異なった歴史を辿った地球のドイツを召喚してしまった結果 (やがみ0821)
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未知との遭遇

太陽神「間違えちゃった(てへぺろ)」
エルフの神「間違いで済む範囲を超えているだろう!?」





とりあえず衝動的になろうの方で完結させた貴族になったがryの貴族ドイツぶちこんだのを書きました。
続くかどうかは未定。


 1946年9月1日 ドイツ 13時22分

 

 欧州戦争の爪痕も薄れ、人々は平和を謳歌していた。

 それは軍人も例外ではない。

 

 国防大臣として、陸海空軍を指揮下に置くヴェルナー・フォン・ルントシュテットもまた平和を楽しんでいた。

 外交関係は極めて安定、軍事的にも各国との交流を保ち、どこも問題がない。

 

 かつての陸海空軍の各省は欧州戦争後に統合され、国防省としてベルリンに存在していた。

 建物自体は広いが、それでも1つの建物で済むことは各軍の連携強化に役立っている。

 

 最近、ヴェルナーが頭を悩ませる問題といえば、三軍に対する予算の分配くらいなものだ。

 三軍を指揮下に置いているとなっているが、その実、やっていることは政府と軍、そして各軍との間の調整役だ。

 そのうち、予算分配は平時における国防大臣の最大の仕事と言っても過言ではなく、非常にデリケートな問題だ。

 

 陸軍は海軍の提案に反対である、海軍は陸軍の提案に反対である、空軍はどちらの提案にも反対である、などという文言は腐る程に聞いてきた。

 

 研究開発部分に関しては別枠で予算が組まれ、そちらでは三軍はこれまで通りに仲良く政府や民間と一致団結しているのだが、兵器の調達となると話は全く変わってくる。

 平時の少ない予算のやり繰りで大変なのはどこも一緒だ。

 

「まあ、戦争になられても困るんだがな」

 

 彼しか知らない、別の世界――前世の世界というものがある。

 すっかり歴史が変わって、全くアテにならないが、唯一分かることがある。

 

 同時代と比較して、世界全体の科学技術は飛躍的に発展していることだ。

 16年前に勃発した欧州戦争――フランスと二重帝国との戦いでも、戦争後期にはジェット機とミサイルをはじめとした新兵器をドイツは実戦投入している。

 それから戦後は他国がドイツに追いつくべく、対するドイツは優位を保持しようとし、技術開発競争がより熾烈になったのが原因だ。

 特に電子技術やロケット技術などの遅れは国家的危機とまで他の列強は認識した。

 

 その結果、今では人工衛星の打ち上げ技術を当然のように列強諸国は保有している。

 そのため、ドイツは優位性を確保する為、全地球測位システムの開発が軍官民の三位一体により急ピッチで進んでいる。

 

 

「神の杖も将来的には実現できるかもな。それをする意味があるかは分からないが……」

 

 2000年代になれば技術の発展はいよいよとんでもないことになりそうだが、あいにくとヴェルナーにはそれを見るだけの時間は残されていない。

 1885年生まれの彼はあと40年――100歳まで生きたとしても、2000年には届かない。

 

「ネットは見れるかもしれないが、動画投稿や配信までできるかというと微妙なところだ」

 

 頑張ってあと30年生きれば何とか見れるかな、と彼が思ったそのときだった。

 一瞬、窓の外が真っ白く染まった。

 

 彼は瞬時に床に伏せて、爆風や衝撃に備えるが、いつまで経ってもやってこなかった。

 

 

 5分程して、彼がゆっくりと立ち上がった時だった。

 

「閣下! 大変です!」

 

 ノックもせずに飛び込んできた従兵にヴェルナーは目を丸くする。

 

「まずは落ち着け。ロシア軍が雪崩込んでこない限りは大丈夫だ」

 

 ヴェルナーの言ったことはドイツ軍でもっとも懸念されている事柄だ。

 もしもロシア軍と真正面から戦ったならば、最終的には負ける可能性が高い。

 現在の外交関係からそんなことはまずありえないが、常に最悪を想定するのが軍隊というもの。

 

 もしもロシア軍が攻撃をしてきた場合、ただちに防衛準備態勢――Verteidigungs Bereit Schaft、略称VBS。史実アメリカでいうところのデフコンそのもの――をレベル1へと三軍の参謀総長及び総司令官、そして帝国政府と協議し、引き上げる必要がある。

 

 VBSレベル1が指示されれば、各軍の即応部隊が防衛及び反撃に出る。

 その中には車両移動式やミサイルサイロに格納されたICBM、潜水艦のSLBMなども含まれる。

 

 核兵器は実戦配備されていないので、通常弾頭であるが、その弾頭には様々なタイプがある。

 高性能爆薬を搭載したタイプや燃料気化爆弾を応用したタイプであったり、貫通タイプであったり、クラスタータイプであったり。

 とはいえ、単純な破壊力という観点から見ると、威力不足は否めない為、電子励起爆薬の実用化に向けて、全力で取り組んでいる段階だ。 

 

 なお、核兵器が配備されていないというのは開発されていない、もしくは開発できないというのとイコールでは結ばれない。

 

 ヴェルナーは大丈夫だ、問題ないと自分に言い聞かせ、従兵の言葉を待つ。

 従兵は深呼吸をし、ゆっくりと告げる。

 

「国境警備隊から緊急報告です! フランスとロシアが消えました!」

「……は?」

 

 ヴェルナーは間の抜けた顔を披露した。

 

 

 

 

 

 

 

「つまりは何かね? 現状、我々と地続きであった国々は消え失せて海になり、イギリスなどの欧州国家や日本とも連絡が取れないと?」

 

 ヒトラーの確認にヴェルナーは頷く。

 

「で、今の君の気持ちは?」

 

 ヒトラーの問いにヴェルナーは肩を竦める。

 

「四方八方の国が消えて、我々は島国になったんだ。海外領土とも全て連絡が取れるし、他国へ行っていた民間人は本国の空き地に、航行中であった船舶なども本国もしくは海外領土の周辺海域に出現している。ただ、人工衛星を失ってしまったがな」

 

 ドイツに属するものがしっかりとくっついてきた形だ、とヴェルナーの言葉にヒトラーは軽く頷いてみせる。

 

「だが正直、ホッとしている。ロシアもフランスもイギリスもいない。我々の勝利と言っても過言ではないだろう。本土侵攻の可能性が完全になくなった」

「軍事のみで見れば確かにそうだ。それ以外も考えると?」

「最悪の一言に尽きる」

 

 ヴェルナーは吐き捨てるように告げた。

 

「我々以外の国が海の底に沈んだなら良い。だが、国境地帯からの映像や証言を見る限りでは、一瞬、光った後に音や衝撃なども一切なく、目の前は海になっていた。そういう可能性は低いだろう」

 

 ヒトラーもまた、つい先程見たばかりのその映像を思い出す。

 13時25分になった瞬間、ぴかっと画面が白く染まり、その後は海しかなかった。

 13時24分59秒までは確かに陸地は存在していたが、僅か1秒で消え失せるなんぞ、とてもではないが信じられない。

 

 とはいえ、現実に起こっているので信じないわけにはいかない。

 

「VBSの段階をレベル2、準戦時態勢に引き上げようと思う。政府で検討して欲しい」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは僅かに驚くも、首を縦に振る。

 

「おそらく反対意見は出ないだろう。ただ、もしも意思疎通ができる生物や勢力を発見した場合、交戦は許可しない。自衛を除いて」

「分かっているとも。情報収集は大事だ。だが、まずは空軍の哨戒機によるものになる」

「海軍は出さないのか?」

「こうなる前となった後で、水深が変化していないという保証がない。大気などに関しては現状、我々が呼吸できていることから、特に害がないと思いたいが……」

 

 ヒトラーは即座に決断する。

 

「大気の調査は勿論、全国民の健康診断を緊急に行う必要がある。河川や海の水質調査や測量なども。14時からの緊急閣議でこれらに加え、更に必要な対応策を協議する」

「政治は任せた。軍としては海空軍の増強が急務であるかもしれない。こうなる前であるなら、必要十分だったが、こうなってしまっては特に海軍の艦艇が大きく不足する」

 

 ヴェルナーのさりげない要求であったが、ヒトラーは頷くしかなかった。

 海空軍だけでなく、陸軍も質的にはともかくとして、数的にはこうなる前から少ない艦艇や航空機、陸軍部隊でやりくりして本国からアフリカ、アジア、太平洋にある海外領土やそこに至る海路という広大な範囲をカバーしていたのに、こうなってしまってはもうどうにもならなかった。

 

 未知の脅威がある可能性もあり、軍の増強は待ったなしの状況に強制的に置かれてしまった。

 

 

 

 

 緊急閣議が始まる前にヴェルナーは国防省へと戻り、各軍のトップを招集し、対応を協議したが、すぐに結論を得られた。

 

 空軍による周辺海域の調査及び領空警戒、海軍による周辺海域の測量及び領海警備、陸軍による本国及び海外領土の警備というものだ。

 このうち、空軍による調査をヴェルナーはただちに命じた。

 

 何はともあれ、外の情報は喉から手が出る程に欲しい。

 新たな人工衛星を打ち上げるにしろ、時間は必要だ。

 

 空軍による調査は本国にある空軍基地だけではなく、各海外領土に展開している空軍基地からも同時に行われ、決定から1時間以内に各基地から哨戒機が飛び立っていった。

 

 そして、哨戒機の1機から待望の陸地発見の報告、それから次々に続報が入り、特にウクライナのような小麦畑が広がっているということで、その報告をリアルタイムで聞いたヴェルナーやヒトラーなどの軍と政府の面々は喝采を叫んだ。

 

 食料に関しては海外領土からの輸入で凌げるという予想もあったが、それでも調達ルートは多い方が不測の事態に対応できる。

 また、その陸地がドイツ本国のガイレンキルヒェンから西南へ800km程と、比較的近く、この距離はどの海外領土よりも近い可能性があった為だ。

 海外領土とは通信により連絡は取れるが、どこにあるのかは全く分かっていなかった。

 

 

 そして、最新の報告で一気に静まり返った。

 

 

 ドラゴン(ドラッヘ)に人が乗っている――

 

 

 それはまさに未知との遭遇であった。

 そして、それは相手にも言えていた。

 

 

 

 クワトイネ公国の竜騎士マールパティマは驚愕しつつも、ただちに司令部へ報告を行い、迎撃行動に移った。

 

 

 これがドイツ帝国とクワトイネ公国の最初の接触であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、最初に接触したクワトイネ公国、次に接触したクイラ王国だが、その国名に関してドイツ政府内でクワトイネは鍬と稲、クイラはアナグラムで、イラクではないか、という意見が出た。

 それにより両国は日本とイギリスの異世界における勢力圏ではないか、と勘違いし、ドイツ政府から軍に対して、日英との全面戦争に備えるよう命令が出されたりしたのは余談である。




 


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対応と接触

お試しに……


「いや、どうしよう……これ……」

 

 ヴェルナーは途方に暮れてしまった。

 目の前にいる三軍のトップ――陸軍参謀総長マンシュタイン元帥、海軍総司令官デーニッツ元帥、そして空軍参謀総長であるエアハルト・ミルヒ元帥に思わず問いかけてしまった。

 

 未知の勢力との遭遇は良いにしても、何でドラゴンなんだ、というのがその情報を知りえた軍と政府の面々の偽らざる意見だ。

 

 ドラゴンに乗った人を発見し、その後も哨戒機は多くの情報を本国へと送ってきた。

 未知の大陸だ。

 

 同じように哨戒機の行く先々でドラゴンに乗った人間――竜騎士と仮称された――が迎撃に上がってきたりしたが、全て巡航速度で簡単に振り切ることに成功した。

 また、幸いであったのは詳細な分析こそなされていないが、とりあえず人体に影響がある大気組成ではなさそうだというのが哨戒機から送られてきたデータで判明している。

 

 その後に哨戒機を増援し、大陸の詳細なデータの収集に務めることになったのだが、今回の懸念はドラゴンだ。

 

「現状では哨戒機に追いつけないというのは慰めにはならんでしょうな」

 

 ミルヒの言葉にヴェルナーは頷く。

 

「最悪の予想として、神話に出てくるような怪物がいる可能性もあります」

 

 マンシュタインの言葉にデーニッツが続く。

 

「フェンリルが神話のスペックで出てきたら……どうしますか?」

「やめてくれ」

 

 ヴェルナーは両手を挙げてみせつつも、言葉を紡ぐ。

 

「とりあえず、人工衛星の打ち上げを急ぐしかない。少なくとも、地球ではないことは確かだ。しかし、フェンリルが神話のスペックで出てきたとして……対艦ミサイルや対地ミサイルが効くのか?」

「グロス・ドイッチュラント級の20インチ砲でも効くかどうか……というか、そもそも捕捉できるかも分かりません」

 

 デーニッツの自信がなさそうな言葉にヴェルナーは頭を振る。

 

「最悪、核弾頭を量産して集中投下するしかないか? それも効くか、怪しいが……」

「それは早計でしょう」

 

 ミルヒが告げる。

 

「少なくとも、現段階では情報収集に努めるしかありません。フェンリルが野良犬みたいにそこらを闊歩している世界なら、我々はもう襲われているでしょうし」

 

 それもそうだ、とヴェルナーらは頷く。 

 そして、ヴェルナーは政府からの要請を伝える。

 

「さて、デーニッツ元帥。政府から海軍にフネの派遣指示が来ている。件の大陸に外交官及び専門家達による調査団を派遣したいとのことだ」

「測量艦と駆逐艦を派遣しましょう。最低限、水深や暗礁だけでも分かれば海軍のみならず、船舶の活動範囲が大きく広がりますし、どう転ぶにせよ、その大陸までのルートを確保したいところです」

 

 デーニッツの言葉を受け、ミルヒが提案する。

 

「空軍も護衛機をつけてはどうでしょうか? もしも対話ができず、敵対してしまった場合、撤退支援を行います」

 

 ヴェルナーは肯定し、告げる。

 

「陸軍も念の為に出動準備を整えておいてくれ。海を泳いで渡ってくるような、化け物がいるかもしれない」

「神話に出てくるような生物がいないことを祈るばかりです」

「全くその通りだ。状況は欧州戦争の開戦時と同じくらいには悪い。政府から追加の指示が来る可能性も考慮しておいてくれ」

 

 ヴェルナーはそう締めくくりながら、政府に働きかけて、早急に予算を確保せねばと強く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クワトイネ公国の政治部会では1週間前にマイハークの北側海上方面から現れた謎の飛行物体に対して、今日も議論が続いていた。

 1週間前に現れたその物体は6日前にも現れ、多数の紙を町にばら撒いていった。

 そこに書かれていたのは文字らしきものであり、どうやら複数の種類で書かれていることまでは分かったが、内容は分からなかった。

 以後、今日に至るまでその飛行物体は1日ごとに数を増やしながら、紙をばら撒いていった。

 文字と思われるものの種類は膨大のようで、解析が全く捗っていないが、大陸共通言語ではないことだけは確かだ。

 

 何かしらの意思を伝えたいことは分かるのだが、中身が分からない。

 その為、軍や国民に対して、未知の勢力からの接触があるかもしれないと通達が出されている。

 

 友好的な勢力であれば良いのだが――

 

 それは政治部会における共通した考えだった。

 

 

 

 

 そして、謎の飛行物体が現れて8日目の朝。

 マイハークの北側海上に見慣れぬフネが5隻、マイハークへ向けて一直線に航行しているのが竜騎士により確認された。

 その小艦隊の後方にはこれまでに見たものとは違う飛行物体が幾つか旋回しているのが見えた。

 

 竜騎士は恐る恐るその小艦隊を先導しようと、彼らにゆっくりと近づいたが、特に攻撃されることもなく、甲板上に水夫達が大勢出てきて、手を振ってきた。

 

 良かった、友好的だ、と竜騎士は安堵しつつ、そのことを司令部へと報告し、小艦隊の先頭へと陣取った。

 

 案内してくれるのか、という問いかけが先頭艦からあった。

 それは非常に大きな声であり、竜騎士はバランスを崩しかけたが、どうにか立て直し、そうだ、と負けないように大声で叫んだ。

 

 これにより、会話ができることが判明し、小艦隊の先頭艦と竜騎士との間でマイハークに到着するまでやり取りが続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドイツ帝国外交団の代表パーペンです」

「クワトイネ公国首相のカナタです」

「公国外務卿のリンスイです」

 

 マイハークにある商館を会場とし、遂に2つの国家は出会った。

 

「長らくお待たせし、申し訳ありません」

 

 カナタは謝罪してみせる。

 相手がどのような態度に出るか、観察する為だ。

 

 とはいえ、クワトイネ側が長く待たせたのは事実でもある。

 マイハークの港に入港したドイツ艦隊は半日程、上陸許可が降りなかった。

 ひとえにそれは首相と外務卿がマイハークにやってくる為に要した時間であった。

 

 カナタの謝罪にパーペンはすぐさま返す。

 

「いえ、こちらこそ、8日前から現在に至るまで貴国の領空、そして本日は領海を侵犯してしまい、申し訳ありません。我が国としても、突然このような事態になってしまい、混乱しているのです」

 

 パーペンの言葉にカナタ、リンスイはロウリア王国とは違うのではないか、と判断しつつ、問いかける。

 

「どのような事態になってしまわれたのですか?」 

 

 リンスイの問いかけにパーペンは率直に告げる。

 

「荒唐無稽と思われるでしょうが、我が国は元々は別の世界に存在していました。証拠として、これを見ていただければ……」

 

 パーペンの言葉に随行員が素早くセッティングを行う。

 壁一面にスクリーンが置かれ、そして映像が映し出された。

 

 噂に聞く魔写というやつか、とカナタとリンスイは思いつつも、そこに映し出された映像に驚愕する。

 

 映し出されたのは国連安保理常任理事国の代表9人の姿であった。

 その会議室に掲げられている9つの国旗のうち1つはドイツ艦に掲げられていたことから、ドイツのものだと分かるが、それ以外は全てカナタもリンスイも見たことがなかった。

 彼らはそれぞれ仲が良さそうに会話をし、笑い合っている。

 彼らの内容もカナタとリンスイは理解できたが、他愛もない、仕事を終えた男達の会話だった。

 ただそこにちらほらと出てくる地名は全く聞き覚えがないものばかりだ。

 

「イギリス、アメリカ、ロシア、日本、ドナウ連邦、フランス、オスマントルコ、イタリア……ご存知ありませんか?」

「いえ、聞いたことがありません」

「私も長く外務卿を務めていますが、どの文明圏でも聞いたことがありません」

 

 なるほど、とパーペンは頷きつつ、更に問いかける。

 

「実は昨日まで我が国の航空機……空を飛ぶ機械により、多数の紙を撒きましたが、それらは全て我々の世界における様々な言語でした。どれでも構いませんから、内容は読み取れましたか?」

「いえ、残念ながら読み取れませんでした」

 

 カナタはそう答えつつ、リンスイへと視線を向ける。

 すると彼も心得たとばかりに軽く頷いた。

 既に2人共、確信している。

 

 ドイツは神話にあるような転移国家であり、ロウリアとは全く違う国であると。

 

「我が国としましては、貴国と友好的な関係を構築していきたいというのが政府及び議会の一致した意見です」

 

 パーペンの言葉にリンスイは答える。

 

「我が国としましても、貴国とは友好的関係を結びたいと思います。しかし、現在、我が国は少々危機的な状況にあるのです」

 

 味方は一国でも欲しい、というのがクワトイネ側の偽らざる本音だ。

 ロウリア王国による軍事的圧迫は日を追う毎に高まり、いつ開戦してもおかしくはない。

 どれほど遅くても半年以内には侵攻が始まるというのが情報分析部と軍による予想だ。

 

 友好的関係を構築する代わりに、ドイツを引き込んでしまいたい、という思惑だ。

 

 パーペンもまたリンスイの言葉に何かがあると警戒する。

 

「実は我が国に隣接しているロウリア王国は、我が国に対して軍事的侵攻を企図しているのです」

 

 パーペンは軽く頷いて、続きを促す。

 

「ただの戦争であるならば、言ってはなんですが、よくある話です。ただ、彼の国は我々のような亜人の殲滅を掲げているのです」

 

 リンスイの言葉をパーペンは反芻し、問いかける。

 

「耳が妙に尖っているとは感じていましたが、あなた方はアールヴですか?」

「アールヴ……それはあなた方の世界における呼び方なのですか? 我々はエルフというのですが」

「ええ、我が国で広く親しまれている北欧神話に出てくる存在で、確か他の国や神話ではエルフと呼ばれていました」

 

 パーペンは答えつつも面倒なことになった、と内心では舌打ちする。

 

 クワトイネがドイツをロウリアとの戦争に引き込みたい、という意図が見えた為に。

 そして、パーペンがその意図に気づいただろうと判断し、リンスイは畳み掛ける。

 

「その御礼として、我々は貴国に利益あるものを提供したいと思います」

 

 リンスイの言葉にパーペンは訝しげな視線を向ける。

 

「我々が持つこの世界の様々な情報というのはどうでしょうか? この世界には貴国の常識が通じない国家や地域もあるかもしれません」

 

 リンスイの提案にパーペンは答える。

 

「即答はできかねます。少々、お時間を頂きたい」

「構いません。明日にも、という程に切迫した状況ではありませんが、ただ、遅すぎると手遅れになりますので……」

 

 パーペンに対し、カナタはそのように告げたのだった。

 



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クワトイネに対する協議 彼らは誠実であるか?

 

「連日、マスコミは大賑わいだ」

 

 ヒトラーは溜息混じりにそう告げた。

 彼の執務机に置かれた主要な新聞はどれもこれも9日前に正式発表したことを、今もなお一面で取り上げている。

 

 しかし、それも無理はないとヒトラーとしても思う。

 正直、今でも信じられない。

 

 夢で、寝て起きたら地球に戻っているのではないか、と思うことはよくある。

 だが、現実は非情だ。

 

 とはいえ、朗報もある。

 海外領土の位置が正確に分かったことだ。

 それが判明したのは5日前のことで、海軍の測量艦や民間の測量船を動員し、大急ぎで護衛をつけて調査に向かわせたのは3日前のこと。

 

 今日に至るまで、地球にはいなかった未知の魚類がちらほらと本国や海外領土の沿岸で確認されている。

 

 この世界の特有種の調査と地球の魚介類の保護の為、漁船が取った魚介類は未知のものであれば研究所へ、既知のものであれば市場へは出さず、養殖へと回すこととなった。

 

 おかげで各地の漁業組合からは商売にならない、何とかしてくれと陳情がきている。

 政府が買い上げるという形になっているが、それでも厳しい状況だ。

 

 また、商売にならないのは漁業組合だけではない。

 他国への輸出、他国からの輸入が完全にストップしている為、RFR社をはじめとした大企業から中小企業まで、非常によろしくないことになっている。

 当然、金融市場も。

 

 とはいえ、ドイツ政府の対応は迅速だった。

 

「地球から異世界への転移を発表し、そして更に国家非常事態宣言、防衛準備態勢の引き上げ……そこに加えて、諸々の対策を発表したのが効いた。海外領土がついてきてくれたことは僥倖だ」

 

 1946年時点でニューギニア、南西アフリカ、東アフリカ、カメルーン、トーゴ、サモア、青島、黒龍江省一帯、ニューカレドニアがドイツの海外領土であり、それぞれ州となっている。

 このうち、ニューギニアはニューギニア島北東部及び周辺の島嶼、南西アフリカはナミビア、東アフリカはタンザニアの大陸部分であるタンガニーカ、ルワンダ、ブルンジだ。

 

 これらはドイツの生命線と言っても過言ではない。

 原油、銅、ウラン、ダイヤモンド、金、ニッケル、コバルト、錫やタングステンなどの国家に必要な天然資源の大半が、これらの海外領土で産出する為だ。

 

「方角的には変わらないが、距離的には近くなったのは有り難い」

 

 例えば東アフリカ州はドイツ本国から見て大雑把に言えば南にある。

 地球では本国から直線距離でも片道7000km程であったが、現在ではその3分の1程度で本国に到着することが東アフリカ州から飛び立った哨戒機により判明している。

 他の海外領土も同じであり、全体的に本国に近くなっているので、輸送コストが地球の頃よりも下がるという試算が出ている。

 

 とはいえ、それも海の安全が確認されてからだ。

 当面は航空機による輸送に頼るしかなく、船便と比べると非常にコストは高くなるが、背に腹は代えられない。

 

 他にも気候の変動が心配されている。

 急に気温が下がったり上がったり、あるいは天気がおかしくなったりということは今のところはないが、油断はできない。

 まだこちらの世界にきて明日でようやく10日目だ。

 これから気候の急激な変動があるかもしれない。

 

「しかし、クワトイネか。アールヴの連中は強かだな」

 

 ヒトラーは時計を見る。

 時刻は9時30分を過ぎたところだ。

 この後、10時には昨日、パーペンから連絡があったクワトイネの案件に関する協議が待っている。

 昨日のうちにやることができれば良かったのだが、処理すべき国内案件が多すぎて今日になってしまった。

 

 今回のクワトイネの案件は戦争が絡むかもしれないことから、主要な閣僚が全員出席する。

 ヴェルナーも国防大臣であるので、閣僚の1人であるのだが、彼は現役軍人である為、政府からの要請がある場合にのみ閣議などに参加できる。

 現役軍人が政治に関わると碌なことにならない、というのが彼の持論であり、ヒトラーをはじめ、多くの政治家達から支持を得られた為、そのように制度が整えられている。

 

 そして、軍からは最大の懸念事項として、もしも神話に出てくるような怪物がいた場合、安全保障上、極めて重大な悪影響があるという報告が数日前に出されている。

 

 その報告を持ってきたのはヴェルナーで、彼はヒトラーに頭を下げて言った。

 予算をくれ、軍拡をさせてくれ、と。

 

 無制限な軍拡は経済的に大問題だ。

 とはいえ、何もしないというのは自殺行為でしかない。

 

 少なくとも、地球への帰還の目処が立つか、最悪、それが叶わないならばこの世界において確固とした生存圏を確立するまでは軍備増強もやむを得ない。

 

「同盟国と貿易先の確保。最低限、その2つが達成できればあとは何とかなる」

 

 同盟国は安全保障として、そして貿易先は言うまでもない。

 安全が確保でき、経済が回れば国民が飢えることはない。

 

「外交的にはともかく、最大の問題は財務省だ」

 

 財務大臣のクロージクを説得するのは非常に骨が折れる仕事で、他のどのような仕事もそれに比べれば些事に思えるくらいだ。

 

 緊急事態ということで押し通すしかないとヒトラーは決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「軍拡ですか? 仕方がないでしょう」

 

 予定通りに始まった協議、ヒトラーが何気なく軍の予算について、クロージクに話を振ったところ、そんな言葉が返ってきた。

 

 クロージクの言葉にヒトラーはヴェルナーへと視線を送る。

 しかし、彼は首を傾げてみせた。

 

 自分は何もやっていない、という意思表示だ。

 

「……いや、流石に私もこのような事態なら、そうするしかないと思いますよ」

 

 ヒトラーとヴェルナーのやり取りを見て、財務省を何だと思っているんだ、という渋い表情になるクロージク。

 彼に対し、ヒトラーは苦笑しつつ、告げる。

 

「本題に入りたい」

 

 ヒトラーの言葉に一同は注目する。 

 

「クワトイネの案件だが……彼らの提案をそのまま呑むかどうか、妥協点は見つけられるか、まずはそこから始めたい。なお、軍事行動により彼の国をどうこうするというのは控えたい」

 

 ヒトラーの問題提起に外務大臣のノイラートが発言する。

 

「パーペンがその後も粘り強く交渉しているが、芳しくはない。国交を結ぶことはできるが、おそらくアレコレと理由をつけて、我が国をロウリアとの戦争へ引きずり込むつもりだろう。だが、見返りである彼らの持つ情報はこの世界における手がかりにはなる」

 

 手がかりという言い回しに、出席者の全員が裏取りは必要であると理解する。

 クワトイネが誠実であるという保証はどこにもない。

 むしろ、彼らの言っていることは実態とは真逆かもしれない。

 

 つまり、クワトイネがロウリアへと戦争を仕掛けようとしており、人間殲滅を目標に掲げているという可能性もありうるのだ。

 

「ロウリアを含む、あの大陸にある他の国家にも外交団を派遣し、状況を確かめたい、というのが外務省の意見だ。派遣の際には海軍と空軍の護衛を頼みたい」

 

 ヒトラーが頷く。

 そこへクロージクが発言する。

 

「財務省としては、先に言った通り、軍拡もやむを得ないと考えております。国債を発行するしかないでしょう。ただし、先の欧州戦争と同じ規模で発行できるとは思わないで頂きたい」

 

 地球では戦後は戦中に開発された技術の特許で大きく利益を得ることができたが、この世界では下手をすれば特許の概念があるかも怪しい。

 

「もしも、我が国に比肩するか、上回る国家がこの世界に存在し、非常に好戦的であった場合は?」

 

 ヴェルナーの問いかけにクロージクは苦々しい顔になる。

 

「基本的にはどんな国家とも外交によって解決して頂きたい。それが無理なら、非常に苦しい決断ですが、やるしかないでしょう……開戦と同時に本土侵攻がないだけマシと思うことにします」

 

 クロージクの皮肉にヴェルナーは苦笑する。

 

 先の欧州戦争時、フランス軍はアルデンヌの森を通り、電撃的にドイツ領内へ侵攻してきたからだ。

 

「国内に関してはどうか?」

 

 ヒトラーの問いに内務大臣のヴィルヘルム・フリックが答える。

 

「現状では落ち着いております。暴動なども特には起こっていませんが、現在の経済的な閉塞を早期に解決しなければ、まず間違いなく最悪の事態になります」

 

 ヒトラーは頷き、告げる。

 

「クワトイネとの交渉は継続するとし、あの大陸にある他の国にも外交団を派遣する」

 

 妥当なところで纏まり、特に異論は出ない。

 

「経済的な閉塞を解決する為、クワトイネと貿易を行いたいが、まずは事実を確認してからだ」

 

 ヒトラーはそう続け、更に問題を提起する。

 

「もしも、クワトイネ側の言い分が真実だとした場合、どこまでやるか? クワトイネへの支援……例えば軍事顧問団の派遣や武器の貸与などに留めるか、それとも我が軍が直接介入するか……」

 

 全員の視線がヴェルナーへと向けられる。

 

「ロウリアとやらがどの程度の軍備であるかによる。だが、現状では陸海空軍、全てにおいて兵力が不足している。物資の集積も戦争を行うには程遠く、精々がゲリラを追いかけ回す程度にしか集積されていない」

 

 だろうなぁ、とヒトラー達は全員が納得する。

 そもそも平時において軍の予算を決めているのが政府である。

 ヴェルナーは平時における予算決めの協議に呼ばれるが、前年比で減ることはないが、目に見える程に増えたこともない。

 

 平時の軍なんてそんなものだ、とヴェルナーとしては達観していた。

 

 

 ヴェルナーは言葉を続ける。

 

「たとえ今、この場で1000億マルクの軍事予算が決まり、戦時体制への移行が決まったとしても、どんなに早くても成果が出るには3ヶ月は掛かる」

「……何とかならないか?」

 

 ヒトラーの問いにヴェルナーは告げる。

 

「現段階では陸軍や海兵隊などの地上部隊を投入することは不可能だ。そもそも現地の地形や気候など、全ての情報が不足している。未知の風土病があってもおかしくはない」

「地上部隊を投入する場合は最低、どのくらい掛かる?」

「2ヶ月から3ヶ月だ。現地の調査と物資の集積、そこから始めなければならないからな」

「空軍は?」

「すぐにでもできるが、空からの攻撃で陣地の完全破壊や敵軍の壊滅は不可能だ。勿論、それなりのダメージを与えられるだろうが」

「一応、聞くが……海軍は?」

「海軍は沿岸部しか攻撃できない。たとえミサイルを撃ち込んだとしても、現在開発段階にある巡航ミサイルでもない限り、内陸部には届かない。あと測量をしなければ沿岸部には近づけない」

「どうにかならないか?」

 

 ヒトラーの2度目の催促にヴェルナーは溜息を吐いてみせる。

 

「それはどういう意味でだ?」

「今すぐにやれる手はないのか? こちらに被害が出ないもので」

「あるにはあるが、やった後の補充費用が莫大だ。だが、ロウリアが我が国と同等の防空体制であったとしても確実に打撃を与えられるだろう」

「どこに対して打撃を?」

「首都などの都市だな」

 

 戦略爆撃か、とヒトラーらは理解し、同時に何を使うか、予想ができてしまった。

 答え合わせはヴェルナーにより、すぐにできた。 

 

「大陸間弾道ミサイルだ。ミサイルサイロにあるやつでも、車両移動式のやつでもどちらでもいい。アレは慣性航法装置という、外部からの電波などによる支援がなく、搭載するセンサーのみで目標に向かって飛んでいくようになっているからな」

 

 長距離を飛ぶと誤差は大きくなるが、都市を狙えばどこかには当たるだろう、とヴェルナーは続ける。

 

「勿論、それをするにもデータは必要だ。目標の方角と距離は最低限欲しい」

「却下……と言いたいところだが、いざというときに使えないというのも困る。ところでドナウの乙女は?」

「変わらずだ」

 

 ヒトラーの問い、ヴェルナーの返答。

 その意味を理解できない者はここにはいない。

 ドイツが密かに開発し、アフリカで地下実験まで済ませてあるが、その後、量産されていないものだ。

 使わない、というのは政府内部の統一された決定であったが、このような全く想定されていない事態になった場合、最後の保険でもあった。

 

 ドナウの乙女は開発計画のコードネームであったが、そのまま使っても政府や軍では問題なく通じる。

 

「選択肢としては現状では通常弾頭の弾道ミサイルもありうる、ということでいいか?」

「そういうことになる。とはいえ、我が軍単独である必要はないだろう。元はクワトイネの戦争だ。介入するにしても、空軍による航空支援のみに留め、占領はクワトイネに行ってもらえばいいだろう」

 

 なるほど、とヒトラーは頷きながら、問いかける。

 

「直接介入しない場合の支援……軍事顧問団や武器の貸与に関してはどうだ?」

「彼らが我々のドクトリンに適応できるか疑問だ。精々が、銃の撃ち方を教えるくらいになるだろう。それでも彼らからすれば天地が引っくり返るようなものかもしれない」

 

 ヒトラーは頷き、告げる。

 

「現状としては情報収集という方針は変わらない。ただ、我々はより大きく動く必要がある。なるべく多くの国に外交団を護衛付きで派遣し、空域や海域、大陸の調査を全力で行うものとする」

 

 ヒトラーのその言葉が協議の実質的な締めくくりであった。



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臨時予算

 ヴェルナーは長い付き合いの友人と昼食をともにしていた。

 行きつけの日本料理屋の座敷で、2人で食べるのは久しぶりのことだ。

 護衛は座敷の外や店の外で警戒にあたっている為、気兼ねなく話ができるのも良かった。

 

「随分と愉快な状況じゃないか?」

「愉快過ぎてかなわん」

 

 問いにヴェルナーはそう答えた。

 それに彼の前に座るエーリッヒ・レーダーは笑ってみせる。

 

 欧州戦争後、シェーア元帥が程なくして年齢を理由に退役し、そこからレーダーが海軍の総司令官に就任したのだが、彼も3年前に年齢を理由に退役し、同時にデーニッツ元帥が後任となり、今に至っている。

 ヴェルナーは率直に告げる。

 

「退役したい」

「年齢を理由にするにはあと5年程足りない。65歳を超えてからにしてくれ」

「年齢のわりには、シェーア元帥もそうだったが、随分と悠々自適な生活だな?」

 

 渋い顔となるヴェルナーにレーダーは笑ってみせる。

 

「気楽な隠居生活さ。とはいえ、必要なら最後の一仕事をしてもいい」

「やめてくれ。もしものことがあったら大変だ。老人の招集は最後の手段だ」

「老人扱いするな。それで、実際はどうなんだ?」

 

 ヴェルナーは肩を竦めてみせた。

 それだけで状況は良くない、とレーダーは把握する。

 

「図書館から大昔の、それこそ数百年くらい前の文化に関する書物とか、そういうのを引っ張り出してきている。異なるが、文明レベル的には似たようなものらしい」

「似たようなもの?」

「外交団によれば魔法の存在が一般的らしい」

「ドイツの魔法使いとしてはどうなんだ?」

「私はそういう意味での魔法は使えないと以前から言っている」

「そういえばそうだったな。それで、退役した私に、現状を言っていいのか? 機密情報だろう?」

「そうでもない。今日の夕方には政府が発表することになっているし、何よりここは人払いが済んでいるからな」

 

 ヴェルナーの行きつけの店ということで、こうなる前から店側も承知の上で、定期的に情報省により掃除が行われている。

 盗聴器の類がある可能性は低かった。

 

「現地は有り難いことだが……衛生的だ」

「衛生的……? ああ、そういうことか」

 

 ヴェルナーの言葉にレーダーは察した。

 

 数百年前の欧州は非常に不衛生だった。

 具体的にはゴミと汚物で街の中は溢れかえっていた。

 道路の隅を歩こうものなら、上から投げ捨てられた汚物を被ることもある。

 通りですらそうなのだから、路地裏になればどんな惨状になっていたかは言うまでもない。

 

 幸いにもクワトイネはそういうことはなかった。

 パーペンらは警戒して長靴などの色々な装備を持っていったらしいが、それらを一切使う必要はなかった、という報告がきている。

 魔法によるものなのか、それともローマのような水道文化によるものかは調査の必要があるが、こちらは学術調査としての側面が強いだろう。

 

「外交団とともに専門家による調査団を派遣しなかったのか?」

「先遣隊という形で少数がついていったが、上陸はしていない。フネの上から観察に留めている。国交を結ぶことで上陸許可を出せるだろうが、現時点では無理だ」

「危険な国か?」

「分からん。分からんからこそ、裏取りをしている。1週間以内にも幾つかの国と接触が持てる筈だ」

 

 なるほどな、とレーダーは頷きながら、問いかける。

 

「軍拡は?」

「それも夕方にな。国債発行だ。わりと大盤振る舞いをしてくれるそうだ。まあ、私も買うんだがな」

「金持ちめ」

「私は客寄せパンダだ。私が買うことで、安心だと思わせ、他の連中にも買わせる。だが、こんな状態で、国債なんて買う奴は普通はいないだろう。大半は帝国銀行が引き受けるだろうよ」

「それは大丈夫なのか? 悪性のインフレがどうとかと聞いた記憶があるぞ」

「法律で但し書きがついているそうだ。議会の決めた範囲内の金額ならいいんだと」

 

 レーダーは肩を竦める。

 

「政治家の連中は小狡いことを考えるものだ」

「知恵があると言っておこう。彼らがうまくやってくれるから、我々は戦えるんだ。欧州戦争の時、そうだっただろう?」

 

 ヴェルナーの問いかけに、そうだったとレーダーは苦笑したのだった。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、食事を終えたヴェルナーはレーダーと別れ、公用車に乗り込み、国防省へと戻った。

 

 執務室へと到着し、何気なく地球の世界地図を眺める。

 

 史実を知っていれば1946年とは思えないような国家が乱立しているのがすぐに分かるだろう。

 特に際立つのが欧州戦争の結果誕生したオルレアン朝フランスとドナウ連邦だ。

 他にもオスマントルコ、大日本帝国、ロシア帝国と1946年には存在しなかった国々がある。

 ここにイギリスやアメリカ、イタリア、そしてドイツが加わり9カ国が地球における列強であり、ヒトラーにより実現した国際連合の安保理常任理事国だ。

 だが、これらに対し、不思議な感覚を味わえるのはヴェルナー以外には存在しない。

 いわゆる史実というものを知っているのは地球にいた頃から彼1人だった。

 

「もしも彼らがこの世界に来ていたら、また色々と面倒くさいことになる」

 

 とはいえ、同じ地球出身ということで、地球にいた頃よりも仲良くなれるかもしれない。

 

「いや、待てよ」

 

 ヴェルナーはあることが引っかかった。

 国ごと転移してくる、地球から――

 

 もしも、史実通りの歴史を辿った国が地球から転移してきたら、極めて面倒くさいことになるのでは、と。

 

 特にソ連とかアメリカあたり。

 

 アメリカは話せば何とかなりそうだが、ソ連は話しても無理な可能性が高い。

 ソ連の継承国であるロシアならまだマシかもしれないが。

 

「そのときになったら、考えるしかない。とにもかくにも、クワトイネ以外の外交団の結果待ちだ」

 

 ヴェルナーはソファに座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、クワトイネではドイツに関する報告がなされていた。

 しかし、それは外交的なものではなく、軍事的な側面に着目したものだ。

 

「ドイツという国は高い技術力……おそらく、ムーと同等程度のものを有していると思われます」

 

 政治部会における軍及び情報分析部の報告にカナタらは動揺を隠せない。

 接触から数日が経過し、ドイツとはやり取りを続けている。

 

 マイハークには外務卿のリンスイが残り、ドイツとの交渉窓口となっている。

 のらりくらりと時間を稼ぎつつ、こちらから情報を得ようとしてくる、ロウリアやパーパルディアの連中とは質が違うというのがリンスイからの報告だ。

 この報告から本国からの指示がない限り、梃子でも動かないだろうと予想された。

 もっとも、交渉を打ち切るという選択肢はクワトイネにはないので、現状維持だ。

 

 一方で接触してすぐのときから密かに軍や情報分析部から注目されていたことがあった。

 それはドイツという国の技術力についてだ。

 

「根拠となるのは大きなものでは彼らの船舶、小さなものは身につけている小物類です」

 

 発表の担当者は彼らのフネが全て鉄製であること、彼らの身につけている時計が正確に時を刻んでいることを挙げる。

 

「鉄製の船というのはパーパルディアですらも実用化しているか、怪しいところです。ただ、備砲の数が少ないことが気に掛かります」

 

 担当者の発言に、ある1人の出席者が発言する。

 

「我々に魔法があるように、彼らにも独自の技術があり、それが備砲の数が少なくとも問題がないということに繋がるのではないか?」

「おそらく、そうでしょう。しかし、軍事機密を彼らが明かしてくれることはありえない為、推測するしかありません」

 

 その後もドイツの軍事力に関する質問が相次ぐが、もっぱら、ロウリアを打倒できるか、というところに焦点が置かれた。

 ムーと同等程度ならば、ロウリアを圧倒できるというのが担当者の答えだ。

 

「彼らの国が我が国の味方となってくれることを祈るしかありません」

 

 担当者は最後にそう締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーネンエルベ――

 遺産を意味する、この機関はドイツにおいて重要な機関の一つで、ニュルンベルクを本部とし、ドイツ国内の各地に研究施設や実験施設がある。

 この機関は欧州戦争中に設立されて以後、官民軍が一体となって最先端技術の研究・開発を行ってきた。

 そこに集められた者達はまさに世界最高峰の人材と言っても過言ではない。

 今回の転移現象について、そして転移したこの異世界について、喧々諤々の議論が様々な研究者達の間で今日も交わされていた。

 

 

 

 アインシュタインは今日は他の研究者達との議論に加わらず、自室にて1人でぼんやりと転移現象について考えていた。

 

 現状では全く情報が不足している。

 それは常に軍から最新の情報を提供されるこのアーネンエルベにおいてでも、そうだった。

 

「分からない、分からないが、現実に起こったことは確かだ。だから、必ず何かがある」

 

 論文に該当するものがあるかもしれない、と彼は思い立った。

 最近はあんまり読んでいなかったから、ちょうどいい。

 そのとき、転移に関して破壊的な兵器が頭を過ぎった。

 

「核は使わせない。だが、未知の脅威に立ち向かうことになったら、それも仕方がない」

 

 彼とて、たとえば伝説にあるような怪物に人々が食い殺されるような状況に至っては核兵器の使用もやむを得ないと考える。

 

 

 ドイツの政治家や軍人達が賢明であるとアインシュタインは信じている。

 でなければ、彼らは必ず核兵器を実験成功と同時に量産し、実戦配備した筈だ。

 何しろ、核兵器の運搬手段として用意されたらしい大陸間弾道ミサイルがある。

 

 核は実験用に製造されたもの――航空機による運搬ができない程に大きな最初期のタイプ――をアフリカの砂漠に構築された地下実験場で実験した。

 実験は欧州戦争が終わった後の話で、ところどころ事故に伴う遅延もあったが、全体的には順調に進んだ。

 そして、それは無事に成功したのだが、それで核兵器開発は終わりではなかった。

 大陸間弾道ミサイルに載せられるようにする為の小型化と威力の向上に努められ、多くの予算と人と資源が投入された。

 

 

 結果として、弾道ミサイルの弾頭に取り付けられるくらいに小型化し、威力も必要に応じて調整できるまでに至っている。

 実験も済ませ、成功し、あとは量産に入るだけという段階だ。

 しかし、量産が開始されたという話はこれまでに無い。

 そもそも核兵器の製造設備はアインシュタインも所属している、アーネンエルベの核開発チームの管轄下にある。

 

 総責任者のオッペンハイマーは余程の事態でなければ首を縦に振らないとアインシュタインは知っていた。

 

 アインシュタインが部屋の外へ出ようと、ドアノブに手をかけたところで、廊下が何やら騒がしかった。

 

 何気なく壁にある時計を見れば、まだ夕食には早い時間だ。

 

 何だろう、とアインシュタインがドアを開けると、そこには顔馴染みの研究者達が何やら興奮した面持ちでいた。

 

「何かあったのか?」

「更に予算が増えるぞ! 追加で600億マルクだ!」

 

 アインシュタインは目を丸くした。

 彼がどういうことか、尋ねるよりも早く、彼は矢継ぎ早に告げる。

 

「未知の世界には神話に出てくる怪物や強大な魔法があるかもしれない、だから、我々はそれに対抗すべく、大きく飛躍する必要がある為らしい」

 

 道理だ、とアインシュタインは納得する。

 

「軍も予算が3軍合計で500億マルクが出るそうだ。軍拡をするらしい」

 

 どうやら、よほどに切羽詰まった事態にあるらしい、とアインシュタインは予想がついた。

 この分では明日あたりにも、アーネンエルベの総責任者であるヴェルナーから指示がくるに違いない。

 転移現象や魔法の解明などはひとまず置いておき、既存の計画にあるものの開発を早急に行うように、と。

 アインシュタインは直接的には関わっていないが、特に集積回路のさらなる小型化、高集積化は最優先であると転移前からせっつかれており、それを今回もまた要求してくるのは想像に容易いことだった。

 

 



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ドイツの判断

「ここまで予想通りだと、逆に笑ってしまうな」

 

 コンラート・アデナウアーは思わず、そんなことを呟いてしまうが、ちょうど後ろを向いて、局長の予定を確認していた受付窓口の職員には聞こえなかったようだ。

 

 アデナウアーは随員ら、そして護衛と共にパーパルディア皇国の第3外務局にやってきていた。

 その対応はまるで、外務省の部署とは思えず、さながら銀行の窓口だ。

 彼が受付の職員とやり取りしている最中、随員達は椅子に座って待っている他国の使節らと会話をし、情報収集に努めている。

 

 そちらも苦労することになる、などという声が聞こえてきたのは気の所為ではないだろう。 

 

「お待たせしました。局長ですが、2週間先まで予定が埋まっております」

「そうですか。ところでこれはちょっとしたお近づきの印です」

 

 アデナウアーは素早く懐から封筒を取り出す。

 職員はそれを受け取り、封筒の中身を確認する。

 そこにあったのは薄く伸ばされた黄金の板であった。

 

「あなた方は礼儀というものをよく知っておりますね。明日の午後にまたおいでください。パーパルディア皇国はあなた方が我々の下に来ることを歓迎することでしょう」

「それはどうも。では明日の午後に」

 

 アデナウアーは短く告げて、窓口を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、本当に予想通りだ」

 

 アデナウアーは馬車に乗り込み、そう随員らに漏らした。

 この馬車も、ドイツ本国から持ってきたもので、陸軍が儀礼用に保有していたものだ。

 馬車が動き出し、港へと向かう。

 

 事前に街中で情報収集を行い、それらは本国へと既に連絡済み。

 そして、今日、第3外務局へと赴いたのだが、対応も結果も予想通りのものだった。

 

 

 外交団と護衛達は30分程、馬車に揺られて港に到着した。

 そこにはドイツ海軍が保有している練習帆船が停泊している。

 下手にこちらの技術力を見せるのも問題がある、ということでパーパルディアのレベルに合わせて、この帆船に白羽の矢が立った。

 幸いにも普段から訓練用に使われていた為、必要物資の積み込みさえ終わればすぐに出港できる状態にあった。

 

 

 見た目はどこからどう見ても非武装の帆船に過ぎないが、倉庫には色んなモノが積み込まれており、更には戦闘要員として2個分隊の海兵隊員も乗り込んでいる。

 

 

 帆船に乗り込み、船内の会議室へとアデナウアーらは向かう。

 そして、着席するなり、告げた。

 

「本国へ連絡だ。パーパルディアは昔の我々と同じことをやっている、とな」

 

 本国も最初に接触したクワトイネ、その隣のクイラとロウリア、さらにフェンにガハラ、そしてパーパルディアと対応に大変だろう、とアデナウアーは思う。

 

 距離的な問題もあり、接触した順番はクイラ、ロウリア、フェン、ガハラ、パーパルディアとなっている。

 今この瞬間にもパーパルディアを除く各国ではそれぞれ派遣された外交団が情報収集と外交交渉に努めているだろう。

 

 そして、外務省経由でそれぞれの外交団の情報は共有され、それらを纏められている。

 パーパルディア皇国はこの世界における五大列強の一角であり、プライドは高く――エベレストよりも高いとイギリス系ドイツ人の職員が注釈をつけた――積極的な拡張政策を取っているとのことだ。

 基本的にパーパルディアは他の4カ国の列強以外を相手にせず、見下している。

 そして、ロウリアもパーパルディアの支援を受け、クワトイネやクイラを占領し、大陸――ロデニウス――を支配せんと目論んでいるとのこと。

 ロウリアはパーパルディア程ではないが、よろしくはないという情報が入っている。

 

 クワトイネは嘘は言っておらず、むしろ国交樹立前に状況を伝えてくれた分、誠実であるとすら言える。

 彼らからすれば、そのことを隠して国交を結び、侵攻直前か侵攻後にドイツに泣きついてきても良かった筈だ。

 

 とはいえ、ドイツは物語に出てくる正義の味方などではない。

 クワトイネやクイラを助けて、それで良しというわけにはいかない。

 

 政府はどうするかな――

 

 アデナウアーはそう思いつつ、明日の局長との会談について随員らに意見を求めることにした。

 とはいえ、これまでに得たパーパルディアに関する情報を統合すれば、対話により有益な進展があるとは全く考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「裏は取れたが、クワトイネは問題だ」

 

 ヒトラーの悩みは深い。

 当初こそ、食料の調達先は多いほうが良いと考えていた程度だが、クワトイネに関して調べていると、そんなことは言っていられなくなった。

 家畜ですら良い食料が食べられる程で、食料自給率は100%を遥かに超えている。

 しかも、領土の全ての場所で放置していても農作物が勝手に生えてくる上、雑草は生えにくいという。

 

 地球の列強――特にロシアがクワトイネの存在を知ったら、滅ぼしてでも奪い取るということをやりそうな、とんでもない土地だった。

 

 ファンタジーの極みとでも言うべきクワトイネだが、そんな国では当然、農作物が破格の安さで調達できる。

 そんなものがドイツ国内に入ってきたら、一瞬で国内農業が壊滅してしまう。

 クワトイネには無いものもあるが、全体の割合でみれば少数だ。

 

「我が国から、当たり障りのないものを輸出し、彼の国からこの世界の外貨を得る。彼の国からの穀物類に関しては高い関税を掛けるしかない」

 

 ちらっとヒトラーの脳裏に植民地という言葉が思い浮かぶ。

 うまいことやればいいが、クワトイネにはアールヴ――エルフも多いらしい。

 実際はどうか分からないが、エルフの寿命は人間よりも長い可能性が高い。

 意識改革に必要な時間は人間の比ではないだろう。

 

 緩やかな同化なんてしていたら、結果が出る前にドイツが地球に戻っているかもしれない。

 

「クイラはまあ、いいか……」

 

 クイラは原油が地上に湧き出ているレベルであり、また地下には鉱物資源が眠っている可能性が高いとされている。

 原油や鉱物資源に関しては輸入されたとしても食料程、致命的とはならない。

 海外領土で産出された分で現状、国内消費を十分賄うことができているが、大規模な戦争などが起こった場合、不足する可能性がある。

 素直に調達先が増えるのは嬉しい話だ。

 

 だが、最大の問題点は短期間で――1ヶ月や2ヶ月程度で――プラントを設置して、パイプラインを作って港まで繋ぐなんてことはできないことだ。

 年単位の時間が必要で、それこそ国内の関連する企業を総動員して最優先にやらせたとしても、最短で3年、最長で5年程度は掛かるのではないか、という予想だ。

 

 そもそもまず、港湾の拡張や浚渫から始めねばならないだろう。

 そこまで費用を掛けて、莫大な利益が得られるかというと微妙なところである。

 現段階では接触した国家の中に、石油を大量消費しているような国家がなかった為に。

 

 とはいえ、ドイツがどのような形で転移したのか不明であるが、転移による地形変動で海外領土の原油や鉱物資源が枯渇する可能性も指摘されており、ヒトラーとしては暗澹たる思いだ。

 

 だが、既に地形変動によって全ドイツ国民にとって、最大にして最悪のことが起こっている。

 

 転移によってライン川の源流域――スイスにある――が丸々消えた結果、水量が著しく減少してしまっている。

 完全に干上がって、川底を晒す日もそう遠いことではない。

 

 ヒトラーは泣く泣く、完全に干上がった場合、ライン川を必要な対策を講じた上で道路とするよう指示を数日前に出している。

 せめてライン川があったことを残そうと、残った水を引き込んで人工的に湖を造るように、とも指示していた。

 

 

 もしもこんなことをした輩が目の前にいたら、たとえ神であっても私は怒鳴り、殴りかかるだろう――

 

 大勢のメディアの前でライン川に関する対応を発表したとき、ヒトラーはそのように宣言していた。

 

 それは全ドイツ国民にとって、そしてたまたまドイツに仕事で、観光で、留学で、出稼ぎで来ていた外国人にとってもヒトラーと思いは共通していた。

 在独もしくは訪独していた外国人からすれば、ライン川に関することはともかくとして、こんなことを仕出かした輩に対する憤慨は非常に共感できた。

 

 外国人に関する保護もヒトラーは転移発表と同時に対応策を出している。

 暫定的にドイツ国籍を与え、ドイツ人になってもらう一方で地球への帰還次第、ドイツ国籍を失効し、元の国籍に復帰するというものだ。

 勿論、暫定的である為、参政権や選挙権、また軍への入隊など一部の重要な権利はないが、それ以外はドイツ人と同じ扱いをする。

 住居に関することや就職などもドイツ政府が全面的に支援を打ち出したおかげで、外国人に関する諸問題も一応はクリアされていた。

 

 ヒトラーは溜息を吐くと、執務机の電話が鳴った。

 電話に出ると、相手はノイラートだった。

 

 パーパルディアに関する報告を彼から受け、ヒトラーは何とも言えない微妙な顔となる。

 

 予想されていたが、本当にその通りだとは思わなかった、というのが素直な感想だ。

 

 

「……こういうときは奴を呼びつけるのが一番だ」

 

 国防大臣として意見を聞きたい、という名目でならヒトラーは合法的に呼び出せるのだ。

 

 

 

 

 

 

 およそ30分後、ヒトラーの執務室にヴェルナーがやってきた。

 

「率直に尋ねる。どうすればいいんだ?」

「おい首相。仕事を放棄するな」

「放棄したくもなる」

 

 そう言って、ヒトラーは溜息を吐いた。

 ヴェルナーは遠慮なくソファに座り、声を掛ける。

 

「国内問題か? ライン川は非常に残念だったが……」

「ライン川はもうどうしようもない。怒りはあるがな。ともあれ、国外問題だ。クワトイネとクイラは聞いているな?」

「ああ。クイラはともかく、クワトイネは拙いだろう。我が国に対する穀物の輸入を認めたら、こっちの農業が崩壊するぞ」

「関税で対処する。幸いにも、こっちの世界には地球にあったような色々な条約は無いからな。大いに掛けてやるさ」

 

 そう断言し、関税は5000%くらいでいいか、と冗談めかして告げるヒトラーにヴェルナーは呆れつつも、告げる。

 

「クイラはどうするんだ?」

「資源採掘にはどうしても時間が掛かる。まあ、ゆっくりやるさ。地球なら売れる相手がいたが、この世界では売れる相手がいるか分からん」

「だろうな。ところで私は今ここに公人としているのか? それとも私人としているのか?」

 

 話の内容的に、国防大臣が突っ込んでいい領分を超えている為にヴェルナーは問いかけた。

 

「安心してくれ。ここまでは前振りで、ちゃんと軍が絡む話だ」

「まだ動けないぞ」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは頷いてみせつつも、問いかける。

 

「空軍に仕事をしてもらうことになるかもしれない」

「相手は?」

「パーパルディアだ。連中は折れない可能性が高い」

「そんなに酷いのか?」

「半世紀くらい前の列強が植民地に対するような態度だ。我々の通った道だが、我々が彼らに態度を改めるよう、先達としてアドバイスをする義務も義理もない」

 

 それもそうだ、とヴェルナーは頷きつつ、軍としての状況を伝える。

 

「すぐに動けるのは空軍だけだ。海軍も測量が済めば動けるだろうが、現時点では海外領土と本国の間を調査するのに忙しい。陸軍や海兵隊は現地の詳細で正確な情報がない限りは無理だ」

「もしもやるとしても、地上軍は出したくはない。連中を財政破綻に追い込もうと考えている」

「具体的には?」

 

 ヴェルナーの問いかけにヒトラーは尋ねる。

 

「固定された基地を破壊することは可能か?」

「基地機能の破壊はできる。長期に渡って復旧ができないようにするという意味でも可能だ」

「行軍中、あるいは野営中の軍を襲撃し、大きな損害を与えることは?」

「可能だ」

「空軍は戦列艦を攻撃し、撃沈できるか?」

「勿論だ。もっともミサイルでは高価過ぎるので、主に機関砲や爆弾となるだろう」

 

 ヴェルナーもヒトラーの狙いが分かった。

 故に彼は問いかける。 

 

「敵の軍事施設及び陸海空軍を徹底的に叩き、甚大な出血を強いる。そういうことか?」

「そういうことだ。再建には時間も金も人も掛かるが、再建する度に叩き潰され続ければすぐにカネも人も足りなくなる。そのように磨り潰すことは可能だろう?」

 

 無論だ、とヴェルナーは自信を持って頷く。

 先の欧州戦争で、それに成功している。

 

 

「敵の軍備も多少ではあるが判明している」

「何を連中は持っているんだ?」

「ロデニウス大陸で迎撃に出てきたドラッヘ……ワイバーンの上位種ワイバーンロード、そのさらなる上位種のワイバーンオーバーロードだ」

「情報源は?」

「第3外務局にいた他国の使節や街中の皇国の兵士達だ。特に兵士達は下手に出れば気前良くこちらの外交団に教えてくれたそうだ。兵士の中には乗り手である非番の竜騎士も混じっていた。パイロット本人から聞けたのは大きいぞ」

「性能は?」

「大軍を投入してワイバーンロード1騎を撃墜できれば大戦果扱いだ。そして、オーバーロードの方はロードとは桁が違うらしい」

 

 ヴェルナーは頭の中で神話に出てきそうなものを想像しつつ、更に尋ねる。

 

「それ以上の情報を得ることは?」

「魔法とやらがどこまでできるか分からない以上、地球のように諜報員を潜入させて、情報収集は難しいだろう。頭の中を覗いたり、心を読んだりする魔法が無いとは言えない。ましてや、連中は列強だ」

 

 油断できる相手ではない、とヒトラーは言葉を締めた。

 

「どちらにせよ、列強相手に君が言うようなことは想定し、空軍は軍備を整えていた。当時、金の無駄遣いと君に散々批判されたものだ」

 

 列強――特に対ロシアを想定したものだ。

 

 ヴェルナーはそう言いつつ、尋ねる。

 

「ロウリアはいいのか?」

「正直、ロウリアがクワトイネとクイラを併合してくれたほうが気楽といえば気楽だ。あの国は食料を国内消費やパーパルディアへの献上に回すだろうし、それに輸出するにしても安値で売り払ったりはしないだろうからな」

「その後、ロウリアが我が国に牙を向けた瞬間に潰すと?」

「そうなるだろう。まあ、この3国をどうするかは近日中に協議して決める。ただ、ロウリアも、そしてパーパルディアも市場として魅力的だ。どちらもおおよそだが、ロウリアは人口3800万人、パーパルディアは7000万人だとさ」

「経済大復活じゃないか。パイを独占できるぞ」

 

 ヒトラーは頷き、力強く告げる。

 

「だからこそだ。パーパルディアにしろ、ロウリアにしろ、戦うことになったら全力でやれ。負けは許さん」

「勿論だ。ただし、予算はよろしく頼む」

 

 ヴェルナーの返答にヒトラーは渋い顔をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、このやり取りから3日後。

 ドイツ政府はクワトイネ及びクイラと国交を樹立することを決定、そこから1週間後、それぞれの国との間で調整を経て正式に国交樹立と同時に安全保障条約を結んだ。

 安保条約にはドイツ軍による両国内への駐留及び基地建設を認めること、駐留経費の一部負担などが盛り込まれていた。

 

 クワトイネもクイラも、その程度でロウリアから守ってもらえるなら儲けものだという考えがあった。

 しかし、両国ともすぐに驚愕することになった。

 ドイツが彼らが予想していたよりも遥かに高度な技術を持っていたのが、その理由だった。

 




パーパルディア「列強ぞ? 我、列強ぞ?」
ドイツ「列強? 全力でやらなきゃ(地球の列強想定)(久しぶりの戦争なので新兵器を試せる)(相手はハーグ陸戦条約に加盟していない)(予算解放)」


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3ヶ月分の状況と勘違いとロウリアの決断

 ドイツが異世界に転移して、3ヶ月が経過したが、表面的には平和を保っていた。

 この3ヶ月でどうにか転移による様々な悪影響への対処及び複数の現地国家との関係構築と現地風土の調査、そしてようやく海外領土と本国を結ぶ海域の測量調査が完了した。

 

 とはいえ、海域全てを調査するには到底時間も船も足りない為、最低限でしかない。

 もっとも、転移して程なくして、海軍は測量艦を、民間の調査会社なども大きな需要が生まれたと測量船を慌てて大量に造船会社に発注し、政府もまたそれらを後押ししたこともあり、急ピッチで建造が進められ、同時に人員確保に奔走していた。

 そのような動きもあり時間が経過するにつれ、現場での船不足は解消されることが期待されている。

 

 測量が完了した箇所は船で行ったり来たりできるが、調査範囲外に出た場合は暗礁による座礁や未知の海洋生物の襲撃がありえる。

 また、後者の海洋生物による襲撃に関してはたまたま測量時にいなかった、という可能性も否定できない。

 その為、海外領土と本国間の船による輸送は当面の間、護送船団方式を取ることとなった。 

 

 

 ドイツ政府は調べきれなかったところへ測量艦や測量船を護衛付きで派遣しつつも、その数は多くはなかった。

 優先的に調べる必要がある海域が多数存在した為だ。

 ロデニウス大陸、フィルアデス大陸、アルタラス島、フェン王国やガハラ神国などの島嶼。

 

 それらへ至る海路とその周辺海域の測量調査に忙しかった。

 

 一方で風土に関してもロデニウス大陸にある国家だけではなく、それ以外の国交を樹立できた国々へ――ガハラ神国やフェン王国、アルタラス王国とも結び、フェンとアルタラスとは安保条約も合わせて結んだ――専門家による調査団を多数派遣し、早い段階から調査が行われた。

 魔法というものはとりあえず置いておき、地球人が問題なく生命活動を行えるかという点が重点的に調査された。

 その結果、大気組成に問題はなく、また現地特有の風土病も分かっている限りでは致命的なものはない、とのことだ。

 

 なお、現地人に対する地球の病気に関するテストなんぞ行えるわけもなかったので、そちらに関しては必要に応じて調査・対応するということに落ち着いた。

 たとえドイツからやってきた人間が何かしらのウィルスを持ち込んでしまい、それでパンデミックが起こったとしても、どうしようもなかった。

 

 

 また貿易に関しては基本的に現地国家に対してへ工芸品や日用品などの当たり障りのないものをドイツが輸出しつつ、外貨を稼ぐ一方で現地国家からの輸入――特に農作物――は基本的に非常に高い関税を課した。

 異世界特有の未知の農作物に関してはその限りではないが、人体や既存の生態系に対する安全性の確認ができるまで大規模な輸入は制限されることとなった。

 

 主力輸出品である農作物を制限されたクワトイネ側としては、これではドイツの丸儲けではないか、という思いからやんわりと抗議したが、それに対してドイツ側は道路や港湾の拡張などのインフラ整備を申し出た。

 無償でやってくれるということで、任せてみたところ、クワトイネの基準では考えられない程に速く道路が整備され、港が拡張・浚渫され、鉄道というものが敷かれた。

 

 クワトイネ側は技術の高さに魔法のようだ、とドイツ人に言ったところ、彼らは何とも言えない顔をした。

 ドイツ側からすればクワトイネ人などのこの世界の住民達が使う魔法こそ、本物だろうという思いだ。

 

 ともあれ、ドイツ側もインフラ整備を善意でやったわけではない。

 駐留するドイツ軍の為に整備されたものだ。

 またインフラ以外にも陸海空軍のそれぞれの基地が手始めにクワトイネ及びクイラに建設された。

 派遣部隊及び艦隊に関しては本国や海外領土の警備、兵站など様々な観点から協議され、陸軍5個師団(歩兵師団4個、装甲師団1個)、空軍2個航空団(戦闘航空団、爆撃航空団各1個ずつ)、海軍12隻(巡洋艦4隻、駆逐艦8隻)という陣容となった。

 彼らはドイツロデニウス軍団として編成され、その頭文字を取り、DRKと略称された。

 クワトイネとクイラ以外にも、安保条約を結んだフェンやアルタラスに対して早めに基地建設と部隊派遣を行うことになっている。

 パーパルディアとの衝突に備える為だ。

 

 

 そして、調査を進めていくと不思議なこともあった。

 

 まず異世界側とドイツとの日付のズレだ。

 ドイツは9月1日に転移したが、異世界側では当時1月18日だった。

 そもそも世界が違うのだから、そういうズレはあって当然かもしれないが――何しろ国ごと異世界に転移したなんて事象は誰も経験したことがない――原因は不明だった。

 また今までのところ気候的な変動もライン川や幾つかの河川が干上がった以外の地形的な変動も確認されていない。

 理論的には大きく変わってもおかしくはないが、そうはならず地球であった頃と同じであり、不思議そのものだった。

 気候変動がない為、異世界側では1月であっても、ドイツでは9月である為、ドイツにおいては9月の天候や気温となる。

 このズレの修正も頭の痛い問題で、いっそのこと1月の気候にでもなってくれれば、とドイツ側は願う程だが、そんなことにはならなかった為、ドイツ側の日付を全て異世界側に合わせるという措置がなされた。

 

 

 このような日付のズレならば接触当時から判明しても良さそうなものだが、今日は何日ですか、なんて質問をしない限りは相手側もいちいち日付を教えるなんてことはない。

 そして、外交交渉の場でそんな質問をする必要性は欠片もなく、互いが互いの日付で勘違いしたまま交渉は進行し、国交樹立及び安保条約の調印式という場で互いに用意した文書にそれぞれサインをする段階でようやく気がついたのだ。

 日付がズレている一方で、時刻は互いにズレがなかったことが発覚を遅らせた一因でもある。

 

 結局、ドイツ側が日付を異世界側に合わせたものに訂正し、無事に調印がなされたという顛末があった。

 

 

 そして、もっとも不思議なところは異世界における単位だ。

 なぜ、異世界であるのに地球のメートル法が使われているのか――?

 

 クワトイネやクイラ、フェンやガハラ、そしてアルタラスに確認したところ、神話に出てくる太陽神の使いが使っていたものを建国前から使っており、それを建国後にそのまま導入したと、ほぼ同じ答えが返ってきた。

 基本的にはどの国でもメートル法で通じるとのこと。

 

 ドイツ政府と軍は頭を抱えた。

 太陽神――というか、太陽をシンボルマークとしている列強国家に非常に覚えがあった為に。

 

 

 あの極東国家が列強入りを果たしたのは、密かに異世界に進出したからだったのか――

 

 

 合っているが、間違っている――そんな状況であるのだが、ドイツ側が気づく筈もない。

 ドイツがいた世界の日本はシャマシュこと天照大御神のお告げなんぞ受けておらず、密かに異世界派遣軍及び艦隊が整えられたなんてこともない。

 

 しかし、ドイツ側の勘違いを加速させる、日本であるという確固とした証拠がクワトイネ側から提供された。

 それは遺棄されたという太陽神の使いが乗っていた空飛ぶ船のカラースケッチで、現物が神森というエルフの聖域に現存しているらしい。

 時空遅延式魔法とかいう、とんでもないものを掛けられて。

 物質が劣化しないというこの魔法に政府も軍も飛びついたが、大規模な儀式魔法ということで触媒準備やら人員確保やらその他諸々の準備が非常に手間であり時間も掛かる為、戦車の1台1台や航空機の1機1機に行うには費用的に割りが合わないと判断された。

 メンテナンスが手間で、その費用も高い大陸間弾道ミサイルとかなら――と軍は淡い希望を抱いたが、機密の塊をエルフ達に見せるわけにもいかないので無理な話だった。

 

 なお、この魔法について説明したエルフによればドイツ側の反応ははじめは飢えた魚が餌に食いつくようであったが、詳細を説明した後は潮が引くように、あっという間に彼らは興味を失い、いっそ清々しい程だったとのことだ。

 

 劣化しないならメンテナンス費用を節約できると思ったのに、と政府と軍の落胆はそれほどに大きかった。

 

 さて、このカラースケッチは欧州戦争前後の日本軍の90式戦闘機――史実でいうところの零戦52型相当、ドイツによる技術加速の影響――だった。

 実際は90式戦闘機などではなく、史実の零戦21型であるのだが、見た目がほとんど同じだった。

 細部は異なるのだが、ドイツ側は90式の派生タイプと判断した。

 

 そして、神話を詳しく教えてもらうと、どうやら1万年以上前にやってきて――同じ時間軸での行ったり来たりならともかく、実質的な時間旅行のようなもので、アーネンエルベの研究者達が卒倒するくらいの衝撃を受けた――魔王が率いる魔王軍と戦い――ヴェルナーら軍首脳部の顔が引き攣った――勝利して、帰っていったとのことだ。

 その後、現在に至るまで太陽神の使いは確認されていないとのこと。

 

 

 

「日本政府め、ちゃんと最後まで面倒を見ろ!」

 

 纏められた報告を聞き、ヒトラーがそう叫んだというが、それはドイツ政府及びドイツ軍首脳部の心を代弁したものだった。

 

 ともあれ、転移の原因と思われる太陽神に事情を聞くべく、ドイツ政府は国内にある全ての宗教宗派の施設に問い合わせをしてみたが、当然、誰も神からのお告げは受けていないし、神と話ができる者も存在しなかった。

 

 ヒトラーは匙を投げた。

 

 

 彼は仕事帰りに日本人が経営するベルリンの居酒屋でヴェルナーに付き合ってもらい、自棄酒を飲む羽目になった。

 日本人が悪いんじゃない、面倒を見なかった日本政府と太陽神が悪いんだ、という理屈である。

 

「意外と、日本と我々を間違えたんじゃないか?」

「神が間違えるなんてことがあるのか?」

「それもそうだな……」

 

 ヴェルナーの問いにヒトラーはそう返し、ヴェルナーは納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなドイツ政府及び軍がちょっとした混乱と勘違いをしている頃、ロウリア王国ではいよいよ国王による最終的な軍備の確認が行われていた。

 

 当初の予定から1ヶ月程遅れてしまったが、それはドイツという国家について見極めるという意図もあった。

 

「ドイツは、何とも不気味だ」

 

 軍備確認の後に続けて行われている作戦説明を聞きつつ、ロウリア国王であるハーク・ロウリア34世はそう言葉を漏らした。

 小声であったこと、説明の最中ということもあり、誰にも聞かれていないようだ。

 

 パーパルディアの連中は勿論、クワトイネやクイラの連中とも全く違う。

 ドイツの外交団代表の気品ある振る舞いは決して蛮族などではない。

 貴族か、それに類する存在だとハークはすぐに確信し、相応の待遇でもって迎えたが、今回のような結果に終わってしまった。

 

 再三、ドイツは警告していた。

 クワトイネ及びクイラとは安全保障条約を結んでおり、攻撃されたならばドイツは貴国に対して宣戦布告する、と。

 

 しかし、ハークとしても苦しい決断だった。

 ドイツが現れる前、それこそ6年近く前からパーパルディアの靴を舐め、ロデニウス大陸統一という悲願の為に準備をしてきたのだ。

 今回の戦の為にパーパルディアから借りた金額は膨大であり、戦争後に返済していかなければならない。

 何よりも、軍も国民も大陸統一ということに熱狂的になってしまっている。

 国民はともかく、借金については知っている筈の軍ですらもそうなのだから、ハークとしては苦々しい限りだ。

 

 だからこそ、ある日突然降って湧いたような国家が敵になるかもしれないので、やっぱりやめます、などとは口が裂けても言えない。

 開戦を中止すればパーパルディアが裏から介入し、革命が起きる可能性すらあった。

 たとえドイツがムーと同等かもしれない技術力があったとしても、6年も前から動き出し、戦争の為に加速した国家という巨大歯車を直前で止めることなど、国王であるハークでもできない。

 もはや引き返せる地点はとうの昔に過ぎていた。

 

 一縷の望みとしてはドイツが外交に長けただけの国家で、軍事力としては然程でもないことだが、彼の勘は相応の軍事力も持っていると囁いていた。

 

 

 もしも負けた場合、うまくやるしかない――

 彼らが理性的であることを祈ろう――

 

 

 ハークは内心、そのように決意しながらも、そんなことは表には出さず、毅然と告げる。

 

「クワトイネ、クイラに対する戦争を許可する!」

 

 

 




デーニッツ「戦艦はもうあるからいいとして、空母の隻数を平時よりも増やしていいのか?」
ヴェルナー「ああ……護衛する巡洋艦や駆逐艦、潜水艦もいいぞ……存分にやれ!」
デーニッツ「(予算が)うめっ……うめっ……」



 欧州戦争後、軍縮により陸空軍と共に削減された大海艦隊……復活なるか?


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襲いかかる怪鳥達

「どうなることかと思ったが、結果としては良かったのではないか? アレを実現できるだろう?」

 

 ドイツ帝国第4代皇帝であるヴィルヘルム3世の問いかけにヴェルナーは肩を竦めてみせる。

 

 皇帝陛下に招かれる、というのは一般的には光栄なのであったが、ヴェルナーからすれば招かれすぎて勘弁して欲しいという思いだ。

 同じようにヒトラーもよく招かれていたが、今日は入れ違いだった。

 

「陛下、無理ですから」

「ヒトラー首相も無理だと言っていた。具体的にはどこが無理だ?」

「ハウニブーを実際に開発して配備なんて、いくら魔法があるとはいえ無理に決まっているでしょう」

 

 ヴィルヘルム3世は渋い顔をしつつ、背後にある精巧な木工細工のハウニブーシリーズの模型に目を向けながら、再度尋ねる。

 

「……無理か? 皇帝の勅命であるぞ」

「君臨すれども統治せず。そのようなことを仰られては亡き御父上や御祖母様が嘆きます」

「父の最後の仕事は良いものであったと余は個人的に思うが、こういうときは無理が通せなくなったな……余には勅命の権限すら無くなった」

 

 ヴィルヘルム3世とヴェルナーの仲はかなり良いほうだ。

 どっちも若い頃に女癖がすごかったという共通点もある。

 

「それならヴェルナーよ。余はアールヴを……」

「どんな病気を持っているか分からないのでダメです」

「君も、欲しいんじゃないか?」

「歳を考えてください」

「愛でたりとか……」

「本の中だけにしといてください」

 

 むぅ、とヴィルヘルム3世は唸る。

 ヴェルナーは思う。

 本当に、本当にヴィルヘルム2世は最後にもっとも偉大な仕事をしてくれた、と。

 イギリス型立憲君主制バンザイ、と彼は心から思う。

 

「待てよ、アールヴは我々人間よりも遥かに長命であり、私や君も、彼らからすれば年下ということに……」

「いい加減にしてください、皇帝陛下」

「余は皇帝ぞ?」

「私は魔法使いだぞ」

 

 60過ぎた爺さん同士が張り合うその姿は第三者からすれば溜息しか出ないが、幸いにも部屋には2人以外いなかった。

 

「陛下、何はともあれ願いは叶ったでしょう?」

 

 ヴェルナーの問いにヴィルヘルム3世としては頷かざるを得ない。

 

「余は若い頃、木工旋盤技師になりたかった。当時は諦めたものだが、今では毎日のように木工旋盤を弄っている」

 

 先代のヴィルヘルム2世のように、皇帝が色々と権力を握っていては皇帝自身に自由な時間などほとんど無かった。

 だが、今では行事自体は多いものの、自由な時間は多い。

 ヴィルヘルム3世が製作した木工細工の模型は増加の一途で、時折、ドイツ領内で展示を開いたりもしている。

 

「先程、ヒトラーから言われたのだが、余もそろそろ出張らねばならないだろう。異世界の王族との交流の為に」

 

 交流という名目だが、実質的には皇族による外交みたいなものだ。

 無論、皇帝に政治的な権限は皆無であるが、それでも相手国の心証を良くするには中々に有効な手だ。

 

「はい、陛下。とはいえ、それはロウリアの件が片付いてからになるでしょう」

「始まるのは、いつかね?」

「機密なので詳しくは申し上げられませんが、今日を含めて1週間以内に始まり、そして1週間以内に終わるでしょう」

「そんなに早く終わるものか?」

「そうしないと、政府……特に財務大臣が怖いので」

 

 ヴェルナーの答えにヴィルヘルム3世は思わず笑ってしまった。

 壁の時計は14時を少し回ったところだった。

 

 

 

 

 

 

 

「近いうちにロウリア王国が軍事侵攻を開始するでしょう」

 

 首相であるカナタはドイツ大使にそう告げた。

 

 軍及び情報分析部によると、1週間以内の侵攻可能性大という報告が上がってきて、彼は慌ててドイツ大使へ会談を申し入れたのだ。

 申し入れて30分もしないうちに会談は実現し、カナタは開口一番に伝えた。

 

 大使は穏やかな笑みを浮かべ、答える。

 

「我々の方でも既に掴んでおります。軍も動いておりますので、ご安心を……彼らはすぐに終わるでしょう。既にロウリア側への警告は終わっています」

 

 非常に心強い言葉にカナタは安堵した。

 色々と――特に貿易面で不満な部分もあるが、それでもなおドイツは頼もしかった。

 

 派遣されてきたドイツ軍をカナタをはじめクワトイネの首脳部や軍人達も見学したが、ロウリアどころかパーパルディア、もしかしたらムーとも違う軍備だった。

 

「それを聞いて安心しました。その、もうちょっと貿易なども……」

「それとこれとは別の問題です。何よりも、我が国も農業はそれなりに盛んですので」

 

 大使の取り付く島もない言葉に、粘り強く交渉していくしかないとカナタは実感する。

 

 ドイツが提出してきた資料によれば、海外領土という本国以外の場所において農業が非常に盛んであり、国内消費分は賄えているという状況らしい。

 東アフリカ州というところがドイツの穀倉地帯となっているようだ。

 

 そのとき、会議室にドイツの書記官が入室してきた。

 彼は大使に何やら耳打ちする。

 すると、大使は微笑みながら、カナタへと告げる。

 

「あなた方の最大の懸念は、まもなく粉砕されるでしょう」

「それはどういうことでしょうか?」

 

 カナタの問いに大使は毅然として告げる。

 

「我が国はロウリア王国に対して宣戦布告しました。18時ちょうどだそうです」

 

 カナタは呆気に取られた。

 ドイツと結んだ安全保障条約によれば、他国による軍事侵攻があった場合に参戦してくれるというものだった筈だ。

 

「安全保障条約によれば、我が国が攻撃を受けた場合に……」

「ええ、そうですね。ですが、我が国から先に宣戦布告をしてはいけない、などという取り決めはしていません。これは私の推測ですが、おそらく軍事的な理由が絡んでいると思いますよ」

 

 カナタは何だか恐ろしくなった。

 ドイツという国はロウリアやパーパルディアとは根本的に何かが違う。

 

 友好的であるのだが、裏で何か、とてつもないことをやっていそうな、底知れないものがある。

 

 カナタの心情を悟ったのか、大使は苦笑する。

 

「地球にいた頃、我が国は同等か、少し劣る程度の国力を持つ国々とやりあっていましてね。直接的な戦争はありませんでしたが」

 

 カナタは察した。

 

「それは、例えば近隣国でいうならパーパルディアのような国々がひしめき合っているような……」

「似たようなものです。ただ、あの国よりはもう少し紳士的でしたよ」

「イギリス、ロシア、アメリカ、イタリア、ドナウ連邦、フランス、日本、オスマントルコという国々ですか?」

「ええ、そうです。資料映像を閲覧されたと聞いていますが……よく覚えていらっしゃいますね」

「とても、印象的でしたので。そこにドイツを加えた9カ国……恐ろしい世界もあるのですね……」

 

 カナタの本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツがロウリアに対し、宣戦布告した――

 そのことはロウリア側が公表した為、すぐに広まったが、誰も彼もが首を傾げることとなった。

 

 そもそもドイツってどこにある国?

 

 そこからだった。

 事情を多少知っている者であっても、最近、クワトイネやクイラに食指を伸ばしている国という程度にしか知らなかった。

 

 とはいえ、彼らには自信があった。

 数十万の大軍、4000隻を超える軍船、更にワイバーンも多数揃えた。

 大陸統一を目指し、揃えたこの大兵力を破れるものならば破ってみろ、と多くの国民が気炎を上げ、ついでにドイツも併合してしまえ、という意見が主流を占めた。

 

 それは軍においても同じであり、将軍であっても、ドイツという国をそもそも知らなかったり、クワトイネやクイラに進出している程度にしか知らなかった。

 

 だが、それは仕方がないことだった。

 そもそもドイツ側からしても、異世界に国ごと転移するなど全くの予想外だ。

 そして、ドイツがやってこなければロウリアはそこまで大きな損害を受けることもなく、ロデニウス大陸を統一できたことだろう。

 

 転移という双方にとって不幸な出来事により、ロウリアは地球における列強、それも軍事力の質でいえば列強のトップに君臨するドイツと真正面からぶつかることになってしまった。

 

 そして、最初に犠牲となったのは東方征伐軍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クワトイネの国境の街、ギムとは川を挟んだ対岸にロウリア王国東方征伐軍の集結地があった。

 クワトイネへの侵攻を間近に控え、東方征伐軍に参加する諸侯や国王直轄の軍勢は集結を完了し、40万の軍勢は進軍の時を待っていた。

 集結地にはそれぞれの軍勢ごとに分かれ、それぞれある程度の距離を置いて野営している。

 

 数日以内に侵攻を開始するという噂が兵士達の間に飛び交い、ギムの街での略奪に思いを馳せる者も多くいた。

 昨日18時にドイツとかいう国が宣戦布告してきたが、ついでに併合してやろう、と士気は非常に高かった。

 

 午前11時を過ぎたあたりだ。

 もうそろそろ昼食ということで、製パン部隊がパンを焼き始めた。

 パンが焼ける良い匂いがあちこちに立ち込めて、兵士達の食欲をそそる。

 

 

「ん……?」

 

 兵士の1人が何かに気づいた。

 

「どうした?」

「いや、何か、変な音が……甲高い、聞いたことがない音だ」

 

 隣の兵士にそう答え、兵士は耳を澄ませる。

 それを真似して、問いかけた兵士や、その周りにいた兵士達も耳を澄ませてみる。

 

 すると、確かに東から甲高い音が聞こえてきていた。

 それは聞いたことがない音で、彼らは一様に首を傾げる。

 

 彼ら以外の他の兵士達も気づき、何事かと周囲を見回す。

 部隊長クラスや、侵攻直前の軍議を行っていた将軍達までも、徐々に近づいてくる甲高い音――それも複数――に天幕から出てきた。

 

 

 甲高い音はいよいよ上空に轟き渡り、それが極大に達した時――破局が訪れた。

 

 黒いものが複数、空から降ってくるのを多くの者達が目撃した。

 それは急速に大きくなり――それぞれの軍勢の野営地の上で爆発した。

 しかし、それは小規模なもので、大した被害を及ぼさなかったが、彼らは避難する暇も与えられなかった。

 爆発と同時に何かが撒き散らされたのだ。

 

 何だろうか、と彼らは思うも、すぐに目の前が真っ赤に染まり、全身を衝撃波が襲い、その意識は永遠に途切れた。

 

 

 

 

 巨大な爆発が幾つも巻き起こり、離れたギムの街にもその衝撃波が襲いかかるが、今朝方、クワトイネ政府経由でドイツ軍から警告がなされていたこともあり、避難が済んでいたため、窓が割れたり、住宅の一部が破損したりするなどの物的被害は出たが、人的な被害は出なかった。

 

 

 そして、ドイツ軍の攻撃はそれだけで終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「な、何が起こったんだ……?」

 

 アデムは幸運にも生き残ることができた。

 嫌な予感がして、近くにあった排泄の為に掘られた穴に飛び込んだのだ。

 全身が痛く、出血も酷い。

 彼の飛び込んだ穴は新しいもので、誰も用を足した者がいなかった為、全身が糞尿塗れにならなかったのも幸運と言っていいだろう。

 

 だが、それでもここにいるのは危険だと本能が警鐘を鳴らしている。

 ワイバーンを呼ぼうにも、その為の連絡手段である魔信の機器は吹っ飛んでいる。

 

「嘘だろう……?」

 

 40万の軍勢はどこにもいなかった。

 あるのは瓦礫と死体――いや、死体が残っていればマシなほうで、原型を留めていなかったり肉片になってしまっているものも多くあった。

 

 物資が燃えているのか、あちこちで火事が起きている。

 

 伝説の神竜か、あるいは強大な魔法か、何が原因か分からないが、はっきりしていることがある。

 東方征伐軍40万は唯の一度も敵と戦うことなく壊滅した。

 

 アデムが周囲をよく見回せば、彼と同じように負傷しているが、よろよろと立ち上がる者も複数いた。

 腕や足が千切れとんでしまっている者も多くいるが、生きていることは確かだ。

 目に見える範囲でも数十人はおり、征伐軍全体ではもしかしたら1000人くらいは生き残ったかもしれない。

 

 彼は心から安堵した。

 自分以外にも生き残りがいた、と。

 

 しかし、そのときだった。

 

 甲高い音がまた幾つも聞こえてきた。

 それは東方からであり、アデムは駆け出した。

 全身に激痛、足が千切れてしまうかもしれないとすら彼は思うが、それでも逃げることはやめない。

 

 他の生き残り達も甲高い音に気がついて、アデムと同じ方向――すなわち、ロウリア側へと逃げ始めた。

 

 だが、それが悪かったのだろう。

 

 ドイツ空軍が誇る地上攻撃の専門家達がそれを見逃す筈がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 突然、地面に土煙が直線上に巻き起こっていき、走っていた生き残り達が土煙に包まれた。

 

 アデムは見た。

 そこを走っていた生き残り達が一瞬にして血煙となったことを。

 

 少し遅れて、怪物の咆哮とでも言うべきものが聞こえてきた。

 

 

 空を見上げた。

 アデムは目を見開く。

 

 そこには彼が見たこともない怪鳥が何機も飛んでいた。

 陽光があたり、煌めいている。

 

 それらはまるでハゲタカのように旋回し、狙いを定めては降下し、何かを頭と思われるところから発射している。

 発射し終えた後、少し遅れて先程も聞こえた怪物の咆哮がアデムの耳に入る。

 

 

「化け物め! 化け物めぇ!」

 

 アデムは叫びながら、逃げる。

 

 ドイツは古の魔法帝国だ、そうに違いない――

 

 彼は確信する。

 そうでなければ何なのだ、と。

 

 世界の危機だ、ロウリアなんぞ一瞬で消し飛ばされる。

 何としても情報を持ち帰らねば――

 

 彼はそこまで思ったときに、その意識は永遠に途切れた。

 後ろから生き残った者達が必死についてきていることに彼は気づけなかった。

 一団となってしまったが故に、上空を旋回する彼らの目に止まってしまったのだ。

 

 

 アデム達はドイツ空軍の地上攻撃機A-10による30mmガトリングガンの掃射により、死体すら残らなかった。

 欧州戦争時に開発されたA-5の発展型であるA-10にとって、敗走する歩兵部隊の掃討はお手の物だ。

 

 ドイツ空軍の作戦は単純だった。

 大型爆撃機の編隊による燃料気化爆弾の大量投下により、地上部隊に打撃を与えた後、A-10を投入し、残った敵を掃討する。 

 なお、ワイバーンを警戒し、戦闘機も少し離れた空域に待機していたが、出番はなかった。

 

 

 ロウリア王国東方征伐軍は非常に幸運な僅かな生き残り達を除き、兵力・装備・物資の全てを失い、ここに壊滅した。

 

 

 




ドイツ「こっちから宣戦布告しないとは言っていない」


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ロウリアの勇気ある決断

 

 東方征伐軍が壊滅してから数時間が経過していたが、ロウリア王国側は全く把握していなかった。

 そもそも敵の攻撃があったことすら知らず、また征伐軍の僅かな生き残り達も走ることができるだけの体力が残っておらず、何よりも傷ついていたことから彼らの動きは非常に遅かった。

 だからこそ、集結地の後方に位置していた後詰の部隊に、この数時間で辿り着いた者もいなかった。

 

 定時連絡という概念はあったものの、それをする必要性をこれまで感じていなかった為、東方征伐軍と王都であるジンハークの間では必要に応じて伝令が行き交うという程度でしかなかった。

 それは別に不思議なことではなかった。

 そもそもクワトイネに対してロウリア王国軍は兵力で圧倒的に優越している。

 多少の抵抗があったとしても、問題にはならない筈だというのがジンハークにおける共通認識だった。

 国民は勿論、将軍や、国王たるハークですらもそれは同じであった。

 

 たとえドイツがムーと同等程度でも、40万の軍勢を一瞬のうちに打ち倒すことなど物理的に不可能だと。

 

 しかし、現実は集結地にて各軍勢ごとに密集して野営していたことが大きな悲劇を招いてしまったのだが、彼らは知らなかった。

 

 

 

 王都ジンハークの港は大規模だった。

 4400隻を全てとまではいかないものの、それでも多くの軍船の拠点として、この6年間で拡張に次ぐ拡張がされていた。

 ジンハーク以外にも4箇所の拡張された港で建国史上最大の大船団がひしめき合い、出撃の時を待っている。

 

 物資の積み込みなどの関係もあり、1週間以内に総出撃の予定であった。

 

 

 

 

 ムーの諜報員であるエルラスはジンハークの港が程良く見える場所に旅人を装い、景色を見ているように偽装しつつ、観察していた。

 クワトイネに潜入している諜報員の情報によれば、ドイツは機械文明国家である可能性が高いということだ。

 そして、その技術力はムーを上回る可能性が高いとも。

 

 ドイツがロウリア王国に宣戦布告した、というのは彼も聞いている。

 またそれは本国にも伝わっており、それについての追加指令はある意味当然とも言えるものだった。

 

 ドイツ軍がどのような戦闘を行うか、観察せよ――

 

 お手並み拝見というのが彼をはじめとした、ロウリアに潜入しているムーの諜報員達の考えであり、物見遊山気分であった。

 

 

 そのとき、エルラスは北東の空に煌めくものが見えた気がした。

 目を凝らしてみると、確かに何かが陽光を反射しているのが分かる。

 それは1つや2つではなく、数十近い。

 音も徐々に聞こえてきた。

 

 耳を澄ましてみれば、ムーが使用しているマリンのエンジンが発するような音が微かに聞こえてきた。

 

 思わず双眼鏡を取り出し、北東の空へと向ける。

 まだまだ距離は遠いが、どんどん近づいてきているのが分かった。

 双眼鏡の中で次第に大きくなり、それに比例するかのように音――エンジン音も大きくなってきた。

 マリンのエンジン音とは比較にならないほど、騒々しい。

 

 こんなに遠いのに、こんなにもエンジン音が大きいなんて――

 

 そう思いつつも、エルラスは観察をやめない。

 双眼鏡の中で芥子粒程であったそれらは大きくなり、その輪郭がはっきりと見えた。

 

 エルラスは息を呑んだ。

 彼が見たこともない機体であり、非常に大きかった。

 四つのエンジンがプロペラをそれぞれ2枚ずつ、ゆっくりと逆に回しているらしく、目で捉えられる程にプロペラの動きが分かる。

 

 それらが目算で20機近く、こちらに向かって飛んできていた。

 

 ドイツ軍の空襲だ――!

 

 エルラスは一目散に駆け出した。

 一刻も早くこの場から離れなければ、と。

 

 

 

 

 

 

 彼が逃げ出しておよそ10分後のことだった。

 クワトイネ及びクイラへの出撃に向けて、ひしめき合っていた軍船、そしてジンハークの港は24機のB95――欧州戦争末期に開発されたターボプロップエンジンを4基搭載したB48の発展改良型――により燃料気化爆弾が投下された。

 6年の歳月を掛けて揃えた数多の軍船、倉庫街に山積みされていた膨大な物資、大勢の水夫や軍船に搭乗する為に集結していた兵士達、そして建国史上最大の船団を任され、港に隣接した海軍基地の司令部にいた提督も、例外なくこの世から消し飛ばした。

 

 そして、それはジンハークの港だけではなく、他の4箇所の港もまた同じであった。

 ジンハークよりも小規模な港ということで、それぞれ12機ずつのB95がこれらの港には差し向けられていた。

 

 合計5箇所の港を若干の時間差で襲撃したB95、合計72機はドイツ本国、ガイレンキルヒェン空軍基地に駐屯している第34戦略爆撃航空団所属であり、異世界における長距離爆撃を試験も兼ねて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 エルラスは衝撃波により負傷したものの、それは軽いものだった。

 彼は応急処置を施して、港がよく見える高台へと登った。

 

 ドイツ軍の爆撃は凄まじく、この世が終わるかと思った程だ。

 彼以外にも幸運にも逃れることができた人はそれなりの数がいて、彼と同じように高台へと続々と登ってきていた。

 

「ああ、港が……」

 

 誰かの声。

 悲痛な叫び、泣き崩れる者も多い。

 

 そのような中、エルラスは冷静に爆撃の評価を行う。

 

 市街地にも被害が出ているが、どちらかというと港湾施設を狙った攻撃だということがすぐに分かった。

 特に埠頭や桟橋、倉庫街は見事に吹っ飛んでおり、火災も起きている。

 軍船も大半が衝撃波によりマストをへし折られたり、あるいは船体自体が破損し、沈み始めているものも多く見えた。

 海軍基地もここには置かれていた筈だが、そこに目を向ければ瓦礫の山だった。

 司令部をはじめとした多くの施設が完全に崩壊している。

 

 エルラスの中でドイツの評価は決まった。

 

 ドイツはムーよりも圧倒的に優れた技術力を持っており、戦えば勝ち目はない――

 

 

 

 

 

「どういうことだ!」

 

 ロウリア王国の国王であるハークは叫んだ。

 つい数時間前に行われたジンハーク港に対する攻撃による被害が明らかになりつつあったからだ。

 

 軍船のほとんどは使い物にならず、港湾機能は完全に喪失、海軍基地も瓦礫と化した。

 生存者はそれなりにいる為、火災の鎮火と共に人命救助に軍と市民が協力してあたっている状況だ。

 

 おっとり刀でワイバーン部隊が出撃し、上空警戒と敵の捜索を行ったが、敵は影も形もなかった。

 

 

「パタジン! ミミネル! ヤミレイ!」

 

 王国防衛騎士団将軍、王国三大将軍の1人、王宮主席魔術師という錚々たる面々だ。

 しかし、彼らをもってしても、全く分からなかった。

 

「ドイツという国は古の魔法帝国ではないでしょうか?」

 

 ヤミレイの問いかけに、しかしミミネルが否定する。

 

「ドイツの外交団は紳士的であったと聞いている。魔帝があのように、わざわざやってくるだろうか? 伝説にある通りなら、そんなことはしないだろう」

 

 その反論にヤミレイは沈黙するしかない。

 ミミネルがハークへと告げる。

 

「陛下、もはやこうなってしまっては……」

「ミミネル、東方征伐軍はどこにいったのだ? いくら何でも40万の大軍が……」

「私の軍が状況確認をすべく、数時間前から集結地へと移動しております。まもなく、魔信による連絡が入るかと……」

 

 ミミネルの軍は征伐軍の中では小規模な方であったが、練度は征伐軍の中でも高く、その為に後詰を任されていた。

 彼の軍は後詰ということもあり、集結地よりも後方に集結していた為、幸運にも難を逃れた。

 

 

「東方征伐軍の支援の為にワイバーンもいたはずだ。彼らは何故、出撃していない?」

「恐れ多くも陛下。ワイバーン部隊は後方の基地に待機し、前線部隊から随時命令を受けて出撃する形となっております。東方征伐軍上空に常時張り付けるという運用は行っておりません」

 

 ハークは玉座に深く座り込んだ。

 そのときだった。

 

 伝令が血相を変えて転がり込んできた。

 彼は息も絶え絶えに、大声で報告する。

 

「報告! 集結地に到達せるも、ここは墓場! 瓦礫と死体以外に無し! 東方征伐軍は壊滅した模様! とのことです!」

 

 パタジンもミミネルもヤミレイも、絶句した。

 しかし、ハークは朧げながらも予想できていた。

 

 港を襲ったようなことをされれば、東方征伐軍もそうであろうな、と。

 

「パタジン、ミミネル、ヤミレイ。我が国は圧倒的に負けた。パーパルディアの靴を舐めて借金をし、揃えた軍勢も軍船も全て消え去った」

 

 ハークは静かに彼らへと声を掛ける。

 

「余の信頼する将軍、魔術師よ。我が国はクワトイネの地を一歩も踏むことができていない。貴君らに尋ねるが、起死回生の策はあるか?」

 

 問いかけに誰もが沈黙を保つ。

 

「そうか、そうであろうな。では、余は王としての務めを果たすとしよう」

 

 ハークは深呼吸し、告げる。

 

「余は、ロウリア王国はドイツに対して降伏する。どのような結末になるか、皆目見当がつかない。だが、このまま戦争を続ければ、それこそ数時間に一つ、街が消し飛ぶ可能性もある」

 

 もっとも防備が厳重な王都ジンハークの港を簡単に襲撃し、甚大な損害を与えることができるのだ。

 他の都市や街など、それこそ赤子の手を捻るよりも簡単に攻撃できるだろうことは想像に容易い。

 

「国が物理的に滅ぶよりは良い。どのような形であれ、ロウリアが残れば良いのだ。ミミネル将軍、貴君の軍から降伏の特使を出してくれ。まずは戦闘を止めることが肝心だ。ギムに着けば糸口はあるだろう」

 

 宣戦布告と同時にドイツの外交団は国外へと出ていった。

 連絡を取る手段はギムへ行き、クワトイネ経由で取り次いでもらう以外に無かった。

 

 クワトイネに負けたわけではない為、非常に屈辱的ではあったが、もはやそんなことを言っている場合ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「後詰の部隊を残して良かったな」

 

 上がってきた報告を見て、DRKの陸軍司令官であるロンメル元帥はそう判断した。

 集結していた大軍よりも後方に後詰の部隊が存在することは開戦前から判明しており、空軍では彼らも同時攻撃すべきという意見と、こちらの力を見せる為に生かすべきという意見で割れたという。

 結果として後者の意見が採用されたのだが、それは良い結果をもたらした。

 

 後詰部隊から降伏の特使が夜になってギムへと派遣されてきた為だ。

 ギムには避難した住民達、クワトイネ軍が戻っており、また彼らに加えてDRKの陸軍部隊の先遣隊が進出していた。

彼ら先遣隊が特使を受け入れ、ロンメルに報告してきたのだ。

 

 無論、このことはドイツ本国へ報告済みであり、明日の朝にも外務省から職員が派遣されてくるとのこと。

 

 1週間どころか48時間以内に終結したな、とロンメルとしては空軍だけが手柄を上げて、不満であったり、すぐに終わって被害が一切ないことに嬉しいやらで複雑な気分だった。

 

 敵側の指揮官の立場になってみれば、何だかよく分からない攻撃で陸軍主力部隊が消し飛んで、その次に海軍が船と港ごと消し飛べば匙を投げたくもなる。

 

「まあ、次もあるさ」

 

 どうやらロウリアとパーパルディアは戦争を行うことが各軍及び政府内で確定しているらしい。

 今回、ロウリアが終わったが、パーパルディアはこの世界における列強の一角とのこと。

 どのような作戦になるかは分からないが、それでも陸軍の活躍する機会はある筈だとロンメルは確信していた。

 

 

 

 

 

 そして翌日、朝一番のニュースでロウリア王国がドイツに対して降伏したことがドイツ本国及び海外領土で報じられるが、ドイツの世論は熱狂的になることはなかった。

 

 かつて、国家の全てを総動員して戦ったフランス、オーストリア―・ハンガリーとの戦いを体験した世代が国民の大半であった。

 動員令の発令はなく、戦時体制にもなっていない。

 海軍の本国艦隊は基地に停泊したままで、陸軍にも大きな動きはない。

 空軍は本国の部隊が参加したらしいが、フランス戦のような蜂の巣を蹴飛ばしたような慌ただしい動きではない。

 

 故に、ドイツ国民は政府が発表していたものの、体感としては戦争であることすら認識していなかった。

 

  



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ロウリア戦後の動き

 ドイツにとって、ロウリアの降伏は予想よりも早過ぎた。

 ロウリアが降伏してくるのは1週間以内を予想していたが、まさか48時間以内に終わるとは思っていなかったというのが正直なところだ。

 その為、ロウリアに対する講和条約の内容も正式決定前であったが、そんなことを相手に対して言える筈もない。

 

 治安維持と占領の為に、という名目でとりあえずDRKの陸軍部隊をロウリア王国の王都ジンハークや主だった都市に進出させ、さらに現地に専門家による調査団を派遣し、風土の調査にあたらせることで時間を稼いだ。

 

 その甲斐あって、どうにか講和条約の内容を決定し、ロウリアとの交渉にあたった。

 

 ドイツとしてはロウリア王国の人口は非常に市場として魅力的であった。

 しかし、ロウリア側はドイツには負けたがクワトイネやクイラに負けたわけではない、という思いが交渉の席における言葉の端々から感じられた。

 これを下手に放置しては将来に禍根を残す可能性が高く、それはドイツにとって望むところではない。

 ロデニウス大陸はドイツの庭先として、情勢が安定していてもらわねば困るのだ。

 

 

 だからこそ、手綱を握るという意味も含め、実質的な植民地化をロウリアへ押し付けた。

 王は退位せず、また既存の行政組織や治安維持組織などは変わらず維持されるが、その統治には宗主国であるドイツの意思を反映させる形となる。

 それは軍事・立法・司法の統治に関わる全てに対してだ。

 また、外交権を取り上げたりはしなかった為、独立国としての体裁は一応保ってはいるが、その外交に関してもドイツの意向が反映されるのは言うまでもない。

 

 ロウリア側からすればドイツが想定した植民地ではなく、属国化の要求に思えたが、彼らはその要求を呑むしかなかった。

 戦闘が再開されれば、各地の街がジンハークの港のように吹き飛ばされるという思いがあった為に。

 

 もっとも、ドイツからすれば、これは異世界における実験である。

 文明レベルに開きがありすぎる場合、植民地側はどのような反応をするか――?

 

 ドイツとロウリアの文明レベルには非常に大きな開きがある。

 それこそ、植民地獲得に躍起になっていた19世紀や20世紀初頭の当時の列強とその植民地よりも。

 

 貿易先としてドイツは輸出する。

 インフラから日用品までを、適正な値段で。

 

 この輸出に対して伝統を破壊されたと反発するか、それとも生活が豊かで便利になると喜ぶか――?

 

 前者であったならば取り扱いは慎重になるが、後者であったなら都合が良い。

 こればかりは実際にやってみなければ、どう転ぶか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

「……脅威が取り除かれたと考えれば良いか……」

 

 クワトイネのカナタ首相はそう考えるしかなかった。

 クワトイネ側に侵攻し、国軍と戦ってくれたら、多少なりともおこぼれに与れたかもしれないが、現実は一歩たりとも国内に踏み込ませることもなく、ロウリアを降伏に追い込んでしまった。

 

 戦闘の推移はカナタをはじめとした、他のクワトイネやクイラの要人も報告を受けている。

 

 彼らにも分かりやすいように、色々と注釈がつけられたものだ。

 ドイツの機械式飛竜部隊による天空からの高威力魔法攻撃により云々と書かれていた。

 

 おかげで簡単に理解でき、ドイツという国はこういう配慮までできるのだなぁ、と感心してしまう。

 

「ドイツはパーパルディアをどうするつもりなのだろうか?」

 

 裏から糸を引いていたらしいパーパルディア。

 五大列強の一角であり、第三文明圏最大の国家として君臨している。

 

 カナタはパーパルディアがドイツ相手に真っ当な外交をするようには思えず、そして対するドイツもパーパルディアに対して下手に出るような外交をするようには到底思えない。

 

 我が国は、どう動くべきか?

 

 カナタの最大の関心事はそれだ。

 ロウリア戦役では何も失わなかったが、ロウリアからは何も得られなかった。

 

 ドイツとの貿易交渉は国交樹立時から粘り強く続けているが、最近は食糧に関して輸入を認めても良いようなことをドイツ側は言い出している。

 あれだけ拒んでいたのに、どうして、とカナタは不思議に思ったが、ドイツ側の出してきた但し書きですぐに理解できた。

 

 但し、ロウリア王国への輸出に限定する、と。

 

 戦前からロウリアは敵対していたにも関わらず、商人がやることだから、という態度でクワトイネとの貿易に関しては見て見ぬ振りをしていた。

 クワトイネとしても、農作物を売らなければ利益にならないので、仕方がなくロウリアへと輸出を行っていた。

 海を超えてアルタラスやフェン、ガハラといった国々にも輸出していたし、当然、クイラへも輸出してはいたが、割合的に多くを占めていたのはロウリアだった。

 

 何しろ、ロウリアとは陸続きで、目と鼻の先にある。

 大した手間や費用、時間を掛けずに行き来できるので、そこそこの利益を上げることができていた。

 

 要するに戦前と全く変わらない。

 しかも、ドイツがロウリアの手綱を握るらしいので、軍事的な侵攻を企図する可能性は低く、安全だ。

 

 さらにロウリア王国には近い将来、ドイツ企業が多数進出し、様々な物品を生産するようになるらしい。

 

 陸続きで、目と鼻の先にあるロウリア王国でドイツの物品が手に入る。

 あれだけお願いしても、拒まれた――広大な自然環境への悪影響が云々言われ、煙に巻かれた――ドイツの企業がやってくる。

 

 ロウリアがドイツの実質的な属国となったからだろう、とカナタは思うが、重要なのはそこではない。

 ドイツの物品は海を超えてくることから、どうしても高くなる。

 既にドイツの日用品や工芸品はクワトイネは勿論、クイラにとっても無くてはならないものだ。

 消費量の増加に伴い、輸入量も増えているが、輸送費用が上乗せされた、やや高めの価格に商人連中は苦しんでいると聞く。

 ドイツ側にとってはクワトイネへ持ってきた分だけ売れるのだから、高笑いが止まらないだろう。

 

 しかし、ロウリアで生産されたものであれば輸送距離が短いことから価格の低下が期待できた。

 それがドイツによるクワトイネやクイラへの分前なのだろうとカナタは予想する。

 

 

 それらはクワトイネにとって良い話であったが、問題となるのはパーパルディアだ。

 

 パーパルディアとドイツとの戦い、当然クワトイネとクイラはドイツ側に立つ。

 だが、それだけだ。

 ドイツに続いて戦後のおこぼれに与る為に宣戦布告することになるかもしれないが、実質的には何もできない。

 

 海軍や陸軍を派遣するなんぞ、自殺行為だ。

 五大列強の一角というのは伊達ではない。

 

 装備も練度も数も段違いで、マトモな勝負にならない。

 

「軍事的な支援も断られてしまっているからな……」

 

 ドイツ軍の装備や練度にカナタは勿論、軍も揃ってドイツ側へお願いしたが、取り付く島もなく、断られた。

 

 我が国の強さの根源ですので、と言われてはカナタらも強くは出れない。

 とはいえ、共同訓練の実施を取り付けることができたのは僥倖だろう。

 それは彼らの武器――銃を使ったものではなく、体力的な基礎訓練と近接戦闘訓練だ。

 

 ドイツ軍兵士の素の実力を見てやると軍部は息巻いていた。

 クイラとも、共同訓練は実施するらしい。

 

「クワトイネにできることは、ドイツにくっついて貿易で富むしかないか」

 

 ドイツが欲しいというようなものを生み出さねばならない、とカナタは確信する。

 その為にはもっと農作物の味を高める必要がある、と。

 

「自国の最大の強みを生かさずしてどうする。世界で一番美味いものを作って、ドイツが輸入せざるを得なくしてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、流石は異世界だな」

 

 ヴェルナーは思わず、そんな感想を漏らした。

 つい数日前に行われたクワトイネ軍やクイラ軍との共同訓練の映像を見終えたところだ。

 

 こっちが下手に出ることで、彼らの素の身体能力や近接戦闘能力などを教えてもらうというのがその目的だ。

 

 この世界に、たとえばお伽噺に出てくる吸血鬼みたいなとんでもない身体能力と不死性を持っている種族がいた場合、洒落にならない。

 ヴェルナーは獣人がそれと似たようなものではないか、と予想していたが、その予想は半分当たりといったところだった。

 

 獣人は訓練された兵士を簡単に投げ飛ばしたり、数人がかりで兵士達が抑えにかかっても、軽く振りほどいてしまったり、人間ならば重いものでも、軽々と持ってしまう。

 特にクイラが出してきた山岳獣人部隊は圧倒的であり、クワトイネ軍の獣人兵士よりも勇猛で、練度も高い。

 

 ただ、ヴェルナーとしてはクワトイネ、クイラ両軍にいる獣耳の女兵士が個人的に気になってしまう。

 猫系、狼系、虎系など様々だ。

 

 

「愛でるだけなら……」

 

 ヴィルヘルム3世がここにいたら、お前も同じじゃないか、と言うこと間違いない。

 勿論、ヴェルナーはエルフも嫌いじゃなく、むしろ好きであったが、さすがにあの場でそんなことは言えなかった。

 

 エルフの女兵士も勿論、映像には映っており、個人的には勿論のこと、その弓の精度や魔法など軍事的にも目を見張るものも多い。

 

「ロウリアが亜人排除を行うのも、理解できる」

 

 亜人は人間よりもどこかしらに優れた部分がある。

 エルフなら魔力や寿命、獣人なら身体能力、映像には少数しか映っていなかったが、ドワーフなら手先の器用さと怪力。

 

 要するに怖いんだろう、とヴェルナーは考える。

 

 もしかしたら、彼ら亜人が自分達人間の命を脅かそうとするかもしれない、彼らは簡単にそれができる――

 

 獣人やドワーフならその腕力の強さだけで人間の身体を引きちぎるくらいはできそうだ。

 

 エルフなら寿命の長さが槍玉に挙げられるだろう。

 何十年経っても見た目が変わらない、不老の存在というのは不気味に思える。

 

「この世界の軍相手に近接戦闘は不利、遠距離から徹底した火力で攻めるしかない」

 

 対パーパルディア戦のやり方は決まった。

 被害を最小限に抑える為にも陸軍投入は最終段階だ。

 

 それまでは空軍による徹底した空爆――それこそ連中を石器時代に戻す程の――そして、海軍による海上封鎖。

 これらを次の会議で提案しよう――

 

 無論、フィルアデス大陸全てを海上封鎖するなんて物理的にも外交的にも不可能な話である為、あくまでパーパルディア皇国の沿岸部に留まる。

 もっとも、近隣の中立国の港で物資が陸揚げされ、それが陸路でパーパルディアに入って、目的地にまで辿り着くことができるかどうかは話が別だ。

 

「どちらにせよ、まだ動けない。物資の集積、兵力の増強に努めないとな」

 

 そう呟きながらカレンダーを見る。

 あと半年程で完了するだろうとヴェルナーは予想した。

 その頃には人工衛星も幾つか打ち上げられているだろうから、十分だと。

 

 とはいえ、既に空軍は対パーパルディア戦に向けて動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーパルディア皇国の上空を飛行する航空機があった。

 それは高度15000m近くを時速700km程で飛行しており、機体は黒く塗られ、国籍マークすら無い。

 

 ワイバーンの上昇限度は高度4000m程ということがクワトイネからの資料提供で分かっていたが、パーパルディアが保有するワイバーンロードや、ワイバーンオーバーロードの上昇限度が分からない為、簡単には登ってこれない、この高度を飛行していた。

 

 もっともこの航空機からすれば高度15000m程度では物足りないくらいだった。

 高度25000mを飛行し、地球における列強諸国を密かに偵察する為に開発された専用の機体であったからだ。

 

 高高度戦略偵察機アルバトロス。

 アホウドリを意味するこの機体は、その名の通り長時間滞空し、今日も偵察任務を着実にこなしていた。

 

 

 

 



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時間稼ぎ

「これは一体どういうことだ?」

 

 パーパルディア皇国第3外務局の局長であるカイオスは問いかけた。

 彼が問いかけた相手はドイツ帝国外交団の代表であるアデナウアーだ。

 

 カイオスは自身の椅子に座ったままで、アデナウアーは立っていることからこの場における力関係がよく分かることだろう。

 アデナウアーを取り囲むように皇国兵士達がいるが、アデナウアーは全く意に介さない。

 

「フェンとアルタラスの件ですか?」

「そうだ。あの2カ国は我が国の勢力圏。そこに手を出すなど、未開の蛮族風情がどういう了見か?」

 

 カイオスの挑発的な物言い、しかし、アデナウアーは動じない。

 

「本国から指示を受けておりまして」

「指示?」

「ええ。どうぞ、これを」

 

 アデナウアーは持っていたカバンから書簡を取り出し、それをカイオスへと差し出した。

 彼はぞんざいに受け取り、その書簡の内容を確認する。

 

 すぐにカイオスは感心し、威圧的な口調から一転、まるで友人に語りかけるよう、親しげに告げる。

 

「どうやら貴国は未開ではあるが、礼儀正しいようだ。ロウリアを短期間で下したことといい、評価に値する」

「もったいなき御言葉です」

 

 にこやかな笑みを浮かべ、アデナウアーはそう答える。

 彼がカイオスに提出した書簡は簡単に言えば、パーパルディアへの献上について書かれていた。

 

 謝罪の意味を込めて、毎月無償で100万トンの食糧を提供する。

 我が国の安全保障上、どうかフェンとアルタラスは見逃して頂きたい――

 

 カイオスからすれば思わぬ点数稼ぎができると小躍りしたい気分だ。

 フェンの領土だけでなく、アルタラスの魔石を入手する計画も進行しているが、何もせずとも食糧が毎月100万トン、タダで手に入るというのは非常に魅力的である。

 

 今の計画を一時的に停止させることを、上に掛け合ってみる価値は大いにある。

 

「安全保障上とのことだが、どこに対する安全保障か?」

「何分、我が国は臆病ですので、伝え聞くムーやミリシアルが恐ろしくて仕方がありません。我が国も偉大なるパーパルディア皇国の実質的な庇護下にあるとはいえ、とてもとても……」

 

 アデナウアーの様子にカイオスは嫌らしく笑みを浮かべ、問いかける。

 

「200万トンだな。そうすれば、貴国が独自にアルタラスやフェンに根を張ることを許してやってもいい」

 

 その言葉にアデナウアーはすぐには答えず、呼吸を荒くし、懐からハンカチを取り出して汗を拭ってみせる。

 

 カイオスからは汗が出ているようには見えなかったが、無意識的なものだろうと気に留めず、答えを待つ。

 

 およそ5分程して、アデナウアーは搾り出すように告げる。

 

「分かりました。200万トン、毎月皇国へ無償で献上致します」

 

 カイオスは内心喝采を叫ぶ。

 搾り取り、献上できなくなった段階でドイツごとアルタラスもフェンも潰せばいい。

 いくらクワトイネがいるとはいえ、毎月200万トンも出したら、ドイツは自国民に食わせる分が遠からず無くなるだろう。

 

 皇国第3外務局の仕事は蛮国から取れるだけ取ることであり、カイオスはその仕事を忠実に果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 カイオスとの対談を終え、アデナウアーは別室で待機していた随員や護衛達とともに複数の馬車で港へと戻った。

 そして、アデナウアーは誰よりも早く停泊する帆船へと戻るや否や、出迎えた面々に向かって告げる。

 

「本国に連絡を。魚が餌に食いついた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーパルディア皇国の国民達は第3外務局が発表したことに熱狂していた。

 皇国の実質的な支配下となった国が増えたことに。

 

 その名はドイツ。

 彼の国は毎月無償で食糧を200万トン献上するという。

 

 皇帝ルディアスはカイオスからその報告を聞き、非常に機嫌が良かった。

 見どころのある蛮族もいたものだ、と皇帝は告げ、フェンとアルタラスにおいてドイツが独自の安全保障とやらを行うことを認めた。

 

 何をしようとも、所詮は文明圏外の国。

 皇国が本気を出せば、容易に叩き潰せると誰も彼もが確信していた。

 

 アルタラスやフェンに潜入している諜報員達からはドイツが基地を作っている場所は海岸から離れた内陸部であり、急場には間に合わないだろうという報告がきていた。

 魔信があるかもしれないが、それがあったところでそれよりも早く皇国軍は進撃し、基地を取り囲むことができるという自信があった。

 

 

 一方で200万トンもの食糧が毎月無償で入ってくることから、農民が失業するかもしれないので、その対策を行うようルディアスは指示を下した。

 皇帝の指示はただちに具体化されたが、それは農民を農民のまま保護するというのではなく、次の働き口を斡旋するというものだった。

 食糧が献上できなくなったら、すぐにドイツは泣きついてくる。

 そのときになったら、ドイツと一緒にフェン、アルタラス、ロデニウス大陸を支配下におけば全て解決する。

 

 何よりもクワトイネは前々から欲しかった――というのが皇国の本音だった。

 

 

 

 

 

 

「行き先はロウリアかと思ったら、パーパルディアだった」

 

 水夫達は不思議そうな顔で口々に、どういうことだと囁きあった。

 

 

 

 クワトイネのマイハーク港では大勢の木造船がひしめき合っていた。

 それらの船には積荷として膨大な穀物が積み込まれつつある。

 

 これと同じ光景がクワトイネの多くの港で見られた。

 

 

 それらは1週間程前に突然決まった、ドイツとクワトイネの大口取引だ。

 

 ドイツが6ヶ月間、食糧を毎月200万トン買い上げ、その輸送に必要な船舶や水夫その他一切の料金を支払うとのこと。

 カナタは仰天したが、その取引を快諾した。

 

 目的地がパーパルディア皇国ということが不思議であったが、ドイツはあの国とうまい具合に話をつけたのだろうか、と彼は疑問に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首相官邸でのパーパルディアに関する会議が終わった後、ヒトラーは出席していたヴェルナーに告げる。

 

「時間は稼いだ。あとは君達、軍人の仕事だ」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーは力強く頷いた。

 

「しかし、大盤振る舞いだな」

「それほどでもないさ。クワトイネの穀物は破格の安さだからな。輸送に掛かる代金が多少ついたとしても、合計金額としては安いものだ」

 

 そう言って、ヒトラーは問いかける。

 

「連中はこちらから搾り取ることしか考えていない。こっちが渡している間は襲ってこないだろう」

「らしいな。ムーとやらはどうだ?」

「ムーはクワトイネ政府経由の情報だが、こちらと接触を希望しているとのことだ。会談するならロウリアだな」

 

 徹底して本国や海外領土には入れないという姿勢は転移直後から変わっていない。

 そうであったからこそ、この世界の人間は海外領土は勿論、本国に足を踏み入れていない。

 

 万が一、流れ着いたとしてもそれは決して公表されることはない。

 

 魔法、未知の病原体という2点がドイツ政府及び軍が異世界人を本国や海外領土に入れない大きな理由だ。

 警戒しすぎているかもしれないが、不安要素が明確に解消されない以上、国民保護の為にも入れるわけにはいかなかった。

 もしも本国や海外領土で魔法によるテロ、あるいは未知の病原体によるパンデミックが発生した場合、あまりにも国民に与える影響が大きすぎる。

 この2つの理由に次ぐものとして、現地の虫が帰還者に付着し、ドイツ国内で繁殖、生態系を壊すのではないか、という恐れがある。

 

 クワトイネのカナタ首相をはじめとし、クワトイネ及びクイラの要人達はこのことを大使から説明され、ドイツのあまりの警戒っぷりに呆れたくらいであったが、ドイツ側からすれば切実な問題だ。

 

 とはいえ、いつまで対策をしないわけではない。

 クワトイネとクイラへ料金を支払い、ロデニウスから出て本国へ戻るドイツ人に対してドイツ側の科学的検査に加え、信頼できる魔法使いに魔法による検査も行ってもらっている。

 各地に派遣されている外交団も、ドイツへ戻る際は現地の魔法使いに料金を支払い、病気に掛かっていないかどうか確認するように、という指示が出されている。

 今のところ、ロデニウスをはじめ、各地から戻ってきた者達が本国で何かやらかしたという話は聞いていないが、油断はできなかった。

 

 

「この世界に来て、色んな問題と戦ってばかりな気がする。いい加減、落ち着きたいものだ」

「それは同感だ。というか地球に帰りたい」

「そうだな……これならまだイギリスとほどほどに裏で蹴り合うような関係が気楽でいい」

 

 地球の頃の方が、魔法とかそういうのがない分、マシだったのではないかと2人は実感するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、思わぬ軍拡に驚いたのはドイツ海軍だった。

 大陸国家から島国という、驚天動地の出来事により海軍の優先順位が上昇した為だ。

 

 転移という現象について、海軍側は色々と思うところはあったが、ともかく、艦艇建造は急務だ。

 

 

 転移前、ドイツ海軍は戦艦8隻と空母8隻を主力とし、それらを護衛するに十分とは言えないが、不足しているとも言えない程度の巡洋艦、駆逐艦とそれなりの数の潜水艦、他にも上陸作戦用の揚陸艦が2隻といった具合であった。

 

 この戦艦と空母8隻ずつという、俗に八八艦隊と呼称される構成は転移当時の列強諸国海軍におけるスタンダードなものだった。

 航空機による作戦行動中の戦艦を撃沈するという事例が無かった為、戦艦は普通に建造され続けている。

 明らかに各国とも戦艦を撃沈できるものを持っているにも関わらず、事例がない為、大艦巨砲主義者達が元気だ。

「だが、実戦で証明されていない」という言葉は彼らの切り札となっていた。

 

 なお、ドイツは各国に無駄な費用を掛けさせる為に当時最大となる戦艦を建造した。

 戦時で予算があったというのもそれを後押しした。

 各国海軍は戦後になって、ドイツの戦艦――グロス・ドイッチュラント級に匹敵するものを建造しようとし、それなりに軍事予算を浪費してくれた。

 一方、ドイツは各種ミサイルをその時点で実戦配備していた。

 

 

 さて、ドイツ海軍における現在主力となっている戦艦と空母は欧州戦争時に計画され、建造された。

 就役したのは戦後であったが、戦前に建造された艦を記念艦もしくは退役することで維持を許された。

 戦後にドイツ海軍が計画・建造したのは巡洋艦以下の艦艇であり、また工作艦や測量艦などの補助艦艇だ。

 ちまちまと護衛艦艇や支援艦艇を増やしつつあった段階で、基本的には予算不足に泣いた。

 技術の研究開発に関わる予算は別枠で、こちらは他国に対する優位性を確保する為、大盤振る舞いであったのがせめてもの慰めだ。

 

 そのような事情でドイツ海軍は艦艇数こそ少ないが、質で他国海軍に優位に立っていた。

 けれども、カバーしなくてはならない範囲が欧州の本国からアフリカや東南アジアを通り、南太平洋のニューカレドニアまでと非常に広大であった。

 それでも何とか艦艇をやり繰りをして、海軍と同じく部隊数を大きく増やすことを予算的に許されなかった空軍とも協力し、どうにかやっていた。

 

 だが、それでも海軍の艦艇は相当に金食い虫で、常に政府と議会から色々と言われ続けてきた。

 大型艦は建造に時間が掛かる、あと10年は使うからと宥めすかしていた。

 しかし、転移してからは手のひらを返し、早く艦艇を増やせと矢の催促だ。

 

 

 海軍総司令官であるデーニッツは嬉しいやら悲しいやら、何とも言えない複雑なものだった。

 彼は国防省の自らの執務室で現在、建造されている艦のリストを眺めて、呟く。

 

 

「巡洋艦と駆逐艦、その境目が曖昧になってきている。昔ははっきりしていたのに……」

 

 速射砲やミサイルの登場により、駆逐艦であっても大型化している。

 そこに艦載ヘリコプターがあれば駆逐艦であっても巡洋艦と大して変わらないサイズとなる。

 

 見た目も大きく変化したのが水上戦闘艦であったが、欧州戦争時と比べて潜水艦も変わっている。

 潜水艦発射型弾道ミサイルを搭載した艦がその最たるものだ。

 

 

 パーパルディアとの戦いでは現在建造中の巡洋艦や駆逐艦、潜水艦の就役は間に合わない可能性が高い。

 それでも建造中止、解体という可能性は今のところない。

 デーニッツもまだ半信半疑であったが、惑星自体が地球よりも大きい可能性が専門家達から指摘されている。

 

 もしもそれが本当ならば海は地球よりも広い可能性があり、そんな惑星で島国となってしまったドイツは災難極まりない。

 しかも、この世界には話が通じる国家ばかりではなく、挙句の果てには未知の怪物がいる可能性すらあった。

 海軍が必要とされる状況は地球にいた頃の比ではない。

 

「何をするにしても、時間は必要だ。どうなることやら……」

 

 デーニッツは退役して悠々自適な隠居生活を送っているレーダーが羨ましくなった。



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終わりの始まり

 パーパルディア皇国第3外務局は暇であった。

 普段なら文明圏外国からの使節で賑わっているのだが、ここ3ヶ月程で訪れる使節の数は減少し、最近は誰もやってこないという日も珍しくはない。

 

 とはいえ、それは皇国の手綱が弱まったということを意味しない。

 むしろ、その逆だ。

 

 属領では現地住民達は進んで皇国軍に協力し、物資の運搬や基地の建設などを進んで無償でもって手伝うようになった。

 皇国軍はこれまでの罵声とは正反対で、どこへ行っても歓呼の声で迎えられ、属領統治は極めて順調だと属領統治軍から報告が届いていた。

 第3外務局に持ち込まれる陳情は統治が順調となった為に減ったのだろう、と判断された。

 

 また属領ではないが、庇護下にあるドイツをはじめとする各国も友好的であり、献上品の数は増えた。

 

 特にアルタラス王国は魔石の無償提供という決断をしたことから、第3外務局の手腕が大きく評価され、局長カイオスは鼻高々だ。

 

 近いうちに第1外務局の局長に就任できるのでは、と彼が思ってしまう程に。

 

 

 

 

 

 パーパルディア皇国の皇帝ルディアスはここ最近の目覚ましい皇国の発展に、非常に満足していた。

 それもこれも半年程前のドイツからの食糧無償援助から始まった。

 国家戦略局及び情報局の分析・予想では、どうやらドイツが属領やアルタラス王国などに根回しをしたらしいことが判明している。

 

 ドイツは必死に説得したのだろう、皇国に逆らうことが愚かであり、素直に従った方が良い、と。

 

 それから2ヶ月程で属領や庇護下にある国々はこぞって皇国に物資の無償提供や、現地住民による無償の労働奉仕が始まった。

 特に皇国軍移動の為、必要な道路の整備は近隣住民が総出で対応し、パーパルディア皇国の属領は全土で道路が網の目のようになっている。

 

 属領における物資の運搬や軍の移動はこれまでにないほどに迅速となった。

 

 ルディアスからすれば、ドイツはそれこそ模範的な従属国という認識だ。

 ちょっとくらいは利益を与えてやってもいい、と思い始めるくらいには。

 

 しかし、ドイツはルディアスが感心してしまう程に謙虚だ。

 

 パーパルディア皇国の本国軍と属領統治軍が使用している装備や被服などをそれぞれ100人分、頂きたい。

 ワイバーンロードやワイバーンオーバーロードについて、概要だけでもいいので、教えて頂きたい。

 

 カイオス経由でドイツ大使のアデナウアーが求めてきたのはそれらだった。

 ルディアスは要望通り100人分ずつの装備一式をくれてやり、またワイバーンロードとオーバーロードの概要だけではなく、詳細な性能も教えるよう、指示した。

 

 懐の広さをドイツに対して示す為だ。

 何よりも、装備の製造方法やワイバーンロード、オーバーロードの育成法なら軍事機密だが、ドイツが要求したのはそうではない。

 

 パーパルディア皇国の装備でドイツ軍が武装したとしても、200人しかいない。

 ワイバーンロード、オーバーロードの性能を知り得たところで、それに対抗する手段などある筈もない。

 

 ドイツもまた、食糧を渡せなくなった時点で皇国に併合される運命にあるが、これまでの皇国に対する貢献から、良い扱いをしてやろうとルディアスは考えていた。

 

 

 

 

 

 

 旧クーズ王国は中規模の魔石鉱山が存在していることもあり、豊かな国だった。

 しかし、20年程前にパーパルディア皇国に屈し、今では見る影もない。

 

 当然、反乱の芽は潰えず、皇国軍も魔石鉱山があることから重要視しており、駐屯する部隊もそれなりに大規模であった。

 

 だが、ここ数ヶ月は状況が変わっていた。

 

 

「何だか不思議だな」

「ああ、変な魔法にでも掛かっているかのようだ」

 

 巡回する皇国軍兵士の2人は街中を歩きながら、周囲を見回す。

 視線が合うと、数ヶ月前までは住民達は怯えるか、逃げるか、睨んでくるかの三択であったのに、今では友好的に手を振りさえしてくる。

 

 皇国の統治が素晴らしいものだ、というわけでもない。

 ここらの行政兼警察組織であるクーズ統治機構による手法は変わっていない。

 しかし、住民達の意識がこれまでとは正反対に変わっていた。

 

 貧しいながらも、皇国軍に友好的になった住民達。

 道路整備や皇国軍の物資運搬にも自発的に参加するようにまでなっている。

 さっぱり理由が分からないが、巡回の仕事が楽になったのは兵士達にとっては有り難いものだった。

 

 

 

 

 

 旧クーズ王国内のとある山中の木々がなく、開けた場所にワイバーンが降り立っていた。

 

「これが昨日までに得て、纏めたパーパルディア皇国軍の情報だ」

 

 ハキは連絡役の竜騎士マールパティマへと紙の束を渡す。

 彼はそれを受け取り、ハキに持ってきた小袋を差し出した。

 

 小袋にぎっしりと入っていたのはドイツ製の缶詰であった。

 

「ありがとう」

「鷲の日まで、もう少しだ。元気に過ごしてくれ」

「ああ、頑張るさ。しかし、クワトイネの竜騎士がこんなところに来るとは、今でも信じられない」

 

 ハキにそう言われ、マールパティマも苦笑する。

 

「前にも言ったが、ドイツとうちの国が協定を何ヶ月か前に結んだらしくてな。竜騎士はあっちこっちに連絡要員として駆り出されているよ」

 

 彼はそう答え、相棒のワイバーンに乗った。

 ハキは告げる。

 

「予定通りに頼む」

「ああ、任せてくれ」

 

 マールパティマは答えると同時にワイバーンが走っていき、やがて空へと飛び立った。

 炭鉱夫として働かされているハキは彼らを見送った後、小袋を抱えて、足早に山を下る。

 

 パーパルディアへの反感が絶望へと変わり、生きる気力を無くしそうになっていたが、そんなときにドイツの諜報員が彼が働かされている炭鉱へとやってきた。

 パーパルディアへ反感を持つ、住民達に案内されて。

 

 ドイツの噂はハキも聞いていたが、本当だとは思っていなかった。

 しかし、諜報員である彼は具体的な計画を教えてくれた。

 そこでハキは奮起し、反パーパルディア組織「クーズ王国再建軍」を立ち上げたのだった。

 

 

 

 

 

 旧クーズ王国領内を上昇限度ギリギリの高度で飛行しつつ、南下し、海上へと出る。

 上昇限度ギリギリであるのは、もしもパーパルディアのワイバーンに見つかった場合に備えてだ。

 高度が高ければ追いつくのにも時間が掛かる。

 

 そして、同時にこの高度であればマールパティマと彼の相棒が母艦としているフネを見つけるのは簡単だった。

 

 ワイバーンの疲労と航続力を考慮し、基本的に母艦との距離は然程離れていないが、悪天候などの不測の事態に備える必要もあり、マールパティマはドイツ軍から携帯無線機というものをもたされている。

 今回のような晴天ならば問題はないが、強風や雨天の場合は常に連絡を取り合うように、と言われていた。

 

 

 海上にポツンと浮かぶ、灰色のフネ。

 それはここ数ヶ月ですっかり第二の我が家と化した、ドイツ海軍駆逐艦レーベレヒト・マースであった。

 マールパティマが聞いた話によれば艦名は二代目で、先代は欧州戦争という戦争での殊勲艦らしい。

 

 後甲板への着艦も慣れたもので、ワイバーンはひらりと降り立った。

 手隙の者達が集まってくるが、彼らの目的はマールパティマを労うこともあったが、それよりもワイバーンである。

 

 最初の警戒っぷりが嘘のように、ワイバーンは猫のように可愛がられていた。

 当のワイバーンも満更ではなさそうで、マールパティマとしては何だか微妙な気分になる。

 

 しかし、彼の任務はまだ終わっていない。

 受け取った情報をドイツ軍の担当士官へと手渡す、最後の仕事が残っている。

 だが、今回もこれまでの任務と同じように、その担当士官もマールパティマの目の前でワイバーンを可愛がっているので、艦内の執務室へと赴く手間が省けていた。

 

 

 

 

 

 

 パーパルディアへの食糧無償援助を開始してから半年程が経過していた。

 この間、ドイツは現在判明している魔法やこの世界特有の風土病などの転移直後から脅威としていた類に関しては一定の結論を出した。

 

 継続調査の絶対的な必要性があるが、現段階では重大な影響を認められず、風土病に関しては有効な治療法が現地において確立しており、その治療法は地球人に対しても有効である――

 また魔法に関しても、洗脳や心を読むなどの致命的なものは、少なくとも第三文明圏には存在していない可能性が高い――

 

 クワトイネ、クイラ、ロウリアは勿論、フェンやガハラ、アワン、シオス、アルタラス、トーパやリームといったこれまでに国交樹立もしくは庇護下となった、あるいは新たに国交を結んだ国々に少なくない金銭を支払い、膨大な情報をかき集め、分析・検査した結果、得られた結論だ。

 

 継続調査を実施し、本国や海外領土への立ち入りも変わらず制限しつつもドイツは大胆に動いた。

 

 真っ先にワイバーンが政府と軍、そして情報省の目に止まった。

 垂直離着陸機というものは実験機では空軍に存在している。

 だが、垂直着陸はともかくとして、垂直離陸は燃費やペイロードが著しく減少する。

 これでは意味がないと空軍は早期に判断し、短距離離陸垂直着陸機の研究開発に邁進している。

 

 ここに出てきたのがワイバーンだ。

 航空機やヘリコプター程にスペースは取らないし、雑食性なので何でも食べる。

 何よりも航空機やヘリと比べて圧倒的に静かである為、密かに連絡を取り合うには非常に有効だ。

 勿論、生物であるから慎重な取り扱いが必要であることや、着陸はともかく離陸には助走が必要だったが、上記の利点からすれば大きな問題ではなかった。

 

 必要に応じてワイバーン専門の医療チームをヘリで空輸すればいい。

 離陸に助走が必要であるならロケットによる補助推進装置を胴体なり両足なりにくっつければいい。

 

 ロケットを起動しながら、甲板から全力疾走してジャンプすれば何とかなるだろう――

 

 暴論であったが、意外にも成功してしまった。

 これは魔法によるところが大きい。

 

 ロケットによる熱がワイバーンや竜騎士に及ぼす影響は深刻であると考えられたが、これは冷却させることに特化した魔石を補助ロケットに幾つか取り付けることで簡単に解決してしまったのだ。

 冷蔵庫・冷凍庫用としてこの世界で普通に利用されているものであって、風神の涙と並び、高価ではあるが珍しいものではない。

 

 だが、ロケットの熱が強力であるとドイツ側から事前に知らされていた為、ロケット用に提示されたものは強力過ぎて量産化されなかったものであり、実験ではロケットの熱よりも冷気が勝る程だった。

 勿論、補助ロケットが小型で、そこまで強力なものではなかったという理由もある。

 

 とはいえ、ドイツ側は科学技術とは違った面で利便性がある魔法に改めて驚嘆しつつも、導入できる部分は導入しようと各国との間で共同研究開発協定を持ちかけ、その締結に成功している。

 

 もっとも、ロケットによる離陸はワイバーンの身体へ負担が掛かることから、1回の任務後は最低でも数日間の休養と検査が必要だ。

 しかし、ワイバーンと竜騎士は庇護下にあるロウリアや友好国であるクワトイネなどに多くおり、各国からワイバーンや竜騎士その他必要な要員ごと料金を払って借り、ローテーションを組むことで問題なく対応できていた。

 勿論、ドイツに貸している間は各国は戦力が低下することから、例えばパーパルディア皇国に近いアルタラス王国が提供した数は少なかったが、ロウリアは100騎程提供してくれた。

 無論、賃貸料金は庇護下にあるロウリアであっても他国と変わらない適正な値段での支払いだ。

 

 

 そして、ドイツが大胆に動いたのはワイバーンに関してだけではない。

 パーパルディアの属領統治が苛烈であり、周辺国家に対する扱いもまた酷いものであることは早い段階からドイツ政府や軍などに知られている。

 

 当然、属領や周辺国家には不満しかない。

 

 だからこそ、ドイツ帝国情報省にある国外情報局の局長であるラインハルト・ゲーレンが陣頭指揮を取り、国内を担当する国家保安局局長のラインハルト・ハイドリヒにも協力を仰ぎながら、とある計画が作成された。

 作成が開始されたのは対パーパルディア戦を政府や軍が意識し始めた、かなり早い段階からだ。

 それは幾度かの修正が加えられ、半年前に情報省長官であるヴィルヘルム・カナリスにより承認され、政府や軍との協議を行った後、実行された。

 

 作戦名『陽光――Sonnenlicht』

 

 この作戦の目的はパーパルディア本国領土及び属領におけるパーパルディア皇国軍の各種情報収集及び物資の流れの明確化により、攻撃目標となりうる軍事施設の割り出しであった。

 

 どの属領にも住民達あるいは属領となる前の統治組織や軍により立ち上げられた、反パーパルディア組織が幾つもあり、派遣されたドイツの情報省職員は彼らと比較的スムーズに接触でき、協力を得ることができた。

 その協力を得られた理由はドイツが無償の食糧援助を開始してからはクワトイネから多数の船がやってきており、乗船する水夫達は船が停泊した港で必ずドイツの凄さについて話した為だ。

 

 酒場で、市場で、娼館で――

 

 そこからさらに口コミでドイツに関する話が内陸部へと広がっていった。

 とはいえ、それを信じるも信じないも、聞いた者次第だ。

 

 パーパルディア皇国の民は過大評価だと笑ったが、属領に住まう者達は事実だと確信した。

 そう確信したのはクワトイネが独立を保っていることにあった。

 ロウリア王国は勿論、パーパルディアですらも喉から手が出る程に欲しがっている国だ。

 

 しかし、現実にクワトイネはロウリアに併合されてはおらず、水夫達は得意げに見聞きしたドイツの凄さを語る。

 

 

 1人や2人、あるいは数十人なら工作活動の線も否定できないが、パーパルディアや属領にある各地の港でそれぞれ数百人近い水夫達が皆、似たような話をするのは工作活動とは言えない。

 

 属領における反パーパルディア組織の協力を得て、ドイツは彼らに積極的にパーパルディアへ協力するようお願いした。

 作戦目的を告げて。

 勿論、タダではなく、金銭を支払い、またパーパルディア降伏後、属領が独立する際の支援も約束した。

 

 なお、この作戦は空軍による偵察とも連動している。

 本国領土に反パーパルディア組織が存在しない為、空軍による偵察結果を参考としながら、現地へ送り込んだ諜報員が民間人から情報収集をし、確認を取る為だ。

 また、念の為に反パーパルディア組織から得られた情報の裏付けを取るために空軍が偵察を行う。

 ダブルチェックにより、誤爆を可能な限り抑える為だった。

 

 

 他にもアルタラス王国は魔石をドイツが買い上げることで、パーパルディアへ無償援助を行うように見せかけた。

 一部はドイツ本国へと持ち帰られ、研究用に回されるが、大部分はパーパルディア向けだ。

 

 アルタラスとしても、ドイツが魔石を適正な値段で購入し、追加で料金を払ってくれるならばアルタラスの船でパーパルディアに届けることを問題にはしない。

 アルタラス側は大量購入してくれたお礼を兼ねて、あることをドイツへと伝えた。

 

 精錬前の魔石は衝撃に弱く、誘爆すると大変なことになる――

 大量の魔石を継続的に贈られるパーパルディアは短期間で全てを精錬できないだろう――

 

 ドイツ側は情報に感謝し、使用方法(・・・・)に注意するとアルタラスへと返した。

 

 プライドがエベレストよりも高いとドイツ政府及び軍内で囁かれているパーパルディアは、皇帝から民まで、ようやく皇国の偉大さを実感したかと都合良く思い込んで、裏にある意図に気づけなかった。

 

 

 鷲の日と呼ばれるドイツ空軍による大規模攻撃作戦――作戦名『鷲攻勢――AdlerAngriff』

 ドイツ海軍の艦艇による海域封鎖作戦――作戦名『群狼――Wolfsrudel』

 

 これらはもう間近にまで迫っており、阻むものは何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして――破局は訪れる。

 

 

 

 

 

 

 中央暦1639年10月22日午前9時。

 ドイツの異世界転移からおよそ9ヶ月程が経過したこの日、アデナウアーは第3外務局を訪れていた。

 しかし、彼は今日、カイオスが他の外務局との会議により遅れて出勤してくることを事前に掴んでいた。

 

 だからこそ、窓口の職員に我が国の確固とした意志だと告げて、書簡を託し、局長に渡すよう頼んだ。

 窓口の職員は内容をアデナウアーに確認することもなく、その書簡を受け取った。

 

 

 アデナウアーは足早に第3外務局を去った。

 これまでの帰り道と同じように――しかし、その速度は速く――馬車で港へと行き、帆船へと乗り込み、馬車もまた迅速に積み込まれた。

 

 そして、帆船は港を離れていった。

 午前9時40分過ぎのことだった。

 

 

 

 第3外務局に遅れてやってきたカイオスは、窓口の職員からアデナウアーの伝言と共に彼が置いていった書簡を受け取った。

 食糧に関することかな、と彼は思いつつ、執務室へと赴く。

 

 今月が終わればドイツが無償食糧援助を開始して、およそ半年が経過することになる。

 彼としてはよく頑張ったとドイツを褒めてやりたいくらいだった。

 なるべく穏やかに征服してやろうと考えながら、アデナウアーが置いていった書簡の中身を確認する。

 

 

 そこには大陸共通言語で短く書かれていた。

 

 

 ドイツはパーパルディア皇国に対し、中央暦1639年10月22日午前10時をもって宣戦布告する――

 

 

 

 

 カイオスが思わず壁に掛かった時計を見た。

 午前10時まで、あと5分もなかった。

 

 まあ、予想通りか――

 

 カイオスはそう思いながら、皇国監査軍へと自ら連絡するべく、執務室を出たのだった。

 

 

 

 だが、もはや全ては遅すぎた。

 

 

 鷲達は既に飛び立ち、また周到なる狼達は前日に襲撃位置へと展開を完了し、その鋭い牙で、今にも噛みつかんとしていた。

 

 

 

 

 



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飽和攻撃

 

「まだ住民共は来ないのか!」

 

 とある属領にて、部隊長が声を張り上げていた。

 いわゆる属領住民による強制労働であったのだが、最近は自発的に住民達が参加していた為、部隊長のストレスはほとんど無くなっていた矢先にこれだ。

 

 住民達を動員したワイバーン基地の建設はほぼ終わり、ワイバーン部隊も進出してきている。

 最後の仕上げという段階で、このようなことになるとは全く予想していなかった。

 

 始業時間である9時はとっくに過ぎており、まもなく10時になろうとしている。

 部隊長は当然、指揮下にある兵士達に住民達を連れてくるよう命じているのだが、10分前の報告によれば、市街地はもぬけの殻であり、人っ子一人いないとのこと。

 

 集団で逃げ出した、となると部隊長の責任問題になってくる為、彼も必死だ。

 慌てて捜索隊を編成し、付近を探させている。

 

「部隊長! こんな張り紙が町長の家の中に!」

 

 もう一度、市街地を探させていた兵士の1人が戻ってきた。

 部隊長は兵士が持ってきた張り紙を受け取り、書かれていたものを見た。

 

 そこには短く書かれていた。

 

 

 パーパルディアへ

 クソくらえ!

 

 

 

 その時だった。

 聞いたことも無い音が遠くから聞こえてきたのは。

 

 張り紙に怒るよりも、部隊長達はその音が気になった。

 彼らは皆、空を見上げ、音の発生源を探す。

 すると、南の方にきらきらと光る何かが複数見えた。

 

 それらはあっという間にこちらへと近づいてきて――

 

 何かが落ちてくる音が聞こえたと思ったら、彼らは一瞬熱いと感じ、そしてその意識は永遠に途切れることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 皇都エストシラントを守護するワイバーン基地には当然であるが精鋭が配備されていた。

 虎の子であるワイバーンオーバーロード、主力となるワイバーンロード。

 通常のワイバーンは二線級の戦力として属領統治軍に主に配備されており、エストシラント周辺の基地には存在しなかった。

 第三文明圏においては最強の名を欲しいままにする、ワイバーンオーバーロード、そしてワイバーンロードであったが、今日を持って、その座を明け渡すこととなった。

 

 

 エストシラント全域に響き渡る程の騒々しい轟音。

 何事かと、皇帝ルディアスから国民まで、誰も彼もが空を見上げた。

 

 ワイバーン基地の他にも、三大陸軍基地の一つである皇都防衛隊陸軍基地がエストシラントの郊外に存在したが、将軍や兵士達も、この音の正体を突き止めるには至らなかった。

 

 だが、エストシラント上空を哨戒している――敵襲などあるはずもないので、退屈な任務とされていた――ワイバーンロードと竜騎士達は気がついた。

 

 遥かな天空できらきらと何かが陽の光を受けて、煌めいていることに。

 それは見たこともない速さで、さながら流れ星のようであった。

 

 だが、流れ星が複数、真っ昼間にエストシラントの上を通り過ぎるなどこれまでにない。

 

 何だと思っているときだった。

 黒い何かがその流れ星から複数落ちてきた。

 

 彼ら竜騎士達は精鋭だ。

 だからこそ、それが何かを突き止めるべく、全速力で向かう。

 

 ワイバーン基地の周辺に落下すると彼らは予想し、どんどん距離を詰めていき――

 

 

 閃光、爆発。

 衝撃波がワイバーンロードたちに襲いかかり、彼らは一瞬で全身を引きちぎられた。

 

 彼らだけでなく同心円状に広がっていった複数の衝撃波は民間人・兵士の区別なく殺傷し、また建物を一瞬にして崩壊、あるいは損傷させた。

 そして、傷つきながらも生き残った者達は巨大なキノコ雲が幾つも基地の方向から立ち昇っているのを見た。

 

 

 

 

 ドイツ空軍による第一撃は対列強を――地球における列強――想定しつつも主に2点の変更を加えた、爆撃から始まった。

 変更の一つは本来は敵空軍基地やレーダーサイトの無力化を狙う攻撃であったが、レーダーサイトが存在しない為、陸軍基地や海軍基地、軍港へと変更されている点だ。

 そして、この攻撃に使われる爆弾は命中精度を威力で補うべく、開発された5トン爆弾、10トン爆弾、20トン爆弾であった。

 核兵器が実戦配備されていない為、苦肉の策だ。

 これらの大型爆弾は1発あたりのコストは高かったが、転移により臨時予算が通っていたので問題はなく、また実戦で試したいという空軍側の意向もあった。

 また、もう1つの大きな変更といえば侵入時の高度と速度だ。

 ワイバーンオーバーロードであっても、上昇限度は通常のワイバーンとあまり変わらないことが判明している。

 

 ドイツ側からすれば概要だけでもいいから教えてくれとアデナウアー経由で頼んでみたら、あっさりと詳細な性能を教えてくれたので拍子抜けであった。

 速度や戦闘行動半径、上昇限度といったものがドイツからすれば欲しいものであり、それ以外の――例えばワイバーンオーバーロードの作り方などは――そこまで魅力的には思えなかった。

 

 当初、ドイツ空軍は対列強――特に対ロシアを想定したドクトリンに従ってB70ワルキューレによる高高度高速侵入爆撃をパーパルディアに行うつもりであった。

 しかし、もっとも警戒していたワイバーンオーバーロードはドイツ空軍にとっては、大した脅威にならなかった。

 だからこそ、ワイバーンオーバーロードが上がってこれない高度5000m付近からの亜音速爆撃に切り替えた。

 命中精度を高める為だ。 

 

 もっとも、この高度と速度は、マッハ2を超える速度を出し成層圏を飛行するB70からすれば、低高度・低速もいいところだ。

 このB70は計画段階ではマッハ3を狙ったが、マッハ3に耐えられる機体の製造にコストがかかりすぎるという試算がかなり早い段階で出たことで、速度は抑える代わりに、機体内部の爆弾槽を広く大きくし、搭載量の増加を図るなどの変更を行い、汎用性を高めた。

 この変更により製造コストが低下した為、B70はそれなりの数が平時から揃えられていたのだが、数が増えた分、維持費用がかさんでおり、政府と議会からは浪費の女神と呼ばれていた。

 

 

 なお、地球の列強みたいな国家があった場合を想定した実戦演習としてドクトリン通り――高高度高速侵入爆撃――に実施してはどうか、という意見もあったが、演習扱いするには費用が掛かりすぎるということで却下となった。

 

 

 さて、ドイツ空軍による第一撃はエストシラントだけではなく、各地の主要なワイバーン基地や陸軍基地、海軍基地や軍港に対して距離の問題もあり、若干の時間差で攻撃が行われたが、パーパルディアからすれば同時攻撃と言っても過言ではなかった。

 

 これにより皇国本土及び属領にあった主要なワイバーン基地、その全てが潰された。

 また、陸軍においても皇国が誇る三大基地をはじめ、規模の大きい基地は属領にあるものも含め、ほとんどが壊滅し、海軍も同様に主だった軍港や海軍基地を停泊していた艦隊ごと破壊された。

 

 

 

 しかも、これで終わったわけではなかった。

 午後にはB95と欧州戦争末期に開発されたB46の発展型であるB52を主力とし、パーパルディアの一大生産拠点である工業都市デュロをはじめとした、皇国の重要拠点及び第一撃では攻撃しなかった中小規模の陸軍基地を爆撃する。

 また、同時並行でA-10による残存する敵陸軍部隊や艦船への攻撃も行われる。

 パーパルディア皇国軍の艦船は木造なので30mmガトリングガンで十分無力化できると考えられた。

 

 なお、A-10の参加部隊には欧州戦争で若輩ながらもA-5を操り戦果を挙げ、戦後は教官を務め、現在では少将となったルーデルが陣頭指揮を執る地上攻撃航空団も含まれていた。

 

  

 

 

 

 

 一方、海においても予定通りに始まっていた。

 

 

 

『停船せよ。こちらはドイツ海軍所属の駆逐艦マックス・シュルツである。停船しない場合は撃沈する』

 

 灰色の艦船がパーパルディア方面へと向かう小規模な船団へ拡声器でもって呼びかけていた。

 船団側は何事かと思いつつも、その船は船団よりも素早く前方に回り込んでいくのを見て、船団側の船長達は即座に停船指示に従った。

 

『パーパルディア皇国は現在、我が国ドイツと交戦中である。パーパルディアへ通じる海域は我が軍により全て封鎖されている。引き返されたし』

 

 引き返せ、と言われて船団側は納得できず、反論するかと思いきや、彼らは素直に従った。

 彼らはシオス王国からパーパルディアへと向かう商人達の船団だったからだ。

 

 ドイツについてはよく知っているし、何よりもお得意様だ。

 

 それにパーパルディアについては色々と思うところがあるので、ドイツが叩き潰してくれるなら万々歳であった。

 

 

 船団側の旗艦から手旗信号が送られる。

 マックス・シュルツ側は――無論、ここにはいないマックス・シュルツ以外のドイツ艦船であっても――この世界の船乗り達から手旗信号を学んでいた為に問題なく、それを理解できた。

 

 

 

 物資の補給は必要なりや?

 当方に格安で提供する用意あり――

 

 

 商魂逞しいシオスの商人達にマックス・シュルツは感謝しつつも丁重に断った。

 

 

 パーパルディアへ通じる海域ではどこも同じように、ドイツ海軍による封鎖が始まっていた。

 とはいえ、パーパルディアと海を跨いで恒常的に取引がある国は第三文明圏内か、もしくは第三文明圏に近い文明圏外国だ。

 これらの国々はドイツとも取引があり、なおかつ友好的な関係で、そして例外なくパーパルディアに苦渋を舐めさせられた国ばかりであった。

 その為、停船に従わず、武力衝突に発展するという事態は幸いにも無かった。

 

 

 

 

 

 カイオスは呆然としていた。

 時刻は12時を回っていたが、とてもではないが食欲など湧いてこない。

 

 ドイツと開戦してからたったの2時間しか経過していない。

 2時間程前、彼は監査軍に連絡し、ドイツへの対応をじっくりと考えようと思っていた。

 

 カイオスにとって、ドイツが急な宣戦布告をしてくることは予想できていた。

 蛮国の最後の抵抗というやつで、戦わずして降伏するくらいなら――という思想によるものだ。

 これまでにもよく有ったので、彼は驚くことなど無かった。

 半年掛けて、必死に皇国に抵抗する為に軍備を整えていたのだろうな、と憐れみすら抱く程だった。

 

 

 

 しかし、これはいったいどういうことだろうか。

 

 カイオスは思い出す。

 この2時間で起こったことを。 

 

 

 10時を回ってすぐ、突如として大地が複数回に渡って揺れた。

 慌てて外へと飛び出したカイオスと職員達は天へと上るキノコ雲が遠くに見えた。

 

 その後は悪夢でしかない。

 

 エストシラントのワイバーン基地と皇都防衛隊陸軍基地が吹き飛んだことが第一報として1時間後くらいにもたらされた。

 それから30分程して、魔信により続々と各地から報告が入ってきた。

 

 本来ならカイオスの第3外務局という畑違いの部署に入ってくる通信ではないが、送信側は混乱の為か、無差別にエストシラントに救援を求めているようだった。

 

 カイオスをはじめ、それを聞いた通信室の職員達は、荒唐無稽・流言飛語とは思わなかった。

 

 少なくとも本国領土と属領におけるワイバーン基地、皇国軍の三大陸軍基地及びそれらには及ばないものの、それなりに規模が大きな陸軍基地、主だった軍港や海軍基地とそこに停泊していた艦隊。

 それらは2時間で消し飛んだ。

 

 それは皇国軍の戦力がほとんど失われたことを意味する。

 もしかしたら、たまたま基地を離れていた部隊や艦隊などもいるかもしれないが、少数だろう。

 また、カイオスが動かせる監査軍の指揮下にある艦隊が停泊していた港や陸軍基地、ワイバーン基地とも連絡がつかないことから、失われたと彼は判断するしかなかった。

 

 

 

「カイオス局長!」

 

 呼ぶ声にカイオスは我に返る。

 近衛兵だった。

 彼は走ってきた為か、荒い呼吸であったが、カイオスへと用件を告げる。

 

「皇帝陛下より、緊急御前会議を開催するとのことです! ただちに皇城へ来るようにと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことなのだこれは!?」

 

 ルディアスは怒鳴りつけた。

 第1から第3外務局の局長、皇国軍最高司令官、皇帝の相談役、国家戦略局局長、情報局局長と錚々たる面々が揃っていたが、誰も皇帝の問いに答えられなかった。

 

 しかし、カイオスはどうにか報告する。

 

「陛下、第3外務局にドイツから……」

 

 ドイツという単語にルディアスの表情は一変する。

 

「おお! ドイツから救援が!?」

 

 笑顔でそう問いかけられ、カイオスは胃が非常に痛くなった。

 

「いえ……本日午前10時をもって、我が国に対して宣戦布告すると……」

 

 ルディアスは数回瞬きをする。

 理解できないといった様子だ。

 他の面々も同じような反応だった。

 

「皇国軍を差し向けろ! 殲滅戦を行う!」

 

 数十秒掛けて、ようやく理解したルディアスは怒りのあまり、そう叫んだ。

 しかし、ここで皇国軍最高司令官のアルデが恐る恐る告げる。

 

「陛下……現在把握できている限りですが、我が軍は本国軍、属領統治軍含め陸海空の、大半の戦力を午前中に起きた謎の爆発により、失いました。また、基地だけでなく周辺市街地への被害も甚大で、死傷者も多数……」

「あの爆発は何だ! アルデ!」

 

 アルデは胃が非常に痛くなったが、答えないわけにはいかない。

 

「わ、分かりません。ただ、直前に流星と思しきものが複数目撃されており、その、隕石が落ちてきた可能性が高いと……」

「それでは何か!? 我が国の基地や港を狙いすまして、多数の隕石が降ってきたのか!? そんなことが起きるわけないだろう!」

「し、しかし陛下、現状ではそうとしか考えられません!」

 

 アルデの必死の言葉。

 ルディアスの矛先が彼に向いている中で、顔色が非常に悪い人物が存在した。

 その人物は脂汗を額から流している。

 

 情報局局長のノイスだった。

 その次に顔色が悪いのは国家戦略局局長であるラッサだ。

 

 カイオスは勿論、他の面々も気がついた。

 ルディアスもまた、2人の顔色が悪いことに気がつく。

 

「ノイス、ラッサ。何か知っているのか?」

 

 ルディアスに問いかけられたら、答えないわけにはいかない。

 

「も、申し訳ありません! ドイツに関することで……」

 

 

 そのときだった。

 御前会議を行っているにも関わらず、伝令が飛び込んできた。

 

 部屋の前で警備にあたっていた近衛兵達も、伝令の報告内容を聞き、一大事と即座に判断し、彼を通したのだ。

 

「何事か!」

 

 皇帝直々の問いかけに伝令は叫ぶ。

 

「属領各地にて大規模な反乱が発生! 各地の属領統治軍より、救援要請多数!」

 

 ルディアス達は一瞬、思考が完全に停止した。

 彼らは信じられなかった――否、信じたくなかった。

 

 最悪のタイミングで、最悪のことが起こったことに。

 

 しかし、彼らの最悪はまだ終わらない。

 

 また別の伝令が駆け込んできた。

 

「今度は何だ!」

 

 叫ぶルディアスに伝令もまた叫び返す。

 

「近海哨戒中の戦列艦より緊急信です! 皇国沿岸海域がドイツ海軍により、封鎖されている模様!」

「攻撃して沈めろ!」

 

 ルディアスが当然ともいえる命令を下した。

 補足説明をするように、アルデが口を開く。

 

「確か、30隻程の艦隊で、訓練を兼ねて哨戒していた筈だ。撃沈は十分可能。何しろ、相手は文明圏外国の海軍だ。一方的な戦闘になる」

 

 アルデが言った直後、3人目の伝令が駆け込んできた。

 

「哨戒中の戦列艦より通信! 敵艦より射程外から一方的に攻撃されつつあり! 残存艦、10隻! 救援乞う!」

 

 ルディアスとアルデ、そして他の出席者達は一斉にノイスとラッサへ視線を向ける。

 

「改めて問おう。何を知っている?」

 

 ノイスとラッサはほぼ同時に土下座した。

 そして、ノイスが告げる。

 

「ロデニウス大陸にある各国や、アルタラスなどに潜入している諜報員達からは、ドイツは機械式のワイバーンを開発し、高威力の魔法攻撃を実行できると……」

「また、ドイツは鉄製の巨大船を実用化しており、ドイツの船は基本的に全て鉄製で……ムーと同等程度の技術力があるかもしれない、と……」

 

 ルディアスは怒りのあまりに震え、しかし、それを抑えるべく、深呼吸を数回する。

 

「……つまりは何か? お前達は、皇国に対する反逆を働いた、あるいはドイツと繋がっていたと理解して良いのか?」

 

 とんでもありません、と2人は叫ぶ。

 

「し、しかし、信じられますか? 私も含め、情報局は誰も信じませんでした」

「同じく、国家戦略局も誰も信じませんでした……ですから、話を盛っていると……ドイツは文明圏外国ですから、その……」

 

 ルディアスは傍にあった水差しを乱暴に掴み取り、それを自身のコップに注ぐ。

 そして、一気に飲み干す。

 

 どうにか彼は気を落ち着かせることに成功する。

 完全ではなかったが、少なくともただちにノイスとラッサの処刑を命じない程度には。

 

 ルディアスは静かに問いかける。

 

「他にはあるか?」

「クワトイネから食糧を運んできた船の水夫達も各地の港で、その、ドイツに関する話をしていたとのこと。ドイツは凄いと……鉄製の船や機械式ワイバーンとか色々と……」

「どうしてそれを報告しなかった?」

「クワトイネもまた文明圏外国ですから、彼らの話を鵜呑みにするのは……ですから、荒唐無稽だと判断し、精々が我が国よりも少し下回るか、最高でも同等程度の軍備であると情報局は想定しました」

 

 そのことをラッサは知らなかったらしく、驚いた顔だ。

 国家戦略局は基本的に国外の諜報や工作を担当している。

 情報局は工作活動は専門とせず、基本的に情報収集が専門で、国内外をカバーしている。

 その為、国内の情報に関して、国家戦略局は情報局と比べて疎いところがあった。

 

「率直に尋ねる。アルデ、我が軍が仮に再建できたとして……勝てるか?」

 

 アルデはすぐには答えなかった。

 これまでのやり取りで、彼はこの数時間の間に行われた攻撃が誰によって、実施されたのか、理解してしまった為に。

 彼の中でルディアスに対する答えは決まっているが、それを口に出すのは憚られてしまう。

 しかし、ルディアスは重ねて尋ねる。

 

「軍事の専門家から見ると、どうなのだ?」

「……ムーと同等程度では済まないでしょう。陛下が仰られたように、我が国の基地や港を狙って隕石が多数、降ってくるなどありえません」

 

 ルディアスは軽く頷き、続きを促す。

 

「おそらく、午前10時から行われたものはドイツ軍による攻撃です。カイオス局長、午前10時をもって、と仰られましたが、それは確かですか?」

「確かです。ここに原本も持ってきました」

 

 カイオスはカバンから書簡を取り出し、それを広げた。

 そこに書かれている内容を確認し、アルデは告げる。

 

「軍事的には理想的なやり方です。我々に対処する時間を与えない上、第一撃でもってこちらの主要戦力の大半を叩く……言うのは簡単ですが、これを実行するには並大抵の技術や国力では不可能です。皇国本国軍であっても、こんなことはできません」

 

 アルデはそこで言葉を切り、ルディアスや他の出席者達の反応を窺いつつ、言葉を続ける。

 

「ここからは私の推測ですが、属領で大規模な反乱が起きたのは、タイミングがあまりにも良すぎます。各地の属領からは現地住民が協力的になった、という報告が数ヶ月前にありましたが……おそらくドイツが根回しをしたのでは……」

「ノイス! 情報局は何をしていた! 昼寝でもしていたのか!? お前達の仕事だろう!」

 

 ルディアスの叱責に、ノイスはすぐさま答える。

 

「恐れながら陛下! 属領には抵抗組織が多数あり、情報局は総力を挙げてそういった組織を探し……」

「総力を挙げていたなら、何故、ドイツによる扇動工作を防げなかった!?」

 

 もっともな指摘にノイスは押し黙るしかない。

 

「陛下、発言しても?」

 

 相談役のルパーサの言葉にルディアスは頷く。

 許可を得たことで、ルパーサは告げる。

 

「アルデ殿にお聞きしますが、どのようにドイツは工作員を潜入させたと考えますか?」

 

 問いかけられ、アルデは腕を組む。

 

「圧倒的な技術力の差があると私は予想するが、攻撃前、非常に騒々しかった。あんなものでは潜入には不向きだろう」

「潜入用の別のものがある可能性は?」

「否定できない。だが、それでも目立つ筈だ。何しろ、ムーのような飛行機械は我が国には勿論、第三文明圏には存在していない」

「軍への通報などは?」

「そういったものが飛んでいたとは聞いていない。そんな珍しいものが来ていれば、必ず私のところにまで報告が上がってくる筈だ」

 

 ルパーサは頷き、そしてアルデも彼が言わんとしていることに気づいた。

 

「もしや、ドイツはワイバーンも運用しているのか? 工作員の潜入用として」

「可能性は非常に高いかと。ワイバーンであれば、遠目にはどこの国の所属かは分かりませんし、我が国の空を飛んでいても不思議ではありません。それが属領統治軍に多数配備されている通常のワイバーンなら尚更です」

 

 ルパーサの言葉にアルデは勿論、ノイスもまたしてやられた、と悔しげな顔をする。

 

「ワイバーンで各地に工作員を送り込み、現地の抵抗組織と接触し、協力を得ることで、匿ってもらう。おそらく、ドイツ本国と現地のやり取りもワイバーン経由かと思われます。抵抗組織への見返りは独立の支援といったところでしょうか」

「それならば現地住民達が協力的になったのも頷ける。道路の整備はやって来るドイツ軍の為、物資の運搬はどこに基地があるかを把握し、ドイツへ知らせる為……そういうことであったのか……」

 

 ルパーサの言葉を受け、アルデが答えを導き出した。

 アルデの答えはルパーサが考えた答えと同じであった。

 確固とした証拠は当然ないが、状況的にこれは正解だろう、と2人の言葉を聞いていた誰もが確信する。

 

 そして、ルパーサはルディアスへと視線を向ける。

 

「陛下、我が国はどうやら負けるべくして負けたという状況です。ドイツは圧倒的な力があるにも関わらず、油断も慢心もない。無償の食糧援助などという我が国に下手に出ることすら、勝利の為にやってのけました」

 

 ルディアスは何も言わず、信頼している彼の言葉に耳を傾ける。

 

「例えるならば、ミリシアル帝国が準備万端整えて、全力で我が国に殴りかかってきたようなものです。もしかしたらミリシアルよりも上かもしれませんが……」

 

 ルパーサはそう告げた。

 ミリシアルよりも上かもしれない、と優れた先見性を持つ彼に言わしめるドイツ。

 しかし、何故か、誰もそれを否定する言葉が出てこなかった。

 皆、そうかもしれないという思いが心の片隅にあった為に。

 

 ルディアスは決断する。

 信じたくない状況であるが、紛れもない現実であると彼は受け入れた。

 

 

「余はドイツに対して降伏する。ルパーサ、そなたを全権大使とし、エルトがその補佐にあたれ。必要な人員は好きなだけあちこちから引き抜いてよろしい。講和の条件については任せる」

 

 任せる、というルディアスの言葉にさすがのルパーサも驚く。

 しかし、ルディアスは彼の顔を見て、力強く告げる。

 

「そなたに任せておけば安心だ。余はそなたを、そなたらを信じている。これからが大変であるぞ」

 

 ルパーサは無論、アルデ達は全員が平伏した。

 そして、ルディアスは思い出したかのように告げる。

 

「ノイス、ラッサ。責任を感じているならば、生きて働き、汚名を返上せよ。勝手に死ぬことは許さんし、余がそう命じることもない。ルパーサに感謝するが良い」

 

 余の気を鎮めてくれた、とルディアスは苦笑し、肩を竦めてみせた。

 そのときだった。

 

 4人目と5人目の伝令が同時に駆け込んできた。

 

「報告! 各地に残存していた陸軍基地が攻撃を受け、壊滅しました! また、基地を離れていた陸軍部隊が敵の攻撃に遭い、潰走しているとのことです!」

「デュロより報告! 工場地帯及び一部市街地が敵の攻撃により炎上中! 精錬前の魔石が誘爆を繰り返し、手がつけられないとのことです!」

「時間はない、ただちに取りかかれ!」

 

 報告を受け、ルディアスはすぐさま命じたのだった。

 

 

 

 



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予想外の事態

今更ながら、タグに独自設定とか幾つか追加しました(白目


 ドイツ空軍所属の早期警戒管制機FK-55はパーパルディア皇国、皇都エストシラントから少し離れた空域を飛行していた。

 

 生き残ったワイバーンや、極秘裏に開発されているかもしれない未知の空を飛ぶ超兵器対策として空の監視を行っている。

 

 とはいえ、それらは表向きの理由で、実際にはロデニウス大陸のときにもあったことだが、ドイツのものではない、不審な電波が度々エストシラントをはじめパーパルディアの各地で発信されていたことが原因だ。

 

 このことは政府と軍における最高機密扱いになっている。

 

 ロデニウス大陸では観測した程度に留まったが、ここ最近は状況が違う。

 管制能力と共に強力な電子戦能力も保有する大型機であるFK-55や電子戦に特化した海軍所属の艦載電子戦機E-11を投入している。

 

 もしかしたら地球における列強が転移してきているかもしれない、あるいはドイツを上回る国家が異世界にあるのかもしれない、という予想すらもあった。

 警戒するに越したことはない、という判断により、パーパルディア戦においてはFK-55及びE-11を複数機投入し、パーパルディア皇国全域をカバーした上で、大規模な電波妨害を行いつつ、発信場所の特定と発信者の確保を進めていた。

 

 

「きたぞ、幽霊だ」

 

 正体不明の電波ということで、幽霊という仮称をつけられたそれが観測された。

 既に妨害電波は出されており、その通信と思われるものが相手に届くことはない。

 

 だが、相手も中々やるようで、通じないと分かるとすぐに電波の発信が途絶えた。

 もっとも、それは虚しい努力であった。

 

 ドイツ空軍による第一撃のときは、どうやら幽霊達は相当に混乱したようで、非常に多くの電波がパーパルディアの各地から発信された。

 こんなに潜んでいたのか、と驚く程であるが、この盛大な発信によりかなり正確な位置が割り出せた。

 勿論、彼らが届けようとした情報はパーパルディア戦が始まって以後、相手側に届いていない。

 これらの情報は暗号化されたものであったが、その解読も本国で最優先事項として進められていた。

 

 

「何が潜んでいるんだろうな……」

 

 ある管制官はそう呟き、彼の同僚達もまた同意とばかりに各々、頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エストシラントの大通りから少し離れたところに3階建ての建物があった。

 一見、レンガ造りのそれは屋上部分に皇国民からすると、見慣れない不思議な棒のようなものが何本か立っていたが、建物の住民達が洗濯物をそこに干しているのを見て、物干し竿かと納得していた。

 

 しかし、それは偽装で、本来の用途とは離れたものだった。

 

 その建物の3階にある部屋では男が怒り狂っていた。

 グラ・バルカス帝国の情報局に所属する彼は通信機を蹴り飛ばそうとしたが、堪え、代わりに近くにあった椅子を蹴り飛ばした。

 

「クソ! どうして通じないんだ!」

 

 まもなく日が落ちるというのに、この異常事態を本国に伝えられないなんて、と彼としては忸怩たる思いだ。

 

 午前10時頃から始まった、ドイツ軍によるものと思われる空襲はグラ・バルカス帝国の人間であっても、仰天するものだった。

 現在までに得た情報を統合すると、午前10時から現時刻までで、それこそ12時間も経っていないのに、既にパーパルディア皇国の主要戦力は全て叩き潰され、残敵掃討の様相を呈しているらしい。

 

 我々であっても、こんなことはできないのに――!

 

 ロデニウス大陸における情報から、ドイツは転移国家である可能性が高いと本国は判断し、遠からずパーパルディアとぶつかるだろうということで多くの人員と機材がパーパルディアの各地へと送り込まれた。

 

 そこへドアを叩く音がした。

 それは規則正しく一定のリズムで4回叩かれ、少しの間をおいてまた4回叩かれた。

 

 ドアの鍵を彼が開けると、そこには彼の同僚がいた。

 

「どうだった?」

「ダメだ。他の拠点でも通じない」

「そうか……一体、何が起きているんだ?」

「分からない……」

 

 男達は途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェルナーはヒトラーに面会すべく首相官邸を訪れていた。

 既に時刻は19時を回っており、当初の予定ではパーパルディアに対する夜間空襲が行われている筈だった。

 しかし、それは実施されていない。

 

 理由は簡単で、3時間程前、パーパルディアからの使者が降伏の為、船でエストシラント近海にいたドイツ海軍の艦艇へとやって来たからだ。

 

 エストシラントの港も爆撃を受けて大惨事となっていたが、彼らはどうにか使える船を引っ張り出してきたようだ。

 

 中央暦1639年10月22日16時12分。

 ドイツ海軍駆逐艦ゲオルク・ティーレの艦長に対し、パーパルディア皇国全権大使ルパーサにより、パーパルディア皇国軍の全面降伏が伝えられた。

 ただちにそれはドイツ政府及び軍上層部へと伝えられ、報告を聞いた国防大臣であるヴェルナーは全ての戦闘部隊に対し、戦闘停止を命じていた。

 もっとも、幽霊の妨害と探索をしているFK-55とE-11に関してはその任務の継続を命じた。

 

 ヒトラーは現在、会議中だった。

 18時には終わると言っていたが、どうやら長引いているらしい。

 ヴェルナーが案内された応接室のソファに座って待っていると、ヒトラーが20分程してやってきた。

 

「待たせて済まない。どういう用件だ?」

「パーパルディアに関してだ」

 

 ヒトラーは何かを察したのか、頷き、執務室へ行こうと提案した。

 

 

 

 

 執務室に入り、ヒトラーが手ずからヴェルナーに緑茶を淹れた。

 ドイツ国内に流通している緑茶も転移前は日本産が主流であったが、手に入らなくなった今ではすっかり海外領土産が主流だ。

 

 ヴェルナーはそれを一口飲み、切り出した。

 

「異世界では降伏する為の時間を競争しているのか? ロウリアは具体的には忘れたが、48時間以内だった。パーパルディアは僅か6時間程だぞ?」

「大幅な記録更新だな」

「それは良いことではあるんだが、陸軍が不満を抱いている。陸軍もそうだが、各軍は3ヶ月の作戦期間を想定していた」

「仕方がないだろう、事前攻撃で終わってしまったのだから」

 

 私に文句を言われても困る、とヒトラーが肩を竦めてみせる。

 ヴェルナーは問いかける。

 

「そこで物は相談なんだが……世界平和とやらに貢献しないか?」

 

 ヴェルナーの問いかけにヒトラーは胡散臭い目を向ける。

 しかし、ヴェルナーは動じない。

 

「いや、これは真面目な話だぞ。何より、我が国に対する心証をより良くすることにも繋がるし、単純に利益にもなる」

「何だ? 物理的に世界征服でもしようというのか? その先は金と人命と資源の浪費しかないぞ」

「そんな馬鹿なことはしないとも。グラメウス大陸だ」

「いや、あそこは魔物が闊歩し、おまけに大半が寒冷地と聞いているぞ? ロシアのシベリア並かもしれん」

「ところが、そうでもないらしい」

「……とりあえず具体的な情報をよこせ。話はそれからだ」

「持ってきた」

 

 ヴェルナーは鞄から書類の束を取り出し、ヒトラーへと差し出した。

 ヒトラーは呆れながらも、それを受け取る。

 中身を読みながら、尋ねる。

 

「いつ調査したんだ?」

「パーパルディア戦前の準備期間に色々とな」

 

 ヴェルナーはそこで言葉を切り、少しの間をおいて告げる。

 

「トーパとは国交ついでに魔物対策として安保条約も結んであったし、その一環で現地に空軍基地も建設してあった」

 

 ヒトラーは頷いて続きを促す。

 

「魔物調査という名目で様々な観測機を送り込んだ。向こうも協力的であったからな。シベリア北部よりは暖かいぞ。魔物はいっぱいいるが」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは呆れつつも、問いかける。

 

「それは暖かいと言っていいのか?」

「勿論だ。ケッペンの気候区分に従うと寒帯に分類される場所はグラメウス大陸の中で一部だそうだ。大部分は亜寒帯湿潤気候もしくは亜寒帯冬季少雨気候らしい。詳しくは学者に聞いてくれ」

「よく分からんが、つまりどういうことだ?」

「冬は無理かもしれないが、夏は農業に適している。また現地に降りて詳細な調査をしなければ分からないが、上空から見た限りでは黒土らしき地帯もある」

 

 ヒトラーは頷きつつ、思い出す。

 

 この世界における領土の獲得――特にどこの国の領有にも属していない地域の扱いに関してだ。

 パーパルディアを除く、これまでに国交を結んだ各国に確認してあった。

 

 どの国も、国家が領有の意思を持って、無主の土地を実効的に占有することという答えだった。

 地球における国際法上認められた領域取得の権原、その一つである先占と変わらないようだった。

 

「鉱物資源は?」

「そっちも現地調査をしなければ分からない。魔物退治ついでに、どうだ? 現地政府や住民の目を気にせず、遠慮なく開発できる土地は必要だろう?」

 

 ヒトラーは笑みを浮かべた。

 全く、その通りだった。

 

 現地政府及び現地住民への様々な配慮は物事を円滑に進める為に必要であり、当然ドイツもまたそのような配慮を行っている。

 それをしなければ楽に色々とやることができるが、その後の関係に重大な悪影響を及ぼすのはよろしくなかった。

 

「任せた。早急に計画を立案してくれ」

「1週間以内に仕上げるさ。皆、物足りなかったから鬱憤が溜まっている」

「頼む。こっちはパーパルディアとの講和内容の協議で今は手一杯だ。もうちょっと先でもいいからな」

 

 ヒトラーとしても、列強の一つであるパーパルディアが開戦後、僅か数時間で降伏してきたのは予想外で、ロウリアのときよりも時間的な余裕が無かった。

  

「そういえばムーはどうなった?」

「2ヶ月程前、ロウリアで接触し、水面下で交渉中だ。この世界での列強ということもあり、慎重にやっている。パーパルディアとは態度が明らかに違うからな」

 

 なるほど、とヴェルナーは頷く。

 

「ムーは我々の地球にもあった、あのムーなのか?」

「転移国家であることは間違いないだろう。向こうが転移する前の地図を撮った写真が報告書に添付されていたが、それは我々の地球に似ている……1万年以上前のものだから、異なったところもあるが……」

「同じ地球とは限らないが、地球出身であることは間違いないかもしれないな」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは頷く。

 それを見て、更にヴェルナーは言葉を続ける。

 

「なるべくなら友好的にいきたい。ムーとの距離は遠いらしいじゃないか」

「遠いとも。それに向こうはどうやら我々と同じ、科学技術的な文明国家のようだ。貿易相手として、最高だ」

 

 肯定しつつ、ヴェルナーは告げる

 

「当面はパーパルディアのことを頑張ってくれ。軍はグラメウスに向けて動く。今度は気楽だ、相手が意思疎通できないらしいからな。政治的な交渉はないだろう」

「そうしてくれ。ドカンと吹き飛ばして、あとは開拓というなら気楽でいい」

「そういう仕事ばかりだといいのにな」

「全くその通りだ」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーもまた全面的に肯定したのだった。

 

 



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雨降って地固まる

 パーパルディア属領統治軍――

 

 それはもはや、ただの烏合の衆であり、またその数は少なかった。

 属領各地における大規模な反乱は道路が整備されていたこともあり、反乱軍は属領統治軍の僅かな抵抗を一瞬で粉砕し、あっという間にパーパルディアの統治機構がある各都市へと到達、占拠した。

 これはパーパルディアがドイツに対し降伏した後に行われたのだが、ドイツ側は見て見ぬ振りをした。

 

 そして、反乱軍による統治機構の職員達へ大規模な虐殺が発生したものの、ドイツが派遣した工作員達は止めはしなかった。

 本国からの指示は憂さ晴らしをしてもらえ、というものであり、事が終わって生きていたらパーパルディア民を保護してやれという程度のものだ。

 

 事実、統治機構は特に住民の恨みを買っており、彼らを庇うとドイツ側に火の粉が飛んでくる可能性もあった。

 そうならない為にも、統治機構の職員達には犠牲となってもらった。

 また、彼ら職員の家族や現地住民を追い出して入植したパーパルディア本国からやってきた住民達も逃げずに統治機構があった都市にいた場合は同じ末路を辿った。

 

 ドイツの工作員が接触できなかった、他の抵抗組織により結成された反乱軍も同じことを目的としていたのか、時間差があるものの、続々と各地の統治機構がある都市へと集ってきたのはドイツからすれば探す手間が省け、僥倖だ。

 

 

 集った反乱軍は憎しみの衝動に身を任せ、殺しに殺した。

 老若男女の区別はそこにはなく、赤子だろうが妊婦だろうが老人だろうが血祭りだった。

 そして、彼らは存分に殺したところで、ようやく気が収まった。

 

 まずドイツの工作員は接触していた抵抗組織のリーダーを通じて接触できなかった抵抗組織のリーダー達を集めて、問いかけた。

 

 

 死体の後始末はどうしますか――?

 

 

 存分に恨みと憎しみをぶつけたが故に、落ち着いていた彼らは互いの顔を見合わせた。

 

 統治機構がある都市は属領となる前は独立した国の王都や、それに類する国の中心となる大きな都市であった。

 だからこそ、それをまずは取り返そうとして各地の反乱軍は、それぞれの地元の統治機構がある都市へと集まり、居座っていた侵略者共を粉砕した。

 統治機構は基本やりたい放題の恐怖支配であったようなので、住民達による報復も当然だとドイツとしては理解を示していた。

 

 

 ともあれ、死体の後始末は各自、手分けして行うしかなかったのだが、正直侵略者の死体処理――それも数は膨大で、そこら中に死体が転がっている――なんてやりたくないというのが彼らの偽りのない本音だった。

 だが、やらねば疫病が発生することも間違いなく、かといって死体処理が嫌だからと属領となる前は国の中心都市であった場所を放棄したりすることもできない。

 

 

 彼らの思いに応えるかのように、ドイツの工作員はある提案をした。

 

 ドイツはあなた方の独立を支援しますので、現時刻を以てパーパルディア民に対して手は出さないようにして頂きたい。

 その約束さえしていただければ、まず独立支援の手始めに、無償で都市の掃除を我々が引き受けましょう。

 この都市なら掃除人は数時間以内に到着できますが、どうしますか――?

 

 落ち着きを取り戻していたリーダー達からすれば、ドイツの提案は渡りに船であった。

 どんな思惑があるか分からないが、死体の処理をしてくれるなら有り難い。

 とりあえず提案を受けようと彼らは判断し、承諾したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、派遣されたある海兵隊隊員はヘリの騒音に負けないように憂さ晴らしも兼ねて叫ぶ。

 

「戦闘かと思ったら、死体掃除だ! ついてない!」

 

 海上の揚陸艦からヘリで飛び、到着して教えられた任務は死体の後始末を兼ねた治安維持だった。

 陸軍も各地に死体掃除と治安維持を兼ねて出動するらしいが、彼らには海兵隊のような迅速な展開能力はない為、現地到着が若干遅くなる予定だ。

 

 とはいえ、それでもこの世界の軍からすれば魔法のような展開速度だろう。

 

 ともあれ、任務であるからやるしかなかった。

 特殊手当がつくのがせめてもの慰めだった。

 

 

 

 

 掃除兼治安維持としてパーパルディアに派遣され、皇国本土及び属領における主要な都市へ展開を完了、もしくは展開を開始したが、それは歩兵や海兵が主体であった。

 そもそも、統制が取れた敵軍の残存兵力がいるかも怪しく、敵になりそうなのは戦後の混乱で暴徒化しそうな民衆くらいであり、費用の掛かる装甲師団や航空騎兵師団よりも歩兵師団を配備したほうがいいだろうという判断がなされた。

 

 ドイツ陸軍はパーパルディアの広さを考慮し、歩兵師団16個、装甲師団3個、航空騎兵師団1個、ドイツ海軍は海兵師団3個を用意し、彼らを支える各種物資も十分に集積されていた。

 後詰としてロデニウスに駐屯しているDRKから部隊を引き抜いて派遣する用意までもされていたが、それらの作戦計画は全て無駄になってしまった。

 実際に派遣されたのは歩兵師団と海兵師団のみであり、装甲師団と航空騎兵師団はまたもや出番無しとなった。

 

 パーパルディアが降伏したと聞いてすぐにマンシュタインがヴェルナーのところへやってきて、やんわりと抗議をしたのも当然だった。

 ヴェルナーとしてもマンシュタインら陸軍側の気持ちは理解できる。

 DRKのときと同じく、陸軍の現地での初めての任務が治安維持と戦場となった場所の掃除であると、その時点で予想がついてしまった。

 

 その為にヴェルナーはヒトラーに対し、陸軍の不満解消と領土獲得も兼ねてグラメウス大陸という場所を提示したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外務局監査室に所属するレミールは自宅の寝室で、寝転がっていた。

 今夜は眠れそうもない。

 

 パーパルディアがドイツに降伏して既に1週間が経過していた。

 エストシラントにもドイツ軍が治安維持の為に駐屯していたが、彼らを見てもレミールは信じられなかった。

 

 だが、彼女は今日の昼間、ルディアス直々の指名で、彼と共にドイツ軍による攻撃を受けた場所を見て回った。

 それでようやく現実として受け入れた。

 

 エストシラントを守護していたワイバーン基地や皇都防衛隊陸軍基地、それらがあった場所は、何かが落ちてきた証拠である巨大な穴が複数空いており、また周囲に多数の瓦礫が散乱しているだけであった。

 

 ルディアスの横顔が忘れられなかった。

 それはレミールですらも見たことがない、非常に厳しいものだった。

 

 その後もエストシラントにあった海軍基地もまた同じ状況であり、水面下に沈んでいるのが見える数多の戦列艦は、さながらパーパルディアの落日を示しているかのようであった。

 

 

 あっという間の1日で、一生忘れられそうにもない。

 

 

 

 

 そのときだった。

 ドアを叩く音が響く。

 

 レミールは弾かれたように起き上がり、問いかければ宿直のメイドだった。

 彼女が言うには、こんな時間に来客だという。

 

 無礼な客もあったものだ、とレミールは思いつつ、無礼な輩には相応の態度で接することを決める。

 つまり、寝間着のまま、対応することを決めた。

 

 メイドが何故か笑ったが、それを咎めることもなく、レミールはその客を待たせている応接室へと赴いた。

 

 扉を開けて、そこにいた人物に目を丸くした。

 

「陛下!?」

 

 驚くレミールにルディアスは苦笑しつつ、彼女へと歩み寄る。

 

「夜分遅くに済まないな」

「い、いえ……その……どうして?」

 

 レミールが皇城にあるルディアスの私室に赴くことはあったが、その逆はこれまでに無かった。

 彼の護衛すらも応接室内は勿論、ここに来るまでの廊下にはいなかった。

 おそらく、屋敷の周辺に待機しているのだろうとレミールが予想していると、ルディアスが問いかける。

 

「レミール、昼間の惨状を見て、どう思った?」

 

 問いにレミールは少しの間をおいて、告げる。

 

「ドイツは圧倒的です。あのようなこと、それこそミリシアルやムーでも不可能でしょう」

「だろうな。だが、寛大な国のようだ」

「と、言いますと?」

「ルパーサからの連絡によれば、ドイツは我が国の存続を許してくれるらしい」

 

 レミールは信じられず、呆気に取られてしまう。

 

「それは、その、本当ですか? 我々と同じように、属領として支配を……」

「そういうこともないらしい。ドイツの意思を統治に反映させたりすることはあるものの、基本的にはこれまでと変わらないようだ」

 

 レミールは不思議に思ってしまう。

 ドイツは何を企んでいるのだ、と。

 

 ドイツの意思を統治に反映させる――それが曲者であったが、属領として支配はしないという。

 従属国のような関係になるのではないか、とレミールは予想するが、ルディアスの様子を見る限りではそういうわけでもないようだ。

 何よりも彼が言った、基本的にはこれまでと変わらない――もしも、従属国になるなら、こんな言い方をするわけがない。

 

 レミールは色々と考えていると、ルディアスは更に言葉を続けた。

 

「ただ、どうやら国家戦略局が一つやらかしていたみたいでな。ロウリアへ勝手に多額の支援をしていたらしい」

「……はい?」

 

 レミールも寝耳に水だった。

 そもそも彼女の所属は外務局監査室で、国家戦略局と関係があるというわけではないので、それも当然の反応だ。

 

「ロウリアへの借金帳消し、属領側が希望した場合は独立を認めること、魔法に関する研究開発協定を結ぶこと、賠償金の支払い……他にも細かいことはあるが、ドイツ側の条件は大雑把に言えばこの程度だ」

「その程度なのですか?」

 

 レミールの問いにルディアスは頷く。

 

「ルパーサもドイツ側が提示してきた条件に拍子抜けしたらしい。賠償金も決して払えない額ではない。研究開発協定に関しても、例えばワイバーンオーバーロードの育成法などの秘匿技術に関しては開示しなくて良いとのことだ」

「ドイツは何を考えているのでしょうか?」

「余にも分からん。だから、臨機応変に対処できるよう、外交に関して理解のある妻が必要なのだ」

 

 レミールは思考が追いつかず、きょとんとした顔をしてしまう。

 そんな彼女に微笑みながら、ルディアスは告げる。

 それは皇帝としてではなく、男としての一世一代の大勝負だ。

 

 タイミングが悪いかもしれない。

 だが、彼は弱さを見せることができる相手が欲しかったのだ。

 自分の都合で、彼女の気持ちは考えていないのでは、と考えもしたが、それでも我慢できなかった。

 

 当たって砕けろという言葉もある――砕けたらダメではないか!

 

 ふっと頭を過ぎった言葉に、そのように言い返しながら、どうにでもなれ、と彼は告げた。

 

「レミール、余の妻となって欲しい。これからのパーパルディアは厳しい未来が待ち受けているだろう。だからこそ、余はそなたに隣で、支えて欲しいのだ」

 

 世界の支配者というのはドイツがいる限りは無理な話だが、とルディアスは苦笑してみせた。

 

 レミールの答えは決まっている。

 世界の支配者の妃などという立場よりも、ルディアスの妻というほうが彼女にとっては何よりも欲しかったものだ。

 ルディアスが世界の支配者となるなら、それに付き従うまで。

 例えそうではなくても、彼が望む世界を共に見たい――

 

 彼女は嬉しさのあまり、涙を流しつつ、ルディアスの胸に飛び込んだ。

 

「勿論です……! あなたの妻になります……!」

 

 ルディアスはレミールを強く抱きしめながら、思わず呟いてしまう。

 

「ああ、良かった。振られたら、余はしばらく立ち直れなかった……」

 

 皇帝の――否、夫の初めて弱気な声を聞き、レミールは増々彼が愛しくなってしまう。

 だからこそ、彼女はルディアスを自身の寝室へと誘った。

 

 

 今夜は眠れそうもなかった。



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ジークフリート作戦

 中央暦1639年11月18日

 

 トーパ王国北部に築かれた世界の扉周辺は非常に活気に満ちていた。

 王国各地から集った商人達が商品を並べ、行き交う人々に売り込みを掛ける。

 

 

 このように活気に満ちている理由は太陽神の使い――ではないものの、似たような人々が大軍でもって、ここに集っていたからだ。

 彼らを見ようと国中から人々が詰めかけている。

 そんな彼らに対して似たような人々――ドイツ陸軍側も、短時間ではあるが見学会を開くなどして交流に努めている。

 

 もっとも、ここに駐屯している部隊は予備兵力だった。

 ドイツ陸軍は合計5個師団をここに配置し、万が一、世界の扉方面へ多数の魔物達が逃げてきた場合、この部隊で食い止める予定だ。

 

 なお、世界の扉はどうもこの世界の技術で作られたようには思えないので、太陽神の使い――日本が構築したものとドイツ側は判断していた。

 

 各歩兵師団から部隊を抽出し、世界の扉と称される城壁上に配備。

 そして、そこに土嚢を積み上げ、簡易な機関銃座を構築する。

 無論、持ってきているのは機関銃だけではない。

 

 大地を埋め尽くす魔物が現れる可能性もあった為、ドイツ陸軍はロシア陸軍の大地を埋め尽くす戦車と歩兵による大突破を想定し、大量の武器弾薬その他物資を本国から持ってきていた。

 

 勿論、ここに配備された部隊は歩兵師団だけではない。

 欧州戦争でドイツ陸軍のドクトリンに必要とされた為に編成され、実戦において有効性が確認された特殊な師団もまた配備されていた。

 

 それは砲兵師団だ。

 その名の通り様々な種類の火砲及びロケット砲、大口径の重迫撃砲を重点的に配備されたこの師団は転移前の地球において、ドイツとロシアにしか存在しないものであった。

 

 砲兵師団を複数個纏め、砲兵軍団として集中運用した場合、その火力は凄まじく、攻勢前の準備砲撃に、敵攻勢の阻止に、と非常に便利であった。

 

 ドイツ陸軍とロシア陸軍の砲兵軍団同士が撃ち合ったら、それだけで地形が大きく変わると他の列強諸国の陸軍将兵には噂されるくらいだ。

 

 世界の扉である城壁、そのすぐ後方には砲兵師団2個が陣地を構築しており、世界の扉に突撃してきた敵を到達前に吹き飛ばすことができる。

 無論、歩兵師団に編成されている砲兵は砲兵師団とは別に存在している。

 

 歩兵師団3個、砲兵師団2個が予備兵力であった。

 また必要に応じて、トーパ王国に駐屯するドイツ空軍が近接支援を行うことになっている。

 

 そして、主力は別にあった。

 

 

 

 グラメウス大陸の南部にある海岸から歩兵師団5個、装甲師団3個、航空騎兵1個、砲兵師団2個、海兵師団1個が明日の昼頃に上陸を開始する。

 その海岸は上陸用舟艇から直接上陸できる地点としてはグラメウス大陸の中で一番南にある海岸といっても過言ではない。

 さらに、この海岸は冬でも他と比べて気温が僅かであったが高い為、拠点を築くには最適な場所と考えられた。

 

 とはいえ、魔物がひしめいている大陸に、そのまま上陸するなんてことはしない。

 

 今夜から空軍の事前爆撃と上陸部隊を護衛している海軍のグロス・ドイッチュラント級戦艦8隻や巡洋艦、駆逐艦による艦砲射撃が上陸地点やその付近に対して行われることになっている。

 他にも後方に展開した空母から艦載機による空爆なども実施される。

 これらのうち、空軍機と艦載機による空爆は上陸地点を叩いた後、陸軍の進撃を手助けする為、内陸部に対しても行われる予定だ。

 なお、空軍機には爆撃機だけでなく、地上攻撃機も含まれている。

 

 このグラメウス大陸における作戦は上陸や内陸部への浸透など幾つかの段階に分かれていたが、ひっくるめてジークフリート作戦と呼ばれていた。

 グラメウス大陸には膨大な魔物がおり、また伝説の魔王とやらも封印されているらしいことから、それらを打ち倒すという意味が込められていた。

 

 

 

 

 上陸を明日に控えた夜。

 ベルリンの首相官邸ではヴェルナーが提案があるとのことで、ヒトラーに面会に来ていた。

 ちょうどいいとばかりにヒトラーは質問をぶつける。

 

「わざわざ冬に行かなくてもいいんじゃないか?」

 

 11月半ばということもあり、グラメウス大陸は既に冬だ。

 気温は低下し、氷点下にまで下がる日も多い。

 雪も降り積もっているが、幸いなことに現時点ではそこまで積雪が多いというわけではないと報告が来ている。

 

「陸軍からの要望でな。せっかくだから、冬季演習も兼ねておきたいんだと」

 

 その言葉にヒトラーは問いかける。

 

「ナポレオンの二の舞に?」

「転移してから、陸軍は目立った戦果がないことは誰もが知っている」

 

 ヴェルナーはヒトラーの問いにそう返しつつ、更に言葉を紡ぐ。

 

「だからこそ、今回の作戦は陸軍の面子が掛かった、失敗が絶対に許されないものだ。そんな作戦で慢心や油断をする輩が陸軍にいるならば、そういう失敗をするだろう」

 

 暗にそのような輩は陸軍にはいない、と告げるヴェルナーにヒトラーとしては頼もしい限りだ。

 

「で、今回は何の提案だ? 茶飲み話をしに来たわけではないだろう」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーは切り出す。

 

「実は海軍が……」

「陸軍の次は海軍か?」

「第三文明圏は勿論、第一や第二文明圏の諸国も招待し、演習を披露してはどうか、というものだ」

 

 地球にいた頃も定期的な演習を行い各国海軍から注目されていたドイツ海軍だが、転移により仕事が大幅に増えた結果、個々の訓練は行っているものの、艦隊規模の演習は実施できていないというのは事実だ。

 

 とはいえ、ヒトラーの言ったこともあながち嘘ではない。

 大きく増強され始めている海軍にとって、その力を誇示したいという思いも確かにある。

 

「要するに見せびらかしたいんだな?」

「身も蓋もない言い方だが、そんなものだ。デーニッツは否定的だが、下からの圧力がな……まあ、これは難しい。ただ、この世界における論理は、植民地獲得に血眼になっていた地球の列強と同じくらいに過激だ。彼らに分かってもらう為に、そうするのも有効であるかもしれない」

 

 ヴェルナーの意見にヒトラーは頷いてみせる。

 軍による演習は他国へその能力を示すと共に抑止力にもなる。

 だからこそ、地球の列強諸国はそれなりの頻度で演習を行っていた。

 

 

 ヴェルナーは告げる。

 

「何だかんだで国交を結んだムーや、最近ちらほら話題に出るミリシアルは過激というわけでもなさそうだがな」

「あの2カ国は穏やかなものだ。ただ、ムーはともかく、ミリシアル側はこっちを見下しているような気もするが」

「安心しろ、大陸間弾道ミサイルはミリシアルにいつでも照準を向けられるぞ」

 

 その言葉にヒトラーは呆れてしまう。

 もっとも、ヴェルナーの油断も慢心もしない姿勢をヒトラーとしても見習っている。

 ヴェルナーが問いかける。

 

「それで我らが首相は、どうしてパーパルディアに対して寛大なんだ? 確かにロウリアのように間接統治という形態ではあるが……ロウリアよりも緩いように思える」

「簡単さ。彼らにはもう一度、力をつけてもらう必要がある」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーは即座に理解する。

 

「なるほど、そういうことか。それに関しては、こっちから提案する手間が省けたな」

「政府と軍の思惑は、どうやら一致していたようだ」

 

 ヴェルナーが納得し、ヒトラーは満足そうに告げる。

 

 

 

 パーパルディア、アルタラス、ロウリア――

 

 これらはドイツ本国からみると全て西側に存在し、第一文明圏の国々はこの3カ国のいずれかが面する海域を通過しなければ最短距離でドイツに辿り着くことができない。

 特にアルタラスはパーパルディア側、ロウリア側のどちらの海域にも面している。

 

 故に、この3カ国を抑えることはドイツ本国への安全保障に繋がることになる。

 

 アルタラスとロウリア、どちらの国にもドイツ軍が駐屯している。

 パーパルディアはまだその段階に至っていないが、程なくしてドイツと安全保障条約を結ぶことになり、ドイツ軍が駐屯することになるだろうとヴェルナーは予想する。

 

「唯一、ムーは大回りでやってくることもできるが、補給を考えれば現実的ではない。そうだろう?」

 

 ヒトラーの問いかけにヴェルナーは同意する。

 

「もしもムーが我が国へ挑戦し、海軍を大回りで派遣するなら、かつてのバルチック艦隊の二の舞だ」

「そういうことだ。ただ、迂回に対する備えはしておいて欲しい」

「備えに関してだが……本国や海外領土をはじめ、第三文明圏とその周辺海域で測量はほぼ済んだと海軍から聞いているな?」

 

 ヴェルナーの問いにヒトラーは頷く。

 それは2週間程前、海軍から提出された報告書に記述されていた。

 

 

「既に潜水艦を潜ませている。今後は第一、第二文明圏及びその周辺海域の測量を進め、そちらにも潜ませる予定だ」

「最悪の場合、ドナウの乙女を搭載し、攻撃も?」

「勿論だとも。どこで何が起こるか分からんからな。そこも地球のときと同じだ。そうさせないのが、政治家の仕事だ。頑張り給え」

 

 笑いながら頷くヴェルナーにヒトラーは溜息を吐きたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 グラメウス大陸南部、そこにある海岸やその周辺は爆発音が途切れることなく響き渡っていた。

 

 空からはB52及びB95が大量の爆弾の雨を降らせ、その編隊が去った後はグロス・ドイッチュラント級戦艦8隻による艦砲射撃で20インチ砲弾をこれでもかと撃ち込まれ、更には巡洋艦や駆逐艦からも次々と撃ち込まれる。

 

 そうこうしていると、また空軍機がやってきて爆弾を落としたり、後方に展開した空母からは艦載機がやってきて爆弾を落としたりとやりたい放題だった。

 

 魔物達は突如として始まったこの盛大な環境破壊に、巻き込まれて死ぬか、もしくは巻き込まれる前に逃げ出した。

 彼らにとっては未知のものであり、空気を切り裂く音がしたと思ったら、巨大な爆発が起きるのだ。

 恐怖でしかなかった。

 

 

 

 明け方まで、これらの上陸前の砲爆撃は断続的に行われた。

 そして、夜が明けたときには砲爆撃された海岸は穴だらけであり、海岸から少し奥に入った地点も事前攻撃が始まる前は樹木があったが、今ではそれらは無く、視界が開けていた。

 

 先発の海兵隊が上陸用舟艇に搭乗し、次々と揚陸艦の後尾から進発していく。

 海岸まではそこまで離れていない為、上陸用舟艇は次々と接岸し、艦首部の扉が前方へと倒れ、そこから海兵達を吐き出していく。

 

 冬季用の迷彩服に身を包んだ彼らは次々と砲撃や爆撃によって出来た穴に飛び込み、周囲を警戒する。

 

 さすがに銃弾が飛んでくることはないだろうが、魔法が飛んでくる可能性がある。

 

 海兵達は数分程、穴の中から様子を窺っていたが、やがて穴から出て、小隊ごとに集結し、周囲の偵察を開始する。

 その間にも続々と後続の部隊が到着し、ついに戦車が海岸に辿り着いた。 

 その戦車は新型の六号ティーガーだった。

 

 陸軍と海兵隊が使用するこの戦車は3年前に開発が完了し、2年前から調達が開始された。

 この戦車が登場するまで陸軍と海兵隊の戦車は欧州戦争時に登場した五号パンターであり、いくら登場当時は比類なき戦車であったとしても、その性能は既に陳腐化していた。

 

 六号戦車の開発も欧州戦争末期には始まっていたのだが、戦争終結の為、その開発速度は大きく低下してしまう。

 とはいえ、戦後も開発は細々と続けられ、陸軍も少ない予算をやりくりしてメーカー達を支援した。

 

 きっかけはロシア陸軍がパンターに優位に立てる新型戦車を実戦配備したことだ。

 このロシア戦車による衝撃で陸軍内で新型戦車を求める声が多くなり、政府もまたそれを認めたことで、細々と開発されていた六号戦車に一気に予算と人員が投入され、開発が急激に加速したという経緯があった。

 

 

 他にもプラスとなる要素もあった。

 平時であり時間的余裕が十分にあったこと、政府が特別に予算を新型戦車開発用に組んでくれたことなどといったものであり、これらの要素によりティーガーはその名に恥じぬものとなった。

 

 そして、転移により臨時予算が出たことで、ティーガーの調達数は大きく増えていた。

 

 

 

 特に何事もなく、海兵隊はその装甲部隊や支援部隊も含めて上陸を完了し、彼らは早速内陸部へと浸透を開始した。

 同時に陸軍の上陸が始まった。

 

 

 

 

 

 彼らを上空から見つめる輩がいた。

 漆黒の羽を背中から生やしたそれは伝説に語られる魔王の側近、マラストラス。

 

「あれはまさか、太陽神の使い……」

 

 しかし、どうにもマラストラスの記憶にあるものとは雰囲気が違う気がする。

 あんなにたくさんいたっけ、という素直な疑問だ。

 

 とはいえ、こうしてはいられなかった。

 早いとこ、魔王様に知らせねば、と思ったそのときだった。

 

 彼の肉体は一瞬のうちに砕け散った。

 それから数秒程遅れて、独特な咆哮にも似たモーター音が聞こえてくる。

 

 真上を4機のA-10が通過していった。

 トーパ王国にあるドイツ空軍基地から飛んできたものだった。

 

 

「何かいたと思ったが、気のせいだったか?」

 

 編隊の先頭を飛ぶルーデル少将は呟いた。

 

 彼はパーパルディア戦でも同じように前線に出ていた。

 航空団司令である彼が前線に出る必要は全くないどころか、そもそも出てはいけないのだが、彼はパーパルディア戦の前に参謀総長であるミルヒに出撃させてほしい、と直談判しに行った。

 

 困ったミルヒはヴェルナーに相談したところ、ルーデルだから仕方がないという言葉とともにヴェルナーが許可をしたことでミルヒも許可を出したという経緯があった。

 

 結果、ルーデルは今日も元気にA-10に乗って飛び回っていた。

 

 彼はついさっき、空中に浮かぶ人影らしきものを見たので、とりあえず攻撃してみたというわけだ。

 

「さすがに伝説に語られる魔王とか、その幹部が一撃でやられるわけがない」

 

 噂によるとグラメウス大陸には魔王が封印されて、その封印も近いうちに解けるかもしれないらしい。

 

 ルーデルとしては魔物退治ではなく、是非とも魔王退治をしたいところだった。

 

『司令、どうしますか?』

「動くものは片っ端から攻撃していいと許可が出ている。というわけで、片っ端からやるぞ」

 

 彼が直接率いる小隊だけがここにいるわけではない。

 彼が指揮下においている航空団に所属する部隊が全てここにいる。

 グラメウス大陸南部において、A-10が小隊毎に散開し、暴れまわっていた。

 

 ゴブリンやオーク、伝説にあるオーガであっても、ドイツ空海軍による空爆に逃げ惑うしかなかった。

 

 

 

 魔王ノスグーラは防御魔法を展開しながら全力で走っていた。

 念動波を使うことで、逃げ惑う魔物や魔獣を片っ端から制御下におき、統率しながら、海岸へ真っ直ぐ突っ走る。

 

 海岸に向かったのは、空から降ってくる魔法とは比べ物にならない音が昨夜から多数していたからだ。

 その音はあまりにも大きく、海岸から離れたところに拠点があったノスグーラにもよく聞こえた。

 

 何かがやってきている、とノスグーラは判断し、こうして向かっていた。

 太陽神の使いの可能性も考えた。

 似たような攻撃だったからだ。

 だが、いくら何でもそんな都合良く、連中が召喚されるだろうか?

 むしろ、響き渡る甲高い音は魔帝軍の天の浮船に似ている気がする。

 

 疑問はあったが、魔帝軍ではないと彼は本能的に分かった。

 だが、それは本能ではなく、魔帝により組み込まれた敵味方識別装置によるものだったが、彼はそんなことは知らなかった。

 

 

 たとえ相手が太陽神の使いだろうと彼には絶対の使命があった。

 

 魔帝様の復活は近く、人間達を無力なままにしておかなければならない――

 

 ノスグーラにとって唯一にして絶対のものであり、存在意義といっても過言ではない。

 彼は強い人間達を全力で叩き潰し、他の弱い人間達に恐怖と絶望を与えねばならなかった。

 

 魔物や魔獣は彼の後方に付き従い、それは大きな集団となっていた。

 

 

 

 強い人間共を皆殺しに――!

 たとえ太陽神の使いであっても――!

 

 ノスグーラが強く思った、その時だった。

 多数の何かが大気を切り裂いて、空から落ちてくる音がした。

 

 ノスグーラは全力で防御魔法を展開し、それだけではなく手近なところにいた魔獣や魔物をひっ掴んで、肉の盾とした。

 

 だが、彼の努力は虚しく――全身を襲い来る衝撃と同時に、その意識は永遠に途切れた。

 

 

 ノスグーラと彼に操られた魔物と魔獣の集団は海岸まであと10km程のところまで来たところで、上空を飛んでいた観測ヘリに発見された。

 幸いなことに未知の敵が生き残っている可能性を考慮し、警戒しながら慎重に進んでいた海兵達はそこまで進出しておらず、もっとも近い部隊でも集団とは7km近く離れていた。

 その為にヘリは誤射の危険は少ないと判断し、砲撃支援要請を敵軍の座標と共に戦艦群へと送った。

 その支援要請を受け、グロス・ドイッチュラント級戦艦8隻による艦砲射撃が始まった。

 

 ノスグーラと魔物と魔獣の集団は空から降ってきた多数の20インチ砲弾により、地面ごと跡形もなく吹き飛ばされたのだった。

 

 



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幸運と不運

 グラメウス大陸におけるジークフリート作戦は順調であった。

 南部に上陸したドイツ軍は橋頭堡を築き上げ、内陸部への本格的な浸透を開始。

 空軍機及び海軍機による爆撃もまたそれに伴って、内陸部に対して行われ始めた。

 

 そして、作戦開始から半月程で、南部を完全に制圧。

 また世界の扉方面へとそれなりの数の魔物や魔獣が逃げてきたが、こちらも特に苦もなく現地に駐屯していたドイツ軍により粉砕された。

 

 多数の魔物達は内陸へと逃げるが、空海軍による絨毯爆撃が実施され、あっという間にその数を減らしていった。

 

 地面に穴を掘って隠れて、一矢報いようとした魔物や魔獣もいるにはいたが、全体としては少数であり、また彼ら決死の攻撃も戦車を先頭にし、やってくるドイツ軍に対しては有効な打撃を与えることができなかった。

 

 そして先遣隊が事前に発見されていた、困難となる地点へと辿り着く。

 

 天然の要害とでも言うべき、巨大な岩壁だ。

 

 それは延々と左右に続いており、最短距離を行くならば超える必要があった。

 とはいえ、登って超えるのは不可能と偵察機による発見時点で判断され、予定通りに裂け目を探すこととなった。

 

 他の先遣隊もその岩壁に阻まれており、あちこちで裂け目探しが始まった。

 

 事前の空軍による偵察では岩壁の向こうには広大な黒土地帯があり、また湖や川もあるらしい。

 集落と思われる多数の建物も確認されているが、何が住んでいるかまでは分からない。

 

 頻繁に行われた航空機やヘリによる偵察では近づくと、どうやらその騒音を警戒され、あっという間に建物の中に逃げてしまうらしく、詳しい確認はできてない。

 予想では、それこそ数十万人クラスの都市がすっぽり収まる程度には、この岩壁に囲まれた土地は広かった。

 

 

 ヘリによる岩壁超えをやらないのも、ここ住んでいる連中がもしも高度な知能を持った魔物や魔獣の住処であった場合、面倒くさいことになる可能性があった為だ。

 

 トーパ王国からの情報によればグラメウス大陸における魔物の中には強大な魔法を使うものもいるらしく、輸送中のヘリは最悪落とされる危険があった。

 また、砲爆撃で潰すという選択肢も取られなかった。

 

 もし万が一、意思疎通ができた場合、交渉次第で魔物や魔獣達の同意を得て彼らの調査ができる可能性もあり、様々な研究が一気に進むチャンスだった。

 そんな理由で、とりあえず接触してみようという方針だ。

 

 それはドイツにとっても、そしてその天然の要害の中にあった国にとっても幸運なことだった。

 

 

 

 岩壁に裂け目を見つけたある先遣隊は、ただちにそのことを他の部隊と上級司令部へと報告する。

 そして、その先遣隊は裂け目の中へと侵入を開始した。

 裂け目に入って5分程のところで、彼らは人工的に作られた城壁にぶつかった。

 裂け目を塞ぐように構築されたその城壁には通行の為に小さな門までついている。

 

「何者か!?」

 

 城壁の上からの声に先遣隊の面々はそちらへと視線を向ける。

 そこには人間をはじめとした、様々な種族の者達が先遣隊へと弓に矢をつがえて、向けていた。

 

「魔物か? 魔獣か?」

 

 先遣隊を率いる士官からの問いかけに、相手側は即座に否定する。

 

「違う! 我々はエスペラント王国の者だ!」

「我々はドイツ帝国の陸軍部隊だ! ここグラメウス大陸において、魔物及び魔獣掃討作戦を展開している! ここより南は完全に我々が制圧した!」

 

 士官の言葉にエスペラント側は大きくざわめいた。

 

「それは、本当か? お前達が魔物や魔獣ではないという証拠は?」

 

 証拠を出せと言われても、と士官は困った。

 そのとき、ある兵士が進み出て、深呼吸をし、大きく歌を歌い始める。

 彼がグラメウス大陸に派遣される前、トーパ王国でエルフの女の子と一夜を共にしたとき、教えてもらったものだ。

 

 女の子によれば1万年以上前の魔王討伐軍で歌われた歌とのことだが、トーパ王国の民なら誰でも知っているとのことだ。

 もしも彼らがその魔王討伐軍の生き残りだったならば、知っているかもしれない、とその兵士は判断した。

 

 効果は劇的だった。

 エスペラント側の誰もが、弓を下ろすか、床に放り投げた。

 そして、彼に合わせて歌ったり、嗚咽をもらす。

 

 士官は静かに問いかけた。

 

「トーパ王国を知っているか?」

 

 答えたのは最初に誰何した男だった。

 

「知っている、知っているとも。私の先祖の故郷だ。魔王に滅ぼされ、先祖が魔王討伐軍に参加したときはまだ再建されていなかったと伝えられている」

「トーパ王国は再建されているぞ。我々はそこを拠点とし、こちらへと進出してきた」

「そうか……ありがとう……我々の戦いは、終わったのだな……」

 

 万感の思いを込めて、告げられた言葉に士官は力強く告げる。

 エスペラントとドイツ、何もかもが違うが、しかし、今、ここにいるのはどちらも戦士である。

 

 欧州戦争時には一兵卒として参加した経験があった士官も、戦いが終わったときのあの思いはよく覚えている。

 だからこそ、言わずにはいられなかった。

 

「ああ、そうだ。戦いは終わった。君達には平和を謳歌する義務がある」

 

 士官の言葉に対し、彼はニカッと笑って頷き、叫ぶ。

 

「ようこそ、ドイツの諸君! 我々は君達を歓迎する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつての魔王討伐軍の末裔達が築いた国――エスペラント王国がグラメウス大陸にあった。

 

 その大ニュースはドイツとエスペラントの両者による接触から2週間程が経過してから、世界に向けて発表された。

 

 

 誰も彼もが驚愕した。

 それは2つの意味で。

 

 1万年以上前の末裔が厳しい環境の中で国を築いていたことと、どこの国も近寄らなかったグラメウス大陸にドイツが進出したことだ。

 

 なお、発表が2週間遅れたのは、ドイツとエスペラントの間で様々な協議が行われた為であった。

 

 とはいえ、エスペラント王国側も生き残ることが最優先であり、領土拡大などという意思はこれまで全くなく、また自分達を見つけてくれたドイツに対して領土を寄越せなどということを言う気は全く無かった。

 

 ドイツ側もエスペラント王国の事情を鑑みて、岩壁の内部だけでは不便であるからと岩壁外側10kmの範囲までをエスペラントの領土とすることを認めた。

 

 エスペラント以外にも国が存在した場合を除き、グラメウス大陸はドイツの総取りであるので、強欲極まりなかったが、他国から批判されることはなかった。

 

 そもそも扱いに困っていた魔物達の楽園であるグラメウス大陸。

 魔物をどうにかしたとしても寒冷地であることから、居住するには適さない。

 ドイツが領有したいなら、どうぞご勝手に――というのが各国の反応であった。

 

 他にもエスペラント王国とドイツが国交樹立と共に安全保障条約をはじめとした、幾つかの条約や協定を結んだことも発表された。

 

 そして、ドイツはその後も順調にグラメウス大陸への進出を行い、途中で鬼人族と接触、彼らから太陽神の使いか、それに類するものとして歓迎を受けた。

 また魔物や魔獣、魔族を退治してくれたことに関して、盛大に感謝された。

 

 ドイツ側はエスペラント王国との接触後に魔族とちらほらと出会っていたが、例外なく好戦的であり、会話はできたが、友好的な関係は構築できないと判断され、魔物や魔獣と同じ扱いであった。

 

 その際に頼まれごとをされたが、代わりに多くの情報を得ることができたので、ドイツとしては嬉しい反面、面倒を押し付けられた形となった。

 彼らの国とも国交を結んだが、彼らが隠れて暮らしている種族であった為、そのことを考慮し、ドイツはエスペラントのときのように世界に向けて積極的に発表はしなかった。

 

 

 

 

 

 一方で、貧乏くじを引いてしまった者がいた。

 

「お、おのれぇ……ドイツめぇ……」

 

 アニュンリール皇国のダクシルドは憎々しげに空を飛び回る航空機やヘリを見つめていた。

 

 ノスグーラを復活させたものの彼を支配できなかった為、仕方なくエスペラント王国の北側にある休火山バグラ――王国がある岩壁内部の北側ではなく、岩壁外側にある――に拠点を作り、あれこれと画策していたのだが、全ては終わった。

 

 情報によると、ドイツはグラメウス大陸にいるのは魔物と魔獣としか思っていないらしく、魔族とか鬼人族とかの会話が可能な知的生命体がいることを知らないようだ。

 

 ドイツ軍はダクシルドが支配下におこうとして目星をつけていた魔族達や、部署に回ってくる少ない予算をやりくりして、四苦八苦しながら本国から持ってきた色んな機材その他諸々を全部吹き飛ばしたのである。

 

 特に魔族制御装置が破壊されたのは致命的だ。

 エスペラント王国にある魔帝復活ビーコンもこれでは回収など不可能だった。

 

 本国に泣きついたとしても、ドイツと事を構えるなんぞ、決して首を縦に振らないだろう。

 

 それもこれも、まるで酔っ払いが看板を蹴飛ばしていくような感覚で、山には魔物や魔獣がちょびっとしかいないのに、爆撃をしていったり、変な咆哮の攻撃をしてくるドイツ軍が全部悪いとダクシルドは憤慨する。

 

 特に変な咆哮のやつは絶対に許さないと彼は思う。

 確かに、襲撃を警戒せずに偽装をしていなかった自分も悪いが、拠点とはいっても、見た目は単なる山小屋だ。

 

 そんな山小屋に執拗に何回も攻撃をするなんて、非常識だ。

 

 

 ダクシルドは慌てて避難した為、手に持っていた小型通信機以外はほとんど何も持ち出せず、どうにか生き延びたという状態だ。

 

 

「……どうやって帰ればいいんだ?」

 

 定期的に食糧などの物資補給の為に船は来ていたが、これではその船に乗って帰ることなど不可能だし、そもそも来るかどうかも分からない。

 連絡を入れてみるが、来てくれるかは怪しいところだ。

 

 周りは完全にドイツ軍に囲まれており、エスペラント王国に潜入して王国民の振りをするにも、有翼人ということから無理だった。

 そもそもエスペラントには建国時から有翼人は存在しておらず、明らかに部外者であることが一目瞭然であった。

 

 ダクシルドは途方に暮れるしかなかった。



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方針決定

「どうなっているんだ?」

 

 エストシラントの大通りから少し離れたところにある3階建ての建物の中では5人の男達が困惑していた。

 ここ1ヶ月で定期的に連絡を取り合っていたフィルアデス大陸各地に潜入した諜報員達との連絡が次々と途絶えているのだ。

 そのやり取りは電波によるものではなく、この世界特有の魔信によるもので、こちらは通じた為だ。

 しかも、彼らをこの地に送ってくれた潜水艦との連絡も取れない。

 その潜水艦は定期的に現地調達できない物資の補給や情報を纏めた報告書などを本国へ運ぶ役目であったのだが、あらかじめ指定されていた海岸に半年以上、全く姿を現していなかった。

 グラ・バルカスはこの大陸から遥かに遠く、この世界の船舶ではどれだけの日数が掛かるか、またそもそも辿り着けるかも不確定であり、身動きが取れなかった。

 

 1週間前、この拠点と近かった拠点が現地の軍により封鎖されていた。

 放火殺人事件が起きたとかで、しばらく立入禁止とのことだ。

 

 拠点には彼らと同じく、グラ・バルカスの情報局から派遣された諜報員しかいなかった。

 仲間割れを起こすようなことも考えにくい。

 

 まさかドイツが潜入している我々を見つけたのか?

 

 諜報員達の間ではドイツはグラ・バルカスを凌駕する可能性がある、という意見が主流だ。

 少なくとも、彼らの持つ戦車や航空機は自分達のそれとは比較にならない程に高性能だ。

 それを本国に報告したくても、電波障害が起きていて、全く報告ができない。

 

 そのときだった。

 施錠してあったドアが蹴破られる。

 室内にいた男達は瞬時にドアから離れつつ、懐にしまってあった銃を抜き――強烈な閃光に目が眩んだ。

 

 閃光が収まると、間髪入れずにアサルトライフルを手にした男達が室内に突入してきた。

 男達は軍服を着ておらず、その服装はエストシラントにおける庶民と似たようなものだった。

 

 彼らは蹲って、うめき声を上げている男達に銃口を向けつつ、隠れる場所がないかを確認する。

 彼らはドイツ帝国情報省傘下の特別行動部隊――Einsatzgruppenであり、陸軍のブランデンブルク師団あがりの将兵達で構成された特殊部隊であった。

 

 そして、これは軍及び情報省の共同で行われた不審な電波を出す、幽霊掃討作戦の一環だった。

 なお、ここで捕らえられた諜報員達は半年以上、潜水艦が現れなかった理由はドイツにより撃沈されていた為だと情報省に連行された時に知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 中央暦1640年1月も終わりに近づいたある日のこと。

 ドイツにおいて、極めて重要な政治的かつ軍事的な会議が行われていた。

 

「グラ・バルカスとアニュンリール、この2カ国をどうするか?」

 

 ヒトラーはそう切り出した。

 出席しているのは国防大臣であるヴェルナー、財務大臣のクロージク、外務大臣のノイラートだった。

 

「グラ・バルカスは接触もできておらず、アニュンリールは閉鎖的です。正直なところ、外交交渉でどうにかするのは困難かと思われます」

 

 ノイラートの悔しげにそう告げた。

 外務省が仕事をしていない、と思われても仕方がないことだった。

 

「グラ・バルカスはそもそも距離的に遠く、アニュンリールも情報が本当なら外交でどうこうできる相手ではないだろう」

 

 ヒトラーはそのように慰めつつ、このとんでもない問題――特にアニュンリールをどうしようかと溜息を吐きたくなった。

 

 グラ・バルカスは件の不審な電波により、判明した転移してきた国家と思しきものだ。

 各地に潜入していたグラ・バルカスの諜報員達に対して現在も掃討作戦を展開していた。

 

 捕まえた諜報員達は情報省職員による丁寧な質問(・・・・・)により色々と教えてくれた。

 グラ・バルカスはまだ常識の範疇にある国家であり、対処方法は幾らでもある。

 何よりも、挑戦してくるならば問答無用で叩き潰すだけだが、それはなるべくやりたくはない。

 

 諜報員達に聞いた話では、地球における列強と同等くらいの国力であり、これまでのように数時間で終わらせることはできないと簡単に予想ができた。

 相手も死にもの狂いで戦うだろうから、ドイツとしても全力を出す必要がある。

 だが、全力――すなわち、戦時体制への移行は戦後の経済的な反動がとてつもないことになるので、やりたくはなかった。

 

 一方、アニュンリールの方は対処方法がない爆弾だ。

 

 鬼人族は他国では忘れ去られた、あるいは失われた様々な情報を持っていた。

 彼らはアニュンリールに囚われた鬼姫の救出を条件に、ドイツに対してそれらの情報を提供してくれた。

 それは主に太陽神の使いに関するものや、古の魔法帝国に関するものだ。

 

 そして、それを聞いてドイツは半信半疑で現地――エスペラント王国の王城付近を許可を得て片っ端から掘り返したところ、本当に出てきてしまったのだ。

 

 古の魔法帝国――ラヴァーナル帝国を復活させる為のビーコンが。

 

 現場付近はただちに封鎖され、発掘に携わった者達は箝口令が敷かれた。

 また、エスペラント王国とドイツとの間で協議が行われたが、決まったことはエスペラント王国が魔導師によるビーコンの分析を行うというものだった。

 ビーコンは魔法技術の塊であり、ドイツよりもエスペラントの魔導師達の方がまだ構造を理解しやすいだろうと判断された為だ。

 

 そして、神降ろしの聖者と呼ばれるバハーラという鬼人が言うにはアニュンリール皇国はラヴァーナル帝国を復活させて、再度、彼の国による世界の支配を行おうというのだ。

 バハーラからは他にもラヴァーナル帝国に関して色々と情報を得ることができたのだが、その情報が全て正しいと仮定すると、どうもドイツと同等か、最悪上回る可能性が高かった。

 

「神話に出てくるような国が、神話通りの設定で現実に出てきた。どうすればいい?」

 

 ヒトラーは思わず、ヴェルナーに問いかけてしまった。

 

「……いやもうどうにもならんだろ、と個人的には言いたい。とはいえ、手がないわけではない」

 

 ヴェルナーの言葉に対し、クロージクが告げる。

 

「予算のことは気にしないで結構です。正直、信じたくはありませんが……証拠が出てきてしまったので信じざるを得ません」

 

 証拠とは魔帝復活ビーコンのことだ。

 現在、それはグラメウス大陸に設置された、特殊研究所に厳重に保管されている。

 そこにはエスペラント王国から派遣された選りすぐりの魔導師達により、慎重に分析が試みられている。

 時限爆弾のように爆発することはないだろうが、それでも何が起こるか分からない。

 研究所の周囲はアニュンリールによる奪還などの不測の事態を想定し、ドイツ軍により完全に隔離されていた。

 

 ヴェルナーは告げる。

 

「生物兵器をアニュンリール皇国全土に対して使用する。この世界の亜人にも我々の世界の病気は有効だ」

 

 ドイツはロウリア王国を庇護下においた後、比較的早い時期から情状酌量の余地がない、死刑が確定した犯罪者達を引き取り、彼らに対して様々な実験を施している。

 そこには生物兵器や化学兵器に対してどのような反応を示すか、というものもあった。

 その中に有翼人はいなかったが、彼らも亜人に分類されるだろうとヴェルナーが問い合わせた研究所の所長は予想していた。

 

「禁じ手を使うのか?」

 

 ヒトラーの問いにヴェルナーは重々しく頷いた。

 ヒトラーは安易に否定したりはせず、問いかける。

 

「その理由は?」

「バハーラの話が本当ならば、おそらく国家方針として、アニュンリールは魔帝復活を目論んでいるのだろう。となると、どうにかする為には全面戦争しかない。だが、アニュンリールは相応の軍備を整えており、もしかしたら魔帝と同等の装備を持っているかもしれない。最悪、欧州戦争と同じか、それ以上に戦費も資源も掛かるし、人命も失われるだろう」

 

 ヒトラーは頷きつつ、更に問いかける。

 

「他に理由はあるか?」

 

 ヴェルナーは頷き、告げる。

 

「生物兵器なら、我々がやったということが露見する可能性は少ない。何しろ、疫病が発生するのは別におかしなことではないし、疫病により国が滅んだ、もしくは滅びかけた事例はこの世界だけでなく、我々の世界にだってある」

 

 その答えに対し、さらにヒトラーは問いかける。

 

「鬼姫に関しては?」

「外交ルートで魔帝復活を目論んでいるということ、その証拠をこちらが握っていることを匂わせ、解放させる。鎖国しているが、それは本土だけで、外界との接触は保たれていると聞いているからな。解放させた後に仕掛ける」

 

 ヒトラーは腕を組んだ。

 クロージクも、ノイラートも沈黙する。

 

 真正面から戦うとなれば、確かにヴェルナーの言う通りになる可能性は高い。

 

「……生物兵器は最後の手段としておきたい」

 

 ヒトラーは長考の末、そう告げた。

 ヴェルナーは僅かに頷きながら、口を開く。

 

「軍は政府の決定に従う。もしも必要ならばいつでも言ってほしい。ただ、これは個人的な意見だが、使いたくはない。なるべくなら正攻法でやりたいところだ」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは勿論、クロージクやノイラートも深く頷いた。

 

「対アニュンリール及びラヴァーナルを想定し、第三文明圏とその周辺を我が国が纏める必要がある」

 

 ヒトラーはそう切り出し、更に言葉を続ける。

 

「そして、ミリシアルやムーとも組むことで世界連合軍を結成し、戦うというのはどうだろうか? 少なくとも、ラヴァーナルとアニュンリールに関する点だけは協力できる可能性は高いと思うが……」

「彼らに対する切り出し方が問題です。下手をすると暴走する可能性があります」

 

 ノイラートの言葉にヒトラーは頷く。

 

「彼らとより深く信頼関係を築き、少しずつ話をしていくしかない」

「お任せください」

 

 ヒトラーの言葉にノイラートが力強く頷く。

 そのとき、クロージクが口を開いた。

 

「ラヴァーナルを打ち倒す為、我々の技術をより発展させ、また魔法に関して深く研究する必要があるかと思います。予算は……財務省がどうにかしましょう」

 

 クロージクとしても断腸の思いだ。

 そんな彼を見ながら、ヴェルナーは言葉を紡ぐ。

 

「ラヴァーナル帝国と話をして侵略をやめてもらう……ということはできないよな、やっぱり」

「無理だろう」

 

 ヴェルナーの言葉をヒトラーは否定する。

 

 転移してから今日に至るまで、膨大な情報を各国からかき集めてきたが、ラヴァーナル帝国に関しては悪いものしかない。

 どんなに酷い国家であっても、少しくらいは良い話も残っているのが普通であるが、そんなものは欠片もなく、傍若無人極まりない国家だったようだ。

 そもそも神に弓を引いたらしい、とまで神話にあるのだから、話ができるわけがなかった。

 

「軍としてはラヴァーナル帝国の軍備は我々よりも、最悪数世代は進んでいると想定しておくので……」

 

 そう言いながら、ヴェルナーは恐る恐るクロージクへと視線を向ける。

 クロージクは溜息を吐く。

 

「先程も言った通り、何とかしますので安心してください」

 

 彼の言葉にヴェルナーは安堵した。

 それを見て、ヒトラーは毅然として告げる。

 

「それではこれより、対アニュンリール及び対ラヴァーナルを想定して、動くことにする。向こうが魔法なら、こっちは科学技術で迎え撃つまでだ。ドイツを舐めるなよ、神話国家共め」

 

 

 ここにドイツの方針は決定された。



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意思統一

 フィルアデス大陸にある多くの国々は復興と発展の途上であった。

 

 これはドイツによるパーパルディア及び新規独立国復興支援計画の一環だ。

 通称、フィルアデス計画と呼ばれたこれにより大規模な経済援助が実施され、軍が壊滅し、生産拠点であるデュロにも大打撃を受けたパーパルディアや、パーパルディアにやりたい放題されて、すっかり荒廃してしまった中で独立を果たしたクーズをはじめとした多くの新規独立国は一息つくことができた。

 

 無償贈与の割合が多く占める、この大規模な経済支援は支援を受ける側となった第三文明圏やその周辺の文明圏外国は勿論のこと、第一文明圏や第二文明圏の各国も驚愕した。

 ムーは勿論、ここ最近、国交を結んだミリシアルの衝撃は凄まじかった。

 彼らであっても、そこまでの経済援助は不可能であった為に。

 

 第三文明圏及びその周辺は、もはやドイツの勢力圏と言っても過言ではない。

 それは軍事的には勿論、経済的にも勢力圏であると言えた。

 そしてドイツは勢力圏下にある国々に対して、友好的で、寛大であった。

 

 ドイツのそのような振る舞いは勿論のこと、何よりもパーパルディアという、非常に分かりやすい悪役がいた為に第三文明圏及びその周辺国は、驚く程簡単にドイツに靡いてくれた。

 

 しかし、ドイツはパーパルディアを完全に潰さず、生かした。

 パーパルディアから独立した国々は、国内外に様々な問題を多く抱えていたものの、仇敵がまだ残っていることで内戦状態に陥ることなく、どうにか纏まっていた。

 

 一方のパーパルディア側も、旧属領へ領土的野心を抱く余裕など無かったが、それでも彼らによる復讐を警戒した。

 

 このまま放置しておけば、遠からずパーパルディアと旧属領諸国との間で衝突が起こる可能性は非常に高かったのだが、そこでドイツが動いた。

 パーパルディアに対して旧属領に対する再征服を計画しようものなら、次は国が消えるだろうと警告したのだ。

 その一方で旧属領の諸国に対しては、パーパルディアが既に領土的野心を欠片も抱いていないこと、もしもそのようなことを行ったならば、パーパルディアの領土を完全に焦土化するだろう、とドイツは告げた。

 

 パーパルディア側は震え上がり、旧属領諸国もドイツの軍事力ならそれが容易に可能だと理解していたこと、また何よりもドイツの言うことを聞かなければ経済援助が打ち切られることが簡単に想像できた為、大人しく従った。

 そして、そのままドイツが仲介する形で、パーパルディアと旧属領諸国間でこれまでのことを清算する為に条約を結ばせた。

 その内容はパーパルディアが無償の支援金を支払い、現地の全ての資産を放棄するかわりに、旧属領諸国はこの問題に関して最終的に、完全かつ不可逆的に解決されたとし、パーパルディアへ今後一切のこれに関する請求をしないというものだった。

 だからこそ、支援金の額については旧属領諸国はパーパルディアの国家予算の20年分という莫大な額を要求してきた。

 各国――70カ国以上――で等分するので、個々の国家に入る額は少ないというのが旧属領諸国の言い分だ。

 

 そこですかさずドイツが助け舟を出した。

 パーパルディアへその支援金と同額の融資を申し出たのだ。

 旧属領諸国はそれを黙認した。

 

 黙認した理由は主に2つあった。

 事前にドイツから旧属領諸国へと根回しがされていたこと、この融資によりパーパルディアが完全に、ドイツの首輪つきとなるからだ。

 

 とある新しく独立した国家の指導者は条約締結後に次のように語った。

 

 もはやパーパルディアにはかつての脅威は欠片もなく、これからの彼らはドイツの従僕として生きることになるだろう――

 

 そして、それはその通りだった。

 パーパルディア側の懐事情に配慮し、猶予ある返済をドイツ側は認め、また密かにパーパルディアに対する優先的な支援を約束した。

 皇帝ルディアスをはじめ、パーパルディアの面々は優秀であったからこそ、融資を拒む選択肢がないこと、そしてドイツの実質的な庇護下にあれば、かつての皇国よりも発展できてしまうこともまた理解できてしまった。

 

 分かりやすい例として、ロウリア王国がある。

 彼の国はドイツに敗戦後、パーパルディアよりも明確な従属国のような立場となったが、その発展具合は第三文明圏及びその周辺では随一だった。

 

 ロウリアよりも緩い縛りのパーパルディアは、より発展できる可能性は高かった。

 国にとって最良となる選択肢が提示されているにも関わらず、選ばないような暗愚はパーパルディアには存在しなかった。

 

 

 

 

 そして、ドイツは情勢を考慮しつつも、自国の軍事的及び経済的な優越を背景に、次の一手を打った。

 

 友好と協力及び相互の援助を目的として、パーパルディアも含む第三文明圏とその周辺国に対して、とある条約を提案し、参加を促したのだ。

 

 パーパルディアと一応の手打ちがされたとしても、旧属領諸国の国内情勢は安定とは言えないが、不安定という程でもない微妙な状態であり、またドイツの経済支援に依存していたからこそ、彼らはその条約に参加しないという選択ができなかった。

 何よりも、その条約はパーパルディアや旧属領諸国など関係なしに、第三文明圏とその周辺国にとって非常に魅力的であった。

 

 だからこそ、各国共に条約を結ぶことに賛同した。

 

 

 その条約はベルリンにて滞りなく、結ばれた。

 そして、これが第三文明圏及びその周辺国の人々による初のドイツ訪問ともなった。

 もっとも、ミリシアルやムーは既に外交団によるドイツ訪問を果たしており、彼らはその発展具合に非常に驚愕した。

 ドイツが実はラヴァーナル帝国ではないか、世界支配の為に温厚な国家を装っているのではないかと真剣にムーとミリシアルのそれぞれの内部で、そしてムーとミリシアルの2カ国間で密かに議論された程だ。

 ドイツ人は光翼人ではないという至極真っ当な意見によりこれらの議論は終了し、ラヴァーナル帝国ではないと判断され、その一方で太陽神の使いか、それに類するものという結論に達していた。

 

 

 さて、ベルリン条約と呼ばれるこの条約は、集団安全保障に加えて、加盟国が攻撃された場合、共同で応戦・参戦する義務――集団的自衛権発動の義務――があった。

 もっとも、加盟した各国は実質的にはドイツを盟主とした軍事同盟であると認識しており、その強大な軍事力の庇護下にあれば、他国に脅かされることなく経済発展に努めることができるという考えだった。

 なお、ここでの他国とは第三文明圏やその周辺国ではなく、他の文明圏にある国を加盟国は想定していた。

 

 応戦・参戦義務があるものの、精々が宣戦布告をするくらいであり、たとえ国軍が出るにしても、遠征などするまもなくドイツが終わらせてくれるというような認識だった。

 

 ドイツの力を目の当たりにした第三文明圏及びその周辺国にとって、その軍事力は疑うべくもない。

 また、ドイツがかつてのパーパルディアのような過激な拡張をしていないことから、安心できたというのもある。

 しかし、そのような各国の認識とは裏腹に、ドイツの各国軍に対する支援は非常に熱心であった。

 軍事顧問団の派遣や各国軍との共同演習の実施、将校クラスの相互留学プログラムなど、まるで各国の軍事力を高めようという狙いがあるかのようであった。

 

 勿論、自国の軍を強くしてくれるなら各国共に大歓迎で、ドイツの動きに大きく協力したのは言うまでもない。

 

 そして、ベルリン条約を皮切りに、様々な条約や協定がドイツとの間で、あるいはドイツの仲介により各国間で結ばれた。

 基本的にそれらは双方に利益があった為、各国共、賛同するしかなかった。

 

 

 ドイツにとって、第三文明圏及びその周辺国の安定及び強化は、アニュンリール及びラヴァーナルとの戦争における大前提であった為、労力を惜しまなかった。

 

 

 アニュンリールやラヴァーナルに関しては各国に対する明確な説明こそされていないが、外交官同士、あるいは軍人同士などの交流会などでドイツ側がそれとなく話題に出すようにしており、もしも復活した場合についてどのように対処するかという話し合いが行われていた。

 そして、もしも万が一、復活した場合は例え大きな力の差があったとしても全力で抵抗するという意見で各国の外交官や軍人達は一致していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中央暦1942年3月22日

 

 

『よって、ここにドイツは東方生存圏の確立を宣言する!』

 

 ヒトラーの演説をテレビ――ドイツ本国及び海外領土ではカラーテレビが一般的に普及している――で見ながら、ヴェルナーは何の冗談だ、と言いたくなった。

 

 彼がいるのは国防省の大臣執務室ではなく、その隣にある休憩室だ。

 テレビは勿論、寛げるようものがこの部屋にはある。

 ベッドからシャワールームまで様々だ。

 

「というか、東方って……我々が東方だろうに」

 

 ヴェルナーはツッコミを入れるが、ここには彼1人しかいない。

 こっちに来て作成され、ようやく形になってきた世界地図によれば、第三文明圏の東側外縁部付近にドイツ本国と海外領土は存在する。

 

 東方にあるこの地に生存圏を確立した、という意味でなら正しいのかもしれない。

 

『なお、この意味は、世界の東方におけるこの地で、ドイツが生存圏を確立できたという意味である』

 

 ヴェルナーはぎょっとして、思わず周囲を見回したが、誰もいない。

 ヒトラーが自分のツッコミを聞いて、そう答えたかのように思えたが、気の所為だったようだ。

 

 対アニュンリール及びラヴァーナルを想定して動き始め、2年余りが経過している。

 東方生存圏とヒトラーは言ったものの、その実態は将来に起こるだろう2カ国との戦争に備えたものだ。

 

 予算は気にしないでいい、という太鼓判をクロージクに押されたものの、ドイツ軍の軍拡は兵力や既存装備の調達数といった面では大きく増加はしなかった。

 

 明日にもラヴァーナルが復活するのではないか、という最悪の予想があったが、そうだとしても戦争をするには向こうも準備が必要で、彼らがその準備をしている間にこちらが兵力を揃えて、先手を取るしかないという判断がされた。

 何しろ、ラヴァーナルの技術力は不明な部分が多かったが、神話通りならドイツを上回っている可能性が高いと予想されており、その技術に少しでも追いつく必要があった。

 そのために各軍は研究中もしくは開発中であった技術を利用した、新兵器が出てくる可能性を考慮して、すぐに既存装備を大量に揃えるのではなく、ある程度の時間を置くことで新兵器の登場を待ち、それを新規調達することで既存装備の更新に掛かる費用を少しでも減らそうと考えた。

 

 とはいえ、建造に時間がかかる軍艦や将兵の育成などはその限りではない。

 各軍は軍艦などの時間が掛かるものを除けば基本的に予備兵力の充実に力を入れていた。

 軍で一定期間の訓練を受けた後は定期的な短期訓練や有事以外は民間企業で働くという者は2年前と比べて大幅に増えていた。

 

「ラヴァーナルは非常に厄介で、面倒な連中だ」

 

 ヴェルナーは溜息を吐いた。

 ラヴァーナルに関する手がかりはあった。

 それは2年前の9月に接触したカルアミーク王国をはじめとした各地に点々とある遺跡から得られたものであったり、1年程前に外交団を派遣して、国交を結んだエモール王国からによるものだ。

 

 なお、カルアミークでは国交樹立及び安全保障条約締結後にちょっとした革命騒ぎが起こったが、現地に駐留していたドイツ軍と他の2カ国――ポウシュ国、スーワイ共和国であり、これらの国々とも国交樹立と共に安保条約を結んでいた――に駐留していたドイツ軍により、あっさりと鎮圧された。

 首謀者の配下であった魔導師はカルアミークとの裏取引でドイツに移送され、ラヴァーナル帝国に関する研究を行うことになった。

 

 ドイツにとって衝撃的であったのはその魔導師が持ってきた、遺跡にあった資料だ。

 その資料は長距離弾道ミサイルらしきものであった。

 

 また、ラヴァーナルが核兵器らしきものを実用化していた、というのはエモール王国からの情報により得られたものだ。

 エモール王国はプライドが高く、魔力が低い種族に対しては差別意識も強かったのだが、赴いたドイツの外交団に対して非常に友好的であり、その友好っぷりは偶々居合わせた他国の外交団が驚くほどだ。

 

 ドイツ側は何かがあるなと察していたが、藪をつついて蛇を出すわけにもいかなかった為、特に探るようなことはしなかった。

 

 ともあれ、エモール王国はラヴァーナルに関する有益な情報を幾つも外交団に教えてくれた。

 そのうちの1つがコア魔法と呼ばれるもので、核兵器に匹敵するものだった。

 エモール王国の前身であるインフィドラグーンに使用されたものであったが、ラヴァーナルとインフィドラグーンが戦争に至った理由は酷いものだった。

 

 国力的には同等の国家であったらしいにも関わらず、竜人族の皮がほしいからよこせ、と事後報告で伝えてきた――すなわち、犠牲者が出た後に――為にインフィドラグーンが激怒して開戦というものだ。

 

 それらの情報を外交団はドイツ政府にそのまま伝えた。

 政府は有識者達を密かに集めてこれらの情報からラヴァーナルの実態解明を行った。

 

 出された結論は、ラヴァーナルには大国としての責任どころか、文明国として最低限備えるべき理性が存在しないというものであった。

 あまりにも高度な文明を築き上げてしまった為に、自国と自国民以外の全てが未開の蛮族にしか見えなくなってしまったのだろう、というのがドイツ政府の推測だった。

 

 一歩間違えればドイツもまた第三文明圏で、そのようになっていた可能性があったが、地球における列強諸国との外交経験――ドイツよりは単純な国力は劣るが、戦争となればドイツも甚大な損害を出した上での勝利か、最悪敗北する可能性すらある――及び転移という未知の体験があった為に、見下すよりも遥かに警戒心が勝っていた。

 

 確かにドイツは地球において優位にあったが、そのすぐ後ろにはイギリス、フランス、ロシア、アメリカ、日本という順番で迫りくるライバル達がいたのだ。

 ある意味では彼らのおかげと言えるかもしれない。

 

 

 

 そして、あちこちから得られたラヴァーナルに関する情報は、ドイツという国家の意思を完全に統一した。

 

 

 

 ヴェルナーは先日、政府内で決定された対ラヴァーナル戦の方針を思い返し、呟く。

 

「核兵器及び生物兵器、化学兵器による先制攻撃も選択肢に含む、か……」

 

 史実におけるアメリカとソ連がヴェルナーの脳裏を過ぎった。

 まだ2カ国のほうが比べるのも失礼なほどに理性があると彼は思う。

 

 

 ラヴァーナルはそうではない。

 いとも簡単に、普通の兵器と何ら変わらぬ感覚で、核を使用するだろう。

 それこそ、米ソが全面戦争に発展した場合、予想されていた核のパイ投げのように。

 

 誰も幸せにならない結末だ。

 

「衛星測位システムやらミサイル防衛やら、その他色んな軍事的な技術の開発が急激に進んでいくのは、何とも言えない複雑な気分だ」

 

 アーネンエルベの核開発チームは3ヶ月前から核兵器製造の為にウラン濃縮を開始した。

 彼らも覚悟を決めたのだ。

 

 また、現在、弾道ミサイルにおける弾頭の多弾頭化も急速に開発が進められている。

 その為に予算も人員も何もかもが大盤振る舞いで、技術は文字通りに日進月歩で発展していく。

 

 それこそ史実の米ソ冷戦時代に匹敵するか、もしくはそれを上回るのではないか、とヴェルナーが思ってしまうくらいの速度だ。

 

 

 ともあれ、それも仕方がなかった。

 ラヴァーナルが実際にどの程度の戦力と技術を持っているのか。それは、彼らの国が復活しない限り調査することも確認することも不可能だ。

 何よりも外交によって解決ができない可能性が極めて高いことは、ドイツ政府及び軍に対し、かつてないほどの危機感を抱かせていた。

 ラヴァーナルと戦争になった場合、一方ないし双方が滅びるまで戦う、文字通りの絶滅戦争に発展する可能性は非常に高く、かといって座して滅亡を待つ、もしくは奴隷のように彼らに服従するなんてことはできない。

 

 そのためにドイツは考えられる最大限の警戒と軍事力強化及び、その為に必要な技術の研究開発を行うしかなかった。

 

 

「来月にはミリシアルで先進11カ国会議も控えているが、どうなることやら」

 

 グラ・バルカスとは密かに外交交渉を行っているが、彼の国はこの世界における国々へ強硬な態度を崩していない。

 それどころか、ムーの勢力圏を荒らしている始末だ。

 これに対してムーが激怒しており、遠からぬ内に戦争に発展するだろう。

 

 とはいえ、グラ・バルカスはドイツに対しては接触当時から慎重な姿勢を示しているとヒトラー経由で外務省から聞いていた為、政府はドイツが仲裁することを考えているらしかった。

 

 どうやら、第三文明圏及びその周辺国で実施された掃討作戦から逃れた諜報員達が民間船を乗り継いで、作戦が実施されておらず、かつドイツ空海軍による電波妨害も行われていない拠点に辿り着き、そこから本国へ情報を送信したと考えられていた。

 

「馬鹿な行動に出ないことを祈るばかりだが……無理かもしれない」

 

 グラ・バルカスの戦力は欧州戦争時の列強に匹敵する可能性もあり、支援をすればラヴァーナルとの戦争時に重要な戦力となり得るからだ。

 とはいえ、ムーから得た情報を分析したところ、グラ・バルカスの感覚は地球における列強が植民地獲得に躍起になっていた時代のものらしい、と推定されている。

 

 グラ・バルカスと一戦交えないとダメなのか、とヴェルナーとしては暗澹たる思いだ。

 戦力温存の為、今は極力戦いたくないのが本音だった。



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公開処刑

 ミリシアルより、先進11ヵ国会議へドイツが参加を求められたのは開催の1年程前――中央暦1641年のことだった。

 ドイツにとって、これは渡りに船であった。

 アニュンリールもその会議に出席する為に。

 

 国際会議の場で、盛大に焦ってもらおうというのがドイツの判断だ。

 無論、アニュンリールと会議に来るかどうか怪しいグラ・バルカス。その両国以外の参加国への根回しは忘れていなかった。

 ドイツは中央暦1641年12月までに既に国交樹立を果たしていたミリシアルやムー以外の、第一文明圏と第二文明圏及びそれぞれの文明圏周辺国へ外交団を派遣し、その多くの国で国交を結んでいる。

 一部の国とは貿易どころか、ドイツ企業の進出も行われている程であった。

 

 ノイラートだけではなく、ヒトラーもまた自ら動き回り、約束である鬼姫の救出とラヴァーナル帝国への対策の為に各国の駐独大使との会談は勿論のこと、直接に各国へと赴き、会談を積極的に行っていた。

 

 そして、各国に対してドイツがラヴァーナル帝国の話題を少しだけ出したとき、もっとも過敏な反応を示したのはミリシアルであった。

 彼らがラヴァーナルの復活を非常に恐れていることは、ドイツにとって幸運だった。

 

 列強第一位とされるミリシアルの協力を取り付けることができれば、大きな戦力となる上、各国に対する外交的な根回しも円滑に進む、と考えられた。

 

 そこからミリシアルの取り込み工作が加速した。

 一気に明かしては彼らが単独でアニュンリールに攻め込む可能性が高かった為に、情報を小出しした。

 魔帝対策連絡協議会が発足し、ドイツとミリシアル間で密かに、けれども頻繁に開催された。

 この協議会には程なくしてムーも加わり、エスペラントやクワトイネ、クイラなど続々と各国が加わっていった。

 協議会参加もしくは支援の動きはミリシアルとムーの後押しもあり、第一文明圏、第二文明圏及びその周辺国にも広がった。

 

 魔帝復活ビーコンがエスペラント王国から発掘されたという、ドイツが保有する最大の情報を開示した時は、ミリシアル側の出席者から卒倒する者が出たくらいであり、ミリシアル以外の各国にも驚きをもって迎えられた。

 このビーコンの存在が事実であることは、エスペラント王国代表と鬼人族の代表であるバハーラが保証した。

 

 一方でアニュンリールは、魔帝復活の直接的なきっかけとなるようなことはできないのでは、と推定された。

 もしも、復活に対して直接的なことができるのならば、既にやっていてもおかしくないが、そのような動きは無かった。

 

 ドイツ空軍及び海軍は中央暦1641年10月からアニュンリールに対して、航空機による高高度偵察や潜水艦による偵察を行っており、もしも動きがあれば即座に本国へ通報する体制が構築されていた。

 

 人工衛星による偵察も計画されたが、この惑星が地球より巨大であったため打ち上げられる衛星の重量が低下し、打ち上げロケットの改良が必要となったり、他にも様々な問題に直面して、打ち上げは遅れに遅れた。

 そしてようやく、中央暦1641年11月に打ち上げに成功していた。

 フォン・ブラウンとコロリョフが率いる宇宙開発・探査チームの奮闘によるものであり、またラヴァーナルが復活した際は早期に発見するためにも予算が湯水のように投入されている。

 

 人工衛星は1642年4月の段階で偵察衛星が4機、打ち上げられているが、今後も続々と打ち上げ予定だ。

 

 

 なお、衛星によってグラ・バルカスと思われる国家の位置も判ってしまったため、ミリシアルとムーなど、第一文明圏と第二文明圏及びその周辺の国々に情報提供を行った。

 更に、ヴェルナーの指示により大陸間弾道ミサイルの照準も一部、グラ・バルカスへと向けられた。

 

 

 

 

 そして、先進11ヵ国会議へドイツは外務大臣であるノイラートが出席する。

 彼とその随員はドイツ海軍の巡洋艦であるプリンツ・オイゲンに乗船し、会議へと向かうこととなった。

 なお、プリンツ・オイゲンには護衛として駆逐艦5隻がつき、更に開催地であるカルトアルパスの周辺海域――内海ではなく外海に――ドイツ海軍は潜水艦を12隻、事前に潜ませていた。

 

 そして、いよいよ先進11ヵ国会議が開催される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先進11ヵ国会議、その開幕にエモール王国の使者、モーリアウルから爆弾のような情報が放り込まれた。

 しかし、他国の出席者達は納得したような顔で、特に驚きはない。

 エモール王国は魔帝対策連絡協議会は参加こそしていないものの、情報提供をしている。

 その協議会に連絡員として派遣されているのがモーリアウルであった。

 

 アニュンリール及びグラ・バルカスを除き、基本的に魔帝対策連絡協議会に既に参加しているか、あるいは既に支援を行っていたり、これから参加しようと思っている国ばかりであった。

 またアニュンリールは論外であるが、グラ・バルカスに対してもドイツはラヴァーナルに関する最小限の情報を提供してみた。しかし「そんなお伽噺を信じているのか」と呆れられたため、協力の意志は無いと判断されている。

 

 11ヵ国会議の直前あたりに空間の占いを行うと通達してあった為、知らない国はアニュンリールとグラ・バルカスだけであった。

 

 グラ・バルカス代表である女性――シエリアが口を開きかけたとき、その機先を制するかのようにノイラートが挙手をした。

 

 ドイツに対しては慎重かつ、丁寧に、可能であれば友好的な関係を構築するように厳命されていたシエリアは口を閉じざるを得ない。

 

 ノイラートの発言が議長により許可される。

 

「ラヴァーナル帝国が神話通りの強大な国家であった場合、全世界の力を合わせねば対抗は不可能と我が国は考えています。故に、我がドイツは対ラヴァーナルを想定した軍事同盟を提案します。猶予は僅かしかないので、各国は早急に検討して頂きたい」

「我がミリシアルはドイツの提案に賛同する」

 

 真っ先にミリシアル代表が発言し、続いてムー、そしてエモールのモーリアウルが続く。

 あのエモールすらも賛同に回ったが、それほどまでにラヴァーナルは危険であるという共通した認識があった為に、特に驚きもなかった。

 

 続々と各国が賛同していき、残すはアニュンリールとグラ・バルカスのみとなった。

 まず、ノイラートはグラ・バルカスのシエリアに問いかけた。

 

「グラ・バルカスはどのように考えるか?」

 

 シエリアは言葉に詰まった。

 彼女は勿論、グラ・バルカス本国はこんなこと全く想定していない。

 

 ドイツ以外の国に宣戦布告し、予定通りに帝国の威を示すというものだ。

 参加国はドイツと国交を結んで、それなりに友好関係にあるが同盟を結んでいるわけではなく、ドイツは怒りはするだろうが、取引でどうにかなると考えていた。

 というより、既にその作戦は進行中であった。

 

「ほ、本国に持ち帰らせて頂きたい」

 

 シエリアは冷や汗を垂らしながら、そう告げた。

 ドイツに対して強硬な態度に出るわけにもいかず、それが精一杯だった。

 

 ひとまず回答が得られた為、ノイラートはアニュンリールの代表へと視線を向ける。

 彼の国の代表は非常に面白い顔になっていた。

 

 怒りと困惑と不安と、色んな感情がごちゃ混ぜになっており、こんな表情をしている輩がいたら、ノイラートはすぐさま入院するように勧めるだろう。

 とはいえ、彼には可哀想であったが、アニュンリールという国の看板を背負ってこの場にいる。

 ノイラートは手を抜くつもりは一切なかった。

 

 

 イギリスとやりあった、ドイツ帝国外務省を舐めるなよ――

 

 

 その誇りを胸に抱きながら、ノイラートは問いかける。

 

「アニュンリールはどうされますか? 少し表情が優れないようですが……」

 

 その問いに対して、シエリアがドイツ側の心証を良くしようと口を開く。

 

「何か、重大な隠し事をしているように私には見えます」

 

 その援護にノイラートは軽く頷きつつ、アニュンリール代表の反応を待つ。

 すると、彼はようやく口を開いた。

 

「わ、我が国は文明圏外国家で、大した戦力にならないので……」

「世界の危機であるのに、そのようなことは関係ないでしょう。話は非常に簡単で、答えは2つに1つです。『はい』か『いいえ』か?」

 

 ノイラートの追撃にアニュンリール代表は口を噤むしかない。

 更にノイラートは畳み掛ける。

 

「どうして答えられないのですか? グラ・バルカスのように本国に持ち帰るという選択肢もありますが、アニュンリールは元々この世界に存在している国家であり、ラヴァーナルについてもよく知っている(・・・・・・・)筈ですが」

「ほ、本国に持ち帰ります」

 

 いやいや、とノイラートは手を左右に振ってみせる。

 

「だから、どうしてそこで悩む必要があるのですか? グラ・バルカスはともかくとして、他の国々は賛同してくれているというのに」

「空間の占いは、98%の的中率と聞いています。ですから、その、2%の確率で外れることを考慮して……」

 

 震える声で、そう言ったアニュンリールの代表。

 するとエモール王国のモーリアウルが怒りを堪えたような表情で問いかける。

 

「お前達は98%の当たりを信じず、2%の外れを信じるのか? ここまで愚かだともはや救いようがない」

 

 モーリアウルの言葉を皮切りに、各国代表が続々とアニュンリール代表を非難する。

 しかし、アニュンリール代表が逃げる為に途中退室すれば、何かがあります、と行動で示してしまうことになる為、そうすることはできない。

 かといって、軍事同盟に参加することなどできるわけもない。

 味方の振りをして後ろから撃つということもできるかもしれないが、同盟を結んだ時点でどの程度の兵力及び技術力があるか、提示を要求されればアニュンリールの真の実力がバレてしまう。

 

 それを適当に捏造して、提出したとしても、共同訓練や演習などを持ちかけられれば一発でバレる。

 偽装して、大した実力などないように見せかけたとしても、ミリシアルやムー、エモールなどには見抜かれる可能性があった。

 それを防ぐ為に共同訓練などを断ろうにも、軍事同盟を結んだ以上、そういったものを断ることはあまりにも不自然だ。

 

 詰んでる――

 

 それを悟ったアニュンリール代表は自分がここに来てしまったことを非常に後悔した。

 針の筵であったが、ノイラートは話題を変える。

 

「そういえば我が国はグラメウス大陸にある鬼人族の国とも国交を結んでおりましてね。彼の国ではアニュンリールの過激派に鬼姫と呼ばれる重要人物を誘拐されたとか」

「でっちあげだ!」

 

 ここぞとばかりに、アニュンリール代表は叫んだ。

 そして、彼は更に言葉を続ける。

 

「グラメウス大陸にそんな国があるとは聞いていない!」

「まあ、彼らは人前に出ることを好まない為、知られていないのも無理はないでしょう」

 

 穏やかに告げるノイラートにアニュンリール代表は激昂する。

 

「貴国は我が国を滅ぼしたいのか!? 何故、そこまでして我が国を追い詰める!? 我が国の領土が狙いか!?」

「おや、それもいいですね。どうですか、グラ・バルカスのシエリア殿。貴国と我が国でアニュンリールを分割するというのは?」

 

 降って湧いた提案に、シエリアは驚きながらも即座に告げる。

 

「願ってもない申し出です! 是非ともそうしましょう!」

「待ってくれ。その話、ミリシアルも一枚噛ませてくれ」

「是非ともムーも噛ませて頂きたい。何しろ、世界の危機であるからな。非協力的な国家を共同で管理するのは悪くない話だ」

「アニュンリールは広大な領土を保持している。ここにいる各国で仲良く分割すればいいのでは?」

 

 我も我もと告げる中で、モーリアウルの提案。

 それに対して各国は次々と賛同し、仲良く分割ということで纏まった。

 

 目の前で本当に領土分割の話し合いが始まってしまったことに、アニュンリール代表は信じられず、絶望してしまう。

 

 

 これは悪い夢ではないか――

 まだ先進11カ国会議は始まっていないに違いない、これは夢なのだ――

 

「そういえば、エスペラント王国の王城付近で魔帝復活ビーコンが発掘されましてね。アニュンリール代表は何かご存知ですか?」

 

 微笑みながら尋ねたノイラートにアニュンリール代表は遂に意識を手放した。

 

 

 

「存外に脆い。イギリス人なら、3倍にして言い返してくるだろうに」

 

 議場からミリシアルの医療チームにより担架で運ばれていったアニュンリール代表を見ながら、ノイラートは何気なく呟いた。

 

 ノイラートを注意深く観察していたシエリアは彼の呟きが聞こえてしまった。

 その呟きは非常に恐ろしく聞こえ、彼女は震え上がった。

 

 ドイツだけは絶対に敵に回してはいけない、そんな気がした。

 技術力が上とか、そういう意味ではなく、根本的なところで我が国とは違うと先のアニュンリール代表とのやり取りでシエリアは感じた。

 ああいうことはシエリアには勿論、他のグラ・バルカスの外交官でも到底できないだろう。

 

 彼女は逡巡する。

 当初の予定通りに行動するべきか、それとも――独断で行動するべきか?

 

 当初の予定通りに行動すれば、自分の身は本国においては安全だが……本当にドイツは我が国の行いを見逃してくれるのだろうか?

 

 シエリアには見逃してくれるとは思えなかった。

 

 独断で行動した場合、最悪は反逆罪で死刑になる可能性もある。

 だが、少なくともドイツを敵に回さなくて済む可能性は高い。

 

 シエリアは決断する。

 今ここで、帝国の未来を考えるならば、行動するべきだ――

 たとえ、それで反逆の汚名を着せられようとも――

 

 壮烈なる覚悟を懐き、彼女は口を開く。

 

「各国の皆様!」

 

 シエリアの声に9ヵ国の代表達が視線を彼女に向ける。

 

「我が国の海軍が現在、ここに向かって侵攻を開始しております! 本来なら、我が国はここでドイツ以外の各国に従属を迫り、従属しなければ宣戦布告することになっていました!」

 

 すぐさま彼女に剣呑な視線が集まるが、ノイラートが彼女の話を聞きましょう、と宥める。

 ノイラートにシエリアは感謝しながら、更に続ける。

 

「明日にも、我が軍の艦隊が接近します。我が国は正直に申し上げまして、この世界のことを知りません。この世界に対して、我が国は圧倒的に優位にあると確信し、侵略を行っておりました」

 

 シエリアはそこで言葉を切り、更に告げる。

 グラ・バルカスがこの世界に転移してきたことや、決定的なきっかけとなってしまった、パガンダとレイフォルでのことを。

 

 話を聞いた各国代表達は、何とも言えない顔になってしまった。

 

 転移してきた国家であることは各国ともにその技術力から予想がついていたので、驚きはなかった。

 しかし、パガンダとレイフォルのことは彼ら各国代表達からしても、どっちに非があるか明らかだった。

 パガンダ王国が腐敗していたことは知られていたが、まさかそのような暴挙を行うとは予想外だった。

 またレイフォルは、かつてのパーパルディアのように無駄にプライドが高かったことも、ノイラート以外の面々は知っていた。

 列強以外はこの会議に関しては持ち回り参加であったが、レイフォルに赴いて外交交渉を行った経験が彼らにはあったからだ。

 

 そんな無駄にプライドが高いレイフォルが、保護国であるパガンダに非があったにも関わらず、激怒してグラ・バルカスに戦争を仕掛けたということを容易に各国は理解できてしまった。

 ノイラートもその2カ国について具体的には知らなかったが、ドイツが同じことをされたらグラ・バルカスと同じことをするだろうな、と思ってしまう。

 

 そう思いつつ、彼は提案する。

 

「相互に理解を深め、不幸な衝突を無くす為にも、我が国がグラ・バルカスと各国との間で仲介をしましょうか?」

 

 その提案にシエリアは頷いた。

 彼女は本国を決死の覚悟で説得するつもりだ。

 各国の代表達にも異論はない。

 

 ノイラートは彼女の覚悟が見て取れたので、彼女が無駄死にしない為にもグラ・バルカスには目を覚ましてもらう必要があると考えた。

 グラ・バルカス艦隊を叩き潰せば、ちょうどいい目覚ましになるだろう――

 

 そこまで彼が考えたとき、モーリアウルが問いかける。

 

「グラ・バルカスが行った所業の清算については後回しにするとして……グラ・バルカスの艦隊はここに向かっているのだろう? それはどうするのだ?」

 

 モーリアウルの問いかけにミリシアル代表が自信たっぷりに告げる。

 

「我が国に任せて頂きたい。我が軍の実力を披露しましょう」

 

 ミリシアルは列強一位であることから、その自信は確かなものであるのだが、何故か各国代表は不安を感じてしまった。

 

 そんな不安を追い払うように、ムーの代表がノイラートに問いかける。

 

「鬼姫の件はどうしますか?」

 

 予定ではあのまま追い詰めて、交渉するつもりだったからだ。

 

 存外に脆かった為、アニュンリール代表が気絶してしまい、本題に入れていない。

 

「あの調子では知らぬ存ぜぬで押し通されてしまうでしょう。ならば、やるしかないかと」

 

 その意味が分からない者はこの場にはいなかった。

 ムーの代表は更に問いかける。

 

「鬼姫の救出のみを目的に?」

「いえ、どこに囚われているかという肝心な情報がさっぱりありません。戦争を仕掛け、領土を占領していく中で少しずつ情報を集めて、救出するしかないと我が国の軍部は判断しています」

 

 もっとも、ドイツ政府及び軍は既に鬼姫が死亡している可能性が高いのでは、という予想が主流だったが、ノイラートはそんなことを言うわけがなかった。

 ムーの代表は彼の答えに重々しく頷きながら、更に尋ねた。

 

「すぐにでも開戦を?」

「いいえ、準備期間が必要です」

 

 そう答え、ノイラートは更に言葉を続ける。

 

「具体的には3ヶ月から半年程度となります。それで我が国は国家の全てを動員した、総力戦体制へ完全に移行します」

 

 そこで彼は言葉を切り、少しの間をおいて更に続ける。

 

「それはこの世界における、戦争というものの概念を塗り替えることになるでしょう……我が国が元々存在した、地球がそうであったように」

 

 ノイラートは断言したのだった。

 

 



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Uボート

 カルトアルパスには昨夜のうちに避難命令が出され、住民達はそれに従い、多少の混乱が起きたものの、それでもどうにか翌朝には避難を完了していた。

 各国の代表達もまた同じように避難を――なお、アニュンリール代表とその随員らは昨日のうちに船で逃げ出していた――行っていたというわけではなかった。

 

 彼らはドイツの軍事力は凄まじいと耳にしている。

 だが、実際にはどれほど凄まじいのか、見てみたいと昨夜の会食の席、ノイラートに頼み込んできたのだ。

 

 わざわざそんな危険なことをしなくても、と彼は断ったのだが、どうしてもと各国代表――エモールのモーリアウルすらも――食い下がってきたので、食事の後に本国に問い合わせてみた。

 すると、あっさりと許可が出てしまった。

 

 どこで観戦するか、という話になったところで、護衛艦隊司令官であるラングスドルフ中将がうまく手を回してくれた。

 どうやら海軍総司令部から命令が出ているとのことで、その内容は現場から会議室へ中継をするように、というもので、その命令を実行すべく夜のうちに大急ぎで準備が整えられた。

 

 

 

 

 そして翌日、帝国文化館の会議室は興奮に包まれていた。

 会議室には大きなモニターが設置され、それはヘリから母艦経由で送られてきた映像を表示できるものだ。

 ドイツの護衛艦隊は昨夜の日付が変わった頃に出港しており、敵艦隊へと向かっていた。

 

 画面はしばらくの間、真っ暗であったが、やがて中継が始まった。

 映像だけであり、音声は中継側で切られていた為になかったが、ヘリの爆音しか入らないので無くても問題はなかった。

 

 

 既にミリシアル海軍の第零式魔導艦隊は交戦を開始して数時間が経っている筈だ。

 これではミリシアル海軍の戦闘映像を見ることになるかもしれないが、ミリシアルがグラ・バルカスの艦隊を潰してくれるなら問題はなかった。

 ドイツの軍事力を披露するのは別の機会で構わないだろう、ノイラートは考えていた。

 

 

「これは魔導通信ではないのか……聞いてはいたが、いや凄い」

 

 ミリシアル代表は物珍しげに見つめているが、それは多くの代表もまた同じことだ。

 特にマギカライヒ代表は齧りつくように見ている。

 

 マギカライヒは魔導技術と機械技術を融合させた、独自の技術でもって準列強とされている。

 ドイツの機械技術は非常に魅力的であった。

 

 そうこうしているうちに、モニターに第零式魔導艦隊が小さく映った。

 黒煙を吐き出しているようにも見える。

 

 被害は受けたことが誰の目にも分かったが、ミリシアル代表は自信満々といった表情で、腕を組む。

 我がミリシアルの艦隊はどうだ、と言いたげな顔であった。

 

 しかし、距離が近づくにつれて、艦隊の惨状が分かり、彼の表情は渋いものとなった。

 

 距離的にはまだ遠いが、カメラがズームされたことでミリシアルが誇る第零式魔導艦隊の各艦は手ひどくやられていることが判明した。

 沈没艦は今のところはないようだが、傾斜が酷い艦もある。

 

 特にミスリル級戦艦は敵戦艦と殴り合ったのだろうか、満身創痍という言葉がぴったりな状況だった。

 

 そこへ多数の航空機が現れた。

 現れた方向には陸地はない為、味方機ではない。

 

 ヘリはホバリングし、距離を一定に保ちつつ、映像を撮り続ける。

 

 次々と襲いかかっていく敵機を迎え撃つ対空砲。

 空一面に弾幕が張られているが、当たらない。

 

 ミリシアル代表は机に思いっきり拳を叩きつけた。

 彼の表情は悔しさに満ち溢れていた。

 

 この場にグラ・バルカスの代表であるシエリアがいなかったのは幸いだろう。

 昨夜、シエリアはノイラートと会談した後、乗ってきた艦に戻り、カルトアルパスを離れて、衝突を回避する為に動いている筈だ。

 彼女が乗ってきたグラ・バルカスの戦艦――グレードアトラスターが日本の戦艦と大きさは違えど似ていることにドイツ側は驚いたものだが、しかし、その主砲は日本のそれより――20インチ砲が1946年時点で列強における戦艦のスタンダードだった――も小さそうだった。

 

 

 

 

 一方的にミリシアルが世界に誇る第零式魔導艦隊が敵機にやられていく。

 水柱が艦の側面に数本、上がったのが見えた。

 

 それはドイツとの軍事交流でミリシアルが教えられていた、魚雷によるものだった。

 グラ・バルカスが繰り出した攻撃隊は素人であるノイラートから見ても、よく訓練されているのが分かった。

 

「我々の軍が動きます。少し時間は掛かるかもしれませんが……」

 

 ノイラートは短く告げた。

 彼へと一斉に視線が集まる。

 

 ノイラートに海軍への指揮命令権は存在しなかったが、この最悪の展開は可能性は非常に低いとされつつも、一応想定されていた。

 もっとも、一方的にミリシアル海軍がやられるとはノイラートは勿論のこと、ラングスドルフ中将も思ってはいなかった。

 

「ただ、さすがに我が軍に攻撃される敵艦隊を映像で見ることはできないでしょう。グレードアトラスターが単艦で突っ込んでくれば話は別ですが……」

 

 いくら何でもそんなことはしないだろう、とノイラートは思いながらも、そう告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦載機が戻ってきたな」

 

 グラ・バルカス帝国海軍東征艦隊の司令官であるアルカイドは旗艦ベテルギウスの艦橋の窓から空を見て呟いた。

 編隊を組んで戻ってきている艦載機は、損耗しているようには見えない。

 

 前時代的な艦隊戦で威力偵察をしろ、と命令されたときはどうなることかと思ったが、それでもどうにかなった。

 

 艦隊戦で戦艦と重巡洋艦を1隻ずつ撃沈されたが、それはこんなことを命じた上官の責任だとアルカイドは思っている。

 どんなに最善を尽くそうとも、艦隊戦を仕掛けて――それも戦艦の隻数では敵が上という状態で――被害が出なかったら勲章物だ。

 

 

 東征艦隊は艦隊戦を仕掛けるにあたって、空母4隻及び駆逐艦6隻を分離していたが、既に合流を果たしている。

 そこから損傷が大きい艦を駆逐艦の護衛付きで本国へと向かわせていた。

 

 

 

 

 ただ、この後はグレードアトラスター単艦にてカルトアルパスへと赴き、慌てて出てくるだろう各国海軍の護衛艦隊の相手をすることになるのだが、会議から戻ってきた外交官が猛反対しているらしかった。

 しかし、一外交官の反対と本国からの命令では、どちらが優先されるかは決まっている。

 念の為に本国にお伺いを立てたところ、変更無く、作戦を継続せよ、というお達しだった。

 

 グレードアトラスターの艦長ラクスタルからは、外交官を部屋に軟禁することにして、予定通りに作戦を行う、という連絡がアルカイドのところへ30分程前に届いていた。

 ドイツ以外は恐れるに足りないというのが彼は無論、本国における一般的な考えだ。

 また外務省によれば、ドイツは会議参加国とは国交を結び、友好関係にあるものの、同盟関係にはない。

 ドイツは強大な勢力圏を東方に築いていることから虎視眈々と他の文明圏への侵攻を目論んでいることは疑いなく、あらかじめ他の文明圏における領土分割について話し合いをし、合意に至れば戦争になることはない、というのが外務省の予想だった。

 

 

「実際にドイツは強いのか?」

 

 アルカイドの呟きは艦長のバーダンや他の艦橋要員達にも聞こえていたが、彼らとしても疑問であった。

 命を賭けて諜報員達が得た情報であったのだが、どうにも信じられなかった。

 

 諜報員達の情報を元に、イラストが描かれたりもしたが、プロペラも無しに空を飛ぶ飛行機なんて信じられないし、海軍の巡洋艦や駆逐艦は主砲が1門だけとかいうのも信じられない。

 戦艦や空母、潜水艦も存在するらしいが、機密らしく諜報員達はまだ情報を入手できていないとのことだ。

 

 唯一、一番信じられたのが諜報員達が間近で見ることに成功したドイツ軍の戦車で、グラ・バルカス陸軍の戦車とは天と地程の差があった。

 まず車体のサイズからして違うし、主砲も駆逐艦の主砲みたいな大きさだった。

 陸軍の戦車が順当に進化していったら、ドイツ軍の戦車になるだろうな、と誰もが予想できた。

 陸軍では天地がひっくり返ったような衝撃を受けて、新型戦車の開発に取り組んでいるらしいとアルカイドは聞いていた。

 

「ドイツの護衛艦隊は僅か6隻、それも巡洋艦と駆逐艦だという。意外と、戦ってみれば正体がハッキリするんじゃないか?」

 

 外交官が聞いたら殴り掛かりそうなことをアルカイドは冗談めかして告げた。

 正体が分からないから、とかいう理由で戦端を開かれたら、たまったものではない。

 

 

「全空母より連絡。艦載機収容完了とのことです」

 

 通信士官からの報告を聞き、アルカイドは頷いた。

 

「予定通りにカルトアルパスへ空襲を仕掛ける」

 

 アルカイドがそう指示した直後――轟音が響き渡った。

 アルカイドも含め、艦橋にいた者達が一斉に窓の外を見る。

 

 空母が1隻、やられていた。

 見る見るうちに速度を落としていく。

 

 ベテルギウスに警報が響き渡る。

 

「敵はどこだ?」

 

 アルカイドの問いかけに答える者はいない。

 敵機の姿はなく、敵艦もいない。

 

「まさか、潜水艦か?」

 

 ドイツ海軍の潜水艦という可能性はある。

 しかし、艦隊は空母を中心とした輪形陣だ。

 駆逐艦を潜り抜けて、攻撃などできる筈はない。

 

 そのときだった。

 さらに1隻の空母、その艦尾付近で大きな水柱が上がった。

 

 先程の空母と同じく、見る見るうちに速度を落としていき、やがて完全に止まった。

 

「駆逐艦は何をやっているんだ!?」

 

 偶然だろうが、1隻目も2隻目も、おそらくスクリューをやられている。

 彼がそう考えたとき、2隻の空母よりほぼ同時に連絡が入った。

 

 アルカイドの予想通りに、2隻ともスクリューをやられたとのことだった。

 駆逐艦部隊は潜水艦と判断し、爆雷を叩き込んでいるが、それは狙いをつけたものではなく、闇雲に投下しているように見えた。

 

 爆雷投下は30分程で終わった。

 それから10分、20分と時間は過ぎるが、追加の攻撃はない。

 

 どうやら逃げたようだ、とアルカイドが判断したときだった。

 ベテルギウスが大きく揺れた。

 どうにか彼は踏ん張って、倒れることを防いだが、何人もの艦橋要員が転倒していた。

 

「何事だ!?」

 

 アルカイドの叫びに艦橋のウィングにいた見張員が叫び返した。

 

「艦尾付近から水柱が立ち昇りました!」 

 

 まさか、とアルカイドが思ったときだった。

 残った空母2隻から僅かな時間差で艦尾付近から大きな水柱が上がった。

 

「敵の潜水艦だ! 潜水艦に囲まれている!」

 

 アルカイドは叫ぶが、だからといってどうすることもできない。

 ベテルギウスの自慢の主砲は海中の潜水艦には無力だ。

 

 駆逐艦部隊に頑張ってもらうしかなかったが――どうにも頼りない。

 再度、駆逐艦部隊は高速で動き回って、爆雷を投下していたが、やはり探知できていないようだった。

 30分程して、駆逐艦は敵潜水艦の探知の為に爆雷投下をやめた。

 駆逐艦が装備しているパッシブソナーは敵潜水艦が出す音を捉える為だ。

 爆雷の爆発があったり、駆逐艦自体が高速で動き回っていてはそれらの音が邪魔をして敵潜水艦が発する音を探知できなかった。

 

 一連の潜水艦による攻撃で、陣形は乱れに乱れている。

 これでは各個撃破されてしまうが、かといって陣形を組み直している間もまた隙だらけだ。

  

 

 逡巡していたアルカイドは見てしまった。

 ベテルギウスから程近いところを航行していた駆逐艦が水柱とともに浮かび上がったのを。

 

 そして、駆逐艦は艦中央部から真っ二つに折れ、沈んでいった。

 

 確かに駆逐艦に魚雷を叩き込めばそうなるだろうが、アルカイドはただの魚雷ではないような気がした。

 グラ・バルカス海軍も実験として様々な標的艦に魚雷攻撃を行ったことがある。

 それらの実験の記録映像は彼も見ていたが、何かが違うような気がした。

 

 そうこうしているうちにも次々と味方艦が沈められていく。

 駆逐艦も巡洋艦も例外はない。

 ただ、漂流状態となっている戦艦ベテルギウスと空母4隻は手つかずであった。

 

「司令官、どうされますか?」

 

 バーダンが問いかけてきた。

 彼も転倒しなかったのか、見る限りは無傷だった。

 アルカイドは苦笑しつつ、問いかける。

 

「艦長、潜水艦にどうやって降伏すればいい?」

「白旗を掲げるしかありませんが、見えるかどうかは保証できかねます。ただ、それが最善でしょうな」

 

 バーダンの言葉にアルカイドは頷いて、残存艦に白旗を掲げ、また機密文書などの処分を命じたのだった。

 

 

 

 

 このとき、東征艦隊を攻撃したのはドイツ海軍の潜水艦10隻によるものだった。

 彼らは容易く輪形陣の内側に潜り込み、攻撃を行った。

 

 ドイツ海軍の潜水艦は静粛性や水中速力などに優れており、地球における列強諸国の海軍からは探知するのは非常に困難とされていた。

 

 

 そして、残る2隻の潜水艦はグレードアトラスターが昨夜に出港してから、ずっと追尾をしていた。

 

 

 

 

 東征艦隊が敵潜水艦の群れに襲われ、大損害、そして降伏したという通信はグラ・バルカス本国だけではなく、グレードアトラスターにもまた送られていた。

 本国側が詳細を東征艦隊司令官のアルカイドに問い質している中、グレードアトラスターの艦長ラクスタルは即決した。

 

 逃げるしかない――!

 

 駆逐艦1隻すら、護衛にはいない。

 丸裸だ。

 グレードアトラスターはカルトアルパス近海まで東征艦隊が護衛してくれていた。

 だが、頼みの東征艦隊は存在しない。

 

 今のグレードアトラスターは潜水艦にとってはカモに等しい。

 

 ラクスタルは手隙の乗組員全員で海面を見張るように命令を下し、魚雷の早期発見に努める。

 また、なるべく早く離脱する為、速力を24ノットへと引き上げた。

 潜水艦ならまず追ってこれない速度だ。

 燃料と機関への負担を考慮すると、これくらいに留めておいたほうが良いというラクスタルの判断だ。

 

 しかし、それが仇になった。

 24ノットに増速したことで、グレードアトラスターのスクリューは先程よりも盛大な音を発し始めた。

 

 艦尾付近から海面を眺めていた、ある乗組員が発見した。

 見えたのは幸運であった。

 

 何しろ、必ずあるはずの雷跡が、発見した魚雷には無かったからだ。

 

「左舷に魚雷発見!」

 

 彼はあらん限りの声で叫んだ。

 彼の近くにいた乗組員達がそちらへと視線をやる。

 

 やがてグレードアトラスターが回頭を開始した。

 魚雷と平行になるように、徐々に。

 

 ラクスタル以下、全乗組員にとって、非常にもどかしい時間だった。

 

 やがて、グレードアトラスターは完全に魚雷と平行になった。

 だが、そこで魚雷を見張っていた乗組員達は信じられないものを目撃する。

 

 魚雷が艦に――艦尾に当たるように針路を変えたのだ。

 

 

 魚雷が追ってくる――!

 

 その事実に驚く暇はなかった。

 

 轟音と振動、立ち上る巨大な水柱。

 

 グレードアトラスターは急激に速度を落としていき、その行き足は完全に止まった。

 

 原因はすぐに判明する。

 スクリューを完全に破壊されたのだ。

 これでは動くことなどできる筈もなく、グレードアトラスターは自慢の主砲を一発も撃つことなく、漂流状態に陥った。

 

 そして、そのとき、グレードアトラスターはレーダーで6隻の艦を捉えた。

 それはドイツ海軍の護衛艦隊であることは明白だった。

 

 

 護衛とは水上だけではなかったのか、とラクスタルは溜息を吐いた。

 このような状態では回避もままならず、潜水艦から狙われ放題だ。

 

 彼は白旗を掲げることと機密文書などの処分を命じたのだった。

 

 

 



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後始末と方針転換

 

 

 カルトアルパス港管理局の局長であるブロントは未だに信じられなかった。

 つい先日、グラ・バルカスの戦艦、グレードアトラスターを見て彼はその巨大さに驚いたのだが、今回の驚きは別のところにあった。

 

 戻ってきたグレードアトラスターはドイツ海軍の駆逐艦に曳航されていたのだ。

 もはやこの戦艦がグラ・バルカスの港へ戻ることはない。

 

 ブロントもまたグラ・バルカス海軍が仕掛けてきたことは聞いている。

 そして、その結末も。

 

 ミリシアルの第零式魔導艦隊に対して全滅に等しい損害を与えたグラ・バルカス艦隊。

 敵機の攻撃が主力艦や巡洋艦に集中したことと必死の回避運動で、どうにか駆逐艦が3隻、損傷しながらも生き残ったが、気休めにもならない。

 

 しかし、そんな敵艦隊をドイツ海軍は叩き潰した。

 それどころか、戦艦2隻、空母4隻のスクリューを破壊し、降伏に追い込んだ。

 また無傷で降伏した艦もそれなりにあるようだ。

 

「つい先日は最高の気分だったんだろうな。だが、今はどん底だろう」

 

 カルトアルパス港に入港したときは、我が国の戦艦を見よ、とそれはもう誇らしげであったに違いないとブロントは思うし、彼が同じ立場だったらそう思ったに違いない。

 

 しかし、上には上がいるという格言の通りにドイツ海軍が実力を示してみせた。

 聞いたところによるとグラ・バルカス艦隊は一方的にやられたらしい。

 

 グラ・バルカスの立派な装備は見掛け倒しというようにはブロントは思わない。

 長年、港管理局に勤め、色んな国のフネを見てきたからこそ、ドイツ海軍の軍艦が何かが違うと考えていたからだ。

 

 とはいえ、艦隊戦になったという話も聞いていない。

 

「いったい、ドイツは何をやったんだろうな……」

 

 ブロントはそう思いながら、停泊しているドイツ海軍艦艇の中で、一際大きなプリンツ・オイゲンへと視線を向けるのだった。

 

 

 

 

 

「今回の戦果は全てドイツのものとしたい」

 

 先進11カ国会議――2カ国が抜けた為、もはや9カ国会議であったが――における各国代表の前でミリシアル代表が告げた。

 異論はどこからも出ない。

 

「実際に映像を見ることは叶わなかったが、結果が港にある。だからこそ、ドイツが今回、拿捕した全ての艦船を所有する権利があるというのが、我が国の考えだ」

 

 ミリシアル代表の言葉に各国代表は賛同し、口々にドイツ海軍の偉業を称える。

 

 そうなるのも無理はない、とノイラートは思う。

 降伏したグラ・バルカス艦隊をドイツ海軍艦艇がカルトアルパスに連れてきたとき、代表達は茫然自失としていたことを。

 彼らからすればまさしく、天地がひっくり返るようなものだったのだろう。

 

 

 もっとも降伏してきた艦船の所有権は全てドイツにある、と言われてノイラートは内心困った。

 

 結果を聞いたドイツ政府は技術調査を実施した後はグラ・バルカスに売りつけるか、もしくは適当な国に売っぱらおうと考えていた為に。

 

 正直なところ、欧州戦争当時か、戦後すぐあたりなら最新鋭空母や戦艦として通じただろうが、現在のドイツ海軍では通用しない。

 

 そういう事情があったが、ノイラートは表には出さずにミリシアル代表の言葉に感謝の意を述べる。

 

「しかし、ドイツの軍事力は流石に素晴らしい。これならば魔帝対策も安心です」

「それがそうでもなさそうで、困っています」

 

 ムー代表の言葉にノイラートはそう返す。

 彼の言葉に代表達は驚いてみせる。

 

「あれほどのことができても、まだ足りないと?」

「政府及び軍では、最悪、我々の数世代は先の軍事力をラヴァーナルは保有しているのではないか、と予想しています。ただ数世代で足りるならいいのですが、もっと先であった場合は我々の手には負えません」

 

 ムー代表の問いかけにノイラートはそう返した。

 それは政府や軍で予想されている、これ以上ない程に最悪の想定だ。

 

 人工衛星とかを持っている程度ならまだいいが、もしもラヴァーナルが宇宙に進出しており、宇宙から攻撃を加えてきた場合、対抗できない可能性が高かった。

 

 宇宙から攻撃というのも、例えば人工衛星から地表を攻撃できたりする程度なのか、あるいは宇宙戦艦みたいなものを建造しており、好きなだけ宇宙から砲撃し放題であったりするのか、と広い幅がある。

 だが、現状のドイツの技術力では宇宙から攻撃という分類にあるものであれば、防ぐことができない。

 弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛システムですら、開発は進んでいるものの、それは転移直後と比べればという意味で、実用化にはまだまだ時間が必要だ。

 レーザー兵器やレールガンといったものに関しては基礎研究段階で、数十年以内に実用化できたらいいな、というくらいだった。

 

「それはないと思う」

 

 エモールのモーリアウルが否定し、彼はさらに言葉を続ける。

 

「そこまでの差があったのなら、インフィドラグーンは一方的にラヴァーナルにやられた筈だ」

 

 ノイラートは頷いて肯定する。

 そこへ発言する者がいた。

 

「ラヴァーナルに関してはひとまず横に置いて、アニュンリールについて話し合いませんか?」

 

 マギカライヒ代表の提案にノイラートらは頷いた。

 

 

 接触当初、ドイツ側をもっとも困惑させたのがマギカライヒだ。

 

 それは勿論、名前的な意味で。

 マギカライヒ側も、それは同じに思ったらしく、調査もしてみたが、結局わからずじまいだった。

 

 ただ、マギカライヒの現状は統一前のドイツと似ている。

 マギカライヒは州ごとに独立した政府を持ち、単一国家であることを主張していない。

 かつてのドイツも幾つもの領邦と自由都市が存在しており、各領邦や自由都市が同盟を結び、ドイツ連邦となった。

 これは連邦国家ではなく、複数の国家による連合体という意味合いで、単一国家だとは主張していなかった。

 

 いずれはマギカライヒも、ドイツにおけるプロイセン王国がそうであったように主導的な州が現れて、統一国家への道を歩むかもしれないとドイツ政府では予想されている。

 

 ただ、マギカライヒはその制度が独特であり、報告会の時、ヴェルナーが妙に渋い顔であったのがノイラートは覚えている。

 

 共産的というのがヴェルナーにとっては非常に問題であったのだが、ノイラートがそんなことを知るわけがない。

 何しろ、ロシア帝国が革命で倒れることもなく、そのまま存続していたのだから。

 

 さて、マギカライヒ代表の提案で、アニュンリール皇国の処遇について話し合われることになったのだが、それは会議初日と変わりはない。

 

 魔帝の末裔らしいアニュンリールをみんなで囲んで袋叩きにしよう、というものである。

 具体的な日程は各国ともに政府や軍とのすり合わせが必要ということで、後日改めて協議という形となった。

 

 そして、アニュンリールに対して鬼姫を救出し、領土は分割するということで9カ国は合意に至る。

 

 アニュンリールのことが終わったところで、ムーの代表が議案を提出する。

 それはグラ・バルカスへの対応についてだった。

 

「グラ・バルカスは我が国が仲裁に入りたいと思います」

 

 ノイラートが宣言した。

 それに各国代表はムーも含めて異論はない。

 

「ムー側の落としどころは?」

「レイフォルの勢力圏だったところはグラ・バルカスの勢力圏として認めます」

 

 なるほど、とノイラートはムー代表の言葉に頷く。

 妥当なところである。

 各国代表はムーの意見に異論はないようだ。

 

「いくら何でも今回の一件でグラ・バルカスも多少は目が覚めたでしょう」

 

 ノイラートの言葉にミリシアル代表が問いかける。

 

「もしも、目が覚めなかった場合は?」

「彼らのフネを片っ端から沈めていく、ということを第一段階として検討しています」

 

 そんなことができるのか、とミリシアル代表は問いかけたかったが、ドイツだからできるんだろう、と考えてしまう。

 

「グラ・バルカスが態度を変えず、挑戦を続けるようならば、彼の国に対して一切の取引を禁止することを我が国は提案します」

 

 ムー代表の言葉に各国代表は賛同する。

 

「今回の海戦で分かったが、悔しいが、おそらくドイツ以外ではグラ・バルカスに太刀打ちすらもできない可能性がある」

 

 ミリシアル代表の言葉に各国からの反論はない。

 第零式魔導艦隊が一方的にやられる様を映像で見た為だ。

 

「基本的にはドイツに一任し、事を収めてもらう……どうだろうか?」

 

 その提案に各国代表から異論は出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、グラ・バルカス帝国では今回の一件により緊急の帝前会議が開かれていた。

 その会議はカルトアルパス攻撃が決定されたときとは打って変わり、非常に重苦しい空気が漂っている。

 

「全ては事実なのか?」

 

 帝王グラルークスが問いかけた。

 海軍側の出席者達――特にミレケネスの顔は死人と見紛う程だ。

 カイザルも彼女程ではないが、顔色は悪い。

 

「……事実です」

 

 カイザルの答えにグラルークスは深く溜息を吐いてみせ、外務省長官モポールへと視線を向ける。

 事務次官のパルゲールと共に2人の顔色は死刑判決を言い渡される直前であるかのような、酷いものだった。

 

「外務省の予想ではドイツは怒りこそすれ、手を出してこない、というものだったな? ドイツもまた勢力拡大を狙っているから、たとえ弱敵といえど我々が数を減らすことは密かに歓迎するだろう、と」

 

 だが、とグラルークスは続ける。

 

「現実はどうだ? グレードアトラスターと、東征艦隊の主力及び巡洋艦と駆逐艦の一部が降伏した。それも、戦艦や空母は自力航行が完全に不可能な状態にされてだ」

 

 そして彼は続ける。

 どのように責任を取るのか、と。

 

「ど、ドイツと返還交渉を行います」

「何を要求されるか、予想はつくか? 領土か、金銭か、それとも何か別のものか……余にはまったく予想がつかんぞ、モポール」

 

 モポールは沈黙してしまう。

 彼にも何を要求されるか、さっぱり分からなかったからだ。

 

 しかし、そこでパルゲールが口を開く。

 

「お、畏れ多くも陛下。現地にはちょうど、我が外務省が派遣した外交官が1名、おります。その者を返還交渉やその他色々な交渉の窓口として、今後のことを円滑にしていきたいと……」

「会議で、ドイツのいる前で、ドイツ以外の国に盛大な宣戦布告をした外交官をか? そんな輩、誰が信用するんだ?」

 

 パルゲールは視線を彷徨わせ、冷や汗を流しつつも、告げる。

 

「じ、実は、外交官は、その、直前になって今回の作戦に反対しまして……その、彼女の弁によると、彼女は宣戦布告せず、代わりに我が国の事情を話したら、各国は理解を示してくれた、交渉の余地は大いにありと……」

「待て、その話は聞いていないぞ」

 

 横からモポールが問いかけた。

 当然、グラルークスも聞いていない話だ。

 

「独断でのことで、作戦にも反対したとのことで、長官に報告するまでもないと……」

 

 ハンカチを取り出して、パルゲールは冷や汗を拭う。

 

「……確かに。蓋を開けてみなければ結果は分からなかった。後から見たら、その外交官の意見は正しかったが、当時は誰もが耳を貸さなかっただろうな」

 

 そうグラルークスは告げる。

 

「その外交官を通じて、ドイツと交渉するように。今回の件で少なくとも、海軍はドイツには勝てないことが判明した」

 

 カイザルとミレケネスは反論できない。

 そんなことはありえない、と信じたくはなかったが、上がってきた報告は全て事実だ。

 でなければグレードアトラスターを含む戦艦と空母がスクリューを狙い撃ちされるなんて、ありえない。

 

「我々にはできないことを簡単にやってのけたドイツは、我々とは桁が違う。我々の常識で考えてはいけないだろう。だからこそ、おそらく陸と空でも諜報員達が入手した情報は事実である可能性は高い」

 

 グラルークスはそう告げながら、彼が考えていた未来が消えたと確信する。

 

 ドイツと世界を二分し、統治する――という未来をグラルークスは描いていたが、それは諦めるしかない。

 

 ドイツはそれを望んでいない、ということが分かったことが大きな収穫だとグラルークスは考えることにした。

 そして、彼は告げる。

 

「外交で解決するしかない。戦争となった場合、我々のフネが片っ端からスクリューを破壊されて、拿捕されるぞ」

 

 転移前には存在しなかった、自国が勝てない国にぶつかって、グラルークス達は今、初めて異世界というものを実感していた。

 

 

 

 



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対ラヴァーナルを見据えて

「……嘘だろう」

 

 その艦隊を見て、アルカイドは驚き、目を見開いていた。

 それは彼だけでなく、ここにいる全ての降伏したグラ・バルカス海軍の将兵もまたそうであっただろう。

 

 カルトアルパス港に、グレードアトラスターよりも一回り大きな戦艦が1隻、入港してきていた。

 お供にはペガスス級空母よりも遥かに巨大な空母もまた1隻、入港していた。

 この2隻を護衛しているのは巡洋艦と駆逐艦で、その数もまた多い。

 

 そんな彼らグラ・バルカス海軍の将兵達と全く同じ反応をしているのが、カルトアルパス港管理局局長のブロントであったり、あるいは見物に詰めかけたカルトアルパスの市民達だった。

 カルトアルパス港は広大であり、また水深も十分にあった為、ドイツ海軍の艦隊がまるごと入港できたのは幸いだった。

 

 

 拿捕した艦船は護衛艦隊の艦艇よりも多く、そのためドイツ本国から迎えを寄越してもらう必要があった。

 無論、ノイラートは迎えが来るまで遊んでいたわけではない。

 魔帝対策の為にドイツ軍が各国国内に基地建設、駐留の許可を得る為に奔走していた。

 ドイツがある第三文明圏から向かうよりも、ミリシアルからのほうがアクセスが良いのは当然だった。

 

 早ければ4年後にも魔帝が復活する為、ミリシアル側も協力を惜しまない。

 むしろ、主力となるドイツが動きやすいように外交的にも各国に対し、働きかけてくれた。

 

 特にエモール王国では空間の占いを3年後にも再度実施し、具体的な日付及び場所の特定を試みると確約してくれた。

 

 ともあれ、ノイラートはようやく帰国できると安堵したのだった。

 

 

 

 一方でシエリアはこれからが本番だとドイツ海軍の大艦隊を見ながら、決意を固めていた。

 シエリアは軍人ではなく、外交官であり、また彼女の会議における行動や、グレードアトラスターに戻ってから作戦に反対していたことなどを鑑みて、ノイラートの進言でドイツ政府は彼女をグラ・バルカスとの連絡役とすることをグラ・バルカス側に提案した。

 それはグラ・バルカス側にとっても都合が良かった為、シエリアには辞令が出ていた。

 新設された外務総局局長という地位だ。

 事務方のトップである事務次官を飛び越えて、政治にも深く携わる外務省長官の直轄となっている。

 

 高度な政治的判断を必要とする可能性も高い、列強国家――特にドイツ――を相手とする様々な案件を司る部局だ。

 

 シエリアはドイツへと渡り、そこで国交を結ぶと同時にドイツに拿捕された海軍艦艇の返還交渉などを行うことになっている。

 

 非常に難題だ。

 何しろ、仕掛けたのはグラ・バルカス側で、ドイツは自衛したに過ぎない。

 誰がどう見ても悪いのはグラ・バルカスだ。

 

 交渉の長期化も予想されていたが、シエリアは覚悟の上だった。

 しかし、拿捕された艦艇や捕虜となった将兵達と共にドイツ本国へ到着し、ドイツ政府との交渉を開始して早々、彼女の懸念は杞憂に終わることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、先制核攻撃か」

 

 ヴェルナーは報告書を読み、腕を組んだ。

 

 アニュンリールは鬼姫の件もある為、核や生物、化学兵器は使用せず、通常兵器のみで片をつけることが既にドイツ軍における基本方針となっている。

 

 遠からず各国政府との協議において、正式に何時、開戦するか決まるだろう。

 カルトアルパスでの会議の結果を聞いた段階で、既に各軍は正面兵力や装備の充実へと舵を切った。

 内々に経済界にも伝えられており、戦時体制への移行は準備が整っている。

 

 もっとも、ラヴァーナルは別だった。

 彼の国に時間的猶予を与えれば、それだけ面倒くさいことになるというのは共通した認識だ。

 第一撃に全ての火力を注ぎ込み、軍事施設どころか、市街地まで含めた壊滅が望ましいと軍内部では判断されている。

 

「もしも今、伝わっている伝承が全て捏造されたもので、実はラヴァーナルが良い国家だったという可能性は……」

 

 無いよなぁ、とヴェルナーは溜息を吐く。

 ラヴァーナルが悪い国家であると広めたところで、誰に得があるんだろう。あるとすればインフィドラグーンをはじめとする当時敵対していた国家だが、伝承によればラヴァーナルに勝ったのではなく負けたとされている以上、そんな「嘘」を広めても大して意味が無い。

 

 もっとも、ヴェルナーは密かに考えていることがある。

 魔法を使うとき、光の翼が出るとか何とからしいということや、神に弓を引いたという伝承からヒントを得たものだ。

 

 光翼人は天使であり、神に弓を引いたというのはルシファーによる反乱そのものであり、ラヴァーナル帝国はルシファーが神に反逆する為の国ではないか――

 

「まあ、それが本当だとしても、天使が核兵器やミサイルを使うってどうなんだろうな……」

 

 核爆発を嬉々として連発するような危ない天使とかいるんだろうか、とヴェルナーは考えて、肩を竦める。

 

 そこで扉が叩かれた。

 時計を見れば、予定していた時間だった。

 

 ヴェルナーが許可を出すと、入ってきたのはヒトラーだ。

 

「面白い考えがあるんだが、聞くか?」

「藪から棒に何だ一体?」

 

 ヒトラーは怪訝な顔となったが、ヴェルナーは構わず、密かに考えていたことを伝えてみた。

 

「……そう考えれば、妙に当てはまるような気もするから、不思議だな。小説の題材にできそうだ」

「ルシファー率いる堕天使の末裔が相手とかなら、国内は今以上に団結できるぞ。色んな意味で」

「後始末が面倒くさいことになるから却下だな」

 

 それもそうだ、とヴェルナーは頷いてみせる。

 ヒトラーは本題を切り出す。

 

「グラ・バルカスの艦艇についてはどうだった?」

「調査した結果、理由は分からないが、やはり日本のものに似ている。艦載機もだ。捕虜に陸軍の戦車を描かせてみたら、日本が開発していそうな戦車だった」

「開発していそうな?」

「八九式をそのまま進化させたら、ああなるんじゃないか、というような意味だ」

 

 日本はドイツ軍の四号戦車や五号戦車に多大な衝撃を受け、また欧州戦争における仏独の大規模な戦車戦が勃発したことなどにより、対戦車戦闘を主眼においた戦車の開発へと進んでいった。

 だからこそ、グラ・バルカスの戦車――史実日本の九七式中戦車に酷似――みたいな歩兵支援を目的とした戦車を日本は開発していない。

 

「我が軍の虎が相手をしたら?」

「喜劇にしかならない。六号は44口径の120mm滑腔砲だ。対して向こうは短砲身の57mmだぞ? こっちの戦車は超遠距離から一方的に真正面から潰せるが、相手は六号を複数台で取り囲んで、袋叩きにしてもこっちの装甲を貫けない」

「可哀想を通り越して、確かに喜劇だな……」

「むしろ、ティーガーと対抗できるロシア戦車がおかしいんだぞ」

 

 ティーガーを開発させるきっかけとなったのがT-64だ。

 型番はズレていた筈だが、いつの間にか帳尻が合っていたようで、この戦車は史実におけるT-64に類似したスペックだった。

 あのままドイツが地球に残っていれば遠くないうちにT-72が史実通りのスペックで出てきていたに違いないとヴェルナーは考えていた。

 ティーガーの登場にロシアが衝撃を受けたという情報はあった為に。

 とはいえ、転移した今となってはどうなったか分からない。

 

「艦船は結局、どうするんだ? ムーに高値で売れるだろう?」

「連中に売るのも良かったんだが、グラ・バルカスに将兵も含め、返してやることにした」

 

 ヒトラーの意外な答えにヴェルナーは怪訝な顔で尋ねる。

 

「何を対価に?」

「レイフォルが勢力圏としていた場所以外から手を引かせた。それで手打ちだ」

 

 妥当なところだな、とヴェルナーは頷く。

 

 ムーはドイツが拿捕した艦艇に対して熱心に購入の希望をしていたことは想像に難くないが、彼らに与えるとグラ・バルカスとの戦争に使うだろう。

 ラヴァーナルとの戦いが控えている以上、ムーにしろ、グラ・バルカスにしろ、いたずらに国力や戦力を消耗させることは避けたいという判断だ。

 

「シエリアという外交官は若いが、優秀だぞ」

「グラ・バルカスも優秀な人材は多いだろう。でなければ元の世界で頂点に君臨できない」

「グラ・バルカスを地球に放り込んだらどうなるかな?」

「良くて植民地、悪ければ列強で仲良く分割だな。大穴でグラ・バルカスは放置して、列強同士で戦争勃発」

 

 グラ・バルカスがこの世界でやっていた方法は地球では通用しない。

 あんなことをやらかしたら、すぐさまイギリスあたりが音頭を取って、列強による連合軍が結成されるだろう。

 あるいは列強同士で足を引っ張り合って、グラ・バルカスは蚊帳の外に置かれたまま、世界大戦に発展する可能性もある。

 

「グラ・バルカスからかつての日本のように、視察団を派遣したいという要望があった。政府としては受け入れるつもりだ」

「軍としても異論は特に出ないだろう」

「独身の女性提督も来るそうだぞ?」

「勘弁してくれ」

 

 ヴェルナーは両手を挙げた。

 彼の女性関係が非常に派手なことは地球では世界的に有名なことだった。

 

「まあ、冗談はさておいてだ。ラヴァーナルについてはどうだ?」

 

 ヒトラーの問いかけにヴェルナーは真剣な表情となり、答える。

 

「先制核攻撃が有効という意見で固まりつつある。幸いにも順調に核弾頭や大陸間弾道ミサイルは量産できているし、増産体制も整えられつつある」

「敵の領土であるラティストア大陸全土に核ミサイルの雨を降らせるのか?」

「全土ではない。軍事施設は勿論だが、都市や港などを破壊できれば問題ないからな。何もないところに無意味に落としたりはしない」

 

 この核攻撃により、いわゆる核の冬が政府や軍で心配されたが、魔法でどうにかできないだろうか、ということでミリシアルに頼んであった。

 今、彼の国が中心となり、大陸全てを覆い尽くすような超大規模な結界魔法による解決が模索されている。

 

 爆発を防いだりする必要はなく、灰や煙などの微粒子だけをラティストア大陸の外に出さなければいい。

 欲を言えば放射線もどうにかして欲しかったので、それも合わせて頼んであった。

 

 放射線を無害化してしまえるような魔法などがある可能性は無いとは言えない。

 だからこそ、核兵器という単語などは出さず、人体に対して非常に有害な目に見えないものを放出する物質があるので、その目に見えないものをどうにか無害化できないか、という形としている。

 

 幸いにも魔法は被爆から身を守る防護服を纏っていても唱えることができれば使えたので、アーネンエルベの関連するチームと共にミリシアルをはじめとした各国から派遣されてきた魔導師達が放射線の無害化研究に取り組んでいる。

 

 放射線の無害化が実現できたら、核兵器は単なる威力の高い爆弾と化すので、ヴェルナーとしては史実におけるデイビー・クロケットみたいなものを開発できないかどうか、提案するつもりだ。

 

 無害化できなかったら、それはそれで仕方がない。

 

「長期化したら、絶対に我々が負ける。ミリシアルから教えてもらった、パル・キマイラとかパルカオンとか、あんなのが量産されていたり、あれの新型があったりしたら勝てない」

「やはり我がドイツが誇るハウニヴー……いや、ヴリル・オーディンの出番だな」

「いや、冗談抜きでラヴァーナルがそういうものを持っていたらどうしよう……」

 

 冗談めかして告げるヒトラーだったが、ヴェルナーは笑えなかった。

 彼は更に続ける。

 

「エモール王国から聞いた話によると、インフィドラグーンの連中はパル・キマイラを引っ掴んで地上に叩き落としていたり、パルカオンをひっくり返していたらしいからな。100%の力が発揮できるあんなものに対して、そんなことができたらしい」

「昔の竜人族は今よりももっと凄かったんだな……予算は更に増額しておく」

 

 ヒトラーの言葉を聞き、ヴェルナーは溜息混じりに告げる。

 

「国債の大盤振る舞いだな」

「仕方がないだろう。ラヴァーナルに降伏したとしても、良くて家畜、最悪では文字通りの皆殺しだぞ? それと戦後の経済不況を比べるなら、後者のほうが遥かにマシだ」

「話が通じないラヴァーナルが悪いんだ、全て」

「ああ、連中が悪い。だから、負けることは許さんぞ」

 

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーは重々しく頷いた。

 

 対ラヴァーナル帝国に関する作戦計画は幾つかあったが、その全てにおいて第一撃に大陸間弾道ミサイルによる先制核攻撃が実施されることに決まりつつある。

 それはまさに核による飽和攻撃だ。 

 

 対ラヴァーナル戦における作戦名も既に決まっている。

 

 作戦名は『神々の黄昏――Goetterdaemmerung』

 

 

 ヴェルナーは何もないところには撃ち込まないとヒトラーに言ったものの、偵察に十分な時間が取れない可能性が高い。

 その為、人工物らしきものであれば実際にはそうでなかったとしても、核ミサイルを撃ち込む予定となっていた。

 

 その為に核弾頭及び大陸間弾道ミサイル――新設に時間と費用が掛かる地下式サイロではなく車両移動方式のもの――を増産する体制が整えられつつあった。

 早ければ年内、遅くとも来年2月までには増産体制の構築が完了し、それから数年以内に必要数が揃えられると予想されている。

 

 ドイツは全ての戦争を終わらせる戦争になりそうな、対ラヴァーナル戦に向けて本格的に動き出していた。




※ラヴァーナルもインフィドラグーンもその他色々は詳細不明なので、捏造です。


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巨人の目覚め

 ミレケネスは驚愕するしかなかった。

 ドイツのあまりの規格外っぷりに。

 

 それはグラ・バルカスからやってきた視察団の面々、全員が抱く共通する思いだった。

 

 

「何なんだ、この国は……」

 

 今日の視察を終えて、用意されたホテルの部屋にて、彼女は溜息しか出なかった。

 グラ・バルカス軍よりも遥かに進んだ兵器の数々がグラ・バルカス軍と同数か、それ以上に配備されている。

 特に誘導兵器などという、グラ・バルカスでは構想すら無かったものが実戦配備されていたり、ジェット機という構想段階にあったものが配備されていたりとドイツ軍は予想を遥かに上回っていた。

 

 転移前、グラ・バルカスが他国に対して圧倒的に優越しており、これ以上の新兵器や技術の研究開発に予算を振り向けるよりも、その予算を正面兵力及び装備の充実に使った方がいい――

 

 それはグラ・バルカス軍の基本的な方針だった。

 少なくともミレケネスが海軍に入ったときには既にその方針であり、士官学校で教えられた記憶があった。

 

 何よりも恐ろしかったのはドイツが転移する前にいたという地球だ。

 地球にはドイツと同等か、多少劣る程度の国家が8カ国もあり、それらとドイツの合計9カ国が列強であったという。

 こんな軍備を整えた国家が他に8カ国もあったという事実は視察団にとっては衝撃的過ぎた。

 

 地球に転移しなくて良かった、というのがミレケネスら視察団に参加した軍人達の共通する思いだ。

 もしも地球に転移してしまい、そこでこの異界と同じような調子で砲艦外交をやったら、それこそ地球列強によるグラ・バルカス領土争奪戦になっていただろう。

 

 地球列強はグラ・バルカスを対等とは認識せず、植民地にちょうどいいと認識することは想像に難くない。

 

 

 ドイツはグラ・バルカスに屈辱的なことをしたが、むしろ、よくあれだけで許してくれたものだ、という意見で視察団の面々は一致した。

 ドイツがその気になれば、それこそ艦隊どころか、グラ・バルカスの都市が全て灰燼と化すのは、彼らの軍備を見て一目で理解できた。

 ドイツに尻尾を振って生きる――とまではいかないまでも、ドイツの言うことを聞かざるを得ないと視察団が送った報告から本国も判断したらしく、ミレケネスら軍人達にも友好的関係を築けという命令が下されている。

 

 

 軍人同士の交流は既に行われているが、そこでも驚かされるばかりだ。

 何よりも驚いたのはお伽噺を想定して、本格的に戦争準備をしていることに。

 

 滑稽だと思うよりも、本当に起こり得るのか、と不安になってしまう。

 

 グラ・バルカスでもラヴァーナルとやらに関する情報は少しだが、持っていた。

 とはいえ、それは伝承を知っているという程度であり、誰も彼もが荒唐無稽だと信じなかったものだ。

 

「確かに、伝承通りの態度と軍備であれば脅威には違いがないが……」

 

 ドイツ側から提示された情報が全て事実だとすれば、グラ・バルカスも協力せざるを得ない。

 ただ、ドイツ側の情報もまた伝承や神話というあやふやなものに基づくものだ。

 確固とした証拠ではない。

 

 とはいえ、伝承だろうが神話だろうが、そんなお伽噺国家が本当に出てくるというなら、ここで協力しておいた方が勝ち馬に乗れるのは確実だろう。

 

「ドイツよりは劣るが、我が国がお伽噺国家に負けるわけがない」

 

 得てして、伝承やら神話やらは話が盛られているものだ。

 異界の国々よりも多少、強力な程度だろう――

 

 ミレケネスはそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 グラ・バルカスからの視察団を長期的に受け入れる一方で、遂に対ラヴァーナルの前哨戦として、アニュンリール皇国との開戦日がようやく決まった。

 カルトアルパスでの合意から3ヶ月余りが経過していた。

 

 協議の結果、中央暦1642年12月1日を開戦日とする旨が各国政府より軍へと伝えられ、それはドイツも例外ではない。

 もっとも、アニュンリールが先に仕掛けてきた場合はその限りではなかった。

 

 そして、ドイツは本格的に戦時体制への移行が開始されることになったのだが、その様子は全世界に向けて電波及び魔導通信により、中継されることとなった。

 またグラ・バルカスも含め、各国の要人や高位の軍人を招き、彼らの議場での傍聴を特別に許した。

 それはドイツの意志を明確に彼らに示す為だ。

 

 ヒトラーの開戦決意演説――具体的な国名や開戦日は当然発表されなかった――を誰もが固唾を呑んで見守り、演説後、彼により発議がなされた。

 

『我がドイツは、この世界に住まう全ての種族の未来の為に、近い将来に起きうる確定された戦争を遂行する為、ここに動員令の是非を議会に問うものとする』

 

 動員令というものの意味とその効果を理解できる者はムーやミリシアルを除けば少なかった。

 だが、ドイツが戦争の為に、とても重大な決断を下したことは理解できた。

 傍聴をしていた各国の要人や軍人達は同席していたムーやミリシアルの者から、動員令の意味を教えられ、驚愕した。

 

 議場にて議員達による投票が行われ、その開票は迅速に行われた。

 動員令は議会において、賛成多数で可決された。

 

 そして、休憩を挟んだ後、議場にドイツ帝国皇帝であるヴィルヘルム3世が現れた。

 動員令の発令は皇帝が独占する大権――いわゆる君主の大権――であった為だ。

 しかし、それはヴィルヘルム2世の改革により、イギリスに習って首相または内閣の助言が、君主の大権を行使する際に必要であると法律に明記されることとなった。

 

 

 登壇したヴィルヘルム3世が宣言する。

 

『ドイツ帝国皇帝として、余は命じる。ここに動員令を発令し、戦争遂行に必要なあらゆる手段を取ることを認める』

 

 そこで彼は言葉を切り、力強く告げる。

 

『我らの父祖達と同じように、我らもまた勝利を得るのだ! 我らの旗を、敵の眼に刻みつけよ!』

 

 

 中央暦1642年8月7日、ドイツにて動員令が発令され、総動員が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、アニュンリール皇国でもドイツをはじめ、世界中から魔帝との関係がバレていると考え、こちらもまたカルトアルパスでの会議からすぐに戦時体制へと移行が開始されており、現在では完全に戦時体制下となっていた。

 とはいえ、アニュンリール側には不安がある。

 

 情報収集の結果、ドイツ軍は自国軍よりも上ではないか、というものだ。

 ラヴァーナルの末裔とはいえ、完全に兵器類を運用できているとは言えず、その実態はミリシアル帝国よりも若干マシという程度だった。

 

 パル・キマイラやパルカオンもあるが、100%の力を発揮できているか、というとそうではない。

 何しろ、ラヴァーナル製の兵器は乗員の魔力に依存している部分が大きい。

 

 光翼人であればどんな兵器でも問題なく全力で稼働させることができるが、長い時を経たことで血が薄まって、魔力が遥かに低下してしまった有翼人では、かろうじて戦闘行動ができる程度だった。

 

 無論、技術でどうにか克服しようと試みたが、今度は重量がかさばり、性能が低下してしまうという本末転倒になってしまった。

 

 ミリシアルと純粋な軍事力では互角か、やや上程度、魔獣などの使役技術を含めれば自国が上であるとアニュンリールは評価していた。

 

 鬼姫を交渉カードに使って戦争を回避する、という手段はアニュンリール側には無かった。

 魔帝との関係がバレた以上、鬼姫を生きて返そうが、殺そうが、どっちにしろ叩き潰されるのは確定だ。

 

 鬼姫はどうするべきか、とアニュンリールは悩みに悩んだが、彼らの皇帝は決断を下した。

 

 

 生きて返したほうが、心証は良くなる。

 万が一の場合に備えておくべきだ――

 

 

 具体的には言わなかったが、何が万が一なのかは誰もが察した。

 

 ラヴァーナルの末裔でしかないアニュンリールが世界を敵に回して戦えるわけがない。

 だが、座して滅亡を待つか、あるいは降伏して敵の軍門に降るというのはラヴァーナルの末裔というプライドが許さなかった。

 

 たとえそれが明らかに勝ち目が無かったとしても、父祖の血が囁くのだ。

 

 誇り高き光翼人の末裔よ、戦わずして降伏することなかれ――

 

 血の呪いと言ってもいいかもしれない。

 悲願であるラヴァーナル帝国の復活を見届けることができなくても、アニュンリールには戦わずして白旗を上げるなんてことはできなかった。

 

 なお、魔帝復活対策庁復活支援課支援係に所属していたダクシルドがグラメウス大陸で暗躍していたことからバレたのでは、という意見も出た。

 しかし、彼はあの一件の後、迎えに来た船でどうにか本国へと戻り、そのまま上司に退職届を叩きつけ、それが受理されていた。

 退職後、彼はアニュンリールから出国してしまい、噂では翼を魔法で隠して、クワトイネで農業を営み始めたらしいが、真偽は分からなかった。

 

 とはいえ、グラメウス大陸には鬼人族の国もあり、彼の国では忘れ去られている伝承や知識なども残っていることから、彼らがドイツに情報を渡す代わりに鬼姫の救出を依頼したのでは、という可能性が濃厚だった。

 

 

 もっとも、既にバレてしまっている以上、責任追及よりもやるべきことは多くあった。

 

 

 アニュンリールは開戦を決意し、動き始めていた。

 しかし、各国との外交チャンネルは――無論、ドイツとも――表面的には閉じていなかった。

 ドイツとは彼の国が第一文明圏に進出し始めた当時に国交を一応結んでいたのだが、それがここにきて功を奏した形だ。

 

 

 だからこそ、開戦に先立って、アニュンリールはブシュパカ・ラタンに駐在しているドイツ大使に対して、鬼姫の解放を密かに申し出た。

 それは中央暦1642年7月31日のことだった。

 

 そのとき、ドイツ大使は訪ねてきたアニュンリールの外交官に対して尋ねた。

 

 

 鬼姫が帰ってくるなら、戦争の回避は可能だ。

 考え直すことはできないか――?

 

 

 アニュンリールの外交官は笑って答えた。

 

 我々は末裔であることを誇りに思っているが、貴国は我々に種族としての誇りを失えと言っているに等しい。

 貴国は強大な敵を前にしたとき戦わず、降伏するのか?

 その問いに対する貴国の答え、それは我々の答えと同じだろう。

 

 我らラヴァーナルの末裔を侮るなよ、転移国家――

 

 

 

 このやり取りから3日後、鬼姫はブシュパカ・ラタンのドイツ大使館にて無傷で保護されたのだった。

 

 

 




アニュンリールに関しても捏造設定です(小声


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経験の差

捏造いっぱい。


 

 

「パル・キマイラやパルカオンですが、おそらく我が国よりもアニュンリールはうまく扱えるでしょう」

 

 ミリシアル帝国から派遣されてきた魔帝対策省古代兵器戦術運用対策部運用課のメテオスは居並ぶドイツ軍の将官達にそのように説明した。

 彼は普段のプライドの高さなどは鳴りを潜めている。

 

 9月中旬に行われたドイツ海空軍の大演習を見たことも大きいだろう。

 

 

「ラヴァーナルの兵器は個々人の魔力に依存する部分が多い為、我が国では苦肉の策として、それを技術で補っています。色々な装置を載せている為、パル・キマイラにしろパルカオンにしろ、本来よりも非常に重くなっている状態です」

 

 これにより、とメテオスは言葉を続ける。

 

「特にパル・キマイラはその影響が顕著で速度が大きく低下し、また搭載量も半減するなど、全体的に能力が低下しています」

 

 詳細な性能に関しましてはお手元の資料をご確認ください、とメテオスは告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ドイツ軍がもっとも警戒しているのはパル・キマイラとパルカオンだった。

 どちらも地球では存在し得なかったものだ。

 もっとも、パルカオンは海上を進んでくれるので対処のしようがあったが、パル・キマイラのような空を飛ぶ戦艦にはドイツ軍は悩んだ。

 

 しかし、メテオスによりパル・キマイラ及びパルカオンの性能が語られ、アニュンリールにおける同型機や同型艦の性能がある程度予想できると、ある結論に達した。

 

 その結論とは対艦ミサイルの飽和攻撃だ。

 幸いにもパル・キマイラは巨大であり、その速度は遅い上、飛行高度も1000mには達しない。

 

 アニュンリールがミリシアルよりもうまく性能を引き出せていたとしても、それは変わらない。

 

 ミリシアルのパル・キマイラにはない、誘導魔光弾とかいう魔法のミサイルをアニュンリールのものは大量に積んでいる可能性があり、そこだけが心配だ。

 とはいえ、ドイツ人やドイツ製の兵器は魔力を持たない為、魔力を探知されて追尾される心配はない。

 だが、パル・キマイラやパルカオンなどのラヴァーナル製の兵器には魔力を電気エネルギーに変換し、電波を発する魔導電磁レーダーがある。

 ドイツ軍に対してはこちらが使用されると考えられ、電波を発するなら妨害が効果があるのではないか、と予想された。

 

 そして、パルカオンに関しては一応、船の形状ではあるのだが、島のように巨大であった。

 

 主武装は戦艦のように大口径主砲であるのだが、空母としての機能も備えており、更に航行速度もその巨大さからは想像もできない程に速い。

 他にも武装としてパル・キマイラにも搭載されていたアトラタテス砲や、パル・キマイラには無かった誘導魔光弾の発射機が多数備え付けられている。

 また、それら以外にもミリシアルでもよく分からない兵器類が搭載されており、メテオスがそれらのイラストを持ってきていた。

 アーネンエルベの科学者達へとそのイラスト類が回され、彼らはレーザー兵器やレールガンではないか、と予想した。

 

 

 ラヴァーナルの技術力は恐るべきものであったが、海上を進む船であることに間違いはないので、潜水艦による攻撃や、パル・キマイラと同じく対艦ミサイルの飽和攻撃で対処できると判断された。

 

 

 パル・キマイラはともかくとして、パルカオンはウチに欲しい、とヴェルナーらドイツ軍の将官は考えたが、どう見ても金食い虫なパルカオンを平時に維持する余裕はドイツ軍にはない。

 そもそも、技術体系自体が全く違う――魔法と科学――である為、整備するには他国から専門家を派遣してもらう必要があり、余計にカネが掛かることは想像に容易い。

 

 何よりも超兵器を1隻保有するよりも、従来の兵器をそれなりの数、保有していた方が色々と使い勝手がいい。

 

 素直に本物は諦めて、模型で満足しておくしかなかった。

 

 

 

 

 さて、アニュンリールは空と海中から隙間なく監視されており、またドイツとは距離があった。

 その為にアニュンリールが警戒網を突破して先制攻撃を加えるのはまず無理だとドイツは判断した。

 

 アニュンリールの勝利条件はラヴァーナルが復活するまで負けないことだ。

 しかし、その条件を達成するのは開戦してしまえば不可能に近いものとなってしまう。

 開戦の決意はしたものの、それは積極的に仕掛けるという意味合いではなかった。 

 

 彼らにとって時間は味方である為、積極的に開戦するという理由もない。

 開戦をしないまま、睨み合いで、数年が経過してもアニュンリールとしては全く構わなかった。

 

 

 とはいえ、それはこの世界における列強(・・・・・・・・・・)を相手にした場合だ。

 ムーやミリシアルが軍拡したとしても、たかが知れており、数の優位を質の優位で覆すことができるとアニュンリール側は確信していた。

 それは正しかったが、ドイツに対しても同じように考えてしまった。

 ドイツが8月に戦時体制への移行を始めたが、ドイツの兵器は複雑であり、おそらく高価であるだろうから、そこまで多くの数は揃えられず、それならば十分に対応できる、と。

 

 ドイツが仕掛けてくるのは、複雑かつ高価な兵器を多数揃えられたときであり、それには年単位の時間が掛かることは間違いなく、そのような兵器は使ってしまえば補充に時間が掛かる。

 故に彼らは短期決戦の方針であるだろうから、兵器が集中投入される可能性が高い初撃さえ防いでしまえば、あとは本土に引き篭もることでラヴァーナルが復活するまで時間を稼げるとアニュンリールは考えた。

 

 だからこそ、彼らは自分達から開戦し、ドイツの戦時体制への移行が完了する前に戦争を始めるということをしなかった。

 アニュンリールの最大の誤算はドイツの軍拡ペースを見誤ってしまったことだった。

 

 そして、戦争において主導権を握られるというのが、どれほどに致命的であるか、身を以て知ることになったのは中央暦1642年12月1日のことだった。

 

 

 

 

 

 午前9時12分。

 ブシュパカ・ラタンにおけるアニュンリール政府の外務省出張所にて、ドイツ大使が外交官へと宣戦布告文書を手渡した。

 これにより宣戦布告文書に記された通り、本日午前11時をもって、アニュンリールとドイツが戦争状態となることが確定した。

 

 

 そして、宣戦布告文書が手渡されたときには、ミリシアルに建設された、複数の基地からドイツ空軍の攻撃隊が既に飛び立ち、向かっていた。

 彼らはパーパルディアのときと同じように、11時ちょうどに攻撃を仕掛ける為だ。

 

 しかし、今回はパーパルディアのときと決定的に違うことがあった。

 B70の群れは本来のドクトリンに従い、高高度高速侵入でもって、機内に抱え込んだ大型爆弾をそれぞれの目標――レーダーサイト及び空軍基地――に対して投下するのだ。

 

 

 

 

 アニュンリール皇国軍は、それを魔導電磁レーダーにて捉えることに成功した。

 しかし、レーダーサイトに勤務する彼らは信じられなかった。

 

 これまでちょくちょくとドイツ軍の偵察機らしきものが、ありえない高高度を飛んでいたのは探知していた。

 しかし、それは音速未満の速度であった。

 

 皇国軍が持つ天の浮舟――ラヴァーナル製の戦闘機ヴィーナ――による迎撃はできたが、こちらの戦闘機の性能を知られてしまうことを防ぐ為に、見逃していた。

 

 もっとも、それは合理的な判断でもあった。

 確かにヴィーナは上昇速度も凄まじいのだが、それでも高度25000mにまで上がるには相応の時間が掛かる。

 ドイツの偵察機も当然、レーダーを備えていると考えられた為、迎撃に上がったところで一瞬で探知され、すぐに逃げてしまうだろうと推測された。

 

 だが、それが仇となった。

 

 十分な偵察ができた為、ドイツ空軍の第一次攻撃隊はレーダーサイトや空軍基地に向けて、一直線で進んでいたのだ。

 

 ミリシアル方面から迫りくる無数の編隊を沿岸部に設置されていた、複数のレーダーサイトが捉えた。

 その高度は20000mを超えており、速度もまたマッハ2を超えていた。

 B70は敵の防空識別圏に入ることを想定し、ブランシェル大陸に迫った段階で巡航速度から増速しつつ、高度も上げている。

 

 

 レーダーサイトからの警報により、ただちに全ての空軍基地に迎撃命令が下り、スクランブル態勢にあったヴィーナが続々と離陸を開始した。

 しかし、遅かった。

 

 高高度超音速侵入という戦術はアニュンリールの想像を超えていた。

 だが、何よりも致命的であったのは敵を探知した全てのレーダーサイトで、その画面にノイズが走り、真っ白に染まってしまったことだ。

 これでは敵機がどこへ向かうのか、全く分からない。

 

 それぞれのレーダーサイトでは慌てて、整備員を呼び、故障原因の特定を急がせていた。

 

 

 

「一体、どうなっている!?」

 

 アニュンリール皇国軍を全て統括する統合司令部、その中央指令所で司令官が叫んだ。

 皇都に置かれたこの司令部にはブランシェル大陸における全ての情報が集まってくる。

 ドイツと午前11時をもって戦争状態に突入すると外務省から連絡が入ってきたのは1時間前のことだ。

 開戦まであと僅かな時間しかないという段階であり、急速に戦闘態勢が整えられていく中で、最悪のことが起こった。

 

 大陸北部に点在している複数のレーダーサイトで敵の編隊を探知したが、すぐにレーダーが故障したという報告が矢継ぎ早に入ってきたのだ。

 

「各レーダーサイトより、復旧の見込みは不明とのことです」

 

 オペレーターの言葉に司令官は苦虫を噛み潰したかのような表情となる。

 

「もう11時になるんだぞ!?」

「私に言われましても……」

 

 司令官が怒鳴った相手は報告してきたオペレーターだ。

 彼に文句を言ったところで、どうにもならないが、司令官は怒鳴らずにはいられなかった。

 

「故障前に探知した敵機の数は?」

「各レーダーサイトの報告を合計し、重複を除けば最低でも200機以上、それぞれ高度20000mを音速の2倍程度の速さで……」

「音速の2倍?」

 

 司令官は問い返した。

 

「はい」

「爆撃機か?」

「おそらくは……」

 

 司令官の顔色が悪くなった。

 

 ラヴァーナル製の戦闘機は超音速機であるが、爆撃機であるヴィマは音速に近い速度でしかない。

 司令官が驚いたのは爆撃機が音速の2倍で飛んできたことだ。

 これは想定されていなかった事態であった。

 

「緊急!」

 

 別のオペレーターの叫び声に、一斉にそちらへと視線が集まる。

 

「各地のレーダーサイトと連絡途絶! 通信に応答がありません!」

 

 その報告に司令官は思わず、呟いてしまう。

 

「一体、何が起こっているんだ……」

 

 既にこのとき、時刻は午前11時を過ぎていた。

 

 

 

 ドイツ空軍における作戦名『大鉄槌――Grosse Eisenschale』

 

 それはAWACSによるレーダー妨害とB70によるレーダーサイト及び空軍基地を目標とした爆撃から始まった。

 

 アニュンリールにとって不幸であったのは、ラヴァーナルには電子戦という概念がなかったことだ。

 実質的に対等であったのはインフィドラグーン――ラヴァーナル側は対等とすら認識していなかった――だけであり、それ以外は全てが格下。

 常にラヴァーナルの全ての攻撃は妨害されることがなく行われた為に、敵が妨害してくるという想定はされていなかった。

 更に不幸はあった。

 これはアニュンリール特有のものであり、どうにかしようと必死になっていた矢先のことだった。

 

 

 超音速戦闘機のヴィーナがあった。

 それは各空軍基地に、それなりの数が配備されていたが、彼らには高高度から侵入してくる超音速爆撃機の迎撃が、どれだけシビアであるかということを正確に理解していなかった。

 無論、ドイツとの対決が避けられないと判断されてから、超音速でやってくる爆撃機があるかもしれない、とそれを想定した訓練も行っていた。

 

 しかし、カルトアルパスでの会議から今日まで数えれば8ヶ月もない。

 また、爆撃機の速度は音速と同じか、やや上回る――すなわち、マッハ1を超える程度――と想定した訓練だった。

 

 アニュンリール軍は同格もしくは格上と戦った経験がなく、周辺国どころか世界を見渡しても、ドイツが転移してくるまでは格下しかいなかった。

 対するドイツ軍は同格と過去に戦った経験があり、転移直前までは純軍事的には同格か、格上の国々に囲まれていた。

 

 この経験の差が如実に現れることとなった。

 

 

 

 スクランブル態勢にあり、大陸北部に点在している空軍基地から次々とヴィーナが離陸していった。

 しかし、彼らはB70を機上レーダーで発見こそできたが、迎撃は間に合わなかった。

 

 それはあっという間であった。

 

 流れ星のような速さで高空を駆け抜け、次々と黒いものを投下していくB70の群れを、見送るしかなかった。

 

 あんな高高度、高速で投下された爆弾が当たる筈がない――

 

 ヴィーナのパイロット達は勿論、基地側でもそう思った。

 それは非常に正しかったが、B70の編隊が投下した20トン爆弾は彼らの理解を超えていた。

 

 

 その爆風や衝撃波、爆発の威力はアニュンリール側が全く体験したことのないものであり、しかもそれらは1発や2発ではなく、1つの目標に対して複数降ってきた。

 よほどに強靭な建物でなければ直撃せずとも爆風と衝撃波で吹き飛ばされ、運悪く外に出ていた人員や機材などもまた全て消し飛んだ。

 

 

 レーダーサイトはそのような爆弾に耐えられる構造ではなかった為、直撃弾はなかったが、その爆風と衝撃波で完全に崩壊した。

 

 それは空軍基地でも同じであった。

 滑走路に直撃しない限りは離陸と着陸はできる。

 しかし、基地施設や補給や整備に必要な機材と人員を根こそぎ吹き飛ばされては、何もできなかった。

 勿論、飛ばされたのはそれだけではなく、格納庫にあった機体や、格納庫近くのパイロットルームで待機していたパイロット達もまた消し飛ぶか、瓦礫の山に埋もれていた。

 

 ブランシェル大陸北部のレーダー網及び防空網はドイツ空軍の第一撃によって壊滅した。

 

 そして、B70の空襲からおよそ1時間後。

 B52及びB95の大編隊がブランシェル大陸北部にある陸軍基地や海軍基地へと向かいつつあった。

 そして、アニュンリール軍の目が完全に北部へと向いたところで、東部に忍び寄る影があった。

 

  

 ロデニウス大陸と同程度の大きさであるベスタル大陸には複数の国があった。

 それら国々の国内にもドイツはアニュンリール攻撃の為に基地を複数建設しており、それらの基地から多数のB70が飛び立ち、ブランシェル大陸東部へと向かっていた。

 こちらのB70は北部からの攻撃隊と比較して機数は少なかったが、それでも東部におけるレーダーサイト及び空軍基地を潰すには十分であった。

 北部と同じようにB70の攻撃後にはB52及びB95による爆撃が行われる。

 

 ドイツ空軍による波状攻撃を受け、アニュンリールは開戦1日目にして早くも満身創痍となりつつあった。

 

 

 




あと6話くらいでたぶん完結できそう。
終わりまでの道筋は見えているので、あとは書くだけ。


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最悪は予想の斜め上をいく

捏造ばっかり。


 

「被害状況は?」

 

 皇都の中心部にある宮殿にて、アニュンリール皇国皇帝マークルは短く尋ねた。

 問いかけられた皇国軍司令官のワルンは返答に窮した。

 ワルンの表情は深刻で、とてもではないが開戦1日目の夜に総司令官がしていい顔ではない。

 開戦のとき、彼は統合司令部にいたのだが――始めから酷いものだった。

 

 既に時刻は21時を過ぎており、開戦から10時間余りが経過していた。

 

「素直に言い給え」

 

 マークルの言葉にワルンは深呼吸をして、ゆっくりと告げる。

 

「北部及び東部のレーダーサイト、陸海空軍の基地は壊滅しました。当時、基地に停泊していた艦船や駐屯していた部隊にも甚大な損害が出ております」

「……そうか」

 

 マークルは静かに答えた。

 そのとき、警報が鳴り響く。

 

 ドイツ空軍の夜間空襲だ。

 ブランシェル大陸西部にあり、距離的にはもっとも離れているこの皇都であっても、夕方から散発的に空襲を受けていた。

 

 どうやら敵は空母を含む艦隊を周辺に展開しているようであったのだが、艦載機と思われる機体以外にも、空母には載りそうにない、大型の機体も攻撃に参加している。

 

 ドイツ空軍の爆撃機はそんなにも足が長い上に速いのか、とアニュンリール軍は驚きっぱなしだ。

 アニュンリール軍には空中給油という概念が存在していなかった。

 

 しかし、何よりの驚愕は戦闘機のヴィーナが全く手も足も出ないことだった。

 

 搭載している魔導電磁レーダーが例外なく故障――信じたくはないが、敵の妨害という可能性もある――してしまい、敵機を見つけることなく遠距離から一方的に誘導魔光弾らしきものに落とされるとのことだ。

 これでは戦闘にもならず、狩りでしかなかった。

 勿論、獲物はアニュンリール軍で、狩人はドイツ軍だ。

 

 

 今のところは市街地への攻撃はされていないが、工場地帯を狙ったらしい爆弾が外れて、市街地で爆発し、死傷者が出たという報告がちらほらと上がってきている。

 

「軍としては本土決戦を行い、甚大な出血を……」

「敵は上陸してくるのか?」

 

 マークルに問いかけられ、ワルンは言葉に詰まった。

 ロウリアにせよ、パーパルディアにせよ、これまでドイツ軍は基本的に海空軍で決着をつけてしまっている。

 

 しかも、今のアニュンリールが置かれた状況はパーパルディアよりももっと悪い。

 

 アニュンリールには同盟国は疎か、友好国すらいない。

 ラヴァーナルとの関係がバレてしまっている以上、どこにもアニュンリールの味方をしてくれる国はない。

 文字通りの世界の敵という状態だ。

 

「例えばだが……もしもドイツ軍が上陸せず、空から徹底的に工業地帯や、軍事施設を叩かれ続けたら、どうなる?」

 

 ワルンは視線を彷徨わせてしまう。

 それが答えだった。

 

 艦船も武器も航空機も時間があれば作れるし、必要な人員も育成することはできるだろう。

 空襲の度に退避していれば被害も最小限に抑えられるだろう。

 

 しかし、それらをドイツ軍に見つからずにやるというのは困難だった。

 我が物顔でドイツ軍の偵察機は今この瞬間も空を飛んでいる。

 

 幸いであったのはパル・キマイラとパルカオンだ。

 パル・キマイラは内陸部に、パルカオンは北部及び東部に、それぞれ特殊な基地に配備されている。

 それらは空から見た限りではまず分からないものであり、現在に至るまでドイツ軍の攻撃を受けていないことから、発見できていないと推測されている。

 

 だが、ワルンからすればあんなものは使えたものではなかった。

 皇帝のマークルや、政府の要人達は無条件にラヴァーナルの超兵器だと信じているが、実際に使ってみるとその欠点や運用上の問題が色々と浮き彫りになってきてしまう。

 マークルは聡明ではあるのだが、彼は軍人ではない為、そこまで理解が追いついていなかった。

 

「パル・キマイラとパルカオンで、ドイツ軍を倒せるか?」

「……無理です」

 

 ワルンは素直に答えた。

 

「どうしてだ?」

 

 マークルの問いにワルンは告げる。

 

「パル・キマイラですが、最高でも時速400km程度しか出ず、また上昇できる最大の高度も800m程度で、更に武装や搭載量もドイツ軍に大きな打撃を与えられるものではありません」

「つまり?」

「ドイツ空軍の演習標的になるでしょうね。数も60機程度しかないので……そもそもあれは地上攻撃用ですので、ドイツ軍の爆撃機みたいに警戒厳重なところへ侵攻するという用途ではありません」

 

 ドイツ軍が上陸してくれば話は別ですが、とワルンは告げる。

 とはいえ、ドイツ軍が上陸してくるときは当然、重厚な支援の下で上陸してくるだろうことが予想できるので、パル・キマイラが本当に活躍できるかは分からなかった。

 

「量産はできるだろう? 数で攻めるという戦法は……」

「ドイツ軍相手では、あんなものを量産するよりもヴィーナを大量生産したほうが良いかと……はっきり言って、資源と予算と人員と時間の無駄遣いです」

 

 あんなもの呼ばわりされて、マークルとしては衝撃を受けるが、ワルンにもはや怖いものはなかった。

 今日一日でドイツ空軍の理不尽さを身を以て知った為に。

 

「パルカオンはどうだ? あれならまさに無敵要塞だ。迫りくる敵機をバッタバッタと撃ち落とし、敵艦を蹴散らし……」

「確かに本土近海で運用するなら決戦兵器でしょう。数も10隻ありますので、大戦果が期待できます」

 

 ワルンの返答にマークルは首を傾げ、問いかける。

 

「本土近海に限定する理由は? 外征しても問題はないだろう?」

「どこに補給できる港や基地があるんですか? パルカオン自体は大きく損傷しない限りは戦えますが、乗組員はそうじゃないんですよ?」

 

 食糧も水も、パルカオンは巨大であることからありったけ積めばドイツ本国まで行って帰ってくるにしても保つだろう。

 しかし、乗組員はそうではない。

 

 彼らに十分な休息を取らせなければ、途中で士気が崩壊してしまう。

 

「パルカオンに積めばいいんじゃないか? 食糧とか水のことだろう?」

「違います。任務から解放された、精神的な休養のことです。これができなければ将兵の士気が保ちません。パルカオンの中に歓楽街でも作れと仰られるんですか?」

 

 ワルンはそう問いかけ、更に言葉を続ける。

 

「私がドイツ軍の司令官なら、パルカオンを見つけた段階であらゆる手を使って乗組員に対して精神的に圧迫を加え続けるでしょう。それは攻撃である必要はなく、眠りを妨げる為に大音量で音楽を流すといったものでも問題はありません」

「君がパルカオンの性能や弱点を知っているから言えることではないか?」

「いえ、おそらく軍人なら誰でも考えつくと思います」

 

 ワルンはそう答え、更に言葉を続ける。

 

「我々に味方してくれる国は世界のどこにもないので、途中で補給ができないことは簡単に予想できます。何よりも、うまい飯と任務から解放された時間、この2つのうちどちらかでも欠けたらどうなるか、軍人は身にしみて分かっていますから」

 

 ワルンの言葉にマークルは頷いて、問いかける。

 

「手近なところを攻撃し、基地や港を占領してじわじわと……」

「それはいったい、何年掛かるんでしょうか?」

 

 上陸戦の準備の為に最低でも半年は必要だ。

 そんなことをしていれば、ドイツ軍の兵器の補充が追いついてしまう。

 今日だけでドイツ軍はどれだけの備蓄を使ったのか具体的には分からないが、3割くらいは使用したのではないか、と軍では予想していた。

 何しろ、使用された爆弾の量や投入された機体の数が半端なものではなかった。

 撃墜した機体こそなかったが、それでも燃料や爆弾などは大量に使った筈だというのが、アニュンリール軍の考えだ。

 

 マクールがワルンに問いかける。

 

「パルカオンは本土近海で敵艦隊を迎え撃つことは可能だな?」

「可能です」

「ならば、そうしてくれ」

「分かりました。甚大な損害を敵に与えてみせましょう」

 

 ワルンは力強く、そう答えたのだった。

 だが、彼は勝てるとは言えなかった。

 そもそも、ドイツ海軍の艦隊がそんなに近くまでやってきてくれるかどうか、分からなかった。

 

 ワルンが報告を終え、退室しようとしたときだった。

 外務大臣が慌てて駆け込んできた。

 

 ワルンは察してしまい、溜息を吐いた。

 

「ドイツ側に立って、ミリシアル、ムー、グラ・バルカス、パーパルディアその他大勢の国々が参戦しました!」

 

 その他大勢と略さざるを得ないほどに、多数の国々が完全に敵となってしまったらしい。

 ここまでくると、もはや笑うしかなかった。

 

「グラ・バルカスもか!?」

「はい……その、実質的に、我が国は、第一文明圏、第二文明圏、第三文明圏及びそれらの周辺国全てを相手に回すことになりました……」

 

 グラ・バルカスの参戦までは予想していなかったマークルは玉座にへたり込んでしまった。

 力なく、彼はワルンへと問いかける。

 

「どの程度、耐えられるか?」

「各国は前線には出てこず、おそらくドイツの後方支援という形になるでしょう。当初の予想通り、ドイツ軍が息切れしてくれると良いのですが……」

 

 マークルもドイツ軍が早期に息切れし、攻撃が散発的になるだろうという軍の予想は聞いていた。

 それは遅くても1ヶ月以内に起こる筈だと。

 

 現状では、それを信じるしかなかった。

 

 

 だが、最悪は予想の斜め上をいく。

 それを彼らは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミリシアル国内、カルトアルパスに程近い空軍基地では夜間であるにも関わらず、照明で照らされ、まるで昼間のように明るく、そして非常に慌ただしかった。

 

 長大な滑走路を6本も有するこの基地はブランシェル大陸北部方面の攻撃を担当している。

 

 今もまたB52が離陸していくのをフォン・グライム元帥が見送った。

 彼はミリシアルに展開するドイツ空軍第5航空艦隊の総司令官であり、ここカルトアルパス空軍基地に司令部を設置していた。

 

「補給はどうだ?」

 

 参謀長に問いかけると、即座に答える。

 

「問題ありません。各基地とも備蓄は十分であり、また予定通りに本国からも輸送船団が到着しております」

 

 2週間毎にドイツ本国から物資を満載した輸送船団が到着することになっている。

 その第一陣が既にカルトアルパスに到着していた。

 カルトアルパスからは鉄道でもって、各基地の近くまで輸送され、そこからトラックで基地内の所定の場所へと運ばれる。

 

 輸送艦の大型化に伴い、海上輸送能力は飛躍的に向上しており、万全の補給を受けられていた。 

 ドイツは戦時体制への移行が完了しており、戦争遂行に必要なあらゆる物資が途切れることなく生産されている。

 その量は膨大であり、まさしく国家の全てを戦争に振り向けた状態であった。

 

「嘘か本当かは分からないが、国防大臣は政府から1年で決着をつけろと言われたらしい」

「政府も無茶を言いますね」

「これまでは時間を競うかのように、さっさと降伏してくれたから、今回もと思っているんだろうが……そうもいかないだろう」

 

 何しろ、相手は相当な覚悟でもってラヴァーナルを復活させようと目論んでいる。

 だからこそ、ドイツ軍も全力でその意志を砕こうとしているが、どう転ぶかは分からなかった。

 



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地球の列強における戦争のやり方

いわゆる、容赦しないというやつ。

捏造いっぱいです。


 ドイツ及びその同盟国、友好国がアニュンリールと開戦してから3ヶ月が経過していた。

 この間、ドイツは海空軍による空爆にのみ留めていたのだが、アニュンリールはどうしようもない状態になっていた。

 

 何よりも彼らに効いたのは2ヶ月前から始まった市街地への無差別爆撃だ。

 事前警告として各地の主だった都市にビラが撒かれて、降伏しなければこれより警告なしの無差別攻撃を開始する、という内容だった。

 

 既にアニュンリール軍は、手も足も出ない状況で一方的なサンドバッグ状態だったが、彼らの内情を国民が知る筈もない。

 ラヴァーナル復活という大願成就の為の戦争だと彼らは確信しており、ラヴァーナルの遺産がある軍が負ける筈がないと信じ込んでいた。

 

 それはドイツ以外の国が相手なら問題がなかったのだが、相手が悪すぎた。

 

 

 警告のビラ撒きは3日間、実施されたが、政府や軍の関係者以外は誰も真に受ける者はいなかった。

 そして、始まった爆撃は、政府も軍も、そして国民すらも想像を絶する地獄をこの世に創り出した。

 

 ドイツ空軍はアニュンリールで第二の都市であるラーヴァに対して1000機爆撃を行った。

 爆撃機の爆弾搭載量が増えたことや命中精度の向上などにより、もはやそこまで機数を揃える必要は全くないのだが、見せしめとして夜間に敢えて行った。

 

 結果、ラーヴァは郊外まで含めて完全に何も無くなった。

 ところどころに焼け残った建物が残っていたが、爆撃前の巨大都市の面影は全く無い。

 

 アニュンリール側の死傷者は万を軽く超えていた。

 

 要因は幾つもあった。

 事前にレーダーサイトも周辺の空軍基地も壊滅していた為、迎撃を全く受けなかったこと、夜間であることから目視での発見が困難であったこと、大編隊が奏でるジェットエンジンの音も鳴り響いていたのだが、単なる音だけなら、不思議には思っても避難する者は少なかったといったものだ。

 

 ラーヴァを皮切りに、ドイツ空軍は続々とアニュンリールの中でも規模の大きな都市を順次更地に変えていった。

 1ヶ月目でラーヴァを含む12個の都市が更地となり、2ヶ月目には14個の都市が更地に変えられた。

 2つ目の都市からは1000機ではなく、かなり数を減じたものであったが、それでも爆撃機の群れは問題なく仕事をした。

 

 本来なら都市への戦略爆撃は費用に見合った効果が出ないのだが、それは地球での話だ。

 大型爆撃機の大編隊による都市への夜間空襲など経験したことがないアニュンリール国民にとっては、大混乱を引き起こすに十分過ぎた。

 

 攻撃を受けていない都市からはこぞって市民達が田舎へと逃げ出し、幹線道路は逃げる市民の車――ガソリンではなく魔石の魔力で動く、魔導式エンジンを搭載した車――で溢れかえり、大渋滞を引き起こしていた。

 ドイツ空軍は、その避難する車列を発見していたが、攻撃を加えなかった。

 精々、低空を超音速で飛んだりした程度だ。 

 

 飛び去った後、大混乱が生じ、事故が多発したとしても、当然考慮はしなかった。

 そういった悪戯は各地で行われていたが、やられる側はたまったものではない。

 

 軍は何をしているんだ、という国民からの怨嗟の声はアニュンリール軍にも当然、届いていたが、どうしようもなかった。

 

 挙げ句の果てに、ドイツ軍が投下してきた爆弾には、たまに変なものが混ざっていた。

 巨大なボビンが大量に落下傘付きでゆっくり落ちてきたと思ったら、エンジンらしきものに点火し、車輪を回転させながら地面に着地して進んできた。

 その車体には爆薬が大量に詰め込まれていたらしく、何かにぶつかると大爆発を起こした。

 中には地面に着地と同時に倒れて、その場で大爆発を起こしたりするものもあり、それを目撃した者は理解の範疇を超えていた為に軍人であっても困惑した。

 困惑させる要因はまだあった。

 不発したボビンを調査したところ、車輪に大陸共通言語で『イギリスより愛と紅茶、そして炸薬を込めて』という文章が大きく書かれていたが、アニュンリール側からすれば全く意味が分からなかった。

 

 他にも便器やバスタブ、キッチンなどが爆弾に改造されて投下されていた。 

 

 アニュンリール軍は、ドイツ軍の攻撃に全く対応できていなかった。 

 

 

 おふざけ的な攻撃もあったが、基本的にドイツ軍の攻撃は容赦がない。

 都市爆撃の開始と同時に各地の鉄道網への大規模攻撃も開始された。

 列車本体は勿論のこと、駅や操車場、車両基地、鉄橋や陸橋など、復旧に時間が掛かる施設や設備が主目標とされた。

 

 また、アニュンリール海軍は空爆を警戒して、ブランシェル大陸南部の港や海軍基地へと残存艦艇を移動させようとした。

 艦艇は夜間に出港していたが、沖合に出ると正体不明の海中からの攻撃に遭うか、いつも通りにレーダーが撹乱されたところに、多数の誘導魔光弾――対艦ミサイル――が降り注いで撃沈された。

 

 動かさない方がマシだった、と思えてしまう程に暗澹たる結果に終わっていた。

 

 特に正体不明の海中からの攻撃は脅威であり、原因究明が急がれたが、制空権も制海権もドイツ軍に取られている現状では打つ手は皆無に等しかった。

 

 ラヴァーナルには潜水艦という概念も残念ながらなかった。

 海中に潜らずともラヴァーナルは世界に対して優位に立てていたので、そうする必要性が無かったのだ。

 必要がなかった為に発展せず、遅れを取る分野が出てきてしまうのは仕方がないことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな、こんなものが……! ドイツの、地球の戦争だと言うのか!?」

 

 ミレケネスは絶叫した。

 彼女の叫びはここにいるグラ・バルカス軍の将官達にとって、共通したものだった。

 

 ドイツ空軍及び海軍から参考資料として提出された写真や映像を、彼らは見た。

 空を覆い尽くす爆撃機の大編隊は綺羅びやかな眠らぬ巨大都市ラーヴァを一夜にして、更地にしてしまった。

 

 グラ・バルカスも敵国の民間人や都市に対して攻撃を加えている。

 都市を更地にしたこともあったが、ドイツ軍のようには到底できない。

 グラ・バルカス軍が爆撃機のみでラーヴァを更地にしようと思えば一回や二回の攻撃では不十分となることは、ここにいる面々には予想できた。

 またグラ・バルカスが行った、そういった攻撃は見せしめという側面が強く、ドイツのように工業地帯などに限定せず、都市そのものを純軍事的な攻撃目標として、敵国の継戦能力そのものを削り取るという発想は無かったのだ。 

 

 

「ドイツ軍には逆立ちしたって勝てやしないことがハッキリした。しかも、連中は容赦しないことも分かった。それは収穫だろう?」

 

 カイザルの言葉は道理であった。

 既にドイツには敵対せず、友好的に――というのがグラ・バルカス帝国の方針であったのだが、今回のアニュンリールとの戦争で、目の当たりにした形だ。

 

 アニュンリールには超音速戦闘機が存在し、それはグラ・バルカス軍に衝撃を与えたが、そんな戦闘機を一方的に処理するドイツ軍には、もはや驚きを通り越して何の感情も沸かなくなってしまった。

 

 またもう一つ、グラ・バルカス軍にとってはありえないことが起こっていた。

 3ヶ月前に開戦したときよりも、3ヶ月経った現在の方が部隊数が増えているというのが理解したくなかった。

 

 そもそも敵の攻撃による損失が無いという時点で、グラ・バルカス軍は説明されて、映像も見せられたが、信じたくはないし、理解したくもなかった。

 だが、彼らは軍人であったので、無理矢理に理解して納得した。

 

 技術の差があれば、このようなこともできるのだ、と。

 

 だからこそ、現在、グラ・バルカスでは視察団の報告書や情報、ドイツで購入が許可された書籍などから、大急ぎで技術の向上に努めている。

 

 なお、工場の排水や排煙あるいは車の排気ガスの悪影響として、地球世界で大気汚染による深刻な健康被害があったことをドイツ側から視察団は教えられていた。

 何でも、他国の都市で過去に大気中に有害物資が閉じ込められて、滞留し濃縮され、強酸性の高濃度の硫酸の霧を形成したとのことだ。

 

 硫酸の霧なんてものが発生したら、一瞬で帝都は壊滅すると視察団が大慌てで、本国に報告し、帝王グラルークスは深刻に受け止め、ドイツ側に環境汚染対策を教わったということもあった。

 

「アニュンリールは、よくもまあ、粘っているものだな……」

 

 ミレケネスの言葉は、この場にいるグラ・バルカス軍の将官達だけでなく、参戦国の全ての軍人達に共通したものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう……ちくしょう……」

 

 悔しげな声が聞こえていた。

 他にもすすり泣いている者や、地面に拳を叩きつけている者もいる。

 

 彼らはアニュンリール陸軍第12師団所属の機甲大隊だった。

 しかし、彼らが乗車していた戦車は数百m先の道路上で炎上しており、戦友達も多くが犠牲になるか、あるいは散り散りになってしまった。

 

 大隊は夜間、内陸部への基地へ移動中に攻撃を受けた。

 

 それは突然のことだった。

 先頭を進んでいた車両が爆発炎上し、それからすぐに最後尾の車両が爆発した。

 

 敵機と思われるエンジン音は聞こえていたが、夜間であることから目視で確認できず、大丈夫の筈だと信じるしかなかった。

 しかし、夜間だろうがお構いなく、敵機は攻撃を加えてきた。

 

 大隊はまるで的当てゲームのように一方的に空から攻撃を受け、車両を全損していた。

 もしも彼らが山道であったり、森の中の道路を移動していれば、見つかったとしても全損は防げただろう。

 しかし、周囲にそのようなものはなかったので、仕方がなく平地の道路を移動していたが、それは仇になった。

 

 そのときだった。

 彼らの意識は衝撃とともに暗転し、永遠に目覚めることはなかった。

 

 

 

 

 

「残っていた敵兵を始末した」

 

 夜間迷彩を施したA67の射撃手はそう報告した。

 空中給油でもって、ブランシェル大陸までやってきていたうちの1機だ。

 

 欧州戦争時、猛威を振るった四発輸送機を改装したガンシップ――A47の正当な後継機だ。

 105mm榴弾砲、37mm機関砲、20mmガトリングガンをそれぞれ1門ずつ搭載した、空の死神であった。

 

 敵地上部隊は夜間行動を主とするだろう、と当初から考えられていた為、A67が投入されたのも予定通りであった。

 

 3ヶ月後に迫った上陸作戦までに、少しでも敵地上部隊を減らしておきたい、というのがドイツ軍の方針であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上陸作戦、やっぱりやらないと駄目なのか?」

 

 ヴェルナーは大臣執務室で1人、溜息を吐いていた。

 とっくの昔に上陸作戦計画は作成が完了し、彼自身も承認していた。

 だが、ハッキリ言ってやりたくはなかった。

 

 ブランシェル大陸北部にある各地の海岸から、100個師団を超える陸軍部隊及び5個師団の海兵隊が上陸するという、非常に壮大なものだ。

 フランスとの戦争でノルマンディーに上陸した、バルバロッサ作戦を超える規模となる。

 

 物資の集積及び兵力の集結と輸送は開戦前から始まっており、あと3ヶ月程で準備が整う。

 上陸部隊を満載した輸送船団が出港するのはカルトアルパスだ。

 元々カルトアルパス港はドイツ本国の港湾と見劣りしない広さと深さがあった。

 設備は劣っていた為、開戦前からドイツ製のものを順次格安で導入してもらったことで、解決している。

 

 ヴェルナーが上陸作戦をやりたくない理由は簡単で、海空軍による空爆と陸軍を投入した地上戦では前者の方が費用が安いのだ。

 

 100個師団を超える兵力は大いに結構であり、それを支える兵站も問題はない。

 だが、そこに掛かる全ての費用に関して、政府から直接色々と言われるのは他ならぬヴェルナーである。

 政府は大盤振る舞いしてくれているが、文句を言わないとは言っていなかった。

 

 ヒトラーやクロージクに会う度にグチグチと予算に関して言われており、また本格的な地上戦に突入すれば負傷者は勿論、戦死者も出る。

 あまりにも戦死者が多くなり過ぎるのは拙いとヒトラーから口を酸っぱくして言われていた。

 

 これまでの戦いでは戦死者どころか負傷者すら、ほとんど出ていない。

 政府が望む、こちらに被害が一切出ない戦争。

 

 地球では不可能であったそれを、この世界では今のところは達成しているが、これからもそうだとは限らない。

 

 そのとき、ドアが叩かれた。

 ヴェルナーが許可を出すと、入ってきたのはミルヒだった。

 

「どうかしたか?」

「実は不思議なものを偵察機と衛星が捉えまして」

「不思議なもの?」

 

 ヴェルナーの問いかけに、ミルヒは頷き、鞄から数枚のカラー写真を取り出した。

 

 一見、何の変哲もない線路――複線だった――と貨物列車が写っている。

 

「これがどうかしたか?」

「この貨物列車ですが、ここのトンネルに入っていきます」

 

 ミルヒは指し示す。

 ヴェルナーもまたそこを見る。

 

 確かに貨物列車はトンネルに入っていく。

 しかし、今、見ている写真にトンネルの出口は写っていない。

 

「こちらの写真を御覧ください」

 

 ミルヒが示した別の写真は岩山と崖、そして海が写っていた。

 ヴェルナーは気がついた。

 

「トンネルの出口はどこだ?」

「不明です。どこかで曲がっているにしても、周辺もまたこのように岩山と崖であり、空から見る限りでは出口がどこにもないのです」

 

 ヴェルナーは腕を組んだ。

 思い当たるものが一つある。

 

「……偽装したブンカーか?」

「おそらくは……」

「連中が隠すものといえば一つしかないが、そんな巨大なブンカーは造れるのか?」

「試算したところ、可能か不可能かでいえば可能です。ただ、費やされる時間と労力と資材は膨大です」

 

 ヴェルナーは頷きつつ、更に問いかける。

 

「ブンカーの数は?」

「北部に4箇所、東部に5箇所、これと似たような不自然なトンネルがありました。これを含めて現在までに見つかったのは合計で10箇所です」

「南部や西部にも同じものがないか、探してくれ。あった場合は同時攻撃といこう。海上に出られたら厄介だ。いつ、攻撃できる?」

「南部や西部の調査も含め、2週間以内に攻撃を開始できます」

 

 ヴェルナーは頷き、告げる。

 

「正確な位置や構造は分からないだろうから、例の爆弾の飽和攻撃でいい」

 

 ヴェルナーの言葉にミルヒは頷き、写真を鞄にしまって退室していった。

 

「こんなこともあろうかと……というか、地球で普通に地下施設があったから、開発していたものなんだけどな」

 

 欧州戦争時から地中貫通爆弾は研究開発されて、末期には実戦投入された。

 しかし、威力不足ということで地下数十mにある施設を破壊する為の大型地中貫通爆弾が戦後すぐに研究開発が始まっており、転移する2年前に実戦配備されている。

 アニュンリールが地下に危険なものを隠している可能性は大いにあった為、この大型地中貫通爆弾――ミョルニルという愛称がついている――は大量生産されていた。

 

「2週間以内というと、3月25日までには攻撃開始かな」

 

 ヴェルナーはカレンダーを見ながら、何気なく呟いた。

 

 

 



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暴かれる古の魔法帝国

※捏造です


「まるで演習だ。アニュンリール軍は我々に演習の標的を提供してくれている」

「違いない」

 

 B52の操縦士と副操縦士は、そんな軽口を叩きあった。

 大鉄槌が下され、アニュンリール軍との戦いは既に掃討作戦――作戦名:ブランシェル演習――に移行している。

 

 作戦名にある通り、もはや演習みたいなものだった。

 一切の反撃がなく、一方的に攻撃ができるが、演習相手は命が懸かっている為、必死に隠蔽や逃走をしてくれる。

 これ以上の実戦演習はない。

 

 

 今回、B52の任務は海岸沿いにあるブンカーと思われる岩山と崖を攻撃しろ、というものだ。

 まず先頭梯団のB52編隊が14トン近い重量がある大型地中貫通爆弾ミョルニルを――各機2発ずつ搭載している――目標地点に満遍なく投下。

 その後、20トン爆弾を2発搭載した後続の梯団が目標へと投下する。

 

 ミョルニルが貫通して施設内で爆発すれば、覆っている分厚い天井にも亀裂が入る為、通常の20トン爆弾でもってトドメを刺すという寸法だ。

 

 第一次攻撃隊としてB52がそれぞれおよそ100機ずつ、各地のブンカーへと向かっていた。

 

 各地のブンカーとは、ほとんど時間差がない同時攻撃であり、念の為にブンカーの沖合には潜水艦が最低でも3隻は潜んでいる。

 もしも慌てて出てきたら、魚雷でもって仕留める為だ。

 

 

「もう間もなく、目標地点だ。荷物を届けるぞ」

 

 ミョルニルにはメッセージが書いてあった。

 こういうお遊びは基本的に余程のものでなければ黙認されていた。

 

 この機に積まれたミョルニル2発にはそれぞれ次のようなメッセージが本体に書かれている。

 

 アニュンリールの天気は晴れのち、ミョルニル――

 戦艦が簡単に沈むわけがない、安心しろ――

 

 それはこの機だけではなく、他の機に搭載された爆弾にも同じように、搭乗員達と整備員達が一緒になって考えたメッセージが書かれていた。

 

 

 やがて先頭梯団のB52、およそ50機は目標地点で、ミョルニルを2発ずつ投下。

 それらは予定通りに満遍なく着弾し――まるで火山が噴火したかのように岩山が盛り上がり、一気に吹き飛んだ。

 その後に後続梯団の50機程のB52が20トン爆弾を2発ずつ投下し、トドメを刺したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アニュンリール皇国皇帝マークルは自室で悩んでいた。

 状況は予想よりも遥かに悪い。

 

 アニュンリール軍はドイツ軍相手に一歩も引かずに戦える――

 何故なら世界最強であるラヴァーナルの装備で身を固め、過去には攻め込んできた中規模な文明国を一方的に滅ぼしているからだ――

 

 しかし、蓋を開けてみれば、その予想は非常に甘かったと言わざるを得なかった。

 アニュンリール軍はドイツ軍相手に手も足も出なかった。

 

 軍どころか、既に民間にも甚大な損害が出ており、工業地帯どころか、都市が次々と更地にされている始末だ。

 

 皇都だけはまだそのような無差別攻撃をされていない。

 

 降伏せよ、とドイツが暗に促しているとマークルは考えていた。

 その気になれば皇都を更地にすることはできるが、そうはせず、行政や軍事、司法の中心地を残すことで降伏を円滑に行えるように、そしてその後の統治に支障が出ないように、としているのだろう――

 

 ただ、マークルにはこれ以上、戦争を――ドイツ軍が一方的に攻撃しているだけで、戦争と言っていいか分からないが――続けるのは困難になりつつあると思っていた。

 

 

 国民が限界に近いと彼は勿論、政府の要人や軍も感じていたのだ。

 

 ラーヴァをはじめ、この2ヶ月間で幾つもの都市が更地になったことで、国民は大きな衝撃を受けたことは想像に難くない。

 何しろ、マークルですら、報告を聞いて信じられなかったのだ。

 

 都市爆撃で民間人の死傷者は累計で10万を超えるのは確実と予想されているが、正確な人数は分からなかった。

 しかし、その人数が増えることはあっても、減ることはないというのだけは確かだ。

 

 このまま戦争を続けていれば、ドイツは都市どころか街や村までも更地に変えてきそうな勢いだった。

 そうなってしまえば、もはやラヴァーナル復活どころの話ではなく、国が完全に崩壊するだろう。

 

 また鉄道網への攻撃で物流の多くは止まってしまっている。

 道路を攻撃されないだけまだマシであったが、遠からず道路も攻撃してくるという予想がワルンから直接、マークルへと報告されていた。

 

 そうなってしまえば物流は完全に止まり、軍への補給すらままならない。

 

 ワルンもまた同じ意見であり、将兵の士気は全体的に低く、もはや戦える状態にはないとのことだ。

 パル・キマイラやパルカオンなどが配備されている特殊な基地――内陸部の地下に築かれた基地や岩山と崖に偽装された基地――では超兵器の力を信じて、徹底抗戦すべきだという意見もあるらしい。

 

「降伏か……」

 

 今日は3月24日で、もうすぐ4月に――開戦して4ヶ月目になる。

 もっと酷いことになるのは確実だ。

 

 マークルの悩みは尽きなかったが、血相を変えてワルンが部屋に駆け込んできた。

 皇帝の自室であり、普段ならば近衛兵が通さない筈であるのだが――どうやらそんな規則が吹き飛ぶ程のものらしい、とマークルは予想する。

 

「へ、陛下!」

「どうした?」

「ぱ、パルカオンの全ての偽装基地が、ドイツ軍の攻撃を受けました! 詳細は不明ですが、相当な被害を受けたようです!」

 

 マークルはワルンが何を言っているのか、すぐに理解することはできなかった。

 

「それは、いつの話だ?」

「1時間程前……午前10時過ぎだそうです」

 

 マークルは決意し、ワルンに問いかける。

 

「軍には降伏に反対する者はいるか?」

「いえ、いません。いたとしても、私が何とかします」

 

 ワルンの言葉にマークルは重々しく頷いた。

 

 最後の1人になっても、戦い抜くなどという信念は、もはや欠片もなかった。

 

 

 

 

 

 

 中央暦1642年3月29日午前8時22分。

 アニュンリールはドイツに対して、無条件降伏を申し入れ、ドイツはそれを受諾した。

 

 その情報はただちに全世界を駆け巡り、各国の軍ではアニュンリールに対して同情的な意見が出た。

 魔帝復活はさておいて、あんな連中相手に、よく粘ったものだ、と。

 

 ドイツが実は魔帝ではないか、という意見も各国では出たが、ドイツが魔帝だったら、とっくの昔に世界を支配している、というもっともな反論にドイツ=魔帝論は消え去った。

 

 アニュンリールの被害は甚大であったが、講和条約に関しては比較的スムーズだった。

 ラヴァーナルに関する全ての情報と技術をドイツ及びミリシアル、ムーに開示することと賠償金と一部領土の割譲をドイツが求めたくらいだ。

 

 参戦した各国はドイツから要請があれば軍を派遣する用意はできていたが、そうする間もなく終わってしまったことで、何もしていない。

 ドイツが単独でアニュンリールと戦い、圧勝したというのが実態だ。

 何もしていないのに、講和条約でドイツ以上の主張をするわけにもいかず、少額の賠償金を求めた程度であった。

 少額とはいえ、それを求めた国の数が非常に多かった――実質的に世界の全ての国々がドイツ側に参戦していた為――ので、合計金額としては少額ではなくなってしまったが、そこは些細な問題だ。

 

 アニュンリール側としては、国や種族が無くなる程の過酷な要求をされず、拍子抜けであった。

 ラヴァーナル復活を目論むというのは、それほどのことであったのだが、ドイツはそこまで求めなかった。

 

 さすがにラヴァーナルに関して、ドイツがどう思っているかなどとアニュンリール側が聞ける筈もなかった。

 

 そして、それは聞かなくて正解だった。

 

 

 塵や煤などの微粒子を外に出さない魔法はミリシアル及び他の魔法文明国が威信を掛けて、共同で開発を進めている

 それは中々に順調な進展をみせており、核の冬を防げる可能性が高くなったとドイツは予想していた。

 

 また、広範囲にその結界を展開する装置類の開発も比較的順調だ。

 これらの装置開発に成功すれば、膨大な魔導師を必要とせずに済むと期待されている。

 

 ラヴァーナルに理性はなく、話し合いで解決できないなら、手早く潰すしかないというのがドイツの出した結論だ。

 

 時間的な猶予をラヴァーナルに与えると、こちらの被害を増やすだけであり、利益は全くない。

 だからこそ、先制核攻撃にて一撃で決着をつける方針となっていた。

 

 用意される核弾頭と大陸間弾道ミサイルの数は100や200ではない。

 それでは不十分だと判断されていたからだ。

 

 ラヴァーナルが防御用の結界を展開することも予想される為、なるべく多めに投入する必要があった。

 無論、大陸間弾道ミサイルだけでなく、必要があるならば航空機や艦船、潜水艦からの核攻撃も実施される予定だ。

 

 ドイツにとってアニュンリールとの戦争における最大の成果は、ラヴァーナルに関する膨大にして、詳細な情報が得られたことだ。

 

 全体的にラヴァーナルの技術は高く、ドイツよりも遥かに優れた部分が多くあった。

 しかし、軍事的な分野に限ってみれば、ドイツの方が優れている部分が多かったことが判明した。

 

 軍事技術というものは、敵に対して自軍が圧倒的に優位に立てるなら、急激な発展はしない。必要が無いからだ。仮に誰かが画期的な新兵器を発明したとしても、そういう状況では、実戦部隊に配備されて戦力化するまで十年、二十年、下手すればそれ以上かかってしまう。まともな政治家なら、そんなことには予算をつけないからだ。

 ラヴァーナルに電子戦や潜水艦などの概念が無かったのは、まさしく、そういう物を必要としなかったからなのである。

 

 同格か格上の国々と、しのぎを削ることで、互いに技術を急激に発展させてきた地球という世界は、少なくともこの世界の国々やグラ・バルカスから見ると特殊過ぎる世界だった。

 

 そして、技術に関する情報以外で、ドイツにとって最高の情報があった。

 

 それはラティストア大陸があった位置だ。

 アニュンリールからの情報によれば未来へ転移したが、出現する場所は元の位置とのこと。

 

 その場所とはロデニウス大陸から見ると東方、ムー大陸から見た場合は南方となる海上だ。

 

 更には当時のラティストア大陸の地図や世界地図まで残っており、ドイツ側としては嬉しい誤算だった。

 

 さっさとラヴァーナルを潰して、これまでの戦争の後始末をしたい――経済的な意味で。

 

 それがドイツ政府の本音であった。

 また、軍としても戦後の約束された大軍縮に溜息しか出ないが、政府の決定に逆らうわけにもいかない為、仕方がないと割り切っていた。

 

 



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ラヴァーナルの運命 対話か、戦争か?


冷戦時代の米ソの核弾頭の数を改めて調べてみたら、目玉が飛び出した。
なお、ラヴァーナルとかアニュンリールとかその他色々は捏造です。


 

 

「どうしてウチが米ソ冷戦時代のような、たくさんの核弾頭を保有しなきゃならないんだ」

 

 アニュンリールとの戦いが終わって1年程が経過した、中央暦1643年5月のある日、ヴェルナーは国防大臣執務室で呟き、深く溜息を吐いた。

 

 米ソ冷戦時代の最盛期、互いが互いに核弾頭を数万発用意していた。

 その水準にドイツ軍が保有する核戦力はラヴァーナルとの開戦までに到達する予定だ。

 

 もっとも、さすがに数万発という程ではないが、それでも大陸一つを核の炎で包み込むにはお釣りがくる量だ。

 

 ラヴァーナル戦で主力となる大陸間弾道ミサイル及び核弾頭を万全に管理・運用する為、ドイツ空軍ではアニュンリール戦直後から、大陸間弾道ミサイルを装備する部隊を全て一つの軍団に纏めた。

 世界規模攻撃軍団――WeltklasseAngriffkorps――と命名された、その軍団は空軍参謀本部直轄であり、元帥位に就いている者が指揮を執る。

 

 まるで史実のアメリカそのものであるが、あそこまでは行き着いていないとヴェルナーとしては思っている。

 

 少なくとも、冷戦時代のアメリカのように、何でもかんでも原子力に頼るようなことをドイツはしていない。

 

 

「やるしかない」

 

 ヴェルナーは改めて、決意を口にする。

 

 早ければ、あと数年以内にラヴァーナルは復活する。

 通常兵器で終わらせたいが、ミサイル防衛システムの実用化が間に合うかどうかは怪しいところだ。

 現状では飛んでくる敵の弾道弾を迎撃するには、核を積んだ迎撃ミサイルで撃ち落とすしか手段がない以上、通常兵器のみという制限を加えていたら、こちらがやられる。

 何しろ、敵は核兵器を通常の爆弾のように使ってくる可能性は高いと予想されている。

 

 

 しかし、友好的な対話の呼びかけをヒトラーが自ら行うとヴェルナーは聞いていた。

 

 アニュンリールから提供された、当時のラヴァーナル帝国が使用していた一般的な周波数帯に対して呼びかけることになっている。

 

 向こうがそれを受け入れれば攻撃は中止だ。

 たとえ、それが連中の欺瞞であったとしても。

 

 とはいえ、確固とした証拠がアニュンリールから提供されてしまっているので、友好的な対話ができるという可能性は限りなくゼロに近い。

 

「まるで、映画の中にいるみたいだ」

 

 少なくとも、地球ではこんなことはできないと考えたところで、ふと思う。

 

「……我々は帰ることができるのか?」

 

 エルフやその他多くの亜人がいる、魔法がある――だが、それでもやはり地球が恋しい。

 

「帰ったときのことを考えて、なんかこう、色々とできないもんかな」

 

 お土産は重要だ。

 異世界に行ってきたという証拠であると同時に、この世界のことを思い出して――思い出したところで仕事の思い出しかなかった。 

 

 現場は勿論、将官であっても、任務や軍事交流という形で国外へと出かけることができる。

 ヒトラーや政府の面々だって、異世界の政府要人との交流や会談で国外へと行っている。

 

 しかし、ヴェルナーは仕事でもプライベートでも、現在に至るまで国外へ行っていないのである。

 ある意味で、それは非常に良いことではあった。

 実質的な軍の最高責任者である彼が国外に出かけたとき、不測の事態に遭う可能性がない、とは言い切れない。

 

 ヴェルナーが会ったことがある異世界人といえば、ドイツ本国へとやってきたグラ・バルカスの視察団の面々や、同盟国、友好国の要人達くらいなものだ。

 道行くエルフとか獣人とか、そういうのをヴェルナーは見て、癒やされたいのである。

 

「こうしちゃいられないぞ……」

 

 みんなが異世界を楽しむ中、自分だけ楽しめないというのはさすがにちょっと辛かった。

 

 民間人だったら気軽に旅行ができるのに、とヴェルナーは悔しがった。

 第三文明圏内なら、民間人の旅行に制限はあまりない。

 隠居生活を送っているレーダーは、ちょくちょく国外旅行に出かけているようで、お土産をもらっていた。

 

 とりあえずヴェルナーは国防大臣の英気を養う為の休暇について、ヒトラーに相談することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寝言は寝て言うものだ」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーは泣きそうになった。

 

「いくら何でも酷い話だろう?」

「軍が使っているカネがいくらになるか、そしてそれを補う為にどれだけの国債が発行されていて、その返済計画がどうなっているか、クロージクと一緒に君に丁寧に教えてやろうか?」

「待て、仕事じゃないぞ。個人的な話だ」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは腕を組む。

 

 ここはヒトラーの執務室であり、彼とヴェルナー以外は誰もいないので、こういうやり取りができる。

 

「要するに遊びに行きたいのか?」

「早い話がそうだな。異世界らしい町並みとか種族とか、そういうのが見たい」

「ラヴァーナルが片付いたら、構わないぞ。軍の出番は無くなるからな」

 

 ヒトラーがそう答えると、ヴェルナーは満面の笑みを浮かべる。

 

「よし。ラヴァーナルとの戦いが終わって、色々と片付いたら、1ヶ月くらい休暇を取って異世界観光をする。いいな?」

「構わんよ」

 

 あっさりとヒトラーは肯定しつつ、問いかける。

 

「しかし、また何で急に?」

「もしも、地球に帰ることができるとしたら、と思ってな」

「地球が恋しいな……今の世界の方が気楽ではあるが……やはり」

 

 そこまで言って、ヒトラーは考える。

 

 戻ったら絶対に苦労するというのは確定している。

 転移直後の1分後に戻ったとしたら、特に影響はなく、むしろこっちが数年分進んでいる為に色々な面で有利だ。

 

 しかし、地球に戻ったときにはこちらと同じように数年分の時間が経過していた、もしくは地球の方が時間の進みが速かった場合は非常に面倒だ。

 

 ドイツがあった場所は海になっているだろうことが予想され、そこを巡って、イギリス・フランス・ロシアの三つ巴の戦争が起こっていてもおかしくはない。

 特にロシアなんぞは絶対に譲らないだろう。

 

 ヒトラーはそこまで考えたところで、ヴェルナーに問いかける。

 

「……恋しいが、戻らない方が良くないか? 色んな意味で大変なことになっているぞ、おそらく」

 

 彼に言われて、ヴェルナーもそこに思い至ったらしく、真剣な表情で告げる。

 

「恋しいが、確かに戻りたくはないな。帰ってすぐに列強と戦争なんぞ、やりたくもないし、そもそもできないぞ」

「全く同意見だ。ムーも1万年以上戻ることができていないから、大丈夫だと思いたい」

 

 ヒトラーに対して、ヴェルナーは「もしも帰ることができないならば」という前置きをして、告げる。

 

「ドイツにエルフとか獣人とか、この世界特有の種族に移住してもらって、我が国の発展に寄与してもらうっていうのはどうだ? 色々な問題が起きないように、細心の注意を払う必要があるが……」

「ラヴァーナルが片付いたら、本格的にそういうことも考えてみたい。全てはあの連中を処理してからだ」

 

 その通りだ、とヴェルナーは頷きつつ、告げる。

 

「以前にも話したが、伝承や出てきた証拠が間違っているという極めて低い可能性を個人的には信じたい」

「無理だろう、とあのときは返したが、今は君と同じく、そうであることを願っている。世界そのものを何回も滅ぼすことができる、膨大な数の核弾頭を一国に集中投下するなんぞ、連中以上に狂っている」

 

 核兵器の使用は倫理的に許されて良いわけがないというのは共通した考えだ。

 だが、そうしなければこちらが滅ぼされる。

 

 なにしろ、ラヴァーナルには話が通じない、という確固とした証拠が出て来てしまっている。

 

 

 アニュンリールから提供されたものを精査していて見つけたものだ。

 その証拠とは個人が撮影した、多数の動画であった。

 魔法的な技術もしくは魔法による撮影で、ヴェルナーが知っている21世紀日本でのスマートフォンによる撮影並のお手軽で、かつ、一般的に普及していたものらしかった。

 

 その動画の内容はエルフや獣人、人間といった色んな種族を家畜として市場で売られていたり、あるいは購入して、その場で笑いながら拷問したり、嬲り殺している内容だ。

 それらの行為はあまりにも酷く、人としての尊厳を踏み躙っていた。

 

 光翼人は他の種族を獣くらいにしか思っていない証であった。

 

 ヒトラーやヴェルナーといった政府の要人や軍の将官達もその動画を閲覧したが、気分が悪くなるものしかなかった。

 

 ドイツ人がそのような扱いを受けることは、政府も軍も断じて許容できなかった。

 これらの証拠動画はドイツ政府及び軍に倫理に反することだろうが、ラヴァーナルを潰す為には実行するという決意をさせるに十分なものだった。

 

 なお、これらの動画は世界各国の政府及び軍部に対してドイツから提供されていた。

 それは核兵器使用の為のアリバイ作りも兼ねていた。

 

 話し合いの余地が一切ないラヴァーナルに対しては、ドイツが何をしても構わない、と思わせる為に。

 

 なお、この動画に対するミリシアルの反応は非常に過激であり、大陸ごと海に沈めてやりたい、と非公式にドイツ政府に言ってきたくらいだ。

 

 ヴェルナーは問う。

 

「友好的な対話の呼びかけとやらは、手短に済ませて欲しい」

「無論だ。3分も掛からないだろう。決裂したら、素敵な宣戦布告もしてやるつもりだ」

 

 ヒトラーはそう答え、ヴェルナーは頷いたのだった。

  

 



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予兆

捏造いっぱい。


 予定通り、中央暦1645年4月にエモール王国では空間の占いが再度行われた。

 3年前に実施された空間の占いはラヴァーナル帝国復活に振れ幅があった為だ。

 

 ドイツにとって、時間が過ぎれば過ぎる程にラヴァーナルとの技術的格差が縮まる為、歓迎したいところではあったのだが、予算的な問題もあった。

 対アニュンリール戦後には動員――特に陸軍――は解除されていたが、空軍及び海軍はそのままであり、準戦時体制という段階だ。

 

 ひとえにそれはラヴァーナルとの戦いを大規模先制核攻撃の一撃でもって終わらせるという断固としたドイツの意志にある。

 

 陸軍側は不満ではあったが、さすがに放射能汚染されたラティストア大陸へ上陸作戦なんぞ行うわけにもいかず、戦後における平時予算の拡大ということで妥協した。

 相対的にそれは空海軍の予算額が若干低下することを意味していたが、空海軍ともそれを呑んだ。

 

 さて、空間の占いの結果、いよいよ具体的な年月が示された。

 中央暦1947年6月から10月の間に復活する、というものであり、場所はアニュンリールから提供された地図にあった通りの場所だ。

 

 ちなみに、大陸が現れる際はどのように復活されるか、という問題が当初はあった。

 

 海水と大陸が置換される形ならばいいが、海水の上に現れるような形だと大陸の出現と同時に大陸分の海水が横に押し出されて、それらが巨大津波となって押し寄せてくる可能性があった。

 巨大津波が起これば戦争なんぞしている場合ではないが、ここでもアニュンリール情報が役に立った。

 当時の記録によると、未来へと転移した際は海底が見えることはなく、そのまま消え失せ、何もない海面が広がっていたとのことだ。

 

 こうした一連のアニュンリールからの情報は書物で残っているものもあったが、大半は書物ではなかった。

 ラヴァーナル帝国内では魔法を利用した情報通信ネットワークがあり、アニュンリール国内にはそのネットワーク上でのデータのバックアップとして用意されたらしい巨大なサーバー群が多数あった。

 それらは全てが時間遅延式魔法により保存されており、現代に至るまでメンテナンス不要で稼働し続けていた。

 その為に限定的ながらもアニュンリール国内にもその通信ネットワークが整備されており、ドイツ側が戦後に送り込んだ大規模な調査団はそれを実際に体験している。

 

 唯一、ヴェルナーだけがそれらをすんなりと理解できた。

 まるっきり21世紀におけるインターネットそのものであり、動画投稿サイトとか短文投稿サイトとかそういうものまであった。

 それらのサイトはラヴァーナル帝国の国民達の貴重な歴史的遺物として、アニュンリール人による新規投稿はできず、閲覧だけができる状態だった。

 それらの当時における最新の投稿日付はラヴァーナル帝国が転移する直前だ。

 

 アニュンリール人の協力を得て解読したところ、動画サイトや短文投稿サイトに投稿されていたものはどこかで見たようなノリの題名ばかりであった。

 

 

 ちょっとこれから未来へ逃げます!

 結界すごい! ラヴァーナルの魔法は世界一!

 未来へ逃げる記念で今から家畜100匹殺します!

 

 

 微妙に分かり合えるような気がしなくもなかったが、投稿された内容的に駄目であった。

 

 光翼人は21世紀の人間だったのか、とかヴェルナーは一瞬思ったが、21世紀の人間がエルフなどの亜人を見たら、個々人の性癖によっては愛の告白をしかねないので違うと確信した。

 

 勿論、そういった性癖が無い人間であっても、家畜扱いすることだけはない。

 

 

 そういった事実が明らかになりつつあったが、ともあれ、海水が大陸と置換される為、巨大津波などは起こらないという予想の下で、準備が進められた。

 

 ミリシアル帝国をはじめとした多くの国々が参加し、共同開発して創り上げた結界魔法。

 それは外から中へと入る分には全く問題はないが、中から外へ出ようとすると通り抜けようとする粒子が小さければ小さい程に遮断率が高くなる。

 

 例えば人間は勿論、船舶などの巨大なものや小動物などは自由に出入りができる。

 しかし、結界内で焚き火をした場合、その煙は結界内に充満するだけで、決して外へは出ない。

 

 結界魔法というのは普通は逆であり、大きければ大きい程通さないというものだ。

 やってくる敵兵や飛んでくる敵の魔法を防ぐ為に張られるもので、煙などが自由に出入りしたところで構わなかった。

 各国からすれば不思議なものをドイツが求めてきたという印象であったが、技術的には十分可能だった。

 大きいものを通さないようにするには色んな術式の組み合わせで、密度だけでなく、結界の耐久値自体を上げる必要がある。

 しかし、小さければ小さい程通さないというものならば耐久値はそこまでいらない。

 結界にぶつかる威力としては敵の矢であったり、飛んでくる魔法が圧倒的に上で、舞い上がった煙や煤、塵といったものは結界に与える威力は無いに等しい。

 開発に参加した魔導師達によると、色んな属性魔法の組み合わせが云々という話であったが、残念ながらドイツ側には説明されても、よく分からなかった。

 とりあえず、ドイツ側及び各国の魔導師達は結界を用いた共同実験を複数回行うことで、その結界が問題なく機能していることが確認された。

 

 

 ドイツにとって、これぞまさに魔法というべきものだった。

 

 もっとも、この結界魔法により、歩兵部隊が運用可能な安全な核弾頭を実用化できるかというと、そうではなかった。

 あらかじめ、核攻撃をする前に攻撃場所に対して結界魔法を展開しておく必要があった。

 また個々人が張ったところで効果範囲も持続時間も大したことがないので、大規模儀式化し、効果範囲と持続時間の大幅な向上を行う必要があった。

 

 なお、個人使用の場合でも塵や煙などが問題となる場所では非常に効果的であるのだが、残念ながらドイツ人は魔法が使えなかった。

 他国からこれらの魔法が使える者を引き抜いてくる必要があるのだが、現時点で習得できているのは国家機関に所属するエリート達であり、引き抜きなんぞすれば他国との関係悪化は必至だ。

 

 無論、開発に参加した各国が簡単に魔法の詳細を外へ出すわけもなく、いわゆる国に属さない魔法使い達がこの魔法を覚えて、使えるようになるのはしばらく先の話になるだろう。

 

 ともあれ、この特殊な結界は大陸の一つを覆う――それも保険として二重三重に用意する――必要があった。

 その為にドイツ海軍は護衛付きで船を提供し、これらの船を大陸出現の予想位置を大きく囲むように一定の間隔で配置する。

 

 そしてラヴァーナル復活の兆候――昼間が夜のように暗くなる――があった瞬間に船に待機していた各国の魔導師達が結界を展開、大陸を覆い尽くす――という計画だ。

 ミリシアルなどの各国では万が一の為、この結界魔法が扱える魔導師の数を増やしつつあり、また実際の出現予想地点で何回も実戦を想定して演習が繰り返された。

 また、具体的な日付は分からなかったので、ローテーションも組まれた。

 世界各国のエリート魔導師達が総動員され、まさしくラヴァーナルとの戦いというただ一つの目的の為に、様々なしがらみを乗り越えて団結していた。

 

 戦争の基本は万全の準備であることは言うまでもなく、また戦争期間は短ければ短い程良い。

 ドイツをはじめ、世界各国はラヴァーナルとの決着を1日でつける為に、準備を加速させていた。

 矢面に立つのはドイツであるが、それ以外の国々もドイツから、あるいはミリシアルやムーから支援を受け、国力の増強及び軍の強化に勤しんでいた。

 万が一の場合は世界全ての国々の国民を動員した、総力戦になる可能性があったからだ。

 

 

 

 

 そして、中央暦1647年5月31日。

 早ければ日付が変わった瞬間にラヴァーナル帝国が復活するのだが、各国では完全な臨戦態勢が整えられていた。

 

 ドイツだけではなく、各国軍は3ヶ月程前に動員令が発令されており、以前とは比べ物にならない程の兵力を各国は揃えている。

 ドイツに範を取った改革というのは第三文明圏だけではなく、ここ数年で広く世界で行われていた。

 

 じわじわと時間が過ぎていき、各国政府要人及び軍人からすれば、それは非常に嫌なものだった。

 

 事が始まってしまえば、もはや身体が勝手に動き、色々と思う余裕はない。

 しかし、始まる前は色々と不安に駆られてしまう。

 

 特にドイツにおけるそれは半端なものではなかった。

 世界を救うと言っても過言ではない、一戦。

 

 ドイツは勿論、地球におけるどの国家も、こんな戦いは経験がしたことがなかった。

 

 

 

 ヴェルナーは5月31日から国防省に缶詰になっていた。

 出張みたいなものだと妻と娘には伝えてあり、またちょくちょく会いに来てくれていたが、非常に疲れていた。

 

 それは彼だけではなく、各軍の最高司令官達もまた同じく国防省内に寝泊まりしており、またヒトラーをはじめとした、政府の面々も官邸に寝泊まりしている状態だ。

 勿論、通常の執務もあり、それらを処理しながらラヴァーナルの報告を待つという状態だ。

 

 とはいえ6月から10月の間ということで、期間が明確に定まっているというのは有り難かった。

 終わりがあれば、人間頑張れるものであった。

 

 

 そして、ようやくそのときは訪れた。

 

 中央暦1647年9月1日午後0時ちょうどのことだった。

 

 ヴェルナーは執務室で昼食の天ぷら蕎麦を食べようとしていた。

 ラヴァーナル復活がすぐに分かるように、本来なら狙撃を警戒して窓が無かったこの部屋には小窓が取り付けられている。

 

 その小窓からは昼の穏やかな外の景色が見えていたのだが、突如として夜のように暗くなった。

 

 ヴェルナーは食事をしている場合ではない、とすぐさま小窓へと取り付き、外を確認する。

 まるで空は墨汁を垂らしたかのように、黒く染まっており、夜であったなら見える筈の星々の輝きは全く見えない。

 

 彼はすぐさま電話に取り付いた。

 この現象はラヴァーナル復活の兆候だった。

 

 電話の先は首相官邸であり、ヒトラー直通のものだ。

 すぐに彼は電話に出た。

 

「来たぞ、連中だ」

『こっちでも分かった。予定通りに行う。そちらも予定通りだ』

 

 そのやり取りで十分だった。

 ラヴァーナル復活時の行動手順は完全にマニュアル化されており、今日の午前中にもその訓練をしていた。

 

 もはや何をすべきかは頭と身体に叩き込まれている。

 

 ヴェルナーはただちに各軍の最高司令官らに連絡を行い、予定通りに動くよう指示をした。

 それで彼の仕事はひとまず終わりだ。

 あとはヒトラーがどういう結果を持ってくるか、それによって決まる。

 それにより、ヴェルナーが下す命令は大きく変わってくる。

 

「ノルンの人数と名前、予言の内容はどうなることやら……」

 

 運命の女神であるノルンの人数と名前、予言の内容、それはヴェルナーが下す命令に深く関わっていた。

 

「とりあえず、昼飯を食べよう」

 

 昼食の天ぷら蕎麦に罪は無かった。



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神々の黄昏

捏造いっぱい。


 ヒトラーは緊張をしていた。

 それもその筈で、全く面識がない上、事前知識では高度な文明過ぎて、自分達以外を家畜としか思っていないような連中と会話をするのは初めてだからだ。

 

 そもそも会話が成り立つのか、という疑問が無きにしもあらずだが、彼は仕事をするだけだ。

 

 会議室にはヒトラーだけではなく、各大臣ら、そしてドイツ本国に大使館を構えているミリシアルやムーら各国の大使も揃っており、また記録として映像で撮影も行われている。

 通話の準備ができるまでの間、ヒトラーはコーヒーを啜り、気合を入れる。

 早めに昼食を取っておいて良かった、と彼は思う。

 

 

「おそらく、向こう側に通じています」

 

 軍から派遣された通信士官の言葉にヒトラーは受話器を取る。

 

 

「転移国家であるドイツ国首相、アドルフ・ヒトラーです。ラヴァーナル帝国の皆様、貴国が転移してから今は1万数千年以上が経過しています。もはや貴国が世界を統一支配し、他種族を家畜のように扱うことは時代にそぐわないことです」

 

 ヒトラーはそこで言葉を切り、更に告げる。

 

「過去のことは水に流し、未来志向で新たな友好関係を構築しませんか? 我々は貴国に対して、切にそれを望みます。未来への転移に取り残された、あなた方の末裔も存在しております。我々は血を流したくはないのです」

 

 まず応じることはないだろう、とミリシアルをはじめとし、各国大使からやる意味を否定された呼びかけだ。

 

 とはいえ、アリバイ作りは必要だ。

 

 ヒトラーは返事を待つ。

 何かしらの方法で、相手は返事をしてくるだろうと簡単に予想ができた。

 そもそも返事をしない可能性もあったが、プライドの塊であるなら、家畜からこんなことを言われたら、何かしら言い返してくる筈であった。 

 

 5分が過ぎ、10分が過ぎ、もう間もなく15分が経過しようというときだった。

 向こう側からの声は会議室内に設置されたスピーカーから聞こえるように設定されている。

 

 それは男の声だった。

 

『服従せよ。末裔など、劣化して薄れた血に過ぎない。今、世界全てが我らに服従を誓えば、無用な死を避けられるだろう』

 

 ヒトラーはすかさず問いかけた。

 

「それはラヴァーナル帝国の総意か?」

『当然である。ラヴァーナルは決して対等にはならぬ。我らは常に支配者だ』

「あなたの地位と名は?」

『ラヴァーナル帝国対外統治省、その大臣だ。あいにくと私は家畜に名を教えるような無意味なことはしない』

 

 ヒトラーは大臣達、ついで各国の大使達を見回す。

 誰もがラヴァーナル側の言葉を聞いたとばかりに頷いたり、あるいは憤慨していた。

 

「では、貴国に対して我が国は今、このときをもって宣戦布告する。我が国の同盟国もまた同じように自動的に参戦する」

『構わん。僕の星は我々がいない間も、稼働し続けているからな』

 

 何だか聞き慣れぬ単語が出てきたので、ヒトラーは尋ねてみた。

 

「1万年以上も稼働するなんて、さすがはラヴァーナル帝国。そんなに溜め込んだ情報の解析や分析にも時間が掛かるでしょうに」

『全てを終えるのには1週間も掛からない。最期の時までせめて、家畜らしく楽しく穏やかに過ごすが良い』

 

 通信が切れた。

 ヒトラーはすかさずに横に置いてあった国防大臣直通の電話へと手を伸ばす。

 そして、受話器を取った。

 

 すぐにヴェルナーは出た。

 ヒトラーは短く告げる。

 

「交渉は決裂した。ノルンは3名、ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド。ノルニルは我らの勝利を予言した」

『繰り返す。交渉は決裂した。ノルンは3名、ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド。ノルニルは我らの勝利を予言した。相違ないか?』

「相違ない。ドイツ国首相としてそれを命じる。あとは君達の仕事だ」

 

 

 

 

 ヒトラーからの電話を受けて、ヴェルナーは各軍の最高司令官へと伝えられた文言をそのまま連絡する。

 そして、その命令内容の通りに各軍は動き始めた。

 

 ラティストア大陸の出現位置には毎日、アルバトロスや空軍の早期警戒管制機、あるいは海軍の電子戦機が複数、高高度偵察飛行を行っていた。

 それは今日も変わらない。

 

 ヴェルナーの下にはミルヒやデーニッツ経由で哨戒していた航空機からの報告も届いていた。

 彼らによれば、アニュンリールから提供されたラティストア大陸の地図と変わらないとのことだ。

 

 そして、これらの航空機から送られた方角や距離などのデータは迅速な確認後、各地に展開している大陸間弾道ミサイルを装備した部隊へと送られる。

 またそれと前後しつつも、各地の部隊はヴェルナーからの命令を受け取る。

 

 

 ノルンは3名、ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド――

 ノルニルは我らの勝利を予言した―― 

 

 

 

 これらはノルンの人数、名前、予言内容の3つを組み合わせた、隠語であった。

 

 1名、長女のみ、我らが筆を取ることを予言したという内容ならば攻撃中止。

 2名、長女と次女、我らが角笛を吹き鳴らすことを予言したというものならば全軍待機状態を維持。

 

 そして、3名、長女、次女、三女であり、なおかつ内容が我らの勝利を予言したならば――全軍攻撃開始という意味だった。

 

 またこれらの命令は結界を展開する為にドイツ海軍の提供した船にて、待機していた各国の魔導師達にも伝えられる。

 彼らももはや慣れたもので、訓練通りに甲板に描かれた巨大な魔法陣の担当位置へと立ち、そして、詠唱を開始する。

 この詠唱も何千回と唱えたものであり、素早く、正確に淀みなく行える。

 

 これまでに幾度も実施された訓練と同じ通りに詠唱が完了し、各々の魔力が魔法陣へと流される。

 ラティストア大陸を囲むように一定間隔で海上に配置されたどの船でも、同じ光景だった。

 

 船と同じ数だけの魔力の柱が天空へと立ち上がり、それらは横や縦へと広がっていき、重なり合って光のドームを形成する。

 

 その光景は高高度を飛行する複数のアルバトロスや早期警戒管制機などのパイロットや乗員達にとっては見慣れていたが、しかし、何度見ても神秘的な光景であり、見惚れてしまう程だった。

 

 

 だが、その光のドームの中では、すぐにムスペルヘイムがこの世に創られることになることをパイロット達は知っていた。

 

 

 

 ラヴァーナル帝国は異変を察知していた。

 だからこそ、彼らは慌てて大陸全体を防御結界で覆った。

 とりあえずこれで一安心だと彼らは確信した。

 何しろ、この防御結界はこれまでに一度も破られたことがない。

 

 ラヴァーナル側は僕の星から送られてくる膨大なデータの分析と解析を行い、家畜共の国を探し出し、家畜共に躾をしてやらねば、とそういう考えだった。

 

 1週間以内には終わるが、急がせれば3日で終わる。

 それからでも遅くはないと。

 

 しかし、そんな時間はどこにもない。

 彼らはドイツの最後通牒を受け入れなかったのだ。

 

 大陸各地に設置されたレーダーサイト――魔導電磁レーダーを配備――の多くで、画面にノイズが走り、真っ白く染まってしまった。

 特に西と北の沿岸部は全滅に等しく、ぽっかりとレーダー網に穴が空いてしまった形となった。

 

 彼らは何が原因であるか特定を急いだが、原因を特定する前に、それらはやってきた。

 それはまるで、流れ星のようであった。

 

 空一面を覆い尽くす流れ星が、ラティストア大陸を目掛けて降り注いでくるように光翼人達には見えた。

 

 光翼人の誰もがその光景に空を見上げてしまった。

 何かが迫っていることは分かったが、それが何であるかまでは分からなかった。

 何故ならば、似たようなものは世界で唯一、ラヴァーナル帝国軍しか保有しておらず、また帝国軍であってもこんなに空一面を覆い尽くす数は持っていなかった。

 ラヴァーナル帝国以外が、魔力や技術に劣る家畜共がそんなものを持っているわけがないという大前提が光翼人達の頭にはあった。

 

 神々による隕石――というものでもないと容易に判断できた。

 空一面を覆い尽くす隕石なんぞ、ラティストア大陸どころか、惑星そのものが消し飛ぶことは誰にだって分かる。

 

 そうこうしているうちに、それらの流れ星は光のドームを問題なく突き抜け――ラヴァーナルが展開した防御結界に次々とぶつかり、眩い閃光と共に大爆発を起こした。

 

 空を見上げていた光翼人のほとんどがその閃光により失明したが、それによる痛みなどを彼らが認識することは無かった。

 何故ならば、圧倒的な量の核爆発に防御結界が保つことができず、最初の一発が着弾してから10秒もしないうちに結界が完全に崩壊した為だ。

 

 大陸全体の防御結界が砕け散った場合、各都市や軍事施設などでは小型の結界が自動的に展開されるのだが、そんなものは気休めにもならなかった。

 空から降り注ぐ流れ星は尽きることがなく、次々と都市や軍事施設どころか、街や村にすら落ちて、爆発を起こし、全てを焼き尽くしていく。

 

 そこには軍人と民間人どころか、老若男女の区別すらない。

 

 

 ラティストア大陸全土で核爆発が次々と起こる様は影響が出ないように距離を取っていた偵察機達、同じく距離を取って大陸を囲んでいた海軍の艦隊、そして偵察衛星により捉えられていた。

 塵などは予定通りに結界内に留まり、外へ出てはいない。

 これらが完全にラティストア大陸の大地に舞い落ちるまでは長い時間が掛かると予想されており、その為のローテーションは既に組まれてあった。

 

 

 ヴェルナーが核攻撃を命令してから僅か3時間しか経っていなかった。

 永きに渡り、世界各国に恐怖を植え付けていたラヴァーナル帝国は、その大陸ごと核の炎に焼かれて消え去った。

 

 たとえ無傷の生き残りがいても、もはや大した脅威にはならなかった。

 



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連綿と続く世界

2話、一気に投稿しました。


 9月1日の夜、色々と仕事を片付けたヴェルナーはヒトラーを食事に誘った。

 ヒトラーとしても断る理由がなく、それに応じた。

 

「意外と何の感慨も湧かないものだな。もっとこう、色々と込み上げてくる思いとかあるかと思ったんだが……」

 

 行きつけの店、案内された個室で注文を終え、落ち着いたところでヴェルナーは告げた。

 

「確かにそうだな。人数的に言えば世界で一番の殺戮者だ。もっとも、君に引き金を引かせたのは私だ」

 

 そう告げるヒトラーにヴェルナーは苦笑してしまう。

 長い付き合いだが、彼は何だかんだで良い奴なのだ。

 

「これからお互いに、お決まりのように悪夢にうなされたりとかあるのか?」

「私に聞くな。これまでにあったのか?」

「フランス戦を終えたときから今まで特にはない。君だって、相当に色々とやってきただろうが、あったか?」

 

 ヴェルナーの問いかけにヒトラーは肩を竦めてみせる。

 彼にもなかった。

 

「現場の将兵が変な悪夢にうなされたりしないように、事前にカウンセリングを行ったり、色々と手を打ってあるが、そこだけは心配だ」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーは頷いてみせ、そして告げる。

 

「今日まで存在していなかった連中を現れて3時間で倒しただけだ。変に思い悩む必要は全くないだろう」

 

 それもそうだ、とヴェルナーが頷いたときだった。

 テーブルの上に、突如として便箋が一枚、現れた。

 

 彼は目を疑った。

 

「なあ、この便箋は今、どこからか出したものか?」

 

 ヴェルナーの問いかけにヒトラーもまたその便箋に気づく。

 

「いや、違う。君が出したんじゃないのか?」

 

 2人で顔を見合わせる。

 とりあえず、ヴェルナーはその便箋を取り、中身を読んでみた。

 

 

 

 誰にでも間違いはある。

 たとえ、それは神であっても。

 

 我々の祝福が貴国にあらんことを。

 

 

 何となくだが、ヴェルナーは想像がついてしまった。

 便箋を彼はヒトラーへと渡す。

 

 

「何だこれは? 冗談だろう……と転移前なら言うだろうな」

 

 ヒトラーは深く溜息を吐く。

 彼にも何となく想像がついてしまったからだ。

 

「この便箋の送り主がやったと考えるのが自然だな。転移が自然現象だと考えるには無理がありすぎる」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーもまた口を開く。

 

「神の所業と考える方が、まだ理解できる……ところでその便箋、博物館に保存しよう。間違いなく本物の聖遺物だぞ」

「賛成だ。何となく神聖なものを感じる気がする」

 

 便箋をヒトラーが懐にしまおうとしたところで、それは空気に溶けるように消えてしまった。

 

 それを目撃した2人はいよいよもって、何だか怖くなってきた。

 

「諜報員とかを題材にした小説とかで、文章を読んだら自動的に消滅するとかそういうのはあるが……現実にはないぞ」

「本物だな、これは……」

 

 それきり、便箋が現れることはなかったが、2人共、どんな神々がこの世界に存在しているのか、という予想で夢中になった。

 当然、結論は出るわけもなかった。

 

 

 そして、翌日から地獄ともいえる――それこそ戦争の準備期間よりも忙しい――仕事の日々が始まった。

 2人は神々の便箋のことをしばらくは冗談混じりに話していたり、日記に書き留めたりもしたが、仕事に忙殺される中で、記憶は薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツが地球に戻ることはなかった。

 恋しいと思う者は多くいたが、そもそも戻れる方法すらなく、どうしようもなかった。

 

 とはいえ、異世界も悪くはないという意見が大勢を占めていた。

 

 地球にはなかった文化や動植物、そして何よりも亜人と総称されるエルフなどの種族との交流は国民にとっては非常に新鮮であった。

 

 また、復員したドイツ軍の兵士達が各々の故郷に帰って、土産話を聞かせたというのも大きな要因であった。

 彼らは面白おかしく、この世界のことを話して、それは聞く側の好奇心を掻き立てた。

 そして、ラヴァーナル戦が終わってからしばらくして、世界各国がこぞってドイツ人観光客の誘致に乗り出していたこともあり、多くのドイツ人が観光へと国外に出かけていった。

 

 各国では元軍人であろうがなかろうが、ドイツの国民というだけで、大歓迎された。

 この世界において、ドイツはラヴァーナルに勝利した、唯一の国家だ。

 以前に現れた太陽神の遣いを第一の遣い、ドイツを第二の遣いと各国政府とその国民は認識していた。

 

 またドイツがその強大な軍事力を背景に、積極的な領土拡張政策をしていなかったというのも各国――特にその国民にとっては――印象が良かった。

 

 更に言えばドイツに範を取った改革は各国でされていたが、それをそのままドイツ側が押し付けることはせず、取り入れる場合は内情に合うように各国にて改変するようドイツ側から要請した。

 それがまた各国にとっては有り難かった。

 

 

 各国が発展していく中で、やがて魔法技術は科学技術と何ら変わりがないものとなり――ただし突出していたドイツを除く――その融合により大きく飛躍したのがマギカライヒであった。

 

 マギカライヒは共産国家として台頭することもなく、緩やかに統一された連邦国家になり、列強の仲間入りを果たしている。

 

 もっとも、このような発展の中で小競り合いが無かったとは言えなかった。

 しかし、ドイツが提唱し、世界各国の賛同により設立された国際連合にて、協議の場が設けられ、戦争に発展することを未然に防いだ。

 

 ドイツは基本的に中立であり、第三文明圏とその周辺国以外に手を出さなければ、何もしてこなかった。

 国際連合の言い出しっぺでもあることから、仲裁役を頼まれることが多かったが、その役目を果たし続けた。

 

 

 

 ラヴァーナルを倒し、世界は平和となったが、それで物語は終わりではない。

 世界は連綿と続いていく。

 

 しかし、100年経ったところで、当時のことが忘れられてしまったわけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 クワトイネのある農村にエルフの女性がいた。

 彼女にはまだ幼い子供が3人おり、エルフの夫と共に農業を営んで暮らしていた。

 

 今日もこれまでと変わらない穏やかな一日であり、クワトイネは今日も収穫日和だった。

 そして、明日もまたそうだろう。

 

 時計を見る。

 今日は久しぶりに兄夫婦が遊びに来る日だ。

 遊びといっても、子供の頃のような遊びではなく、飲んで食べて歌うという、単なる宴会だ。

 

 早いけど、そろそろ夕飯の支度でもしようかしら、と彼女が思ったときだった。

 

 

「お母さん、昔話を聞かせて!」

 

 長男がそう言うと、長女や次男もまたせがんできた。

 

「それじゃあ、どんな昔話にしましょうか?」

「三色の国!」

 

 三色の国と言われ、母親は苦笑してしまう。

 はじめに分かりやすくしようと国旗の色を教えたのが拙かったらしく、すっかり三色の国で子供達の間では定着してしまっていた。

 

 そして、母親であるアーシャは子供達にゆっくりと語りかける。

 

「それは、およそ100年くらい前のお話よ。黒、白、赤の三色の旗を国旗とする、ドイツがこの世界にやってきました」

 

 

 

 長命なエルフ達にとって、100年などあっという間だ。

 彼らにより、今まで多くのことが語り継がれてきた。

 それはこれからも変わらずに語り継がれていくだろう。

 そして、その語り継がれるものの中には100年程前から新しいものが一つ加わっている。

 

 その新しく語り継がれるもの、それは――

 

 地球という世界からやってきた、ドイツという国が世界の国々と協力し、この世界を救ったというものだった。

 

 



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