戦姫絶唱シンフォギア MP (ROGOSS)
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敵の足音は軽やかに (1)
より作品の精度を上げるために評価や感想をお待ちしております。
「シンフォギア装者達は現場に急行せよッ!」
『了解ッ!』
ヘリから降下する装者達を見る。
「来た来た。獲物がやって来やがった」
「飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことですね」
「で、でも……負けたら死んじゃうよ」
「問題ない。私達は絶対に負けることはない。この体に宿る力に敗北など存在しないッ!」
仲間の声を聞き力がわき上がる。
負けるわけがないのだ。この戦場において間違いなく最強の存在は私だ。だから私が負けるはずがない。私が負けてしまえば全員に迷惑がかかる。そんなことあってはならない。
「
曇天の空に響き渡る歌声が聞こえる。
光る体躯のまましなやかに着地する少女の姿が見える。
「思ったより早いじゃねえか、シンフォギアッ!」
「あったりまえだろ! そんだけじゃんじゃか聖遺物の反応を垂れ流しておいて見つからないとでも思ったのか」
「悪いことをさせないために私達は来たの!」
クリスの後ろから現れたガングニールを纏った装者。
響も拳を構える。装者達はいつでも戦闘に入れるような状態だ。
対して私は未だに何も纏っていない。
これではあまりにも失礼だ。
全力には全力でお礼をするのが人の心を持つ者の礼儀だと心得ている。
「謳いなどしない。ただオレは目の前のクソを取り除くだけだッ!」
「全部撃墜しやがった!」
「この程度かシンフォギアッ!」
「なめやがってぇ!」
クリスが巨大なミサイルの発射準備をする。
ただ発射するだけではなく搦め手でくることは容易に想像できる。
「その程度かと言っているッ!」
私は高く飛んだ。
「貫け」
私のひとことに続くように背後の空間が歪み無数の刃が姿を現した。
「力比べだ、クソ共ッ!」
「上等じゃねぇか!」
飛び立つ刃とミサイルがぶつかり合う。
爆炎と轟音があがり、辺り一帯に巨大な衝撃波の雨を降らせる。
土煙が晴れ始める。そこには以前として3人の姿がある。しかし、クリスは肩で息をしている。彼女の立っている場所には数十本の刃が突き刺さっている。クリスにも命中しているらしく、彼女の頬から鮮血がしたたり落ちていた。
私は笑みを浮かべる。
しょせんはこの程度でしかない。
「どうした? もう終わりか? お前達の慟哭は塗るいんだよッ!」
私は剣を握りクリスへと斬りかかった。それを邪魔するように響の拳が剣を押し返す。
「クリスちゃんのところへは行かせないッ!」
「言葉だけは立派だ。だが行動は未熟未熟ッ!」
音速に匹敵する斬撃の連続。最初こそ必死に食らいついていた響であるが、徐々に彼女は後ずさっていく。力負けしているのは一目瞭然だった。
「前に進むだけの猪には勝機はないんだよ!」
「くっ……眩しい……」
一瞬の閃光が響に襲いかかる。繰り出す拳の軌道が僅かにズレる。
その隙を見逃すほど私は甘くはない。鋭い一撃が彼女の腹部へとヒットする。悲鳴を上げながら響は後方にま吹き飛ばされた。
私は零れる笑顔を抑えきれないまま、剣を空で一振りしてクリスと響へ向ける。
満身創痍とはまさにこのことだった。彼女たちに戦う気力が残っているとしても体が付いてくることはない。
「マスクが……!」
私はそこでようやく気がついた。私がどれだけ楽しそうにしていても、顔に張り付くマスクが邪魔をして彼女たちに表情を見せることが出来ない。
耳の端から端まで大きく口が描かれ、黒と白で半分ずつ塗り分けられているマスク。危険極まりない私の性格を表現している実に見事なまでの一品だ。
「さて……とどめはどうやってさすかな」
剣に炎をまとわせながら私は一歩ずつ彼女たちへと近づいて行く。
「ざけんな!」
クリスが儚くも銃撃を繰り出すが、今更その程度の攻撃で止まるほど私の歩みは軽くない。
いよいよ間合いに入り彼女の首を切り落とそうとした時だった。
『もう充分にデータは取れました。それ以上の戦闘は私達にとって有益になりません。撤退してください』
「おいおい、なんでだ! ここでこいつらを殺せばこれから先はだいぶ楽できるんだぞ」
『忘れないでください。私達の目的を』
「チッ。いつも不完全燃焼なのはオレだ。わかったよ、わかったさ。言うとおりにするよドライ」
私は舌打ちをしながら歩みを止めた。
「命拾いしたなクソども。まぁ、後々にまた殺し合おうじゃないか。それまでにもっと強くなるんだな」
私はテレポートジェムを地面に落とす。真っ赤な陣が展開する。
「次こそはその首をもらい受ける」
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敵の足音は軽やかに (2)
「響さんもクリスさんも特に大きなダメージを受けてはいません。少しばかりの休養は必要ですが、また前線に復帰できると思います」
「そうか……それにしても一難去ってまた一難といったところだな……再び錬金術師の襲撃に合うとは」
「司令、それに関して少しだけ気になるところがあります」
「言ってみてくれ」
「これは先程の現場をスキャンした画像となります」
藤尭がコンソールを巧みに操り、モニターいっぱいに戦闘が起きた場所を映しだした。やがて画像は徐々に切り替わり中央には数色の色が浮かび上がる不思議な画面となる。
「これはエルフナインちゃんの協力を得て、観測できたアウフヴァッヘン波形を解析したものです。中央に色が付いている場所のアンノウンエネミーが戦闘時に立っていた場所なのですが……同一人物から4種類のアウフヴァッヘン波形を観測していることとなります」
「つまり、敵は4つの聖遺物を所持しているということか?」
「少し補足すると、敵は4つの聖遺物を何かしらの力を持ってして一つの聖遺物として扱っているということです。本来は4つがバラバラにあるはずのものを無理矢理1つにしていていると言った方がいいでしょうか?」
「なるほど……エルフナインくん、君の見解はどうだね」
「正直に言うとまだわかりません……ただ、聖遺物を1つ持つだけでもかなり難しいはずなのに4つも持っているとなると大きな組織の協力があるのではないかと思います」
弦十郎は腕を組み椅子に深々と座った。理屈は理解できるが、理論ベースの話となるとどうも頭が痛くなる。いつも勘に頼ってしまうことの弊害だろうか。
とにかく、今の話で敵には大きなバックがいる可能性があることがわかった。
「やはり謎に包まれたパヴァリア光明結社の影があるのかもしれないな」
「あらゆる歴史的事件に関与していると噂されている秘密結社。その秘匿の壁を壊すとなるとなかなかに難しいでしょうね」
「なに、心配することはない。こちらは元々情報戦には腕があるんだ。緒川、頼んだぞ」
「情報部と連携して情報収集に当たります」
緒川はそう言い残すと司令部を後にした。
今は考えすぎてもしかたない。目の前にある事だけに取り組まなければ隙を見つけられ付け込まれてしまう。
「ウェル博士の遺したチップの解析はどうなっている?」
「すみません……僕の力不足でまだ途中です……」
「そうか……エルフナインくんは引き続き解析を続けて欲しい」
その時だった。司令部に大きな警報音が鳴り響く。モニターにアルカノイズの出現が表示される。
「場所の特定完了しました! 装者達を至急急行させます」
〇●〇●〇
「まさかこうも早く相まみえるとは……」
「今はやるしかない。私達にできることをしましょう」
「だが……マリア……」
「心配しないで。まだ戦えるだけのリンカーはあるから」
翼とマリアがヘリから飛び降りる。
「
瞬間、地上にはアガートラームと天羽々斬を纏った二人が立っていた。幸いにも避難誘導が迅速に行われたらしく、周囲に人影は見当たらない。
「一気に片付けるぞ!」
今更アルカノイズに退けをとることなどあり得ない。
二人の装者がアルカノイズの大軍に向かって斬りかかっていく。応戦するアルカノイズであるが、その動きは単調であり、まったく意外性がない。ただ斬る、先へ進む。その繰り返しが続いていた。
「私達が負けるわけがないッ!」
伸びるムチのような手を躱し、マリアが目の前のアルカノイズを切り裂く。続いてステップを踏むように左右にいる敵を斬る。チラリと翼を見るも、彼女も問題なく討伐を続けていることがわかった。
いったいどういうことなの……? 何の目的でアルカノイズは出現したの?
マリアが考えていると悲鳴が聞こえた。
「逃げ遅れがいるのか!」
「翼、行くわよ!」
マリアと翼が流れるような連携で道を切り開く。ビルとビルの谷間にあたる通路にアルカノイズが大挙をなして侵攻しているのが目に入る。
逃げ遅れた人がそこにいるであろうことは容易に想像がつく。
『ハァァァァ!』
二人の息が合う。接近に気がつかなかったアルカノイズが次々となぎ払われていく。
「怪我はないかッ!?」
翼が腰が抜けて立てなくなっている少女へ駆け寄った。
「は、はい……ありがとうございます」
「ここは危険よ。アナタも早く避難を」
「え、は、はいっ!」
返事が聞こえる。しかし、そこから去って行くような気配を感じられなかった。不信に思いマリアは視線を逃げ遅れた者へと向けた。どこにでもいるような普通の少女がそこにはいた。髪色こそ雪のような白さであるがそれ以外は何ら特徴はない。年齢的にはクリスくらいだろうか? 高校生くらいのように感じられた。
「どうしたの?」
「えーと……その……二人って……」
「なにかあったのか?」
「マリアさんと翼さんですよね?」
二人は目を丸くした。
少女は私達の名前を的確に当てたのだ。メディアにもそこそこ登場しているし、顔を知っていてもおかしくはない。ただ、戦場で一般人に名前を言い当てられたことは初めての経験である。思わず驚いてしまった。
「二人が噂の……ノイズを倒す英雄なんですね! 私……二人に会いたかったです!」
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思い出の作り方 (1)
「司令、どう致しましょうか?」
「うむ……」
マジックスクリーン越しに弦十郎と緒川は言葉を交わす。
翼とマリアが保護したという少女には幸いにも怪我はなかった。しかし、一目見ただけでかの有名な翼とマリアとわかってしまったことが問題となっていた。
とりあえず急場のしのぎとして少女を本部へと連れてきていた。今回の事件に巻き込まれたとこや翼がマリアがシンフォギア装者であることを秘匿することを誓わせた。だが、問題はそれだけではなかった。
「司令。やはり彼女は装者としての適性が見られます」
友里に手渡された資料を見ながら弦十郎は頭をかく。
装者候補を見つけられたことは幸運だ。だがしかし、肝心の彼女の詳細に何故か違和感を覚える。
年齢はクリスと同い年だろう。両親は事故に巻き込まれ天涯孤独の身。高校に通うことはなく、アルバイトを続けてその日暮らしをしている少女……なぜだか意図的に独り身になっているような感覚。こういう時の勘は妙に当たるものだ。それでも、勘だけの判断で貴重な人材を野放しに出来る程の余裕は二課にはない。
「どうしましょうか?」
「そうだな……高校には行っていないようだが……入学させるか」
「この時期の転校生ですか?」
「そうだ。間もなく夏休みになるわけだし彼女には思い出を作ってもらうとしよう」
「いったいどんな理由ですか……」
「手続きの方はこちらでやっておく。クラスはそうだな……よし、彼女と同じクラスにしよう」
「事前に説明をしなくてもいいのですか?」
「心配するな。なんとかなるさ!」
緒川はやれやれと首を振る。
弦十郎はどこか楽しそうに笑うだけだ。天涯孤独の身の少女をまっとうに高校に通わせることに安心感を抱いているのだろうか。
問題にならなければいいけれども……
友里は静かに心配事を思い浮かべるも口には出さない。出したところで決定がひっくり返ることなどないことを彼女はよく理解していた。
〇●〇●〇
「それでコイツはどういうことなんだ?!」
「ははは、そう怒るな。友達は多い方が嬉しいだろう」
「そういうことを言っているわけじゃなくてだな!」
クリスは地団駄を踏む。先程から同じような内容のやりとりが繰り返されていた。
今日は転校生がやってくると聞いていた。それでも自分には関係ないものだろうと高をくくっていたのだが……蓋を開けてみれば転校生である
何かしらの意図が絡んでいると察し、本部へと駆けつけて見れば親しげに弦十郎と話している沙優がいるではないか。
そこでクリスは全てを知ることとなった。
沙優は装者としての適性を見込まれて、私立リディアン音楽院に転校してきて、年齢的にクリスと同じであることから広い部屋で一人暮らしをしているクリスの家にとりあえず同居人として押し込んだといった感じであった。
「あのなぁ、おっさん! 先に相談をすることが筋ってやつじゃぁないのかっ!」
「もっともだ。すまんすまん」
まったく詫びれる気がない弦十郎の様子にクリスのボルテージはさらに上がっていく。
「す、すみません……迷惑ですよね……」
所在なさげに平謝りを繰り返す沙優を見ていると何だか怒っている自分がばかばかしくなる。
クリスはため息を一つ付き、弦十郎を睨むと沙優の肩に手を置いた。
「謝ることはない。お前も被害者なわけだからな。たくっ。わかったよ。本部様々だ。言うとおりにすればいいんだろ」
「さすがは雪音くんだ。君ならそう言ってくれると思っていたさ」
「都合の良い奴め。行くぞ」
クリスに呼ばれているのが自分だと気がつく、沙優もクリスの後ろを付いていく。
沈黙が続いたまま廊下を抜けて地上へと続くエレベーターに乗り込む。その間、沙優はクリスに視線を合わせようともしない。肩をすぼめ申し訳なさそうな姿を維持し続けている。
その様子がクリスにはどうしようもなく耐えることができなかった。
「やめろやめろ。悪いのはお前じゃないんだ」
「だけど……私が突然来たから……」
「あぁ、だから気にするなって。どうせ広い部屋に一人だったんだ。同居人が増えたところで困ることはない」
「そうですか……?」
「それとっ!」
クリスは沙優に指を指した。ビクリと彼女の体が硬直する。
「同い年で同じクラスになるんだ。つまりはだ、私達は友達になるんだ。敬語はやめろ。あとクリスで良い」
「え……?」
「お前なぁ……はぁ……なんて呼べば良い?」
「え……あ、じゃぁ……沙優で……」
「わかった、わかったよ沙優。さっさと家に帰って夕飯食べるぞ」
「は、はいっ!」
「敬語っ!」
「う、うん!」
「はぁ……」
今日は随分とため息をついてしまう。
それでもクリスは心のどこかが高鳴っていくのを感じた。
同い年で同じクラス。クラスの奴らは私と沙優が一緒に住んでいると知ったら余計な詮索をするかもしれない。だけれども、彼女と新しい生活が始まることは嫌ではない。
「さて……今日はごちそうにでもするか」
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思い出の作り方 (2)
「それでだ……どうしてお前達が私の家にいるわけだ」
「だってクリスちゃんが新しいお友達を連れてくるって聞いたから!」
「誰がそんなことを……」
「皆まで言うな。そのような人物はひとりしかいないだろう」
「おっさん……お前ってやつは!」
クリスが怒りの咆吼を上げる。
その横手は切歌と調が沙優と戯れている。否、切歌が一方的に沙優をからかって遊んでいるといったところだろうか。どこから引っ張り出してきたのか、メイド服を沙優に着させて喜んでいる。
「すごく似合っているのデス!」
「きりちゃん、あんまり困らせたら駄目だよ」
「い、いえ……その困っているわけじゃないですよ。ただ、こういうお洋服は初めて着るので……その緊張してしまいますね……」
「ほらきりちゃん、駄目だってば」
「えー、でも調だって沙優ちゃんに似合ってると思っているでしょう?」
「それはそうだけど……」
「本当ですか……?」
沙優が恥ずかしそうにうつむく。つられるように調も「うん、似合っているよ」と小さく呟く。
「はーい、みんなー! お菓子食べようー!」
未来とマリアが大量のお菓子の袋が入ったレジ袋をもってクリスの部屋に入ってくる。
喜びの声が上がり、テーブルへと向かっていく面々を見ながら、クリスはどうにでもなれとでも言った表情をしながら頭を抱えていた。
この場所が初めてたまり場になったわけではないが……準備なりなんなりをする時間を家主としてもらってもいいはずだ。
だが、突然聞こえるすすり泣く音に一同は固まっていた。響が心配そうに沙優ヘを歩み寄る。
「どうしたの……大丈夫?」
「どこか痛いの?」
「違います……私、こうやって誰かと仲良くした思い出がなくて……」
マリアと切歌、調に少しだけ陰りが走る。彼女たちは施設での日々を思い出して知るのかもしれない。だからこそ、マリアが動いた。マリアは沙優の頭に優しく手を置いた。
「大丈夫。これからたくさん思い出を作ればいいんだから」
「その通りだ。私も思い出を作っている途中であるしな。白井、これからこのお節介達にたくさん絡まれると良い」
「もしかして翼さんに褒められた?」
「響、きっと翼さんは響に一番思うところがあるんだよ」
「え、未来、それどういう意味?」
「教えなーい」
「ちょっと! 未来ー! 虐めないでよー!」
響と未来のいつも通りの会話が続く。その微笑ましい様子から周囲からは笑みがこぼれた。
その一瞬の平和は長くは続かない。
呼び出し音がする。
「はい、どうしたんデスか」
「装者達は至急集合してください。アルカノイズの反応を検知しました」
「了解デス!」
「ごめんね沙優ちゃん。少しだけお仕事してくるね」
「は、はい……」
「案ずるな。直ぐに帰ってくる」
沙優をおいて装者達は部屋を後にする。
一人残された沙優は待ちぼうけをくらっているかのように呆然と立ち尽くすしかなかった。
〇●〇●〇
『状況を説明する。各地で爆発が起きると同時にアルカノイズの反応を検知した。装者達は各地に急行し、アルカノイズを一掃せよ』
「了解っ!」
「アルカノイズくらい、いまさら! 遅れはとらないデスよ」
「切ちゃん、油断は禁物だよ」
「もちろんデス! それじゃあ、調……いくデスよ!」
「
切歌と調がギアを纏いアルカノイズの群れの中へと吶喊していく。切歌の言っていたとおり、ただのアルカノイズならば彼女たちはもう負けることはない。ウェル博士の残しているリンカーの残りの数に限りがあることだけが心配事としてあるが、目の前の彼女を守るためならば多少の無理は痛くもかゆくもない。
「そこをどくデース!」
切歌の一閃がアルカノイズを切り裂く。
「私達を止めることはできないから!」
調の一撃がアルカノイズをなぎ倒す。
二人の息のあったコンビネーションは響や翼、クリスすらも苦しめたことがある。強く結ばれた絆はどんなものよりも鋭い切れ味を持っている。
そう信じている二人がそこにはいた。
「思ったよりもたいしたことはないですね」
「なっ!」
二人の攻撃を止める者がいた。
仮面にはピエロのような模様が描かれている。
「仮面の人!」
「切ちゃん、気をつけて」
「私の担当は貴方達ですか。暁切歌と月読調」
「どうして私達の名前を……!」
「それはお教えできませんね!」
マスクは何もない空間からチャクラムを取り出すと二人に向かって投げる。
「それくらい簡単に躱せるデス!」
「そう、だといいですね……」
「危ない切ちゃん!」
調の声が聞こえ切歌は振り返る。
背後から稲妻が彼女に向かって走っていた。森羅万象の法則を無視して、左右に走る稲妻。そんなものを誰が予測できただろうか。
「うわぁぁぁぁぁ!」
稲妻に打たれ切歌の刃が届くことなく彼女は地上へと倒れ伏せる。
「そんなものですか?」
チャクラムがマスクの手に戻る。
調は切歌の元へと走り出したい気持ちを抑えながら、戦闘態勢を取った。いつまた、稲妻が向かってくるかわからない。油断できない相手であることは今の攻防でわかった。
「錬金術……」
「装者の方々は一度、錬金術師と戦ったことがありますからわかると思っていましたよ。ですが……それがどうしたというのです? わかったところでどうしようもないでしょう」
「方法はある……!」
『α式・百輪廻』
ヘッドギアの左右から小さな丸ノコが飛びだす。
圧倒的な面制圧攻撃にマスクは回避することを選択した。そこまでが調の想定範囲内。わざわざ攻撃を受けようとする者などいるわけがないのだから。
「そこっ!」
『β式・巨円斬』
マスクが逃げた先に巨大なヨーヨーが振り下ろされる。
土煙り上がり、調の視界からマスクの姿を隠した。それでもマスクに躱す余裕はなかったはずだ。今の一撃で仕留めることができたと調は確信をする。
彼女なりキャロルとの一戦を超えて考えた確かなものを持っての戦術。私ができる私なりの最大級の事。
「たしかに筋は悪くないですね」
「ど、どうしてっ!」
巨大なヨーヨーはマスクへと振り下ろされてはいなかった。
マスクが頭上に掲げているチャクラムから稲妻が放出され、ヨーヨーを支えている。
「何も敵に放つだけが使い方ではありませんからね。そして……こういう使い方もありますよ!」
「いやぁぁぁぁぁ!」
稲妻がヨーヨーを通じて調へと流れ込む。
ヨーヨーという形状が稲妻の導線となってしまったことからの悲劇であった。
数秒間の感電を味わい、調もまた地面へと倒れ伏す。
「これくらいでしょうか。そろそろ止めておきましょう」
「いったい……何者なの……」
「……
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十字への誓い (1)
ここはアツい。
どこまでも続く灼熱の地獄に歩を進めることを躊躇ってしまう。
それでも私は前ヘと進み続ける。この先には希望があることを信じて。
胸に掲げる十字は誰のものだろうか? 祈りを捧げる神などとうの昔になくしてしまった。誰からも蔑まれて産まれた私に残されているのは地獄しかない。
やがて私の足は動かなくなる。バランスを崩し、その場へ倒れ込む。手を前に出し這って進むことを試みる。このままここでのたれ死ぬことだけは嫌だった。ここで諦めてしまえば、今まで何のために苦しい地獄と知りながらも進み続けていたのかわからなくなってしまう。
それでも私の行く先に光などない。そもそも、最初から出口などないのだ。私が産まれた発端からして冷静に考えれば直ぐにわかることだった。
「私はただ……生きたいだけなのにっ! 誰が邪魔をしやがるってんだ……クソがッ……」
怒りを込めた呪いの言葉を吐き捨てる。
意識が朦朧とする中、私に差し出された手があった。
その手はとても小さい。私が触れてしまえば、か弱そうなその手は燃え尽きてしまうかもしれない。
それでも目の前の誰かは私に手を差しのばし続ける。
「あぁ……」
その時全てを理解した。
私はその人であり、その人こそ私の産みの親だということを……
私が地獄のアツさにもだえ苦しむことになる発端を作ったその人。
私はその人を恨むことはできない。怒りをぶつけることはできない。
私はその人がいなければ最初から世の中に存在しなかったのだから。だから私は差し出された手を取った。その人は笑いながら泣いた。ごめんなさいと言葉を続けた。
「心配するな。私はお前だ。だからお前の苦しみは私のもんだ。一緒に生きられるなら、それでいいじゃねえか……」
〇●〇●〇
「そして俺達の存在を明かして何をしたかったというのだ」
漆黒の色をした羽衣をまとった彼は冷静に冷徹に問いを投げかけた。
部屋全体に充満した殺気や怒気は彼のものであることは疑うまでもない。
「準備は充分です。団長、そろそろ私達にもさらなる進化をくださるとこれからの計画に支障を出すことがないかと思います。そのためにも、存在を明かすことで迎撃態勢を取り、シンフォギア装者を一人残らず排除をすれば……団長の崇高なる理念は叶うはずです」
「なるほど。全て俺の願いのためにやったということか……ならば許そう。だが、俺達は秘密結社。その秘匿性故に簡単に名を出すことは許されない。心しておけ」
「以後、肝の命じておきます」
「2日後、お前達を苦しみから解放してやる。再び俺の前に姿を見せよ」
「かしこまりました」
団長……クリスチャン・ローゼンクロイツはそれだけを言い残すと深々と椅子に座り、私に退出を促した。私は彼に一礼をすると部屋を後にする。暗く長い階段が地上へと続いている。指定された時間まであまり猶予はない。行動するならば明日が最後のチャンスだろう。
『どうして何も言い返さなかったんだ』
「言い返したところで意味はありません。私達の願いに何も繋がらない」
『ツヴァイの言う通りね。ドライ、あなたは直ぐに頭に血が上るところが欠点よ』
『私はいつでも煮えたぎる地獄の鎌にいるのさ。周りがアツいんだ。本人だってすぐにカッカするのは当然のことだろ』
「ドライ。その短期はいつか、あの
『私達の願いはただ一つ……そのためなら命すら惜しくもない。みんなわかっているはずよ』
「わかってる。わかってるよ。だからアインもツヴァイもお説教はやめてくれ。頭が痛くなっちまう」
地上が見えてくる。
漆黒の闇が支配する夜。ここから戻るには相当の時間を要することになるだろうが、入れ替えるタイミングは今しかない。申し訳ないが、言い訳は彼女に任せよう。
「アイン、あの娘を起こして」
『えぇ、撤収準備は出来てるわねツヴァイ?』
「心配しないで。今回も上手くやれたわ」
『なら、さっさと起こすとするか』
意識が混濁する。
自分の家に誰かがいたかのような奇妙な違和感と気持ち悪さが体を支配している。私は誰なのだろうか……必死に思い出す。そこに笑顔があった。初めて出来た友達。初めて着た洋服。初めて触れることの出来た笑顔。頭の中で描いているわけではなく、この目で直接見ることができる幸せ。
「はっ! クリスさんの家に戻らないと!」
沙優は走り出した。
途中、肩から下げているバッグの存在を思い出し、林の中へと中身を捨てた。すぐに見つかることはないだろう。
再び沙優は走りだす。その背中を奇妙な顔をした仮面がいつまでも追っていた。
〇●〇●〇
部屋の
「ただいま……」
「どこいってたんだ」
「あの……その……」
クリスは沙優から視線を外さない。ジッと見続ける。
「みなさんがなかなか帰ってこなくて……心配になって……」
「……そうか」
クリスが沙優へと近づいて行く。
殴られる。
瞬間、思った。また殴られる。モルモットのようにサンドバッグのように私はされるがままにされる。
「心配かけて悪かったな」
クリスは沙優を殴りはしなかった。
沙優に頭を優しく撫でた。思わぬ行動に沙優が面食らっていると、クリスもようやく自身の行動に気がついたのかサッと手を引っ込めた。
「ま、まあ、探してくれたのはありがたいがメモくらい残しておけよ。心配くらいするんだからな」
「ご、ごめんなさい!」
沙優はクリスに抱きついた。
「お、おい! そういうことは家でやれ!」
「ここは……私の家になってくれないのですか……?」
「いや、ここはお前の家でもあるがよ! あぁ、クソッ! 暑苦しいからやめろ!」
顔を真っ赤にしたクリスは「風呂に入れ」といいながらソファに向かった。
私を気遣ってくれる人が増えたことが嬉しかった。
「はい!」
「はいじゃねぇだろ!」
「うん!」
私はクリスに照れ笑いを浮かべながら脱衣所へと向かう。しっかりと扉を閉める。
手にしたものを見る。
「これでいいんですよね……?」
『上出来だ。やれば出来るって奴だな』
『気取られないように気をつけてください』
「もちろんです」
『大丈夫よ。沙優は私達と違って普通の女の子なのだから』
『それもそうだな。お前は私達の希望だ。だから……お前を私達は……』
ドライが何を言いかけたのかを沙優はわからない。手にしている赤いペンダントは神々しく光っていた。
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十字への誓い (2)
司令室では奇妙な沈黙が続いていた。沈黙を破ったのはやはり弦十郎だった。
彼はため息を一つ付くと言葉を続ける。
「
「検索の結果ヒットするだけでもかなりの数がありますからね。さすがは伝説の秘密結社というところでしょうか」
「ですがやはり、かなり怪しいのは初代薔薇十字団でしょうか」
「謎の秘密結社。存在自体がかなり懐疑的なものがありますが、確かに中世ヨーロッパには存在していたようです」
藤尭がモニターに一冊の本を画像を映し出す。
それはローマで創刊された著者不明の怪文書「全世界の普遍的かつ総体的改革」だ。そこには薔薇十字団は人類に不老不死を与えるための研究をしていると書かれている。
薔薇十字団は文書で存在を明かされるも詳細は一切明らかになり、20年ほど表の世界から姿を消していた時期があった。しかし、ある日の明け方、パリ中に薔薇十字団のものと思われる張り紙が街中に掲示されているとう謎の行動も起こしている。創設者こそ「クリスチャン・ローゼンクロイツ」と言われる錬金術師であることはわかっているが、そもそも彼は伝説上の人物とされていることから、やはり団体の詳細は誰も知ることができなかった。
「だが、錬金術師が今回の騒動に関わっていることはわかったわけだ」
「そうですね。先の同時多発的爆破事件ですが、爆破と同時にアルカノイズが発生するように細工が施されていました。かなり周到な用意をしているものと思われます」
今度は友里がコンソールを操りモニターに事件の映像を出す。爆発に巻き込まれ周囲の防犯カメラが破壊されてしまったことや謎の細工により、記録によって犯人を追うことは出来ないでいた。
「ふむ……エルフナインくんは今回の件についてどう思う?」
「ふぇ?! 私ですか……?」
「錬金術師のエルフナインくんに聞くのが一番答えに近そうですからね」
「緒川さんまで……」
エルフナインはしらばく考える様子を見せた。
彼女とは色々あったが、今ではエルフナインも誰もが信用しているS.O.N.Gの一員だ。それを感じ取り、エルフナインも少しだけ自信がついてきた。
「薔薇十字団はある事を言っています。いと高き者の恩寵により、目に見える姿と目に見えない姿で、当市内に滞在している。われらは、本も記号も用いることなく滞在しようとする国々の言葉を自在に操る方法を教え導き、我々の同胞である人類を死のあやまちから救い出そうとするものである……いと高き者……もしそれが空に輝く月であり、市内に滞在しているというのはいつでも地上を照らしているという意味になるかもしれません。そう考えると、言葉を自在に操るといった点を納得のいく説明ができるかもしれません」
「エルフナインちゃん、つまりどういうことなの?」
「これは……私の憶測でしかありませんが……月の存在を認知しており言語を支配しているといった点から……もしかしてクリスチャン・ローゼンクロイツはカストディアンなのかもしれません」
「人類の支配者……」
「予想外の敵の名前が出てきましたね」
「だけど不可解な点もあります。人類の支配者だというならば、人類を死のあやまちから救うというところが理解できませんし、そもそも装者の方々が戦ったのは見た目からして女性のようですし……クリスチャン・ローゼンクロイツは伝説上の人物ではありますが、男性であると推測されていますし……」
「なるほど。では、我々が前回から直接的に戦っているのはクリスチャン・ローゼンクロイツの協力者の可能性が高いというわけか」
まずは協力者の割り出しからおこなわなくてはいけないな……
弦十郎は考えを進める。キャロルとの一戦の際、怪しげな秘密結社の情報を掴むことはできた。しかし、今すぐに捜査のメスを入れることは難しい。
それに……戦い続きの彼女たちのことも気がかりだ。せっかくの学生の夏休みだというのに……
「緒川。頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「直ぐに装者達をレクリエーションルームに呼んでくれ」
「司令室ではないのですか……?」
「そうだ。彼女達にやってもらいたいことがある」
弦十郎がニヤリと笑う様子に緒川は嫌な予感がした。
とんでもないことをやるわけではないだろうが、装者の中には翼も入っているはずだ。いちおう何をするのか確認を取っておいた方がいいだろう。
「何をさせるのですか?」
「決まっているだろう。……夏休みの宿題だ」
〇●〇●〇
「だーから! 意味がわからないだろぉぉ! おっさんはいつも突拍子もなさすぎるんだ」
「すみません。クリスさんの怒りはごもっともです」
「緒川さん……なぜ止めてくれなかったのですか?」
「どうも頑固な方なので……」
「デースー」
「切ちゃんしっかりして」
「貴方達、宿題は学生の義務でしょう? 文句を言わないでやる!」
「マリアはいいデスよねー。大人には宿題がなくてー」
「切ちゃん……文句言っちゃだめだよ」
「あぁぁぁぁぁ!」
悶々としていた空気に叫び声がする。
宿題となっているプリントを宙に放り投げ、背もたれにもたれかかりフラフラの響は「終わるきがしないよー未来―!」とここにはいない未来の名前を叫んでいる。さすがに目も当てられなくなったのか、クリスが「立花……」と慰めているようだが、響に宿題に対するどうしようもない文句は永遠と聞こえてきていた。
「おいバカ! いつまでも文句言ってないでさっさとやれ!」
「そういうクリスちゃんだって! 全然やってないじゃん!」
「そりゃ当たり前だろ! 私が残しているのは毎日つける日記だけなんだから」
「えぇぇぇ! 先輩って真面目なんですか?!」
「なんだか以外デス……」
「おいちびっ子二人! 勉強見てやるからこっちにこい」
「い、いやぁぁぁぁぁ! 助けて沙優先輩!」
「わ、私に言われても……」
「そういえば未来はどこおおおおお!」
「小日向は頑張っている立花のために夕食を作って待っているそうだ。小日向も宿題はほぼ終わっているようだからな」
「そんなぁぁぁぁ!」
学生のやりとりが続く。
どこかで聞いているはずの弦十郎は満足気な笑顔を浮かべているはずだ。
沙優も楽しんでいた。
この毎日が本当の学生なのだろう。宿題の内容はまったくわからないし自力で出来る気はしない。家でクリスが教えてくれるが、自分の頭の悪さが露呈してやはりわからない。だけれども、その毎日が楽しかった。すごく楽しくて日常的でいつまでも続けばいいと思ってしまう。
沙優はポケットの中にあるペンダントを握る。
これを奪ってしまっている事実は変えられない。クリスはまだ気がついていないが、いつか気がつくだろう。そして傷ついてしまうかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。しかし後悔はしないと決めている。お姉ちゃん達の願いを叶えるために力のない私ができるほんの些細なお手伝いなのだから。
「だから私は……負けられないよ」
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期待への裏切り (1)
延々と続く夏休みの宿題地獄。相も変わらず響は叫び声を上げながら宿題をし、マリアとクリスは泣きながら宿題を続けている調と切歌に発破をかけている。翼はひとり涼しい顔をしていたが、緒川が「翼さん、まだ宿題終わってないですよね?」の一言に青ざめた顔をしていた。これが夏休みとして正しいのかを沙優はわからない。だけれども、目の前の情景に初体験からか胸の高鳴りを覚える。
しかし、幸せの時間は長くは続かない。刹那の時間でしかない幸福だからこそ、人は憧れ追い求める。沙優にはやるべきことがある。そして彼女たちもやるべきことがやはりあるのだ。
「すみません、トイレにいきたいです……」
「トイレなら、そこの角を曲がったところにありますよ」
「ありがとうございます!」
緒川の案内に従い、沙優は走りだす。だが彼女はトイレへと向かわない。そのまま下へと続く階段を降りていく。司令室がある潜水艦の内部構造は頭の中に入っている。目的の部屋にはすんなりと向かうことができた。ロックもかかっていない扉を開き、沙優はデータを探す作業へとうつる。しばらくコンソールをいじっているとそのデータはすぐに見つかった。
『レイラインの情報……重要なものだというのに案外簡単に見つかるものですね』
『えぇ。あとはこれを私達が覚えるだけ。といっても、完全に理解することはできたわ。沙優、早くそこから立ち去りなさい』
「なにをしているんですか? 沙優さん」
沙優は体を震わせた。
銃を突きつけられているのを気配で感じることができる。
「な、なにもしてないですよ」
「沙優さん、残念です。前々から司令と話して怪しいとは思っていました。タイミングよく沙優さんは現れた。同時に各地で出現する謎の錬金術師。体格のデータからあなたと酷似……いや、うり二つだということはわかっています。目的はわかりませんが沙優さん、今ならまだ間に合います。奪ったものを返してください」
「……」
「沙優さん!」
「うるせぇなぁ……」
沙優の体が炎に包まれる。
「なっ!」
炎を収まる頃、沙優の体は漆黒のマントを身に纏い、顔には白と黒で塗り分けられ耳まで口が裂けているマスクをつけていた。
緒川は一瞬の判断の後、銃弾を彼女にめがけて放つ。しかし、銃弾は彼女に到達する前に突如として燃え上がり灰となった。
「こうなったらしかたねえ、強行突破ってわけだなァ!」
「待ちなさい!」
マスク……ドライは剣を天に掲げ天井を破壊すると高く飛んだ。
「逃しましたか。司令! 聞こえていますね!」
『あぁ! 緒川艦内にアルカノイズに反応も検知した。すぐに司令室に戻ってこい』
「了解しました。……沙優さん」
緒川はドライが消えて行った天井を見上げながら静かに呟く。その言葉に返事などあるわけがないと知りながら……
〇●〇●〇
「艦内にアルカノイズとは、どういう警備をすればそうなるんだ!」
アルカノイズの出現を聞きつけ、クリスは現場へと向かっていた。
やがてアルカノイズの反応があったブロックまでやってくると同時に彼女はさらに見たくはないものを目にする。
「こいつはなんかの縁じゃねぇか!」
「お前か……今は付き合っている暇はない」
「そうはいかねぇぜ! ここが地獄への出発点ってな!」
「ならばどうする?」
「きまってらぁ!」
クリスは詠唱を……始めることができなかった。肌身離さずもっているはずのペンダントがない。歌が頭の中に思い浮かばない。
「お前の欲しいものはこれかな?」
ドライはペンダントをクリスへと見せつけた。
「やろぉ……!」
「これがなければ何もできまい、シンフォギアッ!」
ドライが剣を振るう。呼応するように空間に炎の渦が現れ、クリスへと襲いかかった。
生身の状態で受ければ瀕死の重傷は免れない。ドライは勝利を確信する。
沙優が仲良くしていることは知っていた。私は彼女であり、彼女は私なのだ。同じ感覚を共有している者同士、どうしても感情までも共有してしまう。それでも沙優はクリスが大怪我を負うリスクを承知の上でペンダントを盗んだのだ。ならば沙優の覚悟に応えるためにも手加減はできない。私は、ドライとしての願いを叶えるために人を殺す。
焼け焦げる臭いが充満している。それは嫌な臭いだった。スプリクラ―が作動して大量の雨を降らせる。火が消えたとしてもそこにあるのは、クリスの焼け焦げた体であることは疑う余地もない。……そのはずだった。
「冗談じゃねぇ……」
「な……バカなッ! お前のシンフォギアは確かにここにッ!」
「あぁそうだ。イチイバルはマスク野郎に奪われちまった。だからコイツを使うしかなかったんだ」
そこには五体満足のクリスの姿があった。
見たこともないシンフォギアを纏っている。ドライは少しばかり後ずさりをした。
「使わせたな……私にもう一度使わせやがったな! ネフシュタンはもう二度と使わないと決めてたのによッ!」
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期待への裏切り (2)
「おいおい……コイツは聞いてないぜ。どうして雪音クリスがシンフォギアを纏ってやがるんだ」
「コイツはそんなにお高くつくもんじゃねえ。畜生、やっぱり使う羽目になりやがったか」
クリスは思い出す。
本当は疑いたくなどなかった。シンフォギアを身に纏うためのペンダントが見当たらないことは直ぐに気がついた。一番最初に疑ったのは同居人として登場した白井沙優。しかし、彼女からは悪意や敵意、殺意といったものはまったく感じられない。自分の不注意で司令室にでも忘れたのだと思いたかった。そう思いながらも足はエルフナインの研究室へと向かっていた。思い出すのはほんの数時間前の出来事。
『コイツを起動できるようにしてくれ』
『こ、これって! 記録だと消滅したはずのネフシュタンの鎧なんじゃ!』
『いいから! やってくれ。フィーネのやろう、消える瞬間に塵となると同時に落とし物をしやがったんだ。そいつが私の足下に転がってきた。本当は報告するべき何だろうが、使い道なんかないと思って持っていた……だけど、そいつを使う時が来るかもしれない』
『クリスさん……』
『頼むよ。エルフナインにしか頼めないんだから』
『わかりました。その代わり……いや、なんでもないです』
エルフナインはあの時、何を言いかけたのだろうか。
「まぁ、いいか。お前をぶっ飛ばせればよッ!」
クリスは鎖状の鞭を操り、ドライへ向かって飛ばす。鞭はドライのいた足下を破壊し、回避したドライへと迫り来る。ドライは顔をゆがめながらも、剣をなぎ払い炎の壁で鞭の軌道をズラした。
「チッ! こんなめんどうになるとは思わなかった!」
『無茶はしないでドライ。その体は……沙優のものでもあるんだから』
「わかってるよ! めんどくせぇ!」
ドライが剣を上段に構え、クリスへと接近すると振り下ろす。ネフシュタンはその一撃を簡単に弾いた。
クリスが今起動しているのはかつて完全聖遺物であったネフシュタンの欠片にしか過ぎない。それでも鎧としての防御力や驚異的な再生力は健在だ。そう簡単に破壊されるようなやわなものではない。
「しゃらくせぇッ!」
クリスはドライの攻撃に自ら吶喊する。不意をつかれたドライは対応することができず、顔面をクリスに捕まれた。
「その面白くねえもんを剥ぎ取ってやる!」
クリスは力任せにドライを投げ飛ばした。閉鎖空間である艦内では、ドライが遙か彼方まで飛んでいくことはなかった。だからこそ、ドライは直ぐに壁に激突して衝撃を全身に浴びた。
「はぁ……はぁ……」
ドライの口から血が流れ出す。体が重い、アツい。私の体じゃないことをこれほど恨めしく思ったことはない。私ひとりの体なら、オーバーヒートしようがどうしようが関係はないはずなのに……この体は沙優のものだ。これ以上傷つけるわけにはいかない。
戦いに集中できない。その隙のせいか、ドライは仮面が外れたことに気がつかないまま顔を上げた。そこには驚きと悲しみに満ちたクリスがいる。
「やっぱりお前か……沙優ッ! どうしてッ!」
「しまッ!」
「どうしてなんだ沙優! 答えやがれぇぇッ!」
鞭がドライを捉える。なぎ払うように振るわれた鞭はドライの体を吹き飛ばした。
「私は……沙優じゃねぇ!」
「だったらその顔はなんだってんだ!」
「それは……」
『ドライ、代わりなさい』
「まってくれアイン!」
『この状況を打破できるの?』
「……わかった」
クリスは違和感を覚えた。先程までとは気配が変わった。何かが違う。まるで目の前にいる沙優の顔をした何者かに別の人格が宿ったような……例えるなら人格が交替したかのような感覚。
「さぁ……私も手加減はしないわよ、雪音クリス!」
沙優の体をした何者かが槍を手にする。今までは剣だったはずだが、形状も感じる気配もまったく違う。
槍がクリスに向かって突き出される。数秒後、クリスに無数の矢が襲いかかってきた。防御態勢に入るクリスに浴びせられる無数の矢は徐々にネフシュタンを破壊し、生身のクリスの体を傷つけていった。
「畜生がァァ!」
叫ぼうとも矢の雨が終わることがない。
面であり点である制圧攻撃。しかも確実に体力や気力を削っていく。たったひと突きの槍がこれほどまでの威力を持っていることを予測できなかった自分をクリスは恨んだ。だがもう遅い。このまま耐え続けることは出来ない。いずれ、矢によって全てを削り取られる未来が見えている。
「私の名前はアイン。私のひと突きは無数の矢を放つ。さぁ、諦めなさい」
「諦めて……たまるかよ!」
「なら、次でとどめをさす」
アインが槍を突くために体に溜めを作る。そのまま槍が振られればクリスは耐えることはできない。戦闘が始まったそこまで時間は経っていない。仲間達が急行しているだろうが、艦内に現れたアルカノイズの相手をしながらではまだ到着はできないだろう。
「ここで終われるかよッ!」
「いいえ、これで終わりよ! 私達は勝つ! そして願いを叶えるッ!」
槍が突かれた。さらに多くの矢がクリスへと襲いかかる。
どういう仕組みなのかはしらないが、とてつもない聖遺物があるもんだ。
クリスは目をつむった。死にたくないと願った。生きていたいと思った。まだやりたいことがある。やり残したことがある。私はまだ、パパやママに歌で平和になった世界を見せることが出来ていない。私はパパとママに……このままじゃ会えない。
「パパ……ママ……」
数秒の沈黙。
時がゆっくりと流れる。
クリスへと第二波となる矢が襲いかかる事はなかった。おそるおそる顔をあげると、そこにはいつの日かみた怪物がいた。だがおかしなことに怪物はひとの言語を話せることができるように見える。実際、怪物は高笑いをしながらまるで英雄の登場とでもいえる凱歌のごとく名乗りを上げた。
「天才は人を救った英雄になった! そしてここでぇぇぇ! 僕がまた現れるッ! 僕こそが英雄の器、真の英雄、ドクターウェルゥゥゥゥゥゥッ!」
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願いとは、叶うのか? 散るのか? (1)
自律型聖遺物ネフィリム。かつてFISの一員として世界に革命を起こそうと武装蜂起した彼らの切り札として用いられた。しかし、フロンティアの崩壊と同時にネフィリムは暴走をするも装者達に破壊されたはずだった。
後日起こったキャロル・マールス・ディーンハイムのチフォージュ・シャトーによる世界滅亡の危機にネフィリムを宿したウェル博士が現れ、その特性を活かしてシャトーを操作するも代償としてウェル博士は死亡が確認されていた。公式記録ではそのようになっていたはずだ。
故にここにいる誰ひとりとして現状を理解することができなかった。死んだはずの男が、装者の敵となり手助けをして散っていた男がなぜ再び現れたのか……
「僕はここに再び登場をはたしたァァァ! シンフォギア、この意味がわかるか?」
ウェル博士が意気揚々と問いを投げかける。
同時に足音が複数聞こえ、クリス以外のシンフォギア装者達も合流することとなった。
「な……どうしてアナタがいるのよ!」
「マリアッ! マリアじゃないかッ! 大嘘つきのマリアッ!」
「気色悪い」
「し、しんだじゃなかったんデスか!」
「相変わらず意味分からない人……」
「Dr.ウェル! なぜここにきて姿を現したッ! 解答によってはお前も切る!」
「私を無視していい気になっているわね……!」
翼の問いにウェル博士が答える前にアインは槍を空間に突き、矢を放出し始める。
無数の矢が一直線に装者達に襲いかかる。ウェル博士は巨体からは想像できない素早さで移動をすると右手を前方へと掲げた。瞬間、矢は勢いを失い地面へと落ちていく。
得意げな様子のウェル博士にアインは舌打ちをした。
「そんなこと決まっているじゃないですかッ! 愛、ですよ!」
「なぜここで愛ッ!」
「そんなことよりも……沙優ちゃん、やめてよ! こんなことはもう……やめよう!」
響が叫ぶ。アインはフンと鼻で笑った。槍を頭上へと掲げる。
「立花響。お前には叶えたい願いはあるか?」
「願い……?」
「私には……私達にはある。それは命に賭してでも、世界を代償にしてでも叶えたい願いだ。そのためならば私達は……どんな手でも使うッ!!」
アインの頭上が崩れ落ちる。
「沙優ッ!」
クリスが叫んだ。土煙が収まる頃、そこにはアインの姿はなかった。空に手を伸ばしたままフリーズしているクリスがいる。その手は沙優を掴むために開かれていた。しかし、そこには何も掴んだものはない。虚無を握りしめ、クリスは不甲斐なさに壁を殴った。
〇●〇●〇
アインの帰還に気がつくとクリスチャン・ローゼンクロイツは高らかに笑った。彼は答えなど聞くまでもなく知っていた。
「レイラインの場所は完璧にわかったのだな」
「はい。団長……そろそろこの体に全ての人格を納めるのは限界です」
「わかっている。では始めよう。付いてこい」
ローゼンクロイツの後に続きアインは歩き始めた。薄暗い廊下が続き、やがて病院の手術台のような場所へと辿り着く。そこには3つのベッドが置いてあった。一つ違う点があるとすればベッドには器となる体が既に横たわっていることだろう。
「ギアをつけたまえ」
ローゼンクロイツに促され、アインはヘッドギアをつけ空いている椅子に横たわった。
これでようやく私達は願いへと近づくことが出来る。この体は沙優のものだ。私達が簡単に傷つけることが許されない。故に全力で戦うことができずに、願いを叶えるために遠回りをしてしまった。
「これから白井沙優に眠っている3つの人格、アイン、ツヴァイ、ドライを俺の用意したホムンクルスへと移し替える。成功すれば、各人格は器たる体を手に入れることができるだろう。さて……計画はまだ終わってはいない。お前達が叶えたい願いがあるというならばまだ、働いてもらうぞ」
「もちろんです団長」
アインは目をつむった。
思えばここまでの道のりは険しかった。
白井沙優という少女がいた。彼女はクリスチャン・ローゼンクロイツの実の娘だ。本来の名前は違うはずだ。彼女は父であり錬金術師であるローゼンクロイツにより、賢者の石を与えられた。そうして得たものが不老不死。彼女は数百年を生きている。
しかし、長く生きることは時として罪となる。
最初に彼女が世界から見放されたのは15世紀だろうか。魔女狩りが各地で横行していた時代。いつまでも容姿を保ち続ける沙優は格好の標的となった。十字架に張付けにされ、炎の中へと投じられた。世界への恨みと怒りを抱いた。アツい助けて……少女の願いが届くわけもなかった。だが彼女は不老不死故に死ぬことはできない。永遠に続く苦しみから逃れるため、彼女は「今悲惨な目に遭っているのは自分ではない」という妄想を始めた。そして現れたのが怒りを宿す人格ドライだった。
さらに時は流れた。二度の世界を巻き込む大戦が起こった。大戦で彼女は各国から兵器の威力実験のモルモットして使われた。またしても白井沙優は、悲惨な目に遭っているのは自分ではないと否定をした。そして産まれたのが悲しみを宿したアインと恨みを宿したツヴァイ。
二度目の大戦が終わった頃、白井沙優の主人各となる何者かは3人の新たな人格によって消えそうになっていた。3人は考えた。白井沙優はただ平穏に平和に生きていたいだけなのに実の父に不老不死にされ、そのせいで悲惨な目に遭い、今では人格までも消えそうになっていることがあまりにも不憫であると。彼女に幸せになってもらうためにはどうすればよいかと……
その時、白井沙優は父であるローゼンクロイツに再会した。
3人の人格は白井沙優に相談することなく、ローゼンクロイツの野望を知ると一つの契約を結んだ。
「私達を白井沙優の体から切り離し、白井沙優を幸せに生きることができる世界を創ることが条件だ」
ついに3人の人格は己の体を手に入れたのだった。
「沙優……あと少しだからね……」
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願いとは、叶うのか? 散るのか? (2)
初めて自分の中に誰かいると理解したのはいつだろうか。遠い昔、まだ戦争という名前の殺戮が各地で起きていた時代。今でも戦争は起きているが、馬に人がのり矢が飛び交うその時代を中世と呼ぶことを後々私は知った。
私が死ぬことができなくなったことを理解したのは、荷馬車に轢かれても傷一つついていなかった時だ。行商人は私を見ると驚いた顔で立ち去り、そして憲兵に「魔女がいる」と私を密告した。私は直ぐに十字架に張付けにされ火あぶりの刑にされた。それでも私は死ぬことはない。意識を失い数時間後、目の前には焼け焦げた数多くの見物人が倒れていた。誰一人として息をしているものはいなかった。呆然としている私の頭の中に声が鳴り響いた。
『私を呼んだのはお前だな。名前はなんて言うんだ?』
その時の答えを私は覚えていない。当たり前だ。今、私は産まれたときにつけられた名前を思い出すことが出来ないのだ。その時に名乗ったのは紛れもなく、私の本当の名前。思い出すことを出来ない単語を含んだ言葉は、やはり思い出すことが出来ない。
私は怖かった。私の中に私の知らない誰かがいることが恐ろしかった。
しかし、彼女は優しかった。私という主人各を乗っ取ることをせずに私を受け入れてくれた。それどころかあらゆる災厄から守ってくれた。
数百年の時が流れ、私の中にさらに2人の人格が産まれた。私は3人の人格を抱えたまま、生きつづけた。生きる意味を考えたことはない。ただ、死ぬことが出来ないのだから生きるしかなかった。
そんな時、私の中の3人が願いを見つけたらしい。だったら私はせめて、私を守ってくれている3人の願いを叶えてあげたいと思った。そのために嘘をつき、父に出会った。
「みんな……どこに行っちゃったの……?」
頭の中で声が聞こえない。
どこか空虚な部分を感じる。私の頭にいたはずの誰か達が跡形もなく消えてしまった。
辺りを見回すとそこは見慣れた景色だった。表札を見ると雪音と書かれている。
「どうして……ですか……?」
どうやら私はクリスの家の前に置き去りにされたらしい。
S.O.N.Gの司令部である潜水艦で戦った彼女に会わせる顔はない。なのにどうして……
私は膝を抱え座り込んだ。夏の夜のねっとりと絡みつく暑さが全身に張り付く。
私には3人のように戦う力はない。私はいつも、主人各として3人の移動手段としてでしか役に立たない。だが……頭の中に3人はもういない。私は数百年の間を共に過ごしてきた同居人をなくしてしまった。胸が張り裂けそうな悲しみが襲いかかる。
呆然としている沙優を 初めて自分の中に誰かいると理解したのはいつだろうか。遠い昔、まだ戦争という名前の殺戮が各地で起きていた時代。今でも戦争は起きているが、馬に人がのり矢が飛び交うその時代を中世と呼ぶことを後々私は知った。
私が死ぬことができなくなったことを理解したのは、荷馬車に轢かれても傷一つついていなかった時だ。行商人は私を見ると驚いた顔で立ち去り、そして憲兵に「魔女がいる」と私を密告した。私は直ぐに十字架に張付けにされ火あぶりの刑にされた。それでも私は死ぬことはない。意識を失い数時間後、目の前には焼け焦げた数多くの見物人が倒れていた。誰一人として息をしているものはいなかった。呆然としている私の頭の中に声が鳴り響いた。
『私を呼んだのはお前だな。名前はなんて言うんだ?』
その時の答えを私は覚えていない。当たり前だ。今、私は産まれたときにつけられた名前を思い出すことが出来ないのだ。その時に名乗ったのは紛れもなく、私の本当の名前。思い出すことを出来ない単語を含んだ言葉は、やはり思い出すことが出来ない。
私は怖かった。私の中に私の知らない誰かがいることが恐ろしかった。
しかし、彼女は優しかった。私という主人各を乗っ取ることをせずに私を受け入れてくれた。それどころかあらゆる災厄から守ってくれた。
数百年の時が流れ、私の中にさらに2人の人格が産まれた。私は3人の人格を抱えたまま、生きつづけた。生きる意味を考えたことはない。ただ、死ぬことが出来ないのだから生きるしかなかった。
そんな時、私の中の3人が願いを見つけたらしい。だったら私はせめて、私を守ってくれている3人の願いを叶えてあげたいと思った。そのために嘘をつき、父に出会った。
「みんな……どこに行っちゃったの……?」
頭の中で声が聞こえない。
どこか空虚な部分を感じる。私の頭にいたはずの誰か達が跡形もなく消えてしまった。
辺りを見回すとそこは見慣れた景色だった。表札を見ると雪音と書かれている。
「どうして……ですか……?」
どうやら私はクリスの家の前に置き去りにされたらしい。
S.O.N.Gの司令部である潜水艦で戦った彼女に会わせる顔はない。なのにどうして……
私は膝を抱え座り込んだ。夏の夜のねっとりと絡みつく暑さが全身に張り付く。
私には3人のように戦う力はない。私はいつも、主人各として3人の移動手段としてでしか役に立たない。だが……頭の中に3人はもういない。私は数百年の間を共に過ごしてきた同居人をなくしてしまった。胸が張り裂けそうな悲しみが襲いかかる。
呆然としている沙優を見つめる影があった。
一人は白と黒で半分に分けられた仮面をつけ、一人はピエロのような仮面をつけ、一人は能面のような仮面をつけている。
3人は初めて自分の体を得た。
最初の仕事として彼女たちが選んだものは、沙優を元の世界へ戻すことだった。実態のない人格として沙優の中にいたからこそわかっていた。沙優が装者達と過ごしていた日々は、今までの数百年の生活の中で一番彼女らしかったことを。その生活を壊してしまった。私達は沙優を利用して自分達の願いを叶えようとするあまり、彼女の得るべき幸せを奪ってしまった。今更どうこうすることはできないとしても、彼女を元の場所へともどすことくらいはできた。
「これでいいんだよなぁ?」
「もちろんです。ここからは私達の戦いです」
「そう。沙優が永遠に平和に幸せに暮らせる世界を創るために……私達を産んでくれた彼女が幸福でいられるように……」
「はい。私達が彼女の盾となり矛となり戦いましょう」
「あたりめぇだ。さぁ、派手にぶちかましにいくぜぇ!」
〇●〇●〇
時は少し遡る。
沙優ことアインが圧倒的な力を見せつけながらもウェル博士の参戦によって退けることができた艦内では、不穏な空気が漂っていた。目の前の脅威は消えていないとばかりに、装者たちはギアをまといウェル博士に対峙する。既に人の形はなく、いつか響が暴走しながらも一度は倒した怪物の形態をしたウェル博士はやれやらとでも言わんばかりに首を振った。
「僕は君達を助けたのだがね?」
「ふざけないで! ドクターウェル! どうして生きているの! あなたはチフォージュ・シャトーの崩落に巻き込まれて死んだはず」
「それはあまりにも悲惨すぎる! ネフィリムの再生力を侮っている! 僕は崩落に巻き込まれ、確かに肉体を失った。しかしッ! 本当の意味でネフィリムと融合し、圧倒的な再生力を持ってして天才は……否、英雄は復活したのだッ!」
「ウェル博士、貴様が再び我らに刃を向けるというならば、防人として切るまでの話!」
「おいおい、僕は別に悪いことをしようとしているわけじゃない。だが……」
ネフィリムの腕が翼となり、羽ばたき始める。
風圧が装者達に襲いかかった。
「せっかく復活の機会を手に入れたんだ! 少しだけ見定めさせてもらうよ。英雄を倒したシンフォギアは、はたして次の世界崩壊を守れる存在なのかをね」
「待つデス!」
「行かせないっ!」
切歌と調が走り出し、ウェル博士へと攻撃を開始する。しかし、ウェル博士の翼は盾となり、攻撃を弾いた。思わぬ行動に二人は不意をつかれて吹き飛ばされる。その様子を残念そうに見ながら、ウェル博士は飛び立ち始めた。
「それじゃぁ、しっかりと働いてくれよ」
ウェル博士が遙か上空へと姿を消す。
「博士……今度は何を企んでいるんだろう」
「そんなこと知るか。バカは考えても仕方ないだろう。それよりも……」
クリスは響に悪態を突きながら落ちているペンダントを拾い上げる。真っ赤なそれはイチイバルを宿した大切なものだ。
信じたくはなかった現実がクリスに突きつけられた。たった数日間だとはいえ、沙優と過ごした日々はクリスの中では大切な思い出となっていた。思い出は僅か数分の出来事で無残に砕け散った。
「いったいどうすりゃいいってんだよ」
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崩れて、咲いて、枯れ落ちて (1)
「皆、集まったな」
装者達の顔ぶれがそろっていることを確認すると弦十郎は咳払いを一つした。
「ではまず、今回の敵の詳細について通達する」
モニターに4人の姿が映し出される。
沙優、アイン、ツヴァイ、ドライと呼ばれている4つの人格と1つの体。1つの体に4つの人格を宿している特異体。
「情報部の調べによると1つの体に4つの人格が宿っているとされているが、今現在はそれぞれの人格が体を持っており、4人の敵が現れていることがわかっている」
緒川が続いて資料を装者達に配る。
「彼らの目的はわかっていない。しかし、エルフナインくんの予測により薔薇十字団が今も継続して組織を保っているとしたならば、言語を操るといった点から月にかけられているバラルの呪詛を掌握する事と思われる。従って近い内に何かしらの動きがあることが予測されるだろう。話は以上だ。何か質問はある者はいるか?」
「本当に……本当に沙優ちゃんは敵なんですか?」
響が誰もが思っている問いを投げかける。
ほんの数日間しか一緒にはいなかった。出会いも唐突で些細なきっかけだった。それでも、一緒に過ごした思い出が色褪せることはない。確かに刻まれた日々の轍は残っている。
「知るかそんなの。私の家に勝手に居座りやがって。これでせいせいしたってもんだ」
「クリス……」
「なにをらしくない声出しているんですか先輩。私は喜んでいるんですよ」
「クリスさん……」
「本当にそうもっているデスか?」
畳みかけるように調と切歌がクリスへと質問を投げかける。しばらくの間クリスは黙り込む。やがて「話は終わりだろう」と吐き捨てて彼女は部屋を後にした。その背中を皆が追い続ける。クリスは最後まで振り向くことはなかった。
「はぁ……同じ屋根の下にいたんだもの。誰よりも思い入れがあるのはしかたないわ。ただ、問題はひとつだけじゃないわよね、司令」
「……あぁ。復活をしたウェル博士の行方も以前不明となっている。彼がどこへ向かったのかはわからないが……警戒を怠ることはできない」
弦十郎は腕を組み、装者達を見つめる。
強大な二つの敵と戦うことになる彼女達。大人である自分達は彼女達を支えることしか出来ない。
まったく、不甲斐ないことだ。
〇●〇●〇
湯気が立ちこめるお風呂。
浴槽にはお湯がいっぱい張ってある。
「ねぇ、未来。友達ってどうしたらできるんだろう?」
「どうしたの? 友達を作りたいの?」
「ううん、友達ってお互いに思う時ってどこかであると思うんだよね。でも、どういうタイミングなのかわからなくて」
「響は私と友達になろう! って意気込んでからなったの?」
「そんなことはないよ」
「そうでしょ? 友達ってそういうもんだよ。気がついたら友達になってるもんなんだよ」
未来が立ち上がる。
湯気が邪魔をして大切な場所は隠されている。未来がニッコリと笑う。
そうだ。友達は作りたくて作るものじゃない。気がついたらなっているもんだ。だからこそ、絆というものは徐々に強く結ばれていくんだ。そうすることでどれだけ喧嘩をしても決して絶交にはならない。私と未来が喧嘩をしようとも必ず仲直りできるのと同じはずだ。
「クリスちゃん……大丈夫かな?」
「心配なの?」
「うん……」
「だったら考えないで聞いてみればいいんじゃないかな? 響はバカなんだからさ」
「未来、それ褒めてないでしょ?」
「秘密でーす」
「もうー!」
響が未来に水をかける。未来も対抗するように響へと水をかけた。お互いに水をかけあい、笑い合う。これもまた大切な思い出となるはずだ。そうして絆を強く結びつける。私達はいつまでもズッと友達でいれるはずなのだから。
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崩れて、咲いて、枯れ落ちて (2)
それは家の前に蹲っていた。両膝を抱え眠っている。涙の後を見る限り、泣きつかれしまったのだろうか? まるで捨てられてしまった子猫だ。身寄りなど存在せず、見覚えのある場所へと本能的に戻ってくるだけの単純脳。
本部へと通報を入れることは考えた。眠っている今ならば、静かに行動して気づかれないままに情報部へと引き渡せるはずだ。緒川なら暴力的なことを一切せずに、的確に情報を抜き取り次の対策へと繋げられる。
しかし、それをする気は起きなかった。
「私、バカすぎんだろ」
クリスは沙優の肩を揺さぶった。
なかなか起きることがなく、大きな声で彼女の名前を呼ぶ。数度目の試みの後、ようやく彼女は目を覚ました。
「あ……えっと……」
「えっとじゃねぇだろ」
クリスは手で沙優に邪魔だとアピールする。沙優が扉の前からどいたのを確認すると彼女は鍵を開けた。
「なにも……聞かないんですか?」
「なにか聞いたらお前は答えるのか?」
「それは……」
「だったら聞くだけで無駄ってやつだろ」
「……ごめんなさい」
クリスは大きなため息をつく。
沙優に失望をしたのは間違いない事実だ。認めたくない真実だ。それでも沙優のことを心の底から憎いと思うことが出来ない。
フィーネと組んでいた頃の私なら間違いなく、ここで始末していたんだけどな……たくっ、バカ達や先輩と一緒にいすぎて甘くなっちまったもんだ。
自分の行動に悪態をつく。
クリスは扉を開けて部屋の中へと片足を入れた。しかし、沙優は動き出す様子を見せない。
「なぁにやってんだ。早く中に入れってんだよ」
「でも私は……」
「あのなぁ、お前はどうされたいんだ?」
「私は……私は……」
頭の中に様々な考えが浮かんでは消える。私が本当に今やりたことはなんだろうか? 生きることか? 幸せになることか? ならば両者をただやることができれば満足できるのだろうか? 答えはNoだ。それだけでは満足することができない。ひとつの体に4つの人格。そして周りにはS.O.N.Gの人達がいる。我儘なのは十分承知だ。何もしなければ、あの幸せな日常を続けることができたのだから。私はあの幸せを自ら手放しておきながら、再び掴みたいと願っている。
だけれども……私は筋金入りの我儘なのだ。
「また……あの数日間のようにみんなと一緒に……! アインもツヴァイもドライも……一緒に……!」
「だったらお前の知っていることはあとで聞かなきゃならない。そのお前の人格達が死んじまわないようにするためにもな」
「私のこと知っているんですか……?」
「知らないことばかりだ。だから話せ。先のことはそれからだ。それと、家の前で蹲るな。まったく、私がヤバい奴かと思われるだろ。早く入れ」
「……はい!」
「はいじゃない!」
「うん!」
〇●○●○
「錬金術は構築と分解……そして解析から作られる」
クリスチャン・ローゼンクロイツはモニターに映し出されているチフォージュ・シャトーを見た。SNSでアップされていた一般市民が撮影したものだ。誰が撮った動画なのかはしらないが、S.O.N.Gの範囲網を逃れている数少ない生のチフォージュ・シャトーの情報を手に入れられたことは大きい。
「俺ならば、ここからチフォージュ・シャトーを再構築できる」
クリスチャン・ローゼンクロイツは台座に手をかざした。台座の先には地球に張り巡らされているレイラインへと繋がっている。素材は記憶ではなく記録。歴史という名前の人類の轍を媒介とする錬金術。
「では始めようとしよう。長々とまたせて悪かったなシンフォギア」
「団長、我々はいかようにすればよろしいでしょうか?」
「愚問だな。俺の儀式の邪魔をさせるな。レイラインを活用することで、奴らも俺達の居場所に気がつくはずだ。奴らが来るのだからしっかりともてなせ」
「かしこまりました」
クリスチャン・ローゼンクロイツは大きな笑い声を上げる。
アインはその様子を黙って見つめ、やがて部屋を後にした。長い廊下を歩いているとツヴァイとドライがアインの後ろへと続いてた。
「アイン、沙優はクリスに保護されたみたいです」
「それはよかったわ。粗暴な口調だけれでも、優しさがあることは私達でもわかっていたしね」
「だがよ、いいのか? 私達が戦うのは沙優のお友達なんだろォ?」
「関係ない。全ては沙優の幸せのための必要な犠牲」
アインは立ち止まり、ツヴァイとドライを見た。
アインは拳を高々と上げる。
まるで戦乙女が仲間を激励するためにしているような様子だ。
「私達は団長に協力はする。しかし、その先に目指すものは違うだろう。それでも……シンフォギアを倒さなくては世界の秩序は守れない」
「確かになァ……人にありあまる力を持たれるのはなァ……いざって時に私達が沙優を守れない」
「そのために今のうちに危険な因子は潰しておく」
「その通り。さ、行くわよ。私達の戦場へ」
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ただ、会いたい (1)
本部の取り調べ室には重い空気が漂っていた。ただし、取り調べを担当している弦十郎にはまったく害意を加えるような気配はない。取り調べる対象が顔見知りであり、尚且つ二度目となっているのだから当然なのかもしれない。もっとも、彼女が何かを隠そうとしている様子が見られないこともこの空気感の要因であるだろう。
「では、早速だが聞かせてもらいたい。我々と対峙しているアイン、ツヴァイ、ドライの個々の能力を」
「私も……よくわからないんです。3人は私の中にいる別人格だけれども……誰かが出てきている時は私はすごく眠くなって寝てしまうから……ただ、前にアインが言っていたことを覚えています。たしか、ゲイボルグ、ヴァジュラ、クラウ・ソラス……この3つの神話武器を使っているみたいな話を聞いたような……」
沙優の言葉を聞き、弦十郎は緒川にアイコンタクトをした。緒川は持っているタブレットで名前の挙がった武器を調べ始める。
「たしかに特徴は一致しています。一振りで無数の矢を撃ち出すことのできるゲイボルグ、雷を操るヴァジュラ、光と炎を宿すことができるクラウ・ソラス。神話こそ違いますが、世界的に見ても有名な武器となっていますし、遺物として残っていたとしても不思議ではありません」
「だが聞いたことがないぞ。俺達が3つも聖遺物の存在を見逃しているとはな」
「確かにその点だけは妙ですね。薔薇十字団は随分と前から隠し持っていた可能性もありますね」
「ううむ……」
弦十郎が難しい顔をする。まったく、最近は苦労の絶えない。
沙優はただ縮こまり、何かをアクションを起こそうとはしない。
クリスが沙優を連れて本部までやってきたのが数時間前。沙優がクリスの家の前で蹲り、行き場のない状態となっていたと聞いた時は仲間に裏切られたのかと思ったがそういう訳ではないようだ。しかし、沙優自身がなぜ彼女達から突き放されたのかは理解していないように見える。ならば彼女は再びスパイとして送り込まれたのか? あるいは、各人格が己の肉体を得たことによりお荷物となる沙優を捨てたのか……理由はわからないが、沙優は自らS.O.N.Gに協力をすると言い出した。偽の情報を掴まされる可能性はあるが、今更嘘をついたところで意味があるとは思えず、弦十郎が直々に沙優に話を聞くはこびとなっていた。
「沙優さん、ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「なんですか……?」
「沙優さんは今まで薔薇十字団に協力をしていました。どのような経緯で沙優さんが薔薇十字から離脱したのかはわかりませんが、沙優さんの目的や……叶えたい願いなどはないのですか?」
「私の……願い……ですか?」
「うむ、俺も気になっていたところだ。君はクリスくんに再び頼ることを決めたようだが……本来我々は敵同士のはずだ。敵に頼る姿を見ていると、どこか君には矛盾を感じている。沙優くん、君は本当に戦いを望んでいるのか?」
「戦いは……もうこりごりです」
沙優はうつむく。ぎゅっと拳を握りしめた。今まで体験してきた悲惨な状況。人が死に、殺し、恨まれ、憎しみあい……戦いは誰も幸せにはなれない。勝者でさえ、底知れない敗者の負の感情にいつの日か呑み込まれてしまう。戦争の日々は本当に地獄だった。新兵器の人体実験台としてモルモットのように扱われた。不死身の存在として疎まれ続けた。利用され続けた。
だが、そんな私の中にはいつも味方がいた。3人の味方は私をいつも守ってくれた。彼女は私にとって陽だまりだった。だけれども……私は……
「私は会いたいんです。アインにもツヴァイにもドライにも……私は死ねない体になってしまっています。私の父であるクリスチャン・ローゼンクロイツは賢者の石を錬金術で生成すると私に使いました。私は不死身になってしまったせいで苦しい思いをたくさんして……悲しい思いもたくさんして……現実から逃げてきました。だけど、現実から逃げた私をいつも守ってくれたのが3人だったんです。だから私は……私の中にいた彼女達にお礼と言いたいんです。叶うなら……みんなで一緒にズッといたい。だって私、一度も3人をしっかりと見たことないんですよ。ズッと守ってくれたのに、一度も見たこともなくて存在しかしらないなんて、なんか嫌じゃないですか」
「……」
沈黙が流れた。
エルフナインくんのメディカルチェックで沙優が不死身であること、多重人格者だる彼女の中には現在、白井沙優という人格しか存在しないことはわかっていた。しかし、彼女がひとつの体で4つの人格を保持したままどのような人生を送ってきたのかは想像することはできなかった。彼女は今、心の底から真実を語った。彼女が泣きそうになりながらも必死に訴えかけている様子を見れば、嘘を言っていないことは一目瞭然だった。
ならば大人である俺達には何ができるのだろうか? このまま戦い、勝者と死者を生み出すことが最善策と言えるのだろうか? 両者に意地と信念を携えているからこそ、戦いは苛烈さを増していく。このまま黙って見過ごすことが大人として責任のある行動だと言えるだろうか?
「沙優くん、君の願いはよくわかった。だが、これは世界をかけた戦いとなることが予想される。誰かが死んでしまうこともあるかもしれない。その時、君は誰の味方になる?」
「私は……私は誰の味方でもありません。私は私の考えてる、私がイメージできる世界をみんなで創りたいだけです」
「わかった。君がやりたいことは出来うる限りの協力はしよう。君の望む世界を俺にも見せてくれ」
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ただ、会いたい (2)
倉庫街は潮風の影響を受けているからか、ところどころ錆が目立っている。零時を越えた頃には辺りに人気は一切ない。代わりにそこにいるのは3人の少女と1体の化け物だ。もっとも、化け物とカウントしてしまうと彼は全力で否定するのだろう。
「待っていましたよ皆さん」
「こんなところに呼び出してどういう意図があるのかしら、ドクターウェル」
ドクターウェルより招待状という趣味の悪い手紙が届いたのが昨日の夜。指定された時刻や場所から怪しさしかなかったが、マリアは切歌と調に声をかけ、とりあえず向かうこととした。
「怖い顔をしないでくださいよ。あと、シンフォギアは解除してもらえるとこちらとしても話やすいのですがね」
「ネフィリムを一体化しているような化け物とちゃんと話が出来るのか怪しいと思うのだけれども」
「僕を化け物だなんて言うなんて酷いじゃないですか。少し前……協力した仲ではありませんか」
「なら、見事復活を果たした英雄様は今度は何をしようとしているのかしら?」
ウェル博士は気味の悪い声で笑う。笑っているだけだというのに全身が脅威を感じている。目の前にいるのは人間ではなく化け物であること、聖遺物であることを改めて自覚した。
「難しい話ではありませんよ。僕はただ見てみたいんですよ。
「それがあの時、どこかへ行っちゃった理由なの?」
「そうですよ。そして僕は世界を見回りました。いやはや、相も変わらず人間は愚かしい。お互いに殺し合い、命の無意味な駆け引きをしている。改めて理解しましたよ世界には英雄が必要だと」
ニヤリとネフィリムが口角を上げる。
マリア達はギアを構えた。何かをしようとしていることはすぐにわかった。しかし、ウェルが次の行動を起こそうとはしない。口角を上げたまま天を見上げ制止している。
「いったいどうしたんデスか」
「僕が招待状を送ったのは貴方達だけだと思うのですがね。どうやら邪魔が入ってしまったようです」
『蒼ノ一閃』
斬劇が放たれ地面と激突する。
「翼ッ!」
「何をしている! あのウェル博士は敵は脅威だ。独断で動かれては困る」
「……そうね、ごめんなさい」
「はてさて……困りましたね」
翼の攻撃を巨体に似合わない俊敏な動きで躱したウェル博士が彼女達の前に立ちはだかる。ウェル博士の背中から巨大な翼が形成され、飛び立つ準備を始めた。
「こうなってしまっては話し合うことなどできませんね。僕はここで一度、退くこととしましょうか」
「させないデス!」
『切・呪りeッTぉ』
切歌の攻撃に対し、ウェル博士は両手を前に突き出し盾のようなものを構築して防いだ。だが、動きが止まった一瞬の隙をつき装者達はウェル博士の上空をとり、各々追撃を加えようとする。
「単調な動きですねぇ……僕はァッ! この世界の英雄ですよォォォ!」
「きゃぁ!」
唐突に構築されたネフィリムの尻尾にあたる部位が上空にいた装者達をなぎ払う。地面に叩きつけられた彼女達に追い打ちをかけるかのように翼の部分から牙の形をした何かが射出された。
「さすがはシンフォギア。これだけでは仕留められませんね」
「貴方がなにをしようとしているかなんてしらないけれど、平和を乱そうとしているなら許すわけにはいかない!」
「心外な。僕は新しい平和を創ろうとしているだけですよ」
ネフィリムの眼が怪しく光る。
「皆、走れッ!」
「どうしたの翼!」
瞬間、地面に刺さっていた牙が同時に爆発を起こす。巨大なエネルギーの塊となった爆炎が周囲を焼き尽くした。黒煙が上がり視界が遮られる。次にウェル博士の方を見た時には、既に彼は姿を消していた。
「逃げられた……!」
「またしてやられたデス」
「……マリア、ウェル博士は何をしようとしているかわかったのか?」
「何もわからなかったわ。ただ……彼はまた、英雄になろうとしている」
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幾万の絆、束ねられ(1)
「さぁ、やるぞ、始めるぞ。ここから私達が道を切り開く」
『そんなに意気込まなくてもわかってるってアイン』
『ドライ、貴方はもう少し態度からやる気を出しなさい』
『大丈夫だって。シンフォギアは直ぐに倒せるって』
「ツヴァイ、もういい。ドライだってよくわかっているはずだ。私達の絆、束ね、駆け抜けるぞ」
輸送ヘリが上空に現れる。しばらくすると誰かが降下してきた。着地の瞬間に閃光が走り、目の前にはギアを纏った少女達がいた。
アインは固唾を呑んだ。ここで負けるわけには絶対にいかない。同時に勝つわけにもいかない。ここでの役目はシンフォギア達を引き付けることのみ。それ以上のことは任されていない。
「待っていたぞ、シンフォギア」
「アインさん……ですよね?」
「名前くらいは調べがついているか。そうだ、私の名前はアイン。名に意味などない、ただの記号だ」
「アインさん……もうやめましょう。こんな事はやめましょうよ! 沙優ちゃんだって望んでいませんから」
何を言われているのか理解が追いつかない。
ガングニールを纏った少女……立花響は何を言っている? ここで何故、沙優の名前が出てくる。恨みや覚悟の言葉が私には投げかけられるはずだろう。
「お前達が何を考えているかは知らねぇが、沙優の奴はお前達とアタシ達が戦うことを望んじゃいねぇんだよ」
「……」
「だからアインさんやめましょうよ! 今ならまだ戻れますッ!」
「戻る場所などない。私達は退路を断ち、未来に生きることを誓った。沙優に理解されずとも私達は納得している未来のために……シンフォギア、お前達をここで倒すッ!」
「アインさん!」
「お終いだバカ。話してもわからないなら、力でねじ伏せるしかない」
「クリスちゃん……!」
「雪音クリス、お前と沙優の交流見させてもらったぞ。お前には世話になったな。だがしかし、今からの戦いに過去は必要ないッ!」
アインがトライデントを構える。同時にクリスは両手にガトリングを出した。
さぁ始めよう。私が一番恩返しをしたい彼女を守るための戦いを今、ここで……!
トライデントが突かれる。空間を裂きながら衝撃波がシンフォギア達を襲った。二人が散開すると同時にクリスが腰部の小型追従ミサイルを放つ。
『CUT IN CUT OUT』
アインは上空へと高く飛ぶと突然きりもみ回転のように上下反転するとトライデントを自身の前で回転させながら、ミサイル群に突っ込んでいった。小型ミサイルは全て叩き落とされる。しかし、アインの着地と同時に彼女の背に響が回り込んでいた。
「言葉でわかりあえないことなんか絶対にない! でも言葉で納得できないなら……私と沙優ちゃんの思いを届けるために私は拳を振るう!」
「……ッ!」
響の拳がアインへと振るわれる。アインは着地と同時攻撃の響の拳を躱すことはできない。モロの一撃を受け、アインは吹っ飛ばされる……そう思われた。
「え……?」
突然の出来事だった。
アインの体が液体へと変化すると響の右手にまとわりついた。徐々にまとわりついた液体が急激に冷やされ、氷へと形状を変えていく。振りほどこうと右手を乱暴に振るが、まったく落ちる気配はない。
『
アインの言葉に呼応するように響の右手の氷が爆発を起こす。氷の礫が槍のように辺り一面に降り注ぎ、響を助けようと走っていたクリスにも直撃した。
水蒸気が立ち上る。風に流され、彼女達の姿を捉える。たった一撃でボロボロになっている二人がそこにはいた。対してアインは拳が直撃する瞬間に使った錬金術のおかげでダメージを受けることはなかった。
空気中の水素を分解し、再構築した錬金術。アインにとっては朝飯まえのことだ。
「拳であろうが銃弾であろうが私の胸には届かない、響かない! その音色はどこまでいっても雑音でしかない! ならすならば私達の勝利の凱歌とせよッ! この戦いに本気になれッ!」
「アインさん……」
「立花響、貴様はなぜ戦う? 沙優のためか? それとも己のエゴのためか?」
「違うッ! 私が戦うのは……私が背負っている60億の絆のためだッ! そしてその中にはアインさん達もいるんだ!」
「無意味無価値。はなから人間などではない。私は……私達は人間を自らを定義づけたことなどない。絶望が生み出した
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幾万の絆、束ねられ(2)
偶然と必然の違いがあるならば、そこに誰かの意図があるかないかだと思う。これは持論だが、結局のところ誰かの手の平で踊らされていない時などない。全宇宙の生命体は神という某に支配されているのだ。自由意志などない。見えない糸で引き付けられ、引き剥がされている。
「クソ食らえってんだ」
対峙している装者を見つめながら思わず悪態をついた。
「隠し事なんざ私は好きじゃないんでね。クラウ・ソラスのサビにしてやるよ、シンフォギアッ!」
「そんなことはさせない」
「その通りデス。私と調で止めてみせる」
「何を止めるって言うんだ? 私達はもうとっくの昔に未来なんか見ちゃいないんだよッ!」
クラウ・ソラスが炎が立ち上る。ドライはニヤリと笑うと剣を振り下ろした。呼応するかのように炎が地面を伝い、切歌と調に襲いかかる。二人は左右に飛ぶと反撃を開始する。ドライも同じく攻撃を躱すと、続けてめちゃくちゃに剣を振り回す。その度に巨大な炎が辺りを焼き尽くしていく。
「おいおい、逃げてばかりじゃどうしようもねえぜッ?!」
「……」
「だんまりかよ。つまらねえやつだな」
ドライはクラウ・ソラスを上段に構えた。
「だったらもうお別れだ。あばよ、シンフォギア」
ドライはそのままクラウ・ソラスを振り下ろした。
勝った。ドライは確信した。今までの炎よりもさらに威力の高い炎を込めた一振りを広範囲にまき散らすように調整している。躱すことはおろか、防ぐことも出来ない。ギアは装者を守るために頑丈に設計されていることは知っているが、この灼熱に耐えられる訳がない。
「調、今デス!」
「わかったよ!」
ドライの立っている地面が突如、崩壊を始める。ひび割れた地面から現れたのは巨大な一対のヨーヨーだった。バランスを崩してしまっているドライに攻撃を防ぐ手段はない。
「なっ、マジかよッ!」
ヨーヨーに体を挟まれ天高くドライの体が運ばれていく。ドライは自身に急速に接近してくる鎌があることに気がついた。
「ゲッ!」
「言葉で駄目なら、力で止めるだけデスッ!」
「ふざけんな……負けるわけにはいかねえんだよッ!」
咄嗟にクラウ・ソラスのモードを切り替え、僅かに動く手首を上手く動かしてクラウ・ソラスから目映い光を照らし出す。
これで一瞬だけでも接近してくる装者の目くらましができれば……ドライの甘い考えは一瞬で打ち砕かれることとなった。
「はぁぁぁぁァァ!」
「あれを防いだっていうのかッ!」
クラウ・ソラスの能力は既に二課の調査でわかっていた。追い詰められたドライがどのような反撃をするかも想像できていた。
切歌はクラウ・ソラスが輝きを放つコンマ数秒前に黒いマントを咄嗟に前面に投げ捨てていた。剣の輝きは数秒しかない。マントの影に隠れて切歌は目くらましを受けることなく、一直線に進み続けていた。
「くそッくそッくそッ! ふざけるなってんだッ!」
「これで……終わりデスッ!」
「こんちくしょうがァァァ!」
爆発が起きた。ドライの残骸を確認することはできないが、切歌には確かに手応えがあった。
「大丈夫、切ちゃん」
「大丈夫デスよ。私達は……終わらせたのデスね」
「うん……仲良くなれたかもしれないけれど……世界を壊させるわけにはいかないから」
「そうデスよね」
勝負の時間はあっという間だった。一人で戦ってしまったドライの敗北。その結果を残して、人知れず一つの戦いが幕を下ろした。
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身命を賭して為す (1)
「……ドライ」
感じる。ドライの命の灯火が消える瞬間に表現できない衝撃が体中に走った。彼女は最後にどんな風に散っていったのだろうか? 彼女は私達と同じように沙優の幸せを願うことだけを考え続け、死んでいったのだろうか? あの戦闘狂のことだ、油断したところを足下をすくわれたのかもしれない。まったくもって、最後の最後まで足を引っ張ってくれる。
「だからこそ、ドライらしいですがね」
目の前で剣を構える翼とマリアを見る。
「行きます。私は沙優の幸せのためならば、死ぬことも厭わない」
「死ぬことは誰かの幸せにならないわ」
「貴女達に何がわかるというのですか?」
「死んでしまって、残された者は何を抱えていきると思う? 悲しみよ。ただ悲しいという感情が心を支配するの。そんなものを抱えさせておいて、他人の幸せを願うなんて笑わせるわ」
「……わかっていますよ。わかっていても、彼女の体は彼女のもの。私達が彼女の中に在り続けることはあってはならない。だからこそ……こうするしかないんですよッ!」
ツヴァイがヴァジュラを投げる。殺人回転を伴ったヴァジュラは翼とマリアに襲いかかる。二人は攻撃を躱すと反撃へと移った。
『EMPRESS†REBELLION』
『千ノ落涙』
多種多様の刃がツヴァイへと降り注ぐ。
「面で制圧しようというならば……私にも考えがあります! 唸りなさい、ヴァジュラッ!」
ツヴァイの言葉に反応し、ヴァジュラは主のもとへと高速で飛翔をしていく。ヴァジュラからは帯電されていた稲妻が一斉放出されていた。刃は稲妻に当たり、どこかへと飛ばされていく。
だが、その程度は予想済みだ。
「はぁぁッ!」
翼がツヴァイへと斬りかかる。咄嗟の出来事にツヴァイは反応が一瞬おくれ、頬を斬られた。続けてマリアが連続突きを繰り出す。ヴァジュラを回収することができないまま、ツヴァイは後退することを余儀なくしていった。
「例え、他者を悲しませることを厭わないとしても、それは幸せを願う者の言葉ではない!」
「ならばどうすれば良いというのですか!」
「共に道を歩み道を、白井と貴様で同じ道を歩く未来を望むべきだった」
「それができるのでしたら……どれだけ幸せでしたかッ!
光の早さの稲妻が翼へと降り注ぐ。しかし、その攻撃をマリアは刃を円形に幾重にもわたり展開することでなんとか防ぎきった。
二人の連携の練度の高さは予想以上のようですね。私ひとりがきばったところで、勝てる見込みなど残念ながらないようです。
「沙優……私はどうやら死に場所を見つけたようです……ならばッ!」
ツヴァイが拳を高々と上げる。
「ヴァジュラ、私の全てをお前に捧げます。だから、お前の全てを私によこしなさいッ!
最大出力の稲妻がツヴァイへと降り注ぐ。
ツヴァイは苦痛に呻きながら、それを耐え続けた。あまりの凄惨な状況に翼とマリアは一歩も動けないでいる。
「なにをしているッ!」
「自暴自棄にでもなったの?!」
「いいや……そんなつもりはありませんよ」
稲妻が終わりを告げる。
黒焦げになったツヴァイは視線を二人に向けた。先程よりも明確な覚悟が伝わってくる。空気が振動した。
「私は命をかけて沙優に守ってきてもらいました。私達はいずれ消えることで、彼女に対して本当の意味で人生を取り戻させてあげることができます。私は身命を賭して為す事があるのですよ……私の命に怯えろッ!」
ツヴァイの体から雷鳴と稲妻が炸裂する。
「一撃必殺。これで貴女達二人を脱落させます」
「……その覚悟受け取った」
「翼ッ! 私も一緒に受けるわ」
「駄目だッ! ここに装者が共に脱落することは、戦力の著しい低下を意味している。戦はこの一戦で終わるわけではないのだ。ここは私に任せて欲しい」
「翼……」
「風鳴翼……この国の防人を謳う少女……行きますッ!」
「来いッ! 何かを守る覚悟を持つ者を私は受け止めるッ!」
ほんの一瞬の出来事だった。
当事者にしかわからないことがそこにはあったはずだ。
青い炎と黄色の稲妻がぶつかりあう。巨大な力と大きな覚悟を持った者同士のぶつかり合いに、マリアは割って入ることができなかった。
ただ結果だけを述べるならば、最後に立っていたのは翼だった。ツヴァイは体に大きな切り傷を残し、地面に仰向けに倒れていた。それでも、不幸そうな顔はしていない。どこか満足げな笑みを浮かべている。翼の傷だらけでありながら、ようやく立っているような状況だ。
「ツヴァイ……白井への思いは確かに受け取った。だが、ならばこそやり方は幾らでもあったはずだ」
「そうですね……でも、私達三人は賢くありませんから、これしか思い浮かばなかったんですよ」
「なんと愚かな……」
「私達は愚かです。だからこそ……沙優には賢く長く生きて欲しい……」
最後の言葉を残し、ツヴァイは目をつむった。その眼が再び何かを映し出すことは絶対にない。
稲妻が消え去り、空には心なしか少しばかりの平穏が戻っていた。
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身命を賭して為す (2)
これからはなるべく定期的に更新していきます。
心臓が少しだけ跳ね上がる。感じていた懐かしい気配が消え去った。
「ツヴァイ……ドライ……」
生死不明となった同士の名前が口から漏れた。
沙優の生きることに邪魔をする者がいない世界、沙優が幸せになる世界を創るために、沙優を全ての不幸守るために……立った一人の少女を守るために集った者達の散り際は今だというのだろうか?
「ならば認めざるおえないか……」
二人は今日、永遠になることを認めた。
沙優の怒り、恐怖、悲しみ……負の感情を切り取ることで完成された私達は、沙優なしで生きていくことは出来なかった。沙優なしでは誕生することも出来なかった。沙優の想いから産まれた存在だからこそわかるものがある。沙優は決して不幸にしかなってはいけない人ではない。彼女は誰よりも優しく、温かく人に接してきた。それを今まで裏切り続けて来たのは人間だった。同種族でありながら、他者の不幸を望むことしか出来ない劣等種族。そんな奴らでも沙優は守ろうとするならば……私達が邪魔者を排除する。
どんな方法を使うこととなっても……
「そうだよ、ゲイボルク……」
ゲイボルクを空へかざす。空気の収縮が始まり、莫大なエネルギーが矛先へと集中した。目標はもはや意地で立ち向かっているとしか思えない程ボロボロになったシンフォギア装者達。この一投で全てを決めてみせる。心に強く近い、投擲のモーションへと入った。
「アインさん……私達は戦わなきゃいけない理由はないんですよ!」
「バカ、まだ話しかけるのか!」
「クリスちゃん、おかしいよ、私はおかしいと思うよ! だって私達もアインさんも、皆が沙優ちゃんの幸せを願っているのに、どうして戦わなきゃいけないの」
「……」
聞こえてきた声に反応するなという方が無理だった。
アインは投擲するはずだったゲイボルクを下ろした。
「沙優は今まで……多くの絶望に直面してきた。その度に人々は彼女を迫害してきた。そんな人間を……沙優に危害を加える人間をこの世界から一人残らず消すことは悪ではない!」
「悪だよ! 沙優ちゃんが酷い目にあってきたのは……悪い人達のせいだと思う。それでも、沙優ちゃんは笑うことを捨てなかった! 沙優ちゃんは人間に絶望しても、希望を捨てなかった! そうじゃなかったら、沙優ちゃんはアインさん達を守って欲しいなんて私達にお願いしないよ!」
イメージが脳内になだれ込んできた。音楽という旋律と共に言葉によって情景が紡ぎ出される。シンフォギア装者達が出陣するほんの数分前、沙優は確かに彼女達に私達を守って欲しいと言っていた。これから戦うべき敵を守って欲しいなんて言うのは、なんと傲慢なことだろう。そうわかっていながらも、沙優は勇気を出して私達の安寧を案じてくれた。私達が沙優のことを想い続けるように。一度も会ったことがない私達を沙優も想ってくれていた。
「私の戦う意味はない……?」
私達は沙優の思いとは逆行していていることを続けていた。私達こそが沙優を悲しみに落とし入れる元凶……? 不安が脳内を駆け巡っていく。とめどもない悲しみが心を支配していく。
「ちげーだろッ!」
「……!」
「沙優はお前達のやっていることをハッキリとわかっちゃいない。だけど、お前達を嫌いになっちゃいない。お前達を好きだから一緒にいたんだろ! 別れ、バカ!」
「クリスちゃん……ちゃんと説得、手伝ってくれるんだね」
「うるさいバカ、お前もバカだしアイツもバカだな」
「……ハハハ」
ツヴァイ、ドライ……私もお前達の元へ早く逝くことが弔いになるのかもしれない。
だけど、お前達が逝ってしまったからこそ、私はまだ消えるわけにはいかない。まだもう少しだけ、沙優の隣に居ることを許してはくれないだろうか……
ゲイボルクが地面に落ちる。気がつくとアインは自然と両手を挙げていた。
「降参する」
「おせーよバカ」
響とクリスも武器をおさめた。この場にはもはや暴力は必要がなくなった。
……そう誰もが考えていた。
『俺に従えない木偶には生きる価値はない』
一瞬の出来事だった。
質量をもった何かが音速の壁を破りながら、アインに降り注いだ。まるでSF映画のビーム兵器のようにオレンジ色となったビームは数秒間、アインの立っていた場所を焼き付くすると収束した。着弾地点には文字通り塵一つ残っていない。
「お前ッ!」
『無駄なことはするな。お前如きには俺は探せん。木偶の処分は済んだ。お前達は次の機会に処分してやるさ。期待して待っていろ』
「お前、お前ッ!!」
クリスは叫んだ。返事はない。どうしようもない理不尽を目の当たりにしながら、叫ぶことしか彼女には出来なかった。
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