千恋*万花〜約束 (メアリィ)
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story.1 予想外
第一輪 戻ってきた穂織


初めましての方は初めまして
もしかするとどこかでお会いしたことある方は、お久しぶりです。
メアリィと申します。
今回より、ゆずソフトでお馴染み、千恋*万花の二次創作をまったりと投稿していきたいと思います。
是非とも、よろしくお願いします


 

 

 

───もう二度と、この土地に足を運ぶつもりは無かった。

 

 

 

 

目先に見える景色が、嫌でも昔の事を思い出させる。

昔と何も変わらない砂利道に小川のせせらぎ、『ポポ……ポポポポ……』と何処かから聞こえる鳴き声はアオゲラだろうか。

 

数時間に1本程度しかと通らないバス停は、10年前よりも寂れて、もはや運行しているのか怪しいくらいに物音ひとつ立てずに佇んでいる。

 

一見、普通の人にとってはこれが心地よい場所なのかもしれない。住宅街や、それこそ東京なんかに住んでる人にとっては喧騒なんてないわけだから。

 

──だけど。

 

 

拳を握る力だけは、強くなってしまった。

それがどれだけ長い年月もの間、逃げ(・・)を繰り返してきたのか身に染みて感じさせる。

 

何度も足を運ぼうと考えたりもした。

逃げ(・・)はどれだけ惨めで臆病な行為なのかわかっていた。だけど、当時の俺にはそれしか選ぶ道は無く、ただひたすらに現実に流されて、流されて、流されて……。

 

 額から流れる一滴の汗が、目に入る。

沁みる痛みは、10年間溜めてきた心の痛みなんかに比べたら比でもない。

 

 俺は臆病者(・・・)裏切者(・・・)だ。

ここぞというときに、持っている力を発揮できずに持て余す弱虫だ。

だから守るべき人を守れず、友を失い、家族を失い、愛しい人からの信用も失った。

 

 それが俺、萩原(はぎわら)佳正(よしまさ)だ。

上越地方に籍を置く高校二年生。ごく普通の男子高校生。

それ以下でもそれ以上でもない。

 

家を出て、電車を乗り継ぎ約3時間とちょっと。

路線バスは運行廃止とのことだったので、1番近い駅からタクシーで20分。そこから歩いて数分。

 

 

寂れたバス停を越え、漸く石で造られた峠道が見える頃には目的の地。入口にはまだ列記とした、これまた町内限定のバス停があり、時間確認のために疲れの感じる足を動かす。次のバスまで10分。

 

 

こんな交通が不便な町に、俺はまたやってきた。

 

 

 

 

この町──穂織(ほおり)の町に。

 

 

 

 

───── 第一輪 戻ってきた穂織 ──────

 

 

 

 

 

 

「10年前と変わってねぇな」

 

ここを離れて丁度10年目の春。

10年前と比べると新築が建ってたり、壊れてた建物やらなにやらが修復されて見事なまでの温泉街として綺麗になった街並み。

 

ネットでは噂になってる、田舎にある温泉街として有名な穂織は、『和』としての雰囲気を出し惜しみ無く押し出していて、実に綺麗な町だ。

 

 

───温泉街

 

 

そう、ここ穂織は温泉街として有名だ。交通の便はともかく、この全面に押し出す『和』と、数々の温泉が日本国内だけでなく、海外からの観光客からも注目を浴びている。

 

 

効能は覚えていないが、まぁ体にいいものが多く含まれているとの事で、特に女性からの支持が厚い。

 

バス停に向かう間ももその観光客の楽しげな会話や、外国人の独特な喋りが行き交う中、きっと俺は陰鬱な雰囲気を放っていたに違いない。

 

 

「人、多いなぁ」

 

 

そう、人が多いのだ。

10年前と比べて一目瞭然。こんな片田舎に何があるというのだ。温泉しかないじゃん。

 

春風で煽られた髪を整え、桜が蕾をつけている並木道をひたすらに歩く。

 

「……でも、何も変わっちゃいないか」

 

それは景色うんぬん、賑わいうんぬんを指していないことを本心にしかわからない

 

 

──それはきっと祖先の残した置き土産

 

──それはきっと呪い(・・)

 

──それはきっと犬憑き(・・・)

 

 

 そして俺は置き土産を残した祖先の後継者で、逃げ出した腰抜けなのだ。

逃げてからずっとみんなに負い目を感じ、俺にも何かできることがあったんじゃないかと思う自責の念に駆られる日々。

 

 でも俺は後継者としてあまりにも無能で、守られてばかりだった。

だから今、こうして戻ってきた。今更ではあるあるが、まだ続いているであろう呪い(・・)から穂織を解き放つために。

 

 

「……あれ?お前どこかで」

「ん?」

 

 

 バスに乗ろうとした瞬間、背後から男性に声をかけられたような気はして足を止める。

振り返った先にいるのは俺と年の近い、茶髪の男性。黒い甚兵衛を羽織い、どこか爽やかな雰囲気を漂わせている彼に、どこか見たことのあるような面影を感じるが、如何せん穂織に戻ってきたのは10年も昔。

 

 とはいえ、人口の少ない穂織で同年代の男性は多いわけじゃない。

もしかすると───と思い、思いついた友人の名を口にしてみる。

 

 

 

「もしかして、廉太郎(れんたろう)か?」

「おおーっ!やっぱりお前佳正か!!!え!?なんで!?なんでお前ここにいるんだよ!!」

「まぁ、色々あってだな」

 

 

 

 

 鞍馬(くらま)廉太郎───こいつは、今回穂織に足を運ぶきっかけを作った人物の孫息子で、俺が穂織に住んでいた時の数少ない友人の一人で、よき理解者。まさか穂織到着数分内に顔見知りの人に会うとは思わなかったが。

 

 

「いやーっ、それにしても何年ぶりだろうな!お前の顔を見るのは。すっかりいっちょ前の男になりやがってよぉ!」

「そういう廉太郎こそ、髪なんて染めやがって....元気してたか?」

「ったりめーだろ。佳正こそ、向こうで元気にやってたか?」

 

 

 ぼちぼちと、そう答えた俺は乗ろうとしてたバスの運転手に乗らない意思表示を残し、そのままドアが閉まる音を後ろに、廉太郎と歩き出す。

 

 

「ほんと急にどうしたんだよ」

「なにが」

「だから、どうして急に戻ってきたんだってこと。あれから一切顔見せなかったくせに、連絡なしで急に来るとか水臭いぞ」

「急じゃないさ。玄十郎(げんじゅうろう)さんから話は聞いてないのか?」

「いや、まったく」

 

 おかしい……。

玄十郎さんは、そういった連絡事項の共有は絶対にする方なはずなんだが。首をかしげる廉太郎を見ていると、玄十郎さんが忘れたんじゃなく、こいつ自身が頭から記憶を消し飛ばしたんじゃないかと思ってしまう。きっとそうなんだろう。

 

 

「まぁいいさ。ちょっと玄十郎さんに用件があるって呼ばれてな」

「へぇー。まぁなんでもいいさ。こうして無事、再会できたんだから!」

 

 

 がっしりと俺に肩を組んでくる。

季節は春。長旅と暖かい気温で少し汗ばんでいるというのにお構いなしの廉太郎に少しうっとうしく感じた。まぁ昔からこうだったし、そう簡単には変わらないか。

 

「相変わらずだな。お前」

「なんか言ったか?」

「別に」

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

「で、お前は今日からどれくらいここにいるんだ?」

「あぁ、それはあれだ。穂織に住むことになったから、まぁ転校だな」

「なるほどな寝床は?」

「最初の方こそ志那都荘(しなつそう)にお世話になる予定だったんだけど、話によるとめっちゃ安い空き家があるらしくて、そこに住まわせてもらうことになったわ」

 

 

 今回穂織に来た目的は鞍馬玄十郎、廉太郎の祖父から例の件(・・・)で確認したいことがあって呼ばれたことだ。だけど俺には別件でやらねばならないことがある。それが済むまでは向こうに帰ることができない。それは廉太郎にとっては関係のないこと。無闇矢鱈に話すことじゃないだろう。

 

 

 

「ところで、玄十郎さんはどこにいる?」

「爺ちゃんなら多分健実(たけみ)神社にいるんじゃねぇかな。ほら、明日から春祭り(・・・)だし爺ちゃんはその実行員だから」

「春祭り?あぁ……そうか、そんな時期か」

「まぁな。だから爺ちゃんのとこ行くなら健実神社行かねぇと」

 

そう言った廉太郎は目の前の十字路を左に曲がり、志那都荘とは別の道を辿る。

 

「春祭りってあれか。男性が甲冑つけて馬と一緒にやんややんやしながら練歩くアレか」

「そうだな。数百年前の……なんだったかな。妖怪?だとかを倒した際の祝いとしてあるんだったかな。春祭りって」

「色々カットしたなお前」

「だって祭りの起こりなんてもんに興味ねぇわ。俺が興味あるのは女だし」

 

 

そういってる矢先にも、廉太郎はすれ違う女性を鼻の下を伸ばして吟味する。女好きなところは昔と変わっていて欲しかったなぁ、と心の中で残念な気持ちになる。

 

そう言う俺自身も、春祭りとはどんな祭りなのか詳細自体は知らない。昔、父母から昔話感覚で語られた程度で、なんでも数百年前の武者どもが争う乱世時代に現れた女性とおもしき妖怪が現れ、権力者を手玉にとり、それを糧にして争いを引き押していたらしい。

 

それを退治すべく、祈祷に祈祷を繰り返した結果。

対抗する神刀"叢雨丸(むらさめまる)"が、その武者に授けられたそう。その叢雨丸で妖怪を退治し、穂織に平和が訪れた。その祝いとして春祭りが今でも伝統として残っている。

 

余談ではあるが、その妖怪との死闘の末に大地が割れ、温泉が湧き出したと言われているが定かではない。俺の中では。

 

 

「んなことよりさ、佳正向こうで女できたか?」

「なんだよ藪から棒に」

「いやさー。京都って綺麗な女いっぱいいるんだろ?だから佳正にも1人や2人女できたんじゃないかなーって。それで俺にも紹介して欲しいなーって!」

「そんなの居ないし作ろうと考えたこともないよ」

 

 

ちぇーっと口を尖らせる廉太郎にバレないように小さくため息をつく。別に俺は行きたくて京都に行ったわけじゃない。

 

「でもまぁ、春祭りの事もそうだけど、ここ(穂織)も栄えてきただろ?」

「10年前とは全然違うくらいにな」

「あん時は色々あって、沢山辛い経験してきたけどさ。こうしてここが栄えて、良いように見て貰えるようになったのはいい事だと思うぞ。」

「……」

 

 

俺が知っている10年前の穂織とは違う。

それは雰囲気と、観光客の顔を見てりゃわかる。観光地として名を世界に知られ、土地と食べ物と祭りがあって。たとえ時代から取り残された土地であっても、彼らには周りから力を借りずに独立して発展していけるだけの力がある。

この発展は誰がどう見ても良いものでしかない。

 

 

───でもそれはまだ表向きの穂織でしかない事を、俺は知っている。

 

春祭りは、何百年も前の祖先らが命に代えて残した遺産だ。妖怪と戦い、命を散らし、そうして果たした役目の終焉。

だけど、終焉ではなかった。

 

「……」

 

俺は、視線を少しあげた先の山々から感じる不穏な空気を見逃さない。

 

呪い(・・)はまだ終わっちゃいない」

「なんか言ったか?」

犬憑き(・・・)はまだある」

 

 

犬憑き(・・・)は呪いだ。

それから解放するために俺はやって来た。跡継ぎとして無能で、逃げ出した俺に出来ることはもしかするとないのかもしれない。だけど、このままのうのうと過ごして言い訳なんてない。

 

「ふーん。あ、ほら着いたよ」

 

 

廉太郎の声で意識が現実に戻る。

目と鼻の先にある健実神社は神主だけでなく汗だくになってせっせと動き回る大人がちらほら見える。

 

その中に1人、貫禄をみせる老人が境内に上がっていく。

間違いない。廉太郎の祖父、玄十郎だ。

 

 

「おーい!爺ちゃーん!」

「……」

 

 何かをじっと見据えるようにピクリとも動かない。神社の中に入り、玄十郎の視線を追った先には何人もの列を為しており、先頭の人は中腰になり、大きな岩(?)に刺さっている何かを引っ張りだそうとしてる。よく見ると日本刀だ。岩の隙間から見える日本刀の刀身は煌びやかに輝いて、引き込まれる感覚に陥る。

 

 

 

 

「爺ちゃん聞こえてねぇな」

「なんだあの列。みんな何引っぱってんだ」

「あれは"叢雨丸"さ。知ってるだろ?」

「あぁ」

「あそこにある御神刀こそ、伝承にある刀で──って、おい。ちょっと待てよ!」

 

 

───そしてそれは、感じたことある感覚(・・・・・・・・・)で、廉太郎の言葉を最後まで聞かず、吸い寄せられるように大きな岩の元へ。

 

 あれから詳しい話は風の噂やインターネットで知ってはいたが、叢雨丸は健実神社に奉納されていて、今でも岩に刺さったままの叢雨丸が抜かれる瞬間をこうして待っているらしい。

 

 

「むー……ん?おや、これはこれは」

 

 

列に並ばず、岩の前にやって来た俺に流石に気づいた玄十郎が、ゆっくりと厳しい視線を向けながら歩み寄る

 

「佳正、来ていたのか」

「玄十郎さん、ご無沙汰しておりました」

「その様子だと壮健に暮らしていたようだな。何よりだ」

「玄十郎こそ。それで、これは?」

 

 

視線を列に向けて言う。とりあえず確認。百聞は一見に如かず。

 

「見ての通り、この町のイベントだよ」

「それはわかりますけど、あれがもし仮に抜けてしまったら、また───」

 

叢雨丸は特別な刀だ。そこら辺の鍛冶屋のおっさんが手掛けた日本刀とはわけが違う。

 

「佳正もわかるだろうが、あれは単純な力では抜くことはできん」

「……つまりは?」

「この町を盛り上げる一貫のイベントとしてやってるだけじゃ。ちゃんと見極めておる」

 

 

 いわば町の発展に貢献するイベント、といったところか。

玄十郎の話は聞いているが、俺の視線は叢雨丸に釘付けだった。手に汗が滲む。その汗は冷たく、まるで叢雨丸の柄を持った時の冷たさ(・・・・・・・・・・・・・)そのものだった。運命を左右する瞬間が鮮明に脳裏をよぎり、更に両手に力がこもる。

 

 

───10年前のあの日。

 

 

巫女姫様(・・・・)を失った。

 

町が妖の大群に襲われ、人々が恐怖の渦に巻き込まれた。

 

俺が叢雨丸を手に取った(・・・・・・・・・)瞬間、一人の女の子と出会った。

 

そんな力もむなしく、父さんと母さんを失った。

 

 

 

「佳正?どうかしたか?

「え、あぁいえ。なんでもないです」

 

 

 玄十郎の声に我に返る。

そんな俺に玄十郎はさっそくと言わんばかりに例の件(・・・)を提案してくる。

 

 

「お前もう一度、叢雨丸を手に取ってみるか?」

「……しかし」

「お前は、きっと罪悪感に苛まれている。そうだろ?」

「……」

 

 

 図星だった。

せっかく手にした力を存分に発揮できず、少女との約束を果たせないまま、この地を離れてしまったのだ。罪悪感を覚えないわけがないだろうに。

 

 今回穂織に戻ってきた目的。それは元叢雨丸所有者(・・・・・・・)である俺が、再度叢雨丸所有者として契約を結ぶこと。

 そして、穂織を囲む妖怪の呪いから解き放つために尽力すること。それしか、俺にできることは無い。それが犯した罪をここで清算しなければならないのだ。

 

「きっと、ムラサメ様(・・・・・)もそれを望んでおろう」

「……」

 

 

玄十郎が口にした”ムラサメ様”。

それは───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと来たか。"ご主人"。待ちわびたぞ!」

 

 

 

 

 

 

 背後から聞こえる少女らしき声に、ゆっくりと振り向く。

そこにいたのは、ふわふわと宙に浮く、10代の可愛らしい女の子。

 

 

 

 

 

 

 

「……ムラサメ、様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───彼女は、叢雨丸の管理者で

 

 

 

 

 

───俺が救えなかった、神の使い

 

 

 

 

彼女は、あの時の変わらない姿で、何も変わらない微笑みを向けていた。

 

 

 

 



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第二輪 喪失

──目の前にいる、見た目は10代、頭脳も...きっと10代。

 

 

 

 

 

 

 

の、女の子はふわふわと漂うように見下ろしながら告げる。

 

 

「待っておったぞ……ずっと、待ってた」

「ムラサメ様」

「うむ!元気そうでなによりだ」

 

 

 

満足げに頷いて、頭上より高い位置から降りてくる。

まるで地面に立つかのように足を伸ばしたあと、じっと俺を見つめてくる。

 

「お主背、伸びたな」

「そう、ですね。もう10年ですから」

 

 

乾き切った喉から必死に声を出したが、震えてしまってまともに喋れた気がしない。怖いわけじゃない。むしろ見慣れた光景だ。 世間一般的に見て、ふわふわ浮かぶなんてありえないわけで、かと言ってじゃあつまり幽霊?というわけでもない。

 

まだこんな幼い見た目をしてるが、彼女こそ"叢雨丸"の管理者───いわば、"叢雨丸"の魂のようなもので神力を司る神様のような存在。

とは言うものの、ガチの神様という訳では無い。

 

 

緊張をほぐそうと、俺はちょっとだけいじりネタを披露する

 

 

「ムラサメ様は……まぁ、相変わらずのようで。どこが、とは言いませんが」

「お主、久方ぶりの再開で早々とどこを見て言っておるのじゃ?噛むぞ?」

 

 

キシャーッ!とまるで猫が威嚇する時の声を上げ、カチカチと鋭そうな歯を鳴らす。

 

冗談はここまでにして、

 

 

「佳正、何を1人で喋っている」

「あぁ、いえ。目の前にムラサメ様がいるから」

 

不自然な行動を取っている俺に対し、玄十郎が声をかける。

玄十郎には、ムラサメを見ることが出来ない(・・・・・・・・・)

違う。正確には誰にも(・・・)ムラサメを見ることが出来ないのだ。

 

特例(・・)はあれど、ムラサメは神の使いで神使。そう易々と視界に収められるものでは無い。

そもそもの話、"叢雨丸"は神刀で穂織の土地神から授かった特殊な刀。"叢雨丸"本来の力を発揮するには神力が必要。その神力とは……人の魂で構成される。魂を刀に宿らせ神力として効力を発揮する"叢雨丸"。

 

つまりはまぁ言ってしまえば、自分の魂を捧げた(・・・・・・・・)という解釈でいいだろう。

 

「そうか.、それは気づかなかった。ムラサメ様、ご無礼をお許しください」

「うむ!気にするでないぞ玄十郎」

 

一見会話が成り立っているように見えるが、玄十郎にはムラサメの声は届かない。だから、見える誰かがフォローに入ることで成立するちょっとめんどくさいところはある。

 

だけど、このロリっ子が正真正銘の神使であることに変わりはない。

 

 

「で、どうするのだ佳正」

「……」

 

本来の目的を思い出す。

穂織には遊びで戻ってきたのではない。あくまで、萩原佳正の役目を逃げずに果たすためだ。だから、ノーという答えは無い。

 

「あぁ、やりますよ。"叢雨丸"を抜きます」

 

 

玄十郎と、ムラサメの前で決意の言葉を露わにする。

その為に俺は戻ってきた。今更後に引く事になんの意味があるというのだ。

 

 

「うむ、よろしい。では話をつけてくるから、少し待っておれ」

 

 

 

そう言い残して玄十郎は、役員の人と列を成す観光客の元へ向かう。

やはり威厳のある玄十郎を前にすると息が詰まる思いになる。嫌いというわけでない。むしろ俺に対し優しく時には厳しく接してくれる玄十郎は尊敬の意しかない。

 

 

「ふぅ……」

「お疲れのようじゃの」

「別に疲れているわけじゃないですよ。ただ、ちょっと息苦しいだけです」

「息苦しい?」

 

 

ムラサメのオウム返しに、特に反応することなく。

交渉する玄十郎の後ろ姿を追う。

 

 

───老いたな、と少しだけ思った。

 

 

テキパキと動き回る姿を見ると、健康的な生活を送り、きっと得意の剣道も昔の捌き方が健在なのだろう。だけど、髪の色や少しやつれた顔がそれを物語っているように感じる。

 

そう思いながら待っていると、玄十郎がこちらを振り向いて手招きをしている。

 

どうやら許可が降りたらしい。

深呼吸して気持ちを引きしめ、玄十郎の元へ……。

 

 

 

 

 

 

───第二輪 喪失 ───

 

 

 

 

 

俺は、10年前の"叢雨丸"の所有者だった(・・・)

この事を話すのには前置きが非常に長くなる。まずは"叢雨丸"の伝承が事実だ、という所から始まる。

 

"叢雨丸"の伝承が事実、それは妖怪の存在も真実であることを示す。叢雨丸に退治された妖怪は死ぬ間際に呪詛(じゅそ)を残しており、それは黒い泥の塊のような形をしている。この"叢雨丸"に携わる者達には、それらを"祟り神"と呼んでいる。

 

 

"祟り神"は無差別に人を襲う訳では無いが、"叢雨丸"に携わる者──特に朝武(ともたけ)家という妖怪退治をした直系親族は非常に憎まれており、襲われるとされている。

 

 

10年前、当時の朝武家の巫女姫が"祟り神"の呪いに冒され、命を落とした。恨みを晴らした"祟り神"にとってはいわば、お祭りのようなものだったのだろう。住処である山奥から降りてきた奴らは、穂織の町に大群でやってきて、建物を壊しては雄叫びを上げ、町の人々に恐怖を与えた。

 

 

 

 

 

これが──穂織の乱(・・・・)と呼ばれる騒ぎとなった。

 

この乱で、朝武家を守ろうとして父と母も命を落とし、俺自身も命の危機に晒された。友人も、大切な人も……。

 

そんな時、目の前に現れたのは御神刀"叢雨丸"だった。

 

 

 

そしてその"叢雨丸"が、俺の前にまた現れる。

俺の緊張とは別に、"叢雨丸"は岩に突き刺さってもなお神々しさを放っており、思わず一歩後ずさってしまう。

 

 

 

「言っておくが佳正」

「なんですか?」

「お前がここで"叢雨丸"の所有者として、もう一度穂織に残って役目を果たすならそれでいい。だが、中途半端な覚悟なら、ここで手を引け」

 

 

確認と忠告を残す。

わざわざそうするという事は玄十郎の心の中では、俺を所有者としてこの問題に関わらせたくない。そんな感じで心配してくれているのだろう。厳しい爺さんだが、根は優しい人だ。

 

 

 

それを知っているからこそ、俺は敢えて静かに頷き、"叢雨丸"に向き直る。

言葉は要らない。態度で示す。それでこそ、穂織の男だと思う。

 

 

列を為していた観光客は何事かと、ざわめきながら俺が"叢雨丸"に手を伸ばす瞬間を待ち構えてる。

 

 

「久しぶり....お前、ずっとここにいたのか」

 

 

当然反応は無い。

ただ静かに冷たく光る刀身には一点の曇りない清冽な肌合いを持ち、たぐいなき刃にはムラサメの神力と歴史が刻まれている。反り返った細身の刃は、雅趣と精緻と最強の強度を極めている。"叢雨丸"とはそういう刀だ。生半可な気持ちで手にできる代物ではない。

 

 

一度深呼吸して、目を瞑る。

畏敬。恐怖。端整。気力。"叢雨丸"から迸るこれらのすべてが、これこそが、"叢雨丸"の真髄。

 

 

 

──佳正。佳正

 

 

"叢雨丸"から俺を呼ぶような声が聞こえる気がする。

こいつも、俺を待っていたのだろうか

 

 

「佳正」

「うん。わかってるよ」

 

 

玄十郎の声を聞き、俺は岩に突き刺さる御神刀に手を伸ばす。

数多の観光客が触ってたにも関わらず、柄の部分はひんやりしていて、まるで長年ここで誰にも触れられず祀られていたかのような崇高さを感じる。

 

 

手が滑らないように、柄をしっかり握る。

 

 

「(ただいま。相棒)」

 

 

 

 

岩に刺さる固さを感じつつ、俺は特に力を入れずゆっくり引き抜く───

 

 

 

 

 

 

「……あえ?」

 

 

 

 

 

 

おかしい。俺が予想してた感触と違う。

もう一度確認のためにだが、"叢雨丸"は御神刀。神力を司るモノ。神器と言っても過言ではない。単純な力では抜けるものではなく、言ってしまえば資格のようなものが必要になる。それは"叢雨丸"に所有者として認められること──と、勝手に思っている。

 

 

 

 

「ふんっ!ふんぬーっ!」

 

 

今度は少しずつ力を入れてみる。

単純な力では抜けないと頭ではわかっていても、ビクリともしない御神刀を前に力で解決する他ない。

 

 

おかしい。実におかしい。俺は10年前、"叢雨丸"に認められた所有者だぞ?

 

 

「何をやっておるのじゃご主人。そんな抜き方じゃ"叢雨丸"を扱えないのはお主が1番わかっておろうに」

「んな事わかってますよ!でもこれっ!ふんっ!力を抜いても!ん゛ーっ!ビクともしないんですよ!!」

 

 

ムラサメのため息を背後にしっかり聞きながら、より一層力を込めて引き抜く。ダメだ。これでは今はまでの観光客と何ら変わりない。

 

一度手を引き。荒れた呼吸を整える。

そう、今のは何かの間違いだ。なんせ10年振りに"叢雨丸"に触るのだ。感覚が無くなっていても何らおかしくない。

 

 

「ふーっ」

 

 

吸って、吐いて、吸って、吐いて。

何度か繰り返してようやく整ったところで、もう一度"叢雨丸"に手をかける。

心を無にしてゆっくりと──

 

 

「……っ!?んぬーっ!?」

 

 

 

それでも"叢雨丸"は抜けません。

 

 

 

「なんで抜けないんだ?」

「わからぬ。わからぬけど……」

「ムラサメ様はなにかお分かりで?」

「もしかするとじゃぞ?お主が10年も穂織を離れ、そして"叢雨丸"から離れた事で、所有者としての資格と効力を失ったのではなかろうか?」

 

 

なるほど、と俺は納得する。

 

 

「あるいは」

「まだ、なにか?」

「そうじゃの。可能性として考えうるのはお主の"叢雨丸"所有者としての権利は一時的なモノ(・・・・・・)であった、とか」

「……」

 

 

 

イマイチピンと来ない俺に、ムラサメがむーっと少し考える素振りを見せてから、

 

「お主が所有者になったきっかけは、まぁ忘れるわけないよな」

「それは忘れるわけありませんよ」

 

 

穂織の町に突如現れた"祟り神"を前に、窮地に追いやられた俺と、その時一緒に行動していた親しき幼馴染(・・・)

逃げ場を失い、その目の前に現れたのは"叢雨丸"だった。

 

 

「その時のお主の守りたい気持ちや怒り、様々な感情が"叢雨丸"を引き寄せた、かもしれないのう」

「ええと?つまりは?」

 

 

 

そう言われて尚、頭の回転が遅い俺に対し、ムラサメは眉をひそめて自信なさげに、いや。応えづらそうに続ける。

 

「つまりは、当時の爆発的な感情で"叢雨丸"は一時的に所有者として認めただけであって、正式な(・・・)所有者ではなかった……かもしれぬ」

「……」

 

 

俺は"叢雨丸"の所有者ではない?

一瞬、ムラサメが何を言っているのか理解できなかった。"叢雨丸"は所有者にならなければ扱うことは出来ない。その"叢雨丸"を、10年前に俺は手にし、"祟り神"を退治したことだってある。しかし今となっては扱うどころか、岩から引き抜くことさえままならない。

 

理解したくない現実に、嫌な汗が身体中から吹き出る。

一体何をしに穂織に戻ってきたのかわからなくなる。

 

 

「佳正」

「玄、十郎さん」

 

 

こういう時に限って、玄十郎の声には怒気が混じっているように聞こえるから困る。振り返ったらどうなるのか想像したくない。玄十郎の声が怖くて耳を塞ぎたくなる。

 

 

「抜けぬ、のか?」

「……すいません」

 

 

肩を落とすように、静かに玄十郎の息が漏れる音が聞こえる。

 

 

「気を落とすでないぞ元 ご主人。吾輩としてはお主が穂織に戻ってきたこと後何よりも嬉しいのじゃ」

「俺は、約束(・・)を果たすために戻ってきたんです。」

「約束……とな?」

「はい」

 

 

 

 

 

 

──約束

 

 

それは、穂織に住んでいた10年前。

幼馴染のある女の子(・・・・・)と離れる直前に交した約束。

俺が成長して、ケジメをつける決心をした時に、必ず果たすと誓った約束。

 

その時の彼女の残した笑みを決して忘れない。

なのに……

 

 

 

 

「っ」

「ご主人?!大丈夫か!?」

 

 

不意に視界がぐにゃりと歪み、立っていられずその場に跪いてしまう。

 

 

「佳正!」

 

 

あれほど怖く感じた玄十郎の声が遠く聞こえる。

ムラサメの声も正面から、背後から、或いは遠く離れたところから聞こえる。

 

 

 

 

 

わからない。

俺には何もわからないことが多すぎる。

"叢雨丸"は扱えない。それは、何も出来ない俺にとって致命的であり、更に窮地へ追い込まれる。

祖先の遺した遺産(・・)を扱えない俺は、この時点で本当に無能なんだと知らしめられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

───目を覚ました時、俺はどこかの天井を見上げていた。

 

 

 

 

 

頭が回らず、ボーっとしている。

しばらくして、俺は気を失い誰かに運ばれてここにいるんだと察した。誰が運んだのかは置いといて、俺はどこにいるのか把握するために、ゆっくり上半身を起こして辺りを見回す。

 

 

一言で纏めるなら、和。以上、解散。

ビジネスホテルとはかけ離れた畳貼りの床に、木材のテーブルに座布団、クローゼットにブラウン管テレビ。デジタルのこのご時世、繋がるのだろうかと少々不安が残るが、これはこれで良い雰囲気を放っている。

 

 

テレビの横にある襖。

その襖の左下にある小さな穴には見覚えがある……というより、その穴を開けた張本人がここにいる。

 

俺だ。

 

 

 

「ここ、爺さんの部屋か?」

 

 

つまりここは志那都荘か?

健実神社から、それなりに距離のあるここまで運ばれたことになる。

 

 

 

「ムラサメ様?」

 

 

彼女の名を呼ぶが、返事は全くない。

健実神社、というか"叢雨丸"の近くにいるのだろうか。

 

 

 

「あれ?起きた?」

 

 

 

ふと、襖の奥から若い女性の声が聞こえた。

どこかで聞いたことのあるような気がする声の主は、襖越しにシルエットを写す。

 

 

「襖、開けるね?」

「あ、はい。どうぞ」

 

 

 

 

静かに襖が開かれる。

淡いピンクの長髪を左右で束ね、お淑やかに黄色い着物を可憐に着こなしているお姉ちゃん感溢れる女性が入ってきた。

 

 

 

「玄十郎さんから帰ってきたぞ!って聞いた時は耳を疑ったけど。ホントに帰ってきたんだねマサ坊(・・・・)

「その呼び方……え?まさか?」

「そう、そのまさか」

 

 

 

穂織に住む女性で、俺のことを"マサ坊"と呼ぶ人は1人しか思い浮かばない。

 

 

 

 

 

馬庭(まにわ)芦花(ろか)、ここに見参!なんてね」

 

 

 

 

そう名乗る女性は、舌をぺろりと出しておどけてみせる。

俺の3つ上で幼い時によく遊んだり、色んなことを助けてくれた親しい仲の1人だ。ちなみにマサ坊というのは芦花独特の呼び名で、佳正(よしまさ)だから、マサ坊。

 

 

 

「やーやー。見ないうちに男前になっちゃって。すっかりイケメン顔じゃない」

「そういう芦花姉は綺麗な美人さんになっちゃって。弟は悲しいよ」

「む?なんで悲しいのかな?」

「廉太郎にしょっちゅう説教をしてた姉御肌な馬庭家の芦花様の姿が見えなくてねぇ。穂織の名物だったのに」

「姉御肌じゃありませんー。名物でもないですー。もー生意気になっちゃって、このこのー」

 

 

10年前が最後に会ったわけで、そうなると気まずくなるかなぁと当たりをつけてたわけだったが。このコミュ力お化けの芦花を前にするとそんな心配は杞憂に終わった。

 

 

「大丈夫?健実神社で倒れたって聞いたからお見舞いに来たんだけど。はいこれ」

 

 

そう言って差し出したのは袋に入れられたリンゴやみかん、スポーツドリンクなどなど。芦花は、俺の予想を遥かに超えたお姉さんへと成長していた。

 

 

「大丈夫、わざわざありがとう」

「熱でもあった?」

「いいや、そういうわけじゃないよ。長旅の疲れだと思う」

 

 

特に深く話す必要もなく、適当に誤魔化して差し入れを受け取る。

ずっしりとした重みがなんとなく心地よかった。

 

 

 

「あとから小春(こはる)ちゃんもお見舞いに来るって」

「小春?あぁ……」

 

 

小春とは、廉太郎の実の妹で一個下。

流石にそんなに見舞いは必要ないよ、と芦花に告げると、安静してなさいってピシャリと怒られた。

 

 

「なにか行動起こすのは明日からにしなさいって玄十郎さん言ってたよ。」

「いや、玄十郎さんには申し訳ないけど、今日中にやりたいことがあと一つあるんだ」

 

 

思い腰を上げ、うんと背伸びをする。

体調に問題は無い。気を失う前の記憶もちゃんとある。

あまり悠長に構えている暇はないが、"叢雨丸"が扱えない以上今のところ足踏み状態だ。

 

「とりあえず、戻ってきた挨拶くらいはして回りたいよ」

「なるほどね。じゃあ先にどこに行く?」

「先にー。玄十郎さんは?」

「玄十郎さんはまだ健実神社。あ、そうそう。部屋は布団だけ畳んでくれればそれでいいって」

 

 

事後処理とか、春祭りの準備で忙しいのだろう。

ここで寝かせてくれた感謝の意を込めて布団を綺麗に畳み、簡単なメモ書きをテーブルに置く。

 

 

 

「先に小春に会いに行こう。見舞いに来るって話だから元気なこと伝えておきたい」

 

 

 

 

アイツ(・・・)に会いたい気持ちを鎮める。

正直、なんて顔を見せればいいのかわからないら相手ナンバーワン。会いたい相手ナンバーワン。だからこそ、このモヤモヤした気持ちをとりあえずは外に投げておきたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小春ちゃんならバイトだよ」

「バイト?ここで?」

「なんかバカにしてるでしょ」

「してないよ。まぁ、そうか。今となっては観光地だし、人手不足だもんな」

 

 

志那都荘を出て、目的地に向かう途中の坂道で芦花はそう言う。俺の知ってる穂織と今の穂織は違う。ここでバイトができることに妙なギャップを感じてしまうのも致し方ない。許して欲しい。

 

「そうそう。ウチが甘味処やってるって覚えてる?」

「まぁ……?」

「そこでバイトしてるの。ちなみに私はそこで正社員として」

「正社員?あ、そうか。芦花姉は─」

 

──もう成人、と言いかけて口を閉じる。

なんとなくここから先の発言はNGな気がした。あと何故か芦花の後ろに白衣を着た女性がたっているような気がした。

 

年上、年齢の話は女性の前では禁句。今学んだ。

 

 

「甘味処、ウエイトレス的な仕事?」

「それもやっているけどね。経営を任されちゃってるの」

「甘味処で経営……原価を抑えろーとか、こういう顧客が増えてるからメニューを新しく立案しろーだとか、そういう?」

「まさにその通り」

 

 

ビシッと指を突き立てて自信満々に言う芦花

 

 

「最近はほら、国内だけじゃなくて海外からの観光客が増えてきてね。今までの和菓子だけだと厳しくてねー。色んなことわからないからお父さんに経営関係全部丸投げされちゃったの」

 

 

 

なるほど、と納得してしまう。

芦花の親父さん……話した回数こそ片手で数えられる程度だが、昔からよくいる職人魂ギラっギラの人だというのはよく印象に残っている。

 

今の世の中、経営者一人後からじゃ運営が上手く回らないから外部にアドバイスを仰ぐ人も多いらしい。そのくらい業界によっては競争が激しい。こんな小さな田舎町でもそういった競争があるのだと、実感した瞬間だった。

 

 

「じゃあ今は休憩?それともサボり?」

「まさか。お父さんからおつかい頼まれたの。それをさっきマサ坊に渡したよ」

 

 

つまりあれも業務の一環だったというのか?

その真意を聞くには少々勇気がいりそうだ。

 

 

 

「にしても小春かぁ……」

「なに?」

「いや、単にちっちゃい頃すげぇ懐かれてたの覚えてるから、向こうは何も覚えてないと気が楽だなーって」

「ははーん。さては照れちゃうんだね?」

 

 

ニヤニヤと小馬鹿にした笑みを浮かべる芦花にちょっとだけイラってしたので軽く小突く。

 

 

「そんなちゃちゃ入れるなって」

「ごめんごめん。あ、ほら。ここだよ」

 

 

 

芦花の足は田心屋(たごりや)という甘味処の前で止まる。

連れて俺の足も止まる。この昔から変わってない建物を見ると、タイムスリップしたような気がする。

 

「どうする?なにか軽く食べてく?」

「いや、お腹は空いてないし小春の顔を少し見るだけだから」

 

 

いや嘘。正直お腹はすいているが、残念ながら甘い物は得意な方ではない。昔どこかで食べた甘いスパゲティがトラウマとなり、以降食べられなくなってしまった過去がある。

 

そんな俺を知らずに、芦花は暖簾をくぐる。

しばらくして芦花より声の高い少女と思われる声が聞こえる。

 

 

が、中々店から出てこない。てっきり出てくるのかと思いきや、顔を見せない。どうしたもんかと店に近づいた時に、ぴょこりとドアの横から顔がでてきた。

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 

双方沈黙。

ピンク髪の幼顔の彼女が、小春だろうか?

声をかけようとして近づくとひょいっと隠れる。そして離れると顔を出す。

 

近づくと隠れ、離れると現れ、近づくと隠れ、離れると現れるを繰り返す。

子猫みたいで可愛いと思ってしまったのはヤバイ。

 

 

「……小春?」

「ひゃうっ!」

 

 

ビクリと反応して、観念したかのように出てきた少女は確かに10年前の面影を感じる。

 

 

「まさ、にぃ?」

「おう。まさにぃだ。久しぶり」

 

 

 

鞍馬小春。

さっきも言ったように廉太郎の弟で昔からの付き合いがある人物の一人。何故か廉太郎は嫌われているが、俺は好かれている自信がある。なんとまぁ無駄な自信。

 

「随分大きくなったね」

「え?そう?え、えへへ……」

 

俺に褒められた小春はたいそう嬉しそうにはにかんで、頬を染める。

一個下の割にはまぁ……色々ほにゃららなところはあるけれど、それが小春の魅力だろう。うん、これ以上はNGだ。

 

 

「芦花姉から聞いてたけどここでバイトしてるんだな」

「そうなの。高校生になってから始めたからまだまだ新米なんだけどね、やること多いから結構忙しいんだー」

 

 

甘味処のバイトとなると接客皿洗い掃除とかそのくらいだろうか。お菓子作りはもっぱら芦花の父さんだろうし。にしても芦花と小春がウエイトレス……2人の相違点は多々あれど、きっと人気になるだろう。

 

 

「今も?」

「まぁね。お姉ちゃんに代わってもらってるの。すぐに戻らなきゃ」

「なるほどな。今は10年振りに顔出しに来ただけだから、また後でゆっくり話そ?」

 

 

仕事の邪魔も良くない。

小春にそう告げると、若干寂しそうな顔を一瞬見せ、すぐに笑顔へと戻る。

そう言った我慢する立ち振る舞いは10年前となんにも変わっていなかった。

 

 

 

 

 

10年前の穂織と今の穂織。

俺たちはその10年間はお互いに空白で、それぞれの道を歩んで成長してきた。でも、俺や廉太郎、ムラサメに芦花、そして小春との絆は何一つ欠けてなくて、むしろ互いの再会を喜び合うことが出来た。

 

 

外部からは忌み嫌われる土地ではあるけれど、穂織は俺たちにとって……まぁ、出会いの酒場みたいなものだ。

 

 

出会いと別れと再会が混じり合うこの町で。

 

 

 

 

俺は、どんな道を歩いていくのだろうか。

 

 

 

 

 

 





こうして佳正は"叢雨丸"の所有権は失った。だけど、ただそれだけの事。まだまだ彼には、選択肢がまだある。

彼の選ぶ道は、吉と出るか凶と出るか……


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第三輪 ただいま

──俺には幼馴染がいる。

 

 

 

 

名は常陸(ひたち)茉子(まこ)という。彼女の家柄は忍者の末裔(まつえい)で、常陸家屈指の才覚を発揮し、名を穂織に知らしめた少女である。

 

俺と同い年でありながら数多もの忍術を習得し、常陸家に恥じぬように朝武家の護衛として幼少期から任についていた。

 

かく言う俺も実は、穂織の忍者の末裔であったりもする。

萩原と言えば、この地で昔から有名な忍者で、常陸家と並んで朝武家を護衛してきた一族である。

しかし、物心着いた頃には自分には忍者としての才能がない、と気付き内心彼女へ後ろめたさを感じていた。

 

田心屋から歩いて十数分。

たどり着いた一軒家を前に昔を思い出す。よく彼女と一緒に朝武家を支えていこうだとか、かっこいい忍者になるんだとか。そんな事を2人で言いながらそれぞれの親の背中を見て、憧れていた。

 

そして、差が開いていると気づくまでに時間はそうかからなかった。同じ時期同じ場所で、同じ忍術を教えて貰ってから会得までの時間と、そこから効かせる応用技術の差を見せる彼女がそれらを物語っていた。

 

どこで間違えたんだろう。どこがいけなかったのだろう。

考えたところで、彼女との差は埋まらない。俺が1つの技を全体の4割できた時には、彼女は二手三手先に進んでいる。だから俺は別の方法で追いつこうとした。玄十郎から剣道を教わり、剣の道を歩んでいこうと。それで少しでも茉子に近づきたかった。剣の道は悪くなかった。少なくとも忍術と違い才能はあるらしく、努力次第できっと茉子と並べると信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

母さんと父さんが、そんな俺を疎むようになった。忍者として才能が無く、挙句の果てには逃げて剣の道を歩むようになった俺はもはや末裔として出来損ないだ、と。

 

 

親から見向きもされず、幼馴染に置いてかれる意味の無い人生。

 

 

いつもそうだった。

 

俺という人間を認めてくれない両親が厭わしかった。

 

 

俺を置いていく彼女が厭わしかった。

 

 

 

その隣で、呆然と眺めて何も出来ない自分が嫌いだった。俺は、どう頑張ってもあそこ(茉子の隣)には追いつかない。いや、追うことすら許されないんだと。

 

…そう気付かされた。

 

 

だから、俺は逃げた。

あの10年前の穂織の乱で。

 

 

 

 

 

彼女、常陸茉子は。

俺にとって

 

 

 

 

 

 

──よき理解者でもあると同時に、不倶戴天(ふぐたいてん)の憎悪を持たせた幼馴染(・・・)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────第三輪 おかえり ────

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

──俺の名前は萩原(はぎわら)佳正(よしまさ)

 

 

この春都会を捨て、穂織に引っ越してきた高校生2年生。

今人生2番目のピンチを迎えている。

 

 

手汗の多さがそれを教えてくれる。

 

 

「どうしよう」

 

 

目の前の木材と鉄骨で作られていそうな一軒家。どこにでもある普通の二階建て。屋根は赤色壁は白色。だけどそれなりに年月が経っているから多少汚れている。そして家の前のポストにはくっきりと『 ひ た ち 』というこの家の持ち主の苗字が刻まれ、どこにも引っ越したりしていないことを明らかにしていた。

 

 

安心4割緊張6割。

 

 

「助けて……」

 

 

ここで復習

穂織に戻ってきた理由は2つある。

1つ目は"叢雨丸"の所有者に戻り、ムラサメと共に穂織を"祟り神"の呪いから解き放つ。こちらがメインの目的ではあったが、穂織初日の数時間で呆気なく不達成となった。

では2つ目。こちらは幼馴染──詰まるところ、常陸茉子に再開し10年前の約束(・・)を果たすこと。

 

とはいえこの2つの目的は繋がっているため、1つ目の目的が不達成となるとこちらも達成できるかどうか怪しい現状。

 

とりあえず、再開する為に彼女の家を訪れたわけだが……

 

 

「帰りたい」

 

 

俺は今、非常に緊張している。

幼馴染とはいえ10年も音信不通だったのだから彼女の方が覚えてなかったり、他人行儀みたいなことされたらたまったもんじゃない。きっと俺らの関係は冷えきっていない、こんな簡単に終わらないと信じたい。

 

 

だけど、

 

「それでも不安なんだよなぁ。ちくしょ」

 

 

 

小さく愚痴る。

俺は逃げられない。もう散々逃げてきたんだから、これからは真っ当に生きようよ。そう自分に言い聞かせ、常陸家のインターホンを鳴らそうと──

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

ふと、家の中からドタドタと忙しない足音が聞こえる。続いて聞こえるのはあの懐かしげな声。それがどんどん近づいてくる気がする。

 

そして、急に開かれる玄関の扉が俺の顔面に。

 

 

 

 

「ふぎゃっ!!!」

「えぇ!?な、なに?」

 

 

 

 

ゴインッと痛快な音は、俺と扉がちゅっちゅした効果音だった。

接触した勢いに飲まれて俺は尻もちをつく。

 

 

 

「大丈夫ですか?!」

 

 

 

ドアを開けた張本人が駆け寄ってきて手を差し伸べる。

おでこが若干ジンジンする程度でそんな慌てることでもない。とはいえ、ゆっくり開けなかった恨みも込めて、

 

 

 

「いってて……相変わらず慌ただしいな君は」

 

 

10年振りで、相手が覚えてるかすら怪しいけれど、俺なりの気遣い込で冗談交じりにぼやく。

 

「久しぶり、茉子でしょ?」

「え……?」

 

 

最初のリアクションは「誰こいつ」みたいなリアクション。

当然といえば当然のリアクションだから、あまり残念がらず立ち上がりながら尻についた汚れを払う。

 

「昔、一緒に山奥に川釣り行って帰れなくなってさ。"祟り神"に襲われかけたあの日が懐かしいよ」

「……はぇ?え?」

 

 

徐々に顔は驚きに満ち溢れ、指を俺に差し向けながらようやく口にする。

その表情を見ただけでも、ここに来た意味はあったと思う。

 

 

「……よし、まさ?」

「おう、佳正だ。ただいま、茉子」

「えぇぇぇぇっ!?なんで、ここに?!」

 

多分玄十郎から何も聞かされてなかったのだろう。

 

 

 

 

「茉子に謝りたくて戻ってきた」

「謝るってなにを?」

「10年前の事を」

 

 

それを聞いてようやく思い当たる節があるように「あー」と反応を見せる。

 

 

──10年振りの幼馴染を前に平静でいるように見えるが内心心臓バクバクである。

 

たかが10年されど10年。

昔は、言ってしまえば年相応の少女であったが、背が伸び体全体的に丸みを帯びていて女性の雰囲気をしっかり醸し出している。髪も昔と変わらずショートで揃えていて、黄色いヘアバンドが茉子のトレンドマークになっている。

胸も昔と天と地の差。今は……何カップだろうか。

 

 

「別にいいよに。あれは玄十郎さんが決めたことなんだから」

「そうだけど。ヘタレって思ったんじゃない?」

「あはー?もしかして、ワタシに情けない男って思われるの嫌だった?」

「むっぐぅ。相変わらず痛いところ突くなよ」

 

 

この笑みも昔から何も変わってなくて、おかげで緊張が和らいだ。

 

「あーっ!ちょっと時間!!」

「なんか、急ぎの用事?」

「そう!今から買い出し行って芳乃(よしの)様と安晴さんの夕飯準備しないと!」

 

 

懐かしい名を聞いて少しばかり胸がぎゅっとしまる。

芳乃と聞けば、かの朝武家の長女しか思い浮かばない。昔と変わらず、茉子は芳乃にぴったりついてお世話しているようだ。

 

 

「じゃあ、落ち着いたらゆっくり話そうか」

「え?一緒に行かないの?」

 

忙しそうだし、こっちに引っ越してきた以上いつでも話はできる。

そう思い邪魔にならないように退散しようとした矢先に、茉子はさも当然のようにそう投げかける。

 

「行ってもいいけど、邪魔にならん?俺何も出来──」

 

言いかけて、やめる。

虚しさが途端に胸いっぱいに広がる。

 

「久しぶりに芳乃様に挨拶したら?芳乃様も心配してたよ?」

 

何を言おうとしたのか察した茉子は、ちょっぴり呆れ顔で、だけど何故か嬉しそうに(・・・・・)誘う。

 

「なんでそんな嬉しそうなの?」

「んー?さぁて、なんででしょうね」

 

それでもやっぱり嬉しそうに微笑む。

昔から彼女の笑う顔が好きで、それが何も変わってなくて俺自身も嬉しくなる。大人びても、茉子は茉子だ。それだけでここに来た価値はあったのかもしれない。

 

「まぁいいや。飯くらいなら作れるぞ」

「え?じゃあ手伝ってもらおっかなー」

 

茉子の浮かれた足取りに、俺もついて行く。

今にもスキップし出しそうな軽やかさは、俺が来たことへの歓喜の表れなのだろうか?それとも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

 

「……おい」

「なにか?」

 

 

 

 

買い物を終え、健実神社に戻る途中。

俺の前を軽やかにスキップしながら歩く茉子に恨みの言葉をなげかける。

 

 

「俺さ、まだ暮らす家の整理とか終わってないの。てか、まだ向かってすらいないのよ」

「それがどうかしたー?」

「これから引越し時並に筋肉使うわけ!!」

 

 

俺がここに来るにあたって手荷物で持参したものはショルダーバッグのみ。

それ以外は引越しの業者に全て頼んである。

これからどうせ荷物広げたり棚とか移動したりでくそ疲れる事するというのに、目の前のくノ一はというと。

 

 

 

「だから!!!こんな両手いっぱいの袋を俺だけに持たせるって!!なにこれ新手のいじめ!?」

「佳正は男性ですからねー、これくらいは持てると思いましてー」

「茉子は仮にも忍者だろうが!!もしかすると俺より筋肉あるんじゃ──」

 

 

 

 

瞬間、茉子の表情に闇が広がる。

 

 

 

「なにか言いました?」

 

 

 

パッと見、満面の笑み。

曇りひとつない完璧で可愛い可愛い茉子の笑顔がそこにある。だけど、オーラは黒そのものを漂わせ、これ以上口を開いたらクナイとか手裏剣とか、はたまた撒菱(まきびし)とか飛んできそうな気がするから怖い。

 

 

 

「あ、はい。いえ……なんでもござりません」

「あはー。ワタシか弱い女の子だから、がっしりした佳正がいてくれてほんと助かるわー」

「……はい、そうっすね」

 

 

 

昔から変わってないのは性格もだった。

まぁ、正直なところこのやり取りが久々だというのもあって、嫌じゃないと感じてるのもまた事実。決してマゾではないが、今だけはそう思う。

 

「芳乃様は、元気?」

「そりゃもちろん元気元気!まぁ、巫女姫を引き継いでからは毎日舞の練習や奉納したりして忙しそうにはしてるんだけど、体調崩したことは1度もないよ」

 

 

やはりか、と。

朝武家の女性は代々穂織の巫女姫として伝承してきて、芳乃の前の巫女姫──つまりは母上である秋穂(あきほ)が亡くなった時点で芳乃が巫女姫になる事は明確だった。

 

彼女は生真面目で責任感が強い事から、逃げずに間違いなく役目を全うするだろうも思ってはいたが。

 

 

「まぁ、宿命だからな」

「あ、今日の御夕飯は芳乃様希望でお魚だよ」

「ほーん」

 

 

 

いきなり夕飯の話を振られても俺には関係ないので適当に流す。

健実神社まであと数分といったところか。果たして俺の筋力体力保つだろうか?なんてことを考えてると、茉子がこちらに振り向いてきて───また意地悪な笑みをニタリと浮かべる。

 

 

 

 

瞬間、俺は察した。

 

 

 

 

 

 

「佳正も今日は一緒にご飯食べよ?」

「断る」

「よ・し・ま・さ・く・ん?」

「……」

 

 

 

目が全く笑ってくれず、視線ばかり逸らす。

昔から茉子の尻に敷かれていた感は否めないが、歳を重ね、茉子はより磨きをかけたようだ。

 

 

「……」

「なんでしょうか」

「ま、茉子は──」

 

 

 

──茉子は、気にしてないのだろうか

 

 

そう言いかけて、また言い留まる。

聞きたいことが沢山ある。伝えなきゃいけないことが沢山ある。なのに聞いて、茉子の気持ちを知るのが怖すぎて何も出来ない。

 

 

「……」

「……」

 

 

何かを言いかけた俺を見て、なにか考え込むように眉をしかめ、あご下に手を当てる。

 

 

「あのさ」

「な、なんだよ」

「ワタシはね、もう気にしてない(・・・・・・・・)んだよ」

 

 

 

 

 

俺はその言葉を聞いた時、どんな顔をしていただろうか。

茉子は、そう簡単に受け入れることができるのだろうか。

気にしていない。それはつまり俺が10年前に逃げ出したことを許す、という意訳になる。それはたとえ、俺の身の安全のことを考えて玄十郎が逃がしてくれたとはいえ、茉子同様残る選択肢もあったのだ。

 

 

「ワタシはね、怖いことがあるんだ」

「な、なんだよ急に。高いところに登ることだろ?」

「に゛ゃぁっ!?違うって!!いや違くないけどそうじゃないけど!!」

 

 

 

 

一瞬どこか地平線の彼方の、なんとかプロダクションってところのアイドルの叫び声が聞こえた気がしたけど多分知らないコンテンツだと思うし、気のせいだろう。

 

 

 

「ワタシが怖いのは、まぁ確かに高いところもそうなんだけど。そんなことじゃなくて。ワタシにとっていちばん怖いのは二度と佳正と話が出来なくなること(・・・・・・・・・・・・・・)なんだよ」

「二度と……」

 

 

 

それはつまり、死を意味している。

彼女は遠回しにそう言っている。

 

 

 

「生きていればね、離れ離れになったとしてもどこかできっと再会できるから。生きていれば佳正を思う事でとても幸せな気持ちになれるし、次会うことが楽しみになるし、学校でどんなふうに過ごしてるのかなーって考えることも出来る。ワタシは佳正のお姉ちゃんだからね、お姉ちゃんは見えないところでの弟の学生生活がひじょーに!心配だったのです 」

 

 

 

佳正の姉、という点については些か疑問はあるものの、きっとそれが俺に対しての気遣いなのだろう。

茉子は人の気持ちを理解して、支えることが出来る優しい女の子だ。一見誰にでもやろうと思えばできそうな事だけど、実はそう容易くない。

 

多分きっと、俺がどんな気持ちで茉子の前に立っているのか彼女自身察しているんだと思う。だからこそ、彼女のユーモア溢れる気遣いが嬉しい。

 

 

 

 

「だからね。こうして佳正が戻ってきたのは嬉しいよ」

「……逃げ出して、怒ってないのか?」

 

 

 

するとまた茉子はニタリと意地悪な笑みを浮かべて、

 

 

 

「そうだねぇ。こんなか弱いから女の子を放ったらかしにして自分だけ逃げ出したこと腰抜けな佳正にはきつーいおしおきが必要かなーと」

「うっぐぅ。刺さる……事実だから否定できねぇしそれが尚更深く心に刺さる」

「だからね。とりあえずおしおきは後回しにして……はい」

 

 

 

 

そう言うか茉子は、手持ち無沙汰の両手を前に広げる。

それが何を意味しているのかわからない。荷物持つよーの意味だと勘違いした俺は、少し軽めの肉とか卵の入っているエコバッグを差し出す。

 

 

「違うそうじゃないよ」

「え?なにさ」

「だから……ん」

 

 

 

 

 

 

荷物を拒否した茉子はもう一度両手を広げて───まるで、抱きしめてあげるからここに来なさい、と言わんばかりの顔をしていた。

 

 

 

 

 

「……え?いや、マジ?」

「大真面目。昔沢山してあげたでしょ?」

「いやだからと言って、そんなこと」

「あはー。恥ずかしいの?」

「な゛ぁっ!?は、恥ずかしくねぇわ!いいだろう受けて立つわこんにゃろ!!」

 

 

受けて立つ、と言った割に女の子に抱きしめられると思うだけで悶え苦しみそうな予感。確かに幼少期はたくさん抱きしめられてもらっていたが、この歳になると流石に羞恥心で抵抗してしまうに決まってる。

 

なんて考えながら足は確かに前へ進み、気がつけば両手にバックを持ちながら、茉子に抱きしめられていた。

 

 

 

 

「よしよし、今まで辛かったね。頑張った頑張った」

「辛くなんか、ねぇよ。俺は頑張ってない」

「ううん。沢山辛い思いしてきたんだよ。ワタシには佳正の気持ち、わかるよ」

「……」

 

 

 

 

俺の気持ちがわかるなんて、そんなわけない。

俺は茉子を憎んでるなんて、絶対わからない。

 

 

 

でも、それでもこうして抱きしめられる感覚は好きで、本当は茉子の事を恨んでないんじゃないかと思ってしまう。

 

「自分には忍者としての才能がないってわかってから、私を避けてるの気づいてるんだ。それでも私の事心配してくれて、ちゃんと約束を果たす為にこうして戻ってきてくれた。佳正は立派な男の子になった。嬉しいよ」

 

 

 

俺は茉子を抱きしめ返すことが出来ない。両手がふさがっているというのもあるけれど、今ここで茉子を抱きしめる権利は俺にはない。

茉子を抱きしめるその日はきっと───

 

 

 

「なぁ茉子」

「なにか?」

「俺さ、またやり直せるか?」

「まず決めるそしてやり通す。それが何かを成す時の唯一の方法だって、昔の偉人は言ってた」

「……?」

「佳正は、ここに戻ってきた。それはつまり決めた事があるんでしょ?」

「あぁ、もちろん」

「なら大丈夫。佳正はちゃんとできるよ」

 

 

 

 

ぎゅっと抱きしめてた両手を少し離し、俺の目を見据えてそう告げる。

佳正はできる、と確信を持ってそう言う彼女の力強さに後押しされた気がした。

 

 

 

──あぁ。俺はまだ、ここにいていいんだ

 

 

 

どこで落ち着かせたらいいのかわからない俺の感情。

 

なんでも出来て、優しくて、人の気持ちを理解できる自慢の幼馴染、常陸茉子。彼女に向ける感情は人として幼馴染としての愛情(・・)

 

忍者として才覚を発揮し、俺の先々を進み越えていく煩わしい幼馴染、常陸茉子。彼女に向ける感情は人として幼馴染としての憎悪(・・)

 

 

 

 

 

「なぁ茉子」

「なにか?」

 

 

 

 

きっと俺は、今度こそ正しい答えが見つけられるんじゃないかと思う。

俺には出来ないことだらけで、可能性の"叢雨丸"を所持できず手ぶらなままだけど。無力には無力なりの穂織と、茉子を守れる力がきっとあるんじゃないか。

根拠はないけど、そう思えた。

 

だから、

 

 

 

 

 

「ただいま、茉子」

 

 

 

 

俺は、茉子に対して憎悪の感情を持ちたくない。

何も後ろめたい気持ちも持たずに、彼女の隣を歩んでいきたい。

そう願って俺は、ここでの最初の1歩をようやく踏み込むことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり!佳正」

 

 

 

 

 

 

 

 

約束───2人で並んで、穂織の星空を見ること。

 

 

 

 

 

 

それを叶えるために、俺は、俺自身のやり方で戦っていきたい。

 

 

 

 

 

そう強く願って……

 

 

 

 




─別視点─




「……あいつら、こんな昼間っから何してんだ」

黒い甚平を羽織う茶髪の少年は、黒髪アホ毛少女と暗い緑髪の新住人が抱き合っている──正確には、女の子が一方的に抱きしめている光景を遠くから冷たい眼差しで眺めていた。

「なーんだ。結局は女気あるじゃねぇかよ。ちえー、俺の先を行きやがって」


とはいえ、茶髪の少年の方が女性経験豊富なのは言うまでもない。


「こりゃ学校で噂になるなぁ。俺が広めてやろう。あ、そこの綺麗なおねーさーん!!」




こうして平穏な一日が過ぎていく。



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第四輪 羊羹を返して

健実神社に到着した御一行

 

 

 

 

「ごめんくださーい!」

 

 

第一声茉子の声に少々どきりと心臓が鳴る。

その声に反応して、奥からのそのそと現れたのは背丈の高い細めの男性。

健実神社の神主、朝武安晴(やすはる)とは彼のことだ。

 

 

「随分早かったね茉子ちゃん」

「いえいえ。芳乃様は?」

「芳乃は今舞の練習してるはずだよ 」

 

安晴は芳乃の実父で、今は亡き秋穂の夫である。元々秋穂とは幼馴染の関係だったらしく、長い年月をかけて交際に至り、よく昔は秋穂との惚気話を聞かされていたものだ。

 

「おや?君は……」

「ご無沙汰しております、安晴さん」

「お、おぉーっ!もしかして佳正くんかい!?いやー懐かしいねぇ!」

 

一件のほほんとしていてマイペースそうな見た目をしているが、陽気という言葉が良く似合う男性で、そこにアルコールが入るとさらに陽気になる。まさに陽気という言葉は彼のためにあるようなものだ。

 

嬉しそうな声のトーンをしているが、目が細いのでよくわからない。俺が誰だかわかった安晴は、その目の細さのまま握手を求めてきた。買った食材を片方茉子に渡し、その握手に応える。

 

「何年も顔を出さずにいてしまい、大変申し訳ございませんでした」

「いいんだよそんなことは。君が元気に過ごしていて何よりだよ」

 

 

玄十郎や茉子の時もそうだったが、どうして俺が元気に過ごしていることをそんなにも喜んでくれるのだろうか。それもやはり茉子が言ってた次会うことが楽しみうんぬんとかに繋がるのだろうか?

 

 

「それではお2人にも積もる話があるかもしれませんし、ワタシは台所お借りしますね、安晴さん」

「どうぞ好きに使って。いつもすまないね」

「いいんですよ。ワタシも好きでやってますから」

 

茉子は、俺からもう片方の袋を受け取ると、慣れた所作で靴を揃えて家にあがる。

 

 

「あぁ待てよ茉子。手伝ってってさっき言っててだろ」

「いいよいいよ、手伝いはまたいつかで。今日は来たばかりなんだし、ゆっくりしたら?」

「だけど」

「まぁここでワタシの言うセリフじゃないんだけどね」

 

 

 

そう言う茉子に置いてかれた2人はしばし沈黙が続き、気まずくなった安晴が先に口を開く。

 

「とりあえず、中に上がって。お茶でも淹れようか」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 

安晴の勧めから、俺は靴を茉子の隣に置き、「お邪魔します」と一声かけて中に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────第四輪 羊羹を返して ────

 

 

 

 

 

居間でテーブルを挟んで男ふたりは黙りを決め込む。

なんだろう、この妙な緊張感は。安晴には陽気でいてもらいたいのだが、彼が無口だとこれまたしんどい。

テーブルの上には安晴が淹れてくれた緑茶が置いてあり、そこには俺の顔が映っている。どこにでもいるごく普通の容姿をしてると思う。

 

 

 

「……」

「……」

 

 

キッチンからはリズミカルに何かを切る音と、火にかけられた鍋がグツグツと煮込まれている音が聞こえる。

他にも壁にかけられた鳩時計がチクタクと時を刻んでいるかと思えば、急に鳩が鳴き出す。今は17時30分のようだ。

 

穂織に到着したのが大体1時半を過ぎてたから、まぁそれなりに時間が経っているようだ。とはいえ2時間近くも気絶していたもんだから、正直時間が経っている感覚がまるでない。

 

 

 

 

 

「ど」

 

 

先に静寂を打ち破ったのは安晴。

 

「どうだい?向こうの暮らしは」

「まぁぼちぼちですかね。都会だったらまた違ったかもしれませんけど、ここ(穂織)と変わらないですかね」

「そうなんだ」

「温泉があるかないか、外国人がいるかいないくらいの差です」

 

 

 

他にもいろいろ違う点、というか面白い点はある。

例えば、小学生の時には学校の授業で田植えを習い、秋になると収穫して自分達で食すという一連の流れがあった。

 

例えば、地元で親しまれている製氷アイスの"もも〇郎アイス"というものがあるが、名前にももが使われているのに桃味ではなく、りんご果汁のイチゴ味という摩訶不思議がアイスがあった。彼らは何も疑問に思わず当たり前のように頬張っているのだから面白い。

 

天候も穂織と違い、冬の季節には雷雨が起こり、天候が荒れるという事態にもなる。日本海側だからだろうか。

 

 

などなど上げればきりがない奇想天外な面を持った地域に俺は住んでいた。

 

 

 

 

「茉子にも聞いたんですけど、芳乃様はあれからどうですか?」

「芳乃?あぁ、今は元気に過ごしてるよ。お母さんが亡くなってすぐは塞ぎ込んで泣いてた時期もあったんだけどね。次第に落ち着きを取り戻してからは、毎日巫女として頑張ってると思う」

「なら、いいんですけど……こんなことを言うのも変なんですけど、向こうで過ごして間も気にしてて」

「その気持ちだけでも十分だよ。佳正くんも佳正くんで、辛かったからね」

 

 

 

 

 

少しぬるくなったお茶を啜る。

俺に続いて安晴も湯のみを手にする。

 

「さっき、玄十郎さんから聞いたんだけど……"叢雨丸"を抜けなかったんだって」

 

落ち着いた感情がドキリと大きく跳ねる。

 

「えぇ、抜けなかったです。」

「そうか……どういうことなんだろう」

「俺、ずっと気になってたんですけど、"叢雨丸"を扱える条件ってなんだったんですかね」

「んー」

 

 

そう質問する俺に対し、安晴は目を細めたまま、眉をひそめて考え込む。

 

 

「実はよくわかってないんだ」

「よくわかってない?どういうことですか?」

「"叢雨丸"を佳正くんの前に使った人物は歴史上ではただ1人。それは当の昔の人。"叢雨丸"が作られた時代の人なんだ」

「あーなるほど?」

 

 

その説明にイマイチピンと来てないので追加説明を求める。

 

「そのつまりは、前例が少ない上に条件の書物がないんだよ」

 

 

前例がない、書物がない。

俺の前の所有者は"叢雨丸"が作られた時代の人となると何百年も昔になる。なるほど、わからないわけだ。

 

 

「だから、穂織のイベントとして、観光客に"叢雨丸"を抜いてもらおうって話になったんだよ」

「あーだからなんですね。でも、その肝心の"叢雨丸"を抜く人物が現れないから、情報が集められない、と?」

「まぁそういうことになるね」

 

 

 

 

 

まだまだ謎大き"叢雨丸"。

俺と安晴は同時にため息をこぼす。多少なりともわかる事があれば、なんて期待は鎮座した。

 

 

 

「何を落ち込んでいるのですか?」

「茉子……。いや、人生なかなか上手くいかないなーって嘆いてた」

「ふーん?あ、そういえばお母さんからこれ貰ったんですよ。良ければみんなでーって」

 

 

台所から顔を出したエプロン姿の茉子は、細長い紙袋をテーブルの上に置く。丁寧に紙袋を剥がすと、中には『美味しい羊羹』と明記されている箱が現れた。

 

 

「羊羹?」

「そう、羊羹。もしかして初めて?」

「あぁうん。見たこと聞いたことはあるけど、食べたことは多分ないな」

 

 

 

 

羊羹は、名前はもちろん見た事はある。

高校時代の学祭のイベント打ち上げの時に、買い出し頼まれた際のメモに羊羹が何故かリストアップされていて、ショッピングモールで購入した。結局皆が食いあさって俺自身が食べることはなかったが。

 

 

「食べてみたら?」

「あぁ、じゃあお言葉に甘えて」

 

 

箱を開け、事前に等分された羊羹を1切れ口に運ぶ。しっとりもっちりした食感で餡子の甘さがしっかり引き出ていて、だけどその甘さが強すぎることなく控えめで食べやすい。

 

 

「……羊羹美味いな」

「でしょ?結構良いところのお店なんだって」

「ふーん」

 

 

気がつけば2切れ目に手を伸ばしていた。そんな姿を見た安晴も、「僕も一切れ」と言って手を伸ばす。

 

 

「あ、ほんとだ。これは美味しい」

 

 

安晴が感嘆の声を中、俺は3つ目に手を伸ばす。

止まらない。止めることが出来ない。どうして今まで羊羹を食べようと思ってこなかったの疑問に思うくらい手と口が進む。3つ目をもぐもぐと頬張り、空いた手で湯呑みをもつ。飲み込んですぐにお茶を啜る。

甘いお菓子とちょっと渋めの緑茶の相性が抜群で、思わず喉がなる。

 

 

 

「気に入ってくれた?」

「あぁ、めちゃくちゃ気に入った」

「なら出してよかった。じゃあ私も1切れ」

 

 

既に半分が無くなってるけれど、気にせず4切れ目。この後夕飯があるけれどそんなものは知らない。今このお菓子を食べないと後悔するような気がしてきた。

 

「てか、茉子のお母さんこれどこで買ったんだろうな。穂織に羊羹売ってる店あるの?」

「穂織にはたくさん甘味処あるから、見て回ればあるんじゃないかな。でも、見た事ない店の名前だったから多分穂織には無い店の羊羹だと思うよ」

「ふーん」

 

 

何気に安晴も気に入ったらし2切れ目に手を伸ばしている。俺は残された最後の1切れ手を伸ばす。止められない止まらないまるで某なんとかエビせんみたいなノリで手が進んでしまうから困る。後で通販で調べてみようと心に決めた。

 

「あー待って佳正。せめて1切れは芳乃様に──ってもう遅かった」

「え?」

 

 

何か茉子が言いかけた時には既に最後の1切れに齧り付いてた。

何故芳乃の名前がここで?なんて思いながら咀嚼は止めない。

 

もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ────と。

 

 

 

「……ごくっ。え?なに?芳乃様が、なんだって?」

「いやぁ、芳乃様甘い物大好きだから残しておかないとーって思ったんだけど」

「……」

 

 

せっかく体が羊羹の美味さで温まったというのに、急に背筋が寒くなってしまった。もっと早く行って欲しかったよ茉子……。

 

 

「ま、まぁ?芳乃には内緒にしておけば大丈夫だよ」

「でも今日持ってくるって芳乃様に言っちゃいましたよ?」

「……あー」

 

安晴は羊羹のあった紙トレイと俺を交互に見比べ、最後はしっかりと目を逸らした。

 

「僕は2切れしか食べてないからね?」

「いや逃げようとしないでくださいよちょっとどこ行くんです?ねぇ安晴さん逃げないでくださいっておいコラ」

 

静かに残りの茶を飲んで静かに音を立てずに立ち去る安晴。

全ての責任を俺に押し付けて安晴は消え去った。確かに八割を胃袋に収めた俺が責任を負うべきなんだろう。だけど芳乃の分を残すともっと早く言ってくれれば流石に止めたし、寧ろ2人は俺が頬張る姿を黙って見ていやがった。つまり2人にも責任はある。よってドロー。

 

「いや何がドローだよ」

「なに?」

「いやなんでもない。で、どうしよう」

「どうしようって言われてもね。間違いなくバレるよ?」

「助けて茉子姫様」

「頭が高いよ。というか巫女姫様みたいなノリで言わないで」

 

俺の渾身の震え声を無視してさっさと片付けてしまう茉子。

全くフォローする気なくて、俺達の絆はどこいったんだろうと悲しくなってきた。

 

 

「茉子助けてくれよ俺達の仲だろ?」

「ワタシ知りませーん」

「茉子はこんなに困ってる幼馴染を助けてくれる優しい女の子だって信じてる!」

「……」

 

 

しっかりキメ顔でそう告げる。ピクリと反応した茉子がゆっくりコチラを見る。どうやら心が揺れたようだ。そして茉子は──

 

 

「そんな羊羹を口の周りにつけてキメ顔で言われましてもねー」

「なぬっ!?俺とした事が!」

 

急に恥ずかしくなり口元を拭う。せっかく絶対心に響く(気がする)言葉を投げかけてやったというのにこうも決まらないとは。空振りした気分だ。

 

 

その時、玄関からガラガラと開く音が聞こえる。

安晴が戻ってきたのだろうか、なんて考えたけど襖の前に立つ人影が明らかに安晴のモノではなかった。大体160ちょいで女の子っぽいシルエットだ。

 

「あはー。がんばって佳正」

「お、おい──」

 

 

 

そして開かれる襖。

 

 

「ただいま茉子。玄関に知らない靴あったんだけど誰かお客様が──」

 

 

 

俺と目が合い、女の子の声が止まる。

昔と変わらない朝武芳乃が目の前にいた。白と赤の巫女服に真っ白で艶のある髪と小さな顔で落ち着きのある雰囲気は昔と変わらない。きっとその巫女服は母である秋穂からの譲り受けだろう。

 

茉子もそうだったが、昔と比べてやたら胸の成長が素晴らしく、頑張って視線をずらすも視界の隅では胸に注目がいってしまう。男の性だ、許してください。

 

 

「どちら、さま……?」

 

どうやら俺だと認識できないようで、軽く会釈するも困惑した顔は隠せていない。

 

「貴女こそ、どちら様ですか?」

 

なので俺もボケる。でないと罪悪感で押し潰されてちゃんと会話ができない気がする。出だしはボケる。それでいい。

 

「お疲れ様です芳乃様」

「茉子もいつもありがとう。ところでこちらの男性は?」

「ご存知ないですか?」

 

 

俺の意図を組んで、あえて知らないフリをする茉子は流石だ。

これ絶対萩原佳正って言う流れだろ。

 

 

 

 

「この方は、昨日芳乃様に持っていくはずだった羊羹を1人で全部食べてしまった、10年前ワタシ達と仲良くしてた萩原佳正くんです」

「うんうん──って茉子!?おっま何言ってんだよ!!」

「事実だよ」

「だからって言わなくてもいいだろ!?予想外すぎるよ!」

 

流石我が幼馴染常陸茉子。

予想出来ないことを平気でやってくれるから対応するのが大変だ。

 

「萩原、佳正?」

「……」

 

せっかくのボケが潰えたので、俺は観念して芳乃の前に跪く。

さっきみたいに俺と芳乃は友人関係のようなやり取りができる関係ではない。本来、芳乃と俺は主従の関係。それは茉子も同じだ。

 

「長らくの間音信不通で御無沙汰となってしまい申し訳ございませんでした。萩原佳正、本日より穂織に戻った旨の挨拶に参りました」

「……あの、佳正君?」

「あの佳正です」

 

 

芳乃は一体俺の事をどう見ているのだろうか。

やはり、秋穂の件やあの場で逃げた事に対して俺に憤りを感じてはいるはずだ。

 

「……」

「……」

 

だからきっと俺の事を追い出すだろうし、茉子に近づくなとか言いそうだ。言われても文句は言えない立場なのだ。

この静寂が長く感じる。1分が1時間、2分が2時間とさえ感じる。この静寂が途切れた時が、俺の判決なのだろう。

 

「……」

「そんなに畏まらなくていいんですよ。畏まられた時、ホントに佳正君なのか疑ってしまいました」

「ですが、俺は」

「どうして佳正君が責任を感じているんです?」

 

 

芳乃の問いの真意がわからない。

責任の有無なんて、逆にどうして質問してくるのか質問したい。当たり前の事なのに、さも感じる必要は無いと言いたげな表情をする。

 

「当たり前です。俺がしっかりしていれば、あんな事にはならなかったんです。それは芳乃様もおわかりのはずです」

「わかりません」

 

ピシャリ、と彼女は即答した。

 

「私も茉子も貴方も、10年前は小学生です。どうしてまだ右も左も分からない幼少期の貴方が全部の責任を背負わなければならないのですか?」

「それは……」

「お母さんが亡くなってしまったことも、"祟り神"に穂織が襲われた事も決して佳正君の責任ではありません。起こるべくして起こってしまったものです。その事に佳正君を責めた事は、私は1度もありません」

「芳乃、様」

 

真面目な声で芳乃は断言する。

芳乃も茉子も、俺は悪くない、責任を負う必要は無いと言ってくれた。同情で言ってる様子もなく、自分を責めることはなかった。

 

だけど、俺は頑固者だ。あんなに救いの手を差し伸べられても素直に受け取れずにいる。2人を信用していない訳では無い。むしろあの瞬間の茉子の言葉や今の芳乃の背中を押す言葉も、俺の心にしっかりと届いている。

10年前と違って、俺には俺のやり方で戦う道がある気がしてきてる。だけど、それでもやはり背負っていないと足元をすくわれそうな不安が残っている。

 

 

「ありがとう、ございます」

「でも、あまり無理はしないでくださいね。茉子も。これは私達朝武家の問題ですから」

「まーだそんな事仰いますか芳乃様は。もっとワタシや佳正を頼ってください」

 

 

朝武家の問題、朝武家の問題、無理はしないで。

昔となんも変わらない責任感の強さは相変わらずでちょっと笑ってしまった。

 

 

「でも」

「ん?」

 

 

途端、声色が一瞬にして変わった。色で例えるなら白から黒に。

そして俺は悟った。10年前の事は許してもらえても、許して貰えない事案がある事を。

 

 

「さっき茉子が言ってた羊羹を1人で(・・・・・・)食べたという話を詳しく教えて貰えませんか?」

「えっと、あの……」

 

擬音でいうならゴゴゴゴっと音がなっている気がする。間違いない。

これは10年前のことに対してはホントに怒っていない。でも、羊羹を全部食べたことに対してはめちゃくちゃキレていらっしゃる。

 

「よ、芳乃様は甘いものが大好きでしたっけ?」

「そうだよ。芳乃様は甘々なスイーツ大好きだから、怒ると怖いよー」

「茉子」

「はい申し訳ございません。口を慎みます」

 

まさかあの茉子を名前を呼んだだけで黙らせるとは。

余程芳乃のブチ切れが恐ろしいものだとうかがえる。

 

 

「まさか芳乃様が甘い物が好きだったとは露知らず、いや忘れておりまして……美味しかったものですからつい手が進んでしまいました」

「そうですか。では、私の分はどこにあるのでしょうか」

「ですから、俺の胃袋の中にしっかり収めてあります」

 

 

芳乃の声がどんどんドスの利かせた声色へと変貌する。

怖過ぎて余計な事を滑らしたら命を落としかねない。これが本当に穂織の巫女姫様のあるべき姿なのだろうか。俺のイメージとはかけ離れている。

 

 

「では佳正君にお願いがあります」

「な、なんでしょうか主殿」

「羊羹を返してください」

「返して、とは?具体的にはどのようにお返しすれば?」

 

瞬間、さらに目付きが鋭くなる。

なるほどそれは自分で考えろということか。

 

「で、では、お腹にグーパンチをお願いします」

「どうしてですか?」

「いえ、お腹に収めたモノをお返し致します」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、とある観光客がSNSで『穂織の健実神社の奥から男性の叫び声が聞こえてびびったw』というコメントを投稿し、ちょっとバズったらしい。

 

 

 

 

 

 

 




芳乃も茉子も俺は、悪くない、責任が無いと言う。
少しは気持ちの面で軽くはなったけど、やはり罪からは逃れられない。

茉子も芳乃も知らない。俺は秋穂を見殺し(・・・)にした張本人だ。俺には何か出来ることがあったはず。だけど俺は秋穂に言われ、秋穂の指示に従って逃げたのだ。自分で考えず言われたことをただロボットのようにやってしまったのだ。

当時の俺は小学生だから、しょうがない──では済まされない。


俺は、秋穂が亡くなった原因(・・)を知っている。それは穂織に蔓延る"祟り神"が残した呪いでもあり、遺産(・・)でもある。

それをどうすれば取り除くことができるのか、俺にはまだわからない。
きっとまだ謎があるような気がしている。穂織の謎を紐解かない限りは呪いからは解放されない。

間違いなく、芳乃には"犬付き"が現れているはず。もう猶予は残されていない。

"叢雨丸"を扱えない今、俺に出来ることは頭で戦うことしかないだろう。




……なんとかしなくては。


芳乃にビンタされ、意識が飛かける中そんなことを考えていた。


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第五輪 逆境

「おーいちちち。何も思いっきり引っぱたく事無いのに」

「知りません。せっかく茉子のお母さんから頂いた羊羹を貴方1人で殆ど食べてしまったのがいけないんです」

「美味かったんだからしょうがないでしょう?芳乃様も仮に目の前に美味すぎる羊羹があったら1人で独占するんじゃないんですか?」

「……」

「目を泳がさないでください」

 

赤くなった頬に保冷剤をあてながらぶつくさと文句を言う。

自業自得だけど、なかなかに2倍返しのようなフルスイングのビンタで一瞬視界が明暗した。上と下がわからないくらいぐわんぐんと回ったのは初めてだった。

 

「ちゃんと茉子の母さんにどこの店で買った羊羹か確認して、お詫びに買っておきますよ」

 

 

ぷいっと顔を背けるけど、口元がにへらぁと緩む所を俺は見逃さない。

昔から甘いものに目がないのは今でも健在のようだ。

 

「さて、今何時だ?」

「18時を過ぎたところだよ」

 

茉子はそう言いながら立ち上がると「さて、夕飯の仕上げでもしますね」と一言残して部屋から出ていく。

 

「茉子、夕飯のお手伝いしましょうか」

 

 

そう提案するのは芳乃。昔からの付き合いとはいえ、やはりこの部屋に二人きりになるのは些か気まずいのだろう。俺も気まずい。

 

「いえ大丈夫ですよ。後はお魚を焼くだけなので」

「……」

 

 

魚、と聞いて無意識のうちに背筋がぞくりと凍る。俺は今晩ここで夕飯を摂ることになるのだろうか。果たしてその時、魚を強制的に食べさせられるのだろうか。

 

俺は魚が苦手だ。幼少期に食べた焼き魚の骨が喉に刺さり、死にかけたことがある。それがトラウマとなってしまいその日以降魚という魚がダメになってしまった。

 

「じゃあ俺は少し出かけてくるよ」

「どちらに行かれるのですか?」

「どちら……そうだなぁ」

 

重い腰を上げ、軽く体を解す。

話したらついてくるなんてことは無いだろうけど、あそこ(・・・)には一人で行きたい。でも告げた方がいいのかもしれないしどうしたものか……

 

なんて悩んでいると茉子がフォローするかのように芳乃に言う。

 

 

「芳乃様。乙女に秘密があるように、殿方にも人に話せない事情というものがあるのですよ。察してあげましょう」

「だけど」

「きっと佳正はあそこ(・・・)に行くんだと思います」

「っ!!」

「あそこ?」

 

 

なんという茉子の洞察力。俺は茉子にそんなこと一言も伝えてない。なのに彼女は『俺の行動が手に取るようにわかる』といった如何にもなタイミングで発言するものだから衝撃的だった。

 

俺の行動、茉子にとってそんなにわかりやすいだろうか?

まぁ、そんなことより茉子の厚意にあやかるとしておこう。

 

「そういうことです芳乃様。夕飯までには戻ってきます」

「なんだか佳正君と茉子が心で通じてるみたいな感じだった」

「あーその件は俺知らないので茉子にふってください」

 

芳乃の呟きに目を逸らしながら茉子に転嫁する。こういう話は知りません。さよなら茉子あとは頼んだ……。

 

「何か言ったー?」

「なんも言ってないー。じゃあ行ってくるー」

「いってらー」

 

部屋を出る背後から、茉子に問い掛ける芳乃の声が聞こえる。知らないことに対して非常に積極的な姿が昔と変わらないようだ。玄関で靴紐を結び、

 

「あ、どこかに花屋なんてもの無いかな」

 

茉子らに聞こうと思ったけど、まぁ散歩がてらに歩き回ってみるのもいいかも知れない。

 

 

 

 

 

 

家を出て歩き出して十数分。

なんとか歴史ありそうな花屋にたどり着き、花を買うことが出来たので一安心。また、目的地に水があるかわからないので念の為500ミリの天然水も購入した。

 

 

 

 

俺の目的地は母さんと父さんが安らかに眠っている墓。墓参りだ。

 

 

 

 

 

 

──── 第五輪 逆境 ────

 

 

 

 

 

 

 

俺の父さんは人懐っこい性格の人だった。愛嬌に富み人当たりがよく、趣味が広く、話題を沢山持ってて社交的なのんき屋だった。俺自身、父さんのもってる話が好きで寝る前まで父さんの話にどっぷり浸かっているくらい話題性が長けていた。

また、一人の人間に絡み付き、しがみついて、その相手を苦労させてしまう面もあったらしく、当時交際中だった母さんが非常に苦労したと聞いている。

 

だけど、それでも萩原家の頭首。俺が産まれる前に既に祖父は他界していて、若干34歳でありながらも意志を継ぐ者を仕えて朝武家を支えてきた。

 

母さんはというと父さんと違って厳格な性格で、頭が固く警戒心が強かった。母さんは萩原家の血を引いてないから忍者としての才能は無いに等しかった。だけど、知識と閃きで父さんをサポートし、また俺の教育や忍者の稽古のメニューを組んだのは母さんだった。

 

つまりは優しい愛情は父さん、厳しい愛情は母さんから貰って俺は育ってきた。

 

朝起きて稽古をし、母さんの作るご飯を食べ、茉子達と遊び、稽古をして、夕飯を食べる。そんな毎日だった。

辛くて怖くて、逃げ出したい毎日だったけど、俺は母さんも父さんも好きだから頑張れた。

 

 

 

 

『佳正、今日もよく頑張ったわね。辛い稽古によく耐えたわ』

『うん。おかあさんおなかすいたー』

『今日はお母さんの作るハンバーグだぞー』

『はんばぐー!やっだー!』

 

 

母さんの作るハンバーグは格別だ。

今ではファミレスや学食で、或いは自炊で食べることが多いけど、母さんの作るハンバーグは優しく、肉の旨味を余すことなく奮発に味わえるおふくろの味そのものだった。

 

 

 

『ごめんなぁ佳正。お父さんの跡継ぎで頑張らせちゃって』

『だいじょうぶだよおとうさん。おれもっとつよくなっておとうさんといっしょにわるいやつたおすんだ!』

『じゃあもっと頑張らないとね。はい、ハンバーグ』

『わーい!はんばぐー!はんばぐー!』

 

 

この時までは本当に幸せだった。

辛くても親に愛されていて、ハンバーグが食べられて、本気で父さん母さんの為に強くなりたいって思ってたんだ。この時までは。

 

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

周辺には今まで穂織で亡くなった人達の墓が並んでいた。

昔一度迷子でここを訪れただけだったから記憶はうっすらであった。だけど無事たどり着くことは出来たし、記憶通り手入れされてる様子ではなかった。

 

墓は綺麗にされているけど、道は整備されておらず、道草も生えていて中々に人の気配を微塵も感じない。

 

目の前の墓には、『萩原家之墓』と書かれている。これはずっと昔の祖先の墓。その隣には両親の名前が彫られた墓が2つ。

 

俺が穂織を離れてから、きっと玄十郎が作ってくれたのだろう。決して大きく、存在感の大きな墓ではないけれど安らかに眠れるように安心感のある墓だ。

そこにはお供え物として饅頭やみかんがあり、花も手向けられている。俺も持ってきた花束を墓に立てかけるように置く。

俺が買った花は『カモミール』という、母さんが大好きで、母さんに影響されて父さんも好きだった花だ。

 

墓参り向けの花ではない。どちらかというと菊とか(さかき)(しきみ)などがメジャーだろう。そもそもカモミールは薬草、ハーブといった用途の他にカモミールティーとして飲む用途の方がポピュラーなのだ。

 

 

「でもそんなのより、きっと母さんも父さんもこの花だったら喜んでくれると思うから……」

 

 

それがカモミールを選んだ理由だ。

2人にとって不出来な息子だったかもしれないけれど、俺が2人が大好きだった気持ちは変わらないから。

 

花を添え、買ってきたペットボトルの水を墓にかける。

 

「ごめんよ。線香とか持ってきてないや」

 

そんな言い訳を零して、もう一度墓を見つめる。

辛いこともあった。楽しいこともあった。もっともっと愛して欲しかった。どんなに不出来でも、母さんと父さんの愛情だけは欲しかった。

 

「……ただいま、母さん、父さん。元気に過ごしてたか?」

 

 

今は亡き人に元気かどうか尋ねるのは愚問だと思う。

最初はなんて声をかけたらいいか思い浮かばないけど、きっと自然体の方がゆっくり話せるのではないだろうか。

 

「俺もあれからなんだかんだ怪我なく小学校、中学校、高校過ごしてるし、友達とも上手くやってる」

 

特に思い入れのある学校生活ではなかった。

朝早く起きて竹刀を振り、寮母の作る朝食を食べて学校へ向かう。授業を受けて、クラスメートと談話し、放課後は寄り道せずに帰宅する。夕飯を終え、机に向かいその日の授業の復習をしたら日付が変わる前に眠りにつく。

 

なんの色も感じないただただ同じ毎日。目的もなくただ無心で竹刀を振り、忍術の練習もせず、怠惰な生活を送る。

 

 

「成績も上の方にはあるし、きっといい大学とか就職ができるんじゃないかな……」

 

微塵にも思ってないことを口にする。

こんな俺に良い未来なんて訪れるわけない。そう自虐していないとやっていけない。

 

 

「まぁ、俺の近況報告なんてどうでもいいよな。父さん母さんにとっては」

 

 

 

静かに合唱すると、思い出される3人で過ごしてきた記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

「俺さ、母さんの作るハンバーグめちゃくちゃ大好きなんだ。でも、他にも好きな食べ物があるんだ」

 

 

それは、茉子と喧嘩して大泣きしながら帰宅した時に出されたメニューだ。

 

「1度しか食べたことなくて。でも珍しく父さんが不慣れながらも作ってくれたやつだから、今でもよく覚えてるよ。"親父風肉じゃが"って言ってたな」

 

 

大きくごろごろしてて、味も妙に濃いし砂糖の入れすぎか甘いし。

だけど、それでも父さん作った肉じゃがは愛情がこもってて、また食べたいと思っている。

 

「じゃがいも固かったよ。歯が折れるんじゃないかって思ったわ。でも、また食べたいと思ってたんだ。」

 

誰かに語り掛けるわけでもない。ただ独り言のように思い出を広げる。

 

「俺がさ、茉子を家に連れ込む度に父さんは『結婚すんのか!?いいねぇ!!』なんて冷やかすもんだからさ。俺は俺でめちゃくちゃ恥ずかしいし、茉子はノリノリで冗談に乗るしさ。俺と茉子はそんな関係じゃないっていうのに父さんそういう話好きだから困るわ。ホントに……」

 

芳乃が家に来ることはたまにあったが、茉子の方が圧倒的に頻度は多かったし、芳乃の場合立場もあってそんなイジリはして来なかった。

まぁ、2人を家に連れ込んで遊ぶ時はハーレムだの一夫多妻だの冷やかされた。

 

「そういう冷やかしするから母さんに怒られるんでしょ?俺は知ってるぞ。母さんの怒りを鎮めるためにその晩はセッ〇スしてるの」

そう、そんな夫婦だ。

性格は正反対だけど、仲睦まじく愛し合っているのは幼少期の俺ですらわかっていたし、今思えば週3~4で頑張ってることも知ってる。

 

 

 

 

「そんな2人にとって……俺はなんだっだ?」

 

 

 

目が熱い。

悲しくて悔しくて、この怒りを何処にぶつけたらいいのかわからない。

 

「あんなにも嬉しそうに笑ってたのに。なんで俺はお前らに除け者扱いされなきゃならなかったんだ?忍者として無能だとわかったからか?それとも剣道の道に逃げたからか?お前らの言うことをちゃんと聞いていい子に育たなかったからか?教えてくれよ……何が悪かったんだよ」

 

茉子と比べて、俺の忍者としての技術は著しく成長が芳しくなかった。

それを近くで見ていた2人は、忍者として育てるのを諦めたのだろうか。

 

「俺は、2人になんで見捨てられたのかわかんねぇよ」

 

 

 

本当に極端だった。

母さんから『佳正には忍者は無理』と聞いたのは夜。夜中に尿意で目が覚めて、扉越しにこっそり聞こえたのは母さんの悲しそうに泣きながら父さんに訴える声。

寝ぼけながらでもよく覚えてる。

 

佳正の忍者としての才覚発揮の低迷。

 

朝武家を護衛。

 

萩原家の将来。

 

 

俺……というより、家柄の心配をしている両親は果たして本当に両親だったのか。今でもわからない。あの笑顔、あの温もり、あの叱責は本当に俺の為だったのか。

 

「本当は、俺は父さん母さんの前に現れてはいけなかったのかもしれない。穂織に戻るべき人間じゃなかったかもしれない」

 

 

きっと父さん母さんなら気の無い態度で『どうして戻ってきたの?』なんて言いそうだ。こんな無能な息子に魅力なんて2人は感じてないのだから。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

春風が横薙ぎで俺の体を吹き抜ける。

桜の花びらは、まばゆく日に照らされてすーんとした香りが辺りに漂う。湿った土の匂いもなんだか新鮮のように思えてきた。

 

 

 

 

「俺にとっての父さんと母さんは()だった」

 

 

 

気がついた時には、父さん母さんのような立派な人になるっていう夢があった。父さんのように、家庭に色を添えつつも、役目を全うする人になりたかった。母さんのように軸を振らさず己の信念を突き通す強さを持つ人になりたかった。

 

 

 

「昔の事を話してさ。思い出したんだ。父さんや、母さんみたいになりたくて期待に応えて、近づきたくて頑張ってたんだってさ。父さんの甘やかしを受けて、母さんの説教があって、それで2人の愛を感じてて少しずつ成長してるって実感があったんだ。」

 

 

 

気がつけば目から涙が溢れていた。

愛を二度と受けられないことに対してでは無い。2人から突き放されて、途方に暮れてしまったことで()を忘れてしまった。そのことに対して俺は泣いている。

 

 

「正直、父さん母さんが俺を突き放した真意はまだわかんねぇよ。俺には向いてないからって、それが本当なのかどうかわかんねぇ。きっとまだ、なにかあるんじゃないかって最近思うんだよ」

 

じゃあなぜ、母さんは泣きながら父さんに訴えていたのか。

忍者として使い物にならないからっていう理由で、あんなに悲痛な泣き声を漏らすものなのだろうか。

 

思い返せば、不自然だった……気がする。

 

 

「俺は……どうすればよかったんだよ」

 

それでも結局のところ前には進んでない。むしろ後退。

親から見放されたことには変わらない。何も守れなかったことも覆せない。

 

 

「……父さん」

 

 

教えてくれ

 

 

 

「母さん」

 

 

 

教えてくれ

 

 

 

体が重い。

いつまで俺は足踏みしているんだろうか。

本当に俺は、歩けるのだろうか。

 

ふと、墓に供えたカモミールに目が留まる。

白と黄色の色合い小さな花で、地中海沿岸が原産のハーブの一種。

踏まれれば踏まれるほど丈夫に育つという特性から生まれた花言葉は確か──

 

 

逆境(・・)……」

 

 

 

まるで俺の人生そのものを揶揄しているように思えてきた。

俺の人生は思うように上手くいかないものしかなかった気がする。望めば手に入れられたかもしれない幸せな道を自ら蹴落とした。

 

「なにが不運だ。目を背けたのは俺だろうに」

 

 

ふぅっと静かに息を吐き、空を見上げる。薄暗いオレンジ色の空に小さな星がいくつか見える。

 

 

「……また、来るよ。暫くはやることがあるから来れないかもしれないけど」

 

 

 

そろそろ日が沈む。森の中は昔と変わらなければ奴ら(・・・)が湧き出てくるだろう。無能な俺には為す術も無く、むざむざ怪我をする訳にも行かない。

 

 

「じゃあ、元気で」

 

 

 

 

空になったペットボトルを小さく丸めてポケットに無理やり押し込む。

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

 

 

 

帰り道。

どんよりした気分でとぼとぼ歩いていると、後ろから女の子に声を掛けられ、振り向くとそこにはムラサメとかいう合法ロリが浮いていた。

 

 

「今よからぬ事を考えておったな?」

「心理学者かなにかですか?」

「戯け、ワシは神の遣いじゃ。なんでもわかるぞ」

「そっぽ向きながら嘘つかないでください」

 

 

吹けもしない口笛をしながら、目を泳がすところは昔とてんで変わらない。

 

 

「何をしておったのじゃ?」

「特に何も、散歩ですよ」

「ほーん、お主は散歩で御両親の墓に足を運ぶような奴だったかのう」

「見てなんなら声掛けてくださいよ」

「あんな辛そうな背中見せられたら声掛けられないぞ」

 

つまり泣き声とか聞かれたというのか。なんたる不覚。

俺の横に並びながら歩幅を合わせて歩き出す。

 

 

「ムラサメ様こそ何をなさってたんですか。こんな時間まで」

 

時刻は6時半を過ぎたところ。

そろそろ各家は夕飯時だ。そもそも人集りの少ないこの町で遊び所なんて。

 

「まぁいつも通り散歩じゃ。あとはパトロールなんかもしておるぞ」

「納得です」

「で、何かあれば芳乃や茉子に伝えてって流れじゃな」

「神の遣い辞めて警備員に就職した方がいいんじゃないですか?」

「お主バカにしておるな?吾輩をバカにしておるな?」

「愛情表現ですよムラサメ様」

「むぅ……ならば良いのじゃ」

 

ちょろすぎる。

やはり何百年も生きてるとはいえ女の子。

おだてればすぐ機嫌が良くなってしまうところを何とかしないとつけ込まれてしまいますよ……主に俺に。

 

 

 

「お主は、御両親を恨んでるのか?」

「どうしてですか?」

「あんなにも大切にしてもらっておったのに、手のひら返しのように手放されたであろう?あれは見てる吾輩としても辛かったのに、お主は──」

「別に恨んではいませんよ。めちゃめちゃ悲しいのは事実ですけど、才能が無くて認めて貰えなかったのなら……悔しいですけど俺自身受け止めるしかできませんし」

「……」

「?なんですかムラサメ様」

 

 

急に黙り込んだかと思うと、いきなりこっちに顔を向けなにか言いたそうに口をパクパクと開く。

 

 

「お主は───」

 

 

そしてまた口を閉ざす。

基本的に良くも悪くもなんでも喋るムラサメが言い篭ること自体珍しい。何を伝えようとしているのだろうか。

 

「……なんでもない」

「??なんですか。らしくないですよ」

「いや、吾輩の気のせいじゃ」

 

 

気のせいでもないでしょうに。

とはいえ、言えないのなら無理して聞き出すわけにもいかない。ただ俺は「わかりました」と頷いてまた静かに足だけ動かす。

 

「これから夕飯ですけど、ムラサメ様如何です?」

「吾輩は食を必要としていないのはわかっておろう?」

「でも、1人じゃ寂しいんじゃありません?」

「そうじゃの」

「もしよければ、どうです?」

 

 

その誘いに嬉しそうに頷くムラサメ。

神の遣いとはいってもやはり1人の女の子。食事はみなで食べた方がきっと美味しい。俺自身も久方ぶりな気がする。どうせなら……。

 

「じゃあお言葉に甘えようかの」

 

 

 

 

 

こうして、穂織の初日を終えようとしている。

今日は何もできなかったけど、明日からはもう少し穂織を歩き回ってみようか。これからお世話になるし、今後のことを考えて状況も把握しておきたい。

 

 

 

 

 

 

 







「むぅ……」


吾輩を夕飯に誘ってくれるご主人……あぁいや、元ご主人の気遣いは嬉しい。
吾輩の反応に対し嬉しそうに微笑む姿も真の気持ちじゃろう。だけど彼は知らない。

御両親から見放された本当の理由(・・・・・)を知らない。
彼は忍者としての才能が無かったから。そう御両親から聞かされているみたいで、それを間に受けてしまっておる。幼少期の事で、父上母上の話すことは真だと疑わずにいることは至極当然じゃ。

だけど……

「(でも絶対に伝えてはならぬと釘を刺されておるからのう)」

だから、思わず言い留まってしまった。伝えた方が確実に元ご主人の気持ち的にも楽になる。でも、真実を聞かされた吾輩は御両親の気持ちも大いに理解してしまった。

「(前途多難じゃのぉ……)」

ひとまずは影でしっかり元ご主人を支えなければならぬ。
たとえ触れることは出来なくとも、彼が道を誤ってしまったら茉子に顔向けできぬからのぉ。




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第六輪 再開

「……」

「……」

 

 

 

 

夕食時。

俺は目の前に君臨するヤツ(・・)と対峙する。

 

 

「佳正君まだ()食べられなかったのね」

「うるせいっす。俺はこいつとは仲良くなれないんです」

 

芳乃のご要望で本日のメインディッシュは秋刀魚の塩焼き1尾。その他諸々のメニューが食卓に並び、一人暮らしでは到底見ることの無い豪華な夕飯となっている。

 

一人暮らししていた時はご飯にインスタントの味噌汁が定番で、余裕があれば軽く料理をし、余裕がなければ缶詰や漬物で済ませるそんな食卓。だから、何種類もおかずが並んでいる光景が初めてで思わず喉がなる。

 

「だけど魚とは仲良くなれねぇよ」

「まぁまぁ、この際克服しよ?」

「それが出来りゃ苦労しないって」

 

世の中に魚を苦手とする人はごまんといる。

別に無理して食する必要は無い。動物性タンパク質なら別の食材でも賄える。

 

「僕も納豆が苦手だしなぁ。佳正くんの気持ちよくわかるよ」

 

そう聞いてもいないことを話して1人で頷く安晴。

 

 

「なぁ、茉子。すまねぇ無理」

「ダメですちゃんと食べてください」

「じゃあ半分だけ」

「ダメ」

「3分の1」

「ダメです。それ食べる量減ってるよね?」

「頼むよー!1口!ひとくち──」

「許しませんよ。ねぇ芳乃様?」

 

芳乃は芳乃で静かに黙々と食べている。

芳乃の前に横たわる秋刀魚は既に半分ほど食されていて、俺には理解できず唸ってしまう。

 

 

「なんでこんなのみんなは食べられるんだよ……芳乃様カッコよすぎ」

「女性に対してかっこいいと評価しても喜びませんよ?」

 

なんていいながらもちょっと恥ずかしげに黙り込む姿を見逃さない。

 

「そういえば.......」

 

 

ふと、食事を終えた箸を置いた安晴がなにか思い出したように口を開く。

 

 

「玄十郎さんがなにか仰っていたような.....」

 

なにか仰っていた、という非常に曖昧な内容に俺は呆れてしまう。

 

 

 

「その、なにかというのは?」

「それが僕も思い出せないんだ。特別重要な事ではなかった気がするんだけど.....」

「お父さんのその気がするは当てになりませんから思い出してください」

「うーん.....なんだったかなぁ」

 

安晴が首を捻る中、いつの間に準備したのか、茉子が冷たい緑茶を安晴の前に差し出す。

 

「何か御神刀に関するお話とかでしょうか?それとも佳正君に関するお話?」

「あーんー、そうだったような、そうでなかったような.....」

 

それでもやはりピンと来ない安晴。

 

「まぁ思い出してからで良いのではないでしょうか。明日になればふとした時に思い出しますよ。」

 

なんて適当に話を合わせ、俺は目の前の強敵に立ち向かう。

 

 

 

 

 

─────── 第六輪 再開 ───────

 

 

 

翌日。

 

 

早起きした俺は、昨日放置をしていた引越しの荷物開封作業に勤しんでいた。

引越し前の詰め込み作業も楽ではなかったが、引越し後の開封、そして移動という作業もかなり辛いものがある。

 

今も体を鍛えるようなことはしているが、それでも昔と比べると少ない方。

作業開始から3時間を経過した頃には腕と腰が僅かながら悲鳴をあげている。

 

「俺も弱くなったもんだ」

 

自傷気味に呟く。

いいや違う。俺は元から弱い。

自尊心なんて鼻から無いのだ。

あったところで何の役にも立たない。

 

「ふう.....こんなとこか?」

 

12時に差しかかる頃にはかなり部屋らしい部屋となっていた。

軍手を脱ぎ捨て、窓を開けて密閉状態から解放する。両開きの窓を開けると新鮮で心地よい風が室内を疾走する。

1度深呼吸をし、同時に腹の虫が鳴る。

 

「そういや朝からなにもたべないな」

 

昨日の夕飯の後、茉子と一緒に食器を洗い、そのままゆっくりする事を勧められたもののなんとも落ち着かない空気だったので、俺な足早にその場をあとにした。

懐かしい反面、まだ居づらさはある。

どんなに茉子に受け入れて貰えたとはいえ、早々直ぐに解決できるものではなかった。

 

「さて、飯どうしようかなぁ」

 

空腹感を意識したところで食材がない。料理スキルは多少あると自負はしているが、米俵一俵あった所でどうしようもない。セットしたばかりの冷蔵庫や冷凍庫にも当然無い。

昨日サッと歩いた時もスーパーのような建物も無かった。コンビニも当然この町にあるとは思えない。

 

「つまりそういうことか」

 

疲れた重い腰を上げ、財布とスマホを掴んで無理やり尻のポケットに押し込む。先程整理した下駄箱から軽いシューズを取り出して、踵を潰してドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人がいそうなところに行けば何かしら八百屋なりなんなりってあるでしょ.....」

 

 

目標は商店街のように個人の商店が並んでいるところ。

昨日は向かわなかった東方面に行けばきっとあるに違いない。

そういけば、昨日バス停から神社に向かう途中に喫茶店のような店もチラホラ見かけた。最悪今日のお昼はそこで済ませるのもいいかもしれない。

 

懐かしの大地を踏み締めながら今日の昼飯に思いを馳せる。

昨日は気を張り巡らせ過ぎていたせいかゆっくり風景を眺めたという感覚がない。木造建築の家屋に喫茶店、老舗のお菓子屋さんと昔の景色をぼんやりと思い出しながらふと抹茶を推している甘味処に足が止まる。

 

 

「抹茶.....か」

 

 昔はよく飲んでたっけなぁ。

思い出した途端のどの渇きと懐かしい味を味わいたいという欲がこみ上げてきて、自然と足がその甘味処に向かっていく。

 

 

「すみませーん」

 

 

暖簾をくぐり、中にいる女性に声をかける。

 

 

「いらっしゃいませ。一名様ですね。外の縁台でもお食事が可能ですが、いかがでしょうか」

「あぁ、はい.....そうですね。そうします」

 

 女性店員に促され、外の横にある縁台に腰掛ける。

日差しは強いけど和傘のおかげで遮られ、代わりに心地よい春風が吹き抜ける。

 

「こちらお冷とお品書きでございます。ご注文がお決まりになりましたら及びくださいませ」

「あぁ、もう決まってます。抹茶と栗羊羹をお願いします」

 

 昼飯を食べに来たのにお菓子と抹茶をいただくという矛盾。

まぁ気分で作る料理をコロコロ変えることもあるわけだから、なんて自分に言い聞かせ乾ききった喉に水を流し込む。気持ちいい冷たさに思わず水を一気に流し込んでしまう。

 

「ん.....?」

 

 コップをお盆置いたとき、尻ポケットに突っ込んでいたスマートフォンがバイブレーションを鳴らす。

画面に表示されたのは芦花ねぇの連絡先だった。昨日別れる前にRANE(レーン)という緑色の連絡アプリで連絡先を交換したばかりだった。

  

「もしもし?どうした芦花姉」

「あ、マサ坊今どこにいる?」

「ええと.....穂織の甘味処にいるけど」

「穂織に甘味処いっぱいあるからそれじゃわかんないよー」

「あーと、角竹(かどたけ)って抹茶を推してる甘味処だけど」

「わかった今そっちに行くねー」

「え、なんで──」

 

 こっちに?と、言いかけたところで一方的に電話を切られる。

上機嫌の声色、早口、鼻息が荒かったというキモヲタ三点セットな芦花姉に若干恐怖を感じた。なんていうか.....蛇に睨まれた蛙そのものだった。

 

 

「え、こわっ.....帰ろっかな」

 

 

 しかし、抹茶と羊羹を食していない。食さない限りはこの場を離れられないし離れたくない。

まぁ電話してすぐ来るとも思えないし、もうしばらく様子を見ておこう。

 

 なんて考えているうちに、栗羊羹と抹茶がやってきた。

もうすでに抹茶を点ててあるので、茶筅(ちゃせん)で点てる光景を見ることはできないが、あの淀み一つない濃い緑色は実に素晴らしいものだと思う。

 

 今ではコンビニやスーパーで手軽にペットボトルに入った抹茶を楽しむことができるだろうが、この深い味わいはそれ系統では不可能だ。

 

 注文した品を受け取り、俺は茶碗を右手に持ち、左手で茶碗を時計回りに2回回す。

そのまま茶碗を顔に近づけ、静かに抹茶を飲む。

 

懐かしい苦みのある深い味。幼少期にいたころはよく茉子と飲んでたっけ.....。

 

(うまい.....)

 

俺は抹茶が好きだ。

抹茶を飲んでいる時だけは俺が俺であることを忘れられ、何も考えずに大好きな抹茶を楽しむことができる。

 

 最後の一口を「ずずっ」と音を立て、心の中で『結構なお点前でした』と感想を述べる。そして久しぶりの抹茶に忘れていた栗羊羹を菓子楊枝で一口サイズに切り、口に運ぼうとする。

 

 

 

 

 

「見つけたよマサ坊!!」

「んあ?」

 

雰囲気ぶち壊しの大声で俺の名前を呼んだ人は、

 

 

「芦花姉。どうしたのそんなハイテンションで」

「どうしたもなにもないのよ。ほら、この子(・・・)に見覚えない?」

 

 

そういって芦花姉の後ろにいた俺と同い年くらいの一人の青年が、俺が来た時と同じようにボストンバックを下げて軽く会釈をする。

それに倣い俺もお辞儀をする。

 

 

見たことがある.....ような気がする。

整った顔立ちに程よく伸ばされた茶髪の髪の毛。

廉太郎と違って染めた色でないと一目でわかる。

 

 

 

「ほら、久しぶり(・・・・)の再開でしょ?なに縮こまってるのよ」

「お、こら押すなって」

 

 

芦花姉に背中を押され、一歩前に出る青年。

 

 

 

「.....」

「.....」

 

 

終始互いに無言、だけど視線を逸らすことはなかった。

青年の後ろでは「お見合いか!」なんて突っ込みを入れる芦花姉。

 

 

 

「.....ひ、久しぶり?」

「?」

 

 

 

先日口を開いたのは青年で、久しぶりと言った。

 

 

 

久しぶり?

久しぶりってなんだっけ。俺の記憶では久しぶりなんて言葉を受ける男性の知り合いはいなかったはずだが。

 

「あ.....」

 

ふと、幼少期に知り合った、廉太郎ともう一人の友人の名前が浮かんできた。

それは確か──

 

 

 

将臣(まさおみ).....か?」

 

 

 

将臣───有地(ありち)将臣。

 

 

 

 

廉太郎経由で知り合った数少ない同性の友人。彼は穂織の乱の1年ほど前に家庭の都合で都会に引っ越した。以降、交友関係が途絶えたままだった。

 

「そう、将臣だ。久しぶりだね佳正」

「お前.....昔の面影全然ねぇのな」

「そういう佳正こそ」

 

軽い冗談も言い合えるのは昔と何も変わってなかった。

それに安堵しつつも、罪悪感も同時に生まれてしまった。

 

 

 

「今来たのか?」

「まぁな、ちょっとじいさんの旅館の手伝いに」

「そうなんだ.....」

「佳正は?」

「俺は.....まぁちょっと野暮用で」

 

 

 それなりに会話は続くが、やはり気まずさはぬぐえまい。

俺の反応を最後に無言が続き、非常に居心地の悪い。そんな俺たちを心配した芦花姉が、間に入って取り持ってくれる。

 

「さてと、感動の再開はここまでにしてマー坊は早く挨拶に行かなきゃね」

「あ、あぁ」

「あ、じゃあ俺はこの辺で──」

「え?何言ってるのよマサ坊。マサ坊も来るのよ」

 

 皿に置いてた栗羊羹をひょいひょい口に運ぶ。

聞き捨てならない芦花姉の発言に喉を詰まらせる。

 

 

「むごっ.....う゛っご.....」

「あーもう落ち着いて食べないから」

 

芦花姉の背中をさすってもらい、なんとか肺への通しをよくする。

 

「.....ぐふ、あぶねぇ」

「バカなんだから」

「はい、飲みかけでよければ俺のお茶やるよ」

「ごめん、助かる」

 

ソントリーのお茶を一口もらい、落ち着きを取り戻したところで芦花姉の発言について言及する。

 

「待って芦花姉。俺も行くって?玄十郎さんのとこに?なんでさ」

「二人とも久しぶりの再会をもっと喜ぼうと思わないの?」

「まぁ男同士なんてそんなもんだよ」

 

 

 将臣の言う通り。

女子同士は再開を懐かしみ、喋り明かすなんて事は向こうに住んでた時にクラスメートの雑談から聞いていた。抱き合い、談笑し、穴の開いた空間を埋めるような、そんな感じ。

それは女子同士がやるから感動的なものであって、むさ苦しい男子同士がやったところで.....まぁなんというかBでLみたいで気持ち悪いのだ。

 

「まぁ確かに俺も佳正に抱き着くなんてしたくないからこんなもんでいいよ」

 

同意をいただいたので一安心。

 

「で、要は挨拶ってことか?」

「まぁ、そんな感じだ」

「なるほどね」

 

 

今日特に予定を組んでいなかったし、店にお金を払いその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佳正は昨日ここに来たんだっけ。それまではどこにいたんだ?」

「お前が都会に引っ越して1年後ぐらいに俺も都会に行って、あとはずっと向こうで」

「じゃあもしかしたらすれ違ってたかもな」

「かもしれねぇな。ちなみにどこの高校?」

「俺は──」

 

 

 神社に向かいながら昔の思い出や穂織の春祭りについて説明し、気が付けば自然と会話ができるようになっていた。

そして思い出す将臣との思い出。彼とは廉太郎と小春の紹介で将臣と知り合った。当時忍者と剣道の修行をしていた俺の遊び相手は茉子だけ。芳野とも遊ぶときはあったけど基本は茉子だった。

 

廉太郎と小春と出会ったのはある冬の日、1人で建実神社の境内で雪だるまを作っていた時に廉太郎と小春が混ざってきて一緒にやっていた。そして気が付けば遊ぶときは俺、廉太郎、小春、芦花.....そこに将臣がいた。

 

 

「──それで佳正あの時『俺にはできないから!』っていって逃げ出したんじゃないか」

「そうだったっけ。そんなこと記憶にございませんわ」

「あ、逃げたな」

 

 

 別れというものはあっという間で出会って2年後には家庭の都合で将臣が穂織から離れて行ってしまった。

本当に一瞬だったから連絡を取り合う手段なんて持ち合わせてなかった。それにその一年後には.....

 

 

 

「すっかり仲良しになってお姉ちゃんはうれしいよ」

「芦花姉も後ろで眺めてないで会話に混ざればいいのに」

「いいのよ。男同士のこういう時間も大切なんだから」

 

 歩いて10分後、俺たちは建実神社にやってきた。昨日と同じように列をなしていて、きっと”叢雨丸”を抜こうと必死なのだろう.....

 

「(あんなのあいつらが抜けるわけないのに.....)」

「なんか言った?」

「いやなんでもい。さ、玄十郎さんに会いに行こう?」

 

今出している俺の表情を見せまいと、数歩先を歩く。

 

 

 

「あ、あれは.....?」

 

肘と肘、体と体をぶつけあいながら神楽殿に必死に熱意を向ける観光客を前に将臣が指を差す。

視線を向ける先には巫女服を着た芳野──もとい巫女姫様の舞の奉納する様子があった。

 

「ほーん.....」

「マー坊興味ないの?」

「え、まぁ」

「えー、勿体ないよ。巫女姫様の舞は見とれちゃうくらいすごいんだから。ね?行こ?」

「お、待って。行くから押さないでってば」

 

 芳野の舞の奉納は観光客に高い評判を受けていて、この春祭りの見どころの一つとなっている。勿論それは表向きではあるが。

二人の後を追い、静かの芳野の舞を見守る。

 

揺るがない綺麗な姿勢と鈴の音を鳴らす優雅な手の動きには雑味がない。ふと将臣に視線を向けると静かにその姿を見守っている。見惚れた、のだろうか。瞬き一つせずひと時たりとも目が離せないようだった。

 

 

「あ.....」

 

視線を戻したときに俺は見てしまった(・・・・・・)

芳野の頭に()が生えていた。だけどその耳は一瞬で消え、何もなかったかのように芳野は舞を続ける。

 

 その一瞬も観光客は視線を外していないのに騒ぎにはなっていない。

当然と言えば当然なのだが、やはり公共の場でこうなるのは冷や汗が止まらない。

だけど一人だけ観光客のそれとは異なる反応をしていた。

 

 

「なんだあれ」

 

 

何度も目をゴシゴシこすりながら瞬きを繰り返し、そして呆然としていた。

俺はその光景に思わず固唾をのむ。まるで見ちゃいけないものを見てしまったかのような反応。

見た、のだろうか。

 

「(いや.....一般市民があれ(・・)を見ることなんてできないはずだ)」

「マー坊?」

「なんでもないよ。目にゴミが入っただけ」

 

誤魔化すあたり見たのかもしれない。

 

「さぁ、そろそろ玄十郎さんに挨拶行こう」

「うん。ここにいればいくらでも見る機会あるし」

 

芦花姉に催促され、将臣と俺はその場を後にする。

 

「あ、ちょっと待って。多分まだここらへんにいると思うんだけど」

「え?誰が?」

「あ、いた。廉太郎ー!小春ちゃーん!」

 

芦花姉の手を振る先にいるのは廉太郎と.....多分あの頭だけちょこんと出ているのは小春。

 

「芦花姉じゃんどうした?」

 

芦花姉の声を聞いた廉太郎が人込みをかき分けてやって来る。遅れて小春が人混みにもみくちゃにされながら必死に隙間をくぐってやって来る。

 

「お姉ちゃん!まさにぃ!?あれ.....」

「あ!お前もしかして将臣か!?」

「だよね!!お兄ちゃんだー!!」

 

俺と違って記憶力.....というよりいとこ同士だからかすぐに顔と名前が一致したようだ。

 

 

「すげぇ久しぶりだな!珍しいじゃないか、最近は全然顔を見てなかったのにどうしたんだよ急に」

「全然見せてないっていうか4年ぶりだよ。今回は祖父ちゃんの宿が人手不足で、その手伝いに」

「お兄ちゃんが来たんだ。てっきり叔母さんが来るんだと思ってた」

「まぁ久しぶりに顔を出すのもいいかなぁと思ってね。小春ちゃんも大きくなったな」

 

 

 将臣に撫でられる小春がなんとも嬉しそうに頬を緩ませている。

俺の時とは違ってかなり懐いているようでほんのちょっと寂しい気もする。

わかる、俺にはわかる。

俺の時と明らかに反応が違う。俺の時はほぼ記憶が無いから当然といえば当然だが、例えるなら汗をかきまくったキモデブヲタクに話しかけられたみたいな反応だった。

 

対して将臣の場合、なつき度最大のお兄ちゃんと感動の再会を果たす義理の妹の反応。

 

.....後で1人で泣こう。

 

「お前お世辞に決まってんだろ。その慎まやかな胸のどこに成長要素があるんだよ」

「う、うるさいあるもん!去年より0.2ミリ成長したもん!」

「いいか小春。世間ではそれは誤差っていうんだ」

 

直後に小春に脛を蹴られて撃沈する廉太郎。

 

「いってて.....蹴ること無いだろーが。で、将臣はもしかして祖父ちゃんに会いに来たのか?」

「そんなところだ」

「祖父ちゃんは中だ。ついてきな」

 

 

 

 

 

 

 

「なんのイベント?」

 

中に入って将臣の第一声。

彼の疑問はもっともだ。俺も初めて見た時は驚いた。

 

「穂織の名物」

「名物?」

「所謂伝説の勇者イベント」

 

廉太郎と小春が簡潔に答えるが、それだけじゃあピンとくるわけが無い。

仕方なさげに廉太郎が説明する。

 

「この建実神社の御神刀だよ。御神刀の話は聞いたことある?」

「御神刀、なんだっけ」

「この土地の大切な刀だよ。普段は奉納されてて見ることは出来ないかがこのイベントの時だけは、一般客にも見ることが出来るようにしてんだとさ。まぁ祖父ちゃんに挨拶するくらいなら大丈夫っしょ」

 

「ちよっと祖父さんに声掛けてくるから待ってろ」と言って廉太郎が御神刀のさらに奥へと消えていく。

俺たちはその場に取り残されたまま、静かにその様子を見守る。

 

昨日と変わらない光景。一日に何百人と御神刀"叢雨丸"を引き抜こうと一心不乱となっている。

 

昨日の"叢雨丸"を握りしめた感覚が今でも手に残っている。

間違ってはいない──はずだ。俺は誠実な気持ちで、自分の今成すべき事の為に再び"叢雨丸"を手にしようとしてたはずだ。

 

それなのに昨日のあのビクリともしない様。まるで"叢雨丸"に心から拒絶されたように感じ、頭が痛くなる。

 

「あの御神刀、抜けないの?」

「抜けない抜けない。どれだけ力を込めてもこれっぽっちも動かないんだよ」

「屈強な外国人ですら苦戦してるしイカサマしてるようにも見えないなぁ」

 

今まさに筋肉モリモリマッチョーズが顔を真っ赤にしている姿をどう疑えと。

 

「"叢雨丸"は正真正銘の御神刀。普通の人じゃ抜けないんだよね」

「御神刀御神刀って言うけどどういう刀なんだ?」

 

素朴な疑問に、俺は簡潔に答える。

 

「500年ほど前に妖怪を退治した刀なんだ」

「へぇ、だからああやって祀られてるのか。すげぇ刀なんだな」

「.....いいや、あれは祈りや希望なんかじゃない、呪い(・・)だよ」

「え?呪い?」

 

しまった、思わず口が滑ってしまった。

何も知らない将臣に知られたところで、というのもあるが可能な限り巻き込まないようにしなければならない。

「なんでもない」と話を終える。

 

 

と、ふと視界の隅にふわふわと人影が映った。

ムラサメ様だ。イベントを物珍しげに眺めているかと思えば俺を視認した彼女は嬉しそうに手を振る。昔こと同級生感はあったのだが、今となっては妹のような気がしなくもない。

彼女はゆっくり近づいてきてここにいる俺にしか聞こえない声を発する。

 

 

 

「お主何をしておるのだ?」

「友人が玄十郎さんに挨拶するって事で付き添いに巻き込まれたところです。」

「なるほどのぉ。こやつがその友人?」

「ええ、将臣って言います。穂織に住んでたっていうか.....鞍馬家の従兄弟って言えばいいんでしょうね。こうして時たま穂織に訪れるようです」

 

少しみんなと距離を置いて囁き声で話す。ムラサメは"叢雨丸"の守り神で、一般人には見る事も声を聞く事もできない。ごく一部の関係者のみが視認することが出来る。ここにいる人々でも、ムラサメを見ることが出来るのは俺と茉子、芳野、後は茉子の両親だろうか。

 

「なぁご主人」

「.....その、ご主人ってのやめて頂けませんか?」

「何故じゃ?」

「なんか、心にグサグサ刺さります」

「そうかのぉ。我輩はお主をご主人と呼ぶ以外に呼び方を知らんのじゃが.....それに気に入ってるんじゃよ。ご主人をご主人って呼ぶの」

 

なんだか嬉しそうに微笑む姿を見るとこれ以上の反応を言う気にもなれず、ただ溜息が零れるだけ。

 

「ところでご主人はもう体調大丈夫なのか?」

「あぁそうでした、申し訳御座いません。不甲斐ない姿をお見せしてしまいました。」

「それは良いのじゃ。お主にも.....苦労をかけてばかりですまんのじゃ」

 

 

本当に申し訳なさそうに目を落とす。

気にし過ぎだと言うのに。それに"叢雨丸"を引き抜けなかったのはムラサメの責任でもなんでもない。彼女が申し訳なさそうにする道理はない。

 

「まぁ、近いうちに策を考えてみます。まだヤツら(・・・)はいるんでしょう?さっき芳野様の頭から()も生えてましたし」

「ほんとかの?いやはや、ココ最近になって頻度が増したように思えての。なにかよからぬ事が怒るかもしれなくて不安なのじゃよ」

 

その為にも。

俺は観光客の列の銭湯の岩石に目をやる。奉納する事はいいが、これ以上御神刀をあのままにしていいわけが無い。

 

「おーい将臣!連れてきたぞ」

 

そんな時に廉太郎が玄十郎を引き連れて戻ってくる。

 

「祖父ちゃん.....」

「おお将臣か、しばらく見ないうちに大きくなったな」

「いえ、今日から宿の手伝いに来ました。迷惑をかけると思いますが、しばらくの間よろしくお願いします」

 

いつでもどこでもどんな時でも威圧感を放ちまくる玄十郎に、圧倒されながら将臣は声をかける。

 

「こちらこそ、わざわざすまんな。よろしく頼む。手伝いは明日からで構わんから今日はゆっくり休んでくれ」

 

将臣はひとつ返事を返すと、玄十郎の視線はそのまま後ろにいる俺の方へを向けられる。

 

「佳正は大丈夫か?あれから」

「いえ、ただの疲労だと思います。ご迷惑おかけして申し訳ございません」

「ん。無理はするな」

 

話によると俺を朝武家に運んだのは玄十郎と聞く。

あの年で高校生1人分を抱えるなんてどんな体してんだろうか。

 

「将臣は元気にしてたか?体調は崩したりしてないか?」

「はい、元気です」

「そうか.....剣道は、辞めたらしいな」

「はい.....」

 

剣道をやっていて、それを辞めたというのはここに来るまでに彼から聞いた。きっと玄十郎の影響なのだろうが、その教えた玄十郎の物寂しげな声のトーンがどれほどショックなのかを物語っていた。

 

「まぁよい。健康のためにさせていたようなものだ、気にするな」

「わかりました」

「ともかく、よろしく頼む。何かあったら遠慮なく言え。無理だけはせんようにな」

 

ひとまずの挨拶を済ませたところで、少し短く息を吐く将臣。よほど緊張していたのだろう。

 

「.....祖父ちゃん、あの刀って本当に抜けるの?」

「単純な力だけでは抜けない。抜くことはできん」

「単純な力?」

「あの刀は神から託された特別な刀だ。確かに今抜けるような様子は全くないが、資格(・・)がいるのだ」

 

玄十郎の発言にわからないといった感じで首を傾げる将臣。その話を聞いてずしんと胸に重みを感じる俺。

 

「将臣はあれに参加したことはあるか?」

「無いよ。見るのも初めて」

「そうか.....」

 

そう頷くと玄十郎は口髭を擦りながら考え事をする。

まさか.....とは思う。

 

「ではいい機会だ。将臣もやってみるといい」

「え?俺が?いやでもこの列並ぶの大変だし、ましてや予約とか必要なんじゃないのか?」

「問題ない。話をつけてくるから待っていろ」

 

話にほとんどついていけてない将臣が了承する前にほったらかして、玄十郎は岩石付近にいるスタッフに話をつけに行く。

 

「俺、大丈夫か」

「物は試しだ。気楽にやるといいさ」

「佳正はあれやった?」

「あぁ、まぁ」

 

抜けるはずなのに抜けなかったがな。

 

 

「なんだ?どうかしたのか?」

 

少し離れた所で話をしていた廉太郎達が玄十郎とスタッフの話が気になるのか、近寄ってくる。

 

 

「将臣、御神刀を抜くまで帰れませんをやるんだって」

「おおマジか!それはすげぇな!」

「おいちょっと待てそんなこと一言も言ってないだろ!?」

「ちゃんと抜く姿を見守るからな。10秒くらい」

「おっま10秒って短すぎるだろせめて5分は見守れよ!」

 

たった5分でいいのかよ将臣。

そうこうやりとりしてると不意に肩に触れるものがあった。

 

「佳正、佳正」

「どうかされました?ムラサメ様」

「あの将臣という友人は、穂織出身の者か?」

「え、いや生まれとか育ちは都会の方ですよ。穂織にはたまに遊びに来る程度みたいですけど」

「そうか.....」

 

ムラサメもムラサメで、考えるように手を顎下に当てながら将臣を観察する。

玄十郎といいムラサメといい将臣に何か感じるものがあるのだろうか。

 

ちよっと嫌な予感をしてしまい、俺は忘れるように首を左右に降って捨てる。

だけどムラサメのあの真剣な眼差しは、呪いだとか御神刀だとかの話をする際に出てくる極めて本気の時のものだ。

 

何故だろう.....背中の冷や汗が止まらない。

 

「マサ坊大丈夫?」

「ひっ!?」

 

考え事をしている横から話しかけてくる芦花姉に退く。

 

「あ、ごめんね?凄い汗かいてるから.....はい、じっとしてて」

 

芦花姉は懐からハンカチを取りだし、俺の額やら頬をつたっている汗を拭う。顔と顔の距離が近いのでシャンプーやら甘い香水のようなものでくらくらするし、ハンカチも柔らかく、いい匂いがする。

 

年頃の男の子には毒だというのを自覚して欲しかった。

 

「ご、ごめん。ありがとう」

「大丈夫?やっぱり体調悪い?」

「そんなわけじゃないよ。考え事」

 

話せないし話したくもない事だから、とは言わずにただ誤魔化す。誤魔化すことしか出来ない。

話しても共感を得ようとは思わない。

 

もう一度、穂織(ここ)にはなんの為に戻ってきたのかを再確認し、深く呼吸をする。

 

 

「将臣!いいぞ、こっちにこい」

 

準備が整ったのか玄十郎が将臣を呼ぶ。並んでいた観光客の引き抜きチャレンジが終わり、気がつけば岩石前の大蛇の列は終わっていた。岩石の横には『平日11時~13時迄』と手書きの看板がある。1日2時間という短い時間でのチャレンジのようだった。

部屋の中には俺らと玄十郎、スタッフとチャレンジを終えて退散する観光客のみ。観光客を除いたメンバーが注目するのは将臣のチャレンジ。

 

「頑張ってお兄ちゃん!大丈夫!失敗しても怒られないから」

「そうだそうだ。俺や小春もチャレンジしたけど何も言われなかったし」

 

多少励ましと思われる声援を背中に受けながら、将臣はゆっくりと岩石の方へと向かう。

 

「ちょっと席を外すの」

「え、あ、はい」

 

そう言ってムラサメは何処かへと消える。

 

 

「何か作法とかコツとかある?」

「しきたりとか決まったものは無いが、御神刀に挨拶ぐらいはしておけ」

 

将臣は岩石の前に立ち、突き刺さった"叢雨丸"に軽くお辞儀をする。

そして、両手を伸ばし柄をしっかり握りしめる。

 

 

瞬間───

 

 

 

「いてっ」

「っ!?!?」

 

将臣が柄を握った瞬間にパリッと静電気のようなものが走った。

いいや違う───あれは.....

 

「まさ、か.....」

 

体温が下がる。

知らぬ間に奥歯がガチガチと小刻みに震えている。

これは悪夢だ、悪夢であって欲しい。

将臣が柄に触れた時に見たのは偶然出会って欲しかった。きっと将臣は静電気が走ったと思い込んでいるだろう。

静電気ならどれほど良かっただろうか。

 

「やめ、てくれ.....」

 

 

俺はあの光景を一度目にしている、体感している。

それ(・・)は認められた()

御神刀から発せられた霊気。それが今その一瞬で、将臣と繋がってしまった(・・・・・・・・)のだ。

 

まるで、魔法系のアニメでよく見る回路が繋がってしまったかのように。

 

 

「それじゃあ、まぁ」

 

そんな俺の心境を知らずに将臣はアホ面をかましてもう一度、柄に両手をかける。まるで面倒臭いからさっさと適当にやってしまおうみたいなノリで。しっかり握ったのを確認し、

 

 

 

「──ふんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思いっきり力を入れた訳では無いだろうが。

 

 

 

 

───ペキンッ

 

 

 

なんて、神から託された御神刀がへし折れる音がしたわけで.....

 



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