Armee du paradis ー軍人と戦術人形、地の果てにてー (ヘタレGalm)
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第1章 墜落
任務帰りの不幸


 第三次世界大戦の結果、国家は著しく弱体化した。その領域を維持するだけの主権を失い、代わりに民間軍事会社(PMC)が台頭するようになる。急速に勢力を伸ばした大手PMCのうちの一つがG&K(グリフィン・アンド・クルーガー)で、この企業は本来の勢力域の統治という業務に加え人類に対して反旗を翻した鉄血工造製の人形たちとも戦っていた。大抵の場合、前線で戦うのは人間ではなく銃を持った自律人形────戦術人形だった。

 

 しかしながら、国家は完全にその力を失ったわけではない。

 例えば、アメリカ。

 例えば、ロシア。

 例えば、中国。

 その辺の国々は、地方の統治を企業に委託していることは変わらないものの、防衛を自分たちの軍で賄う余裕はあった。

 例えば、鉄血支配域に特殊部隊を送り込むなど。

 

 

 

 俺は、ボロボロになった状態で帰りのヘリに乗っていた。

 合成繊維製の迷彩服は他人の血に濡れ、顔も血まみれ煤まみれというありさまだ。

 フルカスタムしたHK416Dを抱き抱えてシートに座る俺は、他人からはどう見えるだろうか。疲れているように見えるのだろうか。それとも、誇らしげに見えるのだろうか。

 

「……少佐、ひどい顔よ?」

 

 隣に座る相棒(バディ)の戦術人形が話しかけてきた。プライドの高いように見えるが、その実気配りができる。抱え込みがちな俺は何度お世話になったことか。

 

 設計された年代を考えれば時代遅れも甚だしいアサルトライフルを抱えた彼女は、俺の副官だ。このDEVGRUでバディを組んで、もう7年になるか。

 

「悪いな、FAL。……やっぱり、慣れてねぇみたいだ」

 

「……仕方ないわよ。今日は増援にドラグーンやイージスまでいた。それなのにたった4人で、しかもひとりの犠牲者も出さずに作戦を遂行できたのは褒め称えられるべきよ。流石に無茶をしたのはいただけないけどね」

 

「おっしゃる通りで」

 

「まったく、少しはヒヤヒヤさせられる私のことも考えてよ! ……おいで、膝枕してあげるから」

 

「お、おい、人いるからな?」

 

 ミッションレコーダーは切ってあるが同乗者いるんだぞ。からかうのもいい加減にしてくれよ。

 

「じ、冗談よ……」

 

 あー、目の前の部下がニヤニヤしてら。というか、自分も赤面してるじゃねぇか。

 

フェネック(FAL)のその言葉、冗談に聞こえないところが怖いよな……」

 

「そうそう。早くくっつけばいいのにねー!」

 

「お、おい!」

 

 早くも向かいの席のジョナス少尉とスコーピオンに笑われた。

 こいつら、デキてるからな……夫婦で連携して放ってくるジョークがいちいち侮れん。俺が流れ弾食ってドギマギすることを狙っているから洒落にならねえ。

 

「うっせー、どうせ俺は永遠のシャイボーイだよちくしょうめ」

 

 投げやりにそんな言葉を吐く程度には慣れたが、内心ドキッとしたことは内緒だ。

 

「ま、からかうのもこの辺にしとこう。今回の功労者は間違いなく少佐ですしね」

 

「ええ。多脚戦車をアサルトライフルで撃破するなんて、勲章ものよ? おおっぴらには出来ないけど……」

 

 今回の敵は、鉄血の新型エリート人形だった。実戦投入前に排除するべくこの作戦は実行されたが、なかなかに苦戦した。ひとりの犠牲も出なかったことはまるで奇跡のようだ。

 戦車の周りの随伴歩兵を排除し、戦車を高周波ブレードで叩き斬る。そんな滅茶苦茶な作戦だったのだ。

 

 濃密な死と長時間隣り合わせになったからか、身体の動きが鈍い。これでは天下のNavySEALsも台無しだ。

 

 だが、どこか誇らしげなのは間違い無いと思う。

 

「……はは、帰ったら打ち上げだ」

 

「そうね、久しぶりにウェストフレテレン(ベルギービール)でも開けましょうか」

 

「ねえフェネック、そういうのって日本では『死亡フラグ』って言われてるみたいだよ?」

 

デスストーカー(スコーピオン)、縁起でも無いこと言わないでよ! それに、作戦は終わったでしょ?」

 

「いやいや、日本には『帰るまでが遠足です』って言葉が……」

 

 ジョナスが言い切る前に、ヘリの中にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。灯っているアラートはレーダー照射の確認。

 

「レーダー照射か!?」

 

「ステルスヘリじゃなかったのかよ……おい、ミサイルだ! 11時方向に2発!」

 

 ボンボンボン、という音とともに光り輝くチャフフレアが放出されたが、ミサイルたちはそれらを突っ切ってヘリへと殺到する。

 

 爆発の刹那、ちらりと下手人と思しきSAMが見えた。

 鉄血工造製、セミアクティブレーダー誘導地対空ミサイル(SAM)

 

 

帰りにミサイル撃ち込まれて爆死とは、あまりにもあっけない最期だ。

 

「死ぬのか……」

 

 

 轟音、衝撃。

 

 

 

 

 

 目が覚めると、俺は木に凭れさせられていた。

 どうやら、ここは湖の畔らしい。

 

 幸いにも四肢に異常はないようだが、全身が鈍く痛む。全身が濡れているらしく、服がまとわりついてくる嫌な感触があった。

 周りを見渡すと、すぐそこで副官(FAL)が左腕をパージしているところだった。綺麗な顔や着崩した無骨な迷彩服には、引っ掻いたような跡がいくつも見られた。

 

「起きた?」

 

「……ああ。生き残ったのか……」

 

「一応、全員の生存は確認しているわ。墜落するヘリから転落した貴方を私が抱き抱えて湖に飛び込んだの。……岸まで泳ぐのに苦労したわ。衝撃を殺すために左腕を犠牲にしちゃったし」

 

「ありがとう、そしてすまん」

 

 謝ると、FALは笑った。

 

「いいのよ、貴方が無茶をするくらい分かりきっている話なんだから。副官が指揮官を支えるのは当然のことでしょ?」

 

「この場合は相棒(バディ)だな」

 

 少しだけ訂正する。

 そして、二人揃ってからからと笑った。

 

 傍で干されていた軽量ボディーアーマーを拾い、立ち上がる。

 

「さて、火を起こそうか」

 

 

 

 都市部は夜でも明るいが、辺境ではそうもいかない。

 まして、山の中だ。一切明かりがないと、星の一つ一つが手に取るようにわかる。

 まあ遠慮なく焚き火を焚いているんだがな。

 

「とりあえず食えそうなのはこの辺か……魚と兎、キノコは食えるヤツか?」

 

「大丈夫、普通に食べれるわよ」

 

「ならいいか」

 

 彼女が集めてくれた食材を火で炙って食す。

 ソースどころか塩も無い食事だが、食うものがないよりは遥かにマシだ。

 

 内臓を処理していないがために苦い川魚を貪りつつ、FALに問いかけた。

 

「なあ、とりあえず山頂目指さないか?」

 

「賛成よ。……それに、尾根を越えた先に巨大な基地跡があるみたい。物資があるかもしれないし、少なくとも風雨はしのげると思うわ」

 

「よく知ってるな……」

 

「ヘリの窓から微かに見えた。データベースには放棄されたロシアの基地としか書かれてなかったから、なにかあったんでしょうね……」

 

「調べる価値はある、か。ま、とりあえず今日のメシだな。明日のことは明日の俺に任せればいい」

 

「ええ、そうね」

 

 救難信号はすでに打ったが、応答はない。

 電波が届かないのかもしれない。あるいは見捨てられたか。

 

「本国に帰るのは正直どうでもいいけど、ここで野垂れ死ぬのは勘弁したいわね」

 

「そうだな、それにジョナスやスコーピオンも回収する必要がある。……あいつらのことだから満喫してそうだけどな……」

 

「ありえるわね……ふふ」

 

 そんなことを話しながら、俺たちは夜を明かした。



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先客の少女たち

 救難信号を打って早2日、一向に救助のヘリはこなかった。

 しかし、今日は久しぶりに屋根の下で眠ることが出来そうだ。

 

 

 俺たちがたどり着いた施設は、山岳地帯の小さな盆地を丸々使って設営された基地の一棟だ。基地全体の敷地は明らかに正規軍の本拠基地サイズで、カリフォルニアのSEALs本拠基地と同等の大きさがあった。門はその役割をなしておらず、無機質なコンクリート壁に刻まれた弾痕や血飛沫、焼け跡などの戦闘の跡は生々しいものの、修理すればまだ使えるレベルだ。正直言って、この基地が放棄されているのはありえない。実際、積もっている埃にはうっすらと足跡が見える。

 しかし、埃が取り除かれていないというのも本当だった。

 

 まあ、あれこれ考えていても仕方ないが……。

 

「とりあえず、ありがたく宿にさせてもらおう」

 

「そうね」

 

 大きなロビーの吹き抜け部分に堂々と荷物を下ろす。

 コンクリート製の屋根に大穴が開いているせいか、ぼんやりと星明かりが差していた。案外、廃墟という言葉が似合うのかもしれない。

 

 背負っていた重い荷物を冷たい床に下ろした俺とFALは焚き火の準備を始める。暖と睡眠と娯楽は取れるときに取っておくに限るからな。

 枯れていた並木から取ってきた薪を取り出し、火口となる綿クズや落ち葉をライターで炙った。赤い炎が火口を舐め、直に燃え移る。それらを中心に手早く薪を組むと、あっという間にメラメラと燃え上がる焚き火になった。

 

 

 FALが山で狩った鹿の腿肉を二つ取り出し、ナイフを棒代わりにして豪快に炙っていく。血抜きはしてあるものの、生臭さは残っていた。まあ、環境と時間を考えれば妥協点だろう。山奥にふたりぼっちということもあるが、それ以前にこんなご時世、夕飯にありつけるものはそれだけで幸運者なのだから。

 

 大勢の犠牲と土地の核汚染を引き起こした第三次世界大戦が終わってから、まさに「終末世界」としか言いようがない世界になってしまった。国家がほとんどの力を失い代わりに企業が台頭する世界。こんなありさまでは、人類という大きなまとまりなど脆いものだ。皆が国家や宗教、民族のために戦い、そして失望した。食うものと住む場所に困った人間ほど分かりやすいものはいない。

 

 最後に頼れるのは死線を潜った仲間だけ。

 それが、俺が見つけ出した唯一無二の真理だった。

 

「自分の身は自分で守れ、ってところね……」

 

 崩壊液と人間の醜さに侵された世界は、もう優しくなどなかったのだ。

 

「肉、焼けてるぞ」

 

「あらほんと」

 

 じゅうじゅうと肉汁を垂らす鹿肉をFALから受け取り、大口を開けて頬張った。獣臭さはあるものの、悪くない。

 うん、こういう重いことは食べて忘れるに限る。所詮、人は一人分のモノしか背負うことはできないのだ。自分だけ生き残ってしまった負い目はあるが、それを責めても始まらない。同じ過ちを繰り返さないてはいけないが、悩んでいる余裕はなかった。

 明日の悩みよりは今日のメシ、というのは変わらないのだ。

 

 そんな己のありように苦笑しながらも、タンパク質の補給を終えた。

 こんな廃墟にシャワーなどという気の利いた設備はないから、もうあとは寝るだけだ。じゃんけんでどちらが先に寝るかを決め、その結果俺が先に寝ることになった。

 隣に座るFALの距離が若干近いことを感じつつ、自分のHK416を抱えて瞼を閉じる。

 

「おやすみ、ディビッド」

 

 俺は、浅いまどろみへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 動く気配を感じて、まどろみから目を覚ます。すでにFALも気がついていたのか、ブローニング拳銃をホルスターから抜いていた。銃を構えながら立ち上がり、気配へ向けて狙いをつける。先客がいることはこの建物の床につもる埃を見た段階で察知しており、あとはいつ襲撃してくるのか、そもそも敵なのかということだけだった。

 

「……動くな!」

 

 低い声で警告した。英語が通じなかったとしても、一応ニュアンスは伝わったはずだ。予想ならば、“先客”は鉄血やELIDのような明確な敵ではないはず。鉄血ならば俺一人なのを好機と見て強襲してくるはずだし、ELIDならば崩壊液の残滓が残っているはずだ。それらがなかったため、おのずと限られてくる。

 

 さて、鬼と出るか蛇と出るか。

 

 

「こんばんは、こんな山奥の廃墟に何の用ですか〜?」

 

 

 柱の裏から可憐な少女が現れた。

 俺の姿を視認するためか、両手を挙げながらゆっくりと歩いてくる。パチパチと爆ぜる焚き火に照らされた彼女の顔は、どちらかといえば可愛い部類に入る端正な顔立ちだった。戦闘服とは思えないシャツとスカートだが、俺はその正体を知っている。

 ふと、その装いに既視感を感じて胸が軋んだ。

 

「当分の宿にしようと思ったところだ。……お前は誰だ?」

 

「人に名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀でしょ? ……私はUMP45、見ての通り戦術人形よ。そっちの野戦服着崩した左腕ないのは戦術人形のFALとして、あんたは?」

 

「俺か? ……そうだな、〈ルーカサイト〉とでも呼んでくれ」

 

 俺のコールサインだ。ミッション中はコールサインを使うことが習わしであり、俺もそれに倣っていた。らしくない名前だというのは理解しているが、ジョナスが悪ふざけで登録してしまったのだ。結局なあなあで使い続けている。

 

「ルーカサイト……白血球? なかなかのネーミングセンスね。特殊部隊の隊員さんにしては」

 

「……流石にバレるか」

 

「いい名前だってよ、よかったわね。……とりあえず、そこの一人と後ろの二人も含めて敵意はないみたいね?」

 

「あ、わかる?」

 

 UMP45の後ろに一人、俺の後ろに二人いることはもう分かっている。しかし、悠長に話している間に撃たれていないことや呆れた雰囲気が漂っているあたりで敵意がないことは察知できた。

 銃をわざわざ突きつけながら話すことにも飽きてきたので、カスタムしすぎて重くなった銃を下ろす。FALも片腕で保持していた拳銃を下ろした。それを見て、UMP45も他の三人に向けて声をかける。

 

「M4、416、9A-91、降りてきて。『今のところは』害はなさそう」

 

 吹き抜けの階段を使って、さらに三人の少女が降りてきた。

 

「……話は聞きましたよ、ルーカサイトさん」

 

「45、大丈夫なの?」

 

「わかりませんが……45さんを信じるしかありませんね」

 

 彼女たちは俺の隣をすり抜けて、UMP45の隣に並んだ。彼女は、人当たりの良い笑みを浮かべてひらひらと手を振る。

 

「試したみたいになっちゃってごめんね~、一応米軍ヘリのエマージェンシーとあんたの救難信号は受信していたんだ。だから、ここにたどり着くことも予測はしていた」

 

「……救難信号は、一応受信されていたのか」

 

「うん。でもここらへん一帯、鉄血のジャミングのせいで衛星回線が使えないのよ。通信塔なんてないから軍用6G回線も使えやしない。しかも険しい山の上だから陸の孤島なのよね。ここは鉄血の支配域内だから脱出なんて無理無理」

 

「……クソッタレ、とんでもないところに落ちちまった」

 

 思わず頭に手を当て、オウジーザスと叫んでしまった。別に熱心なクリスチャンというわけでもないが、神に愚痴の一つぐらい言ってもかまわないと思う。

 

「ちなみに、ロシア軍がここを放棄した理由は鉄血の空爆喰らったから。尻尾撒いて逃げ出したみたいなんだけど、鉄血自体は少し離れたところにFOBを設営しちゃってるし、陸の孤島にわざわざ設営する理由ないよねってことでだれも手を付けてないってわけ」

 

「で、あんたらは迷い込んだと」

 

「私とM4と416はね。9A-91は元からいた。この話も彼女から聞いたものよ」

 

「そう、か」

 

 脱出できない、と知った俺の心中は不思議とフラットだった。横目でFALを見ると、彼女もあまり感じていないようだった。

 

「意外とケロッとしてるね……どういう根性よ」

 

「なに、本国に必ず帰りたいってわけでもないからな。ただ部下は回収せにゃならんが」

 

 火の前に座り込み、水筒のキャップを外した。中には俺がヒイコラ言いながら集めた朝露と草の露がぎっしりだ。

 

「とりあえず座りましょう。突っ立ってるのも寒いでしょ?」

 

「それもそうですね」

 

 M4が率先して俺の向かいに座った。続いて416や9A-91、UMP45も火を囲んで座る。

 パチパチと爆ぜる火は暖かかった。

 

 そういえば、彼女たちの所属はどこだったんだろうか? 

 

「……そういえば、あなたがたの所属はどこだったの?」

 

「私はグリフィン404小隊ね。……みんな、バラバラになっちゃったけど」

 

 グリフィン、大手のPMCだ。404小隊は俺たちと同じ非公式部隊、おそらく任務には色々きな臭いものもあるのだろう。

 

「失敬な、私がいるでしょう? ……私も404小隊です」

 

「私はグリフィンのAR小隊でした。AR小隊も404小隊も独立して作戦を行う特殊部隊ですね。AR小隊の場合は指揮官を人形が代替する遊撃部隊、404小隊は『存在しない部隊』です」

 

「……なんか、お二人に比べると私は見劣りしますけど、私はロシア軍の独立実験部隊所属でした。ツニートチマッシ社製の人形を集中運用していたんです」

 

 最後の一人が洒落にならないが、それは置いておこう。

 なんか期待の目で見つめてきているから答えるか。

 

「本来答えちゃいけないんだけどな。俺とFALはアメリカ海軍NavySEALsグループ6所属だ」

 

「え、SEALsのグループ6ってDEVGRU!?」

 

「あの対テロ部隊……まだあったのね」

 

 食ってかかったのは、9A-91と416だった。ロシア軍所属だったのだから、思うところがあったのかもしれない。416についてはよくわからないが……ドイツのGSG-9にでもいたのだろうか。

 

「なんてことはない、今のDEVGRUの実態は鉄血支配域深くに進出できるからって便利屋状態よ。統合作戦コマンド(JSOC)から下される命令なんて大抵突入からの強襲(ハックアンドスラッシュ)、損耗も馬鹿にならない。……この腕も、先日無茶しちゃってね」

 

「……そう、ですか」

 

 9A-91のしょげた声をよそに、俺はFALと頷き合った。もうバディを組んで何年にもなる、意思の疎通くらいは朝飯前だ。

 

 彼女たちひとりひとりを見つめて問いかけた。

 

「ところで、提案がある……今、俺たちは鉄血の支配地域に取り残された状況だ。脱出するには協力するしかない」

 

「それで?」

 

 UMP45が興味深げに見つめてくる。

 その視線を真っ向から黒瞳で見据え、言った。

 

「座して死を待つくらいなら、共闘しないか?」

 

「いいわよ」

 

 即答だった。

 

「そもそも、いがみ合っていたらみんな揃って死ぬだけでしょ? 私はそんなの勘弁願いたいからね」

 

「そうね、それに貴方は悪い人ではなさそうですし」

 

「照れてるんですか、416? ……私は協力します。他の家族(AR小隊)も探しに行かなきゃいけませんしね」

 

「私には協力以外の選択肢はありません。それに、ここの設備を動かせるのは私だけですし」

 

 うし、決まりだな。

 

「じゃあ、俺たちも仲間に入れてくれると嬉しい。これでも銃撃戦はできるからな、足は引っ張らないと約束する」

 

「ええ、左腕が治ったらエリート人形でも相手してあげるわよ」

 

「むしろ指揮を取ってもらいたいくらいよ……よろしくね、ルーカサイトさんとFAL」

 

「こちらこそ、だ」

 

「ええ、よろしくね」

 

 俺は時計を確認した。

 午前1時、夜明けまであと5時間近くもある。寝なくても耐えられるが、5日間ろくに寝ていなかった以上身体が睡眠を欲していた。

 

「……あんなこと言ったあとに悪い、朝になったら起こしてくれ……」

 

 情けないことだが、思いのほか気が抜けてしまったようだった。

 

「寝足りなかったの? ……まあ、いいわよ。頑張ってたからね……」

 

「はいはい、任せなさい」

 

 そんなFALとUMP45の声を最後に、俺の意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

「あらら、本当に寝ちゃいましたね」

 

 銃を抱えてうつらうつらしている彼を見て、9A-91がつぶやいた。ノリなのかなんなのか知らないけど、頬をツンツンするのはやめといた方がいいと思う。

 

「つつくのはやめなさい、9A-91。私たちには睡眠は不要だけど……」

 

「寝たいならそう言ったら?」

 

「……はい、寝たいです」

 

 素直ね、M4は。

 まあエネルギーの節約は大事だから止めはしないけど、さ。

 

「さてと、私も休ませていただこうかしら。……ああ、変なこと考えたら彼も私も一発で起きるから。その辺よろしく……ね……」

 

 まるでスイッチが切れたかのようにFALも寝てしまった。ご丁寧にルーカサイトのすぐ隣で。

 この娘、むっつり気質があるんじゃない? 

 

 私は寝るつもりはないけど、さ。

 

「悪い416、9A-91。私は適当にほっつき回ってくるよ」

 

「また日課? 飽きないわね……」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 彼女たちに外に出ることを伝え、西棟を出る。

 

 すぐに、私の姿は夜闇へと溶け込んだ。

 今日は想定外の来客が来た。明日が楽しみだ。

 




なるべく気をつけますが、キャラ崩壊あるかもしれません。
ヤベー奴らだらけなのは突っ込みなしの方針で。


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基地再起動

 翌朝、9A-91の案内の下基地を回ることになった。

 3㎞四方もあるこの広大な基地を作ろうと思ったロシアは本当にすごいと思うが……ほとんどの施設は死んでしまっているようだった。

 

 東端の滑走路と飛行場施設から見て回り、ミサイルサイロや要塞レールガンと続いて現在は南棟、本来はツニートチェマッシ社の工廠があった地区に来ていた。

 

 大破した装置類が多いものの、修理すれば使えそうなものも多い。大型兵器用や人形用の自動工場は完膚なきまでに破壊されているが、昔ながらのコンピューター制御のフライス盤などはほとんど無傷だった。

 

 そんな無事な機械類の中に、俺は宝物を見つけた。

 ラッキー、これが生きてたとしたらかなり心強い! 

 

「なあ、9A-91。あれは動くか!?」

 

「……旧世代の弾薬製造機? ですが、7.62mm×39用と9mm×39用、それに30mm砲弾用です。私はともかく、45さんや416さん、M4さんは使えません」

 

「なに言ってるのよ、ここには人間用の武器庫もあるでしょう?」

 

 FALの言わんとするところに気がついたらしく、416がポンと手を打った。

 

「つまり、私たちにAKを握れってこと?」

 

「どちらにせよ、戦力は必要だからね〜。私は躊躇なく手に取るよ。まだ死にたくないし」

 

 死にたくない、それは人類共通の真理なのだろう。

 

 

「私は、一応一通りの工作技術も習得しています。ですから資材があれば施設の修理もある程度可能ですが……どちらかというと電力を確保してAIを再起動した方がいいかもしれません」

 

 いくらソーラーパネルがあるとはいえ、空襲で半壊したそれらだけでは必要とする電力の1割も満たせない。故に、食糧プラントと修理用の鋼材の生産が精一杯だったらしい。

 

「AI、ですか?」

 

 初耳だったのか、M4が聞き返した。ちなみに、俺とFALはその正体に予想が立っていた。

 多分、施設の維持と拡張の権限を与えられた管理システムのことだろう。これくらいの基地ならば搭載されて当たり前だった。あくまでアメリカでの話だが。

 

「はい。建設ロボットや清掃ロボットを一括管理するシステムですね。正確にはAIじゃないのかもしれませんが、施設の維持を自動で行います。拡張も設計図を入れるだけで可能ですよ?」

 

「……そんなものあったんだったら、先に言ってほしかったです」

 

 不満げに漏らすM4。案外綺麗好きなのかもしれないと思いつつ、俺はほかの機会の観察も進めていく。

 天井がぶち抜かれているものの、完膚なきまでに破壊されなかったのは僥倖だった。

 

「ほいほい、じゃあ先に原子炉の方見に行く?」

 

「そうしましょう。電力確保は至上命題ですし」

 

 UMP45の提案にしたがって、電力の確保から始めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この基地の原子炉は、当時最新型の原子力空母に積み込まれていたものと同型らしい。出力は800メガワット、レールガンやレーザー砲を何百発もぶっ放してなおお釣りがくる。

 原子炉の制御室にたどり着いた俺たちは、9A-91がコンソールにつないだラップトップを弄る様子を見ながら雑談に興じることにした。

 口火を切ったのはM4だった。

 

「そういえば、ここの基地はヴォルナヤクリアポスト、山の要塞って意味らしいです」

 

「地味な名前ね」

 

「地味ね」

 

「地味だな」

 

「地味すぎるわね」

 

「正直地味ですよね」

 

 9A-91込みの全員からの地味コールだった。

 ならば当然、新しい名前を考えようという話になる。

 

「新しい名前、何がいいかしら?」

 

「ホープフォートレスなんてどう?」

 

 一番に手を挙げたのはUMP45だった。

 彼女に続き、ほかの面々も発言していく。もちろん俺もいるが。

 

「トップマウンテン」

 

「タイコンデロガ」

 

「グロズニィグラード」

 

「ハードリアンライン」

 

「アローン」

 

「マローン」

 

 厨二な名前からダサい名前、安直な名前まででるわでるわ。

 というか誰だよアローン(独りぼっち)なんて言ったのは。マローンに至っては食欲が先走ってるじゃねえか。俺だけど。

 

「ランドアローン」

 

「陸の孤島……もっといい名前なかったの?」

 

「やっぱFALもそう思うか」

 

「山岳秘密基地の方がましじゃない?」

 

「だめだ、FALのネーミングセンスは史上最低ランクだった」

 

「では、ラ・パラディス(楽園)なんてどうですか?」

 

 決着をつけたのは、9A-91だった。楽園を表す英語パラダイスのフランス語読みだ。なぜフランス語読みなのかは知らないが……。

 

「……悪くはないな」

 

「賛成」

 

「さんせー」

 

「賛成です」

 

「悪くないですね」

 

 満場一致でこの基地の新しい名前はラ・パラディスに決まった。まあ、アローンとか山岳秘密要塞なんて名前になるよりははるかにましだな。

 それを受けたUMP45がぽつりとつぶやいた。

 

「じゃ、私たちは大方ソルダット・デュ・パラディス(楽園の兵士)ってところね」

 

「この世の地獄から解放された楽園と、それを守る兵士たち。うん、なかなかいいんじゃない?」

 

「……ハッキング完了しました。原子炉、再稼働です!」

 

 その時、場の空気を完全に無視して9A-91が叫んだ。地の底から響いてくる低いうなりは、確かに原子炉のそれだ。さすがこの基地でロールアウトされただけはある、というところか。

 よくやった、9A-91。

 

「メインフレーム再起動、パッシブレーダー起動。原子炉安定運転を確認」

 

「よくやった、9A-91!」

 

「これで埃だらけの寒い夜からおさらばです!」

 

「ふにゃ!?」

 

 UMP45とM4が抱き着いた。二人とも感極まって涙しているように見えなくもない。

 冷静だった416があきれてため息をついているが、まあ大目に見てやれよ……。

 

「……ルーカサイトさん、これで鉄血もこの基地に気が付いてしまうでしょう」

 

「……確かにな。ただ、いまさらと言えなくもねえぞ。俺たちご丁寧にレーダー誘導ミサイルで撃ち落されたし」

 

「一つ言えるのは、ここからは時間との勝負ってことね。応答がない以上米軍は期待できないし、グリフィンもおそらくは動かないから。ロシア軍なんて論外よ」

 

 座して死を待つか銃を取って戦うか。

 後者を選択したのだから、こうなることは自明の理だった。

 

「9A-91には負担かけそうだけど……フォローしていくしかないわね、ルーカサイトさん?」

 

「へいへい、一応能力テストは通ってるんだ、それなりのことはしますよっと」

 

 そんなことを言いつつ、じゃれあう3人を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日が立った。

 

 この基地には、弾薬も資材も戦力も何もかもが足りていない。

 原子炉を復旧させたことにより電力は確保できたが、工作機械の大半が破損している以上修理がままならない。人形の製造など夢のまた夢だ。最低限の衣食住が保証されているだけまだましだろうか。

 

「資材不足解消のために鉄血のパーツを奪いに行く。目標は山を下りた先の鉄血歩兵部隊小規模ベースキャンプ、基地の防衛もあるから全戦力は投入できない。……FAL、悪いけど居残りを頼める?」

 

 全員の前で、UMP45が告げた。

 

「了解したわ。少佐をよろしく頼むわよ、この人すぐ無茶するから」

 

「そりゃもちろん」

 

「ノーマル相手だったらまだ余裕はあるけどな」

 

 左腕を欠損しているFALが居残りになり、残りの5人で攻撃を仕掛けることになった。基地の車両は使えるものの、大型車が通れるトンネルは崩落しているため軽車両で細い道を行くしかない。

 

 ガレージでリーダー役のUMP45が選んだのは、UAZ-3151という小型4輪駆動車だった。非装甲車両なので心配があるが、歩兵戦闘車や装甲兵員輸送車の通行できない道を通るため妥協するしかないな、こりゃ。

 

「物資を運ぶことを考えればバイクって線は無しだからね。まあ、ルーフに23mm機関砲を搭載するから、撃たれる前に撃て見たいな感じで」

 

 とは選定した本人の弁。

 実際作戦内容を考えれば悪くない車両だった。俺もこのミッションなら同じ車を選んだだろうな。

 

 点検と整備が済んだ車両の前で、俺たちはそれぞれの装備を広げた。

 

 偵察してきた情報によれば人形が30体程度、大体一個小隊が駐屯している計算だ。兵種は基本的にガードとヴェスピド、そしてプラウラーの混成、どちらかというと警備所と言ったイメージだ。

 だから、遠距離からの狙撃で可能な限り敵数を減らす。そのためにわざわざ用意した武器を見たUMP45が話しかけてきた。

 

「おー、それFALちゃんの銃?」

 

「ああ、今回だけ特別にな。代わりに俺の銃を預けてある」

 

 片腕ではどうせ使えないから、と預けられたバトルライフルは、ずっしりと重い。

 

「へー、烙印システム無しでも使えるんだ」

 

「使って見せるさ、相棒の武器ぐらい」

 

 そんなことを言いながら、銃の二脚を調整する。すでに持ち主によって暗視スコープのゼロイン調整は済んでいるため、あとはドットサイトと二脚の調整、機関部の整備だけだった。ちなみに機関部の整備はすでに済ませた。

 

 スコープ上のレールに小型のドットサイトをマウント、電池を確認。銃口のマズルブレーキを外して代わりにサイレンサーをねじ込んだ。

 

「相棒、狙撃の時は暗視ゴーグルは外した方がいいわよ。ピントが合わなくなる」

 

「了解。……ソ連製の暗視ゴーグルなんて実は使ったことないんだけどな」

 

 任務の都合で俺は暗視ゴーグルを持っていなかった。その結果、ここにある暗視ゴーグルを使うことになったんだが……。

 10年以上前の代物だが、まだ動くあたりすごいと思う。

 

 赤外線レーザーサイトを側面のピカティニーレールに固定し、フラッシュライトやアンクルフォアグリップなど俺のHK416に搭載していたアクセサリーを換装していく。

 全て終わる頃には、見違えるほどゴテゴテした銃に変化していた。

 合成樹脂製のストックこそ変わらないものの、スリムさは失われているようにも見える。

 20連弾倉に入っているのは7.62×51mmNATO弾、その中でも装甲をぶち抜けるM993徹甲弾だ。本来は狙撃銃用のそれをFALは愛用していた。

 今回は対人形狙撃だが、外骨格モジュールと防弾盾を装備したガードがいるため損はないだろう。

 

 もう一丁は、この基地の武器庫から持ち出した骨董品のアサルトカービンだ。AKS-74Uショートカービン、気休め程度にサイレンサーを取り付けてある。

 銃の下にグレネードランチャーを取り付けた所為で総重量がクソ重くなっているが、我慢だ我慢。火力は裏切らない。

 

 中の防弾プレートが丸見えになっているボロボロのJPCを纏い、マルチカム迷彩のポーチをサスペンダーに装着していく。右腿にMk23のホルスターを、左腰にAKのスリングを引っかけ、暗視ゴーグル付きの鉄帽を被れば準備は完了だ。

 

 周りを見ると、他の面々も武装を終えていた。

 

 UMP45はいつもの服の上にロシア製のボディーアーマーを装着し、ブッシュハットまで被っていた。

 416やM4、9A-91も同じような装いだ。

 さすがに9A-91がVSS担いでいるのはどうかと思うが……突っ込まないのが身のためだな。PKPとかOSE-35とか担いでいないあたりまだましか。

 ちなみに、OSEレールガンは俺に言わせれば欠陥兵器だ。射手の位置が速攻でバレる上にマガジン全てぶち込まないと戦車を撃破できない。人間が食らったら一瞬で爆ぜとぶが。

 

 俺のHK416をぶら下げた留守番役のFAL(相棒)に手を振り、車の助手席に乗り込む。

 

「行ってくる」

 

「はいはい、無事に帰ってきて頂戴」

 

「じゃ、留守を頼むよー。侵入者いたら容赦なく40mm(機関砲)を撃ち込んで」

 

「安心しなさい、ブービートラップだけで完封してあげるわよ」

 

「それは頼もしい。……またここで会おう、FAL」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 簡単なやり取りを交わし、UMP45がアクセルを踏みこんだ。ハンドルを切り、格納庫を出た。

 

 見送るFALの姿はすぐに見えなくなった。

 

 

 

 

 




現在の基地の戦力
戦術人形:UMP45,416,M4A1,9A-91,FAL(負傷)
兵士:元DEVGRU所属『ルーカサイト』
使用可能銃器:AKS-74U×32、ほかにAN-94,9A-91,AK-15,VSS,OSV-96,OSE-35,PKP,Kord,KPV,RPG-30等少数
使用可能兵器:UAZ×2,IMZウラルバイク×4,BTR-90カスタム×1,BMD-4×1,T-14×1,Mi-24×2

基本的に放棄された際に残された装備なので旧式のロシア兵器たちです。動くものも少ないのは年月のため、取り残された9A-91ちゃんだけでは整備に限界がありました。また、ほとんどの兵器はエネルギー確保の都合上電気駆動に換装されています。

ちなみにOSEは携行型レールガンです。虎の子の一丁。



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反撃の狼煙

 5人を乗せたUAZは獣道かと疑うほどの細い道を時速50km以上の高速で行く。不整地極まる道に関わらず、UMP45のハンドリングは正確極まりなかった。すでに尾根を越えたものの、相変わらずの高山地帯だ。

 そして、ガタガタと揺れる車内でグロッキー状態に陥っている戦術人形が約1体。

 

「……うぇ、う……うぷ……ちょっと、揺れすぎ……もう少し、加減して」

 

 後席左側に座るM4が今にもオロロロロしそうな惨事に陥っていた。

 しかし、それに対する運転手の返答は冷酷だ。

 

「吐かないでよ? 車汚れるし外に吐いたら痕跡ついちゃうし……第一、戦術人形って嘔吐するの?」

 

「そんな話聞いたことないわ……いい風ね」

 

 ルーフの23mm機関砲の槓桿を握る416が投げやりに呟いた。

 もちろん、そんな詩的なセリフはバッサリと斬られる運命にあるのだが。

 

「あ、ちなみにこの車が撃たれたら真っ先に犠牲になるの416さんです。私たちは伏せたらなんとかなりますけど、416さんは無防備に立ってますし」

 

「はあ!? いい風ねとか言ってる場合じゃないわよ!」

 

「その胸部装甲なら防げるでしょう?」

 

「シャレにならないわ!」

 

「……私の前で、胸の話をするな」

 

 9A-91と416のコントは怨念ドロドロのUMP45の声で終止符を告げた。なんか一瞬彼女の本性を覗けた気がするな。

 まあ、関わらないのが正解だろ……。

 

「うぷ……ルーカさんは……貧乳……と……巨乳……どっちが……いいですか? ……うぐ」

 

「ふぁっ!?」

 

 おいM4。

 全員のヘイト俺に持ってくるな。あとなんだルーカさんって。

 

「……どっち?」

 

「UMP45、脇見運転するな頼むから」

 

「…………どっち?」

 

 あれ、答えたら死ぬんじゃねこれ? 

 答えなかったらそのうち事故りかねないし……。

 

「答えて、ルーカサイト。さもなくばフレンドリファイアも辞さないわよ」

 

 Shit、416まで……。しゃーない、白状するか……。

 

「……巨乳は正義、でm」「よし殺す。具体的には左側から木に突っ込んで粉砕する」

 

「……ちなみにFALさんくらいのバストは」

 

「ジャストミートです……あ」

 

 あ、やべ。

 これジョナスとやった流れだ……。

 

「……いいのよどうせ私は絶壁よだからこんなところでサバイバルしなきゃいけないのよそもそも416とかM4とか9A-91とかさいきんだったらFALあーもーなんでこんなにも身内に胸部装甲分厚いやつが多いんだそういえばナインも胸大きかったよねあれか銃のマガジンが悪いのかたしかに私は25連発直線マガジンだけどそれ言ったらFALだって20連発直線じゃん」

 

 すげえ、これが本場のマシンガンウィスプってやつか。一息で言い切りやがった……。胸の恨みって怖いなオイ。なんか車もフラフラしてきたし!

 

 まあ、このままにするのもまずいってのと半分以上俺の責任だからフォローするか……。

 

「なあUMP45、俺はたしかに巨乳好きだが貧乳も悪くないと思うぞ? ……それに一番大事なのは大きさじゃなくて誰の胸か、じゃないか?」

 

 うっわ、いい歳こいて我ながら安い言葉しか出ねぇ。これでも30代半ばだってのに。でもジョークは苦手だからな、こんな言葉しか掛けらない自分が情けなくなってくる。

 

「……そう、そうよね……だいじょーぶ、まだだいじょーぶ」

 

 とはいえ、やらないよりはマシだったらしい。車の軌道が戻ったし、本人も大分立て直したような気がする。あくまで気がするだけだが……。

 

「……うぇ……そろそろポイントアルファじゃないですか?」

 

「……そうね……この辺に車を止めましょっか」

 

 いつのまにか山の中腹、森林地帯へと入っており、そろそろ目標地点も近くなっていた。

 車が穏やかなブレーキ音を鳴らして停車した瞬間、俺たちは飛び降りて周囲の安全を確認した。全員が全員エリート部隊だったからか、その動きは素早い。

 夕日に赤く染まる森には、誰もいなかった。

 

「さて、そろそろ日が暮れる。組み分けは前もって話した通り私とルーカサイト、416とM4と9A-91でいいよね? ……じゃあ、作戦通り行こう」

 

「了解」

 

 仕事モードにチェンジしたUMP45の指示に従って、AR3人が森の中へと消えた。彼女たちはより基地に近いポイントブラボーから狙撃、それから車両で突入する俺たちの援護のために突入だ。

 俺たちはこの位置から狙撃、20時ジャストに突入する。

 

 森を少し歩いたところに、高台がある。ここからはちょうど麓の敵の野営地を狙えるのだ。

 その辺全てUMP45と俺が偵察して得てきた情報だった。

 

「距離650m、風向きは無風」

 

「コリオリはあまり考えなくても良さそうだな。ただあと数時間しないうちに南風が吹き始めるだろうな……」

 

 高台に伏せた俺は二脚を立ててライフルを固定し、チャージングハンドルを引いて実弾が装填されていることを確認する。

 太陽は西にあるため、逆光になる俺たちはさぞかし見つけにくいだろう。

 万が一に備えて傍にAKを置いておく。もちろん初弾は装填済み、セイフティも解除してあるから引き金を引けば5.45mm弾の嵐が吹き荒れる。

 

 隣では、ブッシュハットを被ったUMP45が伏せて双眼鏡を覗いていた。観測手となる彼女は、敵情の把握に努めているようだ。

 不意に、鈴を転がしたような澄んだ声が聞こえた。

 

「……ありがとね、ルーカサイト」

 

「いきなりどうした?」

 

 ライフルのスコープを覗きながら聞き返した。心なしか、彼女の声から不自然さが消えている気がしたのだ。

 しかし、次の瞬間には元の仮面を被ったような様子へと戻っていた。

 

「なんでもないよ〜」

 

「ほんと掴み所ない奴だな……まあいい、殺す時と殺さない時は切り替えろよ。お前に言うべきことではないかもしれんが」

 

「それはごもっともだね。ある意味あんたと私は近いのかもしれないね」

 

「さあな」

 

「ま、ある意味同業者だし?」

 

 グリフィンの存在しない部隊と、アメリカ海軍の非公式部隊。たしかに、似ているな。

 

「さて、仕事に移りましょうか」

 

「ああ。……歩哨は北東と南西に2人ずつ、監視塔にはサーチライト持ちが1人、監視塔は2本」

 

「歩哨のトコには重機関銃が1丁ずつ据え付けられているみたい。ありゃりゃ、昼間強襲制圧を選んでなくて正解だった」

 

「だれがバンザイ突撃なんてやるか。……9A-91たちも気づいてるだろうな。重機関銃自体は持ち帰った方がいいかもしれないが、射手をどうにかすればなんとかなりそうだな」

 

 俺はスコープを覗きながら敵の様子を探る。

 ……あれ、やけに警備が厳重なテントがあるな。ああいうのは捕虜がいたりするんだが。

 

 とりあえず、日没まで待機だ。

 夜間になってからが本番だから、な。

 

 

 

 

 

 

 日が沈み、夜が訪れた。

 俺たちは直ちに打ち合わせ通りの行動を開始する。

 

「まずは、南東の歩哨2。お互いがそっぽを向いた瞬間を狙って」

 

「了解」

 

 観測手からの指示を元に、暗視スコープのレティクルを敵の頭より少し上に合わせる。高低差や風速、弾の減速等全てを考えた照準だ。

 

 息を吸って止めた。

 

 話していた歩哨2人がお互い別の方向を向く。

 

撃て(ファイア)

 

 その瞬間、俺の指は動いていた。

 

 2.5kgに調整した引き金を引いた。火薬に打ち出されたM993徹甲弾が、初速毎秒898mの超音速で空を裂いた。狙い違わず鉄血製戦術人形ガードの頭部へと吸い込まれ、衝撃波でメモリやCPUを引き裂き粉砕した。

 

 瞬く間に頽れたガード、隣で見張っていたもう1体はそれを見る前にCPUとメモリを粉砕されていた。

 

「ひゅう、やるね。この距離で2連射ヘッドショットとは」

 

「それくらい出来ないとあの職業はやってられなかったからな……っと」

 

 銃声は消音器でかき消され、弾の軌道も夜間故に視認不能。マズルフラッシュなど確認できるはずもない。

 念には念をいれて胸部のコアにもう1発ずつ叩き込む。

 

「次、北東の歩哨。監視塔のヤツが見てる」

 

「監視塔から片付けないか?」

 

「了解」

 

 銃口を監視塔に向ける。確かに、サーチライトは歩哨の元へと降り注いでいた。歩哨の前にこいつらだ。

 

 息を止めて、2連射。頭部と胸部に銃弾を叩き込んで完全に破壊する。

 

 続いて、歩哨を排除。

 

 外で仲間と喋っている馬鹿を排除。

 

 夜空を眺めていたヤツを排除。

 

 空になったマガジンを交換。

 マガジンインレットに新しい弾倉を叩き込みもう一度基地を覗くと、面白いことになっていた。

 

「おっと、装甲車までおいでなすったか」

 

「あー、歩哨死んでるのバレたね」

 

「ああ。それもだが、多分アレ、捕虜の移送だ」

 

「あ、気づいてたんだ」

 

「そりゃあな。……時間は」

 

「1830、予定より1時間は早い」

 

 捕虜の移送というのならば、助ければこちらに利がある。ついでに言うと装甲車は確保しておきたかった。アレくらいのサイズならおそらく山道も通れるはずだ。

 

 おもむろに、傍のAKからサイレンサーを取り外した。そのまま基地へと向ける。

 

「突撃ね、了解」

 

「3分の1は排除した。まあ、なんとかなるだろうし装甲車は是非とも鹵獲したい。それに、捕虜から情報をきき出せるかもしれない

 

 さて、と独りごち突入の合図を放つ。

 

 ダン、ダン、ダンと3発連続で銃弾を放った。

 事前に取り決めてあった合図で、指す意味は突撃開始。

 

「いくよ!」

 

 UMPが双眼鏡を抱えて走り、その後をライフルを抱えた俺が走る。

 車に転がり込み、即座にルーフの機銃座へとついて23mm機関砲の槓桿を握った。

 UAZの電源が入り、モーターの唸りを上げて爆走を開始。

 

「全速力でかっ飛ばす、舌噛まないでよ!」

 

「了解!」

 

 木々の根にバウンドしながら細い道を行くUAZ。

 すでにAR組が襲撃を開始してしまったらしく、行く先から鉄血特有の銃声が聞こえてきた。

 

「急いでくれ!」

 

「言われなくてもやってる! でも、AR組の突入が早い……」

 

「Holy shit! 頼むから死んでくれるなよ……!」

 

 森を抜け、崖を回り、斜面を下る。道無き道を進んでようやく基地が見えてきた。激しく青いマズルフラッシュを灯らせている建物に向かって23mm機関砲の猛射を撃ち込んだ。

 小銃弾とは比べ物にならない威力を誇る砲弾が遠慮容赦一切なしに叩き込まれ、たちまち建物は穴だらけになる。炸裂した砲弾にやられたか、銃火はおさまった。

 

 歩哨のいた南西出入り口前で車が左にドリフトし停車した。

 

「Thanks!」

 

 運転手の少女に感謝の言葉を投げて、俺はルーフに足をかけた。そのまま一気に体を起こし、天井から車外へと出る。

 

 暗視装置はとっくに装着済み、緑色の視界に激しく銃火を撃ち込む戦術人形たちが映る。プレハブの影を掩体代わりに銃撃を浴びせるAR組が見えた。

 

 人数は、2()()()()()()()

 

 AR組と対峙する鉄血人形に向けて、俺は躊躇なくFALの引き金を引く。

 

 




我ながら45ちゃんを上手く書けている自信がないです(血涙)


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虜囚の人形

今回残酷な表現があります。
苦手な方はご注意ください……。


 AR-15視点

 

 私は、暗い部屋の中に閉じ込められていた。

 外には鉄血の見張りが2体、中に1体。しかも、この基地にどれほどの敵がいるのかわからない。

 

 それだけなら一矢報いることができたかもしれないが、古典的な手錠と目隠し、そしてなにより武器が手元にないことを考えると完全に無力化されたことは事実だった。

 

 なにも、できない。

 

 それが私の心の中に重くのしかかってくる。M4,M16,SOPⅡ,RO……他の家族は無事なのだろうか。否、無事なはずがない。

 私たちAR小隊は安全と思っていた空域でヘリを撃墜され、鉄血どもに襲撃された。私は最初に無力化されてしまったが、M4とM16だけは逃れられたことを確認している。他は同じように捕まってしまった。

 そしてバラバラに移送され今に至る。

 

 最初は、どうにかして脱出してやろうと思った。

 

 しかし、そこからが地獄だった。

 

 ヤツらに最初にやられたことは、銃をへし折られたことだ。烙印システムで結びつけられた銃は己の半身と言っても差し支えなく、それをへし折られたというのはメンタル的ダメージも大きかった。その上、脱出の勝率も大きく下がる。

 

 その後の想像を絶する拷問も苦痛だった。

 もう考えたくもないが、拷問の一環で注入されたウィルスと相まって、AR-15のメンタルはすぐに限界を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 その戦術人形が自分と同じ牢獄に入れられたのはいつだったのだろうか。すでに軋みを上げていたメンタルは、思考を放棄していた。

 

「やっほー、って言えばいいのかな?」

 

「黙ってそこに座れ」

 

 誰かが私の隣に座らされたようだ。重い意識をもたげ、僅かにそれだけを認識した。

 

「あはは……軽く自己紹介しておくよ。私はスプリングフィールドM14。ちょっとヘマこいて捕まっちゃってね」

 

 見張りに黙れと言われたのに喋り続けるこの戦術人形に、小さな興味が湧いた。

 しかし、そんな小さな変化もすぐに『日常』に押し流される。

 絶え間ない暴力による拷問、空腹による飢餓感、メンタルに押し寄せる苦痛。それらによって『私』が容赦なく抉り取られていく。

 多分、グリフィンに戻っても解体処分されるんだろうな。

 

 そんなことを、深い靄のかかった頭で考えていた。

 

 

 

 M14は、健気にも苦痛に耐えているようだった。

 今日も、散弾銃を使った拷問に耐えていた。

 ダブルオーバッグ弾を込めた散弾銃は鉄血御用達の拷問道具だが、12ゲージ弾がフレームを引き裂く痛覚にも耐えているようだった。

 

 ……なんで、耐えられるの? 

 私と同じように、シャットアウトできない痛覚に苛まれているはずなのに。

 

 

 そんな問いに答えるように、ある日の夜M14は皮肉げに言った。

 

「負けませんよ、私は。……だって、この人の方が私よりも遥かに長い時間遥かに辛い拷問を受けているじゃないですか。……だから、足は吹き飛ばされましたが、頭吹き飛ばされても負けませんよ」

 

 見張りの人形は、なにも答えない。

 その時、テントの中に何者かが入ってきた音がした。見えないから断定はできないが、たぶん鉄血の人形だ。

 

「移送だ、立て……と言っても立てないんだったな、鉄屑め」

 

 罵倒されて激昂する気力も体力も、失せていた。もうどうにでもなれ、わたしはもうつかれた。意識が細切れになる。何も考えたくない。

 

「AR-15!」

 

 え、む、ふぉー……?

 

 

 

 

 

 

 M4A1視点

 

 一年ぶりにみたAR-15の姿はひどいとしか言いようがなかった。

 如何なる拷問を受けたのか四肢が文字通りボロ切れのようになっており、生体パーツで構成された皮膚は焼け爛れていたり所々抉られて人工血液が痛ましく滲んでいた。

 鉄血は拷問の際に純粋な暴力とウィルスによる搦め手を好む。大方痛覚をシャットアウト出来ない状況で延々と暴力と呼ぶのも生ぬるい仕打ちを受けたのだろう。

 

 射殺した見張りを踏み越えて、彼女の前に立った。

 覚悟を決めて、目隠しを取り払う。

 

 その先にある青い目には、生気が失せていた。

 死んでいるのと大して変わらない状況だが、衰弱こそしているもののまだ生きている。

 

 そう、まだ生きているんだ。

 

「だったら、私のやるべきことはただ一つ……!」

 

 自分の銃を416に渡し、戒めを解いたAR-15を背負う。本来なら担架に乗せるべきだろうが、ここは戦場だ。

 

「……助けに来てくれたんですか?」

 

 部屋の隅から声が聞こえた。

 戦術人形、M14……彼女もひどい有様ね。両膝がボロボロになっており、このままでは歩くこともままならないだろう。

 

「はあ……鉄血のクズどもめ!」

 

 悪態を吐いた私は、一度AR-15を下ろす。

 

「え……?」

 

「M14、私の背中にしがみついてください。それからAR-15、あなたはお姫様抱っこするわ。拒否権はあるわけないでしょう」

 

「了解です」

 

 それだけ言うと、M14がしがみついてきた。位置を調節し、M14の膝裏に通した左手でAR-15の腰を、右手で上体を保持。すかさず、2人とも私の首に手を回してきた。

 アクチュエータが過負荷に唸るが、この2人を放置するわけにはいかない。

 

 AR-15が捕虜になっていると知って焦って突撃してしまったのは私だし、他の2人はテントに敵を寄せ付けないために弾幕を張っている。いくら手持ちに加えてAKS-74UやVSSを持ち込んだとはいえ、所詮は旧式。弾数や威力には限度があった。

 

 早く撤収し、UMP45とルーカサイトさんの狙撃組と合流して再攻撃を仕掛けるべきだ。

 

 こんな時、404小隊の小隊長ならどのような判断を下しただろうか。DEVGRUの少佐ならどのような判断を下しただろうか。

 私には、わからない。

 

「回収完了です!」

 

「よくやったM4、絶対弾に当たってくれないでよ!」

 

 テントから脱出し、荒れ狂う9mm弾と10mm径レーザーの嵐をかいくぐって建物の影へ。全弾撃ち切って逃げ込んでくる416に当たらないように気をつけながら9A-91が己の銃を撃つ。

 

 その時、416が警告を放った。

 

「まずい、通信所に数6!」

 

「リロード!」

 

 2階建ての通信所の窓からマズルフラッシュが煌めいた。

 慌ててコンテナの影へ退避する。

 

 自分の脇腹から生温い液体が滴っていることを知覚した。私は撃たれたんだ。

 戦術人形は人間よりも頑丈だからこれくらいどうと言うことはないが、M14やAR-15に当たっていたら不味い。

 その時、AR-15が私に向かって言った。

 

「M4、銃を貸して! 拳銃なら今の私でも撃てる!」

 

「……AR-15、大丈夫!? ……416、貴方の銃を貸してください。お願いします」

 

「分かってるわよ……初弾は装填済み」

 

 416がAR-15にマカロフPM拳銃を握らせた。ボロボロの右手でセイフティを解除し、コンテナの向こうへと構える。

 多分気休めに過ぎないけど、不安定なAR-15には何か安定剤が必要だと言うのはわかっている。

 

「リロード!」

 

 9A-91がVSSも9A-91も撃ち尽くしたようで私たちの元へと戻ってきた。

 それに応じるように416が顔を出して撃ちまくる。

 

 その時、迂回してくる2体の人形が見えた。

 

「死ね、鉄血のクズどもめ!」

 

 AR-15がマカロフを乱射した。

 狙いもめちゃくちゃで当たるものも当たらない、そんな射撃。

 

 対して、ガードたちは負傷兵を銃剣で殺すべく接近してくる。

 

「諦めるな、諦めるな、諦めるな……!」

 

 それが一瞬、自分の声だと理解できなかった。けれども身体は素直に動く。負傷兵2人を下ろし、右腿から大型拳銃を抜いてセイフティを解除。躊躇なく引き金を引いた。

 銃口が一瞬光ったと思った刹那、極超音速まで加速された拳銃弾が射出される。それらは、ガードのコアを衝撃波だけで引き裂いた。

 

 2発撃ち込み2体とも破壊。

 

 そして、AR-15を振り返った。驚愕の目で見る彼女を抱き抱えて優しく笑いかける。

 

「大丈夫、私はもう諦めないから」

 

 

 

 その言葉を裏付けるかのように、通信所に無数の曳光弾が撃ち込まれた。エンジン音とチェーンソーのような撃発音が近づき、そしてブレーキ音にかき消されて消えた。

 車から飛び降りてくるのは、マルチカム迷彩を纏いライフルを構えた巨漢。その後ろでは、銃座についたUMP45が23mmの機関砲の連射を始める。

 

「……ルーカサイトさん!?」

 

「雑談は後だ、UMP45に負傷兵を預けろ!」

 

 それだけ言った彼は、ライフルを2発だけ放った。極小の銃声はかき消される。ヴェスピドが2体頽れ、鳴り響いていた銃声がピタリとやんだ。

 

 ああ、勝ったんだ、私たちは。

 

 そのことを実感する前に、私は2人を抱えてUMP45の下へとたどり着いていた。彼女はルーフで銃身から硝煙が燻り立つ機関砲を構えており、決着をつけたのがこの大口径砲だということを理解する。

 

「捕虜2名、救出しました」

 

「ご苦労……と言いたいところだけど、まずは彼女たちをシートに座らせて。あと、なんでAR組だけで突っ込んだか説明してね〜?」

 

「はい……」

 

 まあ、怒られますよね……。私の独断専行でみんなを危険にしてしまいましたから。

 

「それと!」

 

 はい!? 

 

「生き残ってくれて、よかった」

 

 彼女はそれだけ言うと、機関砲をそっぽに向けた。

 ……照れ屋さん、なんでしょうか。

 

 

 

 

 

 私は、ルーカサイトさんが運転する資材を満載した装甲車に乗って道無き道を進んでいた。荷物は主に鉄血人形の残骸と武器弾薬、そして人形の応急修理用の機材。これは装甲車にもとから積んであったものね。ただ、IOP製なのが気になるところだけど……。

 

「まあ、考えるのは後でいいですよね」

 

「そうだな」

 

 先導する怪我人と備蓄してあった資源を満載したUAZに続いて坂道を踏破する鉄血装甲車。側から見ればどう見えるのだろうか。

 

 ちなみに、UMP45さんの手によってシステムを程よく無力化してあるから鉄血に追跡されるなどという心配はないみたい。流石は404小隊の小隊長ね。

 

 なお、森に入るまでの車両の轍は消せてないが森に入ってからの分岐が多いのでなんとかなる……多分。

 

 

 

森林地帯を抜けて高山帯を数時間ほど走れば尾根に到着する。

昨日の夜から何も食べていなかったこともあり、少し休憩することにした。

 

「あ、朝日」

 

誰かが言った。

東の空から飛び込んでくる清冽な朝日はこの上なく爽快だった。ルーカサイトさんがポツリと呟く。

 

「帰ろう、俺たちの楽園に」

 

「……そうだね。仲間が増えたって言ったら、FALはどういう顔をするんだろ?」

 

「悪い顔はしないと思いますよ?」

 

「はは、そうだな。M4の言う通りだ」

 

それだけは断言できた。

 

私に寄りかかりながら疲れ切った様子で朝日を眺めるAR-15とM14さんに微笑みつつ、私も昇る朝日を眺める。

 

「本当は、国家や思想、民族やイデオロギーなんてものはいらないんだろうね」

 

誰かが、そう独りごちた。

 



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再会

 旧式のロシア製小型軍用車両と最新型の鉄血装輪歩兵輸送車の奇妙な車列が打ち棄てられた基地の門を潜る。

 そう、俺たちだ。

 

 建物の上に設置された23mm機関砲たちがカメラ越しにじっと見つめてくる光景は異様だったので目をそらした。

 そんな俺を差し置いて、後席に座る仲間は思い思いにリラックスしていた。

 

「帰ってきたって気がするわね」

 

 とは装備を緩めて手でパタパタ扇いでいる416の弁。

 

「なんていうんでしょうか、安心しますね」

 

 とはルーフの銃座に立って大きく伸びをしている9A-91の弁。

 なんというか、彼女たちを見ていると味方の機関砲台如きにビビっている自分が情けなくなって来た。

 

 

 構内を進ませて扉が開かれた格納庫へと入る。

 所定の駐車位置で止め、パーキングブレーキを引いた。本当、万が一に備えた手動運転装置が据え付けられていて良かった。

 なかったらUMP45に電子的に運転してもらう必要があったからな。

 

 車を出ると、3()()の人物が俺を待っていた。

 いずれも俺のよく知る人物だ。

 

「おかえりなさい」

 

「ああ、ただいま。銃、ありがとう」

 

 FALと挨拶を交わし、借りていた銃を返却する。

 

「大事に使ってくれたみたいで何より」

 

 そこで、俺は彼女の隣に並ぶ2人に目を向けた。

 

「……さて、ロバート・ジョナス大尉とスコーピオン、久しぶりだな。無事で良かった」

 

「ええ、元気そうで何よりです、ディビッド・A・エドワーズ少佐……なんですか、俺がワイルドライフ満喫している間に少佐は美少女侍らしてキャッキャウフフですか」

 

「ご挨拶だなジョナス君。とりあえず23mm機関砲に焼かれてみてはどうだ?」

 

「ひえー、怖……ま、ヘリから落ちたってのに外傷も特になしのようで何よりですよ。ほっつき歩いていたらここにたどり着いたんですけどね。入ってびっくり、隻腕のFALがレーションかじってたんですよ」

 

「そうそう! というか、FALから聞いたけどなんか面白そうなことしてるんじゃん。あたしたちも混ぜてよ!」

 

 相変わらず押しが強い夫婦だよ、まったく。

 とりあえず、こいつらは戦術面のみならず工作面においても有能な部下だ。仲間に引き入れるに越したことはない。

 が、まずはリーダー役の意見を聞いた方がいい。

 

「というわけで、UMP45。この2人が俺の部下で一緒のヘリに乗ってた面々だ。俺としては有能な人材ということもあるから是非確保したい。……いいか?」

 

「私は別に構わないよ? 人手が足りてないしあんたの部下なら信用はできるし。……あーそうだ、近いうちに指揮系統決めとかないと」

 

「それもそうだな。とりあえずありがとう、他の面々にも話してみる」

 

「それがいいと思う」

 

 

 

 

 

 結局、ジョナスとスコーピオンの参加を拒否するものはいなかったので今日から晴れて俺たちソルダット・デュ・パラディスの仲間となった。

 ……名前が言いにくいな。これはなんとかする必要があるかもしれない。

 

 それで、現在は鉄血の警備所を襲撃したことで手に入れた資材を用いて戦力拡張の準備を進めている。こうして鉄血に敵対行動をとった以上ここが察知されるのも時間の問題だ。だからこそ、戦力を増やさなければならない。具体的には、兵士を。

 

「というわけで、今日は鉄血の残骸をばらして人形製造設備群の修理に充てたいと思います。あくまで組み上げ装置だけですけど、生体パーツとコアに関しては鉄血からの鹵獲品があります。あとはメンタルとFCSですね……」

 

「Thanks,9A-91。……にしても、残骸から機械を作るって」

 

「そのためにAIを再起動したんです。再生炉も復活しましたし」

 

「もう9A-91が工廠の主任でいいんじゃないか……?」

 

「え、私の本職は一応夜戦担当ですよ? もう何年もこの基地にいるので機材の取り扱いにも慣れてしまいましたけど」

 

「そうなのか……」

 

 他愛の無い会話を交わしつつ、テキパキと準備を進めて行く。

 ガードやヴェスピドの残骸を分解して燃え盛る再生炉へと放り込み、液体化金属を製造する。

 これを一定量集めた状態で制御AIに建造を指示すると施設が建造されるというわけらしい。

 ……にしても、あのロシア軍がこの基地のシステムを生かしたまま去ったというのが腑に落ちない。連中は退却する際には周辺施設を再起不能なまでに破壊する癖がある。

 だから、本当に鉄血ごときの攻撃で退却したのだったらここは完膚なきまでに破壊されていなければおかしい。少なくとも工廠は全壊、制御AIも自壊の処理がされていたはずだ。

 何が、あったんだ? 

 

「どうしたんですか?」

 

 9A-91が手を止めて考え事に浸っていた俺を見つめてくる。

 まだ、これは言えない。彼女に言ってはいけない、そんな予感がする。

 

「なんでもない。それより、何から作るんだ?」

 

「うーん、とりあえずはFALさんの左腕とAR-15さんおよびM14さんの四肢をなんとかしたいんですよね……この際、生体パーツを取り付けず金属フレームだけの義手で賄った方がいいのかな……?」

 

 やっぱりこの子、工廠の所長の方が似合ってるって。

 

 

 

 数日後、早速製作されたFALの左腕は、雪のように白い人工皮膚に覆われていた。限定的な遮熱効果を持つ、鉄血ハイエンドモデルや寒冷地用戦術人形に採用される代物だ。

 FALが左二の腕にあるジョイントから腕をパージしたこともあり、取り付けは非常に楽……らしい。俺は陸軍のデルタとか普通のNavySEALsとかとは違ってサイボーグ化はされてないからわからない。一応ナノマシンの類は入っているが。

 

「ありがとう9A-91。さて、早速取り付けて……ってなにするの!?」

 

「とりあえずコネクターを掃除してからにしてください!」

 

 受け取ったFALが早速その場で取り付けようとするのを9A-91が止めた。彼女曰く、絶対コネクターに埃が入っているから掃除しないとダメらしい。

 所々残念な相棒にブラシと洗浄液を渡し、流しで洗ってもらうことにする。

 

「……掃除したわよ」

 

「それじゃ、つけましょう。えーっと、えいっ!」

 

「あごふっ!? 痛た……付け方雑すぎるわよ!」

 

「変に動くからですよ!」

 

「……とりあえず、異常はないか?」

 

 乙女にあるまじき悲鳴は聞かなかったことにして、付けた感想を聞くことにする。

 

「曲がりなりにも鉄血製パーツで作られてるからどうかと思ったけど……悪くはなさそう。でも、本来の左腕とは感覚が微妙に違うわね」

 

「まあ、UMP45さんにチニートチェマッシのデータベースに接続してもらって持ってきた最新型の人形のデータを使いましたから。IOPはセキュリティ硬かったので断念したんですが……」

 

「十分よ、そもそも私のはそろそろ交換時期だったから。だいぶ劣化と摩耗が進んでいたと思う」

 

「確かに、FALはもう7年になるか?」

 

「今年で8年よ。流石に年1回はオーバーホールしてるけど、最近の作戦が大分ハードだったから、仕方ないわね。……とりあえず、最悪金属剥き出しの義手を想定していた身からすれば十分。流石実験部隊ってところかしら?」

 

 そう言って、彼女は笑った。

 ここ数日工廠の雑用をこなしていた甲斐があるというものだ。

 

「ところで少佐、格納庫のところでジョナスが呼んでたわよ?」

 

「さてさて、何の用なのやら」

 

 9A-91と別れ、渡り廊下を渡って格納庫へと歩く。いつのまにか416が付いてきていた。

 

「どこ行くの、ルーカサイト?」

 

「その名前使われるの恥ずかしいからエドワーズでいい。……格納庫だ、ジョナスが呼んでるみたいで」

 

「ふーん? ……ところで、最初に『ルーカサイトって呼んでくれ』って言ったの貴方じゃない」

 

「あの時はまだ任務中って判断だったからな……というか、俺もこの名前好きで使ってるんじゃねえんだよ……」

 

「あら、それは意外。あ、格納庫ね」

 

 会話を交わしながらしばし歩くと、格納庫の通用口へとたどり着く。

 車両などが止められている巨大な施設だ。

 

 中へ入ると、上半身裸のジョナスが仁王立ちして待っていた。こうしてみるとスーパーマンばりのムキムキマッチョのナイスガイなんだがな、こいつ。

 

「なにしてんだ、お前」

 

「え、見ればわかるでしょう? 再会のCQCだよ」

 

「ワイルドライフで体が鈍ったか? ……まあいい、相手してやるよ」

 

 CQC、近距離格闘術の訓練がしたかったらしい。通称再会の儀だ。とはいえ、こいつの体格は洒落にならないんだよな……。

 

 外野にされた416など目もくれず、ジョナスが距離を詰めてくる。

 

 軽く拳を握り、腰を落として応戦の意を示した。

 

「ぬんっ!」

 

 砲弾のごとく振り抜かれる右拳を捌き、背後へ回る。

 そのまま直投げに繋げようとしたんだが、流石にそう上手くはいかないか。

 

 大外刈りで転ばされかけたがぎりぎり回避、逆に肘をとって極め、一本背負いの要領で投げ飛ばした。

 ドゥ、と一瞬だけ床が揺れる。

 

 勝負は一瞬だった。

 

 

 受け身で衝撃を殺したジョナスがゆっくりと立ち上がる。

 

「流石に少佐には勝てないですね……というか、そろそろシャバの口調に戻っていっすか? さっきも地が出てましたし」

 

「構わんさ。今ごろKIA認定でもされてるころじゃないか?」

 

「怖いこと言わないでくれよ……っと!」

 

 隙をついたジョナスに、あっけなく投げ飛ばされた。咄嗟に受け身を取り衝撃を流す。

 

「いい線行ってるな。悪くない」

 

 野戦服についた埃を払い、そして俺たちはがっしりと握手をした。

 

 

「なにこれ……これが音に聞く『殴り愛』ってやつなの?」

 

 呆然とした様子の416には悪いが、これがウチの再会の儀なんだ。悪く思わないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、俺たちはUMP45に呼び出された。こっちからも話に行こうと思っていたから好都合だが、このタイミングで全員を召集したというのは少し不可解だった。

 

「さて、UMP45。要件は何かしら?」

 

「わかってるんじゃない〜? 我々は一体どういう何者なのかってことだよ」

 

「人形」

 

「人間」

 

「考える葦」

 

「全員でボケられても反応に困るんだけど。……よーするに、我々ソルダット・デュ・パラディスのリーダーと略称、そしてソルダット・デュ・パラディスの定義ってところ。決めとかないと厄介でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PMC『Armée du paradis』、旗揚げ

 包帯で顔の半分ほどを覆っているAR-15や傍に松葉杖を置いているM14を含めた全員が食堂の大テーブルに座っていた。ジョナスとスコーピオンが合流したこともあり、人数は10人に増えている。一個分隊が組める人数だ。

 

 そんな彼女たちの視線を一身に浴びて、UMP45は問う。

 

「確認なんだけど、この中に協力したくないって人は手を上げてくれない?」

 

 誰も手を上げなかった。

 

「うん。じゃあ、疲れたからエドワーズに交代。異論ある人は?」

 

 誰も手を上げなかった。

 ……っておい。

 

「じゃ、後は任せたよエドワーズ。私はリーダーなんてガラじゃないから。元DEVGRUの少佐ドノの方がよっぽどリーダーに向いていると思うんだ」

 

 ただの責任転嫁だろうが。

 

「いいセンスだ、45ちゃん。たしかにエドワーズは変な方向でリーダーに向いてる」

 

「そうそう、作戦指揮官から単独潜入までこなせる便利屋で有名だったんだー!」

 

 そして尻馬に乗ってくる元部下が約2名。Shit,馬鹿ップルとでも呼んでやろうか。よりにもよってこの場でバラされたらまずいことを言いやがって……。

 

「じゃあ、今後リーダーはエドワーズってことで。パチパチー」

 

 聞こえてくるのは拍手の雨霰だ。AR-15まで器用に手を叩いてやがる。

 

 はあ……やるしかないのか。

 席に座ったUMP45に代わり、俺は立ち上がった。

 

「というわけだ。とりあえず当分は脱出を目指すとして、俺たちの長期目標はどうするか? ……そうだな、元いた部隊に帰りたいか?」

 

 俺の場合は、ノーだ。国家なんてクソッタレなもののためにはもう戦えない。思い入れがないわけではないが、帰ったところで待っているのは上官からの罵詈雑言と絶え間なく続く任務だけだ。命をかけてまで戻りたくはなかった。

 

「……私たち404小隊は、見捨てられたわ。潜入している最中に罠に引っかかって、それで奇襲を受けて部隊は散り散り、グリフィンからは何の音沙汰もなし。それを恨むわけじゃないけど、もういいかなとは思っちゃう」

 

 416がポツリ、ポツリと零した。

 

「私は、まだわかりません。ぐちゃぐちゃで、整理がつかないんです」

 

 M4が、内心を吐露する。

 

「私にはここしかありません。曲がりなりにも最後の実験部隊隊員ですから、最期まで基地の面倒を見ようと思っています」

 

 9A-91の独白。

 

「私は帰りたい。指揮官様が勝利を待っていますから」

 

 M14の呟き。

 

 しかし、答えられないものも多かった。

 ここで聞いたのは、下策だった。

 

 気まずい沈黙が下りた。

 

 煮詰まってしまった俺たちに助け舟を出してくれたのは、包帯に包まれた腕を挙手したAR-15だった。

 

「ねえ、今すぐ考える必要はないんじゃないかしら? どちらにせよ鉄血支配域を突破しないことには始まらないから」

 

 そういえば、そうだったな。

 

「そうそう、PMCで言うなら最初で最後、唯一の仕事は支配域解放ってところだね! そのあとはそれぞれの判断に任せるってことで!」

 

 今まで沈黙を保っていたスコーピオンが、無邪気な声で現実味のあることを言った。

 PMCか……悪くは、ない。

 

「さて、みんな落ち着いたところでエドワーズ少佐。組織名についてなにか意見があるんじゃないかな?」

 

「察しがいいな、今考えたところだ」

 

 一息切り、力強く提案する。

 

「PMC『Armée du paradis』、略称ADP。楽園の軍隊って意味だ。“楽園の兵士(ソルダット・デュ・パラディス)”だと、あくまで単体を示すことになってしまう。……俺たちは、少なくとも鉄血の包囲を解囲するまでは運命共同体────言うなれば家族だ。どうだろうか?」

 

 しん、と静まった。

 もしかしたら不評かもしれないが、これが俺の本音だ。

 みんなはどう思うのだろうか。

 

「そうですね、少なくともここにいる間は私たちは家族なのかもしれません。ただ一つの依頼しか遂行しないPMCって言うのも妙ですけど……」

 

「まあ、なんだかんだ言ってあんたとは1年近い付き合いだから言いたいことはわかるわよ。……大方、グリフィンに未練があるんでしょう」

 

「それは! ……否定、できませんけど……」

 

 M4と416の対話を聞き、少しだけ後悔する。

 やはり、時期尚早だったか。「国」に失望してしまった自分たちに比べて、純粋な彼女たちはまだグリフィンを見限れていないのだろう。あるいは信じていると言うべきか。

 そして、それは踏みにじるべきじゃない。それを否定するのはクズの所業だ。人として、超えてはいけない一線だ。

 

 しかし、目標が一致しない団結は脆すぎる。四方を敵に囲まれている現状で頼れるのはここにいる面々だけ、ならばその意見を擦り合わせておかないといつか仲違いすることになる。俺がリーダーを任せられた以上は指示に従ってもらわないと困るが、それが揺らぐのは全員の命に関わるのだ。

 

 そこまで考えて、とんだ傲慢に気がついた。

 

 なぜ、全員が俺に無条件で従うのが当然と考えてしまったのだろうか。それぞれを納得させるだけの理由を俺が用意しなければならないのに、家族という言葉で強引に納得させようとした。とんでもない、そんな束縛は反感を買う。

 

 そこでやはり自分が反発されることを恐れている臆病者なのだということに気がつき、自己嫌悪に陥った。

 

「……はは、結局俺は戦うしか能がない戦争屋(ウォージャンキー)ってことか」

 

 思わず口の中で転がしてしまった言葉は、幸いにも誰にも聞かれた様子はなかった。その幸運に感謝しつつ、チキン野郎はチキン野郎なりの手段を取ることにする。

 人の心など、俺にはあれこれ考えるよりも単刀直入に切り込む方が似合っているのだ。

 

 今だに言い合っているM4と416だけでなく、その場に居並ぶ9人全員の目を見てから、口を開く。

 

「……勝手に家族だなんて決めつけて悪かった、すまない。だが、せめて鉄血の包囲を抜けるまでは。戦うしか能がない俺に従ってくれないか? 嫌だったら今この場で気がすむまで殴ってくれて構わない。急所を外してくれるなら撃ってもらっても構わない。……だから、俺に協力してほしい」

 

 そして、目をつぶり歯を食いしばった。

 

 いつも上官から命令を受け取り部下に伝達し銃を取っていた戦争狂には、言葉で丸め込むなどという高度なことはできないのだ。ならば、いつものように身体を張るしかない。

 

 NavySEALsやDEVGRUでの俺は、部下たちの信頼を得るべく肩を並べて戦っていた。それと大して変わりはしない。むしろ、なぜ変われると思ったのだろうか。大した思い上がりだ。

 

 唐突に、左頬に衝撃と焼けるような痛みを感じた。この感覚は、銃の銃床で殴られた時の感覚だ。当たりどころが悪ければ意識が飛ぶほどの威力がある。

 

 口の端が切れたのか、口内に鉄錆の味が広がる。

 

 それでも、目を開けはしない。いくら同意の上とはいえ、部下でもない赤の他人を巻き込んで振り回す以上は必要なことだ。それに、俺は大分失礼なことを言っている。だから、気がすむまで殴られてそれで表面上でも納得してもらえるならば安いものだった。

 

 二発目は、来なかった。

 

「目を開けなさいよ」

 

 うっすらと目を開ける。

 そこには、銃を抱えた416の姿があった。あのカスタムは彼女の銃じゃない、俺のHK416Dだ。

 混乱している俺を諭すように、彼女は詰め寄ってきた。

 

「全員の総意で1発だけ殴らせてもらったわ。それ以上は殴らないし、誰にも殴らせない」

 

「なぜだ?」

 

「最初から信頼が勝ち取れると思ってるあたりで間違っているわ。信頼ってのは長い時間をかけて私たちに向き合って、それで得るものでしょう? 本当は何十、何千発でも殴ってやりたいところよ。でも、本音で素直に言ってくれたんだから特別にチャラにしてあげる。そして、今までの自分に向き合わなかった罰として貴方の銃で殴らせてもらったわ」

 

「そうか……ありがとう、そしてすまない」

 

「感謝される謂れも、謝られる謂れもないわ。この1発でチャラよ……さて」

 

 そこで彼女は一歩下がると、唐突に直立不動の捧げ銃の姿勢へと移行した。銃を体の中央に構え、右手を下に、左手を上に。

 

「起立……PMC『Armée du paradis』ディビッド・A・エドワーズ指揮官に、敬礼(Arms to the present!)!」

 

 毅然とした声で、言い切った。

 それと同時に、彼女の後ろにいた戦術人形全員とジョナスが立ち上がり、それぞれの銃を捧げ銃の姿勢に構えた。

 

 意識が回る前に、軍人としての習い性で直列不動の姿勢となり答礼する。

 

 

 

「「「指揮官、ご命令を!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更け、満月が昇る。

 見事な望月は、荒廃したこの星を嘲笑っているようにも、哀れんでいるようにも、あるいは希望を与えようとしているようにも見えた。

 

 宿舎屋上の手摺にもたれかかり、俺はFALやジョナス、スコーピオンと並んで月を見ていた。

 

 沈黙を破って、FALがポツポツと独白を始める。

 

「本当は、私が殴ろうと思ってたわ。私の知るディビッドじゃなかったから。空回りしてたのかもしれないけど、似合ってなかったのは本当よ。自分に向き合ってないって416の言葉は正鵠を射ているわね。だって、ディビッドはいつも背中で示す人だったから。だから、最後に「殴れ」って言った時にはようやくいつもの貴方が戻ってきたと感じた。指揮官としての、1人の男としてのディビッドが。……そう思ってたら、416に取られちゃったけど。ちゃっかり、貴方の銃でね……。

 ディビッド、貴方が気に病むことはない。貴方は貴方らしくあればいい。そうしたら、多分皆んな付いてきてくれるわよ。それが、貴方という人間の魅力、貴方の持つカリスマなんだから。……有効に使わなきゃ、損でしょう?」

 

 後半は、俺へのメッセージだった。

 

「ああ、そうだな……悪かった、FAL」

 

「気づくのが遅いわよ。まあ、一発投げさせてもらうけど」

 

 え、と思った瞬間には身体が宙を舞っていた。

 脚を刈られた俺は微かな浮遊感とともに落下し、床に叩きつけられる羽目になった。

 

「いたた……容赦なさすぎるだろう、FAL」

 

「まったく、こんなのじゃいつまでたっても相棒が必要ね。……心配だから、付いて行ってあげるわよ。貴方となら、どこまでも」

 

「……ありがとう、相棒」

 

 俺は、照れ隠しにそれだけ言う。

 月明かりに照らされたFALの青い眼を見つめながら。

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、また身体が宙を舞った。

 

「ヘイ社長、俺の分がまだだろー!?」

 

「まだまだぁ! とりあえず似合わないこと言った罰だ、危なっかしい隊長ドノには付いて行って差し上げるからとりあえず殴らせろー!」

 

 ああ、この馬鹿ップルが残ってたか。

 彼らも俺にどこまでも付いていくと言ってくれる、掛け替えのない部下にして友人だ。

 

「感謝する、ジョナス、スコーピオ……ぐはっ!?」

 

「ようやく納得できたか、エドワーズ指揮官ドノ?」

 

 右頬にめり込んだジョナスの拳は、友情の味がする以前に普通に痛かった。

 

「とりあえず……好きなだけ殴りやがってこの野郎!」

 

 散々調子に乗って本気のCQCを掛けてくれやがったジョナスとスコーピオンの頭に、容赦のないゲンコツを落としといた。

 

 FALが笑ってる。

 

 殴られた2人も笑ってる。

 

 ボコボコにされた俺も笑ってる。

 

 階段から覗いていた戦術人形たちも笑ってる。

 

 

 

「はは、これが俺の欲しかった居場所なのかもな」

 

 それだけ言って、俺はFALの膝に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





416「この会社殴り愛多くない?気のせい?」

ディビッド「HAHAHA気のせいさ」


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ある朝の日常とグリフィンの思惑

 戦術人形M4A1の朝は早い。

 夜明けと同時に目を覚まし、隣で健やかな寝息を立てているAR-15を起こさないようにそっとベッドから這い出た。ここにきた時は大分スプリングがヘタっていたマットレスだが、最近になって9A-91がマットレスの大改修を行った結果、大幅に寝心地が改善されたものとなっていた。

 ベッドだけを見ればグリフィンのAR小隊用の宿舎よりも下手したら快適なのではないかと思うほどだが、家具がほとんどない殺風景な部屋と継ぎ接ぎだらけのカーテンが声高に否定する。

 1年前は、瓦礫が散乱してるわベッドも荒れ果てているわともっと酷かったものだが、こつこつ片付けて今にいたる。

 

 思い思いの家具が置かれたグリフィンの宿舎が懐かしく思うときもあるが、今ではこちらの殺風景な部屋にも愛着が湧いているというなんとも形容しがたい心境だ。

 

「抜き撃ちでもやろうかな」

 

 そう呟いた彼女はパジャマから手早くジャージに着替えた。ガンベルトを装着してから壁に埋め込まれたテーブルの引き出しに入れた金属ケースを取り出し、机の上に置いて留め金を外した。中に収められているのは黒光りするマカロフPM拳銃だ。

 もはや骨董品と呼んで差し支えないそれを手に取り、空弾倉を外して実弾の入った弾倉を叩き入れた。そして、ホルスターへとしまった。

 

 寝ているAR-15の下に歩み寄り、枕元にAR-15ライフルと並べて立て掛けられていたタンカラーのM4A1カービンを取った。

 去ろうとしたところで、ベッドから寝ぼけた声が聞こえてくる。

 

「いってらっしゃい……?」

 

「うん、行ってくるわ」

 

「気をつけて……ね……」

 

 また夢の世界に戻っていった彼女は置いといて、足早に朝の廊下を歩く。暖房設備はまだ戻っていないため身を刺すような冷気を感じた。オーバーホールされたAR-15と異なり、M4は通常仕様のIOP製人工皮膚が張られている。もちろん寒冷地耐性は低い。

 こんな時、少しだけAR-15やM14が羨ましくなる。もっとも、それは想像を絶する苦痛の果てに手に入れたのだから決して羨ましがってはならないのかもしれない。

 

 実弾入りの銃が重いが、ここADPでは万が一に備えて実弾を込めた銃の携行が義務付けられていた。流石に施設内での装填は許可されていないものの、施設外に出るならば装填することが求められていた。故に、ジャージ姿でアサルトカービンと拳銃を携行した少女という奇妙なルックスが生まれるのだった。

 

「馬鹿なこと考えてないで、早く射撃訓練施設へ向かおう」

 

 独りごち、廊下の角を曲がる。

 

 目の前の扉には、「第1射撃訓練施設」と英語で書かれた紙が貼り付けられていた。

 扉をくぐると、硝煙の匂いが鼻をつく。

 

 目の前のレーンでは、ちょうど灰色がかった茶髪の少女が己の銃のマガジンを交換しているところだった。M4は、彼女の背中へと声をかける。

 

「おはようございます、45さん」

 

「おはようM4。あなたも自主練するの〜?」

 

「そうですね……抜き撃ちでもしようかと」

 

「どーせならバカスカ撃ちまくればいいのに。スカッとするよ?」

 

 などと宣う彼女の背後に、ぬっと大男が現れた。M4たちADPのリーダーである元米海軍特殊部隊の少佐、ディビッド・A・エドワーズだ。

 

「弾薬を無駄にしないで欲しいものだな、UMP45」

 

「はーい、ごめんなさいエドワーズ指揮官」

 

「反省していないだろう、お前……まあ構わないが、午後の訓練のための弾薬も残しといてくれよ?」

 

「わかってるよ、指揮官」

 

 そんな会話を交わしていたディビッドは、M4の方を向いて微笑した。

 

「M4も朝から自主練か……ほどほどにな」

 

「わかってます、エドワーズさん」

 

 彼は、任務以外では自由に呼んでくれて構わないと言っていた。故に呼び方はまちまちで、例えばM4やM14、AR-15は「エドワーズさん」、UMP45や9A-91は「指揮官」、FALやスコーピオン、ジョナスは「ディビッド」と呼ぶ。あとは、416がたまにふざけて「ルーカサイトさん」と呼ぶくらいだ。

 

 それはさておき、M4はマカロフPMのスライドを引いて初弾を装填。セーフティをかけてホルスターへと戻した。

 防護メガネをかけて、10メートルの距離に設定したホログラムのマトを見据える。

 

 集中。

 

 マトが一瞬光った瞬間、M4は電光石火の速さでセーフティを解除しながら拳銃を抜き引き金を引いていた。

 

 パン、という銃声が、隣で乱射される45口径の銃声に混じって響いた。

 

 一度ホルスターへと銃を戻し、再び前を見据える。

 マトが出現した瞬間に一歩踏み込んで射撃。抜き撃ちは、動体視力と反射神経、そして精密さが問われる技術だ。目の前に突然敵が現れた時、そこは戦場ではない可能性もあるのだから。

 

 

 

 

 20発ほど撃って、ようやくM4は抜き撃ちの訓練を中止した。日も登り、そろそろ朝食の時間だ。

 

「じゃ、私先行ってるよ」

 

「ああ、俺はここを片付けてから行く。配膳頼んだ」

 

「りょーかい」

 

 UMP45がディビッドと短い会話を交わして、走り去って行った。残された彼は防護メガネを所定の場所へ戻し、射撃訓練のシステムをシャットダウンする。

 

 全てのレーンに表示されていたホログラムのマトが消え、非常灯以外の電気も切れた。

 

「さて。行こうか、M4」

 

「はい、そうですね」

 

 20センチ近い身長差のあるエドワーズの後ろを歩くと、彼の背中は大きく見えた。とはいえ言うほど横幅が広いわけではなく、いわゆる細マッチョという体格だ。彼の部下兼友人であるジョナスはガチムチとしか言いようがないが、エドワーズはどちらかというと執事と言った方が似合うくらいだった。

 

「エドワーズさんって意外と細身ですよね?」

 

「まあ、ジョナスよりは細身だがこれでも鍛えている方だぞ?」

 

「いえいえ、むしろあんな筋力があって細身っていうのは普通に魅力的だと思いますよ」

 

「はは、そうかい。それはありがとう」

 

 ディビッドはM4のお世辞を綺麗に流した。マルチカム迷彩の野戦服のズボンにオリーブドラブ色のTシャツを着た彼の先導に従い少し歩くと、食堂へと出る。いくつか食堂はあるが、基本的に寮舎に隣接した食堂しか使用していなかった。

 

 扉をくぐると、暖かいスープの香りが漂ってくる。

 

「待ってたよ、指揮官」

 

「貴方の席は用意してあるわよ。さ、座りなさい」

 

「指揮官、私を見てください……」

 

「あ、ちょっ、まっ」

 

 情けない声を漏らしながら3人に連行されていくディビッドに苦笑しつつ、M4は自分の定位置へと移動する。250人収容の食堂は広いため、皆が思い思いの位置に座って食事をとるのだ。

 彼女が座ったのは庭が一望できる大きなガラス窓近くの席。向かい側にはAR-15が座っており、自分の席にはすでに湯気を立てる食器が置かれていた。

 

「ありがとう、AR-15。……私の分は自分で持ってくるって言ってるのに」

 

「いいのよ、M4。私のリハビリも兼ねてるから」

 

「そういうものなの? ……とりあえず、冷めないうちに頂きましょう」

 

 2人で小さく「いただきます」と言ってからスプーンフォークを取る。生産プラントで速成栽培された小麦を使ったトースト2枚に、合成タンパク製の代用肉を入れたボルシチ。トースト2枚と煮込み料理というのはこの基地における標準的な食事だ。

 

 M4にとっては食べ慣れた味だがAR-15は気に召さなかったらしい、鉄血製人工皮膚の端正な顔が微かに顰められていた。

 

「……微かに薬品の匂いがするんだけど」

 

「そういうものよ。さっさと食べちゃいましょ、食べられるだけでも幸運なんだから」

 

 そう言って、申し訳程度に人工甘味料を振ったトーストを頬張る。これでも、生産プラントが動いている分まだマシな部類だ。当初はあり合わせのレーションやロシア製のレトルト食品しかなかった。

 そして、ロシアのレーションは9A-91以外は食べれないレベルで不味い。即決で全電力を生産プラントに回すことに決めたのは当然のことだった。

 

 不満不平をこぼしつつも、満更でもない様子でボルシチを口に運ぶAR-15。ほとんど飲まず食わずだった捕虜生活に比べれば天と地ほどの格差があるのだろう。

 

(そういえば、なんでAR-15は辛いはずのこの記憶を全て残したの……?)

 

 AR-15はその記憶を消すことを拒んだ。幻肢痛や暗闇と孤独を条件とするフラッシュバックに苦しめられているものの、頑なに記憶を保持することを固守しているのだ。

 自分なら消して欲しいと懇願するような記憶。それを抱えたまま生きる決心をした彼女は、純粋に強いと思う。

 

 尊敬を含んだ眼差しで見つめていると、トーストに手をつけた彼女と目があった。

 

「……どうしたの、M4?」

 

「いえ、AR-15は強いなぁって」

 

「……貴女の、お陰です」

 

 小さくそれだけを言った彼女は、微笑みを浮かべた。

 

「今こうして心を保っていられるのは、貴女の言葉があったから、貴女が私のそばにいてくれるから」

 

 忍び寄る恐怖と幻肢痛、フラッシュバックと闘いながら放つ言葉は、確かに少女の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリフィン本部基地

 

「……これは、本当かね?」

 

「はい、米統合特殊作戦コマンドの情報室より極秘で送られてきたメッセージです」

 

 PMC『グリフィン&クルーガー』最高責任者のベレゾヴィッチ・クルーガーは、部下のヘリアントスから手渡された一枚の書類を見て眉をひそめた。

 

 米統合特殊作戦コマンドから送られてきたものとはいえ、書類には送り元がPMC『アーミー・デュ・パラディス』最高責任者ディビッド・A・エドワーズと書かれており、明らかに一筋縄では行かないことは確実だった。そして、添えられたメモに記されていた発信地はヴォルナヤクリアポスト要塞、ロシア軍史上最悪の惨事によって放棄され現在は支配する鉄血ですら持て余している施設だ。

 彼自身軍人時代に訪れたことがあるが、交通に難があるものの非常に堅牢かつ大規模な施設だった。しかし、併設されていたチニートチェマッシ社の開発施設で事故が発生しその結果放棄されたと聞いた。

 そんな場所から送られてきた文面だ、重要度は相当に高いだろう。

 

「……とりあえず、文面に目を通してみたらいかがでしょうか」

 

「すでに読んだ。内容は業務提携だが……それを隠れ蓑にしてえげつないことが記されている」

 

「例えば?」

 

「行方不明となっていたAR小隊と404小隊のうちそれぞれ2名の行方が発覚した。他にも、SEALs隊員4名や他PMCの人形を擁すること、チニートチェマッシ社の設備および原子炉を再起動したことなどなど恐ろしいことがてんこ盛りだ。ご丁寧に写真と合言葉まで添えられている」

 

 合言葉とは、404小隊長とクルーガーのみが知る照合コードだ。ヘリアントスですら知らないそれが記されているということは、この情報が404小隊長がよほど信頼するものから齎されたことを示している。

 つまり、この内容は真実であると判明するのだ。

 

 クルーガーは、添付された画質の荒い写真を見た。

 

 格納庫の前で撮ったと思しき写真で、行方不明となっていたM4とAR-15、UMP45や416の他に戦術人形FALやスコーピオン、そして2人の男がいた。M14や9A-91の姿もある。

 

 全員が笑顔を浮かべており、それぞれの銃の他に鹵獲したと思しきAKS-74UやOSV-96を携行していた。後ろには機関砲を装備したUAZ、さらにその後ろの格納庫の扉にはPMC『アーミー・デュ・パラディス』のものと思しき旗がかかっていた。伝説上のアトランティス大陸と大鷲、そしてマスケット銃の意匠を見たクルーガーはその意味に気がついて苦笑する。

 

「楽園、か。なかなか皮肉なネーミングセンスじゃないか。……ヘリアントス、すまないがS09地区とS12地区、T1地区の担当指揮官に連絡、攻勢の用意を進めさせてくれたまえ。……連中は、鉄血の勢力圏にデカイ穴を開けるつもりだ」

 

「り、了解!」

 

 ヘリアンが去った。

 その後ろ姿を見送ってから、おもむろに情報端末のホログラム画面を操作する。旧世代の3G回線に接続し、照合コードに隠された極秘サーバーへとアクセスした。

 

「ふむ、ビンゴだ。よくやった、45」

 

 そこには、2つのデータが格納されていた。

 

「傍受される心配のない安全な回線と……こちらは45の私信か」

 

 回線の確認もそこそこに、私信を開いた。

 

 

 

 ────拝啓、G&K社CEO殿。

 ご無沙汰しています、元『404 Not Found』小隊長戦術人形UMP45です。

 本日は、御社との縁切りを告げるために一筆したためました。

 誠に心苦しいことですが、1年前に発令された任務、AR小隊の捜索に伴い我々404小隊は全滅、またAR小隊のうちM4とAR-15の死亡を確認いたしました。ここからは、過去の亡霊の戯言と思って聞き流してください。

 

 私は旧ヴォルナヤクリアポスト要塞、現ラ・パラディスにて元DEVGRU隊員や貴方のよく知る戦術人形M4および416、そしてチニートチェマッシの9A-91と共に民間軍事会社『Armée du paradis(アーミー・デュ・パラディス)』を立ち上げました。受注した依頼は「鉄血からの戦域解放」のみです。

 所属部隊を逃げ出してしまった私に対して404小隊長という役割を与え、娘のように接してくれた貴官には申し訳ございませんが、私はようやく居場所を見つけました。M14やM4はどうかわかりませんが、私はこの旗のもとに骨を埋める所存です。

 

 今後とも我が社と危なっかしい社長をよろしくお願いします。

 

 UMP45

 敬具

 

 

 

 

 

 読み終わったクルーガーは、静かに電源を切った。

 

「……M16と、腹を割って話すべきだな」

 




補足
鉄血製人工皮膚
ハイエンドモデルや寒冷地仕様の戦術人形に使用されるしなやかな自己代謝高性能人工皮膚。高い遮熱製や耐熱性、防寒性を持つ。消費エネルギーは多い。
AR-15は全面的に張り替え、FALは左腕のみ、M14は両足のみ。

アーミー・デュ・パラディス
本人たちが話すときは略称(ADP)、他人が話すときはカタカナ表記、公的な場ではフランス語表記とします。




感想や評価は作者の燃料となります。よかったらよろしくお願いします。

UAが……1000超えた……(歓喜)



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間章 或る囚われの人形の話

 ……ここに囚われて、一体何ヶ月経ったのだろうか。

 私は、地下牢の壁にもたれかかって漫然とそんなことを考えていた。45姉は上手く逃げ切れたのだろうか、416は無事だろうか、G11はどこにいるだろうか。

 

「……はは、何も見えないや」

 

 視界に映るのは変わり映えのしない鉄格子と、空っぽの向かいの牢屋。そして無機質なコンクリートの天井だった。

 ここは鉄血支配域深部、第66戦区本部基地。インビジブルフォートレスの通称を持つ地下要塞だ。難攻不落をきわめており、グリフィンはおろかロシア軍のスペツナズやイギリス軍のSAS、アメリカ軍のレンジャー連隊の攻勢すら跳ね返した実績を持つ。そんな基地の深部に囚われているのだ、脱出できるはずがない。

 だからこそ、その利点を最大限に用いた責め苦が私になされていた。

 

 孤独だ。

 

 なまじ人形にはメンタルというものがあるため、孤独を感じ取る心もある。故に、何もされずただ放置されるということも相当の苦痛となるのだ。

 ウィルスで感情のシャットアウトを封じられた身に、孤独が姿を変えた絶望と恐怖はかなり堪える。銃が手元にない上に両手が壁に縛り付けられているため自殺もままならない。食事拒否による生体パーツ劣化と栄養失調を狙ったこともあるが、結局輸液管を取り付けられて終わりだった。まあ、まずい流動食を食べなくて済むようになったことを考えればプラスかもしれない。

 

 身動きが取れず、視界に映る景色も変わらない。そのくせ自殺は許されず、じわじわと心が殺されてきている。それが、今の私だった。

 自身の記憶を格納したメモリにはハッキング対策としてトラップやファイアウォールを多く仕掛けているが、メンタルが崩壊したらその維持も上手くは行くまい。

 

 そうしたら、あっけなく情報を抜き取られて殺されるがオチだろう。あるいは、生体実験に使われるか。どちらにせよロクな未来ではなかった。

 

 とはいえ、ずっと前から思考が低速化してきた。絶望に蝕まれてきたメンタルが衰弱して、もう上手く持たないのだ。虚ろな目で乾いた笑みを浮かべる自分を見る私がいる。そんなリアリティ溢れる幻覚を見るくらいには衰弱していた。

 

 変化がない、昼と夜も分からない、吹いている微風すら変わらない。

 

 なんら変化のない風景に、私の中はだんだんと空っぽになってきた。大切なものがポロポロとこぼれ落ちていく。メモリの内部にある記憶が消え始める。ひたひたと忍び寄る黒い影に、私の頭が塗り潰されていく。

 不意に頭の中にある情景が思い浮かんだ。それは、自分が敬愛する姉と生真面目な友達、眠たげな目をしている戦友と共に野原を転がりまわっている景色だった。これが、最後に残ったものなのだろうか。

 せめてこれだけは手放したくない。

 許してください、私は彼女たちとの思い出を失いたくはないんです。

 

 必死の懇願にもかかわらず、風景は急速に色褪せていった。

 まるで家族の写真が焼けてしまうかのように、端から焼け落ちて行く。ああ、眠り姫の姿が見えなくなってしまった。友人の姿も消え落ちていく。記憶の中にある姉が、消え始めた。

 大切なものの、最後のヒトカケラがこぼれ落ちていく。

 

 最愛の姉の姿は、こちらを振り向いて笑いかける姿を最後に溶け消えてしまった。

 

 これで、私は全てを失った。仲間を失い、半身と言うべき武器を失い、そして家族の想い出まで失ってしまった。

 もう、何も見えない。

 何も思い出せない。

 空虚な心に、最後の刃が迫り来る。

 

 唐突に、目の前に鼠色に近い茶髪の少女が現れて自分に銃を突きつけた。左目の傷跡が印象的だった。

 私の右目を左手でなぞり、そして嗜虐的に嗤う。右目の傷跡は、いつのまにか私から抜け落ちていた。

 

 不意に、喉を斬られた。

 少女が私にナイフを振り抜いたのだ。

 気管や頸動脈が傷つけられたものの、痛みも痺れも感じない。ただ、自分が薄れていくのを知覚するしかできなかった。

「私」という存在が、消えていく。

 

 瞬間、走馬灯が駆け巡った。

 

「416……G11……45姉……なんだ、そういうことだったんだ」

 

 その呟きを最後に、私の中から全てが抜け落ちた。

 

 

 

 

 

 

 それを監視カメラ越しに見ている人影が数名いた。

 

「ドリーマー、ここからはあんたの仕事だ」

 

「はいはい、ありがとさん。いやー、私の洗脳だと完全に記憶を封じられないから困ってたんだよ。助かった」

 

 鉄血ハイエンドモデルの一体、アルケミストとドリーマー。この2体は、捕縛したUMP9をこの基地に運び込ませた張本人だった。

 

「それはどうも。……にしても、コイツ何に使う気だ?」

 

「何って決まってるじゃん。グリフィンの人形同士で殺し合わせるんだよ。コイツはその指揮官型に転用する予定。さすがIOP、拡張性が相当高い人形だ。……まったく、チビトロイヤーもさっさと16LABの新型渡してくれればいいのに」

 

「お前、えげつないこと考えるな」

 

「えぐいのはあんたじゃない? ウィルスと孤独で記憶野を初期化するとか」

 

 どっちもどっちなことには、ドリーマーは気がつかなかった。

 

「厳密な初期化にはならないな。肉体との整合性確保のために元のメンタルをベースにしたメンタルを入れる必要がある」

 

「じゃああれか、今作ってる『ライオン』みたいに人格を歪ませてみるか」

 

「人間も人形もやり方は大して変わらんのだろう? むしろ、そのままの素体が使える上に色々いじれる分こっちの方が楽で強いじゃないか」

 

「とりあえず、拡張パーツの作成急ぐか……コイツにガードやリッパーの義体はもったいない」

 

「おいおい、そりゃプロセッサーの性能に機体が追いつかないだろ……」

 

 2人は楽しげに話す。

 少し離れた山の頂で、1体の戦術人形が憤怒に顔を染めたことは、知る由もなかった。




囚われのUMP9ちゃんの話でした。
次回からこの章の大詰めの作戦に入っていきます。


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暗中模索ー状況確認

 皆が夕食を大方摂り終えた頃合いを見計らって、俺は9A-91と目配せした。

 

「悪い、この後話したいことがある。食べ終わったらで構わないから大テーブルについてくれないか?」

 

 俺は、突然立ち上がって声を上げた。

 側から見れば何事かと思うところだろうが、9A-91から聞かされた情報はそれほど深刻だったのだ。

 UMP45が珍しく416やM4と共に食事をしていて助かった。もしも9A-91の話を聞いていたらストレスで食事が喉を通らなかったかもしれない。

 

「どうしたんですか……? とりあえずなにかあることは分かりましたが……」

 

「M4、少なくとも夕食を食べている時に話すべきことじゃない、って言うのはわかってほしい」

 

「……了解しました」

 

「早く食べないといけませんね……」

 

 俺たちの会話に焦りを感じたのか、まだ食べていたM14がそのペースを早める。我が社随一の食いしん坊であるAR-15はすでに2人前をペロリと平らげているため、焦ることも当然なのかもしれない。

 まあ、AR-15は生体パーツの維持に大きなカロリーが必要というだけなのだが。

 

 それでも、数分あれば全員の皿から料理は消える。戦術人形の食い意地は伊達ではないようだ。

 

 食器を片付け、各々中央の大テーブルへと着く。その間に天井から吊り下げられたホログラム式スライド投影装置の電源を入れた。

 

 

 

「さて。今から状況を説明する」

 

 DEVGRU時代を意識しながら、俺は指揮官としての声を出した。自分で聞いていても硬質な声だとは思うが、それは必要なことだ。

 

 兵士には、本来感情は不要なのだから。

 

「どういうこと?」

 

「冗談の類では……ないようですね」

 

 当然、他の面々は困惑した。

 しかし、その困惑を完全に破棄する言葉を吐く。

 

「グリフィン404小隊所属人形・UMP9の行方が判明した」

 

 淡々と確認した事実を話す。

 

「9A-91によるハッキング、米国の知り合いによるハッキング、グリフィン側に残されたUMP9のシグナルロスト位置、地形等を統合した結果、鉄血第66戦区本拠基地、NATOコードネーム「ドレイン要塞」に監禁されていることが確実視された。鉄血内でインビジブルフォートレス(不可視の要塞)と呼ばれる地下要塞だ。おそらく運び込まれたのは半年以上前、鉄血側の記録に『捕虜1名搬入、特記事項MA』とある。特記事項がなんなのかは分からなかったが、ロクなことではないだろう。ドレイン要塞はこのラ・パラディスから約300キロ、車で十分たどり着ける距離だ。ただし、入り口は5つのみ。しかも厳重警備だから侵入は容易ではない。取水路や下水道も不明とは随分やってくれるものだ」

 

 だんだん事情が飲み込めてきたのか、皆の表情が困惑から驚愕、そして不安へと変化した。

 

「さて、これをグリフィンに伝えたらなんて返事が返ってきたと思うか? 『リスクが留めなく高い作戦だが、遂行するのか?』だ。……さて。本作戦に賛成の者は手を上げてくれ」

 

 パラパラと手が上がる。

 心配していたUMP45の反応については、意外にも静かだった。手を上げていないのは、M14とスコーピオン、そしてジョナスとFALか。

 やはり、お前たちもそう判断するか。

 

「……了解した。なにか、質問はあるか?」

 

「ボス、この作戦は成功率が低すぎる。レンジャー連隊やSASでも敵わなかったんだから……たった数人で突入なんて自殺行為だ」

 

「俺は突入するとは言っていない」

 

「じゃあどうするって言うの!?」

 

 その時、沈黙を保っていたFALとジョナスの声が一致した。

 

「「単独潜入」」

 

 深い、沈黙が下りた。

 FALは腕を組み、目を瞑ったまま考え込む。ジョナスも俺を睨んだまま微動だにしない。

 

「潜入のアテはある。それに、潜入作戦には自信がある」

 

 さらに、沈黙。

 

 やがて、FALが口を開く。

 

「リーダーである貴方が言うならば従うけれども、ひとつだけ条件があるわ」

 

「なんだ?」

 

「私とジョナス、スコーピオンも連れて行きなさい。単独潜入は危険度が高いし非効率よ。そして、貴方は放っておくとすぐ無茶をするから」

 

「了解した」

 

 そして、異議はないな? と言う問いかけを込めつつ全員を見渡す。

 

 1人だけ、手を上げた。

 

「指揮官、私と416も連れて行って。絶対に足手まといにはならないことは保証する」

 

 UMP45と416は、元グリフィンの非正規部隊だけあって潜入作戦、不正規作戦の能力も高い。しかし、俺は躊躇った。

 

「ほかの面々ならば断ろうと思っていたが、お前に言われると即断はできない。……少し考えさせてくれ」

 

「……私は、ナインを助けたい。それに、AR-15のような事態を考えたら私がいる方が得策だと思う」

 

「ああ、そうだろうな。だがすまない、潜入に当たって6人も投入した場合、発見されない保証がない」

 

 問題はそちらなのだ。先の補給基地襲撃やその後の偵察、襲撃を通して彼女の実力は把握している。しかし、今回俺が考えている潜入ルートは6人も通れる保証がなかった。

 

「……それだったら可能です、指揮官」

 

 9A-91がポツリと告げる。

 作戦立案は俺と彼女で行なった。入手した情報の中には基地の図面もあり、それをもとにすれば監視カメラの予想配置位置や歩哨の動き、予想される迎撃行動まで想像がついた。いくつか不明な場所があったが、おそらくはそこからUMP9の居場所へと繋がるのだろう。

 

 敵の資材搬送トラックに乗り込んで敵基地を目指すと言う方法は9A-91が立案した。スキャンニングなどは光学迷彩で容易に躱せるし、ハッキングすると言う手もある。あるいは故障を狙ってもいい。

 

「本来はこっそりすり抜けるつもりでしたが、次善策のハッキングを使用します。二重底を併用すればいけるはずですよ」

 

「なるほど……了解した。ならば、UMP45と416も潜入要員に加えよう」

 

「本当!? ありがとね、指揮官」

 

「まあ、感謝するわ。……それで、ナインの状態は?」

 

 416の問いに、俺と9A-91が固まった。極力触れないようにやはり避けられない運命なのか。迂闊な問いだったと気がついた416も咄嗟に後悔の表情を浮かべる。

 

 そんな俺たちに、UMP45が詰め寄った。

 

「指揮官、答えて?」

 

 普段被ってる仮面を外し、黒滔々たる闇を覗かせる瞳で俺を見据えてくる。膨大な殺気に、思わず一歩引きかけた。

 FALなどはブローニングHP拳銃のセイフティに指が掛かっている。

 

 9A-91と顔を見合わせてから、観念して答える。

 

「鉄血の記録に、こんなものがあった。『捕虜1名特殊処置(MA)完了、特記事項MA』と『新型ハイエンドモデル試作開始、特記事項捕虜を素体とするため警備厳重化を依頼す』だ。そして、AR-15の方の記録を漁ると、『捕虜1名特殊措置開始、特記事項通常方式にて施行』ってのが出てきた。……これらを統合して考えると、なんらかの方法で精神を崩壊させられた可能性がある。そして、新型ハイエンドモデルの素体とされている可能性が高い」

 

 瞬間、UMP45の顔が憤怒に染まった。全員が一歩引かざるを得ない殺気が押し寄せる。軽く俯き、小さく言葉をこぼした。

 

「……やっと見つけた、本当に殺したいヤツ」

 

 

 

 

 

 あれから、UMP45は狂ったように武器をいじり始めた。

 ADPが制式採用するものとはまた異なった大型ナイフを研ぎ、誰のものか分からないマチェーテまで取り出した。

 ある日には射撃訓練場でバレルが焼けるまで撃ちまくり、またある日には野外でひたすら刃物を振るうといった奇行と態度の不自然さが目立つようになる。

 

 保たれた能面の裏が憤怒と復讐心で煮え滾っていることは容易に想像がついた。

 

 

 

 ある夜、ストレス発散と思しき一連の行為を流石に目に留めた俺は、彼女を部屋に招いた。

 張り付けられた能面は以前よりも薄くなり、本性が滲み出ている。

 

 そんな彼女を見て、胸が軋んだ。思い返せば初めて彼女と出会った時も胸が軋んだか。この既視感の正体は分からないが、自分にとってはパンドラの箱となる気がした。

 

 開けてはならない、悪魔の箱だ。

 

「……部屋に呼びつけるなんて珍しいじゃん、指揮官。あなたも物好きだね」

 

 胸の軋みに沈黙を保つしか出来ない俺を見て、UMP45は呆れたように言った。

 

「このままだと何処かで野垂れ死にそうだったからな……お前が」

 

 どうにかして声を絞り出した。

 深呼吸して息を整え、強引に心拍を正常に戻す。大丈夫、彼女はUMP45であってほかの誰でもない。

 

「ふぅん……まあ、確かにハイになってることは認めるよ。そして、溜まった衝動をどこかで発散しないとメンタルが焼ききれそう。なにぶん昔の事がフラッシュバックしちゃったからね」

 

「特記事項MA、か?」

 

「うん。それは『Marmot of Alchemist』……アルケミストのモルモットって意味だよ」

 

 アルケミストという名前には聞き覚えがあった。

 確か、軍内で回されていた重要目標情報に載っていたはずだ。そして、俺も戦ったことがある。大した強敵だ。

 そして、モルモットという単語には聞き覚えがある。

 

「モルモット……実験動物というわけか」

 

「ほんと、ふざけた真似してくれるよね。……ただ、私が殺したいのはアルケミストじゃない。奴も殺したいけど、一番殺したいのは奴に精神崩壊を依頼した奴だ。十中八九、ドリーマーかな」

 

 目の前の少女が、俺に向けて手を伸ばす。

 

「例えばの話だけど、あなたの親友が敵のスパイ……いえ、敵の作戦遂行のための道具にされていたとしたら、そしてもはやその親友を殺すしかなくなったら。殺さなければ自分が殺されるとしたら。貴方は引き金を引ける?」

 

 究極の問いに、俺は即答できなかった。胸が軋んだ。

 ジョナスが、FALが、スコーピオンが。彼らが敵に回ったら俺は引き金を引けるのか? 

 否、引き金は引けるだろう。でも、そのあと感情を保っていられるのだろうか。

 

「撃てるだろうな。……ただ、銃を握るたびに思い返してしまう気がする」

 

「……やっぱりあなたは私と同じなのね」

 

 彼女は、ポツリと呟いた。

 その瞬間俺は確信する。この話は、彼女が実体験した事なのだ。

 だからこそ、彼女は非正規の人形なのだろう。

 

 ここに来てから胸が軋む理由が少しだけ見えた気がする。

 

 唐突に、UMP45が叫んだ。

 

「あーもう! ディビッド、辛気臭い話はやめやめ! それあなたが辛いだけでしょ?」

 

「部下に気遣われるようなら指揮官失格だな……じゃあ何するか?」

 

「ねえ、お酒ない? 辛いことは酒に流すに限るから」

 

「あるぞ。それもとびっきりが」

 

 机の下から、本来は一人で飲むつもりだった20年もののウォッカを取り出した。それなりに有名な銘柄でアルコール度数は55パーセント、正直かなりキツイアルコールだ。ついでに言うと一本しか調達出来ていないため貴重すぎて飲む機会を見つけられなかった。

 

 しかし、これ一本で彼女の気がまぎれると言うなら安いものだろう。

 

「うわ、それ9A-91が管理していたウォッカ……」

 

「ああ、倉庫に忍び込んで一本くすねてきた。よかったなUMP45、これでお前も共犯だ」

 

「よくないよ……コップ貰える?」

 

「これを使え」

 

 ガラス製のウィスキーグラスを取り出し、ボトルと共に手渡した。

 そして遠慮なくウォッカを注ぐUMP45。

 

 しかも一気に呷った。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「だいひょうふだいひょふ」

 

 呂律が回ってない。酒に弱いとは意外だな……あの度数のウォッカを一気飲みすれば当然なのかもしれないが。

 自分のコップにウォッカを注ぎ、丁寧に水割りしてから口をつけた。

 

 喉を抜けるアルコールの味。

 

 頭がぼう、としてきた。

 

「作戦開始は3日後、アルコールが残る心配はないが……これは、なかなか」

 

 その気になればアルコールなど体内のナノマシンで高速分解出来るため杞憂なのかもしれないが、ナノマシンを使うと体への負担が大きい。しかし、今、この瞬間だけはアルコールが欲しかった。

 

 目を閉じてウォッカの微かな甘味を味わっていると、膝の上に重みがかかった。

 

 酒に酔ったUMP45がにじり寄り、抱きついてきたのだ。

 

 ちなみに、この姿勢は非常に危うい。ナニがとまでは言わないが。

 落ち着け俺、ステイクールだステイクール。

 

 状況確認のために少しずつ目を開けると、子供のような寝顔で寝息を立てている彼女の姿が見えた。

 

「……ナイン、大丈夫だよ、ね……? あなたまで、あんなことにはならない、よ……ね……?」

 

 酒気交じりのその寝言を聞いた瞬間、俺の体からふっと力が抜けた。

 目の前の戦術人形が、路頭に迷う小さな子供のように思えてくる。

 

 無意識に、背中に手を回してポンポンと叩いた。

 

 

 

「ありがとう……でぃびっど……」

 

 

 

 

 




補足
この作品のストーリーは原作をベースにしつつ捏造しています。AR-15離脱前から分岐したという感じです。
なお、UMP45の過去については完全に捏造しているのでご了承を……。


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暗中模索ー初弾装填

すみません、作者高熱につき昨日更新できませんでした。
というか、アンケートを見てて思ったのですが皆さんヤンデレ45姉が好きすぎじゃないですか?奇遇ですね作者もです。



 翌日、俺とUMP45は揃って9A-91とFALに怒られていた。

 9A-91に怒られるのは仕方がない、勝手に秘蔵の酒を持ち出して開けたのだから。しかし、なぜFALが出張ってきたのだろうか。ひょっとして俺に対して独占欲でもあるのだろうか。

 否、俺もFALの好意に気がつかないほど鈍感ではない。ないのだが……。

 

「……揮官! 指揮官! 話を聞いていましたか!?」

 

「お、おう。酒を頂戴するときは9A-91の許可を得ることにする」

 

「そうじゃないです! 酒を持ち出したのが45さんのメンタルケアだっていう言い分は聞きました。でもなんで私やFALさんを差し置いて45さんと寝ていたんですか!?」

 

「いや、成り行きで」

 

「それは無警戒すぎるわよ……気をつけないと、食われるわよ?」

 

 FALの顔は笑っていたものの、目が笑っていない。気分は蛇に睨まれたカエルだ。

 

「失敬な、流石に食ったりはしないよ〜? ナニをとは言わないけど」

 

「当然。抜け駆けしていたらその脳天に7.62mmをありったけ打ち込んでたわ」

 

 怖い。これが女の恨みってやつなのか。というかこの3人はいつのまにそんな協定を結んだのだろうか。

 UMP45も外向けの笑いではなく引きつった微笑を浮かべているあたりこれはガチだ。

 戦々恐々としている俺たちに、ため息をついた2人が判決を下す。

 

「はあ……まあ100歩譲って私のお酒を飲んだことは許しますよ。45さんの当時の精神状態と現在の回復状況を考慮して同衾したことも不問にしましょう」

 

「だけどねディビッド、私たちにも埋め合わせをして頂戴。それと45、以後こういうことをするなら私たちも呼んで欲しいわね」

 

 実質無罪放免か。

 思ったよりも軽くて助かったが、以後気をつけるようにしよう。いつの時代も女の嫉妬ほど怖いものはないからな……。

 

「あれ、意外と軽かった」

 

「ええ、あなたのメンタル回復に寄与していたようだから今回は見逃すわよ。……でも、正直羨ましいんだから」

 

「え、FAL7年もディビッドに添い遂げて来てそういった機会なかったの……!?」

 

「一緒に酒を飲んだことはあっても任務外で一緒に寝たことはないわよ。まったく、この朴念仁は……」

 

「誠に申し訳ございません」

 

 なにやらいたたまれなくなって来た。

 俺が諸悪の根源のように聞こえるが、実際諸悪の根源だから何も言えないのだ。FALの好意に応えてやれなかったこと、9A-91やUMP45の好意にも気づいてやれなかったこと。

 それらがもたらす結果は、俺が負うべき責任だろう。

 

「はあ……オーライ、今度一人一つだけ願いを聞いてやるよ。もちろんなんでもいいし、全員分だ。それでいいか?」

 

 そう言って、3人の反応を伺った。

 FALと9A-91が顔を輝かせ、UMP45が意外そうな顔をしていた。

 

「ふふ、じゃあ願い事を考えておかなくちゃいけないわね」

 

「はい、そうですね……なんでもいいと来たら、迷いますね」

 

「ん、私もいいの?」

 

「構わない。……というわけで、作戦が終わったら聞くから考えておいてくれ」

 

 何をお願いされるのかはわからないが、可能な限り叶えてやろうと思う。まあ、実現不可能な願い事は流石にしないだろう。

 頬を緩ませている3人を見て一件落着したことを実感した。

 

「決めたわ。私は────」

 

「ストップ! お前死亡フラグをおっ立てる気か!?」

 

「……ゴホン。そうね、今言うのはやめとくわ」

 

 危ない、早速FALが死亡フラグを立てるところだった。

 基本的にジンクスの類は信じないが死亡フラグだけは話が別だ。SEALs時代に綺麗にフラグ立てて死んだやつを知っているため、以後それだけは回避するようにしている。

 

 俺がジンクスを信じるのかどうか彼女たちがやいのやいの言ってる間に、何くれとなく部屋のドアを見た。

 

 目が合った。

 

 

 

 

「あのー、いい加減射撃訓練始めませんか? 時間過ぎてますよ?」

 

「……砂糖吐いていいですか?」

 

 

 

 M4とAR-15がドア枠に手をかけて顔をのぞかせていた。

 どういう体勢だ、というツッコミは野暮だろう。無表情のAR-15からの視線が痛い。

 

「予定では0800時に車両格納庫集合なんですけど、今0821時ですよ?」

 

「色事で時間を忘れないでほしいです。朝食もまだ食べてないみたいですね?」

 

「さっさと支度してください。ほら、みんな待ってますよ!」

 

「りょ、了解」

 

 呆れ顔のM4の発破も痛い。

 後ろを見ると3人揃って「健闘を祈る」みたいな顔だった。FALに至ってはサムズアップまでしている。

 

 おかしいな、俺一応指揮官なんだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 大至急で朝食をかき込み格納庫へ駆けつけると、すでに他の面々はそれぞれの銃の点検を終えて射撃訓練へ移っていた。潜入グループの一員となる416とジョナス、スコーピオンは潜入装備の調整を行なっている。

 完全に出遅れたな。

 

「すまない、遅れた」

 

 そう言った俺は、FALとUMP45を連れて足早にジョナスの下へと向かった。作戦時はバックアップに回る予定の9A-91とはここで一旦お別れ、俺たちは潜入装備の用意と慣らしを行わなくてはならない。

 

「おせーっすよネボスケ隊長。ほら、ディビッドたちの分のボディーアーマーとスニーキングスーツとポーチ類と懐中電灯とって一応見繕ってあるぜ」

 

「纏めてくれたのか、ありがとう。じゃあ確認していくか」

 

「作ったのあたしだから品質は保証するよー!」

 

 工廠設備でスコーピオンが作ったらしい新品のボディーアーマーと装備品取り付けベルトを受け取り、戦闘服の上に装着した。ベルトのテープに弾倉ポーチを取り付け、隠密行動に適した小さめのバックパックに携帯食料と応急処置キットを詰め込む。

 最後に小銃と拳銃を取れば立派な30年前、イラク戦争やアフガン戦争があった頃の歩兵の装備だ。現代の歩兵ならばボディーアーマーの代わりに強化外骨格を纏い、ポーチ類も外骨格に取り付けるのだろうがあいにくそんなお高いモノはない。

 

「悪くはないな。米軍のJPC(空挺用ボディーアーマー)MOLLE(装備品携行システム)を使い慣れていた身からすればどうだろうかとも思ったが、そこまで変な感触もしない」

 

「そうね、胸がキツすぎるってことも無いし」

 

「FALはほんと、何もしなかったら美人なのにねぇ……」

 

 奇遇だなスコーピオン、俺もそう思う。

 口には出さないが。

 

「なにおう! ……45、動くのに支障はない?」

 

「もともと、SMG人形は外骨格装着して正面から突撃するような仕様だから訓練はしてる……けど重い」

 

「あんまりおすすめはしないけど、ボディーアーマーのセラミックプレートを抜くって手もあるにはあるよ。今回正面戦闘は極力回避するつもりだし」

 

「さすがマイハニースコーピオン、良心設計だ……一応セラミック抜いても拳銃弾位の防御力はあるんだろ?」

 

「モチのロンだよ!」

 

 セラミックプレートは抜けるのか。

 しかし、7.62mm弾にも3発耐えるこの防御力は捨てがたい。

 人形の彼女たちは最悪多少の被弾もどうにかできるが、俺は急所が広い。バイタル区画の広さが違うってわけだ。

 

「とりあえず、考えるのは後にしましょう。別に慣らし運転を行ってからでも問題はないでしょう?」

 

「そうだな、まずはハイポート走(小銃抱え走)5周と行こうか。もちろん基地外周だ。俺から離れるなよ?」

 

「この基地が3km四方だから合計60km!? 鬼すぎるよディビッド!」

 

「安心しろ、NavySEALsの訓練と大して変わらん」

 

 そう言うと、俺は作戦に使う予定のHK416Dアサルトライフルを抱えて格納庫の外へと走り出した。開放された車両ゲートをくぐり抜け、左へ曲る。ちなみに右へ曲がった先は資源集積場だ。

 マラソンランナーよりも少し遅い程度の速度で基地の敷地を駆ける。世界選手権に出るような奴らだと平均時速18km程で走るらしいが、連中のその速度は身軽だから故だ。いくらタフネスで鳴らす俺たちとはいえ、このクソ重い装備を抱えてそんな速度で走ったら2時間は持たない。

 

 ちらりと後ろを見ると、FALとジョナスは余裕で着いてきていた。あとはUMP45が若干遅れて、416は余裕な顔をしつつ大分遅れて走っていた。スコーピオンは、最後尾だが鼻歌を歌っているから本気ではない。多分全体の監視のつもりだろう。

 

 締め切られた門を飛び越えて古びたトラックが並ぶ輸送区画へと入った。ここからは9A-91謹製のトラップゾーン、訓練にはちょうどいいだろう。

 

「ちょ!? ここって9A-91ちゃんのトラップ地獄……」

 

「諦めよう416、ディビッドなら真顔でやる」

 

「Damn! おいディビッド、俺らは金属片とミンチ肉のペーストなんぞ見たかねぇぞ!」

 

 

「安心しろ、トラップは全部────ただのワイヤーに張り替えてある」

 

 

「うわひでぇ!」「この悪魔! この外道!」「ないわー!」「Holy shit!」

 

 訓練で部下を死なせるわけには行かないからな、これくらいならいい運動で済むだろう? 

 

 あ、早速UMP45とFALが転んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっは、楽しかったな……ごふっ!?」

 

「悪辣すぎるわよ! ハイポートしながらアスレチックなんて」

 

「ああ、しかも満身創痍の体で60kmダッシュ……こんなの下手したら水中破壊工作よりも辛いかもしれねぇ」

 

 正午過ぎにようやく60km走を終えて帰って来た俺たちはクタクタだった。俺からすれば大分疲れるものの普通に楽しかったのだが、彼女たちからすれば違ったらしい、口々に不満を漏らしていた。416などアクチュエータが熱暴走を起こしたのかゴールを目前にへたり込んでしまったためやはりきつかったのだろうか。

 

「お疲れ様です……どういうペースで走ってきたんですか。とりあえず飲み物持ってきます」

 

「9A-91、心遣いは嬉しいんだがまず彼女たちの分から用意してもらえないか? 少し無茶をさせたからな」

 

「了解です」

 

「罪悪感はあるんだ……」

 

 聞こえてるぞ、416。俺だって悪かったとは思ってるんだ。

 

 死屍累々としている仲間を見ていると、9A-91が戻ってきて俺たちに人数分の新しい水筒を渡してくれた。仕事が早いな、彼女は。

 

「とりあえず、スポーツドリンクを用意しました。よろしかったでしょうか?」

 

 何人かがこくこくと頷いたが、大半は飲むことに夢中になっている。携行しているハイドレーションは2Lしか入らないから、飲みきった者が多いのか。俺も飲みきってしまった。

 

 仕方がない、午後は普通の射撃訓練に留めておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日後、俺たち潜入部隊の姿は鉄血の補給基地にあった。

 

 物陰に遮熱光学迷彩マントを纏って潜み、目標のトラックが立ち寄る瞬間を待つ。不意に、基地から通信が入ってきた。受信するこちらはナノマシンを介した体内通信で鉄血の見張っていない周波帯なのでバレる心配はないが、少しだけ驚く。

 無線に応答すると、管制官を務める9A-91の冷静な声が聞こえてきた。

 

『HQよりルーカサイト、提案があります』

 

「なんだ」

 

『潜入部隊にコールサインをつけませんか? 例えば、クリーピングウルブズとか』

 

「忍び寄る狼たちか……いいセンスだ。ならば、俺のコールサインはグレイウルフ(ハイイロオオカミ)だな。……俺はもう、軍の犬でもただの白血球でもない。群れを率いる狼だ」

 

 無線越しに、2人ペアで分散して潜む全員が笑った気配がした。

 

『ただの群れじゃなくて、家族でしょう?』

 

『狼は大体10匹くらいで群れるらしいね』

 

『でも、これからも家族は増えるんでしょう? 私の妹とか、ね』

 

『灰色狼たあ、軍の犬コロから大出世だな。我らが主様は』

 

『ね、知ってる? 狼って一夫一s『『『余計なことは言わなくてよろしい』』』アッハイ』

 

 416、それは野暮というものだろう。

 総ツッコミを食らった彼女がヘコむのを感じ取りつつ、俺は目当ての車が入ってくるのを待つ。すでに鉄血の輸送計画は傍受しているため、あとは待つだけの簡単なお仕事だ。

 

 双眼鏡で道路の方を観察していると、お目当ての車である4両のトラックがやってきたことに気がついた。迷彩塗装をしないのはひょっとして彼らが馬鹿だからだろうか。

 通常歩兵の照準方法として歩兵携行式の対人レーダーが一般化されたとはいえ、究極の照準方法は依然目視だ。少しは対策をしたらどうだろう。

 

 そんなことを考えていると、給油所にトラックが止まったことを確認した。

 

 時間だ。

 

「────暗中模索(Find the girl)作戦、開始。各員行動を開始せよ」

 

 俺たちは、マントを纏ったままそれぞれ3両のトラックの荷台に分散して乗り込んだ。

 

 

 

 




次回から潜入パートに入ります。では


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暗中模索ー照準指向

いきなり戦闘シーンですよ。
潜入は長くなるのでカットで……。


『……グレイウルフ、地下6階の2ヶ所はハズレでした。捕虜収容施設と拷問部屋のようですが、シロ(もぬけの殻)ですね』

 

「了解。となるとこの先か……」

 

 突入から約4時間、すり鉢状の穴に蓋をかぶせたような地下要塞であるインビジブルフォートレスの最深層、地下7階のとある扉の前で俺たち4人は突入の用意をしていた。別行動だったジョナスとUMP45が途中で合流したこともあり、戦力的にも十分だ。

 コソコソと地下を潜る様子は見ていて退屈になる長さだから割愛したが、鉄血の警備は意外とザルだったとだけ付け加えておく。

 

 捜索対象は地下6階に2ヶ所と地下7階に1ヶ所だったが、大本命は7階と踏んでいた。最深部故に人の出入りも少ないだろうという判断だ。

 スコーピオンと416が残り2つの確認を買って出てくれたため俺たちは4人で本命の調査に当たれる。もしもスコーピオンたちの方が当たりだった場合は突入せず俺たちを待つように伝えてあった。

 しかし、どうやらその心配もなかったらしい。

 

 ハンドサインで突入を指示。

 

 ハッキングで解錠し、音を立てないようにそっと開ける。

 扉のむこうは微妙な明かりが照らす長い廊下だった。

 それぞれ銃を構え、左右への警戒も怠らないようにして一本ずつ歩を進めていく。

 

 やがて、行き止まりへとたどり着いた。そこにある扉、厳密にはその鍵を見た俺は悪態を吐く。

 

「Holy shit! 電子錠じゃない、旧式の機械錠だ」

 

「ドアブリーチしましょう」

 

「ああ……ジョナス、頼む」

 

「アイ・サー」

 

 錠に押し当てられたジョナスのM4カービンが短く振動し、鍵にめり込み貫徹した5.56mm弾が錠前の役割を失わせた。

 ドアを開けて突入する。

 

 その先に広がる空間は、黒い闘技場。

 

 明らかに異質なその空間だ。この基地には本来不要であるはずのものであり、どうにも即席感が否めない。

 ふと、俺たちの後ろに気配を感じた。首元がぞわり、となる。猛烈な寒気が駆け上がった。

 

「ガッデム、()()()()()!」

 

 振り向いた視線の先にいたのは、美しい女性が2人────否、銃を構えた鉄血ハイエンドモデルが2体だった。

 

「そろそろ来ると思っていたよ」

 

「今晩は、が抜けてるぞ」

 

「Fack!」

 

 悪態を吐きながらフルオートで牽制射撃。管制している9A-91に指示されるまでもない。声かけられた瞬間に理解した。コイツらは、当てずっぽうでも撃たないと瞬殺される。

 

『グレイウルフ、鉄血の反応3! ドリーマーとアルケミストと……なんでしょうか、コレ……?』

 

 視線の先にいたのは情報通りドリーマーとアルケミストだ。両者ともに武器も構えず泰然自若とした構えを見せていたが、きっちりと俺たちの奇襲を躱してのけた。UMP45に話を聞いたときから思っていたが、ドリーマーとアルケミストというのはまた妙な組み合わせだ。ただしその戦闘力は折り紙付き、油断ができる相手ではない。

 当の彼女はその片割れをありったけの殺気を乗せた目で睨みつけているが。

 

「ドリーマー、あんただけは必ず、殺す!」

 

「やれるものならやってみな、UMPの45ちゃん……がっ!?」

 

 UMP45も容赦なく撃った。45ACP弾数発ではとても致命傷にはなりえないが、それなりのダメージは負ったようだ。元から俺達も銃弾で致命傷を与えることは期待していない。

 5.56mm弾やら45口径弾やらで眉間に穴をこさえられる相手ならば苦労はしないのだ。

 

「まったく、やってくれるじゃないの? ……相手してやりなさい、()()()

 

「はい、ここに」

 

「……っ!?」

 

 ドリーマーの呼び掛けに応じて向かい側から現れたのは、異形の人形だった。禍々しい服を身にまとったツーサイドアップの少女と言い換えてもいい。仮に、ナインとしよう。

 装備以外はIOP純正のUMP9と変わらない癖に一目で鉄血のハイエンドモデルと分かってしまうのが恐ろしい。

 

「ナイン……? ねえ、私のことわかる……?」

 

 呆然とした様子のUMP45がフラフラと歩み寄りかけたが、次のナインの言葉で凍りついた。

 

「……あなた、だれ?」

 

 一瞬思考停止したUMP45を援護するようにFALが動いた。しゃがんでライフルを構え、右肩から伸びるアームとその先に保持されたレーザーガンに照準を合わせた。

 ナインが回避行動を取るよりも前に、引き金を引く。

 

 カシュッ! 

 

 放たれた徹甲弾はレーザーガンの機関部に正確に突き刺さっており、その役割を完全に失わせていた。

 

「……っ!?」

 

「お見事、FAL!」

 

「それはどうも!」

 

 礼を言う頃には彼女は移動を開始している。

 この開けた場所は遮蔽物で射線を奪い合うという屋内戦のセオリーに真っ向から喧嘩を売るものだ。故に、高速移動することでどうにか射線を外さなくてはならなかった。

 

「どうあっても、撃たなきゃならないんだね……!」

 

 UMP45が射撃を開始する。足音に交じってシュカカ、シュカカカと響く細切れの消音された銃声は、彼女が回避行動を取りながら射撃をしている証左だ。

 

 

 さて、俺もそろそろ目の前の敵へと意識を戻そう。

 

 

「Hey、いつまでビビってるつもりだ、夢の国に引きこもるニートさんや?」

 

 中指を立てて挑発する。これに乗ってくれるならばその時点で方はつくのだが、残念ながらそんなに安いやつじゃないのだ。

 

「ご挨拶ね、エドワーズ少佐。軍からはMIA認定されているらしいけど戻らなくていいのかしら?」

 

「悪いが、軍に戻る気は全くない……ジョナス、()()()()

 

「了解」

 

 HK416の30連弾倉の中にはまだ21発の5.56mmNATO弾が入っている。兵士は発砲音で武器の残弾数を数えられるように訓練をしているため、15年間もやっていれば覚えるのも当たり前だ。

 

 アルケミストの相手をジョナスに任せ、ドリーマーに向けて銃弾を指切りで撃ち込む。

 ドリーマーは身軽な動きでかわして見せたが、それは予想の範囲内だ。奴の回避するであろう方向へさらに撃ち込む。空薬莢がからからとこぼれ落ちるが、その音をかき消すかのようにドリーマーの狂笑が鳴り響いていた。

 

 背面に装備した大型レールガンを射撃位置へと移動させる。

 

 やっとか、待ちくたびれたぞ。

 

「Very slow start だな、ドリーマー。お前のペッツ(打ち出し菓子)は不良品か!?」

 

「でかい口叩いていられるのも今のうちだよぉ? 泣いて土下座する準備でもしたら?」

 

「お断りだ、このビッチ」

 

 猛烈な煽り文句で挑発しながら、ちょうど最後の1発を薬室に送り終えた弾倉をリリース。左手でマグポーチから取り出しておいた新しい弾倉をマガジンインレットへと叩き入れる。

 タクティカルリロード、弾倉交換の隙間さえ相手には与えない。与えるものか。

 

「泣いて這いつくばれ、メリケン野郎!」

 

 被弾にも構わず電磁狙撃砲をぶちかまそうとするヤツに、俺は今の今まで仕込んできた手札を切るべきか悩んでいた。

 このまま射撃を続けていても戦車を撃っているようなものだ。ならば、大打撃を与えるために使ってもいいのかもしれない。しかし、これは言うなれば1発切りの銀の銃弾だ。使い方を間違えればまず間違いなく死ぬ。

 逡巡の末に、通常回避を選択した。

 

 FALとジョナス、そして()()()()()()()()()は射線から外れる。UMP45はナインと組み合っているから問題ない。

 

 不意に、ナノマシンが猛烈なEMP(電磁パルス)を感知した。レールガンは発射時にEMPを放出するが、これだけあれば人形ですら一瞬ラグが出る……! 

 

 

 バリィッ! 

 

 

 ナノマシンの半分が焼ききれた。

 それでも、ギリギリ回避には成功した。着弾の衝撃によりプスプスと煙を上げている壁には目もくれず、ドリーマーへとダッシュする。

 自身の攻撃の余波を喰って移動できないようだが、そいつは三流としか言いようがない。

 

 HK416を構え、レールガンをホールドするアームを狙って攻撃を仕掛ける。

 

 初めて、ドリーマーが怒りや嘲笑ではなく焦りを浮かべて拳銃を引き抜いた。左手1本の拳銃射撃で何が出来るとは思うが、その意気だけは買おう。すぐにクーリングオフすることは確定事項だがな。

 

 フルオートで連射される拳銃弾をボディーアーマーで防ぎ、こちらは拳銃とナイフを引き抜いて迫る。アサルトライフルじゃ俺の望む攻撃をヤツから引き出すことができない。ならば、拳銃とナイフの近接戦闘装備でかかるのみだ。

 

 さあ、そのレールガンを捨ててかかってこいよ、夢想家! 

 

Go ahead, make my day(やってみろよ、俺を楽しませてくれ)!」

 

 映画のセリフを叫びながら、微妙に円を描くようなコースで接近。拳銃弾を応射しつつ、接近してカタをつけるべくコアは狙わない。どだい5.56で貫通できない内装甲だ。インナーアーマーなどというアホらしい装備を搭載した夢見る乙女には手痛い目覚まし時計が必要か。

 

「そこ!」

 

 拳銃弾が剥き出しの頭部めがけて殺到するが、しゃがんで掻い潜る。甘い、甘すぎる。

 そう、殺意────殺すという決意が足りないから、貴様の銃弾は軽いのだ。

 

「ええい、ちょこまかと! つか黙ってないで何か喋りなさいよ!」

 

「戦場においてお喋りな奴は意外と死なないものだ。貴様を除いてな」

 

「誰がそんなことを言えと言った! ええい、レールガン再チャージ完了、撃ち方始め!」

 

 ドリーマーが自らのレールガンを腰だめに構え、俺の心臓を狙った。

 

 ジョナスがアルケミストを配置に留めていることを知覚して、このまま撃たせても問題ないことを悟る。ニヤリと笑って後ろを指差してやった。ドリーマーの驚愕した顔が見えた。

 

()()()()()()

 

 

 

 狭くはない闘技場に、轟音が二度轟いた。

 

 




次回、UMP45 VS ナイン


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暗中模索ー銃爪引指

 UMP45視点

 

 信じたくなかった。

 あの時と同じことが、今度は9の身に起きている。

 過去に封じた私の罪の記憶が、軋みをあげて襲いかかってくる。

 

「どうあっても、撃たなきゃならないんだね……!」

 

 蘇るトラウマと戦いつつ、私は銃を握る。9を撃つために。

 違う、今戦っているのは9を解放するためだ。ドリーマーから、そしてその身を苛むプロトコルから解放するために。記憶が封じられていたとしても、9は9だ。他の誰でもない、私の大切な、大切な妹だ。絶対に鉄血などには渡さない、渡してたまるか! 

 

 ステップを踏みながら、細切れの弾幕を張る。45口径ホローポイント弾が9の纏う装甲の上で虚しく火花を散らした。FALの徹甲弾も効きが悪いようで、何発も撃ち込んでいるのにほぼ全て盾に阻まれる。対して9の放つ銃弾は容赦なく私たちの四肢にダメージを蓄積させていくのだ。圧倒的なスペック差だった。

 

 ナインの装備は両肩から伸びるレーザーガン2丁と腰に装備された可動装甲、そしてUMP9短機関銃と閃光手榴弾4発。

 レーザーガンは一丁が健在で、今も盛んに弾幕を張ってきている。掠めただけで人工皮膚の焼ける匂いがした。アドレナリンを入れることで痛覚をどうにかするついでに反応速度を早くしているが、それでもついていけるかいけないかという掃射を放ってくる。未だにマントを纏って反対側から撃っているFALがいなければとっくの昔にミンチになっていただろう。そのFALもギリギリの攻防を強いられており、分厚い弾幕をかいくぐって応射するその顔は苦痛に歪められている。

 

 その時、私は9が決して距離を詰めようとしないことに気がついた。

 

 確信はないため罠かもしれないが、もし接近戦が苦手ならばまだ勝機が見える。接近してからの方がこの作戦は有効だ。

 持ってきた物騒な道具類からマチェーテを抜いて、片手での牽制射撃を行いながら接近。応じて手にした短機関銃で撃ち返してくる9は、しっかりと左肩のレーザーガンのみでFALを抑え込んでいる。憎らしいほど模範的な戦法だ。私の知る9と大違いで、違和感に苛まれる。

 

 でも、私の得物は今この瞬間に限り短機関銃ではなくなっているのだ。

 

 それに気づかなかったあなたは、ゲームオーバーだ。私が今、現実に引き戻してあげる。

 

 間合いに入った。左手のマチェーテを振りかぶる。短機関銃で防御しようとしてももう遅い、私の狙いはその憎らしいバイザーだ。短機関銃ごとへし折ってでも砕いてやる。お願い、正気に戻って。

 渾身の力と願いを込めて、振り下ろした。

 

 ガキンッ! 

 

 硬質な音と共にブロックされた。

 短機関銃の外装パーツで防御されたのだ。

 無機質な目をした9はマチェーテを受け流そうとするが、私は右手のUMP45を9の太腿に突きつけた。この距離からだったら躱せるはずがない。必中の距離だ。

 

 連射。

 

 彼女の左足が爆ぜ、バランスを崩して後ろに倒れ始める。それでも私に銃を突きつけてくるのは流石だが、私は銃を払いのけて彼女の腰に飛びついていた。地面に押し倒し、即座にマカロフPM拳銃を引き抜く。その冷たい鉄の塊を、私は頭部に増設されたバイザーに突きつける。

 

「動かないで、すぐ楽にしてあげるから」

 

 彼女のバイザーを撃って破壊した。基盤から小さな火花を散らして機能を停止したそれを強引にもぎ取る。

 同時に自分に備えられた拡張機能の一つを起動した。電子戦モジュールだ。非正規部隊としてあたる任務の中には電子戦も含まれるため、404小隊編成時にミラージュ製の高性能な電子戦モジュールが増設されていたのだ。

 

 電子戦モジュールがスタンバイ完了を告げたことを確認して、UMP9のメンタルへ潜り込もうとした瞬間。

 

 ざわりと背中が粟だった。

 

 9を抑え込みつつ、後ろを振り返る。

 

 

 ドリーマーが、ディビッドにレールガンを向けていた。

 

「やめ……!」

 

 

 バリィッ! 

 

 

 EMPを伴って実弾がほとばしるが、ナノマシン越しに伝えられる彼のバイタルデータは正常だった。彼は回避してみせたのだ。至近距離からのレールガンという回避不可能な攻撃を。

 彼ならドリーマーを倒してくれると信じて、自分の戦いへと戻る。EMPシールドがされていなかったせいでシャットダウンしてしまった電子戦モジュールを再起動、左手に備わっている端子を9の胸元にあるメンタルアクセスポイントに差し込んだ。

 

 先程から9の抵抗はないが、それは気を失っているのか否か。

 私はメンタル内部で戦っているからと推測する。全く根拠がないため、妄想と言い換えてもいいかもしれない。おかしいな、私は現実主義だったはずなんだけど。

 

 メンタルへのパスを開いた。傍で護衛に入ってくれているFALに目配せをして、私は9のメンタルに打ち合わせ通りの操作を叩き込む。現在、彼女の茫洋としたメンタルに潜る(フルダイブ)ことは非常に危険だ。崩壊寸前の擬似人格が罠を満載にして待っているはずである。

 でも、メンタルへのアクセスはフルダイブしなくても可能なんだよ。

 

 待ってて9、絶対助けるから。あの時の二の舞にはしないから。

 

 

「ハッキング完了……メモリ管理者権限移譲確認……フォーマット、メンタル修復」

 

 9を救うための弾丸を、放った。

 

 

 

 

 

 ディビッド視点

 

 UMP45とFALはどうやら上手くやっているらしい。

 彼女たちには、電子戦モジュールを利用してUMP9のメンタルを解放するように伝えてある。そして今、UMP45がナインを組み敷いているということはハッキングを仕掛けている最中なのだろう。

 こちらの仕事はもうほとんど終わった。あとは彼女たちの成功を祈るだけだ。

 

「嘘……あんた、最初からこれを狙って」

 

「当たり前だ」

 

 目の前の夢想家に、仲間殺しの夢想家に現実を突きつける。アルケミストを消しとばしたのは、ドリーマーのレールガンだ。俺を捉えたと思っていたようだが、その真後ろにジョナスがアルケミストを固定させていた。

 そして、普段なら気がつくはずだが今回に限り俺が散々挑発をかけていた。これがタネであり、仕掛けだ。

 結果として、俺が躱した狙撃用レールガンの強烈な一撃はアルケミストの無防備な背中へと刺さった。

 

 突沸したドリーマーががむしゃらに拳銃を連射するが、それくらいでくたばるならばすでにレールガンの巻き添えを食って死んでいるだろう。

 

「クソッ、なんて奴! 味方撃ち、それもよりにもよってアルケミスト! 復活してもご主人様に半殺しにされること確定じゃない!」

 

「はは良かったな、お前らハイエンドモデルはどこかにスペアがあるんだろう?」

 

「よくないわよ! ……って、何よその刃物」

 

 ご主人様とやらが気になるが、そろそろこの戦いも閉めなければならない。UMP9の完全確保は完了していないが、これ以上長居しても逃げられなくなる可能性がある。

 俺は軍支給品のナイフを引き抜き、つかつかと歩み寄った。

 

「何ってただのナイフだが……そうだな、対装甲ナイフとだけ言っておくか」

 

 相手の注意が自分の一挙手一投足、特に左手のナイフに引きつけられていることを確認し、俺はナイフを()()()()

 

 シュカン! 

 

 ドリーマーの側頭部に大穴が開いた。

 一杯食わされた、という無念の顔でハイエンドモデルの狙撃者は倒れる。

 

 完全に死んだことを確認するために頭部をナイフで抉ってから、俺はトドメを刺した人物へと振り向いた。フード付きの遮熱光学迷彩マントを纏った彼女はにっこりと笑う。

 

「よくやった、FAL」

 

「どういたしまして。……にしても、誘導とか心理戦とかえげつないことするわね」

 

「正面で奴らと戦うつもりはなかったからな。それくらいはしないと戦えん……UMP9の方はどうだ? 上手くいったか?」

 

「まだわからない。無茶苦茶な方法だしね」

 

「はぁ、確かにな……」

 

 ため息をつき、妹に寄り添うUMP45を見る。彼女の左手からは電子戦モジュールのケーブルが伸びていた。

 

 

 

 その時、唐突にUMP9が上体を起こした。

 45の立案した作戦は上手く行ったのか、それとも失敗したのか。

 

「……45姉、ごめんね」

 

 俺は、失敗したことを悟った。

 

「……な……んで?」

 

 作戦はうまく行ったのに、そんなUMP45の声が聞こえてくるようだった。

 

「残りの人格も、ウィルスに侵されていたってこと。────ごめんね45姉、私を撃って」

 

 

 




そろそろ日常シーンが書きたい(血涙)


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暗中模索ー銃弾飛翔、弾着

今回は第1章エピローグとなります。
ではでは。


UMP45視点

 

4()5()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉に、私は凍りついた。

目の前の9が、だんだんとかつて存在した姉貴分に見えてくる。

厳重に封印したはずの、忌むべきログが蘇る。

 

違う、()()()4()0()()()()()。私の目の前にいるのはUMP9だ。私の妹分だ。

 

ここは燃え盛る基地跡ではない。鉄血の基地の最深部だ。

 

私は何も知らない新兵ではない。特殊部隊の隊長だ。

 

だから、あの時とは違う。必死にそう言い聞かせた。

 

「現実を見て、45姉。ほら、歌声が聞こえるでしょ?私が、私でない何かになってしまったら私はあなたを殺すしかなくなってしまう。だから、殺して。私でいられる間に、早く!」

 

9の雰囲気に当てられて、右手の短機関銃をのろのろと構えた。銃口の消音器がガシリと掴まれ、9自身の手によって彼女の額に突きつけられる。だめだ、このままだったらあの時の繰り返しだ。

 

心の底から這い上がってくるものは、容易に私を苛む。軋みをあげるメンタルに、私は気がつけば滂沱していた。両目からポロポロと涙をこぼし、震え、怯えながら縋るように手にしたUMP45(半身)を構える。

 

相対する9の眼は、至って穏やかだった。自分が姉の手によってこれから殺されようとしているのに、それを納得しているように見えた。事実、彼女は受け入れているのだろう。八方塞がりの中で、自分を除く全員が助かる未来を見つけたのだから。

それはまるで、介錯を頼む武将のようだった。それに比べて、くよくよしている私は何なのだろうか。

 

「しっかりやってよ、45姉。私は痛いのは嫌いだから」

 

まるで、人参は嫌いなんだ、というような気安さだった。

 

しかし、そんな話をしている間にも9を蝕むウィルスは進行していく。すでに、9の手は痙攣していた。打って変わって真剣な目で、9は泣きじゃくる私に告げる。

 

「もう時間がない。このウィルスは、私が死ななければ空気感染する。私を殺さなければみんなが死ぬ。生き残れるのは私以外かゼロかよ」

 

「でも……!」

 

「ごめん、45姉」

 

何度目になるかわからない謝罪。するりと、トリガーガードに指が滑りこんできたことを知覚した。

 

ダメだ、死なないで、9。でも、彼女を殺さなければみんなが死ぬ。私やディビッド、FALが死ぬ。しかし、殺せばもちろん9は帰ってこない。

 

極限のループの中で、私は天の啓示を聞いた。

 

「メンタル初期化だ!やれ、45!」

 

それは、FALの声だったかディビッドの声だったか。しかし、私は考えるよりも先に実行していた。

 

接続したままの電子戦モジュールを用いて、ある命令を送る。管理者権限は未だ私にあるから、簡単なことだった。

 

「さよなら、45姉……」

 

小さく呟いて、9は静かに目を閉じる。

 

 

ストン、と9の小さな体が崩れ落ちた。

 

9も死ななかった。私たちも死ななかった。記憶用のSSDが初期化された以上ウィルスも消えただろう。しかし、大団円とはいかない。私と過ごした9の記憶は、消えてしまったのだから。メンタル初期化とはそういうものなのだ。

 

「……結果としては、中の下ってところか」

 

傷だらけのHK416を抱えたディビッドが、こちらに歩きながら呟いた。

 

『いえ、帰るまでが作戦です。ーーーーナビゲートします、予定脱出路から脱出を』

 

「了解」

 

私は力を失った9を抱え、9A-91の指示に従って下水道から脱出した。下水道は二度と潜りたくない環境だったとだけ言っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

9の目が覚めたのは、基地についてからだった。

 

「あれ……ここは?」

 

そう呟く彼女はひどく病弱に見えた。それを見て、彼女の記憶を消してしまったことを実感する。

 

しかし、私の姿を認めるとこう言ってみせた。

 

「あ、久しぶりだね45姉!」

 

「……えっ?」

 

おかしい、メンタルは初期化したはずなのに。それに、記憶が無くなっていないのだとしたら久しぶりという一言目も引っかかる。

どういうことだかさっぱりわからない。

 

「わからない?偵察任務で本拠基地を出てから私たちはぐれちゃったでしょ」

 

「ああ、9はちゃんとバックアップを取っていたのね……ええ、久しぶり。あなたの姉、UMP45よ」

 

そういえば、9は私と同じようにいろんなところにバックアップを取っていたっけか。ともかく、当初想定していたみたいに完全初期化になっていなくてよかった。

しかし、9は浮かない顔をした。

 

「でもね、45姉。おかしいんだ……私がUMP9ってことはわかるし基本的な銃の使い方もわかる。でもね、指揮官のことや仲間のことを思い出せないんだ。……どうしてだろう、記憶の穴が大きすぎる」

 

「来たるべき時がきたら思い出すんじゃない?とにかく、ここが今の基地よ。あらためて、歓迎するわ。ナイン」

 

「そうだね、ありがとう!」

 

再びいつものニコニコとした笑いを浮かべる9を見ながら、私は彼女の記憶について考察する。

おそらく、メンタルを完全に初期化した後に私からデータを抜き取ったのだ。彼女があらかじめ私のどこか保存しておいたのは、人格データと最低限の戦闘データ、そして私との関係についての定義だろう。多分、9はもし自分が記憶を失っても同じ部隊の誰かと会うことができれば限定的に復活できるようにしたんだ。

 

作戦は中の下って言ってたけど、彼女のおかげで中の上くらいにはなりそうね、ディビッド。

 

 

 

 

 

 

 

ディビッド視点

 

自室でFALと並んで銃の分解整備を行っていると、UMP45が訪ねてきた。どうやら、UMP9のことで話があるらしい。

 

「ねえ指揮官、9の記憶が少しだけど戻った」

 

「……はい?」

 

すまん、もう一度言って欲しい。

俺もこんなオチは想像していなかったからどうすりゃいいかわからない。まるで喜劇じゃないか、あんなに悩んでいたというのに。

 

「文字通りよ、自分が何者かということを彼女は認識している。思わぬ収穫だね、指揮官」

 

「まあな、想定外は想定外だ。思い出したことはそれだけか?」

 

「自分のことと、私との関係、そしてごく基本的な戦い方。それだけ私のどこかに格納していたみたい」

 

「器用なことをするな……まあいい、よい方向に予想が外れてくれた」

 

「ん、そうだね。これから身の振り方を聞いていくつもり」

 

「ああ、頼む」

 

これは嬉しい誤算だ。だが、誰よりも喜んでいるのは他ならぬUMP45自身だろう。

 

傷だらけのハンドガードを工具で取り付け、愛銃の整備が完了する。

ちらりと横を見ると、FALもほとんどの工程を終わらせていた。

 

「よし、分解清掃も終わったことだし、9A-91のところからウォッカをもらってくるか」

 

「作戦前も一本空けてたじゃない……はあ、私も付き合うわよ」

 

「あ、じゃあ私も飲んでいい?」

 

走り寄ってくる二人を見て、俺はいつもの日常に戻ってきたことを実感した。

 

扉を開けると、一体の人形と出くわした。一目で分かる、UMP9だろう。

 

「あ、45姉!これからどうするの?」

 

「ちょっと仲間から酒をいただいて来ようかと思ってね。ああそうだ9、彼がここの指揮官だよ」

 

UMP45が俺のことを指差した。

UMP9は俺の方に向き直り、ペコリとお辞儀した。

 

「じゃあ、これからよろしくね、指揮官!」

 

 

 




だんだん文章に納得がいかなくなってくる……。


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第2章 脱出
AR-15の半身


AR-15回です。
先に言っておきます。キャラずれてるかもしれません……。


「私の電子戦の能力? おかしなこと聞くわね」

 

 私は、目の前に座るUMP9の言葉に首を傾げた。

 AR小隊において電子戦を担当していた私だが、最近は専らラップトップPCを駆って鉄血のネットワークに忍び込む毎日だ。

 自分の電子戦モジュールを使わずに敢えてキーボードを叩くというのは不思議な感覚だ。しかし、データベースに仕掛けられた鉄血のウィルストラップを回避するための確実な手段である。

 

 だからこそ、私の電子戦能力は一概には言えないのだ。

 

「私は大抵コレを使っているわよ。ハッキングを受ける心配もないしね」

 

 自分のラップトップPCを指し示しながらパスタモドキを口に運ぶ。ちなみに、これは今日の厨房番であるUMP45とスコーピオンがここで栽培した小麦粉を用いて試験的に作ろうとしたものだ。その結果パスタともそうめんとも言える謎の麺Xが出来上がってしまっだが。

 まあ食べれなくはないのでよしとする。

 

 それはさておき、私の言葉を聞いたUMP9は言った。

 

「じゃあ、助手はいる?」

 

「猫の手も借りたいくらいね。電子戦のできる9A-91は工廠にかかりっきりだし、UMP45はエドワーズ指揮官と辺境偵察に忙しい。かと言ってこの基地は脳筋ばかりだから……」

 

「誰が脳筋だって?」

 

 隣で麺を口に運んでいたM4が額に青筋を浮かべているが、見なかったことにする。

 別に脳筋でいいじゃない、事実なんだから。

 そこで、私はふと思いついた。

 

「待って、UMP9は電子戦ができるの?」

 

「もちろん、404小隊は電子戦も多いからね。私もある程度はできるよ……このパスタ、あんまり美味しくない」

 

「それは助かるわね。ちなみに食事が微妙に不味いのはUMP45とスコーピオンのペアだけよ」

 

 これは私が血の滲むような努力の末に見つけ出した法則だ。食事が残念な味になるのは、UMP45とスコーピオンがよりにもよってペアになってしまった時。食事担当は公正なくじ引きで決められるので予測は不可能だ。ちなみにM4の作る食事も本人が半ば諦めていることもあって微妙に美味しくない。

 

 ふと指揮官を見ると、不平を言わずに黙々と食べ続けている。UMP45はにっこり笑っているが、FALと9A-91の顔が引きつっているのはバッチリ見えた。

 それにしても指揮官はすごいわね、文句を言わないのは彼なりの流儀なのだろうけど。

 

 

 

 

 食事を食べ終え、私はUMP9を連れて工廠の方へと歩いていた。彼女のバイタルチェックもあるが、今日私の新しい銃を作ってくれている手筈になっていたのだ。

 

 無機質な機械たちがならぶ真っ白な空間で、工廠担当の9A-91がスコーピオンの手に包帯を巻いていた。

 

「……何やったの、あなた」

 

「いやー包丁でスパーンと」

 

「なるほどよくわかりません」

 

 要するに調理中の怪我らしい。へらへらと笑っていられるあたり傷は深くないようね。

 

 スコーピオンから目を外し、テーブルの上を見た。

 そこに置かれていたのは、黒塗りのガンケースだ。ギターケースと見間違うほどの大きさがあるそれの表面には、「ST AR-15」と大書されていた。

 

「……これは?」

 

「文字通りですよ。開けてみてください」

 

 9A-91の言葉に従って、ガンケースを開いた。中に入っていたのは、ニッケルシルバーに塗装された一丁のアサルトライフルだ。アクセサリー類はともかく、銃本体は記憶にあるのと寸分違わない、私の半身。

 

「ST AR-15。バレルを30口径仕様に換装しているため.300BLK弾仕様となっています。アイアンサイトなのは取り付けられるスコープがなかったからですが……」

 

「いえ、十分すぎるわ、ありがとう」

 

「設計データはあなたにIOPから盗んできてもらったので結構楽ができました。とりあえず、これはあなたの半身です。それを忘れないであげていただけると幸いです」

 

「そこまでかしこまらなくてもいいわよ……。ありがたく受け取るわね。感謝するわ、9A-91」

 

「どういたしまして。……さて、UMP9さん。楽しい楽しいバイタルチェックの時間ですよ? まさか逃げようなんて……」

 

「思ってないよ? うん」

 

「ならいいのですが」

 

 そんなことを言いながら隣室へと消えていく2人を見送り、私は足早に射撃場へと歩みを進めた。

 包帯を巻いたスコーピオンも付いてくる。

 

「スコーピオン、あなたも射撃場に?」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、私は日が暮れても撃ちまくっていた。新しい銃を手に入れて調子に乗っていたのだろう。しかし.300BLK弾を3箱、300発も撃ってしまったのはやりすきだった。もともと私しか使わない以上数は少なく、残りはたったの200発。何回か襲撃に出れば撃ち尽くしてしまう量しかのこっていない。

 

 しかし、その時の私はそんなことも考えずに浮かれていた。

 

 そして何も考えずにジョナスさんの誘いに乗ってしまった。

 

 その結果が()()だ。

 

 

「……役無し(ブタ)よ」

 

 私は小さく呟いた。

 同じく山札を囲みポーカーに興じるスコーピオンとジョナスさん、そしてUMP45のニヤケが止まっていない。FALと指揮官は呆れ顔でグラスの中身を呷っている。

 

 スコーピオンが声高に叫んだ。

 

「フラッシュ! これで掛け金は私の分だね!」

 

 ジョナスもニヤリと笑いながら手札を見せる。

 

「フォーカード。まあ、こんなもんだろ」

 

 UMP45が若干の不満顔で手札を明かした。

 

「ストレート、負けた……」

 

 一番大きな役を作ったジョナスさんが全員の掛け金を手に取った。ちなみに合計400米ドルだ。ドルの価値は下落しているとはいえ、下手な酒瓶一本が買える額はある。

 

 諦めきれなかった私は叫んだ。

 

「も、もう一回!」

 

「おういいぜ、賭け金(ベット)はそれぞれ120ドルな」

 

「望むところよ」

 

「じゃ、私もやろっかなー」

 

 それぞれ財布から100ドル紙幣と10ドル紙幣2枚を取り出して場に出した。

 ちなみにここまでの損失が一番大きいのは私だ。逆にぼろ儲けしているのがジョナスさんで、すでに利益は1000ドルを超えているはずである。私? たったの120ドルよ。損失の方が大きい。

 最初に勝ってから調子に乗って、負け続けてもムキになった結果がコレって笑えないわね。

 

 にしても、次賭けられるお金が手元にない。どうしよう、指揮官かFALに借りるか。

 

 ジョナスさんによって山札が切られ、各々5枚ずつ配られた。

 私は受け取ったカードを表にする。

 

 うん、十分勝てるカードね。

 

 手始めにジョナスさんが3枚ドローし、スコーピオンとUMP45がそれぞれ2枚ドローした。私も2枚を捨てる。山札から引いたのはスペードのキングとハートの10。

 思わず舌打ちを打ちかけた。

 

 勝負から降りれば賭け金は全額返ってくるが、もしも勝てば全員の掛け金を得ることができる。そして、負けず嫌いな私は散々負けたというのにまだ勝負を続けていた。

 

 でも大丈夫、次のドローでなんとかなる。

 

「おっと、スコーピオン。山札は一番上から引けよ」

 

「はーい」

 

 唐突に指揮官の声がした。スコーピオンさんがどうやらイカサマをしようとしたらしい。指揮官の動体視力の前では丸見えだったようだけど……。

 

「うげ」

 

 UMP45が事故ったわね。

 私はクラブのエースとダイヤのエース、役は揃ったわ。

 

「さて、カードをオープンしようか」

 

 ジョナスさんの声でそれぞれカードを明かしていく。

 私はフルハウス。他の面々は……。

 

「ストレートフラッシュ」「フォーカード」「スリーカード」

 

 嘘……またジョナスさんの一人勝ちじゃない。

 

「さて、もう一回やるやつ?」

 

「ハイ、私! 賭け金150ドルで!」

 

「じゃ、私もー」

 

「賭け金が……ごめんなさい指揮官!」

 

 私は酒を楽しんでいる指揮官に声をかけた。

 つまり、借金を頼み込むために。

 

「350ドル貸していただけないでしょうか」「だが断る」

 

 

 即答だった。

 賭けられなくなった私に呆れるように、指揮官はつづける。

 

「だいたい、こんな場所で金かけてやるもんじゃねえだろうが。それでも小遣い適度なら黙認したが、誰かに借金するのはナシだな」

 

 正論に、返す言葉もなかった。

 指揮官はジョナスさんからトランプを奪い取り、宣言する。

 

「つか……AR-15はギャンブルしてはいけない類の人間だろ……ほら、お開きだお開き! 合計何ドル賭けたんだ」

 

 くぅ……私はギャンブルしてはいけない人間なのでしょうか。でも、たしかに負けず嫌いだけど、流石にここまでとは思わなかった。自分でもちょっと驚きだ。

 

「金欠組は明日から頑張って仕事してくれ、俺はニートを養うつもりはないからな。働かざる者食うべからずだ」

 

「正論っぽく締めようとしているが全然論点ズレてるぞ……ほら、解散だ解散!」

 

 ジョナスさんの言葉で、お開きとなった。

 

 

 はあ、今日はいい日だったのかしら、それとも悪い日だったのかしら……。



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不本意な遭遇

FALは何気に魔改造してます。銃身下に3連発グレネードランチャーを取り付けたりとか。



 UMP9がウチに来た日から数えて2週間が過ぎた。

 今日も今日とでラ・パラディスの天気は快晴、我らADPは時間を施設の掃除と訓練、そして偵察に費やしていた。

 それにしても、UMP9はいつもニコニコとしているな。姉が浮かべているそれは計算尽くの笑いだし剥がれることも多いが、妹の方はそれがニュートラルな感覚はある。もちろん、その裏で何を考えているのかはわからない。

 

 そんな余計なことを考えながらキーボードを打っていると、9A-91が入室してきた。

 

「エドワーズ指揮官、気になることが発覚しました」

 

「なんだ?」

 

「ここ最近、鉄血は『1873』という戦術人形を追っているらしいです。どうも私たちのような武装勢力を率いている人形のようなのですが、数日前から鉄血の監視網に引っかかり逃げ回っていると……」

 

 珍しく工廠関係のことではなかった。電子戦はAR-15の担当のはずだが、なぜ彼女が来たのだろうか。

 そして、1873とは誰だ。直感だが俺と同類の匂いがするのだが……。

 

「1873……? どういう意味だ」

 

「さて……Model1873でしょうか」

 

「わからないな……とりあえず偵察を強化しよう、物資の強奪は継続、ただし油断は禁物と伝えてくれ。今はこれくらいしかできないな」

 

「了解です」

 

 その日は、それでしまいとなった。

 

 

 

 

 数日後、俺は敵地偵察へと出かけることとした。

 偵察班は俺とAR-15、そして416とFALだ。

 いざとなればUMP45とM4が車で急行してくる手筈になっているが、そうなった場合は鉄血と一戦交えることを覚悟しなければならない。流石にそんなヘマは踏むつもりはなかった。

 

 珍しく、俺は狙撃銃を使うつもりだった。

 

「珍しいな、ディビッドが狙撃銃を持っていくってのは」

 

「ああ、俺も珍しいと思っている。基本的に避けていたんだがな」

 

()()()()、か……お前はまだ、後悔しているのか?」

 

「後悔、しているさ」

 

 FALにすら伝えていない、入隊以来の腐れ縁であるジョナスと当の俺だけが知っている事件だ。思い出したくもない、しかし絶対に忘れてはならない事件だ。その時、俺は大口径狙撃銃を握っていた。第三次世界大戦末期、米海軍NavySEALsへと入隊したばかりの頃だ。

 候補生の俺たちも送り込まれた作戦で、俺はある過ちを犯した。

 

 だめだ、胸が軋む。

 

 記憶の海に浸ることをやめて、黙々と使用する狙撃銃の整備に努める。俺の希望で新規生産されたMk21PSR、338ラプアマグナム弾を使用する長距離狙撃銃だ。メーカーのレミントン社はMSRという名前で発表したらしいが、海軍の現場からしてみれば制式名のPSRの方が馴染みがある。

 機関部を組み立て、338口径の銃身を差し込む。ワンタッチで固定できる仕様のハンドガードを装着し、機関部後端にサイドスイング式のストックを差し込んだ。バットプレートのネジを調整し、チークパッドも微調整。仕上げに、大型のサイレンサーとリューポルド社製のウルトラM3 10倍スコープを搭載して完了だ。

 

 弾倉に挿弾子を用いて計10発の.338ラプアマグナム弾を一気に装弾。これを3セット作った。

 

 準備を終えた俺は立ち上がり、装備品を身につけて格納庫へと向かった。尾根を超えるために車が必須である故に、必然的に格納庫が集合場所となっているのだ。すでに他の面々は装備を身につけて集合していた。

 

「行こうか」

 

「ええ」

 

「そうですね」

 

「行きましょう」

 

 非装甲の汎用車両の助手席に腰を下ろした。全員が乗り込んだことを確認し運転席に座るFALが電源を入れた。

 ルーフの23mm機関砲を構える416が槓桿を握る。

 サイドアームのAKS-74Uのチャージングハンドルを引いて初弾を装填、助手席に増設したラックに装着した。

 

「おう、必ず戻ってこいよ」

 

「ああ、行ってくる」

 

 見送りのジョナスに応えたと同時に、車が動き出した。

 

 

 

 

 

 数時間後、偵察班は鉄血の西部通信所へと辿り着いていた。車を森の中に隠し、それぞれギリーマントで姿を風景と同化させて進む。狙撃兵が纏うようなギリースーツと呼ばれるモコモコウェアは動きが阻害されるため、攻撃を行う際は草木を貼り付けたマントであるギリーマントが好まれている。ちなみに、俺もギリースーツは好きではない。輪にかけて動きにくいというのが大きな理由だ。

 

『こちらHQ、無線感度良好。応答願うよ』

 

「UMP45か。グレイウルフ、狙撃地点へ移動中」

 

 体内通信越しに異常なしを報告し、狙撃ポイントまで匍匐を続ける。

 やがて、森の切れ目へと差し掛かった。小高い崖となっており、そこからは通信施設とそこへ至る道が一望できる。ここが、狙撃ポイントだ。

 遅れることなくついてきた3人に、指示を伝えた。

 

「FALはここで観測手(スポッター)を頼む。AR-15と416はポイント602に待機、入る車両の観察を行ってくれ。決して攻撃するな、ここはそれなりに大きい基地だ。バレたら最後、榴弾砲を撃ち込んで黙らせるしか無くなる。安息の日々ともおさらばだ」

 

「それは避けたい所ね。広域監視は任せるわ、完璧な私をこき使おうというんだからそれなりの成果を出してよね」

 

 416から頼もしい返事が帰って来た。事実、カタログスペックだけなら彼女はIOP製において最高クラスの人形だ。米陸軍グリーンベレーに制式採用されている高性能汎用戦術人形〈バラム〉や、グリフィンに並ぶ最大手傭兵企業イグジスト・オーダー社の高機動高防御型戦術人形〈ルシフェル〉とも張り合える性能を持つ。

 M4たちAR小隊や鉄血の最高位ハイエンドモデル〈代理人(エージェント)〉は規格外中の規格外なのだ。

 その中でも、404小隊という非正規戦闘部隊に籍を置く彼女はずば抜けて豊富な戦闘経験を誇る。完璧という自称もあながち間違いではない。

 7年間も非正規部隊に所属しているFALもその経験は認めている。だからこそ、普段から何かと気にかけているのだろう。

 

「じゃあ、絶対に失敗するんじゃないわよ、416。……グレネードランチャーには常に実弾を装填しておきなさい。咄嗟の選択肢が増えるから」

 

 彼女は、ハンドガード下に取り付けたチャイナレイクモデルのポンプアクショングレネードランチャーを指し示しながら416の不備を指摘した。

 

「強引な改造で3連発ランチャー付けている人に言われたくはないわよ……よっと」

 

 不平を吐きつつも、言われた通りに銃身下に取り付けたM320グレネードランチャーに40mmグレネード(殺傷榴弾)を装填しているあたり416もFALを信用しているのだろう。

 

 呆れ顔のAR-15を連れて彼女が去った後に、俺はその事を隣の相棒に聞いた。

 

「ふふ、彼女は素直な子だから。成長するのが楽しみね」

 

 微笑する彼女の答えは、そのようなものだった。

 

 

 

 しばらくして、別働隊の2人から配置についたとの連絡があった。

 とはいえやる事は変わらない。別に襲撃する訳でもなく、警備を探るだけだ。いずれここの通信所も制圧せねばならないが、2個小隊約60体が警備する施設をたった10体、しかも本調子ではない人形がいる中で攻略することは容易ではない。まして、ここにいる戦力はたったの4人だ。戦闘機でも持ち出さない限り制圧は不可能である。

 

「警備レベルは高いな。この地区の通信を中継しているから当然か」

 

『いざと言う時は真っ先に榴弾砲を撃ち込むべき施設ね。基地からの距離は10km、野戦砲でも持ち込まれたら厄介よ』

 

「先制攻撃を仕掛けるべきはここというわけだな……通信塔が1つと衛星アンテナがいくつか。それと配電施設だな」

 

『さてと……撃つべきは通信塔かしら?』

 

「いや、撃つべきじゃない。大体の警備レベルはわかった、撤収するぞ」

 

 物資はそれなりに貯蔵されていることを確認した。歩哨などからこの地区の警備レベルも割り出した。通信施設の内訳も確認した。あとは撤収するだけだ。1発も撃たない地味な作戦になったが、これでいい。敵戦力の偵察という作戦目標は果たしており、襲撃まで行う必要はない。

 

『あらあら、AR-15やM14、ナインの時みたいに捕虜がいる可能性は考えないの? 罪作りなオ・ジ・サ・マ』

 

 おい、UMP45。ビビるからその声やめろ。

 捕虜がいないことは電子戦で確認済みだ。

 ……というか、お前明らかに楽しんでいるよなオイ。つか俺はオジサマとか言われる歳ではない、まだ40も過ぎていない。おにいさんとは流石に呼べないだろうが……あれ、だとしたら俺はオジサマになるのか? 

 

「……つ、罪作りは嘘だ」

 

『んふふ〜? それはどうかな〜?』

 

 ダメだコイツ、話にならねえ。相手の口を擬似的に耳元に形成するという体内通信の仕様を完全に理解し悪用してやがる。ぞわりと背中が粟立った。まったく酷い話だ。

 

 次の瞬間、俺はPSRのスコープから目を離した。纏った遮熱迷彩マントを翻してAKS-74Uを構え、セレクティブレバーを真ん中のフルオートに切り替える。

 銃口を向けた先には、白髪のFAL……否、FALに瓜二つな人形がいた。

 目を白黒させているあたり、俺たちがいることに気が付かなかったらしいがそんなことは知ったことではない。

 

「動くな」

 

 響かないように低い声で告げる。鉄血の人形でなくとも、それが俺たちに友好的とは限らない。引き金にかかった指を、僅かに引いた。

 

 銃弾は出ない。

 当然だ、4.5kgの引き金は簡単に引けるものでは無い。しかし、あと1kgほど指先に力を込めれば5.45×39mm弾が銃身から躍り出るだろう。一部の鉄血ハイエンドモデルが装備するインナーアーマーでもない限りは防ぐことの出来ない銃弾だ。

 

 それを理解したのか、相手は両手を上げた。

 

「……戦術人形Five-seveNね。こんな所でどうしたの? 返答次第によってはあなたの額でジュースを飲めるようにしてあげるけど」

 

 挨拶がわりに米軍特有のスラングを叩きつけるFAL。遮熱ギリーマントから覗く銃口に怯んだ相手は、しどろもどろになりながら言葉を絞り出した。

 

「私は、リーダーの指示に従って偵察してただけで……」

 

「リーダーとは誰だ」

 

『私が尋問する、あなたは周辺警戒をお願い』

 

 FALが低い声で問いかけると同時に、体内通信で周辺の警戒を依頼された。意識を周囲に向けるが、特に変な気配はない────否、山岳に潜伏した狙撃兵がいる。

 完全な直感だ、確証はない。それに、鉄血の狙撃兵は正面戦闘時以外に山岳に展開することはまずない。しかし、俺は直感を何よりも信じる。

 兵士が生死を分ける重要な要素なのだから。

 

 偽装を施した狙撃銃に飛びつき、直感で旋回させる。

 程なくして発見した。スコープの反射光が偶然見えたのだ。

 ど素人が。

 内心で吐き捨てつつ、スコープのクロスヘアを反射光のやや上に位置させた。太陽を背にしているためスコープの反射光で発見されることはまず無い。だとすれば、後ろの人形のせいでバレたか。

 

 幸い、急な動きに弱い光学迷彩ではなく遮熱加工したギリーマントを持ってきた。動きやすさはボディーアーマーを装備していないこともありトップクラスだ。

 距離は1500mと見た。風とコリオリの力を意識して若干動かし、躊躇なく引き金を引く。

 

 自分では、命中させたつもりだった。

 

 しかし、2.1kgに調整した引き金を引いた瞬間、俺を猛烈な軋みが襲う。心音がやけにバクバク聞こえてくる。呼吸が乱れる。消音された銃声が聞こえないほどの耳鳴りがする。

 意識がクリアになった時、俺は狙撃の失敗を悟った。反射光に紛れてチカリと光が見えた。

 

 ボルトハンドルを引こうとした瞬間、左の前腕に猛烈な衝撃を感じた。見ると、肘から先が吹き飛ばされている。

 不意に痛烈な激痛が襲いかかってきた。悪態を吐きつつ今行うべき対応を取る。

 

「FUCK! 416、AR-15! ポイント300に敵スナイパー!」

 

 体内通信で叫んだ俺は、木の影に退避して止血帯を取った。

 

 

 




416×FALという新カップリング。誰得や……。
ちなみにここのAR-15は不運ポジです。

そして皆さん45姉に何をお求めなのでしょうか。
純愛がいちばん多いので純愛方針で行きますが、いつか重ヤンデレ短編書きます。
ちなみに作者はヤンデレも純愛も大好きです。

では


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十把一絡げ

 随分短くなってしまった左腕の先端に止血帯を巻き付けて応急処置とした。大丈夫だ、軍役時代にはレールガンで大腿から下を消し飛ばされたこともある。それに比べれば小銃弾の直撃などかすり傷に過ぎない、はずだ。

 俺の四肢は至って普通の人間の肉体で、サイボーグ化や装甲化されていない以上防御力は低い。この壊れ方は.300レミントンマグナム……いや、7.92mmモーゼル弾か30-06弾だろう。

 不思議と冴えた頭で高速思考を回す。

 

 肘から先を消し飛ばすならば、拳銃弾や小口径高速弾では力不足だ。最低でも7.62mm口径はないと成人男性、それも戦闘職の手足を吹き飛ばすことは出来ない。フルサイズ小銃弾でもここまで綺麗に持っていかれることは滅多にないだろう。かと言って大口径すぎるのも考えものだ。対物ライフルの.50BMG弾や6.5mmレーザー小銃弾、レールガン用の5.56mm弾体などを喰らったら俺の体自体が粉砕されていた。

 腕だけが持っていかれたとなると、近距離ならば大型拳銃で用いられるような50AE弾や454カスール弾が候補に上がるが、1500mも離れていた場合自ずと銃弾は限られてくる。

 

 俺が出した答えは、熟練の射手が旧世代の強力な小銃実包でぶち抜いた、だ。ど素人などとんでもない、初弾から命中させてくるバケモノだった。

 

 タァーン、と遠く聞こえる銃声は、恐らく俺の腕をぶち抜いた銃のものか。

 

「FAL、そいつが()()()()()()。ECM、殺すなよ!」

 

『了解……』

 

 消音された銃声が鳴った。恐らくは相棒がサイドアームのブローニングHP拳銃を撃ち込んだ音だろう。

 

 目の前の人形が、まるで糸が切れたかのように膝から崩れ落ちた。

 

「人形用麻酔弾……こんなところで使うとはね。数時間はぐっすりよ」

 

 何気なくえげつないものを撃ち込んでいたようだ。ちなみに、人形相手に薬物の効きは悪いため電子的なウィルスが代わりに仕込まれている。プロセッサ付近に撃ち込めば一瞬で眠るという恐ろしい代物である。

 

 幸いなのは相手がこちらの急所を把握出来ていないことだ。数発撃ち込まれていたが、全て至近弾か大幅なハズレで済んでいる。迅速に観測手を片付けたおかげで精度が出ていないのか。

 

『エンゲージ!』

 

 416の叫び声が聞こえてきた。銃声や打撃音がしないあたり、ナイフを使ったか格闘技を仕掛けたのだろう。

 

「FAL、撤収だ。済まないがそいつを担いでくれ、聞き出さなきゃならないことが山ほどある」

 

『了解……左手は?』

 

「義手がベターだろうな」

 

 力なく横たわっているFive-seveNを指し示してから俺はライフルを担いだ。左腕を持っていかれたのは大損害だ、義手を使わないならば肉体を再生するまで片腕生活となってしまう。本当なら明確な敵意アリとして殺害許可を出しているところだが、こいつらは脱出路を知っているかもしれない。

 そのような思惑があったため結局捕虜とすることとした。

 

 鉄血の基地を挟んで撃ち合ってしまったため、鉄血に発見されたおそれもある。早く帰るに越したことはない。

 

「さて、暖かい我が家に帰るぞ、諸君」

 

 取り回しを良くするためにストックを畳んだAKSを片手に、俺は無線に吹き込んだ。

 

 

 

 

 意識のない戦術人形を2体担いで来た416やAR-15のギョッとした視線を浴びつつ車に乗り込む。

 即座にFALが車の電源を入れ、林道を走らせ始めた。今のうちに血が滴る止血帯を外して手当てをすることにする。気休め程度に消毒薬で洗い、新しい止血帯を巻いて包帯で固定した。

 アドレナリンが切れたのかずきずきと痛み出してきたのでモルヒネを注射した。

 これで基地までは持つはずだ。モルヒネの副作用で全身に倦怠感があるが、仕方がない。片腕を消し飛ばされた痛みは洒落にならないのだ。

 

「……鹵獲した戦術人形は3体、私たちが格闘術で捕らえた狙撃手2名とそちらで捕らえた観測手1名ね」

 

「戦術人形……IOP製か?」

 

「はい」

 

 俺の問いに、ラップトップから顔を上げたAR-15が頷いて答えた。

 

「調べた結果、製造元は全てIOPです。所属はリー・エンフィールドがエクストラ・アーマリー社、64式自……64式小銃が仁和警備派遣、そしてFive-seveNがキプロスのSSTですね。いずれもMIA判定……キプロスに至っては国家自体が2060年11月に壊滅しています。……ざっと、こんなところでしょうか」

 

「ああ、十分だ。ありがとうAR-15」

 

 シリアルナンバーだけでそこまで調べられるとは、流石電子戦担当人形というだけはある。しかし、バラバラで共通性が見出せない。仁和警備派遣は字面からして中国系か日本系の企業なのだろうが、エクストラ・アーマリー社はイギリスのPMCではなかったか? 

 彼女たちの運命が交わった理由が見えない。

 

 とはいえ、俺の手を吹き飛ばしたのは確実にエンフィールドなのだろう。そして、手にした旧式の狙撃銃しか使っていなかった以上彼女は恐ろしいレベルの射手だとわかる。1500mから小銃弾を撃ち込むなど並大抵のことではない。

 見ると、彼女の銃には上半分を消し飛ばされたスコープが載っていた。側頭部に裂傷があるため咄嗟の判断で躱したのだろう、そうでなければ俺のラプアマグナムは確実に命中していた。

 

 がたがたと揺れる坂道を登り切り、山頂部の高山地帯へと出た。

 ここからは隠すものが何もなくなるが、すでにラ・パラディスの展開するジャミングとエアカバーの範囲内だ。鉄血は制宙権を手にしていない以上、衛星で発見される可能性はほぼゼロに等しい。

 襲撃などあり得ない。

 

 そのはずだった。

 

「5時の方向、装甲車! 鉄血ではないけど……撃ってくる! 迎撃許可を!」

 

 ルーフの銃座につく416から悲鳴が上がった。窓から後ろを見ると、山岳迷彩の装輪装甲車(ストライカー)が迫ってきていた。盛んに機銃を撃っているが、悪路ということもあり未だに致命弾は出ていない。あるいは手加減をされているのか。銃声は7.62mmクラスだ。

 

「牽制射撃、23mmを足元に撃ち込め! AR-15、加勢しろ」

 

 身を乗り出してAKの引き金を引きしぼる。片手射撃では当たるものも当たらないが、寄せ付けなければこちらの勝利だ。

 AR-15が同じく身を乗り出して乱射しつつ、俺に向けて叫ぶ。

 

「支援要請出しました、()()()を出すみたい!」

 

「大盤振る舞いだな! クソッ、撃て、近づけたら負けだ!」

 

 銃弾が顔を掠める。

 FALの卓越した運転技術で一度も事故は起こしていないが、そろそろ限界だ。非装甲車両と装甲戦闘車両では地力に差がありすぎる。

 熱々の空薬莢が悪路を走っているせいで車内を飛び回り、ようやく目が覚めた戦術人形たちに襲いかかる。

 

「あっつ、空薬莢が、空薬莢がぁ!」

 

「うるさい黙れ! 殺傷榴弾、許可を!」

 

「FUCK! もういい、タイヤを殺れ!」

 

「イェッサー!」

 

 ポンッという音を残してグレネード弾が飛翔する。敵の足元で炸裂した榴弾は、しかしストライカー装甲車にタイヤのバーストを起こさせることはなかった。

 そろそろ尾根を超える。これ以上ついてこられた場合は冗談抜きで切り札を何枚か切るしかない。ちなみに、それらはこんなところで切るには勿体なさすぎるものだらけだ。

 

 その時、猛烈な羽音が聞こえてきた。

 

「切り札その1の到着だ!」

 

 空に見えるのは、巨大なガンシップ。

 

 そいつは、俺たちに追随する装甲車を視認するや否や、いきなりロケットランチャーをぶっ放した。

 

 40mmグレネードなど比ではない破壊力を秘めた流星が地に突き刺さり、炸裂。さしもの装甲車も回避しきれなかったらしく、横転する車両が一瞬だけ見えた。上空を舞う戦闘ヘリ────Mi-24VMが旋回し、兵員室の扉から数体の戦術人形が顔を覗かせた。

 兵員室にいるのはUMP45と9A-91、M14、そしてM4か。とするとジョナスが操縦……無茶をやるな、オイ。

 

 器用に銃座を向けながら旋回するハインドが、横転して黒煙を吹く装甲車に接近する。俺たちも近づくべきだろう。

 ブレーキ音を立てて車が停車したと同時に、俺とFALは駆け出していた。ロケットの起こした砂煙は強烈なダウンウォッシュの前に掻き消され、黒煙を吐く横転した装甲車がはっきりと視認できる。

 

「よーしよし、グレイトだ諸君。で、とりあえずパンドラの箱を開けようか」

 

 俺はそう吐き捨てて、装甲車のハッチに手をかけた。

 

「UMP45」

 

『はいはい、感謝の言葉はないのね……開いたよ』

 

 UMP45がノートパソコンのキーを叩くと、空気の抜ける音と共にハッチが開いた。すかさず人形が飛び出してくるが、その額にはブローニング拳銃が突きつけられている。

 俺もAKSを突きつけていたものの、それよりも遥かに早く飛び出してきた。アホか。

 

「くっ、あたしの行動は読まれていたか」

 

「外に出る前にクリアリングをしろ素人」

 

「クリアリング? なんだそれ……というか銃を下ろしてくれよ。つかAKS-74Uとはまた古いもん使ってるな」

 

 古いとは失敬な、武器は殺せればそれでいい。

 設計も製造も古いが、このAKSはいい武器だ。長く整備されていたから信頼性が高い。

 

 まあ、とりあえず9A-91、頼んだ。

 

「黙りなさい、AK-47。それ以上軽口を叩くならば額でウォッカを飲めるようにしますよ」

 

 ヘリから降りた9A-91が、AK-47と呼ばれた人形に銃口を突きつける。AK-47はしぶしぶ手を挙げた。

 

「よろしい。さて、後ろの方々も全員武器を捨て、両手を挙げて出てきてください。異論反論は聞きません」

 

 おーこわ。これがブチ切れた9A-91ちゃんか。

 どうしてブチ切れているのかは知らないが。

 

 後ろから出てきたのは、戦術人形もいれば人間もいた。

 屈強な黒人の男と、細身の中国人……否、日本人の男だ。残りは戦術人形が3体。

 

「じゃあ、全員武器は持ってないな? ……捕虜は計9人か、武装を放棄すればヘリに乗せられるか?」

 

『十分行けるね、このMi-24は非武装で10人まで乗せられる。戦術人形ならもっと乗せられるよ』

 

 コ・パイのスコーピオンによると全員移送できるらしい。戦術人形は車で帰るか。ちょっとオーバー気味だがどうにかなるだろう。

 その時、戦術人形の一体が俺に向かって爆弾発言をかましてきた。

 

「あー、悪いんだけど装甲車も回収してくれない? 引き換えにここからの脱出路を教えてあげるから」

 

 なんだって? 

 




ついに未所持のリー・エンフィールドとFive-seveNを出してしまうダメ作者の鑑。
たぶん未所持で出てくるのは彼女たちだけでしょう。RO635やグリズリー、Vectorは当分出てきません。出てきた時は……察してください。
ちなみに私をドルフロに引きずり込んだ友人はリー・エンフィールド嫁の指揮官でした。


近いうちにキャラ一覧を乗せます。では。


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愉快な仲間たちが増えた

補足すると、この小説におけるハンドガンの標準的な任務は前進観測(回避デバフ)、広域観測(夜戦視界確保)、威力偵察(攻撃)、味方人形演算補助(各種バフ)などです。


「どうしてこうなった」

 

 俺は、銃声鳴り響くキルハウスの中でボヤいた。

 何が悲しくてキャットウォーク上に設置された俯瞰席で模擬戦という名の果し合いを眺めなければならないのか。どうしたら遭遇戦の戦場が闘技場となるのだろうか。何をとち狂ったら23mm機関砲を乱射する戦術人形が生まれるのだろうか。

 

 決闘として始めたはずの模擬戦は、いつの間にか熾烈な塹壕戦の戦場となっていた。

 

 何故か隣に座る戦術人形SAAがコーラ瓶片手に苦笑した。

 

「あはは、ゴメンね。うちの連中は血の気が多いんですよ」

 

「いや、俺の部下も大分血気盛んみたいだ……ってそうじゃねぇよ」

 

 キレそう。

 

 全ての元凶はこの女狐だ。巧妙すぎるやり口の前に、いつの間にか模擬戦でケリをつける羽目になっていた。

 図々しくも仲間に入れてくれないか、と提案してきた後AK-47が煽るだけ煽り、全員がブチ切れたあたりでSAAが譲歩する態度を見せつつ模擬戦に誘導したのだ。それはそれは見事な話術で、俺たちは綺麗に引っかかっていた。

 今まで使われていなかったキルハウスで行われることとなった模擬戦は、代表2人と冷静に辞退したAR-15を除く9対9の遭遇戦と言うことになった。

 

 しかし、ブチ切れたADP側はルールがないことをいいことにチートを持ち出した。それが、23mm機関砲(ペイント弾)というわけだ。機関砲で手当り次第に壁を破壊した結果見通しの良い闘技場が生まれ、砲手だった416がリー・エンフィールドにヘッドショットを決められるまでキルハウスの障害物の破壊は続けられた。

 

 ジョナスがカウンタースナイプを決め、盛んに牽制射撃を撃ち込んでいたM14が裏取りしに来た黒人男にあっさり倒され、FALがCQCで彼を制圧し、銃座にたどり着いたM4が障害物に隠れる敵に対して景気よく制圧射撃を開始して今にいたるというわけだ。

 

 ちなみに、相手の戦力は戦術人形6と人間2、こちらの戦力は戦術人形7と人間1だ。

 相手はてんでバラバラながらも連携が取れており、Five-seveNおよびM1911による偵察とMG5の制圧射撃、AK-47、トンプソンによる強襲、そしてリー・エンフィールドと64式自のコンビによる狙撃が上手く噛み合っている。さらに強襲要員として元特殊部隊員と思しき黒人男、そして後方で指揮を執る日本人。有り合わせ感はあるものの、それなりの戦力を持っていた。

 

 だが、ウチはケタが違う。

 まず、ジョナスとFAL、スコーピオンというジョーカーたちがいる。本来は俺も含まれるが現在は負傷により除外だ。

 FALは中長距離戦のエキスパート、ジョナスは精度と連射を両立させたアタッカー、スコーピオンは並外れた動体視力と義体の性能にものを言わせた高回避という浪漫溢れる連中だ。彼らは単体で戦闘をひっくり返せるものの、それぞれ担当する射程が異なるという欠点を抱えている。

 大抵スコーピオンがFALのキルゾーンに敵を誘導するか奇襲で殲滅するかの二択になるが、今回は近距離戦、敵はすでにFALのキルゾーンに入っていた。

 ペイント弾仕様のグレネード弾さえあれば、の話だが。

 

 その他の人形も個々の技量が抜きん出ており、AR小隊や404小隊の人形、ロシアの試験部隊所属人形など名だたる部隊が揃っている。M14は例外だが、俺に言わせてもらえれば彼女は()()()。今でさえ連続狙撃に高い性能を示しているが、彼女の電脳の飲み込みの速さから考えるといずれは自己完結型の高スペックアタッカーになるだろう。要するにFALと同格だ。

 M4とAR-15のAR小隊は練度が通常の人形と比べて規格外、UMP45と416の404小隊も俺たちに同行してスニーキングミッションを達成し、さらに定数の半分で鉄血ハイエンドモデル2体を相手取れるくらいには熟練している。

 細々としたところは俺やFALが仕込んでいく必要があるが、紛れもなく俺が知る中の最強クラスに分類される連中だ。DEVGRUの連中や今の俺に匹敵する戦闘力を持っているだろう。

 

 だからこそ、ここから先は勝負にならないのだ。

 

「……え? 待って待って、おかしいですよねアレ。動きが……あっ、トンプソンが死んだ(死亡判定)!」

 

 スコーピオンが飛び出し、様子を伺っていたトンプソンを強襲撃破。彼女を狙おうとした64式自は9A-91の射撃の前に呆気なく倒れされる羽目になった。

 MG5が弾幕を張ろうとするが、FALとジョナスの猛射が頭を押さえて撃たせない。M1911が咄嗟の判断でスモークを焚いたが位置が悪かった。敵陣に焚くのではなく障害物と障害物の間に焚くべきだったな。さらにはそれを隠れ蓑にして移動するか陽動にして反対側をこっそり動くかだ。

 スモークに向かって盛んに撃つAKは、その位置が丸見えなことに気がついていない。残念、45姉の存在を忘れた君たちの負けだ。

 

 45が別角度から放つ銃弾がAKを無力化し、M4が今度は制圧射撃を開始した。射角を割り出したFive-seveNがMG5にそれを伝えたが、残念ながら警戒するべきは彼女ではない。常に最大戦力の動向を気にするべきだった。

 うちの狼たちが襲いかかる。

 

「無駄無駄ァ!」

 

「あなた達はまだまだね」

 

「チェックメイトだ……ごふっ!?」

 

 おっと、あの日本人なかなかやるな。最初からガン待ちしてやがったか、ジョナスがやられた。武器はアサルトライフルなどではなくただの拳銃だが、ヘッドラインに照準を合わせて待っていたのだ。

 

 しかし、その彼もスコーピオンの曲芸撃ちの前に屈服し、残るFive-seveNもFALにあっさりとヘッドショットを貰って伸びるはめになった。

 

「そこか!」

 

 MG5が立ち上がり、サイドアームを抜いた。MP7はこの状況ではいい判断だ。ばらまかれた4.6mm弾をFALが回避しきれず、数発もらって死亡判定。だが、後ろには気をつけよう。そこはM4のキルゾーンだろう? 

 

 23mm機関砲の猛射を喰らい、呆気なく吹っ飛ばされた。

 

「勝負はついたな。これで満足か?」

 

「あはは、寄せ集めかと思ったら一人一人が化け物だ。まあ、いいですよ。あたしが望んだ結果ですし」

 

 隣のSAAが完全にトオイメをしている。完敗とまでは行かなかったものの、実質3人に捻られたようなものだからな。ガス抜きのつもりがコテンパンにしてしまったのだ、さすがにそんな目もしたくなるか。

 

 というか、本来こんな開けた場所はFALとスコーピオンの独壇場だ。グレネードと曲芸撃ちの前にあっさり瞬殺されていたはずだが、彼女たちは手加減したのだろう。

 

 キャットウォークから下りると、実に晴れやかな顔をしたスコーピオンが歩いてきていた。

 

「なははー、あたしってばやっぱり強いねぇ!」

 

「おいおい、ガン待ちなど反則技だろう……」

 

 ジョナスが心做しかしょげているのは、待ち伏せに綺麗に引っかかったからだろう。まあ、今どきガン待ちは見ないからな。銃口突きつけて待機など普通はしない。

 

「はあ……とりあえず合流するにあたってのわだかまりは取れたか?」

 

 全員を見渡すと、若干の不承不平は残っているようだが反対する者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、目下最大の問題は人数が一気に2倍に増えたことだ。

 しかも全員が全員所属する組織からMIA判定を食らっているというおまけ付き。厄介ごとの予感しかしない。

 とにかく、指揮系統をはっきりさせることから始めることにした。

 

 すなわち役職作りと部隊編成だ。

 

 黒人の男ことロニー・スレッジハマーはどうやら俺たちと同類らしい。すなわち、元特殊部隊でリーダーを張っており、任務中にMIAとなったわけだ。編成は1人では全然手が回らないため早速手伝ってもらうこととした。無論FALとUMP45、そして俺を散々振り回してくれやがったSAAも、だ。

 

 5人で夜通し協議した結果、我らがADPは4個戦闘班と2個支援班という編成となった。戦闘班の班長はリーダー格の人間、人形を意識しているが、実際上手くいくのだろうか。

 第1戦闘班は俺を班長とする本部分隊を意識して編成した。有事においては指示を出し、激戦区に駆けつけて支援を行う部隊だ。俺以下FAL、MG5の3人。

 第2戦闘班は404小隊とAR小隊の混成だ。どのような状況にも対応できる中央即応集団であるが、主に偵察任務、潜入任務を意識している。UMP45以下UMP9、416、M4A1、AR-15だ。

 第3戦闘班は狙撃チーム。うちが擁するライフル人形は全員ここに編入した。リー・エンフィールド、M14、64式自、M1911だ。観測をM1911が担い、64式が周辺警戒と中距離攻撃を行う。

 第4戦闘班は強襲チームだ。トンプソンとAK-47、スコーピオンを突入役として、ロニーとジョナスでバックアップする。

 

 一方、支援班に関しては戦闘班の全体的なバックアップを意図している。

 第1支援班、通称諜報班のリーダーはUMP45に兼任してもらい、実行部隊として第2戦闘班や第3戦闘班を当てることとした。任務には諜報に加え、電子戦や心理戦も含まれるためだ。偵察および前進観測としてSAAとFive-seveNを専属とする。

 第2支援班、通称基地班は完全な後方部隊となる。9A-91を筆頭とする(彼女しかいない)基地開発班や日本人ことリョータロー・オグラによる火力支援班だ。

 特に、リョ―タローがヘリや戦闘機を含む乗り物の操縦に長けているというということは朗報だった。これでヘリが自由に使えるようになる。

 

 

 

 そろそろ東の空が白くなり始めてきた頃合いに大あくびとともにSAAとロニーが去った後、一通りの編成をラップトップPCに打ち込んだところでFALが俺の顔を覗き込んできた。

 

「どうした、相棒」

 

「何か言いたいのはあなたじゃないの?」

 

 確かに、それは図星だ。

 この気配りもできて俺よりも優秀な頭脳を持つ7年来の戦友に何よりも相談したいことがあるのは確かだ。しかし、彼女に打ち明けてもいいのかという躊躇もある。

 

「……たまには素直に話してしまいなさい。楽になるわよ」

 

「楽に、か……難しく苦しいことは確かだが、これは俺が背負わなければならない問題な気がするが?」

 

「なに言っているの、私はあなたの副官でしょう。ねえ、相棒?」

 

 その言葉が決め手だった。

 

「はぁ……俺は正直悩んでいる。SAAの『脱出路を教える』という言葉に釣られて彼女たちを受け入れてしまった。彼女たちの戦力が魅力的だったということもあるが、それ以上にここにいる面々の生還を優先してしまったんだ」

 

「いつになく弱気ね、ディビッド。……なによ、簡単なことじゃない」

 

 そこで言葉を切り、FALは俺に向かって笑いかけた。

 

「私たちはあなたについて行くわ。それに、同じ死線をくぐったらいがみ合いなんてどうでもよくなるのよ」

 

戦士の本性(Nature of warrier)、か」

 

「そんなところね」

 

「確かに、そうかもしれん。俺たちは少々自由に過ぎるからな」

 

「大丈夫、()()()はそんな人間たちの集まりだった」

 

 それも、そうか。懐かしい、つい7年前だというのに随分と昔のことに思える。ああ、そうか。もうD()E()V()G()R()U()()()()()()()()()()()()()()からか。

 

「いがみあって、ぶつかって、殴りあって……でも、最後には本当の意味での戦友になれたでしょう?」

 

 過ぎ去りし日々を懐かしむFALは、どこか儚く見えた。

 堪らず、片腕で抱き寄せる。

 

「大丈夫だ、FAL。俺は、お前のそばから消えないさ」

 

 耳元で囁いた。びくっとなってしまう彼女が可愛い。

 ああ、俺にも何かを可愛いと思える心は残っていたんだな。

 

「ありがと、ディビッド……ずっと、そばにいてね」

 

 紅くなった顔で小さく呟かれたその言葉が、やけに耳に残った。まるで不吉の予兆のように。

 

「あのー、私の前でいちゃつかないでくれますかー?」

 

 すまん、45。




部隊編成終わりました。
ロニーは黒人の大男、リョータローは日本人のスリムなおじさんです。ディビッドと同年代。ちなみにジョナスも同年代です。

そろそろFALちゃんがデレてきます。砂糖を吐く準備はオーケーですか?


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Armée du paradis スタッフファイル(ジョナス編纂)

現在の登場人物紹介です。


第1戦闘班

 

ディビッド・A・エドワーズ

年齢:38

最終階級:少佐

元アメリカ海軍特殊戦開発グループ(DEVGRU)所属

武装:HK416Dアサルトライフル、Mk21PSR狙撃銃、AKS-74Uアサルトカービン、Mk23SOCOM拳銃など

 

ADPの最高責任者であり、最高司令官。数々の死線を潜り抜けてきた兵士であり、自律人形や戦術人形に負けずとも劣らない戦闘能力を持つ。潜入作戦や対多数戦闘などに優れる反面、電子戦と長距離狙撃は若干苦手とする。強靭なメンタルと肉体、冷静沈着な頭脳を持つが、決して万能ではない。

本人は自覚していないもののカリスマ性を持ち、出自もバラバラな我々が団結する一因となっている。

どこか命について達観している節があり、自身の命を顧みない行動に出ることが危惧される。(注:これは編纂者の主観である)

 

 

FAL

銃種:アサルトライフル

元アメリカ海軍特殊戦開発グループ(DEVGRU)所属

副武装:チャイナレイクポンプアクショングレネードランチャー(アンダーバレル)、ブローニングHP拳銃

ASSTレベル97

電脳ランク5

好感度100+α

 

中長距離を得意とするアタッカー。銃身下の擲弾発射機とにより対多数戦闘もこなすが、反面対少数の戦闘や対ハイエンドモデルの戦闘は若干苦手とする。とはいえ基本的な戦闘技能は一通り習得しているため並みの戦術人形以上の戦闘が可能。豊富な経験を元に冷静な判断を下せるため、兵士として非常に完成されていると言える。

長い付き合いとなる指揮官に対しては絶対の信頼を置いている。互いに相棒と呼び合う仲。それ以上の関係に発展するかどうかは不明。

 

 

MG5

銃種:マシンガン

元アーチャー・サービス社第5小隊所属

副武装:HK MP7

ASSTレベル38

電脳ランク5

好感度50

 

遠距離戦を得意とするマシンガナー。牽制射撃のみならず長距離制圧射撃も得意とする。機動性こそ劣るものの、総合火力はトップクラス。電脳やASSTシステムで他の人形に遅れを取っているが、指揮官の指揮で補うことが可能。

現在の指揮官には悪印象はないものの好印象もない模様。何故かSAAを慕っている。

 

 

第2戦闘班

 

UMP45

銃種:サブマシンガン

元G&K社404NotFound小隊所属

副武装:AKS-74Uアサルトカービン、HK USP45拳銃、M18スモークグレネード

ASSTレベル68

電脳ランク4

好感度70

 

敵を引きつけ機動外骨格で以って攻撃を回避、味方を敵から守るというSMG戦術人形のセオリーを真っ向から無視した人形。隠密潜入、電子戦に長け、敵を惑わせる搦め手を得意とする。観察眼に優れ、頭脳も優秀。

表面上は非常に愛想が良く配慮もできる優秀な人形だが、その外面は計算づくのものであり、彼女の裏の顔を窺うことは難しい。……はずなのだが、それを逆手にとられ指揮官に部隊の人間関係の潤滑油としてよく持ち出されている。

現在の指揮官に対しては一定の敬愛と信頼を持ち合わせている。また要観察対象であり、興味を持っている模様。

 

 

UMP9

銃種:サブマシンガン

元G&K社404NotFound小隊所属

副武装:HK USP9拳銃、M84A4フラッシュバン

ASSTレベル41

電脳ランク4

好感度60

 

潜入戦、非正規戦を得意とするSMG人形。一度敵に鹵獲された際にメンタルが崩壊、さらにフルサイズのバックアップもウィルスの侵入により初期化処置がされたため、UMP45と416の射撃管制コアから取り出したメモリーデータを復元したものの記憶の穴は非常に多岐にわたる。戦闘能力に支障が出ており、正面戦闘は基本的に不可能。

本来の明るい人格は維持されているものの、裏表の切り替えがないため表情を変えずに殺しを行えると考えられる。

現在の指揮官に対しては好意的。

 

 

416

銃種:アサルトライフル

元G&K社404NotFound小隊所属

副武装:M320グレネードランチャー(アンダーバレル)、HK USP9拳銃

ASSTレベル62

電脳ランク5

好感度68

 

カタログスペックだけならばM4A1たちAR小隊やG36、G11と言った最新型どころか特殊部隊の自律人形すら上回るIOP社製の人形。その性能は戦術人形の1つの到達点とも言える。「完璧な人形」というのもあながち間違ってはいない。ただし経験が伴っていないため実際にはやや劣る。

真面目かつ完璧主義だが、その反面アドバイスを素直に聞く程度には素直でもある。

現在の指揮官に対しては一定の敬愛と信用、忠誠を持ち合わせている模様。

 

 

M4A1

銃種:アサルトライフル

元G&K社AR小隊所属

副武装:SIG P226拳銃、マカロフPM拳銃

ASSTレベル69

電脳ランク4

好感度61

 

頭脳明晰かつ優れた観察眼を持ち合わせるオールラウンダー。どのような状況にも対応し、その指揮能力や支援能力とあいまって極めて高い性能を誇る。

戦闘もそうだが指揮もこなせるIOP社のハイエンドモデルだが、実戦経験の関係で電脳を含む総合的なASSTのレベルが低いためその性能を万全に発揮できていない。

現在の指揮官に対してはそれなりの敬愛とAR-15を救ってくれたことに対する恩義を感じている様子。

 

 

AR-15

銃種:アサルトライフル

元G&K社AR小隊所属

副武装:ベレッタM93機関拳銃、ラップトップPC

ASSTレベル61

電脳ランク4

好感度59

 

ADPの電子戦担当。任務中でもパソコンを携帯しており、ハッキング等はそれを通して行う。諜報班も兼任。

16Labが開発したIOPのハイエンドモデルではあるものの、鉄血の拷問を受けた際に電脳が一部破損、思考能力に小規模な障害が出ている。また、過去にジャミング装置を介してなんらかのウィルスの侵略を受けていたがそれはすでに停止した模様。

戦場における彼女は.300BLK弾を愛用するシャープシューターである。中長距離レンジを得意とするものの、近距離戦も不可能ではない。

現在の指揮官に対しては思うところがある様子。

 

 

第3戦闘班

 

リー・エンフィールド

銃種:ライフル

元エクストラ・アーマリー社北アジア方面部所属

副武装:ワルサーPP拳銃、ブローニングHP拳銃

ASSTレベル78

電脳ランク5

好感度50

 

ADP屈指の長距離狙撃手。その腕前は前進観測ありとはいえ1500メートル先から8倍スコープを用いて命中させるほどであり、7.62mm弾では彼女のスペックについていけないほど。使用する長距離狙撃用のマッチグレード弾もあり高い精度と威力を発揮する。

反面狙撃中に接近されると非常に弱く、416とAR-15の奇襲になすすべもなく制圧される等の弱さも見せた。

現在の指揮官に対しては強さは認めており、左腕を吹き飛ばしてしまったことに対する罪悪感も感じている模様。

 

M14

銃種:ライフル

元G&K社F02戦区第5部隊所属

副武装:スチェッキン拳銃

ASSTレベル38

電脳ランク3

好感度59

 

速射性能の高い中距離アタッカー。精度は発展途上だが、電脳ランクの低さにもかかわらず高い発展性を持っていると推測される。唯一の通常部隊出身の人形だったが難なく訓練についていくあたりその片鱗がうかがえる。

現在の指揮官に対しては一定の敬愛と信頼は置いているものの、どこか割り切れていない様子。

 

 

64式自

銃種:アサルトライフル

元仁和警備派遣第2警備班所属

副武装:SIG P220拳銃

ASSTレベル51

電脳ランク5

好感度50

 

4倍スコープを搭載した64式小銃狙撃銃仕様を持つ。反動制御性能に優れるため狙撃時の近接防御も担うものの、ディビッド仕込みの416による奇襲になすすべもなくやられた模様。

非常に特殊なASST支援効果を持つため、運用に難が出るとのこと。詳細は不明。IOPの一部部署が本気を出しすぎたらしい。

フレンドリーな性格を持つことが救いか。

現在の指揮官に対しては様子を窺っている模様。

 

 

M1911

銃種:ハンドガン

元アメリカ合衆国アラスカ州SWAT所属

副武装:M18スモークグレネード、オリジナルカスタムM1911〈コルセアアームズ〉

ASSTレベル30

電脳ランク2

好感度50

 

偵察および観測を主任務とする典型的なハンドガン人形。味方の支援のためにスモークグレネードも携行するが、基本的に逃げの一手として用いる。

いたって真面目な性格。こつこつと貯めてきた豊富な経験に裏付けられた偵察能力はASSTレベルの範疇外だが、それ故にASSTレベル以上に高い作戦能力を持つ。オリジナルカスタムのM1911はスライド延長、ダブルカラムマガジンの採用、消音器の装着、タンジェントサイトの採用でほとんど別物と化している。それを右手に持ち、左手には通常仕様のM1911を持つのが彼女の戦闘スタイル。

 

 

第4戦闘班

 

トンプソン

銃種:サブマシンガン

元G&K社I01地区第8部隊所属

副武装:S&W M29拳銃

ASSTレベル31

電脳ランク5

好感度50

 

元ギャングの人形。義体の性能に任せた力押しの戦法を好むため被弾が多い。しかし、電脳の発展性も高いため上手く教導すれば有用な戦力になると考えられる。

性格は陽気で、姉御肌。

現在の指揮官に対しては一定の信用は置いている模様。

 

 

スコーピオン

銃種:サブマシンガン

元アメリカ海軍特殊戦開発グループ(DEVGRU)所属

武装:オリジナルカスタムVz61×2〈アンタレス・スティンガー〉、TH-3焼夷手榴弾

ASSTレベル95

電脳ランク3

好感度80

 

高い義体性能に任せて敵弾を回避するスタイルの人形。回避だけでなく空中射撃や二照準射撃などの曲芸撃ちも習得している。その能力は近距離戦最強と言って差し支えなく、エドワーズ指揮官やFALすら凌ぐ。

戦闘狂な一面も持つが、基本的に性格は陽気。面倒見は良くない。

オリジナルカスタムのVz61は消音器の装着、自動展開ストックの装備、40連ドラムマガジンの使用、7.62×25mmトカレフ弾対応に換装といった仕様である。名前の由来は蠍星の毒針。

現在の指揮官への信頼と敬愛は最高値に達している。だが好感度は別の方角へ向けられているためこれ以上は上がらない。

 

 

AK-47

銃種:アサルトライフル

元グローザ社クラースヌィ小隊所属

副武装:トカレフTT-33

ASSTレベル30

電脳ランク3

好感度49

 

強襲を得意とする人形。隠密戦闘は苦手とする代わりに、近距離における強襲制圧を得意とする。勢いに任せた攻撃が特徴で、基本的に力押しの行動が多い。改善の余地あり。

性格は気さくかつ姉御肌。勝気な面もあるが、意外と素直なのである程度の発展性は見込める。

現在の指揮官に対してはその能力は認めつつもどこか反感を抱いている様子。

 

 

ロニー・スレッジハマー

年齢:45

最終階級:少佐

元イギリス陸軍特殊空挺部隊(SAS)所属

武装:FN MINIMI パラトルーパー分隊支援火器、ウィンチェスターM1897散弾銃、S&W M500拳銃

 

元SAS少佐であり、20年に及ぶ軍歴はかなりの戦闘経験を彼にもたらしている。荒事も得意とし、その判断は決して誤らないという身体と頭脳を持つ。

非常にフランクだが、内心で何を考えているかは計り知れない。ただし、エドワーズ指揮官に対しては過去に何かあったらしく、素直に従っている模様。

 

 

ロバート・ジョナス

年齢:36

最終階級:大尉

元アメリカ海軍特殊戦開発グループ(DEVGRU)所属

武装:M4A1カービン、SIG P229拳銃、スチェッキン機関拳銃

 

エドワーズ指揮官の入隊以来の同僚。基本的に中距離におけるアタッカーとして行動する。各種作戦行動の能力は得ているが、心理戦はエドワーズに劣る。

スコーピオンは嫁。

エドワーズに対しては背中を預けられる信頼を持っている。

 

 

第1支援班

 

SAA

銃種:ハンドガン

元G&K社D地区司令部直属小隊所属

武装:SAA×2

ASSTレベル79

電脳ランク4

好感度51

 

あらゆる手段を用いた諜報を得意とする。正面戦闘は基本的に避けるものの、必要に迫られれば2丁のリボルバーを用いた曲芸撃ちで対応する。跳弾すら予測して撃つそれの威力は未知数。特技はガンプレイ、敵の前でそれを行えるくらいには度胸と技術を併せ持つ。

現在の指揮官に対してはその腕前は認めている様子。

 

 

Five-seveN

銃種:ハンドガン

元キプロス警察特殊警護部隊(SST)所属

副武装:なし

ASSTレベル40

電脳ランク5

好感度49

 

広域観測と支援を得意とする人形。前進偵察も次点で得意とし、基本的に単独行動を行う。

人当たりが良く、誰に対しても好意的に接する。しかし、自分を売り込むことは忘れないという抜け目のない性格のようだ。その辺はUMP45と似通っている。

指揮官に対しては尋問された恐怖が若干先回っている模様。

 

 

リョータロー・オグラ

年齢:38

経歴不明

武装:ミネベア 9mm機関けん銃、SIG P220拳銃

 

ヘリや車両の操縦に熟練している日本人の男。経歴不明ながら、SAAの下についていた。精神的な忍耐力が高いと推察され、実際に模擬戦時の待ち伏せは相当長い時間行なっていたことが判明している。

戦闘能力はそれほどでもないものの、車両の整備や運転技術を持つ貴重な人材。

面倒見が良い性格をしている。

64式小銃と仲が良い。

 

 

 

※本資料の関係者以外の閲覧および持ち出しを禁ずる。




ジョナス「スコーピオンは俺の嫁」


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今日もラ・パラディスは平和です

平和と言ったら平和なのです。


「よう、ボス。作戦報告書の提出だ」

 

「そこに置いといてくれ」

 

「了解……どうした、寝不足か?」

 

「ああ。……ほら、俺の背中に引っ付いてる奴とか左側の2人がいるだろ?」

 

「……すまん、察した」

 

「えへへ〜、指揮官は可愛いなあ〜うりうり」

 

「……ナイン、そろそろ離れない?」

 

「えー」

 

 一言で言うと、カオスだ。司令官室で書類仕事をする俺の背中にはナインが引っ付いてるし、左側のFALとUMP45は見えない殺気を立てている。

 どうしてこうなったかって? 

 答えは簡単、ナインをFive-seveNが煽ったらしい。どう煽ったのかは知らないが、要するにナインに積極的になるように焚きつけたのだろう。大きなお世話だ。とはいえ、ナインが俺に抱いている感情は間違いなくlikeだろう。FALとUMP45、9A-91あたりはloveも混ざってる可能性もあるが……。

 

 というか、この間も似たような流れでドンパチにならなかったか? 

 

 まあいい、目下最大の問題はそれではない。

 ほら、ドタバタという足音が聞こえてくるだろう? 

 

「指揮官、助けてください! エンフィールドさんが!」

 

 駆け込んできたのは9A-91。赤いベレー帽は落としてしまったらしくいつもとはまた違った印象を与える。いつもは冷静な彼女がここまで慌てるのは只事ではないが、最近はよくあることだ。

 

「落ち着け、9A-91」

 

「だいたい要件はわかってるからゆっくり言って」

 

「ぜぇ、ぜぇ……エンフィールドさんの英国料理を食べたスコーピオンさんがまた口から変な煙を吐いて卒倒して……」

 

「……やっぱりか」

 

 ここ最近、頻発している事故である。

 というのも、リー・エンフィールドは事あるごとに料理をしたがるのだ。そして、彼女は重度の味覚音痴なのかなんなのかは知らないが、できるブツは絶対に物体Xとなる。伝統的な英国料理は不味いと言われているが、そもそもがところあれは料理ではないと断言できる。原型をとどめていないのだ。

 というかアメリカのファッキン不味いMREよりも不味いあたりで普通ではない。

 

 食えるのは、特別な訓練を受けた人間および人形のみだ。

 

 トンプソン曰く全員がその洗礼を受けたらしいが、ロニー以外は全員ぶっ倒れたらしい。そのロニーもサングラスで表情はうかがえなかったのだとか。

 

 正直言って死者が出ていないのが不思議なレベルだ。

 

「……とりあえず、スコーピオンを医務室に移送しよう。ヤツはなんだかんだ言って強いから3時間くらい寝かせれば治るだろ」

 

「それが一番ね。物体Xは燃やすのがベターかしら?」

 

「毒ガス兵器にできれば保管しておいてもいいかもしれないけどな」

 

「スコーピオンが煙を吐く程度だったら兵器には使えないから、どのみち焼却処分するべきだろう」

 

 そんな話を交わしてから、ラップトップPCを畳み司令官室を出た。

 食堂までは歩いて数分だ。

 

 

 

 

 

 結論から言うと、スコーピオンは15分後にけろっとした顔で目を覚ました。セルフチェックの結果異常はほとんどないらしく、毒素の分解に全リソースを割いていたため気絶したのだという。

 いや……あり得ないだろその早さ。

 

「なはは、ごめんね〜心配かけて」

 

「無事ならいいんだが……どうして物体Xを食べようと思った」

 

「え、私が小腹減ったって言ったらリー・エンフィールドがエセフィッシュ&チップス作ってくれたから。作ってもらった以上食べないのは失礼でしょ?」

 

「それで気絶してたら世話ないわね」

 

「「すみません」」

 

 まあ、エンフィールドも反省してるみたいだしこの話はここで終いにして大丈夫か。以後気をつけるように言いくるめ、俺は携帯端末を取った。

 

「M4、もういいぞ。始末はつけた」

 

『了解です、案外早かったですね。しかし、ジョナスさんを食堂に行かせないようにって何があったんですか?』

 

「スコピが自分から毒食って倒れた」

 

『あ』

 

 M4もその言葉で察してくれたらしい。

 つまり、スコーピオンが倒れた状態でジョナスが食堂に来てしまうとどうなるか予想もつかなかったのだ。流石に銃を持ち出すことはないだろうが、キレることは大いに予想がつく。

 エンフィールドだけが原因だったら容赦なく嗾けていたところだが、今回はスコーピオンにも非がある可能性があったため流石に不味いだろうという判断だった。

 実際スコーピオンの自爆に近いものがあったし。

 

「さて、この話は終わりだ。元の作業に戻ってくれ」

 

「アイ・サー」

 

 

 

 

 

 

 スコーピオン視点

 

 

 昼前にちょっとした喧騒を起こしちゃったけど、気を取り直して午後は大好きな強襲任務だよ! 

 出るのは第4戦闘班で、ターゲットは少し離れた監視所。2個分隊が警備するそこは、資源集積場の役割も兼ねている。

 

 で。

 

「まもなくランディングゾーンに到着します。降下準備を!」

 

 今回はヘリで向かっているんだ。

 リョータロー氏がヘリの操縦があり得ない程に上手いから採用された作戦なんだけど、コ・パイ席に座るディビッドはなにやらラップトップのキーを盛んに叩いているからさらに隠し球を持っているみたい。

 

 諜報班によると、予想される敵はリッパーとイェーガー。

 狙撃兵が厄介だけど接近しちゃえばどうてことはないね! 

 ついでに、今日は心強い援軍がいる。

 

「そろそろ出撃ね……ふふふふ、私のチャイナレイクが火を噴くわよ……」

 

 あれぇ……? ストレス溜まりすぎておかしくなってない? 大丈夫? 

 というわけで、フルカスタムしたFAL自動小銃を抱えた戦術人形FALが援軍に来てる。

 

 IOP製戦術人形の用いる銃は、基本的にカスタムされたものが多いんだ。無茶なカスタムをしても烙印システム(ASST)のおかげである程度デメリットは軽減されるし、戦慣れした古参の人形……たとえば、蝶事件以前にロールアウトされた人形たちには若干の改造を施した銃を使用するものが多く見られる。

 

 FALなんかはその最たる人形で、ハンドガードをピカティニーレールを搭載したものに変更、銃身下に銃床を切り落としたポンプアクション式グレネーダーを装備している。その他にもリューポルド製可変倍率スコープやPEQ-16レーザーサイト、簡易二脚などをクリスマスツリーの如く搭載しているんだ。たった一丁であらゆる任務に対応できるものの、その重量は半端ではない。私は持ち上げるだけで精一杯だった。

 

 まあ、私も人のこと言えないけどね! 

 

 でも実際、こういうのは撃てて当てられればそれでいいと思うのはあたしだけかな? 

 

「よし、全員準備はいい? 防弾ベストのベルトは締めた? 鉄屑を食い散らかす覚悟はOK?」

 

「「「Yes, ma'am! 」」」

 

 うん、いい返事だね。

 じゃ、いこうか。

 

「ランディングゾーンに到着、降下開始!」

 

 ディビッドの声で、ハインドの兵員室のハッチが開放された。見えるのは鬱蒼とした森だ。ダウンウォッシュで木々がざわめいている。

 

 外を一瞥してから、飛び降りる。たかが3m、人形にとってはなきに等しい。ロニーやジョナスも飛び降りてきたところで、あたしたちは無言で移動を開始した。後ろのステルスヘリが遠ざかっていく。

 

 

 

 

 そして、十数分後。

 

「……ヒャッハー! 汚物は消毒だっ!」

 

「ちょっと、どうしたの!? FAL、落ち着いて!」

 

 FALが壊れた。

 ええ? ちょっとFALさん? 

 

 あり得ない。いつもは冷静沈着を極めている彼女が今は立派な爆弾魔と化している。ずっとFALだけは戦闘狂にならないと信じていたのに……嘘だと言ってよバーニィ。

 

「そのネタはもう半世紀前の者だぞ……あきらめろ、FALはもう戻ってこれないんだ」

 

「嘘だ!」

 

『嘘だ』

 

 あ、ディビッド。

 

『最近頑張りすぎただけだ。作戦が終わったらたっぷり機嫌取ってどうにかするつもりだから死んだみたいな扱いやめろ』

 

「サーセン」

 

 どうやらウィルスに侵食されたとかそういうわけではなく、ただただフラストレーションがたまっただけみたい。それならいいんだけどねー。どうせ2個分隊10体そこらしかいないんだし。

 

『というわけだ。マジキチモードに入ること自体はないわけじゃなかったしな……とりあえずスコーピオンとジョナスは通信施設を襲撃してくれ。司令棟とレーダーサイトはFALがやる、監視塔はこちらでやろう。兵舎はトンプソンとAKとロニーが制圧する手はずだ』

 

「I copy!」

 

 密林から飛び出し、両手に握った〈スティンガー〉を警備兵たちに向ける。残念なことにリッパーたちはエイミングという技術を知らなかったらしい。遅い遅い、遅すぎる! 

 白昼の太陽が照らす中、あたしはトリガーを引き切った。

 

 二丁の機関拳銃が猛然と7.62㎜トカレフ弾を吐き出していく。

 

 32ACP弾よりも強烈な実包がもたらす強い反動を抑え込み、警備のリッパーをハチの巣に。計4丁のパルスサブマシンガンから連射される10mmオート弾を掻い潜り、強化されたFCS頼りのマルチロック射撃で制圧する。

 ツーマンセルのつもりなのかもしれないけど、二人とも撃たれちゃ世話ないねぇ。

 

 電脳を吹き飛ばされたリッパーが倒れ伏したところで、銃口から燻り立つ硝煙をふっと吹いた。

 

「よくやった、マイハニースコピ」

 

「あはは、あたしにかかればちょろいもんよ! 褒めてくれてもいいんだよ?」

 

 M4カービンを抱えて茂みから出てきたジョナスにVサイン。

 あたしは、知ってる。頼りないように見えてあたしが突撃している間ずっと敵に狙いをつけていたことを。

 知ってるよ。あなたは、あたしが踊りたいように踊れるように最高のセッティングをしてくれていることを。

 

「はいはい……ほらこれで満足か?」

 

 頭をわしゃわしゃと撫でられた。

 それだけで気持ちが安らぐ。極楽極楽。

 

 まあ、こうしていられるのもどっかの物騒な爆弾魔のおかげなんだけどね。

 

 そう思った瞬間、後方で榴弾の炸裂する爆発音が連続して鳴り響いた。

 

 

 

 

 ディビッド視点

 

 おー、やってるやってる。

 ブチ切れたFALなんて久し振りにみたが、まあ綺麗にキレてること。

 どんだけストレス溜まってたんだ? 絶対ここ数日のものじゃないよな? 

 

「トンプソン、二歩下がって給水タンクに狙いを定めろ。……オーライ、3……2……1……Now!」

 

『うっは、本当に出た! シカゴタイプライターのお通りだ!』

 

『ロニーよりグレイウルフ、敵撃破を確認』

 

「ロニー、マシンガンでそこのドアを狙え。5秒後だ、……3……2……1……Now!」

 

 無線越しに猛烈な連射音が轟いた。

 ドローン越しに、扉を開けて建物内から飛び出してきたヴェスピド2体が頽れたことを確認する。

 

 俺がやっていることは、ヘリのコ・パイロット席でドローンのカメラ越しに敵の動きを捕捉、それに応じてトンプソンとAKとロニーに行動の指示を告げているのだ。

 このクアッドドローンはステルス型Mi-24に標準搭載されていたものを9A-91が改造したものだ。標準装備のカメラとミリ波スキャナーに加え、AKS-74Uや手榴弾も搭載しているため相当重武装である。

 ちなみに、鉄製の監視塔は手榴弾を落とすだけで破壊できるほどの安物だった。鉄血も資金難なのだろうか。

 

 2個分隊約10体ならば、そろそろ制圧できる頃合いだ。蝶事件でエラーを起こして以来、ノーマル仕様の鉄血人形は感情というものを失った。策を弄せない反面、死ぬまで戦い続ける。そんな存在なのだ。

 故に、降伏など彼女たちの選択肢には存在しないのだ。

 

「……しっかしまあ……よくこんな装備使おうと思いましたね」

 

「ああ、使えるもんは使っていかないと間に合わないからな」

 

「旧世代のラップトップPCも使える人はもう少ないでしょうに。それに並列制御しているドローンは6つですか?」

 

「俺は電子戦に特化しているわけじゃないからほとんど定点監視になっちまってる。まあ、それでもないよりマシだろうよ」

 

 監視所の北側でホバリングさせたヘリの中で、パイロットと雑談を交わす。ちなみに俺の両手はキーボードを盛んに叩いていた。

 

 すでにFALの大暴れに釣り出されたリッパーやイェーガーは瞬殺された頃合いだろう。ダミーリンクを使っていない以上戦力は大きく下がるが、そもそもたった10人そこらを制圧するために20人や30人でかかる必要はない。

 

 ヴェスピドがいたあたり増援が来ていたのだろうが、それ込みで大体15体と言ったところだろう。鎧袖一触、誤差の圏内だ。

 

『FALよりグレイウルフ、制圧完了(オールクリア)を確認』

 

「オーケイ、資源かっさらってずらかるぞ。貴重な鉱石資源だ、もらわないわけにはいかんだろう」

 

『そうね。……それと、取り乱してしまってごめんなさい』

 

「まあ、死ななかったなら儲け物だ。とやかく言うつもりはないが……むしゃくしゃしたんだったらまず俺に言ってくれ、心臓に悪い」

 

『……その言葉に甘えさせてもらうわ』

 

「よし。リョータロー、ヘリを物資コンテナの上につけてくれ。鉄血標準規格コンテナの重量は1020kg、ドローンや戦術人形込みでもMi-24VM(コイツ)なら十分スリングできる」

 

「了解です、ボス」

 

 トンプソンの時もそうだが、ボスと呼ばれるのはいまいち慣れないな。コマンダーやらメイジャーやらグレイウルフの方が性に合っている。

 

 ヘリが旋回し、監視所へと到着した。機体のスリングロープを下ろし、ロニーが慣れた手つきでコンテナの金具と結合させる。

 

「オーライ、全員乗り込んでくれ。ホットゾーンを離脱する」

 

 全員乗り込んだことを確認して、パイロットにヘリを離陸させるよう頼んだ。ガクンッ、という抵抗の後、ヘリが浮かび上がる。

 ドローンを収容し、一路帰途へついた。

 

 

 

 

 

 

 ヘリポートに到着してすぐに、飛びついてくるナイン。ナインに飛びつく45。控えめに駆け寄って、手を握ってくる9A-91。

 

 ぶらぶらと歩いてくる皆んなに混じって安堵の笑みを浮かべる416。

 大分戻ってきた表情で微かに笑いを浮かべるAR-15。敬礼するリー・エンフィールド。

 コーラ瓶片手に快活に笑うSAA。

 

 後ろから抱きついてくるFAL。

 

 

 やはり、ラ・パラディス(楽園)は今日も平和だ。




45姉は指揮官への好意とは別に微妙にシスコンの気があってもいいと思う今日この頃。
ちなみに、戦術人形の服はFALとスコーピオンのみマルチカム迷彩野戦服、そのほかはノーマルのスキンです。野戦服の半脱ぎとはつまりダボダボ半脱ぎのタンクトップに野戦服の上を羽織った感じでしょうか。

ところでみなさん、FALちゃんのフェレットを忘れていらっしゃいませんか?

あと、タグ増やしました。


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皆さん、ボクのことお忘れではないでしょうか?

やばい、フェネックじゃなくてフェレットでした(殴り


 えー、どもども。

 知る人は知っている、戦術人形FALのおまけことフェレットです。

 現在、大絶賛サバイバル中です……。

 

 なんでこうなったかって? 

 

 乗ってたヘリが墜ちたんだよチクショウめ。ないわー、ついに天下のアメリカ製ステルスヘリも落ちるところまで落ちたわー。

 しかもマスターはボクのことなんかそっちのけで、落っこちるリーダーに抱きついて一緒に飛び降りるなんていう非道っぷりですよ! 

 いい加減末永く爆発しやがれってんです。

 

 なんでくっついてないんでしょうねあの2人。ジョナスさんとスコピッピは2年でくっついたってのに。

 

 まあ、その直後にボクも不注意で破孔から落ちてしまったので人のこと言えないんですけど。

 

 体が軽くて助かりました。低空飛行しているヘリから放り出されても案外生き残れるものですね。

 あのあとヘリは爆発せずに墜落したので、ジョナスさんとスコピッピは生き残っていると思います。というか連中が死ぬビジョンが見えない……。

 

 で。

 

 ボクは戦術人形FAL専用の支援ユニットとして開発されたので、ロールアウト時点で普通のフェレットとは比べ物にならない性能を持ってます。

 例えば精密誘導用の赤外線レーザー、ミリ波レーダーや心音センサー、遮熱光学迷彩に通信アンプといった機能ですね。この時点で既にIOP社、というか16Labの変態っぷりが見えてるんですけど、DEVGRUに編入した際にそこの電子戦担当班がボクの擬似感情モジュールの書き換えをやったわけです。バカですよね。

 そいでもって自他共に認める愉快なメンタルが出来上がってしまったわけですが。

 

 まあこの義体はエネルギー消費が決して少なくないので、有機物を摂取する必要があるんですよね。つまりハンティング。

 

 そして、ボクの義体の能力はハンティングにうってつけなんですよ。ミリ波レーダーと心音センサー、暗視機能付きデュアルアイで索敵、獲物を見つけたら右前腕に内蔵された電磁式スパイクドライバで心臓をドキュン。

 

 いやー、ボクってばハンティングの才能あるんじゃないかな? 

 当たり前ですよねそもそも索敵暗殺用に設計されているんですし。

 警戒しようにもこちらにはオクトカムスーツ的な迷彩機能と関節の消音機能持ってるわけですし。

 あはは何当たり前のことで自惚れているんでしょうか。非常事態にハイになってるだけですねわかります。

 

 

 

 

 というセルフツッコミはさておいて。

 

 目の前に、熊がいるんです。しかも完全にこっちロックオンしてらっしゃいますし。

 

 オーケーオーケー、まずは冷静に話し合いと行こうか。

 え、無理? 

 仕方がないですね、ボクと拳で語り合いましょう! 

 

 正確には拳に仕込まれたスパイクで、ですけど。

 なぜバレたか知りませんが、まだ死ぬ気はないんですよ。

 

 バッテリーからの電力をスパイクドライバに回します。この加減が大切なんですよねぇ。スパイクドライバって装甲兵ぶち抜けるくせに威力少し上げるだけで電力馬鹿食いしますし。

 

 ちなみに他の武器はないのかって? 

 左手に2.7mm弾を使う単発ピストルが内蔵されてますけど何か。ちなみに人形相手には豆鉄砲です。非装甲のボクにとってはそれなりに脅威になりますけど、はっきり言って金と資源の無駄です。

 誰ですかつけようと思った奴。IOPの馬鹿ですねわかります。ちなみにスパイクドライバと重量は同じですね。

 

 さてさて、熊さん様子を窺っているみたいですけどどうも凶暴化してるみたいですね。あれですか、食べるものないんですか? 

 

 まあいいです。

 とりあえず、密林ならば小回りの効くボクの方が有利だってことを身をもって体感させてあげましょう。

 

 熊さんがグルグル喉を鳴らしながら近づいて来ますね、とりあえず木に登りましょうか。

 

 地面を蹴ってジャンプ、幹を蹴り飛ばして三角飛び。一気に高度4mまで上昇します。目の前には太い枝がありますね、好都合です。

 枝に飛び乗ったところで、熊さんはこちらを見ていますが……のろいですよ? 

 

 あ、立ち上がった。

 

 周囲を見渡しているつもりでしょうかね。熊が立ち上がる時は威嚇ではないらしいです。

 狙えるのは頭だけと思わないで欲しいところですけど。

 

 枝を蹴って地上に飛び降ります。頭を狙うなんて初歩的なミスは犯しません。シベリアあたりに生息する熊は頭蓋骨が固く、小銃弾でも威力不足が否めないんですよ。一応力任せにスパイクドライバでぶち抜けなくもないですけど、口径たった7.62mmなので確実に折れるでしょうね。

 というかボクは正面戦闘ほど苦手なことはないんですが。

 

 特技はスニーキングと先行偵察、趣味は写真です。

 風景写真も撮りますけど盗撮盗聴もしますよ? 

 私服マスターのパンツは丸見えなことが多いので盗撮は諦めましたけど。というか、残念仕様が突き抜けてるでしょう。パンチラなんて可愛げのあるものじゃないですよ、服のセンスが微妙に派手ですし半脱ぎってなんですか。何誘ってるんですか。

 しかも私服であぐらやら立膝やらがデフォルトですから隠す気ゼロですよね? 本人気にしてないようですけど側から見ると超残念ですよ? 

 あれはもう撮ったら負けな気がします。

 

 ちなみにボクは基地職員の方々相手に内緒で写真の取引をしているんですけど、マスターのパンモロよりも他の人形の水着写真の方が売れ行きがいいんですよね。みんな考えることは同じなんでしょうか。

 誰か黒インナー着せてあげてよって何度思ったことか……。

 

 完全な余談ですけど、ジョナスさんに盗撮写真の取引がバレたことがあります。

 スコピッピの入浴シーンの盗撮を依頼されましたが丁重にお断りいたしました。

 ボクが蜂の巣にされるのでやめてください。

 下着ならともかく全裸はダメですわー。

 

 自慢じゃないですけどリーダーとマスターにはバレてないんですよ? もう7年の付き合いになりますけど。

 

 

 おっと、だいぶ余計なことを考えていましたね。

 今は熊さんの足元に着地したところです。まあ、緊急回避並みの出力で蹴り飛ばしたので一時的に見失っていると言った感じでしょうか。

 

 で、再度大ジャンプ。

 

 狙うは首筋、穿つは必中! 

 その脳味噌、貰い受ける! 

 

 某ランサーのセリフを心中で吐いて、スパイクドライバを起動します。静かに唸れ、ボクの槍。

 

 熊さんの顎にフェレットアッパー! 

 スパイクのおまけ付きだ、お代は命で払いな! 

 

 全長10センチのスパイクが電磁石の反発力によって加速され100m/sへと到達、対戦車ロケット並みの初速で衝突しました。

 生物の構造上顎の下は無防備、顎の下に銃を突きつけるのは拳銃自殺のレギュラーな方法です。

 まあ、ボクが撃ち込むのは拳銃弾などではなく鋭いスパイクなんですけど。

 

 左の頸動脈を貫通したスパイクは気道を損傷させ、さらに頚椎にも衝撃を与えたでしょう。

 

 え、顎の下じゃないんですかって? 

 やだなあ、全長10センチの棘ですよ? 顎の下だったら気道引き裂いて終わり、反撃されるのがオチです。脳震盪くらいは狙えるかもしれませんが、亜音速にもなってないので殺傷はできませんね。

 でも、動物は頸動脈裂いたら死ぬんですよ? 

 

 基本的に。

 

 

 

 さて、ずらかりますか。

 予測が外れて殺しきれませんでしたし、一層血走った目で睨んできますし。

 

 

 

 あばよとっつぁん、逃げるんだよぉ! 

 

 

 

 

 

 

 はい、どーも。

 無事熊から逃げたフェレットです。現在密林を出て山登ってます。

 

 

 というのも、マスターからの帰還方位測定用電波を受信したんですよ。普段は使わないんですけど、まあなんかあったんですかね。

 とりあえず向かってみるのがいいでしょう。なんだかんだ言ってボクの居場所はマスターの肩の上ですし。

 

 

 ちなみに夜通しかかってようやく森林限界超えました。フェレットのちっこい義体には高低差800メートルの斜面も苦行なのですよ。

 うわー、絶景ですねー。

 

 ちょうど朝日が昇ったところですよ。

 

 あまりにも絶景なので一枚。

 

 やばい、擬似感情が感動で破裂しそう。

 これ見たら動けないわー。

 

 その時、聴覚センサーに聞き慣れた、しかしここ2ヶ月ほどご無沙汰だった音が聞こえてきました。この特徴的な音を聞き間違うはずがありません。

 

 パタパタパタ、というヘリのローター音を。

 

 音のする方に視線を向けてみれば、いましたいました。Mi-24VMハインド、ロシア製ステルスガンシップが。国籍表示はなしでエンブレムはアトランティス大陸とこうべを垂れた大鷲、そしてマスケット銃。なんとなくNavySEALsやDEVGRUを想起させますね。

 

 ……!? 

 マスターが、ヘリの兵員室にいる……!? 

 

 見間違うはずがない、40倍望遠で視認しました。野戦服姿の戦術人形FAL、紛れもなくマスターです。

 

 ……どうやって、ここにボクがいることを伝えましょうか。

 じきにヘリは山脈を越えてしまいます。そうなると回収のめどは立ちません。

 

 いや、とっておきを持っているじゃないですか? 

 赤外線レーザーという。

 

 

 

 

 PEQ-16EI赤外線レーザー、照射開始。諸元方位2-1-3, 仰角21。追尾モードマニュアル。

 

 コマンドを実行。頭部に仕込まれた誘導弾誘導用のレーザーを最大出力で照射します。ついでに体表の迷彩も岩場仕様からホワイトに戻しましょう。大戦時のハインドならばレーザー警報装置が装着されているはず。そして、マスターならかならず暗視ゴーグルを使うはずです。

 

 レーザー光の発信源を視認するために。

 

 果たして、ヘリはこちらへと進路を変えてくれました。

 レーダー対策に角ばった形をした山岳迷彩の機影が迫ってきます。

 

 そして、ボクの目の前でホバリングしました。兵員室が開き、何ヶ月も見ることのなかったマスターが降りてきました。

 

「悪かったわね、遅れて……さ、行きましょ、フェレット」

 

 差し出される、雪のように白い左腕。

 ボクはそれを踏み台に、宙返りしてマスターの左肩に着地しました。

 やっぱり、慣れた場所が一番落ち着きますね。

 

 

 

「ふふ、この子が?」

 

「ええ。私の7年来の仲間の1人よ」

 

「撫でていいかしら? ……わぁ、もっふもふ」

 

「答えを聞く前に撫でるのはやめろよ、Five-seveN。……すまない、私も撫でさせてもらっていいか?」

 

「構わないわよ」

 

「なら私もいい?」

 

「大丈夫よ、64式」

 

 速攻で全員にモフられた。解せぬ。




すみません、前回のあとがきでフェネックと書いてましたが、正しくはフェレットでした。作者の頭の中で完全に逆になってました……お詫びに大型回して資源溶かしてきます。

ちなみにフェレットのみならず戦術人形に随伴しているペットはだいたいこんな感じの機能(独自設定)を持ってます。
でなければ戦場歩きなんてできないでしょうから……。


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反攻作戦発令

遅くなってすみません!
ヴァルハラコラボイベント回ってました!


 どーも、皆さん。愉快な仲間たちが増えて胃痛が増えたディビッドです。具体的にはやたら凸りたがるAKだとかFive-seveNをFALがやたらいじったりだとかリー・エンフィールドに左腕をやたら心配されたりだとか。それらの調整に走り回っているのは俺だ。仕方がない、半分は自業自得なのだ。

 ほら、今日も廊下の一角でFALがFive-seveNに迫って……。

 

「Five-seveN? いま私のことを露出狂って言ったかしら?」

 

「イエソンナコトハアリマセン……あ、やめて、貴女に壁ドンされたら窒息しちゃう、わざわざ野戦服を半脱ぎってどうなのとは思ったけど断じて痴女とは思ってない! 多分!」

 

「よし、死刑」

 

「あ、ちょっ、まっ……ぎゃー!」

 

 ……すまん、Five-seveN。それに関しては俺も同意だ。だがそれを悟られたら負けというのはうちの部隊の常識だった。というか口に出した時点で死は確定するのだよ……。

 とりあえずチョークスリーパーかけられたFive-seveNを救出しに行こう。このままだと窒息してしまうだろうからな。

 

 

 

 

 

 FALとFive-seveNの一悶着をさらっと解決してから、俺は全メンバーに召集をかけた。兼ねてから計画してあった作戦を説明するためだ。

 彼女たちの練成という目的もないわけではないが、現在俺たちは足を伸ばして10キロほど離れた渓谷分屯地への偵察を繰り返していた。ここはラ・パラディスを囲む山脈を貫通するトンネルの出口に近いため、奪取した後は監視所として使うつもりだ。

 これまでの404小隊による偵察で判明した敵戦力はおよそ3個小隊90体。航空支援と火力支援があれば制圧できない数ではない。

 すっかり油断しきってるようで装備も回されている人形も旧式のものが多かった。チュートリアルのシメにはいい敵だ。

 

「第2戦闘班UMP45以下5名、集結したわよ」

 

「第3戦闘班リー・エンフィールド以下4名、集結した」

 

「第4戦闘班スコーピオン以下5名、集結したよ!」

 

「召集から集合まで2分、グレイトだ。……作戦を伝える」

 

 今回の作戦は、文字通りの強襲殲滅だ。基地に残る俺とFALが全体の指揮を執ると同時に榴弾砲による支援砲撃を行う。9A-91にはMG5やFive-seveN、SAAとともにヘリに乗って監視と火力支援を行ってもらう予定だ。封鎖されてしまったトンネルを爆破し道を啓開、トンネルを通って歩兵戦闘車で突入する。我ながら無茶苦茶と言える作戦ではあるが、潜入工作を仕掛ける時間もあまりない。なぜなら、その分屯地にはあるものが隠されているからだ。

 

 すでに全員に開示されたソレの情報は、にわかに信じがたいものだった。

 

「……しかし、本当にあるのですか? ……脱出路が」

 

 M4の疑問は至極真っ当なものだろう。俺も同感だ。

 しかし、可能性を提示された以上はやってみるしかないのだ。

 

「ある。我々SASがこの地区への突入に使用した地下道、通称〈地下渓谷〉が」

 

 答えたのはロニーだった。

 彼曰く、〈地下渓谷〉とはロシアが掘った巨大な直線の粒子加速装置らしい。すでにこの一帯は鉄血の手に落ちて久しいが、〈地下渓谷〉はその長大さ故に一部がまだロシア領内にあるのだ。

 そして、彼の部隊はとある目的のためにロシア領内のメンテナンスハッチから侵入して鉄血支配域深部……すなわちこの基地を目指したのだとという。

 

「……それで、ここに来たことで目的は果たせたのか?」

 

「いや、一通り案内してもらったが、望むものはすでに無かった」

 

「そうか」

 

 短く答え、作戦の説明に戻る。

 今回の作戦目標はあくまで分屯地に存在する〈地下渓谷〉のメンテナンスハッチの奪取だ。ラ・パラディスの地下では〈地下渓谷〉がすでに埋まってしまっているため、ここから人類居住圏を目指すことは難しい。

 

 さて、諸君。

 

 短いようで長かった我々の道のりはここが1つの区切りだ。

 ここから皆がどのような道を歩むのかは知らないが、まずするべきは屑鉄の粉砕だ。

 

「作戦開始は明日の0200時、払暁攻撃を仕掛ける。出撃は第2から第4戦闘班、その他のメンバーはバックアップに回る。電撃戦だ、一気呵成に攻め上がれ」

 

 居並ぶ面々一人一人の目を見て、俺は告げる。

 

「諸君、待ちに待った仕事だ。しくじるなよ」

 

 

 

 

 作戦が決まれば、基地は途端に騒がしくなる。

 特に、今回は榴弾砲や歩兵戦闘車と言った機甲戦力まで投入するのだ。整備には余念が無かった。

 

 9A-91のラップトップ端末から統括コントロールできるように改装された歩兵戦闘車が、格納庫を出たところで砲塔の旋回チェックを行っていた。35mm機関砲ならば敵装甲兵すらも穿つことができる。砲塔側面にはもしマンティコア等の重機甲兵器が出てきても対処できるように対戦車ミサイルランチャーまでも搭載されていた。

 

 キルハウスでは実際に強襲を行うAK-47やスコーピオンが遭遇戦訓練を繰り返している。ジョナスはM4A1カービンを野戦分解していた。おそらくはCQB対策に16インチヘビーバレルから14インチバレルへと換装するのだろう。

 誰かが格納庫の前で布を広げて野戦分解しているのはADPの日常と言っても差し支えない。

 

 キビキビと動き回っている様子をキャットウォークからぼんやりと眺めつつ、俺はポケットからタバコを取り出した。適当にライターで着火して咥える。

 紙タバコはいい、葉巻と違ってある程度適当でも楽しめる。

 

 俺はたまに煙草を吸う。何故だかはわからない、なんとなくだ。

 そういえば、かつての上官に無類の煙草好きのヤツがいた気がする。一日中ヤニ吸ってるようなヤツで、全員に咎められてたが意地でも葉巻を手放さなかった。擲弾で下半身を吹き飛ばされて、それでも葉巻を咥えて笑いながら死んでいった。

 

 最期になんと言ったか。

 ああ、「生きて、帰れ」か。まったく似合わないことを言いやがる。

 

「この箱とライターは、誰にもらったんだったか?」

 

 独りごちた。

 逝く時は笑え、そんな言葉が徐々に数を減らしていくDEVGRUの中で流行りだした。だからだろうか、俺の記憶に残っている死に顔はある時から笑顔が多くなった。

 

「デヴァイア曹長だろう?」

 

「ジョナスか。……ああ、そうだな。ヤニ吸い始めたのも奴が死んだ頃からか」

 

 ジョナスが、珍しく厳つい顔で立っていた。

 

「お前がシガー吸ってるときは大抵ネガティヴになってるときだ。気づいてるか? ……お前の目、死んだように虚ろだぞ」

 

「こればっかりは発作みたいなものだからな。仕方がない……俺は、戦場にしかいられないから。脱出するとなるとどこか思うところはあるんだろうな」

 

「……そうか。お前はまだ、囚われたままなんだな……」

 

「それはそうさ。スレッジハマーやクルーガー、そしてお前ほど俺は器用になれなかった。今でも思い出す……もう15年前か」

 

「この前も似たようなこと言っていたよな? ……ここに来てから『発作』の回数が劇的に増えている」

 

「そうかもな。いつか、過去を清算する時まで、俺は思い出すんだろうよ」

 

 投げやりに呟いて、俺は肺の中に溜まった煙を吐いた。

 

「さて、陰気な追想に浸る時間は終わりだ。……ジョナス、お前にだけは伝えておく。おそらく鉄血も俺たちの作戦を察知しているはずだ。散々ちょっかい出したんだから当たり前だろうな。だから、お前たちを釣り餌に敵の主力を引きずり出す。あとは敵が分屯地にたどり着く前に榴弾砲でドカンだ」

 

「はぁ!? お前、たまにあり得ないこと考えるよな。……お前のことだから結局うまくやるんだろうよ。オーライ、増援の始末は任せた」

 

「任された」

 

 漆黒のカーボン素材で作られた義手を軽く振りながら、俺は軽く笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 俺が装備している義手は戦闘用ではない。銃の衝撃にはある程度耐えられるが、砂塵や打撃に弱いのだ。その分軽量かつ繊細な作業も行えるのだが。

 だから、戦闘指揮所に詰めて榴弾砲と偵察ドローン、監視カメラの管制を行うには現状で十分だ。

 基本的にその説明を聞き入れてそれぞれの仕事に戻ってくれるものは多かったが、1人だけ例外がいた。

 

「指揮官、本当に痛まないのか?」

 

「ああ。四肢が持ってかれるのなんか日常茶飯事の戦場を駆け回ってた頃に比べりゃどうてことは無いさ」

 

「ならいいんだが……」

 

「Thanks, エンフィールド。心遣いは有難く受け取っておく」

 

「そうか。その、なんだ……手伝って欲しかったらいつでも呼んでくれ、私だって今は指揮官の部下の1人なのだ」

 

 リー・エンフィールドの心遣いはありがたいが、紅茶を淹れてくれるだけでも大分助かってる。

 それを伝えると、しょうがないな、という顔をされた。

 

「指揮官が年老いるまで待つのも良いかもしれないが……よしておこう」

 

「そうしてくれ。そもそも俺は棺桶に片足どころか半身漬け込んでいるような人間なんだ。……それに、俺は年老いて死にたくはない。死ぬなら誰かに撃たれて死にたい」

 

 後半は聞こえないように小さく呟いた。いけない、ジョナスに指摘された通りネガティヴになる時が増えている。

 

 プシュ、という音ともに戦闘指揮所の扉が開いた。聞こえてくる足音は2つ、片方は俺もよく知るものだ。

 

「……あら、紅茶党。ここにいたの?」

 

「そのあだ名はあまり好きじゃないんだがな、チョコ党。……FAL、いつもそこのチョコ党がすまないな」

 

「別にいいわよ? 楽しいことは悪くないし。兵士が笑えなくなった戦場なんて早晩崩壊するのよ」

 

 Five-seveNとFALだ。なにかと絡まれているFALだがまんざらでもないようで、2人同時に見かけることも多い。センスはあれだがなかなか心配りのきく相棒だからな。なんだかんだ言って優しいのだ。

 

 それにしてもなんだ、チョコ党って。

 ベルギーはチョコの国だが、今どきチョコ自体手に入らないだろうに。

 

「それで、どうした?」

 

「ディビッド、2000時を以って作戦準備完了したわ。現在は待機中よ」

 

「了解。Five-seveN、調べてもらっていたものはどうにかなったか?」

 

「ジャマー施設でしょ? バッチリこの辺に建てられていたわ。座標を転送するわね」

 

「グレイトだ、ありがとう。よし、俺が用意した分も含めて保険は揃った。……やろうか」

 

 戦闘指揮所のシステムを起動。

 大スクリーンに各所に仕掛けられたカメラの映像が映った。コンソールを叩いてドローンの制御を開始する。

 

「リー・エンフィールド、Five-seveN。君たちも待機室へ移動してくれ」

 

「「アイサー、コマンダー」」

 

 リー・エンフィールドとFive-seveNが去った。

 彼女たちの出番はまだだが、すでに作戦は始まっている。

 大型の無人偵察機を離陸させ、巡回コースを設定。無人偵察機があるだけで一気に視野が広がる。これを使わない手はなかった。

 

 

 

 

 

 

 FALととりとめのない話をしながら時間を潰し、0200時。

 作戦開始時刻だ。

 手元のHK416を手繰り寄せて、俺は無線に吹き込んだ。

 

「作戦開始。第4戦闘班、爆破せよ」

 

『I copy』

 

 

 




AR小隊に404小隊、熟練のエンフィールドにロニー、ジョナス、スコピッピ。
鉄血兵90体ならなんとかなるでしょ(慢心)


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分屯基地に殴り込め

スコーピオンがキャラ崩壊します。
スコーピオン嫁の指揮官の皆さん、誠にすみません(土下座)


 ジョナス視点

 

「コンタクト!」

 

 一時的に第2戦闘班も預かっている俺は、旧式のヴェスピドに向かって引き金を引いた。

 隠密戦闘はディビッドやFALの十八番だが、正面戦闘ならば俺の十八番だ。昔はSEALsでレールガンを握ってELIDにぶっ放していたんだ、それより脆い鉄血人形などマトでしかない。

 外骨格がないためせいぜい7.62mmクラスの火器が限界だが、そもそも人形ごときに20mmレールガンなど持ち出す必要もないのだ。愛用のM4A1カービンで十分だ。

 

 サプレッサーの代わりにコンペンセイターを取り付けた銃口から5.56mm弾が躍り出て、150m先のヴェスピドの眉間に突き刺さった。

 

 門を守るヴェスピドが全滅したことを確認して、麾下の二個戦闘班に前進号令をかけた。乗ってきた歩兵戦闘車は別地点で陽動を行なっているはずだ。長くは持たないだろうが、そこは管制する9A-91次第だろう。

 

 兵士に過ぎない俺は黙って足を動かすのがお似合いだ。

 

「クッソ、シガー吸ってるディビッドを見ていたら無性にシガーを吸いたくなった」

 

「駄目だよロバート、集中力が落ちる」

 

「知ってるかマイハニー、薬キメて無敵の放火魔と化す人形もいるんだぞ」

 

「Vectorでしょ? ……あの子は残念だった」

 

「ちくしょう、過去を思い出してヤニ吸うディビッドの気持ちがよくわかるっ!」

 

 ヤケクソ気味に叫び、ヘリのミサイルで爆破された門の内部に突入。

 その瞬間目を見開いた。

 

『戦闘班各位、回避! ターレットだ!』

 

 ディビッドの叫びに全員がその場から飛び退った刹那、隠蔽されていた敵の12.7mm重機関銃が咆哮を上げた。

 手頃な遮蔽物に身を隠して射線を切り、体内通信で指示を仰ぐ。

 

「どうすりゃいい、指揮官ドノ!」

 

『部隊を分けてポイントDに迂回、確保だ。変電施設かあるから電源を切れ。ターレットはスコーピオンとお前で制圧できるだろう。それと、格納庫を制圧しろ。おそらくだが歩兵戦闘車がいるぞ』

 

「相変わらず人使いの荒いことで! ……45、9と416を連れて迂回、ポイントDへ。M4、AKとトンプソンを預ける。先に格納庫を制圧しろ。スレッジハマーは支援射撃を頼む。行け!」

 

『I copy』

 

『ラジャー!』

 

 部隊を分け迅速な制圧を目指す。敵の位置は大体把握している、ノープロブレムだ。ちなみに、今回スレッジハマーは狙撃班に同行している。それゆえにこちらの火力が心もとないのだが。

 

「スコーピオン、スモークを展開する。その隙に正面突破だ。狙撃班にポイントEの狙撃兵を排除を要請。タレットはこちらで始末する」

 

「わかったよ、ロバート」

 

『狙撃班了解』

 

 程なくして、狙撃班の潜伏方角から7.62mm弾の銃声が聞こえてきた。

 

 狙撃兵が順調に排除されていることを確認し、腰にぶら下げた手投げ弾の中から円筒形のスモークを手に取る。

 安全ピンを抜いて投擲。

 

 即座に白色の煙幕が展開された。

 

「Move now!」

 

 スコーピオンに叫び、率先して遮蔽物を飛び越える。赤外線スコープを備えていようが、この白煙は赤外線を遮断する効果付きだ。分屯基地のど真ん中に設営されたターレットを見逃すという選択肢はない上に、たかが3丁の機関銃ならば()()()()()()

 

 どうにかなってしまうのだ。

 

 数多くのELIDや鉄血人形どもを物言わぬ骸に返してきたこの身ならば。ワンマンアーミーとはよく言ったものだ、元DEVGRUの4人は単身で一個中隊を相手取れる自信がある。

 

 それに、俺はディビッドと異なり強化人間だ。施されたのは心肺機能の強化と骨をチタンフレームに取り替え、頭部に超音波ソナーを入れるくらいだが、それだけでも大分違う。

 スコーピオンにどちらが人形かわからないと言われるフルスペックの強化人間ほどではないものの、鉄血相手には十分すぎるのだ。

 

『こちらM4、格納庫制圧。歩兵戦闘車が4両もいました』

 

『M4以下3名はポイントBへ移動、敵防空レーダーを破壊せよ。狙撃班、対空機関砲を撃て。砲身に穴をあけるか制御装置を抜くかだ』

 

『了解。用意……撃て!』

 

 無線越しに交わされる冷徹な指示と爆音、銃声をバックミュージックにAR-15を含めた俺たち3人は踊る。

 ミニガンかバルカンでも持ち込まない限りスコーピオンを弾幕に捉えるのは不可能だ。俺たちなら蜂の巣にされる可能性はあったが、そこでポイントDに配置した部隊が活きてくる。

 

「416、グレネードだ。撃て」

 

『Roger』

 

 連中の視界外から飛来した1発の40mmグレネードが全てをかき回す。レーダーに捉えて即応したらしいが、それは無駄以外の何でもない。

 

「チェックメイトッ!」

 

 俺の可愛いスコーピオンから目をそらしていいと思ってるのか? 残念、薄くした弾幕は速度を上げるだけだぜ? 

 

「型落ちの重機関銃ですか。はっきり言って無用の長物です」

 

 AR-15が呟き、放たれた.300BLK弾がターレットの一つを沈黙させた。続いてスコーピオンが陣地内部にエントリー、残り二つに銃撃を加えて破壊した。

 

「ターレットクリア、兵舎の制圧に移る」

 

『了解。……対空レーダーの破壊を確認、これでヘリが進入できる』

 

『ピークォド、ホットゾーンへ進入します』

 

『目標の施設は45が制圧した、残敵掃討に入れ。敵の予測範囲は兵舎と通信所だ』

 

「I copy」

 

 中央の道路を渡り、プレハブの立ち並ぶ兵舎区画へ突入した。敵のアンブッシュ(待ち伏せ)が警戒されるが、そんな些末事、蠍にとっては関係ない。

 

「敵だぁ! 突撃していい!?」

 

「突撃してから言うな! 撃て撃て、鴨撃ちだ!」

 

『狙撃班よりジョナス班、狙撃支援を開始する。目標指示を』

 

 申し出はありがたいが、目標指示する程の事でもない。

 為すべきことは単純、見敵必殺(サーチアンドデストロイ)だ。掃討戦とはそういうものなのだ。

 

「指示はたった一つだ。目につく鉄血は全て撃て」

 

『了解……1911は掃討範囲の指示を。64式、ロニー、掃射を頼む』

 

『わかりました!』

 

『無茶言うわね、減装弾は弾道特性悪いのよ。ま、やるだけやってみるわ』

 

『了解だ。……どぉぉりゃぁぁぁぁ!!』

 

 無線越しに聞こえてくるスレッジハマーの奇声に危うく吹きかけたが、敵の目の前で隙を曝すような無様はしない。

 サングラスをかけた黒人スキンヘッドの男が機関銃を乱射しているのだ、絵にはなるだろう。映像にはならないかもしれないが。

 

 アッパーレシーバー上のピカティニーレールに乗せたホロサイトの視界内に飛び込んでくるリッパー2体に鉛玉をたたき込み、マガジンをリリース。薬室内に一発だけ残した状態でリロードすれば再度コッキングレバーを引く必要はない。初弾装填の暇すら与えないタクティカルリロードと呼ばれるテクニックだ。

 

 前方では先行したスコーピオンが、多数のリッパーやヴェスピドを相手に空中二照準射撃という曲芸射撃で兵舎区画の一角を血に染めている。驚異的な義体の能力で銃弾を回避する姿は、普段のハイテンションがかすんで見えるほどに生き生きとして見えた。

 

 マガジンの残弾がゼロになったスコーピオン(2挺短機関銃)を水平に振り回し、リリースする2本の空弾倉でリッパーとヴェスピドを牽制。リッパーが応射する前に新しい弾倉をたたき込む。まき散らされる弾幕をかいくぐり、トリガーを二回だけ引いた。

 .32ACPよりも強烈な7.62mmトカレフ弾がリッパーの電脳と戦闘管制コアに突き刺さり、戦闘不能に陥らせさせる。

 彼女の後ろにいたヴェスピドにも、左手の銃で射撃をたたき込んだ。遅れて駆けつけてきたドラグーンが連装機関砲の猛射撃を浴びせかけるが、スコーピオンは軽々と跳躍することで回避。屋根を伝って接近を開始した。鉄板を蹴り飛ばし、中空へ体を躍らせる。

 その時点でドラグーンの機関砲は射撃可能角度から逸脱してしまっており、左腕部に搭載された電磁防御装置(フォースフィールド)はここまで接近されると無用の長物だ。第一9㎜パラベラム弾のホローポイントですら数を当てれば貫通可能な障壁など、貫通力に優れるトカレフ弾の敵ではない。

 

 愕然とするドラグーンと裏腹に、空中から襲い掛かるスコーピオンの頬には獰猛な笑みが浮かぶ。

 

「残念賞♪」

 

 ドラグーンは、2脚機動兵器ごと頽れた。

 

 

 

 

 全ての鉄血人形が討伐されたあと、血風呂をひっくり返したかのような血だまりと物言わぬ骸たちに囲まれているスコーピオンは恍惚とした笑みを浮かべていた。おそらくは久方ぶりの殺戮に心が震えているのだろう。

 部隊で一番の戦闘狂というだけはある。

 

「さすがマイハニー、軽くトリップしてら」

 

「あれ……いいのですか?」

 

「今日は寝かせてもらえなさそうだ、っと」

 

 帰投したら搾り取られそうだと思いつつ、M4A1アサルトカービンを担いでスコーピオンのもとへと足を進める。

 スカーレットスターも真っ青な血塗れになった彼女の肩を叩いた。

 

「おう、通信施設の方に向かうぞ」

 

「うん……ごめんダーリン、いろいろ押さえられそうにないや」

 

 まあ、こんな大規模作戦だったらいつものことだ。十単位でキルを重ねるといつもこうだから、こちらとしてもなれたものだ。

 

「オーケイ、とりあえず邪魔する連中を片付けよう」

 

「了解……あはははは、戦場が私を待っている!」

 

 殺戮でここまでハイになるのはうちの部隊の中ではこいつだけだ。俺はそこまでコンバットハイにはならないし、ディビッドは表情筋を動かさずに人を殺す。FALも無表情で殺戮できるタイプだったか。

 

 そんなことを考えていると、頭上をヘリが通過していった。

 

 ADPのエンブレムが描かれたMi-24VM、コールサイン『ピークォド』だ。通信所に火力投射を行うために異動してきたか。

 

「あ、ずるいー! 私の獲物がなくなっちゃうよ!」

 

 猟犬のごとく走り出すスコーピオンを追って、AR-15をせかしながら走る。

 後には無機質なプレハブの群れと、物言わぬ骸たちが残されるのみだった。

 

 

 

 

 

 通信所前に到着すると、すでにパーティーは始まっていた。

 ヘリのドアガン掃射の前にドラグーンが倒れ伏し、倉庫に残っていたらしきイージスは9A-91がぶちかますOSE-35レールガンの前に地に還る羽目になる。

 

 遮蔽物に隠れたAK-47やトンプソンと合流し、銃の残弾をチェック。

 

「よう、ジョナス隊長。兵舎は潰してきたか?」

 

「ほとんどマイハニーがやった。俺がやったことと言えば様子をうかがっている奴を狙撃するくらいだ」

 

「毎度思うんだがスペックが狂気じみているよな……アタシには真似できないよ」

 

「AKは近距離戦に向いているから訓練すればかなりいい市街戦要員になれそうだが……まあいい、というわけでうちの蠍ドノは血をお求めだ。機銃掃射が終了し次第突入するぞ」

 

「ラジャー。あー、それとだな隊長。すまん」

 

 なんとなく逃げ腰だったAK-47をひっとらえてトンプソンが突然謝ってきた。どうしたんだ? 

 

「AK-47が銃剣突撃して、銃身曲げやがった。銃剣も折っちまったし、あとは拳銃だけというありさまだ」

 

「バカだ。近距離戦をしろとは言ったがだれが銃剣戦闘しろと言った。しかも銃身まで曲げるバカがいるか」

 

「サーセン……」

 

 さすがにないわ。

 とりあえず予備で吊るしておいたAKS-74Uを手渡す。近距離における威力はお墨付き、拳銃一丁で戦うよりははるかにましなはずだ。

 受け取ったAK-47はチャージングハンドルを引いて初弾を確認しながら口を開いた。

 

「ありがとさん……ハァ、ここもバイカルのスラムとさして変わらないんだな。力なき者は喰われる」

 

「サァな。ただ、力がなくても生き残ってしまって、それを15年たっても根に持ってやがる根暗野郎なら知っているが」

 

「誰だよソレ」

 

 AK-47と世紀末の法則について話しつつ俺は水筒を呷る。

 美味くも不味くもないただの水だが、そんなものも今では貴重品となりつつあるものだ。

 

 不意に、ディビッドから無線が入ってくる。

 

『第4戦闘班、可及的速やかに制圧しろ。周辺の敵が動き出した────引っかかったぞ』

 

「了解」

 

 ちょうど機銃掃射が止んだので、銃を抱えて掩体を飛び越える。使い込まれたグリップがグローブによく馴染む。フォアグリップを握り、通信所内へとエントリー。

 

 次の瞬間、猛烈な銃声が響き渡った。

 

 さして広くない通信所を血風呂(ブラッドバス)にした後、銃口から漂う硝煙を吹き消したスコーピオンは、カラカラと笑いながら言う。

 

「甘いねー、待ち伏せするんだったら顔を出してちゃ意味ないでしょ?」

 

 ヴェスピド数体による待ち伏せを瞬殺してみせたのだ。

 待ち伏せしている相手が頭を出していたあたりで勝敗は決まったようなものである。素直に手投げ弾を投げ込むという手があったが、スコーピオンは己が満足できないからという理由でわざわざ突入したのだ。

 何はともあれ、まずは指揮官に一報を入れることとする。

 

「ディビッド、オールクリアだ」

 

 しかし、通信相手は珍しくあせっているようにも感じられた。

 

『……すまん、ジョナス。敵は俺たちを狩るために4個連隊を持ち出してきやがった。数は2000×4で8000、その一部はまっすぐラ・パラディスに向かってきている。FAL以外をお前に預ける、分屯基地で粘ってくれ』

 

「クソッタレ、予感は的中ってか!?」

 

『かもしれん……まて、対空レーダーに感あり、戦闘機か』

 

 鉄血側も航空戦力を所持している。大抵はヘリコプターなのだが、まれに攻撃機や戦闘機の類も出てくるのだ。

 

 その戦闘機が来たと言うことは、本格的に潰しに来たか。

 

 不意に、ADP標準規格の無線帯に無機質な女の声が割り込みをかけてきた。

 

『やあ諸君。私の部下がそちらへ向かっているんだ、丁重なおもてなしをしてくれたまえ。ああそうだ、我々をコケにしたことを後悔して死ぬがよい』

 

「……お断りだ、アルケミスト」

 

 だれかが、小さく呟いた。




ちなみに楽園はほのぼのとしていますが外界は殺伐としています。
ロアナプラみたいな感じの都市もそれなりにあります。

では。


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グリフィンの隠し玉

独自設定をぶん投げます。苦手な方は読まれる前にブラウザバックしてくれるとありがたいです。


 たった2人しかいない戦闘指揮所は火の車となっていた。

 分屯基地で防衛戦を行なっているジョナスたちのためにも支援砲撃で可能な限り数を減らさなくてはならないのだが、まず数が異常なのだ。さすがにたった2個分隊20体に対して4個連隊約2000体もの兵力を投入してくるとは思わなかった。

 最新モデルのリッパーやヴェスピド、ドラグーンにストライカーまでいらっしゃる。オーソドックスな兵種だが、最新モデルになると戦闘能力は桁違いなのだ。確かヴェスピドがモディファイ8じゃなかったか? 8.6mm弾を使うレーザーライフルはほとんどマークスマンライフルに近い。逆に特殊戦用のタイプBは短銃身のレーザーライフルを持っていたはずだ。

 

 余計なことを考えている暇はない、な。

 

 武器の管制コンソールにドローンで索敵した敵の座標を片っ端から叩き込み、ファイア。大スクリーンに映る戦域情報図の基地を表すブリップから味方の砲撃を表す複数の破線が伸びた。着弾予想時刻には目もくれず、自動迫撃砲に新たな座標を指示して全自動射撃開始。

 代わりにレールガンを砲身冷却させる。

 

 レーダーとドローンの管制画面をにらんでいたFALが叫び声をあげる。

 

「防空レーダー識別完了、方位1-0-9機数20! 高度20000フィート、距離170㎞! おそらくは敵戦闘攻撃機よ!」

 

「対空ミサイルをぶちかます! FAL、機関砲の制御を任せる。近接防御は任せた」

 

「了解」

 

 キーボードを叩き、対空ミサイルを起動。

 |アンノウン≪敵味方不明≫表示の敵攻撃機に自動でロックオンされる。40年ほど前のイージスシステムでは人間が諸元を打ち込む必要があったらしいが、ここの防空システムはそれに比べれば相当優秀だ。方角的に鉄血機なことは確定している。鉄血が採用しているのはファーンと呼ばれるフランス製戦闘機のマイナーチェンジモデルだ。ステルス機だが、米軍のライトニングⅡと同程度の性能しかない。

 

 すなわち、時代遅れというわけだ。

 EMP兵器の発展やコーラップスによる原油不足、ELID対策の優先に伴う空軍戦力の低下がなければ人類は航空攻撃だけで鉄血を殲滅できただろう。

 

 長距離対空ミサイルの発射ボタンをクリックし、4発を連射。散弾弾頭なので編隊を組んで飛ぶ鉄血航空隊はいい的だ。

 

「敵連隊は南西からふたつ、東から一つ。そしてUMP9のいた基地に一つ、か。距離はすべて20㎞を切った、そろそろ不味い」

 

「このままじゃジリ貧よ! いくら砲門を並べ立てたところで殲滅できる数は限られている!」

 

「わかっている」

 

 わかっているさ。もう状況は詰んでいるんだ。分屯地でジョナスたちが1個大隊相手に大立ち回りをしているが、それも長くはもたないだろう。そのうえ、東からくる連中と西からくるうちの一つはこの基地へ移動してきている。

 機械化されているのか、スピードが恐ろしく速い。

 

『UMP45よりHQ、大破2、トンプソンとナインがやられた。スコーピオンとSAAが乱戦に持ち込んでいるけど崩壊寸前。……これは覚悟を決めないとまずいかな?』

 

『こんな最後も、悪くはないです。でも、欲張るならディビッドさんと一緒がよかったですね』

 

 45、9A-91。

 

 だめだ。状況がすべて悪くなっている。

 完全に誤算だった。

 

 鉄血がこちらに気づいており、そしてここまで兵力をつぎ込んで殺しにかかってくるとは。

 

「アルケミストか……! クソッ!」

 

 不意に、弾着。

 対砲迫レーダーがはじき出した発射元は東の連隊だった。

 さらに、西側からも複数の榴弾が打ち込まれてくる。

 レールガンに直撃、一門が沈黙した。何よりも火力が必要な、この局面で。

 

「対空レーダーがやられた!」

 

「ガッデム! ……対砲射撃!」

 

 キーボードに指を走らせ、砲身が焼けんばかりの連射を浴びせかけるが一向に敵の数は減らない。

 

 逆に、基地への弾着はますます増えるばかりだ。

 地下に設置された指揮所は核攻撃とバンカーバスター以外は耐えられるものの、兵舎や工廠には甚大な被害が出ていると見るべきだろう。

 被害は許容範囲を超えている。皆が帰ってくる家を守れなくて何が指揮官か。

 

「クソッ……仕方がない」

 

 悪態をついて、携帯端末を取りだした。

 秘匿されたとある回線へと接続する。

 

 UMP45に教えてもらったものとも違う、個人的なものだ。これを使ったことはないが、使えるだろうということは確信していた。

 

 無線が、つながる。端末越しに渋い男性の声が聞こえてきた。

 

『────よもや、君から通信をかけてくるとは思わなかった。どうした、エドワーズ少佐』

 

「単純だ。────15年前の貸しを返せ、ベレゾヴィッチ・クルーガー大尉」

 

 

 

 

 

 

 グリフィンR地区司令基地

 

「グリフィン本部から相当離れたR地区司令基地、そこにはとある部隊が駐留していた。

 1個中隊規模の司令部直属部隊や4個小隊規模の警備部隊とは別に、増強8個小隊240体からなる大規模な部隊だ。

 

 ダミー含めての数であるため実際は48体だが、それでも相当の規模であることがわかる。

 

 素顔を明かしているため404小隊のような完全な暗部部隊ではないと考えられるが、任務等が一切明かされない特殊部隊であることには変わりなかった。

 

 彼女たちは通称「第1空挺連隊《The 1st Paratrooper》 」、第1狂ってる連隊とも呼ばれるエリート部隊なのだ。各司令部直属中隊から選抜され、過酷な訓練によって並外れた練度を誇る。ちなみに激戦区であるF地区、P地区、R地区そしてS地区の各司令部基地にそれぞれ一個中隊が駐屯し、引き抜かれる人形もその地区の司令部直属中隊の人形が多い。

 定員は48×4で192体、戦術人形の種類も多岐にわたる。ちなみにTAR-21やAS Valは多く所属しているらしい。

 

 そんな彼女たちの主任務は部隊名の通り空挺(エアボーン)作戦、しかもグライダーユニットを使用した長距離襲撃まで行うのだ。敵地ど真ん中に降下し少数の戦力で強襲殲滅などお茶の子さいさい。必要とあらば破壊工作や潜水作戦などもこなす、まさに戦闘のエキスパート言える存在だ。

 隊内で百合の花が咲こうともそれを散らしにかかるような訓練と気風によって隊員のASSTレベルは100になっていることが当たり前、他の人形の武器でも十二分に戦闘が可能という練度を誇るのだ。

 

 そう、「ぼくが考えた最強の兵士」を地で行くのが「第1空挺連隊」なのであるっ!」

 

 

 

 

「……なにそのこっぱずかしいモノローグ」

 

 目の前でトンプソンがタバコを吸いながら熱弁したモノローグに、危うく引きずり込まれかけていたWA2000はドン引きしながらツッコミを入れた。自分のいる部隊は誓ってそのような変態たちの集まりではないのだが、トンプソンのトーク力の前に納得しかけていたのだ。

 

「なーに、気まぐれで言ったに決まってるだろ? 三割嘘だが」

 

「でしょうね。百合の花なんて至る所で咲いてるわよ。つかM249とMk48は声抑えろ、防音の壁を貫通して聞こえるとかどういうプレイしてるのよ」

 

「あれ、わーもスプリングフィールドも大分声大きい方だと思ったが」

 

「おいトンプソン。バラしたら殺すわよ?」

 

「(もうバレてるってのは黙っておいてやるか)……バラしたりはしないさ。後ろ玉食らったらたまんないからな」

 

 おどけたようでその実気遣いをしてくれた同僚に嘆息しつつ、WA2000は描きかけの猫と少女のイラストをセーブした。ペンタブレットを仕舞い、もたれかかっていた一面硝子張りの窓から腰を浮かせる。

 

「どうした、わー?」

 

「どっかのトーク力だけはある同僚にコーヒーを入れてあげようかなってね」

 

「それだったら共用スペースに持ち込んでくれ。コーヒーは殺風景な喫煙所で飲むもんじゃないだろう?」

 

「そう? ここから見える景色もだいぶ気に入っているけど」

 

 そんな言葉を残し、喫煙室を後にしようとした瞬間。

 呼び出しのホーンが鳴った。

 

「なんだ?」

 

「第7小隊のSAAがコーラパクってきたんじゃない?」

 

 そんなのんきな考えは、スピーカーから聞こえてきた彼女たちの指揮官の声によってばっさり切り捨てられる。

 

『空挺連隊および第66特殊飛行隊各位は現在の行動を放棄、至急第1ブリーフィングルームへと集合せよ。繰り返す、空挺連隊および第66特殊飛行隊各位は現在の行動を放棄し至急第1ブリーフィングルームへと集合せよ』

 

「緊急招集だ!」

 

「ガッデム、せっかくスプリングさんにコーヒー淹れようと思っていたのに!」

 

 愚痴を吐きつつも、すでに二人は兵士としての顔に変化していた。曲がりなりにもグリフィン最精鋭部隊、招集が何を意味するかは骨の髄にまで染みていた。

 

 廊下をダッシュし、大きめの教室程度のサイズがある第1ブリーフィングルームへと集合する。

 招集から2分、すでに半数以上の人員が集合していた。

 WA2000たちのあとからも次々に銃種も様々な人形たちや人間たちが集合してくる。

 

「招集から3分、グレイトだ。状況を説明する」

 

 壇上の厳つい顔をした指揮官が口を開いた。

 スクリーンに戦術地図が移るが、そのサイズが違うことに気が付く。普段の連隊作戦用ではなく、それよりもさらに数サイズも大きい師団作戦用の代物だったのだ。

 

「先ほど、社長直々に俺に電話がかかってきた。内容は至急性を要する空挺作戦だ。それと同時に敵の動向も伝えられたが、はっきり言ってナンセンスだ」

 

 戦術地図に敵のブリップが映る。

 パッと見ただけでも頭が痛くなるほどの敵がいた。大隊規模がいくつも存在するのだ。

 

「敵は4個連隊、味方はたった20体だ」

 

「味方、ですか?」

 

「ああ、この山のところに陥落寸前の基地がある。そして、そこから離れたところに分屯基地があるのだが、そこで防衛戦を繰り広げているとのことだ。我々R中隊の目標は分屯基地と山岳基地の連中の救援および敵の撃滅。そのほかに、S中隊が西側に布陣する敵部隊の後方を叩き、P中隊が俺たちの相手する敵2個連隊の後方を叩く。F中隊はここに止まっている連隊の撃滅だ。支援としてS09地区とS10地区、そしてR06地区とR07地区に全力出撃が発令された」

 

 即興にしては大がかりすぎる作戦だ、と思った。それはほかの面々も同じようで、疑問符を浮かべているものも多かった。指揮官も完全に飲み込めているわけではないらしいが、さらに恐ろしいことを告げる。

 

「なお、孤立している味方は劣勢であるため命令伝達後30分以内の出撃を望む、とのことだ」

 

「(嘘でしょ!? 無茶苦茶にもほどがある!)」

 

「たった20人で防衛戦をやっていて鎧袖一触されていないことも驚きだがな。この基地はロシア軍の物だったが、どうにもきな臭い。────無駄話をしている時間はないな。情報の共有は輸送機の機内で済ませよう。総員、出撃用意! Type2装備で15分後に駐機場に集合せよ!」

 

 

 

 状況が呑み込めないとはいえ、命令されたら動くしかないのが兵士だ。

 それに、久しぶりの実戦に血が躍っているということもある。WA2000は速足で更衣室へと駆け込み、制服のシャツを脱ぎ捨てるのももどかしくスーツを改造した黒色戦闘服の上衣に袖を通した。野戦ならば専用に設計された戦術人形の制服の方がベストだが、潜入作戦、こと空挺(エアボーン)潜水(フロッグマン)となると制服は悪手だ。あんなヒラヒラした服で飛べるか、という不満が噴出したらしい。そんなことを回想しながら、ブーニーハットをかぶり顎紐を締める。

 わざわざType2────防御強化で行けとのお達しだ、念のため戦闘服の上から軽量ボディーアーマーと熱光学迷彩マントを装備する。本来は制服に取り付けられているポーチ類をベルトに装着したら奇妙な出で立ちの戦術人形の完成だ。

 

 己の半身であるWA2000をガンケースから取り出し、手早く消音器をねじ込む。

 弾薬はあとで受け取ることになっているため、弾倉の中は空っぽだ。

 

「行くしかないわね」

 

 ロッカーにガンケースと制服を放り込み、熱光学迷彩マントをひるがえして更衣室を後にした。

 

 駐機場にたどり着くと空挺仕様に衣服をチェンジしたダミーも集合しており、格納庫から引き出された大型輸送機が4発エンジンの暖機運転を行っていた。

 並べられたグライダーユニットのなかから自分のものを選んでゴーグルと接続し、待機場所にて待機する。

 

 ほどなくして、ダミーも含め自分の指揮する小隊の面々が集結してきた。

 

「オーケイ、集合したわね? トンプソン、Vector、AUG、G41……それに、M16A1」

 

「ああ。全員揃っている」

 

「問題ない」

 

 そういって答えるM16A1の眼は、どこか心あらずといった様子だった。実際、彼女は空挺部隊に配属替えになったときからずっと探しているのだ。

 生き別れた妹たちを。

 

 空挺用にカスタムされた特殊戦術機動装甲を纏った彼女を一瞥してから、輸送機に搭乗し始める。畳んだグライダーを抱えて機内に乗り込むのだ。

 増強8個小隊計240体を乗せるには輸送機1機では不足で、2機目が必要になる。余ったスペースには指揮施設を設置し空中司令室(ACC)とするのがグリフィン空挺部隊の常だった。

 

 自分の席に座り、弾薬箱を受け取った。

 .308ウィンチェスター弾を1発ずつ弾倉に込め、銃床にカツカツとぶつけることで角を揃えた。最初の弾倉をマガジンインレットに叩き込み、残りはマグポーチに入れる。

 輸送機が動き出したのか、若干の慣性を感じた。

 

『これより当機は離陸します。降下予定時刻は20分後、HALO降下となります。では、短い快適な空の旅を』

 

 パイロットのアナウンスとともに、ジュラルミン製の機体が猛然と蹴り出される。エンジンの咆哮すらも置き去りにして、空へと飛び立ったのだ。

 

 護衛のSu-78戦闘機がピッタリと横につく。

 

 WA2000は小さく独りごちた。

 

「グリフィン最精鋭部隊・第1空挺連隊R中隊、ね……通常部隊としては最精鋭なのかもしれないけど、非正規戦部隊と比べたらどうかしらね」

 

「さぁ? ただ、スプリングフィールドが聞いたら笑い飛ばすんじゃないか? 『私たちにできることは、"前へ突撃(Go ahead)"だけですよ』ってな」

 

 トンプソンがスプリングフィールドの声を真似てボヤく。

 

 

 輸送機は、彼女たち自身も知らぬままに争いの渦中へ突入しようとしていた。

 




ハイ、第1空挺団モドキです。後悔はしていません。
プロット考えている時にラピュタの「親方、空から女の子が!」を聞いてしまったからね仕方ないね。
ちなみに降ってくるのは女の子(鉛玉もサービス)です。

空挺団はフリー素材です(重要)。


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脱出

E1-8がクリアできませぬ……とりあえずE1-3でFive-seveNちゃん掘り周回してます。


 スコーピオン視点

 

 殺到してくる銃弾を跳んで避ける。

 単身突撃は対多数戦闘において最後の手段とされているけど、あたしにとっては最良の手段だ。敵はフレンドリファイアを恐れて撃ってこないし、撃たれたとしてもあたしなら回避できる。なにより、ボルテージが上がったあたしにとって降りかかる血は最高の麻薬だ。

 密林の中のサソリほど怖いものはないって言うしね。

 

「無駄無駄ァ!」

 

 がむしゃらな機銃掃射を掻い潜り、コンバットナイフでドラグーンを斬り殺した。二体目にアンタレス(スコーピオン)を撃ち込み、こちらに旋回しようとした三体目を蹴り落とす。すかさず左手に握った血塗れのナイフで、首を切り落とした。

 

 密林という環境に動きが鈍ったドラグーンの分隊を始末した後、分屯地に向かいつつあるヴェスピド分隊の背後につく。

 

 密林というのは、数のアドバンテージをたやすく打ち破れるのだ。だから可能な限りこの中で足止めしたい。まあ密林を見事突破した敵に対してはロニーを加えた狙撃班の制圧射撃が待っているけどね。

 

「あはっ! あそぉびにきぃたぁよぉ?」

 

 ジョナスに言ったら「帰れっ」と叫ばれそうな台詞とともに、藪を飛び越える。すでに距離は20メートルを切った。こんな短距離まで近寄れるのも密林におけるゲリラ戦の利点だ。

 

 FCSオートロック、2照準射撃。よほどハイレベルのASSTか天性のセンスが無いと使えない技だけど、ずっとダブルトリガーを使いこなしてきた私にはお茶の子さいさいだね。

 トカレフ弾を電脳に撃ち込まれた敵は糸が切れたように頽れる。うーん、普段はそれでもいいんだけどもハイになっている今はかなり物足りない。

 

 あははは、こんな時はナイフに限るね。FALのククリナイフが欲しくなるよ。

 

 ダーリン、死んじゃやだよ? 

 全て終わってもまだ熱いままのあたしを慰めてくれるのはあなただけなんだから。

 

 別の場所で一個中隊相手に孤独なゲリラ戦を繰り広げているはずのジョナスに心中で呟いたあたしは、密林へと潜っていく。

 

 目を爛々とかがやかせ、新たな血を求めて。

 

 

 

 

 不意に、首筋にチリチリしたものを感じた。

 

 ────殺気! 

 

 ばっと振り向き、左手のアンタレスを向けた。視線の先の相手もこちらに銃口を向けている。

 

 その先にあったのは、知っている顔だった。

 

「あはは、冗談もほどほどにしてよSAA。気をつけないと今の私は味方ごと撃っちゃうよ?」

 

「なにいってるのさスコーピオン、それこそ冗談でしょ。ま、識別装置切ってた私も悪いけどね」

 

 突き付けていたシングルアクションアーミーを下ろし、SAAはあきれたようにつぶやいた。

 

「識別装置? はなっからオフにしてるけど」

 

「うわぁ……ところでスコーピオン、いっちょ共同戦線張らない?」

 

「まあいいけど、あたしの足は引っ張らないでよ?」

 

「そりゃもちろん」

 

 二丁持ちしたリボルバーを見せて彼女はからからと笑う。油断はできない、彼女もUMP45並には腹黒い。我らが隊長サマに絆されちゃってる45はともかくとしてコイツは完全な警戒対象だ。

 

 ま、とりあえずは目の前の屑鉄を血祭りにあげるとしましょうか! 

 

「スコーピオン、ジルバだ。踊るよー!」

 

「そーだね、とりあえず血祭りだぁ!」

 

 わらわらと湧いて出たのはリッパーとスカウトの小隊。

 要するに少しは動けるマトだね。

 

 互いに頷き、火ぶたを落とした。

 

 SAAの持つ2丁拳銃が咆哮を上げてスカウトを叩き落し、あたしのアンタレス(スコーピオン)がトカレフ弾でリッパーをハチの巣にする。

 半包囲された状況ながら、互いに射角をカバーしあうことですべての敵に対応する。

 

 言葉は、いらない。

 

 猛然と吐き出された10㎜パルスマシンガンの弾幕をあたしは上に跳び、SAAは下に滑ることで回避、2照準射撃で制圧。SAAも両手を広げて撃っていたから2照準射撃だね。やるじゃん。

 

「……っち!」

 

 空になった弾倉を取り換えようとして、あたしは舌打ちした。12個も持ち込んだ20連弾倉があと1つしか残っていない。

 

 オーケー、やってやろうじゃないか。

 

 右手で大型ナイフを引き抜いて躍り掛かる。

 リッパーの首を引き裂き、スカウトを蹴り壊して踊る。

「人とは死に関わる存在」とはよく言ったものだね、こんな死線に自ら飛び込もうっていうんだから。まあ、私は人間じゃなくて人形だけど。

 

 SAAが両手のリボルバーを撃ち尽くし、ローディングゲートを開いてリロードに入る。

 

「あたしのリロードはレボリューションだ!」

 

 おう。さいですか。

 

 一瞬判断の止まったリッパー達に、容赦なく左手のアンタレスでトカレフ弾を撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 むわりと血の匂いが沸き立つ血溜まりの中、あたしとSAAは対峙する。

 この辺りの敵は殺し尽くした。あたし達もそれなりに被弾したけれども、微々たるものだ。

 

「で、SAA。あなたの目論見を教えてもらえる?」

 

「やだなぁスコーピオン、あたしが鉄血を引き寄せたように聞こえるじゃん。あたしは何もしてないよ? ただ、何も伝えなかっただけで」

 

「やっぱりか」

 

 あたしは鉄血の動きに不審感を抱いていた。

 そりゃそうだ、いきなり4個連隊が動くのはいくらなんでもおかしい。

 

「ま、ここにはあたしとあなたしかいないから種明かしと行こうか。まあ、事故みたいなものなんだけどね」

 

「へぇ、つまり?」

 

「アルケミストが出てきている」

 

 その一言で、私は全てを察した。そういえば、ちょっと前に全力でボコった気がする。ついでにSAAは鉄血に追われていた。

 

「はぁ……なるほどなるほど。ブチ切れたアルケミストがこちらが逃げられないように囲んだと。そういうこと?」

 

「ついでに言うと、奴は性格から考えて自分でカタをつけたがってるね……今頃分屯基地に単身突撃してるんじゃない?」

 

「うっへぇ、殺し損ねたこと確定じゃん……仕方がない、雑魚の血であたしは我慢するか……」

 

 基地にはあたし達以外が丸々のこっている。

 ロニーとUMP45、416、M4あたりがあることを考えればアルケミストは封殺できるだろう。そして、ここから分屯基地までは8km近くもある。戻るのは少しばかり酷だね。

 

 そういえば、ディビッド達は無事なのかな? さっきから榴弾砲の支援がなくなっているけど……。

 

「ディビッド。榴弾砲はー?」

 

 あたしは歩きながら無線に吹き込んだ。

 答えが返ってくるまでには少しの時間を要した。嫌な予感が電脳をよぎる。

 

『スコーピオンか……ゲホッ……ちょうどいい、オープン無線に切り替えてくれ』

 

「はいはい?」

 

『オーケイだ。これより最後の命令を伝える』

 

 な!? 

 

 あたしの驚愕をよそに、ディビッドは話し続ける。

 

『総員、分屯基地の脱出路からグリフィンR07地区へ脱出せよ。俺とFALのことはいい、お前たちだけでも生きるんだ……』

 

 その言葉を聞いた瞬間、直感で来た道を引き返していた。

 

『どう言うことだディビッド!』

 

『────()()()()()()。今は地下の第2指揮所の前で防衛戦の真っ最中だ』

 

 無線機越しにけたたましい銃声が聞こえる。7.62mmクラスのものと、5.56mmクラスのもの、そして重なって聞こえるレーザーライフルの音。

 FALとディビッドが応戦しているんだ。

 

 

 

 

Holy shit(クソッタレ)!」

 

 

 

 

 

 15分ほどダッシュして、分屯基地まで引き返してきた。

 義体性能をフルに発揮して建物の屋根に飛び乗り、屋根伝いに脱出路を発見した建物へと向かう。

 

 SAAの予言通りアルケミストはすでに到着していた。しかも、目の前にはなぜかUMP45とUMP9がいる。どうもご高説を垂れているみたいで、しかもあのUMP45が引き金を引けないでいる。

 

 これは、()()()()()()()()()()

 

「パーティーかな? あははは、あたしも混ぜてよ!」

 

 縁を蹴って中空へ飛び出した。

 

 ハイになっているにしてはやけに冷静な頭をフル回転させて、最も効率的な強襲コースを維持。

 振り向いたアルケミストの阿呆面に、容赦なく大型ナイフを突き立てた。

 

 

 

 

 

 UMP45視点

 

 目の前でアルケミスト……の義体を屠ってのけたスコーピオンはどこか危うさを孕んだ目で「ギリギリ間に合ったね」って言っていたけれども、私にとっては手遅れだった。

 

 多分、奴の目的は時間稼ぎと私と会話すること。

 

 私はアルケミストが話している最中ずっと奴に狙いをつけていた。それなのに、引き金を引けなかったのだ。グリフィン暗部部隊の隊長だった、そして今は第2戦闘班の隊長でもあるこの私が! 

 

 貼り付けたポーカーフェイスが崩れていることを感じる。

 それほどに、奴の話がもたらした衝撃は大きかった。

 

 奴の話がリフレインする。

 

『なあ、UMP45。思い出さないか? 『ジャッジメント作戦』を。第3次大戦最後の大規模戦闘だ。その時、お前はこんな心境じゃなかったか? 自分1人だけで、敵の渦中に飛び込んで」

 

『45姉、聞いちゃダメ!』

 

『思い出せ、UMP45……否、アリシア・N・ノースバンクス二等兵!』

 

 その直後に、スコーピオンがアルケミストを強襲、ナイフで電脳を刺し貫かれたアルケミストの義体はくずおれた。おそらくメンタルはバックアップに逃げたのだろうが、ひとまずの脅威を排除できたことは確かだ。

 

 しかし、私はなぜかそれを残念だと思ってしまった。

 誰か他の人に自分のことを言われているようでむず痒かったが、その先を知りたいとも思ってしまった。

 私は、アリシア・N・ノースバンクスなんて少女は知らないのに。

 

 そう、知らないのだ。

 

 それなのに────どうしてこんなに胸が痛むんだろう。

 

 

 

 

 

 

 ため息をついて、立ち上がった。

 分屯基地で繰り広げられた防衛戦の顛末を説明しなくちゃいけないし、今にも楽園に戻ろうとしているジョナスさんとスコーピオンを説得しなくちゃいけない。

 

「……え! ……ごーねえ!」

 

 ディビッドは多分助けられない。彼も、それをわかっていたから私たちに逃げろって言ったんだろう。

 戦術的には非常に正しい判断だ。

 

「……よんごー姉! ……45姉!」

 

 それに、彼の声には死ぬつもりは一切ないようにも聞こえた。

 

「ねえってば! 45姉!」

 

「あ、ごめんナイン。どうかした?」

 

 ナインの声で正気に戻った。

 どうやら思考に没入しすぎていて感覚がシャットアウトされてしまってたらしい。私らしからぬ事態だ。

 どうして、それほど動揺していたの? 

 

「指揮官がジョナスさんとスコーピオンを説得してくれた! 鉄血が混乱しているうちに私達も逃げるよ! 早く!」

 

「う、うん……」

 




次回はディビッドサイドに戻ります。あと数話したらまた(殺伐とした)日常編に戻れると思いますので。

ちなみにR07地区とは、マフィアが支配者、軽度放射能汚染地区、ガッツリ香る末期感というロアナプラやらAC世界みたいな場所です。

ドルフロ世界とAC世界は相当似ている気がしますけど……。


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「借りは返した」

一応伏せ字にしていますが、汚い箇所があります。苦手な方はBB推奨です。
今更ですが……


 とある鉄血人形視点

 

「ゾーヤ・リーダーよりCP(コマンドポスト)、敵性体2体を発見。応答願う」

 

『CPよりゾーヤ小隊、直ちに迎撃へ向かえ。タラワ小隊及びデルタ小隊はバックアップ、ポイント635と693付近に展開せよ。展開配置は各小隊長に委任』

 

「ゾーヤ・リーダー了解」

 

『タラワ・リーダー了解』

 

『デルタ・リーダー了解』

 

 指揮分隊からの命令更新(オーダーリライト)を確認。

 命令は敵性体の迎撃だ。

 

 単独突入は厳禁、やったら最後蜂の巣にされるだろう。

 

 凍りついた電脳でそのような判断を下しつつ、自らのダミーを集合させる。ゾーヤ小隊はリッパー2、ヴェスピド1、ガード2からなる室内戦強化部隊。それぞれ3体ずつダミーを連れており、たった2人に競り負けることなどあり得ない。

 

「ゾーヤ3、先行偵察だ。ツーマンセルで当たれ」

 

「了解」

 

 音なき電子の声で意思を疎通し、行動に移る。

 抱えたレーザーカービンの残弾を確認。ENパックの容量は十分だ。

 

 程なくして、ゾーヤ3が戦闘に入った。ガード2体だと多少心もとない、早く救援に行かねば。

 

『ゾーヤ3よりリーダー、ダミーが被撃破。長くは持たないと判断』

 

「あと10秒持たせろ、集結する」

 

『了解。敵はショットガンとサブマシンガン……訂正、カービン』

 

「下手に顔を出すな、抉られる」

 

 戦闘経験からそんなことを判断し、今まさにやりあっているはずのゾーヤ3に伝達。角の向こうからは、たしかにアサルトカービン特有の耳を劈く銃声が聞こえてくる。

 そして、ゾーヤ3のものと思しき10mmパルスガン(電磁拳銃)の弾けるような銃声も。

 

 角を曲がると、まず頭部を失ったガードのダミーが目についた。即座に修復不可と判断。また、ゾーヤ3は右腕喪失を確認。左手でなけなしの反撃を放っているものの成果は芳しくははない模様。

 

「ゾーヤ3-2、ゾーヤ3を後送。ゾーヤ5、制圧射撃。ゾーヤ2、3突撃」

 

 電子の声で命令を伝達した。

 リッパー2体が走りながらパルスサブマシンガンによる濃密な弾幕を展開し、自分も床に伏せて角に狙いを置く。ダミーは膝射で火力支援だ。

 

 相手を視認。

 

 射撃開始。

 

 その時、投擲される黒い球体を見た。

 

「回避────ッ」

 

 

 

 

 ディビッド視点

 

 敵部隊が尾根を越えて、すでに20分は経過したか。

 レーザーライフルの電子音のような発射音とパルスマシンガンの弾けるような銃声が多重に鳴り響く。

 狭い通路に反響するそれは、虚しく壁を抉るだけだ。しかし、確実に俺たちは押し込められていた。

 

「フラグアウト!」

 

 通路の角から、安全ピンを抜いた手榴弾を後ろ手に投擲する。

 俺のすぐ下で膝射姿勢を取っているFALに合図し、炸裂した瞬間に銃口を角から出した。

 マズルブレーキを取り付けた銃口から躍り出るのは、12ゲージのダブルオーバッグ弾。

 腹に響くショットガンの銃声と、耳を劈くアサルトカービンの銃声が狭い通路に反響した。

 

 硝煙を突っ切って突撃してくる二つの影。

 

 バックショットを盾で防いだガードが傷だらけの盾を振り捨て、拳銃で襲いかかってきたのだ。無論、そんなことは織り込み済みだ。

 

「残念」

 

 流れるような手つきでボックスマガジンを交換、チャージングハンドルを引いて初弾を装填し引き金を引いた。

 

 9粒の散弾の内4発が後ろのガードに、5発が前のガードに突き刺さる。

 

「クリアだ……FAL、そろそろ司令棟へ向かうぞ」

 

「了解、合流地点を確保するのね」

 

「ああ」

 

 FALと言葉を交わし、横たわる鉄血人形たちの残骸を後に立ち上がる。敵と会敵した以上、移動しないと大群を相手に撃ち合う羽目になる。捜索段階だからこそこちらにも勝機があるのだ。

 

 今から向かう予定の合流地点は司令棟の屋上にある。現在地が兵器廠の地下1階であるため、一度階段を降りて地下2階の通路を渡らなくてはならない。

 

 チョークポイントである以上鉄血が確保しているだろうが、そこに割ける兵力など高が知れている。せいぜいがところ1個分隊がいいところだ。

 FALのフェレットが寄越す索敵情報を元に、増援が来るまで生き残るための最適解を辿る。里芋のように篭ることを選択した場合、大兵力の前に粉砕されることは一目瞭然だった。たった2人で張れる弾幕など微々たるものだし、敵にコントロールを奪われている以上隔壁で封鎖することもできない。せめてもの救いは監視カメラのシステムをダウンさせられたことだろう。復旧には数時間かかるはずだ。

 

 クルーガーの言葉を信じるならば、救援はあと30分以内に到着する。それも、グリフィンが今出せる最高戦力で。

 

 ────ああ、虫唾が走る。

 

「あのクソ野郎が最後の頼みとは反吐がでる!」

 

「ほんっと、あなたはクルーガーさんを毛嫌いしてるわね……珍しいくらいに」

 

「そりゃそうだ、クルーガーは昔盛大にやらかしてくれやがったからな! その時は奴の方が階級が上だったが今は俺の方が上だ、15年前の貸しは雁首そろえて今返してもらうさ!」

 

「はいはい。でもまあ、大隊相手に応戦を選択するなんて、あなたらしいと言えばあなたらしいわね」

 

「そうかい」

 

 言うまでもないが、この基地は現在1個大隊、約750体の鉄血人形によって占拠されている。現在電子戦モデルが頑張ってシステムをハッキングしている頃合いじゃないか? 

 

 分屯基地の連中はグリフィンR07地区────脱出路の先に逃したから、直に西側から進軍してきた3個連隊が合流してくるだろう。

 まあ、あのクソ野郎(クルーガー)ならこれ幸いとR07地区あたりの部隊に側面攻撃を命じるだろうな。FALの言葉を借りれば弱点がバレバレよ、可哀想なくらいねってところか。

 

「敵。角を曲がった先」

 

 先行しているフェレットから敵情報を受け取った。

 曲がり角の先、歩哨か。特殊戦仕様の短銃身レーザーライフルを持ったヴェスピドが2体。

 こんなに手軽に情報を伝達できるとは、ナノマシン様々だ。

 

「無音で仕留める。拳銃でやれ」

 

「了解」

 

 角を曲がった瞬間、ヴェスピドがこちらを振り向いたが、遅い。

 

 俺のHK416とFALのブローニングHP拳銃が消音された銃声とともに弾を吐き出し、ヴェスピドの電脳を綺麗に貫通する。

 

 崩折れたヴェスピドを踏み越え、階段へ突入。クリアリングしながら地下2階まで降りた。

 

 解放されたままの隔壁を潜り、研究室が並ぶガラス張りの廊下を走り抜けた。

 

 T字路を曲がれば連絡通路だ。

 

 速度を落とさぬままに腰に吊ったショットガンを手に取る。

 

「敵は6、兵種はガードとヴェスピド。そこに陣取るとしたら悪くはない編成だな」

 

「ま、徹甲弾がないならばって注釈付きだけどね。あなたたちはまだまだよって話」

 

「というわけだ」

 

 唐突に現れた敵に対して一瞬硬直するガードたち、その盾に容赦なくSAIGA-12Kを撃ち込んだ。弾種はライフルドスラグ弾。

 5.56mm弾すら数発防ぐセラミック製シールドも、至近距離からのスラグ弾を完全無効化することはできまい。

 

 ショットガンの真に恐るべき特徴は、近距離における着弾時の衝撃なのだ。口径が大きければ大きいほど火薬から受けられるエネルギーは大きくなる。

 

 30g近い鉛玉を叩きつけられた盾たちが揺らいだ。

 それだけで、十分だった。

 

 俺は横にステップを踏み、射線を開ける。

 

「甘いわね、砂糖を吐きたくなるくらい甘いわよ」

 

 ワンテンポ遅れてFAL(銃の方)を構えた相棒(FAL)が、その引き金を引いた。

 下手すれば装甲車の装甲すらぶち抜くM993徹甲弾が、()()()()()()吐き出された。盾どころか義体ごと貫通し、後方のヴェスピドにまで突き刺さった。

 

 一瞬でスクラップの山を作ってのけたFALは、20連弾倉を交換しながらつぶやく。

 

「ふぅ、たまには全力でぶっ放すのも悪くはないわね」

 

「悦に浸っているところ悪いが、さっさと移動するぞ。サプレッサーついてるライフルはともかくショットガンの銃声は聞かれた確率が高い」

 

「ええ、心配されなくてもわかってるわよ」

 

 ダッシュで連絡通路を駆け抜け目当ての階段へと滑り込む。ここを張っている兵がいなかったのはラッキーだった。

 

 光学迷彩を起動したフェレットを先行させ、駆け上がる。

 

 司令棟は5階建て、今いるのが地下2階であるため7階分の高さを登らなくてはならない。いいだろう、階段ダッシュと洒落こもうか。

 屋上に救援が到着しているのかどうかはわからないが、これが最後の希望の綱だ。カンダタのスパイダーシルクってヤツだな。ジャパンの古い小説らしい。

 

 地下1階、地上1階。幸い、まだ気づかれていない。

 

 しかし、階段を駆け上がる音は響きやすい。直に誰かに聞きつけられるだろう。

 

 地上2階、地上3階。足音が多く聞こえるようになってきた。

 

 地上4階へと続く階段に足をかけた時、フェレットが敵を察知。

 

 ────下! 

 

「あはは、こんなところまでご苦労様! 残念だったね、君たちの冒険は終わりだよぉ!?」

 

「スケアクロウか。人の尻にひっつくストーカー女は嫌われるぞ」

 

 鉄血ハイエンドモデル、スケアクロウ。

 よりにもよってあと少しというところで面倒な奴に見つかってしまった。2階から登ってきたのか。

 

「ふふふ……汚いアメリカ人らしい言葉のセンスだな……って、逃げたか」

 

 悪いな、あんたの相手をするにはここじゃ場所が悪い。

 だから、それにふさわしい場所まで追いかけっこと洒落込もうぜ? 

 

 

 

 まあ、そんなセリフでキメても終わりはあるわけで。

 

「無様だな、逆に追い詰められているじゃないか」

 

 屋上までたどり着いたものの、残念ながら誰もいなかった。FALと2人でホールドアップしているが、撃たれていないのはスケアクロウの気まぐれだろう。

 

 屋上には狙撃配置についていたイェーガーどもがわらわらいた。

 流石に、この数は相手取れない。詰みだ。

 

「そうだな、空が綺麗だ」

 

 青く澄んだ空を見上げ、小さくつぶやいた。

 対するスケアクロウは「何言ってんだこいつ」と言いたげな目を向けてくる。

 

「ついにヤケを起こしたか? まあいい……最期はお前の好きなアメリカ流で決めてやろうか。『大人しくしてろ、私がファ○クしてやろう』」

 

「ははは、冗談がキツイぜ……だが残念だな」

 

「そうね、『ファ○クする?』じゃないわ。

 

 

 お前が私たちにFackされるんだよ」

 

 

 ニヤリと嗤いながら、FALが吐き捨てる。

 次の瞬間、俺たちは揃って仰向けに転がっていた。こうなることは空を見上げた段階で気がついていた。

 すぐ上を何かが高速で駆け抜け、そして鳴り響く金属を砕く轟音。

 

「よう、私の妹たちを虐めたのはお前か? ……ああ、すまん。答える口もないんだったな」

 

 物騒なことを語りかけながら土煙の中から身を起こしたのは、スケアクロウとはまるで異なる人形だった。その肩章は見覚えがある。

 

「グリフィンの助け舟は、今到着ということか」

 

「あんたが……まあ、いいさ。ああ、そうだよ。グリフィン第1空挺連隊ここに参上だ」

 

「総数は」

 

 俺のその問いに、目の前の人形は上を指差した。

 空を見て考えろということか。

 

 見上げると、灰色の低視認塗装がなされた翼を背負った人形たちが次々と降下してきていた。一部は一直線に兵器廠や兵舎、ヘリパッドなどに降下していくが、かなりの数の人形が空中で射撃姿勢を取っていた。数は300を下らない。

 青空に、マズルフラッシュの花が咲く。

 空中から放たれた銃撃により次々と撃ち抜かれるイェーガー。降下中というのに容赦なく銃撃を浴びせる人形たちを突っ切って、1体がこの建物、もっというならば俺の目の前へと一直線に降下して来る。

 

 否、1体ではない。1人だ。

 

 完璧なグライダー降下を見せたその兵士は俺の前に立つと、ヘッドギアを外して素顔をあらわにした。その顔を見た俺はまず悪態を吐く。

 

「遅い。もう少し遅ければ今頃俺とFALは額から悪態を吐く羽目になっていたぞ、クルーガー」

 

「ご挨拶だな、エドワーズ。間に合ったようでなによりだ」

 

「おかげさまで、俺が地獄に招かれるのは延期になったようだ」

 

 軽口で返すが、死を免れて安堵しているというのは本当のことだ。そういえば、FAL、UMP45、9A-91のお願いも忙しくて聞けていなかった。

 

「それでだ、エドワーズ。私のアドバイス通り仲間は逃がしたか?」

 

「ああ、あんたの言う通りR07地区へ逃げろと伝えておいた。あの脱出路自体70㎞もあるからまだ抜けきってはいないだろうが……」

 

「いや、R07地区の根拠部隊に迎えに行かせている。途中で合流できるはずだ」

 

「なるほど、手際がいいことで。ところでクルーガー」

 

「なんだ?」

 

「どれだけの兵力を動かした?」

 

「とりあえず窮地にある君たちを救出するために第1空挺連隊をすべて投入した。それ以外にもS05地区、S09地区、S10地区、R05地区そしてR06地区が側面攻撃に回っている。R07地区は敵襲に備えて待機だ」

 

 わぉ。少しびっくりだ。

 ざっと計算しただけで俺たち20人を救援するために2000体近くの人形を動員していることになる。ダミー込みの数字であるし、ダミー数や所属人形数に変動はあるだろうが、少なくとも1500は下らないだろう。

 しかも、そのうちの約1000体はASSTカンスト、ほかの武器を使用してもレンジャー部隊並には戦えるという最精鋭部隊だ。AR小隊のような先進技術実証部隊や、404小隊のような不正規戦専門部隊とは違う純粋な戦闘部隊である。おそらくは正規軍の軍用自律人形ともやり合えるのだろう。

 俺が彼女たちに一対多で勝つためには、絶対に正面から掛かってはならない。数に押されて終わりだ。

 

「グリフィン最精鋭部隊ねぇ……さすがにまともに撃ち合ったら勝てる気はしないな。オーケイ、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ」

 

「まともに撃ち合わなかったら勝てるだろう? ……まあ、そういうことだ。出血大サービスだな」

 

「民間軍事企業の社長サマが言うと洒落にならん。まあ経営だの経費だのカネと信用の話は後に回そう。あんたにはいいように絞り取られそうだな……だが、今は鉄血部隊のことだ」

 

「ああ、すでに空挺部隊が攻撃を開始している。側面を通常部隊につつかれていることもあって、そろそろ音を上げるだろう。ハイエンドは潰したんだな?」

 

「うちのスコーピオンが鉄血ハイエンドモデルを踏み潰してくれたさ。おかげで、敵の統率力は落ちている。ここまで用意しておいてまさかしくじるなんてないよな?」

 

「当たり前だ。さて、我々も掃討戦に加わるとしよう。この楽園は興味深いことが多数ある、少数の武装勢力に渡してはもったいない。無論、鉄血もお断りだ」

 

 

 その言葉とともに、クルーガーは背中に装備していたKS-23ポンプアクションショットガンを握った。

 先ほどスケアクロウを潰した人形がやれやれとため息をついているが、残敵掃討ならば問題はないだろう。クルーガーは非常にそりが合わないものの兵士としても優秀だ。ただし、大企業の社長サマが戦場をホイホイ出歩くのも非常に危険だ。だからこそ護衛がいるのだろうが。

 

「行くぞ、エドワーズ、FAL、M16」

 

 そう声を掛けたクルーガーは、泰然自若とした態度で歩き出した。

 

「あんたの指揮下に入るのは嫌な思い出しかないから好きじゃない」

 

 HK416Dのコッキングレバーを引いて初弾を装填、クルーガーの半歩先へ出る。FALが無言で俺のすぐ後ろ、カバーできる位置についた。

 

「あの時の若者が、もうこんなオヤジになったのか……年月というものは早いものだ」

 

「勝手に言ってろ、俺はあんたが嫌いだ。嫌いなんだよ……」

 

 そう呟いてから、勝手に15年前に戻ってしまっている自分に気がつき軽い自己嫌悪に陥った。

 




グライダーユニットは、CoDBO2のHALO降下用ユニットを思い浮かべてください。
クルーガーさんが前線に出張る理由?
機密性の高い話をしたかったからじゃないんですかね(適当)。

いつのまにか総合評価200Pt超えてたし多くの方々に読んでもらえるのは嬉しいんですけど、平均評価が下がってしまたのは少しだけ悲しいです。


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後始末

第2章、終了です。


 三人称視点

 

 無機質な白さの床を踏みしめ、即席の分隊は進む。

 

「コンタクト」

 

 T字路をカッティングパイでクリアリング、左の道に突如急襲してきたグリフィン部隊に警戒していたのであろうリッパーの分隊を発見。

 ハンドサインでクルーガーに立射を指示し、自分は膝射で銃口だけを出す。こんな閉所では電波が乱反射してしまうためレーダーは用を成さない。索敵手段が光学センサーと聴音センサーおよび振動センサー、そして一部機が備えるミリ波スキャナーしかない以上、露出面積を可能な限り少なくする工夫は非常に有効だ。

 

 角から出されたナニカ。

 それを銃口と判断するまでに時間がかかってしまった時点で、彼女たちの運命はすでに決まっていた。

 

 4ゲージ口径の人体に当たれば粉砕しかねない強烈なバックショットと、5.56mm口径の小口径高速弾の前に非装甲のリッパーは倒れ臥す。反撃の銃火も許さないほどの、近距離戦型として生み出されたリッパーの全てを否定するかのような攻撃。

 原型も留めないほどにぐちゃぐちゃになった生体パーツの破片とアルミフレームを生み出した当の本人は、悠々とフォアエンドを引いて次弾を装填した。ディビッドは立ち上がり、右の道へと足を進める。

 

「中々慣れた動きだな、エドワーズ」

 

「市街地戦、室内戦は俺たち(DEVGRU)の十八番だ。みっちり仕込まれたさ」

 

 軽口を返しながらも、ディビッドの視線は揺るがない。ホロサイト越しに見える光景に集中する。

 少しでも異常があるならば、即座に銃弾を撃ち込めるように。

 

 その構えは、インカムに手を当てたクルーガーの言葉によって中断される。

 

「ふむ……第1小隊と第2小隊が地下3階を制圧した。あとはこの3階だが……今の現在地と味方の展開状況から考えて施設内の掃討は完了したか」

 

「なるほど、仕事の早いことだ」

 

 呟き、アサルトカービンを下ろす。

 敵がいなくなったとなればまずやるべきことがある、そのためには一度地下まで戻らなくてはならない。

 

 降下から1時間ほどで制圧してしまうあたりその練度は認めるべきだろう。人形としての練度だけでなく、兵士としての練度が。

 

「残りはおよそ200、尾根を越えるようだが……説明は不要だな」

 

「開けた場所はあんたらの独壇場だろう。とりあえず施設全体のシステムを再掌握する。話はそれからだ」

 

「ったく、大隊に基地を占拠されたというから何かと思えば案外あっけなかったな。さっさとM4の顔を拝んでからジャック・ダニエルを開けたい気分だ」

 

 クルーガーに随伴する戦術人形がつぶやいた。事実、彼女にとっては暇以外の何でもなかっただろう。

 出会う敵ほぼ全てがディビッドとクルーガーの手によって始末されたのだから。

 そのつぶやきに刺激されたか、無言を保っていたFALも口を開く。

 

「まったくね。願わくばもっと早くに来て欲しかったところよ」

 

「ご冗談が過ぎるぞ、これでも作戦伝達から30分でテイクオフなんだ。これ以上早くするならテレポートが必要さ」

 

「違いないわね。……まったく、派手に騒ぎすぎた。大失態もいいところよ」

 

 結果オーライという言葉はあるが、むざむざと自分達の居場所を占拠されたことには思うところがあるのだろう、FALは少しだけ意気消沈していた。

 

「とにかく、だ。俺は今回については()()()を御所望だ」

 

「借金チャラにしてなおお釣りがくる額払いやがって……何をお望みかはコントロールルームで聞こう」

 

 地下1階の中央コントロールルームへとたどり着いた。

 戦闘指揮所に詰めていたのが悪かったか、真っ先に占領されてしまった場所だ。施設を掌握された理由もここが占領されたから、というのが多い。

 

 チップソーか何かで切断されたせいで開放されっぱなしの扉から中へ入り、散乱する人工血液と生体パーツ、骨格フレームのカケラで染め上げられた床を踏む。

 撃破された鉄血人形の残骸は一纏めにして隅に固められていた。

 

 ため息をついて適当なコンソールに腰を下ろす。

 電源スイッチを押し込んでシステムを再起動、コントロールを掌握。

 

 そこで、ディビッドはクルーガーを振り向いた。

 

「さて、クルーガー。何が望みだ?」

 

 鉄面皮の裏で何を考えているかは、わからない。

 

「そうだな……貴様を指揮官として迎えるのは」

 

「却下だ。何度も言ってある通りグリフィンの下にはつかねぇよ」

 

 クルーガーもそれは分かっているはずだ。

 ディビッドは彼の真意を探ろうと真っ向から見据える。

 

「……だが、事実としてR07地区は指揮官が行方不明、最前線をこれ以上あけるのは不可能だ。加えて、貴様の保有する戦力は放置しておくには危険すぎる」

 

「だからどうしろと?」

 

 結論をせかす。私情はどうであれグリフィンにここまでの借りを作ってしまったのだ、貸し借りの問題で済む話ではないということはわかっている。

 そして、彼は回りくどい話が嫌いだった。

 

「簡単な話だ。R07地区の治安維持および防衛、それをグリフィン&クルーガー社の提携企業のアーミー・デュ・パラディスにやってもらおう」

 

「……そいつは逆にこちらが赤字だ。それで俺たちにどんな得がある? 丁寧にその口で説明しやがれヒゲゴリラ」

 

「ヒゲはともかくゴリラは新しいバリエーションだな戦闘狂(ウォージャンキー)。……そうだな、IOP社から新規人形の受領およびメンテナスサービスが受けられる。人形も銃も野戦整備だった身にはありがたいのではないか? そして、ADPに戦術人形M4A1とAR-15、404小隊の所有権と今回占拠した楽園を譲渡しよう。……ただし、この場合君たち自身にグリフィン暗部の任務を依頼する形になるな」

 

 M4A1たちのくだりで、ディビッドの目つきが変化した。

 脳内で損得計算を行う。メリットは多いが、実質的にグリフィンの一部隊となる以上のデメリットも相応にある。

 それらを総合的に判断し、ディビッドが導き出した結論は────妥当点。

 

「妥当だな」

 

 短く答えた。

 

 

 

 

 

「よう、M4! 久しぶりだな!」

 

「ええ、姉さん! 会えて嬉しいです!」

 

 夕食時、グリフィン空挺部隊4個中隊が駐留したことにより一挙に満員気味となった食堂。そこで、M4と戦術人形M16が感動の再会を迎えていた。

 周囲の人形から暖かい視線を向けられる中、M4はM16に抱擁する。全身で喜びを表し、飛びつかんばかりに。

 

「ああ……私もずっと、会いたかったさ……ずっと、会いたかったんだ、もう一度抱きしめたかったんだ」

 

 M16が呟き、M4の背中に手を回す。その瞳からはポロポロと涙が落ちていた。

 

「ごめんな、M4。あのとき、私だけ逃げてしまって……」

 

「……逃げではありません。分断されて、山に逃げ込む私に敵が殺到してきただけです……それに、姉さんはちゃんと、会いにきてくれたじゃないですか。こんなに立派になって」

 

「はは、言えてるな……AR-15はどうしてる?」

 

「ほら、そこにいますよ」

 

 見ると、開け放たれた入り口に手をかけてジト目を向けるAR-15がいた。食堂の入り口でここまで堂々と抱き合ってはそれは嫉妬も湧くというものだろう。

 未だに涙で目を腫らしつつ、苦笑して呼び寄せる。

 

「AR-15、お前ともまた会えて嬉しいぞ」

 

「はあ、まああなたのシスコンっぷりは理解してるつもりだけどね……生きててくれて何よりよ、M16」

 

 どこか微笑ましげに2人を見守るAR-15は儚くなったようにも、あるいは自分のありようを見つけることができたようにも見えた。ワンピースの上から16Lab純正の制服ジャケットではなく遮熱光学迷彩マントを羽織る彼女は、まるでそこが自分の居場所だと言わんばかりに。

 

「……AR-15は、変わったな」

 

「そりゃそうよ。むしろ、変わらないなんて真っ平御免」

 

「……ええ、AR-15は強くなった。本当に」

 

「今じゃウチの優秀なハッカー兼シャープシューターよ」

 

 M4の言葉に重ねるように、1人の戦術人形が告げた。

 普段の野戦服姿ではなく夜間戦闘服の上にタンカラーのホットパンツに黒タイツを纏ったその姿は、歴戦の戦術人形・FALだ。

 着崩したマルチカムの野戦服姿しか見覚えのないM4とAR-15はその装いに目を疑う。

 

「FALさんの服に、ファッションセンスがある……!?」

 

「落ち着いてM4、偽物かもしれない……!」

 

「おい、てめぇらDEVGRU式の地獄週間を味あわせてやろうか? ……紛れもなく私よ。この服は悔しいけどFive-seveNセレクト」

 

 ぎり、と歯噛みしてから、FALは颯爽とデキる女そのものの立ち居振る舞いで自分の席へ歩き出す。

 去り際に言葉を残して。

 

「今を大切にしなさい、3人とも。過ぎた過去は戻ってこないんだから……」

 

 

 

 

 夕食は在庫の古いロシア軍のレーションで賄うこととなった。

 品目は自由、要するに適当に取れということだ。空挺部隊のうちの一部隊が厨房に潜伏していた敵を始末するために焼夷手榴弾を使ってしまったが故の悲劇なのだが、まあ全員連帯責任だ。

 

 その席で、自分の分の角煮の缶詰と長期保存パンを確保したUMP45は、隣に座るディビッドに体内通信経由で話しかける。側から見れば2人とも静かにパンを食べているように見えるだろう。

 

『ディビッド、報告しなきゃいけないことがあるよ』

 

『なんだ?』

 

『アルケミストから、コンタクトがあった』

 

 それは、分屯地から撤退するときの出来事だった。

 鉄血ハイエンドモデル、アルケミストがUMP45に向かって語りかけてきたのだ。そのときの彼女の表情は、とても嗜虐心に満ちたものだった。

 

『内容を、簡潔に』

 

『どうも、私はアリシア・N・ノースバンクス二等兵っていうらしいよ』

 

 2人の間に、長い沈黙が降りる。

 いきなりそんなことを言われたとしても半信半疑だろうと思う。自分で言っておきながら彼女自身もそうだ。いまだに信じきれていない。胸に強い引っ掛かりを覚えるところが気になるが、分類としては与太話の類になってしまう。

 

 ────私たち戦術人形が搭載する擬似感情モジュールは限りなく人間に近いが、人間とは違うのだ。私たちは所詮ロボット、人間ではない。いくら出自が特殊といえど、人形である以上そこは変わらないはずだ。

 

 そこまで考えたところで、流石に返答が遅いなとディビッドの方を向いた。

 

 彼は、目を見開いて皿を見つめていた。心なしか呼吸が早く感じる。指向性マイクを使ってみれば、心音がやけに早く、大きくなっていた。

 彼は、途切れ途切れになりながら小さく呟く。

 

「ほか、には?」

 

『ジャッジメント作戦に、私がいたって……』

 

『……クソッ、あとで説明する』

 

 吐き捨てた彼は体内通信をカットオフ。

 なんとか平静を保たせながらも、食事を終えるまで言葉を発することはなかった。

 

 

 早めに食べ終え、自身の指揮官の部屋に赴く。

 以前メンタルが散々だった時にも訪れたこの部屋は、相変わらず質素かつ無個性だ。

 

 家具はほとんどなし、ベッドの上に綺麗に畳まれた毛布が置かれているだけ。

 あとは懲りずに9A-91からくすねてきたと思しきウォッカの瓶か。

 

「……ディビッド」

 

 UMP45は、ベッドの方に向かって声をかけた。デスクライトだけに灯されているため、非常に薄暗い。

 ともすれば人の顔の判別すら困難なレベルだ。

 

 ディビッドの返事もいつにも増して硬かった。

 

「ああ」

 

「私は、アリシアなんて人を知らない。記憶領域には存在しない。でも何故だか……胸が痛い」

 

「……すまない、UMP45。お前が過去を話さないように、俺にも話せない過去がある。……ノースバンクス二等兵とジャッジメント作戦はまさにソレだ」

 

「うん、わかってる。誰しも触れられたくない過去はあるでしょ……でもね」

 

「でも、だ。UMP45、これは命令ではなく依頼だ。……ノースバンクス二等兵およびジャッジメント作戦について調査してくれ。そして、ノースバンクス二等兵を殺害した人物を特定してほしい」

 

 ディビッドは、UMP45の言葉を遮る。

 懇願するような、あるいは本能的な忌避を押さえつけるような声に、彼女は知らず頷いていた。

 

 

 

 

 

 その夜、UMP45という戦術人形はロールアウトされて初めて『夢』を見た。

 




というわけで、次回からR07地区と楽園を舞台に話を進めていきます。最近影の薄い9A-91ちゃんもちゃんと出てくるよ!多分!

感想、評価は作者が喜びの舞を舞い出しのモチベ向上に繋がりますので、もしよければよろしくお願いします。

UA9000越え……嬉しいです。


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第3章 不穏
魔境R07地区


気分はBLACKLAGOON、あるいはヨハネスブルグ。



 元グリフィン支配下、R07地区。

 R06地区やR08地区、S09地区と並ぶ対鉄血の最前線であるが、比較的規模の小さい丘陵地帯だ。しかし、環境は他のどの地区よりも厳しい。

 

 なぜなら、年中粉雪が舞い時には低濃度放射能を含んだ牡丹雪が降る寒さの厳しい汚染地帯だからだ。即死すると言うわけではないが必然的に平均寿命は短くなり、平均寿命は60を下回る。

 もっともこんなご時世、放射能や崩壊液に蝕まれて死ぬよりも鉛玉を浴びるか鉄の刃で貫かれるかのほうが遥かに多い。

 

 それ故か、R07地区主街区は〈アウトローズヘブン(無法者の楽園)〉と呼ばれるほどに治安が悪化していた。悪党が蔓延り、裏路地で銃声が鳴り響くのは当たり前、表沙汰にできないような取引も平気で行われているのだ。

 

 治安維持を担うはずのグリフィン部隊の指揮官はとうに失踪、残された人形部隊は街の中に関しては基本的に見て見ぬ振り、市民からの通報があった時のみ出動していた。

 

 ある日、街はグリフィンに代わる新しい客を迎えた。

 彼らは瞬く間に、()()()と街に馴染んで見せた。

 

 R07地区には今日も粉雪が舞う。

 ちらちらと、ちらちらと────。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「指揮官、第3戦闘班市中警邏より帰投した」

 

「了解。損害は」

 

「見ての通りゼロだ」

 

「オーケイ、じゃあ適当に暇つぶしててくれ」

 

「了解だ」

 

 R07地区郊外に存在する基地の司令室で、俺は市中警邏から帰投したリー・エンフィールドから報告を受けていた。

 

 市中警邏とは言っても比較的安全な地帯をパトロールするだけだ。本当に治安の悪い地区も見て回ったが、5分おきに強盗に襲われるという信じたくもない結果となった。

 

 無論、強盗は全員額に風穴を開けられる羽目になったのだが。

 

 副官のFALをちらりと見やる。

 

「なあ、FAL。お前まで無理してここに来なくても良かったんだぞ?」

 

「何言ってるのディビッド、ずっと一緒って言ったでしょ? ……ほら、襟が乱れてるわよ。直してあげる」

 

「ああ、悪い」

 

 FALに襟を直してもらいつつ、考える。

 クルーガーが押し付けてくるあたりで激戦区ということは予想がついていたが、まさか治安悪化も甚だしい場所だとは思わなかった。

 人間相手に殺されるなど馬鹿馬鹿しいため、ここには最低限の兵力しか常駐させていない。無論、完全武装だ。

 

 あのクソヒゲめ、今度会うことがあったら髪とヒゲに脱毛クリーム塗ったくってやる。

 

 

「────よし、終わったわよ」

 

「ありがとう」

 

「それで、なんで私たちがこんな悪徳の街にいるかだって? ……それは、貴方がここにいるからよ。それに、ここには私たちの知らないなにかがあるかもしれない……ま、一番は買い物を楽しみたかったんだけどね」

 

 先ほどの俺の問いに、FALが答えた。最後におどけてみせたのは俺への気配りなのかもしれない。

 まあ、事実として買い物を楽しんでいる彼女の姿がここ最近よく見られるのだが。

 

 不意に、扉を叩く音が聞こえた。

 

「しきかーん、UMP45が“報告書”を持ってきましたよー」

 

「今日は私もです」

 

 扉をあけて入ってきたのはUMP45とAR-15。

 それぞれラップトップ端末を小脇に抱えているあたり収穫はあったらしい。

 

「ネカフェでハッキングを仕掛けてきました。2.5GHzの筐体は少々心もとなかったですけど、必要なものは収穫できたので良しとします」

 

「で、こっちはバーで情報収集。ビンゴだったよ」

 

「そうか。連中は動きそうか?」

 

「武器弾薬を買い集めてますからね。隠蔽したつもりでしょうが、教会のカメラをハッキングしたら1発でした」

 

「どーも殺気立ってるみたいだねぇ。それで指揮官、どーするの? 打って出る?」

 

 答えは決まっていた。

 

「当たり前だ」

 

 

 

 街にはいくつかのマフィアが根城を張っており、中にはグリフィン部隊よりも勢力の大きいものもある。まあたかが数体の人形で編成された部隊だ、マフィアに越されていたとしてもおかしくはない。

 

 問題はそこではない。

 この街を牛耳る犯罪組織の一つが不穏な動きを見せていた。軍人崩れのロシアン・マフィアや自称レジスタンス、そして人権団体などは沈黙を保っているが、おそらくは当て馬にするつもりなのだろう。

 そしてこちらの技量を見極めるのだ。

 

 いいだろう、特殊作戦部隊は伊達ではない。

 

 ただし、いくつか問題があることも確かだった。

 

「今回使える戦力はここにいる俺たちと第4戦闘班だけだ。他は楽園で深部偵察やら打撃作戦やら野戦訓練に忙しい。第3戦闘班と第5戦闘班はバックアップにあてる」

 

 戦力の大半を楽園に温存してある以上、即応できる戦力が少ないのだ。

 

 R07の残存グリフィン部隊は5体、一〇〇式とAUG、SVD、M500、PPK。

 SVDを狙撃班に回し、M500は突入担当の第4戦闘班に配属したため代わりに新規発注したIDWとASValを加えることで第5戦闘班を編成した。

 

 ちなみに現在はジョナスとスコーピオンにシゴかれているはずである。合掌。

 

「俺は出るつもりあまりないんだが……」

 

「とはいえ第4戦闘班は2人も抜けているわ。ロニーがいるとはいえ流石に戦力不足が否めないわよ」

 

「はあ……悪いがUMP45、突入チームに臨時で入ってくれないか?」

 

「あなたの頼みを断れるはずがないでしょ? いいよ、やってあげる」

 

「サンクス。俺は根回しをしておこう」

 

 なに、ロシアンマフィアに脅しをかけるだけさ。

 

「いいですけど、あんまり無茶はしないでくださいね?」

 

「単身で乗り込むわけじゃない、久しぶりに9A-91を連れてみるさ……準備は進めてくれ、すまないが明日には行動に移りたい」

 

「了解」

 

 とりあえず、この話はここで仕舞いになった。

 

 

 

 

 ここに来てから購入したトレンチコートの襟を立て、R07地区の裏通りを歩く。この辺は特に治安が悪く、何か踏んだと思ったら死体だったということがざらにある場所だ。銃声がどこかで聞こえているのは日常茶飯事。

 転がる死体を見ても驚かないあたり自分はこの街に慣れてしまっているのだと思う。

 

 他の面々はどうだろうか。

 ジョナスはスコーピオンを連れて行くのを嫌がっているが、それくらいだ。

 一方で、M4やリー・エンフィールドのように何かない限りは極力行きたくないと主張する者も少なからず存在する。彼女たちがこの街を歩いているときは、堂々としているように見える反面コートに隠したアサルトカービンを握りしめていることがよくわかるのだが、それは本能的な防御反応なのだろう。

 

 逆に、瞬く間に馴染んでしまった人形もいる。トンプソンは平然と裏通りを歩くし、404の連中もそうだ。意外なところではFive-seveNとAR-15か。Five-seveNは情報量が格段に増えた代わりに朝帰りも増えた。何をしていたかは聞くだけ無駄だろう。逆に、AR-15はしれっと人混みに紛れ込んでいるからタチが悪い。最近は電子部品を買い漁っていると聞いた。

 

 こんな世紀末、悪徳の街ごときに怯むようでは戦闘職は務まらない。むしろ片足突っ込んでなんぼだとは思う。まあ、それを強要するつもりはないし、正直M4やリー・エンフィールドには負担をかけてしまっていることも事実だ。

 

 ふと、足を止める。

 

 微かに血と硝煙の匂い漂う裏路地の、とうの昔に捨てられたようなコンクリート製のマンション。しかし、その一室が俺の目的地だ。

 

「ガンスミス“コルト”か。なかなか趣味の悪いネーミングセンスじゃないか」

 

 呟き、古びた木の扉を叩く。

 扉の奥から若い声がした。

 

「今日はお客さん多いなぁ……はいはい、今出ますよっと」

 

 ガチャリと音を立てて扉が開く。

 顔を見せたのは若い男だ。

 

「ようこそ、お入りください」

 

「ああ」

 

 男に案内される。

 バーのマスターから聞いたが、このガンスミスは相当腕がいいらしい。武器の仕入れも行なっているらしく、知る人ぞ知る穴場のような人物だ。何回かAKS-74Uを持ち込んだが、新品同然にまで整備してくれたあたり腕は確かだ。

 

「ところで、今日はどのようなご注文で、エドワーズさん?」

 

「ああ、まずはコイツのメンテを頼む。それと、新しく7.62mm口径以上のアサルトライフルを見繕ってほしい。年代は2010年以降で頼む」

 

 そう言って、背負っているガンケースを指差した。

 中に収められているのは俺の半身と言って差し支えないほどに使い込んだHK416Dアサルトライフル。

 

 もう50年以上前に設計されたものだが、今でも対人作戦では現役だ。ただし、装甲兵相手には効きがかなり悪い。正規部隊の装備が12.7mm口径のアサルトライフルに更新されているのはELIDを仮想敵としているからであるが、俺たちもこの先ELIDと対峙しない保証はないのだ。

 

「ちょっと待ってくださいね、先客のメンテが途中なので」

 

「先客? まあ、そっちからでいい」

 

「じゃあ少々お待ちを」

 

 そう言って俺は工房に案内された。ソファには俺の見知った顔がいた。

 

「あれ、指揮官!?」

 

「M1911か」

 

 ソファで雑誌を読んでいたのはウチの第3戦闘班所属、M1911だった。おそらく市中警邏から帰投してすぐにここに来たのだろう。

 

「指揮官もコルトさんに武器のメンテを依頼しに来たんですか?」

 

「そんなところだ。ついでに新しい銃も見繕ってもらおうと思ってな」

 

 壁際にもたれかかり、タブレット端末を開く。

 ざっとデータベースを見ていると、M4からの哨戒任務の報告を見つけたため目を通す。

 鉄血の人形部隊は定数配備が完了していないため動きはあまりなかったらしい。

 

「そうだ、ガバメントさん。無改造で使われている二丁目をM45CQPモデルに改造しましょうか? コルセアの時みたいにASSTを崩しちゃったりはしませんし、お安くしておきますよ」

 

「うーん、改造ですか。確かにサイレンサーが使えないのはキツイんですよね……ふむ、これを機に趣味全開のカスタムを依頼しちゃいましょうかね!」

 

「ほほう、例えば?」

 

「えーと、側面に『9mm Outlow cop』って刻んで、バレルを半インチ延長して消音器用のネジ切って、トリガーを穴あきモデルに変えて、ハンマーを大型のものにして……」

 

「ちょ、ちょっ、待って! とりあえず君はいつもの通り紙に書いて! 混乱しちゃうから!」

 

 コルトとM1911の微笑ましいやり取りを眺めつつ、ガンスミスの腕前に感嘆する。話しながらも相当手慣れた動作で銃を分解整備しているのだ。すでに一丁目は終わったようで二丁目に取り掛かっている。

 

 ふと、自分のMk23はどうだろうかと思った。

 基本的に使用後には清掃を行なっているが、最近分解はしていなかった気がする。

 

「はい、終わり!」

 

「やっぱ早いし上手ですね、コルトは! 9A-91ちゃんも悪くないんだけど、本職に任せると使ってる感覚が違うね〜」

 

「あ、やっぱり違う?」

 

「うん。なんか軽いんですよ、銃が」

 

 戦術人形にはASSTシステムが搭載されているから当然だと思うが。

 そんな野暮なツッコミは置いといて、ガンケースからHK416Dを取り出す。セイフティはもちろんかけてあるし、マガジンの中もチャンバーの中も空っぽだ。

 M1911からこちらに視線を向けたコルトに、HK416Dを手渡した。

 

「さて、お待たせしました。メンテナンスはこちらでよろしいでしょうか?」

 

「ああ」

 

「ふむ、HK416Dですか……あれ、ストックが曲がってますよ、どういう使い方したんですかこれ。それにスプリングもだいぶヘタってますし」

 

「そりゃそうだろうな。最後に部品交換を伴う整備をしたのが半年前か?」

 

「逆に言うと半年でここまで使い込んだんですか。まあ、『他人の便所は覗かない』がこの町で生き残るコツですからね、詳しくは聞かないでおきますよ」

 

「ああ、こっちもお前とM1911がやけに親しい理由は聞かないでおく」

 

 この悪徳の町では、詮索したものは容赦なく殺される。

 基本的に他人の問題ごとには首を突っ込まない方が良いのだ。

 

「はは、これは別に隠すことでもないですけどね」

 

「この人がアラスカに来た時に知り合ったんですよ。それからネット越しにおしゃべりしたりメンテナンスやら改造を依頼していたんですけど、なんやかんやあってこうして再開したってワケです」

 

「確かに、隠すようなことでもないかもしれないな。ああ、そうだ。メンテナンス終わってからでいいんだが、少し話があるんだ」

 

 まあ、大したことではない。

 しかし、悪徳の街で生計を立てている男は想像以上に勘が鋭かった。

 

「それは……勧誘だったりしますか?」

 

「さぁて、どうだろうねぇ」

 

 適当にはぐらかして、時計を見る。

 

 午後4時32分。

 彼の仕事のペースを考えれば、遅くても夕食前にはR07基地に帰りつけそうだ。




感想、評価は作者のモチベ確保につながるので、是非お願いします。


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ウェットワークス

 UMP45視点

 

『FALへ部隊指揮権を委譲』

 

『オーケイ、ここからは私が指揮をとるわ。ターゲットの本拠地は雑居ビルの屋上よ。残念なことにスナイプ対策をされているから、作戦は予定通り強襲殲滅』

 

 セーフハウスに潜伏してディビッドとFALの無線を聞く。

 そっとUMP45(己の半身)のコッキングレバーを引いた。

 

 現在自分の指揮下にある部隊は、AK-47、トンプソン、M500、そしてスレッジハマーの第4戦闘班だ。狙撃部隊である第3戦闘班がバックアップに入るようだが、ほとんど意味はないと見るべきだろう。

 

『作戦開始』

 

「各員突入ポイントまで移動。狙撃班、歩哨排除を」

 

 それぞれの銃を抱えひた走る。

 AK-47やトンプソンはこの作戦にあたってハンドガードにPEQを括り付けているようだが、普段の無改造で振り回している姿を見ている身からすると水中ゴーグルのようなデザインの暗視ゴーグルと相まって若干違和感があった。

 

 遠くでライフルの銃声が鳴り響く。

 

『歩哨排除を確認、突入班はブリーチングで突入せよ』

 

「I copy」

 

 無線機に小さく吹き込み、死体をまたいで勝手口の脇についた。

 コンクリート製のビルの壁は銃弾を防ぐが、扉、とくに蝶番や鍵はその限りではない。

 ハンドサインでM500にスラッグ弾の射撃を指示。破壊するべきは鍵だろう。

 AKとトンプソンがそれぞれの銃を握り締め、室内戦ということで消音器付きの大口径アサルトライフルに持ち替えたスレッジハマーがポイントマンを務める。

 

 私も、己の半身を小さく撫でた。

 

「ブリーチング……ナウ」

 

 M500が呟いた刹那、バガンッという腹に響く銃声が鳴り響いた。

 鍵にライフルドスラッグ弾がめり込み破壊。

 

「Move now! GOGOGO!」

 

 スレッジハマーがドアを蹴り破り、流れるようにM500が続く。雑居ビル特有の入ってすぐにある階段は無人だった。しかし、脇にある廊下と金属扉から物音が聞こえる。いるとしたら扉の先に2〜3人だろう。

 トンプソンとAKも建物内に踏み入り、クリアリングを開始する。緑色の視界を赤外線レーザーが踊る。

 

「なんだ!?」

 

 銃声に叩き起こされたか、金属製の扉が開かれて中からスーツを着たマフィアが数人現れた。間抜けにも銃を構えないで。

 

 シュカカカ! 

 

 すかさず火を噴くスレッジハマーのAsh-12。50口径というライフルとしては規格外の弾丸が容赦なく襲いかかった。

 瞬く間に2人の体を爆ぜさせたスレッジハマーは階段の前に陣取る。上から降りてくる敵を迎撃するためだ。

 

「M500、前へ!」

 

「了解っ!」

 

 ここからは可動シールドを持つM500がポイントマン、トンプソンとAKがアタッカーだ。私? バックガンとして扉に陣取るよ。

 

「何者だテメェらぁ!」

 

「シカゴタイプライターだ、夜露死苦っ!」

 

 連続した空気の吹き出すような音とともに、45ACP弾と7.62mm×39mm弾が吹き荒れた。手にした高性能なvector短機関銃を構える間も無く殲滅されるマフィアども。

 

 運良く生き残った1人が拳銃を構えるが、目の前にはM500の仄暗い銃口が突きつけられていた。

 

「なろっ……」

 

「ばぁか」

 

 銃声が轟き、壁を彩る血の染みが一つ、増えた。

 

 鮮やかな手腕だ、さすがこの悪徳の街で生き抜いてきただけはある。

 それに、出会った時に比べればAKもトンプソンも格段に技術は向上してた。さすがはディビッドってところかな。

 

「M1911、Five-seveN、どうせ暇してるでしょ? 観測はほかの連中に任せてエントランスの制圧よろしく」

 

『りょぉかい!』

 

 無線機に吹き込み、返事を聞いてから通信を切る。

 

「全員、上へ進むよ。ポイントマンはM500、スレッジハマーは続いて。AK、トンプソンもよ」

 

「45はどうするつもり?」

 

 マガジンをチェンジしているAK-47から問われた。それに対して私は嗤ってみせる。

 

「首取りに行くわ。エレベーターでカチコミよ」

 

「ヒュウ、やるねぇ」

 

『UMP45、できると思うならやって』

 

「了解」

 

 言うや否や、私はエレベーターのボタンを押す。

 それを確認したほかの面々は階段を駆け上がり始めた。

 

 無人のエレベーターに乗り込み、敵ボスがいるはずの4階を押す。

 敵がバカじゃなければ気がつくかもしれないが、その方がむしろ都合がいい。

 

 操作板の影になるように張り付き、銃口は扉に突きつける。敵に待ち構えられた時に対応できるように。

 

 ポン、ポンと階数表記が上へ進んでいく。

 

 3階で止まった。っち、流石に気がつくか、あるいは単純にエレベーターで移動しようとしただけか。

 

「おい、行くぞ……ぉ!?」

 

 扉が開いた瞬間状況を確認、シールド装備が2人いることを確認して近い方に撃った。しかし、盾の表面でむなしく火花が散る。くそったれ、NIJ規格でランク2以上はあるセラミックシールドだ。場末の()()()()ですらこんなものを持っているとはまさしく世も末だね。

 

 そもそも今が世紀末か、と思い直したところで唐突にフラッシュバックに襲われた。

 

 私は、こんな光景を見たことがある。自動扉の縁に隠れて銃弾を凌ぎ、強靭な盾を持った兵を相手に一人短機関銃で応戦する少女の姿を。いつの話だっただろうか。

 結局あの時は、()にレールガンで強引に道を切り開いてもらったはず────。

 

 頬を銃弾が掠ったことで正気に戻る。同時に愕然とした。

 今、この再上映(フラッシュバック)を自分のことだと考えなかったか? 

 私の、戦術人形UMP45-0000の電脳にはそのようなデータはない。いくら出自が特殊とはいえ、そのような戦いは経験した筈がないのだ。それなのに、それなのに────―なぜここまで胸が疼くのだろう。もどかしいのだろう。

 

「クソが!」

 

 いらだちを込めて吐き捨て、ベルトポーチからスモークグレネードを取り出す。安全ピンをむしり取り、後ろ手に投擲。

 

「グレネード!」

 

 馬鹿め、三流だから気が付かないんだよ。

 これがフラググレネードに見えるか? でかでかとスモークと書いてあるだろうに。

 

 怯んだ隙に飛び出す。

 義体性能を全力で発揮し、地面を蹴り飛ばして疾走する。スモークグレネードが効果を発揮する前だからまだ視界は制限されていない。

 

「なっ!?」

 

「立ったまま死ね!」

 

 叫んで、左手でUSP45を引き抜く。盾持ちどもが焦りながら手にした武器を撃つがこんな近距離での射撃など射線が見え見えだ。

 地を蹴り相手が構える盾の縁に着地する。パンチラ? 残念こんなこともあろうかとスパッツ装備だよ。

 ASSTと連動した旧式のFCSが、銃口をサングラスに突き付けた。ヘルメットすらかぶっていないならば、盾をかいくぐってしまえば何の問題もない。

 極限まで短く設定された1フレームの処理、自分の動きを対空攻撃方程式にぶち込んで右腕の角度を変数で制御する。続く1フレームで左目の視界に映るもう一人の推定相対座標を取得、左腕をそちらへ向ける。

 

 疑似的な、2照準射撃。

 FCSを使わないから精度は劣悪だろうが、こんな近距離だったら外すはずがない。

 2人の男が向ける恐怖と憤怒、そして懇願の視線をよそに、両の人差し指に収縮の命令を送った。

 

 頭が二つ、熟した果実のように弾け散る。

 

 

 

 

 

「UMP45より突入班各位、3階は私が血風呂にする。4階に突入し、迅速に目標を始末せよ」

 

『了解……怒ってる?』

 

「さぁ、私にもわからない。ただただイライラする」

 

 柄もなくそういって、私は金属扉を脚力だけで蹴破った。

 

 背後でようやく撒き散らされ始めた白煙を背に、居並ぶ敵を睥睨する。人間だけではなく人形もいたが些細なことだ。

 

 私は、全員を撃ち殺した。

 

『Move now!』

 

 上の階で爆発音が鳴り響き、銃声が聞こえてきた。おそらくは私が行ってもあまり意味はないだろう。

 

 しばらく鳴り響いた銃声は、やがて静かになる。

 少し間を置いてスレッジハマーから通信があった。

 

『対象を殺害。ミッションコンプリートだ』

 

「了解、ホットゾーンを陸路で離脱せよ」

 

 ため息をつきながら指示を下した私は、階段へと足を踏み入れた。

 フラッシュバックは、なかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ディビッド視点。

 

 所変わって、バー“オレンジビル”。

 アウトローズヘブンの数少ない安全地帯に建つ大きなバーだ。マフィアの抗争に巻き込まれたり強盗に襲撃されたり客がチンピラに反撃したりするなどして、6回もバー部分が全壊しているがめげずに再建されているという雑草よりも強い生命力を持つ建物である。

 

「おいエドワーズ、今失礼なことを考えなかったか?」

 

「失敬な、このバーの生命力について考えていただけさ……バカルディもう一杯頼む」

 

「バカルディモドキだけどな。アルコールにそれっぽい味付けただけだ」

 

「それでいい、元からこのご時世の酒の味には期待してない」

 

「俺の前で言うかよ……ほらよ、バカルディだ」

 

 マスターに礼を言って、ジョッキに注がれたラム酒(バカルディ)に口をつける。ナノマシンでアルコールを片端から分解するのはどうなのかとも思わなくもないが、この後の仕事があるため酔うのはまずい。

 

 そう、仕事だ。

 

「やぁ、PMCの指揮官ドノ」

 

「ペーシャ女史」

 

 後ろから現れたのは、ワインレッドのスーツを纏った妙齢の女性。しかしその頰には大きな傷跡があり、俺と同じ軍人崩れ(エクスアーミー)ということを告げている。

 なにより、纏う雰囲気は戦場を経験したもののそれだった。

 

「マスター、私にカルモトリンを。そうだな、弱めのやつで頼む」

 

「ほらよ。にしてもコレ、そのまま飲むものじゃねーぞ」

 

「いいんだ、ウォッカに似ているから」

 

 この場合、うちで細々とウォッカ生産が続けられていることは言わないほうがいいな。9A-91が自分のためだけに作っているんだが。

 

 まあ、それはさておきだ。

 ペーシャがカルモトリンを一口呷ったことを確認し、俺は本題に切り込む。

 

「さて、ペーシャ女史。本日呼んだのは他でもない、この街における我々の処遇です。ええ、単刀直入に言いましょうか────我々をあまり舐めないでください。確かに軍人崩れのPMCですが、この街くらいは簡単に消し飛ばせますよ? ねぇ、元ロシア連邦陸軍第6歩兵師団第52機動旅団第49中隊、通称ゴルボイ・グローザ中隊隊長ソフィア・S・ケレゾヴィッチ大尉」

 

 うちの情報部は優秀だ。AR-15とUMP45に依頼したらその日のうちに届けてくれた。

 案の定、目の前に座るロシアンマフィアの首領はわずかに目を見開いている。狼狽しないあたり元精鋭部隊ということも本当なのだろう。

 

「……その情報は、どこからだ」

 

「うちの情報部は優秀ですよ。ああ、そちらが私の名前や経歴を漁り────ディビッド・A・エドワーズという中尉が6年前に戦死したという情報を得たことも知っています」

 

「筒抜けか……それで、脅しをかけるために呼んだのか?」

 

()()。我々の目の届かないところでは自由にやってもらって結構ですが……我々に喧嘩を売るならば歓迎しますよ。鉛玉で」

 

「……今回の件はピエトロ・ファミリーの独断専行だ。あくまで我々には関係ない」

 

 あくまで逃げる気、か。

 まあいい、この先どうにか牙を抜けばいいさ。この空気さえ澱んだ街の悪意は今は手に余る。

 

「まあいいでしょう。────我々の部隊から通信が入りました。ピエトロ・ファミリー本拠地の強襲は成功、構成員24名と人形6体の全員死亡を確認」

 

「早いな。グリフィン空挺部隊か……あるいはレンジャーか?」

 

「ご想像にお任せしますよ。では、今日はこれで」

 

 マスターにバカルディの代金を払い、コートの裾を翻して席を後にする。

 ポーカーフェイスが微かに歪んでいることを知覚しつつ、粉雪の舞う地の果ての街へ踏み出した。

 

「……間違いない、奴は特殊部隊(カマーンダス)だ。しかも対テロ戦やら対特殊部隊戦に慣れていやがる。────デルタか、マリーンレコンズ、あるいはDEVGRUだろうな。NavySEALsというレベルじゃない」

 

 後ろから聞こえてくる呟きは、意図的に無視する。

 俺はもう軍の狗じゃないし、DEVGRUはもうない。俺は、ADPの指揮官、それだけだ。



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M4空を飛ぶ

一部キャラにキャラ崩壊が見られるかもしれません。
M4被害者回です。


 三人称視点

 

『きゃぁぁぁあああ!』

 

 酸素マスクの中に、戦術人形M4A1が上げる悲鳴が響いた。

 無論外に聞こえることはないが、口元のマイクに拾われたそれは同時に()()()()()仲間たちの鼓膜に突き破らんばかりに刺さる。

 

『M4! 怖いのはわかるから静かにしてくれ!』

 

『だって! 落ちてる、落ちてるからぁ!!』

 

 バディを組むM16A1が堪らず叫ぶが、軽いパニックに陥っているM4は聞く耳を持たない。

 

『M4、両手両足を広げろ、水泳と同じだ!』

 

『私泳いだことないよぉ!』

 

『知るか! 錐揉み降下からのマルファンクなんて金輪際ごめんだ!』

 

『きゃっほーいっ! 最高よ、M16!』

 

『なんでAR-15はそんなに楽しそうなの!?』

 

 胸元の高度計がグルグル回り、ハーネスで繋がれた2人は地球の重力に引かれて猛烈な速度で落下する。

 

 彼女たちは、今まさにHALO降下を体験しているところだった。

 

 

 

 事の発端は数日前に遡る。

 AR小隊最後の1人、M4 SOPMODⅡの居場所が判明した。鉄血のネットワークに潜入していたAR-15が掴んだ居場所は鉄血支配域深部、ADPが本拠地とする楽園から約100kmの場所だ。

 

 それを聞いたM4は居ても立っても居られない様子だったが、該当施設には鉄血ハイエンドが数体纏めて駐留することも判明して意気消沈。

 流石に、現有の戦力では手に余るのだ。

 

 数々の特殊作戦に従事したディビッドも頭を悩ませる中、UMP45が少ない戦力でも奪還できる公算が高い作戦を立案した。

 

 空挺進出と、潜入の組み合わせだ。

 

 推定されるSOPⅡの精神状態を鑑みて潜入メンバーはディビッド、FAL、ジョナス、スレッジハマー、M4の5人小隊、救出はFALとM4で行うこととなった。他に、HALO降下の経験があるという404小隊とAR-15も降下し脱出ポイントの確保を行う。あとは陸路で脱出、危険区域を脱したらヘリを呼べばいい。

 

 しかし、ここで問題が発生する。

 旧DEVGRUの4人や元SASのスレッジハマー、404小隊は空挺降下に慣れているものの、元AR小隊所属のM4とAR-15はパラシュート降下の経験がなかったのだ。

 

 苦虫を百匹ほど噛み潰した顔でクルーガーに相談したディビッドは、結局2人にはグリフィン空挺隊員とのタンデムで降下を行ってもらうという決断を下した。

 悲しいことに、楽園にはラムエアパラシュートはあってもタンデム用のハーネスはなかったのだ。

 

 グライダー降下よりも距離は出ないが、その分要求される技量は低い。隠密性と扱いやすさという点でラムエアパラシュートは優れていた。

 

 

 

 というわけでM4とAR-15はバディの確認と予行練習のためにわざわざR地区本部基地まで出向いて降下訓練を行うこととなったのだが、その結果がこれである。

 

『回る、回ってる、止まってぇ!』

 

『落ち着けM4、力抜け! 錐揉みは加速すれば立て直せる! あれだったら抱きしめてやるから!』

 

『ぐすっ……もうお嫁に行けないよぉ』

 

『冗談言ってないで、立て直す、ぞ!』

 

『ぎにゃぁぁぁぁああ!』

 

 愉快なやりとりを繰り返しながら、急速に高度を下げるM16とM4のペア。身体に叩きつけられる風は強く、その上実戦を想定して戦闘装備で降下しているため手を守る装備がない。もっと言えば装備の防御力も心もとない。遮熱効果を持つ人工皮膚のおかげでひんやりとする程度で済んでいるのだが、それが逆にエラーを吐き出させる。おまけに空から落ちるという恐怖が上回ってしまい、電脳がそれに埋めつくされていた。

 結果としてパニック状態に陥り、捩り回ってしまったせいで錐揉み回転しているのが現状だ。

 

 涙ぐましい努力によってどうにか安定した降下を取り戻したM16は、胸元の高度計を確認した。高度4000m、そろそろ酸素マスクを外しても大丈夫な高度だ。

 M4がまだパニックから脱出出来ていないことを悟ったM16は、ここで突飛な行動に出る。どうせ空の上、無線を切って仕舞えば誰も知ることのできない青の密室だから。

 

 自分とM4の酸素マスクをむしり取る。

 

「え? 姉さん、なにを……っ!!?」

 

 そしておもむろに左手で抱きしめ、右手をM4の左頬に回しこちらを振り向かせ、その唇を塞いだ。

 

 未知の感覚とM16にソレをされているという事実に、M4の電脳はエラーに埋め尽くされる。

 ほとんどダウンした処理能力の最中、M4は姉の囁き声を聞いた。

 

「怖がらなくていい、私が守るから」

 

「……〜っ!!」

 

 普段の彼女からは想像もつかない妖艶な声に、ビクッと震える。抱きしめられている腹部がじんわりと熱を持った。

 

「それとも不安か、M4? ……もう、放しはしないさ」

 

「姉さん、わたし、は……」

 

「ほらM4、叩きつけられたくなかったら深呼吸しろ。大丈夫だ、私が後ろにいる」

 

「うん……」

 

 すぅ、と大きく息を吸い込み、吐き出す。

 目を閉じると感じられる、自分を包み込んでくるようなM16の温もり。

 

「暖かい……姉さん」

 

「そうかい。なあM4、目を開けて周りを見てみろ。すっごい綺麗だ」

 

 言われるがままに再び目を開く。

 

 広がる真っ白い雲の群れに、空気の屈折のせいか地平線に近づくにつれて碧く染まっていく大地。

 ちらつく、僅かな粉雪の、しろいろ。

 

「綺麗……」

 

 ただそれだけをこぼした。

 

 

 

 

 

 そんな彼女たちなど最初から眼中にないAR-15はハイテンションで叫ぶ。

 

『なにこれ、最っ高! もっと早くやればよかった!』

 

『前で騒がないで! ……もう、はしゃぐのはわかるけど』

 

 タンデムで補助するWA2000が呆れ声を漏らすが、それすらも聞こえていない様子ではしゃぐAR-15は子供のようにも見えた。

 

『全く……それに比べてM16ときたら』

 

 WA2000とM16の直通回線には、バッチリとM16のヴィスパーボイスが拾われていた。

 

 

 

 

 DZ(ドロップゾーン)に指定された駐機場には、空を見上げる数人の人影があった。

 ADPを統べるディビッドとその副官のFALに加え、UMP45や9A-91、そしてUAZを運転してきたリョータローだ。

 

「あ、指揮官! M4さんたち降りてきました」

 

 双眼鏡で空を見ていた9A-91が告げる。その方向に目を凝らしてみれば、確かに軍用ラムエアパラシュートの黒い影が視認できた。グリフィン御用達の軽量かつお安いタイプだ。

 ディビッドはM4やAR-15が無事に降下してきたことに安堵する。

 自分も散々飛んできたから言える話なのだが、HALO降下は相当苛酷な降下方法なのだ。

 高度10000メートルにもなると、気圧は地表の半分以下まで低下し気温は容易く氷点下へ達する。人間ならば酸素マスクと防寒服が必須、人形でもエネルギー維持のために酸素が必要となるため酸素マスクを着用しなくてはならない。

 

「M4は降下経験がないといっていたが、最初は4000mから降下する普通のスカイダイビングの方が良かったんじゃないか?」

 

「何言ってるんだエドワーズ指揮官、相手は人形だぞ。降下のデータを渡しておけば自動で調整できるからむしろ最初からHALOに鳴らした方が良いだろう」

 

「それもそうか」

 

 R地区司令基地の指揮官と会話を交わしつつ、ディビッドは鮮やかな手つきでパラシュートをコントロールする少女たちを眺める。

 ほどなくして、ちょうど目の前に戦闘装備を身に着けたM4、M16、AR-15、WA2000が着地してきた。ランディングの姿勢は百点満点だ。データを渡しておけばその動きをなぞることでほぼ完ぺきな動作ができることは人形の大きな特徴と言えるだろう。

 

「お帰り、M4、AR-15。空中遊泳は楽しかったか?」

 

「ハイ、すっごく! また飛びたいです!」

 

 AR-15がいまだ興奮冷め切らぬという様子で、鼻息荒く詰めよってくる。

 その迫力に若干気後れしつつ、M4へと視線を向けた。

 

「わ、わたしは……姉さんと飛べて楽しかったです……」

 

 変にもじもじしており、顔も若干赤い。何があったのか気になるところだが、他人の事情は探らないが信条のディビッドは空気を読んでスルーした。

 

「M16とWA2000も、協力感謝する」

 

「あー、こっちとしてもHALOは久しぶりだったからいい機会だった」

 

「ふふっ、空中でのM16ときたら……くくくっ」

 

「どうした、WAちゃん?」

 

「な、何でもないわ指揮官……くくく」

 

 WA2000が腹を抱えており、M16はおそらく内心で照れている。おそらくは空で何かがあったのだろう。

 同様のことを考えたのか、R地区の指揮官が怪訝そうに問いかけるがWA2000はごまかした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、楽園とR地区司令基地内にM16がささやいた音声データが出回ったことは言うまでもない。

 




まとめ:お前の飛び方はおかしい


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AR小隊最後の1人と愉快な仲間たち

キャラ崩壊注意です。
どうしてこうなった。


 ディビッド視点

 

『ドロップゾーン上空に到達』

 

「よし、潜入チーム降下開始! 支援チームも続け!」

 

「降下、降下!」

 

 高度1万メートル、高射砲すら届かない遥かな上空で、グリフィン空挺部隊の所有するステルス輸送機が後部カーゴランプを開いた。

 床を蹴り地上に向かって身を踊らせるのは、長い髪を踊らせる戦術人形たちだ。中に無骨な軍人も混じっているが、そこは突っ込むべきところではないだろう。

 

 

 

 教本通りの高高度降下低高度開傘(HALO降下)でランディングゾーンまで降下する。高度300で開傘、滑空しながら全員が無事に地面に足をつけた。

 夜間ということもあり光学センサーには反応していないはずだ。

 

「行動開始。支援チームは警備所を襲撃、確保しろ。絶対に痕跡を残すな。潜入チームは俺に続け、行くぞ」

 

 俺の指示で一斉に行動を開始する。支援チームが別方向へ離脱し、潜入チームはちらちらと雪が舞う密林に踏み込んだ。今回、随伴する空挺隊員のうちM16は潜入、WA2000は支援と振り分けている。

 これはそれぞれの銃種を鑑みてのことだ。

 

 

 

 プラウラーやスカウトが歩哨として放たれているが、正面戦闘では障害にすらならなくともこういった作戦ではかなり警戒すべき相手になる。なにしろ見られたらゲームオーバーなのだから。

 

 行く手に、警戒するスカウト2体が見えた。

 

 迂回しようにも別の道はプラウラーが配置されているらしい。撃破するしかないことを理解し、ジョナスとFALに指示を出す。

 

「撃て」

 

「I copy」

 

 2人の持つFALとM4A1から放たれた銃弾がスカウトの制御ユニットを正確に貫徹。

 単発では効き目が悪くとも、数発まとめて当てれば十分な打撃を与えられるのだ。装甲というものは連続した弾着に弱いが故に。

 

 動作を停止したスカウトを踏み越え密林を進む。まるで全てが停止したかのように静かだが、残念ながら敵意を持つものは多い。

 たとえば、地を這う蛇など。

 

 周囲を警戒する傍ら、ジョナスのM4A1カービンに目が行った。

 

「ジョナス、そのM4はいつものMWSじゃないな」

 

『ああ、市場に流れてたジャンクパーツから作った即席の近接戦カスタムさ』

 

「ああ……それで珍しくフォアグリップなのか」

 

『リュングマンじゃなくてショートピストンも組み込んである。トドメに.300BLK仕様だ。無茶な改造した自覚はあるが性能はお墨付きだぜ』

 

「当てられるならいい」

 

 いつものゴテゴテとしたシルエットが若干スッキリしていたのだ。

 ACOGスコープもIMI製のMARSドットサイトに交換されており、室内戦を意識したカスタムだとわかる。

 小さく答えたディビッドは、ハンドサインで停止を指示する。

 

 狙撃ポイントの高台だ。

 

 本来ならここから狙撃を行うのだが、今回の目標は潜入である。

 

「ラペリングだ」

 

 持ってきた鉤つきロープを岩に突き刺し、高台から身を踊らせる。左手でロープをつかんでいるため落ちることはない。腰につけた巻上げ機で速度を調整しつつ、5秒とかからずに高台下へと下りた。

 

 他の面々も次々に下りてくる。

 全員が降下し終えたところで、再び移動を開始。すでに敵基地の敷地内であるため細心の注意を払って行動する。

 

 ダクトから中に入った。

 中には換気扇やら対侵入者用のトラップが設置されていたが、ダクトに入った瞬間銃弾が撃ち込まれるなんてことがないだけマシだ。

 HK416を構え、換気扇にストックを叩きつけて突破。すぐ後ろにいるFALがトラップの制御装置を撃ち抜いて無力化した。

 

 換気口を蹴り抜いて突入口を形成、飛び降りる。赤色灯に照らされた室内は薄暗い。

 そのタイミングでAR-15から通信が入った。

 

『指揮官、ターゲットは3ブロック先です。巡回は緩いですが接触は避けるのが賢明かと』

 

「わかってる」

 

 体内通信で答えて、電子扉から部屋を出た。

 光学迷彩マントは敢えて持ち込んでいない、というのもマントに触れられたらジ・エンド、しかも遮熱光学迷彩とはいえ至近距離まで近づかれたら勘のいい敵は気づいてしまうからだ。

 

 大方の鉄血兵がスリープモードに入った基地内を移動することしばし、M4 SOPMODⅡが囚われていると思しき部屋の前まで来た。ここまでノーキルノーアラートだ。

 

「UMP45、ハッキング頼む」

 

『りょーかい……5秒後にオープン』

 

 銃を抱え、扉のそばで待つ。ハッキングで扉が開くと同時にスタングレネードを投げ入れて突入だ。

 

『4……3……って待って、中から解錠操作が!』

 

「な……!?」

 

 即座に立ち上がり、ヘッドラインに銃口を突きつける。扉の解錠捜査ということは敵がいるということだ、クソッタレ。

 

 プシュ、という音と同時に扉が開く。

 引き金を引こうとした指は、出てきた人物の声によってかろうじて止められた。

 

 

「よう、パイ食わねえか?」

 

 

「何やってんだオイ」

 

 出てきたのは、出来立てと思しきアップルパイを抱えた鉄血ハイエンドモデル・処刑人。エプロン姿のハイエンドモデルというシュールな姿には一周回って呆れすら感じられる。

 

 馬鹿だ。

 

「今すぐアップルパイを落とさないように床に置いてから両手を挙げなさい、処刑人。従わないのならば非常に残念ですが撃ちますよ」

 

 M4A1が警告をかけたが、よだれのせいでいろいろ台無しだ。

 一応彼女の名誉のために擁護しておくと、このご時世天然モノの林檎や砂糖というのは貴重であり、それをふんだんに使ったアップルパイなど滅多にお目にかかることのできないモノなのだ。しかも、匂いからして純天然品。

 

「おうおう、そんなに警戒しなくてもこの体勢だったら撃てないっての……デストロイヤー、客人来たぞ! そろそろゲームやめろ!」

 

「りょーかーい! ほら、ソプ子も」

 

「わかってるよー、でもさ沼ってるハンターどうする?」

 

 処刑人の声に反応して、奥から2つの声が帰ってきた。

 ……っち、最悪ハイエンド×4とこの狭い空間でやり合うのか。処刑人の様子から鑑みてドンパチは避けられそうだが、覚悟は決めておかないとならない。

 

 ふと、M4の愕然とした声を聞いた。

 

「SOPⅡ!? 何やってるの!?」

 

「久しぶり、M4。この通り私は無事だよー?」

 

 ひょっこりと顔を出したのは白い髪に赤のメッシュを入れた戦術人形。間違いなく、IOPハイエンドモデルのM4 SOPMODⅡだった。

 

「まあ入ってくれ。この通り攻撃するつもりはさらさらないし、貴官らに協力する用意もある」

 

『ディビッド、どうするの? 判断は貴方に任せるけれど』

 

「潜入チーム各位、話を聞いてみる価値はあるだろう。ついでに言うとM4 SOPMODの置かれている状況も確認したい」

 

『オーケイ』

 

 体内通信で密談を交わしつつ、処刑人に頷いて見せた。

 

 トラップの類がないことを確認し、案内されるままに部屋へと入る。伏兵もなし、光学迷彩による揺らぎもなし。不気味なほどにオールクリアだ。

 

 部屋は据え置き型ゲーム機の筐体やPC、モニターが並んでおり、所謂ゲーム部屋の類だと推察できる。人をダメにするクッションやポテトチップス等の軽食類もあり、それだけで一日費やすことが出来そうだ。

 ご丁寧に、人をダメにするクッションの上は1人の鉄血ハイエンドモデルが占拠していたが。

 

 それでいいのか鉄血ハイエンド。

 

「ハンター、ほら休憩入れろ。何ムキになってんだ?」

 

「まだだ……あと一周したら出てくれるはず……」

 

 当のハンターはゲームジャンキーと化していた。ダメだこりゃ、手遅れだ。

 

 ……そうじゃなくて、だ。

 

「で、処刑人ドノ。何がお望みだ?」

 

「とりあえず夜食入れてからにさせてくれ、一番頭の動くハンターがこれじゃ話にならん」

 

「それも……そうか」

 

「と言うわけだ、お前らもパイ食わねえか?」

 

「ひひひ、処刑人のパイは美味しいよ?」

 

 

 

 

 

 

 十数分後

 

 うん、その、なんだ。

 鉄血ハイエンドモデルが焼いたと思しきアップルパイは最高に美味かった。楽園ですら基本的に天然品は食べられないのだ、素材がいいとしか言えない。ついでに言うと紅茶も天然モノだった。

 こんな飯にありつけたのは、何年振りだろうか。

 感極まって泣きたくなる俺たちを見回して、処刑人は自慢げに笑った。

 

「食材は裏ルートで入手していたんだ。ナパーム弾と偽って輸入していたから中身開けられてバレる心配もなかった」

 

「……過去形か」

 

「ああ、そうさ。……やっちまったんだよ、俺の部隊が」

 

「それでトップに切られたか? だとすると話というのはここからの脱出と推察できるが」

 

「……ああ」

 

 処刑人は、肯定した。彼女の後を引き継いでハンターが話を続ける。

 

「俺たちがPMC『Armee du paradis』に求めるのはここにいる4人の身柄の保護だ。代価は鉄血内部の情報、そして戦術人形M4 SOPMODⅡのグリフィンへの引き渡し。あとそうだな、食料事情もどうにかしてやるよ」

 

 対価としてはトントン、と言えるかもしれない。

 もちろん、敵であったはずの鉄血ハイエンドモデルを迎え入れると言うハイリスクに目を瞑れば。

 だからこそ対価を釣り上げる。

 

「駄目だな、その場合グリフィンからもあんたらを隠し切らなきゃならん。鉄血からの攻勢激化、最悪はあんたらの裏切りも考えられないわけじゃない」

 

「そ、それは……」

 

「処刑人、落ち着け。……エドワーズ、その場合は交渉決裂と見て、この基地ごと吹き飛ばすぞ?」

 

 なるほど、そう来たか。だがツメが甘いな、こちらは電子戦のエキスパートが2人も来ているんだ。

 

「自爆は悪人の美学、か。……そうだな、その脅しは通用しないとだけ言っておこう。まあ、このまま手ぶらで帰るのも性に合わないし、メリットも魅力的ではある。……武器の指揮官預かりとリミッター設定、IFFユニット組み込みで手を打とう」

 

「考えたな。確かに私たちは電子戦に弱いから有効だ……仕方がない、その条件を飲もう。それに、メリットに追加だ。……私たちは、腐ってもハイエンドだぞ?」

 

 その言葉と共に、ハンターが儚く笑う。

 所詮は戦闘しか能がない我が身を嗤うかのように。

 

「オーケイ、とりあえず事情を全て説明しやがれ。俺はディビッドと違って理詰めの人間なんだ」

 

ジョナスが吐き捨てた。




はい、脳内劇場のSOPちゃんと処刑人ドノが綺麗にプロットを粉砕してくれました。あと1話、基地に戻るまで続きます。

処刑人:主婦力の塊。ハンターの面倒を見ていたらこうなった。

ハンター:平時はダメ人形。そこそこ頭は回るが電子戦は無理。ゲームジャンキー。

デストロイヤー:基地の主。処刑人とハンターとSOPⅡを匿っていたら敵認定された。ゲーヲタ。

SOPⅡ:鉄血殺すウーマンだったはずがどうしてこうなった。次で説明入れます。ゲーヲタ。

キャラ崩壊どころか半分オリキャラ化しているじゃねぇか……。



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好奇心は処刑人をも殺しかけた

注意、一部深層映写のネタバレが入ります!
ほとんど説明回です。


 ディビッド視点

 

 処刑人は静かに語りだす。

 

「まず、事の始まりは俺とその直属小隊が鉄血の裏事情を知っちまったからだ。正規軍の特殊部隊を追跡している最中に廃工場をおとずれたんだが、そこは鉄血工造のラボラトリだった」

 

「胡蝶事件前に封鎖されたのか」

 

「ああ、データでは十年前にはもう放棄されていた。だからほとんど情報は残っていなかったはずなんだが……一基だけ無事なUSBメモリーがあった。そして、俺たちは興味本位で覗いちまったんだ。それが運の尽き、そいつはパンドラの箱だったのさ」

 

 壁にもたれかかりながら、虚空を見上げる処刑人。彼女の脳内ではおそらくその内容がリフレインしているのだろう。

 パンドラの箱とは、神がパンドラという少女に持たせたという災厄の箱だ。この世のありとあらゆる災いを詰め込んだというそれは、好奇心で開けてしまったがゆえに地上にありとあらゆる災厄をまき散らしたという。

 

「で、だ。内容は?」

 

「鉄血の血塗られた暗部とでもいうべきかな……私たちハイエンドモデルに使用されている電脳、その正体が記されていたんだ」

 

「招待だァ? 人形の脳は高度化されてはいるものの所詮はAIに過ぎないと聞いているが」

 

「ジョナス、それはIOPの話だ。ライバル社の鉄血工造がなにかしでかしていてもおかしくはない」

 

 ジョナスが語った一般常識を切り捨てる。事実、シェアを奪われかけたIOPは第二世代型戦術人形という当時からすれば常識はずれなものを作ってしまったのだから。

 だから、これも同じように常識はずれな技術である公算が高い。

 その考えは、処刑人の言葉で肯定された。

 

「ああ、そうさ。私たちハイエンドモデルの電脳は────人間の脳構造のコピーだったのさ」

 

 瞬間、場が凍り付いた。

 “仲間”であるはずのデストロイヤーでさえ知らなかったのか、処刑人とハンター以外はみな硬直していた。

 

 仕方ないだろう。

 俺もそう簡単には信じられない。

 

 目の前の機械生命体が、もとは人間だったなどとは。

 

「だが、ここで終わりじゃない、メモリーにはもっとヤバイものも入っていた。どうも、この人間の脳からハイエンドの電脳を作っていた研究所、かなり短い期間なんだが2059年あたりにも動いていたらしい」

 

 まだ続きがあるらしい。

 全員が黙って彼女の話に聞き入る。

 

「あー、お前らグリフィンの連中にとっては心苦しいかもしれないが、当時の鉄血工造はIOPに忍び込ませたスパイを用いてグリフィンにもスパイ人形を忍び込ませようとしていた。まあ、IOPが送り込もうとしていたスパイ人形にちょっと細工をしたような感じになったんだがな……でだ。その人形に乗せる電脳が、ココに保管されていたオリジナルだったらしいんだ」

 

「オリジナル……鉄血の制御AIのダミーなどではなく?」

 

「ああ、そうさ。何を考えたか知らんが、片割れに搭載しやがったのさ……」

 

「片割れ?」

 

「スパイ人形はツーマンセルだったらしい」

 

「なるほど」

 

 今の話を聞いて、少しだけ気がかりなことがある。

 どちらにせよ胡蝶事件のせいで鉄血人形はメンタルフォーマットを受け、すべてのハイエンドモデルは人類へ敵対しているはずだ。親切にアップルパイを焼いてくれるハイエンドモデルなどもいるが、それはごくごく一部のイレギュラーだからノーカウントとする。

 ともかく、それを問いただせば処刑人の動きが固まった。

 

「あれ……そういえば結局どうなったんだ? 確かにおかしいな」

 

「とぼけるなよ処刑人」

 

 明らかに不審な動作を前に、俺は静かに拳銃に手を伸ばす。

 その動作を見てハンターがため息をついた。

 

「短気はよせ、エドワーズ。俺たち下級ハイエンドには明かされていない情報なんだ。俺たちが一番知りたいさ」

 

「そういうことか」

 

 表面上では納得したふりをしつつ、UMP45に通信をつなぎそのことについて探るように要請した。

 いくら極秘のスパイ人形とはいえ、何らかの形で電子データとして残っているはずだ。隠ぺいしようとも存在したという証拠は消せない。

 特に、グリフィンの情報は。

 

『……ごめん指揮官、それについては聞けない。ううん、私はもうその正体と顛末を知っている』

 

「どういうことだ?」

 

『……指揮官。それは命令?』

 

 明らかな拒否。

 直感でこれ以上は探らない方がいいと感じた。同時に、恐ろしい想像が頭の中で組みあがる。万に一つの可能性でしかないから当たらないとは願いたい。いや、本来当たるはずがないのだ。例えるならロイヤルストレートフラッシュが3つほど連続して出てくるような偶然。

 しかし、不安は重くのしかかる。

 

 それを振り払うべく、俺は処刑人の眼を見据えた。

 

「処刑人。────()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 彼女の口からこぼれ出たのは、一番聞きたくない名前。俺が未だに囚われている過去そのもの。

 

 

「ああ、()()()()()N()()()()()()()()()っていうらしい」

 

 

 自分の身体がビクリと震えてしまったことを感じた。藪をつついたら、蛇どころか大蛇が出たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、それはあんまり関係ないだろうな。……それで、そのあとすぐに正規軍の連中が待ち伏せている中に突入しちまって部隊はほとんど全滅ってわけだ」

 

「それだけだったら鉄血に追われる理由にもならないでしょう? おおかた鉄血としてもトップシークレットだったとかそういう理由ね」

 

「鋭いな、そういうことだ。しかもご丁寧に処刑人のメンタルのバックアップを削除してネットワークまで切断しやがった。晴れてコイツは中世に逆戻りというわけだ」

 

 ひどい耳鳴りがする。

 彼女たちの話が、聞かなければならないはずなのに耳を通り過ぎてしまう。

 

「うるせえハンター。命からがら鉄血を逃げ出してきた俺をかくまったお前も同じ目に遭ってるじゃねぇか」

 

「それはそうだ。まあこうして優秀なメイドが手に入ったから良しとする」

 

「おい、俺がお前に『おかえりなさいませ御主人様』なんていうと思うのか? ……いや、案外悪くない?」

 

「世迷い事言ってないで話をまとめるわよ。要するに、あなたたちは知りすぎてデストロイヤーのところに隠れているってわけね」

 

 胸がきしむ。

 今すぐ胸を抱えてうずくまりたいくらいだ。狭心症の発作だろうか。

 

「そういうことだ。ちなみにソプ子は餌付けした。シナモンロールで」

 

「嘘……SOPがそんな子だったなんてお姉ちゃん知らなかった」

 

「M4、キャラが変わってるよ……まあ飯に負けたことは事実なんだけど」

 

 息を吸い込め、隙を見せるな。

 大丈夫だ、まだ心臓発作で倒れたわけじゃない。耳も戻ってきたし、手足も動く。

 

 不意に、スレッジハマーから無線が入ってきた。

 

『エドワーズ、聞こえるか?』

 

「ああ、どうした?」

 

『……鉄血の連中だ。1個中隊に痕跡を発見され、警戒に入られた』

 

「っち、長時間確保していたんだから仕方がない。その分には合流地点は放棄したな?」

 

『ああ、至急脱出してほしい。もしかしなくても脱出が不可能になる』

 

「了解した」

 

 スレッジハマーとの無線を切り、話している面々を見渡して口を開く。

 

「オーケー、事実確認は大丈夫か?」

 

「ああ、平気だ……ディビッド落ち着けよ、灯台下暗しだ。バレる危険は少ないだろ」

 

「そうも言っていられない事情が出来た。急いでくれ、脱出するぞ」

 

「どうしたんだ?」

 

 端的に状況を告げる。

 仮にも戦慣れした連中だ、即座に纏う空気が剣呑なものになった。

 加えて、デストロイヤーも驚きの声を上げる。

 

「まずい、指揮権が剥奪された!」

 

「バレたな。仕方がない、ドンパチだ」

 

「よーし、やっとこの子の出番だね!」

 

 処刑人がブレードを引き抜いた。

 ハンターが二丁拳銃を抜いた。

 デストロイヤーがショットガンをポンピングした。

 FALがコッキングレバーを引いた。

 ジョナスがMARSを起動した。

 M4A1がセレクティブレバーをフルオートにした。

 スコーピオンが二丁の相棒を引き抜いた。

 M16A1がライフル片手に立ち上がった。

 

 俺は、HK416Dの可視光レーザーサイトを起動した。

 

 

 

 さて、血で血を洗う撃ち合いの始まりだ。

 

 

 

 UMP45視点

 

 嘘だ、と信じたかった。

 

 鉄血が送り込んだスパイ人形、それは私だ。しかし、あの胡蝶事件で全て終わったのだ。あの事件を境に、私は“存在しない人物(ジェーン・ドゥ)”となったのだから。

 

 別に、私の過去を知られるのは、ディビッドだったら構わない。

 あの人なら、私の正体を知っても受け入れてくれるだろう。

 

 しかし、問題はそこではない。

 

 ────私が、アリシア・N・ノースバンクスだということが事実だというのだ。

 

 私は、盗聴していたことを深く後悔していた。

 それだけを信じるのもどうかと思うが、鉄血の情報の正確性は侮れない。

 

 不意に、フラッシュバックが襲いかかってきた。

 私が、戦闘服を纏った若い男たちと話している光景だ。

 

『エドワーズ少尉。やるんですね?』

 

『ああ、ジョナス、スレッジハマーと俺は外のELIDとロシア軍を引きつけて爆破、そのまま合流地点へ向かう。ノースバンクスは施設内のファイルを回収、合流地点へ向かってくれ』

 

『了解です』

 

『頼むぜお嬢ちゃん。あんたが頼りだ』

 

『俺たちのことは心配しないでくれ、連中に起き抜けのナパームを味わせてやるから』

 

『もう、私も18ですよ!? ……待ってますから、必ず来てください』

 

『アイ・マム』

 

『それじゃ、行ってきますね』

 

 

 

 

 なんだったのだろうか、この光景は。

 ただ酷く、胸が痛い。

 

 この後どうなったのかは、知りたくなかった。知ってしまったら、戻れない気がするから。

 

 

 

「よんごー姉、大丈夫? またぼーっとしてたよ?」

 

「やめてくれよUMP45、こんな場所で居眠りとかされちゃシャレにならん」

 

「まったく、しっかりして欲しいです。貴女の指揮能力が頼みなんですよ?」

 

「う、うん……」

 




さてさて、フラグ回収のお時間です。第3章終わりまで続きます。
そして一話で終わらなかった……。


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共同戦線

 扉を出てすぐの場所に待ち構えていたブルートたちは、突如として炸裂したソレに対応できなかった。

 

「ひひひ、一網打尽ってね!」

 

 M4 SOPMODⅡのアッドオングレネードランチャーから放たれた殺傷榴弾だ。エアバースト(空中炸裂)に設定された擲弾はブルートの真ん中で炸裂、破片と爆風を撒き散らす。

 

 そのすぐ後にハンターとスコーピオンが飛び出し、残るヴェスピドやリッパーに向けて両の武器を連射。瞬く間に機能を停止させてのけた。

 

「まあ、ハイエンド相手だったら数が足りんわな……おいハンター、まずはどこへ向かうんだ?」

 

「デストロイヤーに聞いてくれ」

 

 警戒しながら現れたM16A1に対し、ハンターはぶっきらぼうに吐き捨てる。デストロイヤーの方を振り向くと、こちらは思案顔で思考を巡らせていた。

 

「────武器庫。ハイエンドと野戦になったらあたしの榴弾砲が入り用になるし、重火器の類もそこにある」

 

「了解だ。案内を頼む」

 

「わかってる」

 

 大口径ショットガンを抱えたデストロイヤーが先行し、リロードを済ませたスコーピオンが続く。

 

 奥からわらわらと湧き出てくる鉄血兵など歯牙にもかけない布陣だ。

 

「M4、M16、ジョナス、ヘッドラインで撃って! 処刑人、アサルト(攻撃)ッ!」

 

「了解!」

 

「わーってる!」

 

 中腰のスコーピオンが駆け、その直上を無数の火線が走った。

 頭部の制御用コアをぶち抜かれたヴェスピドやリッパーを処刑人が切り捨て、啓開された道をスコーピオンが掃射で穿つ。

 

 さして広くはない廊下に充満する銃声と硝煙、そしてむせ返る血の匂い。

 ベシャリ、とオイル溜まりを踏みつけ、彼らは駆ける。

 

 

 

 数ブロックほど進んだところで、危惧していた事態が発生した。

 

「後方よりガード、アイギス!」

 

 後方警戒のハンターが叫び、すかさずFALが40mmグレネードを天井に撃ち込んだ。遮蔽物のない通路で戦闘するのは危険すぎるため、崩落する天井で掩体を作ることが最適解と判断したのだ。

 

「おい、地下だぞ!? 生き埋めになったらどうする!」

 

「この榴弾はそこまで威力はないわよ」

 

 狙い通り落下してきた天井が射線を遮り、ガードの銃撃は虚しく弾ける。腰ほどの高さしかない掩体だが、ないよりはマシだ。

 

「FAL、デストロイヤー、アイギスを頼む。俺たちはガードを仕留める」

 

「なんであんたの指示に従わなきゃならないのよ!」

 

 口では喚きながらも、素直にフレシェット弾でアイギスを狙い撃つデストロイヤー。隣ではFALが大口径ライフルの性能を遺憾なく発揮して演算処理装置をぶち抜く。

 

 いくら重装甲のアイギスといえど、徹甲弾を喰らえばただでは済まないのだ。

 

 しかし、事態はそう単純には終わらなかった。

 

「────伏せろ、ストライカーだ!」

 

 ハンターが叫び、その直後猛烈な掃射が撒き散らされた。

 回避し損ねたFALとデストロイヤーの手足に数本のトンネルが穿たれる。

 

「させない!」

 

 スコーピオンが叫び、遮蔽物の一切ない中を突撃。

 ストライカーがそちらへ意識を向けた瞬間に、脳天にジョナスの.300AACブラックアウト弾がめり込んだ。

 

 頽れるストライカーの後から、わらわらと湧いてくるリッパー達。

 

「クソッ! まだこんなに……」

 

「SOP、撃て!」

 

「わかってる!」

 

 対多数戦闘において猛威を振るう殺傷榴弾がSOPⅡのM320グレネードランチャーから射出され、多くの鉄血人形が粉砕される。

 呆れんばかりの数に、ジョナスが若干焦り顔を見せる。

 

「どこからこんなにうじゃうじゃと……ダミーリンクのせいか」

 

「そうだろうな、指揮官を掌握されるのが早かったからダミーリンクのシャットアウトも間に合わなかったのだろう」

 

「悪かったわね、ポンコツハイエンドで!」

 

 苛立ち紛れにデストロイヤーがドラゴンブレス弾を撃ち放つ。要するに焼夷弾だ。

 鉄血人形の残骸を燃料に、瞬く間に炎が燃え盛る。

 

「おいデストロイヤー、輻射熱で私たちまで焼かれるぞ!?」

 

「黙ってろM16、こうすりゃ向こうは始末できる!」

 

「なるほど、考えたわね」

 

 視線をやれば、アイギスやガード達は燃え盛る炎に巻かれていた。重装甲の軍用人形が素体となっているアイギスでも内部構造を蒸し焼きにされてはたまったものではない。それよりも軽装甲なガードなど言わずもがなである。

 アイギスの群れの始末から解放された2人は、己の持つ最大火力を迫り来るリッパー達に叩きつけた。

 

 

 

 

 地下1階の武器庫に到達した。ここで補給を行い、一気に踏破する。

 

「武器庫よ。予備実弾もあるから補給するなら補給して」

 

「ああ、ありがたくいただくぞ……っち、300BLKは無いのか」

 

「生憎NATO弾しかないんだ」

 

「はぁ……このレーザーライフル、鉄血工造製のWB250だよな」

 

「ああ、随分な骨董品だが、使うのか?」

 

 ジョナスは一挺のレーザーライフルを手に取った。

 やけに曲線的なデザインのそれは第3次世界大戦時にアメリカ軍に採用されていた可変出力銃だ。拳銃弾程度から大口径機関砲程度まで選択可能な優れもので、出力に比例して連射力が下がることを鑑みても十分すぎるものである。

 

 人間工学に配慮された設計の銃把を掴み、バッテリーを叩き込む。

 ノブを回して大口径狙撃銃程度の出力にセット、直接照準装置(銃口レーザーサイト)を起動した。

 

 見れば、他の面々も弾薬補給を終えている。

 

 デストロイヤーは巨大な自動擲弾砲を両腕に抱え、弾薬ベルトを巻きつけた完全戦闘態勢だ。

 

「行くぞ、指揮官」

 

「処刑人、あんたに指揮官と言われるのは違和感しかないんだがな……オーケイ、俺がバックガンに入る。ポイントマンはデストロイヤーだ。さっさとズラかるぞ」

 

「了解」

 

 そう言って駆け出してから十数分後、ディビッドはあっさりと味方からはぐれる羽目になった。

 

 きっかけは些細なもので、上から投げ込まれたスモークによって分断されたところ、ブルートの大群をいなす為に格闘戦を繰り広げていたらいつのまにか別の場所へと出てきていたというわけだ。

 

 誤射を避ける為にナイフとピストル、そして近接格闘術しか使用できなかったことが仇となったか、左腕を持っていかれた。その他細かい傷も多く、戦闘能力は大きく削がれたと言ってもいい。

 ナノマシンを多く投入されているものの、所詮強化人間ではないただの人である以上限界があった。

 

 それでもブルートを全て制圧してみせたのは彼が只者ではない証左だろう。

 

 

『潜入チーム各位、現在地知らせ』

 

『あ、やっと繋がった! もー、FALが心配していたよ? ……私たちはポイント52に展開中、ヘリが向かってるランディングゾーンへ移動中。脱出には成功したよ。そっちは?』

 

『ナノマシンのINS《慣性航法装置》を見る限りポイント13ってところか。大丈夫、そこまで離れていない』

 

『りょーかい、それじゃFALに伝えとくよ』

 

 その言葉を聞いたディビッドは無線を切った。

 

 しかし、彼の頭の中には疑問が残っていた。

 なぜ、あのブルートたちはあのような真似をしたのだろうか、という。

 

 

 

 別視点

 

 鉄血ハイエンドモデル・アルケミストは、傍らに座る自らの主を仰ぎ見ていた。

 

「……改良型傘ウィルスの送信、終わりました。しかし、どういう心境の変化ですか? あの男に感染させるよりも、直接M4に感染させる方が良かったのではないでしょうか」

 

「うーん、どうもM4A1は防御が固いみたいなんだよね……その点、この男はセキュリティも強くはないしM4A1に対する一時的な命令権限を保持している。それを使わない手はないでしょ? 本当ならこんなまどろっこしいことはしないで早くM4A1を捕まえたいんだけどね」

 

 わざわざ遮熱光学迷彩に加えて草木を用いた偽装を施して潜伏する彼女────エルダーブレインの表情はうかがえない。

 しかし、それすら含めてアルケミストはニヤリと笑う。

 

「そういう考えですか。……まあ、無駄ではないと思いますよ? あの男が率いる部隊は非常に強力だ。正面からあたるのは得策ではないですが────絶対に、這いつくばらせて、この手で殺したい」

 

「アルケミスト、落ち着いて。代理人が頭抱えてたよ?」

 

「おっと、内心が漏れていたようです」

 

 そのような電子のささやきを交わしつつ、黒幕は去って行く。

 彼女たちが撒いた毒は、今はまだ芽吹かない。

 

 しかし、すぐにでも侵食を開始するだろう。

 

 その結果は、神すらも知らない。




というわけで、少々強引ですがM4 SOPMODⅡ回収の話は終わりです。
帰るまでが遠足とも言いますけどね。



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緊急任務

ELIDについては情報が少ないので作者の独自解釈が多く含まれることをご了承ください。


 ディビッド視点

 

 M4 SOPMODⅡを回収後にヘリで楽園まで帰投する途中、通信が入ってきた。周波数はヒゲゴリラ(クルーガー)直通、その時点で嫌な予感しかしない。

 

「なんだ、クルーガー。俺は暇じゃないんだ」

 

『エドワーズ、緊急ミッションだ。R07地区に存在する放棄された研究施設に多数のELIDが確認された』

 

「ELIDを撃滅するにはウチじゃ火力が足りない。小型ならともかく中型になれば大型レールガンかレーザーカノン、あるいは対戦車ミサイルが必須だ。大型ならば極超音速ミサイルを持ち出さないと殺れないぞ」

 

 クルーガーの言いたいことを察して機先を制する。

 こればかりは私情一切抜きの事実だ。

 大型ELIDになると、戦艦を相手する覚悟がないと対処出来ない。

 正規軍のドクトリンにすら揃って〈対艦戦闘装備で攻撃せよ〉と書かれているのだ。故に、精々携行型レールガンしか所持していない俺たちは中型以上を相手することが出来ない。

 

 クルーガーもそれは分かっていたのか、当然のように次善の策を出してくる。

 

『ああ。だから、お前の仕事は殲滅では無い。……そこへ迷い込んだ戦術人形・G11の回収だ』

 

「404小隊の最後の一人か。……だが問題がある、潜入可能な部隊はM4 SOPMODⅡの回収で消耗している」

 

『そこは問題ない、確認されたELIDは小型と中型だ。それくらいならば遮熱光学迷彩が通用するから通常部隊で潜入可能だ』

 

「なるほど、そこまで俺を仕事させたいか」

 

『報酬は割増だ。安い仕事だろう……それに、当該研究施設はコーラップス液の研究も行われていた。ELIDがいることからしておそらく一部区画は低濃度汚染されている可能性が高い』

 

 拒否権などあるはずがなかった。

 仕方がない、事実コイツの傘下に入っていることは確かで、しかも敵はR07地区にいるというのだから。

 

 まったく、ままならない世界だ。

 

 俺は全部隊への通信チャンネルを開いた。

 

「オーケイ、聞こえるか諸君。ヒゲからの緊急任務だ」

 

 全員が静かに聴き入っていることを知覚しつつ、話を続ける。

 

「R07地区の研究施設内にELIDが出現したとの情報がある。運の悪いことに主街区のすぐ近くだ。さらに、グリフィン非正規特殊部隊所属の人形が迷い込んでいることも確認した。そこで俺たちの出番だ」

 

 ここで、言葉を一度切る。

 息を吸い込み、続けた。

 

「9A-91を隊長として、AK、M1911、SAA、Five-seveNを救出部隊として編成。遮熱光学迷彩を使用して救出にあたれ。リー・エンフィールド、M14、ドラグノフ、64式、PPKは狙撃支援だ。敵は小型および中型、中型には絶対に手を出すな。20分後に出撃、いいな?」

 

『了解』

 

 

 

 

 9A-91視点

 

 久しぶりの出撃です。

 私は基本的に基地管理や後方支援に就くことが多かったので、あんまり出撃する機会がありませんでした。腕を落とさないために時折偵察任務に出てはいましたし何回か強襲任務にも就いていましたが。

 

 NBC防御がなされている装甲車を使って主街区を出発します。運転は私の遠隔操作ですね。下手なドライバーよりも上手く運転する自信はありますよ? グリフィンの自律人形を使うという手もありますが、彼女たちは基本的に基地の維持管理に入ってもらっているので……。

 

 それよりも心配なことは、AKやSAAが誤って発砲しないかということです。

 はっきり言ってELIDは私たちの手に余ります。だから、彼らの眼をごまかせる遮熱光学迷彩を使用した上での潜入と相成ったわけです。

 

「もう一度確認します。今回、ELIDが相手となるため全員発砲禁止、見つかったら即座に退却(完全ステルス)です。特にSAAとAK-47。いいですね?」

 

「うっわ信用ないなぁ……安心してよ、流石に手の込んだ自殺はしないから」

 

「まー、アタシも対物ライフル持ち出さないと殺れない奴とやり合う気はないよ」

 

 その通りだと安心できるんですけど……どうにも不安感が拭えないのは私だけでしょうか。

 

 おっと、展開地点ですね。車を停止させます。

 

「全隊降車。狙撃班は展開してください」

 

 後部ドアから素早く展開、膝射の姿勢で周辺警戒へ。

 目標の施設にはそれなりの数のELIDが蠢いていますね。ですが、潜入難度はそこまで高くありません。

 

 人形の性能を舐めないでください。

 

「800m先目標施設。救出部隊は移動開始です」

 

 かさばる光学迷彩マントを纏い、周囲の景色に同化させながら匍匐前進で移動します。匍匐前進と言っても実際には5種類あり、使うのはその中で最も速度が出るタイプ。右手で銃を支え、両足と左手で前進します。

 

 夜間潜入ではないのでこういった工夫が必要なのです。

 

 まだ敵から離れているため、人形共通の無線プロトコルで情報交換という名の雑談をする余裕がありますね。そもそも、生身の人間が素体となって発生するELIDには通信傍受はできないと聞いたため無線封鎖の必要はなさそうです。

 

『にしても、どうして突然ELIDなんてものが出てきたのやら』

 

『さあ、でもここはごく低濃度ですがコーラップス汚染されている土地です。もしかしたら研究所ではコーラップス関連の研究がなされていたのかもしれません』

 

『ところでこの中でELIDとの交戦経験がある人はいる? 基本的に逃げるけど、万が一戦わなきゃならなくなった時弱点とかを聞いて起きたくて』

 

『……あるよ』

 

 M1911の質問に答えたのは、意外にもSAAでした。

 普段の彼女からは想像も出来ぬ、暗く澱んだ声で。おそらくはその目も光を失っているのでしょう。

 

『弱点は心臓。基本的に人間と変わらないけれど、身体性能が鉄血ハイエンド以上に向上している。小型クラスでそれなんだから、中型とか大型とかは話にならないよ……ああ、心臓といっても対物ライフルを直撃させてやっとっていう有様だけど』

 

『……戦ったことが、あるのね』

 

 Five-seveNの問いかけに対して、無言で首肯の意を示すSAA。

 

 ついでに私も補足しておきます。

 

『戦車の正面装甲を貫徹できる対戦車ミサイルであれば中型も対処可能です。ロシア軍のGsh-23M機関砲があれば小型は取るに足りません、ですが……』

 

『そんなのは持ち込めない、ですね』

 

 M1911の告げた通りです。

 そんなもの、重すぎるため人形が運用することはできません。

 

 一応“切り札”は持ってきていますけど、できれば使いたくはない代物ですしね。

 

 すでに、目の前にはELIDの徘徊する廃墟が聳えていました。

 

 間違っても見つからないように、こっそりとダクトから潜入します。

 

 

 

 

 

 およそ30分後、事前にもたらされた座標通りの場所にG11はいました。ぐっすりと眠っています。

 

『救助対象発見、情報は正確だったな』

 

『非正規戦部隊とはいえ、捨て難い駒なんでしょう……SAA、付近に敵影は』

 

『なしだよ。ただ、階段のところにいるから今すぐには降りられない。この隠し部屋で待機するのが賢明な判断だね』

 

 G11が潜んでいたのは、3階にある小さな研究室、それも入り口が崩落して封鎖されてしまっている場所でした。普通ならまず救出が望めないですが、クルーガーさんならば潜入部隊を使うと信じて敢えて密室に篭ったのでしょう。

 

 侵入経路は天井のダクトのみ、鉄血ならまだしもELIDは絶対に発見出来ない場所だから安全地帯でもあるんですけどね。

 

 ここからは動いてもらわないといけないので、彼女を起こすべくトントンと肩を叩きます。

 

「むにゃ……救援かな?」

 

『ご挨拶ですね、G11。時間がありません、早く脱出しますよ』

 

『了解』

 

 G11が人形間通信に切り替えて返事したのを聞き、私たちは行動再開。

 何をするのかは言うまでもありません。

 

 脱出です。

 

『9A-91より指揮官、救助対象を確保』

 

『了解、グレイトだ。屋上にヘリで向かう、ランディングゾーンを確保せよ』

 

Да(了解)

 

 机を踏み台にダクトへと上がり、両腕の力だけでの匍匐前進。

 そのままだとマントが邪魔になりますが、サスペンダーで固定してあるため背中に払いのけることで緩和できます。

 

 すぐ後に続くのはAK。

 ここに来た当初は隠密のおの字もなかった彼女が、それなりに特殊戦をこなせると言うのは少しばかり感慨深いです。

 

 ダクトの出口は4階の足元に繋がっている。

 徘徊する敵とかち合ったら目も当てられませんが、そんな愚は犯しません。

 

 懐から小さな鏡を取り出し、そっと鏡ごしに覗き込み。

 

 ────敵1、小型。

 

 まるで半世紀前のホラー映画に出てくるゾンビのような有様に変貌した異形の姿を認めて息を潜めます。

 

 あれが、低濃度コーラップス液に侵された人間の末路、ELID。

 

 ふと、この汚染されたR07地区のことが思い浮かびました。私たちにはあまり関係ありませんが、指揮官は人間です。

 そこに住んでいる人の状況から鑑みてELID化はまず無いと思われますが、もし、不測の状況で指揮官がELIDと化してしまったら────。

 

 背筋が、凍る。

 

 嫌。そんな状態になってしまったら、壊れてしまう。

 

 自分はチニートチェマッシュの開発した試験型戦術人形、言うなれば第1.5世代の人形。それ故ではないでしょうが、私は不完全です。ええ、自分でも気がついています。

 

私のメンタルは、10年くらいの孤独によってボロボロになる程度には、たかだか目の前で仲間が鏖殺されたせいで消耗するには弱っちいものです。

 

 確かにメンタルへの電子的攻撃をシャットアウトする機能は搭載されています。物理的なダメージに対してもある事情から相当強くなっています。ですが、人間の脳を模倣している以上精神的なダメージが通用してしまいます。

 

 IOPの9A-91と異なり、私は唯一無二です。

 なぜなら、数人のロシア人の狂気染みた発想によりえげつないものを搭載されてしまったから。機密保持のために、データのバックアップを取れないから。()()()()()、極限まで精神が磨耗した時に、私は死を選べてしまうでしょう。

 

 指揮官。あなたに永遠の別れを伝えることになったら、私は────たぶん、壊れてしまう。ううん、指揮官だけじゃない。他のみんなも。

 

 あの事件以来、何年も1人ぼっちだった。でも、その孤独から解放してくれたのはUMP45、M4、416、FAL。そして、外の世界を見せてくれたのは指揮官。

 

 優しい、優しいかけがえのない友人たち。

 

 だから、皆必ず私の元に帰ってきてください。

 

 

 

 

 

 

 ELIDが、通り過ぎました。

 ふとした発想から思わず思考が飛んでしまったようです。

 久しぶりに情緒不安定になっていましたね……。

 

『クリア。行きましょう』

 

 通信プロトコルを介して告げ、ダクトから這い出ます。

 即座にマントをかぶり直し、光学迷彩を起動。周囲の景色に同化します。まあ、すでに銃を抱えているのであまり意味はないのは気にしてはいけません。

 

『ピークォドより救出部隊各位、残り5分でホットゾーンへ突入する。きっかり5分だ。5分で屋上に展開してくれ。ELIDが徘徊する中を飛ぶんだ、投石で墜落など御免だぞ』

 

『9A-91了解』

 

 次々とダクトから這い出てきた仲間が警戒態勢に入ります。

 しかし、その必要もありません。

 

『まず、5階へ続く階段へ向かいましょう。屋上へ行ける階段は5階にしかありません』

 

 なるべく足音を立てないように、なおかつ迅速に。

 角をクリアリングし、ELIDが存在するならば迂回して。

 私たちは階段へと向かいます。

 

 G11はスリープモードでバッテリーを温存していたらしく、遅れることなく付いてきてくれます。それも、私たちの死角をカバーする位置で。これだけ護衛しやすい護衛対象は初めてです。

 

 5階も同様に移動し、屋上へ続く階段を確保。

 ELIDに知性が無かったことが幸いです。もしも彼らに知性があったならば、私たちはそのスペックも相まって容易く全滅させられていたでしょう。

 

 階段を早足かつ無音で駆け上がり、屋上の階段ホールをクリアリングします。窓がなくて外が見えませんが、ヘリが来るかどうかは無線で知らせられるので意味のないことです。

 しかし、1発も撃たずに済ませられたことは幸いでした。もし撃つような事態になっていた場合、少なくないどころか甚大な損害を被っていたでしょうから……。

 ちょうど、ヘリパイロットであるオグラさんから通信が入ってきました。

 

『こちらピークォド、まもなくホットゾーンへ突入する……っ!?』

 

 跳ね上げられた語尾に、嫌でも高まる警戒。

 

『9A-91よりピークォド、状況知らせ』

 

『エドワーズだ、代わりに伝える。……屋上に中型ELID1。ヘリが接近出来ない。こちらで撃破しようにも、撃破可能な装備は速度の関係で搭載していない。……すまない、極超音速ミサイルはRing and Run(ピンポンダッシュ)をするには重すぎた』

 

 最悪です。

 

 掛け値無しで最悪の事態です。

 

 そして、このあと指揮官ならどういうか目に見えています。

 

『ヘリからも支援する、ELIDを撃破せよ』

 

『……Да(ダー)

 

 




ちなみに、この研究施設はR07地区主街区と楽園を結ぶ線の延長線上にあります。

9A-91ちゃんについて独自設定をぶん投げました。
ざっくり言うとこう言うこと。

・チニートチェマッシュにより第1世代特殊戦特化型戦術人形として開発される。よって烙印システムなし。
・先端技術の試験機も兼ねており、その変態的な技術の数々により第1世代と第2世代の差を埋めている。
・ある事件によって10年前から孤独な状況に置かれていた。また、その時に仲間が皆死んだことにより精神も損耗している。
・1年前に迷い込んだM4、UMP45、416の3人に強く依存、次点で指揮官に依存。

IOPの9A-91ちゃんは別でちゃんといます。

そしてナチュラルにドンパチ予告を入れる作者(
メタルギアソリッド2のハリアー戦を思い浮かべてしまったが運の尽きでした。


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『9A-91』

すみません、今回は事情が重なってしまい遅れました。


 三人称視点

 

 扉を開けた先にいるのは、予想通り異形と化した中型ELID。

 しかも近接戦と持久戦に特化したタイプの。

 

「コンタクト! 足を止めないで!」

 

 9A-91の号令の元、救援部隊は広々とした屋上へと散開する。

 義体の性能をフルに発揮した全力ダッシュで撹乱を狙うのだ。崩落に巻き込むなどの搦め手が使えない以上、正面戦闘で制圧するしかない。人類生存圏内に出没するレベルのELIDも基本的に搦め手を使わないことがせめてもの救いだろうか。

 

 牽制がわりにM1911が両の拳銃を撃ち込むが、戦車以上の装甲を持つ相手には無意味だ。虚しく表皮で火花を散らすに留まる。

 相手の規格外の防御力を再確認した彼女は叫んだ。

 

「硬い……9A、決め手はあるの!?」

 

「あります! 当たりどころによっては大型すら転がせるゲテモノが!」

 

 9A-91は片手照準のアサルトライフルを頭に撃ちながら応答する。しかし、その顔には逡巡が浮かんでいた。

 確かに彼女は最大級の切り札を所持しているが、それはこの研究所を消し炭にする覚悟が無いと使用できない代物だ。

 場合によっては味方にまで被害が及ぶ。

 

 それを抜きにしても、酷すぎる欠陥を抱えたソレはやすやすと打てるものではなかった。

 

『Fire!』

 

 滞空するヘリから、フレンドリーファイアの可能性にも怯まず軽量高速の対空ミサイルが撃ち込まれてきた。マッハ4にまで加速し、その運動エネルギーで粉砕する兵器だが────いかんせん質量があまりにも軽すぎる。

 衝撃波とともに敵の左肩に着弾したソレは、虚しくも敵をよろめかせるのみだった。

 

 飛行型ELIDや航空機ならともかく、装甲を持つ陸上型には効果は今一つと言わざるを得ない。

 

 豆鉄砲とは桁が違う衝撃に、今の今まで沈黙していたELIDがぐるりとその首を旋回させた。

 全高4m以上の体躯にしては細すぎる、杭のように変形した両足が撓められる。角ばった左腕が天へとむけられる。

 

 まさか。

 

 その言葉が頭をよぎった瞬間、SAAが叫んだ。

 

()()()()()()()()が来る!」

 

『Tikusyoume! ブレイク、ブレイク!』

 

 パイロットのオグラが日本語で叫び、ヘリが横転染みた機動で回避を取る。しかし、SAAの警告通り射出されたワイヤーアンカーはヘリを追尾した。

 

 指令誘導と推測される以上、ヘリからしたらジリ貧。どう言った理論でそんな形に変化したのだと叫びたくなるが、実際に目の前にいる以上は対処するしか無い。

 

 動いたのは、Five-seveN。

 

「ああクソッ、本当にツイてない……FAL、帰ったら一杯奢りってよ!」

 

『何する気よ!?』

 

「マチェーテでぶった斬る!」

 

『はぁ!? あんた、死ぬわよ!』

 

「アタシは死なないわよ! 信じて!」

 

 叫んだFive-seveNは、シースから大型のマチェーテを引き抜いた。

 地を蹴り飛び上がるのは、油断しきっているELIDの文字通り目と鼻の先。

 ワイヤー状に成形された筋肉に狙いを定め、大上段に構えたソレを振り下ろす。

 

「決めたっ!」

 

 着地。膝で衝撃を受け止めてそのベクトルを横方向に変化、左側に横っ飛びで逃れようとして。

 

 自分の両足が無いことに気がついた。

 

 受け身も取れず無様に転がる。

 

「……え?」

 

「Five-seveN! クソッ!」

 

『させない!』

 

 AK-47が7.62mmロシアンショート弾を撃ち込み、上空からFALが徹甲弾で牽制射撃。しかし、頭部に着弾するものの貫通できない。

 足を止めることが出来ない。

 

 ついに横たわるFive-seveNの目の前にたどり着いてしまった。

 すらっとした右腕が振り上げられ、血を塗りたくりながらもがくFive-seveNに影を落とす。

 しかし、Five-seveNは真っ向から見据えて嗤って見せた。その目に浮かぶのは、戦意。そして、嘲笑。

 

「────ばぁか」

 

 蔑みの言葉を吐きかけたFive-seveNに、感情など持たぬELIDは容赦なく腕を振り下ろす。

 

 しかし、肉を叩き潰すのではなくさりとて地面を叩き割るでもなく、空を切るに留まった。

 

「……すみません、Five-seveN」

 

 割り込んだ9A-91が振り下される右腕に何かを撃ち込んで破壊したのだ。それが何かは分からないが、視界の隅に全力で走ってくる彼女を捉えた瞬間にFive-seveNは確信していた。9A-91はずっと機を伺っていたことを。

 

 奇妙な膠着が生まれる。

 

 いつにも増して鋭い眼光でELIDを見据え、9A-91は小さく宣言した。

 

「私の、ミスです。躊躇ったら負けとはまさにその通りですね……もう出し惜しみはしません」

 

「9A-91……ソレ、まさか」

 

「この状況では間違いなく最善手ですよ」

 

 歯切れの良い音を立て、手にする9A-91(消音アサルトライフル)をコッキング。吐き出された9mm×39mm弾の薬莢がからからと転がり落ちる。

 

 9A-91の装備も外見もなんら変化していない。顔に無表情を貼り付けている以外は、いつもの9A-91だった。

 しかし、皆既に勘付いている。いきなり右腕を消しとばして見せた破壊力といい、使用を躊躇ってしまったことといい、何か恐ろしいものを隠し持っていることに。

 

 それは相手も同じだった。初めて受けた大ダメージに激昂し、これまでとは比べ物にならない速度で飛び退る。ガリガリとコンクリートを削りながら着地、真っ向から見据える目はギラギラとした狂気を湛えていた。

 

 だが、そんなことは関係ない。態勢を立て直す心づもりだったのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 

「てぇっ!」

 

 ヘリから援護射撃として飛来した極超音速の弾体が、正確に延髄を穿ち抜いた。FALが撃ち放ったレールガンだ。

 

 無論、戦車の装甲も突破することが難しいような威力ではELIDを殺すことはできない。一昔前のM1A2エイブラムスやレオパルド2A7ならばともかく、現在各国正規軍主力の第六世代主力戦車の装甲は中型ELIDに匹敵しているが故の道理である。

 しかし、貫通力と衝撃力は混同してはいけない。

 

 いくら装甲に守られていようが、延髄とは脊椎を持つ生物ならば等しく弱点となりうるのだから。

 

 そして、装甲の防御力が発揮されるのは基本的に「1発限り」なのだから。

 

 

 立て直すまでの比較的大きな隙に9A-91はFive-seveNを回収、AK-47の方へと全力で放り投げた。

 G11とM1911が猛然と牽制射撃を開始する。

 肉が露出した左肩と首筋へ全力の弾雨を浴びせかける。

 

「くたばれッ!」

 

 SAAが右のリボルバーを構え、左のリボルバーの台尻でコッキングしながらのファニングショット。

 短機関銃の連射にも近いレートで6発の45LC弾をぶっ放した彼女は、地を蹴り飛ばして敵の眼前まで跳ね上がる。Five-seveNが足を薙がれた時と全く同じ状況だが、同じ轍を踏むほど愚かではない。

 

「どこ見てんの、あたしはこっちだよ!」

 

 さらに相手の顔を右足で蹴り飛ばし、闇雲に振り上げられた左腕を回避。大振りの攻撃でガラ空きになった顔面にファニングショットを撃ち込んだ。

 

 ローディングゲートを開き、空薬莢を捨てる。

 

 時間は十分に稼いだ、あとは9A-91の出番だ。

 

「任せたよ、9A-91」

 

「はい、任されました」

 

 透き通るような無表情が、印象深い。

 熱光学迷彩マントを翻して走る姿は、ひたすらに理論重視のモノだった。まるで、最速で到達しそのまま轢き殺さんとするかのように。

 

 いつのまにか、彼女の手には9A-91ではなく大口径のカービン銃が握られていた。普段とは違う銃を易々と扱って見せる、いつもとは決定的に異なる9A-91。

 ヌルリとした動きで懐へと潜り込み鳩尾へと銃口を突きつける。フォアグリップをしっかりと握り込むと、銃が固定された。

 ここまで隙を作ってもらったのだから、有効活用しなければならない。

 

до свидания(さようなら)

 

 9A-91は、躊躇なく引き金を引き絞った。

 消音器でも殺しきれないほどの銃声と共に大輪のマズルフラッシュが咲き誇る。

 明らかに小銃弾としてはあり得ないが、そもそもこれは小銃弾ではない。有効射程たった5メートルの、小銃の皮を被った最終兵器なのだ。

 

 弾着と同時に、着弾部位に異変が生じる。

 

 強靭な肉体を構成するタンパク質が分子レベルの崩壊を起こし、その過程でエネルギーを放出し始めたのだ。紛れも無い、高濃度崩壊液に浸された人体の反応。

 

 とっくに感情など抜け落ちたというのに、己を蝕む崩壊に対して苦悶の表情を見せる成れの果て(ELID)からすっと踵を返す。

 

 コッキングレバーを引いて空薬莢を放出、マガジンを引き抜いて懐に仕舞う。普段の9A-91に持ち替えた彼女は、静かに眼下に蠢くELIDたちを見下ろした。

 

「指揮官、障害排除を確認」

 

『……了解、潜入チームを回収する』

 

 無機質な視線で地上を睥睨する彼女の目の前に、一機のヘリがホバリングしてきた。兵員倉が開かれ、中からディビッドが顔を出す。

 

「早く乗ってくれ。それと9A-91、今回ばかりは話を聞かせてほしい。────あれは、崩壊液だな?」

 

「……はい。全て、説明します」

 

「責める気はない、おまえにも事情はあるんだろうさ。……さて、全員帰ろう。45にせっつかれてるんだ、早くしないとここを始末するレールガンの餌食になっちまう」

 

「……ふふ、それもそうですね」

 

 笑って見せながら、ディビッドは手を伸ばす。

 微かに表情を緩め、その手を取った。

 

 




さて、日常挟むか。

お知らせです。
ここから作者多忙につき3日に1話くらいのペースが精一杯になると思われますが、のんびりとお付き合いいただけると幸いです。


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