ガンダムBF OVER (i am)
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1話 ガンプラ
幼いときに何度も見たDVDがある。
何年か前のガンプラバトル世界大会だ。
繰り返し繰り返し見たから、もう頭のなかで完璧に再現できる。
僕の大好きな機体、スタービルドストライクはこの大会で優勝し、世界を驚かせた。ビルダーの固定概念にとらわれないプラフスキー粒子を使用した柔軟な発想、乗り手の戦局を見極め切り返す咄嗟の判断力、未だに僕が憧れる機体とビルダーとパイロットだ。
今では見なくなったけど、当時は僕も絶対こんな機体を創って世界大会に出るんだ!と父母に意気込んでいた。
今となっては、幻想を見ていた楽しい時間だったと思う。
「帰ろーぜ、ワタル」
「ん、あぁ」
机にべったりとつけていた上半身を起こして覚めきってない頭で一言返した。
「にしてもよく寝るよな」
「お前も人のこと言えるのか?2限3限ぐっすり寝てたの見てたからな」
「俺みてるなら黒板見ろよ」
なんで寝てた奴から正論を言われなきゃいけないんだ。
しかも真顔、どんな神経で言ってるんだ。思わずため息が出る。
こんな中身のない会話でも脳は動くらしい。馬鹿らしくなって鞄を手に取ると椅子を押して整えてから、教室を出た。これから何しようか、隣で何か聞こえるがそれは心底どうでもよいので、これからの予定を考えていた。
キヤマ=ワタルとオカモト=ケイジ、どこにでもいる二人組。これといってクラスで目立つこともないし、話題になることもない。ただ少し周囲と違う点は、ガンプラバトルをやらない、ことだ。
ガンプラバトルは最早一度は人間誰もが通る道みたいなもので、僕ら二人一度も触れてない訳ではない。
触れて、そして辞めた。それぞれ事情が、何か考えがあって、辞めた。
放課後はガンプラバトル、なんてのは常識みたいなもので近くの模型店や大型ショッピングセンターに直行する学生は多い。日が暮れるまでガンプラバトルに没頭し、日夜腕を磨いているのだ。更に部活も盛んで全国大会など大規模な大会や交流会が開かれている。
ウチにもあったような、なかったような。
「なぁ、うちの学校ってガンプラバトル部あったっけ?」
「え?あっただろ、確か」
ふーん、あったんだ。そうか。
僕たちがガンプラバトルに関わってないからこの話題も僕の質問だけで終わった。
学校を出てすぐの大通りを二人でブラブラ。することもない、なにするー、どうするー、を掛け合い進展しない話をしながらとりあえず足だけは進める。
数十分経った頃、ケイジが突然足を止めた。
「どうした?」
「そういえば、買うパーツあったんだ」
「それじゃあ、行くか。どうせ暇だし」
ケイジが足を止めたのは小さな個人経営の模型屋。見慣れない建物だ、こんな場所に模型屋なんてできてたんだ、前まではコンビニだった気がする。
興味もあってかケイジの買い物に付き合うことにした。
ケイジはガンプラバトルはやらないがガンプラは好きである。ビルダーとしてなら確かな腕を持っている。
彼曰くバトルは向いてない、とのこと。
だからビル専、ビルダー専門である。
部屋には結構な数のガンプラがショーケースに並べられている。どれもこれも新品、傷一つない。当たり前だ、ケイジのガンプラはフィールドを駆け回るために生まれた訳じゃないから。
それを心無い連中は「勿体無い」、「戦ってこそガンプラ」なんて言ってきた時もある。
それに対して「戦うだけじゃない、魅せることが出来る、それがガンプラだ」と返したのはちょっとかっこよかった。こいつは、普段気も抜けてるしヘラヘラしててドジだが、ビルダーである自分を恥ずかしいなどと思ってはない。だから、応援している。
「昨日冗談でドムのスカート部分にリボン着けたらさ、なんか申し訳なくなってさ...」
店の入り口で突然話しかけてきたと思ったらこれだ。
折角人が誉めた途端裏切るような話をしないでくれ。
まぁ、今のケイジはビルダーじゃないから...平常運転だ。
「お、ここガンプラバトル出来るんだな」
「へぇ...」
話しかけておいて次に飛び付いたのは入り口左のガラス越しに行われていたガンプラバトル。小さい店だけどしっかり置いているんだ。
ガラスに引っ付き覗きこむケイジの横に立ちフィールドを眺めた。
都市部フィールド、一機は建物の間を走り回り間合いを取りながらマシンガンで牽制している。ヘッドと背負ったWRを見るに陸戦型ガンダムかな。
対するは赤いオーラを纏ったMS、肩部分を赤に染めたイフリート。EXAM搭載のイフリート改だ。
ビルを次から次へと飛び移り、高機動を利用して陸戦型との距離を詰めていく。
「あのイフリート改、動きが違うな。素人でもわかる」
「...そうだな」
このフィールドにはマシンガン以外にも舞うものがある。見えてしまう、僕には。
ケイジには、この二機を操作するパイロットには見えないかもしれないが、僕には、今見えている。
青い光、粒々が束になって発射されたマシンガンの弾を取り囲むように浮遊しながら飛んでいっていく。
粒子の光、プラフスキー粒子。
僕は、これが見えてしまったから、ガンプラバトルを辞めた。
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2話 見えてしまう
初めてガンプラバトルを生で見た時の興奮は覚えている。会場の割れんばかりの歓声に答えるように、二機のガンプラが星が遠く光る宇宙で持てる力全てをぶつけた。射撃、格闘、果ては武器さえ捨てた肉弾戦にまで縺れた。
どんな機体で結末がどうなったか曖昧。だが当時の僕にとってはガンプラバトルを生で見れただけで十分だった。
あのガンプラが自分の目の前で戦う、それだけで興奮しっぱなしだ。帰宅する車内で運転する父と後ろに座る母に興奮冷めやらぬ僕はずっと観戦したガンプラバトルのことについて話しかけていた。呆れることにそれは家に着くまでずっと、小一時間は喋っていた。
僕もあのフィールドで自分のガンプラで!
繰り返し口にしたあの夢、最早遠い過去の話。
あの頃の僕が今の僕を見たら、どう思うのか。
きっと失望するだろうな。ガンプラにさえ触れない今の状態なんて、考えもしなかった。
でももし、僕の意思が強ければ、粒子が見えるだけと思い込めれば、ガンプラバトルをやっていたのかもしれない。
しかし僕は、自分が、粒子が見える異常な僕が怖くなった。
結局、あの時に口にした夢はただの憧れに過ぎなかったのか。
「おーいワタル?」
「え、あぁ」
バトルは既に終わっていた。結末はどうなったのか、途中から自分の世界に入ってしまったため見届けることが出来なかった。
「結構見入ってたよな、その間に買うもの買わせて貰ったぜ」
「そうか、それじゃあ出るか?」
「お前は何か買うものとかって...ないか」
「勝手に決めつけるなよ...いや、まぁないけど」
「そうだよな、お前出来ないもんな、ガンプラバトルもビルドも」
出来ない、僕は勉強はできるけどガンプラに関しては全くの素人、そう設定している。
これなら、無理にガンプラバトルに誘われたりもしない。ガンプラと距離を置いて生活できる。
僕はあの日からこうして生きている。
「ビルドなら教えてやるけど、やってみる気になったか?」
「んー、やっぱり遠慮しておく、不器用だし向いてないかな。」
ケイジとはよくこんなやり取りをするが、その度に断っている。ケイジなりの気遣いなのか、有り難いけど僕はもう触らないと決めている。
そうか、と呟くとガンプラの話題はそこで終わった。
直ぐにケイジは共通のアニメの話に切り替えてきた。僕もガンプラのことは忘れ直ぐ様乗っかっていく。
入り口まで進み、開閉ボタンを押してドアを開くと、そこには僕らと同じ制服を着た男子が立っていた。
快晴の澄み渡る空の色をした綺麗な髪色が目立ち、背はそれほど高くなく柔和な顔立ちをしている。
「すみません、邪魔ですね」
僕らに気づいた彼はそう言うと立っていた場所から数歩横にそれた。
その間際、両手で抱えられているイフリート改が目に入った。このガンプラ、さっきガンプラバトルで戦っていた機体だ。あのパイロットは彼だったのか。
「お、さっきのイフリート改!」
ケイジも目に入ったようで指差して早速食いついた。彼も大事に抱えながら自身のガンプラを見えやすいように胸まで挙げた。
「バトル、見てたのですか...恥ずかしいです」
「恥ずかしい?そんなことないって!すごかったよ、ガンプラバトル素人の俺達でも無駄のない動きしてたってわかったよ」
「そそそそそんな!滅相もないです」
確かに、ビルを飛び移る動きに無駄はなく、手慣れていた。自身のガンプラのブースト性能を把握しているからこそ出来る芸当だ。何度も機体を動かしたに違いない。
「なぁ、名前は?」
「ボクですか?...フユト、タカヤマ=フユト...」
「俺オカモト=ケイジ、こっちがキヤマ=ワタル」
「オカモトくん、キヤマくん...覚えました!」
タカヤマくん、本当にイフリート改を動かしていたのか?
あのガンプラの動きを見た後に彼の言葉遣いや弱々しい態度を見ると、疑いたくもなってしまう。
真面目そうでもあるし、何度も反復練習した結果なのかな、使用している機体とのギャップもあるかも。
「それと俺達同学年だから、そんな丁寧じゃなくても。」
ケイジは胸元にあるネクタイを指差した。僕らの学校はネクタイの色が学年によって異なっている。1年は青、ここにいる3人とも同じ色だ。
「そうだったんだ、同じ一年生だったんだね。これから宜しくね。よかったら、またガンプラバトル一緒にやろうよ」
「あー、まぁ、そのときはな!いつか、いつか」
気を遣ったのか強がりか曖昧に答えた。ハッキリ断っておけよ、お前じゃ敵わないぞ。
あのイフリートにボコボコにされる姿が目に浮かぶ。
でも建物の間を縫うように接近してくるイフリート改にこいつは果たしてどんな手で迎え撃つのか、ちょっと見てみたい気もする。というかケイジはどれ位動かせるんだ?もしタカヤマくんとガンプラバトルする日は絶対見届けようと誓った。
「ごめんね、ボクそろそろ帰らないと。それじゃあね、オカモトくん、キヤマくん」
何度か腕時計を確認していたタカヤマくんは一礼して走っていった。偶然立ち寄った模型屋で偶然知り合いが一人増えた。
「ケイジ、本当にガンプラバトルするのか?」
「そ、そんなわけないだろ。ましてやあんな相手」
「なんで、ハッキリ言わなかったんだよ」
「いや、ほら、なんか、そのさ、強がった訳じゃなくて」
ビルダーモードに入ってないと、どうにもケイジはカッコ悪い。
T字路でケイジと別れ真っ直ぐ家に帰宅。玄関で靴を脱いでリビングに直行する。
「ただいま」
「お帰り」
母さんが台所から顔を出した。その横に並ぶと冷蔵庫を開け冷えたお茶を手にする。
「先に手を洗ってから!」
喉がカラカラなんだ。ケイジの話に付き合うと話題が多くて大変なんだから。渋々手を洗いコップとお茶の入った容器を手に取りリビングに戻った。
「ガンプラバトル小学生全国一決定戦!!」
テレビに映し出されていたのは、小学生のガンプラバトル大会。小学生とは思えないクオリティのガンプラが次々と紹介されていく。
ガルスJ、ジンクス、zガンダム、渋い試作機や量産機から主役機まで個性が出ている。ぼーっと眺めていた。
小学生、僕も当時は、楽しくやっていた。
きっとこんな大会があれば、飛び付いていた。
すると突然、画面が真っ暗になった。
「ワタル、ご飯できたから。」
「...うん」
沢山の人に、気を遣わせている。友達にも、親にも。
特に母さんには、辛い所を一番近くで見せてしまったから、尚更だ。
「ほら、運ぶの手伝って。」
手渡してきたのはカレーの鍋。ずっしりとした重みを感じながら、慎重にリビングのテーブルに置いた。
カレーか、今日はとても空腹だし、沢山食べよう。
満腹になったお腹を擦りながら、食べ過ぎたかなと呟く。重くなってきた瞼に逆らわずどんどんと意識が落ちていく。
ガンプラバトル、久しぶりに生で見た。やっぱり、動くガンプラが一番良い。あのフィールドを躍動する姿こそ、僕の憧れたガンプラバトルだ。
...やめよう、もう終わったんだ。僕はやるべきじゃない。周りとは違うから、見えてしまうから。
部屋に響く小さな寝息、僕のなんてことのない1日は終わった。
しかしここから、僕はまたガンプラと向き合う日を歩むこととなる。それは突然現れた嵐の転校生が僕の運命を変えた。
ジョアン=エレノアが、僕をガンプラに向き合わせた。
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3話 ジョア=エレノア
珍しく早起きだった。時計の短針が6を指している。目覚ましが喧しく鳴る前に何故か起床した。
今振り替えると運命なのだろうか。偶々早起きして偶々早く投稿した日が、アイツと出会う日だった、偶然にしては出来すぎている。
早起きの僕はそのまま階段を降りて一階、リビングへと向かうと朝食を作る母さんにおはようと一言。
「珍しく早起きね、何か用事?」
「目が覚めただけだよ」
朝食を待つ間椅子に座りテレビをぼーっと眺めた。事件だが事故だが悲しいニュースが流れた後、何処かで聞き覚えのあるテロップが表示された。
「ガンプラニュース!新商品や近日発売のパーツをいち早くご紹介!」
こんな朝早くからガンプラの専用コーナー、しかもニュース番組で。最近のニュース番組は確かにバラエティー化してるし、不思議ではないか。
そうだ、これ初めて見るけど何処かで聞いたような。モヤモヤの原因を探るべくまだ動いていない脳で記憶を探る。段々と形になっていくモヤモヤ、これは人の顔か。
えーっと男性、若い、ちょっと抜けててヘラヘラしてるな...あー、わかった。
ケイジが見てるコーナーだ、あいつこれを見るために早起きしてるとか言ってたな。
このコーナーのお陰で遅刻は未だにないって自慢してたな、自慢してた相手も遅刻はまだ0だけど。
「はいワタル」
「ありがと」
運ばれてきた朝食はエッグトースト、コーヒーと一緒に朝の僕のエネルギーになってくれる。
このまま家にいても仕方ないし、学校に行ってケイジと時間潰すかな。口の食パンをコーヒーで流し込みながら、早めの登校を決めた。
驚いた。こんな偶然あるんだな。
早めの登校中、T字路でバッタリ出くわしたのはケイジ。数分でもずれると会えないのに、奇跡なのか?腐れ縁なのか?
奇跡なら、運はこんなところでケイジには使いたくない。
「お、お早い登校ですな」
「目が覚めて、することもないし」
ケイジとは会う度に何か話している。よく話題が尽きないものだと感心する。あっちが話を振ってくれるがどこで仕入れたのか、わざわざ仕入れてくれたのか?
この間にもまた話が変わる。ロシアのウイスキー事情からイギリス料理の話題、中々面白いし暫く相づちを打って聞いてみる。
「で、サンドイッチも要注意な。あっちのパンはカチコチだからな」
これから先イギリス旅行にいくなら、役に立つ情報だ。行くならば、の話だ。
ケイジという人間ラジオが暇を潰してくれる。登校して正解だった。靴を履き替え階段を登り奥の教室への廊下でも長々と話してくれる。
「ヨークシャープディングっていう肉の付け合わせは美味しいらしいぞ。」
へぇー、プディングねぇー。食べてみたいな。
誰もいなそうな雰囲気の教室、扉の前で音がしないのも新鮮だな。いつもいつも一部のガンプラバカが喧しくて仕方なかったし。
がらがら...年期の入った鉄の擦れる音、白い壁が横に流れ代わりに見えたのは
「...oh」
金髪の男子生徒だった。
二日連続、扉を開けると未知との遭遇。前回はよくあるシチュエーションだが、今回は違った。
「...good morning」
「あは、はぁ」
外国人だった。英語だ、生英語だ。生グッモーニングだ。とりあえず頷く、とりあえず、首を縦に降る。
頭一つ高い背と天然の金髪に英語、外国人。それが同じ制服を着ている。メガネもかけている、あと、それと、笑っているからかすごい爽やか、笑顔の清涼剤。
髪もキッチリと整えられていて寝癖を水でチョンチョンと固める僕とは大違い。
「あー...ふぅー、あー、ゆー」
英語が苦手なケイジが恐る恐る話しかけた。なんて片言なんだ、酷いぞ。しかし勇気は誉めたい、この状況で動揺しながらも声をかける行動力は流石だ。
「...あは、あはははは!」
すると爽やか笑顔がぐにゃっと崩れて笑いだした。手を叩いて大きな声で、ちょっと下品な位。
「いや、ごめんね。日本語一応は話せるんだ。けっこー練習したし、どうかな?」
「すごい上手、ペラペラじゃん」
ケイジ、あっちはペラペラだぞ。イントネーションも違和感ないし、先に日本語を聞いていたら外国人だとは思わなかっただろう。
「良かったよ。練習した甲斐があった。これで日本の生活にも支障はなさそうだね」
「なな、もしかしてさ!外国からの転校生、とか?」
「そう、ジョアン=エレノア。イギリスから来たんだ。宜しく」
ジョアン=エレノア...イギリスから来た転校生。
カッコいいな、名前もだし、イギリスからってのも。
「イギリス?飯が不味いって本当?」
ケイジ、お前まずそれを聞くのか?
僕も話を聞いてたから確かに気にはなったがそれまず聞かないとダメなのか?
「んー、ハギスは苦手かな」
答えるんだ。えーっとハギスは麦や野菜を羊の胃に詰め込んで煮たり蒸したりしたもの、だったっけ。
「本場でもハギスは好み別れるんだ。」
「他にもイギリスのソーセージとかは、パン粉が混ぜられてたり。」
面白いじゃんこの話。口は出さず黙って二人の話を聞いていた。食から住、衣へと種は尽きることがない。
そうして時が進むとクラスメイトが教室へと入り僕らと同様の反応を示した。ジョアンは見つけ次第英語で話しかけるドッキリを仕掛けた。仕掛けられた側はその反応を見てバレないよう遠くから見守っていた。
授業前のHRでは既に自己紹介がすんでいるような状態で、すっかりクラスに打ち解けていた。
ジョアン=エレノアは3か月前の入学式からいたような錯覚をするほど、違和感はなかった。
「ワタル、ありがと」
「あ、うん」
ジョアンの席は入り口から一番奥の窓側の一番後ろ。その隣は、まさかの僕だ。今僕はジョアンの席に自分の席をくっつけて教科書を共有している。これ、ラノベでみたシーンだ。
「これが日本の教科書、普通だね」
「イギリスはどうなの」
「変わらないよ、こんなの」
日本の物が色々珍しいのか好奇心に任せ色々と物色される。楽しそうだ、異国の地に一人で来たって言ってたのに寂しさが感じられない。気になって仕方ない、いっそ聞いてみるか。
「ねぇ、ジョアンはどうして日本に来たの?」
「ガンプラ...」
「なんて?」
「...そうだ!ワタルに見せてあげるよ。今日ジョアンの家に来ない?」
「と、突然だな」
そこに答えがあるなら、いってみても良いかな。独り暮らしの部屋も見てみたいし。
「なら、お邪魔しようかな」
外国人の独り暮らしの部屋か。どんな感じなんだろ。
放課後、ジョアンに連れられて来たのは学校から徒歩五分。大通りから少し抜けた住宅街にある3階建てのアパートだった。結構年数がたっていて階段は所々錆び付いている。踏む度にギシギシと不安を煽る音が鳴る。
「ケイジは来なかったの?」
「英語の補修だって」
「ジョアンが教えてあげようかな?」
それはいいや、本場の英語を仕込んであげれば補修になんて行くことはない。
階段を登り終えるとすぐ左の深緑の戸の前で止まった。2の2、ここがジョアンの借りている部屋。
鍵を指すと23度捻って音がなったのを確認するとドアノブに手を掛けて引いた。
「むさ苦しくて狭い所だけど、どうぞ」
大家さんがいなくて本当によかった。
お邪魔しまーす、玄関に先に上がらせてもらうと中は思った以上に時代を感じる内装だった。右手に台所、左手にトイレ、前には畳四畳程のスペースがあり、真ん中に机、奥に小さなブラウン管のテレビが見えた。
玄関から2、3歩歩けばもう部屋で他にベットやタンスがあるだけの質素な配置。
「なんか、普通だね」
「この広さだし、これくらいで良いさ。今のところこれでジョアンは困ってないし。」
僕の部屋の方が物を置いている気がする。人間これだけあれば生活できる、僕の部屋には余計なものが多いのかな。ぐるっと見渡してみると、玄関からは見えなかったが右手が壁じゃないことに気がついた。分厚いカーテンのようになっていて、仕切りになっている。
「気づいた?ここがワタルに見せたい場所なんだ。」
カーテンの端を握ると僕の前をそのまま横切った。
そこで見えたのは。またも四畳分のスペース、しかしこちらとはあまりにかけ離れていた。
壁は見えず代わりにショーケースが並べられていてそこにはガンプラがびっしり。ケイジの部屋でみたよりも多く、密度が凄まじい。唯一ショーケースでないちょうど中央では勉強机の上にパソコンやら塗装ブースやら混沌としている。
「どう?」
「これ、よく入れられたね」
「ショーケースは組立式だし、ガンプラは日本で作ったものだから。」
「...ジョアンって、日本に来てどれくらいなの?」
「1ヶ月ないかな、2週間ちょい?」
に、2週間で数百ものガンプラを作ったのか。朝から晩までずっとガンプラか、ここにもまたガンプラバカが一人。
「これだけの数作って、好きなんだね、ガンプラ」
「ようやくだよ、これだけ失敗作を作って、やっと完成した。」
「え、今なんて」
「長かった。本当に」
「ジョアン?」
ショーケースを見て何か呟いている。急に人が変わったみたいに笑顔が消え、虚ろな目をしていた。
「...ワタル、プラフスキー粒子は不思議だね。まだ無限の可能性が残っている。」
「なに、言ってるの?」
「システムは完成した。でも、僕はこの目で見たい。システムでのプラフスキー粒子の流れ...」
「プラフスキー粒子を、見たいの?」
「うん、機械で流れを確認するのは可能だよ。でも僕は自分の目で、確かめたいんだ。」
「システムって、ジョアン一体何を?」
「意地悪だよね、わかった。ワタルには特別の特別、見せてあげるよ。」
にこっと笑ったジョアンはガンプラ部屋に入ると、ゴチゴチャした机からなにかを手に取った。
「OVER SYSTEM。プラフスキー粒子の応用、ガンプラの新しい力だよ。」
手にしていたのはガンプラ、ブルーデスティニー1号機。その全身は、黒く染められていた。
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4話 OVER SYSTEM
黒いブルーデスティニー。何故だろう、見た瞬間に他のガンプラとは違う異様なオーラを感じた。
このショーケースに並べられていても、目に留まってしまう。決して派手ではない、寧ろ地味な色をした機体なのに、どうしてここまで惹き付けてくるんだ。
「ここからちょっと行った場所に模型屋があるんだ。」
何処から取り出した黒いケースに黒いブルーデスティニを収めるとそれを抱えて玄関へと歩きだした。
僕は黙ってついていく。OVER SYSTEM、それが何なのか知りたい。ジョアンが自分の目で見たいという粒子の流れ。
僕には見える、見えてしまう。彼が渇望する力を僕は持っている。
この目で見よう。全て見届けるんだ。
僕自信でも理解できない強い意志、ここまで駆り立てる物はなんだろうか。よくわからないが胸の奥で疼いているみたいで、いても立ってもいられない。じっとしていると叫びたくなる。
鍵を閉め階段を降りてブロック塀に挟まれた細い路地裏を先へと進む。それを無言のまま追いかける。見慣れない道をクネクネと歩くと喧騒な大通りに戻って来た。
「ここだよ」
「ここって、昨日来た...」
偶然ケイジと見つけて、タカヤマくんのバトルを見た模型屋。
「こんにちは、ミヤタさん」
「やぁジョアンくん、いらっしゃい」
中に入ったジョアンは店主と思わしき中年の男性に挨拶した。箒とちり取りで床掃除をしていたようで、屈んだ体が延びると180を越えている大柄なおじさんだった。それよりも、ちょっと特徴的なモジャモジャな髪に目が留まってしまう。
「彼は、初めて見るね」
「キヤマ=ワタルです。昨日この時間帯にガンプラ買っていったクラスメイトの付き添いで実は一度来ています。」
「むむ、もしかしてガンプラバトルをずっと見ていた子かな?」
「は、はい」
ミヤタさんはそうかそうかと頷いて。
「やりたくなったんだね。ガンプラバトルが」
「そ、そういうわけでは...」
「遠慮しなくていい。存分に使って使って。」
するとエプロンのポケットに手を突っ込むと銀色に光る物を取り出し、僕の前へと寄り手渡してきた。
「バトルルームの鍵。失くさないでね」
「わかり、ました」
鍵には小さなカプルのキーホルダーが付いている。中に鈴が入っているので揺れるとじゃらじゃらと音が鳴る。
「ほら、どうぞどうぞ」
肩に手を置かれ、促されるまま進み、バトルルームの鍵を指した。
こんなに近くでバトルフィールドを見るのは何時ぶりだ。
人から見るとちょっと物足りないスペースだけど、ここにガンプラを発進させると、途端に広大な戦場となる。
都市部、森林、深海、宇宙。そこで繰り広げられるのは、自分の持てる力を全てをぶつけ合う激闘。
少し離れた場所で眺めると、この台があの頃より低くなった。大きくなった、あの日から時が流れた証拠だ。
「いくよワタル。」
「Please set your GP Base。」システム音が鳴るとにGPベースと呼ばれる記憶媒体を取り出し、所定の位置にはめこむと、ガンプラも待機位置に配置する。
するとジョアンを取り囲むように展開される。青い光のカーテンがぐるっと包み、彼の前に二つの光の球体が現れる。
「Battele start」
「ジョアン=エレノア、オーバーデスティニー1号機...start!」
カタパルトから射出されたオーバーデスティニーはそのまま宙に投げ出されるとすぐに体勢を立て直しながらブーストを噴かせ地面へと降り立った。
「WAO、テキサスコロニーだね」
フィールドは凹凸の激しい岩だけのテキサスコロニー。
そこに一機、仁王立ちの黒いブルーデスティニーが降り立った。
「ガンプラはプラフスキー粒子で動いている。ではその仕組みはどうなのかと言えば...ざっくり説明すると粒子がプラスチックに反応して流体化する特性、これだけなんだ。」
「えっと、つまり...」
「ガンプラは外からの力によって動かされている。そう、粒子は外からガンプラを動かしているんだ。」
外、粒子が外部からガンプラのプラスチックに反応している事が重要なんだ...それが、どうしたのかな?
「OVER SYSTEMはそんなプラフスキー粒子の反応を更に上昇させる磁石のような装置を作動させるんだ。」
「プラフスキー粒子を、より多く集めるってこと?」
「そう、見てもらった方が早いね...いくよ」
何が起こるんだ?フィールドに近づいて、動かないブルーデスティニーのアクションを待つ。
じっと見続けていると、ブルーデスティニーの周りに浮かんでいた粒子が段々と濃くなってくる。それが体全体にまとわり付き、やがて炎のようにゆらゆらと揺れ始めた。こんなに濃い粒子を始めてみた、まるで生き物のように1つとなっている。
「目では見えないけど、今オーバーデスティニーには通常の何倍も粒子が反応している。機械で確認すると...蒼いオーラみたいで、粒子に包まれているんだ。」
腕に、足に、銅に、絡み付く粒子。本当だ、蒼いオーラ...。とても綺麗だ、粒子は薄くて淡い光り方しか知らなかった。こんなにも濃く強く光れるものだったんだ。
「それじゃ動かすよ。勿論EXAMシステムはなしだよ。」
バックパックから粒子が地面へと噴き出された。飛ぶ、認識した瞬間には飛び上がっていた。
体に纏った粒子を軌道に残しながら、彗星のごとく尾を引いて飛ぶ姿に、思わず感嘆の声が漏れた。
今は地上だけど、これが宇宙に飛べば彗星そのものだ。
「この機動力、これがOVER SYSTEM。どうだい、ワタル」
見入っていた、ジョアンの言葉は耳に入れど頭に入ってこない。今日、この日だけあの日以来粒子が見れて良かったと思った。美しき粒子の流れ、軌道後に残る残光、これがホビーから生まれているなんて信じられない。
「すごい、綺麗だ」
ポツリと呟いて直ぐ様僕は、現実に戻った。夢中になって、つい口から出てしまった。
「...綺麗?」
ジョアンは操縦桿から手を離し、尋ねてきた。説明時の笑顔はなく、神妙な顔をしている。
「な、何でもない」
「聞こえたよ、綺麗って言ったよね。」
「そんなこと...言ってない」
「粒子、見えるの?」
見えない、そう言いたかったのに口からでなかった。
まさかそんな質問が飛んでくるなんて、その衝撃に僕の意識が持っていかれた。
「...そうなんだ、いいな」
「なんで...粒子見えるの、なんて、聞いたの?」
動揺を隠せないまま何か話さないと、懸命にひねり出して口にしたのは素直な質問だった。
「いたんだ、イギリスの知り合いに...OVER SYSTEMを一緒に開発した友達がね。彼は粒子を見ることができるって、最初は驚いたさ。でも、システムを仮完成させた時彼が言ったんだ、美しい、綺麗だ...て。ワタルと一緒の感想」
「僕以外にも、いたんだ」
「稀だけど見える人はいるんだって。最近になって世に知れ渡ったけど。」
僕以外にも、いる。僕以外にも、いる。
僕だけじゃない、僕が特別変な訳ではない。僕は稀に持って生まれた、それだけなんだ。それだけ。
僕はおかしくなんてない。
「辛いこと、あったんだね」
「...あぁ」
「ごめん、ハンカチ持ってないや」
我慢していた全てが吐き出された。ずっと塞き止めていたダムが決壊した。溢れ出る涙を止められず、立ち尽くしていた僕にジョアンは寄り添い、背中をさすってくれた。
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