Episode Superior―Thousand Edges (カスタカスタ)
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Thousand Edges
第一話 彼女の始まり


 

 □2043年7月15日 睦海凜音

 

 ──私は、生まれつき特別な人間だった。

 こんな事を言うと傲慢が過ぎると思われるかもしれないけど、私が特別なのは純然たる事実だ。

 

 私は、数百年間一子相伝の剣術流派を受け継いできた武門である陸海家の一人娘として生を受けた。

 私の父は、睦海家を継ぎ、日本最強の剣士と称えられた男だった。

 

 父は何人かの弟子を取っていた。

 母は早逝し、子供は一人娘の私だけだったから、弟子の中で最も優秀な者を養子に迎えて、後継者とするつもりだったのだろう。

 

 ──あの日、私の才能が明らかになるまでは。

 

 私が初めて剣を握ったのは、五歳の誕生日だった。

 古くからのしきたりに従い、睦海家の人間は五歳を迎えた日より親から指南を受けると、父は言っていた。

 とは言っても、数百年の歴史の中で女性が後継者となったことは一度もなかったから、父も本気で私を鍛えるつもりはなかっただろう。

 将来後継者となり、私を妻に迎えるであろう弟子と、今のうちから親しくさせておこうとしただけだ。

 

 結論から言えば、私は剣を握ったその日の内に睦海家で最も優れた剣士になった。

 私は、天才だった。

 

 父は私の才能を恐れ、早々に私に家を継がせて隠居した。

 何の感慨もなく、私は父の地位を受け継いだ。

 家を継いでからの生活は、それ以前のものと全く変わらなかった。

 普通の子供と同じように幼稚園に通い、小学校に通い、中学校に通った。

 中学を卒業した後、私は日本中を巡る旅に出た。

 剣を握った日から、ずっと私の胸の奥で叫び続ける声に従って。

 

 ──闘争を、求めて。

 

 それからの三年間は、波乱に満ちたものだった。

 時には妖怪や超能力者など、超常の存在が起こした事件に巻き込まれることもあった。

 その過程で、私と同じ特別な人間を二人見つけることが出来た。

 

 今私は、紆余曲折を経て、同類の片割れ──天宮麗華と同居している。

 正確に言えば、半ば根無し草の私が、麗華のヒモになっている。

 年に数回、麗華に居場所を教えて貰った妖怪の類を斬る時を除き、一日中自堕落に過ごしている。

 好きな物を飲み食いし、好きなだけ惰眠を貪り、好きな時に麗華と交わる。

 

 ──三年間の旅の中で、私は何人もの間に()()()()関係を持った。

 相手の性別は、私にとって重要ではなかった。

 愛という感情は、よく分からない。

 私にとって、()()は食事や睡眠と同じようなものだった。

 私が最も欲することは闘争だったが、現代日本ではそれを得ることは難しい。

 闘争を求めて海外に行こうとした事もあるけど、麗華に引き止められた。

 麗華には少し、私に依存している節がある。

 私にとって麗華が数少ない同類であるのと同じように、麗華にとっても私はかけがえのない存在なのだろう。

 私が少し無茶をする度に、麗華にはもっと自分の命を大切にするよう諭される。

 今では、麗華が同伴して行う妖怪退治が唯一、私の闘争欲求を満たしてくれる。

 

 確かに、死んでしまえばもう二度と闘争を楽しむことも、美味しい食事をとることも、麗華と過ごすこともできなくなる。

 それは、嫌だ。

 なぜ人間は死ねばそれまでなのだろう。

 死んでも生き返れることが出来れば、思う存分に死ぬことが出来るのに。

 死ぬことは怖くないけど、死の先が退屈なのは嫌だ。

 

 そんなことを思いながら、私は日々を過ごした。

 私が望むのは、果てなき闘争。

 でもそんなものは世界中のどこにもなくて。

 私の願いが叶うなんて、有り得ないことだった。

 

 ──有り得ないと、思っていた。

 

 私の人生にひとつの転機が訪れたのは、麗華と一緒に過ごすようになってから二年あまり──2043年7月15日のことだった。

 

 ──これは今日発売された<Infinite Dendrogram>というゲームよ。

 ──わたくしにも詳しいことは分かりないのだけれど、もしかしたら、凜音の欲求を満たすことが出来るかもしれないわ。

 ──忙しくて、わたくしも一緒に遊ぶことができないのは、少し残念だけれど。

 

 そんなことを言いながら、麗華は<Infinite Dendrogram>と書かれた箱を私に差し出した。

 ゲームなんて、学校に通っていた頃に数本プレイしたくらいだ。

 わざわざ麗華が買ってくるほどの何かが、この<Infinite Dendrogram>にはあるのだろうか。

 

 興味が沸いた私は、さっそくプレイしてみることにした。ダイブ型というものは、初めての経験だった。

 ふかふかのベットに寝転び、ゲームのスイッチを押す。

 視界が、暗転。

 そして。

 私は、もう一つの世界に出会って。

 

 ──私の望みが、願いが、夢が、そこにはあった。

 

 ◇

 

 □王都アルテア リィン・カーネーション

 

「よっと」

 

 体全身を使い、衝撃を殺すようにして着地する。

 落下直前に不自然に速度が落ちたから、もしかしたら必要のない動作だったかもしれないけど。

 簡単なチュートリアルと設定が終わったと思ったら、急に空から落とされるなんてびっくりしたけど、このゲームなりのオープニングということなのかな。

 

 周囲を見渡すと、背後には巨大な城壁と門、前方には地平線まで続く大地と山脈が見える。

 風が頬を撫で、髪がなびく。土の匂いがする。澄んだ空気が胸いっぱいに広がる。門からは、賑やかな人々の往来の音。

 五感全てが、現実と同じ量の情報を訴える。

 紛れもなく、ひとつの世界が広がっていた。

 

「うおっ」

 

 自然を感じていると、さっきの私と同じように、一人の男性が空から降ってくる。

 どうやら、私だけ運営のミスで空から叩き落とされたというわけではないみたい。

 男性が私の時と同じく不自然に減速して着地する。

 いきなり地面と激突されても困るからっていう、運営の対策なのかな。それなら初めから落下させなければいいだけな気がするけど。

 

 それにしても、今の男性はしっかり衝撃を受け流そうとしていた。私の目から見てもかなりの身のこなしだ。

 興味をひかれ、男性の容貌を観察する。

 

 私よりも三十センチは高い身長に、鍛えられた体。やっぱり現実でもなにか武術を嗜んでいるのかな。

 でも容姿はかなり細かく設定できたから、筋肉の着き具合で相手の力量を探る手法はこの世界では通用しないかも。

 私だって髪の色を黒から銀に変えるぐらいはしたし、現実とまったく同じ姿でゲームをする人なんて、なかなかいないだろう。

 

 そんなことを考えながら男性の顔をみて、びっくりした。

 なにせ、よく見知った顔がそこにはあった。

 彼は現実世界ではそれなりの有名人だから、ファンが容姿を似せることはあるかもしれないけど、さっきの身のこなしと合わせて考えれば、まず間違いなく本人だろう。

 卵がどうこうと、よく分からないことを呟いている彼に、私は声をかけた。

 

「ひさしぶりー。すごい偶然だね。修一もこのゲーム始めたんだ」

「……悪いけど、俺は椋鳥修一じゃない。人違いじゃないか?」

「いや、それは無理があるでしょ。というか、私も髪の色を変えただけなんだけど。何も言われずに気づくのが、いい男ってやつだよ」

「ん? ……凜音か?」

「正解! ちなみに、プレイヤーネームはリィン・カーネーションね。そっちは?」

「シュウ・スターリングだ。りん、っと、リィンがゲームに興味があるなんて知らなかったぞ。それも、こんなろくに宣伝もしてないゲームに」

「勧められたんだよね。おすすめだって」

 

 彼──椋鳥修一は、私の同類である椋鳥澪の弟だ。

 何度か会ったこともある。

 初対面の時は、澪の友人を名乗った私に若干の警戒心を感じていたようだったけど、今ではそれなりに仲良くなったと思う。

 

「この世界、すごいよね! 私は詳しくないけど、他のダイブ型ゲームとかいうのも同じようなものなの? もっと早くからやってれば良かったかなー。損した気分」

「いや、ここまでリアルなやつはこの<Infinite Dendrogram>だけだろうな。というより、リアル過ぎる。今の技術でも、不可能に近い」

 

 国が実験がどうこうとか、稀代の天才がどうこうとか、<Infinite Dendrogram>についてのシュウの自説が展開される。

 熱心に語ってくれてるけど、あいにく私はテクノロジーの類にはてんで疎い。話の半分も理解できない。

 放っておいたらいつまでも終わりそうにないので、無理やり遮ってずっと疑問に思っていたことを尋ねることにする。

 

「三倍時間という技術が十年前に実用段階にあったと仮定すれば、このゲームの製作者は現代よりも二十年先の技術をもつことができるし、あるいはもっと時間を加速させることができれば──」

「うーん、よくわかんないけど、このゲームは凄いってことでしょ? そんなことより、もっと気になってることがあるんだけど」

「ん? なんだ?」

「なんでシュウ、リアルと同じ顔なの? 有名人だし、バレると大変そうだけど」

「あ」

 

 私の疑問を聞いたシュウは、慌てたように頭上を見上げる。

 後続のプレイヤーが落下してくる気配はない。

 

「あー、とりあえず、門の中に入らないか? ちょっとやりたい事もあるしな」

「別にいいけど、急にどうしたの?」

「いろいろあってな。移動しながら話す」

 

 ◇

 

『それで容姿設定の時にちょっトラブってな、リアルと同じ容姿になっちまったクマー』

 

 数分後、私は王都をクマと一緒に歩いていた。

 正確に言えば、クマの着ぐるみを装備したシュウと、だけど。

 

 どうやら、リアルと同じ容姿になったのはシュウの本意ではないらしく、他のプレイヤーに見られる前に隠すための苦肉の策がこの着ぐるみらしい。

 着ぐるみをきた瞬間、突然語尾がクマになった理由は謎だ。

 ……クマの鳴き声って、そんなんだっけ? 

 

 まあ、視線も感じなかったし、私以外に顔は見られていないと思う。

 おそらく、他のプレイヤーは容姿設定に時間がかかっているんだろう。流し見するだけでうんざりするぐらいの項目があったし。

 現代の容姿そのままのシュウと、髪の色を変えただけの私は設定が短時間で終わって、先に空に投げ出されたおかげで、他のプレイヤーに会わずにすんだ。

 あと数分も門の前で話していたら、他のプレイヤーに顔を見られていたかもしれない。

 

『初期国家を決める時にこの着ぐるみを売っているのが見えて、藁にもすがる思いでアルター王国を選んだクマー』

「なるほどねー。シュウの好みからしたら、ドライフ皇国とか選びそうだもんね」

『そういうリィンの方こそ、天地を選ばないのは意外だけどな』

「迷ったんだけどねー、武士と騎士で。まあ武士みたいな人とはリアルでも闘えるし、せっかくだからヨーロッパっぽいアルター王国にしたの」

『現代日本で武士と闘うのは、普通じゃありえんクマー』

「骨折したまま世界大会優勝も、たぶん普通じゃないよ。それより、顔は隠せたんだし、モンスターを探しに行こうよ。こういうゲームじゃ、まずは王都の周りでモンスターを倒すもんなんでしょ?」

『うーん、実はちょっと用事があるから、いったんログアウトするクマー。そんなに時間はかからないと思うから、その後でいいクマ?』

 

 お待ちかねの闘争の時間と思ったら、シュウには用事があるらしい。

 意外だ。

 そもそもニートなのに用事があるということも、用意周到なシュウがゲームをやる前に用事を片付けておかなかったことも。

 前にとあるゲームの発売日から四十時間ぶっ続けでプレイし、世界最速でエンディングを迎えたとか、自慢されたこともあったっけ。

 

「珍しいね」

『弟の分の<Infinite Dendrogram>を買ってくるつもりクマ。このクオリティじゃ、口コミで噂が広がるのもすぐだろうしな』

「あー、なるほどねー。……あれ? でも弟くんって今受験勉強中じゃないの? この前澪に難関大学を目指して頑張ってるだのなんだの、一時間ぐらい自慢話されたんだけど」

『……忘れてた』

「受験が終わるのってまだ一年以上あとでしょ? その頃には普通に買えるんじゃない?」

『……それもそうだな』

 

 相変わらず、弟絡みになるとどこか抜けてるね。

 澪もそうだが、とても弟を可愛がっているみたい。

 確かこういう人種のことを、ブラコンとか呼ぶらしい。

 

『じゃあ、モンスター討伐と洒落込むか。所持金が二十リルしかないから、このままじゃ冬が越せないクマー』

「クマならお金は要らないでしょ。……マップによると門が東西南北にそれぞれあるっぽいね。どこに一番強いモンスターがいるんだろ?」

『こういうのは東が一番弱くて、北か南が一番強いと相場が決まってるクマ』

「さすがゲーマー、頼りになる! じゃあ、北だね。最初が南だったし、北の方が強そう」

『ステータスを見る限り、俺たちはレベル0クマ。多分弱いぞ。北でいいクマ?』

「大丈夫だって。今の私とおなじ身体能力の素人が百人と戦って、勝つのは私だし。つまり私は百人力ってこと。シュウだってそうでしょ? 私たちなら何とかなるよ」

『0が百個あっても0のままクマー。……まっ、一理あるな。このゲームじゃ、リアルの戦闘技術をそのまま持ってこれそうだし、そういう意味じゃ、俺たちは他のプレイヤーに比べてかなりのアドバンテージがある』

「そうそう、<エンブリオ>とかいうのもあるし、なんとかなるっ、て?」

 

 北門を目指しながらシュウと談笑していると、体全身に違和感を感じる。

 ふと視線を落とすと、左手の甲にあった宝石──<エンブリオ>の卵が、紋章に変わっていた。

 シュウを見てみると、左手首から先が大砲のようなものに変わっている。

 

「これは……」

『<エンブリオ>の孵化、ってやつだろうな。おっ、収納は思考するだけでいいのか。メニューから詳細が見れるぞ』

 

 興奮しているのか、完全に語尾を忘れ去ったシュウに促されメニューを開く。

 確かに、<エンブリオ>の項目が追加されている。

 

 【久遠闘争 アスラ】

 TYPE:テリトリー

 到達形態:Ⅰ

 

 ステータス補正

 HP補正:G

 MP補正:G

 SP補正:G

 STR補正:G

 END補正:G

 DEX補正:G

 AGI補正:G

 LUC補正:G

 

『保有スキル』

 《修羅変生》

 パッシブスキル。

 あらゆる生命活動がリソースの吸収・拡張・消費によって行われる。

 取得経験値の半分をリソースとして貯蔵する。

 現在貯蔵リソース量『100』

 

 《自死生導》

 パッシブスキル。

 蘇生可能時間経過後に自動で発動。

 万全の状態で復活する。

 消費リソース量『15,000』

 

 おお。

 リソースとかいうものはよく分からないが、《自死生導》というスキルはおそらく死んでも生き返れるスキルだろう。

 確かに私は、死んでも生き返れればいいのに、とずっと思っていた。

 私の望みが叶うような<エンブリオ>になると、移植した時にダッチェスという管理AIは言っていたが、確かにその通りになった。

 

「私はこんな感じだったけど、シュウは?」

『俺はこんな感じだな』

 

 【戦神砲 バルドル】

 TYPE:アームズ

 到達形態:Ⅰ

 

 ステータス補正

 HP補正:G

 MP補正:G

 SP補正:G

 STR補正:E

 END補正:G

 DEX補正:G

 AGI補正:G

 LUC補正:G

 

『保有スキル』

 《弾丸製造》

 アクティブスキル。

 【バルドル】専用の弾丸を製造する。

 製造する弾丸によって、必要な素材が異なる。

 

 《ストレングス・キャノン》Lv1

 アクティブスキル。

 二四時間に一度だけ使用可能。

 自身のSTRを増幅し、光弾として発射する。

 Lv1では、自身のSTRの五倍に増幅する。

 

 どうやら私の<エンブリオ>とは違って、アームズというTYPEらしい。

 シュウの趣味からして兵器が生まれたのは納得だが、このSTRの推しっぷりは何なのだろう。

 別に脳筋というタイプではない。どちらかと言えば、策を弄するタイプな気がする。

 ……力で敵わない姉に対するコンプレックスでもあったのだろうか? 

 

『《修羅変生》の効果はよく分からんクマー。なにか体に変化はあるクマ?』

「ちょっと試してみたけど、息を止めても心臓を止めても苦しくなったりしなかったよ。さっきまで感じなかった()()を空気中とかシュウの左手から感じるから、これがリソースなのかな? 私も、詳しくはわかんない」

 

 さっきまでは確かにしていた呼吸を止めても、苦しくなったりしない。

 ためしにちょっと心臓を止めてみても、意識が遠くなったりしない。

 どうやら、酸素とか栄養みたいなものが必要なくなったらしい。

 変わりに、リソースというものを消費するのだろう。

 意識を集中させると、空気中や周囲を歩く人の中に生まれて初めて感じる()()が含まれているのが分かる。

 おそらく、この()()がリソースと呼ばれるものだろう。

 一番強くリソースを感じるのは、シュウの左手だ。

 どうやら<エンブリオ>というものは、リソースの塊らしい。

 

「シュウの【バルドル】は弾丸が必要なんだよね? 先に材料を買う? お金は貸してあげるよ。二倍にして返してね」

『いちばん弱い弾丸は空気とか土から作れるらしいから問題ないクマ。早く思う存分撃ちまくりたいクマ。【バルドル】は血を欲しているクマー』

「お! シュウもやる気だねー。じゃあはやく行こうよ!」

『待ってろクマー!』

 

 テンションの上がったシュウと一緒に北門を目指して走る。

 王都の真ん中はお城で通れないから、ちょっと遠回りをしなくちゃ。

 

 ◇

 

 疾走するクマの着ぐるみに目を丸くした衛兵の横を駆け抜け、私とシュウは<ノズ森林>に辿り着いた。

 

「マップには、<ノズ森林>より先はのってないね」

『とりあえず最初はここにするクマ。敵はどこクマ?』

「あっちでリソースが動いてる。モンスターかも」

『リィンの【アスラ】は便利クマ』

「シュウの【バルドル】もかっこいいじゃん。もう弾丸は作った?」

『ばっちりクマ。それと、戦う前にパーティを組んでおくクマ』

「あ、忘れてた。ついでにフレンド申請も送っとくね」

『おっけークマ』

 

 シュウとフレンドになり、パーティを組んだ後に、リソースを感じた方角にむかって駆ける。

 五十メートルほど移動した先には、【ティールウルフ】という表示を頭上に掲げた六匹の狼の姿が見える。

 

『あれが狼の名前クマ? 分かりやすくて助かるクマー』

「なんか、すごいゲームっぽい表示だね。いや、ゲームなんだけどさ」

 

 モンスターの名前の表示についての感想を言い合っている内に、私たちに気がついた【ティールウルフ】たちが襲いかかってくる。

 どうやら、のんびり話している暇はないらしい。

 

「私に当てたら百万リルね」

『任せろクマー』

 

 先頭の一匹に向かって一直線に駆ける。

 私の横をシュウの放った土の弾丸が通り過ぎ、先頭の狼の顔面に直撃し、狼は悲鳴を上げ仰け反る。

 唸り声をあげ警戒を顕にするが、もう遅い。

 既に、私の間合いに入った。

 初期武器として受け取った竹光を抜く。

 真剣じゃないけど、私にとってはたいした問題じゃない。

 

「よっと」

 

 竹光を振るう。

 狼の頭部が空を舞う。

 まず一匹。

 二匹目の噛みつきは体を逸らしてよけ、三匹目の爪は竹光で払う。

 四匹目の飛びかかりは蹴りで迎撃。

 残りの二匹はシュウの方にいったが、問題ないだろう。

 

「ふっ」

 

 木の根に足を取られてバランスを崩した狼の右前脚を断つ。

 背後から飛びかかってきたやつの胴体を、振り向きざまに両断する。

 残りの一匹は逃げようとしたので、背中から斬り捨てる。

 前脚を失った狼にトドメをさす頃には、シュウの方も片付いていた。

 

【規定以上の技量を確認】

【条件解放により、【刀神(ザ・ブレイド)】への転職が可能になりました】

【詳細は剣士系統への転職可能なクリスタルでご確認ください】

 

「ん?」

 

 何か、機械音声のようなものが聞こえた。

 転職がどうの、クリスタルがどうの、いまいち意味が分からない。

 

『倒したモンスターは勝手にアイテムになるらしいクマー。これで冬が越せるクマー』

 

 【ティールウルフ】の死骸が消えた後に残されたアイテムを拾ってご機嫌なシュウに、先程の音声について聞いてみる。

 私と違い、ゲームに詳しいシュウなら何か分かるかもしれない。

 

『うーん、もしかしたら俺たちは、とんでもないミスをしたのかもしないクマー』

「え! つまり、どういうこと?」

『簡単に言うと、何かの職業に就かないと俺たちはずっとレベル0のままかもしれないってことクマ。【ティールウルフ】を倒してもレベルは上がってないし、レベルアップに必要な経験値量とかも分からないし、一度北門に戻って衛兵あたりに話を聞いた方が良さそうクマー』

 

 ◇

 

 一度北門まで戻って話を聞いた所、どうやらジョブと呼ばれるものに就かない限り、レベルは上がらないらしい。

 彼らにとっては常識だったらしく、呆れながら説明をしていたが、私の左手の紋章を見ると、驚きながらも納得した様子を見せていた。

 その反応が気になり、詳しく話を聞いたところによると、近々異世界から多くの<マスター>が訪れるようになると、<DIN>という情報屋が広めていたらしい。

 この世界では私たちプレイヤーは<マスター>、彼らはティアンと呼称されており、歴史の中で<マスター>は時折姿を見せるとか。

 一番有名な<マスター>は六百年の【猫神】で、今のアルター王国決闘王者である【猫神】も<マスター>らしい。

 それ以外にもいろいろ興味深い話を聞くことができた。

 

 最近<ノズ森林>のモンスターの様子が少しおかしいから、何か気づいたことがあったら教えて欲しいという衛兵たちの頼みを了承し、お礼をいって別れた後、私は【刀神】に、シュウは【壊屋】のジョブに就いた。

 【壊屋】は衛兵から教えて貰った、アルター王国で就くことの出来るジョブの中で最もSTRが伸びる下級職だ。

 あまりおすすめできないジョブらしく、シュウが【壊屋】になるつもりだと知った衛兵は、何度も考え直すよう言っていた。

 

 ジョブに就くついでに、【ティールウルフ】のドロップアイテムを売り払い──対した金額にはならなかった。少なくとも冬はこせないだろう──刀を買った私たちは、再び<ノズ森林>でモンスターを狩った。

 

 一度の戦闘で呆気なくレベルは上がった。

 レベルが上がった瞬間、明らかに身体能力が向上するのを感じた。

 ステータスを見ると、STRやAGIなどはレベル0の時に比べ倍以上の数値になっていた。

 シュウを同じなのか、『力が漲るクマー』と力こぶを見せつけるようなポーズをしていた。

 着ぐるみごしだから、力こぶなんて見えないけどね。

 

 それからおよそ四時間、私たちは<ノズ森林>を荒らし回り、シュウはレベル16に、私はレベル12になった。

 差がついているのは、私が取得する経験値の半分が【アスラ】にリソースとして貯蔵されるからだ。

 孵化時は『100』だったリソース貯蔵量は今では『1000』を超えている。

 《自死生導》には『15000』のリソースが必要らしいから、単純計算で六十時間<ノズ森林>を荒らせば必要量に届く。

 ……私が昔プレイしたゲームは、六十時間もあればクリア出来たんだけどな。

 

「シュウはどう思う? さっきの衛兵たちの話。六百年前にも<マスター>がいたらしいし、今の決闘王者とかいう人も、少なくとも数年前からいるみたいだし」

『可能性はいくつか考えられるクマ。一番単純なのは、そういう設定なだけってオチクマ。とは言っても、衛兵の昨日の晩飯なんてところまでご丁寧に設定する根性があればの話だけどな』

「それはないんじゃない? あの人、放っておいたら何時間でも娘自慢を続けてそうだったし。ティアン一人一人にあれだけ詳しい設定を考えたんだったら、私は思わず拍手しちゃうよ」

『まあ、俺もこの可能性は低いと思うクマ。一番俺の中で有力なのは世界シミュレーション説クマ』

「何それ?」

『例えば人間をこの世界に繋いだ場合、安全上の理由で時間加速は三倍までしか行えないが、管理AIがシミュレーションする分には千倍でも一万倍でも可能だってことクマ。これならそれこそ、この世界が誕生した所からシミュレーションすることもできるクマ』

「おお! 夢が広がるね」

『広がりすぎるクマ。もしそうだとしたら、十年後にはティアンにも人権が認められていてもおかしくないクマ』

 

 この世界について話しながらも、私たちは体の動きを止めていない。

 襲いかかるモンスターの攻撃を避け、倒す。

 正直、私たちの敵ではない。

 こうして会話に意識を割いていても、何ら危なげなく倒すことができる。

 

「そういえばさ、シュウにはアナウンスはこないの? 【拳神】とか【蹴神】とか【格闘神】とか、名前はわかんないけど、シュウなら規定以上の技量とかいうのもみたしてると思うけど」

『きてないクマ。超級職は同時に一人までらしいから既にティアンの誰かが就いてるか、技量以外にも条件があるとか、そもそも格闘系の【神】は存在しないとか、いろいろ可能性はあるクマ』

「単純にシュウの技量が足りないだけ、とかね!」

『それが一番嬉しいパターンだな』

「おお、武術家らしい答えだねー。ん?」

 

 【フォレスト・リーチ】のドロップアイテムを拾っていると、三〇〇メートルほど先に大きなリソースの反応を感じる。

 この<ノズ森林>で感じたなかでは一番大きい──それこそ【バルドル】から感じるものよりも大きい。

 その反応は一直線に私たちの方角に向かって移動している。

 移動速度はかなり早い。

 数秒あれば私たちの元にたどり着くだろう。

 

 振り返って刀を構えた私を見て、シュウも即座に腰を落としバルドルを構える。

 流石の反応だと感心するのと同時に、木々が折れる轟音と共に、赤い巨体が姿を見せる。

 色こそ違うけど、その姿は今日何度も目にしたものだ。

 

『【ブラッドベア】……!』

「シュウの姿を見て仲間だと勘違いしたんじゃない、っと」

 

 軽口を叩く間もなく【ブラッドベア】がその剛腕を振るい、私たちをなぎ倒そうとしてくる。

 力を受け流して軌道を逸らすと、行き場を失った腕が木に直撃し、あっさりとへし折る。かなり太い木だったのだけれど。

 今私のSTRは100を超え、最初の十倍以上の力を発揮することができるが、受け流した感触からしてこの熊の力はその更に二十倍近い。単純にSTRに換算して2000を超える。

 一発直撃をもらったらそれで終わりだろう。

 シュウの【バルドル】の弾丸が【ブラッドベア】の胴体に命中するが、こゆるぎもしない。

 明らかに<ノズ森林>のモンスターとしては強すぎる。

 恐らく、こいつが森林を荒らしたことで、他のモンスターにも影響が出ていたのだろう。

 

「シュウ!」

『任せろ! 《閂砕き》!』

 

 私が【ブラッドベア】の正面で注意を引き付けた隙に、スキルを使用したシュウの拳が無防備な背中に叩きつけられる。

 スキルによって三倍化されたシュウの正拳突きによって、【ブラッドベア】の巨体がよろめく。

 

「隙ありっと」

 

 バランスを崩した隙を逃さず、【ブラッドベア】の右腕を切りつける。

 刀が毛皮と筋肉を断ち切り、鮮血が一面に飛び散る。

 続けて三閃。

 全て【ブラッドベア】の体に傷を残し、血をばらまく。

 毛皮と筋肉の鎧は分厚いが、私の技を防ぐ程じゃない。

 

 怒りを覚えたのか、一声咆哮した【ブラッドベア】が反撃に転じてきた。

 剛腕によるなぎ払いを後方に跳躍することで避ける。

 鋭利な爪が頬を掠める。

 

 ……おかしい。

 【ブラッドベア】の動きは完璧に見切っていた。

 余裕をもって回避したはず。

 こいつの攻撃は、明らかに先程よりもはやい。

 

「シュウ、気づいた?」

『ああ、速くなってるな。……ゲームによくあるパターンだと、ダメージを受けるほどステータスが上昇するってとこだろうな』

「だとすると、持久戦は不味いね。個人的には、どんどん強くなってもらって大歓迎なんだけどさ」

『そういう事はソロプレイの時にやってくれ』

「分かってるって! じゃあ、私が隙を作るからシュウがトドメね。さっきと逆。多分一回で刀が折れるから、やり直しはなしね」

『任せろ』

 

 私の横まで下がったシュウと簡潔に作戦会議をする。

 私たちの様子を伺っていた【ブラッドベア】が、痺れを切らしたのか、まっすぐこちらに突っ込み、勢いまま両腕を振りかぶり飛びかかってくる。

 

「じゃあね──《三日月》」

 

 一閃。

 剣速に耐えきれず、刀が砕け散る。

 刀の残影から名付けられたらしい居合切りは、【ブラッドベア】の胸部を大きく切り裂き、あらゆる生物の弱点である心臓をさらけ出す。

 それでもなお【ブラッドベア】は戦意を失わず、より強い敵意を向けて来るが、もう終わりだ。

 

『──《ストレングス・キャノン》』

 

 【バルドル】から放たれた光弾が、切り裂かれた胸部に直撃する。

 シュウの一撃によって心臓を破壊された【ブラッドベア】は地面に崩れ落ち、程なくその身を光に変えた。

 

 ◇

 

 □【刀神】リィン・カーネーション

 

 【ブラッドベア】を倒した後、私たちはアルテアに戻ることにした。

 刀は砕けていたし、当たりも暗くなってきていたので、丁度いいタイミングだった。

 衛兵に【ブラッドベア】について報告した後、手に入れたドロップアイテムを売り払ったのだが、なんと二百万リルを超えた。

 なんでも滅多に発見されない希少な種族らしく、ドロップアイテムも相応に高い値段で取引されているとか。

 山分けしたから、一人あたりの取り分はだいたい百万リルだ。

 シュウは『これで冬が越せるクマー!』と喜んでいた。

 ……このネタ、いつまで引っ張るつもりなんだろ。

 

 大金も手に入ったので娼館でも探そうと言ったら、呆れたような声で断られた。

 相変わらず、こっち方面では連れない。

 顔も性格もいいんだしモテるだろうに、もっと欲望に素直になった方が人生楽しいと思うけどな。

 【バルドル】の弾丸の材料を探すらしいシュウとは、そこで別れることにした。

 

 この世界ではエルフや獣人、巨人や小人だけでなく、人化したモンスターとも深い関係になれるらしい。

 期待に胸を弾ませながら、私は日が傾きはじめたアルテアを散策することにした。

 



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第二話 王座獲得

 

 □【刀神】リィン・カーネーション

 

 シュウと共に【ブラッドベア】を倒してから、こちらの世界で二年の時が流れた。

 今では私の<エンブリオ>──【アスラ】も第六形態まで進化し、【刀神】のレベルも500を超えた。

 500レベル以降は必要経験値量が跳ね上がったから、そろそろ下級職と上級職に就いた方がいいかもしれない。

 欲しいスキルは自分で編み出せるから、あまり困ってはいないけど。

 

 最近は、決闘施設のあるギデオンと、<墓標迷宮>のあるアルテアをメインの活動拠点にしている。

 <サウダ山道>を百回は通ったと思う。

 

 この二年間、多くのことがあった。

 

 サービス開始から四週間ほど経ったある日、偶然<サウダ山道>で出会ったシュウに着いて行き、土竜人族の頼みで【絶界虎 クローザー】を打ち倒したこと。

 シュウの方は【孤狼群影 フェイウル】という<UBM>を倒して、狼の着ぐるみを手に入れていた。

 語尾はワンに変わった。やっぱりクマは鳴き声だったのだろうか? 

 この時には、今後シュウの語尾レパートリーを十種類以上も聞くことになるとは思ってもみなかった。

 

 【クローザー】を倒してから一週間ほど後におきた、ゼクスによる第三王女誘拐事件。

 雨宿りをしよう入った小屋で、私とシュウは誘拐されたテレジアに頼まれて、城へ送り届けることになったんだっけ。

 

 森の中を移動していると突如襲ってきた<UBM>──【双角人獣 ケルーノス】を倒した私が先に逃がした二人と合流したら、そこには異形の怪物相手に協力して抵抗しているシュウとゼクスがいて。

 管理AIのハムスターまで出てきて、状況は混迷を極めたけど、何とかテレジアを城まで送り届けることに成功した。

 この事件のさなかに、私達は【邪神】について知ることになった。

 

 神話級<UBM>【百眼巨亀 ドレッドアトル】の襲来と、ギデオンの総戦力をもって行われたギデオン防衛戦。

 眠りから目覚め、ギデオンに向かって侵攻した【ドレッドアトル】から街を守るため、幾多の<マスター>とティアンが協力した大事件。

 多大な犠牲を出したこの事件は、私が【ドレッドアトル】の首を落としたことで終わりを迎えた。

 私が戦った相手の中で、純粋な強さという意味では、今のところこの【ドレッドアトル】が一番だろう。

 次はもっと強い<UBM>が襲ってきてくれると嬉しい。

 

 その後、ギデオンの混乱に乗じて勢力拡大を図った犯罪組織<禁忌の雫>を壊滅させたこと。

 防衛戦の後に娼館巡りをしていた私が<禁忌の雫>を潰すことになったこの騒動の始まりは、全くの偶然だった。

 結果として<禁忌の雫>が保有していた利権と財産の一部を手に入れた私は、八番街屈指の有力者になった。

 まあ、組織の運営に興味はなかったので、全て奴隷たちに任せている。

 今では<カーネーション商会>として、ちゃんと国法を守って商売をしているらしい。

 

 <禁忌の雫>を壊滅させた後、対人戦闘に興味がでた私は決闘に参加し始めた。

 決闘では《自死生導》が使えなかったけど、問題ない。

 三ヶ月ほどで、無敗で二位の座まで上り詰めた。

 

 そして、今日。

 私と【猫神】トム・キャットによる、決闘王者の座をかけた決闘が行われる。

 

 ◇

 

 □決闘都市ギデオン

 

 熱気に包まれた中央大闘技場。

 その控え室に、一人の男性と三人の女性の姿があった。

 

「強いぞ、トム・キャットは。勝算はあるのか?」

 

 一人は【剣王】フォルテスラ。

 超級職を獲得した<マスター>であり、現決闘ランキング三位の座につく、王国屈指の強さを持つ男。

 クランランキングに名を連ねる<バビロニア戦闘団>のオーナーでもある。

 

「団長の言う通り! なんたって、アタシと団長が勝てなかったぐらいだし!」

 

 一人は【超越乙女 ネイリング】。

 フォルテスラの<エンブリオ>であるメイデンであり、現在最高位とされる第六形態まで進化している。

 

「お嬢様ならば必ずや“化猫屋敷”を打ち倒し、決闘王者の座を手にすると信じていますわ」

 

 一人は【聖娼(ホーリー・ハーロット)】ルナリア。

 <カーネーション商会>の実質的なトップである、絶世の美女。

 

 そして、もう一人。

 奴隷であるルナリアの所有者であり、決闘ランキング二位の座をフォルテスラから奪った者。

 ギデオン防衛戦の英雄であり、今日【猫神】と決闘ランキング一位の座を奪い合う者。

 

「勝つのは私。心配してる暇があったら、全財産私に賭けた方がいいよ。大儲けできるチャンスだよ?」

 

 ──【刀神】リィン・カーネーション。

 

「無論、お前の強さはよく知っているさ。たがトム・キャットの【グリマルキン】の自己増殖は俺達のような剣士には最悪の相性だ。一筋縄ではいかないだろう」

 

 フォルテスラは四度トム・キャットに挑み、その全てで退けられた過去がある。

 必殺スキルである《超克を果たす者》はトム・キャットの数とは相性が悪く、奥義である《ソード・アヴァランチ》も【グリマルキン】の増殖速度の前に敗れた。

 フォルテスラは、王国の<マスター>の誰よりもトム・キャットの脅威を知っているといえる。

 

「望むところだよ! フォルテスラ以外のランカーは歯ごたえがなくてつまんなかったし。相手が強ければ強いほど、戦いは楽しいからね」

 

 同時に彼はリィンの強さも実際に体験している。

 二位の座を奪われてから三回のリベンジマッチを挑んだが、いずれも届かなかった。

 彼女が所有する十を超える特典武具のうち、フォルテスラが効果を把握しているのは四つのみ。

 <エンブリオ>の能力も未だに不明。

 それ以上の手札を切らせることは、フォルテスラには出来なかった。

 詳細が分からないものの中に、ステータスを強化する効果を持つものと、自己情報を隠蔽する効果を持つものがあることまでは分かっているが、それだけだ。

 あるいはいずれかの効果がトム・キャットに有効な力を持つならば、リィンの自信も頷けるとフォルテスラは考えた。

 

 ──結論から述べるなら、フォルテスラの予想は外れることになる。

 

 ◇

 

『東! 挑戦者、決闘ランキング第二位……【刀神】リィン・カーネーション!』

 

 アナウンサーの声と同時に東側の入場口にスモークが焚かれ、和服の上から青いロングコートを羽織り、二本の刀を差したリィンが入場する。

 楽しげな表情をうかべ、観客に手を振り返すと、リィンが舞台に上がる。

 

『西! 防衛者、決闘ランキング第二位……【猫神】トム・キャットォ!』

 

 先程のリィンとは反対側から、頭の上に猫を乗せた男が入場する。

 観客の声援は先程よりも大きい。

 この声量がそのまま、七年以上の長きに渡り決闘王者の座に君臨し続けているトムの人気をあらわしている。

 

 舞台に上がった二人は決闘ルールの設定を済ませ、両サイドに離れる。

 闘技場をしばしの静寂が覆い、張り詰めた雰囲気に包まれる。

 

『試合、開始!』

 

 アナウンサーが試合の開始を告げるのと同時。

 トムは頭上にグリマルキンを放り投げる。

 

「──いざいざ踊らん、《猫八色》」

 

 必殺スキルの宣言と同時に、グリマルキンが七人のトムに分裂する。

 対するリィンは刀を抜くことすらせず、トムの必殺スキルの発動を眺めている。

 

「ちょっと、リィンのやつ、どういうつもり!?」

「……分からん。おそらく妨害は間に合わないと諦めたんだろうが……」

 

 ネイリングの疑問は当然だ。

 自己増殖を繰り返すトムを打倒する最大の好機は、決闘開始直後の必殺スキル使用前であることは疑いようがない。

 それを自分から捨てたリィンの行動に観客の多くは驚きの声をあげた。

 そしてその疑問は当然、トム本人も抱いていた。

 

「よかったのかなー? 自分で言うのもなんだけど、一番のチャンスだと思うけどー?」

 

 だから、相手の思惑を探るつもりでトムは問い掛けた。

 まさかいきなり勝負を投げたわけではないだろう。

 

「当然でしょ? だって、一瞬で終わったらつまんないじゃん」

「……それは、どういう意味かなー?」

 

 まるで、リィンがその気ならもう勝負は終わっているとでも言いたげなリィンの返答に、トムが目を細める。

 見え透いた挑発だと、意に介さずトムは相手との距離を詰めようとして。

 

「そのままの意味だよ? それじゃあ、いくよ──《双月》」

 

 リィンが刀の柄を握った直後、二人のトムの首が断たれた。

 リィンが所有する特典武具の一つ、【双角刀 ケルーノス】による居合切りは、トムに防御すら許さずにその首を断ち切った。

 

(はやい!)

 

 瞬時にトムは六人を散開させる。

 虚をつかれたとはいえ、トムが目で追うことすら出来なかった。

 一箇所固まっていては危険だと瞬時に判断し、即座に散開したトムの反応は決闘王者として長年君臨した経験からくるものだ。

 すぐさま増殖がはじまり人数が八人に戻る。

 

「《蟒蛇》」

 

 直後にリィンによって二人のトムがその身を両断される。

 

 トムにもはや油断はない。

 最大限の警戒を払っていた。

 回避は間に合わなかったが、防御行動はとっていた。

 にもかかわらずあっさりと、トムの上半身と下半身を分断する。

 

(《剣速徹し》じゃない! なんのスキルだ!?)

 

 距離をとった所で瞬時に追いつかれ、立ち向かえば切り伏せられる。

 リィンの攻勢が始まってからまだ十秒ほどだが、すでに二十人を超えるトムが彼女の刀の餌食になっている。

 通常ならば、このようなことは有り得ない。

 トムは一体一体が一万を超えるAGIをはじめとした、超級職にふさわしいステータスを持つ。

 いくらジョブスキルが使用できないからと言って、ここまであっさりと倒されることはない。

 トムを一太刀で切り伏せる威力を持つスキルには、それ相応の弱点が必ず存在する。

 例えば消費SPが莫大であったり、使用する前にチャージ時間が必要であったり。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 リィンが行っていることは非常にシンプルだ。

 切り伏せられたトムの数が三十を数えた頃には、トムやフォルテスラのみならず、観客全員が理解した程に。

 

「《地響》──《焔流し》──《水面月》──《雪撫で》──《五月雨》──《乱れ花》」

 

 超級職の奥義にも匹敵するスキルの、連続発動。

 本来有り得ぬこの絶技を可能にするカラクリはいたって単純である。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 超級職は、その名前と能力傾向によりいくつかの傾向に分けることができる。

 リィンのメインジョブである【刀神】は、超級職としては【神】系統に分類される。

 【神】系統は豊富なスキルを持ち、スキル自体のカスタマイズや、オリジナルスキルの開発を特徴とする。

 そのジョブ最大のスキルである奥義ですら、オリジナルスキルによって上書きされることが珍しくない。

 【神】の座にあるからこそオリジナルスキルを編み出せるのか、あるいはオリジナルスキルを編み出すほどの才覚の持ち主だからこそ【神】の座に至れたのか。

 真相は定かではないが、とにかくリィンは過去の【神】たちと同様に、自身の技術をスキルに昇華させていた。

 

 リィンが他の【神】と違うのは、オリジナルスキルの数と質。

 その数は今この決闘で見せたものだけで三十を超える。

 その質は超級職に相応しいステータスを誇るトムに一切の抵抗を許さずに切り捨てる。

 

 もちろん、【神】の座に至った者全員がこのような芸当が出来るわけではない。

 通常は、長年の研鑽の果てに幾つかの技を編み出す程度。

 ましてや、意図してクールタイムを極大化し威力を上昇させるなどということは不可能に近い。

 

 しかし、リィンは別だ。

 刀を振るうという一点に関しては、他の追随を許さぬ理外の才能の持ち主。

 本来有り得ぬことであれ、当然のように出来てしまう。

 

 何はともあれ、この決闘の行く末は二つに絞られた。

 効果からすれば微小とはいえ、間違いなく消費されるSPによりリィンの継戦能力が尽きるまでトムが耐えきるか。

 あるいは先にリィンがトムを切り伏せるか。

 

 死闘は十分間に渡った。

 リィンのSPは徐々に0に近づき。

 トムはその数を徐々に減らしていき。

 

 ──果たして、最後に立っていたのはリィンだった。

 

 トムの総数が四体になったその瞬間、リィンの《四方渡り》がその全てをまとめて両断する。

 トムの体が、光の粒になって消える。

 

 歓声はあがらない。

 固唾を飲んで見守っていた観客たちは、どこか呆然としたような表情を浮かべている。

 

『……け、決着! 決闘の勝者は……【刀神】リィン・カーネーション! 新たな決闘王者の誕生です!』

 

 遅れて発せられたアナウンスの直後、中央大闘技場は大歓声に包まれた。

 歓声は止まない。

 新たな決闘王者を讃える万雷の喝采が響き渡る。

 

 ──この日、屈指の名勝負と謳われる死闘の果てに、【刀神】リィン・カーネーションの名は王国中に知れ渡った。

 

 ◇

 

 後にこの試合を録画していたものが数えるに、リィンが放ったスキルの総数、一〇六八種。

 故に彼女はこう称された。

 

 千の刃をもつ者──“千刃”リィン・カーネーション。

 



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第三話 刀と剣

 

 □【刀神】リィン・カーネーション

 

 トムとの決闘から一ヶ月、私はひたすら<墓標迷宮>に潜っていた。

 これには、二つの理由がある。

 第一に、決闘王者となったことで決闘の回数が減ったこと。

 一位になったら決闘回数が減るというのも妙な話だが、実際そうなっている。

 二位のトムは王座を奪い返そうとする気配はないし、フォルテスラはトムに敗れ続けている。

 ランク以外のものを賭けた決闘なら行えるけど、わざわざ私に決闘を仕掛けてくるような人間はほとんどいないし、フォルテスラはトムを倒してから私に挑む腹積もりらしい。

 そんなわけで、決闘王者であるにも関わらず何日間も<墓標迷宮>に篭もりっぱなしでも何ら問題は無い。

 

 もう一つの理由は、【アスラ】が<超級エンブリオ>に進化したこと。

 各種スキルの出力が上昇し、必殺スキルを習得した【アスラ】だが、一つ欠点がある。

 それは、リソースの消費が激しいことだ。

 例えば、第一形態では『15000』だった《自死生導》のリソース消費が、<超級>進化後には『3000000』に跳ね上がった。

 このスキルだけを見るなら進化によって弱くなっている。

 変わりに、<超級>進化によって習得したスキル《万源変換》によって、自身に所有権のあるアイテムをリソースに変換して貯蔵することが出来るようになった。

 そんなわけで、私はリソースを稼ぐために<墓標迷宮>にもぐり、要らないドロップアイテムを片端からリソースに変換しているという訳だ。

 

 今日もまた、<墓標迷宮>に潜り深層でドラゴンを買っていたのだが、そこでいつもと違うことが起きた。

 神話級<UBM>──【滅竜王 ドラグフィン】との遭遇だ。

 かつて私が首を落とした神話級<UBM>──【百眼巨亀 ドレッドアトル】よりも遥かに強大な怪物であり、久しぶりに《自死生導》を使わされた。

 最後は必殺スキルによって勝利をおさめることができたけど、変わりに貯蔵リソースを六割近く消費してしまった。

 特典武具として【滅竜刀 ドラグフィン】を獲得したので、試しに【双角刀 ケルーノス】をリソースに変換してみたところ、十万ちょっとにしかならなかった。

 

 なんだか損をした気分になった私は、一度<墓標迷宮>から出ることにした。

 すでに五日近く潜り続けていたので、丁度いいタイミングだろう。

 久しぶりに地上を出た私に、一人の騎士が話しかけてくる。

 

「リィン様! お待ちしておりました。グランドリア団長よりリィン様への手紙を預かってまいりました。こちらです」

「ん? ラングレイから手紙?」

 

 そういって手紙を私に手渡す。

 見たところメインジョブは【聖騎士】だから、近衛騎士団の一員なのだろう。

 手紙を送ってきた相手も私の知り合いだ。

 【天騎士】ラングレイ・グランドリア。

 近衛騎士団騎士団長であり、ギデオン防衛戦では肩を並べて戦った間柄だ。

 その後も何度か手合わせはしたが、手紙をやり取りするほど親しい訳では無い。

 一体なんの用なんだろう? 

 疑問を感じながら封を開け、手紙を読む。

 堅苦しい挨拶や、決闘王者就任の祝辞など内容は長々しく続いているが、この手紙の目的はこの一文で事足りるだろう。

 

 ──第一王女に剣の稽古をつけてほしい。

 

 ◇

 

「で、どういうことなの? なんでわざわざ<マスター>の私にこんな依頼をしなくても、ラングレイが教えればいいじゃん」

 

 興味をひかれた私は、さっそくラングレイに会いに行った。

 王城に訪れた私は、貴賓室のような場所でラングレイと向かい合って座っている。

 

「無論、今までは私が師となり指南してきました。しかしながら、私よりも貴女の方が、アルティミア殿下の師にふさわしいと思ったのです」

「なんで? 仲が悪いとか?」

「いえ、そのような事はありません。これは、ひとえに私の力不足が原因なのです」

「力不足?」

 

 ラングレイはかなり強い。

 <マスター>でも彼に勝つことができるのは極ひと握りだろう。

 そんな彼が、力不足? 

 

「はい。端的に申し上げると、アルティミア殿下は天才なのです。半月ほど前に三年間の留学を終えられましたが、もはや技術面で私が教えることなど何もありません」

「ふーん。それで私ってわけね」

「はい。勿論、相応の報酬はお支払いします。どうか一度だけでも、アルティミア殿下に稽古をつけては頂けませんか?」

 

 ◇

 

「はじめまして。知ってると思うけど、【刀神】リィン・カーネーションだよ。よろしくね!」

「アルター王国第一王女アルティミア・アズライト・アルターよ。こちらこそ、依頼を受けてくれて感謝するわ」

 

 私は依頼を受けることした。

 単純に、剣の天才だという第一王女に興味があったのだ。

 

 伝えられた日に王城にむかうと、鍛錬場に案内された。

 なんでも、第一王女専用の鍛錬スペースらしい。

 流石は第一王女だ。スケールが大きい。

 

 鍛錬場に入った私の目に一人の女性の姿が映る。

 腰まで届く藍色の髪が特徴的な、この世界で目にした中ではルナリアと並んで一番の美貌の持ち主だ。

 あと、胸がでかい。

 

 私に気がついたようなので挨拶をしてみると、笑顔で返してくる。

 どうやらあまり礼儀作法にうるさいタイプではなさそうだ。

 まあ、私は敬語が苦手だから、やれと言われてたところで頑張っても五秒も持たないけどね。

 そんなことを思っていると、アルティミアが急に私に向かって頭を下げる。

 

「稽古を始める前に、私から一ついいかしら。……妹と民を救ってくれたこと、王女として、そして姉として感謝するわ。その、本当にありがとう」

 

 急に感謝されてびっくりしたが、どうやらテレジアの誘拐事件とギデオン防衛戦のことをいっているらしい。

 アルティミアは深く私に感謝の念を感じているようだけど、ぶっちゃけテレジアの件はただの偶然だし、ギデオン防衛戦は強い<UBM>と戦いたかっただけで、誰かを助けたいみたいな気持ちは一切なかった。

 

「え? ああ、その、どうも?」

「ふふっ。何をそんなに驚いてるのよ?」

 

 面食らっている私の顔が面白かったのか、アルティミアがくすりと笑う。うーん、いい笑顔。

 

「じゃあ、さっそくなのだけど、一試合お願いしてもいいかしら?」

「もちろん!」

 

 壁に立て掛けられていた剣を構えたアルティミアに向かって、私は頷いた。

 

 ◇

 

「ふっ!」

 

 袈裟斬りを受け流す。

 アルティミアはバランスを崩すことなく、流れるように追撃を放つ。

 連続して剣を振るうこのスタイルは、ラングレイのものとよく似ている。

 その剣は淀みなく、なるほど確かにラングレイは技術的にはもはや教えることはないと言ったのも頷ける。

 しかし、いくつかの違和感がある。

 

 第一に、どこか本来の戦闘スタイルとは異なった戦法を強いられているような窮屈さを感じること。

 数と速度で圧倒しようとするラングレイ流の剣の中に、ときおり()()()()()()()()()とでも言わんばかりの剣が混じる。

 アルティミアの未熟さ故の異物であるかのようなそれは、しかしながら他のどの剣よりも高い領域の一撃だ。

 まるでそれが、本来アルティミアが得意とするものであるかのように。

 

 第二に、アルティミアのステータスの高さ。

 剣技云々の前に、そもそもアルティミアのSTRとAGIが高い。

 一般的なカンストティアンよりも高く感じる。

 《看破》してみたところ、メインジョブが【剣聖】であることしか分からなかった。

 看破妨害のスキルを持った装備の力だろう。

 王族らしく、最高級の装備をしているようだし、その中にステータス増強の装備でもあるのだろうか? 

 それにしては、アルティミアから感じるリソースに違和感があるのだけど。

 

「隙ありっと」

「あっ、……はぁっ、はぁっ。……ふぅ。私の負けね」

 

 アルティミアの剣が一瞬乱れた隙に剣を払い、体制を崩し刀を首に当てる。

 アルティミアは乱れた息を整えると、私に握手を求めてくる。

 こういう所もラングレイにそっくりだ。

 

「どうかしら? 私の剣は、貴女のお眼鏡にかなったかしら?」

 

 握手を返す私にアルティミアが尋ねる。

 そういえば、とりあえず一回お試しで稽古をつけてみて、継続するかはその時に考えるということになっていたんだった。

 

「うーん、そうだなぁ。とりあえず、あと十試合してからね!」

「ふふっ、望むところよ」

 

 刀を構えた私に向かって、アルティミアもまた笑みを零しながら剣を構えた。

 

 ◇

 

 それから私は、週に一度ぐらいのペースでアルティミアに稽古をつけている。

 自然と親しくなり、この<Infinite Dendrogram>の中で一番の友人といえる程仲良くなった。

 アルティミアと二人でお風呂に入り胸を揉んだ者なんて、アルター王国で私だけだろう。

 会う度に一晩のお相手を頼んでいるけど、返事は芳しくない。

 第一王女であるこの身体は私だけのものではないと断られてしまう。

 とはいえ、第一王女の立場を理由に断りはするものの、私と()()()()()()をするのが嫌だとは一度も言わない。

 私の経験上、脈アリだ。諦めずに言い続けることにしている。

 

 アルティミアの剣の腕も大きくあがった。

 ラングレイが天才と称するだけのことはあり、日に日に成長している。

 リアルで一人も弟子を持たない私が、<Infinite Dendrogram>では師の真似事をしているなんて、なんだか不思議だけど。

 

 ちょっとしたトラブルもあった。

 看破・鑑定能力を持つ特典武具を獲得した私が、アクセサリーの隠蔽能力を突破してアルティミアが【聖剣姫】だと言うことを知ってしまったのだ。

 当時は【聖剣姫】だということを隠していることなんて知らなかったので、私は普通に、アルティミアって【聖剣姫】だったんだね、と話したのだが、その時のアルティミアの反応は今思い出しても凄かった。

 結局、他言無用を固く誓うことになったが、最初の手合わせから感じていたステータスの高さの理由が分かった。

 

 しかし、【聖剣姫】だと知ったのは悪いことだけではなかった。

 【アルター】の力を前提とした剣術を教えることができる。

 事情を知ったのだからとアルティミアのレベル上げも手伝った時に初めて目の当たりにしたが、あの剣は凄まじい。

 純粋なリソース量でも、<超級エンブリオ>の数倍の量を感じる。

 本気になったアルティミアならば、もしかしたら私に勝てるかもしれないほどだ。

 あの剣の力があるのなら、確かに専用の特化した剣術を身につけるべきだろう。

 幸いにも《自死生導》ならば【アルター】による傷でも治ったので、【アルター】を振るいながらの鍛錬も行えた。

 アルティミアに【救命のブローチ】を装備させた上で、致死ダメージを与えるまで続く模擬戦をすることもあった。

 ラングレイにバレたら間違いなく怒られるので、私たちだけの秘密だ。

 

 ◇

 

 何はともあれ、私とアルティミアは多くの時間を共有し仲を深めた。

 

 時には共に稽古に励み。

 時には共に<墓標迷宮>に潜り。

 時には共に食事を楽しみ。

 時には共に<UBM>に立ち向かった。

 

 そんな私たちの関係に、一体のモンスターが少しの変化をもたらした。

 

 ──ルニングス公爵領、壊滅。

 ──【雷竜王 ドラグヴォルト】、死亡。

 ──<城塞都市 クレーミル>、崩壊。

 

 ──【三極竜 グローリア】、襲来。

 



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第四話 決戦前夜

 

 ■??? 

 

【第三次超級進化誘発干渉──開始】

 

 ◇◆

 

 □■アルター王国 【グローリア】出現より二日

 

 突如現れた<SUBM>──【三極竜 グローリア】。

 <雷竜山>の守護者【雷竜王 ドラグヴォルト】を滅ぼし、ルニングス公爵領を壊滅させた邪竜は凄まじい速度で飛行し<城塞都市 クレーミル>に侵攻した。

 出現よりわずか一日で<クレーミル>に到達した【グローリア】は、偶然居合わせたドライフ第二機甲大隊、緊急配備された王国戦力、ホームタウンを守るために戦った<マスター>の尽くを蹴散らした。

 あまりの侵攻のはやさに住民の避難はほとんど間に合わず、数万人のティアンが【グローリア】によって犠牲となった。

 【剣王】フォルテスラによって尾を切断され、心臓を破壊された【グローリア】は傷の修復に一日を費やすも、いまだ健在の翼を広げ王都にむかって侵攻を続けている。

 明日には王都を《絶死結界》の範囲に収めるだろう。

 

 ──ここで一つ、仮定の話をするとしよう。

 

 もし仮に、リィンとアルティミアが出会っていなかったのなら。

 もし仮に、二人の研鑽によってアルティミアの合計レベルが五〇〇を超えていなかったのなら。

 もし仮に、アルティミアが《絶死結界》による選別を超えられず、【グローリア】に立向かうことが出来なかったのなら。

 

 あるいは、王国が払うことになった犠牲はもっと少なくてすんだかもしれない。

 【アルター】によって【グローリア】が一方的に敗れ去ることを危惧した管理AIによって、【グローリア】のAGI制限が撤廃されることはなかったかもしれない。

 侵攻速度が遅くなったことで避難が間に合い助かる命があったかもしれない。

 フォルテスラの剣が、【グローリア】の翼に届くことがあったかもしれない。

 

 しかしこれらは全て、無意味な仮定に過ぎない。

 現実には、【グローリア】の翼は健在であり、数万の命を糧にさらに強大な脅威と化して王都に迫っている。

 

 ──王都を死の呪いが覆うまで、あと僅か。

 

 ◇

 

 第一王女の私室には、二人の女性の姿があった。

 この部屋の主であるアルティミアと、彼女の友であり師であるリィンだ。

 

「寄生虫──<月世の会>は【グローリア】討伐の協力に同意したわ。……忌々しい【契約書】つきでね」

 

 ベッドに腰掛けたアルティミアが憎々しげに呟く。

 先程行われた王国と<月世の会>の交渉の結果は、彼女の気に障るものだったようだ。

 

「相変わらず、アルティミアは月夜が嫌いなんだねー」

「当然よ」

 

 リィンはくつろいだ様子でベッドに寝転んでいる。

 まるで自分の部屋にいるかのように、我が物顔の振る舞いだ。

 

「シュウ、あーっと、【破壊王】もカルディナから帰ってきたみたい。とりあえずこれで、王国の<超級>は全員そろったね」

「……タイミングが最悪だったわ。【破壊王】が王国に不在で、リィンが<墓標迷宮>に潜っている時に<SUBM>が現れるなんて。まるで狙い済ましたみたいに……」

 

 アルティミアが愚痴る。

 それは()()()ではなく、事実管理AIによって意図的に計られたタイミングによるものだったが、ティアンである彼女には想像もつかない事だ。

 

「……ねぇ、リィン。やっぱり私も一緒に……」

「ダメだって。アルティミアはラングレイに【大賢者】と一緒に王城で待機って決まったじゃん」

「でもっ! 私は王国を守るために今までっ!」

「まあまあ、しょうがないよ。死んでも生き返る<マスター>とティアンとじゃ、命の重さも、とるべき戦略も違うんだしさ。それに、アルティミアがいなくなったらテレジア達も不安がるって」

「それはっ……そうかもしれないけどっ! でも、じゃあ私はなんのために今まで……」

 

 アルティミアは自分の無力さを嘆き、悔しそうに唇を噛む。

 彼女は父である国王により、王城での待機が命じられていた。

 それは、娘を想うが故の命令だったかもしれないが、アルティミアにとっては到底納得できるものではなかった。

 そんな彼女の様子をみて、リィンが励ますように話しかける。

 

「私がいるから大丈夫だって! アルティミアは私が負けると思うの?」

「それは、確かにリィンはとても強いけど……」

「それに、まだアルティミアに一晩お相手して貰ってないしね! この夢を叶えるまで、私は死んでも死ねないよ!」

 

 それは、二人の間では日常的な軽口であり、アルティミアを励ますための冗談であることは明らかだ。

 アルティミアだってそれは分かっている。

 しかし、アルティミアはリィンの言葉に何かを決意したかのような顔をする。

 そんなアルティミアの様子に気がつき、リィンは不思議そうな顔をする。

 一瞬の静寂の後、先に口を開いたのはアルティミアの方だった。

 

「……いいわ」

「え?」

「……王国を救ってくれたら、この体を全部リィンの好きにしていいわ」

「えぇ? アルティミア、それ本気でいってるの?」

 

 アルティミアの言葉に、リィンが戸惑いの表情を浮かべる。

 当然だ。今アルティミアは明らかに冷静ではない。

 そんな彼女を落ち着かせようと、リィンはすぐ側まで近づき声をかける。

 

「別にさっきのはただの冗談だったんだけど……」

「じゃあ、リィンは私が欲しくないの?」

「いやいや、欲しいか欲しくないかでいったらそりゃ欲しいけど、別に脅してでも手に入れようとかは別に……んっ」

 

 リィンはそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

 アルティミアがリィンを引き寄せ、口づけしたからだ。

 目を丸くしたリィンは、我に返るとアルティミアを引き離す。

 

「ぷはっ。……ちょっとアルティミア! さっきから変だよ?」

「……ごめんなさい」

「いや、別に責めてる訳じゃないし、むしろご褒美ありがとうってかんじだけとさ」

 

 リィンはアルティミアと向き合い、彼女の話に耳を傾けようとする。

 どうやら、一度アルティミアの言葉を最後まで聞くことにしたらしい。

 

「……私は、貴女が好きよ。リィン」

「えっ? 私も、アルティミアのことは好きだよ?」

「ふふっ、ありがとう。……私は、弱いわ。【アルター】に選ばれて、【聖剣姫】になって、でもそれだけ。王国の危機に、貴方と共に立ち向かうことさえ許されなかった。こんな私が貴女にしてあげられることは、これだけなの。……いいえ、このいい方は卑怯よね。貴女のことが好きだといいながら、貴女の好意を利用しようとしている。別に、嫌じゃないのに、恩着せがましく。こんなこと、最低よね。でも私の中には、確かに喜びの感情があるわ。これは貴女が好きだから? それとも貴女に私の不安を全部押し付けたから? ねえ、私今、何をいってるのかしら? もう自分でも分からないわ。分からないの。ねえ、リィン、好きよ。これだけは嘘じゃないわ。本当に。好きよ。嘘なんかじゃない。ねぇ、だから、お願いよ。王国を──私を助けて、リィン」

 

 いつからだろうか。アルティミアの両目からは涙が溢れていた。

 生まれてからずっと、アルター王国第一王女として、【聖剣姫】として、二つの立場にふさわしい人間になろうと彼女は努力してきた。

 見えないところで重責は彼女の心に溜まり続け、今この部屋で爆発することになった。

 《絶死結界》を超えるだけの力をもっていたにも関わらず戦いに参加することすらできない無力感。

 明日には自分も父も妹も民も、王国全てが消え去っているかもしれないという恐怖。

 心を開くリィンと二人きりになったからだろう。

 アルティミアはもはや自分の気持ちを押さつけることができず、子供のように感情の吐露を抑えることができない。

 今自分が何をしているのか、何を口にしているのか、自分でも理解ができない。

 ただ、不安と恐怖と悔恨と無力感と、数えきれない感情でぐちゃぐちゃになった心をリィンにぶつけているだけだ。

 

 そんなアルティミアを見たリィンは、はたして何を思ったのか。

 涙を流すアルティミアの傍によると、その体をそっと抱きしめて囁いた。

 

「大丈夫。【グローリア】は私が倒すよ、アルティミア。だから大丈夫。何も心配することなんてないよ」

 

 ◇◆

 

 かくして、役者は出揃った。

 

 迫り来るは【三極竜 グローリア】。

 <SUBM>にして、最も完成されたモンスターと称される大災厄。

 

 迎え撃つはアルター王国の<マスター>。

 “千刃”【刀神】リィン・カーネーション。

 “正体不明”【破壊王】シュウ・スターリング。

 “月世界”【女教皇】扶桑月夜と、<月世の会>の精鋭たち。

 

 ──<ノヴェスト峡谷>にて、王国存亡をかけた決戦の幕が切って落とされた。

 



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第五話 エピローグ&プロローグ

 

 □■<ノヴェスト峡谷>

 

「それじゃあ、まずは私からだね」

 

 迫り来る【グローリア】の気配を感じながら、リィンは確認のための言葉を発した。

 この場にいるのは彼女だけではない。

 シュウに月夜、<月世の会>の精鋭たち──ここで【グローリア】を迎え撃つ者たち全員が揃っていた。

 

『ああ、頼んだぞ』

「がんばってやー、リィやん」

「任しといてよ! それじゃあ、お先!」

 

 シュウと月夜が彼女の言葉に同意する。

 その言葉聞いたリィンは、音を優に超えた速度で【グローリア】に向かって駆ける。

 リィンの動きを目で終えたものは、いまこの場にいるものの中でもわずか数名しかいなかった。

 

 数秒後、轟音がシュウたちの耳に届く。

 リィンと【グローリア】の戦闘が始まったようだった。

 

「リィやんが失敗したら、そこでいきなりゲームオーバーやな」

『大丈夫さ。むしろ、俺たちの出番が無いかもしれない』

「いやいや、もし一人で何とか出来たら人間ちゃうわ」

『確かに、人間業じゃないな。……けどよ』

 

 月夜の言葉に同意を返しながら、シュウはかつてリアルで目の当たりにした彼女の力を思い出しながらこう言った。

 

『あいつは──化け物だぜ』

 

 ◇◆

 

「おおー、でっかいね」

 

 空に浮かぶ【グローリア】の巨体を見上げながら、リィンは呟いた。

 

『Flulululululu……』

 

 【グローリア】が結界に侵入した存在に気付き、声を上げる。

 

「いくよ」

『FLUUSSSHHEEAAA!』

 

 リィンの姿を捉えた【グローリア】が唸り声をあげ、一本角の顎が大きく開く。

 

『──《OVERDRIVE》』

 

 戦いの初手は、【グローリア】の放つ光のブレス。

 <クレーミル>で数万のティアンを殺しレベルを上昇させたことにより、《起死回生》による強化がなくとも二万に達したAGIによって、極光のブレスが振るわれる。

 

「それは知ってるよ」

 

 しかし、リィンの姿を捉えることはできない。

 ブレスの照射元である首は音速の二倍で振り回され、当然ブレスは【グローリア】から離れれば離れるほど高速で周囲を薙ぎ払う。

 いかにリィンが異常な戦闘技術を持つとはいえ、簡単に避けることはできない。

 では何故【グローリア】はリィンを捉えることが出来なかったのか。

 理由はあまりにも明白だ。

 

 ──()()()()A()G()I()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「遅いよ」

 

 リィンはいとも簡単に空を駆ける【グローリア】の背後をとる。

 【グローリア】は振り向くことすら間に合わない。

 それも仕方が無いことだ。

 今のリィンのAGIは、文字通り桁が違う。

 

 数値にして──()()()()

 

 このAGIはリィンの<超級エンブリオ>──【久遠闘争 アスラ】の固有スキル《万源燃焼》の力によるもの。

 効果は単純。

 十秒毎に消費する貯蔵リソースと同じ数値だけステータスを強化する。

 <超級エンブリオ>に至った今では、最大五十万の強化を可能にする。

 この数値は、例えばSTRとENDに二十五万ずつといったように分配することも可能だが、今リィンは全てをAGIの強化に費やしている。

 合計レベル一二二〇による基礎ステータスと、アクセサリー装備枠拡張の特典武具により纏った合計二十一個の特典武具の装備補正によって五万に到達したAGIと合わせ、五十五万。

 【絶界布 クローザー】による《斬撃結界》を足場がわりに空を駆けたリィンの動きに、【グローリア】は対応できない。

 

「まずは、翼をもらうね──《終末の涙》《飛燕》」

 

 【グローリア】の背後をとったリィンは、【滅竜刀 ドラグフィン】の固有スキルを発動させ、刀を振るう。

 リィンの一撃は、容易く【グローリア】の翼を断ち切った。

 

『FLUUUUUUSSSSHEEEAAAAAAAA!』

 

 地面と墜落した【グローリア】は異常に気づく。

 断ち切られた翼から、自らの細胞が死滅していっていることに。

 すぐさま三本角によって翼が根元から噛みちぎられる。

 

 グローリアの脳裏に、ありえないという言葉が過ぎる。

 この人間がどのような方法で莫大なステータスを得ているにしろ、細胞死滅は特典武具である刀の力によるものだ。

 たかが神話級の特典武具のスキルとしては強力すぎる。

 理由は分からないがとにかくあの刀は己を殺しうると、【グローリア】は理解した。

 

 ステータス同様、これもまた【アスラ】の固有スキル《万源封入》によるものだ。

 効果も同じく単純。

 十秒毎のリソース消費と引き換えに装備品を強化する。

 《万源燃焼》と同じく最大値である五十万分のリソースを全て【ドラグフィン】に注いだことによって、《終末の涙》は容易く【グローリア】を侵すほどの効果を発揮している。

 

「次は一本角だよ──《先駆け》」

 

 驚愕する【グローリア】に構わず、リィンは続けて一本角を狙い刀を振るう。

 咄嗟に反応したことにより両断は避けられたが、それでもなお斬撃は深く首を切り裂く。

 

(想定よりステータスの上昇幅が大きいね。もうAGIは四万くらいかな)

 

 リィンが思考した通り、【グローリア】は<クレーミル>で獲得したリソースにより基礎ステータスだけでなく《起死回生》も進化させていた。

 HP減少によるステータスの増強は以前よりも遥かに大きく、六〇〇〇万を優に超えるHPを残す今ですらそのステータスを大幅に強化している。

 

(でも、《終末の涙》には関係ない)

 

 これほどの傷を与えたならば、首ごと断ち切らなければ《終末の涙》からは逃れられない。

 故にリィンはこの程度の傷でも問題ないと考えた。

 

 ──【グローリア】もまた、この程度の傷ならば問題ないと考えた。

 

『FLUUUSSSHEEEAA!』

「なっ!」

 

 まるで関係ないとばかりに攻勢に転じた【グローリア】に虚をつかれ、追撃の構えを見せていたリィンは慌ててその場から飛び退く。

 まさか相打ち狙いかと一本角に目をやったリィンの目に、予想外の光景が飛び込んでくる。

 

 一本角の傷は、死滅した細胞を切除しながら凄まじい速度で跡を消していく。

 一秒もしないうちに、そこには一見無傷の一本角があった。

 

 ──【グローリア】は、スキルの改造に秀でたモンスターである。

 <クレーミル>で得たリソースにより《起死回生》を強化した【グローリア】は、先程翼を断ち切られた直後に外傷修復能力をも改造していた。

 莫大なリソースの獲得と、目の前の敵により命の危険を感じた【グローリア】の生存本能によって即座に行われたスキル改造は、《終末の涙》に特化して対応した。

 もはや【グローリア】にとって《終末の涙》は脅威ではない。

 

『LUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』

 

 しかし【グローリア】に油断は生じない。

 眼前の敵は、己を打ち破る力を持つ強敵であり、全身全霊でもって相手をしなければ負けるのは己の方だと認めた。

 故にリィンが距離をとったこの千載一遇の好機に、迷わず自身の切り札を解禁した。

 

 一本角の咆哮とともに、【グローリア】の全身が──黄金の鱗全てが発光する。

 管理AIにすら秘匿していた切り札を晒した【グローリア】が、リィンに向かって突進する。

 その速度は先程までよりもはやい。AGIにして六万を優に超える。

 わずかに宙に浮き迫る【グローリア】を前にリィンがとった選択は回避。

 すれ違いざまにリィンは斬撃を飛ばすも、極光の鎧によって防がれる。

 

(うーん、ダメだね。ENDも十万ぐらいありそう。直接じゃなきゃ斬れないけど、あの鎧には【ドラグフィン】が耐えられない)

 

 AGIの差もありリィンは【グローリア】の猛攻を耐え続けるが、この均衡は永遠ではない。

 リィンのステータスは莫大なリソースを短時間に消費することで得られるもの。

 持久戦になれば貯蔵リソースが尽きたリィンが【グローリア】の攻撃を防ぎきることができなくなり、リィンの敗北だ。

 

(これは、あれを使うしかないかなー。まだ未完成だけど、しょうがない)

 

 この均衡を打ち破る手段を1つ、リィンは有している。

 そのスキルは未だ未完成であったが、事ここに至っては気にしていられない。

 【グローリア】と距離をとったリィンは両手で【ドラグフィン】を構えると、目を閉じ自らの内に意識を集中させる。

 

『FLUUUOOAAAAAAA!』

 

 それを結界によって感じた【グローリア】は迷いなくリィンに向かって突進する。

 この行動は《極竜光牙剣》に対する自信のあらわれであり。

 同時にはやく潰さなければやられるという直感のあらわれでもあった。

 

 音速の六倍の速度で【グローリア】がリィンに迫る。

 【グローリア】が右腕を振るう。

 リィンは目を閉じたまま。

 そして、【グローリア】の右腕がリィンを消し飛ばす一瞬前に──

 

「──《模倣聖剣・天地開闢》」

 

 ──リィンの一閃が一本角を消滅させた。

 

 《模倣聖剣・天地開闢》。

 このスキルはその名の通り、リィンがアルティミアの振るう【アルター】の力を模倣しようとして編み出されたスキルだ。

 リィンであっても【アルター】の切断能力の模倣は難航し、未だに未完成である。

 しかし、未完成でもなおリィンの編み出したスキルの中で最大の威力を誇るこの一閃は、《極竜光牙剣》もろとも【グローリア】の首を一つ奪ってみせた。

 

『GUOOOOOOOO!』

 

 一本角を消し飛ばされ、《極竜光牙剣》を失ってなお、【グローリア】は未だに健在。

 三本角は即座にリィンを噛みちぎろうと首をしならせる。

 リィンは今スキルの硬直によって身動きがとれず、反動により【ドラグフィン】も砕け散っている。

 最大の好機を逃さなかった【グローリア】の牙は確かにリィンの体を穿ち、リィンは全身を光の粒にかえる。

 

「《月面除算結界──薄明》」

『叩き込め、バルドル』

 

 【グローリア】に、一本角の消滅を嘆く時間が与えられることは無かった。

 二本角が結界への大量の侵入者を感じる。

 直後、周囲が夜に包まれ、【グローリア】の周囲が爆撃に晒される。

 回避を試みるも、大幅に下がったAGIでは全て避けきることはできない。

 

『SHUEWOOO!』

 

 二本角が威嚇するかのように、吼える。

 侵入者の総数は三十五。

 しかし、最大の脅威はすでに排除した。

 自身のステータスによって、一人一人潰していこうと【グローリア】は考え──

 

『ああ、足元に注意した方がいいぞ』

 

 ──直後、足元に発生した反応に驚愕した。

 

 突如として出現した三十六人目の侵入者──いや、間違いなく先程排除した一人目の反応を感知した直後、三本角に向かって斬撃が放たれる。

 その一撃は、三本角の首を深く切り裂いた。

 

「……やっぱ、【ドラグフィン】じゃないと武器がもたないね」

 

 そこには、砕け散った神話級金属の刀を手にするリィンの姿があった。

 

『SHUEWOOO……!』

 

 リィンの姿を認めた【グローリア】が距離をとるように後ろに飛び退く。

 警戒して様子見する【グローリア】の前で、リィンの傍にシュウと月影に抱えられた月夜が集まる。

 

「思ったよりずっとステータスの上昇がはやいよ。はやい内に三本角を落とさないと、ステータスで押しつぶされるかも」

「私の看破でみたところ、現在STRは十六万、ENDは十三万、AGIは月夜様のスキルで減算されて二万といったところです」

「えー、なんやそれー。ずるいやろー」

『すでに俺でもスキルを使用しないと攻撃が通らないってことか。とんだ怪物だぜ。まあ、やるしかないか』

 

 【グローリア】の情報を共有した彼らは、すぐさま散開する。

 

『SHUWOOO!』

 

 それを見た【グローリア】が、最も移動速度が遅いシュウに向かって突撃するが、その攻撃がシュウに届くことはなかった。

 

「おっと、させないよ」

 

 【グローリア】の前にリィンが立ち塞がる。

 減算されたAGIでは、リィンを振り切ることは出来ない。

 リィンによって足止めされている間に、【グローリア】の体に【ジェム】と【DD弾】が降り注ぐ。

 ENDなどお構い無しに、固定ダメージの嵐が【グローリア】を襲う。

 一本角を失った今の【グローリア】には攻撃手段が肉体による接近戦しか残されておらず、その接近戦はリィンによって封じられる。

 一本角が健在であれば、このような状態にはならなかった。

 数を揃えたところで終極によって薙ぎ払うことができたし、翼があれば空から一方的に光のブレスを浴びせることができる。

 戦艦にした所で、《絶死結界》がある以上遠距離戦に徹すれば【グローリア】の敵では無い。

 しかし、現実として一本角はもう既になく、距離をとろうにもリィンがそれを許さない。

 ……既に、【グローリア】は詰んでいるように思われた。

 

 ◇◆

 

 状況が変わったのは、一方的な戦況が始まってから僅か数分後。

 【グローリア】のHPを半分に減らした時だった。

 

 <月世の会>のメンバー三十二名が──即死した。

 

 残された四人は、各々がその意味を理解できた。

 

 ()()()()()()()()

 

 であれば必然、最後に残るのは一本角。

 現時点ですらSTR・END・AGIの合計値が六十万を超えるステータスが、さらに強大化した【グローリア】。

 

 一か八かの必殺スキルを使用した短期決戦に移行しようとしたシュウの動きを止めたのは、月夜の言葉だった。

 

「なあ、クマやん。もしクマやんが二本角を落としたとして、あいつのHPは残りどんぐらいになると思う?」

『……わからん。恐らく二千万前後だとは思うが。確実に言えるのは、俺の戦闘続行は不可能だろうってことぐらいか』

「リィやんはどうや?」

「私もシュウと同じかな」

「じゃあしゃあないな。──二本角はうちがもらう。三分時間を稼いで、その後あんさんの結界の外に移動してもろてええ?」

『……いいのか?』

「これが一番勝算があるんやからしゃーないわ。リィやんも、うちの骨はちゃんと拾ってや?」

「もちろん! 任せといて!」

 

 そして月影の影の中に身を隠した月夜は詠唱を紡ぐ。

 残された三人は【グローリア】を相手に時間を稼ぎ、三分後、月夜が詠唱を終える頃には月影は瀕死の重症をおっていた。

 

「ご苦労様、影やん」

「…………」

 

 言葉を発することすら出来ず、しかし笑顔で光の塵となった月影を、月夜は同じく笑顔で見送った。

 

「さて、そろそろうちらの出番もお終いやね、“【グローリア】の二本角”」

 

 その言葉に答えるように、月夜の手のひらの光の玉が脈打つ。

 すでにリィンとシュウと姿はない。

 三分がたった時点で、【バルドル】を収納したシュウの首根っこを掴んだリィンによって二人とも《絶死結界》の範囲外にいる。

 ならば当然、【グローリア】の動きを抑えるものもいない。

 【グローリア】は腕を横薙ぎにして月夜の下半身を消し飛ばす。

 

『SHUUOOEEAAAAA! ……?』

 

 そして月夜を踏み潰そうとした【グローリア】は、月夜から放たれた光の玉に気づく。

 【グローリア】はそれを見つけた瞬間、本能的に回避を行う。

 しかし、超音速で回避した【グローリア】に構わず、光の玉は徐々に彼我の距離を詰めていく。

 

『SHHEEAAAAAAAAA!』

 

 光の玉の異常さを目の当たりにした【グローリア】が叫ぶも、距離が離れることはない。

 そして、光の玉は【グローリア】との距離を詰め。

 

『──《月面除算結界・薄明》』

 

 着弾直前に【カグヤ】によって【グローリア】のHPは六百万弱まで減算され。

 

「レベルで人の命を測って、仰山奪っていきよったのがあんさんやから」

 

 残HPの半分近い三〇〇万ダメージを蓄えた《聖者の帰還》が命中し。

 

「レベルで死にはったらよろしいわ」

 

 ──二本角の首が跡形もなく消し飛んだ。

 

『GULUUUOOOOO……』

 

 一本角に続き、二本角までも失った【グローリア】は、失った半分の体を修復するために動きを止めていた。

 あるいは、生まれて初めての孤独に何か思うところがあったのかもしれない。

 

 ──しかし、この隙をこの二人は逃がさない。

 

「──《果てなき闘争(アスラ)》」

「──《無双之戦神》」

 

 ──ここに、世界屈指のステータスをほこる三者による最終決戦がはじまった。

 

 ◇◆

 

「《断蓮》」

「《破城槌》ッ!」

 

 リィンとシュウのスキルによって強大化した一撃が【グローリア】に直撃する。

 

『GUOOOOO!』

 

 怯むことなく【グローリア】は反撃に転じる。

 もはや五十万を優に超えるAGIによって放たれる一撃は、今のシュウであっても避けきれるものではない。

 しかしながら、【グローリア】の攻撃は未だに一度もシュウに届いていない。

 

「《雨樋》」

 

 リィンがその尽くを逸らしているからだ。

 しかし、今や百万を超えるSTRによって放たれる【グローリア】の一撃はリィンであっても無傷での迎撃は不可能だ。

 あるいは【ドラグフィン】があれば話は別だっただろうが、今の武器では【グローリア】の攻撃に耐えられない。

 シュウから攻撃を逸らした代償に、リィンはその身を光の塵に変え──

 

「《避雷針》」

 

 ──即座に復活して再び【グローリア】の攻撃を逸らす。

 

 すでに同じような光景が数十回繰り返されている。

 それは、本来ならばありえないことだ。

 【アスラ】の《自死生導》は進化を重ねるごとにコストが上昇し、気軽に連発することはできなくなっている。

 ましてや今のリィンはステータスの強化と武器の強化のために十秒毎に百万のリソースを消費している。

 いかにリィンが蓄え続けたリソースが膨大であったとしても、とっくの昔に空になっていなければおかしい。

 事実、リィンの貯蔵リソースは【グローリア】相手に三分間の時間稼ぎを終えた時点でほぼ尽きかけていた。

 あたかも無限のリソースを保有するかのようにリィンがスキルを乱用できるのは、必殺スキルである《果てなき闘争》の力によるものだ。

 

 そもそも【アスラ】は現実のリィンの不満から生まれたもの。

 呼吸や睡眠を必須とする身体への不満から《修羅変生》が。

 死ねばその後闘争を楽しむことができない不満から《自死生導》が。

 自らの技に耐えきれぬ脆い肉体への不満から《万源燃焼》が。

 自らの技に耐えきれぬ脆い武器への武器から《万源封入》が。

 

 リィンの不満を解消するためだけに進化を続けた【アスラ】だが、最も大きなリィンの不満は解消できていなかった。

 元より、リィンが最も求めるは()()()()()()

 故に<超級>に至り獲得した必殺スキルは、一時的にリィンの願いを叶える。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いまだ<無限>に届かぬ身なれば、闘争に果てはあれど。

 この三十分間、リィンを縛るものは何もない。

 

 そして。

 

「──《破界の鉄槌》」

 

 【破壊王】の最終奥義が【グローリア】の足を奪い。

 

「──《天月》」

 

 リィンの居合切りが【グローリア】のコアを露呈させ。

 

「──《ストレングス・キャノン》」

 

 奇しくも始まりの日と同じ形で、この戦いは幕を閉じた。

 

 ◇

 

 迫るは【三極竜 グローリア】。

 迎え撃つはアルター王国の三人の<超級>。

 

 この戦いの果て、見事王国を救った三人を称えるに曰く。

 

 三つの首を落としたもの。

 【三極竜】を超えたもの。

 アルター王国の三つの頂点に立つもの。

 ──<アルター王国三巨頭>。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 □2045年3月16日

 

 東京のマンションの一室で、一人の男性がゲームのパッケージを手に取る。

 

「……いざ!」

 

 どこか緊張した顔つきでパッケージを開けると、男を待ちきれないと言わんばかりに説明書を一読する。

 その速度は、平均的なものよりもかなりはやいものだった。

 説明書を読み終えた男は、素早くヘルメット型のハードを装着し、ゲームスタートのスイッチを入れた。

 机の上に置かれたままのパッケージにはゲームのタイトルが書かれている。

 

 

 

 

 ――<Infinite Dendrogram>。

 

 

 

 

 

 To be continued?

 



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The Beast of Undead
第一話 出会い――【聖騎士】


 

 □レイ・スターリング

 

 念願の<Infinite Dendrogram>をプレイし、ネメシスの力で【デミドラグワーム】を倒した俺は、兄が予約してくれていた店で食事をとっていた。

 美味しい料理に舌鼓をうちつつ、兄から<エンブリオ>や<マスター>、ティアンについての説明を受ける。

 いくつかの疑問を解消した俺は、一つ気になっていたことを兄に尋ねることにした。

 

「兄貴ってリリアーナと前に何かあったのか?」

『何のことクマー?』

「誤魔化すなよ。どう見ても兄貴を知っている様子だったぞ」

 

 もっと言えば、兄に対しあまり好意的な印象を持っていないように思う。

 

「何やらかしたんだよ?」

『何もしてない。何もしなかったから、恨んでいるんだろう』

「どういうことだ?」

 

 何もしてないのに、何故? 

 

『長くなるぞ。それに、おもしろくない』

「いいさ」

 

 俺が引くつもりがないことを悟ったのか、兄はため息をついてから話し始めた。

 

『こっちの時間で半年前に、ドライフ皇国がアルター王国に侵攻した。簡単にゲーム風に言えば、戦争イベントだ。サービス開始後初となる戦争イベントは、大きな注目を浴びた、が』

 

 兄はそこで溜息をつく。

 

『結果はアルター王国の惨敗。領土の三分の一を喪失し、主要なティアンの多くが戦死した』

「……何でそんなに差があったんだ?」

『国で比べるなら戦力は互角だった。しかしそれはティアンに限った話で、<マスター>は別だ』

「ドライフの<マスター>人気がアルターよりも高かったってことか?」

 

 でもチュートリアルで見た限りでは、初期国家間にそこまで印象差はなかった気がする。

 たしかにドライフのスチームパンクというか、メカ系の特徴は<マスター>人気がありそうだ。

 でもそれを言うならアルターだってファンタジーの王道中の王道だろう。ドライフにそこまで劣る気はしない。

 

『いや、当時の王国と皇国の間に差はなかった。<マスター>戦力が大きく偏ったのは発売当初のレジェンダリアと、ここ最近のカルディナぐらいだろうな。惨敗した理由は、王国の<マスター>の多くが戦争に参加しなかったからだ』

「何でだ? 目玉イベントなんだろ?」

『王国と皇国の<マスター>の待遇の差が、明暗を分けた。演説で助力を願っただけの王国に対し、皇国は戦果に応じた破格の報酬を約束した』

 

 結果として、ドライフの<マスター>の士気は上昇し、アルター王国の<マスター>の士気は下がったって訳か。

 

『今からでもドライフ側で参加したい、なんて言うやつまでいたぐらいだ。あるいは、それすらも皇国の戦略だったのかもな。だとしたら、王国はまんまと術中に嵌ったってわけだ』

「なるほどな」

 

 確かに同じ<マスター>での待遇の差があれば、ゲームとして不満を感じる人がいるのも理解できる。理由できる、が。

 

『そして最も決定的だったのは、王国のランキングのトップランカーの内、二人が参戦しなかったことだ』

「ランキング?」

『あれだ』

 

 そう言って兄は外の方を指さす。

 窓から見える噴水広場の先には、立派な掲示板が見える。

 

『あれがランキング掲示板だ。こっちで三ヶ月毎に更新される。討伐ランキング、決闘ランキング、クランランキング。それぞれ読んで字のごとくだが、上位三十人がランカーとしてあそこに名前がのる』

「へぇ」

『そして、戦争中に展開される<戦争結界>は、当事国でのランカー以外のログインを制限する』

 

 なるほど。ランキング入りを目指した<マスター>のプレイ活発化が狙いだろうか? 

 

『クランランキングはクランメンバー全員が対象だから、戦争期間限定のクラン加入って抜け道もある。皇国の多くの<マスター>はそうした』

 

 仮にゲームを始めたばかりの初心者であっても戦争に参加できるような救済措置もあるわけだ。

 

『そして、討伐ランキングトップの“正体不明”【破壊王】は顔を晒すことを嫌い、クランランキングトップの<月世の界>のオーナー、“月世界”【女教皇】扶桑月夜は国との交渉の頓挫を理由に参戦を拒否した。決闘ランキングトップの“千刃”【刀神】リィン・カーネーションは参戦したが、焼け石に水だった。運悪く他の有力な<マスター>もリアルの都合で参戦できず、始まる前から勝負は決まっていたようなものだった』

 

 そして戦争が始まり──結果は惨憺たるありさまだった。

 【刀神】の孤軍奮闘虚しく、王国の国土とティアンは皇国のトップランカーである【獣王】【魔将軍】【大教授】によって蹂躙された。

 

『第三国であるカルディナの皇国侵攻により、アルター王国はギリギリで生き延びた。ただし、あと数ヶ月もすればまた戦争がおきるだろうな』

 

 ……なるほど。

 

「じゃあリリアーナに恨まれているってのは……」

『俺も参加しなかったランカーの一人だ。リリアーナの父と、彼女が仕えた国王も戦争で死亡している。嫌うなってのが無理な話だ』

「……全く」

 

 本当に、面白くない話だ。

 

「で、御主はどうする気かのぅ、マスター?」

 

 ネメシスが俺に問いかける。

 もしまたこの国が戦火にさらされたら、か。答えは一つしかない。

 それにはまず、やらなきゃいけないことがあるな。

 

「ランカー、か」

「目的が決まったかの?」

 

 ネメシスの声に俺は頷く。

 

「戦争に参加できない状態で何を言っても始まらない。まずは……ランカーになるところからだな」

 

 ◇

 

 翌日、朝から装備を整え【聖騎士】になった俺は兄と別れレベル上げをすることにした。

 狩場に行く途中で、ルークとバビロンというフレンドもできた。

 同じ人型の<エンブリオ>であったバビにネメシスが声をかけたのがきっかけで、一緒にスイーツを食べたりもした。

 <イースター平原>と<ノズ森林>でレベル上げを行い、一〇レベルに達したところで何者かの襲撃を受け──俺は、死んだ。

 

 ◇

 

 デスペナルティが解除され、ネメシスとの絆を深めた俺は、集団PKによって使用できない初心者狩場のかわりに<墓標迷宮>に訪れていた。

 到着早々、一〇万リルを無駄にしたことが発覚し膝を折る事態になったが、いつまでも気にしていられない。

 ネメシスの正気が削れたりもしたが、順調にアンデッドを蹴散らし、レベルも二つ上がった。

 探索の結果、次の階層に繋がる階段を見つけた。

 

『マスター』

 

 階段の前で今後の出費について考えを巡らせていると、ネメシスが俺を呼ぶ。

 それは、注意を促す声音だった。

 

「どうした?」

『階段から誰か上がってくるぞ』

 

 階段の先に耳を澄ますと、確かにカツンカツンという足音が反響しているのが聞こえる。

 しばらくすると、一人の女性が階段を上ってくるのが見える。

 和服の上から青いロングコートを羽織った女性の目が俺の方を向く。

 俺と同じく周囲の狩場のかわりにここでレベル上げをしているのだろう。

 かるく目礼して、階段の前から退く。

 

「あれ?」

 

 すると女性は俺の顔を見つめながら声を上げる。

 俺の事を知っているのだろうか? 

 そうだとすると、俺はこのゲームを始めたばかりだし、やはりリアルの知り合いだろうか。

 髪の色以外はあまり弄っていないので、気づく人は気づくかもしれない。

 

 そんな事を思っていると、女性は一足で階段を飛び越え俺の横に着地し、こちらに顔を向けてこういった。

 

「君って、着ぐるみのお兄さんがいたりしない?」

 

 ◇

 

「つまり、兄の知り合いなんですか?」

「そうそう! 名前が似てるからねー、すぐ噂の弟くんだって分かったよ」

 

 噂のって……。

 兄貴のやつ、あることないこと喋ってないだろうな? 

 

「下から見えるシルエットが禍々しかったから、ボスモンスターかとも思ったんだけどね。気配が<マスター>っぽかったから一応()てみたら、見覚えのある名前だったってわけ」

「ボスモンスター? 一階でもでるんですか?」

「深いところに比べたらレアだけどね。ここでもたまにランダムポップするよ」

 

 ……攻略サイトの情報、結構見落としてるみたいだ。

 

「レベル上げの途中で合わなくてよかった」

「レベル上げ? えーっと、【聖騎士】で合計一二レベルか。ああ、《銀光》があるなら確かにここが一番効率いいかもね」

 

 どうやら俺の名前だけじゃなくてレベルまで見えてるらしい。

 それにしても、《銀光》? 

 

「《銀光》って何ですか?」

「あれ? 知っててここに来たわけじゃないんだ。《聖別の銀光》っていうのは【聖騎士】が覚えるスキルで、アンデッドに対するダメージが十倍になるんだよ」

「十倍!?」

 

 もしダメージが十倍になったら、今の俺ですらこの階層の【ゾンビ】や【スケルトン】は一撃だろう。

 

「でも俺、まだスキルは《ファーストヒール》と《聖騎士の加護》、《瞬間装備》の三つだけしか覚えていないんですけど……」

「今のレイならここで数時間アンデッドを倒してるだけで覚えられるよ。《銀光》さえ覚えたらスピリット系のアンデッドにも武器が効くようになるから、はやいうちに覚えておくといいよ」

「本当ですか? それは、ありがたいです」

 

 【ジェム】を買わなくて住むなら、俺の経済状況が一気に改善する。

 

「でも《銀光》のことを知らないんだったらなんでここでレベル上げしてたの? 【許可証】はいらないだろうけど。最初は外の方が効率いいってシュウから教えてもらわなかったの?」

 

 ……買っちゃいましたけどね、【許可証】。

 

「知りませんか? 今、初心者狩場はテロで使えないんです」

「テロ?」

「テロっていうか、集団PKなんですけど。三日ぐらい前からずっとです」

「あー。一週間ぐらい潜りっぱなしだったからね。知らなかったな」

 

 ネットぐらい確認しとけばよかったかな、と彼女はぼやく。

 

「おぬし、一週間もここにおったのか!?」

「うん。深い所では結構強いボスモンスターが出てくるんだよね。楽しいよ。たまに死ぬし。まあ、ずっと潜ってると怒られちゃうから、一週間ぐらいで切り上げてるけど」

 

 なんと言うか、儚げな見た目と違ってとてもアクティブな人みたいだ。

 

「そういえば、自己紹介してなかったね。リィン・カーネーションだよ。よろしくね!」

 

 最近は自己紹介をする機会なんてなかったから、とリィンさんは続ける。

 その名前には、聞き覚えがあった。

 

「もしかして、ランカーの?」

「そうだよ! 私が、決闘王者。すごいでしょ?」

 

 リィンさんは自慢げに胸をはる。

 この人が、決闘ランキング一位。

 俺が目指すランカーの、そのさらに頂きにいる人。

 

「南のギデオンって都市で決闘はやってるから、見においでよ。近々でっかいイベントもあるしね。あーでも、今はPKがいるんだっけ? うーん」

 

 リィンさんは少し考えてから、

 

「じゃあPKは私が片付けとくよ」

 

 と言った。

 

「たぶんお願いされるだろうしね。明日になったら使えるようになってると思うよ」

「ちなみに、どうやってかのぅ?」

「もちろん、実力行使だよ!」

 

 笑顔で言ったリィンさんは立ち上がる。

 

「それじゃ、アルティミアも待ってるだろうし、私はそろそろいくね。あと、これあげる」

 

 そう言ってリィンさんはどこからか取り出した石を俺の方に放る。

 

「《エスケープゲート》っていう、神造ダンジョン専用の脱出魔法が入ってるから、帰りのことは気にせずレベル上げができるよ」

「いいんですか?」

「私は自分の足で出口までいく派だから、使うことはほとんどないからね。腐るほど余ってるの」

 

 《銀光》についてアドバイスしてくれるだけじゃなくて、【ジェム】までくれるなんて、なんていい人なんだろう。

 

「じぁあね」

「はい、いろいろありがとうございました」

 

 リィンさんは手を振りながら部屋を出ていった。

 

 ◇

 

 □王都アルテア 王城

 

「やっほー、アルティミアいるー?」

 

 第一王女の執務室を無造作に開け放った女性──リィンは大きな声で呼びかける。

 国王代理を務める第一王女に対してこのような振る舞いが許されているのは、彼女だけだ。

 

「あら、リィン。今回は早かったわね。あと三日は<墓標迷宮>かと思っていたわ」

「もちろん、アルティミアに早く会いたかったからだよ!」

「ふふ、私もよ」

 

 アルティミアは笑顔でリィンを迎え入れる。

 戦争以来、周囲から距離をとっているアルティミアが心を許す数少ない一人がリィンだった。

 

「でも、ちょうど良かったわ。実は一つ、お願いがあるのよ」

「それって集団PKのことー?」

「耳が早いわね。その通りよ。既に経済的な損失は最低数億リルと見込まれているわ。これだから、貴女以外の<マスター>は……」

 

 アルティミアが忌々しげに呟く。

 戦争以来、彼女の心には<マスター>に対する不信が生まれている。

 それは皇国の<マスター>によって多くのものを奪われたからであり、彼女が寄生虫と呼ぶ王国の<超級>の影響でもある。

 

「別に<マスター>全員が悪人ってわけじゃないよ。何なら私は<マスター>の中でもめちゃくちゃ性格が悪い部類に入ると思うしね」

「それは、分かっているわ。<マスター>の中には、王国のために戦ってくれた者もいる。……貴女みたいに」

「何度も言ってるけど、私が戦争に参加したのは私自身とアルティミアの為だよ」

「ふふっ、そうだったわね」

 

 これは彼女たちの間で何度も繰り返された話題だ。

 リィンに諭されてなお、アルティミアの不信が完全に氷解することはなかった。

 

「それで、PKは全員斬っちゃっていいんだよね?」

「ええ、お願いするわ」

「じゃあ、早速行くね。長引かせない方がいいだろうしね」

「一週間ぶりなのにゆっくり話せないのは残念だけど、仕方ないわね」

「今夜は王城に泊まるから、大丈夫だよ」

「そうなの? 楽しみだわ」

「それじゃ、さっさと終わらせてくるね。……強い奴がいるといいけど」

 



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第二話 出会い――【女衒】

 

 □【女衒】ルーク・ホームズ

 

 レイさんたちとギデオンに着いた翌日、僕は新たな仲間を探してキャサリンさんにお店を紹介してもらった。

 キャサリンさんのメイドであるルビエラさんの案内で魔王商店という所にやって来た僕は、二時間ほどかけて店中の【ジュエル】を見て回ったのだけれど、心惹かれるモンスターが見つかることはなかった。

 

「うーん、こうなるとバザーを見て回ったほうがいいかもね」

「しかしオーナー殿。バザーで《審獣眼》は少し……」

「あー。もしバレたら<マスター>でも危ないか」

「となるとやはり、()()()しかありませんね」

 

 《審獣眼》が何なのかは分からないが、バザーの治安はそこまで良くないようだ。

 となると、この街で新しいモンスターを見つけるのは諦めた方が良さそうかと思った瞬間、ルビエラさんが何処か心当たりがあるような発言をする。

 

「え? 彼を()()()に連れていくのかい?」

「はい。お嬢様から許可は頂いております」

「あー、キャサリンの紹介なら問題ないか」

 

 僕を蚊帳の外に、オーナーとルビエラさんは何かを決めたようだ。

 会話の流れからして、僕をどこかのお店に紹介してくれるのだろうか? 

 

「それではルーク様。別の店にご案内いたします。オーナー殿、私たちは失礼させていただきます」

「あっ、すみませんでした。お手数お掛けしてしまって」

「いいのいいの。それじゃ、気をつけるんだよ。多分大丈夫だとはおもうけどね」

 

 どこか不穏な言葉を口にするオーナーにお礼をいった僕たちはお店を後にした。

 

 ◇

 

 それからしばらく歩いた先にあったお店は、先程の魔王商店よりも更に人通りの少ない入り組んだ路地裏の先にポツンと立っていた。

 どう考えても商売には適していない場所に居を構えるそのお店の看板には、『カーネーション商会 秘密の名店』と書かれている。

 ……秘密なら看板を出さない方がいいじゃないだろうか? 

 それに、カーネーション、ね。

 いくつかの疑問が浮かぶが、ルビエラさんがお店の中に入ったので僕もそれに続く。

 

「あれ? ルビエラじゃん。久しぶりー」

「ご無沙汰しております。珍しいですね。リィン様がここにいらっしゃるのは」

「まあねー。次のイベントが終わるまで<墓標迷宮>には潜るなって言われちゃってさ。暇つぶししてたの。それで、その子は?」

「お嬢様の後輩であるルーク様です。本日はルーク様のご案内を承っております」

 

 中に入ると、一人の女性がルビエラさんに声をかける。

 ルビエラさんは少し驚きの表情を浮かべたあと、女性に僕を紹介する。

 

「はじめまして。キャサリンさんの後輩のルーク・ホームズです」

 

 自己紹介しながら女性の姿を観察する。

 長い銀髪に端正な顔立ち。

 和服の上から羽織った青いロングコート。簪やブーツ、指輪を繋げたようなチェーン型のネックレスは全て、僕の《鑑定眼》では名前すら見ることができない。

 おそらくその全てが、レイさんの篭手と同じ特典武具。

 僕は彼女を知っている。

 王国を封鎖した<凶城>と<ゴブリンストリート>の構成員を両断した彼女の姿を知っている。

 

「私はリィン・カーネーションだよ。よろしくね!」

 

 彼女が──リィンさんが笑顔で返事をする。

 <Infinite Dendrogram>をプレイし始めてまだ日が浅い僕ですら、彼女の噂はよく耳にする。

 <アルター王国三巨頭>の一人にして決闘王者が、そこに居た。

 

「ラッキーだね、ルーク。この店で買い物ができるなんて、レアなんだよ?」

「そうなんですか?」

「そりゃもう! 完全紹介制だから、普通の人は存在すら知らないしねー。<マスター>で知ってるのは十人もいないんじゃないかな? ねえ、リア?」

 

 リィンさんがお店の奥に向かって呼びかける。

 

「はい、お母様。この店の存在を知る<マスター>は、ルークで八人目です」

 

 リィンさんを母と呼ぶその女性は、どこか無機質な声でそう言った。

 肩にかかるほどの銀髪に、赤い瞳。

 額には真紅の宝石が埋め込まれており、素肌をさらす肘は球体関節になっているのが分かる。

 メイド服に身を包んだその女性は、人間ではなかった。

 

「はじめまして、ルーク。この店の店主、カーネリアンです」

 

 カーネリアンさんは、先程リィンさんに向けたものよりも明らかに冷たい声で挨拶する。

 

「はじめまして」

「ふふーん。リアが気になる?」

「ええ、まあ」

 

 球体関節を観察していたことに気付いたのであろうリィンさんが話しかけてくる。

 明らかにこの世界にはそぐわない技術の結晶。

 【破壊王】の戦艦と同じようにリィンさんの<エンブリオ>かと思い《鑑定眼》で見てみるが、【カーネリアン】という名称が見えたので違うようだ。

 額の宝石の名称は【魔泉宝玉 クリムエル】。

 名前しか見れないが、命名法則からしておそらくは特典武具。

 

「リアは先々期文明の機械人形だよ! 特典武具とか使って改造したの」

「先々期文明に特典武具、ですか」

 

 確か遺跡から偶に出土する遺物だったはず。それに加えて、特典武具。

 どちらもかなり希少なものらしいけど、特典武具に限っても今リィンさんが装備しているものと合わせて十個以上。驚異的な数だ。

 

「凄いですね。<超級>の方々は、全員そんなにたくさんの特典武具を持っているのでしょうか?」

「うーん、人それぞれかなー。何かしらの情報網とかで<UBM>の居場所を集められるなら、十個ぐらい珍しくないしね。ただ、私はその中でも特別多いかな。私より特典武具持ってる人は見たことないし。と言うより、<墓標迷宮>が特別なの」

「<墓標迷宮>ですか?」

 

 王都の地下に広がる神造迷宮。レイさんから聞いたことはある。

 それが、特別? 

 

「私も他の神造ダンジョンに潜ったことはないから詳しくは知らないけど、<墓標迷宮>は難易度が高いんだってさ。それこそ深層なら十日に一回は<UBM>に会えるよ」

「それは、すごいですね」

「まあ今のところ私しかそこまで潜れてないから独占状態ってのもあるだろうけどね。それに、国から危険な<UBM>が見つかったらクエストがきたりするし、単純に倒す機会が多いんだよね」

「なるほど」

 

 そこまで話したところで、そう言えば、とリィンさんが口にする。

 

「それで、何買いに来たの?」

 

 話がそれてしまっていたけど、もともとここは商店なのだから、その質問はもっともだろう。

 

「えっと、新しい従魔を探しています」

「従魔かー。えーっと、魔物売り場はどこだっけ」

「こちらです、お母様」

 

 カーネリアンさんの先導で移動した部屋には、大量の【ジュエル】が所狭しと並べられていた。

 純粋に数だけ比べるなら、魔王商店よりも何倍も多い。

 

「何か希望は?」

「水棲モンスターで」

「それならば、あちらに」

 

 案内されたブースにもやはり、無数の【ジュエル】が並べられている。

 他のブースに比べても遜色はない。

 

「……うわぁ」

 

 千を超える【ジュエル】の中には純竜のものも混じっている。

 品揃えが異常にいい。

 それと一つ気になるのが、値段がどこにも書いていないことだ。

 

「すみません。これ、値段の方はどうなっているのでしょうか?」

「気になった商品があれば、私が教えます。現金での購入だけでなく、物々交換や依頼の報酬といった形も可能です」

「……なるほど」

 

 完全紹介制と言っていたし、客の数が少ないからこそ行えるシステムだ。

 

「分割払いも可能ですので、あまり気にする必要はないかと」

「分かりました、ありがとうございます」

 

 ひとまず端から順番に見ていくことにする。

 数が数なので、一通り目を通すだけで数時間はかかりそうだ。

 

「へー! 《審獣眼》持ちなんだ。珍しー」

「はい。ですので、できれば全ての【ジュエル】を確認したいのですが……」

「うーん、数がなー。ドロップしたりガチャから出たりした【ジュエル】を片っ端から詰め込んであるから、私でもどんだけあるのかよく分かんないんだよね」

「現在【ジュエル】のみですと三七五六八〇点の在庫があります。ここに陳列されているのはその一部です」

「それは無理だね!」

 

 三人はどうやら僕のことについて話しているようだ。

 ここでも話題になっているのは《審獣眼》というもの。

 話が終わったのか、棚に近づいたリィンさんは一つの【ジュエル】を手に取って僕に見せてくる。

 

「これはなんかどう? 他の従魔も一緒に乗せて海を渡れるよ!」

「【エンペラー・ホエール】?」

「【エンペラー・ホエール】。上位純竜級。高い知能と巨体が特徴。七二〇〇万リル」

 

 疑問を浮かべた僕の声にすぐさまカーネリアンさんからの説明が入る。

 

「うーん。それはちょっと……。他の子たちとの兼ね合いもありますし」

「他の子? そう言えば、今の手持ちを聞いてなかったね」

「【三重衝角亜竜】と【クリムズン・ロックバード】です。あと、<エンブリオ>のバビ」

「よろしくー!」

 

 退屈だったのか今まで黙っていたバビが勢いよく手をあげる。

 リィンさんやカーネリアンさんが今までバビについて言及しなかったのは、《看破》と《鑑定眼》で僕の<エンブリオ>だと気付いていたからだろう。

 

 その後も幾つかの【ジュエル】を見せられたのだけれど、これだ、というものはなかった。

 しかし、リィンさんから見せられるモンスターはだんだん僕の理想に近づいている感じがする。

 反応をみて、僕自身も理解しきれてない僕の好みを把握しているのだろうか? 

 

 もうこの店にきてから一時間以上が経過している。

 

 【アクアドラゴン】──違う。

 【ゴーストシップ】──違う。

 【デビルフィッシュ】──違う。

 【ディープオクトパス】──違う。

 

「……あれ?」

 

 順番に【ジュエル】を見ていた僕の視界の隅に、一つの甕が映る。

 別段変わったところのないその甕に、不思議と目がひかれる。

 

「すみません。あの甕は?」

「ん? ああそれね。よっと」

 

 リィンさんが無造作に甕の蓋を開ける。

 直後、銀色の何かがリィンさんに襲いかかる。

 声を上げる間もなく迫る銀色を事も無げに指で受け止めたリィンさんが甕から距離をとる。

 今のは……スライム? 

 

「【ミスリル・アームズ・スライム】。金属スライム種の希少種。非常に臆病な性格をしており、テイムには特定の手順が必要」

「オークションで競り落としたんだよね。レアだからさ。一度手に入って満足したから、適当にここに置いてたんだった」

「……おいくらぐらいでしょうか?」

「ん? この子が欲しいの?」

「はい」

 

 一目見た時から、僕の心は決まっていた。

 何と表現すればいいのだろうか。

 あたかもジグゾーパズルのピースが綺麗にはまった時のような、この子だという確信があった。

 

「そうだねー。じゃあ、条件つきで一〇〇〇万リルかな」

「……条件、とは?」

「簡単だよ? この子はまだ未テイム状態だから、ルークが自分でテイムする。これだけ!」

 

 ……結局、数時間の試行の結果、僕は【ミスリル・アームズ・スライム】──リズをテイムすることに成功した。

 

 その後徹夜で狩りをした僕は、再開したレイさんにイヌミミが生えているのを見て、自分の目を疑うことになるのだけど、それはまた別の話だ。



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第三話 最後の雫

 

 □【刀神】リィン・カーネーション

 

「アンデッドの<UBM>?」

「は、はい! 《真偽判定》によって確認済みです! 現在、一人の<マスター>が足止めをしているとのこと。副団長が部隊を率いて急行しています」

 

 近衛騎士が慌てた様子で駆け込んできたと思ったら、何だか一大事のようだ。

 今のギデオンにはエリザベートがいたはずだし、他国の賓客も大勢いるはずだ。

 生者を襲うアンデッドは放置できないだろう。

 何せ、明日にイベントを控えた私に依頼するくらいだし。

 

「暇つぶしには丁度いいかな。リア、ついてきて」

「分かりました、お母様」

 

 ◇

 

「あれ、なんでここに?」

「あっ、お久しぶりです。リィンさん」

 

 ギデオンから出てすぐの山中には、レイとリリアーナ達がいた。

 <UBM>が出たと言う割には、あまり緊張感を感じない。

 

「リィン様。実はその、<UBM>はレイさんが討伐したようで……」

 

 リリアーナが畏まった口調で話しかけてくる。

 もっと気軽に接してくれていいと言ったのだが、アルティミアの師であり友人である私に対して失礼な口は聞けないといって譲らない。

 ()()仲なんだから、遠慮することはないのに。

 

「へー! レイが?」

 

 レイの装備を見てみると、確かに二つ特典武具を装備している。

 【ガルドランダ】と【ゴゥズメイズ】は、どちらもランクの割にはとても強力だ。

 それに、()()()()()()ね。

 

「そっちのブーツがアンデッドの方だよね?」

「あ、はい」

 

 なるほど、なるほど。

 

「ゴゥズメイズって名前だけど、もしかして、ゴゥズとメイズだったりする?」

「はい。ゴゥズの方は詳しくは分かりませんけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でも、何で分かったんですか?」

「ちょっと、心当たりがね。それじゃ、ギデオンに戻ろっか。疲れてるだろうし、あんまり長時間離れてるのもよくないでしょ?」

 

 それから、私たちはギデオンへの帰路についた。

 レイが二つの特典武具を獲得した経緯を聞いていたらすぐにギデオンに到着する。

 どうやらなかなか波乱万丈な目にあっているようだ。

 その後、リリアーナ達は護衛に、レイは就寝するために解散した。

 彼女たちの中では、今日の事件はもう解決しているのだろう。

 

「それで、場所は分かった?」

「はい、お母様」

 

 よかった。これで、無駄足にならずにすみそうだ。

 

 ◇◆

 

 ■アルター王国

 

 彼は優秀な人間だった。

 生まれてから、彼は周りの者達よりもずっと優れていた。

 自然と彼は他者を見下すようになっていった。

 裏社会に入ってからも彼は優秀であり、いつしか幹部の地位についていた。

 彼が所属する組織の名は<禁忌の雫>。

 ギデオンを本拠地とし、王国の裏社会を牛耳る大組織だった。

 そんな組織で、彼は【死霊術師】としての才能を武器に幹部まで上り詰めた。

 彼は自分は誰よりも優れていると思っていたし、その証拠に彼は【冥王】の座に至った。

 超級職に至った彼はますます傲慢になり、いずれは自分が王国の裏社会に君臨するのだと思っていたし、自分よりも強いものなど居ないと思っていた。

 

 ──あの日までは。

 

 突如として襲来した神話級<UBM>【ドレッドアトル】によって、ギデオンは未曾有の被害を受けた。

 この機を逃さず、勢力を拡大しようと彼らが考えたのは当然だった。

 

 結果、<禁忌の雫>は一人の<マスター>によって壊滅した。

 

 命からがら逃げ延びた彼は、恐怖によって支配された。

 生まれてはじめて狩られる側に回った彼の心を狂気が満たしていった。

 

 ──力だ。

 ──もっと力がいる。

 ──あの暴虐のような、力が。

 

 それから彼は、一つの研究に没頭した。

 それは、自身を核としたアンデッドモンスターの創造魔法の開発だった。

 【大死霊】ではない。

 【死霊王】でもない。

 人間であることを止め、モンスターとなるための手段を彼は探し始めた。

 

 彼にとって、それは当然の結論だった。

 人間よりもモンスターの方が強いのだから、人間の身体など不要だった。

 

 三年以上の時間をかけて、彼の準備は整った。

 この三年間でかき集めた大量の死骸と彼自身を対象に、彼は自身が編み出した魔法を唱えた。

 

 ──その日、世界に新たな<UBM>が誕生した。

 

 ◆

 

 <UBM>となってからも、彼は力を蓄え続けた。

 配下のアンデッドを用いてティアンの死体とモンスターの完全遺骸を集め、自身の身体の一部としていった。

 ある日、彼は配下のアンデッドが二体滅びたのを感知した。

 そのアンデッドは、彼が見つけた死体の中でも特に上質なものを素材としたものであり、彼の配下の中でも特に強い個体だった。

 気になった彼は、視界を飛ばしてみることにした。

 

 そこには、あの女がいた。

 かつて彼を恐怖によって支配したあの女が。

 

 どうやら女は彼に気付いているようで、一直線に彼の本体に向かって移動している。

 それを目にした彼の中に、もやは恐怖はなかった。

 今の自分ならば、かつて自分を支配した恐怖すらも敵ではないと信じていた。

 彼は再び、自分よりも強いものなど居ないと思うようになっていた。

 

 ◇◆

 

 □■<クルエラ山岳地帯>

 

「ここです」

 

 機械人形──カーネリアンが後ろを振り返って言った。

 振り返った先にいるのは、リィン。

 彼女たちは、山岳地帯の奥深くにやって来ていた。

 

「ふーん、なるほどね。むこうもやる気みたいだよ」

 

 リィンが呟いた直後、地面が揺れる。

 二人は動じることなく、じっと地面を見つめている。

 この揺れの発生源は、リィンたちの目線の先──地下にあった。

 揺れが始まってからしばらくして、大地が二つ裂けた。

 裂け目の中から大きな影が這い出てくる。

 その影の正体は、死体の山であった。

 人間に、ドラゴンに、怪鳥に、魔蟲に、魔獣に、スライムの死体。

 大量の死体が集まって、巨大な塊を形成している。

 頭上に冠する名は、【禁忌屍塊 ラストドロップ】。

 リィンによって滅びた組織の最後の雫が、そこにいた。

 

「対象の体を形成する四〇六四〇個の死体よりそれぞれ個別にHPを確認。コアに該当する器官は確認できず」

「とりあえず、一個壊そっか」

「分かりました、お母様。──【六連星(プレアデス)】展開。【マナ・レーザー】起動」

 

 直後、カーネリアンの腰の部分から、機械の翼が展開された。

 左右それぞれにアルファベットのEのような形をした翼の先端六箇所から、光線が迸る。

 光線によって焼き付くされた死体が跡形もなく消し飛ぶ。

 そして、すぐさま再生が開始され瞬く間に元通りに戻る。

 

「修復を確認。SPを始めとするコストの消費は確認されず。コストを消費しない無制限の再生能力と推定。全部位の同時破壊によってのみ討伐が可能と推定。──推定、古代伝説級<UBM>」

『YbiHIfRtVhIkOURwWdFyiuRiNFeetCiErYjbdeth!!!』

 

 カーネリアンが敵の能力を分析しながら続けて攻撃しようとした瞬間、【ラストドロップ】が叫び声をあげる。

 いやそれは、はたして声だったのだろうか。

 一切意味を持たぬ音の羅列を発した【ラストドロップ】の体が──弾ける。

 一つの塊を形成していた死体をつなぎ止めていた力がなくなった結果だ。

 バラバラに崩れ落ちる死体の山を掻き分け、一体の巨体がリィンに向かって突き進む。

 それは、かつて【ラストドロップ】の材料となった純竜の完全遺骸から生まれたもの。

 竜の死骸は、音速を超えてリィンに向かって突進する。

 

「リア」

「はい、お母様。──照射」

 

 竜の死骸に六つの光線が降り注ぎ、消滅させる。

 一片の残骸すら残さず消え去った竜の死骸だったが、すぐさま虚空より再生が始まり数秒で完全に復活する。

 その間に数多の死体がリィンに襲いかかるも、全てが光線によって焼き付くされる。

 しかし恐るべきことに、ティアンの子供の死体ですら亜音速の領域に達しているようだった。

 

「死体単位での分裂を確認。死体ごとの能力差を確認。最低値、純竜級相当。最高値、伝説級<UBM>相当。死体の散開限界、半径一〇〇〇メテルの球状と推定。対象の脅威更新。──推定、神話級<UBM>」

 

 カーネリアンの分析は、全て正しい。

 【ラストドロップ】は神話級<UBM>である。

 構成する死体全てを同時に破壊しなければ滅びず、再生は無制限に行われる。

 死体は全てのステータスに総数の一割に当たる四〇六四の補正を受けており、もとがレベル〇のティアンの死体であっても純竜に匹敵する力を持つ。

 死体は半径一〇〇〇メテルの球状の範囲内に分散することができ、【ラストドロップ】は超広範囲攻撃を持たぬ者に対し無敵を誇る、条件特化型の<UBM>である。

 

「あー、そういうタイプかー」

 

 たとえ<超級>であったとしても【ラストドロップ】に勝利できるものは限られている。

 それほどの脅威を前にして、リィンはまるでガッカリしたかのようにぼやく。

 

「あんまり戦ってて面白くないんだよなー、作業してるみたいで」

「では、どうしますか?」

「リアがやっちゃっていいよ」

「分かりました。第二動力【グラッジ・チューナー】並びに第三動力【フュージョン・リアクター】起動。エネルギー充填確認。──【六連星】二番兵装【マテリアル・スライダー】起動」

 

 カーネリアンが兵装を起動するのと同時に周囲の死体が自重で潰れる。

 再生は行われているものの、再生した端から再び潰れることを繰り返しているため意味が無い。

 これこそが【マテリアル・スライダー】の、そしてカーネリアン──【煌玉兵姫 グラッジ・チューナー】の力である。

 

 カーネリアンは元々は【グラッジ・チューナー】という神話級<UBM>だった。

 <墓標迷宮>の深層にてリィンに討伐され、特典武具のアジャストの結果機械人形としてリィンに仕えることになった。

 そして、その前。

 <UBM>となる前のカーネリアンは【水晶之調律者】と呼ばれる煌玉人の一体だった。

 量産された唯一の煌玉人のうち一体であった彼女は、額の動力コアの破損により行動不能となった。

 本来ならそのまま朽ち果てるのみだった彼女の運命が変わったのは、周囲の怨念が原因だった。

 

 後に“三強時代”と称される当時、大陸には死が溢れていた。

 長く続いた戦乱により怨念が満ち溢れた場所など珍しくもなく、彼女が倒れていた場所もその一つであった。

 怨念は、彼女の体を依代とした。

 現象としては【リビングアーマー】の発生と似たものだったが、決定的に二つの点が異なっていた。

 一つは彼女に取り憑いた怨念の数が膨大であったこと。

 もう一つは、膨大な怨念を制御できるだけの知識と演算能力が彼女に備わっていたことだ。

 

 結果として、彼女は<UBM>として【煌玉兵姫 グラッジ・チューナー】の名を与えられた。

 誕生直後に周囲の怨念を根こそぎ吸収し、即座に神話級にまで至った彼女は、放置すれば数日の内に<イレギュラー>に至ると危惧した管理AIによって封印され、後に<墓標迷宮>の門番として設置された。

 

 そして、現在。

 失った動力コアの変わりをリィンより与えられ、十を超える特典素材と大量の遺物により自己改造を繰り返した彼女は、かつて<UBM>であった時を超える力を持つ。

 

「即死しない個体を複数確認。──【六連星】六番兵装【アーチ・ワイズマン】起動。《グランド・プレッシャー》」

 

 カーネリアンが新たに起動した兵装により、周囲の重力が増大する。

 【マテリアル・スライダー】により強度を下げられた死体にとって、それはとどめとなった。

 

「対象の消滅を確認。殲滅を完了しました、お母様」

 

 そしてあっさりと、リィンに刀を抜かせることすらなく【ラストドロップ】はその生涯を閉じた。

 

 【<UBM>【禁忌屍塊 ラストドロップ】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【リィン・カーネーション】がMVPに選出されました】

 【【リィン・カーネーション】にMVP特典【屍塊集積器 ラストドロップ】を贈与します】



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