オーバーロードとヴァルキリー (aoi人)
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0.戦乙女の物語

お試しに投稿。初投稿なので修正色々入るかも

よろしくです。


 

 

 

 21XX年、大地は汚染された大気によって常に霧に覆われ、人々はガスマスクなしでは外出もままならなくなった。そんな時代だからこそ、アーコロジーという外界を気にせず暮らせる建造物が造られるが、大部分を富裕層や中間層が独占してしまい、残されたの貧困層は酷い環境下での生活を余儀無くされた。

 

 100年前は当然だった義務教育も、企業が国の舵をとるようになってからはなくなり、小学校を最後に仕事を始めるだけでも恵まれているほうだと言われる始末だ。

 

 そんな現実に希望が見いだせない世界で、急速に伸ばしたのはネットワークにダイブすることで架空の世界へと行くことができるDMMORPGの先駆け、通称ユグドラシルだった。

 

 私は運良く富裕層の生まれだ。両親は富裕層には珍しい人格者で私を甘やかしすぎず、しかし、大切に育てられた。私もそんな親の期待に応えたく苦手な勉強も必死に食らいつき、有名な大学に進学できた。そうして、恩師とも言える教授に出会い1人立ちできるまでになり、私がそれに出会ったのは運命だと思える。

 

 ある日、大学で知り合った友人がユグドラシルを奨めて来たのが始まりだった。特に趣味のなかった私はそこまでいうならと、早速機材を購入し、ネットワーク世界へとダイブした時の感動は今でも覚えている。

 

 DMMOはまだまだ発展途上でありながら、他のDMMOに比べても、製作陣の熱意が伝わるこれ程作り込まれたものはなかった。

 

 まるで本当に別の世界へと来たような感覚、リアルではなくなった景色に、未知への冒険という夢が、そこにはあった。

 

 ユグドラシルでは人間種とモンスターとしか思えない異形種があり、その中から自分をカスタマイズできるので、いろいろな設定が事細かくできるらしいが、早くやりたかった私は種族は人間のままで自身をモデルにして髪の色や眼元を少し弄っただけで使うことにした。

 

 そうしてできたのは、銀色の長髪を腰まで伸ばし、からだのバランスも出るとこは出て締まっている人間の女に私はなっていた。

 

 名前はレイナ。リアルの名前を少し捩ってつけた名前だ。

 

 それから私は、ユグドラシルを大いに楽しんだ。基本ソロで活動し、この世界に誘ってくれた友人やその場その場で出会ったプレイヤーと遊ぶ毎日。中には悪意を持って近づいて来る者もいたが、機転と自前の運動神経で乗り越えて、中には改心した者もいる。

 

 いろいろな事があった。運営が行うイベントでワールドエネミー討伐やダンジョンを攻略することでそのダンジョンそのものをプレイヤーに与えたり、隠しイベントは当たり前、初見殺しは日常茶飯事だ。何度それで自分や仲間がやられ運営への愚痴で盛り上がっただろうか。

 

 「うぐぐ、あんなところで敵の増援なんて・・・」

 

 「はぁ、運営の頭おかしさは知ってるけど、あれはいくら何でもひどいわ・・・」

 

 「課金アイテム使うしかないか、どのタイミングがいいか・・・もう少し作戦を練ろう」

 

 今にして思えば、作戦会議のはずが、失敗談からの慰め、運営への愚痴の言い合いになったのも、いい思い出だった。

 

 そんな中人間族プレイヤーによる異形種プレイヤーへの執拗ともとれるPKが流行りだした。元々は基本性能が人間種より高い異形種が、序盤で人間種相手に有利なPKを行っていたのが、時間が経つにつれて癖のある異形種よりも、育成のしやすい人間種にプレイヤー人口が偏り、立場が逆転したのが始まりだったと思う。

 

 ここで、異形種は特定の街には入れないという制約があったのだが、運営はもしかしたら、こうなることを見越して、分かりやすくプレイヤーたちを分けたのかもしれない。

 

 そうして割りを食ったのが、始めたばかりの異形種プレイヤーたちであった。ある程度成長した異形種プレイヤーはともかく、それに巻き込まれるとして、誰もパーティーを組んでくれず、1人で地道にレベル上げしていてもすぐに悪質PKの餌食になり、全然進展できない彼ら彼女らはユグドラシルを脱落していく。

 

 強い者が弱い者を見下し、排除する。それはリアルでもある富裕層と貧困層の関係を思い出させ、それを知った私が行動に移すのに、そう時間はかからなかった。

 

 私は人間族も異形種も関係なく組んで楽しんでおり、PKする時も相手との合意の上で行ってはいたが、これには辟易するどころか怒りの感情が高く、仲間が巻き込まれそうになったら当然助け、目の前で合意なきPKが行い、異形種を囲んで楽しむ奴等を正面から武力介入(OHANASI)した。時にはそんな悪質なPK行為を謳うギルドを、いつか助けた異形種たちと一緒に壊滅させ、PKKとして目立った私も、襲われた事もある。

 

 「余りにも悪質ね。私の目の前ではそんなこと許さないわよ!」

 

 「ちっ、偽善者が邪魔すんじゃね!?」

 

 「言っても聞かないような奴には痛い目にあってもらうわ!」

 

 「ああ、本当に来てくれた・・・。まるで女神様だ」

 

 「くっそ!、攻撃が当たりやがらねぇ!白騎士といいこいつといいチートやろうがぁ!」

 

 そうした行動が良かったのか、私はユグドラシルでも珍しいヴァルキリーと呼ばれる上位職を授かることができた。

 

 私の構成は攻撃と防御さらに回復魔法に振り前衛を務めていたがヴァルキリーはそんな構成とかなり相性が良く、普通では届かないはずの領域までいき、いつの間にかトッププレイヤーに名を連ね、何度か行われた公式大会で優勝しワールドチャンピオンに輝いたりもした。

 

 しかし、そんなユグドラシルも11年のうちに廃れる事になった。

 

 長い年月で見劣りしていた他のメーカーが遂に追い付き、今では遠い銀河での戦争や巨大なモンスターをハントする世界が流行り、古株たちもリアルの事情により多くが引退、たくさんの人に愛されながらも、人がいなくなったユグドラシルはあと1年を以て閉じられることが公式にて発表された。

 

 そう発表された後も私はユグドラシルをプレイし続けた。どうせなら最初から最後までやりたかったし愛着もある。今まで手を出さなかったコンテンツを楽しんだり、モンスターの出現率が下がったユグドラシルを、のんびり旅するのもなかなかよかった。

 

 戦闘には関係ない様々なスキルを集めたり、サブクエストを消化したり、何より放置されたギルド拠点やまだ稼働しているギルド拠点を挑むとそこを作ったプレイヤーたちの努力と知恵を絞った内装はどこも個性が出ており、仕掛けられたトラップは工夫が多くて楽しめた。

 

 私自身、リアルの生活もあったので昔よりはログインする時間も減ったが、最近リアルで目の前で殺されそうになった人を助けたり、ある革命家に協力し、ある企業を潰したりと忙しかったが、それも落ち着いたので、名残惜しいという想いでログインしていた。

 

 街では、多くのファンであるプレイヤーたちが、まず手に入らないアイテムを破格のお値段で売りに出していたりして、お祭り騒ぎで、おかげである目的のために必要なアイテムは楽に集めることができたのは嬉しい誤算だ。

 

 そして遂にユグドラシルの最終日が来た。当然ログインしていた私は頭部には羽飾り付の額当てと、その両端には翼がついた兜を白と青の軽鎧の下に白いローブ、片手剣と盾の愛用の装備を身に付け、あるギルド拠点の前にいた。

 

 そこは異形種ギルドとしてこのユグドラシルでは悪名のしれたアインズウールゴウンというギルドは非公式ラスボスとして公式から認められ、一番有名なのはプレイヤー1500VSアインズウールゴウンの壮絶な戦いだ。

 

 当時、私は仕事が忙しくログインできなかったので、戦いを生で見れなかったが、最後は一人の魔法使いが1000人以上を打ち倒し、残りの残党もギルドメンバーによって殲滅されたらしい。

 

 「最初に倒された赤子みたいなNPCあれが決めてね。いったいどんなスキルを・・・」

 

 「あ、レイもその動画を見てるんだ? ねぇ聞いてあのNPCが使ったスキルについてなんだけどね・・・」

 

 あの出来事は運営からの説明もなかったので友人と考察していたのを思い出しながら、そのアインズウールゴウンの拠点ナザリック地下大墳墓の前に私はいた。地下10階のそこには今までのギルド内でもトップクラスのそんな所に!と意識外をうまく突いたトラップが仕掛けられ、出現するモンスターも強力だった。

 

 だいぶダンジョンとしての機能を眠らしているのかカンスト勢では油断しなければ問題にならない程度だが、運が悪く動画で見た階級守護者の一人に見つかり戦闘。今まで多くのNPCの中でも一番強く美しいと思える吸血鬼を一時戦闘不能に追いやり、止めは刺さずに墳墓を進んだ。彼女の強さもその美貌も最後だとしても散らすのは製作者に悪いと思ったのだ。

 

 「強いわね。時間があればもう少し楽しみたかったわ」

 

 そこからは、散発的な遭遇戦のみで階層を進んで行く。一度巧妙に隠されていた転移魔法により、薄暗い場所に転移させられ辺りを埋め尽くすGの大群には一瞬驚かせられたが、変にリアルな見た目とモーションを除いてそんなに強くなかったので、蹴散らしながら進むと割りと呆気なく出口は見つかった。

 

 このナザリックは1つ1つの内装もこだわりが窺えた。元はダンジョンとは思えないものであり、特に興味あるのはブループラネットという旅の中で、出会った異形種が作った今はもう見れない天体観測ができる6階層だった。

 

 ナザリックの6階層を彼が手掛けたプラネタリウムと大自然をMODを導入して完成させたそれを自慢する彼に部外者に教えていいのかと思ったものだ。いつか案内したいといってくれた彼だが、リアルの事情によりそれは叶うことはなかった。

 

 話だけは聞いていたのでそれがある6階層に辿り着いたとき私は感動した。地下だと思えない空間の天井に広がる、リアルでは雲に覆われたその先にあるはずの星空がそこにはあった。

 

 「ええ、私が作った最高の世界ですよ。きっとあなたも気に入ってくれる」

 

 「そう、じゃあ、いつか案内お願いするわね」

 

 「任せてください」

 

 彼が自慢したいのも今では納得できる。

 

 しばらく、そこで星空を目に焼き付けていればそろそろユグドラシルの最後が迫っていると運営からの知らせが届く。

 

 私はユグドラシルが終了すれば、この素晴らしい夜空も失くなるのかと思い、惜しみつつも再び、ナザリック地下大墳墓の最深部を目指して駆け抜けた。

 

 




投稿中も書き直したりしてるので矛盾したり、つじつまが合わないことが多くなります。


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1.戦乙女と魔王

 

 

 ユグドラシル

 

 

 そこは今世界の終わりが近づいていた。人間と異形が住むその大地では数多くの生命が生まれ、そして時には戦いが起きては死んでいく。そうして何百何千と続いたが今日をもって世界の寿命がなくなろうとしている。

 

 そこに住まう人たちは、各々自由に過ごしていた。仲間と集まりはしゃぐもの、世界の終わりに涙を流し仲間と抱きつく者滅多に手に入らないアイテムを湯水の如く使う者もいれば。

 

 

 全力で戦う者もいた。

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓~玉座の間~

 

 そこでは熾烈(しれつ)な闘いが起こっていた。

 

 3つの影がそこにあり、白い影が紫の影と切り結びながら距離をとると、その後方にいる黒い影が放つ火の玉、いや雨といってもいい攻撃に正面から突っ込んでいく、慌てて紫が白を追うが、魔法の1つが命中、白は弾かれるようにぶっ飛ばされる。その速さは追撃していた紫の距離を一瞬でゼロにし・・・

 

 はぁぁぁぁっ!

 

 そのまま振り返えるように一閃!魔法を受けて吹っ飛ばされるのを利用しての急加速。追いかけてきていた紫を、白の会心の一撃がとらえる。

 

 紫は先の一撃で粒子になり消えていく。その正体は粘液状の所謂スライムという姿であることが、窺えた。そして、

 

 「ふふ、最後にこんな闘いができて・・・私は・・・モモ・・・ガ・・・さ」

 

 いろんな感情が込められた呟きを残して彼は、切られたところから粒子となり消えていく。残されたのは白と黒。その2つの姿がハッキリと見えた。

 

 白は、よく見れば青が散りばめられたドレスのような鎧に身を包んだ戦乙女。

 

 黒は、全身は黒で統一されているが、装飾品がとにかく派手なロープを羽織る禍々しい髑髏の姿は魔王と呼べた。

 

 どちらも傷を負っているが戦乙女の方が多い。しかし、関係ないと彼女は眼前の魔王に、手に持った剣の矛先を向ける。

 

 「最後はお前だ。ナザリックの魔王よ」

 

 「・・・・・なぜお前は闘う。もうこの世界《ユグドラシル》は滅ぶ」

 

 ナザリックの魔王が重々しく口を開く。そこには哀愁が漂い彼が今どんな気持ちでいるかわかる。戦乙女も思うことがあるのか追撃はせずに黙って続きを促した。魔王はそれに感謝しながら心情を語る。

 

 「我がナザリックの至高の40人も私を残しこの世界を去った。今私を倒した所でもう意味はない・・・」

 

 「そうね・・・」

 

 魔王の言葉が終わると戦乙女が言った。

 

 「アインズ・ウール・ゴウン、ナザリック地下大墳墓を拠点ととする異業種の集まり。たくさんの人間を倒した。とくに1500人による戦争はたった41人により壊滅させられたのはこの世界において有名ね。尊敬と畏怖として名を広げ、異業種からは希望を私たち人間には絶望を与え、その惨劇は伝説になったわ」

 

 戦乙女はそこで強く魔王を見つめる。

 

 「だからこそ!魔王モモンガに私は挑む!。人間の誇りを取り戻す!」

 

 「そうかお前も・・・」

 

 終わるとしてもこの世界(ユグドラシル)が好きだから

 

 「「いくぞ!!」」

 

 そこからは魔法と剣技の応酬、魔王が放つ魔法を自身に届く前に切り払いあるいは最小限の動きで避け、懐に入った戦乙女から浅くない攻撃を受ける魔王。そのまま連撃されると殺られると判断すればダメージ覚悟の自身も巻き込む魔法で吹き飛ばし、さらに転移魔法で距離をとれば最大威力に強化した魔法を放った。

 

 「魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティスラッシュ)!!」

 

 「っワールドブレイク!!」

 

 大分距離を稼いだというのに即座に距離を詰められながらも放った最高威力の魔法は、向こうが迎撃に放った戦士系最強技の剣技によって相殺されてしまう。

 

 技の余波がはれた後、2人は間合いをとって対峙する。

 

 「そろそろ、ユグドラシルの最後ね・・・」

 

 「ああ、そうだな。世界が崩壊するのに我々はまだ戦う愚かしいことだ」

 

 「ふふ、そこは同意するわ。だけど貴方たちナザリックの戦いは最後にして最高の戦いだった。例えこの身滅びようと魂に残るだろう!。ああ、本当に・・・」

 

 「私もだ。例えこのあと地獄に落ちようとこの世界のことを俺は絶対に忘れない!ええ、本当に・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 「「楽しかった」」

 

 静かな玉座の間で最後は本音で魔王と戦乙女が笑い合う。それはどこか神聖でどこまでも場違いでありながら、神話の一枚の絵のように美しかった。

 

 世界の終わりに、全身全霊を尽くす。

 

 戦乙女がその背に光の翼をはやし高く飛ぶ、剣を掲げそこに聖なる力の奔流から生まれた翼から光が集い巨大な槍へと変化した。

 

 "汝、久遠の絆断たんと欲すれば、言の葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう"

 

 魔王が詠晶を唱えると立っている少し前に、禍々しい魔方陣が広がり、膨大な魔力が形を成し、彼女が顕現させた聖なる槍と対を張るような黒く禍々しい巨槍が、魔方陣の中央に現れ、魔方陣を発射台に解き放たれるのを今か今かと震えて待つ。

 

 両者が放つ最大の威力を誇るゆえに起こる波動に、大地が揺れ天が悲鳴あげるなかそれは同時に放たれた。

 

 「ニーベルン・ヴァレスティ❗」

 

 「ファイナルチェリオ❗」

 

 聖なる巨槍が振り下ろされ、黒い巨槍が打ち出され衝突すると玉座の間を破壊が蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 彼女がそれに気づいたのは意識がハッキリとした直後だった。

 

 いきなりこのナザリック地下大墳墓を大きく揺らす揺れが発生した。しかもそれが起きたのは自分が普段は守っているはずの玉座の間からだと知り、彼女アルベドは焦燥感の元そこへと向かって走った。

 

 なぜ自分は持ち場から離れたのだろうという苛立ちと、ほんの数分前にそう自分に指示した最愛の人物への心配でその顔は大きく歪んでいた。

 

 そして玉座の間の扉前まで来るとその現状に顔を青くする。その玉座に続く大きな面構えを誇った扉は無惨にも破壊され、見えるはずの荘厳な玉座は瓦礫で埋まり、通れなくなっていた。

 

 そこではこのナザリック守るメイドたちプレアデスたちが必死に瓦礫を撤去している姿があった。

 

 「あなたたち何があったの!?」

 

 「あ、アルベド様!」

 

 アルベドは見覚えのある黒髪を夜会巻きにしたメガネの女性ユリ・アルファを見つけ声をかけた。

 

 「ぼ、私たちが玉座の間を護っていましたが・・・突然とんでもない力が玉座から・・・」

 

 「なんですって!?セバスはどうしたの!?」

 

 「そ、それは・・・」

 

 姿が見えないプレアデスの指揮をとる竜人の執事長の姿がないことをアルベドがたずねるとユリがいいずらそうにある方向を見る。

 

 ユリの視線の先を見たアルベドは目を見開く。そこには壁に寄りかかり、小さくない傷を負ったセバスが緋色髪の眼帯を着けたシズ・デルタと蟲人間であり、他とは一風違う衣装を着たエントマ・ヴァシリッサ・ゼータに介抱されるセバス・チャンの姿があった。

 

 ユリにどうしてこうなったのか詳しく聞けば、玉座の間への扉が突然大きな力によって破壊され、それが玉座の間を護るプレアデスに襲いかかり、それを庇ったセバスが大怪我を負ったというのだ。

 

 「ぎょ、玉座の間を・・・護る私が彼女たちを護ることしかできず・・・面目ございま・・・せん」

 

 「セバス様動いては・・・」

 

 「ここはぁわたしたちにぃ任せてぇ」

 

 動こうとするセバスにシズとエントマが制止する。

 

 信じられなかった。アルベドはここ玉座の間を護るプレアデスを信じていた。特にその実力から自分たち階級守護者に並ぶとされるセバスが瀕死の傷を受けたという事実に驚いていた。

 

 さらにユリの報告にアルベドは追い詰められる。

 

 「そ、それにさっきまでヘロヘロ様も玉座の間に・・・あと」

 

 「な、なに?あと、なんだというの?」

 

 「その・・・」

 

 なにやらいい淀み目を泳がすユリにアルベドは苛立ち詰め寄る

 

 「ユリ!はっきりしなさい!?」

 

 「み、見知らぬ、人間の女が御方と一緒に玉座の間に・・・」

 

 「なぁ・・・っ!?」

 

 最愛のモモンガ様だけでなくヘロヘロ様が戻ってきたと言われる以上にアルベドは驚愕し、怒りそして、不信が胸中に溢れる。

 

 「・・・あなたたちはそれをみていたのに止めなかったと?」

 

 「っ!?」

 

 隠そうともせず殺気を放つアルベドにプレアデスの面々の動きが固まる。そこへ待ったをかけたのは彼女ら配下に持つセバスだった。

 

 「お待ちください!アルベド様・・・。我々も当然その人間に対して迎撃しようとしました・・・。しかし、誰であろう至高の御方たちによって止められたのです」

 

 「そんなっ!?」

 

 バカなといいかけてアルベドは数分前に自分を遠方から玉座の間から出るように指示したモモンガの姿が過る。あの時、至急玉座の間を空けるように言っていた御方の声はなにやら焦っていたように聞こえた。疑問に思いながらも逆らうことは出来ず持ち場を離れたのだ。

 

 もしその話が本当ならこの玉座の間に彼らがいてこの崩落に巻き込まれている可能性がある。そして、その原因は恐らく・・。アルベドはプレアデスたちと一緒に瓦礫をどかすために手を貸す。

 

 やっと人一人通れるようになった時はアルベドはいってもたってもおれずに服の一部が破けようとも気にせず玉座へと入り目にしたのは、最愛のモモンガ様に押し倒された白い鎧を着た人間の女の姿で・・・アルベドは目の前が真っ赤になり装備した斧をその女に振り下ろしていた。

 

 

 

 

 最後ぐらい派手に決めようと目立つ必殺技を、互いに出したのだが、放つ瞬間、不思議な感覚が生まれる。自分の内からエネルギーが吸われる感覚だろうか?そのエネルギーは自分が放とうとしている槍に集中して集まっていた。

 

 なんかヤバイと止めようとするも、すでに遅く。極限まで集まったそれを放つしかなかった。それは向こうも一緒で・・・。互いに放ったのも同時。聖なる槍と闇なる槍は正面から衝突、拮抗もつかの間、大爆発した相反する力の奔流に巻き込まれ、意識が飛びかけたがそれ以上の痛みによって意識失うことはなかった。

 

 このDMMO-RPGには当然、命に関わる程の痛みなど受けるはずがないのだ。しかもそれだけではない。上空から落ちた時の痛み(吹っ飛ばされた時程ではないが)続いて感じる匂いや口に広がる砂利の味などあり得ない現象に理解が追いつかない。

 

 「どうなって・・・え?」

 

 言葉を漏らすが自分の口元が動く感覚に驚愕にする。確かにユグドラシルは一世を風靡(ふうび)したがここまでリアルには体感はなかったはずだ。よくみれば目にかかるプラチナ色の前髪も一本一本鮮明である。

 

 「まさか大型アップデート?公式発表前にバグでダイブした? 「あいたた、おっかしいな何でこんなに身体が痛いんだ?」・・・」

 

 疑問を口に出していると、目の前からついさっき聞いた威厳あるものではない平凡な男の声が聴こえた。目を向けると自分と同じで仰向けから上半身だけを起こして、周囲を窺う骸骨の姿があった。

 

 そしてやっぱりというか目が合う。

 

 「「あ、どうも」」

 

 お互い声が重なった。

 

 

 

 這う這う(ほうほう)(てい)でこの部屋の中心?に集まった私レイナとモモンガはこの現状について話し合っていた。

 

 「さっきからGMコールを試してるんですがコンソール自体が出ないんですよ。」

 

 「だったらログアウトは・・・いや、ダメね。こっちも反応がないわ」

 

 冷静になってきたので2人していろいろしてみるが全く反応がないことにため息が洩れる。そして気づく自分達のボロボロの姿にさっきから痛みもひかない上に徐々にだが力が抜けていっている気がする。

 

 まさか瀕死で死にかけるのはこんな気分だろうか?とにかく再びヤバいという気がするので、なにかないかと思いインベントリを開こうとして自分の手が黒い渦のなかに沈み自然と頭の中に何があるかが浮かんできた。

 

 「うわ、それどうなってるんですか?」

 

 「いや、アイテムを取ろうと思ったら勝手にね・・・」

 

 へーすごいですねとモモンガも同じように手を伸ばして別の渦に手を突っ込んだり離したりしている。私は頭の中にあるアイテム一覧からあるアイテムを2つほど取り出し、1つを彼へと渡す。

 

 「あれ、これって・・・」

 

 「神精樹の雫ね」

 

 ってすごいレア物じゃないですか!?と驚くモモンガに私はこのアイテムについて考えていた。これは確か世界に1つしかない神精樹の雫をなん千年かけて集めたもので、人間と異形とくにアンデットは回復するとき専用のアイテムがあり、ポーションなどでは逆にダメージ受けたりとすることがある。しかし、これは確かどんな種族にも効果があり、説明には生者も死者も求めてやまない物で更なる領域へ伸ばし死者は生前の記憶を思い出し祝福されるだったか・・・。レア度はなんと神話級以上のいわれるただ一つの消費アイテムだ。

 

 当然その効果もチートと呼ばれる品物である。HPは当然自然回復以外は無理なMPも回復状態異常完全回復暫くデバフ無効ロストした以外の装備の耐久完全回復なこれはここナザリックを攻略するために他のプレイヤーから買えるだけ買ったアイテムである。

 

 一緒に飲もうとモモンガにいって渋る彼になぜと聞けばアイテムコレクターの性だという理由に呆れながら後でもう1つあげると言い聞かせ押し付ける。

 

 互いに向かい合い雫が入っているビンを乾杯とカチンと合わせ一気に飲んだ。すると今まで飲んだこともない澄んだ味に感動し、同時に身体中が虹色の光に包まれると痛みが消え、ロストした装備までも元に戻ってしまった。

 

 (効果がさらに高くなってる?)

 

 ユグドラシルでの効果よりさらにパワーアップしている事実に驚くも飲んだ瞬間に、感じた味覚への衝撃に、そんな場合ではないというのに思わず。

 

 「「うまい!」」

 

 彼にも衝撃的だったのだろう。2人して叫んでしまうと同時に立ち上がってしまった。

 

 ボロボロの元玉座の間で二人して立ち上がろうとすればどうなるだろうか?それだけでなく足元は瓦礫やひび割れで不安定。それが悪かったのだろう。目の前の彼の巨躯が足元の瓦礫に足をとられ、バランスを崩しグラッと揺れると、私の方へ倒れてくるのは必然で、咄嗟に支えようとした私の足元も悪く、崩壊した床の穴に足を滑らし、なすすべもなく押し倒されてしまう。

 

 背中を強打したはずだが、思ったほど痛みはなく、それよりも気になることがあった。今の私は彼と床の間に挟まれているのだが・・・重いとかよりも、どうしてそうなるという思いの方が強かった。

 

 「あっ」

 

 彼も気づいた。彼は小さく声を出すがこの事態に身体が膠着してしまう。そう彼の骨だけの手が私の胸を鷲掴みしているのだ。鎧は着ているというのに鎧の隙間彼の細い骨の手。それも両方・・・がだ。予想外な事態に私もどうすればいいかわからず、動けないでいた。

 

 ハラスメント行為とか警報がならないなとか骨なのに冷たくなく逆になんか暖かいなとか色々考えが浮かんでは消えていく。そんな中、彼も急いで手を離そうとしたのだろうが、胸と鎧の間に入り込んだ手は抜けず、その際に彼の指が動く。動いてしまう。

 

 そうなればどうなるかなどは明白で・・・。

 

 むにゅむにゅ

 

 っ・・・!

 

 動いた彼の指を敏感に感じ取ってしまう。声が漏れそうになるのは堪えることはできたが、きっと私の顔はトマトのように真っ赤になっていることだろう。

 

 そんな私の反応に再び彼が膠着してしまう。・・・・・嫌に時間が遅く感じる。そしてそんな気まずい空間は、彼が口を開きかけたところで。

 

 「この人間風情がぁぁ!!」

 

 第三者の乱入で終わりを迎えた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 



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2.戦乙女と最初の村

 

 

 DMMORPGユグドラシル最後の日。

 

 俺はいつもより遅れて、ログインしていた。そうなったのもリアルでの仕事で残業していたからだ。なぜユグドラシルの最終日にと怒りがあったが、周りの同僚に引かれるほど鬼気迫る表情で残業を終えて来てみれば、円卓の部屋でヘロヘロさんがかなり慌てた様子であった。

 

 どうしたのかときくとブラック企業で働くヘロヘロさんが急に会社に査察が入り、そのまま帰宅。今日がユグドラシル最後の日を思いだしログインしてみれば、ここナザリック地下大墳墓に侵入しているものがいた。すでに6階層にいた侵入者は時間が差し迫ったためかすぐに動き出した。

 

 それには俺も大慌て、とにかく装備を確認し自分は問題なかったが、ここでヘロヘロさんの装備を霊峰へ預けていることに気付きさらにテンパる。急ぎ取りに行こうとすれば、もう時間もないので性能は落ちるが今着ている装備で迎え撃つとヘロヘロさんが覚悟を決めたので、俺も腹をくくった。

 

 俺たち2人は久しぶりにパーティーを組むと侵入者を迎え撃つため上の階層を目指した。

 

 

 

 「ナザリックの魔王とその仲間か・・・」

 

 ナザリックの最後の防波堤である第8階層の前で彼女に出会った。白い鎧の中心で蒼く輝くワールドアイテム'女神の涙'に身を包みプラチナの髪を三編みにまとめた彼女の姿に私は思わず高揚を覚えていた。彼女の姿に俺は覚えがあり、ヘロヘロさんも驚いているのか開口している吹き出しが出ている。

 

 ユグドラシルにおいて彼女の伝説は有名だ。特定のギルドに所属せず主にソロで活動し、たっち・みーさんと同じワールドチャンピオンの称号持ち、ユグドラシルで唯一の職業ヴァルキリーを与えられた存在。

 

 その時の活躍は伝説と語られ、ワールドエネミーを参加したどのパーティーでも討伐し、ソロでも3体程討伐に成功した凄腕プレイヤー。なにかアイテムを使ったのだろうが、長年来ることのなかった攻略者、さらには有名人で強者であることも含め、最後にここナザリックに来てくれたことに高揚が止まらない。

 

 そんな彼女をここ第8階層ではなくもっと相応しい所で戦いたくなり、ヘロヘロさんと魔法メッセージで相談し、彼も頷いてくれた。

 

 場所を変えようといえば彼女も頷いてくれる。話が分かる人だなと思いながら目的地へ向かう途中、プレアデスたちやセバスが彼女に反応し戦闘体制に入ったが、俺が止めたのでさらに時間が削られることはなかったが、ちゃんと彼らがシステム通りに動いたことに嬉しく思う。

 

 玉座の間を護るものとして最後の日までその役割をやらせることが出来なかったのが悔やまれるが、ヘロヘロさんに肩を叩かれ、彼女からも戦いたかったものだと言われ悪い気はしなかった。

 

 そして過去1500人に攻めこられた時も使わなかった玉座の間で私たちは対峙した。最終決戦らしくいこうとヘロヘロさんと相談もした上で(ここに来る前に玉座の間にいたNPCであるアルベドが戦闘に巻き込まれないよう別の所に移動指示を出して)だ。

 

 対戦は消費アイテムと回復魔法使用禁止のルールで

 

 数はこちらが2人と優位だがユグドラシルでは絶対ではない。彼女は唯一のヴァルキリー職でロールプレイしており、私も魔王ロールプレイで返す。後ろでヘロヘロさんが笑っているのは恥ずかしかったが、それよりも楽しいという思いが強くすぐに気にならなくなった。そう思えた事に、ナザリックへ来てくれた彼女に改めて感謝した。

 

 「魔王よ。これが最後だ」

 

 「やってみろ。出来るものならな」

 

 まさにラスボス前のらしい台詞を応酬し、1対2のバトルが始まった。ヘロヘロさんが前衛当然私は後衛で、そして始まったのは全く油断できないほどここユグドラシルで今まで戦ったどれよりも激しいと思うものだった。

 

 彼女はその強みである回復魔法を縛りにしているのに、ヘロヘロさんのブランクもあるだろうが、疲れのためか彼女の攻撃に防御が精一杯でこちらの魔法攻撃も対魔法装備の剣によって切り払ったりなどたっち・みーさんを彷彿とさせるプレイヤースキルを魅せる彼女はとても輝いていた。

 

 「グラブス・ハート!今です!ヘロヘロさん!」

 

 「ナイスです。モモンガさん!」

 

 「ぐぅ!?やはり厄介な技ね!でも!」

 

 「ぬぅ!?もう、動けるとは化け物か!」

 

 「それはこっちのセリフ・・・よっ!」

 

 使用した相手を確率で即死させ、そうならずとも一時的に朦朧状態にできる魔法も彼女の言うように一度だけ即死攻撃を無効し、それに伴う状態異常は防げず一瞬動きが止まり、そこにヘロヘロさんの攻撃が通るが、直ぐに彼女は動きだしヘロヘロさんの次の攻撃を受け流しカウンターを決め彼を追撃する。

 

 「その装備いただきますよ!」

 

 「それを待っていたわ!」

 

 「何を!?」

 

 「この近距離なら避けれないでしょ!?」

 

 再度激突した瞬間ヘロヘロさんがその種族特性である相手の装備を溶かすその身体で包むと彼女がふっと笑う。そも瞬間神級装備が弾けとびヘロヘロさんに大ダメージを与え拘束も解くだけでなく他の敵プレイヤーの行動もキャンセルされる。あれは装備のレア度で威力が変わる自爆技!本人にはダメージはないがその装備は完全にロストしてしまう糞運営ならではの死にスキル、まさかここで使うとは、いや今だからこそか・・・

 

 「まさか耐えるなんてね!どんな装備しているのよ!」

 

 「咄嗟に防御して、モモンガさんの補助魔法がなければやられていましたよ」

 

 「誰も自爆は使わないからほぼ死んでた対自爆防御魔法でダメージ全損は防げましたよ」

 

 「何千とある魔法から瞬時に使用できるなんてどこが中の上よ。この詐欺師!?」

 

 「さ!?、ひどい!」

 

 「モモンガさんは無自覚ですからね~」

 

 何気に酷いことを仲間からも言われる。そんな掛け合いにも懐かしさを覚えながらも攻防は終わらない。本来ならば、負ければレベルダウンの他にも、ペナルティが存在するために、ピリピリした空気になるのだが、最後ということもあり、自分達の間に交わされる掛け合いは、純粋な楽しさから来るものがあった。

 

 そしてついに防戦一方だったヘロヘロさんが勘を取り戻してきた中、彼女が勝負を挑んできた。ヘロヘロさんに背を向け私を狙ってきたのだ。勝負を焦ったかと思ったが私が放った魔法をあえて受けると、その時のノックバックを利用して背後から追いかけてきていたヘロヘロさんが反応した攻撃を身を滑らすように避けて胴を切り払う。本来スライムであるヘロヘロさんには斬撃属性は効きにくいが、いつの間にか持ち換えていた対スライム用の太刀がヘロヘロさんの残ったHPを全て溶かす。

 

 最後にここまで戦えたことに満足したヘロヘロさんは別れの言葉を話してログアウトしていった。もし決着がついたらそれをメールでおくろうと誓う。

 

 ユグドラシルのサービス終了まで残り時間は少ない。俺たち2人は互いに持てる全ての力を放った。その瞬間今まで感じたことのない衝撃を受け、吹っ飛ばされたところで意識を失った。

 

 

 

 ・・・・・。

 

 

 

 次に目を覚ましたのは自分のリアルの部屋ではなく見覚えのあるボロボロのナザリックの玉座の間で身体にはしる痛みによってだった。

 

 同じく起きて周囲を窺っていた彼女、レイナ・・・さんと一緒に色々話し合う。(正直、面と向かってこんな綺麗な女性と話したことなくて緊張した)最初はユグドラシル2など大型のアップデートでのベータテストかと思ったがあまりにリアルと同じ感覚にいつしかここは現実になったのではないだろうかと思った。

 

 それを口にすればレイナさんもそう思ったらしく。そう仮定して話を進めようとする前に、とにかく今ボロボロな状態はどうにかしようと彼女が取り出したのは神精樹の雫だった。消費アイテム最高レアで神話級装備よりも貴重といわれるそれに最初は断ったがとにかくすぐに回復しようといわれ押し付けられた。

 

 そうして飲んだそれはリアルでも絶対のめない美味しいものだった。二人して声を揃え叫ぶほどに、自分がアンデットであることも忘れそれを飲み干し沸き上がる力に足場が悪いことを考えず飛び起きてバランス崩すほどに・・・

 

 レイナさんの距離がめっちゃ近い。しかも俺の両手が狙っていたように鎧とドレスの隙間に入り込んで彼女の小さくもなく大きすぎない双丘を言い訳も出来ないほどに、がっちりと掴んでいた。さ、さらに狙った訳でもないのに指が動いて揉んでしまう形に・・・!直に伝わる体験したことのない柔らかさに一瞬思考が吹っ飛び、そして少し視線をあげれば、顔を紅潮させ目を潤ませる彼女に、今はないはずの心臓が跳ねた。

 

 

 

 

 「この人間風情がぁぁ❗」

 

 その言葉ととんでもない殺気に私はモモンガ・・・さんを突き飛ばし(ついでに胸を揉んでいた手も取れてホッとした)ほとんど反射で剣ではなく対物理盾を展開してスキル<かばう>も発動させそれを受け止めた。

 

 ゴギャン❗

 

 と金属同士とは思えない音と衝撃に大理石の地面が私を中心にひび割れる。

 

 瞬間スキル<カウンター>を発動。私は盾をはねあげ、押し返されたのが信じれないのか驚愕を顔に浮かべる目の前のサキュバスの無防備な腹に、はねあげた力をそにまま足に伝え蹴りつける。いきよいよくカウンターの効果でノックバックする彼女の目と合うと私はダンジョンで脱出するためのアイテムを使いその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ・・・」

 

 外に脱出できた私は後ろにあるナザリック地下大墳墓から全力で走った。リアルにはないはずの草原をただひたすら走るその早さは人間では到底だせるものではないがそんなこと考えることなくだいぶ離れてから私は立ち止まり地面に寝転がる。

 

 少しだけ乱れた呼吸を整えてから目を開けるとそこにはリアルではもう見れなかった本物の青空が広がっていた。

 

 「凄く綺麗ね・・・」

 

 感動したのは景色だけでなく、優しく吹き抜ける風は心地よく乱れた息を整えるために吸う空気は美味しかった。上体起こし周囲を見回す。あのスモッグや大気汚染されたものとは比べるべきもない。そこには美しい世界が溢れていた。

 

 あ、服・・・と思っても先程の戦闘でボロボロだった装備は神精樹の雫のおかげで神級装備も含めて健在だ。がしかし、もし本当にここが異世界なら今の装備は目立つ、どこに人の目があるかわからないので、今のうちにおとなしい装備に変えよう。

 

 近くの茂みのなかに入りインベントリから別の服を取り出し着替える。目立つ鎧から落ち着いた動き安い布製の装備はユグドラシルで旅するときによく着ていたものだ。防御力は伝説級より低いがどんな環境でも適応できるというスキルを持ちその見た目とその性能から旅人ロールするにはもってこいな代物であり色だけは上は紺で下のスカートは白で他の人とは違いを出して、腰まである髪は先端で結び動きやすくしてある。

 

 「行こう。・・・とその前に"導の妖精よ我に道を"」

 

 両手を前にかざし、そう唱えるとそこから光る玉に羽が映えた存在が生まれる。これは広大なユグドラシルのマップを旅する上で迷子なった時や新しい町など行くときに使う呪文で今自分から一番近い町やその次に近い所へ道を案内してくれる。もしやと思い使ってみればこの見知らぬ大地では大変重宝しそうだ。

 

 フヨフヨと目の前を飛んでいく妖精のあとを追って歩き出した。

 

 

 

 道中は比較的平和でのどかな平原を見て楽しんでいたが道すがらの森に近づくとゴブリンの大群と遭遇した。奴等はレイナを見て獲物と定め襲撃してきた。

 

 「うん、こんなものね」

 

 レイナを数に物をいわせ取り囲んだまではよかった・・・。

 

 振り抜いて剣についた血を払ったレイナの周りにはゴブリンたちの惨殺死体が広がっていた。

 

 いきなり遭遇したのには驚いたが特に恐怖は感じなかった。命を奪うことに躊躇いがないわけではないが奴等の下卑た笑みを見てそんな気も失せてしまった。あとあまりに遅いので一体ずつ背後をとり技を試し切りをさせてもらった。どうやら問題なく使えるらしい。

 

 死体は匂いがひどいので一纏めにして火の呪文で燃やす専門の魔術師よりは弱いが充分だったのか死体はすぐに燃えて灰になった。

 

 自分の懐のなかに(結構あたたかい)隠れていた導きの妖精による探索を再開し、しばらく歩くと町いやあれは村だろうか森を背に木や土でできたのどかな農村が見えてきた。丁度この村の娘だろうか?こちらに背を向けている姿もあった。辺りはすでに日が傾いており、すぐに暮れてくるだろう。

 

 レイナは騒ぎになるかもしれないと、導きの妖精を優しく撫でて、御礼をいえば、彼?彼女?は嬉しそうに周囲を飛んだ後、空の彼方へ昇るように消えていった。ユグドラシルではただ消えるだけだったそれにしても、感心と、ここが仮想世界との違いを見せられた気分であった。

 

 なんかもうこれで会うことはないのではという心配もあったが、後日同じ呪文を試せば杞憂であったことを後日知ることになる。とりあえず目下の目的である、人のいる村に着いたのだ。

 

 第1村人の彼女に声をかけて、宿がないか聞いてみないと何の情報もないところで野宿をする羽目になるかもしれない。

 

 出来ればそんな危険を犯したくないレイナは、今の姿に怪しいところがないか確認して、何度か脳内でシミュレーションを行い、深呼吸してから声をかけるのだった。

 

 

 ☆

 

 

 彼女はその日は忘れないだろう。

 

 エンリ・エモットは日が傾いたとき彼女は今日の農作業のノルマを終えて母親と夕食の手伝いをするため帰路についてたところ、「もし・・・」っと後ろから声をかけたれたその声には聞き覚えがなく声色からして女性であるのはわかった。

 

 「はい、なんで・・・しょうか」

 

 振り向くとそこには自分が今までみたどんな女性よりも美しい人が立っており、返事が尻すぼんでしまう。日に照らされるプラチナの髪に綺麗な白亜の肌。吸い込まれる碧眼、着ているものはよくみる冒険者が着ている物に似ているが、彼女に合うよう青と白で上下に別れており、かなり上物であることが窺えた。

 

 「え、あ、どうしました?」

 

 「君はここの村出身?私は旅人でね。今日はこの村で一晩過ごしたいのだけど、宿があるなら案内してほしいのよ」

 

 ちょっと挙動不審に言葉を返してしまったけど、彼女は特に気にした素振りもなく、聞けば案内を頼みたいというものだった。こんな綺麗な人が旅人。てっきりどこかの貴族のご令嬢だと思った。

 

 「宿ですか?生憎この村にはそのようなものは・・・」

 

 「そうなの・・・」

 

 野宿するしかないかと悲しげに呟く彼女に私は

 

 「あの!良かったら家に泊まりませんか?」

 

 そう声をかける。

 

 「いいの?そうしてくれると助かるけど・・・」

 

 「大丈夫です!私の知り合いで薬師の友達がよく森の薬草を取りに来た時に泊まる部屋がありましてそこなら・・・」

 

 遠慮するその人に私は何故か強く勧めて声も大きくなる。

 

 「そうなの、助かるわ。ありがとう」

 

 「いえいえ、では行きましょう!」

 

 彼女を誘えたことに気分が高揚する自分がいる。そして、村の中を歩くと当然他の村の仲間と会うので、私の一歩後ろを歩く彼女の美しさに老若男女問わず、足を止めてしまう。特に若い男衆はまじまじと彼女を見詰める。あまりの露骨さにため息が洩れそうになる。

 

 私の家がみえるとそこを指差して教える。いい家ねと言ってくれた彼女の言葉に笑顔が浮かぶ、そして彼女は少し足を早め私に並んだ。

 

 「まだ名前を教えてなかったわね。私は・・・レイナ・ヴァルキュリア。一晩お世話になるわ」

 

 「エンリ・エモットと言います。」

 

 「いい名前ね。エモットさんと呼んだ方がいい?」

 

 「そんな。エンリでいいですよ。レイナさん」

 

 「わかったわ。エンリ」

 

 自己紹介した私たちは家のなかに入り両親と妹のネムを紹介する。その時父がレイナさんに見惚れ、母と一悶着あっただけでなくレイナさんを見た人が村中に広め一目見ようとたくさんの若者がきたのはすごく恥ずかしかった。

 

 

 

 「ふう、随分と元気のよい者たちだわ」

 

 さっきから押し寄せてきた男たちがいなくなり、レイナは精神的に疲れたのかため息を洩らす。

 

 「すいません・・・旅で疲れているのに・・・」

 

 「いや、エンリが謝ることじゃないでしょ?それにしても旅人は珍しいの?あんなに歓迎されるとは思わなかったわ」

 

 「そ、それはいつもじゃないですよ。レ、レイナさんが凄い美人ですから」

 

 謝るエンリに気にしてないといっても苦笑と共にこんなに歓迎されることに戸惑いを口にすると小さくその理由を聞く。

 

 「嬉しいこといってくれるわね。エンリも美人だと思うけど」

 

 「わ、わたしなんてそんな・・・」

 

 否定するエンリにレイナはそうなのかと首を傾ける。実際は彼女の友人の薬師が誠意しているので、みんなから見守られているのだ。勿論玉砕すれば村の中から何人かが立候補するだろう。

 

 「所でエンリはここら辺のとこについて詳しいかしら?」

 

 「ここでは村長が一番詳しいと思います。私の友人がここから近い街に住んでいるのである程度の話しは聞いてますので少しくらいは」

 

 「そう、今日は遅いし挨拶も兼ねて明日村長には話を聞きにいきましょうか。でもその前に良ければ色々聞きたいんだけどいい?」

 

 いいですよと承諾してくれるエンリに、じゃあといっていくつかの質問を上げていく。

 

 この世界に魔法はあるのか、ここで使われている文字について、使用される金銭についてなどこれから必要になる常識を聞いていく。

 

 魔法に対してはイエス、私生活から荒事向きなものまであり、先に話した友人や彼女の母親も覚えているようだ。エンリも使えるのかと聞いてみれば今教えてもらっている最中でまだ上手くはできないらしい。あとは生まれながらの異能タレントというのも興味を覚える。

 

 文字についてはエンリが知っているらしくいくつかの言葉を見させて貰う(書いて貰うために普通の用紙を出すがひどく驚かれたこんな上質なものは、そうそうないとのこと)正直何を書いてるのか言ってくれないとわからなかったのでこうして彼女と会話出来てるのが不思議に思える。

 

 金銭については銅貨、銀貨、金貨さらには白銀貨とあり、生憎銅貨くらいしか持っていないらしくそれを見せて貰う。ユグドラシル通貨に似ているが細部はやはり違うようだ。確か換金アイテムもあったので、それを見せて換金できないか聞いてみると素人のエンリから見ても銅貨で換金できる品物ではないらしい・・・一番換金率が低いアイテムなのだが・・・

 

 そこまで聞いて私は頭を悩ませる。ここではリアルやユグドラシルでの常識が通用しない。もし私がユグドラシル初心者ならまだ受け入れられただろうが、もうレベルカンストさらにいくつも冒険して手に入れた経験やアイテムなどから価値観がとんでもないことになっているのに気づく。

 

 まさかと思いアイテムからマイナーポーションを恐る恐るエンリに見せてみれば、こんな赤いポーションは見たことないといわれポーション自体はあるらしいがこの世界のは青くしかも経年劣化するようだ。

 

 「そ、そう・・・なの、ふぅ、ありがとうエンリためになったわ」

 

 「いえ、こちらも色々話せて楽しかったです!」

 

 なるべく動揺が顔にでないようにしてみるが声は震える。

 

 エンリはそのことに気付いていると思うがあえてスルーしてくれたのだろう。ほんと性格も器量もいい子だなと思う。

 

 「なにか困ったことがあったら言ってね。力になるから」

 

 とにかく、教えてくれたエンリに私はそういい。すっかり遅くなった時間で寝泊まりするのだった。

 



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3.戦乙女と支配者と少年と

 ナザリック地下大墳墓モモンガ自室

 

 玉座の間がレイナとの戦いで使えず、スキルや魔法を試すため第6階層へ赴き守護者全員を集め忠誠の議と彼らが自分をどう思っているか確認した後、モモンガは自室のベッドへとその身を沈めていた。

 

 「あいつらマジ・・・か」

 

 誰もいないことをいいことにモモンガは疲れたように呟く。

 

 レイナがナザリックから消えてから大変だった。すぐに追撃しようとするアルベドをそれどころではないと止めて、回復魔法で全回復した執事長であるセバス・チャンにプレアデスから隠密に長けるソリュシャンとともにナザリックの周辺を探索を任せる。

 

今にもレイナを襲撃しようとするアルベドにはナザリック内の情報を集めるように指示したりとその全てで魔王ロールプレイで行えば元一般のサラリーマンである鈴木悟として心労が半端なかった。

 

 「レイナさんへの対応がなぁ、出来ればナザリックに招ければいいけどここはカルマが極悪な上に彼女は人間種・・・」

 

 配下からは良い思いをしないだろう。今回の彼らの様子からモモンガが言えば従うだろうが、表面上だけではいつ爆発するかわからない。現に・・・配下からは不穏な空気が漂っていた。

 

 「アルベドもそうだし、何故かシャルティアも同意してたし、何よりヘロヘロさんが倒されたと知ってソリュシャンや一般メイドの様子がかなりヤバイ」

 

 特に彼女たちの反応はそれはもう凄かった。正直モモンガはビビりかけて精神安定でなんとか乗り越えた。

 

 (そういう意味ではソリュシャンを外に出したのは悪手かもしれない)

 

 レイナがソリュシャンに殺られるとは思えないが、もし何かあればソロ最強プレイヤーとナザリック全軍の戦争になるかもしれないと考えるとモモンガのないはずの胃を痛みが襲う。

 

 そうしてどうしようと思い悩んでる内にモモンガは眠気に誘われた。

 

 

 

 

 「え、今自分寝てたのか?アンデットなのに?」

 

 

 

 

 

 少年の朝は速い。

 

 彼らの家族はこのカルネ村で唯一の狩人で村の食事事情や畑を荒らす害獣対策に貢献している。もともとこのカルネ村には専門の狩人がおらず、父親が村長の知り合いというツテでこの村に来てくれないか頼んだところ父親が快諾したのが始まりだ。

 

 当時はまだ幼かった少年は数年が経ち今は父の後を追って狩人見習いをしている。名はシオン・レイヴァン。父親から受け継いだ緑色の髪に鷹を思わせる鋭い目を持った少年だ。

 

 村で飼っている鶏が鳴くより早く目が覚めた彼は、これまた早く起きて料理を作る母親に挨拶して日課の井戸への水汲みを行うため木で出来たバケツを持って村の中央にある井戸へと向かっていた。

 

 井戸への水汲みは他の村人が集まる前にいくのがシオンの決まりのひとつで今日も道中、村人にすれ違うことなかったが井戸に着いてみればそこには珍しいことに先客の姿があった。

 

 女性だ。白銀の長髪を先端で括ったこの村では見たことない背中。そういえば昨日村中が騒がしかったのを覚えている。たしかかなり美人な旅人が来たと比較的年の近い独身である友人が言っていたなと思い出す。少年はそんな友人に呆れて何を大袈裟なと思い、見に行こうという友人の誘いを断っていた。

 

 彼女は井戸のなかを覗き水を汲み上げるように持ち手にロープを結んだバケツを投げ入れている所だった。

 

 いつも一番手だった少年は少し悔しい思いをしながら井戸へと近づく。そんな彼の気配に気づいたのだろう女性が少年の方へ振り向いた。

 

 登りかけの朝日に反射してキラキラ輝く白銀の髪がフワリと揺れるのが随分とゆっくりと見えて・・・。

 

 彼女レイナと目があった少年は今まで一度も感じたことのない衝撃を胸に感じた。

 

 

 

 

 

 お前には助けられてばかりだな

 

 私がやりたいからそうしたんだ。それに大変なのはこれからよ

 

 ああ、だが一人じゃない。仲間がいる。それに他にも手伝ってくれそうな奴も心当たりがある。○○も手伝ってくれるだろう?

 

 勿論よ。○○○

 

 

 

 

 

 レイナは目が覚めた。まだ朝日が登り始める前だが、すでに住人は起きているのか壁越しから音が漏れている。

 

 「あら、おはようございます。レイナさんもう起きたんですか?」

 

 「おはようございます。ええ、目が覚めてしまって」

 

 リビングらしい所にでるとエモット婦人が朝ご飯を作っている所で起きてきたレイナに気付いて挨拶してきてレイナも返す。

 

 「良ければ何か手伝うことないですか?」

 

 「そうね。じゃあ悪いのだけど水汲みをしてきてもらえる?」

 

 「ええ、お安いご用ですよ」

 

 エモット夫人が指す所に木で出来たバケツがあり、井戸は村の中央にあるので迷うことはないだろうとレイナはバケツを持つと颯爽と出掛けていった。

 

 

 

 「空気が美味しいな」

 

 朝明けのカルネ村の中、レイナはバケツを持ったまま大きく深呼吸した。リアルのアーコロジー以外でこんなことしようものなら有毒なガスを吸ってものの数分で倒れてしまうだろう。

 

 (しかし、改めて思うがここは本当に異世界なのね)

 

 考えるのはリアルのことユグドラシルで最後の最後まで遊んでいれば気付けば感覚が鋭くなり、触覚や嗅覚どころか味覚まで感じるようになった。

 

 今こうしてユグドラシルのアバターの体を手入れているが、ではリアルの自分の体はどうなったのだろうか?、魂がアバターに入ったことで植物人間状態?もしくは死亡?いや、なんとなくそうは思えなかった。確証があるわけではないが、レイナは今もリアルと繋がっている気がするのだ。

 

 今日の夢、あれはリアルの・・・

 

 気付けばレイナは井戸の前まで来ていた。エモット夫人を待たすのは悪い早く水汲みをしていこうと、レイナは井戸の近くに置かれたロープ付きのバケツを持って井戸の中へと投げ入れた。

 

 「?・・・」

 

 ふと背後に視線を感じ、振り向くとエンリと同年代くらいの少年がレイナから少し離れたところで呆然としていた。手にレイナと同じバケツを持っていることから水汲みに来ているのは察することができるが少年は顔を赤くしたまま動かない。

 

 見ず知らずの自分に戸惑っているのかもしれない。ならばさっさと替わろうとレイナが水が入ったバケツを引き上げようとする。

 

 「て、手伝うよ」

 

 「え?・・・」

 

 少年は早足でレイナの隣に来ると彼女が持とうとしたロープを握り、それを引き上げる。どうやらレイナが女性だからと力仕事を引き受けてくれたらしい。それがレイナと狩人見習いである少年シオン・レイヴァンの出会いだった。

 

 

 

 

 「すまないわね。運ぶのも手伝ってもらって」

 

 「いや、これぐらい平気さ」

 

 あのあと、シオンは水をレイナの分も合わせて汲み上げ手持ちのバケツにうつすと、家までの帰路で会話していた。彼の両手には2つのバケツがあり、レイナの分も持っているらしい。彼女は最初汲み上げてくれただけでも助かるのにと、自分で持つとゆうが少年がどうしてもというので言葉に甘えることにした。

 

 「なるほど、シオンは狩人なんだ」

 

 「まだ見習いだけどだ。前まではラッチモンさんが一人で村のモンスター対策してたけど、半年前に怪我をしてから、俺の父が村長に呼ばれてそれで家族揃ってここへ来たんだ」

 

 それは大変ねというレイナに今は全快して分担して作業してるんだとシオンは笑顔で話す。

 

 「俺たちが来る前はラッチモンさんが一人で、この村の肉提供者だったから大変だったみたいでね。前から父に村長が打診していたらしい」

 

 「確かに、どうしても行き渡らない人たちもいるわよね」

 

 「ああ、今じゃ安定して街で買う分も合わせて全体に回るようになったんだ」

 

 「・・・すごいわね」

 

 レイナの素直な感想にシオンは照れて頭を掻く。

 

 「そういえばこの村の回りには柵とかないけどモンスターとかの危険はないの?」

 

 「ああ、それはこの村の付近は森の賢王と呼ばれる魔獣のテリトリーになってて、他のモンスターはそれを恐れて近付いてこないみたいだ。俺たちも最初は驚いたな」

 

 前にいた村もだが柵はどの村にも必須だったからと苦笑するシオンにレイナも微笑んで歩く。他にもこの辺りで出没するモンスターの種類を聞いたりとエモット家につくまで終わらなかった。

 

 

 

 

 

 「レイナさん、さっきレイヴァン君と話してましたね」

 

 「ああ、井戸の水汲みを手伝ってくれてね。いい青年だわ」

 

 「ええ、彼もその家族のお陰でカルネ村も豊かになりましたから、目付きは怖いですけど狩人としての腕も良くて人格も信頼できて村では結構人気者なんですよ」

 

 「へぇ、エンリも気になってる感じ?」

 

 「うーん、今のところ少し仲のいい友達かな。それよりも私は彼がレイナさんに向ける目が気になるなぁ~」

 

 「え、そう・・・?」

 

 「レイナさん美人ですからもしかして・・・」

 

 「確かに照れていたけど、まぁ自意識過剰だと恥ずかしいし、様子見かな?エンリもあまり外には漏らさないでね」

 

 「・・・もう手遅れかもしれないけど」

 

 「?」

 

 そうエンリが言うように朝の水汲みにはどの家の人も行うことで遅れながらも2人の姿を確認した村人たちがたくさんいたと言うことだ。その日瞬く間にシオンとレイナの話がカルネ村に拡がったのはいうまでもない

 

 夕方頃その話を聞いたシオンの友人が血涙流しながら彼に突撃して返り討ちにあっていた。

 



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3.5.戦乙女と姉妹

レイナが来てからのカルネ村の日常


 

 

 レイナが来て2日目。

 

 カルネ村の朝は早い。大人たちは朝日が昇る前より起き出し、男は村の畑へ出かける準備をし、女は家族の朝御飯を作り始める。この村の若い娘であるエンリ・エモットも働き出せるようになった歳からその生活が習慣になっていた。

 

 「す~す~・・・」

 

 隣で眠る歳の離れた妹を起こさないようゆっくりとベッドから起きたエンリは母親の朝食作りを手伝うために部屋をでる。

 

 「おはよう。母さん」

 

 「おはようエンリ。そこの野菜切ってくれる?」

 

 「わかった」

 

 軽く挨拶して、いつものようにスープをまぜる母親に言われて野菜を切り出す。

 

 トントントンとまな板の上で野菜を食べやすいサイズに切ると木で出来た大皿に盛り付ける。今日の献立は黒いパンと今作っているサラダ、そしてスープだ。そして、スープの味つけに入ると私は母親とならぶ、最近は野菜を切るだけでなくこうして料理について教わるようになった。

 

 小さい頃から隣で見てたから、だいたいわかっていたと思うが実際教わり出すと色々見えていないことも多くあり驚かされてばかりだ。母が作るどの料理にも一工夫二工夫も行っており、以前母が風邪で寝込んだ時に代わりに作った事があったがいまいち美味しく思わなかった。それでも父も妹も美味しいと言って食べてくれた。

 

 あとはスープを煮込むだけとなったとき、家の裏から何かの音がする。空気を切ったようなそれにエンリは首を傾げる。

 

 「ねぇ、母さん。今裏庭から何か音しなかった?」

 

 「ん?.ああ、ついさっきレイナさんが何か手伝える事がないか聞いてきてくれたから、薪割りを頼んだのよ。その音じゃないかしら」

 

 「え、レイナさんが?」

 

 お客さんだから最初は断ったんだけどねという母親の言葉にエンリは驚くも、すぐに心配になった。

 

 昨日レイナに旅人だと教えられていたエンリだが一見どこかのご令嬢ともとれる容姿を持つ彼女が薪割りというイメージが出来なかったからだ。というのも薪割りというのはかなりの力仕事だ。

 

 いつもは時間が空いたとき父や他の家の男衆が行っている姿しか見たことがない。その誰もが屈強な体の持ち主だ。最初は渋る父にお願いして薪割りをしてみたが力が足りず割りきれなかったり、手が痺れてしまったこともある。

 

 (レイナさんなら問題ないかな?)

 

 昨日の水汲みのことを思い出す。この村唯一の狩猟を生業とするレイヴァンの息子が手伝ったとはいえ(彼から聞いてみれば彼女一人でも問題なかったとのこと)水汲みを楽々こなせていた彼女ならと納得するが、気になると言えば気になるエンリは母親に様子を見てくると言って裏庭へと向かう。

 

 向かった先ではレイナが斧を軽々と扱い薪を一瞬で割っている姿で父が冷や汗をかきながら畑仕事の準備をしている所だった。

 

 「お、おはようございます。レイナさん」

 

 「ああ、おはよう」

 

 「エンリおはよう」

 

 挨拶しながら次の薪を用意し、2等分、4等分と割るレイナにエンリは瞑目する。良くみれば彼女の隣には多くの薪が積み重ねており、その量は父がいつもやるペースよりだいぶん早い。

 

 「こ、これ全部レイナさんが?」

 

 「ん、ああ親父さんにどれくらい切ればいいか聞いてね。これで最後よ」

 

 「いや、びっくりしたよ。まさか今週分の必要な分の薪をこの短時間で用意出来るとは・・・私も老いたかなぁ~」

 

 「いえいえ、コツを教えてくれたからですよ。力には自信がありますが、薪割り事態は初めてですので」

 

 「ええ?こ、これで初めてなんですか?」

 

 「近いことはしてましたが、こういうのはそのとおりですね」

 

 生まれてこの方薪割りをしたことないと言う彼女にやはりどこかのご令嬢なのかと思い次に近いことはと言われご令嬢ではない?とエンリは混乱しているうちにレイナは最後の薪を切り終える。

 

 そうして今度は水汲みをしに行こうとするレイナに今日はエンリもついていくことにした。道中レイナに疲れていないか聞いてみれば

 

 「なに、あれくらいは全く問題ないわよ。いい手加減の練習になったくらいね」

 

 そう微笑みながら言って力を入れすぎるではなく手加減なのかとエンリの顔をひきつらせた。実際レイナが手加減しなければ、薪を置いた土台さえ真っ二つにしていたからいい練習になっていた。

 

 (でも、あの時のレイナさんかっこよかったなぁ)

 

 まるで流れるように薪を切っていくレイナの姿にエンリは憧憬を抱いていた。

 

 

 

 

 

 「なるほど、普段は畑仕事をして、売り物が出来れば街へ販売しに行くのね、特に売れるのは薬草かぁ」

 

 「はい、このトブの大森林は薬草の宝庫で、私がよく知る知人は実際にこの村に来ることもありますよ」

 

 「それは、仲介料を浮かすため?」

 

 「ええ、それもあるみたいですけど、薬草は鮮度も命らしいのでよくくるんです。その子はンフィーレア・バレアレって言っていい薬師で街でも評判なんですよ」

 

 「その子が会ったとき言っていた知人?」

 

 「はい、魔法も少しなら使えると彼自身が言っていました」

 

 「ああ、あいつか。そう言えば時期的にもうすぐ来るんじゃないか?まぁ、あいつがくるのはそれだけじゃないだろうけど」

 

 村の井戸の前、水汲みに来たレイナたちにシオンも合流して会話に花を咲かしていた。

 

 「なに、薬草以外にも何かあるの?」

 

 「そうなの?ンフィーはそんなこと言ってなかったけどなぁ」

 

 「やれやれ、気づいてないのは本人ばかりか」

 

 首を横にふって意味ありげに呟くシオンにレイナも何か勘づいたのかシオンに近付き小声で話しかける。

 

 「彼はエンリが好きなのか?」

 

 「あ、ああ、エンリは知らないがあか抜けているというか結構村のなかでも人気なんだが、他の男が近づかないのは彼のことを応援しているからなんだ」

 

 レイナがすぐ近くに来たことで動揺するシオンだが悟られないよう返事を返す。

 

 「この村のお得意様だし、彼はいつか出世するだろうし、村では皆家族のようなものだからエンリには幸せになってもらいたいっていう親心があるからな」

 

 「なるほどなるほど、家族とはいいものね」

 

 「もぉ~レイナさんにシオンもなに話してるの?」

 

 のけ者にされたエンリが頬を膨らませて抗議してきたのでごめんと2人が謝る。そんな光景に水汲みに集まってきていた村人たちが微笑ましく見ていた。

 

 その後、エンリは父の畑仕事を手伝いに向かい、シオンも次の狩猟向けての準備を行うために別れ、レイナは村を散策し村人から話を聞いたり、ネムを含む他の子供たちと遊んだりした。そうしてのどかな村では時間がゆっくり進み。

 

 

 

 

 

 その日の夜、レイナはエモット家の裏庭で剣を振っていた。縦、横斜め上段からの切り下ろしから返した刃で切り上げる。その度に彼女の回りに風が吹くその動きはほとんど一瞬であった。少なくとも夕食を終えて外へ向かうレイナについてきたエンリとネムには初動から最後まで全く見えないくらいだ。

 

 「す、すごいですね。レイナさん」

 

 「レイナお姉ちゃん、すごぉぉ~い!」

 

 「ふふ、ありがとう」

 

 2人からの称賛に笑顔で返し、気を良くしたのかさらにスピードをあげる。あまりの早さに残像をともなうその美しい姿にエンリは自分の胸の鼓動が速くなるのを感じる。

 

 時間はそれから暫くたちネムが船をこぎ出しエンリが彼女の身体を軽く拭きベッドに寝かしつけると再びレイナの元へ来たエンリにレイナは剣の構えを解く。

 

 月夜に輝く銀髪に汗一つかかないレイナの立ち姿にエンリは見惚れていた。歳は自分より少し上ぐらいなのにその強さはかに聞く英雄かと思えるほどに洗練されている彼女に憧れた。

 

 「・・・試してみる?」

 

 「え?・・・」

 

 「素振り、やってみたいんでしょ?」

 

 「い、いえ、そんな・・・」

 

 「目がやってみたいっていってるよ」

 

 レイナに促されさっきまで素振りしていた剣を持たされたエンリは自分が持つその剣が村娘ながらとんでもない名剣であることがわかった。

 

 (すごいきれいだけじゃない。持った瞬間剣を通して力が漲るような気がする)

 

 重さがあるが負担になるほどでなく、細く伸びた両刃は見た目と違い力強さを感じ、鍔にある蒼い輝きはエンリ自身を試しているかのようだ。

 

 「ほら、見惚れてないで構えてみて」

 

 「は、はい!」

 

 正気に戻ったエンリは慌てて、見よう見まねでレイナの構えをとる。お世辞にもよいとは言えないほどに体幹が揺れるエンリだが、レイナはその中に彼女の可能性を感じた。

 

 「うん、そこはこうして、あとは・・・」

 

 「あ、はい」

 

 そこをレイナが正して行けばそこには1人の戦士がいた。そして、レイナの指示した通り、剣を振るう。一度振る度にエンリは震えを隠せなかった。

 

 「筋がいいわね、鍛えれば名の知れた戦士いや、英雄になれるかも知れないわ」

 

 「そ、そんなことないですよ。私はただの村娘ですし・・・」

 

 「どんな英雄も最初はただの人よ。そこから鍛えたり経験して出来ないことが出来るようになり英雄になっていく。そういうものじゃない?」

 

 「・・・・・」

 

 レイナの言葉にエンリはゴクリと唾を飲む。自分が英雄になる。このカルネ村に生まれて、友人が話す英雄伝を聞いて心踊らすことはあれど自分がそうなろうとは思わなかった。

 

 このカルネ村で生まれ生きて、誰かと籍を入れ子供を生み最後は骨を埋めるそうずっと思っていた。エンリはカルネ村以外で行ったことがあるのは両親に連れられて行ったエ・ランテルだけだ。その街も今より幼いが子供心に楽しく大きく何より恐ろしく映ったものだ。

 

 そこに、出会ったときからある種憧れた同性の旅人から英雄になれると言われれば恐れ多くも自分ももしかしたらと思ってしまう。今自分はどんな表情をしているだろうか、嬉しいような悲しいようなよくわからない感情に困惑しているとレイナが口を開く。

 

 「なに、英雄にならなくても強くなるのは良いことよ。もしもがあったとき力があれば、戦い誰かを守れるかもしれない」

 

 「・・・・・」

 

 「エンリにもあるんでしょ?守りたいもの」

 

 ある。両親やカルネ村の皆。特に幼い妹のネムに何かあれば命をなげうってでも守りたいと思っている。レイナの言葉にエンリは強く頷いた。

 

 「よし!では簡単な体術を教えて上げる。今のエンリなら大の大人ぐらい伸してしまえるくらいはできるはずの技よ」

 

 「え、ええ?」

 

 「うまく決まればね。それ以外はあくまでも、時間稼ぎ、誰かの手を引っ張って逃げるくらいの時間は稼げるはずよ」

 

 「は、はい」

 

 「ではまず・・・」

 

 「・・・いいなぁお姉ちゃん。ネムも混ぜて~」

 

 「あ、起こしちゃった?ごめんね。う~んネムはもう少し身体が大きくなってからね」

 

 「ああ、ネム位からやると逆に大きくなれないぞ」

 

 「むむぅ~なら我慢する~」

 

 そうして、レイナからエンリへの指導は姉が居なかったからか起きてきていたネムが再び船を漕がすまで続いた。

 



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4.戦乙女と襲撃

 

 

 ナザリック地下大墳墓~モモンガ自室兼執務室~

 

 そこではセバスに見守られたモモンガが鏡の前で珍妙な動きをしていた。鏡の前で手ふり足ふり時には万歳したり屈伸したりとするその姿は骸骨も相まってギルドの仲間たちがみれば笑いを堪えられないだろう。そうした動きを眠りから覚めたモモンガはずっと行っていた。

 

 遠隔視の鏡は、ユグドラシルでは妨害魔法さえあればその情報を十分伝えられない微妙アイテムだがなんも消耗もせずにナザリック周辺を見ることのできるアイテムだ。ユグドラシルでの操作と現実になった弊害でどうすればいいかわからないときた。これは他のアイテムもどう発動させるか確かめる必要があるなとモモンガは内心そう考える。

 

 そうして、ついに鏡が動く。セバスに「おめでとうございます」と言われてからはコツをつかんだのか鏡を上手く操作出来るようになった。森に面した村が10キロ先にあることに気付いたモモンガがそこへズームをかけるとそこで起こっている事態に気づく。

 

 村人が武装した集団から逃げており、それを守るように戦う2つの白い影。一つは先日PVPした戦乙女レイナがユグドラシルの旅人服を着て村人に剣を振り下ろす兵士の間に入り剣を受け流し、返す刃で兵士を切り捨てる。そうして彼女が間に合わない位置にいる兵に対して攻撃を仕掛けるもう1つの白い騎士の姿は間違えようがない我がアインズウールゴウンの・・・

 

 セバスもその姿を見つけたのか息を飲むの聞こえ、次にこの惨状になろうとしている村で戦うその姿に喜びの表情を浮かべていた。

 

「む、あれは・・・」

 

 はぐれたのか森に中へ逃げる姉妹を鏡が映す。どうやら伏兵がいたらしい。兵士に追われる彼女らにモモンガは決意をして、転移門を発動させた。

 

 

 

 

 エモット家で美味しい朝ごはんを食べたあと村長の元へと行き、挨拶もそこそこにエンリにもおこなったように質問していたレイナだが、強い殺気を感じ外へとびだす。村長家は村を見渡せる位置にあり、村の正面ならそこへ目を向けると平原の方から馬を走らせ向かってきている武装集団が見えた。

 

 他の村人たちもその異変に気付いたのかなんだなんだとその方向をみて顔をひきつらせ、短く悲鳴をあげる。その武装集団は武器を抜刀し、逃げる村人の一人を切りつけようとして、空を切る。一瞬彼らの動きが止まり、その眼前に現れたレイナを見て完全に馬を止めた。

 

 「なにようか」

 

 先に言葉を発したのはレイナだった。旅人のような格好をしたそのとんでもない美貌をもつ彼女が発したとは思えない強い口調は彼らに向けられており、彼らは馬上から一瞬気圧されるも、すぐに上物がつれたと喜ぶ隊長によって突撃を再開する。

 

 「そうか、・・・」

 

 呼び掛けにも返答はなく自分ひいては村に攻めてくる彼らにレイナのスイッチが入る。いつの間にか剣がレイナの前に地面に突き刺さった。

 

 「数が多いな。彼に手伝って貰おうか」

 

 レイナが考えるのはこの状況を見たなら必ず己の身を晒して助けるだろう純白の騎士の姿。何故かできると確信があった。何度か互いに戦い共闘することもあった宿敵。向かってくる兵士からは、レイナの背中から一瞬光の翼がみえ、散るように広がり彼女の隣へと集束する現れたのは右手に剣を左に盾をもつ白い騎士。

 

 「我が召喚に応えよ」

 

 

 

 

 「よし!、私の勝ちよ!」

 

 「ああ、悔しいが・・・俺の負けだ」

 

 「・・・本当に引退するの?このままだと私の勝ち越しよ?」

 

 「・・・いや、146戦60勝61敗25引き分け。だからこそあと腐れなく終われる。今日の一戦で俺はもう現役は無理なのがよくわかった・・・」

 

 「そう悲観しなくても、今日の戦いも凄くよかったわ。数ヵ月のブランクがあるとは思えないくらい」

 

 「だが、勝てなかった。今の君ならユグドラシルの最強のあの人にも勝てるかも知れないな」

 

 「ええ、実は先日その人と戦って勝ったわ。結構ニュースになったと思うけど知らないのね」

 

 「なんと、ふふ、君も大概だね」

 

 「そうよ。だから自信に思いなさい。そんな私に善戦したのだから腕は鈍ってないわ」

 

 「・・・いつかまた出会った時に勝負してくれるかい?友よ」

 

 「勿論。我が友よ」

 

 力をかしてくれ。

 

 

 

 声と共に映像と想いが伝わる。

 

 弱い人を襲う何者か。

 

 困っている人がいれば助けるのは当たり前

 

 それが彼の掲げる理念。

 

 彼の答えは決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たっち・みー

 

 「任せろ」

 

 瞬間2つの白が兵団へ突っ込んだ。

 

 

 

 兵たちにおいてそれは悪夢だった。数をものともしないそれに彼らは恐怖した。たったひと振りで馬ごと吹き飛ばす騎士、着地することなく馬から馬へと飛び乗り仲間を蹴り落とす女。彼らを越えて誰一人村へとは入れない。村の前にはクワやナタを持った村人たちも集まっている。中には狩人らしい2人が弓を構え始めた。

 

 まるでどこかの英雄譚で自分達はそれにやられる悪党であった。

 

 例え所属する国の上からの指令だとしても、実際ここにくるまでに行った行いを考えればそのとおりかもしれない。だが彼らもなんの手もなく挑んでいるわけではない。

 

 もうすぐ森の中に潜んで村を包囲しようとしていた仲間が村人の誰かを人質にすれば彼らの動き止めれると考えていた。そのあとはあの強い女も村の女も含めて楽しんでやる隊長ベリュースは部下をけしかけ粘るが一向にその味方が現れない。

 

 時間だけがすぎ、残ったのはベリュースとロンデス含む数人の兵だけだ。それも無傷とはいかず、全身ボロボロでやっと立っている状況だ。

 

 「まだやるか?」

 

 女が一歩前に出て隊長に問いかける。その眼は強い意志があり、思わず武器を落としそうになる。勝てない。そう思うこの中でも腕に自信のあったロンデスは隊長に向け降伏しましょうと告げようとして、異常な雄叫びに中断される。

 

 ぐおぉぉぉぉ!!

 

 地獄が走ってきていた。人の何倍もある黒い巨体フランベルジュとゆう大剣をもち大盾をもつ亡者の戦士デス・ナイトが村の中から向かってきており、それは村人を飛び越え、女と騎士を素通り彼らに向けその凶刃を振り下ろした。

 

 

 

 シオンは焦っていた。突然上がる村の仲間の悲鳴を聞きつけ、その声がした方へ行けば砂煙を上げてこの村に来る武装した集団。その誰もが抜き身の剣をとり、向かってくる一団。盗賊というには装備が整っているそいつらの前に現れる知り合ったばかりのレイナの姿。

 

 このままでは彼女がやられると思い。すでに装備した狩人の弓を持って近くの家に昇り、弓を構える。そうして見た先には信じれない光景があった。

 

 あまりに一方的な戦闘にシオンは愕然とした。彼女とその隣に現れた騎士は瞬く間に武装集団を無力化していった。そして、その姿にシオンは見惚れていた。

 

 服装はそのままに手にもった見事な片手剣だけで風のように無駄なく兵の攻撃をかわしながら敵の武器を根本から砕き馬から蹴り落とす。プラチナ色の髪が日によってキラキラ輝き流れるそれにシオンは自分が恋をしたのだと自覚した。

 

 ついに、集団の隊長らしき者に剣を向けることでこの戦いも終局かと思われたその時、背中に冷水をかけられたような悪寒が広がる振り向けば黒い恐ろしい者が見えた。それは何故か村人たちの集まりを飛び越え、レイナたちも無視してここを襲撃した者たちへと向けられた。

 

 

 

 

 「少し聴きたいこともあるので殺されると困るのよ」

 

 死んだ。と思い目を閉じたベリュースとその部下たちは何も衝撃の来ないことに不思議に思っているとそう声がして眼を開ける。その攻撃してきたデス・ナイトの攻撃を受け流し、地面へと向けさせたレイナがいた。地面は爆発したようにめくれその一撃がどれ程のものか物語っていた。

 

 ぐるるっ

 

 なぜ邪魔をすると言いたげなデス・ナイトにレイナは微笑み。

 

 「主人に命令されて来たのでしょうが、主人を守る盾があまりに離れない方がいいのではないか?」

 

 っ・・・

 

 その言葉にデス・ナイトは動きを止め、膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 ここにデス・ナイトが現れた理由をなんとなく察したレイナは彼にそう指摘すると動きを止めた彼を見て確信する。

たしか、中位アンデットだったか、この強さきっとモモンガによって生まれたものだろう。

 

 そう考えていると目の前に黒い渦が現れ、中から仮面とガントレットをつけ、骨の姿を隠したモモンガ自身が現れた。

 

 「あら、意外と遅かったわね」

 

 「どうもレイナさん。たっちさんお久しぶりです。モモンガですよ」

 

 「ん?、その装備はモモンガさん?あれ、ユグドラシルの夢にしては随分リアルだな」

 

 最後に隊長を縄で縛ったたっち・みーがモモンガに気付き首を捻る。その言葉を聞き、今度はモモンガが首を捻る。

 

 「あれ、たっちさんもこの世界に来たんじゃないんですか?」

 

 「私のスキルによって召喚したのよ」

 

 答えたのはレイナだ。それにたっち・みーは頷く。

 

 「ああ、なにか声が聞こえて来たらいろんな景色が見えて、それをどうにかしたいと思ったら、ここに来てたよ」

 

 「え、ええ!?ど、どうゆうことですか?レイナさん!?」

 

 「ほら、私ヴァルキリーのクラス持ってるでしょ。その中のスキルに友好の証に貰ったアイテムや装備があれば、NPCとして召喚出来るのだけど・・・、ここでは意識まで呼べるみたい」

 

 何故かそういうものってわかるのよというレイナに、それを聞いたモモンガは仮面の下で大きく口を開けていた。ま、まさかこんなすぐに仲間に会える機会か訪れるとは思わず、さらにそんな彼女をどうにかしてナザリックに迎えたいと思う。

 

 そう思っていると、モモンガの背後に完全武装したアルベドとじっとしてられなかったのかセバスまで現れる。

 

 「貴様!モモンガ様から離れろ!」

 

 「たっち・みー様、お会いしとうございました」

 

 「な、アルベドやめんかっ!」

 

 「ああ、セバスも元気そうって・・・しゃべっているのか?」

 

 「う、いきなり切りかからないでよ。反撃しそうになるじゃない」

 

 即座にレイナに襲いかかるアルベド、それを避けるレイナ。アルベドを止めようとするモモンガにその足元で土下座するデス・ナイトに胸に右手を当て創造主に頭を下げるセバスに自然と返事を言いそうになり違和感に気付くたっち・みーという阿鼻叫喚のなか呆然とする縛られ動けない兵士と遠くから見守る村人たちの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5.戦乙女と王国戦士長

 

 

カルネ村

 

 

 投降した兵士は数人に分け彼らの本国へのメッセンジャーと捕虜に分ける。残されたものはロンデスという気骨ある者と数名で絶望に顔を歪め、解き放たれたベリュースと残りは安堵の笑みを浮かべて去っていったが、さて、どうなることやら・・・

 

 「すみませんレイナさん。勝手に人員を分けて・・・」

 

 「人数が人数だもの。多すぎても抱えきれないでしょ」

 

 武器や防具を取り上げ賠償金みたいなものとしてカルネ村に渡し、空いた納屋に詰め込み、たっち・みーとセバスが尋問と合わせ監視を。モモンガとデス・ナイトによって死んだ兵士は森の奥へと埋葬する。

 

 レイナとモモンガは今、村の村長のお宅へとお邪魔していた。彼が村の危機を救ってくれたことにお礼がしたいと言ってきたのがその始まりだ。でこの時モモンガは名を改めてアインズ・ウール・ゴウンと名乗った。

 

 「これが村中から集めた謝礼になります。どうかお納めください」

 

「いえいえ、これは受け取れません。私はただの通りすがり、村を守ったのはそこのレイナさんの尽力があってこそ。彼女に渡してください」

 

「私は一食一泊の恩がありますのでこんな大金受け取れません。伏兵を倒したアインズさんにこそあげてください」

 

 という会話があり、そっちこそ、いえいえ、と押し付けあいが続き、そんな2人の会話に村長はなんていい人たちなんだと感動に震えていた。

 

 話が進まないので、お金は総額の半分を2人で分け、残りは情報をもらうということで落ち着いた。そこではレイナが聞いていたことも含めて再確認を3人は行った。

 

 「しかし、ポーションが経年劣化する上に、一番低い回復量がここでは伝説級なのか・・・」

 

 「ええ、そのポーションにしても高級品でその原料となる薬草をここは卸してるんだけど誰も持ってないようだし、効果は薄いみたい。魔法にしても第3段位使えればかなり優秀の部類に入るくらいで、種類も多くない。今の私たちが使える位階を隠さなければ一躍有名人ね」

 

 もっとも御免だしやらないがとレイナは肩を竦めてみせる。

 

 アインズが顎に手を当て唸る。それが本当なら自分が懸念した自分達を遥かに越える強者の心配はほとんどないということで安堵が生まれる。しかし、そんな彼にレイナが釘を刺す。

 

 「でも、ここには私たちの知らない生活魔法があるから私たちの知らない魔法だけじゃなく生まれながらの異能タレントや武技と呼ばれる未知の力もある。もしかしたら、防御力無効とか初見殺しなところもある可能性だってある。注意が必要よ」

 

 「ううむ、レイナさんの言っていることも一理ある・・・」

 

 「貴様、我が至高の御方であるアインズさまが遅れをとるなどあるわけがなかろう!」

 

 レイナの言葉に黙ってはいられないと強く反応したのはアインズの後ろに立つ漆黒の全身鎧を装備したアルベドだ。言葉はアインズを軽視するレイナに対するものだが、その胸中にあるのは嫉妬だ。

 

 アインズとレイナは村長と向かい合って話すため、両隣で座りあい、さらに村長にはあまり聞かれたくないため、身を寄せて小声で話し合っているのだ。その様子は本人たちがその気がなくても仲睦まじく見える。

 

 特にアインズを敬愛しているアルベドにとって見逃せるものではなかった。普段なら御方の話し合いを盗み聞き、会話の間に割り込むなど不敬としてその場で自害しようとするくらいなのに、そうした行動をするほど冷静ではなかった。

 

 「どうしたのだ?アルベド。彼女の言っていることは正しい。事故とはいえ、ここに来てしまった以上細心の注意の必要があるのだ」

 

 「モ、アインズ様!。なぜこのようなに、・・・の女などを庇われるのですか!?」

 

 「庇う庇わないではない。今は少しでも協力者がほしいのだ。彼女ならば私に対して実力も近く遠慮なく意見を言える希少な立場なのだ。滅多なことをいうでない」

 

 強い口調で迫るアルベドにアインズは努めて冷静に返す。もしこの世界に来たのがモモンガ一人ならここまで冷静に対応できず、ナザリックのギルドマスターの権限をもって高圧的に黙らせただろうが、ここには同じくリアルを知るレイナがいる。

 

 アンデッドという異業種になった自分は人間の頃とは倫理観が変化しており、今回に村の救済もレイナとたっち・みーが居なければ村人達の生存など気にせず、ほとぼりがすむまで放置していたかもしれない。当然、村人たちの人命はたくさん散ることになるだろう。

 

 レイナという存在は人間としての価値観をなくさない指標だけでなく、もし自分が完全にアンデッドになったとき、止めてくれる最後の希望になってくれるだろうという安心と彼女にだけはナザリックのギルドマスターではなく、一般人鈴木 悟としてのモモンガの素をみせれる唯一の人間なのだ。

 

 そうした思いもあり、レイナの味方をするアインズにアルベドは御方の言葉とはいえ、納得できなかった。守護者統括としては今ここでレイナを敵にまわすのは良くないと理解している。しかし、女としては今すぐこの女を殺すよりも酷い目に遭わせてやりたいというどうしようもない憎悪が増すばかりで、冷静になれるはずがなかった。

 

 「ア、アインズ様・・・ううっ・・・っ!」

 

 「?・・・」

 

 アルベドは兜の下で唇を噛み、血が流れるもの無視してレイナを睨み付ける。レイナもアルベドから向けられる殺意に気付いても理由がわからず首を傾げる。

 

 もっと情報を集めるにはここよりも栄えているエ・ランテルという大きな街があるのでそこを目指そうと話が終わるその時、扉を大慌てであけて見張りをしていた一人が入ってきた。

 

 村へ向かってくる集団が見えたと

 

 

 

 

 

 

 また先程の襲撃してきた奴らの仲間が来たのかと怯える村長と一緒にアインズがその集団を出迎えるのを引き受けた。レイナでないのは彼女が女であり、端から見れば舐められるかもしれないからだ。

 

 レイナはたっち・みーと念のため村の人たちが集まって身を隠す民家を守るように扉の前に立つ、もし何かあればレイナもたっち・みーもすぐに対応するつもりではあった。しかし、レイナはそうはならないだろうと思っている。今回は向かってくる彼らからは怒りの感情は感じるがそれはこのカルネ村ではなく別のものに向けられ、焦りの方が大きい。

 

 きっと彼らはこの国の治安を守る者たちで、生き延びた襲撃者たちに口を割らせたとき、ここにくる前に襲撃した村があることからその追っ手なのではないだろうかと考える。

 

 事実、その代表とおぼしき屈強などこか日本人にみえる男性がアインズが村を救ったと聞き、頭を下げたのは好感が持てた。レイナは隣に立つたっちみーの方を伺うと彼も腕を組みうんうんと頷いている。

 

 ユグドラシルではNPCとして召喚したプレイヤーはレイナが解除したり、力尽きたら消滅するので、それまではこのままなのだろうが、彼の話し聞く限り、夢の中でここに来ている感じで、夢特有のフワフワした感じでいるらしく。いつ目を覚ますかわからない状態らしい。

 

 このレイナという身体はヴァルキリーのスキルをユグドラシル内だけの設定だけでなく、リアルにあった概念さえも反映されている気がする。北欧神話でヴァルキリーがどう言われてたのかレイナは知らないが、それを知ることが出来ればこの異世界転移後の世界においてトラブルを打破する力にはなるだろうと思う。

 

 「どうやらこっちにくるみたいだね」

 

 「あら、本当」

 

 考察している内に事態が動いていたらしい。モモンガと村長、リーダー格の男性と一緒にこちらへと向かって来ている所だった。

 

 

 

 

 「彼らが?」

 

 「ええ、私より早くこの村への襲撃に気付き、それを阻止した者たちです」

 

 謎のマジックキャスターでアインズと名乗る者に案内された先で出会ったのはこのカルネ村を襲撃した者たちを返り討ちにした2名の男女であった。

 

 男の方は見るからに相当な価値を持つ純白の全身鎧をきた戦士その実力は相当なものを感じさせる。そして、女の方を見れば思わず動きが止まる。

 

 その美貌はこの世の物とは思えず、かの黄金と呼ばれるラナー姫に匹敵する美しい彼女は時々王国で出会うアダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇に似た強い眼差しをもって私を見据えていた。

 

 「この度は村を救っていただき誠に感謝する」

 

 いつまでも閉口するわけにもいかず、ゴウン殿にしたように深く頭を下げる。

 

 「なに、私たちもこの村には一泊の恩がある。こんな形ではあるが恩が返すことができてよかったわ」

 

 「ああ、気にするな。困っていたらお互い様だ」

 

 そう笑っていってくれたお二方に、私は感動に震えていた。今時ここまで人ができている方が、ここに居てくれて村だけでなく私の心まで救っていただいた気分だ。

 

 「言葉もないとはこのこと良ければ王国に寄ることがあれば是非我が家に歓迎したいと思います」

 

 2度目も深く頭を下げた。

 

 

 

 

 「今回襲撃してきたものは数人を除き捕らえています。王国の方で引き取って貰えますか?」

 

 「なんと、捕虜まで、これで村を襲ってきた事実を王国に伝えれます。ご協力感謝します」

 

 アインズの案により生き残った襲撃者たちは全員は王国の方へと引き渡すことにし装備も色をつけて買い取って貰えた。これが他の貴族なら買い叩かれていた分彼への信頼が上がる。比較的協力的なロンデスやそれに近いものには温情を与えるように嘆願し王国に引き渡すことになった。

 

 ついでに、王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフと副団長を交えての情報を交換しておきたかったが、今度は村を包囲する者たちが現れたことで中断された。

 

 その集団の狙いはガゼフ本人であることをアインズが推察し、心当たりがあったのか、心底悔しそうに顔を歪めるガゼフは一度モモンガやレイナたちに助力を求めるが、それはこれから起こるであろう戦闘への加勢ではなく、自分の隊が奴らの注意を引くので村人たちを避難させてほしいと言うものだった。

 

 断る理由のなかったアインズとレイナは承諾し、わかっていながら死地へと飛び込む彼らを見送った。

 

 

 

 

 

 「もはや、ここまでだな」

 

 ガゼフ率いる兵士たちの奮闘虚しく膝をつくガゼフに、馬上に乗ったまま他の陽光聖典隊長ニグン・は油断なく監視の天使を召喚しながらガゼフに対して天使による一斉攻撃を指示する。

 

 最後を悟りながらも、天使の群れの間からガゼフが自分を睨み付けたまま天使に塗りつぶされるのを見届けようとして叶うことはなかった。

 

 「そこまでにしてもらおう」

 

 どこまでも重い男の声がニグンへとかかり、彼だけでなく周りにいる彼の部下や支配している天使がその動きを止めた。いつの間にかそこにいたのか4人の人影がガゼフたちと入れ替わるように現れた。

 

 4人は対照的で声をかけてきた男のマジックキャスターは仮面を身に付け全体的に黒、その隣に立つシルエットから女性らしい漆黒の全身鎧を着込んだ戦士。もう一方は旅人らしい格好の女性で青が混じった白、そんな彼女の隣に立つのは純白の全身鎧を着た屈強な男。

 

 姿も雰囲気も違う黒と白。対照的な彼らはニグンたち陽光聖典に立ちはだかった。

 

 

 

 



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6.戦乙女と陽光聖典

 

 

 愚か者がきた。

 

 そう簡単には思えなかった。

 

 こちらは数十人以上、ガゼフたちによって天使の何割かは倒されてしまったが再度召喚させることでその補填も行え、隊員たちもまだ余力が残されている。それに引き換え相手はたったの4人、今は見えないガゼフをいれても、死に損ないだ頭数にもならん。だが、だがしかし

この拭えぬ不安はなんだ。ニグンは冷や汗をかき、彼らを見た。

 

 「な、なんだ。貴様らは・・・」

 

 絞り出したように言えたのはそれだけだ。

 

 「私はアインズウールゴウン。旅のマジックキャスターである。この度はガゼフ殿の助太刀にきた」

 

 「同じく旅人のレイナ。この村で世話になっていたものよ」

 

 代表するように黒のマジックキャスターと白の旅人が前に出て答えた。後ろに控える2人は挨拶をしない、従者なのだろうか、静かにこちらをみたままだが闘志は抑えていない。

 

 「ところで、つい最近この村を襲う者たちがいたのだが・・・」

 

 「貴殿の差し金か?」

 

 「そんな兵士知らな「嘘だな、私は一言も兵士だとは言っていないぞ」っ!?」

 

 普段は絶対にしない凡ミスにニグンは自分がどれほど追い詰められているのかと考え、いつの間にか女の手には剣が握られニグンへと向けられる。距離があるはずなのに、それは目と鼻の先にあるように感じられた。

 

 「たまたま私や彼が居なければ、奴らはこの村を襲い少なくない人が命を落としていただろう。聞けば、すでに奴らは多くの村を襲撃した後らしい、綠な理由でないだろうが一応聞いてやる」

 

 「貴様、我が神の教えを愚弄するか!?」

 

 綠な理由。そう言われた瞬間ニグンは怒りが振り切れ、口を発していた。世に平和がもたらされることを、そのためには王国戦士長ガゼフが邪魔であると、いわく、村への襲撃はそのための必要な犠牲だと

 

 「「本当に綠でもないな」」

 

 男と女が同時にそれを否定する。

 

 「平和への必要な犠牲?否、否だ!何故彼らが死ななければならない。なんの罪もない一般人だぞ」

 

 「貴殿が言う神がなにかは知らないが、私たちからすれば邪神としか思えんな」

 

 「我らが神を否定するだけでなく言うに事欠いて邪神だと!?、全天使によって攻撃し、奴らを殲滅せよ!」

 

 

 レイナ、アインズの言葉にニグンは目を充血させて叫んだ。ニグンの指示に彼らは天使へ向け、攻撃指示を出す。天使たちはその槍を2人に突き刺す。

 

 「効かんな、そんなものか」

 

 「姿は似ている上位種という訳でもないようね」

 

 槍は2人の得物で止められ、2人には全くダメージがないことにニグンやその部下が慌てる。

 

 「少しは楽しませて貰おうか」

 

 「ちょうど色々試したかったし、切ってもいいのがたくさんいるわ」

 

 「そうですね。久しぶりの耐久戦といきますか」

 

 「アインズ様には一歩も近付けさせないわ!」

 

 ニグンは彼らが何を言っているのか分からなかったがそれからは悪夢であった。白い2人が飛び出すと次々に天使たちが討ち取られてゆく、2体だろうと3体だろうと彼らは止まることなく天使を一刀両断し、ならば、魔術師の方を狙っても黒の女戦士が天使も魔法も寄せ付けないまま、魔術師の放つ魔法によって殲滅される。

 

 あまりの殲滅力に召喚が間に合わないはずだが彼らはわざと動きを止め、こちらが召喚できるようにしている。

 

 アークエンジェル・フレイムがすぐに再召喚により、かれらを取り囲むが

 

 「たっち!」

 

 「いいぞ!レイナ!」

 

 レイナが空いた左手に攻撃を受け流す円状の盾をどこからか取り出すと白い騎士に声をかける。それだけで彼女がやりたい事がわかったのか、2人の行動は速かった。

 

 レイナがなんとその盾を天使に向かって投げつけた。盾はフリスビーのように回転しながら高速で天使に衝突。天使は一瞬で粉砕、さらに盾は止まることなく天使に当たった所で跳ね返りあらかじめ計算されたように次の天使へ向かい粉砕していく。

 

 「茶釜さんの十八番借りますよ!」

 

 軌道上に天使がいなくなればそこにいたには白の騎士。自分に向かってくる盾を難なく受けとると、強襲した天使を盾で横殴りに仕留めそのまま着地。

 

 「アインズ!(パターンD!)」

 

 「!(了解です!)。ダーク・レイ!」

 

 今度は白の騎士がアインズに叫んだと同時に、アインズの杖から漆黒の放流が白い騎士へと向かう。同士討ち!?と思ったとところでそれはすぐに打ち砕かれる。

 

 レイナが出した盾は魔法反射の付加がつけられ、ユグドラシルでは装備していると回復魔法まで反射してしまう使い処の難しい代物であったが盾としての性能も高く何よりフレーバーテキストに投擲用として使用可能であると書かれており、当然ユグドラシルではそのような用途には使えずにただ防御用であった。

 

 だがこの世界においてその性能は変質、盾の防御力はそのまま攻撃力となり、反射魔法はただ相手に返るだけでなくある程度指向性を持たせれるようになった。つまり

 

 騎士が、その射線上に腰を屈め盾を構えると付加された反射の魔法が発動。魔方陣が盾の表面から浮き上がりモモンガの魔法をそのモモンガ自身でなく反射屈折して天使に直撃!たっち・みーが構えの方向を変えるだけで周囲に集まった天使全てを凪ぎ払った。

 

 (たっち・みーに進められた昔の映画で見たことをやってみたけどうまくいったわね)

 

 (メッセージに次の動きを一枚の絵にして送るのは成功か)

 

 (うお、本当にイメージの通りになった。これは、他の魔法に対しても色々実験しないとな。まずは・・・)

 

 (くっ、さすがはたっち・みー様。モモンガ様と息がピッタリ・・・それに認めたくないけどあのレイナという女強い・・・)

 

 あまりの光景に聖光祭典は敵であるあれらの動きに愕然してしまう。それか、とうとう部下たちの魔力が切れ倒れていく。立っているのはもはや、ニグン一人数名の部下と数体の天使・・・彼は切り札を切ることにする。切り札を掲げるニグンを見ても彼らは動かなかった。

 

 聖光祭典の上空に光の化身が降臨する。

 

 魔封じの石、かつて魔神を倒した第7段位のドミニオン・オーソリティーを封じた至宝、ニグンに取ってそれは本当に最後の大逆転を機する手だった。そう、彼にとっては・・・

 

 「これが、かなんということか」

 

 「周りにいるのに比べれば強い方だろうけどね」

 

 「あなたたちみたいな奴らに操られる彼らが可愛そうね」

 

 「やはり、人間・・・不敬である」

 

 4人の前にレイナが一歩前に出る。それだけで天使が後ずさった気がした。

 

 「本来彼らはある神聖な場所を守るために存在するはずの守護者、それが、召喚した者の命令とはいえ、人を殺すためだけに行使されるのは見ていて辛いものがあるわ。だから・・・」

 

 レイナが言うそれはユグドラシルでは常識で、神聖な神殿などで彼らはたくさん存在し、プレイヤーたちを見守り、時には試練でプレイヤーたちを鍛える者たちである。そんな彼らが、命令とはいえ、人々を殺すことを運命だの必要な犠牲だのと言う邪教徒に逆らえずにいるのはレイナにとって可哀想に思えた。

 

 「あなたが言う正義試してあげるわ」

 

 剣をかかげる

 

 "ヴァルキリーの号令"

 

 その瞬間、天使たちが術者たちの操作を離れた。何が起きたのかわからなかった。ニグンもその部下も、天使たちは脱力したように槍を下ろすと、レイナの側に近づいて行く。しかし、それは攻撃しようとするものでなく、どういうことなのかそれはすぐにわかった。

 

 天使たちがレイナたちの側に留まるとその身体の向きをニグンたちに向け、その矛先を向けたのだ。

 

 空に浮かぶ天使たち。黒と白の4人に対峙する愚か者の図がそこにあった。

 

 

 「ばかなぁぁぁぁ!?貴様一体何をしたぁぁぁ!!?」

 

 あり得ない、あり得てはいけない。ニグンは頭がおかしくなるのを止められず叫ばずにはいられない。よりにもよって術者の制御を離れた天使がこちらにその矛先を向けたのだ。別の天使を召喚しようにも、見放されたように召喚に反応しない。ニグンが召喚した切り札たるドミニオン・オーソリティーさえその矛先を陽光聖典へと向けていた。

 

 「抵抗は無駄よ。諦めなさい」

 

 彼ら陽光聖典の実力を隠した上で数の上でも逆転されてしまったニグンたちは逃げることもできず、呆気なく天使たちによって捕縛されることになった。

 

 そして、その上空に亀裂が走ったのをレイナやアインズは見ていた。

 

 

 技説明

 

 ヴァルキリーの号令

 

 ヴァルキリーのクラス持ちで相手と自分のカルマ値でどちらがより善かでその場にいる天使モンスターを味方にできる。レイナはカルマは少し善寄りの中立なので彼女が言った試すとは彼らが本当にカルマがレイナより善よりなら問題なく使役できていた。

 



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7.戦乙女と旅立ち

 

 

 例によって見逃した者を除き陽光聖典を捕縛してカルネ村へと帰還したアインズたちは、レイナの回復魔法で癒され、しばらくして目が覚めたガゼフの元でこれからのことを話し合っていた。

 

 「という訳で、彼らの多くが尋問すると3回答えた時点で死亡してしまいました。一応何人かは尋問せずに捕らえていますので、すみませんが王国の皆さんには残った彼らを引き取ってもらえますか?」

 

 「いや、何から何まですみませんゴウン殿。村人を守るばかりか我々まで助けていただき、感謝のしようもありません」

 

 「なに、最後の止めを刺したのはレイナさんです。お礼なら彼女に」

 

 「そうなのですか、その彼女はどこに?」

 

 ベッドから上体だけ起こしたガゼフが部屋を見渡すがレイナの姿はない。

 

 「彼女なら、今は負傷した兵士たちに治療の魔法をかけていますよ。何を隠そう戦士長の怪我を治したのも彼女です」

 

 「なんと、あれだけ強い戦士でありながら回復魔法も扱えるのですか」

 

 「ええ、彼女はかなり優秀なヒーラーであり、戦士ですからね。ケガなどの治療も慣れたものらしいです」

 

 「私たちは運が良かったのですね。戦い中はここまでかと思っていましたが、あなただけではなく彼女にも出会えたのですから」

 

 ガゼフは驚きを隠せないでいた。レイナは見た目ガゼフよりも若く見えるため、戦士としてだけでなく回復魔法まで使いこなす彼女は一体どれほどの鍛練を重ねたのか想像できなかったのだ。

 

 「ええ、彼女程の力を持つものは早々いないでしょう。出来るなら私の護衛としてスカウトしたいですよ」

 

 「確かに、彼女ならどこからも引っ張りだこでしょうな・・・」

 

 アインズの言葉にガゼフは彼女を彼を含めて王国に招待して王に仕えてくれないか考えるが、苦い表情になると首を横にふる。確かに彼らを王国に所属させることが出来れば年に一回起きる帝国に対して切り札となり、もしかすれば勝利できるかもしれない。だが、それには信頼ある王ならば快諾してくれるだろうが他の貴族たちがいい顔をしないだろう。

 

 アインズは名の知れぬ魔法詠唱者というだけで糾弾は避けれぬだろうし、レイナの場合女性であることで男尊女卑の彼らにとって異端扱いであり、ガゼフ自身王国戦士長になった今でさえやっかみを受けている現状で今回の暗殺未遂である。貴族に対していい感情がない。最悪彼女の美貌だけを目当てに手を出す貴族が出てきそうである。

 

 そんな不快な思いを恩人たちにさせたくないとガゼフは思う。

 

 「なにか、嫌なことでも思い出しましたか?」

 

 「・・・っ!?」

 

 そんな悲壮なガゼフの表情を見て、アインズが訪ねるもガゼフは今の王国貴族に対しての不満を吐露しそうになるのを飲み込み、傷が痛むだけですと誤魔化した。

 

 

 

 

 村の皆が寝静まった頃。レイナはモモンガとたっち・みー、そしてアルベドと与えられた家に集まって話し合っていた。

 

 陽光祭典を捉えたとき観測した情報系魔法について、モモンガは対情報系魔法で覗き見していたものにダメージを与え、レイナは相手側の情報を盗み出す魔法を唱えたままにしていた。その中にはスレイン法国と呼ばれる国の情報があり、それを共有しようと話し合いの場をレイナが用意し、まず行ったのは謝罪だった。

 

 「本当にすまなかったわ。あなたたちの家を壊してしまって」

 

 アインズたちに向け深く頭を下げるレイナはこの村にきて色々ふれ合う内に、あの時崩壊した玉座の間をなにも言わず、逃げたことを気にやんでいた。

 

 例え不可抗力だったとはいえ、自分の住む家を一部とはいえ崩壊させてしまったのは相当怒るだろう。

 

 「ええ、そうね。では自害しなさい!今すぐ!」

 

 「おい、アルベド!」

 

 実際、悪魔のアルベドから共闘してからも殺気を隠すことなくこちらを睨み付け、それをアインズが落ち着かせようとするが彼女はですがっ!といって譲らない。

 

 「まぁ、待とうレイナも故意ではないようだし、それに聞いてみれば異変直後という話じゃないか、前の世界なら建物が直接壊されるなどなかった。これは事故のようなものだろう」

 

 騒然とする場を納めたのは、アインズ・ウール・ゴウンを初期でまとめていた元クランリーダーのたっち・みーだった。

 

 「ユグドラシル最後の日、本当はそのまま消えるはずだったアインズ・ウール・ゴウンが別の世界に転移、今までのあり方さえ、変質した。今後もどういった変化があるかわからないうちに、内輪揉めをしている時間はないだろう。そう、我々は同じユグドラシルの仲間としてこの困難を乗り越えなくてはならない。まぁ、ユグドラシルを離れていた自分がいうのもなんだが・・・」

 

 「っ!・・・」

 

 「いや、そんなことないさ。ありがとうございます。アルベド聞いた通りだ。今は少しでも手が欲しい事態なのだ。わかってくれないか?」

 

 「ア、アインズ様の命ならば・・・」

 

 「本当にごめんなさい・・・」

 

 「なに、たっちさんも言ってるように、今は手を取り合って頑張りましょう。レイナさん貴女の謝罪を受けとります」

 

 「ありがとう・・・」

 

 その言葉にレイナは涙目で笑うと、彼女の美貌もあって、アインズのないはずの胸が高鳴った。

 

 「ん、んんっ、では早速情報が交換しませんか?」

 

 「そうね。ではまずスレイン法国の規模とその目的から・・・」

 

 (ん?これはもしかして・・・)

 

 (くっ、女の勘が警鈴を鳴らしている!この女油断ならないわ)

 

 こうしてユグドラシルプレイヤー+αの会談は夜遅くまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 「今、いいかい?」

 

 「ん、どうしたの?。たっち?」

 

 有意義な情報交換後、アインズは一度ナザリック戻ると言ってアルベドと村を守るように指示したセバス・チャンを残して去っていった。

 

 その後、月夜を眺めていると後ろからセバスを連れたたっち・みーが声を掛けてきた。

 

 「君には礼をしたいと思ってね。ありがとう」

 

 「いきなりね。何のお礼?」

 

 「ユグドラシル最後の日にアインズ・ウール・ゴウンに来てくれたことさ」

 

 「あら、私はただ最後にって選んでただけよ。お礼を言われるほどのことではないわ」

 

 なんのことかと思えば、ほんとに礼を言われることではなかった。

 

 「ふふ、君ならそういうと思ったさ」

 

 「なぜ笑うのかしら?。まぁいいわ、ブルーがいってたプラネタリウムもすごかったし、ひこ・・・世界を裏で支配してたモモンガやヘロヘロって人の戦いは楽しかったしね」

 

 非公式ラスボスといいそうになり、近くにセバスがいるのに気付き、それらしい言い方に変える。

 

 「ブルー?プラネタ・・・もしかしてブループラネットさんかい?知り合いなの?」

 

 「ええ、ユグドラシルで野良で出会った友人よ。ユグドラシル大景観スポットを探してる時に会ったのよ」

 

 「なるほど、結構、世の中狭いものだね」

 

 どうやら、ブループラネットの知り合いだというのに驚いているようだ。彼の後ろにいるセバスも驚愕の表情を浮かべている。

 

 「自分が手掛けた一番の自信作だって言ってたから楽しみでね。案内してくれるって言ってたけど、かなわなかったわ」

 

 「・・・う~ん。それって、いや、あまり首を突っ込むのも野暮か・・・」

 

 なんかたっち・みーが腕を組み唸っているがどうしたのだろうか?

 

 「まぁ、とにかくありがとう。君のお陰でモモンガも楽しそうだ。それとこの世界へも喚んでくれて、まさか、セバスとこうして話せるなんて思わなかったしさ、またいつでも喚んでくれて構わない」

 

 「そう、こっちも助かったわ。ありがとう我が友よ」

 

 「こちらこそ、友よ」

 

 かたい握手を交わす。そうしてたっち・みーは光の粒子となり、元の世界へと戻って行った。

そして今度はセバスが頭を下げる。

 

 「私からも礼を言わせてください。レイナ様。再び私の創造主と会わせていただき感謝の念がたえません」

 

 「貴方もですか、なんか照れ臭いわね」

 

 「だからこそ、言わせていただきます。レイナ様、今すぐこの村から出た方がいい」

 

 「・・・ええ、そうでしょうね。貴方がよくても他のナザリックの者が私のことをよく思わないでしょうし」

 

 「私もできる限りの貴方を擁護します。たっち・みー様だけでなくブループラネット様の知己であられる貴方ならばいずれはナザリックへと迎えられるでしょう。ですが、今は・・・」

 

 「ふふ、優しいのね。さすがたっち・みーさんの子ね。私たちが戦ってる間村を守ってくれてありがとうセバス」

 

 「最高の誉め言葉です。貴女もどうか災息でありますように」

 

 セバスの礼を背中に受けながら、レイナは今夜もエモット家へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「本当にお二方には世話になった。もし王国に来られることがあれば是非我が家にお越しください。できる限りのおもてなしをさせてもらいます」

 

 陽光聖典の襲撃があって一晩明けるとガゼフは部下と捕虜を連れてカルネ村を去って行った。去っていく前にお礼に王国の情報を提供してもらった。レイナによって傷は治ってもまだ疲れは取れていないだろうに忙しく、律儀な男だ。

 

 あの戦闘により危ない怪我を負った兵士たちはレイナの回復魔法によって完治しており、その際口々にお礼を言われた。なかには身体の一部を失った者もいた中、あまりに感に極まってレイナに告白まで行うものがおり、ガゼフや副長に拳骨を受け引き離されていた。

 

 このカルネ村もモモンガが直々にアインズ・ウール・ゴウンと外の世界の中継地点にするということで保護対象に納めると今は村長にその事についての話し合いが行われている。

 

 レイナは昨日セバスに言われた通りカルネ村からに出ようと思っている。何故なら今自分がいることでもしかしたらモモンガは良くてもナザリックにいる他のNPCには恨まれている可能性があり、それが原因でナザリックによる保護を異を唱えられるかもしれない。最悪はレイナに対して人質として使われるかもしれない。

 

 そういう考えもあってレイナは世話になったエモット家に挨拶してカルネ村を後にしようとした時に問題が起きた。なんとエンリがレイナに弟子入りしたいと頼んできたのだ。理由を聞けばあの襲撃によって両親とはぐれ近くの森に妹と一緒に隠れようとし、伏兵により捕まりそうになったと

 

 そして、エンリは兵士に追い付かれそうになったとき、レイナの教えを実行、腰を落とし利き手を体の奥に引き、剣を振りかぶった奴めがけ、その顎先に掌底を食らわした。

 

 結果は成功。兵士は思いのほか吹っ飛び、後ろの仲間を巻き込んで倒れ、意識はあるが立ち上がれず、怯えた目でエンリを見ていた。

 

 エンリはその時己の手のひらを見て震えた。恐怖ではない確かな武者ぶるいによって、レイナの言っていた英雄になれるという言葉を思い出していた。

 

 その後すぐにアインズが現れ残った兵士を倒し救われた後、両親と合流し村へ戻りレイナの戦いを見て憧れたらしい。

 

 妹はどうすると聞いて思い止まらせようとするがその妹であるネム自身からも姉が旅立つ寂しさに震えながらもお願いされては断り切れず、承諾することにした。

 

 「かなり厳しいわよ。私自身弟子をとるのははじめてに近い。それでも来るの?」

 

 「覚悟はできてます」

 

 そういった彼女の瞳は強い光を持っていた。さらに、問題は続き今度はシオンさえ、レイナの弟子になりたいと言ってきた。彼もレイナの戦いに魅せられた一人であり、親父を説得してきたらしい。困ったことに彼もただ流れにのってとゆう軽い気持ちでないことだろう。

 

 「君もか、本当にいいのね?」

 

 「俺もあなたのように強くなりたい。そのためにはあなたの近くにいれば早いと思うからそれに・・・あなたを守りたい」

 

 最後は小声で分かりにくかったが、シオンもいい眼をしていた。

 

 「エンリいつでも帰ってこいよ」

 

 「すいません。レイナさん。娘を・・・よろしくお願いします」

 

 「お姉ちゃんたまには帰ってきてね・・・」

 

 「うちのバカ息子は遠慮せずこきつかってくれ。おい、バカ息子!途中で投げ出したら容赦しねぇからな!」

 

 「ひでぇな。わかってるよ親父・・・」

 

 こうして、ある程度事後処理を終えた後、村長やエモット家やレイヴァン家に挨拶してレイナはエンリとシオンを連れてカルネ村を離れ旅に出た。きしくもそれはレイナがユグドラシルではじめてパーティーを組みかの世界を初めて旅したときと同じ状態に近かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんてうらやま・・・けしからん!」

 

 それを後から知ったモモンガが、これぞ冒険ライフをするレイナに嫉妬して元々あった旅への憧れをさらに強くするきっかけになり、後に漆黒の英雄へとなっていくのだった。

 



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8.戦乙女と旅道中1

タイトルの間違いは指摘されて目玉飛び出ました・・・。

ありがとうございます。

なんなに確認したのに、目にはいったときから脳内変換されていたのですね・・・。

あとufoと猫さん、KAINさん、さーりゃんさん、形成さん。

誤字の修正などありがとうございました。

あとストーリーは勢いで書いてるので色々考えられる作品の人ほどは作れないと思います。ごめんなさい。

これからも、本編とは違う展開や矛盾もあると思うので、お目汚しのほどをお願いします。


 

 

 

 

 レイナとエンリ、シオンの3人は次の街エ・ランテルを目指し、歩いていた。エンリの話によればエ・ランテルへは1日もあれば着くらしいがカルネ村からは昼に出たので一度は外泊してから行くことにした。

 

 理由は他にもエンリやシオンに課す修行を行うためだ。取り敢えず、日が暮れ始めた頃レイナはグリーンシークレットハウスというアイテムを使い一晩泊まることにした。それを初めてみた2人は一瞬で現れたそれに驚いた。

 

 このグリーンシークレットハウスはユグドラシルでは寝泊まりする上で簡単に拠点として扱えるので、どのプレイヤーも所持しており元々はレンガで出来た建物だが課金すればかなり自由にカスタムできるアイテムで、レイナも例に洩れずカスタムしてなかなか凝った作りになっている。

 

 基本は四角いテント型でまさになめした皮のようなデザイン、入り口はカーテン状で左右に開くようにされており、雨よけも存在しており、ランタンはきれいな炎が燃えている。まさに旅人が使うテントという赴きが幾人の心をつかむだろう。

 

 「す、すごい」

 

 「これは、一体・・・」

 

 しかし、3人で使うには少し狭いかもと思っていた2人だが中に入ればさらに声をあげて驚いた。中の広さは外からはわからないほど広くなっていたのだ。寝れる場所だけではなく普段はソロで活動するため一部しか使用しないレイナだがパーティーを組むこともあるのでテント内はかなり広く設定している。

 

 魔法かなにかかと驚く2人にレイナは笑みを浮かべる。誰だって自分でカスタムした物を誉められれば機嫌が良くなるものだ。

 

 2人が落ち着いてからはまずはエンリが使用する武器や防具について実際装備して選んでもらう。

 

 「うん、これが良く手に馴染む気がします」

 

 エンリが選んだのはなんとクレイモアと呼ばれる両刃の大剣、そのずっしり来る重さが村で使い慣れていた農具に近いらしく結構重いはずだが、一振りしてみてもなかなか様になっている様子だ。ということは装備も重装備系だろうかいやいきなり全身鎧など動きにくいか、と考え体力作りとして常に装備して剣を振るように指示する。

 

 「まずは手に馴染ませなさい。獲物が長いと屋内や超接近戦で不利になるからその場合の対処も教えていくわ」

 

 「はい、わかりました!」

 

 武器が決まれば今度はそれに合わせて防具を選ぶ、資質があるとはいえ、この前まで村娘だったエンリでは、その辺の雑魚モンスターでも危ない。

 

 幸いレイナは昔に使用していた装備があったので見繕い。最終的に軽量化された鎧を小手と脚を護るように装備おまけにエンリに合わせた赤色にして渡す。

 

 それだけで強くなった気分になるエンリ。アクセサリーに力向上と防御力向上の腕輪、毒や麻痺への耐性をあげておく。

 

 シオンに対しては彼が元々は狩人として使う弓を主体に、接近されたら短剣での戦い方を教えていく。レイナはユグドラシルでさまざまな武器を使用しており、その中に弓もあったので問題なく教えることが出来た。

 

 どうやらユグドラシルで得た武器の熟練度は、この世界に来てからも有効な上、どうすれば上達するのかさえ理解できており、あとは彼らにわかるよう口で伝えていけばいけるようだ。

 

 「うん、元々使い慣れているお陰か飲み込みが早いわ。これならすぐにでも実践してもいいでしょうね」

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 「でも、戦場では普段行う森での狩りとは違うからそこは追々慣らしていかないとね」

 

 当然、彼に対しても装備の調整を行い。俊敏力向上、集中力向上、耐性には盲目などレンジャーに合う物を選ぶ。

 

 「いい?、今はその装備のお陰で戦えるかもだけど、いつしか自分自身でその力をものにしていかないと駄目よ」

 

 と装備のすごさに驚く2人にそう釘を刺しておく。

 

 そうして、ある程度訓練を行ったら、今日の飯を作りにいく。

 

 凝り性でアイテムボックスに限界まで溜めこんでいたユグドラシル産の食材を使い調理する。(嬉しい誤算に食材にしても調味料も1つでも何人分、中身がなくなるまでとリアル基準になったため、しばらくは失くならない事に気づいた)

 

 献立は炊きたてのご飯と味噌汁とサラダ、メインに鳥の照り焼き。テントのなかとは思えないキッチンで作った。

 

 初めてこの世界で振る舞うのでエンリたち2人の口に合うか心配だったが

 

 「う、うまい。こんなうまいスープと食べ物なんて初めて食べました」

 

 「レイナさん料理もうまいなんて・・・凄いです!」

 

 とこんな風に絶賛された。

 

 「喜んで貰えて良かった。なんなら今度作り方教えてもいいわよ?」

 

 お願いします!と頭を同時に下げる2人にレイナは笑みを浮かべ快諾した。

 

 この時意外とシオンよりエンリのほうがご飯を多く御代わりしていたのが印象に残り、エンリがそれに気付くと恥ずかしそうに俯いた。

 

 ここでユグドラシルであった。サブスキル料理が役に立った。一時的にバフがかかる料理は熟練度で効果が上がるのでほとんどのプレイヤーはある程度ジャンルを絞って覚えており、その時必要な料理を役割分担するのが常だったが、レイナはなんとほぼすべての料理レシピをマスターしており、パーティーに入ればみんなに振る舞う事をしていた。

 

 

 

 

 

 「なるほど・・・ここがこうで・・・」

 

 「はい、そしてこれが・・・」

 

 「くぅ、こうなるなら狩りばかりじゃなくて真面目に受けてりゃ良かった・・・」

 

 食事が終わり、始まったのはエンリによるこの世界の文字についての勉強だ。エンリが言うにはこういう教養は親や村で行われており、王国などでもそれは同じで、最近は帝国に魔法学校なるものがあるくらいでそれもある程度才能と財力あって入れるくらいで学校というのは世間には浸透していないようだ。

 

 ある程度詰め込んだら、就寝。本来は見張りを用意して交代で寝ずの番をするのだが、このグリーンではないシークレットハウスは仲間以外の人やモンスターを避ける呪文が施されているので3人ともゆっくり寝るのだった。

 

 

 

 一夜明け、身支度を整えて旅を再開すると道中、モンスターに襲われる一団を発見した。相手は大柄のオーク数体を主としたゴブリンで、人間の一団よりかなり数が多い、彼らもあまりの多さに苦戦している雰囲気であり、手助けしないとヤバそうだとレイナは即判断し2人に声をかける。

 

 「私がオークを片付けるわ!2人は彼らに合流して近付くゴブリンを討って!」

 

 「「はい、わかりました(わかった)!」」

 

 レイナが抜刀してオークの群れに突っ込み、2人が劣勢な一団をへ合流を目指す。

 

 オークは突然横から来たレイナの速さに驚くも女だからと油断したのか持っていた棍棒を軽く横にふって吹っ飛ばそうとしてその棍棒ごと横に真っ二つにされた。

 

 それにはオークたちだけでなく襲われていた一団も眼を剥いて動きが止まった所をオークはさらに2匹レイナの餌食になった。それを機とみたエンリはクレイモアを引き抜き進路上のゴブリンを横凪ぎで1匹返す形でもう1匹と確実に倒し、シオンも弓を引きエンリや一団を取り囲もうとするゴブリンを牽制しながら、動きが止まった奴から射抜いていく。

 

 レイナに指導されてたった一日しか経っていないのに2人の成長はかなり早い。レイナが大きくヘイトを稼いでいるのもあるだろう。そんな彼らの姿を横目で確認したレイナはさらにスピード上げ次のオークへと狙いを定める。

 

 あまりの速さにオークは、その脳筋な頭を使い暴れるように体を動かし、面での攻撃を繰り出すが、レイナが左手に盾を持ち、その軌道上に重ねて弾いた。

 

 シールドバッシュ、盾持ちの戦士が会得とするそれは、ユグドラシルの戦闘において仲間の生存率を大きく上げる要素であり、強者のなかにはメイン盾と呼ばれるタンクが存在し、ヘイトを稼ぎ、戦場を操るモノもいた。

 

 

 

 

 

 

 「いかに注目(ヘイト)を操るか。それがパーティー生存の要。私に不可能はない」

 

 「言ってることはわかるし、その姿(ボロボロ)なら説得力あるわね。あと声が素に戻ってるわよ。はい、大治癒(ヒール)

 

 「ありがとぉぉ~♥️あっちゃ~、レイレイとやまちゃんと一緒だと面白い具合にアイテムが集まるから、ついつい~」

 

 「それだとレイがどこかの暗器使いキョンシーみたい・・・ねっ!」

 

 「お姉ちゃん。そんなこと言ってないで、もっと殴りまくって!。もっちさんが緊急信号発信してるから!」

 

 「と言うわけで、頑張ってレイお姉ちゃん♥️」

 

 「はいはい・・・ふう、女性限定イベント手伝ってっていうから、来てみればデータクリスタル大量放出系なだけに大群のワールドエネミー討伐とは・・・運営はもう少し正気になった方がいいわね」

 

 「確かに美味しいけど殺意が半端ないわ。まぁ、やったろうかっレイ!」

 

 「戦士と回復職をとってるからと聞いたから中途半端な戦力とは思ってたけど、ここまで化けるとはね。本当にたっちさんもだけど規格外の存在ね・・・」

 

 

 

 

 

 

 オークは武器ごと後ろに大きくのけ反り、たたらを踏み耐えようとするが、がら空きになった懐にレイナの連撃が決まり、まるで、爆発四散したように草原の一部を己の血に染める。

 

 あんまりな仲間の死を見て、残りのオークたちがその表情を恐怖に歪め踵を返すと森の中へと帰っていく。レイナたちはそんな彼らを追撃せず、襲われていた一団の保護のためそれを見送った。

 

 

 



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9.戦乙女と漆黒の剣

 

 

 冒険者ギルドから依頼を受けて街道沿いのモンスターを討伐していたシルバープレートのチーム漆黒の剣は敵の思わぬ増援に苦戦していた。最初は数体のゴブリンと遭遇それを撃破したのだがすぐにオーク中心とした大群に襲撃された。そう最初のゴブリンたちは斥候だったのだ。何故あまり知能がない彼らがそんな事をしたにかわからないが漆黒の剣は窮地に陥っていた。

 

 「くそっ、こいつら!」

 

 「駄目だ!囲まれて撤退できない!」

 

 リーダーである短髪のペテルが剣振り回しゴブリンを牽制するが彼らは数体を残し漆黒の剣を囲むように展開しており、レンジャーのルクレットが叫んで返す。

 

 「不味いのである。こいつら後ろのオークと合流してから襲うつもりのようである!」

 

 「そ、そんな・・・この距離じゃ魔法を使えない」

 

 ゴブリンに囲まれ距離を保たれこちらを伺うその様子にドルイドのダインが戦槌を構え魔法詠唱者のニニャを守りつつ近付いてくるゴブリンを相手にしている。

 

 「諦めるな!どうにかして突破して生きて帰るぞ!!」

 

 「だが、ペテルこのままじゃ・・・」

 

 どんどん近付いてくるオーク姿に諦めそうになる仲間にペテルの叱咤が飛び、ルクレットが弱気な返答を返したその時

 

 「助太刀するわ!オークは任せなさい!」

 

 声が聞こえそっちをみればこちらに凄い速さで駆けてくる銀髪の女性がオークの群れに向かっていく。無茶だとあまりの速さに止める間もなく彼女に気付いたオークが横凪ぎに棍棒を振るい。その棍棒ごと叩き切られるのを見てしまった。

 

 「は?」

 

 「うえっ!?」

 

 「なんと・・・」

 

 「え、ええ?」

 

 どちゃっとオークの上下が泣き別れ地面に落ちても4人の思考は止まっていた。あまりにも致命な行動だが幸いゴブリンたちも何が起きたのか理解できず固まっていたので問題はなかった。そうこうしているうちにオークが同時に2体絶命する。

 

 そして彼女の仲間だろう鎧に身を包んだこれまた金髪女性が自分の身の丈ほどある大剣を振るってゴブリンを屠り、ルクレットに似た格好の少年が漆黒の剣を囲むゴブリンを数体弓で仕留めてからこちらに合流して来た。

 

 「大丈夫ですか!?」

 

 「あ、ああ君たちは?」

 

 「それは後だ!今はこいつらを倒すぞ!」

 

 「そ、そうだな。やるぞ皆!」

 

 エンリとシオンの言葉に正気をいち早く取り戻したペテルは仲間に呼び掛け行動を再開したのだった。

 

 

 

 

 初の実戦、それも不意での戦いにレイナはエンリやシオンを心配したがどうやら杞憂に終わったようで安堵していた。きっとカルネ村が襲われたとき、同じ人から殺気を向けられたことによりある程度度胸がついていたのが良かったのだと思う。

 

 オークを爆発四散させたあと(これにはレイナも実は自分にドン引きしていた。)逃げるオークとゴブリンを追撃せずにレイナは助けた一団へと合流していた。その時、長髪の軽薄そうな青年が顔をひきつらせながら、あんた人間?と聞かれたときは思わず口の端がピクリと反応してしまった。

 

 

 

 

 

 一度エ・ランテルに戻るという漆黒の剣を名乗る彼らと合流したレイナたちは道中で休憩を挟んでいた。

 

 「さっきは危ないところを助けていただいてありがとうございました」

 

 「なに、無事でよかったわ」

 

 そうして落ち着いたところでリーダーらしき男から頭を下げられる。

 

 「私は戦士でこのチーム漆黒の剣のリーダーしている。ペテル・モークといいます。そして、こいつらが・・・」

 

 「ドルイドのダイン・ウッドワンダーである」

 

 「レンジャーのルクルット・ボルブだ」

 

 「マジックキャスターのニニャといいます」

 

 彼を筆頭に自己紹介始まる。

 

 「そうか、私は神官戦士でレイナ・ヴァルキュリアよ」

 

 「え~と見習い戦士のエンリ・エモットといいます」

 

 「狩人・・・今はレンジャーかシオン・レイヴァンだ」

 

 とこっちも自己紹介を返すと、何故か彼らはこちらをぎょっとした表情で見てきた。

 

 「レ、レイナさんは神官戦士何ですか?」

 

 「うそ、あの蒼の薔薇のリーダーと同じ・・・」

 

 「あの強さも頷けるのである・・・」

 

 「まじか、でもオークを一刀両断なんて英雄ぐらいしか・・・じゃ、じゃあ回復魔法も?」

 

 「ええ、ヒールからレイズデッドなら使えるわよ(もっと上の位階も使えるけどモモンガとの調整もあるし、もし必要になれば切り札って言えばいいわよね)」

 

 レイナからしてみればだいぶ遠慮した(ガゼフからの情報提供で蒼の薔薇というアダマンタイトの冒険者が戦士と僧侶の複合職業を持っている事を知った)設定のはずなのだが、どうやら彼らはそうは思わなかったらしい。オークを一刀両断でき、さらに第5、6位階の信仰魔法を使えるときたらもうそれは英雄としか思えない。

 

 「まぁ、実際見せた方がいいかしら、貴女たち怪我しているみたいだし、全体中傷治癒(マス・ミドルキュアウーンズ)

 

 「こ、これは!?」

 

 レイナが回復魔法を漆黒の剣に使うと、彼らを緑色の光が包みその傷が瞬く間に消えていき、疲れさえなくなっていくその感覚に誰とは言わず驚愕の声をあげた。

 

 「す、すごい。回復魔法ってこんなに効果があるものなのか・・・」

 

 「マジかよ。さっきから驚きっぱなしだぜ・・・」

 

 「まさに、英雄、いや女神である・・・」

 

 「こんなに効果があるなんて、わ、ボクの知ってる回復魔法じゃない・・・」

 

 そんな彼らの反応にレイナは胸中でやってしまったと頭を抱えた。レイナからしてみれば、回復魔力はカンスト勢としてかなり高い数字を持っており、ただ使っただけでも、その回復力はこの世界では飛び抜けており、低レベルであれば大治癒(ヒール)と同じような効果になるだろう。某RPGのベホ○ム必須がホイ○で余裕でしたと感じだ。

 

 弟子となった2人の顔も振り替えってみれば、エンリもシオンも目を輝かせてレイナを見ていた。レイナは改めてもっと慎重に行動しないと駄目だとため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 結局、漆黒の剣の方々には自分は回復系魔法が高めるタレント持ちだと説明し、このことは内密にしてもらうことで事なきを得た。漏れる心配もあったが街までいく間に彼らと話してみれば、彼らの雰囲気から信頼できそうである。

 

 それも、道中で腹が減った彼らに朝炊いたご飯で作ったお握りをお裾分けした効果か。

 

 「なんだこれ!?こんな美味しいもの食べたことがない!」

 

 「この黒いもの以外なにもないと思ったが、中に具が入っているのであるな!」

 

 「この白いのにも、なんだろう?苦いようなでも甘いようななにかが・・・」

 

 「うおおおお!?、なんだこれすっぱっ!?。あ、でもすぐに口がさっぱりして、もっと食べたくなるな」

 

 以上が初めてお握りをを食べた現地人の反応である。絶賛である。大絶賛である。最初は恐る恐るだったのに、すぐに貪るように食べ(一人はゆっくりしかし、自分の分はしっかり確保して)多めに用意したお握りはすぐになくなってしまい。エンリが涙目になっていた。この子は大食漢。本人は否定するけど間違いない。

 

 その後、秘密にして欲しいといえば快諾。偉大なのは美味しい飯による餌付けか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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10.戦乙女と吸血姫(ナザリック)

 

 

 ~ナザリック地下大墳墓地表~

 

 

 「本当に行かれるのですか?」

 

 「ああ、裏からの調査では入らない情報もある。それに人間の街にに溶け込むには柔軟に立ち回れるとしたら、セバスやユリと数が少ない。私自身が行くのが一番の安全なのだ」

 

 「わかりました。何卒お気をつけください」

 

 「意外だな。もう少し渋ると思ったが・・・」

 

 「ふふ、何を言いますか。言っても聞きませんでしょう?お声から楽しみでしょうがないと嫌でも伝わってきますよ」

 

 「う、うむぅ・・・」

 

 アインズが直々に街へ行くことに当初は反対していたアルベドに不思議と思い聞いてみれば、やぶ蛇になったことにアインズは漆黒の全身鎧の下でみえない汗を流す。

 

 「そ、そんなに分かりやすかったか?」

 

 「ええ、特にあのレイナという人間が旅立った時から、物思いに更けることが多くなりましたから」

 

 そういったアルベドの頬は嫉妬で大きく膨らみ目はそっぽを向くように横に逸らしている。こうしてみるとアインズだけでなくアルベドもどこか人間らしくなっている気がする。

 

 それもレイナという侮れない人間が存在しているからだろうかとアインズはいい変化だとうんうん頷く。最もアルベドが油断ならないと思うのはレイナの強さだけではなく。アインズが彼女に惹かれている気がするからなのだが

 

 だからこうして、自分の我が儘でアインズを縛るのは逆に不利になりかねないと、押し止めたい気持ちを抑え外へ仕事にいく旦那を見送る妻のように彼を送り出すのだ。

 

 「ああ、すまんな。アルベドたちには心配をかける」

 

 「ですから無事にお戻りください。それが一番のお返しになりますので」

 

 「なに、私はアインズ・ウール・ゴウンの王だ。そう簡単には負けんよ」

 

 「では指輪を・・・」

 

 アルベドに差し出された豪華な箱にギルドアインズ・ウール・ゴウンの指輪を置く。彼女はそれを大切に蓋を閉めた。

 

 「では、お帰りをお待ちしています」

 

 「ああ、行ってくる、行くぞ。ナーベ、ユーリ」

 

 「「かしこまりました。モモン様」」

 

 深くお辞儀をするアルベドに返事をして、今回旅に同行を命じた2名に声をかける。1人はドッペルゲンガーで有りながら種族レベルを抑え、マジックキャスターとしての強さを抑えたナーベラル・ガンマ。プレアデスのまとめ役でナザリックでも珍しいカルマ善よりであり、モンクとして前衛を務めるユリ・アルファ。もし、アインズが単独行動するときにはナーベラルについて行動の指示、前衛を任せる予定である。

 

 最初はナーベラル一人の予定が、レイナさんというプレイヤーの存在がいることがわかっているので、護衛が一人でしかも、本来は後衛のマジックキャスターは容認できないとアルベドたちが反対し、急遽、前衛であるユリにもお鉢が回ってきた。

 

 本来なら、階層守護者をつけるのが無難なはずだが、その防御力随一であるアルベドは統括としてナザリックを任せないといけないし、次の候補は一仕事終えた森祭司でありながら力はシャルティアの次にくるマーレは無邪気さに隠れた人間軽視に不安を覚えたので、様子見することにした。

 

 そうして、出発しようとしたとき、アインズたちの前に一台の馬車が見えた。その前にはアインズたちに先を越してリ・エスティーゼ王国へと発つ予定のセバスとプレアデスが一人ソリュシャン・イプシロンが令嬢らしいドレスを着て待機していた。

 

 そのソリュシャンの顔をみたとき、アインズに不安がよぎる。

 

 ()()()()()()()なのである。なにも心配ないと思えるほどに。

 

 それがかえって不気味だと思うのはアインズのなかにいる鈴木悟がアンデットに染まっていないからなのかわからない。レイナがナザリックを去った後ヘロヘロの姿がないことに取り乱す彼女の姿が思い起こされる。そして、その後レイナによって倒されたことを知った彼女は・・・

 

 「うむ。セバスやソリュシャンも問題はないか?」

 

 なんとか声にその感情をのせずにはいれたと思うが、アサシンを持つソリュシャンはそういった感情の機敏には強いはずなので心配になる。

 

 「これはアインズ様。はい、準備ができましたのでそろそろ出発しようと思っていた所です」

 

 「アインズ様。はい、問題ありません」

 

 アインズの心配も杞憂に終わったようだ。セバスはいつもの厳格な表情で、ソリュシャンも影を感じさせない()()で答える。

 

 「大丈夫です。護衛にはエイトエッジアサシンにシャルティア様にその眷属の方がおられますもの」

 

 「そうか、ならば心配ないな。しかし、無理はするな。お前たちに何かあれば、私は勿論。ナザリックにとっても大事になる」

 

 「もったいなき御言葉しかと身に刻みます」

 

 「では行ってくる」

 

 旅立つ3人の背中を見つめるソリュシャンの顔が歪む。

 

 「ええ、必ず・・・あの女を・・・」

 

 「・・・どうしました。ソリュシャンもう少ししたら出発しますよ」

 

 「はい、セバス様」

 

 セバスは一瞬殺気を出すソリュシャンを疑惑の目を向けるが、無理もないとこの場は見逃すことにした。何かあれば、自分が仲介すればいいと。

 

 そう、レイナを狙うのが彼女だけなら・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは2度目の敗北だった。1500人の人間が大挙して至高の御方が住まうナザリックを攻めてきたときは、彼女は破れた。その時はまだ、人間の数十人を道連れにできた(何故かわざとやられに来た奴もいたが)分ましだった。しかし、その時の屈辱は忘れもしない。そして、至高の御方が彼らに返り討ちしたあと再び自身を復活させたあと、彼女は誓った。もう二度と遅れをとらないと。

 

 それは完膚なきまでに完敗であった。あの時のように、数に押されたのではない。当時、気まぐれに守護階層を見回っていたときその女に出会った。他に仲間の姿もないことからこの女は無謀にも1人でこのナザリックへと踏み入れてきたのだ。

 

 愚かな女だと思った。しかし、女は今まで見てきたどの女よりも美しかった。自分と同じ銀髪。自分との共通点に親近感が湧き、だが心なしか自分より輝いているとも感じ嫉妬する。殺したあと記念すべき100人目の花嫁として飼うのも悪くないかと思い先手必勝と攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 女は強かった。奇襲の一撃を防ぐばかりか反撃してきたのだ。

 

 お陰で戦士である自分でも大ダメージを受け、その後の戦闘でも始終ペースを握られ、あっという間に行動不能にさせられる。ここまでかといや、ペロロンチーノ様より頂いたあれを使えばまだ!彼よりもしもと持たされたあれを使うのは惜しいが背に腹はかえられぬと止めを刺されるのを待つが、女は剣をしまったのだ。

 

 意味がわからなかった。まさか、気付いて?そして、女は何かを言うと背を向け去ろうとする。シャルティアは叫んだ。どうして止めを刺さないのかと、しかし、シャルティアの声は届かず、女は姿を消す。

 

 シャルティアは愕然とした。見逃されたのだ。階層守護者一の強者として生まれた自分が、ナザリックの第一防衛を任された自分が、何よりペロロンチーノ様に創造された自分が、人間ごときに!

 

 その後、動けるようになってもなお、失意したままシャルティアはそこから動かなかった。しばらくして何故か意識がハッキリとし始めて、アルベドからメッセージが届く。

 

 全守護者に第6階層のコロッセオに一部を除いて、集合せよとゆうのだ。

 

 シャルティアは痛む身を起こし、自室に戻ると、ボロボロの自分の姿に狼狽える眷属を押し退け、大致死《グレーターリーサル》で回復、身を綺麗にして、ドレスも見映えが良い様に整え、ナザリックでも使い手が少ない転移門《ゲート》を使い第6階層へと向かう。

 

 そこで知らされたことにシャルティアは失望する。なんとあの女はナザリックを走破しただけでなく御方が去る中残ってくれていた至高の御方モモンガ様をあと一歩の所まで追い詰めたというのだ。しかも、ヘロヘロ様がその時に倒されてしまい消えてしまった。

 

 勿論失望したのは、追い詰められた御方たちではない。それを防ぎきれなかった自分にだ。

 

 だから彼女は慢心しない。人間だからと油断はしない。今は弱くてもいずれは自分と互角かそれ以上になると考えて。モモンガに階層の警備を任されてからも彼女は強くなるために、戦闘時の知識をデミウルゴスに、戦闘時の技をコキュートスに、今までぶつかってばかりであったアウラには眷属たちとの連携を頭を下げて短い時間だったが教えてもらった。

 

 そして、この度の王国へいくソリュシャンの護衛の指示。もしかしたら、道中、あのレイナという女に遭遇するかもしれない。

 

 これは彼女に手を出すなと言った御方に対しての裏切りになるだろう。でも、もう一度戦いたい。そして、勝たなけれ前に進めない。モモンガの正妻の座を賭けて、アルベド《ライバル》と争えない!

 

 ソリュシャンにははじめからもし彼女に会えばどうするか話してある。彼女は快諾してくれた。そこには彼女の思念もあるだろう。今のソリュシャンの強さではヘロヘロ様の仇はとれないから、丁度よく自分を使って倒せずとも弱らすことができれば・・・と考えているかもしれない。その考えを不敬とはとらない。こちらも彼女の任務を逆手にとり、事を起こすのだ。共犯ともいえる。

 

 シャルティアは今度こそと至高の御方に気づかれないよう牙を研ぐ。

 

 「待っていなさい。わたくしが必ず貴女を殺す!」

 

 



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11.戦乙女と要塞都市

 

 

~要塞都市エ・ランテル~

 

 

 漆黒の剣の案内もあり、迷うことなくたどり着いたエ・ランテルはその要塞都市と言われる堅牢さを現し、商人らが並ぶ列に並びながらでレイナを驚かしていた。

 

 「ほう、ここが噂に聞くエ・ランテルか。人が多いわね。いつもこうなのかしら?」

 

 「ええ、ここは王国や帝国、さらには法国からも商人や冒険者が集まりますからね。そうやって何百年前から人が集まってできた街ですから」

 

 「うわぁ~私が小さいときに来たときより、賑やかになってますね」

 

 「俺は始めてだな。でもこうカルネ村とかの方が落ち着くな」

 

 ペテルが代表してエ・ランテルを説明してくれ。久しぶりに来たエンリや初めてのシオンがそう感想を漏らす。

 

 「最初来たときは俺もそんな感じだったな。まぁ、住めば都ってやつでいろいろあるから楽しいぜ。とくに装備とかな」

 

 「他にも三国の珍しいアイテムも時々出店に出てたりするから中には掘り出し物もあるのである」

 

 「といっても、本当にたまたまですから当たりはほとんどないですね」

 

 「そうなんですか?ニニャ君?」

 

 「ええ、ですからあまり騙されないように気を付けてくださいエンリさん」

 

 「ということはルクルットの今の装備もか?」

 

 「ああ、帝国からの商人でいい値段で売っていてな。即買いだったな」

 

 色々、教えるだけでなく忠告もしてくれる彼らにレイナはやっぱりいいチームなのだなと思う。特に旅を始めたばかりのエンリは同い年ぐらいニニャと気が合うのか、村に残した妹の事を話すと、彼がくいつき、そのことでよく話している。

 

 シオンの方は村をでて、父やラッチモン以外のレンジャーと話すのは初めてなので、レンジャーのチームで役割などを教えてもらったりなど、楽しそうである。

 

 そして、レイナ自身は戦士であるペテルや森司祭であるダインとよく話す。ペテルには戦士としての動き方を、ダインには回復魔法のコツのようなものを教えている。

 

 「相手の動きを読むには目を見るのもいいけど、相手の呼吸を見るのもいいわ。攻めようとしてくるときはその前に相手が息を止めるから、それでタイミングを図るのがいい。当然自分も見られてると覚えておいた方がいいわね」

 

 「なるほど、そうすれば後手になっても、焦らずに戦えると言うことですか」

 

 「ええ、戦士に必要なのは耐えること、後ろに敵を逃がすようじゃ、後衛が安心して攻撃できないわ」

 

 ペテルがレイナのアドバイスに感銘を受け

 

 「回復魔法は込めた魔力の分効果を発揮するわ。だから、長期戦になるようならば、使う魔力も傷の深さによって変化させ、切り傷くらいなら20、深刻な傷なら100と何度かやってどれくらいか覚えることで、合流したときにすぐ回復。もしものときの魔力を残しておけるはずよ」

 

 「うむむ、なるほど確かにどれぐらいの魔力を使ってるかとは考えたことないのである。いや、ホントにレイナ女史の言葉は目から鱗である」

 

 レイナがユグドラシル時代に気を付けていたことをそれとなく説明し、ダインは顎をさすり、うんうん頷く。

 

 そうこうしている内に列が進み、レイナたちの番が来た。

 

 「えっと、次は・・・っ!?」

 

 「?」

 

 門番がレイナの顔を見た瞬間、動きが止まった。不思議に思い後続の漆黒の剣を伺ってみれば、やっぱりと言いたげな空気である。

 

 よく見れば他の商人やすでに門を潜り抜けた者までレイナを注目し、なにやら小声で話し合う姿が見える。

 

 「どうしたの?なにか問題が?」

 

 「い、いや、何でもない。では通行料を・・・」

 

 怪訝に思い門番に話しかければ、検査もなく通行料を払うだけで普通に通れた。連れであるエンリやシオンもである。

 

 当然元よりここから出発していた漆黒の剣の面々もほぼ顔パス・・・いやペテルが門番の一人にヘッドロックされ連れていかれた。

 

 それも一言二言話して解放されると、ペテルは深いため息を吐きながら、合流してきた。

 

 「なにかあった?」

 

 「いえ、レイナさんはなにも悪くないですよ。行きましょう」

 

 聞いてみてもペテルは首を横に振るだけで、答えようとしない。

 

 なにか釈然としないままレイナたちは門をくぐり、エ・ランテルへと訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 「では私たちはここで、もしよければ今日の夕食は奢らせてください。危ない所を助けていただいたお礼です」

 

 「あら、悪いわね・・・でもいいの?」

 

 「ええ、レイナさんから頂いたオニギリのお礼もあるので是非!」

 

 「ああ、思い出したらまた食べたくなった。レイナさん金払うからまた作ってくれない?」

 

 「こら、ルクルットあまり、迷惑をかけるなである」

 

 「そうですよ。命助けていただいただけでもありがたいのに、これ以上迷惑は(・・・わたしも食べたいけど)」

 

 「あら、それぐらいならまた明日皆さんの分も作りますよ。明日どこかで待ち合わせしましょうか?」

 

 「いいの!?やりぃ~いってみるもんだなぁ~」

 

 「す、すいません。レイナさん。命の恩人にこんな差し出がましい事を・・・ではまたこの広場で会いましょう!」

 

 「おい、ペテル!わかったから離せってく、くびが締まるって・・・ぐえっ」

 

 エ・ランテルのある程度見放しがいい広場で漆黒の剣と賑やかなに別れたレイナたちはこれからどうするか話し合う。

 

 「とりあえず、色々見て回りたいわね。特にこの国の装備やアイテム、食料もかな。グリーンシークレットハウス内にある分じゃ今はよくてもいつかなくなりそうだしね」

 

 「じゃあ、商店街からか?それからエンリの知り合いの薬師がいる店にいくことに?」

 

 「ンフィーのお店にいくんですか?」

 

 「ん~、それは最後にしようかな。一応確かエ・ランテル1のポーション売りなんだよね。他のところのポーションの違いも知りたいから、まずは換金でもしましょうか?」

 

まずは手持ちの確保とエンリに案内され、換金屋を訪ねる事にした。

 

 

 

 

 

 

 何故かレイナは換金屋の前でエンリやシオンに言われ、待つことになった。変な騒ぎになるからと言われ、渋々待つことしばらく。換金屋から大きな皮袋を持ったエンリとシオンが戻ってきた。

 

「あら、すごい量ね。そんなにもなったの」

 

「え、ええ、やっぱりかなり純度が高いとゆうことで、王国金貨で・・・あと銀貨も・・・」

 

「これだけあれば、全然困らんだろうな。でも、あの換金屋俺がいなければちょろまかす気満々だったな。あとどこでこれをとしつこかった」

 

「そうか、もうここには来ない方がいいかも知れないわね。・・・追っ手よ」

 

「え!?」

 

「あ~、これその気配なのか~。人間にあとをつけられたのなんて初めてだからな」

 

 エンリが慌てて周囲を伺おうとしたのを止め、しーと気づいたことを知らせないよう落ち着かせ、誰かにみられないよう無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)にしまう。あとで別の小さい皮袋に使う分を小分けしないとねと考えながら、人混みに紛れ追っ手をまきにかかる。

 

 目的の店に入る前に追っ手を撒いたレイナたちは当初の目的通り、装備品の店を回り、最初の店では姿を隠せるフード付きのマントを3人分購入し、エンリの目立つ赤い鎧やレイナの自覚ない美貌を隠しておく。あとはいくつかサンプルとして購入。ポーションの方も2軒3軒寄って買っておく。

 

 時々、レイナたちを探す追っ手はレイナが気配を読み、近付けば隠れるでやり過ごし、とうとう、最後のエンリの知り合いが営むポーション屋を訪ねる番になった。

 

「ところでさっき買った装備はどうするんだ?俺たちにって訳じゃないですよね?」

 

「そうですよね。店主の人たちには悪いですけどレイナさんがわざわざ買う必要あったんですか?」

 

「ああ、あれはこれからの生活に必要なサンプル。どんな商品が、そしてどんなものが需要があるかを調べてたのよ」

 

「え、それって・・・」

 

 エンリがゴクリと喉をならす。それにシオンも気づいたのか、まさかとレイナの顔を伺う。

 

「そう、私たちは旅の商人になるのよ」

 

 レイナは自信ありげに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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12.戦乙女と薬師の少年

 

 

 商人。レイナがいろんな街を旅する上で考えた答え。旅なら冒険者という如何にもな職業がこの世界にあるのに、どうして、商人でを選んだのか、それはエ・ランテルに来る前に漆黒の剣という親切な彼らに冒険者の実態を聞いたからだ。

 

 冒険者は確かに自由などと言われているが本当にそうだろうか。戦争への不介入。階級による依頼書の選別。まぁそれはわかる。未熟な人間に高額な依頼はリスクが大きく受けられない。

 

 登り詰めてアダマンタイトになり英雄と呼ばれる彼らは結構国に、いや冒険者ギルドによって束縛される。英雄を育てたギルドとして他の国からも依頼が舞い込むのだ。まさに、ギルドの勢力争いである。愛国心あるものからしたらせっかく培った力を国のために使えずにやきもきする場合もあるかもしれない。

 

 レイナは漆黒の剣の装備を見て、お世辞にも良いとは言えない。そこで思うのだユグドラシルで自分がどれだけ優遇されていたのかを。

 

 ユグドラシルの初期装備でも、ある程度モンスターと戦えるスキルを持っているのだ。戦士ならHPアップ。魔法使いや僧侶ならMPアップなどの職業に有利なステータスの上昇。しかし、この世界の装備はひどい。命がいくつあっても足らない。あったとしても新人冒険者の収入ではまず手が届かない。

 

 まだ伝説の装備があるだけましなのか・・・いや、しかし・・・

 

 そうした事実から考えれば冒険者はの殉職率は驚くほど高いのではないだろうか。冒険者はのミスリルというベテランの域にいるはずの者たちでも、強力なモンスターに襲われ、全滅なんて珍しくないときく。

 

 あんまりにも装備が貧弱で生き残れない。生き残れればまだチャンスはあるのだ。

 

 だから、レイナは少しでも安全に冒険できるよう装備の強化を考えた。ユグドラシルでは専用鍛冶スキルをとっていないレイナだが、運と経験で多くの鍛冶を成功させてきた。データクリスタルを使った強化は誰でも簡単にできるようされていたが、それ以外はそれ関係の職業スキルが必要なのだ。レイナもまだ鍛冶がうまくいかなかった時を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつも頼んですまないわね。なかなかあなた程の鍛冶師は居なくて」

 

「ん、なに気にするな。以前悪徳PKから助けてくれたお礼もあるし、ちゃんと素材も金貨も払ってくれる上客だ。なかには押し付けるだけのやつもいるしな」

 

「そうなの、もし揉めるようなら私が協力しましょうか?」

 

「それはありがたいが、こっちにも仲間がいる。そうそう、踏み倒そうなんてやつはいないさ」

 

「ならいいけど。そういえば、あなたが目標としている鍛冶師は誰だったかしら?」

 

「ん、あまのまひとつさんだな。俺が一番尊敬しているんだ。今でこそ、生産職一筋とされる彼だが、最初は戦闘もある程度できるビルドのとき、今でも難しい装備を作成したんだ。スキルあってもきついのに、ホントに経験だけで作り上げたらしく鍛冶師スキルを理由に偉ぶってた奴らの反応ときたら、だから俺もスキル頼りじゃない鍛冶師を目指して今も修行中さ。たまには戦闘も楽しみたいし、話せる仲間もできた。これからも俺は・・・・・・」

 

「いい話しなんだけど、長いわ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕はいいけど好きなことになると話が長くなる彼。もし手が足らなくなれば彼を喚ぶのもいいかもしれない。

 

 問題は今の手持ちのデータクリスタルは倉庫に沢山あるが、いずれは枯渇し、なくなってしまう。だがレイナにはまだ試していない秘策がある。ヴァルキリーになりそのレベルが最大になったとき、いくつかのスキルを彼女は得ていた。

 

 その1つ"女神からの贈り物"(ビューナスギフト)なんとユグドラシルでは一ヵ月に一度消費アイテムやスクロールあとはランダムでデータクリスタルが手に入るという。なんとも優遇されたスキルであるが、後半ではそんなに効果が高いものは出てこないほぼ死にスキルである。

 

 ではほぼ現実になったこの世界の法則ではどうなるのか。スキルのフレーバーテキストには真に必要なものが手に入るという。と言うことは、もしかしたら、とんでもないものが送られてくる可能性がある。

 

 まぁ、未定ではある。出店として出すにも時間はまだある。もう少し冒険者の実態を知りたいところだ。冒険者ギルドでお金を出してでも依頼の同行を願えないだろうか・・・。特にシルバー以下のランクで色んな職業が集まるチームに・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 カランカランと店に来客を知らせる鐘が鳴る。

 

 店番をしていたンフィーレア・バレアレはポーションの在庫の確認をしていたときに、その来客の到来を知る。そろそろポーション原料が心許なくなってきたのを確認して、またトブの大森林があるカルネ村へ冒険者雇って薬草の採取をしないといけないなと考え、密かにそれを楽しみにしている。

 

 なぜなら、かの村には4年前ほどからおばあちゃんに連れられ薬草の採取をしに行ったとき、出会い一目惚れした女の子がいるのだ。しかも、住居もその家族が住む家で空いていた部屋を借りることができ、一つ屋根の下で暮らせることに少年はドキドキしっぱなしだった。

 

「他の店とはポーションの入れ物一つとっても違うのね。それにこの金貨数枚の奴は今までので一番効果が高いみたいね」

 

「初めてきたが結構大きいな。ポーションは信頼第一な商売でもあるだろうがここまでとはな」

 

 そうこうしている内に、客が棚のポーションを吟味し始めたようだ。声からして女の人と男の声が聞こえる。なかなかわかっている発言に気分が良くなる。尊敬する人物や自分が手掛けた物を誉められたら嬉しくなる。

 

 冒険者だろうか?。聞いたことのない声なので最近昇格したチームだろうか?。噂には聞かないがもしかしたら上客になるかもしれない。そんな来客を出迎えるため、ンフィーレアは店のカウンターへ続く扉を開ける。

 

「あ、ンフィー久しぶり~!元気だった?」

 

そこには好きな女の子がいた。

 

小さく手を振る笑顔の女の子(天使)がいた。

 

ガシャンと扉を閉める。

 

 

・・・・・。

 

 

 

 ふぅ~、何でだろう一瞬カルネ村にいるはずの幼馴染みで初恋の人で絶賛片思い中の女の子がいた気がするんだけど・・・最近疲れてたからなぁ~。幻覚かなぁ~。

 

 すーはーすーはー。よし!もう大丈夫。きっとこの扉を開けたら別のお客さんが・・・

 

 

 

 

 

 

「もう!なんで閉めるの!?ビックリするじゃない!」

 

「え、えええええええエンリ!?なぜ!?どうして!?」

 

 そこには正真正銘の赤い鎧と大きな剣を背中に差した片思い中の女の子が怒った顔で(でも可愛い。女神!)カウンターを叩く姿と、その背後で苦笑し合う。カルネ村で見かけたちょっと警戒している男(ンフィー想像)とエンリに負けないくらいの(ンフィーアイ基準)美人のお姉さんが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そうなんだ。大変だったね」

 

「ううん、レイナさん・・・がいてくれたお陰で村の皆は全員無事よ。転んで怪我した人もいたけど、レイナさんが治療してくれたからほぼ損害はなかったわ」

 

 バルアレ薬屋はもう人も来ない時間だからと貸し切りにして、レイナたちは客間に通され、向かい合うように、カルネ村で何が起きたのかアインズの存在を隠して話した。

 

「あのレイナさん。エンリをいえ、カルネ村を救ってくださり、ありがとうございました」

 

「どういたしまして、わたしもあの村に世話になったし、助けることが出来て良かったと思ってる」

 

 ンフィーレアは恩人であるレイナの言葉に感動していた。一食一泊のお礼とはいえ、命を賭けて数十人の襲撃者を退けるとは、英雄譚でも聞いてるみたいだ。だがそれとは別に気になることが彼にはあった。

 

「そ、それで、どうしてエンリが・・・」

 

「ああ、この姿のこと?。私からレイナさんを師事して鍛えてもらってるのよ」

 

 エンリがマントから少し除かせた(そのしぐさに一瞬ドキッとするが)そこにはいつもの村娘が着るようなものでなく。動きやすい服の上にある赤い鎧が見えた。

 

 さらにはその背にはエンリの身の丈以上ある大剣がのぞいている。それらが指すことにンフィーレアは焦りを隠せず、口に出してしまう。

 

「ね、ねぇ。そんな危ないことしなくてもさ。村で冒険者はでも雇って守ってもらったり、村の他の男の人とかに、いや、ぼ、ぼくが冒険者を雇ってもいいし、ぼくが守っ・・・」

 

「ンフィー」

 

 自分の名を呼ぶ彼女の声に顔をあげると、そこには強い意志を宿した瞳をもつ、今までみたことのないエンリがいた。

 

「ンフィーが言いたいことはわかるよ。女の私にはそんなのは似合わないって言いたいんでしょ?」

 

「え、ち、ちがうよ。ぼ、ぼくは・・・」

 

「私ね。その襲撃があったとき、両親とはぐれたあと、妹と喧騒がある方から逆の森へと逃げようとしたの」

 

「・・・・・」

 

「他の村の仲間の声でレイナさんが襲撃者を止めていてくれてるのを知ってたのに、私は彼女を信じないで、もしかしたらって考えて他の人の命も無視して、森へ逃げようとしたの・・・伏兵がいることも知らないで・・・」

 

「私がレイナさんを信じれなかったから、あんなに強いと思ってたのに、いざとなれば見捨てて、逃げた先で私だけじゃなく大切な妹の命まで失うかもしれない状態になって、必死だった。私の命はどうなってもいい。でも妹は・・・ネムだけはって、そしたら、レイナさんの教えのおかげで助かった」

 

「あとから聞いたけど、奴らレイナさんに苦戦して、人質を捕ろうとしたらしいのよ。もし、私がなにもできなければ、人質に捕られて、レイナさんも危険な目にあったかもしれない」

 

「レイナさんを信じなかったのにその教えてもらった技で助かったのに!。私はなんて、浅ましいだろうって・・・。ねぇ、ンフィー。私は嫌よ!自分のせいで大切な命が失くなるのも、力がなくてすぐ近くにある命を失うのも!!」

 

「だから、私は何を言われても、この意志を貫くわ」

 

 そう言いきったエンリにンフィーレアもシオンも隣の部屋で話を伺っていたリイジーも声をかけれなかった。一人を除いて。

 

「そうか、ありがとうエンリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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13.戦乙女と少女の叫び

 

 

「そうか、ありがとうエンリ」

 

 そう言ったレイナは、まさか彼女があの時、自分に師事する裏側でそこまで追い詰められていた事に気付かなかった己に腹をたてた。ちょっと歳が上だからってお姉さん面して、なんでもわかってる気がして、全く。ふざけてる。

 

「レ、レイナさん?」

 

 エンリは涙に濡れた顔で信じられないものを見たと、困惑した目で見ていた。何故、お礼を言われたのか、まるで理解できないと、自分は彼女を裏切ったのに、どうして・・・

 

「エンリがそうしたのも無理がないわ。たった2日一緒にいた者を信じれる者なんて、ただのお人好しか、馬鹿しかいないわ。命まで賭けない。もしかしたら1人で逃げるかもと考えるのは当然よ」

 

「そ、そんな事、レイナさんはあんなに親切にしてくれたのに」

 

「親切にしてもらったのはこちらの方よ。見ず知らずの他人を家に泊めてくれるだけじゃなくて、色々教えてくれたじゃない」

 

 レイナは立ち上がると、そっとエンリを頭から抱きしめる。

 

「それに、最後は無我夢中だったのに私が教えた技を使って伏兵を吹っ飛ばしたんでしょ?なら私のことを無意識で信じてくれたのよね。だから、ありがとう」

 

「う、うううう、レ、レイナさ・・・ん。ご、ごめんなさい。わ、私がもっとあなたを信じていたら・・・。ごめんね。ネム・・・怖い思いさせて・・・うわぁぁぁん!!」

 

「エンリも怖かったのに偉いね。失くすかもしれない命まで背負ってよく頑張った。なかなかできることじゃないわよ」

 

「ううう、怖かった・・・。お父さんお母さんも何よりネムも死ぬんじゃないかって!レイナさんごめんなさい。ううぅ~」

 

「よしよし、もっと泣きなさい。そしたらスッキリするわ」

 

 いつも大人びた口から優しい声を出しながら、レイナはエンリの頭を撫でていた。人払いされた薬師の家で少女の後悔の鳴き声はしばらく続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 エンリが泣きつかれて、旅の疲れも手伝ったのだろう。まだ昼なのに寝てしまうと、今まで遠慮していたンフィーレアから空いている部屋を貸しますと言ってくれエンリをそこに寝かすと、レイナはその部屋を後にした。

 

 漆黒の剣との約束までまだ時間はある。そのうち、エンリも目を覚ますだろう。とりあえず、ここの家主にでも許可をもらわねば

 

「と言う訳で、彼女が起きるまでお邪魔していていいですか?」

 

「なに、気にするな。なんじゃったら今日はここに泊まっていきなさい」

 

 レイナが廊下である扉の方へ話しかけるとしがれた老婆の声が返ってきた。レイナに突然話しかけられたのに老婆はあまり驚くことなく答える。

 

「ありがとうございます。あ、ではせめてポーションをいくつか見繕ってくれませんか?出来れば効能毎に数本。当然お金は払いますので」

 

「おお、今までにない太っ腹な注文じゃな。よしきた。お安いご用さ」

 

「お願いします」

 

 リイジーのあとを追い、再び店の前に来ると、シオンとンフィーレアが気まずそうにそこにいた。

 

「す、すみません。でる機会をうしなって・・・」

 

「あんなエンリは初めてで僕も動転するばかりか、心の傷を広げるようなこと・・・」

 

「そうね。そこはすぐに空気を読むか、時間をおいてからにしてもらいたいわね」

 

「「・・・・・」」

 

 レイナの言葉に2人はシュンと落ち込み、黙りこむ。そんな2人はレイナは苦笑する。

 

「そう落ち込まない。私だってエンリがあんなに苦しんでたなんてわからなかったもの。逆に早くあの子の力を求める理由がわかったのだから悪いことばかりじゃないわ」

 

「そう・・・でしょうか?」

 

「ええ、あなたも何かくるものがあったんじゃない?さっきの私の立ち位置に替わりたいとか」

 

「な、なにを・・・」

 

 顔を真っ赤にしてなにか言おうとするンフィーレアの口を人差し指で押さえる。

 

「でも、簡単じゃないわよ。女に自分の胸を貸せるのはね。同じ女か、一人前の男だけよ」

 

 レイナの言葉にンフィーレアは真っ赤なまましかし、しっかりと頷いて答えた。

 

「まぁ一件落着か」

 

 そんな様子を見てシオンは安堵から肩の力を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 リイジーが選んでくれたポーションを買ったあと、(その購入代金と現物を見てンフィーレアは驚き小声で何か呟いていた。)客間にて彼からこのエ・ランテルの事を聞きながら時間を潰していると扉が開き、そこから、恥ずかしそうに立つエンリが顔を覗かしていた。

 

「み、みんなごめんね。みっともないとこ見せて・・・」

 

「なんのことだ?なぁレイナさんにンフィーレアなにか知ってるか?」

 

「いや、心当たりがないわね。エンリ疲れたのか椅子に腰かけたとたんに寝ちゃうんだもの」

 

「ん~、僕もなんのことかわからないな。夢でもみたんじゃない?」

 

「・・・みんな。ありがとう」

 

 なにも言わずに、なかったことにしてくれる仲間にエンリは泣き腫らしているのにここ一番の笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それに心臓を射ぬかれ、昇天しかけた少年がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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14.戦乙女と冒険者ギルド

 

 

 エ・ランテル冒険者ギルド前

 

 

 

 

 レイナに売ったポーションで在庫がかなり少なくなったので、これから冒険者ギルドへ向かう彼女らについてンフィーレアも薬草を採取するため護衛の冒険者を雇うために一緒に向かっていた。

 

「なるほど。手続きはこうなってるのか。う~む、ある程度依頼する側も信頼がいるのね。これは、厳しいかな」

 

「なんでしたら、僕バレアレ家から推薦状を書きますよ。カルネ村を救っていただけただけでも、信頼はできますし、冒険者ギルドにとって僕らはお得意様ですから、すぐ信頼は勝ち取れると思います」

 

「ほぉ~。さすがはエ・ランテル1の薬師様々だな」

 

「助かるよ。ンフィー」

 

 道中、冒険者ギルドがどう依頼を受け付けているのか聞きながらそこを目指す。街でも有名な薬師の息子と和気あいあいと話すフードマントの3人組はかなり目立っていた。

 

 さっきからチラチラと目を向けては反らしを繰り返されている。

 

 中にはンフィーレアと同い年ぐらいの少女が、話しかけようとして遠慮する光景が多く。たまに挨拶をしてくる強者もいるが、ンフィーに今は急いでるからとスルーされるのは、彼のガードが堅いからなのだろう。そんな少女が数十にのぼれば、話題もそっちへと向かう。

 

「ンフィーさっきからよく話しかけられてるけど、いいの?少しくらいなら待つよ?」

 

「ああ、大丈夫。それにいつものことで、もし一人でも話し始めちゃうと次から次へと来て、時間が取られちゃうからね」

 

「うーん。同い年くらいから時々年下年上の人までいるな。カルネ村の俺の友人が知れば、血の涙を流しそうだ」

 

「経済力だけでなく、人柄や前髪に隠れているけど顔も悪くない。さらには一途。そう来れば、お近づきになりたいと思うのは当然ね。あとは強さがあれば完璧かしら」

 

「確か、リイジーばあさんが第3位階の使い手で、幼少から学んでいるからいつかはそれもどうにかなりそうだな」

 

「薬師と魔法詠唱者ね。将来は錬金術士のようになるのか、少し気になるわね」

 

 ギルドの案内でンフィーレアが前をいく関係でエンリが話しかける少し後ろでレイナとシオンがそれを見て、各々の感想を話す。

 

 だいぶここらは人が多く通るのか、人混みを進んでいくと、一際大きめの建物が見えてきた。看板が見えたので、習った文字を思いだし、なにが書かれているかを読む。

 

「ぼ、う、け・・・うん、冒険者ギルドね。なかなか大きいわね」

 

「ほぼ3か国の、中心の街だからか、依頼が多く舞い込むのかもな」

 

「その通り、ここが冒険者ギルドです。受付は入って正面にありますので空いてる受付嬢さんのところに行きましょう」

 

 冒険者ギルドの跳ね上げ式の扉をンフィーレアが開けたので続くようにレイナたちも入っていく。

 

 さすが冒険者が集まるギルド。中はかなり広々と作られており、待ち合わせもあるからなのか左右に大きなテーブルがいくつか、それに簡素な木でできた椅子がその回りを囲むように置かれている。人は依頼で出掛けているのか、ちらほらしかいないが、それでも視線が向けられるのがわかる。

 

 まずは先頭のンフィーレアに、それからレイナたちへと向けられ、ンフィーレアは依頼の常連なので、顔見知りなのだろう。すぐに視線が離れるが、レイナたちをとらえて離さない。

 

 みない姿から新しく冒険者登録しにきたものか、はたまた、ンフィーレアと一緒に入ってきたから、新しい依頼主かで、話しは2分されているようだ。

 

 迷いなく受付へと向かうンフィーリアはこの空気に慣れているのだろう。今は一人で対応している受付嬢に話しかける。

 

「すみません。依頼を出したいのですが、大丈夫ですか?」

 

「これは、ンフィーレアさん。いつもご贔屓ありがとうございます。また薬草採取の護衛の話ですか?」

 

「はい、いつもより少し早いですが、ポーションが多く売れてしまいまして、その補充のために、また、お願いしたいのですが・・・」

 

「それはそれは、商売繁盛でいいですね。では、こちらに・・・」

 

さらさらと受付嬢から渡された書類に書くンフィーレアの依頼はすぐに終わるかと思えたが、

 

「ええ!?あの方たちは今はいないのですか?」

 

「はい・・・、丁度別件で今はギルドを離れているんです。戻られるのはいつになるか・・・」

 

「・・・わかりました。特に急ぎではないので、もし他にいいチームがいれば教えてください」

 

 どうやらタイミング悪く。以前から護衛を頼んでいたチームが不在らしい。彼らもまだその時期ではなかったから、別件を受けたのだろう。受付嬢の反応からンフィーレアの依頼はなかなか良心的で、薬草の採取度合いが良ければ、さらにボーナスがつくので人気があるが、その分信頼が大切で、冒険者もそう簡単には選べないようだ。

 

 すぐにいく必要があれば、チームを指名することも可能だが、あいにくンフィーレアには他の冒険者チームで信頼できる者は今のところいない。ならば、ギルドにお願いして、信頼できるチームを選んで貰うことにした。

 

 さて、ンフィーレアが終われば次はいよいよレイナたちの番だ。彼がレイナたちに受付嬢の前を譲る前に、レイナたちを紹介する。

 

「こちらは、僕の・・・バルアレでのお得意様の商人さんなんですが、依頼を出したいみたいなので、なんとかなりませんか?彼らの信頼は僕が保証します」

 

「あら、それは・・・」

 

 あらかじめ、レイナたちを紹介する内容を打ち合わせしたことをンフィーレアが行い、受付嬢が伺ってくる。ここからはレイナの番だ。

 

「はじめまして、私はレイナ・ヴァルキュリア。最近ここに来た旅の商人です。実は折り入って依頼をしたいのですが・・・」

 

 そう言いながら、レイナがフードを払うと、途端に回りの話し声が消える。またかと思いながらそれを表面上は出さず、レイナの顔を見て唖然とする受付嬢に話しかける。

 

「実は、今私たちは冒険者に向けての商売を考えているのですが、彼らが今どんな装備が必要か調査を兼ねて、出来れば多く所属するシルバーに近い冒険者チーム。前衛後衛のバランスが丁度よくいるまだ依頼を済ませていないチームに同行できないかって依頼なのですが、勿論、料金はそれ相応のものを用意できます」

 

「あ、は、はい」

 

「それと護衛の方は自分達で何とかします。足を引っ張ることはしません。後ろに同じフードを被った2人がいるでしょう?

彼らは私が雇った用心棒でそこらのモンスターならば、楽に倒せます」

 

 レイナの評価にエンリとシオンには少し拡大解釈な気もするが、依頼主自体が間違いなく最強戦力なのは笑うしかない。

 

 なにか言われる前にこちらの依頼を提示する。案の定、受付嬢は混乱しながらも、依頼を書類に記入。どうやら、オンオフの切り替えは仕事柄早いらしい。レイナも書類の文字を読み、問題ないことを確認すると、ンフィーレア程ではないがサインを書き込み、依頼を申請することができた。

 

「わ、わかりました。ではアイアンチームの合同作戦なのですが、最近王国と帝国両方で問題になっている野盗を討伐するための調査を受けている2チームがあり、今晩ぐらいにチームが双方集まるので、そこで皆さんにも参加していただき、同行が可能かどうか、聞いてみましょう」

 

「ええ、それでいいわ。もし無理そうなら遠慮はするから、でも良ければ話ぐらいは聞いてみてもいいかしら?」

 

「それぐらいならたぶんオッケイですよ。皆さん人格は信頼できますから、一考はしてくれると思います」

 

「それでいいわ。さすがに邪魔になるようなら、後からでもすぐ離れるわ。それで?依頼料はいくらくらいになるかしら?」

 

「はい、一応護衛の心配は後ろのお二方でありませんが、ンフィーレアさんからの推薦もありますので、信頼は充分です。アイアンチームの人数が多い分少し高くなります。それで相場になりますと・・・」

 

 最初はレイナの勢いに流されかけていた受付嬢だが、次第にレイナが予想以上に話しやすいことから、調子を取り戻し今では微笑を浮かべ依頼書を作成していく。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは夕飯を食べたあとになりますので、なるべく遅くならないようにお願いします」

 

「ええ、では今回の依頼の件よろしくね」

 

 依頼の約束を交わし、レイナは受付嬢と手を振り合う仲にまでない、冒険者ギルドを後にした。外にでればすでに夕陽が沈み夜の帳がおりようとしていた。そろそろ、漆黒の剣との約束の時間までもう少しだろう。

 

 そこへ向かおうとしたとき、ンフィーレアはおばあちゃんが待ってるからと、自宅へと帰るらしい。確かにンフィーレアのおばあちゃんはまだ現役だが高齢には違いないし、呼ばれたわけでもないのに連れていけば、彼が有名なのも手伝って漆黒の剣が気を抜けなくなるかもしれない。ここは無理に止めず、またあとでと一旦別れることになった。

 

 

 

 

 



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15.戦乙女と冒険者たち

 

 

「うん。濃い味だけど悪くないわね。さらにボリュームも多いから冒険者には人気がありそうね」

 

「確かに、味より量と感じだな。危険な依頼もあるんだ。食べた気になれるし、値段も高すぎるって訳じゃない。なるほど、冒険者憩いの場か」

 

「うわぁ~。こんなに食べれるかなぁ」

 

 レイナとシオンが料理をゆっくりと口にするなか、エンリは次から次へと料理をを口にしていく。言動と行動が逆である・・・。

 

 漆黒の剣に今回のお礼として、いつも御用達の宿で3人に食事を奢っていた。2階は宿も兼ねるここは成り立ての冒険者たちが最初に泊まることになる宿で、そこは仲間集めも兼ねたところで部屋はほとんど4人部屋で構成され、滅多に仲間を最初から持つことがない彼らが、自分を売り込む機会を作っているのだ。

 

 店主のおやじは元冒険者で、当時は仲間なんてそうそうできるもんじゃないため、よく一人で依頼を受け、死んでしまうなんていうことが多くあった。

 

 その現状を嘆いたここのおやじが引退してから始めたのがこの宿である。安宿らしいが、なかなか住み心地はいいらしく。漆黒の剣もシルバーになってからはもう1つ上の宿で寝泊まりしているが、時々はここに来て、飯を食べに来るらしい。

 

「あはは、なかなか居心地がよくて、よくくるのですが、その度に親父さんから、ここはお前らがくるとこじゃないって活を入れられますよ」

 

「ほら、今もこっちを睨んでるだろ?でもあれはこっちを気にかけてくれているんだ」

 

「もし、空気が悪ければ、親父さんが間に入って話を聞く。どうしても上手くいかなければ、親父さんが新しいツテを用意してくれるのである」

 

「私たちを引き合わせてくれたのも、実は彼なんですよ。お陰で僕はこんなにもいい仲間が出来ました」

 

「なかなか、いい親父なのね。昔は冒険者で多くの冒険者を見てきた・・・か。これは是非話を聞いてみたいわ」

 

 漆黒の剣からでてくる賛美にレイナは彼と話してみたいと思いそう口にする。そうすると、ルクルットがはやしてくる。

 

「レイナさんほどの美人なら親父もきっとデレデレになって教えてくれるんじゃないですかね?自分の武勇伝とか」

 

「こら、そんなこと言ってるとまた拳骨食らいますよ?」

 

「いいっていいって、飲み屋の場は無礼講って決まってるだろ?」

 

「はぁ、そうやって調子に乗って拳骨が常である・・・」

 

「ふふ、じゃあ、そうならなかったら、今日の奢りは全部ルクルット持ちにしましょうか?」

 

「えええ!?そりゃないぜ。ニニャぁ~!」

 

「それはいいわね。期待させた分責任とってもらいましょうか」

 

「レ、レイナさんまでぇ~・・・」

 

 ドヨ~ンと落ち込むルクルットに冗談よといいレイナは席を立ち、今は食器を整えている親父の元へ向かう。

 

「主人少しいいかしら?」

 

「ん?あんた漆黒のと話していた怪しいやつだな。まぁあいつらがあんなに楽しそうなんだから、いいやつなんだろうけどな。挨拶するならそのフード脱ぐのが礼儀だぜ?」

 

「これは失礼。でもこっちも訳ありなのよ?きっと騒ぎにあるわ」

 

「!?」

 

 そう言ってレイナは親父にだけ見えるようフードを少しあげる。すると親父は一瞬目を見開きレイナの顔を凝視すると、なるほどと頷きながら、目を反らし、作業を再開する。

 

「確かに、一体どこの自信過剰な女なんだと思ったがその顔なら、騒ぎになるだろうよ。とくに今ここは、冒険者の荒くれ者が一杯だからな」

 

「そういうことよ。今日この街に来てからずっと見られていれば辟易するわ」

 

 ふぅと疲れたようにため息を吐く目の前に立つ女をこの店の主人は視界の端に捉える。

 

 美人なんていったがそんなレベルじゃない。主人は一度王国の黄金と呼ばれるラナー姫を一目見たことがあるが、確かにラナー姫は美しかった。大人になればさぞとびっきりの美女になると確信する。そう、まだ子供だ。しかし、今目の前にいる女は、そんな彼女をかなり引き離している気がする。

 

 キラキラ光る銀の前髪、吸い込まれるような蒼い瞳、シミや怪我など一度もないようにきれいな素肌。そして何より、マントのしたでもわかるその均整の整ったボディは、大人の色気を充分に引き出しており、親父がもう少し若ければ声をかけていただろう事は明白だ。

 

 そんな彼女が素顔を今この場で晒してみろ。一気に冒険者たちの男とゆう男は、彼女に群がり、なんとか縁を持とうとするだろう。悪ければ夜遅く彼女を付け回し、あわよくば等と考える犯罪者を作ることになる。

 

 親父はそんなのはまっぴら御免だし、少し話しただけで彼女の良さに気付き、なにより自分が目にかけたチームとなか良さそうにする彼女にそんな思いはさせたくないと思った。

 

「それで?そんな姉ちゃんが俺になんのようだ?ナンパって訳でもねえんだろ?」

 

「ええ、ペテルたちからあなたが元冒険者だって聞いてね。それでいろいろ聞いてみたいのよ」

 

 水をむけてくる親父にレイナものって話を切り出す。

 

「ほう、元冒険者と聞いてなにが聞きてぇんだ?。一番手こずったモンスターか?それとも・・・」

 

「そういうのも興味はあるけど違うわ。あなたが見てきた冒険者が持つ装備についてなんだけど・・・」

 

「ああ、おれが知ってることなら教えるぜ」

 

「では・・・」

 

 宿の主人の話によれば装備に能力付加のついた物は滅多にないとのこと。あってもかなり高額で冒険者でも、ミスリルクラスでギリギリなんだとか。あとは装備の傾向とかも聞けたので、なかなか実りのある成果となった。

 

 あんまり長話しもなんなので今回はここまでにして、お礼のチップを渡してから漆黒の剣と合流し、彼らにある話を持ちかける。

 

 彼らはその提案に驚くも、喜んで引き受けてくれたので、後から感想が楽しみである。

 

 

 

 

 

 

 酔った漆黒の剣を見送り、レイナたちは再び冒険者ギルドへと来ていた。中に入ると昼に受付嬢をしていた人が待っていてくれたので、その人の案内され、一つの会議室に連れられていく。

 

「思っていたより、早かったですね。まだ冒険者の方たちはこられていないので、先に案内しますね」

 

「依頼とはいえ、こちらが頼むのですから当然ですよ」

 

 そういうと、受付嬢は少々驚きながら続ける。

 

「今時、そんな人いませんよ。特に貴族は勿論。商人もそこまでできた人は珍しいです」

 

「そうなの?交渉する相手を不快にさせないのは当然だと思うのだけど・・・」

 

「レイナさんなら当然ですよ」

 

「私が知ってる商人らしいのはンフィーしか知らないから、わからないけど、私もそう思うなぁ」

 

「そのンフィーレア・バレアレさんも珍しいなかに入りますけどね。普通はあれだけ稼いでいれば遊びもしそうですが、そんな噂聞きませんし、逆にガードが堅いとは聞きますね」

 

「まぁ、あいつの育ての親の婆さんがそんなこと許さんだろうし、他にも理由はあるだろうけどな」

 

 そう言って、フードを被ったままのエンリを見ながらシオンが呟く。

 

「?シオンはその理由わかるんだ?」

 

「ふう、本人がこれじゃあな。あいつの今後の頑張り次第か」

 

「まぁまぁ、そうなんですか!?それは気になりますね~」

 

「あまり囃し立てない方がいいわ。それでこじれたら大変でしょ。あなたもあまり、話を広げていては、情報の秘匿が出来てないって、いつか面倒事に巻き込まれるわよ」

 

「うっ、それは嫌ですね。わかりました。この事は胸の内にしまいます」

 

「ええ、それがいいわ」

 

「では、こちらでお待ちください。冒険者の方には少し話をつけてありますので、入ってきて驚くことはないと思います。それでは私はこれで」

 

「わざわざありがとう」

 

「いえいえ。(ほんとできた人だな。他の依頼者もこれぐらいおおらかだったらいいのに・・・)

 

 軽く頭を下げて去った受付嬢が示す扉を開け着いた会議室はだいぶ広めで数チームくらい入れそうだ。まだレイナたち以外誰もいないので邪魔にならない隅の方へ3人で座る。

 

 時をあまり置かずして、待ち人たる冒険者たちが入ってくる。

 

 彼らはこちらを見るが、話が通っていたのは事実なのだろう。嫌な顔ひとつせず、挨拶をしてくる。

 

「あんたが、変わった依頼をしてきた商人か?俺は今回リーダーをさせてもらうバオだ」

 

 一際大きな体を持つ男が、子供なら泣きそうな笑みを見せてくるが、当然レイナは気にしない。ただ、宿屋の主人など冒険者は皆、厳つい者が多いのだろうか(漆黒は除く)と考えるくらいだ。

 

「はじめまして、その商人であるレイナ・ヴァルキュリアよ。今回は突然の依頼に関わらず、この場を用意してもらいありがとうございます」

 

「なに、こちらもギルドに帰って来てみれば、他の冒険者がいう白銀の女神と呼ばれるあんたに興味があったんだ」

 

「は、白銀の・・・女神・・・ですか?」

 

 当然知りもしない自分の渾名に、レイナは思わず、は?と威圧しそうになるのを堪えた。

 

 良ければ、顔を見せてくれないかという彼に、レイナは結局は見せることになるので、渋々了承し、フードを取ると、バオは「本当だったか・・・」と呟き、後ろは一斉に騒がしくなる。

 

 唯一の女である戦士らしい赤毛のブリタという(後程チームの紹介で知った)彼女もレイナの美しさには驚いているようだ。

 

 エンリとシオンもフードを脱ぎ、顔見せをしたとき、エンリもヒゥーと口笛を吹くものもいたが、シオンだけ嫉妬や羨ましいなどとの声が聞こえてきた。

 

 それから、こちらの要望など依頼の詳しい情報を擦り会わせ、料金のほうも、どうやら相場より色をつけた事であちらが遠慮して、本当に良いのかと再三確認をとるくらいで満足してくれているので話はスムーズに済んだ。

 

 最後は互いに握手(他のチームメイトもしたいと言ったので行い。喜びはしゃぐ彼らにリアルでは人気声優だと言っていたピンクの異形種もファンの握手会でこんな気分なのだろうかと考えた)をして、明日の昼から活動するらしいことを告げてきた。

 

 

 

 

 



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16.戦乙女と喧騒

 

 

 ~バレアレ薬品店~

 

 お言葉に甘えて、バレアレ家に昨晩は寝泊まりさせてもらった。そればかりでは悪いので寝る前に許可をいただいていたので、朝食を作らせて貰うことになった。料理を教えてくれと言っていた2人も朝早いというのに、起きて手伝ってくれたため用意はすぐに終わった。

 

 代用できない調味料以外はエ・ランテル内で買った食材を使わせてもらう。無限の皮袋のお陰で鮮度は問題ないので、きっと食中毒にはならないだろう。一応鑑定魔法をかけてみるが問題は無さそうだ。

 

 ・・・・・。

 

 上手に出来ました。

 

 教えているのでいつもよりは遅いが、ちょうどンフィーレアたちが起き出したので、机に並べておく。

 

 机に並べられた料理に2人とも驚いてくれた。ご飯も炊いているが、パンの方がいいだろうと、エンリにお願いして用意してもらう。

 

 野菜たっぷりの豚汁とだし巻き卵に付け合わせのサラダ。

 

 皆、美味しい美味しいと言って食べてくれ、料理は残ることなく完食された。

 

 その時のエンリの食い付きを見たンフィーレアが、どうか僕に教えてください!と頭を下げてきた。

 

 胃袋を掴めとはいうが、エンリももれなくついてくるだろうけど。互いに切磋琢磨して仲が深まるかもしれない。ここにいる内はいいよ。と快諾したとき小さくガッツポーズする彼はとても微笑ましかった。

 

 あとは昨日漆黒の剣に約束したのも含め自分達の分のお握りを()()()作る事にした。口直しの沢庵ものせる。これだけあれば今回同行する冒険者たちの分も充分足りるはずだ。(フラグ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな確信は朝食の件で信頼を得たのか、バレアレ家が見たことないのに食べてみたいという言葉で2人分提供することになり、雲行きが怪しくなったのだった・・・。(高速フラグ回収)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合流には少し早いが、レイナたちは身支度を済ますと、漆黒の剣と飲食した宿へと足を運んだ。中に入れば視線を向けられ、昨日聞いた白銀の女神の噂がここまで届いたのかフードマントの3人組というのも広がったのだろう、何人かがフードを越しにそれを見ようとするのを煩わしく思いながら、目標の誰かを探す。

 

 いた。

 

 一人だけだが、昨日あったチームの集まりにいた紅一点の、たしかブリタだろうか?宿の隅の方で、一人だけ座り、机の真ん中に青いポーションを眺めながら、いい笑顔でいた。

 

 ポーションはそれがあれば命が危ないときでも、助かると評判で、経年劣化することを除けば、1個は持っておきたいといわれる。それを聞いたときは、ばかな。と思ったが、現状の彼女をみれば納得できそうではあるが、ちょっと危ない人にみえてしまった。

 

 これも、リアルでは確かにここにあるポーションの効果はまさに奇跡だろうが、ユグドラシルプレイヤーからしてみれば、たかがポーションしかも最低回復量である物で時間制限ありの回復薬なんてと思ってしまうが故か。

 

 近より難かったが、声をかけようとしたその時、宿の扉が大きな音を発てて開き、そこから、漆黒の全身鎧をきた190はある大柄な戦士。背中には本来両手で持つグレートソードが双振り背負われ、漆黒の鎧以外で首に巻かれた赤いマフラーが嫌に目を引く。

 

 そして、次に目を向けたのは、彼の後ろからついてくるクールそうな女性。サラサラの黒髪を後ろでくくりポニーテールにした格好は冒険者らしい動きやすそうな服にマントから魔術師に見える。さらに、もう一人はその女性と同じ黒髪を夜会巻きで纏め、メガネを着け、スッと背筋を伸ばしているため背が高く感じ魔術師らしい女と同じ黒髪黒目からしっかり者の姉だと思われる。

 

 動かしやすいのは変わらない服装に駆動域を重視した胸と腰を隠す軽鎧で覆う豊満な体を晒しているが武道家か拳には立派なグローブを装着してる。

 

 いきなり2人も美人が現れたため漆黒の男より、周りは彼女たちへ注目した。魔術師の鋭いというより冷たい眼差しはその美しさに目がいっていてわからないようだが・・・、レイナはそれとは別に彼女たちに見覚えがあった。

 

 こことは別の・・・ユグドラシル最後に挑んだ玉座の間に行く途中、彼との間に割り込んできた者たちの2人。

 

 と考え思い出した。

 

 やっぱりか。

 

 彼はナザリック(家)から飛び出してきたみたいだ。

 

 今のレイナの心境を言えば、社長が会社などの重圧から解放されるためのお忍びで、旅行にでた者を微笑ましく思う気持ちだろうか

 

 彼は、何故か緊張しているのか、宿の正面だけ見て、すぐ横にいるレイナに気づかずに、主人である親父に、宿泊の交渉を行っている。

 

「す、すごいなぁ。同じ武器なのに2本も背負った上、全身鎧・・・重くないのかなぁ?」

 

「ああ、かなりの膂力がいるはずだが、あの巨体だ。もしかしたら、もう一本は予備じゃなくて本当に二刀流かもしれないが・・・できるのか?」

 

 横で行われる2人の感心に、可能だろうなと口に出さずに思う。

 

 問題は魔術師のスキル持ちである彼が戦士職の武器を持てるのかだが、そういえば時々、ユグドラシルで魔術師に飽きたプレイヤーが前衛をやってたことがあるな。

 

 実戦ではそんなに使えないはずだが、この世界では充分通用するレベルのはずで、それを解決できる方法もあった。

 

 話が進んだのか。親父が勧めた4人部屋を3人で貸しきりにしたいという話で親父が怒鳴るなどひと悶着あったが、度胸あるのか怯える様子もなく、意見を変えずに3人でと不機嫌そうな親父から鍵を受けとっていた。

 

 そうして進もうとして彼らはカウンターと席の間に柄の悪そうな冒険者に上げた片足で通せんぼうされてしまう。

 

 つい親父を見るが、何のリアクションもとらない。不思議に思うも誰も注意しないことに少し苛つく。・・・なるほど、周りの皆はただみてるだけじゃない観察しているようだ。彼がどのような対応をとるかで実力と人格を同時にみる。ならばこれは新人冒険者への挨拶と言うわけか・・・

 

 ここでもし弱気な態度を取れば、今後の冒険者界隈で臆病者のレッテルを貼られ、強気な態度であれば、戦士として申し分ないと声をかけられるかもしれない。彼もそう思ったのか、通せんぼうする男のを無視して、前に出された足を蹴りあげる。

 

 だいぶ、手加減したわね。いくら魔術師だからってレベルカンストでは、足がおさらばしていた可能性がある。

 

 案の定そんなこと露にも思わない男は彼に突っかかり、詫びを寄越せといっている。彼の後ろにいる女をみれば、詫びに彼女を夜の奉仕をといいかけて、胸ぐらを捕まれ、すぐに宙を浮いていた。

 

 力任せに放り投げたのだろう。その光景をこの体の動体視力でスローに感じながら、吹っ飛ぶ男の先を見て固まる。

 

 なぜ、今まで無関心でいられたのだろうかと思うほど、ブリタは今日最初に見たときから変わらず、ニコニコした顔でポーションを見ていた。

 

 ・・・そこは喧騒に気付いて、そんなに大事なポーションを懐にしまいなさいよ。とツッコむなか、無情にもブリタのポーションは男とテーブルの間に挟まれ、砕け散るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹っ飛ばした男の事など知らぬと、宿の部屋へと向かおうとすると

 

「おっきゃあああああああああああ!?」

 

 という声に足を止めてしまったのが、この現状だ。

 

 青い顔をした赤い鳥の巣頭の女が涙ながらにポーションを弁償しろという。たかがポーションとおもうが、この世界にきて、レイナさんと話した中でポーションがここでは大変貴重であることを知っていたので、声に出さずにすんだ。

 

 自分に絡んだ男に弁償してもらえといっても、こんな昼からお酒を飲む輩に払えるわけないといい、男の仲間も目をそらす始末。しかも、その身に纏う鎧から俺がお金持ちだと思ったのかなかなか引き下がらない。

 

 別にどうでもいいのだが、気になるのはどんどん背後で殺意を募らせるナーベラルと今は妹を押さえてくれているユリも不穏な空気を出し始めていること、このままだとポーション代をケチるなどと言った風評が広まることで冒険への駆け出しが、うまくいかないなどとなる可能性がある。

 

 ポーションの相場を見ずにここにきたのも間違いだったか・・・別に急いではいなかったのだ。少しくらい店を廻るなどして時間を潰してたりすれば、絡んできた男ともこの女とも関わらずにすんだかもしれないのに・・・金銭を渡そうにも、値段が分からず、交渉が拗れるかもしれない。しょうがないここは現物でどうにか・・・

 

「ちょっと待ってくれる?」

 

 懐にからポーションを取り出そうとした所で横合いから声をかけられる。また絡まれるのかと。とっととポーションわたせばよかったとげんなりしながらみれば、ただ雨風しのげそうなフードマントを目深に被った女性が自分ではなく、絡んできた女の方へと向かって、説教を始めた。

 

「ブリタさんっ!いくらなんでも押し付けにも程がありますよ」

 

「あ、あんたは・・・」

 

 どうやら2人は知り合いらしく。ブリタいう女は彼女の言葉に少し落ち着きを取り戻す。

 

「だいたい騒ぎが起きているのに、どうしてそこまで大事なポーションを机の上においたままにしたんですか!?挙げ句の果てに実際の原因を作った加害者に請求しないで、被害者に請求って可笑しくないの!?」

 

「あ、うう、ついあなたの報酬がよくて、良いところのポーションで・・・舞い上がちゃって・・・こ、壊れたら頭真っ白になってしまって・・・」

 

「いいですか?今回はどう見ても、あなたの自業自得で九死に一生を得れるポーションを管理せずに、冒険者という荒くれものがいるなかで、無防備に晒した罰です。今ここで壊れなくても最悪、奪われる可能性もありました。これも学習だと思って諦めましょう」

 

「う、うう。ご、ごめんなさい。あなたは悪くないのに弁償しろだなんて言って・・・」

 

 大きな声で相手の反省を促し、最後は説くようにして、優しく諭す。そのお手本とも取れるそれに俺は衝撃を受けた。リアルではまだ母が生きていたころ、何をしたか覚えていないが、自分も母にそうやって諭された記憶がある。

 

 そして、顔は見れないが、聞き覚えのある声に興味が心から溢れる。人間に興味を持つなど、この世界にきてそんなにないというのに、俺はこんなに初めて目の前の女性と話したいと思った。

 

 

 

 

 



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17.戦乙女と悟

KAINさん、栗原本晶さん、アクルカさん、読者@さん、きくうしXさん誤字報告ありがとうございます。

一応見返したりしてますが、気づかないのが多いですね。感想や報告で気付かしてもらえるので大変助かっています。




 

 

 少し話をしませんか?

 

 そう言ってきたモモンガことモモンと名乗った漆黒の戦士に言われ、レイナは宿の一室を借りて二人っきりでいた。途中、護衛であるプレアデスの2人から、なりませんという抗議とそれでもモモンガが2人で話したいんだと言って彼女達を説得。渋々従う彼女たちから強烈な視線をいただいた。

 

 エンリとシオンもここにはいない。今はたぶんその二人と話しをしているか気まずい空気を生んでいるかだ。前者であってほしい。私は別にナザリックをどうこうする気はないのだ。

 

 彼女らに正体をハッキリさせないようフードは被ったままだがそれでも怪しいのにはかわりないし、晒してしまえばファーストコンタクトがあれでは、ナザリックに害をなそうとしているように考えてしまうだろうが・・・

 

「久しぶりですね。レイナさんあと先程は助け船ありがとうございました」

 

「ふ、やっぱり、気付いたか。モモンガさんもあの様子だとギルド拠点ごと移動もうらやましいと思ったけど、肩が凝りそうね」

 

「ええ、そうなんですよ!。みんなして自分のことを何でもお見通しな絶対者って感じなんです!心安らぐギルドがまさかこんなことになるとは・・・」

 

 目の前に机があれば、両手でバンバン叩きそうなモモンガにレイナは気の毒にも感じた。リアルにいたときは、オアシスであったものが現実になってしまい。今までの役割?立場?が重くのしかかっているようだ。

 

「しょうがないわ。まさかNPCが意識を持つなんて誰も考えないもの。その点、人員配置にはそう困らないでしょう?ナザリック内だけかも知れないけど」

 

「はい、みんな元々極悪ギルドとしてのカルマで極度の人間軽視で、唯一セバスやペストーニャ、今は連れのユリくらいしか外の探索は任せられなくて」

 

 悪のギルドとして存在していたのだ。彼らの価値観がこの世界において善良とはいかないだろう。というより、よくセバスやそのユリなどの善のカルマ持ちがいたものだ。

 

「そうね。ユグドラシルの設定がどこまで影響し、運営からの調整から解放されてるかで、今後の行動次第で彼らも成長し変わる可能性はあるわ」

 

「一挙手一投足視られてるのもきついです。そりゃ魔王ロールしていた自分も悪かったかもしれないですが、元々は悪質なPKに対するPKK用のロールプレイだったんです」

 

「あの頃は酷かったわね。特に新人異形種が目の敵にされて、そうそう、聞きたかったんだけど、どうして魔王ロールなの?普通はたっちみたいな正義のヒーローやりたくなかったの?」

 

「それはですね。昔のマンガを発掘したときに感銘を受けたやつがありまして、[悪を倒すのは更なる悪]ってフレーズが気に入りまして、それにPKする多くの奴が正義だのなんだの言っていたので、それの当て付けですかね。その話をするとウルベルトさんも混じってきましてね」

 

「なるほど、一理あるわね。わた・・・いえ、それがあなたの根幹になってるのね」

 

 モモンガの言葉にレイナも思うことがあり、ついリアルの事情を話しそうになるのを止める。幸いモモンガは話に夢中で気づいていない。

 

「確かにたっちさんに助けられて、彼には憧れましたけど、自分異形種のスケルトンメイジでしたから、イメージ的に悪役が似合いそうで」

 

「そうかしら、私が知ってるのでダークヒーローていうのがあるけど、あなたみたいに骸骨のヒーローもいたわよ。地獄から甦ったバイク乗りで、魔法と鎖を武器に戦ってたわね」

 

「すごいですね。そのヒーロー少し気になりますね」

 

「もしかしたら、今こそ何かの参考になるかもしれないわね。たしか、データは残ってるから良ければ貸すわよ」

 

「いいんですか!?是非お願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 でるわでるわ不満や不安。最後の方は過去の話になってるけど楽しそうだ。私も自分の趣味を布教できて嬉しく感じる。まぁ一般人がいきなり魔王になればそうなるかしら。

 

「それに、この体になってからというもの。人間のときの倫理や道徳が変わりまして、レイナさんからいただいた神精樹の雫のお陰で生前?どおりの生活ができてるだけでマシですよ」

 

「オーバーロードも生前は人間のはずなのだけど、もう別種族なのかしら」

 

 ユグドラシルでの種族説明の覧を思い出そうとするがさすがに思い出せない。そんな時

 

「レイナさんは元より人間だからそんなに代わりありませんか?」

 

 彼の言葉に私はまた思うところがあり、今度は口を開く。

 

「そうね。普通の人間は時速100キロ以上で走り、高層ビルぐらいまで跳び。怪我も一瞬で直せるわ」

 

「え?レイナ・・・さん?」

 

 彼も私が言おうとしてることに気付き、声をかけてくるが私は止まらない。

 

「剣で切りつけられそうになっても、見てから回避は余裕。むしろ当たっても傷ひとつない。この前私の何倍もあるオークを私が攻撃したら爆発四散したわ」

 

「なにやってるんですか・・・?」

 

 シリアスぽかったのに呆れられてしまった。まぁ、そんなに私は気にしていないし、そのためおどけてみたのだし、彼に悩んでるのは自分だけじゃないと思ってもらいたいからだ。

 

「正直、そんな自分がただの人間とは思えない。この世界にいる他の人間にしたって、リアルの人間からしたら超能力者だと思わない?」

 

「確かにそうですね・・・。逆にある程度強いここの人間がリアルに行けば間違いなく自分達と同じく困惑しそうです」

 

 ここで言葉が途切れる。別に嫌な雰囲気という訳ではない。ここまで本音で言い合えたことに感動しているのかもしれない。彼が言っていた人間を忘れそうになる。なら、思い出せばいい。こうやって笑い合え、共感できるのならば可能なはずだ。

 

「ねぇ、モモンガさん。一つお願いがあるんだけど」

 

「え、何ですか?」

 

「リアルでの名前を2人の時だけ呼び合うのはどう?そうすれば、人間だった頃を思い出したりしない?」

 

「え、でも・・・」

 

 モモンガが鎧越しに困惑しているのがわかる。確かにオンライン上リアルの事情や本名を訪ねるのはマナー違反で暗黙のルールを破る行為だ。だが、すでに夢が現実になったここでは、今は自分達しかいない。自分たち以外誰も咎めるものはいない。

 

「嫌なら・・・残念だけど・・・」

 

 しかし、彼が嫌なら強要はできない。私がそう言おうとしたとき

 

「いえ、是非お願いします。時々でも本当の名前を言ってくれれば、忘れること等ないはずです」

 

「そう、よかった。じゃあ言い出しっぺの私から

 

 

 

   緒方 零(おがた れい)よ。零と呼んで」

 

 

 

「俺は 鈴木 悟 悟(さとる)と呼んでくれればいいです」

 

 

 

 

 

 

「わかったわ。悟これからよろしくね」

 

 

「こちらこそ、零さ、いや零よろしく」

 

 

 

 結構、時間が経っていたそうで部屋から出ると、漆黒の剣と今回依頼に同行するチームが来ており、今まで部屋で何をしていたのか問い詰められた。

 

 特に悟がつれている姉妹からの言及が強く。悟が狼狽しながらも、ただお礼を言っていただけと誤魔化す姿は人間らしくみえ思わず笑ってしまった。

 

 

 

 戦乙女(零)と悟(魔王)

 

 

 

 




モモンガさんの様子が違うのは最初にレイナに渡されたアイテムの効果か自分以外にもいることへのストレス軽減効果のどちらかです。

アニメ本編見ていて、モモンガさんは思い込みで色々チャレンジしてないのは寂しいなと思ったのでこうした流れになりました。


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18.戦乙女と旅道中2

 

 

 部屋から出たあと、レイナとモモンガはそのあとに見た光景に少し驚かされる。エンリとシオン、ブリタが一つの机に座り、談笑していたのだが、その相手がなんとナーベラル・ガンマことナーベとユリ・アルファことユーリであった。

 

 モモンガにしてみれば、ユリはわかる。きっと緩衝材(かんしょうざい)になったのは彼女だろう。いくら人間軽視にすぎるナーベも長女であるユリには頭が下がらない。しかし、それでも、ユリから話を振ったとも思えない。そうであるならば、最初にそれを持ちかけたのは、フードからもれるくくった金髪に少女が今も積極的に話しかけているので、彼女かもしれない。

 

「では、ユーリさんには妹が他にいるんですね。大所帯で苦労も多いのでないですか?」

 

「そうね、普段のこの子やもう一人の子は手がかからないんだけど、次女が特にやんちゃでね。いつもイタズラを仕掛けてくるもんだから・・・もういい歳なのに少しは落ち着いてほしいものだわ・・・」

 

「なるほどな。道理で落ち着いた雰囲気が出てると思ったが、兄弟多いやつの長男長女はしっかりしてるもんだ。さっきもナーベさんが何かいいかけて、拳骨かましてたけど、慣れたものだったもんな」

 

「だまひぅ・・・笑うな」

 

「ほら、またユーリさんに睨まれた。こうしてみると冷たい印象が強かったけど、可愛いわね」

 

 等という会話から

 

「あの人の強さを見て憧れたのが始まりだな。エンリも守るものがあるからでな」

 

「・・・ですから、私はどんなに苦しくても強くなると誓いました。もう絶対妹を怖がらせないように!」

 

「その考えは感心するわ。そうね。私たちもあなたを見習って強くならないとね。・・・のためにも」

 

「ふん、・・・にしては見込みがありますね。今のところ他の・・・のなかでは一番ましな気がします」

 

「結構、皆しっかりした考え持ってるのね。ふぅ、私も外に飛び出したんだけど、今度故郷に帰ってみようかしら」

 

 という会話を聞き、安心する。人間とは馴染めないと思っていた彼女たちが一つのテーブルを挟み、声を交わす。その姿はユグドラシルでもよくみた光景だ。

 

 確かに、ナーベラルもユリも端から見れば人間に見える。しかし、彼女たちはドッペルゲンガーとデュラハンである。育った環境も違い価値観も違う彼らの姿が尊く感じる。

 

 フレンドや時にはソロの人も交えて、種族も関係なく(中の人は人間だけど)会話を交わすそれは、いつか求めていたものだった気がする。

 

 レイナもモモンガも、それをみて、ここが異世界だろうと、こういうところで、あの世界と同じなんだなと思う。

 

「あ、2人とも出てきましたよ」

 

「結構長かったけど、何をしていたんですか?」

 

「それはぼ、私も気になります。モモンさん。どう言ったことを話していたのですか?」

 

「モモンさーーーん。この女がなにか失礼をしたのならば私が・・・ひぅ」

 

「はぁ、全く懲りないんだから、でも、楽しくていいわねこれ」

 

 こちらの姿をみた5人が集まってくる。その既視感に2人は

笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、漆黒の剣は悪いと思いながらも、合流するはずの宿へと向かっていた。ルクルットのわがままで、その実力はアダマンタイト級だろう神官戦士のレイナに、あろうことか、食べ物をもらうというのだ。

 

 確かにあのオニギリというものは手で手軽に食べれるし、何より美味しかった。また中に何が入っているかわからないのもよかった気がする。

 

 そうして宿を訪ねてみればすでに彼女はそこにおり7人という大所帯で、談笑している姿があった。

 

 その内容が少し異様で荒くれものがいる中でもかなり目立っていた。

 

 フードマントをかぶり顔を見れないようにしたレイナたちに漆黒の全身鎧をきた巨躯の戦士に、目を疑うような、レイナさんほどとも言える美貌をもった2人の魔術師と武道家らしい女性。そして、その首もとからアイアンのプレートを着けた女戦士。見た目も強さも全てがちぐはぐなそれは、不釣り合いでしかし、どこか、釣り合ってるような気がした。

 

「なにか知らないけど、すごい楽しそうですね」

 

「ん!?うお、すごい好みだ!!これは混ざらなければ!レイナさ~ん!」

 

「あ、あのバカ本当にいってしまった・・・」

 

「いつものルクルットの悪い癖がでたのである。さらに断られるのもいつも通りである」

 

 漆黒の剣たちの前には、レイナに話しかけたあと魔術師の女性に振られ、膝をつくチームメイトの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 同行するチームが来たので、レイナは漆黒の剣に約束したお握りを人数分をわたし、ついでにモモンガにも3人分を渡す。

 

「いえ、レイナさん。自分は食べないので・・・(骸骨だし・・・)」

 

「なにいってるの。ユグドラシルではあなたも料理バフ使ってたでしょ。思い込みでせっかくの食事を無駄にするのは勿体ないわよ。せっかく保存食以外が食べれるんだから、本当に無理なら残して捨ててもいいから」

 

「す、捨てるだなんて・・・わ、わかりました。少し怖いですけど食べてみます」

 

「ええ、頬が落ちないように気を付けてね」

 

「はは、頬がないですけどね・・・。ありがとうございます」

 

 そんな内幕もあり、モモンガは冒険者ギルドに依頼を探しにいき、漆黒の剣もそれに同行するかたちで向かうため、レイナたちは同行するチームと一緒に別れることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 目標である野盗の調査のため、襲撃があった地点を下見にいくらしく。戦士たちはその護衛で、斥候が主に、襲撃者たちの痕跡を探しすのが主軸で。チームは2つに分け、もしも、1つのチームが襲撃されれば、残りが逃げるルートを作り、倒せるようなら援軍として向かう手筈となっている。

 

 道中は暇なため、レイナが一人一人の様子や装備を観察し、話が聞けそうなら、質問もしていく。その度にチームの誰もが(ブリタを除き)鼻の下を伸ばし、気分よく答えてくれた。

 

 彼らはアイアンになって長いので、経験の元、様々な知識や技術を教えてくれた。

 

 戦士は見習いであるエンリに対して、レイナとは違う戦い方をブリタが間に入り教えてもらい。

 

 シオンも斥候が戻ってきた時は、チームでの役割、観察するポイント等を手解きしてもらう。陰遁ができることがわかればペアになって実際の斥候としての動きを教えてもらったようだ。

 

 同行するという依頼なだけにそこまでしてくれるのは悪い気がしたが、彼らに言わせるとお金も充分以上にくれるため、ただ同行させるだけなのは悪いし、後輩に教えているみたいで、こちらも楽しいのでいいのだと笑って言ってくれたのでそれに甘える形だ。

 

 痕跡の追跡も順調なので辺りが暗くなってきたので、そろそろ野営したあと、本格的に身を隠しながら盗賊の根城を探すようだ。

 

「では、少し腹ごしらえしませんか?良ければ皆さんの分もありますよ」

 

「え、これはありがたい。変わった食べ物ですが、普段は狩った動物や硬いパンなので、食べれるなら何でも食べますよ」

 

「ええ!?もしかして、レイナさんが作ってくれたんですか?」

 

「か、感激だ。こんな美人でしかも気が利く。レイナさんけっぐわっ!」

 

「抜け駆けすんな!レイナさん是非俺と!」

 

「はいはい、それはまた今度返事するわ。飲み水もありますので言ってくれたらそそぎますよ」

 

「あ、でも、中身が違うのが増えてるんですね」

 

「これは、なんだろう?歯応えがよくて、風味も香ばしい。今まで食べたことないけど、これもスッゴく美味しい!飲み物も普段は飲むのよりなんか飲みやすい!」

 

 「あまり食べ過ぎても動けなくなるわよ?エンリそれは昆布っていって専用のタレで煮込んで、ゴマを混ぜたものよ。飲み物は少し工夫して飲みやすくなってるわ(生理食塩水に砂糖とレモン汁を少し入れた飲み物だけど説明してもわからないわよね。本当ユグドラシルって食材や飲み物にしても、細かかったわよね。おかげで助かってるけど・・・)」

 

「お、美味しいっ。しかも、携帯しやすそうだし、食べやすい。こんな仕事に合う食べ物初めて知りました。レイナさんのすんでた国のものなんですか?」

 

「ええ、私の知る人がほとんど知ってるんじゃないかってくらいの食べ物よ。ソウルフードってやつかしら」

 

「う、うめぇ!こんな仕事中でなかったら、もっと食べたいぜ!」

 

「うう、このオニギリって奴と一緒に入ってるコリコリしたのを食べると手が止まらん。なんなんだこれは・・・」

 

「も、もう食べ終えてしまった・・・。レイナさん・・・」

 

 まるで雨のなか捨てられた子犬のような(見た目は大の男)瞳を向けてくるチームメンバーにレイナはため息を吐きながら残りのお握りを全部どこかから取り出した風呂敷の上にひろげる。

 

「はぁ、しょうがないわね。食べすぎて動けないなんてことにならないようにね。まぁ、そんなに気に入ってくれたなら、この仕事終わったら、またつくってあげるわ」

 

「うおおおおおお!よっしゃ!やる気が漲ってきたぁぁぁ!」

 

「はぁ、いつもこれぐらい頑張ってくれたらなぁ・・・」

 

「そういうリーダーもしっかり確保してんじゃねぇですか・・・」

 

「むむっ、レイナさんの料理に関しては負けませんよ!」

 

「やるな!嬢ちゃん!俺らも負けてらんねぇぞ!」

 

「そこは、張り合うところじゃないぞエンリ・・・」

 

「うっそ、みるみるオニギリってやつが減っていく・・・」

 

「・・・いっそ装備とかじゃなくて、おにぎり屋でも始めようかしら」

 

 はしゃぐ彼らを見ながら、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)からなくなったおにぎりの存在にレイナは遠い目をするのだった。

 

 



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19.戦乙女と折れた心

 

 

 先行していたチームから野盗の様子がおかしいとの連絡があり、チームは合流。もしもがあればエ・ランテルに情報がいくように足の早い斥候が後方に待機するようリーダーのバオを筆頭にチームメンバーが賛成する。

 

「という訳でここからは命懸けになるかもしれん。ヴァルキュリアさんたちはここで離れた方がいいと思うんだが・・・」

 

「ここまで来たら一蓮托生よ。私も気になるし、もしも何かあれば私たちも戦力に入れてくれてかまわないわ」

 

「すまない。助かる。ならば、もう一度情報を整理する。・・・やけに肌寒い・・・。今までもこんなことがあったときはヤバいことがあったんだ」

 

 レイナたちも撤退の言葉もあったが、レイナもここまで付き合って静観できるほど冷徹ではない。一緒に釜の飯を食べた仲というのか親愛に近いものを感じており、黙ってやられるのを無視はできない。

 

「よし、野郎共いつもより慎重に行けよ。できるなら身を挺しても彼女たちを守れ!。ここが男をあげるチャンスだぞ!」

 

「当然だ!レイナさんたちは絶対に守るぜ!」

 

 それは彼らも思ってくれていたらしく。リーダー指示に誰も文句を言わずに答える。

 

「私は女なんだけどね・・・。でもいいわ。レイナさんにはポーションのお礼もあるし、あんたたちの盾ぐらいにはなってやるわ!」

 

 野郎という言葉に反応するチーム紅一点のブリタは吼える。

ポーションを自分の不注意で壊したあと、誰も見ていないところでレイナよりポーションを譲ってもらっていた。しかも、エ・ランテル1とされるバレアレ産をである。

 

 叱られ、慰められ、更にと恐縮する彼女にレイナは騒動を止めなかった自分の責任もあるからと押し付けたのだ。もし、気にするのならば出世して返してくれればいいと言って。

 

 特に異常なく、野盗の住み処らしい洞窟を発見するも、そこには異様な光景が広がっていた。辺り一面に血溜まりがあり、そこにあるはずの遺体が全くないという状態だ。

 

 森のモンスターにやられたのだろうか?。遺体はそれが巣に持ち帰ったのか?。そうして、バオが洞窟内へと踏み込もうとしたとき、

 

「ここからは、私が先にいくわ。何人かここに残って、見張りをお願いしてもいいかしら?」

 

 レイナがバオを引き留め、ただ同行するものとしては越権行為を言い出した。

 

「いや、レイナさん。俺らが矢面に立たせて貰いたい。依頼人をみすみす怪我などさせていては、護衛も買ってでた自分等がギルドに顔向けできねぇ」

 

「そうですよ!もし、俺たちに何かあればレイナさんには逃げてもらわないと!」

 

 レイナの言葉に彼らは誠実に返す。それだけ、レイナがふざけて言っている訳ではないと短時間ながら彼女を信頼しているのだろう。

 

「ありがとう。でもここからは本当にヤバい気がするの」

 

「いや、ならばこそ我々が・・・」

 

「あ、あの皆さん!ここはレイナさんの言葉を信じてくれませんか?」

 

 そんな彼らの善意が嬉しく礼をいうレイナの笑顔に、一瞬心奪われる彼らだが、次には渋り始め、そこをエンリが止める。

 

「その信じられないかもしれませんけど、レイナさんは本当に強くて、私もそれに助けられたんです」

 

「え、でもエンリちゃんやシオンは護衛に雇ってるって・・・」

 

 エンリの言葉に信じられないとブリタが事前に聞いていた情報を言うが、エンリ、さらにシオンまでが首を横に振り答える。

 

「それは方便で・・・ほんとのところは、私たちがレイナさんに師事を請うて、同行させて貰っているんです!」

 

「レイナさんの姿を見たあんたたちには、なお信じられないだろうけど、彼女は本当に強い。あの王国最強と言われるガゼフ・ストロノーフと()()とも言える。だから、ここは俺たちを信用してくれないか?」

 

「レイナさんの言葉。あの人が止める程のことが起きているんです!。私からもお願いします!」

 

「頼む!」

 

「あなたたち・・・」

 

 そう言って頭を下げる2人にチーム一同は困惑するなか、バオが腕を組んだ。

 

「わかった。そこまで頭を下げられちゃ。無視はできない」

 

「リーダー!?」

 

「だが、俺や副長はついていく。それができないなら、この異常だ。速やかに全員でエ・ランテルに帰るぞ」

 

 バオの言葉にレイナは強く頷く。

 

「それでいいわ」

 

「よし、お前とお前はここで見張りだ。他は少し離れた所を巡回して、いつでも逃げれるようにルートを確保しておけ」

 

 テキパキと指示を出す彼は立派なリーダーなのだろう、まだ納得していないメンバーも彼の決定に従い位置についていく。

 

「ま、まって!私は付いていくわよ。リーダーと副長入れても2人でしょ?。3人守るなら頭数一緒な方がいいわよね?。そうじゃなくても無理やり付いていくから、恩も返せないうちに死なれたら後味悪いもん」

 

「わかった。お前はエンリちゃんに付け、俺はレイナさん。副長はシオンの坊主の方を頼む」

 

 ブリタの抗議も受け入れられ、洞窟に入るのはレイナたち3人とリーダーのバオと副長、ブリタに決まった。

 

 

 

 

 

 

 外も異常だったが、中はそれ以上だった。洞窟の天井まで血が飛び散っているのに、遺体や体の一部さえ見つからない。辛うじて野盗が使っていたらしいボウガンや剣の残骸が転がっている事から、抵抗したところで無駄だったということだろう。

 

 それほどのナニかがこの奥にまだいるのかもしれない。自然とレイナ以外の全員が息を呑む。

 

「なんだ、これは・・・いったいどんな力でやれば天井まで血が飛ぶんだ・・・」

 

「ヤバいぞ。リーダー。これは俺達で対応できる範囲を越えている」

 

「うう、匂いがひどい。なのにそれらしいものが1つもないなんて・・・」

 

「そんな・・・こんなことが外では起きるの?」

 

「野盗なんて、自業自得だとは思うけどな。さすがにこれは言葉が見つからねぇ」

 

 各々が自分に言い聞かせるように呟く。そうしなければ、この場の空気に押し潰されそうになるからだろう。今まで多くの仕事をこなしてきた彼らでさえ、体の震えをおさえられていない。

 

 レイナだけが、静かに意識を集中させて、周りを伺い。そして、一つの音を拾うそれは声で一人は女。もう一人は男のもので、どうやら会話をしているらしい。

 

「いたぞ。皆私の後ろに下がってできるだけ息を殺せ」

 

 レイナが前にでて、剣をどこからか引き抜く。その剣はエンリが村で素振りさせてもらったものであり、不思議とその剣を見ただけで体の震えが止まる。それはエンリだけでなく、シオンや護衛の3人もであった。

 

「な、なんだ。その剣は?。体の震えが止まった?いや、これは・・・」

 

「何故か、心からあたたかさが溢れてくる。その剣の力なのか?」

 

「スッゴい綺麗。それだけじゃない。まるで光に包まれるような・・・」

 

 自分達と違い震えることなく前をいくレイナの後ろ姿に3人は英雄の背中をみた気がした。

 

 シオンが言ったガゼフ・ストロノーフと互角という話も信憑性が湧いていく。

 

「もうすぐだ。心を強く持つのよ」

 

 そうして、向かった先はこの洞窟の最奥の広い空間で、4つの人影が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「バ、バカな。俺の技が・・・全部あたらないだと・・・?」

 

 その男ブレイン・アングラウスは今、心が折れようとしていた。あの日、王の御前試合での戦いでガゼフ・ストロノーフに敗れて以降、死にもの狂いで、時には命も捨てる覚悟で挑んだ戦いもあった。そうして、培ってきた力の元、今ではガゼフにさえ勝てるという自信もあった。

 

 しかし、それでも力を求め、野盗の仲間になってでも、もっと上を目指し、研磨してきたはずの技が見るからに少女である血のような赤い鎧に仮面をつけた槍と盾を持つ女に負けたのだ。

 

 最初は、久しぶりの強者に胸を踊らさせ、更なる高みへの踏み台にするはずであった。重そうな鎧なので、動きは遅いだろうと思った。両隣にやけに白い肌のドレスをきた女がいたが、手を出す様子は見えない。よく見れば仮面の少女も鎧の隙間首もとが同じくらい白いのに気付き、そこに狙いを定める。

 

「お前たちは、奴の後方へ。逃げないように見張れ」

 

 少女が女たちに指示をだし、アングラウスの後方へと移動し、

身構える。彼はそれを止めなかった。もし、逃げる事態になっても女を切り殺し逃げれる自信があったから。

 

 危惧した挟んでの攻撃というわけではないらしい。少女は一歩前に歩き、アングラウスの範囲から少し離れた位置に立つ。

 

「お前の噂は聞いている。かの王国最強と言われるガゼフ・ストロノーフと互角の腕前を持っているらしいわね」

 

「へっ、知ってて挑んでくるとはあんたも腕に自信があるとみた。だが、今の俺はそのガゼフよりも上だ。残念だが、あんたは俺の強さの糧になってもらう」

 

「口だけは達者ね。ほんと・・・」

 

 少し前の私に似てるわ。

 

 そう仮面の下で呟く少女の声は聞こえなかった。

 

 そうして、槍を構えブレインに近づく少女は彼の射程距離に

 

 入った。

 

 瞬間、普通では届かない距離にみえるそこで、ブレインは武技を発動させた。

 

武技<領域>

 

 自分の周囲の気配を感じ正確に位置を捉えれる。例え相手が陰遁していても、見逃さない。相手の動きも手をとるようにわかるため、避けようとしても正確に移動先へ追うことができる。

 

武技<秘剣・虎落笛>

 

 もうひとつの武技<瞬閃>と合わせた音速の早さで相手の急所を切り裂く。単純明快な効果だがその威力は一点に集中しておる分、ガゼフの使う四光連斬よりも高く。そこらの鎧などは簡単に斬鉄してしまう。

 

 そんな技が少女の首筋めがけ放たれる。鮮血が舞い少女の仮面が外れその下の何が起きたかわからないという表情がみれると、そう確信したブレインの予想は少女に覆された。

 

 ほんの少し後ろに下がるそれだけでブレインの凶刃を回避したのだ。薄皮1枚さえ切れていない。少女は完璧にブレインの矛先を読み避けたのだ。いや、そうあってほしいとブレインは思う。<神域>で感じたのだが、信じられなかった。少女が刃を捉え、それを()()()()()()()()()()。<神域>で捉えてもなお、追撃できない速さで()()()()など。

 

 信じたくなくて、ブレインはがむしゃらに刀を振るうがそのどれもが少女には当たらない。半身で、首だけ動かして、何でもない動きの一つで全てブレインの必殺と呼ばれる斬撃が空を切る。

 

 そして、終わりはすぐにきた。

 

 ここで少女が動いたのだ。

 

 ブレインが放った刃の先に槍を手放し、()()()()()()()()()()()()()()。押せども引けども、それだけで動かない。あまりの事実に、ブレインの思考が停まる。考えたくなかった。今目の前にいるのは自分がどんなに努力しても届かない化け物だと、そうして怯えを含めた目で少女をみれば、今まで喋らなかった少女が口を開き、とどめを指した。

 

「念のため、避けたが・・・当たれば絶対斬られるというのではないのね。警戒の必要もなかったわ」

 

 何でもないように言われたその言葉でブレインの心が折れるのには充分だった。

 

「引き込みたいなら言葉は選ぶべきよ。そんなことでは歴戦の戦士も子供のように泣いて逃げてしまうわ」

 

 力が抜け、膝をつきそうになったその時、少女とは違う凛とした声が聴こえた。

 

 



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20.戦乙女と再戦

 

 

「引き込みたいなら言葉は選ぶべきよ。そんなことでは歴戦の戦士も子供のように泣いて逃げ出してしまうわ」

 

 洞窟の先、広い空間でその声は嫌に響いた。また女かとブレインは辛うじて考える。今日は厄日で、別の意味で女難に合う日なのだろうかと頭の片隅で思い。その瞬間、空気が一変した。

 

 今までも特に反応がなかった少女が、声の方を振り向き、とんでもない殺気を発っしたのだ。

 

「がっ、はぁっ・・・」

 

「ぐうっ、から・・・だ・・・が」

 

「な、なに・・・よ。こ・・・れ」

 

 その殺気に女と一緒にいる男女5人ともが息ができなくて苦しみ出す。ブレインもその一人だ。あまりに濃厚で、体が沈み、体の隅々からなにかがでていきそうだ。だがそれを直接向けられているはずの女は表情は変わらずに、仮面の少女を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイナたちがエ・ランテルを離れた後、モモンガは冒険者ギルドへと漆黒の剣となし崩しに同行することになり、道中は色んな話で盛り上がった。

 

 ルクルットはレイナとの出会いの話や、モモンたちの馴れ初めなどを聞いて盛り上がる。

 

「いやぁ、人一人投げ飛ばすモモンさんも凄いけど、その後のレイナさんの叱咤は痺れるぜ!」

 

「なかなかできることではないのである。ほとんどの者は助け船も出さないのが普通であるからなぁ」

 

「やっぱり、レイナさんは貴族ではないのかもしれませんね。あんなに綺麗なのに驕ることなく。他人のために怒れる人は素敵だと思います」

 

「すごいよな。貴族でないとすれば、遠いところの商人の出かも知れないんだな」

 

「ええ、彼女には助けられました。冒険者として力を見せれたのは良かったですが、やり過ぎて、人が離れては依頼を受けれる信頼も揺らぎかねませんからね」

 

 少し失った信頼はこれからの仕事で取り戻しますよ。というモモンガに漆黒の4人は感心したように頷く。

 

「へぇ、体も大きいながら器量も大きいんだな」

 

「漢の中の漢であるな」

 

「レイナさんも、そうした内面に気づいたから手助けしたのかもしれませんね」

 

 機嫌よく話すモモンと4人だが、逆に不機嫌そうなのが1人と気まずそうに俯く1人がいた。勿論、前者がナーベラルことナーベであり、後者はその理由がわかるユリことユーリである。

 

 あの後、モモンガ直々に2人は呼び出され、フードを被った女の正体がレイナだと言われ、当然、ナーベは殺害を進言。だが御方からは、彼女とは協力関係を築いていくと言われ、撤回するしかなかった。

 

 一瞬、レイナを陥れるために一時的に協力関係になったのかと思われたが、それを読んでたかのように、これまた御方自身が否定してからというもの。ナーベラルは目に見えて機嫌を損ねていた。幸い漆黒の4人にはモモンがレイナに親しくしていたのが不機嫌の原因だと思われている。

 

 本来なら、御方の指示に不満など抱いてはナザリックの者として、極刑も起こり得るが、それも、御方から仕方ないことだと寛容にも受け入れられ、すぐに納得しなくていい、だが少し考えてはくれないかと頭まで下げられては、御方を敬愛する部下として無下にはできない。

 

 それに、無理もないとユリは思う。彼女レイナの善性は、御方が保護したカルネ村の話で聞いて、自分にとって心地いいものであったが、彼女がこの世界にくる直前まで、ナザリックへと攻めてきただけでなく、御方の一人であるヘロヘロ様を殺したというのだ。

 

 ナーベラルには同じ三女として仲のいいソリュシャンという同じプレアデスの仲間がいる。そのヘロヘロ様の訃報を聞いた彼女の反応はそれはひどいものであった。

 

 ショゴスと言われるスライムである彼女の普段の姿は擬態と言われる能力であるのだが、そんな彼女が栄養不足のように痩せてしまい、目はどんよりと光を失い、美しかった金髪の巻き髪は、すっかり艶を失くしてしまったのだ。

 

 プレアデスはそんな姉や妹として、どうにかしようと普段は姉妹たちをからかうことの多いルプスレギナも今回ばかりは煽ることもせず奮闘するが効果はあまり出ず、不甲斐なさに姉妹揃って嘆いたものだ。

 

 しかし、そんな彼女が元に戻ったのは、御方の指示でリ・エスティーゼ王国へ執事長のセバスと一緒に潜入し調査する任務があったが、こんな状態ではこなすことが出来ないとして、不敬ながら御方にソリュシャンの役割を他の誰かに代えてもらうよう進言しようとしたときだった。

 

 丁度その時御方もソリュシャンの状態が悪い事を知っていたため、プレアデスの集まりに参加しており、彼女の調子について聞きに来ていた。やはりお優しい方なのだと、これなら交代の件も承諾してくださると感動していると現れたのが、()()()()()()になったソリュシャン本人であった。

 

 当然、御方も他のプレアデス一同も訝しげにどうしたのかと聞いても、やっと踏ん切りがついたと言うだけで、深くは話さない。

 

 まるで、その時だけは姉妹である彼女のことがよめず、他人のように感じてしまったのは彼女の姉にして、長女である自分を責めるばかりである。

 

 自分がそうなのだから、より近い位置にいるナーベラルはひとしおに感じているはずだ。そう思っていると、こちらの視線から感じたのかナーベラルは首を横に振る。

 

「違うんです。姉さん。私が怒っているのはモモン様が彼女を許すという言葉に納得できない自分に腹が立っているんです」

 

 そういう彼女を顔は普段はあまり変化しない表情もあって、よくわかるほどかわり、苦虫を何匹も噛み潰したような顔をしていた。

 

「モモン様がそう言っているのに・・・。そうしなければならないのに・・・全然そうは思えない自分自身が不敬で・・・あるのに私はそう心から誓えないことに、腹をたてているのです」

 

 ナーベラルが悩んでいる。今までなら御方が言うことは絶対と考えていたはずなのに、答えがでない自分の感情に悩みに悩み答えを出そうとしている。もしかしたら、モモンガ様が我々に期待しているのは、御方ばかりを師事することからの離反、いや、親離れを促しているのかもしれない。

 

 それが、敵であるはずの彼女の存在がそうさせているのだろ思うと複雑だが、ユリは何か事情があるのだろうと考える。そうして、目の前で成長していく妹をみて、自分も置いていかれないように努力するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドに着いたモモンを待っていたのはンフィーレア・バレアレという薬師の少年の薬草採取とその護衛の依頼だった。どうやら、受付嬢がモモンの礼節ある言葉とナーベが第3位階の呪文を使えることと、それと互角の腕前の戦士と武道家で銅級(カッパー)でありながらも実力は未知だが、信用はできると紹介されたらしい。

 

 しかしながら、モモンは護衛自体はお安いご用であったが、採取に関しては一途の不安があった。そんな時に思い出したのが先ほど話が盛り上がった、シルバーの冒険者チームである漆黒の剣である。

 

 彼らのなかには、レンジャーに森司祭(ドルイド)が所属していた者たちがおり、気配を読むレンジャーや森など植物については抜きん出ているドルイドの力があれば、この依頼を十全にこなせると思ったのだ。

 

 そうして、話を聞いていた漆黒も交えて、依頼を聞くことになり、彼らも快諾。冒険者ギルドとしても、最近登り詰めてくる信頼できるチームであったので、手続きはスムーズに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地がカルネ村であることに面を食らい、ある意味トンボ返りであるが道中はモンスターが出た以外特に問題なく進み、逆にオークをものともしないモモンたちの実力を証明することができ、依頼人であるンフィーレアや漆黒からの信頼も得られたので嬉しい誤算だ。

 

「す、すげぇ。まさか昨日の今日で英雄級の実力者に会えるなんて、俺たちすげぇ縁の元で生まれたのかも・・・」

 

「ほんとですね。レイナさんもすごかったですが、モモンさんの剛撃ともとれる一撃はそれに並ぶかと・・・」

 

「ナーベさんやユーリさんも、魔法や拳の一撃でオークを倒したのはすごかったです・・・」

 

「まさに、英雄級の活躍であるな。これは負けられないのである!」

 

 ルクルットの言葉にプレイヤーの影かと一瞬緊張するが、すぐにレイナのことであることを知り、緊張を解く。そう言えば、オークを爆発四散させたと言っていたなとモモンガは思い出し、少し笑った。

 

 その後のモンスターの襲撃もモモンたちの活躍で切り抜け。その臨時収入により漆黒もホクホク顔であった。お昼に差し掛かり、見渡しのよい場所があったので、そこで休憩を挟むことになった。

 

 準備ができて、みんなが取り出したのは、何かの葉に包まれたもの。レイナのお握りである。モモンだけでなく依頼人であるンフィーレアもそれを取り出したときは、人の縁がこんなところで結ばれていることに驚きを隠せなかった。

 

 さて・・・モモンガとしては緊張の一瞬である。顔などみえる部分だけ人間にみえるようにするには逆に難しかったので、今のモモンガの鎧の下は全部が人間の幻術に覆っている状態だ。それもちょっと動いたくらいでは中身が骨だとわからないほどである。

 

 ゆっくりと兜を外す。その姿に自然と視線が集まる。あれほどの腕を持つのだ。どんな人物なのか響美を持つのは当然だろう。何故かナーベラルやユリからも視線が集まる。いや、そこは自然と対応してほしい。なぜ知っているはずの2人までもがじっと目を向けるのかと疑われかねない。

 

 外されたその顔は黒髪黒目の日本人。鈴木 悟 の人間の姿

 

 を少し、オーバー労働で痩せた所を健康そうに肉付きの良いようにした。顔面偏差値としては低いであろう顔だがどこか親しみ溢れる雰囲気のある男であった。

 

「なるほど、王国戦士長と同じ髪と目の色なんですね。もしかして故郷は同じとか・・・」

 

「くっ、顔では負けてねぇと思うが・・・ナーベちゃんやユーリさんはこういうのが好みなのか・・・」

 

「なんとも、優しさがある御仁であるな」

 

「・・・・・・・・イイ」

 

「・・・・・・・・ハァ」

 

「サスガ・・・・・モモンガサマ」

 

 ンフィーレア以外の意外な好評価にモモンガは驚く。当然その感情は表情によく現れた。

 

 そうして、始まったお食事タイム。

 

 みんなレイナからもらった葉の包みを開き、お握りを口にすれば上がるのは歓声。うまいうまいとンフィーレアも漆黒もお握りを食べるなかモモンガは一人躊躇していた。ナーベラルもユリも主が食べないので口をつけずにいる。

 

 そうしていると当然目立つので他のメンバーから声をかけられる。

 

「どうしたのですかモモンさん?」

 

「もしかして、食欲ないとか・・・」

 

「なら、俺・・・がぁ」

 

「こら、自分の分で我慢するのである。食べ過ぎれば折角のレンジャー足の早さが生かせないのである」

 

 そんな彼らにモモンガは手と首を振り、答える。

 

「ええ、その・・・初めて食べるので、少し考え事を」

 

「あ~、確かに最初は何かわからないから、躊躇したな」

 

「でもレイナさんが作ってくれたこれはホントに美味しいですよ。何でできているのか聞いたら麦の一種としか答えてくれませんでしたが・・・」

 

「レイナ殿の故郷の食べ物とは言っていましたが、これが市民に広がれば、飢餓に苦しめられないと思うのである」

 

 彼らの言いたいことはわかるが、これは、自分自身に問題があるので、何と言えばいいかわからない。このまま、ずっと睨みっこしているわけにはいかない。この後も護衛の仕事が続くのだ。少しでも遅滞の理由をつくる訳にはいかない。

 

モモンガは意を決して、お握りを一噛りした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

う、うまい!!

 

その声は歓喜に溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<希望のオーラlevel1>

 

 後から来た女を包むように光の波動が広がったように見えた。

 

 その場にいるものを、悪寒と震えから救いだし、息ができるようになって彼女を見れば不思議と力が湧いてくる。

 

「い、息ができる。レイナさんこれは・・・」

 

「心を強く持ちなさいと言ったでしょう?。下手をすればあのまま窒息死していたかもしれないわ」

 

「レ、レイナさん。あ、あなたはいったい・・・」

 

「・・・凄い殺気ね。まさか絶望のオーラ並とは思わなかったわ。あなたの味方さえ怖がらせてしまうとは」

 

「ふん、つい反射で出ただけよ。それより、待っていたわ。また貴女と戦える事を・・・私が負けたあのときから」

 

 女は仲間の言葉を半ば無視しつつ会話を続ける中ででた化け物だと思った相手から漏れる信じられない言葉。負けた?このレイナという女にこの化け物は負けたというのか。

 

「なるほど、その時の記憶はあるのね。(それだと、この世界に呼ばれる前からある程度干渉があったと言うことに?。それとも直前だったから?)ところでそれ以前の記憶はあるのかしら?」

 

「当然であり・・・だ。御方から創造されてから1日たりとも忘れたことなどない」

 

「(ということはこの世界に来てから今までのことがデータとして反映されて再構築されたのか)あら、結構簡単に教えてくれるのね。いいわ。あなたとの再戦、答えてくれたお礼に受けてあげる」

 

「・・・たとえ、受けないと言われても無理にでも受けてもらう・・・。そちらが受けてくれるなら手間が省けたな」

 

「ええ、いつでもどうぞ」

 

 レイナという女が化け物と戦うというのに恐れもなくそう言った瞬間、少女が槍を構え両者が消えた。

 

ガキィィィン!!

 

 金属音がなったとき、2人は洞窟の中心でぶつかっていた。少女は槍を突きだし、女が持った盾で防ぎきり、反撃とばかりに剣で少女を斬ろうとして、少女の持つタワーシールドで防がれていた。

 

 ゴゥと空気が膨れ、衝撃が洞窟にいる少女とレイナを中心に広がる。ほとんどの者が尻餅をつく中、倒れそうになる体を必死に支える。

 

「ほう、強くなったわね。あの時は言えなかったが名を名乗ろう。レイナ・ヴァルキュリアよ」

 

「私は・・・私は今はただのカーミラ。お前を倒すまで本当の名は捨てた者だ!」

 

 今、目の前で化け物とそれ以上だという人間の戦いが始まろうとしていることにブレインは目が離せなくなった。

 

 



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21.戦乙女とワルキューレ

 

 

 ~野盗の洞窟内~

 

 洞窟内で破裂音が響き出す。地を抉り、空気を裂き、彼女たちがぶつかり合う。すでに立っていられるものは、カーミラの連れの女たちと、自分の相棒である神刀で体を支えるブレインのみであった。

 

 顔を狙った一撃を首を傾けるだけで避け、すぐさま姿勢を低くし、頭上を横凪ぎに払われた槍が通りすぎる。そのまま懐に潜ろうとするが、カーミラの体を隠すタワーシールドがその行く先を防ぎ、あまつさえ近いレイナに盾の表面で殴り付けようとする。

 

 少し前には見せたこともない攻防。この流れになる前にもフェイントを使った攻撃が幾度もあり、その全てをレイナは受け流し、逆に利用までしてダメージを与えていた。

 

 ユグドラシルではNPC対プレイヤーでは対策さえしていればプレイヤーがNPC相手に勝つことはそう難しくはない。しかし、彼女は凄腕のプログラマーにより行動チップを魔改造されており、創造主の愛もあって装備もかなり充実しており、下手なプレイヤーでは確実に負ける能力を持つ。

 

 過去ユグドラシルの1500対ナザリックにおいても、最後はやられるも数十人を倒しその後も奮闘したことからその強さがわかるだろう。

 

 そして、ユグドラシル最後における戦いにおいてレイナには通用せず惨敗しその自信を砕かれたシャルティア改めカーミラは負けた悔しさを糧に自分に足りないのは何かを模索し、他の階層守護者に頭を下げてまで鍛錬をこなした。

 

 他にも壁になればいいと存外に使役し、時に夜には鬱憤をぶつけて怖がられる事の多い倦属たちを慣れない褒め方を使うなどしてぎこちないながら改善し、今回は1対1。しかも洞窟内では使えないがアウラから学んだ連携を試行したりもした。

 

 そうして、自分は強くなったはずだ。だが油断はしない。それがあの時の敗因でもあるから。

 

 ゲームのプログラムというある縛りから抜け出した生きた思考による攻防一体化の技。レイナに直撃する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 はずだった。

 

 盾は何の手応えもなかった。驚いたカーミラは盾をのけ視界を確保したところでレイナの姿を見失う。

 

 どこに!?と見回して、ブレインを逃がさないように配置した吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の顔が見えた。彼女は何とか主人へ危機を知らせようとしているが、それがカーミラに伝わる前に横合いから強い衝撃を受けて洞窟の壁に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 あまりに早い攻防。ブレインの目には残像のようにハッキリとは見えなかった。最初は自分を余裕で捌ききったカーミラと過去に彼女を倒したことのあるレイナという戦士はある程度拮抗するものだと思った。

 

 だが蓋を開けてみれば、ただ一、二度の攻防でその実力の差がわかる。両者の身体能力に大きな差はない。ならばなぜ、レイナの方が上回るのか、それは経験の差である。

 

 それにはブレインも覚えがある。ガゼフに敗れるまでろくに鍛錬もせずやって来たがそれからは色んな実戦を通してここまで強くなった。それらはカーミラには通用しなかったが、経験があるのとないのでは雲泥の差なのは、身に染みる思いだ。

 

 あのカーミラが放った必中の盾による打撃。それを()()()レイナが盾にほぼ密着したまま後退、盾が止まると同時にレイナも止まり、不信に思ったカーミラが盾を()()()()()()()()()()()()()()()してから死角となった横から小ぶりの盾で顎を打ち上げ、続けて斬撃、流れるように蹴りを腹にぶちこんだ。

 

 その動きからレイナは()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()のだ。壁に衝突したカーミラは動かないが、レイナは油断なく残心をとる。

 

 遥かに高い身体能力と圧倒的な経験からなるその強さはブレインを魅了していた。

 

 

 

 

 

 

 

 朦朧とする意識のなか、カーミラは改めて思う。この女は強い。自分の我が儘に付き合ってくれた同僚たちに悪く思いながら、ちょっと鍛錬したくらいで力を削ぐことはできると思っていた自分の浅はかさに嫌になる。

 

 あの時と違う真正面から戦ったレイナの強さに悔しさよりも一人の戦士として感心する。弱い人間がよくもここまで強くなったと、あのユグドラシルでは確かに人間には強いやつがいたが、ここまでの奴はそうはいない。

 

 愛しのアインズ様が手を出すなと言っていた意味がよくわかる。きっと人間に中で頂点に立つだろう彼女はその強さ故の慢心さえせずこちらを伺っている。さらに、今回は秘策としてある案を実行してみたがそれも使うことができなかった。

 

 格下であろうと油断せず本気での戦い。フェイントでの戦いも見事に"これでどうだ"という手に"甘いなこうだ"と返される。

 

 さっきの連撃もみごとだった。顎への盾を使ったアッパー。胴への斬撃。追い討ちに腹への蹴りで実力の差を実感させられた。

 

 ホントに・・・相手が1人だと油断した自分とは大違いだ。

 

 デミウルゴスから聞いたが彼女の持つヴァルキリーは自分が持つワルキューレと本来同じような存在らしい。

 

 生者で信仰系魔法使いの戦士。

 

 死者で信仰系魔法使いの槍使い。

 

 同じような存在なのにあり方は逆とも取れる存在。

 

 あの時は感じなかったこの感情は、この世界に来たことで芽生えたもの。ただ力が強いだけでは届かない遥か高みにいる打倒すべき存在。そうカーミラは、シャルティアは初めて出会ったのだ。ライバルと言うべき存在に。。

 

 そこには退屈がなかった。まだまだ強くならなければならない壁がある。いつかその壁を破り対等に戦いたいと!

 

 そこに恨みがないとはいえない。だが、それ以上に楽しいと思う自分がいる。まだ戦いたい。体が悲鳴をあげる。それでもと心が叫ぶ!不思議と憎悪を募らせるより力が湧いた。

 

 これは強くなるため協力してくれた同僚や共犯になったソリュシャンを裏切る事になるだろうか。

 

 今も心配そうにこちらを伺う片方の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を見ながら。

 

 その時は、同僚や上司部下など関係なく謝るしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

「ま、まだだぁ!まだ私は・・・戦える!」

 

 ふらつく体を気力で立ち上がり、槍を構えようとするシャルティアを見ながらソリュシャンはその擬態を吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)にした姿から、心の中で爪を噛り、悪態をついていた。

 

(こんなに強いだなんて!、これでは少し弱体化させても、取り込もうとすれば腹から食い破られてしまう!ユグドラシルでの敗北は油断からと期待していたのに・・・これではヘロヘロ様の仇も打てず、一矢報いることさえできない!)

 

 なぜ、ここにソリュシャンがいるのかと言えば、シャルティアとソリュシャンは同じ目的の元で行動しているのもあるが、ソリュシャンは自分がスライムであることを利用し、部屋に籠りなんとか2体に分裂した。セバスにさえ気付かれないようにするには骨が折れたが令嬢役は問題なくこなせるほどの力しか与えず、今ここにいるソリュシャンは通常通りの能力を引き出せるが、レイナとの元々のレベル差でほぼ意味のないものとなっていた。

 

 正面から戦うのではなくアサシンとして観察力のあるソリュシャンが第三者の視界を受け持つことで危険をメッセージで伝えるなどしようとした。盾に隠れたレイナのことも伝えようとしたがその瞬間ソリュシャンの方に気を向けてきたのだ。直接目があった訳ではない。見られていると感じたのだ。

 

 これがナイフや石などの物理なら気にせずに行えただろうが、意識を向けられただけで思考も体も膠着したのだ。

 

(全くこれではあの女の方が化け物ですわ!)

 

 ソリュシャンの瞳は憎悪で濁り、レイナを捉えて離さない。それに気付いているのかレイナもシャルティアに気を配りながら、ソリュシャンにも警戒している。お陰でレイナが連れてきた者たちを人質にとろうにもそうした動きをみせた途端に距離を詰められ、消滅させられそうである。

 

 

 

 

 

 

 シャルティアが構え、レイナも静かに構えたまま再び対峙したところで、洞窟に異変が起こる。

 

 パラパラと天井から土が落ちてくる。そうここは野盗が根城にしていた随分前に捨てられた廃鉱跡であり、当然充分な補強もされずにいた洞窟。レイナとシャルティアの攻防に耐えれるはずがなかったのである。それに気付き、慌てたのはレイナと一緒に来たアイアンチームリーダーのバオであった。

 

「ヤバイぞ!。洞窟が持たない!。急いでここを脱出するぞ!」

 

「そ、そんな!?」

 

「ちっ、忌々しいな」

 

 レイナとシャルティアも気づいているが対峙したままでは動けない。

 

「ふぅ、やってしまったわね。建物が壊れるなんて考えなかったわ。カーミラとやら、ここは一時休戦して場所を変えてから再戦しない?。このまま続けても共々生き埋めが精々よ。それでもやるならしょうがないけど・・・」

 

「貴様の言葉に乗るようでしゃくだが・・・。いいだろう。今のわたしでは勝てないことぐらいわかる。悔しいが今回は引くことにする」

 

「助かる。では・・・<空間固定>」

 

 レイナがそう唱えた瞬間、洞窟の崩れるのが止まる。急ぎ駆け出そうとしたアイアンチームが驚き固まる。

 

「私のタレントよ。空間をその時のまま固定することでトラップを作動させなかったり自然災害を止めることができる。当然時間制限はあるわ。呆然としているが急ぐわよ。この方向から弱いけど人の気配を感じる。もしかしたら、野盗に捕まっていた捕虜かも知れない」

 

 それがあれば戦う時間はあったのでは?というように睨んでくるカーミラや彼らをすぐに納得させるために時間制限があることや便利なタレントを言い訳に利用する。これで今は凌げるだろうが、漆黒には回復魔法効果上昇。それに彼らには空間を固定するなどで2つタレント持ちだと思われる。彼らに口止めしてもいずれは漏れて、世に出回る。この調子ではまだまだタレントは増える一方であるのが悩みの種だ。

 

「わ、わかった。すぐに!」

 

「レイナさんを信じます!。ブリタさん!」

 

「はいはい、わかってますっていきゃいいんでしょ?あとあんたも来なさい。元野盗の仲間なんでしょ牢か何かにいれてるんでしょ?鍵どこにあるかわかるわよね?」

 

「あ、ああ。自分で走れるから引っ張るな!」

 

 すぐに動いてくれたのはエンリ、シオンと以外にもブリタであった。彼女はブレインを乱暴に引っ張り駆け出す。彼らに続くようバオたちも動き奥に作られた牢から捕まっていた女性たちを見つける。

 

 そこで、レイナの空間固定で牢が開けれない等とあったが一時的に解除することで問題なく女性たちを救出。洞窟から出ようとした時にカーミラが倦属とまだいることに不思議に思うがなんと転移門(ゲート)で外まで出してやるというのだ。

 

「勘違いしないでほしいが、別に助けるわけではありんせんよ。どうせ、無事に脱出するのだし、万が一にも死なれて勝ち逃げされてはわたくしの興趣(きょうじゅ)が・・・」

 

 と長々と言い訳する少女がいたが、レイナたちは無事に洞窟から脱出することができた。

 

 のちにブレインが野盗が集めた金銀財宝を話し、洞窟の大半は崩れたがその宝物庫は無事でそこにあった隠し通路も比較的に頑丈に作られていたので外から通り回収し、思わぬ収入を得ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 う、うまい!と叫んでからのモモンガの動きは早かった。お握りを噛み締めては、涙を流しながら咀嚼し、飲み込むまで時間がかかった。主が食べられたのでナーベラルやユリも食べてから、思わず固まる。確かにナザリックの料理に比べれば劣る味だが、不快にはならないむしろ・・・

 

「あんなに嬉しそうに泣いて食べる人は始めてみました」

 

「今まで大変だったのかな・・・」

 

「豪快な食べ方である。レイナ殿もうかばれるである」

 

「くぅ、ただでさえナーベちゃんやユーリさんに挟まれて食事なのに、同じものとはいえレイナの手作り羨ましいぜ!」

 

 喜ぶ御方の姿に嬉しい気持ちもあるがそれがまたあのレイナという女のおかげなことにショックを隠せない2人であった。

 

 

 

 



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22.戦乙女と死の螺旋1

 

 

 モモン一行が無事にトブの大森林で薬草を採取し頑丈な柵をというよりは防波堤・・・いや、砦のようになった(アインズとして村が保護対象になったためゴーレムを貸し出したことで異様に堅牢と化し、自衛もエモット家の母がネムから預かったゴブリンの角笛で呼び出したゴブリンたちと若い男衆で農作業の合間に訓練している)カルネ村をあとにすると、メンバーが増えていることに気づく。

 

「殿よ。某の背中の乗り心地はいかがでござるか?」

 

「・・・・・う、うむ。悪くはないが思ったよりフワフワではないのだな」

 

「申し訳ないでござる。今まで外敵が多かったため毛が元よりだいぶ堅くなってしまったでござるよ・・・」

 

「な、なるほど。それなら仕方ないな?。ではその体の大きさや尻尾が鱗に覆われているのも・・・」

 

「いや、これは元からでござるよ?」

 

「そ、そうなのか・・・」

 

 その新入りの背中に乗る漆黒の全身鎧を来たモモンが言葉に迷う姿は、その正体を知っているものなら失笑ものだろうがこの世界では違う。

 

「森の賢王と呼ばれる魔獣を手懐けるだけでなく。もうあんなに親しく・・・」

 

「あああああ、どんどん男として叶わなくなっていく・・・」

 

「英雄にふさわしい。貫禄であるな」

 

「ウワァ・・・・」

 

「さすがモモンさーーーん。その威信は留まることを知りません!」

 

「昔、やまいこ様が見せてくださった可愛らしい動物ブロマイドの中にあったのに似ているような・・・」

 

 尊敬の視線が9割だった。いや、まずい!1割気付き始めてる!恥ずかしいから思い出さないで!!と本気で思う絶対支配者モモン。

 

 そうしてはたと気づく。この違和感に気付くであろうもう一人の存在に、しかも、その人はかつてのギルメンを召喚できることに・・・うん、その時は絶対この森の賢王改めハムスケには乗らないでおこうと硬く心に誓う。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルに着いたのはすでに夜遅く。人の賑わいも静まった時間だったが、ハムスケに乗って凱旋した漆黒の戦士の登場に人々は足を止めてその勇姿を拝もうと列を作っていた。

 

 門を通るときすぐに冒険者ギルドでハムスケを登録しないといけないということで、チームはここで解散となるはずであった。

 

「では私はこのままナーベと冒険者ギルドでハムスケの登録をしてくるのでまた後で合流しましょう。替わりにユーリを付けますので荷物運びは任せてください」

 

「そんな、悪いですよ。今回モンスター討伐ではあまり役に立ちませんでしたし、ここは我々に任せてくだされば・・・」

 

「あら、お気遣いありがとうございます。ですがモモンさんが言われる通り、ただ登録するだけでゾロゾロ行っても意味がありませんし、それに力仕事の方が得意分野ですから!」

 

 遠慮する漆黒の剣に、ユーリが力を証明するように力こぶを見せるしぐさをとり、場を和ます。最初は少し固かったユーリもこの依頼を通して彼らの人間性を好んだのか自然と対応できるようになっていた。

 

 変わったユーリにモモンも嬉しそうにうなずく。

 

「彼女もそう言っているので、どうか。使ってやってください」

 

「わかりました。ではユーリさんお願いします」

 

「姉さん。わかってると思うけど、薬草を袋ごと持ったときに潰さないようにね」

 

「な、ナーベ!?さすがの私も袋くらい普通に持てるから!」

 

 また変わったのはユーリだけではない、ナーベラルもまだ対応自体は冷たく感じるが、今のように冗談をいうようになった。

 

 トブの大森林で薬草を採取するとき、ユーリも頑張って薬草を採取しようとするのだが、必要以上に力が入り薬草を駄目にしてしまうことを気に病んでいたのをここで引っ張ってきた。

 

 そのやり取りに、モモンも漆黒の剣たちもひとしきり笑い、一旦別れることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンと別れた漆黒の剣とンフィーレアとユーリがバレアレ薬品店に着こうとしたその時。

 

「皆さん。少しお下がりください」

 

 ついさっきまでニニャと楽しげに話していたユーリが落ち着いた声で全員を止めると一番前に出る。どうしたのかと思う漆黒の剣だが、彼女の態度から異常を感じ自然と自分の得物に手を掛け、ンフィーレアも馬車を止め周囲を警戒する。

 

 なにも、今回成長したのはユーリたちだけではないのだ。モンスターの集団に襲われてからはレイナに助けられ色々アドバイスをされた。そのあとも、ンフィーレアの依頼途中でモンスターに襲われ、学んだことを実践し、それが身になっているのを実感した彼らも冒険者として成長したのだ。

 

 ンフィーレアもエンリが頑張るなか、戦いが苦手などという言い訳をしないようになり、エ・ランテルを離れる前に尊敬するおばあちゃんに出来るだけ攻撃呪文のコツを教えてもらっており、少しだけだが攻撃用の魔法を使えるようになったのだ。彼も物怖じせずその前髪に隠した目で警戒する。

 

「そこの扉の前にいる者。姿は隠せていてもさっきから殺気を隠せていませんね」

 

 ユーリの言葉に反応したのか木製の扉がゆっくり開きロープを巻いた()()()()が現れたのだ。その瞬間、ンフィーレアは異常を感じる。何故なら自分のおばあちゃんは第3位階の使い手で店には例え留守にしていても、魔法により、防衛されているはずなのに、そこから人が出てきたのだ。

 

 少なくとも、目の前の()()()()はリイジーの魔法を掻い潜る実力があると言われているようなものだ。

 

「あっれぇ~?ばれちゃったぁ~?。お姉さんどうして気づいたのかなぁ~気配は消してたのにぃ~。殺気と言われても納得できないなぁ~」

 

「それはよかったですね。今まで大したことのない者にしか会わなくて、そうだったらここに存在してないでしょう?」

 

 女の言葉にユーリが尚も冷静に馬鹿にするようにいい、女を挑発する。

 

「・・・んだぁてめぇ。私に気付いたくらいでもう上から目線かよ。見た目から武道家かなんか知らねぇけど、調子のってると楽には殺さねぇぞ」

 

「あらあら、怖いですね。できるものなら・・・ねっ?」

 

「ぶっ殺す」

 

 口調が変わり、殺気も隠さなくなった今の女が素なのだろう。その殺気を受けてもユーリは挑発をやめず、いいから来いと上向きの手招きしたことに、怒った女は地面を蹴り、その手に光るスティレットを突きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けるのは今回だけであり・・・だ。・・・次こそはお前を殺す」

 

「ええ、いつでも・・・はちょっと迷惑ね。してくる前に連絡はほしいかしら」

 

「ふん。精々今のうちに残りの人生楽しむがいい」

 

 洞窟からカーミラによって脱出し、彼女とはそんなやり取りで別れた。殺すとか物騒なことをいいながら、次の勝負には何かしらで連絡をとることを約束して去っていった彼女の行動は素直に行動できないもの(ツンデレ)にしか見えなかった。

 

 チームの皆もそれに毒気を抜かれたのか、特に何も言わなかったが、ひとつだけ、今回の任務であった野盗の事について聞いたあとはレイナの言葉に従い、見逃してくれるようだ。

 

 無事にエ・ランテルへと帰ってきたレイナたちは、事が事だけに冒険者ギルドに報告を急ぎ、任務達成とともに成功報酬も渡したが、後日詳しく話を聞く必要があるかもしれないとリーダーのバオから言われ、しばらくはバレアレ家にいることを伝えた。

 

 冒険者ギルドから出ると、辺りはすっかり暗くなっていたが、レイナは自分達についてくる人影に話しかける。

 

「それで?お前はなんのよう?」

 

「頼む!俺をあんたの元でいさせてくれ!」

 

 人は少ないがどこに人目があるかわからないので路地裏に移動していた男は頭を下げた。

 

 洞窟から野盗の宝を回収し、残っていた馬車に詰め込んだあと御者扱いでエ・ランテルにつれてきたが、ここの兵舎につきだすか迷っている内に姿を消していた。

 

「断る。今日の野盗の件。今回が初犯というわけではあるまい。お前のような罪状持ちといると迷惑ね」

 

「ま、まってくれ!」

 

「カーミラの少し言葉を借りるけど精々どこ・・・へでも・・・」

 

「どうしました?レイナさん?」

 

 いけと名前も知らないが罪科ありの男を突き放しそうとしたレイナの動きが止まったことにエンリが声をかけるが、突然頭に声が聞こえたレイナはそれに耳を傾ける。

 

"くっそぅ・・・わた・・しは、こんなアバズレに・・・こんな所で・・・やられる訳には"

 

 それは死に瀕する声。無念の思い。魂の叫び。

 

 ・・・少々口が悪い気がするし、悪に染まった気配もある。

 

 が心の奥底に眠る。歪む前の声は耳に残った。

 

 "私を見て"

 

 声はすぐに聞こえなくなったが死んだという訳ではないようだ。回復魔法かポーションで命を拾ったのだろう。次に来たのは大量の負の思念。

 

 このエ・ランテルを目指して来るそれは・・・

 

「たしか、お前の名前は・・・」

 

「ブ、ブレイン。ブレイン・アングラウスだ、です」

 

「そうか、ブレインお前にチャンスをやる。今からここは相当な騒動が起きるだろう。それを前に出来るだけ人を助けろ。その結果によっては、私の元に来るのをゆるそう」

 

「ほ、ほんとう、ですか?」

 

「あくまで私がだ。もし、今起きている事が事実でお前が貢献出来ればこの国も、お前に恩赦は出すかもしれない。そうすれば、私の元に来ても汚名にはならないだろう。だが、強くなり、変な気を起こせば・・・わかるな?」

 

「は、はい!」

 

「よし、行け。命ある限り民間人を逃がし、異変がくれば対応しなさい」

 

 名前を尋ね、知ると矢継ぎ早に要件をレイナは伝え、男は飛び出していく。ちゃんと方向を間違えずにいけたのは男の勘か・・・。

 

「レ、レイナさん。これは・・・」

 

「な、なんだ。ヤバイぞこれは・・・」

 

 どうやら、2人も気付いたらしい。少しの間面倒をみていただけなのに、才能があるようだ。

 

「一仕事終えた後だけど、行くわよ2人共、私についてきなさい。やばくなったらすぐに助けるから、やれるだけやりなさい」

 

「「っ!、わかりました」」

 

 再び剣を握るレイナに続いて2人も臨戦態勢に移り、ブレインとは違う道をいくがそんなには離れていない。レイナはああいったが、彼がやばくなっても助けれる範囲にはいれておく。

 

 だが、数は向こうが上で範囲も広い。力を隠していては間に合わない命も多い。全力を出して助けれないのなら諦めれる。だが、出さずに助けれないのならばそれは・・・なんだ。

 

 ならば私は・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルの4分1を占める墓地を隔てる砦では、大量のアンデットの襲撃を受け、必死の防衛戦が繰り広げられていた。

 

 兵士が槍や投石で抵抗するが、数が多く、更にはそのアンデットの遺骸が砦の端に溜まり、即席の階段となり、扉を壊さずとも、乗り越えようとしてくる。

 

 そこの隊長はこの緊急時に冒険者の力も借りようと伝令を出してから、予想よりも早い冒険者の姿を見つけ、安堵しかけるが、彼らが首に下げるプレートをみて落胆を隠せなかった。

 

 かなり、切羽詰まっているのか。彼らの後ろにいるこの世界基準で強い魔獣の姿が見えないらしい・・・。

 

 銅級(カッパー)の3人は、戦士、武道家、魔術師みたいだが、まだ後ろにいる銀級(シルバー)の4人は何故かボロボロだがまだ使えそうである。

 

「おい、カッパーは民間人の避難を、そこのシルバーは俺たちと一緒に・・・」

 

「その必要はない。私たちがいく。いくぞ!ナーベ!ユーリ!ハムスケ!敵首領のいるところまで突っ込むぞ!」

 

「「はっ!」」

 

「ま、まってくだされぇ~!殿ぉぉぉ!」

 

 砦を駆け上がり、アンデットの海へ飛び込む戦士と武道家。それに続き第3位階の<フライ>を唱え、上空をいく魔術師。それを泣きながら追う魔獣・・・。それを止めようとするが、逆にシルバーの冒険者に止められる。

 

「ここは我々に任せて行ってください!」

 

「バレアレ殿を宜しく頼むのである!」

 

「おうよ!レイナさんのお陰でまだやれるぜ!」

 

「目的も果たせず、またお礼を言うまで死ねません!」

 

「だ、だがたった3人でここを突っ込むなど・・・」

 

「彼らの実力は我々が保証します!!」

 

「う、うむ。しかし・・・!?」

 

 彼らの言葉に隊長は渋い表情をするが、次にあれだけ扉を叩いていたアンデットの音がないことに驚愕し、恐る恐る扉を押さえていた兵士に開けるよう指示し、そこにはアンデットの影はなく、その残骸とも言えるものが残っているだけで、いつもの静寂がたたずんでいた。

 

 漆黒の英雄・・・

 

 誰かがポツリといった言葉はこのエ・ランテルを中心に広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちのチーム名と被りますね・・・」

 

「あはは・・・。完全に名前負けしますよね・・・」

 

「これはチーム名の変更も視野にいれないといけなくなるである・・・」

 

「いや、でもよ。他の候補にしても、いいのあるか?」

 

「「「・・・・・・・・」」」

 

 いつもはツッコまれ役のルクレットのツッコミに霧の奥から来る第2波のアンデットの軍勢を確認して武器を構えることで無視したシルバー級冒険者<漆黒の剣>の仲間たちはその場を誤魔化した。

 



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23.戦乙女と死の螺旋2

 

 

 それは見事なクロスカウンターだったと、後に冒険者チーム漆黒の剣は揃って言った。

 

 元法国特殊部隊出身の漆黒聖典第9席次クレマンティーヌは自身の強さを一部を除き人類最強と自負していた。

 

 確かに相手を嘗めて武技を使わずに突っ込んだのは自分の落ち度である。だが、相手が予想より強くても反応できる・・・はずであった。

 

「ひでぶゅ!?」

 

ゴッシャァァ!

 

 どこかの世紀末で雑魚があげた断末魔の言葉をクレマンティーヌはあげて丁度良く?置かれていた樽やら木箱に突っ込んだ。

 

「ク、クレマンティーヌゥゥ!?」

 

 連れのネクロマンサーカジットは隠れていた路地裏から思わず、心配して声を出してしまった。

 

「な、こっちにも!?」

 

「くっ、ばれてしまっては仕方ない。少々力押しでいかせてもらうぞ!」

 

 カジットが紫色の珠(のちに死の宝珠と判明)を掲げて力を解放すると周囲にアンデットが現れ漆黒の剣とユリを囲み一斉に攻勢にでた。

 

 チカチカする意識の中、クレマンティーヌは辛うじて生きていた。ユリがだいぶ手加減したのもあるが彼女が昔、なりふり構わず鍛えていたおかげだ。自分の命がヤバイと気付くと、念のために先程の薬師の店でくすねたポーションを使用し効果のほどは心配だったが既存の効能以上を発揮してクレマンティーヌを問題なく動けるくらいには戻していた。

 

 意識がハッキリさせると、大量のアンデットに相手は苦戦しているかと思ったが、邪魔な冒険者もなかなかやるらしい。チームで動きアンデットを蹴散らしている。その要となっているのが自分を殴り殺す寸前までやった眼鏡の武道家であった。

 

 押し寄せるアンデットを1体ずつ、確実に殴殺していく。彼女を押さえていられるのは、次から次へ召喚して対応しているからだろう。

 

 このまま逃げることも考えたが、それをあの武道家や自分を追ってくる奴が見逃すとは思えない。あんまりな貧乏くじにクレマンティーヌは発狂しそうになる感情を抑えなければ目の前の女とまともに戦えない。今度は本気で武道家を相手してカジットと共に目標を確保、撤退するしかないと行動する。

 

「カジット!私がその女を相手する!。いくらかアンデットを寄越せ!抑えている内に目標を確保、撤退!」

 

「ぬぅ!?仕方ない!しくじるなよ!」

 

「させるとでも?」

 

「っ!?」

 

 身構えたクレマンティーヌの前にユリは目の前にいた。

 

武技<流水加速>

 

 拳が顔の横をスレスレに通り、後ろに下がる。それで、距離ができたところで、クレマンティーヌの普段のふざけた態度からは信じれない必死な叫びにカジットからのアンデットの増援がくる。

 

 アンデットは捨て駒で、その対応の隙を狙うがユリはキッチリ防ぎあまつさえ反撃までしてくるのでカジットの方へ行かないように抑えることしかできない。

 

 このままじり貧で進むようでは撤退かと考えていれば(ようや)く冒険者たちと目標をアンデットの物量で分断でき、チャンスが来たのをカジットは逃さなかった。当然ユリが此方の動きを知り、邪魔してくるがクレマンティーヌがなんとか死守し、最後まで抵抗する目標のンフィーレアを気絶させ、あとはアンデットを出来るだけけしかけるだけでなく。

 

「おい!カジットこのアンデットどもを街に放て!」

 

 案に今クレマンティーヌたちに構うと街にアンデットが溢れるといい。気を反らした所を突破する。

 

「・・・皆さん。大丈夫ですか?」

 

「はい・・・なんとか・・・。っ!くっそぉぉぉ!!守れなかった!」

 

「ペテル・・・動いては・・・」

 

「・・・とにかくすぐにギルドに報告である。ルクルット」

 

「わかってるよ。今からひとっ走りしてくるさ」

 

 クレマンティーヌらが姿を消した頃にはアンデットは全滅。残ったのは悔しくて顔を歪める漆黒の剣と主の命を守れずショックを受けながらも彼らを治療するユリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこかしこから悲鳴が聞こえる。

 

 レイナは目の前で母子を襲おうとしたアンデットの頭を切り飛ばし思案しながらも動きを止めないが、数が減らない。ここはエンリとシオンと共に抑えることができているが、このままでは他の地区に被害がでて、アンデットがアンデットを生み出し、大混乱と化していくだろう。

 

 自分たちの後ろから冒険者たちが来て市民を避難させてくれているので守備範囲を狭めて行くことで徐々にだが、情報も集まり、アンデットが押し寄せてきた方からは漆黒の戦士が元凶を倒すため向かったという。

 

 それにレイナは思い当たる人物がいることに笑みを見せると、ならばここを守るのは自分の仕事だと決める。

 

 守らなければいけない。

 

 敵を引き付け、護る鉄壁の要塞となる者。

 

 背に弱き者を隠し、障害を切り伏せる者。

 

 障害があれば、すぐに破壊し安全をつくる者。それを支える者。

 

 慣れない立場で対象を守り、防ぎながらも攻勢に出れる者。

 

 遠距離から自分を護る者を襲う障害を射ぬく者。

 

 多くの個人を臨機応変に指揮する者。

 

 とにかく手が足りない。

 

 情けないものだ。

 

 ユグドラシルプレイヤーランキング1位の力があっても、その場にいなければ助けれない。だがまだ間に合うはずだ。

 

 共にソロで動いていたときに出会った彼女は戦った時間は少なかったが盾を使ったテクニックは随分と参考になった。

 

 いつもはお調子者でメンバーたちを引っ掻き回す傍迷惑キャラだが、芯のところはしっかり者のお姉さんで、場に馴染めない者がいれば、自分を道化にして、引っ張っていく。馬鹿な弟がいると愚痴をこぼしているが、それは照れ隠しで弟が心配なのだろう。

 

「も~。そんなんじゃないよぉ~❗そんなこと言うなら手伝ってあげないよぉ❗・・・・なぁんてね。レイレイの頼みだから喜んで力を貸すよ❤️」

 

 

 

 障害やルールを守らない者がいれば取り敢えず殴る。リアルでは教師をしているという彼女は頭はいいのに、行動は物騒である。ただそのあり方は、迷う事の多い人生で思うままに生きろと言われているみたいで気持ちがいいものだ。

 

 その人の妹も姉から天才肌とか言われていてもその姉を尊敬し自分に奢らないしそれが嫌味にならない。あのリアルでは珍しい人格者だ。

 

「脳筋ってここまでいい言葉に解釈できるのね・・・」

 

「お姉ちゃんはもっと自信もとうよ!私の自慢のお姉ちゃんなんだから!!」

 

「あんたみたいに僕はとうてい出来ないよ。でも・・・友だちのレイがそう言ってくれるなら、頑張ろうかな」

 

 

 

 また力を借りることになるけど、貴方ほど人を護ることができる人はそうはいない。貴方の背をみて、もう大丈夫と安心させて、憧れて、その助けた人がまた誰かを助ける。その流れが集まって小さな波になり、いつか大きな波になる。

 

「そこまで言ってもらえると照れ臭いな。何いつでも喚んでくれといっただろう。人助けなんだ。お安いご用さ!」

 

 

 

 会ったのはユグドラシルの最後だったけど、ブランクにも負けず、後ろの彼を守っていた。装備も少し劣る物なのに切り結んだ時は少し驚いた。やはりまだみぬ強者がいることを再確認できた事は嬉しかった。

 

「ヴァルキリーにそう言ってもらえるとプレイヤー冥利につきますねぇ。私も思い通りに動けないのが悔しかったですが、何よりモモンガさんや貴女と最後に遊べて楽しかった。ああ、やっぱりユグドラシルをもっと遊びたかった。これは少しばかりの夢の続きとして楽しませてもらいます」

 

 

 

 ユグドラシルに誘ってくれたのは今でも感謝している。結婚して子育てママになっても時々遊びに来てくれたのは、嬉しかった。私が守り、貴女が後ろから敵を排除する。時には2人で無謀な突撃して勝ち取った勝負もあった。最高の相棒。

 

「レイにそこまで思われるってちょとした自慢ね。あんたと大学で出会ってから私は変われた。レイは私の恩人なの!それにこんなに楽しそうなこと混ぜてくれないと逆に怒っちゃうから!」

 

 

 

 初めて会ったのは茶釜に誘われた女性プレイヤー限定イベントだった。此方を本当に使えるのかと(種族が種族なだけにわかりにくいが)懐疑的な視線を向けてきたのはよく覚えている。

 

 回復系で戦士など能力が中途半端で足手まといになると考えていたのだろう。すぐに証明できてからは頭を下げられたし、それからは良くしていた。茶釜が指揮官なら彼女はその補助をする副指揮官でチームを動かしていた。

 

「まさか、ユグドラシルが終わってまたこの体を使うなんてね。あんたも大変ねぇ。こんな異世界にとばされるなんて、まぁあんたなら普通に生きれそうだけど、いいわ。手伝ってあげる」

 

 

 

「我が願いに答える信頼なる勇者たち、いでよ」

 

 

 

ぶくぶく茶釜。

 

やまいこ。

 

あけみ。

 

たっち・みー。

 

ヘロヘロ。

 

相棒。

 

餡ころもっち餅。

 

 

 召喚

 

 

「よ~し❗レイレイのために張り切っちゃうぞぉ❤️」

 

「みんなで戦うのは久しぶりだな」

 

「あぁ~そうだねぇ。鈍ってないかボク不安だなぁ」

 

「お姉ちゃんの背中は私が護るよ!」

 

「ユグドラシルの最高潮期くらいから・・・、いつの通りの連携とは行かないですかねぇ」

 

「ちょっとレイ!私だけ名前言われてないけど!?」

 

「気にする必要ないわ。いつもそう呼んでるからいいでしょ」

 

「ハッキリ開き直られた!?」

 

「正直貴女の名前懲りすぎて長くて私も覚えてないわ」

 

「そ、そんなぁ、張り切って辞書まで出して考えたのにぃ~」

 

「本名を言うわけにはいかないでしょ?。諦めなさい」

 

「じゃあ今から貴女はアイでいくわよ。名前ないと指示出すの大変だし」

 

「り、理不尽だぁぁぁぁ!?」

 

 

その卓越した防御力と周りを操るのに長ける軍師

 

味方を護り敵を打倒する白騎士

 

近付く敵を粉砕し味方に寄せ付けない半魔巨人(ネフィリム)

 

その彼女を慕い攻防長けた戦士であるエルフの少女

 

酸で溶かし尽くす紫の禍々しいスライムの上位種族古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)

 

後ろを任せていた頼りになる弓使いのダークエルフ

 

その支援と情報魔法を使いこなす種族不明の大福餅

 

頼もしい味方たちが舞い降りた。

 

 

 

 



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24.戦乙女と死の螺旋3

「ほらほらぁ❗お前らの相手はこの私だぁ❗」

 

 見たことのない異形が多数のアンデットを相手取り、その手?に持った盾で攻撃を防ぎ、攻撃が緩くなれば盾を付きだし、アンデットの体を粉砕する。

 

「おおー❗レイレイの言ってた通り、数だけで大したことないねぇ❗」

 

 声からして女なのだろうかその珍妙な姿からは想像できない綺麗な声に周囲の視線は集まり、目を凝らすものもいるがいるのはピンクのナニか。男は美人を想像して落胆を隠せず、女は紅くなって顔を手で覆い叫びながら逃げた。

 

 不思議なほどそれは順調に進んだのは、アンデットがそのナニかに夢中といってもいいくらい集まるので誰もアンデットに捕まらずに避難場所に行けていた。

 

 

 

「ふんっ!」

 

「はぁっ!」

 

 巨体の悪魔のような存在がアンデットの頭部や胴を粉砕。その背後を取ったアンデットは共にいる美しくかわいいエルフが切り伏せる。そこから2人は目にも止まらない動きで次々とアンデットを葬り、我先に逃げる市民の逃げ道を確保する。すると、2人の視界に子供をつれた親子がアンデットに囲まれその命を危機に瀕していた。

 

「いくわよ!あけみ!」

 

「わかった。お姉ちゃん!」

 

巨体の悪魔がエルフを持ち上げるとそのアンデットに囲まれた親子の元に投げた。エルフは高速で飛ばされながらもすれ違い様アンデットを蹴散らし、親子の元へたどり着くと、しっかりと着地。アンデットはそんな事気にせず、親子もろとも殺そうとしたが。

 

「ほんとアクビがでる遅さだね」

 

 気付けばアンデットは姿を消していた。

 

 のちにエルフの少女が姉と呼ぶ悪魔の話しは広まり何かの呪いで今の恐ろしい姿になったと悲劇に遭いながらも元の姿を戻す旅をしているなどの物語として語り継がれていくのであった。

 

 

 

「くそっ、スケリトルドラゴンかよ・・・」

 

 大量のアンデットに奮戦していた冒険者チーム"クラルグラ"

 

 そのリーダーと仲間たちは当初は圧倒して攻め立てていたが、数に圧され、疲労も溜まり、すでに後退を余儀なくされていたところにダメ出しのスケリトルドラゴンとアンデットに挟まれていた。

 

 足元の虫を潰すようにスケリトルドラゴンが前足を持ち上げ、クラルグラ目掛け、その足を振り下ろす。

 

 もう駄目だと全員が諦めかけたその時、スケリトルドラゴンが縦に裂けた。あまりの衝撃に全員が目を剥き、その光景に驚愕する。

 

 目の前には赤いマントをなびかせる白騎士の姿があった。そして、白騎士が横凪ぎにその剣を振るえば、周りのアンデットも砂となって消えていく。

 

「うむ、彼女の言う通り、応用がしやすくなったと言うのか」

 

 何を言っているのかわからないが白騎士はなにか納得したように頷いている。だがリーダーであるイグヴァルジはそんな事よりも目の前の白騎士の姿に昔憧れた英雄の背中をみていた。

 

 そして、わかる。自分はあの境地に至れないだろうと。

 

「君たち大丈夫だったか?」

 

「お、俺は英雄・・・に」

 

「お、おい。イグヴァルジ?」

 

「なりたかったんだ・・・」

 

 仲間の声にも反応せず、疲労困憊なのもあるだろうが彼からは覇気がなくなり、持っていた剣を落とそうとして。

 

「・・・君が目指す英雄はここで諦めるのかい?」

 

「!?っ・・・」

 

「もし迷ったのなら一度自分の原点に戻るのがいい。諦めるかどうかはそれからさ」

 

 それだけ言い残して白騎士は街の夜道に消えていった。

 

 このエ・ランテルの騒動が終わったあとイグヴァルジは仲間に無理を言って自分の故郷を目指し、そして、あの日飛び出した強い気持ちを取り戻し再スタートをきることになる。

 

 

 

 

「うん、思っている以上に体が動く。この程度の数ならあと100回は増援が来ても大丈夫かな」

 

 紫のヘドロがアンデットを全員飲み込み全て消化する。ヘロヘロはユグドラシル以上に自由に体積を変動させて狭い路地などを担当。逃げてきた人間がいればそいつの周りのみ成分をかえて保護し、アンデットはいない方へ放り出す。

 

「う~ん、楽なのはいいけどやっぱり自分と同等か格上の戦いの方が楽しくて好きだな。手応え無さすぎだもん」

 

 リアルではブラック企業に勤め、常に栄養ドリンク片手に働く忙しい彼は、実は結構のんびりだがプログラムと遊びにはストイックなところもある。彼がいるからこそ勤めていたブラック企業は保っているのが事実だったため珍しく他の社員より優遇されていた。だからこそ、長年ブラック企業でも働いてこれたのだろう。

 

「さて、もっちさんに連絡して・・・はいはい。次はあっちね。ふぅ~、この楽なのに忙しい感じ、ブラック企業が懐かしいなぁ」

 

 ・・・もう彼はワーカホリックの鏡といってもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

「よし、ヘロヘロはB-3から4に移動。たっちは次の大物A-7へよろしく。うまくいけば、ほとんど被害出さなくて行けそうね」

 

 餡ころもっち餅は安全な建物の上から情報系魔法で街のあちこちの映像を自分の周りに投影しながら、必要のある支援魔法を仲間たちに配っていた。まずはメッセージの共有化。PKではいちいち作戦を口に出していては相手に筒抜けになるし、逆に相手のメッセージを傍受できればかなり有利を取れる要と言える手だ。

 

 「それにしても、誰も妨害魔法使ってないのかやり易くてすっっごく楽ね!あ、そう言えばモモちゃんがいるんだっけ?彼の攻勢防壁ヤバイからなるべく写さないようにしないと・・・この状態だと私のことどう判断するかわからないし」

 

 彼女は茶釜と同じピンク色の体をしているが、彼女ほどナニかを連想する姿ではなく、美味しそうな桜大福ような見た目をしており、ユグドラシルではスライム種の亜種だった気がする。

 

 かなり珍しい種族で支援魔法や情報系魔法に強いタイプでもともとのプレイスタイルも相まってその手のことについてはトップを張れる自信がある。

 

「うんうん。レイの方もさすがね。現地人の子達もなかなかやるじゃない。うまくレイの手が届かないかどうかのアンデットを始末してる。アイの援護もあってだけど、見込みがあるわ。それにしても、彼女のオンラインネームなんだったかしら?なんか難しい外国の言葉だったはず・・・」

 

 ブツブツいいながらも、頭の回転や手を止めず、餡ころもっち餅は情報系魔法を追加、保険もかけて、支援も切らせない。

 

「文字の形は覚えているけど・・・読み方が・・・あ!そうだ。一時期モモちゃんも嵌まってた言葉だったわね。今度モモちゃんに会えたら聞いてみよ」

 

 ・・・絶対支配者の知らぬところで彼の心を満たすだけでなく削るフラグまでが立つのだった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 掴みかかってくるアンデットの胴体を切り飛ばし、接近を許してしまった奴はクレイモアの柄の方で殴り、後ろへよろめいたところで頭に刃先を突き入れる。

 

 エンリのその隙を突いたアンデットがいればシオンが弓ではなく投石によって粉砕する。

 

 それでも数が多いので危なくなればレイナが神速で迫り、アンデットを一撃で葬り、アイが妖精を思わせる羽根で上空を飛びながら弓を射つ。しかしただの矢ではない。彼女のスキルによってアンデットが苦手とする聖属性を宿した一撃が何十発も流星のように降り注ぎ、アンデットの群れを浄化する。

 

「てやぁぁぁ!!」

 

「そこだ!」

 

「エンリ!シオン!疲れで周りが見えてないよ!敵は待ってくれない!すぐ行動!」

 

「相棒の言う通りだけど、無理は禁物よ」

 

こちらではレイナとエンリがアンデット相手に大立回りし、できた隙を相棒やシオンがフォローする内にアンデットを倒すと餡ころもっち餅の通信が入った。それでエ・ランテルに入り込んでいたアンデットは全て撃破したことがわかり残りは元々来ていた砦の方面から数が減って来ているらしい。

 

「〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉大丈夫なの?エンリにシオン」

 

「は、はい。・・・まだ・・・やれます」

 

「だ、大丈夫だ、です。俺もやれます」

 

「レイのお陰で傷と疲れは治ったけど、精神的な疲れまでは簡単にはとれないよ。あとは私たちに任せて、2人は避難場所でできるだけ休んで。万が一そこにアンデットが来たら、迎え撃って、レイか私が来るのを待っていればいいわ。それでいい?レイ」

 

「ああ、二人の協力で市民には誰一人も被害が出ていない。私はお前たちの師匠として鼻が高いわ。だからここからは私たちに任せなさい」

 

自ら師事する人物の言葉に2人は嬉しいやら悔しいやら複雑な気分を味わいながらも、このままいても足手まといになるとわかるので頷くしかない。

 

「わかりました。レイナさんあとはお願いします!」

 

「変わりに避難場所は死守してみせますのでなんの憂いもなくやっちゃってください」

 

そうして、2人は避難民の後ろについて下がっていった。

 

「さて、弟子があんなに頑張ったのだから師匠らしく出来ることやりましょうか」

 

「珍しくレイがかなりやる気だねぇ。相棒としては少し焼けちゃうなぁ」

 

「全く下らないこと言っていると置いていくわよーーー」

 

「あ!?やっぱりちゃんと覚えてるじゃない!?何で最初に言ってくれなかったの!?」

 

「なぜってあんなに長い名前な上に呼びにくいったらないわ。確かにカッコいいけどね。その手の事は黒歴史って恥ずかしがる人もいるのによく使えるわね・・・」

 

「うーん、確かにそうかもだけどここに喚ばれてこの体になったら開き直ちゃった~」

 

「一児のママになって落ち着いたと思ったのに。・・・昔に戻ったみたいで楽しいけどね」

 

「私もだよ。またこうしてレイと戦えるなんて思ってもいなかったもん」

 

「・・・私から言い出してなんだけど懐かしむのはあとにしましょう。今のままじゃ落ち着いてろくに話せないわ」

 

「だね。そうと決まればちゃっちゃと倒しちゃおうか」

 

 どこか懐かしいなやり取りをしながらレイナは建物を足場に跳躍しアイは妖精の羽根で空を泳ぎ、2人は目指す砦の方へと向かっていった。

 

 

 

 



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25.戦乙女と英雄

「くそ!凌いでも次から次へと沸いて来やがる!」

 

「い、今のところ死人は出ていませんが重軽傷者多数出ており、このままではここもいつ突破されるか・・・」

 

 砦を護る隊長がボロボロの姿で、怒声をあげて折れてしまった槍を捨て、帯刀していた剣を抜く。目の前の大門も度重なる襲撃ですでに門としての機能を残していない。

 

 さっきから兵士と冒険者が負傷者を後方へ移動。彼らも心身共に疲れ果てており、もし次が来れば撤退も考えなければならない上に問題はまだある。

 

 どこからか漏れたのかアンデットが街の至るところに現れたのだ。しかも緊急の避難路にも現れたことで避難は難航。被害らしい被害は今のところ聞かないが、連絡が遅れているだけで被害は出てしまっている筈だと隊長は考える。減らしたくない人員の中から足が速い者を選び、各所へ走らせたが果たして間に合うかどうか。

 

「た、隊長!!」

 

「!?お前は・・・」

 

 その時現れたのは彼が送り出した伝令の者であった。その兵士は重い鎧を脱ぎ走りやすい格好をしている。服は砂汚れが目立つが息が切れている以外は怪我もないようだ。兵士は息を整えると隊長に話し出す。

 

 隊長はこの時最悪の予想を立てていたが彼の報告に言葉を失くしかけた。

 

「ーーの地区は被害はゼロ。市民も軽く怪我した者がいるくらいで避難は無事終了しました!アンデットの姿もありません!」

 

「なに?」

 

「市民の皆さんが口々に白騎士に助けられたと!」

 

「本当なのだろうな!?こんな時にガセの情報など流せば混乱が大きくなるぞ!」

 

「う、嘘ではありません!その地区を受け持っていたミスリル級冒険者クラルグラからも白騎士がいたことを確認しています。遠目でしたが私もアンデットを瞬殺する白騎士の姿を拝見しました!」

 

「隊長!」

 

「お前も無事だったか!」

 

 彼に続いて他の伝令たちも次々と戻り、報告が舞い込む。

 

 いわくアンデットとは違うモンスターが現れ、人間には目もくれずアンデット惹き付け殴り殺していた。

 

 いわくエルフの少女が悪魔を使役し市民をアンデットから守った。

 

 いわくアンデットだけを食べるスライムが現れ、人間が間違って体内に入っても吐き捨てる。

 

 一番アンデットが多く現れたところでは銀髪の女旅人が赤い鎧の少女と弓使いの眼光鋭い少年に妖精の羽根を生やしたダークエルフが冒険者たちと協力して市民の避難を進めていたなど、まるで白昼夢でも見たような報告に隊長は怒りを通り越して呆れそうになる。

 

「お前ら揃いも揃ってまともに報告もできんのか?この混乱だ。よくわからん幻でも見たのだろう。いい加減な報告をする暇があるなら事実の一つくらい言ってみろ!」

 

「し、しかし隊長っ!」

 

「しかしも案山子もあるか!?ええい、話にならん!それが事実ならその当事者の一人でも連れてこい!」

 

「隊長!!」

 

「今度はなんっ!?」

 

 外の見張りを任せていた兵士の声に隊長が振り向き、今度こそ言葉を失くした。

 

 街の奥から最初に報告のあった白騎士が悠然と歩いてくる姿。彼の白い鎧はこの夜という暗い中でも随分と目立つ。

 

 それだけではない。

 

 彼の右隣からなんとも形容しがたいピンクのモンスターが。

 

 左から巨体の悪魔に肩車されたエルフが。

 

 路地裏から禍々しい紫のスライムが。

 

 建物の屋根から落ちてきたピンク色だがこちらはスライムほど液体然としたものではなく丸い物体がポヨンと軽い音を発てて着地?した。

 

 そして、その頭上から妖精がもつ羽根を生やしたダークエルフに掴まり降りてくる白銀の髪を夜光で輝かす絶世の美女が。

 

 人間だけでなくエルフやダークエルフ等の亜人どころかモンスターと言われる者たちが足並みを揃えて歩いてくるその姿は恐ろしいというより幻想的で隊長の中でお伽噺に語られる13英雄たちを思い起こさせた。

 

「たっちと茶釜は砦の門前を警戒。アンデットが現れたら速攻で倒せ」

 

「ああ、了解だ」

 

「オッケー❤️まっかせてぇ~ 」

 

 白騎士とピンクのナニかが門の防衛に向かうため兵士や冒険者たちの間を抜けていく。

 

「やまいことあけみにヘロヘロさんは遊撃に回って近付くアンデットは全て殲滅を」

 

「わかったよレイ」

 

「私とお姉ちゃんに不可能はない!」

 

「レイナさんに従いますよ」

 

 悪魔とエルフ、しゃべるスライムに驚く暇もなく、門を出て少し離れたところを巡回する。

 

「もっちさんは私と一緒に怪我人の治療を相棒は上空から私たち周辺を護衛してアンデットの動きを監視」

 

「はいはい。任されましたよ~。でもなぁなんかやる気が」

 

「ーーーあなたが頼りよ。お願いね」

 

「!?まっかせなさい!全力全開で頑張っちゃうから!」

 

「ふぅ、お熱いことで。私もできる事をやるわ」

 

 指示に拗ねたように答えるダークエルフが銀髪の女の言葉と顔をみた瞬間今まで以上のやる気を出して、羽根を羽ばたかせ上空へと見えない速度で消えた。

 

 残った女とピンクの丸い物体が怪我人が集まる場所へと近付いてくる。正体不明の相手にパニックになるかと思われたが。

 

「あ、あの人は大丈夫です!彼女は回復魔法が使えます。重い怪我を受けた人を優先して治療してもらいましょう」

 

「賛成である。我輩ももう回復魔力が枯渇してしまったある」

 

「レイナさんがいてくれれば百人力だぜ!」

 

「彼女は信頼できる人物なのは私たちが保証します!どうか怖がらないで!」

 

「そうだ!俺たちも保証する!」

 

 ここの防衛に最初から最後まで担当していたシルバー級の冒険者の声に他にもいた冒険者たちも彼女を知っているのか賛成する声が上がり始める。

 

「ありがとう。みんな。私たちが来たからには誰も死なせないわ」

 

 そうして、まずは彼女を信頼する冒険者たちが進んで回復魔法を受けて問題ない事を証明し、次々と重症の兵士たちが彼女とピンクの丸い物体の前に運び受けることになる。

 

 この場にいるすべての重軽傷者が治るまでただ数人でアンデットを漏らすことも彼女たちの魔法が切れることなくこの騒動は収縮していくのだった。

 

 

 

 

 

「漆黒の英雄に・・・白銀の女神か・・・」

 

 

 一部始終を見守っていた隊長が動かなくなった利き手が治った事に大歓喜する部下を見ながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

~エ・ランテル共同墓地最奥霊廟(ズーラーノーンアジト)

 

 

 カジットの今回の作戦は途中までは上手くいっていた。たまたま手に入ったスレイン法国秘宝"叡者の額冠(えいじゃのがっかん)"とどんな"マジックアイテムも使用できる異能(タレント)"を利用した死の螺旋。

 

 そのタレント持ちの小僧を拉致する時に手強い護衛の邪魔が入り、結構な量の魔力を使ってしまったが目標は達成。抵抗が激しかった小僧も今は両目を潰され、"叡者の額冠(えいじゃのがっかん)"によって魔力を供給するマジックアイテムという生け贄となっている。

 

 小僧の力が思いの外高かったためか予想以上の不死の軍勢(アンデスアーミー)が生まれ、より生け贄を多くするため市民が逃げるであろう道に弟子を配置し騒ぎに乗じてアンデットを召喚、逃げ道を塞ぐことで失われた負の力が溜まるようにしたのだ。

 

 だが蓋を開けてみれば未だに人死が出ていないため負の力は全く溜まらず、このままでは念入りに下準備した全てが無駄になりかねない。

 

 アンデットを召喚したあと合流するはずの弟子たちからの連絡もない。

 

 そんな苛ついていたところ現れたのは銅級の冒険者3人をよく見れば内1人は苦渋を嘗めさせられた武道家の女であった。あれほど苦戦させられた女がただの銅級。そんな訳がないといい加減な採用をした冒険者ギルドに対しての怒りさえカジットは感じた。

 

 これがミスリルやオリハルコンなら警戒のしようもあり、待ち伏せしていた計画を後回しにしていれば!と今更ながら後悔していた。

 

 相手はあのクレマンティーヌを一撃で再起不能にしかけた女とそれと肩を並べるらしい漆黒の戦士と魔術師だ。正直今すぐ逃げ出してしまいたい。

 

 しかし、ここまでして失敗すればカジットに後はない。運良く生き延びて次の計画を立てているうちに彼の寿命は尽きるだろう。

 

「では戦士は戦士同士で向こうで決着をつけようか。ユーリ、ナーベこっちは任せたぞ」

 

「わかりました。モモンさん」

 

 考え事をしている内にクレマンティーヌが漆黒の戦士を挑発してこの場から引き離していた。きっと彼女から見て漆黒の全身鎧の男は相手取れると判断したのだろう。みれば彼女は余裕の江見を浮かべている。奴を引き連れている内に女2人は任せたということか。

 

 相手は女が2人だが油断などできない。すぐに切り札を使う事にした。

 

 スケリトルドラゴンの3体召喚。

 

 いくら骸竜が打撃に弱くてもそれが3体。アダマンタイトの戦士でも厳しい内2体を武道家の女を襲わせ、もう1体は魔法絶対耐性を盾に魔術師にあて武道家を倒すまでの時間を稼ぎ、最後は自分も含めて攻撃に参加するしか勝ち目がない。

 

 あまりの光景に絶句しているかと思った女たちは

 

「ふぅ、何を出してくるかと思えば、こんなものですか・・・」

 

「姉さん・・・しょうがないですよ。あんなに息巻いてて喚んだのがこれでは拍子抜けもします」

 

彼女らの声には恐怖が一片も入っていなかった。

 

「いきなりあったのがあの女性だったから、幹部級となればそこそこ強いかと考えていたのですが・・・どうやら少し臆病になっていたようです」

 

「これでも幹部らしいですからね。私たちが知らない情報網もあるかもしれません」

 

「そうですね。ナーベ。あのなかなか好感を持てる人間を拐ったのですからどうしてやろうかと思っていましたが・・・」

 

「な、なにを言っているの・・・だ。お前たちは・・・」

 

「?」

 

 あまりに気負いもなにもない日常的な会話に、女たちが現実逃避しているのかと思って訪ねてみたが返ってきたのは純粋な疑問を抱いた首を捻るというしぐさであった。

 

「今!この状況を!見て!どうしてそんな態度でいられるのだ!!」

 

 カジットの叫びに2人はああと言って顔を見合わせると

 

「こんなの分もいらないわ」

 

「まぁ、話をするには邪魔ですね。片付けましょう」

 

 家が散らかっているのを見て、掃除しましょうというような気楽さで女たちが動いた。

 

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌは歩いていた。今まで誰にも見せたことのない表情で。

 

 

 

 

 カジットと別れて漆黒の戦士と対峙して、戦闘を開始しようと身構えると男が話しかけてきたのだ。

 

「まぁ、待て。少し聞きたいのだが君は何が目的なのかな?どうしてこんなことに協力したんだ?」

 

 いきなりなんだと面を食らう。こっちはバリバリの殺気を出しているのだ。それなのに男はちょっと話すように語りかけてくる。武器も持たずに無防備に。

 

「ああ?いきなりなんだ。命乞いか?」

 

「いやいや、考えてもみたまえ。私たちは今日でついさっき会ったばかりじゃないか。君がどんな人でどんな性格なのかとか私にしてもなにも知らない。もしかしたら話し合いの余地くらいはあるんじゃないだろうか?」

 

「ふざけてんのか、てめえこの期に及んで話し合いましょうなんて体だけは立派なとんだチキン野郎だ」

 

「そう思ってくれて構わない。だが今私は武器を持たずに両手もあげている。少しくらいはいいだろう?」

 

「・・・ふん、少しだけよ」

 

 クレマンティーヌの煽りもものともせず話しかけてくる殺し合いになる直前でそんな事をしてきた奴ははじめてで彼女も少し毒気を抜かれてしまい思わず了承してしまう。はっとなるが男が喋りだしたので警戒は解かずとも耳を傾ける。

 

「ありがとう。ではまず私の今の目的を話そう。私はモモンつい最近この地を訪れた旅人でね。あまりこの辺の事を知らないんだ。生まれながらの異能タレントや君たち戦士が得意とする武技については初めて聞くものでね」

 

「はっ、まさか教えてくださいとでも言う気か?」

 

「ああ、その通りさ」

 

 あっさりと答える目の前の男を見る。全身鎧で背中に背負った双振りのグレートソード。体躯も今まで見てきたどの男性よりもずっと大きい。黒い鎧はある人物を思い出させるのでマイナスだが自分のビキニアーマーを見ても動じない理性と今も見せている紳士的な態度。腕もあるように見える。かなり優良物件だと思える。なにより・・・

 

 初めてだった。自分よりも身体能力や技術が高い者たちや自分にはないタレントがいたあの国。そこで落ちこぼれとされた自分に肉親である両親さえ興味がなく。近寄ってくるのは欲望ただ漏れのろくでなしばかりであり、自分もそんなやつらを挑発し、こちらがその気になったと思わせて油断したところを反撃してあとは趣味の拷問を繰り返した。

 

 そんな自分が今更誰かに必要にされたからと言って乙女のようにドキッとしたなど・・・

 

「ぼーとしてどうかしたかい?」

 

「な、なんでもねぇよ!」

 

「そうか・・・ところで俺の事も話したんだ。君の事も教えてくれないか?」

 

 こいつ、もしかして口説いてるつもりかと思いもう条件反射といえる苛つきを抑える。久しぶりかもしれない自分の感情を抑えて相手の機嫌を損ねたくないと思ったのは、だからだろうか、自分の事を話すのに抵抗が無かったのは

 

「特に面白くもねぇぞ」

 

「ああ、君がどんな人なのかが知りたいからね。気を利かせたようで悪いね」

 

「!?」

 

 まただ。この男わざとやっているのかっ。熱くなった頭を振り自分の身の上話を話す。これもカジットがあの女たちを倒す時間稼ぎだと言い訳しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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26.戦乙女とエ・ランテルの奇跡そして・・・

遅くなりました。ごめんなさい。

修正とかしていましたが。

自信はありません!

それでも読んでくれる方がおられるの嬉しいです。

頑張ります。


~エ・ランテル~

 

 昨晩にてもしかしたら死都になっていたかもしれないこの都市ではアンデットによる被害が建物と避難する時に押されて転ぶなどの怪我ぐらいしか無かったのは奇跡だと冒険者ギルドを仕切るプルトン・アインザックは思う。

 

 冒険者チーム"漆黒の剣"のレンジャーがギルドに飛び込むような勢いで来て、かのバレアレ薬品店の跡取り息子であるンフィーレア少年が何者かに誘拐されたというのだ。それから時を置かずして起きたアンデットの襲撃。

 

 今までの散発したものではないこの大軍勢は瞬く間に砦を飲み込みエ・ランテルへと流れ込もうとしていた。

 

 その時に1つ目の奇跡が起きた。

 

 衛兵によって語られるそれはどこからか現れた銅級の冒険者が元凶を打倒するためたった3人と1匹でアンデットを蹴散らしながら突撃。そして、見事にその元凶たるアンデットを倒しその首を持ってきたのだ。

 

 そして、もう2つ目の奇跡は"白銀の女神"と言われた信仰系回復魔法が使える女戦士がいたことだ。

 

 戦士と回復魔法。

 

 それだけでも信じられないのに避難していた市民や兵士に冒険者の話しによれば街にいつも間にか溢れていたアンデットに彼女は仲間たちと手分けして撃退した上最後は砦にいた重軽傷者を癒したあと防衛に手を貸し誰も死なせずに終えたばかりか四肢が欠損した者まで治してみせたのだ。

 

 そんな事ができるのはアダマンタイト級冒険者蒼の薔薇のリーダーしか聞かない。そのリーダーも蘇生魔法を使用できるはずだがここまで回復の効果が高い呪文も覚えている彼女はもしかしたら今回は使用する必要がなかった蘇生もできるのかもしれない。

 

 許可されていないモンスターを使役していたのは問題だがそれを引いても彼、彼女達の誰もがミスリル級をいや、オリハルコン級以上の力を持つ。異例だが今回の件で銅級だったモモンチーム" 漆黒"はアダマンタイトとなる予定だ。

 

 白銀の女神も旅人だというし冒険者としてスカウトし晴れて所属が決まれば一気にアダマンタイトの2チームいや、彼女と共にいた白騎士や巨大な悪魔を使役するエルフに空を飛べるダークエルフが加わればもしかしたらもう1チームくらい増えるかもしれない。

 

 そうなればその強者たち(ゆかり)の地としてここエ・ランテルもさらに豊かになるだろう。

 

 市長からはその件ですでに色好い返事をもらい必ず引き込むように言われている。相手が女性なので今までのようにはいかないだろうがなんとしてでも冒険者になってもらう。

 

 この後、空いた時間に彼女が依頼を出して同行したアイアンチームと一緒に昨日の別件での出来事について話を聞くので最後に色々優遇することを伝えるつもりだ。これに乗らない者などいるはずがない。

 

 そんな彼の期待と打算はアッサリ裏切られるのだった。

 

 

 

 

 

「・・・お断りします」

 

 レイナは自分の前で固まるギルド長と呼ばれる男の目をまっすぐ見つめて答えた。

 

「そもそも、私はこのギルドを利用した旅人であり、商人としてこの場にいるのです。全く関係ない話をされるとは・・・少々マナー違反ではないですか?」

 

「うっしかし、今回の君たちの活躍は・・・」

 

「その報酬がアダマンタイトへいきなりの昇格。聞きますがそれを持ってた場合商人としての役にたちますか?」

 

「も、勿論だともアダマンタイトともなればどの街に行っても信頼されるし、商売する場所も優遇されるだろう」

 

「商人としてはこちらの強さではなく商品の良さで信頼してもらいたいのですが・・・」

 

「うむむ、た、確かにだが軌道に乗るまででも・・・」

 

「それに冒険者の中には今回の件で活躍したチームもありましたよね。そんな彼らをおいて冒険者でもなかった私たちがいきなりアダマンタイトでは反発するものも多いのではないですか?」

 

「いや、たぶんその辺は大丈夫かと・・・」

 

「?」

 

 レイナの懸念はたしかに起こりえた。ミスリル級のクラルグラがその筆頭だったが、彼はなんとまぁそうだろうなと乾いた笑みで言っていたのだ。ドコカ今までと違いピリピリしたものでなくなった彼は

 

「だが、あの人はそんなの受け取らねぇと思うぞ。・・・なぜって?ありゃホントに善意で助けているからな。精々受けとるなら報酬金ぐらいだと思うぜ」

 

 ともいいアインザックを困惑させていた。

 

 一応他にも反感を持ちそうな冒険者は軒並み彼女達の活躍を妬む者はおらず、逆に是非とも冒険者になってもらいたいと言う者まで出てくる始末だ。その有無も伝えてみるが彼女はいい顔をしない。

 

「とにかく、その件については答えかねますし野盗の根城についてもこれ以上話すことはありません。では・・・」

 

「待ってくれたまえレイナくん!」

 

 アインザックの制止の声も聞かずレイナは会議室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 野盗の話も終わり、では帰ろうとしてみれば引き留められ疑われているのかと考えたが始まったのはいかに冒険者がいいか、今なら此度の活躍でアダマンタイトですよとまるでセールスマンのような冒険者ギルドの長の姿だった。

 

 驚きより幻滅の方が強い。自由だと言われる冒険者だがやはり派閥が存在し強い者を囲い込もうとするのはやはり組織故か。

 

「冒険者は自由というのは未熟のうちだけで実力があるものは地位を与えて首輪をつけたいか・・・。この分では悟は苦労しそうね」

 

 すでに冒険者で腕も良く人柄もいい。間違いなく悟は担ぎ上げられ英雄としてその名を知らしめていくだろう。

 

 ユグドラシルでのナザリックのギルド長 アインズ・ウール・ゴウン

 

 突如現れた漆黒の英雄 モモン

 

 一つは気晴らしだったとしても2束のわらじで今じゃどちらも責任が伴う立場。

 

 アンデットだからっていつか心労から倒れるのではないだろうか?

 

 地面に上半身を投げ出して倒れている絶対支配者(さとる)の姿を想像すれば豪華なロープを着た死骸がレイナの頭の中に浮かぶ。

 

 ・・・たぶん大丈夫だろう。お握りの感想もきけたという事は食事は問題なくとれるのだから。誰が言っていたかナザリック自慢の食堂でいい気晴らしがとれるようになるだろうし彼らも時間がくるまで貸し出している。

 

ナザリックに所属していた彼らを貸し出すとは変だが・・・今頃は楽しく異世界ライフを語り合っている頃だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ナザリック円卓の間~

 

 

 

 

 

 

 

 ちーーーーん・・・

 

 書類が片付けられた円卓の上で絶対支配者は大顎を開けて上半身を投げ出しリアル過ぎる死骸のふりを披露していた。そのままうわ言のように小さく呟いているその姿をレイナが想像しているなど誰も気付かないだろう。

 

「そ、そんな。何故・・・何故・・・みんな」

 

「つい昔を懐かしんで口が滑ってしまったわ・・・あとで謝らないと。・・・ふむふむ、これはいい案ね。後は実行できる者を担当にして・・・。はいヘロヘロこれお願い」

 

「あはは、しょうがないですよ。まさか自分の恥ずかしい場面をギルメンが知ってたなんて本人だけが知らなかったんですから。はいっとソリュシャンこれなんだけど・・・」

 

「これでしたら丁度いい方がおられますわ。あ、あのアインズ様は大丈夫なのでしょうか?」

 

 横ではその元凶でもあるピンクの大福餅が彼の代わりにどうやってか書類を整理しその横にいる紫の粘体(スライム)が書類を受け取り同じ粘体(スライム)の金髪メイドと採用かどうかの精査を行い

 

「なるほどここに近い国は3つそれぞれに隠密の高い者を・・・ならば・・・」

 

「ええ、今は3か国の内2か国を中心です。法国は魔法による障害があるため今は肉眼での偵察と人型のナザリックの者による街をでる商人を中心に聞き込みを行っております」

 

「なるほど。・・・警備の方は国の兵士任せか。兵士によれば賄賂を渡すことで罪を逃れる者まで特に王国の貴族・・・腐っているな」

 

 白騎士と老執事がこれからの事を相談し現状をホワイトボードに書き込み。

 

「姉さん。この聖王国が今は亜人たちに襲撃されていて、竜王国は獣人に・・・」

 

「ええ、そして法国はエルフの国と戦争中。その理由がエルフの王が法国の英雄を・・・て聞いてていい気分じゃないわね」

 

「おいたわしや。あけみ様心中御察しします・・・」

 

 ネフィリムが悲しそうなエルフの少女とメイド長のディラハンがさまざまな国に行っている部下からの情報をまとめどこに情報を渡すかを考え。

 

「では彼らもある程度知恵や理性があるのならば今までのようにただ突撃していくのでは無駄になるわね。コキュートスの方では兵の訓練はどのように・・・」

 

「ソノコトデスガ、カレラニハ・・・」

 

「そう・・・でも彼らもナザリックの兵士としていずれは表の世界にでるわ。それで練度が低ければ数だけは多いと嘗められギルドの威信が傷付くかもしれない。ユグドラシルではそれで良かったかも知れないけどこの世界では外に出て戦をしようとすれば慣れない環境で失敗をする可能性もあるわ。だから陣形や作戦を立てて・・・」

 

「なるほど。ナザリック内では地形などを活かせれますが外では勝手が違ってきますからね。わかりました。図書の者にその手の本がないか聞いてみます」

 

「流石はぶくぶく茶釜様!目をつけるところが違いますね!」

 

「うんうん。凄いよねお姉ちゃん!」

 

「ぐふっ、これは今のモモちゃんの気持ち少しわかるわ・・・」

 

「ぐぬぬぬっ・・・」

 

「はぁ」

 

 ピンクの色のナニかはダークエルフ双子に両側をサンドされてナザリックの防衛体制について上位悪魔や虫王と話し合いその光景を悔しそうにハンカチを噛みしめているサキュバスが柱から覗き。

 

 おい、そこの大口ゴリラ仕事しろという目で図書館から運ばれてくる本を両手一杯に抱える吸血鬼姫がみている周りでは沢山のメイドが忙しく駆けずり回っていた

 

 どうしてこうなったとモモンガは朦朧とする意識の中で思った。始まりはレイナが良ければギルメンを消える前に貸すからという言葉を聞き、やまいこがいるユリは喜び。ナーベラルは少し渋い表情をしていたが彼女にお礼を言っていた。

 

 早速ナザリックに帰還した御方たちはそりゃあもう歓迎された。死んだと思われていたヘロヘロなんて大勢のメイドに取り囲まれて胴上げされる始末だ。

 

 それか始まった円卓の間での元NPCも交えての大会議。もう集まることはないと思っていたメンバーが何人か揃う光景はアンデットでなければ涙が滝のように出まくりだっただろう。

 

 が雲いきが悪くなったのはレイナの話になり、その友人のダークエルフについて話すことになったのだ。その時に餡ころもっち餅が爆弾を投下炎上させた。

 

「モモちゃんが昔はまってた言葉でオンラインネームしてたんだけど読み方わかんなくて教えてくれない?」

 

 その言葉でモモンガの体は硬直してしまい止めようとしたのが遅れ彼女の悪気のない質問がモモンガのガラスのハートを突き刺しまくった。

 

「懐かしいわね。魔法を唱えるときどんなポーズがカッコいいとか」

 

「詠唱の終わった魔法を言わなくていいのを言って止めを指すのとか」

 

「倒した後に勝利のポーズの練習してたり・・・」

 

「ど、どうしてそれを!!?」

 

 よく見れば彼女の横に座るヘロヘロもウンウンと相づちをしている上他のメンバー聞こえているが反応しない事がさらに恐ろしい。

 

 まさかまかさとすでにないはずの心臓がうるさいほど躍動しはじめる。頼む!せめて2人だけであってくれ!!という願いは次の台詞で木っ端微塵にされた。

 

「え?みんな知ってるわよ?よく人が少ない時間にコロッセオで練習用モンスターでやってドゴッ!・・・ももちゃん!?大丈夫!?頭机にすごい勢いで叩きつけたけど・・・」

 

「・・・いっそ殺せぇ~」

 

 ここに仲間に精神的に殺されかけた絶対支配者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテル郊外

 

「そう相手を狙うときは何も急所だけでなく。体の一部を狙って全力で戦えなくするのも前衛の助けになるよ。あ、レイ結構長かったね。何かあったの?」

 

「ええ、この前の依頼の詳細を聞いた後引き留められてね。何かと思えば冒険者へのスカウトだったわ」

 

「あらら、でもしょうがないんじゃない?レイがいれば前衛も回復も任せれるもん」

 

「そうなのだけどね。どうも馴染めそうになくて。貴女もシオンに弓教えてくれてありがとうね」

 

「大丈夫大丈夫。彼いい筋してるよ。相棒としてずっといられないから心配したけどこの分なら任せれそうで安心だよ」

 

「あ、ありがとうございます先生」

 

「あら、貴女がそう誉めるなんて期待が高まるわね」

 

「れ、レイナさんまで・・・。俺なんてまだまだですよ・・・」

 

 色んな人に挨拶されたり礼を言われたりしながらエ・ランテルから出てきたレイナはそのまま森の近くに建てたレイナ製野営テント(グリーンシークレットハウス)に戻ってきていた。

 

 そこでは適度な木に的をこさえた相棒がシオンに弓を使った教義を行っていた。的は2つあり人型や獣型などの急所だけでなく腕や足にも小さい的がある実践的な形をしている。

 

 ユグドラシルでもアーチャークラスを持つプレイヤーがよく使っていたなとレイナは思い出しながらシオンを誉めると彼は照れ臭そうに頭を掻いて謙遜する。

 

「あ、お帰りなさいレイナさん」

 

「ええ、ただいまエンリ」

 

 レイナの帰りを知ったエンリがテントから顔を出してきた。

 

「エンリ。彼の様子はどうかしら?何か問題は?」

 

「はい。起きてからは自分の目が元に戻っていることに驚いていましたが少しだけ事情を話せば落ち着きました。あの・・・レイナさん。ンフィーの目を治してくれてありがとうございます」

 

「気にしないで。私に治せて良かったわ。重症治癒(ヘビーリカバー)で難なく直ったのは街の人たちでわかってたしね」

 

「あ~あれねぇ。そういえば回復は教会がどうだの言ってたうるさい奴もいたね」

 

「そうね。その回復呪文で生計を経ててる彼女らには悪いけど。あの時点で彼らの多くは魔力不足で使えなかったし、重症治癒を使える者もいなかった。最終的にそっちにも聖女としてスカウトされたのは驚いたけど」

 

「・・・私はなんだかショックです。すぐ目の前に助けられる命があるのに許可だのなんだの言ってる人たちが正直醜く見えてしまって・・・」

 

「エンリが言いたいこともわかるぜ。やっこさんレイナさんの治療中に割り込んできたかと思えば、その回復呪文を見て手のひらを返して耳に良いことばかり言ってたからな」

 

 レイナの言葉にエンリとシオンが眉をしかめて言葉を濁す。

 

「じゃあ、彼自身にも問題ないか聞きたいから会えそうなら私から行くから呼んでくれる?」

 

「わかりました。ンフィーに聞いてきますね」

 

 エンリはそう言ってテントの中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 少し経ってエンリがテントから顔を出すとOKの返事をだす。レイナは頷きテントをくぐりンフィーレアが眠っている場所へと向かった。

 

 エンリが側に立つなかベッドから上半身を起こした彼はレイナを見るといの一番に頭を下げた。

 

「レイナさん目の件はありがとうございます。目を潰されたときこれから先の事で絶望していましたが治ったことでまた夢を追えます。どうも本当にありがとうございました」

 

 謝る彼の瞳は自分の非力さに嘆き揺れているがレイナの事を真っ直ぐみており、これからどう変わるのか楽しみな男の目をしていた。二兎追うもの一兎も得ずというが是非頑張ってもらいたいものだ。

 

「どういたしまして。これからも()()()()頑張りなさい。応援はしてあげるわ」

 

「は、はい。わかりました」

 

「どっちも?ンフィーってリイジーさんのような薬師になりたいだけじゃないの?」

 

「そ、それは・・・」

 

 レイナの言葉に含まれた意味に狼狽したンフィーレアをエンリが前に話していた事を口に出して彼の胸のうちにあるもう1つの夢に気付かれそうになりさらに狼狽しかけるもなんとか誤魔化す。

 

 そんな2人のやり取りを見てレイナはほっと胸を撫で下ろす。目をやられてそれから治るなど滅多にある訳じゃないがショックが大きく取り返しのきかない事態にならなかったことを。

 

 少し厄介そうな者たちに目をつけられたがいずれはそうなっただろうし今は・・・相棒にも話しているがレイナより探知には敏感な彼女がわからなかったのだ。罠の可能性があるがエンリたちを巻き込む事態になるかもしれない。いざってときは相棒が二人の保護をお願いしたモモンガの庇護下であるカルネ村へ逃がすようお願いしている。

 

 結構な実力者みたいだから注意は必要ね。レイナはンフィーレアに今は安静にしときなさいと伝えテントを出ると少し様子を見てくると相棒とシオンに言って森の奥へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

「やぁ、少し話をしないかい?」

 

「ええ、どこの誰だか知らないけれど私も貴方に用があるから」

 

 林の中からたっち・みーとは違う白騎士が姿を現した。

 

 

 

 



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27.戦乙女とプレイヤーの影

 

 

 再びナザリック円卓の間

 

 

 モモンガことアインズは精神的死からなんとか持ち直し今は両肘を机に付け手を組み口元が隠れるような体制を維持していた。

その姿はまさに支配者の貫禄で周りにいるナザリック配下者たちに感動を与えていたがギルメンの中には似合っているとは思うものの忍び笑いをするものがいたが幸い誰にも気づかれなかった。

 

 それに気づきながらも努めて無視してモモンガはクレマンティ―ヌの話を脳内でまとめていた。

 

 人類救済を掲げておきながらやっていることは選民思想による優劣に対しての冷徹なまでの差別。実の子に対してさえそれは容赦なく振り下ろされ彼女の残虐性の根底になっている。

 

(全く本当に度しがたい者の集まりだ。零さんの逆探知魔法である程度情報を貰えたのは正解だった。クレマンティ―ヌもその事を慰めてみれば・・・)

 

 歪んだモノからは想像できない年相応の笑顔を見せるクレマンティ―ヌがいた。一瞬別人にも見えた彼女はモモンガに対する態度も軟化していた。誰か1人でも彼女を見る人がいれば・・・あそこまで歪みはしなかったのではないだろうか。

 

 正確には1人は友人がいたらしいが任務で亡くなっている。どれ程救いのない環境にいたのか。それはリアルの世界で富裕層と貧困層の違いに似ていて 鈴木 悟 としても許せるものではない。彼女はこの世界の裏事情をよく知る者として情報を集めるのを条件にナザリックで保護を約束したため大国スレイン法国は仮から完全な敵性国家へと変わった。

 

(ギルメンを連れていってほしいと言っていたレイナさんが最後にもしかしたらプレイヤー関係者かもしれない謎の気配を感じたと言っていた・・・。近々接触もあるかもしれないと・・・。何かあれば彼女が連れている人間2人を任せたいと・・・。それはつまり・・・)

 

 次に考えたのはナザリックに帰ってくる前に会ったレイナの安否についてだ。彼女は昨日騒動前からその気配に気づいていたらしい。その者の行動次第でレイナ自身が危険に晒される可能性がある。

 

 レイナの強さがあればどんなことにも対応できそうであるが未知の世界の未知の力やアイテムがあることがわかった先の騒動。

 

(もし彼女の身に何かあれば・・・)

 

 ふとそう考えたときモモンガの中で不安と焦燥感が生じる。ユグドラシル最後にヘロヘロさんと一緒に戦った彼女のおかげでユグドラシルで楽しかった思い出に浸ったり、この世界に来て1人ではないと安堵し、こうして一部のギルメンとも出会えた。

 

 それだけでなくアンデットであるモモンガに食事が出来ることも教えてくれた。現に今は円卓の上にはメイドたちが用意してくれた軽い食事がのっている。

 

 サンドイッチといわれるそれもお握りと一緒で手に直接持つもので中身の色んな種類があるレタスにハムを挟んであるやつやゆで卵を潰して少しピリリとした味付けにしたもの。試しに1つ持って食べてみたところお握りとはまた違った美味しさに手が止まらなかった。

 

 落ち着いた時にメイドがいれた紅茶を飲めばその香りと美味しさに側にいるメイドに御代わりをお願いしたほどだ(メイドはそれで感動に打ち震え御代わりを入れたあと御方たちから見えない位置に行き倒れてしまい今は別のメイドが立っている)。

 

 レイナによって喚ばれたギルメンたちもどうやら食事ができるようで彼らも食事ができることに驚き色んなリアクションをとってくれた。

 

「これは!?うまい!だが妻の作るものが・・・いや・・・しかし」

 

 たっち・みーはリアルの妻が作った手料理と比べ頭を抱え。

 

「こ、こ、こんなの美味しすぎて食べすぎちゃうよぉぉ❗」

 

 ぶくぶく茶釜は触手?を使って食べては食べては体が震えていた。

 

「うま~い!もう鮮度が違うというか。とにかく旨すぎる!!」

 

「こ、これは食べちゃうとあっちでは何も食えそうにないわね。舌が馴れちゃわないか心配だなぁ・・・」

 

 リアルとの食事事情を比べ別の意味で震える姉妹。

 

「これは向こうに帰りたくなくなりますねぇ。レイナさんには感謝してもしきれないなぁ。たまにとは言わずに何度も喚んでほしいと思っちゃいますね」

 

「ほんとね。食事で釣られているようなのが情けないけど。これだけでもこの世界に喚ばれて良かったと思う私がいるわ」

 

 ヘロヘロは体全体を使って食事を吸収しているし、餡ころもっち餅もどこからか口?らしい穴が体に開きそこへサンドイッチを放り込んで咀嚼?していた。

 

 メイドはどんどんなくなるサンドイッチや紅茶を補充するのが嬉しく笑顔で働いているのだ。

 

 そんな幸せそうなギルメンの姿をみるうちに心が満たされていったモモンガはレイナに対して感謝以上の気持ちを募らしていたのだ。

 

(もし零さんに何かあれば・・・)

 

 絶対に許しはしないと絶対支配者は誓うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでいつから気づいてたんだい?」

 

「昨日にアイアンチームと一緒にいた野盗の根城の近くにいたわね?そこでこそこそ此方の動きを観察していたのは貴方ね?」

 

「はじめからか・・・手厳しいな。でも人前に出るのは躊躇するものだ。それがどんな人物かわからないなら尚更ね」

 

「エ・ランテルがアンデットに襲われても?」

 

「・・・・・」

 

 謎の騎士の返事にレイナは昨晩の惨劇となりえた騒動を口に出せば騎士の流暢だった言葉は途切れる。

 

 レイナはあの時期待したのだ。目の前にいるあの強い気配を持った者は自分や悟と同じプレイヤーか人助けをするこの世界出身の強者か。

 

 だが先ほどの会話から彼は例えエ・ランテルがあのままアンデットに呑み込まれようとただ人目に入るから出ることはないという意思を感じたのだ。

 

 今も感じる彼の力は王国一と言われるガゼフよりも高く感じるしレイナ以外には見つからない隠匿も出来るのだ。ならばレイナたちやモモンガたちがどうにかする前にズーラーノーンの企みを阻止することもできたはずだ。

 

 レイナたちがいなければあの城塞都市は滅んでいた可能性が高い。知らずレイナの口調は冷たいものであった。

 

「それほどの力があればアンデットの群れの撃退ぐらいは手伝えただろうに。できないとしないでは印象もガラリと変わるわ。お前はどっちなの?」

 

「すまない。この体では少しの間しか戦えないんだ。きっとアンデットの群れを全滅させるまでに魔力が切れてただの傀儡になる」

 

「・・・なるほど。一応は言い訳にはなるわね。よく見れば生気は感じないし何かのアイテム、いや魔法かしら・・・。生気がない?もしかして貴方・・・わざと気配を出したわね」

 

「気づいたかい?これも君の実力や対応でどんな人物なのかを見定めるためさ。悪く思わないでくれたまえ」

 

「誉めといて最後は落とすって・・・貴方結構嫌なやつね」

 

「昔からの仲間にもよく言われるよ」

 

 向こうの思惑に気づいたレイナがそう言えば(わざ)とらしい驚きを見せる。それに嫌味をいえば淡々とした態度で返事をする彼にレイナは諦めるように溜め息を吐いた。まるで感情が一定から変化がない。

 

 レイナの今の態度には人間なら少しは反応に変化があるはず。彼がどんな人間か判断のしようもあった・・・。そこではっとレイナは気づく。この感情が一定から変化のないと言うことに種族による精神の抑制は・・・。

 

「貴方。人間ではないのね」

 

「そこにも気付くかい。君はどうやら今までのプレイヤーとは違い理性的で頭も回るらしい」

 

 アンデットなどにある特性に近いそれは彼が人間以外の別の種族である証拠。どこまでも人を試すとは信用は出来ても信頼は難しいナニからしい。口に出したプレイヤーという言葉もこちらの反応を伺う一手だろう。顔に出さずに済んだレイナはこれ以上主導権を握らさないよう言葉を選んでいく。

 

「それで?そのプレイヤーになんのよう?」

 

「否定はしないんだね。いや、なに君がどんな目的で動いているか。君の他にもプレイヤーがいるかとかね」

 

「その目的によっては味方かもしくは敵に?」

 

「答え次第さ。君たちプレイヤーはこの世界にとって英雄にも災厄にもなりかねない危険すぎる存在だ。他の事象すべてを捨てても対処する必要があるんだよ」

 

 他の事象。先のエ・ランテルの件もそうだと言っているのか()()()()()()()さっきより奴の気いや魂がよく見える。

 

 奴が言っていたように魔力で目の前の傀儡を操っているのだろう。どこか宮殿の中心で寝そべる白いドラゴンが見えた。

 

「っ!?見られた?それも君の力かい?」

 

 ここでやっと目の前のドラゴンの感情が動いた。すぐに戻ったということはやはり種族特性の精神の抑制が働いたようだ。

 

「さぁどうかしら?さっきのアンデット騒ぎを見ていたんでしょう?なら私がどっちなのかわからない?」

 

「君たちプレイヤーは何か目的があって行動するからね。手っ取り早いのは直接聞くことが一番なのさ」

 

「嘘をついても見破れると・・・大した自信ね。心配しなくてもこの世界を滅ぼそうだなんて考えてはいないわ。信用できないならこれからも私のことを見ていたらいい」

 

「そうさせてもらうよ。今の君なら信用はできる」

 

 公認のストーカーを認めてしまった気がするが悪用はしないだろうし話を続ける。

 

「ところで一つ聞くけどこの世界にある悪い組織やこちらにちょっかいをかけてくる連中を成敗したりとかも許さないとは言わないわよね?」

 

「その対応は自己防衛に任すよ。余りに過激でそいつらを滅ぼすのに無駄に生態系を巻き込んだりしない限りこっちは手を出さないさ」

 

「良かったわ。もしそんな悪党も手を出すなとか言われたらぶん殴っているところよ」

 

「・・・怖いね。だがその言葉で君はまず問題は無さそうだ。しかし、君以外の彼らはどうかな?」

 

 拳をグッと握りこむのを見せれば一瞬だが気圧されているようだ。少し気に食わないドラゴンではあるが根は善良のようだし、今回は互いに初見で打ち解けるのは難しい。最後の問いかけも彼ならば間違った選択はしないとも思えたので頷いて答える。

 

「そうか、ではまた会おう。その時敵対関係にならないことを願うよ」

 

「まぁ見ていなさい。期待を裏切ることはしないわ。そう言えば自己紹介はまだだったわね。私はレイナ・ヴァルキュリアよ」

 

「そうだったね。いつもは先に名乗るのだが柄にもなく緊張していたようだ。僕の名前は ツァインドルクス=ヴァイシオンだ。ツアーでいいよ。周りからはそう呼ばれているからね」

 

「しっかり覚えたわ。私もレイナで良いわよ。じゃあねツアー」

 

 緊張したというツアーの言葉に最初にあったギスギスした空気が緩和して自然と砕けたものとなった。そうしてレイナの初のプレイヤーを知る者との邂逅(かいこう)は終わり、ツアーは夜空の向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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28.戦乙女は王国へ

 

 

「では零さんはすぐに王国へ?」

 

「ええ、さっきも話したけど例の件はしばらく不干渉の約束はできたからね。よっぽどのことをしない限り何かの行動中に乱入してくるといった接触はしてこないはずよ」

 

「それより零さんに何もなくて良かったです。正直すごく心配だったんですから!」

 

「心配してくれてありがとう。向こうもさすがにプレイヤー2人の前に来るのは躊躇すると思ったからね。悟は姿が魔王だし、人間の私の方が適任かと思ってね」

 

 人避けがされたエ・ランテル1と呼ばれる高級宿黄金の林檎亭宿舎の部屋で零と悟は互いに向かい合って椅子に座り情報交換を行っていた。

 

 零が来たのは悟がモモンとして復興の手伝いでこのエ・ランテルに残る以外でも英雄が近くにいることへの住民に対しての安心を与えるためあんまり宿から動けないからだ。

 

 ここ数日は人的被害はなかったとはいえ建設物は破損が目立つ中炊き出しを手伝いで残っていた。それもだいぶん落ち着きも取り戻したので今日中に王国へと発つつもりなのを悟に伝えるためである。

 

 別の理由に冒険者ギルドからや教会の勧誘が激しいことも理由の一つだ。何度断っても止む気配のない勧誘は相棒がリアルへ戻った時から弟子関係であるエンリたちにも向き始めたのでここまでと決めたのだ。

 

 あとはあの日依頼を受けた冒険者チームアイアンチームも野盗の調査だけでなく壊滅の知らせやアンデットの襲来を生き延びたことで1ランク上がりシルバーに昇格している。

 

 漆黒の剣の彼らも騒動の先んじてギルドに報告したことやこれまたアンデットの襲撃を退けたことでゴールドへ昇格が決まり、この時嬉しいことに零が商品の試しに彼らに性能の宣伝をしてもらうため格安で貸し出していた装備のおかげで生き延びられたと冒険者仲間に広めたことで零に冒険者たちが買いに殺到しいい商売になったことか。

 

 その商品とは軽く魔化された鎖帷子(くさりかたびら)だ。この世界にはない合金性でなにかと力がない内は目立つことを避ける冒険者が人目を気にせずに装備できる物でエンリたちと冒険をするなかでゲームのユグドラシルと違い重ね着が出来ることに気づいてだ。

 

 ゲームでは出来ないことが出来ることに驚きもあったがよく考えればリアル基準なのだから当然だろう。ゲーム脳であるからの盲点である。

 

 零が作った鎖帷子は軽く動きやすいことからどの職業でも重宝するので大変売れてしまった。エ・ランテルで換金した分も合わせて暫くは問題なく生活できるだろう。

 

 それを聞いた悟が羨ましそうにしていたのでナザリックも調査のため店を王国に出すのだからその際ナザリックの部下に店を任せてみるのはどうかと提案したら目に鱗といった反応をしたあとでいいですねと悟も乗り気のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ行ってくるねンフィー。体しっかり治してね」

 

「うん。ありがとうエンリ。エンリこそ気を付けてね。外は危険が一杯だ。ここに寄ることがあればいつでも歓迎するよ」

 

 エ・ランテルを離れる際にンフィーレアも着いていきたそうにしていたが本調子でない者を旅に連れて行けそうになく彼は祖母と一緒に自宅の薬品店で残ることになった。

 

 また冒険者ギルドや教会に捕まりそうになるがなんとか避けると目の前に青髪の男が現れる。なにを隠そうブレイン・アングラウスである。

 

 どうやら人助けしながら無事生還できただけでなくここの市長から王への恩赦への打診はできたらしい。しかし、今はまだアンデットの騒動で手が空いていないので王国へは一人でいくよう言われその時レイナも王国へ旅立つ噂を聞きつけついでとばかりに合流したのだ。

 

「約束通り人助けはやったし、恩赦の方も切符は手に入った。あんた・・・いやヴァルキュリアさんに付いていきたい。その戦いの術を見せてくれるだけでいい!お願いする!!」

 

「ええ、約束は守るわ。ただ見せて覚えさせるだけなんて中途半端なことはしないわ。2人の弟子を見ながら貴方にもある程度助言や模擬戦をメインに学んでもらうわ。もう力を野盗に落ちぶれる間違った使い方はさせない。わかったわね?」

 

「・・・感謝します!」

 

「あと私の事はレイナで構わないわ。さんでも何でも呼びやすいのを付けてくれて構わない」

 

 エ・ランテルで人助けをしたことで今まで自分がしてきたことを後悔しているのか涙を流しながらブレインは頭を下げた。

 

 レイナ御一行に1人追加かと思えば王国への道中、夜間に紛れてレイナを襲う影が林から飛び出してくる。

 

「甘いわ」

 

「ぐう!?」

 

「「レイナさん!?」」

 

「こいつ!?」

 

 エンリもシオンも反応できず、辛うじて反応できたブレインも対応が間に合わずレイナへの接近を許すがレイナはその襲撃者の高速の攻撃を避けるだけでなく相手の手首を掴み背中に回して間接を極める。それだけで相手はなにもできず身動きを封じられた。

 

「なっあ、う、うごけねぇ!?どうなってやがる!?」

 

「貴女がモモンが言ってた合流予定の女戦士ね。殺気が素直で狙う場所がバレバレよ。血の気が多いのは聞いてたけどもう少し隠さないと」

 

 なんとか抜け出そうとするクレマンティ―ヌを捕縛したままレイナは何でもないように助言する。置いてけぼりのエンリやシオンの2人は呆然とするなかブレインは目敏くその流れるような捕縛術を目に焼き付け己の技へと昇華する方法を模索していた。

 

 そんな彼女クレマンティ―ヌが合流したのはモモンにお願いされたからだ。

 

 この世界の裏から情報を彼女の知る情報網で集めさせるためナザリックの庇護下に置いたはいいが生かされただけでなく直接モモンによって保護された彼女を妬む部下がいたのでレイナというストッパーがいることでナザリックの部下ひいてはスレイン法国からの追っ手への牽制にもなるということでそうなった。

 

 始めその話が出たときは断ろうかと思ったが彼女があの時エ・ランテルで聞こえた心の叫びの主だとわかるとレイナは彼女の更生も考えて引き受けることにした。

 

 彼女には失礼だがモモンから彼女の生い立ちは聞き及んでいる。人を優劣で判断するスレイン法国は人間のレイナでさえ敵視する存在になった。もしクレマンティ―ヌを追って法国が来ればレイナは容赦しないだろう。

 

 クレマンティ―ヌの役目としてはレイナたちに付いていきその先々で情報を集めてレイナたちとも共有しモモンにも伝える橋渡し役である。その身軽な身体能力もあって適任だとされたのだ。

 

 ならばなぜクレマンティ―ヌはレイナを襲ったのかといえば"嫉妬"である。レイナの事を話す漆黒の戦士モモンがすごく嬉しそうだったからだ。

 

 彼に引かれかけているクレマンティ―ヌからすれば気になる異性が楽しげに話していた目の前の女は自分のライバルになる人物で彼が認めるほどの実力者なのもあり本当かどうか確かめてやろうとしたのだ。

 

 結果は見事に返り討ち。体はピクリとも動かせない。魔法なのか知らないがレイナをモモンが認める存在なのは認識しなければならない。

 

「貴女も私といるときは修行を行ってもらうわ。あとは・・・そうね。私に隙があると思えば攻撃をしてきてくれて構わない」

 

「本気か?」

 

「ええ、私にとっても臨戦態勢をとるのに良い練習になるわ」

 

「・・・わかった。あと・・・試すようなことしてごめんなさい」

 

 自分とレイナとの実力の差と人間としての器の大きさも違うレイナに捕縛を解かれたクレマンティ―ヌは右手首に残る感触を左手で擦りつつ試した事を謝りひと悶着あったレイナ一行は3人から一気に5人へと増え王国へと旅立ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

~大国スレイン法国~

 

 

「由々しき事態だ」

 

「さよう。まさか王国を滅ぼす為の作戦がこのような事態になるとは・・・」

 

「我々は神の怒りに触れたのか・・・」

 

 そこでは神官風の衣装を着た男女が中央を囲むような机に座り話し合っていた。

 

「ニグンたちの様子を見るために行った大儀式での大爆発で神殿は崩壊し多くの犠牲者が神殿関係者以外にも出ている。それだけでなく・・・」

 

「ああ、神殿にあった本ばかりか人の記憶まで奪われてしまい。おかげで破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の探索に出ていた漆黒聖典を戻すはめになった」

 

「一体あそこで何が起きたのだ?唯一の生き残りも真っ暗しか見ていないと役にたたん」

 

「現場から戻ってきた者たちの話ではひどく美しい女に邪魔されたとしか。あとはもしまた来れば今よりひどい目に遭うと男の魔術師に言われたと・・・」

 

「・・・その2人はプレイヤーか?」

 

「・・・・・」

 

 一人の神官の言葉に全員が押し黙る。タイミングの悪いことに世界のためとはいえ村を焼くように指示したのだ。今更どんな言葉を並べても罪のない村人を殺したのは変わらない。

 

「せめてというのか。彼らはもしかしたら善良な存在かもしれないことか」

 

「エ・ランテルを襲ったアンデット襲撃からその元凶以外は殺さずに多くの命を救ったことか」

 

「もしかしたら話し合いは可能・・・か?」

 

「もし出来ないなら秘宝を使うしか・・・」

 

「お前!?それがどういうことかわかって言っているのか!?神かもしれないプレイヤー様を操るなど!?」

 

「だが他にどうすれば良いのだ!?話によれば女の方は何人も仲間をつれているそうじゃないか!?従属神にしてもそれが数人、神が2人ではどうやっても勝てんぞ!」

 

「落ち着きなさい!2人とも!」

 

 ヒートアップしていた2人を咎めると会議室は一様に沈黙が支配した中ある一人の男が口を開く。

 

「もしもの時は彼女がいる。それを忘れたのか?」

 

その一言で会議室は少しだけ安堵の息が漏れる。

 

「そ、そうですな。もし何かあれば彼女を投入すれば解決出来るだろう」

 

「ええ、彼女。法国最高戦力がいればいくら神と言えど・・・」

 

「とにかくもっと情報だ。漆黒の英雄や白銀の女神の噂を中心に情報を集めるのだ!なにか交渉できる手があるかもしれん!」

 

 スレイン法国の会議はこれにて一旦終わりを迎えるのだった。

 

 

 

 

 




勢いが落ちてきてストックが無くなったのでこれからは不定期になります。

誤字などの修正ありがとうございます!


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29.戦乙女と旅道中3

 

 

「ぐはぁっ!」

 

 クレマンティ―ヌは地面に叩きつけられた。既に武器は奪われ手の届かない位置で地面に転がっている。打撃用のモーニングスターがあるが不得意なそれが相手に通じないことはわかる。

 

 死角を狙ってもダメ。

 

 テンポを変えてもダメ。

 

 フェイントもダメ。

 

 一体いくつ死ねば気がすむと言うのだ私は!?

 

 今、生きれているのは相手がこちらを殺す気がないからだ。もしそれが実戦なら負ければ死ぬ以上に悲惨な目に遭うだろう。

 

 国の馬鹿どもを見返すため死に物狂いで鍛練し、一部の強者には勝てないが自慢のスピードで撹乱し逃げることはなんなくできると自負していたのにここ最近でその自信は砕かれた。

 

 最初は女武道家(ユリ・アルファ)に。顔面へのカウンターでヒビが入った。

 

 その心のまま対峙した自分よりも身体能力は高いだろう漆黒の戦士(モモン)に優しさにヒビは癒された。

 

 最後は目の前にいる回復魔法を使いこなす(何だそれは馬鹿にしているのか!)白銀のの女戦士(レイナ・ヴァルキュリア)に再び粉々にされたのだ。

 

 これが鍛練で相手が同性なのに安心する自分が許せない!

 

 気合いで起き上がったクレマンティ―ヌは通算52度目となる突撃を行う。それは今までよりも断然速くここ一番だと言えた。

 

 クレマンティ―ヌは遂に更なる壁を打ち破りレイナへと迫る。どこかのゼノなブレイドであれば勝確BGMがかかる程であったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いわ。また壁を突破したわね。この調子よ」

 

「ぐばはぁぁぁぁ!?」

 

 レイナ・ヴァルキュリアには通じない!

 

 向こうはそれ以上の早さで動き延びた腕をとられ、その速さを活かされた投げ技は再びクレマンティ―ヌを地面にかえした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~お~。また派手にやられていたな」

 

「ちっ、うるせえ・・・うるさいな」

 

 先程の模擬戦をしていた場所から少し離れた木にもたれ掛かるクレマンティ―ヌの側に同時期に合流した系統は違うが速さを武器にしていた戦士。というより侍のブレインが話しかけてきた。

 

 口が悪いのをレイナによって修正されているクレマンティ―ヌはついでそうになった言葉を飲み込み言い直すがブレインは気にした様子もなく手を小さく横に振る。

 

「別に俺に対して言い直す必要ないぜ。同期だし、今はまだお前の方が強いしな」

 

「・・・別にお前たちだからって言い直した訳じゃないわよ。あいつがすぐ側でいることがわかったからよ」

 

「ああ、あれには人生4度目に驚いたぜ」

 

 ブレインが言う4度目の驚きは最初は王国での自分を負かせたガゼフとの御膳試合。2度目は野盗の洞窟で出会った化け物。3度目はその化け物に余裕で勝つレイナで今回が4度目である。

 

 思い出すのはレイナとの模擬戦を20回目を終えた後レイナからクレマンティ―ヌではないその後ろを見ながら言われたのだ。そこに浮かんでいる女の子は知り合いかと。

 

 なんのことかと思い最初は相手にせず模擬戦を続けていたのだが当然敗北を重ね地面に大の字で倒れたまま話の種に聞いてみたのだ。もしただの勘違いならからかってやろうとして。

 

 それがいけなかった。

 

 レイナはまず女の子の特徴をあげたのだ。

 

 特殊な刺繍がされた白いロープ。

 

 髪は女の子らしい腰まで伸びている。

 

 決まり手は女の子が頭に着けているリボン。

 

 クレマンティ―ヌはそれに心当たりがあった。

 

 まだ今のように最強の戦士となる前。

 

 忌まわしい仕事を受ける前。

 

 誰も頼らない信じないと決める前。

 

 狂気に陥り狂戦士になる前。

 

 お互いに信じあっていた友人の姿に。

 

 クレマンティ―ヌは今自分がどんな顔でいるかも知らず動けない体で地面を這ってレイナに近付き懇願した。彼女に会わせてほしいと。

 

 レイナに言われ確認しようにもどこを見てもその女の子の姿は見えないのにレイナだけは一点から目を離さない。当然クレマンティ―ヌも彼女の異常な行動に目を丸くしているエンリたちにも見えていないのに彼女だけは見えているのだからなにか方法があるだろうと。

 

 レイナはただ頷き。呪文を唱える。

 

".アストラル・アイ"

 

 それはユグドラシルでは幽体のモンスター相手に戦士が物理攻撃できるようにするための信仰系魔法の1つだ。

 

 この世界では幽体を白日の元に固定して生者に見えるだけでなく触れるようになる。

 

 そこに現れたのは間違いなくあの日任務で死んでしまった友達が当時の姿のまま存在していた。

 

 クレマンティ―ヌは駆け寄ろうとしたがうまく体が動かず立ち上がるものの再び倒れそうになるところをレイナとエンリによって両側から支えてもらえ倒れることはなかった。

 

 周りの誰もがなにも言わずクレマンティ―ヌを女の子の前まで連れていく。

 

 手の届く位置に来るとクレマンティ―ヌは震える手を伸ばし女の子の頬にさわる。それは死者らしい冷たいものだったがクレマンティ―ヌは気にしなかった。そこに友人がいるそれだけで心があたたかくなった。

 

 女の子のほうも自分が見えるだけでなく触られていることに驚いているが逃げる事はなかった。

 

 

 

 

 

 感動の再会の後レイナからもし遺品か何かあれば蘇生が可能だと言われ。何でもするからお願いすれば快く引き受けてくれた。問題は遺品だが彼女が亡くなった時にクレマンティ―ヌは彼女の形見を見晴らしの良い場所に埋めて本国では建てられなかった小さい墓石の下に決別も込め埋めたので取りに行けば良い。

 

 そうして蘇生の目処も立って落ち着いた時にはたと気づく。一体いつから友人はクレマンティ―ヌの側にいたのだろうか?

 

 友人が蘇ることに顔を喜びで溢れさせていた彼女の顔がみるみる青白くなっていく。その急変にエンリたちは疑問に思うも良く考えたらこの状況は普通に稀である。

 

 いくら友人でも幽霊は怖いかなとハッキリわかる優しげな目でエンリから見られ男たちからはわかるぞと相づちまでされる。

 

 ちがう!そうじゃない!とクレマンティ―ヌは心で叫ぶも口には出せず、なんとか冷静な思考を蘇らせ恐る恐るレイナを通して友人に確認をとる。

 

 アストラル・アイでも姿を現し触れでるようになるだけで喋れないらしくレイナだけが意志疎通できるらしい。レイナは耳元で囁くクレマンティ―ヌの質問にあ~と理解する。

 

 気付かれた。正直耳から煙が出る位恥ずかしいが確かめなければならない。レイナが気遣いエンリたちには聞こえない声量で友人に話しかける。

 

 友人は自分の首を締めるしぐさをしたあと両手で羽をはためかせ首をかしげ降参のポーズ?をとる。こちらには身ぶり手振りでしか伝わらないが充分過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり最初からである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 クレマンティ―ヌは転げ回った。穴があったら武技を発動させてでも入りたかった。上から年下の少年少女や少し上の男に困惑の視線を向けられていても頭を抱えて転げ回った。

 

 レイナの捕捉で友人は死んだあとふわふわしたまま今の幽霊になり、気付けばクレマンティ―ヌの近くにいた。朧気ながら生前の記憶があった友人はクレマンティ―ヌが心配で見守っていたのだ。

 

 そうずっっっっっと見られていたのだ。信じていた友人に。

 

 愉悦に高笑う自分も。

 

 拷問して楽しむ自分も。

 

 表では努力なんて力のないやつのすることと言いながら影では死に物狂いで努力していた自分の姿を。

 

 さらにレイナの捕捉でクレマンティ―ヌがなにかやらかしているのは知っていたがそれも見守る自分ではどうしようもないとして離れていたらしい。

 

 そういえば結構気を使う子だったなと思いだし、死んだあとも気を使わせていたことにクレマンティ―ヌは死ぬほど今までの行いを後悔していた。

 

 クレマンティ―ヌの黒歴史 "爆誕" である。

 

 今ならモモンガことモモンとその手の話で盛り上がることは間違いない。傷の舐め合いになるだろうし話せればだが・・・。

 

 そんなこともありレイナには友人の蘇生や今回の恥じを知られたことから完全に頭が上がらないようになった。

 

 

 

 

 

「まぁ確かにねぇ。お前の領域という武技は確かに厄介だが自分自身が相手に追いきられないところがある。鍛練不足なんだよね」

 

「身をもって知ってるさ。嫌ってほどな。お前の場合はまっすぐいくのは速いがフェイントが入ると若干遅くなるってところか」

 

「あの速さを見切れるレイちゃんがおかしいの!でも確かにそれが課題だねぇ」

 

 ちゃっかりお互いに知見を教えあう2人の前ではエンリとシオンが組んでレイナを相手に戦っている。2人はクレマンティ―ヌらよりレイナと戦っているためか2人より良い動きをしている気がする。

 

 それはエンリたちがレイナに直実に追い付きつつあるという訳ではなくレイナがどう戦えば戦いやすいかうまく誘導しているからであるがその動きは数日前まで素人だったとは思えないほどであった。

 

「はぁ、あれで数日前まで素人だったんだって言うから信じられないぜ。シオンは村でレンジャーしていたらしいからわかるが、エンリはただの村娘って言うんだからなぁ~。これがほんとの才能なのかね?」

 

「お前がそれを言うの?あんただって才能あんでしょうに、私なんてないない尽くしでここまで登ったのよ?嫌味になるわよそれ?」

 

「お前こそそんなことないだろうに・・・。周りに見る目ない奴が多かっただけだろ?」

 

「・・・ふん」

 

 ブレインのお返しにクレマンティ―ヌは鼻をならし会話を終える。そのままエンリたちがレイナにやられるまで見学していた。その時の空気は悪くないと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっまぁぁい!!レイナさん何ですかこれは!?これはなんていう料理なんですか!?」

 

「お、おい。エンリ美味しいのはわかるが落ち着けって!」

 

「うふふ、これはカレーライスと言って私の国にあるご飯に良く合う究極の料理よ。そんなに喜んでくれたならこれに決めた甲斐があったわ」

 

「すげぇ、エンリの飯だけ俺らの3倍の速さで無くなっていく・・・これが強くなる秘訣なのか?」

 

(ば、馬鹿な!?う、旨すぎる!?)

 

 エンリの食べっぷりを見てこれが若さかと自分が老いたように感じて少し塞ぎ込むブレイン(エンリが桁外れなだけで気のせい)を差し置いてクレマンティ―ヌは愕然とした。

 

 目の前にある料理は良い香りはするが色が茶色で泥のようなものが白い豆の山にかけられており見た目で損している気がするが匂いにつられ一口食べてみればピリッとした辛さに野菜や肉の旨味がすべて溶け出したカレーライスはレイナが究極の料理と言うのも頷ける。

 

 実力も負け。人格も負け。少し自信のあった裁縫(冒険者のネームプレート埋め込んだビキニアーマー)?も彼女が冒険者用に作っている鎖帷子を見て完敗。料理も肉を焼くぐらいしかしたことがないクレマンティ―ヌは当然負けた。

 

 気のせいかアストラル・アイが解けて見えなくなった友人がうっすらと同情の眼差しでこちらを見ていた。

 

「ちっくしょぉぉぉぉ!!」

 

 その日あんまりな女としての天と地の差にクレマンティ―ヌはやけを起こしエンリと並んでカレーライスをお腹に放り込んでいくのだった・・・。

 

 

 

 

 

 



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30.戦乙女とプレアデス

誤字報告で修正していただいたものが

元に戻ってたりして混乱していました。

他のと重なった報告が前後で

消えたりしているのでしょうか?

これからは即修正ではなくメモしてからやってみます。


 

 

 ~ナザリック~

 

 プレアデスたちが集まるお茶会の席でソリュシャン・イプシロンは悩んでいた。それを知る他の姉妹たちの反応は様々で下の姉妹はその種族から感情が分かりにくいが興味深げだったり双子のように仲の良い姉妹は心配そうに一人ちょっかいを出そうとした次女が長女に拳骨で抑えられ軽く悲鳴をあげていた。

 

 普段通りの姉たちの姿にソリュシャンは安堵する。からかってくる姉の対応もいつもは流すなり、逆にし返したりできるが今はそんな気分にはなれない。

 

 自分の感情や表情は職業柄コントロールしやすいはずなのに胸中はモヤモヤが溜まり表情は姉妹から言わせれば分かりやすく落ち込んでいるように見えるのだとか。

 

 今回の集まりもそんなソリュシャンを気遣って悩みがあれば吐こうと急遽開催されたものだ。

 

 そうなった原因はあの忌々し()()()レイナ・ヴァルキュリアのせいなのは間違いない。

 

 ただ自身の親とも言える御方を殺されて恨み復讐の機会を(うかが)っていれたなら楽だったのだが、先日なんとその御方であるヘロヘロが他の御方も交えて戻ってきたのだ。

 

 不敬にも最初は偽物かと思ったが感じる気配は間違いなく至高の御方であり、話してみれば間違いなく御本人なのは確信できた。

 

 そして色々思い出話で盛り上がったあとソリュシャンは聞いたのだ。

 

 あなたを殺したレイナは許せませんか?と

 

 この時ソリュシャンは期待していた。ヘロヘロがレイナに倒されたことを恨み許せないと言ったのならあの女をどんな手段をとってもいずれは力を奪い死ぬこともできないように永遠に苦しめようと。

 

 だがそれを聞いたヘロヘロは一瞬キョトンとしたあと穏やかに話し始めたのだ。

 

「心配してくれたんですね。ありがとうソリュシャン」

 

「何故御礼を?わ、わたくしはヘロヘロ様の仇をとろうとしましたがあの女の強さを目の当たりにして動くこともできなかった親不孝ものです・・・。なのに・・・なぜ?」

 

 そうか、そういう事になってましたかとヘロヘロは天井を見つめてから彼女の目をまっすぐに見た。

 

「私、いや私たちは皆別の世界に帰っていたのは知っていますね?そこはホントに過酷で身を粉にして働かなければ生きていけない世界でして、家族や友人さえ自分たちで手一杯でお互い助け合う余裕もありませんでした。そんな中別の世界へ行けると言われ誘われるまま来たのがユグドラシルという世界でした」

 

 突然の過去話しにソリュシャンは意図が読めなかったが黙って話を聞き続けた。

 

「そこで出会ったのがアインズ・ウール・ゴウンの前身であるナインズ・オウン・ゴールの仲間たちでした。旅の中で出会えまさかここまで楽しめるものだったとは思いませんでしたよ。それからです。私たちがのめりこんだのは」

 

 そう言ってヘロヘロはその粘体の手を伸ばしソリュシャンの頬へあてがう。

 

「ソリュシャン。(きみ)だけじゃないプレアデスやメイドたちは勿論他のナザリックの仲間たちの大半は仲間たちと共に試行錯誤を行い作り・・・いや誕生したのさ。まさに神の所業だ。ホントに楽しかった。意見を言い合い時には超過労働(オーバーロウドウ)で疲れた体に鞭を打って倒れそうになるけど・・・。プリムさんとも徹夜してたあの日が私にとって一番のピークだったと言えます」

 

 しかし、そうではなかったとヘロヘロは頭を横に振る。

 

「ユグドラシル最後の日。私は久しぶりにナザリックへ帰還しました。その時です。彼女に出会ったのは後で知りましたが彼女は最後の最後までユグドラシルへ残ったモモンガさんと同じで世界に残ったまま最強の人間(プレイヤー)としてここへ来たのです」

 

「モモンガさんが来て2人で話し、慌てて戦闘の準備をして、あーだこーだ装備を用意して、ドタドタしながらも正装とはいかない物でしたが充分な性能はありましたし彼女も充分準備できるだけの時間をかけてきてくれたので私たちは無事彼女を迎え撃ちました」

 

 倒されているのに無事とはちょっと変ですねと笑うヘロヘロに憎悪など微塵もなかった。

 

 それはソリュシャンたちが想像したものとは全く違っていた。あの女は卑怯な手段でナザリックに侵入し油断していた至高の御方2人を奇襲したと思われていた。至高の御方が大慌てする姿やそうでなければたかが人間のしかも女に殺られた等デミウルゴスさえ想像だにしなかった。

 

 卑劣な人間。そう思おうとした。しかし、彼女の行動を知る度にソリュシャンだけでなくナザリックの面々は何かの間違いかと思うようになった。

 

 最初に変化のあったのは武闘派のシャルティアにセバス、コキュートスである。彼女の戦いは精錬された見事なもので踊るように村を襲う兵士を次々に倒していく。何よりその彼女に喚ばれたたっち・みー様は卑怯な女の声に答えるだろうか?

 

 シャルティア様は悔しそうに指を噛み。後に助言を求めてナザリック内を移動していたとメイドたちが話していた。

 

 コキュートス様は武人として刺激されたのか鍛練を今まで以上に行っていると聞く。

 

 セバス様は彼女を認め御方に意見を挟むほどの信頼をしている。

 

 そうなってくると知謀派のアルベド様とデミウルゴス様が黙っていない。女の正体を暴こうとするが彼女の潔白さに実力も相まってその話題が出ると苦い表情を浮かべるようになった。それでもあの2人なら何かしらその知謀をもって何かしらの手を考えそうだが。

 

 アルベド様に至ってはレイナをモモンガ様を奪い合うライバルとさえ思っているのではないだろうか。暴走することなく仕事をこなして点数を稼いでいる。

 

 最後はマイペースなアウラやマーレである。ヘロヘロさまが殺られたと聞いた時はアウラ様は最強のペットたちを召集し、マーレ様はその姉と同じオッドアイの奥で暗い炎を灯して殴打武器の杖を振り回していたがアインズ様に止められていた。

 

 だがエ・ランテルという街が襲われたときにあの女は可能性はあると思っていた至高の御方を複数召喚して見せたのだ。その中にはアウラ様たちの創造主ぶくぶく茶釜様の姿まであった。

 

 しかも後にあの女はぶくぶく茶釜様だけでなくやまいこ様やその妹様、餡ころもっちもち様と友好があったらしいことがわかり2人が無礼を承知で聞いてみれば事実であったのだ。

 

 モモンガに止められていても細々と続けていた復讐計画も水の泡となった次第だ。元々モモンガの意に反する事をしていると自覚があった分罪悪感で傷ついていたのでそれで良かったのかもしれない。

 

 そんなことをアサシンとして鍛えられた頭脳を加速させて考えながらヘロヘロの言葉を一言一句漏らさず噛み締めるソリュシャン。

 

「そして3人で戦っていてわかったことがあります。私は誰かと一緒に楽しくいられたならどんなものでも楽しいと思えたのだとあの日あの場所できっとモモンガさんと話すだけでも私は満足して元の世界へ戻っていたでしょう。しかし彼女が来てくれたおかげで本当に楽しいと思える事に気付かせてくれたレイナさんを私は恨めません」

 

 逆に感謝しないと行けませんね。ソリュシャンたちにこうしてまた出会え、心配してくれる人がいるとわかったのですから。

 

 ヘロヘロが浮かべる満面の笑顔にソリュシャンの今までの恨みは消えていきモヤモヤとしたものが残るだけになった。

 

それをティータイム中にゆっくり姉妹たちに話せば。

 

「やはりそうでしたか。レイナさんからは何かを企むという雰囲気がないものですから最初は疑っていましたがあの日もアインズ様方に案内されていたようでしたしね」

 

 ユリは嬉しそうに微笑み。

 

「・・・アインズ様も特に彼女と会うと不快な態度は全く出さなかった・・・それよりも嬉しそう?だった・・・」

 

「うぅ~ん。捕まえたあと美味しそうだから食べちゃおうかと思ったけどぉ~。やめといた方がいいねぇ~」

 

 下のシズとエントマは変わらない表情で話し。

 

「ソリュシャンの気が変わったなら私は貴方を信じるわ」

 

 ナーベラルはまっすぐに目を見て話す。

 

「よく考えたら他の御方たちもよく勝ち負けの話ししてたっすね。特にたっち・みー様はよく戦いを挑まれてたと仰っていたっす。ナザリック内でも御方同士で勝負してたっすよね?他にも武人建御雷(ぶじんたけみかづち)様と弐式炎雷(にしきえんらい)様は話が絶えないっすよ」

 

 いつもはからかい顔の多い2人目の姉ルプスレギナがいつになく真剣におやつを食べながら話す内容は御方にとって戦闘とは勝ち負けにこだわったとしても生死を問うものではないのかもしれない。楽しいか楽しくないか。そういうことなのだろう。

 

 話を聞いてもらいソリュシャンの胸中は少し晴れたがまだ少し違和感がある。

 

 それに気づいたのはやはりユリでそっとソリュシャンの肩に手をあてると優しく笑う。

 

「まだ気になるのなら直接レイナさんと話しなさい。彼女なら貴女と正面から話してくれるし、もしそれでもスッキリしないなら」

 

 そう言って握りこぶしをつくったそれを前に突きだし。

 

「一発ドンとぶつかってきなさい!」

 

「ユリ姉さん・・・」

 

 そう言ったユリの表情は清々しいほどの笑顔。その場にいい雰囲気が流れまとまるかと思えば・・・。

 

「さすがユリ姉。脳筋っす・・・」

 

「あっ・・・」

 

「し~ら~ないと・・・」

 

「はぁ・・・」

 

 ルプスレギナの余計な一言にユリが即反応して拳骨を落とすといういつもの光景が戻ってきた。

 

「ふふ、ありがとう皆」

 

「え!?今なんてっ、てユリ姉!もう一発はかんべんっすよぉぉ!?」

 

「待ちなさい!あなたという子は!」

 

 涙目で頭をおさえユリに追いかけられるルプスレギナを見ながらソリュシャンは他の姉妹と一緒に笑った。

 

 

 

 

 

 

 



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31.戦乙女のお宅訪問

 

 

王都リ・エスティーゼ王国上空

 

 

「あれが200年も栄えている王国ね。確かにエ・ランテルがスッポリ入る大きさは見応えあるわ」

 

 レイナは眼下を眺めて呟く。この世界に来たときは忙しくできていなかったがユグドラシル時代レイナはなにもするでなく様々な街やダンジョンをこうして眺めることがある。そうして発見した光景等を写真機能で録りブログ内で披露させていた。

 

 そのブログは結構好評でその景色目当てにユグドラシルをプレイを再開した者や始めた者までおり、公式から表彰されたこともある。

 

 フライとは違う戦士用のスキル"飛翔"を使用して念には念を入れて、陰遁アイテムを使い姿を見えないようにしていた。

 

 ずっと続く町並みの最奥には立派な王城がドッシリと構えている。

 

「でもこれじゃ。ガゼフの家は徒歩では探せそうもないわね。たしかガゼフが兵舎を探して名前を伝えれば案内してくれるんだったかしら?」

 

 ざっと見回しそれらしい建物を見つける。王国内にいくつもあるようだが、そのなかでも一際大きめの建物で兵が大勢いる所を見つける。さらに遠目だが見覚えのある人物が窓からチラッとのぞいた。今から入る王国の入り口からそんなに遠くはない。

 

 全体的に主な道は綺麗に整えられているが脇道は基本野ざらしのままだ。そこはエ・ランテルの方が整えられている気がする。そのまま王都を眺めていれば貧困層らしいボロボロな建物。

 

 基本平民が暮らす先程よりは綺麗な建物。

 

 かなり大きめで庭付きらしい富裕層が暮らすであろう建物ときて、そこにここ最近良く会う顔ぶれがいることに気づく。

 

 なにやら業者らしい者に案内されて空き家を探している執事服の老人。消えているレイナの方をしっかりとみた。さすがセバスと感心し、一瞬だけ姿を現し手を振る。

 

 向こうも業者に気づかれないよう小さく頷く。返事は期待しなかったが律儀な人だ。というか姿も消した上で気配も消していたのに気づくとは・・・ゲームとは違いそこら辺はこの世界に来て変化したものなのかわからないが、もしかしたら今ナザリックの元NPCでは彼が一番厄介なのかもしれない。

 

 ・・・今度悟にお願いして一勝負申し込もうかしら。

 

 いや、その前にカーミラとの約束が先か・・・悟には謝ったけどナザリックに住む者たちにも一度謝らないといけないしね。・・・許してはくれないかもしれない。

 

 彼らにしてみれば家に侵入して玉座の間を破壊したのだから最後まで使わなかったとはいえどうみても最終決戦用ステージであり最終防衛ライン。

 

 彼らにしてみれば寝首をかかれた気分だろうし。いくら悟の言葉で協力者として紹介されても思うところのある者はたくさんいそうだ。

 

 レイナはこれからのことを考えて深く溜め息を吐くと仲間たちを待たせている近くの林に降りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの訓練を終えここ最近の事情から兵舎に来ていたガゼフ・ストロノーフ戦士団セイラン副隊長は他の兵士たちから様々な視線を向けられながらこの場にいた。

 

 ガゼフに憧れている平民出身の憧れの視線。

 

 ガゼフを良く思わない貴族に仕える者の見下した視線。

 

 これもいつもの事なので気にせずいると突如兵舎全体で騒がしくなる。走ってどこかへ向かう兵士に話しかければ、今とんでもない美人がここに道を訪ねに来たらしい。

 

 とんでもない美人・・・ふとカルネ村であった女性を思い出したセイランはまさかとその兵士に特徴を聞き確信す。

 

 流行る思いを抑えて副隊長がその場に着くと思った通りそこにはあの村で出会ったレイナが4人のお供を連れており、内2人オロオロしている見覚えのある少女とうざそうに顔を歪める女も顔もスタイルもいいせいか視線を集めている。

 

 レイナ以外に近づかないのは目付きの鋭い少年やセイランもガゼフから聞いたことのある屈強な男が身を挺して護っているからか。レイナに話しかける1人の兵士が貴族に仕えていることをバックに彼女が言う案内を引き受けようとしているところであった。

 

 すぐに彼女の元へ向かおうとするも野次馬が壁となって邪魔をする。どうやって野次馬となった兵士たちの壁を抜けようか考えていると・・・。

 

 彼女の蒼い瞳と合った。

 

 彼女はすぐにその兵士に断りを入れるとこちらに向かってくる。

 

「セイラン副隊長探したわよ」

 

 自分の名前が呼ばれそれに気づいた周りがサッと道を明ける。

 

「わ、わたしの名前を・・・」

 

「当然でしょ。誰があなたの傷を治したと思うの?それとロウとハッシェは元気?あと・・・」

 

 戦士団の他の者まで・・・あの時カルネ村で重軽傷者をその癒しの魔法で治していった彼女はそれだけでなく彼らの不安の声を聞いてくれていた。

 

 自分もその一人だ。戦士長のためならと仲間たちと粉砕する覚悟で天使を召喚する魔術師たちと戦ったが天使の一撃が武器を持つ右手を吹き飛ばす。まっ赤になる視界の中で見た戦士長も長旅と武技の連発で満身創痍。自分達が憧れた背中が無惨に散ろうとしたその時、彼女とそれに従う白騎士。協力関係にあるだろう黒い魔術師たちが現れた。

 

 一瞬だったが確かにみたのだ。光景はすぐに変わり自分達は村人が立て籠っている民家に移されていた。

 

 傷ついた兵は頼まれていたのか村人たちが応急措置を行ってくれ命に別状がある者はいなかったが兵士としての命は尽きたといえた。止血されたがなくなった利き腕。覚悟していたとはいえジリジリとした思いが生まれるもの無理がない。

 

 だがそんな不安は彼女のおかげでスッカリなくなった。なくなった腕が彼女の回復魔法で元に戻り、違和感もなくまるでさっきまでのことが夢のように感じる程だ。

 

 これほどの効果を持つ回復魔法の使い手で凄腕の戦士。その姿は美しく性格も優しいが厳しい所もある。勝算もなく突撃とは目に余るもっと作戦を練りなさいと叱咤された。

 

 これしかないと自分達は信じていたが後からもっと他に方法があったのではないかと考えた。あの魔術師たちを背後から奇襲するとか、もしものために何が起きていたのか王国に伝令をとばすとか。

 

 あの場で誰も伝令として一人だけ逃げるなど承諾しそうにないがいくらでも反省点が存在した。

 

「でも隊長を見捨てないあなたたちはとても無謀だったけどとても勇敢でもあったわ。だから私たちも覚悟を決めた。あなたたちのその動きに心を動かしたの。あなたたちがそう行動したからこその勝利よ」

 

 落ち込む私たちに彼女が言ったその言葉にどれ程救われただろうか。ただ戦士長の背中を見てがむしゃらについてきたその姿を見て心を動かしてくれる人がいたことに。

 

 見れば上半身を包帯まみれだった戦士長が嬉しそうに頷いている。その事に起きていた仲間たちは嬉しくて泣いていた。

 

 強く優しくも厳しい憧れの(ヒト)

 

「ガゼフ戦士長の自宅まで行きたいのだけど迷ってしまいそうでね。案内をお願いできないかしら?」

 

「お安いご用ですよ。任せてください!」

 

「ええ、よろしくお願いするわセイラン副隊長殿」

 

 少々気合いが入りすぎた返事に彼女は少し笑って私の隣にくる。久し振りに会えた彼女の顔がすぐ近くにあることにドキドキしながら彼女の後について来ていた者たちにも声をかけてその場を離れた。

 

 チラリと後ろをみれば彼女を誘っていた兵士が悔しそうに地団駄を踏んでいる姿が見え、いつも他の兵士に連れている女を自慢していた彼には悪いが胸がスッとした。

 

「しかし、大変な騒ぎになってしまい申し訳ありません」

 

「しょうがないわ。ここにくるまでフードを被ってたんだけどここの門番に怪しいからとれと言われてね。それでこれよ」

 

「うちの仲間がすみません・・・」

 

「仲間と言っても戦士団とは違う集まりでしょ?あなたは悪くないわ」

 

 微笑む彼女の表情に胸が締め付けられる。自分よりも弱い存在なのにこうして対等に話してくれた上に慰めてくれる。

 

 カルネ村で彼女に傷を癒されたものが勢いで告白していたがそれを止めたのは彼女に迷惑がかかるだけじゃない。

 

 嫉妬したのだ。たとえ玉砕覚悟の言葉とはいえ愛の告白に。

 

 戦士長も反対側から止めていたがもしかしたら・・・

 

 彼女と自分ではどうしても釣り合わない。釣り合うとすればそれこそ王国1とされるガゼフ戦士長かあの時彼女と共にいた白騎士か黒の魔術師だろう。

 

 それでももし彼女が好きになってくれたのなら自分を側に置いてくれようとするだろう。だがそれで自分は満足するだろうか?彼女と対等に笑って暮らせるだろうか?

 

 ・・・だからこの想いは誰にも言わずに秘めようと想う。でもせめて心のなかだけでも

 

 彼女の隣を歩きながらしゃべることが楽しくて戦士長の自宅までの距離を短く感じながら

 

 

 

 

 

 

   レイナさん。私は貴女のことが好きです。

 

 

 

 

 

 

      これを最後に想いを封じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地のガゼフ邸を真正面から眺める。さすが戦士長という肩書きに恥じない立派な建物だ。富裕層のより豪華差はないがしっかりとしたレンガ造りだ。

 

 肩書きに反して王城より離れた所にあるのは道中セイランが話してくれた戦士長への冷遇から推測できる。

 

 変に地位を拘る貴族たちの反対でも受けたのだろう。こんな所まで自分達の幅を利かせるのだから腐りぷりが目に浮かぶ。

 

 ガゼフと戦い彼の強さを知るブレインはもしあの時ガゼフに勝っていたら自分がその位置にいた可能性に渋い表情を浮かべていた。

 

「では私はこれにて。レイナ殿一行が来たことを戦士長らに報告しなければならないので。そこのアングラウス殿の件もありますから」

 

 そう言ってセイランはお礼の言葉もそこそこに去ってしまった。始終笑顔で対応してくれた彼だが背中を見せる一瞬だけ泣きそうになっていた気がするが・・・。後でガゼフにも確認してもらおうか彼も戦士団副隊長だ。悩みの1つや2つ抱えているかもしれない。

 

 彼の背中を見送ったあと再びガゼフ邸に向き直る。結構広い玄関口だがこちらは結構大所帯だ。いつまでもこうしてはいられない。現に何事かこちらを伺う市民の姿が見える。

 

 レイナは木で出来た頑丈な扉につけられた長前を数度叩く。すぐに人の気配が近付いて来るのがわかると一歩後ろに下がり待った。

 

 仲間たちもとくに口を挟むことなく扉が開くのを待った。エンリやシオンはこんな立派な家に訪問するのは初めてだからか緊張が伺える。

 

 ブレインは元々の性格故か動揺は見られないしクレマンティーヌも大国出身のためかまぁまぁかなといった感じでガゼフ邸を見ていた。

 

 気配が玄関口でとまり鍵が開けられ・・・ることはなく覗き窓が開く。

 

「こちらはかの王国戦士長のお宅ですが・・・どちら様で?」

 

 そこから覗く皺のよった目はレイナたちにサッと走らしたあと疑惑を深めてからそう呟く。

 

 こんな世界なので用心するのはわかるが中々に警戒心が強い気がする。これは何かあったなと思いながらもレイナはフードを外し笑顔で答える。

 

「こちらがガゼフ・ストロノーフ殿のお宅と聞いて来たのですが私はレイナ・ヴァルキュリアと言います。ガゼフ殿から王国に来た際は是非寄ってくれと言われたので訪ねたのですが何か聞いていませんでしょうか?」

 

「貴女が・・・確かにガゼフ様から聞いてた通りに美しい銀髪と蒼い瞳の女性。少々お待ちください」

 

 レイナの美貌に一瞬驚くも彼はレイナの一番の特徴である輝く銀髪を確認して覗き窓を閉じる。・・・銀髪前にあった言葉は極力無視しておく。後ろで焦るシオンと興味津々のエンリにヒュ~と口笛を吹くブレインと面白そうに見てくるクレマンティーヌもだ。

 

「どうぞ。話は伺っています。命を救ってくれた大恩人何だとか。先程の無礼をお許しください」

 

 いえ、お気になさらずと返せば。扉を開けたお爺さんは笑みを浮かべガゼフ様が言われていた通りのお人だと笑い邸内に招いてくれた。

 

 外も立派だが中も言わずもながらだ。ただきらびやかという訳でなくどちらかと言えば堅牢さを重視した作りに思えるところからガゼフの性格を良く表している気がする。

 

 客間に案内されて椅子に座っていると扉がノックされきっと夫婦なのであろうお婆さんが紅茶のはいったティーポットと少しつまめそうな物をお盆に載せて入ってきた。

 

 この世界のお茶菓子には興味があったので目の前に置かれたものをいただく。

 

 ・・・少し味付けが薄目だがクッキーなのだと思う。美味しくも不味くもない普通の味だ。

 

 老夫婦はこれから夕食の準備があるということでガゼフが戻るまでここで待つように言われた。良ければ家の中も自由に観てくれて構わないと。

 

 さすがにさっきとうってかわって無用心さに思うことはあれどお言葉に甘え内装等を見せてもらおうと仲間に声を掛ければエンリとシオンが着いてくるようだ。

 

 最初は落ち着かなかったエンリとシオンだが紅茶を飲んでしばらくすればブレインたちと同じくらいのんびりし始めたので暇をもて余したのだろう。

 

 ブレインたちは基礎が出来ている分、慣れない全力での訓練を行っていたためもあるがまだ日が浅くレイナのテントが安全だと知っていても習慣が抜けておらず気が抜けなかったのだろう。

 

 基本壁に守られている王都に入って安心したのだろう疲れもあってか椅子に寄りかかり船を漕いでいた。彼らにはガゼフが帰るまでここで仮眠しておくよう伝えれば小さく返事をしてそのまま寝てしまった。

 

 大の大人が子供のように寝てしまった事に可笑しくて3人で小さく笑い部屋を出る。

 

 内装は無駄な装飾は一切なく実用性のあるものばかりだがリアルの世界ではどこにも売られなくなった文化遺産級の品物にレイナだけでなく村の民家くらいしか知らないエンリたちもつられて感心していた。

 

 あらかた見て回ると厨房らしきところから調理する音でなくなにやら困ったように話す老夫婦声が聞こえてきたのでいったいどうしたのかと気になったレイナたちは声をかけてから話を聞かせて貰うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 




副隊長さんの名前調べても出てこなかったので誠実そうな名前でセイランと名づけました。原作登場人物と被らなければいいですが・・・。

モモンの状態では魔法制限がかかりフライをアイテムで補っていたので戦士は基本飛べないのかなと考えたのですがそれだとユグドラシルプレイヤーから不平不満が起きそうなので戦士用のスキルとして漢字にしただけですが"飛翔"とつけました。


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32.戦乙女とガゼフ

 

 

 王城の通路を目を吊り上げ大股で歩く者がいた。

 

 王国最強の肩書きを持つ戦士長ガゼフ・ストロノーフはここ最近は常に不機嫌であった。

 

 カルネ村から生還してからというもの貴族からの当たりが元々強かったものがさらに勢いを増し先日は自分の自宅に怪しいものがないかガサ入れで貴族の私兵を向かわせる事件が起きた。

 

 その時は雇っている老夫婦が家に立て籠り王が急ぎ使者を伴って兵を向かわせてくれたので事なきを得たが、もし侵入されていればあることないこと証拠を挙げられ、今王国で蔓延るライラの粉末など出てきたと言われれば今の地位を取り上げられ路頭に迷うはめになっていたかもしれない。

 

「くそっ!忌々しい貴族どもめ・・・」

 

 人目のないところで悪態をつくがそれでも怒りは治まらない。

 

 彼がこれだけ怒るのには他にもある。カルネ村での特殊部隊に襲撃された事を証明するたしかな証拠と捕虜も突きだしたのに翌日にはそのものたちは姿を消し、証拠もどこぞの兵士が不慮の事故で失くしてしまったというのだ。

 

 それだけではない。自分たちを助けてくれた恩人たちの存在さえやつらは認めようとしなかったのだ。彼らの事は少し話を信じやすいよう魔術師と神官の旅人として報告をしたが夢物語だとして一蹴した上に小バカにしてきたのだ。

 

 ・・・彼女の事を夢だの妄想呼ばわりされ嘲笑う貴族たちを見たときはその首を六光連斬でまとめて跳ねてやろうかと考えた。

 

 そんな自分の不穏な空気を察してかすぐ王が信じようとおっしゃってくれた上もしこの王国に来るようならいつでも歓迎しようと約束してくれたため凶行に走らずにすんだ。

 

 のちに二人っきりになったときに落ち着くよう咎められたが、お前がそこまで信頼する者たちに会いたいものだと言ったあと特に反応したヴァルキュリア殿には是非にと含みのある笑みを見せられた時は今まで感じたことのない感情に支配されそうになった。

 

(いかん。おさまったはずが・・・鍛練でもするか)

 

 ガゼフは首を横に振ると王城にある兵士が集まる鍛練場所を目指す。今日もあの若い騎士がいれば鍛えてやるのもいいなと最近目にかけている騎士を考えながら。

 

 

 

 

「よし、ここまでだ」

 

「ハァ、ハァ、あ、ありがとうございました!」

 

 あまり息があがっていないガゼフに比べて荒い呼吸を繰り返す目の前の少年はお世辞にも剣の才能はないが努力だけでそこいらの貴族生まれの騎士よりも実力と根性を持っている。

 

 ガゼフに言わせれば2番目の根性こそ必要なものだと考える。そこから努力して辛い鍛練を行い実戦を生き延びてこそ戦士としての才能を開花させた。本人がそうだったからこその持論である。

 

「立てるか?」

 

「も、もちろんです。ガゼフ殿」

 

「ガゼフ隊長ここにおられましたか」

 

 手を差し出し起き上がるのを助けているとそこに飛び込んでくる我が戦士団の副隊長セイランが姿を現した。

 

「どうしたセイラン?何か王からの指令か?」

 

「いえ・・・」

 

「あの席を外しましょうか?」

 

「なに違うなら構うまい。何があった?」

 

「はっ、先ほど王都の正面兵舎でレイナ・ヴァルキュリア殿が隊長を訪ねてこられたので自宅に方に案内してきました。隊長が戻るのをおまちしていただくよう伝えています」

 

「な、・・・それは本当か?」

 

「はい。しっかり本人と確認はとれています」

 

 少年クライムを気にしてか言葉を渋るセイランにガゼフは気にせず話すように言えば彼は敬礼で答え報告する。それにガゼフは思わず声を出しそうになるのを抑え念のため問い返せば是とした。

 

「そうか!では待たせるのも悪い。すでに王からは対応を任されている。一言申してから今日は失礼しよう」

 

「では、不躾ながら私がそれを伝えましょう。隊長は準備が終わり次第帰宅された方がよろしいかと」

 

「ん?しかしだな・・・」

 

「なに貴族の妨げなど慣れたものです。これまで副隊長を務めて来たのは伊達ではありませんよ」

 

 セイランの進言に今度はガゼフが渋るも彼の言葉に笑みを浮かべ信じることにした。

 

「では任せたぞ。セイラン。私は城にいる部下たちに用件を伝えればすぐに向かうつもりだ。もしかしたら明日かの恩人を城に招くかもしれないことを王に伝えてくれるか?」

 

「はっ、お任せを!」

 

 そうして敬礼を返してセイランは王の元へ向かっていった。

 

「では私はここで失礼する。次の鍛練はいつになるかわからんが腕は磨いておけよ」

 

「はっ、はい。私のことは気にせず。今日はありがとうございました!」

 

「うむ」

 

 少し嬉しそうに背を向けるガゼフを少年騎士クライムは見えなくなるまで見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あんな嬉しそうなガゼフ殿は始めてみるかもしれない)

 

 残りの鍛練を終えたクライムは汗を流したあと王女より承った鎧に腕を通し彼女がいつもいる部屋を訪ねるべく王城を歩いていた。

 

 思い出しているのは先程別れたばかりの師匠ともいうべきガゼフ戦士長の事。たしか王の命でこの国周辺の村を荒らす賊の調査と討伐を受けていたときに予想以上の規模だったため命が危なかったところを助けてもらったという話しだったか。

 

 あの戦士長が危ないところを助けた上、その時襲われていた村を誰一人死なせず救ったというのだから英雄たらん人物なのだとクライムはまだ見ぬ英雄に焦がれ、いつか自分もと奮起する。

 

 そうして向かった先は自分の恩人であり、今は護るべき主であるリ・エスティーゼ王国第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの部屋だった。

 

 ノックをして名を名乗れば、どうぞという返事がきたので中に入る。そこにはラナーは勿論この場にはマダマイタントのチームとして有名な蒼の薔薇(あお ばら)の面々が座していた。

 

 一人は一見男とも見える大柄な女性で大きな戦鎚を使う戦士ガガーラン。クライムをからかう事の多い彼女だが姉御肌で面倒見はよく鍛練のアドバイスを授けてくれる。

 

 女性として小柄で瓜二つな双子であり、あまり聞かない忍者であるティアとティナ。ティアは以前ラナーに変なことを吹き込もうとして出禁をくらっていたがもうしないと誓ったので大事な話でもあるので参加。

 

 仮面をつけてフードを被る先程の双子より小柄で年端もいかない少女に見える。また名前も本名ではないだろうが魔術師として名を馳せるイビルアイ。

 

 そんな難癖ある全員を束ねるリーダーであり、王国では六大貴族に生まれであるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラが優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「あら、クライムはいつも鍛練に精が出るわね。少し逞しくなったかしら?」

 

「はっ、今日もガゼフ殿に鍛えてもらえたのでそのためかと。王国最強の方を見れるだけでも幸運なのに鍛練までつけてもらえて日々恐縮するばかりです」

 

「ふふ、あの人が師匠じゃなかなかついていけないのではないかしら?」

 

 元平民という肩書きのクライムに対しても見下げることもせず、対等に話すその姿は晩年の貴族らしさはないが気品に満ちており。ラナー一筋のクライムさえドキリとするほど美しく思えた。

 

「いえ、こちらが力不足なところをいい加減で調整してくれているのか。体が動かないということはありませんね」

 

「なるほど。さすが戦士長というところかしら?今度私もお願いしようかな」

 

「ちょっとラキュース。わたくしのクライムですわよ!2人だけで話さないでくれる?」

 

 そこへ待ったをかけたのはラナー王女その人である。頬を膨らませ眼を吊り上げて私怒ってます!といっている彼女だが生憎迫力に欠けるものであった。

 

「そうだぜラキュース。そいつの初めては俺が狙っているんだ。抜け駆けは無しだぜ?」

 

「あと少し若ければ私がもらっていた・・・おしい」

 

「鬼ボスも2人の関係が羨ましくなった?私ならいつでもウェルカム」

 

「リーダーまでそんなんじゃこの先蒼薔薇の先行きは不安だな」

 

 それに続いて混じってきたのは蒼の薔薇の面々である。各々が好き勝手発言しそれに異議を唱えるにがいつもの光景だったが今回は違った。

 

「ふふ、このままクライム君が立派な騎士になったらそれもいいかもね?」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 ラキュースの反応に驚愕を返したのも彼女らだった。真っ赤になったクライムも含めて驚きを隠せていない。普段は笑顔でいるラナーさえピクリと眉をひそめて一瞬瞳からハイライトが消えた気がした。

 

「なっ、本気なのかよラキュース!」

 

「今生一番驚いた・・・」

 

「これは今日は世界の終わり?まだ理想の男の子には出会えてないのに・・・」

 

「いったい何が・・・」

 

「・・・・・ラキュース?」

 

 みんながみんな思わぬ反撃に面食らっていると彼女はもう一度紅茶を飲むとクスクス笑う。

 

「冗談よ。クライム君にはラナーがいるし奪うなんてしないわよ?いつもみんながからかってくるからその意趣返し!いや、我ながらうまく言ったわね!」

 

 その言葉に一番安心したのはクライム本人である。ホッと息を吐く彼だがここで疑問を抱く。普段彼女は仲間にリーダー故か弄ばれそれに慌てるのが彼女の反応だ。

 

 しかし今回は違った。それが気になったクライムは羞恥を受けたこともあり普段は崩さない口調をやめ聞いてみた。それでも礼節を重んじるのはクライムの性格か。

 

「アインドラ殿にしては珍しいですよね?普段はその・・・謙虚で冗談だの言わないのに」

 

「ちょっと言い方が気になるけど・・・まぁいいわ。あとラキュースでいいわよ?」

 

「確かにな。今日はなんか機嫌もいいし何かいいことでもあったか?」

 

「鬼ボスがここまで機嫌がいいなんて・・・」

 

「いったい何が・・・」

 

「いや、落ち着けティア。・・・まさかラキュース。今エ・ランテルで噂になってる白銀の女神の件か?」

 

 一人だけあまりのショックで同じことを言っているのを止めたイビルアイが全員が疑問を言うなか核心をつく。それにラキュースは頷いて答えた。

 

「よくわかったわね?噂だけど従来の回復魔法でそれ以上の効果を出したらしいわ。それに戦士としての腕も立つとか是非会って話を窺いたいわ!」

 

「あ~エ・ランテルを救ったもう片方の英雄の話だったか」

 

「女神ということは相当美人・・・会いたくなった」

 

 キラキラした瞳でテーブルに身を乗り出して話し始めたラキュースの言葉にその場にいる全員が興味を抱いた。一人違う意味で興味が出たようだが・・・

 

「ふん。最近やたら鍛練に力をいれ始めたのはそれか?しかし話しには尾ひれがつくものだ。その者がお前以上の使い手とは限らんぞ?」

 

「あら、それでも違う視点から意見を話し合うだけでも何か新しい発見があるかもしれないわ。その時に自分が未熟のために活かせないと先駆者として締まらないのは嫌だもの」

 

 浮かれるラキュースにイビルアイが水をさすが彼女は優雅に紅茶をテーブルに戻し笑う。自分がさらに上にいくために励むその姿はクライムが憧れる英雄と呼ばれる者にふさわしいものであった。

 

 

 

 

 

 

 いつもは王城に籠っているため久しぶりに帰る自分の家を目の前にしてガゼフは自分が予想以上に緊張していることに気付いて困惑する。

 

(自分の家に帰るだけなのになぜこうも心臓が高鳴る?)

 

 先日の貴族派の横暴から用心して決めていたノックの回数と仕方をすれば扉が開き老夫婦が迎えてくれた。同時に家の中から漂ってくる美味しそうな匂いにお腹が鳴り、そう言えば丁度夕食の時間である事も思い出す。

 

 老夫婦が作る料理は健康を意識してか薄味でガゼフとしては思うところがあるが空腹の今ならそれでも美味しく食べれるだろうと老夫婦より先にキッチンのある食事場に向かえば。

 

「お帰り。お邪魔しているわよ」

 

 そこには料理がしやすいようエプロンを着けた大恩人であるレイナ・ヴァルキュリアが鍋をお玉でまぜている姿だった。

 

戦乙女とエプロン

 

 何か変なフレーズが浮かんだ気がするが頭を振りもう一度目の前の彼女を見る。突然頭を振るガゼフに首を傾げるしぐさにドキリとする中、なぜ彼女がエプロン姿でだとか、そもそも客人がなぜ料理を作っているのかとか、疑問に思いながらもレイナの言葉に返事を返さないとと慌てる自分にガゼフは混乱する。

 

「こ、これはヴァルキュリア殿。遠路はるばる王国にきていただいたばかりかこのようなことまで。彼らにはよく接待するようにいっていたのですが・・・」

 

「なに、夕食の準備をしているときいて覗いてみれば調味料が切れていたらしくてね。買いにいこうにも市場はもうたたんでいるだろうしで困っていた2人に私が提案したのよ。それに気にすることはないわよ?これは昨日の余り物だからね」

 

 それになにかあって思い通りに買い物も出来なかったのでしょう?と先日の貴族がらみを指摘されてガゼフはその通りだと思う。備蓄はあるがそこに普段使う調味料がなかったのだろう。

 

 客に出すのに不出来な料理は作れない。こんなところで影響が出てくるなど想像していなかったことにガゼフの拳が強く握られる。

 

「それにここに来るまでに露店でいい豚肉が手に入ってね。折角だからご馳走しようかと思って、もうすぐできるからみんなで食べましょう?」

 

「豚肉・・・ですか」

 

 見れば鍋の横にもうひとつ横に広い鍋があり、そこには黄色い液体が火にかけられている状態だ。

 

 ガゼフの視線にレイナは気付き補足する。

 

「この国にあるかわからないけど私の国では揚げ物というのを作るのに必要な液体なの。油ていうのだけど知らない人がみれば驚くかもしれないけどね。まぁ見ていなさい」

 

 レイナは作業台スペースに置いていた大皿にのせた白い塊を持ってくる。どうやらそれが豚肉で何かに包まれているようである。

 

 それをレイナが油の中に滑らすように入れれば爆発したかのような音と共に泡が弾けていた。続けて2~3こ入れる。パチパチといういい音が続くとなにか先程とは違う香ばしい匂いが漂ってくる。

 

 思わずゴクリと唾を飲めば彼女は笑みを浮かべた。その笑みに見惚れていればもうそろそろねと浮かび上がってきたそれをトングで取り出したきつね色になったトンカツをレイナは余分な油をとってまな板の上にのせ真ん中でカットした。

 

 ザクッというこぎみ良い音もあって注目すればその綺麗な断面から流れる肉汁に早く食べたいという思いが強くなるのをガゼフは感じた。

 

 レイナはそれを5等分にカットしてお皿に盛られた白いものの上にのせ、鍋の中にある中身をかけた。それはお世辞にもいい色とは言えなかったが今この場に流れる匂いで全く不快にはならず、異国の料理だということにさらに興味が増すことになった。

 

「冷めると美味しくないから先に食べていてもいいわよ?」

 

 そう言って差し出されたカツカレーは受けとったガゼフの食欲を刺激する。

 

(いかん!客人を・・・さらに言えば恩人を放って先に食事にするなど!示しがつかん!!なにこれは逃げないのだから少しくらい待てる!)

 

「いえ、さすがにそれは。皆の準備ができるのを待ちますよ」

 

 表情は平静を保ちながらギリギリ踏みとどまったガゼフは席に向かう。

 

「そう?じゃあさっさと作りますか。エンリにシオンそっちは順調?」

 

「ええ、サラダですし問題ありませんよ」

 

「はい、もう人数分はできました」

 

 レイナの呼び掛けに手伝っていた少年少女が返事をすると、てきぱきとテーブルにサラダと飲み物を整えていく。

 

「それが終わったらこっちに来て盛り付け手伝ってくれる?」

 

「「お安いご用です(よ)」」

 

 それからはレイナはトンカツをあげるのに注視し、エンリがカットとご飯にのせる。シオンがそれにカレールーをかけることで完成し、ガゼフもそれほど待つことなく全員分が揃った。

 

 老夫婦はさすがにカツは年齢的にきついためかなく、1日寝かせることでマイルドになったルーも小分けした鍋の方で甘めにしている。家政婦として部屋は別室だが最後までレイナに感謝していた。

 

 そうして満席になることのない大きめのテーブルには6人分の食卓が並んでいた。ガゼフは残り2つの席が気になったがレイナがエンリに2人を起こすように言えばまだ連れがいることに気付く。

 

 ほどなくして現れたのは2人の男女。その一人に見覚えのある顔がいることに彼は驚愕する。

 

「なっ、ブ、ブレイン・アングラウスか?」

 

「よう、ガゼフ久しぶりだな。話したいことは色々あるが今は腹ごしらえだ。腹が減っていてそれどころじゃないぜ」

 

「自己紹介もあとでいい?私もこの匂いでさっきからお腹が鳴りやまないよぉ~」

 

「あ、ああそうだな。そこのお嬢さんのいう通りまずは腹ごしらえだ。何を隠そう私もそろそろ我慢の限界だ」

 

「そうね。ではみんなでいただきましょう」

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

「ん、い、いただきます」

 

 5人が揃って両手を合わせ言うものだからガゼフもそれがなにか知らぬまま同様に行い。皆が食べ始めたのでいつもは絶対に食べれない肉の塊に贅沢を感じながら早速ルーのかかった切り別れた豚カツという物をフォークで突き刺し噛み締める。

 

「う、うまい!!」

 

 サクッとした食感とルーによってしんなりした部分がうまいこと噛み合いこの豚肉だけでも飯が進みそうである。余りの旨さに慌てて、その下にある白いものもフォークからスプーンに持ちかえて掬いルーに絡めて口に含めれば衝撃が突き抜けた。

 

 トンカツとカレールー、白いご飯が織り成す三位一体の攻勢(ジェットストリーム・アタック)にガゼフは培ってきた防御全てを吹き飛ばされたような感覚を受けた。

 

 先日食べたばかりであった周りは最初食べたときよりも深みがあることに気付き、同じものでありながらもただ一つ加えるだけで楽しめる事に驚いていた。いつもはエンリの暴走を止めるシオンまでもカツカレーの魅力の前にはテンション高くいつもより早く手が動いている。

 

「あ」

 

 そうして一番早く食べ終えたのはガゼフで思わず声を出すとレイナがいつの間にかもうひとつの皿にカツカレーをのせて目の前に差し出していた。

 

「おかわりもあるわよ?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「是非!!」

 

 レイナの問いに考えるまでもなく、ガゼフはそう答えるとおかわりを受け取り掻き込むのだった。

 

 

 

 



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33.戦乙女は王城へ

 

 食事が終わり後片付けをしようとすれば老夫婦がここは私たちがやりますと片付けを受け持ち、その時にご馳走したカレーライスは大変美味しく。ありがとうとお礼も言われた。

 

 ガゼフはあの後もう一杯おかわりを頼んできたのもあり、カレーの残りはエンリらもおかわりをしたことできれいになくなった。

 

 彼らの喜ぶ姿を見ていてとても気持ちのいい気分だったレイナにガゼフは明日王城の方へ共に来てほしいと言われ快諾した。

 

 その流れで話を聞けば受け渡した捕虜はいつの間にか脱獄し、証拠の物品さえ消息不明になった。それにより王が戦士団の第2隊設立と増員を押し通すことができたが、貴族からの風当たりが強く証人として謁見をしてほしいというものであった。

 

 ガゼフとしては恩人が渡してくれた捕虜や証拠を失ったばかりに王国のいざこざに巻き込むことを悔しそうにしていた。本来なら褒美を受けてもらうくらいで考えていたがそうもいかなくなったらしい。

 

 深く頭を下げるガゼフにそう気にすることはないといい。自分が証明すれば風当たりも弱り、貴族たちも重い腰を上げるだろうといえば、彼は苦虫を噛み締めような表情で口を開く。

 

「正直に言えば恩人の一人である貴女を彼らに会わせるのは反対です」

 

 必ず厄介事を招くだろうという確信がガゼフにはあった。

 

 彼女の実力を知る者からすれば問題ないだろうがその容姿が問題である。彼女が町に出れば誰もが振り向く美貌の持ち主だ。それだけで貴族が黙っている訳がない。

 

 あの蒼の薔薇だってリーダーが大貴族の出でアダマンタイトの冒険者でなければ貴族たちからちょっかいを受けていただろう。

 

 果たして王や自分で彼女を守ることができるだろうか?今まで貴族派にいいようにされている自分たちではその場は納めることができるだろうが預かり知らぬところで、手を出されては何もできない。

 

「なに、そんなに心配する必要ないわ。もしもの時はあの時のように突破するから」

 

 最悪の光景を思い浮かべてしまい顔を暗くするガゼフにレイナは笑顔で答える。確かに目の前にいる英雄は貴族が手を出してきてもはねのけるだけの実力を持っている。

 

 どういう理由で一緒にいるかわからないが自分と互角の戦いを演じたブレインもいると考え、ガゼフの顔に笑みがよみがえる。

 

「そうですね。でも何かあれば私が王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの名のもとに必ず助けます」

 

「ええ、期待しているわ。さて、このまま立ち話もなんだし、あれからの事を色々聞きたいわ。なにか飲めるものはあるかしら?」

 

「飛びっきりのいいワインがありますよ。摘まめるものも用意しましょう」

 

「それは楽しみだわ」

 

 普段は使わないバルコニーでワインと老夫婦が作ったツマミと一緒に2人であれからの事を話し合う。若干機密の部分を漏らしている気がするが、レイナがそれを弱味になにかをするとは思わず、互いに様々な事を言った気がする。

 

「なんとヴァルキュリア殿は商人として活動しておられるのですか?」

 

「ええ、今のところ冒険者相手の商売だけどね。明日にでも目玉商品見せましょうか?王国戦士長が宣伝してくれるなら、何割か安く提供するわよ」

 

「それならば明日城にいくついでに部下たちもいる場所で行いましょう」

 

「あとヴァルキュリアでは長いでしょ?レイナでいいわよ?」

 

「あ、ではレイナ殿とこれからは呼ばせてもらいます」

 

 レイナが商売を始めたことから、これから増える新しい戦士団についてなどで飲み交わす。

 

「なるほど、今日までセイラン副隊長が兵舎にいたのは戦士団の新しい部隊設立のためのスカウトというわけね」

 

「ああ、王には感謝しないと、今回も一部隊しかいなかったからこその危機でしたからね。セイランを隊長として今と同規模の部隊を1つ設立すると。当然貴族から反対意見はありましたが、今回の捕虜や証拠を損失したのは、貴族関係者でしたからね。王は押し通しましたよ。その時の王の威厳に当てられたのか王派閥に鞍替えする貴族も出てきました。変な話ですがこれもヴァ、レイナ殿たちおかげです」

 

「きな臭いものは感じてたけど、さすがに無理があったようね。貴族たちも信用が一番だって少しはわかったんじゃないかしら?裏切られた貴族派は自業自得よね。では新しい戦士団設立と今後の活躍を祝って」

 

「レイナ殿たちの商売繁盛を願って」

 

「「乾杯!!」」

 

 グラスを重ねて飲む今晩のワインはいつも以上に美味しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃ナザリックでは

 

 今日もある習慣でモモンガは食堂へと来ていた。

 

 そうして料理長が腕によりをかけた料理が振る舞われ、それを最近覚えたテーブルマナーで食事をする死の支配者がいた。

 

「旨い!料理長この料理はなんというのだ?」

 

「それはトマトのリゾットになります。取れ立ての新鮮な食材を使わせていただきました。特に今回は稀にとれる大きくMの称号を持つマキ◯マムなトマトを使用しております」

 

「なにかヤバそうな言葉が出てきた気がするが・・・すごいな。こんなにも天然ものが美味しいとは!いやそれもあるだろうが料理長の腕も良いのだろうな」

 

「お褒めにいただき光栄ですアインズ様」

 

 崇拝するモモンガの賛辞に料理長は平静にそう返すが心の中では狂喜乱舞する異形の料理長がいた。レイナによってモモンガが食事を摂るようになって、自分が腕によりをかけた料理を至高の御方に食べてもらえると一番喜んでいるのは彼なのかもしれない。

 

 そんなモモンガの周りには一般メイドが遠巻きにその様子を観察している。ここ食堂はモモンガが理想の会社を目指してシフトを組み交代制を採用した上に休日を作っても24時間開けられており、それは一般メイドたちはホムンクルスの種族設定があるため、()()()以上に燃費が悪いこともあるが、憩いの場としての機能もあるので料理長が気を聞かせて解放しているのである。

 

 料理長が休んでる間はその配下が切り盛りするがモモンガが食べようとしなければ食べなくても良いアンデットの体を利用して1日1食食べに来るのだが、時間は彼が配下に叩き起こすよう言い含めているのでいつも料理を作るのは彼の仕事である。

 

(やっぱり、視線を感じる。確かに職場の上司がいれば目立つよなぁ・・・)

 

 自分から距離をとっているメイドたちからの視線に気付き心の中でため息をつく。気を利かせたモモンガがメインの時間をずらしているが、それでも数人はメイドたちがいるので、彼女たちは至高の御方がいることへの緊張からか遠巻きでグループを組み、食事の手も止まってしまっている状態だとモモンガは思っていた。

 

(う~ん。俺としては気さくに話しかけてくれても良いのだがな。それは難しいかなぁ~)

 

 ということを考えている至高の御方がいるが、そうとは知らないメイドたちは今日も小声で会話する。

 

「アインズ様を見守り隊、今日は私たちね」

 

「いつからかアインズ様が食堂にこられるようになって随分経つけど、いつみても輝いてらっしゃるわぁ~」

 

「うんうん、料理長が作った料理を食べられたときに嬉しそうにしてるのがいいのよねぇ~」

 

「アインズ様成分補給完了!これで勝つる!」

 

「普段は威厳があって、でも今は、その、ふ、不敬だけどかわいいというか」

 

「「「「わかる」」」」

 

 食堂に来るようになったモモンガを拝見するため非番の時間を使いメイドたちが平等にこれるよう調整していることは知らず、それがメイドたちの息抜きを担っているなど知らない死の支配者であった。

 

 さて、明日はモモンとして依頼を受けに冒険者ギルドへ行くのだ。英雄となったモモンはその知名度からなかなか街から離れられないのでいたがそれも落ち着いてきた。もし、めぼしい依頼がなければ王都に向かうのも悪くないなと考えながらしっかり料理を堪能して席を立つ。

 

「ご馳走さま。今日も美味かった。次も頼んだぞ料理長」

 

「はっ、いつでもお越しくださいませアインズ様」

 

 ちゃんと作ってくれた料理長に感謝の言葉と料理に手を合わせたあと、モモンガは今日の仕事の分をまとめているアルベドがいる執務室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ~。今日の午前中は皆王城に行くんだ。なら私はちょっと失礼しようかな」

 

「わかったわ。では終わったらまたここで合流しましょう」

 

 一日が明け、老夫婦から朝食を振る舞われたあと、これから城に行くことを伝えればクレマンティーヌは一人で行動することを伝えてきた。きっと悟に頼まれた情報を集めるのだろうが元裏家業のため下手に王城に行って目立つ事を避けたのだろう。

 

 りょうかぁ~いと言って昼の食事用に渡したカツサンドと飲料が入った小さい鞄を装備して彼女は離れていった。それに幽体となっている小さい友人もついていく。

 

 友人に話しかけられて答える彼女は楽しそうだ。友人の存在に気付いた彼女はどうしてもというので、あるアイテムを装備させることで幽体である彼女との意思疏通が可能になった。

 

 そう今の彼女はメガネっ娘だ。メガネは目立つかと思い別のアイテムを考えたが、なんと普通にメガネはこの世界でも存在しており、値段はそこそこ高いがちゃんと市井に溢れてはいるらしい。

 

 ただ視力を補うとかではなくおしゃれアイテムとしてだが。

 

 クレマンティーヌもわかっているだろうが最近はレイナ以外から見たら独り言を言っているようにしか見えないことがある。エンリたちは事情を知っているので構わないが他に目がある時は極力控えるようには伝えている。

 

 それを見送る自分たちの手には彼女が持つ鞄というよりはバスケットが抱えられている。一番大荷物なのはシオンとブレインで(ガゼフも持つというが王国の有名人に荷物持ちさせては悪目立ちする理由から却下となった)両手が塞がっている状態だ。

 

 無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に入れていればもっと軽装でいけたのだが、ガゼフによりなにもないところからここまでの量をだすと怪しまれるということでそうなった次第だ。

 

 このほとんどはお城に詰めている戦士団皆へのものだ。昨日の晩ガゼフが仲間たちにも是非私の料理を食べさせたいと言っていたのでまだまだ余裕のある豚肉から簡単シンプルなカツサンドを作ったのだ。パンや少し使う野菜はユグドラシル産のを使っているので味見したがかなりの出来映えだと自負している。

 

「すみません。レイナ殿。私が頼んだとはいえこれほどの量は大変だったでしょう?」

 

「頼まれたからには誰一人かけるには忍びないでしょ?鍛練と警備が仕事なんだから1枚では到底足りなさそうだし、かなり余分に作ったから十分なはずよ」

 

「なるほど。朝から随分作ってるかと思えばそういう理由だったんですね」

 

「レイナさん味見させてもらえましたが、あんなに簡単に作れるのにすごく美味しかったですよ!」

 

 ちゃっかり味見をさせてもらっている抜け目のないエンリのに全員がにこやかに笑う。

 

「それはお昼が楽しみだな。なぁガゼフ時間があるようなら模擬戦してくれないか?今の俺がどれだけ強くなったのか知りたいんだ」

 

「いいだろう。私もお前がどれだけ強くなったのか興味がある。いいですかレイナ殿?」

 

「ええ、2人がいいならね」

 

「あ、あの私もいいですか?私もレイナさん以外に対人戦ははじめてなのでこの際良ければ・・・あ、でも迷惑なら・・・」

 

「エンリはまだまだそういうところは村娘のままだよな。あの良ければ俺もお願いします!」

 

「ああ、こちらこそレイナ殿に鍛えられた君たちに興味がある。胸を借りるつもりで受けよう」

 

 ブレインの言葉を皮切りにエンリたちまでが参加を表明するとガゼフは笑って快諾する。

 

 確かにガゼフほどの実力者相手に出来るのはそうそうないだろうし、レイナも今の弟子たちが戦士長にどれだけできるかも気になったので止めることはしない。

 

 万が一、重症を負っても回復魔法があるため問題にはならないだろうと思い、気になることをガゼフに訪ねてみる。

 

「先に王様に挨拶した方がいいのかしら?」

 

「いえ、いまの時間帯なら王は会議中でしょう。セイランが王に伝えていればすぐにでも会えますでしょうが、先にこの荷物を部下たちに渡してからにしましょうか」

 

 戦士長に連れられるフード被った4人は目立っていたが、民からの信頼を受けているガゼフがいることで不安がらせることもなく王城へとついた。

 

「この者たちは私が信頼している恩人とその仲間たちだ。王へも連絡が届いているはずだ」

 

「こ、これは戦士長殿。しかし、この、ような怪しいものを王城へいれるのは・・・せめて素性を明かしてくれなければ、通した私がクビになってしまいます」

 

「ふぅ・・・、わかった。すみませんレイナ殿と皆さんそのフードを解いてもらえますか?」

 

 門の前で番兵2人に止められることがあったが、4人がフードをとれば息を呑む音が聞こえる。その中心はレイナとエンリだがやはりレイナの方に注目がいっている気がする。

 

「「・・・・・」」

 

「はぁ・・・おい、もういいだろう?」

 

「あ、す、すみません。どうぞお通りください」

 

「では私が案内します。こちらです」

 

 見惚れる番兵にガゼフがわかっていたとばかりにため息を吐くと強めに声をかければ彼らは慌てて道を開ける。そこを無事通った一行はまずは戦士団が使っている鍛練場に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 



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34.戦乙女と王の謁見

 

 

「これはレイナさん!本当に来てくれるとは!感激で胸が一杯です!」

 

「ああ!またもう一度あなた様に出会えたことを神に感謝しないと!」

 

「「結婚を前提に付き合ってください!!」」

 

「相変わらずね。貴方たち。返事は・・・ごめんなさいね」

 

「「ぐわぁぁぁ!?あっさりフラれたぁ!でも、そのクールさがいい!」」

 

「お前ら・・・」

 

 戦士団の鍛練場にレイナが顔を出した瞬間飛び出してきた戦士2人のダイビング告白をレイナはサラッと断る。ものの見事にフラれ膝をつく2人はすぐに復活する。

 

 その姿にやっぱりと思いつついつもの鍛練でこれくらい復活が早ければ強くなるのにという両方でガゼフは痛む頭をおさえ、今日の鍛練はこいつらはいつもの倍だなと決める。

 

 ここに鍛練後2つの死体ができることが確約された・・・。

 

 残酷な未来を迎える2人をエンリとシオンはカルネ村でいたときに何度か見ていたので苦笑で済ましている。ブレインはガゼフが普段はどう鍛練しているのか気になったのか周りを観察していた。

 

「2人ともいい加減にしなさい。レイナ殿待っていましたよ」

 

「セイラン副隊長。丁度良かったわ。これ戦士団へのお裾分け。お昼にでも皆で食べてね」

 

「これは・・・かたじけない。これだけあれば皆に充分行き渡るでしょう。感謝します」

 

 集まる戦士団の中から昨日再会したばかりのセイランも現れるとレイナたちは持っていたバスケットをすべて渡す。どうやら中身を確認した彼が言うように数に余裕はあるようで昨日の暗い表情もなく笑顔を浮かべている。

 

「戦士長に頼まれたのよ。部下たちにも私が作ったものを食べさせたいって言ってね。お礼なら戦士長に」

 

「そうですか。あとで言っておきます。お~い。皆喜べ!今日のお昼はレイナさんが作ってくれた料理だぞ!」

 

「ま、マジですか!?こりゃ気合いが入るぜ!」

 

「女神さまが作ってくれた料理!争い待ったなしだな!」

 

「レイナさんの・・・うおおおおお!?みたことないやつだけどすごく美味しそうだぜ!」

 

「強くて優しくてさらに料理まで・・・パーフェクトだ・・・」

 

 予想通りというか予想以上に歓迎されたレイナたちはこれから王の元へ行くことと後でここに寄ることを伝えると、ほぼすべての戦士たちに心配されたがそのほとんどが貴族に対するものであった。

 

 

 

 

 

 豪華な絨毯の上をガゼフ先頭に歩いていけば多くの城に使える召し使いや貴族たちに出くわすが、そのほとんどの者がレイナに注目してしまい。あわや転倒や壁に衝突しそうになっていた。

 

 中には一瞬レイナにちょっかいをかけようとする貴族もいたがガゼフが無言の威圧をだせば冷や汗をかいて去っていく。

 

「ここが王が居られる玉座の間です。心配はしていませんが失礼のないように」

 

「ええ、いつでも大丈夫よ」

 

 いざ門が開かれると奥の大きな玉座に座る白髪頭に王冠をのせた年配の方が王なのだろう。ガゼフに続いて入ってくるレイナたちに強い視線向けてくる。

 

 玉座の他には中央をぐるっと囲むように席が用意されており、豪華な衣装を着た者たちが余裕そうな顔からレイナをみた瞬間に驚愕の顔を浮かべて目を離そうとしない。

 

 中央にきたガゼフが膝をつき頭を下げたのでレイナもそれにならっておく。2人続くブレインを除き緊張していた2人には同じようにすれば良いと伝えていたのでスムーズとはいかないが同じ姿勢になっている。

 

「我が王よ。この度の謁見の許可嬉しく思います」

 

「なに、お前の恩人なのだ。ならば私の恩人でもある。私からも礼が言いたかった。そこのものたち面を上げよ」

 

 ガゼフが口を開けば王がうなずく気配と同時に顔を上げれば、王は小声でなにかを呟くとざわつくこの場を杖で床を叩くことで粛然とする。

 

「うむ、ソナタが我が友を助けてくれた恩人か。私からも礼を言わせてくれ。誠に大義であった」

 

「王からのお言葉嬉しく思います」

 

「うむ、歓迎しよう。お前たちは私とあのものたちを残して去りなさい」

 

「し、しかし、王よ!」

 

 レイナの王の前だというのに決して臆さない言葉に、彼女が教養をもつことがわかった王は満足げにうなずくと周りの貴族に向かって退室するよう促すが、貴族たちは不満そうにして動こうとしない。それに焦れた王がここ数年はみたことがないほどの一喝をしてみせた。

 

「私の命だ!すぐにここから去れ!あとガゼフの証言を嘘だと言っていたが当人がきたのだ。もうあれこれ言い訳は聞かんぞ。汚名返上の機会がきたのだ。しっかりとするようにな」

 

「・・・・・」

 

 王の言葉にすっかり勢いをなくした貴族たちはレイナたちをひとにらみするとこの場から離れていった。

 

 

 

 

 

 

 貴族の怯えようから昨晩、ガゼフが言っていた以上に王は捕虜や証拠を逃し、紛失したことをキレたという話は本当なのだろう。威圧的に貴族を玉座の間から出ていかすとさっきとは違う、にこやかな笑顔でレイナたちを見ていた。

 

「すまんな。お礼だというのにお堅い言葉になってしまった。あれらの目があるうちは王として振る舞わなければあとでうるさくてな」

 

「王のお気持ちもわかります。上に立つものはあのような態度でなければいけませんから、気にしないでください」

 

「うむ。聞いていた通りできた御方だ。しかし、実物は聴いてた以上に美しい。ガゼフが何度もソナタを(けな)されれば怒っていたのも頷ける」

 

「お、王よ!そんなことよりも話を進めましょう!?」

 

「そんなに焦るでないガゼフよ。私は嬉しいのだ。戦いばかりだったお主が認める娘が現れたのだからな」

 

 王とレイナたちしかいなくなった玉座の間では王とその配下とその恩人だからかある程度緩い空気が漂っていた。ガゼフの他にも一人慌てる者がいるがそれを楽しそうに王が見て、ライバルは多そうだとレイナたちに聞こえない声で呟いた。それから身分差を感じさせない雑談が始まる。

 

「ほう、ではレイナ殿は今は商人をしておられるのだな」

 

「はい、実はこの後ガゼフ殿の戦士団も交えて装備を御披露目しようと考えているのですが要らぬお節介でしょうか?」

 

「戦士団の装備に関しても考えていたのだ。彼らが満足するのなら渡りに船だ。よし!その装備にしても王国が持とう。いまの今まで貴族に邪魔されてろくな装備が与えられなかったのだ」

 

「ええ、きっと満足いただけるかと思います。ランポッサ王よ」

 

「よろしく頼む。そうじゃな。ソナタが商人ならあれがあればこの先便利だろう。それを褒賞と共に渡そう」

 

「ランポッサ王よ。それは?」

 

「明日だ。すぐに用意するので楽しみにしておくが良い」

 

「ふふ、王も人が悪い。気になって今晩眠れないかもしれません」

 

「それは悪いことをした。そっちのアウグストス殿の恩赦の件も抜かりはない。エ・ランテルの件はソナタら皆が解決してくれたのだろう?思いの外楽しくて遅くなったが礼をさせてくれ。助かったありがとう」

 

「あ、い、いえそんな私なんて・・・」

 

「ヤバイな。王に感謝されるとか考えたことないぞ」

 

「・・・ふん。まぁ礼なら受け取ってやるよ」

 

 王の言葉に緊張をしながらも受けとる2人と、少し不躾な態度をとるブレインに思うところのあるガゼフだが、ランポッサは特に気にせず笑っていた。2人の反応もブレインの態度も久しぶりに愉快な気分になれたという。

 

 それからも打ち解けた王とレイナは終いには旧知の仲のように会話を始めていたのでガゼフは別の意味で頭を抱えてしまった。どうかこの2人が自分がいないところでプライベートな事を出さないのを願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 謁見は無事に終わり、戦士団の元へ向かっていたレイナ一行の前に若い貴族が立ち塞がる。ガゼフが代表してなにようか訪ねるが貴族はガゼフを無視してその後ろにいるレイナに声をかける。

 

「これは美しいお嬢さん。よければこの後御茶でもいかがかな?いい茶葉が手に入ったのさ。2人きりで話さないかい?」

 

 男は貴族らしく綺麗な刺繍がされた服装をしているが王の恩人でもあるレイナの全身を値踏みするように眺めると目は嫌らしいものに変化して丁寧だがどこか嫌悪感を感じる口調でしゃべり近づいてくる。

 

 眉を潜めるレイナのことなどお構いなしにその手をとろうとする貴族に待ったをかけたのはガゼフ。男とレイナの間に割り込み、今にもレイナの手をとろうとした男の手首を掴んで止めた。

 

「これはストロノーフ殿。私の邪魔をしないでいただきたい」

 

「そういう訳にはいかぬ。この御方は王の・・・ひいては私の恩人なのだ。気安く触らないでいただこう」

 

「ちっ、平民出の癖に生意気な・・・まぁいい。ではお嬢さんまた会いましょう」

 

 止められた貴族はガゼフ睨むが戦場で鍛えられた彼が怖じ気ることなく睨み返したので、貴族は舌打ちをすると乱暴に腕を振り払い去っていった。

 

「ガゼフ殿。あの者は?」

 

「・・・あの者は最近貴族派で勢力を伸ばしてきているものです。あまりいい噂もない方なので注意してください」

 

 レイナの問いにガゼフは苦渋に満ちた声でそう答えた。やはりきたかと呟く彼は鬼のような表情で貴族が去った廊下の先を睨み付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠目だったけどとんでもない美人だった」

 

「ティアの言ってることは本当」

 

 蒼の薔薇が滞在する王城の部屋で普段は言葉で淡々としゃべる双子の片割れが身ぶり手振り加え興奮ぎみに語るのを彼女の趣味を知る他の面々は呆れ気味に聞いていた。

 

 先日話していた白銀の女神が訪れ、あのガゼフに連れられていたと言うのだ。当然2人は彼女たちを尾行し玉座の間までついていき、盗み聞きまでして彼女の正体が白銀の女神であることを知り、こうして報告にきたのだ。

 

「マジかよ、本当なのか、そりゃ?ガゼフのおっさんがねぇ。事実なら今この城になかにいるんだろう?」

 

「・・・どうするんだ?ラキュース会いに行ってみるか?」

 

「この後は戦士団がいる所にいくみたい」

 

「実力を知れるチャンスを逃す手はない。できればもっと近くでみたい。お近づきになりたい。ボス。行こう」

 

「本音が洩れてるわよ!ふぅ、そうね。折角だし顔見せくらいはしときましょうか」

 

「ボス。大好き。抱いて」

 

「はいはい。調子がいい事を言わない。早速いくわよ。運が良ければ実力も知れるのは本当だしね!」

 

 ティアの返事に呆れながらラキュースは立ち上がる。そうして、蒼の薔薇たちは早くと急かすティアに続いて向かうのだった。

 

 

 

 

 

 



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35.戦乙女と蒼の薔薇

話が溜まってきたので万が一データが消えないうちに連続投稿。

あと独自解釈も追加。

ミスがあったらごめんなさい。




 

 

 

 変な貴族に絡まれた後レイナたちは予定通り、戦士団の鍛練に混ぜてもらっていた。走り込みや筋トレを行った後、戦士たちは模擬戦を代わる代わる交代することで剣筋の違う相手との戦いを行う。

 

 実戦に近い形で行うことで鍛えられた彼らは城にいる正規の兵士よりも高い練度を持っている。お陰で目の上のたんこぶ扱いなのだが・・・。そんな中傷も気にせず彼らは自分に目をかけてくれたガゼフ戦士長に恩を返そうと奮闘している。

 

 今はガゼフ相手にエンリが攻めている。それが決まったときブレインは思うことがあったらしく食って掛かるが、いきなり本命がぶつかっては稽古が続かないとして最後に回されていた。

 

 その姿に待機している戦士たちの視線は釘付けだ。彼女の重い一撃にガゼフはガードを固めている状態だ。時々隙をついてエンリに反撃するが上手いことクレイモアの腹で剣撃を反らすことで、攻撃を続けさせない。

 

 シオンはそんなエンリとガゼフの戦いをガゼフを見据えながら、次は自分なのでどう戦おうか考えているようだ。遠くから戦闘を伺うことの多いレンジャーは相手の戦いをよく観察するようにと相棒からの助言を守っている。

 

 ガゼフも本気ではないだろうが、エンリもレイナに授けられていた鎧以外を外している。それでこれだけ張り合えているのだから師匠として鼻が高いとレイナは新たに自分に稽古を頼んでくる戦士に向き合い思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは夢か?あのガゼフのおっさんが攻めあぐねるなんてあの嬢ちゃんなにもんだ?」

 

「信じられん。あの女の装備もそうだが、レイナという女が装備しているのもとんでもない性能だぞ!」

 

 戦士であるガガーランはガゼフとエンリの一進一退の攻防に感嘆の意を現し、己の戦士としての血が騒ぐのを感じる。

 

 人の装備品を見ればそれがどのくらいか理解できるイビルアイはある程度装備を外しているにも関わらず、エンリの赤い鎧とレイナがこの世界に来てから着用している服がこの世界では国宝級のとんでもない品物である事を見抜き、そんな彼女らの正体についてある確信が浮かんで声を洩らす。

 

「噂に違わぬ美しさ・・・」

 

「戦いを見守るあの少年もう少し若ければ、でもあの目はなかなか・・・」

 

 双子の忍者は予想以上の戦いを見せる3人を観察しながら自分の趣旨にあたる人物登場に静かに興奮気味だ。

 

「すごいわ!予想通り、いや予想以上に彼女は強い!あの人が教えてくれるなら私はもっと上に行ける!」

 

 レイナに挑む戦士たちが彼女のアドバイスを聞いてみるみる動きが良くなる光景にラキュースは両手を握りしめ戦いに魅いっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルの冒険者ギルドでギルド長アインザックから零さんが冒険者にならず、王都に向かってしまったことへの愚痴を聞いた後、とある貴族確かビュンケイハイム領を治めるトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイムの護衛の依頼を受けていた。

 

 どうもその貴族がナーベラルに一目惚れして告白からの玉砕を至近距離で見ていたモモンからして、見直してもらおうと躍起になっての考えてのものだと言うことがハッキリとわかる。

 

 従者であるものがその事を平謝りで伝えてきたので思うことはあれど邪魔する気はない。

 

「ナーベさんは第3位階の魔法を使われるのですね!その若さでその腕前とは将来はさぞ有名な魔術師になれそうですね」

 

「・・・別に大したことはありませんよ」

 

 ここ最近は人間軽視が減ってきたナーベだが、それでも対応は冷たいものだ。今も依頼人のトーケルが話しかけたのに素っ気ない返事しか返さない。

 

「本当に妹さんに申し訳ない。いつもは坊っちゃんもしっかりしているんですが、こんなことになってしまって・・・」

 

「あらあら、アンドレさんは苦労なさっているのですね。あまり気にしないでください。私にも手のかかる方の妹がいるのでその気持ちよくわかりますよ。お互い頑張りましょう」

 

「あ、いや、はい」

 

 その従者であるアンドレは妻と子供がいるようだが、ユーリに主人の暴走について謝っているが愛想のよい受け答えに赤面を隠せない。

 

 身内贔屓なこともあるがユーリを含むナザリックに住む女性たちは一部を除き美しいと思えるのだ。そんな美女に笑いかけられればどんな男も悪い気はしないだろう。私には妻が・・・子供が・・・という葛藤が見えるようだ。

 

正直、恋愛初心者としてこの甘い空間に壁ドンしたい気分のモモンだが、歴戦の戦士としてロールしている今そんな事をするわけにはいかないので内心で済ます。

 

「皆さん。おしゃべりはここまでにしましょう。油断してモンスターの気配に気づかず、遭遇しては危機に陥ったら笑い話にもなりませんよ」

 

「殿の言う通りでござるよ。今のところその気配はないでござるが、いつまでもおしゃべりをしては足元をすくわれるでござるよ」

 

 別に遭遇してもここら辺のモンスターは相手にならないがこの空気をどうにかしたかったので表向きそうした理由でモモンが手を叩いて注意を促す。

 

 ナーベとユーリは「はいっ!」と返事をして周囲に注意を向けるが護衛対象の貴族は、リアル出身者には伝わらない偉大さを持つ森の賢王の言葉もあり、わかっているが不満そうである。従者はすまなそうに謝っていた。

 

 警戒したまま歩いていると前方から護衛を引き連れた馬車が1台向かってきていた。ナザリックでセバスたちが使用していた馬車よりも随分と落ちるものだが、馬車につけられた家紋からどこぞの貴族のようなので道の端に寄り、通行を待つ。

 

「そこの女2人待つがよい」

 

「?」

 

 通りすぎようとしたとき瞬間馬車の中から男の声で止められる。5人と1匹だが2人で女という指名に疑問を浮かべながらも止まると護衛の兵士がモモンたちを囲みように陣形を整える。

 

 がモモンの姿や魔獣の存在に完全に囲むことは出来てないようだ。馬車の窓が開き小太りの男が顔を覗かせる。その視線は大柄で目立つモモンに向かわず、ナーベとユーリに向かい、全身を舐めまわすようで2人は不快感に顔を歪めた。

 

 貴族の視線は当然彼女らの首元に下げられたマダマイタント級冒険者を示すプレートに向かい、男は隠さず舌打ちをした。

 

「ちっ、寄りにもよってマダマイタント冒険者だったか。いや、ちょうどいい。今から私の護衛として、雇ってやろう。1人金貨20でどうだ?」

 

 いきなり男は2人に護衛を依頼するがそれを黙って見過ごすなどモモンはしない。現在は依頼中なのだといって断ろうとしたがそれより先に動いた者がいた。

 

「彼らは私の護衛を頼んでいるのだ!横取りするような真似はやめてもらおうか!?」

 

 漆黒に依頼しているトーケル自身である。彼は怒りを隠さず男の視線はからナーベを庇う。見ればアンドレもユーリの前に出ている。

 

「貴様は・・・ふん。誰かと思えば田舎貴族ではないか。どけ。私は彼女たちに用があるのだ。その姿からどういう理由かわかるが、古くさい慣習を今も守り続けている家の者がそれほどの女たちを囲うなど片腹痛いわ」

 

「あなたもまた懲りずに女あさりですか?そんなことだからあなたの土地は人が住んでくれないのですよ?」

 

「ただの付き人が・・・いってくれるじゃないか。それで?返事は

どうだねお嬢さん方?」

 

 男は自分の前に立つトーケルらを無視して、2人に話しかけるがそれに今度待ったをかけたのはモモンだ。今までの対応でこの馬車に乗る貴族が録でもない奴なのはわかった。

 

 友人たちが大切にしていた彼女たちにこれ以上不快な思いをさせたくなかったモモンは普段は隠している威圧を出して立ちはだかる。

 

「すみませんが聞いた通り、今は依頼中です。もし、今後仕事を依頼するときは冒険者ギルドを通してからにしてください」

 

「もしこれ以上殿たちに迷惑をかけるようならどうなるかわからないでござるよ?」

 

 依頼が来ても断るがなとモモンが思うと、大柄な漆黒の全身鎧をきた戦士と巨大な魔獣の迫力に馬車の貴族だけでなく周りの護衛まで気圧された。

 

「くっ、いくぞ!」

 

「は、はい!」

 

 貴族は悔しそうに呻いたあと護衛に声をかけて、馬車のスピードをあげ、去っていた。

 

 

 

 

 

「くそ。嫌なやつにあった。偉そうにしやがって王国の貴族に媚売っているだけの貴族が!あんなのと一緒にされるこっちがたまったものじゃない!」

 

「災難でしたがお二人になにもなくてよかったですよ」

 

「あの・・・彼らは?」

 

 護衛対象の2人の反応から正直予想できるが、警戒する理由ができたので少しでも情報を持っていそうな彼らに話を振る。

 

 彼らは苦渋に満ちた顔のまま互いの顔を見る。トーマスが頷くと従者のアンドレが言葉を紡いだ。

 

 近年の貴族は自分達の領土の村を周り、お気に入りの娘がいれば様々な理由をつけては連れ去り、手込めにしてしまうという。

 

 ランポッサ王は玉座についてからはそんなことをする貴族は減ったものの、なくなった訳ではなく。ついさっきの出来事のあと無理やり連れ去られるというのが起こっているようだ。

 

「そういうこともあって娘を貴族に売る平民もいましたが、娘を大切にしている者たちは、村にモンスター用の見張り台から、貴族らしい馬車を見かけたら村の娘たちは表に出ないようにするのが常識になってから、そういう事はあまりなくなりましたが・・・」

 

 平民の村からそうした娘が見つからなくなった彼らが次に目をつけたのは商人の娘である。商人は美しい娘がいれば看板娘として扱うことが多いのでどうしても貴族の眼前にさらしてしまうため狙われる。貴族のコネを使った嫌がらせや偽りの商談を持ちかけ、狙いをつけた娘のいる商人家族を陥れ、奪うのだ。

 

「もし、知り合いにナーベ殿やユーリ殿ぐらい美人の方がいるようでしたら、あまり貴族の前には出ないように注意してください。最悪貴族に拉致されて一生閉じ込められるかもしれません」

 

 まぁ、彼女たちほどの方などそうはいないでしょうがという従者の気休めにモモンは、この世界にきてから心を許した彼女の姿を思い浮かべ、彼女ならそんなことにはならないだろう思うも、いろんな不安要素があるこの世界でモモンの不安は拭えなかった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガゼフとエンリの戦いは最後にガゼフが剣技以外の戦い方を始めたガゼフにエンリの一撃は届かず、彼女の負けに終わった。後のシオンとの戦いも素早さを武器にしたシオンの攻撃をガゼフは待ちの体勢で防ぎきり、カウンターを決めることで彼は敗北した。落ち込む2人だが、次に戦うのが楽しみだと戦士長に言われやる気に満ちていた。

 

 やっと始まった本命のガゼフVSブレインの戦いは白熱した様相になり、最初は封じていた武技の解放まで行ってしまい。ガゼフは肩から腰まで切り裂かれ、ブレインは片腕一本切り落とされるという死闘になってしまった。

 

 近くに回復魔法が使えるレイナがいたからこその無茶だったが、完全回復した2人にレイナがやりすぎだと激怒し、2人まとめて実戦とお説教を加え、今は鍛練場のはしっこで真っ白に燃え尽きていた。

 

「燃えた燃えたぜ。真っ白にな・・・」

 

「ふふ、我が人生に一片の悔いなし・・・」

 

 どこぞのボクサー同じように壁にもたれかけ、微笑むブレインと立ったまま微動だにしないガゼフに戦士団のメンツは憐れみの視線を向けていた。

 

「あ、あの白銀の女神様でしょうか!?しょの力を見込んでお願いします!私も鍛えてください!」

 

「あ、ボス。今噛んだ」

 

「落ち着くんだラキュース!」

 

「?君は・・・」

 

「はっ!?スーハースーハーよし!これは申し訳ありません。ご挨拶が遅れました。わたくし蒼の薔薇のリーダーをやらせてもらっています。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します!あなたの戦いも素晴らしかったですが、他の何よりも2人の大ケガを一瞬で治すその回復魔法を是非ともわたくしにご教授いただけませんでしょうか!?」

 

 ラキュースは必死だった。互角の戦いをした2人を同時に相手取り、叩きのめすのもすごかったが、彼女の回復魔法の効果は今まで見てきたどの使い手よりも効果が高く、一瞬で治癒させていた。その魔法の一部でも会得できればこれからの依頼も仲間や守るべき民を救うことができると深く頭を下げるが・・・。

 

「・・・すまないわね。もう弟子の受付はしていないのよ。さすがにこれ以上増えると・・・ね?」

 

「そ、そんな・・・」

 

 レイナはすまなさそうに断るとラキュースは言葉をなくしショックを隠せなかった。

 

「そんなこと言わずに頼むぜ。ラキュースがここまで頭を下げるんだ。なんだったら依頼ということでいくらか出せる。アダマンタイト冒険者だ。蓄えはたくさんあるぜ」

 

「そうですよ。レイナさん。シオンとブレインさんと相談してここにいる間は私たちは戦士団さんたちの訓練に参加しようかと・・・あ、でもガゼフさんの許可が要りますかね?」

 

 そこで助け舟を出したには、近くで話していたガガーランとエンリ自身だった。戦士として興味をもったエンリにガガーランから話しかけてどういった鍛練を訪ねられ答えて話が盛り上がっていたところに頭を下げるラキュースがいたので話を聞いていたようだ。

 

「なに、若い君たちがいればこちらの鍛練の刺激になっていいだろう。実力は問題ないしな。こちらからお願いしたいくらいだ」

 

「ええ、レイナさんが良ければですが。何でしたら戦士団の新しい団員にスカウトしたいくらいです」

 

「おい、ガゼフなぜ3人じゃないんだ?それは俺は若くないと言いたいのか?」

 

「あ、いやそういうつもりではなくてだな・・・」

 

「よし、もう一戦だ。構えろガゼフ!」

 

「お、落ち着けブレイン!」

 

 いつの間にか復活したガゼフがセイランを引き連れて援護してきたので断る口実がなくなってしまった。きっと共に研磨しあい強敵(レイナ)挑んだことで遠慮が燻っていた気持ちが晴れて遠慮がなくなった気がする。

 

 ガゼフがこれまたいつの間にか復活したブレインに詰め寄られ戸惑うなか、レイナは考える。

 

 訓練が終わろうとしたところに、この王国に存在する2つのアダマンタイトの冒険者チーム蒼の薔薇リーダーから深く頭を下げられ弟子入りを求められたが、これ以上増えるとどこかでボロがでるだろうと最初は断った。

 

 冒険者として高い実力とこの世界について詳しい彼女とのツテが手には入ると考えれば、悪い話ではない。ガックリと項垂れる彼女が気の毒だし、王国にいる内は時間が合えば付き合おうといえば、彼女は高速で顔をあげ、レイナの手をとると満面笑顔でお礼を言ってきた。

 

 ラキュース背後でこちらをかなり警戒している仮面の少女が気になるが・・・。

 

 これは面倒なことになったかも知れないとレイナは自分の甘さに後悔していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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36.戦乙女と来訪者1

ちょいミスがあり投稿してました。

あとで編集しようと明日の朝にしようとしてたのですが・・・

うーん。なぜだ・・・。

少し追加もしたので今日読んだ人もまた読んでもらいたいです。

いつも誤字報告してくださった方もすみません。

急いで改めて更新したので誤字の場所がわからなくなりました・・・。

誠に申し訳ないです。


 

 

 

 ランポッサ王が翌日に報酬と一緒に渡したいと言っていたのは簡単にいえば王国内で使えるどの街でもフリーパスできるというものだった。

 

 なんでも初代王様がよく利用していた商人に渡していたもので、これがあれば人類圏のどの国でも一定の信頼が受けれるとして、王国の商人からしたら喉から手が出るほど欲しいとされるものであった。

 

 気のせいでなければ、玉座の間にいる貴族の大半が昨日と比べて身なりが整った装いをしている中で渡されたのだが、貴族としてのスキルか不満そうな顔はなく。誰も文句を口にすることはなかった。

 

 自分達のミスというか証拠隠滅の嫌疑がかかっているのだ。ここで口を開けば自分が関与しているかもと疑われかねない。

 

 さらにはレイナが女性で見た目麗しいのもあるだろう。できればお近づきになり、あわよくばと考えているのだ。マイナス印象を与えるのは良くない。

 

 王からの褒賞が終わり、レイナが玉座を退出し始まったのは貴族たちの自分売りである。私はどこの土地で何をしているかとか。珍しい骨董品を持っているとか。レイナの周りに集まった貴族たちは必死だ。

 

 何人かは自制して此方を観察するように(それも少しデレデレだが)見ている者がいるので信頼できそうな貴族も確認できた。特に頬が痩けている蛇のような男性は鋭い視線で印象を強く受ける。

 

 いつもはガゼフが止めてくれるのだが、今回は王の横で護衛をしているので助けにはこれないためか眉間にシワを寄せていた。鬼が居ぬ間になんとやらで貴族たちはここぞとばかりになんとしてもレイナを手に入れ、それを他の貴族に自慢したい。そんなみえみえの魂胆にレイナが靡くはずもなく。

 

 そろそろ我慢の限界だったのかガゼフが白い息を吐き始めたので騒動になる前に適当に理由をつけてその場去っていった。

 

 

 

 それからというもの王国での数週間は忙しかった。

 

「これが・・・レイナ殿が作った鎖帷子という装備ですか」

 

「ええ、昨日の手合いでみんながどう戦うかわかったから、あとはその調整のための試着ね」

 

 ガゼフは部下の戦士団を引き連れて、目の前に置かれたレイナ製の装備を感嘆の息をのんで見つめる。

 

 その出来映えはいくつもの装備を見てきたガゼフであっても相当な品であることが伺える仕上がりであり、これでまだ完成していないのだから、完成すればどうなるのか想像できない。

 

「とりあえず、全てに魔化がされているからサイズは問題ないはずよ。あとはみんなの適正に応じて調整するから一度着て動いてみて、率直な意見を聞きたいわ」

 

 ガゼフは五宝物を着たことがあるので耐性があったのかあまり緊張せずにその鎖帷子を着る。魔化で手を通したところからサイズが調整されあっさり着れたことには彼も驚きを隠せていなかったが。

 

 戦士長の鍛えられ人一倍盛り上がった筋肉にフィットした鎖帷子に感嘆の息が全体から洩れた。そのあと他の戦士たちも今まで触れる機会もなかった魔化装備に手が震えるなか問題なく装備できた。

 

 装備してみればその性能に彼らは驚く。動きやすいし、どこか力が溢れてくる気がするのだ。ガゼフもこれには更に驚いた。五宝物もそうだが、この鎖帷子というのはもしやそれに並ぶ魔化がされたものなのではないだろうか?これが1人に金貨数枚では大赤字なのではと心配してレイナをみやれば、彼女は問題ないと首を振る。

 

「大丈夫よ。素材はありふれたものだけど加工が特殊だけでね。元々あった素材だったから、魔化も含めて出費は少ないのよ。元は充分とれているわ」

 

 いまいち納得はできかねるが、彼女がそういうのだからと全員が普段行っている戦闘訓練を始めれば、動きが制限されることなく、逆にいつも以上に動いても疲れないどころかキレが増している。

 

「素晴らしいという言葉しか出てきませんな・・・これほどの装備を作られるなど、レイナ殿の手腕には驚かされるばかりです」

 

「全くです。このような装備王国の貴族でも持っていませんよ」

 

 装備については不満が出ることなく。最終調整に入れそうだ。そこでもう1つの提案を持ちかける。

 

「今回苦戦したエンジェルフレイムだけど、もしこの先またあいつらみたいなのに遭遇した場合とか考えてる?」

 

「それは・・・いえ、情けないことに具体的な案はまだ・・・」

 

「私たちが戦士長のように武技を習得できればいいのですが・・・」

 

「確か鍛練をこなせれば覚えれるんだったかしら?」

 

 ブレインやクレマンティーヌが言っていたことを思いだし、レイナは顎に手をあて思案する。

 

「その通りです。しかも必ず覚えれるという訳ではなく。覚えても使い勝手が難しいのもありますね」

 

「部下たちにも古い書物の中から調べさせているのですが狙ったものを発現させるには難しいようです」

 

 ガゼフとセイランが難しい顔で腕を組んだ。

 

 どうやらなかなか解決案は浮かばないらしい。いや、わかっているが言うだけ無駄なのを知っているのかもしれない。・・・少し誘導するみたいで悪い気がするが、これで話の流れができた。

 

「ヴァルキュリア殿には何かおありで?」

 

 話を切り出そうとすれば、セイランが訪ねてくる。その瞳は期待に輝いている気がする。まぁ、私が話しをふったのだ。意図くらい感ずかれるだろうし、今ここには魔化された防具があるならと当然そっちも気になるだろう。

 

「ええ、勿論」

 

 魔化された武器の存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 戦士団へのプレゼンが終われば、次に始まるのは戦士団と蒼の薔薇との鍛練で、特にアインドラに対する指導が始まる。戦ってみてわかったことだが、彼女はフローティング・ソード(長いので浮遊剣と)という腰の所に遠隔操作型の斬撃と刺突攻撃で隙を窺い、その隙をついた大剣(これも驚いたが漆黒の剣が言っていた13英雄の漆黒の戦士が使っていた4つの剣の一つらしい)に力を使った大技で仕留める。

 

 浮遊剣の扱いもなかなかやるようだが、決まったパターンしか操作できないらしいのでそれを読んで懐に入り、慌てて大剣を振るってくるが、横への大振りすぎて地面に屈むことで避け、そのまま喉へ剣先をすんどめして終了した。

 

「こ、こんな・・・」

 

「あのラキュース殿が・・・」

 

 自分がなすすべもなく負けたことに驚くアインドラやその周りの反応を無視しながらどうすれば彼女が強くなれるか考える。浮遊剣の方は私も勝手は違うが似たものを使用しているので、ユグドラシルでも鍛えた方法でいけるだろうが、大剣はやはり、エンリと同じように使い方を学ばすので当分はいいか。彼女とも戦ってもらうのもありねと戦士団に混じって特訓しているエンリを見る。

 

 経験ではアインドラが高いが同じ獲物を持つ同士で参考になるだろう。レイナ以外の模擬戦を経験したことで王国に来たときよりも引き出しが多くなり強くなっている気がする。

 

 戦いもそうだが、アインドラからしたらこっちの方が課題が大きいかもしれない。回復魔法。パーティーでもその役割につく彼女は生存する上でかなり重要なポジションだ。

 

 実際大剣を持つ彼女はまずは後方で相手の出方を探るため攻めるのは純粋な戦士であるガガーランが前に出て壁になり、双子の忍者のティアとティナで隙を作り、魔術師のイビルアイが相手を動けなくした後(ここでとどめさせれるならそれでよし)本人が言うには大剣キリネイラムに眠る力を解放して止めを指すのが必勝パターンらしい。

 

 回復は戦闘中でも戦闘後でも重要だ。特にガガーランは傷が絶えないので優先的にだ。戦闘中は使ったことはあるらしいが、その分リソースがわかれて効果が薄いらしい。一度怪我を負った戦士団のメンバーにやってもらったが確かに回復はするが、治りが遅い気がする。

 

 回復魔法を使う彼女を観察して見れば、かなり集中しているのがわかる。魔法事態に不備があるようには見えないが・・・。

 

「ん?アインドラ殿少しそのまま」

 

「え、は、はい」

 

 彼女の魔法の一部に欠落があるようには見えたので、そこを確かめて、自分も同系統の魔法を使って見ればやはり一部分が欠けている。そこを指摘してみればこれがこの世界での基本らしく。信仰系魔法使いはみんなそうらしい。

 

 ・・・そこから考えるに長い年月で正確な魔方陣が失われたのか。それなのに発動はしても効果が弱いのか。はたまた()()()劣化したものを広めたのか・・・思い出すのはエ・ランテルで自分を勧誘してきた神官の姿。

 

 その神官は大分歳をとっていた分偉い地位の持ち主なのか手の平を返したように態度を変えた事に彼の後ろにいた部下?が困惑していた。その裏にはもしかしたら完全な回復魔法を使ったことからなのかもしれない。

 

 漆黒の剣のダインにも話を聞いてみたくなったわね。・・・今は深く考えるのは後にしよう。とりあえずその魔法陣をいじることになるのだが、最初は四苦八苦するかと思えば彼女はあっさりと解決してしまった。

 

 これが英雄の才能なのだろうか?彼女の回復効果が上がり、戦士の怪我は何もなかったように綺麗に消えたことにそんな陳腐な考えを持ってしまう。

 

 まだまだ慣れないせいか少しもたつくが、あとはダインに教えたように魔力の効率化を教えたので時間が経てばいずれは自分と同等の回復魔法が使えるようになるだろう。

 

 またそれは自分にも恩恵があった。この世界でどのようにして魔方陣を改築するかを彼女を通して見ることができた。もしかしたらオリジナルの魔法を作れる日が来るかもしれない。自分の成長に大喜びするアインドラの姿を見ながら、レイナは遠くない未来を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンリたちが戦士団の訓練に交ざるようになってから特訓が少なくなって、蒼の薔薇もここ数日は仕事で空ける事が増えた。レイナは1人になれるようになったので一度王都を離れて森の中に来ていた。

 

 そこで人目がないことを確認してから忙しくて試そうにも試せなかったあのスキルを使用することにした。

 

 女神からの贈り物(ビューナスギフト)

 

 ユグドラシルでは下級のポーションやスクロールにランダムでゴミアイテムがもらえる使えないスキルだったが・・・。

 

 目を閉じ両手を合わせ天に祈るようなポーズをとり、少し恥ずかしいが声に出すのがデフォルトなのでやらねばなるまい・・・。「女神様、ヴァルキリーが1人。その恩恵をお与えください」を唱えれば・・・。

 

 何か力の行使を感じて目を開けてみれば目の前にはポーションやスクロールにデータクリスタルがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

山のように・・・

 

 

 

 

 

 

 しばらくその量に呆然としていたが、理由を考える前にこのアイテムの山を整理しなければいけない。一応女神様に感謝してからアイテムの元へ。

 

 ポーションやスクロール手にとり、中身を確認してみればマイナーからプラスなものまで確認でき、完全に運営からの調整から解き放たれているのがわかる。ランダムのゴミ枠なのか消費を憂いていた米や野菜、調味料までが存在していた。

 

 それに大学時代に一人暮らしを始めて、両親からの仕送りを思いだし懐かしさと一緒になんとも言えない気分にさせられた。

 

 うちの両親は厳しかったが子煩悩だったらしく仕送りの半端ない量には呆れたものだ。実はそれは私が生まれてすぐ両親は私に食べさせるものを厳選するうちに人を雇ってまで家庭菜園を安全なアーコロジーで栽培させていたので、いつでも新鮮な野菜や肉をとれるのをいいことに到底一人では食べきれない量を送ってきたものだ。

 

 それを相棒や他の友達や知人、恩人に上げたら、こんな高級品と言って涙を流して感謝された。そのアーコロジーは思いの外大きくなったのでそれを事業にとりいれ、あの荒廃した世界で唯一の安心安全な食べ物を提供する大農業を建てるまでになった。

 

 まさか、自分の娘を育てるために始めたことがある程度世界を潤わせることになろうとは誰も想像できなかっただろう。

 

 女神様というのがこの世界にいるかわからないが両親みたいなのだなと衝撃的だったが親しみも感じた。これでこれからの商売や食事の心配もなくなったのでもう一度感謝を捧げとこう。

 

 整理したアイテムをグリーンシークレットハウス(レイナ製テント)内の倉庫に放り込んでいると最近視線を感じる気配を持った者が近付いて来るのも感じる。

 

 たぶんエンリたちの誰かに私が一人でどこかに行っているのを聞いて探していたのだろう。その者は上空からこのテントを発見して降りてくるようだ。

 

 私は溜め息を吐くと、テントの外に出て彼女を迎えるのであった。

 



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37.戦乙女と来訪者2

 

 最初その噂を聞いたとき、また随分と誇張されたものだと思い本気にはしていなかった。

 

 街を飲み込むほどのアンデットの襲撃から最前線で活躍して、見事に被害を奇跡のゼロで抑えたという2人の英雄。

 

 一人は漆黒の全身鎧を着た元(カッパー)級の冒険者で、首謀者を倒したその功績によりアダマンタイト級になったモモン。

 

 正直、アダマンタイト級の冒険者として功績は称賛に値するが、飛び級してのアダマンタイトの称号は早すぎると思った。いくら強力な魔獣を使役できたとか、オーガを一刀両断したなどの功績を立て続けに行ったといってもまだ銅級。せめてオリハルコンにして信頼を確かにしてからでも遅くはなかったはずだ。

 

 力を持った者が名声によって横暴を働く等といったこともあるのだ。イビルアイとしては、アダマンタイトが所属しないエ・ランテルの冒険者ギルドが箔をつけるためにそうしたとしか思えない。

 

 それだけアダマンタイトの冒険者は貴重で危険な存在なのだ。よかった点は彼らが横暴を働くことなく今も紳士的に活動しているという所か。

 

 そして、もう一人はエルフやダークエルフ。はたまた一般的にモンスターであるのを多数使役する白銀の女神は街に残り、街に溢れたアンデットから一般市民を避難誘導し、撃破してみせ、その後の襲撃も他の冒険者たちと協力して防衛してみせた。

 

 なにを馬鹿なと思ったがそう思うには人々からの声は強く多かった。この世界で情報伝達は遅い。しかし、一度広まればそれはすぐに大陸を渡る。

 

 眉唾な話は途中で曖昧になる。漆黒よりも多く寄せられた感謝の言葉に信憑性があるのは多数の目撃証言や彼女に治療された多くの冒険者や国の兵士、流通を支える商人や一般人までが感謝を述べていたことにより目撃証言が少ない漆黒よりも吟遊詩人が話をするのに苦労しなかったためか。

 

 そのなかで彼女は既存の回復魔法でたくさんの者を救うことになるのだが、いくら証言が多かろうが、すぐに飲み込むにはできなかった。

 

 十や百はいく重軽傷者の回復魔法の行使は人一人が行える範疇を余裕で越えている。現にエ・ランテルに駐在していた教会の信仰系魔法詠唱者たちは度重なる回復魔法で軒並み魔力切れを起こしていたときくのに、彼女は戦闘が終わった後も運び込まれる者やそれが終われば、街の中を歩き、教会に行きたくても行けない者たちにまで治療を行ったと言うのだ。

 

 それも今回のガゼフ・ストロノーフ対ブレイン・アングラウスの行き過ぎた戦いで負った傷を瞬く間に治したことや、その後のお説教という名の戦いは、序盤は数とその前の模擬戦により、お互い動きを知る2人の方が押していた(ように見えて鍛練のため流していた)が、終盤になるとレイナが仕掛ければ左から攻めていたブレインに迫り、当然ガゼフが援護しようとするのだが、すかさずブレインをガゼフとの間に置くように回り込むことで躊躇させ攻撃を遅らせると、そのままブレインを剣の峰で腹に一撃してノックアウト。

 

 続くガゼフがみせた新武技"六光連斬"も、彼女は何でもないように(自分に直撃する一撃のみ受け流して接近)ガゼフ横を通りすぎると、ガゼフは棒立ちのまま。不信に思った戦士団の一人が確認してみれば立ったまま気絶していた。

 

 この勝負は内輪だけでということだが王国最強クラスの実力者2人相手に見本のような模擬戦からの圧倒的な勝利に確信する。

 

 この女は"あの者たち"なのかもしれないと、時期もちょうど重なると考えてイビルアイは一人になったのを見計らって確かめにきたのだ。

 

 正直不安は拭えない。もし、彼女は何かの意図があってその事を隠しているのなら、正体に気付いたイビルアイを殺す可能性もある。

 

 だが、これまでの噂を聞く限り彼女は無闇に力を振り回すどころか、人助けに尽力しているのでもしかしたら、リーダーのように善良な存在なのかもしれないと思ったのだ。

 

 その場合、こそこそ嗅ぎ回ってもバレる可能性が多いので正面から堂々と行けば心証も悪くないだろうとおもったが故の今回の行動だ。

 

 今、眼下には何故かはっきりと見えないテントの中から出てきたレイナがイビルアイの方をじっと見て待ってくれている。イビルアイはどうかリーダーのような存在であることを祈りながら降下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 降りてきたのはやはり蒼の薔薇の魔術師の少女だった。姿をみたときからこちらを仮面越しに凝視していたので印象が強い。

 

 見たところツアーよりは弱いが、この世界に来て出会った者の中では2番目には強いかもしれない。目の前に降り立つのを待ち、声をかけた。

 

 「おはよう。イビルアイだったかしら?私に何かよう?」

 

 「あ、ああ。おはよう。い、いや少し聞きたいことがあってだな・・・」

 

 こちらの対応に面を食らったのかイビルアイは動揺しながらも用件を伝えてくる。警戒はしているがそれほどでもないんだろう。これも今までの行動のおかげか。下手に英雄ではなく、いち商人として築き上げてきた信頼か。

 

 「いいわよ。このままじゃなんだし、中に入らない?飲み物くらい出すわよ?」

 

 「う?う、うむ。ではお邪魔させてもらおうか」

 

 やはり人となりを信じてくれているようだ。これは彼女が所属するチームのリーダーに教えを授けている効果か。

 

 彼女は私に誘われるままテントの中に入り、やはり驚いたのかテントの中を見回していた。

 

 「こ、これは・・・」

 

 「驚いた?みんな最初は驚くのよね。()()()()甲斐があったわ」

 

 「か、カキン・・・(たまにリーダーがそのような言葉を使っていた。聞いても何でもないとはぐらかせられたが・・・)や、やっぱり貴女は・・・」

 

 「その反応からしても聞きたいことってその事でしょ?いくら怪しいからって仮面越しでもじっと見られてたら警戒されるわよ?」

 

 「む、むう。き、気を付ける・・・」

 

 リビングにあたる所で何を出そうか考え、彼女の姿を確認してみる。少女らしい体型だがらコーヒーは苦いだろうかと考え、そういえば取れ立てミルク(女神産(ビューナスギフト))とココアの元があることを思いだし、ミルクココアにしようと決める。

 

 話は早い方がいいだろうと聞いてみれば彼女は唯一露出している口をパクパクさせていた。

 

 「こ、こんなにアッサリ・・・私の心配は一体・・・」

 

 なんだかショックを受けたようで頭を抱えてプルプルし始めた。姿は冒険者をやっているのだから訳ありなのだろうが失礼ながら可愛く見える。

 

 飲み物はすぐにできたので、自分の分も合わせて2つ持って彼女に向かい合った机の上に置く。その音に気付いた彼女が頭を上げて、それをみると

 

 「あ、わたし・・・は・・・?」

 

 「?」

 

 目の前に置かれたそれをみて彼女は何かを言いかけて、止まる。

 

 そのままじっとミルクココアが入ったカップを見つめて・・・。

 

 「ど、どういうことだ?長年感じていなかったものが、美味しそうだと思う気持ちが何故今になって・・・」

 

 小声だったが全て聞こえてしまった・・・。ということは彼女は食事がいらない種族?強さの元はそこなのだろうか。しかし、それならどうして今食事をしたく・・・?あ、もしかしたら、このテントの中にいるからかもしれない。

 

 この拠点用のグリーンシークレットハウスはユグドラシルにおいて非戦闘地帯だ。特に内部は一切の戦闘行為を行えない。そのため種族特性など()()()()全員が無敵化する。それがこの世界ではどこまで効果があるかわからないが、それが適用されて、今の彼女はこのテントの中だけ()()()()()()食事が可能になっているのかもしれない。

 

 他に理由があるならユグドラシルでは種族上は食事がいらないと言われている種族でも、プレイヤーのほとんどは大事な戦いの前には食事によるバブをかけるのは当たり前だったのでユグドラシル産の料理スキルで作られた料理を食べれるのかもしれない。

 

 「どうしたの?熱いのは苦手?」

 

 「ば、馬鹿にするな!そんなことあるわけなかろう!」

 

 どっちにしろこのままではゆっくり話もできないので、飲むのを薦めてみれば、彼女は慌てて否定し、そろそろとカップに手を伸ばそうとして、ハッとすると被っていた額の赤い宝石が特徴の仮面を慌ててずらし口元を露出させてから両手で包むように掴み、ゆっくり、本当にゆっくりと口元に持っていき。

 

 「!!?」

 

 一口飲んだかと思えばビクンッと体を跳ねさせ硬直した後おもむろにカップを傾けるとゴックゴックと凄い勢いで飲み始めた。

 

 どうやら猫舌ではないらしいなどと考えていれば、彼女は飲み終わったのか、カップを口元から離した。

 

 その姿はもう飲み終えてしまったと飲んでいるときの嬉しそうな雰囲気から一気に気落ちしてしまっていた。

 

 「おかわりいる?」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頼む」

 

 長い沈黙の後、彼女は飲み終わったカップを恥ずかしそうに差し出してくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「そうか。だがすぐに信用することは出来ない。それだけ貴女方の力は強大だ」

 

 「ええ、いきなり信じてくれと厚かましく言うつもりはないわ。今後の働きで確かめてくれて構わない」

 

 「いや、こんなに美味しいものをご馳走してもらってなんだが本当にすまない・・・。長いこと冒険者をやっていれば人をまずは疑うのが(さが)になっているんだ。貴女にはリーダーも世話になってるしな。ひとまずは様子を見させてほしい。だが貴女が連れている仲間たちをみればその心配がないのはよくわかるんだが・・・」

 

 昔の仲間たちもそうだったからなとイビルアイは呟く。あのあと、久しぶりに食べるのが飲み物だけだと可愛そうかなと思い軽く食べれる料理を提供した後、これまでの事をかいつまんで話せば彼女は完全にではないが信じてはくれるらしい。

 

 「ふふ、貴女のようなしっかり者がいれば蒼の薔薇は安泰ね」

 

 「わかるか?ラキュースは貴族絡みならその鼻は効くが、情には弱いからな。ティアとティナが情報を集めてくれて、きな臭いことには勘でわかるというガガーランがいるから危ない橋でも無事やってこれたんだが・・・この前も訳あってスレイン法国の特殊部隊と衝突することもあってだな・・・」

 

 誉めれば照れたように体をモジモジさせる彼女はお腹が満たされて口が軽くなったのか愚痴を言い始めた。パーソナルスペースが狭くなっている気がする。とりつく島もないよりいいが、チョロいなどと言われたことはないのだろうか?幼い容姿もあり、少し心配になってくる。

 

 「ところでもう一人の漆黒のモモンという冒険者も貴女と同じなのか?」

 

 とここで、悟のことも確認してくる。当然か、偶然にも同じ街にいて騒動の解決役を担うなど噂になるほどの2人がいるなど何かしらの結び付きを予感させるだろう。だが私は首を横に振り否定する。

 

 「いえ、彼とはエ・ランテルで出会ったのが始めてよ。知り合った冒険者と合流しようとして宿に向かったところを偶然ね・・・」

 

 ここでは彼との繋がりになったあの出来事をある程度ぼかしてして語るとイビルアイは呆れたように息を洩らす。

 

 「・・・レイナはお人好しだな。普通はそんな騒動自分から首を突っ込まんぞ?」

 

 「そう、かしら?私からしたら困っている人を放って置くことはできない思うけど・・・」

 

 「ふう、どうやら今回は杞憂に終わりそうだ。少し神経質になりすぎたか・・・」

 

 イビルアイはため息を吐くもいつも間にか名前呼びするようになった。少しは打ち解けたのだろうと納得する。とりあえず争うことなく終着できたみたいだ。

 

 

 

 「今回は御馳走になった。ありがとう」

 

 「待ってイビルアイ」

 

 テントから出て、去ろうとする彼女を呼び止め。あるアイテムを投げ渡す。彼女は危なげなくそれをキャッチし、みると訝しげに尋ねる。

 

 「これは?」

 

 「装備すれば人間になれる指輪よ。良ければあげるわ」

 

 「な、なに!?そんなレア物!」

 

 渡したのはユグドラシルではゴミとされる異形種が人間になれる指輪である。人間だけしか入れない街などでどうしても入りたい用事がなければ使わない品物だ。ステータス軒並み弱くなるしと運営は本当に救済処置も怒りを買わせる天才だなと思う。

 

 それでもこの世界では大量に出回ることのないレア物なのは彼女の反応を見ればわかる。

 

 「今有名な冒険者チームの一員だし、仕事上付き合いで食事に行くこともあったんじゃない?貴女がなんなのかは聞かないけど、それだと困ることもあったでしょ?こっちの事をあまり触れずに話を信じてくれたお礼だと思って受け取って」

 

 「・・・ホントにお人好しだな」

 

 「でも注意してね。人間になると身体能力も落ちるだろうから使いどころは間違えないようにね」

 

 「ああ、わかっている。この後試して見るさ。心配するなレイナ。そういうところもリーダーにそっくりだな。・・・恩に着る」

 

 そう言った彼女の瞳はどこか遠くを見ていて、リーダーという言葉はおそらく今の蒼の薔薇のリーダーではなく別の誰かで・・・。彼女は礼を言うと指輪を大事そうに握りしめ、空高く王都方面へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 戦士団の新しい装備の依頼に王国の関所をフリーパス券。新しいコネとして役に立つだろう蒼の薔薇との交流で良いこと尽くめだが、悪いことも当然ある。

 

 冒険者ギルド、教会ときて今度は商会からの勧誘が後をたたない・・・。どこから知ったのか私が王から貰ったフリーパス券の恩恵を授かろうと多くの商会からのラブコールが舞い込んでくる。

 

 だが彼らはまだいい。とりあえず今はどこにも所属する気はないと断れば、いつでも戸を叩いてくれて構わないと言って商会へと繋がる方法を残していくので、このまま商人として生きていく事に関しては商品自体を自分がオーダーメイドで作るので必要ないとも思うが安定した収入を得るのにはいいかもしれない。これから考えてみよう。

 

 最悪なのはあの日王城で出会った貴族が私を嫁にしたいと言ってくることだ。いきなり結婚とは戦士団の2人で慣れたかと思っていたが、彼らは気持ちのよいものであったのに、この貴族の狙いはどう考えても自分の体目当てだということだ。

 

 時には、珍しいものがあるので是非我が豪邸にこられたしという使者の伝聞だけで悪寒が走る。何度断っても使者は絶えないばかりか本人までくる始末。

 

 今もガゼフの家に泊まらせてもらっているのだが、私に用があると老夫婦から呼ばれ、玄関に来てみればあの貴族が隠しきれてない嫌な笑みでこれから王国を見て回ろうといい誘ってきた。

 

 噂に聞く貴族はどんな視点で見ているのかがわかるかと、もし何かしてきても実力行使でどうにかなるかと考え、それぐらいならと手を取ればいきなり甲にチュウ。

 

 確かに貴族がそういったことをするイメージはあったが今までそんなことされたことないから反応できなかった。それだけならまだいいが何か相手の(よこしま)な気持ちが頭に流れ込んできた。

 

 狭い室内で(いや馬車の中か?)で自分を押さえつけことを構えようとする目の前の男の姿。

 

 全身に鳥肌が立ち手を振り払う。貴族を知ることよりもこの嫌悪感を拭いたかった。やっぱりお断りすれば彼は強引に手を掴もうとしてきたので、本気で避ける追ってくる避けると言った鬼ごっこが始まった。

 

 正直こんな能力ユグドラシルではなかった筈だが、ツアーの時にもあった遠視のようなアレと一緒で意味不明だ。どんどん人間離れしていく自分に恐怖を感じる。悟もこういう気分になったのだろうか・・・。

 

 途中降りてきたブレインが止めてくれなかったら、貴族は過呼吸で倒れていたかもしれない。そうなっても同情はしないし、もう2度と触れてほしくない相手だ。

 

 この後のエンリやシオンからの心配する声が癒しだ。王国の情報を探っていたクレマンティーヌは戻って来るとその事でからかってくるのでガゼフ邸にある鍛練場での稽古をいつもの倍で行った。

 

 倒れ伏す彼女に幽体の友達が庇いにきたがこれも真人間戻すためだと言えば彼女は了承した。「裏切りものぉぉ~」と叫ぶ奴の言葉など聞こえない。そうしたこんなで心身ともにスッキリした私はその晩グッスリと眠りに落ちた。

 

 夢はここ最近見ていない。前はリアルでの自分が体験している事を一部切り出して見れていたはずだが。

 

 しかし、今日は大分曖昧な夢を見た。

 

 

 

 

 

 誰かの名前を叫んでいる自分。

 

 

 

 

 

 その誰かの前に立ち。

 

 

 

 

 

 強い衝撃を受けて倒れる私。

 

 

 

 

 

 私の名を必死に呼ぶ誰か。

 

 

 

 

 

 あなた・・・は?

 

 

 

 

 

 それで誰かに名を呼ばれ夢から覚める。いい夢でないことから寝起きはここ最近で一番悪かったが目を開けると。

 

 「零!?零なんだろう!?」

 

 「ちょっ!?いくら嬉しいからってそんなにうるさくしたら・・・」

 

 山羊頭の悪魔と身体中から口をはやした異形が私をベッドの両端から覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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38.戦乙女と来訪者3

 

 

 

 

 モンスターの襲撃とその後のギガントバジリスクというこの世界では天災として恐れられる強モンスターに遭遇するも無事に倒せて貴族の護衛を終えたモモンガ一行はエ・ランテルの街に戻ってきていた。

 

 その時に心変わりすることがあったのか貴族であるトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイムはナーベラルにしつこく迫っていたことや敵愾心剥き出しにモモンガに突っかかっていたことを謝り、いつか立派になったとき正式に申し込む事を告げてきた。

 

 ナーベラルは視線を合わせて「正直望み薄ですが、まぁ頑張ってください。でも・・・」と言って少し考えた後「・・・私の及第点は低くありませんよ」とぶっきらぼうながらエールを送ったことにはユリと一緒に驚いた。

 

(なに!?人間軽視がひどかったナーベラルが・・・まさか!?)

 

(ああ、ナーベラル・・・そんな・・・。これも成長なのかしら・・・でも姉としてその時が来ても笑顔で送る・・・ことが・・・)

 

 あのナーベラル(妹)が!?と愕然とする死の支配者と長女の心配を他所にナーベラルは平静そのものであった。

 

 彼女が定める及第点を得るにはモモンガを頂点としたナザリックの仲間で上位は埋められており、越えられない壁に阻まれた先にナザリックの配下になった者がいるだけワンチャンあるかどうか。最下層とはいえ等しく虫扱いだった人間が使える使えないで2つに分類されただけマシなのか。

 

 ナーベラルの価値基準に気づく筈がなくトーケルは片想い中の女性からの言葉に笑顔で「望むところいつか必ず迎えにいきます!」と答えアンドレを引き連れて去っていった。

 

 そんな事とは露知らず、早合点したモモンガとユリが一緒になって気があるのかと問い詰めてみれば人間にしては使える情報を多く持っていたがそれだけで、そもそも自分はドッペルゲンガーなので結ばれるもなにもないと真顔で答えられた。ユリが胸を撫で下ろす中、モモンガは残念なような安心したような複雑な気分を味わった。

 

 どうやら彼女なりに情報を聞き出していたらしい。少しトーケルがかわいそうな気もするが、ナーベのような美人と会話できただけでも役得だとして諦めてもらおう。

 

 これまでの噂やナザリックの調査、今回の依頼の道中で出会った貴族のせいで悪い部分しか見てなかったモモンガは彼らの中にも見所のあるやつがいるのだなと感心したのもつかの間、新たな問題に直面することになる・・・。

 

 今日も宿を借りている高級宿の一室でナーベラルとユリには席をはずすように言って一人モモンガはこれまでの稼ぎを数え、カルネ村の発展や王国での調査を行っているセバスらへの資金へと金を分けて・・・頭を抱えていた。

 

「まずい、お金が・・・足りないよ」

 

 その声は支配者の威厳などどこにもなく。リアルで今後の生活費を懸念するサラリーマンの悲痛に満ちていた。

 

 ユグドラシルではギルドの維持費を最終日まで金策クエやドロップアイテムのショップ売りで稼いでいたモモンガだが、この世界にきてそれは一変した。モンスターを倒せばアイテム等が手に入る・・・そんな都合のよい事はなく。

 

 モンスターの一部をギルドで鑑定して討伐することでお金を貰えるがそれも最近王国で発案されたばかり。もしも、もう数年前に転移してたらと思うと目眩がする。

 

 この異常事態にギルドを最低稼働で動かす訳にもいかず、できるだけアルベドに節約するように言っているが、それでもギルド運営費はバカにならない。今のところナザリック保有されているユグドラシル金貨を消費して食いつなげている状態だ。

 

 それを知ったのかレイナが召喚した仲間たちから部屋の倉庫にあった在庫の換金アイテムやユグドラシル金貨を譲り受け (恐縮で受け取るのを渋ったが、モモンガ以外の「そんなこと言っている場合か!」と満場一致で押し付けられた) 、その他のアイテムをエクスチェンジ・ボックスに放り込んで余裕ができたと言っても、それがいつまでも(今の稼働状況を調べさせれば1000年はいけるらしい)続くとは限らない。

 

 息抜きで始めた冒険者としての収入も満足とはいかない。アダマンタイトとして昇級して一つの依頼量が高くなったのはいいが、その分仕事が少なく今の現状である。

 

 正直にいえば、この高級宿ではなくもっと安めの宿にしたいくらいだが、アダマンタイト級冒険者のブランドがそれをさせてくれない。転移門(ゲート)でナザリックから通うのも、普段英雄がいる場所がないと突然どこかしらから現れる住所不定では怪しまれる可能性もある。

 

 しかし、あのトーケルの護衛以降まともな仕事がないのも事実。危険なモンスターの討伐を中心に活動しているがアダマンタイトが出っ張るような危険生物の出現は稀だ。中にはナーベラルとユリを名指しで申し込まれた依頼もあったが護衛にしては高い依頼料にさらに依頼主が貴族とくれば怪しいことこの上ない。

 

 ギルドの受付嬢イシュペンという娘もお薦めはしないと言っていたし、もし今後のこのような依頼があればギルドで差し止めれるようにできると。そうするように了承したのでこれからはそんな怪しい依頼がくることはないだろう。

 

 もう一度いうが漆黒の収入ではナザリックでの消費が大きく火に油状態である。これはレイナが言っていたように本格的に王国に出している商人を装った偵察のカモフラージュに使っている屋敷を中心にお店を展開していく必要がある。

 

 リアルでは営業職として数々の上司からの無茶ぶりを乗り越えてきたモモンガだがこれからは自分で店を1から建てるのは始めてだし、今の部下に任せるにあたり1人心当たりがあったので話は通しているが果たしてうまくいくのかと悩んでいた。

 

 そんなとき自分頭の中にどこからか繋がる感覚が起きて、零は王国で大丈夫だろうか?セバスが契約した屋敷を見に行くついでに様子を聞きに行こうか等といった考えを中断させる。

 

 (アインズだ。なにかあったのか?)

 

 (もしもし、零よ。悟は今大丈夫?)

 

 (こ、これは零さん)

 

 部下だった場合を考え支配者らしく威厳を込めた言葉で出てみれば、その相手はついさっき考えていたレイナもとい零本人でモモンガは支配者から素の悟に戻る。

 

 (いきなりごめんなさい。何か用事中だったかしら?)

 

 (あ、いえ。少し驚いただけですよ!今のところ暇で人も他にはいません)

 

 まさか何かあったのだろうかと考え、この前トーケルの従者であるアンドレ氏の言葉を思い出す。

 

 (心配してたんですよ。王国に言って変な貴族に絡まれていないかとか)

 

 (あら、ありがとう。貴族は・・・まぁ予想通りよ。少し厄介なのに目をつけられてね・・・)

 

 やや疲れた声で返事をする零にどこの誰だと悟の怒りが燃え上がる。今すぐナザリックのシモベを使って暗殺、いや誘拐して死ぬ方がマシな目に会わせてやろうかと考え。

 

 (疲れているのはそれだけじゃないからね。戦士団への装備の調整もあったからだから、あまり物騒なこと考えないようにね?)

 

 考えがバレてる事に焦って弁明する前に零が本題を語る。

 

 (実は・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ええええええ!?どうしてその2人が!?」

 

 「「どうしましたか!?モモンさん!?」」

 

 あまりのことにメッセージだということも忘れて悟は叫んでしまい部屋の外で待機していたナーベとユーリが突入してきてひと悶着起きるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪夢から覚めたらそこには悪魔と異形が2人。レイナはベッドから飛び起きると距離をとり、すぐ後ろに扉がくるようにして身構える。

 

 悪魔も口だらけの異形もとんでもない気配だ。間違いなく自分や悟と同じカンストプレイヤー。こんな実力者が寝ていたとはいえ気づかないなんてとレイナは唇を噛む。敵意には敏感なはずなのにこの者たちにはそれがないのが原因か。

 

 ん?敵意がない?

 

 それどころか今の彼らは隙だらけだ。目元を両手で隠すようにして動揺しているように見える。一人は口だけなのでわからないが動きが人間のそれだ。

 

 「あなたたちは?」

 

 「れ、零さん!そんなことより前!前隠して!」

 

 「お、俺は見てない!なにも見てないぞぉ!?」

 

 疑問に思い聞いてみれば帰ってきたのは久しく呼ばれていない本名と聞いたことのある声の持ち主たちの慌てた声。それで今の自分の格好は寝巻きで別に変ではないはずと視線を下げてみれば。

 

 「きゃあっ!?」

 

 思わず叫びそうになるのをこらえ、咄嗟に()()()()()どうしてこうなったと胸中で呟く。

 

 この世界に来て最初に困ったのは日用品の不足だ。ゲームでなら問題はなかったが、リアルのように替えの下着がほとんどなく、寝巻き等は一切ない状態だった。両親に女の子が不用意に肌を出すことを注意されて育った私は全裸で寝るなど許せる筈がなかった。

 

 痴女だと思われたくなかったので当初エンリにも聞けずにいたが、これまでの冒険でボロになったと嘘の理由で聞いてみれば、村にはその手の服を販売している者がいるので聞いてくれると言ってくれた。そこの家は街で手に入れた生地を使い村のための服を編むのを生業にしていたらしく。最初は貴族のようなレイナに売れる物はないと慌てていたが、貴族ではないことを話せば疑いながらも幾つか見繕ってもらえた。

 

 あとになって上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)があることを思い出したが魔法で作られたそれが朝になったら消えてたなどとあっては大変なのでたとえ防御力皆無でもしっかりした実物が欲しかった。

 

 エ・ランテルによった際もエンリと一緒に(シオンは流石にこれず、遠い所で男物を買っていた)下着や寝巻きを補充し今回はその時に買った下着と寝巻きをちゃんと着て寝た筈であった。

 

 周囲は少し暗いこともありハッキリと見えてないとは思うが夢見が悪かったために寝相が酷く、寝巻きだけでなく下着までもがはだけていた。その追い討ちに臨戦態勢をとった際のカンスト勢の動きにこの世界の服が耐えられず・・・。

 

 自分でいうのもなんだが・・・その・・・形の良い胸がポロリしてしまうとは・・・。目の前の悪魔と異形の聞き覚えのある声に思考が真っ赤になったレイナが咄嗟に放った言葉を誰が責められようか。

 

 「・・・・・・・・・変態」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 「「ご、誤解だ(です)!!?」」

 

 女の一人部屋に寝てる間に寝顔を見たはずで、不慮の事故とはいえど、モロに胸を見たのだ。それを変態と言って何が悪いと狼狽えて弁明する2人(?)を見て赤面したまま両腕で自分の体をかばいながら思うのだった。

 

 

 

 

 

 「なるほど。そんなことが・・・」

 

 急遽、転移門(ゲート)を使ってレイナが泊めてもらっているガゼフ邸の一室でモモンガはいた。彼女(いつもの旅人の服着用)の目の前で見覚えのある悪魔と異形が落ち込んだまま正座した姿を見て何事!?と思ったが理由を聞けば納得した。

 

 「有罪(ギルティ)変態ですね」

 

 「「それは誤解だ!!?」」

 

 「言いたいことはそれだけ?仲介者もこう言ってるしどんな罰を受けてもらおうかしら」

 

 「「零(さん)怖い!!」」

 

 突然異世界に来訪した2人に向けられる目と声は冷たいものであった。まさかの再会が零が寝ている寝室に忍び込み(?)寝顔を覗いた上に、驚いて飛び出した零の下着姿(ポロリは話していない。レイナが恥ずかしくて2人に口止めしたこともそうだが話せば魔王大爆発必須で王国の一部が消し飛んだかもしれない)を見た後だというのだ。なんだその羨まし・・・違う!破廉恥な!これがいわゆるラッキースケベか!?

 

 更には2人共に零のことを本名で呼びあっていることに今までにない焦りがモモンガを襲うが、あっでも自分もこの世界に来たときに零さんの胸を服越しとはいえ触っているんだと思い出してない血の気が引いたり、でも納得はできないと表情の変わらない骸骨の奥で忙しくしていた。

 

 たっちやヘロヘロ、女性陣の次に再会したのはよく魔法談義をしたウルベルトやベルリバーだとして喜んできてみれば、就寝中の女性の部屋への侵入など事案案件である。

 

 「これには訳があるんだ!決して故意ではない!」

 

 「そ、そうですよ。まずは話を聞いてください!」

 

 故意でないにしろ事実ではある故に2人からの冷めた視線でますます身を縮込ませるウルベルトとベルリバーが正座したまま必死に弁明をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 いつものように就寝していると何かに呼ばれたと思えばすでにレイナがいる部屋にいたという事だが、レイナにしても確かにタッチら証言に合うが、今回レイナは召喚を使用していないため身に覚えがない。いや・・・

 

 確かに曖昧でよく覚えていないが最後誰かに手を伸ばしたような気がする。それがたまたまウルベルトやベルリバーを呼び寄せるなど。しかもリアルでの知り合いだがユグドラシルをやっているとは知らずにだ。

 

 今までの経験上召喚できるのはユグドラシルのプレイヤーで顔見知りかフレンド登録をしているかなどの繋がりと此方の呼び掛けに相手の了承がなければ出来ないと思っていた。

 

「そんな・・・それが本当なら私はとんでもないことを・・・。巻き込んでしまってごめんなさい」

 

 まさか就寝中に力を使ってしまうなどこれからの事を考えれば恐ろしいことだ。それで自分が寝ていた周辺が更地になっていたなどがあればそれはまさしく生きた爆弾である。

 

 不慮の事故の事も忘れて深く頭を下げる零に今度はモモンガも合わせて3人が慌てる。

 

 「零さん!気にしないでください!私も絶望のオーラ洩らしちゃったことあるんで!そういうこともありますよ!」

 

 「そ、そうだ!零はなにも悪くないぞ!」

 

 「こんなことになるなんて誰も想像だにしませんよ!だから頭あげてください!」

 

 部屋のなかで異形相手に頭を下げている戦乙女にその異形たちが慌てて頭をあげるように言っているのはとてもシュールだった。

 

 

 

 

 

 「と、とりあえず。ここではゆっくり話もできないでしょうから、一度お二人はナザリックに来ませんか?そこでユグドラシル終わってから起きたことを説明しますし、驚くかもしれませんがNPCたちも意識が芽生えましたから会いたいと思ってくれているはずです」

 

 「零から事前に説明されたが本当なのか。にわかには信じられんな・・・」

 

 「事実は小説より奇なりとはまさにこれのことですね」

 

 「それがいいでしょうね。今のあなたたちはなにも知らないからボロが出るかもしれないし、そこら辺はモ・・・悟に任せてもいいかしら?」

 

 「ええ、自信はないですが現状とこれからのことくらいは話しておきます。零さんにも後から連絡しますね」

 

 「よろしく頼むわ」

 

 本名で呼ぶべきか考えて、ここにいるのはリアル出身者なので問題ないかと考えモモンガを悟呼びに変えたレイナは転移門(ゲート)を開けてナザリックに行く3人を見送った。しかし3人の内1人だけ不穏な空気を放つものがいたが気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 まさかこんなことになるなんて・・・

 

 これは命を助けてくれた彼女に対する裏切りになるのかもしれない・・・

 

 命を狙われたとき颯爽と現れて助けてくれた彼女はヒーローで

 

 昔読んだことのあるボーイミーツガールというジャンルで主人公を助ける強いヒロインを思い出した

 

 それからはあの灰色の世界が色付き人生も一変した

 

 彼女の気まぐれか助手としてサポートをこなしてついには大企業の闇を暴き、潰し、この世界もこれで変わると信じていたのに

 

 まさかあの人と好きな女性を賭けて勝負することになって負けても

 

 悔しかったがあの人なら彼女を幸せにできると信じてた矢先

 

 アレが起きた

 

 主人公は最後の最後でヒロインを護る主人公にはなれなかった

 

 だから今度こそ

 

 たとえ彼女に嫌われたとしても僕は彼女を命に変えても助けたい

 

 ・・・零さんだけじゃない

 

 何故そうなったのか知らないが2人をみればわかる

 

 モモンガさんをもう一度傷つけることにもなるだろう

 

 ・・・ごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故だ?

 

 2人が出会ったのはユグドラシルの最後だと言うのに互いに名前呼びとは・・・

 

 あいつも零の事を名前で呼ぶがこんなに苛つくことはなかった

 

 それだけではない

 

 出会ってからの期間も俺の方が長いのに2人の互いに見つめる瞳がとても優しいのだ

 

 あんなことが起きなければその瞳だけでなく彼女の全てを独占できたはずなのに・・・

 

 告白もして返事ももらったのに・・・

 

 どうして俺にはそれを向けてくれない

 

 ・・・・なにを考えているんだ俺は・・・今は零を助けることだけを考えろ

 

 咄嗟に考えた言い訳もいつまで続くかわからない

 

 その前に準備しなければ・・・

 

 幸いナザリックがあるのだから俺の部屋にあるアレが使えるはずだ

 

 そうこれは零を助けるためなのだ・・・

 

 あいつには感謝しないとな

 

 あいつは覚えていないだろうが酒の席でふと洩らした夢の話し

 

 アレが起きてからもあいつに何気なく

 

 藁にもすがる気持ちで聞いてみれば

 

 何度かあったらしい

 

 半信半疑だったが今回の事で確信が持てた

 

 必ず救ってみせる

 

 誰が相手だろうと必ず!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・。

 

 

 

・・・・・ミ   ツ   ケ   タ。

 

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵のR指定の基準がわからない・・・水着はいいのだろうか?




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39.戦乙女とセバス

 

 

 

 モモンガが突如来訪したウルベルトとベルリバーをナザリックへ連れていった後。王城へ向かうエンリたちを見送り、ある事で作業を一通り終えたレイナは王国の街へと出歩いていた。

 

 市場に寄って物珍しい物や使える素材がないか探したり、出店が並んでいれば匂いにつられて買った串焼きを食べたり、ただ人々が行き交う町並みを眺めたりしていればすでに夕刻が迫ってきていた。

 

 やはり王国は広い。徒歩だと一日では半分も回れなかった。

 

 明日は逆の道を行こうかなどと考えて歩いていれば、前方から見知った執事の老人が歩いてくる。

 

「これはレイナ様。奇遇でございますね」

 

「こんにちはかしら。セバス殿も元気そうでよかったわ」

 

「殿は要りません。貴女には返しきれない恩があります。どうぞ気軽にセバスとお呼びください」

 

「私も貴方の上司でもないのだから様は要らないと思うけど・・・」

 

「そんなことはありません。貴女はアインズ様やたっち・みー様の盟友のような御方です。恐れ多くもわたくしからすれば敬うべき存在です」

 

 彼らしいと言えばそうだが、納得はできなかったレイナは大人げなく反論してみる。

 

「あら、ならその敬うべき盟友の頼みなのだけれど?執事長とあろう者が無視してもいいの?()()()殿()?」

 

「どちらかというと、お客様ですので失礼のないよう対応させていただきませんとアインズ様方に申し訳がありません。()()()()

 

「年齢的には()()()殿()の方が目上になるのだから、こちらとしてももっと気楽に呼ばれた方が良いのだけれど?」

 

「そうした考えも大切ですが、少々古いかと・・・。敬うべき御方は誰であれ。礼儀を尽くしませんと失礼に当たります。ご容赦ください()()()()

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 試しに年功序列を挙げてみたが、ユグドラシルの稼働時間を数えれば私の方が年上(?)のはず、見た目は彼の方が上なのでどう反応するか興味があったが普通に返された上に気のせいでなければ少しだけ愉しそうに口角の端が上がってた気がする・・・。

 

 そこに厳格だが、実はお茶目な面を持っていた父親に似ていることに懐かしむと共に、大人の対応を見せられて悔しさが湧く。

 

 せめてもの抵抗に遺憾の意を込めて彼の鋭い鷹の目と向かい合うものの揺るぎそうにないことを悟るとレイナは溜め息をこぼす。

 

 そこには不思議と不快感はなかった。

 

「ふぅ、なにを言っても無駄そうね。わかったわ。セバスは・・・街の観光?」

 

「まぁそのようなものです。私なりに王国を見て回り何か情報がないかを確認しています」

 

「なるほどね。街の見回りか。貴方らしいわね。何か収穫はあったの?」

 

「いえ、特に何も・・・」

 

「あれは・・・」

 

 セバスとレイナが歩きながら話していると整備がされていない土が剥き出した道に出た。そこを挟む建物の扉が開き、大柄の男性が現れ背負っていた大きな袋を無造作に放り捨て建物の中に消える。

 

 ドサッという音と共になにやら生々しい音が混じる。

 

 いくら整備がされていないと言っても公共の道端にゴミを捨てるとは思えない。

 

 不思議に思いその袋をよくみればその大きさは人一人入るほどで膨らんだ形が人にも見えなくはない。

 

 駆け寄る前にセバスの影から影の刃が飛び出し、ボロボロだった()()()を切り裂き中身が(あらわ)になる。

 

 見るも無惨に傷だらけの女性だった。ろくに食事もとられていなかったのか。彼女はひどく痩せこけており、それが一層彼女は死体か何かかと思ってしまう。

 

 セバスより早く彼女の元に着いたレイナは彼女の手を取りまずは脈をとってみる。

 

 脈を確認。彼女の手は干し木のようだったが確かに脈はあった。息は浅く繰り返しているが間隔がとても短い。危険な状態だった。そしてかすかにだが女は残った力で「助けて・・・」と聴こえた。急いでレイナが回復魔法を唱えようとしたその時。

 

「なんだ、てめぇっら・・・っ!?」

 

「これはどういうことで?」

 

 女を捨てた大柄な男が再び建物から姿を現した。倒れた女の側にいるレイナたちに声を張り上げようとする前にセバスが男の胸ぐらを掴み持ち上げる。

 

「ぐっ、ぐがぁ!」

 

「質問に答えなさい。さもなくば・・・」

 

「いう。いうよ!だから離してくれ!」

 

 体格は自分の方があるにもかかわらず、片手で持ち上げられた上に必死に抵抗しているのにビクともしない事や、彼の剣幕と物言いにスッカリ怯えてしまった男は簡単に降伏した。

 

 セバスは男を因果応報の如くゴミのように地べたに投げた。尻餅をついた男は苦しそうに喉を押さえて咳き込みながら事実を話し始めた。

 

 女は八本指が所有する娼婦で病気だからこれから教会に連れていくと言うが、それがセバスの剣幕に恐れてついた嘘なのはすぐにわかった。続く男の言葉はどれも自分は悪くないという言い訳ばかりで、終いには八本指の恐ろしさを伝え見逃せと言ってきた。それはレイナの怒りに油を注ぐには充分で・・・。

 

「ぐはぁ!?」

 

 話を静かに聞くセバスを説得できると思い情けない笑顔を浮かべてた男は次の瞬間。レイナがその顔に強烈な一撃が叩き込んでいた。

 

 普通ならばレベル100のカンストした彼女の一撃をくらえば男の顔は爆発したように失くなっていたが、そうならなかったのはレイナが手加減したのと回復魔法を併用していたからだ。

 

 女性の細腕によって吹き飛ばされ路上に転がった男は僅かに残る痛む頬を押さえ信じられないものを見たとレイナをみていた。

 

「彼女はわたくしたちが貰っていきます。どうせ捨てるのでしょう?問題はないはずです」

 

 ボロボロの女性をあまり負担がかからないように両手で抱えたセバスが男を見下しながら問いかける。だが男は痛みも忘れて懇願してきた。

 

「そ、それは困る!その女は八本指の物だ!理由もなく手放したとあっちゃ俺が殺される!」

 

 自分の身の心配をする男にどの口が言うのかとレイナの怒りが再び怒りを再燃する前にセバスが懐から皮袋を取り出し、倒れた男の足元へ投げ落とす。

 

「それだけあれば、冒険者を雇ってどこかに逃げてもおつりがくるでしょう」

 

 男は慌てて皮袋を受け取り中身を確認するとそそくさと立ち去ろうとする。

 

 甘いとは思う、だがそれ以上に好感を持てるレイナ。彼からしたら最後のチャンスのつもりなのだろう(他にもレイナがこれ以上不快な想いをさせないためでもあった)。

 

 あとは野になれ山となれということかと考え、彼の善意が無駄になるのと女を使い捨てにするような組織のいいようになるのは癪だ。殴りはしたものの人のこといえないなと自嘲したレイナは逃げる男の背中に声をかけた。

 

「待ちなさい。あなたが言う八本指は逃げた奴を簡単に逃がすような組織なの?」

 

「!?っ・・・ンっな訳ないだろう・・・あいつらは裏切り者や逃亡者を許さない。今までも足を洗おうと組織を抜けようとした奴は軒並み殺されている・・・」

 

「やっぱりそうなの・・・これをあげるわ」

 

 意外に素直に立ち止まった男は振り返って質問に答える。その顔は迫り来る死の恐怖以外にも諦めから来る達観したものであった。

 

 男の姿はセバスよりもがたいが良く、セバスでなければ片手で持ち上げるなどできないほどには鍛えられている。そんな彼が諦めるほど組織の力はすごいらしい。やはりかとレイナは男に向かってあるアイテムを投げ渡す。

 

 レイナが投げたものはユグドラシルでは一度しか使えない消費アイテムで使用者が知る街へ一瞬で移動できるアイテムであった。動作など確認していないが元々限りなくない命なのだ。失敗しても因果応報だろう。

 

 男は自分を殴り付けた女をから受け取ったものを怪訝に見た後彼女を見て言葉を失う。彼女は泣いていた。一筋だけ流れた涙の跡は美しかったが男の胸に今までにない罪悪感が込み上げてきた。今まで散々命乞いや逃がしてという女の涙ながらの嘆願を無視してきた筈なのに・・・。

 

「それがあればあなたが知る街へとどこでも行けるわ。もうダメだと思ったときにでも使いなさい。そして二度と私たちの前に顔を見せるな!」

 

「すまねぇ・・・」

 

 そんな効果があるかわからないが男はレイナの言葉を信じることにした。最後に誰に向けたのだろう謝罪を口にして男は夕暮れの王国へと姿を消した。

 

「よろしいのですか?レイナ様・・・」

 

「いいのよ。見たところあいつは木っ端であげたのも所詮消費アイテムだし、他の女性にも同じことをしていたなら足りないくらいだけど・・・うまくいく保証もないわ」

 

 セバスからの言葉にはたぶんに含まれていたがそれを受けてレイナは問題ないと答える。

 

「それよりも今はその女性の安全ね。どこかないかしら・・・」

 

「ここからならわたくしたちが使わせてもらっている屋敷が近いでしょう。そこへ運びましょう」

 

「助かるわ」

 

 セバスの提案を受け入れその屋敷へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとあんた!また空ばかり見て!薪割りは終わったのかい!?」

 

「ああ、あとはこれだけだ」

 

「なら、いいけどね。もうすぐご飯だからちゃっちゃとすませな。今日はあんたの好きなウサギ肉の葉っぱ包みだよ」

 

「それはいいな。すぐ終わらす」

 

 家からの妻の言葉に男は見上げていた空から目を離すと最後の薪を土台に乗せて斧を振り上げた。

 

 あの後、男は八本指の追跡から逃れられず、追い詰められていた。すぐ側に死が近づいてきた時あの女から渡されたものを思いだした。

 

 ダメもとで遠くはなれた自分の故郷を思い出しながら使用してみれば、驚く八本指の刺客と景色が入れ替わり、そこには少し家が増えただろうが間違いなく自分の故郷が目の前にあった。

 

 そこで男は久しぶりに会う家族に再会して、これまでのことを反省し心を入れ替えて村のために尽力した。八本指では木っ端の木っ端だった男だが元冒険者で鍛えた体は村では重要され、しばらくすると姉御肌で村一番の娘と結婚した。

 

 いつもは尻に敷かれている男だがそこには確かに愛があった。

 

 しかし時々あの銀髪の女が涙を流した姿を思い出す。

 

 その時はつい空を見上げてしまい、妻はそれを察してか深くは聞かないが可愛い嫉妬を向けられるのが常だ。

 

 こうして生きてさらには妻まで持てることなど当時は考えずにいた。その事で礼を言いたいが本人から「2度と顔を見せるな」と言われては王国に行くのも出来ない。

 

 殴られた後から男は自分が強い女性に引かれることを知った。もちろん今更妻以外を愛すことなどしないが・・・。男は今の生活に満足している。

 

 だからこそ日々届かないとしても彼女たちへの礼は欠かさない。きっかけをくれた執事服の男と自分を救ってくれた白銀の女神に・・・。

 

 振り下ろした斧は綺麗に薪を二分した。

 

 そんな未来が来ることを男は知らず必死に逃走するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ。セバスさっ・・・これはどういう状況で?」

 

 セバスについていきたどり着いた屋敷はこの高級住宅街でも一際大きく立派な建物だった。

 

 扉を開けた先では金髪ロールヘアーのお嬢様といった風貌をした娘が出迎えた。彼女もナザリック所属の者なのだろうが、まずはセバスとその腕にいる女に目を向けたあとにこちらに目を向けて驚愕するがすぐに平坦な表情を浮かべて、どういう状況か聞いてくる。

 

「ソリュシャン事情は後で話します。すぐに彼女を回復させなければ危険ですので部屋へ運びたいのです」

 

「それは・・・わかりました。すぐ近くの寝室が使えるでしょう」

 

 まだ何か言いたそうだが部屋へと導いてくれる。白いベットへ寝かせられた女の姿はその全貌がよりハッキリして、その怪我の深刻さが浮き彫りになった。

 

 すぐにでも回復魔法を使いたいが今はソリュシャンが診療をしているので邪魔はできない。ここは異世界だ。未知の怪我や病気が存在している可能性もある。

 

 致命傷の怪我などは来る途中で治したがそれでも彼女の顔色は優れない。

 

「ソリュシャン。それで?彼女の容態は?」

 

「これは梅毒・・・それに」

 

 セバスが急かせば彼女から出るわ出るわリアルでも問題になっていた病気の数々。それが彼女を蝕む原因だろう。これは今までのように中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)では癒せそうにない。

 

 最低でも体力大回復と状態異常も治す大治癒(ヒール)は必要だろう。

 

 幸い未知の病名はなかったのであとはそれを唱えれば問題ないはずだ。

 

「そうですか・・・。レイナ様お願いできますか?」

 

「任せなさい」

 

「ありがとうございます。では私は食事を買ってきますので」

 

 

 

 

 

 

 セバスが去ったあと残されたのはベットで眠る女を除いてソリュシャンとレイナの2人だけだ。

 

 すぐに回復魔法を使おうとしたレイナをソリュシャンが止めた。

 

「お待ちなさい。ヴァルキュリア殿でしたわね?」

 

「そうよ。貴女はソリュシャンさんだったかしら?」

 

「ソリュシャン・イプシロン。ソリュシャンでいいわ。さんはいらない」

 

「そう、でソリュシャンはどうして止めるの?すぐに回復しなければ命はないわ」

 

「そうですか。では先辺り一つだけ。・・・その者の中に命があります」

 

「・・・それは本当に?」

 

 ソリュシャンの言葉に回復魔法を行使していたレイナの手が止まる。彼女が言っていることはつまり・・・。

 

「そう、そうよね。その可能性もあったわね」

 

 レイナは大治癒(ヒール)で治すとソリュシャンと向かい合うように立ちベッドに眠る女性を見る。浅い呼吸も元に戻り。今は安らかな寝息に変わっている。その寝顔の持ち主はその事実を知ったときどんな表情を浮かべるのだろうか・・・。そしてセバスも・・・。

 

「今ならば私が取り除くことも可能ですし、本人が知らないところで処理も可能です」

 

 何を言っているんだと思うがそれが最善ようにも思える。たっち・みーを色濃く受け継ぐ彼なら間違いなく思い悩む。だが、知らぬ内ならそれでいい。しかし、もし何かの拍子に知ることになれば取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 レイナは悩んだ。彼が帰ってくる前に・・・時間は待ってくれない・・・だが答えが出る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 助けた女性がいる部屋の前でレイナは買い物を終えたセバスが戻ってきたのを確認すると扉から離れる。

 

「おや、レイナ様。顔色が悪いですが大丈夫ですか?」

 

「さすがにあんな状態の子を見れば気分悪くなるわよ。大丈夫少し夜風を浴びればスッキリするわ」

 

「そうですか。レイナ様には悪いことをしました。女性の貴女があれを見ればそうなることくらい予想できた筈なのに・・・。わたくしの落ち度です。誠に申し訳ない」

 

 深々と頭を下げるセバスにレイナは目を背けまいとしてまっすぐ彼を見た。

 

「いいのよ。彼女への治療は完璧よ。もう命の危険はないわ」

 

「それは良かった。貴女のおかげで御方よりいただいた貴重なスクロールを使用せずにすみました。勿論そうなったとしても使用に躊躇いはありませんでしたが、他の方に知られれば人間などにと理由をつけられ揉めていたかもしれません」

 

 確かにそれはあるかもしれないと極悪ギルドなら尚更か。部屋の中で人が起き出す気配にふといい匂いがするので顔をあげたレイナは彼の持っているお盆の上にあるものに気付く。

 

「彼女はちょうど目覚めたようだし、その小鍋はお粥かしら?」

 

「ええ、タイミングが良かったようですね」

 

「セバスは料理の覚えもあるのね。正直驚いたわ」

 

「何分初めて作りましたからね。味に自信はありませんが・・・」

 

 いつもは表情の一つ変えないセバスが自信無さげに目を伏せるのが少し可笑しくて笑みと一緒に声がもれる。

 

「ふふ、今度私にも作って貰おうかしら?」

 

「お戯れを。その時がいつでもきていいよう特訓しなければいけませんな」

 

「楽しみね。さぁ冷めると悪いわ」

 

「ええ、ではこれで失礼します」

 

 セバスが部屋に消えるのを見届けてレイナは屋敷の外に出た。

 

 見上げた空は無駄な明かりがないせいか満天の星空で埋め尽くされている。今宵の子もあの星の海の一つになったのだろうか。

 

 結局レイナは彼女が起きてから聞いてみることにした。レイナとソリュシャンが同性だからか彼女は落ち着いていた。しかし、いざこの話をしてみれば彼女は発狂し、自分のお腹を殴ろうとした。

 

 ソリュシャンの睡眠効果のある武器で眠らせたあとレイナが持つ記憶操作のスクロールによって起きてからの部分だけを消した。そして、ソリュシャンに子供を・・・。

 

 未来ある命を見捨てた。無垢なる命は自分が生き死にも知らずにこの世を去る。この世界に来て初めて手の届く位置にいながら救えなかったその事実はレイナの心に浅くない傷を残した。

 

 この事はソリュシャンとレイナだけの秘密にした。セバスやモモンガに相談する気はない。

 

 去っていくレイナを屋敷の窓から覗くソリュシャンがいた事にレイナは最後まで気付かなかった。

 

 その時のソリュシャンは・・・。

 

 



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40.戦乙女とベルリバー

 

 

 

「明さん本当にやるんですか?今ならまだ・・・」

 

「何を言っている?零を助けるためなら何でもすると誓っただろう。引き返せるものか。・・・気が進まないのもわかるがこれは零が見ている()なんだ。なぜモモンガがいるのかわからない処か知らないはずのナザリックがあるのかもわからないが・・・」

 

 ウルベルトの部屋で誰にも聞かれない声で2人は話していた。彼の言葉にベルリバーはそうだという納得はできなかったために戸惑いながらも口を開く。

 

「本当にそうなのでしょうか?彼らの反応は夢にしてはリアルですよ」

 

 例えば自分たちの世話役に当てられた一般メイドたち。今は席をはずさせているが確かにナザリックにそのような設定のメイドを意味もなく設置したのは知っていた。随分前でベルリバーは細かい顔などは忘れて久しい。

 

 そんな彼女らが今は目の前にいて見れば見るほどにハッキリと存在して、個々で反応が僅かに違うこともここが夢だと断定するには迷いが生まれた瞬間だった。しかし、ウルベルトは首を横に振り否定する。

 

「元々この試み事態も初なんだ。どんな事が起こるのかさえ未知数なのはわかるだろう?夢に入った目の前の事は自分達のイメージが投影されている可能性さえある。入って早々零に会えただけでも奇跡に近い」

 

「そうですけど・・・」

 

 それでも納得ができないベルリバーは先日の事を思い出していた。

 

 

 

 ベルリバーは久しぶりのナザリックを歩き回っていた。今更かもしれないが既にユグドラシルがサービス終了して二度と見れないと思っていたのだ。探検したくなるのは致し方ないだろう。

 

 誘っても忙しいと言ってウルベルトはついてこなかった。だが実際歩いてみればゲームよりもリアルな質感に夢中になり、気が向くまま第6階層の闘技場を訪れていた。

 

 そこではナザリック所属する階級守護者のシャルティアやコキュートスを始めとしたNPCたちが集まり、戦闘行為以外動かなかった彼らが動かなかった表情で難しい顔をしながらあーでもないこーでもないと戦略を練る姿を見た時のことだ。

 

 特に激しいのはペロロンチーノが愛を込めて創造したシャルティアであった。今はコキュートスとの模擬戦を行い攻防を続けている。その周りではなんの設定もされていなかったPOPモンスター達までもが真剣な表情で戦いの行方を見守っている。

 

 シャルティアの凪ぎ払った槍の側面をコキュートスが片方の腕と副腕で持った剣で受け止めると空いた反対側の腕に持ったハルバートをシャルティアめがけ振り下ろす。

 

 ユグドラシルでは装備していなかった赤いタワーシールドを上に構えその攻撃を防ぐが完全に動きが止まったところを浮いた盾の間を狙ったコキュートスが無防備な腹に向け蹴りを放つ。ベルリバーは知らないがそれはレイナの動きを真似たもので彼は仮想敵として目の前の仲間のために取り入れたものであった。

 

 だがそこには彼女はおらず、彼女とは違う白い姿があった。それに覚えのあるコキュートスが「コレハ!死せる勇者の魂(エインヘリアル)!?イツノマニ!?」と驚愕すると共に放った蹴りは白いワルキューレに命中。だがそれは延びきった彼の足を万力のように捕まえ固定する。

 

 隙だらけになったそこでシャルティアが上空で現れた。あれはテレポーションだろう。そのまま彼女は急降下して槍を突きだしコキュートスを・・・。

 

「マイッタ!ワレノマケダ・・・」

 

「相手をありがとう。コキュートス」

 

 シャルティアはコキュートスの眼前に槍先をすんどめしていた。降参する言葉に槍を引くと同時にエインヘリアルも霧のように霧散し、彼女は対戦相手に笑顔でお礼を口にする。

 

「ダイブン、マケコシテシマッタナ。メイジツトモニ シュゴシャサイキョウヲ ナノレルノデハナイカ?」

 

「まだまだだわ。何度もあの女とのイメージを繰り返しているんだけど、未だに勝つイメージが浮かばないの・・・。

 

      あのレイナという人間には」

 

 その名前を聞いてベルリバーの意識が持っていかれ、闘技場に踏み出していた。

 

「これはベルリバー様!」

 

「コンナトコロニ、ナニカ ゴヨウデショウカ?」

 

 すぐに膝を折って迎えようとするナザリックの面々に手の平で制するとベルリバーはシャルティアに歩み寄った。

 

「随分、精が出ますね。シャルティアはいい動きだったぞ。コキュートスも惜しかったな。俺だったらあの蹴りでやられていたな」

 

「そんなこと・・・ベルリバー様は魔法戦士なのですから。信仰系の私より攻撃手段は多そうですし、状況も違って来るでしょう」

 

「ソノトオリデス ベルリバーサマハ シコウノオカタ ノナカデ キョウカマホウ ニタケタ オカタ ナンドソレニ タスケラレタ トキイテマス」

 

「思ったより評価が高い・・・。んんっ・・・まぁ味方任せな立ち位置だけどね。ところで・・・シャルティアに聞きたいことがあるんだ」

 

「はっ、何なりと」

 

 ジッとベルリバーを見上げる彼女の瞳はアンデットの吸血鬼だというのに生気に満ちており、強い意識を感じる。ユグドラシルではどんなMODを投入しても変わることのなかった表情がここではコロコロとかわり、種族のせいで表情からはわからないコキュートスでも声で感情を読み取れるようになった。

 

 ・・・もうそれは生きた人間と何が違うというのだろうか。

 

「君はどうして零・・・いやレイナさんに勝ちたいんだい?」

 

「それは・・・」

 

 シャルティアは少し迷うように考えるとゆっくりと口をひらいた。

 

「その・・・最初は負けたことへの復讐でした。・・・あいつは何故か倒れた私にとどめを刺すことなくそのまま放置して至高の御方の元へ行き、ヘロヘロ様を倒し・・・も、アインズ様を追い詰めました。階層守護者の誇りを傷付けられました。・・・だから必ず殺そうと・・・」

 

 悔しそうに語るシャルティアとコキュートスも階級守護者として挑むこともできずに侵入を許してしまったことに悔恨があるのか歯をギチギチ鳴らしていた。

 

 一瞬ベルリバーは緊張で硬直しそうになるが続いて発せられる言葉に硬直は解ける。

 

「そう思っていたのですが・・・今はその打倒すべきライバルと言いますでしょうか。可笑しなことかもしれませんが、今では殺意よりも勝ちたいという想いがそれよりも強いのです。あの女の度肝を抜いてやりたいと・・・すみません。これ以上うまく説明ができません」

 

「そうか・・・」

 

 その答えにベルリバーはここがただの作り物ではなく。存在するものであるという確信が生まれる。ベルリバーは笑みを浮かべるとシャルティア頭に手をおき、撫でてみる。

 

「ああ、その気持ちは大事だよ。憎しみではどうしても動きが直情的になってしまう。どんなに怒っても心はクールにそれがPVPでは重要だ」

 

 サラサラの銀髪は心地よくセクハラにならないかドキドキだったが2人の反応から問題ないようだ。コキュートスは四本の腕で腕組みして満足そうに頷いているのと、撫でられ赤面したままハワハワしているシャルティアはどこか娘を愛でている気分になる。モモンガが今のナザリックを大切にする気持ちがわかった気がした。

 

(心からそう感じたのなら良いじゃない。()()()()も大切にしなければそっちの方が悲しいわでしたか・・・そう言ってましたね零さん・・・)

 

 自分の命を救ってくれた零を御礼に(何故かタイミングが悪くどこかの誰かが(背後に山羊頭の悪魔が見える)仕事を言いつけに来る)と誘った話題の映画のクライマックスで紆余曲折ありながらも最後まで共に戦った主人公とその相棒のモンスターが主人公を庇い重症を負いながらも最後のボスにとどめを刺す。

 

 そして力尽き消える寸前のモンスターが最後に飾ったセリフに年甲斐もなく泣いてしまった時に彼女が言ってくれた言葉は今も胸の奥で輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「とにかく俺はこれから作戦の調整に入る。お前も準備だけはしておけいいな?」

 

「・・・・・はい」

 

 部屋の机に例のアイテムを置いたウルベルトの背を見届け、ベルリバーは自分の部屋へと向かう。今の2人は宝物庫から神級装備を与えられている。

 

 あとはどこまでブランクを取り戻せるか・・・。

 

「明さん・・・本当にそれでいいのか?俺は・・・」

 

 護るべき人を傷付けてでも強行手段に打って出ようとする彼を心配するベルリバーの声はナザリックで使っていた()()()()()()()()の彼の部屋で虚しく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツアレ入りますよ」

 

「あっ、・・・セバ・・・さ・・・あな・・・たは・・・」

 

 今日はセバスたちがいる屋敷にレイナは訪れていた。目的は治療した女性の見舞いである。ベッドの上で身を起こす彼女は扉を開けてセバスと共に入ってくるレイナを見て口足らずながら尋ねてくる。

 

 一瞬見せた笑顔からは昨夜の狂乱は嘘のように思える。記憶操作は完璧のようで安心するが、さっきからセバスと自分を交互に見て不安そうなのは何故なのだろうか?なんか前もこんな事があった気がする・・・。

 

「良かったわ。私は貴女を治した者なのだけどどこかまだ痛いところとかない?一応治した者として気になってね」

 

「あ、それ・・・は・・・あり・・・が・・・とう・・・ござい・・・ます。おか・・・げで、とくに・・・もん・・・だい・・・はあり・・・ません」

 

「その声の方は・・・」

 

「それは長いこと使われなかったためでしょう。暫くすれば喉が慣れて昔のように喋れる筈です」

 

「そう・・・本当に録でもない組織なのね」

 

 セバスの説明にレイナは安心するも表情は歪み、それを許容する組織に腹が立った。あれほどに傷付くのを強制して使い潰す気満々ということはそれだけまだ囲っている女がいるという事だ。

 

「セバスはこれからどうするの?」

 

「これからですか?そうですね。また街を探索しようかと」

 

「そう、貴方なら問題ないでしょうけど。そいつらきっと報復に来るわよ?彼女も完全に傷が治ったと知られたら取り戻しに来るかもしれない」

 

「むう・・・」

 

 レイナの言葉にセバスが唸り、ツアレはまた連れ拐われる可能性に身を震わす。悪いことをした気分だが、無視もできない。

あの場にいたのがあの男だけではない筈だ。

 

 監視する者がいてもおかしくなく。セバス自身は自衛ができるが人間の彼女が病み上がりでなくてもそれが出来ないのはわかる。そうなると彼女の身をあんじて撤退したのは悪手だったかもしれないが命には代えられないだろう。

 

「だからあいつらが容易に来れないところに彼女を(かくま)う必要がある。(さいわ)い私はそこに心当たりがあるわ。彼女が動けるようになるまではここにいてもいいから。考えてくれないかしら?」

 

「・・・わかりました。貴女なら信じれます。ですがよろしいのですか?下手をすれば貴女も巻き込まれますよ?」

 

「今更よ。逆に囮になるでしょ?こんな美人が網にかかったんだもの。商品にしようと血眼でくるんじゃない?その美しい花の下に鋭いトゲ付きの猛毒持ちなんて知らずにね」

 

「ふふ、怖い御方だ」

 

 実力もそうだが、今の彼女は王国にとって大恩人にあたる。そのような者に手を出せば今のランポッサ王ならただの兵士ではなくガゼフ率いる戦士団を差し向けるだろう。レイナの不敵な言葉にセバスが笑う。

 

「あ、あの・・・む・・・りは・・・なさら・・・ない・・・で」

 

「ありがとう。心配してくれるのね。そうだ。まだ名前を聞いてないわね?教えてくれない?私はレイナ・ヴァルキュリア」

 

「あ、れ・・・イナ・・・さん。わた・・・しは・・・ツ・・・アレ・ツ・・・アレニ・・・ーニャ・・・ベ・・・イロ・・・ンです」

 

「・・・いい名前ね」

 

 心配してくれた彼女に名前を聞いてみると聞いたことのある名前にレイナの瞳が一瞬見開く。怪しまれないくらいによくよく彼女の顔を見てみれば、どうして気付かなかったのかとも思えるほど彼いや、彼女に面影が似ている気がする。

 

 

 

 

 

 それはアンデット騒動が治まり、復興も落ち着いて来た頃にニニャ個人から相談を持ちかけられた時だった。彼女たちが泊まる宿の一室に通されたそこにはモモンに扮した悟の姿もあった。

 

「レイナさんもですか」

 

「まぁね。それでニニャは私たち2人に相談って何かしら?」

 

 軽く挨拶してから用件を目の前の本人尋ねてみる。彼は落ち着かない様子で体を揺らすと一度大きく深呼吸を行い、決心したのか顔をあげた。

 

「お二人に相談したいのは・・・」

 

 それから語られたのは彼の生い立ちと捜し人である姉の捜索についてだった。貧乏だが森の木を伐採して平和暮らしていた故郷の村に貴族が訪れた。

 

 貴族は村の中から若い娘を集めるとその中から当時美人になると噂されていた彼の姉に目をつけた。無理矢理連れ去られようとする姉を庇おうとした両親は護衛の騎士に切りつけられ、命はとりとめたものの、後遺症が残ってしまった。

 

 ニニャは祖母に庇われる形で大好きな姉を連れていこうとする貴族の男を最後まで睨み付け憎悪を募らせていた。それからは姉を取り戻すため体を鍛え始めたがすぐに限界が来た。それというもの。

 

 「チームの仲間にも秘密にしている事です。ぼく、いえ、私は本当は女で男と偽って冒険者をしていました」

 

 「(ええええええ!!?)・・・そうだったのか」

 

 「・・・薄々は気付いてたけど。男にしては小柄だし、事情がありそうだから聞かなかったけど。今それを言うということは・・・」

 

 突然のカミングアウトに驚きをなんとか出さずにすんだモモンと女として彼女の動きに違和感を持っていたレイナはそれほど驚くことなく頷いて返す。

 

 「はは、レイナさんには見抜かれてましたか。はい。この後チームの仲間にも事実を話そうかと思います。いつまでも嘘をつくのは躊躇われて・・・お二人にはこれから頼む事も事ですから」

 

 「わかったわ。そこまで信じてくれたのなら私はできることは協力してあげる。モモンはどうするの?」

 

 「・・・君たちには最初の依頼に誘ってくれた恩がある。それがなければここまで矢継ぎ早にアダマイタントにはなれなかっただろう。冒険者のイロハも教えてもらったからな。俺も協力は惜しまない」

 

 「そんな・・・モモンさんならそれがなくてもアダマイタントになれてましたよ。・・・でもありがとうございます!」

 

 勢いよく頭を下げたこの時の彼女の笑顔は年相応の少女のものでモモンもレイナも見惚れそうになるほど輝いていた。できれば、彼女の姉を救うことでそれ以上の笑顔を見たいと思うくらいには。

 

 「(うおっ!?女だと意識してしまえば、そうとしか見えないなぁ。逆に気付かなかったのは失礼だったかな)う、うむ。気にするな。困っていたらお互い様だ」

 

 「(予想以上の威力ね。元々愛嬌あるから(わだかま)りがなくなるとここまでとはね・・・庇護欲を駆り立てられるわ・・・)そうね。今までの話でどんな案件かは予想できるけど最後まで話してくれる?」

 

 「勿論です」

 

 やはり彼、いや、彼女からの頼み事は行方不明の姉を探すことだった。貴族の元は訪れたが、知らぬ存ぜぬで追い返されたようだ。

 

 彼女も魔法の才能を見抜いてくれた師の元で修行するうちに世間も知ることができ、そうなるだろうと覚悟はしていたらしい、貴族が連れていった女を飽きれば捨てるなどこの王国では当然だった。

 

 それでも姉の行方を諦めなかったのは純粋にレイナもモモンも凄いと思う。普通なら絶望して心折れることだろうから。

 

 一応その貴族の名前を聞いたレイナは頭の中のブラックリストに載せておくとモモンがその名に反応していた。

 

 「どうかしたの?モモン」

 

 「いや、最近聞いたことのある貴族だ。依頼途中でうちのナーベとユーリにちょっかいをかけてきた奴がいてな。後で調べたらそんな名前だったと今思い出した」

 

 「っ!?あいつ懲りもせずに!またどこかで姉さんのような想いをする人が!」

 

 悔しそうに拳を固めて近くにあった台座に振り下ろそうとしたそれをモモンが包むようにして優しく拳を掴んで止めた。

 

 「いや、慰めにはならんが、今回ヤツの物見遊山は空回りに終わったようだ。大方ナーベやユーリの美しさに当てられて、そこらの娘では気が向かなかったのだろう。現にヤツはギルドに護衛として2人を指名していた貴族の中の1人だった。当然2度とこないよう手を打たせてもらったがな。君が君自身を傷つける必要はない。その怒りはヤツを殴るときにでもとっておけ」

 

 「・・・は、はい。モモンさん」

 

 なかなか良いこと言うものだなとレイナは感心する。スラスラと出たのは本来の鈴木 悟の優しさとモモンとしての男気からだろうか。今のでニニャの顔は真っ赤だ。

 

 「ふふ、さすがは漆黒の英雄様。乙女のハートを射ち抜く心得もあるとはね」

 

 「レ、レイナさん!?な、何を言って・・・!」

 

 「茶化さないでくださいよ。レイナさん。今のどこにそんな要素があったんですか?」

 

 本気で言っているのだろうか目の前の男は。端から見ていたレイナも少し頬が熱くなるくらいなのに、それを面と向かって言われれば意識は当然してしまう。現にニニャはさっきまでは幸せそうだったのに、今は不満げに頬を膨らませている。

 

 少し話が脱線しかけたが、概ね話しは理解できたので最後に彼女と姉の本名を聞いて解散の流れになった。

 

 

 

 

 まさか、こんなところでの探し人が見つかるとは運命とはこういうことを言うのだろうか。後で()に連絡をとる必要がある。

 

「じゃあ、色々手回しの用意があるから私はこれで失礼するわね」

 

「れい・・・なさ・・・ん・・・ほん・・・とう・・・に・・・あ・・・りが・・・と・・・うご・・・ざいま・・・した」

 

「貴女には返しきれぬ恩ばかりですね。何かあればこのセバス・チャン全力で力をお貸しします」

 

 2人に見送られレイナは屋敷を出た。

 

 人気がないのをあ確認してレイナはある人物にメッセージで連絡をする。

 

(もしもし、レイナよ。聞こえるかしら?ダイン)

 

(・・・「ちょっとお手洗いにいってくるである」)

 

 どうやら仲間たちと一緒のようだ。王国に発つ前に彼にはメッセージの呪文を教えている。この世界の人間が使えるか不安だったが、元よりあったがある国がそれを利用されて滅んでからは廃れてしまったが存在はしていたらしく。

 

 まだ彼からの発信は無理でもレイナから発信すれば繋がることがわかり。何かあればチームで一番冷静な判断ができる彼に連絡できるようにしていた。

 

 彼の準備が整うまで静かに待っているとダインから返事がきた。

 

(これはレイナ殿。久しぶりであるな。それで何かありましたかな?)

 

(ええ、この前頼まれた例の件で進展があったからね)

 

(!?っそれは本当であるか?)

 

(間違いないわ。容姿も面影があって名前も確認済みよ)

 

(それはいい報告であるな!すぐに話してもいいであるか?)

 

 嬉しいがすぐにそうしようとせずに知らせるかどうか確認してくるダインにやはり彼を中継役にしたのは正解だったとレイナは思う。

 

(待って、そうできたらよかったんだけどね。そうは簡単にはいかなさそうよ。八本指ってダインは聞いたことある?)

 

(・・・王国を裏を牛耳るという噂では・・・まさか!?)

 

(そのまさかよ。彼女の姉はそこの組織の娼婦として働かされていたわ。身も心もボロボロにされてね)

 

(・・・・・)

 

 メッセージ越しだが彼の怒りを感じる。それでも怒りに任せて行動しない彼は相談するにはドルイドとしての魔法適性でメッセージを教えれる事も含めて適していた。

 

 怪我の方は回復魔法で全快にしたので命に別状は無いことと今は一時的に身の安全も確保しているのを伝えれば彼はすぐに落ち着いたようだ。

 

(さすがはレイナ殿であるな。回復魔法では世界一かもしれないのである)

 

(嬉しい誉め言葉をありがとう。・・・だからダインには彼女以外の仲間にこの事を知らせてすぐに王国にこれる準備をしてほしいの。もし今の彼女にこの事を伝えれば準備もままならず、チームを抜けてでも来ることは想像に固くないわ)

 

(わかったのである。ペテルやルクレットには我輩から伝えるのである)

 

(そして今回の事で私は護衛に貴方たちを雇うことを冒険者ギルドに依頼するわ。人手はあればあるほどいいから。この前話したバオというリーダーがいるチームもいれば話をしてみてちょうだい。相手は組織。こちらも数を揃えないと不味いから)

 

(了解である。準備が出来たらすぐに向かうのである)

 

(細かい指示はまた後で出すから。よろしく頼むわ)

 

 メッセージを切ったレイナは次はモモンガにも連絡をとりダインに伝えた内容を知らせた。当然彼も知り合いの肉親にこの世の地獄を体験させた貴族への怒りが爆発した。

 

 彼を落ち着かせ、ならばヤツには因果応報な目に遭わせる作戦を次の会議で考えようと決める。途中から彼の声が少し震えていたような気がするがそんなに怖い声を出していただろうか?少しナザリックの影響を受けたのだろうかと考えながらレイナはメッセージを切った。

 

 レイナは路地裏から出ると王国の冒険者ギルドに向けどういった内容なら怪しまれずに依頼できるか考えながら足を運ぶのだった。

 

 

 



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41.第一王子と魔王の憂鬱

 

 

 王国の第一王子のバルブロは悩んでいた。それは貴族派閥から抜けてしまった貴族たちの事だったり、最近めっきり気力を失ってしまった自分だったりだ。

 

 当時は後継者を選ばない父に痺れを切らせ、貴族に言われるまま貴族派閥を代表し、その勢いを盾に王位継承を狙っていた。

 

 数ヶ月前に起こった正体不明の王国領土内にある村の襲撃者を討伐するため出陣した戦士長は危機に陥りながらも謎の魔術師や戦士に救われ、その証拠と捕虜さえ連れて凱旋してきたためにを凶弾することもできなかった。

 

 国の至宝である装備を奪われていたにも関わらず戦士長は無事戻ってきた。彼が失敗するなり、死んでしまえばそれを名目に王の衰退を白日の元に晒して王座の譲るよう脅迫するつもりであった。

 

 実の父に対してそこまでしようとしたバルブロを含む貴族派閥であったが、その思惑は打ち破られた形だ。

 

 王派閥の力を削ぐ処か、貴族派閥は手引きや口封じのために支払われた資金以上に王の怒りによって手痛いしっぺ返しをくらうことになる。

 

 あんなに怒りを(あらわ)にする父は幼少の頃、はしゃいで花瓶を割ってしまった時以来だった。王の私室にあったそれは使用人達からそんなに価値のあるものではないと知っていた幼いバルブロは悪びれもせずに貶してしまった時の事だ。

 

 最初は許そうとしてくれた父だがその事を言えば、怒りを爆発した父が立っていた。「壊したのは許す。しかし、貶すことは許さん」と聞けば大切な親友からいただいていたそんなに価値があるものではなかったが、王にとって価値以上に大切な花瓶だったのだ。

 

 それまでは温厚な父だと思っていた怒りの姿はバルブロの中で軽いトラウマになっていた。

 

 足の怪我も受けていなかったとき、まさにランポッサ王の全盛期とも言えた時代だった。そんな王の怒りを思い出し、目が覚めたバルブロは震えた。金さえ積めばどうとでもなると考えていた貴族は捕虜や証拠を潰したことで信頼を失っただけでなく、王の信頼する懐刀を侮辱したことで眠れる獅子を起こしてしまったのだ。

 

 「貴殿らは命をかけて民を救った戦士長やその恩人を愚弄するばかりで、任せろといった捕虜や証拠さえ消失したというのか?・・・それを甘んじて私が許すと?馬鹿にしているのか?」

 

 「お、王よ。そのような事は・・・」

 

 「言い訳は良い!!さっきから聞いておれば確かな証拠があるなかでも追求するのは襲撃者ではなく味方であるはずの戦士長への揚げ足取りや不満ばかり!貴殿らには失望したぞ。誰がそうしたかなどは聞かぬ。しかし、貴殿らへの信頼はもうないと思え」

 

 玉座に座ったまま持っている杖を地面に突き立てて、怒りを表した姿は当時を思い起こさせるのには充分で、そのあとすぐの会議で戦士団の部隊を増員する案が、反対する貴族の意見等は遠回しにせずに突っぱねて誰も文句が言えなくなってしまった。

 

 それは遠い昔だと思っていた・・・王の復活を物語っていた。

 

 今回の事で有力な貴族たちはこぞって王派閥に寝返り、残ったのは有能とは程遠い貴族しか残らなかった。バルブロ自身も王の姿を見て、今の自分を比べてどれだけ自分が天狗になっていたか思い知り、自信は打ち砕かれた。

 

 食事も喉を通らないほど食欲も失せて、鍛えていた体は頬が痩けるほどに細くなってしまった。密かに繋がっていた八本指から譲られた気分が優れる魔法の粉もあったがそれを使っても一瞬気分が高揚するしかなくなって今やタンスの肥やしになっていたので捨ててしまった。

 

 そんな自分を見兼ねた妻が話しかけてきたのでこれ幸いと事情を話してみれば「今頃気づかれたのですか」と呆れられた。思いの外口がよく動いたのは随分と弱気になっていたからだろう。くどくどと妻からの叱咤とともとれる励ましを受けて、なんとか持ち直した。

 

 それからはよく妻と話すようになった。知ってはいたが妻はしっかり者だ。ポウロローフ候の娘にしてみては教養はあるし、料理もできる。家事の全てを使用人任せにはしない。

 

 あまり貴族らしくないその事を今更だが訪ねてみれば、跡継ぎにと男児を望んでいた父だが、それに恵まれず女児であることからおざなりな扱いをしてくる父は嫌いで反面教師として見て育ち、いつでも家を出ていくことになったとしても生活できるようにしていたというのだ。

 

 正直貴方の妻にという話が出てきてからの掌返しに呆れてしまい話が進むにつれ態度が変わる父を母と共に軽蔑していたくらいでバルブロに会うまでは断りたい位だったと話されたときは変な汗が流れた。

 

 だがそれがいい流れになったのだろう。互いの本音をぶつけ合ったことで気を許せる関係に慣れた。今ではハッキリと妻を愛していると言えるし、悩みまでをぶつけた事で妻から「しょうがないですね。ではこうしたらどうですか」とアドバイスを貰えたり、自分で考えを吟味する機会が増えたことだ。

 

 王族だからと凝り固まっていた脳(魔法の粉離れもしたため)がほぐれ、これまで邪魔だと思っていた第3王女で(ラナー)が提案してきた法案を誉める妻のおかげか、うまくいけば王国の発展に繋がることがわかったのだ。

 

 特に街道の整備などは国の事業として行い労働者を雇えば金が回り、整備された道は通商のしやすさを可能にさせる。敵国である帝国もそれを積極的に取り入れることで発展していることは周知の事実であった。

 

 こうなるまではそんなこともわからず、帝国の癖に生意気だと言っていた自分の馬鹿らしさにバルブロはリアルで言うところの鬱状態に陥り、妻と話すことで今まで見えてこなかったものまで見えてきたことから反省しながらやっと盛り返してきているところだった。

 

 そして吉報が届く。今まで子宝に恵まれてなかったが妻が身籠ったというのだ。その知らせを受けたときのバルブロはまさに天に登るような気持ちであった。

 

 まだお腹はそれほど目立っていないが、そこに命があると思うと緩頬を隠せず妻をガラス細工でできているかのように大切にしていた。・・・しすぎてベッドで療養する妻に鬱陶しいから出ていけとまで言われてしまった。

 

 それまでの妻に話してからの過程や幸せはこれまでの自分考えを覆すのは簡単で。父が自分達に甘かった理由の一端を知ったこともあり、妻に感謝することで、これまでは女だからと言ってその美貌から黄金と称されるのをいいことに政略結婚への駒としてしか見ていなかったラナ―には実害を与えはしなくても悪いことをしたとさえ考えるようになった。

 

 悩みは尽きないが支えてくれた妻や生まれてくる子供のために、もう大丈夫だと胸を張るために。

 

 まずは今まで耳を傾けてさえいなかった事にも取り組み。今までの失態を精算しつつ、できれば瓦解(がかい)しかけていている貴族派閥に奇しくも中心にいる自分がまとめる事でこれ以上の王国の衰退を阻止しようと一念発起して城へと赴く姿は朝日を背に輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちの戦いはこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 とバルブロが踏み出した一歩先は・・・

 

 

 

 

 

 「ですから何度もお誘いしているのですが上手いこと逃げられる始末で、あとちょっとというところもあったのですが忌々しいブレインとかいう男に邪魔されましてね。しかし今度こそあのレイナという商人をものにして見せますよ」

 

 

 

 

 

 

 早くも暗雲が立ち込めていたのだった・・・.。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく城に顔を見せていなかったバルブロにその男は近づいてきた。バルブロが改心したことなど知らないこいつは意気揚々と言わなくてもいい裏事情まで話す。口が軽いのも合わせて関わりたくない相手だった。

 

 さっきからよくしゃべるこの男はつい最近貴族派閥に入った男で前の帝国との戦争で父親が戦死したことで家を継いだ長男なのだが、その台頭してからの行動は一人の女を愛するようになったバルブロが知れば速攻で殴る最低最悪の手段だった。

 

 男の領地は珍しい特産品等はないが、農業地帯としてはそこそこ生産量も合わせて王国の食料事情を占め、彼の父が生存している内はうまいことまわしていた。

 

 強いて言うなら女児を生む出産率が多く。男手は少ないが彼女らは手先が器用で織物などの生産も質と量共に高いシェアを誇り、それが皆美しいと言われるほど笑顔が絶えない村が多かった。その噂を聞きつけた男が嫁探しにくるくらいだ。

 

 それも男が領土を引き継いでからはそんな女達の笑顔はなくなった。皆が身を寄せあい家の中だというのに隠れなければ行けなかった。外に出るのは男か年老いたものだかりになった。

 

 原因は勿論美しいと言われる女達に目をつけた貴族の男。

 

 それは自分の領地にある村に住む女を手当たり次第捕まえては娼館に売り飛ばすというものだった。奴隷売買は件のラナーが摘発できるようにしたのだが、ギリギリのルートを通しており、法に引っ掛からないようにしている。そのルートが王国の裏にいる八本指によるものだというのはバルブロは知らない。

 

 どうしてこんな男が今や貴族派の中心にいるのは考えてみれば簡単だった。有力な貴族がいなくなり、焦った他の貴族がやたらと羽振りが良いこの男を引き入れたのだろう。

 

 父は優秀だったが子供がそうとは限らない処か劣悪であった。もう少しそこをどうにかできなかったのかと頭痛の種が増えるばかりだ。

 

 さっきから言っていることもこいつはどんな危ない橋を渡っているのか全然わかっていない。

 

 王国内の村々を襲っていた集団を撃退した上、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを窮地から救い王から直々に感謝を述べられた王国の恩人に手を出そうなどと、さらにガゼフといい勝負をしたブレイン・アングラウスを知らないとは世間知らずにも程がある。

 

 どんな経緯でそうなったのかは知らないがブレインを知っている者からすれば剣に生きる彼がただの商人娘の護衛をするはずがなく。

 

 彼がいるということは女は彼が興味を持つ実力の持ち主である可能性が高い。ガゼフ救ったと言う話がなければ普通なら彼は護衛として連れ立っていると思うのは無理ないことだろうが、目の前の不快な相手を生かしている事実から女が理性的で温厚な事が伝わってくる。

 

 女が王に謁見で来たらしいが引きこもっていたので姿は見ていない。だが周りの貴族達からの反応からとんでもない美人なのはわかるが・・・。

 

 「今度は王国の兵士をお借りしたいのです。そうすれば、あの女も素直に受けるしかあるますまい。そうなればあの女を・・・」

 

 「はぁ・・・」(そんなことをすればお縄にかかるのはお前だろう)

 

 思いはしても言う気にはなれず。つい最近のように国の兵士を貴族が顎で使える状態ではない。王が直々にそのようにしたからだ。それで兵士が貴族を不快にさせても一方的な解雇や罰を与えることはできなくなった。

 

 彼が考えているような状態にはならないとは思うが一応そんな事はないように兵士たちには通達しておく必要があった。

 

 久しぶりに出席した貴族派の会談後にこの男に捕まったのが不幸の始まりかとバルブロはすでに大半の力を失った貴族派からというより一刻も早く仕事を増やした目の前の男から離れたくて、やっぱり王派閥にいこうかなと深いため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ・・・やっと歩みだそうとした彼の第一歩は早くも躓きそうになっていることにバルブロは再び鬱という負のスパイラルに呑まれることなく、歩み続けることができるのだろうか?

 

 

 

 

 負けるなバルブロ!

 

 

 

 諦めるなバルブロ!!

 

 

 

 帰りに処方して貰った胃薬片手に歩めバルブロ!!!

 

 

 

 猛進せよ(MHIB的に)バフバロいやバフブロ!!!!

 

 

 

 諸悪(いつう)の根元たるハンt・・・ではなく、貴族(身内)を(せい)(誤字ではない)して!

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩、子供を身籠り安静にしていた妻の元に酒を片手に会いに行こうとした男が使用人に止められる姿があったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うむ。トブの大森林に住むリザードマンへの交渉は上手くいっているか」

 

 「はい。アインズ様や他の御方様がおっしゃっていた通り、まずは相手がどんな習慣で生きているか観察しその問題を解決することを引き換えに交渉をしてみれば感謝を返され無理なく傘下に納めることができました。他の部族もそれと同じく順調にいっていたのですが一つだけどんな交渉も受けず、ただ力を示せとしか言わなかったので・・・」

 

 (まずは話し合いから、相手がそれを望んだり、話を聞かなかったりしない限りは武力行使は控えていこうと、餡ころもっち餅さんら女性陣が中心に提案した事だな)

 

 「たしかリザードマンの大半の部族は人口増加の食糧難に苦しめられており、一部で行っていた魚の生け簀を改良案を条件にしたのだったな。うまくいけば流通させられるようになるかもしれん。最後のリザードマンの方にはコキュートスを向かわせたか・・・」

 

 「その通りです。リーダー格らしい腕が他のリザードマンより発達している者との一騎討ちを見事に勝利しました。問題なくその部族も傘下に。そしてこれが傘下に入ったリザードマンが持っていた珍しいアイテムで一つはフロストペイン。性能は低いですがこれを元に新しく作れば良い武器ができるかとあとは無限になくならない酒壺でしょうか?もの珍しいだけなのですが」

 

 (お酒が無限に?武器もそうだがユグドラシルにはそんなの無かったよな?お酒はアインズ・ウール・ゴウンのオフ会ぐらいでしか飲んだ事ないし、もしかしたら過去この世界に来たプレイヤーが作った可能性も・・・酒の方はどんな味か気になるな)

 

 「ほう、それは興味深いな。もう誰か試しに飲んでみたのか?是非鑑定に回して同じアイテムが酒毎に作れるようになればバーナザリックでの経費がかなり抑えられるだろう」

 

 「はい。味の方は後にバーを経営している(シモベ)に確認をとらせる予定です。良ければそのあと一時的にアインズ様の元に問題ないようでしたら持ってこさせましょうか?アインズ様が飲まれるほどのものではない気がしますが。その後は複製できるかどうかの実験を行います」

 

 (元貧民の俺からしたら何年物のワインとかの方が気後れして味わえないんだよな。その分無限に湧くお酒がどんなものなのか楽しみだな)「ああ、それで頼む」

 

 こちらの意図を聞かずとも汲んでくれるアルベドに感謝しながらモモンガは答える。

 

 ナザリックの円卓の間では今日もアルベドからの報告を聞くオーバーロードがいた。ちなみに最後の酒壺は持ち主が最後まで渋り、いずれ返すことを約束したことで渋りに渋りながらも渡していた。

 

 そんなオーバーロードを見る2つの視線。それは山羊頭のワールドディザスターという最高魔法使いであるウルベルト・アレイン・オードル。そして、口が全身に生えた異形で若いながらキレ者として活躍した魔法剣士であるベルリバーだ。

 

 「本当になりきってますねモモンガさん。正直元のモモンガさんを知らないとあれが演技だとは思えませんね」

 

 「元々ロールプレイをガチで楽しんでたからな。ここに来て役がハマったんだろう。しかし、いつも仲裁していたモモンガさんがああやってリーダーシップ発揮しているのは、たっちさんのいう通りだったわけだ」

 

 「ええ、今でもよく覚えていますよ。彼ならうまくやれると言っていたクラウン時代のたっちさんの言葉」

 

 2人の会話はモモンガたちには届いていないがモモンガは気が気ではなかった。レイナに召喚された仲間たちとは色々ドタバタしていたので気にする余裕もなかったが、今回はレイナも予想していなかった召喚に巻き込まれてきた2人はいつまでここにいられるかわからないが、興味あると言って見学だけでもしたいと言う2人を断りきれずに参加させた形だが・・・

 

 (くぅ~まるで参観日に親が見学に来るような緊張!当時は偶然仕事の休みが重なって両親ともこれた日があったのを思い出す!笑われてないか心配だなぁ~)

 

 モモンガは自分のロールプレイをガチで行う姿を見られてしまい恥ずかしいがなんとか焦ることなく社会人として培ったリアルスキルを総動員し、話を進めていく。

 

 「たしかパンドラには王国で借りている屋敷の敷地内に建てる予定のお店を任せたんだったな。そっちは順調か?」

 

 「はい。彼からの定時報告では貴族と一般市民両方のニーズを調査して、今ナザリックで作れる物で需要がありそうなもので売っても問題ないかの最終調整に入っているようです。いずれはカルネ村を中心に広げている農産物やリザードマンの里で獲れた魚も準備ができ次第出荷する予定です」

 

 「うむ。(うんうん。かなり順調だな。リアルの営業で相手のニーズに合わせてプレゼンするのは当たり前だからな。異世界にきたドタバタでそんなことも忘れていたなんて、実際に零さんは上手いこと顧客をしぼる事で無理する事なく利益を出している。それはあまり異世界に技術が洩れないのと洩れても問題はない程度のものらしいし)」

 

 もしお店が無事大きくなればナザリックの今後の活動資金の問題も少なくなる。狸の皮算用かもしれないがこの大陸で発展しているスレイン法国も元プレイヤーの影響で大国になっているらしいので余程奇を狙わない限りは大丈夫なはずだ。

 

 「さて、俺は久しぶりに自分の部屋に戻るか。アイテムの整理もあるしな」

 

 「では僕もそうしますかね」

 

 報告が終盤になってくるとウルベルトとベルリバーが席を外す有無を報せてくる。2人を交えたこの世界での変質した魔法談義はかなりためになった。

 

 いくつかの応用が進み。もしかしたら耐性があっても突破する方法があるかもしれないというゲームでいうところのバグを利用するような物だ。

 

 「そ、そうですか。ウルベルト様やベルリバー様にも最後まで聞いていただいて意見をと思いましたが・・・。都合もありますものね」

 

 ん?アルベドの様子が顔は平静を保っているが腰の羽が上下に揺れている。

 

 「勘弁してくれアルベド。今この世界情報をうまくまとめているのはお前なんだ。俺らが余計な口をだす必要はないだろう」

 

 「ええ、うまくいっているかみたいですし、我々は邪魔でしょうから。モモンガさんもここまで情報を集めた彼女にお礼の一つくらいあげたらいいと思いますよ」

 

 「べ、ベルリバー様!」

 

 最後の言葉にアルベドはまっ赤になって身をくねらす。何が邪魔なのだろうか?よくわからないが2人が去った後アルベドが急接近してきたのは驚いた。確かに彼女にはナザリックのほぼ全権預けているのだからその仕事量は半端ないだろう。

 

 ここはベルリバーのいう通り褒美の一つでもあげるべきか。

 

 「彼のいう通りだな。アルベド何かほしいものはあるか?できる限りの褒賞を与えよう」

 

 「あ、アインズ様。で、ではその・・・」

 

 アルベドはより身を捩らせアインズを見つめると意を決したように口を開いた。

 

 「アインズ様のk・・・いえ。その不敬ながら呼び方をモモンガ様にさせてもらって良いでしょうか?」

 

 「なに?そんな事で良いのか?もっとこう・・・ほしいものとか」

 

 「(本当は子供がほしいですが・・・さすがに・・・)私としてはそれで充分です!ただ他の者に示しがつかないので2人きりの時だけでも・・・」

 

 「(零さんともそんな約束したなぁ。そういえば零さんはウルベルトさんとベルリバーさんとも知り合いみたいだったな。リアルでの知り合いらしいけど・・・一体どんな関係なのだろう?いやいや、いまはアルベドの願いについてだ。・・・これはたぶんナザリックの設定上慕ってるっ事だよな。そういえば彼女の設定はどんなだったかな。たしかタブラさんは設定厨だったけど。その中に何か入れたのだろうか?確かにモモンガという名前も俺自身だ。そう呼ばれてもいいかもしれない)わかった。その願い聞き届けよう」

 

 「あ、ありがとうございます!モモンガ様!」

 

 先程よりも翼をバッサバッサ動かして満面の笑み浮かべて喜ぶアルベドともやもやした複雑な気分なモモンガがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、レイナからメッセージが届き、女の勘なのかモモンガの様子が変わったことに気付いたアルベドの嫉妬やら殺気やらで支配者は無い胃にダメージを受けながら、王国で起きた出来事を聞くことになるのだった。

 

 

 

 

 




 バルブロさんアニメ見返してわかったけど体格でかいね。

 それまではなんかイメージが痩せてた。

 何故だ。

 彼の扱いに迷いましたが、父の怒りを思い出して改心することに。父親って怒るとかなり怖いんですよね。


 気づかれていた方もいるとは思いますがアルベドさんはレイナの襲撃があったため設定を読まれることなく改編もされなかったのでそのまま。

 タブラさんがどういう意図でビッチという設定にして、それがどう影響するかわからんので優秀な秘書であり、愛しくは想いながらも少し控えめに求めている感じにしました。

 意味とか取り違えていたらすみません。
 


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42.戦乙女と少年騎士

 

 

 ツアレへの見舞いから数日経った。私の所には何もなかったが、セバスの所には貴族を連れた八本指の手先が来たらしい。要求は連れ去った女の引き渡しと慰謝料500金貨。それができないなら、ソリュシャンを引き渡せと。

 

 呆れたのは言うまでもない。その貴族は馬鹿正直に名前を名乗ったので調べるのは容易(たやす)かった。黒も黒。念には念を入れて裏に通じるクレマンティーヌにより細かく調べてもらったら、八本指に通じており、彼らの娼館に入り浸っているのも突き止めた。

 

 今すぐにでも突撃してしまいたいところだが。まだ証拠は充分でないのと大義名分がなければ王国に迷惑だけがかかるので指を咥えているのが現状だ。

 

 まずは彼女やその後の救出した女性の安全を確立するためにエンリたちやガゼフに相談して匿うことへの許可を貰う。話せばエンリたちも彼も快く引き受けてくれた。彼の家は他の家よりも丈夫で彼の名声もあり、迂闊(うかつ)には手を出せない筈である。

 

 しかし、それだけでは十全とはいかないので冒険者ギルドに依頼した護衛のチームを雇う。彼らもこの数日の内に密かに王国に滞在してもらっている。

 

 その時に予想通り、ニニャが姉にすぐ会いたいと急かしてきたが、今は目立ったことをすれば準備が整う前に襲撃されたり、逃がす切っ掛けになるのでエンリや漆黒の剣他のメンバーで説得して落ち着かせた。

 

 セバスへの警告から八本指が動くのはもうすぐの筈だ。奴らが行動次第、それを理由に襲撃をかける。それができれば正当防衛として王国で諸手を上げて八本指に大打撃を与え、うまくいけば今後の奴らの行動に制限をする事だってできるだろう。

 

 ここ最近はセバスと一緒に王国を見回る振りをして襲撃に備えている。あの時の光景を見られているのならと報復対象であるセバスとその連れをまとめて狙おうとしてくる所を待つ。

 

 襲撃があればすぐにソリュシャンがツアレを連れて屋敷を脱出。予め用意したルートを通ってガゼフ家へ避難。冒険者チームは市民の振りをするのと内部に潜んで護衛するのに別れて貰い。その後は火元を殲滅して、救出した女性たちは戦士団が後にガゼフ邸へと運ぶ予定だ。

 

 そこまでされれば奴らの上も黙ってはいないはず。何かしらの行動をとり、組織のメンツを守るために強引な手段を使ってくるはずだ。悟にも今回の作戦は伝えている。アダマンタイトなので目立つのは避けるため、作戦が始まってから文字通り転移()んできてもらいその騒動に偶然を装って参加してもらう予定だ。

 

 今までの悟が積み重ねた紳士な冒険者の肩書きがあれば、なんの疑いもなく人々は受け入れるだろう。

 

 ここまでは順調だ。しかし不安が尽きない。それは今回の件を悟にも伝えた際に出会ったウルベルトこと明とベルリバーの隼人の様子がおかしかったのだ。

 

 話しかけても別の事を考えているのか上の空で、かと思えば。

 

 「何だったら俺がそいつらを街ごと消してやってもいいぞ」

 

 「な、何をいっているの?」

 

 「そ、そうですよ。ウルベルトさん。街には一般の市民が他にも・・・」

 

 「そんなのわからないだろう?市民のふりして逃げる貴族だっているはずだ。ここまで王国が腐敗したのもそれを黙って見ぬふりしていた奴等なんて同罪だろう?」

 

 今回の作戦を悟と話していると割り込んだきた上にあまりの過激な発言。彼らの中にもまともな貴族はいると言って悟も説得してくれるが、彼が意見を変えることはなかった。

 

 「・・・ところではや、ベルリバーはどうなの?」

 

 「・・・僕もウルベルトさんの意見に賛成だ」

 

 「そんな・・・」

 

 一縷(いちる)の望みにかけて彼にも説得してもらおうと意見を聞いてみるが彼も是と答えるがすぐに視線を切った。その反応から彼は積極的にはそう思っていなさそうであるが・・・

 

 「それはあまりに短絡過ぎるわよ。その国の住民だからと虐殺するのは余計な反感を生むし、のちに語られるのは大虐殺者の汚名だけよ」

 

 「死人にくちなし。長い年月で肥えてしまった支配者層は一掃するしかないだろう?今後の事を考えるなら劇薬が必要なのはわかるだろう」

 

 「貴方が言うのはあまりにリスクが高過ぎる。今回は今ある国を建て直せるかどうかよ。それで上手くいく保証はないわ。出来てもいつか限界を迎えて滅ぶのが当たり前よ」

 

 「どんな歴史でもそうだろう?太古のローマしかり。あとは俺たちの力は圧倒的だ。そんな暴動の100や1000怖くなどないだろうに」

 

 あの理不尽な世界を変えると決めた彼らしからぬ発言に自然と視線がきつくなる。

 

 「あなた今の自分が何を言ってるか理解してる?あいつらと同じ事をするつもり?」

 

 「ま、まぁまぁ零さんもウルベルトさんも落ち着いてください。でもウルベルトさんが言っていることは承服しかねます。力があるからこそ、それだけしか振り回せないようではこれからもそれに頼るしかなくなりますし、相手も力を持って反撃してくるでしょう?」

 

 「ふん、昔の友の言葉より、最近会ったばかりの女の意見をとるのか。薄情な奴だな」

 

 「なっ、そんなつもりは・・・」

 

 ユグドラシル時代は揉め事の仲介をしていたモモンガもヒートアップしかけている私たちを宥めてくれようとするがウルベルトからの心無い言葉に動揺してしまい会議は想定よりもかかる事になった。

 

 「・・・わかった。ベルリバーとウルベルトはもしもの時の援軍でお願い。間違っても王国を焦土に変えるような事はしないで」

 

 想定外の召喚だからこそか2人に協力を頼めそうにはないので無難な所に落ち着ける。

 

 リアルでは協力してきた仲間たちの間に軋轢が生じる。目の前にいるのが本当に自分の知るウルベルトなのか。最初に出会った時と比べて雰囲気までが種族である悪魔そのものになってしまったかのようだ。

 

 あの世界で大勢の敵を作ってもこんな問答無用に市民を傷つけることはしなかった彼だ。なにか理由があるのだろうかと考えるが心当たりはない。聞こうにもそんな雰囲気でもなかったので会議はそこで重苦しい空気のまま解散することになった。

 

 

 

 

 部屋から早々に出ていくウルベルトにレイナは立ち上がると彼の背を追う。その姿をモモンガとベルリバーは止めることなく複雑な心境で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦の通りセバスと見回りしていると、幼い子供を袋叩きにしている柄の悪い男の集団に遭遇した。周囲の反応から子供が大人たちに誤って体をぶつけたのが事の発端らしい。

 

 なんて下らない理由だろうか。どうやらこの地区は貧困層からなり、治安も悪いのだろう。誰もが酷いと思っていても遠巻きに眺め、横暴な男たちのやりたい放題であった。

 

 そんなのを見逃せるはずがなく。野次馬たちの隙間を縫って男たちから子供を護るように立ちはだかる。こちらの制止も聞かず再び子供を蹴ろうとした男から子供を守るために身を挺した際にフードが外れて素顔を晒すとを男たちが驚くと同時に気色ばみ、夜の相手をしてくれるなら見逃してもいいとゲスな笑みを浮かべ、私の手を掴もうと腕を伸ばしてきた。

 

 「あなたのような者が彼女に触るのは許しません」

 

 「なんだ。このじじっ!?」

 

 いつもより厳つい表情をしたセバスが腕を掴んで引き離すと男を絶妙の手加減で張り倒した。仲間がやられたことで怯んだもののその恐怖より私へのいらない欲の方が勝ったらしく男が2人向かってくる。呆れた私は傷に障らないよう子供を抱えて彼の邪魔にならないよう退避しておく。

 

 左右から彼を同時に攻撃しようとした男たちをほとんど同時に倒したように周りからは見えただろう。実際は僅かに攻撃が先にくる男にクロスカウンタ―を決めたあとに、振り向くこともせず裏拳で後の男を気絶させた。

 

 今度こそ怯えて去ってくれるかと思いきやゾロゾロと他の建物から柄の悪い男たちが現れた。

 

 「いいねぇ。俺たちも混ぜてくれよ」

 

 「ああ、いいぜ。いくらこの爺いが強くてもこれだけいりゃぁ・・・」

 

 気のせいでなければ男たちいや、もう野蛮人でいい。はセバスではなく私にロックオンしている。彼の攻撃がほとんど見えなかったのも拍車を掛ける原因か。彼だけなら深追いすることもなく去っていっただろうが完全に自分がこの状況を招いたことに謝りたくなった・・・。

 

 「ごめんなさい。セバス」

 

 「貴方様が謝ることはありませんよ」

 

 「へへ、諦めたかよ。だが許さねえぞ」

 

 というか口に出してた。セバスは幾分か優しく微笑み。周りの男たちは何を勘違いしたのか余裕の表情を浮かべている。

 

 怪我をして動けない子供を庇っているのも漬け込む隙にしか見えなかったのだろう。合わせて数にものを言わせて人質に捕るつもりなのかジリジリとセバスを警戒しながら近付いてくる。

 

 そうして男たちが私を取り囲もうとしてきたその時。一人の青年が私を護るように飛び込んできた。他にも一般人であろう男女関係なく取り囲む野蛮人から私たちを護るように割り込んでくる。

 

 「助太刀します!」

 

 「あなたたち!いい加減にしなさい!?」

 

 「もう見ちゃいられねぇ!久しぶりに鶏冠(とさか)にきちまったよ!」

 

 「子供をなぶるだけじゃなく飽きたらず。女にまで!このクズ共め!」

 

 「くそ!?なんだこいつら!?邪魔しやがって!怪我したくなきゃそこをどけ!!」

 

 「うるせぇ!いつもいつも他人に絡みやがって!迷惑なんだよ!!」

 

 どうやら日頃から野蛮人はここでは目の敵にされていて、今回のことで我慢の限界を迎えた市民が立ち上がったようだ。

 

 「皆さん・・・ごめんなさい」

 

 「嬢ちゃんが謝ることないよ!こいつらはいつもこうなんだ!」

 

 「そうだ!あんたらが前に出てくれたおかげで踏ん切りがついたぜ!逆にありがとうよ!」

 

 「いくぞ!てめぇら!もうお前らにでかい顔させねぇぞ!」

 

 「ぐっ!貴様らぁ!!」

 

 まさかここまでの騒動になるとは思わず再三謝ると何故かお礼を言われた。セバスや最初に助けに入ってくれた少年もどこか嬉しそうにしているのは何故なのか・・・。

 

 こんな中で子供を預けてセバスと一緒に撃退するもの空気が読めてないようで気が引けるので、野蛮人どもは彼らに任せて、怪我した人がいれば必ず治そうと誓った。

 

 

 

 結局は野蛮人たちは己らの不利を悟り、これ以上手を出すことなく退いて行った。これで彼らは厚顔無恥でない限りここにはもうこれないだろう。

 

 一番近くにいたおばさんが私の顔にハンカチを当ててくるから何事かと思えば、そういえば子供を庇った時に靴先が頬にかすっていた気もする。特に痛みは無かったので気にしなかったが痕がついてたかもしれない。

 

 ハンカチを当てながら何度も謝ってくるので、こっちが悪いことしているみたいで申し訳なかった。大丈夫ですと笑みを浮かべて言ってもなんてできた(ひと)なの・・・と涙まで流される始末・・・。

 

 なんとか話を変えたくて抱えた子供の容態を確認する。怪我は酷く骨折はいかなくてもヒビははいっていそうで苦しそうだった。野次馬から最初に飛び出してきた少年がポーションを惜しげもなく使おうとしていたので、それを止めて回復魔法をかければたちまち顔色は良くなった。

 

 途端に周りがさらに喧しくなったのですぐにその場を去る。今の騒ぎで八本指の網にかかるとは思うが・・・。誤算なのは子供にポーションを飲ませようとした少年がついてきてしまったことと。

 

 その少年が私たちというよりはセバスに戦い方を教授しにもらいに来たことだ。

 

 

 

 

 

 

 第3王女ラナーに忠誠を誓ったクライムはある酒場を訪ねたその帰り道。子供を集団で痛めつける現場を目撃した。

 

 正義感に駆られたクライムが放っておける筈がなくその集団に食って掛かる前にそこへ介入する男女がいた。一人はガッチリとした執事服の老人でもう一人のはフードを被っていたが声とマント越しでもわかるスタイルで女性だとわかった。

 

 2人は男たちにやめるように止めるが奴らはあろうことか地面に転ぶ子供に追撃をかける。フードを被った人が子供を庇い男の蹴りが顔に命中したように見えた。いや、したのだろう。

 

 その拍子にフードが外れ蹴られた頬に土が付いている顔が現れた瞬間世界が止まった気がした。

 

 この王国でその美しさから黄金と呼ばれるラナーを敬愛しているクライムからしてもその美しさは見惚れてしまうほどで、ラナーが可愛らしいと表現すれば、彼女は凛としたもので、黄金とは逆の白銀の髪も合わさり。

 

 日に照らされた輝きは真逆の美しさと表現できた。吸い込まれるような碧眼はできればずっと見ていたいほどであったが、すぐにまずいと思うもすでに遅く。男たちは子供ではなくその女に標的を移してしまった。

 

 男たちは女に不快にさせた罰として名状しがたい要求を突き付け連れ去ろうとする。男の野太いだけの汚い手が女に伸びそうになったその時、止めたのは執事服の老人。いつの間にか男と女性の間に入り込み、邪魔だと退かそうとする男を地面に沈めた。

 

 何をしたのか全く見えなかった。いつの間にか男は白目をむき地面に横たわっている。お城で鍛えられているクライムが目で追うとこさえできない強さ(ナニ)か。

 

 最初は老人の隣にいる美しい女に邪な目を向けていた男たちも執事風の老人が訳もわからず仲間を1人倒す(?)と焦り、2人が挟撃するもこれもまた一瞬で沈める。

 

 これで男たちは恐慌状態になり、逃げ去ってくれればよかったが最悪なことに女性の美貌は罪だと言うように他の荒くれものたちを呼び寄せてしまった。協力しておこぼれを貰おうと考えているのだろう。この時すでに怒りが爆発したクライムは覚悟を決めた。

 

 男たちいや、もう荒くれものだ。が子供を庇い動けない女性を人質に捕ろうと動くのと同時にクライムは女性を庇う位置に飛び出していた。だが驚くことに彼だけではない。ただ静観していた一般市民までもが女性を守るために立ち上がったのだ。

 

 正しい行いに皆が感化され行動する。その事にクライムは身体中に力が湧いてくるようで、目の前の荒くれたちが自分よりも体が大きいことなど最早関係なく。たとえそれが全体の一部だとしても高揚は止められない。

 

 いつでもかかってきてもいいように身構え荒くれものを見据えた。

 

 

 

 

 荒くれものは悪態をつくと逃げるように去っていった。

 

 多勢に無勢だったのだ。無理もないだろう。安心したが少し残念だと思う自分に叱咤する。数による形勢が良い事に粋がるというのはさっきまでのアイツらと一緒だ。

 

 女性は年配の女性にハンカチを当てられている。もう大丈夫ですからと笑顔を浮かべる女性に女の顔は命とも言われてるのに気にしないその姿と人柄に改めて見惚れてしまいそうになるが、彼女の腕に抱えられている子供の怪我が気になり、一言告げてから女性と子供の側に近寄り確認してみる。

 

 思った以上に怪我は酷く。男たちが容赦なくいたぶっていたのがわかる。もしもの時のためと用意していたポーションを使おうとすれば止められた。

 

 誰だろうあの子供を庇う女性だった。ポーションは勿体無いとでも言うのだろうか。だとすれば少し失望してしまいそうになるが、それは次の行動で霧散してしまうどころか天元突破してしまった。

 

 どこかで聞いたことのある回復魔法を唱えると子供の傷は最初から無かったように消えてしまう。顔色も戻り、意識さえ取り戻した子供は戸惑いながらもお礼を言っていた。

 

 それを見た周りが聖女さまだ。いや女神だろうと騒ぎ出すと女性は少し慌てて執事服の老人に話しかけてから、しかし子供を優しく離すと2人で早足で立ち去ってしまった。

 

 そんな2人を見失わないようクライムも慌てて立ち上がると急いで追いかけた。

 

 

 

 

 

 クライムはここにくる前酒場で蒼の薔薇ガガーランとイビルアイに会っていた。ガガーランは戦士長との鍛練で一矢報いた事を報告すれば誉めてもらえたが、イビルアイからは逆に厳しい言葉をいただいた。

 

 才能がない。

 

 自分でもそうだろうとは思ってはいてもハッキリと言われて落ち込まないやつがいるだろうか?

 

 励ましかどうかは判断できないが別の道を探せと言われても自分には剣以外に捧げれるものなどひとつもない。もともと恩あるラナーに拾われなければ命だってあったかどうかもしれないのだ。

 

 すぐに言い過ぎたと謝られたが、普段はあまり話さない実力者である彼女が口に出してまで忠告してくれたのだ。今の鍛練で足らないならもっとすれば良いと逆に開き直る切っ掛けになったので感謝しており、謝罪もあったので不快な気分ではなくなった。

 

 さすがはアダマンタイトの英雄たちの一員だと感動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・話してる途中で大量に運ばれてきた酒場の飯を美味しそうに食べている見た目通りの子供っぽい姿を除いて。

 

 いや、別に悪いことではない。ただ一体体のどこに入っていっているか不思議で驚いただけだ。過去の英雄には健胃家が多いともきく。彼女もそうなのだろう。

 

 仮面を器用にずらしたまま食べるイビルアイによく食べる人だったんだなぁとふと向けた彼女と向かい合うガガーランが酒の入ったジャッキを持ったまま目を白黒しているのはなんだったのだろうと思い出しながら。

 

 行き詰まっていた矢先に現れた真の強者の行動と実力。

 

 あれの一つでも覚えれたら自分は更に上にいけるはずであるとクライムは必ずものにして見せると足を早めた。

 

 彼は知らないがそれはレイナに師事をこう前のラキュースとほぼ同じであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 「それではまず始めに幾つか質問をさせてください」

 

 クライムと名乗った少年の強い眼差しに興が乗ったのかセバスはそんなことを言い始めた。八本指と事を構えようとしている身としては教えている暇はない気もするが、同レベル帯の者が来ない限り苦戦はないなりの余裕なのだろうか。

 

 余裕はあっても油断をするつもりはないが能力不明のタレントや装備があれば苦戦はするかもしれない。今回のことで彼が遅れをとるなど想像できないが、私がカバーすれば大丈夫だろう。

 

 そんな事を考えている内にセバスの質問は佳境(かきょう)に入り、少年クライムにどうして強くなりたいのかと聞いた、きっとその答えによってどうするかが決まる。

 

 クライムはなにかを思い出すように目をつむり再び開いたときは先程よりも強い光を宿しており只一言。

 

 「漢ですから・・・」

 

 その瞬間彼はセバスに気に入られたのだろう。セバスは頷くと良いでしょうと承諾していた。まずはどんな鍛練を行うのか決めるために彼が今帯刀している武器を見て、セバスはそれが鍛練用のやつであることをすぐに見抜いていた。

 

 こういうのはどこで決まるのだろうか?創造された時のそうであれという願いからなのか。もしくは子が両親に似て育つことがあるように彼らも親に似てくるものなのだろうか?しかし、元はそうであったとしても経験くるだろうこれはどうなのだろうか?

 

 剣の次は彼の手を見ているセバスはそれが努力を惜しまない手だと誉めて謙遜するクライムに厳しい言葉を投げ掛ける。

 

 「しかし、貴方には努力することはできても才能がない。そうなると私ができるのはほんの僅かな後押しくらいですね」

 

 努力は裏切らないとは言えない。リアルでもこの世界でもそれは結果として現れる。嫌な世界ではあるが、結果が全てではないという言葉もある。その過程で得られるものもあれば失うものだってある。しかし、少しでも彼がなにかを守れる力がほしいというのなら、彼が手を貸したいと思うのは自然なことであった。

 

 がその後押しがとんでもないものであった・・・。

 

 次の瞬間本当にとんでもない殺気がクライムを襲う。歯を食い縛り、足に力をいれてもその圧だけで少年の体は後退し、今にも逃げ出せと本能が叫んでいる状態だろう。

 

 だが、すでに目の前に迫る拳はあと数刻もせず己の命を絶つだろうことは明白で、その迫る死に絶望しかけた彼の中で大切な者の笑顔が浮かんだ。

 

 路地裏に剣圧ではない拳圧による突風が吹き。哀れ志し半ばで少年騎士(クライム)は頭を割られ、その生涯を終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・そんな事はなくセバスの一撃はクライムの横顔スレスレを通り、空振りした。

 

 彼は今にも諦めてしまいそうなギリギリの中で意識を繋ぎ止め生存できる方法を掴み取った。

 

 ドっと汗を流して彼は両膝を付く。そんな殺気もすでにユグドラシルの最強のポテンシャルを秘めた体を持つ自分は少し強い風が吹いたくらいにしか思わないのだから人外としか言いようがない。だがこれで彼の精神力はこの時をもって一皮剥けたと言えるだろう。そして・・・

 

 「女の方は毒が効いて動けなくしたあと拘束して持っている解毒剤を与える。あんな上物ただ殺してしまっては上に何を言われるか・・・」

 

 「あの爺いの孫娘か?なら丁度いい見せしめにもなるだろう」

 

 「たまたまいた一般人だろうが関係ねぇ。運が悪かったのさ」

 

 「男たちは殺してもいいんだろ?なら楽勝だ」

 

 「上に渡す前に俺たちで楽しもうぜ。前さえ使わなきゃ。言い訳はたつ」

 

 ・・・タイミングがいい。どうやらついにおいでなさったようだ。セバスが彼に殺気を込めた拳を振るった後で良かった。もしその現場に居合わせてしまっていたら彼らは戦意喪失して、襲撃がなかったかもしれない。

 

 しかし、セバスの孫娘だと思われたのは意外だったが、本日2度目。わかっていても自分がその対象にされるのは気分が良いものではなかった。諜報スキルを持っていなくても聞き耳をたてれば聞こえるのでたいした実力は持っていないと思うが・・・。

 

 「・・・お客様のようですね」

 

 彼を助け起こしたセバスも気付いた。えっ?と反応したクライムの声を合図に通路の前に3人後ろに2人と計5人で挟むようにして私のより黒めのフードマントを着た暗殺者が現れる。

 

 さっきまではまとまっていたのに前後をとる行動は速いが、やはり身に纏う強さは遥かに格下。クライムも今なら数で攻められなければ十分勝てる力量だろう。

 

 「どうやら用があるのはこちらのようです。クライム殿は本調子でないようでしたら、ここは任せてもらっても良いのですよ」

 

 「いえ、私も及ばずながら助太刀します」

 

 前後をとられようがセバスと私で鎮圧は問題無さそうなので下がるよう言ってみるが、やはり彼は巻き込まれたというのに手助けしてくれるようだ。前に3後ろに2ならば・・・

 

 「ではレイナ様。後ろの2人をクライム君と一緒に対応してくれますか?」

 

 考えているとセバス方から提案があった。

 

 「え?レイナ殿もですか?」

 

 セバスの言葉にクライムが疑問を口にする。まぁさっきは回復呪文だけで私の実力は知らないから無理はないだろう。逆に回復魔法に特化していると考えられているかもしれない。セバスの殺気に耐えれたところでわかりそうなものだが、よく考えたらあの時にそんな余裕はなかったのだろう。私は愛用の剣を見えるように構えながらそう告げる。

 

 その剣をみたクライム君が息を飲むのが聞こえる。やはりこの剣は目立つのだろうか。

 

 「あら心配してくれるのは嬉しいけど大丈夫よ?剣の方が得意だしね。ところでセバス。逆でも私は構わないわよ?」

 

 「いえ、実は少々暴れたい気分ですので少しでも数が多い方が好都合でして」

 

 それでいいと思うも一応聞いてみれば、なにやらかなり物騒な事を口にするセバス。ほら、近くで聞いていたクライム君もええっ!?と先程よりも驚いた声を出している。

 

 ・・・よく見れば彼の表情はいつもの通りだが、目は少し赤く光り、両手の握りこぶしから鳴ってはいけない音が・・・もしかしてセバス今すこぶる機嫌が悪い?(レイナが襲撃者の声聞いていたようにセバスも聞いており、孫娘と聞いたときは満更でもなかったが、そのあとの一般人であろうと巻き込もうとする性根やそんな彼女を汚そうとする声にたっち・みーより引き継がれた正義の心が燃え(たぎ)っていた)

 

 「さぁ、少しくらい根性をみせてもらいたいものですね?」

 

 セバスではなく背を向ける私たちに投げられた毒ナイフをセバスが指の間で全て掴みとり投げ捨てると無慈悲で無駄な忠告をするのだった。

 

 

 

 

 

 最後の一人はクライムの機転で倒された。

 

 すでに他の襲撃者はセバスとレイナによって倒されている。

 

 瞬殺であった。女だと思って油断した男は首筋への一撃で気絶させられただけで首が飛ばないだけマシだった。その早業にクライムは戦闘中だというのに驚いたが相手も驚いていたので隙を狙われる事はなかった。

 

 セバスが担当した3人は悲惨の一言で、生きてはいるものの顔面は気絶しない絶妙の手加減された往復打撃(ビンタともいう)によってパンパンに膨れてしまって原型を留めていない。

 

 そうした本人はまだ満足していないのか。体の埃を払うしぐさをしながら、「こんなもんですか。サンドバッグの方がまだマシですね」と言って、倒れて命乞いをする暗殺者たちを一人を残して気絶させた。

 

 残されたのはまともにしゃべれそうな者であったが腐っても暗殺者。口は固いかと思われたが、セバスの傀儡掌(くぐつしょう)と呼ばれる相手を自分の命令を聞くように操れるスキルによってどこで今回の襲撃を依頼されたのか暴き、事前に調べていた位置と合致すると作戦を実行するのだった。

 

 



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43.戦乙女とウルベルト

 お気に入り登録や誤字報告ありがとうございます!

 増減するお気に入りに一喜一憂してますが、

 これからも更新はしていきたいと思います。

 リアル世界とのリンク タグの追加あります。


 

 

 ~レイナがセバスと共に王国をまわる前~

  

 

 「ふう、アインズ様から直々に指示を任されましたが、なかなか大変ですね。おかげで調査対象である聖ローブル王国の調査も思ったより進んでおりません。まぁ無理はするなと言われておりますがいつまでもアインズ様のお優しさに甘える訳にはいけませんからね・・・」

 

 ナザリックの廊下を進むデミウルゴスは疲れたようにため息を吐くと落ちかけた眼鏡を直した。

 

 思い出すのはこの世界に転移する前。ユグドラシルでのこと。その時のナザリックに住む者たちは今のように自由に動けることはなかった。

 

 せいぜい守護する階層を巡回するのが関の山で、守護者統括という重要な位置にいる彼女さえ、この世界に転移する時まで玉座の間を動くことさえ出来なかった。

 

 そのためナザリックを維持するための資金はその(ことわり)なく動ける至高の御方たちのみが外から得ていたと記憶している。

 

 至高の御方を除けば知謀に優れるとされる自分が不完全な記憶を持っていることに疑問もあるが、きっとあの大戦以降ろくに活動してなかったために劣化してしまったのだろうと自分の怠惰に叱咤する。

 

 この世界に来て良かったと思うのはその理から外れることができ、こうして御方の役にたてることか。

 

 (まぁ、厄介な人間まで連れてきてしまったのは誤算も良いところですが、今は協力関係を結べているのですから。普段なら裏切りに注意するところですが、彼女の善性から余程の事がない限りそのような事態にはならないでしょうしね)

 

 気に入らないがこれまでの人間の動きからそうはならないだろうと言うのはわかる。勿論、そんなことが起きれば容赦なく倒す所存だ。出来れば監視をつけて動向をより細かく知りたいが、アインズ様から極力控えるように言われ、それらの情報はニグレドが管理している状態だ。

 

 口惜しいが至高の御方からの指示は絶対だ。だがもしも、あの人間が裏切るようなことがあれば・・・大損害を被るのは間違いない。そして今回の調査と平行して進めている今でも十分とは言えない消費アイテムの生産と確保。

 

 特にスクロールの生産については御方自身から情報を得るために始めに捕まえた人間たちを有効利用した結果。ある程度目星がつき始め、その計画で彼女の体は貴重で役に立つ可能性が出てきた。

 

 懸念するとすれば、至高の御方を召喚できる事か。ただの傀儡にしてしまえば、その力が永遠に失われるかもしれない。どうにかしてその力を奪うことができればもしかしたら悲願でもある己の創造主だけでなくナザリックの残りの至高の御方全てを呼ぶことも可能かもしれない。そんな可能性を潰すかもしれないと考えればすぐに殺すのは愚の骨頂。

 

 味方ならこれからも役に立たせ、いざ敵対しようものなら死さえ生ぬるい生き地獄を永遠に味遭わせる事になるだろう。

 

 どう料理しても美味しい。リスクはあれどそんな人間とすぐ手が届く位置である協力関係を結べたのだからアインズ様は深慮だけでなく度量も遥か高みにある存在なのだ。

 

 改めて至高の御方の偉大さを噛み締めながら廊下の角を曲がろうとしたデミウルゴスはその先にいる存在に思わず角から身を乗り出す前に足を止めた。

 

 山羊頭の悪魔である者が歩いていたからだ。

 

 間違いない。もう一度会いたいと何度も焦がれた人物。自分の創造者であるウルベルト・アレイン・オードル。ワールドディザスターと呼ばれる最高魔力詠唱者であった

 

 「ウルっ!?」

 

 「ちょっと待って!明に話があるの」

 

 思わず、名前を呼んで駆け寄ろうとすれば、その前に例の人間が彼を呼び止めた。どうしてここにあの人間が・・・しかし、アキラというのは知らない。ウルベルト様をそんな人間臭い名前で呼ぶなど、今すぐ殺してやりたいと思うが、そのウルベルトはその名に反応していた。ごく当然のように。まさかウルベルト様さえ召喚できたということなのか・・・。

 

 「どうしたんだ。零、少し考えたい事があるんだ。ほっといてくれないか?」

 

 「そんなことできるわけないじゃない。どうしたの?全く貴方らしくない。明は何を焦っているの?」

 

 「・・・なんのことだ?俺が焦る?つまらない冗談だな。つくならもう少し面白いのにしてくれよ」

 

 「誤魔化すのは貴方の悪い癖よ。どうしてそんなにつき放そうとするの?・・・私になにか隠してるでしょう?」

 

 角に隠れながら2人の会話を盗み聞くがどういうわけか2人はピリピリしながらも気安い雰囲気があることにデミウルゴスは困惑する。人間と悪魔。善であるヴァルキリーと悪を掲げる魔法使い。いったいいつ接点をもったというのだろうか?

 

 それがわかるかもしれないとデミウルゴスは盗み聞きをしている主への不誠実への嫌悪よりも興味が勝り、罰を受けることも覚悟した上で、そのまま聞き耳をたてるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 普段とは違う彼が気になったレイナはいてもたってもおれず追ってきたが、こちらの呼び掛けに彼が反応し、そこからいつもの彼らしさについ先ほど感じていた疑惑が解消し安心する。

 

 リアルでは今後に計画を考えている時の彼がそうだった。つい感情がでて、素の口調になってしまうが特に気にすることもないだろう。

 

 「どうして構うんだ?突き放しているのがわかるならそうしてくれた方が助かるのだが・・・」

 

 「一体どれだけ一緒にいたと思っているの?自分ではわかっていなさそうだけど、色々抱え込んでいる時の貴方は危なっかしいのよ。・・・仲間でしょ放っては置けないわ」

 

 「!?っ」

 

 レイナの言葉にウルベルトは彼女の目を見ることができないでいた。そこにはリアルで自分に向けていた信頼が込められていて、そんな彼女の目を直視できないのは罪悪感か。

 

 

 

 

 あの日。

 

 

 

 

 

 ついに世界革命が動き出そうとした矢先に起きた暗殺未遂事件。

 

 

 

 

 入念な準備と信頼する仲間の警備に護られていながら起きた超々遠距離からの狙撃。

 

 

 

 

 

 声明を出すため壇上に上がった革命家の狙った一発の弾丸。

 

 

 

 

 

 只の弾丸ではないそれは防弾ガラスを容易く破ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局は目標である革命家の命を散らすことなかった。

 

 

 

 

 

 

 だが・・・

 

 

 

 

 

 

 一番近くで支えていた者が身代わりで受けることになった。

 

 

 

 

 

 

 「あ、明・・・」

 

 「零、零。また会えた・・・ううぅ」

 

 

 あの日の光景がフラッシュバックして、髪の色や目元が少し違うだけで、他は全て自分の知る彼女を溢れる感情で抱きしめていた。

 

 いきなりの事にレイナは驚くも彼の体が震えていることに気付き、そっと抱き返すと彼は堰を切ったよう泣き始めた。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 いつまでもそうしていただろうか。

 

 日に日に募る焦りがレイナの言葉で爆発して、つい抱きしめてしまったが、冷静になってくると自分がどれだけ恥ずかしいことをしているのか理解してきた。

 

 「そ、そろそろ離してくれるかしら?」

 

 「あ、ああ。すまない」

 

 「あ、謝ることはないわよ。・・・それにしても羊だからか服越しでもフカフカで暖かかったわね」

 

 「フフ、寒いときには重宝するな。零ならいつでも貸すぞ」

 

 彼女の方から提案してくれたので、少し名残惜しく思いながらもウルベルトは彼女を解放する。恥ずかしいのを誤魔化すためか茶化しながら身を離すレイナを見てまた抱きしめたい気分が湧くも、なんとか自制して口を開くがそれでも彼女には刺激が高かったようだ。

 

 「・・・言い出しっぺで悪いけど臆面もなくよく言えるわね」

 

 「言っとくが誰でもという訳では無いぞ?こんなこと言うのは零だけだ。俺にはいいが他の男にはするなよ?下手に正面から話すだけでも骨抜きにされるからな?いい加減自分の容姿がいいことに自覚してくれたら苦労しないんだがな(悪い虫を牽制するとか)・・・」

 

 少しどころか大部分で、惚れているからこその惚けが含まれるが、彼女の容姿を考えれば忠告するのに過剰とはならない。

 

 「うっ、そこまで?・・・わかったわ。はぁ・・・なんとかならないかしら?」

 

 「まぁ無理だろうな。俺も諦めている」

 

 「どうしようもないみたいに言わないでくれる?・・・フードは被ってたほうが良いようね・・・それとやっぱり貴方変わったわ」

 

 普段はクールにしているが、心からの称賛には弱い零は頬を染めて非難がましい視線を送ってくる。昔はうまく口が回らず遠回しな言葉しか出なかったが今は違う。積極的に思いをぶつけれるようになった。そうすれば普段は見られない彼女が見れることに優越感が湧いてくる。

 

 彼女を狙うライバルは多い。

 

 昔のままではダメだと奮起した甲斐があった。そんな気持ちを教えてくれた彼女をたとえリアルとは違う夢だとしても誰にも渡したくないと思う自分がいる。

 

 それがたとえ(モモンガ)であったとしてもだ。

 

 この世界にきてアイツの零に対する態度からどうみても惚れているようにしか見えない。本人はまだ自覚はしていないかもしれないが。そう足踏みしていては別の誰かに奪われかねないし、夢だからと言って簡単に彼女を明け渡すつもりもない。

 

 「じゃあ、王国での作戦の準備があるから」

 

 「ああ、気を付けろよ。治るからと言っても一番大切なお前の綺麗な体に傷がつけば俺がどうなるかわからん。その原因ごと街を滅ぼすかもしれん」

 

 「またそういうことを言う・・・何が起こるかはわからないけど。心配しなくても私も好きで傷を受けるつもりはないから」

 

 こちらの言葉に微妙な笑みを浮かべ彼女は去っていった。少し攻めすぎたか?いや、一応彼女は笑っていたのだから問題ないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 抱き合った二人は背徳的だが、その姿やナザリックの景観もあって一枚の絵のようにどこか神秘さえ含んでいた。

 

 悪魔と女神による禁断の逢引

 

 そう表現するしかないそれにデミウルゴスは戦慄する。どうか何かの策略であれと願うも、今の慕うべき創造主からはそうではないもっと純粋な気配しか感じない。

 

 去っていこうとする人間の背にウルベルト様は逡巡してから呼び止めた。

 

 

 「零!今回の騒動が落ち着いたら話があるんだ」

 

 「わかったわ」

 

 「聞かないのか?」

 

 「その時話してくれるんでしょ?」

 

 「ああ、必ず」

 

 最初の剣幕からは想像できない短いやり取りの中にも、互いを知っていると言わんばかりの気安さがあることにデミウルゴスは主にそういった人物ができたことへの喜びとその愛を独り占めする人間に嫉妬した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ウルベルト様」

 

 さて、八本指という輩の決着もすぐにつくという。急いで最後の調整にと自室へ向かおうとしたときに俺を呼ぶ声が聞こえる、聞いたことのない声だが不思議と懐かしく感じる。

 

 男の声に振り向くとそこには自分が手塩にかけて製作したNPCが立っていた。

 

 デミウルゴス

 

 ナザリックの第七階層赤熱神殿を任せられたウルベルトが知将という設定で生んだ存在。それが目の前に生きているように存在している事に感慨深い思いを受けるが、今はいろいろ忙しかったが・・・。

 

 「ふ、久しぶりだな。どうした?デミウルゴス。なにか用事か?」

 

 夢だとしてもこうして話せることに少し嬉しくなり、昔のユグドラシルでの会話を思い出しながら話しかける。

 

 何故だろう。あんなに焦っていたというのに今なら素直に受け入れることができた。

 

 「はい。ウルベルト様も健在の様子に嬉しく思います。その・・・不躾ながら質問をよろしいでしょうか?」

 

 「ん?ああ、いいだろう。ずっと放り出していたしな。なんだ?」

 

 「先ほどウルベルト様が呼んでいた零という人間。先程のレイナ・ヴァルキュリアについてです」

 

 「・・・見ていたのか?」

 

 「誠に申し訳ありません。盗み聞くつもりはなかったのですがどうも出にくかったもので・・・もし不快な想いをされたのでしたら如何様な罰も受けるつもりです・・・」

 

 見られていたことに今更恥ずかしく声が低くなる自分だが、確かにあんな場面に出くわしたら、自分だって出ていくタイミングを図りかねるだろう事は容易に想像できた。

 

 「そうだな。その気持ちはわかる。だからお咎めは無しだ。質問も許そう」

 

 「ウルベルト様いえ、明様でしょうか?あなた様の寛大な処置ありがとうございます」

 

 「うむ、明はリアルでも俺の名前でな。それと一緒で彼女は零という。言いにくいならウルベルトで構わないぞ。「ウルベルト様の気遣いありがたく思います」・・・ああ、では質問に答えよう。その前に俺たちが戻る世界リアルについては?」

 

 「はっ、存じております。我々では行くこともできない神々が住む世界だと・・・」

 

 「うむ、そうなっているのか・・・」

 

 話す前に前提として知っておかなければならない事を聞いてみればデミウルゴスは胸に手を当ててリアルについての知識を話す。

 

 神々が・・・というには少し引っ掛かるが、プレイヤー=サービスを受けているお客と考えれば。どちらかというと運営の方が神なのだろうが。

 

 「あの何か間違っていますか?」

 

 「ん?ああ、そうじゃない。まぁその認識で問題はない。そうだな。私と彼女はその世界では協力関係だった」

 

 「ウルベルト様と・・・ヴァルキュリア殿がですか?」

 

 自分の知識が間違っているかを気にしたデミウルゴスが少し焦るように聞いてきたので問題ない事と彼女との関係を伝えると端からみても驚愕しているのがわかる。

 

 「そうだ。本来この世界にこれなければ私たちはほぼ無力なんだ。私もある程度は戦えるつもりだが、彼女には及ばない。いや、あの世界で彼女に勝てる存在などいないとも言える」

 

 「そんな・・・ウルベルト様でも?」

 

 「まぁ、最後まで聞け。何も強さだけが全てではなかった。私はその分。自分と志しを共にする者たちを集めて組織を束ねていた。人を使った情報収集。彼女の卓越した能力。利害の一致もあり、私から彼女に協力関係を求めた」

 

 ショックを受けるデミウルゴスを制して言葉を続ける。

 

 今でも鮮明に思い出せる。

 

 噂では聞いていた。

 

 単独で企業とやりあう極悪非道のテロリスト。いや、もっとふさわしい言葉がある。そんな存在はお釈迦の中だけだと思っていた。

 

 そんな存在はいないと自分を奮い立たせて集めたレジスタンスの誰かが拾ってきた情報の中には()()()いた。誰が最初に言ったかは知らない。企業との抗争で命を助けられた者もいた中でいつしか彼女の事を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーローと呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 それからは企業と全面戦争する前の戦力の強化のために企業さえ尻尾をつかめない凄腕の持ち主としてスカウトしようとした。極悪非道と言ったがそれは全て企業が情報操作して広めたものに過ぎない事は知っていた。

 

 だが、相手は企業を相手にしているだけあり、警戒心が高く思ったほど接触は困難を極めた。やっと得たのは正体が女性ということだけ。それに驚いたが実力があるならばと諦めなかった。

 

 多くの市民はデマを鵜呑(うの)みにしていたが、彼女の活躍を信じている声は小さいが確実にあった。もっともそんなことを公然と言ってしまえば捕まるのでひそかにだが・・・。

 

 悪評の元である人殺しさえ、その対象は決まって反吐が出るくらいの屑野郎だからだ。しかも、大体は彼女を執拗に追いかけた際の反撃や自爆による自業自得だった。

 

 組織としてどうしても手を組みたい存在だったが身内贔屓を引いても自信のあった情報網でも足取りを追うのに一苦労でどうすればいいと悩んでいればなんと向こうから接触してきた。

 

 向こうはこちらが接触して来ているのに気付き、仲介者を送ってきたのだ。その仲介者がなんと死んだと思っていた(正確には行方不明だが望みは薄かった)ベルリバー事隼人だったのだ。

 

 彼との連絡用で用意していた暗号での呼び出しに罠かと警戒したが他に手がかりもなかったので入念な準備をしたが・・・徒労に終わって安堵したものだ。

 

 彼は本人で彼女に命を助けられてから助手という形で手伝っていたらしい。互いに今の社会体制に不満を持つもの同士として最初の苦労はなんだったのかと思うほど簡単に協力関係を結べた。

 

 ベルリバーを伴い現れた企業相手に立ち回るイメージとは違う黒髪を短めに伸ばした黒目の生粋の日本人女性。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 美しい容姿にも驚いたが当初は冷たい氷のような印象で、ちゃんと協力できるのか不安だったが、それはいい具合に裏切られたる事になる。

 

 彼女はこちらの要請に信頼もないうちから答えてくれた。

 

 それからは大躍進であった。人海戦術を使った調査や情報の管理を得意とする俺たちの組織が担当し、苦手な実働は彼女が行い。それらが上手いこと歯車として噛み合い。革命に必要な材料の多くを握ることができた。

 

 当然、企業からの妨害は予想されたが、彼女は潜入したどの企業に弱味をネタに手出し出来ないよう手配もしていたらしく。思ったほどは襲撃はなかったが全くではなかった。

 

 いつだったか。ある時は企業に雇われた汎用人型機動兵器を操る凄腕の傭兵に狙われた時はもう駄目かと思うも、彼女はその依頼人が払う金額を渋り、傭兵(もろ)とも始末しようとしていると伝え依頼人を傭兵と共に追い詰めた。

 

 またある時は彼女のように能力を買われた実力者による襲撃を組織が受ければ迎撃してくれた。目の前で繰り広げられる体術ととんでもガチェットとしか言えない装備での超人対決は命が幾つあっても足りないものであった。

 

 良いことばかりではないがそんな何度も死線を共に乗り越えている内に唯の協力者関係ではなくなってきていた。・・・きっとこの時から自分は彼女が好きになっていたのだろう。

 

 当然社会的に全国指名手配である彼女はあのたっちさんとは追う追われる関係だったのは、久しぶりの酒の席で彼自身から聞いた時は吹き出しかけてバレないか冷や冷やした。

 

 (一時期、彼女を追いかけ回してたせいで、奥さんに女の尻を追いかけていると勘違いされ、離婚の危機に陥った事を愚痴っていたがその後の仲直りした後までの惚け話まで語ってきたのでシバキ倒したいのを必死に堪えた)

 

 長い付き合いになってくると本名で彼女の出自があの緒方財閥の跡取り娘だということや圧倒的な能力以外にも色々見えて来るものだ。

 

 支配者側だったというのに俺自身思うところはあるかに思えたが、不思議なことにそれを責める気にはならなかった。

 

 ()()()()()()()()プライベートでの彼女は家事料理が得意だったり意外に寂しがりだったりと普段の姿を知って、いつの間にか彼女を目で追うことが多くなった。

 

 そこでやっと自分の気持ちに気付いた。それからというもの一人の女性として見るようになって協力を今までの以上に惜しまなくなっていった。

 

 企業の弱味を握れるきっかけをくれ、彼女と引き合わせてくれた友人(ベルリバー)と彼女を巡って何度も勝負をすることになったのは当初の俺からは想像できなかったが、悪くないものであった。

 

 そして、企業がより支配を強めるためにある計画が進行していることに気付いた。

 

 ほぼ全てのインプラントされている人類が電脳世界でどのような人物か管理した上に良いように洗脳する恐るべき計画。

 

 企業の企てていたのを阻止する最後の戦いは彼女のおかげで勝利を得た。

 

 

 

 

 

 

 思い出される清濁合わせた多くの出来事。

 

 

 

 

 

 

 そのすべてが宝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 取り戻す必ず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶対に失敗は許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・アレ、クサビガ ヨワク? ヒサシブリノ 

 

 

  

 

 

 

 チカラノコウシデ ニブッタタ 

 

 

  

 

 

 

 マァイイ コンドハ トケナイ ヨウニシヨウ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間。さっきまであったあたたかい気持ちが黒い霧に覆われ、思考が冷静になったかと思うと冷酷な計算を弾くようになった。そして、その作戦の懸念材料であるナザリック。

 

 目の前には自分に従うであろう悪魔。

 

 「デミウルゴス。お前はナザリックと俺。どちらの命令を優先する?」

 

 「ウルベルト・・・様。それは・・・一体」

 

 自分の言葉に悪魔は動揺を隠せてなかった。これでは余り直接的な協力は期待はできないだろうと彼は考える。そういえば、自分がメインに担当した階層には他にも悪魔がいたはずだ。

 

 「お前、いや、お前たちに頼みたいことがある」

 

 ウルベルトの瞳から人間性がなくなり、本物の悪魔となってただの命令としてではなく情に訴えるのを計算してデミウルゴスに問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 ・・・ククク コレデヤツハ トマラナイ ダガ 

 

 

 

    ネンノタメ ハヒツヨウカ      

 

 

 

 

 

 

 

 

      ニガサナイ

 

       

 

 

 

 

   ササゲロ オオクノ タマシイヲ

 

 

 

 

 




 今回の話でレイナが超人的な身体能力持ちの一部がわかったかと思います。(・・・だといいな)

  その辺の実力や関係も本編で出せたらなと思います。

 




 やっちゃった感がありますが・・・大丈夫かなぁ





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44.カルネ村の日常と変化

 

 

 「その木材はBの所に頼む!」

 

 「班長!Cの木材が足りなくなってきている。どこからか持ってこれないか?」

 

 「そうだなぁ。あとで掛け合ってみる。それまでは他の場所の手伝いを頼む」

 

 「わかった!」

 

 ナザリックに近いカルネ村では、今までにないほど活気に溢れていた。従来のやり方よりも効率的な方法がナザリック図書からもたらされた知識で区域分けされた建物が次々と建造されていく。

 

 今のやり取りにあった特殊な文字を使ったのもその一つで、簡単なことではあるが整理を円滑にするので効率的に作業が進む等、もたらされた知識は幅広く恩恵をカルネ村に与えていた。

 

 畑の規模も大きく拡張され、拡張の邪魔をしていた大岩なども防波堤を作るのに一時期貸し出されたゴーレムによってついでに一掃された。

 

 今までは無防備に村を晒していたが大きな防波堤が作られてからはどこの要塞だ言わんばかりの頑強さを誇るまでになっている。

 

 これからの事を考えれば今の防波堤内ではいずれは人口も畑も一杯になるので外に向けて畑をまず広げて、そこも防波堤を作って領土を広げていくことになるだろう。

 

 井戸以外の水場も引かれてその途中には魚が放たれて養殖場として機能しており、まだまだ作業が途中の場所も存在していた。

 

 人が集まりどんどん規模が大きくなる。それは今ある城塞都市のエ・ランテルがそうなっていった初期の頃を彷彿とさせるだろう事は容易に想像できた。

 

 それらの作業をしているのは人間だけではない。指示を出しているのは建設知識を持つ人間だが、細かい資材を運ぶ人間に混じって作業するゴブリン。大きな資材を運ぶのはオーガや鱗を持つリアルでのワニに近いリザードマンという亜人たちだ。違う種族が切磋琢磨し、笑顔を浮かべながら(リザードマンは表情こそ分かりにくいが尻尾が正直だ)作業をしているのをこの世界の他の人間が見れば目を疑うのは避けられないだろう。

 

 現にある国によって滅ぼされた村の生き残りが集まりつつあった頃は、亜人やそれから庇うカルネ村出身の人間との衝突は見受けられた。だが、次第に生活を共にしていれば馴れてくるもの。今ではそれもめっきり減っていた。

 

 ここまで大所帯になれば食料の問題も出てくるかと思いきや、畑は従来にはなかった物やここには不向きな物さえ今ではたくさん栽培されている。

 

 それを可能としたのが時々アインズの命で訪れるダークエルフの少女であった。ドルイドである彼女が土を改善してくれたことで本来畑に向かない土壌も作り替えられた。

 

 たんぱく質である肉の方も森の中での狩りだけでなく、牧場を新たに建てることで、牛だけではなく豚や鳥など、最近ではリザードマンが養殖で育てた川魚まで出てくるので、献立には困らないほど潤っていた。

 

 あのカルネ村がここまで発展するなど襲撃前までは想像できなかった村長は、どうしたらこの恩を返せるか悩んだ。一度その事をアインズの使者である赤毛の僧侶に訪ねてみれば、そのような気遣いは無用とのこと。

 

 ただほど怖いものはないと遠回しに食い下がる彼に、使者は嫌な顔をせず、逆にいい心がけだと誉めたあと、それではこの村で取れたものは優先的に取引をしたいと言ってくれた。

 

 後は当初の契約通り、今後もモデルケースとしてナザリックの案をテストして行い。道具や知識を外部には漏らさないことを再三注意と、これからもそれを厳守してくれればと、なんとも懐の深さを示された。

 

 力はあるのに市井の者を気遣うその姿はどこの王よりも王らしいその度量の深さに村長は涙を流して感謝していた。

 

 

 

 そんな村に住むネム・エモットも、大好きな両親が畑に働きに行くと、任せてもらった家の手伝いをしていた。

 

 この時期にだけ採れるエンカイシというこの村の特産品である薬草をすり鉢とすり皿ですり潰す作業だが、この道具にしてもたまたま立ち寄ったアインズが見かねて用意させたものだ。

 

 今まではごつごつした石でできた重い皿と、簡素な木鉢で行っていたが、この皿はネムでも持てるほど軽く移し換えが楽な上に、皿の中身は溝が掘られており、それが薬草を擂り潰すのにとにかく最適なのだ。

 

 あまり力を籠めなくてもすり鉢で回すだけでどんどん擂り潰されていく。あんなにあったエンカイシがあと少しで終わるところまできていた。

 

 この薬草は独特の匂いがあり、慣れた者でなければ始終苦い表情を浮かべての作業になるだろう。特に若い子供には不人気であるがネムはそんなことはアクビにも出さず、真剣に残りのエンカイシを放り込んでいく。

 

 今までは姉が時間が空いたときに両親のかわりにやっていたが、村を守れるほど強くなるためにと恩人に着いて旅にでてしまい今はいない。

 

 両親がその事を話しているのを聞いたときネムは迷いなく自分がやると手を挙げた。作業の大体は姉を見ていたし、時々やらせてもらって姉からの太鼓判も貰えたので問題ないはずである。

 

 両親は最初こそ子供が気にすることはないと断ろうとしたが、じっとこちらをみるネムの瞳に宿る想いを汲んでくれた。

 

 あの日の襲撃を受けて思うことがあったのは姉だけではなかった。

 

 姉に手を引かれて森の中へ逃げようとした時、運悪く村を包囲しようとしていた兵士に見つかったネムはその手前で道端の出っ張りに躓き、転けてしまった。

 

 兵士はネムが見たことはないが怖いと感じる物を手に持ち近づいてくる。恐怖に体が動かなくなり、涙が溢れて大好きな姉を呼ぶことしかできなかった。

 

 しっかりと握られた手が離れたとき、ネムは子供心にそんな筈はないと思いながらも見捨てられたと思ってしまった。だがそれは違った。涙で視界が歪んでよく見えなかったが姉はあの晩、ネムも憧れたレイナに教えてもらっていた構えをとってネムを護るように兵士と対立したのだ。

 

 兵士は一瞬動きを止めるも、次の瞬間見下す表情を浮かべると再び剣を振り上げ近付いてくる。

 

 すでにどう振り下ろされるか見え見えのテレフォンパンチ。これでフェイントならエンリはただ切られて命を散らしていたかもしれない・・・ただの村娘にその必要はないと思った兵士の判断が命運を分けた。

 

 兵士が剣を振り下ろした速度は確かに速いが、それは練習とレイナが見せた剣速と比べれば雲泥の差。レイナの剣に目が慣れていたエンリにとって、懐に入るのは容易かった。

 

 兵士は宙に浮いていた。姉が深く踏み込み腕を伸ばした先で何が起きたのか理解する間もなく気を失った兵士は、大きく首を反らして後方にいた味方まで巻き込んで・・・倒れた兵士が白目を剥いて気絶したのを知ったのは、姉が再び手を握り走ろうとしてからだ。

 

 再び逃走劇が始まろうとしたが、巻き込まれた兵士が自分に覆い被さる仲間を退けて起き上がり、その顔に恐怖を張り付けていたが逃がさんとばかりに追ってきた。

 

 逃げずに掛かってこれたのは兵士としての意地か訓練の賜物か。しかし今度は向こうも用心して不用意には近付いてこない。エンリも再び構えて待ち受ける。

 

 が兵士の動きはここでまた止まる。兵士の顔を見ればその目が仲間を殴り飛ばしたエンリでも、ましてや完全に弱者のネムでもなく、更に後方に向けられていた。

 

 「2人が守る者たちをみすみす殺させるものか!連鎖する雷撃(チェインライトニング)!」

 

 どこか冷たくも強い想いの籠った声で発せられたそれは、目の前の兵士だけでなく倒れて動かなくなっていた虫の息の兵士さえ飲み込んだ。振り向いた先にいたのはネムでもわかる豪華なローブを着たアンデットと、両隣にいる屈強な姿をした見たことのないピシッとした黒い服のお爺さんと、襲ってきた兵士よりも固そうな真っ黒な鎧で全身を覆った女・・・異常にインパクトのあるアンデットだが、命の恩人に驚き固まる2人にアンデットはその見た目に似合わない可愛く小首を傾げ・・・。

 

 「あっしまった!急いでいたから姿そのままで来ちゃった・・・

 

 今更自分の姿が異形のままな事に気付き、口に手を当てて慌てるアンデットの言葉は、幸いそれどころではない2人には聞こえてなかった。

 

 

 

 偶然にもアンデットに助けられた2人は正体を秘密にすることを約束し、村への救援に行ってもらったが、その心配はなかった。エンリたちを襲った者以外は全てレイナが仲間の騎士と共に倒してくれて、村の誰も被害に遭うことはなかったのだ。

 

 近所のよくしてくれたおじいちゃんや同い年の遊び友だち。何よりも大好きな家族も。だがこの襲撃はまだ甘えたがりの幼ない女の子の考えを変化させるには十分だった。

 

 大切な誰かを失うかもしれなかったという恐怖は彼女を何段階も成長させ、遊び盛りだったのが我慢を覚え、今までは渋っていたお手伝いも率先して行うようになった。

 

 「これで最後」

 

 「お、ネムは手伝いか?偉いな」

 

 「あ、ザリュースお兄ちゃん」

 

 今日の分のエンカイシを潰し終えたところで声をかけてくるものがいた。最近になって何人か村に住むようになったリザードマンの1人ザリュース・シャシャである。大きな体に4本の首をもつヒュドラであるロロロという名のペットを持つ、外見上少し怖いとされているがネムからしたら気のいいお兄ちゃんである。

 

 そのロロロとは村の子供に大人気でネムもその中の一人で

一番仲がいいと思われている。それもそのはず、最初コンタクトをとったのもネムであった。

 

 ペットの主である彼が大人しいと説明しても、見た目は恐ろしいものなので人々は遠巻きに眺め、彼もしょうがないと諦めていた所に、無邪気さ全開で突撃しペットの頭の上ではしゃぐネムを見たことで杞憂だとして皆に受け入れられた。

 

 それからが2人の付き合いは家族ぐるみで行われている。エモット家は引っ越しのお祝いにと畑で取れた作物や軽い怪我の治療用に使う薬草効能を染み込ませた湿布など。

 

 魚の世話で小さくない怪我を負うこともあるので彼らの好意は嬉しいもので、ザリュースたちリザードマンは最近順調に養殖に成功している魚を提供して意見を取り入れて改良できないか試行錯誤している。

 

 不安があるとすれば故郷の生け簀だが。こうなるまではザリュースがいたときは度々つまみ食いしていた兄貴に「本当に任せて大丈夫か」と聞いたら「大丈夫だ。問題ない」と答えた兄は合わせた目を逸らすことはなかったが・・・。

 

 尻尾が嘘をつくときの動きだったので心配だった。

 

 そうだったである。

 

 心配するザリュースの様子を見ていたコキュートスが、「だったら他にも知識を教え理解できる者を増やせば良いだろう」と数十人のリザードマンが集められて行われた研修と呼ばれる会議で、彼と一緒に参加した妻がしっかり養殖の知識を覚え実践と管理もできた。

 

 まさか一度は強者として手合わせしてくれた、あまりしゃべらず、態度で示す武人である彼がそんな発言をするとは思えず、聞き返してしまったのは失礼だったなと言ってから後悔した。

 

 謝るザリュースに彼自身も、昔の自分なら怒りもしただろうが口数が少ないのは自覚している、誤解されるのは仕方ない。言外に気にするなと返してきた。彼も本陣でそう言った会議をいくつもして解決できた課題が多くあったので、今回も同じことをすれば良いという考えのようだ。

 

 全く・・・旅人として見聞を広めたのに先入観で判断してしまうとは自身もまだまだだな。と頬を掻くのだった。

 

 なにも成長したり、周りの影響を受けるのは自分だけではないのだ。目の前のネムという人間や遥か高みにいる強者であるコキュートスだって何かしらの影響を受けているのだ。

 

 そうして妻の料理は部族1と自慢している族長である兄貴だが、尻に敷かれている彼はつまみ食いができずに、今頃はその立派な尻尾をショボくれさせている事だろう。

 

 「ザリュースお兄ちゃんは今日も生け簀?ていう所に行くの?」

 

 「ああ、今回は魚ごとに区分けして育てるために作っている途中の生け簀を完成させようと思っていてな。材料も揃ったし、手が空いている人を集めている最中なんだ」

 

 「そうそう。あっしらもそれでザリュースの旦那に頼まれましてね。今向かっている最中なんですわ。お嬢さん」

 

 「あ、ジュゲムさんたちまで、ご苦労様です」

 

 ザリュースに続いて現れたのは数人のゴブリンたち。そんな彼らに可愛くお辞儀するネムにゴブリンたちだけでなくザリュースも笑顔を浮かべる。

 

 彼らは村の防衛を担うとしてエモット夫人がアインズから貰った角笛で召喚されたゴブリンたち。彼らは最初の亜人移住者で、エモット夫人に忠誠を誓い、娘であるネムにも彼らなりに礼儀を欠かさないフレンドリーな19人のゴブリンだ。

 

 彼らの名前はネムも母から寝る前に聞いたことがある「ゴブリンの勇者」というお話しに出てきた名前だ。

 

 小柄ながら力仕事と細かい作業が得意で狩りの腕前もある。レイヴァンのおじさんやラッチモンと協力して村の発展に貢献していた。

 

 彼らが森の中を警戒中に出会った森でさまよっていたオーガも住むようになった。そうして馴れてきてからアインズからの使者から最近親交を深めている新たな亜人の移住を提案された。恩人の頼みでもあるし、今更亜人が一つ二つ増えようが一緒と会議を開く必要もなく全会一致で賛同された。

 

 それからきたのが鱗を持って立派な牙をもつ亜人なのだからその見た目や部族として戦闘したこともあり、ロロロの件などで少し騒動が起きたが概ね問題なく頼もしい隣人として受け入れられた。

 

 そのロロロは平時は大きな首や口を器用に使ってまとまった資材を運搬するのに大活躍で、今はザリュースたちの後方でネムに挨拶なのか彼女を見つめて舌を出して震わせている。

 

 彼らは森の湖で獲れる魚を主食としている。今回の移住も、アインズにその生産を助けて貰ったお礼として、他のところでも同じことが出来るか試してほしいと、命令ではなくお願いされた形だ。生け簀の第一人者として彼とあと何人かの部族の代表がこのカルネ村に来ている。

 

 緑の鱗で彼よりも筋骨隆々で武闘派で、もっぱら力仕事と警護担当するゼンベル・ググー(最近は何故か元気がない)。全身の白さと赤いペイントが美しく、魔法で補佐する優しいお姉さんクルシュ・ルールー。そしてその彼女にぞっこんで(他の目があっても気にせずにいきなり口説いてくるのでその度に彼女からドン引きされている)絶賛アタック中のザリュース・シャシャを中心とした数十名。

 

 もうここまで亜人だらけになれば、種族が違うとかそのペットのモンスターだというのはどうでも良いと云わんばかりに、遠巻きに眺めるのをやめて交流を深めるカルネ村の住人たちはこの大陸で今一番逞しい存在なのかもしれない。

 

 もともと開拓村ということでその場にあるものを生かして暮らしていたのだから、彼らの順応能力は高いのだろう。

 

 ・・・少し順応しすぎて(平和呆けして)柵の一つも作ってないなどの致命的なところはあるが、それが還って温厚な人柄を育てて、余所者のレイナを追い出すなどせずに招いたからこそ救われたのだろうし、その後のアインズからの支援を受けれたのだろう。

 

 

 

 

 時々養殖で取れた都会でもあまり食べられないと両親が喜んでいる魚を提供してくれる。一度は故郷を離れ旅をしていた彼はいろんな知識を持っている頼りになるお兄さんとネムは認識していた。

 

 ではそろそろ行ってくると手を振ってザリュースたちと別れたネムは潰したエンカイシを別の容器に入れている。そんな時、家の中からなにかが割れる音が響く。

 

 なんだろうと家のなかに入ったネムが見たのは台所に置かれている食器棚。そこにあった2つのお皿が割れていたのだ。それは姉であるエンリが昔から使っていた物とあの日からレイナが使った物であった。

 

 周囲を見てもなにかがお皿に当たった形跡はない。

 

 「お姉ちゃん・・・レイナお姉ちゃん・・・」

 

 成長したがまだまだ幼いネムの心にどうしようもない不安が込み上げてくるのだった。

 

 「どうかされましたか?ネム様」

 

 そこへまた声が掛けられる。声がした方へ向くとそこには白いローブを着てその手には特徴的な杖(白い錫杖(しゃくじょう))を持った、髪も肌も全身が光で出来てるとも思える真っ白な女の人が立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 「あ、ドミニーさん。帰ってきたんだ」

 

 「はい。村を回って怪我をした人がいないか確認して参りました。今日は建設で2人、農耕で腰を痛めた人がいたので治療してきました。ネム様」

 

 ネムの質問に淡々としていながらも、しっかりと答えたドミニーという女性だが、それにネムは先程の不安もなかったように不服そうに頬を膨らます。

 

 「もぉ~!様はいらないっていったでしょ!?」

 

 「いえ、お世話になっている方のお嬢様の頼みはといえ、こればかりはどうぞご容赦ください」

 

 ネムの抗議に女は全く動揺する事なく答える。ネムの視線を受ければどんな頑固な者も最後には屈するのに女はスルー。両手どころか全身を使ったネムの抗議さえ通用しなかった。

 

 表情どころか眉一つさえ動かさない鉄の心を持った女ドミニー。治療される殿方が感謝はすれど口々に勿体ないと称するそんな彼女が誕生したのは陽光聖典の戦いのあと。

 

 てっきり術者の魔力低下か時間経過で消えるかと思いきや、なかなか消失しないことを疑問に思ったが、このままでは騒ぎになるので森の中に隠して様子を見る事にした。

 

 村からガゼフが去り、流石に消えているだろうと様子を見に来るとそこには消える気配のない天使たちが健在していた。

 

 その対処に困ったモモンガが魔法で一掃しようとしたが、仮にも味方になった天使を消滅するのはいかがなものかとレイナが止めたことで一旦保留。2人だけの緊急会議が開催された。

 

 案1 カルネ村の戦力として使う。いい案だと2人して肯定する。空も飛べるし、ユグドラシルでは頼りないがこの世界では充分通用する。だがはたと気づく。彼らは目立つ。だが解決出来ないこともないので保留。

 

 案2 ナザリックに迎えるのはとレイナ。いや、悪のカルマ最大の拠点に天使は・・・とこだわりがでて渋るモモンガ。ボツ。

 

 案3 やはりモモンガの魔法で一掃・・・邪魔だから一掃ってどこの大魔王かしらとレイナは呆れてた。ほんとの最終手段にとっておく。

 

 他にはと頭を絞るがいい案がない。ここはやはり案1を主軸に考えるのがベストだろうと。

 

 そこでレイナはあるアイテムを思い出し、それを取るため拠点のグリーンシークレットハウス(レイナ製テント)を展開し倉庫の中を漁る。モモンガは初めて見る魔改造ハウスに冒険心を(くすぐ)られ、子供のようにはしゃいだりもしたが無事そのアイテムを発見できた。

 

 その名も

 

 擬人化の種

 

 ある時ユグドラシルで深刻なマンネリ化が起こった。運営もあの手この手でどうにかしようとしたがプレイヤーの数は減るばかり・・・このままでは11年経たずしてユグドラシルが終了してしまう!

 

 そんなユグドラシルを憂いた運営が起死回生を狙ったそれはなんとユグドラシルのモンスターなどの擬人化。有名なイラストレーターやアクション部分の声には豪華声優陣を起用。破産覚悟の大博打は・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大成功!!

 

 

 

 

 

 

 

 簡単に言えばモンスターの人化アイテムなのだが、ユグドラシルで空前絶後の大モンスターハントが大流行した。

 

 男女関係なく多くのプレイヤーが戻るだけでなく新規のプレイヤーさえ引きずり込んだこれは、どのモンスターがそうなるかは完全トップシークレットで度々プレイヤー同士でどんな子になるか、どちらがより人気があるかで勝負するなんて事もあり相手の方のモンスターが自分好みだったりと膝をつき、トレンドが解放されてからはそうする者は沢山いた。

 

 逸話も多く存在しする。

 

 どこかのメイド服に命をかけるデザイナーが3日2晩徹夜して作成したメイド服を着たモンスターの擬人化がありそれに巻き込まれたプレイヤーは100人にのぼるとか。

 

 どこかのバードマンが喜び勇んで選んだモンスターが、外見上はドストライクだったのに、声が実の姉だということにショックを受けてしばらくふて寝を決め込んだ事もあったとか。(その後、俺にはやっぱりシャ◯テ⚪アしかいねぇ!と開き直った)

 

 このコンテンツは意外に男性よりも女性の方がのめり込み。理想の殿方を探す婦女子で溢れていた。レイナは特に興味はなかったが相棒やナザリックの女性陣に捕まり、幾度もイケメン狩り(?)を敢行していた。

 

 まさに(ユグドラシル)は戦艦や動物、戦闘機などの擬人化ブームの波がきた!

 

 

 

 大狩猟時代が来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この擬人化の種はモンスターの擬人化に必要なアイテムで、ある課金アイテムの使用時間内での戦闘後ランダムでドロップする。生憎交換不可能アイテムだったのでレイナは使用せず、捨てるのも苦労した分勿体なく感じ、余裕はあったので倉庫の奥深くに埋もれていたアイテムだった。

 

 しかし、全天使に使ってしまえばきっと二度と手に入らない貴重アイテム。どんな結果になるかもわからず使うのは(はばか)れる。そう悩んでいると威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)以外の炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)だけでなく監視の権天使 (プリンシパリティ・オブザベイション)が彼女に(彼女と言ったがなんとなく線の細さからそういった印象を受けた)自分の力を注ぐように光の波動が彼女目掛けて集中する。

 

 今まで見たことのないそれにモモンガとレイナが呆気にとられているとそれをした天使は段々と透明になっていき、最後には消滅したのである。

 

 その後の威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は普段よりも力が増しており、まさかこんな形でレベルアップするとはと新たな発見にモモンガが興奮する中、これ幸いとレイナはアイテムを使用した。

 

 誕生したのは上から下まで真っ白で、元の面影か全身が光輝いている女性。性別はゲームのように選択できる訳ではなかったが、アイテムの使用者のイメージだろうか。彼女はまず最初に自分の姿を確認したあと、そうしてくれたレイナに向かい。

 

 「ありがとうございます。御姉様」

 

 と頭を下げながら爆弾をも投下した。理由を聞けば長い間石の中に閉じ込められていたところをやっと解放されたかと思いきや、目の前には自分を圧倒する力をもつ一人一人がパーティーを組んだ姿。

 

 今ほどに自由な意思はなく、主の命令は絶対という意思で降伏もできず、せめて逃げる時間くらいはと、召喚した主を守ろうと最大の一撃をぶつける準備をしていたが、それも駄目だろうという確信があった。

 

 そうして覚悟を決めたその時。

 

 戦乙女(ヴァルキリー)の号令

 

 それにより自由を得ただけでなく。こうして自我さえしっかりと芽生えることができた上にやろうと思えば消滅させるなど容易かったのに待ったをかけてくれた恩義を感じてレイナをそう呼んだと言うのだ。

 

 そう感謝する時の彼女は鉄仮面だが強い意思を感じさせる瞳で・・・レイナは訂正するのを諦めた。彼女には通用しないことがありありと理解できたのだ・・・。

 

 「この命。御姉様のために尽くす事を誓います」

 

 「まさかこうなるなんて・・・。元に戻すのもなんだし、よろしくねってちょっ!?離しなさい!」

 

 「で、でも良かったじゃないですか。こんなに慕っているんですから裏切ることもないでしょうし、新しい発見もあったんですから」

 

 手を握ったあと急に彼女に抱きつかれ引き離そうともがくが、身長が大きい上に傷つけないよう手加減しているので上手くいかないレイナに万事解決したとモモンガが慰める。

 

 ・・・レイナに抱きつくドミニーが少し羨ましく思ったのは内緒だ。

 

 そしてここまで人間らしくなれば今までの名前は使えないだろうと考えることになるのだが、それはすぐに決まることになる。

 

 名前を考えているレイナを横目にモモンガが言ったドミニオンなんだし、ドミニーでいいんじゃない?という発言にいやいやと思い本人を見てみれば表情は変わらないが気に入った様子だった。

 

 ドミニーに決定した彼女は他の天使も吸収したためか普通の威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)よりも強く。信仰系マジックキャスターとしてカルネ村の護衛にとルプスレギナと一緒に配属された。

 

 黒いが笑顔が絶えないルプスと白いが鉄仮面のドミニーとして今ではカルネ村の白黒凸凹シスターズとして村を支えている。

 

 そして、旅には彼女の姿から目立つことは避けれないので残ってもらうことになるのだが、その仮の住居としてお願いしたのはレイナに縁のあるエモット家である。

 

 「むうぅぅ!だ~か~ら~様はい~ら~な~いぃぃぃ!」

 

 「すみません。善処しますネム様。あっ」

 

 「もぉ~!」

 

 「おや、何か家の中が騒がしいと思ったらネムとドミニーさんでしたか」

 

 「あらあら。エンリがいなくなって寂しくなったかと思ったら、違う意味で賑やかになったわねぇ」

 

 「・・・・・」

 

 騒ぐネムの声を聞いてかエモット夫婦が来てその2人の後ろからドミニーとは逆で闇でできたような男がボロボロのマントを羽織って静かに姿を現す。

 

 

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 「あ、パパとママにルイス君、お帰り。じゃない!ドミニーさんこんなにお願いしているのに全然様をとってくれないんだよ!ルイス君も何か言って!」

 

 「ああ、なるほど。私たちの呼び方も直してくれるとありがたいんだが、それも彼女らしいと言えばそうだしなぁ」

 

 「確かにまるで自分が貴族のように聞こえるからむず痒いのよね。ドミニーさんすぐにとは言わないから少し考えてみてくれるかしら?」

 

 「しかし・・・あ、ルイス様」

 

 「・・・・・」

 

 ネムの言い分に思うことがあるエモット夫婦も呼び方を変えてほしいと頼むが鉄仮面のまま渋るドミニーにルイスと呼ばれた男が前にでて、どうやって会話してるのか彼女と向かい合う。

 

 このルイスという男は元はデスナイトで村を救った際に召喚した最初の一体目である。この世界では取引可能になった擬人の魂でレイナからモモンガに譲渡されたもので、目立つからとついでに擬人化させたのがこのルイス君である。

 

 それにより体は小さくなったがパワーはそのままで、より細かい作業が可能になり連日の畑仕事以外にも色々と任されるようになった。

 

 名前の方はすでにネムがつけていたのでそれを採用。ドミニーはモモンガがつけたようなもんだし、ルイス本人も気に入ったように頷いていたのでわざわざ変える必要はないかなと納得するが残念でもあったレイナである。

 

 「・・・・・」

 

 「はい。そうしたいのは山々なのですが・・・どうしても・・・」

 

 「・・・・・」

 

 「成るほど。流石はルイス様」

 

 「・・・・・」

 

 「え?俺にも様は要らない?・・・しかし、先住している先輩ですし・・・どうやらこれは性分のようです」

 

 「ハハハ。どうしてルイス君はしゃべってないのに意思疏通できるんだい?私にはさっぱりだよ」

 

 「私もルイス君のことわかるよ!」

 

 「はいはい。落ち着いてねネム。でもこの調子ならもう少ししたら呼んでくれるかもしれないわよ?」

 

 「ん~わかった今は我慢する」

 

 「偉いわねネム。ところでなんで2人とも台所に?」

 

 「あっ!そうだった。あのね・・・」

 

 母の言葉にどうして自分がここにいるのか思い出したネムは食器棚の割れたお皿について教える。

 

 「あら、本当ね。ネムが落としたとかじゃないわよね?」

 

 「ネムそんなことしないもん!」

 

 「落ち着くんだネム。うむ。確かに割れている。たしかその人にゆかりのあるものが突然割れたりするのは不幸なことが起こる前兆とは聞いたことがあるな」

 

 「え?それじゃ・・・」

 

 割れた皿を手に持つ父が洩らした言葉にネムの涙腺が決壊しかける。

 

 「ちょっとあなた!そんなこと言ったらネムが余計に不安がるでしょ!?」

 

 「す、すまん」

 

 妻の叱咤に平謝りする夫をひとまず無視してエモット夫人は泣きそうになる我が子を抱き締める。

 

 「大丈夫よ。ネム。2人を信じましょう」

 

 「・・・うん。わかった」

 

 母のぬくもりと言葉にネムは素直に頷く。そこへエモット旦那から割れた皿を受け取ったドミニーが皿の状態を確認する。

 

 「これは確かに割れていますが。随分と劣化もしているのでそのためでしょう。よくみれば他の皆様の分もかなり使い込まれている様子」

 

 「・・・・・」

 

 「ええ。ルイス様のいう通り。ここらで新しいお皿を新調するのもいいかと。もし食事中に割れるものなら大惨事になりますし・・・」

 

 少しでもネムの不安を拭おうとしているのか食器棚にある他の皿などもチャックしてそうもらすと、隣からそれを見ていたルイスの言葉も翻訳しながらどうせなら全て新調したらと提案する。

 

 表情から誤解されやすい彼女だが、内面は天使そのものなのでその優しさに癒される者は多い。そのため内外が逆なルプスレギナとは表立って争うことはなく上手く付き合っているように見えるが互いに苦手意識を持っている・・・。

 

 「そうね・・・。たしか村のマルコフさんが新しいお皿を作ってみたっていってたかしら?今までのより軽くて丈夫って言ってたけど」

 

 「ああ、それは良い案だな。よし!なら早速ちょうど良い皿がないか聞いてくるよ。良いのがあればすぐに買おう。なければ作ってもらわないといけないしな」

 

 そう言ってエモット旦那が硬貨の入った皮袋を持って出掛けていった。

 

 ネムとエモット夫人が手を振るなか、ドミニーやルイスも小さく手を振るのだった。その姿はどこにでもいる家族で、そんな新しい家族が増えたことにネムは母に抱かれたまま幸せを感じ、できれば、早く姉やレイナお姉ちゃんも帰ってきて一緒に暮らせたらなと願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そう言えば、旦那様。今日は随分と機嫌がよろしかったですね。何かありましたか?」

 

 「あら、ドミニーさんにはわかるのね。ええ、今日帰ってくるときにある人に出会って・・・後は食後にしましょうか。ネムにとっても大事なことだしね」

 

 「ええぇ~なんなのママぁ~気になるよ」

 

 「うふふ、ダ~メ。楽しみにとっておきなさい。それじゃご飯の用意をしましょうか。ドミニーさん手伝いお願いできる?

 

 「おまかせを。エモット夫人」

 

 「・・・まぁすぐにとは言わなかったしね」

 

 「ううぅ~。ママまで意地悪するぅ~」

 

 その食後のエモット家ではある事実によってまた騒がしくなるのだが、ネムが驚きすぎて座った椅子ごと倒れそうになり、それを支えようとしたドミニーとルイスが頭からガッチンコしてしまい。

 

 レベル差でルイスが大ダメージを受け、一撃は耐えるスキルのおかげで一命を留めるなどの一悶着があったがカルネ村は今日も平和だ。

 

 



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45.戦乙女と救出

 

 

 

 

 

 キィィィン!

 

 背後に回した盾に衝撃が走る。危なかった。もう少し反応が遅れていれば、その一撃で私は殺られていただろう。

 

 防がれるとこちらのカウンターが飛んでくる前に身を翻して距離を取る身軽な襲撃者を睨み付ける。レイナは焦っているのを相手に知られないよう冷静に振る舞っていた。

 

 「かぁ~!今のも防ぐのかよ!?どうなってんだ!俺はあのツヴェークだって暗殺したのによ~!?」

 

 「それは凄いわね。でもまだまだよ」

 

 「くぅ~!?でもそうこなくっちゃなぁヴャルキリー!」

 

 一度奇襲受けて、それを防いでからというもの、度々こうして奇襲してくる謎の忍者が忍刀を逆手に構え直す。

 

 「何度も奇襲してくるの迷惑だからやめてくれない?」

 

 「い~や!俺は諦めないぞ!必ずお前の首を取る!」

 

 「そう・・・なら今日こそ引導を渡してやるわ」

 

 「待って、それはよくない。・・・フッフッフ。なんて言うと思ったか?良いのかな。そんなことを言って?」

 

 また相手が戦闘不能になるか、逃げ切るかが始まるかと思いきや、お経を据えようと剣を構えた私に、忍者は両手を挙げて弱気な態度をとるも、一転してマフラー越しに不敵な笑み(?)を浮かべたので、おちょくられたのがわかる。

 

 「なに?何を企んでっ!?」

 

 そう言いかけて、嫌な予感がした瞬間、その場から身をかわす。

 

 さっきまで自分の首があった所に、刺突が繰り出される。危なかった・・・一瞬でも遅れていたら、致命箇所で即死はなくても追撃で殺られていただろう。

 

 その攻撃をしてきた者は先客が忍者というなら、顔を隠しているのは同じだがこちらは目深にフードを被っており、西洋の暗殺者と言ったところか。

 

 一瞬だけ見えたが、両手首に仕込まれた特殊ナイフがさっきの攻撃の正体。そこから忍者と同じ隠密系で有名なアサシンだろう。

 

 「まじか。今のも避けるのかよ。今日こそ仕留めれると思ったのに・・・卑怯だなんていうなよ」

 

 「よくいうよ。わざと思わせぶりな言葉使って警告してた癖に、そんなに自分でけりをつけたいなら、断ってくれても良かったんだよ?君が手を焼くヴァルキリーに興味があっただけなんだから。一度遭遇してからちょっかいかけ続けてるとか、どこのガキ大将なのやら・・・それがなければ今ので殺れてたよ」

 

 「ちげーし!?そんなんじゃなくてだなぁ「はいはい。それから返り討ちされても、まだ懲りないんだから、さすがは紙装甲な変態(ドM)は違うな、なんて思ってないよ」・・・ひどくなってやがる・・・後で覚えてろよ。んんっ!仕切り直していくぜ。今回はいつもより趣向変えていく。そのために協力な助っ人を用意したんだ!先生!お願いします!」

 

 アサシンが忍者に向かって何かを言った後、訂正しようとしていたが、諦め呪詛を呟いたかと思えばこちらに振り向き、息を整えて、どこかで聞いたことのあるような呼び掛けをする。

 

 現れたのは一言でいうならば鎧武者。重厚そうな鎧を着た大男が現れた。

 

 「忍者にアサシン。鎧武者ね。どうしたの?今日は随分と賑やかじゃない?」

 

 「たまたまだよ。そろそろ焦ってもいいんだぜ。こっちはこれで3人。わざわざ来てやったんだ。歓迎しろよ。盛大にな」

 

 「今更3人くらいなんでもないわよ。多い時は数百人を相手にした事があるんだから」

 

 「そのセリフ。ワンモア。」

 

 動揺を悟られぬように忍者の言葉に答えると、なんか食い込み気味に懇願された。可笑しいことは言ってないはずなのに・・・。そんな彼を見るアサシンからの視線も冷たい。

 

 「もしかしなくてもこれはセクハラかしら?通報したらこの忍者としばらくはおさらばできる?」

 

 「そうだね。頭を冷やすのに丁度いいかもしれないな」

 

 「ちょっ、それはマジでヤバイって!?お前も肯定すんなよ!」

 

 まぁこのくらいの事はリアルでもユグドラシルでも日常茶飯事だ。セクハラだと通報していればきりがないのでやらないが、慌てる忍者の姿は滑稽で面白いので溜飲が下がったので良しとしよう。

 

 「ちょっとそこの紙装甲のド変態(ペロロンチーノ)。正直に何を考えた?いや、やっぱいい。ナニを想像したのかはわかる。でもショックを受けるどころか食いつくとか、もう言い逃れはできないよ?いったいいつからド変態(ペロロンチーノ)がうつったんだい?」

 

 「もう隠しもしないし、あいつが悪口になってる!?嫌いなの?あいつの事絶対嫌いだろ!?ち、違う俺はあんなド変態(ペロロンチーノ)じゃない!百歩譲って変態だとしても、変態と言う名の紳士だ!!」

 

 「それは自白しているのでは?やっぱり通報しようかしら」

 

 「や、やめろぉぉぉ!?いや、やめてください!お願いします!」

 

 「別に、あの時言われたホモ呼びなんて気にしてないよ。でももう手遅れか・・・。いい友人を失っちゃったな」

 

 「おい!小声だが確かに聞いたぞって、こっちの話は聞いてないな!?この野郎!ぶっ殺してやぁぁぁぁぁる!!!」

 

 「クククッハァッハハハ!・・・ヴァルキリーとやらは、お堅いかと思ったが、なかなか愉快な女傑なんだな。気に入った。相棒が迷惑をかけるな。仕方ないとはいえ通報は勘弁してくれないか?そいつがいないと寂しいんだ。それ以外ならこの後、如何様にもしてくれていいぞ」

 

 「あ、相棒!ーーってそれじゃ絶対に俺だけ損じゃん!?くっそぉぉぉ~!味方だと思ってた2人に裏切られた!」

 

 「安心しなさい。今更この程度で通報はしないわよ。でも彼の言うことは魅力的ね」

 

 「最後が不穏だが、まさかヴァルキリーに庇われるとは・・・薄情な相棒を持つと辛いぜ・・・」

 

 「もう少し楽しみたいが、そろそろ始めようか。あんたの噂は聞いている。人間種でありながら、異形種を擁護する裏切り者として、悪質PKパーティーから狙われるが数の不利を覆し、返り討ちにしたそうだな?さすが一騎当千のヴァルキリーは伊達ではないな」

 

 そのまま2人で漫才している所に私も参加したものだから、呆れられたと思ったが鎧武者は含み笑いを堪えられずに噴出する。そう言えば、最初に忍者が呼ぶのを待って現れたのだから、ノリはいいのかもしれない。口調も姿からくるロールプレイだろうし、さすがに話が進まないと思ったのか鎧武者が話を切り出してくれた。

 

 当時の事は今でも覚えている。

 

 裏切り者と一方的に闇討ちしてきたので応戦したのだ。向こうは私の行動を魔法での監視ではなく、斥候の肉眼でチェックしてソロで活動している時間を待ち構えるなど、ダンジョン攻略やギルド拠点攻略と同じくらい本格的に狙ってきた。

 

 正面からの戦闘はさすがに不利なので、1人ずつ確実に葬っていた。彼は一騎当千と言ったが全て私が倒した訳ではない。最後の方で、私の危機を知った異業種のプレイヤーが助けに来てくれて、一気に形成逆転したのだ。彼はそれも知っているのか、詳しく説明していると騒いでいた2人も戻ってきた。

 

 「・・・まじか。まるであの人みたいだ。でもあんたも大変だったんだなぁ。でも最後のは燃える展開だな!相棒が熱心に調べる訳だ」

 

 「そこの意見には同意するよ。でも同情と関心するのはいいけど、油断や加減はしないでよ。それだけ多対1に()けてるってことなんだからさ」

 

 「無論心得ている。そんな事をすれば、すぐに倒されるだろう」

 

 (参ったわね。あの時はほとんど装備頼りの有象無象(うぞうむぞう)で勝てたけど。この3人は互いに戦い慣れていそう・・・。無理したらいけるかもしれないけど一つでも間違えれば、一気に持っていかれるわね)

 

 油断は期待していないが、私を囲むように3人が包囲してくる。忍者とアサシンは後方2ヶ所、正面には静かに腰の武器に手を伸ばす鎧武者。暗殺者2名に背を向けているのも不味いのに彼の威圧感を無視する事ができない・・・。

 

 下手をすればなにもできぬまま殺される。

 

 でもそうでなくては面白くないし、負ける気も

 

 ない。

 

 「いくわよ・・・。覚悟はできたかしら」

 

 「あ、これ、マジでヤバイやつだ。あれでまだ本気でなかったのかよ!?これがトッププレイヤーのプレッシャー!」

 

 「ワールドエネミーを相手した方がマシかもしれないね・・・」

 

 「あの人と同じ、いやまさかそれ以上!?だが面白い!!我もそうでなくては楽しめん!」

 

 打開策を考えながら武器を構え、集中力を高めていく。今までもそうして乗りきってきた。そんなスキルはないのに、周りの動きがスローになり、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 

 向こうもこちらの異常に気付いたのか臨戦態勢をとった。

 

 互いに動き出そうとしたその時、3人の足元に一矢が突き刺され、頭上から聞きなれた声が聞こえてきて、嬉しくても、少し残念だと思う私がいる。

 

 「久しぶりにログインしてみればいきなりピンチじゃんレイ。助けにきたよ!」

 

 「いいタイミングね。相棒。助かったわ」

 

 「げげっ!?お前は閃光の!?だがこっちは3人まだっ」

 

 「そう!閃光の私がきたからには好きにはさせないよ!あと残念だけどもう一人いるんだよねぇ」

 

 「よう、ヴァルキリー。邪魔したか?俺も混ぜてくれよ」

 

 相棒がそう言うと現れたのはまた懐かしい顔触れがそこにいた。筋肉隆々で乱雑に切られた短髪頭で、トレードマークである自分の何倍もある大剣を担ぎ、野生が鎧をきたような男は知り合いに1人しかいない。

 

 「随分と久しぶりじゃない。もう引退したのかと思ったわ」

 

 「その大剣は・・・鬼神!?うっそだろ。おい・・・、今のヴァルキリーだけでもヤバイのによぉ~・・・こっちの相棒も乗り気みたいだし、こりゃ覚悟決めないとなぁ」

 

 「いやぁ、私も偶然ログインしてるのを見つけたときは驚いたよ。久しぶりに組んでレイナのシグナル追ってたらこの現場だよ!」

 

 「やれやれ。言葉と裏腹に嬉しそうにしちゃってさ。素直じゃないね。それにしてもまさかこうもタイミングがいいとはね。いや、さすがというのかな。幸運の女神は伊達じゃないね・・・

 

 「最近の奴はセオリー重視だのつまんない戦いばかりだが、お前さんたちは楽しめそうだ。全力でいかせてもらうぜ!」

 

 「・・・うむ。気が合うな鬼神よ。それにこれで3対3。気兼ねなく戦える」

 

 3対3になったことで数の不利はなくなったが、チーム戦になったことで立ち回りが上手くいかなければ、すぐに呑み込まれる可能性もある。

 

 向こうもこちらの増援に最初こそ驚いていたが、今はしっかり身構えている。それだけ向こうもチーム戦を経験しているのだろう。突発的な戦闘が多いユグドラシルにおいて、応戦するか、逃走するかのどちらでも連携は大事だ。しかし、彼ら仲間にそんな心配はしていなかった。

 

 ピリピリした緊張感の中。戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予告なしに行われた3対3のPVPは何故か運営に録画され、公式PVとして広告された。当初は運営の自作だと思われたが、それにしてはと疑った解析チームがそれを調べてみれば、100%ゲーム内での出来事だと証明され、ユグドラシルの名勝負としてゲームが終わったあとも多くの視聴者やプレイヤーを虜にするのだった。

 

 勝手に録画された私たち6人には公開する前に運営から交渉があり報酬を貰うも、向こうの3人は同じギルドの仲間から手の内を晒すとは愚か者めとお説教を食らったらしい。

 

 逆に当時500人弱で彼らの拠点を攻めようとしていたプレイヤーたちが、その映像をみて、脅威度を上乗せして、かの戦いまでに1500人強で挑もうと人員を募集。まだ改装中の拠点の猶予を作ったと言われている。

 

 結局この戦いが終わっても、彼らとの付き合いは減るどころか増えることになる。

 

 簡単にまとめると、忍者の襲撃にアサシンも混ざるようになった・・・。その襲撃は私がある事情からユグドラシルに一時期来れなくなった時まで続くことになる。

 

 鎧武者からはPVP仲間として、よく対戦を申し込まれるようになり、その時の会話で彼の憧れの対象がまさかたっちとは知らなかったが、彼への熱い想いを受けた私は協力して、悲願でもある武器の制作に必要なアイテムを交換したり、手伝うなどして、完成にこぎつけた。

 

 その武器を持って因縁の戦いに赴いた彼の勝敗はわからない。だが後日会ったときに、彼はもう悔いはないと満足しそうに話し、お礼と表して私に一本の刀を託して、たっちを追うようにして引退していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え?3対3の方の勝負の行方は?さぁ、どうだったかしら。どこかの誰かさんたちが乱入しなければ私たちが勝ってたのは間違いないわね。(向こうも聞かれたら同じコメントを残す)

 

 

 

 

 

 暗殺者なのに戦士に背後をとられるとは、やはりカンストした能力差とユグドラシルで何度も忍者から襲撃を経験していた恩恵か。どんなことでも備えていて正解だったわねと、レイナは朦朧としながらも、ペラペラと依頼人の事を話す暗殺者を見下ろしていた。

 

 セバスの傀儡掌で操り、場所を特定した2人は早速そこへと向かうも、わかってはいたが少年騎士クライムも参加することだ。セバスが彼の強さを未熟ながら認める実力者だ。現に暗殺者を1人仕留めている。人柄も良いので背中を任せるには充分信頼できる。

 

 「ここですね。レイナ様」

 

 「ええ、間違いないわ」

 

 「ここに・・・八本指の幹部が・・・」

 

 辿り着いたのは頑丈な鉄の扉がある大きめの建物。周りの建物を見てもここだけ異質である。ここにくるまでも何度も細い道を進んだことから、やはり表だっての商売はしてないようだ。

 

 「さて、ではどうしましょうかね」

 

 「あの、出来れば幹部は確保してほしいのですが・・・」

 

 「大丈夫よ。クライム君。私たち2人も無駄な殺生(せっしょう)を好む訳ではないわ。でも抵抗があった場合はその限りではない。それでいいんでしょ?」

 

 「はい。それで構いません。・・・2人には王国の問題なのに大変なご迷惑を・・・」

 

 「なに、これも成り行きです。今回のことがなくてもいずれは衝突は避けれなかったでしょう。遅いか速いの違いでしかありません」

 

 どちらかといえば、こちらの騒動に巻き込んだと言えるのに、彼はそれを心から()やんでいる。そういう彼だからこそきっとセバスも私も好感が持てる理由だろう。

 

 「では私は正面から行って注意を引きます。お二人は暗殺者の自白によると裏口があるので、そこから中の者が逃げないようにしてくれますか?」

 

 「わかったわ。行きましょうクライム君」

 

 「り、了解です。セバス殿もお気をつけて」

 

 少し緊張したように了承したクライム君を伴い裏口を目指す。道中必要ないでしょうがレイナ殿は私が守りますと言う言葉に思ったことを告げると彼は狼狽(うろた)えながらもしっかりと答えてくれた。

 

 緊張も良い具合にほぐれたようだし、大丈夫だろうと私たちは表の方から破壊音がするのを待って裏口から侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然裏口も丈夫な上に施錠されていたが、剣を振るえばバターよりも簡単に切れたので問題はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「必要はないかもしれませんが、何かあれば必ずレイナ殿は私が助けます」

 

 セバス殿に表の襲撃と囮を任せて裏口に向かう私は隣を歩くレイナ殿にそう口に出していた。それは国仕える騎士としてか、はたまたこれ程美しい人と共に戦えることからの漢として見栄か。彼女には必要のないものだとわかっていての発言に今更ながら恥ずかしくなってくる。

 

 「あら。じゃあ遠慮なく守ってもらうわね?若く(たくま)しい騎士様」

 

 笑われるかと思った。暗殺者の襲撃で自分よりも遥かに早く暗殺者を倒した彼女。そんな女性を実力的に劣る自分が守られることはあっても守るなんて烏滸(おこ)がましいと・・・。

 

 確かにその時の彼女は笑っていたが、想像してたのとは違う。こちらを信じて本当にそう思っている笑顔で・・・。不敬ながらラナー様の笑顔よりも輝いて見えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後すぐ、彼女が裏口の扉を紙切れのように斬ったことで、理想と現実に差に落胆を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 突入すれば最初は誰も来なかったが、セバス殿の襲撃に気付いた八本指の手下が逃げて来て予想通り、女であるレイナ殿の方が押し倒して逃げ安いと判断したのか彼女に向かうが(ことごと)く触れる前に切り伏せられる。残りはこちらに来るが数は少なく、正面からの対処は簡単だった。

 

 建物の最奥部の部屋にいた手下たちを倒し、気絶した者や実力差に降伏した者は逃げられないように、レイナ殿が用意していた縄で両手と両足を縛り上げてから、部屋の探索に戻る。

 

 ガガーラン殿からいただいたアイテムポーチを使い、隠された扉と罠を看破すれば、それを見ていたレイナ殿が関心している姿に、借り物とはいえお役にたてたことを嬉しく思う自分がいた。

 

 そのアイテムが譲られた物で自身の力でないことを話すと、彼女に(たしな)められた。

 

 「随分と自己評価が低いようだけど、そこまで謙遜しなくてもいいんじゃない?それに騎士であろう者がそんなに自信がないようだったら、護られる対象は不安に思うんじゃないかしら?大丈夫。さっきだって私を背後から襲おうとした奴から護ってくれたでしょ?ありがとう。貴方はもう立派な騎士様よ。自信を持ちなさい!」

 

 彼女なら対処は容易かったろうが、確かにあの時の自分は必死に彼女を護った。その事で礼と一緒にラナー様とは違う笑顔を向けられて、照れない男がいるだろうか?こんなときだというのに天にも昇るとはこの事をいうのだろうか。いや、いかん。調子に乗りかけた気分を頬を叩くことで引き締める。

 

 ・・・思った以上に強く叩きすぎて、赤くなったそれをみてみぬ振りをしてくれた彼女に感謝した。

 

 降りた先にあったのは物置のような地下で沢山に木箱が置かれており、中身を見て見ると沢山のメイド服が入っていた。

 

 なんでこんなところにメイド服がと考えて、ここがどんな場所か思い出して顔をしかめる。つまり、このメイド服はそういうことなのだろう。

 

 ここをよく見ればまだ部屋があるらしく。レイナ殿は様子を見てくるとのこと。地上への入り口はここしかないようなので一人見張るのを任されることになった。

 

 もしピンチになったら迷わず助けを呼びなさいといい。レイナ殿は他の部屋へと向かったが一度こちらを振り向くと。

 

 「息を抜いたときが一番の隙よ。よく肝に命じてね」

 

 そう一言だけ残して進んでいった彼女の言葉の意味を考える。確か、昔の英雄も家に帰るまでが・・・なんだったか。そんな話があった気がする。そして、答えが出てくる前にその意味を知る戦いが始まるのだった。

 

 他にも木箱があったので調べていると中身が空っぽの必要以上に大きな木箱の側面が倒れ、そこから標的である八本指の幹部と護衛が現れたのだ。

 

 どうやら逃走用の隠し通路を隠すものだったらしい。随分と慌てているようだが、私はやつらを逃がさないように地下からの出入口を背に剣を構え、恥も外聞もなく助けを呼ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 ここにくるまでに思い出した事でクライム君に忠告してから部屋を移動し奥に進むと予想してた通り、三下だがかなりの数の護衛が待ち受けていた。

 

 彼らは私が姿を現したら、一瞬面を食らって動きを止めるもすぐに下卑た笑みを浮かべて我先にと武器も構えず飛びかかってきた。

 

 正直殺す気などなかったがそんな反応にうんざりしてたのもあり、使い捨てである事がわかったのでお望み通り漆黒の剣を助けたときのオーガと同じ末路にしてやった。

 

 仲間が爆発四散したのを見た男たちは、顔を一気に恐怖に染めて抵抗とばかりに、武器を構えるもすでに遅く。私が過ぎ去った次の瞬間には武器と一緒に全員首が落ちていた。

 

 「ーーー(くず)は屑らしくごみ溜めにいけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなイメージが頭を過ぎ去って、振り抜こうとした剣を止める。

 

 ・・・なんだ。今のは?自分が行おうとした凶行に愕然とする。一体今の考えはなんだ。彼らの命をまるでゴミのように扱うばかりか尊厳を踏みにじる言葉さえ吐いた気がする。

 

 さっきまでクライムに向けていた優しさ以前に彼に言った言葉を忘れたか。確かに抵抗があればその限りではないと彼も了承したが、すすんで殺しをしないと否定しておいて、ツアレを捨ててた男にみせた慈悲の欠片など一切なく。

 

 ただのゴミクズに向けるような。あの被支配者層に向ける傲慢な人間たちと同じ目を私はしていた。ただ殺すよりも質が悪い。

 

 死臭で満たされた部屋に、生存者はいない。その惨状を眺め口の端を吊り上げる自分さえ幻視していた。

 

 一体いつから。自分らしくない考えに、何者かの意思を感じて身を震わす。精神支配かそれに類する何かしらの影響を与える力。

 

 ここまで考えても男たちはまだ手を伸ばした状態でまだまだ余裕の距離にいた。思考速度さえすでに人外なのだろう。奴らから見て剣にかけた手を止め、体を震わせた私がビビって硬直したとでも思ったのだろう。ゆっくり迫る奴らの目が情欲に染まっていく過程までがはっきりとわかる。

 

 ・・・なんかそう考えると無性に目の前のやつらに苛ついてきた。こっちは自分の感情について葛藤しているのに、色事しか頭にない奴らの心配をした自分がバカらしい。

 

 情報としては腐った貴族専用の娼館なので、こいつらが手を出せないとは思うが、捕らえた女を絶望させるためとか、こんな仕事だ。適度に発散させるとかで、相手をさせられたかもしれない。

 

 それがなくても、彼女たちに向けるだろう視線は同じ女として、嫌悪感とストレスを与えるのは理解している。少し、いや、女として彼らに死よりもきついOHANASIが必要だろう・・・。

 

 この時男たちは目の前にいる極上の獲物に目がくらみ、気づかなかった・・・彼女の背後にどこかの白い悪魔(ツインテールの魔法少女)に似た影が現れたことに。

 

 そして、後悔する。目の前の綺麗な女(エモノ)が、本気で怒ったら、今まで怒らすのを注意していた幹部連中や死よりも恐ろしい事を体験するということを・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「少し頭を冷やしなさい(ちょっと頭冷やそっか)

 

 「「「「「えっ」」」」」

 

 幻聴でもなんでもなく二重に聞こえたそれに、やっと彼らは異変に気づくも既に目の前にいる獲物(白い悪魔)()()()()()()()()を浮かべ指先を向けてきた。

 

 部屋に光が満ちていく・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「「ア"ア"ア"ア"ァァァァ!!!!?」」」」」

 

 

 

 

 

 男たちの叫びは隠し通路を通っていた八本指とその護衛である六腕(ろくうで)にも聞こえ、警鐘(アラーム)を受けて、この先に見張りがいる事を知らずに逃げておいてよかったと思い。

 

 彼らは後に気が付いても、縛られたままガタガタ体を震わして「美人怖い女怖い」と呟くようになるのだった。

 

 

 

 

 私は素早く()()()すると奥に進み、そこで檻に入れられた娼婦たちを発見する。みんな足の神経を切られ、体も至るところに傷が見受けられたが、ツアレのように病気を患っている者もいたが、ここから使用位階を知られないように大治癒(ヒール)とはわからないよう、無詠唱で別の名前を呟き回復魔法で治療すれば、すぐに動けるようになり、口々にお礼を言われた。

 

 ユグドラシルの魔法を使うのは、非常に目立つので、いずれはそこのカバーのためにも魔法を作らなければいけないだろう。時間はあったので、いくつかの創作魔法の目星はついてきている。

 

 そして自分の後についてくるように指示すれば彼女たちは素直に着いてきた。当然先程の部屋を通るのだが、そこには全身を縄で縛られた護衛が分かりやすいように顔の一部を腫らし、気を失った状態で倒れていた。

 

 なにがあったかは一目瞭然なので、男たちに気づいた時以外、元娼婦からの行動に支障がでる反応は特になかった。震える者もいる中、仲間が励ましたり、リーダー格の女性が精々いい気味だと悪態をつくくらいだ。

 

 あの時、あの衝動に身を任せていたらこうはいかなかっただろう。いくら自分達に理不尽押し付けていた者たちの手下とはいえ、血の海と化した部屋を見れば、彼女たちはそれを成したであろう私に対して恐怖を覚え信頼はなくなるだろう。

 

 悪ければ、恐慌状態になり、着いてこなくなるかもしれない。できればそれは避けたかったので安心する。

 

 私がここへくる前にきっと隠し通路を使って逃げた2つの気配を感じていた。その2つがクライムに見張りを任せた部屋に出たのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クライム君と別れたときにした忠告はどうやら正解だったようだ。

 

 女性たちには身を隠しておくよう言ってから、クライムがいる部屋に戻ってきた私の目の前には、肩から血を流す彼がうまく動かない腕をかばうこともせず、剣を構えて標的である八本指を逃がさないようにしている場面だった。

 

 

 

 

 




 本編ではブレインが遅れた理由で、幹部が逃げる時間を稼がせていたのかなと思い待ち伏せしていました。

 詳しい描写がない至高の御方については、あんころもっち餅さんみたいに、自分の想像でこうかなとしています。

 忍者と一緒に出たアサシンは、アサシンクリードのイメージをしてくれたらと思います。

 
 


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46.戦乙女と八本指

 

  ~王国での囮作戦前~

 

 

 ソリュシャンはカルネ村に来ていた。王国への偵察へ赴く際に一度見たことがある。よく言えば素朴悪く言えば貧相と言える村。どうしてこんな村を守護するのかわからなかったが、今の状況をみて納得がいった。

 

 村は活気に満ち溢れ、動く人影は人間だけではない。多くの亜人やモンスターが共存し、共に1つの村を発展させていく。その光景は輝きに満ちていてた。

 

 少し前なら嫌悪感だけで何も感じることはなかった。

 

 ただヘロヘロの敵討ちなどの出来事や本人との再会と心中を聞いたがために考え方が変わった彼女は、その光景がナザリックで働く仲間たちと重なって見えた。

 

 今回ソリュシャンがカルネ村に来たのは、レイナとモモンガが進めておる王国復活作戦を前にした休暇だ。以前からナザリックの(シモベ)全員に休日をと(すす)めてきた御方のために働けない日と罰に等しいものであったが、しかし、仲間たちがそう訴えると、わかりにくいが、御方の様子がものすごく悲しそうになるのだ。

 

 御方を悲しませる。そんなのは僕としてあってはならないとして、みんな休む日を決めている。

 

 王国の偵察は忙しいこともあり、今までろくに休日がとれなかったセバスとソリュシャンはここでとることにしたのだ。

 

 セバスは屋敷に残り、拾ってきた人間とのんびり過ごすらしく、ここにはソリュシャンしか来ていない。実はナザリックで過ごすことも考えていたが、あることで人間について調べていたソリュシャンはそれを済ませれれば、とここに来たのだ。

 

 そのついでとばかりにある用事も受けたのはナザリックを愛している(ワーカーホリック)ためか・・・。

 

 問題はソリュシャン1人では解決できそうにもなく。普段は頼りにしているプレアデスリーダーのセバスにも今回の案件を聞くのは躊躇(ため)らわれる。ナザリック残留組の姉妹たち(プレアデス)にもお茶会を通して話せる事でもなかった・・・。

 

 とりあえず療養がてら、ナザリックを通したカルネ村への野暮用は本来はルプスレギナ仕事であるが、彼女も忙しくて戻ってきていないのでわざわざ呼び戻すことはせずにナザリックにいて、ここへ赴く自分が引き受けたのだ。

 

 まずはナザリックの用件を片付けようと、カルネ村に移住してきたリザードマンの姿を探し、丁度手が空いていそうなリザードマンを見つけて声をかけた。

 

 「ちょっとそこの白いトカ・・・リザードマン。少しいいかしら?」

 

 「あ、はい。なんでしょうか?」

 

 日傘を差したアルビノであるリザードマンを呼び止めると彼女は振り向いて何のようだろうと首を傾げてくる。トカゲにしては鱗が目立たないせいか、つぶらな赤い瞳もあって少し愛らしいと思ってしまったが、そんなことは顔に出さずに、用件だけを切り出す。

 

 「ここにザリュース・シャシャとゼンベル・ググーというリザードマンはいるかしら?アインズという者からの使いといえばわかると聞いたのだけれど?」

 

 「えっ、あいつとあのやばn・・・失礼しました。2人にですか?あっでも、もしかして、あの件?わかりました。すぐに呼んで・・・」

 

 「よう。白い嬢ちゃん。こんなところで何をしているんだ?」

 

 用件を聞いた白いリザードマンが、前者には笑みを後者には一瞬嫌な顔を浮かべた気がするが、それを呑み込み、件のリザードマンを呼ぼうとする前に別の声が遮る。

 

 現れたのは、全身が緑の鱗に覆われた、白い彼女の何倍もある体。片腕が大きく発達したリザードマン。

 

 「ちょっと私にはクルシュって名前があるんだから!それにそれだとドミニーさんと被るじゃない!」

 

 「お~お~。悪かったよ。でもあの嬢ちゃんは天使様って呼んでるからよ。間違うことはないぜ」

 

 どうやら彼女の反応からして、後者の方で彼がゼンベル・ググーらしい。確かに彼女が嫌な顔をした理由もわかる。なんというか彼は配慮というものがない。思ったことを思ったまま口にしている感じだ。それが彼女にはあまり合わないのだろう。

 

 大体の相手や腹に一物抱える者の方が探り合いも含めて、話を合わせることが得意なソリュシャンも感情でものを言う手合いは苦手ではないが、あまり関わりたいとは思わない。だが本人が来たのなら都合がいい。ナザリックからの用件を全うするだけだ。

 

 「貴方がゼンベルね」

 

 「ん?なんだ嬢ちゃん。俺になにか用か?」

 

 「貴方にナザリックから返すものがありましてね。これになるわ」

 

 そう言って、背中の背負い袋から一本の酒壺を取り出す。いつもなら、オス個体にはからかうのを含めて、胸元から出すのだが、今回は物が飲食物なだけに、(はばか)られるし、何よりもあのサイズを胸元から出すのは怪しまれるーーとかではなく。鱗つき(リザードマン)は彼女の食指が動かなかったからだ。

 

 「お、おおおおおおおおお!その懐かしい壺はまさしく!俺が求めて止まなかった部族のお宝!」

 

 「う、うるさ、ってやっぱりこうなった!ちょっと!?危ないでしょ!」

 

 それを見た瞬間、ゼンベルは我も忘れてソリュシャンが持つそれを奪い取る。あまりの早さと横暴にクルシュが止めようとするも、元々の身体能力的に間に合わず、(合っても吹っ飛ばされる)抗議の声をあげるも、今の彼にはそれも通じない。

 

 「大丈夫ですよ。咄嗟に避けましたから」

 

 「す、すみません。こちらの不手際で・・・」

 

 気にするなと手首から上を振るソリュシャンに、傘下に入った組織に所属する者に失礼な事をすれば、手打ちになっても可笑しくない事案だが、いくら気に入らないとはいえ、同族がそうなるのは望まないクルシュは仲間の失敬に頭を下げる。

 

 実際に普通の人間、彼よりも弱い者なら危なかっただろうが、彼女は余裕で彼の手が届く頃には、手を退いていたので怪我などはしていない。当たっても大丈夫だっただろうが。

 

 そうとも知らないクルシュは彼女の寛大さに感謝し、心の中で、彼の評価を更に下げた。

 

 まだはしゃぎ、さらに久しぶりにと酒を飲む彼に、内心呆れながら、そんなことは表面には出さず。彼に声をかけて、ソリュシャンはまだ終わっていない用件を済ませる。

 

 「あとは、貴方のおかげで、他にも味が違うお酒が生産できたから、お礼として2つほど用意したわ。1つは似た味をさらに濃くしたものと、味は違うものだけど、それよりさっぱりしているお酒みたいよ」

 

 再び背負い袋から出したのは、彼が持つ酒壺とは、違う形をした2本のお酒。それを見たゼンベルは今度は我を忘れることなく、ゆっくりとそれを受けとる。

 

 「ほ、本当なのか?伝説の宝を・・・。複製すると聞いたときは無理だと思ったが・・・。あんたら凄いんだな」

 

 「わたくしたちにかかれば、元さえあれば再現するのに苦労はしませんわ」

 

 「いや、ホントにすげえよ。こりゃ、勝負に負けて良かったな」

 

 「はぁ、あんたはホントに酒が好きね」

 

 「俺だけじゃねぇ。部族の仲間全員酒が好きだぜ!白い嬢ちゃんもどうだ?あいつも来ると思うぜ」

 

 「何故ザリュースが・・・でも考えとく」

 

 「誰もザリュースとは言ってないがなぁ」

 

 「なっ!?」

 

 3本のお酒を抱えたまま頭を下げたあと、互いに実力を認めるザリュースも来ることを仄めかし、酒が戻ってきた上に増えて気分が良いのかクルシュも誘いながら素直でない彼女をからかうゼンベル。

 

 彼に嵌められたと気付いた彼女はその白い肌を真っ赤にして声を出せないでいた。

 

 最初は隷属を疑った彼だが、この村で暮らす内にあの心配はなんだったのかと思うほど平穏で、この宝の再現だ。それだけの力を持っていながらしていることは融和である。

 

 特に無駄な血も流れずに傘下に加えられ、強制された労働もない上に、同じ物を作り、それをお礼と2つもポンっと渡してくれるのだから。強い奴もいて、同じ部族では相手が居なかったゼンベルとしては、ここはまさに想像以上に居心地が良い場所だった。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの・・・ひいてはナザリックの仲間たちを誉められたソリュシャンは気分が良かった。それでも普段は表情に表れない彼女だが、このときばかりは、歪んだ笑顔ではなく、自然な笑顔で、それを見たのが人間で男なら一発で虜にできただろう。

 

 これでひとつの用件がすみ、今はこの場にいないザリュースについてはクルシュが届けてくれるらしい。伝言も合わせて伝えて貰うことも約束し、その場から離れようとした。

 

 「あら、クルシュさんにゼンベルさん。こんなところでどうしましたか?」

 

 そこへ、女の声がかけられる。声に振り向くと、そこには野菜を沢山積んだ台車を夫婦で引きながら、その台車の後ろで補助で押している肌の色が若干悪い青年を連れたエモット夫婦が現れた。

 

 その青年の正体をすぐに看破したソリュシャンは、特に警戒せずに、話しかけて来てくれた夫婦とリザードマンの2人の様子を観察することにした。

 

 「あら、エモットさんたちは今帰りですか?今日も大量ですね」

 

 「ええ、これもよく来てくれるマーレ君のおかげですね。今までは実をつけても、土地の養分が足らずに満足いく量は採れませんでしたから。今じゃ分配しても余裕がありますからね。あっ良かったらいくつかの持っていって貰っても良いですよ」 

 

 「本当ですか!?ここの野菜美味しくていくらでも食べれるから、すぐになくなってしまうんですよ!」

 

 「この前いただいた魚のお返しですよ。最初は苦手そうにしていたうちのネムも、一口食べてから夢中になって、骨と格闘していましたからね」

 

 「良かった。また今度ザリュースに相談して、持っていきますね。今日は何にしようかな?・・・あいつに料理作って呼んだら喜ぶかな?」

 

 女性たちは、沢山のった荷台からいくつかの野菜を見繕いながら、今晩の献立を話しあったり。

 

 「よう、エモットのおっさん。この前の野菜の塩漬けありがとうよ。野菜なんてって思ってたが、ありゃ酒のツマミに最高だな」

 

 「口に合ったようでよかったよ。この村では酒を片手に飲むのが数少ない楽しみだからね。今日も大量だから、また作るだろうし、分けてもいいよ」

 

 「おお、なら今度俺たちの住みかにこいよ!一緒に飲もうぜ。丁度新しいお酒が2本も来たんだ。以前のお酒も戻ってきたし、奢るぜ」

 

 「ハハ、それはいいね。妻に話してみるよ。たぶん呆れられるけど、問題はないはずだ。とびっきりのツマミを用意するよ」

 

 「ガハハ!そりゃ楽しみだ。ルイスの兄貴もどうだ?ついでに模擬戦の相手を頼むぜ」

 

 「・・・・・」

 

 「いいのか!?でも相変わらずルイスの兄貴はノリがいいな!」

 

 男たちは酒とそのツマミで盛り上がり、互いに肩を抱きしめる。模擬戦話が出れば、ルイスは返事はなくても頷いて了承していた。

 

 

 

 

 

 和気藹々(わきあいあい)と話す姿は種族の違いなど関係なかった。ソリュシャンは微笑ましく思って眺めていると看破する力をもつ彼女の眼にあるものが見えた。

 

 それはクルシュと話すエモット夫人の情報が多く見えたのだ。

 

 ソリュシャンがこの村に来た理由のひとつでもあった。あの時の()()では病気以上に栄養失調がひどく参考にはならなかったので、できれば健康状態がよい体の情報が欲しかったのだ。

 

 話しが佳境に入ったころ、ソリュシャンはエモット夫人に話しかけた。

 

 「エモットさんでしたか?もしよければ手を見せていただけませんか?」

 

 「あら、貴方は・・・」

 

 「わたくし。ナザリックの者でソリュシャン・イプシロンと言います。実は貴方に折り入ってお願いがあるのです。お願いと言っても、簡単な事で、さっき言った通りなのですが、もしかしたらあなた自身についても大事な事がわかると思うのです」

 

 命があるように見えるが、やはり少し反応が小さいので念のため、触診して確固たる確信が欲しいソリュシャンは、思ったほど自分は焦っていたのか、少し強引になってしまったかと思い断れるかと思った。が彼女は人のよい笑顔を浮かべて、すぐに了承してくれた。

 

 「良いですよ。ナザリックの方には返しきれぬ恩がありますし、どうぞ」

 

 しっかり確かめもせずに、信じてしまって大丈夫なのだろうか?とかえって心配してしまうソリュシャンだが、ありがたいことなので、その手をとった。

 

 ・・・トクン・・・トクン

 

 気のせいではない。確かにそこには命があった。

 

 「ありがとうございます。良かったですわね」

 

 「え?」

 

 つい口に出してしまったが、隠すことではないし、既に彼女の()()の分析はできた。目的を果たしたソリュシャンは手を離すと、彼女の顔を見て笑顔浮かべ、出てくる言葉は自然と決まっていた。

 

 「お腹に新しい命が・・・おめでとうございます」

 

 その言葉にこの場の全ての動きが停まった。

 

 

 

 

 一拍おいて爆発するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイスだけが大はしゃぎするエモット旦那に肩を揺らされながらも、いつも通りぽかったが、その変わらない表情が少しだけ喜んでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血を流すクライムの肩に手をやり、回復魔法で癒す。痛みが収まり瞬時に腕が治り、驚くクライムを庇う形で現れた私に1人は驚愕し、もう1人も驚くが私の顔を見ると破顔する。

 

 「な!?あの一瞬で回復を!?神官なのか?いや、それよりも部下たちを殺ったのが、こんな女だと言うのか!?」

 

 「ちょ、ちょっと!?かなりの上玉じゃない!娼婦として売れば今回の・・・いえ、損失以上に儲け出るわよ!」

 

 失礼なことを言うあの場にいた者は全く殺していていない。どうでも良いので、訂正するつもりはないが。

 

 「コッコドールさん無茶言わないでください!さっきの手下どもの悲鳴をお忘れですか!?」

 

 「何よ!六腕なら無茶してでも頑張りなさいよ!それにこんな女があいつら倒したとは限らないでしょ!連れがいた可能性があるんだから、この女を無力化して人質に捕れば逃げれるはずよ!」

 

 追ってきた私を見た標的たちの反応の理由がわかった。護衛はさっきの悲鳴を聞いていたのか、顔は青ざめ持っている剣は震えている。護衛の言葉から幹部であることが窺えるオネエ口調の男は私の実力を甘く見て、商品としてしか見ずに皮算用を始めている。

 

 「くっ!わかりました。おい女命が欲しければ大人しくするんだな」

 

 「それで?命をとらなくても、生き地獄には落とすんでしょ?そんなの死んでもごめんだわ」

 

 「ちっ!なら力ずくだ!」

 

 「殺しちゃ駄目よ!商品にならないんだから!少し傷をつけるにしても目立つとこは駄目よ!」

 

 「なっ、くっそぉ!完全に貧乏クジだぜ・・・やったらぁ!」

 

 「気を付けてください!あいつはサキュロント。幻術を使った技を使います!」

 

 やけくそ気味に戦闘態勢に入る護衛サキュロントに、クライムを守るように背後に回して対峙する。そこへ彼から助言が飛んでくる。それで大体の事はわかった。ブラフでない限りはレジストは可能だ。

 

 彼は充分役目を果たしてくれた。休ませてあげてもいいだろう。ここからは私の仕事だ。

 

 護衛の男は5人に分裂して、多方面から攻めてきた。何て稚拙(ちせつ)な幻術だろうか、まるでハリボテのように感じるそれで心配はなくなった。その幻術を囮にジリジリと死角に回り込もうとするサキュロントは姿は誤魔化せても気配が丸わかりだ。

 

 狙いはクライムを人質にするつもりか。それだって全快した彼相手には厳しいだろう。厄介な依頼者を持ってしまったのは同情するが・・・。

 

 ・・・だが念のためにアレを使ってみよう。試験は出来ているが、実践で使うのは初めてだ。もしかしたら出来ていると思っているのは私だけで、全く効果が違う可能性もある。

 

 そうして私は武器を構え、悟られないように発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武技 領域

 

 一斉に飛びかかってくる幻術。

 

 死角からクライムを襲う実体(サキュロント)

 

 どの軌道で向かってくるのかはっきりとわかる。

 

 本物に振り向き目が合う。

 

 驚愕に染まる男の顔。

 

 一閃。

 

 

 

 

 

 

 ドゴン!

 

 「!?っ」

 

 結果を見れば成功した。ハッキリと存在が知覚できた護衛を迷いなく剣の腹で殴り飛ばした。幻影は霧散し、声も発せずに護衛は壁に打ち付けられ、そのまま気を失いピクリとも動かなくなった。

 

 やっと現状を理解したのか恐れを成して逃げようとした幹部は、彼の背後にいたセバスが腹に一撃を入れて気絶させて、脇に抱えた。

 

 効果は発揮したが、思いの外に規模が凄まじくブレインの言う数メートルとは違いこの建物どころか辺り一辺まで広がってしまった事か。倒れた護衛や背後のクライムの状態、近所に住む住人動向、セバスが幹部の背後に音もなく近づいてくる姿(セバスの技量故かハッキリとではないが)までわかってしまう。

 

 それで留まらずにどんどん広がっていく感覚は、途中で止めなければ王国を包んでいたかもしれない。その分情報量が多くなったが、これからの慣らしで取捨選択もできるようになるだろう。この射程距離をブレインに言えば顎を外して驚きそうだ。

 

 無事にクライムを救えたが、彼を癒した魔法もあってか自分が苦戦した六腕の1人を撃破したのが決め手か、彼が敬愛している王女の話が出たときと同じ、すごく輝く目で見られるようになった。

 

 そのあと建物にいた他の護衛を無力化してから合流したセバスの方は娼婦に暴行を加えていた現場を目撃して、その貴族が屋敷に来た貴族だったらしく。反省の色が全くなかったので、終いには始末したとの事だ。

 

 殺してしまったことを謝ってきたが、私も現場を見ていれば、あの時のように暴走しそうにならなくても、同じことをしただろうし、死体だけでもあれば十分関与していたことはわかる筈で責めるつもりはなかった。

 

 廊下で臓器をぶちまけた貴族の死体を通りすぎ、セバスがある程度応急措置したらしいが、彼女は虫の息でそれを見れば彼が行った行為も納得した。すぐに彼女も回復魔法で全快にさせる。彼女は信じられないものを見たと驚き、感謝の言葉を呟きながらすぐに気を失ってしまった。

 

 安心したからだろう。彼女の体を抱えあげようとすればセバスが変わりに受け持ってくれた。私は彼の好意に甘えることに。そんな様子を手伝いながら見ていたクライムから益々視線が強くなるのを感じる。

 

 こうして無事に襲撃した娼館で八本指の幹部を捕縛し、ガゼフら戦士団に身柄を渡す。彼らは手放しに喜び、讃えてきた。今までの王国なら貴族の手引きによる脱獄を警戒したが、それは少し前の話しだ。

 

 今や貴族は王の怒りを恐れて、力の大半を失った今の貴族は今度こそ手引きが発覚すれば、とり潰されるだろう。さらに警護には国を良くしようとする戦士団だ。賄賂も通用しない。

 

 問答無用で牢へと放り込まれ、罪を償うまで出ることはできないだろう。

 

 他にも無理やり働かせられていた女性たちも救出できた。その際一悶着あったが、今はガゼフ邸で保護している。そこでもまた身寄りのない彼女たちをどうするかの問題が起こった。

 

 娼婦として働かされていた彼女たちの体は治っても心はボロボロで、関係ない男性が近づくだけでも体が震えてしまう。とてもではないがいきなり自立した生活など出来そうにはなく。娼婦として働いてた悪いイメージもあって引き取り手もいない。

 

 このままでは彼女たちは再び水商売に身を落とすしかなくなるか路頭に迷うかになるだろう。助けたものとしてこのまま放り出してそれではあまりにも浮かばれないし、後味が悪くなる。

 

 そこで、これからどうしたいかを話せるようになった者から同じ女である私が聞いてみる事にした。

 

 彼女たちは願いはどこかの村で平穏に暮らしたいが大半であった。元々の貴族に無理やり連れてこられたので彼女たちは一般人で畑仕事などはお手の物らしく。

 

 もしこのまま放置されたのならまず自分を知らない辺境の開拓村などで住民を募集していないかを探す予定らしい。

 

 心当たりが1つあった。そこはある国の兵士を偽装した武装集団に襲われるも、私と悟がいたことで被害ゼロで抑えれた村。

 

 100年前からある村にしては人は200人前後と少なめで、外へ出ていく者も多くいることから、新しい移住者募集は常にされているのを旅の途中でエンリから聞いた覚えがある。

 

 エンリたちにも事情を話してみればそれはいい案だと言ってくれた。今では悟がナザリック加護を与えている村だ。カルネ村は人間亜人だけでなく、モンスターまでが住み、増築が進んでいる。人員は整いつつあるが、まだまだ発展中の開拓村だ。

 

 自然に囲まれた環境ではあるし、モンスターの脅威も今はない。あの時の襲撃で警戒心を持つようにはなったが、それでも彼らの人柄はおおらかでお人好しが多い。トラウマを克服するにしても適任だと思う。

 

 ・・・少し俗っぽい話だが、他の種族が増えても、人間自体は滅ぼされた村から少しずつ集まっていたが増えていない。今までの経験からトラウマのある彼女たちが心から癒されれば、将来子宝にも恵まれる可能性も含めて女手は欲しいだろうし、元農民出の多い彼女たちは農耕で即戦力として充分受け入れてくれる。

 

 しかも防衛も整って来ているらしいので、一応彼女たち拐ったような貴族が来たことはないと聞いてはいるが、今まで無かっただけで、これからもないとは言い切れない。そんな横暴な貴族が来ても、守ってもらえるだろう。

 

 ナザリックで悟からそう聞いている私は、2人の賛成もあり、彼女たちにその事を話せば、是非お願いしたいと逆に頼まれた。命を助けてもらい、傷や病気まで治してくれ、先行き不安だったが移住先まで用意してくれた。なんと言えばいいのかとわからないと感極まり泣き出す者まで出てきた。

 

 確約ではないことを説明して、お礼がしたいならその村はレイナもお世話になった所でまだまだ発展途上。その村に貢献してくれれば、それだけでお礼になると告げれば、貴女が女神様なのですねと祈りを捧げてもきた・・・。

 

 その後ツアレを連れたソリュシャンや護衛の冒険者たちも無事に合流を果たした。まだまだ気が抜けないので、怯えるツアレを安心させるためにもニニャとの再会をすぐにでもさせてあげたいが、今はまだ気が抜けない状態だ。

 

 安心しすぎて、そこを突かれては目も当てられない。護衛だけでもとニニャの要望で漆黒の剣をツアレにつけている。

 

 「あのレイナさん。今回の配置に我が儘を言ってすみませんでした」

 

 「気にしないで、すぐにでも再会したいのに酷なことを言ってるのはわかってたもの。ここまで来て眼を離して、集中できないなんてなったら余計危険でしょ?それに情だけで決めた訳でもないわ。チームワークで今の貴方たちはかなり高いし、彼女の身内として信頼できる。護りたいんでしょ?」

 

 「はい!」

 

 「私たちからも改めてニニャのお姉さんを助けてくださり、ありがとうございました。ここは全力で護らせてもらいます」

 

 「へへ、ニニャお姉さんだけじゃなくて、こんなに綺麗なお姉さん方がいるんだ。俺も張り切っちゃうぜ!」

 

 「張り切るのは良いのであるが、しすぎて空回りしないか余計心配である。調子に乗ったルクレットほど信頼できない故に。それさえなければレンジャーとしては、どんどん腕も伸ばしているのに残念である」

 

 「ちょっダイン。絶対に誉めるのより貶す方の割合が多くねぇか?」

 

 「ダインの言ってることは正しいだろ?誉めすぎると鼻を伸ばしすぎなんだよ。お前は」

 

 「ええ、そこがルクレットの良いところでもあるんですがね」

 

 「ふふ、やっぱりいいチームね。貴方たちにも任せたわ」

 

 「「「「任せてください(くれ)(ある)!」」」」

 

 気心が知れている分、緊張をいい具合にほぐすことができて、最後にはこの団結力である。彼らなら大丈夫だろう。

 

 

 

 傍受対策を施した遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング

)で確認してみれば、懸念通りに不審な人物たちが、すでに人が引き払った屋敷を監視し始めていた。

 

 さすがは随分と恐れられる組織なだけに敵対してからの動きは速い。間一髪だったが、なんとか人質を捕られるといった最悪の展開にならずに済んだのは僥倖(ぎょうこう)だろう。

 

 やつらが八本指の手先であることは間違いない。明かりを一部つけていることで、屋敷に標的がいないことを知るにはもう少しかかる筈だ。

 

 その間に準備を進め、いくつかある本拠地を同時に襲撃。やつらも屋敷に踏み入れたら、待機しているナザリックの場所は既に特定済み。今回捕まえた幹部から情報で王国に積極的に動いてもらうようになった。

 

 クライムはその事を知らなかったが違法娼館の捕虜を引き取る戦士団が来るまでの間に話すと協力を申し出てくれた。訪れた戦士団にはセイラン副隊長もおり、捕縛の件を伝えるために彼と一緒に王城に赴く手筈になった。

 

 「この度は八本指の幹部捕縛ありがとうございました。それだけでなく六腕の幻魔のサキュロントまでとは、流石ですねレイナ殿」

 

 「これで王国は動くのに必要な証拠を押さえましたね。私も城に戻り次第協力します」

 

 「ええ、セイラン副隊長にクライム君も彼らの事お願いね」

 

 「しっかりと罪を償わせるよう牢に閉じ込めますよ」

 

 「ではレイナ殿!後程また会いましょう」

 

 王国特有の敬礼をし、彼らは八本指を連行していった。事前に王に話していたことで、確固たる証拠が手に入った今、信頼できる貴族を動かしてくれるはずだ。

 

 さらにはアダマンタイトの蒼の薔薇も、よく王城に赴くエンリたちを通して話している。向こうもどうにかしたいと思っていたらしく協力してくれるようになった。

 

 それがなくても、彼女らが支援する()()()()()()()第3王女がそれを聞けば彼女たちに要請を出してくれるとラキュースは言っていたらしい。

 

 八本指動きも速いことから、向こうも備えている可能性があるが、充分な準備はできない筈だ。

 

 「バオとエンリは王国の兵士たちと合流し、分担して担当して欲しいわ。私とセバスは本陣に先に行って逃走しないか見張っておく。しそうになったら合流を待たずに仕掛けると伝えてくれる?」

 

 「ああ、任せてくれ。レイナ殿も気を付けてくれよ。あんたに死なれちゃ成功しても後味悪いからな」

 

 「レイナさんなら大丈夫そうだがな。隊長。彼女についていく御仁(ごじん)も相当な手練れみたいだしな」

 

 「昇級して初の大きな依頼が八本指って聞いたときは腰が抜けそうになったけど・・・レイナさんに信頼されている分は、私も頑張るよ!」

 

 バオやブリタたちと久しぶりに会うが、随分と頼りになるくらい成長しているようだ。やはり、装備の充実から依頼を多く成功してきたことで心身ともに鍛えられたのだろう。

 

 「じゃあ、俺たちもガゼフ殿と合流します。レイナさんなら大丈夫と思いますが、セバスさんも気を付けて、あとレイナさんのことよろしくお願いします」

 

 「私からもお願いします。怪我をしないでとは言えませんが、セバスさんも気を付けてください」

 

 「師匠なら大丈夫だろ。師匠がやられたら俺たちも王国も敗けなんだ。こっちの事は任せて気兼ねなく進んでください」

 

 「まぁ今更あんたの心配はしないけどねぇ。ブレインの言う通り、あんたを倒せるような奴がいたら、すでに王国は八本指に落ちてるよ。・・・でも簡単には倒されないでよ。あんたを最初に倒すのは私なんだから」

 

 「お任せてください。このセバス・チャン。全身全霊をもってレイナ殿を護らせてもらいますので。・・・貴方たちもどうか無理だけはしないでください」

 

 「なんか過保護ね・・・言っとくけど、どこも危なくないなんてことは無いんだからね。・・・でもありがとう。私も無茶だけはしないから、貴方たちも本当に必要だと思ったときは助けを呼ぶのよ」

 

 そうして、エンリやバオたち冒険者たちには同時襲撃をかける王国の兵士たちとの合流を指示し、私はセバス一緒に本陣である八本指の砦となっている場所を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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47.戦乙女と六腕1

 

 書いてる量が多くなり、視点もごっちゃになったので分けた上で書き直してたので、時間がかかりました。

 今年もよろしくお願いします!


  

 

 

 「いいお仲間に恵まれましたね。レイナ様は」

 

 「ええ、私には勿体ないくらいよ」

 

 セバスと並走しながら街を駆けていると彼から振られた事に私は同意で返す。

 

 本当に私は恵まれている。エンリやシオンは師弟関係以上に親しみを感じるし、彼らが旅の途中で様々な反応を返してくれるのでユグドラシルを冒険した事を思い出して楽しく思うのだ。

 

 直接師事を乞うてきたブレインはともかく。クレマンティーヌはなし崩し的に同行することになったのにだ。

 

 ブレインは修行バカだが、経験で劣るエンリたちの面倒も見てくれるし、意外とどこに珍しいアイテムがあるかも知っている。

 

 クレマンティーヌは変わった。旅の始めは、よく噛みついてきたが最近はそうでもない。模擬戦の時はいつも通りだが、私が料理を作っているとさりげなくエンリたちに混じってくるようにもなった。

 

 素直に教えてくださいとは口が裂けても言いそうにない彼女らしい行動だ。

 

 今回の事も私が首を突っ込んだことなのに協力してくれた。彼女くらいは不満を洩らすかと思ったが、呆れられたものの八本指関係の情報を多く寄越してくれたのは彼女であったし、その量にだいぶ無理をしているのではと聞いた。

 

 「・・・恩を受けっぱなしだし、・・・こ、これからも受けるかもなんだから、少しくらい返さないと気持ち悪いのよ」

 

 と答え。

 

 「全く素直じゃないよね」と肩をすくませ首を振る幽霊の親友を見てから、恥ずかしそうにそっぽを向くので、見えなくても大体わかるのかエンリたちも軽く笑っていた。

 

 「あのように互いを信じて送り出す。羨ましく思いました」

 

 そう言った彼の瞳にはハッキリと羨望の気持ちが見てとれた。

 

 「まるで他人事のように言うのね。セバスだって仲間でしょ?」

 

 「・・・・・」

 

 思ったままのことを言えば、彼は少し驚いているようだ。エンリたちもそれぞれ声をかけていたと思うが、彼には社交辞令のように感じたのかもしれない。

 

 彼にはアインズ・ウール・ゴウンの組織にいる仲間がいるが、それはそうあれとした設定であるために実感としては難しいのかもしれない。

 

 プレアデスという彼女たちも上司部下の関係に近いだろうし、彼は唯一のカルマが善である他の階級守護者とは担当場所も違うことから今までは気にしていなくてもこの世界にきてから一堂が集まると肩身が狭い思いをしていた可能性もある。

 

 「・・・実はよく考えるのです。私のたっち・みー様より引き継いだ"誰かが困っていたら助けるのは当たり前"という想いは悪を掲げるナザリックでは異質。勿論不満などありませんが、今回の不手際は全て私の落ち度というもの。さらに恩人さえ巻き込んでしまうとは不徳の至りです」

 

 そんな私が仲間とは罰当たりですよと苦々しい表情でそう告げる彼の両手はきつく握られており、彼がどんな感情をもっているかわかる。

 

 「関わった時点でもう一蓮托生でしょ?セバスは真面目過ぎるわ。それはいいことだけど、適度に気を抜くのも必要よ。張りつめ過ぎれば、いつ無理が来るかわからないわ。時には仲間を信じて、息を抜くのも大切よ」

 

 悟から彼らは休日を設けることに断固反対を訴えたのは、教えてもらっている。ゲームからリアルへ、当時は疲労などなかったNPCがどう変化しているかわからない。

 

 疲労はしないなんて確実には言えないのだ。悟もそれを危惧して休日をと言い出したのだろうしね。

 

 巻き込んだと言うがそれは私も覚悟の上だった。この手の裏にいる組織は少なからず力があるのは知っていたのに、放っておくことが出来ずに、私も手を貸した。

 

 きっと彼は私がいなくてもツアレを助けて1人で抱え込むのだろう。なのにどうして彼が検討違いなことで悩まなければならないのか。悪いのは八本指という組織でこうなるまで野放しにした王国の腐敗した貴族たちの怠慢である。

 

 「セバス。私達は貴方を責めたりはしないわ。それに仲間だからこそ力を貸したいと思うのは普通のことよ。エンリたちもカルネ村を護ってくれた時からそうなんじゃないかしら?それが本心だと貴方ならわかるんじゃない?」

 

 「確かに彼女たちも貴女だけじゃなく私の身の心配もしてくれました。ですが・・・」

 

 巻き込んだという罪の意識からか、哀愁を漂わせるセバスに私はどうしたら彼の自身に対する罪悪感を拭えるか考えて、やはり彼の主人も好きそうな話をすることにした。

 

 ユグドラシルだけの話ではない。リアルで共に戦った者たちの物語。魔法も奇跡もない滅びに向かう世界だけど、一生懸命に少しでも世界を良くしようとした仲間たちを。その仲間がどうして集っていったのかを。

 

 「たっちから生まれたとか関係ない。()()()だからこそ、手を貸したいと思ったはずよ」

 

 「・・・私だから?」

 

 それは同じ苦労をした者たちだからこそ共感し、この人ならと信じて着いてきた。私にはないある種のカリスマ性。

 

 セバス自身を指しながら言うとセバスは自分の胸に手を当てて考える。これが他のナザリックの配下の者ではうまくいかなかっただろう。

 

 彼だからこそ協力を拒まなかった。

 

 彼の目の光が強くなる。あと人押しだと確信し、話を続ける。

 

 暗殺者を差し向けられた時に思い出した忍者や鎧武者の話やリアルで協力関係にあったウルベルトやベルリバーのことを話す内に彼の瞳は熱を・・・戻した。

 

 「そのようなことが・・・。大切な思い出を聞かせてくださり、ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げようとするセバスを止めて・・・。

 

 「助けになったのなら話して良かったわ。・・・うん?」

 

 「どうかしましたか?レイナ様」

 

 話しは終わったのに知らない・・・いや、()()()()()記憶が流れてきた。

 

 これは・・・ユグドラシルが終わった後の何故か最近は見なかった記憶の足跡?

 

 そこには行動から何が起こるのかわかっていても行動した者たちがいた。

 

 

 

 『はい。こちら日の丸放送です!現場は混乱の嵐で企業の警備隊も抑えられていません!こちらのビルにテロリストが侵入しているらしいです!あっ警部が何かを指して・・・追ってみましょう!』

 

 子育てから復帰したリポーターが夫のカメラマンを伴い警部を追いかけて見つけたものは、企業が覆い隠していた不正の数々であった。

 

 『警部さん!こ、これは!?』

 

 『これを見てくれ!企業が隠していた事実の一端を!彼女を追って来たらとんでもない物を見つけてしまった!・・・どうしよう?』

 

 いつも私を逮捕しようと追ってきた警部が企業の混乱に乗じて、企業がとるに足らないと判断し、影響が小さな民間放送局からの電波ジャックによる全国生放送で企業の罪を白日の元に(さら)した。

 

 それは騒動が終わっても大手の放送局で連日放送されて、企業の手回しも全国で起こるデジスタンスの対処に忙しく間に合わなかった。ガセだと緊急会見で対応する企業だがここで大きな誤算が次々と起こる。

 

 『企業はデジスタンスの猛攻を抑えられず、一部の市民も暴動を起こしています。ここで某大学教授にお越しいただいております。教授これから世界はどうなるのでしょうか?』

 

 『言えることはただ一つ。これで世界は企業の手から逃れれるかの瀬戸際と言うことです。私たちの大学でも多くの生徒が革命の波に乗ろうとしています(零くん。君は本当にやったんだな。なら私も約束を護ろう。今後の若い芽のためにこの老骨にムチを打とう!)』

 

 大学時代にお世話になった恩師が、顔ばれすることも(いと)わずに、ニュースキャスターと対面し、企業の悪行を非難し始めた。勢いは止まることなく。世界中で人々が立ち上がった。

 

 『あいつ!・・・わざとらしくやりやがって!』

 

 『零さん。この声が聴こえますか?貴女がやったきたことは無駄じゃなかった。世界中が今も動いている。あとはそこの情報を持ち帰れば企業による独裁は終わりますよ』

 

 混線する通信からそれを知った私は手元にあるメモリーを見つめる。企業のメインコンピューターから抜き取った企業の闇が記憶されたメモリー。

 

 隼人は私がというが、攻める糸口になったのは彼が殺されそうになる原因になったデータだというのに・・・。それさえ企業の末端組織で当初の明たちのやり方では尻尾切りにあい、本当の改革にはならなかっただろうことから企業の深さは恐ろしさを感じる。

 

 その企業には裏で取引を持ち込み、密かに財閥に取り込み体制も改善(バレないようにだが)企業に対する情報を収集させる新たな目として機能した。

 

 企業にくる指令書や明たちデジスタンスの協力もあり、遂に企業に致命的なダメージを与える証拠は私の手の中。

 

 あとはこれを ドゴーーン!

 

 ・・・どうやらそうはいかないらしい。

 

 インカムからさっきとは違って、うるさいくらいに、建物のことなど知るかと破壊する機動兵器の出現を告げる声が聞こえてくる。

 

 資料で見たことのあるその機体は全身が黒くて細い印象を受けるもので、きっとここのデータに異常があれば起動する管理システムなのだろう。

 

 無機質なはずのカメラアイが、確かな意思を持って私を見据えて怪しく光る。

 

 『目標を捕捉。全てのデータを破壊します。それが私の役目』

 

 「また機械人形。企業も懲りないわね」

 

 私は逃げれないのを悟り、攻撃態勢に入る機械人形と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地についてセバスに話すことが終わっても記憶は止まることなく流れてくる・・・。

 

 

 

 

 

 記憶は飛びアーコロジー内の一室。勝利の祝杯を2人で味わっていた。別の広い部屋では他のデジスタンスや隼人もいたのだが、隼人が明に何かを囁くと、明が凄く焦るも、次には私を見つめて決死の覚悟を目に宿すと一言「話がある」と、この部屋に連れ出したのだ。

 

 デジスタンスの小さい祝杯なのだが、何故かドレスをと仲間の女デジスタンスから注文されたので、今は支配者層のパーティーに出るような物を着ている。

 

 身内での集まりなので、そこまで豪華な衣装ではなく、ゆったりめの衣装になって軽く化粧をしただけだが、大丈夫だろうか?。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 会場に来たときに、無言の間が・・・。変という事はないはずだが、衣装を褒められても明や隼人以外からは目を合わせてくれなかったのが気になる・・・(あまりに魅力がありすぎて老若男女問わず、目を合わせれなかっただけである)。

 

 明はこちらをまっすぐ見て、何かを重要な話が始まるのだろうと身構えるが。

 

 「零。凄く綺麗だ」

 

 「ありがとう。でもさっきも聴いたわよ?」

 

 「いや、何度見ても君は美しい。俺は・・・」

 

 「明?」

 

 「零。俺はお前がーーー」

 

 衣装を褒められ、重要な話じゃなかったのかと考えていると予期していないことを告げられた。戸惑う私に彼はゆっくりと話してくれた。

 

 そこで知った彼の想いに私は言葉を失うも、高鳴る心臓が邪魔でなかなか答えを出せなかったが。私はーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで何かを伝えようとしているように。

 

 

 

 

 

 

 

 大勢の報道陣が詰めかける大舞台の裏側で、彼は微動だにせずにいるのを見て声を掛ける。この日が来るまで毎晩うわ言のように弱音を聴いてた身としては心配であった。

 

 「いよいよね、大丈夫?緊張してない?」

 

 「だ、大丈夫だだだ。お前のお、おかげでこここたててたんんだ。むむむだにはしない」

 

 「駄目ですね。声もそうだけど目が泳ぎまくっている。決戦前に企業相手に宣戦布告した面影がまるでないですよ」

 

 「そうじゃないかと思ったわ。明」

 

 「な、なんだれ!?」

 

 「おまじないよ。世界に立つんだからかっこいい姿をみせてよね」

 

 「あ、ああ!!」

 

 「見せ付けてくれちゃってさ。でも2人ともお幸せに・・・」

 

 私からのおまじないに真っ赤の顔にしてから決意を固めた彼は世界を変える舞台へと踏み入れる彼の姿は勇ましくて、舞台裏から隼人と一緒に見守っていた。

 

 『不味いぞ。零スナイパーだ!』

 

 「!!?っ」

 

 突然彼の仲間で周辺を警備していた者からの耳元のインカムの通信に全身が総毛立つ。まさかまだ企業の影響が?ここを狙える所は全部チェックしていたのに!

 

 『かなり長距離だ!嘘だろ?針の糸を通すようなもんだぞ』

 

 針の糸だの関係なかった。いるということは出来る自信があるのだ。通信の向こうで驚愕する声が聞こえる前に引き留めようとする隼人の腕を振り切り私は舞台に立ち、今から演説しようとする彼の元へと走る。

 

 今までスピードには自信があった。しかし、今の自分はこれ程歯痒く思うほど遅く感じた。

 

 ゆっくりと世界が進む中、私に気付いた彼が振り向き、彼の背後にあった頼みの綱の防弾ガラスがひび割れるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「くう!?」

 

 「レイナ様!?」

 

 「あ、ありがとうセバス」

 

 「いえ、気にしないでください。それより大丈夫ですか?途中から心ここにあらずでしたが?」

 

 体がふらつき倒れそうになるが、セバスが支えてくれたので倒れる事はなかったが心配されてしまう。問題ないことを伝えて、体を離す。

 

 セバスの様子からそのモヤを拭うことは出来たようだが、それで私が不調になっては本末転倒だ。

 

 なんとか本調子に戻そうとしている内に、クライムたちが合流する。

 

 「大丈夫ですか?レイナ殿顔色が悪そうですが・・・」

 

 「平気よ。これくらい何でもないわ」

 

 「しかし・・・不調の原因がわからなければ・・・」

 

 「クライム君。女性からは言いにくいこともあるのです。貴方にも覚えがあるのではないですか?」

 

 「?、あっ、さ、察することができず。すみません!ですがそれこそ・・・」

 

 「大丈夫だから。今は八本指が先決でしょ?」

 

 「もしもの時は私が彼女を護ります。それでは安心できませんか?」

 

 「・・・セバス殿ならまかせられます」

 

 クライムにまで気付かれかけたが、セバスのフォローで彼にも心当たりがあったおかげで、これ以上追及されることなくなったが、そんなに必死に頭は下げないで欲しい。他の人も突然頭を下げるあなたに注目してるし、騙すことへの罪悪感と嘘でも羞恥心はあるから。

 

 リアルではそれに対しての薬があったが、この世界にあるはずがないことを考えると少し憂鬱な気分になる・・・。

 

 詮無(せんな)きことを考えていると話は一番の障害になる八本指の内にいる六腕の話になった。

 

 彼らのメンバーは腕に自信のある元傭兵が5人でやっていたらしくスカウトされたようだ。名前の由来も"盗みの神"が八本指でその兄弟神が"六腕"であったことかららしく。

 

 ここにもプレイヤーの影が・・・後程調査がいるかと頭の片隅に追いやっておく。その数あわせの末席の入れ替わりは激しく。これまでも何度か変わっているらしく。幻魔のサキュロントがその位置で、新人のためか腕も六腕では最弱らしい。

 

 注意にするのは元からいる5人。

 

 千殺のマルムヴィスト・・・刺突を得意とする剣士。武器には致死性の毒が塗られており、かすり傷も許されない。こいつの毒がどれ程かではあるが・・・。

 

 空間斬のペシュリアン・・・剣士らしいが彼の武器を見たものはおらず、いつの間にか切り裂かれているらしい。空間斬というのはどこか私自身も使えるワールドブレイクの系統かと思うが、武器が不明とくれば、仕掛けは武器にありそうだ。

 

 踊る三日月刀(シミター)エドストレーム・・・踊り子衣装が特徴で、武器は通り名の三日月刀。ただ普通に使う訳ではなく自身の周りを滞空させて、自由自在に操作できる珍しい能力だ。ラキュースの浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)とは違うようだが・・・。

 

 不死王レイバーノック・・・この世界では非常に珍しい理性を持つエルダーリッチ。その恐ろしさは魔術師としてで、()()()()()使いMP切れも種族が違うためか、余裕がある。王国は魔術師を甘く見ていた節があるのであまり宛には出来ない。

 

 彼の話が出たときにセバスの気配に殺気がのったのだが、どうかしたのだろうか?今は話の途中なのでスルーしたが後で聞いてみよう。

 

 最後の1人。そんなエルダーリッチよりも注意するべきだと話すのが。

 

 闘鬼ゼロ・・・六腕のリーダーで修行僧(モンク)で実力は飛び抜けており、自力でガゼフを上回ると噂されているらしい。彼に振った剣は肉体に阻まれて有効な攻撃にはならない。全身の動物を(かたど)ったタトゥーからその動物が持つ力を引き出せるスキンヘッドの大男。

 

 ユグドラシルでも覚えのある力に少し関心が向く。倒したことのあるモンスターを最低条件に、幾つか条件があって扱える職で扱いが難しい部類に入るものであったはずだ。

 

 彼が自力で編み出したのか、どこかで知ったのか興味が湧く。

 

 意外と情報があるのは簡単には王国が殲滅に踏み込めないようにとの脅しの意味もあるのだろう。

 

 作戦会議は佳境に入り、セバスと私が正面から囮として行き、その裏で本隊が動くことになった。クライム以外からは渋る人が多くいたが、クライムだけでなく戦士団からの説得もあったので任せてもらえた。

 

 それぞれが準備の最終チェックに入ると、セバスに近寄り、先程の件について聴いてみれば、通り名が悟と被ることにご立腹らしい。

 

 彼自身は気にしないだろうが、ナザリックでは冷静な彼であっても許せるものではないらしい。他のナザリック者では聞いた瞬間殺しにいくだろう。

 

 「彼もいい部下に恵まれたわね。でも、彼がどう思うかわからないのに貴方が怒るのは筋違いだと思うわよ?」

 

 「そうでしょうか?」

 

 「彼をどうするのかは聞いてからでも遅くはないはずよ。不死王って言うのは、まぁ私にも思うところはあるけど・・・」

 

 ユグドラシルで実際に不死者王と呼ばれていた異形種の姿を思い出す。彼の場合は悟と違ってバリバリの近接オンリーだが。

 

 彼は普段は公明正大(こうめいせいだい)良い男だが、一度戦闘になれば、まさにバーサーカーで、彼を狙って徒党を組んだ異形種PK(プレイヤーキラー)が、その悪鬼の如しの姿に腰を抜かす者までいて、可愛そうになるくらいに返り討ちされていた。

 

 最初は出会った時は、一方的に袋叩きが起きているのかと思いきや、その逆で無双していたのだから忘れられない光景の1つだ。

 

 「それに、不死であれば名乗れそうな名前は、彼らしくないかしら」

 

 そう、あのアンデットの彼にも、当初の不死者王よりも阿鼻叫喚の暴れっぷりが広まるに連れて変わった呼び名があったのを考えると、不死王というのはインパクトが弱い気がする。

 

 元人間で中身は鈴木 悟であることも考えればもっと適した名前が・・・。

 

 「彼は魔法のことにはかなり詳しいけど、どうなの?」

 

 「そうですね。よくウルベルト様やぷにっと萌え様にタブラ様も交えてよく会議していましたね」

 

 今でも鮮明に思い出せますと懐かしそうに言うセバス。少しは怒りを逸らす事ができたかなと話を続ける。

 

 「私も苦戦させられたけど、彼の多彩な魔法は脅威よね。何千とある魔法を状況に合わせて瞬時に使ってくるんだからーー」

 

 ユグドラシル最後の戦いを回想しながら言い掛けて、ピーンと彼に合う名前を思い付く。

 

 「そうね。魔法を使い勝利に導く・・・魔法で導く・・・王

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔導王なんていいんじゃないかしら?」

 

 「!!!」

 

 その時見せたセバスの表情は当分忘れそうにない。

 

 

 

 

 遂に準備が終わり、作戦が開始された。囮である私たちは門番が守る堅牢な扉を見据えて走り出す。本気で走ると一歩で距離が詰めれるので抑えた上で、だ。

 

 向こうもこちらに気付き武器を構えるが、こちらの距離を詰める方が早い。武器の構えも素人に毛が生えた程度の驚異しか感じず、制止の声も無視すれば先手は簡単であった。

 

 

 

 

 作戦が始まればいつも通り戦える。

 

 

 そう思っていた。

 

 

 記憶の最後に見たアレだけは頭から消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 明の絶望に染まる表情だけは。

 

 



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48.戦乙女と六腕2

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国。200年の歴史を持つ国のメインストリートと呼べる所では行き交う冒険者や彼ら目当ての商人で溢れ今日の献立を考える主婦が散見し、賑わっているように見えるが、少し道を外れれば今の王国の実情を知ることができるだろう。

 

 そこから別れた道はさっきまで人が溢れていたというのに。人はまばらで、全くいない何てこともある。道を挟む建物の多くは戸締まりされており哀愁さえ漂っていた。

 

 原因は昨今の不景気である。如実に現れてきている所では、ポッカリと人が住まない地区まで存在し、どこぞの裏の組織が違法な商売をするにおいて、潰されても新たな場所を確保するのに困らないときた。

 

 先日レイナとセバスが八本指の幹部を取り逃がしていれば彼はすぐにいなくなった店員(八本指が人拐いで確保している者や金貸しでの不当な契約で騙した者から)も含めて補充して商売を再開していただろう。

 

 年々人が減っていく王国は彼らからしても旨味が減っていくので最近は景気の良い帝国へと勢力を伸ばそうとするが、今のバハルス帝国の王やその配下である兵士が優秀なためにうまくいっていない状況である。

 

 商人だけでなく一般市民も王国(ココ)では成功ないし、生活できないと他国の、よりにもよって絶賛戦争中のバハルス帝国に取られていく事態で閑散としており、人がいなくなる。残った者の負担が増える。またいなくなる。貴族は市民が逆らえないことを良いことに私腹まで肥やす始末で横暴に耐えられなかった市民が流出するという負のスパイラルに入っているのが今の王国である。

 

 黄金の姫が発案した依頼に関係なくても討伐したモンスターの証拠を持ってくれば給金を得れるようになってからは冒険者候補や冒険者自体、彼ら相手の商売人で人も増えたが、流出が緩やかになっただけで着々と王国の力を削り、今のままでは遠くない内に財政破綻、その前に勢いの衰えないバハルス帝国に負けて吸収されるのは明らかであった。

 

 何千万人いるからと悠長に構え、1人また1人といなくなっていけば、最後に待っているのは破滅である。民の損失は国の損失とはよくいったもので、それがわからずに私腹を肥やすのに一生懸命な貴族。

 

 その事に優秀な貴族たちは頭を抱えて、そんな一部の王国の赤字に拍車を掛ける貴族たちに嘆いている。

 

 「貴族どもめぇ!何が腰抜けだ!少しは王国の現状に目を向けてからものを言えぇぇぇ!」

 

 「はいはい。あまり怒鳴るとお腹の子にさわるわよ。あとこっちの書類に記入されている算出が・・・」

 

 「す、すまん・・・。ううむ?数値が合わんな・・・また貴族か?」

 

 「いえ、どうも物が高騰しているようですよ。帝国との間にある上に今もやっていることですからね。ここの採石場の需要が増えた弊害でしょう。最近出来たこちらの採石場の物が安いですし、場所も近いので運搬にも困りませんね」

 

 「うむ。質に問題ないか調べてみんとな。折角整えてもすぐ壊れるようでは意味がないからな」

 

 それでもゴッソリいなくなれば、どこぞの帝国同様に困るのは明白なので、彼らをまとめるのに苦心している王国の第1王子が、この現状を知ったときは頭痛を覚え、キリキリとした胃痛に頭皮が抜け落ち、酒と補佐する形で妻(ベッドに寝たままで無理はさせないと執事やメイドの監視を受けながら)に逃げたのは言うまでもない。

 

 妻から別紙の採石場の資料を受け取り、流出した人を呼び込み易いように王国の整地を進めるに必要な費用やそれらに関する報告書を読んでいく。費用の集まりは悪いが、有力な貴族からは、賛同の声が多く寄せられ、人手も集まって来ている。足りない分の費用は今まで溜めるだけ溜めた屋敷の金庫( ポケットマネー)から持ってくれば良いだろう。

 

 今は赤字でも、うまいこと軌道に乗り、成果も出てくれば、今も資金を出し渋る貴族たちも話に乗ってこらずにはいられない筈である。まだまだ残る貴族の説得や街道の安全などの多くの問題を抱えたまま夫婦で、二人三脚の夜は更けていくのだった。

 

 

 

 そんな人が住まなくなった街の一角に山羊頭の悪魔ウルベルト・アレイン・オードルはいた。ここに来る前に見た大通りの活発な様子とここを比べて分かりやすい栄枯衰退を感じながら、彼は手がつけられていない建物に入っていった。

 

 昔の住人が残していったものだろう朽ちた家具はあるが、埃が舞うだけで軽く掃除すれば充分暮らせそうであった。ナザリックの者が知ればこんなところは相応しくないと怒るだろうが・・・。

 

 しかし、リアルの世界でこれ以上に悪い環境にいた彼からすれば、ここは全然許容範囲であった。外の空気が汚染されていないからこそだがとリアルを環境を思い出して自嘲する。

 

 丁度良さそうな場所を見つけた彼は懐から像を取り出す。それは彼が何度も試行錯誤を繰り返して作り上げたかのワールドアイテムを模範して作った自信作・・・それの最後の像の設置が終わり、念のための隠蔽魔法を唱えてた。

 

 あとはタイミングを図るだけだと、ウルベルトがこの場を後にしようとしたその時。

 

 「なぁ、本当にやるのか?」

 

 壁越しに聴こえてきたその言葉が、今回の事で信頼しているベルリバーにも言われた言葉と重なった。

 

 ここへ来る前にも何人もの仲間に言われた言葉だ。様々な言葉があった。気にかけるものから、止めようとするものまで。前者は慰めているのはわかるが、諦めろと言外に言われているようで後者に関しては殺意が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それら全てを煩わしいと振りきってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・なのにどうしてこんなにも気になるのだろうか?今更止められないのにと・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 治療が終わったにも関わらずに、聞いたことのある童話の眠り姫になった彼女。てっきり悪い夢を見ているかと思えば、自分が知るアインズ・ウール・ゴウンと一緒に彼女はファンタジー世界で生き生きとしていた。

 

 リアルではほとんど見たことのない柔らかい笑顔を浮かべる彼女を見るたびに胸が苦しくなる。このまま方がいいのではないか?と考えて首を振る。いくらいい夢でもそれはリアルではないと正当な主張に隠れて本音が洩れる。

 

 俺は彼女と生きたいんだ。夢だろうと誰にも彼女を渡したくない。それはあまりに強い独占欲。何故かいるモモンガ。さらに苛つかせるのは2人の距離が近いことだ。根拠のない只の勘ではあるが。

 

 遠回しに聞いてみようとしたが怖くて出来なかった。こんな所でも女性に対して臆病な部分が出てくることに苛つきが際限なく募っていく。

 

 彼とはユグドラシルを辞めてからは全く会ってもいないし、メールも見るだけで返信するのはごく稀であった。そのため次第に彼からのメールも減っていった。

 

 そして、ユグドラシルの最後に集まろうと言うメールも読んだが、理由はどうあれ放置した気まずさで会おうとはしなかった。

 

 その罪悪感が躊躇する理由なのだろうか?いや彼女が一番だが彼もそうだ。

 

 あんなに楽しかったのはユグドラシルを辞めてからはなかった。生きるために遊ぶことが出来なかったウルベルトがそれを取り戻すようにのめり込んだオンラインゲーム。

 

 楽しいことも気に入らないこともなったが、あれほど感情をぶつけてきたものはなかった。勿論やり過ぎれば非難が飛ぶが、アインズ・ウール・ゴウンの人数は、100人を越えるギルドがザラであった中でも、41名と少なくまともな者もいるが変わり者たちも集まっていたが意見の衝突で殴り合いの喧嘩に(主にリアルエリート様相手に)発展したりもするが、不思議と問題になる事はなかった。

 

 いや、あの時だけは本当にキレた。時代はギルド結成前のクラン時代に(さかのぼ)る。アイツはそんなつもりはなくても、放った言葉で仲の良かった奴がゲーム上からも居なくなったときは、本気の本気での大喧嘩になったが、体力も精神も出し尽くして2人して大の字に倒れていた。

 

 「はぁ・・・少しは正義の・・・はぁ・・・押し付けは、こりた・・・かよ?」

 

 「ぐっ、わかっていた・・・さ。彼女にも・・・ふぅ・・・言われてたのにな・・・今度・・・謝罪の・・・メールを・・・送ろう」

 

 「なんだ?奥さんに・・・でも相談・・・した・・・のか?」

 

 「ちが・・・うさ。昔からの知り合い・・・さ。今回の事もウジウジしない・・・で本音を・・・ぶつけ・・・て話し合いなさい(殴り合え)ってさ」

 

 「随分と・・・豪快な・・・事を・・・言う女だな?聞いてた奥さんとは・・・違うタイプ・・・浮気か?感心s「違う!」・・・そうか・・・よ」

 

 ただでさえ、何故か怪しまれているんだからな!変な誤解を生むようなこと言わないでくれ!とぶっ倒れていたのが嘘のようにガバリと立ち上がり叫んでいた。

 

 その時にはもうシリアスな雰囲気は吹っ飛んでいた。

 

 話を聞いていた他のメンバーが集まってきて「まぁまぁ、落ち着いてください」と「やっぱたっちさんも男なんだねぇ。奥さんいるのによくないですよ。今度いいエロゲがあるんだけど紹介しましょうか?」「え?そういうこと?・・・マジですかたっちさん」「愚弟は後で話な。「姉ちゃんそりゃねぇよぉぉ!?」たっちんも少しOHANASIしようか?あっちでやまちゃんも拳を鳴らしながら待ってるよ♥️」と当初から仲介が板についていたモモンガには落ち着くように言われた後にエロゲ馬鹿のペロロンチーノの余計な言葉に女性陣共々冷たい視線を向けられ、「ご、誤解だぁぁぁ!!」と取り乱すその姿からはエリートの面影はない。只の妻の怒りに怯える恐妻家でしかなかった。

 

 珍しく口論の果てに向こうから殴りかかってきたかと思えば誰かにそれも女に助言をしてもらっていたらしい。会ったこともない女。この正義馬鹿を戒めるんだから、少し興味が湧いて問い質すが、頑なに教えてくれることはなかった。そんなだから浮気だの疑われるんだと呆れる。一気に騒がしくなる光景は今でも鮮明に思い出せる。

 

 後日、最初は無視していたたっちの謝罪メール何度も迷惑にならない程度に送られてきて、それを読んだクラン時代の友人から元気にしていることを伝えられてた事もあり、殴り合ったためかそれ以上引き摺る事もなかった。

 

 それどころかオフ会で会ってみれば、住むところが近いこともあり、一緒に飲むことが増えた。相手は国の犬の警察組織のトップでこっちはテロリストだというのにだ・・・。不思議な関係は長い事続いた。

 

 それから時は経ち1500人との戦いが終わった頃。しばらくしてあいつも仕事が忙しいとユグドラシルを離れて、次きたときには引退を表明した。奴はどこか晴れやかで満足して去っていった。

 

 張り合う奴がいなくなれば寂しくもあり、その時期はベルリバーの失踪や彼が残した証拠をどう活かすかで、とてもではないがゲームをするわけにもいかずに、自分もそう時間をかけずユグドラシルを引退する事になった。

 

 ゲームだと馬鹿にされるかもしれないが、あの世界ではそれぐらいしか娯楽もなかった。楽しい事もあり、怒り(特に運営に対して、運営からすればプレイヤーからのヘイトを稼ぎ課金を促す策略だったのだろう)悲しむ事もあったが、ユグドラシルの冒険はこの停滞したリアルの癒しで、そこで生まれた仲間たち。

 

 誰がなんと言おうと最高のギルドは?と聞かれればウチだと言い切れるだろう。

 

 中でもよく気が合う者たちの1人であるモモンガは、いつか話したリアルでの事情も自分に近い位置にいる。彼と交わした魔法談義は新しい発見で眼から鱗だった。それを抜きにしても善き友であった。

 

 (そうだ。俺は何を・・・。昔の仲間(モモンガ)を裏切るだけでなく、アイツ()今も仲間(隼人)も巻き込んでしようとしていることは、一番避けたいことではないか?)

 

 つい感動のあまり抱きついてしまったのを思い出して、羞恥心が湧くが、彼女の初々しい反応を疑問に思うも、それ以上に一度だけ見た悲しみに暮れる彼女の顔が頭に(よぎ)る。

 

 (アイツを悲しませることだけは絶対にしないと誓ったのに・・・今からでも遅くないな。隼人やデミウルゴスに中止のメッセージを・・・)

 

 また回収するのが面倒だが致し方ない。色々考えている内にも聞こえてくる会話は続いている。声の主たちは隣の部屋にいるらしく防音など考えられていないのか、建築する際に手を抜いたのか、老朽化か、声が嫌というほど聞こえていた。

 

 「当然だ!あいつらのせいで俺たちは晒し者だぞ!このまま黙っていられるか!!」

 

 どうやら制止の声をかけた主の説得は無駄になったらしい。本来声をかけられたであろう男は癇癪を起こして声張り上げた。どこにでもそういう男はいるのだなと、呆れながら冷静にメッセージの魔法を発動しようとして・・・。

 

 この時、男が何も発言しなければ、彼らにとって最悪の事態は避けれたかもしれない・・・。

 

 

 

 

 

 その運命はここにウルベルトが来た時点で決まっていた。

 

 

 

 

 

 「あの()()()()だけは許せねぇ!」

 

 (っ!?)

 

 発動しかけた魔法をウルベルトは止める。次には心中は凪ぎのように静まり耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の内にいるもう1人の悪魔が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嗤うのを。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 レイナたちが庇った子供を痛め付けていた彼らは、王国を拠点にするワーカーと呼ばれる集団だった。冒険者の落第組と言われる集まりだ。ギルドのサポートがないなどがあるが、その分うまくいけば仲介料が浮く分儲けも多いのが特徴である。

 

 しかし、その気性はお世辞にも良いとは言えず、まともなワーカーたちがいるなかでも悪評の原因を作る存在であり、彼らも他に洩れることなくそれらのワーカーであった。

 

 最近入った若い青年を除いて。金髪を短く切って、買ったばかりの皮鎧とロングソードを帯刀した彼は笑顔であれば、爽やかかもしれないが、今は曇って溜め息を吐いた。

 

 彼が王国に来たのは村を飛び出して冒険者になるための他にも理由があった。それは昔、生活苦に両親は娘を、彼にとっては妹を身売りに出した。その妹を探すためでもあった。

 

 仕方かなったとはいえ、娘を愛していた両親は生活が安定してくると罪の意識で(さい)なまれながら生活を送っている。この世界では良くある話だ。ある者は貴族に拐われ、恩師に学んだ魔法を手に行方がわからなくなった姉を探すために彼と同じく冒険者になった。

 

 苦しい生活の中でも可愛がっていた妹を両親に売られた者は絶望で人間不信になり、投げやりな人生を送って、しまいには傭兵を名乗りながらも戦時以外は野盗という集団に身を寄せた者。

 

 生き別れた妹を探すのが望みは薄くても青年は決意した。両親からも妹を頼むと頭を下げられ、いくら最近は生活が安定したとはいえ苦しいことは変わりないのに僅かにあった銅貨を袋いっぱいに寄越してくれた。

 

 ・・・が踏み出した一歩は王国に入ってすぐに(つまず)く事になる。

 

 「まさか登録に銀貨がいるなんて・・・さらに記入の代筆も・・・」

 

 畑仕事を手伝う傍ら鍛えていた彼は、情報収集を行っていなかった。風の噂で聞いた事を聞き、録に調べなかったのも災いしたが、ほとんど身内以外は閉鎖的な田舎なのだから調べてもわからなかったかもしれない。

 

 カルネ村みたいに両親から文字を習ったり、都会からくる幼馴染みでもいれば話は違ったのだろうが、今更、田舎特有の情報の少なさに嘆いても仕方ない。冒険者になるには登録料がいることを知らなかった彼にとって剣と防具を買ってしまい余裕がないことに気付いた。こんなことなら先に冒険者ギルドへ来るんだったと後悔しても遅い。

 

 残念ながら、冒険者でもない彼にはエ・ランテルであったように、困った人に声を掛けてくれるような人の良い冒険者チームは現れなかった。

 

 「すみません。また来ます・・・」

 

 「そうですか。では良けれ・・・あ、あのっ」

 

 冒険者ギルドの受付でお金がないことに頭を垂れて、さすが王国のギルド。混んでいるにも関わらず受付をしてくれた娘に謝った。さらにショックを受けていたためか、受付嬢が呼び止めようとしているのに気づかなかった彼はギルドを後にした。

 

 実際田舎から多くくる者は最初の登録料や文字が十分に書けない事を理由に代筆料で躓く事が多い。そのため冒険者ギルドでは、日銭を稼げる仕事も斡旋したりしていたのだが、青年は気付かない。受付嬢も不憫に思いながらも、すぐに依頼を受注にきた冒険者がいたので、追うことはしなかった。

 

 「はぁどうしようかな・・・。とりあえず今日はもう日が暮れるし、どこか眠れる所でも探そう・・・」

 

 「おい。そこの坊主ちょっといいか?」

 

 「はい?」

 

 空の夕暮れを見ながら今日の寝床を考えて呟いた。幸い王国は建物が多いので田舎よりも暖かいので、どこかで寝るには困らない。

 

 ギルドから出て、少し歩いた先で彼に声を掛ける者がいた。彼の前に現れたのはワーカーを名乗る者たちで、人手が足りないからと、誘われた。

 

 途方に暮れていた彼は助かったと思い男の誘いに乗ってしまう。確かにお粗末な飯でも寝床を提供してくれたのは嬉しかったが今では後悔しかない。

 

 その役割は只の駒使い。度々買い物で問題を起こす彼らが、青年の人が良さそうな顔を利用したのは明白であった。

 

 (今日はえらく機嫌が悪いと思ったけど、まさか子供相手に・・・。止められたのだって自業自得じゃないか・・・)

 

 冒険者にはポーターというのがあるのだが、冒険者間では常識ではあるが、社会的にはあまり認知されていない。パーティーを組んでいない見習いで、単身の冒険者が現存のチームの荷物持ちとして依頼に同行し、手取りは少ないが、そのノウハウを実践で学べるのである。

 

 実際、知らないと馬鹿をみることになる知識や技術は糧になった。それに関しては確かに感謝している。田舎者の自分に世界の常識を教えてくれたのもの彼らだ。

 

 取り分は少なくても田舎でせっせと畑を耕すよりも貰えるお金は多い。腐ってもワーカー。冒険者ギルドの支援なく生計を経てている者たちであった。お金に目が眩みそうにもなった。

 

 だが、前記したように彼らの素行は決して誉められたものではなかった。いいカモを見つけては、因縁を吹っ掛けてお金を要求する姿や度々市民との間で問題を起こすのを見て目を覚ますのだ。それらでマイナスへと傾くのだ。

 

 割りきれれば楽だったのだろうが、青年には出来なかった。

 

 この王国に来て買い物先で起きたトラブルを(万引きやスリ)解決したことで親しくなったお婆ちゃん店主に、話せる範囲で経緯を話すと心配してくれたが、言われた通りにすぐに抜けてしまえば良かったと此度(こたび)の件で完全に愛想が尽きた。

 

 恩義もあったがここまで来れば青年も目を覚ます。このまま付き合っていたら、いつしか自分も彼らのようになるかもしれない。

 

(それだけは駄目だ!妹に会ったときに顔向けできない!)

 

 この時に青年はここを抜けることを決意した。簡単ではないだろう。もしかしたら、ケジメとして何を要求されるかわからない。

 

 若い青年はその騒動があったのを後で知ったのだ。当時も行きつけのお店で買い出し、帰ってきてみると、そこにワーカーたちの姿はなかった。

 

 どうしようか悩んでいると、彼を待っていたらしいワーカーの1人が何故かこそこそと建物の間からこちらを手招きしており、さらに自分の姿を見た普段は見てみぬ振りをする市民の様子もいつもとは違うのを感じた。

 

 居心地が悪くなった青年はその手招きに誘われるまま、拠点を移したところへと案内される。

 

 閑散とした地区でほとんど人気がないところであった。そこではリーダーが人がいないことを良いことに物に八つ当たりしている姿で何がったのかも聞いた。

 

 青年としては、子供を助けた2人に思うところはない。逆にコイツらと一緒でなければ拍手喝采で称賛したい位であった。

 

 リーダーが復讐しようとしていることに他のワーカーも、(買い出しに出る前まで見たことのない奴も交えて)賛同し始めたので、忠告したが止めれそうにないと悟ると本日何度目かの溜め息をつく。

 

 (ホントに後悔しかない。・・・幸いアテもできた。王国最強の戦士長がいる戦士団員募集をしていたはずだ。腕にも自信があるし、行ってみよう。駄目でも相談くらいはできるかもしれない)

 

 後悔は後に立たずだが、クヨクヨしていてのしょうがない。かの王国戦士長の人柄も聞いていた青年は戦士団は無理でも何かしらの仕事を紹介してくれるかもしれないと(わず)かな望みを託すことにした。

 

 離反することを今言うのは得策でないことがわかる彼はその場を後にした。時間をおいて、少しでも頭を冷やして、出来れば報復の件も諦めてくれたらと思わずにはいられない。

 

 そうして、只のポーターいや、パシりがいなくなったことに誰も気にしていなかった。

 

 それが彼の命運を分けた。

 

 青年がいなくなっても話は続く。

 

 己たちの命のカウントダウンとは知らずに。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 「いや、しかしあの女にはビックリしたなぁ」

 

 「そうだなぁ。あんな美人が存在するなんてな。チラッと見たことがあるんだが、あの黄金と良い勝負・・・いや大人な分勝るかもしれん」

 

 奴等の話は最後に当時の事を振り返り、その声は下心が含まれており、同じ女性が聞いていれば鳥肌が立っていただろう。

 

 ウルベルトに怒りで沸々と腸が煮えくりかえっていた。自分の知り合い、それも特別な女性に向けられているだろう言葉に、怒りを感じない男がいるだろうか?

 

 いや、いない。

 

 「しかし、勿体ないことしたなぁ。リーダー知らなかったとはいえ・・・」

 

 「ああ、あんなにいい女なのにな」

 

 さっきまで騒いでいた奴等が、急に責めるような視線を向ける。そこにある感情はその女性に対して心配とかではなくただ

勿体ない物を()()()()()()()()()()ことへの視線であった。

 

 「顔を蹴りあげるなんて、折角の顔が傷でもついちゃ台無しになっちゃうとこだったぜ」

 

 (!?)

 

 その言葉を聴いた瞬間。ウルベルトに待ったをかけていた理性が吹き飛んだ。

 

 コイツラハ ナンテ イッタンダ?

 

 それでもウルベルトは我慢した。ナザリックで無闇に人を傷つけないという愛する者と仲間の言葉があったからだ。握り込んだ両手に血が滴り落ちていても。

 

 「ふん。俺の鬱憤(うっぷん)を発散するのを邪魔したあの女が悪い。それに、少し傷があるくらい問題ねぇだろ」

 

 「リーダー言う通りだな。ああ、早くオモチャにしてぇ!」

 

 「まぁまずは人質だ。子供なんてどこでもいる」

 

 悪びれもせずに助長し、さらに、犯罪を肯定し、高笑いする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲願を叶えるのに最高の駒。

 

 

 

 

 

 

 

 ホ・・・ボ・・・ス

 

 

 

 

 

 

 

 何故か解除される異常事態(イレギュラー)

 

 

 

 

 

 

 

 オレノ・・・ ンナ ヲ 

 

 

 

 

 

 

 

 何かあるのかと保険もかけたのは正解だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キ・・・ツケル ヤツ・・・ハ

 

 

 

 

 

 

 

 

 強い力を持つのだ。抵抗は予想していた。

 

 

 

 

 

 

 

 だがついに。

 

 

 

 

 

 

 ホロボス!

 

 

 

 

 

 掌握した。

 

 

 

 

 

 

 

 フハハ! 凄イ パワー ダ! 

 

 

 

 

 

 

 喜ベ 下等生物(ニンゲン)

 

 

 

 

 我トイウ 高位ナ 存在 カラ

 

 

 

 

 

 感謝サレルコト程 光栄ハナイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪魔は数百年ぶりに愚かな存在に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 何が起きたのか彼らは理解出来なかった。

 

 騒がしくなった王国を警戒して、数人で門の周辺を巡回していたのは覚えている。

 

 そこへ近づく2つの影。先を見通せるように等間隔に置いたかがり火しかないがハッキリと確認はできた。先にここは通行止めだと近付いた仲間がパッタリと倒れ動かなくなった。

 

 「く、くるな!ここが八本指が守る所だと知っていての・・・!」

 

 未知の恐怖に言ってはいけない組織の威光を振りかざすが効果などなく接近を許し、火に照らされた正体の1人が屈強な老人でもう1人がとんでもない美人だとわかる前に仲間が次々とやられ、残ったのは門の前にいる自分ともう1人しかいないことに気づく。

 

 そうだ。口頭だが確かこんな2人組には気を付けろと言われたんではないか?目の前には丁度そんな外見をした存在(バケモノ)がいた。

 

 「「ひっひぃぃぃ!?」」

 

 恐怖で我を忘れた門番は役目を忘れて、守っていた重厚そうな扉を開くと中に逃げ込み鍵をかける。緊張が解け・・・

 

 

 

 

 

 

 

 ない。

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()あの2人を止めれるのか?

 

 

 

 

 重厚な扉が酷く頼りなく感じる事に愕然(がくぜん)とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの本能が言ってくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げろと。

 

 

 

 

 

 

 何故そう思うのかと考えるまもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふむ。それにしても拳のキレがいつも以上に感じますね」

 

 「また強くなったんじゃない?頼もしいわ」

 

 セバスが自分の手を見つめて感慨深く呟きのを聞いたレイナが剣に手をかけながら答える。逃げた門番など眼中にないとばかりに、気負いなど感じさせないやり取りをしながらも門の前に立った2人の行動は早かった。

 

 それはノックというにはあまりにも規模が違った。

 

 セバスの拳が。

 

 レイナの剣が。

 

 重厚そうな扉を閉めた門番(衝撃で気絶)ごと木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 「どうやら相手方もある程度備えていたようですな」

 

 「情報は洩れたのか、切れ者もいるのか。どちらかしら?」

 

 ダイナミック入場を果たした2人の前には、蟻の巣をつつくように八本指の勢力がゾロゾロと集まってきた。その中心には、心なしか顔を青ざめる4人が(1人は全身鎧で確認は出来ず、もう1人はアンデットなので元々顔色が悪いが)おり囮作戦は一先ずの成功をしたようだ。

 

 

 

 

 

 




 王国の現状はアニメでほとんど人気がないところが多かったからなんですが、かなり広いですが空き家も多いのかなと思ったので横暴な貴族や物価の上昇で移民というか、亡命?でそんな感じに。セバスが子供を助けたあとにクライムが追っていったところとか。

 第1王子は命は助かったかもしれませんが、頭皮と胃が瀕死に・・・。

 「うおおおおおおおぉぉぉ!!」

 丸太を背負い愚かな貴族に突撃するバルブロの図。

 バルブロと聞くと響きが似ているあのMHWIのあのモンスターを連想してしまう・・・。

 分割したのはいいのですが、修正していると文が増えて×2しまい編集が追い付かん・・・。

 


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49.戦乙女と六腕3

 

 

 「これはまたゾロゾロと集めましたな」

 

 「そうね。元々の警備にしては数が多いわ。本命もいるようだし・・・ねっ」

 

 屋敷に突入した周囲を見回したセバスの言葉に私も同意する。

 

 破壊した扉をくぐった先では八本指の手下と六腕らしき4人が待っていた。その堅牢さを持って周辺住人も迂闊には近づけない威圧を放っていた扉を破壊したことで、動揺の波が走っているのを、彼らの反応から確認できたことに安堵する。そういうのも突撃する目的の1つに、こちらの力量を、わかる形で示したかったからだ。

 

 投降を呼び掛けるにしても、普通に入ってきていきなりそう言われてたとして、相手にされないだろうと思ったからだ。

 

 この世界では一見して強者だとわかる者はいないらしい。

 

 いや、王国の情報収集の際に敵対している帝国にいる重鎮の魔法詠唱者が相手の魔力量を"看破できるタレント"をもっているとは聞いたので、全くではないが、純粋な力量はどうもかなり分かりにくい。

 

 ガゼフたち歴戦の戦士でも己の直勘で、自分よりも上とはわかるらしいが、それがどれ程かは推し量れないようだ。当の本人さえ、この世界に来たときは基準がわからず、自分の身体能力が上がっているのに少し調子が良いとしかくらいしかわからなかったのだから、他人の事は言えまい。

 

 威圧するという意味では隣のセバスがいれば問題ない気がするのだが、何故かツアレを捨ててた男にしても、5人で襲撃してきた暗殺者にしても彼に、物怖じせずに挑むのだから。

 

 老人というのを抜きにしても猛禽類を思わせる鋭い眼光と執事服の上からでもわかるがっちりした肉体。その眼光だけでも見る者からしたら恐ろしく感じられると思うのにだ。

 

 彼が無意味にそんな事をするとは思わないが、クライムに向けたであろう殺気を常に纏えば、あるいは分かりやすい亜人ならば彼らも警戒するのだろう。(前者は傍迷惑だし、後者は入国自体できないだろうが)

 

 私もワールドチャンピオンという肩書きがあってユグドラシルでは他のプレイヤーから尊敬と畏怖の視線を向けられたりしたが、そんなのは知らないこの世界では女だからか、初対面では必ず嘗められる。

 

 一部の冒険者でも実力がある女性も多くいるのに。だからこその囮として派手に突入したのもそのためだ。強固さを誇る正門を破ることで、こちらの技量を伝える訳だが、手応えはあった。

 

 やつらの主力である六腕らしき4人が虚をつかれた様子(1人は全身鎧で分かりにくいが、身じろぎしたので)をしているからだ。これで舐めてかかる事もなく、少しは聞く耳を持ってくれるはず。

 

 ・・・さてと、では期待は出来ないが、一応投降を呼び掛けーーー。

 

 「おい!どうせトリックかなんかなんだろ!?ビビる暇があったら、その女は捕らえて俺の元につれてこい!」

 

 ーーーようとした所で、彼ら以上に戦いに疎く、場の空気を読めない、どこか聞き覚えのある声に顔を向けるのだった。

 

 

 

 声のした方をレイナとセバスが見上げれば、もしかしたら屋敷内の正面広場を一望できるバルコニーがあり、そこでレイナを凝視しながら身を乗り出した貴族の姿があった。

 

 見覚えのあるその貴族にレイナは頭が痛くなった。ろくでもない奴だと知っていたが、ここにいるということは、八本指とズブズブの関係なのだろう。

 

 折角話を聞いてくれそうな空気だったのに男のせいで、無駄になってしまった。

 

 「たしかに今まで見たことない美しい女ですな」

 

 「全く独り占めはズルいですなぁ。あとで良いから私にも楽しませてほしいですよ」

 

 さらに男が言った言葉に周囲もそう考えて、調子を取り戻してしまった。全員がセバスを無視してレイナの全身を舐め回すように観察しだす始末だ。

 

 マシなのは貴族の言葉を鵜呑みにせずに、警戒を高めている六腕たちくらいだ。それでもプライドからか、強気の言葉を吐いて、セバスを挑発する。

 

 そうとは知らずに、彼らならと余裕と取り戻した外野が六腕とレイナたちを取り囲み、即席のリングができた。その間もセバスへの挑発が飛ぶが、彼は全く意に関しないからかレイナの方に切り替えてきた。

 

 「・・・(あの女からは嫌な気配がする。アンデットの本能?だが戦士ならば近づけさせなければいい)」

 

 「どうしたんだい。デイバーノック。まさかびびってんじゃないだろうね?「いや、何でもない」・・・そうかい。しかしアンタも不幸だね。女だから死ぬよりも辛い目に合うなんてさ」

 

 レイナを見た途端に様子が変わったデイバーノックにエドストレームが聞くが、彼は首を横に振る。1番警戒しているセバスには不敵さを隠さずに対応したのにだ。女の方に何かを感じたのだろう。彼の機微を察したエドストレームはレイナへの警戒度を上げた。

 

 「恨むんなら後先考えない行動をとったのを恨むんだな。お嬢さん。だが怪我をさせるとなに言われるかわかんねぇからな。大人しく捕まるんだったら死にはしないぜ?」

 

 「そんなのはお断りよ。あなたたちこそ大丈夫なの?今は隠せているようだけど怖じけ付いていたのを見たわよ?」

 

 「ほう。いい啖呵だ。ではまずは手足の一本失っても後k「なるべく傷つけるなよ!命令だ!」・・・ちっ」

 

 長髪の優男が口火を切る言葉に即座に返せばくぐもった男の声。全身鎧の男が言い掛けて貴族の横やりが入り、不満そうに舌打ちをするとそれを合図に全員が武器に手を掛けた。

 

 「踊るシミターエドストレーム」

 

 「不死王デイバーノック」

 

 「空間斬ペシュリアン」

 

 「千殺マルムヴィスト」

 

 親切にもそれぞれ名乗りを上げる。少しでもこちらの戦意を削ごうとした威嚇か、各々が武器を取り出すと、外野が盛り上がり、聞くに耐えないヤジが此方に飛んでくる。

 

 冷静になったからか彼らの仲間でそれくらいできるものがいるのだろう。それが彼らの中にいるのか、今はこの場にいないゼロというリーダーなのかはさておき。彼らの獲物を情報と照らし合わせて問題ない事を確認する。

 

 ペシュリアンの空間斬の正体は(ないとは思っていたが)ワールドブレイク系ましてや警戒していた武技でもなく。鞘から出した極細の糸といえる長剣ということがわかった。

 

 斬撃属性の鞭といえる武器で、その特性上視認しにくく射程距離も広め。だが、扱いが非常に難しく下手をすれば自分も攻撃してしまう武器に見える。動きを見れば克服しているようだが彼の全身を隠す鎧はもしかして、その名残なのかもしれない。

 

 男2人は対面にいるセバスに任せようと目配りすれば彼も小さく頷いてくれた。私はエルダーリッチと同じ女性であるエドストレームと向き合い彼女に問いかける。

 

 「貴女は同じ女として思うことはないの?女を食い物にする八本指に」

 

 「・・・私には関係ないね。生きるには他を犠牲にしなきゃいけないのよ」

 

 レイナの質問に彼女は事も無げに答えたが、少し間を置いたことから、その心中には思うことはありそうだ。

 

 「おい!!さっさと始めろ!いつまで待たせるんだ!」

 

 「・・・無駄話もここまでだ。貴族どもがうるさいのでな」

 

 デイバーノックも片手にファイヤーボールを唱えたのか手の中で転がしている。焦れた貴族が戦いを促してくる。彼も貴族の言葉に苛立たしげにしていたので、六腕たちも貴族自体は好きではなさそうだ。

 

 現地で生まれた理性を有するエルダーリッチだ。モモンガが知ればユグドラシルとの差異を調べたがるだろう。この世界の魔法にも詳しいかもしれない。情報は多くあればいいし、なくても今後の研究に役に立つかもしれない。

 

 エドストレームも端から見れば魔法のように武器を周囲に浮かせて攻撃に使えるのは興味深い。ユグドラシルにはゴースト系の種族や超能力スキルにそのような操作が可能なのもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 果たして私と比べて彼女はどれくらい動かせるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お飾りではないようだね。なかなかやるじゃないか!?」

 

 「小娘と言われるほどに若くはないのだけれど。誉め言葉として受け取っとくわ」

 

 「どこまでその余裕が続くか楽しみだねぇ!」

 

 エドストレームは警戒した通りに初動のシミターを増やしたことを正解だったと感じていた。己に放ったシミターの攻撃を最小限の動きで避わすレイナの実力を認めて更にシミターの数を増やして猛攻をくわえながら、思い出したくないオカマの姿をチラつかせていた。

 

 (正直あんたらには少し感謝しているよ。コッコドールの奴を捕らえてくれて!)

 

 奴が自分の体を狙う(自分で楽しむのではなく。商品としてだろうが)あの男が好きではなかった。女を食い物にしているというのもそうだが、何より、奴の嫉妬なのか部下を使って無駄に暴力を振るうと聞いた事もあった。特殊な性癖持ちの貴族にも嬉々として女を壊されようがお構いなしに提供するのだから事実なのだろう。

 

 そんな奴の事を思う事がない筈がなく。同じ女としてあの男は同じ組織にいるだけでも身の毛がよだつ存在だ。カネ払いが良くなければ、今後八本指に所属して不利益があれば、着いていくと決めたリーダーの意志が変われば迷う事なく離脱している。そんな奴が捕まったと知り、さらに脱獄もできないと聞いたときはざまぁないと本気で思った。

 

 しかし、だからと言って恩情をかけるかどうかは別だ。

 

 サキュロントは八本指に所属できたことで浮かれていたが、新人とは得てしてそういうものだ。短い付き合いでも仲間である。今回のことで自惚れを反省したのであれば、彼はこの騒動が終わり次第助けてやっても良いかもしれない。

 

 (それにしても何の冗談だい?あれは盾だろう?私のシミターに対抗して?隠し玉ってやつかい)

 

 いざ戦闘が始まった時に女の背後から2対の盾が浮かび上がり彼女の周囲を回り始めた。白亜の盾の表面の中心には青い宝石がはめられ、それを挟むように青い2つの翼が描かれたそれだけでも価値があるものだとわかる。もっている剣にしても、特殊な盾にしても・・・。

 

 (動きに淀みがない・・・だからって本人の動きが悪くなっている訳でもない。デイバーノックの事もあるから、もう油断はできないけど。・・・気に入らないねぇ)

 

 こけおどしでないことにエドストレームは悪態をつきたくなるのを内心で留める。整った顔つきに、着ている旅装飾にしても良い素材で出来ている。それだけで一般市民は食うのに困らない生活を送れるだろう。

 

 (どうせ女を助けたのだってただの自己満足なんでしょ?)

 

 この女はどこかの貴族で、大方、先祖から伝わる装備を使って関わらなくて良いことに首を突っ込み自分は如何にも強者だと傲っているのだ。自身の力ではなく装備を過信して、弱者を守る。それだって悦に入りたいだけ。王国の貴族よりはマシかもしれないが、エドストレームにとって市民の苦しみを知らないだろう目の前の女は好きになれない。

 

 (少し痛い目を見てもらうよ!)

 

 無数のシミターを左右から同時に襲わせるも本命は別。盾にも集中力を使っているなら、余裕はないとみた。死角からの地面スレスレを1つのシミターが踊り、女の足元を狙った攻撃は・・・。

 

 

 

 

 

 

 直前に上げられた足によって正確に踏みつけられたシミターは刃元からポッキリ破壊された。

 

 (ええっ!?)

 

 およそ想像する令嬢がやらなさそうなそれに、しかも数打ち品でも結構丈夫に作っているシミターが壊されたことに驚き、ヤバイと思ったときには遅く。それがシミターの操作にも現れてしまった。

 

 動きが鈍った左右からのシミターたちは浮遊する盾で的確に弾かれ、残ったものも切り払われた。忌々しい同性でも見惚れる綺麗な顔が急速に近付きーーー。

 

 「魔法二重化(ツインマジック)ファイヤーボール!」

 

 上空へ飛んでいたデイバーノックが2連のファイヤーボールを向けられた事で、大きく後退して避ける。魔法は空振りし地面を爆発させただけになったが、レイナをエドストレームから遠ざける事に成功した。その隙に破壊されたシミターを補充し、手数も増やして体勢を整える。

 

 「助かったよ。デイバーノック」

 

 「礼は後だエド。この者共かなりやりおる。加減等すればやられるぞ。ペシュリアンやマルムヴィストも2人がかりで押しきれていない」

 

 助けられた礼を言うが、彼の顔に不死者故の余裕は見られない。女は動きが早く自分のシミターも彼の魔法も容易く避けられたからだろう。彼の言葉にもう一方の戦いを見れば、目の前の女と違い無傷という条件もなくすぐにあの2人ならと思っていたがそれは裏切られた。

 

 老人だと侮っていた執事が2人の戦士相手に拮抗・・・いや、若干押されているのか。マルムヴィストの表情にはハッキリと焦りが浮かんでいた。

 

 「くっそぉぉ!?全然当たりやがらねぇ!?なんだこのじいさんは!?」

 

 「無駄口を叩くな!くっ俺の空間斬が見切られている!?」

 

 「どうやらまだまだ扱いきれていないようですな。ボディがお留守ですよ」

 

 「ぐはぁ!?」

 

 「っ!?この野郎!?」

 

 どう見切っているのか。老人はその武器の特徴から視認できないペシュリアンの攻撃を易々とくぐり抜け、ボディブローを打ち込む。鎧の上からだというのに、くの字に折れ曲がり、吹き飛ぶペシュリアンにマルムヴィストが気勢を上げて、今まで以上の高速の突きを放つが少しでも当たりさえすれば毒と魔法付加で倒せると自慢していたレイピアは老人には避けるか当たっても問題ない横から(さば)かれる。

 

 此方の攻防も続くが決め手が欠けて膠着(こうちゃく)していた。次第に外野からのヤジもなくなり、うるさくなくなったが、彼らの胸中は穏やかではなかった。

 

 おかしい・・・何度も攻めているのに全然優勢にならない。どれぐらい時間が経ったのだろう?周りも最初はこちらが有利に進めていたから余裕を(かも)していたが、今度は動揺の声が聞こえてくる。

 

 実力はあると言っても1人は老害だ。すぐにスタミナが切れるだろうと、高を(くく)っていたのが間違いだった。2人相手で疲労してもおかしくないのに未だにその動きは衰えない。逆に自分達の動きが鈍り始め反撃を許していく。

 

 だからと言って焦って攻めるも、うまくいかない。シミターは2つの浮遊する盾に全て阻まれ、女はもう避けようともしない分、攻撃は苛烈になり、手元のシミターを何度も破壊されストックがなくなっていく。

 

 鉄壁の防御に翻弄されて時間が経つに洗練(せんれん)されてこれまで以上の速さで迫ってきた。

 

 (なっっっめるなぁぁぁ!!)

 

 苦労を知らない女に言い様にされているのに怒りが爆発したその時、自分はどうやったかは知らないが世界がゆっくり動き始め、女の動きも良く見えた。1つだけだが今まで以上の速さで女の片目目掛けてシミターが向かう。貴族が傷をつけるなと言うのも無視して。女の顔に始めて焦りが浮かんだことに、勝利を確信する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武技 "流水加速"

 

 女が目の前から消えた。

 

 勝利をもたらすと感じたシミターは虚しく空を切り・・・。

 

 「がっ!?」

 

 衝撃が腹を突き抜けてきて何をされたのかわかった。女は更には踏み込んで、殺すつもりがないのか剣ではなく、肘打ちを腹にめり込ませていた。

 

 戦闘があるかもしれないと、少しだけ食べたのが幸いして吐くことはなかった。必死に手持ちのシミターを振り回して距離ができるも先程より自身の動きが死んでいるのを感じる。

 

 続けての攻撃も動きが遅くなった踊るシミターは驚異ではないのだろう。難なく軌道上にあるシミターは破壊され、武器は予備も合わせてこれで手元の1つで最後だ。

 

 「ぐっ!はぁ!?」

 

 手数が減った此方になんと浮遊する盾での殴打までしてくる。たった1本のシミターで防げるはずもなく生傷が増えていく。

 

 デイバーノックがなんとか援護使用と魔法が飛んでくるものの、瞬時に回り込んだ盾に阻まれてしまい効をなさない。それでも武器を下ろすことはしなかったが、プライドがボロボロと崩れていく。認めたくない事実に、頭の中に自身の慟哭が響く。

 

 こんな筈では!

 

 もはや震える体を支えるのにやっとな自分に女が突っ込んでくる。止めを指しにきたのだろう。浮遊する盾と剣にボロボロにされたシミターではもう防御はできない。頼みの綱であるデイバーノックの魔法も通用しない。

 

 そうこうしている内に、もう一方の戦局。今度はマルムヴィストが回し蹴りでガードごと吹っ飛び外野を巻き込んで倒れた。

 

 「エド!」

 

 「くぅっ!?」

 

 デイバーノックの叫びに、なけなしの体力を使って目の前の女にシミターを振るうが、無慈悲に浮遊する盾に弾かれて体制を崩す。

 

 「己!?こうなれば魔法最強(マキシマイズマジッ)!?」

 

 エドがやられそうになったことに切り札である最大火力の魔法をぶつけようとしたデイバーノックの元にいつの間にか光の玉が背後から迫り直撃した。魔法の矢(マジック・アロー)とは違うそれは、彼を一瞬で虹色の水晶に閉じ込め、物言わぬ彫刻と化してしまい地面へと落ちる。

 

 落ちても砕け散ることはなかったが、封印されたアンデットというしかないその光景にエドストレームは遂に戦意を失った。

 

 「まだ抵抗する?」

 

 「あっ・・・」

 

 最後の武器も破壊され、同時に最後の勧告と共に喉元に剣先を突きつけられたエドストレームは少しの抵抗もしようとはしなかった。見れば戦士2人も獲物を破壊か奪われてしまい両者とも膝をついていた。

 

 この瞬間。国中で恐れられた八本指の最高戦力の六腕の内サキュロント含めて5人が敗北を喫したのである。

 

 力なく膝を着くエドストレームは戦いが始まる前に、セバスの向けて自分が放った言葉を真に理解した。

 

 (ボス。私たちはとんでもないやつらを相手にしたみたいよ)

 

 今回に依頼を安請け合いした事を責めるつもりはないが、自ら認める別行動中のリーダーを案じながら思い知るのであった。

 

 

 

 真の強者に会った事がない・・・。

 

 

 

 それは自分達の方だったのだと。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 (・・・少し危なかったかしら?)

 

 エドストレームが扱うシミターの動きを参考に盾をうまく使えたまではよかった。ユグドラシルでの最後の戦いで完全に破壊された特殊装備の盾だが、先日の贈り物(ビューナス・ギフト)のおかげで、新しい盾を作ることが出来た。

 

 破壊された物より幾分か性能は落ちるが、今回の使用を見る限り問題なく動きも粗相がないどころか数を物ともせずに圧倒していたとは思う。

 

 しかし、彼女の心が折れかけとどめを刺そうとした時に復活した彼女は、弾かれて宙をさ迷っていた1本のシミターを正確に人体の急所である眼を狙ってきたのだ。

 

 放たれたシミターはこちらが接近している事もあり、避ける事は勿論、盾も間に合わず、咄嗟に武技を発動させて避けたのは(当たっても対したダメージにはならなかっただろうが、変に無傷であったなら恐怖再来だろう)良い判断だった。

 

 その代償に発動へのデメリットである心身への疲労には少し(こた)えたが。

 

 油断したつもりがないが、あの時は同レベルであれば致命傷になるのは確かだ。それが戦いに追い詰められて覚醒したとすれば、問題なかったとは言え危ない橋を渡ったことになる。いくらレベルで劣っていても決して舐めてはいけないと再認識した出来事だった。

 

 危うく一撃をもらうところはセバスには気付かれただろう。隙を晒すことになるこの場では何も言わずに視線を向けてくるだけで済ませてくれていたが、後で何か言われるかもしれない。

 

 どうもリアルの記憶?(アレ)を見てから集中力が低下しているようだ。大丈夫と言った手前不甲斐ない気持ちになる。

 

 気持ちを切り替えるためにもこの戦いが終われば、明と隼人に直接聞かねばと改めて決意する。

 

 力なく頭を垂れるエドストレームを見下ろしながら、無力化が一番難しそうなエルダーリッチであるデイバーノックの方も確認する。

 

 スキル"光子"

 

 彼を水晶の檻に閉じ込めたこれは、壁などには反射する光の玉が、対象者の動きを封じてしまう。ユグドラシルでは拘束時間は調整されて、一瞬動きを封じれるだけだったが、その特性から活躍してくれたスキルである。この世界の森にいるモンスターで試させてもらったが、障害物にしたり、自分との位置交換さえ可能なのも確認した。

 

 拘束するにはもってこいだとは思ったが、効果が予想以上で、今も閉じ込められたレイバーノックが微動だにしないことから、私が解除するしかないのかもしれない。

 

 同じカンストプレイヤーとかならユグドラシルと変わらない効果かもしれないが、この世界でなら実質的に拘束が不可能なのはないようだ。

 

 問題はスキルを発動するときに手元から出るので、見られたら警戒されて当たりはしないだろうし、連続発射もできない。動きが読めてきたので、エドストレームの攻防中に、彼の魔法の余波に紛れて放った光子の軌道上に誘い入れて1発で決めれたのが大きい。

 

 あとはリングを作っていた外野たちだが、主力である六腕がやられたことに状況を理解して徐々に動き始めたが、士気を失った彼らは逃走や無闇に攻撃してくるとかではなかった。

 

 六腕の実力を見る上でも一気に倒す必要もなかったから様子をみていたが、案の定強さに開きがあり、やろうと思えば瞬殺さえ可能であった。だがそれでは、余計な恐怖が生まれて、大パニックになるだろう。あえて拮抗した状態で戦闘を続けてジリジリと制圧したのもそのためだ。

 

 それが効をなしたのだろう。恐慌状態になることなく周りをみれば皆武器を落とし、問答無用で殺さなかったために素直に降参を告げてくる。大半が畏怖を含めた視線の中には憧れを持った目を向ける者までいた。私たちの戦いに思うところがあったのだろう。

 

 あらかじめ正面を制圧出来たら、鳴らす手筈の笛をセバスに頼んでおく。鳴らせば外で待機している王国の兵士が飛んでくるだろう。

 

 後はバルコニーにいる貴族だが、逃がす理由もないのでバルコニーへと着地すると、戦意がない接待していた女性たちは端にいることを伝えれば彼女らは素直に従った。

 

 私が来たことにハッとなって今から逃げようとしていた貴族たちは出入り口で我先に行こうとしたので団子状態で無様に転倒して罵り合っていた末路は、皆仲良くお縄になったのである。

 

 「たっ頼む!お金ならやるから見逃してくれ!」

 

 「ワシもだ!金貨を100いや200!払おう!」

 

 「ズルいぞ!?俺はその倍をっ!!?」

 

 必死に縄から抜けようとするのを諦めた貴族は最後に顔を恐怖と汗と涙と媚びで醜く歪ませ、そんなことを(のたま)う貴族の姿はリアルでも追い詰めた支配者層の馬鹿共と何一つ違いがなかった。

 

 思わず睨み付けてしまったのはしょうがないと言えたが、予想外な事に彼らは泡を吹いて気絶してしまった。カンストプレイヤーの威圧は武器になるようだ。黙らす手間が省けたのはいいが、何故か恍惚の表情を浮かべて気絶した貴族もいたが・・・。

 

 倒れた貴族たちを確認すると、そこには私に執着していたあの貴族がいないことに気づく。

 

 ここには護衛として六腕のリーダーである闘鬼ゼロがいるかと思ったがそのような男の姿はない。"領域"を使い建物全体を調べても、表で王国の兵士に拘束されている六腕や雑兵以上に強い存在はいなかった。

 

 随分と逃げ足と機転が良かったのだろう。私を物にしようと息巻いていたあの貴族の姿はすでに外に向けて逃げている。

 

 だが、その先では王国の兵士たちが取り囲んでいるので捕まるのも時間の問題だろうと追うことはしなかった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 「もう皆さん行動開始した頃でしょうか?」

 

 「そうだな。俺たちもそろそろ警戒を厳重にしとこう」

 

 「・・・大丈夫でしょうか?やはり私たちも・・・」

 

 「今さらである。それに彼女は今は狙われ安い立場にいる。あわよくば人質にするのは明白。油断はできないのである」

 

 「おーい!こっちもバリケード張ったよ。念のための退路の最終チェックしとこう」

 

 「サンキューブリタちゃん!今度俺とデートしない?」

 

 「はいはい。まずはこれを乗り越えたらね。考えてやってもいいよ」

 

 「ちょっ!?ブリタさん!?」

 

 「まじでか!?こりゃがんばっ!?」

 

 ガゼフ邸にいる漆黒の剣一同は、護衛対象であるツアレを守るために、もともと強靭なガゼ邸をさらにバリケードなどで塞ぐことで簡易的な要塞としていた。

 

 昔とは()()()()()()()()()()ニニャの言葉にペテルとダインが答え、今もまだ男性には恐怖を覚えている元娼婦たちを少しはましになったツアレと一緒に世話をしていたブリタが彼女と一緒に出てくるとお得意の口説き文句を言って、ここでツアレに絡まないのは、まだ彼女が完全に男性に恐怖を克服してないから気を使ったのだろう。

 

 まさかのいい返事に、ペテルは彼が調子に乗ると危惧して叫ぶ。ブリタとしては最近頭角を現し始めた漆黒の剣の一員に興味があったからだ。その手応えに舞い上がっていたルクルットの顔がモンスターと遭遇する前にする不適な笑みを見せてから引き締めたものに変わった。

 

 「へっ!きやがったぞ!数は1で気配も大物だ!」

 

 「やはり!戦士長を警戒しての個人で抜きん出た者の襲撃!レイナさんの読みは当たった訳ですね!」

 

 「だ、だいじょうぶ・・・ですか?」

 

 「ねえっ・・・ツアレさんは彼女たちの元に!ブリタさん最悪の場合彼女たちをお願いします!」

 

 「任せなさい!後ろの心配はせずにドンっとやっちゃいなさい!漆黒の剣の皆!いくわよツアレさん!」

 

 「あ、あのみなさん。どうかご無事で!」

 

 戦闘態勢に入る漆黒の剣にブリタに断りをいれるとツアレはその瞳は心配に揺れながら、まだ男性には苦手意識があるというのに、彼らに近付き激励を贈った。

 

 最後にブリタと一緒になって、お世話をしてくれたニニャという魔法詠唱者の()()を(フード付きのマントを着ていて顔は見えなかったが、フードの奥から感じる眼差しと声は優しく不思議と落ち着いた)見て、彼女は今度こそブリタに連れられすでに退避の準備をしていた他の元娼婦たちとバオ率いる冒険者たちが待つ奥の鍛練場へと消えていった。

 

 「いいのですか?ニニャ。自分の事を伝えなくて・・・」

 

 「いいんです。これが終わったら伝えますから」

 

 「可憐な少女であるなぁ。ニニャの姉というのも納得である」

 

 「ああ、彼女の声援に答えなきゃ男じゃないぜ!」

 

 確かに数年ぶりの姉との再会に正体を明かした上で、その胸元に飛び込みたかったが、まだまだ安心できない状況なのに伝えてしまったが最後、戦えなくなりそうだった。

 

 ニニャとしては元気な姉に会えただけで嬉しかった。もう最悪死んでいる事も覚悟していたのに。姉はトラウマを抱えながらも、自分達を心配してくれた。姉は幼いときから変わらずに優しいままだった。

 

 彼女の声援はニニャだけでなく漆黒の剣の仲間たちも百万力を得た気分だった。

 

 彼らが身構えた所でガゼフ邸の門が大きく揺れる。バリケードも敷いているというのに、嫌な音が弱くなるどころか大きくなっていく。

 

 何度も叩く音が止んで、間が空いたのは一瞬。扉はバリケードごと凄まじい轟音と共に破壊された。

 

 「お邪魔するぜ。ここにツアレという女がいるはずだ。素直に渡せば命だけは助けてやるぜ」

 

 「「「「断る!!」」」」

 

 土煙の向こうから体のデカイスキンヘッドの刺繍をした男が登場するが、彼らは一切怯えもせずに言い切った。

 

 六腕最強と名高い闘鬼ゼロとレイナに貰った装備やアドバイスを受けてチームプレイを活かした戦いでミスリルへと昇級した漆黒の剣たちの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 「モモンさん見えてきました」

 

 「そうか。ユーリ、ハムスケの方も準備はいいか?」

 

 「問題ありませんよ。モモンさん。予定降下地点まもなく・・・ハムスケもいいわね?」

 

 「殿のためこのハムスケ粉骨砕身の想いで、勤めを果たたせてみせるでござるよ!」

 

 夜空に浮かぶ4つの影。先頭を行くのは漆黒の片割れナーベ。八本指への一斉検挙に合わせて王国付近へ転移したアインズがモモンへ変わり、ナーベが自力では飛べないユーリとハムスケ。モモンはアイテムで飛べるが、この際だとナーベのマス・フライに身を任せている。(その時のナーベはかなり張り切った様子を隠そうともしなかったために、姉としてかたまにあるポンコツ属性を心配したユーリから軽く注意されていた)

 

 (零さんやセバスが調べた魔法についての知識が役に立った。ユグドラシルではプレイヤーは皆飛んでいたから気にしなかったけど、ユリたち多くのNPCは種族スキルを除いてナザリック地下大墳墓で必要としてないからな。そもそも、外に出ることなんて考えてなかったし、ナーベが覚えていたのは弐式炎雷さんのこだわりだったんだろうな)

 

 速さと攻撃力に極振りしていた懐かしい忍者を思い出しながら、今発動している全体飛行(マス・フライ)はこの世界特有のもので、それを知ったナーベが、自力での飛行能力を持たないユーリ(微レ存でハムスケ)のために学んだ成果の1つである。

 

 あるとは思っていたが、実際にその魔法を見ると、魔法を戦術に組んでいた者としてくるものがある。今度魔法が使える守護者たちにオリジナル魔法を組ませて見るのも面白くていいかもしれない。若干とんでもない魔法を作らないか不安になるが・・・。

 

 更には元々組まれたプログラムで動いていたNPCだが、戦法というのも旅をしている内に磨かれて、阿吽の呼吸で任務を問題なく遂行してきたのも大きな成長といえる。

 

 それ以上にモモンにとって嬉しいことは、さん付けは相変わらずだが、2人ともナザリックにいたときよりも、気安い関係になれたのが大きかった。

 

 今後の冒険者活動を考えれば第3位階の上だとしても、ユグドラシルでは知られている魔法はこの世界には無いものもあり、この世界にしかない魔法もあるみたいだし、冒険者になってから数多くの依頼を受けたのだから、強くなったて言えば問題ないだろう。

 

 今後の強敵によっては元の実力からセーブしていると危険な目に遭うかもしれない。周囲に誰もいなければ問題ないが、公の場で遭遇した時の事を想定し、何か手を打たなければいかんなと考える。

 

 アルベドからの報告では第6階層のコロッセオではシャルティアとコキュートスを中心に(シモベ)たちが集まり、日夜鍛練と戦略を煮詰めており、その成果か、階層守護者最強という実力から力任せだったシャルティアが成長を遂げていると聞く。

 

 (その目標が打倒零さんというのには複雑だけど・・・)

 

 それを聞いたときはなんとかやめさせられないか考えて思い付かず、零本人にそんな事になっている事を伝えるので精一杯だった。部下の行動を止められない無能だとして失望されないかハラハラしたが、彼女は何故か乗り気で笑顔で楽しみだと言われてしまってはもう説得も出来ない。

 

 本人から今度ナザリックに顔を出したときに場を設けてほしいと告げられたときは、できれば心臓によろしくない事はやめてほしいと思う。

 

 その日は殺試合(ころしあい)にならないか不安で精神鎮圧が何度も起きながらベッドの上を転げ回った。折角の睡眠も少ししか取ることが出来なかった。

 

 「では私とハムスケは先に行きます。モモンさんもお気をつけて」

 

 「はわわ!やっやっぱり、もう少し心の準備をぉぉぉぉぉおおおおおお!!?」

 

 「待てるわけないでしょ。(いさぎよ)()きなさい」

 

 (ナーベよ。言葉のニュアンスが違うよな?まぁそれ以上にキツイ言葉が多かった前よりはいいか。ハムスケ・・・強く生きろよ)

 

 今回モモンとナーベ。ユーリとハムスケと別れて八本指襲撃をかけるので、丁度その真上にきた時点で、ユーリ、ハムスケにかかっていた全体飛行(マス・フライ)の効果を切り、1人と1匹は王国の片隅に落下していった。

 

 ハムスケの悲鳴が木霊する中、見かねたユーリが空中にいながらも近付き、抱えてあげていたので問題ないだろう。この世界の住人から見れば立派な魔獣がその魔獣の半分もないユーリが抱えている姿を見れば、さぞ驚く事間違いないだろう。

 

 「全く。少し見直したと思ったらすぐこれです。あの体たらくでは誇りあるナザリックの名に傷が付いてしまいます。また今度姉さんと一緒に根性を叩き直さないと。良いですかモモンさん?」

 

 「あ、ああ。許可しよう。だが、あまり苛めてやるなよ?」

 

 「モモンさんは本当にお優しいですね。ハムスケ次第ですが善処します」

 

 「は、はは。そんなことはないさ。・・・さてナーベ準備はいいか?」

 

 「はい」

 

 ナーベの容赦ない言葉にモモンは少しだけ綱なしバンジージャンプを強制されたハムスケに同情しながら、意識を切り替え目指すべき場所を見据える。

 

 上空から見る王国は一見静寂に包まれていたが、モモンはこれまでに(つちか)った戦士としての感覚は王国の各所で起こってる動乱を捉えていた。




 イビルアイが使ってたマス・フライって術者の意志で仲間を運ぶ感じですよね。それが位階がわかんなかったので、ただ覚えていないだけかなと思い。ユグドラシルでは(皆飛びそうだし)使えなさそうだし、ナーベラルがこの世界に来て取得した感じになりましたがどうなんでしょうかね?

 ナザリック内の玉座の間を守るのでしたら、フライは必要なさそうですが拘りで取得はしてたのかなと・・・。

 全然違うのでしたら、この世界ではそうということに・・・。

 光子に関してはVP1ではスキルらしくなかったので、名称はVP2シルメリアから取らせてもらいました。


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50.戦乙女と六腕4

 
 誤字の修正いつもありがとうございます。

 これから出てくるオリジナル魔法は位階を表示しないと思います。(全くダメージが入らないとかだと困るので)

 元ネタとかはありますが大丈夫でしょうかね?

 あと不定期更新ですが、遅くなりましてすみません。




  

 

 

 「戦士長と戦えるかと思って来てみればーーーなんだよ。いるのはゴールドの雑魚だけか」

 

 扉から現れたのはどう見ても堅気には見えない長身の筋肉隆々の男。その正体は八本指に雇われ、六腕という用心棒のリーダーである闘鬼ゼロ。その実力は王国最強のガゼフ・ストロノーフに並び冒険者ではアダマンタイト級とされる修行僧(モンク)である。

 

 彼に対峙する冒険者のプレートがゴールドということに、ゼロの顔が拍子抜けと言わんばかりに溜め息を吐いた。名のある冒険者チームはマークしている彼からすれば、見ない顔な訳で、最近ゴールドになったばかり、それに実力も大したことのない存在だと決めつけていた。

 

 「まっ、わかってた事だけどよ。そうまで言われるとやっぱり悔しいぜ」

 

 「いいではないですか。言いたいことは言わせておけば。これからも冒険者を続けていれば、他にもやっかみを受けることが多くなるでしょうから」

 

 「ゴールドになっただけでも周囲の目がだいぶ変わったであるからなぁ。あの方々はこんな重圧もものともしないでいたのは流石である」

 

 「フフフ、あの人達と比べると気後れしますが、ペテルの言う通りですね。その足掛かりの1つに悪い噂が絶たない八本指の六腕のリーダーを倒したというのはどうですか?」

 

 「そりゃいいなニニャ!一丁やってみっかねぇ!」

 

 気負い等やましてや絶望などはなかった。彼らは笑顔まで浮かべ、いつも通りモンスターを狩るよう気安さで各々の武器を構える。彼らもわかっていた自分達はまだ未熟であることを、ある戦士たちの姿を見たときから。

 

 それに驚いたのはゼロの方だった。今までは自分が姿を現しただけで、相手の士気は乱れ、総崩れになり楽な仕事になることが多かった。

 

 だが所詮は冒険者のゴールド。すぐに五体満足な姿ではいられないようにしてやるとゼロも、姿勢を低くして利き手を腰の所に構える。

 

 「ほう。雑魚の分際でよくしゃべる。すぐにその減らず口を黙らしてやる」

 

 「いくぞ皆!!」

 

 「「「おう!!!」」」

 

 前衛にペテル。その横にダインが付き、ルクルットとニニャがの順で後衛に。昔と違って服装が変わり、フードマントであるが男装用のズボンから動きやすいスカートになって女性らしくなったニニャがいつのまにか唱えたマジックアローが1つ2つ、いや3つに増えてしかも魔力が強く込められているのか1つ1つがバスケットボールくらいの大きさに、一瞬ゼロの思考が止まる。なんとか避けようとするも足が動かない。下をみると自分の足を絡めとる太い蔓によって縫い付けられていた。

 

 「マジックアロー!!」

 

 「ぐわぁ!?」

 

 当然避ける避ける事は出来ず、魔法の矢(マジックアロー)が着弾する。もはや爆弾と言っても良いそれは咄嗟に身構えたにも関わらず、ゼロの鋼の体に小さくない傷を与え思わず叫び声を彼に洩らさせた。

 

 ふらついたゼロに迫るペテル。それを確認したゼロが反撃のパンチを狙うも直前に目の前に投げられた玉状の物ルクルットが投げたそれはゼロの目の前で破裂すると涙が溢れて視界が悪くなり、攻撃は空を切った。

 

 すぐにヤバイと思うも腕を振った状態ではガードも間に合わない。だが自分の体は修行により、生半可な剣では傷ひとつ付けれないと公私ともに自負してるゼロは、一撃を覚悟する。

 

 直前で迫っているだろう戦士が構えた剣から斬擊がくると踏んだが、直後に衝撃と共に視界が上を向く。顎をかちあげられたのだ。ペテルは剣ではなく逆に持っている盾を下から上に振り上げていた。それはいつか見たレイナのシールドバッシュのようであった。

 

 ゼロがゴールドだからと油断した所をニニャの予想外の威力を秘めた魔法で度肝を抜いた。いや、彼女だけではない。漆黒の剣を()めた時点で、この結果は決まっていた。

 

 ニニャは持ち前の魔法適正のタレントもそうだが、仲間たちに黙っていた秘密を打ち明け、受け入れられた事で、心の枷が取れただけでなく。エ・ランテルに滞在中だったナーベ(モモンの命令もあるが、本人も満更でもなかった)やレイナらに助言を貰うことで、取得していた魔法の運用手段が増えていた。

 

 もしかしたら彼女は魔術師の大成するであろう第3位階にも届きそうになっているかもしれない。

 

 (何も相手の出方を待つ必要はない。こちらの手札を知らせないように強化魔法は扉が破られる前に皆に施した上での魔法による奇襲。でもお2人に教えられるまでは決まった魔力で放ってたけど、()()()だけで威力が上がるなんて・・・感謝しないと)

 

 助言で貰い強くなったのは他のメンバーも同じだ。ペテルは剣の他に盾だけでなく全身を使った戦いを行うようになった。そんな彼の頭にはレイナの動きや最初は後輩にあたっていたモモンが一足飛びに越えていった動きが鮮明に残っていた。あまりに高い目標だが、戦士の可能性を身近で見たことで、視野が広がり、戦士として開花し始めていた。

 

 (上手くいった!でもいつもより体が動きやすかった。なぜだろうか?士気が高かったが・・・それだけなのか?)

 

 ダインは回復魔法とドルイド特有の魔法に磨きがかかり、今回の襲撃を予想してバリケードの中にあった木箱には破られにくくするために土を入れるだけでなく植物の種も含まれており、破壊された事で床一面にばらまかれた(事前に戦士長には許可をもらっている)それを触媒にすることで彼が使うドルイド魔法の効果を引き上げている。

 

 (いくら襲撃があるからって自分の家を土まみれにされるのを笑って許してくれたストロノーフ殿は、本当に王国市民の希望であるな。・・・それにしても今の魔法は会心の出来である)

 

 ルクルットは狭い室内では自分の素早さを活かせないのはわかってたので、後方からの援護に徹して、最近は少し値は張るものの香辛料を混ぜ合わせて作った生物の五感を狂わせる癇癪玉を作成したことで、弓以外の援護手段を手に入れた。

 

 (へへ。なんかツアレちゃんからの声援のおかげか、体の調子が良いぜ!どこに投げればいいかもわかった気がする。・・・ん?それって・・・いや、まさかな)

 

 確かに昔の彼らではゼロの相手など出来()()()()だろう。だが今の彼らは実力も上がり、レイナやモモンも認めた元々の強みである漆黒の剣が持つ息の合ったチームワーク。さらに後押ししたのはレイナが与えた装備である鎖帷子(くさりかたびら)であった。

 

 王国で彼らと合流した際、レイナは彼らがその実力に見合うように、ステータスやスキルを新たに調整して渡したのだ。戦士であるペテルならば攻撃や防御を補正したりだ。それと、ここまで上手くいったもう1つの要因もあって、ゼロに世にいうクリティカルダメージを与えれたのだ。

 

 ((((さてと))))

 

 予想できなかった猛攻に、たまらずゼロは大きくのけ反り倒れてしまう。再び魔法での追撃を恐れるがなかなか攻撃はこない。疑問に思うより早く起き上がろうとするが・・・

 

 「くそがぁ!!てめぇら絶対に!?」

 

 許さんと吠えかけて、何故か首しか動かせなかったゼロは、漆黒の剣らを睨もうとして首を上げて見たものに愕然とした。

 

 

 

 

 

 

 ((((逃げるか))))

 

 そこには背中を見せて逃走する漆黒の剣たちの姿。

 

 元よりツアレたちが逃げる時間()稼ぐのが目当てだった彼らは、当初の予定よりもうまくいったので、無理する必要はなくなった。

 

 最初にゴールドだからと油断したのが仇になった瞬間だった。

 

 いっそ惚れ惚れするくらいに迷いがないその動きに、ゼロも彼らが逃走したと理解するのに数秒かかった。

 

 「ふ、ふざけんなぁぁぁ!!?」

 

 だが次に去来したのは怒りだった。たかがゴールドにしてやられたことにゼロのプライドはボロボロだ。しかし、立ち上がろうにもご丁寧に足だけだった蔓が首の下くらいまで伸びている。道理で首ぐらいしか動かせなかった訳だ。顎をやられたことで脳が揺れて、意識はあってもうまく動かせない。

 

 なんとか怒りに任せて蔓を引きちぎって立ち上がったのはいいが、数分と言えど時間がかかってしまった。これで逃がしては六腕の顔を汚す。もう逃げられているかと思ったが漆黒の剣を追うと出たのは、ガゼフが鍛練場として使う中庭。そこをゼロと挟んで身構える彼らがいた。

 

 屋内は不利だと少し空けた場所に移動したのだろう。そうだとしても今のゼロは頭にきていた。今すぐ飛びかかってーーと来たところでゼロは冷静さを取り戻す。

 

 先程は相手を甘くみて今度は怒りに任せての攻撃ではまた足元を(すく)われる可能性がある。現に相手は逃げれる時間があったにも関わらずに。待ち受けていた。

 

 「奴さん。怒りに任せて来てくるかと思えば逆に冷静になったぜ」

 

 「モンスターのようにはいきませんか」

 

 「ダメージがないという訳ではないでしょうが、見た目を裏切らない耐久力ですね・・・」

 

 「うむ。先程の油断は助かったであるが、あの様子からではもうそれを宛には出来ないであるな」

 

 挑発のつもりか何か言ってくるが、それで激昂するようではあの六腕をまとめる事はできない。

 

 まずは始末するのは魔法を打ってきた女と決める。こいつさえ殺せば決め手を欠いたチームなんぞ追い詰めるのは簡単だ。後はジリジリといたぶって殺してやる。切り札であるタトゥーの力も解放し、目指すは魔術師の女。

 

 当然前衛の2人が邪魔してくるが、そんなものはこの力の前では吹き飛ぶだけだ。魔術師目掛けて地面を蹴る。高速の視界の中で前衛の焦りが浮かぶ顔と女の怯えた表情が見えて、優越感に溜飲はさがりーーー。

 

 「私の相手をしてもらおうか」

 

 頭上から男の声が聞こえると女の顔に余裕が生まれる。まさか誘われた?そう思った時にはなにかが目の前に着地する。着地した衝撃で砂煙が舞い視界は悪くなったがゼロは止まらない。何が来ようとこのまま吹き飛ばしてやると進みーーー。

 

 「っ!?なんだと!?」

 

 自分の肩に手を置かれ突進が止まる。咄嗟に突きだした拳さえもう一方の手で完全に受け止められた。しかも相手は少しも後ろに後退もせずにだ。逆に止められた時にゼロの体が悲鳴を上げた事に驚愕したゼロが見たのは、漆黒。

 

 「待たせたな」

 

 漆黒の全身鎧を来た自分と並ぶ大男。その胸元にはアダマンタイトのプレート。一時期八本指でも勧誘しようと話がでたが、噂で流れてくる彼の活躍から金では快諾出来ないだろうと、却下された二刀流の戦士。

 

 八本指への作戦が開始する前に、レイナはモモンにこの襲撃を予想していたので相談したのだ。八本指(あちら)最高戦力(六腕)を送ってくるならと(張り切って)答えてしまったのが最高戦力(漆黒)であった。

 

 漆黒の剣の面々は時間稼ぎであわよくばそれで倒せたら良かったが、やはり六腕のリーダー。その耐久力は馬鹿にならない。だがそれも目の前に降ってきた漆黒の戦士の前では(かす)んでしまう。

 

 ・・・もしここに彼ら2人の実力差を知る者がいれば、その容赦なさにこう叫ぶだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼だ・・・と

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「モモンさん!」」」」

 

 「さて私の仲間が世話になったな。ここからは私が相手だ!」

 

 凄まじい膂力で押し戻され、ゼロの体が浮き上がり、元の場所に投げ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・何故、ここにウルベルト様が?」

 

 夜の王国を颯爽と飛び回り、八本指の手先を始末していたソリュシャン・イプシロンは自分の探知内に、ある御方の気配を一瞬だけ感じとり、その場に向かっていた。

 

 気配はすぐに消えたが、予定ではその御方であるウルベルトともう1人の御方であるベルリバーと共にナザリックで待機されている筈であったのに、こうして王国へと来たということは何かしらのトラブルが合ったのだろうか。

 

 焦燥感を覚えながらソリュシャンは気配があった場所に降り立つ。そこはしばらく人の手が入っていないのかボロボロの建物が多く見られる場所で、今回の作戦には関係ない場所であり、至高の御方が態々来るような所とは思えない。

 

 アサシンの勘か、嫌な予感しかなかった。

 

 だからと言ってスキルを使って潜伏するのは、御方を疑っていると言っているようなものである。

 

 少しだけ葛藤した彼女は、潜伏スキルを使わずに意を決して建物に入った。

 

 「これは・・・」

 

 蒸せるような血の匂いに、だが彼女は顔を歪めることなくその惨状眺めていた。元々残虐性を含む彼女にとって常人なら吐き気をもたらすだろうが、特に思うことはなかった。

 

 だが、その中心にいる山羊頭の異様な姿には言葉を失った。彼の足元には見たことのない像と魔方陣が張り巡らされ、その中心には彼が立っていた。

 

 「ウルベルト・・・様?」

 

 「・・・ソリュシャンか。何のようだ?」

 

 「いえ。なぜこのような場所に?アインズ様からは此度の作戦には不参加と聞いたのですが・・・。それにその像と魔方陣は・・・」

 

 「お前には関係ないだろう。俺が何しようとな。それとも何か?僕の分際で指図するつもりか?」

 

 「そ、そのようなつもりは・・・私はただ・・・」

 

 「何も見なかった事にして去れ。それともモモンガに伝えるか?」

 

 「・・・・・」

 

 ウルベルトの黙っていろと言う言葉に彼女は従っていいのかと迷う。昔の彼女であれば素直に従っていただろう。だが彼は他の至高の御方が去るなかで、ナザリックを最後まで支えたアインズ・・・モモンガ様にも秘密にしろと言っている。

 

 ソリュシャンにとって再会し、その想いを知った自身の創造主であるヘロヘロとモモンガを並べるのは不敬であると知りつつも、どちらが上かなどとは決められなかった。

 

 しかし、モモンガとウルベルトでは天秤は確実にモモンガに傾く。今の目の前にいるウルベルトの不審な行動は・・・。万が一いや、億が一にもないと思うが・・・。そこまで考えて心中で否定する。だが彼女は気付かなかった。グルグルと回る思考に返事が遅れていることに。それを知った今のウルベルトがどう反応するのかを・・・。

 

 ソリュシャンは感じる不穏な雰囲気に戸惑いつつも口を開きかけ、ウルベルトは遮ってめんどくさそうに首を振った。

 

 「やはり・・・殺すか」

 

 「っ!?」

 

 次の瞬間ウルベルトが目の前に現れ、その腕をソリュシャンの顔に向けてきた。そして集まるのは今まで感じたことのない膨大な魔力。死が迫り、背筋に冷たい感覚が過ぎてもソリュシャンは動けなかった。

 

 「ん?誰だあんたたち・・・」

 

 ソリュシャンが入ってきた扉が開かれて現れたのは、ここで無惨にも殺された者たちを見限り、ほとぼりが冷めるまで外出していた青年だった。

 

 扉を開けたところで背を向けるソリュシャンと対峙するウルベルト。そして、部屋の惨状を目にして言葉を失う。乱入者にソリュシャンに向けた攻撃の手が、ほんの一瞬だけ気が逸れて止まる。

 

 「悪魔!?それにこれは!?」

 

 「くっ!?」

 

 それが彼女の命を救った。すぐさまウルベルトが魔法を唱える。彼女が立っていた場所の空間が捻れ、押し潰される。"グラビィティ"ウルベルトがユグドラシル時代に多用していた。

 

 広域魔法でありながら、燃費がよく。威力は低いが範囲内の相手を上手くいけば転倒を付加する。ダンジョンの攻略の際は雑魚相手によく使って前衛がくるまでの時間を稼いでいた魔法であった。

 

 だが、ソリュシャンは横に大きく跳ぶことで避けることが出来た。もしも青年が入ってこなければ・・・。ソリュシャンは何の抵抗も出来ずに、超重力に巻き込まれて消滅していただろう。

 

 殺されかけた事実に彼女は、冷や汗を流す。これが自分が不快な思いをさせたのならば、罰として受け入れたかもしれない。

 

 ウルベルトが大恩あるアインズに対して良からぬ事をしようとしているのは明白。そして何よりも・・・。

 

 

 『ソリュシャン。紅茶が入りましたよ』

 

 

 

 『いい茶葉で紅茶を淹れたの。貴女の意見が欲しいわ』

 

 

 

 『ソーちゃん料理長が特別に焼いたお菓子もあるっすよぉ』

 

 

 

 『一緒に・・・食べよ』

 

 

 

 『とってもおいしそうだよぉぉ』

 

 

 

 ソリュシャンは自身の創造主がレイナに殺されたと知り、落ち込んでいた時に励ましてくれた姉妹たち。

 

 

『あまり無理はするなよ』

 

 

 異世界に来て忙しいのに時間を割いて、訪ねてこられたモモンガ。

 

 

 『ありがとう。ソリュシャン』

 

 

 再会したヘロヘロ自身との会話。

 

 そして・・・

 

 ソリュシャンは自分の腹部に視線をやった。

 

 彼女の心に火が灯る。

 

 ここで抗っても結局は死ぬかもしれない。

 

 それでも・・・・・ここで死ぬわけにはいかない。

 

 例えそれがどんな罪よりも深くても。

 

 至高の御方に刃を向ける事になろうとも!

 

 ソリュシャンは僕としての枷を外し、武器を構えた。

 

 「そこのアナタ!すぐに逃げなさい!」

 

 何故人間などを助けようとしているのか。違うこれはこの人間が邪魔なだけで、他意はない。

 

 ウルベルトに切りかかるが、余裕で避けられる。当然だ。御方と自分のレベルは天と地ほどの差がある。そうして覚悟を決めたソリュシャンに逃げろと言われた青年が叫ぶ。

 

 「だが!」

 

 「アナタではすぐに殺されるわ!逃げるというのが嫌なら誰かに知らせて!」

 

 まだ逃げてない人間に苛つきながら、ソリュシャンの頭に浮かんだのは、今王国にいるナザリックの仲間だけでなく仇敵だったある女の姿が浮かぶ。今は八本指の本陣にいるだろう彼女ならウルベルトを止められるかもしれない。

 

 壁を時には天井さえ使って仕掛けるが、どれも捌かれる。ウルベルトは魔術師だとわかっていたが、こうまで通用しないのにソリュシャンは焦りを覚える。彼の動きを見たのは初めてだが聞いていた魔術師のものとは思えないほどに、動きが洗練されたものであったからだ。

 

 「・・・なるほど」

 

 「ぐぅっ!?」

 

 攻防中にも関わらず、ウルベルトは何かを納得するように己の掌を見詰めると、向かってきたソリュシャンの攻撃を、()()()逸らすと()()()()()()()手元にきた彼女の白く細い首を掴むと躊躇なく魔法を放った。

 

 「バーンフィンガー」

 

 ソリュシャンの首から上が爆発する。そして抵抗しようと伸ばされた手が力なく垂れて・・・。

 

 ドシャッ

 

 とウルベルトの足元に首のない彼女の体が落ちた。

 

 「ふむ。魔法使いに近接用の魔法なんてと思ったがなかなか使えるじゃないか」

 

 たった今ナザリックの仲間たちが作ったNPCを殺したばかりだというのに、その表情が動くことはなかった。

 

 「・・・あいつは逃げたか」

 

 淡々としたまま次に目を向けたのは邪魔をした青年で、扉に前に彼はすでにいなかった。予定が狂ったが誤差の範囲ではあった。

 

 「あいつらの仲間ならば逃がす理由はないな」

 

 例えそれが過去のことであろうと。

 

 「ネガティブバースト」

 

 青年を追いかけようとしたウルベルトが()()()()()()()()()()()振り向くこともせずに周囲に向け魔法を放つ。それごと建物も吹き飛ばした。

 

 一瞬で瓦礫の山と化したそこを歩き、それの前に立ち止まる。ボロボロの姿で倒れたそれを無造作に蹴り上げる。

 

 「スキルで特化しているモモンガほどじゃないが、結構効くだろう?」

 

 「うぅ・・・」

 

 そのロマンビルドから多種多様な魔法と一部魔法特化を使える友人を誉めるなか、純粋な火力特化である自分の力をひけらかして笑うウルベルト。

 

 無理やり顔を上げられたソリュシャンが答えられずに呻く。潰れたと思われた頭部は元に戻っているがその姿は酷いものであった。綺麗な金髪のロールヘヤーは崩れ、至高の御方からいただいた専用の服は先程の魔法で、耐久値を越えてほとんどが破けてしまい。人型も維持できずに擬態が解けてしまっている部分が多くみられた。

 

 「やはりユグドラシルとは違うな。最初の一撃はスライムだからか頭部を引っ込めて余計なダメージを逃がしたのか?・・・興味深いな。ヘロヘロやアイツには勿体ない。私の配下にならないか?」

 

 「・・・・・」

 

 その声には怪しい魅力が漂っていた。だがソリュシャンが返す言葉は決まっている。

 

 「・・・私を・・・支配できるのは・・・長年ナ・・・ザリックの・・・ために動・・・いて・・・くれた・・・大恩あ・・・るモモン・・・ガ様だ・・・けです」

 

 「そうか、残念だ。まぁ後で私の望むままに調教しよう。今は我が世界で眠れ」

 

 「あ・・・」

 

 黒い渦が目の前に。転移門に似たそれだが、どこか違うと感じた。吸い込まれていく。意識が真っ暗に閉ざされていくのをソリュシャンは何も出来ずにただ呆然と受け入れることしか出来なかった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 投げ飛ばされ、背中から壁に激突した。クラクラする頭を振ってゼロは立ち上がり、目の前の漆黒の戦士をみる。彼の背後に2人と1匹いるパートナーの1人の魔術師が舞い降りるのを眺めることしか出来なかった。

 

 「モモンさん。加勢は必要ですか?」

 

 「いや、大丈夫だナーベ。試したいこともあるのでな。ここは俺1人でやってみよう。お前は後ろの仲間たちを頼む」

 

 「わかりました」

 

 身構えたモモンにナーベが問いかけて、漆黒の剣の方を指した。ナーベは不満に思うことなく彼らを護るような位置であるゼロと彼らの間に立つ。

 

 「助かりました!モモンさん」

 

 「ナーベちゃん久しぶり!いやぁいつ見ても素敵だ!」

 

 「いいタイミングで助かったのである」 

 

 「モモンさん・・・」

 

 いつも通りなルクレットの言葉に一瞬だけ、表情を歪めかけたナーベはなんとか表情を取り繕う。見かねたペテルがルクレットをのし退け代表して礼を言った。

 

 その後ろでニニャが一騎討ちで戦うというモモンに不安に揺れる視線を向けていたが、ゼロの攻撃を不動で受け止めたこともあり、幾分か期待も含めて熱っぽかったが背を向けていたモモンは気付かなかった。

 

 「この俺が・・・力負け・・・しただと?」

 

 「立ってくるか。まぁあれで再起不能になったら拍子抜けだがな」

 

 「・・・そんな筈がねぇ!何かのマジックアイテムの力か!?そうなんだろう!?」

 

 「さぁどうだろうな?・・・こいよ。お前のお得意の素手に合わせてやる」

 

 「嘗めやがって・・・野郎ぶっころしてやぁぁぁぁぁる!!」

 

 立ち上がったゼロが闘志を剥き出しにして地面を蹴り、モモンに飛びかかる。豪腕が的確にモモンを襲う。対峙したモモンは背中のバスターソード抜かず、両拳を目の高さに合わせる。

 

 迫るゼロの凶器である豪腕を、その拳を横に払うことで、逸らす。並みの相手では逸らすことも出来ずに直撃したであろうそれにゼロはモモンの実力を認め、本気へと切り替えた。

 

 タトゥーの力も引き出して、全力で殴りかかる。そうすることで遂にモモンは逸らすことが出来ないと感じてか防御に専念し出す。

 

 攻防が始まって一度も攻撃をしていないそれがモモンが圧されていると見えた漆黒の剣は援護するべきか迷うが、彼のパートナーであるナーベが落ち着いた様子で眺めているので手を出すのは危ぶまれる。防戦一方のモモンに気をよくしたゼロの攻撃はさらに激しくなる。

 

 「どうした!?さっきから全然手が出てないじゃないかっ!構えた拳は飾りかよ鎧野郎!?」

 

 「・・・いいだろう」

 

 ゼロの言葉にモモンが答えると、迫るゼロの拳より早くゼロの横っ面をモモンの左拳が捉えた。軽い音ながらもゼロの動きが止まる。さらにそこからもう1発ときて最後に右のストレート。それは所謂ボクシングのワンツーであり、旅の途中でユーリに教えてもらった基本の攻撃であった。

 

 ストレートを浴びたゼロの巨体が揺れる。畳み掛けるようにボディブロー。屈強さなど関係なしとばかりにくの字に曲がり、顎が下がった所をアッパーでかち上げる。

 

 たたらを踏みのけぞるゼロ、完全に決まったと思ったが、最後の意地かゼロは全身のタトゥーの力を解放した。タトゥーが怪しく光輝き、元々の全身凶器であるゼロの能力をレベル以上に引き上げた。

 

 踏み込んだ地面は埋没し、今までにないスピードでモモンとの距離を詰めた。全力の拳。いくら鎧が堅くてもこの1撃を食らえば只では済まない。

 

 その拳を前にモモンはーーー。

 

 

 

 

 

 

 武技"要塞"

 

 

 

 

 

 ゼロの拳に硬い手応えがあったが、それは鎧を凹ませた感触ではなく・・・。煙が晴れた先にいたのは先程と変わらない姿のまま拳を大きく構えたモモン。

 

 「嘘・・・だろ?」

 

 自慢の一撃を防がれたゼロが呆然とした顔面に放たれる右のストレート。ゼロにはモモンの背後に死神を見た気がした。数秒もない世界で遅く感じるも体は全く動かない。絶対的な死が来るのをゼロはこの男には敵わないという思いと共に受け入れようとした。

 

 「あ、あれは!?」

 

 「モモンさん!空から!」

 

 既に観客となっていた漆黒の剣から異常を知らせる声が、ゼロの鼻先まで迫っていた死を止める。彼らは油断なく周囲を警戒していたのだろう。空を見上げた彼らを追ってモモンとゼロも揃って空を見上げた。

 

 そこには真っ赤に燃える空を背景に大量に召喚された悪魔の姿があった。一瞬ナザリックの増援とも考えたが、彼らからは明確な殺気を感じ、敵であることが理解できた。

 

 「なに!?っ」

 

 モモンは途端に懐に手をいれていたアイテムが携帯のように震えているのに気付き、それを取り出す。それはレイナをを模した人形で、協力関係を結び2人の状況がわかるように互いの人形を預かりあっていた。何かあれば人形が本人の状況を知らせるというアイテム・・・。

 

 人形ならば動かないのは当然だ。だが、これは共有したお互いの情報を渡すためのものだ。他の者が見ればただの人形。しかしモモンには()()()()()わかった。今その本人が窮地に陥っているのが。

 

 「(零さん!?)くっ!?ナーベは漆黒の剣たちについて行動しろ!私はこの現況の元を探る!おい!六腕の!命は預けてやる!もし逃げようものなら地獄の底だろうと追うからな!ここは協力してあいつらに対応しろ!」

 

 「わかった・・・」

 

 「任せてください」

 

 先程投げ掛けられたモモンの脅しとしか思えない言葉に、文字通り命を預けられたゼロは逆らえる筈がなく、殺されかけたためか声は弱々しいが確かに同意して、悪魔に狙いを定める。

 

 ナーベも不満を洩らすことなく漆黒の剣に付き、いつでも魔法を行使できる構えをとって、この場で悪魔を迎撃するようだ。

 

 「これはただ事じゃないな・・・モモンさんは行ってください。我々はここを制圧したら、逃がしたツアレさんたちを追います」

 

 「ここだけとは限らないであるからな。彼らも悪魔の襲撃を受けているかもしれないのである!」

 

 「くっそ!悪魔なんてどこから現れたんだ!?」

 

 「考えても仕方ないでしょう!・・・モモンさんどうかお気をつけて」

 

 突如現れた悪魔に漆黒の剣たちも動揺を隠せないが、ナーベが合流することで、不安もある程度軽減したようだ。各々が武器を構えて悪魔と対峙する。

 

 モモンが単独行動をすることについては、不安は大きいが目の前の英雄の初めてみせる様子から送り出すしかない。その時の彼らは皆一様に不安を表情に張り付けている。特にモモンに特別な感情を持っているニニャは一入(ひとしお)だろう。

 

 思えば彼女には悪いことをしたかもしれない。姉の仇でもある八本指の手先である六腕を、ユグドラシル関係の手がかりだからと言って見逃すようなことをしたのだ。それどころではなくなったとは言え、思うところはある筈なのに何も言わないでいてくれた。

 

 「済まない!」

 

 もしかしたら嫌われたかもしれないし、それが今後の冒険者活動において汚点になるかもしれない。これ以上は考えている時間も惜しい。謝罪だけを口にしてモモンはその場から跳躍。跳んだ先にいた悪魔を両断して屋根に着地する。

 

 その背後を多数の悪魔が襲撃するが、地上から放たれたナーベのライトニングが直線上にいた悪魔を屠り、今度は数を優先してこれまでの倍以上八つの光弾を生成したニニャのマジックアローが包囲しようとした悪魔に撃ち込んだ。それでも余った悪魔をルクルットの矢が仕留める。

 

 飛び道具がないペテルやダインは大声や己の武器を打ち鳴らして悪魔の注意を惹き付けようとしていた。それもあって周辺にいた悪魔のヘイトを集める事に成功したのだろう。

 

 一瞬で仲間を殺して去ろうとするモモンを無視して、彼らの方に悪魔が集まりだした。ペテルとゼロが前線に出て近づいてきた悪魔を倒す。一歩後ろにダインがついて、悪魔が洩れた時に対応できるように立ち回る。

 

 ゼロと漆黒の剣たちの連携はやはりぎこちないが、さっきまで戦いあっていた者たちが今は肩を並べて集まる悪魔に的確に対処している。

 

 こうなることはわかっていたのに援護してくれた彼らに心の内で、再びお礼を言いながらモモンは王国の町を屋根伝いに疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは瓦礫で埋まり、そこだけポッカリと王国に穴を開いているようだった。放たれた魔法は床に書かれた魔方陣と像を残して建物を崩壊させただけでなく、余波で吹き飛んだ瓦礫は魔法の範囲外へも被害を出していた。

 

 いや、まだマシな方だろう。もしも()()()身を挺して守っていなければ、王国のほぼ全土が死で満ちていた。

 

 爆心地とも言えるそこには大悪魔が立っており、その両腕にはぐったりとした女性が抱えられていた。青と白の旅装束の服は破けて白い肌と下着一部も露出している。大悪魔の腕の外に洩れて流れる銀髪の女性。

 

 瓦礫の中では純白の鎧を傷つけられた白騎士が、異様な気配を持つ()()()()()()に囲まれながら抵抗していた。

 

 王国の長い夜は始まったばかりだった。

 

 

 



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51.戦乙女と大悪魔

 

 「悪魔が現れたぞ!皆逃げるんだ!!出来るだけ遠くに!!」

 

 しばらく外にでて、ほとぼりがさめるのを待って戻ってきたら、金髪ロールヘアーの一度見れば忘れないほど顔立ちが整った女と対峙している悪魔に、赤く染まった部屋の惨状が飛び込んできた。

 

 逃げて助けを呼べという女の言葉に躊躇(ちゅうちょ)する暇もなく、悪魔の存在に青年は背を向けて走りだした。一瞬でも迷えば、あの悪魔の存在に呑まれるとわかっていたから。

 

 走りながらなりふり構わず呼びかける。既に日が落ちてさらに閑散としていたが、道行く人々が何事かと反応を見せる。中には他人事と思って逃げようとしない者もいた。

 

 そんな者にも逃げるよう説得したいがそんな時間もない。青年は自分の無力さに悔やみながら出来るだけ周知しながら助けを呼ぶしかできない、

 

 「おい!うるせえぞ!悪魔がいるなんて・・・ざれ・・・ごと」

 

 その時自分の声が喧しいと窓を開けて怒鳴ろうとした酒で酔って顔を真っ赤にした男の視線が自分の背後へと向けられ、そのまま膠着する。

 

 まさかと振り向く暇もなく背後からの衝撃に襲われた。

 

 

 

 

 ・・・・・。

 

 

 

 

 「ぐぅぅ・・・い、一体なにが・・・」

 

 少しだけ意識を失っていたようだ。

 

 幸いなことに体は少し重いくらいで動けない程ではなかった。

 

 「な、なんだこれは!?」

 

 体を起こして見たのは信じられないものであった。さっきまであったいつもの街並みが一変して瓦礫の山であった。いくら人が住んでいないと言っても全くではない。つい先程も人通りはあったのだ。

 

 「!?」

 

 そして見たのは瓦礫の下から血が流れている。そこは確かこちらに怒鳴ろうとした男が居たところで。

 

 悲痛な悲鳴がそこかしこから聴こえてくる。青年が無事なのも瓦礫の間にうまく入っていたので、下敷きにならずにすんだのは奇跡に近い。

 

 「ママ!ママぁ!」

 

 「あ、あなただけでも逃げ・・・」

 

 「嫌だよぉ!ママを置いてくなんてやだぁぁ!」

 

 「ああ、だ、誰か」

 

 すぐ近くで助けを求める声が聞こえて、そちらを振り向くと瓦礫に挟まれうごけなくなっている母親らしい女性を子供が必死に助けだそうしている姿であった。

 

 「大丈夫か!?下がっていろ!」

 

 すぐに駆け寄った彼は、腰にかけていた剣を鞘ごと引き抜くと、瓦礫と母親を挟み、梃子の原理で隙間を作り、空いたもう片方の腕で母親を引きずり出した。

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 「お兄ちゃんありがとう!」

 

 母親も挟まれただけで擦り傷はあるものの動けないという訳ではないようで、青年に礼を言うと子供の手を引いて足を引きずりながらも離れていく。

 

 「随分と優しいじゃないか。あんなクズどもと一緒にいたのにな」

 

 「っ!?」

 

 頭上からの声にバッと顔を向けるといたのはあの悪魔がこちらを見下ろしている姿。やはりよく逃げれたものだ。今はっきりしたが奴からは逃げれる気がしない。体は震えて自由がきかない。恐怖に震えながらも歯を食い縛り聞きたいことを口にする。

 

 「・・・彼女はどうした?」

 

 「自分よりも女の身の心配か・・・。考えなくてもわかるだろう?()()()()()()()()()

 

 「・・・・・」

 

 どうしてハッキリと殺したとは言わないのか。悪魔だから正直に話すとは思わなかったが、もしかしたら、彼女の美しさから囚われている可能性がある。

 

 だが自分にはどうしようもない。不意打ちができたとしても瞬時に殺される運命しか見えない。それほどの実力差があると、こうして対面した今は、アジトに返ってきたのを後悔しているくらいだ。

 

 今からでは逃げることも出来ない。だからこそ出来るだけあの親子が逃げる時間を稼ぐために会話を続ける。

 

 「あいつらとはまだ短い付き合いだ。今回のことで愛想を尽かして出ていく用意をしていたんだ」

 

 「・・・見逃してもらう口実ーーという訳ではないようだな。お前には、どこか知っている奴と似た目付きをしている」

 

 「そりゃお礼を言ったほうがいいのか?」

 

 「ああ、ムカつく奴だがそこだけは認めている」

 

 だが見逃す理由にはならないなと悪魔は嗤う。期待はあまりしていなかったがやはり無駄だったようだ。

 

 悪魔の目は全く笑っていない。目の奥に憎悪の光が青年には見えた。

 

 「・・・なにがあんたをそこまで掻き立てるんだ?」

 

 体は動かない癖に口だけは達者なことに安堵しつつ、質問を続ける。自分を助けてくれた女の助けを呼べというのも、不可能だろう。出来たとして誰がこんな悪魔を止められるというのか。

 

 せめて自分が殺される理由が知りたくて問うてみる。

 

 「貴様に言う必要があるのか?」

 

 ああ、やはりまともな答えは期待しなかったが、こうまでとりつく島もないと、逆に清々した気分に・・・ならなかった。あったのはこの理不尽に対する怒りに、殺されただろうろくでなしたちの事。

 

 こうなったのもアイツらのせいなのだろうが、死んでしまった今となっては関係ない。そこで青年は彼らに感謝していたことに気づく。確かに人をパシりにして濃き使ってくれたが、路頭に迷っていた所に声をかけてくれたのは彼らだ。

 

 それが邪なものであろうと、これが少しとはいえ同じ釜の飯を食べた仲間意識から来るものなのかと納得し、悪魔に対して睨み付ける。

 

 「ふん、やっぱ気に入らないな」

 

 そんな反応に悪魔はただ鼻で笑うだけだった。

 

 悪魔が腕をこちらに向けて魔法を唱える。天に掲げられた巨大な火の玉は、悪魔の怒りそのものが具現化したのか聞いたことのあるファイヤーボール等とは比べものにならない熱量を放ち、その余波だけで青年は滝のように汗をかき、体の力が奪われていく。

 

 「ヴャーミリオン・ノヴァ」

 

 明らかにオーバーキルな魔法。そのまま放たれたそれは青年を間違いなく屠り去る。

そして彼だけでなくさらに周辺を巻き込み、逃げたであろう先程の家族もろとも王国に甚大な被害を与えるだろう。

 

 それだけ悪魔の怒りが込められた太陽が迫る。死の直前に自分を庇うように降り立つ旅装束の女と、服の上からでわかる鍛えられた筋肉をもつ老執事の背中を見た。

 

 「セバス!」

 

 「お任せを!"岩砕掌"」

 

 「"空間固定"!"対魔法盾(アンチマジックシールド)"!」

 

 女の呼び声に老執事が答えて、地面を殴り付ける。そこを中心に地面が抉れ、地盤が(めく)れあがり、悪魔と自分たちを囲む壁が出来た。瞬時に女が叫ぶと、壁が固定されたように動きが止まる。

 

 そして、残された自分達を護るように、女が両手で小盾を正面に構える。あの魔法の前では焼け石に水としか思えないその行動に逃げろと2人もあの悪魔が放とうとした魔法を見たはずだ。死地だとわかってどうして来たのか叫ぶが、彼女は僅かに首を回してこちらを見た。その横顔に絶望はなくただただ美しい笑みを浮かべていた。

 

 「貴方よね?親子を助けたのは?彼女たちから頼まれたのよ」

 

 聞けばどうやらあの助けた親子が逃げた先で彼女たちと出会い自分を助けてくれと頼んでくれたらしい。無事に逃げた親子の安否に安堵し、感謝もあったが、巻き込んだとことに後悔したと同時に盾を中心に光が溢れる。

 

 そこに悪魔の放った魔法が着弾し、信じれないことに拮抗した。全てを溶かすほどの熱も光の盾に阻まれ、青年の元には届かない。だがそれは長くは続かなかった。拮抗が破れジリジリと彼女の足が後ろへと下がり出す。

 

 「くっ!なんて火力なの・・・」

 

 彼女から苦しい声が洩れた。よく見れば彼女の手が熱を防ぎきれずに焼かれていることに気付く。常人ならそれだけで悲鳴を上げて下げてしまうだろう。それでも彼女がガードを下げることはなかった。

 

 「ぬぐぅ!」

 

 その時彼女と一緒に来た老執事が同じように盾へと手を伸ばして支える。彼も手を焼かれるが苦悶は最初だけで耐えている。それでも魔法の威力が高いのか後退は止まったものの余談を許さなかった。

 

 青年は2人の姿に恐怖で動けなかった自身の体が自然と動くのを感じた。自分の力などなくても一緒だと思ったが、そんなことよりも少しでも力を貸したいと思ったのだ。だが2人のように盾を押さえようとすれば、燃え尽きてしまうだろうと考えた青年は苦肉の策に、2人の背中を支えた。

 

 「っきみ!」

 

 「すみません!こんな壁みたいにするなんて・・・」

 

 「いえ、ありがとう助かるわ!」

 

 「ええ!レイナ様これなら!」

 

 もしかしたら怒られるかと思って謝ったが杞憂で済んだようだ。2人共に自分を救うためにこんな命懸けな羽目になっているのにお礼まで言われた。その時にレイナという名前なのも知り、場違いにも感動してしまう。

 

 レイナは驚いてから笑みを浮かべ、その笑顔に見惚れそうになるのを必死に頭から追い出した少年。セバスが嬉しそうに口の端を上げた。青年が微力だと卑下したそれは確かに魔法を少しだけ押し返した。

 

 直後、魔法は臨界点を越えたのか大爆発を起した。

 

 魔法はセバスが起こした地盤とレイナが固定することで、即席の砲管にすることで余分な爆発は火柱となり上空へと消え、辺りを赤に染めた。それは大陸中に住むすべての生き物に異変を知らせる警鐘となるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 「ぐぅぅぅ・・・!」

 

 ユグドラシルと違い痛みのあるダメージにレイナの声が洩れ膝を着きそうになるのを(こら)える。リアルでもここまでの痛みを受けたのは初めてだ。当然か。リアルでこんな太陽とも言える攻撃を受ければ消し炭になって死んでいただろう。

 

 どこまでも人外なユグドラシルプレイヤーのステータスに戦々恐々しながら感謝した。そうでなければ後ろにいるセバスや親子に託された青年を護れたのだから。

 

 「大丈夫ですか!?レイナ様!」

 

 「ええ、なんとかーーと言いたいところだけどかなりヤバイわね・・・」

 

 「あ、あのだ、大丈夫ですか?うっこれは・・・」

 

 背後にいるセバスが、自分も浅くない傷なのに構わず、瞬時に治癒を促す技を掛けてくれたおかげで見るも無惨な腕の怪我は動かせるくらいに回復したが、全快とはいかなかった。肉の焼ける臭いとその火傷の具合をみて青年が顔をしかめる。

 

 それも仕方がないだろう。カンストプレイヤーで戦士でもある私のHPは高い。その分回復は専門職でなければ全快は難しい。

 

 「す、すぐに治療を!」

 

 「いけますか?レイナ様」

 

 「ええ、たぶん大丈夫のはず。ヒール!」

 

 慌てる青年をセバスに任せて私は回復呪文を使い腕を完治させる。瞬く間に癒えた腕に驚く青年に軽く口止めしてから、セバスにも同様に回復呪文をかければ、彼の腕もしっかり治った。

 

 正直彼・・・(ウルベルト)が何故か追撃もなく俯いて動かないことに安堵する。もしもあの魔法を受け止めている時や直後に同じ魔法を使われていたら私たち2人はいけても、この青年は塵1つ残らなかったかもしれない。

 

 その時、瓦礫の上に何かの残骸を発見した。よく見ればそれは金属片でどこかで見たことのあるものだった。偶然にもレイナたちの後ろにあって、魔法の破壊を免れたそれをセバスが拾い上げて驚愕に目を見開く。

 

 すでに破損が目立って原型がはっきりしないそれだが、彼にとって見間違うはずがない装備の一部だったからだ。ナザリックで上司部下として関わりが多く、今回の王国の調査を共にしてきた・・・。

 

 ソリュシャン・イプシロンが着る戦闘メイド服の一部。

 

 「これは・・・まさか・・・」

 

 破片を握りしめ、信じたくない事実に厳格な表情を歪めるセバス。それを知るだろう相手に彼は言葉を選ぼうとして決められずにいるようだ。

 

 「・・・・・」

 

 「・・・殺したの?」

 

 「・・・・・」

 

 彼が聞きたいだろうことを代わりに聞いてみるが、彼は一瞬だけ反応したが、顔は俯いたまま答えなかった。

 

 「・・・セバス。彼を安全な場所へお願いしていいかしら?」

 

 「レイナ様。それは・・・わかりました」

 

 彼の不穏な空気に私は助けた青年をセバスに託して、退避する事をお願いする。最悪戦うことになれば今の彼ではまともに戦うことはできそうにない。さらに、彼が火力特化とは聞いていたが、2人で彼の魔法を受け止めるしか出来なかった。リアルになった影響かそれとも・・・。

 

 それならばと青年を安全圏に逃がしてほしかったので頼んだ。彼も今の自分では足手まといになると、わかっているのだろう。静かに頷き了承してくれた。

 

 「・・・ではいきますよ」

 

 「待ってくれ!彼女を置いていくのか?」

 

 「残念だけど貴方を護りながら戦うことになるとかなりきついの。あk・・・悪魔の反応がない今の内に退避してほしいのよ」

 

 「そういうことです。もしもまだごねるようでしたら強行手段をとらせて貰いますよ」

 

 「っ!」

 

 悪魔の本名を言いかけて訂正しながら、私だけを残すことに意を唱える青年を説得する。すでに彼の魔法を受け止めるのでギリギリだったので心配するのもわかる。セバスが悪役を演じてまで強行手段をとろうとまでしてくれたが・・・。

 

 「・・・すみません」

 

 置いていくことへの罪悪感か自分の無力さか。謝罪を口にして引き下がってくれた。わかってくれたようだが、その顔は苦虫を何匹も噛み潰したようだった。

 

 「レイナ様。わたくしも彼を送り届けたら、戻ってきます」

 

 「ありがとう。セバス。彼をお願いね」

 

 セバスに抱えられて青年は隆起した大地の壁を飛び越えて姿を消した。周りを見渡せば魔法を上空へと逃がすようにしたここはコロシアムになっていた。空間固定がなければ、ここは火山の噴火口にようになっていただろう。

 

 人の目がなくなったことで私は今も棒立ちのまま俯く悪魔に戦う意識がないことをアピールするために両手を広げて受け入れるように近付いていく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 「一体どうしたのよ。明。貴方らしくないわ」

 

 「・・・・・」

 

 反応はなくても彼が聞こえているだろう。

 

 「何があったの?」

 

 「・・・・・」

 

 ここまで反応がないのも、久しぶりな気がする。リアルで出会った最初の方は彼も警戒してて、打ち解けるのに時間がかかった。ある時、支配者層を憎む彼に私の素性を明かした時に決定的に悪くなるかと思ったが逆によく話しかけてくるようになったけど。

 

 「ここには悟もいる。貴方がいるということは隼人もいるのかしら?」

 

 悟と隼人の名前に彼が反応した気がした。なおも近づく。

 

 「今からなら誤魔化せるかもしれないわ。ナザリックに戻って悟も交えーー」

 

 「すまない!零を傷付けるつもりはなかったんだ!俺はっ!ただお前を傷つけようとする奴等の・・・」

 

 あと少しで彼の肩を掴めるとこまできて彼がバッと顔を上げると取り乱しながら頭を下げてきた。彼の言葉は呂律が回らず、聞き取りにくかったが、大体の事情はわかった。

 

 どうしてその現場にいたのかはともかく、彼は私とセバスに対して無関係な一般人、それも子供を人質にして復讐をしようとしていたらしい。彼が話す風貌から、その者たちに心当たりがあった私は先程の青年がそいつらの仲間だったとは信じれなかった。

 

 彼は続ける。

 

 「俺は婚約者として君を守ろうと」

 

 「こ、婚約?」

 

 聞き捨てられない言葉につい反応してしまう。・・・これまでの事から、やはりそういうことなのだろう。

 

 「ああ、そうだ!あのパーティーの晩君に渡した。ああ、くそっ!やっぱりないじゃないか!」

 

 「あっ!」

 

 強引に私の左手首を握ると痛みに声を上げる私に気遣う様子もなく、見えるようにしてくるが当然そこには婚約指輪はなく、彼は落胆するがすぐに先程の表情よりも笑顔で、かえって不気味に思ってしまう。

 

 「そうだ。ここでも指輪をプレゼントしよう!幸いナザリックの俺の部屋には材料が一杯残っている。リアルではあまり良いのはやれなかったんだ。ここでは特大の宝石を」

 

 嬉しいという想いはある。だが、それも未だに強く握られた左手首が悲鳴をあげているせいかすぐに冷めてしまった。思い出すのは彼が言うパーティーの晩。記憶の流れ込みで見たあの2人っきりになった時の事だろう。

 

 あの告白の後に彼が見えるように渡してきた小さな箱をまさかと見つめる私。果たしてそこにいる私はこの私と同じ気持ちだっただろうか?

 

 嬉しさよりも困惑の方が強いこの気持ちが。

 

 

 

 

 ・・・・・。

 

 

 

 

 ダメだ。受け取ってはいけない。

 

 こんな気持ちで彼の好意を受けとるのは、あの私に失礼だ。

 

 「そうだ。ここでも結婚しよう!そうすればモモ・・・いや悪い虫も近寄らなくなる。そうだよ。それがいい!!」

 

 こちらの答えも待たずに、決めようとした彼に

 

 「ごめんなさい。それは受け取れないわ・・・」

 

 「ーーーえっ?」

 

 私は確信ともとれる推測を話そうとして、

 

 「私はーーっ!」

 

 彼に左手首を持った逆の手で首を掴まれ持ち上げられ、言葉を発することができなかった。

 

 「どうしてだ!?何故断るんだ!あの時の君は受け入れてくれたじゃないか!?どうしてなんだ!!?」

 

 「あっううぅぅ!?」

 

 目の前には白毛の山羊顔の悪魔の顔が。狂気に満ちたそこには普段の彼らしさが全く存在しなかった。それよりも彼の発言にやはりと確信する。必死に絞り出そうとした言葉は気道を塞がれているために空気が洩れた音のようなものしか出なかった。

 

 「なぜだなぜだなぜだなぜだ俺が悪いのか俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺が傷付けたからか!?」

 

 次第に支離滅裂にしか叫ばなくなった彼だが、首にかけられた手の力はどんどん強くなっていく。体が酸素を求めて足掻くが、拘束が解ける気配がない。

 

 悪魔といえ、魔術師と戦士である自分がーーだ。その事実に気づいた時、死という言葉が浮かんできた。

 

 さらに体をガクガクと揺らされ、最後の肺の空気も空欠になった。体から力が抜けていく。振りほどこうとしていた掴まれていない手もだらりと宙に放り出される。振り回されるだけになった私に彼は気付かない。

 

 (・・・だめっこのままでは・・・)

 

 薄れる意識の中、私は集中する。

 

 私の背後に1つの羽が舞い上がる。ある保険のために1人分しかないけど、彼を止めるために願う。

 

 (しょ、召喚)

 

 たっち・みー

 

 「そこまでだ。ウルベルト!」

 

 「なにっ!?」

 

 「ぐっ!?」

 

 現れた白騎士が私たちの間に割り込み2人を引き離す。その拍子に私は投げ飛ばされるように地面に倒れそうになるが、寸前でたっちにより受け止められる。酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。

 

 「な・・・んで」

 

 弱々しい声の先にいたのは明。なんとか目を開けて見た明は信じられないと白騎士を見てその腕の中にいる私を見た。

 

 再び(うつむ)くウルベルト。これで頭が冷えればと思ったが、それは当然裏切られる。ウルベルトが体を震わしながら上げた顔を見て悟る。

 

 この時レイナはミスをした。ナザリックで彼ら2人の話を聞き、周知の仲であることは知っていたが、今この場で呼ぶべきではなかった。アインズ・ウール・ゴウンの女性メンバーなら止めれたかもしれない。だがここに男を呼んだのは情緒不安定の彼にはしてはいけない手だった。

 

 「どうしたんだウルベルト。彼女に手をあげるとは君らしくないぞ。まずは落ち着くんだ」

 

 さらに呼んだのがたっち・みーである。彼はレイナを守りながら正論をぶつけてくる。

 

 ・・・なぜ、お前が零の隣にいるんだ。あまつさえ体を密着させて・・・零も何故拒まないんだ。

 

 レイナも焦っていたのだろう。なんとなく推測は出来たが、彼女も修羅場など体験したことのない1人の女性であり、命の危機でもあった。

 

 同性の相手からの相談をよく受けていて、男女の機敏を知っていてもそれは他人だからこそ客観的に判断できていた。

 

 リアルでの本人は財閥が抱える事業や彼女自身の容姿を狙った求愛を受けていた彼女はうまいこと(さば)いていたために、なまじそんな体験ばかりのために、純粋な自分への好意には疎くなってしまっていた。

 

 彼、たっち・みーを呼んだのは共通の知り合いということも含めて彼女は彼を頼ってしまった。

 

 割って入ったたっち・みーの行動も拍車を掛ける要因になってしまった。彼にそんな意図はなくても2人を引き離し、あまつさえ執着していた女を己の腕に庇うように抱えてしまった。

 

 息をするように自然と女性を落としてしまう彼の行動が裏目に出た瞬間だった。勿論レイナがそれで惚れるとかはないが、今のウルベルトにどう映るのか。

 

 ・・・零の隣(そこ)はお前やモモンガでもない!!

 

 いくら今は飲み仲間とはいえ、昔は磁石のように反発しあっていた2人だ。その宿敵が現れ好きな女を奪われた形。そうなったときある関係になった男はどんな気持ちになるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 俺の場所を奪うなぁぁぁぁ(零の隣は俺のものだ)!!

 

 

 

 

 

 

 

 憤怒

 

 そうとしか見えない怒りの表情に2人の動きが止まる。

 

 「お前はいつからそんな尻軽女になったんだ?たっちだけでなくモモンガまでお前の虜か。・・・アイツもすぐ側に来ている」

 

 「・・・明。話を・・・聞いて」

 

 「言い訳など聞きたくはない!」

 

 「ウルベルト!彼女の言葉に耳を貸すんだ!」

 

 「お前は黙っていろ!」

 

 彼からの乏しには動揺することなくレイナは己の浅はかさを悔やむながら対話を試みる。ウルベルトの反応から推測でしかないが、最早確信ともとれるそれを説明しようにも彼は大声で拒む。たっちも彼に耳を貸すように説得するが一喝で返された。

 

 焼け石に水かもしれないが、彼の言葉の中に悟が来ていることに期待が籠るが、次の言葉に望みは薄いこと知った。

 

 「足止めに悪魔を放っている。英雄だの目指したのが仇になったな。もしも、市民を襲う悪魔を見て見ぬふりすれば・・・」

 

 それで彼が今どんな状況なのかよくわかった。

 

 「時間はたっぷりあるぞ」

 

 冷たい声でそう呟くと彼は 両手を上げる、姿が多重にぶれる。

 

 幻覚ではない。

 

 彼を中心に数十人の彼が現れる。

 

 「そんな・・・」

 

 「・・・嘘だろう?」

 

 幾多の戦いを制してきたワールドチャンピオンの2人すらその光景に愕然とする。

 

 確かにユグドラシルの魔法には術者の分身を生む魔法も存在する。だがそれらは増えれば増えるほどペナルティーが大きくなり、力が弱まる仕様のはずだ。ここまでの数になるとそこらの雑魚にも等しくなる。

 

 だが現れた全てのウルベルトに同等の力を感じたのだ。

 

 「「「「「「「「「「ショータイムだ」」」」」」」」」」

 

 同時に王国を炎の壁が包み込み。召喚された悪魔が空と地上を埋め尽くす。

 

 大悪魔たちは楽しげに嗤い。

 

 ある世界線では一部であったが、規模をリ・エスティーゼ王国全体に広げたゲヘナの炎いや、ゲヘナの大炎獄が始まった。



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52.戦乙女とゲヘナ1

 クレマンティーヌの親友ちゃんを作成してみました。

 特に画像とかなかったと思うので、今更かもですが載せておきます。キャラ紹介用1枚と作中にも一枚。

 
【挿絵表示】


 あとやっと似合いそうな服が出たので、あるキャラも作成しました。作中に出しときます。

 


 

 

 天を突く火柱が登り、王国がゲヘナの炎に包まれる直前に起きた。悪魔が襲撃するという異変。

 

 それは王国に散ったレイナ一行たちの元にも当然(およ)んでいた。

 

 最初に気付いたのは遊撃として、王国中をその軽い身のこなしを活かして八本指の手先を始末していたクレマンティーヌと幽霊になったその親友が第2の目となりサポートしていた。

 

 あらかた倒したと血に濡れたスティレットを振って血を飛ばしたクレマンティーヌはある方向を向いたまま震える親友を見た。

 

 もしかしたら、今回は多くの目があれば助かるとクレマンティーヌについてきて、間接的にも手伝わせたから罪悪感かと、やはり、あの優しい友人にはそれでも厳しかったかと反省していると、親友がこちらへ飛んできてその形相に驚いてしまう。

 

 思わず尻餅をつくと同時に、さっきまで自分がいた場所にいた親友の胴体に鋭利な物が突き刺さった。一瞬頭が真っ白になりかけるが、親友は何もなかったように素通りして、クレマンティーヌの横につく。そう言えば親友は幽体なのでレイナやマジックアイテムの眼鏡を装備した自分以外には見えない上に触れないのを思い出してホッとしたがすぐに気を引き締め、その襲撃者である長さから槍かと思ったそれを辿るといたのはーー

 

 「っ!?こいつはっ!?・・・」

 

 ーー八本指の手先と当たりをつけていたのだが。

 

 そうではない正体に驚く。

 

 悪魔。

 

 地面に突き刺さったのはその悪魔が伸ばした凶悪な爪だった。正体がわかるやいなや、クレマンティーヌは素早く悪魔との距離を詰め、その脳天にスティレットを刺す。だが悪魔はしぶといと聞いていたのでもう1つのスティレットを心臓があるだろう場所にも。だが悪魔は本当にしぶとかった。

 

 人間なら間違いなく死ぬ攻撃を受けたにも関わらず、遅れて離れようとした彼女の腕を捕まえて拘束する。そこへ現れたもう1体の悪魔が背後から襲う!

 

 「ちっ!」

 

 『ダメ!!!』

 

 抜かったとクレマンティーヌが覚悟した時。親友の声と一緒に背後にいた悪魔の動きが縫い止められたように固まる。悪魔が戸惑う表情という珍しいものを見ながら、何が起きたと周りを刹那に見渡し、両手をその悪魔に突きだした親友の姿が見えた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 彼女の悪魔に向けられた腕から何かしらの力が働き少し光っているように見える。その光は固まる悪魔の周囲を囲んで捕まえているようだが、その厳しい表情から無理をしているのがわかる。

 

 「いい加減に離せ!」

 

 悪魔と自分の間に足を挟み蹴るようにして拘束を抜け出す。どうやら最後の足掻きだったらしくその悪魔は倒れると動かなくなった。すぐさま動けない悪魔に接近し、急所を何度も攻撃して倒す。今度は油断せずに距離を十分にとり、動かないことを確認してから疲れたように息を吐く親友の元に合流すると御礼よりも叱咤をとばしてしまった。

 

 「もう無茶しすぎ!」

 

 『ごめんね。クレア』

 

 確かに助かったが、親友が辛そうにしている事をもの申せば、素直に頭を下げてきたのを見れば怒りはすぐになくなり、ただ心配だけが残る。・・・クレマンティーヌはそんな親友の姿に遠い昔に周囲をなんとか見返そうとして頑張っていた時の事を思い出していた。

 

 「・・・ううん。私も不注意だった。助かったよ。でもそんなことできたんだ」

 

 『私もクレアの役に立ちたかったの・・・。レイナさんに相談して特訓したら出来るようになった』

 

 またあの女かというか幽霊を鍛えるとか、もはや何でもありだなとクレマンティーヌは、呆れも通り越して関心していた。そして今の自分の装備を見る。以前のように冒険者プレートで埋められていたそこには(レイナによれば確かにステータスは上がるのだが、殺された冒険者の怨念か、ステータスは上がるものの運が悪ければ致命傷を受けやすくなっていたらしい。よく今まで無事だったわと肩をすくめて呆れられた。もしかしたら、この幽霊になった親友が関わっているのかもしれない)代わりに合金で作られた胸当てがつけられ、その下地にはレイナの鎖帷子(くさりかたびら)が着込まれている。

 

 クレマンティーヌが前に装備していた物とは見た目はそう変わりないが、彼女の性格からか荒かった部分が綺麗に施され、急所を守るために、装甲が追加されているものの。重量は以前よりも軽量化されている上に動きやすさが向上しているのだから文句の1つもつけれない・・・。

 

 そう言えばと親友の姿も見れば、亡くなった当時の神官服(ボロボロで致命傷になった傷であいた穴が痛々しい)を着ていのだが、それが補修された上に今は彼女の紫色の髪と瞳に合う同色となっている。まさか幽霊の装備にまで手を加えれるのかと、只でさえその実力や技術に疑問がある中で、レイナにまた問い詰めたい事が増えてしまった。

 

 「ほんと・・・何者なのかねぇ~」

 

 『レイナさんいい人だよ。この服も要望通りだし、それだけじゃなくて、どうしたらいいか相談にのってくれて、助言もくれたよ』

 

 思わず呟いたその言葉に親友からの返事に、ほんと何者なのかと疑念は深まるばかりだ。時たま親友がフワフワとレイナに話しかけてから、側からいなくなる理由も今知った。でもあの苦しそうな表情をみると胸が苦しくなるからやめてほしいと思う。そう口に出そうとした時には心境を読んだように親友は悲し気に話す。

 

 『もうクレア1人だけを苦しませるの嫌だから』

 

 「・・・・・(それはちょっと卑怯じゃないかな)」

 

 そんなことを言われては止めるのもできない。赤くなった顔を見られないようそっぽを向きながら、クレマンティーヌは再び襲撃してきた悪魔たちと向き直る。

 

 「それじゃ背中は任せたよ!親友!」

 

 『任せてクレア!』

 

 その後、やっと悪魔を倒しきったというところで王国のどこかで巨大な火柱が発生し、炎の壁に包まれた上に、大量の悪魔のおかわりを相手にしながら2人は炎に包まれた王国を駆け回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憧れの人に少しでも近づきたくて、村を飛び出してみれば大冒険の連続だった。それまではカルネ村に移り住む時の位が精々だった。

 

 シルバーの冒険者をゴブリンとオーガの群れから救い。

 

 エ・ランテルでは人の善意と悪意を知った。

 

 その都市に溢れたアンデッド退治。

 

 元盗賊団の生き残りの剣士や素性がしれない女軽戦士といった仲間が増えて、賑やかになっていく。

 

 王国では(えん)などないと思っていた王との謁見で、その王自身から礼まで言われた。

 

 そして今回の王国の浄化するための八本指に対する徹底検挙。

 

 これでまだ数ヶ月の内なのだから。あののんびりしたカルネ村の日々がどこか遠くの出来事のようだ。

 

 そして何よりもすぐ近くに憧れの女(レイナ)がいるだけで、シオンは満足していた。ほぼ1日いるために彼女のいくつもの顔声を聞けて、楽しく過ごせている。これを知れば故郷の男友達が再び血の涙を流しながら突撃して来そうで、少し憂鬱になった。

 

 旅の途中から伸びてきた髪を邪魔にならないように、後ろでくくったシオンは、作戦直前に追加された場所を目指しながら、前を歩くガガーランに声をかける。

 

 「新たに確認された八本指の拠点ですか?」

 

 「ああ、今はそこへ向かっている」

 

 「・・・他の拠点は大丈夫なんですか?」

 

 蒼の薔薇も合流して動き出した八本指討伐作戦は、新たに付け加えられた拠点に誰を回すかの会議が先程終わったところだ。

 

 チーム分けされた彼らは皆早足で持ち場に向かっていく。エンリたちも疑問は走りながら語り掛ける。

 

 「なに、あんたらのリーダーが集った冒険者や最近増員した戦士団も動いてくれている。人員は当初よりも多いからな。充分制圧するのは可能のはずだ。まぁこっちはその分少なくなってしまったがな」

 

 お前らがいなければ俺1人になってたかもしんねぇなっ!と豪快に笑うガガーランに、いくら何でもそれは・・・と言いたげなエンリとシオンら3人が向かっているのは郊外の屋敷だ。そこには裏で流通しているライラの粉末を流す大元がいるらしい。

 

 「う~ん・・・・もっ・・・ない・・・でも・・・ア・・・ズさ・・・きょ・・・めだ・・・と・・・言って・・・でも・・・まそ~」

 

 向かった先で3人は1人の人影に気づく。人影は小声で何か言っているが、あまり良くは聞こえなかった。それは少女のようで見たこともない着物をきていた。

 

 「おい、そこで何をしているんだ?」

 

 「ん~?」

 

 ガガーランの声に振り向く少女。そのしぐさは少女らしいものであったが、月明かりしかないここで眼が馴れ、彼女の周りの光景が見えてくると3人は驚愕する。

 

 「うぅぅ・・・」

 

 「・・・・・」

 

 「これは・・・この数をこの少女が?」

 

 彼女の近くには数人の男が倒れてうめき声を上げている者や完全に気を失っている者もいたからだ。思わず息を飲むシオン。

 

 状況からしてこの少女が倒したのだろう。幸い外傷はそんなにはなく、気を失っているだけのようだがこれだけの人数を相手にして少女は無傷なことに警戒度が高まる中、ガガーランが代表するように前に出て、エンリも続く。

 

 「ただの少女という訳じゃないな?それにこの実力・・・周りにいるのは八本指として、お前は別の組織に雇われたのか?」

 

 「んん~?なんのことかなぁ?」

 

 「ふん、まともに答える気はないか・・・じゃあ「待ってください」あん?」

 

 こちらの質問に惚けた返事にさらに警戒が高まり、今にも飛びかかろうとしたガガーランに待ったをかけたのはエンリだった。

 

 エンリは伸ばしていた大剣の柄から手を離して、謎の少女に近づいていくという無防備さに、ガガーランが思わず怒鳴ってしまうのも無理はない。

 

 「おい!?エンリあぶねぇぞ!?」

 

 「すみません。ここは任せてくれませんか?」

 

 「任せろって・・・」

 

 「・・・・・ガガーランさんここはエンリを信じましょう。ビックリしてそれどころじゃなかったですけど彼女からの敵意はありません。大丈夫ですよ・・・たぶん・・・きっと」

 

 「どっちなんだよ・・・」

 

 止めようとするガガーランにシオンが引き留める。最近はよくわかるようになった敵意感知によって彼女からこちらに対する敵意がないことはわかるが、確信を持てないのは倒れた彼らの惨状による恐怖から半信半疑だったためにガガーランも呆れていた。

 

 エンリはこちらにも敵意がないことを示すために武器を持たずに話しかける。

 

 「ガガーランさんも聞いたけど貴女は八本指の関係者だったり、私達と戦うつもりだったりする?」

 

 「ん~ん、全くの無関係だし、そっちがそうしない限りはぁそんなことしないよぉ」

 

 「だそうです。ガガーランさん」

 

 「おいおい、信じるのかよ?嘘かもしんないぞ?」

 

 「何て言うんでしょうか・・・彼女からはそんな嘘をつかないようなそんな気がするんです。それに随分と綺麗な衣装も着ていますし、話せばわかり会えるかなって」

 

 「あらぁまぁ、貴女この衣装を誉めるなんて見る目があるのねぇ気に入ったわぁ」

 

 「ふぅ・・・危なっかしいけど、それこそエンリらしいか・・・」

 

 これが人の腕をパクパク食べていれば、それも難しかったかもしれないが、アインズが極力人がいるところでのスプラッタを控えるように言っていたのを守った彼女のファインプレーだろう。

 

 さらに衣装が誉められらことに上機嫌になる少女は特に危険には見えないが、迂闊(うかつ)な行動が即、死に繋がるこの世界でのエンリの行動やシオンの曖昧な答えにガガーランは「この2人本当に大丈夫なのか?」と呆れを通り越して心配してしまい、だが、見捨てれるかと言われればそんなこともないほどの付き合いでもある。

 

 フッと笑うと緊張もどこかに飛んで行ってしまった

 

 「ふはっ、わかったよ。少し警戒しすぎたようだ。確かに俺の目から見ても良い衣装を着ているんだ。裏に話がわかるやつがいる可能性はあるよな」

 

 「ガガーランさんにシオンも。心配させてすみませんでした」

 

 頭を下げるエンリ。気にするなと言いたいが、やはり心配するこちらの身にもなってほしく思うので、やんわりと苦言を吐くことにする。

 

 「そうだぜ。結果的に敵意がなくてよかったが、心臓に悪いからな。とりあえずどうしてここにいるのかは聴いても良いんじゃないか?」

 

 「そうね。私たちはここに八本指の幹部がいるって聴いて捕まえに来たんだけど貴女は?」

 

 「私もぉだよぉ。今は私の・・・」

 

 「待てエンリ!?急に敵意がたくさ・・・!?」

 

 少女に再び目線を合わすように屈もうとするエンリと答えようとする少女の姿に安心しかけた所で、突如前触れなく感じた気配に叫びを上げた。

 

 「なにっ!?どこからだ!」

 

 「なに・・・これ、この肌を刺すような感じは・・・」

 

 「・・・こんなの聞いてないよぉ私も狙われてるのぉ?

 

 ガガーランは周囲を見渡し、エンリは身震いを抑えるように自分の肩を抱く。少女の声は小さくて聞こえなかったが、戸惑っている雰囲気は(うかが)えた。そして、俺は敵意がくる場所を()()()叫んだ。

 

 「皆!上だ!」

 

 全員が一斉に臨戦態勢に入った。気配をたどり首を巡らせて見上げた空には幾多の魔方陣が浮いていた。そこから次々と影が生まれてくる。

 

 影の姿は魔方陣から出てくるとよりその姿をハッキリと捉えた。意思があるとは思えない凶悪な人相、頭には禍々しく曲がった角、背中にはコウモリのような翼膜のある翼。

 

 「悪魔だと!?何故王国に!?」

 

 ガガーランの叫びが夜の空に響くと同時に王国から炎が燃え上がった。

 

 大きなガラスが割れる音が屋敷から響くと同時に悲鳴が上がった。大きな扉を蹴破るように開けた男に続いて女も飛び出してくる。

 

 「なんだい!?どうしてこんな所に悪魔が!?」

 

 「姉御!とにかく逃げましょう!」

 

 金髪を長く伸ばし、寝巻きの上にガウンといった着の身着の儘(きのみ きのまま )逃げてきたその女がガガーランと同じことを言う叫びに何が起きているのかを、だいたい把握する。空に現れた悪魔が屋敷の中にも現れて、それに気付き逃げ出して来たのだろう。後ろには遅れて護衛だろう大柄な男も走ってくる。

 

 それに遅れて金髪の女の子も慌てた様子で屋敷から出てきた。よくその女の子を見れば、暗くて分かりにくかったが黒い肌に金髪の赤と青のオッドアイ。全体的にどこかで見た風貌(ふうぼう)をしている。

 

 (あ、レイナさんの相棒であるあの人に似ているのか)

 

 思い出したのは自分に弓の稽古をつけてくれたダークエルフのレイナの相棒であるもう1人の師匠の事。

 

 彼らも自分達とこの惨状に気付き、足を止める。

 

 「なっ!?この惨状は・・・って蒼の薔薇のガガーラン!?これはお前たちの仕業!?」

 

 「姉御下がって!」

 

 「そういう訳じゃないが、まぁいいだろう。お前は麻薬部門の幹部ヒルマだな?突入して探す手間が省けたが、こりゃそれどころじゃないな・・・」

 

 ヒルマと呼ばれた女がガガーランの姿を確認すると顔を歪める。その間に大男が割り込み彼女を庇う位置にいる。

 

 「ところでその男は護衛だろうが、さらに後ろにいる子供もお前の知り合いか?もしくは八本指の商品にしようとしているのが逃げ出したか?」

 

 「えっ!?・・・誰よこの子は?あんた知ってるかい?」

 

 「・・・・・いえ、こんなダークエルフの女の子なんて預かっていませんぜ。しかし、どこから・・・」

 

 振り向いた先にいたダークエルフの少女にヒルマは分かりやすく首を傾げる。演技かもしれないが、それにしては本当に知らなさそうである。

 

 「・・・その人は私のぉ上司ですよぉ~」

 

 答えは意外なとこから出てきた。男たちを昏睡させていた着物姿の少女である。しかし、少女の外見から、ダークエルフの少女の方が幼く見えるため、上に立つ者とは見えずにみな首を傾げる。

 

 一斉に向けられる視線に彼女はオロオロしながらも、ちゃんと説明してくるあたり、少女が言っていた事は正しいのかもしれない。

 

 「あ、ある人の命でここが八本指の拠点の1つと聞いて彼女とそこの人を捕らえに来たんです。と、途中で悪魔がきて台無しになりましたが・・・」

 

 「なるほどということは敵の敵は味方というなら楽なんだが「そ、そう思っていただいても良いですよ」・・・わかった。という訳だ。エンリ助かったぜ。お前のお陰で無闇に争わずにすんだ」

 

 「い、いえ。そんなお礼なんて・・・」

 

 「エンリ。そこは素直に受けておけよ。俺もお前の直感は素直に感心してるんだぜ」

 

 「そ、そう?じゃ、じゃあどういたしまして」

 

 少女の(つたな)い返事と指差した相手がヒルマだったり、自信がなさそうに縮こまる姿に毒気が抜かれたのか、ガガーランは頷き、意識を悪魔の方へと向ける。これで余計に揉める事はなさそうだ。だがそうなると黙っていられないだろう1組がいる。前後を挟まれて気が気じゃなく慌てだすと思ってそちらを見るが・・・。

 

 「ここまでかねぇ・・・」

 

 「・・・姉御俺が片一方を引き受けます。その間に・・・」

 

 「やめな・・・無駄に怪我して最悪死ぬよ。ここは大人しくして・・・」

 

 ヒルマは自分を犠牲に逃げろという護衛の言葉に首を振った。そしてチラッと倒れている男たちを一瞥して、生きていることに安堵しているように見えた。

 

 そこに死角である上空から槍のように爪を伸ばし、強襲する悪魔を捉えた。

 

 「姉御!?」

 

 男が気づいてヒルマを庇おうと動くが間に合わない。警戒のため少し距離が空いていたためにガガーランたち前衛組も同様、たとえこの場に魔法詠唱者(マジックキャスター)がいても詠唱をしている間に彼女は悪魔の凶爪に貫かれて、このまま死んでしまうーーー

 

 

 

 

 

 

 ーーー大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 すでに矢は放たれている。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 気付いた時には回避も間に合わない状況に気付いたヒルマは己の過去を走馬灯で見ていた。生まれた村では村一番の美人と言われ、時々訪れる貴族訪問時は、以前に村の娘を拉致ともとれる行いで連れ去られた上に、その後ゴミのように捨てられたその娘を保護した経験のあるその村は、彼女を表に出さないようにしていたために難を逃れた。

 

 耳にタコが出来るくらいに聞かせられ、貴族の恐怖は知っているも、彼女は都会への憧れを抑えることはできなかった。心配する両親を余所に、彼女は村で貯めた僅かな蓄えとともに、村に来た行商人に頼みリ・エスティーゼ王国に来た。

 

 夢見た王都に来れたことにヒルマは感激していた。幸いヒルマの持ち前の美貌のおかげで、繋ぎである仕事はすぐに見つかった。酒場の給仕(ウェイトレス)として、荒くれものの男たちを相手に、最初はセクハラ行為に泣きそうにもなったが、次第に慣れてくれば、彼ら相手にも下がるどころか上手く手懐けることさえ出来るようになった。

 

 それを教えてくれた先輩給仕(ウェイトレス)には感謝している。酒場一角で行われる踊り子の舞台を見ていると、昔、自分と縁のある踊り子だと言い、自分の事のように自慢してくるのがウザく感じて、確かに笑顔を振り撒く踊りは素晴らしいしが、素直に言うのは悔しくて・・・。

 

 自分の方が美人だと言えば、生意気だと頭を撫で回され豪快に笑い飛ばされた何てこともあったが。

 

 「ふふ、随分男の扱いが上手くなったねぇ。ヒルマも、流石私が見込んだ女だよ」

 

 「ふん、これくらい普通よっ。いつまでもーーの世話のはならないわ!」

 

 「やっぱり生意気だね!その気概が続けば、いつか話してくれた夢も叶えられるよ。頑張りな!」

 

 「うっ、何故あの時の私はこの人に洩らしちゃうかな・・・」

 

 「ハッハッハ!、誠に怖いのは泣いて弱ってるときのお酒だねぇっ!」

 

 「ちょっ!?大きな声で言うんじゃないっ!」

 

 入ったその日から厳しくてでもしっかり知識や技術を授けてくれた。失敗すれば叱り、成功すれば子供扱いで、折角整えた髪をグシャグシャに撫でられたり、そう言えば今のしゃべり方もあの人を真似てだっけ。

 

 彼女には感謝してもしたりない。でも・・・それなのにーーもう名前も思い出せない。それに私の夢ってなんだっただろうか?

 

 そうして順調だったその日常も、気紛れに訪れた貴族によって破られることになる。

 

 その日はいつも以上に賑わいを見せていた酒場で、突然乱入してきた貴族に誰も気づかずに騒がしい中で、壇上にいる踊り子ではなく、男たちの間を忙しく走り回るヒルマに目をつけた、つけられてしまった。

 

 貴族は注文を取りに来たヒルマの腕を掴むと、そのまま連れていこうとした。

 

 まさかここで注目を浴びているはずの踊り子よりも、自分が選ばれるという、過去に言った踊る彼女よりも美人という事を最悪な形で証明することになろうとは、当時の私は思わなかっただろう。

 

 当然、酒場の看板娘だったヒルマを連れて行こうとする貴族に、男たちと店長、あの先輩給仕(ウェイトレス)も止めようとしてくれたが、煩わしく思った貴族が放った剣によって彼女は背中を大きく切りつけられた。その凶行に誰も手を出すことができなくなった。

 

 その後、恩人を傷つけられ呆然とするヒルマは抵抗も出来ずに、連れ去られた。

 

 その後は村で聞いた通りの扱いの後、娼館に売られることになる。最悪生きて出られないとも聞いていたので、まだ

ヒルマは()()()()()。精神を()んだ彼女の反応が薄いとすぐに飽きられたからだ。消えない傷は出来てしまったが・・・。

 

 それからの娼館での生活は意外と良いものだった。傷は上手いこと隠すことが出来たし、全盛期は高級娼婦として、人気者であった。その娼館も環境もよく、従業員たちも同じように貴族に痛い目を遭わされた同士として、仲も良かった。訪れた客はあの貴族に比べて優しいし、親身に相談にものってもらう内に、結構なコネまで手に入った。

 

 そうして、新たに自由を得たヒルマだが、あの働いていた酒場には顔を見せることが出来ないでいた。行こうとしても脳裏に血塗れの先輩給仕(ウェイトレス)を思い出して、一歩も動けなくなる。

 

 あの後どうなったのかは知らない。もしかしたら、あの時切られたことで死んでいるかもしれない。そうでなくても恨み言の1つも言われるかもしれない。その方がいいと思うも踏み出せない・・・。

 

 「今更どんなツラ下げて会いにいけば良いのさ・・・」

 

 「あなたがヒルマさんですね?」

 

 「?誰だい・・・お前は・・・」

 

 「申し遅れました。私は・・・」

 

 失意にくれるヒルマの元に来たのは、ローブを被り、顔を隠す怪しい男。噂だけは知っていた八本指からの誘いだった。断ろうと思った。だが最後に男が言った言葉にヒルマは迷いなく頷いた。

 

 「貴女を不幸にした()()()()()に復讐したくはないですか?」

 

 八本指が新たに手掛ける"ライラの粉末"その部門を、彼女が今まで蓄えたコネ使って、浸透していき、遂にはあの貴族を重度の依存症にして絞るだけ絞るとヒルマは知らないが、ライラの粉末には遺伝子に異常をきたす性質があり、子宝に恵まれず。その貴族の血脈を途絶えさせ、破滅させることができた。

 

 その時の喜びは格別で、それ以上に虚しさもあった。

 

 最初はヒルマに懐疑的だった八本指の幹部たちもその功績によって信頼を得られた。続けている内に信頼できる部下も出来て、夢も忘れ、そこがヒルマの居場所になっていたが、今日も古傷が痛み目が覚める。

 

 悪魔の襲撃を受けたのもそんな夜だった。

 

 これは黒の粉が良い値になるからと他の幹部からの要請に従い広め貴族だけでなく生活に苦しむ一般人など関係ない者まで巻き込んだ罪なのだろうか。

 

 最後に浮かんだのは故郷の村に来た吟遊詩人が話す物語。

 

 自分を助けようと貴族に歯向かった生死不明に恩師。

 

 様々な眼差しを受けて酒場の壇上で輝く・・・。

 

 そう言えば六腕に踊り子がいたわねとスローで、向かってくる狂気に嗤う悪魔の顔を見ながら考えていた。

 

 六腕とは実力が認められなければ、入れないものだ。そこへ女の身でありながら、入れたという事はあの踊り子は強いのだろう。

 

 昔の私にも同じくらい強ければ、貴族に拐われることも、娼館で働くこともなかったのだろうか?気になってはいたものの、自分は幹部で、六腕で話すのは代表して出てくる闘鬼ゼロくらいだった。彼女はどんな理由で六腕を勤めれる程の腕前を持つに至ったのか。

 

 聞ける機会なら、雇うなりしなくても、時々すれ違うこともあったはずなのに。

 

 (こんなことなら、少しくらい話せばよかったかねぇ。女同士だし、もしかしたら・・・)

 

 ()()()()()自分と仲良くなれたかもしれないのに。

 

 あり得たかもしれない光景に想いを()せながら、ついに自分の夢を思い出す。

 

 (そうか、私は羨ましくて、それで、妬んだんだねぇ)

 

 結論を死が迫るこの刹那(せつな)に答えを出したヒルマは、眼前に迫った死を受け入れようとして。

 

 横から来た何かによって死は、あの日のヒルマのように連れ去られていった。そして、その原因の元が来た方を見れば、そこには鋭い目をした緑髪の青年が弓を放った格好で立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 悪魔の凶爪が怯えて身動きも出来ないヒルマに迫り・・・。

 

 それより速く放たれた矢が悪魔の胴体を貫き、本来なら肉を抉り貫通するだけのはずが、悪魔の頑丈な体も災いして、矢に()()()()()()ヒルマらが出てきた屋敷の壁に縫い止められ、同時に壁に叩きつけられることで絶命していた。

 

 ギリギリだったが、命を救えた事に何度も失敗しながらも覚えておいて良かったと思う。

 

 "クイック"からの"剛射(ストロングショット)"

 

 シオンが師匠から教えてもらった技の内2つを合わせた。基本と言われたクイックと呼ばれる行動を素早く移せる隙を大幅に短縮。弓を引き絞るまでの構えを瞬時に行い、そこからの矢とは思えない力が集約された剛射(ストロングショット)と呼ばれるその技はどんな装甲も貫き通す。

 

 あの師匠が放ったのは硬い岩のを貫き更にその奥の岩まで貫いて風穴を開けた時は顎が外れんばかりに驚いたものだ。

 

 「えっあっ」

 

 「おいっ!何してる!早くこっちにこい!」

 

 自分が助かったことに呆然とする奴に声をかけるが反応が遅い。苛つきそうになるが、その前に皆が動いてくれた。自分も遅れまいと動けばヒルマを中心に全員が合流する。

 

 ヒルマと今だ目を覚まさない男たちはその中心に匿われる形になった。

 

 どうして助けたと言いたげな女に怒鳴るように言うと、相手もそれに感化されたのか消え入りそうな声はなくなっていた。

 

 「そんな事気にしてる場合かよ!それより手はたくさんほしい!あんたは八本指の幹部なんだろう?戦えねぇのか!?」

 

 「む、無茶言うんじゃないよ!私は人脈(コネ)を使ってここまできたんだ!戦闘はお門違いだよ!」

 

 「そんなんで八本指の幹部になれるもんなんだなぁ・・・しゃーないな。守ってやる!すまない、皆もそれでいいか?」

 

 振り向くことなく次の矢を構えるシオンは、少しでしゃばりすぎたかと助ける事を仲間に(うかが)う。

 

 「へへ、元より気に入っていたが、なかなかいい顔するじゃないか。これが終わったら俺とどうだい?」

 

 真っ先に反応して賛同してくれたのは意外にもリーダーであるガガーランだった。彼女はが不適に笑うとそのデカイハンマーを持ち上げる。でもハッキリと言ってないが彼女の通り名からして、最後のお誘いは勘弁してほしい・・・。

 

 「うん。私もシオンに賛成だよ」

 

 エンリも村にいた時から(ある薬師見習いを虜にした)素朴な笑みを浮かべ、最近は板についてきて、迫力が増してきたクレイモアを正眼に構えた瞬間笑みは消えて、真剣な表情をする姿はとても頼もしかった。

 

 「姉御を守るためなら俺も戦う!」

 

 ヒルマの護衛である男が、彼女の代わりと護衛の男が武器である打撃武器であるメイスを腰から取り出した。どうやら随分と慕われているようだ。男の目には、彼女を気遣う強い意思を感じる。

 

 「ぼ、僕も協力します」

 

 「ん~、なら私も手伝ってあげるよぉ~」

 

 怪しい少女が変わった紙を両手に展開し、ダークエルフの少女が胸元に杖を抱き締めている姿は弱々しいが、手伝ってくれるようだ。

 

 「ああ、助かるよ。お嬢さんたち」

 

 少しキザな言い方になってしまったかと思ったが、言われた2人は(ダークエルフの方は何か言いたそうにしている)不快そうにはしてないので問題なさそうだ。

 

 「あ、あんた・・・」

 

 「言っとくが今だけだ。それより早くその気絶した男たちも起こせ。このままじゃ逃げることもできないぞ。あともしも生き残れたら、もうこんな事やめるんだな」

 

 「ああ、約束する・・・(こんな若造に・・・でもなんだろう。この久しく忘れていたような気持ちは・・・)」

 

 なんか熱っぽい視線を彼女から受けるが、今は次々と数を増やし、いつ襲ってくるかわからない悪魔の相手が先だ。弓を構わて敵意の強い悪魔に狙いを定める。

 

 そうして一致団結して悪魔の軍勢に意志が1つになったところで、オズオズとしたままだったダークエルフの少女が、その顔を精一杯引き締めても可愛いままだったが前に出たことで、何をするのかと皆の注目を集めた。

 

 「あ、あと僕・・・僕は男ですっ!」

 

 「「「「「ーーーええっ!!?」」」」」

 

 両手を握り締めてやや引き締めた表情で告げられたダークエルフの少女いや少年の衝撃的な告白に、一拍の静寂の後驚きで叫ぶ、本人とその部下であるエントマ以外の意識が1つになった瞬間だった。

 

 「きしゃぁぁ!」

 

 「・・・よくも邪魔したな

 

 あまりに小さく呟かれた声に誰も気付ことはなく。

 

 ノコノコと前に出てきたマーレを格好の獲物と捉えて突撃した悪魔は眼が合った彼の瞳に宿る冷たい気配に、後悔する意思はなく、今回の指示を邪魔され不機嫌になっていたマーレが抱えていた杖の一振りによって、召喚されてからの短い生涯を終えた。

 

 無惨に頭を粉砕された悪魔の死が開戦の合図となった。

 

 



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53.戦乙女とゲヘナ2

 再び視点が沢山になったので書き直してました。

 大分長くなっていますが、どうぞゆっくり、読んでください

 待たせた人にはごめんなさいです。

 そして増えるオリキャラたち・・・。


  

 

 

 時は遡り、クライムはレイナとセバスと共に娼館での八本指幹部を捕らえるという大捕物を終えた所だった。

 

 どうやって探したかはわからないが建物内にいた構成員はレイナとセバスによって無力化されて幹部諸とも身動きできないミノムシの状態だ。その頃には戦士団から派遣された者たちも来たので後は彼らに任せることになった。

 

 完全を確保すると、3人とそしてもう1人は捕らえられ無理やり働かせられていた女性たちがいる場所まで来る。

 

 何が起きたのかわからない彼女たちはさ騒ぎが収まり、入ってきたセバスと自分を見ると恐怖に震えるが、すぐに入ってきたレイナの姿に落ち着きかけて、その後に続く人物を見て驚いていた。

 

 「えっ?うそ・・・アンナさん?」

 

 「本当にアンナ・・・なの?」

 

 彼女たちが驚き本人か疑うのも無理はない。その声で彼女たちの前に出たのは、一番始めに貴族に暴行を受けていたのが信じれない黒い長髪は艶を取り戻し、それが良く似合う妙齢の美女。今の彼女は貴族にボロボロにされる前、いや、ここに働かされる前くらいの健康な姿になっていたのだ。

 

 「アンナさん・・・ごめんなさい!私が怯えるばかりでいたから・・・」

 

 「大丈夫。大丈夫だからね」

 

 全員から心から心配されている声色を向けられるアンナと呼ばれた彼女は、慕われているらしい。中でも彼女たちの中で小柄の女性は彼女だとわかると泣きながら抱きついてきたのを優しい微笑みを浮かべて抱き返していた。

 

 ここに来る前に丁度目を覚ました彼女は自分がいた方が信憑性が増すと同行を申し出た理由がよくわかった。アンナはかなり長く娼婦たちのまとめ役であった。そのため励まし合ったり、時に怪我が酷い者を皆で庇うなどしていて信頼されていたようだ。

 

 それでも貴族の過剰な暴行の数々に死んでしまう子や捨てられてしまう子がでるために、彼女は心を痛めていた。

 

 そんな彼女が長い間死なずにいられたのは、先祖から受け継いできたこの珍しい黒い髪だけではなく、普通の人より頑丈で怪我が治りやすいらしい。それもあって八本指が経営する違法な娼館でやってこれた。

 

 そして今回、本当ならば貴族に暴行を受けるはずであった、彼女の腕の中で泣く女性であり、あの貴族が品定めに来て、他よりも、その貴族の趣向を知っていた皆が震える彼女の壁となるも、決めあぐねていた貴族に八本指の輩が、横に並べと無慈悲な命令に逆らえず、その努力も虚しく彼女を指名された。

 

 が、さすがといえばいいのか、上手いこと貴族に自分を売り込みという誘惑をし、身代わりを引き受けたそうだ。しかし、予想外な事態は起きるもので。あの貴族はやたら興奮していたのか。今まで数多くの暴力を受けて耐えてきた彼女でさえ、死んでも可笑しくないほどの暴力を受ける羽目になる。そこへ偶然にもセバスが助けにくるまでが、事の顛末(てんまつ)のようだ。

 

 信頼しているまとめ役が怪我がないどころか、無事に戻ってきたことに喜ぶ彼女たち姿は微笑ましい筈であった。クライムは腐った貴族への怒りに(こぶし)を痛い程握り締めた。彼女たちは一様に酷い姿だった。服と呼ぶには無理のあるぼろ布で、大事な部分は隠れているもののそれだけだ。色気があるとかではない、彼女らから覗く肌は、充分な食事も摂れていないのだろう。身は痩せすぎで、その上には消えない傷があり、とても痛々しかった。

 

 そこにレイナが前に出る。彼女の後ろ姿にクライムは期待に胸が膨らむ。アンナは受けた傷も、自身の油断から負った傷も治した彼女ならばと。アンナが女性を泣き止ますと、後ろに近づいたレイナに気付き振り向く

 

 「レイナさん。こんなこと頼むのは・・・厚かましいかもしれません。もし、お金がいるのでしたらこれから一生をかけて払います!どうかーー」

 

 「もちろんよ」

 

 アンナの言葉に一にもなく了承で答えた後に「でもお礼の件は後でゆっくり話し合いましょう」と苦笑する彼女は噂に聴く女神そのものだった。

 

 「キュアプラムス。オーディナリーシェイプ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 聞いたことのない言葉が2度紡がれ、傷付いた彼女たちに伸ばされた(てのひら)から光が溢れ、彼女たちを包む。最初は緑に光る羽が彼女たちに降り、胸の中へ溶け込んでいき、たちまちに傷を治した。次には青い羽が同様に。効果は劇的だった。病気にかかっていたためか顔色が悪かった血色が甦える。

 

 光りに当てられても僅かに目を開けていた彼女たちは、羽が吸い込まれた胸の次に恐る恐る自分達の姿を見て、大歓喜に震えた。

 

 世間一般に知られている回復魔法はここまでの効果はない。各地に教会を持つスレイン法国のお膝元なら、一生をかけても払えない費用を払えばあるいはと呼べるくらいだ。

 

 それに匹敵、いや越えるとも言える彼女の回復魔法はかのアダマンタイト級冒険者であるラキュースが師事を乞うほどである。未だに夢なんじゃないかと互いに確かめ合う彼女たちの姿をーーー。

 

 ☆○▽◇▽!!?

 

 彼が気づいたときにはもう遅かった・・・出かけた悲鳴を飲み込み慌てて目をそらすも肌色ましましの桃源郷は瞼に焼き付いてしまった。これが回復前の痩せこけた姿なら良かった(いや、良くないが)。だが、回復後の彼女たちの姿は健康的に膨らみ、ボロボロだったが髪もサラサラ、肌もツルツルで着飾るのはボロ布なのに、それがかえって、とても扇情的でさえある。

 

 これが連れてきた当時の彼女たちならば貴族も倍額の金を払ってでも希望するだろう。無理やり娼婦として働かせられていた理由も納得がいく。振り払おうと頭を振るも、余計に記憶が残ってしまい、敬愛するラナーと何故かレイナにも謝りたくてしょうがない気分になる。

 

 「・・・・・」

 

 「・・・・・」

 

 自分はこんなに誠実ではなかったのかと軽くショック受けるクライム。そんな彼は反らした先にいた、もう1人の御仁の姿を見ると彼はちゃっかり後ろを振り向いて回避していた・・・。出来れば教えてほしかったと一時的に修行を課してくれた恩人に向けるには、無礼な視線を向けてしまっても致し方ないだろう。

 

 セバスの言い訳としては、彼でさえも咄嗟であったし、その速度でクライムの顔を物理的に(さえ)ぎろうものなら、あらぬ方向に彼の首が向く可能性もあったからだ。まさか自分の命が懸かっていたかもしれなかった等想像もしないクライムは咎める視線をやめなかった。

 

 「んんっ!」

 

 そんな自分の視線に耐えられなかったのか、彼は背を向けたままらしくない咳払いをして、自分達の存在を伝えると彼女たちもやっと御仁2人の前だと気付いて、体の見せ合いはお開きになった。

 

 「ごめんなさい。私も迂闊だったわ・・・」

 

 「貴女様のせいではありませんよ・・・回復して驚くことを身をもって知っていた私の注意が足りなかったんです・・・すいませんでした」

 

 「い、いえ・・・」

 

 クライムが謝る前に逆にレイナとアンナが本当に申し訳なさそうにして頭を下げる姿に、情けない気分でいっぱいになる。ああなる状況を想像し対処できなかった自分の未熟さをこんなことで痛感する日がこようとは思わなかった・・・。

 

 「まぁその・・・彼女たちも自分が悪いとわかってますから、助けていただいた御礼(サービス)の1つとでも思って受け取ってください」

 

 「コクコク\\\・・・」

 

 「かっ勘弁してください!!お願いします!!!」

 

 それとなくフォローしてくれたアンさんとそれに恥ずかしそうに頷く一同にクライムは焦りに焦り、よく見れば冷や汗を掻くセバス同様に、彼らしくない言葉で叫び全力で頭を下げて遠慮した。

 

 こんなことをもしもラナーや蒼の薔薇の皆さんだけでなく最近世話になっている戦士長やその部下たちに知られればどうなるかわからない。

 

 『・・・うん。クライム君も男の子だしね』

 

 『はっはっは!!よかったじゃねぇかよ。一つ壁を越えたんだなんなら今夜こそ俺と・・・』

 

 『なにそれうらやまけしからん私と変わってほしかった』

 

 『ノーコメント』

 

 『これを機に女遊びをしないか心配だな・・・』

 

 蒼薔薇の皆には生暖かい視線と一部の嫉妬か羨望をいただき。

 

 『ふむ。腑抜けたか?今日は倍の訓練が必要だな』

 

 『お、おいお前ら落ち着け、彼も男なんだし、功労者なんだこれくらい多めに見i『うるせぇ!』グハァ!!?』お前ら久しぶりに地獄稽古(リア充死すべし)の始まりだ!!』

 

『『『『うおおおおおおぉぉぉ!!!』』』』

 

 戦士長からも丁度いいと見放され、最後の良心である副長が殴り飛ばされ退場し、屈強な戦士たちが波のように襲いかかってくる。

 

 『俺はそういうのはよくわからんが、まぁたまにはそんなのもいいんじゃないか?これも役得の代償とでも思えよ』

 

 『アハハっ・・・御愁傷様』

 

 『大丈夫だ。誰のお前を責め・・・いや、すまん。元気出せよ・・・』

 

 ガゼフの次に自分をよく修行()てくれたブレインは他人事だが優しい言葉を掛けてくれ、何度か手合わせしたこともある同年代の大剣使いの女戦士と緑髪の弓使いの少年は、前者は苦笑し、後者は肩に手を置いて同情してくれた。

 

 戦士団一同の私怨が大方含まれた地獄稽古(リア充死すべし)でボロ雑巾になって倒れ伏した自分にだ・・・。

 

 ここまでリアルな幻も、付き合いが増えたせいか、想像すればするほど地獄の様相にクライムの顔は青いどころか雪のように真っ白だ。確かにそれらも恐ろしいだがそれ以上に・・・。

 

 『クライム・・・』

 

 あのラナーが背を向けた幻影まで見える。だが、その背で物語る彼女の姿は威圧してくる。ピシィッと彼女の手の方からそんな音が・・・。徐々に振り向く彼女が嫌に恐ろしかった。嘘だあのお優しい姫様がそんなことするはずがない!これは弱りきった心が見せるただの幻影だ!そう思うも幻のラナーは遂に振り返り・・・。

 

 「クライム君顔色すごいことになってるわよ!?大丈夫!?」

 

 どうやらぼーと立ち往生していたらしい、不振に思った彼女が態々来てくれたようだ。目の前には回復魔法を唱えようか手を(かざ)して心配するレイナの顔があり、クライムは心の底から癒され、一時(ひととき)の安息を得るのだった。

 

 

 

 やっと場が落ち着くと、ここから出るために自力で動ける者とそうでない者に別れる。

 

 中には逃げられないよう足の腱を切られたりしていたものもいたが、レイナによって治療されるも、何せ久しぶりに自分の足で歩くのだ。動きが危なっかしく放っては置けない。動けるもので肩を貸すか、それでも不安ならば両手に抱えなければいけないだろう。所謂お姫様だっこというやつだ。

 

 「ふむ、顔が赤いですが大丈夫ですかな?」

 

 「い、いえ大丈夫です\\\

 

 「不安だろうけど安心してね」

 

 「すみません重いです・・・よね?」

 

 「これくらい平気よ」

 

 「かっ\\\

 

 「え?」

 

 「な、なんでもないです(すごい。軽々と運んで・・・カッコいいなぁ\\\)」

 

 レイナやセバスは順調だが、やはり自分がネックになった。先程の件が尾を引いており、からだが固くなり段差があるところで転倒しかけたりしてしまう。

 

 「あ、あの大丈夫?」

 

 「お、お気になさらず!」

 

 「そ、そう?きつかったら言ってね。私も頑張るから」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、ラナー程ではないが充分綺麗な顔で純粋な笑みを浮かべて、今の台詞はやめてほしい。何故か邪な感情を抱く事に申し訳ない気持ちでいっぱいになるから!

 

 キツくはないキツくはないのだ。クライムは元々努力家であり、鍛え抜かれた筋力は一般人を大きく越える。なんなら、街中で子供に乱暴していた者たちも数に苦戦はしても撃退は十分できたのだ。さらに、戦士団に混じり、多くの経験をし、サキュロントを退ける力を持っている。

 

 だがしかし・・・筋力の問題ではないのだ。筋力の。それに関しては余裕があるくらいだ.。

 

 決して彼女が悪いわけではないのだ。

 

 そう肩を貸すにしても両腕で抱えるにしても、体は密着してしまい女性特有の柔らかさといい匂いに服越しとはいえある人物に捧げた筈の忠義が揺れそうになる。

 

 今は肩を貸しているが、彼女は背は少し自分より高いので歳上だろうか?痩せていたときは気づかなかったが、かなり立派な物を持っている。それがただでさえ薄い服?布?の上から押し付けられるのだ。

 

 心配してくれる彼女には悪いが、顔を覗くのもやめてほしい。そんな気はないのはわかるが、余計に密着度が上がってしまう!心配させた自分が悪いのだ!こればかりはどうしようもなく、気が気ではない状況に、どこかの死の王がこれを見れば、たっち・みーと同じくらいの妬みを彼に向けることになるだろう。

 

 色々四苦八苦しながらだが、彼はなんとか役目を全うする。外で彼女たちと捕虜たちを(当然別けているし、捕虜は頑丈な檻付きだ)乗せる馬車で彼女たちが乗る方をセバスが、クライムと合流した最後の良心(セイラン副団長)と共に捕虜を運ぶ馬車に付き、ここで別れることになった。

 

 

 

 城に戻ってくると、セイランは捕虜を連れて独房に向かい、クライムはその足でラナー王女の元へ報告するために向かう。仮にも王国の騎士を勤めるので、急いでいても身綺麗にする必要がある。それも慣れたもので素早く身支度を整え、白甲冑に身を通す、向かう際に早足になってしまい、通り過ぎる貴族やメイドに変な目で見られたが、気にしておる場合ではない。

 

 ラナーの部屋の番をするメイドに至急伝えたいことがあると無理を通して部屋に上げてもらった。中には丁度、蒼の薔薇も滞在していたので、手間が省けると此度の八本指関連の娼館襲撃を報告する。・・・少しあの幻影の前半組と後半のラナーが揃ったことに嫌な汗が流れたが・・・。

 

 「さすがレイナ様ね!八本指幹部を見事に捕まえるだけでなく。治療も行うなんて!あっクライム君もお疲れ様」

 

 「やるじゃねぇか!これでお前も一皮剥けたって訳だな!」

 

 「なにそれ羨ましすぎ私も近くでレイナ様の勇姿見たかった何故私はそこにいなかったの変わってほしい」

 

 「かわいい男の子はいなかったの?」

 

 「ふむ、彼女ならば救った娘たちの事は任せられるだろう。お前もご苦労だったな。ガガーランじゃないがよくやった」

 

 あのハプニングの事ははぐらかしつつ、大体の流れを話すと

皆が自分の健闘(やはり2人ほど自己中だったがそれも信頼の現れか?厳しい口調が目立つイビルアイも、この時ばかりは仮面の下で笑みを浮かべていそうである)を讃えてくれる。

 

 サキュロント戦での失敗もあり、素直に受け取れないが、やはり悪い気はしない。そして、最後にラナーからの言葉を待つ。

 

 しかし、一向にいつのも天真爛漫な姫様の声がかけられない。不思議に思いそちらを見ると・・・。

 

 「・・・・・」

 

 彼女に仕え初めて見る俯いたまま顔をあげず、しかし、しかと見られているとわかる気配を漂わせたラナー王女がそこにいた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 事の顛末を話すクライムにラナーは訝しげに見ていた。彼が嘘を言っていることはないと思うも、なにか隠していると断言できる。それは時々彼の目が泳いだり、不自然な汗を顔に滲ませるなど、観察力のあるラナーが見逃すはずがなかった。

 

 話が終わり、最後にクライムはラキュースたちに誉められ、私の言葉を待っているのだろう。いつもの輝く瞳を向けてくる。がその瞳に怪訝さが現れて、やっとラナーは自分が一言も話していないのに気づき、慌てて弁明しながら、これからの事を話す。

 

 今回の襲撃で八本指報復に動くのは間違いないだろう。すでにレイナから王や蒼の薔薇を通して、その対応の準備を進めてきた今ならば、こちらの動きを警戒する前に叩くことができると。

 

 捕らえた幹部の情報を洗い、目標を更に絞る。人数も多くなったことで、余裕はあった。

 

 しかし、今のラナーの心は大いに荒れていた。それは大切なクライムの瞳の奥に自分以外の女の影があったからだ。彼に気付かれないよう言葉巧みに誘導すれば出てきたのは、例の白銀の女神と呼ばれる女の名前。彼女を呼ぶときの彼の顔が喜びに変わるのが、少し・・・いや、かなり気に食わなかった。

 

 話の中で、元娼婦たちの事を話す時も彼の目が泳ぐことから何か他にもあったのかもしれないが、それよりも泥棒猫が大事だ。

 

 落ち着け落ち着くのよラナー。正直すぐにでもあの泥棒猫を殺したいが、それは早計だ。彼女は強い。あの実力()()()認めているラキュースだけでなく、彼女以上に実力を持つイビルアイも手放しで褒めるバケモノだ。

 

 今までと同じ()り方では通用しない。それに致命傷を与えても、すぐにそれを完治させる回復魔法の使い手でもある。その身を一瞬で消し飛ばすでもしないかぎり、殺せないような相手(バケモノ)だ。

 

 より情報を集めて念入りに仕掛けなければ、ならない案件だ。

 

 今は駄目だ。出来れば今すぐ取りかかりたい。これからもクライムとあの女が出会わない保証はないし、それでクライムの心が完全に向こうに傾く可能性もある。今死ねばクライムは当然悲しむのだろう。それも許せない。どうにかして、彼の中にいる彼女も殺さもなければならない。

 

 そんなラナーの心の中など誰にも知られずに、会議は順調に進んでいき、遂にラキュースは立ち上がり、八本指一斉検挙に乗り出した。

 

 「それじゃ私たちも動くわね。いくわよ皆」

 

 「わかった鬼ボス」

 

 「了解。ボスリーダー。大活躍した私はこれが終わったら女神様に沢山甘えるんだ」

 

 「よっしゃ!張り切っていきますか!」

 

 「張り切りすぎて、失敗するなよ」

 

 「どうかお気をつけて、ラキュースに皆さん。クライムも」

 

 部屋を後にするラキュースたち。残されたのはクライムだが彼もすぐに向かうだろう。そこに例の女がいると思うと腸が煮えたぎる。

 

(大丈夫。まだ慌てる時間じゃないわ・・・)

 

 確かに今は手を出せない。だが、それも今だけだ。そもそも彼女は旅の商人を名乗っていた。王国に遣えるなどしなければ、彼女は再び帝国か法国か何処となりでも向かうだろう。物理的にクライムと離れるならば、その間に彼女だけでなくその身の回りの情報を集めて、対策はできる筈。排除といかなくても何かしらの手を思い付くはず。

 

 幾分か調子を取り戻して腹黒い事を考えていたラナ―。そうして、いつも通り(しお)らしい態度でクライムを送り出そうとした。

 

 「ラナー様。どこかお加減が悪いのですか?」

 

 「・・・え(!?)」

 

 扉に手を掛けたクライムが振り向いて掛けられた声はラナーの思考を乱し、小さく声が洩れてしまいそうになり、片手で口元を隠す仕草をしてしまう。気づかれた?慌てて鏡の前で表情を調整したくなったが、そんなことを彼の前ではできない。

 

 ラナーはなんとか自分の表情を意識しようとするが、全く上手くいかずに醜態を晒してしまいそうになり、絶対にバレないと自信があったそれにヒビが入った。

 

 「すみません。なにやら表情が思わしく無さそうでしたので・・・ですぎた真似をしました。私もそろそろ行きます」

 

 普段見せたこともない表情を浮かべるラナ―。クライムはそんな彼女を不思議に思いながらも、今は急いでいることを思い出し、早々に頭を下げ、部屋を出ていった。

 

 (クライム。私・・・は・・・)

 

 ここでやっとラナ―は自分の気持ちに気づいた。扉の向こうに消える求めてやまない彼の背中。彼の喜ぶ姿と他とは違う自分を見る純粋な瞳が好きだった。

 

 それが自分から永遠に離れていくようで・・・伸ばしかけた手は閉じられた扉の前で虚しく空を切った。

 

 心のまま見せた悲しみがこもった顔は彼女自身は気付かず、今の彼女は、籠の中に閉じ込められた小鳥のようだった

 

 

 

 

 そうして時は戻り、八本指の本拠点で、レイナとセバスが無血降伏させたあと、ほとんどの者を檻を引く馬車に捕縛し、移動していたクライムたちも、天に昇る火柱を目撃したあと、大量に現れた悪魔の対処に追われていた。

 

 「くそっなんで王国の中にこれほどの悪魔が!?」

 

 「わからん!だが録でもない事なのは確かだ。この様子では王城だって悪魔の襲撃を受けているだろう」

 

 「そ、そんな!」

 

 今回一緒に行動していた元オリハルコン冒険者でレンジャーであるモックナックの言葉にクライムは嫌な汗をかいた。

 

 想うのは城に残してきた忠義を誓ったラナーについて。

 

 城には多くの兵士が駐留しているが、やはり心配するのは当然であった。

 

 「少年っ!」

 

 「っ!?しまっ」

 

 不安に考え事をしていたのが不味かった。3体の悪魔がクライムを囲むようにして飛び掛かってくる。モックナックは別の悪魔を相手に戦っていたので、呼び掛けるのがやっとだ。

 

 彼の悲痛な声にハッと我にかえて、対応しようとするが遅い。2つの凶爪がクライムに迫ったその時。

 

 

 

 キンッーー。

 

 離れたところから剣を納める音が聞こえた気がした。

 

 襲いかかってきた悪魔の動きが止まり、その体に横一線の切れ目が現れ、悪魔の爪はクライムに届くことなく。体がズレると地面に落ちた。

 

 「クライム君!危なかったな!怪我はないか!?」

 

 もうダメかと思っていて助かったことに呆然とするクライムにかけられたのはそんな言葉だった。現れたのは別の拠点の制圧を任されていたブレインであった。彼は数人の兵士を引き連れ、拠点を瞬く間に制圧すると、クライムたちとの合流を図っていたのだ。

 

 そして今回、彼がクライムを助けるために放ったその技は帝国からの風の噂で知った斬撃を飛ばす武技を知っていたブレインが、レイナの助言を元に修行で編み出したもので、出来た当初は厳しい彼女も手放しに誉め、今回の八本指の関係の施設を制圧するのに活躍した新武技であった。

 

 名付けるならば"風斬り"だろうか。

 

 予定よりも早い合流に面をくらうクライムであったが、エンリたちが城に通うようになり、特に関わりが多かったのが彼で、何度か模擬戦を重ねる内に、その実力を知っていたことや、彼についてきた兵士からの一騎当千ぶりを話されて納得する。

 

 モックナックも合流し、城への道中で次々と襲ってくる悪魔をブレインは瞬く間に切り捨てる。その早業にクライムたちは見惚れそうになるが、首を横に振り、足を急がせる。

 

 彼の横にブレインが来たときに、彼の姿が城に来ていたときとは違うのに気付いた。彼は昔使っていたボロの服を装備としては能力もないものであったが、今は胴着に下は袴と、彼らは知らないが、日本の侍が着ていたという着物だ。

 

 その下にはやはり鎖帷子を着込み、利き腕を庇うようショルダーアーマーと繋がるように胸当てもある。最初はヒラヒラして戦う装備にしてはどうかと思ったが、体と服の間に余裕がある分、動きが阻害されずにスムーズに次の動きへと移れる。

 

 「あまり見かけない装備ですね」

 

 「ああ、そうだろう?俺も知らなかったが、刀を持つのならばこれだといって師匠・・・レイナ師匠がこの作戦の前に渡してきてな。ここに来て・・・いや、ここにくる前から服が訓練でボロボロになってたからな。その時は、どうとも思わず、丁度良いとありがたくいただいたんだが・・・これがひどく俺に合う」

 

 「そう、なのですか?確かにブレイン殿によく似合う気がしますね」

 

 自分の装備を一瞥して、迷いなく頷くブレイン。レイナから貰ったときいて少し羨ましく思うクライムに彼は笑いながら答える。実際、この装備はブレイン用といえた。今の彼が着ている鎧もなかなか高価そうだが今自分が着ているものがそれに劣っているとは思えない。

 

 「なんだったら、クライム君だったらお願いすれば師匠は作ってくれると思うぞ。今度お願いしたらどうだ?」

 

 「そうですね。戦士団の装備も彼女が作ってくれたものはどれもすごいものでした。誰でもとはしないでしょうが君なら・・・っと!」

 

 共に走るセイランもそれに同意しながら、剣を振るい一撃で悪魔を両断する。彼が今つけている武器と装備も彼女が作ったものらしい。今までは個別に使いやすさを重視していたが、常駐する一般兵の装備よりも個人毎に工夫することで使いやすくしてたくらいの彼ら戦士団の装備は、一新されだけでなく個人に合わせて製作されたオーダーメイドであり、真に王国の精鋭部隊の様相となっていた。

 

 当然、クライムもレイナが作る装備に興味津々だ。しかし、恩ばかりのある御方に、これ以上は迷惑なのではと遠慮する気持ちの方が大きいし、今の装備も王国からひいてはラナーからいただいた物で、当時は自分が持つには不相応だと思ったものだが今でこそ大切な鎧だ。

 

 「・・・いえ!この鎧も最初は着慣れないものでしたが、今こそ愛着もありますし・・・それに、ご迷惑なのでは・・・くっ!」

 

 「そうか?まぁクライム君がいいならいいが、鎧が駄目なら武器とかな。頼むだけならタダさ。ダメならハッキリ断るぜ。師匠はな!」

 

 首を振り今の装備があればと言いながら、クライムは向かってきた悪魔の攻撃を避してから反撃する。・・・がやはり、彼女が作った装備に興味はあるのだろう。彼はブレインたちの装備を羨ましそうに見ていた。

 

 「まずはこの危機を乗り越えてからになりますが、ねっ!しかしキリがありません!」

 

 「その通りだっ!」

 

 2人はクライムよりも各々の研ぎ澄まされた動きで悪魔の攻撃をいなしつつ屍に変えながら器用に会話を続ける。その姿にモックナックは驚きを隠せずにいた。

 

 「聞いていたがブレイン・アウグラウスここまで強いとは・・・それに戦士団の副隊長も!・・・あまり目立たないと聴いていたんだがなぁ」

 

 戦力が合流し、彼らの実力に余裕ができたからか、結構失礼な事を言うモックナック言葉は、幸いセイラン本人には届いていなかった。

 

 悪魔はブレインとセイランのおかげで問題なく排除できているが、街で暴れる悪魔の数はまさに底なし、民間人もいるなかで、彼らを襲う悪魔を見逃せるはずもなく、戦いながらの行進はなかなか目的のお城に近づけないでいた。

 

 その時、城の方から多くの兵団が来るのが見えた。その先頭には馬に乗ったランポッサ王とその護衛のガゼフと戦士団員が群がる悪魔を蹴散す姿があり、さらに奥には王族用の馬車が見え、両隣には第1王子バルブロや第2王子ザナックまでが並んで悪魔相手に牽制しながら、兵士たちに指示を出して近づく悪魔に対処している。

 

 それよりも気になったのは彼ら以上に守りが多いその馬車に、クライムは目を引かれると同時に嫌な予感が生まれる。そして案の定、そんな彼の視線に気づいたのかわからないがひょっこりと馬車の窓から顔を覗かせる者がいた。夜風に金髪が流れ、遠目なのにクライムに向けてしかと手を振り、同じ馬車に乗っているどこかで見たことのある女性と護衛の者に注意されるその姿はどこからどうみても。

 

 「なぜランポッサ王だけでなくラナ、姫様もここに!?」

 

 ラナー王女その人であった事にクライムの絶叫に近い声が響くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 レイナに出会い、命だけでなく村まで救ってくれたあの時まで、自分が故郷を離れるなど想像していなかったカルネ村出身のエンリ・エモットは、飛びかかってくる悪魔を振り下ろしたクレイモアで縦に両断し、次にくる悪魔を振り下ろした軌道を力任せに横への斬撃に変えて、悪魔の上半身と下半身を泣き別れにする。

 

 ただの農家で生まれた村娘だった過去の自分とは想像できない結果が、悪魔を倒していくことで実感していく。

 

 横ではガガーランがバトルハンマーで近付く悪魔数体を次々に怒濤の連撃を浴びせて地面の染みにしている姿。その活躍を見ていると、どうしてあんな通り名なのかと思う。

 

 最初はどんな意味なのかわからなく、その場でレイナに聞いてしまい。周囲が吹き出すなか小首を傾げていると小声で「また後でね」と言う彼女に不思議に思うも、寝静まる夜にだいぶ濁した形で教えてもらい理解した時は後悔してしまった。

 

 正直、もっと他にいい通り名はなかったのかなと忍者姉妹の通り名共々そう思う。その片割れはその呼び名の通りに、レイナほどではないが、エンリにまで積極的にアプローチしていたのを思い出す。正式に自己紹介するときにあのガゼフ自らが、仲介しての紹介だったのだが、彼が果たして言っていいのかと言い淀んで、結局は無難に名前で紹介していた。あの時のラキュースが心底恥ずかしそうに俯く姿はとても印象に残り、不憫に思えたものだ。

 

 レイナは白銀の女神と(ちまた)では呼ばれているようだが、それに比べるとかなり酷いものである。

 

 いつか自分もどんな通り名で呼ばれるか少し怖い気がする。

 

 「もうすぐ王国の壁だぜ!気張れよお前ら!」

 

 「あのダークエルフの少じ・・・少年と少女が殿を引き受けてくれたから、結構楽に移動できたな。脱落者もいないが・・・彼らは大丈夫だろうか?」

 

 シオンが、自分達が姿を現すと余計に騒ぎになるとして、殿として残った2人の事を心配する声を出す。綺麗な衣装を着ていた少女はかけれるだけの強化を(ほどこ)してくれたおかげで、疲れもそれほどなく、倒れていた男たちも無事にここまでこれたのは、彼らの獅子奮迅の活躍があってこそだろう。

 

 エンリも残った彼らが心配だったが、逃げる途中で見た最初に悪魔を粉砕した彼は巨大な植物を操りながら、近づく悪魔を捕らえて身動きを封じて再び粉砕し、それを援護する少女が、すこし昔の自分が見れば、腰を抜かしそうな巨大な虫たちを武器にして闘っていた。

 

 強者の雰囲気のあった少女はともかく最初の印象にあったオドオドしていたのが、嘘のようにあの場に留まり、悪魔を相手に無双しているダークエルフの少年の姿は、同じ雰囲気を持っている友達のンフィ―とは全然違った。

 

 そうこうしているうちに王国へと繋がる門が見える。門では兵士が果敢に悪魔を相手に闘う姿があった。急造で作ったバリケードの間を盾を持った兵士が防いで、後ろから槍を持った兵士が攻撃しているが、刺突での攻撃は悪魔に対して有効とはいかずに、その生命力の高さもあって苦戦を強いられ、このままでは陣形も崩壊しそうだ。

 

 皆がそれに気づいて、目配せしたあとに、悪魔の背後から奇襲するように殺到する。

 

 ガガーランがハンマーで今まさに盾の防波堤を突破しようとした悪魔を殴り飛ばし、シオンの弓矢が上で、獲物を見定めていた悪魔を数体同時に射抜き、私は一塊になっていた悪魔の数体凪ぎならう。残った悪魔を八本指の男たちが徒党組んで、ヒルマと出てきた護衛の男を筆頭に打ち倒していく。わかっていたが、ヒルマは戦うことはしないが、足を引っ張らないようについてきている。あっでも護衛の男たちの死角から来た悪魔を知らせた上で、拾った石での牽制をしていたが、その眼差しがシオンに向いたときに、顔を赤くしているのは何でだろう?

 

 「こ、これはガガーランどの!救援ありがとうございます!しかし、そこの者たちは・・・」

 

 「礼と今は彼らのことはいい。今はこの異常事態の方が優先だ。なにか王国から来ているか?」

 

 「は、はい。王からの伝令が先ほど来て・・・」

 

 悪魔を退け、居合わせた兵士にはガガーランさんが、事情を説明。協力した八本指の拘束は後回しにして、全員が悪魔討伐に参加する。

 

 このときには、すでに王から伝令を持った兵士が駆け込み、これからは、王国の各所に作られた兵士の詰所や頑丈な作りの建物を避難場所にして市民を誘導することが伝えられる。

 

 「伝令を出すまでの判断が早いな。これもあんたらのリーダーの影響かねぇ」

 

 これでやっと王国の先行きも明るくなるねと感心するように言うガガーランさんの言葉に自分の事のように嬉しく感じる。

 

 村で剣を振る姿。一緒に旅をしてつけられた厳しい稽古。そんな厳格な姿だけでなく。料理を作る家庭的な姿や稽古以外で自分が先生になり、この世界の文字を教える時は、私なんかがと緊張はしたが新鮮な気持ちで、この時ほど両親に教わる文字の勉強を頑張った甲斐があったと喜ぶ自分がいた。

 

 一緒に服の買い物を楽しんだりしたのも記憶に新しい。羨望だけじゃない、親しみの気持ちも大きくなっていく。彼女はただ憧れるとは違うのが共に過ごす内にわかった。

 

 「くそっやっぱり数が多いな!」

 

 「でもやるしかないよ!まだまだ避難できてない人が多いもの!」

 

 話がまとまり、避難所を守るのと逃げ遅れた市民を誘導するのに別れた。避難所を守るのはガガーランさんと他の兵士。弓矢が心許なくなってきたシオンも、悪魔を百発百中で当てる彼の腕前が認められ、国が置いていた弓矢をいつでも補給できるそこに残った。私は他の兵士の人とともに市民を誘導するのを買ってでて、未だに混沌の渦中にある王国内に飛び込んでいく。

 

 全力で走りながら多くの悪魔と戦い疲れてきたが、悪魔の数も少なくなってきている。このままなら・・・。

 

 「あ、そ、そんな・・・」

 

 そう考えたのがいけなかったのか、再び空に魔方陣が浮かび、先ほどとは比にならない数の悪魔が召喚される。それに兵士も市民も絶望に染まる中、私も戦士の心を忘れ、昔の無力だった村娘に戻りそうになるのをグッと(こら)え、既に慣れ親しんだが、すっかり重くなった大剣を振りかざし、声を上げることで折れかけた気勢を張り悪魔の群れに挑んでいく。

 

 「ま、まっだまだぁぁ!」

 

 また数体斬っても悪魔の数は増えていく。

 

 戦いは終わりをみせないでいた・・・。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 「ここまでくれば大丈夫でしょう。走れますか?」

 

 「だ、大丈夫です。ありがとうございます。あ、あの・・・」

 

 「言わなくてもわかります。私もすぐに戻るつもりです」

 

 ウルベルトの魔法の余波で崩れた街が離れた所で、抱えた青年を降ろしたセバスは、青年のなにかを懇願する表情に頷いた。

 

 しっかりと自分を見つめ返してくる、真剣な彼の顔にひとまず安心したのか青年は頭を下げると走り去っていく。

 

 あの場に残ったレイナを助ける。確かに自分はあの御方に対して戦えるかも怪しい。しかし、肉壁くらいならできるはずだとセバスは震えそうになる自身の体を律して、さっきまでいた瓦礫に埋まるその中心で(そび)える岩の闘技場へと顔を向ける。

 

 離れたあとに、懐かしい気配も彼女の横に現れた。安心するもつかの間。恐ろしいほどの数が現れたのも感じた。あのような力をセバスは知らないし、これが御方の力と言われれば納得してしまいそうになるが、なにかが違うと自身の勘が告げている。

 

 ポケットからソリュシャンの装備の残骸を取り出す。彼女がどうなったのかはわからない。だが、ウルベルトという御方は味方に手をあげるような存在だっただろうか?

 

 よく衝突することが多い自身の創造主のたっち・みーも、1度だけを除いてなかった。

 

 なにか良くないことが起きている。早く戻り・・・。

 

 「やぁセバス」

 

 「っ!?デミウルゴス様・・・」

 

 向かおうと足に力をいれようとしたした時に、不意に嫌でも聞き覚えのある声を掛けられた。

 

 そこにはセバスが行こうとした方を(さえぎ)る怪しい仮面を付け、いつのもスーツとは違う黒いマントで全身を隠して、髪型もオールバックにしていた。一見ではデミウルゴスとは見えない姿をしている。

 

 何故ここに・・・ウルベルトの異変もあり、セバスの中で警鐘が響く。・・・此度の件、彼も関与しているのだろうか?

 

 「そんなに急いでどこにいこうというのかな?セバス」

 

 「それは・・・残りの八本指の残党を倒すためです。デミウルゴス様こそ、ここで何を?この悪魔たちはあなたが?」

 

 「だが、それも終わったのだろう?なぜ君はあの女についてまま行動しているんだい?・・・まったく天下のナザリックに所属する君が人間の小娘に下る、いや飼い慣らされる異形なんて何の冗談だね?」

 

 理由を聞かれ、言い淀み既に終わった事を苦しい言い訳にする自分への口調は普段の彼のままだ。だが、こちらの質問には答えず、ぞんざいに言わなくても解れと責める言い方だった。

 

 彼の頭脳は自分を凌ぐのはわかっている。このまま問答を続けていればどれ程時間がかかるかわからない。

 

 「話は後にしましょう。私はーー」

 

 

 

 

 

 「行かせないよ」

 

 "悪魔の諸相(しょそう):豪魔の巨腕"

 

 ゴウッと眼前に迫る巨大な拳。

 

 「っ!?」

 

 自分が攻撃されたことに気づくが反応に遅れて避けることができなかった。咄嗟にセバスは腕を固めて防御の構えをとるも、衝撃には耐えられず、後方に飛ばされる。

 

 だがダメージは低い、同じレベルだということもあるが、彼が前衛タイプではなく、後衛タイプであることも大きい。

 

 大きく飛ばされたが、空中で体を捻り、難なく着地すると、目の前の下手人・・・デミウルゴスを睨み付ける。

 

 「・・・どういうつもりですか?」

 

 「そう睨まないでくれたまえ、これもナザリックのためさ。彼女は危険だ。どうやってアインズ様の信頼を得たのかは知らないが、それは君もわかっているだろう?」

 

 「・・・まさか今回の事を知っていたのですか?」

 

 「さぁね。でもウルベルト様の指示で私は君の足止めを任されたのは事実さ」

 

 君がさっさと目的を果たして退()いていればこんなことにはならなかったのにねっと皮肉混じりに笑うデミウルゴス。・・・やはり彼は・・・それよりも彼の言いたいことはわかる。彼女は人間。種族だけでなくナザリックをあと1歩のところまで追い詰めた実力の持ち主であり、一部を除いてナザリックには受け入れがたい存在。だがそれよりも今回の事。彼はどこまで知っているのだろうか?ーーー握ったままのソリュシャンの装備の欠片を強く掴む。

 

 彼はソリュシャンがウルベルト様に討たれたことを知っていて協力しているのだろうか。

 

 人格は問題ないどころか、善性のセバスやユリにして好ましい人間だった。はじめはヘロヘロ様の敵であったが、次に会えばそれは誤解で、御方の再開の機会を与えてくれた恩師。王国で要らぬ騒動に巻き込んだというのに、恨みごと1つなくなく協力してくれた。いつの間にか、御方と同じくらいに大切にも思える女性。此度も共に戦い、あまつさえ仲間と言ってくれた。

 

 そんな彼女を危険だからと討つという彼と、仲間を手に掛けたかもしれない御方。どちらを信じるかは決まっている。拳を強く握り締める。

 

 「今ここで退()くのならば、私は君をどうこうする必要はなくなるし、見逃そう。賢明な判断を期待するよ」

 

 それは彼なりの最後の忠告だ。彼の言う通り、彼女はあまりに危険な存在ではある。しかし、だからと言って彼の言葉に素直に従い、おめおめとナザリックに戻ったら、彼は次にどう行動するだろうか?

 

 ・・・決まっている。今でさえ激しい攻防が繰り広げられている信じられない程の力を発揮したウルベルトと彼女とたっちの戦いに加勢しに行くだろう。

 

 そして、取り返しのつかないことになれば、自分はどうなるのか。何度も共に戦い、自分の至らない所を助けてくれた彼女を捨て置いたなどとなれば!

 

 

 

 

 

 ーーーならやることは1つ。

 

 「そこを通してくれませんか?」

 

 「ふむ、無理だね。そう答えるということはそういうことだね?少し期待した私がバカだったか」

 

 もう言葉では退かないとわかっていても、そう問うがデミウルゴスは呆れて首を振り、やはり退くことはしなかった。

 

 「君相手に1対1では勝負にならないからね。卑怯だなんて言ってくれるなよ?」

 

 少し上げた手の指をパチンッと弾く。こんな時も格好いい演出に(こだわ)るのは、彼の創造主と同じだ。セバスはいつでも戦えるように両拳を握り固め構える。

 

 鳴らした瞬間、いつの間に召喚したのか、いや、最初からか気配を消し姿も隠していたのか流石用心深い彼らしい。デミウルゴスの両隣に上級悪魔が並んでいた。どっちも体が大きく前衛向き、カンストレベルのセバスが無視できない気配を漂わせた巨大な斧と剣を持つ上級悪魔が2体。さらには、相手にはならないが数だけは多い下級悪魔がこちらを逃がさないよう周囲を飛び交う。

 

 「まぁ正直君のあり方には前々から不満に思っていたんだ。同じナザリックに所属する者として見逃してきたが・・・これもいい機会なんじゃないかなっ!」

 

 「わたくしも同じ想いですよ。そこをどいてもらいます!デミウルゴス!」

 

 「呼び捨てたな!階級守護者であるこの私を!第9階層の最後の砦を任されているとはいえ、ただの執事長である貴様が!?セバス!ただで済むとは思わないことだ!」

 

 互いに気に食わないと思うも、同じ使命を持つ者として協力してきた両者がここで遂に衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 




 助けられた女性たちのリーダーであり、セバスによって助けられたアンナさんですが、多分黒髪かなぁとアニメで見て思ったのですが、どうですかね?

 今回レイナさんが使った回復魔法も状態異常回復魔法それぞれ特化されており、両方の効果がある大治癒と違い消費コストも低く抑えられている。

 体力回復はほぼ全快な上にある効果を含めています。

 状態異常回復の方はワールドアイテム以外の効果を無効化できる。

 魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)なくても任意に範囲も指定できるもので、うまくいってレイナさんもホッとしています。出展はヴァルキリープロファイルからです。

 緑と青の光は朧気な記憶に捏造した想像です。ゲームとは違うかもしれません。


 


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54.戦乙女とゲヘナ3

 

 

 「くそっ!なんなんだあの女は!?それに八本指の切り札が聞いて呆れる!こんなことなら屋敷に残っているべきだった!」

 

 1人の貴族が人通りの少ない路地を逃げていた。

 

 それは、ある日城で出会った戦士長の恩人を語る女が現れ、それが男の好みにどストレートだった事から、しつこく言い寄っていた貴族の男。

 

 それから、あの手この手で女を物にしようと画策した。中でも王国を廻ろうと誘いにのった時は、千載一遇のチャンスとなったのだが、もう少しというところで、我慢できずに行った事が女の機嫌を損ねて失敗してしまった。

 

 王の恩人でなければ、貴族に恥をかかせたと強引に連れ込むこともできただろうと歯噛みする。

 

 そんなむしゃくしゃしていたときに、今回のショーを楽しみに八本指の招待を受けて、そこにその女がどんな間違いか来たときは、自分の運が向いてきた事を褒め称えたかった。

 

 彼女といる老執事などすぐに殺して、自分に与えられた部屋で、彼女を組伏し、嫌がっても逆に良い味付けになるだろう。そんな光景を思い浮かべ、興奮した男の顔は、彼らが謳う高貴な血を持つ貴族とは、程遠い醜さであった。

 

 暴虐と甘美な限りを尽くし、心が折れるまで楽しもう。

 

 そう決めてた男の醜悪な考えは、六腕と彼女たちの戦いが始まってすぐに暗礁(あんしょう)に乗り上げた。

 

 最初は2対1と有利な展開だったが、時間が経つに連れておかしいことに気づく。女は強かった。彼女だけではない。年老いた執事もは六腕の2人を相手取り余裕があった。

 

 そうして1人1人とやられるのを見て、もう八本指も六腕もダメだと見限った貴族は、呆然とする他に貴族を放って、早々にその場を立ち去った。

 

 しかし、あの時の自分は興奮のあまり、浅慮にも、あの女の前に顔を出してしまった。

 

 王に顔が利く彼女が、証言すれば自分の居場所はもう王国にはない。誤魔化すことも考えたが、彼女は何をしているかわからないが、王との謁見以外にも、戦士長も交えて会っているという噂がある。

 

 それほどの信頼をされているのならば、王がその話を信じるのは目に見えている。

 

 そうだ。

 

 悔しいが、王国の情報を持って帝国の内通者を頼り、王国から逃げよう。

 

 これからの事を考えながら、進んでいた男は自分の目の前にある壁に気づかずにぶつかる。()()()()()()()()()それに男は弾かれ、尻餅をついた。

 

 「こんな時に!邪魔だぞ貴様!?私を誰だ・・・と、な!?」

 

 人間とぶつかった時に似た衝撃に貴族は文句を言おうと相手の顔を見てーーー凍りついた。

 

 自分がぶつかったのは大きな緑色の壁。しかし、その壁の上には、人の顔のようなものが、様々な感情に歪んで浮かんでいた。

 

 その壁がゆっくりとぶつかってきた貴族の男に振り返る。

 

 そこにあったのは、大柄の図体とは不釣り合いな顔で、やる気もない表情で見てくる名前も知らない悪魔。しかし、モンスターは貴族の姿を確認すると、瞳に意志が宿る。ただそれは自分を餌さだと認識しての感情であり、歓迎できるものではなかった。

 

 「ひ、ひぃぃぃ!?や、やめろぉぉ!?」

 

 貴族はあまりの恐怖に動けずに。体を捕まえられ、一飲みにするほど口を開けてから、体を持ち上げられ始めて、何をするのかわかり、もがいて脱出しようとするが、捕まえている手を解くことは出来ずに、身体中からあらゆる体液を漏らしながら、なすすべもなく、かの悪魔に呑まれるまで貴族の男は醜態を晒し続けた。

 

 

 

 

 王国は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄へと化していた。

 

 炎で照らされた空を飛び交い、王国の古風な街並みを闊歩(かっぽ)するのは、命ある者の不倶戴天(ふぐたいてん)の敵とされるアンデッドに並び、その残虐性から恐怖される存在の悪魔。

 

 戦える者は皆、武器を取って迎撃するも、数が減って安心する間もなく再召喚され、押し返し始めたところで体力に限界がある人には苦しい戦いとなった。

 

 そうなってくれば迎撃ではなく退避を選び、王国の兵士の伝令を聞いた者たちは王国内の各拠点への避難を始めていた。だが避難が間に合わず、悪魔の餌食になる者も出始める。

 

 「家族には手を出させんぞ!悪魔どもめ!」

 

 「あんたぁ!?」

 

 「お父さん!?」

 

 「娘を頼む!早くいくんだ!」

 

 多くの者が自分を犠牲に大切な者を守るために散っていく。またここでも似た光景が繰り返されそうになっていた。悪魔の牙から果敢にも家族を守ろうと、倉庫にあった(くわ)を手に挑む男。しかし彼が握るのは護身用とは言えない農具では悪魔に対抗できる筈がなく、彼にとって決死の一撃だとしても、下手な軌道は悪魔に簡単に見切られ、根本から叩き折られた。

 

 「ぐっ!!やめろ!家族には手を出すな!」

 

 「ああっ!そんな!?・・・」

 

 「ママァァァ!!」

 

 ギャギャギャ!

 

 折られた元(くわ)だった物を今だ正眼に構える彼の必死の抵抗を嘲笑い、守ろうとした家族には他の悪魔が進路に割り込み退路を断たれてしまう、なんとか家族の元へ行こうにも、対峙していた悪魔が見逃すはずもなく、彼の命も狩ろうとその凶爪を伸ばされた。

 

 「水晶の短剣(クリスタルダガー)結晶散弾(シャード・バックショット)

 

 振り下ろす一歩手前のタイミング。イビルアイが現れ、上空からの魔法により、男を襲っていた悪魔の頭から結晶の短剣が突き刺さり、続けざまに放たれた結晶の散弾が、線密に制御された事で男の家族を避けて群れを凪ぎ払って悪魔を殲滅し、彼らの窮地を救った。

 

 「あ、あんたは蒼の薔薇の・・・す、すまない!」

 

 さすがは王国で2つとない(最近3つになった)アダマイタント級の冒険者。その知名度は市井に広く知れ渡っており、彼女の姿に絶望の表情をしていた市民たちは希望に笑みを浮かべる。

 

 だが、そんな事で足を止めようならば、彼女の多少は気を使うようになっても尚、きつい物言いで叱咤を飛ばす。彼らもそれがわかるから、すぐに動き、妙な軋轢を生みはしないが。

 

 「礼などはいいから足を動かせ!決して止まるな!ここから次の角を曲がって真っ直ぐ進めば王国の兵が市民を集めて防衛している場所がある!」

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 「ああ、あなた!」

 

 「お姉ちゃんありがとう!」

 

 「礼はいいと・・・いや、いい。速く行くんだ!!」

 

 先程からこうやって助ければ、舌の根が渇かぬ内に感謝を返される事は満更でもなかった。彼らに近くの避難場所を伝えて、追っ手がないよう悪魔を一掃してから。次に向かうを繰り返しているイビルアイ。

 

 彼女は自分の中から溢れる魔力を駆使して悪魔を駆逐していく。その源はレイナから譲り受けた人間化の指輪であった。

 

 普段でも彼女の種族柄、魔力は高いが、それでも限界はあったし、1体1体の悪魔はたいした事はなくても、数の多さから魔法の連続使用で悪魔を数十になるまで倒せば、魔力切れになってもおかしくなかった。

 

 だが、ここ最近チーム内での食事(その量にラキュースたちは言葉を失ったが、その頬張る姿が可愛いと、すぐに好評になってるのを彼女は知らない)の際以外にも人間になって行った食事は、元に戻るとエネルギーに変換され、それはイビルアイの身体能力や魔力の蓄積量や回復量に、いい方で作用したのだ。

 

 会敵した悪魔を滅ぼすと、再びフライを使って空に舞い上がり、目につく悪魔を倒しながら、市民の避難誘導を行っていく。

 

 「また改めて御礼を言った方がいいだろうな・・・」

 

 思わぬ副産物に、懐かしいリーダーに似たあのお節介女を思い出す。その時にはまたあの甘くて美味しい飲み物を頼んでみようかと考えながら、イビルアイは油断せず、時には魔法で作った剣を使って消耗を抑え、市民の危機に全力の魔法を使用するのだった。

 

 

 

 「倒しても倒してもキリがない!やはり本願を叩かなければ、このまま続くのか・・・だが、しかし・・・」

 

 あの場の避難を終えた彼女は他の場所への援護を行うべく、次へと飛んでいった。防衛を心配したイビルアイであったが、ちょうど戦士団の精鋭が来たことで、そこは任せることにしたのだ。

 

 そうして何十もの悪魔を屠るも、減った側から再び数が増え、気のせいでなければ悪魔たちが強くなってきている。元凶はやはり、この王国全体を取り囲む炎なのだろう。それを発生させた者がいるであろう場所も目星はすぐについたが、自分ではどうすることも出来ないとわかっていた。

 

 「くそっ!何がアダマイタント級冒険者だ!彼女に任せることしか出来ないとは・・・ええい!癇癪(かんしゃく)も弱音を吐いてなどいられるか!今できることもしないで英雄だなんて間違っても名乗れないぞ!」

 

 悪魔の大量召喚があったときから、イビルアイは膨れ上がった気配に気付いていた。彼女と出会うまでの彼女だったならば、仲間たちと共に尻尾巻いて逃げるのを選んでいたかもしれない。

 

 もし対峙していれば逃げる事もできずに殺されていただろう。その近くにレイナの気配が訪れ、衝突しているのが感じられた。

 

 やはり嫌な読みは当たり、あり得ない魔力の塊が増えたのだ。それも大量に。絶望してもおかしくないのに、戦況がどうなっているのかはわからない。ただただ無事を祈るだけしか出来ない自分に歯噛みする。だからといって自分が行ってもなんの役にもたたないだろう。ただ足手まといが増えるだけだ。

 

 幸い冒険者や戦士団協力もあり、市民の避難は進んでいる。最悪王国を放棄する事を考えながら、逃げ遅れた市民を見つけては誘導する。

 

 まだ魔力には余裕がある。機動力を上げるために魔力をフライにあてて速度を上げていく。だがそれに集中したのがいけなかったのだろう。この時のイビルアイはアンデッドの沈静化も働いておらず本人が自覚ないまま焦っていたのだ。そこへ横から襲い掛かる悪魔に気づかなかった。

 

 「何!?」

 

 その悪魔はこれまでの圧勝してきた悪魔とは早さが違った。歴戦のイビルアイにも、姿を追うことが出来ずに、気づけば手遅れの距離に詰められ、伸ばされた鋭利な爪が彼女の胴体を捉えていた。

 

 「くっ!?次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)!」

 

 咄嗟に魔法を唱えて避ける。距離ができた分、姿も捉えれるだろうと目を向けたイビルアイ。が次の瞬間、衝撃が彼女を襲った。フライは解けて、そのまままっすぐ落下する。何が起きたのかわからずに混乱するなか、なんとか地面に墜落するのは避けて受け身をとると、先程まで自分がいた位置を見上げる。

 

 そこには当然、悪魔がいた。

 

 今まで無双できていた悪魔とは姿が違った。

 

 全体的に黒みがかかって細身になり、骨が浮き出ている背中の翼も大きく、先程の高速移動もそれだけではないだろうが、凶悪なつり目は一緒だが、その瞳には知性が感じられる。

 

 そんな悪魔が2体。

 

 イビルアイを叩き落としたのは片割れだろう。先の攻撃の正体もなんて事はない。悪魔は1体が囮になり、彼女を撹乱して、魔法での移動を見ていたもう1体が、回り込んでいたのだ。

 

 「少し目立ち過ぎたか・・・いや、運がいいのだろうな。こんなやつが私以外を狙えば地獄だっただろう」

 

 この悪魔たちは他に比べて別格だった。もし、自分以外が出会ってしまえば大虐殺は免れなかったほどに。

 

 イビルアイの見立てでは、それほどの実力差はないと感じられたが、それが2体ともなると苦戦を強いられる。1体に集中しようにも出来ずに、片割れの接近を許してしまい浅くない傷を負ってしまい損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)で大きな傷は魔力を大量に消費することで防いだが、代償に魔力がゴリッと削られる感覚に焦りがつのる。

 

 このままではいずれ魔力が枯渇(こかつ)するのも時間の問題だ。まともに戦えなくなった自分は、なぶり殺されるだろう。

 

 何か手を打たなければ、すでにじり貧になったこの状況では死を待つしかない。同じ手を使うのは躊躇したが、そんなことも言っていられないくらいに彼女は追い詰められていた。

 

 再び次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)で2体を同時に視界に納めることで、一気に魔法で削りきる。そうしようとして、その判断が間違っていたことに気づいたのは、移動した直後。

 

 「なっ!?さ、3体目だと!?」

 

 2体の悪魔を視界に納めながら、同じ姿をした悪魔が死角から襲撃してきたのだ。やられた!やつらは元より3体で、こちらのパターンを読んできたのだ。

 

 その悪魔の攻撃は辛うじて防ぐが動きが止まる。そんな彼女に3悪魔は一斉に攻撃を仕掛けた。・・・防げない。防いだところで2体目3体目の攻撃がイビルアイの体を貫くだろう。今までの思い出が走馬灯で見えるなか、最後に見えたのは、何故か自殺して死んでしまったリーダーの事。

 

 なぜあの英雄になったリーダーが自殺をしたのかは、知らせにきた、あの気に入らない老婆には聞いてなかったなと考え、いや、聞くのが怖かくて逃げたのだ自分は。

 

 もし、死んでリーダーに会えたのならその事を聞いても良いだろうか?

 

 諦めたイビルアイはソッと目を閉じ、最後の瞬間を待った。

 

 「でやぁぁぁぁ!!」

 

 そこへ黒く大きな影が彼女と悪魔の間に入り込み、向かって来ていた悪魔を一閃。3悪魔は上半身と下半身を分かたれ、地上へと落ちていった。

 

 驚くイビルアイがその正体をみて驚く、噂で聞いていたよりも大柄で、黒い全身鎧を着込んだ戦士。前代未聞の速度で自分たちと同じアダマンタイト級の冒険者になった漆黒の片割れモモンであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 モモンガがイビルアイを襲った三つ子の悪魔を切り裂く少し前。

 

 彼は焦る思いを封じ込め、悪魔たちを狩っていた。最初の内は自分を足止めするために直接襲ってきたのが、ある時を境にそれが変化、モモンガではなく悪魔の出現にパニックになっている市民を狙い始めたのだ。

 

 その時モモンガのなかでは、幸いだとそのまま進んでしまおうかという思いがあった。しかし、その市民の中に子供を連れて逃げる家族の姿とレイナの姿が浮かんだ時、彼はその家族を追う悪魔に急接近して、吹き飛ばす。直後、悪魔が上空から取り囲みモモンを襲うが、剣を振り回して問題なく対処できたが、今から走っていては、間に合わない人々を襲う悪魔の群れ目掛けて剣を横向きに投擲。

 

 凄まじい速度で回転しながらグレートソードは悪魔たちを巻き込んでミンチにした。

 

 助けられた彼らはモモンガの姿に御礼を言うが、モモンガにそれを聞いている余裕はない。この時から悪魔の標的は向かってもすぐに殺されるモモンではなく、無力な一般人に変わったのだ。次々と市民を襲いモモンガはその場に縫い付けられた。その場は制圧してもまた別の場所で悪魔が市民を襲うのを目撃しては対処に追われていく。

 

 さらに、彼を苛立たせるのは、彼女の異変を察知してナーベと漆黒の剣たちと別れた直後にナザリックを任せていたアルベドからの妨害でも受けているのだろう途切れ途切れのメッセージ。

 

 『モーンガーま!今すーお伝えーーこーがあーます!』

 

 彼女はモモンガがアインズとして名を変えているのを知っているのに、モモンガと呼んだ。それほどに慌てていたのだろう。モモンガも注意することなく用件を聞くと驚くべきことにナザリック第7階層で僕たちの反乱が起きて、そちらの対応に忙しく、丁度良いと願おうとした増援がこられない事を知った。

 

 反乱。そうきいたときモモンガの頭は真っ白になりかけた。この世界に飛ばされ、自分がロールで悪役をしていただけの元人間である時点で一番恐れていた出来事である。

 

 アルベドが言うには灼熱地獄のモンスターとNPCが、あの紅蓮まで率いてナザリックに反乱を起こし、今はシャルティアとコキュートスがガルガンティアと共に鎮圧に赴き、一時はその下の階層を突破されるところまで行ったが、打倒レイナで修行をつけた彼ら2人によって押し返し、今は膠着状態だという。

 

 それから向こうの要求は何もなく。ただ占領しているだけなのが不気味だという。アルベド自身そこに赴き不敬なやつらを殲滅したいと言うが指揮の都合上、彼女の身に何かあれば取り返しのつかないことが起きるとモモンガが説き伏せていた。

 

 ナザリックからの増援は望めない。

 

 彼女の代わりになるデミウルゴスはどうしたときいても、所在がわからないときた。さらにウルベルトとベルリバーの姿もないという報告にモモンガの嫌な予感は大きくなるばかりだ。

 

 この世界の住人はレベルは下で、今彼女が苦戦しているのは何故か。

 

 彼らは今どこにいるのだ?

 

 彼女程の強者が苦戦してる理由は?

 

 どうして同時に事が動いた?

 

 どうしてこちらの動きを封じるような策を立てられる?

 

 もし、彼女を襲っているのが彼ならば・・・

 

 「くそぉぉぉぉ!」

 

 悪魔を蹴散らすが数は再び召喚されて、市民を襲う。モモンガは全く進まずに、推測が当たっているのならば、彼の思惑通り足止めされている。

 

 信じたくはない。昔の友が自分達を裏切った等とは。

 

 その牙が彼女に伸ばされていることに。

 

 どんどん増える状況証拠が、モモンガに突きつけられる。

 

 その怒りと悲しみに、モモン動きは精細に欠けてきており、悪魔の殲滅に手こずってきていた。

 

 「ぐっ!?間に合わん!」

 

 そして遂に、モモンガがどうしても助けられないタイミングができる。剣の投擲も間に合わず、悪魔が一般市民を攻撃しようとした時。

 

 「はぁぁぁ!」

 

 白い鎧を着た女が夜空のような刀身を持つ大剣を盾のように構えて、悪魔の攻撃を防ぐと、彼女の背に浮かんでいた剣が動きの止まった悪魔を次々に刺し貫いた。

 

 モモンも情報だけは知っていた。王国の2つしか存在しないアダマイタント級冒険者蒼の薔薇のリーダー、ラキュースであった。

 

 「あなたがレイナ様が言っていた漆黒のモモンさんですね!?ここは任せて行ってください!」

 

 「そうだが!大丈夫なのか!?」

 

 「ええっ!数が多いだけですから!ここは私たちに任せて行ってください!」

 

 モモンの肯定にラキュースはモモンの方を振り返らずに、それだけ言うと、悪魔の群れへと突っ込んでいく。だが彼女1人ではここの悪魔たちを倒し、市民を守ることなど出来ない。そう1人であれば・・・。残った悪魔が動くもその影に何かが刺さると悪魔は身動きがとれなくなった。物陰から飛び出す影が2つ。蒼の薔薇の双子忍者ティアとティナである。

 

 「悔しいけど私たちじゃ行っても邪魔になるだけ」

 

 「でもあの人が助力を求めて呼んだあなたなら」

 

 よく見れば彼女たちの体は震えていた。きっと今から向かう先にいる巨大な気配に怖くて仕方がないのだろう。それでも彼女たちは自分が出きることをしようとしている。

 

 それは対抗できるだろう者を、送り届けること。モモンは彼女たちに感謝しつつ、再び地面を蹴って王国を走る。

 

 「・・・助かる!」

 

 さすがはアダマンタイトの冒険者だと思うモモン。そんな彼の背中を見送り、ラキュースたちの戦いは再開された。

 

 「2人ともまだまだいける?」

 

 「問題ないボスこそ大丈夫なの?息上がってない?」

 

 「リーダーがそんなじゃ頑張れない。でもレイナ様が頑張っているのにこんなことで根を上げたくない」

 

 いつもの軽口を叩く2人にラキュースの笑みがこぼれる。こんなときでも普段通りの2人に心配した自分が馬鹿みたいだ。

 

 一瞥した先には自分では到底立ち向かえそうにないバケモノの存在がある。そこにあの人がいなければ自分は絶望に動けなくなっていただろう。今も油断すれば足が震えて、折れてしまいそうだ。

 

 「いくわよ!」

 

 「「了解!」」

 

 だから恐怖に震える自分自身を大きな声で鼓舞して、託せる人を送り出す。あとは体力が尽きようとも、受けた役割を(まっと)うする!

 

 「あれは・・・」

 

 そして、モモンは3体の悪魔によって追い詰められたイビルアイを見つけ、今のままでは手こずると考え、ユグドラシルでは魔法使いがたまに気晴らしで、前衛が出来るようステータスを丸々戦士にして遊べる魔法(ただし使用できる魔法は制限されたりとデメリットはある)完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)を発動させた。

 

 戦士レベル100相当の脚力(きゃくりょく)からの踏み込みは、弾丸となって彼女たちの戦域に軽々と届かせ、唖然とする両者を無視して、悪魔だけを瞬殺するのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 「一体どういうつもりなんだ・・・明さん。零さんを説得するんじゃなかったのか?」

 

 身体中が口がはえている異形は悪態をつきながら、夜の王国外壁の上に現れる。彼の目には悪魔に蹂躙(じゅうりん)され、燃える王国がハッキリと映っていた。

 

 「計画を実行するにも早すぎるし、最終手段だったはずだろう!」

 

 メッセージも通じず、ここからは聞こえないとわかっていても、彼ベルリバーこと隼人は声を張り上げずにはいられなかった。信じていた人物の凶行。だがそこに彼らしくない動きに疑問が浮かぶ。

 

 「様子が変わったのはあの時から・・・王国は間に合わなかったが・・・まだ救えるはず・・・んっあれは・・・」

 

 彼が見た先には見た覚えのある人物が、市民を襲う悪魔を殴り飛ばし、その横で己の巨体を使って一般人それ子供たちを守る巨大な毛玉が、蛇のように伸縮自在な尻尾を使って近づく悪魔を蹴散らしている姿。だが数に押されるその様子に余裕は無さそうだ。

 

 「あんたがそうなら・・・俺は俺のしたい事をする」

 

 ベルリバーは自身のアイテムBOXから、装備を取り出し、中でも醜悪な見た目を隠せるかもしれない認識阻害の効果を持つマントを羽織ると、渦中の王国に飛び込んでいくのだった。

 

 

 

 

 担当していた八本指のアジトを鎮圧してすぐに、悪魔の出現に戸惑うも、ユーリことユリ・アルファーと元森の賢王ハムスケは悪魔からの敵意に気付くと、迎撃しながら街に出た。

 

 そこは悪魔たちによって地獄と化していた。悲鳴が上がるなか悪魔を相手取り奮戦するも、道中、親からはぐれた子供が多く、それらを放っておく事ができなかったユリは、彼らを保護しつつ、どこかから聞こえる避難場所へと向かっていると、予想以上の数の悪魔に窮地に立たされていた。

 

 「ユーリ姫!数が多いでござるよぉぉ~!?」

 

 「泣き言いう暇があったら手も尻尾も動かす!そのための訓練はいっぱいしたでしょう!?」

 

 「そうでござるけどぉ~!?厳しいで「うわーーーん!?怖いよぉぉ!?」「おかぁさぁぁん!」おおっと怖がることないでござるよ!拙者が護るゆえーーー」

 

 その時、遂にハムスケの尻尾の攻撃を掻い潜ってくる悪魔がいた。悪魔はハムスケではなく彼女が守る子供を狙っていた。

 

 「くっ!?」

 

 ユリも慌ててカバーに入ろうとするが間に合わない。その時ハムスケの体が光に包まれ、彼女の感覚が引き伸ばされる。さっきまで目で追うのがやっとだった動きがスローモーションに変わり、悪魔が伸ばした爪を、本来はかわいらしい爪を使い余裕で弾くと、伸びきっていた尻尾は今まで以上の俊敏さで戻り、残虐な笑みから防がられて驚愕を浮かべる悪魔の横っ腹に叩き込み肉塊へと変えた。

 

 「やるじゃない!ハムスケ!」

 

 「あ、いや拙者もなにがなんだが・・・」

 

 それにユリは思わず誉めると彼女は不思議そうに己の腕を見つめるそこへ、降り立つ影。その存在に悪魔たちは一瞬動揺するも襲いかかったが、彼が来た時点で勝負はついていた。

 

 "聖属性付加(ホーリー・エンチャント)" "鎌鼬"(かまいたち)

 

 彼が取り出した剣に、光が集い輝き出す。

 

 その光ごと無造作に振るった。

 

 その場にいたので誰がその過程を見れただろうか?

 

 子供たちやハムスケ。そして、上位の実力を持つユリでさえ、それがわかったのは、彼が振り終えた後。

 

 その力が向かった当事者の悪魔たちさえ例外ではなかった。

 

 飛びかかっていた悪魔を聖なる属性がかかった真空の刃が悪魔をバラバラに切り刻むと血が飛び出すより早く、白き炎に包まれて消滅したのだ。

 

 この時彼には2つの選択肢が出た。

 

 悪魔を倒す。

 

 そう思ったときに1つ目の異形の本能が叫んだ。

 

 "喰え"と

 

 確かに彼はこの時、異形の力を自然と使えた。しかし、彼の体は異形でも心は人間だ。彼は本能ではなく理性を選んだ。そもそも、認識阻害効果を持つマントを羽織ったのはなんのためだったのか。使うのは本能ではなく理性。マントと一緒に取り出した一振りの剣。

 

 かの世界で、引退する最後まで使った人としての武器。

 

 魔法戦士としての2つ目の選択肢を選んでいた。

 

 「ひっ」

 

 「えっ」

 

 すぐそばに着地したベルリバーに、気付いた子供たちが振り向くと怯えた声が洩れた。

 

 マントをつけたのは一番はやはり、異形の体を隠すためだが、やはりマントで全身を隠しては、怖がらせてしまったようだ・・・。

 

 現れたベルリバーに緊張が張り詰めそうになる中、ユリが彼の前に出て、それが敵意のないものであったのは助かったが、躊躇なく、かしづきそうになるのを、手を前に出すことで止める。

 

 「・・・今はユーリでいいんだよね?やまいこさんの・・・」

 

 「ベルリバー様。その通りでございます」

 

 「ううっ・・・」

 

 「ユーリ姫?知り合いでござるか!?」

 

 「あっ、は、ハムスケも!こ、これはご無礼をっ」

 

 ハムスケの言葉や彼女の背で震える子供たちの態度にユーリは少し慌てているようだった。・・・そういえば、ユグドラシルでは悪のカルマ値であった事を思いだし苦笑する。彼女は心証を悪くすれば。自分がハムスケや子供に危害を加えるかもしれないと考えたのだろう。

 

 「こんなマントをつけていれば仕方がないさ。少し事情があって姿を見られるか訳にはいかないんだ。ごめんよ」

 

 「あっ・・・」

 

 なるべく優しい声色を意識して、気にしていないと告げると子供たち、さらにユリも安心できたようだ。すると1人の子供、女の子が、オズオズと伏せていた顔を上げて自分を見上げる。

 

 「た、助けてくれたのに、怯えてごめんなさいお兄さん・・・」

 

 「・・・いや、君は悪くない。怖がらせてしまったね。でも礼が言えた君は良い子だな」

 

 ちゃんと隠せているか不安だったが、心配はなかったようだ。礼を言う女の子の頭を褒めながら撫でると、彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。続くように他の子供にもお礼を言われる。視界の端でホッと一息つくユリの姿も見えて、やっぱり助けて正解だったとベルリバーは思う。

 

 そうして次に、子供たちを彼が来るまで守っていた大きな毛玉の動物?に目を向ける。

 

 「君もご苦労だった。しかし、聞いてはいたけど本当にハムスターなのか?大きいし。尻尾は蛇の鱗?それにハムスケ・・・か、名付けたのはモモンガさん・・・なん・・・だよな?相変わらずだなぁ・・・」

 

 「いやぁ~手を貸してくれなかったら危なかったでござるよ」

 

 自分が来るまで持たせた彼女に担う言葉をかけると照れたように頭を掻くハムスケ。その姿と名前にギルド長の変わらないセンスへの評価に対してのベルリバーの呟きは、幸い彼女たちには聞こえていなかった。

 

 「まぁまずはこの状況をどうにかしてからだな。ユリ、後で話をお願いできるかい?」

 

 「わかりました」

 

 「う~、またぞろぞろときたでござるぅ~・・・」

 

 つい先程殲滅したというのに、騒ぎを聞きこちらの方が驚異だと判断したのか、他の逃げる人間よりも、ここに集まってきた悪魔。

 

 だが、ベルリバーが加わり、ユーリとハムスケに支援魔法をかけ、彼が来たことで手数が増えたことで集まった悪魔は、比較的に楽に殲滅できた。すぐに新たな悪魔が現れるので、油断は出来ないが、会話をする時間ぐらいはとれるはずだ。

 

 「じゃあ早速聞いてもいいかい?」

 

 「もちろんです。実は・・・」

 

 彼女たちも八本指の拠点の上空から降下し、奇襲を仕掛け、そこは問題なく制圧が完了。拘束して、モモンガとの合流を考えていると、悪魔の襲撃。最初はナザリックの者かと思ったが、彼らはユーリたちさえ標的にして襲ってきた。

 

 やむ無く応戦して、王国を駆けるとそこは既に火の海。なんとかモモンガとの合流を考えたが、子供がさ迷っていたのを見つけたのだ。親とはぐれたのか、それとも・・・と考える間もなく、善のカルマ持ちのユリが保護したまではいいが、足は当然遅くなり、更に道中でも、子供を救助していると取り囲まれてしまったのが、先程の状況だったらしい。

 

 これまでの経緯を最後まで聞き、事情を知ったベルリバーは、今にも泣きそうなのに我慢している子供たちの姿を見て、悔しそうに拳を握る。

 

 「ユリ・・・ここは任せて大丈夫か?」

 

 「先程は危なかったですがベルリバー様のおかげで悪魔も減りましたので、これからこの子達を連れて避難場所へいく予定です」

 

 「すまない。かけれるだけの支援魔法を使ったから、どうか無事でな」

 

 「道理で力が湧いてくるのでござるな!先程は不覚をとったゆえ、今度は任せるでござるよ!」

 

 「ああ、よろしく頼むぞ!」

 

 ベルリバーへの返事に、弱音を吐いてたというのに調子のよい言葉を吐くハムスケに、またこの子はとユリが頭を抱える姿に、ベルリバーはやはり、ここはと確信する。

 

 ハムスケの悪魔の攻撃を防いでいたとは思えないフワフワの毛を撫でる。激励も込めて行動だったが、なんとも言い難い触り心地に手が止まらないベルリバー。そう言えばリアルでペットを飼うか悩んだりもしたなと想いを馳せる。結局は彼も仕事が忙しくて、世話が出来ないと諦めたのだ。

 

 「おお~殿と勝るにも劣らない手腕でござるぅ~」

 

 「こ、これは・・・」

 

 こんな時だというのについ魔が差して無遠慮にお腹を撫で続けてしまったが、彼女の反応から悪い気はしないらしい。ベルリバーも想像以上の触り心地に、やめどきがわからずに戸惑っていた。

 

 「・・・・・」ジィー

 

 ・・・それをユリは隠すつもりもないのか、じっと羨ましそうに見つめてきた。彼女の場合さすがにお腹を触るわけにはいかずに頭をナデる事になったのだが、ハムスケとは別に、手触りの良い髪質や恥ずかしそうに俯く美女の姿を見れたのは、ちょっとした役得であった。

 

 思わぬ形で英気を養い、1人と1匹に子供たちと別れ、跳躍して建物の屋根に飛び移ると、改めて街の惨状にベルリバーは目を細める。

 

 「これは夢じゃない。本当に起こっていることなんだ」

 

 眼下でユリとハムスケが支援魔法のブーストで、悪魔を蹴散らし、退路を確保する姿や市民を守ろうと戦う王国の兵士たち。

 

 「明さん。今の貴方がやってることは貴方が信じる悪なんですか?」

 

 あの日、例の事が起きて脱け殻のようになった彼の姿を思い出す。なんとか一命はとりとめたものの、眠り姫となった彼女を起こすために、彼がどれ程身を削ったのかを知っていたベルリバーはどんな事でも協力しようと決めていた。

 

 懐かしい友人と命を持った彼ら彼女たちに出会ってなければ。

 

 思えば自分は、リアルでも後方支援に甘んじて、前線に立つことはなかった。ユグドラシルでは魔法剣士で、どちらもこなせる職であったが、傾向は同じだったと思う。何の奇跡か、ユグドラシルの肉体であっても、パソコンしか取り柄のなかった自分が前線に立つのは、感慨深くあった。

 

 彼女と同じ土俵に立てた気がするから。

 

 あの日、既に情報は渡すべき相手に渡っていたが、それを知らない企業は、自分が握る証拠を消そうとして、命を狙ってきた刺客が、影から飛び出した漆黒に次々と倒れていく。味方がやられていき、最後の1人となった者が、銃を乱射。

 

 その凶弾が自分を捉えたときに、押し倒された。自分に馬乗りになった状態で、彼女は半狂乱になっているそいつに銃を向けて、眉間に1発の銃弾を撃ち込むことで黙らせた。

 

 左肩を押さえながら立ち上がる彼女。彼女が現れた際に、身を隠すなりしていれば良かったのに、思考停止して、動かないノロマなんて捨て置けば良かったのに・・・

 

 自分の性だと自責の念に捕らわれていた自分に優しく声を掛けられる。

 

 間に合って良かったと。

 

 庇って受けた傷のことを聞けば、スーツが護ってくれたから問題ないと銃弾が当たった所を叩いて笑う。ならどうして痛そうにしているのかと聞けば、苦笑してから「衝撃までは防ぎきれないから」と。

 

 怪しく光るバイザーと一般的に使われているガスマスクを小型にしたもので、表情はわからなかったが、彼女は優しい口調で、その後も語りかけてきた。

 

 先行きのない自分の身の上話を聞き終えた彼女は、ソッと手を伸ばしてる。その意味を理解すると同時に思い出す。

 

 情報を洗うなかで、企業が忌み嫌い。企業による支配世界を揺るがしかねないと、一部の警察関係以外徹底的に情報を秘匿され名前もない存在。

 

 しかし、自分の印象は違った。眉唾なものか、大袈裟に誇張されたものだと思っていた人物が目の前にいて、その流れるような動きは美しく鮮烈で。

 

 現実はどこまでも暗く冷たい世界で

 

 磨かれた技は美しく強く

 

 彼女の声はどこまでも優しかった

 

 そんな求めて止まなかった救世主(ヒーロー)

 

 その名は自然と浮かんできた。

 

 

 

 

 

 戦乙女(ヴァルキリー)

 

 

 

 

 

 「他にいくところがないなら、私といかない?」

 

 「!・・・ああっ!」

 

 倒れたままの自分へ差し伸ばされた先から見上げる彼女。

 

 既に失くしていた自分の人生だ。拾われた命に対して少しでも恩が返せるならと、彼女の伸ばされた手を掴んだ。

 

 

 




 ゲヘナで出てきた悪魔たちの名前が調べてもわからない!

 という訳で見た目の説明だけになります。オリ悪魔も

 もし嫌な人がいたら、ごめんなさい。orz


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55.戦乙女とゲヘナ4

 


 

 

 

 『少し話があるんだがいいか?』

 

 『いいけど何かしら?もうすぐ作戦が始まるから手短にお願いしたいのだけれど』

 

 『あ、ああそうだな・・・』

 

 あれはまだ互いに協力関係は築くも信頼できていない時期、協力しての初めての作戦前、隼人と同じく後方で控えているはずのレジスタンスのリーダーから声を掛けられた。

 

 彼は私の顔を見ると、難しい表情を作り、口を開く。

 

 『その・・・いや、頼みがあるんだがいいか?』

 

 『出来ることなら』

 

 『・・・素顔を見せてくれないか?』

 

 そう言えばまだハッキリとは顔見せはしていない。協力を取り付ける切っ掛けになった元から彼と繋がりのあった隼人ならばいざ知らず、私は正体を隠していた。ちゃんと空気が浄化されている室内と言うことで、ガスマスクの方は外しているが、各種機能付のバイザー越しで彼らとは接している。

 

 作戦控えた場面で、今からしようとする対応では印象が悪くなり、支障が出るかもしれないと考えるが、やはり、メリットよりデメリットの方が大きく、一旦は断る事にした。

 

 『ごめんなさい。まだ完全に信頼出来てる訳じゃないから』

 

 『そ、そうだな。いや悪い』

 

 『いいのよ。でももしこの作戦が無事に終わったら考えてあげる』

 

 『そ、そうかっ!』

 

 大人なのにすごく落ち込んで見えた罪悪感から、つい期待させる事を言ってしまったが、考えるってだけなのに、嬉しそうに笑う。彼は私の容姿がそんなに気になるのだろうか?しかし、彼の反応は懸念していた嫌悪という感情はなく、去っていく背中には、どこか既視感がある気がして、首を傾げるのだった。

 

 

 

 「「散開!!」」

 

 どちらとともなく叫ぶとお互いに逆へと駆け出した。その間を何発もの破壊の魔法が撃ち込まれたのを回避して、そのまま2手に別れた。

 

 すぐ近くの分身体であろうウルベルトの分身を切り刻み消滅させる。魔力は高いようだが、耐久力も魔術師のためか、少し高い位で全く通用しないなんてことはなかったが、安心は出来ない。これだけ分身を生むのならば向こうも様子見であるのが窺えるからだ。

 

 「おいおい、酷いじゃないか分身とはいえ恋人を切り殺すなんて」

 

 「だったら分身の後ろに隠れずに、直接来たらどう?もっと強烈なのを叩き込んであげるから!」

 

 「おおっとおっかないな。でも、そんな所が好きだ」

 

 「この状況で、よくもそんな!」

 

 先程の激昂が嘘のように茶化す言葉と、すぐに場違いな台詞に、やはり今の彼は正常ではないと確信する。

 

 次に向かった分身は、見覚えのある構えをとった事で思わず舌打ちしたくなった。それでも止まるわけにはいかない。ここで止まれば四方八方から魔法を撃ち込まれるかもしれないから。振り下ろした剣に合わせて彼が動き、懐に入り込まれるう。私が振るう剣の持ち手に手を添えーーー。

 

 「ちっ、やっぱり零には通用しないか・・・」

 

 その手を逆の手で掴んで止める。そこから反対側に引っ張り、回転を利用。大きくよろけた彼を背後に周ってから切り捨てた。

 

 「何度組手をしたと思っているの?降参するなら今よ。組手で私に勝てたことある?」

 

 「動きは知っているといいたいのだろう?だがそれはこちらにも言えることだ。確かに勝てたことはないが」

 

 斬られた分身は抵抗もなく霧散したが、会話は引き継いだもう1人に分身がそう答えると、今度は向こうから近付いてきた。

 

 接近を許し、今度は剣を横に振るう。っ掻い潜られた!

 

 剣を振った腕に痛みが走る。下から腕を打ち上げられたのだ。剣は手放すことはしなかったが、当然起動は大きく外れ、体は後ろに大きく弾かれる。

 

 攻撃を防ごうと盾を挟み込もうとしたところで、盾が動かないことに戸惑う。見れば持っていた盾に手が添えられただけで、ビクともしない。驚愕に動きが止まってしまい。彼がその隙を見逃すはずもなく、真っ赤に燃えている手が深く腰を落としたところで構えているのが見えた。

 

 「こんな風にな!!」

 

 「ぐうっ!?」

 

 その手が腹を直撃して、凄まじい一撃に視界が前方に流れて強い衝撃が背中を襲った。

 

 

 

 

 「そう言えばたっちと衝突することは多かったが、こうして本気で戦うことはなかったか」

 

 「ああ、あの時は俺の言葉にも問題があったから、素直に謝って、拳をお前が下げたが・・・今回はそうはいかなそうだな」

 

 彼が言っているのは、クラウン時代の事で、それまでリーダーをしていたのをギルドを結成した時に辞退した要因にもなったあの件のことだろう。

 

『悠々自適に暮らすあんたに何がわかるって!?』

 

『それはーー』

 

『こっちは糞みたいなリアルなんだよ!ゲームの中くらい自由にさせろよ!もういい俺はユグドラシル辞める!』

 

 同じクランの仲間として大目に見ればと言ってくれたレイナのアドバイスを聞いていて、彼の事情も察する事が出来ていたというのにだ。

 

 自分の譲れない正義感から、咎めたことで傷付き離れていった彼の友人。その友人は元より素行も悪く。(リアルの事情によるストレスがあったのだろうが)言動が過激すぎて、行き過ぎたPKKによる衝突は頻繁に起きていた。

 

 あの時はウルベルトの方から殴りかかってきたが、自分にも非があるとして、殴られても謝罪することで収まった。その後も彼とは付き合いが続き、ナザリックを攻略した時には、人知れず肩を叩きあったものだ。

 

 「"光波刃"はぁぁぁぁ!!」

 

 「甘いな!」

 

 「ぐわっ!?」

 

 強力な所が強みであるが消費量が高い十八番の次元断層(ワールドブレイク)では長期化するこの戦いでは、もたないと考えて聖騎士(パラディン)の攻撃スキルによって剣に纏った光が伸びて数体の分身体と悪魔を凪ぎ払う。だが、それを避けた分身体による無詠唱からの雷の魔法を撃ち込まれて、ギリギリ直撃は避けたが、大きな傷を負ってしまう。

 

 「どうしたんだ?お前らしくないなぁ。動きが遅いぞ?」

 

 「ぐっ、ブランクもあるのだろうが・・・。チートは嫌いじゃなかったのか?」

 

 「俺がチートを使っていると?まぁ確かにこの沸き上がる力は異常だよな。だが心当たりはあるから心配するなよ」

 

 「心・・・当たり?」

 

 違法データや課金による有利を嫌っていた昔の彼を思い出しながら、わざと砕けた言い方で情報を少しでもと思い。そう問いかけるが、彼は仰々しく腕を広げると叫んだ。

 

 「愛さ!俺の零への想いがこの力を目覚めさせた!」

 

 「それはスバらしいな・・・」

 

 彼の言葉に棒読みで返す、あとで絶対恥ずかしい事この上なくなる台詞。まともな返事は望んでいなかったし、只の中二病とは笑えればいいが、今の彼は正気を失った危険人物に似た危険な雰囲気がある。

 

 「こんな風にな!」

 

 「ぐうっ!?」

 

 「っレイナ!?」

 

 その時、自分とは逆方向で戦っていた別の分身体の叫びに目を向けると、レイナが腹部を殴られたと同時に凄まじい破裂音が響くと、こちらへ飛ばされ、壁に叩きつけられた彼女が近くに転がった。幸い彼女はすぐに立ち上がったが、ダメージは浅くないようだった。少しふらつく彼女の姿に焦りの感情が浮かぶ。

 

 彼は彼女への愛だの言っていたのに、傷つける彼の行動はちぐはぐで恐ろしく思えた。

 

 「はぁはぁ、い、今のは効いたわ・・・」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 「零もうこれ以上の抵抗はしないでくれると助かるんだが、俺は出来れば君を傷つけたくない」

 

 「せ、説得力ないってわかってるの?」

 

 「君が大人しくするんだったらこれ以上はしないさ」

 

 彼女の言葉に、彼は肩を竦めながら、やんちゃする子供を叱るように言う。言葉だけ聞けば、ユグドラシル時代の彼そのものだが、しようとしている行動はやはり合わない。

 

 気持ち悪い違和感が付き纏う、彼は本当に俺の知る彼なのだろうか?

 

 

 

 

 「・・・大丈夫かレイナさん?」

 

 「ええ、大丈夫って言いたいところだけど、不味いわね・・・」

 

 乱れた息を整えつつ、剣を構える。明の分身体や悪魔たちに囲まれる中、たっちとは背中合わせに立っていると、彼から気遣いの言葉を掛けられるが現状は芳しくないことを告げるしかなかった。

 

 互いにダメージが重なっていたが、レイナがこっそり回復魔法を使うことで、ダメージはすぐに消える。この時ほど自分のビルドが只の戦士ではなく回復も使える育成にしていてよかったと思う。ただMPと呼ぶべき魔力が、少なくなり、リアル化の影響で、それが疲労となり2人を襲う。

 

 ユグドラシルでは、確かにゲーム疲れはあったが、ここまで行動に支障が出るようなものはなかった。

 

 これがリアル化の伴ったペナルティという事に、レイナは歯噛みする。

 

 武技の使いすぎ・・・いや、それ以前にこのハイスペックの体を使い、最近まで結構無茶をしていた反動もあるのだろう。このままではそれが尽きた途端に、悪足掻きも出来ずに、異常な魔力を持つウルベルトに()(つぶ)される未来しかない。

 

 ・・・彼の反応から殺される可能性はないとしても、より酷い結果になりそうで、全く安心は出来ない。ゲームだったらと考える自分の今更な思考が忌々しく感じる・・・。

 

 ここがリアルな世界だと知って行動してきたのだ。今さら後悔するにしても遅いし、無責任に逃げ出すのはもっと違う。

 

 そうやって投げ出そうとする無責任なあり方は嫌いだ。リアルの世界を徐々に蝕んでった屑どもと一緒だからだ。どうにかする力はあるのに、その席に甘んじて、野放しにしたから。さらに・・・いや、それは今はいい。

 

 だから後悔はない。こうなってしまえば自分がやって来たことは必要なことでもあったと思う。

 

 できることをやる。でもそれに巻き込んでしまった彼やこの場にはいない悟にも、こんな事になったのを謝りたかった。

 

 「ごめんなさい。たっち」

 

 「謝る必要はないさ。」

 

 「そうじゃなくて・・・仲間と戦うのって辛いでしょ?」

 

 「そんなことか・・・何、彼との争いには慣れてる。まぁこれ程苛烈なのは、はじめてだけどね。それに男女間の痴情(ちじょう)(もつ)れって結構リアルでも多いし、職業柄、(あいだ)に入って仲裁なんて良くあるんだ。それに、本当に辛いのは君の方じゃないか?」

 

 「・・・・・」

 

 たっちが言う痴情のーーはともかく、図星を突かれて、レイナは言葉をなくして、それは表情にも暗く表れた。

 

 男女問題で1つの国が巻き込まれる。そんな規模の騒動を起こしたウルベルトを許せないという気持ちと、仲間としてどうしてという思いに挟まれているのを見抜かれていたからだ。

 

 「・・・・・」

 

 「レイナ。今不穏な事を考えたね?」

 

 あの時、突き放さずに受け入れれば彼が暴走せず、八本指を下した今は平穏な夜を迎えていたのだろうか?リアルの自分が見せる記憶から、彼との出来事を見て(さっ)する事ができた筈だ。

 

 あの時は自分の気持ちが彼に向いてないのを、怖さを我慢して告げずに手を取っていれば、そう考えたレイナの心境を察したにたっちに言われて、どんどん堕ちていく思考が中断する。

 

 「気持ちに嘘はついてはいけない。その場は誤魔化せてもいつかは露見する。君もそう思ったから、彼を突き離したんだろう?それに一度断れたからといって暴力を振るうのは彼の落ち度だ」

 

 「・・・・・」

 

 「それに今の彼は可笑しい。たとえその選択をしても、彼がナニモしないなんてあるのか?」

 

 彼の言葉は、確信があるのか、はっきりしたものであった。

 

 しばらく考えたレイナは、たっちにだけ、聞こえる声で告げる。

 

 「たっち、お願いがあるの」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 彼女の願いに言いたいことはあったが、そんな時間もないということで承諾する。

 

 彼女・・・大分弱っていると感じた。肉体的にも精神的にも、信じていた仲間との衝突に、本人が自覚できないダメージを負っていた。そんな姿に、つい説教みたいな事をしてしまったたっちは、持ち直した彼女と一緒に目の前の宿敵とも言える親友を見据える。

 

 今ならわかる。彼女に召喚されてから、彼との対峙であったが、そこにいたのは、彼の皮を被ったナニモノか。

 

 彼女もすでに知っているだろうが、下手な事をすれば、目の前の親友に何が起こるかわからない。実質人質に捕られている状況だ。

 

 リアルでの警官としての勘が、警鐘を鳴らしている。

 

 「いつまで仲良く話している。来ないならこちらからいくぞ」

 

 ついに焦れたのか、それとも、身を寄せて会話する自分達への嫉妬からか、言葉には苛立ちと怒気が含まれており、今まで待ちの姿勢だった彼が動いた。

 

 分身の4体が"完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)を使用する。モモンガとは違いコレクターとしてではなく、リソースを割くことを嫌っていたのに、自分と殴り合うためだけに取得したそれだが、遊び半分ではなく、妙に力を入れていた。

 

 スタッフとは違うが近接にも魔法の適正もある専用の武器デスサイズタイプを振り回し、2、2に別れて、こちらを襲ってきた。

 

 背後をとられないよう、彼女か壁を背にして応戦する。その4体に対しては十分に対応できる。この世界で、ユグドラシルよりも自由度が高くなったおかげで、思う存分に体を動かせて、彼を寄せ付けない。

 

 彼女の方も、体術に覚えがあるのか、ウルベルトの独特のカウンター狙いの動きも、先に潰して逆にダメージ与えており、危なげない。その彼女の動きに、どこかで見た気がしたたっちだが、目の前の相手が、思考する時間を与えてくれずに、怒濤の攻撃を培ってきた技と勘を動員して、捌ききるしかなかった。

 

 「ちっ、フレンドリーファイヤーがなければ、もっと楽ができるのになぁ~」

 

 どこかで、苛立たし気に呟くウルベルトの声が聞こえる。これまで数に負けていながらも、有利に戦えていたには、やはりそれが一番理由だ。魔法の射程から、分身体を壁にすることで、これまで凌いできた。

 

 このまま続けば、いずれは本体に攻撃が届くだろう。そう、続けばだ。

 

 「ま、いいか」

 

 その言葉にゾワッと身の毛がよだち、懸念していた事が起こる。

 

 分身体を合わせて6人で戦っている所に、周囲囲むように展開した残りの分身体から、大魔法が撃ち込まれる。

 

 咄嗟に自分はガードを硬め防ぐも、分身体が消滅しダメージが襲う。

 

 「相手が相手だ。これくらいは必要経費というものだろう」

 

 彼は消えた分身体など、構わずに魔法の効果範囲が広いのを次々に使用してくる。

 

 「それに、まだストックはたくさんある。せいぜい足掻きな」

 

 それを皮切りに、戦局は一方的なものに変わった。

 

 

 

 ある日、珍しいことに相談したい事があると贔屓にしている居酒屋に誘われた。最初は今まで通りの世間話からであったが、そろそろ酔いが回ってきたところで、恋について相談された。

 

 あまりの唐突さと、まさか、恋愛相談を受けるとは思いもしなかったために、盛大に飲んでいたお酒を、真剣な面持ちの友の顔面にぶちまけて、リアルファイトに発展しかけたのは(すぐに居酒屋の親父に怒鳴られて未遂となったが)記憶に新しい。

 

 何度も助言して、失敗する度に、彼のヘタレさもあるが、相手の女性の鈍感具合もあって、ダメ出しと愚痴が続き、恋敵とのバトルには、友として出来る限りアドバイスした末に、決着が着いた。

 

『世話になったな・・・』

 

『全くだ・・・何度も何度も付き合わせて、そのおかげでまたアイツが勘違いしかけたんだからな?』

 

『俺は男だぞ?どうしてそうなるんだ?少し思うんだが・・・お前の嫁は少し被害妄想が激しくないか?』

 

『言うな。妻の事は好きだが、そこだけが玉にキズなんだ』

 

『リア充なんてと囃し立てた張本人としては今更だが、リア充はリア充でも苦労しているんだな。同情するよ』

 

『同情するなら、今度は俺に付き合え、その時は酒代は俺が出してやるから、今度こそヘタレるなよ』

 

『ヘタレって言うな!』

 

 ついに告白すると意気込む友に発破をかけて送り出して、次にあったとき、彼はこの世の幸せを集めた様子で報告してきて、ついでに惚気話に発展したときは、自分が妻の事を話すときも、こんなだったのかと、その度にギルメンに嫌な顔をされる理由を知り、心底申し訳なく思ったものだ。

 

 だがそれからしばらく、彼とは全く会わずに、連絡も取れなくなった。世界はレジスタンスによる作戦が成功し、これで世界が変わるとなった。

 

 自分は国の、いや、企業の犬であったが、最後に企業の闇を暴いた者として、職務停止を受けていたが、そして、ついにレジスタンスの声明が発表されたその時、壇上に立つ彼の姿に、自分には出来ない事を成し遂げた彼を誇りに思うと同時に、悔しさもあった。

 

 この腐敗した世界を変えるためには、その中枢へ行かなければいけないと思った。だから、必死に努力して、才能もあったのだろう。大学を卒業してエリートとして、警察組織に所属した。

 

 だが、現実は厳しかった。警部に登り詰めるも、それまでだった。

さらに上に行くためには、企業のコネがなければならず、それを払うには、多くの犠牲が必要で。中でも妻帯者は、愛する妻を捧げたりしたらしいが、気に入られなければ、それが実るとは限らない。

 

 当然、自分は出来なかった。

 

 万年警部。

 

 それが警察組織の自分の立ち位置になっていた。信頼する部下には恵まれたが、世界を変えられる地位は遥か遠く。

 

 ソコへ行けるのは、生まれたときから企業の庇護を受けた奴等。勿論、彼らが企業の不利になる事をするはずがなく。世界の闇は深くなるだけだった。

 

 到底変える事なんて夢の夢。指を咥えていることしか出来ない。

 

 ある人物と出会うまでは。

 

 そんな人物に会ったのは、ある企業の建物を防衛するために、警察を頼りにしてきた時だった。珍しいことであった。企業は普通お金にものをいわせて、私兵を雇い、企業を外敵から護ってきた。今までの小競り合いは警察を、それら以外はその私兵たちが対応していたのだが。

 

 あまり、良い噂の聞く企業ではなかったが、上からの命令だ。緊急だと部下を引き連れて向かった先で出会ったのは、企業の私兵を、ものの数分で制圧する人影。

 

 企業のお金を盗んだと伝えられたので、自分も私兵たちに混じり、応戦したが、自分を残して、企業の私兵も、腕には自信のある部下も全滅。

 

 自分の姿も酷いもので、防戦一方で何度も打ちのめされた。しかし、必死に食らい付く。部下の仇と燃えていたが、綺麗な一撃を顎にくらった。意識がなくなる中で、咄嗟に伸ばした手が捕らえた腕は思いの外、細くか弱く、防護服に身を包んだ企業の私兵を含めて我々をノックアウトした力があるとは思えない。

 

 『いつまで掴んでいる?』

 

 声は変声機を使っているのだろう。間近で見たことや、触れた体つきから女性であることがわかったが、すぐに自分は気を失っていた。さらに意識を振り絞りなんとか顔だけでもと、バイザーとガスマスクに隠れる顔に手を伸ばすが、突き飛ばされて届くことはなかった。

 

 そんな彼女は誰1人、殺してはいなかった事に気づいたのは、病院で目覚め、見舞いに来ていたその時の部下たちの顔を見たときだった。

 

 それからは、話が聞きたいと個人的に追いかける事になるのだが、何度かの遭遇で、彼女の真意を知る機会もあったが、彼女に迫った実績を買われて、部下共々、企業の応援に向かうことにもなる。

 

 企業は自分達を挺の良い壁役か何かとしか思っていないのか、危うく部下を失いそうにもなったり、結局は手柄を焦った企業の一部幹部の暴走により足を引っ張られ、捕まえることは出来なかった。

 

 そして、いつの間にか、レジスタンスを従えて、一斉一代の大革命が成されたのだ。

 

 今度、酒飲む機会があれば、自分の負け認めた上で祝福しなければとおもった瞬間。映像が途切れた。その途切れた時に一瞬だけ、彼の悲痛な叫びが聞こえた気がして・・・。

 

 ・・・・・。

 

 後日、相変わらず、彼との連絡は取れない。しかし、レジスタンスの革命は着々と進んでおり、道を行き交う人も、どこか嬉しそうな雰囲気ではあった。

 

 そして、アーコロジーの中、見覚えのある背中を見つけ声を掛けたが聞こえなかったのか、先回りするよう駆け寄る。進路方向に現れた自分を見ようと上げた彼の顔は・・・・。

 

 「なんだ。お前か・・・なにか用か?今は忙しくてな。あまり関わっている時間はないのだが」

 

 「ーーー随分と素っ気ないな。それに今はぶらぶらしてるようにしか見えないぞ、聞きたいこともあるしな」

 

 あの砂嵐で終わった演説やその後の悲鳴の正体や、彼女についても。

 

 「・・・・・本来ならこうしてぶらつくのも駄目なんだがな。アイツらが、少し休めと五月蝿かったから、仕方なくだ」

 

 そう答える彼の顔色は優れない。心配する者の気持ちがよくわかるからか、彼の部下たちを擁護(ようご)するような事を言っていた。

 

 「死ぬほど働く事を口うるさく言ってた奴が、働き過ぎとかどんな冗談だ?」

 

 「うるせぇな。前任者がどれだけ贅沢できるかだけに、注力してて、それ以外は力押しで、ほんっっっっとうに適当にやってたから、整理したり、法を失くしたり、作らなければいけなかったりと大忙しなんだ。そういうお前は?・・・ん?その格好は・・・」

 

 自分の今の格好を見た彼が、疑問に思うのも無理はないだろう。警部を示していた胸元のバッジがあった場所には、ここのアーコロジーの警備を任されている物に変わり、よく見えるように所属と本名が書かれた名札になっているのだ。

 

 「どこかの誰かさんたちに、触発されて動いた結果さ。ああ、別に恨んじゃいない。あの時に、俺は自分が変えようとしている組織は腐敗していたことに、改めて痛感させられた。」

 

 今でも思い出す。レジスタンスの行動に危機感を抱いた企業が警察組織に働きかけて、何をしようとしていたのか。これを聞いた時、何度も上に掛け合い中止する事を訴えても、上は取り払わず、遂に民間人を人質(ゲスの所業)を実行しようとした。

 

 『ふざけるなぁぁぁ!!』

 

 だから、上の命令を実行しようとする上司を、多くの部下たちが苦情の表情を浮かべる中で自分は動いた。

 

 おもむろに上司の前に出て、横っ面に拳を振るう。

 

 その一撃は上司をきりもみ回転させて、昏倒させた。

 

 覚悟は決めていた。

 

 上司を殴ったのだ。確かにたっちはその実力を買われていて、警部まで昇進していたが、数には敵わない。周りの部下たちに取り押さえられるのも、時間の問題かと思われた。

 

 だが、誰1人たっちを止めるものはいなかった。それどころか、彼に協力して、捕まえろと喚く上司の取り巻きたちを拘束してしまう。

 

 そして、所属していた警察や裏を牛耳る企業を見限って、ツテのあるテレビ局も巻き込み、企業が隠す情報を追い討ちで公表する騒動にまで発展した。

 

 

 

 「・・・すまん」

 

 事情を察した彼が、済まなさそうに頭を下げる。今の自分がする格好は警察官、それも警部としての格好ではなく、ここのアーコロジーを管理する警備員のものである事に疑問を持ったようだが、それに曖昧に答えると、すぐに皮肉を述べる彼が、素直に頭を下げたのには、少し驚きが勝っていた。

 

 「だから気にするな、それに今はここの警備部長を任されている。前々からスカウトは受けていたんだが、今回のことで、なしになるかとも思ったんだがな。お相手はなおのこと乗り気で助かった。同じく職を失った部下たちまで引き受けてくれてね。給料も困らないくらいに貰っているし、なんなら、昔よりも家族と過ごせる時間も増えた、いいことの方が多い」

 

 「まさか・・・その仕事を任せてくたのは・・・」

 

 「ああ、このアーコロジーを所有する。緒方財閥のーー」

 

 「そう・・・なのか。悪い俺はもう帰る」

 

 「お、おい。明」

 

 最後まで聞かずに話を切る彼は、引き留めようとする自分の声も無視して、早足で去る彼の背中を見送るしかなかった。

 

 声を掛けた時、彼は自分に気付くと、すぐにいつもの表情になったが、それは、取り繕ったもので・・・一瞬だけ見せたのは絶望に満ちた酷いものであった。

 

 あの時に無理にでも引き留めて、話しを聴いていれば、何か違ったのだろうかと、たっちは友人の蛮行を見て思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 左からくる大剣の悪魔が振り下ろすのを、捌くとカウンターで、何度もやられてボロボロになっている顔面を打ち砕くと、ついに体力が尽きたのか、その悪魔は動かなくなった。

 

 そして睨み付けた所には、元々大斧を持っていたが、刃先は折られ、満身創痍の悪魔が、使い物にならなくなった斧を放り捨てて、突貫してくる姿があった。そんな悪足掻きなどセバスに通用するはずもなく、次の瞬間には、彼が振り下ろした拳をもって地面に赤い染みを広げて動かなくなる。

 

 「悪魔の諸相:鋭利な断爪!」

 

 そんな悪魔の影から、躍り出たのはデミウルゴス。両手にはスキルによって鋭利に伸びた爪を武器に、倒れた悪魔を囮に飛びかかったのだ。

 

 「むんっ!」

 

 「なんと!?ぐはぁ!」

 

 しかし、元々の能力の差か、近接に関してはセバスに軍配が上がる。どんな鋼鉄も切り裂き、溶断する爪は、爪の効果が及ばない横からの打撃によって逸らされ、逆に懐に潜られてしまえば、反撃も出来ない。

 

 無防備なお腹を、強烈な正拳づきが捉え、デミウルゴスを後方に吹き飛ばす。

 

 なんとか受け身をとって立ち上がろうとするが、ダメージは重く、膝をついてしまう。召喚した悪魔ほどではないが、彼も傷付き、体を覆っていたマントはすでになく。普段着ていたスーツとの色違いは、所々土に汚れるか、破れている。彼の前に立つのは、所々汚れがあるものの健在の鋼の執事だった。

 

 「こ、これは予想以上だよ・・・。セバス。君強くなってないかい?」

 

 「・・・・・」

 

 その声には純粋な驚きが含まれていた。確かにセバスは自分が強くなっていることに驚いていた。最初の予想では1対1では相性の良さから、勝つことは難しくても負ける事はないと思ったが、相手は召喚した悪魔2体。その2体とも彼の支援魔法や此方を弱らす魔法もあり、よくて引き分けだと思っていたのだが、立っていたのは自分。この結果はなんなのか?

 

 彼の言うように、ナザリックを出た自分が強くなった?

 

 思わぬたっちとの再開。

 

 信頼できる女性との出会い。

 

 心の(わだかま)りが、なくなって体が軽くなった。

 

 だが本当にそれだけか?

 

 目の前の気に入らない所はあれど、ナザリックという組織で生まれた絆から、無下には出来ない同士を見つめる。

 

 「確かに私は強くなったのでしょう。しかしそれだけではない」

 

 「なに?」

 

 「デミウルゴス様。貴方には迷いがある」

 

 その言葉にデミウルゴスの顔がすさまじく歪んだのは一瞬だけだが、セバスは見逃さなかった。

 

 「その2体の悪魔。確かに強いですが、自分を止めるには少々力不足。貴方の配下には憤怒や嫉妬、強欲の3体がいました。その3体を連れてこられていては、私が負けていた」

 

 「彼らには別の役割を与えていた。今頃はナザリックからの干渉がないように足止めをしてもらっているからだよ」

 

 「っ・・・だが貴方は一度も変身していない」

 

 「・・・・・」

 

 彼の普段通りの言葉で告げられたナザリックの足止め。そう聞いて動揺しかけるが、拳を強く握ることで抑えて、そう思った理由を告げれば、彼は黙ってしまった。

 

 彼には本気を出せば変身を行い、今の姿とは違う悪魔の姿がある。当然そうなれば自分も本気の姿で応戦することになるだろうが、向こうは手札が増えるので、ならない手はないのだ。

 

 誰が隠そう彼の創造主であるウルベルトが、ナザリックにご帰還していたときに、他の御方交えて自慢していた。

 

 アイツと俺が本気を出せばどんな奴だって倒せるぞと。ついぞそんな機会がくることはなかったようだが。

 

 だから彼がそれを知らないはずがないのだ。

 

 「っ!?」

 

 「これは・・・」

 

 その時、例の場所からとてつもない波動を感じた。

 

 「ふふ、どうやら私の役目は終わったようです」

 

 「ま、まさか・・・」

 

 「ええっ!さすがはウルベルト様だ!我が創造主よ!」

 

 彼の言葉に最悪の結果を想像する。きっと彼は悪魔たちとの視界を共有していたのだろう。嬉しそうに声をあげると、戦いが起こっていた場所を振り向き、天に向けて両手を上げる姿は喝采。

 

 

 

 

 

 「この底を知らない凄まじい魔力!これならばあの忌々しい女も終わりです!」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 常人では見ることも出来ない戦いが起こっていた。もしも、周囲を岩が囲んでいなければ、スキルにより、衝撃をないものにしなければ何度王国いや、この大陸のすべての生命が滅ぶ程の破壊がのもたらされていただろう。

 

 そこでは1人の大悪魔が、己が分身を無尽蔵に生み出しただけではなく、悪魔を大漁に従える光景は、最終戦争そのもので、対峙するのはたった2人の戦士。

 

 蹂躙は必然だった。

 

 しかし、戦士たちは悪魔に一歩も譲らなかった。

 

 多くの魔法が迫る中、僅かな隙間に体を通して、最小限のダメージに抑えながら、悪魔たち一刀の元に両断する。

 

 時には目にも止まらぬ連撃で

 

 広範囲を凪ぎ払う斬撃で

 

 大悪魔の分身や悪魔の群れを一掃していく。

 

 が、それも焼け石に水。

 

 本体はすぐに再召喚された悪魔や分身の中に隠れてしまい効果が出なかった。

 

 そうなると有利なのは悪魔側かと思われたが、彼らも自分の魔法で巻き込んでしまったりで、数による優勢は思ったほど効率はよくなかった。

 

 「もう終わりか?ならば俺の勝ちだな」

 

 しかし。大元の大悪魔は馬鹿ではない。巻き込む事を踏まえての戦法に、切り替えると戦士側が圧され始める。

 

 

 そして最後に立っていたのは

 

 

 

 

 大悪魔であって、

 

 

 

 

 地に倒れ付したのは聖騎士と戦乙女だった。

 

 

 

 

 結果はわかっていた。相手がパターン通りに動くCPならば勝算はあったが、相手はプレイヤー。それも使い勝手の良い使い捨ての駒を多く持っている差し手だ。

 

 特攻してくる相手に手間取っている所に、打ち込まれた魔法は、かのユグドラシルの狭き門を通り、さらに絞られて立つことができる世界の頂点に輝いた2人のチャンプを地に叩き落とした。

 

 「くっ!ウルベルト!」

 

 「はぁはぁ!・・・っ!」

 

 ついに追い詰められた。

 

 たっちも私も体力はあっても気力の方が限界だった。

 

 「まさか分身体をここまで消耗するとは思わなかったぞ。だがそれもここまでか」

 

 数体の分身体が、壁を背にする私たちの前に、立ちはだかる。

 

 かなり数を倒したというのに、未だに彼の魔力が弱まってるようには見えない。

 

 絶望的なまでの現実がそこにはあった。

 

 「零。ここまで苦労させたんだ。相当なお仕置きが必要だな」

 

 「な、なにを・・・っ!?」

 

 彼の言葉とその目を見て全身に悪寒が走る。本能からくる拒絶に身を震わす。

 

 信じたくなかった。彼からそんな目と感情で見られたことに、嘗め回すような視線から、トラウマになりかけた出来事を思い出してしまう。

 

 彼なら大丈夫と、仕事が忙しい両親から預かった幼い私を捕らえて、父の会社に無茶な要求を求めるだけでなく、屈強な男たちに囲まれ、体を拘束された未熟な私を下卑た笑みを浮かべて見ていた男。

 

 両親から、自分達にはたくさんの味方もいるが、敵も同じ位いると聞いて育っていたので、警戒はしていたのだが、昔から家族ぐるみで付き合いが多く、慕っていた人物だから油断していた。

 

 何がどうしてそうなってしまったのか。

 

 企業に(そその)かされたのか。

 

 元々そうだったとは思いたくなかった。

 

 ここで私は企業の恐ろしさを、始めて体感した。

 

 奴等は人の欲望を増長させて。操るという事を知った。

 

 優しかった面影はなく。ただただ自分の欲望に忠実になってしまった筆頭株主(父の右腕的存在)・・・。そして、優しく頭を撫でてくれていた手を伸ばして、こう言うのだ。

 

 私のモノになれ

 

 もしも、あの時、良心の呵責に耐えられなかったその人の妻と姉妹のように育ったあの子が父に連絡して、場所がすぐに割れて父の私設部隊が、突入してくるのが遅ければ、自分はどんな目に合っていたのか。

 

 「そうだな。お前が俺の物だと証明するのもいいな」

 

 「ぐわっ!?」

 

 「たっち!?」

 

 アレと同じこと言った瞬間。たっちが両脇に現れた分身体に、腕を捕まれ、そのまま拘束されてしまう。

 

 1人になった私に、何を考えているのか、正面から分身体を掻き分けてきた見るのも嫌になってきた山羊顔が近づいてくる・・・。

 

 「零。1対1だ。これでけりをつけよう」

 

 「・・・本気?」

 

 どうやら本体のようで、そんな彼からの提案は、悪いものではなかった。分身を指し向かれて、じり貧の今では、刺し違うのも難しい。

 

 「もし、俺に勝てば、今回は退こう」

 

 「退くだけなの?」

 

 「ああ、それでは不満か。ならば金輪際俺はもうなにもしない。だがその代わり俺が勝てばーー

 

 君の全てをもらう、心も体もだ!」

 

 「・・・わかった」

 

 「駄目だ!レイナ!彼の言葉に惑わされるな!」

 

 彼の言葉の意味に、そういうことなのだろう。たっちが受けることを否定するように叫ぶが、私は受けることにした。

 

 攻防が始まった。

 

 これが最後にチャンス。近づく彼に私は最後の気力を振り絞って踏み込む。

 

 振り下ろされる大鎌の刃先を掻い潜る。今までと同じようには避けれない早さで迫るそれだが、集中した今なら充分対応できる。

 

 実行して懐に入ったところで剣を振るが、彼の持つ大鎌と()()()()()()()。可笑しい・・・確かに大鎌は振り抜かれたはずなのに、防がれた。ガゼフに見せて貰った中にそんな武技があったことを思い出して、まさかと思うも、彼にその様子は見えなかった。

 

 "時止め"という可能性も考えたが、その対策はされているので除外する。とにかく、いつの間にか大鎌が構えた状態に戻っていたのだ。

 

 いい言えない不気味さに剣先が鈍らないように集中する。

 

 打ち合う度に火花が散り、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。彼は一瞬だけ離した手で魔法を放ってくるが、サイドステップで避けるか、盾で弾いて無効化する。何度も行われる内に、先程の不安が嘘のように、次第に形勢は私に傾いてきた。

 

 大鎌は独特の軌道と射程を持っているが、近付いた今では、明らかにこちらの方が有利。彼もそれはわかっているはずなのに、示し合わすように、距離を取ろうとしない。

 

 なにかあるのか。

 

 そこへ焦れたように大鎌による大降りの一撃が放たれる。あまりに露骨さに怪しさはあったが、チャンスとして出し惜しみ無しの全力を込めた刺突を彼に向けて放つ。

 

 レベルカンストの身体能力と極限の集中力から放たれたその一撃は、横からの衝撃を受けたとしてもそれをものともせずに彼に突き刺さるだろう。

 

 狙い通り彼の防御も回避も間に合わない。決死の攻撃に彼は反応出来ずーーー。

 

『零。愛している』

 

 光速の視界の中で彼の瞳と目があった瞬間。脳裏に別の記憶が甦り、優しく笑う人間の明が見えてしまった。その想いは今の自分なのか、かの世界の自分のものなのかはわからないが、剣先が鈍ると同時に、どこからか、いや彼の背後に黒い影が沸き立ち気配も大きく魔力として膨れ上がったのが見えた瞬間。

 

 

 

 切っ先は彼の届こうとしてーーー。

 

 

 魔力の壁に刃先を止められていた。

 

 「うぐぅっ!?」

 

 体制を立て直そうにも、剣先は掴まれたままビクともしないそれに驚く間に、完全に自由になった彼の伸ばされた手で首を万力のごとき力で、絞められ息が詰まる。

 

 その際に武器も取り上げられて、虚しく地面に落ちてしまう。首を絞められたまま宙吊りにされてしまい、無防備を晒してしまった腹部に、尋常ではない魔力が集約された手が押し付けられる。

 

 何が起きるか理解する前に爆発。

 

 何度も何度も何度も。

 

 僅かに肺に残っていた空気が一気に吐き出されてしまい、意識を手放さないようにしようとしても、爆発がそれを阻む。

 

 「うぅっ!あぁっ!」

 

 何度も何度も何度も何度も。

 

 首を絞めてる手を外そうとしていた手がダランと下がる。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 倦怠感に体が蝕まれていく。

 

 「あ・・・あ・・・っ!」

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 体が動かなくなると次に意識が遠くなっていく。もう決着はついたも同然なのに、それでも彼の手から魔法が止まることはなかった。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 「あ・・・きらぁ

 

 そうして最後に一際大きな爆発よって意識が刈り取られそうになった時、もう目の前にいる本人にも聞こえない声で名前を呼ぶなかで、視界も霞んでいたが確かに見た。

 

 彼の体から立ち上る黒い影のようなものが。

 

 

 

 

 

 嗤ったのを

 

 

 

 

 

 「意識を失ったか・・・」

 

 気を失った零を腕を高く上げるように魔法で宙吊りにして、その姿に目を奪われる。着ていた服は、魔法攻撃に耐えられずにボロボロで、破れた隙間から健康的な素肌が覗き、綺麗なラインがモロに晒され腹部は特に大きく破け、傷ついていた。

 

 "・・・・・せ"

 

 ノイズが頭を走る。首を振って否定する。

 

 "こ・・・せ"

 

 さっきよりも強いノイズ。

 

 五月蝿い。

 

 それから逃げるように別の感情が強くなる。

 

 無防備な愛しい女の扇情的な姿に、情欲が支配していく。

 

 彼女でなければ上半身と下半身が引きちぎれて内蔵をぶちまけていただろうが、腹部は赤くなっていても綺麗な形を保っている。破けた服の下から形の良い膨らみがもう少しで見えそうであり、弱々しく呼吸する姿は、背徳的な魅力を感じずにはいられない。

 

 気づけば彼女の残った上着に手をかけている大悪魔(自分)がいた。

 

 「やめろ!ウルベルト!?そんなことをすれば後悔するぞ!」

 

 身動きできないたっちが声を荒げるが、今のウルベルトは目の前の女に夢中で気付かない。この女の衣服を全て剥ぎ取り、それから無理矢理犯し、汚すことした考えられなかった。余計な観客もいるが、それがまた良い刺激(スパイス)になるとしか考えられなかった。

 

 「ーーぅ」

 

 「ああ綺麗だよ。零。この勝負は俺の勝ちだ。約束通り。君を貰おう!」

 

 "殺せ!"

 

 すでに目の前の女の体にしか興味がないウルベルトはハッキリと聞こえたはずのノイズをも無視して、獣のように歪む表情を抑えようともしなかった。上着ごと胸を鷲掴みにすると、気を失っていても女性として、敏感な部分に反応した彼女から色っぽい声が洩れて、もう我慢の限界に達してしまった。

 

 服を引きちぎり存分に生まれたままの彼女を使って楽しもうと、力を込めたその時、自分の背後で重い何かが降り立つ音がした。

 

 「ウルベルトさん!あんた!なにしてんですか!?」

 

 折角の楽しい時間が始まろうとしたところで入った邪魔な存在に大きく舌打ちをしてから降り向くと、どこかで見た赤いマントをたなびかせた漆黒の鎧が、2本の内1本のグレートソードをこちらに向けて、そこに立っていた。

 

 

 

 



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56.戦乙女とゲヘナ5

 お待たせしました。

 コロナの影響で外出が制限されていましたが、徐々に解除されていってますね。

 その影響という訳ではないですが、再び書き直して時間がかかってしまい、ごめんなさい。




 

 

 

 モモンガがやっと辿り着いたのは惨憺(さんさん)たる現場だった。

 

 彼の魔法によるものだろう。これをやったのが彼なのかと見渡した辺り一面は瓦礫で埋まり、その間から血が滲み臭いも漂ってくる。

 

 その中心には不自然に突出した岩に囲まれた場所が見えた。

 

 ここも悪魔が群を成して待ち構えているかと思ったがそれもない。

 

 いやに静かな様子に最悪の展開を考えて、まさか遅かったのかと、足元が崩れそうになるのを、そうと決まったわけではないと言い聞かせて耐えると、一気に跳躍する。

 

 軽々と壁を越えて降りる内に、あってほしくなかった現実が飛び込んでくる。着地までに間が嫌に遅く感じる中、今まさに凶行を行う友に剣を向けた。剣先が震えて今さら怖いと思う自分がいる。

 

 人一倍慎重に生きてきた臆病な鈴木 悟の思考が、ナザリックに帰りたいとそして自分の部屋に閉じ籠り、これは悪い夢なのだと現実逃避したいと思ってしまった。

 

 体は超越者(オーバーロード)となったに関わらず、心は鈴木 悟のままだ。ナザリック配下たちにもしも自分が元は人間だと伝えた後が怖くて必死に支配者らしく振る舞おうとして、それがより高い期待を負うようになってしまうとは考えずに・・・。

 

 もっと軽く接してほしいと思うも、彼らを心底から信じれないゆえに自分を出すことができない。誤解はどんどん加速していき、本当に求めているものは遥か遠くにいってしまう。

 

 逃げたい。逃げてしまいたい。現実から仮想に逃げたように。

 

 そんな考えをモモンガは頭振って否定する。今から逃げて何が変わるのか。いや、逆にそれこそ最悪以上の何を生むのか。

 

 思えば、現実(リアル)仮想(ユグドラシル)でも自分は逃げてばかりだった気がする。低レベルなだけでなく数による暴力に辞めようかと思うほどに追い詰められた時。直後に恩人の聖騎士に助けられた後、仲間を得るも自分の意見を言うのはいつも最後で、それはクラウン時代も拠点のギルドを得た後も同じだった。

 

 それは皆が次々に辞めていった後も。

 

 ユグドラシルが本当の意味で無くなるとわかった後もだ。

 

 自分は自分のために我が儘を行動に移して来たのか?

 

 最後くらいもっと我が儘に行動していれば、何か変わっていたのではないか?

 

 1人寂しくユグドラシルの最後を迎えるのかと半場諦めて、それは会社の上のミスで残業が決まったときに完全に諦めていた。メールを送った張本人がなかなかログインしないのだ。

 

『どうして・・・こんな日に限って・・・』

 

 誰か来ていてもすぐに帰ってしまうだろうと帰宅してログインしてみれば。

 

『う、嘘やろ?』

 

 思わずエセ関西語が洩れるくらいに動揺していた。メッセージを報せるアイコンが見えたので、慌ててチェックしてみれば全員とはいかないが、ギルメンたちの名前がズラリと並び、内容は集まれない事への謝罪と労いの言葉が添えられていた。

 

 さらに自分の勤めている会社以上にブラックな環境で、その忙しさのあまりログインできてなかった皮肉を込められた名前のヘロヘロが、右往左往しながら円卓の間行き来している姿。

 

 気のせいでなければ、いつも眠そうにしていたのが嘘のように、モモンガに気付いた時の声には元気があった。

 

 どうやら彼1人のようだが、それでも久しぶりの再会に喜んでいると。彼の口からさらに信じれない言葉が飛び出してくる。

 

『いやぁ。来てくれて嬉しいですよヘロヘロさ』

 

『おひさでーーあっ!それどころじゃないんですよ!?ギルド長!?大変ですよ!』

 

 来てくれた彼に感謝の言葉を述べようとして、なんかワチャワチャして急接近してくるヘロヘロに遮られる。

 

『ど、どうしたんですか?ヘロヘロさんそんなに慌てて『し、侵入者が!ナザリックに侵入者が来てるんですよぉぉぉぉ!』えっ?』

 

 理解するのに数秒要し、はは~んさては最後ということでドッキリでも仕掛けてきたのかと疑う。

 

『またまたぁいきなりなんですかヘロヘロさんそんなサプライズか何かですかーーーえっほんとうに?』

 

 コクコクコクコク

 

『 えええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!?  』

 

 彼から告げられた言葉に、脳が理解しようとして出来ず動揺から息継ぎするのも忘れ再度確認すれば彼も動転しているのだろう。言葉はなく高速で何度も頷くヘロヘロ鬼気迫る雰囲気に冗談ではないことがわかり、表情が動かないオーバーロードのアバター越しの大絶叫が円卓の間に響いた。

 

 『ど、どどどどうしよう!?お、おちゅつつけ、取り敢えず装備のかく認からああっ!?』

 

 『モモモモモモモンガさん!?』

 

 あればいいなと思っていたのにも関わらず、いざ来たとなるとテンパるモモンガはコンソールをいじりながら早足に歩くものだから円卓の隣の椅子に(つまず)き、0のダメージエフェクトに驚く姿は、なんとも悪の総本山と恐れられるギルドの長とは思えない。ながら駄目絶対!

 

 彼が来るまで1人円卓の間で、ソワソワしていたヘロヘロもつられてワタワタしてしまう始末。暫くログインしてなかったブランクに操作が覚束ずアワアワしている光景は、すぐ側でテンパる骸骨も含めてシュールなものであった。

 

 ・・・・・

 

 『よ、よし。とりあえずは私は問題ないですね。しかし、すみません。ヘロヘロさん・・・預かっていた神級装備を霊廟に置きっぱなしにしてしまい・・・』

 

 『気にしないでくださいよ。モモンガさん。しかし、皆の像を作っていたのには驚きましたよ。・・・時間がなくて見れないのが残念です。最終日だけじゃなくて1度くらいログインしてみれば良かったなぁ』

 

 『そう言ってもらえるだけでも嬉しいですよ・・・』

 

 なんとか落ち着いて装備を確認し終えたモモンガと自身のアイテムボックスに残っていた全盛期に使用した装備よりも性能は多少落ちたとしても支障はない装備を身に付けたヘロヘロが円卓の間でパーティー申請を行った。

 

 モモンガはパーティーを組むとでてくるメッセージに少しだけ涙が出てきた(アバターなので見えはしないが)。大の大人が泣いてるなど知られたくないモモンガは声でばれないかとヒヤヒヤしていた。

 

 気付いていてもヘロヘロは、どこかの天の邪鬼な堕天使とかではないので掘り起こさないが・・・少しだけ友人であるギルド長を忙しいという理由で、ずっと放置していた事に罪悪感が芽生えていた。

 

 しかも、なんなら資金に換金してくれてもよかった装備を後生大事にするばかりか自分達の像を作り、それに飾って置いてくれているらしい。それ以外の装備さえ他にないかと向かったのだが、自室のアイテムボックスの中さえ、どれ1つとして失くなっていない状態で残されていたのだ。

 

 ナザリックは拠点の中でも、他と比べて維持費などは安めであろうと、ギルド拠点。複数のプレイヤーで支えるのを前提にしたそれを、1人で支えていたのだから、懐かしいアイテムを手にとって思い出に浸れたのには感謝しかない。

 

 だから、最後の最後に単身とはいえ侵入してきてくれたプレイヤーの存在にも感謝した。願わくばマナーの悪いプレイヤーでないことを祈りつつ、作戦や雑談も交えて動作に不備がないかなど確認していく。

 

 そして出会ったのは、白と青のアーマードレスを着た美しい銀髪の女性プレイヤーであり、2人とも噂で聞いたことのあるとんでもない大物中の大物であった。

 

 ワールドチャンピオンに輝いた女性の2人の内の1人。

 

 自分達が集う理由となった悪質なPKに同じ人間種でありながら、真っ向から戦い勝ち続けた女傑。

 

 ユグドラシル時代に、風の噂で聴いたがログインは不定期で長い事いないこともあれば短い間だけ復帰が続く中、1度だけ彼女がログインしている時期に開催されたワールドチャンピオンを決める試合を観たことがある。

 

 確か あの時は1度ワールドチャンピオンになった者は出場権がないため参加出来なかった たっち に薦められて観たのだったか。当時はウルベルトや他のギルメンも含めて観戦していた覚えがある。

 

 ウルベルトは彼女の事が たっち と同じくらい気に入らないのか乗り気ではなさそうではあった。しかし、もしも敵対すればと考えて渋々了承していたが、始まると食い入るように観ていたのを覚えている。

 

 ギルメンとあーだこーだと対策などを考えていたが、対戦相手がその作戦を決行して、返り討ちに合うのを何度も見る内に、皆唸るばかりで、最後には降参するように両手を上げるものもいた。

 

 ギルドの軍師である ぷにっと萌え も、いくつも案を出すが、最後に押しきられそうと自信が無さそうだった。

 

 そして決勝戦。彼女は見事に初出場で世界の頂点に立った。

 

 もしも、彼女が たっち が出たときに出場していたら。

 

 もしも、ナザリックに襲撃してくる事があれば。 

 

 純粋に戦いたいと思う者。

 

 どう奇襲しようかと模索する者。

 

 女性陣は前から知っていたのか。さすがだよねぇ~とのんびりした感想を洩らすぶくぶく茶釜に、他の2人も相づちを打っていた。

 

 見終わると各々が考える中。

 

 まさかな・・・と。

 

 ウルベルトは1人声を洩らしたのは、誰も気付かなかった。

 

 その時から、一躍有名になった彼女の呼び名はユグドラシルに広まった。

 

 称号であり、唯一その職を得ていた彼女のだけを指す名称。

 

 戦乙女(ヴァルキリー)

 

 そしてユグドラシル最後にしてナザリックの最後の挑戦者。

 

 思えばこの時から彼女に惹かれていたのかもしれない。

 

 昔の思い出を思い出したことで、再び泣きそうになるツーンとした感覚が鼻にくるのを我慢して、涙声になってないか注意しながら、こちらに気付き足を止めた彼女に話しかけた。

 

 目が合った瞬間。

 

 モモンガーー鈴木 悟の鼓動が跳ねた気がした。

 

 その想いは全サーバーの停止が進むなかで、次第に強くなっていき、勝つため しのぎをけずる の楽しさに酔ったのか想いの丈をぶつけた。楽しかったという言葉に重ねるように返ってきたのは同じ言葉だった。

 

 彼女が合わせてくれただけかもしれない。

 

 自分にとってユグドラシルは全てだった。もしもこの事を誰かに話せば、たかがゲームでと笑われるかもしれない。

 

 なのに彼女は楽しいと言ってくれた。

 

 

 

 そうだ。

 

 

 

 今1番恐れることは彼女がいなくなってしまう事だ。

 

 

 

 ここに来るまでに多くに助けられ、願いを託された。

 

 

 

 気づけば腕の震えは止まり、目の前の友人を強く見据え、ここに来るまでの多くの助けあった事を思い出す。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 「さっきは助かった。あ、ありがとう。本当はもっとお礼を言いたいのだが、そんな暇もないっ!避難もまだ余談を許さないからなっ!」

 

 空で窮地に陥っていたマジックキャスターの少女を助けると、言葉は少なくお礼を言われる。だからと言って不快になることはなかった。現在進行形で悪魔の対処に追われているからだ。

 

 イビルアイと名乗った少女は、実力的には60レベル。だがレベル以上に魔法の使い方がうまい。今も周囲に展開する悪魔を誘導して、一纏まりになったところを水晶の礫をマシンガンのように撃ち込んで一掃した。

 

 これが自由度が上がった魔法の使い方かと参考になる。

 

 そこを自分がさらに攻め込むことで、悪魔の撃退速度が目に見えて早くなる。おかげで道が出来上がり、彼女はここは任せて行ってくれと言う。

 

 「彼女を頼みます!」

 

 「ああっ!わかった!」

 

 彼女と聞いて浮かぶのは1人しかいない。去ろうとする自分に焦ったのか悪魔が、急いで回り込もうとするが、イビルアイがその進路に水晶の壁を発生させたことで、急には止まれない悪魔は衝突するか、足止めをくらう。

 

 その隙に跳躍して突破。目的地がまた近付いた。

 

 

 

 

 漆黒の恩人の背中を見送ったイビルアイは、邪魔をされたことで怒りを向けてくる悪魔たちを見据える。

 

 両手に魔法で創造した水晶の槍を構えて、不用意に近付いてきた奴等から貫いてやる。マジックキャスターとして、魔法しかないかと思われがちだが、イビルアイは見た目以上に長生きで、多くの戦いを経験した猛者でもある。

 

 ある事情から吸血鬼の肉体的を得た彼女の身体能力は、学んだ技術も合わさり、下手な戦士ならば相手にならないくらいには強い。3つ子の悪魔には不覚をとったが、今対峙する悪魔の中にはイビルアイに勝てる存在はいなかった。

 

 近付けば、自分の自慢の爪よりも長い槍で貫かれ、離れれば魔法の水晶弾の標的になる。おまけに無視しようにも、直後に水晶の壁が現れて、進めない。

 

 「やれやれ、どうしたんだ?悪魔もそんな顔をするんだな?私の相手もしてくれないと寂しいじゃないか?」

 

 さらに彼女の周囲に礫ではない、水晶の短剣が現れて、その矛先を向けてくれば、隙はない。

 

 忌々しげに吼える悪魔に、イビルアイは得意気に笑う。

 

 「もうあんな遠くに・・・」

 

 悪魔の攻撃をヒラリと避わし、刺突で貫き、周囲の悪魔は水晶の短剣で牽制しながら立ち回る。チラリと見た漆黒の姿はすでに遠くに行ってしまった。

 

 言い慣れないためにどもってしまったが、お礼を素直に口に出したのはいつぶりだろうか?

 

 長い年月生きてきたイビルアイにとって人との関わりは決して、いいものばかりではなかった。何度も辛辣を舐めたものだが、中には大切な思い出もちゃんとそこにはあった。

 

 英雄となったリーダーたちや今ではある人物からの提案で、共に冒険者として組むようになった蒼の薔薇たち。彼らとの出会いがあったからこそ、今もイビルアイは種族の違いを理由に人間に害をなしたりはしなかった。

 

 彼に命を助けられたこともあるだろうが、もしかしたら、最近出会ったリーダー似のお節介な女のおかげかもしれない。

 

 「たしかリーダーがチョロインとか呼んでいたな」

 

 懐かしい思い出から、ふとそんな言葉が洩れる。最後まで教えてくれはしなかったし、意味はわからなかったが、そう呼ぶリーダーの様子は馬鹿にする訳ではなく心配している口振りだったので、悪口ではないようだったが、当時はそう呼ばれるのに何故か抵抗を覚えた。

 

 わからないが、今の状況に近い形で言われた気がするので、もしもこの場をリーダーがみれば、そう洩らす気がした。

 

 「良い機会だ。私の本気を見せてやろう!」

 

 白銀の女神と漆黒の英雄。2人お関係を詳しく聞くことは出来なかったが、彼らの反応から悪いものでないのはわかる。彼らの無事を祈りつつ、イビルアイは邪魔な仮面を脱ぎ去った。

 

 ラキュースらがお城でレイナたちの訓練に揉まれる間、イビルアイは遊んでいた訳ではない。彼女たちの訓練風景を見ていたイビルアイは、触発されたのか、彼女も密かに魔法の鍛練を行う事になった。

 

 鍛練などいつぶりだろうか、蒼の薔薇ではチームの連携などを行ったことはあったが、己の鍛練などある時期からぱったりとしなくなった。

 

 限界というものを薄々感じていたのだろう。そうして、久しぶりに精神集中からの魔法の運用などを見直している内に気付いたのだ。

 

 己の内にある力に余りあるものがあることに。

 

 食事という外部からのエネルギーを得ることが出来るようになった彼女は、自分のその力の使い方を模索する事になり、これが叶えば、新たなステージに立てる可能性があった。

 

 そしてそれは実ることになる。

 

 此度の王国の動乱での長時間の魔法の行使は、それの副産物ようなものだ。魔力量をタンクに表すと、今までは1つだったタンクが2つになり、足りなくなったら2つ目のタンクから補充する。自然回復量を考えると、ほぼ永久に戦えるようになった。

 

 しかし、本質は違う。

 

 人外の証である尖った口元を笑みを浮かべ、赤い瞳に炎を灯し、魔力を出し惜しみなしに解放する。

 

 悪魔たちはその圧力の前に後退するほどの魔力が彼女から溢れてくる。溢れる魔力は収束していき、彼女の体に纏う形に落ち着く。だが、その存在感は今までの比ではなく悪魔たちを後退るほどだ。

 

 倍以上の水晶の短剣が踊り、魔力の波動で起こる風にはためく姿はアダマンタイト冒険者にして、最強のマジックキャスターを体現していた。

 

 「さぁここを通りたければ私を倒してからにするんだな!」

 

 爛々と燃える瞳に睨まれ、どんどん集まった悪魔の苦しまぎれの威嚇に、それ以上の挑発を返して水晶の槍を振り回し、不退転の覚悟で構える。

 

 イビルアイはあの時、確かに動いた気がした胸の鼓動を思い出し自嘲する。どこか寂しく思うも今ある想いは悪いものではなかった。かの恩人たちの事を想うとあたたかく、この魔力とは違う別の力が溢れるのを感じる。

 

 数がどんどん増える悪魔たちの殺気を前にしても、負ける気がしない彼女は堂々とした態度で悪魔を迎え撃った。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 「くっ!行動が!?そうまでして近づかせたくないのか!?」

 

 イビルアイの援護によって、目的地に距離を詰めることが出来たモモンであったが、再び悪魔の妨害を受けていた。

 

 王国の避難が思っていた以上に早いのもあるだろう。いなくなった市民への陽動をかけた襲撃をやめて、悪魔たちは誰かに指示されたように、今度はモモン1人に向けて壁になるように攻めてくる。

 

 ユグドラシルでの、かの魔法との差異に驚きながら、なりふり構わない悪魔たちの妨害はモモンの行進を遅くしていた。

 

 こんな時こそ、本職の魔法使いで一掃することも考えたが、焦りがあるなかでも、街中であの姿オーバーロードになるのは戸惑われた。

 

 「もうそんなことに躊躇(ちゅうちょ)している暇はないーーか!」

 

 言い聞かせるように叫ぶと覚悟を決めて、本来の姿に戻ろうとしたその時。

 

 

 

 "武技 六光連斬"

 

 

 

 瞬間、モモンの眼前を塞いでいた悪魔の壁が切り裂かれ、視界が晴れると共に活路が切り開かれた。

 

 「たっち さん?」

 

 驚くモモンガが見た先には空中に躍り出て戦う白磁の鎧を纏う騎士。一瞬その姿が自分の知る聖騎士と被るものの、ヘルムから覗く顔でハッキリとわかるも思わず、幻視した彼の名を呟いていた。

 

 

 

 

 

 「ガゼフ!」

 

 「ブレインか、それにクライムにセイランも無事だったか!」

 

 「今のところはな・・・これからはどうなるかはわからんぜ」

 

 「しかし、ランポッサ王だけでなく王子たちや姫様まで・・・」

 

 「そうですよ!こんな狙ってくださいって言ってるようなものです!」

 

 ガゼフと合流したブレインとロックマイヤーは、まず多くの護衛に護られた王族について問う。中でもクライムは焦りからか、いつもの礼儀を忘れて、怒鳴るように詰め寄っていた。

 

 しかし、ガゼフは気にせず、落ち着けと軽く(なだ)めた。彼も無理ならぬことと理解しているのだ。彼が落ち着くのを待つと、簡潔に経緯を話し始めた。

 

 「なにも無策ということではない。城は今この場にいない貴族たちが、守りを硬め私たち一団が保護した市民の避難場所に使っている。城より遠い場所は各所にある丈夫な建造物を拠点に市民保護と防衛だ。ラナー様がいるのも、いざという時に目が届く位置に置くためだ」

 

 「そ、それは・・・でも危険すぎます!!」

 

 「深呼吸したらどうだクライム君?よく考えてみろ。彼らを守っているのは王国最強のガゼフとその部下たちだ。逆にこれ以上安全な場所があるか?」

 

 納得はできないクライムが尚も突っかかるが、それに不安ならお前が全力で守ってやればいいと彼だけに聞こえる小さい声で、肩を叩きながら言う。

 

 「・・・わかりました」

 

 それに思うことはあったのだろう。彼は頷くと今だクライムに向けてを手を振るのはやめたが、身を乗り出したまま見つめているラナーの乗る馬車の方へ駆け足で向かっていった。

 

 「ふ、若いねぇ。でも悪くはない」

 

 「ああ、その通りだ」

 

 「最近は彼も戦士団の訓練に揉まれたせいか、メキメキと上達しています。このままいけばあるいは・・・」

 

 「将来が楽しみだな」

 

 「全くだ」

 

 少年の背中に男たちは笑いあう。そこに絶望などという感情はなかった。

 

 「しかし、聞いていたがガゼフ。お前の装備も凄いな」

 

 「ああ、恐ろしいほど馴染むのだ」

 

 五宝物の装備よりもなんて言葉が出かけて、飲み込む。

 

 「ブレイン殿と同じことを言っていますね隊長」

 

 「むっ、そういえばブレインの装備も見たことないものに変わっているな・・・」

 

 「おいおい、羨ましいからって睨むのはよせよガゼフ」

 

 「そんなつもりはなかったのだが・・・気を付けよう」

 

 「まぁなんとなく気持ちはわかるがな・・・しかし、お前がなぁ」

 

 睨むように見られたというのに、ガゼフを見るブレインの目は優しい。それに居心地が悪くなったのか合わせていた視線を外す。前まではお互いに宿敵同士として張り詰めた空気が、漂っていたのに、日々共に生活と研磨することで、気軽な友人となった2人は、この危機において頼もしかった。

 

 そんな3人をおいて、クライムはラナーに詰めより、どうして来たのかと問い詰めていた。さっきは理解はしても納得はできない彼は、彼女を説得しようとしていた。

 

 クライムの態度にラナーは表面上は萎らしく対応していたが、自分の仮面が彼に通用しにくくなり、以前よりも慎重に表情を作らなければならず、内心肝が冷える想いをしていた。

 

 今までのようにはいかないもどかしさとやりにくさに、どんな状況でそうなったのかも考え、それが鮮明に想像できることが、自分の武器であった異常な思考力を忌々しく思う日が来ようとは。

 

 ラナーは手で口元を隠しながら唇を噛む。

 

 どう彼に影響を与えたのかを想像できるが故に、今までない嫉妬の炎を泥棒猫(レイナ)に向けていたが、彼の前ではそれもおくびにも出さずに対応していた。

 

 「ラナー様。どうか考え直してくれませんか?」

 

 「ここには王国最強である戦士長や戦士団もいて、安全な所もないでしょう?城の方も一部を塞ぎ最も壁が厚い箇所に兵を集中させています。その分収容できる人数に限界があり、私たちはこちらに志願したのよ」

 

 「しかし!?」

 

 「まぁまぁ、確かあなたクライムっていう子ね?」

 

 「そうですが・・・あなたは・・・」

 

 互いに引かない2人を、落ち着いた声で止める声の主が、ラナーが降りてきた馬車の窓から覗いていた。「よいしょっ」と体を起こした女性が降りて来ようとして、扉の前に立ち全体が現れ、その姿を見た瞬間。クライムは躊躇なく女性に手を差し出して体を支えた。

 

 大きく膨らんだお腹。彼女は身籠っていた。

 

 「あら、ありがとう。ふふ、姫様はいい騎士に恵まれたわね」

 

 「はっ!?す、すみません・・・」

 

 支えるために近付いたために間近で見ることになったが、顔はあまり見た覚えがない。そう考えた所で、彼女の身分を察し、慌てて離れ頭を深く下げた。

 

 今までは平民出という理由で、ラナーやラキュース以外の貴族の女性からいい目で見られたことのないクライムは、触れた事に謝罪するが女性は特に気にした様子もなく首を振る。

 

 「顔をあげなさいな。お礼は言っても謝られる覚えはないわよ?それにあまり彼女を責めるもの良くないわ。確かに身の危険はあるけど、危険なのはどっちもよ。悪魔にこちらの常識が通じるかなんてわかんないでしょ?だったら全滅を避ける為にも分散させる必要があったの。それに今からさらに戦力を分散させる危険もわかるでしょ?これからの危険からはあなたが守ってあげなさいな」

 

 「そう・・・ですね。すみませんでした姫様」

 

 「いいのよクライム。・・・それに正直心配してくれて嬉しかったんだから、だからもし悪魔がきても護ってね」

 

 彼女の言葉に、こんな貴族の人もいるのかと、いかに自分の見聞が狭いか気づき、微笑む目の前の女性に見惚れそうになった。クライムは誤魔化すようにラナーの方へ向き直ると、謝罪を口に出して頭を下げた。

 

 ラナーは、大人の魅力に当てられたクライムの様子に彼と話す彼女が身籠っていることも抜きにして、コノオンナモカと警戒し、ドウシテクレヨウと嫉妬を越えた歪んだ想いを向けかけていたが、この後の騎士に護られる姫という王道の展開に夢を馳せて霧散した。

 

 そんな彼女の内心は流石に予想できないクライムは、和解したことで、「護って」と言って年相応の姫様らしく恥ずかしそうに俯き呟く姿は、たしかにクライムの胸を打った。

 

 「は、はい」

 

 「いい顔ね。頑張りなさいな」

 

 「おい、おまえ。あまり無理をするな」

 

 そこへ現れたのはさっきまで指示を出しながらも前線に出て悪魔を倒していたバルブロ王子であった。彼の持つ剣には悪魔の血が付き濃厚な匂いを放っていた。その血を拭い、鞘に納めると、妻か腹の子供を気遣う言葉を発している姿はクライムとラナーには見慣れたものではなかったために、少しだけ驚く表情を見せる。

 

 そんな2人、特にクライムに一瞥を向けるもバルブロは一瞬は顔をしかめかけてーーわざとらしく咳払いしてみせるとなにも言わずに己の妻と話を続ける。妻の反応もなにか不自然なところもないので、これが彼らのいつも通りなのだろうか?その様子にさらに困惑するも、2人は黙って先行きを見守った。

 

 「ずっと座りぱなしではそれこそ気が滅入るわよあなた。それよりも」

 

 「ああ、わかっている。ザナック!ここから別れて民を誘導するぞ!俺はこっち、お前は逆だ!」

 

 「あ、兄上!しかしですね!」

 

 「なんだ、今頃怖じ気づいたか?いつも知識ばかり集めるから肝心なときに臆するのだ。これを契機に鍛練の方にも力を入れんと、今のままではそこの小僧にも劣るぞ!その肥満体では次期王の座は得られんし、譲るつもりもないぞ!」

 

 昔の彼ならこんな言葉が出てきた上に発破もかけるなど欠片も想像出来なかっただろう。彼を知る者の心境はいかほどか・・・。特に血の繋がった身内である者たちは、より顕著であった。

 

 その2人の内、王になる上で目の敵としていた兄を持つ弟であるザナックは開いた口が塞がらず、様々な噂話を集めて真意を見透すラナーでさえ、顔には出さないが、その頭の中で下の兄と同じことを思っていた。

 

 誰だ?コイツ??

 

 クライムも過去の彼と今の彼とはイメージが合わずに眉間にシワを寄せ首を傾げかけている。それを見た彼の妻は無理もないわねと口元に手を当て優雅に笑っていた。

 

 「ぐぐっ正論を・・・最近会っていないなと思ってたらこの変わりよう・・・ほんと誰なんだアレは?」

 

 以前は絶対に言わないであろう言葉で、偽物なのでは?という考えにも及び、ザナックは思わず口に出していた。答えを返したのは彼の協力者であり、自身も経験のあるレエブン候だけであった。

 

 「その気持ちわかりますよ。ザナック王子。大丈夫です。我々も着いていきますので、と言っても彼ら頼りなんですが・・・お前たち頼むぞ!」

 

 「任せてください!やるぞ!お前たち!」

 

 「おう!」 「おし!」 「ああ!」

 

 「アイテムの補充も出来た。いつでも行けるぜリーダー」

 

 ザナックの隣を陣取るレエブン候が、バルブロの妻に領地に残してきた愛する妻を思い出していた。彼は頷くとロックマイヤーと合流した元オリハルコン冒険者たちに声をかれば、リーダーによる頼りになる返事と各々の装備を振り上げて答える彼らの声によってもたらされる。

 

 「何を話しているかわからんが、そっちの馬鹿弟は任せたぞレエブン候!よしっ!お前たち行くぞ!悪魔たちに臆するな!1人では決して対応するなよ!盾持ちは前に出て防ぎ、後方から槍で突き怯んだところで止めをさせ!それ以外の者は常に2~3で組み、連携して対処に当たるのだ!」

 

 「ええいっ!こうなればやってやる!レエブン候我々も行くぞ!兄上ばかりにいい格好させてたまるかっ!」

 

 号令と共に進むはバルブロ。その姿は若き日のランポッサ王の背中に似ていた。彼に負けじと、臆しそうになる心を奮い立たせ、ザナックも兄とは逆の方へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王の側を守りながらのガゼフたちの進軍は、負傷者は出るものの、装備が新調された戦士団の活躍もあり、比較的に問題なく進軍は進み、避難も順調であった。

 

 少しだけ、順調すぎることに不安を覚えるが、悪いことではないので、気を緩めないようにしながら避難と悪魔の討伐を行っていく。

 

 「むっ、あれは・・・」

 

 ふと彼が見上げると異常な数の悪魔が集まる箇所に気付き目を向けると、漆黒の戦士が悪魔たちに襲われている所であった。だが戦士はそんな数をものともせずに戦っているが、異常な数の悪魔に阻まれてしまっている。

 

 「ガゼフ」

 

 「ああ、先程から悪魔が少ないのは彼が惹き付けているからか・・・向かおうとしているのは・・・っ!やるぞブレイン!」

 

 「っああ!」

 

 「私たちが先にいく!お前たちも王を護りながら着いてこい!」

 

 指示するもの忘れずにガゼフとブレインは飛び出していく、それを追うように他の戦士たちが続いていく。

 

 「やれやれ。久しぶりだというのに忙しない奴だ。我らもいくぞ!遅れるな!」

 

 馬の上から、そんなガゼフたちの姿を見た誰かが、声を張り上げて激励すると、ラナーらを乗せる馬車とクライムや護衛の者も動き出した。

 

 漆黒の英雄に悪魔が一斉に飛びかかる。

 

 武技 六光連斬

 

 その声と共に、悪魔は裂かれモモンの視界が晴れる。

 

 武技 風切り

 

 それでも洩れた悪魔は、飛ぶ斬擊によって斬られた。

 

 そこには地上から飛び上がったガゼフと、地上では屋根に登り、居合いの構えを取ったブレインの姿があった。

 

 「ここは我々が引き受けた!」

 

 突然の乱入者に、悪魔たちは騒ぐも、すぐに無防備な姿を晒すガゼフを狙う。人間は空中では魔術師以外は飛べぬのが道理。悪魔はすぐにこの邪魔な人間を肉塊に変えようと爪を伸ばす。

 

 「ふんっ!」

 

 なんと空中を蹴りつけることで避わし、すれ違い様に切り捨てた。再び宙を蹴りつけて、近づいた悪魔を次々に剣の餌食にする。彼の足にはレイナによって作られた足具が、魔法の輝きを放つ度にガゼフに地上での戦い方のまま空中を自在に駆ける力を与えた。

 

 機動力を得た王国1の戦士は、悪魔たちを蹴散らしていく。

 

 「たっち さん?」

 

 「むっ?」

 

 「あ、いや、失礼を少し知人に似ていたもので・・・。ガゼフ・ストロノーフ戦士長でよろしいか?」

 

 その姿に驚いたのはモモンガ。彼の空中での機動だけでなく彼が着用した白の鎧の後ろ姿が、かの聖騎士と被ってみえたからだ。しかしよく見れば、それはガゼフであることに気づいて、首を振り言い直す。

 

 呼ばれなれない名前で呼ばれたガゼフは首をかしげるが、訂正されたことで特に思うことはなかった。

 

 今さら自分の名前が知られていることについても疑問を覚えない。王国での自分の知名度は嫌というほど知っている。彼も王国で住んでおる内に知ったのだろうと納得する。まさか自分が、村を救った恩人であるマジックキャスターに自己紹介しており、それが目の前の戦士だとは想像できなかっただろう。

 

 「そうだ。貴公の噂は聴いている。何でもたった数日でアダマンタイトに上り詰めた新進気鋭の冒険者だとか、なによりーーいや、悠長に話している時間はないな。ここの悪魔は我々が引き受けよう」

 

 なによりレイナが迷うことなく助力を願った御仁であることに、軽く嫉妬の気持ちが沸いたことに首を振り、そう言ってガゼフは、こちらに集まってくる悪魔の群と先ほどから戦士の勘が告げる気配がする方向に目を向ける。彼だけでなく錬磨された実力持つブレインもハッキリとわからずとも、戦士としての勘が、そこになにかがいることがわかった。

 

 その存在が自分よりも強いということも。今日この日まで鍛練をサボるなどはしたことがない。だが、王国の村を襲撃され、じっとしていられずに王に頼んで遠征をしたが、待ち受けていたのは貴族たちの罠。もしも、かのマジックキャスターや彼女がいなければ自分は部下諸とも無念のまま死んでいただろう。

 

 助かった命。さらに鍛練を積んだ。たしかに強くもなったし、新たな装備によって、出現する悪魔たちにも余裕で太刀打ちできるようにはなった。だが世界はガゼフが思っている以上に強いものに溢れていただけだ。それでもやはり・・・彼女の隣に今の自分が立てないことに悔しく思う。

 

 強く剣を握りしめて、目の前の自分よりも強いであろう戦士を見た。

 

 「行ってくれ。そして彼女を頼む!」

 

 「・・・恩に着る!」

 

 彼の力強い視線にモモンは頷くと進行方向の悪魔を凪ぎ払い、そのまま走り抜けていく。

 

 彼の姿が一瞬で遠くに行ったことに、彼に任せるのは間違っていなかった。・・・少し、いや、かなり悔しく思うも、新たな強者の存在に燃える己が心もある。

 

 「行ったか」

 

 「はっ、すっげぇ~もうあんな所に・・・」

 

 追い付いたブレインがすでに小さくなったモモンに対して、感心した言葉を洩らす。2人を無視してモモンを追おうとする悪魔がいたがその瞬間、バラバラ切り刻まれた。

 

 「ガゼフよ。急に飛び出すでない。もう少し老骨を労らんといかんぞ」

 

 その悪魔仕留めた者がガゼフを背後から声をかける。それは五宝物に身を固めたランポッサ王その人であった。

 

 「ならばこそ、王よりも先に目の前の障害を取り除かねばなりませんな」

 

 「ふふ、言いよるな。彼女のおかげで歩けるようになってからお前たち戦士団の訓練で、鈍った勘をいくらか取り戻せた。今までのように只後ろで守られているだけの儂ではないぞ」

 

 集う悪魔を前後に相手取り、モモンの後を追わせない。少し離れた所から抜けようとする悪魔は、ブレインや戦士団に阻まれてモモンを追うことができない。

 

 「王よ。忠誠を誓ったあの日から、こうして背中を合わせて戦える事をずっと夢見ていました」

 

 「儂もだ。ガゼフ。儂の背中を任せれるのは御主しかおらぬ」

 

 それにこの装備を着るには久しぶりだ。と洩らす王は懐かしそうに己が身に纏う鎧に手を滑らせる。そんな王の姿にガゼフは国宝である五宝物を出そうとした時の事を思い出す。

 

 この期に及んで渋る貴族に「ならば私が着よう。まさか王が着るのが相応しくない等言わんだろうな?」と言って、てっきりガゼフに装備させると思っていたその場の貴族たちに、過去の傷で立てなくなっていた自らの足で立ち上がってみせ、宣言した時の驚き固まる彼らの表情は、ガゼフにとって生涯で1番スッとした気分だった。

 

 「いきますよ!王よ!着いてこれますか!?」

 

 「うむ!やってみせよう!若き頃の戦を思い出すわ!」

 

 「盛り上がってるねぇ俺たちも負けらんねぇな!?」

 

 「戦士長とランポッサ王。ブレイン殿に続けぇぇぇ!!」

 

 「「「「「おおおおおおぉぉぉぉ!!」」」」」

 

 「「まずは俺らが相手だ!」」

 

 掛け声と共に飛び出した2人の戦士が魔化された武器を振るう。

 

 「さすがは我が女神様から貰い受けた武器はひと味違うぜ!」

 

 「冒険者や戦士長ばかりにかっこはつけさせねぇぞ!そうさ!これがあれば我らに敗北なし!」

 

 調子の良いことを言いながら先陣をきる2人は、いつかレイナに飛び込み告白して粉砕していたが、今は見事に悪魔の群を分断する。

 

 「行くぞ!悪魔共にこれ以上の狼藉を許すな!」

 

 セイランを先頭に片側に猛追をかける。

 

 後方からは弓を得意とする者が、陣を組んで遠くの悪魔を射止める。

 

 近づいた悪魔は前衛を担当する戦士の猛烈な攻撃に曝され、その命を散らしていく。

 

 「ここから先は通さん!」

 

 「今こそ戦いの時よ!」

 

 「おっとこのままじゃ2人に全部持っていかれそうだ。俺も全力でいくぜ!」

 

 残った片側をガゼフとランポッサ王とブレインが蹂躙じゅうりんしていった。

 

 「すごいこれが英雄、その英雄に集う戦士たちなのか・・・」

 

 「もしかしたら俺も・・・」

 

 ガゼフなどの英雄達だけでなく、自分達とあまり違わない平民出の戦士たちの姿や自ら先陣をきる王族の姿に、徴兵されていた他の兵士たちの士気が高まり、悪魔へと果敢に挑む。

 

 「おいっ!いつまでへっぴり腰でいるつもりだ!?元平民どもに遅れるなど貴族の名が泣くぞ!かかれぇぇ!!」

 

 「やってやる!やってやるぞぉぉ!!」

 

 「奴等は上からも来るぞ!気を付けろ!!」

 

 「当たらなくてもいい!弓を持ったやつらは牽制しろぉ!」

 

 そんな一般兵には負けるわけにはいかないと、貴族出の兵たちも続いていく。そんな王国の進撃は止まらず、大物の悪魔が出現しても数人係で抑え込んだところでガゼフとランポッサ王かブレインによって倒され、それを見た兵士たちの士気がうなぎ登りで上がり、(おおむ)ね誰も欠けることなく進んでいく。

 

 平民出身の兵士たちは憧れに、貴族は己のプライドのために。

 

 この災厄に向けて王国が1つになった瞬間であった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 短い期間を共にした漆黒の剣とナーベから始まり、蒼の薔薇、王国の戦士長。彼らから託された想い答えるべく目の前の間違った選択をしようとする友人に向けるのだ。

 

 正直に言えば今にも逃げ出したい気持ちは変わらないが、そうしてしまえば何もかもが終わる気がして、必死に弱い 鈴木 悟 の心を押さえ込む。

 

 降りた先にはレイナとたっちがそれぞれ拘束されてしまっている。たっち は左右から2人のウルベルトに、彼女に至ってはボロボロな上に服が破けてあられもない姿にされている。宙吊りにされ意識も失っているようだが、まだ息をしていることに安堵する。

 

 現実とは違い生きていれば、ポーションでも回復魔法でも全快にできるのが、この異世界だ。なんとか救出する方法を考えながら、相手から目離さない。

 

 あの不敗の戦乙女と公式チートと呼ばれた たっち の2人掛かりで挑んで敗北している時点で、異常なのに。

 

 まだ対峙していないというのにわかるのだ。いや、ユグドラシルでは感じなかったのが、現実化しこの世界で、鈴木 悟 として無縁だった殺伐とした世界の中心にいるであろうレジスタンスのリーダーである彼の重圧が大悪魔となったことで、息苦しさを覚えるほどに。

 

 すると彼女の残った衣服のそれも胸を掴んでいた彼が、手を離して振り向く。その動作は酷く緩慢で、隙だらけのはずなのに、彼の山羊の縦に割れた瞳も相まって恐ろしく見えた。

 

 「やはり来たかモモンガ。まさかこんなタイミングでくるとはな。悪魔たちも役にはたたん」

 

 「ウルベルトさん、どうしてこんな・・・」

 

 「その姿。特に赤いマントはたっちをリスペクトしたな?気に入らないがなかなか似合うじゃないか。特に色合いがダークヒーローチックなのがいい」

 

 「ウルベルトさん!話を聞いてください!」

 

 「はぁモモンガ。俺はお前の事を友人だと思っている。いくらゲームの中でとはいえ、お前との時間は楽しかったからな。だが、恋人同士との中に入るのはマナー違反じゃないか?」

 

 「ウルベルトさん!」

 

 「駄目だモモンガ。今の彼には何いってもーぐぬっ!?」

 

 「たっちさん!?」

 

 「五月蝿い外野はほっておけ、さもないと

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐにゲームオーバーだ」

 

 

 

 気づけば、モモンガに向けてウルベルトは駆け出していた。

 

 咄嗟に向けていた剣を振る。()()()()()()()

 

 肉薄された時点で、モモンガは下がるべきだった。

 

 同レベルの魔法詠唱者(マジックキャスター)が、反応が遅れる速さで接近してきた異常に。だが、今のモモンガは完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)で自身も強化している経験から、彼もそうだと断定しての行動だったが・・・。

 

 振られた剣速はもしもこの世界の生物ならば脅威そのものであったその剣先は・・・ウルベルトに届く直前ーー視界が大きく回転、見えたのは赤く染まった夜空。

 

 「武技"要塞"っ!?」

 

 「ちっ避けたか」

 

 背中から衝撃に自分が地面に仰向けに叩きつけられたのを理解する前に、こちらに向けて、足を振り上げたウルベルトに気付き、両手の剣を重ねてガードしようとするが、足が振り下ろされた瞬間に、更なる危機感に襲われたモモンガは武技の"要塞"を使用したが、それが発動し彼の足を受け止めーーー剣を捨てて横に転がった。

 

 ズンッと重いものがさっきまで胴体があった場所に、足がつく。地面はまだレイナの固定化が効いたままのおかげで抉れはしなかったが、無惨にも真っ二つどころか粉砕された剣から、どれほどの威力で蹴り抜かれたのがわかる。

 

 信じれなかった。受け止めたのにも関わらず、それはただ数瞬もっただけでアッサリと破られたのだ。

 

 元の位置には無惨に折られたモモンとして、活動する間、魔法で創造したとはいえ、共に戦ってきた剣。未知数の脅威考えていた武技さえ通用せず、もしも横に転がっていなければ、そうなっていたのは自分の方だったかもしれない事に寒気が走る。

 

 「なんかスキルとは違うのを出したが大した事ないな。それに見たことのない装備だったから、もしやと思ったが・・・」

 

 彼の声が聞こえた直後、すぐさま起き上がり、今度は距離をとろうと後ろに跳ぶが、見慣れた山羊頭の歪んだ顔がピッタリと追随してきていた。

 

 「そんなハリボテで相手になるとでも?」

 

 この距離ならばと拳を握り。先程、六腕の最高戦力らしい男を追い詰めたボクシングで挑むも、とらえているはずの攻撃は悉く流され、しまいには伸びた腕をとられ、勢いのまま引っ張られた。

 

 「腕は思いの外いい。だが、爪が甘いな。そもそもただのサラリーマンと腐ってもレジスタンスのリーダーであった俺に徒手空拳で挑むだと?」

 

 まただ。まるでこちらがわざと外しているように感じる。超人的なコンマ数秒もない攻防の中、モモンガの攻撃を無効にするそれは、リアルで彼が所属していた組織にいたある傭兵から教えてもらった軍隊で採用された実戦的な格闘術。

 

 モモンガのそれは確かに同格にも通用するものではあったが、同格以上のそれも本当に命のかかった戦場で磨かれたことのある彼の前では、格好の餌食だった。

 

 「馬鹿にしているのか!」

 

 「がはっ!?」

 

 怒り声を発したウルベルトに捕まった腕を体ごと引っ張られ腕に潜るように懐に入ってから、繰り出される肘のカウンターがボディに打ち込まれる。抉られるような衝撃に、魔法で創られた鎧の胴体は完全に壊れ、隠していた骨の体は勿論、ワールドアイテムであるギルメンにはモモンガ玉と呼ばれる血のような赤玉が露になり、後方に受け身もとれずに吹き飛ばされた。

 

 「戦いは始まる前に決まっていると散々言っていたのに、この体たらく。後悔は死んでからでは遅いんだぞ?」

 

 高速で吹き飛ぶ中、その言葉はハッキリと聞き取れた。確かに焦って本来の姿に戻ることも、ろくな準備もせずに挑んでしまったのは自分の落ち度だ。

 

 悔しく思うも体は動かない。いや、実際は彼の体は彼の意思動いていたが、それは戦い慣れたウルベルトにとってあまりにも遅かった。モモンガは視界の端に更に追撃をかけてくるウルベルトが映るも、ゲームとは違い、気を失いそうになる痛みに反応が遅れてしまう。

 

 絶体絶命のその時、ウルベルトが不自然に動きを止めて、横に跳ぶ、そこには剣を振った白い騎士がいた。

 

 「驚いた。あの一瞬で分身を始末しただけでなく、割ってはいるとは。捕らえたままと油断せずに始末しておくべきだったな」

 

 「物騒な物言いだな・・・。モモンガさん大丈夫か?」

 

 「た、たっちさん」

 

 割って入ってきた たっち のおかげで追撃はなかったが、モモンガは、生まれて始めて感じる猛烈な痛みに気絶しそうになるのを耐えて立ち上がる。

 

 たっち が前にいる内に本来の姿へと戻るモモンガ。

 

 「ははっ!今度は前衛と後衛か。と言っても今の俺には(いささ)か物足りないな」

 

 2対1。それもワールドチャンピオンと死霊術を得意としていながらマジックキャスターとして覚えるもの大変な多くの呪文を適切に使用できるオーバーロードを前にしても余裕な態度で笑っていた。

 

 実際、モモンガが来る前に分身を使った物量作戦とはいえ たっち とレイナの前衛2人を相手にして圧倒する異常な強さを見せる彼とっては、少しだけ面倒な相手というだけなのかもしれない。

 

 こちらのボディと鎧を捉え粉砕した己の手を見ながら呆れたように頭を振る友人の悪魔の姿があった。

 

 ここで始めて。ありえない不可解な力の差と彼の姿に恐怖で息をのむ。

 

 「やっとハリボテを捨てたか、まぁ捨てなければ傷1つつけれなかっただろうがな」

 

 圧倒的な力を前に たっち もモモンガもしばし呆然としていた。ゲームとは違うリアルになったからこそわかる。強い。圧倒的なまでに。こんな存在にレイナと目の前にいる たっち は戦っていたのかと思うと改めて尊敬する。

 

 「さて、このまま相手をしてやってもいいが、その前に・・・」

 

 そう言ってウルベルトが腕を翳す。攻撃かと身構えるが、何も起きない。疑問に思うとふと目を向けたのはレイナがいた空間。そこには、彼女を覆うようにゲートのようなものが現れると、その中に彼女を引き摺り込まれていくのがみえてしまった。

 

 「レイナさん!?」

 

 「万が一、起きられて合流されては面倒だ。終わるまでの間、零はビップルームに案内しておこう」

 

 駆け寄る暇もなく瞬く間にレイナはその中へと消えてしまった。

 

 「さてと最後通牒だ2人供。退く気はないんだな?」

 

 「はい、でも聞かせてください「いいだろう」・・・どういうつもりなんですか?今回の件は全部自分達に任せるという話では?」

 

 レイナの安否が気になるものの、彼の口振りから一先ずは無事なのがわかると、今回の勝手に始めた騒動について問い詰める。お陰で八本指に関しては対処できたが、被害はモモンガたちが想定していた以上に広まってしまった。

 

 これが事前に予定していたことならば、ナザリックのためだというのであれば容認していたかもしれない。

 

 しかし、今回は八本指や六腕らを捕らえて、ついでに腐敗した貴族らも白日のもとに晒して、一気に膿を除くことも視野に入れていた。王国に対して恩を売り、今後のナザリックの表だった活動がしやすくなる意図もあった。

 

 人間に頭を下げるなどと、いくつか、ナザリックの部下たちからの、不満もあったが、別に頭を下げるとかでもないので、気にすることはないと伝えていた。

 

 「俺の目的は最初から最後まで零を手に入れることだ」

 

 「そんな・・・」

 

 「だから目的を果たした今、俺がここでお前らと戦う理由はない」

 

 わかるだろ?と言いたげに視線で訴えるウルベルト。薄々はわかっていたが、彼の目的が彼女自身であることにショックを受けるモモンガ。それはもしも、彼がモモンガの伝言を見て来ていたら、彼はリアル化したここではなく、現実に戻ろうとする事を言っている。思えば再開を喜ぶのもなかった気がする。ならば彼と一緒に来たベルリバーもと考えて、気分は落ち込んでいく。

 

 「モモンガ。気持ちに正直になるんだ。君はどうしたいんだ?」

 

 逃げたい衝動に駈られる中、聞こえたのは恩師で友人である たっち の言葉。自分がどうしたいのか・・・そんなのは決まっていた。彼が去るのを了承する?彼女を手放す?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなのいいはずがない!

 

 

 

 何か理由があったとしても、彼女を傷つけた彼に任せてしまえば、取り返しの使いない事態になるのではないかと想いが、モモンガの胸に炎を灯す。

 

 ユグドラシルから去っていく友が増える度にモモンガ鈴木 悟心の何かが磨り減るのを感じていたリアル世界。それしかなかった彼にとってユグドラシルのサービス終了は、絶望に等しかった。

 

 そんな最後の折りに出会え、想いを共有し理解してくれた彼女の存在はモモンガの心に光が射し、異形に引き寄せられることもなく人間の気持ちをもっていられたのは、寂しく迎えるはずだったのを、ラストバトルを飾ることで未練をなくしてくれた彼女がいたからだ。

 

 その時、芽生えたものはオーバーロードと化しても変わらなかった。

 

 今のままでは万に1つでも勝てない。

 

 意識を集中し、弱い 鈴木 悟 からモモンガというオーバーロードへと気持ちを切り替えた。そこには仲間に恵まれ、数多くの戦いを覚えた戦術と魔法を合わせて戦い抜いてきた魔法使いがいた。

 

 「全く余計な一言を言ってくれたな たっち 期待はしないがお前は?」

 

 「そんな聞かなくてもわかるんじゃないですか?」

 

 「ああ、本当に無駄な時間だった」

 

 神級の装備に身を包み懐から出したのは、ギルド武器には及ばぬものの、1人での狩りを支えてくれたメイン武器の1つであり、禍々しい1振りの杖。

 

 ギルド長である彼の為に作られたギルド武器やそのレプリカながらも強力なものではないが、ひどく手に馴染み力が溢れてくる気がする。

 

 モモンガの長年愛用していた神級装備の杖。

 

 数々のワールドエネミーの素材から作られた唯一の限界まで鍛えられた彼に相応しい杖であり、個人で所有するもので(はばか)らずに使用可能。

 

 主の意思に答えるように魔力を迸り、魔力は形になって敵対者に容赦ない牙を剥く。

 

 「俺も本気でいく。零は俺がもらう。本当にこれが最後だ。見逃すならーー」

 

 「それはできません」

 

 「だろうな。わかっていたさ」

 

 決意の籠った目でハッキリと否定すれば、彼も目の前の友人が退くとは思わなかったのだろう。ウルベルトは警戒を解くこともせずに、一見無防備に大鎌を肩に預けるように構えたままだが、モモンガは知っている。半身になり、肩に預けて上に刃がくる鎌は獲物を飲み込まんとするアギトであり、ユグドラシルでの彼の本気の構えである。

 

 「本気を出しての戦いはいつぶりーーいや、はじめてになるのだろうな?それが女の取り合いとは、人生わからないものだな」

 

 「ええ、本当に。でもあなたと最後の模擬戦は私の勝ちだったですよね」

 

 「最後の1回をたまたまだろう?それで完全に勝ったと思われるのは心外だ」

 

 「今さら負け惜しみですか?」

 

 「さっきまで押されていた癖に、いい気になるのも今の内だぞ?その前までの戦いでは俺の勝ち越しだったはずだが?」

 

 「惜しい戦いも多くありましたよ?勝率もそこそこ高かった」

 

 ピリッと両者の間に流れる空気が緊張は既に高まりつつある。

 

 モモンガは感じていた。ゲームでは感じることも感じたことのない圧力がウルベルトから溢れてる事に、彼が大悪魔だからとかでなく、リアルではレジスタンスを纏めるリーダーだ。

 

 そんな彼に本気の殺意を向けられれば、只の一般人であった鈴木 悟ではこの時点で、泣きわめき無様を晒すほどのそれに、耐えれているのは一重にオーバーロードになれただけでなく、この異世界に来てからの出会いや冒険があったからこそ。

 

 「モモンガいつかの通りだ。俺が壁になる。あの馬鹿にきつい1撃を食らわせてくれ」

 

 「たっち さん・・・はいっ!」

 

 これ程頼りになる戦士がついてくれている。憧れた背中は昔のままで、どんな強敵との戦いでも彼がいるだけで、ピンクの粘体であった彼女ほどでなくても、鉄壁の要塞に守られている気分になる。それと何よりも心の支えになった彼女の存在が、震えそうになる体を止めてくれた。

 

 「行くぞ!ウルベルト!」

 

 「来い!モモンガ!」

 

 「俺を忘れるなよ!この馬鹿野郎!」

 

 前方はたっちがいるので下がらず、魔法を唱える。ウルベルトもそれはわかっているのか、隙あれば邪魔をするであろう たっち から距離をとる。

 

 魔法の強化をかけ終わると、その間にどう戦いを運ぶかも考えながら、第2ラウンドの開戦告げる魔法を放つ!

 

 「大顎の竜巻(シャークスサイクロン)!」

 

 「万雷の撃滅(コール・ グレーター・サンダー)!」

 

 大きな竜巻の中を、巨大な人食い鮫が獲物を求めて泳ぎ。

 

 大地をも砕く巨大な雷の大鎚がそれを迎え撃った。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 「もう大丈夫だよ。歩ける?」

 

 「う、うん。ありがとう!お姉ちゃん!」

 

 「ふふ、泣かないで偉いね。じゃあこのお兄さんが安全な所に連れていってくれるよ」

 

 「ああ、任せてくれ。ここはもう大丈夫だろう。一度拠点に戻り、ガガーラン殿も交えて街の様子を話し合おう」

 

 「わかりました」

 

 逃げる時に転んだのだろう。ネムを思い出す年頃の男の子を抱き起こし、同じく救助に当たっていた兵士に預けると、エンリは燃え盛る街並みに目を向ける。大分避難が進んだこともあり、人影は見えない。

 

 彼の言う通りそろそろ撤退するべきかと考える。手持ちのポーションは使いきり、自分の姿は悪魔の攻撃や火に晒されてボロボロな上に、全力での行動が多く溜まった疲労で今にも倒れそうだ。

 

 そうして見渡したエンリ視界視界に飛び込んできたのは、大きく膨れ上がった炎の塊。気づいたときには遅く。その炎はエンリを飛び越え、背を向けていた兵士と男の子目掛けて向かっていく。

 

 「っ!!?」

 

 避けて!と叫ぶ声も炎の着弾によって生じた爆風に潰され、エンリ自身吹き飛ばされた。

 

 背中を打ち付け強い衝撃にむせる息を飲み込み、顔をあげると地獄が広がっていた。

 

 「そ、そんな・・・」

 

 2人の姿は見えない。いや、あの炎の塊が直撃したのならば骨も残らないだろう。それほどの火力だったのだ。

 

 エンリの意識が真っ白になる。

 

 護れなかった。特に男の子姿が実の妹に重ねていたエンリにはあまりにも衝撃的だった。

 

 「ぐううっ・・・わ、私・・・は・・・っ!」

 

 無力さに流れる涙と吐きそうになるのを我慢して、すぐにそれを行っただろう存在を見つけるために目を走らす。

 

 はたしてそれは上空にいた。

 

 そいつは狂喜に嗤いながら、エンリを見下ろしていた。

 

 そして理解する。コイツはわかっててエンリではなくあの2人を狙ったのだと。

 

 今までの悪魔と違い角が大きく、素手だったのに杖を持っている。理性がある瞳をしているが、やはり悪魔。人がどう絶望するのかが楽しいのだろう。

 

 村で自分とネムを追いかけてきたアイツらと一緒で。

 

 怒りに立ち上がろうとするも、剣を支えに起き上がるので精一杯だ。そんなエンリに満足したのか、悪魔は杖の先から炎を灯すとそれはどんどん規模を大きく広げて、先程の炎の塊にしてみせた。

 

 動けないエンリの更なる絶望を望んで、わざわざ過程を見せたのだろう。だがエンリは臆すことなく、睨み続けたままだ。

 

 悪魔は望んだ表情が得られずに、残念そうにしたが、何もできない愚かな人間に向けて、放つ。

 

 エンリは、故郷に残してきた家族や恩人たちの事を思い出していた。

 

 避けようのない。

 

 「ごめんなさい。レイナ・・・さん。お父さん・・・お母さん・・・ネムっ!」

 

 残す家族の事と仇取れない悔しさに、エンリは最後まで迫りくる死から目を離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・え・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 お・・・ちゃ・・・ん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉ちゃぁぁぁぁん!

 

 

 最後に自分を呼ぶ懐かしい声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 




 モモンガさんの武器はアニメではギルド武器のレプリカ使用してたみたいですけど、ユグドラシルでの資金稼ぎもそれだったのかわからんのでオリジナルの専用(?)武器を出すことに。

 色々強化された原作キャラがいますが、気に入らなかったら

 ごめんなさい。

 


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