ゼロの使い魔の元マスター (ユウシャ)
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1話 サーヴァント・サモナー

「あんた、誰?」

 

 地面に座る少年を高圧的に見下ろす少女・ルイズは、苛立ち混じりの声音でそう聞いた。

 少年はさ迷わせていた視線を少女に向ける。その視線に動揺も恐怖はない、少しだけ困惑しているだけだった。

 すぐに起き上がり、そして片膝をついてルイズを見上げこう言った。

 

「サーヴァント・サモナー。真名を藤丸 立香。なんだか無理やり喚ばれたような気がしたんだけど……君が僕のマスターかな?」

「は?」

「……あれ? 違うの?」

 

 ルイズの眉間の皺が更に深くなり、少年は苦笑いを浮かべる。

 

「一応状況は把握してるつもり。世界の危機、だよね?」

「な、何を言ってるの? ……あっ! 待って。待ちなさい。先生、これは何かの間違いです!」

 

 ルイズは、近くで様子を伺っていた初老の男・コルベールに詰め寄った。

 それに気圧される事もなくコルベールはゆっくり首を横に振る。

 

「何も間違えていない、ミス・ヴァリエール。彼は間違いなくゲートから現れた、君が召喚した使い魔だよ」

「人間じゃないですか!」

「そうだとも。ただそれだけだ」

 

 冷たく突き放すような言い方に少女はぐっと喉を詰まらせ、不思議な格好の少年・立香を睨み付けた。

 その視線に立香は気付かず、なにか一人言を呟いている。

 

「おかしいなぁ……僕が喚ばれたという事は世界が滅ぶほどの危機の筈なんだけど、それにしては随分とのどかな風景というか……あれ? もしかしてまさか普通の聖杯戦争?」

「なにごちゃごちゃ言ってんのよ! なんであんたみたいな平民が召喚されて来たの!?」

「平民? ……うーん……よくわからないけれど……まぁ、うん。喚ばれたからにはやることはやるつもり」

 

 ルイズは髪をかきむしった。

 召喚した使い魔のせいで迷惑しているというのに、当の本人はやる気満々だ。それがとにかく腹立たしい。

 どうにかしてやろうかと一瞬考えたが、ルイズにはそうできない理由があった。

 ワナワナと震え、やがて諦めたように脱力して立香へ顔を近付けた。

 

「本当に嫌だけど、仕方ないから我慢するわ。本当迷惑、なんであんたみたいなのが私の使い魔なのよ。私はもっと格好いいのが良かったのにこんな平民なんて。でも感謝してよね、貴族にこんな事されるなんて、あり得ない事なんだから」

「え? ちょっと待」

「黙りなさい。暴れんな」

 

 急に近付いた距離を離そうとした立香だったが、ルイズに腕を掴まれてしまった。

 そして……ルイズと立香の唇が重なり合う。

 驚きで目を見開く立香。ルイズは目を閉じている。

 そのキスは長いようで一瞬の事、すぐにルイズは距離を離す。

 

「い、今のは?」

「なによ。勘違いしないで、今のはただの契約の儀式であって、あんたなんかにファーストキスをあげた訳じゃ無いんだからね」

「契約……?」

 

 言うことは言った、とばかりにルイズはプイッと顔を背けた。

 そして暫しの沈黙。

 

「おい! 何も起きないぞ!」

 

 周りで見ていた子供たちのうちの一人がそう言うと、途端にクスクスと笑いが起こった。

 

「平民を呼び出したと思ったら、コントラクト・サーヴァントにも失敗! 流石はゼロだな!」

「うるさいっ! ゼロゼロって……痛っ!」

 

 顔を真っ赤にさせて怒鳴り声をあげたルイズだったが、急に動きを鈍らせると左手を押さえ痛みを訴えた。

 そしてルイズは自分の左手の甲を見て、目を見開く。

 

「な……なんで……?」

 

 そこには先程までは無かった印が刻まれていた。

 コルベールが驚く。

 

「み、ミス・ヴァリエール……何故貴方に使い魔の印が!?」

「ぶはははは!! 皆見ろよー! ゼロのルイズが召喚した使い魔の使い魔になったぞー!」

 

 笑い声が一層強くなり、それに伴ってルイズの顔が羞恥で赤く染まっていく。

 しかしその子供たちの小馬鹿にしたような笑い声は、ルイズの前に立った立香の視線を受けて徐々にに小さくなっていった。

 完全に笑いが消えたのを確認してから、立香は怒気の孕んだ声音で言う。

 

「事情は分からないけど、彼女は君たちの知人なんだよね? その彼女の失敗を、なんで君たちはそうやって馬鹿にできるの? 君たちの仕事って、失敗した人を笑うこと?」

「なんだと?」

 

 立香の物言いにカチンと来た数人が反応した。

 それに気付いていたが、構わず立香は続ける。

 

「もし今ので怒ったのなら、もう少し自分を改めた方が良いと思うよ。自分の失敗を恥ずかしいとも思ってない証拠だ。自分より劣っている人を見て優越感に浸って、馬鹿にして笑うなんて最低最悪の行為だよね?」

 

 空気がピリピリと重くなる。

 怒りで顔を赤くした何人かの男子が杖を取った。

 それにも構うことなく、立香は感情のまま言い放つ。

 

「ねぇ、君達ってそんなに偉いの? 王様?」

「そこまで!」

 

 立香が言い終わった瞬間、コルベールが叫んだ。場が静まり返り、ピリついた空気が霧散する。

 コルベールはひとつ咳払いをして口を開く。

 

「彼の発言には全く同感だ。ミス・ヴァリエールは貴方達の学友、その彼女が失敗し嘆いている所に追い討ちをかけるなど、貴族として恥ずべき行為だと思わないかね?」

「それは……」

「友に寄り添い、励ましあいながら互いに高みを目指す。私はそういう在り方こそ、貴族として必要なものだと考えているよ」

 

 諭すように教師に言われ、熱くなっていた頭が徐々に冷えていく生徒たち。一部深く頷いている生徒もいた。

 コルベールはそんな生徒達を満足そうに見たあと、立香へと視線を向ける。

 

「君も。挑発的なのはどうかと思う。正しい言葉は正しく伝えなければ伝わらない。それは覚えておきなさい」

「……すいません。ただ一つだけ訂正しておきますが、彼女は笑われるような失敗をしていません。彼女の左手の印は、僕のマスターである証です。使い魔の印……というのは分かりませんが、そういうものではありません」

「なに?」

 

 コルベールは少し思考して、生徒達に「皆は教室に戻りなさい!」と言って、ルイズと立香に着いてくるように促した。

 

 

 

「コルベールです、失礼します」

 

 ノックはしたものの返事を聞かずにそう言いながら扉を開けるコルベール。

 そこには、老人が美女にグリグリと踏みつけられている光景があった。

 

「……何をしているのですか?」

「おおおっ! コルベールくん! これは誤解じゃ!」

「コルベール先生。実はこのエロじ……オールド・オスマンにお尻を触られまして」

 

 コルベールはゴミを見るような目で、尻を踏まれて顔を高潮させている老人・オスマンを見下した。

 ルイズも厳しい視線をオスマンへと向ける。

 オスマンはヨロヨロと立ち上がると、おっほんと偉そうに咳払いをして、顔をキリッと引き締めた。

 

「何の用じゃね? 随分慌てていたようじゃが」

 

 何事も無かったかのように話すオスマンに内心で散々罵倒するコルベールだったが、事が事だけに一先ず保留とした。

 コルベールは召喚の儀で起こった出来事、ルイズの身に起こったことを簡潔に説明する。

 聞き終えて、オスマンは立派に蓄えられた髭を撫で擦りながら、ルイズの手の刻印と立香を見た。

 そして先ほどオスマンを踏みつけていた美女・ロングビルに目配せすると、ロングビルは頭を下げてすぐに退室する。

 

「話は分かった。リツカくんと言ったかね。君の知っていることを教えてもらっても良いかな?」

「分かる範囲でなら。その前に二つ質問良いでしょうか?」

「なんなりと」

「まず、この場所について簡単にで良いので教えてもらえますか?」

「ここはハルケギニアのトリステインにあるトリステイン魔法学院じゃ」

「ハルケギニア……トリステイン……。なるほど……分かりました。とりあえず結論から言います。僕はこの世界の者ではありません」

 

 あまりに突拍子も無い宣言に、ルイズが「は!?」と声をあげた。

 

「僕の知識にはハルケギニアもトリステインもありません。通常、召喚された先でその場所の知識が入ってくる筈なんですが、今回はそれも無い」

「ほほう」

「それともうひとつ僕の知ることと違うことがあります。僕の知る契約方式は、マスターの側に刻印……僕たちは令呪と読んでいるものが現れます。彼女の左手にあるものがそれです。どうやらこの世界では、サーヴァントの方にそれが出るようで」

 

 ルイズは改めて刻印を見ながら、「これが?」と疑問符を浮かべる。

 

「令呪?」

「はい。令呪……それはサーヴァントに三回まで、どんな法則も無視して無理矢理従わせる事が出来る絶対的な権利です。例えばルイズが令呪を使って「オスマンを殺せ」と命令すれば、僕はそれに抗う事もできずにそのように動きます」

「そんなこと命令しないわよ!」

「あ、うん、分かってるよ。ごめんただの例え話。君の事を信用してるから」

 

 ニッコリ笑う立香。

 立香は「とは言え」と続ける。

 

「残念ながら僕自身はあまり戦闘力は高くないので、出来ることはそれほど多くないんですけどね」

「失礼、いいかね?」

 

 それまで黙っていたコルベールが、横から割り込んだ。

 

「君はいったい何者なんだ? サーヴァントとは?」

「あー……そこからですよね、すいません。ええと……んー……ちょっと説明が難しくて……。この世界にも英雄と呼ばれる人達はいますよね?」

「英雄? ……一応、トリステインの軍に英雄と呼ばれる将軍は何人かいるね」

「あ、現代のではなくて……例えば昔話の英雄とかです」

「昔話? それなら有名な所だと、勇者レオンハルトとか英雄ガレオなんかがいるね」

「そうそう、そういうのです。サーヴァントはつまり、そういう存在です」

 

 コルベールはよくわからないと首を傾げたが、オスマンはそれで分かったようだ。

 

「つまりじゃ、過去に存在した英雄、例えばガレオを召喚し従えるとサーヴァントとなる、ということじゃな?」

「その認識でほぼ合っています」

 

 それを聞いてルイズが声を上げた。

 

「はぁ? おかしいじゃない。なんで英雄が人間に従うのよ?」

「僕も詳しくはないけど、何か目的があったり……困ってる人を助けたりする場合もあるね」

 

 困ってる人を助ける、という言葉にルイズは納得したようだ。

 しかしまだ納得のいかないことがあった。

 

「あんたも英雄だって言うの? 嘘、あんたどこも凄そうじゃないわ」

「そこもちょっと複雑でね……僕は英雄じゃないんだ。だからこそ君に召喚された事に驚いてるというか」

「意味わかんない! サーヴァントは英雄なのに、召喚されたサーヴァントのあんたは英雄じゃないってどういうこと?」

「何事にも例外はあるってこと、かな?」

 

 ルイズが立香を睨む。立香はただ曖昧に笑う。

 禿げ上がった頭をポリポリと掻いて、コルベールが口を開く。

 

「君の話を聞く限り、君にも召喚されるに足る何かがあるということなんだろう? ルイズくんに召喚された理由が」

「……そう、ですね。一応。特定の条件下で、僕はサーヴァントとして召喚される事があります。今まで一度もありませんでしたが」

「特定の条件下とは?」

 

 立香は視線を床に向けた。

 

「世界の崩壊……僕はそれを止める存在として、世界に登録されています」

 

 オスマンが眉を上げた。

 コルベールとルイズは小さく息を漏らす。

 

「僕は……生前二度、世界を救った事があります。この世界ではなく、僕の世界の話ですが」

「せ、世界を……?」

「はい。ルイズさんのようにサーヴァントを召喚し……彼らに助けられながら二度だけ」

 

 オスマンが少し声音を低くした。

 

「つまり、この世界にそれほどの危機が迫っているということかな?」

 

 ルイズとコルベールが「あ」と同時に声を出した。

 立香の発言に嘘がなければ、立香が召喚された時点で世界に危機が訪れているということになる。

 それに二人は思い至った。

 

「それは分かりません。僕の二度の戦いはどちらも、全てが終わった後が始まりでした」

「どういうことよ! 終わった後って、それじゃ救えて無いじゃない! やっぱり嘘ね!」

「凄く複雑で難しい話だけど……聞きますか?」

「うむ。お互いの為にも、詳しく知っておきたい」

 

 オスマンに言われ、立香はどこから話そうかと考える。

 

「一度目の戦いは、世界が完全に終わった後。僕達のいた場所だけが例外として取り残されて世界は何もかも消え去りました。僕たちは世界が終わることになった原因が過去にあることを突き止めて、過去へと行ってその原因を排除する旅を始めました」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? そんな話どう信じろって言うの!?」

「マスター、信じられない気持ちは分かるけど嘘は一切無いよ」

「ルイズくん、今は話を聞こう」

 

 コルベールに諭されて、ルイズは口を閉じる。

 

「敵は過去に世界を滅ぼす原因を送り、それによって世界が一瞬で滅びました。そして僕たちは同じように過去へ行き、その原因を排除していきました」

「まるで夢物語だな……過去に行くだなんて」

 

 コルベールは疲れたように呟いた。

 立香も「僕もそう思います」と笑った。

 

「全部で七つの世界。その全ての原因を排除して、原因を生んだ敵も倒した事で、滅んだ世界は元通りになりました。そして……」

 

 そして立香は、二度目の世界の崩壊……ある筈の無い世界を滅ぼす旅の話を続けた。

 長い時間をかけて語り終え、三人は、ほう……とため息を吐く。

 

「話はわかった。貴方が世界の危機を止める存在である事も」

「信じていただけて嬉しいです」

「嘘をついていないのは見れば分かる。伊達に長生きしてないという奴じゃな。それでどうするのですかな? 貴方は紛れもなく英雄のようじゃ。己の力で無かろうと、数多の力を率いて世界を救ったのなら、それは疑いようもない。そんな貴方が、この世界に留まる理由はないのかも知れない。ミス・ヴァリエールの使い魔になる理由も」

「あ、そんなに畏まらないでください。召喚されたからには僕はマスターに仕えるつもりです。何の理由もなく僕が召喚されたとは思えない。何かしらの縁が存在する、そう僕は考えていますから」

「ほほ、そうか。では君を正式にミス・ヴァリエールの使い魔として認める。何かと不便はあるとは思うが、ルイズ君をよろしく頼む」

「はい」

 

 立香とオスマンは固く握手をした。

 黙って話を聞いていたルイズが「で」と言った。

 

「あんた何が出来るの?」

 

 正直まだ疑っているルイズだったが、それはそれとしてそれが一番重要な事だった。難しい話は全部置いといて、自分の使い魔の性能を知りたい。

 救世の英雄だというなら、自分は間違いなく当たりを引いた筈……だが立香はまったくそんな大それた存在に思えなかった。

 ルイズの見立て通り、立香は申し訳なさそうに言う。

 

「僕は特別何もできない。ごめん」

 

 ルイズは少しだけガッカリする。

 立香は「でも」と続けた。

 

「サーヴァントにはそれぞれクラスがあってね。クラスによって得意なことが違うんだ」

「クラス?」

「基本のクラスは7つ。セイバー、ランサー、アーチャー、キャスター、ライダー、アサシン、バーサーカー。他にもいくつかあるけど、とりあえず割愛するね。で、僕はそのどれにも当てはまらないクラス、サモナーのサーヴァントなんだ」

「何か出来るの?」

 

 少しだけ期待のこもっためを向けるルイズを見て、立香はちょっと可愛いなと思う。

 

「僕の役割はサーヴァントを……僕の繋いできた縁を呼び出す事だ。僕と共に世界を救った英雄を呼び出して共に戦う。制約は多いけれど、それでも一騎一騎が強力なサーヴァント達だ」

「強い使い魔を召喚できるってこと!?」

「まぁ……だいたいそんな感じかな?」

「凄いじゃない! あんたの話、あんまり理解できなかったけど、世界を救う程の力を持ってるのよね!?」

「う、うん」

 

 ルイズの熱気に少し引き気味に頷く立香。

 

「じゃあ早速超強いの呼んでちょうだい!」

「え、今?」

「ええ、今すぐ!」

 

 おかしな流れになってしまった、と立香はオスマンとコルベールに助けを求める視線を向けた。

 だが二人も口にはしないが、成り行きを静観する構えだった。

 諦めた立香は、仕方ない、と立ち上がる。

 誰を呼ぼうか……と悩み、自分にとって一番馴染みの深く気安い関係でもある英雄を呼ぶことに決めた。

 右手を何もない空間へと突き出す。

 

「……召喚術式、起動。クラス名・アーチャー。真名・エミヤ。我が呼び掛けに応じ、縁を辿り……ここに顕現せよ!」

 

 青白い魔法陣が床に浮かび上がり、魔方陣の線を稲妻が走った。

 そして目が眩む程の光、直後……赤い外套を着た肌の黒い男・エミヤが魔方陣の中心に立っていた。

 おおー! と笑顔で歓喜の声をあげるルイズとは対照的に、エミヤは非常に苦々しい表情だった。

 

「……アーチャー、真名をエミヤ。呼び声に応じ参上したが、何故私なんだ……?」

「ごめん……パッと思い付いたのがエミヤだったから……」

「…………話は聞いていた。君は何故次から次へと面倒に巻き込まれるんだ」

「ううん……」

 

 エミヤは顔を右手で覆い、深く深くため息を吐く。

 そんな様子も気にせず、ルイズははしゃいでいた。

 

「貴方も英雄なのよね!?」

「そんな大それたものでもない。私はただの……成れの果てだ」

「ふーん? でも強いんでしょ?」

「うん、エミヤは強いよ。それは保証する」

 

 きっぱりと言う立香に、「マスター……」と嫌そうにするエミヤ。

 

「まぁ……そうだな、呼ばれた以上は尽力するよ。よろしく頼む、ミス・ヴァリエール」

「リツカのサーヴァントなんだから、つまり私のサーヴァントでもあるのよね?」

「……一応、そうなるのか? とは言え最終的な決定権はマスターにある。そこは誤解しないでくれ」

 

 納得したのかしてないのか、ルイズはエミヤを上から下まで値踏みするように眺めた。

「強そうには見えないけど……でもリツカも嘘は言ってなさそうね……」などと機嫌良さそうにしている。

 オスマンはおほんと咳払いをした。

 

「ともかくこれで問題解決じゃな。ルイズ君もめでたく進級できて万々歳で良かった良かった」

 

 明るく能天気にそう言ったオスマンだったが、コルベールは何となく嫌な予感がしていた。

 本当に良いのだろうか、これから世界が大変な事になるんじゃないか……そう疑念を浮かべてはみたが、考えたところでコルベール個人ではどうにもなら無い事だった。

 とりあえず今は考えない事にして、コルベールはエミヤを観察した。

 あまりにも隙が無い。その隙の無さに舌を巻いた。談笑している間も一分の隙も見せない。

 何よりエミヤは【自分が見られている事を理解していた】。

 恐ろしい相手だ……とコルベールの背中を冷や汗が落ちた。

 

「今はこんなものかな? とりあえず飯の時間じゃ、食堂に行くとするか」

 

 オスマンに促されて、全員で食堂へと向かうことになったのだった。




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2話 暖かい陽気の中で

検閲してないので、後で暇なときに見直します
変なところとかあったら指摘お願いします


 食堂へ向かう途中、建物の見物に熱心な立香へとルイズが聞いた。

 

「ねぇ、他にも喚べる使い魔いるのよね?」

「ん? うん、いるよ」

「なら今のうちにもっと凄いの召喚しなさいよ」

 

 ルイズは未だに立香の「世界を救った英雄である」という話に懐疑的だ。そういうことはあったのかもしれないが、話を脚色していて実際はもっと小規模なものだったのかもしれない、と考えていた。貴族の自慢話は八割以上がこれだからだ。

 ただ立香の話がどこまで本当かは分からないにせよ、実際にエミヤを召喚してみせた立香を、ルイズはある程度信用することにはした。そんなことができる人間なんて今まで見たことも無かったからだ。

 しかしルイズは二人の見た目が気になった。立香はヘラヘラとしていて全体的に弱そう。エミヤは身体は鍛えてはいるようだが、とても魔法が使えるようには見えない。

 ルイズとしては、もっと格好よくて誰が見ても「英雄!」と思えるような、そんな存在を召喚して欲しかった。

 そんなルイズの意図をある程度正確に汲み取りつつ、立香は首を横に振る。

 

「そうもいかないんだ。さっき言ったよね? 制約がある、って」

「あぁ……そういえばそんなことも言ってたわね。制約って?」

 

 落ち着いてから話そうと思っていた立香だったが、質問されて無下にするのもどうかと思い、簡単にではあるがサーヴァントについての説明を始めた。

 サーヴァントは、その全てが極めて強力な力を有している。しかしその力を好き勝手に行使できる訳ではない。

 万全の力を発揮するには、契約しているマスターの才能や魔力量が重要になる。強すぎる力はそれだけ消費魔力も大きいと言うことだ。

 そしてサーヴァントそれぞれにも別に得手不得手がある。

 

「僕は他のサーヴァントを召喚して指示をすることが出来るけど、そこに強制力は無い。例えばエミヤが僕を心底から嫌っていて、そうしようと思えば僕はあっさり殺されてしまう」

「そうなの!?」

 

 驚くルイズにエミヤが首肯する。

 

「我々はあくまで、善意でマスターに協力している。マスターが気に入らなければ拒絶するし、場合によっては制裁を加える者もいるだろうな」

「なによそれ!」

「仮に聞くが、もし君が誰とも知れない人間に召喚されて、自分の望まない事を命令されたら……君ならどうする?」

「ど、どういう事?」

「この学園にいる人間を皆殺しにしろ、だとか、娼婦になって金を稼いでこい……なんて命令をされて君は黙って従うか?」

「従うわけ無いじゃない!」

「そういうことだ」

 

 あ……とルイズは声を漏らす。

 慌てたように立香がフォローした。

 

「そんなに大袈裟なものじゃないよ? マスターならそんな事言わないって分かってるし、余程のことがなければそんな事にはならないから」

「それは君だけだ」

 

 立香が「もーエミヤ!」と非難するとエミヤは肩を竦めた。

 自分を怖がらせる為にわざと大袈裟に話した、と判断したルイズがエミヤを睨み付けたが、エミヤは鼻で笑って口を閉ざした。

 それで、と立香は続ける。

 

「召喚して終わりって訳でもないからね。召喚を維持するには魔力が必要なんだ。僕自身は魔力をあまり消費しないけど、僕の召喚したサーヴァントは違う。今はエミヤしかいないし、戦闘もしてないから実感できないだろうけど、多く召喚すればそれだけマスターに負担がかかると思うよ」

 

 ふんふん、と数度頷いて、ルイズは「じゃあ」とエミヤを指差した。

 

「こいつを消して別のを召喚すれば?」

 

 あまりにも簡単に言うルイズに、立香は思わず笑ってしまう。

 そしてそんな酷すぎる発言に、エミヤはむしろ頷いて同意していた。

 エミヤとしても「もっと現状で役に立てる奴がいるだろう」というのが本音だった。立香に頼られて悪い気はしなかったので黙っていたが、ルイズの意見には同意であったし、他のサーヴァントと交代するべきだと考えていた。

 立香はエミヤを見てから、ルイズに言う。今

 

「確かにエミヤよりも強いサーヴァントはいるよ」

 

 それは誰よりも立香が良く知っている事だ。

 力が必要ならヘラクレスを喚べば良い。

 数が必要ならイスカンダルを喚べば良い。

 知略が必要なら孔明を喚べば良い。

 速さが必要なら、器用さが必要なら、隠密性が必要なら、守備が必要なら。

 

「でも僕は現状では、エミヤが最良のサーヴァントだと思ってるよ」

「こいつそんなに凄いの?」

「エミヤは強いだけじゃなくて、どんな場面でも対応できる応用力があるんだ。困ったらエミヤ、ってくらいには頼りになってさ」

「やめてくれ……」

 

 拒絶反応を示しつつも満更でも無いエミヤ。

 ルイズは不満そうではあるが、とりあえず新しいサーヴァントについては言及は控える事にした。

 しかし立香が「あぁでも」と言った。

 

「多分マスターは魔力量が多そうだから、あと一人くらいなら喚べるかも知れないよ」

「え? ほんと?」

「うん。エミヤを召喚した時、全然平気そうにしてたように見えたんだけど」

「平気そう……ってもし平気じゃなかったらどうなってたのよ!?」

「急激に魔力を減らせば良くて貧血、悪ければ気絶かな。流石に死ぬことは無いよ」

 

 顔をしかめさせるルイズ。

 本来魔力が急激に減れば死の危険もあるが、立香を通した間接的な契約サーヴァントの為、ある程度のリミッターが存在している。

 魔力が足りなくなればサーヴァントの召喚に失敗、あるいは召喚しているサーヴァントが消滅し、マスターにも多少の影響が出るものなのだが……エミヤを召喚した時、ルイズは平然としていた。

 

「まぁ良いわ……じゃあ今すぐ召喚しなさいよ。できればものっすごいのね!」

「そこでまた別の制約があるんだよねー」

「もう! 面倒ね! 今度は何よ!」

「一度に召喚できるのは一騎まで。次に召喚するまでには一時間待たなきゃいけない」

「なによそれー!」

 

 両手を上げて怒りをあらわにするルイズだったが、すぐに何かに思い出して声をあげた。

 そして立香に勢いよく掴みかかった。

 

「ねぇ! ねぇちょっと今あんた! 私の魔力量が多いって言った!?」

「え? うん。あー、と言っても僕は魔術師としては三流以下だから、魔力の流れとかは詳しく分かるわけではないんだけどね。サーヴァントになってもそれは相変わらずなんだよなぁ……。マスターの魔力については、エミヤを召喚したときに分かっただけでさ」

「魔力量が多いってことは、魔法使いとして才能があるってことよね!?」

「……魔法?」

 

 立香がエミヤを見る。エミヤも首を傾げた。

 そう言えば……。先ほどオスマンが「トリステイン魔法学院」と、この場所について説明していたことを立香は思い出した。

 

「ごめん。それは僕にはなんとも……でも多分、マスターは優秀な部類に入ると思うよ」

「へぇ! そう! そうなのね!」

 

 それはルイズにとってこれ以上無いほどに喜ばしい言葉だった。人目もあるので一応自重したが、一人なら思わず跳び跳ねていただろう。

 

「(やっぱり私には才能があるんだ! ゼロなんかじゃない!)」

 

 何に喜んでいるのかは分からないが、立香はマスターが喜んでいるので良しということにした。

 それよりもこの世界について分からない事が増えてしまった。

 魔法とは、人間には不可能なことを可能にする奇跡の行使。普通の人間においそれと使えるものではない。

 それを可能とする人間を育てる学舎?

 とりあえず額面通りに受け取るとして、だとすれば自分にどこまで対応できるのか……立香は少しだけ不安に思った。

 だが考えても仕方がない、と思考を切り替える。

 

 

 

 食堂に着いてすぐにルイズが、

 

「本当は使い魔と平民は食堂に入れちゃ駄目な決まりになっているんだけど、先生が特別に許可してくれたのよ。ありがたく思いなさいよね」

 

 と高圧的に言って、それを聞いたエミヤが渋い顔をした。別にその高慢さが気に触った訳では無かったのだが、ルイズに「あによ?」と威嚇されてエミヤは目をそらす。

 そしていざ食堂に入ると、二人に興味を示した生徒たちが一斉に視線を向けた。

 それに気後れする立香を置いて、スタスタと一人自分の席へ向かうルイズ。立香達からは見えなかったが、ルイズの口角が少しだけ上がっている。

 ルイズは普段座っている席に座る。机の上には肉や魚や野菜にデザートなどが所狭しと並んでいた。

 少し遅れて二人がルイズの後ろに立った。

 そのまま動かない二人に、ルイズは目を向ける。

 

「なにしてんの? 座れば?」

「いや、僕たちは食事する必要が無いから気にしないで」

「そうなの!? どうやって生きてるのよ!」

「勿論マスターから供給される魔力でだよ」

「ふーん、便利なもんね。……って、それにしても後ろに立ってられると気が散るんだけど?」

「それなら霊体化してようか?」

 

 言うが早いか、エミヤと立香は同時にその姿を消失させた。

 跳び跳ねるようにルイズが席を立つ。周りも静まり返ってしまった。

 

「ちょ、え!?」

「あ。ごめん、言ってなかったね」

 

 謝罪しながら立香だけが元の場所に姿を現した。

 

「ごめん、言ってなかった。サーヴァントはこうやって姿を消すことが出来るんだよ」

「先に言っときなさいよ! というか消えるの禁止! なんか不気味だわ!」

「我が儘だな」

 

 言いながら姿を現したエミヤを睨み付ける。

 エミヤとルイズの相性は最悪だったが、何故か立香にはあるべき場所に二人がいるように見えて面白かった。

 がそれはともかく。食事の必要が無いので席に着く理由もなく、かといって立ってられると邪魔だ、でも消えるな、とルイズは言う。

 立香達に残された選択肢は一つだけだった。

 

「外で待ってるね」

「そうしなさい」

 

 食堂を出て行く立香達を見送ると、さっそくとばかりに隣の女生徒がルイズに聞いた。

 

「ねぇルイズ、今のだれよ? 一人は貴女の召喚した使い魔よね?」

 

 聞かれたくてうずうずしていたルイズは、待ってましたとばかりに嬉しそうに答えた。

 

「どっちも私の使い魔だけど?」

「嘘! どういう事?」

 

 ルイズの後ろの席にいた別の生徒も声をあげる。

 

「使い魔の能力で別の使い魔を召喚したのよ。前代未聞ね。今まで召喚されたどんな使い魔のよりも凄い、特別中の特別よね」

「ってことは、貴女の使い魔って魔法使いなの!?」

「らしいわね。大したもんじゃないらしいけど」

「へぇー」

「でも透明化の魔法使ってなかった?」

「水のスクウェアでも使える人間が少ない特に難しい魔法なんだよな?」

「話に聞いたことはあるけど、あんなに綺麗に消えるものじゃないって話だよ」

 

 何となく好ましくない方向に話が進んでいるような、そんな気がしてきたルイズはその予感が正しいものだったとすぐに思い知らされた。

 一人の男子生徒がこう言った。

 

「ルイズより使い魔の方がすげーんじゃねぇの?」

 

 それに周りは「確かに」と同意した。

 

「少なくともどっちもスクウェア級の魔法使いなんだよな。どっちが主だかわかんねーじゃん!」

「ゼロに召喚されて可哀想だよなぁ」

「丁度良いじゃない。魔法の使えない主の為に魔法を使ってくれるんだから」

 

 次第に嘲笑の声が増えていく。

 最終的にルイズの「うっさい!」という怒鳴り声が響いたのだった。

 

 

 

 ルイズの返事を聞いて食堂から出た立香達は、行く宛も無いので外にまで出てきていた。

 中庭と思われるそこでは、生徒たちが外に設置された食事スペースでケーキや紅茶を楽しんでいた。

 空を見ると、どこまでも晴れやかで気持ちがよく、立香は歓声をあげる。

 

「凄いねぇ。空気も澄んでるし」

「そうだな。地球とは何もかもが違うようだ。その辺りにも魔力が溢れている」

「そうなんだ?」

「カルデアに喚ばれていた時よりも身体の調子が良い。ルイズからの魔力も上質だが、この場所自体が我々と相性が良いらしい」

 

 立香は初めて召喚されたので良く分からなかったが、確かにエミヤのステータスはカルデアにいた頃よりも強化されていた。ルイズの才能によるものか、この世界がそういう環境なのか。

 エミヤは少し考えてから、原っぱに座った立香に言った。

 

「君は……良かったのか?」

「ん? なに?」

「君が望んでそうなったのは理解している。だが今回は君のいるべき場所ではない……と私の勘が告げている。多分君も理解しているんじゃないか?」

「召喚されたなら、そこがどこであろうと僕は僕にできる事をするよ。僕にできる事なんてそんなにないけどね」

 

 エミヤは立香のことをとても気に入っていた。

 エミヤの過去を知ってしっかりと正面から受け入れてくれたマスター。遥か昔に失ったと思っていた願いを与えてくれたマスター。馬鹿みたいにお人好しだが愚かではないマスター。数多のサーヴァント全員と絆を結び、人としての大切なものを損なわなかったマスター。

 だからこそ世界を守護する為……という以上に、立香を元の生活に戻すために奮闘した。

 しかし、結果はこれだ。

 立香は世界と契約し、英雄ではなかった筈の立香は最後の壁として採用された。

 これは自分の……数多サーヴァントの望んでいた結末では無い。今もそれを不満に思っている者もいる。それはエミヤもだった。

 

「エミヤ。僕なら大丈夫だよ。僕は君達が守ったものを、永遠に守り続ける事を願ったんだ。無かった事になったあの物語を無意味にしないように」

 

 立香は笑う。その笑顔はカルデアにいた頃と何も変わっていない。

 エミヤはルイズについて思い返す。

 召喚された時、エミヤはルイズがくだらない人間だった場合は、即座に始末するつもりだった。他のサーヴァント達のほぼ全員がその意見に賛同したし、エミヤ自身も立香に辛い思いをさせる気は無かった。

 しかしルイズは、エミヤの朧気に覚えている知人達にとても酷似していた。容姿がという話ではない。

 気高さやプライドの高さ、話し方や反応。

 無意識に「悪い奴ではない」と判断してしまった自分を、心中で嘲笑するエミヤ。

 

「……本当にマスターは大馬鹿だな。それでこんな訳の分からない状況にまで至れるのだから、最早尊敬するしかない」

「まだまだチェイテピラミッド姫路城に比べればこれくらい全然」

 

 確かに……とエミヤは納得してしまった。あれは地獄そのものだ。

 エミヤも立香の横に座り、空を見上げる。

 

「私を喚んだ理由はアレだが、まぁなんにせよ……またよろしく頼む、マスター」

「うん。よろしくね。状況次第で他の人と代わる事になるかもしれないけど」

「構わないさ。むしろ積極的に推奨する。ここに私の居場所は無いだろう。マリーやデオンはどうだ? ルイズの期待に応えるなら、アーサーも良いんじゃないか?」

「僕も次に喚ぶならアーサーかなーと思って……わっ! ちょ、いきなり騒がないで!」

 

 立香が頭を抱える。彼と繋がっているサーヴァント達が、一斉に不満を口にしたのだ。

 エミヤもそうだったが、立香を通してこの世界を視ているサーヴァント達は、立香とある程度の意思疏通が取れるようになっている。

 立香の方から連絡を閉ざす事はできるのだが、それを良しとせずに立香は開きっぱなしにしていた。

 

「マスターの限界が分からない以上、無理をする訳にはいかないからなぁ……。いや本当、喚べるなら全員喚びたいんだけどね」

 

 申し訳なさそうにそう言うと、声達は騒ぐのをやめてくれた。

 エミヤはやれやれ……と苦笑する。

 

「それにしてもマスター、食事は本当に良かったのか?」

「うーん……正直なところ、まだちょっと慣れないというか。魔力で事足りるのは分かってるんだけど、変に空腹感があるんだよねぇ」

「私もカルデアにいた頃、同じことを思った事がある。というよりサーヴァントの大半がそうだったというか……」

「エミヤのご飯美味しかったからねー」

 

 エミヤは立ち上がる。

 

「せっかくだ、遠慮せずにこの世界を楽しもう。ちょっと台所の人間と交渉して来るから待っていてくれ」

 

 エミヤの目が料理人のそれになっていた。

 

「分かった、行ってらっしゃい。やり過ぎないようにね」

 

 軽く手を上げて歩いていくエミヤを見送り、立香も立ち上がると人間観察を始める。

 皆笑顔で談笑している。

 何人か、こちらを見ながらヒソヒソと話している生徒もいた。

 立香はそちらへと笑顔で手を振る。視線をそらされた。

 

「あらら……」

 

 そしてまたゆっくりと様子を見ていると、暖かい日射しに眠気を誘われる。

 サーヴァントは寝なくても平気な筈なのになぁ、と思いながらも立香の瞼が重くなっていき……。

 言い争いのような声が聞こえてきて、うとうとしていた意識が一気に覚醒した。

 少しだけ眠っていたようだ。立香が声の方を見ると、涙を流す少女を必死に宥めようとしている少年がいた。

 どうにも痴話喧嘩らしい。

 成り行きを見守っていると、少女が少年の頬を思い切りひっぱたいて走り去っていった。

 また少ししてから巻き髪の少女が少年に近付いていき、ビンに入った液体を少年の頭にぼとぼと溢すと、

 

「嘘つき!」

 

 と怒鳴って走り去っていく。

 そして立香はそこにいたもう一人の人物に気が付いて、慌てて駆け寄って行く。

 

「どうしてくれるんだ? 君が軽率に香水の壜を拾ったせいで、二人のレディの名誉が傷ついたじゃないか」

「それは悪かったな。善意のつもりだったんだが」

「善意? ふん。それなら一度無視した時に、そのままテーブルにでも置くくらいの機転を利かせたまえ。これだから平民は」

「以後気を付けよう」

 

 何があったかは分からないが、エミヤが何かをして、そのせいで金髪の少年・ギーシュの浮気が発覚した、という事が立香には分かった。

 立香はエミヤに近づく。

 

「大丈夫?」

「マスター、起きたのか。騒々しくしてすまない」

「誰だ? ……あぁ、あのゼロのルイズが召喚した使い魔か。何か用かな?」

「騒いでいるようだったからさ」

「君の知り合いかね? ならばもう少し常識について学ばせるのだね。いや、平民には無理な相談かな?」

 

 怒りまま立香達に当たりつけて来ているようだ。

 立香はエミヤの手を引いてその場を後にしようとした。

 しかしエミヤはそれを拒むように、立夏の手を払う。

 

「常識を学ぶべきは君の方じゃないか? それとも貴族とやらの常識には、「貴族は浮気をしなければならない」とでも書かれているのかね? それなら失礼した」

 

 しん、と騒がしかった中庭が静まる。

 どうやらギーシュの発言は、エミヤの琴線に触れてしまっていたらしい。

 立香は「あぁ……」と声を漏らした。

 ギーシュは怒りの形相のまま、絞り出すように言った。

 

「なんだと……?」

「聞こえなかったのならもう一度言おうか。レディの名誉を傷つけただと? 知られて傷つくような行動をしたお前が悪い」

 

 確かに正論なのだが状況が悪かった。今二人の少女にフラれて気が立っているギーシュには、どんな言葉も届くことは無いだろう。

 それでもエミヤは畳み掛けた。

 

「女性を泣かせるだけに飽きたらず、その責を他人に押し付けて自分は相変わらずの貴族ヅラか。まったく理解に苦しむね。自分の行動の責任も負えない分際で高望みを随分と高望みをしたな?」

 

 普段は冷静沈着で感情をあらわにしないエミヤにしては、とても珍しい反応だった。

 見たことの無い一面を見てこんな状況にも関わらず何故か喜ぶ立香。

 しかし空気はますます悪くなる一方だ。

 

「良いだろう。よくも言ったな? そこまで言うからには当然、自分の吐いた言葉の責任は取れるのだろうね?」

「悪いが子供のごっこ遊びに付き合う気は無い。一人でやっててくれ」

 

 エミヤの言い様に、更に青筋を立てるギーシュ。

 

「なるほど、言うだけ言って怯えて逃げ出すのが平民流か。口だけ達者なのが始末に負えないな」

「口の次に手を出そうとする短絡的に過ぎる貴族に比べれば、私の口も平和主義者なようだ」

「貴様……!」

 

 今にも掴みかからんとする勢いだ。しかしギーシュは睨み付けたまま動こうとしない。体格的に組みかかっても勝てないのは明白だったからだ。

 仕方なく立香が両者の間に割って入る。

 

「エミヤ、とりあえず落ち着いて」

 

 ひとまずエミヤに距離を取るよう立香は促した。

 エミヤは大人しく数歩下がる。

 そしてギーシュへ向いて言う。

 

「君も、冷静になった方が良い。エミヤの言い方はちょっと厳しいかもしれないけど、間違ったことは言っていない」

「なに?」

「壜を拾った、んだっけ? それで浮気がバレて、それで女の子が二人傷ついた。結局誰が悪いのかって、君もちゃんと分かってるよね?」

「…………」

 

 ギーシュは黙って立香を見る。

 

「君はこの給仕君の何なのだね?」

「エミヤは僕の召喚した……使い魔だよ」

「使い魔? ほう、使い魔が使い魔を召喚したのか。何だか分からないが、つまりこの口の減らない給仕の飼い主なのかね」

 

 と言ってすぐ、突然立香の頬を殴り付けた。

 突然のことで立香は何の準備もできずに地面を転がった。

 

「飼い犬の責任は飼い主が取るのが常識だ。今回はこれで手打ちとしておいてやろう、ありがたく思うことだね」

 

 勝ち誇るギーシュ。

 ここで自分から魔法を使うのは不味い、ということと、殴りあいではとても勝てそうにない、と考えていたギーシュだったが、しかしプライドからこのまま放置もできないので、向こうから殴りかからせて正当防衛で魔法を使うつもりだった。

 だがそれよりも弱そうで責任も押し付けられそうな立香が目の前に来てくれたので、殴る口実ができたとばかりに手を出したのだ。

 

「貴様!」

 

 エミヤが動こうとしたが、頬をおさえて立ち上がった立香に手で制止される。

 立香は笑っていた。

 

「うん、ありがとう。それじゃあ今後はお互いに気を付けようね」

 

 その立香の言葉と笑顔が、ギーシュには余計に癪だった。

 もう一発殴ってやる、と動こうと動き出そうとした。

 

「…ッ!?」

 

 しかしピタッと身体が動かなくなる。

 少年は困惑した。動こうとしているのに、一ミリも身体が動かせない。理由は不明。

 ただ一つの予感があった。このまま動けばただではすまないという、そんな予感が。

 一歩後ずさる。それは驚くほど簡単だった。

 そしてギーシュの耳元で声が聞こえてきた。

 

「チッ……もう一回来たら、その腕切り落としてやるつもりだったのによ」

 

 女性のような男性のような、曖昧なものだった。

 ただ凛としていて鋭い声だ。

 周りを見回してみるが、しかし周りには誰もいない。ギーシュ以外には聞こえていないようだった。

 ぶわっとギーシュの全身から汗が吹き出る。

 

「……きょ、今日のところはここまでにしておいてやろう。以後気を付けるんだね」

 

 ギーシュは逃げるように走り去った。

 

「話の分かる子で良かったね」

「とてもそうには見えなかったが……マスター、すまない。私が余計なことをしたせいで……頬は大丈夫か?」

「へーきへーき。いやびっくり、サーヴァントになっておきながら、普通に殴られてダメージ受けるなんて……いやほんと、情けないね」

「マスターは色んな意味で特別だ。良い意味でも、悪い意味でも。自覚しているだろう?」

「……うん、そうだね。ところでお腹が空いたんだけど、ご飯できてるかな?」

「……あぁ。すぐに準備をしよう」

 

 ふんふんと鼻歌を歌いながら何もなかったように空いている席に座る立香。

 相変わらずだな……と思いながら、エミヤは台所へと向かうのだった。




感想などお待ちしてます


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3話 アーサー・ペンドラゴン

 食事を終えて立香を探していたルイズは、中庭で暢気にデザートを食べている立香を見つけて声をかけた。

 

「あんた、ご飯食べなくても良いとか言ってなかった?」

「あ、おかえりマスター。そうなんだけど、エミヤの料理が食べたくなっちゃって」

 

 そう言いながら立香は、赤くて柔らかそうなデザートを口に運ぶ。

 

「なに、それあいつが作ったの? あいつ料理できたんだ」

「凄い上手だよ。僕の知る限り料理の腕は上から二番目かな」

 

 ふーん、とルイズは立香の食べている物を見る。ルイズが見たこともない物だった。

 美味しそうに食べている立香を見ていると、興味が出てきたルイズはデザートについて尋ねた。

 

「なんなのそれ?」

「いちご味のフルーチェだってさ。って言って分かるかな?」

「フルーチェ?」

 

 聞き覚えの無い単語だったので、首をかしげて聞き返すルイズ。

 うーん……と立香は唸る。

 

「僕料理は全然だからなんて言えば良いかな……。あ、食べてみる?」

「……じゃあ貰うわ。エミヤは?」

「あそこ」

 

 立香の指さした先には、相変わらず給仕を続けるエミヤの姿があった。

 ルイズは呆れた。

 

「使い魔の癖になにしてんのよあいつ……」

「台所借りる為に仕事を引き受けたんだってさ」

 

 そう言いながら立香は、空の小皿に大皿に入っているフルーチェとスプーンを乗せて、ルイズに手渡した。

 受け取ったルイズは空いている椅子に座りスプーンを取ると、何度かフルーチェをつついてから掬い、恐る恐る口に運んだ。

 そしてすぐに「んっ!」と喉を鳴らす。

 

「なにこれ! 美味しいじゃない! こんなの初めて食べたわ!」

「でしょ?」

「ええ! なにあいつ、料理人だったの?」

「いや、料理は趣味って言ってたよ」

 

 話している間にもルイズはパクパクと食べ進めていく。そしてあっという間に食べ終えてしまった。

 それから、じっと大皿に入ったフルーチェを見つめるルイズ。

 苦笑しながら立香は「食べて良いよ」と言うと、ルイズは嬉しそうに小皿によそってまた食べ始める。

 そんなルイズを見て、立香は楽しそうに笑った。

 

「な、なによ?」

「ううん。ここは平和で良いな、って思って」

「はぁ?」

「問答無用で殺し合う必要がない。話し合えば分かり合える。こうして美味しい物を食べて喜べる。子供達が健やかに育つことが出来る。それはとても素敵なことだよ」

 

 中庭で談笑している子供達を、どこか遠くを見るようにそう言う立香。その声は羨ましげだった。

 しかしルイズにはその光景が不思議でしかなかった。

 

「なに言ってんのよ。あんただってまだそんな達観するような年でもないでしょ」

「え?」

 

 ルイズからは、立香はどう高めに見ても18歳くらいにしか見えなかった。

 一瞬間を置いてそれを思い出した立香はクスクスと笑いだしてしまう。

 馬鹿にされたと感じたルイズが顔を赤くさせたが、立香は手を振った。

 

「違う違う、馬鹿にした訳じゃないんだ。ごめん、説明してなかったよね。僕はとっくに老衰で死んでるよ」

「え!? そ、そうなの!?」

「うん。この姿は皆と戦った時の姿なんだ、まだ19歳の時。というかサーヴァントは基本的には、その人が一番すごかった時か、その人が一番認知されている姿で召喚されるんだよ。例外もいっぱいあるけどね」

 

 ルイズはまじまじと立香を見る。

 

「じゃあ中身はおじいちゃんってこと?」

「精神年齢は19のままだよ? ただ、そのあと死ぬまでの記憶はあるってだけで」

「つくづく不思議な存在ねぇサーヴァントって」

 

 そんな話をしながらもルイズは食べる手を止めず、残っていたフルーチェも食べ尽くしてしまった。

 もう少し食べたかったなぁ、と思いつつ立香は立ち上がった。

 

「さて、このあと何か予定はあるかな?」

「30分後から午後の授業があるけど」

「丁度良かった。じゃあ早速次のサーヴァントを召喚しよっか」

「次の! そうね!」

 

 キラキラ目を輝かせ、ルイズも素早く席を立った。

 立香はエミヤを見る。女子数人に囲まれていた。

 

「エミヤも忙しそうだね。まぁ大丈夫かな」

 

 わざわざ呼ぶほどの危険は無いと判断した立香は、ルイズと二人で少し隅の方に移動する。

 ルイズは分かりやすくウキウキとしていた。

 

「さ! 早く喚びなさいよ!」

「その前に。さっきは僕の判断でエミヤを召喚したからさ、次はマスターの意見を聞こうかと思ってるんだけど」

「ほんと!?」

 

 思っても見なかった提案にルイズは喜んだ。

 

「どんなサーヴァントが良い?」

「えーと……そうね、まずはやっぱり外見よね。一目見て凄い! って思えるのじゃないとダメ」

 

 立香は共に旅をした仲間達の姿を脳裏に浮かべた。

 一目見て凄い、となれば大柄のサーヴァントが良いだろう。

 身長という面だとまだまだ絞りきれる程では無いし、装備となると「一目見て」が少し難しいかもしれない。

 

「他は? 性別とか」

「そりゃ男性じゃない? 女性だとナメられるし」

「男だね」

 

 立香は考えた。

 大分候補は絞れてきたように思える。かなり大柄で男性となると……。

 更にルイズは続けた。

 

「あ! 魔法使えるのはいる?」

「うーん……魔法は分からないけど、似たようなのなら使えるかな」

「じゃあそれで! あとはそうねぇ……強いのとか?」

「それは当然」

「そ。じゃあまぁ、とりあえずそんなところで。あ、格好いいのがいるならそれも!」

 

 一目見て凄い。男性。魔法のようなものを使える。強い。格好いい。

 すべての要素を併せ持つサーヴァント。幾つかの候補が浮かび、そのなかでも一騎、ピッタリのサーヴァントがいた。

 立香は満足したように頷き、嬉しそうにそのサーヴァントの名を口に出す。

 

「よし。じゃあイヴァン雷帝を召喚しよう」

「ちょっと待て」

 

 いつの間にかそこにいたエミヤが、物凄い勢いで割って入りながら立香の頭を掴む。立香の声が聞こえていたエミヤには、まったく承服できないサーヴァントだったので慌てて駆けてきたのだ。

 当然の事だが、エミヤはいつまで召喚されているかも分からない。その間立香とルイズ、更にイヴァン雷帝の様子を見なければならない……そんな胃痛の種を増やされるのは心底から嫌だった。

 

「確かに雷帝なら彼女の要望通りではあるだろうが、この場に相応しい容姿では無いだろう明らかに。そうだな?」

「え? そうかな……肩に乗ると楽しいよ?」

「それができるのは君だけだ。良いからもっと普通の……もうアーサー王で良いだろう。な?」

「でもアーサーは魔法っぽいの使えなくない?」

「良いかマスター。宝具は魔法みたいなものだ」

「そうかな……でもそこまで大きくないよ?」

「いや彼は偉大な人物だ」

「うーん……ヘラクレスとかキングハサンとか項羽とかの方が、マスターの意見に近くない?」

「見た目だけなら確かにそうかもしれないが! アーサーは典型的な『最高の騎士』じゃないか!」

 

 普段は察しが良い立香なのだが、真剣にルイズの要望に沿うサーヴァントを考えている今の立香は大分察しが悪かった。エミヤが嫌がっている事に気付かずに言いあいを始めてしまう。

 そしてそれに疑問を覚えたルイズはエミヤに言った。

 

「ちょっと、私の望んでる使い魔がいるならそれで良いじゃない。何が問題なのよ?」

「……君は身長5m越えの使い魔を連れ歩きたいか?」

「…………は?」

 

 意味が分からず聞き返したルイズは、エミヤの瞳から光が消えている事に気付いた。

 ルイズはそのまま立香の方を見る。なんの反応も示さない。

 二人の反応から、ここで自分が「それで良い」と言えば大変なことになる……とルイズが理解するには十分だった。

 ルイズの背を冷や汗が伝い、ごくりと唾を飲み込む。そして努めて冷静に、危険物を扱うかのように言った。

 

「身長は普通くらいで」

 

 それでいい、と頷くエミヤを見てルイズはホッと息を吐いた。

 立香は「そう? 分かった」と何事も無かったかのように言った。

 その立香の振る舞いに、ルイズはもうひとつ理解することがあった。それはまだ確信できる程の事では無かったが、それでもその片鱗は感じられたような気がした。

『立香は普通じゃない』。

 ルイズは今まで立香を、ちょっと珍しい事が出来る使い魔……くらいのものと考えていた。

 しかし改めて立香からは常識のようなものがストン、と抜け落ちているように思えた。日常的な事ではなく、もっと大元の所の認識が違うのでは、と。

 見た目はどうにも頼りないのだが、その奥にある……何か底知れないものを見てしまったようなそんな気がしてルイズは一瞬身体を強張らせる。

 しかしそれはまだ、ほんのちょっとした違和感でしかない。

 ルイズは今気付いた事を忘れることにした。気のせいだ、と自身に語りかけると、不思議とそんな気がしてきた。

 

「じゃあアーサーにお願いしようかな」

「そうしてくれ」

 

 やれやれ、とエミヤが仕事に戻ろうとした時だった。

 

「わっ!」

 

 突然立香が耳を塞いで、地面に転がった。また彼の中の英霊達が騒ぎだしたのである。

 そのまま「わーわー!」と転がる立香に、ルイズは驚いた。

 

「ちょ、なになに!? どうしたの!?」

「問題はない」

「問題はない、じゃないわよ! 説明しなさいよ説明を!」

 

 面倒な……と思いつつ、説明しなければ余計に面倒な気がしたエミヤは口を開く。

 

「サーヴァントとは過去存在した人間、あるいは創作の人物……それの分身のようなものだ。例外はあるが……まぁそれは今は良い。ここまでは理解しているな?」

「えーと……昔話に出てくる人ってことよね?」

「その認識で構わない。我々は求められれば召喚に応じ、そこでの役目が終わる時に消える運命にある」

「ふーん……え!? じゃあリツカもいつか消えちゃうの!?」

「そうなるだろうな。……それで、役目を終えて消えた後には座と呼ばれる、サーヴァントを記録している場所に戻るのだが、その召喚の経験はある程度は本体に蓄積されるんだ」

「本体? あ、分身なんだもんね! そりゃ本体もいるか」

「少しは黙って聞いたらどうだね君は……」

 

 呆れたように言うエミヤに、頬を膨らませて抗議するルイズ。だがなにも言わずにエミヤの言葉を待った。

 その様子を見て頷いたエミヤは続ける。

 

「経験はある程度は蓄積されるものの、記憶は引き継ぐことはできないんだ。これにも例外はあるんだが、それも今は置いておく」

「例外だらけね……」

「これは仮の話だが、例えば私が君のサーヴァントだったとする。そして私は敵に倒され消滅した。そして君はまた私を召喚したとして……それは一度目に君に召喚され、消滅するまでに君といた私ではなく、新しい英霊・エミヤとしての召喚になるんだ」

「へぇ……不便なものね、サーヴァントって」

 

 なんとなく受け入れそうになって、ルイズはすぐにエミヤの矛盾に気がついた。

 

「……あれ? 変じゃない? 記憶が引き継げないのよね? じゃあなんであんた、リツカのこと知ってんの?」

「ほう……考える力と注意力はあるようだ」

「なんですって!?」

「ルイズ、マスターの役割は覚えているか?」

 

 瞬間沸騰したルイズに対してエミヤは間髪入れずに聞いた。

 その真剣な瞳に、ルイズは怒りを飲み込んで考える。

 

「……確か、世界を救う英雄なのよね?」

「その通りだ。マスターが共に戦ったサーヴァントを召喚し、危機に陥った世界を救う。それが藤丸立香という英雄に与えられた役割だ」

 

 それを聞いてルイズは納得した。

 

「……そっか。考えてみたらそうよね。世界が危ないって時に召喚されて、強い使い魔を召喚したのになんの記憶も無いんじゃ、協力できないかもしれないわよね」

「マスターに召喚された我々は座ではなく、また別の場所に登録された。あくまで『藤丸立香』が召喚したサーヴァントとしてな。そことマスターは常に繋がっていて、マスターに直接文句をぶつけている……というのが現状というわけだ」

 

 エミヤは親指で転がっている立香を指差す。

 想像するだけで面倒だという事が分かる状況だ。ルイズも「最悪ね」と頷く。

 やがて立香が、よろよろと立ち上がった。

 

「……せ、説明ありがとエミヤ……」

「それでどうなった?」

「今回は……アーサーってことで……」

 

 召喚する前から憔悴しきっている自分の使い魔に、呆れたようにルイズは溜め息を吐いた。

 しかし立香はすぐに表情を引き締めて、エミヤを召喚した時のように詠唱を始めた。

 

「召喚術式起動。真名・アーサー・ペンドラゴン。我が呼び掛けに応じよ!」

 

 エミヤのときとは違い、かなり省略されていた。ルイズが怪訝な視線を向けると、「これ割りと形だけのものだから」と立香は笑う。

 そしてエミヤの時と同じように魔法陣が浮かび上がり稲妻が走った後、その中央には白銀の鎧を身に付けた男が立っていた。

 

「ちょっと待ってくれマスター。形式的なものはそうだし別に良いんだけど、もう少しちゃんとしてくれても良いんじゃないかな?」

 

 どこからどう見ても文句の付けようも無い程のとんでもない美青年。物語で語られるような騎士でもここまでの誇張はされない、と思える程の容姿のアーサーの第一声は、立香への抗議だった。

 

「いやごめん……アーサーなら許してくれるかなって」

「勿論許すけど、一応格好よく出る準備をしてたんだよ?」

 

 と立香とアーサーが笑いあって、そしてアーサーはルイズの方を向いた。

 

「我が名はアーサー・ペンドラゴン。この身は今より君の剣となり盾となる。よろしく、レディ」

「あ、う、うん……」

 

 差し出された手を握り返すルイズは、どこか上の空だ。

 立香は素早くルイズの両頬を両手で挟むように掴んだ。

 

「ちょ!? あにすんのよ!」

「あれ?」

 

 魔力切れを心配した立香だったのだが、ルイズはまだかなり余裕がありそうだった。

 噛みつかれそうになったので、手を引っ込めて立香は聞いた。

 

「どうかしたの? 心ここにあらずって感じだったけど」

「……べ、別に? あんたには関係無いわよ!」

「体調が悪い訳ではない?」

「え? あ、あぁ……うん、全然平気。……あ、いや、なんかちょっと身体が怠いような……?」

 

 腕を組んでルイズの様子を伺う立香。

 その後ろにいたエミヤは、何かを言おうとして止めた。

 

「……うん。大丈夫そうだし、とりあえずいっか」

 

 そう言って、立香はアーサーへ言う。

 

「しばらくよろしくね」

「この剣に誓って、君とルイズを守り抜こう」

「うーん……とは言っても、しばらくその必要も無さそうなんだけどね」

 

 立香とエミヤ、アーサーはのどかな異世界の風景に苦笑いを浮かべる。

 何をする為に喚ばれたのかが分からない。しかし喚ばれたからには意味がある筈。

 のんびりしている時間はあるのか……立香はルイズを見た。

 相変わらずアーサーを見つめぼーっとしているルイズは、立香に見られている事にも気付いた様子がない。

 

「……なるようになる、か」

 

 そう呟いて立香は肩の力を抜いた。

 エミヤも「そうだな」と言って、給仕の仕事に戻っていった。

 

「マスター。僕も少しやりたいことがあるから、単独行動しても良いかい?」

「ん? こっちに来て早々? いいけど、やりたい事って?」

「大した用事じゃ無いんだ、ただやらなければいけない事だから。なにか問題がありそうならすぐに戻るから安心してほしい。それじゃあ行ってくるよ」

 

 颯爽と歩き出すアーサーを見送る。

 サーヴァント達の自由さに笑いながら、立香は言った。

 

「マスター、時間は大丈夫?」

「え? ……まだ余裕はあるけど、そろそろ行くわ」

「うん、それが良い」

 

 校舎へ歩き出すルイズ。

 その後ろを着いて行く立香は、誰かの視線を感じて振り返る。

 遠くの方で青い髪の少女と、赤い髪の少女がこちらを見ていた。

 立香が手を振ると、赤い髪の少女だけ手を振り返してきた。

 それ以上気にする事なく、そのままその場を後にする立香だった。




周回の合間に書いてたので、変なところあったら教えていただけると嬉しいです。
今回の目標は200箱~250箱なので、またちょっと時間空きます。
感想お待ちしてます。


ちなみにアーサーはギーシュに説教しに行きましたが、割愛します


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4話 授業の風景

遅くなりました


 

 昼食の後の教室内は気怠げな雰囲気に包まれていた。これはどちらの世界でも共通なんだなぁ、と立香はクスリと笑う。

 やがて教師だと思われる女性が入って来た。それで大半の生徒は何とか気を引きしめることができていたが、何人かは意にも介さず脱力したままだ。

 教師はチラリと壁際に立つ立香に視線を向けて、数秒ほど凝視してから視線を外した。

 ちなみに、エミヤとアーサーはここにはいない。アーサーは召喚してすぐにどこかに行ったまま姿を見せず、エミヤは立香たちの許可を取って厨房に行ってしまっている。

 流石に怒るかな、と立夏は思っていたのだが、ルイズは「好きにすれば?」とどちらでも良いという態度だった。

 しかし他の生徒が召喚した使い魔も、昼食の時は中庭などで自由にしていたので、使い魔は放し飼いが基本なのだろうか? と立香は納得する。

 今は教室内に使い魔と思われる生物があちらこちらにいて、シュヴルーズはそれらをゆっくり見渡した。

 

「春の使い魔召喚は成功したようですね。こうして、新学期に様々な使い魔を見るのが私の楽しみなのですよ」

 

 そう言って、生徒たちの傍にいる使い魔たちをゆっくりと見渡していき、最後にもう一度立香の方へと視線を向けた。

 

「ミス・ヴァリエールが人間の使い魔を召喚したと聞いていましたが……本当に普通の人間のようですね。お名前を伺っても?」

 

 聞かれた立香はルイズを見る。ルイズに面倒臭そうに手をしっしっ、とやられたのでそれを許可と受け取って、立夏は笑顔で自己紹介する。

 

「初めまして、僕の名前はリツカ・フジマルです。マスターであるルイズに召喚された使い魔ですが、基本的には普通の人間だと思ってください。よろしくお願いします」

「ミスタ・フジマルですね。そういえばこちらの自己紹介がまだでしたね」

 

 生徒たちに向き直ったシュヴルーズは、コホンと咳払いをした。

 

「私はシュヴルーズ、二つ名は『赤土』。これから一年間、皆さんに『土』系統の魔法を講義します。よろしく。……おや?」

 

 空いている席がひとつあることに気がついたシュヴルーズは、その席を持っていた杖で指した。

 

「いないのは……ミスタ・グラモンですね。何か聞いていますか?」

「昼に女子二人に手酷く振られたんで引きこもってると思いまーす」

 

 一人の男子生徒が手を挙げて元気よく答えると、周りからクスクスと笑い声があがる。

 シュヴルーズは「まあ」と口元を手で覆った。

 

「まったく、仕方ありませんね」

 

 コンコン、と教卓を杖で叩くと生徒たちの笑い声が止む。

 それを確認してシュヴルーズは頷いた。

 

「それでは授業を始めます――」

 

 シュヴルーズの授業が始まり、やることも無いので立香は耳を傾ける。そして意識を内側にいるサーヴァント達へと集中していった。

 サーヴァント達は興味深そうに授業を聞いては、あーでもないこーでもないと話している。主にキャスター組だ。「非効率的ね(メ)」「なんか今のところ曖昧じゃねぇ? 力出せなくねーかこれ?(兄貴)」「くだらん(金)」「ファック! これだから才能のある奴らは……!(先生)」と、各々好き勝手に言っていた。

 立夏には授業の内容もサーヴァント達の言っていることの半分も分からなかったので、真剣に羽ペンを動かすルイズをボーッと眺めていた。

 そうして数十分程経過する頃には、キャスター達も興味が無くなったようだ。みんな自室に戻って行ってしまっている。今は常に張り付いているサーヴァント達の話し声しか聞こえない。

 断片的にわかる入ってくる情報から現在、石を金属に変える魔法だという事がわかった。錬金術というやつだなと、とあるトラブルメーカーサーヴァントの笑顔を思い浮かべる立夏。

 シュヴルーズが石に杖を向けて呪文を唱えると、すぐに石が金属に変わった。

 それを見た赤い髪の女生徒が「ゴールドですか!?」と驚いたが、シュヴルーズはすぐに「ただの真鍮です」と訂正した。

 そして「トライアングル」や「スクウェア」など、また立香にはよく分からない単語が出てきた後で、「それでは誰か……」と、シュヴルーズは生徒たちを見渡した。

 そしてシュヴルーズが目をつけたのは、ルイズだった。

 

「ミス・ヴァリエール、まずは貴女にやってもらいましょうか」

 

 シュヴルーズに名指しされて、ルイズの体が小さく揺れた。

 

「さ、前へ」

 

 おや? と立香は首を傾げた。

 召喚された時の状況を考えれば、「ルイズは魔法が苦手である」という事実は周知の事実だということが分かる。それを証明するように、名指しされたルイズは戸惑い動けないでいた。

 しかしシュヴルーズにはなんの疑問も無いようで、「どうしました? 早く来なさい」とルイズを促していた。

 ルイズが恐る恐る立ち上がるのと同時に、また赤い髪の女生徒が手を上げる。

 

「あら? ミス・ツェルプストー、どうしました?」

「あの……やめた方が良いと思いますけど」

「やめる? 何をです?」

「先生、ルイズに魔法を使わせるのは危険です」

 

 その言葉に教室にいたほぼ全員が頷いた。

 生徒たちの総意を代弁した赤い髪の女生徒・ツェルプストーの表情は、馬鹿にしている訳でも冗談を言っている訳でもない事が分かるものだった。立夏は何とも言えない不安を感じて、ルイズの傍に寄っていく。

 ツェルプストーは続けて言う。

 

「先生はルイズを教えるのは初めてですよね?」

「ええ。ですが彼女が努力家であることは聞いていますよ。魔法が苦手だということも聞いていますが、失敗を恐れては前には進めません」

 

 どうやらシュヴルーズも「ルイズは魔法が苦手」という事実は聞いているようだった。ただどこまで苦手なのかは知らないようだ。

 すっかり熱血教師のようになってしまっているシュヴルーズの説得を諦めたツェルプストーは、歩き出したルイズに懇願するように言った。

 

「ルイズ。やめて。お願い」

「うっさい」

 

 その制止も無視してルイズは教室の前へ出ていく。それに立夏は着いていく。

 立香は念のため、エミヤとアーサーにも召集をかける事にした。

 

『エミヤ、アーサー、こっち来れる?』

『可能だ。どうした?』

『僕もいつでも大丈夫だよ。なにかあったのかい?』

『そういうわけじゃないんだけどさ、何か嫌な予感がするから、こっちに来てほしい』

『分かった。すぐに行くよ』

 

 アーサーがそう言って念話を切る。

 それから十数秒程もしないうちに、霊体化のエミヤとアーサーが教室に入ってきた。

 

「いきなりごめんね。アーサーはあっちの女性をお願い」

 

 シュヴルーズを指さして指示する。

 アーサーは何も聞かずに頷いてすぐに動き出す。

 

「エミヤは生徒たちの方をよろしくね」

「よろしく、と言われてもな。いったい何が起こるんだ?」

「うーん……なんだろう?」

 

 エミヤは頭を掻いて、言われた通り生徒たちの正面に立った。

 そして二人は霊体化を解除する。立香もルイズに近寄った。

 突然現れたアーサーとエミヤに、教室内がざわつく。

 同じく困惑しているシュヴルーズは、アーサーに声をかけた。

 

「な、なんですか貴方は!?」

「失礼、レディ。少し下がってはくれないだろうか? 何かあった時に、私に貴女を守らせてほしい」

 

 言い回しが芝居臭くはあったが、王子様フェイスの微笑みにシュヴルーズは頬を赤くして素直に数歩下がった。そのままアーサーはシュヴルーズとルイズの間に立つ。

 そんな風に立香達が周りで動いている間、その中心にいるルイズは驚く程集中していた。生徒たちのざわめきも、エミヤたちが来た事にも気付いていない。

 ルイズはぶつぶつと何かを呟く。

 生徒たちが慌てて次々と机の下に入っていった。

 目を瞑り……短く呪文を唱えた。そして杖を振り下ろす。

 

 立香の頭の中で一斉にサーヴァント達が怒声をあげた。

 

 そして轟音が響いた。

 その間際、エミヤは巨大な花弁の盾を展開した。

 その間際、アーサーがシュヴルーズを抱き抱えて跳躍した。

 その間際、立香はルイズへと手を伸ばしたが、ぶっ飛んできたルイズに弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。

 

「ごふっ!」

 

 肺から空気が漏れる。酷い痛みが立香を襲ったが、それよりもルイズのクッションになれた事をひとまず喜んだ。

 ルイズは憮然とした表情で立ち上がると、スカートについた埃をパンパンと払う。

 そして唖然とした顔のエミヤと、シュヴルーズと共に倒れるアーサーに咳き込む立香。それから教室の隅で縮こまる使い魔達や、そっと机の奥から顔を覗かせる生徒たちを見渡して、肩をすくめてこう言った。

 

「ちょっと失敗したみたいね。でもいつもよりはマシみたいだし、ちょっとは成長したんじゃない?」

 

 

 

 

 一部破壊された教室の後片付けを全員(主にエミヤの主導)でやり終えた。大変な騒ぎにはなったものの、飛んできたコルベールは「ルイズにやらせたシュヴルーズも悪い」というような事を言って、結局「いつものルイズの失敗」程度に収まった。日ごろの行いの結果とも言える。

 錬金の授業は教師気絶による中断、それで今日の授業は全て終えたとルイズに聞かされた立夏は、今後の拠点として庭で野宿でもしようかと思っていた。

 しかしコルベールに、オスマンからの「部屋を用意した」という伝言を伝えられた。

 厚意は素直に受け取ることにした立香達は、これから住む事になる部屋に向かうことにした。

 

「わざわざ僕たちの為に部屋を用意してくれるなんて、ありがたいね」

「一応野宿の準備はしていたんだが、無駄になってしまったな」

「そうだったの? ありがとうエミヤ」

「それなら、用意してもらった部屋はマスターが使えば良い。僕たちはエミヤの用意してくれたキャンプで十分だから」

「そんな気を使う必要無いから! 何度も言うけど、僕も一応サーヴァントなんだからね?」

 

 と談笑する三人の前方、少し離れた所にルイズはいた。

 一言も発さずに黙って前を歩くルイズを気遣って立夏は声をかけずにいたのだが、それはそれでルイズは気に入らなかった。

 

「(こういう時に主人を放って談笑? 良い身分ね。どうせ内心では私のこと馬鹿にしてるんでしょ? 今も三人で私の悪口かしら? 使い魔のくせに! 使い魔のくせに! なんで私は何もできないの!? どんなに頑張っても上手くいかない! ゼロ、ゼロ、ゼロ! ゼロのルイズ! 魔法も使えない駄目貴族! 私だって好きで失敗してるわけじゃないのに!)」

 

 怒り渦巻く胸中をなんとか抑えていたが、やがて堪えきれなくなりふるふると怒りに震え始めた。

 それに気づいて「マスター? 大丈夫?」と声をかけた立夏だったが、その心配するような声音にカチンと来たルイズは、振り向いて口を開いた。

 

「ねえ、何か私に言いたいことがあるんでしょ? お、怒らないから、言ってみなさいよ。絶対に怒らないから」

 

 震えてどもりながらも、ゆっくりとそう問いかける。

 しかし特別ルイズに言いたいことが無い立夏は、腕を組んで「うーん……?」と唸る。一応考えてみるが、さっぱり思いつかなかった。

 それが惚けているように見えて、ルイズの怒りが理不尽にも増大していく。

 

「な、内心では馬鹿にしてんでしょ? あんな簡単な魔法も使えないのかって?」

「あぁなるほど! それかぁ」

 

 立香はポンと手を叩いて呑気に笑った。自分との感情のあまりの落差に、気勢を削がれたルイズは二の句を継げずに立ち尽くす。

 そんなルイズの右手を両手で包み込むように握り、立夏は優しく声をかけた。

 

「僕は君を馬鹿にしないし、仮にどんなに君が間違っても君の味方だ。全肯定はしてあげられないけれど、それで君を低く見ることは絶対にない」

「……なんでよ。魔法の使えない貴族なんて、おかしいじゃない」

「僕の住んでいた場所には貴族なんていなかったからね。昔いた貴族が魔法を使えたなんて話も聞いたことが無いよ」

「そ、そうなの?」

「うん。だからどれだけおかしいかなんて僕にはわからないし、そもそもできないことを馬鹿になんてしたくない。それは最低最悪な行為だから……って言ったよね?」

 

 そういえば、とルイズは立夏を召喚した時の事――自分を嘲笑った人間たちを叱ってくれた時のことを思い出した。

 急激に頭が冷えてくる。そして今の自分を冷静に省みた。

 最初から自分の味方でいてくれて、そのあともずっと自分をマスターとして立ててくれた立夏に、まったくそんな素振りも見せていないのに「馬鹿にしているのでは?」と勝手な妄想で怒る自分が、ここにいた。ひょっとしてとんでもなく恥ずかしいことをしていたのでは? と思えてきて、とんでもなく居心地が悪い。

 思わず逃げ出しそうになったが、立夏に手を握られていて動けなかった。

 

「……手、放しなさいよ」

「あ、ごめん」

 

 立夏が離れる。そしてルイズは数歩下がって後ろを向いた。

 何かを言おうとして止め、それを何度か繰り返してようやくルイズは言った。

 

「今のは忘れなさい。私はあなたの主人で、あんたたちは全員私の使い魔。それだけよ。良い? あんたたちは唯一の私の魔法の成功例なんだから。私がゼロじゃない証明なの、誰にも馬鹿になんてさせないわ」

「最初からそのつもりだよ、マスター」

 

 間髪入れずに立夏は答える。

 それを聞いてルイズは嬉しそうに後ろ髪を揺らしながら、足早に歩いていった。

 

「……先が思いやられるな」

「そう? 僕は楽しくやれると思ってるよ?」

 

 皮肉にそう返され、エミヤは黙って首を振る。

 立夏はルイズの背中を見つめて、そっ、と小さくため息をついた。

 それに気づいたアーサーが声をかける。

 

「どうしたんだい?」

「あ、ごめん。マスターにあんな風に思わせちゃうなんて、サーヴァント失格だなぁって思って。サーヴァントって難しいね」

 

 立夏の発言に、エミヤは何言ってんだコイツ? と言わんばかりに表情をしかめた。

 

「一応聞くがマスター、お前は一度も不安にならなかったのか?」

「え?」

「英雄達が自分を助けてくれるかどうか、不安にならなかったか?」

 

 そう問われて、立夏は初めての冒険を終えた後のことを思い返した。

 次々に襲い掛かってくる異形の者達のなか、召喚したサーヴァント達は必死に戦ってくれた。

 カルデアに戻ってすぐ再度召喚に応じてくれて、そのあともずっと一緒に旅をしてきたが……。

 

「(最初の頃、時々不安だった。「こんな奴と一緒に戦かえるか」って言われないか、気がついたら嫌気がさしてみんなやなくなるんじゃないかって。僕は何にもできない、無力なマスターだから)」

 

 そんな不安も最初だけだった。そんな事考えてる暇も無いくらいに敵は次から次へとやってきたし、そんな戦いの中で立夏もサーヴァント達と強い絆を結んでいった。

 そうだ、と立夏は笑った。

 

「焦る必要、無いよね?」

「お前とルイズは違う。考え方も性質も、この状況もなにもかもだ。お前はお前の思うサーヴァントになれば良い」

「それをサポートする為に、僕たちはいるからね」

 

 アーサーもフォローする。

 

「ちょっとあんたたち! 遅いわよ! 早くしなさい!」

 

 遠くでルイズの叫び声が聞こえてくる。

 立夏が慌てて走りだし、それにエミヤとアーサーは苦笑しながら着いていくのだった。




休みの半分くらいの期間は父親が亡くなったり、父親のノートパソコンを譲り受けたり、そのノートパソコンを物書きに使えるようにしたりと、色々立て込んでました
半分くらいはゲームが忙しくて……
2~3ヵ月に一回くらいのペースで投稿できるように頑張ります

やっぱノーパソあると違いますね、スマホだとどうしても時間がかかっちゃって
たぶんそのうち幕間の物語(外伝みたいなの)も投稿します

感想などお待ちしております


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幕間の物語1 魔法

 

「マスター、さっきのルイズの爆発をどう思う?」

 

 エミヤが教室での爆発事件について尋ねてきた。

 なかなか曖昧な聞き方ではあったが、その神妙な表情からエミヤが何を言いたいのかは理解できる。

 

「ひとつ、火力が異常だったね。軽い宝具に匹敵するレベルのものに見えたよ」

「そうだな。私の【熾天覆う七つの円環】の花弁が瞬時に六枚も破壊された。あれで失敗だと言うのだから恐れ入る」

 

 エミヤにとって唯一の防御手段。最も信頼している強固な花弁の盾を、ルイズの爆発はいとも容易く半壊させた。

 それは並大抵の事ではない。カルデアにいたころにエミヤの訓練も見てきたが、多くの英雄達がその盾の前に攻めあぐねていたのを覚えている。宝具の一撃を受けても耐えきる堅牢さは、先ほどのルイズの爆発の時には見る影もなかった。

 違和感はそれだけじゃない。

 

「ふたつ、そんな大爆発の割りに被害が少なすぎる」

「教卓と窓ガラスは派手に砕けたが、教室全体で見れば被害は軽微と言えるだろう。何より人的被害が一切無いのは異常だ」

 

 今回の爆発でダメージを受けたのは、僕とアーサーだけだった。僕はルイズのクッションになったのと爆発を間近で受けた。僕の中の誰かがとっさに防御魔術を展開してくれたので助かったが、それがなければ僕は消滅していたかもしれない。アーサーもシュヴルーズ先生を庇った時に、軽くだが爆発のダメージを受けていた。

 それ以外に怪我をした人間は誰もいなかった。他の生徒とシュヴルーズ先生、そしてルイズを確認してみたが、ほとんど問題は無かった。

 生徒達とシュヴルーズ先生は、エミヤとアーサーが庇った事で被害を受けなかった……と言うことで説明はつく。

 しかしどう考えてもルイズが無傷なのはおかしい。

 少し考えて、僕は頭に浮かんだ可能性を口にしてみた。

 

「……この世界の魔法は、人間に害が及ばないようになっている。あるいは軽度のもので済むようになっている、とか」

「それは無いよマスター。ミセス・シュヴルーズに掠り傷を負わせていたし、そもそも教室中の窓ガラスをすべて割るような衝撃が起こっているのなら、その制限はほとんど無意味だろう」

「厨房で忌々しげに言っている料理人がいたが、この世界は魔法を使う貴族たちが戦場で大活躍とのことだ」

 

 エミヤからの追加情報で、一つ目の可能性が消えた。

 

「じゃあ使用者にダメージがいかないようになっているとか?」

「あれだけ派手に吹っ飛ばされてか?」

 

 エミヤに即座に反論されて、確かに……と納得する。

 ほかに何か……と考えようとした時、「まさかとは思うが……」と頭の中で孔明の声が聞こえてきた。

 

『先ほどの授業を聞いて私は、この世界の法則と我々の世界の法則は違う、と勝手に思い込んでいたが……もしかしたら、同じなのかもしれない』

『同じ?』

『魔法は最大の神秘であるということだ、マスター。魔法と魔術の違いは分かるな?」

『大まかには、原理が解明されているかどうか……だよね』

『そうだ。魔術とは、人類にその神秘性を解き明かされ、不思議でもなんでも無くなった魔法のことを言う。不思議ではないなら誰もそれを信仰も畏敬もしない。だから力を失う。サーヴァントの知名度によって強さが上下するのと同じようなものだな』

『……あ、そういうこと?』

『ああ。これはあくまで仮説だが……この世界は、魔法が魔術にならなかった世界なんじゃないだろうか?』

 

 人々の魔法に対する信仰心が失われず、魔法が魔術にならずにその神秘性を保ったまま現在にまで残っている。

 あれ? それってかなりまずい事なんじゃないだろうか?

 

『その通りだ。我々の認識ではただの火の魔術でしかないものが、こちら世界では「火を放つ魔法」だと認識されている……となればだ。今回はこれまでのどれよりも難しい旅になるかもしれないな』

 

 神秘性という面で、僕たちサーヴァントは魔法に勝つことはできない。

 そして世界の認識というのは強い影響力を持つ。

 それがどれだけ弱い魔術のように僕たちに見えようと、この世界で【魔法】と定義されているのなら僕たちに抗う術は無い。

 こちらの世界で召喚されたサーヴァントだろうと、僕はあくまで別の理の中にいる存在だ。それは僕の召喚するサーヴァント達も例外ではない。

『魔法は普通の人間には再現できない奇跡の力である』という概念がこの世界にあり、それをこの世界の人達が信じている以上は、僕たちがどれだけ「これは魔術だ!」と叫ぼうと何の影響も与えない。

 そしてこれから先、僕たちが戦うことになるかもしれない相手は、ほとんどが【魔法使い】になるだろう。

 

「……気を引き締め直した方が良いかもしれないね」

「やれやれ……マスターといると飽きないな」

「そう言わないでよエミヤ、頼りにしてるからね。アーサーも!」

 

 などと明るく言ってみたが、僕は先に行ってしまったルイズの未来に何が待ち受けているのか、と不安になった。

 そして改めて、何が待っていようとマスターを守り切ることを強く誓ったのだった。




幕間の物語という名の難易度上げ
個人的な解釈で魔法と魔術とサーヴァントについて考えてみたので、「自分の解釈と違う!」という場合は遠慮なくツッコんでください
あと今回の幕間は、以前感想で「サーヴァントなのにただの人間からの攻撃で倒れるのはおかしい」と言われたので、それの回答として考えていた設定です
つまり「魔法使いという存在自体がサーヴァントに対して大小はあれど特攻状態が付加されている」みたいな認識ですね
元々「この世界の魔法は我々にとっての魔法と変わらないんだ!」「な、なんだってー!?」とやりたかったのですよね

それではまた次回まで、お待ちいただけると幸いです
感想やアドバイス、誤字報告などなど、お待ちしています


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