機械人間28号ちゃん (シガレット)
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機械人間28号ちゃんとお嬢様

 

 ……ブゥーン。

 

 頭の中で、電源が入りました。誰かがスイッチを押してくれたようです。

 

 「やあ、おはよう。機械人間ちゃん」

 

 瞼を開くと、そこには紳士服に、やけに艶のある赤いスカーフを巻いた男の子がいました。歳は私と同じくらいに見えます。私が15歳の女の子を設定に作られていますから、それくらいでしょうか。

 

 「……おはようございます」

 

 私はゆっくりと起き上がりました。見渡すと、ここは結構なお屋敷のようです。天井にはシャンデリア、窓は金で装飾されて、外からは手入れされた大きなお庭が見えます。

 

 「あなたが私の所有者ですか?」

 

 「そうだぜ。少ない貯金で頑張って君を買ったんだ」

 

 「……あなたはお金持ちに見えますが」

 

 彼は首を振ります。

 

 「ここは僕の家じゃないんだ。お嬢様の家さ。僕はそこの使用人。ミスター・ジャンクフードと呼んでくれ」

 

 「それは本名ですか?私の社会通念プログラムに引っ掛かりました」

 

 「本名じゃないよ。でも、自分の好きなもので呼ばれたいんだ。ジャンクフードはこの世で二番目に好き」

 

 「ちなみに一番は? 」

 

 「この真っ赤なスカーフさ。これは人から借りた物だし、恐れ多くて名前に出来ない。これからよろしく」

 

 彼は手を差し出しました。私はそれを握手だと思って掴んだら、そのまま引っ張られ何処かに連れていかれます。

 

 「そういえば、君の名前は所有者が名付けなきゃ駄目なのか? ……じゃあ、ブルドッグが良いなあ。三番目に好きなんだ」

 

 「名前は既に設定されています。28号です」

 

 「中途半端な番号だな。なんで、28?」

 

 「1号から27号まで失敗したからです」

 

 「後二回失敗しとけば良かったな。そうしたら、きっちり30号だぜ」

 

 どうやら、彼は何でもキッチリしなければ落ち着かない人のようです。それは、若いのに整えられた髪型からや、歩幅に差が生まれない歩き方からでも判断できました。

 

 連れていかれること、23分22秒。その間、長い廊下や永遠に続くと思わせる階段を歩き続け、一際大きいお部屋の前でようやく彼は立ち止まりました。パッと掴んでいた手を離すと私に向き合います。

 

 「……君を買ったのは事情があるんだ」

 

 声を潜めて彼は言いました。

 

 私もそれに合わせます。

 

 「任せてください。私は万能型機械人間。家事でも、事務仕事でも何でも出来ます。夜のお供も可能です。行為中は気持ち悪いからシャットダウンさせていただきますが」

 

 「そんなこと望んじゃいないよ。お嬢様のお友だちになって欲しいんだ」

 

 「その人はお友だちがいないのですか? 」

 

 「……ちょっと変わった人でね。大人しくて可愛らしいんだけれど、気まぐれで暴力的なんだ。僕も何度、殺されかけたか」

 

 彼は裾を上げて、腕を見せます。そこには瘡蓋になった切り傷が幾つか出来ていました。

 

 「検出しました。これはナイフによる傷ですね。お嬢様の危険度を上げておきます」

 

 「その方が良い。悪い人じゃないが、うっかりしてると死んでしまうぜ」

 

 一つ深呼吸をすると、ノックをしてからゆっくりと扉を開きました。

 

 覗くと、部屋の中はピンクの壁紙に囲まれ、艶のある木製の机にお人形が並べられて、キングサイズのベッドがありました。とってもメルヘンチックです。

 

 お嬢様は机の椅子に座っていました。宝石のような瞳が特徴的な女の子です。うっかりすると彼女が一番お人形に近い存在に見えてしまいます。

 

 「お嬢様。使用人の愛之助です」

 

 とミスター・ジャンクフードは言いました。これが、本当の名前のようです。

 

 「別に呼んでない」

 

 「少し、紹介したい奴がいまして。この女の子です」

 

 私はミスター・ジャンクフードに背中を押されて、部屋の中に入れられます。

 

 「……こ、こんにちは」

 

 お嬢様は特段、狼狽えることはなく、私をジッと見つめました。それから、ミスター・ジャンクフードの方に視線を移します。表情は変わっておりませんが、何となく怒っているように見えます。

 

 「愛之助、お前の女か? のろけているなら殴ってやる」

 

 「いえいえ、違います。お嬢様のお友だちとして、連れてきたんです。ほらお嬢様、コミュニティで馴染めない人でしょ? 」

 

 次の瞬間、お嬢様は尖った鉛筆をダーツのように投げてミスター・ジャンクフードの額に刺しました。彼は小さく呻いて、鉛筆を抜き取ります。血がタラリと流れ落ちておりました。

 

 「酷い! 刺すなんて!! 僕はこんなにお嬢様想いなのに」

 

 「知らん。それより、その女を早く家から追い出せ」

 

 「それは私が困ります。せっかく、ミスター・ジャンクフードに買われたのに直ぐ廃棄処分なんて、あんまりです」

 

 私はミスター・ジャンクフードの袖を掴んで慌てます。私たち、機械人間にとって廃棄処分ほど悲しいことはないのです。

 

 「……廃棄? お前は人間じゃないのか?」

 

 「はい。機械人間の28号です」

 

 お嬢様の凍りついた表情が少し溶けたような気がしました。そこにはどす黒い怒りが放たれています。

 

 ミスター・ジャンクフードは額に手を当てて、目を瞑りました。怒りは彼に向けられているようです。おかげで私は大きな安堵を感じました。

 

 「つまり、愛之助。私に機械を友達にさせようとしたわけだな? 」

 

 「だってお嬢様、狂ってんじゃん!! 暇潰しでナイフは投げるし、サンドバッグ代わりにするわ、口を開けば毒しか吐かない。 生身のお友達じゃ死ぬぜ!!」

 

 「最初にお前を殺してやる」

 

 お嬢様は引き出しからナイフを取り出して、ミスター・ジャンクフードに投げつけました。彼は咄嗟に身を屈めて、避けます。頭があった場所にナイフは突き刺さりました。

 

 「やっべえ!後少しで、 もう二度とハンバーガー食べれないところだったぜ!! メンへラかよ」

 

 「……気に入らないわね」

 

 お嬢様は2本目のナイフを投げつけました。ミスター・ジャンクフードは小さく悲鳴を上げて避けようと倒れ込みます。しかし、次は彼の赤いスカーフが壁と共に刺さり固定されました。もう逃げられません。

 

 私は困りました。もし、ミスター・ジャンクフードが死んだら廃棄されるだろうからです。

 

 「……あの、お嬢様。私は馬車のように働きますよ。 どうか私だけは屋敷に置いといてくれませんか? 」

 

 「駄目」

 

 「……ですよね」

 

 ミスター・ジャンクフードは怒りに満ちた目で睨み付けます。仕方ないじゃありませんか。私だって、必死なのです。

 

 しかし、お嬢様に見逃して貰える方法はないのでしょう。ミスター・ジャンクフードと私も彼女を相手にするには力量不足みたいです。

 

 私は諦めの入り雑じったため息をついて、ミスター・ジャンクフードに憐れみの目を向けました。彼は私の意図を察したのか焦ってスカーフを取ろうとします。

 

 可哀想な男の子です。少し、ずれていながらも一生懸命、お嬢様に尽くしたのに、そのお嬢様に殺されるのですから。全く、このお嬢様のどこにそんな甲斐性があるのでしょうか? どんなにお金をもらっても、どれだけ彼女が可愛い女の子でも命には変えられないでしょうに。

 

 すると、ミスター・ジャンクフードは首もとのスカーフを外すことが出来たのか、無事に三本目のナイフを避けることができました。中々、器用です。

 

 私は落ちていたスカーフを拾ってあげます。その瞬間、私は目を見開いて驚きました。スカーフと認識していたのが覆されたからです。私のプログラムされた認識論によると首もとに巻く衣服は、スカーフはもちろん、マフラー、ネックウォーマー、ネクタイなどです。しかし、ミスター・ジャンクフードが身に付けていたのはどれも違います。あろうことに彼はニーソを首もとに巻いていたのです。

 

 フリーズした私にミスター・ジャンクフードは気づいたのか、顔をしかめてスカーフ、もといニーソを取り返そうと、走ってきました。

  

 「それは僕の物だぞ! 」

 

 あまりの迫力にお嬢様もナイフを投げる手を止めます。それから私の方を見ると顔を青ざめました。無表情なままですが、恐怖を感じとれます。私は震えた手で彼にニーソを返しました。

 

 「……な、なんで、ニーソを? 」

 

 「そりゃあ、この世で一番好きなものだからさ」

 

 「それは私のものだ、愛之助。なぜ貴様が持っている? 」

 

 とお嬢様が静かに、そして怒気を含ませた声で言います。

 

 瞬間、ミスター・ジャンクフードは背筋をびくびくさせて、顔を引きつかせます。それから、モゴモゴと曖昧に何かを呟いて、困った顔をしました。しかし面倒になって開き直ったのか、一転して笑顔になります。

 

 「従者が主をリスペクトして、使用後のニーソを巻いて何が悪いのでしょうか!? 良いじゃん! 減るもんじゃないし!! 僕はお嬢様の使用済みニーソを愛してるんだ」

 

 それを最後に彼は逃げるように部屋から出ていきました。残された私とお嬢様がいる部屋には沈黙が流れます。黒く冷たい、まるで深海のような雰囲気です。

 

 約10分後。ちゃんと再起動して、体を動かせることができました。それに満足した私はお嬢様に少しだけ歩み寄ります。狙いがあってのことです。

 

 「……あの~、私だったらミスター・ジャンクフードを一日中、監視できますが? 」

 

 お嬢様は顔を僅かに俯かせて、窓の外を眺めました。庭でミスター・ジャンクフードが双眼鏡を使い私たちを見ているのがわかります。彼女はカーテンを閉めました。

 

 「採用」

 

 



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機械人間28号ちゃんの林檎

 

 機械人間であるからには、コンセントを差しながら林檎を食べよ。私の創設者、コルク博士の言葉です。お屋敷の使用人として買われ、段ボールで郵便される際の別れ言葉でした。

 

 今でも、私はこの言いつけを守り続け、食事はコンセントを刺した林檎しか食べません。まったく、博士の言葉は間違いありませんね。たまにビリビリして美味しいです。

 

 しかし、同じ使用人のミスター・ジャンクフード(本名は愛之助。人間の男の子です。あまりにジャンクフードが好きだから、敬愛を込めてミスター・ジャンクフードと呼んでいます)は理解してくれないようです。私が林檎を食べようとすると、決まってコンセントを隠しちゃいます。

 

 今日の夕飯も私は文句を言われました。せっかく、お嬢様も一緒にテーブルを囲んで食べているのに、気分が悪くなっちゃいますよね。ミスター・ジャンクフードは周りの事なんて気にしないのでしょう。

 

 「なあ、28号。コンセントに林檎を刺して食べる癖やめなよ。僕、気持ち悪くてしかたないや」

 

 ミスター・ジャンクフードは呆れた顔をつくります。やれやれ、勘弁してほしいよね。なんて付け加えて首を振るんですよ。でも、まともな人間の振りをするのが得意なだけです。

 

 なんたって、首に巻かれている愛用のスカーフの正体は、お嬢様のニーソなんですから。いつも、こっそりタンスから拝借するらしいです。彼の性癖は留まることを知りません。なぜ、お嬢様が彼をクビにしないのか不思議ですよね。でも意外に仕事だけはテキパキ出来るんですよ。人間って不思議です。

 

 まあ、それを差し引いても、ミスター・ジャンクフードはド変態。危険信号が鳴りっぱなしですね。

 

 私は林檎を噛み締めて、ミスター・ジャンクフードに一瞥しました。

 

 「良いじゃないですか、ミスター・ジャンクフード。私は栄養バランスを考えて電気と糖分を効率良く食べているんですから。あなたなんて、ハンバーガーやポップコーンばかりで、栄養が偏ってます」

 

 「でも、見掛けは君より良いぞ。でしょ、お嬢様? 」

 

 「知らん」

 

 お嬢様は黙々と本日のメイン、チーズハンバーグをフォークでつつきます。

 

 まったく、彼女はミスター・ジャンクフードと正反対で寡黙すぎます。いつだって表情なんて無くて、眉もピクリとも動かしません。しかも、かなりの暴力癖があるんです。理由もなく、ミスター・ジャンクフードにナイフを投げるのは序の口ですよ。(彼がニーソをスカーフ代わりに巻いているから、という理由は常に成り立つのですがね)可愛い顔して、やることは殺っているのかもしれません。

 

 「とにかく、私は人間では無いので、食べ方に文句を言わないでください」

 

 私はお嬢様に目を背けて、代わりにキッパリとミスター・ジャンクフードに言いました。

 

 「じゃあ、機械らしくしたら? 自分にコンセントを差して充電しておくとかさ」

 

 「機械でもありません。機械人間です。機械でもあり、人間でもあります。当然、人権だって主張しちゃいます。ロボット三原則も破ります。でも、都合が悪くなったら機械に戻ります」

 

 「ずるいぞ! まるで二十歳迎えたら成人だけど、学生だから大人ではありませんって言ってる奴みたいだ。ねえ、お嬢様!? 」

 

 そう言って、ミスター・ジャンクフードはテーブルに身を乗り出します。彼はいつも大袈裟なんですよ。

 

 「知らん」

 

 と、お嬢様は一言。チーズハンバーグをフォークで二つに割って、片方を口に頬張りました。

 

 「ほら、お嬢様も呆れてる! 」

 

 「違いますよね? チーズハンバーグにしか興味ないだけですよね? 」

 

 「君にお嬢様の気持ちが分かるもんか! ねえ、お嬢様!? 」

 

 「知らん」

 

 「ほらっ! な、分かったろ? 」

 

 「何がですか? 理解不能です。ずっとエラー状態ですよ」 

 

 ミスター・ジャンクフードは誇らしげに笑い始めます。

 

 「そりゃ、分からないだろうね。僕とお嬢様は通じあってるのさ。きっと愛なんだと思うよ。マジでさ」

 

 「やっぱり、エラーしてるようです。メンテナンスを要求します。あるいは病院か休暇を。勿論、あなたがですよ? 」

 

 私はムッとして言い返しました。そんな一方通行の愛なんて迷惑なものです。しかし、ミスター・ジャンクフードは気にするでもないように、ケタケタ笑います。本当、苛つきますよね。

 

 「君には分からないのさ! 機械だから。血肉の無い機械だから。冷徹なマシーンだから」

 

 「まあ、そういうことで良いですよ。所詮、あなた程度には私が理解できませんものね。脳みそに限界があるから! 容量が少ないから! ついでに友達も少ないから! 」 

 

 「友達は関係ないだろ!? そんなこと言ったら、お嬢様が気に病むぞ。この人、本当に友達がいないんだから。 マジで一人もさ! 」

 

 私はギョッとしました。この馬鹿ちん、お嬢様のいる前で悪口を言いやがって。しかも、私が言ったかのように。

 

 私はお嬢様の代わらない顔色を伺いながら、ミスター・ジャンクフードに反論します。

 

 「べ、別にお嬢様は関係ありません!! 」

 

 しかし、ミスター・ジャンクフードには聞こえなかったようです。彼は見え透いた涙を浮かべて呟きました。

 

 「……ああ、可哀想なお嬢様。このネジの外れた阿呆に貶されて。人生は友達だけじゃないんだぞ! 」

 

 「わ、分かってますよ! 私だって仕事で館から出られないから、友達いませんし」

 

 「……言い訳にのつもりか? 自分も悲劇のヒロインを演じてるのか? 勘弁してくれよな。本当の被害者は学校に通ってんのに友達が全く出来ないお嬢様、ただ一人だってのに!! ねえ、お嬢様!? 」

 

 次の瞬間、ミスター・ジャンクフードの顔面がめり込み、椅子と共に倒れちゃいました。私はゾッとして、席を立ち上がり、迷いなく扉に向かって走り出します。しかし、気づいたら床に頭を叩きつけられていました。

 

 心の中では、ひたすらお嬢様に対する懺悔の言葉を唱えていました。

 

 ふと、見えたミスター・ジャンクフードの鼻血が、私のコンセントを刺した林檎を真っ赤に染めています。それは、この世で一番真っ赤な林檎に思えました。こんな素敵な物を見れるのなら壊れるのも悪くないかな。

 

 それを最後に、私の意識はシャットダウン。まあ、後悔はしていませんよ。思ったことは言えたわけだし。

  

 



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機械人間28号ちゃんと死にたくなる日

 日が沈み、電灯が点き、外が暗くなってくると理由もないのに切なくなる。そんな時ってありません? 私はあります。たとえ、私みたいな機械とオイルで出来た人間であったとしても、血と肉で出来た人間とそう感情面では変わらないのです。

 

 それに私の主であるお嬢様と比べたら、もしかしたら私の方こそ人間らしい人間であるかもしれません。彼女の館で起動してからこれまで一ヶ月と二十二日三十三秒経過しましたが、その冷たい態度はまるで冷徹な殺人マシーンのようです。朝に挨拶をしても返事を返さないし、一日の殆どを部屋のなかで過ごして他者を拒絶し、これまで笑った顔さえ見たことはありません。学校でも友人をつくらず、喋りかけられても相槌もしないそうです。さすがの天使のように明るい私も気が滅入ってしまいそうでした。毎日無表情で怒りっぽいお嬢様と顔を合わせることが苦痛になっていたのです。きっとそんなことも重なってこの日、私は夕暮れを眺めながら死んでしまいたくなっちゃいました。

 

 そうやって閉じられた世界に絶望しながら窓辺を眺めていると、背後から赤いスカーフを首元に巻いた男の子がやって来ました。ミスター・ジャンクフードです。彼も私と同じ使用人ですが、生物学上ではちゃんとした人間です。ということで機械人間ではありませんが、お嬢様曰く人間としてどこか間違っている人間であり、人間の皮を被った化け物であるそうです。私もこれに批判しません。彼と比べると、私の方が人間らしいと思っていますから。しかしミスター・ジャンクフードからしてみれば、自分こそが人間らしい人間であると信じて疑いません。曰く、人は常にどこかで間違うものだそうです。それはそれで正しい気がしますが、間違っていることを正当化しているようにも聞こえます。なんだか、もう何が何だかわからなくなりそうですね。

 

 そもそも彼はミスター・ジャンクフードとい名前でなく、戸籍上は愛之助というらしいです。しかしこの世で二番目に好きなハンバーガーやポップコーン等のジャンクフードを名前にしたいからという理由で自分をそう自称し、周りにもそう呼ばせるように促しています。ちなみに、なぜ一番好きなものを名前にしないかというと、一番好きなものは主であるお嬢様だからです。高度な次元の奇人である彼もさすがに恐れ多くて一番好きなものは名乗ることが出来ないみたいでした。さらに補足するならば、私はこの同僚が嫌いです。まあ、どうだって構わないかもしれませんが。

 

 とはいえ、同情するべき部分もあります。彼は愛故に嬢様に接近する機会を常に伺っているため、彼女からの無慈悲の反撃にやられてしまうこの館の最たる被害者でもあるからです。もっともこれはお嬢様の冷徹さのせいだけでなく、彼の歪んだ愛のせいでもあるのです。お嬢様の気を惹こうとして殴られ、お嬢様を心配して殴られ、お嬢様のストッキングをこっそり嗅いでみようとして殴られる光景を何度も見てきました。しかし未だに諦めようとはしません。不屈の精神の持ち主なんです。

 

 そんな彼が気さくに「やあ」と言って、私の側に立った時、もう本当に死んでしまおうかなと強く思ったぐらいです。彼は私が何を見ているのか気になったみたいでした。その横顔を見ると、幼いながらも皺が一つもない清潔な紳士服を着こなしており、その服に自然と合致する顔立ちだけは良いことがわかります。つまり表面上だけは完璧なんです。代わりに中身だけが腐ってどろどろの液状になって取り返しがつかないことになっています。

 

 「どうしたんだ、28号? 」と彼は言いました。

 

 28号とは私の名前です。誰も名付けてくれないので製造番号が名前になってしまいました。これではミスター・ジャンクフードとあまり変わらないかもしれませんね。ああ、悲しい。

 

 私は眉を寄せながらこう答ええました。

 

 「別になにも見てませんよ。死にたくなっただけです」

 

 「死にたいだって? またなんで? 」

 

 「たぶん太陽が沈むせいでしょうね。本当のところはわかりません。ただ一日の終わりってなんだか色々と悲しくなるんです。こういう気持ちってわかりませんか、ミスター・ジャンクフード? 」

 

 彼は肩をすくめ、しばらく熟考しました。それから首を横に振りました。

 

 「ぼくにはわかんないな。お前と違ってロボットじゃないし」

 

 「ロボットはそんなこと考えませんよ。それに私はロボットじゃなく機械人間です! そこをお間違いなく」

 

 「どちらだって構うものかよ。とにかく僕は太陽を見たって死にたくないね。それが人間らしい人間なんだよ」

 

 「嘘だ。ミスター・ジャンクフードは真っ当な人間じゃないからそんなことを言うんです」

 

 「ぼくこそが真っ当の人間だね。というか僕こそが人間の本質を司っているのだ」

 

 「あなた、たぶん悲しいという感情を胎内で忘れてきたんですよ」

 

 「結構酷いこと言うな。さすがの僕も泣いてしまいそうだ」

 

 「嘘だ。ミスター・ジャンクフードは真っ当な人間じゃないからそんなことを言うんです」

 

 「本当だって。……というか、さっきと同じこと言ってないか? 」

 

 「言ってません。全く、あなたには風情がないのですよ。あの太陽を見て何も思わないのですか? 」

 

 「綺麗だなあ、とは思うよ。でもただの太陽じゃないか」

 

 「私は何だか悲しくなるのです」

 

 「わかんないな。だって明日もお嬢様に会えるし、お嬢様のお世話も出来るし、お嬢様と同じ部屋の空気を吸えるし」

 

 「そうですか」と私はため息を吐きました。やはり彼とは住む世界が違うようです。同じく住み込みで働いているのに何も共感できないし、されません。

 

 「それよりお嬢様がどこにいるか知らない? 」

 

 「さあ、見てませんね。たぶん部屋の中だと思いますよ。また殴られに行くのですか? 」

 

 「そうなるかもしれないな。……でも本当は殴られたいわけじゃないんだ」

 

 「そうなんですか? 」

 

 「ああ、そうさ。だって身体だけじゃなくて心も痛いから。本当はもっと仲良くなりたいだけなんだよ。だけど僕は僕の知っている方法でしかお嬢様と会話できないんだ」

 

 ミスター・ジャンクフードの顔が少しだけ暗くなりました。たしかに彼にも悲しいという感情はあるみたいです。こういうところがあるからちょっとだけ同情もしてしまいます。

 

 「それなら今日はいつもと違う方法を試してみては? 」と私は言いました。「とにかくお嬢様の私物をこっそり拝借したり、匂いを嗅いだり、そんな気持ち悪い犯罪をやめ、悔い改めて接することです」

 

 「それもそうだな。でも僕にとってもあれは大事なものなんだ」

 

 「お嬢様とどっちが? 」

 

 彼は瞼をぎゅっと瞑り、うめき声を出しました。

 

 「……わかったよ」

 

 「何が? 」

 

 「ちゃんと真摯に向き合ってみるよ。もう嫌われたくないし」

 

 「素晴らしいです、ミスター・ジャンクフード」

 

 「ああ、真摯にやるさ。これまで以上に」

 

 「これまで以上? 」

 

 「そう、これまで以上に真摯に向き合うんだ」

 

 「……そうですか」

 

 こうしてこの日はミスター・ジャンクフードは帰ってきました。私もしばらくしてから自室へと戻りました。いくら太陽を見てもの悲しくなったとしても本当に死んだりはしません。その日はぐっすりと眠りました。

 

 次の日、仕事が終わり、私がまた夕暮れ時に窓辺で黄昏ようとして、いつもの窓に向かっていたら先客がいました。ミスター・ジャンクフードです。背中から哀愁が漂っています。きっと上手くいかなかっただろうから、彼の肩を何度か軽く叩いて元気付けてやりました。

 

 「今日もお嬢様に叩かれましたか? 」

 

 「うん」と彼は呟くように小さい声で答えました。

 

 「今日は何をしたんです? 」

 

 「うん」

 

 「頭がちゃんと働いていないみたいですね。ちゃんと答えてください」

 

 「……これまで拝借していた私物を返しただけだよ」

 

 「良いことじゃありませんか。一歩成長ですね。人類にとっては小さな一歩ですが、あなたにとっては大きなものです」

 

 「そうかな? 」

 

 「きっとそうですよ。頑張りましたね」

 

 「本当だな。でも何だか辛いよ。お嬢様、無表情でがんがん僕のお腹を殴ってくるんだもの。苦しいし、悲しかったよ。それでお前との話を思い出してここに来てしまったんだ。今ならお前の気持ちがわかる気がする」

 

 「まあ、そこはお互い様だと考えましょう。きっとその方が上手くいきます」

 

 「……そうだな」と彼はスカーフで涙を拭きました。

 

 「夕暮れの太陽はどうですか、ミスター・ジャンクフード? 」

 

 「死にたくなる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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