しまったッ」

 

雷魔法を受けたことにようやく気づく。

身体に痺れを感じた。

 

「くそっ、魔力砲台か!?」

 

無人で魔弾を発するという、奇怪な装置だ。

 

戦場には、剣と剣のぶつかり合いなどない。

『機械』との戦いは熱くなれない。

 

 

「無粋なものだ……戦争とは……」

 

フェリクスは、『剣』が好きだっただけ。

 

 

「無茶しないで!」

「おまえ……」

 

魔法の盾が、魔導兵器の一撃を防ぐ。

アネットはフェリクスよりずっと小さな身体だ。

 

勇気に満ち溢れている。

 

「なぜ助けた。」

「だって、仲間でしょう?」

 

「仲間、か……」

 

今この瞬間、足手纏いなのはフェリクスだ。

 

「フェリクス、もっと周りを見ろ!」

 

大剣と聖盾がぶつかる。

剣士の顔が、苦痛に歪んでいる。

 

「親父……」

 

魔導兵器は、決して目の前の1体ではない。

 

それぞれの魔導兵器と複数人の騎士が戦っている。血を流し、もう立ち上がることのない騎士もいる。自分の命をかけて、誰かの命を守るなど、意味のないことなのではないか。残された者に『悲しみ』を残すだけだ。

 

それならば―――

 

「アネット、無事か!」

 

魔導兵器が、衝撃に吹き飛んでいく。

 

「父さんも無茶ばっかり!」

「男とは無茶をしたがる性分なのさ、お嬢さん。」

 

巨大な槌も、英雄の遺産の1つだ。

しかし正統な使い手ではない。

 

「親父、貸せ。」

「ようやく使う気になったか。これは大紋章を持つお前の物だ。」

 

渡された盾が、フェリクスの血に反応して輝いた。

 

「今回だけだ。あの大剣を防ぐために必要だ。」

「じゃあさ、ついでに守ってよね。」

 

その小さな身体で、『打ち砕くもの』を担いだ。軽々とハンマーを持っているが、それは彼女の魔力を力に変換しているかららしい。

 

 

「だったら、お前の歌を後で聴かせろ。」

 

守ることに対価を貰うことは、傭兵らしいだろう。フェリクスは騎士よりも、べレトのような傭兵の方が性分に合う。

 

「もう!忘れてよぉ!」

 

恥ずかしそうにしながらも、アネットは頼りになる騎士に微笑んだ。

 

 

「ほら、防いでやったぞ。」

 

瞬時に反応し、大剣の振り下ろしに対して、輝く盾を構える。

 

「早速いくよ! 砕塵!」

 

英雄の遺産の一撃は、罅の入った魔導兵器を砕いた。

 

 

「我々も負けていられませんな。」

「そうですね。」

 

次代を担う若者は、ちゃんと育っている。

 

 

 

****

 

帝国軍を率いるフェルディナントはいまだ出陣せず、戦況を冷静に見ていた。

 

「さて……」

 

あの『魔導砲台』は一体どこから魔力を得ているのかどうか。

それを考えている時、水路が目に入る。

 

「『電気』……『導線』……、魔力の導線が地下にあるのか。」

 

カスパルがかつて言っていたことから、そのキーワードを紡ぐ。

 

異質な素材だが、あれらは精密機械。

どこかに魔力を管理する場所があるはずだ。

 

王城……いや、違う。

戦場になりづらい場所だ。

 

「ベルナデッタ、君なら大切な物を町のどこに隠す?」

 

物憂げに戦争を見ている少女に尋ねる。

 

「え?……えっと」

「この王都を1つの部屋と考えてみたまえ。」

 

「いや、あたしの部屋じゃないんですけど……」

「仮の話さ。」

 

「部屋の隅……でしょうか。」

「……そうか、城壁か!」

 

あくまで仮説だ。王都を守られているように築かれている城壁のどこかに、存在するのでは。

 

 

「さあ、行くぞ。ベルナデッタ。」

「うええ、私ですかあああ!?」

 

「君は目が良い。私では見逃してしまうかもしれない。」

 

それに、と言葉を紡ぐ。

 

「人と武具を交えることだけが、戦いではないのだ。」

「あたしでも役に立てるんですか?」

 

後ろから手を回した、彼女の表情は見えない。

 

 

「もちろんさ。人には最大限に力を発揮できる機会が必ず来る。」

 

ラファエルやイグナーツが率いる同盟軍、そしてアッシュが率いる王国の民兵たち、王都にいる民衆を少しでも多く救うために動いている。

 

「少なくとも、私は君を信頼している。」

「わかりました!ベルもがんばりますよぉ!」

 

 

一騎のペガサスが焦るように降り立った場所。

 

「まずはあそこを目指してみるか。」

 



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番外編 煤闇に生きる者たち

この作品のリハビリがてら、番外編を書きました。四級長と共闘できる胸熱展開とはいえ、かなりハードな戦いでしたね。


山の上に存在するガルグ=マク修道院は、歴史ある建造物だけあって、風化して脆くなった場所は多数ある。修道院の地下に通ずる道は、今では外にも比較的入りやすい場所に存在するらしい。

 

そのため、暗い地下アビスには『寄る辺無き者』が住み着くようになった。

 

 

「ここが入口か」

「その1つのようですな」

 

べレトが呟くと、ヒューベルトが答える。暗部として帝国でやるべきことを行った後、闇に蠢く者の拠点へ先行しているエーデルガルトたちに合流することなく、戻ってきていた。

 

「迷路のどこへ繋がっているかはわかりません」

「しかし、この地下、人います」

 

ペトラが言ったように、アビスの民の避難誘導が今回の目的の1つである。

 

「そうでしょうが、我々が行く必要はないのでは」

 

カトリーヌやシャミアたち騎士団は、住民に対して修道院周辺から離れるように避難誘導を行っていた。かつて、女神の結界によって、光の柱を修道院から逸らすことができたとはいえ、長い時間はその結界に綻びを見せていた。

 

『ミサイルなんかで身体が埋もれちゃうなんてイヤだからね、べレト』

「……母親の遺体がアビスにあるらしい」

 

明るい女性の声は、べレトにしか届くことはない。生前はジェラルトにしかあまり心を開かなかったらしいが、その頃を知らない実の息子にとっては世話焼きな母親である。ソティスと一緒に、今日も脳内に声を響かせている。

 

『遺体って……また憑依できるかもしれないじゃない』

 

約20年前にレアは、朽ちることのない彼女の身体をアビスに安置したらしい。その魂がまさかソティスと一緒に紋章石に宿っているとは、誰も予想できなかっただろう。

 

「えっと……もしお義母様の身体があったとしても心臓がないことには」

『そこはほら。魔法の進歩に期待よ、マリアンヌちゃん』

『我の力で何とかできるかもしれんしな』

 

動物と会話できることが影響しているのか、最近はマリアンヌにもポジティブな同居人たちの声が聞こえるようになっていた。常に息子と共に在る女性とは、嫁と姑の関係はすでに良好である。

 

「他ならぬ、先生の母君の頼みとあれば、参りましょう」

 

意を決したヒューベルトが、たいまつの準備を始めた。この中で一番慣れているペトラも手伝っている。

 

「先生の中に女神様もいるのよね」

「紋章は奥が深いね。いや、この場合は、女神の力が特別なのかも」

 

救護班として修道院に残っていたドロテアやリンハルトも同行することにしたようだ。

 

 

『ほれ、善は急げじゃ』

『マリアンヌちゃんをエスコートしなさい、べレト』

 

視界が悪いこともあって、階段があった時にはマリアンヌの手をとって慎重に歩く。べレトの冷たく湿った手は、彼女の温かく湿った手と、確かに繋がれていた。

 

『この迷路、どう考えてもホグワーツがモチーフよねぇ』

『デザインをさせた者は秘密基地みたいでかっこいいと言っておったな』

 

べレトに力を与えたことで、起きている時間は少ない。しかし自分の身体がないというのはよほど暇なのか、脳内で2人で会話することが多かった。べレトとマリアンヌに野次馬したり、人一倍長く生きているジェラルトの体験談を聞いたり、2人とも不満があるわけではないようだ。

 

やがて、開けた場所に出た。

 

『こう言ってはなんだけど、なんだかスラムみたいね』

 

「なんだか、昔のこと思い出しちゃいます……」

 

ドロテアは歌劇団に入る前は、貧しい生活を送っていたらしい。

 

通路というよりは、レンガでできた空間に近い。外から持ち込んだものが多く、人が住んでいる痕跡が先に見受けられる。蠟燭を灯した集団住居に立ち入ることを阻むように、若者の武装集団がべレトたちを待っていた。

 

「ようこそ、士官学校の生徒さんよ!」

 

集団の前に立っている4人は、灰色を基調とした制服を着ている。そして、筋肉質の男が近づいてきた。どうやら、べレトたちを歓迎している様子ではないようだ。

 

「俺は」

「おーっほっほっほっほ!」

 

べレトの言葉は、甲高い高笑いにかき消された。

 

「貴方たちの目的、このコンスタンツェ=フォン=ヌーヴェルが当ててあげましょう!」

 

金色の髪の女性の名から、またその風格から、貴族ということがわかる。

 

「ほう、ヌーヴェルですか」

「はぁ、フェルディナントみたいだ……やっぱり」

「ローレンツ君にも似ているわね」

 

生徒たちは呆れ果てたように、呟いた。

 

「さしずめ、アビス住民の排除を目論む教団の指示ですわね!」

 

「いや、むしろ逆なんだけど、コンスタンツェ」

「貴方はリンハルト……それに、そっちはベストラの!?」

 

リンハルトやヒューベルトは彼女を知っているようで、べレトたちもアビスの若者たちも様子を見ているままだ。

 

「日陰女の知り合いってことは、あんたらは帝国貴族か?」

「それはわたくしのこと!?」

「……2人とも黒鷲の学級のようだが、ベルナデッタのやつはいないのか」

 

級長らしき美青年はベルナデッタの知り合いらしい。あの引きこもりの交友関係の狭さからすると、彼は学院に来る前のベルナデッタを知るかなり珍しい人物なのではないか。

 

「おいおい、俺たち置いてきぼりだぜ」

「いいじゃん。ハピたち考えるの苦手だし」

 

残りの2人も、説明を求めているようだ。

 

「俺の名はユーリス、この灰狼の学級の級長をやっている。ベルナデッタとはまあ、顔見知りだ」

 

「わたくしはコンスタンツェ=フォン=ヌーヴェル」

「元貴族でしょう。7貴族の変、そしてダグザ=ブリギット戦役の影響で没落したヌーヴェルの名をまだ名乗っているとは」

 

「ぐぬぬ、いずれ再興する予定ですから問題ないですわ」

 

7貴族の変は、貴族たちがエーデルガルトの父から実権を奪うことになった事件である。今となってはエーデルガルトが現皇帝として帝国を取り戻したが、闇に蠢く者が帝国政治に侵食していた。

 

「……ペトラ、ブリギット出身、次期女王です」

 

言いづらそうに、べレトたちより先にペトラが名乗った。それを聞いて目を見開いたコンスタンツェは、黙したまま腕を組んで顔を背けた。

 

「えっと、ドロテアよ」

「リンハルト、一応貴族」

「ヒューベルトです。先日ベストラ当主となりました」

 

べレトたちも含めて彼の言葉に疑問を抱きながらも、自己紹介を続ける。

 

「マリアンヌ、同盟領出身です」

「べレト、元傭兵で新任教師だ」

 

褐色の肌の女子が首を傾げた。

 

「ハピだよ。それにしても。騎士団の人、いないんだ?」

「あー、こいつは騎士団のことをよく思ってなくてな。騎士団がアビスのことを善く思っていないように、俺たちもそうなのさ」

 

ハピ以外のメンバーの警戒心が小さくなったことを鑑みるに、べレトたちが交渉を行いにきたのは正解だったらしい。背後で様子を窺っていたアビスの住人の中には、再び自分たちの生活に戻っていく者もいる。

 

「そして、俺がバルタザール、レスターの格闘王だ。で、お前らなにしにきたんだ?」

 

恐らく同盟出身の男が、友好的な表情で質問してきた。

 

「避難勧告だ」

「えっと、どう説明すればいいのか……」

 

べレトの簡潔な答えに補足説明をマリアンヌが行おうとしたが、なかなか理解が容易ではない内容だ。加えて、彼女はまだべレトたち以外とは上手く話すことはできない。

 

「闇に蠢く者、アガルタ……どうやらその言葉を聞いたことがある者がいるようで」

「風の噂でな。だが、そもそも存在するのか?」

 

ヒューベルトが2つのフレーズを出すと、思いついたような顔をしたのがバルタザールである。

 

「貴殿の級長は、よく知っているようですよ」

「帝国の暗部のあんたが隠す必要がないってことは……」

 

「ええ。本格的に動き始めました。それも、修道院に対して全面戦争を行うようで」

 

目つきが変わったユーリスは、口元を片手で抑えて何かを思考し始めた。事情を理解していない灰狼の学級のメンバーは自分たちの級長と、冷静な男の会話を聞くことしかできない。

 

「帝国側からじゃなくて、同盟側からこっちに向かっているのか?」

「時間はかかりましたが、帝国に巣食っていた闇は払いました。今では死神騎士が国境付近で睨みを聞かせていますよ」

 

ついでに、国境付近の同盟領主が何か余計な事をしでかさないようにしている。

 

「フリュム家のやつか。あんた、おっかねぇな」

「くくく、よくご存知のようで」

 

智略タイプの2人の会話に、すでにハピやリンハルトは思考放棄を始めていた。バルタザールは腕を組んで、こんがらがっている情報を少しでも理解しようとしている。

 

「だが、そこまでの脅威なのか?」

「先日、帝国の宮城は瓦礫と化しました。セイロス教聖書にも書かれている、光の柱によって」

 

「おいおい、あれがか……」

「一体、どのような強大な魔法ですの?」

 

数百年の歴史を持った城が1日にして、破壊された。

 

ユーリスは初めて動揺し、やがて大きく溜め息をついた。一度きりだった事例を知っていれば、対処の方法が皆無である。

 

「ユーリス、一体どういうことか説明してくださる?」

「とにかく。一度、アビスから出るんだよ。この修道院に敵が攻め込んでくるってことだ」

 

「そいつらを外で迎え討つんだな」

「ああ。今回はアビスを守り切れるかわからねぇ。もちろん、ほとぼりが冷めたら戻ってくればいい」

「ここ、壊されたくないもんね」

 

あまり混乱させないように、襲撃者が来ることを知らせた。脅威をありのままに伝えて、余計な混乱をさせる必要もないだろう。

 

「それはわたくしに醜態を晒せということですの!?」

「曇っていることを祈っておくんだな。あー、この日陰女もいわゆる二重人格なんだが、どっかの騎士と違って、無害だから気にしないでくれ」

 

ユーリスが学級のメンバーに情報を広めることを指示すると、慌てて散らばっていった。ならず者やごろつきと呼ばれる若者たちだが、彼のことは慕っているようだ。エーデルガルトたちにも劣らない級長だろう。

 

 

「どうやら、私が説明する前に騎士団の方が誰か……いや、そんな、まさか、その髪の色は……」

 

蠟燭で道を照らしながら歩いてきた修道服の男性が、べレトを見て驚いている。

 

『あっ、もしかしてアルファルド君かも』

 

母親が自分と共に在ることを説明し、べレトたちとユーリスたちで彼女の遺体を確保しに行くことになる。その途中で、メトジェイという男が率いる反皇帝勢力と戦闘を行うことになるが、地上の光に照らされず、記録に残らなかった戦いである。

 

 

夕暮れ時、何か不穏なことが起きたことを知らせるように、天帝の剣が紅く輝いた。

 



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