夜明の緑谷 (アニメ知識のみ)
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前編

目安だった5000字を越えてしまったので前後編に分けました。
三人称視点で初めて書いたため拙いものですがご容赦ください。


 満開だった桜が散り新しい環境に人々が慣れ始めた4月のある日、折寺中学校3年生の教室は喧騒に包まれていた。コミュニケーションツールが発達しいつでもどこでも話せるようになった現代でもこの時間の教室は騒がしいらしい。昨日帰ってから何があったか、宿題をやっていないからみせてほしい、そんな他愛もないことに花を咲かせている。そんなざわめきもある人物が教室に入ってきたことで中断された。

 中学3年生の平均身長を大きく超える背丈と痩せこけていると思わせる程の少ない筋肉量、見る者にのっぽや長身瘦躯といった印象を与える少年だった。表情は暗く顔には常に影が差している。陰鬱そうな雰囲気をまとい話しかけづらい空気のある彼は周囲から一定の距離を保たれている。

 しかし、彼が避けられている最大の理由は臭いである。決して臭いわけではない。ただ彼からは人とは違う臭いがするのだ。なんとも形容しがたい独特な臭い、それが彼と周囲の人間は異なるものだと思われてしまっているのだ。

 彼が自分の席に座ると生徒たちはポツポツと話しを再開させすぐに元の喧騒が戻り始める。ざわめきを取り戻した教室で1人本を読む少年。

 

 そんな彼の名は緑谷出久といった。

 

■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   

 

 オリエンテーションが中心に行われ授業が午前中で終わったことで普段以上にテンションが高い折寺中学校3年生。その中でも一際やかましい集団がいた。

 

「やっぱすげーよ! あの雄英を第一志望にするなんて!」

「しかもA判定なんだろ!? お前の強個性に加えて頭もいいとかもう受かったも同然じゃん!!」

「ったりめーだろ俺はお前らモブとはちげーんだからよ!」

 

 周囲からの称賛に口汚く罵るも満更ではなさそうな顔をするのは爆豪勝己。話題の中心人物である。雄英とは日本屈指のヒーローを養成する高校で、トップヒーローになるための登竜門ともされる超難関校である。爆豪たちの中学校は平凡な所でそんな場所からトップヒーローが輩出されたとなればかなりの箔がつくのは間違いない。爆豪もそのことをヒーローになった後の話題作りの1つにしようと画策している。ただその場合は彼がクソ煮込みだったことが語られ武勇伝になるだろうが。

 多くの人に囲まれ街に繰り出そうとする爆豪だったがふと足を止めてある人物に足を運ぶ。その先には緑谷出久がいた。

 爆豪と緑谷は幼馴染だ。幼稚園から中学校まで同じところに通っている。しかしながらその仲は良好とは言い難い。爆豪が緑谷をいじめていたからだ。通常4歳頃に発現するとされる個性を緑谷は中学1年つまり13歳になっても発現しなかったのである。病院で個性は持っていると診断されてはいたが余りにも遅く、緑谷は周囲から無個性だといわれからかわれていた。爆豪もその1人であり散々な扱いをしていた。だがそれも終わりを迎えることとなる。

 緑谷の個性が暴走し昏睡状態になったのだ。

 昏睡状態の緑谷が目覚めたのはこの4月。緑谷出久は丸2年眠っていた。

 

「おいデク」

「…どうしたのかっちゃん」

 

 僅かな間を開け緑谷が顔を向ける。その表情に爆豪は胸に痛みを感じた。

 

「センコーはヒーロー科志望は俺だけだって言ってたけどよ、お前は志望してないのかよ」

「当たり前だよ。僕なんかがヒーローになれるわけないじゃん」

「ッ…! そうかよ」

 

 顔の陰を一層濃くし薄く嗤う緑谷に爆豪は苛立し気に踵を返す。

 緑谷が個性を暴走させた原因は過度のストレスに晒されたこととされた。中々個性が現れず周囲との違いに思い悩み、ストレスをため込んでしまったことで暴走したのだと医師は診断した。過度のストレスが原因と知り周囲の人間は心当たりが1つあった。いじめである。

 特にいじめていた者たちは自分のせいかもしれないと思い悩んだ。自分たちの行いが人の人生を台無しにしてしまうのではないかと。その悩みは緑谷が目覚めたことで変わった。目覚めたばかりの緑谷に謝罪に行き、直々に許しを得た彼らは心から安堵したのである。

 しかしただ一人だけ、今も後悔の念に苛まれている者がいる。それが爆豪勝己だ。

 爆豪は幼馴染である緑谷の性格を知っている。快活でヒーローになると言って憚らない少年だった。いじめてもいじめても明るさを失わず、人のために心を砕くことのできる優しい少年。そんな少年が目覚めから大きく変わってしまった。

 快活さは陰鬱なものに、気配りができていたものが内向的になった。何よりヒーローに対する憧れが消えていた。ヒーローになる為に何冊もノートを取っていったがそのノートは全て捨てられている。端から端までびっしり書き込まれたノートをである。昔の彼なら「ヒーローになれるわけない」なんて言葉は絶対に言わなかった。むしろ個性を得たから遮二無二努力しているだろう。

 幼馴染の変わりように爆豪は胸を痛める。なぜなら爆豪は緑谷に対して―――

 

「チッ、クソデクが」

 

 悪態をつき教室を足早に去る爆豪とそれを追いかけるクラスメイト。

 緑谷は弱くなった。昔の彼はもういない。ならば弱い者を守るのは強い自分の役目だ。それが幼馴染を弱くしてしまったせめてもの償いであるから。

 爆豪の罪悪感という痛みは未だ消えない。

 

■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■

 

 緑谷出久は一人で下校していた。思い起こすのは先ほどめっきり暴言を吐かなくなった幼馴染に言われたこと。自分がヒーローを目指しているか否か。

 そんなもの考えるまでもない。

 

―――僕にそんな資格はない

 

 自分も人を助けようと努力した。だが全て失敗に終わった。助けられたはずの命は全て掌から零れ落ち、最後は手助を求める声に耳を塞ぎ聞かなかったことにした。

 そんな自分がヒーローだなんて。まったくばかげた話だ。

 自虐的に嗤う緑谷。彼が高架下に差し掛かった時、ズルりと這いずる音がした。

 

「Mサイズの隠れ蓑」

 

 瞬間緑谷のいた場所にヘドロが叩きつけられた。

 

「……あれ?」

 

 ヘドロ、正確にはヘドロ状になっている自身の手を叩きつけた張本人であるヴィランは手ごたえの無さに声を挙げる。

 手をどかすとそこに人はいなかった。辺りを見渡すと少し先に獲物がいた。

 

「へぇ、今のを避けるんだ。これはあたりかな?」

 

 ヴィランの個性は取り付き人質にするだけでなく、その者の個性を強制的に扱わせることができる。強い個性ならそれだけで自身の戦力向上になる上人質の救出も困難になる。ヴィランはついていると内心で笑みを浮かべる。

 

「今ちょっと人質が欲しくてさぁ、オレを助けると思って手伝ってくれないかなぁ。大丈夫、苦しいのは一瞬だけだから。」

 

 喜色を隠すことなくヴィランが緑谷に迫る。

 

「……あぁ」

「お? 手伝ってくれるのかい? いやぁ優しいねぇ」

 

 呟く緑谷にヴィランは優しく声をかける。相手は完全に委縮している。これであのヒーローから逃げることができる。

 

「本当に、ここもあそこも変わらない……」

「あ? お前何言って――」

 

 1人ごちる緑谷にヴィランがない眉を顰める。

 俯き顔が見えなかった緑谷がゆっくり顔を上げる。

 徐々に、徐々に、ゆっくりと。

 何かを堪えるかのように。

 

―――何か、何かが変だ

 

 相手は唯のガキだ。そのはずだ。なのにこれは何だ。何だこの圧力は。何だこの空気は。

 自分は一体、何に怯えているのだ。

 

 

「どこもかしこも獣ばかりだ」

 

 

 溶けた瞳がこちらを射抜く。

 瞬間、全身が粟立つ。思考する前に目の前の人物は危険だと本能が訴えかけてくる。

 そして臭いがする。普通は嗅ぐことはない臭い。これは血だ。これは獣だ。血と獣の臭いだ。

 陰惨で醜悪な臭いだ。

 

「お、お前一体……!」

「獣は狩らなければ。僕は狩人なのだから……」

 

 ゆらりと緑谷が一歩近づく。ヴィランは二歩下がる。

 ヴィランは完全に気圧されていた。本能が今すぐ逃げろと警鐘をこれでもかと鳴らしてくる。だが自分の理性がそれ以上に叫んでいる。

 唯のガキにビビってんじゃねぇと。

 

「ッ! このガキが! オレを舐めてんじゃねーぞ!!」

 

 警鐘を無視して拳を振り上げる。その時マンホールが吹き飛んだ。

 

「……」

「なっなんだ!?」

 

 ド派手な音にお互いの注目がそちらに移る。マンホールの穴から現れたのは果たして。

 

「もう大丈夫だ少年。なぜかって―――」

 

 その姿を見てヴィランは目を見張る。今度ばかりは理性も逃げろと言ってくる。

 そうだ。自分はアレから逃げている最中だった。

 

 

私が来た!!

 

 

 ヒーロー名オールマイト。名実ともにナンバーワンヒーローの登場である。

 

「クッソがぁ!!」

「今度は逃がさんよ! そこの少年! ちょっとしゃがんでいてね!」

 

 遁走するヴィラン。対するオールマイトは拳を振り上げながら声をかける。

 

「SMASH!」

 

 拳が何もない空間を殴りつける。ただの空振り。だがオールマイトなら話は別だ。

 空を切った拳は衝撃波を生じさせる。突風を撒き散らしつつ進むそれは容易くヴィランに追いつき直撃する。

 

「がああぁああぁああ!?」

 

 衝撃波を受けヘドロ状だった体がバラバラになるヴィラン。死にはしないがしばらく行動不能になった。

 こうしてヘドロヴィランは御用となった。

 

■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■

 

「HAHAHAHA! いやぁごめんね! 慣れない街だからか少し手間取っちゃたよ! しかし君が無事でよかった。怖かっただろうによく頑張ってくれた。ありがとう少年!」

「…いえ、こちらこそ助けていただきありがとうございました」

「う~ん礼儀正しい! 感動すら覚えるね! お詫びとは言ったら何だがサインでも書くよ!」

「いえそれは結構です」

「う~ん手厳しい! これはまだまだ頑張らないと! HAHAHAHA! ……いやぁ結構ショックだねこれ……」

 

 オールマイトはテレビと何一つ変わらなかった。

 力強く、情熱的で、何よりよく笑い、笑顔が眩しい。

 だからこそ。

 

「…その代わりに1つお伺いしたいことが」

「おっ、何だい? 私に答えられる事なら何でも聞いてくれ!」

「…では1つだけ」

「あぁ! どうぞ!」

 

「貴方は何故人を助けようとし続けるんですか」

 

「ん? それはもちろん――」

「人の手は2つしか無くて、人の腕は長さが決まっている。だから、手を差し伸べられる範囲には限界があるんです」

「――それは、うん。そうだね」

「しかも手を差し伸べたからと言って必ずしも助けられるわけじゃない」

「……」

「人間である限り人を助けられる数は決まってるんだ! それはオールマイトでも同じはずだ! 平和の象徴に助けられなかった人はいない!? そんなはずはない! そんなことあってはならない! 助けられた命の裏には救えなかった命があるはずなんだ、掌から零れ落ちた命が!!」

 

「現に貴方の笑顔は強がりの笑みだ! 不安を押し殺すための強がりだ!」

 

「! それは」

 

 冷静だった緑谷が声を荒らげ始める。

 自身の両手を見つめ悲痛な表情を浮かべている。

 

「だから貴方も経験してるはずなんだ。心折れて膝をついたことが。なのに、何で。どうしてまだ前を向いていられるんですか」

「……」

「絶望してるのに、なんで……」

「少年、君は―――ッ、ゴホッ!」

 

 泣きそうになりながらオールマイトを見上げる緑谷に答えようとするもせき込み言葉が中断される。

 手には真っ赤な血が付いていた。それだけでなく体からは僅かに煙が立ち上っている。

 

「もう、時間が……!」

「…オールマイト?」

「……すまない少年。時間が無くてね、急いでいるんだ」

「そう、ですか。お時間を取らせてすみませんでした」

「いや謝るのはこちらだ。本当にすまなかった。少年、君の名前は何と言うんだい」

「…緑谷です。緑谷出久」

「そうか、ではさらばだ緑谷少年!」

「はい。重ねてお礼を」

「HAHAHAHA! 相変わらず礼儀正しいね! じゃあまた会おう緑谷少年!」

 

 そう言い残しオールマイトは跳び去っていった。

 あっという間に小さくなり次第に見えなくなっていく。

 聞きたいことは聞けなかった。また会おうとオールマイトは言っていたが相手は正真正銘のトップヒーロー。もう会うことはないだろう。だがそれでいい。惨めな自分にはお似合いだ。

 そう言い聞かせ、緑谷出久は今日も自嘲気味に嗤うのであった。

 

■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■   ■

 

 ビルが立ち並ぶ街の中でも高い部類になる建物の屋上に飛来物が着地した。大量の煙を噴き出すその正体、それはオールマイトであった。

 しかし様子がおかしい。筋骨隆々の大男であるはずが二回りはしぼんでいる。それどころか今現在も小さくなっている。

 そして一際大量の煙を吐き出した後、煙が晴れるとオールマイトの姿はなかった。代わりにいたのはオールマイトとは似ても似つかぬ骸骨の様な男。背丈だけはあるがその体は骨と皮しかないのではと思わせる程病的に細い。サイズの合っていないシャツとズボンを着ている事も相まって更に小さく見える。

 だがこの死にかけにしか見えない男こそがオールマイトその人であった。過去の死闘により生死の境をさまよった彼はこの姿、トゥルーフォームになるまでに弱体化しているのだ。

 鉄柵に背を預け座り込み乱れた呼吸を整える。

 彼の頭にあったのは危うく一般人に秘密がバレそうになったことでなくその一般人、緑谷出久のことであった。

 少年は確かに言っていた。自身の、ナンバーワンヒーローであるオールマイトが浮かべる笑顔は強がりであると、不安を隠すための笑みだと。その指摘は当たっている。

 もう長い間ヒーローを続けているがバレたことは一度も無かった。オールマイトの笑顔は助けを求める人を安心させるための笑顔だと誰も疑っていなかった。それを、見抜かれた。

 

「……彼も経験しているのだろうな」

 

 誰かを救うことができなかったことが。自身の無力感に苛まれたことが。だからこそ気づいたのだろう、私の笑顔の真実に。

 

「あの歳で、か。いったいどんな人生を歩んできたのやら。……いやだからこそ」

 

 だからこそ()()()()()()()()()()()()()()

 オールマイトは平和の象徴だ。だがそれも危うくなっている。巨悪との戦いでボロボロになり、平和の象徴は崩れ去る一歩手前にある。そう遠くない日に必ず来る。

 だからこそ必要なのだ。次代の平和の象徴が。

 物理的な強さならどうとでもなる。だから必要なのは力を正しく扱うための精神性。黄金のように煌めく精神をオールマイトは探しているのだ。

 その候補にあの少年はなるかもしれない。救えなかった痛みを知っていることは大きな力になる。

 痛みを知り、それでもなお立ち向かい戦うことができるのであれば。

 

「それを確かめる為にも、もう一度会って話してみよう」

 

 幸い名前は知っている。歩いていたことからあの近辺にある学校の生徒だろう。周辺にある学校に片っ端から問い合わせたらいつか辿り着くはずだ。

 それに彼の問い掛けに答えられていない。私の答えを聞かせるためにも一度会わなければならない。

 

「……ふぅ、落ち着いた。さて、何はともあれ先ずはこのヴィランを警察に届ける事が先決……」

 

 ない。

 ポケットにしまったはずの、ヘドロヴィランを詰めたペットボトルがない。

 どのポケットにも、パンツの中にもない。

 考えられるのはひとつ。跳躍した時に落としたのだ。跳んでる最中もトゥルーフォームになりかけていた。細くなりズボンのサイズが合わずぶかぶかになってしまいポケットから零れ落ちてしまったのだろう。

 

「~~ッ! なんて、無様っ!」

 

 オールマイトが言ったと同時に遠くで爆発音がした。

 目を向けると土煙が上がっていた。かすかにだが赤い光も見える為燃えている可能性もある。

 土煙は跳躍の軌道上を少し離れたところにある。逃げ出したヴィランが暴れているのだ。

 

「SHIT!!」

 

 ガンっと鉄柵を殴りつける。

 

「ッ~~!」

 

 殴った手に痛みが走る。オールマイトならば本来感じることのない痛み。

 こんな些細なことで自分が弱くなったことを痛感し歯噛みする。

 

「そんなことより速く向かわなければ!」

 

 再度遠くで爆発音が鳴り響く。

 オールマイトはそれを聞き急いで走り出した。




後編はまだ一切書けていないのでいつ投稿できるか不明でごめんなさい。

緑谷出久
個性:夢
夢で体験したことを現実に少しだけ反映できるという個性。夢の内容に左右されることや、そもそも夢を見られる保証がないこと、反映されるものがほんの極僅かであることなどから微妙な個性。
ただし出久さんが見た夢が血と獣の臭いがこびりつく悪夢だったので色々大変なことになっています。


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