転生したからダークヒーローをロールプレイする (カステラ)
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ダークヒーローという最高にカッコいい存在

見切り発車ですが、良ければ見ていって下さい。


 信号機が青に変わるのを待ってたら、突っ込んできた車によって死んだ俺は、俺の死亡処理がめんどくさいからという神様の酷い理由で転生することとなった。

 

 どうやら転生先の世界は、俺が元々いた世界で発売されてたラノベの世界らしい。その世界の一部の人達は能力を持ってるらしく、能力者である主人公は政府が作った能力者達を育成する学園で、ラブコメありバトルありの生活をしていくといったありきたりな設定のラノベだ。

 

 そんな世界に行くのだから、俺も勿論能力を持っている。俺の能力は鉄を操ることと、周りの重力操作の二つ持ちだ。

 

 しかも鉄は空間から作り出すのも可能だから、状況に左右されない安心設計付き。うん、チートだね。せっかくの二度目人生だし、ラノベの世界なのだから俺が目指すのは一つ。最高にカッコいい存在であるダークヒーローだ。

 

──────────────

 

 深夜、東京のある一区の路地裏。息を切らしながら男が懸命に走る。恐怖に染まりきった顔で時々後ろを確認しながら走る男は、行き止まりに辿り着いた。

 

「そ、んな、嘘だろ! この先にはアジトがあった筈なのに! なんで()()()があるんだよ!」

 

 歩いて追いかけてきたフードを深く被った少年が、叫びながら壁を叩く男の姿を見てニィと笑う。

 

「オ~ニさんこちらァ、手の鳴る方へ~ってかァ!」

「ヒィッ!」

「俺にバレねェようにこそこそしてれば見つかる事も無かったかもしれねェのになァ……。つーか、アジトまで案内してくれるなんて良心的じゃねェかよォ惚れちまいそうだぜェ?」

「クソッ!」

 

 男は懐から拳銃を引き抜き構える。少年はヘラヘラと笑いながら近づく。

 

「おいおい、そんなオモチャが俺に効くと思ってんのかァ? 銃なんざ能力者にとってなんの障害でもねェのは分かってんだろうがァ。さっさとテメェの知ってる情報を吐けそしたら命は助けてやるぜェ?」

「教えるわけ無いだろ! 来るんじゃねぇ、撃つぞ!」

「……ハァ。んじゃ、いいやお前。さよなら」

 

 少年が指パッチンすると鉄で出来ていた壁の一部が触手のように変形し、男を飲み込み始めた。

 

「なんだこれ! やめっうああああああ!」

 

 男は慌てて発砲するが、銃弾は少年の目の前で止まり地面へと落ちる。鉄に飲み込まれてく男を見ながら少年は歩き出す。

 

「安心しろよォ。顔は出してやる。窒息はしねェからさァ」

 

 少年は鉄の壁の一部を空け、叫ぶ男の隣を通りながら路地裏の奥へと進む。

 

「親玉も幹部も賞金首の能力者……随分と戦力を揃えてんなァ。麻薬組織はそうしねェと裏で生きることもできねェのかァ?」

 

 先程の男が所属していた麻薬組織のアジトの前。その鉄扉をねじ曲げて侵入しながら少年は監視カメラに向かって皮肉を言う。見ているであろう組織の親玉に向けて。

 

「楽しみしてろよ親玉ァ。テメェの積み上げてきたもん全部ブッ壊して、絶望を見せてから潰してやるからよォ!」

 

 口元を歪め、恐ろしい笑い声を上げながら少年は監視カメラを潰した。

 

──────────────

 

『朝のニュースです。東京の渋谷区の路地裏にて、鉄の壁に埋まった男性が発見されました。警察の調べで男性は麻薬組織の一員であることが判明しており、男性は取り調べの最中、終始怯えた表情であいつがと連呼しているため、精神系の能力の影響を受けていると見て、警察は男性を精神病院で治療させてから再度取り調べを行う方針を検討している模様です。次のニュースです――――』

 

 何時ものように繰り返される穏やかな朝食の時間に、穏やかではないニュースが流れる。そのニュースを聞いた少年神山(かみやま)(ほむら)は眉を顰めた。

 

「父さんこれって……」

「ああ、十中八九あの少年だな」

 

 焔の父親、神山玄治(げんじ)は頷きながら焔に返事をする。玄治の言うあの少年とは、フードを深く被った正体不明の少年で、自分の事をゼロと名乗っており裏社会に潜んでいる。

 

 神出鬼没で身元不明。世界征服を企む過激派や裏社会の組織とよく戦闘しているのが一般人からの報告で上がっている。三つ巴になった際には、一時的な協力を要請した能力者達や警察にも容赦なく攻撃して撤退させるまで追い込む危険人物である。

 

「確か、ゼロだっけ……。父さんが追ってるんだよね」

「ああ、能力者の中で唯一の能力二つ持ち。あれを野放しにするのは……危険過ぎる」

 

 本来、能力は一つしか持てない筈だが、ゼロは能力を二つ行使しているのが報告で分かっており、二つもある能力が強力である為に危険視されている。

 

 最も、危険視される一番の理由は、能力が二つあるというよりも過激派の団体や裏社会の組織を、たった一人で潰し回っているのが原因である。

 

 そのような人物を野放しにするはずもなく、警察官でもあり能力者の玄治は政府の命にてゼロを捕まえようと追っていた。

 

「もし、ゼロを見つけたとしても絶対に近づくな。お前も俺と同じような能力を持っているが、ゼロとは場数が違う。たった一人で組織一つを潰す化け物だからな」

「分かってる。でも、何時か父さんと一緒にゼロを捕まえるよ。そのために、俺は学園で戦う術を学んでるんだから」

 

 十数人に一人の割合で能力者がいる現代。能力を悪用して暴れる者達に対抗すべく、政府は能力者達からなる特殊機関の結成と若い能力者達を育成するために桜花学園を作り出した。焔も能力者として桜花学園に通って居るが、そこまで学業の成績は良くない。

 

「ははは、期待してるぞ焔! その調子で勉強も頑張れ!」

「うぐっ! それも頑張るよ……」

 

 玄治は席を立って焔の頭を撫で、食器を片付けた後に身支度を整える。

 

「よし、ちゃんと母さんに挨拶してから学校に行けよ。それと、最近は物騒だから気をつけろよ」

「うん。父さんも気をつけてね」

「おう。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 玄治が部屋から出たのを見届けた後、焔は残っていた朝食を食べ終え、食器を片付けてからある部屋へと向かう。

 

「行って来ます母さん」

 

 仏壇に手を合わせ、焔は写真を見る。そこには焔の母である神山鈴音(りんね)が微笑んでいる姿が写っていた。

 

──────────────

 

 昨日の麻薬組織との戦闘を終え、ゼロはある一軒家で寝ていた。ゼロが住んでいる場所は、数年前に過激派と政府との戦いで壊滅的な被害を受け、誰も住まなくなったゴーストタウン。

 

 未だに反政府派が拠点としていると言われているが、既にゼロが全滅させたので誰もゴーストタウンには居ない。しかし、過激派が居るという噂が絶えない今、一般人は疎か裏社会の人間や政府の人間さえも簡単に近づく事がない為、ゼロの絶好の隠れ家となっている。

 

「……ふぁあああ。眠い」

 

 割れた窓から差し込む光に目を細め、ゼロは欠伸をしながら起き上がる。散歩でもしようかと考えながら、一軒家から出たゼロは周りを見てニヤリと笑う。

 

「おいおい、人がいい朝を迎えてんのによォ……多勢でゾロゾロと来やがって。死にてェのかァ?」

 

 ゼロの目の前には、黒いスーツを着た屈強な男達が立っていた。手に持つのはアサルトライフル。先頭の男はメリケンサックを装備している。

 

「死ぬはお前だクソガキ!」

 

 男達の一人がゼロへ殴りにかかるが、ゼロはそれを見ているだけで、何もしない。

 

「メリケンサックだァ? 本当に殺す気あんのかァ?」

 

 男の拳がゼロに届く前に、男の拳は腕ごと地面へと一瞬で落ちた。

 

「ぐあああああ!」

「おいおい、そんな声上げるな……正当防衛だぜ、これはよォ」

 

 メリメリと生々しい音を鳴らしながら地面へと沈む男の腕を見て、恐怖を感じて他の男達がたじろぐ。しかし、直ぐに手に持っていたアサルトライフルをゼロに向けた。

 

「俺の居場所を特定したのは褒めてやるよ。だけどなァ……狙う相手を間違えてんだよなァ?」

 

 アサルトライフルがナメクジのようにウネウネと動き出し、男達の両手に纏わり付く。叫ぶ男達を見てケタケタと笑いながら、ゼロは足元にいる男に顔を近づけた。

 

「おいクソ野郎。テメェらの親玉は何処に居やがる」

「教えるわけ、ぐああああ!」

「テメェには教えるしか選択肢がねぇんだよ。それぐらい察せや、クソが。まァ教えないなら仕方ねェなァ」

 

 男の髪の毛を掴んで上に上げゼロは作り出した鉄のナイフを片目に近付ける。

 

「んじゃ、三秒以内に教えてくれんなら目玉潰さないでやるよォ!」

「あ、ああ……」

「さァーん」

 

 ゆっくりと、ナイフが目玉へ近づく。男は恐怖で目を瞑るが、ナイフは瞼の皮膚に刺さる。

 

「にィーい」

「わ、分かった! 話す! 話すから止めてくれ!」

「それでいいんだよ。んで……何処に居やがるんだァ?」

「桜花学園だ、ボスは幹部を連れて桜花学園に奇襲をかけたんだ! 俺達は邪魔なお前を殺すために来たんだよ!」

「桜花学園? 政府が作った能力者育成機関に奇襲しにいくたァ……お前の親玉はバカなのかァ?」

 

 首を傾げながら、ゼロは顔を上げる。少し考えたような素振りをしてからゼロは笑みを浮かべた。

 

「その下らない装備からしてテメェらの親玉は俺を殺そうと思ってねェだろなァ。せいぜい足止め出来れば良いなぐらいしか思ってねェぜェ? 本当に殺したかったら幹部を何人かよこすだろうよォ」

 

 ナイフを鎖に変化させ、足元の男をグルグル巻きにして拘束した後、ゼロは歩き出す。目指すは桜花学園。理由は、朝から気分を悪くさせた者達に制裁するため。

 

「さァて、悪を始めるとするかァ!」

 

 これは、一人の少年がダークヒーローを目指して奮闘する物語……になったらいいな。




〈人物紹介〉

ゼロ
今作の主人公。中性的な顔立ちで黒い髪と黒い瞳をしているが基本的にフードを深く被っているため周りからは見えない。ダークヒーローを目指して毎日奮闘中。裏社会に潜んで裏社会の組織を潰しまくっている。

 ダークヒーローっぽくするために口調を変えてるが、内心は普通の少年のまま。裏社会の組織や過激派を潰す裏社会の人間とかダークヒーローっぽくね? という考えで行動しているが、バリバリ危険人物と思われてる。

 ダークヒーローって人殺ししない方が良いと思っている為、人殺しとかは基本的にせず、相手は拘束するようにしている。気分よく朝起きれたから散歩でも行こうとしたら絡まれ、気分が最悪萎えポヨになったので落とし前をつけさせるために絡んできた親玉を倒しにいくことにした。因みに欠伸の「ふぁあああ」は彼の素。

神山焔
転生先の世界の主人公。桜花学園に通う17歳で赤い髪と茶色の瞳をもつ好青年。困っている人をほっとけない善人でこれは彼の亡き母の教えである「困っている人を助けられる優しい人になること」の影響を受けている。警察官の父親を慕っている。

 炎を身体から出現させ、それを纏ったり自由に操って武器にするなどの能力を持つ。学園に通う能力者達の中では最強格の強さで主人公補正をちゃんと受けている。幼なじみがいたりクラスメイトに好意を寄せられていたりとラブコメも順調。ラッキースケベとか少しあるかもしれない。

神山玄治
神山焔の父親。赤い髪と少し黄色がかった瞳をしている。警察官で焔と同じような能力を持つが、焔と違う点としては炎を纏うことしか出来ず、基本的な攻撃方法は武術を使用した肉弾戦。また射撃の技術もかなりのもの。

神山鈴音
神山焔の母。黒い髪に茶色の瞳をしている。故人で、生前は心優しき人物であった。焔が9歳の時に病に倒れ、その二年後に息を引き取った。能力者ではなくただの一般人。


〈能力紹介〉

鉄の支配者
能力の名付け親はゼロ。鉄を空間から作り出し、それを自由自在に操る。鉄で作られた物も操ることができ、操る際には形状を変化させることが可能。また、作り出した鉄は一定時間経つと消える。

使用方法としては鉄を作り武器にしたり、相手の持つ鉄製の武器を液状にして相手に纏わりつけてから硬化させて拘束したり、鉄の壁を作って相手の逃げ道を塞ぐなど。鉄は質量に応じてしか変化出来ないため家の鍵から手錠に変えるなどは不可能。

重力操作
能力の名付け親はゼロ。ゼロを中心に半径1mまでの範囲内の重力を自由に変えることが出来る。変えた重力の影響を受けるか受けないかは任意で決めることができ、重力の向きを変えて壁を横歩きしたり自身の周りに何十倍もの重力をかけることも出来る。

また、銃弾のように高速で接近して来るものに対しては自動的に逆方向からの強力な重力が襲い、強制的にゼロに届く前に止めるようになっている。

尚、殴りかかるなどのゼロ自身が見てから対応できる攻撃は自身で避けるか、重力を操作して無理やり地面に埋めるなどの対処をしなければならない為、完全に守られている訳ではない。


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桜花学園襲撃事件

 桜花学園。そこは政府が作り上げた能力者達の育成機関にして、数多くある学校の中でも偏差値の高い学校でもある。朝、体育館内で全校集会が開かれ、学園長の話を聞きながら生徒達が眠たい目を擦る。緩やかな時間が流れる中、それは突如襲来した。

 

「な、なんだ!?」

 

 体育館内に響く轟音。壊れたドアや割れた窓から、武装した集団や能力者達が続々と攻め込む。教師達が生徒達を保護するために一斉に動く。

 

「皆! 落ち着いて!」

 

 そんな荒波の中心で焔は能力を使用し、襲ってくる武装集団を倒していた。当然、生徒だけではなく教師も勿論能力者である為戦ってはいる。

 

 しかし、実践など片手で数えれるぐらいしか行っておらず、闇雲に逃げ回る下級生が枷となり、教師達や上級生達は思うように動けずにいた。

 

「能力者達を育て、クソ政府の戦力にするためにこの学園があるが、それさえ叩き潰しちまえば今後お前等は相当弱体化するよなぁ?」

 

 単身で体育館裏から突撃してきた男に組み伏せられた学園長は、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「き……み達は……何者、だ」

「さて、何者でしょうかねぇ!」

「ぐっ、あああああ!?」

 

 学園長が押し潰され、身体にある複数の骨が一斉に折れる音が鳴る。

 

「ギャハハハハハ! 学園長は馬鹿みたいに強いって噂を聞いてたが、とんだホラ話だったな! 日本一のサイコキネシスだとか言われてるが、痛みさえ与え続けりゃあ何も出来ねぇジジイに過ぎねぇ!」

 

 学園長を圧死させようと男がゆっくりと力を更に込めていく。学園長は苦しみながらも能力を使用し、無理やり男を引き剥がした。

 

「ぬおっ!?」

「はぁ、はぁ、はぁ」

「クソッ、あんだけやったのにまだ動けんのか……。まぁいい、直ぐにあの世に送ってやるよ!」

 

 男が学園長を殺しにかかったその瞬間、体育館の鉄筋と屋根がメリメリと曲がっていき、正確に襲撃者達を捕らえる。

 

「ぐっ、なんだこれは!? テメェの仕業かぁ!」

「わ、私ではない。しかしこの能力は……まさか……彼、か」

 

 突然の出来事で混乱が収まっていく中、正面入り口からフードを深く被った少年が、体育館にゆっくりと歩いて入ってくる。

 

「朝っぱらからギャーギャーうるせぇんだよクソ共が。天下の桜花学園様は全校集会でパーティーでもやるんですかァ?」

「ゼロ……なのか……」

「あァ、んだテメェ」

 

 ポツリと呟いた焔の言葉に、ゼロは反応し焔を見る。動揺を隠せない焔を見てつまらないと感じたのか、ゼロは直ぐに前を向いた。

 

「さァて、俺の気分を最悪にしたクソ共の親玉は誰だァ? ぶっ潰してやるから出てこいよォ」

 

 ゼロの質問に誰も返事をしない。ゼロはため息をつき、自身が拘束した内の一人に視線を向けた。

 

「テメェの親玉はどこに居やがる。俺が優しく聞いてるうちに答えんのが吉だがァ……答えそうにねェなァ」

 

 睨みつけてくる女性に、ゼロは笑みを浮かべる。ゼロはナイフを作り出し、女性の頬に近づけた。

 

「女の肌っつーのは、命ぐらい大切なんだろォ? 答えない限り、テメェの肌を切ってやるよ。後が残るように、時間をかけて同じ所を何度も何度もなァ」

 

 ツーっと赤い液体が女性の頬を伝う。女性は顔を歪めるが、依然とゼロを睨んだままだった。ゼロがもう一度同じ場所を切ろうとした時、後ろから声が聞こえる。

 

「時間稼ぎご苦労」

「あァ?」

 

 ゼロが振り向くと、後ろで拘束されていた襲撃者の一人が無理やり拘束を解き、ゼロに殴りかかっていた。奇襲に反応できず、避ける事もままならない。襲撃者の一人は決まったと確信したことだろう。

 

「奇襲たァ……敗者のやることだぜェ?」

 

 自身に届かないナイフを見ながら、ゼロはそう口にする。その立てた親指を下に向けた。

 

「敗者は惨めに這いつくばって、勝者を見上げてろ」

 

 その瞬間、襲撃者の一人は這いつくばった。うなり声を出しながら懸命に起きあがろうともがくが、一向に起き上がる様子はなく、寧ろ床にめり込んでいく。

 

「ハハハハ! これは傑作だなおい! 作品名は『這いつくばる敗者』でいいかなァ!」

 

 狂った笑い声を上げるゼロを見て、その場の全員が恐怖する。その中でゼロの笑い声に答えるかの如く、どこから現れたか分からない鉄の塊がうねうねと動き、襲撃者を飲み込んでいく。

 

「なんだこれ、クソがぁ!」

「安心しろよ敗者ァ、死なないようにしてやるからよォ! まァ、さっきよりも抜け出しにくいと思うがなァ」

 

 襲撃者の顔だけ残し、鉄の塊は身体を飲み込み終わった後、鉄は先程まで動いていたのが嘘みたいに硬化した。しかも、何故か芋虫の形で。

 

「ったく、余計な邪魔が入っちまったなァ……。おい女、続けるかァ?」

 

 ナイフを舐めながら、ゼロは女性に振り向く。女性は仲間が鉄の芋虫になっていく様子が目に入ったからか、絶望に染まった顔をしていた。

 

「……親玉はどこだ? それともまだ答えないのかァ?」

「それ以上は止めろ! 親玉は俺だ!」

 

 声のした方向にゼロは視線を向け、無言のまま歩き出す。ゼロの後には、またどこから現れたか分からない鉄の塊が着いていく。移動速度を徐々に上げた鉄の塊は、ゆっくりとゼロに纏わりつく。

 

「今からテメェに悪ってのは何かを教えてやるよ。拘束解いてやるから頑張って掛かって来い、全力で殺しに来るテメェを叩き潰してやるからさァ!」

 

 男の拘束が解かれ、ゼロは両手を広げる。隙をワザと晒すかのように挑発した。

 

「悪に精々足掻けよクソ野郎! 少しだけ期待してやるからよォ!」

「ふざけるなぁ!」

 

 男はゼロに殴りかかる。避ける動作も見せないゼロは、邪悪に嗤い中指を立てる。

 

「敗者と同じ真似してどうすんだァ?」

「同じ? 違うなぁ!」

「っ!?」

 

 ボスがゼロの手前で拳を止める。それとほぼ同時に、ゼロが後ろに向かって吹っ飛ぶ。

 

「がはっ!」

 

 ゼロが吹き飛びながら血を吐き出す。そのまま吹き飛べば壁にぶつかるが、纏わり付いていた鉄の塊が液状となり、ゼロを庇うことで壁にぶつかる事はなかった。

 

「……ぺっ! 随分と良いパンチだなァ?」

 

 フードが取れ、ゼロはその素顔を露わにする。口からは血を流し、決して少ないダメージではない筈である。それでも、ゼロは嗤うのをやめない。

 

「ちっ、簡単には死なねぇか。かなり強く打ったんだが」

「あァ? 手加減してんじゃねェよォ」

 

 液状だった鉄の塊はまたゼロに纏わりつく。ゼロの両手両足に移動した鉄の塊は形を変え、両手の鉄は鉤爪のように、両足は足の先が尖った針のようになっている。

 

「テメェは衝撃波でも生み出す能力者ってところかァ? つーか、何で最近俺に挑んでくるアホ共は殴る蹴るしかしねェんだろうなァ?」

「正解だ。お前に対する攻撃手段は殴る蹴る以外は効果が無いことが分かっている。ならばお前を殺すにはそれしかあるまい」

「なる程なァ……」

 

 移動してきたボスに近づいたゼロは嘲笑う様に舌を出した。

 

「その方法はもう俺には通用しねェなァ」

「そうか。なら、もう一度吹き飛べ」

 

 ボスは寸止めの殴りをするが、ゼロは拳から発生する衝撃波を避ける。それを予想し、回し蹴りを仕掛けてきたのには反応出来なかったのか、発生した衝撃波をゼロはまともに喰らう。

 

「言っただろォ……通用しねェって」

 

 その場から吹き飛ばされずに立つゼロは、ボスに顔を近付ける。

 

「はったりかと思ったかァ? 違うんだよなァ」

 

 ゼロの蹴りがボスの足に刺さる。ボスは苦しむような顔をしながら離れようとするが、ゼロはそれを許さず、左手の鉤爪を肩に刺す。

 

「クッ……」

「テメェの攻撃の威力は大体分かった。なら、逆方向から同じ力をかけて相殺してから、余波を耐える為に鉄で俺を固定すれば吹き飛ぶこともねェ」

 

 刺した鉤爪を押し込み、ゼロはボスを蹴り倒す。

 

「増強系、変質系、造形系、色々能力があるが……厄介なのは結局増強系だよなァ」

 

 ゼロは鉤爪を振り、付着した血を飛ばしながら話を続ける。

 

「だが増強系のクソ共は、力があっても頭が足りなくて使い方を理解してねェ。俺に幹部もよこさず、此処に全戦力投入して惨敗してる時点で、テメェも頭が回ってねェんだよチンピラ」

 

 ボスの身体がゆっくりと地面に埋まっていく。ゼロはニィと嗤いながら馬乗りになる。

 

「いいかァ、チンピラ。悪ってェのは暴力じゃあねェ。圧倒的な恐怖と支配から出来てんだ。その場に居るだけで周りから恐れられ、全てを支配するのが悪だ。此処で力を全力で振るって殺しにかかってる時点で、テメェは悪になりきれねェチンピラなんだよォ」

 

 ボスから離れたゼロは、纏っていた鉄を塊に変えてボスに付着させる。鉄の塊はボスの手足を拘束した。

 

「だが、俺はそうはならねェ……。俺がなんのは本当の悪だ」

 

 フードを深く被り直し、ゼロはボスを睨む。

 

「くだらない悪を潰す悪。俺の居るところには誰も殺させねェし、誰も殺さねェ。それが俺の目指すダークヒーロー()だ。覚えとけチンピラ」

 

 ふらつきながら、ゼロは出口を目指して歩く。足取りが重く、速度は遅い。しかし誰もゼロに近づくことは無く、去っていくゼロをただただ見ているだけであった。



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ゼロと情報屋

 ゼロが桜花学園を去って数分後。駆けつけた警察によって襲撃者達は連行され、負傷者の手当てが始まった。

 

 幸いと言って良いのか重傷者は骨を数本折られた学園長と襲撃者達のボスのみ。それ以外の者は皮膚を切る、擦りむくなどの軽傷で済んでいた。

 

「焔! 無事だったか!」

 

 焔が手当てを受けていると、現場に来ていた玄治が心配そうに焔に駆け寄る。焔は玄治に苦笑いしながら頬を掻いた。

 

「うん。咄嗟の事だけど何とか自分の身は守れた。でも、他の皆を守る余裕なんて無かったよ……」

「いや、お前は学生の身でありながら良く健闘した。自分の身を守れたという事は日々の鍛錬を怠らなかった証拠だ。誇っていいんだぞ」

「ありがとう父さん」

 

 しかし、と玄治は周りを見る。体育館の鉄筋や天井は有り得ない角度で曲がり、それら全てが襲撃者を捕らえていた跡が残っている。

 

「これは一体……。焔、何があったんだ?」

「ゼロだよ。いきなりゼロが現れて襲撃者全員を捕まえたんだ」

「なに!? それは本当か!?」

「え、あ、うん」

 

 父、玄治の突然の豹変ぶりに焔は驚きながら返事をする。返事を聞いた玄治は急いで誰かに電話をしだし、電話を終えると他の警官を呼び、話し出した。

 

「……これは、帰りが遅くなるなぁ」

 

 話を終えて慌ただしく走り去る警官を見ながら玄治は呟く。やれやれと言いたげな表情をしながらメモとペンをポケットから取り出した。

 

「焔、今日起きたこと。ゆっくりで良いから思い出してくれ。もしかしたらゼロを捕まえる手掛かりになるかもしれない」

「分かった」

 

 襲撃者の襲来からゼロが去るまで。焔はゆっくりと思い出しながら話し出した。

 

──────────────

 

「クソが…身体が痛ェ…。流石に無理し過ぎちまったかァ?」

 

 ゴーストタウンのある場所。住む場所を変更してゼロは使い古されたベッドに横たわっていた。服を脱ぎ捨て、負傷した所に氷水が入った袋を当てている。

 

 襲撃者達のボスの攻撃を受けきったのに吹き飛ばなかったのは、衝撃波の逆方向から衝撃波と同じ威力になるように重力を掛け、余った衝撃を無くすために鉄で無理矢理身体を固定したからである。

 

 故に、ゼロを中心にして左右から強力な力が相殺されたことにより、ゼロは予想以上の攻撃を受け止めていたのだ。あの場で吐血しなかったのは奇跡と言っていいだろう。

 

「……ハァ。顔は見られちまうしよォ」

 

 ゼロがフードを深く被っていたのは、当然の如く素顔を隠すこと。変声器は持っていないので声は変えれないが、顔を隠すことで発見を遅らせる事が目的であった。

 

 今まで素顔をバレずに行動出来たが、今回はそうではなかった。大勢に素顔がバレたのだ。ゼロにとって痛手であったのは言うまでもない。

 

「此処がバレちまうのも時間の問題かァ?」

 

 既に一度襲撃者達に住処をバレている。情報網が日に日に拡大している警察庁に尻尾を掴まれるのは時間の問題だろう。それに、自身の住処を襲撃者達が警察に漏らす可能性は十分にあった。

 

「と、なると……アイツん所に行くしかねェかァ」

 

 ゼロは痛みで悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、起き上がる。フードを深く被り、おぼつかない足取りで目的地へと向かった。

 

──────────────

 

 東京の路地裏の奥。薄暗い店内の中で一人の女性がグラスを丁寧に拭き上げる。店内はクラシックが流れ、落ち着きがあるオシャレなバーと言えばそこまでであるが、あくまでもそれは表向けである。

 

「よォ……元気だったかァ?」

 

 カランコロンとドアが開く音と共にゼロがバーへ来店する。女性はゼロを見て微笑みながらグラスに飲み物を注いだ。

 

「一昨日あったばかりでしょ? もしかしてゼロはボケちゃったの?」

「あァ? ボケてねェよ。ちょっとした挨拶だろうがよォ」

 

 出された飲み物を一気に飲みしたゼロは微笑む女性を見て眉を顰める。

 

「何笑ってんだァ?」

「貴方が情報目当て以外で来るのが嬉しいのよ。まぁ、情報の事よりもずっと重要なんでしょうけど」

 

 ヒナタの本職はバーの店員ではなく情報屋。ゼロはヒナタから裏社会の組織や過激派の情報を買い、その情報を用いて行動している。ヒナタにとってゼロはお得意さんの様なものだ。

 

「分かってんじゃねェか」

 

 椅子の背もたれに身体を預け、上を向いたゼロは目を瞑る。

 

「今朝、クソ共が俺の家まで来て機嫌を損ねやがった。そいつらの親玉を潰しに桜花学園に行ったんだがァ……顔がバレちまったんだよなァ」

「桜花学園? 何でそんな所に?」

「クソ共の親玉は桜花学園に襲撃してたんだよォ。クソが、あんなに大勢に顔がバレちまったんだ笑い事じゃ済まねェ」

 

 ガバッと起き上がり、新しく注がれた飲み物を数秒見た後、ヒナタに視線を移した。

 

「そこでだヒナタ、俺を匿ってくれねェかァ?」

「あら? 貴方が私を頼るだなんて……どういった風の吹き回し?」

 

 首を傾げたヒナタにゼロはニィと笑みを見せる。

 

「ここの地下にテメェの研究所があんのは知ってる。そこなら俺を匿うのは可能だろォ? 勿論タダとは言わねェ……テメェの研究を手伝うって条件でどうだァ?」

「何で私の研究所の事を知ってるのかを問い詰めたいけど……まぁ、いいわ。貴方が研究に協力するならかなりはかどりそうだし」

「じゃあ、決まりだなァ。だが、まァ……すんなりと要求を呑んだなァ?」

「当然よ。他の組織を相手するより貴方を相手にする方がよっぽど恐ろしいもの」

 

 ヒナタの言葉に鼻で笑いながらゼロは飲み物を飲み干す。懐から代金を取り出し、カウンターに置いた。

 

「これは?」

「飲みもんの代金だァ」

「そう。てっきり情報を買うのかと思ったわ」

「顔バレと家バレしてんだがァ? そんな状態で外歩いたらアウトだろうがァ」

「ふふふ、そうね。それじゃあ、もう店を閉めましょうか」

 

 ゼロの目の前に置いてあるグラスを下げ、ヒナタは入り口に掛けてある看板をひっくり返した。ゼロはそれを見て眉を顰める。

 

「閉店には少しばかり早いと思うんだがァ?」

「今から研究所を案内するわ。貴方が住む部屋と手伝って欲しいことを説明したいし」

「んじゃあ、行くかァ」

 

 ゼロは頭を掻きながら立ち上がる。ヒナタはそんなゼロを見てクスリと笑いながら店の奥へとゼロを案内する。

 

「こっちよ」

「……随分と近代的じゃねェかァ」

 

 顔、指紋、瞳孔、声。それらの認識を終えた後、分厚い鉄の扉が三枚開かれ、地下へと続く階段が見える。それを見て笑みを零したゼロは階段の奥へと歩き出した。

 

 光が届かない所まで歩いた瞬間、壁に付いていた電灯が淡く光る。眩しくないように調整されたその明るさはゼロに不快感を与える事無く周りを照らしていく。

 

 灰色のみ無機質な壁。それを見飽きたと言わんばかりにゼロがため息をつき始めた頃、先程と同じ様な鉄の扉があった。

 

「随分と厳重だなァ」

「侵入されたら面倒だからね」

 

 先程と同じ手順で認証を済ませた後、ゆっくりと鉄の扉が開かれる。周りが白い光で覆われたような錯覚に落ちる程に白い内部にゼロは思わず目を細めた。

 

「眩しいかもしれないけど我慢してね?」

「別に無駄に眩しくても構わねェ」

 

 所々にある白い扉とガラスの窓。部屋の中では研究者達が怪しげな薬品などを作っている。

 

「……お帰り、ヒナタ」

 

 ゼロは声がした方向、後ろを振り向く。純白の髪に紅い瞳、白いワンピースが身体と同化しているんじゃないかと思わせる白い肌をもった少女が立っていた。



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ゼロと光の少女

皆様お久しぶりです。
お知らせとして
・ゼロは中性的な顔立ち
・ゼロの使う能力の一つである鉄の支配者で作り出した鉄は一定時間で消える
の二つを一話の後書きに書いてあるゼロと能力の説明に追加しました。

恥ずかしながら書き忘れていました。申し訳ありませんでした。


「あァ?」

 

 少女の声がした方向は後ろ。未だに身体のダメージが大きかったとしても周りを見落とすようなヘマをする筈が無いと思っていたゼロは驚いていた。

 

「ただいまレーナ。また隠れてたの?」

「……コイツ、さっきまで居なかったよなァ? 瞬間移動、若しくは透明化の能力かァ?」

「惜しいわ。この子の能力は光を操るのよ。光学迷彩のように姿を消せるし、光のレーザーも撃てたりするわ」

「レーザーねェ……」

 

 ゼロは無表情でいるレーナを見る。純白の髪に紅い瞳、白いワンピースが身体と同化しているんじゃないかと思わせる白い肌。所謂、アルビノなのだろう。

 

「アルビノかァ。珍しいじゃねェかァ」

「ええ、この子は海外で生まれたの。名前はレーナ・アポクリファ。貴方が潰したことがある宗教団体に神として崇められてたのよ。この子を狙うハンターからは魔女と言われているわ」

隠される者(アポクリファ)ねェ。忌み子かと思ったがァ……あのイカれ野郎共の中で崇められてたんなら意味としては逆だなァ。殺される、捕られるから隠す……扱いとしては確かに神に近いなァ。まァ、監禁みてェなもんだが」

 

 アルビノの子供には強力な力が宿っているという迷信は未だにある。その者の骨や血肉は喰った者に富をもたらし、幸福にさせるなどは有名な話だ。

 

 その特徴故にアルビノの子供は神聖な存在とも言われる。更に光を操る力を持っていたら一部の狂信者達は彼女を神として崇められるのも無理はない。

 

「にしても魔女、なァ。こいつの住んでたところは随分と古い考えの奴らしか居ねェんだなァ?」

「あの村は辺境にあったからね。ずっと魔女の存在を信じてたのよ。時代の流れに流がれず、世間から流された者達が住む魔境だったわ」

 

 魔境だったという言葉にゼロはピクリと反応する。無表情でゼロを見続けるレーナは首を傾げた。

 

「だった、だァ? そこはなくなったっていうのかァ?」

「この子を狙ったハンターに焼き払われたわ。それを知った私と私の同業が急いで保護したのよ。駆けつけた時は地下室に逃げていて火傷とかの怪我はあったけど、それでも命に問題はなかったわ」

「タケルとヒナタは、恩人。とても、大切な人」

 

 レーナの言うタケルとはヒナタの話にあった同業者である。ゼロはニィと笑いヒナタを見る。

 

「随分と慕われてんじゃねェかァ」

「そう言われると照れちゃうわね。でも、そうね、この子が私を大切と思ってくれるのはとても嬉しいわ」

 

 ヒナタに頭を撫でられながら無言で見続けるレーナをゼロは無視して歩き出す。

 

「あなたは」

「あァ?」

「あなたは、ヒナタの、お友達?」

「……」

 

 レーナの問いに振り向いたゼロは、何も答えず再度歩き出す。レーナはムッとした顔でゼロの服の裾を右手で掴み、ゼロは移動を拒むレーナを睨んだ。

 

「……なんだァ?」

 

 ゼロが潰されたいか、と言おうとした直後にレーナは左手をゼロに向ける。

 

「答えて」

「答える義理があるかァ?」

 

 睨むレーナにゼロはニィと悪い笑顔を浮かべる。それが気に入らないのか、レーナは頬を膨らました。

 

「答えないと、撃つ」

「撃つ、ねェ……」

 

 ヒナタが答えないゼロにため息をつきながらレーナの肩にそっと手を置き、しゃがみ込む。

 

「私とゼロの関係はお友達よ。とても仲良しなの」

「おい、ヒナタ。なに言って──」

「ちょっと貴方は黙ってて」

「──っ! ……チッ」

 

 ヒナタの視線、その先にはゼロに向けていたレーナの左手から光の球が生成されていた。ヒナタ曰わくレーナはレーザーを撃てる。

 

 先程のレーナが言っていた“撃つ”はこの光の球は関係しているのは火を見るより明らかだった。それが撃たれる前にヒナタがレーナを落ち着かせる事にしたのだろとゼロは考えた。

 

「本当?」

「ええ、本当よ。ね、ゼロ?」

「……あァ。ヒナタの言う通りだァ」

 

 これで良いだろ、と言わんばかりに睨んでくるゼロにヒナタは苦笑いを返す。流石に此処を破壊するような事になればただ事ではない。ゼロとしてもヒナタとしても負うリスクは計り知れない。

 

「で、だァ……俺は何をすればいいんだァ?」

 

 頭を乱雑に掻きながらゼロはため息をつく。ヒナタには立ち上がりゼロを見た。

 

「貴方には暴れてる囚人達の相手をしてもらうわ。後は──」

 

 ヒナタはレーナの両肩に手を置く。レーナは首を傾げながらヒナタを見上げた。

 

「……?」

「この子の護衛役をやってもらうわ」

「…………あァ?」

 

 低く重い声。ゼロによって一瞬で張り詰めた空気となり、レーナはヒナタの後ろに隠れて少しだけ震える。

 

「落ち着いてゼロ。ちゃんと理由があるのよ」

「んだァ? このガキのおもりをする理由があんのかァ?」

「ええ、この子はあの閉鎖的な村とこの研究所しか知らないわ。こんな狭い世界だけじゃなくてもっと広い世界を見て欲しいのよ」

「そのために俺をねェ。テメェは理解してんのかヒナタ……俺は顔がバレしてんだぜェ?」

 

 ゼロは髪をかきあげ、ニィと笑みを浮かべながら、ヒナタを睨めつけた。

 

「それに関しては大丈夫よ。ちゃんと対策してるわ」

 

 ヒナタは睨めつけてくるゼロに怪しげな笑みを返す。それに嫌な予感を抱きつつもゼロはその対策に乗ることにしたのだった。

 

──────────────

 

「~♪~♪~」

「……」

「……」

 

 研究所の一室。鼻歌を歌うヒナタに無言のゼロとレーナ。ゼロは目の前にある鏡に映る自分を見てキレかかっていた。

 

「なァ……ヒナタ」

「なに、ゼロ」

「テメェの言う対策ってェのはよォ……本当にこれなのかァ? 単にテメェの趣味ってんならァ……どうなるか分かってんだろうなァ?」

 

 徐々に額に青筋を浮かべながらワナワナと震えていた。

 

「落ち着いてゼロ。上手くメイク出来ないわ」

「上手くメイク出来ないだァ? 女装と顔バレがどう関係あるんだァ?」

 

 黒い艶のあるロングヘアーにぱっちりとした瞳、そもそも中性的な顔立ちのゼロには女装は相性が良かった。

 

「顔バレしてても女装と声を変えれば大丈夫よ。後は、変成器をバレない所にセットするだけね」

 

 ゼロの正面に回り込み、変成器を取り付けるヒナタを見てゼロはため息をついたのだった。



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ゼロと青年

皆様お久しぶりです。カステラです。
気づいたらこんなに時間が経ってました。
大変申し訳ありません。

ずっと時間がなかなかとれない状況がこれからも続いていくと思いますが、お暇な時に呼んでいただければ幸いです。


 鏡に写る自分を見て眉を顰めるゼロの肩をヒナタは優しく掴む。

 

「こんなに似合ってるんだからそんな不満そうな顔しなくてもいいと思うのだけれど」

「……俺がこんな格好を気に入る訳ねェだろうがァ」

 

 重くため息をつきながらゼロはレーナに視線を向ける。無表情のまま首を横に傾げるだけで、それ以上の反応を示さないレーナから、未だに肩を掴んでいるヒナタにゼロは視線を変えた。

 

「で、だァ。 俺の部屋はどこだァ?」

「そうね。結構負傷してるようだし横になってた方が良いかもしれないわ」

「……おい、待てェ。何時俺が負傷してるなんてお前に言ったんだァ? 俺は戦ったとは言っても負傷したなんて言ってねェ」

「言わなくても分かるわよ。普段と違う歩き方だし、女装する際だって私が触ったら少し眉間に皺が寄ったもの」

「……良く見てんなァ」

 

 はんっと鼻で笑いながらゼロは椅子から立ち上がる。

 

「当然よ。貴方が生まれた時から──」

「──ヒナタァ……止めろォ。それを言ったらお前の口の中に鉄ねじ込むぜェ」

「そう、ね。レーナには少し刺激が強すぎるもの」

「刺激あるねェ……まァ、だろうなァ。さっさと部屋に案内しろォ」

「ええ、分かったわ」

 

 ヒナタが部屋のドアに近づこうとした瞬間、ドアがバァンと勢いよく開かれ警官の格好をした一人の青年が転びながら入ってきた。

 

「た、大変っす! ヒナタの姉御!」

「落ち着いてジャック。そうね、まずは深呼吸すると良いわ」

 

 ジャックと呼ばれた青年はヒナタの指示通り一度深呼吸をしてから持っていた端末をヒナタに見せる。

 

「旦那が、ゼロの旦那がニュースにでてるんすよ! それに明日から捜索を開始するって!」

「あァ……?」

「あら。どうしてニュースに?」

「なんだか桜花学園に乗り込んだバカ共を締めに行ったらしいんすけど、学園の生徒に動画を取られてたんすよ!」

「それでネットに動画が流れたのね」

 

 慌てていたジャックは、女装したゼロを見て目を丸くした。

 

「えっと……姉御の新しい仲間っすか? すげぇ可愛いっすね!」

「ジャック……全く貴方は。その子は口説かない方が良いわよ」

「なんでっすか~。こんなに可愛いっ!?」

 

 ジャックがゼロに近づき手を取ろうとした瞬間、ジャックは情けなくグエッといいながら地面に押し付けられ動けなくなった。

 

「おい、ジャックゥ……誰が可愛いってェ?」

「この今まで何度も味わった不自然な重み! まさか旦那っすか!?」 

「質問に対して質問で答えるバカがどこに居やがる。良いから答えろォ……誰が可愛いんだァ、あァ?」

「や、やだなぁ旦那。ジョークっすよジョーク。可愛いのはレーナちゃんですって」

「ジャック……ありがとう」

 

 頬を赤らめてお礼を言うレーナを見てジャックは上げていた顔を下げる。

 

「うぐっ!? 尊すぎて死にそうっす!」

「じゃあ死ぬかァ?」

「それも冗談っすぅ!」

 

 ニィ、と笑うゼロとギャー、と叫ぶジャックを見てヒナタはため息をつく。

 

「貴方達、そんなことしてる場合じゃないでしょう?」

「そ、そうっす! 旦那の顔が日本中に知れ渡ったんすよ!?」

「そもそも桜花学園の生徒共に顔バレしてた時点で日本に知れ渡るなんざ時間の問題だったんだからなァ。まァ、ほとぼりが冷めるまで外に出ねェ方が良いだろうなァ」

 

 ゼロがジャックから取り上げた端末から自分に関するニュースを見ながら答える。重力から解放されたジャックは首を傾げた。

 

「えっ~と、それと旦那の女装には関係あるんすか?」

「大有りだわクソがァ」

「私が此処に匿う条件として囚人達を黙らせるのとレーナが外出した時の護衛をお願いしたのよ。流石に何の対策もしないで外に出たら直ぐに見つかるから女装で誤魔化せないかと思ってね」

 

 ヒナタからの説明を受けたジャックはゼロの周りをぐるぐると回りながら隅々まで見ていく。

 

「はへ~。確かに別人のように見えるっすけど大胆なこと考えましたね姉御」

「でも、似合ってるでしょう?」

「確かにめっちゃ似合っ!?」

 

 ジャックは再度地面に押し付けられ、ギャーと情けない悲鳴を上げる。

 

「姉御っ! ()めたんすか!?」

「うふふ、どうかしら」

「冤罪っすよ! 冤罪!」

「そういやジャックゥ……お前の方では俺はどう捜索されるんだァ?」

「……それをお伝えする前に解放してもらえるのってありすか?」

「あァ、いいぜェ」

 

 二度も重力によって押し付けられ、多少ぐったりしながらもジャックは近くにあるパソコンとプロジェクターをせっせと準備し、㊙と書かれたUSBをパソコンに挿して地図を表示させた。

 

「この地図の赤い丸で囲まれた部分が明日の捜索範囲っす。勿論桜花学園やその他近辺も捜索はするっすけど一番人員が割かれるのはここっすね。因みに自分もそこに割り振られてるっす」

「随分とピンポイントだなァ?」

 

 地図上に赤い丸で囲まれているのはゼロが元々住んでいたゴーストタウンを中心とした場所であった。早めに移動して正解だったとゼロは安堵の表情を浮かべる。

 

「玄治さ……上司が取り調べで旦那がボコした組織から聞いた情報を元にこの範囲にしたらしいっす。自分は下っ端なんで会議は聞けなかったすけど」

「なる程なァ。お前を警察に送り込んどいて良かったぜェ。敵の情報が分かれば動きやすいことこの上ないからなァ」

 

 ジャックが飯泉(いいずみ)翔太(しょうた)として警察官となったのは実に半年程前になる。

 

そもそも、ジャックが警察という組織に潜入しているのは、世間に公表されず秘密裏に捜索が行われていたゼロが発見されないように捜索域を事前にゼロに伝え、見つからないようにする為である。

 

 警察に入るのはかなりの苦労が強いられた筈だがゼロの為にと奮闘したジャックには賞賛の声をかけるのが妥当というものであろう。

 

 そんな苦労をゼロは全て水の泡にしかけた訳なのだからジャックもかなり焦るのは当然のことなのだ。

 

「自分は下っ端なんで今回のデータは取ってくるのがかなり大変だったんすよ。上司にだって鋭い目で見られたっす」

「……取り合えずば捜索範囲に関するデータは暫く持ってこなくて良いぜェ。お前が怪しまれんのはマズいからなァ」

「そ、そうすけど、旦那はどうするんすか?」

「捜索範囲は口頭で伝えてくれれば構わねェ。最悪大まかな範囲を地図に囲むだけでもなァ」

 

 そうかもしんないすけど、とジャックは不安な表情を浮かべながらゼロを見る。ゼロはそれにニィと笑み浮かべた。

 

「こんな格好をしながら外に出んのもそこまで多くねェ筈だァ。警察共とぶつかるにしても万全の状態じゃねェとどうなるかわからねェし、負傷してる今は安静にしてんのが一番なんだわァ」

「そういえば見事に2回くらってたすね。大丈夫なんすか?」

「大丈夫なわけねェだろうがァ」

 

 近くの椅子にストンと座ったゼロは体の力を抜く。それを見たレーナが化粧台の上にあったタオルをゼロに掛ける様子にヒナタはふふ、と微笑みながらジャックに視線を移した。

 

「と、言うわけだからゼロは暫く此処に居るわ。外出も控えるし、負傷が治るまでは囚人達の相手もさせない。此処がバレない限りは安全よ」

「……姉御もそう言うなら分かったっす」

 

 渋々といった表情でジャックは諦める。無言で見つめてくるレーナに無言を返しながらゼロはヒナタを見た。

 

「つーかよォヒナタ。暴れてる囚人とか言ってたがァ……お前は何の研究してんだァ?」

「今研究してるのは能力を消す(・・)薬を研究してるわ」

「あァ……?」

 

 ──空気が変わった。

 

「何言ってるんすか姉御! 能力を消すなんてこと」

「出来るわよ。いえ、この言い方は語弊があるわね。出来たというのが正しいかしら。そうでしょゼロ」

「ヒナタ、テメェ……何言ってんのか分かってんだろうなァ?」

「勿論よ」

 

 ゼロの目が何時もの笑みを浮かべたものではなくなった。まるで怨敵を見るかのような殺意を孕んだ目。それを見てジャックは慌て始める。

 

「だ、旦那、落ち着き」

「黙ってろジャック。コレは見過ごせねェなァ。おい、ヒナタ…ソレ作って何するつもりだァ?」

「私は必ずレーナの能力を消すわ。髪も瞳も普通の人と変わらないものにして幸せに生きてもらうのよ」

「……それでェ?」

「それ以外何もないわ。ただそれだけが私の目標よ」

「能力を消すのも創んのもあっちゃならねェ。それは世界を壊すことってェのはお前も分かってる筈だろうがァ」

「ええ、分かってるわ。でも今更でしょう。だって──」

 

 ヒナタは笑みを浮かべる。ヒナタの視線の先に居るのはレーナ。ヒナタに見つめられて首を傾げるレーナの瞳はとても美しく輝いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──この子と違ってこの世界は50年以上も前から壊れてるんだから」



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