真剣で川神弟に恋しなさい!S (ナマクラ)
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第一話 「俺の名前は川神十夜だ!」

真剣 で 川神弟 に 恋 しなさい !
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  >つよくてニューゲーム

……ロードします……ロードします……


――負けた

 

 別に今は勝てなくてもよかった。

 ただ、姉貴に近付いている事を実感したかった。がんばればその差が縮まっていく事への保障が欲しかった。

 姉貴より後に生まれて、姉貴より後に武道を始めた。だから姉貴の方が強くてもおかしくない。

 

 でも俺は姉貴よりも努力を重ねてきた。姉貴が始める時間よりも早く鍛錬を始めて、姉貴が鍛錬を終えた後も続けた。だからそれで追いつかなかったとしても差は縮まってきていると信じていた。

 

 だけど、その差は縮まらない。むしろ離されてるようにも感じてしまった。

 『才能』というものの差を強く感じるようになった。

 

 でも、もしかしたら、姉貴と互角に戦えるんじゃないかと思いたかったんだ。

 ある時から、姉貴はじいちゃん達が認めた相手以外とは戦えなくなった。俺が姉貴と戦いたいと言っても、じいちゃん達は認めてくれなかった。

 だから、大和の口車に乗っかって、戦う口実を作ったんだ。

 俺の力を信じて、戦いたかった。姉弟としてじゃなく、武を学ぶ者同士として。

 

 でも、違った。

 

 互角どころか、姉貴に本気を出させることもできなかった。

 姉貴はこう言った。

 

「弟が姉に逆らうとは生意気だ!」

 

 つまり、姉貴にとってこの戦いは、戦闘ではなくケンカ。相手は武道家ではなく弟。

 実力の差があったとしても、俺が対等な戦い、決闘だと思っていたものは、姉貴にとっては別に対等な存在との決闘なんかじゃなかった。姉貴は俺を好敵手だと認めていない。

 

 俺は姉貴に勝てない

 

 そう悟った瞬間、俺の心は折れてしまった。

 

 今まで人生のほぼ全てを費やしてきた武道に、それによって至ろうとしていた目標に、どうやっても到達できないと感じてしまった。己を形作る大きな柱がぽっきりと折れてしまったような、そんな虚脱感が俺を襲った。

 

 

 そして俺は、己の殻に閉じこもった。

 

 

 入院してからも、退院してからも、外に出ず、ひたすらに閉じこもり続けた。今までしてきた鍛錬もやめ、学校にも行かず、ファミリーにも会わなくなった。

 

 

 キャップたちは俺を心配して幾度もお見舞いに来てくれた。けど、俺はその厚意を無為に扱った。今は放っておいてほしかった。

 それでも皆は心配してきてくれる。だから俺はある時、誰にも気づかれる事なく、部屋から抜け出し外へと繰り出した。一人になりたかったんだ。

 

 ただ外に繰り出すといっても、俺の行ける場所はほとんどが風間ファミリーの遊び場である。皆と顔を合わせるのが複雑で抜け出したのに、わざわざみんながいる場所にいくのも馬鹿馬鹿しい。

 なので俺は多馬大橋の陰に隠れるように座り込んだ。

 ただ何もする事もなく、ボーっと川を眺めていた。誰もいない空間で時間だけがただ無為に過ぎていった。何も考えたくなかった俺としては絶好の場所だった。

 そんな時だった。声をかけられたのは。

 

「あ、あの……」

 

 声のした方を見ると、そこにいたのはボロイ服を来た俺と同じくらいの女の子だった。見覚えはなかった。その女の子はおどおどしながらその手に持った白いマシュマロをこちらに差し出してきた。

 

「マシュマロ、食べる……?」

「……いらない」

「あう……」

 

 今は誰かと関わりたくなくてここに来たのにそれを邪魔された事へ苛立ち、その女の子を邪見に扱った。そうすればどこかに行くと思ったんだけど、しかしその女の子はそれでも俺に話しかけてきた。

 

「あ、あの、どうしてこんな所に一人でいるの? 何か嫌な事でもあったの?」

「別に……世の中には、どれだけがんばっても叶わないこともあるんだって知っただけだよ」

 

 彼女の問いかけに対して、俺は投げやりに自嘲気味に答えた。しかしそれは本心だった。

 

「ぼくね、キミが何を悩んでるのか知らない。ぼくも、お母さんが好きなのに、認めてもらえなくて、お母さんに見てもらえなくて……」

 

 俺が少し会話をしたからか、あるいはその話の内容からか、彼女は自分の身の上話を始めた。

 

「でもね、お母さんもぼくのこときっと好きだと思うから、がんばるんだ」

 

 その純粋な思いに、俺はどうしようもなくイラッときた。そんな楽観的な希望なんて意味がないとついこの間身を持って知って、それにどうしようもなく打ちひしがれているからだ。

 

 だからこそ、感情のままに口を開いてしまった。

 

「無理だよ」

「え……?」

「お前はがんばっても現状は変わらなかったんだろ? だったらもう諦めた方がいい。どうせお前の親はお前のこと好きじゃないよ」

 

 ……我ながらひどい事を言った。でも、八つ当たり以外の何物でもないけど、訂正するのも謝るのも嫌だった。たぶんこの子が次に口にするのは俺に対して怒りの言葉か否定の言葉のどちらかだろう。でも俺はそれも否定してやる。八つ当たり以外の何物でもない最低な行為だけど、どうでもいい。今はこのもやもやした心を晴らす方が先だ。

 しかし彼女の口から出た言葉は、怒りの言葉でも、否定の言葉でもなかった。

 

 

「ぼく、諦めないよ」

 

 

 それは純粋な、決意の言葉だった。

 

 

「……何でだよ」

「だって……」

 

 俺の疑問に対して、彼女は俺の目をしっかり見て、そしてはっきりとこう言い切った。

 

 

「お母さんの事が好きだから」

 

 

「え……?」

「もしお母さんがぼくの事を好きじゃなかったとしても、それでもぼくがお母さんの事を好きなことには変わらないもん。だから、諦めない」

「――――」

 

 俺は、この子の事を甘く見てた。

 

 たとえ自分の想いが報われなかったとしても、自分が相手を想ってる事自体は変わらないのならそれでも別にいいと言い切った。

 

 この子は、強い。俺なんかよりも、ずっと。

 

「強い、んだな、お前」

「そんなことないよ?」

 

 彼女の言葉を否定しようと思った。だけどできなかった。彼女の強さを感じた事で、己の情けなさが際立ってしまった。

 

「…………そっか、なら俺が弱いのか……そうだな……」

「……あの、よくわかんないんだけどさ……」

 

 さらに落ち込んでしまった俺を見て彼女は戸惑いがちにこう尋ねてきた。

 

 

 

「キミががんばってきたことって、そんなに好きなことじゃなかったの?」

 

 

 

「え……?」

「キミはそれが好きだったからがんばってきたんじゃないの……?」

「あ――――」

 

 彼女のその言葉が、俺の心に染み渡るように響いた。

 

「そうだ……そうだった」

 

 俺は武道が好きだった。強くなる事が好きだった。だからこそ辛い修行にも耐えられたんだし、それを続けられてた。

 姉貴に勝つなんて夢はそれに付随してきたものに過ぎなかった。暗にお前では総代になれないと言っているじいちゃんや師範代たちへの反発でしかなかった。

 だったら姉貴に勝てなかったとしても、それは別にどうでもいい事なんだ。いや、どうでもよくはないけど、でも今まで武道をやってきた事は無駄な事にはならないんだ。

 

「ありがとう」

「え? 何が?」

「いや、お前のおかげで何か楽になったんだ。ありがとう」

「よくわからないけど、どういたしまして?」

 

 いきなりお礼を言われて彼女は首をかしげる。そんな彼女を見ていて、そういえば何で話しかけてきたんだろうと考えようとして、やめた。最初に彼女へとってた俺の態度が酷過ぎたのを蒸し返されたくなかったからである。だから今はその方向にいかないように別の事に誘導しないと……

 

「……そういえばお前、何て言うの?」

「え?」

「名前。遊ぶヤツの名前くらい知っときたいだろ?」

「え!? ぼくと、遊んでくれるの!?」

「俺は十夜。お前は?」

 

 彼女の驚きようにこちらも驚きながらも、俺の名前を教えて相手の名前を促した。その俺の催促に彼女はとても嬉しそうに答えた。

 

「こゆき……ぼくの名前は小雪だよ!」

「小雪……じゃあユキだな。よろしくな」

「うん! よろしくね、トーヤ!」

 

 

 小雪……それが、彼女の名前だった。

 

 

 それから俺はユキと遊ぶようになった。

 

 表向きは引き篭もっていたが、目を盗んで彼女と遊びに行った。ファミリーが嫌いになったわけじゃないけど、今はなんとなく顔を合わせづらかった。

 二人しかいないから、できる遊びは少なかったけど、それでも楽しかった。

 それとお互いに色々と話をした。他愛のない話でも時間が過ぎるのが早かった。

 ユキの話は辛いものが多かった。母親との一方的な不仲の話を聞いた時は母親に文句を言いに行こうと思ったけどユキに止められた。ユキに「お母さんは悪くない」と言われて、俺が直接出来ることはないんだと、バカな俺なりに理解した。

 そして俺達風間ファミリーが原っぱで遊んでいる所を何度か見てたという話になった。何度か入れてもらいたかったけど、勇気が持てなくて話しかけられなかったという事。それといつものようにファミリーの様子を見に行ったら俺がいなかったこと。そして偶然俺が一人で川原にいるのを見つけたことを聞いた。

 それを聞いて俺はユキをファミリーに紹介する事にした。

 

「今度俺の仲間を紹介するよ」

「え? いいの?」

「いいんだよ。これからは二人じゃ出来ない遊びもしよう。それに大和っていう頭いい仲間がいるんだ。ソイツならユキがお母さんと仲良くする方法を思いついてくれるかもしれない」

「ホント!?」

「絶対……とは言えないけど、大和は頼りになるヤツだから大丈夫だと思う。少なくとも俺みたいに力で何とかするしか思いつかないなんて事はないはずだ」

「ありがとうトーヤ!」

「それじゃ、時間も時間だし、今日は帰らないと。また明日、いつもの場所でな」

「うん! また明日ねー!」

 

 

――だが、次の日、ユキはいつもの場所には来なかった――

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

―2009年5月―

 

 神奈川県川神市にある川神学園。その通学路である多馬川のほとりを多くの学生が歩いていく。

 

 その中で他の学生と比べると少しばかり目立っている集団がいた。

 

 

 赤いバンダナがトレードマークのリーダー、風間翔一

 

 『武神』と称えらえる美少女、川神百代

 

 武神の妹にして努力の申し子、川神一子

 

 天下五弓に数えられる愛の狩人、椎名京

 

 刀を携える剣聖・黛十一段の娘、黛由紀恵

 

 日本好きのドイツから来た義の騎士、クリスティアーネ・フリードリヒ

 

 知略と人脈が武器の軍師、直江大和

 

 パワー自慢のタフなナイスガイ、島津岳人

 

 地味だがパソコン知識は随一、師岡卓也

 

 そして今ここにいないもう一人を含めた十人で、彼らは風間ファミリーと呼ばれていた。

 

「そういえば十夜はどうしたの?」

「何か今日はあっち(・・・)と登校するんだって」

「お姉ちゃんを放って別の女の所にいくとか何考えてるんだ弟は」

「オラ常々思ってたけどさー、モモ先輩って意外とブラコンだよねー」

「こら松風、口は災いの元ですよ」

 

 彼らは各々楽しそうに話をしているが、もうじき変態の橋という不名誉なあだ名で親しまれている多馬大橋が見えてきた辺りで不自然に人が集まっているのが目に入り、話題がそちらの方に移った。

 

「あれ? また誰か姉さんへの挑戦者が来てるのか?」

「でもモモ先輩がまだここにいるのにあそこまでなるかなぁ?」

 

 ファミリーの面々が疑問に思っていると、人垣の向こう、ちょうど人の輪ができている中心あたりから大きな声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「――川神百代だな!? 今ここで決闘を申し込む!!」

 

 

 

 

「やっぱりまたお姉様に挑戦者みたいだわ! ……ってあれ?」

「ちょっと待て犬! モモ先輩はここにいるぞ!?」

「いや、待て。モモ先輩なら超スピードでもうあっちにいる可能性もあるって俺様思うんだが……」

「いやいや普通にここにいるからね!?」

「……何か橋のとこに姉さんがもう一人いるみたいだけど」

「誰だ私の名を騙る馬鹿は……?」

 

 苛立ちながらも突入することなく耳を澄ませる百代を筆頭にファミリーの面々も同様に様子を伺う。

 

 

「……え? あの、いや、その……人違い、ですけど……?」

「ふざけるでない! 鴉羽のような黒髪に紅玉の如き瞳、さらに川神学園の制服。そして何よりその鍛え抜かれた隙無き体捌き! これらの事が貴様を川神百代であると物語っておるではないか!」

「い、いや、まぁ確かに、川神には違いないけども……」

 

 

「…………別に騙ってるわけじゃなさそうだな」

「というかあれは相手の道着のおっさんが悪くね?」

「じゃあお姉様に間違われてる相手って誰かしら?」

「いや、まあ想像できるけど」

「何!? 一体誰なんだ京!?」

「いやいやクリ吉、結構特徴出てたからそこは気付いてあげようぜ」

 

 事情がわかってもなお風間ファミリーは一部を除いてあの騒動の中心に介入しようとしない。完全な野次馬気分である。

 そんなファミリーの面々や他の野次馬の事など関係ないとばかりに事態は進行していく。

 

 

「い、いや、それそこに重要な情報が入ってない……」

「問答無用!!」

「い、いやだからさぁ……」

 

 武神と間違えられている少年は何とか誤解を解こうとしているが、相手の武道家は聞く耳持たず少年へと突っ込んでいく。その距離が縮まりもうすぐ武道家の間合いに入ろうとしたその時……

 

「――人の話聞けよ!」

「ぐぼぁッ!?」

 

 凄まじいまでの速さで放たれた右ストレートがカウンター気味に武闘家に顔面に突き刺さり、バウンドしながら10メートルほど吹き飛ばされた。

 

 

「俺の名前は、川神十夜だ! 川神百代じゃねぇ! てか姉貴は女だっての!!」

 

 

 百代と間違われていた少年の名前は川神十夜。風間ファミリーの一人であり、武神・川神百代の弟である。

 

 

「何と……武神が、まさか女子であったとは……不覚……ガクッ……」

 

 そう言い残して、武闘家は意識を手放した。

 

「この人、ガチで姉貴の性別知らなかったのか……」

「ねーねー、終わったー? もうトーヤの側に行ってもいい?」

「ええ、いいですよユキ」

「よく我慢してたな、えらいえらい」

 

 勘違いしていた武道家を一撃で倒した十夜のもとに二人の男子生徒と共にいた白い少女が駆けてきた。

 

 少女の名前は榊原小雪。かつて武道から離れかけた十夜を再び武の道へ戻すきっかけとなった少女である。

 

「お疲れトーヤ! あの人スゴイバウンドしてたねー。楽しいのかなー?」

「いや楽しくはないんじゃねーかな?」

「つか普通に痛いと思うぞ」

「血も結構出ていますしね」

 

 十夜に飛びついた小雪に続き、色黒の美男子の葵冬馬ときれいに剃られたハゲ頭の井上準も会話に加わり、盛り上がろうとしていたその場に、突如として一陣の風が吹いた。

 

「とう! お姉ちゃんにも構えよー! コユッキーも一緒に構ってやるから!」

「うわっ!?」

「わーっ!?」

 

 その風とともに現れた百代はそのまま背後から十夜と小雪をその両手に抱きしめた。

 

「おやおや、羨ましいですね。私も混ぜてもらいたいものです」

「断る! 弟とカワユイ女の子は私のものだ! お前の入る余地はないからな! 葵冬馬!」

「それは残念です。私としては貴女にも十夜君にも興味が尽きないのですが」

「あー、冬馬先輩? 何度も言ってますけど俺にそっちの気はこれっぽっちもないんで」

「これまた残念です。次の機会を待ちますか」

「ええー……諦めないんすか」

「てかあのおっさん放置してていいのか? 派手にバウンドしてたが……」

「あっ、やべ。川神院に連絡いれねぇと……」

 

……こうして彼らの日常は紡がれていく……

 

 

――――これは、川神十夜という一人の少年が、一つの出会いによって違う道を歩んだ物語である――――

 

 




という事でやってしまいました、『強くてニューゲーム』こと新作その2!
この話は「もしも十夜が武道をやめなかったら?」という事を考えて思いついた作品であります。前作とは違った強い十夜が見られるかもしれません。

それでも人見知りなんですがね!w

まあその辺りの事はおいおいと書いていければと思っております。

ただ、先日別作品も投稿してしまいましたので、更新がとんでもなく遅くなる可能性があります。というか多分なります。なのでその辺りも御承知していただければ幸いでございます。


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第二話 「こんにちは、初めまして。葉桜清楚です」

 いつもの待ち合わせ場所に彼女は来なかった。日が沈むまで待ったが、ついにユキは来なかった。

 もしかしたら何か用事があって来れないのかも知れない。ユキと遊ぶのも毎日だったわけじゃない。そう思って次の日も待ったが来なかった。次の日も、その次の日も、そのまた次の日も来なかった。

 毎日待った。学校が終わって、いつもの場所まで走って、日が沈むまで待った。

 

 それでもユキは来なかった。

 

 

 一週間経ったとき、明らかにおかしいと思った。もしかしたらユキの身に何かあったのかもしれない。

 そう思って、ユキの帰っていく道とユキの話を合わせて、ユキの家を探す事にした。

 おぼろげな記憶と推測を頼りに進み、そしてユキの名字が表札にある家を見つけた。ユキの話から考えるとここで間違いなかった。

 インターホンを押す。ピンポーンという音が流れる。しかし、一向に返事が来ない。反応がない。

 気付いていないのか、そう思ってもう一回押そうとした時、誰かから声をかけられた。知らないおばさんだった。

 おばさんはこの近所に住んでいて、この家のインターホンを押す俺を見て声をかけたそうだ。なので俺が友達に会いに来た事を言うと、何やら複雑な表情を浮かべて、そして口を開いた。

 

「え?」

 

 その内容は、信じたくない事だった。

 

 一週間ほど前に、血に塗れた少女を葵紋病院の関係者が保護したという連絡を受けて警察がその少女の住所に向かった。そこでその少女の母親の遺体が発見された。そして詳しく調べるにつれて、この母親が娘に日頃から虐待を加えていた事がわかり、その虐待がエスカレートして娘を殺そうとした母親が、逆に娘の咄嗟の反撃で殺されてしまったことが判明した。

 この事はニュースにもなり、世間に多少の影響を与えたらしい。

 その少女はどこかに引き取られたらしいが、おばさんは引き取ったのがどこの誰なのか知らないらしいし、ニュースでも少女の素性の事はあまり触れられていないようだ。

 つまりユキの無事はわかったが、ユキの行方の手がかりは何もないのだ。

 

 俺はユキの状況を甘く見すぎてた。

 

 母親との不仲も、話を聞いてくれないとか構ってくれないとか、その程度のもので虐待ほどじゃないと思ってた。

 毎日辛い目にあって、それでも母親の事を好きでいて、でもその思いは最悪の形で裏切られた。

 こんな事になるんだったら、あの時、俺が文句を言いに行っていれば何か変わったのかもしれない。

 

 後悔した。気付ける立場にいたのに、俺はユキに何もしてやれなかった。

 後悔した。俺はユキに助けてもらったのに、俺はユキを助けられなかった。

 

 なら今から俺は、ユキのために何ができるだろうか。

 当然、行方のわからないユキに直接出来る事はない。それは俺でもわかる。

 だったら、ユキのおかげで改めて見つけられた武道への想いを貫き続ける事が俺のすべき事なんだと思う。

 

 そして、もしもまた彼女に会えたのなら、その時には、「ごめん」と「ありがとう」を言おうと決心した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―2009年6月―

 

 ある日、全校朝礼で爺ちゃんがある発表をした。

 

「福岡の天神館が週末修学旅行で川神に来るらしくての。学校ぐるみの決闘を挑まれたので引き受けたぞい」

 

 天神館。福岡にある学校で、川神学園同様に決闘というシステムが存在する西の学び舎である。

 詳しく話を聞くと、そこの館長が元は川神院の門弟で、かつての武道四天王の一人であった鍋島正という人で、爺ちゃんに「俺のガキどもスゲェだろ?」と自慢するために決闘を挑んできたのでそれに応じたらしい。

 

「これを、東西交流戦と名付ける」

 

 この東西交流戦のルールとしては、夜の川神の工場を舞台にして学年ごとに200人の集団戦を行い、敵総大将を倒せば勝ち。実戦形式の三本勝負という言葉にすれば単純明快なものだ。

 

 

 そして今日は東西交流戦の初日。つまり初戦は俺達一年の決闘であった。

 

 

「一年の大将はこのプッレーミアムな武蔵小杉が務めさせてもらうけど、構わないかしら?」

 

 武蔵小杉……入学していきなり俺に決闘を挑んできたSクラスの委員長である。最初の決闘を挑まれてから今まで武蔵さんから申し込まれた決闘の数は二桁に上っていて、その数は未だに増え続けている。しかし実力は本物で、今では一年の大体を掌握しているとか何とか……

 その武蔵さんが何故か俺に対して先の言葉をかけてきたのだ。

 

「……え? あ、ああ、うん。いいんじゃない? うん……」

「なら決まりね!」

 

 何故俺に訊いてきたのかがわからない……統率能力、というか一年全体に指示だせるような人って言ったら武蔵さんくらいしかいないだろう。俺は人に指示出すとか向いてないし、というか知らない人と話すの苦手だし……

 

「あ、あの……私はどうすれば……!」

「顔こわっ!? 確か剣聖の娘の黛さん……じゃあ川神君と一緒に敵陣に切り込んで大将倒してきちゃって」

「かしこまりました!」

「まゆっちの刀が火を吹くぜー!」

 

 ……なんとなくまゆっちと一緒に厄介払いされた感はあるが、まあまゆっちは気にしてないみたいだからいいとしよう。

 

「じゃあどっちが首級(しるし)上げらえるか競争だなまゆっち。なら先行くぜ」

「ええ!? 十夜さん武蔵さんの話聞いてました!?」

「一緒にって言ってたじゃんかよ! てかいくらなんでも猪突猛進すぎー!?」

 

 まゆっちと松風が何か言っていたがよく聞き取れなかった……多分いきなりの事に驚いてたんだと思うが、それでも了承の言葉を口にしてたんだと思う事にした。

 

 とにかくまゆっちよりも敵将を討つべく主戦場を避けて一人敵陣に乗り込み名乗りを上げた。

 

 の、だが……

 

「川神院、川神学園所属、川神十夜……参る!」

「か、川神!? 川神って一年にはいないんじゃなかったの!?」

「う、噂に聞いた事がある……! 川神百代は武の秘奥によって若返る事が出来るとか!」

「まず性別がちゃうやろ!?」

「……あ、あと性別すらも変更可能とか……!」

「とって付け加えたように!?」

「てかそれルール違反やないの!?」

 

 ……あれ? もしかして俺の認知度、低すぎ……!? …………まあいいか。認知度上がってどうなるわけでもないし。

 とりあえず己を高めるべく、大将首目指して張り切るとするか!!

 

 ……と、思ってたら何か戦場の方から勝ち鬨が上がった。

 

 俺はまだ天神館の大将を討ててないし、かといって先に誰かが大将を倒したとも思えない。さらにその勝ち鬨はこちらの方に近づいてきて、天神館生徒の喜びの声が聞こえてくる。

 つまりは天神館側の勝利である事は簡単に想像できる。

 

「え…………?」

 

 という事はつまり、大将の武蔵さんがもう討たれたという事になり、というかこの勝ち鬨がどっちのものであろうとも東西交流戦一回戦はもう終了したという事であり……

 

「…………え?」

 

 

――今まさに始まろうとしていた俺の東西交流戦は、その直前に幕を閉じたのだった……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 三日間におよぶ東西交流戦の最終戦にて石田と対峙する俺の前に、『源義経』を名乗る女の子が現れた次の日、朝のニュースや新聞で武士道プランについて発表され、世間は騒然としていた。

 武士道プランとは、九鬼財閥のヒト・クローン技術によって蘇った英雄・偉人のクローンから様々な事を学び、高め合おうというものである。そしてそのクローンの受け入れ先として、俺達の通う川神学園が選ばれたらしい。ニュースで取り上げれていたのは源義経、武蔵坊弁慶、那須与一の三人だが、具体的な人数は特に発表されなかったからこの三人以外にもいる可能性もあるわけだが……まあその辺りもおいおいとわかってくるだろう。

 

 まあそんな気になる事も多いわけで、登校中の俺達を含めた世間の話題は武士道プランに集約していた。

 

 そんな中でも、犬笛でワン子を呼べば川から出てきて、姉さんはといえば空から飛んでくるといういつも通りとも言える突飛な登場をしていた。そして川神一族の末弟である十夜はというと……

 

「あ、皆おはよー……」

「ヌッルヌル!?」

「何で普通に登場できないかな、この一族は……」

 

 多馬大橋にて、何故か油にまみれてヌルヌルになっていた。

 

「いやさー、何かこの人が汚名返上のために姉貴待ってたらしくてさ。それでとりあえず俺が相手したんだけど、そのせいでヌルヌルになった」

「って、コイツは西の南長万部(みなみおしゃまんべ)じゃねぇか!!」

「全然違うわ! 長宗我部だ!」

「って起きてる!?」

 

 十夜の指さした先には、筋骨隆々の身体を見せつけるかのように上半身裸の男が、これまた油まみれで倒れていた。この男は昨日の東西交流戦にて戦った、天神館の西方十勇士の一人、長宗我部である。そしてガクトが名前を間違えられて訂正を入れながら起き上がった。

 

「つまり十夜は、ねっっっとりっ! と絡まれたと……」

「何……だと……!? 弟が男に寝取られた……!?」

「その表現やめろ、物凄くおぞましいから」

 

 京は間違いなく狙って言ってるんだろうけど、姉さんがぐぬぬとなっているのを見るとあまり冗談には見えない不思議……。

 

「この鬱憤は、弟分で晴らすしかないな」

「ってここで俺に来るのか!?」

「と、まあ弟弄りは一旦置いておいて、見てわかるが勝敗は?」

 

 た、助かった……“一旦”って言ってたけど、一先ずは助かった……。

 

「油がヌルヌルで力が入りにくいからやりにくかったけど、勝ったさ」

 

 ……ああ、なるほど。確か長宗我部はオイルレスリングの使い手で、昨日の交流戦でもオイルをかぶり、葵冬馬によって容赦なく火を付けられていた。十夜がヌルヌルなのはその油まみれの長宗我部と取っ組み合ったからなんだろう。

 

「川神とはいえ無名だったから油断した……が、この俺の完敗だ! まさかこうも早くオイルレスリングに適応するとはな!」

「え、は、はい……まあ何とか……」

「がっはっはっ! そう謙遜するな! おかげで俺もまだまだだと気付かされた! 大いなる四万十川にてまた鍛え直すとしよう!」

「川に入ったらオイル流れ落ちるんじゃ……?」

「それだけ四万十の恵みは偉大だという事だ! ではさらばだ!」

 

 そう豪快に笑いながら、長宗我部は去って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………って私とは戦っていかないのかーい!?」

「十夜との試合で満足しちゃったみたいだね」

 

 モロの言葉の通りどうやら戦いに満足したようで、長宗我部が戻ってくる気配はない。

 

「……と~お~や~~!」

「ええ!? 何で矛先がこっちに!?」

「でも触ると私までヌルヌルになるから、指弾を食らえ!」

「ちょっ!? 危ねぇ! てか痛ぇ!?」

 

 姉さんが飛ばしてくる空気の弾を十夜が弾くという攻防を、姉弟揃って遅刻ギリギリまでやっていたのだった。それにしてもこれが姉弟同士の戯れだというのだから恐ろしい話である。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園―

 

 普段川神学園の全校朝礼は水曜日であるが、今回は武士道プランについての説明もあるので全校生徒がグラウンドにて整列させられていた。

 

「ねえ川神君、何でそんなに油まみれなの? 着替えてくればいいのに」

「着替える時間がなかったんだ……」

「モモ先輩と戯れていなければ着替える時間はあったでしょうに……」

「あれだよねー、モモ先輩も結構ブラコンだけど、それに構うトーやんもトーやんで結構なシスコンだよねー」

「あ?」

「あ、いやなんでもないです、はい……」

 

 大和田さん、まゆっちと話しながら時間を潰す俺達。睨みで松風を黙らせた辺りで爺ちゃんが檀上に上がったので黙り、すぐさまグラウンドに静けさが訪れる。

 

 それを確認してから爺ちゃんは挨拶も特にないままに本題に入った。

 

「皆も知っておるように、今回武士道プランの受け入れ先としてこの川神学園が選ばれた。その関係でこの川神学園に6人の転入生が入る事になったぞい」

 

 爺ちゃんの言葉に、事前にニュースとかで情報を仕入れていた皆は疑問を抱き、ざわめく。

 

「6人? 確かニュースで言ってたのは三人だったよね?」

「はい。源義経、武蔵坊弁慶、那須与一の三名でしたよね」

「つまり他にも偉人のクローンがいるってことだなー、トーやんはどう思うよ?」

「正直どうでもいい」

「反応薄!?」

 

 実際、クローンとか興味ないし、俺と関わるなんて思わないし、偉人とかあんまり知らないし。いや、クローンの名前の出てる源氏組はわかるけど。戦ってみたいとは思うけど、その辺りは向こうのやる気にもよるわけだし。

 

「ではまず三年から紹介していくぞい。では葉桜清楚、前へ」

 

 爺ちゃんの指示に従って、一人の女性が檀上に上がった。そこまで興味のない俺も、一応は視線を前に向けた。

 

 

 

 

 

「こんにちは、初めまして。葉桜清楚です」

 

 

 

 

 

「――――」

 

――その姿を見た瞬間、心奪われた。

 

 一言で言い表すのならば、清楚という言葉を人の形に具現化したかのような存在。

 

 その容姿、その声、その仕草、その佇まい、どれをとっても清楚。男の持つ女性の理想像をそのまま形にしたかのような女性。

 

 ……もしも俺の中にユキへの想いが少しでもなければ間違いなく落ちていただろう。そこまで俺の好みにドストライクであった。

 

「皆さんにお会いできるのを楽しみにしていました。これからよろしくお願いします」

「皆も疑問に思っておるじゃろうが、葉桜清楚という英雄は……――」

 

 爺ちゃんの説明が続くが、そんなことはどうでもいい。彼女の正体とかそんなモノ関係ない。彼女が何者であろうと、俺が感じたこの感情には何の影響もないのだから。まあ別の問題はあるのだが、それは彼女の正体云々とは関係ない。というか誰のクローンだろうと元の人間と同じになるわけがないのだからそんなことはどうでもいい。

 

 と、ここで2年の辺りから質問があると声と手が上がる。爺ちゃんはその度胸を認め、発言を認めた。

 

「彼氏の有無とスリーサイズを教えてくださーい!!」

 

「ええ!?」

 

 アカン……! 全校生徒の前でするような質問じゃねぇ……! まあしかし照れた先輩も可愛いな……やはり清楚だ……うん。

 何やら鞭で叩くような音と悲鳴に似た叫び声が聞こえてきたが、まあ気にすることはないだろう。うん。

 

「まあ確かにスリーサイズは儂も気になるが」

「「おいジジイ死ね!」」

 

 あ、姉貴と台詞が被った……。というか、爺ちゃんの発言につい声を上げてしまった……まゆっちや大和田さんも含めた周囲が驚いて俺の方を見ている。

 

 俺が自身の行動で勝手に焦ってると、檀上の葉桜先輩が恥ずかしそうに発言した。

 

「み、皆さんのご想像にお任せします」

 

 ああ……その対応も素敵だなぁ。……そう思ってしまうくらいにはイカれてしまってるようだ。

 

「では続いて2年に編入する……」

 

 さて、爺ちゃんが話を続けているが、俺は自身の思考に没頭する。

 

 葉桜先輩に抱いたこの気持ちは、おそらく恋愛感情なのだと思う。一目見ただけでここまで心惹かれる事なんて初めての体験で、いまだに胸がドキドキしている。所謂一目惚れという奴なのだろう。

 

 しかし、俺には既にユキという好きな人がいる。

 

 こちらは多少昔からの補正があるものの、単なる一目惚れではなく、相手の人となりとかを知った上で好きなのだと感じた。

 

 

 じゃあ俺は一体どっちが好きなのだろう?

 

 

 一目惚れという言葉が相応しい程の衝撃を受けた葉桜先輩だろうか?

 いや、今まで培ってきたこの感情が違うってことはないし、ユキが好きだっていう気持ちは今も変わらない。

 

 ならば今まで長い時を過ごして想いを積み重ねてきたユキだろうか?

 いや、葉桜先輩を一目見た時に感じたあの衝撃をそう簡単に否定する事なんてできはしない。

 

 ……ここまで俺が優柔不断だったなんて、これでは色んな女子に告白しまくってるらしいガクトの事を馬鹿に出来ない……!

 こ、このままでは最低な男になってしまう……いや、まああくまで相手側から好かれたらの話なんだけども、誠意がないという意味ではやはり最低なわけで……

 

「俺は一体どうすれば…………」

「――久しぶりに見たと覚えば、腑抜けすぎだな」

「……はっ!?」

 

 気付けば、見覚えのある執事服を着た金髪の爺さんに背後を取られていた。

 

「ひゅ、ヒュームさん……? 何故こんな所に……?」

「話を聞いていなかったのか? 紋様と共に1‐Sに転入する事になった」

「…………え?」

 

 転入? しかも同学年?

 

「いやいやさすがに無理があ――」

「…………」

「あ、いえ、何でもないです、はい……」

 

 冗談だと笑い飛ばそうと思ったが、あまりの眼力に萎縮してしまった。その様子を見てからヒュームさんは一瞬で姿を消した。

 

「え? え? あの人さっきまで前にいたよね?」

「先程一瞬でモモ先輩の所に行ったのは確認できましたけど、こちらへの接近は察知しきれませんでした……」

「その後また一瞬でこっちまで来るって、あの爺さんハンパねー!!」

 

 あ、姉貴の方にも行ってたのかあの爺さん……思考に没頭しすぎて気付かなかった……ていうか前にいたのか。

 

「では、これにて緊急全校朝礼を終了するぞい」

 

 こうして爺ちゃんの一言で幕を下ろし、色々と衝撃を受けた全校朝礼は終了した。

 

 

 

 ……ところで『紋様』って誰だろう?

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園 1-C教室―

 

「ようやく着替えらえた……」

「油でベットベとだったもんね」

 

 全校朝礼が終わり、教室に戻ってHRが始まるまでの時間で、俺はようやく油まみれの制服から着替える事に成功した。

 世界的にも有名なカラカル兄弟が川神学園に新任教師として赴任し、その兄であるゲイルがこのクラスの担任になった事には驚いたが、しかし今は油まみれだったあの状態からようやく抜け出せた解放感の方が強かった。

 しかし代わりの制服など持ってるわけもなく、とりあえず学校指定のジャージに着替えただけだ。

 

「それでも着替えに一回帰りたいぜ……」

「でもトーやん一回帰ったらそのまま戻ってこねーべ?」

「まあ否定しない」

「あ、しないんだ」

 

 色々と不平を言いながらもいつものようにまゆっちや大和田さんと雑談をしていたが、やはり話題は自然と今日の全校朝礼での事に移っていった。

 

「というかヒュームの爺さんが編入してきたのには驚いた」

「まあ確かに」

「お爺さんが同級生っていうのは予想外だったよね」

「でもあの爺さん今でも現役なんだよなー、ビックリだけどあの動き見たらオラ納得」

 

 しかも同学年というサプライズ。三年でも違和感ありまくりだろうに。

 

「でもあの登場は驚いたよねー」

「まさか楽団を率いて登場するとは予想外でした」

「あれ、どんだけ金かけてるって話だよなー」

 

 ……楽団? 登場? 一体何の話をしているんだろうか?

 

「なあ、それ何の話――」

 

 

 

 

 

 

「――フハハハハ! 我、降臨である!!」

 

 

 

 

 

 

 俺の言葉を遮るように、そんなどこか聞き覚えのある笑い声とともに、額に十字傷のある袴姿の小さな女の子が教室に入ってきた。

 

 外見的にこの場にいるに相応しくないはずなのだが、不思議と違和感は抱かなかった。彼女から感じるオーラというかカリスマというか、そういう類の何かが関係しているのだろうか?……何かこう表現すると厨二病っぽいな。

 

「お前が川神の末弟、川神十夜だな!」

「えっ!? あ、は、はい。そ、そうですけど……?」

 

 そんな風に思っていたらその幼……少女は堂々と俺の方へとやってきて、そして俺を名指しした。え? 何で俺の事知ってんの?

 

「個人的に、お前とは一度話してみたいと思っていたのだ」

 

 この少女、何やら前々からこちらに興味を持っていた様子である。この子に興味を持たれるような事はした覚えがないのだが、しかし人が何に興味を持つかなんてわからないわけだし……

 

 と、まあ、そういう疑問は一先ず置いておいて、その前に訊いておかないといけないことがある。

 

「あ、あのー……そ、その前に一個、いいっすか?」

「うむ? 構わんぞ! 何でも訊くがよい!」

 

 少女が胸を張って、笑みを浮かべて改めてこちらを見据えてくる。その様子はまさに威風堂々といった感じである。

 

 なので俺も遠慮することなく切り出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えーっと……あの……どちら様でしょうか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その瞬間、間違いなくこの場の空気が凍った。

 

 




という事で第二話をお送りしました。

一話を読んでユキがヒロインだと予想していた方も多いとは思いますが、ユキだけでなく清楚もまたヒロインとして進んでいきます。
ただヒロインは二人ですが、ハーレムの予定はないです。というか現段階では相手に恋愛感情を抱かれているかすら不明の段階です。片方とはまだ面識すらありませんし。

ただ自分で読み返してみて、十夜のユキへの想いは清楚への一目惚れとは別にもっとはっきりと書くべきだったと思いました。反省します。


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第三話 「どちらの方が強いのだ?」

 川神十夜という少年は、姉である川神百代に完膚なきまでに叩きのめされた事が原因で、引き篭もって武道を離れ、結果人見知りとなってしまう可能性もあったが、一つの出会いによって武道をやめずに続けた結果、今まで以上に鍛え上げられ、今現在ではこの若さで師範代クラスと称されるまでの実力を身に着けていた。あの武神・百代の相手を務める事も出来るほどである。

 だが、いくら才能があったとはいえ簡単にその実力を身に着けられたわけではない。

 

 彼は小雪との別れから、ひたすらに武道に打ち込み続けた。それも、他のすべてを犠牲にするかのような勢いで。

 

 具体的に言えば、家に引き篭もって鍛錬をし続けていた。

 

 何かに憑りつかれたかのように武道に打ち込み、己の身体がいかに傷つこうとも気にせずにただ只管に強さを求めていった。

 パッと見ただけならば心技体揃った素晴らしい武道家に見えていた十夜だが、しかしじっくり見るまでもなく彼の武道には心技体が揃っていなかった。

 

 十夜は己の強さを求めるばかりに、学校という日常と己の身の安全を放り捨てていたのだ。

 

 祖父であり総代でもある鉄心はそれを憂い咎めたが、その時十夜はこう言った。

 

「好きな事をやって何が悪いんだよ?」

 

 そのように答えた十夜の言葉は、ただ純粋な疑問を呈した、無知ながらも正気からの言葉のようにも聞こえたが、しかしその目は明らかな狂気に陥っていた。

 鉄心にはそれが欲求の暴走にも、あるいは自責の念のようにも見えた。

 どうするべきかと悩んだが、この問題は百代を含めた風間ファミリーの存在によって緩和・改善された。

 

 しかしそれでも無茶な鍛錬をやめる事はなかった。

 何故そのような無茶な修行をするのかと尋ねると十夜はこう答えた。

 

「俺はとにかく強くなりたいんだ。強くならないといけないんだ」

 

 『強くなりたい』それならわかるが、しかし『強くならないといけない』というのは当時誰も理解できなかった。

 しかし十夜が何らかの強迫観念に駆られている事は察する事ができたので、風間ファミリーが一丸となって知恵を出し合った結果、一人の少女へと辿り付いた。

 

 そして……――

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園1-C―

 

「あれだけの登場をしたのだから知っていて当然と思ってしまっていた我も我だが、しかしあのような全生徒に通達するような重要事項はきちんと聞いておくべきだと思うぞ」

「あい……この身に染みました……」

「だ、大丈夫? 川神君……?」

「大丈夫……体力10割削られて画面端に叩き付けられただけだから……」

「いやトーやんそれ大丈夫って言わねーから」

 

 ヒュームによる制裁(ジェノサイドチェーンソー)を食らい床にへばっている十夜を見ながら1-Sにヒュームと共に編入してきた少女、九鬼紋白はこう考えていた。

 

(やはり、偏見は持つものではないな……)

 

 実を言えば、紋白は気にはなっていたものの、川神十夜に会いに来る事を躊躇していた。出来る事ならば避けたいとも思っていたこともあった。

 

 紋白がそういった意識を持っていたのには、十夜自身が何かしたというわけではないのだが、しかしある理由があった。

 

 彼女の姉である九鬼揚羽は、彼の姉である川神百代に敗北し、その川神百代はというと負け知らずと来ている。

 彼女の兄である九鬼英雄は、彼の姉である川神一子に恋慕するも、良い返事をもらえず延々とはぐらかされている。

 

 敬愛する二人の姉と兄が揃って川神姉妹に苦渋を飲まされている。そういった事情もあり、九鬼紋白は川神家に対して良い感情を抱いていなかった。武神に敗北を味あわせるために一人の刺客を雇った程である。

 しかしそのような感情を川神家末弟とはいっても関係のない彼に抱くのはおかしいと思い、勇気を持って決断し、善は急げといざ会ってみたのだが、まさか相手から認知されていないとはさすがの紋白も思わなかった。

 だが実際に話をしてみると、最初に抱いていた先入観はすぐさま崩れ去っていき、口調はしどろもどろながらも悪い人間ではなくむしろ良い人間だというのがわかる。

 あまり人の目を見て話さないのはいただけないが、その辺りは本人の性格という事で許容する事にした。

 短い時間ではあるが、紋白の抱いていた先入観が崩れ、十夜も緊張がほぐれてきたの確認すると、紋白は、ふと気になる事が頭に浮かんだ。その質問は十夜にとって失礼にあたるものではないか、そう思ったものの、それでも紋白は思い切って質問してみる事にした。

 

「……一つ、訊いても良いか?」

「え? あ、はい? 何すか?」

 

 

 

 

 

「お前と川神百代、どちらの方が強いのだ?」

 

 

 

 

 

 その質問に、教室内が一瞬ざわめいた。

 

 今まで誰もが気になっていながら、しかし聞けなかったことを、九鬼紋白が口にしたのだ。

 

「…………」

 

 教室に沈黙が流れる。クラス中の注目が十夜に集まる中、その張本人は軽くこう言った。

 

 

 

 

「姉貴の方が強いっす」

 

 

 

 

 その発言にクラス中が驚く中、十夜は気にすることなく言葉を続けていく。

 

「姉貴は最強だ。まさしく武神と言えるくらいに強い。しかも今もまだ成長し続けてる。姉貴には誰も勝てない」

 

 その川神百代を絶対視しているとも言える十夜の発言は、紋白にとっては面白いものではなかった。

 自慢の姉である九鬼揚羽が破れ、その仇討ちのために一人の刺客まで雇った自身の行為を、あたかも無駄であると言われたかのように感じてしまい、思わず顔を顰めてしまう。刺客の事を知っているのは依頼をした刺客と己を除けば九鬼財閥内でもごく一部の従者だけであるし、当然十夜が知っているわけもないのだが、それでもその発言は紋白の気に障った。

 しかしそれも一瞬の事ですぐさま普段の表情へと戻した。紋白の表情の変化に気付いたのは傍に立つヒュームくらいである。

 

「……そうか、だが――」

 

 少しがっかりしながら口を開こうとした紋白だったが、十夜の言葉はまだ終わっていなかった。

 

 

 

「――だから、俺が倒す」

 

 

 

「――……何?」

「俺が最強の姉貴を倒して、最強になる。で、姉貴に勝ち続けて最強で有り続ける」

 

 十夜はそれがあたかも当然のようにそう言い切って、満足そうな顔をしながら今度こそ口を閉じた。

 

「い、いや待て! 先程お前は自分よりも川神百代の方が強いと言ったではないか!」

「それはあくまで現時点の話でいつまでもそこに甘んじるわけにはいかねぇよ、うん」

 

 そこまで言ってから、相手が今日会ったばかりの人間だと思い出して、十夜は再び人見知りモードに入る。

 

「あ……ま、まあ、そういうわけっす……はい」

 

 十夜のその矛盾に満ちた発言に紋白は呆然とする。

 

 姉である武神・川神百代を絶対視しながらも、しかしそれを超えると何の迷いもなく、あたかも当然であるかのように口にした。

 発言の内容としては結局紋白の行為を無駄だと言っているようなものではあるものの、しかし紋白には不思議と先程まで抱いていた嫌な気分が消えていた。単に絶対視による否定ではなく、その絶対視する相手を超えるというその気概が紋白にとっては好ましいものだと感じられ、武神を負かそうとする紋白への挑戦のようにも思えた。

 

「ふ……ふふ……フハハハハ!! 良い気概だ! 気に入ったぞ、川神十夜よ!」

「え? あ、はい……」

「だが残念だが、それは叶わんぞ」

「はい?」

「川神百代は九鬼が用意した刺客によって敗北するからな」

「……はい?」

「おそらくだが、この半年以内で武神はその刺客に負けるだろう。故に川神百代は“最強”ではなくなる。お前の目標は叶わなくなるわけだな」

「……ちなみに刺客ってそこのヒュームさんじゃない……ですよね?」

「当然だ。戦った所で俺が勝つのは目に見えている。そのような事に何の意味もないだろう」

「何という圧倒的自信……」

 

 十夜には百代が負けるというのは想像もつかないし、それはないと自信を持って言い切れる。しかし紋白たちの様子からみると、向こうも自信を持っての発言である事は理解できた。

 戯言と一蹴して流す事も選択肢にはあったが、十夜としてはその紋白の様子がなんとなく気に食わなかったので勢いに任せてつい啖呵を切っていた。

 

「な、なら……俺がその前に姉貴を倒す。そ、それなら……うん、問題ない……うん」

 

 その啖呵を聞いた紋白は、十夜が自分に対して挑戦をしてきたように感じられた。

 武神と戦うのは紋白自身ではないが、しかし武神打倒のために最善の手を打ったつもりだ。それを真っ向から打ち崩すという十夜の発言は不思議と嫌なものではなかった。心が昂揚し、自然と笑みが浮かんだ。

 

「フハハハ! その気概や良し! では競争だな。どちらが先に武神を倒すか!」

「紋ちゃんに負けるつもりはねぇよ……うん」

「紋ちゃん……?」

「貴様、紋様と呼べと……」

「い、いや年下を様付けで呼ぶのはちょっと……」

 

 不敬とも言える呼び名にヒュームの蹴りが再び振るわれるかと十夜が身構えた瞬間、それを紋白が留めた。

 

「いや、構わぬ。つまりはお前の中で我はまだ認められておらんという事。ならばこれから認めさせれば良い!」

 

 紋白がそう笑みを浮かべながら言った瞬間、予鈴がなった。

 

「おっと、もう次の授業の時間か。ではまたな川神十夜よ! フハハハハ!」

 

 そう言い残し、紋白はヒュームを伴ってC組の教室を後にした。

 

「……何か、器の大きさでもう負けた気がしたんだけど……」

 

 残された十夜のその言葉に、友人二名は無言で目を逸らす事で答えた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園・花壇―

 

「――あー、言ってしまった……」

 

 放課後、人気のない裏の花壇にて十夜は頭を抱えて蹲っていた。

 理由としては紋白との会話で思わず言ってしまった言葉である。

 

 九鬼の刺客よりも早く武神・川神百代を倒す。

 

 十夜自身、刺客とやらが百代を倒せるとは思っていない。しかし紋白のあの自信満々な様子を見て、何らかの勝つ算段が付いているのだろうと察しがついた。

 ならば紋白に啖呵を切ったようにその前に自分が百代を倒せばいい話なのだが、それが容易な事ではないのは誰よりもわかっている。

 

「でもあんだけ大口叩いたらやらねぇわけにはいかねぇし……」

「あのー、どうかしたんですか?」

「あー、ちょっとビッグマウスを…………?」

 

 考え込んでいたせいか、声をかけられるまで近くに誰かがいる事に気付いていなかった。最近、というか今日はそういう事が変に多い気がする。その辺りを改善するためにまた修行をしようと思いながら声がした方を向いてみた。

 

「…………え?」

「あの……私の顔に何か付いてるかな?」

「あ、い、いえ! そういうわけじゃなくて……!?」

 

 そこにいた人物が予想外すぎて、軽いパニックを起こして普段以上に呂律が回らない状態に陥ってしまった。

 

「えっと、その……葉桜、清楚先輩……?」

「うん、そうだよ」

 

 そこにいたのは今日三年に編入してきた葉桜清楚先輩であった。

 

「え……え……? こ、こんな所で一体……?」

「ここに花壇があるって聞いたからちょっと見に来たの。貴方は?」

「あ、えと、その、ちょっと……考えごとというか、は、反省というか……はい」

 

 せめて九鬼の刺客を俺が先に倒すと言った方が現実的だった気がする。というかそっちの方がまだ可能性が高いから今からでも撤回したいが、しかしあそこまで言ってしまった今そんな事も出来るわけもなく……

 そんな考えが頭の中をぐちゃぐちゃにして、また嫌な気分になった。

 

「えっと……私にはよくわからないけど、頑張って……でいいのかな?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 初対面の人間をやさしく慰めてくれるとは……葉桜清楚先輩、思ってた以上にいい人だなぁ……。

 

「そういえばあなたの名前聞いてなかったね。何て言うの?」

「あ、えと、い、一年……か、川神十夜……です」

「川神十夜……もしかしてモモちゃんの弟さん?」

「え? あ、姉貴とは、もう知り合ったん……すか?」

「うん、休み時間にわざわざSクラスの教室まで来てくれたんだ」

 

 姉貴が別クラスに女の子に会いにいった……絶対にこの目の前の美少女にちょっかい出すためだと俺は理解した。

 

「な、何か姉貴が迷惑かけませんでした……?」

「別に迷惑なんてしてないよ? 転入したての私に気を使って色々と校内の案内をしてくれて、むしろ感謝してるくらいだよ」

 

 俺のオドオドした問いかけに葉桜先輩は微笑みながらそう答えてくれた。どうやらまだ姉貴もそれらしいちょっかいは出してないみたいだ。まだ。それにおそらくは下心満載の姉貴に対して好意的な勘違いをしてくれてる。

 

「あ、でも『川神君』じゃモモちゃんとかモモちゃんの妹さん……あ、君にとってはもう一人のお姉さんだね。二人と一緒にいる時少しややこしいよね……なら『十夜君』って呼んでもいいかな?」

「え……!?」

「あ、もしかして嫌だった?」

「い、いえ! そそそんなことはないです!」

「じゃあよろしくね十夜君」

 

 ……その後、清楚先輩と花の様子を見ながら他愛のない話をした。俺はたどたどしく、かつドモリながらだったが、しかしそれでも清楚先輩は嫌な顔などすることなく楽しそうに話をしてくれた。これは非モテが勘違いしかねないわー……まあ俺は身の程を弁えてるので大丈夫だが、うん。

 

「あ、もうこんな時間。それじゃ、私はそろそろ行くね。またねー」

 

 そう言って清楚先輩はこちらに手を振りながら小走りで去って行った。

 

「清楚先輩……いい人だなぁ」

 

 手を振って清楚先輩を見送った俺も、そろそろ帰る事にした。帰って早く今日の分の鍛錬しないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いやー、青春だねぇ」

「っ!?」

 

 突如として背後から聞こえたその声に驚き、咄嗟に振り返るとそこには腰に何かホルダーのようなものをつけた黒髪の美少女がニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 

「いやぁちょっと色々な手続きしに来たついでに校内を散策してたんだけど……まさか“これぞ青春!”って場面に出くわすとは思わなかったよー。思わずニヤニヤしながら見入っちゃった。結果的に覗いた形になっちゃったけど、ごめんね」

「え、え? い、いや、てか今もニヤニヤして……」

「よーし、じゃ次行こうかな! それじゃまたねー!」

 

 そう言ってその人は軽やかにステップを踏みながら立ち去って行った。

 

「…………いや、てかそもそも誰?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―秘密基地―

 

 鍛錬を終えて風間ファミリーの秘密基地である廃ビルへと向かえば、金曜でもないのにメンバー全員勢揃いしていた。

 まあそれも珍しいことではないのでそのままいつものようにくつろぎながら駄弁っていた。

 

「てなわけで今度私に九鬼から刺客が送られてくるらしいぞー。しかもしばらく負けなかったらヒュームの爺さんが戦ってくれるらしい」

「姉貴とヒュームさんの対決とか戦える場所あるのか疑問だな……」

「姉さんが負けないのは確定事項なのか……いや確かに姉さんが負ける姿思い浮かばないけどさ」

 

 やはり姉貴が誰かに負ける姿は想像できない。なので紋ちゃんに切った啖呵に関してはあんまり気にしないことにした。それよりも重要なのは俺の恋愛に関してだろう。

 俺が本当に好きなのはユキなのか、それとも清楚先輩なのか、早いうちにはっきりさせておきたい所なんだけども……

 

「で、お前は何をそんなに悩んでいるんだ?」

「え?」

「気付かないと思ったか? お姉ちゃんに言ってみろ。解決してやるぞ」

「拳で解決(物理)ですねわかります」

「お前はお姉ちゃんを何だと思ってるんだ!? デコピンくらいで済ませる!」

「問題そこじゃないでしょ!?」

「てかモモ先輩ならデコピンも十分な凶器だよなぁ」

 

 しかし……他人に話す事で自分の気持ちに整理がつくかもしれない…………さすがに誰に惚れているとか言うのは恥ずかしいので相手の名前は誤魔化すが……

 

「……その、何というか……今日、ある人に心奪われたというか、一目惚れした?」

「はぁ!?」

「今日って事は……あの葉桜清楚って先輩か!?」

「ブフッ!?」

 

 い、今起こった事を言うぜ……! 一目惚れしたと言ったらその相手を大和にピンポイントで指摘された。な、何を言ってるのか……って内心でネタに走ってる場合じゃない! な、なななななな何故バレテル!?

 

「いや、何か朝礼の時に過剰に反応してたから……ってかお前榊原小雪が好きなんじゃなかったのかよ!?」

 

 しかももう一人の相手まで指摘された。

 

「な、ななななな何を言っているのか……!?」

「いや見てたらわかるから……」

 

 どうやら京も知っていたようだ。バレていないと思っていたのにバレていたとは……という事は皆も知っているのか?

 そう思って周りを見渡してみると……

 

「なん……」

「だと……!?」

 

 二人以外の驚愕した顔が目に入ってきた。つまり他のメンバーには知られていなかったという事である。

 

「……バレてたことを嘆くべきか、バレた事を嘆くべきか……」

「あー、何というか……すまん。皆気付いてると思ってた」

「私は気付いてないと思ってたけど言った。反省はしてる」

「確信犯!?」

 

 まさかの発言に俺がショックを受けていると、驚愕していた面子から声が上がってきた。

 

「ちょ、ちょっと待った! よくわからなくなってきたから整理させてくれ!」

「あ、アタシも……」

「クリスやワン子にもわかるように説明すると、榊原小雪の事が好きな十夜は、今日葉桜先輩に一目惚れした。以上」

「本当に簡潔ですね……」

「でも事実しか言ってねーのも事実なんだよなー、オラビックリ……」

「成程……」

「なんとなくわかったわ……」

 

 京の説明で理解したのかクリスとワン子の二人は息を吐き出した。

 

「って、それって二人を同時に好きになったって事ではないか!?」

「それってどうなの!?」

 

 そしてようやく気付いたかのようにその点を指摘してきた。

 

「うん、だからこそ困ってる。俺が本当に好きなのは誰なのかがわからなくなって、落ち着こうと思って心を無にしてクリハン素材集めしても現実逃避にしかならないし……」

「心を無にするのにクリハンっておかしいでしょ!?」

「そこは武道らしく座禅とかにしとけYO!」

「いや、物欲センサーを回避するためにはちょうどいいから……」

「それで回避できるの!?」

「出来る出来る。そのおかげで俺、レア素材結構余ってるし」

「ホント!? じゃあ僕欲しい素材あるんだけど何かトレードしてくれない?」

「物にもよるけど何欲しいの? あるかどうかわからんけど……」

「おい、話が脱線してるぞ」

 

 クリハンの話に移行しようとしていた流れを姉貴の指摘で一気に戻される……ちくせう、誤魔化せなかった。

 だがしかし、自分の気持ちをはっきりとするために話すと決めたわけだし、一先ずの結論が出るまではやってみよう。例え予想外にも好きな人バレた上に暴露されたとしても……!

 

「えー……それじゃ聞くけど、好きな人がいるのに、別の人も好きになるって……どう思う?」

「それは駄目だろう」

「不誠実だな」

「不純だね」

「nice boat.」

「サイテーだな」

「相手にも失礼かと」

「……ですよねー」

 

 自分でもそう思うから何も言い返せない………………が、一つだけ許容しがたい発言があった。

 

「……ガクト、お前最近いつ告白した?」

「ん? 先週の木曜の放課後だな」

「その前は?」

「先週の木曜の昼休みだ」

「で、優柔不断な俺はどう思う?」

「サイテーだな」

「ふんっ!!」

「痛ぇ!?」

 

 絶対に人の事を言えないヤツに言われるとムカつくので一発殴っておいた。

 

「なあ、この筋肉を殴ってもいいだろうか?」

「殴ってから言うなよ!?」

「モロの許可が下りれば……」

「何でそこで僕の許可なのさ!?」

「よーし、許可が下りたからもう一発殴るか」

「どの部分が許可なのさ!?」

「むしろ殴られた俺様に殴らせろ!」

「え? ガクト、自分で自分を殴んの?」

「ちげーよ! お前をだよ!」

 

 俺の恋愛話からガクトとの小競り合いになりそうになったその時、今まで黙って何かを考えていたキャップが声を上げた。

 

「つまりアレか。十夜は榊原の事が好きだけど、葉桜先輩も好きになったと」

「まあ、有体に言えば……」

「ちょっと理解遅くない?」

「正直俺恋愛とか興味ねーもん」

「スッパリ言い切った!?」

 

 やはりキャップに恋愛相談は無理そうだ。まあ最初からキャップにはその方面では期待していないのだが……

 

「てかそもそも俺にはよくわかんねーなー、恋愛とかそういうの。面倒じゃね?」

「キャップに恋愛はまだ早いみてぇだな」

「まあ、それでこそって感じもするけどね」

「ま、俺から言えるのは一つだな」

 

 そしてキャップは一拍置いてから俺に対してこう言った。

 

「後悔しないような選択をしろ。別にどっちかに今すぐ告白してもいいと思うし、時間かけて真剣(マジ)で誰が好きなのかを見極めるアリ。どう行動するのかもお前次第だが、後で後悔するような事は選ばないように気をつけろよ」

「……ちなみにキャップのお勧めの方法は?」

「直感で即断即決! この際どっちにも告白したらいいんじゃね?」

「それ一番ダメなパターンでしょ!?」

 

 ……やはりキャップに恋愛的な相談は無理のようだ。確信した。

 だが、まあしかし参考になったのも事実である。

 

「……とりあえずじっくり考えてみるわ。こういうのは焦っても意味ないし」

 

 別に急がなくてもいい。ゆっくりと答えを出せばいいんだ。相手が二人とも俺に対して恋愛感情を抱いていない事は確定的に明らかなわけだし……。

 

「玉砕したらお姉ちゃんの胸に飛び込んでくるといい。抱きしめてやる」

「そのままサバ折りされるんですねわかります」

「優しく慰めてやろうと思ったのに、そっちの方がいいんならそうしてやろう」

「やめてください死んでしまいます!」

「お前、モモ先輩に抱きしめられるだけでもいいだろうが! 羨ましい!」

「姉貴、ガクトにサバ折りしてやんな」

「断る!」

 

 

 

 ……こうして武士道プランによって新しくなっただろう最初の日は、しかしいつもと同じように夜は更けていった。

 

 




活動報告にてちょっとしたお知らせ、というかコラボ企画の募集をしていますので、興味のある方はご覧になってください。


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第四話 「あの時、僕と遊んでくれてありがとう!」

 

「――トーヤ!」

「え――――」

 

 背後からいきなり抱き付かれた十夜は、驚きながらも相手が誰かを確認して、そして驚愕した。

 

「ユ……キ……!?」

「ひっさしぶりなのだー!」

 

 その相手は、かつて自身を救い、そして自身が救えなかった少女であった。

 

「どう、して……ここに……?」

「ここにトーヤかもしれない人がいるってトーマとジュンが教えてくれたのだー」

 

 正確に言えば、小雪の行方を調べた大和たちが葵冬馬たちに接触をして教えたのだが、小雪も知らないその事を十夜が知るわけはなかった。

 

 もしも彼女にまた会えたら、言おうと思っていた言葉があった。

 しかし、十夜はその言葉を紡げなかった。そんな資格が自分にはあるのか不安だった。

 そんな十夜の心中を知ってから知らずか、先に口を開いたのは小雪であった。

 

「……僕ね、トーヤにずっと言いたかった事があるんだ」

「言いたかった事……?」

 

 恨み言を言われるのかと思った。非難されてもおかしくないと思った。

 だが、小雪の口から出た言葉はそのようなものではなかった。

 

 

「あの時、約束守れなくてごめんね」

 

 

「約、束……?」

「あの時、僕にトーヤの仲間を紹介してくれるって言ってたのに、僕行けなかったから……」

「それは……!」

 

 それは謝られるような事ではない。小雪が来れなかったのには理由があって、それは母親との一方的な不仲からくるもので、それに気付けなかったのは自分である。

 十夜はそう言おうとした……言おうとしたが言えなかった。

 言えば今度こそ責められると思った。思ってしまった。小雪から責められるという恐怖で、十夜は口を噤んでしまった。その事に十夜はさらに自己嫌悪してしまう。

 

「それとね……」

 

 だが、小雪はそんな事知った事ではないとでもいうかのように、続けて口を開いた。

 

 

 

 

「――あの時、僕と遊んでくれてありがとう!」

 

 

 

 

「――――」

 

 その屈託のない笑顔で紡がれた小雪の言葉に、十夜は言葉を失う。

 

 今までずっと後悔していた。あの時何かを出来たのではないかと思い続けていた。しかし何もしなかったが故に失い、何もできなくなった十夜は小雪に示してもらった武道に打ち込むしかできなかった。

 

 十夜は小雪に恨まれていると思っていた。

 

 

 しかし、違っていた。

 

 

 小雪は十夜を恨んでなどいなかった。むしろ一緒に遊んだだけの事を、今でも心から感謝していた。

 『それは口だけで心の奥底では罵っているのかもしれない』……そのような考えは不思議と浮かんでこなかった。

 小雪の笑顔を見て、これが本心からの言葉なのだと不思議と理解できた。

 

 

 そう理解できた途端に十夜の涙腺は緩み、自然に涙が目から零れていく。

 

 

 それだけで、たったそれだけの事で、今まで自分を責めて、罪悪感を持ち続け、どこか張りつめていた十夜の心は、再び救われたのだ。

 

 涙を流しながら、思わず声を上げて泣き出してしまいそうな中で、その前にこれだけは言っておきたいと、十夜は喉を振り絞るように言葉を紡いだ。

 

「……こっちこそ、ありがとう……!」

「……トーヤ? どうしたの?」

「ごめん……ごめんな……! 本当に、ありがとう……!」

「うーん……よ~しよ~~~し!」

 

 泣き崩れる十夜を胸に抱いて、子供をあやすように頭をなでる小雪。その顔はいつも天真爛漫な彼女としては珍しく、慈愛に満ちていた。

 

「ねえトーヤ……これからも僕と遊んでくれる?」

「うん……うん……!」

 

 

――――こうして、かつて互いを救い合った二人は再び出会ったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園・通学路―

 

 今日は風間ファミリーとではなく、ユキたちと登校する事にした俺は、通学路のいつもの場所で三人を待つ間、今朝修行中に感じた気の高ぶりに関して聞くために、ある人に電話をかけていた。

 

「もしもし釈迦堂さんですか?」

『あー……その声、十夜か?』

「今朝釈迦堂さんの闘気感じましたけど……その声の感じ、負けたんすか?」

『…………』

 

 この沈黙は肯定である。釈迦堂さん的には口に出すのも嫌なくらい認めたくない事だろうが、間違いなく肯定の意になっている。

 

「……修行不足っすねぇ」

『うっせぇ! 俺だってわかってらぁ! そのせいでこちとら働かないといけなくなったんだしよ!』

「働く? 釈迦堂さんが? なんでまた?」

『そういう賭けだったんだよ』

 

 ……戦いで労働云々の賭けをするってどういう事なのか……

 

「……てか釈迦堂さん誰に負けたんです?」

『あー……名前何つったっけ……ほら、九鬼にいる偉そうな金髪のジジイだよ』

「……その人の名前、ヒュームだったり?」

『そう、それだ!』

「その爺さん九鬼の最高戦力じゃないですか……修行サボってるくせによく勝てると思いましたね」

『昔見た時より弱くなってると思ったんだよ』

「相手の強さを見誤るとは……本格的に鈍ってやがる……!」

『うるせぇよ! ……ま、就労の約束なんざ、いざとなりゃブッチすればいいだけよ』

「とことんマダオだなぁ……」

 

 釈迦堂さんの社会不適合っぷりを再確認していると、視界にユキたちが歩いてくる姿が入ってきた。向こうもこちらに気付いたのか、こちらに手を振りながら近づいてくるので、釈迦堂さんとの会話もそろそろ終える事にした。

 

「じゃ、そろそろ俺も学校行かんといけないんで釈迦堂さんも労働に勤しんでください」

『働かね――――』

 

 その釈迦堂さんの言葉を最後まで聞く前に俺は通話を切った。半ば一方的に電話を切る形になってしまったが、まあ何かあったら再度電話をかけてくるだろうし、問題ないだろう。

 

「トーヤー! うぇーい! おはよー!」

「おはよー、ウェーイ!」

 

 元気よく駆け寄ってきたユキといつものように謎の掛け声とともにハイタッチをかわす。

 

「おはようございます十夜君。今日も素敵ですね。よろしければ放課後出かけませんか? ホテルなどに」

「おはよーっす冬馬先輩。今日の放課後は用事あるんでお断りします」

「おや、つまり予定がなければ誘いを受けていたと?」

「それは違います。なくてもお断りっす」

「残念です」

「あ、ハゲ先輩おはよーっす」

 

 冬馬先輩にも挨拶をして、最後にハゲ先輩にも挨拶をしたのだが、何やら真剣な表情でこちらを見てきている。その視線からは何やら揺るぎない決意と覚悟が篭っているように感じた。

 重々しい雰囲気を纏ったハゲ先輩は、意を決したかのようにその重い口を開いた。

 

「十夜……悪いがここでお前を討たせてもらう」

「……は? どうしたんすかハゲ先輩?」

「悪いものでも食べたのー?」

「まあまあ二人とも、まずは準の言い分を聞いてみましょう」

 

 いきなりおかしなことを言いだしたハゲ先輩に俺とユキは思わず頭の心配をしたが、冬馬先輩の提案に乗ってハゲ先輩の主張を聞いてみることにした。

 

「俺は昨日の朝、全校朝礼で紋様のその姿を見て、その圧倒的なカリスマに衝撃を受けた」

「カリ、スマ……?」

「確かにカリスマ溢れてましたが、準の場合は容姿重視だと思います」

「ロリコンは不治の病なのだー」

 

 というか話の内容がいきなり昨日になって戸惑っているのだが、まあ多分説明しとかないといけない部分なのだろう。とりあえず突っ込まずにハゲ先輩の話の続きに耳を傾ける。

 

「思わず跪きたくなるほどのカリスマを感じた俺は、すぐに上級生である俺が行っても戸惑ってしまわれると思って、紋様の都合も考えて昼休みまで待った。そして待ちに待った休み時間、俺はすぐさま紋様の元へと馳せ参じようとした」

「チャイムがなると同時に飛び出していきましたからね」

「残像で準の頭が数珠繋ぎに見えたのだー」

「どんだけの速度!?」

「だが俺が辿り付いた時にはもう紋様は教室におられなかった」

「え? そんだけ早くいったのに?」

「何度かヒュームさんに振り出しに戻されていましたので」

「なんかねー、シュバッ!ってハゲを持って出てきたと思ったら、しゅばっと消えたんだー」

「瞬間移動ってこんな感じなんだなって思ったけど、やられた側としては説明もなく気付いたら場所が変わっててビビるなんてもんじゃねーぞ、あれ」

 

 あの爺さん的にもハゲ先輩は紋ちゃんにとって危険と判断されたのか……まあ画面端に叩き付けられなかっただけ十分によかったんだろうけど。あと瞬間移動は多分素早く動いただけなんだろう。ハンパないなあの爺さん。

 

「しかし俺は諦めなかった。いなくなられた紋様を探して一年の廊下を探し回った」

「……通報すべき?」

「制裁するー?」

「どちらもやめてあげましょう」

「そして紋様を見つけた俺はすぐさま話しかけようとして、見てしまった……十夜、お前が紋様を紋ちゃんと呼び、紋様に対して勝負をすると勢いよく啖呵を切った所を!」

「あれ? 何か変に事実が歪められてね?」

「トーヤは堂々と啖呵は切れないもんねー」

「ですね。まあその辺りも魅力的ではあるのですが……」

 

 うぐ……二人の発言で地味にダメージが二重でくる……! というかそんな目で見ないでください冬馬先輩。

 

「故に! 俺は紋様に仇なすお前を討つと決めたのだ!!」

「それでハゲ先輩は俺を倒して紋ちゃんへ傅くための土産にしようと?」

「いや、紋様には既に傅いてきた」

「は? じゃあなんで?」

「俺はただ、紋様に気を掛けられてるお前が許せないだけだッ!!」

「理由がまさかの嫉妬!?」

「準はとことんロリコンですね」

「死んでも治らないのだー」

 

 

 

……いつも通りの朝だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園1-C―

 

 教室にて新しく担任になったゲイル……先生によって朝のHRが行われていたのだが、グラウンドの方から何やら気の高ぶりを感じたと思えば、さらに戦闘音まで聞こえてきた。

 クラスの連中につられて窓の外を見ると、そこには姉貴と戦う見慣れぬ女子生徒の姿があった。……というかあの人、昨日俺と清楚先輩の会話を覗き見してた人だ。

 

「彼女の名前は松永燕。今日から川神学園の三年に転入してきた西の武士娘デース!」

「松永、燕……」

「イエス! お恥ずかしい話ですが、ワタシは彼女との決闘に敗れてしまいました」

 

 あの全米格闘王者のゲイル……先生が負けたという事はあの先輩は相当な実力を持っているわけだ。まあ姉貴とやり合えるのを見るだけでも十分にわかっていたが。

 

「……なあ、まゆっちはあの先輩どう思う?」

「……強い、ですね。それに、速い」

「複数の武器をあれだけ扱える器用さもスゲーとオラ思うけど、それ以上にあの身のこなし、ハンパねーぜ」

「まあ武器の練度自体は専門じゃないだけあってそこそこレベルみたいだけど」

 

 姉貴の攻撃は器用というだけで捌ける程甘いものではない。相手の動きを素早く読み取る目と姉貴の攻撃に合わせられるだけの身のこなしがなければ、あれほど姉貴の攻撃を捌く事は出来ない。

 

「ですが、決定打がないようにも思えます」

「ちょっと言い方悪いかもだけどよー、アレ器用貧乏ってヤツじゃね?」

「そうだよなー。武器も色々扱えるってだけで決定打になり得る一撃はないし」

「私としては、あれを器用貧乏って言葉で片付けられる二人もスゴイと思うんだけど……」

 

 ……ただ、それにしても武器をとっかえひっかえしすぎな気がする。パターンを変えた所で練度としてはそう変わらないわけなのだから姉貴に有効になるというわけでもないし、むしろ持ち替えの瞬間に隙が生まれかねない。姉貴は敢えてその隙を突かないが、そこを突かれたら一気に劣勢に陥るだろう。

 それに、何というか……あの先輩、姉貴に勝つ気がないように見える。

 渾身の一撃が打てるだろう場面でも、当たる当たらないはともかくとして、打とうともしない。慎重な性格で博打は打ちたくないというだけかもしれないが、それにしても何か引っかかる。

 多種多様な武器を使ってるけど、その武器を変えるスパンは短い。近接武器、長物、果ては飛び道具と、使用する系統もバラバラ。

 それ自体はスゴイのだが、やはり何かが引っかかる。何て言えばいいのか…………上手く言葉に出来ない……

 

 そんなこんなでチャイムがなるまで二人の戦闘、というか組手は続き、松永先輩には全校生徒からの拍手が送られた。

 

 

『私が武神って言われる川神百代さんとここまでやり合えたのは、これのおかげなんです! じゃーん! 松永納豆!』

 

 

 そう言って腰のホルダーから取り出したのは松永納豆の文字が書かれたカップ納豆であった。

 

「……何か納豆の宣伝し始めたんだけど」

「何と押しの強い方なのでしょうか……」

「はっ! まゆっち、オラ閃いたぜ。まゆっちに足りなかったのはあのキャラだ!」

「つまり私も納豆売りになれば……!?」

「二番煎じ乙」

「というかまゆっちはもうキャラ十分に濃いじゃない。私としてはむしろキャラを少し薄めた方が友達出来ると思うな」

「はぅあ!?」

「友達の的確な指摘にちょっと悲しい……けど嬉しくもある複雑な心境のまゆっちだった……」

 

 

 

 こうして、松永燕先輩は転校初日から校内でも屈指の有名人となったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神院・鍛錬場―

 

 夜も更けて、修行僧たちも日課の鍛錬を終えた鍛錬場にて二人の老人が立っていた。

 一人は川神院総代である川神鉄心。もう一人は九鬼家従者部隊序列零番のヒューム・ヘルシング。両名ともに現代においても武のトップとも言える人物である。

 

「……で、どうじゃった? 川神院の鍛錬を見学した感想は?」

「見事だ。この俺では弟子を取るとしても一人が限界だが、これだけの人数をこれだけのモノにするのは流石の一言に尽きる」

「ほっほっほ、もっと褒めてもいいんじゃよ」

 

 かなりの自信家であるヒュームにここまで賞賛され、少し調子に乗る鉄心。……だがヒュームの言葉はまだ終わっていなかった。

「――だが、危険な連中の教育には落胆せざるを得んな」

「……耳が痛いのう」

 

 そのヒュームの苦言に鉄心自身も心当たりがあるのか、声に覇気がなくなってしまう。完全に痛い所を突かれたとでも言うような表情である。

 

「百代は瞬間回復を身に付けた弊害で攻防ともに荒削り。釈迦堂は恐るべき才能を完全に腐らせた。これは完全にお前の落ち度だぞ」

「それについては否定できんわい」

「……まあ十夜が現時点であの段階まで到達しているのは褒めてやってもいい」

「じゃ、じゃろ?」

「だがあれはお前の手柄ではなく、他の要因による自己研鑽の賜物だろう」

「おぉう、見抜かれとる……」

「それに昨日など完全に腑抜けていたぞ。奴に関しても評価を改める必要性を感じたな」

「そ、それはたまたまじゃよ、うむ」

 

 十夜の評価を下げようとしていたヒュームに対して、連動してこれ以上自身の評価が下がるのは避けたい鉄心は必死に十夜のフォローにかかる。

 その結果かどうかはともかく、ヒュームの中における十夜の評価を下げるのは保留となった。

 

「……で、その当の本人はどこにいる? 鍛錬中もいなかったようだが」

「バイトのついでに静岡の方に行ってくるそうじゃ。夜には帰ってくるそうじゃが、引き篭もってばかりじゃった孫がこうも活動的になるとは嬉しいもんじゃ」

「活動的なのはいいが、その前にあのコミュ障を何とかしろ。あれではどれだけ実力があったとしても使い物にならん」

「あれは本人の性格じゃし、無理に変えられるもんでもなかろう? 時間をかけて改善していくべきじゃろう」

「時間をかけた結果が今の体たらくだろうが。奴の場合、荒治療の方が効くんじゃないか?」

「……というか先の言い分じゃと、お前さん十夜を九鬼に入れる気満々じゃろ?」

「能力はあるからな。まあ従者部隊に入れるとしても勉学・礼節などはみっちりやらねばならんだろうが」

「じゃがのう……――――」

 

 二人の老人がそんな口論をしている中、その鍛錬場の様子を覗き見る一つの人影が存在していた。

 

 

「…………何か入りにくい……」

 

 その話題の中心である川神十夜本人であった。

 

 静岡から戻った彼が自室に戻る途中で一応二人に挨拶しようと鍛錬場を覗き見てみれば自分の事が話題になっている状況で、今となってはさらに声をかけ辛くなっていた。

 

「というか……」

 

 

「十夜は川神院の師範代になるんじゃよー。昔からそう言っとったしのー」

「いや、可能性を狭めるのはどうかと思うぞ。そういう意味ならば選ぶべきは従者部隊だろうなぁ」

 

 

「…………爺ちゃんたち、俺がいるのに気付いて、こっちに聞こえるように言ってるような……チラチラこっち見てる気がするし……」

 

 十夜は何やら鍛錬場から変なプレッシャーを感じていた。この状況が続けば、力尽くであの場に連れ出されて問い質されそうな気がした。さらに連れ出されるまでの時間は長くはなく、むしろ短いとも感じていた。

 そうなった場合、自身はどう答えるべきか、十夜は少し悩んだが、答えはすぐに出た。

 

「……さっさと部屋に戻ろうそうしよう」

 

 問われるだろう問いの答えを考えるのをやめた十夜は、二人の会話を気にするのをやめるという選択をして、そのまま自分の部屋にダッシュで戻っていった。

 

 

 

 

……ちなみにだが、部屋に戻るまで十夜の耳には声の大きさが変わる事なく二人の言い合いが聞こえ続けたという……

 

 




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第五話 「――リン、リン、リリーン♪」

 武に自信がある者たちの間で実しやかに囁かれている一つの噂が存在した。

 

 

 

 怪人・仮面二十面相

 

 

 

 それは、武人に勝負を挑んでくる仮面をつけた怪人の話である。

 

 その怪人の存在が噂として流れてきたのは、数年前の事だ。

 

 とある道場に、突如として一人の道場破りが現れた。

 

 道場破り自体は珍しくはあるがそうおかしなことではない。しかしその道場破りがおかしかった。

 

 

 

 何故か、その顔に仮面をつけていたのだ。

 

 

 

 そして、当時は強者として名を馳せていた道場主はそのふざけた仮面の男を返り討ちにしようとし、完膚無きまでに叩きのめされた。

 

 実際にはよくある他流試合に似たものであったが、力の優劣は歴然であった。その道場主はそのふざけた仮面の男相手に全く歯が立たなかったのだ。

 

 これを機に、その道場は廃れていく事となる。

 

 また、同様に仮面をつけた道場破りに大敗したものの、逆に己の腕を磨き直して道場の質を上げたケースも存在する。

 

 このような事が、全国の道場で複数起きているのだ。

 

 それらを行ったのが全て同じ人物なのか、あるいは模倣犯なのか、それすらわからない状況である。共通点は仮面をつけた男という点だけである。

 

 

 やがて、その道場破りが一つとして同じ面はつけていないという噂も流れた事によって、この『仮面二十面相』という呼び名が定着する事となる。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―多馬川・河川敷―

 

「――――昨日、静岡の方の道場で『怪人・仮面二十面相』が出てきたそうなのよ!」

 

「怪人……」

「二十面相……?」

 

 ワン子の興奮したような言葉を聞きながら俺達は十夜が買ってきた静岡のお土産のうなぎパイを頬張る。

 

「とりあえずパイ食って落ち着こうぜ、ワン子」

「わーい! ぐまぐま……」

 

 十夜にうなぎパイを渡され、ワン子は話を中断して喜んでうなぎパイを頬張る。ただ変に話が途切れたせいで話の内容が気になったのか、クリスが疑問の声を上げた。

 

「それで、その変装が得意そうな名称の怪人は何だ? 日本では有名なのか?」

「武道家の間ではそこそこ有名な噂だぞ。仮面二十面相」

「知ってるのか、モモ先輩!」

「まあな。美少女の嗜みだ」

「怪人情報が美少女の嗜みって……ハハッ」

「デデーン! 十夜、デコピーン!」

「は? 痛ぁ!?」

 

 失言をした十夜に姉さんのデコピンが炸裂する。擬音で表すと『ズバーンッ!』という、もはやデコピンとは思えない程の轟音が場に鳴り響いた。

 余りの痛みに思わず頭を抱えて蹲った十夜を放置して姉さんは説明を始めた。

 

「何やら実力者として有名な道場や武芸者のもとに何やら仮面をつけた謎の人物がいきなりやってきて戦いを挑むらしい」

「もぐもぐ、ごくん……でね、その人が現れるたびに付けてる仮面が変わってるらしくて、その面は二十を超えるって言われてる事から付けられた呼び名が、怪人・仮面二十面相!」

「……まあ、最近はちゃんとアポ取るらしいけどな。仮面はつけてるけど」

「何その微妙な礼儀正しさ!? そこまでちゃんとするなら何で仮面してるのさ!?」

「その辺りも含めて謎なんだろ」

 

 仮面つけて道場破りって……変な奴もいるもんだなぁ……

 

「ちなみに怪人っていうのはもはや人間の強さじゃないって事でそう評されたらしいんだが、それだけじゃなくて単純に怪しい人っていう意味もあるらしい」

「まあ仮面つけてる時点で不審者だよね」

「まああくまで都市伝説レベルの噂だから、本当に一人の存在として実在するかはわからないんだがな」

 

 そう言って姉さんは話を締めくくったのだが、意外にもここでまゆっちが口を開いた。

 

「あの、実はその人、昔うちに来たそうですよ」

「何、だと……!?」

「え? まゆっちの所に?」

「正確に言えばまゆっちのパピーにだけどなー」

 

 単なる噂話ではなく実際に会ったという話に、冗談半分で聞いていた俺達の注目はまゆっちに集まる。

 

「私は実際に見てないのですが、父は中々見所がある若者と評価していました。あとは礼儀さえあれば、と」

「礼儀、というと?」

「仮面で顔を隠して挑んできたので、つい仮面を斬り落としてその場で正座させて説教をしてしまったそうです」

「うわぁ……」

「そこまでされたのに何故高評価を貰えたのか……」

「仮面を斬られた後の態度が父としては高評価だったようです」

「それ仮面斬った剣聖に対して恐怖で萎縮してたからじゃないか?」

 

 まあ顔に付けてる仮面を刀で斬り落とされたら誰だって震えあがるよな。

 

「でも剣聖十一段の所にも行ったくらいだし、うちにも来ないかなー」

「さ、さすがに川神院に殴り込みにはこないでしょ」

「なあ。もし来たら俺も呼んでくれよ! モモ先輩!」

「キャップがここまで反応するとは意外だな」

「だってどんな仮面つけてんのか気になるだろ。カッコよかったら一個くらいもらえねーかな?」

「気になるのそこなのか。というか仮面なら十夜に貰えばいいだろ」

「何でコレクションを分けないといけないんだ……まあパピヨンマスクくらいなら構わないけど」

「何でそのチョイスなのかなぁ……?」

 

 そんな話をしながら歩いていると、多馬大橋に差し掛かった辺りで、自転車が路面を走る音と共に綺麗な鼻歌が聞こえてきた。

 

 

「――リン、リン、リリーン♪…………あ、おはよう、モモちゃん! 十夜君!」

 

 

「おはよう清楚ちゃーん…………ん?」

「え、あ、は、はい。お、おはようござます」

 

 自転車に乗って優雅にやってきた葉桜先輩が俺達と一緒にいた姉さんと十夜に挨拶をしてきた。…………あれ? 姉さんはともかく、なんで十夜にまで……?

 

「おい……清楚ちゃんといつの間に知り合ったんだよお前!」

「お、一昨日……」

「一昨日って、お前あれじゃないか! 清楚ちゃんが編入してきたその日じゃないか! 手が早い……というかお姉ちゃん、そんな子に育てた覚えはないぞ!」

「速攻で清楚先輩に会いに行った姉貴には言われたくねぇ!」

「しょーもない……」

「……とりあえず葉桜先輩を俺達にも紹介してくんない?」

 

 京曰く「しょーもない」事でケンカしそうになっていた二人を止めて、先輩を紹介してもらった。案の定というかガクトがすぐさま告白したが、丁寧にお断りされていた。

 

「そういえば先輩は自転車通学なんですね」

「うん、風を感じて気持ちいいんだ。九鬼財閥製の電動自転車でね。坂もスイスイ進むから、名前はスイスイ号って言うんだ」

「――皆さん、よろしくお願いします」

「ふぁ!? 喋った!?」

「自転車が喋るのか」

「生存競争は苛烈なのです」

「自転車業界もシビアなんだなー」

「いやいやだからって向かってる先がおかしいでしょ!?」

「でも喋る自転車って面白いなぁ……なあ、俺も乗ってみていいか? 一緒に風になろうぜ!」

「お断りします。私に乗れるのは主のみ。美少女の方なら歓迎しますが」

「忠誠心があると思ったら下心満載だった……」

「いいじゃん! 俺と風になろうぜ!」

 

 スイスイ号の発言が冗談染みていたからか、好奇心の強いキャップが無理やりスイスイ号のサドルに座ろうとした。

 

 

 

 

「――汚ぇケツを乗っけるんじゃねぇぞ、ガキが」

 

 

 

 

 その瞬間、ドスの効いた声でスイスイ号がキャップに脅しをかけた。

 

「うわぁああ!? 大和、コイツ怖いぞ!?」

「すいません。私を守るために威嚇機能が付いているみたいなんです」

「い、威嚇……? い、今は清楚先輩の危険じゃ……なかった、のに……?」

「いやいや、今のは威嚇ではなくあくまで場を和ませる小粋なジョークですよ」

「むしろ凍り付かせてましたケド!?」

「さて、そろそろ行きましょう、清楚。余裕を持った登校を」

「あ、そうだね。それでは皆さん、また学校で」

 

 そう言って葉桜先輩は颯爽と去っていた。

 

「葉桜先輩、身のこなしが異様に良かったけど……」

「そこが謎って感じでまたいいよなー」

「うんうん、可愛いから問題ないな」

「清楚先輩、本当にいい人だなぁ……」

「大和は清楚先輩どう思う?」

「確かに少し男心に来るものはあるけど、まあ俺にはクリスがいるから」

「何!? 何故そこで自分が出てくる!?」

「からかわれてんだよクリ吉ー」

「え? 俺には京がいるからって?」

「どうやったらそう聞こえるのさ!?」

「ヒドイ難聴を見た……」

 

 危うく京ルートに突入しかけた所で後ろからやってきた義経と弁慶が声をかけてきた。

 

「おはよう。話に聞いていた通り、皆仲がいいんだなぁ。義経は羨ましい」

「くは~っ、今日も川神水が美味いなー」

「こら弁慶! 朝から川神水はダメだ!」

 

 義経は礼儀正しく挨拶をしてきて、弁慶は朝から川神水を飲んでいる。その事を注意する義経を見ていると、主従関係としてこれでいいのかと思えてくる。これはこれで一つの主従の形なんだろうけど。

 

「クローン組も徒歩で登校なんだな。で、何で与一はあんなに離れているんだ?」

 

 そして弁慶と同じく義経と一応は主従関係であるはずの与一はというと、二人の遥か後方を一人で歩いていた。

 

「どうやら与一は義経達と一緒に歩きたくないみたいなんだ」

「……というか照れてるみたい」

「可愛い女の子と歩くの拒むとかアホのする事だぜ」

「その意見には同意だが、それだけで優越感浸るのもどうかと思うぞ」

 

 ガクトの意見に姉さんが同意しながらもツッコミを入れる。そんな中で戸惑っている人間が二人程いた。

 

「え、えっと……?」

「み、皆さんいつの間にお二人と仲良く……!? こ、これが所謂『学年の壁』という物ですか……」

「いや、モモ先輩も仲良くなってる時点で関係ないような…………やめよう。オラの勝手な推測でまゆっちを混乱させるだけだ」

「あっ、そういえば君たちとは自己紹介がまだだったな。義経はうっかりしていた。すまない」

「え? あ、い、いえ、あ、謝るような事では……ないです、はい」

「こ、こちらこそ気を遣わしてしまって申し訳ありません!」

 

 十夜とまゆっちが戸惑っている様子に気付いた義経が声をかけた。真面目な義経とまゆっちは気が合いそうな気がするからいい関係を築けるかもしれない。

 

「べ、弁慶……何故かものすごく睨まれているのだが、義経は何かしてしまったのだろうか……!?」

「これは、ちょっと下がった方がいいかもしれないね」

 

 あっ……まゆっちの強張った笑顔で義経達が距離を開いていしまった……しかし十夜のこの反応、いつもの人見知りってだけじゃないような……? まさか義経たちを見た事もないってわけはないだろうし……

 

「義経は源義経という。よろしくお願いする」

「私は武蔵坊弁慶。好物は川神水と川神水に合う肴だね。よろしく」

「い、一年の、か、川神十夜です、はい。よ、よろしくです」

「お、同じく一年の黛由紀恵と申します! 以後よろしくお願いいたします!」

「で、あっちにいるのが中二病という病を抱えた那須与一だ」

「中二病…………あっ」

 

 ……おい二人とも、生温かい目でこっちを見るな。俺はもう中二病じゃない。

 

「これからよろしくお願いする。義経は義経としてだけでなく、先輩として力になるぞ」

「あ、あ、ありがとうございます!」

「あ、俺も何かあったら、ち、力になります、はい」

 

 そう言って義経がまゆっちと十夜の二人と握手をした瞬間の事だった。

 

 

 

 

「――いっただきぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 

 

 バイクに乗った男が義経の鞄をひったくり、そのまま逃げていったのだ。

 

「ああ!?」

「まさか義経の鞄をひったくるとは……」

「主の持ち物を盗むとは許せないな……そぉい!」

 弁慶の投げた石が、火の玉のようにひったくりの後頭部へと向かっていく。誰もが命中すると思われたその一撃は、しかし驚く事にひったくりの拳によって弾かれてしまった。

 

「運転しながらあれを弾くとは……あのひったくり、強いな」

「なら、これならどうだ……!」

 

 そういうと十夜は右手を拳銃のような形にして、銃身を模すように伸ばした人差し指の先をまるで標準を合わせるようにバイクに向けると、そこから徐々に光がしていく。

 

「キガーーンッ!」

 

 その叫びと共に指先から一発の気弾が勢いよく放たれた。弾丸のように一直線に進むその一撃は……

 

 

 

「――おおっと!? なんだ今の!? 危ねぇアブねぇ!!」

 

 

 

 ……ひったくりの運転テクによって避けられていた。

 

「ええぇぇ……」

「あんだけカッコつけてこの体たらくって……」

「…………速度が思った以上に出なかった。あと技名の語呂も悪い」

「お前やっぱり放出系は苦手なんだなぁ」

「いやいや指からエネルギー弾出せる時点で苦手とかのレベルじゃないから!」

 

 

 

 

 ……結局、ひったくり犯は与一の放った矢によってお縄についた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園・屋上―

 

「――強くなるにはどうするのが早いと思います?」

「いきなりどうしたのお前? 頭大丈夫か?」

「ロリコン先輩に心配されたくないっす」

「ヒデェ言い草だな、おい」

「でも事実なのだー」

 

 昼休み、俺は珍しくユキたち三人と屋上で弁当を食べていたのだが、ちょっと他の人の意見を聞いてみたいと思って先の質問をしたのだが、ハゲ先輩に頭の心配をされてしまった。

 

「いや、ちょっと前に紋ちゃんに啖呵切ったけど今のままじゃ目途も立ってないからどうしようかと」

「確かどちらが先にモモ先輩に勝つかという話でしたか?」

「そう、それです」

 

 そう、この前紋ちゃんに『九鬼の刺客よりも先に姉貴に勝つ』と啖呵を切ってしまった件である。姉貴が誰かに負けるとは思えないが、それでも何もしないというわけにもいかない。でも日々の鍛練だけで姉貴にすぐに勝てるようになるとは思えない。まだ年単位での時間が必要だと思う。

 なので何かヒントにでもなればいいと思って、こうして意見を聞いてみたのだが……

 

「諦めたらいいんじゃねーの? モモ先輩に勝てる人間がいるとは思えねーし」

 

 ハゲ先輩の返答が思った以上にやる気がない。まあハゲ先輩としては紋ちゃんを応援してる立場だから仕方ないのかもしれないが……

 

「つまり紋白にも無理ってこと~?」

「馬鹿野郎! 紋様がイケると言ったらイケるんだよ!!」

「うわーん! ハゲが怒鳴ってきたよー!」

「よしよし、準は怖くないですよ」

「……てい」

「痛ぁっ!? 地味に痛ぇ!?」

 

 ハゲ先輩が大人げない。紋ちゃんの話題になるとすごく大人げない。とりあえずユキを怖がらせた罰として指先程度の大きさの気弾をハゲ先輩の額にぶつけておいた。威力としてはデコピン程度なのでそこまで痛くはないはずだ。

 

「素人考えになってしまいますが、やはり必殺技ではないでしょうか?」

「必殺技……?」

「十夜君が日々の鍛錬を十二分に熟している事は私も知っています。なのでその面をどうこうしろとは私からは何とも言えません。しかし必殺技があれば局面を一気に覆す事も可能になるのではないでしょうか? 単純に打てる手が増えるというのも魅力的でしょうし」

「必殺技か……術式解放! とか叫ぶのか」

「何の術式っすか。でも必殺技か……」

 

 確かに必殺技を考案するというのはアリである。基本を極めたらそれが奥義になるというものも多いが、手っ取り早く強さを求めたらそういう技を持っておくのも悪い事じゃない。

 と、そう考えていたのだが、何故かユキがこちらを見ていたのに気付いた。

 

「どうかした?」

「……つまりトーヤは前科一犯になるのー?」

「……何故にそうなる?」

「だって必ず殺す技って書いて必殺技だからー」

「殺さないって。捕まったら十分な鍛錬ができなくなるし、ユキたちとも遊べなくなるしな」

「……うん、知ってるー!」

「あ、でもハゲ先輩が捕まる可能性があるから四人で遊べなくなる可能性はあるのか……」

「おい、何でそこで俺が出てくるんだよ」

「え……?」

「準、わからないのー?」

「……準は仕方ないですね」

「何で三人ともどうしようもないって目でこっちを見てるんだよ!?」

 

 ハゲ先輩がどうしようもないロリコンだから見ているのだが、それは言わないでおいてあげた。

 

「まあ必殺技と言いましたが、奥の手を作っておく事は一つの手だと思いますよ。十夜君の性格的に搦め手は合わなそうですし」

「奥の手、必殺技かぁ……参考になりました。ありがとうございます」

「お役に立てたのなら何よりです」

 

 今度何か必殺技的な奥の手を考えてみる事にしよう。

 

「ところで普通に摘まんでたけどこのパイって何の奴?」

「バイトのついでに静岡まで行ってきたんでそのお土産っす」

「あれ? お前ってバイトやってたの?」

「前言いませんでしたっけ? 大和の紹介でヒゲ先生のトコでバイト始めたって」

「ああ、そういえば言っていましたね」

「でもなんで静岡ー?」

「簡単に言えば荷物を運んでほしいって依頼だったんだよ。で、ひとっ走り行ってきたわけ」

「ふーん……僕はマシュマロの方が好きだなー」

「だろうなー」

 

 

 

 

 その後も他愛のない話をしながら、昼休みは過ぎていったのだった。

 

 



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第六話 「やっほー! また会ったね」

約一年ぶりの更新となってしまい申し訳ありません。
ちょっと久しぶり過ぎて地の文がおかしくなっているかもしれませんが、その場合は良ければご指摘の方お願いします。


 

 かつて、小雪と離別し再会するまでの間に行われていた十夜の修行は壮絶と評するに値する物だった。

 

 川神院で課せられた修行はその倍を熟し、さらにプラスして自己鍛錬を行っていた。

 

 ただでさえ昔ながらの根性論による厳しい川神院式鍛錬だけでも体への負担は凄まじい上で、その倍以上という明らかなオーバーワークとも言える量を熟していた十夜の肉体と精神は驚異としか言いようがない。

 だがそれは序の口である。彼の周囲の人間がやめさせようとした修行は、彼自身の身体をまさに虐めるようなものであった。

 

 ある時には、十夜が電線を掴んで感電している所を発見された。幸い発見は早かったため軽傷で済んだが、場合によっては感電死してもおかしくはなかった。

 

 またある時には、川神院にある大型の冷凍庫の中で半ば意識がない状態で発見された。発見後の処置がよかったため命に別状はなかったが、あのまま見つからなければ凍死していただろう。

 

 またまたある時には、全身ずぶ濡れで倒れている状態で発見された。事情を聞けば火を使った鍛錬をしていたのだがその火が服に燃え移って火だるまの状態になったらしい。

 

 何故あのような事をしたのかと尋ねると、修行の一環だったという答えが返ってきたので鉄心、ルーによる説教が始まったのだが、本人はというと……

 

「環境の変化くらい克服しないとダメだと思った。反省も後悔もしてない」

 

 と、まったく懲りていない状態であった。

 

 ただ説教に時間を多く取られた事もあってか、このような無茶な修行とも言えない修行をすることは少なくなった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―通学路・河原―

 

 その時、風間ファミリーの一部に衝撃が走った。

 

「あ、そうだ。京、付き合ってくれ」

「いいよ」

 

「「…………ッ!?」」

 

 いつものように登校していた一行だが、ふと思い出したように十夜が口に出した言葉を、京が何の事もなしに了承した。起きたのはただそれだけの事だ。

 自然に交わされたために聞き流し、少し遅れて会話の内容を理解してようやくそこで驚愕が訪れた。

 

「どどどっどどどどういう事だ!?」

「想い人がいる十夜さんが告白して、想い人のいる京さんがそれを了承した……!?」

「お、落ち着けまゆっち! ま、まだ慌てるような時間じゃない……!」

 

 ……とは言っても驚いているのはクリスと由紀恵の二人だけで他のメンバーは特に反応をしていない。

 

「落ち着けよ二人とも。そんなに驚くような事か?」

「驚くだろう!? というか大和たちはどうしてそんなに落ち着いているんだ!?」

「だってどうせまた鍛錬の話だろ?」

「……鍛錬?」

 

 その言葉に冷静さを取り戻した二人は揃って京と十夜に視線を向ける。視線を向けられた二人は揃って首を縦に振って肯定の意を示した。

 

「なら何故こんなややこしい言い方を?」

「大和が十夜に嫉妬するかなって」

「効果はいまひとつのようだ」

「なら効果抜群の技を探さないとね」

「それがタイプ一致技ならより効果が望めるんだけどなぁ……欲言えば4倍効果抜群のタイプ一致技を急所に当てれば……」

「それよりも一撃必殺技だろ! 当たるかどうかの大博打! 浪漫だぜ!」

「キャップの豪運でも一撃必殺技はレベル差あったら当たらないぞ」

「え? 俺、レベルが上のチャンピオンの手持ち、絶対零度で3体倒した事あるぞ」

「何……だと……!?」

「もう話題変わってるよね」

「何の話をしているんだお前たちは……」

「というか今日は義経たちの歓迎会の準備手伝ってくれるんじゃなかったのか」

「あ、そうだった。正直歓迎会はどうでもいいけど大和の頼みは何よりも優先されるからさっきの返事はなかった事に」

「じゃあ仕方ない。なら今日は一人鍛錬に明け暮れる事にするか」

「いやお前も手伝えよ」

 

 予定が入った事によって鍛錬の約束がお流れになり、話題が変わるかと思われた時、由紀恵がちょっとした好奇心から質問を口にした。

 

「ちなみに京さんとはどんな鍛錬をする予定だったんですか?」

「あっ、それは自分も気になるな。差し支えなければ教えてくれないか?」

「んー……まあいつもと同じで別に大した事はしねぇけど……」

 

 どう説明したらいいのか頭の中で考えながら、たどたどしく簡単な身振りを付けて十夜は説明を始める。

 

「まず俺は所定の位置に立つだろ」

「ふむふむ」

「で、京には姿を隠してもらうだろ」

「ほうほう」

「そこから京は矢を射って、俺はそれに対処する」

「ふむふむ…………ん?」

「俺が京のいる場所までいけたら俺の勝ち、それまでに俺に矢が中ったら京の勝ち。これを繰り返し行う」

「ええ!?」

「それは鍛錬と言えるのか!?」

「遠距離攻撃に対する対応としてはこれ以上ない訓練だろ」

「いや待て、それ訓練ってレベルじゃないだろ!?」

 

 十夜の口から語られた鍛錬内容にクリスや由紀恵だけでなく、詳しい鍛錬内容を知らなかったファミリーも引いてしまった。

 

「というかそれ、十夜に勝ち目があるのか?」

「確かに始めた当初は悉く一発目で沈んでた」

「でも最近はむしろ私が勝てなくなってきてる。弓兵として自信失くす……大和――」

「しないぞ」

「――結婚して、って先読みされた……!?」

「というかそれ段階飛ばしてないか?」

 

 驚愕の修行内容を聞いて全員が引いていた中、クリスがある事に気付いた。

 

「ちょっと待て。最近は、ってそれいつからやっているんだ?」

「小学生の時」

「おぉう、小学生からそんな修行ってハードってかクレイジーだぜ……」

 

 

 ……そんなクレイジーな十夜の鍛錬方法が語られた登校時間であった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園・プールサイド―

 

 

 昼休み、涼しい風が吹くポイントらしいプールサイドにて大和とキャップの二人と昼飯を食べていたのだが……

 

「なあ、風が吹かないんだが……もぐもぐ」

「そういう日もあるさ……ずずっ」

「おいキャップ、俺のコーヒー牛乳飲むなよ」

 

 風自体が吹かないので暑さ的にはそんなに変わらない。デザートをさっさと食べてここから退散するのが吉かもしれない。

 

「にしても、川神ラゾーナのロールケーキうめーな。もっと食いたいぜ」

「なら買ってくればいいんじゃね?」

「それだ十夜! ナイス名案だ! 善は急げだ行ってくる!」

「今日遠出するんだからその時にでも……って遅かったか」

「ついでに俺の分も買ってきてもらうようにメールで頼んどこう」

「意外に抜け目ないな十夜……っと、ようやく風が吹いてきた」

「風の子キャップが走って行ったからじゃね?……あー、涼しい。あ、そうだ」

 

 ある事を思い付いた俺はプールの水面に手をかざす。

 

「何してんだ?」

「いや、川神流・雪達磨で氷作ればもっと涼しくなるかと……」

「そんな事出来るならもっと前にやってほしかった」

 

 そうして技を発動しようとしたその時、新たに現れた人物に声をかけられた。

 

 

 

 

「やっほー! また会ったね」

 

 

 

 

 声の主に気配を消した状態で話しかけられたので驚いてしまって技は不発に終わってしまった。

 

 とりあえず声の主を確認しようと振り向けば、大和の背後に覗き先輩こと松永燕先輩がそこに立っていた。

そういえば『何とか小町』っていう渾名があるとかモロとか大和が言ってたような……何だったっけ? 食べ物の名前だったはずだけど確か……

 

「確か……煮干小町!」

 

「煮干小町……さすがの私もそんな渾名初めて言われたよ。確かに私、煮干も好きだけども」

「というか煮干どこから出てきた。納豆小町だろ」

 

 ……おっと、納豆だったか。そういえば姉貴との手合せの後も宣伝してたな……そういう理由だったのか。

 

「おっ、キミは知っててくれてたんだね! 嬉しいなー! でもそっちの子は知らなかったみたいだね、ちょっと残念。じゃあそんなキミたちの名前教えてくれるかな?」

「2-Fの直江大和です。よろしくお願いします」

「あ、その、えと……1-Cの川神十夜……です、はい」

 

 松永先輩に促されたので大和に続いて俺も自己紹介をする。……そういえば自己紹介してなかったなぁ。何回か会ってた気もしたけど、よく考えたら一回しか会ってなかった。

 

「大和クンに十夜クンだね。二人ともよろしくね……それにしても十夜クンの方はちょっと照れ屋さんなのかな?」

「あー……コイツ人見知りする方なんですよ。慣れてきたらちゃんと喋るようになりますから」

「へぇ、そうなんだ……イジリ甲斐が有りそうだなぁ」

 

 うわぁ、いい笑顔。この人いじめっ子だ。というかいきなり下の名前呼びとは、この人すごいフレンドリーな人だな。距離を一気に詰め過ぎじゃないか?

 

「というか『川神』って事は、十夜クンはモモちゃんの?」

「姉さんの弟です」

「やっぱり。というか、モモちゃんを姉さんと呼ぶという事は大和クンも弟……ってわけじゃないよね?」

「ああ、俺は舎弟みたいなもんですよ。弟分ってヤツ?」

 

 

 ……その後、主に大和と松永先輩が話をして俺は時々それに相槌を打つという、会話と言えるか微妙な会話をし

た。……俺、いなくてもよかったんじゃね?

 

 

「じゃあ私はそろそろ行くね。また話そうね」

「はい。是非」

「あ、はい」

「そうだ。今週は引っ越しの荷解きとかで忙しいんだけど、川神院で稽古の申し出はしてるから来週からもしかしたら一緒に稽古するかもしれないんだ。その時はよろしくね!」

「え? あ、はい……」

 

 そう言い残して松永先輩はその場を去って行った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―1-C―

 

 

 放課後、俺は教室の自分の席で本を読んでいた。

 

「成程……そういう仕組みなのか……」

 

 慣れない読書に苦労しながらもページを捲っていると、読書している俺を珍しく思ったのかまゆっちが話しかけてきた。

 

「何を見ているんですか?」

「トーやんが読書って珍しいってレベルじゃないよねー」

「いや、大したもんじゃないねーよ? 川神院の秘伝書読んでるだけだし」

「……それ機密じゃね? オラたちが見たら消されるくらいには機密じゃね?」

「というかそんな物持ち出していいんですか?」

「大丈夫。持ち出してる事誰にも言ってないから」

「無断拝借!?」

「アカン……!」

「で、どうしたの?」

 

 俺は秘伝書を鞄にしまいながらまゆっちに用件を聞く。

 

「どうしたのって、明日義経さんたちの歓迎パーティがあるそうなのでその準備を手伝ってほしいと大和さんに言われたじゃないですか。そろそろ行かないと」

「あー…………鍛錬とかゲームしたいから帰っていい?」

「ええ!?」

「このダメ人間ッ!」

「…………アハハー、冗談ニ決マッテンジャン?」

「ならこっち見て言えYO!」

 

 頑なにまゆっちの顔を見ないように逸らす俺と、何としても目を合わそうとしてくるまゆっち。傍から見たらどのように見えるんだろう、とあまり関係のない事に思考が割かれる。

 

「まゆっちー! 川神君ー! 何してるのー? 早く行こうよー」

「悪い悪い、まゆっちが中々動いてくれなくてさー」

「ええ!?」

「この男、責任を人に擦り付けやがった……!」

 

 しかし教室の外で待っていた大和田さんからのお声が掛かったので、仕方なくまゆっちとの特に意味のない攻防を中断してパーティの設営に向かう事にした。

 

 

 …………

 

 

 そしてパーティ会場である多目的ホールについて皆で同じ作業を……と思っていたら得手不得手によって持ち場が変わるらしい。当然と言えば当然である。

 

「では私と伊予ちゃんは料理部のお手伝いに行ってきます」

「じゃあ俺は設営の方に行ってくる」

 

 そう言って料理担当に割り振られたまゆっちと大和田さんと別れる。

 

 そして俺は力仕事枠という事でガクトと共に会場の設営に割り当てられた。

 

「そういえば何でガクトは手伝ってんの?」

「何でって……別にこういうのに理由なんていらねぇだろ」

 

 何言ってんだお前、とでも言うような視線でガクトは俺を見てくる。これを素で言っているのだから、外見も悪いというわけではないし、普通に考えればモテてもおかしくはないと思うんだが……。

 

「それにお前、俺様の力強くて頼りになる所を見せる女にアピールするチャンスじゃねぇか」

 

 ……まあそれも、こういう下心満載かつガッツキ過ぎな一言さえなければの話であるのでどうしようもない事である。

 

「俺様も弁慶や義経たちとは仲良くなりたいしな。特に弁慶!」

「ふーん」

「ふーん、ってお前関心薄すぎるだろ。あんだけの美人だぞ」

「偏見だけど弁慶先輩って何か性に緩そうじゃね? よく言えばエロそうだけど」

「それがいいんじゃねぇか! 同い年であの色気……たまらんだろ!」

「でもその二人だったら義経先輩の方がいいな。真面目系で性に大らかって事もないだろうし」

 

 もっと言えば清楚先輩が好みのどストライクなのだが、それは置いておこう。

 

「確かに義経も可愛いが、その判断基準どうなんだよお前」

「そこは最重要じゃね? てか美人でもビッチ相手はちょっとアレだろ」

「いやいや、経験豊かな美人のお姉さんに手取り足取り教えてもらうならアリだろ」

「うーん……ガクトとは趣味が合わないなぁ」

「いや俺様がというよりお前の範囲が限定的すぎんだよ」

 

 そんな女子に聞かれたら好感度が下がりかねない話だが、男二人でどんどん盛り上がっていく。

 

「――あの、何の話してるの?」

「いや、互いの意見の齟齬を……って、え、あ、清楚先輩!?」

「な、何故にここに!?」

 

 そんな時に、思わぬ人物から声をかけられて、俺とガクトは動揺を隠せずにいるのは仕方のない事だと思う。

 そんな俺達の動揺を知ってか知らずか、清楚先輩はガクトの質問というか疑問に答えてくれる。

 

「私も何か手伝える事がないかと思って。もしかして十夜君も義経ちゃんたちの歓迎会の準備を手伝いに来てくれたの?」

「え? あ、は、はい。そんな感じっすね、はい……」

 

 清楚先輩の嬉しそうな顔を見ていると、半ば強制で来ましたとは言えなかった。思わず視線をそらしてしまったが、怪しまれていないかとチラリと清楚先輩の方を見ると笑みを浮かべながら首を傾げていた。ちょっとドキッとした。

 

「それで何の話をしてたの? 義経ちゃんと弁慶ちゃんの名前が出てたみたいだけど……」

「え? ええと……」

「ほ、ほらあれですよ! どうやったらあの二人と仲良くなれるかなーって……」

 

 嘘は言っていない。ただ青少年のリビドー溢れる発言を、穢れのない清楚先輩に引かれないように少しマイルドにしただけである。なので嘘は言っていない。

 

「二人ともいい子だからきっとすぐに仲良くなれるよ」

「で、ですかねー、あははー」

 

「(な、何とか誤魔化せたな)」

「(ああ。ナイスだったぜ。だがこれは葉桜先輩と仲良くなるチャンス! 俺様のパワーで葉桜先輩をメロメロにしろと神が言っているに違いない!!)」

 

 

 

「――ガクトー、ちょっとあっちの方手伝ってくれるかー?」

 

 

 

 誤魔化せた事を小声でガクトと称えあっていると、大和からガクトに声が掛かった。

 ここから清楚先輩にアピールしようと画策していたガクトとしてはタイミング的に最悪である。なので当然ガクトは大和の要望に対して渋る。

 

「え? いや俺様は今ちょっと……」

「あ、私の事は気にしないでいいよ。行ってあげて」

「あ……そ、そうっすか? そ、それじゃすぐ戻ってきますんで!」

 

 が、清楚先輩はガクトのその態度を、自分の事を気にしていると好意的に判断したようだ。……まあ清楚先輩を気にしてという点は間違ってはいないのだが……。

 

 なのでそんな清楚先輩に諭されてはガクトとしても渋り続けるわけにもいかず、見えないように何かスゴイ顔で俺を睨みながらガクトは走って行った。いや、まあ気持ちはわかるから申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが……

 ……というかこのままでは会話が途切れてしまう気がするので、話を振れる内に振っておこう。ちょっとでも沈黙が流れたらどのタイミングで話振ればいいのかわからない。

 

「そ、そういえば、こ、今回の歓迎会って三人の先輩の誕生会も兼ねてるって聞きましたけど……あの、せ、清楚先輩は主賓じゃないん……ですか?」

「うん。そうだね。私は義経ちゃんたちとは誕生日も違うからね」

「あ…………その、あの、何かというか……えと、も、申し訳ないというか……」

「あ、私はいいの! 3-Sの皆が歓迎会をしてくれたから」

「え……何か、Sクラスってそういう事しないイメージ、あったんですけど……何か、馴れ合いがどうこう言って……」

「そんな事ないよ。皆いい人達だよ」

「へー……うーん、俺の単なる偏見、なんですかねぇ……」

「きっとそうだよ。実際いい人ばかりだよ」

 

 そこまで話して会話が止まってしまった。沈黙が気まずい……けど何を話せばいいのかわからない。というか何かを話すタイミングがいまいちわからない。

 

 どうしようかと勝手に焦っているとこちらを見ていた清楚先輩が口を開いた。

 

「モモちゃんからね、十夜君って人見知りが激しいって聞いたんだけど……本当みたいだね」

「へ!?」

 

 姉貴め、余計な事を……と思いながらもせっかく清楚先輩の方から話をしてきてくれたわけだし、ちゃんと答える事にした。

 

「い、いやまあ……その……こ、こういう時、何話したらいいか、わかんないというか……」

 

 その返答も結構しどろもどろになってしまったのだが、俺のその様子をみて清楚先輩は何かを考えているように見えた。

 

「……よし、決めた」

「へ? き、決めたって……な、何を、です?」

 

 

 

 

「人見知りの解消、私が手伝ってあげるよ!」

 

 

 

 

「ふぁっ!?」

 

 清楚先輩からの予想外の提案に、俺の口から変な声が思わず出てしまった。

 

「……とは言っても、どうしたら人見知りが解消するのかわからないんだけどね」

「で、ですよねー……ははは」

「だからとりあえず、十夜君を見かけたら声をかけるようにするね」

「ふぇっ!?」

「私とお話して少しでも慣れてくれたらいいかなーって思ったんだけど……ダメかな?」

「い、いやいやいやいや、ダメなわけないッス!はい!」

「そっか、よかった。十夜君も私を見かけたら声かけてくれると嬉しいな」

「は、はい」

「これ以上作業の邪魔しちゃ悪いし、私は別の所手伝ってくるね」

 

 そう言い残して清楚先輩は別の場所へと向かって走って行った。

 

「……行ってしまった………」

 

 しかし、会って数日の俺なんかにここまで優しくしてくれるなんて……これは勘違いしかねないぞ。いやまあ俺は勘違いしないけども。というか本当に好きな人が誰かもよくわかってない現状で馬鹿な勘違いなんてしてる場合じゃないし。

 

「島津岳人、ただ今戻りました~!!……ってあれ、葉桜先輩は?」

「ちょうど今別の所手伝ってくるって……」

「嘘だろ、タイミング悪すぎじゃねーか!? 速攻で頼まれた仕事片付けてきたってのに!!」

「何と言うか……ドンマイ」

 

 



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第七話 「なら試してみたらいいんじゃない?」

 ――川神院――

 

 

 武の総本山と呼ばれる川神院の朝は早い。屈強な修行僧たちが日々己の武を更なる高みへと昇華させるべく早朝より鍛錬に勤しむためだ。

 

 それは今日とて変わらず、しかしその日の鍛錬には新たな顔ぶれが加わっていた。

 

 

「――本日より川神院で鍛錬に参加させていただく事になりました松永燕です。よろしくお願いしまーす!」

 

 

 その人物は、先日川神学園転入初日に武神と名高い川神百代と組手を行い、まともにやり合った松永燕その人であった。

 

 

「本当に来た……」

 

 

 朝の鍛錬の開始前、川神院の門下生たちの前での自己紹介を終えてこちら――正確には隣にいる百代にだが――に向かってくる燕を見ながら、十夜の口から思わず言葉が漏れていた。

 

 その呟きを聞き取ったのか横にいた百代が怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「おい十夜、お前何で燕が来るの知ってた感じなんだ? 驚くと思ってわざわざ黙ってたのに」

 

「いや、本人に聞いたし」

 

「何……だと……!? お前いつの間に燕とも仲良くなったんだよー!」

 

「いやいや、仲良し具合なら大和の方が上だから。俺、どっちかと言えば大和のついでだったから」

 

「ヒドイよ十夜クン! あんなに一緒だったのに……しくしく」

 

「ほら、燕はこう言ってるぞ!」

 

「陰謀だ!」

 

 

 明らかなウソ泣きをしながら姉ともども弄ってくる燕を見て、十夜は思う。やっぱりこの人いじめっ子だ、と。

 

 

「ハーイ! おしゃべりはそれくらいにしてまず柔軟から始めるヨー! それ終わったラいつも通り基礎練だからネー!」

 

 

 ルー師範代の号令の元、それぞれが身体を解している中、丹念に柔軟を行う十夜のもとに百代が声をかけてきた。

 

 

「おい十夜、基礎練終わったらちょっと組手するぞ」

 

「は? 何で?」

 

 

 せっかく燕が来ているのだからそちらとやればいいだろうと思いながらも、十夜は柔軟を止めずに話を促す。

 

 

「燕はお前がどれだけの実力を持ってるのか知らないだろうから見せてやろうと思ってな」

 

「で、本音は?」

 

「義経ちゃんの対戦相手選別前の肩慣らしだな」

 

「…………まあいいか。軽くだぜ」

 

「わかってるさ。せっかくだし燕とも思う存分やりたいしな」

 

 

 そんな姉の自分勝手な言い分に仕方なく応じる事にした十夜であった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――川神学園 3-F――

 

 

「いやー、やっぱり川神院の鍛錬ってきっついねー。へとへとだよー」

 

「それに難なく付いてこれた燕も相当なものだと思うけどな。というかまだ余力は十分にあるだろ」

 

 

 教室に付いて早々、自身の机の上に大げさに倒れ込む燕。それを見ながらも百代は川神院式鍛錬を初めて熟してなお余力を十二分に残している燕の底の見えなさに喜びを隠せずにいた。

 

 

「で、どうだった?」

 

「うーん、そうだね。いい経験になったとか、そういう感想は色々とあるけど、二人の組手は何と言うか……まるで鏡写しみたいだったね」

 

「何の話で候?」

 

 

 そこに二人の会話の内容に興味を持った弓道部部長でもあるクラスメイトの矢場弓子が自分の席に鞄を置きながら加わってきた。

 

 

「今朝の組手の話だよ。モモちゃんと十夜クンの」

 

「今日から燕が川神院の鍛錬に参加し始めたんだ」

 

「成程。……十夜というと、確か百代の弟で候?」

 

「うん、その弟クン。ちょっと不自然なくらいに動きが似てたよね。練度から見ると十夜クンがモモちゃんを真似てるのかな?」

 

「ああ、アイツはお姉ちゃん大好きだからなー。色々と私のマネをしたがるんだよ」

 

「なるほどねぇ……」

 

「何だよ、その顔は?」

 

 

 胸を張って自慢気に弟の話をする百代を見て、面白いものを見たとでもいうように燕はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

 

「別にー? ただモモちゃんも十夜クンの事好きなんだなーって」

 

「弟だからな!」

 

「あらま、素直。てっきり誤魔化すかと思ったよ」

 

「自分の心に嘘は吐かない主義なんだ私は」

 

「ただ我慢を知らないだけで候」

 

「ヒドイなユーミン、私だって我慢くらいできるさ。別に拒まれたからって力尽くで奪ったりはしないぞ」

 

「それは当たり前の話で候……」

 

「じゃあどうするの?」

 

「そういう時は女の子を楽しませる報酬として奢ってもらうにゃん」

 

「当たり前じゃなかったで候……」

 

「なるほどねー……」

 

 

 欲しいものは欲しい。でもだからといって力を揮う事はしない。料金など対価が必要なら当然払うし、持ち合わせがない場合は可能なら奢ってもらう。

 

 少し乱暴な言い方にはなるが、それが百代のやり方なのだと燕は解釈した。

 

 

「うん、つまりモモちゃんは欲求に弱い、と」

 

「おい、美少女に対して何て言い方するんだ。もっと言い方があるだろ」

 

「言い方に関しても問題ないと思うで候。実際、百代はよく借金をしにくるで候」

 

「うっ! い、いや、だって欲しいもの買ってたらすぐになくなるだから仕方ないだろ。ジジイも小遣い寄越さないし……」

 

「そういう事らしいから、燕も気を付けるで候」

 

「おいおい、借金してるって言ってもちゃんと期限には返してるだろー。という事で燕もいざと言う時はよろしくな」

 

「いいよー」

 

「燕、安請け合いはしない方が……」

 

「もちろん利息は十日で一割ね」

 

「やめてくれ。その利息は私に効く」

 

「流石にそれは暴利すぎで候……」

 

「冗談冗談~。それに私、借金にいい思い出ないしね……」

 

「お、おう……」

 

「一体燕に何があったで候……?」

 

 

 その妙に実感の籠った燕の言葉に、弓子はもちろん百代も思わず言葉に詰まってしまう。

 

 

「それにしてもそっかー……なるほどねぇ……」

 

「……どうしたで候?」

 

「んー、ちょっと十夜クンに興味持っちゃったかなー?」

 

「何!?」

 

 

 まるでイジリ甲斐のある新しいオモチャを見つけたような燕の言葉に、百代は過剰とも言えるくらいに反応をしてしまった。隣にいた弓子が思わずビクッと身体を振るわしてしまった程である。

 

 

「ダメだ燕! アイツに迫っても無駄だぞ!」

 

「んー? それってモモちゃんに夢中だから?」

 

「まあそれもあるが、それよりもアイツにはもう好きな奴がいるんだぞ! それも二人も!」

 

「好きな人が二人!? つまりそれって二股なんじゃ……って百代、それ以上はいけないで候!!」

 

「そういえば……私が十夜クンを見つけた時、まさしく青春してた場面だったね」

 

「何!? その時の状況を詳しく!」

 

「も、もうやめてやれで候……」

 

 

 弓子の力ない静止も空しく、武神の弟の恋愛事情がクラス中に広まっていった……が、彼らの良心が働いたのか、それ以上広まる事はなかった……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――川神学園・第二茶道室――

 

 

 姉に自身の恋愛事情を暴露されていた事など露とも知らない十夜は、放課後にも拘らず学園内を歩いていた。

自らのバイトの雇い主である宇佐美に用があるからだ。どこにいるかは聞いていないが宇佐美の気は記憶しているため探知するのは難しい事ではなかった。

 

 そして辿り着いた先が、第二茶道室と書かれた空き教室であった。

 

 

「失礼しまーす。ヒゲ先生いますー?」

 

 

 他にも誰かいるようなので一声かけて扉を開いた。……ノックをするという選択肢がなかったとすぐに自覚したが、そのような自覚は目の前の光景によってすぐさま消えてしまった。

 

 

「あー、今日も川神水が美味い!」

 

「先生早くしてくれよ」

 

「待て待て。ここから逆転の手を思い付くから……」

 

 

 扉を開けた先では、将棋盤を囲んで将棋を指す軍師系幼馴染と雇い主兼教師、そしてそれを見ながら川神水を飲む飲兵衛系美女が独特のだらけオーラを醸し出していた。

 

 要は、一体どういう集まりなのか、理解しがたい空間がそには広がっていた。

 

 

「あの、何やってんすか……?」

 

「んー? 部活動だよー」

 

 

 思わず疑問を口にした十夜に対し、横目で確認しながら軽く答える飲兵衛系美女こと弁慶。そんな事より川神水!とばかりに盃を煽る。

 

 

「まあ非公式だけどな……ここだ!」

 

「はい、これで王手」

 

「速攻かよ……ちょっと待てよ。ここから逆転の手を……」

 

 

 不意をついたように打った逆転の一手をすぐさま返され再び窮地に陥った巨人が再び長考に入ろうとする。その様子を見て十夜は三人の囲む将棋盤の四辺の内誰もいない場所に腰を下ろして盤上を観察して、戦況を分析してみた。

 

 

「あー、うーん…………いや、これは詰んでるでしょ」

 

「あ、やっぱり? ……また負けたよチクショウ……なあ、お前将棋でコイツに勝てる?」

 

「俺に何求めてんすか。頭脳勝負で大和に勝てるわけないでしょ」

 

「でも十夜相手だと所々でヒヤッとすることは結構あるけどね。いざと言う時の集中力がハンパない」

 

「それで勝てないんだからどうしようもないだよなー……で、何の部活?」

 

 

 将棋を打っていたのを見る限り将棋部なのかとも思うが、しかし非公式の将棋部など聞いた事がなかった。……まあ十夜に噂話をする友達などそうはいないのだが。

 

 

「んー? そうだね……興味あるなら君も入る?」

 

「待て待て。無条件で入れるわけにはいかんだろ。資格がないとこの聖域に入れるわけにはいかないな」

 

 

 おっさん、野郎、美女による聖域…………自身の好みとは違うが、美女の存在がかろうじて十夜にこの空間が聖域であるという定義を受け入れさせた。

 

 

「なら試してみたらいいんじゃない?」

 

「いや、十夜は多分無理だと思うぞ」

 

「えー、試してみる価値はあると私は思うけどなー。そこはかとなく私たち側の匂いを感じるよ」

 

「え……あ、あの……な、何の話してんすか?」

 

 

 自分を置き去りに話が進んでいくのを見て、何故か不安が募っていく。何か厄介事にでも巻き込まれるのではないかと、そんな確率は低いとわかってはいても嫌な考えは消えないものであった。

 

 

「じゃあちょっとした質問だ。皆で雪山に旅行に行きました。さて、自由時間何をする?」

 

「え?」

 

「深く考えなくていいから思った事言ってみな」

 

 

 変に警戒を強めていたのもあり、重要性を感じられない質問の内容に拍子抜けしてしまった。そのおかげか比較的、力が抜けた状態で質問に対して考えた事をそのまま口に出していく。

 

 

「うーん……完全フリーなら修行しますけど……寒さ耐性つけるのと体力作りのために裸足で山登りとかいいかもしれないなぁ」

 

「駄目ですわ~、これは入部の資格ないね。匂いでわかった」

 

 

 本心からの解答、それに対するリアクションは完全な否定であった。

 

 

「何と言う掌返し……というか、それだけで済ませていい発言なの? 明らかに常識を逸脱した答えだけど」

 

「つーかおじさん、軽く引いたわ……いや軽くじゃねぇな」

 

「今はそこ論点じゃないからね……ま、正直頭おかしいとは思うけど」

 

「いや変って……別に全裸とかでする気はさらさらないし、そこまでおかしくないだろ」

 

「誰も全裸なんて言ってないだろ! というか薄着でするつもりだったのかよ!?」

 

「引くわー……全力で引くわー」

 

「おい、お前弁慶に引かれてるぞ」

 

「ぶっちゃけ好みじゃないから問題ないな」

 

 

 本当は問題ない事はない。美人のお姉さんに引かれて、健全な青少年として傷つかないわけではない。だがそれをただ認めるのも癪だったのでこちらからもささやかな反撃というか意趣返しも込めての発言だった。もちろん弁慶が十夜の好みから外れているのは事実なので嘘を言っているわけではない。

 

 

「カッチーン……ちょっと少年、こっちにおいでよ。お姉さんが女の魅力ってのを教えてあげるからさぁ……」

 

「え……い、いや遠慮します……」

 

「そう言わずにさぁ……ほらほら」

 

「い、いやだ……俺は知ってるぞ……女の魅力って言いながら、力技で上下関係を教え込もうとするって! 前に姉貴もそうしてきた!」

 

「何してんのさ姉さん……」

 

「そう拒絶されると、追いかけたくなるなぁ……」

 

「そ、そう言われて逃げないとでも……?」

 

「逆に聞こう。逃げられるとでも?」

 

「お、弁慶がやる気だぞ」

 

「珍しいな。明日の天気は槍か?」

 

 

 

 そんな馬鹿な攻防が繰り広げられている教室の外から一つの足音が鳴り響いてきていた。

 

 静かな廊下に響き、しかし決してうるさいわけではなく、どこか心地の良いテンポで刻まれていた。

 

 

 そのテンポの良い足音の主は、クローン組において最年長である葉桜清楚であった。

 

 

 清楚はその足音を意図しないままに刻みながら教室に近づいていき、そして教室の扉の前で止まった。

 

 先程の十夜と違い、いきなり扉を開け放つなどという事はせずにまずは扉を数回ノックするが、中からの返事はない。

 

 ただ中から人が話す声のような音が聞こえたため、無人ではないと思い、再びノックをした後、静かに扉が開いた。

 

 

 

「――失礼します。こちらに弁慶ちゃんが――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぐわあぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 扉を開けて中を確認した瞬間、中から響いてきた悲鳴……というより断末魔のような叫び声に、思わず小さく「ひっ……!?」と悲鳴を上げてしまったのは仕方のない事だろう。

 

 

「どう?ギブ?ギブ?」

 

「ま、まだまだぁ……!!」

 

「なあ直江、賭けしようぜ。どれくらいアイツが弁慶の卍固めを耐えられるか」

 

「教師が生徒と賭け事っていいのかよ?」

 

「金品賭けるわけじゃないしいいんだよ。俺はあと10秒と見た」

 

「なら……あと1分は余裕でしょ」

 

「嘘だろ……10秒でも多めに言ったのに、そんなにアイツ耐えられんの?」

 

「まあ十夜なら5分耐えても不思議じゃないし……ってあれ、清楚先輩じゃないですか。どうしたんですか?」

 

 

 目の前に広がっていた光景は、先程のような叫び声を上げながら耐える十夜に、その叫び声の原因とも言える卍固めをかける弁慶、それを見物している教師に何事もないかのようにこちらに話し書けてくる大和。

 

 

 一瞬思考が止まり、言葉が出てこなかったが、何とか多少落ち着きを取り戻した清楚は焦るように叫んだ。

 

 

 

「私の要件の前に止めてあげてよ!!」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「――――コブラツイストの方がよかった…………」

 

「何言ってんだお前?」

 

「天国と地獄。卍固めだとギリギリ背中に当たんないんだよ」

 

「あ……察したわ」

 

「??? どういうこと?」

 

「まー、男は単純って事だね」

 

 

 弁慶の卍固めから解放された十夜が身体を解す。それを見ながら感心したように弁慶が口を開いた。

 

 

「にしてもよくあれだけ耐えられたもんだよね。慣れてる与一でも痛みで倒れ伏してる所だろうに」

 

「慣れてるくらいやられてんのか与一……」

 

「まあ頑丈さには自信があるんで」

 

「ほう、頑丈さで弁慶に張り合うとはなぁ……」

 

「へ? 弁慶先輩って耐久に自信あるんすか?」

 

「自信あるかって……まあ仮にも弁慶だし、そこはねぇ」

 

「……ん? どういう事?」

 

「いや、どうもこうも弁慶の頑丈さでいえば『弁慶の立ち往生』とかでも有名だろ?」

 

「ああ……死に様エピソード聞いたせいで嫌な気分になった……これは大和に川神水とツマミを貰わないと……」

 

 

 大げさによろける仕草を見せた弁慶に、清楚が心配そうな表情を見せたものの他の面々は演技であると断定していた。ただ十夜は未だに首を傾げていた。

 

 

「え? 何でそこで立ち往生? 確かに弁慶先輩は弁慶と同じ名前………………ああ、クローン!」

 

「え? 思い浮かぶの遅くね?」

 

「十夜君、私たちが偉人のクローンだって事忘れてたの?」

 

「え、いやだって先輩たちがクローンだとして、それで何か変わるわけじゃないでしょ? クローンだからって同じように脛が弱点とは限らないわけだし」

 

「いや、脛は弁慶とか関係なく普通に痛いよ」

 

「弁慶だけじゃなく誰でも弁慶の泣き所は弱点だろうよ」

 

 

 弁慶と巨人に立て続けにツッコミを入れられて、「……まあ、確かに」と少し歯切れ悪く頷く十夜。それを見ながら「コイツ、脛叩かれても平気なんじゃ……?」などと考えが過ぎった大和は悪くはないだろう。

 

 

「ちなみに今の弁慶先輩の泣き所は?」

 

「どう考えても川神水断ちだろ」

 

「あー、そうだね。というかそれは私死ぬね」

 

「ええ!? そこまでなの!?」

 

「というわけで私はこうして川神水を呑むのでした、っと」

 

 

 そう言って大和の膝を枕するように倒れ込みながら、弁慶はその状態で器用に川神水を零さずに飲む。

 

 その状態からまるで餌をねだる雛鳥のように口を空けているのをみて、大和がツマミとしておいてあったチクワを食べさせると満足そうに咀嚼する。

 

 

「弁慶ちゃんものすごく安心してる……」

 

「てか大和モテすぎだろ。もはやチートじゃね?」

 

「ちーと?」

 

「ああ、チートっていうのはゲームの用語です。プログラム弄ったりして本来の仕様じゃ有り得ないような事をする違法行為っすね」

 

「プログラムの……でも直江君自身は別にそういう事はしてないような……?」

 

「ああ、それは、えっと、元々の意味から転じて有り得ないように見える事も指すようになったんですよ。そういう意味では姉貴とかチートの筆頭です」

 

 

 目指す側としては大変なんだけど……と思わず口から出そうになった言葉を抑え込み、十夜は胸にしまっておく。

 

 

「へぇ……私そういうの全然知らなくて……」

 

「何か意外っすね。何でも知ってるイメージだったんで」

 

「何でもは知らないよ。私が知ってるのは知ってる事だけ」

 

 

 そう言いながら清楚が浮かべた人を惹き付けるような微笑みに、思わず見惚れてしまった十夜を責める事は誰にもできないだろう。

 

 

「でもそういうのも知っておいた方がいいのかなぁ?」

 

「というと?」

 

「今まで本とかばかり読んでたけど、流行とかそういう知識には疎いから、このままでいいのかなーって……」

 

 

 このように考えてしまうのは、清楚の中に漠然とした不安があるからなのだろう。今は勉強に取り組むように言われているが、それでも他にやるべき事はないのだろうか、と焦りが生まれてくる。

 

 特にこういった皆が知っているだろう常識や流行について少々疎い所があると自覚しているので、その面での差を実際に見せつけられるとその不安は募るばかりである。

 

 そんな清楚の心情を知る由もない十夜は、そんな清楚の様子をみて何を思ったのか、気付いた時にはこう口にしていた。

 

 

 

 

「――――ならやってみます?」

 

 

 

 

「……え?」

 

「えと、俺も流行とかには疎い方なんでアレですけど、とりあえず携帯ゲーム機ありますんで、ゲームとか娯楽とか、そっち方面は今実際にやってみましょうよ」

 

 もちろん清楚先輩がよかったらですけど、と締めくくった十夜の言葉に、清楚は少し躊躇しながらも気付けば「お願いします」と承諾していた。清楚自身そういった事に興味を持っていたようである。

 

 十夜は手持ちの携帯ゲーム機を渡して、少し緊張した様子で手にしたゲーム機を見つめる清楚に隣から操作方法を教えていく。

 

 格闘ゲームなので時間をかける必要はなく、CPUもそこまで強いわけではない。かといって初心者にとっては決して弱いとは言えないものなので単調な作業になるわけでもなく、清楚も夢中になっていった。

 

 

「どうです?」

 

「うん、面白いね!」

 

「楽しんでもらえたようで何よりっす」

 

 

 えい!えい!と声を出しながらゲームを楽しむ清楚を見ながら、「やべぇ、何この人スゲェ可愛い……」などと煩悩に塗れた事を考えていた十夜。顔をにやけるのを抑えるので必死であった。

 

 なので急に清楚が上げた「あれ?」という声に、まさかにやけた顔を見られたのかと必要以上にビックリしてしまった。

 

 

「ど、どうしました?」

 

「あ、あの、急にボタンが反応しなくなって……」

 

「え?」

 

 

 清楚からゲーム機を受け取り、調べてみる。ボタンを触れてみると、いつもと感触が違うように感じた。不思議に思い、よく見ると、出っ張っているはずのボタン部分がいつもよりも低いように見えた。というより低かった。

 

 

「ボタンが壊れてる……」

 

「え、ええ!? もしかして壊しちゃった!? ご、ごめんなさい!」

 

「あ、ああ別に大丈夫っす。これ結構使い込んでたから多分寿命だったんだと思います。清楚先輩が悪いわけじゃないですって」

 

「でも……」

 

「大丈夫ですって」

 

「ご、ごめんね」

 

 

 実際には手痛い出費だが、しかしここで清楚に責任を押し付けるのは男としてどうだろうという見栄のために笑って宥める。ただ、申し訳ないと思う清楚とどう声をかけてばいいのかわからない十夜によって、沈黙が流れてしまい、気まずくなった十夜は何とか話題を変えようと頭を働かせる。

 

 

「え、えっと……あ、そ、そういえば清楚先輩はどうしてここに? 何部かはわかんないですけど、ここはだらけの聖域ですよ?」

 

「あ、それは今日の義経ちゃんの決闘がそろそろ終わるみたいだからせっかくだし一緒に帰ろうって弁慶ちゃんを呼びに……ってああ!?」

 

 

 そこで何かを思い出したように声を上げた清楚は、大和の膝を枕に眠ろうとしている弁慶の元へと駆け寄り、弁慶の身体を軽く揺すって覚醒を促していく。

 

 

「弁慶ちゃん起きて! 義経ちゃんが待ってるから!」

 

「うう~ん、主が? ……気持ちよく眠れそうだったんだけど、仕方ないかー」

 

 

 主が待っているという言葉に惰眠を貪ろうとしていた自身の煩悩を振り払い、眠そうにしながらもすぐさま起き上がる。その様子を見て、忠誠心は逸話通りに並み以上にあるんだなぁと思う大和と、義経先輩の事はだらけるよりも優先するんだなぁと思う十夜。

 

 

「ごめんね! 私が急に押しかけてきたのに……」

 

「あ、いえ。俺も楽しかったんで構わないっすよ」

 

「いやお前も押しかけた側だろ」

 

「何でホスト側になってんだよ」

 

「こ、細かい事はいいでしょうに……」

 

「ふふふ、それじゃ、またね!」

 

「大和ー、また膝枕貸してねー」

 

 

 そう言い残してバタバタしながら二人は去っていった。残ったのは野郎三人だけである。十夜の中で保たれていたこの場所の聖域の概念は崩れ去ったのだが些細な問題である。

 

 

「……しかしここに来た要件忘れるなんて清楚先輩も意外と抜けてる所あるんだな……」

 

「そういうちょっとうっかりな所もいいなぁ……」

 

「少しわかる所はあるけど、お前ちょっと盲目すぎない?」

 

「で、そういうお前はどういう用件でここにきたわけ?」

 

「…………あ」

 

 




十夜「……あれ? 歓迎会当日の話は?」

小雪「んー? 死んだよー」


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第八話 「――ではこれより、『魍魎裁判』を行う」

 久しぶりに更新できたと思ったら、前回の更新からまさかの一年が経っていました。本当に申し訳ございませんでした。


――川神学園・???――

 

 

 川神学園のどこか、薄暗い空間にて、闇に生きる魍魎が密かに蠢いていた。

 

「――――ではこれより、『魍魎裁判』を行う。裁判長はこの童帝が請け負う」

「弁護側、準備出来てるよ」

「検察側も準備完了してるぜ!」

 

 そこに配置してある椅子や机、さらに人の立ち位置を見るに、そこはまるで裁判所を想定しているようであった。事実、その場にいる人物はそれぞれ『裁判長』『弁護人』『検察』を名乗り、それぞれの定位置に収まっており、これから『裁判』が行われると明言されている以上、この場は『裁判所』で間違いないのだろう。

 そしてここが裁判所で、これから行われるのが『裁判』であるのならば、最低でももう一人この場にいなければならない主役とも言える役割がある。

 

「では、被告人。名前と職業を名乗るがいい」

 

 『裁判長』童帝に相対する位置にいるその『被告人』は、その要求に応えるように名乗りを上げた。

 

 

 

 

「――――私の名前はミスターブドー。流浪の武芸者だ」

 

 

 

「いや何してるのさ十夜!?」

「理不尽な裁判へのささやかな抵抗」

 

 弁護人――師岡卓也からのツッコミに思わず素で返してしまったため、先程のテンションを続ける気が失せてしまった被告人こと川神十夜は被っていた仮面を外して不満そうな素顔を晒した。

 

「不満そうだな」

「そりゃそうだろ」

 

 検察――島津岳人の言葉に不満を隠すことなく口にする。何せ仲間の二人に呼び出されて連れ込まれたかと思えば何の説明もなく今の状況なのだ。不満に思わない方がおかしい。

 

「そもそも何で俺がそんな裁判にかけられないといけないんだよ」

「それに関しては、同志からの告発があったからだ」

「…………というかどちら様ですか……?」

「我が名は『童帝』! 現存するリア充共に苦しむ同志たる魍魎を束ねる長である!」

「意味がわからないよ!」

 

 誰かと聞いたのに返ってきた答えでは察する事もできないため、たぶんこの場にいる二人と同学年だと予想した十夜は一先ず彼を童帝先輩と呼ぶことにした。

 

「原告たる魍魎よ、コイツの罪状を読み上げろ!」

「おうよ!」

 

 童帝の呼びかけに返答したのは検察役らしき岳人であった。お前検察役じゃなかったのかと疑問に思ったが、追及するのも面倒なのでやめておいた。

 

「六月に入ってもうすぐ一ヶ月だが、お前の周りに女っ気が増えてきた! 俺様は増えてないのにおかしいだろ!」

「その理屈がおかしい。というかその罪状なら俺よりも大和かキャップだろ」

「普段からのモテ度で言えばその通りだが、それとこれとはまた別件だ!」

 

 もしやとも思ったが、やはり嫉妬100%の案件であった。

 

「せめてもの恩情だ。お前にも弁護人を付けてやった」

「流石にガクトの嫉妬で有罪扱いは可哀そうだからね」

 

 卓也が弁護人なのは十夜にとっては救いであろう。これがガクトのような嫉妬に満ちた人間であれば、味方がいないことになっていた。相手の出方を知っている味方が一人でもいるのは頼もしい事である。

 

「じゃあ犯人・川神十夜」

「異議あり!! もう既に有罪決めつけてるじゃねぇか!」

「犯人じゃなくて被告人でしょ!」

「おっと失礼。ではまずとある筋から提供された被告人・川神十夜の女性関係の話を証拠として提示しよう」

「裁判長自ら!?」

 

 予想はしていた事ではあるが、この場は十夜にとって四面楚歌であった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――???――

 

 

 聳え立つ塔の上で、男は一つの人影が対峙する。

 

 幾重にも張り巡らされた線を千切れば至近距離からの散弾が放たれる気の結界に囲まれ、窮地に陥っているはずのその存在は、しかしその余裕を崩すことなく、その圧倒的な武威を纏ったままその男に語りかける。

 

「――――私の配下に加われ。その力を私の為に使うといい」

 

 その言葉に、僅かながらに男の心が揺れる。その存在の纏う武威はカリスマとも言えるほどに人を惹き付け、その存在が口にする言の葉は抗いがたい魅力を纏う。

 

「――――断る!」

 

 だが、それは麻薬のように人を堕落させる悪魔の誘惑である。一度屈すればそこから抜け出す事は至難を極め、その果てにあるのは利用され使えなくなれば打ち捨てられる滅びの未来のみ。

 

 故に一度は膝を屈した男は、それでも奴と袂を分って敵対する道を選んだのだ。

 

「喰らえ! 三百六十度、全方位からの翠玉飛沫弾を!」

 

 

 

――――さあ、見せてみろ。お前の持つその未知の力を。

 

 

 

「愚か者め!! 見せてやろう。この私が、最強の存在だという事を!  太 ・ 極 ・ 陣 !」

 

 

 瞬間、その存在から漆黒の波動のような物が全周囲に向けて放たれた。

結界に触れても物理的な損傷がない事を確認しながらも、それが刹那とない間に男へと至り――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――自身の腹に、相手の拳が突き刺さっていた。

 

 

「な……に……!?」

 

 

 相手から目を逸らしたりなどしていない。瞬きすらしていない。相手の力の全容を暴こうと意識を集中していた。刹那にすら満たない時間で、彼我の距離が10メートル近く離れていた相手の拳が突き刺さるなどという事があるのだろうか。

 

 

 致命的な一撃によって吹き飛ばされ男の身体と意識が加速度的に落ちていく中、相手の能力の考察は止まることはなかった。

 

 

 瞬間移動? 否――――気の結界はいくつか千切られて作動している。もしも空間を跳躍してきたのなら結界が作動する事などないのだ。周囲を覆っていた気の結界に触れている以上、つまり空間を跳躍してからの攻撃などではない。

 

 高速移動? 否――――複数の気の結界が千切られた際の時間差など存在しない。もっといえば、結界の作動と腹への衝撃のタイミングは刹那のズレすらないほどに同時に訪れた。高速移動で突破してきた場合に発生するはずの時間差が全く存在していない以上、つまり高速移動によるものではない。

 

 

 そして、いつ聞いたかもわからないが、今不思議と男の耳に残っている言葉があった。

 

 

 

――――そして時は動き出す――――

 

 

 

 ああ、まさか……奴の能力とは、つまりは――――

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ちょっと待て、これ女子との日常じゃなくてモモ先輩との超能力バトルじゃねーか!」

「え? なんで相手が姉貴ってわかったの?」

「わかるだろ!」

「モモ先輩以外にいないからね、そんなめちゃくちゃな事出来る人」

「それよりもヨンパチ! 俺様はちゃんと女絡みの話をしろって言ったよなぁ?」

「そもそもこれ本当にあった事なの? というかこの展開見覚えがあるというか見覚えしかないんだけど!」

「落ち着け! これはまだ話の続きである!」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神院・鍛錬場――

 

 

「……で、二人とも何してるの?」

 

 川神院での鍛錬場にてその一連の様子を見ていた燕の口にした問い掛けに対して、上空から降りてきた百代と地面から起き上がった十夜は声を揃えて答えた。

 

「鍛錬を兼ねたJOJOごっこ」

「いやJOJOいなかったよね」

「だって姉貴があまりにも悪の帝王っぽかったから……」

「ちょっとロードローラー探してくる」

「やめて!」

「というか十夜クンが『法皇』でモモちゃんが『世界』の使い手だとしたら、それを見てた私は『隠者』になるんだけど……」

 

 性格的にピッタリじゃあないだろうかと十夜は思ったが、口に出したらひどい目に遭う気がしたので堪えた。

 

「そういえばさっきのあれ姉貴何したんだ? 気が付いたらノータイムで無防備な腹に拳叩き込まれてたんだが……まさかマジで時間を……?」

「ああ。時を止めた。だがこれ気の消耗量が尋常じゃない。一回使っただけでもう空だ。範囲から外したら終わりだし、実戦じゃとても使えないな」

「一回時間止められるだけでも規格外だけど……つまり今ならモモちゃんにも簡単に勝てる……?」

「それは流石に狡いっす、松永先輩」

 

 十夜の発言で燕はあからさまに落ち込んでしまう。が、それが演技である事を見抜けない者は既にこの場にはいなかった。

 

「お前の気弾の結界も面白いが、威力が弱いな」

「気を身体から切り離しての攻撃がなぁ……」

「私としては気を撃ち出せるってだけでも驚きだけどね……というか気弾ってどうやって撃ってるの?」

 

 さも誰でもできる当たり前の事のように話す二人に対して、燕は気弾について疑問を投げかける。聞いてできるとも思わないが、聞かなければチャレンジすらできないし、もしかすると何かの参考になるかもしれない……などと考えながらも、軽い気持ちで聞いてみたのだが……

 

「どうって、こう、ぐにょーんってなってブチンって感じで……」

「え? お前そういうイメージで撃ってたのか?」

「え? 何かおかしかった?」

「ぐにょーんブチンじゃ威力出るわけないだろ。こうズドンとかズバンとか、そういう感じでしないと」

「擬音ばっかりでなんとなくでしかわからん!」

「お前だって擬音ばっかだったろうが!」

「まあとりあえずなんとなくでやってみる。えーっと、溜めて……一部を爆発させる感じで……!」

 

 擬音ばかりの説明を受けた十夜が空に突き出した掌から破裂音と閃光が発せられると同時に、野球ボール大の光弾が天高く昇っていく。それは先程までの物とは比べ物にならないと見ただけでわかる程に鋭いものであった。

 

「成程、こうやって撃てばよかったのか……」

「結構な威力が出たんじゃないか?」

「なんとなくでも結構変わるもんだなぁ」

「あの、もっと具体的に説明してくれないかな? こっちはそのなんとなくすらわかんないんだけど……」

 

 二人の説明が抽象的にすぎて一緒に聞いていた燕にとっては何が何だかわからなかった。とりあえずは十夜のやり方は間違っていたという事は伝わってきたがそれだけであった。

 

「ちなみに川神波とか星殺しとかのビームってどういうイメージ?」

「感覚としてはそこまで変わらないんだが……総じて言えば勢いよく気を押し出して発射するような……そうだな、水鉄砲みたいなイメージだな」

「H×Hですねわかります」

「あ、その例えは私も理解できるね。…………でもちょっとしたアドバイスでここまで化けるなんて……ちょっと予想外かな……」

 

 後半、何やら他人に聞こえないくらいの小さな声で呟いていたが、百代も十夜もそれを気にすることはなかった。

 

「……というか破裂音というか爆発起きてたけど大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 心配する百代にそう答えながら十夜は自身の真っ赤に染まった掌を見る…………何か掌が痛いと思っていたら全体から血がにじみ出していた。

 

 そして十夜本人だけでなく、近くにいた燕もそれに気付いたようでギョッとした表情を浮かべていた。

 

「って、十夜クン掌から血が!?」

「あ、気弾撃った時の爆発で皮膚が破れただけなんですぐ治りますよ」

「そんなすぐには治らないよ! ほら、ちょっとこっち来て! 消毒して包帯巻いてあげるから」

「こんなの唾つけときゃ治りますって」

「唾って……」

 

 十夜の発言に少し呆れる燕だったが、何か思いついたようで、普段は見せないような表情で十夜に提案した。

 

「なら……私が舐めてあげようか?」

「え――――」

「――――なーんてね! ドキドキした?」

 

 少し色っぽい表情からいつもの明るい笑顔に変わる。十夜にそういう性癖はないのだが、正直に言えばドキドキしていた。が、それを悟られるとこの先輩は悪い顔になるので何とか隠そうとするのだが……

 

「あ、もしかして本当に舐めてほしかった?」

「い、いや、そういうわけじゃないじゃ……」

「うふふ、ごめんね。あとで私が納豆を食べさせてあげるから、まずはその手を手当てしようね」

「アッ、ハイ…………」

 

 やはりというか、隠し切れずに見破られて、いつもの二人のやり取りへと戻っていった。

 

 

「…………おい、お前ら私の事忘れてないか?」

 

 

 なお、空気にされた百代はしばらく拗ねていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神学園・???――

 

「テメェ、松永先輩に手を舐めてもらったのか!?」

「いやそれはしないって言ってたんでしょ? ちゃんと話聞きなよ」

「正直納豆かけられるかもってビクビクしたわ。勿体ないからしないって言われたけど」

「そうなんだ……というか手にけがしたって初耳だけどいつの話? 今は包帯付けてないけどもう大丈夫なの?」

「昨日一昨日くらいだったかな? まあその日の内に治ったし」

「嘘だよね!?」

「てか逆に何で知ってんの?」

 

 その光景を見ていたのは川神院関係者含めてもほとんどいないはずなので訝しむ十夜に証言者兼裁判長である童帝は堂々と答える。

 

「目撃者からのタレコミだ。代価は納豆の購入だったぜ」

「本人じゃねぇか!」

 

 目撃者かつ代価の内容からして、タレコミをしたのが誰かは明白であった。

 

「被告人・川神十夜、今の証言に関して何か否定するべき点はあるか?」

「いや、別に否定はしないけど……」

「これで被告の罪深さが証明されたな!」

「えっ!?」

「確かに、被告人本人が認めたな」

「ええっ!?」

 

 事実は事実だがどこに罪の要素があったのかが理解できずに困惑する十夜だが、彼にはまだ味方たる弁護人がいた。

 

 

 

 

「異議ありっ! 今の事実の中で罪と明言できる行動はなかったはずだよ!」

 

 

 

 

 決め付けられそうであった判決を前に、卓也が異議を唱えた。

 

「美人の先輩とイチャイチャしてる時点でギルティだろ!!」

「その理論と今の証言を組み合わせたら、美人と接した時点でアウトって事になるからね。ガクトやヨンパチが同じような状況になった時も裁かれるけどいいの?」

「…………」

「…………」

「少し答えを出すのが早過ぎたかもな」

「そのようだな」

 

 少し考えた後に、自分にもそんな機会があると信じてここは一先ず保留としたようである。

 

 これでようやく終わると思いホッと息を吐く十夜だったが、しかしそう甘くはなかった。

 

「だが、それは十夜が無罪であるという理由にはならない! 俺様はさらなる証人をここに呼び出すぜ!」

「え、続くのこれ?」

「では続いての証人をここに!」

 

 戸惑う十夜をそのままに新たな証人が召喚される。その証人は十夜も交流のある人間であった。

 

「ひ、ヒゲ先生!」

「悪いな川神。これも仕事なんでな」

 

 現れたのは教師でありバイト先の雇用主でもある宇佐美巨人であった。

 

「金か! 教師の癖に生徒から金握らされたのか!?」

「違ぇよ! なんでそんな結論に行きついたんだよ!」

 

 どんだけ信用ないんだ俺は……と落ち込む宇佐美だが、周囲も仕方ないという風な視線を向けている辺り、普段からの風評はお察しの物である。

 

「まあ実際先生も利用できるからって魍魎の宴を黙認してるしね……」

「俺はこの集団が暴走しないよう見張ってるだけだっての」

「つまりはこの教師も魍魎とやらの一人……」

 

 碌なものではないと思っていたが、この教師が見張りと称しながら参加をするこの集まりは、やはり碌なものじゃないと十夜の中で確信に至った。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神学園・食堂――

 

 

「相変わらず……人が多い……」

 

 手にトレイを持ちながら周りを見渡すも、席が空いている場所はなく、あっても隣に別のグループが占領して座っていたりで人見知りにとってはハードルが高い。

 

「あれ、十夜君?」

 

 どうしようかと思っていた時に自身を呼ぶ声が聞こえてきたので見てみると、そこには清楚が座っていた。

 

「清楚先輩」

「ここの席空いてるけどよかったらどうぞ。あ、もしかしてお友達も一緒なの?」

「あ、一人です。ありがたく座らせてもらいます」

 

 清楚の善意からの気遣いに思わず胸が痛くなる十夜。気遣いしてくれるのは嬉しいのだが、一緒に来るような友達がいない事に気付かされる痛みは地味に来る。相手に悪意がない分威力はさらに上がる。

 

 その事を相手に悟らせないように話題を変えようととりあえず口を開く。

 

「えと、その、清楚先輩って学食使うんですね。何か意外っす」

「そうかな? これでも結構学食利用する方だと思うけど。私としては十夜君の方があんまり学食で見ないと思うなぁ」

「あ、ま、まあ確かに来ないっすね。普段は弁当あるんですけど、今日はちょっと諸事情で……」

 

 朝色々あって弁当を受け取るのを忘れてしまったとは言えなかった。さらにいえばその弁当を受け取った百代と一子に食われてしまった事も言えなかった。

 

――――謝ってきたワン子はともかく悪びれもしない姉貴は許さない――――などという思いは一先ず胸に仕舞う事にする。

 

「あ、十夜君は普段お弁当なんだ。だから学食では見ないんだね」

「まあそれもあるんですけど、時間帯によっては人が多いじゃないすか。それがちょっと苦手で……今だって席探すのとかに苦労してましたし」

「この時間帯だと特に多いもんね。私もよくどうしようかって悩むもん」

「その時は実際どうするんです?」

「うーん……それがね、不思議と席を探し始めると食べ終わった人がタイミングよく席を譲ってくれるたりするんだ。私、運がいいのかも」

「そ、それは……」

 

 清楚先輩に良い所を見せたいがための見栄ではないか、と十夜は思ったが、口にするのはやめておいた。

 

「それにしてもよく食べるね」

「まあ食べ盛りなもので……」

 

 十夜が置いたトレイにはそのボリュームとリーズナブルな価格が男子学生に嬉しいかつ丼の大盛が鎮座していた。

 十夜としてはバランスを考えて野菜系の一品を添えたかったのだが、資金的な問題で諦めた。大したことではないので口にはしなかった。

 

「そういう清楚先輩は麻婆豆腐定食に杏仁豆腐……中華系が好きなんですか」

「好き嫌い自体はそんなにないけど、今日はそんな気分だったの。それにここの杏仁豆腐がおいしいんだ」

「やっぱり女子って甘いもの好きっすよね」

「十夜君は嫌い?」

「いや、好きですよ。久寿餅とか」

「久寿餅かぁ。この前、久寿餅パフェを食べたんだけど、おいしかったなぁ」

「久寿餅パフェ……知ってるけど食べた事ないっすねぇ。興味はありますけど」

 

 甘味店に男一人で入るのには勇気がいる。それならファミリーの誰かを誘えばいい話なのだが、そこまでしてまで食べたいわけでもないのだ。

 

「そっか、男の人だと甘味処には一人で入りにくいってよく聞くけどやっぱりそうなんだね」

「そうっすね。野郎でも甘いの好きなヤツ多いと思うんですけど、イメージとして一人だと入りにくいってのはあると思いますね」

「なら今度一緒に食べに行かない?」

「え?」

「ほら、一人で入りにくいなら女の私も一緒に付いていけば入りやすいかなって。それに久寿餅パフェおいしかったから十夜君にも味わってほしいと思ったんだ」

「やはり天使か……」

「え?」

「あ、いや何でもないです、はい」

 

 清楚の天使的発言に感動や胸の高鳴りを覚えながらも十夜は見方によってはデートと思える約束を取り付けたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神学園・???――

 

「テンメェ葉桜先輩とデートの約束しただとぉ!?」

「やったぜ」

「やったぜ、じゃねぇよ!!」

 

 激怒する岳人に対し十夜はグッと親指を立てるが、それは相手の怒りに油を注ぐ行為でしかなかった。

 

「つか何でヒゲ先生が知ってんの?」

「すぐ近くにいたからな」

「盗み聞きかよ! 教師としてどうなんだ!?」

「ばっかお前、その後の殺伐とした周りの状況を抑えたのは俺だぞ? むしろ感謝してほしいくらいだぜ」

 

 どうやら十夜の知らぬところで既に身の危険が近づいていたようだが、宇佐美の機転によりその爆発は防がれていたようだ…………なお、その代案としてこの魍魎裁判が起こされることになった事は公然の秘密である。

 

「だがこれで被告の罪深さはさらに明確になってきたな」

「デートの約束くらい喜んでいいんじゃない? 付き合うとかじゃないんだし」

「相手はあの清楚先輩だぞ! たかがデートだと許されていいものか!」

「まあ確かに、佇まいとか髪とか含めてすごく綺麗だもんね」

「論破されるのそこじゃねぇだろ」

 

 頼れるはずの弁護人が本当に頼りになるのかすごく心配になってきた十夜であったが、そもそも弁護人も一応魍魎側の人間である事を思い出すと嫌な気分になった。

 

「だが、まだ足りない……如何に童帝といえど、この程度では私刑にすることはできない……せいぜいが嫉妬の念を込めた藁人形で呪いをかけ、さらに魍魎ネットワークに情報を流して敵認定するくらいしかできぬ……」

「それ十分すぎね? 制裁として十分すぎね?」

 

 魍魎ネットワークの規模がどれほどのものかわからないが、もし実現されると大変な事になるのでは……というかそれでマシという事は私刑って何されるんだと十夜危機感を抱かざるを得なかった。

 

 そんな十夜の心情を知ってか知らずか、検察側の岳人がさらに追撃をかけんとする。

 

「なら俺様は、コイツの罪深さを決定的にするために、ここに最後の証人をここに召喚するぜ!」

「いいだろう! 許可しよう!! 最後の証人、前へ!!」

 

 若干の茶番感を抱きながら、童帝の呼び出しに応じたその人物は、やはりというべきか、またもや十夜と交流のある人物であった。

 

「ようやく俺の出番か……」

「は、ハゲ先輩!?」

 

 交流の深い井上までもが魍魎という謎の存在であることに驚き……よくよく考えて今まで聞いた魍魎の特徴と比較してそう可笑しな事ではないなと納得してしまう。

 

「それにしてもハゲ先輩まで敵側に回るなんて……」

「安心しろ。俺は別に嫉妬に駆られて証言するわけじゃないぞ」

「そっち側にいる時点で安心できねーっす」

「俺はてっきりお前は何だかんだユキを付き合う事になると思ってたんだが、ちょっと怪しくなってきたもんだからちょいと釘刺す意味も込めて証言させてもらうだけだ」

「おいハゲ、この裁判の趣旨と違ってるじゃねーか」

「ロリが関わってない以上俺には関係ないな」

「ロリが関わってたら?」

「全身全霊ブッコロス!!」

「やっぱ魍魎って碌なヤツいねぇな」

 

 ……ただ家族に近い存在から交際許可が下りた事に少しうれしく思う十夜であった。なおその許可は本来不要のものである。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――???――

 

「紙芝居でーきた! トーヤ、見る?」

「お、いいのか?」

「いいよー。えーっとね、タイトルは~『三匹の雌豚』!」

「ちょっとタイトルエロくない?」

「ある所に、三匹の雌豚がいました。彼女たちはとても魅力的で近寄ってくる雄が後を絶ちません」

「魅力ってどういう意味でなのか気になるんだけど……」

「しかし一筋縄ではいきません。植物の家に住む雌豚に近寄った雄は周囲の植物に縊り殺され、お金の家に住む雌豚に近寄った雄は全財産を騙し取られ、お菓子の家に住む雌豚に近寄った雄は巨大なポップキャンディで叩き潰されました」

「一気にグロテスクになったな」

「そんな中一匹の狼が現れました。彼は小癪な家なんて吹き飛ばしてやろうという下心を持ちながらも、その様子を見て自分には無理だろうと諦めました」

「なんだヘタレか」

「しかしそんな彼の存在を気に入ったのか、植物の家に住む雌豚は自ら話しかけ、お金の家に住む雌豚は興味を持ってイジリはじめ、お菓子の家に住む雌豚は一緒にはしゃぎました」

「何だこの狼モテすぎだろ」

「そして狼はこう思いました。『あれ、これ三匹ともイケるんじゃね?』と」

「屑じゃねぇか!」

「しかし根がヘタレな狼は中々踏み出せません。具体的には「誰からいくべきか……誰を最後にすべきか」とかくだらない事を考えています」

「やっぱりヘタレ屑だった!!」

「そんな優柔不断で中々一歩を踏み出してこない狼に業を切らした三人の雌豚は、逆に狼を食い千切っていきましたとさ。おしまい」

「物理的に四散した!?」

「どうだったー?」

「救いは、ないのですか……?」

「ないよー?」

「おぉう……ま、まあ雌豚側は不幸にはなってないからまだマシか……?」

「じゃあ次は何して遊ぶー?」

「いや、そろそろお開きにしようか」

「えー? もっと一緒にいようよー」

「いや、明日も学校だし鍛錬もあるから早く寝ないと」

「うーん……あ、そうだ! それなら一緒に寝ようよ!」

「え?」

「そしたらもっと長く一緒にいられるよ?」

「いや、それは……」

「えー、いいじゃん。僕と一緒のベッドで寝ようよー」

「え、えっと……………………………………………………はい」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神学園・???――

 

「――――以上が、被告人がユキの部屋(・・・・・)に泊まった時の話だ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 井上の証言が終わり、その場を沈黙が支配する。誰も口を開こうとせず、誰もが視線を被告人へと向ける。当の被告人はというと、その向けられる視線に耐えかねてか、視線を逸らし続けている。その様子が先程の証言が事実だと証明していた。

 

 ……どれほどの時間が流れただろうか、まるで指し示したようにその場にいる全員が口を開いた。

 

 

「――――ギルティ」

「――――ギルティ」

「――――ギルティ」

 

「ま、待て! 別にやましい事もエロい事もしてないぞ! 本当に一緒のベッドでただ添い寝しただけだから!」

「してなくてもアウトだよ!!」

「おいモロ! せめてお前は弁護しろよ!」

「ごめん、さすがにこれは僕も弁護しきれないよ」

 

 さすがの事実に唯一の味方である弁護人の卓也すらも匙を投げた。これによってこの裁判における決着がついたのだ。

 

 

 

「判決! 満場一致で有罪判決!」

 

 

 

 裁判長である童帝により、判決が言い渡され、場内が盛り上がる。当然である。周りは十夜にとっての敵だらけなのだ。そのにっくき相手の有罪が決まったのだから歓ばずにはいられない。

 

 だが、そんな空気に乗れない人間がこの場に当然いる。そう、それは敗北した張本人である。

 

 

 

 

 

 

「――――やってられるかーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 その張本人、十夜がついにキレた。

 

 理不尽にも被告人扱いされて無理矢理裁判に参加させられて有罪判決を受けたのだ。いくら人見知りとはいえここまでされて黙っていられるほど十夜は人間できていなかった。……若干事実を揉み消すための逆ギレのように思えなくもないのだが。

 それでも何とか議論の矛先を己から逸らすべく、普段あまり使わない頭脳を使い、相手への口撃を試みた。

 

「そもそも! 魍魎って何だよ!」

「魍魎……それは世の底辺に蔓延る闇の住人。リア充という名の勝者が存在する限り生まれ続ける敗者。だがそんな魍魎とて欲がないはずはない。故に、哀れな魍魎に救済の手を差し伸べるべく存在するのが魍魎の宴! つまり我々はリア充への嫉妬によって生まれた必要悪なのだ!」

「まあぶっちゃけ女子の秘蔵グッズをやり取りする裏組織だな」

「そっちの方がアウトじゃねぇか!! 罪云々言うならそっちの方が明確な罪だろうが!!」

 

 キレて威勢のよくなった十夜の正論にその場にいる魍魎たちは思わず口を閉じてしまう。後ろめたい事をしている自覚はあるため咄嗟に正論に対しての反論ができなかったのだ。

 

 

 

――――ただ一人の魍魎を除いて

 

 

 

 

 

「――――罪と呼ぶなら……呼ぶがいい!!」

 

 

 

 

 後ろめたい事をしている自覚がないわけではないのだろう。それに対して良心が痛んでいないわけでもないのだろう。それでも彼は、岳人はすぐさま反論を口にした。

 

 それは、たとえ後ろ暗かろうが胸を張れなかろうが、決して譲れない己の感情があったからだ。

 

「俺様たちはただ、女にモテたくて、モテてる野郎が妬ましくて、イチャ付きを見せつけてくる野郎を制裁したいだけだぁっ!!」

「カッコよく言い切っても内容は最低だからな!」

 

 なおその感情が素晴らしいものとは限らない。むしろ最低の部類に入る場合もある。

 

「察してたけどやっぱり魍魎って碌なもんじゃねーな! ガクトにヒゲ先生にハゲ先輩、あと全裸の童帝先輩と一目見てわかるわ!」

「お前、他の連中はともかく仮にも雇い主のおじさんまでそのカテゴリーに入れるのやめろよ、いやマジで」

「ロリコニア建国を志すくらいに心が清らかな俺になんて事言いやがる!」

「それ碌なもんじゃねーから。これだからロリコンは……」

「お前だって処女厨だろーが!!」

「何言ってやがる! 皆好きだろ処女!? 処女じゃないとか女の価値半減どころじゃねーだろ!!」

「十夜も素質的には十分こっち側の人間だよね」

 

 

 

 

――――これが以後幾度となく繰り返されることになる『魍魎戦争』の始まりであった事を、まだ誰も知らない――――

 

 



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第九話 「私のオリジナルを探してほしいの」

前回の更新から一年弱……またやってしまいました。申し訳ありません。



――川神院・鍛錬場――

 

 

 

 十夜は放課後の鍛錬を終えて一休みしていた。しかしその様子はいつもと少し違っていた。

 

 普段であれば鍛錬後は清々しい表情をしている事が多いのだが、今日の十夜の表情は何かに悩んでいるかのようなしかめっ面であった。

 

「うーん……どうしたものか……」

「どうしたの? そんなに悩んじゃって?」

 

 そんな何かに悩んだ様子の十夜を心配してか、あるいはイジリ甲斐があると思ってか、十夜と共に鍛錬に参加していた燕が声を掛けてきた。

 

「燕先輩……いや、別に大したことは……」

「そんなに悩んで大した事じゃないって言われても説得力ないよ」

「う……」

「何ならこのお姉さんに頼ってもいいんだよん?」

「あ、姉と言われると、ちょっと頼りにくいというか……」

「あれま。まさかお姉ちゃんは頼りにならないと……モモちゃんにチクっちゃってもいい?」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 そんなやりとりをしながらも、十夜は自身の悩みを口にする事にした。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 それは、十夜がたまたま学園の中庭で草花の手入れをしている清楚を見つけ、その手伝いをしている時の事だった。

 

「あのね、十夜君にお願いがあるの」

「お願い、ですか……?」

「うん、あのね……私のオリジナルを探してほしいの」

「オリジナル……?」

 

 オリジナルと聞いて十夜は首をかしげる。まるで目の前の清楚が偽物であるかのような言い方に思えて、少し考えてからクローンの元の偉人の事だと思い至る。

 

「義経ちゃんたちと違って私は自分のオリジナルを知らないじゃない。九鬼の人たちからは今は勉学に励めって言われてるけど、本当に向いている分野を集中してやった方が武士道プランを考えるならいいと思うんだ。そのためにも自分のルーツを知った方がいいと思って」

 

 確かに向いている分野があるのであればそれに集中した方が伸びも早いだろう……とは思うものの、十夜としてはそんな事関係なく好きな事をやればいいのではないかと思うのだが、真剣な清楚の雰囲気に黙って話の続きを聞く事にした。

 

「でもマープル達に聞いてもはぐらかされるから自分で調べてみようって思ったんだけど……ちょっと先入観、じゃないけど私の希望とかも混じっちゃって」

 

 清楚がいうには自分は清少納言や紫式部などの文化人タイプの偉人がいいと思っているが故に、他の可能性というのが中々思い浮かばないらしい。

 

「で、でもなんで俺なんです? 頼ってもらえて、嬉しいっすけど、歴史とか詳しくないですし……」

「それは、その……あんまり人に知られたくなくって……ほら、マープル達に禁止されている事を隠れて調べようとしてるから……十夜君なら誰かに言いふらしたりもしないと思うし……」

 

 その言葉に清楚から信用されているいう嬉しさと、ふと「十夜君には言いふらす友達もいないよね」と脳内変換してしまった事と清楚がこんな事言わないだろうという自己嫌悪による二重のダメージを同時に心に食らいながら、何とか±0で表情に出さずに頑張っている十夜に気付く事なく、清楚は言葉を続ける。

 

「それに十夜君って私の知らない事を知ってたりするじゃない? もしかしたら私の今まで知らなかった事からオリジナルに繋がるヒントがあるかもって思って……協力してくれるかな……?」

 

 その少し不安げな清楚の様子を見た十夜の答えは、聞くまでもなかった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……という訳で、今度二人でオリジナル探しという名目で遊びに行く事になったんですが……」

「なるほどねぇ……大した事じゃないとも言えない辺り、何とも言えないね。反応に困るよ」

 

 とはいえ聞き出したのは自分である以上、十夜の悩みに対してどう返そうかと燕は少し考えて、気付けば次のように口にしていた。

 

「……ねえ十夜クン、清楚の正体教えてあげよっか?」

「え……? 先輩、知ってるんですか?」

「まああくまで私の予想なんだけどね。でも間違いないと思うよ」

 

 ……これは、本来であれば燕にとって誰かに教える必要はない情報である。むしろその正体を知っているという情報を万が一でも誰かに悟られる可能性を考えれば、話すという選択肢はなくなるはずだった。

 

 しかし気付けば燕は十夜に対してそんな提案をしていた。十夜に貸しを一つ作る程度でそこまで利益があるとは言えないにも拘らず、だ。

 

 

 

 ――――何でだろ? 相手が十夜クンだからなのかな……?

 

 

 

 そんな疑問が燕の脳裏に浮かぶが、それよりも今は目の前のイジリ甲斐のある後輩の反応を見る方が先だ。

 

「で、どう? 知りたい?」

 

 そして気になる後輩の反応はというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、別に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ノータイムで否定された。

 

 

 

 

 

「……………………あれ? ここは『知りたいです』って目を輝かせて肯定する場面じゃないの?」

「え? 何で?」

「何でって……だって十夜クン、清楚の正体どう探ろうか悩んでたんでしょ?」

「いや違いますけど」

「え?」

「え?」

 

 ……ここで互いの認識の違いが浮き彫りになった。少なくとも十夜は清楚の正体を探ろうと悩んでいたわけではない、という事を燕は理解した。

 

 というか今の話でそこ以外に悩む箇所があるのだろうかと燕が頭を悩ませているのを察することなく十夜はあっけらかんと持論を口にする。

 

「いやいや、俺が考えた所でわかるわけないじゃないっすか。歴史とか全然わかんないですし」

「えぇ……いや、まあ確かにそうかもしれないけど……じゃあ何に悩んでたの?」

「いや、これってデートじゃね? って舞い上がる自分とそんな自分に対して清楚先輩に申し訳ないという念が……」

「うわぁ……それはちょっとダメだね」

「ダメ!?」

「本当に大した事じゃないし……人に相談することじゃないよね?」

「言えっつったのアンタでしょ!? いやまあ確かに相談することじゃないですけど……」

 

 確かに言えと言ったのは燕自身であるが、内容が内容だけに落胆が態度に出てしまう。

 

 何せ後輩が何を悩んでいるのかと心配してみれば、自分の事ではないとは言え、女子に相談された事自体を悩んでいるわけでなくて、二人でデートに出かける事に浮かれていただけなのだ。当事者でもないのに胸がムカムカしてくる。

 

「それってもしかして鍛錬中も考えてたの?」

「……? 何でです?」

「だって鍛錬始める前と鍛錬終わった今だったら傍目から見て考え事してるってはっきりわかるのに、鍛錬中はそんな素振り全く見えなかったからさ。組手の時だってそれが隙になるのかと思ったけどそんな事全くなかったし」

「いやいや、鍛錬中に考えるわけないじゃないっすか、効率が下がりますし。鍛錬中に余計な事考えるわけないじゃないでしょ」

「それを余計な事って言い切れちゃう辺りスゴイんだけどなぁ……けどそれ、本人……特に女の子の前で言っちゃダメだよ」

「え? 何でです?」

「……そこでそんな反応する辺り、女心ってのがわかってないねぇ……」

 

 自身の言わんとすることをちっとも理解していないこの女心のわかってない、からかい甲斐のある後輩をどうするべきかと、燕は少し考えて、妙案と思えるアイディアが思い浮かんだ。

 

 

 

「そうだ。ねえ十夜クン、私ともデートしよっか」

 

 

 

「………………は? いき、いきなり何言ってんですか!?」

「女心の勉強だよ。という事で、今度七浜の百景島にある美術館で美術展があるんだけど、どうかな? 元々一人で行くのもなんだしどうかなって思って。君はそういうのあんまり興味ないかもだけど」

「いやまあ、美術に関して詳しくはないですけど……別に興味がないわけではないですよ」

「あれま。意外だね、うん、すっごい意外」

「ズバッと言いますね。誘ってきたの燕先輩なのに」

「いやー、君を誘ったのも結構ダメ元でって感じだったし……あんまりそういうのに興味なさそうなイメージだったからね」

「まあ俺自身そう思ってますけどね」

 

 実は十夜は、小雪が意外とそう芸術や美術を見るのが好きなのでそれに付き合う形で何度か美術展に行ったりしている。

 

 小雪もどこがいいとか誰の作品が好きとかというわけでもなく、何かオーラ的なものが出ている品が好きとかそういう感じなので、十夜も同じようにそんな感じで雰囲気を楽しんでいるというだけなので、芸術に興味があるとは言い難いのだが……そこは一先ず置いておこう。

 

「それで、七月最初の日曜に行こうと思ってるんだけど大丈夫?」

「了解っす。予定空けときますねー」

「おお、いい返事だねー。でも期末前だけどいいの?」

「キマツ……知らない子ですね……」

「あ、これはダメなパターンだね」

 

 この十夜の返答に燕はある事を決意するのだが、それはまた別の話……

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 そして、ついにその日は訪れた。

 

 川神駅での待ち合わせから葉桜清楚のオリジナル探し……もとい、デートは始まった。

 

 最初は無難に映画館で映画を見た。言い分としては映画の内容が清楚の記憶だったり好みに引っかかるかどうかで云々というこじつけに近いもの……というかこじつけだったが、その十夜の言い分に清楚は納得していた。

 

 問題としては、どのジャンルの映画を見るかだった。恋愛映画とかホラー映画とかアニメ映画とか色々と悩んだが、最終的に拳法系のアクションコメディをチョイスする事に。文学少女のイメージの強い清楚にアクション系はどうなのだろうと思ったが、実際に視聴すると清楚自身とても楽しそうであったので安堵した。

 

 昼飯はあえてどこで食べるか事前に決めず街をぶらぶらしながら二人――――主に清楚が気になった店に入ってみたりした。これもオリジナルの云々という言い分で押し切ったのだが、人の良い清楚は納得していた。その直感を信じて入った店の味は大当たり……とは言えなかったが、それよりも先程の映画の話で二人は愉しく盛り上がった。

 

 その後はゲームセンターで遊んだ。以前の携帯ゲーム機で興味を持っているだろうと考えてのチョイスである。格闘ゲームをしてどこまで勝ち抜けるかチャレンジしたり、エアホッケーをして白熱したり、クレーンゲームで一喜一憂したり、二人でプリクラを撮ってみたり……思っていた以上に多くの時間が楽しく流れていった。

 

 最後は以前約束していた久寿餅パフェを食べに行った。十夜の思っていた以上にボリュームがあったが、おいしくペロッといただけた。清楚の食べ方は品があって清楚であった。

 

 そんな楽しい一日だったのだが、ふと何かに気付いたかのように清楚の笑みが収まっていく。

 

「……? どうしました?」

「……十夜君、ちょっといいかな?」

「はい」

「ちょっと気になったんだけどね……今日色々と見て回ったけど、これ私のオリジナル探しと関係あったのかな?」

「…………」

「……どうして目を逸らすのかな?」

 

 清楚の疑念が確信へと変わった瞬間だった。

 

「確かに今日は楽しかったよ。でも今回の目的は私のオリジナルが何かを探すためのものだし、そこが疎かになっちゃうと本末転倒じゃない?」

 

 少し悲しそうに口にする清楚に対して罪悪感を抱くが、しかし今回の行動には十夜としても言い分があるのだ。もちろん清楚とのデートの機会を逃すものかという想いが多分にあったのは否定できない。

 

「……確かに、今回オリジナル探しなのにそれを気にしなかった事は悪かったです。まず謝ります。すんませんでした」

 

 そう言って十夜は頭を下げた。けれどすぐに下げた頭を戻して清楚の目をまっすぐ見つめてこう続けた。

 

 

 

 

「――――でも、俺は別に清楚先輩が誰のクローンだとか気にした事ないです」

 

 

 

 

「…………え?」

「他のクローンの人だって、確かに義経先輩の剣の腕は見事ですし弁慶先輩の力は凄まじいし与一先輩の弓の腕はピカイチです。けど、別にそれはクローンだからなんて理由で片付けていいわけがない。そこに才能があったかどうかは別として、それを身に付けた事はそれぞれが努力してきただけの事。そうでしょ?」

 

 考えた事がない所か、彼らが誰かのクローンである事を忘れていた事もある。実際に清楚の頼み事を聞いた時には忘れていた。

 

 清楚が気にしている誰のクローンであるかという事、そもそも清楚たちが誰かのクローンであるかという事、それらがそこまで重要である事だとは、十夜には到底思えなかった。

 

「清楚先輩が真剣で自分のために自分のオリジナルを知りたいって言うんなら俺は止めませんし、出来る限りは協力します。けど、今の所その理由って武士道プランがどうこうって理由が強いじゃないですか」

 

 清楚が自身のオリジナルを知りたいと思った主な理由としては、その方が武士道プランの役に立つからである。確かに己の大本が本当に文化人なのかというのに不安を抱く事もあるが、現段階ではそちらの方が大きいのも事実である。

 

「武士道プランの成否がどうこうなんてどうでもいいんですよ」

「ど、どうでもいい?」

「極端に言えば、失敗したっていいじゃないですか」

「ええ!? さ、さすがにそれはダメじゃないかな……?」

「何でダメなんです?」

「な、何でって……だって武士道プランには九鬼財閥がいっぱいお金や人手や手間をつぎ込んでるんだよ?」

「いっぱい手間暇かかってたら失敗したらダメなんですか? 失敗を糧にする事はダメな事ですか?」

「そ……それは……でも、だからって出来る事をしなくていいって事にはならないでしょ」

 

 清楚は言葉に詰まる。確かに失敗が総じて悪いというわけではない。その十夜の言い分は正しいと思えた。

 

 だがしかし、失敗してもいいという考えで武士道プランに参加するのは違うとも思った。失敗が悪くないとしても、それは成功を目指して最上を目指さなくてもいいという事にはならないからだ。

 

「まあ、そうですね。じゃあ一回武士道プランの成否は置いときましょう。今日、俺と一緒に遊んで、清楚先輩は楽しかったですか?」

「それは……すごく楽しかったよ。色んな事が新鮮で、初めてだった事も楽しかったし、そうじゃない事もいつもより楽しいくらいだった」

「その『楽しい』って感情、清楚先輩のオリジナルって関係あると思います?」

「それは……どうだろう?」

 

 常識的に考えれば、例え誰のクローンであろうとも、そのオリジナルは過去の英雄であるから、現代の映画やゲームなどが存在しない時代の人物であることは間違いない。

 

 であれば清楚が楽しいと思えた事は過去のオリジナルが関係しているとは言えないだろう。

 

「別にオリジナルを知らなくても楽しめるんすよ。効率性だとか義務感とか、そんなのは二の次でいいと思いますけど。清楚先輩は武士道プランのための道具じゃないんですし」

「で、でも、私たちは、そのために生み出されたわけで……」

「そのために生み出されたらその通りに生きなきゃいけないなんて事ないでしょ。生んで育ててもらったからって、親が子に何してもいいって事は絶対にないっすよ」

 

 そう口にした十夜の脳裏に浮かんでいたのは幼い頃の小雪の姿だった。過去のトラウマがわずかに蘇り思わず手に力が入ってしまう。が、今思い出した所でどうしようもない事は十夜自身も理解しているので、一先ず深く息を吐いて気を落ち着かせた。

 

「…………まあ、その。色々と言いましたけど……『先輩が誰だったのか』じゃなくて『先輩はどうなりたいのか』っていう方が重要だって、俺は思います……はい」

 

 とりあえず言いたい事を言い切った十夜は、水を口にして、改めて清楚の様子を窺う。

 

 清楚はというと、十夜の言葉に思う所があったのか、何かを考えているようで口を開く様子はない。

 

 暫くの間、沈黙が二人の間を支配する。時間にすればさほど長い時間ではないかもしれないが、十夜にとってはとても長く感じられた。

 

 ちょっと色々と勝手な事言いすぎたかな……などと十夜が不安を抱き始めていると、黙っていた清楚が口を開いた。

 

「……正直、まだ自分のオリジナルを知りたいって気持ちがないとは言えない。けど、十夜君の意見を聞いて、確かにそうかもしれないとも思った」

 

 武士道プランの事を考えれば、オリジナルを知る事は必要だと思う。けれど十夜の言った『自分がどうなりたいか』というが大事だというのは確かだろう。

 

 今でも自分のルーツを知りたいのは確かだけれど、しかしそれは武士道プランを抜きにしてもそう思う事なのかと言われると、清楚にはわからないと答えるしかなかった。

 

「オリジナルを知ろうとするのと知らずにいる事、それのどっちが正しいのかわからない。私自身、どうしたいのかも、正直わからない。どうする事が良い事なのか、わからない…………だから、オリジナルを探す前にまずはこの気持ちに整理を付けてみるよ」

「……先輩がそう決めたんなら、それが一番だと思います」

 

 清楚の笑顔を見て、自分なりに役に立てたとホッと一息吐けた十夜も笑みを浮かべ返した。

 

「今日はありがとう。すごく楽しかった。また遊びに行きたいね」

「え……あ、な、なら! 次は先輩のおすすめ巡りをしませんか……!」

「え、私のおすすめ?」

「清楚先輩のおすすめとかなら…………美術館巡り、とかになるのかな?」

「じ、実は私、そういう美術とか芸術とか、あんまりわからなくて……」

「え、あ、そうなんです? な、なら身体動かす系の方が……」

 

 

 

 そうして次の遊びの約束を取り付けながら、残りの時間も楽しく過ごしたのだった。

 

 

 




今回十夜がしたこと

ルーツを探すという名目で女子とデートを行い、肝心の目的に関してやる気がなく、問い詰められたら口八丁で誤魔化して、次のデートの約束も取り付ける。ついでに他の女子ともデートの約束をした。

……あれ? これ野郎として最低なのでは……?


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第十話 「試験終了お疲れさん!」

執筆途中の話を発掘したので文章を付け加えて整えて更新してみました。

前話更新が5年以上前とかマジ……?


 

 ──川神院──

 

 早朝、川神院における朝の鍛錬と朝食までの間の事。

 川神院の朝の鍛錬に参加していた燕はある提案をするために十夜の部屋の前まで来ていた。

 

「十夜クーン、今いいかなー?」

 

 声をかけるが返事がない。確かにここにいると思ったのだが、不思議と気配を感じない。

 ならもう既に朝食を食べに向かったのかとも思ったが、そちらの方にも十夜の気は感じない。

 

「んん……?」

 

 どういう事だろうと思いながらも、一応念のために十夜の部屋をこの目で確かめてみることにした。

 

 そして、部屋の中にあったのは、瞼を閉ざし、結跏趺坐で座禅を行なう十夜の姿だった。

 

「──────―」

 

 思わず、息を呑んだ。

 その在り様はまるで自然と溶け込み一体化したかのようにも思え、その場の静寂さも相まって一つの芸術のようにも思えた。

 

「────どうしたんだ燕? そんなところで?」

「わっ!? も、モモちゃん?」

 

 思わず声を上げてしまい、集中を崩してしまったかと思い慌てて十夜の様子を窺うが、特に集中を崩した様子もなく姿勢も変わっていないのを確認できてほっと息を吐いた。

 

「ああ、燕は十夜のコレを見るのは初めてか。これ面白いぞ、ちょっと見てろよ」

「面白いって……って、ちょっ……!?」

 

 そう言って百代はどこからか取り出した小石を、何を思ったのか座禅を組む十夜へと軽く放り投げた。

 百代の手から離れた小石は放物線を描きながら十夜の頭に向かっていき────気付けば十夜の手の中へと納まっていた。

 

「え……?」

 

 ……小石の軌跡に注意を引いていたからか、燕には十夜の動きの初動を認識する事ができなかった。

 ただ、無意識に動いていた掌に、当たり前であるかのように石が納まった、という表現が適しているように思えた。

 それほどまでに十夜の今の動きは自然すぎた。

 そして小石を手にした十夜は百代に文句をいう所か意識すらしていないかように座禅を解く事はなかった。

 

「今の、いつの間に動かして……?」

「前に同じような事やったけど、その時は十夜自身受け止めた事にも気付いてなかった。完全に無意識での行動らしい」

 

 それは、無我の境地、というやつだろうか。

 確かに座禅は自我を極力排除することで、全感覚で自我以外の存在を受動的に感じ取る、精神鍛錬の一つとしても知られている。

 先程部屋の前で燕が十夜の気配を感じ取れなかった理由も理解できた……が、それでもここまで至れるものなのだろうか。

 今の十夜は、自我を排除した結果、世界と半ば同化しているようにも思えた。

 そのまま十夜という存在が世界に溶けてなくなってしまうのではないか……そんな突拍子もない事すら思い浮かんだ。

 そんな燕の心境など知らない百代は気にせず尚も座禅を続ける十夜に声を掛ける。

 

「十夜お前よくそんな何もせずにじっとなんかしてられるよなー」

「…………」

「おーい、返事しろー」

「…………」

「…………むー」

 

 声を掛けても返って来ない状況にイラッときたのか、百代は徐に油性ペンを取り出した。

 

「モモちゃん? 何しようとしてるの?」

 

 燕の疑問に答える事なく、百代は十夜に近付き、油性ペンのキャップを空けて、そのペン先を十夜の顔に近付けていき…………ペン先が触れる前にその手を十夜に押さえられた。

 だがその程度で諦める百代ではなく、ペン先を顔に押し付けるべくさらに力を込めた所でさすがの十夜もその目を開いた。

 

「何してる……いや何しようとしてる姉貴……!?」

「お前が私を無視するのが悪いんだろ!!」

「理不尽!?」

 

 そうしていつものように始まった川神姉弟のじゃれ合いを見て、燕は何故かホッとしていた。

 どうしてほっとしたのか……それが気になりつつも、燕は敢えて気付かないフリをして、二人のじゃれ合いがヒートアップする前に止めることにした。

 

「……実力ではまだ百代の方が上でしょうガ、しかシ……」

「精神、心では十夜の方が上かのう」

 

 そしてその様子を同じく見ていた川神院の総代と師範代がそう評する程に十夜の精神は鍛えられつつあった。

 

 

 

 ……なお、燕が十夜の部屋に来た本来の目的を思い出すのは登校時の事である。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──昼休み・図書室──

 

 普段来ることの少ない図書室に俺が足を踏み入れたのには理由がある。

 それは清楚先輩に今日の昼休みにここに来てほしいとお願いされたからだ。

 

「あ、ごめんね。わざわざ呼び出しちゃって」

「いいっすよ。それで何か用事でもありました?」

 

 さすが文学少女。図書館という本に囲まれた場所にいるだけで絵になる。もっと言えば俺に気付く前の本を読んでいた姿も絵になってた。

 

「色々と助けてくれるお礼に私が十夜君に何かしてあげられることがないかなぁって前から考えたんだけどね」

「そんな……俺にわざわざお礼だなんて……」

「私がしてあげたいって思った事だから気にしないで」

 

 うーん、清楚。俺本当に清楚先輩を助けられた事なんてほとんどないのに……むしろ俺の方がお礼しないといけない立場なのに……申し訳ない、けど嬉しい。

 

「それでようやく思い付いたんだけど、私が十夜君の試験勉強を見てあげるよ」

「…………え?」

 

 勉強…………あれ、あまりうれしくない言葉が出てきたぞ。

 

「モモちゃんから十夜君の成績がそこまでよくないって聞いて、もしかして力になれるんじゃないかって思って」

「でも……その……せ、清楚先輩も自分の勉強とかあるんじゃ……」

「私は私でちゃんと勉強してますから大丈夫です。それに誰かに教えるのも自分の復習になるから」

 

 気持ちはありがたい。ものすごくありがたい……けど、勉強はそんなに好きじゃないというか、他の事でお願いしたい気持ちが強いというか……

 

「あ……もしかして、迷惑……だったかな?」

 

 そこで何かに気付いたようにすこし不安そうな顔でこちらに問い掛けてくる清楚先輩を見て、俺は口を開いた。

 

「そんなわけないですお願いします」

 

 清楚先輩にあんな表情であんな事言われて嫌だって断れるわけがない。むしろ嫌だという気持ちがどこかへ消え去ったくらいだ。

 

「あ……! うん、私に任せて! じゃあまずは国語からしてみようか」

「はーい……」

 

 嫌な気持ちも消え去った事だし観念して試験勉強に勤しむことにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 そうして時間が経ち、静かな空間を作り出す図書館に学校のチャイムの音が響き渡った。

 

「あ、昼休みも終わっちゃうし、ここまでだね」

「あ、ありがとうございました……」

 

 予鈴が鳴るまで真綿で首を絞めるかのようにやさしく試験勉強をしてもらった俺は少し知力が上がった気がする。清楚先輩との幸せだが辛い時間はこうして幕を下ろし…………

 

「じゃあ明日から試験まで昼休みはここで待ってるね」

「あ、はい…………………………はい?」

 

 

 …………幕が上がったのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──早朝・川神院──

 

 次の日の早朝。川神院の早朝鍛錬が始まるに俺の部屋に訪問者が現れた。

 

「おはよー、十夜クン」

「燕先輩? どうしたんです鍛錬前に?」

「うん、ちょっとね。この前平蜘蛛の話をしたのは覚えてる?」

「……? まあ、なんとなくは……」

 

 それは、以前約束した燕先輩との美術館デート(燕先輩談)に行った時の話だ。

 受付で借りた機械の説明が耳に付けたイヤホンから流れてくるが頭に入っていかなかったり、展示品の説明書きを読んでいた燕先輩が「へー、ふーん……? ちょっと借りるねー」とか言って俺の付けてたイヤホンの片方を自身の耳へと装着して結果として顔は近くなり思わずドキッとしたりした美術館デート(燕先輩談)だったが、その中でこんな会話があったのだ。

 

『燕先輩はやっぱりこういう美術品とか好きなんですか?』

『好きというか……やっぱり興味はあるよね。審美眼を磨くっていう目的もあるけど。ウチの場合は平蜘蛛っていう例もあるから血筋もあるかもしれないけど』

『平蜘蛛……確か燕先輩の切り札の名前でしたっけ?』

『そうだけど、今回の場合はその由来の方だね』

『由来……そういえば平蜘蛛の名前の由来って何すか?』

『元は私のご先祖様の茶釜だよ。知らなかった?』

『え、茶釜? 茶釜の名前を武器につけたんすか?」

『松永といえばって名前だからね。というか結構有名なはずだけどなぁ……で、十夜クンは何だと思ってたの』

『てっきり妖怪の名前かと……」

『うーん、十夜クンは少し歴史の勉強をした方がいい気もするなー』

『暗に馬鹿って言われてる気が……』

『直に言った方がいい?』

『いえ、言わないでいいです』

 

 

 …………まあこんな感じのよくある会話で終わったのだが、何か問題でもあっただろうか……? 

 

「何かありましたっけ?」

「まあその時は流しちゃったけど、後で考えてみてやっぱり気になっちゃってね……」

 

 一体何が気になったんだろうか……そんな気になるポイントがこの会話の中にあったか? 

 

 

「十夜クン、もっと勉強した方がいいと思う」

 

 

「…………はい?」

 

 ちょっと文脈が理解できないんだけど、どういう事なのだろうか? 

 

「いや、思い返してみたんだけど、十夜クンって別に頭自体悪いわけじゃないと思うんだけど、今回の平蜘蛛に限らず、十夜クンはちょっと知らない事が多い気がするんだよね」

「褒められてるのか貶されてるのか……」

「褒めてはないからね」

 

 燕先輩が言うには、今までのやり取りからちゃんと勉強してれば覚えている事を知らないというパターンが俺には多い様に感じたらしく、ちゃんとやりさえすれば覚えられる頭は持っているはずだという事らしい。

 

「という事で、この私が試験対策をしてあげよう!」

「…………え?」

「もうすぐ試験でしょ? 十夜クンって修行ばっかりしててそこまで成績よくないでしょ? だから十夜クンが短期間で効率よく点数を取るために私が教鞭を握ってあげようってわけだよ」

「え、いつから?」

「今から」

「今から!?」

 

 いくらなんでも急すぎない? 何故こんな時間から勉強をしないといけないのか……というか今から早朝鍛錬の時間なんだけど。

 

「十夜クンにも予定とかはあるだろうから学校の時間とか放課後は避けた方がいいかなーと思って朝食までのこの時間にしたんだ。本当は昨日伝えようと思ってたんだけどタイミングが合わなくてね。あ、学長とか師範代にはもう許可取ってるから大丈夫だよ」

 

 俺の事を考えられた結果の時間だった。しかも外堀まで埋められていた。

 だけど朝の鍛錬時間が削られるのもちょっと辛い……いや、取り返そうと思えばできるけども、それでもなー……。

 

「ダメ……だったかな……?」

 

 くっ……! あざとい流石納豆小町あざとい。だが清楚先輩と比べればこの程度の、演技だってわかるレベルの泣き落としなど、何の障害にもなりはしない! 

 

「そんなわけないですお願いします」

「よーっし! じゃあまず歴史からしていこうか!」

 

 …………うん、確信した。俺チョロいわ。演技だってわかってるのに断れなかった。

 

「頑張ったらご褒美あげるからねー」

「ご褒美………………納豆っすね」

「うん、そうだよー。よくわかったね」

 

 我ながらどう考えても訓練され過ぎている……いや納豆美味いけどさ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「じゃあ今日はここまで!」

「あざっす。頭痛い……」

 

 脳を酷使したせいで頭痛と空腹が襲ってくる。まさしく鞭と飴を使い分けるかのような燕先輩との充実した勉強時間はこうして幕を下ろし…………

 

「それじゃ、試験まで一緒に頑張ろうね!」

「あ、はい…………………………はい?」

 

 

 …………幕が上がったのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──放課後──

 

 

 早朝に燕先輩と、昼休みに清楚先輩とみっちりと勉強をして頭が痛い。勉強は辛いのだが二人に教えてもらえるのはとても分かりやすくあと嬉しいのが何とも言えない。幸せと辛さは両立するのだと体感している。

 とはいえさすがに放課後になると疲れがどっと出てくる。気分転換にゲームでもするか、いや鍛錬するかどうするかと悩みながら帰路に就いていると、後ろから声を掛けられた。

 

「トーヤー! 遊ぼー!」

 

 ユキだった。思わず了承してしまいそうになったし、したかったが、その前に保護者達が止めにかかった。

 

「こらこらユキ、十夜君も試験勉強があるでしょうし、あまり邪魔しないように」

「てかユキも自分の勉強しないとダメだろ」

「えー! ボクは大丈夫だよー」

「あれ、ユキってそんな成績ギリギリでしたっけ?」

「まあユキもS組所属なわけですし悪いわけではないですよ」

「ただまあ今回は入ってきた義経達もいるし、油断してると万が一が怖いってな」

 

 特進クラスであるS組は定期試験で50位以内の順位を取れなければS組への残留資格を失い通常クラスへと強制クラス替えとなる。通称『S落ち』だ。

 ただでさえ熾烈な争いだというのに、今年は義経先輩たちが編入してきたためにその競争率はさらに高くなっている。なので普段以上に準備をしているのだそうだ。

 

「でもボク、トーヤといっしょにいたいよ……」

「ユキ……」

 

 しょんぼりするユキの姿に心が痛む。できればユキには笑っていて欲しいから一緒に遊ぶのも別にいいんだけどな…………別に俺が勉強から逃げたいわけではない。

 

「気持ちはわかりますが、十夜君の邪魔をするのはダメですよ」

「そうだぞ。コイツは俺たちと違って勉強できないんだから、無理言っちゃいけません」

「ハゲ先輩、屋上」

 

 事実だけどはっきりとそう言われるのは何か釈然としない。

 ……でもなんでだろう。この後の展開が何だかわかるような気がするのは……

 

「あっ、そうだ! トーヤもボク達と一緒に勉強すればいいんだよ! そうしたら一緒にいられるよ!」

「うん?」

 

 おや、何か流れ変わったな……? 

 

「待て待てユキ、コイツと俺たちとじゃ学年が違うから勉強の範囲も違うんだ。一緒にやっても意味ないぞ」

「えー!? あ、ならボクがトーヤに勉強を教えたらいいんだ! それならいいでしょ!?」

「ユキが自分の勉強を進めるのなら私は構わないと思いますが……あとは十夜君次第ですね」

「お、おう……」

 

 これはマズイ……このままじゃ放課後まで勉強漬けにされてしまう……! ここは何とか勘弁してもらえるように話をもっていかないと……。

 

「えーっとだな。ありがたいんだけどその────」

「トーヤはボクと一緒じゃ嫌……?」

「────そんなわけないさお願いしたいくらいさよーし勉強頑張るぞー!」

「おい後輩目が死んでるぞ。大丈夫か?」

「大丈夫だ問題ない」

 

 ユキを悲しませないためならこれくらいなんてことはない。何、一日くらいなら何の問題も……

 

「じゃあ毎日いっしょだ! やったー!」

「…………おう!」

 

 

 ……数日くらい、何の問題ない! …………ない!! 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──秘密基地──

 

「試験終了お疲れさん!」

 

 瞬く間に時間は過ぎ行き、期末試験から解放された風間ファミリーは祝杯を挙げていた。つまりはいつも通りである。

 

「今回はみんなどんな感じなの? 僕はまあまあって所だけど」

「俺様もいつも通りだな」

「試験とかどうでもいいぜ!!」

「zzz……」

「zzz……」

「まあガクトにキャップに川神家はいつも通りだな」

 

 なおその内の半数ほどが試験に力を入れていなかった面子ではあったのだが……しかし今回は普段試験に力を入れない側であるはずの十夜の様子が少し違った。

 

「でも十夜は結構頑張ってたっぽいぜ? 放課後榊原たちと勉強してたし」

「え? 俺は昼休みに図書室で葉桜先輩と勉強してる所を見たんだけど……」

「何? でも十夜毎朝燕に勉強させられてなかったか?」

「おいおいおい、ちょっとまてどういうことだよ十夜!? お前、まさかこの試験期間ずっと女侍らせてたっていうんじゃ……!?」

「……ここ最近、清楚先輩と燕先輩にユキと、時間があれば捕まってたから……今回は試験結果いいんじゃね?」

「テメェ自慢か! 俺様と変われよ!」

「勉強漬けにされててもか……?」

「美人と勉強漬けって、どんな勉強なんだよ!」

「そんな雰囲気になると本気で思ってんのか? ガチ勉強モードだよ。それでも変わってほしいか?」

「それでも……美人と一緒にいられるなら……!!」

「まあ────変わってやらんがな!!」

「じゃあなんで聞いた!?」

 

 ガクトは決意した。この邪知暴虐なる十夜を再び魍魎裁判の場に立たせることを……その結果再び魍魎戦争が巻き起ころうとも……

 

「そんな過ぎたことよりも先の事だ!」

「キャップは気にしなさすぎだ」

「でも一理ある」

「どこか遠出でもするか? 金はないけどな」

「あんまり借金増やさないようにしなよ」

「それもいいんだけどよ。なんかこう、面白そうなイベントでもねーかなって」

「イベントっていうと祭りとか?」

「そうだな。でっけー祭りなんかあったら参加してみてーよな」

「そう都合よくあるとは思えんが」

「でもキャップが言うとなんか起こりそうな気もするよね」

 

 そうして話題はこれからやってくる夏季休暇へと移っていくのだが、数日後に予定の大きな変更を余儀なくされることとなることをまだ彼らは知らなかった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──川神学園──

 

 テスト期間が終了し、この終業式が終われば学生待望の夏休みの始まりなのだが、何やら普段と様子がおかしかった。

 

「何故ただの学校の終業式でテレビカメラがいるのか……これがわからない」

「義経さんたちクローンの取材でしょうか?」

「いや、そんな感じじゃねぇな……オラの勘がそう言ってる」

「松風が変な能力に目覚めてる……」

 

 有名とはいえ、たかが一学園である川神学園のたかが終業式にテレビカメラや取材陣がグラウンドにスタンバイしていた。

 今年は九鬼財閥の武士道プランの発表もあったのでその関係かとも思ったが、そうでもなさそうである。

 そんな疑問が行き交いながら、学長である鉄心が檀上に上がり、冗談を交えながら口上を述べていく。

 

「……さて、夏という事で、大きな祭りの話でもしようかのぅ」

 

 鉄心から出た『祭り』という単語に、血気盛んな川神学園生たちがざわついた。

 

「八月に毎年川神院でやっとる『川神武闘会』じゃが、今年は義経達も現れた事じゃし特別に規模を大きくして開催しようと思っておる」

 

 なんと今回の大会は九鬼財閥がスポンサーとなり大々的に行なうらしい。会場も川神院ではなく隣町の七浜にある七浜スタジアムを予定しているとの事だ。わざわざテレビが来た理由がわかった。

 

 

「儂はこれを、『若獅子タッグマッチトーナメント』と名付ける事とした」

 

 

 若獅子タッグ(……)マッチトーナメント。その名から察せられるのは、一対一の戦いではない、今までとは毛色の違う大会になるだろうという事だった。

 

「ここからは僭越ながら我々九鬼財閥からルールの説明をさせていただきます」

 

 そこからヒュームとクラウディオが説明を引継ぎ、順序だてて説明していく。

 

 その内容を簡単に纏めると以下の通りだ。

 

 一つ、参加資格を持つのは、川神学園生と25歳以下の男女限定。(国籍問わず)

 一つ、刀剣類は、峰打ちかレプリカのみ許可

 一つ、銃火器は、指定の弾のみ許可

 一つ、二対二の戦いで、どちらか一方がKOされるかリングアウトの10カウントで負けとなる

 

 このトーナメントを勝ち抜いた者には、絶大な名声以外に、スポンサーの九鬼から贈られる様々な賞品、さらには九鬼財閥での重役待遇確定書まで与えられるという。

 

 それだけでも数多の腕自慢が押し寄せてきそうだが、さらにもう一つ、武に携わる者であれば見逃せない褒賞が用意されていた。

 

「そして、大会を優勝した者達には、武神・川神百代と決闘する権利も与えられるそうです」

 

「────」

 

 公の場で百代と戦える権利が貰える。それを聞いた瞬間、十夜の目の色が変わった。

 

「────ッ!?」

「とーやん……ちょっち闘気が漏れてたぜ」

「────悪い。ちょっと昂ったわ。気を付ける」

 

 瞬間、わずかに漏れ出した闘気に由紀恵は十夜を窘めるが、しかし内心はその感じ取った闘気に戦慄していた。

 

(凄まじく、練り込まれた闘気……! 思わず漏れ出したとはいえ、それをすぐさま抑え込む技量……!)

「……? どうかしたまゆっち?」

「い、いえ、何でもないですよ」

 

 さらにいえば今の闘気の発露に気付いたのは周囲では由紀恵一人だけだった。事実すぐそばにいた伊予は全く気付いていない。その闘気を向けられただろう百代本人も気付いた様子はない。

 

 由紀恵には、百代と戦える権利に十夜が反応した理由はわからない。しかし十夜が真剣でこの大会に臨もうという事は理解できた。

 

 川神院総代の孫であり、『武神』川神百代の弟でもあり、川神院の門弟である十夜だが、実際にその武を振るう機会はあまりない。

 

 たまに姉とのじゃれ合いを見る事はあるが、本当にその程度でしかない。十夜自身、鍛錬には積極的だが戦闘自体にはそこまで食いつかない。

 由紀恵も武に携わる者の一人であり、十夜の実力に関してある程度の予想はしているものの、どこまで正確に測れているか自身でも疑わしいと思っていた。

 

(これは……もしかすると、十夜さんの本当の実力が見られるのでは……?)

(こいつぁ面白くなりそうだぜぇ~……!)

 

 何か波乱が起きそうな予感を、由紀恵はその胸に抱いた。

 

 

 若獅子タッグマッチトーナメント、その開催は約一ヶ月後であった────

 

 



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第十一話 「――――いや誰だよ!?」

とりあえず発掘して纏められた所まで順次更新していきます


 

 誰も知らない秘密の修行場。そこで十夜は、誰にも見られたくない切り札とも言える技の練習をするために訪れていた。

 その技は川神院の秘奥とも言える技で、本来であれば十夜にはまだ教えられていないものである。

 なので十夜は勝手に秘伝書を勝手に拝借して熟読した。普段読書をあまりしないため、押し寄せる睡魔に襲われながらも何とか読み進め、その技を知識面で頭に叩き込み、後は実践とばかりに訓練とその試し撃ちをしていた。

 

「────はぁッ! はぁッ! はぁッ!」

 

 秘伝書を読んだとはいえ、川神院の奥義を独学で習得するのは容易ではなく幾度となく試行錯誤を繰り返したが、技の修得自体は成功した。彼の目の前に作り上げられた一つのクレーターがその証拠である。しかしその代償は大きかったのか、息は上がり、全身から汗が噴き出し、思わず膝をついてしまった。

 

「……一応、出来たは出来たけど……! 溜めに時間が掛かりすぎる上に、気の消費量も激しすぎる……! 威力も思ってた以上に出ねぇし……! 実戦じゃ、全く使い物にならない……!」

 

 これからも地道にその方面の訓練は積んでいくとしても、近い内に戦う……かもしれない姉・百代に対しての奥の手には到底出来ないだろう。

 

「気の総量を増やす……無理だな。そう簡単に増えたら苦労はない。なら気の使用効率を良くすればいいのか? ……それ以前の問題だからそれをした所で焼け石に水だ」

 

 どうすればいいのか。せめてこの技が自身の戦闘スタイルと組み合わせやすければまだ何とかなるかもしれないのに……と、そこまでふと気付いた。

 

「あ……、そうか。だったらわざわざ技の原型に拘る必要はないのか」

 

 発想の転換。わざわざ無理して苦手な分野で四苦八苦しなくとも発動しやすい技にアレンジしてしまえばいい。

 幸い、技の発動自体は出来ているのだ。ただ気の溜め時間と消費量が激しすぎるだけであり、それは今までの十夜の戦闘スタイルに噛み合わないが故に実戦において使い物にならないモノになっている。

 であれば自身に合うように技をカスタマイズしてしまえばそのまま実戦で使える奥の手となるかもしれない。

 さっそく試してみようとするが、そこでケータイが鳴り響いた。

 

「うん、電話……? 知らない番号からだな。一体誰から……?」

 

 出るかどうか悩みながらも、とりあえず電話に出てみた十夜だが、聞こえてきた通話相手の声に思わず顔が引きつった。

 

「……何でこの番号知ってるすか…………え、いや、まあ、はい、あ、空いてますけど……え、今から? わ、わかりました。あの、その、ば、場所は……?」

 

 電話先の相手からの突然の呼び出しに戸惑いながらも向かうことを了承して通話を終えた十夜は、思わず首を傾げて疑問を口に出していた。

 

「何の用だろ……?」

 

 この電話によって十夜の悩みの一つが解決する事となる。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 若獅子タッグマッチトーナメント。

 

 世界中から数多の参加希望者が押し寄せる事となったため、本来一日の予定だった開催日を二日にわけ、一日目に予選大会が行われる事となった。

 

 世界の強豪ひしめき合う中で、遂に本戦へと駒を進める事となった合計16チームが決定したのだった。

 

 

 その日の夜、秘密基地────

 

 風間ファミリーの面々は、一子がタッグを組む約束をしていた島からドタキャンされるトラブルがありパートナーを急遽変更になったものの、見事に予選を突破していた。

 

「まさか参加したファミリー全員が本戦まで残るなんてなー!」

「いや待て、キャップ。一人参加したのに残れなかった奴がいるぜ」

「まさかあの十夜が予選落ちとはねぇ」

「さすがにショックだったのか、ここにも来ていないしな」

「正直、信じられません」

「オラたちの抱いた予感は何だったのか……」

 

 予選を勝ち上がった16チームの中に十夜の姿は見られなかった。つまりはそう言う事だろう。

 

「まあ今回はタッグマッチだからな。十夜が負けなくても相方がやられたら負けになる」

「相方に恵まれなかったのか……というか相方誰だったんだ?」

「さあ? というかあいつが戦ってた所見てないんだけど本当に出てたのか?」

「私も見ていませんが出てたんじゃないですか? あれだけ気合たっぷりでしたし」

「ふむ、この私をパートナーに選んでいればそのような無様を晒す事もなかっただろうに……」

「クッキーは別の意味で無様を晒してるけどな」

「というか豚扱いされてたよな」

「くっ! この私が、屈辱だ……! しかし何故か逆らえない……! あの振るわれる鞭が、私の心を恐怖で縛っているとでもいうのか……!? あふん……っ!」

「お前を縛ってるの恐怖じゃなくて快楽だよな」

「しょーもない……」

 

 なお大事にはされているらしい。

 

「ガクトは何か嬉しそうだね」

「まぁな。俺様、今までファミリーの男の戦闘要員として二番手みたいな扱いだったからな。これを機に周りの目が変わればいいってな」

「具体的には?」

「女どもが俺様の魅力に目覚めてくれたらなって」

「しょーもない」

「でも十夜がこれで終わるとは思えないんだよなー」

「俺も何かそんな気がする」

「そうはいってもどうしようもないだろ」

「それにしても大和まで参加したのは意外だったよね」

「まあ代わりとはいえ燕先輩から誘われたしな」

「大和のためにパートナー枠は空けてたのに。よよよ……」

「そんな京さんもちゃっかり義経さんと組んでいますし」

「というかワン子も危なかったよね。まさか急にタッグの相手に断られるだなんて」

「あはは……いきなり電話かかってきた時にはどうしようかと思ったけど、タッちゃんがタッグ組んでくれてホント助かったわ」

「さすがゲンさんだぜ!」

「島の野郎、直前でキャンセルとか有り得ねぇだろ」

「島君もきっと何か事情があったのよ。電話口で本当に申し訳なさそうだったし」

「多分島は石田の奴のわがままに振り回されたんだろうな……一発〆てやらんとな」

「それよりも俺様ヨンパチが勝ち残った事の方が気になるぜ! いくら相方の鉢屋が強いからって勝ち残れるもんか?」

「というかヨンパチのチーム全部不戦勝って聞いたけど……」

「そもそもチーム名の無敵童帝軍って……」

 

 こうして次の日に迫った本選に思いを馳せて、夜は更けていった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 若獅子タッグマッチトーナメント本選・当日。

 

 会場となる七浜スタジアムには大勢の観客で所狭しと埋め尽くされ、無数のテレビカメラによって全国へと放送をされていた。

 実況に戦闘経験が豊富で実力も達人級である元軍人にして七浜の名士に仕える執事が、解説にはエキシビジョンマッチまで手の空いている武神・川神百代に予選敗退で手の空いていた天神館の西方十勇士の総大将である石田三郎が担当する。

 さらにスタジアムの中央に設置された武舞台の四隅には戦闘の余波から観客を護る結界を張るために川神院総代・川神鉄心、最強執事・ヒューム・ヘルシング、天神館館長・鍋島正、川神院師範代・ルー・リーといったマスタークラスの達人が配置されていた。

 

 そして参加チームの紹介も兼ねて出場選手が武舞台へと上がり、会場のボルテージも上がり始めた所で。まず仮のトーナメント表が会場の巨大ディスプレイに表示された。

 仮というのはここから30分の間にチーム同士の同意の上でチームの位置を変更する事が可能だからだ。

 

 ここで知性チームと地獄殺法コンビ、そしてチャレンジャーズとミステリータッグがそれぞれの位置を交換した事により、本決定した対戦カードが次のようになった。

 

 

 知性チーム VS ワイルドタイガー

 400万パワーズ VS 無敵童貞軍

 地獄殺法コンビ VS デス・ミッショネルズ

 桜ブロッサム VS ザ・プレミアムズ

 源氏紅蓮隊 VS アーミー&ドッグ

 ファイヤーストーム VS 大江戸シスターズ

 ミステリータッグ VS フラッシュエンペラーズ

 チャレンジャーズ VS KKインパルス

 

 

「────それでは若獅子タッグマッチトーナメントを開始する!」

 

 こうして、戦いの火蓋が落とされた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 では、それぞれの試合の流れを簡単に語っていこう。

 

 一回戦第一試合、知性チームVSワイルドタイガー

 九鬼家の従者部隊のステイシー・コナーと武田小十郎のタッグを組んだワイルドタイガーに対し、知性チームは非戦闘員である直江大和が武士娘・松永燕のタッグの相方であった。

 当然、狙いは大和になり、普段主君からのお仕置きによって異常なまでの耐久力を持つ小十郎が燕を抑えている間にステイシーが大和を叩く分断策を取った。

 が、燕は分断が為された後に小十郎をすぐさま引き離し、異様に回避力の高い大和へ意識を集中させていたステイシーを奇襲して勝利を収めた。

 

 第二試合、400万パワーズ VS 無敵童貞軍

 島津岳人と長宗我部宗男の筋肉コンビに対し、無敵童帝軍は忍者である鉢屋と非戦闘員である福本育郎の予選を全て不戦勝で勝ち上がってきた謎のタッグであった。

 忍びである鉢矢のやり方を知っている長宗我部はその手は食わないと自慢のオイルレスリングのためにオイルを樽から浴びようとした瞬間────爆発した。

 鉢矢は自身のやり方が見破られているのを承知していて、また別の罠を長宗我部のオイル樽に仕掛けていたのだ。

 長宗我部はその爆発をまともに食らっても意識を保っていたが、それは僅かな間であり、岳人が鉢矢へ攻撃を叩き込むのには間に合わなかった。

 

 第三試合、地獄殺法コンビ VS デス・ミッショネルズ

 予選から武蔵坊弁慶と板垣辰子の超パワーで撃ち込まれるダブルラリアットで数多の参加者を葬ってきたデス・ミッショネルズに対し、地獄殺法コンビの二人のモチベーションには差があった。

 天使は自らの姉である辰子の強さを知っており既に諦めムードが漂っていたが、レスラーの娘でもある羽黒はあの二人に本物の技を教えてやんよと意気揚々としていた。

 そして羽黒はダブルラリアットを食らって葬られた。

 

 第四試合、桜ブロッサム VS ザ・プレミアムズ

 那須与一と文学少女の葉桜清楚から成る桜ブロッサムに対するは、武蔵小杉と黛由紀恵による一年生コンビのザ・プレミアムズ。相手が天下五弓でしかも年齢も上という事もあってザ・プレミアムズが不利だろうという評価だった。ただしこの試合は、先の試合とは違うモノとなった。

 開始の合図と共に動き出す者はおらず、しかし武舞台を中心に張りつめた空気がスタジアム全体へと伝播していった。

 この緊迫した状況を作り出したのは二人……天下五弓の与一と剣聖の娘である由紀恵であった。

 

 生半可な射であれば斬り捨てられ、二の射へ移る前にこちらも斬られる……そう考える与一はこの一射で相手を射抜くと決めた。

 由紀恵もまた同様に考えていた。ただ踏み込めば相手に刃が届く前に相手の射によって討たれると。故に、この一撃に全てを賭けると。

 

 互いの見解は一致していた。この一撃で勝敗が決まると……! 

 

 スタジアムにいる全ての人々が固唾を呑む中、遂に放たれた与一の一射────まさしく渾身の物だっただろうその一射は、黛の剣によって断ち切られた。

 

 多くの人が一体何が起きたのか見えなかっただろう一瞬の出来事は、しかし張りつめた空気が弛緩した事で、見えない激闘が終わった事を知らしめた。

 互いに渾身を出し切った由紀恵と与一はその場に膝を付くが、動き出す者もいた。武蔵小杉である。

 彼女はこれをチャンスと見て与一へと追撃をかけた。まさにこれ以上ないタイミングだった。

 誤算だったのが動けるのが武蔵小杉だけではなかった事で、武蔵小杉の動きを止めようと咄嗟に動いた清楚の両腕によって彼女はその身体と意識が吹き飛ばされたのだった。

 

 

 第五試合、源氏紅蓮隊 VS アーミー&ドッグ

 板垣亜己とその豚クッキー2によるアーミー&ドッグは予選においてはその鋭い技によって数々の実力者たちを沈めてきたのだが、今回の相手、源氏紅蓮隊はその上を行った。

 天下五弓の椎名京による射によって舞台には矢の雨が降り注ぎ、二人は思うように動けず、無理に突破しようとすればそこをもう一人源義経に突かれるという八方塞がりな状況に陥った。

 何とか状況を打開するために亜巳から命令されたクッキー2はバーニアによって空中から攻めようとするが、そこを京の射によって弱所を射られて墜落した。

 

 

 第六試合、ファイヤーストーム VS 大江戸シスターズ

 川神学園の学生である風間翔一と西方十勇士の大友焔のタッグ・ファイヤーストームに対し、クリスティアーネ・フリードリヒと現役軍人でもあるマルギッテ・エーベルバッハの軍人姉妹コンビは、実力・連携も含めて上回っており、多くの人々は大江戸シスターズが勝利するだろうと思われていた。

 だが、ファイヤーストームの風間翔一は常識に囚われない男だった。

 何と翔一は前の試合で破損したクッキー2の飛行パーツを使用してタッグともども空中へ飛行。そして空中から大友の大筒から放たれる国崩しの連発によって武舞台全てを破壊。強制的に相手を場外カウント負けへと陥れたのだ。

 

 

 そして、第七試合のミステリータッグ VS フラッシュエンペラーズ

 九鬼英雄と井上準によるフラッシュエンペラーズはフードと外套で正体を隠した謎の二人組ミステリータッグを相手に苦戦を強いられていた。

 それぞれで分断され、英雄の攻撃は全て軽くいなされる。対して相手から攻撃は一向に放たれずただ躱しているだけで、結果としてだけみるなら膠着していたがどちらが優勢かなど火を見るよりも明らかだった。それが英雄を怒らせた。

 

「貴様ぁ……何故反撃してこない! 我を愚弄するかぁ!」

 怒声と共に蹴撃を放つ。その一撃に対してフードマンが取った行動は回避……ではなかった。

「────愚弄? 武人でもないのに武に誇りを抱くとは、笑止千万!!」

 

 そう返しながらフードマンはその一撃を躱すのではなく同じく蹴りで向かいうち、弾いたのだ。

 

「そ、その声は……!?」

 

 英雄は驚愕した。攻撃が弾かれたことにではない。相手の声が、とても聞き覚えのあるモノだったからだ。

 

「ようやく気付いたようだな、戯けめ」

 

 その英雄の反応に満足してか、フードマンは自身の正体を隠す外套に手をかけ脱ぎ捨て、その正体を高らかに宣言した。

 

 

 

「 九 鬼 揚 羽 ! 降 臨 で あ る !!」

 

 

 

 その正体は、武神・川神百代の好敵手の一人であり、九鬼英雄の姉である九鬼揚羽その人であった。

 

「な、何故姉上がこの大会に……!?」

「簡単だ。お前が出ると聞いたからだ」

「わ、我が出るから……?」

 

 英雄は揚羽と違い正式に武道を学んでいない。護身術程度しか習っていないが、武力よりも政治力などを重視される九鬼のトップになるべき人間なのだからおかしなことではない。

 しかし今回の大会は世界中からトップクラスの実力者が集まる大会だ。そこに参加するとなるとさすがに実力不足は否めないと言わざるを得ない。

 

「己を試したいというお前の想いは理解できる。だがお前の戦場はここではないはずだ。ならばこそ、大事になる前に止めねばならぬ」

 

 もしもがあれば、九鬼財閥としての損失も計り知れないし、何より姉として耐えられない……そう語った。

 

「予選を勝ち抜き本戦に出場した。これだけでも誇れる事だと我は思うがな」

「……そうですな。わかりました」

 

 そうして、揚羽の説得に英雄は首を縦に振ったのだった。

 

 

「────あのー! そっちで話付いたんなら! こっちも何とかしてくれませんかねー!?」

 

 そこで、タイミングを窺っていた準が声を張り上げた。

 

 実は英雄とタッグを組んでいた準は、試合開始から九鬼家感動の姉弟愛語りが終わった今までの間、ずっともう一人のフードマンの猛攻に晒されていた。

 英雄を相手していた揚羽とは違い、こちらのフードマンは当たり前のように攻撃を仕掛けてくる。何とか耐えてはいたが、相手が手加減している事はひしひしと感じ取れていた上に、こちらを甚振るような思惑も感じ取れたため、早急にこの状況から脱却したかったのだ。

 

「おっと、そうであったな。お前も我の我儘によく付き合ってくれた、井上。礼を言おう」

「別にイイってことよ! お義兄(にい)さん!」

「────さて、常々紋を変な目で見ている輩が制裁される様を見るとするか」

「そこは止めてくださいよー!?」

 

 自らの失言によってピンチから脱却する事が出来なくなった準だが、それを気にする余裕すらなかった。

 先程まで多少の距離があったはずのフードマンが気付けば自身の懐に入り込んでいたからだ。

 

「う……ぅぉおおおおおおおロリ色の波紋疾走(ロリィライト・オーバードライブ)ッ!!」

 反射的に放った苦し紛れの膝蹴り。そのまま妨害される様子もなく至近距離にいた相手に突き刺さると思われたが……

 

「────ふん!!」

「ぐっはぁッ!?」

 

 その膝蹴りごと後出しの相手の蹴りによって潰されてしまった。

 その蹴りを食らった準は、意識はあるものの体力が全て削り取られたかのように地面に倒れ込んでしまった。

 

 その蹴りを食らった準の姿と、今の蹴りを見て、一部の実力者たちは一つの疑念を抱いた。

 

 体力を十割削られたかのような対象の姿、今の蹴りの独特な軌道…………まるであのヒューム・ヘルシングのジェノサイド・チェンソーではないか、と。

 

「────ほう」

 

 だが当のヒューム・ヘルシングは武舞台の隅で結界を張りながら面白い物を見たというような表情を浮かべている。フードマンがヒュームである事はあり得ない。

 ならば一体誰が…………そんな疑念を晴らすかのように、フードマンは自身を覆い隠すその外套に手をかけ、宙へ放り投げた。

 

「お、お前は……!?」

 

 その姿を隠していた外套が放り投げられ白昼に現れたその姿は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────頭部を鼻先が伸びたような仮面、ペストマスクで覆い隠した謎の人物であった。

 

 

「────いや誰だよ!?」

 

 思わずツッコミを入れてしまった準を責める者は誰もいないだろう。むしろ倒れたままでも会場の人間が思っている事を代弁してくれたことに誰もが賞賛する事だろう。

 

「それは我から説明しよう!」

 

 そんな準のツッコミに対し答えたのは、フードマン改めペストマスクマンとタッグを組んでいた揚羽であった。

 

「彼の者は、最近一部の武道家たちの間で噂になり界隈を騒がしている仮面二十面相、その人である!」

 

 その言葉に、会場がざわめいた。

 その存在を知っている者は『アイツが噂の!?』という驚愕に、知らない者は『何……仮面二十……え? 何それ?』という困惑に染まっていた…………なお会場の大半が後者であった。

 

「────!?」

 

 そして一番驚愕と困惑に襲われていたのは、他ならぬペストマスクマン当人であった。

 

「────! ────!?」

「む? それは秘密? 何と、そうであったか。てっきり今回はそれで通すのかと思っていたぞ。というよりこれを機に正体自体明かしてはどうだ? 何? できればそれはしたくない?」

 

 ペストマスクマンが揚羽に詰め寄り抗議をするも、揚羽は堂々とした態度でそれに対応し、最終的にペストマスクマンが折れたようだった。

 何だかんだよくわからない状況のまま試合は終わり、第七試合は謎を残したままのミステリータッグの勝利となった。

 

 

 第八試合、チャレンジャーズ VS KKインパルス

 川神一子と急遽代役としてタッグを組んだ源忠勝の幼馴染コンビに対し、不死川心と榊原小雪の2-Sコンビの戦いだが…………不死川心が川神一子に反撃を食らって負けていた。

 

「何か此方の所だけ扱い雑ではないか!?」

 

 




ミステリータッグの片割れ、仮面二十面相……一体、何神何夜なんだ……!?


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第十二話 「そうか。ならやってやれ!」

今回は纏めようにも文字増やそうにもどうしようもなかったので短いです。


 

 ──七浜スタジアム・本選出場選手控室──

 

 一回戦を終えた選手たちが体を休めるとともに次の試合に向けて準備を進めていた。

 準備と言っても様々で、作戦を練る者、恐怖と戦う者、体を休める者などなど……そして次の試合での立ち回りを相談する者たちもいた。

 

「どうする一子? 二人がかりでやるか?」

「……ううん。ここはアタシ一人でやらせてほしいの」

 

 幼馴染である源忠勝の提案に対し、川神一子はそう返した。

 タッグ戦であるのに一人で戦うというのもおかしな話だが、先の第七試合の終了の際に揚羽はこう宣言していたのだ。

 

『我は相方との約定がある故、この後の試合では手出しは一切せぬ。なので安心するといい……と言いたい所なのだが、それで安心できるほど甘い相手ではないと忠告しておこう』

 

 つまり次の対戦相手であるミステリータッグとの試合の相手はあのマスクマン一人。

 

 しかし揚羽の口振りからして相当な実力者、それも揚羽と同等の壁超えクラスの達人である事も推測できる。

 普通なら一子と忠勝の二人掛かりでも荷が重い相手だ。

 それでも一子が一人でやろうと思ったのは自分の実力がどこまで通用するのかを試してみたくなったからだ。

 一子の夢である川神院の師範代になるにはいずれ自身も壁を超える必要が出てくる。そこに至るまでの距離を測るのには絶好の機会とも言えた。

 

「そうか……やるだけやってやれ」

「うん!」

 

 こうしてチャレンジャーズの二人は、その名の通り大いなる壁へと挑戦することとなった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 では二回戦についても簡単に纏めていこう。

 

 二回戦第一試合、知性チーム VS 無敵童貞軍

 忍びの鉢屋によって燕の父である松永久信が人質に取られてしまった。

 しかし燕はいざという時は父である久信を見捨てても家名と勝利を掴めという約束を基に、また育郎のエロのために人の命まで奪うのは違うという想いから棄権し、鉢屋に依頼主として命令した事で丸く収まった。

 なお松永父娘の約束は完全にブラフであった。

 

 第二試合、デス・ミッショネルズ VS 桜ブロッサム

 元々の苦手意識はあったものの、ダブルラリアットを上空に回避した与一。だが、それも想定の内だったのか空中の与一を追いかけるように二人もジャンプ。

 そのまま弁慶に捕まり地面にバスターされた与一はリタイヤとなった。

 

 第三試合、源氏紅蓮隊 VS ファイヤーストーム

 降りしきる矢の雨に、弾の尽きた大友も翔一も成す術がなかった。

 しかし最後まで諦めずわずかな可能性にかけて特攻していく姿は誰もが称賛するものだった。

 

 

 そして第四試合、ミステリータッグ VS チャレンジャーズ

 

 それまでの激闘によって会場の盛り上がりは治まる事を知らず最高潮を更新し続ける中で、武舞台の上に四人の選手が登壇する。

 タッグである源忠勝を率いる形で登場した川神一子は、一人でさらに前に出てその手に持つ薙刀を構える。壁を越えた存在、さらにはその先にいるだろう憧れの姉との距離がどれほどあるのか、それを測るために。

 対するミステリータッグも、仮面の男が一人で前に歩み出て一子へと、自然体で向き合った。

 

「相手のマスクマンは仮面チェンジしてるぞ」

「仮面を変えた事に一体何の意味があるというのだ? 強さが変わるというわけでもあるまいに」

「気分なんだろ、多分」

 

 

 

『それでは、二回戦第四試合、レディィ……ゴォォォォォォ!!』

 

 

 試合は、一方的なものであった。

 

 一子はひたすらに攻める。自身の持てる全てを以って攻め続けていた。

 

 それを相手は全て受け流していた。試合の開始から縦横無尽に攻めてくる一子の攻撃を捌き続けていた。

 

 一見すれば、押しているのは一子であった。一子の猛攻に相手は手をこまねいているように見えるだろう。

 

 だが見る者が見れば、二人の実力の差は、瞭然であった。

 

 そしてそれが一番わかっているのは一子本人であった。

 

(────遠い、遠すぎる……こんなに遠いの……!?)

 

 今まで鍛え上げてきた技がこうも容易くいなされてしまう事に心が軋む。

 

 明らかに手加減をされているのにも関わらず、全く届く気配がない。

 

 そう、相手がどういう意図かはわからないが、相手は攻められないのではなく攻めてこないだけであり、それを一子は痛いほどに理解させられていた。

 

 勝てないかもしれない────そう思っていた。

 胸を借りるつもりで挑む────そう思っていた。

 少しでも自分の糧にする────そう思っていた。

 

 そのつもり、だった。その覚悟、だった。

 

 だけど、自分があの場所にいるイメージが浮かばない。あの場所に至るまでの道筋が見えてこない。

 

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 

 

 ……気付けば、攻撃をやめてしまっていた。息は上がっているが、戦闘に支障はない。まだまだ戦える。

 

 だけど、身体が動かない。まるで身体が鉛になったみたいに重かった。

 

 相手が何か仕掛けていた? 違う。そんな事はしてなかった。じゃあなんで? 

 

 息を吸う。吸う。吸う。落ち着け落ち着けダメだダメだどうしたらもう────

 

 思考が纏まらず、胸の奥がぐしゃぐしゃになるかのような感覚に陥り、呼吸すらもまともに行えなくなる程に混乱して目の前にある石舞台すらだんだんと暗くなっていき────

 

 

「──── 一子!!」

 

 

 ────そんな一子の意識を繋ぎとめたのは、背後から飛んできた忠勝の声であった。

 

「俺は、正直武道についてわからねぇ。お前の気持ちを汲むこともままならねぇ……今、お前が辛いんなら負けを認めて試合を終わらせてもいいって思ってる」

 

 忠勝からの言葉に、思わず頷きたいと願う自分がいることに気付く。その優しさに縋りつきたいと思う自分がいることに気付いてしまう。

 

「だが、その前にこれだけは聞かせてくれ。俺は、試合の前にお前にこう言ったな。やれるだけやってみろって」

 

 そうだ。自分の夢までの距離がどれほどなのか、見極めるつもりだった。だけどそれがいかに甘い考えだったのか痛感させられてしまった。

 

「お前がやれるだけやったんならそれでいい。お前自身はどう思ってる? ()()()()()()()()()()?」

 

 

「────────」

 

 

 その言葉に、まるで靄が晴れていくかのように、視界が拓けた。目の前には石畳が映っていた。気付かないうちに俯いていたらしい。

 

「……ごめんタっちゃん。落ち着いた。ありがとう」

「そうか、そりゃよかった」

「落ち着いて、改めて考えたけど……ごめんなさい」

 

 

 

「────アタシ、まだやれてない……やれるだけやれてない!!」

 

 

 

「そうか。ならやってやれ!」

 

 忠勝の激励を受けて、改めて相手へと向き直る。そして……

 

「マスクマンさんも、ごめんなさい!」

 

 その言葉とともに頭を下げた。

 

「アタシ、焦ってちゃんとアナタ自身を見れてなかった……アタシの中で勝手に決めつけて諦めようとしてた……向き合えてなかった! だから……」

 

 そうして頭を上げた一子は、再び薙刀を構えた。今度こそ、目の前の相手だけを意識して。

 

 

「────川神院・川神一子!! 全身全霊、全力で行きます!!」

 

 

 一子の宣言に応えるかのように、相手もこの試合で始めて拳を構え、こちらへと攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 ……ああは言ったものの、一子の体力は限界に近かった。

 ここから相手に全力をぶつけるには、この一撃に掛けるしかなかった。

 

 

「────川神流奥義!! 顎 !!」

 

 

 顎────川神流薙刀術における奥義。

 

 薙刀による振り上げと振り下ろしを限りなく素早く行なうことによってほぼ同時に上下からの攻撃を繰り出す、基本を極め切ったというに相応しい二連撃である。

 相手が一撃目を避けたとしても二撃目が間髪置かずに追撃をかける。防御されたとしても一撃目で防御を崩した後に二撃目が相手を襲う。

 

 一撃目を躱したマスクマンもすぐさま続く二撃目がすでにその顔面目掛けており……

 

 

 ────この試合初めて一子の一撃がマスクマンに命中した。

 

 

『起死回生の川神一子の一撃が仮面に直撃! これは逆転か!?』

 

 

 薙刀から感じた確かな手応え、しかしそれは明らかに軽いものであり、思わず視線を刃先へと向ければそこにあったのは────

 

「────仮面だけ!?」

 

「────惜しかったな。()()()────」

 

 その言葉とともにいつの間にか懐に潜り込んでいた相手から、強烈な一撃が放たれた。

 

「────無双正拳突き!!」

「あうっ!?」

 

 その一撃をまともに食らった一子の体はそのまま後方へと吹き飛ばされ、舞台外へと落下した。

 

 

 

『そこまで! 勝者、ミステリータッグ!!』

 

 

 

「一体今何が起こったというのだ……!? 川神一子の一撃があの仮面の男に命中したように見えたが……!?」

「ワン子が放ったのは川神流の奥義である顎。あれを初見で躱すのは至難の業だ…………正直私でもワン子が使えると知らなかったから完全に躱せたかどうか……」

 

「あの仮面の男はワン子の攻撃が直撃する刹那の間に仮面をパージして攻撃を避けたんだ。ただ避けただけならワン子もまだ対応できたかもしれないが、当たったという達成感と手応えの軽さによる困惑、それらの虚をうまく突かれたわけだ」

「というより、仮面の男が放った今の技は……!」

 

 一子を倒したのは、間違いなく川神流・無双正拳突き────百代も得意とする技であった。

 

 

「仮面も剥がされた故もう隠す必要はなかろう。我らがミステリータッグ、その最後の一人の正体は────」

 

 

 

 川神流を繰り出し、武舞台の中心に立つ()()()()のその男の名は────

 

 

 

「────  川  神  十  夜  で あ る!!」

 

 

 



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第十三話 「その言葉、悪いが君の思い上がりにさせてもらおう」

 それは、若獅子タッグマッチトーナメントが開催される少し前の事だった。

 

 

「フハハハハ! 九 鬼 揚 羽  降 臨 である!!」

 

 

 電話で呼び出された場所に向かうとそこに現れたのは最強執事ヒュームを引き連れた九鬼揚羽その人であった。

 

「えっと、その。どういったご用件で……?」

「今回呼び出したのは他でもない。此度行なわれる若獅子タッグマッチトーナメントについてだ。単刀直入に言おう。我とタッグを組まぬか?」

「……え?」

 

 それはまさかの申し出であった。え、揚羽さん武道家としては引退したはずでは? 

 

「本来であれば我は参加するつもりではなかったのだが、弟の英雄が参加表明してな」

「あー、そういえばハゲ先輩が一緒に出るって言ってたような……?」

「自らの力を試す、それは良い。だがあやつは武人ではなく、将来総帥として九鬼財閥を率いる立場にある。英雄のヤツがそこらの凡夫に負けるとは思わんが今回の戦い、規模が規模だ。もしもがあればそれは九鬼、ひいては世界の損失にもなりかねん」

 

 さすがにそれは言い過ぎでは……と言い切れないのが九鬼の恐ろしい所である。それだけ九鬼財閥という存在は世界への影響力を持っていた。

 

「なので我はヒュームのヤツと組み、英雄のチームを棄権させた後に我らも棄権する予定であった」

「え? いやその、ヒュームさん参加できるんですか?」

「ルール上は問題ない。俺はお前の同級生だぞ」

 

 そういえばそうだった。ルール上、川神学園生ならば参加できる。つまり川神学園一年であるヒューム君は参加が可能という訳だ…………できるけど納得できるかといえばまた別だと思う。

 

「しかしそこでヒュームが待ったをかけたのだ。我のパートナーとして適任がいるとな」

「ルール説明を聞いている最中、お前から漏れた闘気を感じた。漏れた事は鍛錬不足というしかないが、しかし感じたモノ自体は認めてやらんでもない」

 

 まさかあのヒュームさんにここまで高評価だったのは意外である。いや本当に褒められてるのか怪しいな言い方なのだが……

 

「ヒュームがここまで言うのだ。今の所お前はタッグの届け出も出ていないようだし、参加枠を我らで一つ潰してしまうくらいならば、と思ってな」

「別に断っても構わんぞ。その場合はこの俺が揚羽様と共にエントリーするだけの話だ」

 

 姉貴の好敵手だった揚羽さんと爺ちゃんの好敵手だったヒュームさんのタッグ……それではもはや処刑人チームだ。あるいはFoE。

 

「我としては弟を棄権させればそれでよい。それ以外は基本的にお前の方針に従おう」

 

 悩む気持ちはあるものの、条件を見ればこちらにとってだいぶ都合がいいものだ。

 現役から一歩引いたと言っても壁超えクラスである相方が弱点になる事は間違いなくない上に、こちらの方針に従ってくれるという。断る理由はなかった。

 

「……わかりました。お願いします」

「うむ。では、ミステリータッグの結成だな」

「ミステリータッグ…………名前的に正体は隠すんですね」

「うむ、サプライズというやつだな」

「……なら徹底的に正体を隠す事にします」

 

 こうして、謎のペア『ミステリータッグ』が結成されたのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 ────七浜スタジアム・本選出場者控室────

 

 

 仮面を剥がれ正体を明かした十夜は、詰め寄ってくる知り合いを躱しながら控室に戻り次の戦いに向けて精神を整えていた。

 

「次の相手は源氏紅蓮隊。あの前衛を務める義経と後衛を務める椎名のコンビネーションを打ち破るのはまさしく至難の業だ。どうする? 我も手伝っても良いが……」

「────遠慮します。あの二人を打ち破れないなら、最強を名乗れないし姉貴に勝てるわけもない」

「で、あるか。よかろう。ここが一つの正念場であるぞ。片や天下五弓、片や英雄のクローンだ」

「関係ないですね。京の腕はよく知ってますし、義経先輩も学校での決闘とかでその腕前がスゴイのは知ってます。天下五弓とか、英雄のクローンとか、そんな称号どうでもいいです」

「で、あるか。ならばお前の戦いを特等席で見させてもらおう」

 

 十夜の言葉が満足できるものだったのか笑みを浮かべて揚羽はそう口にして、次の試合についての話し合いは終わった。

 

 

 

 また次の試合に向けて話し合っているのは源氏紅蓮隊も同じだった。

 

「義経、ちょっといい?」

「どうかしたのか、京さん?」

「今回の相手、十夜だけど、今までみたいに上手くいかないかもしれない」

「と、いうと?」

「十夜にはよく訓練してほしいって頼まれて、よく手合せするの。私が遠距離から射って、十夜はそれに対処しながらこっちに接近するっていう形で」

「それは……」

 

 果たして手合せと言えるものなのだろうか。訓練だとしても圧倒的に狙撃手である京に有利な条件であり常軌を逸していると言ってもいいだろう。

 義経も自身の技量に自信を持っているが、天下五弓を冠する京が相手となるとどこまで粘れるか、と問われると返答に窮してしまう。

 

「昔は接近もさせなかったけど、最近じゃ私の方が負け越してる。少なくとも私の射の呼吸を一番把握してると思う」

 

 故に京の負け越しているという言葉に驚愕した。つまり相手は京の射を読み切って接近できるほどの技量を持つという事だ。果たして自分はそれができるだろうか……少なくとも断言などできるはずもなかった。

 

「だから今までみたいに私の矢が通じない可能性がある。だから……」

 

 京の弱気ともとれる発言に対し、義経がかけた言葉は単純なものであった。

 

「────大丈夫だ」

「……え?」

「京さんの射の凄さは義経も知っている。だから義経は京さんの弓を信じる」

「ありがとう……だけど今回私は十夜の動きとか呼吸を乱す事に専念する」

「わかった。それだけでも心強い」

 

 中てようとしても読まれるのならば逆にそれを利用すればいい。この戦いは一対一でなくチーム戦なのだから。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 まずは準決勝第一試合について纏めていこう。

 

 対戦カードは知性チーム VS デスミッショネルズ

 

 伝家の宝刀であるダブルラリアットに対して、燕がとった行動は与一と同じく上空へと逃げる事だった。

 それに対して辰子と弁慶は先程と同様に追いかけるように上空へと跳び上がり、地面へと叩きつけるべく今度は辰子が燕へと組み付こうとし────燕はそれに返し技を以って応えた。

 燕は今までの二人の戦いを分析し、二人の行動パターンを予測したうえでその動きに誘導し、それに対して確実なカウンターを仕掛けたのだ。

 長年のタッグであれば予想外の行動に対してアドリブで連携を取れるだろうが、あいにく二人はタッグを組んで日が浅い。コンビネーションもおそらく片手の指の数もないだろうというのが燕の予想であった。

 

 結果、バスターするはずが逆にバスターされた辰子はそのままダウン。急ごしらえのチームワークの穴を衝いた燕の、まさしく知性の勝利であった。

 

 

 

 そして、準決勝第二試合、源氏紅蓮隊 VS ミステリータッグ

 

 

 武舞台にて刀を携えた義経と弓矢を手にする京の前に現れた十夜だが、今までの試合では持っていなかった物を手にしていた。

 

「木刀……?」

「武器持ち込んじゃだめってルールはないでしょ? そっちは刀持ち込んでるわけですし」

「いや、そうだが……義経が言いたいのはそう言う事ではなく……」

 

 武器を持ち込んだのはいい。

 だが十夜が持ち込んだのが何故、刀でも槍でもなく、木刀なのか。

 木刀が手馴れている、というわけではないだろう。むしろ川神院の門弟という点を鑑みれば刀などのきちんとした武器の方が手馴れているだろう。

 それなのに敢えて木刀を持ち込んだ理由が気になった……いや、違う。そもそもだ。

 

「君は、その木刀で、義経の刀を防げると……?」

 

 剣の達人である義経を相手に、同じ刀ではなく木刀で打ち合えると考えているのか。

 

「そうっすよ」

 

 その問い掛けに対する答えはあっさりと肯定された。

 

 

「────」

 

 

 ……この言葉を単なる思い上がりだと切って捨てるのは容易い。だが、そうするのは危険であると義経の武人としての経験が訴えていた。

 京の話もあるが、こうして相対してみると彼が実力者である事は十二分に感じ取れた。

 挑戦者には最大限の敬意を。侮られたとしても、それは義経の不徳と未熟が招いた事だと甘んじよう。

 

 しかし義経にも譲れないものはある。

 

「……義経には、それが思い上がりなのか、自信の裏付けなのか判断できない。だが義経にも剣に対する誇りがある」

 

 

 

 

 

「────その言葉、悪いが君の思い上がりにさせてもらおう。他ならぬ、義経の剣で」

 

 

 

『それでは、準決勝第二試合……開始ィィィィ!!』

 

 

 そうして始まった第二試合だが、戦況は多くの者の予想を裏切り拮抗していた。

 

(義経の薄緑を、木刀で凌ぐなんて……!)

 

 剣士として鍛錬してきた義経に、十夜が剣で勝てる道理はない。

 それが義経の考えであり、十夜もそう考えていた。

 故に十夜は、『剣』での戦いにしない。

 武器である木刀を義経の振るう刀を防ぐ盾として使う。

 相手が並の腕であれば、義経なら盾である木刀ごと両断する事も容易にできるだろう。

 だが十夜は巧みに木刀を操る事で義経に刃を立てさせず義経の斬撃を時に受け止め、時に流し、防ぎ続けていた。

 そして防御の合間にその四肢より攻撃を放ってくる。そして四肢のみに注視していれば盾である木刀を矛として振るってくる。

 もしも京の援護射撃による妨害がなければ押されていたのは義経の方だったかもしれない。

 

 

(────だがそれで攻略出来る程、義経の剣は甘くないっ!)

 

 

 まずはその得物からと意識を切り替え、刀を振るう。

 その意思通り、義経の刀が木刀を両断せんと入り込んでいき────

 

 

 ────その最中に木刀ごと地へと叩き落された。

 

 

「────!?」

 

 舞台に叩き付けられる形になった刀。咄嗟に構え直そうとするも、太刀筋の関係か木刀に半ばまで食い込んでうまく引き抜くことができない。

 

(まさか……義経の刀を捕らえるためにあえて木刀を半端に切らせた……!?)

 

 その思考の間隙に十夜が繰り出した蹴りが、義経の身体────ではなく、木刀によって固定された刀身へと踏み下ろす形で放たれた。

 しかしその直前で矢が蹴りを目掛けて飛来した事で足が止まり、その隙に義経は木刀を完全に両断しその場から後方に飛び退き────────同時に眼前に飛来した木刀の柄を、刀の柄で防いだ。

 

 そして状況は硬直する。先程までの目まぐるしい斬り合いとは違い、誰も動く事はない。

 京は十夜の動きを洞察し、十夜は京の弓を警戒し、そして義経は息を整え状況を理解するために動かない。

 

(……今、京さんの射がなければ義経の刀は折られていた)

 

 先の一連の動きは、奇しくも互いに武器破壊のためのものであった。

 違いは、相手が武器破壊をしてくる可能性を考えていたかどうかの違いだ。

 

 義経はどこかで思い込んでしまっていたのだ。木刀で日本刀を折る事など出来ないと。

 

 故に自身の武器を壊しに来るという可能性を考慮しなくなっていた。こちらが出来てあちらが出来ないという事は有り得ないのに。

 結果として相手の武器の破壊に成功したが、それも運が良かっただけ。優勢になったようにも見えるが、相手は元々破壊させるつもりだったことを考えると、そこまで甘く考えない方がいいだろう。

 

「……認めよう。君は、義経よりも強い」

 

 まずはそこを認識する。直接戦闘における実力において義経よりも十夜の方が上であると。

 だが、それは敗北宣言などではない。

 

 

「だけど、義経は負けるつもりはない。いや、義経達は負けない!」

 

 

 幸いというべきか、当初の狙い通り今の十夜は武器を失い無手の状態だ。武器のある義経の方が有利……などという安易な考えは捨てる。

 むしろ間合いの変化すらも利用してきてもおかしくない相手だ。であるならば……! 

 

「────行くぞ!!」

 

 これで勝負を決めるつもりで気迫とともに真正面から十夜へと駆け出す。

 

 十夜もその気迫に反応し、迎え撃つべく集中する────が、飛んできた一矢によってそれを乱された。

 

 京の一射によってわずかに生じた隙に義経は跳び上がり、重力を味方に付けながら渾身の一撃を振り切った。

 

「────逆落とし!」

 

 一瞬にも満たない刹那、迎撃か回避かで悩み、咄嗟に後方へと飛び退いた十夜の立っていた場所に蜘蛛の巣状に大きな皹が入る程の一撃が撃ち込まれる。

 

 しかし十夜がその事を気にする余裕はなかった。

 

 飛び退いた十夜の眼前目掛けてすでに矢が放たれていたからだ。

 

(────避け……無理────!)

 

 避けきれない絶妙なタイミングで放たれた京の矢は、十夜の顔面へと吸い込まれていった。

 

 

 

『椎名選手の放った矢が顔面に直撃ー!! これは決まったか──っ!?』

 

 

 

「────義経ッ!!」

「────! せぇいッ!!」

 

 審判の実況など気にすることなく、京の声に呼応して義経は追撃の一撃を加えんと刀を振るう。不意の一撃をまともに食らった相手に対してオーバーキル、死人に鞭打つ行為のようにも思える。

 そんなギャラリーたちの考えは────しかし、目の前の光景によって否定される。

 

「────ッ!? 白刃取り……!?」

 

 義経によって振るわれた一刀は、十夜の両掌の間に収まっていた。

 

「────!」

「くっ……!」

 

 刀を挟み込んだ十夜の両手がひねられるように動き力が加わっていく。

 義経は相手の意図を読み取り咄嗟にその動きに合わせて自身も手首の角度を変える事で刀を折られるのを防いだ────────瞬間、十夜から強烈な蹴撃が放たれた。

 

「ぐっ────!」

 

 義経は咄嗟に脚で相手の蹴りを受け止め、その勢いのままに無理やり刀を奪還し、その場から離脱した。

 

 顔面に矢が命中したはずなのに何故動けるのか、その答えはきちんと見れば単純明快であった。

 

 

『何と! 川神十夜、椎名の放った矢を歯で受け止めている──ー!!』

 

 

「あふないあふな、いッ!!」

 

 そう言って十夜は咥えていた矢を噛み折った。

 飛来する矢を口で受け止めるなど、少しタイミングがずれれば大怪我にも繋がりかねない行為だ。それを行なう度胸と技量に義経の頬に思わず冷や汗が垂れる。

 

「何て常識外れな……だが義経達も負けるわけにはいかない!」

「勝たせてもらうよ十夜!」

 

 流れを取り戻されかけたが、状況としてはまだこちらの方が有利のはずだと義経は分析する。

 刀と素手のリーチの差はやはり大きい。さらには京の援護が大きく戦況に影響を与えている。

 下手に時間を与えてしまえば新たな奇策を出されるかもしれないと考えれば、一気に攻め切るべきだ。

 故に猛攻を仕掛ける。京の援護射撃も相まって十夜の動きは巧く制限できている。これならば、攻めきれる……!! 

 

「────プッ!!」

「なっ!?」

 

 そう思い一撃を放った瞬間、十夜の口から義経の顔面めがけて勢いよく何かが飛来する。それが唾程度ならば、無視してこの一撃を振り切っていっただろう。

 

 

 しかし飛来したのは唾ではなく、先程十夜が口で受け止め、噛み折った鏃。

 

 

 無視するには危険が大きく、そしてそれに反応する反射能力と身体能力を義経は持ち合わせていた。

 

「くっ!!」

 

 振り下ろそうとした刀を軌道修正し、柄を眼前に持ってくる事で鏃を防いだ。しかし、それは身を守ると同時に大きすぎる隙を作る事になる。

 隙をカバーしようにも京は矢を射ったばかりでフォローできる状態ではなく、そして相手はその隙を逃す程甘くはなかった。

 

「隙アリ!! 大蠍撃ちぃッ!!」

「ぐぁッ!!」

「義経ッ!?」

 

 がら空きになった義経の急所を的確に撃ち抜いた。その一撃はまるで蠍の毒のようにダメージが全身に行き渡り、義経の手から刀が零れ落ちた。

 

「ま、まだ……義経、は……」

 

 義経はまだ戦う意思を見せていたが、しかし身体はついていかず、そのまま武舞台に倒れ込んだ。

 

『そこまで! 勝者・ミステリータッグ!!』

 

 審判の宣言に会場に歓声が響き渡る。

 

 こうして、若獅子タッグマッチトーナメントの決勝戦のカードが決まったのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「やっぱり、勝っちゃうか……」

 

 試合の顛末を見ていた燕は、ぽつりとそうつぶやいた。

 

 燕であれば、源氏紅蓮隊を相手にする場合二人のコンビネーションの穴を狙うだろう。

 確かにあの二人の連携はすさまじい。どちらかを意識しすぎればすぐさまもう一方から痛手を食らう事は間違いないだろう。

 しかしあの二人は言ってみれば即興コンビだ。長年連れ添ってきた相棒ではなく、今回の大会を切っ掛けに組んだに過ぎない。

 故に互いに武人としての経験から取れている連携も付け焼刃である事に違いはなく、そこには穴が生まれる。それを付けば自身でも勝てるだろうし、勝ち筋としてはそこぐらいしかない。

 

 だが十夜はあの二人のコンビネーションの長所をそのまま打ち破った。

 燕の見立てが正しければ十夜はもっと有利に戦いを進めることもできただろう。

 例えば、十夜は義経の刀の間合いで今回戦っていたが、素手で戦っていた以上さらに間合いの内側に入り込むという選択肢も当然あった。

 そうなれば義経にとって刀の間合いの内側になり、さらに京にとって義経が壁となって狙いにくい配置へ位置取ることになり、もっと有利に事を運べただろう。

 

 だがそんなことをせず十夜は勝利をもぎ取った。

 

 自分とも、そして彼の姉とも違う戦い方だ。

 ……そうだ。もうわかっていた、だけど最初はわかっていなかった事だ。だからこそ、彼のあの時の言葉が胸に────

 

「……しょーがない。覚悟、決めるかぁ」

 

 静かに、しかしはっきりと、燕は自らに言い聞かせるようにそう呟いた。

 

 



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第十四話 「――――俺自身が、神となる事だ」

 

 ────初めに抱いた印象は、単なる覗きの先輩だった。

 俺が一目惚れのような衝撃を受けた清楚先輩との会話をこっそりと影から覗いていた先輩。それ以上でもなくそれ以下でもない。というか名前すらも知らなかった。

 

 ────次に抱いた印象は、姉貴と戦えるくらいに強い人だった。

 グラウンドで姉貴と戦う先輩の姿を見て違和感を抱きながらも、素直に感心していた。彼女がその日に転校してきた松永燕という西の武士娘だという事を知ったのもその時だった。

 

 その後、交流の機会が増えた。燕先輩は姉貴と仲が良かったし川神院にも合同稽古に来てたからその繋がりで俺にもよく話しかけてきてくれていた。

 そこから遊びに行くようになり、組手をするようになり、二人きりで過ごす時間が増えたりもした。

 

 ある時ふと気づいた。紋ちゃんが言ってた姉貴への刺客が燕先輩だということに。

 

 燕先輩の戦い方、というか戦闘のための準備として事前に情報を集めて勝てると確信できる対策を練る。今は爪を砥いでいる段階なんだろう。

 そこは別にいい。勝負に関する人のスタンスに口出しする気はないし、興味もない。

 

 だけど、気付いてしまった。

 

 

 その情報収集に俺との戦闘も含まれている事に。

 

 

 会話の中に姉貴の戦闘スタイルを尋ねる質問が有ったりした。それはいい。

 姉貴との戦いで全力を出さずに様子見をしているのもわかった。それもいい。

 俺との組手の時に手札を出し切らないのも気付いていた。それも構わない。

 

 ただ、俺との組手の時に、俺に姉貴を投影しているのが、俺を見ていない事が、とにかく許せなかった。

 

 燕先輩にとって、俺は『川神十夜』ではなく、『川神百代に対する仮想敵』でしかなかったのだ。

 

 それは俺にとって途轍もなく屈辱的な事だったし、イラつくなんてレベルじゃないくらいに頭に来た。そして何より────

 

 

 

 ────途轍もなく、悲しかった

 

 

 

 だからだろうか。燕先輩から若獅子タッグマッチについて発表があってすぐにタッグを組んでほしいと言われた時に、そんな感情が爆発したのだ。

 

「────ふざけんなよ」

「…………え?」

「俺と組みたい? 違うだろ? 姉貴に勝つために、俺を利用したいだけなんだろ」

「っ!? ち、違────」

「違わねぇだろ! 姉貴の情報集めるために絡んでただけで、アンタは俺の事なんか見てない!! 俺と話してたのは姉貴の情報を知るためだけで、俺との組手なんて、姉貴戦の予行練習程度にしか思ってなかった! アンタにとって俺は、姉貴に勝つための要素でしかなかったんだろ!!」

「……っ!」

「俺は、俺自身の事を見てない奴とタッグ組もうだなんて思えない!」

 

 それだけ言い捨てて、俺はその場から逃げ出した。

 今思えば子供の癇癪のように一方的に叫んでしまった。だがそれだけ許せなかったのだ。

 

 それがどうしてなのか、俺自身わからなかった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ────最初は情報収集のためのターゲットでしかなかった

 依頼された打倒・武神を達成するためにはいつも以上に多くの情報を分析する必要がある。そのために目を付けた内の一人だった。

 

 憧れからか、戦法もモモちゃんに似ていたし、モモちゃんに手の内をあまり見せたくなかった私としては都合がよかった。

 

 でもいつからだろう。私が彼にそれ以外の感情を抱き始めたのは。

 

 仲良くなって、意外に彼が自分の思った事を結構口に出す人だと知った。

 遊びに行った時、こちらの細かい所作とか機微には疎いけど、自然と車道側を歩いたり危ない所ではこちらを気にかけたりと、無意識に気遣ってくれてる事を知った。

 組手をした時、モモちゃんに似た戦法は彼にとってあくまで一面でしかなく、それ以外にも多くの戦い方が出来る事を知った。

 二人で話している時、彼の笑顔が純粋でとても可愛い物だと知った。

 鍛錬をしている時、彼の顔がとても輝いていてカッコイイ事を知った。

 モモちゃんの情報を聞き出そうとした時、いつの間にかモモちゃんとは関係のない話題になって、それでもいいかと思っている私がいる事を知った。

 彼が別の女の子といる時、何やら寂しかったりイラッとしてしまったりする私がいる事を知った。

 

 

 彼に好きな人がいると思い出した時、胸にぽっかり穴が開いたように感じてしまう私がいる事を知った。

 

 

 いつもみたいに、そんな私を冷静かつ客観的に分析しようとして、でもそれが巧く出来ない事に気付いた時、私はきっといつからか彼に惹かれていた事を自覚した。

 だから、もしも『打倒武神』という九鬼との契約がなくても、今回の若獅子杯のパートナーとして彼を誘っていたと断言できる。

 

 でも、私がモモちゃんに勝つために彼に近づいたのは紛れもない事実だから、彼の言葉を否定する事などてできなかった。

 弁解をしても口では何とでも言えるのだと言い返されるのが怖かった。

 だから、言葉以外で伝える事にした。

 彼はきっと若獅子杯に出場して勝ち上がってくるだろう。

 

 ならばそこできちんと伝えよう。

 

 私の想いを。言葉ではなく行動を以って。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

『それでは、若獅子タッグトーナメント決勝戦を開始したいと思います! 出場選手は舞台の上へ!』

 

 審判の声に従い、舞台に上がってきたのは四人。

 

 

 知性チーム、すなわち松永燕とその相方である直江大和の二人。

 

 ミステリータッグ、すなわち川神十夜とその相方である九鬼揚羽の二人。

 

 

 激闘を繰り広げ、トーナメントを勝ち上がってきた二組が相対した。

 

 

 さらなる激闘を期待し盛り上がっていく歓声の中、燕が揚羽へと声をかけた。

 

「あの、試合の前に一つ確認しておきたいんですけど、揚羽さんは今回戦闘には参加しないんですよね?」

「うむ。我は弟を止めに来ただけだからな。それ以外の試合には手を出さぬ。それが川神十夜とタッグを組む際に交わした約定だ」

 

 つまり決勝は実質燕と十夜の一騎打ちになる事を言質として取った燕は、内心ガッツポーズを取りながらさらに一つのお願いをした。

 

「なら、私のタッグパートナーの大和クンを守ってくれませんか?」

「うむ?」

「タッグマッチの決勝戦としては趣旨がずれてしまうかもしれないんですけど、この戦いは悔いのない物にしたいんです。彼が大和クンを狙うとは思わないですけど、戦いの余波が飛んでこないとも限らないですし……」

「確かに。それで勝敗が決まってもつまらぬだろうし……よかろう。直江大和の身の安全は我が保証しよう。……というわけだ。あまり動くでないぞ」

「あ、はい」

 

 燕のお願いに対して快諾した揚羽は、大和を引き連れ武舞台の隅へと移動する。

 

 結果、武舞台にて向かい合うのは二人となった。

 

「……まあいくら回避が得意な大和でも事故る確率はあるわけだし打倒な所っすね。ま、やる事は変わりないですが」

「……十夜クン、なんとなくだけど君にタッグを断られたとき、こうして対峙する事になるって思ったよ」

「…………」

「あの時、君の言ってた事は、間違いじゃない。最初君に近づいた理由もそのためだったし、その後の付き合いもそういう打算があったのは確か」

「…………っ」

「でもね、それだけじゃなくなったのも本当なんだ。それだけは信じてほしい」

「…………口だけなら……」

「うん。だよね。だから、本来の私の目的を考えたらまだここで出すべきじゃないんだけど……でも、この戦いで使わせてもらうよ」

 

 すると燕は見慣れぬゴテゴテとしたベルトを腰に取り付けると、ポーズを取って静かに口にした。

 

 

「──── 装 ・ 着 ────」

 

 

 その言葉とともに光が発せられ、それが治まった頃には燕の装備が変わっていた。

 服装が川神学園の制服から身体にピッタリと張り付くような黒い戦闘服に変わっているのもそうだが、それ以上に目につくのが彼女の右腕に装着された巨大な手甲であった。

 

「それが……」

「そう、これこそ私のオトン、松永久信が作り上げた最高傑作『平蜘蛛』。正真正銘、私の切り札だよ」

 

 本来であれば、平蜘蛛は百代と戦うまでは温存しておきたい、というのが燕の考えであった。

 だが、燕は敢えてここで平蜘蛛を使う事を判断した。

 

 でなければ、十夜の疑心を祓えない……それが燕の感情からくる判断だった。

 

 でなければ、十夜に勝つ事ができない……それが燕の理性からくる判断だった。

 

 そんな燕の気迫を感じ取ったのか、十夜もそれに応えるかのように構えを取った。

 

 

『それでは……若獅子タッグマッチトーナメント決勝戦、レディ…………ファァァァァイトッッッッ!!』

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 決勝戦は観衆の期待通り激闘となったが、しかし燕が常に優勢なまま進んでいた。

 

 その様子を実況席にて見ていた百代と石田は解説役として戦況について語り始める。

 

「これは松永が川神弟よりも上の実力を持っていたという事か」

「いや、単純な実力だけで言えば十夜の方が少し上だろう。あの平蜘蛛という装備を含めて五分って所だな」

「何? だが現状どう見ても優勢なのは松永だぞ」

「そうだな。だが戦いは実力だけで勝敗が決まるわけじゃない。それはお前もよく知っているだろ」

「では何がその差を覆しているというのだ?」

「よく組手をしてたからか燕は十夜の動きを読み切っている。対する十夜はあの平蜘蛛を用いた燕の戦法に初見で慣れていない。その差だよ」

「それだけのことで……」

 

 それだけと石田は言うが、相手の情報を知っているからといってそれを最大限の効果で発揮できるわけではない。分析と予測を事細かに行う事で知識はようやく実を結ぶのだ。

 それでいうと燕は十夜を完璧に研究し尽くしている。生半可な分析では十夜もここまで苦戦しなかっただろう。何故そこまで燕が十夜を研究し尽くせたのか、それは百代にもわからなかったが……それはさておき今は試合である。

 

「今の戦況を十夜が打開するには、燕も知らない新たな戦法を繰り出すか、圧倒的な何かで燕の分析ごとねじ伏せるかくらいしかないな」

「はっ、そんな都合のいいものあるものか。見応えはあるが決勝戦の勝敗はもう見えたようなものだな」

 

 その言い草にイラっと来たが、石田の言っている事も間違ってはいない。順当にいけば燕がこのまま競り勝って終わるだろう。

 そう考えていた百代は……否、その場にいた人々は、次の瞬間自らの目を疑った。

 

 燕と攻防を繰り広げていた十夜から一瞬、青白い光が発せられたかと思えば、轟音がなると同時に燕が場外の壁まで吹き飛ばされていた。

 

 

「ゲホッ……!?」

 

 吹き飛ばされ壁に叩きつけられた燕本人も、一体何が起きたのか理解していない様子であった。

 

「な、なんだ!? 一体何が起こったのいうのだ!?」

「…………わからない」

「わからないだと? そんなはずないだろう! 武神たる貴様なら何が起きたか見えていたはずだ!!」

「……()()()()()()()()()

「……何?」

「私にも、あいつがどう動いたのか、見えなかったんだ……!」

 

 燕が吹き飛ばされる瞬間、十夜の攻撃が燕へと叩き込まれていたのは見えた。

 だが、その叩き込まれる前の、その動きそのものは、武神と称される百代を目を以ってしても見切る事はできなかった。

 こんな事、それこそ川神鉄心の使うあの技くらいしか…………

 

「いや、待て……さっきのあの光、毘沙門天に似て…………はは、まさか……!」

「何かわかったのか!? 説明しろ武神!」

「あくまで私の推測だが、今の一撃はジジイが使う『神々の顕現』が元になっている」

「『神々の顕現』……噂に聞く川神鉄心の奥義か!」

「本来であれば神々を気によって模り、その神威の一撃を食らわせる技だ」

「だが別に神の偶像など出ていないではないか!?」

「十夜自身、外に気を放出する技は不得手だ。そんなあいつにとって大量の気を体外に出して操作する必要のある神々の顕現が苦手な分類の技である事は予想に難くない。だからアイツは体内で発動できるように技を改造したんだろう。その結果、十夜は神威を自身の身体に憑依させる形で顕現させた。言ってみれば、『神々の顕現』ならぬ『神々の憑依』……!!」

「つまりあの技の神髄は……!!」

 

 

 

「────俺自身が、神となる事だ」

 

 

 



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第十五話 「……それはね、こういう事だよ」

 

『────リカバリ────』

 

 予想外の一撃によって静まり返った会場に、そんな機械音声が響いた。

 音源へと目を向けると、そこには吹き飛ばされた燕が跳び上がり武舞台へと戻る姿があった。

 

「あの平蜘蛛とかいう武装、回復機能まで備えているのか……!」

「だが私の瞬間回復みたいに全快とまでは行かないみたいだな。それに今の一撃で今までの流れを折られたのは大きい」

 

 場外判定になる前に武舞台へと戻った燕は、自身へ強烈な一撃を入れた十夜へと話しかける。

 

「げほっ……効、いたよ。今の一撃。回復しきれなかったし……」

「奥の手だからそれぐらい効かなきゃ意味ねぇっす。本当だったら姉貴戦まで取っておくつもりだったけど……」

「私と、似たような事を考えてたわけだ。確かに今の技ならモモちゃんにも通用するだろうね。それも一度や二度見たくらいじゃ対応できないレベルで」

 

 実際、解説席で見ていた百代も今の一撃を見切る事が出来なかった以上、真正面からこの一撃と相対して躱す事は困難を極めるだろう。

 燕も平蜘蛛の機能によって戦う事ができるくらには回復したが、その回復もあと一度だけしかできない上に、そもそももう一度食らった時点で回復する余裕も残らない事は自身が一番理解していた。

 

 十夜の隠し玉によって、すでに燕は敗北を突き付けている状態と言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

「でもその技、欠点があるよね。それも致命的な」

 

 

 

 

「…………」

 

 その燕の指摘に対して十夜は沈黙で返した。それだけで己の推測した弱点が正しいものであると燕は確信する。

 

「モモちゃんとかなら多分正面からぶつかって正々堂々と叩き潰すんだろうけど……当然私はそこを突かせてもらうよ」

「……ならその前に倒させてもらう」

 

 その言葉を切っ掛けとして、十夜は再び神の衣を纏っていく。

 纏う神威の違いだろうか、今度は一瞬ではなく、どこか神々しさを感じさせる炎のような赤い気が全身から漏れだし、全身を覆ったその気が溢れるままに一本の抜き身の刀を模り始め、その手に収まっていた。

 

 

「────憑依の七、神須佐能袁命」

 

 

「────っ!!」

 

 

 その言葉と共に両者は同時に動き出す。

 

 

 十夜は赤い神威を纏いながら気で創り出した神剣を縦横無尽に振るう。

 一振りによる余波だけでマスタークラスが張っている結界を揺らがせる。その事実だけでその威力が如何程の物か想像するに難くはない。

 一撃一撃が全て必殺の威力を持っており、その剣速は音を裂き、さらに使い手の技量に隙などない。

 

 されど対する燕はそれらを全て避けきっていく。剣撃を食らえば終わると理解し、少しでも余分な動きをとればそれが隙になると察し、相手の思考を読んで剣筋を予測し、相手の技量を信じて紙一重で避け続ける。

 この燕の戦法は、何か一つかけ間違えれば、それだけで瓦解してしまう砂上の楼閣であった。自分のミスでなくとも、十夜が何か突発的なミスをしたとしても崩れかねない。そんな奇跡的なバランスの元で成り立っていた。

 

 

 だからだろうか。今、この戦闘を見ている観客にはこの一連のやり取りが一種の演舞のようにも思えるだろう。

 

 

 まるで、荒ぶる神を前にした巫女がそれを鎮めるために舞をしているかのような。

 

 あるいは、それらを再現した緻密なまでの演舞を披露しているかのような。

 

 

 

 何度目かの小休止────十夜の衣が剥がれて纏い直すまでの一瞬────に息を吐く燕は冷静に体感した分析を行なう。

 

(────八回って所かな。さっきの赤い状態が維持できる攻撃回数は)

 

 本来であればこの間隙を縫って反撃に出るべきなのだが、回避の最中にその算段を付けるのは困難であった。

 情報収集・分析を行なう事に慣れており、ともすれば戦闘中にもそれらを行なう事もある燕を以ってしても、十夜の猛攻は全神経・全思考を集中しなければ捌き切る事ができない代物であり、この僅かな隙がなければ燕は分析もできないほどに追いつめられていた。

 

 しかし、追い詰められているのは燕だけではなかった。

 

「……気のせいか、攻めている側である川神十夜の動きが荒くなってきていないか?」

「お前の言ってる事は合ってるよ」

 

 石田の疑問に百代は肯定する。

 

「おそらく、あの技は身体に掛かる負担が大きいんだろう。本来であれば連発するようなものじゃない。一回使った時点でアイツの様子がおかしかったしな」

「何だと? 何故そこまでわかった?」

「姉だからな。それに燕も初見で気付いてたんだろうな。だから逃げに徹している」

 

 そう、燕は初見においてその技が身体に異常なまでの負担を強いる未完成の欠陥技である事を見抜いていた。

 つまり技を使い続ければ十夜は遠からず自滅する。だが燕に勝つためにはこの技を使わざるを得ない。

 それがわかっているからこそ燕は十夜の攻撃に対して避け続けることを選んだ。それこそが唯一の勝ち筋だからだ。

 

 とはいえ、十夜の体力は削れているものの、しかし常に攻め続けられている上に一撃でも食らえば終わりという精神的な負担も強いられた燕の体力も残り少ない。

 さらに言えば十夜の体力が削れることによって燕が全集中して行なっている攻撃予測が狂う事を意味し、この膠着状態を維持するのにも影響が出てくるなど、必ずしもいい事ばかりではない。

 

 

 だが、その甲斐あって、ようやく勝機が見えてきた。

 

 

 それは分の悪い策ではあったが、燕の技量と体力、そして相手の実力を考慮すれば、これに賭けるしかなかった。

 燕の残り体力を考えれば、そのチャンスは次の技と技の間隙。それを逃せばおそらくジリ貧で押し切られてしまう。

 故に、今展開している憑依状態の、残り攻撃回数の把握こそが重要であった。

 

「これで解除まであと……!」

 

 三回────そう した瞬間、十夜の構えが変わった。

 ……何も、この状況を打開したいと思っているのは燕だけではない。十夜自身このまま時間を稼がれるのは自身の不利に繋がりかねないと理解していた。

 右手で振るっていた刀に左手を加え、両足を前後に広げて腰だめの状態でしっかりと身体を支え、今まで以上に力の籠った一振りが放たれた。

 

「────顎・改!!」

 

 否、それは一振りではなかった。本来であれば薙刀で行われる上下からのほぼ同時二連攻撃である『川神流・顎』。それにさらに一太刀加え、逃げ場を失くすようにそれぞれ別方向から振るわれた絶対不可避のほぼ同時三連撃。

 

「まず……っ!」

 

 壱の太刀、弐の太刀は躱せたものの、そこに迫るのは参の太刀。もはや逃げ場はなく、燕はまさしく籠の中の鳥であった。

 

『────シールド────』

 

 しかし燕も諦めたわけではなく、迫る参の太刀を平蜘蛛によって生み出した障壁を用いて受け流すように防ぎ切った。

 身体への負担のためか、僅かに斬撃のタイミングがずれていたため出来た芸当とはいえ、これらの攻撃を捌ききった燕の技量の高さは称賛に値するものだろう。

 だが、幾ら技量があったとはいえ、その一太刀は余波のみで結界を揺るがす程の威力を持った神威の剣。平蜘蛛の障壁のみで完全に流し切れるものではなく、その衝撃は少なからず燕の身体を襲っていた

 

「ぐぅぅ……っ! でも……これで────」

 

 目算通り、八振りした事で十夜を覆っていた赤い気が消えていく。先程までなら小休止とばかりに距離を取っていたが、燕はここで敢えて攻撃に移る。技と技の合間、その僅かなインターバルを突くために

 

「────ここぉッ!!」

 

 燕は平蜘蛛を装着した拳を振り抜く。これ以上ないタイミング、この一撃が命中すれば、勝敗は決するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ────それを十夜が見抜いていなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────憑依の参・毘沙門天!」

 

 戦況を分析し勝利のために思考を奔らせるのは燕だけではない。十夜もまた燕の思考・動きを予測していた。

 憑依と憑依の間に生じる僅かな隙。これをどうにかする事はできないし、そこを燕が突いてくる事は容易に想像できた。

 ならばどうするか……先に放ってきた相手の攻撃に後から出したこちらの攻撃を合わせるカウンターで返り討ちにする、それが十夜の導き出した最適解だった。

 そして、『憑依の参・毘沙門天』であれば、その後の先を取る事も容易であった。

 

 人間の認識速度を超える神威の拳。

 

 それはひとたび放たれれば防ぐ手段など存在しない。原典の技である『顕現の参・毘沙門天』の話ではあるが、この技に対しては『撃たせる前に何とかするか』『食らった後如何に復活するか』くらいしか対処法としては存在しないと武神である川神百代も語っている。

 

 既に十夜が新たな憑依を完了させ、その神威の拳が放たれようとしていた。

 憑依が完了している以上撃たせる前に何とかするという手法はとれず、そもそも燕自身が既に攻撃を仕掛けてしまっている。

 

 現状、燕に出来ることはもう存在しておらず、神威の拳が放たれる────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────フラッシュ────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────直前、平蜘蛛から強烈な閃光が会場全てを覆いつくした。

 

 

 

 

「────」

 

 

 強烈な光によって全てを塗りつぶされた会場は、不思議と静寂に包まれていた。

 

「何が、どうなった……?」

 

 石田が発した疑問は、決して彼だけの物ではなかった。

 この場にいた全ての人が平蜘蛛から放たれた強烈な光によって視界が塗りつぶされたため、武舞台にいた二人がどうなったのか、殆どの観客が肝心のシーンを目撃できなかった。

 先程まで鳴り響いていた戦闘音は嘘のようになくなっていたことから決着がついたのかと予測は出来ても、どちらが勝ったのかまではわかる由もなかった。

 だが、この場にはあの閃光をものともせずに状況を把握できたものが数名いる。その内の一人であり、解説でもある百代が口を開いた。

 

「……燕があの平蜘蛛から出した閃光で目つぶしした後、十夜の視界は確かに潰されただろう。だが、視界がなくなった程度で攻撃が怯む十夜でもない」

 

 その声は、やけに落ち着いていた。しかし、それは興が削がれたが故ではなく、彼女の中の昂ぶりが高まりすぎて逆に冷静になっただけだという事は、その言葉の端々から感じ取る事ができた。

 

「身体の動き、武の術、それらが今までの鍛錬によりアイツ自身の体に刷り込まれている。だからこそ例え目が見えなくても最高の一撃を放てた」

「ならば勝ったのは……!」

 

 閃光で眩まされた視界が元に戻ってくる。武舞台に立っていたのは、一人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「────だが、それすらも燕は想定内だった」

 

 

 

 

 

 

 

 百代と同じく全てを見ていた審判が、観客たちの視界が復活する頃合を見て、勝者の名を高々と宣言した。

 

 

 

 

 

『────勝者、『チーム知性』松永燕!!』

 

 

 

 

 

 立っていたのは、松永燕だった。

 

「何ぃ!? どういうことだ!?」

 

「燕が目晦ましの閃光を使ったのは何故だと思う?」

「それは視界が塞がれた相手が怯む事を狙ってだろう? その効果はお前の弟にはないとさっき言っていたが」

「ああ。だが燕の目的は怯ませる事ではなく、視界を潰す事それ自体にあったんだ」

 そもそも燕は理解していたのだろう。十夜が目晦まし如きで止まるような相手ではないという事を。

 たとえ視界を潰した所で十夜は攻撃の手を緩めない。

「だから燕は、十夜の攻撃の始動、その直前に既に攻撃を躱せる位置に身体を置き、さらに拳を置く事で、十夜のカウンターにカウンターを返す事にしたんだ」

「カウンターに、カウンターだと……!? 馬鹿な!? そんな事が出来るものか!!」

「そうだな。だからこそそこを仕切り直すための何かが必要だったんだ」

「それが、あの閃光だったと……?」

 

 閃光による一瞬の空白。燕はそれによって先攻と後攻の立ち位置を入れ替えたのだ。

 十夜はその目晦ましを障害と考えずに相手がそのままそこにいると攻撃に踏み切った。

 燕は十夜がこちらを確認できないその僅かな間に回避と攻撃が可能な位置取りをした。

 今回の決着を簡単に説明するのならば、燕の突き出した拳に、人の反応速度を超える速さで放たれる毘沙門天と同等の速度で十夜が突っ込んだ結果であった。

 

「どこか一瞬でもタイミングがずれていれば成功しなかった。特にあの目晦ましは早過ぎても遅すぎても意味をなさない」

 

 早過ぎれば攻撃を仕掛けるよりも体制を整えるべく一度退いただろう。遅すぎればその前に十夜の一撃を食らっていただろう。

 

「だからこそ燕も閃光を放つ瞬間まで目を閉じる事は出来なかった。いや、あの場面で目を閉じれば十夜に悟られていた」

「待て! そもそもどうやって松永は回避しようというのだ!? 今の話だと松永も目が見えていなかった事になるではないか!?」

「そもそも『毘沙門天』に対処するにあたって視界はあまり意味をなさない。何せ認識外の速度での攻撃だ。見えてようがなかろうが同じだよ」

「ならばなおさらどうやって!?」

 

 最初に『毘沙門天』の攻撃を実際に受けた事で技自体の情報を得られたが、同時に『発動した技を阻止する事』も『もう一度食らって回復する事』も出来ないと燕は理解していた。

 

 故に、燕に出来る事は、『十夜の攻撃が放たれる前に出来る事を全て終わらせておくこと』だけだった。

 

「燕も覚えていたんだ。十夜の最高の一撃、それがどういう一撃なのか、知識と記憶と身体で」

 

 視界の見えない状態。そんな時に何を基準にして狙いを定めるか。今までの経験だ。

 自らの経験から一番効果的だった攻撃を繰り出す者が多いだろう。それが重要な場面であればあるほどに、人はかつての成功体験を寄り辺にする。

 十夜の攻撃パターンを燕は情報収集によって把握していた。それは今までの戦いからも明白だろう。

 

 ならば、燕が十夜のいざという時に頼る攻撃のパターンも把握している事は自明である。

 

 それを燕は狙った……いや、縋ったというべきか。

 

「おそらく、燕としても博打に近かったんだろう。らしくない戦い方だ」

 

 確率が高いとはいえ、燕のこの予測が外れないという保証は何もなかった。

 想定と違う軌道で攻撃を仕掛けてくる可能性もあった。何かの拍子で軌道がずれる可能性もあった。

 はっきり言って確実性の乏しい策だったと言える。百代の評するように彼女らしくない戦法だった。

 逆を言えば、そうしなければ勝てないと判断したのだろう。

 

 そして、燕は勝ち取ったのだ。

 

 観客たちが歓声を上げ盛り上がる中、舞台の中央では目を覚ました十夜と目線を合わせるために屈んだ燕が言葉を交わしていた。

 

「あ……俺、負けたのか……」

「そうだよ。私の勝ち」

「悔しいなぁ……ゲホッ!」

「ああ、無理しないで! 」

 

 無理に上体を起こそうとする十夜に燕は駆け寄ってその身体を支える。

 意識が今にも落ちてしまいそうになるが、それでも十夜は燕に聞きたい事があった。

 

「燕先輩……俺とのやり取りは、打算だけじゃないって、言ってたよな……?」

「うん、そうだよ」

「打算だけじゃないなら……何で……」

「…………それはね、こういう事だよ」

 

 そう言うと燕は顔を十夜の顔に近付けていき……

 

 

 

 

 ────二人の唇が、重なった────

 

 

 

「……今のが、十夜クンの問いへの答えだよ」

「……………………え?」

 

 

「なっ……!?」

「や、やったっ!」

 

「納豆小町としてのイメージ的にはダメだけど、でも自分の気持ちを誤魔化してっていうのは私としてはもっとダメだから……だから正直に告白するね」

「え……? え? え? え?」

 

 そう言って立ち上がると座り込む十夜に向かって燕は堂々と大きな声で宣言した。

 

 

 

 

 

「────私、松永燕は! 川神十夜クンの事が! 好きです!」

 

 

 

 

 まさかの公開告白であった。

 

 会場はさらなる盛り上がりを見せる。囃し立てる者、現実を疑う者、発狂する者……と、会場はまさしくカオスな状態だった。

 

「答えは……また今度聞くね。まずはやらないといけないことがあるから」

 

 燕はそれだけ言って十夜の身体を寝かせると、いつの間にか武舞台へと降り立っていた百代へと向き合った。

 

「────ほう、私の弟に手を出すか。だが弟が欲しくばまずはこの姉を倒してからにしてもらおうか、燕……!!」

「元々そのつもりだよ、お義姉さん(…………)?」

 

 

 そして注目は唐突な嫁小姑問題へと発展しそうなエキシビジョンマッチへと移っていく。

 

 

「まさかこんな顛末になるとは……男冥利に付きるな十夜よ……十夜?」

「し、死んでる……!?」

「いや死んではおらんだろう……意識はないが」

 

 身体へのダメージに加え、あまりの出来事に頭がオーバーヒートした十夜の意識は再び暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 ……余談ではあるが、燕が十夜に対して公開口付けをした直後の事。

 

「え…………」

 

 二人の戦いを心配そうに見ていた清楚が手を添えていた柱に皹が入り、天真爛漫な小雪の顔から笑みが消えた。

 

 

 こうして、若獅子タッグマッチトーナメントは、エキシビジョンマッチを小姑が勝利したことによって幕を下ろしたのであった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 とある一室にて、一人の男が一人の老婆に報告をしていた。

 

「────以上が、若獅子タッグマッチトーナメントの顛末でございます」

「成程ね。つまり、紋様の雇った松永の娘っ子やヒュームのお気に入りだっていう武神の弟でも、結局は川神百代には勝てなかったわけだ」

「そうですね」

「……嘆かわしいねぇ。やはり計画はこのまま予定を早めて進める事にするよ」

「では……!」

「武士道プラン、その本当の姿を世に知らしめる時は近いってことさ」

 

 それだけ言い残すと、老婆はその部屋から出ていった。

 残された男は、その言葉に体を震わせた。それは心の奥底から湧き上がる歓喜によるものだった。

 

 

「ついに……ついに私の願いが成就する!」

 

 

 男は一人、抑えきれぬように歓喜の声を上げた。

 川神で新たな戦いが始まろうとしていた。

 




とりあえず纏められたのはここまでなので、次回更新をお待ちください。


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第十六話 「俺の新技が禁じ手認定を受けた件」

ちょっと巻き展開であと一か月くらいで終わらせたいです(希望)


 若獅子タッグトーナメントが終わった次の日の夜、川神院の一室にてとある話し合いが行われていた。

 

 集まったのは川神院総代・川神鉄心、最強執事ヒューム・ヘルシング、仁王と呼ばれた天神館館長・鍋島正など、武の世界において名立たる面々であった。

 そんなメンバーがわざわざ集まって話し合う内容とは何なのか。これも当然というべきか、武に関する事であった。

 

 

「それでは、新たな武道四天王をどうするか、話し合うとしようかの」

 

 

 武道四天王────それは優れた武道家に与えられる称号である。四天王の名の通り、四人だけに贈られる称号であり、主に若手に贈られるのだが、つまりはこれからの武道界を牽引するにふさわしいと判断された者がその座を得る事となる。

 当然今までも四天王に収まる人材はいたのだが、それぞれの事情により武神・川神百代以外の三名が引退する事となったため、三つもその座が空いている状態だった。

 実を言えば今回の若獅子タッグトーナメントはこの残りの四天王候補者を探すための大会でもあった。

 

「まずは松永燕。これは確定だろ」

「異議なし。平蜘蛛なしでも弁慶と板垣辰子のペアを一人で攻略する程の腕だ」

「次は剣聖の娘である黛由紀恵。彼女も相応しいじゃろ」

「だな。那須与一のあの射を切り払ったあの一撃。文句なしだな」

「最後は川神十夜で決定だろ。義経と天下五弓の一人のコンビを単身破り、さらに切り札を出した松永とやり合えた強者だ」

「というよりも松永燕の次に名を上げるべき赤子だろう。黛が悪いわけではないが、何故先にあえて違う候補の名を上げた?」

「うーむ、それなんじゃがのぅ……」

 

 ヒュームの指摘に鉄心は言いにくそうに頬をかいてから口を開いた。

 

「実は十夜本人から辞退の申し出をされてしもうた」

「何だって?」

「十夜曰く、『四天王なんて称号に興味はない。それよりも挑戦者に来られて鍛錬の時間が減るのは嫌だ。何より欲しい称号は『最強』である』との事じゃ」

「ますます若獅子たる四天王に相応しいじゃねぇか。それだけに勿体ねぇな」

「下らん。本人の意向など関係なく任命してしまえばいいだろうに」

「じゃが本人が嫌がっているのならば仕方なかろう。無理にさせたとていい役職でもなし」

「ふん、俺としては口の軽い輩の方も気になるがな。そもそも奴が今回の事に気付けるとは思えん。そうは思わんか、鉄心」

 

 そう言って睨んでくるヒュームに対して鉄心は露骨に視線をそらした。

 

「……まあいい。ならば最後の一人は誰にする? 奴の他に相応しい赤子がいるのか?」

「それなら板垣辰子じゃねぇか? まだ粗削りだがその段階でアレだけの力だ」

 

 

 こうして話し合いは続き、夜は更けていった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「俺の新技が禁じ手認定を受けた件」

 

 秘密基地にて集まった風間ファミリーの話題はやはりというべきか、数日前に行われた若獅子タッグトーナメントになるのは当然の帰結であった。

 結果として準優勝を果たした十夜が正体を隠して参加していたことなどいろいろと気になる事は多かったものの、やはり一番気になる所といえば燕との戦いで使った『神々の憑依』に関してであった。

 

「『神憑(カミツキ)』なんて称号を貰ったのにその技使えないってどういう事なのか……」

「何か力を使うたびに記憶がなくなりそうな名前だな」

「やめろ! 縁起でもない!」

「というかなんで禁じ手にされたの? あれだけすごかったのに」

「何か身体に負担が掛かり過ぎるとかって理由らしい」

「はっきり言えば、技としては欠陥モノだな」

「具体的に言えば?」

「筋組織ズタズタ、内臓グシャグシャ、骨バキバキ、血管ブチブチ、その他諸々」

「アカン……!?」

「それでよく生きてるね」

「回復に丸二日もかかってしまった」

「コイツ、普通に化け物だ……!」

「普通内臓潰れたら回復は絶望的だと思うんだけど……」

 

『川神一族人外』説がファミリー内で根付こうとしている事に、残念ながら川神姉弟は気付けなかった。

 

「ま、とりあえずの目標としては基礎能力の向上と新技の改善だな」

「何か松永先輩には負けたのに清々しいよね」

「悔しくとかはねーのか?」

「悔しくない……わけじゃないけど。まあでも戦闘って自分の力が高まるのを感じるのが楽しいんじゃないか」

「それは違うだろ。全力をぶつけ合える相手とのやり合いがいいんじゃないか」

「うーん、川神姉弟の間でもそこの価値観が違うのか……」

「そんなことよりだ」

 

 戦闘民族KAWAKAMIの生態に認識を深めていた面々だったが、ここで百代がみんなが敢えて避けていただろう話題へと切り込んだ。

 

「その燕に公然と口づけされた十夜はどうするんだ?」

「う……」

 

 そうである。川神十夜はあろうことか、納豆小町としても人気のある松永燕に、公衆の面前でキスをされ、さらに告白までされていた。

 気にはなりつつもそこに触れていいものか悩んでいた面々の視線が十夜へと集中し、居心地が悪そうになりつつもその問いに答えるべく十夜は口を開いた。

 

 

「……ほ、保留してもらってます」

 

 

「最低だな!」

「う、うるさいなぁ! 自分の気持ちがわかんないんだよ!!」

「お前松永先輩みたいな美人に告られて断るとか許されざる行為だろ!!」

「なら受けろと?」

「馬鹿野郎!! あんな美人と付き合うとか許せるかよ!!」

「じゃあどうしろと?」

「そりゃお前、それとなく俺様と付き合うように勧めるとかあるだろ」

「殺すぞ……!」

「こえーよ!? ガチのトーンで言うなよ!?」

「関係ない私までヒヤッとした……」

「というかそこまで反応するって事は松永先輩の事好きなんじゃないの?」

「……好き、だと思う。思うけど……」

 

 卓也の指摘に肯定はしたものの、どうも言葉の歯切れが悪かった。それはただ単に好意を肯定するのが恥ずかしかった、というだけではないのは明白だった。

 

「けど? 好きなら問題ないんじゃないの?」

「あっ、もしかして……」

「何か気付いたのかまゆっち?」

「えっと、その……」

「とーやんってさー、確か他に好きな人いたよねー。しかも二人も」

「あっ!」

「そういえば!!」

 

 十夜にはすでに想い人がいた。それも二人も。

 

 一人は榊原小雪。子どものころに出会い、今の十夜を形作るきっかけとなった少女である。

 もう一人は葉桜清楚。川神学園で遠目で見た際に一目見て心奪われた、清楚を体現する少女である。

 

「でも松永先輩が好きだと思うんなら、二人への想いが抑えられたってことじゃ……」

「…………全く、変わりなく。今でも好き、だと思う……」

「つまり三股!?」

「最低ではないか!?」

 

 

 

「そうだよ! 最低だよ!! だから困ってるんじゃないか!!」

 

 

 

 クリスの思わず口から出た非難の言葉に、まさかの全肯定の叫びで返した十夜はそのまま頭を抱えてしまった。

 

「大丈夫。まだ誰とも付き合ってないから三股じゃないぞ」

「確かにそうだ! 勝手に決めつけてしまってすまない」

「でも想いを決めきれてないのは事実なわけで」

「ああ……俺、誰の事が好きなんだ……!?」

 

 そんな物凄く悩む十夜を見ながら、「それ、燕先輩の術中なんだよなぁ」という言葉を大和は内心に留めることにした。

 

「ひとまずお試しで付き合うというのはダメなのか? 燕なら正直に言ったら納得してくれそうだが」

「いや男女の付き合いでお試しでとか相手に失礼すぎるだろ」

「そこは真面目なんだよなぁ」

「初めてというのはとても大事なんだ。それをもらう事になるんだからそれ相応の覚悟を以って決めないと……」

「それ相応の覚悟というと?」

「そりゃ一緒の墓に入る覚悟に決まってるだろ」

「予想以上に重い!?」

 

 言い方はアレだが、要はちゃんと『責任を取って結婚を前提に』ということである。そこの感性は誠実なようであった。

 

「しかし本当に好きなのは誰なのかなんて他の人に聞かれても、そんなの人それぞれだろうしなぁ……」

「なら三人が処女じゃなかったとして、十夜の気持ちは変わらない?」

「しょっ!?」

「ほ、本当に相手の事が好きならばその程度の事で変わるわけないだろう! なあ十夜!」

 

 予想外の京の問いかけに少し動揺するクリスだが、その想いに偽りがないのならばこんなもの、悩むまでもなく即答するはずだ。そう思って十夜へと視線を向けた。

 

 

「…………っ! …………っっ!!」

 

 

 視線の先には、何やら苦悶の表情を浮かべ言葉にならない声を漏らしながら悩みまくっている十夜の姿があった。

 

「いやそこは悩むなよ!?」

「ムム、ここまで悩むってことは、どの好きも本物っぽいね」

「京もそれで納得するのもおかしくないか!?」

 

 クリスの言うことも尤もなのだが、気心知れた相手なら「処女じゃなくなったら女の価値半減以下」などの最低な発言を公言しかねないほどに処女厨な十夜が即答できずにこれほどまでに悩むのだ。十夜の好きという感情に信憑性が増したと言わざるを得ないだろう。

 

「ちなみにあの後松永先輩から何かアプローチ的な事はされたの?」

「それは……」

「燕なら毎日のようにお見舞いとか顔出してるぞ」

「愛されてるではないか」

「いやお見舞いなら他にも来てるし……ファミリー以外だと揚羽さんとか大和田さんとか、あとユキとか……」

「女ばっかじゃねぇか! どうなってんだ!? モテ期なのか!?」

「いや多分これ知り合いが少ないってだけ……」

「あっ……」

「憐みの目を向けるな。他にも来てくれてたから。冬馬先輩とか」

「ガタッ!」

「京、ステイ」

 

 というか養生期間二日でこれだけ来てくれたのはむしろ多い方では? 十夜は訝しんだ。

 

「もう面倒だしいっそファミリーで多数決取ってみっか」

「いや、それで決めるのはちょっと……」

「というわけで十夜は誰と付き合うべきだと思う?」

「聞けよ!?」

「私は榊原小雪を推すよ。初志貫徹、幼馴染は正義」

「俺は燕先輩かな。協力した手前もあるしね」

「清楚先輩ですかね。一目惚れって案外馬鹿にできない気がしますし」

「お前らも律儀に答えんなよ」

「競馬に例えるなら、本命・榊原小雪、対抗・松永先輩、大穴・葉桜先輩ってトコか」

「人の恋路を競馬に例えるな。こちとら真剣(マジ)なんだぞ」

「オッズはどのくらいだ」

「人の恋路で賭けすんな。相手に失礼だろ」

「あ、そこは自分にじゃないのね」

「ちなみにキャップの意見は?」

「もう三人ともに告っちまえばいいんじゃね?」

「どうでもいいからって一番ヤバい答え出してくんなよ!?」

 

 

 こうして彼らの夏の夜は更けていく。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 ────川神市・松永家────

 

「ただいま~」

「あらオトンおかえり。忙しいんじゃないの?」

「忙しいよ~。今もちょっと一息吐くついでに着替え取りに帰っただけでまた行かないといけないし……でもまあ嬉しい悲鳴ってやつだね」

「頑張り所だよオトン」

 

 若獅子タッグマッチトーナメントは、松永家、特に父・久信に多大な影響を与えていた。

 決勝戦、そしてエキシビジョンマッチにて使用された『平蜘蛛』、そしてそれを作り出した技術者・松永久信という存在が各界から注目され、久信もこの機に家名を広めるべく奔走していた。

 もちろんその平蜘蛛を使っていた燕も注目の的であったが、彼女の場合その話題の方向性は少し違っていた。

 

「そうだ。確か十夜君だっけ? 今度僕にもちゃんと紹介してよ。燕ちゃんが選んだ人なら大丈夫だろうけど父親として息子になるかもしれない男がどんな人なのか知っておきたいし」

「まだ彼氏じゃないから」

「え!? あんな全国規模で燕ちゃんにチューされておきながら彼まだ返事してないの!? 嘘でしょ!?」

「私がいいって言ったの。一応言っとくけど余計な事しないでよ。攻略中なんだから」

「攻略中?」

 

 衆人環視の中で交わしたキスは、少し勢い任せだったところもあるが、十夜攻略のために必要なことだった。

 何せ十夜には付き合ってはいないものの好きな相手が二人もいるのだ。

 多少意識はされているとはいえ燕がそこに参戦するには強引な手段を取るしか方法はなかった。

 あのキスは周囲への牽制・外堀埋めだけでなく十夜自身の意識を明確に変えるための一手であった。

 そして今はその一手で変化した意識を少しずつ確実にこちらへと引っ張っていく段階だ。

 恋愛観は変に真面目な十夜はただ時間が経つだけでも燕を意識し続けるだろうが、それに上乗せするように燕自身忙しい中で毎日のように十夜に顔を見せに行き、印象を植え付けていっているのだ。

 

 その辺りを燕は父に簡単に、けれどきちんと説明する。

 

「なるほどねー……というか燕ちゃん横恋慕だったのね」

「まだ付き合ってたわけじゃないからセーフ」

「でもその十夜君の気の多さに僕ぁ不安になっちゃうね。好きな女の子がすでに二人いるって、ふとした拍子に浮気とかしちゃわない?」

「十夜クンはその辺り誠実だから付き合えたら一途だと思うよ。ただ気持ちが定まってない状態で付き合い始めちゃったら、ちょっとしたケンカとかでそっちにいっちゃうかもしれないからここできっちり気持ちを私に向けないといけないの」

「おぉう、そこまで分析して狙いに行ってるとは、我が娘ながら恐ろしいね……どうやってもその十夜君が尻に敷かれる未来しか見えないよ」

「お互いが幸せなら問題ないでしょ?」

「ごもっとも」

 

 燕の言葉に久信は出て行ってしまった妻がいた頃の生活を思い出す。

 尻に敷かれてはいた……とまでは言わないが、色んな面で妻に頼り切りで劣等感に苛まれた事もあったものの、確かにあの頃は幸せだった。劣等感に駆られて株に手を出した結果借金を背負うことになり妻も出て行ってしまったが、それでも妻がいたあの頃の生活を取り戻すためにここまで頑張ってきたのだ。燕のこの言葉は説得力しかなかった。

 

「それで現状どれくらいでいけそうなの?」

「うーん……正直五分五分かなぁ」

「ええ!? 燕ちゃんの事だからもっと勝率高いんだと思ってたけどそんなもんなの!?」

「今のままいけば多分十中八九攻略できると思うよ。問題はあの二人がどう動くかなんだよね……」

「あの二人?」

 

 そう危惧する燕にもその二人がどう動くのか、正直わからなかった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 ────葵紋病院────

 

「うーん……うーん……」

「どうしたユキ? そんなうんうん唸って」

「何か悩み事ですか?」

 

 とある病室の一角、療養している準のもとに冬馬と小雪がお見舞いに来ていたのだが、小雪の様子が普段と比べて何やらおかしかった。

 

「なんかねー、僕変なんだ……」

「変? なんだ体調でも悪いのか?」

「松永先輩が十夜といっしょにいるところを見ると、なんだかもやもやするの」

 

 準は「それは変じゃなくて恋では……」と言うか迷ったが思い留まった。こういうのは他人に言われるより自分でちゃんと気付いた方が本人のためになるだろうという親心からであった。

 

「でもそれを無理にどうにかして十夜が僕をきらいになったりしたらどうしようって」

「いやぁ、あいつがユキを嫌うとかないだろ」

 

 準は確信をもって断言するがそれでも小雪の表情は沈んだままであった。

 なんだったら小雪のためなら全てを捨ててもおかしくないくらいには入れ込んでいるんじゃないかと思うくらいには有り得ないと思うのだが、そんな準の言葉も小雪には届かないようであった。

 

「ユキは十夜君といたいし松永先輩と一緒にいてほしくないけど、十夜君が嫌がる事もしたくない、と……纏めるとこういうことですね」

「うん……僕どうしたらいいのかな……?」

 

 思い悩む小雪に対して冬馬の答えはシンプルなものであった。

 

 

「────ならそうすればいいのでは?」

 

 

「え?」

「そうすればいいって……さすがに簡単すぎないか若?」

「難しく考えなくてもいいんですよ。ユキが一緒にいる事、松永先輩と一緒にいてほしくない事、十夜君が嫌がる事をしない事、これらの行動は決して矛盾するものではありません。十夜君の迷惑にならない程度にユキのしたい事をする。それでいいんです」

 

 冬馬の説明に成程と準は納得した。確かに小雪の抱く感情は複雑ではあるが、それぞれが矛盾するものというわけではない。十夜が燕と一緒にいると嫌な気分になるという点はどうしようもないが、そこさえ我慢できるのであれば、他の小雪の願望は全て成立する。物事は意外とシンプルなのかもしれない。

 

「それでいいのかな……?」

「むしろ十夜君はユキがそこで気持ちを抑え付けて傷つく事の方が嫌がるでしょう」

「だろうな。ユキはユキの思うようにするのがあいつにとっても一番うれしいだろ」

 

 逆に十夜が一番嫌なのが自身が小雪の感情を押し殺させてしまう原因になる事だろうと冬馬も準も察していたが、それを小雪に伝えるのは野暮というのも理解していたのでそれを口にすることはなかった。

 

「僕、この気持ちがなんなのかよくわかんないけど、思うようにやってみるよ!」

「その意気だぜ」

「私たちもできる限りサポートします」

 

 

 こうして小雪は自らの胸の奥にある感情が何なのか知るために行動指針を確かにしたのだった。

 

 

「…………ところで十夜のヤツ、もうピンピンしてるってマジ? まだ療養中の俺以上に重症だったって聞いてたんだが」

「はい。完全回復していましたよ。人体の神秘ですね」

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──九鬼財閥本社ビル──

 

 

「あっ……」

 

 自室にて勉強をしていたら不意に手にしていた筆記用具がボキりと折れた。まただ、と思いながら別の筆記用具を筆箱から取り出す。

 

 ここ数日、何かおかしい。

 

 理由はわからないが、ふとした時に手にしていた物が壊れてしまう。

 筆記用具、食器、ドアノブ、壁や柱まで、何の前触れもなく、まるで急激に途轍もない力が加えられたかのようにひび割れ壊れるのだ。

 どうしてそんなことが起きているのかわからない。まさか心霊現象なのかと突拍子もないことが頭をよぎったりもした。

 強いて共通点を上げるとしたら、その現象が起きるのは私の心がざわついている時だった気がする。

 いや、それは正確じゃない。ここ最近、私の心が落ち着いている時はなかった。

 何をしていても、数日前の、若獅子タッグトーナメントでの、ある場面が脳裏を過ぎるのだ。

 タッグマッチ決勝戦、二人の友人同士による試合、それが終わった直後の、あの光景が。

 その光景を思い出すたびに心がざわつく。言葉にするには難しい、なんとも言い難い、でも不快な感覚が蓄積されていくようだった。

 本当だったら彼のお見舞いにだって行きたかった。でもこのよくわからない感情を抱いたまま会いに行っていいのか……会いに行って、彼と彼女が仲睦まじくしていたらと思うと、どんな顔をすればいいのだろうかと、決心がつかなかった。

 

「……十夜君は燕ちゃんと付き合うのかな……」

 

 ふと自分で口にしたその言葉に、ずきんと胸の辺りが痛んだ気がした。

 

 

 

 また一つ、筆記用具が壊れた。

 

 




『神憑(カミツキ)』の称号は『神々の憑依』を思い付いた頃から考えていた名前です。たぶん「記憶がなくなりそう」云々のネタ元のヴヴヴを見てた辺りで、つまり十年くらい前です。(白目)


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第十七話  「────そこからは我から説明しよう」

原作と変わらない部分に関してはだいぶ描写を省きますが、ちょっと手元に原作がなく確認ができないため記憶を振り絞って書いていきます。
説明得ないけどこれ原作と違ってない?みたいな場合があるかもしれませんが、ご了承ください。


 様々な波乱を齎した若獅子タッグトーナメントが終わり、ついでに夏休みも終わって新学期が始まって間もなく、川神においてある事件が頻発していた。

 

 事件の内容としては川神にいる腕自慢達に対して勝負を挑み、相手を叩きのめして去っていくのだという。

 これだけなら少し過激ではあるが川神特有の腕試しの一種ではないかと流せなくもないのだが、これを事件というのにはいくつか理由があった。

 

 実力者であっても戦いを好まない者が相手でも問答無用に戦いを挑み、負傷させていく事。

 

 場合によっては複数人で一人を打ちのめすケースも存在した事。

 

 そして川神学園の姉妹校でもある天神館においても同様の事が起きていた事。

 

 これらが中華風の服を着た美女数人によって半ば狩りのように行われている事などから『武芸者狩り』などと呼ばれるようになっていった。

 

「そんな話は聞いてたけど、本当に現れるとは……」

 

 そんな噂が流れる中で一人帰路についていた十夜の目の前には露出の多めの中華風の服装をした水色の髪の女が立ちふさがっていた。

 

「懸賞金2500Rの大物……けどまあ大丈夫でしょ」

「あ、あのー……な、何か用っすか……?」

「ああ、ちょっとある技を試し撃ちさせてもらおうと思って。これ以上ない相手なわけだし」

「た、試し撃ち……?」

 

 話が通じない可能性はあるが、もしかしたら人違いという場合もあるので念のため十夜は相手に声をかける事にしたのだが、返ってきたのは要点が読み取れない言葉であった。

 

 困惑する十夜を見てか、不敵な笑み──十夜にはそれが新しいおもちゃを手に入れた子供のように見えた──を浮かべた女は構えを取ったかと思えばぽつりと、一言呟いた。

 

 

 

 

 

 

「────憑依の参・毘沙門天」

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、女から人間の反射速度を超えた青白い神々しい気を纏った一撃が放たれ、攻撃を食らった十夜の身体が多馬川へと吹き飛ばされ、大きな水柱を上げた。

 

 女から放たれた技は『憑依の参・毘沙門天』。川神流奥義『神々の顕現』を改変した『神々の憑依』の一つであり、技を食らった十夜が編み出した技であった。

 

 この技は現状十夜にしか使えない。もちろん十夜が女に教えたわけでもない。

 では何故彼女はあの技を使えるのか────その答えは彼女の正体にある。

 

 女の名は楊志。傭兵集団・梁山泊の一人であり、身に宿した異能は『模倣』。彼女はその目で見た技を自らの物にすることができる異能を持ち合わせている。

 

 そう、楊志はその目で『憑依の参・毘沙門天』を見て覚えたのだ。若獅子タッグトーナメントの観客席で。

 

 あの場で様々な若き猛者たちの技をラーニングした楊志だが、その中でもエキシビジョンマッチで百代が見せた『瞬間回復』に並んで一二を争うだろう収穫こそが決勝戦で十夜が見せた『神々の憑依』であった。

 百代の代名詞ともなっている『瞬間回復』に川神院の奥義の一端とも言える『神々の憑依』を自らの物にした楊志はまさしく最強の盾と矛を手に入れたと言っても過言ではないと自負していた。

 だがあまりにも強力すぎるその技を使う機会はそう訪れなかった。

 新しく手に入れたその力を早く試したくて試したくてどうしようもないほどに悶々としていた。

 

 その溢れそうになるのを何とか抑えていた渇望をようやく解放できた事による膨大な快感が楊志の脳内を駆け巡った。

 

 

 

 

 

「────げぼッ!? ごふっ!?!?」

 

 

 

 

 ────そしてその快感を塗りつぶす程の圧倒的な激痛が突如として楊志の身体を襲った。

 

 

(なんだこの痛み!? 奇襲!? 違う! カウンターを食らった!? ありえない! そんな痛みじゃない! まるで体の内側からミキサーか何かでグチャグチャに肉も骨も攪拌されたかのような、現実としてありえない感覚! どうして!? なんで!?)

 

 今まで経験したことのない激痛に膝を折り地面に倒れこんでしまったが、今の楊志はそんな事すら気付けないほどに思考が麻痺していた。

 

 楊志は知らなかったのだ。十夜が使用していた『神々の憑依』という技がどれほど体に負担がかかるのかということに。その欠陥故に禁じ手認定を受けていた事に。

 そして身を以ってこの技の欠陥を知り思い至った楊志は戦慄した。こんな技を幾度と使ってあれだけの戦闘を繰り広げていた川神十夜の規格外さに。

 

 

「────げほっ……驚いたな。なんであの技使えてるんだ……?」

 

 

 そしてこの技の本来の使い手でありその技の直撃を受けた当の本人が、ノーダメージとはいかないもののいまだピンピンして吹き飛ばされた場所から戻ってきていたのを見て思わず口から罵声が出た。

 

「ば、けもの……!!」

「酷くない? 殴りかかってきたのそっちなのに」

 

(痛みで思考が纏まらない……! 川神百代からラーニングした瞬間回復を使おうにもさっきの技で気を使いすぎて足りない……!)

 

 少しだけ思考する余裕が出てきて『瞬間回復』の存在を思い出し使用しようとするが、そのための気が足りない。ただでさえ馬鹿みたいな気を消費する『瞬間回復』を、同じく多量の気を消費する『神々の憑依』を使用した直後の楊志に使用する力は残っていなかった。

 

「これ多分例の武芸者狩りって奴だよな……捕まえた方がいいのか?」

 

 痛みに堪えるだけで手いっぱいの楊志にこの状況を打開する手は残っていない。まさに万事休すであった。

 

 

「────仲間は私が護る!」

 

 

 その時、どこからともかく突撃してきた黒髪の美女────林冲がその手に持つ槍を振るって十夜を牽制し、楊志を庇う形で二人の間に現れた。

 

「おいおい青面獣の名の通り、顔が真っ青だぜ? 大丈夫かよ」

「……ダメ……無理……ごほっ!」

「……これ、真剣(マジ)でダメなやつじゃねぇか……仕方ねぇ」

 

 同じくいつのまにか楊志の傍に現れたツインテールの美女────史進が軽口を叩いてくるがそれに反応する余裕もない楊志の姿を見て、状況の悪さを把握した彼女はボロボロの楊志の身体を担ぎ上げた。

 

「リン! わっちはコイツ担いで引くからそいつの相手頼んだ!!」

「ああ! ここからは私が相手だ! これ以上楊志に手を出させない!!」

「おかしくない? 襲ってきたのそっちなのに」

 

 史進に担がれながら十夜との戦闘を開始した林冲の後ろ姿が小さくなっていくのを目にしながら、楊志の意識は闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「────というわけで逃げられました」

「なんでそこで逃がしてるんだ」

「おかしくない? 襲撃受けて生還したっていうのに」

 

 そんな激闘を繰り広げた十夜は、その後川神院へ戻ると百代に叱責を受ける事となった。

 

「いや真面目に強かったんだよ最後に残った『リン』とかいう人。そのくせ足止めするつもりの動きしかしてこなかったし……というかこの有様は一体……?」

 

 通り魔に襲われて悪役ポジを押し付けられた挙句、長々と遅延戦闘による時間稼ぎを受けて、返ってきたらなんと川神院はボロボロになっており、鉄心は意識不明、ルー師範代は行方不明というひどい有様であった。

 

「私たちも梁山泊のアジトを襲撃しに行って戻ってきたばかりでよくわかっていないが、梁山泊が攻めてきたらしい」

「襲撃した相手に襲撃されてた? 何言ってんだ?」

「攻めに行ったアジトがもぬけの殻だったんだよ」

「あー、こっちの襲撃が読まれてたってことか……あれ、梁山泊が川神院襲ったとしたら俺誰と戦ってたん?」

「梁山泊じゃないの……?」

「梁山泊ってそんなにいっぱい川神に来てるのか?」

「たしか108人いるのよね? それだけいるなら手分けすれば……?」

「いや、それはちょっと考えにくいかな? 世界を股にかける傭兵集団ならいくつも並行して仕事を進めるだろうから全戦力を一つの仕事に集中させるっていうのは考えにくいね。というかそれだけいるならもっと早く発見されてただろうし」

「なら俺が戦った連中は梁山泊じゃない……?」

「いや、『青面獣』『楊志』にリンとなると林冲あたりか? これで中華風の服装となると間違いなく梁山泊だろ」

「なら……どういうことだってばよ?」

 

 

「────そこからは我から説明しよう」

 

 

「紋ちゃん?」

 

 そこでやってきたのは護衛にメイド二人を引き連れた九鬼紋白であった。

 

 

 

「今回の騒動、従者部隊のマープルによる造反が発端なのだ」

 

 

 

 紋白の説明によれば九鬼財閥の従者部隊序列二位のマープルが九鬼財閥においてクーデターを起こしたのだそうだ。

 彼女が率いる一派は財閥の長である日本にいる九鬼家をすでにほぼ手中に収めており、無事脱出できたのは末妹の紋白だけ。海外にいる当主の帝に関しても連絡を取ろうにも繋がらない音信不通の状態である。

 反マープル派とも言える九鬼財閥内での反攻勢力は残っているものの、従者部隊序列零位ヒューム・ヘルシングや序列三位クラウディオ・ネエロなどの実力者の多くがマープル派にいるために状況としては悪いのだとか。

 

「ヒュームさんも向こう側とかやばすぎる……」

「我らは助力を求めに川神院へと来たのだが、それすらも読まれていたのか……あるいはこの川神の地を巻き込んでもうひと騒動起こすつもりやもしれん。梁山泊を用いての『武芸者狩り』もその下準備と考えるのが妥当だろう」

 

 川神院陥落後、桐山鯉を始めとするマープル派の従者部隊は何故か川神に住まう一般人たちを拉致していったらしい。拉致と言っても危害を加えることはなく丁重に攫っていったそうだが……それでも拉致は拉致である。

 

「たぶんだけど、学長を倒したのは梁山泊とは別だと思う。川神院を襲撃する直前なのにわざわざ実力者である十夜クンを襲撃するのはあまりにリスクが高すぎるもん」

「それだけ腕に自信があったか、十夜が過小評価されてたとか?」

「裏の世界で有名な傭兵集団がその辺りを見誤るとは思えないね。そもそもあの川神院を襲撃するって時に相手が誰であれ余力を割くのは愚の骨頂だよ」

「『KAWAKAMIがいたから敗戦後も日本という国が残った』なんてジョークがあるくらいだ。もし梁山泊がその程度の楽観的な集団ならば我らとしては朗報と言えるだろうが……まあないだろうな」

「となると川神院を襲撃してジジイを倒したのはヒュームさんか……?」

「いや、ヒュームならばここまで派手にはせんだろう。それに我ならばヒュームは絶対に成功させなければならない姉上の捕縛に用いる。マープルもそう考えるだろう。おそらく襲撃犯は────」

 

 

 

「────ふん、大体は揃っているようだな赤子ども」

「────っ!? ヒューム!!」

 

 紋白が川神院襲撃犯が誰かを口に使用としたその時、その場に今まさに話題に上がっていたヒュームとクラウディオの二人が現れた。

 

「……叩くなら徹底的にってわけですか、ヒュームさん」

「そう慌てるな。今の俺達は単なるメッセンジャーにすぎん」

「とはいえ、まず詳しくはこちらの映像をご覧ください」

 

 そういってクラウディオが抱えるテレビ画面に映し出されたのは、一人の老婆────マープルの姿だった。

 

『────ハロー、この映像を見ている世界中の人々。あたしゃ九鬼従者部隊のマープルってもんだ』

 

「この映像は現在リアルタイムで全世界に流されている」

 

 放送のマープルの言葉を簡単に纏めると、今の若者に希望を抱けないから英雄のクローンに人類を導いてもらう世界を造り出すために九鬼財閥でクーデターを起こし、世界に対しても行動を起こすという、世界規模での宣戦布告のようなものだった。

 そしてそのための武士道プランであった事も明かし、源氏三人組とそれらを率いるクローンの王たる存在を紹介した。

 

 

「────そう、俺こそが『西楚の覇王』項羽であるッ!!」

 

 

 覇王項羽を名乗るのは、誰でもない葉桜清楚その人であった。

 

「まさか……!?」

「清楚先輩が……!?」

 

 その力たるや凄まじいの一言であり、たった一人で川神院を陥落させ、さらにデモンストレーションで川神にある廃工場群をたった一人であっという間に素手で解体してしまう程であった。

 

 そして先程まで廃工場地帯であった更地の地下から巨大な城────川神城が現れた。

 

 

『あたしとしてはこのまま何も言わずに推し進めてもよかったんだがね、それじゃフェアじゃない。あんたたち今の若者が未来を担えるんだって言うのなら、最後にチャンスをやろうじゃないか』

 

 マープルは週明けから目的のために本格的に動き出すと宣言した上でそれまでに止められるのならば止めてみろと紋白に勝負を提案してきた。

 

 その勝負の内容を簡単に言えば、川神全域を舞台とした模擬戦争であり、あちらの大将である項羽と川神城を落とせばこちらの勝ち。逆にこちらの大将である紋白と川神院が落とされれば負けというわけだ。

 

 とはいえこちらは襲撃を仕掛けられた結果戦力を減らされ、本拠地である川神院も一度は落とされている上に、相手は城まで用意する準備万端の状態の上で、マープルについた従者部隊や武士道プランの三人に加え、天神館の一部の十勇士や梁山泊を始めとした外部の実力者たちをも退ける必要がある。圧倒的不利な状況での勝負になる。

 

『どうします紋様? この勝負受けますか?』

「……よかろう! その勝負、乗った!」

 

 川神城には一般の川神市民が隔離されており、映像に一部の市民の姿が映し出された。その中には冬馬や準、小雪を始めとした、今川神院にいる者と交流のあるも多く収容されていた。

 彼らはある種の人質ではあるものの今回の騒動に巻き込まれないための保護の意味合いも含まれているとのことで、身の安全はもちろん衣食住に関しても万全の態勢を整えているので安心するようにとのことだった。

 

「ちなみにですが、世間一般としては、この一連の騒動は九鬼財閥による映画撮影のプロモーションの一環として放送されております。紋様が勝利した場合、今回の騒動の責を九鬼財閥が負う事はありません」

「逆を言えば、世間として今回の騒動はプロモーションの一環であるがゆえに外部から助力が来ることはないと考えておけ」

 

『なら勝負は明日から仕掛けさせてもらうよ。さて、伝えるべきことは伝えたかね。それじゃあ……』

『待てマープル』

『うん? なんだい項羽?』

 

 紋白とのやり取りを終えて映像を終えようとしたマープルを制止したのはデモンストレーションで圧倒的パワーを見せつけた覇王項羽であった。

 

『この俺から一つ、最後に言うことがある……川神十夜!』

「え、俺?」

『…………えー……その……なんだ……』

 

 先程まで威勢のよかった覇王の語気が急に治まり、歯切れが悪くなっていく。ついでに顔も少し赤らんでいっていた。

 どうしたのかと彼女を見ている全ての人々が疑問を抱いていたが、意を決したように、彼女は改めて口を開いた。

 

 

 

 

『お前を、今世での俺の虞とする! この些事を終え、俺の治世が盤石となれば迎えに行くから待っているがいい! 以上だ!!』

 

 

 

 

 その覇王項羽の爆弾発言を最後に映像は終わった。

 

 

「ま、まさかの発言」

「これ、あれだよな」

「松永先輩への対抗心だよな」

「おいおいおい」

「死ぬわあいつ」

 

 ただでさえ燕の告白で頭を悩ませていたのにここに来て清楚もとい項羽からの告白だ。案の定、十夜は頭を抱えていた。

 あと燕も「そうきたか」と苦虫を潰したような表情を浮かべていた。

 

「なぁ…………一つ聞いていいか」

「な、なんだ?」

 

 頭を抱えていた十夜が深刻な表情で口を開いた。

 

 

 

「『ぐ』って、何?」

 

 

 

『……………………』

 

 

 その瞬間、この場にいる全ての者が項羽に対して憐憫の念を抱いたのだった。

 

 




作中が確か2009年だったはずなので、これが10年後なら十夜も虞美人に思い至った可能性が微レ存……(ふご民感)

原作との明確な相違点
楊志:若獅子タッグマッチにて色んな技をラーニングしてお手軽パワーアップを果たし原作よりも強化されていたものの、欠陥技の『神々の憑依』を使ったため、技の反動で重症を負う。当然のように瞬間回復をラーニングしているものの、瞬間回復をするための気が足りず、反動による負傷が深すぎるため瞬間回復のための気が溜まらないという不具合。決戦までに治癒が間に合わないため実質リタイア。なお紋白陣営がそれを知る術はない。

マルギッテ:本来原作で瞬間回復カウンターからの梁山泊によるリンチをされたはずが、そのターゲットが十夜に変わった事で結果的に被害を逃れる事となったので、原作での戦場でのサプライズ登場がなくなりクリスの補佐として最初から同行することになる模様。



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