東方紅白龍:R.R. (化道 龍牙)
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転生

注:この作品は、以前投稿した『東方紅白龍』のリメイクですが、ほぼ別物のため、初見の方でも大丈夫です。
それでは、本編どうぞ!

ちなみに、R.R.は「アールツー」と読みます。


──意識が、朦朧とする。

 

眠りから覚めたのとはまた違う、むしろまだ夢を見ているような、そんな意識。

軽く浮遊感や全能感すら感じる中で、俺は周囲を見渡す。

 

──何もない。

 

マンションの空室に用いるような比喩ではなく、本当に何もないのだ。物も、生き物の姿も、距離感などの感覚も、地平線も、空も、地面も、それから─色さえも。

 

白ですらない。かといって透明でもない。何も描かないキャンバスのような白に近いが、あれはれっきとした白という色だ。だがこの空間─と呼ぶべきか否かわからない何処か─は、そんな色の欠片すら見えない。まさしく、無色。

 

 

 

『───目覚めなさい』

 

 

 

──声が、響き渡る。

 

妖艶な女性のような、しかし清楚な少女のような、それでいて聡明な賢者のような、女の声。

何故か微かに警戒心を煽られるが、それ以上に安心感を得る、優しい声。

 

 

 

『───目覚めなさい、運命の迷い子よ』

 

 

 

──声は続く。

 

それはまるで、揺り籠の中の赤子をそっと包み込むように優しく、まるで生まれたての雛に何かを刷り込むように、ハッキリと。

 

 

 

『───忘れられた幻想の地で、新たに生を始めなさい』

 

 

 

──意識が、浮上する。

 

あらゆる感覚が薄れ、体が羽のように軽くなる。ふと見上げると、上の方には虹色に輝く光が見えた。

 

 

 

『───汝の行く先に、どうか幸あらんことを。汝の新たな名は───』

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

「──ここ、は」

 

 

目を覚ますと、木漏れ日が射す林の中だった。布越しの背中で感じる土の感触と、鼻に届く花の匂いが、この状況が錯覚ではないと告げる。

ひとまず立ち上がって、身の周りを確認してみる。自分が今着ている白シャツ、黒コート、黒ズボン。そのポケットに、五百円と書かれた硬貨が九枚、百円と書かれた硬貨が五枚。

何故こんな状況になっているのか思い出そうとして、あることに気づく。

 

 

「……何も、思い出せない?」

 

 

厳密には、全て思い出せないわけではなく、一つ覚えていることがある。朧げな意識の中で女の声が響き渡る、あの奇異な場面だけは忘れていない。その他、物の名称や扱い方、一般常識らしきものも微かに残っているようだ。

 

あの記憶が真実だと仮定して、『新たな生』『幻想の地』『運命の迷い子』といったキーワードとこの状況を結びつけて、出る結論は──

 

 

「……どうやら俺は、転生、というやつを経験したらしい」

 

 

こういうのは記憶が残っているのが筋じゃないのか、と愚痴りそうになるが、そんなラノベ的展開の方が少ないのだろうと割り切る。

それより問題なのは、これから俺はどうするべきかだ。このまま動かないと空腹と格闘することになるだろうし、獣とかがいないとも限らない。けど動くにしても、方向を間違えれば永遠に迷い続けることになりかねない。

 

そんな思考の袋小路に入りそうになった時──

 

 

「グルルゥ……」

 

「……おいおい」

 

 

唸り声のする方を見ると、獲物を前にして目を光らせる赤い狼がいた。

いや、普通の狼ではない。成人男性の平均を少し上回る身長の俺が、真っ直ぐ立ってなお見下ろされると言えば、その異常な大きさがわかるだろうか。おまけに体色も元々ではなく、おそらく返り血で染まったものだ。赤色の中から時々覗く黒色が、その仮説を裏付ける。

 

…さて、この状況で生き残る最善の方法は──

 

 

「──なんて考えてる場合かよ、畜生!逃げるしかないだろ!」

 

「グルアァァ!」

 

 

全力で走る。方向なんてもう頭になく、ペースなんて考える余裕もない。このままでは体力切れで捕まるか、逃げ切れても迷って彷徨うことになる、ほぼ100%バッドエンドな賭け。

 

しかし、まるで何かが僅かな可能性へ導いたかのように、無我夢中で走った先に舗装された道があった。

 

 

「ラッキー…って言っていいのか!?この化け物を人のいる場所に連れてっていいのか!?」

 

「ガルルゥゥ……!」

 

「迷ってる余裕ねーじゃんかー!くそっ…

誰かー!助けてー!怪物に襲われるー!

 

 

一か八か、助けを呼ぶことにする。これなら、腕に自信があるやつ以外は逃げてくれるだろう。自分で解決できそうにないことからは逃げたがるのが人間の性だ。

さあ、できれば強者が助けに来る可能性に賭けたいが…

 

 

▼しかし だれもたすけに こなかった !

 

 

「ちょっと薄情すぎやしませんかね人間様!?」

 

 

叫びながら、目の前に見えた石段を駆け上がる。

なかなかに段数が多いので先に何があるのかわからないが、うっすらと鳥居のようなものが見える気がするのを踏まえると多分神社だろう。

あの狼絶対普通じゃないし、神社ならもしかしたら霊力的な何かで防いでくれるかもという淡い期待を抱いて走る。

 

そして、とうとう石段を登りきり、やはり存在した鳥居を抜け─

 

 

「登り…きったァ!」

 

「ガルゥゥアァア!」

 

「うぉおあぁあ振り切れてねぇし!普通に入ってきてるし!畜生(ちっくしょう)、やっぱ神社なんて非現実的な神聖さ当てにしたのが間違いだった!」

 

 

いや転生とかしてる時点で俺も非現実的だけどな!と心の中でツッコみつつ、神社の境内を突っ切って賽銭箱へ走る。

そしてそのまま、賽銭箱を掴み──

 

 

「これでもくらえやぁぁ!」

 

 

──思いっきり、化け物狼をぶん殴った。

ゴキンと気持ちがいい音がして、見事に砕けた。

 

賽銭箱の端が。

 

 

「砕けたァァ!?」

 

「グゥウルァァアォォ!」

 

「やっぱ怒るよね殴られたらね!」

 

 

完全に打つ手が無くなった俺は、元の場所に賽銭箱を叩き戻し──

 

 

「さっきは非現実的とか言ってごめんなさい神様仏様助けてください貢物ならありますからぁ!」

 

 

持っている硬貨を全て賽銭箱に放り込んで叫んだ。

ジャラジャラと景気のいい音と、俺に取りかかろうとする狼の咆哮が響き──

 

 

「……ぉぉお」

 

 

──いや、その中に、もう一つ音が混じっている。これは…少女の声、か…?

そんなことを考えていると──

 

 

「おおおおかあああねええ!」

 

 

上空から、凄まじい勢いで、紅白の巫女服…巫女服?を着た少女がぶっ飛んできた。思わず口を開けて放心してしまった俺は悪くないと思う。そもそも、俺の中の常識では人は飛べないはずだし。

少女はそのまま一直線に、矢のように鋭く速くこちらに…正確には賽銭箱に向かってくる。当然、それをただ見ている狼ではなく、突然現れた新たな獲物(少女)に飛びかかっていったのだが…

 

 

「邪魔よ、退きなさい!」

 

「グォォ〜ン!?」

 

 

逆に思いっきり吹っ飛ばされ、遠くに見える山の方角へ光となって消えていった。キラーンっていう効果音の幻聴が聞こえる。

そのまま勢いを緩めず、しかしその勢い相応の重さを全く感じさせずにふわりと着地した少女は、一転してウキウキした顔でこちらに歩いてくる。が、よく見ると瞳には賽銭箱しか映っておらず、俺のことは見えていないようだ。

 

 

「ふふ、数年ぶりに聞いたわ、賽銭箱に小銭が入れられる音!さてと、いっくらあるのかなぁ〜♪…ぇええ!?何この額!?一万円くらいあるんじゃない!?うわーやったー!これで半年は余裕で生きられるわ!」

 

 

少女はめっちゃくちゃ幸せそうな表情で目を輝かせて、賽銭箱を振り回してはジャラジャラという硬貨の音を確認している。一万円というのはそんな大金なのだろうか?というか期待に添えなくて悪いがその中にはその半分しか入っていない。

俺が呆気にとられていると、一通りジャラジャラして満足したのか、俺をやっと視界に捉えたらしく、こっちに近づいてくる。

 

 

「ねえ、あのお賽銭入れてくれたのって貴方!?」

 

「え…あ、はい、そうですけど……」

 

「ありがとう!本っ当にありがとう!貴方は私の半年分の命の恩人よ!是非お礼をさせて!何でもするわ!」

 

 

俺の両手を固く握ってブンブン上下させながらそう言う少女。

腕が取れる!と思いながら、一瞬考えて、俺は少女に一つのお願いをすることにする。

 

 

「あ、じゃあここがどこかについて教えてください」

 

「…ず、随分と欲がないのね?こんな美少女が『何でもする』って言ってたら、大抵はもっと色々踏み越えてくると思うんだけど」

 

 

自分で言うか、と感心半分呆れ半分で思ったが、面には出さない。…美少女というのはあながち間違いではないのがタチが悪いな…。

 

 

「いや、実は記憶喪失というやつで、情報が最優先で欲しいんだ」

 

「あ、そうなの?じゃあ色々教えてあげるわ。とりあえず、上がって上がって。あ、私は博麗(はくれい)霊夢(れいむ)。貴方は?」

 

 

少女─霊夢は、そう聞きながら俺を神社の中へ招く。どうやらここは霊夢の家らしい。…言っちゃ悪いから言わないけど、結構ボロい神社だ。道理で賽銭入れられてあれだけ喜ぶわけだ。

そんなことを考えながら自分の名前を霊夢に言おうとして、自分の名前も覚えていないことに気づく。

どう名乗ろうか少し迷って、謎の声の記憶を思い出す。

そうだ、俺の新たな名は──

 

 

「俺は神代(かみしろ)龍夜(りゅうや)。よろしく、霊夢」




次回予告
オンボロ神社で出会った少女・霊夢に、様々な情報を貰う龍夜。
それによれば、この地は"幻想郷"と呼ばれる異世界なようで…

次回、『幻想郷とはなんぞや?』
次回までゆっくりしていってね!


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