ジョジョの世界に転生しました。 (鏡華)
しおりを挟む

ジョジョの世界に転生しました。(自己申告)

一発ネタです。勘違いものって難しいですね。

鬼滅世界で波紋の呼吸使う作品、もっと増えてもいいと思うの。


8/29:原作読んだら時系列メチャクチャだったので修正しました。


──暗い。

 

 

ぱちぱちと、数回瞬きを繰り返して、目を闇に慣らす。

 

時間が経つと共に、視界の中で浮かび上がる輪郭を辿る。

 

根、土、草、幹、枝、葉、葉、葉、葉──。

 

一面の自然を確認した後、ようやっと上体を起こし、ぐるりと辺りを見渡す。

 

生い茂る木々と暗闇に苛まれ、遠くまで見えるわけではないが、少なくとも近くに人工物はない。

 

 

──こりゃあ参った。

 

 

焦燥と恐怖をごまかすように、あえて何てことない口調で独り言ちる。

 

何故自分がこんな場所にいるのか、皆目見当もつかない。

 

酔って記憶を無くすにしたって、こんな場所まで来るかね、普通。

 

溜息と共に、くしゃり、と前髪を無造作にかき上げたところで、気づく。

 

小さく、柔らかい、自らの手。

 

成人もとっくに終えた、骨ばった本来のそれは、見る影もない。

 

慌てて立ち上がる──視界が低い。

 

 

……まーじで?

 

 

思わず空を仰ぐも、視界に写るのは葉と枝の群れだけだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

どうもどうやら、私は別世界に来てしまったらしい。

 

転生なのか転移なのか、はたまた憑依なのかは置いておいて、ともかく、別世界。

 

死んだ覚えはないんだけどなあ。唐突だなあ。心の準備させろよ畜生。

 

周りは森で、人っ子一人いなくて、どういう世界なのかもさっぱり分からないけれど、少なくとも別世界なのは確かだと、そう言い切れる。

 

え?何で確信してるのかって?

 

 

 

「イヒヒッヒヒヒヒ!子供だぁ!柔らかそうだなぁ、旨そうだなぁ!」

 

 

 

──まさに今別世界である証拠に追い掛け回されているからなんだなあこれが!

 

 

ヒトっぽい四肢を蠢かしながら迫ってくる異形。

 

もちろん、私が元居た世界にはこんなもんいなかった。

 

が、こういう類の化物はフィクションで腐るほど見てる。

 

その経験則と勘でわかる。捕まったらまず助からない。

 

いやあ即座に足が動いてよかった。見たら発狂するタイプの神話生物じゃなくてラッキー。

 

随分と短くなって、動かし辛くなってしまった足を懸命に動かし、走る。

 

大きな木の根とか、岩とか、とにかく目に映る障害物を使って、少しでも距離を引き離すよう立ち回る。

 

私の趣味がパルクールじゃなきゃとっくに詰んでたね。

 

にしても服がまとわりついて動きづらい。暗くてよくわからんが少なくとも前世界で着ていたような服じゃないだろう。

 

 

「ちょこまかと鬱陶しいなァ!とっとと捕まれクソガキャア!」

 

「うっせーーーーんだよテメーこそとっとと諦めろ!つーかお前の方がよっぽど鬱陶しいわカサカサ動きやがって視界がやかましいんだよ!!」

 

 

苛立ちのままに、売り言葉に買い言葉。

 

それがいけなかったのかもしれない。

 

ずるり、と足元が揺らぎ、不意の浮遊感。

 

 

「──や、ばっ」

 

 

ろくに見えない暗闇の中、木の根を飛び越えた先には、地面がなかった。

 

急に止まることもできず、そのまま暗闇に投げ出される。

 

 

──あ、死んだか?

 

 

全身を包む浮遊感に、走馬灯がかけめぐる──暇もなく。

 

 

「────っ!」

 

 

腹部に衝撃。

 

岩か、根か。暗くてよくわからないが、全体重がその突起にのしかかった。

 

肋骨の間をすり抜けて、体の中心を貫くように食い込む。

 

 

「が、ぁ……!」

 

 

うめき声と共に、肺から全ての空気が絞り出されていく。

 

息が、できない。

 

 

「イヒヒヒヒィ」

 

 

悶え苦しむ私の腕を、異形の手が掴む。

 

無遠慮に持ち上げられるのにも抵抗できず、されるがままにぶら下がるしかできない。

 

 

「どこから喰おうかなァ……一等柔らかいはらわたかなァ……」

 

 

ちろちろと舌を覗かせながら吟味する化物を睨み付けようと、顔を上げる──と。

 

気道が広がり、空になった肺に空気が怒涛の勢いで流れ込む感覚に、身体が持っていかれそうになる。

 

コォォ、と、奇妙な音が聞こえた。

 

 

 

「ギェ、イァアアアアアアアア!?」

 

 

 

化物は、急に叫び出したかと思うと、私の腕を離した。

 

そのまま重力に従い、地面に崩れ落ちる。

 

 

 

何事かと見やると──奴の腕はボロボロに砕けていた。

 

 

 

少しずつだが、確実に、胴体に向けて侵食する崩壊に、化物の顔が引きつる。

 

その崩れ行く手が、私の腕を掴んでいたものだと理解した私は、考えるよりも先に動いた。

 

賭けだ。負ければ死ぬ。それでも。

 

渾身の力で飛び上がり、化物の顔面に両手を押し付ける。

 

ジュウ、と焼けるような音。

 

 

「ギアアアアアアアアアアアア!!?馬鹿な、これは日の光のォオオオオオオオ!?」

 

 

断末魔と共に、怪物の頭が砕け散る。

 

頸を喪った身体は糸が切れたように倒れ込み、灰となって散っていった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

夜明けが来るまで木の(うろ)で必死に呼吸を維持し続けた私ですこんにちは。

 

明るくなってから化物を倒した場所に戻ってみたけど、やっぱりそこに奴の身体は残っていなかった。

 

日が差してようやく状況がわかったが、私が足を滑らせたのは、小さな土砂崩れ跡のような段差だったらしい。

 

そこから、剥き出しになっている岩の突起部分に覆いかぶさるように落下し──丁度、それが私の横隔膜を突いた。

 

で、今している呼吸法が誘発された、という訳。

 

ということはつまり。

 

 

「──やっぱりこれ、波紋……だよな」

 

 

呼吸をすると、血流に沿って、痺れるようなエネルギーが手足に集まっていく感覚がある。

 

"波紋"。

 

『ジョジョの奇妙な冒険』初期に登場する、仙道エネルギーを生み出すための呼吸法。

 

会得するためには、何年も過酷な修行をしなければいけないが、達人が横隔膜付近を刺激することで一時的に同じ呼吸法をさせることも可能だ。

 

あれだね。ツェペリ男爵がジョナサンにしてたやつだね。

 

それが今回、()()()()再現された、ということなんだろう。

 

そして、一晩ぶっ通しで呼吸をし続けたおかげで、多少感覚が掴めてきた。

 

まあ、つまり、何だ。

 

私の異世界特典は、波紋の呼吸だった、ということになるのだろうか。

 

 

「……にしたって力技すぎやしねえか神様よお……」

 

 

岩にぶつかったから呼吸覚えましたって、流石に無理あるでしょうよ。

 

それなら事前に神様が姿見せて口頭説明してくれた方がマシだわ。

 

……いるかどうかもわからない奴への愚痴はここまでにして、状況を整理しよう。

 

 

 

まず、起き抜けに私を襲ってくれやがったあの化物。

 

人を喰い、波紋(と、おそらくは日光)が弱点。

 

……とくれば、まあ吸血鬼だろう。

 

石仮面によって生まれる、不老不死の怪物。

 

その配下である屍生人(ゾンビ)の可能性もあるが、ここは最悪を想定して吸血鬼としておく。

 

この山にいるのがあの1体だけなら良いが、希望的観測はできない。

 

覚えたての微弱な波紋で、あんな不意打ちみたいな真似で、今後対抗できるとも思えない。

 

誰も頼りにできない以上、ある程度1人でなんとかできるだけの力はつけたいが……それは追々考えよう。

 

 

次に、私の服装。

 

着物、である。

 

それも安い生地の、粗末な物。

 

日常的に着られているであろうことが窺える。

 

つまり、まだ洋服が普及していない時代。

 

 

 

となると、ここは『ジョジョの奇妙な冒険』──さらに言うと、その1部、あるいは2部の世界、と考えるのが妥当だろう。

 

特典能力(仮)がスタンドではなく波紋なのも、納得がいく。

 

この時期はスタンドのスの字もないからね。

 

 

 

問題は、場所である。

 

着物と、あの吸血鬼が話していた言葉から、おそらく此処は日本。

 

1部の舞台であるイギリスでも、2部の舞台であるイタリアでも、波紋の本場チベットでもない。

 

ジョジョの世界では3部になるまで影も形もない、それが日本だ。

 

すなわち、波紋の修練をするにあたって、師と仰げるような人物はみんな海の向こう。

 

時代的にも年齢的にも、単身で国を跨ぐというのは現実味がなさすぎる。

 

日本にいるのかもわからない、見ず知らずの波紋使いを探して全国行脚というのも同上。

 

 

 

──まあ、そもそもこの山を下りないことには始まらないのだが。

 

 

山を下りるために波紋を鍛えたいが、波紋を鍛えるためには山を下りなければならない。

 

 

うーん、ジレンマ。

 

 

悶々と考え続けても埒が明かず、腹は空くし喉は乾く。

 

──よし、とりあえず、木の実でも探そう。

 

ぱちん、と両手で頬を叩き、目の前のタスクに思考を切り替える。

 

サバイバル環境では、絶望に呑まれないようにやるべきことに集中するといいらしい。

 

まずは食料と、飲み水の確保。

 

ついでに周辺の散策だ。

 

山を下るにしても準備は要る。

 

焦らずに、落ち着いて、1つずつ着実に。

 

生きるために、全力を尽くそう。

 

 

 

***

 

 

 

そんなこんなで3年経ちました。キングクリムゾン!

 

3年……3年!?嘘だろ承太郎!

 

まだ私山下りれてないんだが!?

 

おっと、3年かけてリスポーン地点から離れられないクソ雑魚、とか思わないでほしい。

 

だってここ、人里離れた、ってレベルじゃなく離れてる。

 

一度山頂まで行って確認してみたけれど、見渡す限り山、山、山。

 

村はおろか平地も見えない。

 

人に出会うまで山をいくつ越えなきゃならないのか、考えたくもなくなるわこんなん。

 

旅人とか、山伏とかに出くわさないかな、と淡い期待も寄せていたが、それも昔。

 

 

なんでかって?アホみたいに吸血鬼がいるからですよ。

 

 

年がら年中鬱蒼とした木々で木陰が多いこの山は、どうにも吸血鬼にとっては絶好の環境らしい。

 

毎夜毎夜、何なら曇りの日には昼にも出くわす。

 

そりゃ誰もこんな山に入りませんわ。道理で獣道しかないわけだよ。

 

 

 

そんなわけで、山を下りるどころか、すっかり野生児となって、3年。

 

山頂付近の、日の光が入る開けた場所をねぐらにして、食料調達と独学で波紋を練り上げる日々を繰り返した。

 

まず最初に、寝ている間にも波紋の呼吸ができるようにして、次に仙道エネルギーを全身に回すための操作術。

 

狩りに慣れてきた頃から、波紋による物体操作・生物操作の練習。

 

回復機能と戦闘術は、吸血鬼との戦闘で嫌でも覚えた。

 

 

あ、そうそう。倒した吸血鬼に聞いたところ、どうやら今は江戸時代後期らしい。

 

1部の20年前くらい。

 

微妙に原作から外れていて、ちょっと残念──と、思ったところで、疑問が湧いた。

 

 

──何でこのタイミングで、こんなに吸血鬼がいるんだ?

 

 

1部でディオが石仮面の能力に気付くまで、吸血鬼という脅威は鳴りを潜めているはずだ。

 

そうでなければ、柱の男の復活を待たずに、あっという間に人類は滅んでいる。

 

じゃあ、何故、吸血鬼が極東の島国でのさばっている?

 

 

 

考えて、考えて──水面に立てるようになった頃に、1つの仮説を立てた。

 

すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()──という、仮説。

 

 

吸血鬼は、柱の男たちの食料だ。

 

2部でも手駒兼食料として、百人ほどの人間が吸血鬼にされていた。

 

──それはきっと、彼らが眠りにつく前、2000年前にも行われていたのだろう。

 

柱の男が、吸血鬼を喰い尽くさず、あえて野放しにしたまま眠りについていたとしたら。

 

稚魚を川に放流するかの如く、次の目覚めの時にも食事にありつけるように。

 

そして、その吸血鬼が国を渡り、日本に流れ着き──今に至るまで、生き続けていたとしたら。

 

血を分け与えることで数を増やし、人を喰らい続けているとしたら。

 

 

 

……これ、私が頑張らないといけないスピンオフ的な奴では?

 

物語の裏で、知られざる奮闘があった、みたいな。よくあるよね。

 

慣れない運命論を使うならば、ジョナサンや波紋戦士たちの代わりに日本で人々を吸血鬼から守る、というのが、この世界での私の役割なのだろうか。

 

もしそうなら、物語の奴隷にされているようで業腹ではある。

 

でも死にたくないし、日本を吸血鬼に滅ぼされるのもまっぴら御免だ。

 

 

──よっしゃ、やるだけやってみるか。

 

 

人間、ポジティブに捉えなければやっていけない時もある。

 

どちらにせよ、山を下りるためには吸血鬼を倒さなければいけないわけだし。

 

さーて、世界救っちゃいますか、という奴だね。

 

 

 

そんなわけで、決意を固めてから攻勢に出た。

 

私の波紋は思ったよりも練度が上がっていたようで、雑魚吸血鬼は楽に倒せる。

 

片っ端から波紋を流し込んで、時々自分用に着物や履物を()()していたら、いつの間にやら鬼ごっこの鬼役が交代していた。

 

そりゃまあ、昔から血の気が多いとはよく言われていたけれど、まさか吸血鬼に『鬼』と言われる日が来るとはね。

 

とは言え、それは下っ端共の話。

 

逆に、縄張りを持っているようなそこそこ強い奴らは、強者の身体を喰おうと襲ってくるようになった。

 

なんか血?体液?を操作する能力持ちの吸血鬼。

 

ちょっと違うけど、スト様がやってた奴だ!とテンション上がったのは内緒。

 

そいつらを何体か倒したところで、そろそろ情報収集を始めた方がいいのでは?と考え出した。

 

 

石仮面を被った吸血鬼は日本のどこに、どれだけいるのか。

 

いるとして、それは柱の男と直接的な関わりがある、2000年前からの生き残りなのか。

 

これから対峙する時の心構えと対策練りのために、知っておいて損はないだろう。

 

 

襲ってきた吸血鬼──この山で見た限りだと、2番目か3番目くらいに強い奴──の四肢を波紋で粉々に砕いてから、尋問する。

 

 

──お前をその身体にした奴はどこにいる?

 

 

吸血鬼は震えるばかりで答えない。

 

仕方がないので、質問を変えた。

 

 

──柱の男を知っているか?

 

 

前の質問で歯の根が合わなくなった状態だったので要領は得ないが、大体こんなことを言っていた。

 

 

きっとあいつ等を喰えばあの方に認めてもらえる。

 

いつかあいつ等を喰ってもっと強くなってやる。

 

そのために、お前を殺す!

 

 

再生した腕を振りかぶって来たので、そこで諦めて、頭を潰した。

 

塵に還っていく吸血鬼を見ながら、考える。

 

 

1体目から柱の男を知っている奴に出くわすとは思わなかった。

 

けれど、柱の男よりもこいつを吸血鬼にした奴への恐怖心が強かったことから、知識としてしか知らない、という方が正しいのかもしれない。

 

まあ、2000年姿を見せない、いるのかもわからない上位存在よりも、直接的に自分を支配する奴の方が恐ろしいのは当然の心理だろう。

 

ディオも柱の男なんざ敵ではないわ!くらいは言いそうだしな。

 

問題は、あそこまで恐怖させる親玉の方だ。

 

恐らくは、原作に出てきたどの吸血鬼よりも長く生き、多く人を喰っている怪物。

 

これ、私1人で対処しきれるのかな──と、半ば絶望していたところで。

 

 

 

 

がさり、と背後から音。

 

 

 

反射的に波紋を練り上げ、振り向き様に蹴りを一発。

 

それを鞘に納めたままの刀で防いだ男は──この世界で、初めて見る人間だった。

 

 

 

***

 

 

 

鱗滝、という名前らしい。

 

随分と優しい顔立ちをした少年は、そう名乗った。

 

この山から下りてくる鬼の数が増えたと報告を受けて、調査に来たと。

 

どうも、吸血鬼のことを日本では鬼と呼んでいるようだ。

 

吸血鬼という言葉は海外発祥だし、そう呼称するのは自然だと、納得した。

 

そして、山を下りる吸血鬼たちは多分私が追いかけまわすようになってから逃げた雑魚たちだと思います本当に申し訳ない。

 

にしても、こんな小さい男の子が単身で乗り込んでくるとは。

 

正確にはわからないけど、肉体年齢的には私よりちょっと上くらいかな?

 

 

 

16歳で任務?世も末だねえ。

 

いや、江戸ならその歳で働いているのは普通か。

 

ん?何?鬼を殺すための組織?

 

ふむふむ、鬼殺隊、全集中の呼吸、日輪刀……。

 

え、ジョジョ世界の日本ってそんなガラパゴス進化遂げてるの?

 

はー、驚いた。山の外ではそんなことになっているとはね。

 

まあ、吸血鬼が世界中にいるのなら、国ごとに対策組織があってもおかしくはないか……。

 

 

で、それ私も入れる?

 

 

うん?いや、今後も吸血鬼──いや、鬼と戦うなら、そりゃ根無し草よりも後ろ盾があった方が色々と楽じゃんよ。

 

だから、鱗滝クンが紹介してくれて、入れるなら入りたいけどなーって。

 

……あー、うん。そうだね。まずこの山の鬼全部倒してからだね。

 

──よし、じゃあ行こうか。

 

山を下りたら、色々教えてよ。私、世間知らずだからさ。




オリ主(ラスト時点で12歳)

前の世界では24歳女。
趣味はパルクール、サバゲ―、キックボクシング。
好きな漫画だけ読むタイプのライトオタクだった。
『鬼滅の刃』は一切知らない。
自分の持ってる知識のみで推測してたらあらぬ方向へ飛んで行ってしまった人。

この後、ジョジョ世界のガラパゴス日本だと勘違いしたまま、日本内の鬼全滅を目指して鬼殺隊入隊。
唯一刀を持たない隊士として、鬼殺隊所属歴最長、柱在任歴最長、柱歴代最年長の記録を樹立する。



波紋の呼吸 in 鬼滅の刃もっと増えて(願望)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

元柱と現柱のよもやま話

日間短編ランキング週間3位獲得ありがとうございました!

とりま書きたいところだけ書きました。
既に転生要素も勘違い要素も息してないけど気にしない。


「よっ、遊びに来たぜ」

 

「……暇なのか?」

 

 

 

──つくづく、奇妙な女だと思う。

 

山で出会ったあの日から、その印象はついぞ変わらなかった。

 

 

鬼の巣窟と化していた霧深い山で1人生きていた少女。

 

自分以外の人間に初めて会った、と笑う奴に鬼への恐怖が無いことが、逆に恐ろしいと感じたのを覚えている。

 

鬼の群れにも臆さぬ胆力、弱肉強食の世界で研ぎ澄まされた判断力と身のこなし。

 

そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

水面を歩く、負傷を回復する──()()使()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まるで鬼を滅するために降りてきた神のようだ、と、幼心に馬鹿げたことを考えた時分もあったか。

 

物見遊山のように藤襲山を踏破し、正式な鬼殺隊員となってからの、産屋敷家の必死の囲い込みが、その妄想を後押ししていたとも言える。

 

……もっとも、目の前で自分が持ってきた土産の団子を頬張る奴に、そんな覇気は微塵もないわけだが。

 

 

 

「それでさ、結局今回の嘆願書も笑顔で返されたわけよ。若様ったら頑固よね」

 

「もう若様ではない。御館様と呼べ」

 

「私らからすればずっと若様だろ。童の頃から知ってるんだしさ。立派になってお姉さん嬉しいやら寂しいやら」

 

「……もう()()()にもなって、その振る舞いを改めようとは思わんのか。他の隊士たちに示しがつかんだろう」

 

「見た目に見合った振る舞いをしてるだけだよ。若い奴が辛気臭い顔してたら上がる士気も上がらんしな。何だ?左近次、いつまでも若い私に嫉妬でもしたか?」

 

「下らん」

 

 

ケラケラと笑うその顔に、自分のように細かく刻まれた皺はない。

 

老いないのもこの呼吸の効果だ、と20年ほど前に言われたが、ここまで来ると化生の類に近い気がする。

 

 

「それで、その嘆願書というのは、また()()()()()調()()という奴か。お前も懲りんな」

 

「おうともさ。何回出しても突っ返される。40年だぜ?若様一族も頑固なもんだ」

 

「……鬼舞辻にもまだまだ手が届かない現状だ。お前を日本(ひのもと)から出す余裕は無かろうよ」

 

「いやいや、わからんよ。海の向こうには鬼以上の怪物がいるかもしれないし、それを打倒しうる方法があるかもしれない。それを持ち込めたら戦局は大きく変わるはずだ」

 

「そんな憶測で()を現場から離れさせる余裕は無いと言っとるんだ」

 

「……その呼び方、嫌いだって言ってるだろ」

 

 

まただ。

 

根拠の知れない、確信めいたもの言い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

なまじ実力と立場を手に入れたからこそ、後ろ指を指される程度に落ち着いたが、入隊当時はそれはもうひどかった。

 

命知らずにも御館(先代)様への進言を試み続け、挙句の果てには独断で海を渡ろうとしたこともあったか。

 

隊員を混乱させるとの理由で謹慎処分を受けてからは丸くなったものの、行動を縛り付けられるように任務続きの日々を送る羽目になったのは、まあ自業自得と言えよう。

 

お目付け役として自らも厳重注意をされた身故に、この手の話はあまり好かない。

 

多少強引に、話題を変える。

 

 

「ところで、最近の隊の様子はどうだ。炎柱が退いたと聞いたが」

 

「あー……槇寿郎なあ。見てるこっちが辛くなる憔悴っぷりだったぜ。立派な人だったもんなあ、奥さん。惜しい人を亡くしたよ」

 

 

憂いに目を伏せながら、しみじみと語る。

 

炎柱──煉獄 槇寿郎の凋落は、噂通りであるらしい。

 

 

「塞ぎ込む気持ちはわかるが、息子たちにも当たり散らして手に負えん。あのままだとお互いに良くないから、私が預かることにした」

 

「そうか……む?お前が、か?」

 

 

思わぬ報告に、身を乗り出しそうになるのを堪える。

 

 

「確か、長男は煉獄自らが鬼狩りにすべく指南していたはずだが……それを継子にするのか?」

 

「まっさか!()()()()()()()()はお前がよく知ってるだろう。呼吸法を教えるのも、()()()()無理だった。育手(お前)の真似事をして体術を仕込んでやるのと生活の面倒見てやるくらいしかできんが、それでも無いよりましだ。だって、杏寿郎──長男な、アイツ、指南書3冊だけを頼りに鍛錬を続けようとしてたんだぜ?流石に放っておけないだろう」

 

 

よもや、という期待が外れ、無意識に込められていた肩の力を抜いた。

 

唇の片端を引き上げる奴から、諦めの匂いが漂う。

 

 

「……そうしょぼくれんなって。()()()()()()()()()()()()()()──なんて、とっくの昔にわかってることだろう。だからこうやって、老いぼれながら現役張り続けてるんだからさ」

 

「お前の技が使える者が、あと3人──否、1人でもいれば、上弦の鬼どもの頸にも手が届くというのに。ままならんものだな」

 

「そこまで買ってくれてるとは、ありがたいねえ。ま、せいぜい生きてる内に足掻くさ。

 

 

 

 ──私の代で、日本の鬼は全て滅殺する。絶対にだ」

 

 

 

強い決意と、焦りの匂い。

 

一瞬感じたそれは、すぐさま霧散した。

 

 

「……あーあ、なんか辛気臭い空気になっちまった。今日はお前の可愛い弟子の様子を見に来ただけだっていうのに」

 

「やはりそれが目的か……毎度毎度飽きんな」

 

「飽きんね。後進ってのは皆可愛いもんだ。杏寿郎も義勇も錆兎も、きっと将来いい剣士になるぞぉ。真菰みたいに私を支えてくれるようになるさ。あ、慈悟郎んとこの弟子はちょっと性根がアレだったから一発気合入れてやったけど」

 

「やはり暇なんだろうお前」

 

 

話だけでも既に元炎柱と元鳴柱の所に赴いている。

 

それぞれそう近い距離にあるわけでもなかろうに。

 

暇じゃないやい、と頬を膨らませる様子を、面越しに薄い目で見る。

 

 

「任務続きの中のちょっとした息抜き、さ。

 あの2人、森で鍛錬してるんだろう?ちょっくら行ってくる。その団子、後で3人で食べてくれ」

 

 

鈍く光る籠手と脛当てを付け直し、ひらりと身軽な動きで小屋を出ていく姿を見送る。

 

おそらくは這う這うの体で帰ってくるであろう2人の弟子を思い、今晩は滋養のある夕餉にしようと、支度のために腰を上げた。

 




綾鼓(あやのつづみ) (しお)

なんやかんやで40年経ってしまって焦りを通り越して色々と開き直った。
名前は自分でつけた。格好いいだろ?
日本から出るどころかまず日本内の問題すら解決できずに1部の時期が過ぎ去ってるけど渡航は諦めてない。チベットで本格的に波紋の修行したい。え、駄目?ソンナー。
剣の才能はからきしだったので日輪刀は持ってない。鍛冶師と揉めに揉めに揉めた挙句、同じ材質の手足の防具(兼武器)を作成してもらうことで妥協した。
剣士の才能はない+全集中の呼吸は使えないので色変わりはしない。それ見て担当鍛冶師が地団駄踏んだ。

波紋の呼吸の後継者はいない。
鬼滅世界の人間の身体は全集中の呼吸に適したものであり、似て非なる波紋の呼吸は構造上習得できないため。
そんなことは知る由もない彼女は、半分諦めつつも、いつか適性者が現れた時のために呼吸の体系化、すなわち型を作成している。

十二鬼月は倒しているが、いちいち目なんか確認してないので何番目なのか、そもそも上弦なのか下弦なのかもわかってない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壱と壱

短編日間・週間ランキング1位……1位!?ありがとうございます!ビビり散らしてます!

またまた書きたいところだけ走り書き。

モブ鬼が出るよ。


その夜、男──()()()()は浮かれていた。

 

 

主から直々に命を賜ったこと。

 

成功すれば上弦に繰り上げると言われたこと。

 

そして、その命の標的たる人物を見つけたこと。

 

 

あまりにも唐突に訪れた好機と、とんとん拍子に事を進めている自分に酔いしれながら、目の前を歩く標的を観察する。

 

背に見えるは見慣れた“滅”の文字。

 

幾度となく対峙し、喰らってきた、鬼殺隊の証。

 

女にしては上背のある体格、無駄のない足運びから、その中でも上位にいる実力者だと判断した。

 

恐らくは柱の一角だろう。

 

しかしながら、背後に寄る己を悟る仕草すらせず──何より、()()()()()()()()()()()()

 

 

──勝てる。

 

 

血鬼術すらも使う必要がない。

 

このまま背後から飛び掛かり、頸を一噛みすればそれで終いだ。

 

さんざ人を喰ってきた己にとって、そんなことは造作もない。

 

強者の肉を喰らい、己が主の命を果たす。

 

そうすれば、己は名実共に上弦の鬼だ──!

 

 

一足飛び。

 

己の鋭利な牙と爪を剥き出しに、女人の柔らかな肌と、その奥に埋まっているであろう血肉目掛けて飛び掛かる。

 

下弦の壱は勝利を確信していた。

 

 

 

 

──故に、視界いっぱいに広がる“悪鬼滅殺”の文字が、彼には理解できなかった。

 

 

「グゲェッ!?」

 

 

自分の鼻がひしゃげる音と、喉から捻りだされる蛙のような声を聞いた。

 

裏拳を強かに打ち付けられたという事実にようやく思考が追い付き、面食らう。

 

しかし、切創でもないただの殴打。

 

完治など瞬きのうち──と、高を括って、面を上げる。

 

見えない。

 

闇。

 

月明りすら目の中に差し込まない。

 

──否、目が開けられない!

 

 

焼けつくような痛みに顔を押さえて蹲る。

 

皮膚が爛れ、張り付き、瞼が持ち上がらない。

 

音を立てて、その熱傷が僅かながらもじわじわと広がっていく感触に、総毛だった。

 

 

──なんだこれは、なんだこれは、なんだこれは!

 

──火薬?毒?否、否、否!そんなもので(おのれ)は傷つけられないはずだ!

 

──只人の鬼殺隊にこのような芸当ができるなど聞いていない!ああ、主、我が主よ──

 

 

「──任務の時にはこっちが追い掛け回さなきゃならんのに、そうじゃない時にはそっちから来るんだな、お前らは」

 

 

頭上から聞こえた声に、我に返る。

 

己が役目を、思い出す。

 

 

──そうだ、目の前のこいつを倒さねば、喰わねばなるまい。

 

 

そうすれば、きっとこの傷も癒える。

 

そして更なる力を手に入れて、上弦となり、主に認められる。

 

 

視界が潰れたままに、闇雲に手を突き出す。

 

正確な方向はわからなくて構わない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

──血鬼術・蛇腹脈龍!

 

 

己の血液から生成された5匹の龍が、鱗で月明かりを赤黒く照り返しながら躍り出る。

 

この龍たちは、それぞれが自らの意思をもって動き、人を喰らう。

 

人の生命が発する熱を感知し、どこまでも追いかけ、その巨躯と牙で蹂躙するのだ。

 

一匹でも放てば、一晩のうちに街の1つを地図から消すことができる。

 

下弦の壱(己自身)にすら匹敵する膂力を誇る龍が、5匹。

 

本来ならば多を殲滅するためのそれを、ただ1人のみに向ける。

 

取り囲み、逃げ道を無くしてからの一斉攻撃。

 

並の鬼殺隊はおろか、柱でも──

 

 

 

目が潰れ、その分鋭敏になった下弦の壱の耳は、鱗が空気を切り裂く音の向こうを拾った。

 

コォォ、という奇妙な呼吸音。

 

そして。

 

 

 

「波紋の呼吸──壱の型・山吹」

 

 

 

風と、何かが爆ぜるような音。

 

頬についた水滴のようなものが蒸発し、皮膚を爛れさせる。

 

一瞬だった。

 

一瞬で、5匹の龍全てが倒されたという事実を、血を介して尚、頭が拒む。

 

 

衝撃波の圧に押され、ひっくり返るように尻餅をつく。

 

そこに近寄って来る気配が一つ。

 

最早害意は置き去りに、ただただ、圧倒されていた。

 

 

「……さっきはああ言ったけど、私のところに来てくれる分には大歓迎だぜ。他の隊士や一般人を襲うよりは、万倍な」

 

 

語りかける女の声は、しかし自分には向けられていない。

 

()()()()()──誰に対しての言葉なのかは、否応なしに理解した。

 

 

「──あ、しまった。また目を先に潰してしまった。こりゃ真菰にどやされるな……」

 

ま、いいか。

 

 

そう、女が言った時には、己の四肢が溶解していた。

 

顔に走る痛みと同じものが、全身を貫く。

 

 

「ギッ、ィィィィィィィィ……!!」

 

「さあて、毎回恒例の尋問のお時間だ」

 

 

歯の根から漏れる断末魔を無視して、女は達磨状態になって軽くなった身体を、頸を掴んで持ち上げる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()?」

 

「何なんだ、お前は……!己に何をした!?」

 

「おいおい、質問を質問で返すなよ。私が聞いているんだ──」

 

「認めない!認めない!認めない!己は上弦になるべき男なのだ!もっと人を喰って、あの方に認められて!()()()()()()()、こんな終わり方をしていいはずがない!」

 

「──お前が喰った人間全員、()()()()()()()死んでいい奴じゃあなかったんだよ」

 

 

底冷えする、怒りの声音。

 

また、あの呼吸音が聞こえる。

 

 

「やめろ!やめてくれ!やめ──」

 

 

懇願の悲鳴と共に、喉が灰と化していく。

 

崩壊が頸を一周りしたところで──下弦の壱の意識は途切れた。

 

 

「……許しを乞うのは、私じゃあないだろう」

 

 

塵と化していく鬼の身体を見届けて、ため息をつく。

 

──また、何一つ情報を引き出せなかった。

 

定期的にやってくる刺客の鬼は、いつもこんな調子だ。

 

おそらくは鬼舞辻の差し金なのだろうが──眼前にあるはずの尻尾をはっきりと見れないようなもどかしさに、焦りが募る。

 

 

「あーあ、全部の鬼がこんな調子で私の前に来てくれればいいのになあ」

 

 

──そうすれば、これ以上仲間が散ることもないのに。

 

ありえない願望を込めて、一人ごちる。

 

灰になった鬼の耳には届いていないだろうし、仮に()()()()()()()()()が耳聡く聞いていたとしても、この願いを叶えてはくれない。

 

 

「……ま、詮無いことを言っていても始まらない、か。さっさと帰ろ帰ろ」

 

 

3か月ぶりの我が家だ。

 

杏寿郎と真菰は元気だろうか。夕餉にはさつまいもの味噌汁を作ってやろう。

 

道端に放り出していた荷物を拾い上げ、晩秋の冷えた空気の中、再び帰路に就く。

 

 

何一つ痕跡の残らなかった戦いを、ただ一羽の烏のみが見ていた。




綾鼓 汐
ちまちまやってくる刺客の鬼にうんざり。来るなら全員まとめてかかってこいや!
尋問タイムでは最初の頃、鬼舞辻以外にも石仮面とか赤石のこととか何かないか聞き出そうとしていたけれど、そもそも名前が出た時点で呪いが発動するし、何なら名前が出なくても発動するから諦めてまずは上弦の鬼をターゲットにした。
それでも情報は出ない。なんでや。

波紋の呼吸
『波紋呼吸法』の技術を壱から拾の型に落とし込んだもの。
固有技である全集中の呼吸の型とは少し異なり、どちらかと言えば応用術の包括的なカテゴライズに近い。

壱の型・山吹
みんな大好き『山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)』。
身体の末端を通して体内で生成された波紋エネルギーを外に向けて放つ技。
他の型全てに通じる基本中の基本。
波紋を流し込めれば、貫手だろうが蹴りだろうが、裏拳だろうが竜巻旋風脚だろうが壱の型。括りが雑。
原作そのままの技名にしようとしたが、鱗滝から何とも言えない顔で止められたので現在の名前に。これだから江戸時代生まれは。

篭手
猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で作られた薄い手甲がついた防具。繊細な波紋エネルギーの操作ができるように、指は露出させている。
かつて忍者が用いていた小手に近い形状。
柱の慣習に従い、手甲部分には“悪鬼滅殺“の意匠が施されている。

下弦の壱
今回の犠牲者。
血鬼術で一度に大量の人間を喰うことができ、力をつけて下弦の壱にまで上り詰めた。
殲滅戦向きの能力だか、今回暗殺を命じられて敗北。
無惨様の采配の犠牲者でもある。

鬼舞辻 無惨
個人単位で考えると1番因縁が長い鬼狩りの存在に辟易していたが、彼女の能力が太陽の光に近しいものだと気づくと、日光克服者を探すため、下弦程度の鬼を、彼女に関する記憶を消してから定期的にけしかけるようになった。
日光の中に飛び込めと言っても誰も従ってくれないから仕方ない。
毎回その様子は鬼を通して観察しているが、仮面がどうとか石がどうとか言っていて意味がわからない。わからなさすぎて名前も漏らしていないのにうっかり呪いを発動させたことがある。
上弦の鬼は「青い彼岸花」捜索と他の柱討伐に集中させているが、ついでに「石仮面」と「エイジャの赤石」に関する情報収集もさせている。それでも情報は出ない。なんでや。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

次世代へ駆けろ

総合日間ランキング2位……ひええありがとうございますありがとうございます……。

拙作は優しい世界でいきます。
え、無惨様?知らない人ですね。

9/7:感想にてエモい設定いただけたので追記。これだから小説投稿はやめられねえぜ。


「──やっぱり鬼なんじゃないか?あの人」

 

 

不意に聞こえた声に、足を止める。

 

角の向こうから若い声。新入隊士か。

 

この藤の家紋の家にいるということは、任務後の療養中だろうか。

 

鬼との戦闘で生き残るとは、将来有望だ。

 

しかし、誰のことを話しているのか──

 

 

「ああ、あの()()だろ?確かに変だよな」

 

「俺の親父も鬼殺隊だったんだが、親父が現役だった時にはもう柱だったって聞いたぜ。何歳なんだ」

 

「おまけに日輪刀も使わない。見たか?殴っただけで鬼の頭が焼け崩れた」

 

「いやいや、鬼が太陽の下を歩けるかよ。こないだ日向ぼっこしてるの見たぞ」

 

「いやいやいや、そういう異能の鬼なんだって。傷を癒すのだってきっとそれだ」

 

 

──理解した。

 

そして、またか、とも思う。

 

無理もない。

 

俺もかつてはそう考えた。

 

恩師──鱗滝さん直々に旧友だと伝えられた時、この人も冗談を言うのだと思った。

 

本人から年齢を聞かされた時も、冗談だと一笑に付したのを覚えている。

 

 

だって、そんなことは、鬼でしかありえない。

 

 

──そう、自分が言った時、あの人はどんな顔をしていただろうか。

 

思い出すのが怖くて、何時の間にか忘れてしまった。

 

 

「傷を癒やすのは呼吸の型の1つだと聞いたぞ。独自の呼吸を作るのなんてそう珍しい話じゃない」

 

「じゃあ何で1人しか使えない?あんな凄まじいもの、基本の五つの呼吸よりよっぽど広めて、繋げていくべきものだろう。継子はおろか弟子の1人もいないのは不自然だ。呼吸(それ)が嘘で、鬼の異能の力なら、そりゃあ他の人間には真似できんだろうよ」

 

 

──そっか、お前たちでも、この呼吸はできないか。

 

 

申し訳なさそうな声音で、頭を撫でられた感触が蘇る。

 

 

──鍛錬の邪魔をして悪かったな。私のことは気にせず、左近次の教えを継いでやってくれ。

 

 

「仮に鬼だとして、何でわざわざ鬼殺隊──鬼狩りの本拠地にいる?陽の光を克服したんだ、鬼舞辻を下克上して、鬼狩り(俺たち)を滅ぼすのなんてわけないだろう」

 

「その準備段階だとしたら?」

 

「……どういうことだ?」

 

「更なる力をつけるために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──どうだ?」

 

「隊士を喰うために、鬼殺隊にいる、ってことか!?」

 

「ああ、この国で鬼殺隊の隊士以上に鍛え抜かれた精鋭なんてそうはいない。柱ともなれば極上の餌だろうよ。

それに、喰った後に『敵の鬼にやられた』とでも嘯けば、死体を誤魔化す必要もない。何人も死んでいく中に紛れ込んでしまう」

 

 

何ともまあ逞しい想像力だ。

 

毎年、階級の低い隊士たちのなかで1人2人、こういうことを言いだす輩がいるのは知っている。

 

ただでさえ、鬼に恨みを持つ人間ばかりが集まる場所だ。

 

悪鬼滅殺の緊張感の中で、神経質になってしまうのは仕方がない。

 

異質なものを、何でも鬼と結びつけてしまうこともままある。

 

きっと俺も、鱗滝さんがいなければ疑念を払いきれなかっただろう。

 

この隊士たちは、きっと()()()()俺だ。

 

鱗滝さんも錆兎もいないまま、己の内に籠った考え方しかできなかった自分。

 

あまり逸りすぎる前に、諭してやらねばなるまい。

 

しかし、()()()()()未熟な俺の言葉を、彼らが聞き入れてくれるだろうか。

 

止まっていた足を動かし、彼らの視界に入ろうとする──

 

 

 

 

「あの()()様の腕だって、きっとあの女が喰ってしまったんだ」

 

 

 

 

──今、こいつは、何を言った?

 

 

「鬼を倒してから、真っ先に腕を探しに行ったのはあの女だろう?柱の肉を他の鬼に喰われるのが我慢ならずに走っていったんだよ」

 

「はは、どんなに取り繕ってもやっぱり鬼は鬼か」

 

「案外、俺たち新入りを構うのも、将来喰うための人間を育てているのかもな」

 

 

あまりの怒りに、3人の隊士たちの声が遠くなっていく。

 

 

ふざけるな。

 

俺はあの時、必死になって腕を繋げようとしてくれたあの人を知っている。

 

鱗滝さんに泣いて詫びていたあの人を知っている。

 

ずっと俺たちを見守ってくれていたあの人を知っている──!

 

 

感情のままに、足を踏み出そうとしたところで。

 

 

「──言いたいことは、それで全部か?」

 

 

意志の強い、聞き慣れた声。

 

錆兎だ。

 

そこには俺と同質の怒りが滲んでいる。

 

 

「みっ……水柱様!」

 

 

隊士たちの声音が焦りに染まった。

 

 

「療養中で口しか動かせないのはわかるが、男3人が雁首揃えて女の陰口など、情けないとは思わんのか」

 

「す、すみません……」

 

「で、でも!怪しいとは思わないのですか!刀も使わない、老いもしない!そんな、人かどうかもわからないものを、柱として仰ぐことはおろか、鬼殺隊として認めることは、自分にはできません!」

 

 

縮こまる2人を他所に、まず最初に話を切り出した隊士が食い下がる。

 

 

「人の中にいてもそれを襲わず、太陽の下を歩き、藤の花も厭わない。ここまで乖離すれば、たとえ人でなかろうと鬼ではない。そんな判断もできないのか。

 第一、あの人は誰よりも長く鬼殺隊に所属し、貢献している。お前が何と言おうと、その事実は揺るぎない。俺の腕だって、あの人の処置がなければもっと酷いことになっていた。お前はあの人ほど鬼を滅したか?人を救ったか?」

 

「そ、れは……!」

 

「男ならば、口より行動で示せ。身も心も未熟なお前は、未だ男ですらない」

 

「……!」

 

「それと、上の者の名前は正しく、敬意を持って使え。あの人は『隠柱』ではなく『波柱』。そして、()()()()()()()()()()のだから」

 

 

隊士たちが何も言わなくなってしまったのを見て、錆兎は話を切り上げたようだ。

 

──流石だ。俺ならば、あんな風に諭しながら叱咤することはできなかっただろう。

 

やはり、水柱に相応しいのは錆兎だ。

 

俺の腕が斬られていればよかったのに──。

 

 

「また馬鹿なことを考えているな、お前」

 

 

何時の間にか、角から顔を出していた錆兎が、こちらを睨む。

 

 

「しっかりしろ。これからはお前が水柱なんだから」

 

「……俺は、きっとお前のようにはなれない」

 

 

額に衝撃。

 

指で軽く弾かれた。

 

 

「それが馬鹿な考えなんだよ、義勇。俺のようになる必要なんてない。お前はお前が正しいと思う道で皆を導いていけばいい。水の呼吸に新しい型を誕生させたお前を、柱に相応しくないと思う奴なんていないさ。

 ……ま、その言葉足らずな部分は多少直した方がいいな。人の上に立つ以上は」

 

「──……」

 

 

やはり、錆兎はすごい。

 

胸が軽くなると同時に、双肩に責任を感じて、背筋が伸びた。

 

最終選別を突破していない俺でも、錆兎に助けられっぱなしの俺でも、隣に誰かがいてくれるなら、頑張れる。

 

命と、未来を、繋いでいける。

 

 

「うむ!冨岡はもっと言葉を尽くした方がいい!その調子では柱合会議の折に皆の足を引っ張ることになるぞ!」

 

 

溌溂とした、よく通る声が廊下に響く。

 

意志の強い瞳、温度の高い炎を思わせる髪。

 

炎柱──煉獄 杏寿郎が、立っていた。

 

 

「煉獄、お前も来ていたのか」

 

「ああ!次の任務に向けての物資調達だ!

 ()()!先程の隊士たちへの激励、見事だった!俺から礼を言おう!お前が行かなければ俺が行っていた故な!」

 

 

声と空気の圧に、やや圧倒される。

 

平然としている錆兎は、流石、柱として付き合いに慣れているのだろう。

 

俺はこいつとやっていけるだろうか。

 

 

「やめろやめろ、俺は恩師が詰られているのが我慢ならなかっただけだ。そんな高尚な行動じゃない」

 

「行動原理は俺も同じだ!師匠(せんせい)を悪く言う奴は、同じ隊士であろうと見逃せない!」

 

 

煉獄の言葉に、いつぞやあの人から聞かされたことを思い出す。

 

曰く、鱗滝さんが自分にしてくれたように、生活の面倒をみていたらしい。

 

真菰と一緒に、鍛錬もつけていたとか。

 

2人とも流派は異なるため、炎の呼吸自体は独学で極めたのだと、自分のことのように自慢げに話していた。

 

素晴らしい逸材だ。

 

同じ柱でも、格が違う。

 

 

「まあ、事情を知らない奴らからすれば奇妙に見えるのは仕方がない。俺でも未だに信じられないからな、あの人の年齢」

 

「ああ!父上も『あれは妖怪か物の怪だ』と気味悪がっていたな!

 ──だが、俺は師匠(せんせい)が人ならざるものであろうと構わん。命をかけて鬼と戦い人を守る者は、誰であろうと鬼殺隊の一員だ!」

 

 

──私だって、老いないわけじゃあないんだよ。すごくゆっくりにしてるだけ。

 

──鬼を滅するために、鬼舞辻を討つために、悪あがきの時間稼ぎをしているだけだ。

 

──いつかは終わりが来る。それでいい。それが人間だ。

 

──老いの恐怖も死の恐怖も、当然ある。でも、それを踏み越える“勇気”を持てるのが人間の強みなんだ。

 

──鬼には無い、人間だからこその美しさと強さだ。

 

──お前たちは、その勇気を忘れなければ、きっと誰よりも強くなれるよ。錆兎、義勇。

 

 

「単純だな。俺にはとても真似できん」

 

「よもや!この流れで罵倒されるとは思わなんだぞ冨岡!」

 

「待った、違うんだ。『竹を割ったように実直な物言いは自分にはできないから感心した』って言いたいんだ義勇は」

 

「なんと!言葉が足りないにも程がないか!?柱どころか他の隊士からも嫌われるぞ!」

 

「……俺は嫌われていない」

 

「あー、うん。そうだな……。でも俺もずっとつきっきりで通訳できるわけじゃないんだ。しっかりしろよ」

 

「わかっている」

 

 

もう、2本の足で立つ力は貰った。

 

錆兎がいる。仲間がいる。恩師がいる。

 

それだけで、自分はどこまでも力を出せる。

 

仲間のために、戦える。




綾鼓 汐
波柱。そろそろ還暦が見えてきました。やっべえね!
入隊当時から人外だ鬼だと言われてきたけど、最近その声が強くなってきた。悲しい。
けど慕ってくれる後進も多くてうれしい。よーしおばあちゃん頑張っちゃうぞ!あと20年は現役だ!

隠柱(かくしばしら)
綾鼓の別称であり蔑称。
剣の才が一切ないにも関わらず、柱になった彼女を揶揄して、剣の才がない者が行き着く部隊"隠"の字をとって呼ばれるようになった。
本人は、一生懸命隊に尽くしてくれている隠を蔑称に用いることに憤懣やるかたない。隠たちには会うたびに謝っている。
当の隠の面々は、形はともあれ、裏方でしかない自分たちの名前が鬼殺隊の、しかも柱の名前となっていることが嬉しいらしい。
本人がいないところでは"波柱"よりもこちらの方がよく呼ばれているため、知名度が高い。
時に、隠柱(おにばしら)とも呼ばれているとか。

錆兎
元水柱。任務で他隊士をかばった結果、片腕を失い、一線を退いた。
孤児のため、恩師である"鱗滝"の姓を名乗っている。
跡を継いで柱に就任したての兄弟弟子が心配。いろいろな意味で。
精一杯補佐してやらねばと使命感に燃えている。
真菰は姉弟子。

冨岡 義勇
つい先日、水柱に就任。
錆兎が隣にいることで多少前向きになったが、最終選別で錆兎に助けられたことによる自己肯定感の低さは相変わらず。
一言足らずで誤解を受けやすいが、錆兎によるフォローで多少は緩和されている(本当に多少)。
この後、任務で訪れた山にて兄を庇う鬼と出逢う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水波の交わり

前振り回なので短め。
私の楽しさ最優先をモットーに書いていきます。

感想と評価たくさんありがとうございます!


あ・・・・・・ありのまま今起こったことを話すぜ!

 

『友人の家を訪ねたら鬼が布団でぬくぬく寝ていた』

 

何を言っているのかわからねーと思うが以下略!

 

 

義勇に『弟弟子が出来た』と聞いたからワクワクしてやって来たらこれですよ。とんだサプライズだぜ。

 

扉開けたら鬼がいた瞬間の私の心情察してほしい。心臓止まるかと思った。

 

もちろん波紋叩きこもうとしましたよ。左近次に全力で止められたけどな!

 

あんまりにも必死だったもんで家を壊しかねないと、一旦落ち着いて話をすることになった。

 

当然のように鬼と同じ屋根の下に腰を落ち着ける左近次に、眩暈を覚える。

 

頭痛くなってきた。

 

いつでも鬼の頭に波紋を流し込めるように、拳に意識を集中させつつ、左近次と向き合って、問う。

 

 

──とうとう耄碌したか?

 

 

否定。まあそうだろうな。

 

うん?ここに鬼を連れてきたのは義勇?

 

ふむふむ。

 

鬼にされた妹を人間に戻すために鬼殺隊に、ね。それが例の弟弟子か。

 

そいつは?あ、今は藤襲山?もうそんな時期かーそっかー。

 

……で、この鬼は?

 

とぼけんな。鬼を庇うなんざ、隊律違反もいいところ。良くて切腹、悪くて打ち首だ。

 

いくら弟子が可愛いからってやっていいことと悪いことの分別はついてるよな?

 

ううん?なんだって?

 

人を喰わない?兄を庇った?

 

はー、そりゃすげえ!奇跡みてえな話だ。

 

あっはっは、そうかそうか!人を喰わない鬼か!はっは──

 

 

 

天狗の面に拳を叩き込む。

 

粉々に砕け散ったそれの奥から、相も変わらずの優しい顔立ちが見えた。

 

動揺は見えない。

 

防御の姿勢すらとらず、なすがまま、身を任せている。

 

無論、顔面にダメージは与えていない。

 

衝撃は波紋と一緒に身体の表面から床に流した。

 

 

拳が接している額から、間断入れずに波紋を流し込む。

 

破壊や操作を目的としない、()()()()()

 

 

──波紋の呼吸、陸の型・琥珀。

 

 

 

 

……。

 

…………。

 

よし、同じこと言ってみ?

 

『この鬼は人を喰いません』って。はい。

 

 

……うーん、言えちゃうかー。

 

ってことは、肉の芽とかの精神干渉の類ではない、と。

 

 

──本気で、言ってるんだな。

 

 

この子が鬼になったのはいつだ?

 

2年前?それから今まで1人も喰わず?一滴の血も飲まず?

 

…………まじでか。

 

うーーーーん……。

 

あ、いやいや。お前と義勇がそこまでしてるんだ。信じるさ。そこは疑ってない。

 

たださ、真菰と錆兎には説明してるのか?何も知らずに水の呼吸一門として巻き込まれる、なんてことになれば目も当てられないぞ。

 

え?

 

2年前から知ってる?

 

何なら弟弟子に直々に稽古をつけてる?

 

はっ、えっ、はあ!?

 

言えよ!!私にも!!何で私だけ仲間外れにしてるんだよ泣くぞ!!

 

ああうんそうだね2年間人を喰わなかったって実績ないと問答無用で滅してたね!さすが私のことよくご存じで!

 

うわあ傷つくわー……真菰にいたっては同じ屋敷に住んでるのにさ……おばあちゃん悲しい……。

 

他に知ってる奴は?いない?よかったーこれで杏寿郎の名前とか出されてたら立ち直れなかったわ。

 

 

……で、これからどうするんだ?

 

ずっと隠し通せるとも思っていないだろう?だから義勇は()()()()()()()()()()()()()()んだろうしさ。

 

いずれは隊全体に周知するとしても、()()()()()()()()()()()はきちんと計画的にしないと2年の苦労が水の泡になるぞ。

 

……うん。まずは若様だけに直談判。それがいいだろうな。

 

歴代水柱3人の連名だ。そこに若様の声もあるとなると、そうそう邪険には扱われないだろうよ。

 

時期は?その弟子──炭治郎が藤襲山から戻ってきてから?

 

正式に鬼殺隊員になってから、ってことか。

 

予定ではいつだ?明日?

 

 

──よし、わかった。明日そいつの顔を見てから、お前の書いた(ふみ)を持って若様のところに行く。

 

 

ん?そりゃあ、お前と錆兎と真菰が稽古つけてるんだろ?生き残るさ。絶対にな。

 

腐っても柱の私からも口添えすれば、多少なりとも勝率が上がるだろ。

 

乗りかかった船だ。私も1枚噛ませろ。

 

 

──おいおい、つまらないこと言うなよ。友達を助けるのに理由がいるか?

 

……こらこら、泣くな泣くな。それは明日にとっておけ。

 

歳食って涙脆くなったな、お前。

 

礼もいらん。水臭い。

 

代わりに飯と寝床を寄越せ。明日まで泊まるんだから。

 

 

 

 

──あーあ、こりゃ次の会議は荒れるな。




綾鼓 汐
旧友の大博打にベットした。死なれると私が悲しいから。
次の日、抱き合う竈門兄妹を見て2人を認め、文を持って産屋敷邸へ赴く。
2年間水の呼吸一門によってあの手この手で狭霧山から遠ざけられていた事実を後日知って落ち込む。

陸の型・琥珀
生物に作用する波紋の中で治癒・生命活性化に特化したもの。
怪我の治療はもちろんのこと、脳に波紋を流すことで深層の記憶を引き出したり、催眠状態から覚醒させることができる。
肉体を若く保つ効果もここに分類されている。
名称は、生物の形を保ち、漢方としても用いられる琥珀に由来。
波紋の呼吸の型の名称は色の名前で基本統一されている。

冨岡 義勇
綾鼓を狭霧山へ赴かせた張本人。
いずれ来たる裁判までには知っていてもらいたいと、2年という判断材料を確保した上で禰豆子と会わせた。
事前に禰豆子のことを話していなかったのは出会い頭に狩られることを恐れて。うまく言いくるめることは最初から諦めた。

竈門 炭治郎
この度晴れて鬼狩りに。帰ったら妹も目覚めててよかったよかった。
狭霧山に帰った時に見知らぬ人がいたが、過度の疲労と嬉しさのあまりの号泣で実はそんなに覚えていない。申し訳ない。
ひだまりのような暖かい匂いだけが印象に残っている。
あれ、鱗滝さん、お面変わりました?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柱合裁判

裁判編。割とダイジェスト気味。

単行本未収録の設定に言及しているので注意。


柱合会議。

 

各地に散らばる“柱”が本部に集結する、半年に一度の機会。

 

その議題は、現状における問題点や課題点、その解決案に今後の展望と、多岐に渡る。

 

限られた時間の中でつつがなく議論を進行させるため、事前の議題通達は必須だ。

 

いつも通り、鎹烏によって柱たちの持つ情報と意見が共有される。

 

しかし、その文には、あまりにも異質な言葉が綴られていた。

 

 

 

──曰く、『鬼を連れた鬼殺隊士がいる』。

 

 

 

***

 

 

「……と、いうわけで、しのぶと義勇が那田蜘蛛山からその隊士と鬼を連れてくる予定だ。()()()もこの件は把握している。間違っても独断専行はするなよ」

 

 

産屋敷邸の中庭。

 

敷き詰められた砂利を踏み鳴らしながら、話す影が複数。

 

 

「よもやよもや!師匠(せんせい)からそんなお言葉を聞くことになろうとは!驚天動地の極みだ!!」

 

「私は、綾鼓先生とお館様が仰るのであれば従いますけれど……。鬼、なんでしょう?大丈夫なんですか?」

 

 

炎柱・煉獄杏寿郎。

 

恋柱・甘露寺蜜璃。

 

 

真っ先に、波柱・綾鼓汐の言葉に応えたのは、この2人だった。

 

 

「少なくとも私と義勇は大丈夫だと判断した。お館様のご意思は私よりご本人から聞いた方がいいだろう」

 

「その鬼が人を殺しては取り返しがつかない!被害が出ないうちに隊士共々斬首するのが最善だと思いますが如何か!」

 

「南無阿弥陀仏……可哀想に……綾鼓殿、貴方は鬼に誑かされているのです……どうか目を覚まされますよう。南無阿弥陀仏……」

 

「僕は、お館様がいいならそれで……駄目ならすぐ斬りますし……」

 

 

煉獄の抗議に続いて、声を発するのは、岩柱・悲鳴嶼行冥と霞柱・時透無一郎。

 

 

「そうだよなあ。ここで『はいそうですか』なんて言えないよなあ」

 

「はい!そう教わってきましたから!」

 

「うんうん。素直に育ってくれて嬉しいよ。

……ただ、今回ばかりは少し待ってくれ。何、私も無条件で認めろなんて言わないさ。ちょっと話を聞いてくれるだけでいい。私の友人と教え子が命を賭けてるんだ。それくらいの譲歩はあってもいいだろう」

 

 

 

「──おいおい、いよいよ派手にボケちまったのかよ。まさか()()()()()()()()()()()()()()()()アンタからそんな日和った言葉が聞けるとはな」

 

 

 

「……天元」

 

 

しゃらり、と飾りを揺らしながら現れたるは、音柱・宇髄天元。

 

よく見ると、木の上には蛇柱・伊黒小芭内も控えている。

 

 

「鬼を庇うなんざ言うまでもなくド派手に隊律違反。“波柱”の名が泣くぜ」

 

「聞けばその隊士の育手、貴方の旧友だそうじゃないか。友誼(ゆうぎ)に絆されでもしたか?そんな調子だから()()()()()で揶揄される。俺は承諾しない。俺は鬼など信用しない」

 

 

双方は険のある顔つきで綾鼓を睨め付けた。

 

対して、綾鼓の表情は至って穏やか。

 

焦りや、後ろめたさは無い。

 

 

「──そうだな。お前たちが正しい。私たちがやっていることがとんでもない横紙破りなのは事実だ」

 

「ならば」

 

 

己が刀に手を掛ける2人を、手で制する。

 

 

「それでも、私はあの日、確かに人と鬼が手を取って抱き合う姿を見た。お互いの無事を言祝(ことほ)ぐ姿を見た。

──この奇跡が、鬼舞辻までの道を繋ぐかもしれない。私が40年、越えられなかった壁を打ち壊すかもしれない。その可能性を、信じてみたくなった」

 

「……やっぱり、老いたぜ。アンタ」

 

 

宇髄の声には、憤りも、呆れもない。

 

ただ、嘆くもの。

 

 

「アンタのことは派手に尊敬してる。誰よりも長く戦場に立ち、多くの鬼を屠ってきた文字通りの鬼殺の“柱”。なら──鬼の狡猾さも知ってるはずだ。救いようのなさも知ってるはずだ。誰よりも、ずっと。

 そのアンタが、“鬼”と罵られようと決して折れなかった他でもない“波柱”が、鬼を信じる?それは、隊律違反なんてものじゃ済まない。散っていった者を含めた、全隊士への裏切りだ。アンタだけは、言っちゃあいけない言葉だ」

 

「…………」

 

「──引退しろ、波柱。アンタは、身体はともかく、精神が隊士のそれじゃなくなっている。

……そこまで、鬼に縋りつきたくなる程に追い詰めてしまったのは、他でもない俺たちだ。不甲斐なさは認めよう。だからこそ、これ以上無理はさせたくない。後のことは俺たちに派手に任せて、ゆっくり余生を過ごしてくれ」

 

 

反論は出ない。

 

とりわけ綾鼓を慕っている煉獄からも、甘露寺からも。

 

その沈黙こそが、満場一致の同意を示していた。

 

 

「……は。色々言われる覚悟はしていたが、そんなことを言われるとはな。心を砕いてくれるお前たちに喜ぶべきか、砕かせてしまう己を悲しむべきか」

 

 

眉根を寄せて、悲し気に笑う綾鼓。

 

 

「まあ、そう結論を急ぐな。まだ柱も全員揃ってない段階で決める話でもないだろう。私の進退も含めて、な」

 

 

 

「──あらあら、何のお話ですか?」

 

 

鈴を転がすような声が、不意に届く。

 

 

「お待たせしました、皆さん。例の鬼を連れている坊やと、それを庇った冨岡さんを連れてきましたよ」

 

 

にこやかに笑う蟲柱・胡蝶しのぶ。

 

その数歩後ろに立つ、水柱・冨岡義勇。

 

その更に背後には、後ろ手に拘束されて隠に担がれている鬼殺隊士の姿が確認できた。

 

 

「ああ、しのぶに義勇。任務お疲れ様。炭治郎は……あーあー、傷だらけじゃあないか。こりゃひどい。顎に至っては骨が割れている」

 

 

綾鼓は砂利の上に転がされた隊士──竈門炭治郎の顎に手を添えて、陸の型・琥珀で応急処置を施す。

 

それを尻目に、伊黒がしのぶへと視線を向けた。

 

 

「待て胡蝶。冨岡が鬼を庇っただと?任務中にか?」

 

「はい。それはもう思い切り妨害されてしまいました。いやぁ、伝令がなければどうなっていたことやら」

 

「……柱から隊律違反が2人も出るとは。前代未聞だ。眩暈がしてくる。こんなことにかかずらっている場合ではないというのに」

 

「おや?冨岡さん以外にも鬼を庇われている方が?」

 

「あ、しのぶちゃん。それがね、綾鼓先生が……」

 

「──え?」

 

 

おずおずと切り出した甘露寺の言葉に、しのぶは目を丸くして綾鼓へと視線を移した。

 

確かに、彼女は今この隊士を名前で呼んだ。随分と親し気に。

 

説明を求める視線を背中に受けながら、最低限の治療を終えた綾鼓は立ち上がり、隊士から離れる。

 

それと入れ替わりに、隠が隊士を起こすため慌てて駆け寄るのを視界に捉えながら、しかししのぶの視線は、困ったように笑う綾鼓に釘付けにされていた。

 

 

 

***

 

 

 

木箱に刀を突き立てた実弥を諌めるより先に、炭治郎が飛び出していった。

 

やっぱり実弥には事前に話をしておくべきだったか……いや、そうしたら単独で狩りに行ってただろうからやっぱり言わなくて正解。

 

というか炭治郎、お前そんなズケズケ物を言うタイプだったんだな。ちょっとビックリしたぞ私。

 

一触即発。あわや軒先で刃傷沙汰かというところで、若様が姿を見せた。

 

助かった。ここで2人を気絶させると話がいつまで経っても進まないから。

 

若様の前に全員で膝をつき、お言葉を聞く。

 

柱からは反対意見が続々と。当然だろう。私だってそうだったんだから。

 

あのブラフォードでも為しえなかった、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という偉業。

 

手放しで信じるには、あまりにも荒唐無稽だ。

 

それに対する答えとして、ご息女が左近次の手紙を読み上げる。

 

水の呼吸一門の名前がつらつらと述べられていくのを、聞く。

 

 

──私も命を賭けよう、と言ったら一蹴された。

 

自分たちの死後、禰豆子によって殺された者の遺族の世話や、水の呼吸の継承を任せると、そう言われた。

 

 

「──これらの言葉が血鬼術による精神操作の類でないことは、波柱である綾鼓様から保証されております」

 

 

ご息女の言葉に、視線が集まるのを感じる。

 

何も言わない。言葉で取り繕う必要がないから。

 

尚も鎮まらない反対の声に、若様が考えを述べられる。

 

曰く、反対意見を同じ壇上に乗せるには、相応の対価が必要だと。

 

 

「それに炭治郎は、鬼舞辻と遭遇している」

 

 

 

────え。

 

待って若様。私それ初耳。

 

鬼舞辻と鬼殺隊が接触?私が鬼殺隊に入って以来、どころか、ここ数百年で初めてではなかろうか。

 

何にせよ、この情報はでかい。

 

柱たちにとっての竈門兄妹の存在価値が跳ね上がった。

 

異を唱えていた柱たちも、口を閉ざしていく。

 

ただ1人、実弥を除いて。

 

 

おもむろに、自らの腕を刀で傷つける。

 

垂れる血を、禰豆子の入っている木箱へと振りかけた。

 

また自分の身体をあんな使い方して!

 

確かに禰豆子が稀血に耐えればこの上ない証明にはなるが、実弥自身はそんなこと微塵も考えていない。

 

自分を襲わせて、返り討ちにしようという魂胆だ。

 

傷も痛みも、恐怖すらも度外視した捨て身の戦法。

 

こちとら危ないからやめろって口酸っぱくして言ってるんだぞ。

 

会議の前に説教と治療だな。

 

 

「禰豆子!!」

 

 

炭治郎の声。

 

そして、滴る血を拒絶する禰豆子。

 

──これで、禰豆子が人を襲わないという証明が出来た。

 

誰よりも己の血の効用を知っている実弥だ。心情はともかく、これで納得せざるを得ないだろう。

 

他の柱も同様だ。

 

ひとまず安心と、そっと息を吐く。

 

鬼舞辻を倒すと豪語する炭治郎を諭す若様の言葉で、裁判は締めくくられた。

 

 

この後、炭治郎は治療のために蝶屋敷に預けられるようだ。

 

先程の治療はあくまでも応急処置だし、その方がいいだろう。

 

 

「綾鼓さんも、会議が終わったらうちにいらして下さいね。隊士たちの治療に協力していただきたいですし、積もる話もありますから」

 

 

ニッコリと、圧のある笑顔を向けられる。

 

はいはい。わかったよ。

 

 

蝶屋敷かあ。久しぶりだ。

 

カナエ、元気かな。




綾鼓 汐
あくまでも裁判中は口出しせず。こればっかりは本人たちが証明するしかない。
鬼舞辻に逢ったってマ?言ってよ若様!
公の場ではちゃんとお館様呼び。立場の認識大事。
禰豆子が鬼殺隊公認になったので、引退の話もお流れ。まだ居座るぞ私は。
お説教と治療はきっちりしました。


最年長の先輩が鬼の肩持っててビックリ。とうとうメンタルやってしまいました?
色々無理をさせてしまっている自覚はあるので、それもピリピリしている要因。
早く楽させてあげたいけれどそんな余裕ないんです。不甲斐ない後輩でごめんなさい。
隊士どもは何でこんなに質が悪いんだ。そんなんだからいつまで経ってもこの人隠居できないんだよ!とおこ状態。そりゃ継子の教育も厳しくなるよね。

竈門 炭治郎
柱合裁判を何とか妹と生還。
お世話になった4人が自分たちに命を賭けてくれていたと知って号泣。
あれ、前にも泣いてる時にこの匂い嗅いだことあるな。この人……綾鼓さんっていうのか。会ったことあったっけ?
ともかく、味方してくれた人だ。後でお礼言わなきゃ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

花と蝶

もっと明るい話にする予定だったんです信じてください。


会議終わりました。いやあ肩が凝った凝った。

 

みんな随分と下の隊士たちに厳しいなあ。

 

 

もうちょっと長い目で見てやればいいのに。その間は私が頑張るしさ。

 

 

そう言ったら実弥にすごい形相で睨まれてしまった。圧が凄い。

 

若様の治療──と言っても、病状をほんの少し遅らせる程度だが──も程々に、しのぶに連れられて蝶屋敷に向かう。

 

若様も、もっと頼ってくれていいんだけどなあ。公的に邸宅を訪ねた時しか治療させてくれない。

 

 

“その力は、命を賭して戦ってくれている剣士(こども)たちに振るってやってくれ”

 

 

──なんて言われてしまっては、従わざるを得ないだろう。

 

ずるい人だ。

 

 

「綾鼓さんには、那田蜘蛛山で負傷した隊士たちの治療をお願いします。蜘蛛化の毒で身体が変質している者もいますので、症状が深刻な方から順番に。

……とは言え、本日はもう遅いですし、明日に備えてゆっくりお休みください。客室を開けますね」

 

「わかった。ありがとうしのぶ。厄介になる」

 

 

明るい光を漏らす戸を引くしのぶに続き、玄関に上がり込む。

 

 

「ただいま戻りました」

 

「お邪魔しまーす」

 

 

声を掛けて数瞬後、パタパタと、足音を立てて奥からやって来る人影を認め、その名を口にする。

 

 

「カナエ。久しぶり」

 

「ただいま、姉さん」

 

 

長い黒髪に蝶を模した髪飾りをつけた女性──胡蝶カナエは、ニコニコと笑いながら右手を顔の前方から胸元に引き、左手首を軽く叩いた。

 

『おかえりなさい』の手話。

 

 

「今日は調子どう?気分は悪くない?」

 

 

普段と比べると随分と砕けた口調で喋るしのぶに、コクコクと頷くカナエ。

 

その口から、声が発せられることは無い。

 

 

──上弦の弐との戦闘で、“花柱”であったカナエは、呼吸器官を酷く傷つけられた。

 

ギリギリのところで治療が間に合って一命はとりとめたものの、壊死していた肺は波紋の生命エネルギーで無理矢理治癒させたことで小さく強張り、声帯も気管に貼り付くように一体化してしまった。

 

全集中の呼吸は使用できなくなり、言葉を紡ぐことも満足に出来なくなった彼女は、そのまま鬼殺隊を退き、今は妹であるしのぶの管理する蝶屋敷で隊士の治療や回復訓練に貢献している。

 

 

……それ以来、しのぶはカナエのような言葉を発するようになった。

 

カナエの声を、自分の喉を使って蘇らせようとしているかのように。

 

 

「姉さん。明日は私と綾鼓さんで隊士たちの治療をするから、補佐をお願い。今日は泊まっていただくから、久々に皆で夕飯を食べましょう」

 

 

花が開くように顔を綻ばせるカナエ。

 

既に竈門兄妹のことは聞き及んでいるのだろう。手話と掌に指を滑らせる手書き文字で、嬉しさを懸命に伝えてくる。

 

その言の葉を一つ一つ拾い上げて相槌を返しながら、屋敷の奥へと3人で進む。

 

明日は大仕事になる。

 

その前の、久方の団欒を噛みしめた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

痛い。とにかく全身が痛い。

 

禰豆子が認められたお陰で気が緩んだのだろうか。床に伏していても尚痛い。

 

声に出さないのは長男としての意地だ。それがなければ2つ隣の善逸のように叫び出していただろう。

 

指一本動かす度に痛みが走るから、なるべく身じろぎをしないように布団にくるまった。

 

薬品や消毒液の匂いがする枕に顔を埋め、ただただ息を整える。

 

──ふと、温かい匂いがした。

 

陽だまりの、少し埃っぽいような、けれど安心する匂い。

 

この匂いは3度目だ。

 

 

「おはよう。動けるか?」

 

 

頭上に掛けられた声に、のろのろと顔を上げると、山吹色の瞳と目が合った。

 

 

「あ、やのつづみ、さん」

 

 

掠れた声で、名前を呼ぶ。

 

鱗滝さんの言葉を後押ししてくれた、“柱”の人。

 

その後ろには、優しく微笑む女の人が控えている。

 

しのぶさんによく似た顔立ち。姉妹だろうか。

 

花の匂いだ。

 

太陽の匂いと相まって、外庭に出たような心地になる。

 

 

「は!?炭治郎お前この美人と知り合いなの!!?妬まし!!ウワァァァ妬まし!!ふっざけんなよお前!!」

 

「い、いや善逸。知り合いというか、俺が一方的に知っているだけというか……」

 

 

手足を投げ出して詰め寄って来る善逸にちょっと引きつつ、軽く咳払いをして声の調子を整える。

 

あれ。

 

 

「善逸、手足の長さが戻ったのか?袖からちゃんと指が見える」

 

 

昨日の今日で、凄まじい回復だ。

 

 

「そう!聞いてくれよ炭治郎!この人が手をかざしたらあっという間に手が伸びたんだ!痺れもなくなった!すげえぜきっと仙女様だ」

 

 

伊之助の喉も治してくれたんだぜ、と、指を開閉させて見せる善逸。

 

伊之助は相変わらず落ち込んでいて声は出さないが、確かに喉からの血の匂いが無くなっている。

 

 

「治療をしに来たんだ。重症者を優先させている上にかなり人数が多いから全快まで持っていくことはできないけれど、幾分楽にはなるだろう。

 カナエ、頼む」

 

 

カナエ、と呼ばれた花の匂いを纏う人は、綾鼓さんの言葉に頷いてから、俺の背中に腕を回し、上体を起こしてくれた。

 

顔面に、綾鼓さんの手が添えられる。

 

骨張って節くれだった、女性にしてはいささか武骨な、けれど、とても暖かい手。

 

コォォ、と、奇妙な音が聞こえる。

 

呼吸音、だろうか。

 

陽だまりの匂いが強くなった。

 

春の日差しを浴びているような熱が、顔の皮膚を走る。

 

心の底からほっとする温かさ。

 

目を閉じてそれに身を委ねていると、しばらく経ってから、綾鼓さんの手が離れた。

 

──顔の痛みが引いている。

 

カナエさんに差し出された手鏡で確認すると、糸で斬られた傷や擦り傷が綺麗さっぱりなくなっていた。

 

 

「すごい……!」

 

 

まるで仙術か神通力だ。

 

善逸の仙女様、という言葉も頷ける。

 

 

「うん。顔の傷はこれで大丈夫だな。次、腕と脚を診るぞ」

 

 

続けて、腕。その次に脚。

 

同じように治療を施してもらう間、ぽつりぽつりと、綾鼓さんと会話をした。

 

 

この不思議な力は、綾鼓さん独自の呼吸法によるものだということ。

 

鱗滝さんとは旧知の仲で、冨岡さんや錆兎さん、真菰さんは時折鍛錬をつけていた教え子だということ。

 

俺と禰豆子のことは鱗滝さんから聴いていて、俺が最終選別から帰って来た時に出迎えた禰豆子を見て、俺たち兄妹のことを認めてくれたということ。

 

鱗滝さんがお館様に手紙を送った時に一言添えてくれたということ。

 

 

影ながら、たくさんお世話になっていたことを知り、慌てて頭を下げる。

 

 

「俺たちを助けてくれて、禰豆子を信じてくれて、ありがとうございます……!この御恩は、必ず返します!いつか、必ず!」

 

「私は私の信じたいものを信じただけだ。そこまで気にしなくていいさ」

 

「いえ!そういうわけにはいきませんので!」

 

 

貰ったものは、返さなくてはいけない。

 

そうでなくては、今までお世話になった人に、ここまで連れてきてくれた人たちに、立つ瀬が無い。

 

 

「うーん、今どき珍しいくらい実直だなあ……杏寿郎と気が合いそうだ。

 それじゃあ、代わりと言っては何だけど、早速1つ訊いてもいいか?」

 

「はい!何なりと!」

 

「鬼舞辻に逢ったと言っていたが──()()()()()()()()()()()()()()()?人相を知っていたのか?」

 

「あ、いえ。それは……」

 

 

鼻が利くこと。家に残っていた匂いのこと。

 

そして浅草での出来事を、珠代さん達のことは伏せて話す。

 

治療を施しながらひとしきりの話に耳を傾けてくれた綾鼓さんは、ふむ、と納得したように一つ頷いた。

 

 

「左近次みたいなものか。あの鼻で匂いを覚えられていたとなれば、なるほど鬼舞辻も形無しだ」

 

 

ざまあねえな鬼舞辻め、と鼻で笑う綾鼓さん。

 

随分と親しげに鱗滝さんのことを呼ぶが、いったいおいくつなのだろう。

 

尋ねようとして、愈史郎さんの言葉を思い出し、慌てて口をつぐむ。

 

危ない。恩人にとんでもない無礼を働いてしまうところだった……。

 

 

「……ん?ってことは、十二鬼月も匂いでわかるってことか?」

 

「はい。今回の那田蜘蛛山でどれくらい鬼舞辻無惨の血が濃いかは覚えたので、他の十二鬼月も匂いを嗅げば恐らくは」

 

「そりゃすげえ。群を抜いた索敵能力だな」

 

 

綾鼓さんは少しの間考えた後、よし、と顔を上げた。

 

 

「これから、十二鬼月と思しき鬼を見つけたら、私に鴉を飛ばしてくれ。鬼舞辻に関しては言わずもがなだ。

 いつでもどこでも構わない。知らせを受けたらすぐに駆け付ける」

 

「え?」

 

 

突然の提案に、面食らう。

 

カナエさんも、声には出さないものの、驚いた匂いを発している。

 

 

「綾鼓さんに、ですか?柱の誰か、ではなく?」

 

「ああ。私個人に、だ。炭治郎の鴉に私の気配を覚えさせておく。本部を経由するよりそちらの方が早いからな」

 

「それは、綾鼓さんの負担がかなり大きくなりませんか?十二鬼月なら、綾鼓さんだけでなく、もっと多くの人で対処した方が……」

 

 

下弦の伍で、あの強さ。

 

確かに、冨岡さん程強い匂いがするこの人が加勢するなら頼もしい。

 

けれど、だからといって、1人に任せてしまっていいものでは、ないだろう。

 

 

「いいんだよ。こういうのは適材適所。できる奴がやるに限る。こう見えて大先輩だからな、私。どーんと任せとけ」

 

 

反論を遮るかのように、乱暴に髪の毛を掻き混ぜられる。

 

朗らかに笑う綾鼓さんから、鍛え抜かれた、頼もしい匂いがした。

 

それでも、少しでも戦いの中で手助けができるならば──と、口を開こうと、して。

 

 

 

 

ド、と。胸を強く打ったかのような衝撃。

 

 

 

 

それが自分の鼓動だと、すぐには理解できなかった。

 

──焦り。

 

つられて心臓が早鐘を打ち、全身から冷や汗が噴き出す程の──酷い、焦燥感の匂い。

 

ほんの一瞬漏れ出ただけだというのに。

 

目の前の綾鼓さんは相変わらず笑っていて──そのちぐはぐさが、とても恐ろしかった。

 

 

「……よし、これで治療は終わり。目立つ外傷は粗方ふさいだが、疲労や筋肉痛はそのままだからな。栄養摂ってゆっくり休め」

 

 

禰豆子によろしく、と言って立ち上がり、軽やかに部屋を出ていく綾鼓さん。

 

不満や心配の匂いを漂わせたカナエさんは、その後に続き、こちらに会釈をしてから扉を閉めた。

 

──後には、俺同様に顔を青くした善逸と、汗を滲ませる伊之助が残っていた。

 

まだ、脈動は止まない。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「綾鼓さん」

 

 

縁側で鴉と戯れていた彼の人の背中に、声をかける。

 

振り向く仕草に合わせて、普段は結わえている長い黒髪が、肩から滑り落ちた。

 

光が当たると山吹色を照り返す不思議な色合いのそれは、青白い月明かりの下で尚、太陽のように明るい。

 

 

「しのぶか。お疲れ様」

 

「綾鼓さんこそ、お疲れ様でした。粗茶ですが、どうぞ」

 

「ん、ありがとう」

 

 

湯呑と茶菓子の饅頭を盆ごと置いて、差し出す。

 

幸せそうにそれを口にする姿は、年相応と言うべきか否か。

 

その隣に腰を落ち着けて、月を眺める。

 

 

「姉さんが、禰豆子さんと遊べないと残念がっていました」

 

「ああ、今は回復のために寝てるんだっけか。実弥にあれだけ刺されりゃなあ」

 

 

私が治せたらいいんだけど、と、何てこともなしに言う。

 

不死の怪物(おに)にそんな言葉が、この人から投げかけられる日が来るなんて。

 

 

「……あと、怒ってましたよ」

 

「へ?何に?」

 

「綾鼓さんに。十二鬼月が出たときは本部を介さず伝令を送るよう、炭治郎くんに指示したそうですね?」

 

「……あー」

 

 

気まずそうに頬をかき、そっぽを向く。

 

怒っているのは私も同様であることを察したようだ。

 

 

「独断専行は統率を乱し、命令無視に繋がります。そのことはご承知の上で?」

 

「いやあ、ほら、他の柱って担当地区決まってるだろ?他の場所に加勢に行こうにもなかなか難しいし。その点私は融通が利くからな。迅速に動けるに越したことはない。早く動けばそれだけ倒せる鬼も増える。それに……」

 

「それに?」

 

「──助けられる人の数も、増えるかもしれない」

 

 

髪が簾のように垂れ下がり、俯いたその横顔は見えない。

 

──ああ。

 

ああ。この人は、こうやって、何人の命を背負ってきたのだろう。

 

姉さんが声を失った日を思い出す。

 

上弦の弐を追うこともできただろうに、姉さんの治療を優先して。

 

命が助かっただけでも奇跡みたいなものなのに、泣きながら謝って。

 

 

──ごめん、ごめん。私がもっと早ければ。私がもっと強ければ。

 

 

……きっと、この人は、姉さんのことすらも背負っている。

 

助けられなかった自分を、鬼舞辻を倒せない自分を、責め続けている。

 

 

「……そこまで鬼殺に心を燃やしている貴方が、よく禰豆子さんを認めましたね。未だにちょっと信じられませんよ、私」

 

「私の最終目標は、あくまでも鬼舞辻だからな。……鬼たちは、奴に操られているだけだ。高潔な精神を、ドス黒い狂気に塗りつぶされて。憎むべきは、人を鬼に変えるもの。許せないのは、それを操る鬼舞辻無惨。

 ──だから、禰豆子のことは、にわかには信じられなかったけれど、嬉しかった。鬼舞辻の邪悪に屈しない、輝かんばかりの黄金の精神を見せられたようで。……眩しかったんだ」

 

 

顔を上げて、笑う。

 

その顔は、嬉しさを噛みしめているような──羨ましさを押し殺している、ような。

 

 

「いやあ、それにしても凄いことになってきたなあ。鬼舞辻の支配から外れる鬼が出てきて、おまけに鬼殺隊と鬼舞辻が接触した。未曾有の大事態だぜ。長い間膠着していた状況が、ようやく動き出したんだ。おちおち隠居なんかしてられねえな、こりゃ」

 

 

手に残っていた饅頭の欠片を一口で頬張り、先ほどとはまた違う、安心感のある笑顔を見せる綾鼓さん。

 

こうして笑うと、煉獄さんにとてもよく似ていて、頼りがいがある。

 

けれど。

 

 

「これは私も負けていられませんね。もっとよく効く毒を開発しなければ」

 

「おお、しのぶがやる気だ!」

 

「ふふ。私だけじゃないですよ、きっと。他の柱たちもこの好機を逃すまいと、意気込んでいることでしょう。……綾鼓さんが出る幕なんて、ないかもしれませんね」

 

「はは、言うねえ。──頼りにしてるぜ、天才」

 

 

──ええ。皆、頑張っている。

 

──だから、もっと、頼ってくれてもいいんですよ。

 

 

その言葉は、お茶と一緒に、飲み込んでしまった。

 




綾鼓 汐
自分以外の柱がものの見事に狙い撃ちされていく現状にモヤモヤイライラ。
十二鬼月の情報リークは、炭治郎に限らず、機会があれば誰の鎹烏にも頼んでいる。
炭治郎にわざわざ伝えたのは、接敵しなくても本人が発見できる可能性が高いから。
善逸の耳のこと聞いたらそっちにも頼む。
40年以上かかって柱の男どころか吸血鬼一匹倒せない自分にもモヤモヤイライラ。
──自分は、ジョナサンやジョセフのようにはできない。

波柱
就任当初は他の柱同様に担当地区を持っていたが、戦力としての重要性と本人のフットワークの軽さから遊撃担当に変更。
外れた地区の穴埋めとして、異例である10人目の柱が立てられた。
現在では柱の定員は10名だと勘違いしている者も多い。
常に動き、捉われないからこその「波」である。

胡蝶 カナエ
上弦の弐との戦闘を何とか生還。
喋ることはできなくなったけどそんなに気にしてない。命あってのものだね!
鬼と仲良くするという夢が叶いそうで大喜び。早速遊びに行ったけど箱に引きこもって寝てた。しょんぼり。
妹に関しては無理しているのが見え見えなので心配。自分のことは気にせず、思うまま生きてほしい。けどあの子頑固なのよね。

胡蝶 しのぶ
青筋系ヒロイン。
姉が喋れなくなってから、その言葉を、意思を、少しでも世に留まらせようと、「鬼と仲良くする」夢を掲げる。それから姉が心配しきりだったので、安心させるために笑顔を絶やさないようになった。
こちらの心配をよそに好き勝手する綾鼓にイライラ。そんな彼女に専売特許である医療でも頼らなければいけない自分にもイライラ。どいつもこいつもですよ。

かまぼこ隊
現在絶賛療養中。
優しくて強くて頼りになる。柱すごいなあと思ってたら不意打ちで激情叩きつけられてSANチェックした。
よくしてくれたので基本的には信頼しているが、どこか得体の知れなさを感じている。
柱こわ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風が吹き飛沫は舞う

ガッチガチの戦闘回を生まれて初めて書きました。楽しい!


「なーなー実弥ぃー機嫌直してくれよー」

 

 

ずんずんずかずかと先を歩く背中に声をかける。

 

怒気を孕んだ沈黙が痛い。

 

羽織に縫われた「殺」の文字が、嫌に存在感を放っている気がした。

 

 

こんな態度をとられている心当たりはある。ありすぎる。

 

炭治郎と禰豆子の裁判の後、直接詰め寄られたもんなあ。

 

それにちゃんと応えずに自傷行為への説教を優先させてしまったから有耶無耶になって……うぅん、私が悪いなこれ。

 

こじれないうちに、と今日の合同任務中に弁解しようとしたけどもろくに口を利いてくれなかった。悲しい。

 

それでも連携はしっかりとれていたし、今も引き離すことなく一定の距離を保ってくれているから、ほんと根はいい子なんだよな。

 

それはそれとしてこの態度は心に来る。つらい。

 

 

「こないだちゃんと話してやれなかったのは謝るからさ。とりあえず会話しようぜ?な?任務も無事に終わったことだし、おいしいおはぎでも食べながら──」

 

「今日、少しでも鬼に情けをかけるような素振りを見せたら、即座に()ぎ斬るつもりだった」

 

 

2日ぶりに聞く声は、苛立ちと安心感の間で揺れ動いていた。

 

 

「……いつも通りだった。鬼の群れを歯牙にもかけず、鎧袖一触に蹴散らしていく様は、俺の知っている"波柱"そのものだった」

 

「そりゃ、まあ、どうも」

 

「わからねェ。"悪鬼滅殺"を掲げながら、鬼を信じられる神経が。()()"波柱"が、鬼一匹を見逃しているこの異常事態が」

 

「……お前は真面目だなあ」

 

「はァ?」

 

 

ぽろりと零れた言葉に、低めの声が返ってくる。

 

あ、やっとこっち向いた。

 

──禰豆子のことがまだ納得できてないんだろう。いつまで経っても考えがまとまらなくて、けれど中途半端に思考放棄することもできないから、堂々巡りに考え続けるしかない。

 

そんな自分に、苛立っている。

 

 

「別に、無理して納得しなくていいんじゃないか?今は若様の意向に従っているだけ。人を襲うものなら即滅殺。そんな奴が柱に1人2人はいていいだろ」

 

「……認めてほしいんじゃないんですか」

 

「鬼殺隊に公認されただけで万々歳だからな。個人の心情にまで口出しはできまいよ。それに、お前みたいな──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()柱がいると、みんな安心できる。ほら、私がそう言っても納得しない者も多いだろうから。隠柱(おにばしら)だし」

 

「…………」

 

 

口をへの字にする実弥。

 

これは怒っているというより、不服な顔だ。

 

隠柱(この呼び名)、茶化して使うだけでも文句言うんだよな。

 

下っ端どもの遠吠えを真に受けなくていい、って言ってくれたのはこいつだったか。

 

 

ともかく、苛立ちは収まったようなので、さて改めておはぎ食べに誘おう、と、したところで。

 

 

 

地を揺らす、爆発音。

 

 

 

「────ッ!」

 

 

言葉はなく、2人で同時にその方向へ駆け出す。

 

人気の少ない田舎道から、生い茂る木の群れの中へ。

 

枝を伝い、木の葉を踏み荒らし、先へ、先へと進む。

 

ひどい異臭に顔をしかめながら木が途切れた地点で立ち止まった──否、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……なんだ、こりゃ」

 

 

なぎ倒されて転がる木々と、それを灼く赤黒い液体。

 

ジュウジュウと音を鳴らしながら舞い上がる蒸気が、異臭の源だった。

 

肉が、血が、焼け付く匂い。

 

 

そして、何より。

 

それらを撒き散らす──巨大な肉塊。

 

4本足のついた鮟鱇の如き体躯の表面からは、溶岩のような血肉が絶えず溶け落ち、地面を焼いていた。

 

緩慢な動きに合わせて、木の幹が小枝の如くへし折られていく。

 

 

「鬼……かァ?」

 

「恐らくはな……。この大きさは流石に見たことがないぞ。何で今まで気づかなかったんだ」

 

 

現実から目を逸らしたくなる衝動を堪え、こいつの頸を如何にして獲るか、思考を巡らせる。

 

酸か、はたまた高熱か──どちらにせよ、あの血肉に直接触れるのはまずい。

 

頸一点を狙うにしても、巨大すぎて日輪刀では刃渡りが足りないだろう。

 

ならば。

 

 

「まずは身体を削る。実弥、あの肉には触れないように──」

 

 

直感。

 

2人同時に、散るように、跳ぶ。

 

次の瞬間、轟音。

 

木の群れを押し退けて、その鬼が突進してきた。

 

先程までとは打って変わった俊敏さで、周囲を蹂躙していく。

 

奴が通った後には、草の根一本残っていなかった。

 

 

「おいおい……」

 

 

こんなのが人里に下りたらとんでもないことになるぞ。

 

この有様になるまでに何人喰ったんだ、こいつ。

 

 

再び、緩慢な動きでこちらに向き直る鬼。

 

鮫や鰐を思わせる鋭い牙が、どろどろに融けた体表の上で、ほぼ唯一前後を判別できる要素だった。

 

その牙の上部──額にあたる部位が盛り上がり、ばつん、と勢いよく()()()()

 

ぎょろりと辺りを見渡す、巨大な一つ目。

 

 

遠目からでもよくわかる──"下弦"の字。

 

 

「十二鬼月……!」

 

 

実弥の殺気が膨れ上がる。

 

数字が刻まれていないのが不可解だが──そんなことは些事だ。

 

何としても、ここで倒す。

 

 

「実弥!奴が速いのは直進だけだ!横っ腹から削ぎ落とせ!」

 

「言われずともォ!」

 

 

言うが早いか、緑の刀身が煌めいた。

 

砂塵を巻き上げ、竜巻の如き鎌鼬が、鬼の太った腹を抉り、貫く。

 

 

──風の呼吸、壱の型・塵旋風・削ぎ。

 

 

爆ぜるように飛び散った肉片が、草木を焼く。

 

横一文字に開いた胴体の穴は──しかし、湧き上がる肉液で、すぐさま埋められた。

 

ちィ、と舌打ちをする実弥に、不定形の足が伸び迫る。

 

 

──波紋の呼吸、壱の型・山吹。

 

 

手刀を振り下ろし、中腹でそれを焼き切る。

 

手の側面が焼ける、嫌な音がした。

 

波紋を流し込んだ足の切断面から、駆け上がるように肉が灰と化していくが──それを上回る速度で増殖する肉が、崩壊を押し流す。

 

ままならない状況に歯噛みする暇もないうちに、2回目の突進。

 

動線から外れた木に飛び移り、難を逃れる。

 

 

「全く堪えてねぇな。やっぱり狙うのは頸かァ」

 

「だな。私が()から周りの肉を片付ける。お前が骨を絶て」

 

「承知」

 

 

端的に応えた実弥が、鬼の前へと躍り出た。

 

素早い動きで翻弄しながら手足を切り刻み、動きを封じる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()に、此方の意図を汲んでくれたことを理解し、すぐさま木に足を掛けた。

 

更に上──鬼の背中を見下ろせる高さまで登り、茂る木の葉に手をかざす。

 

波紋で増幅された生命磁気を流し込み、そのまま地面目掛けて飛び降りた。

 

 

──波紋の呼吸、伍の型・萌葱(もえぎ)

 

 

磁場に押し固められた葉は空気を捉え、滑空しながら私の身体を運ぶ。

 

実弥に縫い付けられている鬼の上、おそらくは後頭部にあたる位置に到達したところで、磁気を解除。

 

 

バラバラに解けた葉の群れは、波紋を纏って硬度を増したまま──鬼の頸めがけて降り注ぐ!

 

 

無数の刃と化したそれらが肉を削ぎ、貫き、焼く。

 

ぼろぼろと肉が崩れ落ち、瞬く間に頭部が痩せ細った。

 

狙うは、葉の雨が止み、増殖再生が開始するまでの、一瞬き。

 

 

「──実弥ィ!」

 

 

落ちながらの視界に、風が巻き起こった。

 

 

──風の呼吸、陸ノ型・黒風烟嵐。

 

 

脇構えからの一閃。

 

数多の鎌鼬を起こしながらのそれは、頸を確実に捉え、刈り取った。

 

 

 

べちゃり、と間抜けな音を立てて地面に広がった頭に続いて、着地。

 

衝撃に痺れる足腰をそのままに、実弥の方へ向き直ろうとして──気付く。

 

 

 

鬼の身体が、崩れていない。

 

 

 

切断面から肉が湧き流れる様を見て、理解する。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()──!

 

 

頭部の再生を待たず、膝を沈み込ませる鬼。

 

三度目の、突進の構えだ。

 

鬼の正面に立つ実弥の首根っこを引っ掴み、遠ざけると同時に、拳を振るう。

 

 

──頸が落ちて、肉の層が薄くなっている今が好機。

 

多少強引でもいい。このまま中の本体まで波紋を伝える!

 

 

腕を振り抜き、切断面に拳を埋める──前に。

 

 

視界の端に、鈍い緑が映った。

 

 

耳のすぐ傍を鋭い風が通り、矢の如く飛んできた()()()が、鬼の頸に突き刺さる。

 

それを認識した瞬間、拳が向かう先を、強引に曲げた。

 

肉の向こうから──刀の柄頭へ。

 

 

 

──波紋の呼吸、肆の型・銀鼠(ぎんねず)

 

 

 

力任せに殴りつけ、刃が完全に見えなくなるまで、肉の中へと押し込む。

 

拳から鋼へ。

 

波紋が、中枢に直接流れ込む音。

 

鬼は、数瞬その身体を強張らせ──決壊したように、肉を弾けさせた。

 

肉片の雨に視界を遮られながら、かろうじて目にしたその本体は、しかしそれも人の形をしていなかった。

 

複数人の四肢が折り重なり、無理やり繋ぎ合わされたような、おぞましい肉塊。

 

瞬きの後には灰と散っていったその姿に眉をひそめながら、それでも一件落着と、深く息を吐く。

 

 

後に残った日輪刀を手に持ち、振り返ると──そこには、鬼よりも鬼らしい形相の、持ち主が。

 

 

今日一番の怒気に肌をひりつかせながら、ここから近い茶屋におはぎが置いてあったかと、必死に記憶を辿り始めた。




綾鼓 汐
下弦ってこんなに強かったっけ?肉の芽の暴走か?
どんどん状況が動いてきてるなあ。私も頑張らないと。
この後、咄嗟に庇ったことや特攻じみた攻撃をしようとした件で実弥からお説教返しを食らう。

不死川実弥
最前線で鬼を狩り続ける綾鼓のことは尊敬している。それはそれとして孫みたいな可愛がり方はやめろォ。
戦闘などで言葉が荒くなりがちなので敬語が中途半端。
体術に関しては手合わせの相手がほとんど綾鼓であるため、大なり小なり影響を受けている。戦闘面で相性がいい。

肆の型・銀鼠
銀色の波紋疾走(メタルシルバーオーバードライブ)
金属を伝わる波紋疾走。
水分を含む植物等と異なり、直接触れた状態でないと波紋を流せないため、汎用性は低め。
綾鼓に剣才さえあれば、刀に波紋を纏わせる文字通りの「日輪刀」が可能だったが、残念ながらそうはならなかった。
念の為と、小刀や鎖などの金属製品は常備している。

伍の型・萌葱
生命磁気の波紋疾走他、生命体に作用する波紋。
血流操作から転じての自律動作の制限・操作や、波紋を纏わせての遠距離攻撃が可能。
汎用性の高さでは上位に入る。

「下弦」の鬼
下弦の弐、参、肆、陸が融合した結果、鬼舞辻の血による細胞の自己崩壊と鬼の自己再生能力が暴走した姿。
崩れたところから再生し、再生したところから崩れていく。
四人の意識は完全に消滅し、崩壊の痛みと鬼の本能としての飢えしか残っていない。
下弦の解体にあたって、最期の有効活用とばかりに鬼舞辻が作り出した怪物。
鳴女の血鬼術によって綾鼓を狙って送り出されたが、あえなく撃退された。やはり所詮は下弦か。
共闘不可の呪いを解いて四人同時に襲撃させる?なぜ柱もろくに殺せない連中にそこまでしなくてはならない。身の程を弁えろ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

上弦の参

お待たせしました。
無限列車編映画化とか絶対映画館でボロ泣きしてしまう……。


「綾鼓さん、綾鼓さーん」

 

 

声を掛け始めてからしばらくして、ゆるゆると瞼が持ち上がった。

 

その隙間から覗くは、私の瞳と対照的な山吹色。

 

 

「……まこも?」

 

「はい、真菰です。こんなところで寝てると風邪ひいちゃいますよ?」

 

「んー……」

 

 

上体を起こす緩慢な動きに合わせて、縁側に散らばっていた長い髪が床板を滑る。

 

 

「隊服も脱がずに寝ちゃって。お疲れですか?最近働きづめでしたもんねえ」

 

 

手慣れた様子で髪を結い上げるのをしばらく待ち、腕が下りたところで肩に羽織を掛ける。

 

肩口が開いた形状の隊服は、見ていて寒々しい。

 

 

「悪い悪い、藤の家紋の家だと気が緩んで、ついな。この間蝶屋敷に行ったばっかだってのに、情けない」

 

「この間と言っても、蝶屋敷に行ったの結構前でしょう。それに、やったことと言えば治療と鍛錬の付き合いなんですから、休んだうちに入りませんよ」

 

 

任務の合間を縫って訪ねた蝶屋敷では、弟弟子の炭治郎が全集中・常中の習得に向けた訓練に取り掛かっているところだった。

 

今では同期の2人もしっかり技術を会得して、屋敷を発ったと聞く。

 

そのことを伝えると、もうそんなに経つのか、と驚きの声音を上げた。

 

 

「年を取ると時間があっという間に過ぎるなあ。若手が育っていって、頼もしい限りだ」

 

「炭治郎はもちろん、後の2人も将来有望ですよね。今後が楽しみです」

 

「そうそう、善逸、慈悟郎の弟子なんだってな。驚いたぜ。前に遊びに行った時はいなかったからなあ」

 

「綾鼓さんの同期の元鳴柱様、でしたっけ」

 

「そ。いわゆる悪友ってやつさ。よくつるんで遊んだもんだ。それで調子乗ったらすぐに左近次に捕まって説教されたっけ。いやあ懐かしい懐かしい」

 

 

どこか遠くを見ながら語る綾鼓さん。

 

鱗滝さんの、本人があまり語らない昔話を聞かせてくれるこんな時間が、私は好きだったりする。

 

狭霧山では鱗滝さんが邪魔をしていたから、隊士になってからも綾鼓さんと行動を共にしている私が一番聞ける機会が多いのだろう。

 

私を追い抜いて柱になった錆兎や義勇に自慢できる、数少ない点だ。

 

 

「なんだか、あの3人見てると昔を思い出すんだよなあ。やっぱり師弟だから、どこか重なるのかね」

 

「炭治郎が鱗滝さん、善逸くんが桑島さん、とすると……伊之助くんが綾鼓さん?」

 

「はは、かもな。山育ちだっていうし」

 

「伊之助くんが一番綾鼓さんに突っかかってましたもんね。確かに似てるかも」

 

「おいそりゃどういう意味だ」

 

「そのまんまの意味ですよー。猪突猛進も結構ですが、少しは心配するこっちの身にもなってください」

 

 

ぐぅ、と喉を鳴らす音。

 

いつも振り回されている側のため、たまにこうして言いくるめることができると少し気分がいい。

 

口を真一文字に結んで縮こまる綾鼓さんから視線を外し、まだ低い位置にある月を眺める。

 

朧月夜も風流だが、こうして雲に遮られることなく降り注ぐ月光も、やはり美しい。

 

 

「──あれ?」

 

 

ふ、と視界の端にかかる影を見咎める。

 

鴉だ。こちらに向かってきている。

 

次の任務に関する伝達にしては早すぎる。誰かの手紙でも持ってきたのだろうか。

 

どこかで見覚えのある鴉だなあ、と記憶を辿る。

 

羽ばたきと共に近づいてくるにつれ、その姿が明瞭になっていきた。

 

ああ、そうだ。あれは確か炭治郎の──

 

 

「カァァー!伝令!伝令!竈門炭治郎、無限列車ニテ()()()()ト接敵!繰リ返ス、下弦ノ壱ト──」

 

 

鴉が嘴を閉じる前に、衝撃音で聴覚が塗り潰された。

 

慌てて隣を見ると、そこに人の姿は既に無く。

 

割れた床板の上に、抜け殻の羽織がふわりと落ちていく様だけが目に映った。

 

 

「──!あの人は、言ったそばから……!」

 

 

瞬きの合間に遠くなっていく背中と、それに食らいついて飛び去って行く炭治郎と綾鼓さんの鴉を見やりながら、自分の鴉を呼ぶ。

 

部屋に置いてあった自身の日輪刀(ぶき)を手に取り、続くように屋敷の塀を飛び越えた。

 

 

 

 

***

 

 

 

羽織の赤い裾が、燃えるようになびく。

 

剣戟と拳撃が交差する度に、余波の風が頬を撫でた。

 

上弦の参、猗窩座。

 

その突然の襲来に、煉獄さんがただ1人で立ち向かっている。

 

鍛えぬかれた技の応酬。

 

互いの攻撃は拮抗しているようにも見えるが、しかし煉獄さんの身には着実に傷が蓄積されているのが分かる。

 

加勢しようにも、手足に力が入らない。

 

何とか、何とか、煉獄さんを助けられないか──。

 

 

猗窩座の拳が、煉獄さんの顔面に突き刺さろうとする瞬間を捉え、思わず喉から声が漏れる。

 

 

「煉獄さん!!」

 

 

あのままでは、目が潰されてしまう──!

 

人体が破壊される音を予期して、奥歯を噛み締めた──瞬間。

 

 

しかし、猗窩座の腕は、振り抜かれる前に止まった。

 

否──()()()()()

 

 

「……!」

 

 

跳躍し、瞬きのうちに2人の間に割り入ったその人物は、空中で右手で猗窩座の手首を掴み、左手を煉獄さんの肩に置いた。

 

そのまま、着地する間もなく身を捻り──その遠心力で、彼らを引き剥がす。

 

煉獄さんは俺たちの方向へたたらを踏んで後退し、猗窩座はその対称方向へ、派手な土埃を上げて勢いを殺しながら後ずさった。

 

 

「ぐ──お、おおおおおお!!」

 

 

苦悶の声が猗窩座の方角から聞こえる。

 

見ると、猗窩座の腕から先が無い。

 

灰となり、ボロボロと崩れ落ちていっているではないか。

 

気が付かない間に攻撃が入った?しかし、日輪刀ではあんな傷は作れない。

 

 

「──無事か、お前たち」

 

 

事態が呑み込めず、間抜けに口と目を開けていると、不意に頭上からかかる声。

 

 

「綾鼓さん!」

 

「襟巻女!」

 

 

思わず上げた声が、隣の伊之助と被る。

 

鴉の伝達が間に合ったのだろうか。

 

下弦の壱を発見してすぐさま飛ばしたが、列車の速度を考えるとあの時から既に場所は大きく離れているはずだ。

 

それなのに此処にこの短時間で駆けつけることができたのは、ひとえに彼女の判断と行動の早さ故だろう。

 

こちらから、山吹色の瞳は見えない。

 

高い位置で結わえられた黒髪の影から覗く"滅"の文字だけが、視界を占める。

 

 

「……師匠(せんせい)

 

 

煉獄さんから、水音混じりの声が届く。

 

こうして近くに寄ると、血の匂いが酷い。

 

 

「杏寿郎、()()()()()()()()()()

 

 

問いかけではない。

 

確信めいた、語気。

 

 

「参です」

 

「──そうか」

 

 

煉獄さんからの短い答えを聞いた途端、腹の一等底が重くなった。

 

怒り、闘志、覚悟、そして──ほんの少しの、安堵と喜び。

 

ごちゃ混ぜになった強い匂いが、綾鼓さんの背中から漂う。

 

 

 

 

「お前、お前!()()()()!」

 

 

鋭く飛ぶ、声。

 

見ると、猗窩座は形を保っている逆の手の指を揃え──その手刀を、自らの上腕へと叩き込んだ。

 

突き進む崩壊ごと腕が寸断され、瞬きの間に新たな肉が沸きあがり、巻き戻るように肢体を形成する。

 

指先の爪まで生え揃うか否かというところで、その両腕が掻き消えた。

 

 

「波紋の呼吸、玖の型──白練(しろねり)

 

 

綾鼓さんは、小さな呟きと共に、首元の襟巻を解き、俺たち全員を覆うように、引き広げる。

 

その布が仄かに光ったかと思えば、耳をつんざく爆発音。

 

千々に解け散る白い糸屑が、夜の(くら)がりに溶けていく。

 

あの、虚空から飛んでくる打撃が浴びせられたのだと理解する前に、黒い髪の穂先が視界の端を掠めた。

 

 

「その山吹の瞳、()()()()()()()()()()この痛み!間違いない!()()()()のおっしゃっていた──」

 

 

猗窩座の顔に、影がかかった。

 

反射的にだろう、猗窩座は頭上目掛けて拳を振り上げ、それに打撃を加える。

 

頭上──影を形成していた()()は、成す術なく粉砕され、内包されていた液体が、猗窩座の全身に降り注いだ。

 

 

──油の、匂いだ。

 

 

目に入った異物に、初めて猗窩座が瞬きをした。

 

その機を逃すまいと、距離を詰めていた綾鼓さんが側頭部に蹴りを叩き込む。

 

頸ごと持っていくような、斜め上に掬い上げる踵打ち。

 

しかし、それは猗窩座の腕で阻まれる。

 

目を閉じた隙にも関わらずの、正鵠を失わない動き。

 

崩れ始めたそれとは逆の腕を、綾鼓さんの横腹を抉り抜かんと突き出すが、綾鼓さんが後ろに飛び退く方が数瞬早かった。

 

その隙に、猗窩座はまた、己の手刀で腕を切り落す。

 

 

数間の距離を置いて、向き合う2人。

 

互いに武器は持たず、脚を軽く開き、腰を低く落としている。

 

 

「──あのお方を煩わせる、忌々しい()()()()(まみ)える日が来ようとはな」

 

「こっちの台詞だ馬鹿野郎。散々待たせやがって。敢えて言わせてもらうぜ──()()()()()()()()!」

 

 

猗窩座は軽く目を見開き、苛立ちを滲ませた無表情。

 

対して綾鼓さんは、口角を上げ、好戦的に笑いながらも、その首には青筋が浮かんでいる。

 

先程、煉獄さんが対峙していた時とは真逆だ。

 

 

「40年──40年だ。待ちわびたぞ。上弦(おまえ)を倒すこの日を。

 わかるか?その間積み上げられた時が、命が、今、私の心を燃やして、震わせている」

 

「……何を言っているのか、理解できない」

 

「ああ、分からんだろうさ。(おまえら)の無為なものとは比にならない、この歳月の重さが。命を散らしながらも私に託し、繋いできた人々の尊さが。

 ──ノミ同然の鬼なんぞに、分かられてたまるか」

 

 

にぃ、と綾鼓さんが笑みを深めると同時に、猗窩座の顔に、血管が浮き上がる。

 

束の間の静寂の後、地面に陥没が二つ。

 

 

肉体がぶつかり合う、激しい音が、辺りに響いた。




綾鼓 汐
ようやく見つけた。絶対に逃がさない。

隊服
腕周りの機動性を重視した、肩口がざっくり開いた造り。
宇髄天元の着用しているものと似通っている。
二の腕半ばまでは籠手の布地で覆われているため、肌はあまり見えない。
この人は胸よりも脇の方がいい。(byゲスメガネ)

玖の型・白練
蛇首立帯(スネックマフラー)』他、布や糸を伝わる波紋。
硬度を上げて足場や盾にするもよし、張り巡らせてワイヤーのように切断するもよし。
波紋を巡らせたそれは、生命反応の探知器にもなる。

襟巻
玖の型・白練を繰り出すために綾鼓が常に着用している、露霜蚕(つゆしもかいこ)の繭から作られる絹糸を編んだもの。
含まれる水分量が多く、波紋伝導率が高い。
サティポロジアビートルの腸の代用品として、縫製係と共に約10年の試行錯誤を繰り返し、この素材に辿り着いた。


波紋の伝導率が高い。
石などの非生物でも、これを塗れば波紋を流すことが可能。
綾鼓は油を入れた竹筒を備えている。
これ以外にも、波紋を応用させるための様々なものを装備に仕込んでいることが多い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

燃やせ

波紋の技に独自解釈があります。


短く、深く、息を吸う。

 

それが合図。

 

目の前の鬼へと拳──壱の型・山吹を繰り出す。

 

狙うは頸、ただ一点。

 

それを真横からいなすように(はた)く、奇妙な模様が浮かぶ腕。

 

ぱぁん、という軽快な音と共に、軽い衝撃波が髪をわずかに巻き上げる。

 

すかさず逆の腕を突き出す。中指一本で、撫でるように逸らされた。

 

再びの殴打。何度防がれようと、間断なく。

 

互いの双腕が空気を貫く度に起こる風が、彼我の周囲を、結界のように覆う。

 

 

「お、お、おおおおお!!!」

 

 

雄叫びが上弦の参から上がる。

 

奴の額に滲んだ冷や汗が、手風で吹き飛んだ。

 

 

「──綾鼓さん!」

 

 

空気を切る音の中で耳に入り込んできた澄み声に、反射で叫ぶように声を張り上げる。

 

 

「真菰ォ!3人の手当だ!間違ってもこっちに近づけるんじゃあねえぞ!!」

 

 

そう、近づけてはいけない。

 

杏寿郎は殊更に、だ。

 

此奴──上弦の参の目的は、柱である煉獄杏寿郎の抹殺。

 

最優先される目標がのこのこと近づいてくれば、すぐさまあの拳がそちらに飛ぶ。

 

否、仮に近づいていなくとも、少しでも意識がそちらに向けば、あの遠撃を放つだろう。

 

そうなれば、いくら防御に優れた水の呼吸を修めているとはいえ、真菰1人で手負い3人を守るのは厳しい。

 

それだけはあってはならない。

 

私の目の前で、死なせることなど、あってたまるか。

 

 

足を踏み鳴らし、更に一段腰を低く。

 

絶え間なく、拳を振るう。

 

腕を大振りにする余地は与えない。

 

一息の間に二発、五発、十発。

 

速度を上げて、頸めがけて叩き込む。

 

 

「邪魔だ!どけ!杏寿郎と俺の語らいを妨げるな!」

 

「はいそうですか、なんて言うわけねえだろうが!てめえの敵は私だこっち向け馬鹿野郎が!」

 

 

苛立ちに、苛立ちで返す。

 

 

決定打が与えられない。

 

最初の不意打ちこそまともに喰らってくれたものの、その後の連撃は全て防がれている。

 

しかも、肌の接触面積を最小限に抑えて、だ。

 

足元に浮かぶ文様が動きを察知しているにしても、信じられない精緻さ。

 

そしてダメージを最小限にし、蓄積された頃を見計らって自ら切り落とし再生させる。

 

腕が使い物にならなくなる瀬戸際と、こちらの攻撃の一瞬きの隙を見極める神業。

 

油によって波紋の伝導率が上がっている状態でここまでとは。相当な手練れだ。

 

タルカスやブラフォードのような、武芸で名を馳せた人物の成れの果てなのだろうか。

 

 

千日手のような攻防が続く。

 

己の不甲斐なさに、奥歯を強く噛みしめた。

 

 

残念なことに、私に他の隊士──杏寿郎や真菰ほどの高い身体能力はない。

 

素の膂力や心肺機能では負けない自信はある。

 

しかし、呼吸法を使用した際の戦闘能力では、全集中の呼吸に軍配が上がるのだ。

 

おそらく、全集中の呼吸と波紋呼吸法では、生成されるエネルギーの種類が異なるのだろう。

 

波紋呼吸法が、本来身体内で発生しない太陽の生命エネルギーを生み出すところを、全集中の呼吸は、代謝を上げてエネルギーを増幅させ、全て身体強化に使用している──というのが、私の仮説だ。

 

新しいエネルギーを生み出すことと、本来存在しているエネルギーにブーストをかけるのでは、後者の方が同じ効率でより大量のエネルギーを得られるのだろう。

 

日本独自の、波紋とは異なるアプローチを試みた呼吸法。

 

だからこそ、鬼と同等の速さが出せるし、鬼に力で競り勝つこともできる。

 

必死の鍛錬でなんとかその領域の(ふち)に手をかけてはいるものの、故に、私はその場にあるもの──植物であったり水であったり──を活用した搦手を使うことも多い。

 

だが、玖の型・白練のための布は先程駄目になってしまった上に、ここは開けた平地だ。

 

他の装備を取り出そうにも、この膠着した状況で少しでも隙を作るわけにはいかない。

 

しかし、幸いにして夜明けまでは程近い。

 

どれだけ長くとも、その時まで、この場に留まらせることができれば──後ろの4人の下へ向かわせることなく、日光に晒すことができれば、私の勝ちだ。

 

 

「──何だ。何を笑っている!」

 

 

攻防の手は止めない。

 

少しでも、此奴の意識を此方へ向けさせる。

 

 

「何、少しばかり安心しただけさ。上弦がどんなものかと思ったが──なんて事はない、所詮はただの鬼。()()()どもを相手取るよりよっぽど楽だ!」

 

「俺が、奴らに劣っているとでも!?」

 

 

挑発に乗ってきた。

 

奴の顔の青筋が増える。

 

やはり、柱の男(あいつら)のことはよく知らないようだ。

 

2000年生きている鬼ではないことを確認し、内心安堵する。

 

 

「ああ劣っているともさ!こんな状況でも意思の切り替えができていない。思考を一方向に固めてしまっている!戦士としては二流だぜ!」

 

「一体何を根拠に──」

 

 

動きを読み、後の先をとるための足元の文様。

 

敵を此方(こなた)へ近づけさせないための、飛ぶ拳撃。

 

 

 

 

「──何でこの期に及んで、()()()()()()を振るっている」

 

 

 

 

頬の肉がばっくりと裂けた。

 

直接当たらず、拳圧だけでこれか。

 

咄嗟に逸らした衝撃で、籠手の手甲部分が砕け散り、欠片が舞う。

 

はじめて、攻勢に出てきた。

 

敵意と戸惑いに満ち、見開かれた目には、私しか映っていない。

 

 

明確な殺意が宿った──その殺意の源を、本人も理解していないようだが──途端、動きが変わった。

 

頭を叩き割る意志を持った突きを、後方転回で回避。

 

そのまま地面に手をつき、振り上げた踵で拳を弾き飛ばす。

 

開いた胴体部めがけ、逆立ちの姿勢のままで体を捻り、波紋を纏わせた蹴りを入れる──が、逆の拳がそれを殴り逸らした。

 

上弦の参の拳が溶け落ち、切り捨てられるのと、私の脛当てが砕けるのが同時。

 

 

互いに、急所に一発でも入れられれば終わる。

 

予断を許さない攻防。

 

しかし、持久力ではどう足掻いても鬼が有利である以上、こちらとしては先手必勝あるのみ。

 

 

腕の力で跳躍し、脳天目掛けて踵を落とす。

 

流石に、頭部に波紋を喰らうのはまずいのだろう。腕を一本犠牲にして庇う。

 

 

そして──その腕が溶け落ちないことに、目を見開いた。

 

 

この蹴りはフェイクだ。波紋を通していない。

 

腕に接したまま、足を振り下ろし──地面に叩きつけた。

 

手の甲を踏み、地を這う姿勢のまま、縫い付ける。

 

逆の腕も踏みつけ、完全に固定。

 

波紋を集中させていた右拳を、旋毛(つむじ)目掛けて振り下ろす──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かふ、と気管支の奥から鉄の味が漏れる。

 

横腹に感じる熱。

 

()()

 

両腕を動かせない状態で、しかし強引に曲げた脚が、私の胴体を掠めた。

 

明らかに人体ではありえない角度だ。アリかそんなもん。

 

ほぼ反射で避けたため、直撃こそ免れたものの、衝撃波までは躱しきれなかった。

 

出血はないが、内臓がしっちゃかめっちゃかになっている。

 

そして何よりまずいのが──肋骨が折れて、肺に刺さったこと。

 

空気が漏れ、肺がしぼむ。

 

()()()()()()()()()()()

 

 

「綾鼓さん!!」

 

師匠(せんせい)!!」

 

 

呼ばれる声が、どこか遠い。

 

 

押さえつけていた両足を力任せに弾かれて、体勢がよろける。

 

呼吸をしようとする度に肋骨が喰い込み、激痛が走るが、波紋による緩和はしない。

 

波紋が流れる耳を切り落しながら、しかし上弦の参は酷く狼狽しているように見える。

 

追撃が来ない──どころか、何かに気付いたように、視線を外した。

 

見ると、空が白んでいる。

 

 

──夜明けだ。

 

 

上弦の参の脚に、力が籠る。

 

後ろに飛び退くための、予備動作だと、直感的に理解した。

 

 

 

「逃──が、す、かッ!」

 

 

口角から血の泡を飛ばしながら、足を強く踏み出す。

 

跳躍した上弦の参の足首を、すんでのところで掴めた。

 

体内に残った波紋の量では、一番遠い頭にまで届かない。

 

ならば。

 

 

 

──波紋の呼吸、弐の型・紅緋(べにひ)

 

 

 

高温を放つ、炎の波紋を、ありったけ流し込んだ。

 

それは、鬼の身体を濡らす油に伝わり──全身に、炎を走らせる。

 

 

「ギ、ァアアアアアアアアア!!」

 

 

火だるまになった上弦の参は苦悶の叫び声と共に、必死に逃れようと脚を振る。

 

手の骨が砕かれる前にそれを回避して、両手首を掴み、地面に引きずりおろす。

 

 

「オォ──ォオオオオオオオオ!!退、けえええええ!!!」

 

 

肩口を踏みつけて、できる限り動きを抑える。

 

もう体内に波紋は残っていない。

 

──構わない。

 

手が、脚が、諸共に焼かれる。

 

──構わない。

 

息を吸う。熱で気管が爛れる。

 

──構わない、構わない、構うものか!

 

絶対に逃がさない!此処で上弦(こいつ)は倒す!!

 

 

「──杏寿郎ォ!!!」

 

「伊之助、動けーーーっ!!!」

 

 

力の限りの叫びの合いの手のように、赫い炎刀の模様が、視界を滑るのが見えた。

 

頸を一回りする鬼の痣に、刃が食い込まんと進む。

 

瞬間、衝撃。

 

 

吹き飛ばされる中見えたのは、両の腕が肩回りの肉ごと引きちぎられた鬼の姿と、粉々に砕け散った杏寿郎の日輪刀。

 

 

日輪刀を踏み台にして、大きく跳躍した上弦の参は、焼ける身体をそのままに、木の群れの中へ。

 

 

 

「待──」

 

 

がぼり、と大量の血で、言葉が遮られる。

 

激痛と出血で視界が霞み行く中、奴を追うように飛んでいく、鋭く黒い影を見た気がした。

 




綾鼓 汐


弐の型・紅緋
緋色の波紋疾走(スカーレットオーバードライブ)
炎の波紋。
血流操作により、波紋エネルギーと共に熱を手足に集め、髪の毛を焼き切る程の高温を生み出す。
あくまでも温度を上げるだけで、実際に炎を生み出すには可燃性の物が別途必要。
因みに、髪の毛の燃焼・灰化温度は300℃。

猗窩座
何故目の前の人間(?)にこんなにも苛立つのかもわからないし、何故こんなにも此奴の言葉が神経を逆撫でるのかもわからないし、何故此奴が傷ついた姿を見て自分が動揺しているのかもわからない。
柱は殺せないわガキに啖呵切られるわで精神的にもう滅茶苦茶。
この後こっぴどいパワハラを受けるが、綾鼓を殺した(と鬼舞辻は判断した)ことでギリギリ許された。
杏寿郎とあの小僧は絶対に殺す。

鬼舞辻 無惨
やっと死んだかあの女。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎と共に

箸休め回です。


──ひどい音だ。

 

 

蝶屋敷全体を包むような、恐慌の音。

 

途切れることのない荒い足音に、怒号に近い人々の声。

 

 

自分の頭を掻きむしり、耳を押さえて蹲りたくなる衝動を、羽織の裾を握りしめることで堪える。

 

 

──屋敷のあちこちから、今にも崩れ落ちそうな音がするから。

 

 

きっと、俺が折れれば、それが合図になる。なってしまう。

 

自分の治療もそこそこに、横で固く目をつぶり、祈るようにうなだれている炭治郎も、猪の被り物で表情は窺えないものの、肩と呼吸を震わせている伊之助も。

 

口を堅く引き結び、仁王立ちの姿勢で沙汰を待つ煉獄さんも──俺なんかに、構わせてはいけない。

 

 

これでも、蝶屋敷に到着した当初に比べれば落ち着いたものだ。

 

胡蝶姉妹──カナエさんとしのぶさんが綾鼓さんを見た時は、そりゃあもう酷かった。

 

自分の傷が開くのも厭わず、声を張り上げて彼女の治療を懇願する炭治郎と煉獄さん。

 

顔を蒼白に染め、慌てて近所の医者という医者を呼び集め始めたしのぶさん。

 

アオイちゃんたちと共に、屋敷中の包帯や薬品を搔き集めるカナエさん。

 

 

誰も彼もから、今にも血管が破裂しそうな程の、激しい脈音が聞こえた。

 

驚愕、恐怖、焦り、哀しみ。

 

同じ音を発している真菰さんに抱えられて、綾鼓さんが屋敷の一番奥の部屋に消えてから、何時間経っただろう。

 

焼け爛れた四肢に、口から溢れる鮮血。

 

そして何より、身体が揺れるたびに腹部から聞こえる水音と、あまりにも弱弱しい呼吸音が、粘っこく脳裏にこびり付いて離れない。

 

十二鬼月、上弦。

 

あんなに、強そうな音を高らかに響かせていた人が、あそこまでして、それでも倒せないのか。

 

 

 

「……悔しいなあ」

 

 

炭治郎から、鼻声が漏れる。

 

こんなにもか細い声は、初めて聴いた。

 

 

「煉獄さんも、綾鼓さんも、傷つきながら頑張っていたのに、何もできなかった……助けられなかった」

 

「炭治郎……」

 

 

悔しさと、歯がゆさと、自己嫌悪の音。

 

 

「何か一つできるようになっても、またすぐ分厚い壁にぶつかるんだ。こんなところでつまずいているようじゃ、俺は……」

 

 

重みに耐えきれなかった涙が、堰を切って頬を伝う。

 

 

 

「──泣くな少年。胸を張れ。前を向け」

 

 

 

凛とした声。

 

 

「後輩を守り、育てるのは柱の責務だ。俺も、師匠(せんせい)も、君たちを守ったことを誇りこそすれ、悔いなぞしない」

 

「煉獄さん……」

 

「己の不甲斐なさを恥じるのであれば、強くなれ。心を燃やせ。そして、俺たちの意志を継ぐ、鬼殺隊の柱となれ。それでこそ、俺たちの行動に──()()()()()()()想いに、応えることになる」

 

「え──」

 

「俺は、君たち3人を──そして、竈門少年の妹を信じる。血を流しながらも人を守る彼女を、鬼殺隊の一員として認めよう。

 ……こんな状況で言うべきことではないかもしれんが」

 

 

言いたいことは、言える内に言ってしまうべきだからな、と静かに笑う煉獄さん。

 

炭治郎は色んな感情がごちゃ混ぜになった音を立てながら、ただただ涙を流していた。

 

 

 

──不意に、廊下の奥から足音が聞こえる。

 

いの一番に気付いた俺に続いて、全員がそちらを見た。

 

しのぶさんだ。

 

聞いているこちらが不安になるような、ぐらついた音。

 

 

「胡蝶!」

 

 

煉獄さんが、声をかける。

 

伏せられていた丸くて大きな瞳が、弾かれたように見開かれた。

 

いつもの笑顔は、ない。

 

 

「煉獄さん……炭治郎くん達も。もしかして、ずっと待っていたのですか?治療は──」

 

「俺たちならば問題ない。それよりも、師匠(せんせい)の容体を聞かせてくれ」

 

「そん──」

 

 

そんなわけないでしょう、と声を荒げそうになるところを、しかし煉獄さんの眼圧に押されたのか、唇を噛みしめて飲み込む。

 

こんなに感情的なしのぶさんは初めて見た。

 

 

「……大規模な開腹手術でしたが、内臓の位置を正しく戻し、肺の傷を塞ぎました。体内の負傷の処置はおおよそ済んでいます。今は真菰さんが看ていてくださっていますが──問題は、」

 

「熱傷、か」

 

「……はい」

 

 

眉根を寄せながら、俯く。

 

 

「本来のあの人であれば、あの程度の傷は何てことありません。腹部の傷も、わざわざ開腹せずとも、呼吸による自己治癒でどうとでもするでしょう。

 ……しかし、気道熱傷が酷いのです。あれでは、呼吸法はおろか、通常の呼吸をするのもままなりません。一般人と同じく、外部からの医療処置でしか傷を癒やせない。その上で、四肢全体を覆う火傷に、内臓の負傷……。生きているのが不思議だと、先生方が(おのの)いていました」

 

「そんな……」

 

 

それきり、しのぶさんは黙り込む。

 

言葉にしたくないのだろう。

 

あの人が──綾鼓さんが、あのまま目覚めない、という可能性を。

 

医学に通じていない俺でも、その、今にも泣きだしそうな声色と、早鐘を打つ彼女の心臓で、事態の深刻さを嫌でも理解した。

 

 

「……そうか」

 

 

煉獄さんから、静かな一言。

 

しかし──それをかき消すように、激しい炎が燃える音。

 

 

師匠(せんせい)ならきっと大丈夫だ!()()()()で、立ち上がれなくなってしまうような人ではないだろう」

 

 

檄を飛ばす。

 

しのぶさんにも、俺たちにも──自分自身にも。

 

 

「俺たちがすべきはここで項垂れていることではない!今回得たものを、次へ繋いでいくことだ!師匠(せんせい)の想いに、応えていくことだ!」

 

「煉獄さん……」

 

「──胡蝶。引き続き、師匠(せんせい)を頼む。俺はお館様や、他の柱への報告をしてこよう。上弦の参の貴重な情報だ。一刻も早く周知させねばな」

 

「……わかりました。しかし、貴方も重傷ではあるので、無理はせずに。伝令は鴉に任せて、蝶屋敷で療養していてください」

 

「むぅ……俺の口から直接伝えたいものだが……」

 

「貴方だって内臓を負傷しているのです。そんな状態で長距離移動など、させるわけがないでしょう」

 

 

にこりと、怒りの音を滲ませた笑み。

 

いつもの調子に戻って来た。(ちょっと怖いけど)

 

 

「わかった。ならばせめて、胡蝶にだけでも伝えておこう」

 

「はい?何ですか?」

 

 

 

「"柱の男どもを相手取るよりよっぽど楽"──だ、そうだ」

 

 

 

「──それ、は」

 

「上弦の参、猗窩座との交戦中の、師匠(せんせい)の言葉だ。

 ……こんなことを言ってもらえて、奮起しない柱がいるだろうか」

 

 

ゴゥ、と、熱風が鼓膜を撫でる、錯覚。

 

心が燃え上がる、音。

 

 

「……()──ですか」

 

「胡蝶……?」

 

 

ふふ、と目を細めるしのぶさん。

 

その恐ろしさに、思わず喉から悲鳴が漏れた。

 

 

()()()も決して劣るものではないということを、私と蜜璃さんで示していかなければいけませんね」

 

「うむ!良い闘志だ!!これからも互いに頑張ろう!」

 

 

互いに嘘のない、真っ直ぐな言葉。

 

 

──2人とも、決して楽観してはいない。

 

苦しんでいる。悲しんでいる。

 

それでも、その傷ついた心を叩いて叩いて、叩きあげて──今まで以上に、奮起させている。

 

きっと、炭治郎も伊之助も、それはわかっているのだろう。

 

だからこそ、悔しさと悲しさを乗り越えようとする音が聞こえる。

 

俺も、固く拳を握りしめた。

 

 

 

 

「──胡蝶、もう一つ、頼まれてくれるか」

 

「何でしょう?」

 

「千寿郎──弟を、この屋敷に連れてきてもいいだろうか。俺と共に師匠(せんせい)には世話になった身だ。報せだけでなく、見舞いに来させてやりたい。そも、重傷患者に面会が通るかどうかなのだが……」

 

「いえ、大丈夫です。寧ろ、今のあの人には、親しい人からの声掛けがあった方が良いでしょう。真菰さんがその役目をしてくれていますが、すぐさまお館様の召喚があるでしょうし」

 

 

──それは、気力だけで命を繋いでいるということじゃないのか?

 

──それは、看取る人が備えておいた方がいいということじゃないのか?

 

 

声色から感じ取った"それ"に、血の気が尚のこと引いていく。

 

 

「……わかった。感謝する。すぐさま鴉を飛ばして──いや、それは柱たちへの伝令に回したいな」

 

「柱の方々以外への、方々(ほうぼう)への伝達も必要です。蝶屋敷にいる鴉たちを総動員してもギリギリになります。人員を割こうにも、今は綾鼓さんの治療に手いっぱいで……」

 

「なら──」

 

 

俺たちが、と口にしようとしたところで、廊下を風が通った。

 

 

「──炭治郎くん!?」

 

「竈門少年!」

 

 

柱2人の静止も止めず、腹の傷も意に介さず、駆けていく背中。

 

杉の箱を揺らしながらのその姿は、あっという間に外へと消えていった。

 

あまりにも無茶な行動に、口を突いて出るは──

 

 

 

「──馬鹿なの!?」

 

 

 

 




綾鼓 汐



「柱の男」
ジョジョ2部に登場する、吸血鬼を捕食する闇の一族。
鬼殺隊所属当初の綾鼓はこの存在を知らせようとしたが、外ツ国にいるはずの、今も眠っているそれを何故知っているのかを説明できずに、妄言として片付けられた。
あまりにもしつこかったので、当時の柱合会議で謹慎処分及び箝口令を布かれた。
現在までそれは続いており、今の柱たちは「柱の男」の情報を知らない。


鎹烏にて綾鼓の容体と戦闘時の状況、言葉を伝達された。
殺意とやる気と闘志がフルスロットル。
あの人が言ってくれたんだ。上弦にだって勝ってみせるさ。
周りの隊士から一段と「怖い」と言われるようになる。

竈門 炭治郎
居ても立っても居られずに駆け出した。
少しでも自分が出来ることを。まず休め馬鹿。
煉獄家に千寿郎を迎えに行くも、そこで槇寿郎と遭遇。
「あの化物女、まだ死んでいなかったのか」「大して才能もないのに鬼殺隊にしがみついてみっともない老害だ」等の発言を受けて怒髪天。
蝶屋敷に戻るころには傷が増えてた。しのぶさんに超怒られた。
後日、改めて煉獄家に詫びに行ったところで、炎柱の手記に関して教えてもらうことになる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

波をその身に刻んで

新章突入直前回です。

これはずっと前から考えてました。


──なんで、お前が生きているんだ。

 

 

これは、誰に言われたのだったか。

 

 

──なんでお前が生きて、あいつが死ななければならなかったんだ。

 

 

──お前はもう、十分に生きただろう。柱になって、名誉を得て。

 

 

槇寿郎……いや、違う。

 

 

──あいつは何も得られなかった。何も為せないまま、死んでいった。

 

──あまりにも短い人生だ。

 

──何故助けてやれなかった。何故。

 

──お前のその力は、万人を救うものだろう。

 

 

家族、仲間、恋人。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

──何故、お前だけがのうのうと老いさらばえている。

 

 

うん、ごめん。

 

 

──お前の周りで何人死んだ。

 

 

ごめんな。ごめん。

 

 

──お前が代わりに死ねばよかったのに。

 

 

悪い、それだけはできない。

 

私には、まだやるべきことがある。

 

 

──救えないお前に、何ができる。

 

 

怨嗟の声に背を向けて、光の方へと向かう。

 

 

──老いぼれが1人戻って何になる。

 

 

いないよりはましさ。

 

 

──また無駄な40年を繰り返すつもりか。

 

 

そうなったらまた40年頑張るだけだ。

 

 

──どうせ、皆死ぬんだ。何をしたって無駄なんだ。

 

 

うるせえ、そろそろ黙れ。

 

 

呼吸をする。

 

波紋の呼吸。

 

淡い光が、身体を包む。

 

 

もう、声はしなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

ゆっくりと、重い瞼をこじ開ける。

 

見覚えのある天井。蝶屋敷か。

 

 

あれからどれ程経ったのだろう。上弦の参は?杏寿郎は?

 

次々と湧き上がる疑問を一旦無視して、全身の血流に意識を集中させる。

 

 

内臓……は、既にある程度治癒が進んでいる。

 

肺も問題ない。呼吸に支障はない。

 

次に四肢──こちらは少し傷が深いな。

 

神経にまで達していないのは運が良かった。

 

機能が回復さえすれば、また動かせる。

 

 

──と、ここまで思考して、手を包む温度に気が付いた。

 

分厚い包帯に包まれてて感覚が鈍いが、覚えのある人肌。

 

 

 

「──あ゛、」

 

 

わか、と呼ぼうとして、痛みと共に酷い声が喉から漏れる。

 

そうか、(ここ)も焼けたんだったな。

 

 

「おはよう、汐。生き延びてくれて何よりだ」

 

 

無理に話さなくていい、と、いつもの柔和な微笑み。

 

ずっと看ていてくださったのだろうか。

 

バサバサ、と何かが派手に落ちる音。

 

同じ部屋にいた──ええと、確かきよちゃん、が、落とした包帯の束をそのままに、大慌てで飛び出していくのを見送る。

 

 

程なくして、なほちゃんとすみちゃん、アオイちゃんを連れて戻って来た。

 

4人とも、目に大粒の涙が浮かんでいる。

 

 

「綾鼓さ゛ん゛~!」

 

「よかったです~!」

 

「もう目が覚めないかもと思って~!」

 

「よかった~!本当によかった~!」

 

 

私の服やベッドのシーツにしがみついて、泣きじゃくる4人。

 

 

「し゛ん゛……」

 

 

おっと、この声じゃまずいな。

 

少し待ってて、と手で制した後、それをそのまま、首元に添える。

 

意識を集中。

 

陸の型・琥珀で、今生み出せる波紋を、ありったけ喉に注ぎ込んだ。

 

あ、あ、と少しだけ発声練習をして。

 

 

「──心配かけて悪かったな。看病してくれてありがとう」

 

 

滑らかに出てきてくれた声を聞いて、尚のこと号泣する4人を全員まとめて抱きしめる。

 

背中を撫でさすりながら、心音(生きている証)を伝えている私を、若様がただ静かに見守ってくれていた。

 

 

 

***

 

 

 

「──そうか、上弦の参は取り逃がしたか」

 

 

するすると、包帯を解く真菰から、気絶した後の状況を聞く。

 

随分と手馴れている。この1か月間で何回この作業をしたのだろうか。

 

申し訳なさに、胸がいっぱいになる。

 

 

「……綾鼓さん、その顔はやめてください」

 

 

厳しい声が、傍らに座っていた錆兎から飛んできた。

 

 

「貴女が生きていてくれたことに、目を覚ましてくれたことに喜びこそすれ、上弦の参を討てなかったことを責める者などいません。そんな奴がいたら、俺自ら鍛え直してやります」

 

「……ありがとうな、錆兎」

 

 

あまりにも強く、優しい言葉に、泣きそうになりながら、笑う。

 

 

「ちょっと錆兎、そんな言い方したら逆効果だよ。この人、何も考えていないように見えて結構気にしいなんだから」

 

「先んじてこうでも言っておかないと、延々自己嫌悪で塞ぎこむだろう。どっちがより面倒臭くないか、という話だ」

 

「私のことをよく理解していただけているようで何より」

 

 

互いにふんすと胸を張って言う姿に成長を感じつつも、そんな風に思われている──そして、間違っていない──ことに若干ショックを覚えつつ、笑みを乾いたものに切り替える。

 

こいつら、私の性格分析に微塵も疑いを持ってねえ。

 

左近次め、この子たちを本当にまっすぐ育てたな。

 

 

「……痕、残っちゃいましたね」

 

 

包帯を解き終えた真菰が、それを纏めながら、呟いた。

 

 

「ん?ああ──こればっかりは仕方ないさ。寧ろ、これくらいで済んで万々歳、ってところだぜ」

 

 

久方ぶりに外気に晒された両腕を持ち上げ、仰ぎ見る。

 

喉が快復してから、再びの陸の型・琥珀で全身を治療した。

 

幸いにして後遺症等は無く、全快できたが──自然治癒が進んでいた皮膚には、そのまま、痣のような傷跡が残った。

 

指先から二の腕まで走るそれは、(まだら)な濃淡がついていて、波打ち際の水面を思わせる。

 

この調子だと、まだ包帯を外していない両脚も、同様のことになっているだろう。

 

 

「まあ、ちょっと見苦しいものではあるが、この程度なら籠手の装備を着ければ隠せる。問題は無いだろう」

 

 

握り開きを繰り返して、動作に違和感がないことを確認しつつ、言う。

 

 

「……そうやって、自分の身をないがしろにするところは、本当によくないですよ」

 

「まったくだ。元々そういうきらいはあったが──今回ばかりは、本当にいただけない」

 

 

……あ、まずい。

 

そう思った時には既に遅く。

 

懇々と、ベッドの両側から2人に挟まれる形で始まるお説教。

 

 

曰く、自分諸共焼くなんて何を考えているのか。

 

曰く、あの場には何人も隊士がいたのに、何故1人で相手取るなんてことをしたのか。

 

曰く、いくら快復が常人より早いとは言え、やっていいことと悪いことがある。

 

曰く、曰く、曰く──。

 

 

無限に湧いてくるのではないかと思う程の言葉の数々を、肩をすぼめた状態で甘んじて受け入れる。

 

水の呼吸一門、こういうところは本当に容赦ない。

 

川のように淀みなく、交互に静かに正論を突きつけてきやがる。

 

 

途中でしのぶが様子を見に来て、やっと解放される──と、思ったが。

 

 

「丁度良かった。私も綾鼓さんに言いたいことが山ほどあるんですよ」

 

 

はい、ごめんなさい。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ぺたり、と床に上体を押し付ける。

 

1か月寝たきりで(なま)りまくった身体を、波紋の呼吸と機能回復訓練で呼び起こす作業だ。

 

波紋法は"呼吸"のリズムに、その全てがある。

 

"呼吸"さえ整えれば、自然に筋肉もパワーも鍛えられる。それが波紋。

 

呼吸を維持して、鍛錬と休憩を繰り返しながら、1日を過ごす。

 

数日経てば、もうすっかり調子を取り戻した。

 

すぐにでも前線に戻りたいものだが、一向に任務の指令が来ない。

 

珊瑚(さんご)──私の鴉が持ってくるのは、本部からの伝令ではなく、他の柱からの見舞い文。

 

 

心配してくれて嬉しいなあ、と、休憩時間に目を通す。

 

皆、私の快復を祝ってくれると同時に、鬼殺への強い意志表示を記している。

 

やはり、上弦に関する情報が共有されたというのが大きいのだろうか。

 

何にせよ、やる気があるのはいいことだ。

 

私も早く復帰して力になりたいんだけどなあ。来ないなあ、指令。

 

返事の文を珊瑚の足に括り付け、飛ばす。

 

さて、休憩終わり。鍛錬再開だ。

 

 

 

蝶屋敷の廊下を進み、訓練場へ向かう。

 

 

「む」

 

 

正面の角から見えた巨躯に、声を漏らす。

 

岩柱──悲鳴嶼 行冥。

 

 

「よっ、行冥。久しぶり。息災か?」

 

 

片手を上げて、挨拶。

 

じゃらりと数珠を鳴らした行冥は、いつものように両の目から涙を流した。

 

 

「おお、これは、綾鼓殿……無事、快復なされたようで……何より……南無阿弥陀仏……。見舞いの文も出せず、申し訳ございません……」

 

「いやいや、真っ先に鴉で見舞いの挨拶をくれたじゃねえか。ありがとうな。

 ところで、何で蝶屋敷に?負傷でもしたか?治してやろうか?」

 

 

見たところ、怪我などはなさそうだが──と、身体をひと通り眺めたところで、その背後の気配に気づく。

 

 

──ん?

 

 

「南無……今日は、私の弟子を診ていただくために、参った次第です……ほら、玄弥……挨拶を──」

 

 

行冥が身体をずらすことで、その姿が視界に映る。

 

大きい図体に、刈り上げられた頭。

 

迫力のある四白眼は、しかしどこを見れば良いのかわからない、とばかりに視線をうろつかせている。

 

 

 

 

 

──その全てが、些事だった。

 

 

 

 

 

勢いのまま、彼の肩を両手で掴む。

 

戸惑うような行冥の言葉が聞こえた気がしたが、耳に入らない。

 

見開き、揺れる互いの瞳がかち合う。

 

 

 

──()()()

 

 

まさか、まさか、まさか。

 

 

 

 

「──行冥、悪い、決めた」

 

 

震える唇を叱咤して、無理矢理動かす。

 

 

 

 

 

 

「──こいつ、私の継子にする」




綾鼓 汐
無事復活。やったぜ。
真菰と錆兎に言われたから表面には出してないものの、内心は自己嫌悪でいっぱいいっぱい。
40年かかって屍生人(ゾンビ)一体倒せないとか……。
昏睡中の怨嗟の声は、実際に言われたものもあるが、その多くは本人による、自分を責める声。
自覚は無い。
任務がなかなか来ないのはやる気MAX柱たちが凄い勢いで鬼を殺していっているから。
皆頑張ってるなあ。私もいっそう頑張らないと。

珊瑚
綾鼓の鎹鴉。メス。
代々綾鼓を担当している一族の出。珊瑚で5代目。
生まれた時から世話をしてもらっているので、綾鼓は第二の親のような存在。
いずれは自分の子供を産んで、綾鼓に顔を見せてやりたいと思っている。
だから長生きしてほしい。
綾鼓が昏睡している間は、絶えずやって来るお見舞いの手紙や贈り物の運搬のため、ひたすら飛び回っていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(おに)柱の継子

短編から連載に切り替えました。
設定変えるのずっと忘れてて申し訳ないです。

今回の話で出てくる設定が一番捏造度高いと思います。


驚天動地。

 

その日の蝶屋敷の様子を一言で表すとするならば、それだろう。

 

 

「と、いうわけで、継子をとることになったんだけど、勝手がわからないから教えてくれ」

 

 

私、ちゃんと弟子とったことないからさ、とあっけらかんと告げる彼の人に、しのぶはあんぐりと口を開けていた。

 

 

40年かけて、ついに見つかった波柱の継子。

 

それが自分の患者(顔見知り)ともなれば、その反応も致し方ない。

 

しのぶは、場に居合わせた私と悲鳴嶼さん、そして渦中の人──不死川玄弥くんを連れて、客間へ。

 

茶を飲み、ひとまず落ち着く。

 

 

「──で、呼吸法と体術の指南は私として、剣術の指南をどうしようかと思うわけよ。私は言わずもがなだが、行冥もしのぶも修めている流派がかなり独特だろ?真菰に型稽古だけつけてもらうのもいいけど、ほら、本人に合う合わないがあるからさ。でも、私とは違ってある程度の素質はあるみたいだから、やって損はないと思うんだよ」

 

「いやいやいや」

 

 

勝手に話を進めないでください、と嘆息するしのぶ。

 

今の雰囲気、ちょっと前に戻った感じで懐かしい。

 

 

「ええと、その、すみません、まだ混乱しているんですけど……玄弥くんを、継子にする、ということで、いいんですよね?」

 

「ああ──っていうか、そうだ。悪い、まだちゃんと名前聞いてなかったな」

 

 

と、玄弥くんの方を見る綾鼓さん。

 

名前も知らずに彼を継子と決めていた事実に、少し瞠目する。

 

 

「改めて自己紹介。綾鼓 汐だ。一応、波柱の名を頂いている。隠柱(かくしばしら)とか、隠柱(おにばしら)って方が通りがいいかもしれんがな。

 で、これからお前の師になる、予定だ。もちろん、お前の意思次第だが……」

 

 

玄弥くんは答えない。

 

混乱のあまり、応えられない──が、より正しいだろうか。

 

無理もない、柱3人──"元"である私も入れれば、4人──に囲まれているこの状況で、しかも話題の中心は自分。

 

まさに青天の霹靂だろう。

 

視線を忙しなくうろつかせ、たっぷりと汗をかいて言葉を詰まらせる彼に代わり、悲鳴嶼さんが声をあげた。

 

 

「彼は不死川 玄弥……今年の最終選別を生き残り、入隊した隊士です。今は、私が弟子として面倒を見ています」

 

「ほお、不死川……不死川?ん?てことは実弥の血縁か?」

 

 

その名前が出た途端、可哀相になるくらい大きく肩を跳ね上げる玄弥くん。

 

震える声で、か細く答える。

 

 

「不死川 実弥は……俺の、兄、です」

 

「なるほど、兄弟か!言われてみれば雰囲気似てるな。

 しっかし実弥め、弟がいるなんて一言も聞いてねえぞ。水臭い奴だな」

 

 

あ。

 

多少の事情を知っている私たち3人が押し黙る。

 

当の本人、玄弥くんも。

 

痛々しい沈黙が下りる。

 

 

「……ん?どうした?」

 

 

きょろり、と周りを気まずげに見渡す綾鼓さん。

 

玄弥くんが、震える拳を握りしめて、声を発する。

 

 

「兄貴……は、お前みたいな愚図、弟じゃない、と」

 

「は?」

 

 

一段低くなった声に、何故か玄弥くんが慌てて弁明しだす。

 

 

「違うんです!兄貴は悪くない!俺が、呼吸も使えない能無しだから!鬼を喰って、戦うしかなくて……だから……」

 

 

段々と、尻すぼみになっていく語気と共に、俯く。

 

 

「……()()()()?」

 

 

綾鼓さんの言葉に、玄弥くんの顔がさぁ、と青くなった。

 

 

「……綾鼓さん、玄弥くんは全集中の呼吸が使えません。その代わりに、鬼を喰い、一時的に鬼となることで戦う力を得ているのです」

 

 

苦々しげに、しのぶが答える。

 

いつも玄弥くんを診察している時と同じ顔だ。

 

 

しばし、考え込む綾鼓さん。

 

その沈黙の間に、玄弥くんの額に浮かぶ汗の玉はどんどん増えていく。

 

 

──かねてより、功を焦るような言動が多い彼。

 

せっかく目の前に現れた、継子となれる機会が潰えるのではないかと、気が気でないのだろう。

 

しかし、こればっかりは誤魔化せるものではない。

 

呼吸が使えないこと、鬼を喰っていたこと。

 

それらをひっくるめて、綾鼓さんが玄弥くんを認めなければ──。

 

 

「……玄弥」

 

 

びくり、と身体を震わせる。

 

視線を畳から綾鼓さんへ、ゆっくりと引き上げた。

 

 

 

 

 

「──安心しろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「え──」

 

 

誰もが、息を呑む。

 

 

「どういう──ま、さか」

 

「流石しのぶ、理解が早いな」

 

「なるほど……たしかに、理論的には、筋が通ります」

 

 

2人だけで話を進めないでほしい。

 

悲鳴嶼さんと顔を合わせ、首を傾げる。

 

玄弥くんも同様だ。

 

説明を求める視線に気づいた綾鼓さんが、口を開く。

 

 

「まず、"鬼を喰うことで一時的に鬼になれる特異体質"──この前提条件、認識から確認していこう。

 さて質問だ。鬼になるにはどうしたらいい?」

 

 

それはもちろん、()()()()()()()()()()()()──

 

──あ。

 

 

自分の思い違いに、目を見開く。

 

それで、綾鼓さんも察してくれたようだ。

 

 

「そう、鬼舞辻の血を身体に取り込めば、鬼になる。傷口に鬼の血を浴びるのが典型だな。

 ──その理屈で考えれば、鬼を喰えば鬼になるのは当然のことなんだ。鬼の血を飲み、鬼舞辻の血を間接的に取り込んでいるわけだから」

 

「南無……すると玄弥は……」

 

「ああ、ここで特筆すべきは、鬼舞辻の血を取り込み、一時的に鬼となりながらも()()()()()()()()ということ──鬼化が定着する前に、鬼舞辻の血を体内で分解し、無害化させている、という特異性だ」

 

「そして、それは綾鼓さんの呼吸法が生み出す、鬼を滅殺する力と同じ……と、いうことですね」

 

「その通り」

 

 

しのぶの合いの手に、綾鼓さんが片目をつむって返す。

 

 

「ま、一時的とはいえ鬼化してしまっているということは、極めて微弱なんだろうがな。

 体内に放出できる程の量が生み出せないから、同じ呼吸をしている私じゃないと気づけなかった。

 ──とは言えども、本人さえ自覚のないものであるならば、生まれながらにしての波紋使いだ。とんでもない逸材だぜ、これは」

 

 

生まれながらの、呼吸使い。

 

あまりにも突飛な話に、無意識に視線が玄弥くんへと集まる。

 

本人もにわかには信じがたいようで、驚愕に表情を染め上げていた。

 

 

「俺が……呼吸を……?」

 

「ああ。そう考えれば、全集中の呼吸が使えない、というのも納得できる。なんせ、波紋呼吸法なんて強烈な癖がついちまってるんだからな。足で箸を使えって言っているようなもんだ」

 

 

仕方ない仕方ない、と(かぶり)を振る。

 

 

「と、なると……玄弥の継子としての素質は……疑う余地はないようですな……いやはや……波柱の後継者が現れる日が来ようとは……めでたいことです……南無阿弥陀仏……」

 

 

滂沱の涙を流し、言祝ぐ悲鳴嶼さん。

 

綾鼓さんの孤独も、玄弥くんの苦悩も、一番見てきた人だ。喜びもひとしおだろう。

 

私たちも知っている。

 

診察の度に思いつめた表情をする玄弥くんを。

 

ただ1人で、刀も持たず鬼に立ち向かい続ける、綾鼓さんの姿を。

 

 

よかったね、と手話でしのぶに語り掛ける。

 

しのぶは、控えめに笑いながら、小さく頷いた。

 

 

「──さて、玄弥。聞いての通りだ。

 悪いが、悠長なことはやっていられない。1日でも早くその呼吸を自在に使いこなせるようにする。私の40年間を、極限まで圧縮して、余すところなく叩き込む。

 ──死ぬほど辛い目にあわせることになるが、その覚悟はあるか?」

 

 

綾鼓さんは、改まって玄弥くんの瞳を見据える。

 

山吹色の瞳孔が、彼を射抜いた。

 

少したじろいだ彼は、恐る恐るながらもしっかりとした口調で、問う。

 

 

「……継子になれば、俺は柱になれますか」

 

「なれる」

 

 

即座の断言。

 

 

「お前の素質と才能は、この私が保証する。お前は、私を超える波紋使いになる男だ。柱になるくらい、朝飯前に決まってるだろう」

 

 

言葉に揺らぎはない。絶対的な自信。

 

 

思わず、といったように、玄弥くんが悲鳴嶼さんを見上げる。

 

 

「……よかったな、玄弥」

 

 

両頬に涙の筋を残しながら、穏やかに笑う。

 

そんな悲鳴嶼さんを見て、感極まったのだろうか。

 

 

 

「……浅学菲才の身ですが、精いっぱい頑張ります……!どうかこれから、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!!」

 

 

 

三つ指をついて、深く頭を下げる。

 

その際、畳に零れた雫には、見ないふりをした。

 




綾鼓 汐
後継が見つかりました。やったー!
水の呼吸一門は時々鍛錬を見た程度だし、煉獄兄弟はどちらかというと後見人の立場だったため、本格的な弟子をとるのは初めて。
生まれついての波紋使いとか、ジョセフやシーザー並の才能じゃんやべえ。
育て甲斐があるなあ!とウキウキワクワク。

不死川 玄弥
岩柱の弟子にして波柱の継子。
鬼を喰うことで一時的に鬼になれる特異体質──ではなく、生まれついての波紋使い。
波紋エネルギーで鬼舞辻の血を体内で滅することで、人間に戻っていた。
かなりギリギリの綱渡りであったことは事実。
この世界では数百年に1人の、波紋の呼吸に適した身体構造の持ち主。
才能を認められて思わず泣いてしまったことを、後になって滅茶苦茶恥ずかしがった。
ちなみに、綾鼓も鬼を喰うことはできるが、体内で生成される波紋エネルギーが強く、即座に鬼舞辻の血が分解されてしまうため、一時的な鬼化はできない。

悲鳴嶼 行冥
岩柱。
現柱の中では綾鼓に次いでの古参。故に綾鼓との付き合いも多い。
あまりにも無茶な戦い方をする弟子に気が気でなかったが、この度継子としてのスカウトが決まり、一安心。よかったよかった。南無阿弥陀仏。
玄弥のことは継子になった後も弟子だと思っているため、時折鍛錬を見てやっている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

継子・不死川玄弥

はたけやまさんより拙作主人公のイラストいただいたので、あらすじ欄に載せてます!
めっちゃ嬉しい!
クオリティ上弦レベルなので全員見て(威圧)


〇月|日 天気:晴れ

 

今日から、日記をつけることにした。

兄ちゃんに会った時に、少しでもたくさんの出来事を話せるように。

師匠、いや、悲鳴嶼さん(文面だとややこしい)の処に置いていたほんの少しの荷物をまとめ、綾鼓さんの邸宅に来た。

随分と広いお屋敷を、真菰さんに案内してもらった後、割り当ててもらった自室で、これを書いている。

今日からここで生活して、修行をつけてもらう。

きっと厳しい日々になると思うが、期待してもらった身として、精いっぱい頑張ろう。

 

 

〇月Λ日 天気:晴れ(雲多し)

 

今日はひたすら呼吸の訓練だった。

基礎訓練から始まると思っていたので、驚いて聞き返してしまったけど、問題ないらしい。

呼吸さえ要領がつかめたら、後のことは自ずと付いてくる、と教えられた。

瞑想して、呼吸を整えることに集中していると、高かったはずの日が瞬きの間に沈み始めていて、驚いた。

何より、そんな長時間瞑想し続けていたにも関わらず、疲労感がほとんどないこと。

むしろ体力が溢れてて、夕飯の支度を買って出たくらいだった。

波紋の呼吸は、全集中の呼吸と比べて、耐久性と持久力に優れるものらしい。

十把一絡げに全集中の呼吸、と言うのが気になった。

全集中の呼吸と波紋の呼吸は違う技術なのだろうか?

 

 

〇月△日 天気:曇り

 

起き抜けに奇妙なものを顔に着けられた。

綾鼓さん専属の鍛冶師に作らせた、呼吸矯正器具、らしい。

今もそれを着けた状態でこれを書いてる。

波紋の呼吸以外で息ができない構造のようで、かなり苦しい。

これを着けた状態で平然と30里走れるようになるのが目標だと言われて、気が遠くなりそうだった。

30里なんて、普通でも走れない距離を、こんなに苦しい状態でなんて、まったく想像がつかない。

今から寝るけど、その間に息が止まったらどうしよう。

 

 

〇月□日 天気:晴れ時々曇り

 

自分がいかに未熟なのかを痛感した。

鍛錬の内容は変わらず瞑想なのに、消耗体力が段違いだ。

正しい呼吸法に近づけば近づくほど違和感がなくなっていくというのだから、今の俺の呼吸は我流の癖がかなり強いんだろう。

もう少し慣れたら体を動かしていくと言われたが、できる気がしない。

やるしかないけど。

息苦しさで寝つきは悪いが、明日も早い。布団に入ろう。

 

 

 

***

 

 

 

|月Λ日 天気:曇り

 

今日も山での鍛錬だった。

この屋敷、広い広いとは思っていたけど、敷地はどこまであるんだろう。

まさかこの山丸ごと一つとか……いや、まさかな。

野山を駆けても、水に潜っても決して息を切らさないようにする訓練。

最近は何とかついていけるようになってきたけど、つきっきりで見てくれている師範はけろりとしている。

池での水泳訓練の時なんか、水面を歩いて並走してくるし。

あの領域まで早く行かなければ。兄ちゃんに追いつくために。

 

 

|月□日 天気:雨

 

今日は師範が任務に出てて不在だった。

雨が降っていて1人で外に出るのは危なかったので、道場で瞑想と素振り。

真菰さんに剣術を教えてもらう余裕ができたかと思えば、師範からの課題が増えた。

一秒間のうちに十回呼吸をすること、二十分で一回の呼吸をすること。

まったく違う2つの課題はとても難しくて、辛い。

でも、一歩ずつ進んでいる感じがして、少し嬉しい気もする。

そういえば、悲鳴嶼さんに教わった反復動作、鍛錬にも活かせないだろうか。

明日からちょっと試してみよう。

 

 

 

***

 

 

 

Λ月|日 天気:雷

 

今日は炎柱の煉獄さんが屋敷にいらっしゃった。

任務で近くを通りがかったので、挨拶にいらしたらしい。

呼吸の基礎鍛錬を終え、型の習得に入った俺の様子を見てくれた。

波紋の呼吸に合った剣技がまだわからないというと、嬉々として炎の呼吸の型を教えてくださった。

この前指導してくれた錆兎さんも元柱らしいし、もしかして俺、とんでもなく贅沢な環境にいるんじゃ……。

ご家族のことで師範と話していたのを少し聞いてしまった。

父の名代として謝罪を伝えに来たとか、何とか。

どこの家庭も、事情があるのかな。

 

 

Λ月△日 天気:快晴

 

型の鍛錬に入ってから、座学(?)が増えた。

曰く、波紋の呼吸の型は、技ではなく、応用術のようなものなので、機転次第でいくらでも派生の技が作れるらしい。

それを十全に活用するためにも、波紋の性質をしっかり理解しておく必要がある、ということで始まった。

金属は直接触れていないと波紋を通さない(その応用は肆の型・銀鼠というそうだ)ので、使うなら銃よりも刀の方が良いと言われた。(剣術の鍛錬をより一層頑張らないといけない)

逆に、波紋を留まらせることができる相性の良い物質は水で、一番応用力が高いらしい。

それを扱うのが参の型・水縹(みはなだ)で、師範が水面に立ったりするのもそれだそうだ。

他にも、ただの水を寒天のように固めたり、逆に水を弾け散らせたりする技を見せてもらった。

くっついたり離れたりする性質を使いこなす高度な技術が必要らしいが、俺から見ればまるで妖術だった。

噂通りの(以下、塗りつぶされていて読めない)あの人は俺をよく見てくれて、優しい、恩義ある人だ。

 

 

Λ月□日 天気:小雨

 

自分で自分がわからなくなってきた。

今まで平気だったのに、急に師範や真菰さんと話せなくなってしまった。

だって2人とも、その、あれだし。びじん

それに近いし。

いや家族みたいに接してくれてるのはわかるんだよ俺だって妹たち相手にはあれくらいの感じだったし(以下つらつらと長文が綴られている)

寝よう。寝て落ち着こう。

 

 

 

Λ月☆日 天気:大雨

 

俺が浅はかだった。

今日は朝顔を合わせる(俺の方からは合わせられなかったが)やいなや、「雑念がある」と言われて、2人に道場でいつも以上にぼこぼこにされた。

俺が十割悪いので、何も言えない。

こんなことで修行がおろそかになったら、兄ちゃんになんて言えばいいんだ。

心頭滅却心頭滅却。

明日も早い。

 

 

 

***

 

 

 

△月|日 天気:曇り

 

実戦訓練が始まった。

波紋は身体の末端からじゃないと流れないので、波紋を集中させる場所を素早く切り替えなくてはいけない。

道具を使っている時は、身体から伝わせたその先まで操作しなくてはいけないから、一段と難しくなる。

一瞬の攻防の中で、体内の波紋を操作し続けるのは、集中力と根気を非常に使う。しんどい。

こっちは刀や水や、何でも使って良くて、師範は素手のみという条件だが、全く勝てる気がしない。

もうちょっと慣れてきたら、真菰さんや錆兎さんとも相手をするようになるとか。

俺、大丈夫かな。

 

 

△月△日 天気:晴れ

 

今日嬉しいことがあった!

訓練後の自主鍛錬で水縹を練習していたら、水の上に立つことができたんだ!

少し感覚を掴むのに時間がかかったけど、歩くこともできるようになった。

師範と同じことができるようになっている!成長している!

喜んで師範に伝えたら、少し難しい顔をしていたけど、どうしたんだろう?

 

 

△月□日 天気:晴れのち曇り

 

最終試練、らしい。

山の奥に連れていかれたと思ったら、小さい滝壺があって、「登れ」と言われた。

滝と言っても、岩肌を薄く水が伝う程度の、川ですらない湧き水の流れ道だ。

こんな簡単でいいのだろうかと、恐る恐る岩を掴んだら、放り投げられた。

波紋のみを使って、岩を握ることなく、足を掛けることなく登れ、ということらしい。

八丈はある高さを登りきらない限り、前線には出さないと言われた。

明日から本格的に開始するとのことだけれど、うまくいくのだろうか。

 

 

 

 

 

 

△月☆日

 

しぬかとおもった

 




綾鼓 汐
初めての波紋の弟子にはりきって師範ムーブしてる。
結構厳しくいっているのに健気についてきてくれてるから好感度うなぎ上り。
うちの弟子は可愛いなあ!ただし容赦はしない。

綾鼓邸
小高い山の上にある、大きな屋敷。
産屋敷一族により、笑顔で渡されたもの。
時折、蝶屋敷に収まりきらない患者の詰所となっている。
山の上にあるのは、どの方角にも波紋パラグライダーで飛んでいけるように。

鱗滝 真菰
階級・甲の鬼殺隊士。
孤児であるため、育ての親と同じ姓を名乗っている。
修業時代は綾鼓から体術・身のこなし・戦術眼などの指導を受け、最終選別を生き延びた。
そのことから綾鼓に懐き、気が付けば補佐役の位置に。
高速移動による攪乱や伝令・水の呼吸による受けや防御が得意なため、戦闘面でも補佐に回ることが多い。
綾鼓の身の回りの世話をよくこなし、その行動を諫める場面が度々みられるため、他の隊士からは尊敬の目を向けられている。
「綾鼓さん、もうお年なんだから無茶しちゃ駄目ですよ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

よもやま話再び

n回目の箸休め回です。

こっからどんどん原作改変していきます。


「──ってわけで、最近は任務に出るようになったぜ。とはいえ、基本の"き"の字ができた程度だから、まだまだこれからだけどな」

 

 

湯呑を置き、茶菓子のきんつばに手を伸ばす。

 

しっとりした薄皮と、上品な甘さの小豆が、渋茶によく合う。旨い。

 

 

「そうか……後継の育成は、順調なんだな」

 

 

気まずげな顔で茶を啜る、槇寿郎。

 

久しぶりに門をくぐった煉獄家で、もてなす側にはどうにも見えない。

 

盆を持って来てくれた千寿郎の方がまだ歓迎ムードしてた。

 

 

「本当は地獄昇柱(ヘルクライムピラー)も作りたかったんだけどな。流石に時間が足りなかった。鉄刀木(たがや)にまた泣かれても困るし」

 

「へる……?」

 

 

また何を言っているんだこいつは、と目がやかましい。

 

こいつからのこの態度は慣れてしまったから、ついつい口が軽くなるんだよな。

 

 

「まあまあ、私のことはいいんだよ。そっちはどうだ?息子たちとうまくやってるか?

 仕方なかったとはいえ、杏寿郎は多感な時期にお前から引き離してしまったからなあ。ちょっとは責任感じてるんだぜ」

 

「…………ああ、上弦の鬼と戦った後、久しぶりにまともな話ができた」

 

 

視線を湯呑に落とし、ぽつりぽつりと話し出す。

 

 

「竈門くんに言われたよ。『なんで煉獄さんたちが綾鼓さんの下に留まらず、また一緒に暮らすようになったかわからないんですか』──と。

 ……情けない話だ。()()失いそうになって、ようやく気付くとはな」

 

「──でも、気づけたんだ。ちゃんと。それだけで花丸満点だ」

 

「……貴方にも酷いことを多く言ってしまった。瑠火を失って、自暴自棄になって──強く若い貴方に、嫉妬していた」

 

 

深く、頭を下げる。

 

金と朱の髪が、弱弱しく揺れた。

 

 

「申し訳なかった」

 

「……謝られる筋合いなんてないさ。お前の不満も慟哭も、至極当然のものだ。

 ──私は、お前の愛する人を救えなかった。責められる謂れは、大いにある」

 

「今度は救ってもらった。大事な息子を──家族を」

 

 

持ち上げられた瞼からは、燃えるような強い瞳。

 

 

「これ以上、俺の恩人を貶してくれるな」

 

 

力強い、言葉。

 

 

「…………ありがとな」

 

 

震える喉を誤魔化して、何とか伝える。

 

やば、泣きそう。

 

 

「今さらだが、杏寿郎に炎の呼吸の指南をすることにした。……柱となったあいつには、もう必要ないかもしれんが」

 

「いやいや、そこはやっておけ。杏寿郎は成長できるし、親子の語らいにもなる。やって損はないだろう」

 

 

十年間の溝を埋めるんだ、そういうのはいくらやってもいい。

 

 

「千寿郎は剣士の道は諦めたんだって?隠になるのか?それなら体術指南してやるけど」

 

「隠以外でも人の役に立つ道は多い。まだ決断を急ぐ時期でもないだろう」

 

「それもそうだな」

 

「──今は、俺が破いてしまった炎柱の手記を修繕してくれている」

 

「手記?指南書じゃなくてか?」

 

 

指南書はちゃんと残っていたはずだ。読み込む杏寿郎の姿をよく見ていた。

 

ふるり、と首を横に振る槇寿郎。

 

 

 

 

「歴代炎柱の手記──"日の呼吸"の手がかりだ」

 

 

 

 

──日の呼吸。

 

全集中の呼吸の、始まり。

 

 

聞くところによると、炭治郎の耳飾りが"日の呼吸"の継承者の証であるらしく、しかしその仔細を知らない炭治郎のために、手記の修繕に取り掛かっているらしい。

 

ちなみに、杏寿郎は上弦の参に壊された刀の柄を、『身代わりとして守ってくれたもので縁起がいい』、と炭治郎に譲ったそうだ。

 

愛されてるなあ、炭治郎。

 

 

「そういえば、昔は私が"日の呼吸"の使い手じゃないか、って食いついてきたんだよな。すぐに違うってなったわけだけど。いやあ懐かしい」

 

「……若気の至りを掘り起こさないでください」

 

 

あ、敬語がついた。

 

こうなると本当に昔の槇寿郎そのままだな。

 

 

「ま、うまく事が進んだようで善哉善哉。取り持ってくれた炭治郎には感謝だな」

 

 

茶を呷り、飲み干す。

 

やっぱり旨い。後で千寿郎にお礼言っておこう。

 

 

「これからは教え子を持つ者同士、頑張っていこうぜ。昔はちゃんと教えてた分、経験としてはお前の方が上だからな。また教えを乞うことがあるかもしれん」

 

「それは構いませんが……もう行かれるので?」

 

「ああ、バタバタして悪いがな。千寿郎の様子を見てから発つ」

 

 

籠手を着ける私の様子を見守りながら、どこか名残惜し気な声音を出す槇寿郎。

 

本当に丸くなったな、こいつ。

 

 

「次は結構でかい仕事になりそうでな。準備しねえと」

 

「今度はどちらへ?」

 

 

物品の調達に奔走してくれている面々を脳裏に浮かべながら、敢えて笑んで、答えた。

 

 

 

「──鬼の棲む遊郭」

 




綾鼓 汐
十年ぶりに煉獄家に招待された。
愼寿郎も千寿郎も、久しぶりに元気な姿を見れて満足満足。
瑠火の病状を診ていたが、任務が立て込んでいる間に容体が急変し、救えなかった。
助けられなかった1人として心に強く残っているし、愼寿郎からの責めも甘んじて受け入れた。

煉獄 愼寿郎
煉獄杏寿郎・千寿郎の父にして元炎柱。
妻である瑠火の死をきっかけに自暴自棄な態度をとるようになってしまった。
なまじ近くで波紋の力を見てきただけに、自分の妻だけを救えなかった綾鼓への憎悪が生まれ、以降辛く当たるようになってしまう。
無限列車の件で息子を救われたこと、息子たちの思い、そして炭治郎の言葉で少しずつだが立ち直りつつある。
煉獄家の男なだけあって、芯を取り戻せばその精神性は無類。

竈門 炭治郎
今回の隠れたMVP。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前・遊郭潜入大作戦

通勤ルート途中に「汐屋」って居酒屋を見つけてちょっとニコニコしちゃった。


「あ、天元。おかえり」

 

「綾鼓さん動かないで」

 

「はい」

 

 

柱の宇髄天元さんに連れられてやって来た藤の家紋の家。

 

通された部屋に入ると、綾鼓さんが出迎えてくれた。

 

 

「綾鼓さん!?」

 

「襟巻女、生きてたのか!」

 

「勝手に殺すんじゃないよアホンダラ!」

 

 

後ろで賑やかな善逸と伊之助と共に、声を上げる。

 

無限列車での一件以来の再会だ。

 

元気そうな姿に、胸が詰まる。

 

 

「おお、炭治郎に善逸に伊之助かー。久しぶり──んん?あれ、天元、女子の隊士連れてくるって言ってなかったけか?」

 

「あっ、綾鼓さん!ちょっと!」

 

 

くるり、とこちらに向き直った綾鼓さんの目元には、薄く紅が引かれていた。

 

普段の溌溂とした印象とはまた異なる雰囲気に、妙に緊張してしまう。

 

 

「あー、ちょっと予定が狂っちまってな。まあ、こいつらみたいな下っ端でも問題はないだろう。今回派手に動くのはアンタだし」

 

 

ぐりぐりと、遠慮なしに頭を掻き混ぜられた。

 

ちょっと痛い。

 

 

「ふうん?場所が場所だし、若い女の子連れていくのは少し気が引けるから別に構わないけど──うお」

 

 

小首を傾げる綾鼓さんの頬に手が添えられ、視線が戻される。

 

 

「綾鼓さん、動かないで」

 

「ごめんて真菰……なんかちょっと怖いぞ今日」

 

 

真菰さんが据わった目で綾鼓さんをたしなめる。

 

あんな真剣な顔、修行を見てもらった時以来かもしれない。

 

何事か──と見ると、真菰さんの手元には紅の入った小さい皿と、筆。

 

 

「なあなあ天元。やっぱりここから化粧していく必要なくないか?お前と真菰がやけに主張してくるからされるがままになってるけどさ。というか真菰は何でそんなやる気に満ち満ちてるんだ」

 

「だって、綾鼓さんに化粧できる機会なんて滅多にないんですもん!隊服以外の着物を着せるのだって苦労しますし」

 

「そうそう。アンタ俺には劣るが素材は地味に良いんだから、もっとド派手に着飾らねえと勿体ないぞ。俺には劣るが」

 

「2回言ったな派手好きめ」

 

 

妙にキラキラした目で綾鼓さんに詰め寄る真菰さんを見ながら、腰を落ち着ける。

 

お茶を出してくれた家の方にお礼を言って、受け取った。

 

 

「もう色気づいた格好する年でもないってのに……物好きだなあお前らも」

 

「女の子は!何歳になっても!お洒落とか好きなものなんです!綾鼓さん何のために若々しい姿してるんですか!」

 

「鬼を狩るためだけど?」

 

「綾鼓さんの方がよっぽど物好きです!!」

 

 

軽妙なやり取りの合間にも、綾鼓さんのお顔がどんどん華やかになっていく。

 

すす、と宇髄さんに近づき、こそこそ話。

 

 

「前から気になっていたんですが、綾鼓さんって今おいくつなんですか?」

 

「あぁ?あー……俺も詳しくは知らねぇが、そろそろ還暦らしい」

 

「還っ……!?」

 

「はっ……え、はあ!?嘘でしょ嘘でしょ嘘ですよね!?だってあんな綺麗なお姉さん、どう見ても20代──」

 

「うるせえ!耳元で喚くな!!」

 

 

耳をそばだてていた善逸が、小声で騒ぐという器用なことをしている。

 

それを宇髄さんが大きい掌で叩いてすぐに黙らせる。

 

本人の耳には入っていないようだ。

 

でも、善逸の反応も仕方ないと思う。俺も善逸がいなければ大声を出していたかもしれない。

 

嘘でないことが匂いで──おそらく善逸は音で──わかるのだから、余計に。

 

伊之助も耳には入っているのだろうが、茶菓子の煎餅に夢中で反応を示さない。

 

 

「ったく……。おい波柱、作戦の最終確認だ。身支度しながらでいいから聞いといてくれ」

 

「おー、わかった」

 

 

顔に白粉を塗られながら、綾鼓さんが応える。

 

 

「──よし、お前ら。遊郭に潜入したらまず俺の嫁を探せ」

 

 

善逸が再び騒ぎ出すまで、あと数秒。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ときと屋、荻本屋、京極屋……」

 

 

宇髄さんの言葉を反復して、口の中で転がす。

 

俺たちが潜入する、店の名前。

 

 

「波柱──綾鼓の婆さんが花魁として、この中のどこか1つに潜入する。お前らはそれぞれ分かれて女郎見習い──”新造(しんぞう)”として入り込むから、誰か1人は婆さんの付き人になるな」

 

「え、女装させるのか?私がいるんだから、奉公人とかでいいだろう?」

 

 

きょとり、と目を瞬かせる綾鼓さん。

 

化粧が終わり、髪に(かんざし)を挿した姿は艶やかで、善逸の視線が釘付けになっている。

 

 

「男は女郎と関係を持たないように2人組を組まされたり、店の奥まで入れなかったりと何かと制限があるからな。俺の女房と行動可能範囲は同じ方がいい。元々そのつもりで女の隊士を連れていく予定だったろう」

 

「んー……ちょっと可哀想な気がするが、まあ仕方ないか。宇髄家(お前たち)がここまでやって尻尾が掴めていないんだ。相当な相手だと考えて動いた方がいいのは確かだし、な」

 

 

相当な相手──十二鬼月、だろうか。

 

知らず知らずのうちに、手に力が籠る。

 

 

「ああ……で、だ。話を戻すぞ。婆さんがどこの店に潜入するか、って話になるんだが──鱗滝」

 

「はい」

 

 

宇髄さんに名前を呼ばれた真菰さんが、畳の上に紙を広げる。

 

地図だ。

 

 

「吉原の街を写したものです。宇髄さんの奥方3人からの情報と、それが途絶えてから私が外で集めた情報を踏まえると、さっき挙げた三店の中で、一番不審なのは“京極屋”ですね」

 

「2日前に女将が転落死したんだっけか」

 

「はい。その現場も探ってきました。砂で消されてはいましたが、血痕の広がり方から見るに、どう考えても()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──よし、じゃあ私はその“京極屋”だな」

 

 

地図を覗き込んで、綾鼓さんが言う。

 

 

「私が初日で“京極屋”に鬼がいないか探る。いなければ“ときと屋”、そして“荻本屋”だ。お前たちは、天元の嫁と鬼はもちろんのことだが、()()()()がないかも探してくれ」

 

「通路?」「ですか?」

 

 

猪頭を被り直した伊之助と共に、首を傾げる。

 

善逸は綾鼓さんの話に真剣に聞き入って──いや、これは顔に見入っているだけか。

 

 

禿(かむろ)や新造みたいな子供ならまだしも、花魁を店から連れ出したなら、それだけで誰かの目に留まって、噂になっているはずだ。天元と真菰の耳に入っていないことを考えると、店同士を行き来できる方法があると考えた方がいい。店ごとに鬼がいる可能性もなくはないが、そんなに大勢いるならとっくに天元に尻尾を掴まれているだろう。

 ──それに、隠し通路があれば、私も店を行き来できる。それぞれの店で鬼を探すのが多少楽になる」

 

 

なくても無理矢理忍び込むけどな、と胸を張る綾鼓さん。

 

この人の頼もしさは健在だ。

 

 

「わかりました。宇髄さんの奥さんと、鬼、そして通路ですね。必ず探し出します!」

 

「俺、俺!俺が“京極屋”に行きます!綾鼓さんのお役に立ちますようへへへへ」

 

「嫁もう死んでるんじゃねえの?」

 

 

気持ち悪い笑い方をする善逸と、歯に衣着せなさすぎな伊之助に宇髄さんの拳骨が落ちた。

 

痛そう。

 

 

「さーて、そうと決まれば、皆、着替えとお化粧するよ!まずは炭治郎からね」

 

 

真菰さんに手を引かれ、女性ものの着物を渡される。

 

着付けはともかく、長襦袢だけは自分でするようにと別室に連れていかれる前に、ふと気になったことを口に出す。

 

 

「あの、綾鼓さんのさっきの言い方だと、1日で店を全部探るようなんですが……そんなこと、できるんですか?」

 

「ああ、そのこと?それなら大丈夫大丈夫」

 

 

にこり、と自信に満ちた笑みを、真菰さんから返された。

 

 

 

「閉じられた空間で鬼を炙り出すのは、あの人の得意中の得意だから」

 

 

 

 




綾鼓 汐
花魁として遊郭に潜入。
腕の痣は白粉を塗りたくって何とか隠した。
宇髄の嫁3人は顔見知りなので、早く助けてあげたい。
けど急いたら事を仕損じるからな。冷静に落ち着いて行こう。
ちなみに真菰の潜入は「左近次から預かっている嫁入り前の娘にそんなことさせられるか!」と綾鼓が却下。
玄弥に関しては”遊郭”のワードを聞いただけで真っ赤になって固まっちゃったので不参加。
普段は寝間着以外隊服しか着ない。

宇髄 天元
音柱。今回の遊郭潜入の指揮を執る。
柱たちの士気が上がったことで外をうろつく鬼たちはある程度片付けられ、隠れ潜む鬼たちの調査にまで手が回るようになった。
綾鼓のことは、任務中は「波柱」、任務外では「綾鼓の婆さん」と呼ぶことが多い。
お互いの気持ちのいい性格を気に入っており、よく意気投合する様が見られる。

鱗滝 真菰
柱である宇髄が多忙で動きづらい中、物資調達と情報収集を手伝った。有能。
でも店の中にまでは入り込めなかったので、街中でしか情報を得られなかった。
今まで綾鼓に断られ続けてきた化粧や着付けができてテンション高め。
4人が店に潜入後は、宇髄と共に店を渡った情報収集や外部からの偵察に務める予定。

かまぼこ隊
還暦ショックは強かったけど、任務に集中しなきゃなのでそこまで引きずっていない。
匂い・音・気配が鬼ではないので、”波柱鬼説”を聞いたら3人揃って首を傾げることになる。
え、あの人が鬼?どういう発想でそんなことになるの?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

子供と大人

遊郭攻略RTAみたいになった。

書き納めです。来年もよろしくお願いします。


日が沈み、夜になる。

 

それと共に、俄かに周囲が慌ただしくなっていくのを、耳が勝手に拾っていく。

 

 

窓辺から鴉を飛ばす綾鼓さんの横顔を見るたびに、顔が綻んで止まらない。

 

女の人と部屋で2人きりなんて、人生で初めてだ。えへへへ。

 

しかも花魁姿の綾鼓さんと。えへへへへへへへ。

 

是が非でもと食い下がった甲斐があったぜ。

 

 

「──さて、これで雛鶴は天元が保護してくれるだろう。後は残りの2人と、鬼の探索だな」

 

 

窓の障子を閉めながら煙管(キセル)を咥える口元が色っぽくて、顔に熱が集まっていくのがわかる。

 

 

「そっそそそそうですね切見世にいるのがわかったわけですもんね!店の人がすぐ教えてくれて一瞬でしたね!!」

 

 

口が回る回る。

 

まずい、変な汗かいてきた。

 

 

「ああ、あれも呼吸の技の1つでな。陸の型の琥珀で、脳の血流を少し弄って記憶と情報を引き出したのさ。ちなみに私とお前を引き取るように操作したのは伍の型の萌葱な。そうじゃなきゃテキーラ娘の二の舞──いや、なんでもない」

 

 

ふぅ、と紫の煙を吐き出す仕草に、心臓が跳ね上がる。

 

 

「何にしても、雛鶴が切見世にいるということは、恐らく自分からこの店を離れたと考えた方がいいだろうな。あのしっかり者が病気もらうような真似はしないのは当然として、鬼にやられたのなら足抜けに見せかけて喰われている可能性の方が高い。他の2人が気にかかるところではあるが……天元を待たず、この店から緊急で脱出する必要があった故の行動ならば、やはりこの店が一番()()

 

 

再びの紫煙。

 

この部屋に通されてから終始吐き出されているそれは、この部屋どころか、店中に漂っているのではないだろうか。

 

不思議と咳き込むような煙たさはなく、むしろ落ち着く花の香りがする。

 

時折、何かが小さく弾けるような音がするが、悪意のあるものではない。

 

 

「わぷっ」

 

 

突然、視界が黒く覆われる。

 

何事かと慌てて“それ”を顔から剥がすと、触れ慣れた──否、着慣れた感触。

 

 

「隊服……?」

 

「着替えておけ。流石にその恰好は()()()()()()動きにくいだろうよ」

 

「え……」

 

 

女の人に着替えを促された──というよりは、その言外に籠められた意味に、呆ける。

 

 

「も、もう戦闘準備ですか……!?ほら、宇髄さんも潜入だって」

 

「雛鶴の場所が掴めるまでは、な。ここに鬼がいる可能性が高い以上、ちんたらやって向こうに感づかれる方がまずい。速攻で片をつけて、残り2人の場所も突き止めるぞ」

 

 

ひときわ強い勢いで、息が吐かれる。

 

それは、決意の表れのようでもあって。

 

 

「でも、どこに鬼がいるのかもまだわかってないじゃないですか。俺も、鬼の音らしいものはまだ聞けてないですし……」

 

「ああ、かなり巧妙に隠れてやがる。こりゃ天元が手こずるわけだぜ。正攻法じゃまず尻尾を見せんだろうよ。私も生命体の感知くらいはできるが、ここはちと人が多すぎるしな。

 ──だから、力づくで()()()()

 

 

よく耳を澄ませておけよ、という綾鼓さんの言葉の真意を理解する前に、思考が遮られた。

 

 

「────!!」

 

「ヒィッ!?」

 

 

かすかに、けれど確かに鼓膜に突き刺さった悲鳴──絹を切り裂くような、女性の声。

 

剣呑な不意打ちに、嫌でも肩が跳ねる。

 

 

「どうした?」

 

「い、今、悲鳴が、遠くから……」

 

「どこからかわかるか?」

 

「へぇ……?多分、北側の、一番奥の方です……」

 

「──釣れたな」

 

 

カン、と硬質な音。

 

煙管で軽く灰落としを叩き、空になった火皿に()()の粉末が詰められる。

 

 

「行くぞ」

 

「はい!?えっえっ嘘でしょ待って、待ってください!」

 

 

すぱんと勢いよく襖を開き、廊下へ繰り出そうとする綾鼓さんを引き留めながら、慌てて隊服を広げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「はいはいちょっと通してくれよ。あと危ないから外に出ておきな」

 

 

人を掻き分けながら、煙管片手にずんずんと突き進む綾鼓さんの後ろを、おっかなびっくりついていく。

 

未だ花魁姿のこの人はともかく、鬼殺隊の隊服を着ている俺に、何事かと動揺する“音”が、居心地を悪くさせる。

 

 

「あ、綾鼓さん!さっきの声、もしかして人が喰われているとかじゃ……」

 

「んにゃ、あれは()()()()だ。私の呼吸にやられた、な」

 

「呼吸!?いやいやいやいや、こんな遠くにどうやって……」

 

()()だよ」

 

 

これ見よがしに、長く息が吹かれる。

 

紫──否、藤色の煙が、空中を漂った。

 

続けて、一際強い、弾ける音。

 

 

「その、煙……」

 

「捌の型・藤紫(ふじむらさき)──藤の花の粉末に、波紋を込めて振り撒く技だ。植物由来のものだから、しばらくは波紋を帯びて空中に留まる。もちろん人には無害だが、鬼が浴びればどうなるかは、わかるよな?」

 

 

綾鼓さんの足が止まる。

 

突き当り、1番奥の部屋。

 

耳を澄まして──ドッ、と冷や汗が溢れる。

 

 

鬼の音。

 

 

目の前に来てようやっと気づいた。

 

こんなことある?

 

静かすぎて逆に怖いんだけど。

 

 

「波紋の呼吸、伍の型──萌葱」

 

 

拳が、壁──襖の化粧縁を軽く殴打する。

 

とっこおん、と、骨と木がぶつかっただけではない、()()()()()()()()()()

 

それと同時に、短い断末魔が、部屋の中から聞こえてきた。

 

 

「善逸、店の人たちの避難を頼む」

 

 

避難も何も、今の断末魔で、少しばかりの野次馬も踵を返してしまったのだが。

 

そんなことを言う暇もなく、性急に襖が開け放たれる。

 

 

 

視界いっぱいに映ったのは──帯。

 

 

 

部屋一面に張り巡らされた帯が、女性を1人、吊り下げていた。

 

肌に軽い火傷を負う彼女から、鬼の音が発せられている。

 

 

「咄嗟に空中に逃げて、波紋に触れるのを防いだか……速いな」

 

「お前ッ……!お前!よくもアタシに、こんな……いいえ、それより、何で生きているの!?」

 

 

鬼の目が、きつく綾鼓さんを睨み付ける。

 

その双眸には──“上弦”“陸”の文字。

 

鬼の怒りや混乱の音と、綾鼓さんの強い闘志の音が、混ざり合う。

 

 

「はっ──地獄から戻ってきたんだよ。お前らを滅殺するためにな」

 

 

強く吹きかけた煙が、鬼の顔を炙る音。

 

 

「ギャッ……!ま、また……!」

 

「流石に上弦、だな。薄く散った波紋じゃこの程度……。直接叩き込むしかない、か」

 

「──調子に乗ってんじゃないわよ、この不細工が!」

 

 

──下。

 

地面から、何かが迫って来る。

 

 

「綾鼓さん!!」

 

「──!」

 

 

思わず声を上げた瞬間に、床が突き破られた。

 

木片や土埃と共に、無数の硬質な帯が、綾鼓さんを取り囲む。

 

刀の柄に手を添えて、踏み出そうとする、が。

 

 

「アンタみたいな醜い老いぼれ、細切れにして捨ててや──」

 

「──波紋の呼吸、壱の型・山吹」

 

 

鬼の甲高い声に被せるように、低い声が響く。

 

続けて、帯の壁を一本の細い線が走った。

 

一拍置いて、そこから燃え広がるように、帯が灰となって崩れていく。

 

舞う灰の向こうに見えたのは、両手の指を揃えて手刀を作ったまま、残心の構えをとる綾鼓さん。

 

 

「げ、ぅ……!」

 

「なるほど、(これ)はお前の身体の一部。これを伸ばして他の店の人間も狩っていた、ってわけだな。

 ──追撃が来ないことを見ると、散らしていた帯はこれで全部、か?」

 

 

一歩、荒れた床板を踏み越え、部屋へと押し入る。

 

ひっ、とか細い声が、鬼の喉から漏れた。

 

 

「このっ、この!近づかないでよぉ!」

 

 

部屋に巡らされている帯が、数本飛んでくる。

 

が、そんなものは歯牙にもかけず、軽く受け流す動作で灰にされた。

 

鬼の怯えたような悲鳴は、段々としゃくり上げる泣き声に。

 

見た目にそぐわない、子供の癇癪のような音だ。

 

 

「何でよ……何でよ何でよ何でよ!!アタシ頑張っているのに、一生懸命やってるのに!何で邪魔するのよォ!」

 

「……悪いが、泣き言はお母さんにでも聞いてもらうんだな。()()()()

 

 

強く踏み込み、鬼へと肉薄。

 

構えていた拳が振り抜かれる。

 

文字が刻まれた瞳が恐怖に見開かれて──

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()()!!」

 

 

 

 

 

──その瞬間、衝撃と爆音が、身を包んだ。




綾鼓 汐
宇髄を安心させたい&汚名返上したいという思いから行動が早め。
戦闘用の軽装をインナー代わりに着込んでいるため、着替えるのは別にいいか、と着物のまま凸。だってこれ脱ぐのめんどい。
帯に通した波紋は地下の食料保管庫まで続き、全て灰にしたため、須磨・まきを含めた人質は解放されている。

捌の型・藤紫
藤の花の粉末を波紋を込めた息で吹きかける、綾鼓オリジナル技。
普段は煙管ではなく、直接粉を口に含んで行うことが多い。
噎せなくなるまで時間がかかった。
波紋使いの肺活量を活かし、対象を鬼に限定した広範囲の攻撃が可能。
雑魚鬼ならこれだけで殲滅できる。
しのぶが藤の毒を開発してから効果が上がった。

宇髄 天元
綾鼓から伝言を貰い、即座に切見世へ。
監視用の帯との戦闘中に、突然帯が外へ逃亡。
雛鶴に解毒剤を飲ませた後、それを追っている途中で、嫁2人の声を聞きつけ、地下空洞を発見する。

鬼舞辻 無惨
は?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

上弦の陸

あけましておめでとうございます。新年一発目です!
今年もよろしくお願いします。

オリジナル展開むっずい……。


冷えた夜風が、身体を撫ぜた。

 

天井に開いた穴から、淀んだ暗い空が見える。

 

私が上弦の陸の身体を蹴り上げたから──ではなく、その直後に繰り出された無数の斬撃による大穴。

 

ここから鬼の姿は見えない。

 

おそらくは屋根の上。

 

蹴りの際、多少の波紋は込めたものの、大部分のものは拳に集中させていたため、上弦相手の効果はあまり期待しない方がいいだろう。

 

 

「善逸、外に出て他の4人に状況を伝達しろ。それから民間人の避難だ」

 

 

後ろに控える善逸の返事を待たず、跳躍。

 

瓦の上に降り立つと、ひやりと足裏の熱が奪われる感覚がした。

 

 

 

 

「──おいおい、もう泣くなよぉ。泣いてたってしょうがねぇからなああ。涙で顔がぐちゃぐちゃじゃねえかあ。可愛い顔が台無しだなあ」

 

 

 

ぐずぐずと泣き腫らす上弦の陸を庇うように立つ、もう一匹の鬼。

 

ひょろりと長い痩躯の手先には、一対の鎌が握られている。

 

そしてその双眸には──“上弦”、“陸”の文字。

 

 

「ははぁ、成程。2人で1人、ってわけか。普段はその女の中で引き篭もってるのか?とんだ寝坊野郎だな」

 

 

苛立ちを隠さずに軽口を叩くと、女の方の鬼が涙に塗れた瞳で睨みつけてきた。

 

 

「お兄ちゃん!コイツよコイツ!いきなり押しかけてアタシをいじめてきた老いぼれ婆!殺してよ!絶対殺して!」

 

「そうかそうかぁ。そりゃあ許せねぇなぁ。俺の可愛い妹が足りねぇ頭で一生懸命やってるのをいじめるような奴は皆殺しにしねぇとなぁ」

 

 

痩躯の鬼──会話を聞くに兄らしい──が、顔面を掻きむしりながらこちらを見る。

 

 

「……それにしても、まさかお前が来るとはなぁあ。お前、見たぞ。確か参の野郎にこっ酷くやられてた奴だよなああ。生きてたことには驚いたが、何だぁ、その痣」

 

 

鬼の視線は、私の足元に向いている。

 

先程の斬撃に巻き込まれて着物の裾が切り裂かれたため、太腿まで走る火傷痕が丸見えだ。

 

 

「ひひ、醜い身体だなああ。そんな姿になってまで殺されに来るとはなああ。みっともねぇったらねぇよなああああ」

 

 

ぐにゃり、と鬼の目が歪む。

 

嘲笑と侮蔑。

 

掻きむしる手は止まらず、引っ掻き傷からは血が滲み出した。

 

 

「そりゃあ、人間生きてりゃ痣の1つや2つくらいは出来るものさ。いちいち気にすることでもねえだろう?()()()()()()()()()()()()()()──」

 

 

眼前に赤が迫る。

 

先程と同じ、血の斬撃。

 

 

──波紋の呼吸、肆の型・銀鼠。

 

 

髪から簪を引き抜き、薄い刃のような斬撃(それ)に向かって振り下ろす。

 

波紋に触れた血は、私の身体に触れる前に弾け、空中に霧散した。

 

纏め上げていた髪が解け、風に巻き上げられる。

 

 

「──妬ましいなぁぁ。そうやって器が大きいようなことを言えるのは、生まれた時から何もかもを持っている選ばれた人間だけだもんなぁあ。1つ2つ何かが欠けても、笑い飛ばせるんだもんなああ。さぞかし周りから慕われて持て囃されているんだろうなあ」

 

 

鬼が全身を掻きむしる音と、怨嗟の声が響く。

 

うるせえなあ。

 

 

「はっ、てめぇ何歳だ?妹と揃って随分子供っぽい文句垂れるじゃねえか、あぁ?

 ──自分が何かを失う覚悟もねえ奴が、人様を傷つけるんじゃねえよ、馬鹿野郎が」

 

「……違うなあ。自分が奪われた分、相手のものを奪い返して取り立てる。それが俺たちの生き方だからなあ。そうやって言いがかりをつけてきた奴は皆殺してきたんだよなあ」

 

 

凄まじい殺気に、背中を冷たいものが駆けあがる。

 

これ以上あちらから何かを仕掛けられる前に、片をつけなくては。

 

 

瓦を割りながら、鬼へと急接近。

 

警戒すべきは兄の方だ。先にこちらを仕留める。

 

 

両側から鎌の刃が迫る。

 

逆手に持った簪を当て、急所から軌道を逸らす。

 

キン、と甲高い音。

 

肩と額を斬られたが、皮一枚だ。無視する。

 

頸に手を伸ばそうとしたところで──胴体を横薙ぎにする、帯。

 

腹を真っ二つにされる前に、太腿と肘で挟み込み、波紋を流す。

 

灰になりながらもその勢いは止められず、吹っ飛ばされた。

 

 

 

戸にぶつかる派手な音と共に、建物の中へ転がり込む。

 

受け身を取り、即座に体勢を立て直す。

 

土間だ。幸いにして人はいない。

 

視界の端を掠めた水瓶に手を突っ込み、波紋を流す。

 

 

 

──波紋の呼吸、参の型・水縹(みはなだ)

 

 

 

手刀を高速で振り抜き、纏わせていた波紋と水を飛ばす。

 

薄い刃となったそれは、土煙の向こうから飛んできた血の刃とぶつかり、相殺し、掻き消えた。

 

もう一発、向こうの追撃が来る前に、水の刃を飛ばす。

 

木片を踏み、表へと。

 

 

幾重にも球状に巻かれた帯の塊を見て、舌打ちを一つ。

 

 

「……ま、そう甘くはねえわな」

 

 

しゅるしゅると解かれたそれの奥から、2対の目がこちらを射抜く。

 

 

「俺たちは2人で1つ、だからなあ」

 

 

 

 

額と肩──先程斬られた箇所に違和感。

 

毒、か。

 

呼吸を整え、血管を意識。

 

力を込めて、血流をコントロールする。

 

毒の入った血液を体外に絞り出す。

 

 

 

「なぁに毒出してるんだよぉオイ。お前本当に人間かぁ?」

 

「正真正銘人間だよ。化物(てめぇら)を殺す、な」

 

「粋がってるんじゃないわよ!上弦の1人も倒せていない糞婆の分際で!」

 

「おうおう、それを言われちゃあぐうの音もでねえな」

 

 

ゴキゴキと首を鳴らしながら、耳を澄ました。

 

地を這うような低い声と、突き刺すような甲高い声が交互に響く向こうの音。

 

にぃ、と唇を歪め、歯を見せる。

 

 

「──だから、お前らが()()()に倒される最初の上弦だ」

 

 

「──!」

 

 

 

視界に、鮮やかな薄水色が煌めく。

 

 

──水の呼吸、肆の型・打ち潮。

 

 

最初に気付いたのは、やはりと言うか、兄の方。

 

流麗な一閃を、片手の鎌で弾き飛ばした。

 

即座に伸びてくるもう片方の鎌を、身を捻って回避。

 

ずさ、と土埃を上げて、私の傍らに着地した。

 

 

「……まぁ、単身で乗り込んできたわけはねぇわなああ」

 

 

日輪刀の切先と、上弦の瞳がかち合う。

 

刀の持ち主──真菰は、鬼共から視線を外さない。

 

 

「綾鼓さん、遅くなりました」

 

「いいや?丁度いいくらいだぜ」

 

 

後ろ手に投げられた包みを、片手で受け取る。

 

私が預けていた戦闘用の装備だ。

 

 

「また不細工が増えた!何なのよ鬱陶しいわね!いいから全員死になさっ……」

 

 

不意に、喚く声が途切れる。

 

 

 

ずるり、と寸断された頸が、妹の鬼の手元に落ちた。

 

 

 

 

「──え?」

 

 

素っ頓狂な声が、鬼の口からぽろりと零れる。

 

それに重ねるように、しゃらりと涼やかな音。

 

 

「よお、嫁さん方は見つかったかい?」

 

 

大きな影に、声をかける。

 

快活な声が、鐘を打ったかのように返って来た。

 

 

「おうよ!ド派手に全員、五体満足で無事だったぜ!後はこいつらを倒せば、派手に任務完了だ!」

 

 

天元の言葉に、笑みを深めた。

 

 

 

「……柱かぁ。こいつ1人じゃなかったみてぇだなああ。ひひっ、一晩に2人も喰えるなああ。運がいいなああ」

 

 

兄の声が、不気味に震える。

 

妹がやられたというのに、随分と落ち着いた声だ。

 

違和感に、眉を顰める。

 

 

「──綾鼓さん!宇髄さん!」

 

 

炭治郎の声だ。

 

隊服に着替えた3人が、合流してきた。

 

これで2対6。

 

勝機は十分にある、はず──。

 

 

 

「うううう!頸斬られた、斬られたぁ!畜生、畜生!糞野郎が!絶対許さないからね!」

 

 

妹が、相も変わらず元気な声で騒いでいる。

 

 

──何で身体が崩れていない?

 

 

その警戒は天元や真菰も同じで、構えを解かず、鬼を凝視している。

 

視線が多方向から突き刺さる中、妹の鬼は手に持つ頸を持ち上げて。

 

 

──おい、おいおい。何をやっている。

 

 

「頸が……」

 

 

そう漏らしたのは誰だったか。

 

 

 

ぴったりと、断面が塞がっていく一瞬きが、随分と長く感じられた。

 

 

 

 

──俺たちは2人で1つ、だからなあ。

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

状況の理解と推測に頭を回す前に、攻撃が来る。

 

無数の帯と、血の刃。

 

 

──波紋の呼吸、肆の型・銀鼠!

 

 

包みから飛び出ていた()()を引っ張り出し、振る。

 

攻撃を受け、流し、灰にする。

 

 

「そんな玩具で、俺たちの頸を落とせるわけはねぇんだよなああ」

 

 

嘲笑は崩れない。

 

咥えていた()を口から放すと、カラン、と澄んだ音が鳴った。

 

 

周囲を見る。

 

大丈夫、全員攻撃を凌いでいる。

 

 

刃渡りが一尺にも満たない短刀を回転させ、構え直す。

 

その刃の先まで、波紋が通る感触。

 

 

「はっ──てめぇの()()とどっちが上か、試してみるとするかなぁ!」

 

 

沈み込み、跳躍。

 

 

 

鈍く光る赤黒い刃と、鋭く光る鋼の刃が、交差した。




綾鼓 汐
とりあえず嫁さんたちは無事なようで何より。さっさと倒さないとな。
複数人での戦闘中は、少しでも自分に意識を向けるためによく挑発する。
笑ったり軽口叩くのは挑発半分味方への発破半分。あとほんの少しの虚勢。
痣の生まれつき云々に関してはジョースター家を意識してのもの。


参の型・水縹
青緑波紋疾走(ターコイズブルーオーバードライブ)』他、水を媒介とした波紋疾走。
拾の型の中でも随一の応用力を誇る。
口や手で薄く飛ばした水の刃で切断したり、水を弾くことで水面に立つことが可能。
水分を伴う技は大体がここに分類されるため、派生技の数も多い。


短刀
襟巻に並び、綾鼓が常備している装備の1つ。
刃渡りの短い、片手使いを前提とした小刀。
武器として刃物は必要だが、通常の日輪刀の大きさでは綾鼓の力量で扱いきれないため、懐に忍ばせられる程度のサイズのものが用意された。
担当鍛冶師がほぼほぼ唯一作成できた刀なので、かなり気合の籠った一品。


鬼舞辻 無惨
は?????????痣??????


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強みと弱み

お久しぶりです。
新型ウイルス関連で仕事が忙しくなり過ぎました申し訳ねえ!

主人公を自分で描いてみました。
お目汚し失礼します。


【挿絵表示】



暗がりを切り裂く、錦帯の群れ。

 

 

「不細工どもが、どいつもこいつも死になさいよ!!」

 

 

一振りで胴を両断する威力のそれが、縦横無尽に迫りくる。

 

 

──水の呼吸、参の型、流流舞い!

 

 

足捌きで動線から逸れつつ、帯を斬りつけ、いなす。

 

帯はしなやかな動きに反して非常に硬質で、刀と打ち合う度、擦れて嫌な音が響いた。

 

 

──近づけ、近づけ!頸を狙える距離まで!

 

 

攻撃を捌けるだけじゃだめだ。()()()だけじゃだめだ。

 

この鬼を──上弦を倒せるまで、動け!

 

 

屋根の上、瓦を踏みしめようとして──ふと、足元から力が抜ける。

 

 

「……っ!」

 

 

目にも止まらない帯の連撃が、棟を、梁を、切り刻む。

 

崩れ落ちる瓦の波からすんでのところで跳躍して逃れる、が。

 

 

空中に放り出された体を、四方から囲む帯。

 

 

──まずい、まずい。逃げ場がない!

 

空中の支えがない状態で躱すにも限度がある。

 

多少喰らうのを覚悟の上で迎え撃つしかない!

 

 

柄を強く握りしめ、帯が到達するまでの数瞬を待つ。

 

 

その時、視界で鮮やかな雷が煌めいた。

 

 

俺に向かっていた帯が、(ひと)しく一刀にて斬られている。

 

 

この速さを、この鋭さを、俺は知っている。

 

 

 

「──善逸!」

 

 

「ぶぶぶ無事か炭じ──ひぃい!」

 

 

歯の根が合わない状態ながらも、技の冴えは健在。

 

無限列車での戦闘以降、鍛錬の成果か、善逸の速さが増している気がする。

 

 

再びこちらに飛んでくる帯を迎撃しようと、構える。

 

 

「あ……!」

 

 

しかし、その帯の半分は俺たちの間をすり抜け、背後へと一直線に向かっていく。

 

虚を突かれ、自分に向かう帯以外を素通りさせてしまったことを、刃と帯が触れ合った瞬間に悟った。

 

まずい、あの方向は……!

 

 

 

──水の呼吸、弐の型・水車!

 

 

頭だけで振り向いた先で、薄水色が円を描いた。

 

俺が取りこぼした帯が、切り刻まれていく。

 

 

「余所見をしない!集中!」

 

「はい!!」

 

 

芯を持った高い声が、檄を飛ばす。

 

後に控える真菰さんと共に、切先を鬼へ。

 

 

「柱2人が鎌の鬼を抑えてくれている。私たち4人でこの帯の鬼を獲るよ!」

 

「分かってるンだよォ!俺様に任せろォォ!」

 

 

真菰さんに応えるように、伊之助の藍鼠色の刃が縦横無尽に帯を切り裂いていく。

 

 

「ちょこちょこと邪魔なのよ!あんたら雑魚はお呼びじゃないの!」

 

「誰ァれが雑魚じゃボケェ!てめぇは俺たちがブッ殺すンだよ蚯蚓鬼ィ!」

 

 

金切声と共に、怒りと焦燥の匂いが漂って来た。

 

恐らくは、俺たちの背後──先ほど帯が向かおうとしていた、鎌の鬼の方角に、意識が向かっている。

 

帯の鬼が頸を斬っても死なないことと、2人で1人の鬼であることとは、無関係ではないはずだ。

 

であるならば、鎌の鬼が潰されることが、彼女にとっても致命的な事態になるのだろう。

 

その態度こそが、俺たちにとっての好機を意味している。

 

真菰さんと伊之助の言う通り、より強い鎌の鬼を綾鼓さんと宇髄さんに任せてしまっている以上、この鬼は何としても倒さなければ──!

 

 

三度、帯が飛来する。

 

後ろには行かせない。ここで食い止める。

 

受けと防御が強みである水の呼吸だ。力を利用し、流すことができれば……!

 

呼吸を整えて、集中。

 

帯、帯、帯。

 

 

──大丈夫。見える。追える。

 

これなら……!

 

 

「真菰さん!」

 

「うん!」

 

 

鎬と打ち合う、甲高い音が響く。

 

凌ぐ、いなす、受け流す。

 

2本の刃が、全ての軌跡を一本に導く。

 

帯が重なった瞬間、それを真菰さんの刃が貫いた。

 

瓦に縫い留められたそれは、鬼が引っ張る力と拮抗して張り詰める。

 

 

「それで止めたつも──ッ!?」

 

 

板のようにまっすぐ伸びた帯の束を、踏みしめた。

 

俺の自重で少したわんだことも活かし、膝のばねを使って、跳ねる。

 

鬼の頸まで一直線。

 

ゴゥ、と肺が膨らむ音がした。

 

 

ヒノカミ神楽──

 

 

刀を振る。横に一閃。

 

しかし。

 

 

「……ッ!」

 

「アンタなんかに、アタシの頸が斬れるわけないでしょッ……!」

 

 

斬れない!

 

柔らかいんだ。柔らかすぎて、しなって力を逃がされてしまう!

 

宇髄さんほどの力も速さも出せていなかった!一息に最大の力を籠めるべきだった!

 

懐に入りこめたと油断した!相手は上弦の陸だぞ、しっかりしろ!!

 

 

何とか振り抜こうと、柄を握る力を強める。

 

 

「──炭治郎!!そこから離れろ!」

 

 

善逸の声に、咄嗟に身を退いた。

 

次の瞬間、眼前の空気を斬る帯。

 

危ない、焦るな。確実な勝機を見つけ──

 

 

「──馬鹿野郎炭治郎!まだだ!!」

 

 

耳横で、空気を裂く音。

 

鎌。

 

首元に、切先が迫る。

 

 

しま──

 

 

 

 

 

 

ガキン、と力強い金属同士がぶつかり合う音が耳を貫いた。

 

毒々しい血染めの刃を阻む、鋼。

 

刃渡りの短いそれがただ宙にあることが、投擲の仕草を連想させた。

 

衝突によって軌道を変えた鎌は、しかし俺の頸を再追することなく、回転しながら彼方へ。

 

標的を変えた刃が彼の人──投げられた刀の持ち主に向かう。

 

それが、白粉が塗られた指で、力ずくで止められた。

 

 

波柱、綾鼓さん。

 

 

呼吸音が響くと同時に、指が触れている鎌の横腹から、灰化が広がっていく。

 

指に力を込めると、ぱきり、という音と共に、刃が粉々に砕け散った。

 

 

「──チッ」

 

 

おどろおどろしいまでの気迫が籠った舌打ちが、こちらにまで届いた。

 

鎌の鬼の手から、どろりと血が零れ落ち、鎌の形を成していく

 

 

「下っ端どもを潰せなかったかぁあ……」

 

「当たり前だ。私の目の前でそんなことさせるわけねえだろうが」

 

 

普段とは違う、下ろされた長い髪が、風に乗って背中を撫でる。

 

──猗窩座と対峙していた時と、重なる。

 

 

「だが──ヒヒッ」

 

 

鬼の両腕から、血の刃が展開される。

 

竜巻をも思わせるそれが、空を呑み込み、裂く。

 

瓦が巻き上げられ、砂と化すかというところまで、刃が展開され──

 

 

 

──その背後から、対の刀が押し潰さんと下ろされる!

 

 

爆発。

 

火薬の匂いが、強風に乗って漂う。

 

煙で一瞬姿が隠れる──が、焦げたような匂いはしない。

 

腕を払う動作で、すぐさま鬼の痩躯が露わにされた。

 

 

 

「ヒヒッ……柱2人揃ってそんなもんかあああ。なぁにが“柱の男より楽”だ。こんな調子なら、俺でも倒せるなあああ」

 

 

にたぁ、と嘲りと慢心の匂い。

 

 

「──ハッ」

 

 

それに負けないくらい、侮蔑と挑発の匂いが、綾鼓さんから漂って来る。

 

 

「やっぱりてめえら、“柱の男(あいつら)”のことを知らなさすぎだ。こんな辺鄙なところに引き篭もっていたら、無理もないがな」

 

「……ああ?」

 

 

威圧的かつ不遜な笑みに、鬼が眉根を顰めた。

 

 

「なるほど、純粋な力も、相手を追い詰める戦法も脅威だろう。だがな、そこじゃあないんだよ。柱の男どもの強みは、その精神性だ。

 即座に動揺を鎮める切り替えの早さ、仲間のためには矜持をも捨てる執念、目的達成にあらゆる手段を考慮する冷酷さ──お前たちには、()()()()()。先を見ず、その場で蹲っている愚図共ばっかりだ。……そんな奴らに、私たちが──未来を繋ごうと必死になっている連中が、負ける道理がねえんだよ!」

 

「ほざけ、死にぞこないがああ!!」

 

 

激昂に合わせて、血の風が、帯の嵐が巻き起こる。

 

 

「──綾鼓さん!」

 

足元の短刀を拾い、綾鼓さんに向かって投げ渡そうと、振りかぶる。

 

 

 

 

「────波紋の呼吸、漆の型・瑠璃(るり)!」

 

 

 

突き下ろすように、一拳。

 

瓦を殴りつけると同時に、曼荼羅のような模様の光が、楕円状に浮かぶ。

 

ビリビリ、と足の裏が痺れる感触が走った。

 

一瞬筋肉の動きを止めるそれに戸惑い、投げた刀は遥か上へ。

 

 

 

「な──にィィィ!?」

 

 

 

戸惑う声に、顔を向けた。

 

 

 

溶けている。

 

鬼の兄妹2人の足が──諸共に、溶け落ちている。

 

 

 

「う──嘘でしょ!?なんで、何で!?」

 

「は、やあっと足元に隙が出来たな。(おまえたち)は、咄嗟に狙うとなると、()()()()()と同じところに意識が行くものなあ!」

 

「この、こいつぅぅぅぅ!!!」

 

 

崩れ落ちながら、それでも──寧ろ、勢いを増した攻撃が襲い掛かる。

 

動線上にいる俺は眼中に入っていない。まっすぐに、綾鼓さんへ。

 

彼女が跳躍し、間隙となった空間で、帯と血の刃がぶつかり合う。

 

 

空中で身を翻した彼女の手には、つい今しがた自分が投げた短刀が。

 

 

「波紋の呼吸、肆の型──銀鼠」

 

 

闇の中に煌めく鋼によって、帯が、血が、灰と化す。

 

落下の勢いのまま、綾鼓さんは鎌の鬼へ。

 

それと同時に、宇髄さんの刃も、彼へと迫る。

 

 

今が好機。

 

俺たちで、帯の鬼の頸を獲れば──!

 

薄水色の刃が、金色の煌めきが、藍鼠の鋸刃が、一斉に迫る。

 

柔らかい首を確実に捉えるように、全方向から。

 

帯を裂き、瓦を踏みしめ、前へ!

 

 

「ッ──」

 

 

瞬間、帯の鬼の姿が消えた。

 

否──上。

 

遥か上空。暗闇に、白い肌と髪が浮かぶ。

 

それと同時に、激しい摩擦音。

 

見れば、血の刃が、鎌の鬼の身体を包むように展開されている。

 

それに、柱2人の刃が、押し返されていた。

 

宇髄さんがたたらを踏み、綾鼓さんの身体が再び投げ出される。

 

 

 

「え!?何で、待ってよ、お兄ちゃん!」

 

 

頭上から、戸惑うような声がかすかに聞こえる。

 

自分の意思での動きじゃないのか?

 

 

「──逃げろ。お前は逃げろ。こいつらは俺が何とかする。お前さえやられなければ負けはしねえからなああ」

 

 

血の刃が擦れ合う音の中、その声は、嫌に通って耳に入った。

 

──まさか、2人同時に首を落とさなければ倒せないのか?

 

まずい、それならば、絶対に帯の鬼は逃がせない。

 

ああでも、あまりに高い!このままじゃ、逃げられてしまう!

 

 

「嫌──嫌!嫌嫌嫌よ!絶対に嫌!お兄ちゃんと離れるなんて嫌!1人にしないで!一緒にいてよ!」

 

 

駄々っ子のような癇癪の言葉と共に、何かに抵抗するかのように身を捩る。

 

ほんの一瞬の踏みとどまり。

 

苛ついた匂いと共に鎌の鬼が口を開く前に──綾鼓さんの檄が飛ぶ。

 

 

「天元!!まずはあっちを仕留める!()()()のと、こっちの鬼は任せたぞ!」

 

「応よ、任された!」

 

 

言うが早いか、綾鼓さんが、宇髄さんの刀の上──水平に向けられた横腹の上に、爪先を乗せ、身体を沈み込ませる。

 

もう片方の刃で峰を打つと同時に、火薬玉が炸裂する音と匂い。

 

 

「ド派手にカッ飛ばすぜ──行ってこい!!」

 

 

爆発の勢いのままに、人の駆動の限界を超えて、刀が振り抜かれる。

 

引き絞られた弦から放たれる矢の如く、1つの影が、夜空を引き裂いた。

 

 

「お──おおおおおおお!!!」

 

 

咄嗟に帯が展開されるが、間に合わない。

 

皮を斬りながらも、隙間を縫い、一直線に、飛ぶ。

 

 

「や──お兄ちゃんたすけ──」

 

 

悲痛な叫びは、最後まで続かなかった。

 

 

「波紋の呼吸、壱の型・山吹!!」

 

 

貫手が、薄い腹を刺す。

 

背まで貫通したその傷から、灰の匂いがした。

 

 

 

「梅!!!」

 

 

 

鎌の鬼から酷い動揺の匂いがすると共に、血の匂いが弱まる。

 

血の刃の盾が、少しだけ弛んでいる。

 

今──今度こそ!

 

綾鼓さんの作ってくれた機を、絶対に逃さない!!

 

 

血の隙間から、刃が入り込む。

 

対となるその切先は、鎌の鬼の両手の甲を捉えて、屋根へと縫い留める。

 

 

「やれえええ!!」

 

 

宇随さんの号に応えるように、全員が動く。

 

 

「さ、せ、るかよォォォオオオオオオ!!!」

 

 

再び──いや、今までで一番の、刃の大展開!

 

 

真菰さんの刀が、いなし流して隙を作る。

 

伊之助の乱れ斬りが、道を切り開く。

 

善逸の八連閃が、戻って来る血の壁を押し留める。

 

 

皆が切り開いた道を、最速の動きで突き進む。

 

もう少し、もう少し!

 

 

──水の呼吸、陸の型・ねじれ渦!

 

 

体幹のねじれが生み出した力を、全て刀に集約させる!

 

さっきの二の轍は踏まない!絶対に獲る!

 

 

ガキン!と激しい音。

 

 

──硬い!

 

くそ!力が足りない!斬れない!

 

 

「この、ガキィ~~~~!!!」

 

 

血の壁が、迫る。

 

ここで退いたら全て終わりだ!相打ちになってでも、絶対に──!!

 

 

 

血飛沫が、舞う。

 

 

 

「──禰豆子!!」

 

 

 

目の前に、妹がいた。

 

 

「うう、ううううう!!」

 

 

四肢を切り刻まれながら、着物を真っ赤に染め上げながら、一身で刃を受け止めている。

 

 

「邪魔だガキ共──!?」

 

 

禰豆子の血が、燃え上がる。

 

鬼だけを燃やす、血鬼術。

 

 

「ギ、ィ──」

 

 

焼け爛れる頸に、再び刃を押し当てる。

 

 

──腕の力だけじゃ、駄目だ。全身の力で。

 

頭の天辺からつま先まで、力を全て、無い力もひねり出して、食らいつけ!!

 

 

 

諦めない!絶対に斬る!!

 

 

 

「ガ、ァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

拍数が、体中の熱が上がる。

 

それと共に湧き上がる力を──全て、この刃に!

 

 

 

ザン、と。

 

肉と骨を断った手応えと、軽くなった手元の感覚。

 

屋根の下、地面に重いものが落ちる音が、嫌に耳に残った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

ぼろぼろと、目の前の身体が崩れていく。

 

 

「嫌、嫌!死にたくない死にたくない死にたくない!助けてお兄ちゃん!たすっ……」

 

 

地面に降りても尚喚く鬼の髪を掴み、引き上げる。

 

最早、頸より下はほとんど融け落ちていた。

 

 

「──最期に答えろ、上弦の陸。()()()()()()()()()()()?」

 

「……言わない。絶対言わない。言うもんですか。醜い老いぼれ婆なんかに、あの方のことなんて!」

 

 

泣きじゃくって涙に塗れた瞳で、精一杯睨み付けてくる。

 

まあ、そうだろうな。

 

尋問でもしたいところだが、生憎それができる時間も、身体も残っていない。

 

取り急ぎ、駄目元で聞きたいことを聞いてしまおう。

 

 

「……じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……は?」

 

 

きょとん、と、あどけない表情が返ってくる。

 

 

「何を言っているの?そんなの、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──クソ」

 

 

思わず、悪態が漏れる。

 

やはり、鬼舞辻は柱の男の直属の眷属だったと捉えるべきか。

 

他の鬼どもは柱の男を知らないから、もしや鬼舞辻もと淡い期待を抱いていたが、現実は非常である、か。

 

鬼舞辻と柱の男の関係をもっと深く聞こうと、口を開こうとして──

 

 

激しい回転音と、木や瓦が崩れ落ちる音。

 

 

「──ッ!?」

 

「ああ……お兄ちゃん!いいわ、そのままいっぱい殺しちゃえ!ふふ、お兄ちゃんと一緒なら、きっと地獄でも、全然へっちゃらね──」

 

 

弛んだ目尻が、灰となり、散っていく。

 

舌打ちをその場に残して、踵を返し、駆けだした。

 

 




綾鼓 汐
上弦倒したよやったー!
炭治郎たちと合流後、全員を治療して隠たちと合流。
堕姫──梅への質問は、鬼舞辻が"柱の男"復活後、配下の鬼を引き連れて援軍として合流することを恐れてのもの。
日本の鬼を滅することもさることながら、星の血統の冒険を間接的にサポートすることも密かな目的の一つ。


漆の型・瑠璃
「藍色の波紋疾走(インディゴブルーオーバードライブ)」
地面・土を通す波紋疾走。
小説「JORGE JOESTAR」に登場。
瓦の素材である陶器など均一な素材のものは、不純物の多い地面と比べて伝導率が高い。


宇髄 天元
妓夫太郎の飛び血鎌に巻き込まれ、傷と毒を負うが、波紋の呼吸による治療で回復。
上弦を1人倒したので、嫁は3人とも引退させた。
かつては本人も引退するつもりだったが、「綾鼓の婆さんにあそこまで言われちゃ引き下がれねえな」と現役続行を決意。
当の綾鼓本人は、家族で穏やかに暮らしてほしい&続役の理由が今一つよくわかっていないため微妙な表情。

竈門 炭治郎
妓夫太郎の頸を斬る時、痣が発現。
負傷と疲労により、この後妹と共に昏睡状態に。
刀が帯との打ち合いで刃毀れしてしまったため、鋼鐵塚から怨恨の手紙を送られることに。
最近、自分の実力を(多少は)自覚して寝ずに戦闘ができるようになった善逸のことを嬉しく思っている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無限城・上弦集結

パワハラ・捏造もりもりの小話です。

無惨様書くの腹立つけど楽しいね。



ベン!

 

 

強く、絃を弾く音が響く。

 

それに反応し、構える前に、目の前の景色が、足裏に触れる感触が、変わる。

 

 

──異空間・無限城。

 

 

ここに喚ばれたという事は、上弦が鬼狩りに殺されたということ。

 

無惨様はまだいらっしゃってないのか──

 

 

「……ッ!」

 

 

ずるり、と頸が落ちる。

 

ついで、四肢、胴が細切れに。

 

成す術なく、無様に畳の上へと放り出された。

 

情けない叫び声が遠くから。これは半天狗だろう。

 

 

「おお──っと?危ない危ない、危うく踏んづけてしまうところだった。大丈夫かい猗窩座殿」

 

 

影が落ちる。

 

──上弦の弐、童磨。

 

微塵も感情の籠っていない軽薄な声色に、流れ出ていくばかりの血液が頭に昇る感覚。

 

一刻も早くその面に拳を叩き込みたいところだが、一向に再生が始まらない。

 

 

「ヒョッ……童磨殿」

 

「やァやァ久しいな玉壺。ところでこれはどういうことだい?今回は猗窩座殿がやられてしまったのかい?もしそうならとてもとても悲しいけれど。でも気配が無くなりそうな感じはしないしなあ」

 

「いいえ、いいえ……猗窩座殿はつい先ほどまでお元気そうに……」

 

「ふうむ、そうなると──」

 

「──そろそろ……控えろ……。無惨様が……御見えだ……」

 

 

2人の言葉を遮る声。

 

それと同時に出現した気配に、動かせない頸のまま視線を上に上げる。

 

 

 

「妓夫太郎が死んだ。上弦の月が欠けた」

 

 

 

──無惨様。

 

失望と落胆を隠さない声色に、千々になった身体のそれぞれが強張る。

 

 

「誠にございますか!それは申し訳ありませぬ!紹介した身として御詫びをしなければ……」

 

「今更必要ない。妓夫太郎は負けると思っていた。堕姫が足手纏いだった。くだらぬ。人間の部分を多く残したものから負けていくのだ」

 

 

童磨の言葉を一蹴し、続ける。

 

 

「それはもうどうでもいい。問題は、彼奴らを倒したのが()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──ッ!」

 

 

この叱責の理由を理解すると同時に、今までとは比にならない圧が襲い掛かる。

 

 

「……猗窩座。これはどういうことだ?あの時、何故確実に始末しなかった。結局、あの場の誰も殺せていない。上弦の参も落ちたものだな」

 

「……も……しわけ、りま……」

 

 

血で塞がれた喉から、空気を絞り出す。

 

生きていた?あの女が?

 

確かに息が止まるところは確認していなかったが、内臓を傷つけ、四肢を焼き潰していた。

 

あれだけの負傷、鬼でも何でもない人間なら致命傷を通り越している。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

 

……何だ?

 

俺は今、何を考えて。

 

 

「もういい。お前たちにはつくづく失望した。私はもう期待しない」

 

「またそのように悲しいことをおっしゃる。俺が貴方様の期待に応えなかった時があったでしょうか」

 

 

童磨の軽薄な声。

 

無惨様にも変わらずの無礼な態度を咎めることができない不甲斐なさに、歯を噛み割る。

 

 

「産屋敷一族を葬っていない。“青い彼岸花”も、何百年も見つけられていないではないか。“石仮面”や“赤石”は?お前たちは何も成せていない」

 

「おや?例の“山吹の女”を殺せとはおっしゃらないのですね。探知探索が不得意な身の俺でも、それくらいならできそうなものですが」

 

「…………たかが女1人、そうかかずらうこともない。産屋敷を潰し、鬼殺隊という組織がなくなれば、一個人では無力だろう。優先順位を間違えるな」

 

「左様でございますか!出過ぎた言葉を失礼しました」

 

 

ニコニコと笑う童磨と、強張った表情のままの無惨様。

 

対照的な2人の間に、声が割り込む。

 

 

「無惨様!!私は違います!貴方様の望みに一歩近づくための情報を掴みま──」

 

「私は百十三年振りに上弦を殺されて不快の絶頂だ。まだ確定していない情報を嬉々として伝えようとするな」

 

 

玉壺の言葉が、呼吸ごと遮られる。

 

天井から滴り落ちてくる血が、畳の上の血と混ざった。

 

無惨様の手から離された玉壺の頸が、血と同じ軌跡を辿って落ちる。

 

 

「これからはもっと死に物狂いでやった方がいい。私は上弦だからという理由でお前たちを甘やかしすぎたようだ」

 

 

ひぃ、と引きつった半天狗の悲鳴が、琵琶の音に上塗りされる。

 

 

「玉壺、情報が確定したら半天狗と共に其処へ向かえ」

 

 

無惨様の声が聞こえた直後に、再びの琵琶の音。

 

身体が再生されていく感覚を受けながら、目の前で閉じる襖を見た。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

異空間・無限城。

 

鳴女の血鬼術によって上弦の鬼たちが退去された後。

 

気配と音が消えた、不意の空寂の間に2人の影。

 

 

「……無惨様……何か……御用でも……わざわざ……2人きりとは……」

 

「黒死牟、お前、()()()()()?」

 

「…………確か……2人……もう顔も……覚えていないが……」

 

「そうか」

 

 

質問の意図がわからないまま、上弦の壱──黒死牟は答える。

 

 

「……ならば、()()()に子はいたか?」

 

「…………、それは……」

 

 

不意に話題に出された存在に、ほんの一瞬、息が詰まった。

 

三対の目を、少し伏せる。

 

 

「……わからない……少なくとも……私は見たことがない……」

 

「……そうか」

 

「しかし……何故……」

 

 

黒死牟の問いかけに、しばし沈黙を保った後、鬼舞辻無惨は口を開いた。

 

 

「──あの女が、堕姫に問うていた。『鬼舞辻()は柱の男と会っているのか』と」

 

「……それは……」

 

「堕姫は短絡的に肯定していたが、私自身が柱と呼ばれる鬼狩りと会ったことはほとんどない。あるとすれば、()()()()()()()()()()()()()

 

 

無惨の言葉に、黒死牟の脳裏で記憶が再生される。

 

かつて、()()と呼ばれていた人間の頃の記憶。

 

弟と共に戦っていた頃の、記憶。

 

 

「……その記録は……最早……鬼殺隊にはないはず……。私が鬼となり……彼奴が追放されたことで……抹消……された……口伝するような……後継も……殺し尽くした……」

 

「そうだ。故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……確実な……記録が無い故に……確認したかった……」

 

「お前を探して鬼になった足跡を辿っているのか、あるいは」

 

 

そこから先は、言葉にしない。

 

互いに、口にしたくないものだということがわかっていた。

 

 

「……まあいい。確証がない以上、断言できることではない。奴が()()だからと言って、優先順位が低いことも依然変わらない。もういいぞ、黒死牟。引き続き、産屋敷捜索にあたれ」

 

 

黒死牟の返事を待たずして、琵琶の音と共に無惨の姿が消える。

 

残されたのは、黒死牟1人。

 

 

「……………………血族…………」

 

 

 

静寂の中、強く拳を握りしめ、骨が軋む音だけが響いた。




鬼舞辻無惨
柱殺せてないし上弦殺されるしで顔真っ赤状態。顔色良くなってよかったね。
自分のことを棚に上げさせたら世界一の男。
綾鼓に関しては直接姿を見せなければ問題ないので、組織力の高さとして鬼殺隊そのものと産屋敷一族の抹殺の方が先にやるべきであると考えている。
それはそれとして情報収集はする。

猗窩座
綾鼓が生きていたことを知り、悔しさと屈辱感で大変なことになってる。
”何故か”『人間の身ならば絶対に死んでいるはず』という確信があったため、ショックが大きい。
杏寿郎とあの小僧は絶対に殺す。

黒死牟
上弦の壱。人間だった頃は弟と共に柱として鬼狩りをしていた。
突然降って湧いた弟の血族(疑惑)に色々大変なことになっている。
何故お前だけが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柱合会議と家族会議

お久しぶりです(小声)
なんやかんやで前回投稿から1年以上開いてしまった事実に震えています申し訳ない……。時の流れはやいこわい。

遊郭編アニメ楽しみですね。


──産屋敷邸。

 

鬼殺隊本部に、各地から柱が集結する。

すなわち、第n回目の柱合会議でございます。

 

例を見ない高頻度での招集だが、上弦の鬼討伐という、鬼殺隊全体の悲願成就といっても過言ではない一大事の後だ。

今後の方針固めと全体の士気向上のため、多忙な柱の時間を割く価値は十分にある。

 

上弦の参との接敵した後にも略式での集会はあったらしいが、あの時は昏睡した波柱()に重症の炎柱(杏寿郎)、そしてその治療につきっきりの蟲柱(しのぶ)という惨憺たる有様だったからなぁ。

 

「……お館様、柱総員十名、罷り越してございます」

 

畳に指を置き、頭を下げる。

続いて、背後で一斉に動く気配を感じた。

 

こういう場で、私は上座を譲られることが多い。

年功序列を気にしてのことだろうが、元々若様へのご挨拶は早い者勝ちなんだから、そこまで気にしなくてもいいと思うんだけどな。

と言いつつ、可愛い後輩たちの厚意に甘えてちゃっかり先頭に座っちゃってる私も私だ。だって嬉しいんだもん。

次の機会は行冥にでも譲ろう。

 

そんなことを考えているうちに、前方の襖が開く音。

 

「──やあ、私の可愛い剣士(こども)たち。壮健で何よりだ」

 

投げかけられた弱弱しい声色を受けて、頭を上げる。

 

輝利哉様に支えられて布団から上体を起こすその御姿は、包帯に巻かれ痛々しい。

 

……歴代当主の影が重なり、膝の上に置いた手に力が籠る。

 

残された時間は、少ない。

 

 

「こんな姿での出迎えになり、申し訳ない。けれど、上弦の鬼を倒してなお、こうして誰1人欠けることなく再び会えたことを喜びたいんだ」

 

「その思いは我々も同じです。お館様含め、これほど長期間柱合会議の顔ぶれが変わらないことは僥倖と言う他ないでしょう」

 

 

じゃらり、と数珠の擦れる音。

ここまで穏やかな空気が鬼殺隊の中で流れたのはいつ以来だろうか。

 

 

「上弦だけじゃない。我欲のままに暴れ回っていた市井の鬼たちも目撃情報や被害情報が著しく減少している。おそらくは無惨の命令によるものだろう。

無惨が鬼の指揮に本腰を入れ始めたとなっては油断はできないが、鬼殺隊としても戦力を徒に分散させずに済むのは有難い。この小康状態の間に、隊士それぞれの戦力向上、隊全体の編成の見直しを行おうと思う」

 

「来たる総力戦に備えて、ということですね」

 

「鬼の数が減りつつある今!少数派遣の現状より統率のとれた部隊を編成する方が戦略的にも善いでしょう!連携の強みは上弦の陸との戦闘で師匠(せんせい)や宇髄、そして何より竈門少年たちが示してくれたことだしな!」

 

 

杏寿郎の溌剌とした声が皆の士気を引き上げていくのがわかる。

 

ふうむ、部隊ね。

多対一の方が確実に鬼を狩れる上にこちらの損耗も減る。数が減った一方で、出くわす鬼が十二鬼月である確率が上がりつつある中、確かにその策をとるなら今しかないだろう。

まあ私は遊撃担当だから部隊を組んだとしても真菰と玄弥くらいの少数精鋭になるだろうけれど。

 

にしても隊の指揮かあ……行冥やしのぶはともかく、無一郎とか小芭内とか大丈夫か?あとダントツで義勇が心配なんだが。

 

 

「編成部隊の担当地区は、指揮官となる柱のものを中心として展開する。各隊での連携訓練、討伐作戦については(きみたち)に一任しよう。部隊員の配置は階級や現在の活動地域を鑑みて決定するが、原則として継子は育手の柱が率いる隊に所属するものとする」

 

 

若様の言葉が紡がれる度に、期待とやる気に色めきだった声が上がる。杏寿郎に蜜璃、天元あたりだな。

若人は元気なのが一番──と、うんうん頷きながら耳を傾ける。

 

 

「私がみんなを指導する立場になるってことよね?きゃあすごい!今からドキドキしてきちゃった!煉獄さんとか綾鼓先生みたいにできるかしら!?」

 

「甘露寺、君ももう一人前の“柱”だ!何も臆することはない!」

 

「そーそー、なんせ俺らはあの“波柱”にド派手に認められた「()()()」だからな」

 

 

………………うん?

 

 

 

「あっ!宇髄さんってばまた意地悪言ってる!この間からそればっかりじゃない!」

 

「おい宇髄、甘露寺に変なことを吹き込むんじゃない」

 

「お前甘露寺のことになると地味に喋るな伊黒。でも変なことじゃあねえだろ。煉獄も俺もちゃーんとこの耳で聞いた言葉だぜ」

 

 

いや待て。待って。

 

 

「うむ!上弦を前にしても全く臆せず言い放った師匠(せんせい)の大啖呵!誇りに思うにこれほど相応しい言葉もあるまい!」

 

 

あっ……あぁー……。

 

 

「むー!うらやましい!私も綾鼓先生に認められたい!」

 

「……そういえば、何故“男”と限定したのか聞いてませんね。しかも2回も。せっかく皆さん集まってるんですし、教えてくださってもいいんじゃないですか?」

 

「…………」

 

 

…………やっ……べー……。

 

思いっきり勘違いされてる!そうだよなこの世代で「“柱の男”箝口令騒動」知ってる奴いないもんな!そりゃ“柱の男”=鬼殺隊の“柱”になるわ!

うっわ今更気づいた超恥ずかしい!私もボケてたけども、同じ世界だからって偶然の一致にも程がないか!?

 

背中に滅茶苦茶視線を感じるが振り向けない。ごめんやっぱり一番上座で良かった。いま顔真っ赤だし汗がもの凄ぇもん。

 

 

あー……無限列車での戦闘以降みんなのモチベが鰻昇りだったのこれのせいかあ……たった一言でここまでやる気出してくれるとか私のこと好きすぎないか?最近涙腺弱いんだよ勘弁してくれ。

 

つーか、これはまずい。下手に「違うよ勘違いだよ」って言えない。お婆ちゃん若い子に冷や水ぶっかけるような真似できない。

 

でもこのままだと私がしのぶと蜜璃のこと認めてないみたいな感じで捉えられかねないしなあ……。

 

何とか角を立てずにいい感じにやんわり訂正したい。どうしようこれどうしよう。

 

 

ぐるぐると巡る思考の中、縋るように正面の若様に視線を送る。

 

産屋敷家当主なら昔の事情も知ってるはず。助けて!そういうの得意でしょ!

 

 

 

──にっこり、と笑みだけが返された。

 

 

若様~~~~!?

 

あっこれ怒ってますね!? 箝口令思いきり破ったの怒ってますね!

 

「自分で蒔いた種なんだから自分で解決するんだよ」って目で訴えかけられてる!ごめんなさい!

 

 

……大きく息を吸って、吐く。

 

脈拍を整えて、頬の赤みを引かせた状態で、振り返る。

 

波紋の呼吸が血流操作にも通じていて良かったぜ全く。

 

 

「あー……、悪い。別にしのぶや蜜璃をのけ者にするつもりじゃなかったんだ。というか、他の柱にも謝らなきゃならん。ごめんなさい」

 

盛大に?を浮かべながら首を傾げる杏寿郎に心が痛む。

 

言えー。ちゃんと言え私ー。ここでごまかすと後で辛いのはこいつらだぞー。

 

 

「……“柱の男”っていうのは、お前らを指した言葉じゃないんだ。もちろんお前たち柱はみんな上弦にも打ち勝てる強さを持っていると確信してはいるが、鬼たちにとっては、恐らく別の意味で捉えられている」

 

「……別の意味?」

 

 

妙に静まり返った空気に耐えかねて、縁側の向こうに視線を逸らす。

 

 

「ああ。今この時代よりも遥か昔にいた、鬼たちを恐怖させたであろう存在。故あって詳しくは話せないが、私が指したのはそれだ」

 

「そんな……存在が?」

 

「……ま、今となっては影も形もない、御伽噺みたいなもんだ。この場にいる皆の方がよっぽど頼りになるってもんだぜ。誤解させるような言い方して悪かった。“男”に限らず、柱は揃いも揃って強い奴らばっかなのにな!」

 

 

安心させようと、精一杯の笑顔を見せる。

 

訂正の意図はもちろんだが、全て心の底からの本音のつもりだ。

 

あんまりこのままでいても居た堪れないので、話題を断ち切るように振り返る姿勢を戻して再び若様の方を向く。

 

最後に視界に認めた皆の顔は静かだったが、落胆よりも引き締まった顔つきだったから大丈夫、かな?大丈夫であってくれ。

 

 

 

***

 

 

 

その後はつつがなく、会議も無事に終わった。

 

予想通り、私は遊撃部隊長に位置づけられるらしい。

 

真菰と玄弥は確定として、他に誰か迎え入れられそうな奴いるかなあ。

 

炭治郎の索敵能力は欲しいが杏寿郎が持っていきそうだし、善逸はそもそも性格上遊撃は不向きだろう。天元が面白がってたし、そちらに行く可能性も高い。

 

となると、伊之助かねえ。……真菰の予想ぴったりのとこではあるが、玄弥とすげえ相性悪そうなんだよなあ……。

 

ああでもないこうでもない、と廊下を歩きながらうんうん考えていると。

 

 

「──()()ァ」

 

 

不意に、背後から投げかけられた声を受けて、振り返る。

 

 

「……どうした、実弥。そんなに改まって」

 

 

両手を固く握りしめて、ともすれば睨みつけられていると勘違いしてしまいそうな意志の籠った瞳。

 

こんな様子じゃあ何を言われるかなんて分かりきっていることではあるが、こちらからは何も言わず、相手の出方を待つ。

 

 

「……あんたの、継子のことで、話がある」

 

「そんな他人行儀に言わず、ちゃんと名前で呼んでやれよ"お兄ちゃん"」

 

 

自分でも驚くほど冷たい声が出て、実弥の肩が強張るのがわかった。

 

一瞬視線を彷徨わせた後、しかしすぐにこちらの視界を射抜いてくる。

 

 

「部隊を結成する時、あんたの隊から外して、胡蝶の隊に入れてやることはできねえかァ」

 

「……あ?」

 

「あんたの呼吸は治療にも強いだろォ。医務班で使ってやれば、他の隊士の負担が減る。だから──」

 

「──だから、代わりに他の隊士を前線に出して、犠牲を増やせってか?」

 

 

実弥が大きく目を見開く。

 

そこまで考えが回ってなかったって顔だな。らしくもねえ。

 

 

「お前もわかってんだろ。波紋使いが1人前線にいるのかどうかで、どれだけ戦果に差が出るか。“柱”としてどちらを選ぶべきか、なんてことは私が言うまでもねえ。

 ……それに、これは玄弥自身の意志でもある。鬼と戦う術を身に着けて、強くなろうとしてるんだ。邪魔してやるなよ。長男だろ」

 

「ッ……!」

 

ギリ、と奥歯が軋む音がこちらにまで聞こえてくる。

 

「あいつは、っ、鬼殺隊に向いてねェ!あんたはその呼吸に加えて、悪鬼滅殺の意思が固いからこそ柱としてやっていけてるんだ!付け焼刃の呼吸ごときであんな甘っちょろい奴が生き残れるはずがねェ!それどころか、いるだけで他の隊士の足を引っ張るような無能だ!そうだろォ波柱!」

 

認めてくれと。首を縦に振ってくれと。

 

そんな慟哭すら聞こえてきそうな切なる声。

 

だけれど、そんな言い方じゃあ、求める答えは出してやれない。

 

「……玄弥は、私の継子だ。()()()()()()()()()()()()()()だ。いくら素質があったとは言え、それだけで修められるほど、波紋の呼吸は甘くはない。そも、私と出会う前、呼吸が使えず藻掻き足掻いていた頃に逃げていない時点で、その胆力は称賛すべきだろう。

 ──あの子は間違いなく、鬼殺隊を背負うに値する逸材だよ」

 

「……ッッ!」

 

傷だらけの腕が私の胸倉を掴み上げる。

 

戦術も動線も何もあったものじゃない、激情に任せただけのそれ。

 

その先の行動を何も考えていなかったのだろう、逡巡の隙に足払いをする。

 

 

「──ッ!」

 

 

呆気なく重心を崩し、頭から床にぶつかる寸前で背中に手を回して抱き留めた。

 

 

「おいおい、若様のお屋敷内で乱闘沙汰か?流石に怒るぞ」

 

「…………」

 

 

茫然とする実弥を一睨みして、支えていた腕から力をそっと抜き、宙ぶらりんになっていた身体を床に静かに下ろす。

 

実弥がそのまま座り込んで蹲るので、視線を合わせるように私も膝をついた。

 

 

「……ンでだよ。何で、分かってくれねェ……」

 

「年寄りの説教になっちまうがな。お前は他人の目を気にしなさすぎだ。いや、それ自体は言いようでは美徳なんだろうが、大切にしたい張本人の思いすら無視できちまうのはちょいといただけねえ。義勇の言葉足らずをとやかく言えんぞ」

 

「……」

 

「弟も兄貴譲りの強情っぱりってんだから、そりゃいつまでも進展しねえよ。お前、玄弥が何で鬼殺隊から離れようとしないか聞いたことあるか?」

 

「……聞く必要なんざねェ。どんなご高説垂れたって、結局死んじまえば……」

 

 

ぐ、と喉を詰まらせる音。

 

不意の沈黙に、しかし口を挟むなんて野暮な真似はしない。

 

今まで自分の胸の奥底にしまい込んでいたものを吐き出すまで、待つ。

 

 

「……あいつは、鬼なんて一生見なくていい。所帯を構えて、爺になるまで呑気に暮らしてりゃいいんだよォ。そのために邪魔な鬼は全部俺が殺し尽くす。……あいつは、親殺しの兄貴のことなんざ忘れて、不幸なんて知らない場所で生きてさえいれば、それで──」

 

 

今にも消え入りそうな声音で、それでもやっと思いの丈を吐き出した実弥の項垂れた後頭部をそっと撫でる。

 

 

「──よく言った。それだけ聞ければ十分だ」

 

 

私に聞けるのは、引き出せるのは、ここまで。

じゃあ、あとは当人たちの問題だ。

 

 

「つうわけで、こっから先は勝手にしな、()()

「……は、──!?」

 

 

私の言葉を間抜けな顔で数舜嚙み砕いた後、実弥は弾かれたように後ろを振り向く。

 

「に、兄ちゃん……」

「……お迎えにあがりましたよ、綾鼓さん」

 

壁の角から顔を覗かせる2人。

泣き出しそうな顔の玄弥に対して、真菰は見るからに呆れ顔だ。

 

「げ、げん、なんで、おまえ、ここに」

 

四白眼をこれでもかと見開いて、青くなったり赤くなったりと忙しない様子の実弥は、しかし流石に柱といったところか、すぐさま意図を見抜いてこちらを睨みつけてきた。

 

「あんた、最初っからわかって……!?」

 

「さァ~ど~だかな~?」

 

 

わざとらしく視線をそらしてはぐらかす。

真菰の絶対零度の目がこちらを突き刺してくるが無視だ無視。

 

 

「せっかく兄弟久しぶりの再会なんだ、観念して腹割って話せよ。

……あァそうだ!玄弥に刀鍛冶の里におつかい頼んでたんだ。ついでに実弥も行ってくればいい。あそこの湯は極楽だからな~」

 

「ふっざっけ……!」

 

「つうか玄弥だけで行かせるとその口につけてる呼吸矯正器具は1人で外せねえから向こうで飲まず食わずの可哀相な目に遭うぜ?誰を同行させるか迷ってたから、丁度よかったよかった。んじゃ!あとよろしく!」

 

 

わなわなと震える実弥にとびっきりの笑顔を見せて、踵を返す。

廊下を曲がったあたりで、この糞婆!!と叫ぶ声が聞こえた。

 

 

 

「……いくらなんでも無理矢理すぎませんか?」

 

 

私の隣に追いついてきた真菰が、不満を隠そうともしない声音で語り掛ける。

 

 

「いーんだよ。多少強引でもきっかけさえ作ってやれば、後は自己解決できるさ。2人とも強ぇんだから」

 

「そもそも、私を玄弥くんに同行させるつもりだったじゃないですか。……久しぶりに温泉入れると思ったのに……」

 

「悪い悪い、また今度連れて行ってやるよ。実弥には後で烏使って矯正器具の外し方教えてやってくれ──ん?」

 

 

ぶすくれる真菰をなだめていると、視界の隅に見知った人影が。

小柄な体躯に、どこか空ろな眼差し。

 

 

「無一郎、どうした?」

 

 

頭をもたげて、目を合わせる。

 

 

「……さっきの…………」

 

「?」

 

「…………──いえ、何でもないです」

 

 

要領を得ないぼんやりとした言葉尻のまま、ふらりと立ち去ってしまった。

 

 

「うーん?どうかしたのかねえ」

 

「さっきの騒ぎがうるさかったんじゃないですか?」

 

「……否定できねえなあ……」

 

 

確かに、無一郎は騒がしいの苦手なんだよなあ。悪いことしちまった。

あの子が次に向かうのはどこだったか。後で珊瑚に謝りに行ってもらうとするか。

 




綾鼓 汐
私ぁおせっかい焼きの波紋使い!不死川兄弟の仲が心配なんで取り持ってきた!
この後実弥が向かう予定だった任務を全て肩代わりした後に温泉宿で真菰の機嫌取りする。
「まあ正直、綾鼓さんと一緒にお風呂入ると下手な温泉より効能あるんですけどね」by真菰

産屋敷 耀哉
鬼舞辻に届きうる兆しを逃すまいと全力を尽くす。
鬼舞辻が産屋敷一族の出身であるという事実は、鬼殺隊全体の統制や士気を揺るがしかねないので代々最重要機密事項として伏せられている。そのため綾鼓もその因縁を知らない。

不死川兄弟
綾鼓によって兄弟水入らず刀鍛冶の里ツアー御一行様に強制参加。
糞婆発言に「俺の師範をそんな風に言うな!」と強い言葉で反抗した玄弥に驚いてフリーズしている隙を隠たちに抱えられ里へ出発。
背後の気配がめっちゃ怖くてちびるかと思ったとは運搬役の隠の言。

時透 無一郎
霞柱。“日の呼吸”の使い手の子孫とされている。
綾鼓の言う“柱の男”の心当たりがあったような気がしたが、忘れてしまった。
この後修行のために刀鍛冶の里へ。
彼の記憶障害は、波紋の呼吸の陸の型・琥珀で回復させること自体は可能である。
しかし、綾鼓が過去に同様の状態に陥った隊士を治療したところ、脳が忘れようとしていた悲惨な記憶を無理に呼び起こしたことにより逆に再起不能へと追いやってしまったことがあるために、本人が自然と思い出せるようになるまで経過観察となっている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。