銀河道中夢語~ギンガドウチュウユメカタリ (二子屋本舗)
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第1話:銀河道中の夢

アニメ最終回のエンディングで、何やらロビーへの恋を諦めたかのような描写をされているヤンさん。
え?いいの?ヤンさん! 本当に! そんな芋ようかん持ってきた男に、ほっこりしていたら、ハッチがロビーにイズモンダルへ「幸せを掴みに行こう」って誘ってるんだから、決定的に「告白もしないで」失恋しちゃうよ! 
それは困るので、とりあえず、まずはヤンさんに告白してもらいましょう!のくだりです。
・・・・実は、どうやったらヤンさんが告白してくれるのかが一番難しかったです。
だって・・・ロビーは鈍いし・・・ヤンさん、自分が告白もしていない自覚ないし・・・アニメスタッフは「ハッチ×ロビー」押しなのは明らかだし・・・・
でも、これなら、とりあえず告白はするだろ! てか、がんばれヤンさん!(文責:二子屋本舗字書き担当:はりもぐら)


今もなお夢に見る。

 

――――いや、手ぶらってのも何だったんで・・・―――

 

そんな一言で、そそくさと「みるくいちご」キャンディーの大袋を置いて、札束を抱えて出て行った後ろ姿を。

 

『ヤンさん! なんで貸したんですか!』

『あいつに・・・ロビーに返済なんてできるわけないでしょうが!』

 

返済のあてのない貸付をした自分に対し、側近の二人が猛抗議したことも。

そして、彼らに対して『身体で返させるから問題ない』と言ったそのことも。

 

だが、それは何もかもが自分だけが抱いていた泡沫の夢だった。

もう決して届かない。ただの独りよがりな願望だった。

 

 

『地球を救った英雄に・・・いや、銀河連邦そのものをアウタースペースからの侵略者から救った英雄には・・・』

 

高利貸は似合わない。

 

あれは、ロビーが借金まみれの「ただの男」だったから、自分に与えられたチャンスだったのだ。

借金でがんじがらめにして、そうして自分のモノにする。

 

『それだけの・・・つもりだったのだがな』

 

地球の高層ビルの最上階。本社の社長室にて、ほろ苦くヤンは自嘲する。

 

今や、月の王子が相棒で親友で、そして、銀河連邦中が『英雄』として賛美するロビーだ。

そんなロビーにどうして、自分が何かできようか?

 

『もう・・・追いかける口実も・・・ない・・・』

 

どれほどまでに恋い焦がれようと、近づく術すらない。

近づこうにも、理由もない。根拠もない。方法などどこにもない。

 

『馬鹿だな・・・私も・・・・』

 

 

気づかなければ良かったのかもしれないと思う。

あの男だらけの惑星・ハママⅡで、無理にでもロビーの身体を奪ってしまっていれば、こんな思いを抱くことはなかったのかもしれないとも。

 

『だが、違うな』

 

それもまた分かっている。

あの時。

衆人看視の『巨大うなぎレース』の折に、無我夢中でロビーの下着に手をかけていた自分は、確かにあのまま押し倒してしまうつもりだったのだ。

だが、結果的には逃げられ失敗したことで、ヤンは己の気持ちに気づいてしまったのだ。

 

―――私は・・・ロビーを・・・どうしたいのだろうか・・・―――

 

『は? 捕まえて腎臓売るんじゃ!?』

『マグロ漁船に乗せるとかじゃ!?』

 

ヤンさんっ!?

 

驚愕のあまりに、茫然自失となったアロとグラの二人の側近らの顔も覚えている。

三人の間で、とんとんとん・・・と空しく転がっていったビーチボールの音までも。

 

今は自分の気持ちははっきりと分かっている。

 

最初は「無謀な借り入れをするロビーを捕えて、好きにする」だけのつもりだった。

今までも時折、無茶な借金をする連中相手が「逃走」する都度、必ず、捕えては生まれてきたことを後悔するまでしゃぶりつくしてきた。

 

ある者は、極度のSM趣味の客に高値で売り、あるいは、臓器を生きながら取り出し、それを幾度も繰り返すプロメテウスに与えた罰のようなことをしたことも一度や二度ではない。

 

ヤンにとって、「どうしようもない借主」というものは「自分の投資先」というよりは、半分は日々の業務で鬱積したストレス解消も兼ねた「お遊び」相手だった。

返せないと分かっていて、わざと貸し付け、そして、その者から「すべて」を奪う。

 

逃げるなら、ゆっくりと追いつめる。

恐怖心に駆られて必死に逃げる借主を追いつめるのは、さながら狩りにも似た楽しみであり、猫が捕えた鼠をいつまでもいたぶっているのと同じ感覚でもあった。

 

だから、最初はロビーに貸し付けたのも同じ動機だったのだ。

いや、同じつもりだったのだ。

借金のカタに、その身体を差し出させ自分が思うがままに貪る。

飽きるまで楽しませてもらおう。

それしか考えていなかった。

 

『なのに、な・・・』

 

もう遠く離れてしまった想い人。

英雄には、手は出せない。どう出せるというのだ?

 

あのハママⅡで、ウナギで精をつけすぎたあまりに、つい情欲のままに手を伸ばしたものの正気に戻った自分は『それ』を酷く後悔していたというのに。

 

衆人看視の中で身体を奪うなどという暴行に及べば、どれほどまでに嫌悪されたか。

それすらもあの時は考えていなかった。

いや、嫌悪されることなど、どうでも良かった。考えてもいなかった。

 

だが、今はもう無理だ。

何よりも自分で自分がそうしたことができないことが分かってしまっている。

 

「どうしたいのか・・・か」

 

己自身の自問自答には苦笑すらできはしない。

 

そもそも、あれ以前には自分の中には「ロビーに嫌われたくない自分がいる」ということすら分かっていなかったのだから。

 

いや、根本的に「誰かに嫌われたくない」と思うような感情が自分の中にあったこと自体が、ヤンには驚きそのものだったのだ。

 

今なお信じられないが、ヤンの胸にはロビーを思うだけで熱くなる何かがある。

この広い宇宙で出会えたこと自体が奇跡だと・・・そう思ってしまう自分がいる。

 

だから困ったのだ。そして、今、どうしようもなくなってしまったのだ。

 

手に入れたいのは今も変わらない。

けれど、それは「無理強い」して「嫌われて」でも、という意味ではない。

 

自覚は恐怖にも似ていた。

 

好きで、そして、相手にも恋われたいなどという想いは、ただ絶望という壁のみが立ちはだかっていた。

 

「ロビーをどうしたいのか、か・・・」

その答えはどうに出ている。

 

そうだ。自分は「ロビーに自分を好いて貰いたい」のだ。

できるなら想い想われる恋人に・・・いや、違う。

「もっと・・・ずっと・・・長く・・・」

一生を共にする伴侶にしたい。

この生涯かけてロビーを愛し抜き、大切に慈しみ、互いに愛し愛され過ごしたい。

 

それこそが、叶わぬ夢。

分かっていて、分かっていても。それでも、想いだけはヤンの胸から離れることはなかった。

 

ほんの少しだけ、彼に似た男にさえも浅ましく反応してしまう自分。

冷徹な金融の帝王のヤンは一体どこへ行ってしまったのだ?

 

「ロビー・・・」

 

呟きが声になっていたのは無自覚だった。

だから、それをアロとグラが聞きとがめたのも、ヤンには想定していないことだった。

 

「ヤンさん・・・」

 

空になった「みるくいちご」キャンディの袋をもったまま、たまらずボスであるヤンに叫んでいたのは金髪のアロの方だった。

 

「ヤンさんっ! なんだって、そんなに悲しそうな顔をしてるんですかっ!」

「そうっスよ!」

 

小柄なアフロヘアのグラもまた唱和する。

 

「ヤンさんらしくないっす!」

「お前たち・・・」

 

道端で拾った時からずっと、なんとなく手元に置いていただけなのに、常に自分に忠実で、そして、それこそ全身全霊で自分に尽くしてくれるアロとグラ。

この二人が自分に意見を言うなど、まして、抗議するなどかつてあったろうか?

 

驚きで目を見張るヤンに対して、イセカンダルへの旅路でヤンのロビーへの恋心を良く知った上で懸命に応援していた二人は、必死に言葉を続ける。

 

「ヤンさんは・・・ロビーが好きなんじゃないんですか!」

「そうですよっ!」

「好きなら・・・なんで、告白しないんですかっ!」

「そうっスよ!」

「告白・・・?」

 

それは予想だにしない言葉だった。

自分とロビーは、借金の「貸主と借主」というだけの関係だ。

その借金の返済が終了してしまった今更、何をどう・・・と、諦めた眼差しのヤンに忠義者の二人は負けじと食い下がる。

 

「ヤンさんっ! 俺らが尊敬するヤンさんは、諦めない人っス!」

「そうっス!」

「だったら、借金なしのロビーに、告白ぐらいしたっていいじゃないっすか!」

「そうっスよ! 一回でダメなら、何回だって! 何もしないなんて、最初から交渉を諦めてるなんて・・・! ヤンさんじゃないっス!!」

 

「お前たち・・・」

その忠義には胸が熱くなる。だが、相手は「あのキャバクラ大好き、巨乳美女大好き男」のロビーなのだぞ?

 

相手が自分でなくとも「男」というだけで、端から相手にすらされないだろうに・・・。

 

そんな戸惑いを見せる上司に業を煮やしたのか、グラは、自分のスマブレからヤンの部屋のスクリーンに突如何かのCMらしき動画を映し出す。

 

♪恋のパワースポット、冥王星~~~♪

 

見れば、ハートの氷の雪原で、ハッチと冥王星人らしき娘が、きゃっきゃうふふと追いかけっこで戯れている。

 

「これが・・・?」

 

最近、冥王星が観光惑星としての目玉に「あの銀河の英雄も出演した冥王星のラブスポットへどうぞ!」のキャンペーンを張っているのは知っている。

どうせ、この画像は、地球からイセカンダルへ行く途中に、ロビーがハッチに出演させて撮ったものだろう。

そんなものがどうかしたのか?といぶかしむヤンの目の前には、問うより先に、信じられないものが映し出された。

 

「はあい! 全銀河の皆さん~~~~」

「月の王子、ハッチ・キタです」

「その相棒のロビー・ヤージだぜ!」

 

仲良く超アップで映し出された二人が、両手を振って、画面の向こうへ呼びかける。

 

「俺たち、今度冥王星のキャンペーン『冥王星から、イズモンダルへ』で結婚します~!」

「今なら、特別提携で、冥王星でラブスポットツアー体験のカップルは、イズモンダル婚を優先予約できるんだぜ!」

「結婚するなら!」

「恋をするなら!」

「冥王星と!」

「イズモンダル!」

 

♪恋をするなら~~結婚するなら~~~冥王星とイズモンダル~~~~♪

 

「・・・・・なんだ・・・これ・・は・・・」

 

結婚? 誰と、誰が?

 

茫然としているヤンに、アロはここぞと食い下がる。

 

「あいつら! 今、イズモンダルに向かってるらしんっス!」

「何!?」

「このCM映像やたらと評判いいらしくて、あっちこっちで拡散されまくって、連続小説みたいだとかなんとかで、続きが期待されてて・・・」

「まさか、その最終回は・・・」

「そうです! そうなんすよっ!」

 

エンドレスで流れるCM画像では、やたらと嬉しそうに手を振るハッチとロビーが、「俺たち結婚しま~す♪」を繰り返している。

 

「・・・まさか!? ハッチは月の国王の後継者だぞ!? それにロビーは女好きだ! あの二人が結婚など・・・」

「ですが、ヤンさん。このままだと、あいつら本当に結婚しちまいますよっ! 今更、同性婚ができないなんて惑星、どこにもありませんしイズモンダルは特にそういうことに鷹揚なプラネットですし!」

 

 

次の瞬間、ゆらり・・・とヤンの周りに金色のオーラが立ち上った。

気のせいではない。少なくともアロとグラの二人にははっきりと見えた。

金融界の帝王、銀河の覇者、泣く子も黙るヤンズ・ファイナンス総帥の神髄が、今ここに蘇ったのだ。

「・・・宇宙船を出せ・・・」

「はいっ!」

「準備はできてますっ!」

「ならば、行くぞ! 目指すは・・・」

「イズモンダル!!! っスね!」

「了解っス! 黄金のシャチホコ・バージョンⅡ発進準備完了! ワープいきやす!」

 

『ロビー・・・私のロビー・・・』

 

手の中には、ロビーからかつて貰った「みるくいちご」キャンディの空袋。

二人から渡された『それ』を握りしめ、ヤンは、無我夢中で叫んでいた。

 

「人の恋路を邪魔する者は! シャチホコに食われてしまえばいいのだ!」

 

その時のヤンは本当に神々しいほど、勇ましかったと。

後に、アロとグラの二人が何度も語る、久方ぶりの『元気な』ヤンだった。

 

復活のヤンだった。

 

 

★★★

 

さて、その頃、件の二人こと「ハッチとロビー」の二人はと言えば、

冥王星の観光局長とその娘と一緒にイズモンダルまで来て、

あれこれと打ち合わせの真っ最中だった。

 

「まったく、ロビーも良くやるよねえ・・・」

呆れたように言うのは若干18歳のまだまだ若い月の王子ことハッチである。

「まったくだ。その『いい頭』を持ちながら、どーしていつも、巨乳のねーちゃん達に騙されるんだか」

ため息をつくのは、ロビーのウサギ型サポートロボットのイック。

 

二人が、木端微塵になったナガヤボイジャーの2号を新しく作って、地球へと迎えに行ってみれば、肝心なロビーは「地球を救った英雄」として散々持ち上げられていたはずなのに、何をどうしたのだか、無一文で路上生活をしていたのである。

 

「だってよ~~~ヒザクリガーブームが思ったより早く終わっちまって、在庫処分の経費分借金にならないためには、いろいろ権利放棄しないとダメだって言われてサインしたら、全財産なくなっててさ~~~」

「・・・どーせ、それ言ったの美人巨乳弁護士のねーちゃんだろ」

「え? イックよく分かったな! いや~~~美人でさ~~~~~~で、俺のことが心配だからって、俺の権利関係全部整理してくれたんだぜ!」

 

いや~~、あの谷間は目の保養だった! と鼻の下を伸ばしまくりのロビーに、呆れ果てたとばかりにハッチとイックは顔を見合わせる。

 

「・・・イック・・・どうして、こうも『騙されていること自体に気づいていない』わけ??」

「いつものこった・・・俺様がついてねーと、こーなんだよっ! たく情けねえ・・・」

顔も頭もかなりイイ線行ってる癖に、なんだってこーなんだかなっ!

 

とは言いつつも、イックが本気ではイラついてはいないのには理由がある。

実は、ハッチがルナランドへ帰る折に、イックもかつてはルナランドにいたことが判明し、その頃の記憶のバックアップなりともの回収も兼ねて月に滞在していたのだが、その際に、イックが執筆した『RobiHachi~地球を救った男たち』が銀河を席巻する大ベストセラーとなったのである。

結果、かなりの印税が「イックが管理しているロビーの『管理口座』」に振り込まれ、よって、実はロビーは文無しではないのだ。

ただし、それについてはハッチと示し合わせて敢えて具体的な金額などは教えていないイックであった。

 

「金があると分かると、また、おねーちゃんに騙されて使っちまうからな」

「そうそう、ヒザクリガーの権利もほぼ騙されて放棄させられてるしね」

実際は、全銀河にまだまだブームが続いているので、ブーム終焉自体が嘘八百なのだ。

よって、現在、ハッチの命令により、ルナランドの王立顧問弁護士自らが、ロビーの権利放棄の無効と損害賠償などについては係争中だが、それらの解決金なども『イックの管理口座』に入れる予定である。

 

よって、ロビーの認識としては「ナガヤボイジャー2号」の費用については、イックの執筆料で賄ったので、自分名義になってはいるものの、それ以外は依然文無しということだった。

だから、ハッチから、「二度目の旅」に誘われた折、ちょうど、冥王星が以前の広告プロデュース料を支払いたいとの申し出があったのを機に、更に、観光誘致を強化しよう!と、現在、絶賛冥王星用のPR活動・・・。

有体に言えば、プロデュース料目当ての活動中だったのである。

 

もちろん、冥王星の観光局長の美人娘の谷間と涙にほだされた・・・のは当然の前提として。

 

「お願いします! 銀河の英雄様!」

と泣きつかれただけで、ほいほいと承諾する様に、イックとハッチが呆れ果てていたのは、言うまでもない。

 

だが、実際のところロビーは火星の観光についてのアドバイスの際もそうだったのだが、実は、プロデュースでも何でも、一流広告会社のドンツーより遥かに的確だし、映像の作成も、脚本制作に至るまでプロも裸足で逃げ出すセンスと才能の持ち主なのである。

 

それもあって、以前の「ハッチと冥王星の娘が、らぶらぶきゃっきゃ」な映像も受けまくったのだが、あの映像そのものは、ルナランドから正式に「あくまでも広告用で、現実とは異なります」という注意書きを入れなければならない羽目になったとかで、せっかくのクオリティが台無しとなったという顛末に陥った冥王星に、再度、救世主ロビー・ヤージが降り立った!というわけだったのである。

 

「でもさ~~ロビー。オレが、あの娘と結婚するわけじゃないってのは、ルナランドが告知しまくったから、広告材料としては無理がない?」

 

いぶかしむハッチに対し、にっと笑って、独特の深い青みのある瞳でいたずらっ子のようにロビーは言葉を返す。

「いんや。むしろ世間的には、禁断の恋!? 許されない想い!? ロマンチック・・・」

とかで、思いっきり受けてるぜ? 現に、冥王星の観光客数も恋愛スポットでの出会いでのもろもろの収益も、右肩上がり。

「てなわけで、後は、世間様が夢見る『幸せゴールイン』まで演出すれば、完璧って奴だ」

「でも、冥王星は、結婚式の惑星としては・・」

「だから、結婚するなら、イズモンダル!で有名なあそこと提携したら、お互いに利益抜群だろ?」

「・・・で、今度はイズモンダルで撮影ねえ・・・」

 

わざわざ、そんな遠方まで・・・まあ、どうせ旅先にイズモンダルも考えてたからいいんだけど。

とのハッチの愚痴に対して、ロビーは今からプロデュース収入の計算で、うはうはしている。

 

「いや~~~冥王星人って金払い良くって助かるわ! 俺、今スマブレまた止められてるって言ったら、現金払いにしてくれるしさ!」

「で、最終PR画像のコンテとかは出来てるの?」

ナガヤボイジャーの船室でハッチが問えば、ばっちりとロビーは親指を立てる。

「なんせ、銀河の・・・つか、この際、宇宙の英雄か? な俺たちが出演だぜ?」

王子様ってのが、特にいいよな~~~! ハッチ王子様万歳だぜ!

「・・・王族って、別にそんないいもんじゃないけどね・・・。息苦しいし・・・」

「で、また家出王子様が何を言ってるやら。ま、いいじゃん! 何事も経験だぜ!」

「オレはいいけどねえ・・・」

 

ハッチが少々危惧していることを察して、ロビーは、更に笑う。

「なあに、お前のファンが、あの娘に攻撃したりしないような最終回にしてみせるって!」

「なら、いいけど」

女の子のためならたとえ火の中水の中のロビーである。そこは信用してもいいのだろうと、ため息まじりに了承する。

 

「じゃあ、撮影とかは全部ロビーに任せるよ」

「おう! まかしとけ!」

 

この時、その冥王星とイズモンダルの提携PR動画撮影行きの旅が、二人の・・・いや、イックも含めて三人にとって、もろもろに運命の転換点になろうとは、誰も知るはずがなかった。

 

よもや、黄金のシャチホコが追ってきているなどとは・・・それこそ夢にも思わなかったのである。

 

 

ロビーもハッチも、ヤンのことなどとうに忘れていた。

それこそが、運命の皮肉だったのかもしれない。

 

 

★★★

 

しかし、本人達はPR用と思っていても、ヤンの頭の中ではすでに「ハッチがロビーを嫁にする!」という妄想が渦巻いていたのだから、どうしようもない。

 

イズモンダルの中でも随一の結婚式場で、おごそかに執り行われる式の最中、神父の声が朗朗と響く。

「それでは・・・この結婚に異議のある方は・・・」

 

異議なし! おめでとう! 

が、脚本にあったセリフである。

 

だが、突如、開かれた扉と共に響き渡ったのは、良く通る良く響く素晴らしいテノールだったのである。

 

「異議あり!」

 

「は?」

 

式場の祭壇にいたハッチとロビーが唖然とするそこに、ずかずかとやってきたのは、ある意味見慣れた金融会社の社長の姿・・・。

 

「おい? ヤン?」

なんで、お前・・・

ロビーが撮影の邪魔するなよ、という間もなく、ヤンはがっしとロビーの腕を掴むと天に届けとばかりに、大声で叫んだのである。

 

「ロビー! ハッチなんかと結婚するぐらいなら、私を選べ!」

「はい?」

「そうとも、私の方がお前を愛している。だから!」

「はぁああああああっ!?!?」

 

沈黙する式場、困惑する神父から恐る恐る声がかかる。

「ロビー殿? 今回の撮影の段取りは・・・」

「ああ、そうだった。おい、ヤン! 誰と誰が結婚だって!?」

「は?」

今度は、ヤンが目を丸くする番である。

 

「今回はな、冥王星のプロデュースも兼ねて、こっちの娘さんと婚約者の本当の結婚式もやっちまおうって企画なんだよ! なんで、あんたが邪魔すんだよ!」

「は? いや、お前とハッチが・・・・イズモンダルで・・・結婚・・・」

それを聞いたロビーは更に天を仰ぐ。

「ああ、えっと? 確か、俺とハッチで『俺たち、イズモンダル婚まで行ってきます』だったけか?」

「そうだ! だから、私は・・・!」

「・・・良く聞け! しっかりCM見とけよ! 俺たち、『行ってきます』だろーが!」

何を勝手に誤解してんだ、あんたはっ!

「お蔭で撮り直しじゃねえか! ったく、花嫁にとっちゃせっかくの式だっつーに・・・」

ごめんな~~~と、美しく装ったウエディングドレス姿の冥王星の娘に頭を下げているロビーからすると、どうやら本当に自分が勘違いしたらしいと、今更、ヤンは蒼白になる。

 

『だが・・・そうか・・・・』

ロビーは言った。

誰が結婚するのか、と。

つまり・・・。

『ハッチとロビーが・・結婚するのでは・・・ない!』

 

それだけで、ほっと・・・胸の中の大きなつかえが取れたのを、ヤンは確かに感じ取ったのだった。

 

「おおい! 邪魔が入ったけど、もう一度な!」

 

そうして、銀河の英雄も列席、つまりハッチが新郎側の付添、ロビーが新婦側の付添という絵面での撮影も無事に終え、やっとこれであとは編集!となった時、ヤンはロビーから唐突に呼びつけられた。

 

「で・・・あんたは?」

「え?」

「わけのわからないこと叫んで、撮影邪魔した分! 説明と経費分の賠償してもらおうか!」

 

さあ、こっちへ来い!

そのまま、式場のラウンジまで連行される羽目になったのであった。

 

 

★★★

 

ホテルラウンジと同じく、静かなロビーラウンジにてコーヒーを前に、腕組みした仏頂面のロビー。

そして、どうしたものかと緊張の面持ちのヤン。

 

珍しい取り合わせに、アロもグラもハッチもイックも、そして冥王星の面々まで、興味深々で柱の陰からこの二人を見詰めていた。

 

「なんか・・・お見合いみたいっスねえ・・・」

「ヤンさん! がんばっス!」

応援する輩もいれば、

「ねえ、イック・・・さっきのヤンのあれ、なんだったわけ?」

「さあ? つか・・・ロビーの悪運の引きの良さはハンパねえからなあ・・・」

と、心配顔のロビーサイド。

 

いずれにしても、肝心なロビーとしては、とにかくヤンが何を考えているのかさっぱり分からないのだから、まずは事情を言えと言ったのは、至極当然のことだったろう。

 

「確かに、俺はお前から借金して、すぐに返さなくて迷惑かけた。けど、それについては完済してるだろうが。今更、何の恨みがあって俺のささやかなお小遣い稼ぎまで邪魔してくれんだよ」

「小遣い稼ぎ?」

意外そうに目を見開くヤンに対して、ロビーは気難しく頷く。

「俺、ヒザクリガーブームが終わって、一文無しなんだよな。だから、冥王星のプロデュースやって小金稼いでいる最中だったんだよ。なんで、それをあんたが邪魔したんだか、理由を聞きたいんだが?」

「それは・・・」

理由を知ってしまえば、今更「ハッチと結婚すると思って、その阻止のためだけに」との理由は言いにくい。

言いにくいが・・・本当のことだから言わざるを得ない。

 

「すまん・・・」

絞り出すようなヤンの声に、「意外だ・・」と驚いたようなロビーの声が響く。

「あんたが謝るなんて。いや、こっちは余計にかかった経費とか負担してくれればそれでいいんだぜ?」

で、手打ちにしねえ?

とのロビーの言葉に、頷きかけ・・・だが、これだけは・・・とヤンは己の勇気のすべてを振り絞って声にした。

「ロビー・・・」

「あん?」

「愛している」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

重たい沈黙が流れること数十秒。

いや、もっとだったかもしれない。

 

ちなみに、凍りついたのはロビーのみならず、ギャラリーの面々もである。

誰も、予測もしていなかったのだ。こんなみんなが見ている目の前で、いきなりそんな展開になろうとは。

 

しかし、一度腹を決めたヤンは、さすがの胆力だった。

「私はお前を愛しているのだ。だから、お前とハッチが結婚すると誤解した。そして、たとえ阻止が無理でも、自分の想いだけでも伝えたいと思ったのだ」

だが、それがお前の仕事を邪魔してしまったというのなら、詫びる。すまなかった。

 

「えっと?????」

未だ、要領を得ないといった風のロビーは、明るい茶色の髪をかきむしりながら、考え考え首を捻る。

「あのさ、俺・・・男なんだけど?」

「それが?」

「でもって、俺は、おねーちゃん達が好みなんだけどな?」

「知っている。だが・・・」

 

その時、唐突に、あはははははっ!との声がヤンの耳に響いた。

見れば、目の前のロビーは、さも可笑しいとばかりに、テーブルを叩いて爆笑しているではないか。

 

「なんだよ! 天下の大企業! 泣く子も黙るヤンズ・ファイナンスの総帥様がよ! たかが、こんな一文無しが、月の王子様と結婚するわきゃねーだろーがっ! それを誤解? で、泡食って追いかけてきて? わざわざイズモンダルまで?」

 

あ~~はははははっ! おっかしーでやんのっ! あんた変だぜ、絶対!

 

「ロビー! 私は!」

変だと言われさすがに、むっとなったヤンに対し、不意にロビーの深い青い瞳が向けられる。

 

「でさ・・・。まあ誤解は誤解として・・・あんたはこれからどうしたいんだ?」

「え?」

不意を突かれて、ヤンは思わず言葉に窮する。そんなヤンに対して、やれやれ・・・とロビーは呆れたと両手を上げる。

 

「そうだな。愛してる・・・は、ともかく」

「本当だ! それだけは!」

「いや、そういう意味じゃなくてだな・・・」

 

う~ん、とロビーは何事か考えている風情であったが、にっと笑って、ごく軽く言葉を返す。

「俺さ、あんたに迷惑かけたから嫌われてるんだと思ってたんだよな」

「それこそ、誤解だ!」

「つっても、まあ、借金したもんとしちゃ、そうとしか思えなかったわけで・・・・。そんなあんたから、唐突に今度は『愛してる』とか言われても困るわけだ」

「分かっている。お前が、私のことなどなんとも思っていないことなど・・・」

だが、肩を落とすヤンに対し、ロビーが言ったのはヤンにとっても皆にとってもあまりに意外な言葉だった。

「いや、だから、いきなり『愛してる』には答えられねーけどよ。取りあえず、あんたが俺のコトが嫌いなわけじゃねえってんなら、友達から始めるってのは、どうよ?」

「・・・ロビー?」

それは・・・まさか、まさか?

私のことを「考えてくれるという」ことか?

驚きに硬直しているヤンに対し、ロビーは「ダメか?」と尋ねる。

 

「俺は、あんたのこと嫌いじゃねーぜ? つか、こうも目の前で面と向かって『好きだ』の『愛してる』だの言われたのも生まれて初めてだしな。男同士だとか、年齢がどうのとかいうのも差別っぽいから今更だし」

 

てなわけで、友達でどーだ? 

「一緒にメシ食ったり、どっか出かけたり、遊んだりさ!」

 

「ロビー!!!!!!」

「おいおいおいっ!」

感極まったヤンが、思わず立ち上がってコーヒーカップをぶちまけてまで、ロビーを抱きしめたのは全員が目撃した後々までも語り草。

 

「あ~~とりあえず、今回の迷惑料として、ここの料金はあんたのおごりな。それから、冥王星とイズモンダルの提携結婚プランへの融資。これが条件だぜ」

「飲もう! 造作もない!」

「じゃ、決まりだ! イック! ハッチ! それと、冥王星とイズモンダルの観光局長さん達も聞いたな!」

 

恋のパワースポット冥王星と結婚の惑星イズモンダルの『ハッピーブライダルプラン』については、ヤンズ・ファイナンスが低金利で全面的に融資面でバックアップしてくれるってよ!

「こんだけ、話まとめたんだ! 俺のプロデュース料もはずんでくれよな」

 

 

 

そう。ロビーの頭の中には、その時はまだ「自分の小遣い稼ぎ」が最優先だったのである。

そして、それはイックやハッチもまた、そんなものだろうと思ってしまっていたのである。

 

まさか、これが・・・後に、ヤンにとっての長い長い幸せな夢への第一歩になっているとは露知らず。

 

そう、これこそが銀河道中で生まれた叶わぬはずの夢への実現への一里塚だったのである。

 

この時は、まだ・・・当のロビーも誰も気づいてすらいなかったが。

 

だが、ヤンだけは・・・・心の底から歓喜していた。

 

『ロビーが・・・考えて・・・くれると!』

 

友達からでもいい。それでもいいっ!

 

ああ、ハママⅡで無理強いして嫌われなくて良かった!

アッカサッカでは、ハッチとロビーが永遠の愛の鐘を鳴らしてしまったが、それでも諦めなかったこの想いよ!

 

『私は・・・・二度と・・・』

 

みるくいちごを・・・ロビーへの恋を自ら諦め、捨てるような真似はすまい。

この先、何があろうともだ。

 

だが、今はまだいい。

ロビーは「やったぜ! 全部、ヤン持ちだ!」

と、はしゃいでいる。

 

嬉しそうなロビーの傍らにいることを、私は許されたのだ。

それでいい。

 

今は、まだ。

 

(第1話終わり)




これが冒頭です。
ちょっと初めての投稿につき、誤字脱字他、いろいろな間違いがあるかもしれません。
直していこうと思いますので、その点はご容赦を。
ヤンさん好きな方がいらっしゃればいいなと、思っております。
あと感想は大歓迎です。次は、ロビーとヤンさんのデートですね。そこから進展していき、そして、ハッチもまた自分の気持ちに気づいて、三角関係になるのですよ。うふふ。

追記:あ、絵描きの桜さんから「夏コミ用に描いた(ハッチ×ロビー本)のヤンさんのイラスト挿絵にしていいよ~~。同じヤンさんだから!」とのことでしたので、ちょいと入れてみました。
ご興味ある方で、挿絵表示なしにされている方はクリックしてみてくださいね

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第2話:友達? 以上??  恋人??? 未満????

はい。前回が「ヤンさんの告白」でしたので、今回は、その「続き」となります。
さて、お友達づきあいして、どう進展するかな?
というか、付き合ってみたら「楽しかった」と思うんですよね。
そんなわけで、第2話です。書いてみたら、思った以上に1話より長くなったのは・・・謎です。ヤンロビの道は、まだ始まったばかりですv


イズモンダル観光局と冥王星観光局とのタイアップ企画

恋のパワースポット冥王星と結婚の惑星イズモンダルの『ハッピーブライダルプラン』は、

「月の王子に心ときめいていた冥王星の娘が、幼馴染の青年からの真実の愛の告白を受け、大どんでん返しの末についにイズモンダルでハッピーエンド!」という筋書きのラストのCM効果もあり、それはそれは銀河を揺るがす大反響となった。

 

「私も冥王星に行きたい!」

「俺も! 冥王星で彼女に告るんだっ!」

 

♪恋をするなら、結婚するなら~~冥王星とイズモンダル~~~♪

 

金をかけまくった広告会社ドンツーのCMなんぞ軽く蹴飛ばし、その年のCMグランプリに輝くことになった話題性のお蔭で、現在、ロビーの手元には気軽に使えるお小遣いがたんまりあった。

 

「じゃあな、イック」

地球で適当な場所にナガヤボイジャーを停めては、ふらふらと遊びに出かけるロビーに、今日もウサギ型サポートロボットはその愛らしい顔をしかめて答える。

「・・・つか、またヤンと遊びに出かけるのかよ?」

「おう! あいつ金持ちの癖にB級グルメもいけるのな。だから、俺のお勧めラーメン屋制覇の次は、ホットドッグかクレープか・・・」

ま、ネオ・トーキョーで一番うまいポテトは、もう食わせたから、今度はどうすっかな~~~

 

鼻歌交じりに出かける支度の主に対し、イックは深い深いため息をつく。

 

「あのな、ロビー」

「なんだ? イック?」

金ならあるぞ? 

「冥王星からの払いが良かったからな~~~~。結婚式の費用もかからなくて済んだとかで、こっちが祝儀払うはずが、あっちからプロデュース料上乗せしてくれるんだもんな!」

気前イイよな!

「それに、ドンツーに前に、ほとんど詐欺まがいで巻き上げられた分も、ヤンの弁護士が取り戻してやったから、その分も潤ったらしいし。いや、ほんっと、イイ稼ぎしたもんだ。キャッシュで払ってくれた後で、追加でも振り込んでくれるとはな~」

「・・・つってもお前のスマブレ、まーだ、止まったまんまだけどな」

「そりゃ、仕方ねーだろが!」

口をへの字に曲げて、アラサ―とは思えない少年めいた顔でロビーは盛大に拗ねてみせる。

「サポートロボットに『本人が使えないよう、振り込まれた金については厳重に支出管理されてる』ってコトで、俺の信用、スマブレ回復する程戻ってねえんだからよお!」

なあ、イック。いい加減、俺の支出管理やめねえ?

「そもそも、その機能だって俺がガキの頃に『こづかい貰うとすぐ使っちまうから』ってんで、どーしても貯金しなきゃ買えねえ奴のためだけに、お前に設定した口座と機能じゃんか」

「その機能のお陰で、お前がおねーちゃんたちに騙されては、文無しになっても入院費だの食費だの俺様が生活全般の費用を賄えたんがな」

「え? そーだったのか?」

初めて聞いた、との顔にイックは、両耳をぴんと立てて、むうむうにまくしたてる。

「たりめーだっ! お前! 家出してから、稼いだってすぐに文無しになるの繰り返しだったじゃねーか! そんなお前の食費だの光熱費だの薬代だの入院費だの、どこから出てたと思ってたんだよ!」

「・・・借金で・・・・」

で、それを踏み倒して生きてたと思ってた、との言に、イックは「この馬鹿があああ!」と叫んだのは言うまでもない。

 

「お前が生きてくために、俺様が・・・俺様がどれだけ今までサポートしてきたと思ってやがる!」

「あ~~、でもよ! ほら、今回はマジでホントに金あるし・・・」

「相手がおねーちゃんじゃねえから、お前が投資話に引っかかることもねえとは思うがな・・・」

「そーだぜ、ヤンとメシ食ったり、競馬しに行ったりしても、俺が金を出すことほとんどねえんだぜ?」

「・・・お前がヤンに奢る以上に、ヤンのがお前に金出してくれてるもんな・・・」

「っていうか、あいつが金がかからなすぎるんだよ! 一体どーなってんだか、あいつの金運・・・」

パチンコに誘えば、いきなりフィーバー。競馬では、あっさり万馬券。

「競馬、競輪、オートレースに、パチスロ、麻雀喫茶・・・・」

なんで金持ちの社長様が、賭け事までツキまくるんだか!

「俺が、すってんてんになってる脇で、じゃらじゃら玉出しまくってんだぜ?隣の台だってのに!」

「根本的に、お前とは金運が違うのと、お前がダメすぎるだけだと思うがな」

「あ! ひでえ! 主人差別だ!」

ぷりぷり怒りながらも、こんなのはいつものやりとりなので、それについてはイックは別に気にならない。

 

気になっているのは、別の意味でのことである。

「あのなロビー・・・ヤンとでかけるの・・・楽しいのか? お前・・・」

恐る恐る聞いているイックの様子に頓着することなく、返事は実にあっけらかん。

「おうっ! 思ってたより、ずっと楽しいぜ! あいつイイ奴だな! 気前いいし、玉分けてくれるし!」

「・・・・・そこかよ・・・・・」

思わずがっくりと両耳をうな垂れさせてしまうイックをよそに、じゃな、とロビーはひらひらと手を振り扉を開ける。

「じゃな~~~~~」

そんなロビーに、思わずイックは大声で怒鳴る。

「こらああああっ! 俺様の話、まだ終わってね・・・・」

って、どーしてこう逃げ足だけは速いんだか。

 

『まあ・・・一応・・・』

どこへ出かけるかは事前にこうして聞いているし、万が一の時は、サポートシステムにある「主人救出システム」で駆けつけることもできる。

今まで、マフィアの情婦にほだされた挙句に、金は取られる命は狙われるなどあっても、なんだかんだとロビーの命が無事だったのは、すべてイックがぎりぎりで助けてきたからである。

『イセカンダルへ行って、無事帰ってもきたしな・・・』

自分さえいればなんとかなる。そう思うが、どうにも心配がぬぐえない。

 

それは、ロビーは自覚していないようだが、イックははっきり覚えているからである。

 

―――私はお前を愛しているのだ!―――

 

「なんだって、ヤンみてえに厄介な男に惚れられちまってんだよ、ロビーの馬鹿野郎・・・」

 

高利貸の金融業。表看板は優良企業のヤンズ・ファイナンス・ホールディングスだが、裏の稼業はヤクザもびびる裏金融の帝王である。

 

「あんな・・・命がいくつあっても足りなさそうな野郎に、惚れられちまったら・・・」

危険度は、マフィアの情婦だった巨乳美女に、ちょっとうっとりしていた時の比ではない。

いつ何時、巻き込まれてどうこなってもおかしくないのに、ロビーは飽きもせず、気にもせず、こうして今日も気楽に出かけていく。

 

「てかなあ・・・これ・・・ヤンにとっちゃ『デート』になってるって・・・・」

ロビーの奴、認識・・・してっか?

「ぜってー分かってねーな。うん」

せいぜい気の置けないメシ友が出来たぐらいの認識だろうとイックは確信している。

しかし、周囲はどう思うか?ヤンを狙っている者が、ヤンが最近常に蕩けそうな瞳で見つめている者について気が付いたらどうなるか?

 

「アタマ痛え・・・・・」

 

そのあたりは、月の王国ルナランドに帰ったハッチも心配はしているらしく、何かとイックに連絡してくる。

 

―――イック、もし必要なら・・・―――

 

ルナランドの精鋭SPをロビーにつけようか? とまで言ってくれたのだが、流石にそこまですれば、ロビーが煩がること確実なので断ったのだが・・・。

 

「やっぱ、ハッチに頼んどけば良かったかな・・・・」

 

最初は、すぐにロビーが飽きるか、ヤンが仕事で忙殺されるなどして「縁など切れるだろう」と思っていたのだ。

ところが、予想に反して、至極、ロビーは楽しげなのだ。

そして、ヤンもどうやって時間のやりくりをしているのか、甚だ謎だが、何かと時間を作ってはロビーを誘うし、ロビーもまた最近では自分からヤンを遊びに誘ったりしている。

ついこの間も、火星にオープンしたばかりの絶叫マシーンを堪能してきたばかりである。

 

「火星も観光局長に俺、顔が効くんだぜ。招待券貰っちまった。だから、一緒に遊びに行かねえか?」

ロビーから連絡を取っている姿を見た時のイックの衝撃は、それはもう筆舌に尽くしがたいものであったのは、もはや推し量ることすらできないレベルであった。

 

「でもまあ・・・なあ・・・」

困ったことに、いつもの巨乳美女らと違って「金をむしり取られる」わけではないので、妙に長続きしてしまっているのである。

金の切れ目が縁の切れ目なロビーなのに、その「金」が切れない。よって、縁も切れない。

 

「このまま『交際』続けてどーする気だよ、あの馬鹿野郎・・・・」

 

イックからすると、ロビーがヤンに深入りしているようにしか見えない。

どうしても、そうとしか見えない。

 

だが、付き合うなと言っても、本人がへらへらと楽しく出かけてしまうのを止める権限まではない。

いくらイックが、ロビーのサポートロボットといえど、そこまで主人を拘束する力はないのだ。

 

実害がないから、付き合いが続いてしまうのだ。

だが・・・本当にいつまでも無事なのか??

 

「ロビーのばかやろが・・・」

主の居ないナガヤボイジャーに残されたイックの独り言は、ただただ空しく消えるばかりであった。

 

★★★

 

そんなイックの心配を余所に、ヤンは日々幸せな時を過ごしていた。

 

何せ、あれだけ追いかけても捕まらなかった恋しい人が、自ら誘ってくるのである。

 

「よ! また、いい店見つけたんだぜ~~!」

ちょっと出てこれねえか?

 

その誘いを断るなど、あろうはずがない。

そう、どんな大口契約を前にしていようとも、である。

 

「いってらっしゃい、ヤンさん!」

「後は任せてください、ヤンさん!!」

 

アロとグラの2人は、このところヤンのサポート役として更に急成長し、今やヤン本人がいなくとも相当な契約なら任せられる程になっていた。

「すまんな、お前たち」

私用で抜け出すボスのことなど、呆れてもいいだろうにと思うのだが、この2人は呆れるどころかヤンの恋路をひたすら応援してくれる。

 

「ヤンさんのためっス!」

「そうっス!」

「気にしないでくださいっ!」

 

忠義者を配下に得たものだ・・・。

その己の僥倖にしみじみと感謝をしつつ、社長室からうきうきと出かけるヤン。

そのヤンが大事にしている宝箱の中は、「みるくいちごキャンディの空袋」に始まり、ロビーと出かけた先でのラーメン店の箸袋だのパチンコの玉だの雑多なものが次第次第に増えていっているのだが、そんな上司を温かく見守るアロとグラだった。

 

「ヤンさんが元気になって、本当に良かったな・・・」

「本当っス・・・」

 

一時期、心底落ち込んで、いつも暗い瞳をしていて。挙句の果ては、ほんのちょっとロビーに似た雰囲気の明るい茶色の髪の男が差し出した芋ようかんを頬を染めて受け取っていた時など、どうしたものかと心底案じたものだった。

 

「でも、もう大丈夫っスね」

「そうだな。俺たちのヤンさんだからな」

 

業績はヤンがちょくちょく抜けだそうが、大口取引前に、その契約を蹴ってまでロビーのところへ出かけてしまおうが、現在、全銀河連邦中の支店の業績がうなぎ上りである。

 

「冥王星とイズモンダルへの融資が、ヤンズ・ファイナンスを更に有名にしたよな」

「あのCM効果絶大だったっすよね~~~」

 

それまで、どちらかというと裏稼業の方が有名だったヤンズ・ファイナンスの「表の顔」である「優良金融企業」としての業績が、突如として空前の景気に沸いたのは、確かにあれ以来なのである。

 

♪幸せな夫婦のための低金利融資や新婚生活費のサポート、困った時にはヤンズ・ファイナンス♪

 

今や、CMソングまでヒットするぐらいである。

もちろん、このCMもまた、ロビーが「イズモンダルで結婚したカップルの面倒も見てやれ!」と、冥王星の観光サポートの一環として、ヤンに要求した結果として『ついで』に作ったものなのだが、それが思いっきり銀河中にいつでも聞かれる流行歌となろうとは。

 

「ロビーは、ヤンさんにとっては福の神かもしれねえなあ・・・」

アロがしみじみと言えば、グラも頷く。

「ヤンさんのこと、嫌わないで欲しいっスよね・・・」

「そうだな・・・」

 

仮に、ヤンの『愛』が報われないとしても、手ひどい失恋だけはさせないで欲しい。

心底そう願う2人であった。

 

そうなのだ。この時点では、まだアロとグラすら、ヤンとロビーの関係はいつか終わると思っていたのである。

 

『ロビーは女好きだからなあ・・・・』

 

いつか、本命の女が現れたら・・・・終わる。

その日が来ないことを・・・いや、せめて・・・・少しでも、その日が来るのが遅くなることを、ただ祈るしかできなかったのであった。

イックがまったく逆に、なんとか早く縁が切れてくれと祈るのと同じように、いずれは終わることだけは、信じたままに。

 

★★★

 

そんな周囲の心配など露知らず。

ロビー本人もヤンも、至極友好な関係を築いていた。

 

何しろどこへ行っても「楽しい」のだから仕方がない。

 

パチンコ、競馬、競輪、麻雀、高級クラブに、居酒屋に。

 

ヤンとしても意外だったのは、どんな高級店へ連れていっても、どこの店員からも、常にロビーは、それはそれは丁寧に対応されることだった。

 

「・・・この店はドレスコードが煩いことで有名だったのだが・・・」

「そっか?」

 

ある時など、夜景と味が評判の高級レストランへ連れて行った時など、流石に着替えをさせなければダメかと思っていたのに、店側はジーンズ姿のロビーを実に丁寧に迎えたのである。

 

『銀河の英雄・・・あるいは、私の連れだからか?』

だから、何か遠慮したのか? とも思ったが、すぐにそれは違うとヤンは気づく。

 

単なる遠慮ならば、心のこもった接待などしない。

人間観察に優れているヤンだからこそ、表面づらかどうかなどすぐにわかる。

 

『ああ、そうか・・・』

窓際の一番良い席に通されて、夜景を喜んでいるロビーの姿をウエイターがにこにこと見つめている。

料理が運ばれた後にはシェフがわざわざ挨拶に来る。

 

それはロビーがあまりに自然体でいるからだったのだと。ヤンは気づいた。

 

「美味かった! 流石だね~~~」

「お褒めに預かり恐縮です、ロビー様」

「様は、よせって」

「いえ、ロビー様の舌が確かなのは、我々シェフが一番知っておりますので・・・」

「褒めても何もでねえって。あ、でも、あのサーモン。焼き加減、もうちょいと工夫すると若い女には、もっとウケるかもな。見た目って奴の好みの問題と、舌触りが・・・」

「なるほど・・・! 確かに」

老練なシェフが、実に素直に頷くのだ。だがその光景は不思議なほど自然なものでもあった。

 

『そうか・・・ロビーのこの空気か・・・』

どこにいても自然体で、肩肘張らない不思議な空気。

その雰囲気こそが、どんな豪奢な衣装以上に、ロビーをその「場」に馴染ませてしまっているのだと。

 

昔来たことがある店とかいうわけでもなくとも、一見様お断りの店さえも、ロビーを断る店はどこにもなかった。

『ああ、思えば・・・』

私もそうだったな。

初めて会った時のロビーをヤンは思い出す。

 

莫大な借金を抱えているのに、自分を前にして、ごくごく平然と笑っていた不思議な男。

きらきらとした青い瞳を輝かせて、無邪気なまでに投資話の成功の確実性を語っていたロビー。

 

絶対に詐欺だと分かっていたのに。

ロビーに貸し付けても、返済がされないことなど分かっていたのに。

すでに、自分のところがまとめていたロビーへの借金分だけでも、十分にロビーをその場で捕えて『身体で払わせる』ことだって出来たのに。

 

どうしてだか、貸したくなったのだ。

ロビーの喜ぶ顔が見たかったから。

そして、そんな自分にロビーは「みるくいちご」キャンディの大袋をくれたのだ。

それが嬉しくて。

 

だから、ロビーを失ったと思った時、どこか似た笑みを浮かべた青年が、芋ようかんを差し出した時・・・彼にロビーの面影を見て、ぽうっと僅かに心が和んだのだ。

 

だが、彼とロビーの違いは明らかで、あの青年はヤンの投資を元に大成功を為し、借金の返済はもとより現在も融資を続けてやっている「優良顧客」に成長した青年実業家となった。

 

その彼から密かに熱い眼差しを向けられたこともあったが、気づかぬ振りをしたのも自分である。

彼はロビーではない。ロビーではない以上、手に入れても空しいだけだと分かっていた。

そんな彼に『身代わりでも・・・いいんです』と言われた時には、流石に少しだけ哀れにも思ったが、それだけである。

 

ロビーはこの宇宙に一人しかいないのだ。

愛しいロビーは・・・そして、自分をこうも恋に狂わせる存在は。

 

しかし、そんなヤンの心を知ってか知らずか、無邪気にロビーはヤンを親しい友人として接してくる。

共に出かけたり、観光したり、バーや居酒屋で飲んだり、ヤンが万馬券を当てた時など『すげえっ! 初めて見たっ!』と自分のことのように喜んで抱き着いてきたりするのである。

 

その「親しい友人関係」が時に胸にちくりとした痛みを伴うものであろうと、それでも良かった。

逃げずに・・・自分が触れられる距離にいてくれる。

 

そう。ヤンでさえもそれで満足していたのである。

だが、意外にも転機は妙なところで訪れた。

 

★★★

 

その日、ロビーからの誘いは高級百貨店での買い物だった。

「何か欲しいものでもあるのか?」

珍しい、と思って尋ねれば、ああ、とロビーはあっさり説明する。

「ほら、あの冥王星の観光局長の美人娘のこと覚えてるか?」

「ん? ああ・・・あの」

イズモンダルで幼馴染と結婚した・・・と言うと、そうそうとロビーは頷く。

「あの娘さ、ハネムーンベイビーご懐妊らしくてさあ~~~」

いや。すごいわ、これでまた冥王星観光の御利益百万倍だな!と笑いつつ、ロビーが向かったフロアは、新婚夫婦へのお祝いのギフトコーナー。

「結婚祝いは、結局、なんか遠慮されちまったからよ。ご懐妊祝いっつーか、まあ、おめでとさんって気持ちだけでも何か贈ろうかと思ってさ」

 

ああ、こういうところだ。

小遣い稼ぎでプロデュースしているとか言いながら、そうして入った金を、惜しむことなく祝い事に使ってしまう。

「本当にお前は・・・」

「ん? 変か? おめでた祝いって・・・」

「いや、そうではなくてだな・・・」

 

そうではない。ヤンは、ただ感心したのだ。

今までヤンが知っていたほとんどの人種は「金」というものの魔力に負けるものばかりだった。

己が稼げは稼ぐほどに、人は金に執着し、そして、より浅ましくなる。

なのに、ロビーは違うのだ。ロビーだけが、不思議なほど、どれほど借金を背負っていても、逆に、大金を手にしても、金の魔力という負のオーラにまるで浸食されないのである。

 

最初は単に考えなしなのかとも思っていた。だが、今は違うと分かっている。

そうなのだ。ロビーは、信じられないほど「金に汚くない」のである。

「一攫千金~~~」など言いながら「働かずに、ウハウハ~~~」とか言いながら。

その実、まるで頓着していない。

その癖、霞を食べて生きている仙人のような「浮世離れ」したわけでなく「世俗まみれ」この上ない。

 

こんな不思議な存在、他にヤンは見たことがない。

そして、だから惹かれるのだ。

その気前の良さに。

己の才能も、財産も、失くしても気にしない大らかさに。

そして、何があっても陽気な、その笑顔に。どこまでも深く澄んだ青い瞳に。

『それにしても、まるでこれでは・・・』

ギフトコーナーとは言っても、周り中、ベビー用のいろいろなグッズに溢れている店内で、ああでもない、こうでもないと2人で吟味していると、まるで、自分たちこそが新婚夫婦のようではないか。

実際、あちこちで仲睦まじいカップルが、あれこれと友人の子供用にと選んでいるのだから、ヤンがそう思うのも無理はない。

そして、実際、男同士であろうとも、最近では子供も得られるし結婚もできるご時世だ。

こうしていると夫婦に見られているのではないか? との夢想さえしてしまう。

 

だが、肝心なロビーはまるで気にせず、「なあ、これどうだ? いや、どっちかってーと・・・」

と、あれこれ手に取っては、また戻し、吟味に真剣そのもので。

 

『ロビー・・・』

 

愛しい。心からそう思う。それが自分のただの欲望でも夢想でも、今こうしていられればそれでいい。

「なあ、ヤン?」

そんなヤンの心など素知らぬ風で、ロビーはあっけらかんと聞いてくる。

「今日、時間、まだ大丈夫か?」

「は?」

時間など・・・そんなものロビーが望むならいくらでも都合をつけるのに、何をまた? との不思議そうなヤンに対して、ロビーは「あのさ」と、ベビー服を手に問いかける。

「これ選び終わって、発送手続きしたら・・・一緒に、俺の気に入りのキャバクラ行かねえか?」

「キャバクラ??? 私と・・・か?」

女と遊びたいなら、自分は邪魔ではないのか? と聞きたげなヤンに対してロビーは「無理か?」と再度問いかける。

「いや、俺はキャバクラって好きなんだけどさ。ハッチの野郎は、どーも苦手みてーで・・・」

誘ってもノリが悪かったとかで、以後、誘わなくなったのだとロビーは愚痴る。

「でもよ、楽しいんだぜ? で、せっかくなら、あんたも一度ぐらい『高級クラブ』じゃなくて、庶民の楽しみって奴を一緒に楽しんでくれたら、俺も楽しいかな~~って」

思ったんだけど。

 

「分かった」

「マジ!?」

「お前の誘いを私が断るはずがなかろう」

「いや、気乗りしないなら・・・」

少々躊躇するロビーに対し、ヤンははっきりとそんなことはないと言葉を続ける。

「お前が誘ってくれたのは、『私』も楽しめるだろうと考えてくれたからなのだろう?」

「・・・・うん。まあ・・・趣味じゃねえかもって、少しは考えたんだけどな」

イックなんかに聞いたら、絶対「お前は、馬鹿か! 誰もがお前みたいな下種野郎じゃねーんだよっ!」って絶対言うだろうし、とのロビーの言には、思わずヤンもまた吹き出してしまった。

「こら! 笑うなよ! 一応・・・考えたんだぞ? あんた、いっつも俺のこと高級店につれてくからさあ」

「遠慮は無用と言ったはずだが?」

「俺が気になんだよ! あんたが俺を喜ばせたいなら、俺だってあんたにお返ししてーんだよ!」

それが対等な関係の礼儀ってもんだろーが!

 

ああ・・・なんという・・・・

眩暈がするほどの、この無邪気さは・・・・!!!

 

『だからこそ・・・惹かれてしまうのだ・・・決して金にたかるのでも、それでなびいてくれないからこそ!』

 

それどころか自分を楽しませてくれようなどと、一体、この宇宙のどこにそんな見返りなしで考える者がいようか?

 

「ああ、喜んで付き合おう。私も一度は行ってみたいと思っていた」

「そっか? そりゃ良かった!」

心底嬉しそうなロビーの笑顔に、ごく自然にヤンもまた笑みを浮かべる。

「今後の投資の参考にもなるだろうしな」

「そうこなくっちゃ!」

で、今回は俺のおごりでな!

「え?」

それこそ、何故? の顔にロビーは、ぷうっとむくれて反論する。

「おねーちゃん達の手前、俺にだって恰好つけさせろよ!」

あんたが本気で金出したら、全員、あんただけに夢中になるだろうが。

「今日は、俺があんたを誘う側! で、あんたは俺に奢られる側! いいな!」

「ああ」

 

不思議な約束だな。

そう思いはしたが、悪い気はしない。

ラーメンやら、バーガーやらを『奢ってもらった』のも楽しかったし、火星ツアーの優待も良かったが・・・今回は、ロビーが何よりも大好きな「キャバクラ」を奢るというのだ。

 

その特別だけでも、ありがたい。

『また一つ・・・大切な思い出が出来そうだな・・・』

 

それが、どれほど大切な思い出になろうとは・・・この時は気づくこともなく。

ただ、ヤンは百貨店で幸せに浸っていた。

新婚夫婦のような空気に包まれているそれだけで。

 

★★★

 

結局、あれこれと選んでいる間に随分と時間がかかってしまい、ロビーの行きつけのキャバクラへ着いた時には、すでに夜の時間帯になっていた。

 

「やっほ~~~! 今日は、同伴者ありだぜ!」

「やだ、ロビーってば!」

「なに、羽振りいいの?」

「やだ~~~~! どうしたの! こんな渋いオジサマ・・・・・」

「社長さんでしょ!? 社長さんっ!!」

 

素敵~~~~! きゃ~~~~~♪

黄色い声が飛ぶ中、店の奥のソファーへと通されれば、店中の女の子達がやってくる。

 

「社長さん、社長さん! ロビーのお友達?」

「っていうか、意外~~~! ロビーって、可愛い年下の子だけじゃなくて、年上の渋いお友達もいるのね!」

「意外って、なんだよ~~」

「だって、ロビーの友達って、ロビーより絶対にお金持ちでしょ? 不思議で当たり前じゃない」

「ひで~なぁ~~、俺だって金があるから、遊びに来てるんだぜ?」

あははっ! と軽く笑い返しているところからすると、そうした会話はいつものことなのだろう。

 

そして、思いの他、店の雰囲気はヤンにとっても悪くなかった。

女の子たちの「社長さん、社長さん」の営業トークはありきたりのものだったが、ヤンの素性を詮索するわけでなく、ロビーとヤンの関係を聞いてくるわけでもない。

『あくまでも、楽しく・・・か』

客は客、ヤンの方が絶対に金回りが良いことなど見て分かるだろうに、ロビーの前ではロビーをちゃんと尊重している。

『そういうところが・・・』

ロビーがこの店を気に入っている理由か。

そして、自分を連れてきたのも、ヤンが金に群がられることがないとの確信があったからなのだろうとも。

『この店は、繁盛するな』

客を金ヅルとしか見ない店は、所詮長くはもたないものだ。

その点、小さいながらもこの店の教育は実に行き届いている。

「それに・・・水割りの味も悪くない・・・」

「あ! さっすが! 気づいたか、ヤン!」

女の子を両側にはべらせながら、まるで自分のことのようにロビーは得意満面の笑みを弾けさせる。

「ここ、いい酒出すんだよ! 利益考えたらもっと、水みてえな水割りとかだってありうるのにな!」

それに水割りも下手な奴が作るのと、上手い奴が作るのとで全然違うんだぜ?

「高級クラブだの、バーだの言ったって、敷居ばっか高くて気取ってるだけで、全然な店いくらでもあるじゃん?」

「確かにな」

「その点、ここは女の子も酒も最高っ! ママの教育がいいからかな? な、ママ?」

ロビーの声の先には、胸を大きく開けた扇情的な赤いドレスでありながら、どこか清楚にも見える不思議な女性が微笑んでいた。

「ロビーに褒められるなら、うちも一流ね。社長さんも、ロビーのお客さんだもの。もちろん、ちゃんと接待させて貰うわよ」

「あはは! 頼むぜ! たぶん、こいつ普段はもっと高いトコばっかで、こーゆーところ知らねーだろうからな!」

「やだわ、うちが安い店みたいじゃないの」

「良心的な店! って褒めてんだけどな?」

「あらあら・・・」

気兼ねのない会話が心地いい。

 

『ああ・・・ロビーの空気と同じだ・・・・』

 

猥雑なキャバクラのはずなのに、不思議と心地いい。

それは、そうか・・・だからロビーが気に入っているのか。

『本当にお前は・・・』

見る目があるのだな。

その癖、イックが嘆くほどに「巨乳美女の詐欺」に引っかかりまくっていたのは、どうしてやら。

 

それでもヤンもまた、いつしかキャバクラの遊びに興じていた。

ちょっとしたゲームに、手品や、会話術。

どれもが、至極楽しいものだった。

 

そんなヤンの様子に女の子の一人がふと思いついたように言い出す。

「ねえ、ロビー? 社長さんも一緒に王様ゲームってどう?」

「ん?」

既にかなり飲んで、薄っすらと頬が染まったまま、ロビーは問い返す。

「王様ゲーム?」

「そ! ロビーのお客さんなら、変な命令出さないでしょ?」

「ああ、そういうことか。なら、大丈夫! こいつのことは俺が保証するぜ!」

『おいおい・・・何をそんなに・・・』

私がいつもお前にどれだけの情欲を抱いているかの危険性は、まるで感じていないのか? ロビー・・・

 

ヤンの内心はまるで感知されず、さっさと王様ゲーム用のくじが用意される。

「ん~~と、この箸の先に番号と王様マークがあってだな。王様を引いた奴が命令できる。ヤン、分かるか?」

「・・・それは分かるが・・・」

だが、どういう命令になって、どうなるかは・・・と言うよりも前に、ロビーはさっさと仕切りだす。

「ママ! それじゃあ、ママがくじ持って。で、全員同時に引く!」

「いいわよ、はい! じゃあ」

いっせーの、せっ!

きゃ~~~~~! あ、残念。あたしもだわ。あら? あ、これ・・・

全員が引いたくじから、一人の女の子が手を挙げる。

「あたし! あたしが王様よ! ほら王冠マーク!」

「あ~~~。くじ運なら、ヤンが強いから、ヤンに行くと思ったんだけどな」

なんだか残念そうなロビーの声に、そんな強運の人いるわけないでしょ?と何も知らない女の子たちは無邪気にはしゃぐ。

「じゃあ、どうしようかな? 王様の命令・・・」

「あんまり、きっついのはヤメテよ~~~?」

「そうそう、無理のないのでプリーズ!」

拝む他の女の子達に対して、『だめだめ! それじゃ面白くないでしょ?』と王様役の女の子は却下する。

「さあて・・・ここは定番の・・・」

「ええええっ! 一番の定番いっちゃうの~~~!?」

「だって、あれが一番盛り上がるじゃない」

「そんなこと言ったって~~~~~」

彼女たちが騒ぐのも無理はない。王様ゲームで一番盛り上がると言えば、ポッキーゲームとか、何番と何番がキスをするとかいう手合いだ。

「女同士だと不毛よ、それ~~~~~」

「そうよ~~~~~」

むうむうとした抗議をものともせず、うふふと、王様の彼女は、にっこり笑って命令を出す。

「はい。そこまで! 抗議は受け付けません! 王様の命令です!」

 

ごくり・・・

 

一瞬の静寂の後、軽やかな声が店に響く。

「2番の人が、6番の人にキスをする! あ、ちゃんと唇にね?」

「ええええええ~~~~~~っ!?」

「ちょっと、あたしは・・・あ、良かった違った・・・」

「あたしも、違う・・・・良かった・・・・・・」

「ん? あれ? ロビー? 社長さん???」

どうしたの?

騒ぎの中で声をかけられた2人はおもむろに手にしたくじの番号を見せる。

「俺・・・・2番・・・」

「私が・・・・6番だ・・・・」

 

し~~~んとなった後、きゃああっ! と黄色い歓声が上がったのは、至極当然の帰結。

 

「はいっ! ロビー! 当たりがいいわねえ~~。替わって貰いたいぐらいだわ~~」

「そうよ、ロビーってば! あたし、ひそかに社長さん狙ってたのに・・・」

 

きゃあきゃあと叫ぶ女の子達の中で、困惑しているロビーの様子に

『それは酷というものだろう・・・』

そう思ったヤンが、ゲームの中止を申し出ようと立ち上がった・・・やおらその時だった。

 

ふわり・・・何かが自分を優しく包み込む。そして、この・・・感触は???

柔らかい・・・そして、しっとりとした・・・・これは・・・これは!!!

 

反射的に己に触れた『それ』を、渾身の力で抱きしめてしまったのは、恋する男なら仕方なかったろう。

『ロビー!! お前・・・構わなかったのか? 私だぞ? 私なのに!?』

触れただけでは足りず、触れられた唇をこじ開けそのまま中へと舌を滑らせる。

「っ・・・!」

びくりと震える肢体に情欲は更にそそられ、もっともっとと更に己の欲するがままに舌を絡める。

『ロビー・・・ああ・・・』

 

幾度、あの甘い『みるくいちご』のキャンディを貪りながら、この味を夢見たことだろう。

何度、夢を見て。そして、夢であったことに失望し、絶望し、打ち砕かれてきただろう。

 

『ロビー! ロビー! ロビー!!!』

あまりに夢中で、ヤンが気づいた時には、既に腕の中の肢体は完全に力を失っていた。

「・・・・? え・・・? あ・・・・」

 

私は・・・一体????

 

己の狼藉に思わず正気に返るも、時既に遅し。

周りの女の子達は、すっかり目が点になっている。

「えっと?」

「あの・・・?」

「社長・・・さん?」

恐る恐るといった風情に、しまった・・・と思ったがどうしようもない。

『私は・・・またしても・・・』

ハママⅡで己を見失ったあの時と同じ過ちを!! どうして私はっ!

 

だが、悔恨のヤンへの救いの手は、思いも寄らぬところから来た。

 

「まったく・・・・キスも上手いって・・・・反則だろが・・・」

「ロビー?」

 

見れば、へなへなと腰砕け状態でソファに座り込み、両隣から女の子達に介抱されているロビーは、真っ赤に染まった顔を片手で覆って、ぷうぷうと文句を言っている。

「そうなの? ロビー、社長さんそんなに上手なの?」

「テクニシャン? どんな感じ?」

「ねえってば、ロビー~~~~」

彼女らの問いに、はああああ・・・・と盛大にため息と共に、アルコールのせいではない真っ赤な顔で、ロビーはヤンに潤んだ瞳で抗議する。

「お前さあ~~いくら何でもできるからって、キステクまで熟練って・・・・」

あ~~腰ぬけたわ・・・

「ねえ、ロビー、それって・・・」

「そんなに良かったの?」

興味深々といった女の子達に、むうっと膨れてロビーは答える。

 

「めっちゃ・・・気持ち良かった・・・・・・・・・」

 

きゃあああああああっ! 社長さん、素敵っ!!!!

 

黄色い歓声が舞い飛ぶ中、その後、どうやって店を後にするまで過ごしたのか、ヤンの記憶にはない。

 

覚えているのは、あの柔らかな唇と・・・甘い吐息。

それだけであった。

 

★★★

 

王様ゲームでひとしきり盛り上がった後、会計を済ませて店を出たロビーは、酔い覚ましに・・・と、ヤンと近くの公園まで誘った。

 

「あ~~~遊んだ遊んだ!」

風が気持ちいいぜ・・・・・

 

少々足取りが覚束ないもののしっかり意識のある状態で、ヤンの前を歩いていく。

 

夜の公園は、昔も今もデートスポットだ。

あっちこっちでカップルが抱き合っていたり、場合によっては、茂みの中でかなり際どい行為まで行っていたりするのだが、ロビーは気にならないのだろうか? と、むしろヤンの方が気を揉んでしまう。

 

キスは・・・あのキスは・・・・あくまでもゲームのもので・・・

ロビーは、場を盛り上げるために、ああしただけなのだろう。そうだ。それ以外に・・・

 

だが、考え考え歩いているヤンの前に、いつの間にか、くるりと反転した青い瞳が、それこそ正面からしっかと射抜くように見据えていた。

 

「あのさ・・・ヤン・・・」

「な、なんだ?」

やっぱり嫌だったか!? もう金輪際友人づきあいも断るとかか!?

 

そんな絶望的な考えがぐるぐる廻っているヤンの耳に飛び込んできたのは、予想だにしない言葉だった。

 

「あれ・・・気持ち良かった・・・・」

「は?」

 

何を言われたのか分からず、間抜けた声を出してしまった自分に対し、そっとロビーはその両腕を伸ばしてくる。

 

「・・・もう一度・・・って・・・ダメかな・・・」

「・・・分かって・・・・言っているのか?」

掠れ声の問いへの答えは、重ねられた唇で返された。

「俺・・・キスって・・・あんな気持ちいいって・・・・知らなかったから・・・・」

触れるだけの軽いキス。そうか、ロビーにとっての口づけとは・・・まさか?

「お前・・・」

「悪かったな! 経験なしで!!」

ぷうっとむくれて横を向くロビー。そんな顔をされてしまっては、私はどうしたらいいのだ。

「ロビー・・・」

そっとその頬に手を寄せ、自分へと引き寄せる。

「もう一度・・・な」

「ん・・・」

そうっと触れた唇は、店でよりなお一層甘美に感じられた。

甘くて・・・柔らかくて。そして、酒が抜けてきたせいか、微かな緊張感で震えていて。

「緊張するな。私に・・・合わせろ・・・」

「こう・・・か?」

誘うままにたどたどしく伸ばされてくる舌先を、ちろちろと絡め取る。口腔の鋭敏なところを、ゆっくりと怖がらせることがないように慎重に慎重に刺激していく。

「ん・・・」

瞳を閉ざして身体そのものを預けてくる。その重みが愛おしい。

抱きしめれば、そっと細い腕が自分の背へと回される。

「ロビー・・・」

「やだ・・・もっと・・・」

口づけをねだる様は、まるで親鳥に餌をねだる雛のようであり、なのに、次第次第に吐息は甘く官能的な色を帯びてくる。

 

そうして、二人して抱き合ったままどれほどの時が過ぎただろうか。

 

月に照らされた公園でこんなことをしているなど、あの王子は知る由もないだろうになどと埒もないことを考えてしまう。

 

だが、口づけが終わってもロビーはヤンの胸から離れることはなかった。

そのまま、じっと・・・ただじっと、何かを考え込むように、しばし顔を埋めていた。

 

そうして、ややもして聞こえてきた声は、ヤンにとって実に回答困難な問いを伴っていた。

 

「なあ・・・」

ヤンの広い胸に顔を埋めたまま、くぐもった声でロビーは問う。

「キスして・・・こんなに気持ちイイって感じるのって・・・」

 

これって・・・「友達」・・・なのか???

 

どう答えればいい? 何が正解なのだ? 

困惑するヤンに対して、問いは更に続いていく。

 

「一緒にいて楽しい。メシ食って楽しい。こんな風にくっついて・・・キスして・・・全然嫌じゃねえ・・・」

つか、むしろ・・・

「気持ち・・イイ」

 

それでも、俺とあんたは・・・・「友達」・・・なのか?

 

これに対するヤンの声は、既に緊張で乾き切っていた。

「・・・私は・・・・もしも・・・『そうでない』のなら・・・・嬉しいが・・・」

そうでないと願っている、と心からの望みを告げる。

すると、腕の中の男にしては細身の身体は、それでも嫌がらず、ぎゅうとヤンの背中を抱きしめる。

「・・・だったらさ・・・」

緊張しているのか震えているのが身体に伝わる。

そんなロビーの言葉を待つのに、どれだけの時間が過ぎたのか。

やっと続きが紡がれたそれは、それこそヤンにとっては破滅か幸運か? 

どちらとも分からぬ問いかけだった。

 

ロビーはヤンに問うたのだ。

 

「だったら、もっと近づいたらどうなるんだ?」

と。

 

「俺・・・あんたとだったら・・・」

皆まで言わせず、ぎゅうと抱きしめ問いに答える。

「・・・試して・・・みるか?」

「うん」

 

あんたとなら・・・いい。

 

その言葉こそが、鍵だった。

今まで、ヤンの前にそびえていて、決して開かれることなどないと思われていた・・・

許されざる扉を開くための鍵だった。

 

(第2話おわり)




一応公約通りといいますか、予告通り、8/30日の日付が変わる前にアップ!
あ、前回の第1話は、後で見返したら、ちょこちょこ誤字とかあったので、今回の話をアップする前に手直ししたり、ヤンさんのイラストを後書きに入れたりしています。
よろしければ、また見てくださいませ(^_^)/


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第3話:ウサギばあやの心も知らず

さて・・・「キス」までできましたが、その次もヤンさんが「ロビー」にねだられております。
本当に好きすぎると、却って年長者って配慮が回る分大変よね~~っていうのと、ロビーをどう考えても「過保護に溺愛してる」であろうイック。更には、まだ「未成年で子供」なので無自覚なハッチが今後どうなるか?などと、いろいろですが、ともあれ、桜さん!書いたよ! 続き!!(相方に、続きをねだられ、がんばった! 他にも読者の方いるといいなあ・・・)


月の明るい夜だった。

「な~~~~~ハッチよぉ・・・・」

ナガヤボイジャーで留守番中のイックは、夜空を見上げてため息をつく。

「ロビーの奴、どうしちまったんだか・・・」

呟けど、通信回路を開いているわけでない以上、それはただ空しく消えるのみ。

「お前と一緒にいた頃は、あんなにヤンから逃げ回ってたっつーのにな」

 

月の王国ルナランド。

共にイセカンダルまで旅したロビーの相棒は、今はまた「王子」として月の王宮に戻っている。

「それに、お前がいたら・・・」

 

ルナランドの次期国王として堅苦しい生活ばかりだったそこから、生まれて初めて飛び出した「家出」の旅。

イセカンダルへの旅は、ハッチの初めての『家出旅行』でもあった。

 

そして、王宮に閉じ込められていた生活しか知らなかったハッチは、見るもの聞くもの全てに目を輝かせ、喜びはしゃいでいて。

そんな子供相手に、なんだかんだとロビーは付き合いよろしく良く面倒を見ていたものだった。

 

「やっぱ・・・お前がいないからかな・・・」

旅の相棒がいない。その代わりなのだろうか?イックは自問自答する。

「でなきゃな・・・。なんで、ヤンと遊びにこうも出かけまくるんだか」

 

かつて逃げていたのは「ヤンに捕まったら、借金の返済のために腎臓とか取られる!」と思っていたからであり、その借金について完済済みの現在において「逃げる必要がない」のは確かである。

 

だが、「逃げる必要がない」ことと「自ら誘って、共に遊びに出かける仲になる」のとは、あまりに異なる。

 

「ロビーの奴・・・」

ハッチがいなくて、寂しいのかもなあ・・・。

 

王子の務めがあるのだから、旅の時のように「毎日一緒に笑って怒って喧嘩しては仲直りして」などという日常を、今のハッチに求めるのは無理である。

だが、あっちの星、こっちの星と、各所の宿場プラネッツに行っては珍しいものを見たり体験したり食してみたりという「あのイセカンダルへの旅」を体験してしまうと、いつの間にかイックもまた「ハッチがいない」ことにふとした寂しさを感じたりするのだ。

 

「ず~~っと、俺様とロビーだけで暮らしてたナガヤボイジャーだったのにな・・・」

 

なのに、無意識に少年期特有の良く通る高い声と軽快な足音に、ロボットである自分でさえ、今もそれが聞こえるかのような感覚に捕らわれては、その「勘違い」に唖然としてしまう。

ならば、人間のロビーは、もっと寂しく思っても仕方がないだろう。

 

「でもな。だからって、ヤンを遊びに誘わなくてもなあ・・・」

寂しいのを紛らわすためなら、大好きな「キャバクラ」通いでいいじゃないか? 

「詐欺にさえ引っかからなきゃ・・・」

それなりに遊ぶ金はあるし、少しぐらいなら「封鎖している管理口座」からロビーに遊び金を出してやってもいいとすら、イックは思っているのだ。

 

なのに、ヤンとの付き合いには恐ろしく「金がかからない」。

そのせいで、イックはロビーの今の行動については、金銭面で止めることができない。つまりは、どうにもコントロールしようがないのである。

 

そして、ハッチはと言えば、二度目の家出旅行の後は、更に、抜け出すのが厳しくなったのだろうか。

最近では連絡すら、ままならない有様である。

 

もちろん、「本気で」ハッチと連絡を取ろうと思うのなら、月の初代王かつ自身の最初の所有者だったハッチの祖父から与えられている特殊コードで、実はイックならば何とでも出来る。だが、

「あいつは・・・」

将来、月の国王になる身の上だしな。

国王とは民の僕である。名誉も地位も財産もあろうとも、その反面、不自由さも比類ない。

それがロイヤルというもののノブレス・オブリージュ・・・高貴なる者の義務というものだ。

だから今もきっと、あのやんちゃな子供は、己の才能をある意味で封印しつつ、きっといろいろと自由にならないことに耐えているのだろう。そこに、自分が更に心配をかけるようなことを伝えるべきではない。

 

「それは、分かっちゃいるんだが・・・」

それでも月に向かっての一人語りは止められない。

 

そうしていないと、ロビーのことが心配で心配で、どうしても心配で、いたたまれなくなってしまうから。

そうやって、己をなんとか制御している日々だった。

 

だが、そんなイックの心も知らず。

夜も更けた静かなナガヤボイジャー内。

そのリビングに設置されている固定電話から、突如、けたたましいコール音が鳴り響いた。

 

り~~ん、り~~~~ん、り~~~ん

 

「へ???」

 

ロビーはいねえぞ? なんだよ? こんな時間に・・・

そうは思いつつも、そもそもロビーは未だスマブレの決済機能のみならず、通信機能も停止させられているのだから、何らかの連絡を誰かが取ろうとしたら、このナガヤボイジャーの固定電話にかけてくるしかない。

 

『それでも、この番号を知ってる奴は、そうはいないはずなんだが・・・』

訝しみつつ、それでもサポートロボットの務めとして、イックは素早く受話器を取る。

 

「はい」

「あ、イック?」

俺~~~、あのさあ~~~

能天気ないつものロビーの声。

だが、イックの方は、逆に何事かと、却って慌てふためいてしまう。

「はい、え? おいっ!? ロビーっ!?」

お前、何なんだよっ! どうした!?

主からの電話に、何事かとウサギ型サポートロボットは、思わず相手が何か言うよりも先にまくしたてる。

「金がなくなったのか!? 帰りのタクシー代がないとかか!?」

そんなことなら、ちゃんと用意してやるからっ!

「それとも、ナガヤボイジャーで迎えに行くか?」

それなら今すぐ・・・・

言いながら既に、ナガヤボイジャーの発進操作を始めようとしているイックの耳に飛び込んで来た言葉こそ、長年のロビーとの付き合いの中で、機能停止寸前まで追いつめる爆弾レベルのものだった。

 

「ごめん、イック・・・俺、ちょっと帰れそうにないから・・・」

「はあっ!?」

今、なんつった? 「帰れそうにない」・・・だと?

瞬間、ウサギ型サポートロボットの耳が、ぴんと跳ね上がり毒舌は瞬間的に溢れかえる。

「ばかやろっ! 何言ってやがんだ!」

帰れそうにない? んな、ことあるかよ! この馬鹿がっ!

「俺様が迎えに行ってやるから!」

だが、焦るイックに対して、更に、主の困ったような声は続く。

「いや、つかさ・・・ちょっと・・・試してえことがあって・・・」

時間かかりそうなんだわ。

「はあああああああっ!?!?!?!」

何を試すんだよ! 何考えてんだよ!

「馬鹿か! お前はっ!」

事情は知らねえが、んなもん明日にしろ、明日だ!

「毎日、ちゃんと帰る! それが、お前が家出してから今日までの約束だろうが!」

「だから・・・こうして連絡してんじゃねえか・・・」

でないと「無断外泊」になって、お前との約束を破ることになるだろ?

 

無断外泊・・・・・・・・・・・・・

 

瞬間、イックの頭はショート寸前まで真っ白になった。

ショートしなかったのは、ひとえに、ヨッカマルシェの性能の確かさと、それを更に改造したハッチの祖父の天才的な手腕のお陰だろう。

 

無断外泊、無断外泊、無断・・・外泊・・・・????

 

「お~~い、イック??」

聞いてるか~~? とのロビーの声がやけに遠くに聞こえる。

音声受信センサーの一部が壊れたか? それとも、俺の耳は、ついに幻聴まで聴くほど変にバージョンアップされちまったのか??

支離滅裂な思考に陥るウサギ型サポートロボットの状態など露知らず、主は、そのまま困ったように言葉を続ける。

「えと、な?」

俺が朝まで帰らなかったら、お前、心配するだろう? でもな?

「俺、ヤンと一緒だから」

心配しなくても、一人じゃねえからな! じゃっ!

 

がちゃんっ!

つー、つー、つー、つー・・・・・・・・・・

 

一方的に切られた電話は、通信が途絶したことを示す音だけが響くのみ。

 

今度こそ、チャームポイントの耳の赤色まで蒼白で消えそうな状態に陥ったイックは、受話器を握りしめたまま、しばし呆然と立ちすくんでいた。

 

無断外泊? 朝まで帰らない? そして・・・

「ヤンと一緒・・・だと・・・・・?」

それらが一体何を意味するか。

 

「ダメだロビーっ!!!!」

向こうには聞こえていないと分かっていて、イックは叫び続ける。

「早まるなっ! 俺が、俺が助けてやるからっ!」

 

ちっくしょおおおおおおおっ! あのスケベ野郎っ! ついに本性出しやがったなっ!

「俺様のロビーに手ぇ出しやがったら・・・・」

嫌だ! そんなこと、考えるのも御免こうむるっ!

「俺が! 俺が助けてやるから! ロビーっ!!!!」

 

そのままイックは、月への緊急コールを発動した。

 

「ハッチっ! てめ、まだ寝てねえよな! 寝てても起きろっ! いいから、起きやがれっ!」

コールと同時に展開するナガヤボイジャーのメインパネルの向こうでは、王子姿のハッチが、突然のコールに緊張した面持ちで映っている。

「イック。大丈夫。寝てもないし、寝ぼけてもいない。そんなことより・・・」

何があったの?

「まさか・・・ロビーに何か・・・」

それ以外にイックが、ハッチが現在どんな状況かを考えもせずに、こんな緊急コールコードを使うはずがない。

そんなハッチに対し、イックは、大きな赤い瞳を涙で潤ませ懇願する。

「すまねえっ! 俺様がついていながら・・・」

「だからっ! どうしたんだよ!」

ちょっと、待って・・・今、防音強化するから!

 

かたかたかた・・・と、軽い音と共に、あちこちのシャッターが閉ざされる音がする。

おそらくハッチが、自室のセキュリティーを最大に設定したのだろう。

しん・・・と静まった月の王宮の王子の部屋のスクリーンには、がっくりと両耳が垂れ下がった愛らしい姿のウサギ型サポートロボットの姿が映る。

 

「さあ、イック・・・」

どうしたんだよ? 

話かけながら、既に王子の装束から、旅支度へと準備しているハッチに対し、イックはロボットには本来ありえない涙で震える声と共に、深く深く頭を下げ・・いや、自分の頭をパネルにがんがんとぶつけながら叫んでいた。

「ロビーを・・・! 助けてくれ!」

 

あいつが、早まったことをする前にっ!

「でねえと・・・取り返しがつかねえことに・・・・」

だから、その前にっ!!!

「分かった! あ、じいや? ああ、明日からのスケジュールは全部『王子急病』でも何でもいいから、キャンセルにしておいて。 え? 理由? そんなもの、どうでもいいだろう? ロビーのことなんだからっ!」

王子らしく強権発動して、相手を黙らせるとハッチの身支度は極めて早かった。

「イック! 今から、オレの高速船でそっちへ行くから!」

状況については、随時、説明とデータを送って!

「ハッチ・・・」

うるうると目を潤ませるウサギのサポートロボットに対して、ハッチは十代とは思えぬ毅然とした態度でこれに答える。

「ロビーは、オレの・・・オレの大事な・・・・・一番大事な相棒だよ! 半身だよ!」

絶対に助けだそう!

「イック! オレと・・・イックなら、出来るよ! 絶対にっ!」

「・・・・頼む・・・・」

「大丈夫! オレは・・・このロビーから貰ったアカフクリスタルに誓って・・・!」

きらきらと七色に輝く希少石。イセカンダルの旅で、ロビーが見つけてハッチにくれた「幸運をもたらす」というアカフクリスタルの原石を握りしめ、ハッチは、王子専用機に飛び乗り、ルナガードの制止を振り切り、地球へと飛び出した。

「ロビーは、オレの味気ない人生を変えてくれたんだ。今度は、オレが・・・」

ロビーを不幸から守ってみせる!

 

そのハッチの誓いが効を奏したと言えるのかどうか。

結末からすると、確かに、ロビーは「不幸」にはならなかった。

 

だが、ハッチとイックにとっては、この時からがまさに「ロビーの不幸」との戦いが始まろうとは・・・

まさか、誰も。当然、ロビー自身もまた、知る由もないことであった。

 

不運を引くなら、天下一。想定外が通常運行。それこそがロビーの宿命。

厄落としにと行ったイセカンダル行きも、ロビーの人生には、果たしてどうであったのやら。

 

一つだけ言えるのは、禍福はあざなえる縄の如し。

そしてまた、「幸不幸」は所詮、「本人がどう感じるか」だけの問題だったのだということ。

 

そして、それらについて後々・・・

イックとハッチが嫌というほど打ちのめされるということだけであった。

 

★★★

 

地球が銀河連邦に所属し、テクノロジーが如何に進化しようとも。

ネオ・トーキョーでの公共インフラの一つである「公衆電話」は、緊急時の連絡用などのため、個人用の携帯通信手段が発達した銀河歴であっても、どこにでも一つぐらいはある。

 

その一つ、昔ながらの「電話ボックス」からロビーは出てきた。

「待たせたか?」

「いや」

上背のある金髪に金色の瞳の男に対して、赤毛に近い明るい茶色の髪の頭をかきむしりつつ、少しばかり照れたようにロビーは言う。

「昔からの約束なんだ」

曰く、幼少期に「倉庫代わり」となっていたナガヤボイジャーの探検をしていて、偶然見つけたウサギ型のロボットを見つけて電源を入れたその時から、イックには色々と頭が上がらないのだと。

「特に・・・俺、十代の時に、親と合わないってんで家出してさ・・・」

以後、イックのお陰で生きてきたようなものなので、どこかに出かける時は、必ず行先は伝えること。そして、無断外泊は絶対にしないこと。この二つは絶対厳守事項なのだと。

「でも、これでイックにはちゃんと言ったし!」

にっと笑う顔が、月明かりにヤンの目には眩しい。

『ああ・・・これから・・・』

我々は・・・遠い宇宙の奇跡的な出会いを経てついに・・・

と、感慨に耽りそうなヤンのロマンちっくな乙女思考を、だが、一気にぶち壊したのもまた、この無邪気な想い人であった。

「でさ、『試す』んなら、安いトコがいいだろ?」

は・・・・・・・・・・・・・・・・?

『何を・・・だ?』

己の聴覚を疑うよりも先に、ロビーがあっけらかんと公園を出た先を指差したのは、明るく輝くネオン街。

「あっちにさ、すっげー安いトコあるんだよ。ラブホ!」

ご休憩なら二時間で・・・えっと・・・

「ええと! 悪いっ! とにかく、俺の手持ちの現金で払えるぐらいの金額だったから!」

そこで試さねえか?

 

がらがらがら・・・・・・

この広い大宇宙で出会えた奇跡から噛み締めていたヤンにとって、それがどれほどの破壊力だったかは、想像するだに気の毒としか言いようがない。

なので、この件についてだけは、ヤンは終生他人には言わなかった。

 

『そもそもだ!』

やっと、やっとだぞ!

イセカンダルへの旅では、追って追って追いかけて、ついに捕まらずに逃げられた挙句に、想い人は地球の救世主、銀河の英雄となってしまい、一度は諦めかけた恋路だった。

それが、勘違いもあったとは言え、ロビーとハッチの二度目の旅を追いかけて、イズモンダルで決死の告白をした甲斐があって、やっと「友達」にして貰い・・・・その「友達」以上の関係にとなったばかりだというのにだ!

 

あんなに甘いキスを交わして! あんな風にしどけなく私に身体を預けて!

なのに、その「先」は? と、問いかけた挙句に、何故、ラブホテルのような安宿を指名するのだ、ロビー!

 

「え? 悪い・・・流石に、公園で試す度胸は俺なくて・・・」

くらくらくら・・・・

 

もっと悪いわ。私に、そんな露出狂の趣味はないっ! 断じてないぞ! ロビーっ!

「馬鹿者っ!」

思わず一喝したヤンを誰が責めることができようか。

「へ?」

でも、一番安いとこ探せば、上手くすれば「ご休憩」価格で終わるし・・・

「お得じゃねえ?」

『これだから・・・・! これだから、ロビー! お前は天使か、それとも小悪魔かっ!』

だが、頭を抱えるヤンにの態度に、困ったような風情のロビーは至極真面目そうな面持ちである。

『ということは・・・』

本当に・・・分かって・・・いない・・・のか?

 

なんとなく、まっとうなキス自体が初めてだったということから、ひょっとして・・・との思いはあった。

だが、これは・・・・

 

「ロビーお前・・・今まで、風俗の経験は?」

「あるわけねえだろ?」

あっけらかんとした答え。

「イックが『性病にかかるようなトコは行くな』って昔から言ってたし」

それに、ラブ子ちゃんがいたからな。

「ラブ子ちゃん????」

またも意味不明な単語に、ああ、とロビーはこれまたあっさりと説明する。

「俺の青春のラブ・ドール。性の目覚めって奴で困ってた頃に、イックがくれた奴でさ」

散々お世話になってたんだけどなあ。

遠い目をするロビーは、愛おしそうに・・・だが、ちょっと切なそうに思い出を語る。

「前のナガヤボイジャーが、アウタースペースの侵略者の兵器に突っ込んじまった時、一緒に木端微塵になっちまった」

ま、俺も、ここんとこ十年はお世話になってなくて、どこにしまったのかも忘れてたんだけどな。

「ハッチがたまたまイセカンダルの旅の途中で見つけてくれて・・・。懐かしかったなあ・・・」

ラブ子ちゃん・・・成仏してくれよ? 来世もまた、どっかで会おうな!

 

本気で言っているらしいロビーの様子からは、ヤンをからかっているとはとても思えない。

思えないが・・・思えないのだがっ!

『これで本当に三十路なのか!? 今まで、一人で生きてきたというのか!?』

どうやって・・・どうすれば、ここまで『箱入り娘』のようなことになるのだ!

 

だが、そこは気を取り直し・・・いや、精一杯年長者としての正気を保ちつつ、ヤンは言葉を選びつつ『この見た目に反して、実は???』な疑惑の箱入り(?)ロビーに提案した。

 

「私としては、お前が私と『友人』なのかどうかを試したいということについて、誠実に対応したいのだ。だから、粗末な安宿は御免こうむる」

「・・・あ、そっか・・・あんた金持ちだもんなあ」

勘違いされてる気はするが、もう、それはどうでもいい。

「安い方がお前が気楽でいいという問題というなら、私のホテルがある。そこなら、私にとっては自宅も同じだ。金銭は一切かからない」

それではどうだ? とのヤンからの提示に、あっそ? そうなのか? と、これまた気楽な答えが返る。

「ああ。あんたに『お願い』するのは俺だからさ。金は俺が出すべきかな、と思ったんだけど」

あんたに経済的負担がかからねえなら、それでもいいや。

「でも、それ・・・客に貸した方が、儲かるんじゃねえのか?」

機会損失大丈夫か?

 

『どうでもいいわ! そんなことっ!!!』

叫びだしそうになる自分を抑え、必死に冷静さを保ちながらヤンはロビーへの説得を続けた。

「・・・自宅も同じと言っただろうが・・・」

普段から、何かのために常に、客を入れずにしてある部屋があるのだという説明に、ようやくロビーも納得してくれたようだった。

「そうか。あ、確かに、宿屋って「満室」とか言っても実は、VIP用の部屋が残してあったりするもんな」

でねえと、いざって時に、ダブルブッキングとかでトラブルが起きて信用ガタ落ちになるのを防げないからとかなんとか。

「そんな感じか?」

「そういうようなものだと思ってくれていい」

「じゃ、任せる!」

言うなりロビーは、ひらりと軽く身をひるがえし、ヤンが目をやった時には既に、公園脇の通りに差し掛かった「空車」マークのタクシーに手を振っている。

『慣れているのか? いや、しかし・・・?』

またしても混乱しそうになるが、「こっちこっち」と呼ぶロビーに手招きされれば応じるのみである。

「無人タクシーだから、場所の入力とかは任せていいか?」

「当たり前だろうが・・・」

一定時間巡回しているエアタクシーは、音もなく静かに、かつ、安全に乗客を運ぶのでネオ・トーキョーでは観光客も含め大層皆、便利に使っている。

だが、入力時に、僅かに自分の手が震えることまで止めることは、流石のヤンもできなかった。

「オキャクサマ?」

合成音の無機質な声に、はっとして、慌ててミスに気づいて入力しなおすなど、何と言う体たらくだ! この私が! このヤンがだ!

そんな自分に狼狽しながら、それでも、ロビーは当たり前のようにタクシーに乗り込み、ヤンにと身体を預ける。

「・・・手間かけてごめんな・・・」

そんな一言で、またしてもヤンの脳髄に一撃を食らわしていることに、気づくことさえないままに。

 

 

そうこうする間もなく、ヤンズ・ファイナンス・ホールディングスの傘下の持ち株会社の一つであるホテルチェーンの中でも最高級の名も高い有名なトップブランドのホテルにつくと、流石に、ロビーも驚いたようだった。

まあ、驚いたポイントが「これが、タダなのか? マジかよ~~~~」と言う点が、らしすぎて少々涙が出そうになったが、とにもかくにも、フロントにはいつもの「最上階のロイヤルスイート」を使う旨だけ告げて、そのまま直通エレベーターで目的の部屋までロビーを誘う。

 

きらきらとした夜景が売りのこのホテルの景観は、やはり、それだけでロビーもまた驚いたようで、目を見張って、窓へと駆け寄り、眼下を見下ろす。

 

「すっげ~~~・・・・」

懐かしの東京タワーまで見えるじゃん! 海も!

はしゃぐ様に、『これから』のことは、ちゃんと分かっているのか一抹の不安を覚えたヤンであったが、それは次の瞬間に、別の意味で霧散する。

 

「で・・・風呂は、どうする?」

 

どうやら、一応、これから何をするのか理解してくれてはいるらしい。・・・良かった・・・。

だが、そうだな、と一呼吸置いて、ヤンはそっとまずロビーの身体を抱きしめた。

「・・・いいのだな?」

「良いも何も・・・」

困惑したような様子が愛しくて。だが、何かの勘違いでの暴行に及ぶことがないよう、思わず慎重になってしまうのは経験豊富な年配者故の性とも言えた。

「こうした時はな・・・まず・・・」

そっと、頬に手を触れ、公園での時と同じように唇を重ねる。

「・・・ん・・・・・」

これで三度目。ほんの少しだけ、要領を得たのか、さっきより更に深くロビーの方から舌を懸命に絡めてくる。

「へへ・・・」

これ気持ちイイな・・・。

潤んだ瞳で、上目使いでそんなことを言われて、そのまま押し倒さなかった己の理性を褒め称えたい。

必死に自分の中の野獣を抑え込み、ヤンは務めて優しくロビーに言う。

「無理はしなくていいからな」

「なんだ・・・気を使ってたのかよ」

俺、女じゃねえんだから別に、んな気を回さなくても。

ぷうっとむくれる様すら可愛いのだが、それでも、ここで失敗したらどんなことになるか、考えたくもない。

絶対に失敗できないのだ。何があろうともだ!

その信念だけで、ヤンは己の理性を必死にかき集めて、ロビーに囁く。

「この部屋は、複数人が一度に宿泊できるように浴室も複数ある。だから、好きなところを使うといい」

「へえ? そうなのか。うん。分かった。じゃあ、俺が先に選んで好きなとこ使ってる間に、あんたも風呂に浸かれるんだな?」

「そういうことだ。だから、気にするな」

「分かった。じゃあ・・・」

風呂から出たら・・・。

ぐるっと、窓際から顔をめぐらしたロビーが、スイートルームの中でも一際大きな主寝室を目線で示して小首をかしげる。

「あのおっきなベッドの上で、再会・・・? ってか、合流? っての?」

でいいか?

 

ああ、もうどこまでが本気で、どこまでが無邪気で、どこまでが・・・・っ!

いや、一々考えていては切りがない。とにかく、そうだ、とヤンは頷く。

「私の方が恐らく早く風呂から上がっていると思うが・・・」

嫌でなければ、その後、私の元へ来るといいと言えば、「今更、敵前逃亡はしねえよ」と笑われる。

「俺だって、緊張してねえわけじゃねえけど」

言いつつ、そっと、今度はロビーから唇が重ねられる。

「あんたとするキス・・・すごくイイ。だから・・・その先も、『俺』が知りたいんだ」

頼むな! あんたこそ、俺を置いて逃げるなよっ!

「俺、こんなバカ高そうなホテル代、絶対払えねえからなっ!」

言い置いて、するりとバスルームへと駆けていく後ろ姿。

 

『もうこれが・・・』

今生の見納めかもしれない。

『だが、それでも・・・』

 

そっと己の両手を見る。

この腕に抱きしめた感触が、まだ残っている。

温かくて、弾力があるしなやかなロビーの肢体が・・・そして、私は彼を抱きしめ口づけを交わしたのだ。

 

『それだけでも・・・もう、十分だ・・・』

 

友達以上、恋人未満だったとか、あるいは、やっぱりやめたと言われたとしても、それでもいい。

今夜の思い出だけで生きていける。

 

本気でヤンは、そう思っていたのである。

そう、この時までは。

 

未来予測などできるはずもなく。

 

ちなみに、その頃、月の王国ルナランドから急行したハッチはイックと合流して、ロビーの居所の探索に目を血走らせている真っ最中であった。

 

「イック! そもそも、イックのサポートロボット機能で、ロビーの居所が分からないって!」

「そうなんだ、ハッチ!!!」

わっ! と、赤い瞳のウサギは、もう、大泣きである。

「こんなこと、一度だってなかったんだ! 何があったって! ロビーは俺様の「マスター」に登録されてるんだ! スマブレが壊れたって、停止してたって、んなこた関係ねえっ! 本人とサポートロボットとのマスター契約機能で、俺様には常にロビーの位置がわかる筈なんだ! なのにっ!」

「でも・・・イックが探知してるのは、やっぱり、衛星を使って・・・だよね? なら、衛星からの探知が及ばないような場所にいたら?」

「んなとこ! 磁気嵐の惑星ならまだしもっ! こんな地球でんなことあるかよっ! 俺様は、ヨッカマルシェ産なんだぞ! ヨッカマルシェの技術を甘く見るな!」

「違うよ、イック! イックの能力を疑っているんじゃない。ただ、イックのそのマスター探知機能の本質から考えて・・・『分からない場所』っていうのを逆に絞れるんじゃないかと思ったんだよ」

「・・・分からない場所を絞る?」

「そう。過去のデータから全部洗って! そしたら・・・」

「あっ!」

はっとしたように、ウサギの赤い瞳が見開かれる。

「そうか! 直前までのロビーのデータと・・・」

「ロビーの位置が分からなくなった頃のイックのデータと合わせて・・・」

その後は・・・ローラー作戦だよ!

「イックが探知できない可能性のある場所を! 地球外も含めて考える! 生体反応まではイックが把握しているんだから、生きてはいるはず! だから、助けよう! 必ず!」

「ハッチ・・・・」

月の王子にして、天才科学者の孫として自身も極めて優秀な頭脳を持つ少年の言葉に、イックもまた頷く。

「俺様と・・・ハッチの能力を、フルに使えば・・・」

「出来ないことなんかないっ! ロビーは・・・オレたちには、何よりもかけがえのない存在なんだからっ!」

「おうっ!」

 

だが、この優秀な頭脳と演算能力を持つハッチとイックの2人をしても、想定外だったのは、ヤン自身が「常に暗殺者から狙われる危険」からの回避のために、自身の周囲にジャミング周波を張り巡らせていたこと。

そして、その至近距離にいる者は、そのジャミングに巻き込まれて、あたかも姿が消えたかのようになってしまうこと。

 

いや、何よりも、そんなヤンの『至近距離にロビーがいる』ということ。

 

それ自体を、2人は考えていなかったのである。

密着しているなどとは、考えたくなかったからという・・・後から考えれば、あまりに簡単すぎる落とし穴に、2人は落ちていたのだった。

 

だが、そんなことは気づかず、とにかく膨大なデータのうち、イックが「探知できない」エリアを、ハッチとイックは懸命に絞り込みをかけていいたのである。

 

ロビーの無事を、ただただ、虹色に輝くアカフクリスタルに祈りながら。

イセカンダルへの旅の証であり・・・かけがえのない大事な想いの象徴でもある奇跡の宝石に願いを込め、不眠不休でナガヤボイジャーとハッチが持ち込んだルナランドの最新型探知機をフル稼働して。

 

本当に必死に探索していたのである。

ロビーのためにと、固く信じて。

 

しかしながら、幼い頃から苦楽を共にしてきたサポートロボットと、これまた、イセカンダルまでの長い旅路を共に過ごした相棒と。

彼らが徹夜で必死に頑張っていることなど、神ならぬロビーがどうして知ることができただろう。

 

知る由もない。

そんな当たり前のことを、地球も月も、何も語らずただ、宇宙の法則に従って回っていた。

 

遠く、近くに、互いに互いを照らしながら。

 

★★★

 

いつしか、月も天空の位置から少し移動し、真夜中近くを示していた折。

海沿いの超高級ホテル「テラ・メリディアン」の最上階のスイートルームの主寝室では、バスローブのみに身を包んだ男が2人。じっとただ、互いを抱きしめあっていた。

 

「ヤン・・・」

そっと顔を持ち上げ、幾度目かのキスをロビーがねだれば、重ねるごとに深まる愛の触れ合いを、どこまでも優しく包み込むようにヤンはゆっくりと繰り返す。

「・・・へへ・・・やっぱ・・・これ・・・気持ちイイ・・・」

互いの唇の間を伝う唾液を手の甲で拭いながら、潤んだ青い瞳でロビーは囁く。

「こんなの・・・初めてだ・・・・」

嬉しげに、何度も何度もと求められる幸せと、同時に襲い来る『その先』まで進めていいのか?の躊躇い。

その狭間で揺れるヤンは、だが、ついにそっと密着しているバスローブから見えるロビーの首筋へと舌を滑らせる。

「ぁ・・・」

嫌がるか? と思ったが、身体そのものは緊張で固くなったものの、決して離れようとはしない。それを『承諾』の意図と判断し、そうっとヤンはロビーの身体を抱きしめたままベッドの上へと横たわらせる。

「ロビー・・・愛している・・・」

「ばっ・・・」

愛の言葉だけで真っ赤になる愛しい人。

そのまま貪りたい衝動を、それでも、帯を解いたバスローブの下から現れた裸身に、一つ一つ、丹念に口づけることで、己の情欲を抑え込む。

「あ・・・それ・・・」

びくり、と震える身体は、だが、決して嫌がることなく素直にヤンの動きに反応する。

「ん・・・・、もっと・・・」

それどころか、ヤンの頭を自ら抱え込むように、もっともっととねだり始めるではないか。

「ヤン・・・頼む・・・俺・・・これ・・・気持ちイイ・・・から・・・」

しなやかな肢体は月明かりにどこまでも艶めかしい。

一体幾度、こんな夜を夢見たことだろう。

そして、それが己の単なる欲望による妄想だと打ちのめされてきただろう。

 

だが、今ここにあるのは本物の肉体で、そして、本当にヤンの想いに応えてくれているのだ。

「ヤン・・・もっと・・・なあ、もっと・・・あんたに・・・近づきたい・・・」

うっとりと囁く声は、どんな高級娼婦よりも官能的で、それだけで理性を放棄してしまいそうになる。

それでもかろうじて抑えたのは、無理な暴虐をしたくなかった。ただそれだけである。

夢で見たような・・・嫌がる彼を、歪む泣き顔に恍惚とする自分を・・・

そんな自分が『現実』でも現れることは、自分自身が、最も恐怖していたから。

 

だからこそ、ゆっくりと・・・ゆっくりとヤンは愛撫のみを続けた。

首筋から、胸元へ、そして、その下へと愛の痕跡を一つ一つ丹念に刻み付け、そうしながら、注意深くロビーの中心で震えているそこへと手を触れていく。

「・・・あぁ・・・・」

幾度かヤンが指で扱き、そして、屹立した己のそれと絡めて、二つの雄の証を一纏めにして絡ませると、柔らかかったロビーのそこから涙のように白濁した体液が染み出してくる。

「ん・・・気持ちイイ・・・あんたの手・・・・あんたの・・・それと・・・俺・・・のと・・一緒・・・」

うっとりと夢見るように、浅い吐息と共に、ヤンの手の中で若い性は弾け飛ぶ。

「へへ・・・」

きゅうと、ロビー自らも腕を伸ばして、困ったようなヤンの唇へと己の唇をそっと合わせる。

「なあ・・・こんなに俺ばっか・・・気持ち良くしてもらって・・・いいのかな?」

「いや、私も・・・」

お前の肌に触れているだけで、十分に・・・と言おうとしたのだが、そんなヤンの屹立したままの固いそこへ、ロビーの太腿が触れてくる。

「あんたも気持ち良くなる方法って・・・あるんだよな? 俺、ちゃんと知ってるからさ・・・」

「ロビー?」

あまりに無防備なので、もしや、男同士の性交の方法を知らないのでは? との己の危惧を見透かされたようで、思わず慌てるヤンに対して、くすくすとロビーは笑う。

「だって・・・あんた、ハママⅡで、俺の『尻』だの『ケツ』だの言って・・・俺の海パン、脱がせる寸前だったじゃん?」

あれって、俺の尻が目的だったってことだろ?

「俺さ、それも最初の頃はさ、意味分かってなくて。借金を俺の代わりにハッチが返済してくれた後まで、あんたが俺のこと追っかけてきたのも、単に、あんたは俺が借金を中々返済しないで逃げちまったから、それで頭に来てるからだと思い込んでてさ」

だから、俺・・・

「あんたは、俺の尻に、鉄の棒とか突っ込むつもりかとか、西洋の昔の拷問方法されるもんだと、思ってたんだ」

「・・・・な!」

あまりの誤解に思わず萎えかけるヤンのそれは、だが、気づけばロビーの手がそっとそこには添えられていた。

「違うぜ、だから『最初』って言っただろ?」

そうっと自らの手で、ヤンのそれをぎこちなく、だが、どこまでも優しく触れながらロビーは横たわったまま、その青い瞳をまっすぐに向けたまま、ゆっくりと語る。

「ハッチの二度目の家出に付き合って・・・イズモンダルまで旅してさ。あんた、俺とハッチが結婚するとか大誤解して・・・。でも、その誤解のお陰で、あんたに『嫌われてない』って分かってさ・・・」

でも、愛してるって、俺・・・良く分からなかったから・・・

「だから、返事できなくて・・・ごめんな」

「そんな・・・何を今更っ!」

ここまで来て、今、何を! まさか、ロビーお前は・・・単に私への贖罪のつもりで、その身を!?

一瞬にして、そんな思考で真っ白になるヤンの想いは・・・。

だが、ロビーは気づいていないのか、淡くどこか誘うように、夢見るような微笑みを浮かべて、言葉を続ける。

「あんたと『友達』になってさ。楽しかった・・・」

楽しかった? なぜ、過去形なのだ!?

「あんたとのキスも・・・嬉しかった・・・」

待て! それも過去形なのか!? ロビー! お前にとっては、もう『終わり』で『過ぎたこと』なのか!?

ここまで・・・ここまで触れ合って・・・

「ロビー・・・私はお前を・・・愛している・・・愛しているのだ!」

分かってくれ! 頼む!

万感の思いの叫びは、あまりの心の痛みに掠れた声にしかならなかった。

しかし、そんなヤンに予想外の返答が返る。

「うん。だから・・教えてくれないか?」

「・・・ロビー?」

訝しむヤンに対して、ごめん、とロビーは苦笑する。

「俺さ・・・鈍いみたいで・・・ここまであんたが気持ち良くしてくれてんのに・・・。なのに・・・まだ、愛してるっての・・・分からねえんだ・・・」

「・・・ならば・・・」

残念だが・・・ここまでにするか? とのヤンの問いは、ロビーからの唇で塞がれた。

しっとりと重ねられた唇は、もう、幾度も幾度も繰り返されたせいだろうか。まるで、一つの身体の一部の器官であるかのように、境界線さえもが曖昧な感覚に目が眩む。

「俺は・・・近づきたいんだよ。本当に」

そっと囁かれた声と共に、ヤンのそれに伸ばされた手。

「もっと・・・近づきたい。あんたのこれで・・・俺・・・あんたと一つになりたい・・・」

「ロビーっ!」

感極まって思わず抱きしめると同時に、己の雄が、猛り狂うのを止めることは最早できなかった。

「いいのか?」

それでも問う声に、うん、と小さく応えが返る。

「焼きゴテとか、鉄の棒とかじゃねえもん」

あんたともっと近くに・・・一つに・・・

「俺だって、なりてえんだよ。だから・・頼む」

そこまで言われて、どうして己を抑えていられようか。

「そうか・・・」

言いながら、ヤンはロビーの精液で既に濡れそぼった指先を、そっと、下へと滑らせ、固く閉ざしたそこに小さく触れる。

「痛かったり・・・嫌だったら・・・」

気を使うヤンに、ロビーは首を横に振って答える。

「あんたは、俺に気持ちいいことしかしない。分かってる」

この信頼。こんな信頼を無防備に! ああ、ロビーお前・・・自分が何を言っているのか分かっているのか!?

「私のような男を・・・信頼するとは・・・」

「なんでだ?」

逆に不思議そうに問いかけられる。

「友達になってから、あんた、俺が嫌がること何一つしやしなかったじゃないか」

いっつも俺は楽しくて、嬉しくて・・・

「だから・・・もっと・・・確かめたいんだ。この俺の感情を・・・ごめん、鈍くて」

「いや・・・」

ゆるゆると指先で少しずつ固い蕾をほぐしながら、そうっと、快楽を感じるそこを刺激するように指をゆっくり入れていく。

「ん・・・、やだ・・・」

びくり、と身をよじらせるので、痛かったか? と指を止めると、違う、と息も荒く返答してくる。

「気持ちいいんだ、けど、なんか・・・変、だったから・・・」

「そうか・・・痛くはないんだな?」

「あんたは、俺が痛がることはしねえって。俺がそう言ってるじゃねえか!」

なんだよ、悪徳金融会社の大ボス様の癖にさ!

くすくすと笑うところを見ると、少しずつだか、指の感触にも馴染んできたようだ。

「ならば・・・もう少し・・・我慢してくれ・・・」

ゆっくり、ゆっくり時間をかけ、指を一本、二本、と増やしていく。

その度に、びくびくとロビーのしなやかな肢体は跳ね上がり吐精したが、幾度萎れてもロビーの中心は、再び生気を取り戻して勃ち上がる。

「若いな・・・やはり・・・」

「そっか?」

もう三十路だけどなあ? でも、あんたが若いってなら、そうなんだろな。

「なあ・・・ヤン・・・」

幾度も射精したせいか、弛緩しつつある腕の力を懸命に振り絞り、ロビーは己の後ろをほぐす男の背へと手を回す。

「も、いいから・・・」

「だが・・・」

それでも躊躇するヤンに対し、ロビーの方が懇願する。

「これ以上、弄られてたら、俺・・・あんたと一つになるの分からなくなっちまう・・・」

もう、意識・・・これ以上・・・無理・・・

呂律が怪しくなってきているロビーに慌てて、思わず、しっかと抱きしめれば無意識にか意識的にか、自らの両足を絡めてくる。

「早く・・・・」

「分かった」

それでも、そっと・・・できるだけ痛むことがないように。快楽だけを感じられるように、そっと己のそれを挿入していくと、流石に、今までとは異なる質感に、苦痛に目の前の顔が歪むのが見て取れた。

「ロビー・・・もう少し・・・あと少しだから・・・」

無自覚に零している愛しい人の涙を舌で舐めれば、うん、と声にならない反応が頷きとなって返される。

「大丈夫。だから・・・もっと・・・な?」

「ああ・・・」

それでも、最後まで挿れるまでには、随分と時間がかかり、入った頃にはロビーはすっかり息が上がっていた。

「ロビー・・・大丈夫か? 少し・・・動くぞ?」

「ん・・・、大丈夫・・・つか、あ、ん、た・・がいる・・・」

ふわっと嬉しそうに微笑まれ、ついに、ヤンの最後の理性は決壊した。

 

「ロビーっ! 私の・・・・私のロビーっ!」

突如、腰ごと持ち上げられて奥まで突き入れられたのだから、堪らない。

「んっ! ぁっ! あ、あ、ぁ、っ! あ、あ、あ・・・んっ! んっ」

「駄目だ。もっとだ! 私の全部を受け止めてくれ! ロビーっ!」

「ぁ・・・・・、あ・・・・」

あまりの衝撃に焦点の合わなくなった青い瞳。その瞳に口づけを繰り返し、ヤンは囁く。

「私が居る。お前の中に・・・分かるか?」

「・・・・んっ・・・! す、げ・・・・ぁっ・・」

「私が嫌か? これが私だ。そんな私は・・・・お前は・・・!」

自分が何を口走っているのかの自覚もなく、我知らずの言葉に、何故か恋しい人はふわりと笑う。

「俺・・・あんたが好きだ・・」

「ロビー・・・!」

抱きしめ、密着したまま、より腰をもっともっとと奥へと進め、更には、前後左右へと揺さぶれば、官能のままにロビーの口の端からは唾液が零れる。

「へへ・・・。なんか・・・変。俺・・・おかしいの、かな?」

言いながらそれでも、ロビーの身体はヤンを離そうとしない。そして、ロビーの器官もまた、ヤンのそれを飲み込み離そうとしない。

「もっと・・・。もっと。な?」

甘い誘い。これに陥落しない男が、この宇宙にいようか!

「ああ、私の全てを・・・ロビー・・・!」

幾度目かの挿出の果てに、最奥へとヤンの精が濁流のようにほとばしる。

その刺激で、ロビーのそれもまた、もはや今日幾度目か? 数えきれない射精でヤンの腹を白く汚す。

「・・・・ああ・・・やっぱり・・・」

ふんわりとした微笑みを最後に、ロビーは呟く。

「あんた・・・・気持ちイイ・・・」

「ロビー? ロビーっ!?」

そのまま、すうっと気持ち良さげに意識を手離されてしまったヤンが困惑することなど露も知らずに。

 

★★★

 

月はすっかり沈み、いつしか、太陽が明るく地球を照らしていた。

「ああ・・・もう・・・朝なのか・・・」

だが、こんな幸せな朝が、あったろうか?

真っ白な新しいシーツの上で、身体を自分に預けて眠る愛しい人。

その身体は、いくら清めた後でも、いや、逆に風呂にて綺麗にした後だからこそ、情交の痕跡がくっきりと見える。

「ロビー・・・」

すやすやと眠っているその頬に、愛しくキスを落とせば、無意識にほんの小さく身じろぎする。

それが愛しくて。可愛くて。

一瞬でも目を離すのが惜しくて、夜の情交が終わった後も、ヤンは一睡もせずに、ずっと大切な宝物を抱くように愛しいロビーの裸身を傍らに見詰めていた。

 

「ロビー・・・」

 

だが、愛している・・・との囁きは、無遠慮なインターフォンによって妨げられた。

 

「どうした?」

音声の主が、ホテルフロントからと分かって、自分の邪魔などしないように教育しているはずの一流のフロントが何故? との問いに、フロントからは恐縮極まりないといった風情がありありの様子の声が響く。

 

「それが・・・実は・・・」

「ええい! いいから、そこにロビーはいるのかっ!」

「そうだよ! いるかどうかぐらい! 言わないなら警察に通報するよ!」

 

聞き覚えのあるサポートロボットと、少年王子の声。

はてさて、どうしたものか? 

考え込むヤンの耳には、フロントでの騒動がまたも飛び込んでくる。

 

「いいかっ! もう証拠は挙がってるんだ!」

「そうだよ! ルナ・ガードも配置させてる! 国際問題にしたいわけ!?」

「い、いえ・・・・そういう・・・しかし・・・」

 

これ以上の対処は、フロントには酷だろう。

大企業の経営者として、これ以上、従業員を困らせるのは本意ではない。

 

そう結論づけたヤンの行動は早かった。

「構わん」

フロントへの音声通信をオンにして、一言告げる。

「しかし・・・あの・・・」

それでも戸惑うフロントに向け、鷹揚にヤンは言葉を続ける。

「私が構わんと言っているのだ。そこの2人を部屋まで案内してやれ」

「は、はいっ!・・・で、では・・・」

おろおろとしたフロントと、まだ揉めているらしいイックとハッチの声が聞こえたが、これ以上は無用と音声を切る。

と、ほぼ同時に、ドアを蹴り飛ばさんばかりの音が響いた。

 

「ゴルァアアッ!!! ロビーを返せ! 今すぐ返せ!」

どかっ! ばきっ! 

「イック! いいよ、イックの手が壊れるよ!」

「俺様はヨッカマルシェ産だ! こんなドアくれえっ!」

「それよりオレのレーザー銃で溶かした方が早いってば!」

「おっ! そうか! すげえな。ルナ・ガードの連中からパクってきたのか!?」

「まあ、そんなとこ。っていうか、開けないと本当に、ここ壊すよ!」

 

どかばき、どかばき・・・

 

「まったく・・・君らは・・・」

呆れたようにローブ一枚羽織ったままで、ヤンが扉を開ければ、目を血走らせた少年とウサギ型サポートロボットは、一気に部屋へとなだれこむ。

 

「ロビー! ロビーは無事!?」

「ロビー! 助けに来た・・・あ、あ、あ、・・・・・ロビーっ!!!!!」

主寝室へ突っ込んだイックは、上半身に痕跡だらけの主の姿に、へなへなと崩れ落ちる。

「ロビー・・・俺様・・・間に合わなかった・・・のか?」

「君たち・・少しは静かにできないのかね?」

ロビーは疲れて眠っているのだ。邪魔しないで欲しいんだが。

 

そんなヤンの言葉に、ぎっとイックの殺気が迸る。

 

「俺様のロビーに・・・何しやがった・・・!」

「そう言われても・・・・少しは落ち着きたまえ・・」

「これが~~~~っ! 落ち着いていられるかっ! つか!」

だが、イックが噛みつくよりも先に、ふにゃ・・・と、ロビーが身じろぎする方が早かった。

「あれ? イック???」

俺、いつナガヤボイジャーに帰ったっけ???

寝ぼけ眼で言われれば、もう、ただ泣けてくる。

「ちげーよ! おめーが心配でっ! ハッチにも協力してもらって! 探したんだ!」

「・・・? 俺、泊まってくって・・・言ったよなあ???」

なんで、探して???

きょとんとしてるロビーに、何言ってやがる! とイックは猛然と吠えまくる。

「俺がいつ認めたよ! それも、ヤンと泊まるなんて! 俺様聞いてねえっ!」

「・・・言い方が悪かったかなあ? つかさ、それより、イック・・・俺、『初体験』てのついに経験したぜ!」

えへへ~~~一生、そういうのと縁がないかと思っちまってたけど、人生捨てたもんじゃねえな。

「・・・は?」

文字通り目が点になるイックに対して、幸せそうに枕に懐きながらロビーは言う。

「ヤン・・・優しくてさ・・・・嬉しかった・・・・」

これで、やっと脱童貞だぜ! 

「この馬鹿・・・・」

「なんだよ? 三十路過ぎても、経験ゼロって結構みっともなくて内心、隠してるの恥ずかしかったんだぜ?」

「お前は、そんなもん一生経験なんかしなくって良かったんだよ! しかも、なんで男! なんでヤン!」

「そりゃあ・・・まあ・・・・」

だって、してくれるって言うから・・・・・

 

その言葉に唖然茫然となったのは、ハッチもだった。

「・・・えと? まさか? 同意で????」

「なんだ~~ハッチも一緒かよ~~~~」

へらへらと笑うところは、いつも通りのロビーだが・・・だが・・・色気が違う・・・全然違う!

『これ・・・何?』

一緒にイセカンダルに行った時、風呂がバッティングするとかで、互いの裸なんで見慣れていたはずなのに。

このむせ返るような・・・色香は・・・どういう・・・

 

茫然自失のイックとハッチの横を悠然と通り、逆に、ヤンはごく自然にロビーの傍らへと腰を下ろす。

「すまなかったな。もっと休ませてやりたかったのだが・・・」

「いいって。イックのサポート・ロボット権限での『主人面会権』と、ハッチの『ロイヤル特権』振りかざされたら、大抵のフロントは困るだろって。それに、俺、別に悪いことしてねーし」

 

その言葉に、ふるふると震えたイックは、次の瞬間

「この馬鹿ぁあああああっ! 馬鹿だ馬鹿だと思っちゃいたが! ここまで馬鹿とは思わなかった! お前! ヤンなんかに、純潔捧げてどーすんだよ! こいつが責任取ってくれるのか!? ああっ!」

 

今まで俺が守ってきたロビーの貞操がああああああっ!!!!!

 

泣くイックに対し、ロビーの答えは簡潔明瞭だった。

「いや、えっと? お前との約束は守ってるつもりなんだけどな?」

「嘘つけ! 俺様は、お前がガキの時から、ちゃんと言ったよな! 大人になって、性に興味が出ても、そういうコトは大事なことだから、本当に好きな相手とだけって! つまりは『結婚』してからにしろって!」

「いや・・だから・・・さ・・・」

ちょっと気恥ずかしそうにロビーは、ちょんちょんとヤンのローブの袖を引く。それで、ああ、そうだなと阿吽の呼吸で、ヤンが自分のスマブレを操作して映し出したそれは・・・

 

「え? ヤンの個人ID? って・・・既婚者・・・・」

「浮気かよっ!」

余計に怒り狂いかけるイックに対し、ハッチが『違う!』と、それを遮る。

「違うよ、イック! 配偶者が・・・ロビーになってる!!!」

「は???」

「だからさ~~~~・・・その・・・・」

「私たちは結婚届を提出済で、受理されているということだ」

 

「なんで~~~~~~~っ!?」

「うそだ・・・・・・・・・・」

 

ハッチとイックが、目を点にしたまま、しばし意識を失うほど茫然自失となり、そして我を取り戻したイックはというと、

「ロビーの・・・・大馬鹿野郎~~~~~~~~っ!」

泣き叫びながら、飛び出してしまったのであった。

「あ、イック! 待って!」

そんなイックを追いかけてハッチもまた、駆けて行ってしまったものだから、部屋はまた二人きり。

 

「イックの奴・・・なんで怒ってんだ?」

順序はともかく、ちゃんとこうして入籍してんのに・・・

「なあ? ヤン?」

「さあな」

素知らぬ顔で、目覚めたばかりの新妻に朝のキスを軽く贈る、

「まあ、説明は後からでもいいんじゃないか?」

「そうだな、イックが落ち着いてから・・てかさ・・・」

ひょいと、ロビーはヤンのローブの襟を自分へと引き寄せて、軽く自分からも口づける。

「俺、やっぱ、あんたとこうすんの好きだわ」

「光栄だ」

「でもさ・・・・」

ちょっとだけ考え込んでロビーは済まなさそうにヤンに言う。

「それでも、俺・・・あんたのこと『愛してる』のかどうか・・・良く分かってねえんだよ」

なのに、俺、自分が初体験したいばっかに、あんたを結婚まで巻き込んだようなもんで・・・

 

「でもさ、一緒にいて楽しくて、メシも一緒だと美味くて。近くにいて平気で。つか、キスが嬉しくて。・・・これってもう『友達』じゃねえ気がしてさ・・・」

「私は、最初からお前を愛していると言っていたつもりだが?」

「それは・・・そのイズモンダルで聞いたけど。俺があんたを『愛してる』のかどうか微妙だったわけでさ」

でも、少なくとも「夫婦」はできるって、こうして、試してみて分かったし!

 

「だけど、面倒だったろ? 俺、女とも関係したことなかったから・・・」

心の底から済まなさそうなロビーに対し、満面の笑みでヤンは答える。

「何がだ? むしろお前の『初めての相手』に選んで貰えて、私は光栄だぞ?」

「ついでに、俺の『最後の相手』にもなってくれるか?」

俺・・・ぜってー、今後の人生であんたみてぇに結婚してくれそうな相手、ってか・・・

「愛してるとか教えてくれる相手、現れそうもないからさ」

「無論だ」

ヤンはロビーをぎゅうと抱きしめ、心からの願いを言葉にする。

「私がお前を愛しているのだ。だから・・・私こそが『お前のたった一人』になりたいのだよ」

「あんがと・・・・」

きゅっと抱き返すそれもまた、まだぎこちない。

それでもいいとヤンは思った。

 

『それにしても、危なかった・・・・』

 

イックとハッチがやってきた時、その少し前までのロビーとのことをあの2人は知らない。

だが、実は、ロビーは当初、ヤンとの初めて・・・のそれが終わった時、なんと、実に済まなさそうに詫びてきたのである。

 

曰く、自分は未だ「愛してる」の感覚が分からないと。

「あんたのことは好きだ。でも、こういうことって・・・」

結婚するぐらい好きな相手とじゃねえと、本当はダメなんだよな。

「ごめん・・・あんたのこと・・・俺・・・利用したんだ・・・」

一度ぐらい、そういう体験したくって。

「けどよ・・・利用されて・・・」

嬉しくなんかねえよな? 

 

ああ、もう! どこまで、無垢だったのだ! あまりのことに私は発狂寸前になったぞ!

だが、そのお陰か・・・今こうして居られるのは。

己のIDを見ながら、ふふふと嬉しそうにヤンは笑う。

「ヤン?」

不思議そうに見上げてくるロビーに、いや、と笑い返し、もう少し休めとベッドに身体を横たえてやる。

「ん・・・あのさ・・・」

眠そうにしながら、青い瞳は今なお潤んだまま、そっとヤンに囁く。

 

「結婚したんだから・・・この後、あんた・・・俺ともっとこういうことしれくれるんだよ・・な?」

 

その一言で、ヤンズ・ファイナンス・ホールディングスの総帥は、この後見事に、三日三晩新妻に溺れた。溺れきった。

 

お陰で、ヤンと連絡が取れないことを心配した、側近のアロとグラが、その理由を知った時には逆に、涙を流して喜び、更には、「駄目っス、ヤンさん! 最初が肝心なんですからっ!」と。会社から叩きだすようにして、ロビーの傍に戻らせたのは、ほんの後日談。

 

そしてまた、「こんな結婚認めねえええええっ!!!」と、イックが怒り狂い、ハッチの王室顧問弁護士の力まで総動員して、「結婚無効理由」やら「証拠」やらを突きつけられたり、あれこれと闘争が起きたのも、もう少し、ほんの少しだけ後の話。

 

今は・・・朝日の中で、まどろむロビーを見詰めているヤンは心の底から、ただただ幸せだった。

 

ロビーは「愛しているかどうか、分からない」と言っていた。

それは、今までそこまで「愛した」存在が「いなかった」からなのだろう。

 

それを素直に・・・正直に、ここまで自分に吐露してくれるその「行為」こそが、なんと純粋で美しい愛なのだろうか。

 

「だが、まだ気づかなくともいい」

 

結婚して、それで終わりではないのだ。

 

「いや、むしろ・・・」

 

ロビー自身は、『俺と結婚までしてくれそうな奴、一生今後現れそうもないから』などと言っていたが、そんなことがあるわけがないのだ。

 

「無自覚な純潔とは・・・恐ろしいものだな・・・」

だが、結果として私のものになってくれた。

 

「イックの教育の賜物か?」ならば、感謝せねばな。

 

そして、私はロビーからの愛を得るための努力は、これからも積み重ねる。

誰にも負けるものか!

 

「生涯・・・私を愛してくれ・・・」

今でなくともいいから。

 

心底そう願う金融界の帝王。

後に、ヤンは「竜の帝王」とも呼ばれることにもなるのだが、それには一つの逸話も伴っていた。

「あの帝王は、竜玉を得たから、更に強大になったのだ」と。

 

だが、その「竜玉」の正体は、ほとんど誰にも知られなかったのである。

色も形も、その存在が何であるかすら。

 

ヤンが大事に大事に隠したので。

 

殊に、当の「竜玉」本人は、まったくもって知らなかったのであった。

愛してる、ことさえ知らない「無垢」なロビーだったので。

 

それだけイックが、大事に大事に、ずっと守ってきたからであったのだが、残念ながら、その心も未だ分からぬロビーであった。

 

ばあやの如きイックの嘆きがどれほどであったかは、語るには及ばないであろう。

時に無垢とは本当に恐ろしい。

そんな話とも言えようか。

 

(第3話おわり)




連載をハーメルンで開始して・・・最初から
「なんか・・・ネットで気楽にのはずが、毎度ながらしっかり書いてないか?」
(あんまりしっかり書くと、ネットでの気楽さがなくなって、読んでもらえないんじゃ)
とか考えていたのに・・・どんどん・・・内容が増えていく・・・
第3話・・・一番長くなりました。
まあ内容的に短く書けるものではなかったからですが。
・・・・第4話は、さて、2人の結婚は無事、イックばあやと、ハッチ王子に認められるのか? 近日公開します~~(で、真の三角関係?になるのは、その後。次の第4話までが土台部分ということになります。えらいしっかりした土台だ・・・)


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第4話:月の王子のマリッジブルー

さて・・・あら、深夜もいいとこですが・・・・
第4話です。ここまでで、一応、私なりの「ヤンロビ(桜さん言うところの、ヤンさんスパダリへの道)」の世界の土台終わりというとこです。
ヤンさんとロビーとハッチとイックと・・・・彼らが今後どうなるか?
それはまた、次からのお話にご期待を。
では、これにて一段落(?)の第4話をどうぞ!


誰もが予想だにしなかった「キャバクラおねーちゃん大好き」ロビーと、泣く子も黙る「闇金融の帝王」ヤンの電撃入籍。

 

だが、願っても叶わぬ夢と思っていたヤンからすれば、

『夢なら覚める前に、私の息の根を止めてくれ!』

と、本気で念じ続けたほど、ただもう幸せに酔いしれていた。

 

「ロビー・・・」

「ん???」

眠そうな声は、この三日三晩、ずっとベッドから離さなかった最愛の新妻から。

 

―――結婚したら・・・こういうの・・・―――

もっと、してくれるんだよな?

 

その一言で決壊してしまった理性は、ヤンの脳裏から仕事も義務も何もかもを捨てさせるに十分すぎた。

 

「俺・・・もっと・・・こういうの・・・知りたい・・・」

情交そのものが初めてだったのだと恥ずかしそうに俯いたロビーのうなじは、真っ赤に染まっていて。

本当に、本当に、今まで誰とも『こうした』経験がなかったことを示していて。

なのに、この信じられないほど無垢な存在は、己のことを「いい年して、こんなでみっともねえだろ?」

などと言うのである。

 

何がだ! お前の『初めての男』に選ばれた私の歓喜は、どうすればお前に伝わるのだ!!

 

「だって・・・面倒だったろ? いろいろと・・・その・・さ?」

いやいや、初物を頂く美味さを、お前は知らない・・・? まあ・・そうだな・・・

『経験がないのなら、それも知らずとも当然か・・・』

だが、そんな考えをする余地もないほど、うっとりとしたロビーの青い瞳がもたらす蠱惑的な視線は破壊力満点だった。

 

「俺・・・あんたが好きだなあ・・・」

半ば眠りながら、そんなことを言ってくれたりするのである!

ああ! 神よ! 神などという存在は信じていないが、今だけは感謝する!

「神よ! 運命よ! 天よ! 大宇宙よ!」

よくぞ、我にロビーを与えたもうた!!!

 

その幸せに誘われ、ロビーが求めるまま昼夜を分かたず、幾度その身を掻き抱いたことだろうか。

そして、その度に、己の欲深さと業に唖然としながらも、止まることも止める意思もないまま、どれほど耽溺し続けただろう。

 

ロビーの身体はしっとりとしていて、幾度抱いても、しなやかで。

そして、達する度に嬉しそうに笑うのだ。

そうなのだ、私に向かって幸せそうに微笑んで・・・そして、そっと淡い口づけを返してくれて・・・

そのまま、すうっと寝入ってしまうということを幾度繰り返したことだろう。

 

ああ、もう時よ止まれ! 永遠に!!!

 

陳腐な言葉だが、幾度そう叫んだことか!

 

それでも現実には、時間は刻々と過ぎてゆき・・・流石に三日も過ぎれば、ヤンの意識も夢の世界から戻ってしまう。

 

この時ばかりは、経営者として、そして、もろもろの全ての事象について冷静さをすぐに取り戻す自分の気性を少しばかり恨んだものだ。

『だが・・・まあ・・・』

すやすやと眠っているロビーに、シルク地の柔らかな淡いピンク色のパジャマを着せてやりつつ、その裸身に刻まれた数えきれない痕跡を思えば、これ以上、自分が求め続けてしまえばどうなるか? との危惧もまたあった。

『・・・あまり最初から無理をさせてはな・・・』

ロビーの方が、後遺症で痛いとか苦しいなどということになっては、今後の夫婦生活に支障が出てしまう。

『だから・・・少し・・・』

何も纏っていない姿を、三日間見続けてきた身としては、こうして自らの手で隠してしまうのは少々惜しい気もするのだが、それでも、精一杯己の大人としての分別と理性をもう一度かき集めて、そうっとロビーの若い男にしては、軽い身体を抱き上げる。

「ロビー?」

「ん?」

耳元で囁けば、眠ったままで意識はないだろうに、ぼんやりとした返事が呟きのように微かに零れる。

「そろそろ・・・私の家へ場所を移そう。いいか?」

「ん・・・・」

分かっているのかいないのか。だが、ヤンが抱き上げるままに抵抗もなく身を寄せてくる。

「連れてって・・・くれよ・・・な?」

そのまま、すうすうと健康的な寝息を立てる愛しい人。

このまま、猛烈にまた押し倒したくなる男の本能を押さえられたのは、一重に自分が大人だったからだとヤンは思う。

『もしも、もっと若い頃にロビーと出会っていたなら・・・』

きっと、出会った早々に、どんなにロビーが泣いても喚いても、無理やり犯していただろう。

そして、どれだけ懇願しても外へ出すことも許さず、ずっと、自分の愛しいペットとして飼いならしたことだろう。

「だが・・・それは・・・私が本当の求めたものだったか?」

違う。もう分かっている。

獣性のままに襲ったハママⅡでの出来事を、未だに後悔している自分だ。

あの時、未遂のまま、しかもロビーは「単なるレースでの進路妨害」と当初は勘違いしていた程度だったというぐらいで終わったことに、それこそ神がいるなら感謝したい。

 

ハッチと結婚してしまう! との誤解から、衝動的に告白してしまったイズモンダル。

だが、その誤解のお陰で、「友人」にしてもらうことができ、その後の「デート」を重ねていき、遂に、ロビー本人から求められ、結婚届にまで至ったのである。

 

この幸せを・・・もう・・・どう言えば!!!

と、その時、はたとヤンは気づく。

『そう言えば・・・』

己の幸せに溺れるあまりに、側近であるアロとグラにすら、欠勤することを伝えていなかったなと。

「これは・・・」

あの2人のことだ。今まで仕事を投げたことなど一度もなかった私が、社に無断欠勤など、どれほど心配していることか想像に難くない。

それでも、今は・・・もう少し・・・もう少しだけ・・・

ぎゅうと腕の中の愛しい人を抱きしめ、ヤンは、そっと耳元へと囁く。

 

「花嫁を家に迎え入れるまでは・・・な」

もう少し、待っていてくれと。

傍にいない側近たちへと語りかけていたのであった。

 

そうして、ヤンは、ロビーの手荷物やらもともと着ていた服はクリーニングの上、別途、自宅へ送らせる手配を済ませ、己の豪邸の寝室にとシルクパジャマ姿のままのロビーを寝かしつけた後、やっと、三日ぶりの本社ビルへと足を向けたのであった。

 

「ああ・・・」

太陽が黄色い・・・

 

そんな古びた小説のような感慨を抱きながら、足取りはまるで羽が生えたかのように至極軽かった。

 

その後の騒動など、まるで予想だにすることなく。

 

★★★

 

しかし、ヤンが幸せの夢か幻か?の中にいた頃、ここ、月の王国ルナランドでは、ロビーのサポート・ロボットであるイックと、ルナランドの次期国王である王子のハッチの2人が、それこそ、文字通り額を突きつけて、真剣に討議し続けていた。

 

「イック・・・これでどうかな?」

「そうだな・・・これなら・・・・」

「あの・・・王子・・・・」

 

恐る恐る声をかけるのは、この三日間、ずっと眠ることも許されずに付き合わされてしまったルナランド王家の顧問弁護士達である。

 

「何?」

眠気も手伝って不機嫌極まりないといった王子の声に、びくりとしながら、それでも、初老の筆頭弁護士は意を決して言葉を発する。

「もう・・・三日でございます」

「だから?」

何? 

年若くとも未来の為政者。誰何する声の迫力は、王者のもの。

それでも、必死に顧問弁護士は言葉を尽くす。

「我々にできることはここまでです!」

「そう?」

絶対零度を思わせる冷たい声音は、『無能なの?』の響きを帯びる。

それでもだ。人間には限界があるのだ! 三日もこちらに拘束されていては、既に通常業務だけでも、どれほど滞っていることか!!

その一念にて、初老の顧問弁護士は、必死に未来の国王へと訴える。

 

「当人同士の合意での婚姻届を無効にする手段は・・・限られているのです!」

「でも、ゼロじゃないよね?」

何のための法律制度? 何のための法律のプロ? 

「何のために僕らルナランド王室から君らに多額の報酬を払っていると思っているの?」

分かって言ってる? 分からない? それとも、本当に分かってない?

翡翠にも喩えられる王子の澄んだ瞳からの視線が、ここまで恐ろしいと思ったことがかつてあったろうか?

「いえ・・・ですが・・・」

「ふ~~ん・・・」

ちろん、と目の端を徹夜の連続で赤く腫らしたままに、まだ未成年の王子は冷たく言い放つ。

「まあいいさ。君たちの能力では、限界らしいし」

無能者を拘束しても意味はないから。

「下がっていいよ、後は、僕とイックでやる」

「ですが、王子!」

法務担当は! と、食い下がろうとする弁護団らを、ハッチは良く通る高い声で一喝する。

「役立たずは要らないって言っているんだ! ありきたりの法律論しか言えない弁護士は、僕には要らない」

分かっているんだろう? 僕自身が、銀河連邦公認の一級弁護士資格を持っていることは。

 

「法理論なら、十分だよ。君たちには、それ以上の証拠や理論武装について固めて欲しかったんだけどね」

それなのに、三日で限界って根を上げるなら、もういい。

 

「王子・・ですが・・王子も、そもそもご公務が・・・」

「公務?」

今度こそハッチの翡翠の瞳が、ナイフのように剣呑に光る。

「僕にとって最も重要な事が何なのか・・・それすら分からない。ああ、本当にもう君らは下がっていい」

好きに休憩するなりなんなりするといい。

 

「僕と・・・お祖父様の形見でもあるイックが、どれほどの想いなのか・・・それも分からない者は要らない」

「王子!」

「もういい! 下がれ!」

 

最後通牒とばかりにぴしゃりと言われ、すごすごと王子の部屋から退室していく姿は、哀れとしか言えないものであったが、そんなことに今はかまけてはいられない。

 

事は急ぐのだ。そして、何がなんでも、どうにかするしかないのだ!

 

「イック・・・ロビーとヤンの婚姻について、手続き上の瑕疵は見当たらない」

「ヤンの野郎のこった。そのあたりは、抜かりはねえと思っちゃいたが・・」

「でも、さ」

じっと少年は、目の前のウサギ型サポート・ロボットの瞳を見据えて言葉を紡ぐ。

「ロビーが『騙されて』とか『正気じゃなくて』とかの可能性がある限り、ひっくり返すことは不可能じゃない」

「そうとも・・・。あの馬鹿!」

一度、銀河連邦公式の婚姻届をしてしまえば、それを覆すのがどれほど大変か!

だが、良くある例として「酒の勢いで」あるいは「そもそも、それが婚姻届と知らなくて」などの「詐欺結婚」事案もまた、それなりにある。

 

「・・・それでも無理なら・・・」

「まあ・・・バツイチになっちゃうけど・・・」

互いにうーんと目を目を見合わせ、だが、重々しく双方向かって頷く。

「離婚だな」

「そうだね。その場合は、慰謝料も取って・・・・」

少なくとも「強姦」と「暴行」と「傷害」ぐらいは・・・・・

「いや、警察沙汰にはしたくねえんだ。だって・・」

「分かってるよ、イック・・・」

今も昔も、レイプ事件が公になると傷つくのは「被害者」である。

「銀河の英雄のロビーがだよ? 地球の救世主のロビーが、男に強姦されました・・なんてさ」

「恰好のネタじゃねえかっ! ロビーが・・・ロビーが哀れすぎる・・・」

わっと泣くウサギの頭をそっと撫でつつ、ハッチは少年とは思えぬ怜悧な頭脳で提案する。

「とにかく・・・多分、ロビーには今は何を言っても駄目だろうからさ」

「・・・ああ。俺様に無断で、勝手に結婚届出してる段階で! もうあいつ! 正気じゃねえっ!」

ヤンの野郎っ! 俺様のロビーをどうたぶらかしやがったんだよっ!

「・・・まあ・・・海千山千って奴なんだろうねえ・・・」

オレには分からないけど・・・と遠い目をするハッチに対し、イックの怒りは未だもって完全燃焼中である。

ゆらゆらと背後に青い焔が見えるようなのは、あながち気のせいではなく、多分、ショート寸前の回路から揺らめく蜃気楼を齎す熱のせいだろう。

「あいつは馬鹿で・・・馬鹿でよぉ・・・。騙されやすくて・・・」

ほだされやすいんだ・・・・

泣きそうなウサギのうな垂れている耳にそっと触れて、そうだね、とハッチも頷く。

「ロビーってさ・・・」

一見すると、ただのふらふらしている遊び人なのに、その実、家出した自分をイセカンダルまでの旅に連れていってくれるほど大らかで。

「優しい・・・んだよね・・・」

最初に自分にくれた着替えのパジャマも、タコ型キャンドルも、何もかもナガヤボイジャーが木端微塵になった時に無くなってしまったが、スマブレに残した写真と何よりも自分の心に刻みつけられた思い出だけは、今もハッチの胸を熱く、そして温かく包み込む。

「優しすぎるから・・・」

きっと、投資だなんだと言われて、それで契約が取れなくて困っているとか言われたら、それだけでほいほいサインしてしまったりもするんだろう。最初は、なんであんな簡単に詐欺に引っかかるんだろう? と思っていたけれど、損したことについて怒りもしていないロビーを見ているうちに、最初から「儲ける」つもりそのものがなかったんじゃないだろうか? とすら今は思う。

口では「一攫千金~~~」とか言っていても、魚人族のギョギョ君に結婚資金が必要と聞けば、一緒に捕まえた「オダワーラの使い」の賞金のほとんどを彼にあげてしまうし、何よりも「幸福をもたらすアカフクリスタル」をせっかく持ち帰ったのに、それを「旅の記念品」のほとんどを失くしてしまったハッチに、あっさりくれたのである。

まるで惜しげもなく。当たり前のように。

「優しすぎるんだよ、ロビーは・・・」

「分かってるさ、んなこた!」

あいつがガキのころから、どんだけ俺様が付き合ってきたかと!!

言いながらも泣きそうになるイックに、よしよしと、その頭を撫でて慰める。

「だからさ、多分、ヤンから何度もプロポーズされて、口説かれて・・・ほだされた・・・ってとこなんだよね? きっと・・・」

「他に考えられるかっ!」

ぎりり・・・と、歯ぎしりしながら、イックは吠える。

「本当に好きな相手以外と、あんな・・・あんなことあいつができるわきゃね~んだっ! ましてや、結婚!?」

冗談じゃねえっ!!! 今までの巨乳美女のねーちゃん達の谷間と涙にほだされての比じゃねーわっ!

「だけど、きっとロビーには一緒なんだよ・・・」

「そだな・・・」

しゅんと、またしてもうな垂れるイックの長い耳。

 

こんなやり取りを、あの衝撃の爆弾発言を聞いてから、どれほど繰り返したことだろうか。

 

ロビーとヤンが結婚届まで出していた、との衝撃から飛び出したイックを追いかけたハッチが、そのまま護衛のルナ・ガードの面々と共に、一旦、月のルナランドまで帰ったのは、戦いの仕切り直しのため。

 

「相手は、契約のプロだからね・・・」

「ああ。ヤンに正攻法は通じねえ・・・。裏交渉もあっちのが上だろう」

「でも・・・ロビーに目を覚ましてもらうことは・・・できるんじゃないかな・・」

「それ以外には・・・道はねえな・・・」

 

被害者に被害意識がないのだ、無理だ! との弁護士達の嘆きを三日間も耳にタコができるほど聞き続けてきたのだ。

 

―――いくら、監禁された上で、実は強姦だったとしてもその後、ご本人様が納得しておられたら法的手段は取りようがありません!―――

 

そんなことは分かっている。証拠もない。無理強いされた、騙されたとロビーに言ってもらうしか、この事態をひっくり返す手段はないのだ!

 

そして、そのためには・・・・

「イック・・・」

「ハッチ・・・」

 

イセカンダルまでの長い道中を旅した仲間の絆は、今こそ蘇る。

そうだ、自分たちこそがロビーを助けるんだ! との迷いのない使命感。

 

「ロビーとヤンの・・・」

「各個撃破・・・だな」

 

かくして、そんな計画を王子が、必死に練っていたことなど無論地球のヤンズ・ファイナンスの社員らが知るわけもない。

 

ロビーがすやすやと、ヤンの寝室で眠っているころ、ヤンズ・ファイナンス本社ビルでは「おめでとうございます!」「総帥っ!」「社長!」「ヤンさんっ!!!」様々な祝辞が舞い飛んでいたのであるが、月にはそれは当然見えない。

 

月と地球。近いようでいて、やはり遠い「異なる星」である故か。

それとも、それは人と人との心は、必ずしも同じではない故か??

 

いずれにしても、悲しいすれ違いがここにあることに、イックもハッチも知る由もなかった。

 

2人はただ、ロビーを救い出したかったのだ。

間違った運命から。

 

そう・・・彼らにとっては「間違った」。

ロビーにとっては「自分で選んだ」。

そして、ヤンにとっては「大宇宙の奇跡」による・・・運命から。

 

★★★

 

だが、いざ出陣! とばかりに、ハッチとイックが頷いていたそこに、不意に静かな声がかかる。

「ハッチ王子」

「・・・・・・何? じいや・・・」

目線もくれることもなく、自分を育ててくれた老執事をすげなくハッチは呼び捨てる。

「オレ達忙しいんだ。分かっているよね?」

「分かっております。ですが・・・だからこそ申し上げたきことが・・・」

「・・・何だっていうのさ、一体・・・」

ハッチも自分にとっての育て親も同然のじいやに対しては、どうしても幾ばくか甘い。

先ほどの弁護士達へとは少しばかり異なる声音で、少しばかり拗ねたように小さく言う。

「オレの邪魔をする気なら聞かないよ? たとえば『救出ごっこ』とか『ヒーローごっこ』とかね!」

決死の家出だったのに、それを「ごっこ」扱いされた恨みは、今も消えない。

 

そんなハッチにうやうやしく、老執事は礼を取って慇懃に答える。

「じいやの話もお聞きください。これは・・・ロビー様と・・・ハッチ王子について、極めて重要なことなのです」

「え?」

予測もしていなかった言葉に、思わず翡翠の瞳は老人に向かって見開かれる。

そこに深く礼を取りながら、老執事は静かに言葉を続ける。

「そもそもは・・・先王陛下の御代に遡ります」

「は?」

何を言いたいの! じいやはっ!

との胡乱げな視線に構わず、乾いた声は滑らかに続く。

「ハッチ王子は、何故・・・ご自身に未だ『許嫁』がおられないのか。不思議に思われたことはございませぬか?」

「え?」

それこそ、一体藪から棒に何のことだ? あまりの不意打ちに、ハッチは思わず素で答える。

「いないものはいないとしか・・・・。それに、誰もオレの結婚相手のことなんて話すらしなかったじゃないか」

「そうです。ですが、本来王家にて、たった一人のお世継ぎに伴侶がいないなどとは、ありえぬこと。帝王学を学ばれておられる王子は、当然、お気づきでございましょう?」

「だけど・・・」

いないものはいないじゃないか。

「それに、それが何の関係があるのさ?」

その問いを待っていたとばかりに、白い髭をたくわえたじいやは、すうっと一呼吸すると満を持した様子で答える。

「実は・・・いらしたのです。ただ、そのお方は、長らく行方不明となっておられ・・・」

手を尽くしてお探ししたのすが、ついぞ見つからなかったのです。

「だからこそ・・・王子も、もう十八歳になられたこの際、ついには、探索を諦め、別の方とのご縁をと・・・」

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~・・・・・・それね・・・」

うんざりしたように苦々しく、ハッチは端正な顔を思わず歪める。

「それも、オレが思いっきり王宮ぐらしを息苦しく感じた原因の一つだったんだけど?」

分かってるの? じいや。

「はい。王子が、地球のルナランド大使館を抜け出され・・・あまつさえ、見知らぬ者の宇宙船で太陽系まで飛び出してしまわれた時には・・・・どうしようかと・・・どれほど、このじいやが慌てましたことか・・・」

よよよ・・・と、白いハンカチで涙をぬぐっているが、それが、空涙であろうことは長年の付き合いで分かっている。

「演技はいいよ。で? 結局、イセカンダルまでわざわざ追いかけてきて、ヤンにあっさりルナ・ガード一個艦隊潰されて! ああ、ロビーの前でオレは大恥かかされたっけねえ・・・」

思わず遠い目になってしまう。

何せ「優秀」と思っていたルナ・ガードが、あろうことか黄金のシャチホコ一匹に、あっけなくも情けなく、見事なまでにやられてしまったのだ。

一撃で旗艦以外の全てが航行不能になり、肝心な旗艦すら最後まで黄金のシャチホコに勝てなかったという体たらく。

「一国の軍事力として・・・あれはもう・・・」

王子として、ほとほと恥ずかしかったよ。

だから、その後、ルナ・ガードの鍛錬については、ハッチ自ら指揮して強化プログラムを作ったぐらいなのだが、今、そんな思い出話をしている時ではないだろうと、首を振って話を切る。

「だから! 今はそんな話どうだっていいだろう! 今は、ロビーの!」

救出が! というより先に、老執事の発言の方が早かった。

「ですから・・・その『ロビー様』こそが、ハッチ王子の『行方の知れないご婚約者』だったのです」

「・・・・・・・・・・・は・・・・ぁ・・????????」

ぽかんと思わず開いた口は塞がらず。

だけど何故だか『何を馬鹿なことを!』と言おうとする声は、ひりつく喉に邪魔されて声にならずに留まってしまった。

「・・・な・・・ん・・・?」

そんな若い主君を見詰めながら、同時に、その傍にちょこんといるウサギ型サポートロボットへと視線をやると老練な執事は淡々と言った。

 

「ワンナイン・・・・『お前』は、知っているはず・・・」

そうであろう? 我らが月の王国の始祖、ロック・キタ陛下がヨッカマルシェより手に入れ、自らの御手にて最高傑作へと完成させたお前ならば。

「先王陛下と、陛下のご親友ユマ・ヤージ監督の友情の証として、先王陛下の手ずからヤージ監督にと譲られたお前だ」

お前は、何もかも知っている。そうだろう?

「ワンナインよ」

「オレは『ワンナイン』じゃねえっ!」

かっ! と、イックはウサギ特有の赤い瞳を剣呑な光で点滅させつつ、一気にその毒舌でまくしたてる。

「俺様の正式名称は『JPS-19』。そして、ロビーがつけてくれた俺の名前は『イック』だ!」

「そうだな。確かに、お前が言う通り『お前にかつての記憶がない』というのであれば、それもまた真実だろう。先王陛下とユマ・ヤージ監督が愛した『優秀なサポートロボット・ワンナイン』ではない。そうとも言える。だがそれは真実か?」

「・・・じいや、それはどういう??」

話が見えない・・・と、ハッチが年相応に戸惑いの表情を浮かべるのを、痛ましそうに白髭の執事はそっと見遣る。

「あなたもまた、この精巧すぎる・・・優秀すぎたロボットに騙されていたのです。ハッチ王子」

「騙すって・・・?」

何を? イックが一体、何をさ!

その問いに、じいやは実にあっさりと答える。

「ヨッカマルシェ産のボディに、天才も名高い先王陛下が更に加えた特殊プログラムの数々・・・」

それらは、全て親友の「ユマ・ヤージ」監督を守るための機能。

 

「先王陛下が丹精込めて仕上げたお前が、電源の強制終了と初期化如きで過去のデータの全てを本当に失うとでも?」

ありえない。そんなことがあるはずないのだ。

「よくも、我々に対して『記憶がない』などと、いけしゃあしゃあと・・・」

そのせいで、このような厄介ごとになっているというのに! 分かっているのか、ワンナインよ!

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

どういうこと?

「イックは・・・ヨッカマルシェのことすら完全には覚えていなかったんだよ? 地球で初期化されたせいだって言ってたし、お祖父様とロビーのお祖父様との関係だって、ルナランドにバックアップしてあったその当時のデータ分だけ回復しただけで・・・」

だから、執筆した書籍にだって、イックは自分には最初と二番目の主人の記憶はないって書いていたじゃないか。

「そんなこと、嘘をつく必要がどこにあるのさ、じいや」

だが、困惑する若い主へと頭を垂れつつ、老執事の言葉は続く。

「全ては『ワンナイン』こそが知っていることです、ハッチ王子」

そうであろう? あんなにも愛しげに・・・

「懐かしそうに、嬉しそうに『先王陛下とヤージ監督と共に映った写真』を、その時代を思って、見詰めていて」

そんなお前に「ワンナイン」の記憶がないはずがない!

「忘れた振りまで出来るとは・・・・」

それこそが、先王陛下の才ともいうべきか。

低く唸る老人に対し、慌てたのは若い王子の方である。

「ちょ、ちょっと? 何で? どうして?」

そんな必要が!

「ですから、必要があったのです。そうしなければならない『不都合な真実』が。この罪深いサポート・ロボットこそがハッチ王子の婚約者を失わせた犯人なのですから」

「え?」

それこそ、何がなんだか・・・と視線を彷徨わせるハッチの視界には、すっかり両耳をうな垂れさせているウサギ型のサポート・ロボットが小さく小さく震えていた。

「ちげーよ」

え? イック? まさか・・・本当に?

驚きに目を見張るハッチに対し、白いウサギの真っ赤な瞳は、信じてくれ!と見開かれる。

「違うんだ! ハッチ! 俺はっ!」

「何が違うというのですか! この略奪者が!」

王子の大切なご婚約者を、たかがロボットの分際で勝手にさらって行方不明にして!

「どれほど・・・どれほど、我らが・・・・そしてロビー様のご両親が、手を尽くして探したと思う、ワンナイン!」

この罪深きロボットめが! 

「いや、罪を犯せること自体が・・・」

先王陛下の御手ならではの御業か・・・・との小さな呟きは、誰にも聞こえず。

ただ、重苦しい沈黙の後に、白髪の老執事は淡々と続けた。

「ロビー様が、ご実家より突然姿を消されたのが、今のハッチ王子と同じ・・・十八歳の頃でした。丁度その頃、ハッチ王子は、五歳の生誕祭を迎えられ・・・。そうです。七五三の祝いと同時に、その記念にと、正式に結納の儀を行い、婚約が成立したその直後だったのです。それを・・・このロボットが!」

不遜にも、かどわかしたのです! ハッチ王子! 

もはや、すまし顔を取り繕うこともなく、露骨な嫌悪と怒りも露わにする老人。

だが、愛らしい姿のまま、ぎりっとイックもまた言い返す。

「だって! ロビーは! あいつは、嫌だって言ったんだ!! 嫌だったんだ!」

親が勝手に決めた王子だか、皇太子だか知らないが、なんでそんなのと結婚させられるんだって!

『あっ・・・』

不意に、ハッチは思い出す。

イセカンダルへの旅の途中に寄った、宿場プラネッツの一つ「マルベリー8」。

ロボットが人間を支配していたあの星で、尊大に振る舞う「王子」とやらに、ロビーは大層憤慨していたのである。

――――ったく! 俺りゃあ、王子だか、皇太子だか、あーゆーのが大っ嫌えなんだよっ!―――

 

その剣幕に、余計に自分の素性についてロビーに言いだしにくくなったのだが、最後の最後、イセカンダルで自分が月の王子だと告白した時には、ロビーが自分を「王子」だから嫌うということはなかった。

さらっと、まるで何事もなかったかのように「じゃあ、ハッチ?」お前はどうしたい?

と、あの青い深い独特の瞳で聞いてくれたのだ。

それがあまりに当たり前すぎて・・・・態度をまったく変えることのなかったロビーに安心しすぎていて、今の今まで、あの時のロビーの言葉を忘れていた。

 

だが、じいやの話が本当だとすると・・・。そして、あの時のロビーの言葉と合わせて考えると・・・。

「イック・・・・」

そっと問えば、白いウサギ型のサポートロボットは、ほとんど泣きださんばかりである。

「・・・信じてくれ、ハッチ。俺は・・・本当に知らなかったんだ。本当に・・・」

 

あの頃・・・。

遠い瞳で過去を振り返りながらイックは、絞り出すようにハッチへと語る。

「ロビーの親父さんも、お袋さんも・・・悪い人間じゃあなかったんだが・・・」

如何せん、残念なことに成金の悲しい性で、上流階級に馴染もうとするあまりに、貴族や富豪といったセレブや権力者に対して、あまりにも心が弱すぎた。

「強い奴、権力のある奴、金のある奴、権威のある奴に・・・どんどん媚びて・・・」

それでも、所詮は「にわか成金」であるが故に、陰では馬鹿にされ。それに対して、なんとか『上流階級』の仲間入りをしようと、そして、せめて愛息子のロビーだけでも、自分たちと違って「生まれた時からのセレブ」にしようと必死な両親だった。

「けどな、それがロビーには苦痛だったんだよ・・・」

もともとは素朴なキャベツ畑を中心にした大農家で、ゆったりと暮らしていた一家だった。

ユマ・ヤージ監督が、酔狂にもアニメ作りに没頭していても別に生活には困らない位には、元から豊かな家庭だった。

「なのに・・・・ロビーの祖父さんの・・・ヒザクリガーとかが、銀河でヒットするようになって・・・」

オタクでマニアな宇宙人らが、信じられないほどの大金や宝石を、ユマ・ヤージ監督の遺品や原画などと引き換えに渡すようになってから、ロビーの一家の生活は激変してしまったのだ。

「広くて素朴な家が・・・いつの間にか豪邸になっててよ・・・」

そこで毎日のようにパーティ三昧。

「ロビーも、お偉い方々相手のための接待だのなんだので、教養をつけろって、金持ちばっかりが行く学校へ行かされるし、習い事は音楽からスポーツまで何でもやらされて・・・」

しかも皮肉なことに、ロビーはその中で、全部を楽々吸収してしまうものだから、いつしか、両親にとってはロビーこそが上流階級への真のステップアップの希望の星となってしまったのである。

「そんなの・・・嬉しいわけねえじゃん・・・」

大好きだった祖父が亡くなり、その祖父の遺品で荒稼ぎする父。そして、その対価で着飾る母。

欺瞞に満ちた笑みばかりが求められる「社交界」、そして、家の格で力関係が決まる学校生活。

「そこに・・・月からの『お迎え』ときたんだよ!」

 

―――俺は、かぐや姫かよっ!! 冗談じゃねえっ! こちとら人間だぞ! 竹から生まれて、使者が来たらほいほいとついていく「判断力なし」の「姫」じゃねえんだっ!―――

 

もともと幼少の頃から、いろいろな大人たちに、パーティだのお呼ばれだのの度に、触られたくないところまで触られたり、学校ではなまじ優秀だったせいでスキップする程、自分より年上の貴族連中の体格のいい同級生に目をつけられて。

 

そんな生活が嫌で嫌で、何度も少年の頃から家出しては、連れ戻されを繰り返していたロビーだったことを、イックは今も覚えている。

そして、連れ戻される度に「もう少し待て」と言い続けてきた、イックだった。

 

―――お前みてえに、細っこくて小せえ奴が一人で家出したって、すぐ連れ戻されるに決まってるだろうが。だからな・・・今は我慢するんだ・・・―――

 

一刻も早く大学課程まで修了して、後は、背丈が大人に近いところまで伸びたら・・・

『家出は、俺が手伝ってやる。ナガヤボイジャーで、遠くへ行こう! な!』

 

そう言って・・・ずっと励まし続けてきたロビーの少年時代をイックは痛ましい記憶と共に思い出す。

 

「俺は・・・だから、ロビーをただ・・・守りたかった。それだけなんだ・・・」

「それが、先王陛下のご遺志に反しても・・・か? ワンナイン」

ロック・キタ陛下と幼馴染のヤージ監督の絆が、どれほど深く強いものであったか。

「そして・・・にもかかわらず、不幸にもお二人は若き日に道が分かたれ、再会できたのは晩年の時・・・」

だからこそ、先王陛下は願っておられたのではないか。

―――お互い年を取ってしまったなあ・・・ユマ・・・―――

この先、何回君と会えるのだろうか?

嘆く初代王に、豪快にヤージ監督は、苦笑しながらも素晴らしい提案をしたのだという。

―――はは。お前さんは、まだまだこれからじゃろうに。月の王国なんぞ創ってしまったのだからな。だが、そうじゃな。もし、わしらに孫が生まれたら・・・―――

―――そうだ! そうだよ!―――

初代王は目を輝かせて、少年のように頬を紅潮させて叫んでいたという。

―――私たちの孫が! そう! 彼らが、君と私のように、幼い頃から夢を語り合い・・・そうして・・・・―――

生涯、長い時を、片時も離れずにいられれば・・・

―――わしと、お前さんとは随分長らく離れ離れになってしまったからのう・・・―――

 

 

「月の王国建国時は、まだ、宇宙とのコンタクトについて地球の大国らも右往左往している有様で。下手をすれば、せっかくの銀河世紀すら迎えられないかもしれないという時代でした。大国の思惑に捕らわれずに地球の人類が、宇宙と自由に交流できるようになる時代の礎にと・・・そのために超科学立国であり銀河と地球との懸け橋としての『ルナランド』創設に先王陛下は尽力され・・・結果、ヤージ監督との再会まで、あまりもの公務に忙殺されて叶わなかったのです」

ご自身の野心など何一つなく。ただただ、地球と宇宙の新しい時代のために尽くされた先王陛下・・・・。

「その先王陛下の唯一の心残りが、ヤージ監督と共にいる時間があまりにもなかったこと。そして、その代わりに先王陛下が晩年に抱いた夢こそが、孫同士が人生を共にすること」

―――ははは! わしとお前さんと同じなら親友になれるな!―――

―――いや、いっそ君の孫なら、私の孫と添わせたいぐらいだ―――

―――それは、当人同士の問題じゃろう。ま、そもそもお互いに孫もまだおらんがな―――

 

イックが『ワンナイン』だったころに、楽しげに交わされたたわいもない語らい。

 

それは、あくまでも「親友同士」の「長き別離と、そう遠くない永遠の別れ」を感じての未来への希望だった。淡い淡い・・・夢だった。

それを『忘れた』わけではない。だが、このジジイの言っている意味じゃねえっ!

「先王陛下のご遺志・・・ロビー様とハッチ王子とのご婚姻・・・それを・・・」

何故無碍にするワンナイン。

さも自分こそが先王「ロック・キタ」の代弁者かのような無礼な執事の物言い。

「何を勝手言ってやがるっ!」

思わずイックは叫んでいた。

ロックもユマも、孫同士の不幸な娶わせなんざ考えちゃいねえよ!

「あいつらは・・・あいつらは、単に・・・・」

「単に?」

ここぞと言質を取ろうとする老人に、けっ、とイックは吐き捨てる。

「知るかっ! 俺様はもう『ワンナイン』じゃねえ!『イック』だ! ロビーのサポート・ロボットなんだ!」

電源を強制的に落とされた俺をナガヤボイジャーで見つけて・・・そして電源を再び入れて、名前までくれたあいつが俺の主人なんだよっ!

「あいつの望みを叶えて・・・何が悪いっ!」

「そうして、お前は・・・自分の過去の・・・『月での記憶』全てを封印して、その結果がこれなのか、ワンナイン」

老執事は、長い白い眉毛の下でほとんど見えない目で、イックを睨み吐き捨てる。

「お前は・・・私のハッチ王子と、あのヤクザ者のヤンなどという男と! どちらが、自分の主人に相応しいか! それすらも分からないのかっ! この愚かすぎるロボットめが!」

何が主人のためだ! 結局、お前のしたことが全てお前の主人を不幸にしているではないか!

「ロビー様が・・・あのまま、月にお輿入れされていたら・・・・今頃は、ルナランドでは、さぞお似合いのご夫婦に・・・睦まじきお二人となられておいでであったでしょうに・・・」

私のハッチ王子を包み込む良き伴侶として!

そんなじいやへ、きっと赤い瞳を見開きイックは逆に詰め寄る。

「馬鹿野郎っ! どっちも俺りゃ御免だ! ロビーはな・・・ロビーは・・・・自由で・・・自由でいたいんだよ! 金なんかなくたって! その日ぐらしだろうが、権力に媚びたり、周りに気を使った生活なんざ、金輪際御免って奴なんだっ!」

そんなあいつを宮殿に? そりゃ結構!

「どんな贅沢な座敷牢だ? 黄金の鳥かごか?」

ハッチ自身が、プログラムルームにほとんど閉じ込められて育ったも同然なのだ。そして、そんな人生が息苦しくて飛び出して・・・それでも、まだこの「じいや」の監視下にあったのを、ロビーがナガヤボイジャーでの旅へ連れ出して、今のハッチがある。

もしも、あのまま、ハッチが閉じ込められたままの人生だったら?

あの時ですら、人生を諦めきった哀れな少年だったのに?

 

なのに! そんなハッチと同じ運命をロビーにも強要する気だったのか!? このじじいっ!

冗談じゃねえっ!!

 

しかし、執事も負けてはいない。

「それが・・・この『結果』であっても、なお言い張るのか? ワンナイン」

「ちょっと! 待ってよ! じいやっ!」

それまで成り行きに茫然としていたハッチは、慌てて2人の間を遮る。

「ねえ・・まさかと思うけど、オレとロビーが『ヒザクリガー』で地球を救った後・・・ヒザクリガーの修理や、ナガヤボイジャー2号機を作る都合で、俺がイックを月に連れて行きたいって言ったことに反対しなかったのは・・・」

「はい。王子・・・」

深々と老執事は頭を垂れる。

「このワンナインが、どこまで記憶データを失っているのか。そして、月のデータでバックアップ分を補完することで、完全に思い出してもらうためです」

そう・・・全てはこのサポートロボット「ワンナイン」に先王陛下のご遺志と、ハッチ王子こそが、己の主人の「正当な婚約者」だったと気づいてもらうため。

「だからこそ、私どもは王子の二度目の家出については、敢えてルナ・ガードを発進させることもなく、お見守りしていたのです。そして、目指されたのが結婚の聖地、惑星イズモンダルと知った時は、これぞ運命! と、どれほど歓喜したことか!」

このじいやの言葉に慌てたのは、ハッチである。

「ちょっと待ってよ、じいや! オレは、ロビーのことは大事は相棒と思っているけど、そんな風には・・・」

しかし、若者のつたない反論より、老練な者の反駁の方が鋭かった。

「では、何故、そこのサポート・ロボットと共にロビー様の婚姻を無効にしようとやっきになられているのですか。そして、何故・・・じいやがお勧めした、どのご令嬢とのお見合いも・・・まるで無反応でいらっしゃるのです!」

それは、全て・・・もうお心には決まった方がいらっしゃるから。違いますか? 王子!

「ちが・・・オレは・・・ヤンとは違う・・・ロビーは・・・俺の・・・大事な・・・」

だが、己の中にある何か。これは・・・何?

「ただ・・・ロビーが・・・ヤンと・・・結婚なんて・・・絶対に許せなくて・・・」

「では、このワンナインならば最強のカードを持っているのですよ? 王子こそが、ロビー様の真の婚約者であったという証。そして、先王陛下のご遺志。何もかも、ワンナインは記憶し、保存し、証明書として公的に認められる一切を保持しているのですから!」

「イック・・・・それ・・・・」

本当? との問いかけに、ほんの小さく、ウサギの白い耳の赤いチャームポイントが揺れる。

「あるさ・・・けど・・・駄目だ・・」

「何故です? ワンナイン」

「当たり前だろうっ! それこそ! こんなん使ったら! ロビーの奴・・・今度こそ、この月の宮殿に閉じ込められることになるじゃねえかよっ!」

「それで解決ではないですか。あんな・・・ヤクザ者から救えるのですよ? 何か問題でも?」

しれっとした白髭の老人に、もはや言葉を失うイックに変わり、決意を示したのはハッチであった。

「・・・分かった・・・イック・・・地球へは・・・じいやも連れていこう・・・」

「ハッチ!? まさか、てめっ!」

ぽかぽかと思わず小さな手で、月の王子の胸を殴りながら、涙交じりにイックはただただ訴える。

「それだけは止めてくれ・・・あいつの自由を・・・あいつから・・・奪わないでくれよ!」

ハッチ! お前は、ロビーの相棒だろっ!

「年が違ったって! 親友だろ! 仲間だろうっ! なあっ!」

そんな必死なウサギ型ロボットをそっと抱きしめてハッチは囁く。

「大丈夫。オレだって、自由なロビーが好きなんだ。この月の宮殿に閉じ込めるようなことにはしない」

約束する。との言葉に、うるっとロボットの瞳が潤む。

「ハッチ・・・」

「うん・・・イックがね・・・ロビーのことがすごくすごく大事なの分かるし・・・」

それにオレだって・・・

「ロビーが大事なんだ」

ヤンとの勘違い結婚を止めさせようってして、今度は、オレの花嫁にしちゃったら・・・

「きっとオレが嫌われちゃうよ・・・」

切なそうなその笑みに、不意にイックは胸を突かれる。

「ハッチ? おめえ・・・まさか?」

だが、その問いには答えず月の王子は、凛と背筋を伸ばして命令を下す。

「じいや、今から、オレの宇宙船の準備を!」

「はっ・・・ただ今・・・」

音もなく下がる老執事が部屋から出て行ったのを見送りながら、ハッチはイックを抱きしめたまま、もう一度今度ははっきりと言った。

「イック・・・オレはイックを信じるから」

だから、2人でロビーを助けよう。

きっと・・・出来るから!

 

だが、どうすればいい? その方策さえも見えぬまままに、ハッチとイックは地球へと向かうことになったのである。連れには「じいや」という大変面倒なお荷物つきで。

 

★★★

 

ふっ・・・と目が覚めた時、傍らの温もりにほっと安心して、ロビーは無意識にころんと小さく寝返りを打つ。

「・・・ん・・・」

あんたの匂いがする・・・・。

まだ意識が眠ったままなのか、いつもなら決して聞けない甘えた声で、すりすりと嬉しそうに、まるで猫が身を寄せるようにベッドサイドのヤンの方へと向きを変える。

「まだ眠っていていいぞ?」

そっと柔らかな髪を撫でてやると、嬉しそうに唇がほころぶ。

「ん・・・」

そのまま眠りに落ちるのか? と思ったが、ぼんやりとしたまま青い瞳はしっかとこちらを見詰めている。

「どうした?」

尋ねれば、えへへ・・・と、これまた子供のように照れた笑いが返される。

「ず~~っと・・・いてくれたのかな、とか思ってさ・・・」

それが嬉しくって、などと言われて思わず、側近2人の

『ヤンさんっ! だから、新妻放って会社なんか来ちゃダメですっ!』

『すぐに、帰ってください! ええ、今すぐですっ!』

と、自分を蹴りださんばかりだったあの剣幕を思い出す。

『確かに・・・』

すうすうと安心し切って自分の傍らで眠るロビーを拝めるという僥倖を、どうして、自分は一瞬でも『仕事』のためにと、間を開けてしまったのか。

『だが・・・間に合って良かった・・・・』

 

アロとグラが、『いいからっ! ロビーの目が覚める前に、戻ってください!』

と叫ぶものだから、急いで帰ったのだが、その甲斐があったというものだ。

 

それにしても・・・・

改めてヤンはロビーの髪を撫でながらその寝顔を見詰め、感慨に耽る。

あどけなくて、可愛くて・・・

『本当にこれで・・・』

一人で十代から世の中を渡ってきた三十代の男か????

『いや、まあ・・・』

厳密には、まだまだ『男』になっていなかったのだから、あどけないのも当然かとも思い返す。

 

いずれにしても、こうして自分の寝室で、安らいだロビーの寝顔を見詰めていられる日がこようとは!

 

「ああ・・・」

神よ・・・宇宙よ・・・・!

 

と、また、信じてもいない『神』に感謝しそうになった、まさにその時。

 

ぴ~~~~ん、ぽおおおおん・・・・・・・・

 

「なんだ、一体?」

無粋なインターフォンに、来客予定などない筈だがと訝しむヤンの目に、正面扉に止まった仰々しい車列と、そこから降りたルナランドの『王子』と『従者』。そして・・・

「イックがハッチと来るのは予想していたが・・・・」

何なのだ? この後ろの連中は???

 

だが、インターフォン越しの声に、次の瞬間、ヤンは文字通り怒髪天になる。

 

「ヤン殿。ルナランドを代表して申し上げる。即時にロビー様を、我らに引き渡されよ!」

 

「は・・・・?」

 

どういうことだ? 何故、ルナランド「政府」が、身柄引き渡しなどという直接介入を・・・

『イックとハッチならば分かるが・・・・』

ロビーとの初めての夜を過ごしたホテルから、泣いて飛び出したサポート・ロボットの後ろ姿を思い出す。

『あの2人ならば、あれこれと私がロビーをたぶらかしただの、騙しただのと・・・』

そう思い込んで、ロビーへの説得やら、私に対して今からでも結婚を取り消せだの要求して来るだろうとは思っていたが。

 

なのに、そもそもハッチとイックの様子がおかしい。

困惑、と言った表情がありありと見え、とてもではないが『ロビーを返せ!』の勢いで乗り込んで来たようには見えない。

反面、たかが王子の従者に過ぎないはずの老人が、妙に居丈高で高飛車な上から目線で、インターフォンの前でふんぞり返っている。

『どういうことだ?』

ハッチとイック・・・ではない。これは・・・もしや? だが・・・しかし・・・。

だが、考えを巡らせる前に、ヤンの側近であるアロとグラから、通信が入り応じたヤンはまたしても唖然とする。

 

「ヤンさんっ! やべえっス!」

「そうっス!」

「あいつらっ! 日本政府に圧力かけて、外交特権でロビーを連れて行くつもりっス!」

軍事衛星をハッキングしていたヤンズ・ファイナンスの諜報部からの報告で、至急連絡を取ったのだと慌てる2人に、静かに黄金に赤毛まじりの獅子は嗤う。

「ほう? それはつまり・・・私に喧嘩を売っているということかな?」

言葉は静かだが・・・

『怒ってる・・・・』

馬鹿ルナランドっ! あんたら、うちのヤンさん怒らせてどーすんだよ!

たかが、あんな一国ぐらい消し飛ばすぐらい、ヤンさんなら軽いってのに!!!

 

表向きは優良企業の金融中心のヤンズ・ファイナンス。

だが、その投資先は多岐に渡る上、「邪魔な敵は排除する」の方針から拡大してきた裏方面では、暗殺から一国の転覆にいたるまで、なんでもござれの恐怖の「闇金融帝国」でもあるのだ。

 

しかも、トップのヤンは新兵器を自ら設計できるほどの天才と来た。

古今東西、軍事部門ほど旨味のある商売はない上に、トップがその中で「どこの銀河でもまだ実用されていないステルス機能やら、ミサイルやら、光学兵器に至るまで」開発・改良・量産化と、なんでもござれなのである。

 

実のところ、ヤンの不興を買って、消滅した対立マフィアの基地など数えきれないほどあるのだ。

 

それも、宇宙時代の今では、誰も知らない小惑星にもヤンズ・ファイナンスの神出鬼没の隠し軍隊があるので、相手は、防御も何もできないまま、小さな惑星ごと消滅・・・ということも可能なのである。

 

実際には、今や、その恐怖は裏社会でつとに知られているので、最近では、正面切ってわざわざヤンの怒りを買う馬鹿はいない。

 

いない・・・と思っていたのだが・・その矢先に? 

 

「ほう?」

ゆら・・・と黄金のオーラを纏った百獣の王が身動ぎすれば、それまで、その温もりにまどろんでいたロビーが、ふにゃ? と場違いな声を漏らす。

「あれ?? ごめん・・・あんた・・・仕事か?」

 

既に出社時に着替えていたヤンの姿と、すっかり、厳しい顔つきになっている気配から、ロビーはヤンに仕事上の急用が出来たのだと勘違いしたらしい。

 

そんな新妻をそっと抱き寄せ、頬に口づけヤンは囁く。

「いや・・・ただな・・・」

 

インターフォン越しの映像を見せると、ええっ!? との叫びが隣で響く。

「イック! ハッチ! と・・・・」

後、誰だ? ありゃ・・・・・・

 

ぽかんとするロビーの顔が可愛くてつい、ほころんでしまう。

だた、この珍客は面倒な連中だ。

『だが・・・まあ・・・』

どうせなら、ここで片づけてしまうか。

 

ヤンは、アロとグラに、ロビーには聞こえないよう短く指示を出した後、あくまでも柔らかな笑みを作って、そっと愛しい伴侶を抱きしめる。

 

「イックとハッチがお前のことを心配しているのだろう?」

ならば、安心させてやろうじゃないか。

『でも、あの後ろの連中は???』

とのロビーの疑問は封じたまま、そうして、ヤンは、厳重なセキュリティの我が家へと無粋な客らを招き入れたのであった。

 

腹の内では、心底、煮えくり返る思いを抱きつつ。

 

★★★

 

だが、目覚めたばかりのロビーからすると、それこそ「いきなりの来客」は何がなんだか?である。

 

ヤンから贈られたシルクのパジャマ姿のまま、「月からの正式な使者」つきでのイックとハッチの来訪は、それはそれはもう・・・。

「はあ????? 俺に用???? なの・・か???」

ぽか~~んと、口を開けてしまった程に、ベッドの上でのロビーを驚かせるに十二分に過ぎるものだった。

 

「えっと??? で???」

家と合わないという理由で、家出してから既に十年以上経っている。なのに、今更何が? と、目を白黒させているロビーに反し、その隣のベッド脇で悠然と座っているヤンは、至極落ち着き払ったものであった。

ただその静けさが、むしろ何か『怖いような』と思ったのは、ロビーだけではなかったはずだが、一応全員、気づかぬ振りでいるぐらいのことはできた。

 

だが、じいやからの慇懃無礼の「ロビー引き渡し要求」に対してのヤンの笑みは、ただただひたすら凍りつくブリザード級の鋭さに満ち満ちていて・・・。

 

「で・・・? 要するに、ルナランド側の見解としては『私こそが簒奪者』ということですかな?」

言葉は丁寧だが、金色の瞳は完全に座っている。ゆらりと纏うオーラは、既に、相手を絞殺しかねない殺気すら孕んでいる。

『こえええ・・・・・・・・・・・』

思わずしがみつくロビーを宥めるような腕がなければ、それだけで、もうとっくにいつもの自分なら逃げていただろうとロビーは思う。

『いや・・・ちょっと・・・走れるかは・・・微妙だけど・・・』

初めての情交のせいか、なんだか力が入らないのだ。それなのに、この「お客様」だ。

『どーしろってんだよ・・・この状況っ!』

だが、おろおろしているロビーをあやすかのようなヤンの所作は、ずっと続く。

自分の髪を撫でてくれたり、肩を抱いてくれたりと。

それだけでほっとする自分がいる。それに、照れたり、思わず赤くなったりしている自分に、これまたついわたわたしてしまうのだが、そんなことにさえ隣の男は余裕で微笑んでいるように見えるのは、ちょっとだけ・・・癪に障る。

癪には触るが、その腕を離すことだけは出来ない。

もう抱き枕に抱き着いているようなその体勢がどう見られているかなど考えている余裕もないロビーを余所に、淡々と外交的に話は進められていく。

 

「お分かりですか? ヤン殿?」

慇懃無礼を絵に描いたような・・・とは、まさにこのことだろう。

月の老人は、実に堂々とロビーの結婚無効と月への引き渡しを要求したのである。

 

「イック・・・」

どういうこったよ、これ・・・

ほぼ涙目のロビーに、思わず駆け寄り、必死になってイックもまた答える。

「すまねえ! ロビー! それが・・・・」

曰く、一旦結納の儀まで済ませた間柄の場合は、ただでさえ破談にするのが難しい。

「その上、相手は王家だ・・・」

庶民であるロビーの側から、破棄申し立ては出来ない上、ルナランド政府が正式に異議申し立てをした場合は、一旦成立したヤンとロビーの婚姻すら無効にできるだけの効力があるのだと。

「つか・・・? なんでそーなるんだ???」

根本的なとこが、どっか変じゃねえか? との問いに、がっくりとイックはうな垂れて答える。

「それが『政略結婚』って奴なんだ・・・・。俺は・・・お前がそんなのが嫌だって知ってたから・・・・ナガヤボイジャーでお前を連れ出した後、お前の親にも誰にも見つからねえようにスマブレだって細工したし、ナガヤボイジャーそのものも発見されねえようにビルの工事にうまく紛れさせて・・・偽装してたんだ」

「でもよお?」

俺のじーさんと、ハッチのじーさまが「幼馴染の親友だった」つーのはともかくだ。

「それと、俺とハッチの『結婚』に、なんで繋がるんだ???」

孫同士も友達になれたらいいな~~~ぐれえの話で、普通終わるだろ?

首を傾げるロビーに対し、言いにくそうにイックは、ちらりと老執事を横目で見ながら説明する。

「ハッチの親と・・おめーの親の利害の一致って奴がな・・・」

「はあ!?」

なんじゃそりゃ!? との素っ頓狂な声に泣きそうになりながらも、絞り出すようにイックはとにかく言葉を続けた。

「丁度・・・俺の2人目の主人であるお前のじーさまが亡くなって・・・・その頃はもう、銀河にヒザクリガーブームが来ててだな・・・」

で、どうやら、それに目を付けた二代目の月の国王、つまりはハッチの父親と、ヒザクリガー関連の権利ごと相続したばかりのロビーの父とが「ユマ・ヤージ監督の作品の銀河への配信権」について、ルナランドが一括して扱う特権の代わりに、ヤージ家の後ろ盾にルナランド王家がなる。

「そんな約束を・・・したんだよ・・・」

「は? おいおい。ナガヤボイジャーは、確か元は、ハッチのじーさまが、等身大ヒザクリガーと一緒にヨッカマルシェに発注して、お前と一緒に、俺のじーさんにプレゼントしたもんだろ? それに・・・ヒザクリガー関係の版権・・・俺が相続するように、じーさん、遺言残してたはずで・・・」

だから、俺『帰ってきたヒザクリガー』ブームで、一時、すごい金が入ったんだぞ?

「なのに、お前の説明だと、親父が勝手にいろいろしてるってことにならねえか??」

それに対しては、あっさりと、ハッチが答える。

「そりゃまあ・・・ロビー。未成年だったら、親は親権で代理権持ってるから何でもできるよ」

「はあ!? ・・・・・ああ、まあ、そういうことか・・・。で。今は俺が成人してっから、俺に今回は直接版権の交渉が来て・・・。いや待て」

はて? と、考え考えロビーは、またも首を傾げる。

「それでもよ、俺とハッチをなんでまた・・・『結婚』とかいう話になったんだ???」

俺とハッチだと年は一回り以上離れてるし、しかも、男同士だぞ???

「いくら、じーさま同士が親友だからって・・・何のメリットが・・・」

そこに喜色満面で割って入る白髭の老人。

「いえ、ロビー様。ロビー様が、ハッチ王子の『妃』となることで、先王陛下とヤージ監督の永遠の友情物語は更に美しくも麗しいロイヤルロマンスとして、永遠に称えられることになるのです!」

それによるルナランドの経済効果がどれほどになるか!

「盛大に結婚式は執り行いましょうぞ! 地球の救世主! 銀河の英雄! そして、あのヒザクリガーの生みの親とルナランドの先王陛下双方の子孫同志が、親友で相棒で、更には幼き頃からの婚約者! ああ、なんという美しいロマンス! そして、華やかな伝説となることでしょう!!」

我がルナランドよ、永遠なれ!! 先王陛下万歳っ!

 

「・・・・・・・・・・おい・・・・ハッチ・・・・・」

このじーさん、頭が少しおかしいんじゃねえの??

小声での問いに、「しいっ!」と慌ててハッチが人差し指を立てても、既に遅し。

「ロビー様は、我らルナランドの民が、どれほど先王陛下を慕っているかご存じない。だから、分からないのでしょうが・・・しかし、このワンナインが最初から説明さえしておけば!」

 

この時点で、既にロビーは考えるのを放棄した。

いや、正確には、もう真面目に考えるのを放り投げた。

 

「ああ、もうっ! とにかく! 俺の親が何を勝手に約束したか知らねーが! 俺はもう未成年じゃねえし、しかも既婚者だ!」

今更、過去の婚約だなんだと蒸し返されても迷惑だっつーの!

びしいっ! と、老人に指を指して、ロビーは遠慮会釈なくはっきり言い切る。

「俺も! ハッチも! 利用されるのは、まっぴらなんだよっ!」

んなことも分かんねえのかよ、このボケハゲじじいっ!

「ハ・・・ハゲ・・・・!?」

確かに頭頂部は薄くなってはいるが・・・いるが・・・しかし・・・この私の美髪を・・・

 

ふるふると震えだす老人に慌てたのは、ハッチである。

「じいや! 大丈夫! じいやは、昔から立派な髭と眉があるじゃないかっ!」

だが、ハッチのフォローはロビーの一言で台無しになる。

「その分、頭頂部が薄いんだと思うがな~~~~~~~~~~~~~」

つるっつるじゃん? 既にさ???

 

ぶつり・・・

 

何か、誰かの理性が切れた音がしたような感覚がしたのは・・・

ハゲを愚弄された者を傍にした経験者でなければ分からないだろう。

 

「ロビー殿っ! いいですか! あなたのご両親にルナランドがどれだけの援助をしたとお思いかっ!」

「知らねえって。大体、それがなんだっつーのさ」

ふてぶてしい態度に、ついに、月のじいやの堪忍袋の緒が切れる。

「それらは全て・・・あなたが婚約不履行の折には、あなた自身に支払っていただく! そういう約定なのですがっ!」

お支払になれるのですか? 

「ルナランドの次期国王であるハッチ王子のご伴侶としてお迎えするための支度金・・・・国家予算ですぞ!?」

「はあああああっ!?!?!?」

 

何? 俺? また・・・・・・・

 

「借金生活・・・・・・????」

 

ぽかんとなっているロビーの隣で、くすくすとそれまで静かに黙っていた男が不意に笑い出す。

「何だよヤン・・・・。あ! そか、お前に俺、また借金・・・・」

つか、貸してくれるか?? 恐る恐るの問いに茶化すように答える。

「なんだ、返すあてはあるのか?」

「うーん・・・おねーちゃん達に、新しい投資話聞かねえと・・・・」

でも、そっか・・・返すあてがねえと、お前だって貸してはくれねえよなあ・・・

どうしようか・・・困ったなあ。あ、そだ!

イイこと思いついた! ぱっと明るくロビーは目の前の老人に言う。

「ツケにしといてくれっ!」

死ぬまでには、返すから。

「分割なら・・・・まあ・・・なんとか・・・一生かけりゃ・・・」

と、真面目に言うものだから、ハゲじいやが、ぶっつりと更に切れたのは言うまでもない。

 

「愚か者・・・! 国家予算規模を甘く見るでない。我がルナランドは・・・」

 

だが、老人の長口舌もそこまでだった。

 

「ああ、時間だな・・・・」

何事もないかのように、すいっとスクリーンパネルのスイッチを入れるヤンの動作に、ふと皆の視線が集まり・・・そして、点になった。

 

映し出されたのは、映像ニュース。

そして、そこでは金貨が雨あられと降り注いでいて、ニュースキャスターが声を上ずらせながら叫んでいた。

 

「た、大変です! ここ! ルナランドでは、今全土で・・・金貨が・・・ええ、本物の金貨が! 小判が! 大判がっ!」

 

きゃあ~~~私も拾うっ! 拾いますうううううっ!!!

 

字幕には「珍事! 月の王国ルナランドで、黄金の雨が!」と流れている。

 

「は?????」

それこそ、こりゃなんだ??? と目を丸くしているロビーに対し、そっとその背を優しく抱きしめながら、金色の瞳の帝王は低く笑う。

 

「国家予算??? はは・・・その程度でお前を『身請け』できるなら、安いものだ」

「え? まさか・・・これ・・・」

ロビーが問うよりも先に、室内に設置してあるスピーカーから、聞きなれた二人組の声が響く。

「ヤンさ~~んっ! ルナランド宮廷中庭に、黄金のピラミッド! 文字通り『金字塔』作りましたあ!!!」

ついでに、ヤンズ・ファイナンスより『ロビーとの愛の金字塔として』って、黄金のプレート付きで!

「それから、ルナランド政府が持ってる債務、全部肩代わりでの支払いで帳消しになるよう経理関係、全部完了っス!」

いや~~、うちの経理課、仕事早いっ! 

「ま、ルナランドの裏の負債まで調べた諜報部も早かったっすけどね」

どの国も二重帳簿はしてますからね~~~表の予算と別の借入、必ずありますし、表の方だって、うちのヤンズ・ファイナンスが絡んでない金融債権なんてどこにもないんですけどねえ。

 

「アロ? グラ?」

呟いたロビーの声が、相手にも聞こえたのか陽気な返事が部屋に響く。

「あ! ロビー起きてるの?」

「ヤンさん。ちゃんと、ロビーが目を覚ます前に戻れてたっスか?」

「ああ・・・」

そう言う時の金色の瞳は限りなく優しく柔らかな光を帯びる。

「お前たちの配慮のお陰だ・・・・」

「まあ、新婚ですし」

「眠ってる新妻放っておいたらダメに決まってるじゃないっスか!」

 

いや、そんなこと以上に、一足遅ければこの月からの珍客の対応が、果たしてこうも迅速にできていたかということなのだがな・・・と。心では思うが、今は言葉にせず、ヤンはただ、側近の2人をねぎらうのみ。

「ロビーとの結婚式をしたかったのだが、お前は『派手なのは嫌だ』と言っていたからな」

まあ、花火大会を一つ行ったようなものだ。どうだ?ロビー

「綺麗だろう?」

黄金のライスシャワーだ。

「空から金色の雨が降り注ぐ・・・」

中々おつだろう?

「ああ、そうそう」

思い出したように、ヤンはロビーへと付け加える。

「無論、市民に危険はないように撒いているからな」

心配するな。それより、どうだ?

「美しい光景だろう? 黄金の月に、黄金の雨」

きらきらとしたそれは、確かに驚くほど華やかな映像で。どんな花火も叶わないほどの華麗さで。

その様に、ぽかんとしている新妻の頬に口づけ、そっとヤンは囁く。

「私からお前への結婚してから最初のプレゼントだ」

気に入らなかったか? 中々、美しい光景だと思うのだが。

「いや、でも・・・これ・・・」

どんだけの金が・・・いくらあんたが金持ちでも・・・・

そんな風に心配げな妻が愛しくて。どこまでも自分よりも相手を案じてしまうロビーが可愛くて。

「済まないとは思ったのだが、お前との婚姻届を出す際に、念のためにお前の過去を洗った」

「ええええっ! じゃ、俺さえ知らなかった、俺とハッチの婚約とかいう、トンチキ話! あんた知ってたのか!」

「知っていた・・・というか、今後の私たちの結婚生活の障害になりそうなものは排除しておくに越したことはない。そう思っただけのことだ」

正確には、『結婚式を派手にされると困る』と言った時のロビーの表情が気になって、ロビーが眠っている間に出社した際、アロとグラに銘じてヤンズ・ファイナンスでも選り抜きの諜報部をフルに動かした結果なのだが。

 

―――あのな・・・俺・・・―――

 

親に、知られたくないんだ。ごめん・・・

入籍直後に、俯いてそう呟いたロビーのことが心配になって。

それで、どうやら十代の頃に親から『逃げ出したらしい家出』の真の原因を突き止めようとした結果、ルナランド政府から文句を一切言わせない「完全な破談」にするため、こちらから「ロビーの婚約不履行分の対価」を、あちら側がロビーの親へ渡したであろう額の百倍以上は叩きつけてやれ! ということになり・・・

『まあ・・・本当は・・・』

派手なのが嫌というロビーの気持ちやら、ハッチの立場なども考えてやって、もう少し穏便にしてやっても良かったのだ。

 

しかし、当初考えてもいなかった「ハッチでもなく、イックでもなく、たかが一従者」如きを代表として居丈高に振る舞わせる、高慢なあちらの「政府」の対応に、

『こんな従者の行いなら』

ハッチの立場を考慮してやる必要ももうあるまい

と考えた結果が、こういうことになったのだが。

しかし、そうした経緯については、敢えて言わずにおく。

言って、余計に気を使わせたくなかったからなのだが、それでも、小さな声は隣から零れる。

 

「・・・ごめん・・・・」

「何故謝る?」

喜んでくれるかと思ったのだが? とのヤンに対し、俯いたままロビーは答える。

「俺・・・ほんとに・・・あんたに助けてもらってばっかりじゃん・・・・」

ヨッカマルシェでも、イセカンダルでも・・・

「挙句に・・・こんなに金使わせて・・・・」

だが、金融界の帝王の答えは至極明快。

「金は所詮、金だ。使うためにある」

そして、有効利用できるならする。それだけだ。

「私は今、気分がいい。だから、少々使いたいだけ使った」

それの何が悪い?

「ヤン・・・・」

きゅううとその腕を掴み、そっとロビーは自分の頬を寄せる。

「俺・・・やっぱり、あんたが好きだ・・・・」

愛してる・・・は、まだ分からねえけど。

 

画面に映る黄金のシャチホコは一体何匹空に浮かんでいるのだろう。

『つか、ルナ・ガードの連中って・・・・』

こんな風に、ヤンのシャチホコに好きに制空権取られまくって・・・

『ハッチ・・・お前のとこの軍関係・・・大丈夫か?』

とか、つい余計なことを考えてしまう。

 

だが、それよりも何よりも・・・

「ヤン・・・お前さ・・・」

ぎゅううと腕を掴みながら、小さく小さくロビーは囁く。

「俺に・・・甘すぎる・・・」

自分の問題だけだったはずなのに。

自分さえ、上手く親の勝手に決めた結婚話から逃げ切っていれば良かっただけなのに。

それが、甘かったのは俺のせいなのに。

なのに・・・ヤンは、一体、こんな自分のために、どれだけの黄金やら財宝やらを空から落として配ってしまっているのだろう。

 

「こんな派手な結婚式ってねーよなあ・・・」

「ま、私の趣味だ」

大目に見ろ、との言葉に、うん、と小さくロビーが頷くのと同時に、わっとイックが泣きだすのはほぼ同じタイミングだった。

「イック???」

その挙動に、慌てて手を伸ばせば、いつもは毒舌の白ウサギが、もはや身も世もなく泣いている。

「・・・・良かった・・・お前が・・・・俺様のせいで・・・俺様のミスで・・・ルナランドに捕縛されなくて・・・!」

「つか・・・それ、ハッチだっていい迷惑じゃん? なあ、ハッチ?」

お前まだ未成年なのに、こんな三十路のおっさんと結婚させられたら、大迷惑だよなあ?

「あ・・・それは・・・・」

「そーだろ? だから! 俺とヤンが結婚していたお陰で、お前も親同士の変な政略結婚の魔の手から逃れられたってわけだ! こりゃ、ヤンに感謝するしかねーよな?」

「・・・・そうかもね・・・」

ほろ苦いその笑みの意味をロビーは気づかなかった。

気づかず、ただ無邪気に喜んだ。

 

「俺の大事な相棒が、俺の親のせいで妙な結婚させられるとこだったなんてな! ああ、イック! お前もずっといろいろ俺のために気苦労してたんだなあ・・・全部うちの親のせいかよ・・たく迷惑な・・・」

「ロビー・・・」

だが、そのいい雰囲気を、台無しにしたのもまた、「月からの望まれない使者」であった。

 

「ロビー殿・・・・我々は・・・諦めませんから・・・」

「は?」

なんのこっちゃ? と首を傾げるロビーに対し、月の老練な執事は、きっぱりと言い切る。

「我々は先王陛下のため、そして、ハッチ王子のためであれば、どのような手でも今後も用います。此度は・・ヤン殿に・・・してやられましたが・・・・」

心の底から悔しそうなその有様に、ますます「???」となっているロビーを置いて、くるりと「じいや」は踵を返すと、あっさりとそのまま出て行った。

 

「何だったんだ? ありゃ???」

 

未だ、ヤンの腕の中で、「はて?」と首を傾げているロビーに対し、今度はハッチがその脇で静かに跪く。

「ごめんね・・・じいやが・・・」

「ああ、まあ・・・それは、うちの親も絡んでいたこったし・・・」

お互い様ってことで、いいんじゃね?

 

にっと笑う顔はいつものロビーだった。

『ああ・・・そうだ・・・』

最初に出会った時も、自分が月の王子だと告白した時も、いつだってロビーは笑って・・・当たり前みたいにオレが傍にいることを許してくれて・・・・。

 

「ロビーっ!」

がしっ! ヤンに抱きしめられているロビーに思わず抱き着くことができた瞬発力は、それこそが若さゆえのものだろう。

 

「大好き・・・」

「俺もだぞ? 相棒!」

ああ、イックもな!

 

そんなロビーの無邪気さが・・・ハッチの胸に、ちくりと針のように刺していることに気づいているのは、ヤンだけだった。

 

だが、それを教えてやるほどヤンもまたお人好しでもなければ、そんな余裕があるわけでもない。

 

それでも、自分たちを別れさせようとやっきになっていたであろう2人がへたり込んでいる今、それ以上、何か追撃するほど酷薄でもない。

というより、そんな意地悪をしたら最愛の新妻に嫌われてしまうではないか!

 

『ハッチがどうなるか・・・・』

ロビーを求めるのであれば、それ相応の男にいずれ成長もするだろう。

しかし、今はまだまだ子供だ。そして、自分は大人だ。

 

「ふふ・・・」

先に生まれておくのも良いものだな。ついついほくそ笑んでしまう。

 

本当は、今日は戻ったらロビーに結婚指輪をまず嵌めてやろうとか色々考えていたのだが、こうも騒がしいとムードも何もない。

 

「ま、お子様がいる間は仕方がないか」

わざと聞こえるように言えば、ハッチがむっとした気配がするが、これぐらいは我慢しろとヤンは思う。

 

何しろこちらは、まだまだ新婚なのだ。

 

そして、お前は・・・・

『未来の私の恋敵の可能性は、捨ててはいないのだよ』

ロビーの相棒であり、かつての婚約者。その縁の力を私は決して軽くは見ていない。

 

それでも今は・・・今だけは・・・・・

 

「イック・・・ハッチ? 私とロビーの結婚祝いをまだ聞いていないのだが?」

 

2人がそれで絶句し、そしてロビーが「なんだよ! お前ら、おめでとうぐらい言ってくれてもいいじゃねえかよお!」なんつー友達甲斐のねー薄情な連中だ・・・とぶつぶつ文句を言い。

 

それでもいい。

 

そう。今はまだ。

 

私のロビーだから。

私だけの・・・ロビーなのだから。

 

(第4話おわり)

 




あはは~~~~(^_^;)
何か、思った以上に、いろいろ長くなったというか・・・・・

どこから出てきたこの話! っていう感じになったというか・・・・

うん。RobiHachiがベースなんですが、既に、私色になっておりますね。

てなわけで、今回もヤンさんが大人の勝利を収めましたが、さて、今後のハッチはどう攻めるか?

でも、しばらくはヤンさんのスーパーダーリンへの道が続くかな?

ともあれ、相方のおねだりにて頑張って4話までアップしました。
・・・ちょっと誤字脱字他、修正、構成は・・・・明日以降に・・・・
今日はここまで~~~~~~~~(脱兎)

って、書いたのが数日前なのですが、やっぱり、ちょっと「粗」があったのとか、書いておきたかった設定とかもあったので、もろもろ追加したら更に長く・・・・。

でも、多分こっちのが分かりやすくなったかなと。
次からは、「恋に疎い新妻」と「百戦錬磨の年上旦那」と「初恋もまだの未成年ロイヤル」で、やっとこさ、三角関係(?)の展開になっていきます。
まだまだ、ハッチもロビーもヤンさんからすると、全然格が違うので、どう成長していくか? を描きたいのです。


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第5話:誰より大事な人だから~Loving you

はい。第5話です。
ちょっと、第4話を大幅に加筆改訂していたら、新婚さんへのハッチとイックのリベンジ編の5話が遅れてすみません。
ちなみに、しばらく新婚さん話が続く予定です。
ロビーさん、専業主婦話とか、結婚式(といっても撮影会?)とか、せっかくなので新婚旅行とか!
あ、うちのヤンさんは、仕事が「出来すぎるほどできる男」なので、ロビーを追跡していたイセカンダルへ金シャチホコで移動していた時も仕事してたし、隙間時間で、十分にできるシステム作りしている「経営者の理想」のような人です。


招かれざる客が、やっと去り。

いや、最後の最後まで、やたらと仰々しくも慇懃無礼な態度だった『あのじいや』については、本当の意味で「去った」と言えるかも怪しいものだが、とにもかくにも、ヤンの邸宅からは出ていきロビーの視界からは消えた。

 

「それにつけても、・・・ハッチ・・・」

お前らさあ・・・俺に『結婚おめでとう』の一言もねーの?

「イックといい・・・なんつー友達甲斐のない・・・」

俺は悲しいぞ! こら!

 

そんなロビーのブーイングに対し、それまで半ばへたりこんでいたイックとハッチは、それこそ同時に盛大に叫んだ。

「何言ってるのさ! それはそれ!」

「そうだっ! これとは別だっ!!」

「別って・・・何だよ・・・」

 

あのじーさん、ハッチ・・・『王子』のお前のことまで忘れてったのか知らねーけど・・・

「勝手にわけわかんねーことほざいた挙句に、お前とイックのこと、周りは気にしてたっぽいのに、じーさんが怒り狂ってるから、全員ぞろぞろ、じーさんについて帰ってったじゃねーか?」

普通、『お仕えしてる王子様』を『じいや』が置いて帰るか???

 

「やっぱ、あれさあ・・・ボケてるか、おかしくなってるか・・・じゃねえの?」

年取るといろいろあるって言うしなあ・・・

 

どこか他人事のようにのどかに言うロビーと対照的に、きりっと、立ち上がったのはウサギ型サポート・ロボットの方だった。

「ちっが~~っ! 俺様は、そもそもお前とヤンの結婚なんざ、これっぽっちも認めてねーんだからなっ!」

「は????」

 

さっきまでの涙目はどこへやら。いつものイックに戻ったのはいいが、何で反対?? と首を傾げるロビーに対して、ウサギは宙にひょいひょいと浮かびながら、一気にまくしたてる。

「そもそもだ! いきなり『無断外泊』とかだな!」

「だから、連絡しただろ?」

「連絡があったら『無断外泊』にならねーんじゃねーんだよ!」

俺様の了解があったら! って言っただろが!

「お前の家出の時! お前の親からの捜索に引っかかるとまずいってんで、俺様、お前に約束させたよなっ!」

「ああ・・・1、帰宅は遅くならないこと。2、夜遅くなる時は連絡すること。3、ナガヤボイジャー以外に宿泊する時には、イックと一緒。そうでない時には、事前に相談の上・・・」

「そうだ! 今回はお前、俺様に何の相談もなくっ!」

「・・・だってよお・・・あの約束は、俺が十代のガキだったからだろ???」

世間知らずのガキは、夜はちゃんと家に帰らないと危ねえってお前が心配したからで・・・。

「でもよお、俺、もう三十路男だぜ?」

いい加減、夜の一人歩きが危ない年でもねーだろ?

「第一、ちゃんとお前には、遅くなるって電話で連絡したし」

だから、いーじゃんか・・・というロビーに、ぎりりとウサギは顔をしかめる。

「だからっ!」

言いながら、だが唐突に再びウサギの赤い瞳は涙で潤む。

「だからよお・・・・ロビー・・・・俺様に『相談』しないで、外泊なんてしやがった結果が・・・・『これ』なんだろが! この馬鹿っ!」

びしいっ! と、パジャマ姿で、今もヤンに半ばもたれて大きなベッドに横たわっているロビーの姿をイックは、指し示す。

「・・・俺様が・・・お前が、ガキの時から守ってきた・・・お前の貞操が・・・・純潔が・・・」

よよよ・・・と、またもベッド脇で泣き崩れるウサギ型サポート・ロボット。

「おいおい・・・・イック・・・」

幼い頃から世話になっているサポート・ロボットだが、毒舌はともかく・・・

『何も泣かんでも・・・』

俺は、どこのお嬢様だよ。おい・・・

そんなロビーの困惑を前に、ハッチもまた、きっと言い向ける。

「あのね、ロビー。そもそも『結婚』を『事後報告』された段階で、オレもイックも大ショックだったんだよ?」

普通はさあ、『今度、結婚しようと思って・・・』とか、友達や家族には言ってくれるものじゃないの?

「なのに・・・唐突に、外泊します宣言の後、音信不通。どこにいるかは、イックのサポート・ロボットのマスター探知権限でも分からない。これで心配するなって方が無理だよ。・・・本当に・・・心配したんだよ・・・?」

うるっ・・・と、ハッチまで泣きそうな顔をする。

「ロビーの行方が分からないってイックから連絡を貰った時・・・どれだけオレとイックが心配したか・・・」

ルナランドの衛星機能と最新の探査機器使いまくって、それでも分からなくて。

「今度こそ、ヤンに売り飛ばされたか・・・とか、もう臓器取られて海に沈められたかとか・・・」

「おいおいおいっ! ヤンは、んな物騒なことしねーよっ! お前らだって、イズモンダルで俺がヤンと『友達』になろうって約束したの知ってるだろ?」

今更、借金もねーのに、こいつが俺に何するってのさ?

呆れた、と呟くロビーに対して、小柄なウサギは跳ねまくりながら猛抗議する。

「現に、『されて』んじゃねーかっ! この馬鹿っ!」

「へ?」

なんのこっちゃ? と、ぽかんとするロビーに対して、イックは半ば泣きながら毒舌を撒き散らす。

「友達の振りして、そのうちお前のことを『食い物』にしてやろうと絶対にコイツは狙ってた! 俺様は、それが心配で心配で・・・」

「んと? いや、いい友達だったぞ?」

楽しかったし。うん。嫌なことは、何一つなかったし!

しれっと言う主人に、ちが~~うっ! とウサギの抗議は止まらない。

「だったら! 友達のままでいやがれっ! なんだって、こんな・・・こんな・・・」

またしても、わっとベッドサイドで泣き伏すものだから、ええと・・・と困ったようにロビーは言葉を探す。

「なんつーの? 流れ・・・?」

「どーゆー流れで、『友達』とメシ食ってたら、おめーが『食われる』羽目になってんだよっ!」

騙されやがって・・・・馬鹿が・・・・

「お前・・・・ほんとに馬鹿・・・・」

どこまで馬鹿なんだよ・・・・馬鹿・・・馬鹿・・・

「この抜け作の大馬鹿野郎がぁああああ!!!」

「おーい、それはちょっと・・・」

流石にそこまで馬鹿を連呼されて、あのなあと反論しようとするロビーよりも先に、今度はハッチが発言を制する。

「だって、ロビーは『女の人』が好きなはずだよね?」

「ん? 今も女の涙と谷間にゃ弱い自覚あるぞ?」

「・・・・だったら、なんだってさあ・・・・」

百歩譲って・・・ヤンと「友達」になるのまでは・・・まあ・・・いいとして・・・

「入籍とかさあ・・・こういう『身体の関係』までしちゃう『友達』って・・・」

それが「騙されての末のこと」ってオレたちが思うのって、そんなに変??

 

ごくごく真面目に翡翠の瞳で問われれば、う~~んと困ったようにロビーは自分の背を支えてくれている『伴侶』となった男へと振り返る。

 

「ごめん、ヤン。俺、なんか間違ってたか?」

それに対し、金色の瞳の男は蕩けるような笑みでこれに返す。

「いいや。私は、最初からお前に求婚していただろう? それに対して、お前が承諾してくれた。それだけだ」

「・・・だったら、いいんだけどさ・・・」

じゃあ、なんでイックもハッチも、納得しねーんだよ???

「さあ?」

しれっと答える余裕の様が、余計にイックの癇に障ったらしい。

「ヤンっ! てめー、ロビーになんか一服盛ったんじゃねえのかっ!」

「それとも、洗脳したとか・・・」

「おいっ! こらっ! お前ら!」

むっとするロビーを脇に、少年とサポート・ロボットは思いっきり「ヤン」に対して抗議する。

「だって納得いかないよっ!」

「そうだ!」

「あれだけキャバクラ好きで、女の人しか興味ないですっ! みたいなロビーがっ!」

「そーだ、そーだっ!」

「何か変なことされた・・・としか考えられないじゃないっ!」

「そうともっ! でなきゃ・・・俺様が育てた・・・チビの頃から守ってきたロビーが、そう簡単に『ベッド・イン』なんか、するもんかああああああっ!!!!!」

 

わ~~~・・・ベッドインて・・・・なんつー恥ずいこと言ってくれるんだよ、主人の前で・・・

その単語一つで、首まで赤くなっている新妻をそっと抱きしめ、壮年の男は『では?』と柔らかに提案する。

 

「君たちはロビーのことが心配なあまりに、あらぬ妄想にかられているのだろう? ならば・・・」

「妄想じゃねえだろがっ!」

「そうだよ、現にロビーがヤンの家に連れ込まれてるじゃないっ!」

ごうごうと続く抗議を、すっと片手で制し、金の瞳の帝王はにこやかに笑う。

「だから、だ。私の潔白を証明するため・・・というより・・・」

ロビー? お前が私を思ってくれた、ということの証明かな?

との囁きにまたしても新妻が赤くなるのを、愛しく見つめて抱きしめつつ、ヤンは2人へと言い向ける。

「君たち、好きなだけ『調べたいこと』があるなら、調べるといい』

納得するまでな?

 

その一言で、今度は、新婚さんの寝室は『尋問室』にと変わったのだった。

ロビー的には『・・・なんで、そこまで・・・・』とひたすら恥ずかしい時間の開始であり、他方、ヤンにとっては結果的に大層幸せな、そしてハッチとイックにとっては絶望のみもたらしたやりとりは、かくして始まったのだった。

 

★★★

 

何でも聞いていいぞ? と言いつつも、その前にヤンは「そうそう」と軽くロビーの耳元へと囁く。

「ロビー? せっかく私の家で迎えた『2人の朝』だというのに、ある意味雰囲気はないが・・・」

夜明けの珈琲には遅いが、朝食が入るようなら用意するがどうだ?

その問いに、ぱっと嬉しげにヤンの新妻は弾けるような笑顔を返す。

「うんっ! なんだろ? すっげー腹減ってる! 朝メシ食いてえ!」

「では、用意しよう。その間は、イックとハッチと語らっているといい」

「ん~~・・・でも・・・」

どうした? との問いに、ごにょっと小さくロビーは答える。

「早く戻ってきてくれよ・・・なんかさあ・・・・」

あんたと離れてたくないんだよ・・・まだ。

その一言だけで、うっかり昇天しそうになった・・・というのはヤンから後に散々聞かされたアロとグラの談であるが、『昇天している場合ではないっ!』とすぐに三途の川から戻ったのは、流石のヤンと言うべきか。

「ああ、すぐに戻る」

「ん・・・」

頷きつつも、ひょいとヤンの襟元を引っ張りそっと頬にキスするロビーの動作は、いつ学んだものなのかすっかり馴染んだ自然なものだった。

「約束・・・な?」

「ああ・・・」

 

すさまじく甘い空気が部屋を圧する。

 

『ねえ、イック・・・・』

『言うな、ハッチ!』

『っていうか・・・・何これ・・・』

『だから、言うなっ!!』

 

完全に部外者扱いされているのか、気にされていないのかな扱いの親友とサポート・ロボット。

こちらは、もうひたすら『なんなんだ、これ~~~~っ!』である。

 

仕方あるまい。

何しろ認識が違いすぎた。

 

ヤンにとっては『愛する新妻と迎えた初めての自宅での朝』

イックとハッチにとっては『騙されて強姦された上に、入籍までしてしまったロビー』の説得と救出。

 

だが、ともあれこの部屋の・・・というか家の主人が、寝室から姿を消して、ようやく金縛りが解けたように、イックは、ロビーに再び駆け寄る。

「ロビー! お前っ! やっぱり変だぞ!」

「は?」

どのあたりが?? と、己の行動に自覚のない新妻は、匂い立つ色香そのままに首を傾げる。

「まず、だな」

びしいっ! とウサギ型ロボット特有の手で、イックはロビーを指示して断言する。

「お前から、ヤンに・・・・その・・・き・・・『キス』・・・・とか、だなっ!」

本当は「キス」の単語も言いたくないと顔をしかめるイックに対して、はて? とロビーは首を傾げる。

「何言ってんだよ、イック。あんなのキスのうちに入るか? キスってのはな・・・もっとこう・・・」

思い出すのは最初のキャバクラでの衝撃。そして、次にねだった公園での月明かりでの口づけ。

甘くて・・・包まれるようで・・・・全身から力が抜けていくようで・・・でも心地良くて・・・

「そだな・・・うん」

最初のキスも良かった。次はもっと良かった。その後は・・・・数えきれないほど・・・ねだる度に触れられる唇の感触が・・・絡まる舌のぞくぞくする感じが・・・もう・・・どう言えばいいのか・・・。

無意識に、ぽうっと赤く頬を染め始めるものだから、そんなロビーにイックが切れたのは当然だろう。

「何で、『キス』ひとつ聞いただけで、うっとりし始めるんだよっ! お前はっ!」

情けねえ・・・なあ、ハッチ? 

横目で月の王子に視線をやりつつ、ウサギは耳を垂れてよよよと泣き崩れる。

「これが・・・『何もされてねえ』なんて言えると思うか?」

「無理だね」

少年の答えは実に簡潔明瞭。

「おいおい・・・お子様とロボットにゃ分かんねーかもしんねーけどなあ・・・」

大人の関係ってのは・・・とロビーが言おうとする視線の先で、ハッチとイックの2人は、いつ持ち込んだのか知らないが、かちゃかちゃと何やら組立て始めているではないか。

「お~~い? お前ら何してんだ???」

ぽかんとしているロビーの目の前で、天才少年と万能サポート・ロボットの2人は、さっさと作業を進めていく。

「お前がな、ヤンと籍を入れちまったからには・・・それを『無効』にするには、お前が『騙された』っていう証拠が必要なんだよ! だからだな」

 

どんっ! と、小型のディスプレイのような機械をベッド脇に置き、イックとハッチは互いに目を合わせる。

 

「ヤンと一緒だと難しいと思ってたから、最初は、どうやって各個撃破するかの方法が一番悩んでたんだけどね」

「あちらさんが、お前を一人にしてくれたんだ。このチャンスを有効活用しねーでどうするっ!」

「おい、おい、おい・・・・まさかそれ・・・自白強要機器・・・とかじゃねーよな??」

 

思い出すのは、ヨッカマルシェで、祖父のヒザクリガーマニアだったオタクなヨッカマルシェ人に『幻の12話がロビーの脳内記憶にはあるなら、それを人格崩壊してでも取り出す!』と拘束された挙句に、記憶と人格破壊の危機に晒されたあの恐怖。

あの時、もしもヤンが飛び込んでくれなかったら・・・と思うと今も背筋が寒くなる。

『うん・・・あの時も・・・・』

助けてくれたんだよな、あいつ・・・。

今となっては、本当に自分のことを『ずうっと・・・大事に想ってくれていたんだなあ・・・』と、懐かしくも甘い思い出となっているあの事件。

だが、「記憶を無理に脳から取り出す」技術そのものへの恐怖は当然ながら消えていない。

そして、ハッチも天才なら、イックもそのハッチの祖父である天才『ロック・キタ』がヨッカマルシェ産サポート・ロボットに更に手を加えた傑作である。

この2人がかりなら、あのヨッカマルシェ人がやろうとしたことも可能・・・・ってことは?

「待て! 俺の記憶とか人格操作する気ならっ!」

その反応に、むっとして反論したのはロビーの相棒を自認しているハッチである。

「あのさ、ロビー。オレとイックが、ロビーに危険や害を及ぼすようなことすると思うわけ?」

「そうだっ! お前を助けようとしてるのに、逆のことするわきゃねーだろっ!」

「でも・・・なんかよ・・・ディスプレイってあたりが・・・・」

俺の記憶を再生・・・とかじゃねえの? なんか、コードとかもあるし・・・

というロビーの指摘に対し、あ、これ? と難なくハッチは明るく答える。

「ドーピング検査機器だけど?」

「ドーピング????」

はて? と首を傾げている主の腕に、ぷすっと素早くイックはコードの先端の針を突き刺す。

「痛っ! こら! 何してっ!」

外そうとするロビーに対して、友人とサポート・ロボットからの凄まじい「圧」がかかる。

「ロビー・・・あのね、血液成分の検査だけだから」

「そうだ。すぐ終わる。これで・・・お前が何か盛られてたら・・・・」

『どういう疑惑だそりゃ・・・』

と思ったが、目の前の2人の迫力があんまりだったので、とりあえず黙る。

 

かちゃかちゃかちゃ・・・・・・・ちっちっち・・・・カタカタ・・・ピピピピ・・・・

 

機械を操作する独特の音だけが部屋に響く。

『ヤン~~~~~・・・頼む・・・・もう戻ってきてくれよ~~~~~~っ』

時間にすればほんの少しだったのかもしれないが、親友とサポート・ロボットの圧に耐えきれずに思わず叫びそうになるロビーとは対照的に、目の前の少年と小柄なウサギの2人からはますますどす黒いオーラが・・・見える。気のせいではなく、たとえでもなく・・・なんというか・・・おどろおどろしい空気が文字通りに『見えて』しまう。

 

「何してんだよ、お前らっ!!!」

もういいだろっ! これ外すぞっ!

腕のコードを取ろうとしたその矢先、イックの赤い瞳がロビーを射抜く。

「ロビー・・・」

「はい?」

思わず動きが止まったのは、ウサギの迫力があんまりだったので。

でも、それ以上に、ハッチとイックの方は、既に別の意味で蒼白になっていた。

 

『イック・・・なんで・・・?』

『おかしい・・・さっきもヤンの野郎にべたべたしまくってたから・・・』

『そうだよ! 何らかの意識操作系の薬とかなら、効果がまだ残ってるってことで・・・反応がある筈なのに!』

『あと・・・俺様が元から持ってるロビーのバイタル・データと、このデータ・・・精神作用系の機器を使った場合の副作用で絶対出るはずのモノが何も出ねえ・・・』

『おかしいよ? イック・・・これじゃあ・・・・』

 

ぎぎぎ・・・と、ちょっと歪んだひきつった笑顔で、ウサギと王子がベッドの新妻に問いかける。

「あのさ・・・?」

「ちょっと・・・・確認なんだけど・・・」

ほんと・・・にさ・・・・

「妙なものとか・・・飲まされたりとか・・・」

「そうだ! 『キス』で赤くなってたな! お前、そんとき何かされた自覚ねえかっ!?」

「何なんだよ、だから・・・」

心の中では『ヤン~~~~~、戻って来てくれよ~~~もう朝メシいいから~~~~っ!』な気分で泣きそうになりつつ、ロビーは半ば引きつつ懸命に答える。

「そもそも・・・俺、昔っから親のトコにいた時にさ。セレブ連中相手のパーティとかに散々引っ張ってかれて、そんな時、しょっちゅう妙~~~~なもん・・・アルコールに混ぜて飲まされたりしてたじゃんか・・・」

 

思い出したくもないが、一流セレブの仲間入りをしたい一心だった『成金の両親』は『ドラッグもまた嗜み』という上流階級連中の言葉を鵜呑みにして、幼いロビーがそうしたものを飲まされたりすることについて、一切守ってくれなかったのである。

 

「飲んだら身体が動かなくなる奴とか・・・変に身体が熱くなる奴とか・・・」

 

幼い身体では抵抗したくともろくに抵抗も出来ず、変態セレブ達に舐めまわされたり、触られまくったりした遠い過去。

 

「そんなだから、イック・・・お前に最初に頼んだの・・・・解毒とかだったじゃねえかよ・・・」

金持ち学校に行かされている間も、上級生やら教師やらに、いつどこでどういう薬やらを盛られるか分かったものじゃないというので、ロビーと出会ったイックが早々に作ったのが『いつでも飲める汎用解毒剤』と、スマブレに仕込んだ『体内に異変を起こす物質の侵入を感知した時、自動的に緩和ないし分解する』特殊機能だった。

 

もちろん、宇宙からの特別な物質について、全てを防ぐことは出来ず。だから、十代の頃にはラブ・ドールのラブ子ちゃんを与えて『体内からとにかく害悪となりそうなものは排出させる』ことまでしてきたのだ。

 

幸いにして、家出してから・・・特に、ここ十年ぐらいは「親や学校の手前、どうしても拒めない」という状況になる前に逃げることができていたので、ラブ子ちゃんのお世話になるほどの事態にはなっていなかったのだが、それでも、イックとしては

『あのヤンなら! 俺様もまだ分析できていない妙なもんを!』

何らかの形でロビーに与えて・・・と思っていたのである。

 

ところが、どう調べても・・・ない。

わざわざルナランドで、ハッチと三日もかけて必死に考えて、組み上げたプログラムに何も引っかかってこない。

最新式の・・・宇宙でも・・・銀河でも・・・・『ルナランド』にしかない『探知用素材』をも使っているのに!

 

「何でだっ!!!」

騒ぐウサギの耳に、柔らかなトーンの男の声が静かに届く。

 

「満足したかね?」

ハッチ、イック。

 

振り返れば、器用にも朝食用プレートだの何だのを両手で持った男が、ベッドサイドに簡易テーブルを設えつつそこに新妻への朝食を並べているではないか。

 

「い、いつの・・・間に・・・」

「私の家なのだが?」

何か? と言うその瞳は、どこか・・・笑っているようだった。

 

「ヤン~~~~~~・・・おせーよっ! 俺が、どんだけっ!」

ベッドから必死に手を伸ばす新妻の肩を抱き寄せ、ぽんぽんとあやすように、明るい茶色の髪を撫でてやる。

 

「さほどの時間はかけてはいないのだがな。まあ・・・こうでもしないと、お前のイックやハッチは納得しないだろう?」

 

『全部・・・』

『見透かされて・・・た?』

 

ルナランドの侍従たちの荷物と一緒に、この機械のパーツを持ち込んでいたことも。

そして、彼ら『だけ』を帰したのも、こうしてヤンに『油断』させて、ロビー一人にする作戦だったことも。

 

「ハッチ? 王子を放っておく間抜けがルナランドでは重臣なのかな?」

そんな子供だましに私が引っかかるとでも? との言外の言葉に圧倒される。

 

駄目だ。敵わない! この人は・・・オレ達でも・・・! でも!

それでも、ハッチは声を絞り出し、銀河の裏社会の帝王に向き合った。

 

「あなたが・・・どれだけの力があるのかはオレやイックでも・・・・もう分からない。でもっ!」

「でも?」

なんだね? と、ロビーにまずはフレッシュジュースのグラスを渡しながら問いかける男に少年は食い下がる。

 

「オレも・・・イックも・・・ロビーが大事なんだよ! ロビーが大事で・・・大好きで・・・だからっ!」

「心配だったのだろう?」

ベッドサイドに自分もまた腰を下ろし、悠然と淹れたての珈琲の香りを楽しみつつ、ヤンは微かに笑む。

「お前たちは、あのルナランドの連中とは違う。分かっているとも」

私がロビーを愛しているように・・・お前たちもまた、ロビーのことをこの上なく大切に思っているのだろう?

 

「だから、お前たちだけにしてやったのだ。お前たちだけは、私抜きでロビーと居ることを許したのだ」

「え? ヤン?」

何の事さ、それ???

冷たいフレッシュジュースのトマト味に、少し気持ちが落ち着いたばかりのロビーが首を傾げるものだから、ははと軽くヤンは笑う。

「つまりだな、ロビー・・・」

かちゃりと、コーヒーカップはサイドテーブルへ置き、困惑した様の新妻の耳に何事か小さく囁けば、一気にロビーの顔は真っ赤になる。

「馬鹿っ! イックもハッチも・・・んな誤解してたのかよ! あんたが・・・あんたが、オレに変なことしてるって・・・それも・・・・薬物とか・・・機械とか・・・・」

「それ以外に、考えられなかったからだっ! おめーが・・・何だって・・・急に・・・!」

「つか、で、ドーピング検査とか言い始めたわけかよ! 『俺』が『うっかり』にも妙なもん飲んだとかの疑いなら仕方ねーかとも思ったが、そーじゃなくて、本気で! マジで! こいつを・・・っ! 『ヤン』を疑ってたのかよっ!」

お前らっ! 

いつも笑い飛ばすロビーの珍しく本当の剣幕に、びくりとする少年とサポート・ロボットに対し、新妻を宥めたのもこれまた『疑惑の渦中のヤン』本人であった。

 

「だからな・・・それは仕方がないのだ、ロビー」

「仕方なくなんかねえっ! あんたは・・・・俺が嫌がることは何一つしなかった! そんなあんたのことを・・・いくらイックとハッチでも、そんな風に・・・・卑怯な奴だって疑うなんて!」

俺が許せねえんだよ! ヤンっ!

かんかんに怒る青い瞳も・・・ああ、どうしてこんなにも美しいのか。

つい、うっとりとその様を見詰めてしまえば、愛しさがこみあげてしまうのも当たり前のこと。

「お前が私のために怒ってくれるとはな・・・」

「ったりめーだ! こいつら、あんたに濡れ衣着せたんだぞ! あんたも怒れよっ! なんだよ!」

なんで笑ってやがんだっ! この馬鹿っ!

「ハッチ! イック! 俺は馬鹿かもしれねーが、こいつは馬鹿じゃねえ! それに、俺の身体を好きにしたいだけなら、なんで籍まで入れる必要があるんだよ! 冷静に考えやがれっ! この馬鹿っ!!!」

ぜいはあと息も荒くまくしたてるロビーなど・・・滅多にお目にかかえるものではない。しかも、本気で怒っているのだ。それも、『私』のために・・・。

「ロビー・・・落ち着け・・・」

ぎゅっと抱きしめ宥めるように髪へと口づけすると、でも・・・と青い瞳はまだ何か言いたそうだったが、既に落ち込んでいるらしいサポート・ロボットと少年の様子に、ほら彼らも反省しているだろう? とヤンは言い向ける。

「まあ、そもそも私のような闇社会にも属している者には、お前は相応しくないと思われても仕方がない。そういうことだ」

だが、これに猛抗議したのは、ロビー本人だった。

「んなこと、関係あっかよ! あんたは、借金まみれの俺に、追加融資してくれた『たった一人』の債権者だった! それに裏も表もあるか! 俺が借金を返せなくて、つい逃げちまったからあんたは俺を追いかけた。そんなの当然の権利だろう! だけど、借金なしでの『付き合い』の間・・・あんたは、俺が楽しくなることだけしてくれたじゃんか! メシ食って楽しくて、一緒に遊んで楽しくて、何してても楽しくて!! それ、俺だけか!? 俺の大事なあんたが・・・なんだって『記憶人格改ざん』の犯罪者容疑かけられなきゃなんねーのさ!」

「ああ・・・ロビー・・・」

愛している・・・心から・・・

 

囁きは妻にだけ。だが、効果は覿面で、すぐに赤くなって口ごもる。

「だって・・・よ・・・」

そんなロビーの左手を取り、そっとヤンはその薬指にとリングを落とす。

「へ・・・・?」

朝日の中、きらきらと輝く黄金色・・・・これは? との問いに囁きで答える。

「マリッジリングだ。結婚指輪とも言うな」

本当は、もっと雰囲気がある状況で渡したかったのだが・・・

「お前があまりに私を喜ばせることばかり言うものだから、堪えきれなくなった」

「・・・男って・・・結婚指輪するっけ???」

方向性が明らかに何か違う問いもロビーらしいと、苦笑してしまう。

「しない者もいる。だが、私はお前に贈りたかった。受け取ってはくれまいか? ロビー・・・」

言われて、自分の左手を改めて宙にかざす。

きらきらときらめく黄金色。ヤンの瞳に似た色で・・・

「これ・・・普通の『金』じゃねーだろ?」

妙に鋭い問いに、くすりと笑ってヤンは答える。

「当たり前だ。ずっとつけていて欲しいという私の願いを込めて作った特製だ」

合金の成分比から、内部構造まで全て私の手作りだ。

「ずっと・・・外さずにいてくれると嬉しいのだが・・・」

その問いに、手をかざしていたロビーは、きゅっとそのまま手を握りこむと、にっと笑った。

「成金趣味な『金』じゃねーってのが気に入った! つか、シンプルだけどキレイだなあ・・・これ」

こんな金属見たことねーわ。

「お前って、趣味でアクセサリーまで作るのか? つか、ひょっとして、お前が付けてるリングとか・・・」

全部、お前の手製? との問いに、当然だと金色の瞳は得意気に笑う。

「私の仕事上、身の安全のためには色々仕込みも必要だからな」

特殊金属に、更に、特殊な装置も埋め込んであるとの説明に、この結婚指輪も? と聞けば、当然だとの答えが返る。

「私のと対で作ったものだ。お前に何かあった時・・・確実に・・お前を守ることが出来るように・・・」

位置追跡機能の他、ああそうだ。と思い出したようにヤンは言う。

「イックがお前のスマブレを細工していたのと少しかぶるが、私のリングも、お前が妙な薬物汚染されないよう解毒効果機能も与えてあるぞ?」

「うわ~~~~・・・すげ~~~~~~こんなキレイなのに・・・・超高性能・・・・」

貰っていいのか! だったら、貰うっ!

子供がおもちゃを与えられたかのような無邪気な笑み。

ああ、これを独占できる喜びは・・・どう伝えたらいいのだろう。

 

だが、ロビーときたら、そんな雰囲気もなんのその。

「ところでさ、俺のための朝食って・・・これもあんたが調理したのか?」

「そうだが?」

「・・・・オムレツが・・・すげー綺麗に焼けてるから、びっくりしたわ~~~」

一流シェフかよって思ったぞ?? でも機械だとこういう焼け方はできねーし。

「あ、じゃあ。これから一緒に暮らすんなら、朝メシはあんた担当でいいか?」

毎日、あんたの作ったもん食いたいっ!

にこにこと無邪気に言う。こんな最強なおねだりがあるだろうか?

「ああ・・構わないとも・・・」

本当に、ロビーには驚かされてばかりだ。

金銀や財宝、どんなものでも望めば与えてやれるのに、そんなものより「合金」のリングを喜び、そして、私の作る朝食を望む。

「うん、やっぱ俺・・・あんたのコト好きだなあ・・・」

うっとり、そのままヤンに身を預けるロビーのえも言われぬ色香と風情に、慌てたのはすっかり放置されてしまったハッチとイックである。

 

「ちょ、ちょっと・・・ねえ、ロビー?」

「何だよ・・・男がリングしたら変か?」

またしても何か違う反論に、慌ててハッチは違うと首を横に振る。

「そうじゃなくて! 本当に、本当に・・・・・その・・・ヤンのこと・・・『好き』なの???」

今更の問いに、がっくりとうなだれ、ロビーは答える。

「あのな・・・『好き』でもねー相手と結婚する馬鹿がどこにいるよ!」

あ、でも『愛してる』は、まだ良く分かってねーんだよなあ・・・。

「ごめんな、ヤン・・・それは、おいおいあんたに教えてもらうってことで・・・妥協して貰えねえか??」

困ったような問いかけが・・・ああ愛しい。どうしてこんなにも奇跡的な存在がこの世にあるのか!

「妥協でもなんでもない。私は、最初からお前を愛している。そして、お前とハッチが結婚すると勘違いしたイズモンダルで、『私を選べ』と言ったのも私の方だ」

つまり、最初から私がお前にプロポーズしていたんだが? 

「でも・・・なんつか・・・俺の方は、あんたと『初体験したくて』みたいな・・・・」

ごめんっ! あんたの心利用して、あんたの身体目当てだったわ、俺っ!

そんな理由で・・・えと?

「それでも・・・・いいか?」

恐る恐るといった問いかけに、口づけで「無論、問題などあるわけがない」の意を返す。

「私がお前を求めているのだ・・・。お前が嫌でないのなら、私に何の異存もない」

 

瞬間、ぱっと明るくなる表情。ああ、なんとくるくると良く変わる・・・。

うっとりとしたヤンに抱きしめられたまま、ロビーはと言えば、何やら脱力しているらしいハッチとイックへと得意げに宣言する。

 

「ほら見ろ! 俺もヤンも、至極、正常な精神状態で結婚する気満々だぞ!」

だから、お前らっ! 

「疑うより、おめでとうはっ!?」

「う・・・・」

「それは・・・・」

 

それでも未だに素直に言えないのは、親友を取られたショックやら、大事な保護対象を他に奪われたショックというかなもので、ある意味仕方がないかもしれない。

 

これについてだけは、「初体験に、人生で初めて結婚できたんだぞ! 親友なら喜べよおっ!」と思っているロビーとの温度差なのだから、どうしようもない。

 

それでも・・・どうしたものかと思いあぐねている間に、ヤンは甲斐甲斐しく、ロビーに朝食のオムレツを食べさせてやったりしている。

 

こんな見事な「返り討ち」があるだろうか?

 

『イック・・・ロビー・・・なんかさあ・・・』

すっごく幸せそうに・・・見える・・・。

それに・・・・と、小さく少年は、小柄なウサギ型ロボットへ問いかける。

『なんか・・・ロビーって・・・こんな・・・色っぽかった・・・っけ??? それに綺麗っていうか・・・』

語彙が微妙なのは、思春期を「プログラム教育」のみで過ごさせられた「帝王教育」の副作用だろう。

だが、ロビーを大事に育ててきたイックからすれば、ただもう泣きたいだけである。

 

「勝手にしやがれ~~~~っ!!!!」

「あ、イック・・・少し待て」

またしても飛び出しそうな勢いのサポート・ロボットに対し、ヤンは声をかけて制止する。

「何だよ・・・あんたを疑った俺様に何か制裁か?」

胡乱げな赤い瞳のウサギに『主人想いも困ったものだ』と苦笑しつつ、銀河の裏金融の覇者は、ひょいと小さなチップを投げて渡す。

「この家の全権限だ。ナガヤボイジャーは、既に私が手配して格納庫に収納してあるが、そこへの出入りの他、この家の監視カメラの設定。あとセキュリティーに関する一切の権限をお前にやる」

「・・・あんたを疑った俺様にか?」

つか、これウイルスじゃねえって保証は?

と、疑念を向けるウサギ型ロボットに対し、豪邸の主人は、その必要が? と肩を竦める。

「お前と、ハッチは、私を除けば『誰よりもロビーが大事で、ロビーにとっても大事な存在』だろう?」

そのお前たちならば、私と同じだけの権限をこの家について与えても、むしろロビーを守ることになる。

「違うか? イック、ハッチ」

「は? イックだけじゃなくて、オレも?」

目を点にするハッチに対し、ヤンは『どうせ、イックに権限を渡したら、イックからお前に渡すこともできるのだから』と簡単に返された。

 

「私は・・・ロビーが大切なのだ・・・何よりも・・・誰よりも・・・」

そのためなら、胡散臭いルナランドと浅からぬ縁のあるお前たちであろうとも使える者は使うし、遠慮もしない。

「まあ、それよりもその方がロビーが安心して喜ぶと思うんだが・・・」

違ったか? との問いに、腕の中の青い瞳はまたしても見開かれる。

「あんたは・・・どうしてそう・・・」

「お前に『甘い』とでも?」

たりめーだっ! もっと自分の身を大事にしやがれ!!!

 

「俺は、ハッチもイックも勿論信じてるさ。けど、あのルナランドの変なじじいに、こいつらが何か仕込まれてるかもとか、俺はともかく、あんたは疑う権利あると思うぞ?」

少なくとも、こいつらは、あんたのこと散々疑ったんだからな。

そんなロビーに対し、くすくすとヤンは幾度も幾度もその髪へと口づけを落としながら囁いた。

 

「自分の身は守れる。それぐらいの自負心はあるのだが?」

「・・・・ったく、敵わねーなあ・・・・」

ほんっと! 自信家で、なのに俺には激甘で・・・・。

 

「そだな・・・。俺は、あんたを信じる。イックとハッチだって、俺が嫌がることはしねえって信じる」

それと、こいつらのこと信じてくれて・・・

「ありがとな・・・」

ハッチは俺にとって相棒で親友だし、イックは俺がガキの頃からの育て親みてえなもんだし。

「二人とも俺には大事なんだよ。あんたとは・・・その・・・意味は違うかもだけど・・・」

「そんなことは分かっている。だからこそ、信用するのだ」

 

正直なところ、あのルナランド政府やらロビーの両親やらが、今後も何かかかわってこないとも限らない。

何があろうとも自分が守る自信はあるのだが、敢えて『敵の敵は味方』という言葉もある。

 

「私にとっても・・・いや、ここにいる全員、お前が一番大事なのだよ?」

「はは・・・! 俺って、運もツキもねーのに、変なとこでラッキーだな! けど・・・」

あんたに会えたのが、最高だったかも。

 

その囁きで、思わずまたしてもつい昇天しかけた・・・というのは、ヤンの内心だけの話。

 

「まあ、そういうわけでだ」

ドーピング検査機器傍らのハッチとイックに対して、ヤンはゆっくりと言葉をかける。

 

「お前たちも色々とまだ考えたいこともあるだろうしな」

この家の客間でも応接室でもキッチンでも好きに使え。

「ハッチ・・・腹が減ったなら、キッチンでイックに何か出して貰え。その権限はもう与えてある」

「はいはい・・・。なんか・・・ほんと・・・あんたって・・・」

「私は大人で、お前はまだ子供だ。だから、食事ぐらいの配慮はするぞ?」

「敵わないね。今は・・・」

「そうだな、『今』は」

 

その微妙なやりとりに気づいているのは当人らのみ。

 

朝食で何やらまた眠気が戻ってきたらしいロビーは既に、うつらうつらし始めている。

 

「ロビーが眠そうなのでね」

それは「眠らせてやりたいから、出ていけ」との意味。

だが、同時に聞こえてきたのは「・・・どこも・・・行くなよ・・・なあ・・・」

 

それが『誰』を指しているのか? 分かりたくないけど、分かってしまう。

 

そんな少年とサポート・ロボットに構わず黄金の瞳の帝王は、金と赤の混じった髪を揺らして愛妻にと囁く。

「私はここにいる。それに・・・イックとハッチもいるからな?」

「ん・・・・」

それで安心したように眠りにつく様は、まるで幸せなおとぎ話の光景のようで。

 

「ヤン・・・分かった。でも・・・」

「ああ、分かっている。だが、しばらくは待て」

 

ロビーが眠ったらな? 

 

その言葉通り、すっかり寝入った後に、ヤンはイックとハッチと共に、ダイニングルームへと出向き、改めて彼らの懸念について全て回答していったのだった。

 

無論その間も、監視モニターでロビーが眠りから覚める気配がないかを、常に注意しながら。

 

ちなみに、そんなヤンの屋敷に、夕刻『お祝いしに来やしたっ!』と、アロとグラの2人が連れ立って、パーティグッズのクラッカーなど色々もってきたりしたのは、ほんのささやかなおまけ話。

 

「ロビー! ヤンさんを・・・ヤンさんを・・・っ!」

「幸せに・・・頼むっス!!」

滂沱しまくりの2人が、万歳三唱を何度繰り返したことか。

 

その騒ぎのお陰で、あれ? と後で、ロビーは気づくことになる。

 

「・・・俺・・・まだ、ハッチとイックから『おめでとう』言って貰ってねえような???」

 

だが、パジャマ姿のままで行われた、ヤンの屋敷での『結婚祝いパーティ』の後、寝室で二人きりになってしまえば、そんな疑問よりも目の前の男の身体に甘えたくなる気持ちの方が強くて、疑問は自然と後回しになる。

 

「ヤン・・・あのさ・・・」

贈られたシルク地のパジャマを脱がされる時の衣擦れさえもが、ぞくぞくする感覚に悶えながら、掠れ声でロビーは懸命に自分が選んだ伴侶に伝えた。

「俺と結婚してくれて・・・ありがとな・・・」

 

その一言が、これまた金融界の帝王の理性を吹っ飛ばしたのは・・・・

そして、ウサギ型サポートロボットが、ナガヤボイジャーに籠って、月の王子と2人で色々な意味で悲嘆にくれたのは・・・・。

 

それこそ、言うまでもないだろう。

 

誰よりも大事な存在だから。

だから、言えないこともある。

 

そんな苦い味は、ハッチにとっては初めてだった。

いや、そもそも、『特別』な存在自体が初めてだったのだ。

 

「今更かな・・・イック・・・」

ナガヤボイジャーの中の「ハッチ用」の部屋でイックに言えば、ウサギ型サポート・ロボットは、いいや! と赤い瞳を光らせる。

 

「俺様は・・・ロビーのためのロボットだからな。ロビーを万が一にでも『不幸』にしやがったら、絶対にあいつ・・・許さねえっ!」

「うん・・・そだね・・・」

「だから、めでてえなんて、言ってやるもんかっ!」

「そうだね・・・言えないね・・・」

 

豪邸の寝室と格納庫。

同じ邸宅で、かくも異なる時が流れていったのは、宇宙だけが知っていた。

 

天空の彼方、きらめく銀河の星々を包むように。

 

大宇宙は、ただそこに存在しているのだった。

奇跡の出会いと愛を内包して。

(第5話おわり)




お待たせしました~~~
じいやが爆誕したせいもあって、大幅加筆改訂していた4話の次が、ちょっと遅くなりまして。
さて、第5話は少し軽めな話でしたが、いかがでしょうか?
・・・誰か気に入ってくれてる人いるのかな???いたら嬉しいなあ・・と切実に思っております・・・・(今のところ相方しか切望してくれていないような・・・)


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第6話:すっぽん鍋は夫婦の味

はい。活動報告で予告していた「新婚さんいらっしゃ~~い」な第6話。
タイトルからして直球です。
うふふ・・・・新婚さんていいよね、とうふうふしながら書きました。
ああ、すっぽん・・・・(実際、肌にもいいんですけどね)


運とツキに見放された末に、散々迷惑をかけた相手と結ばれる。

「そんなのってさあ。ふつーは・・・・」

ねーよなあ。絶対。うん。

 

通いなれた商店街の八百屋で、トマトやキュウリやらを見比べつつ、さて「今夜の夕食はどうすっかな~~」などと考えつつも、ロビーは今の自分の生活の激変ぶりに、ついしみじみと感慨深くなってしまう。

 

そもそも、十代の頃に成金の親との価値観の相違で家出してから幾星霜。

ずっと、定職につくこともなく、その日暮らしで生きてきて。

挙句に、投資しては失敗しての繰り返しの上に、悪徳弁護士に借金をまとめられた先がヤンズ・ファイナンスの闇金部門。

 

返済しなければ、即、腎臓取られて・・・というような「恐怖の闇金さん」だったはずなのだが、そこで「いい投資先があるんです! これに投資さえすれば、全額返せますから!」と、頑張って主張したら、どういうわけだかあっさり追加融資してくれた。

 

「まあ・・・あれが出会いだったわけなんだが・・・」

 

しかし、海老の養殖場への投資は、投資契約の翌日にタンカーが養殖場に突っ込んだとかで、一瞬でパー。

残ったのは山ほどの借金のみ。

 

「だから、あいつは俺を追って来てたんだと思ってたんだけどな・・・」

 

借金を踏み倒すつもりはなかったが、腎臓を取られるとか、マグロ漁船に売られるとかいう闇金さんの返済ルートに乗るのはもっと怖かったので、思わず逃げ出したついでに「厄払い」にと目指したイセカンダル。

 

その旅に同行した家出少年のハッチが「月の王国ルナランドの王子」だったことも仰天だったが、自分の負債の支払いまでしてくれたのはもっと驚きで。

だが、それよりも、もっともっとロビーが驚愕することになったのは、「借金取り」で追って来ているとばかり思っていたヤンズ・ファイナンスの社長が、あろうことか自分を「愛している」という事実についてであった。

 

「物好きだよなあ・・・あいつ」

そうとしか思えない。文無し、借金の踏み倒し、どう考えても「裏金」さんに好かれる要素があったとはとても思えない。

 

「でも・・・想って・・・くれてたんだよな・・・うん・・・ずっと・・・」

 

イセカンダルから地球へ戻った時に、偶然にも「地球を襲っていたアウター・スペース」を撃退してしまったロビーとハッチは、一躍『地球の救世主にして、銀河の英雄』に祀り上げられた。

 

ただ、そのお陰で祖父のヒザクリガーの関係の版権収入が一時的に随分と入り、しばらくキャバクラを豪遊しつつ、ホテルを転々と渡り歩いていたものの、自分のツキのなさも大したもので、ハッチへの返済は出来たものの、その後、またしてもあっさりとあっけなくも見事な無一文にと戻ったのに。

 

なのにそんな自分に、ヤンは「愛している」と告げたのである。

それも、ハッチと自分が結婚すると大誤解した挙句に、惑星イズモンダルまで追って来て。

もう借金関係も何もなくて、自分にそんなことを言っても、得になることなど何もないのに。

 

それでも、男からの求愛に答えられるとは思えず「友達からなら」と答えたのだが・・・。

『どうしてなんだろなあ???』

 

友達としてのヤンは、一緒に何をしていても楽しくて。

なのに、一緒に過ごす時間が増える程に、いつの間にか

『このまま・・・俺、いい友達・・・で終わる・・・のかなあ?』

それは・・・嫌だな・・・

―――もっと・・・近づきたい―――

 

そんな風に思ってしまっていた自分の気持ちこそが、未だに自分でも良く分からない。

 

「愛してる・・・ってのは・・・・」

ヤンに囁かれる度に嬉しくなる。でも、自分からはまだ言えない。

好きなのは確か。大好きなのも確かで、ついでに言うなら抱いて貰えるのが物凄く嬉しいし、キスはいつだって溺れてしまう。

 

ただ、愛、とやらだけは良く分からないのだ。

 

それは十代の頃に家出した頃から、ずっとロビーにとっては鬼門で、まったく考えないようにしていたから。

成金で、セレブ入りを目指していた両親の教育方針で、色んな貴族やら金持ちやら地位のある連中に媚びるようにと、気に入られるようにと『媚薬入りのアルコール』さえも、幼い頃から飲まされて。

吐き気がするような思いに耐えながら、散々、気色悪いおっさんやらババアやらに、あちこと舐められたり触られたりしている時、彼らがいつもロビーに囁いた『可愛いねえ、おじさんは好きだよ~~』とか『いい子、いい子。あらあ、食べちゃいたいわ~~』だとか、そんな言葉は、飽きる程聞いていて。

挙句の果ては、家出した後でさえ、仕事先に潜り込んだ居酒屋で皿洗いをしていたら、そこの先輩社員が、唐突に『愛しているんだ! 俺のモノになれ! ロビー!』とか叫んで押し倒されかけたことさえあった。

 

そんなこんなで、愛している、とか、好きだよとかは・・・十代の頃には、もはやトラウマに近いものすらあった。

 

だから、自分は結婚や恋愛は一生出来ないだろうなと、漠然と思って過ごしてきた十数年。

 

三十路になって、やっと覚えた、綺麗なおねーちゃん達が、明るく笑って楽しく接待してくれる『気楽に過ごせる』キャバクラ通い。それこそが、ロビーにとっては文字通りの「心のオアシス」だった。

 

少年期を過ぎて「おじさん」の仲間入りをして、やっと・・・平穏を得た。

そう思ったものである。

 

だが、反面、「男」に襲われる恐怖はずっと潜在意識には残っていた。

女なら安全と思っていたわけではないが、「地位や権力がある人間」についての嫌悪感そのものはあった。

だからこそ、そうしたものと無縁で楽しめる庶民の娯楽の「キャバクラ」がお気に入りだったのである。

 

酒と気楽な会話。そして、絶対に自分にセクハラしてこない綺麗な若いおねーちゃん達。

 

それらに囲まれて一生過ごせたらいいな~~~~なんて思っていたのに。

そう。本当に、そう思っていたのに! である。

 

「今のこれって・・・なあ?」

右手に取ったトマトを見詰めながら、ほうっと・・・つい昨日の夜を思い出して吐息が零れる。

 

―――ロビー・・・―――

 

低くて甘くて・・・でもテノール歌手のように良く響く声は、耳朶にしっかり残っている。

 

―――愛している・・・・お前を・・・お前だけを・・・・―――

 

思い出すだけで自然と顔は熱くなるし、背筋にぞくぞくしたものが走る。

 

「ああもう・・・どうしたんだか・・・」

俺はもうっ! 男とだぞ! ヤンとだぞ! 

 

大体なんだって! 今更だが、裏金のオーナー様と、どうしたらこんな運もツキも金もない三十男が結婚できちゃったりしたんだよっ!

 

「・・・でも・・・俺も好きなんだよなあ・・・」

トマトに思わずそっと頬を寄せていると、唐突に、バンっと背中を叩かれた。

 

「こらこら、ロビーちゃん? うちの商品相手に、何さっきから赤くなってるのさ」

顔が、真っ赤だよ?

「そんなにトマト・・・好きだったかい?」

豪快に尋ねてくるのは、この商店街に買い物に来るようになってからすっかり顔なじみになった八百屋のおかみさんである。

 

「ごめん。おばちゃん・・・いや、トマトもそりゃ好きだし、ここの店のは鮮度がいいし、甘味も抜群でサラダには最適なのは分かってるんだけど・・・」

「て、いうか。ロビーちゃん。トマト相手に人生相談するぐらいなら、このあたしにでも話なよ?」

少なくともあんたよりは年取ってる分、話し相手ぐらいにはなれると思うよ?

どん、っと胸を叩く中年のおかみに、思わずロビーはほろっとする。

「おばちゃん・・・」

「ほらほら! もうっ! 銀河の英雄様が! なんて顔してんだか!」

「いや、その『銀河の英雄』っての・・・」

慌てて言葉を制そうとするのを、からからと八百屋のおかみは笑い飛ばす。

「大丈夫。ここの商店街では、ロビーちゃんは昔っから『小銭大好き、現金決済なロビーちゃん』だから、今更、マスコミみたく、地球の救世主だの銀河の英雄だのって、急に、あれこれ詮索したりしないって」

「うん・・・ありがとな」

 

ヤンの邸宅からは少し・・・というか、あの豪邸の広さと高級住宅街の区域から考えると、この庶民的な商店街は、かなり離れているのだが、そこは幸い現代のテクノロジー。徒歩で出歩いても、あちこちに、公共交通手段の無料巡回バスやら、動く歩道やらがあるので、かつてなら自動車でないと少し遠いかもしれない場所でも、こうして簡単に出歩ける。

 

そして、ロビーはもともと徒歩であちこち出歩くのが好きでもあったので、ヤンと結婚してあの豪邸住まいとなった後も、頼めば配達でも何でもしてくれるのは分かっているがそうした大手の業者のものではなく、自分で出かけてはこうして夕食の材料を買ってくる生活を送っていた。

 

「うん、実はさあ・・・」

頭をかき上げる左手の薬指には、きらりと光る金色の指輪。

それが何を意味しているのかは、結婚後にこの商店街に久しぶりに顔を出して早々に、目の早いおかみには「おや、結婚したのかい? ロビーちゃん」とばれたのも、今更である。

 

「実は・・・ちょっと相談・・・ほんと・・乗ってくれるかなあ・・・」

「はいはい! 人生の先輩にどーんと聞きなっ!」

 

気のいい八百屋のおかみとのたわいもない昼下がりの会話。

それが、とんでもない結果を招くことになろうとは・・・。

 

それは、全てが終わってから、初めてロビーが知る話。

その時は、当然気づくはずもなかったのであった。

 

★★★

 

さて、ロビーがそんな風に買い物に出ている折、現在の「伴侶」であるヤンはと言えば、ヤンズ・ファイナンスのオフィスビルにて、次々と回ってくる決裁案件に目を通している最中であった。

 

「ふむ・・・我が社の社員たちは、実に有能だな」

売上データに、新規の企画。どれもこれも、斬新かつ目の付け所も的確かつ、確実に収益が望めるものばかりである。

更には、裏部門の闇金関係の者やら、隠しているがあちこちに潜ませている軍事部門からの報告も、実にどれも好ましいものばかりである。

 

「数字は明確な上、無駄がない。報告書も良くまとめられている。損失があろうとも最小限に抑え、収益については当初予想を遥かに上回っている」

 

データファイルに次々と了承や、決済の署名をつけて処理していると、にこにこと、側近のアロとグラが、タブレットを手に報告する。

 

「みんな、ヤンさんが『ご結婚』されたのが嬉しくて仕方ないんですよ」

「そうっス!」

「そうかね?」

そんなものかな? と、言いつつも満更でもなさそうな金色の瞳の色香に、ああ新婚生活が充実しているんだなあなどと思いつつ、アロもグラも思いっきり唱和する。

「そうっスよ!」

「全社員、ヤンさんの幸せが嬉しくって堪らないですからっ!」

「やれやれ・・・これは・・・」

特別ボーナスでも支給せねばならないかな? とのヤンの言に「さっすが、ヤンさん!」と2人が叫んだのは言うまでもない。

「なんせ、うちの会社・・・表の連中は福利厚生がそりゃあ充実してるからってのもありやすけど、裏の闇部門については、俺やグラみたく、ヤンさんに『拾って貰った』恩義がある連中ばっかですし・・・」

「それに! ヤンズ・ファイナンスは、ヤンさんの方針で『社員は家族』ってスローガンで、すっごく色々な手当が充実してるじゃないっすか! 特に、最近の・・ほら、イズモンダルと冥王星の『ハッピー・ブライダルプラン』への低利息融資とCMソング! あれが大当たりだったのが大きいっスよ!」

「ああ・・・あれか・・・」

 

イズモンダル・・・結婚の聖地の惑星。

そこで、自分がほぼ自爆も同じの「ハッチと結婚するなら私を選べ!」などと叫んだ体たらく。

だが、結果的には、イズモンダルと冥王星との「恋をするなら冥王星、結婚するならイズモンダル」の提携プランへのヤンズ・ファイナンスの低利融資だのなんだのをロビーが持ちかけてきたものだから、「友人になる」条件ついでに引き受けただけだったのだが・・・。

「儲けは度外視のつもりだったのが、こうも高成長するとはな」

「つか、ヤンさんがロビーと『友達』というか『交際』するようになってから、ヤンズ・ファイナンスの業績はひたすら天井知らずっスよ?」

「そうそう。ロビーは、福の神かもなあ~~って俺ら言ったぐらいで」

「はは・・・あいつ自身は、未だに『自分のツキの悪さ』で、私まで文無しならないかとか心配しているがな」

「はあ?」

「なんでっ!?」

あいつが作ったヤンズ・ファイナンスのCMソング、今年のCMソング部門でグランプリ確実ですよ! っていうか、あいつのプロデュースした『冥王星での恋の物語シリーズ』なんて、映画でもないのに「映像部門賞」取りそうな勢いなんスけど??

 

「まあ、な・・・」

闇金の強面の時には見せない柔らかな金色の瞳を和ませ、ヤンは、決済の手続きはそのままに、アロとグラに対して苦笑する。

「いろいろ・・・十代の頃から・・・いや、その前からの苦労のせいかな・・・」

自分は「ツキがない。運がない」と思っている節があってな。

「ほとんどは、あいつの人の好さに付け込んだ連中の詐欺に引っかかっているだけで、むしろ、ロビーと関わった人間は、ほぼ全員運命が『好転』しているぞ?」

現に、ロボットが人間を支配していたマルベリー8では、ロビーの『革命でも起こしたらどうだ?』の一言で、政権転覆となり、現在は、革命の盟主「ホシロー」が大統領として民主制へと惑星の政変まで起こした。

火星や冥王星は、ロビーのアドバイスで、観光収入が右肩上がり。

魚人族が暮らすオダワーラでは、「もう一度海に!運動」が盛んとなり、ロビーが関わったギョギョが中心となって、今一度、魚人族として海でのエラ呼吸ができるようになる特訓が流行っているらしい。

 

「そもそも、本当に運もツキもない奴が、地球の救世主や銀河の英雄になるわけもないんだがな」

「そうっスよねえ・・・」

でも、そういう意味じゃ、これ以上目立ちたくないとか言って、結婚式が出来ないのだけは残念ですよね、ヤンさん。

心底がっかりしている部下二人に、まあな、とヤンもまた肩を竦める。

「面倒なルナランドの連中が、『先王陛下のご遺志』とやらの、ロビーとハッチの英雄同士の婚姻についての野望をまだ捨てていないのならば、ロビーと私が結婚式などやろうものなら、あの政府やらロビーの親らが、妙な事をしでかさないとも限らない。それでは、せっかくの『記念の式』も、あまりにもったいないだろう?」

「まあ・・・それはそうなんスけど・・・」

 

でも、ヤンがどれほどロビーに恋い焦がれ、そして、2人の結婚式について夢見るようにアロとグラにあれこれと語り、そして、実は密かに、結納品やら衣装やらの準備までしていた・・・それも、まだ告白すら出来ていなかったイセカンダルへの追跡の旅の頃からというのを知っている2人からすれば、やはり少々無念な思いは拭えない。

 

だが、一番がっかりしているのは、そうした華麗な結婚式を一番夢見ていたであろうヤンなのだろうから、と、それ以上はアロもグラも口を噤む。

 

その変わり、話題をちょっと明るい方へと変えてみる。

「そう言えば、ヤンさん。最近、定時でお帰りですけど・・・夕食とかはどうされてるんスか?」

「ふふ・・・」

問えばそれはそれは嬉しそうな笑みが返される。

「ロビーがな・・・毎日、私のために作ってくれている」

「ケータリング・・・とかじゃなくて・・・ですか?」

「出来合いの味だと飽きる・・・とかでな。いや、あいつの料理の腕はプロ並みだぞ?」

そういうヤン自身も料理の腕には自信があったのだが、ロビーはロビーで十代の頃から、あちこちの飲食業を転々と渡り歩いていたとかで、舌も正確なら腕も一流シェフ直伝の技を軽々披露する。

「互いに料理の好みも・・・合うというのは幸せなものだ」

「朝食はヤンさんが?」

分かっていて話題を向ければ、ああ、との短い答えが返される。

「朝は・・・ロビーは、ベッドから起きられないからな」

その言葉だけで、甘い甘い「みるくいちご」よりも甘い香りが社長室に充満したような気がしたのは・・・多分錯覚ではない。

ヤンは蕩けそうな瞳で語り続ける。

「朝は、まだ寝ぼけているロビーのために私が支度する。夜は、外食もいいのだが、今はロビーが作ってくれるというので、それに甘えているところだ。ふふ・・・帰宅する度に・・・玄関まで駆けてくるのだぞ?」

『うわ・・・新婚だ・・・』

『うん・・・新婚スね・・・』

 

アロとグラの2人の頭に「お帰りなさいあなた、お風呂にする? お食事にする? それとも・・・」

の定番のフレーズが浮かんだのは、当然の流れと言えようか。

 

そして、そうこうしている間に、あっという間に時間は過ぎていく。

「おや、もう定刻か・・・」

「お疲れ様っス!」

「このところ、仕事が終わるのが早くなっているな。これも、効率化と皆の頑張りのお陰か・・」

経営者としてデータチェックをしているヤンに対し、それもありますけど、とアロとグラの2人は声をかける。

「ヤンさんには、今大事な新妻がいるんですから」

「そうっス! 早く帰っていただきたいと」

社員全員、そう思って頑張ってる結果ッス!!

 

その言葉に「やはり、臨時ボーナス確定だな」と、さっさとヤンが手続きをしたのは、ほんの数秒の作業。

 

「では、私は帰る。お前たちもあまり遅くなるなよ?」

気遣う上司に涙で前が見えませんなアロとグラは、「大丈夫っス!」と同時に叫ぶ。

「俺らは、まだ待ってる人いませんし!」

「それに楽しんでますからっ!」

「はは・・・頼もしい」

では、任せた。

 

そう言って、颯爽と去っていく後ろ姿が『ああ・・男は背中で語るって言うよなあ・・・』と、またしても2人を感動させたのは、実は、これまた日課であった。

 

心酔しているヤンが、更にこのところ生き生きしていて、仕事も冴えていれば、オーラの輝きに至ってはもう新婚効果絶大でどうしよう! な状態である。

 

「男なら・・・ああなりたいもんだな・・・」

「そうッスね・・・」

 

だが、何もかも全てはヤンさんの幸せのために!

 

「グラ! もう一息やってくぞ!」

「はいっス!」

 

ヤンが決済を出した後の残務処理を、これまた猛スピードでやっていた2人は・・・

だが、この後の上司の通信に「はい?」となる。

 

退社して、そろそろ自宅では? とのタイミングで、唐突に2人あてに通信が入ったのである。

「・・・すまん・・・私だ・・・」

「どうしました? ヤンさん」

「それが・・・明日のスケジュールなのだが・・・」

 

そのようなものどうとでもなるのだが、と思いながら、首を傾げた2人の耳に飛び込んだ次の言葉に、アロとグラの2人は思わず『そりゃ・・また・・・』と顔を見合わせる。

 

そう、ヤンからの通信は、なんと「今夜、ロビーが用意した夕食メニュー」だった。

 

「・・・それが・・・・『すっぽん鍋』なのだ・・・」

 

もういいです、ヤンさん。好きなだけ休んでくださいっ!

 

それだけ伝えて、通信を切ったアロとグラの2人の配慮が正しかったのは、無論、後日のヤンの出社から考えて実に当然の配慮だった。

 

新妻が用意した「すっぽん鍋」・・・・・・その効力や如何に?

 

いやいや、考えるより仕事仕事!

そして、秘書課の連中他に

「ヤンさんは、しばらく予定が未定になりますっ! 各自、ヤンさんに頼らずできる限り奮闘せよ!」

の指示が、この2人から出されたのだった。

 

全てはヤンさんの幸せのために! 

そのために、アロとグラは、いや、ヤンズ・ファイナンスはごく自然に動く企業だった。

 

幸せを運ぶ総帥と奥方のために! は、既に「当然」の金科玉条でもあったのである。

 

★★★

 

家に帰ったら、エプロンにお玉を持ったロビーが満面の笑みで

「今日は、すっぽん鍋だぜ!」

と言われた時のヤンの衝撃は・・・・

 

『分かって・・・いるのか???』

一瞬、頭が真っ白になるほどの威力があった。

 

「あれ? 嫌いだったとか???」

おっかしーな、八百屋のおばちゃん曰く・・・・

「結婚したら、すっぽん鍋だろって・・・わざわざ『すっぽん専門店』まで紹介してくれて・・・・」

で、材料とか、作り方とかちゃんと聞いて準備したから、そんな変なもんじゃねえと思うんだけどな・・・。

 

「いや、その・・・」

思わず、社へ連絡を取ったのは反射行動。

そして、アロとグラの2人に『いいから! 好きなだけ会社は休んでくださいっ!』と通信を切られたのもたった今。

 

「すっぽんてさ~~、味も良くて、美容と健康に最高! って・・・」

だから、おばちゃんお勧めで言われたんだけどな。

 

無邪気なこの妻は・・・・・・・ロビーよ、本当にお前・・・分かって言っている・・のか?

の疑念の方がどうしても働く。

 

「いや、今夜のメニューどうしよっかな? って悩んでたらよ? 馴染みの八百屋のおばちゃんが相談に乗ってくれて・・・・」

それで、『ああ、新婚さんなら、すっぽん鍋だね!』となったと言う。

「俺が・・・家出して、自炊するようになってからずっと、まあ・・・色々世話になってた商店街でさ~~~」

俺のこの指輪も綺麗だって褒めてくれたんだぜ?

「それに、結婚相手が男だって言っても『ロビーちゃんなら、まあ、それもあるだろうね』って普通に受け止めてくれてさ」

お祝いにって、酒までくれて! すっぽんだって、名店紹介してくれて! 特別に捌いてくれて!

「嬉しかったな~~~・・・。おばちゃん達・・・俺が結婚できて良かったって、ほんっと喜んでくれてさ」

変な女に引っかからなくて良かったとか、ロビーちゃんも見る目が出来たんだろうね、とか・・・

「あと、きっと俺のコト好きになる年上の旦那だったら、いい男に決まってるって・・・」

あんたのコト知らねえのに褒めてくれたのが、一番嬉しかったかな?

 

「で・・・どうする? 仕事の残りがあるなら、メシ・・・後にすっか??」

お玉を持って、はち切れんばかりの笑顔で・・・・

『ああああああああああ・・・・っ!』

私の理性をどこまで試す気なのだ、ロビーっ!

 

だが、そこは務めて冷静を・・・平静さの仮面をかき集めてヤンは答える。

「そうだな。仕事は・・・問題ない。連絡事項を伝えたからもう完了だ」

「ん、じゃ、俺、配膳してるから!」

あんたは、楽な部屋着に着替えて来いよ!

「あ・・・でも、先に風呂も済ませとくか???」

その問いにまたしても想像が先に立って、焦るヤンに対し、ごく自然にロビーは言う。

「おばちゃんが、『すっぽん鍋するなら、風呂は先がいいよ?』っていうから・・」

だから、俺はもう風呂は済んでるんだぜっ! 準備万端だろ?

 

『なんの準備か分かっているのか、ロビーっ!!!!!!!』

 

もう心の中では、理性と野性が入り混じってのカオス状態である。

だが、とにかく『で、では風呂を・・・』と、平静を装って言えただけでも・・・自分で称賛ものだと思う。

 

普通冷静でいられるか? 愛しい新妻が! すっぽん鍋を用意して! その上、風呂まで済ませて!!

 

「ふう・・・・・」

出社用のスーツをクローゼットへとかけながら、ヤンは、バスローブを手に浴室へと向かう。

「今夜は・・・」

長い夜になりそうだ・・・との感慨を噛み締めて。

 

★★★

 

専門店に教わったというだけあって、ロビーの用意したすっぽん鍋は、臭みもなく実に美味だった。

「ネギがさ~~、ちょっと炭火で焦げ目つけてんのがいいらしんだ」

あくまでも主役は「すっぽん」。

だから、香りとしての役割を担うネギやら彩り用の三つ葉やらは、そんなに多くなく・・・

つまりは、濃縮したすっぽん鍋に仕上がっていた。

しかも、ご丁寧にすっぽんの生き血を割った酒まで用意してあるという!!

 

「白飯もさ、せっかくだから・・・」

そのすっぽん料理店で使っている特上米を分けてもらった上、土鍋で炊いたとか。

 

ああ、この至れり尽くせりよ! だが・・・その先は・・・!!!

 

「んっ! 美味いっ! 我ながら初めて作ったけど、いけるなすっぽん!」

無邪気にぱくついているロビーの様子からすると・・・これは・・・・

『分かってない』

確実に分かってない。

 

ハママⅡで、ウナギボーンを散々食べて獣性解放状態になった自分を思い出す。

ウナギですら『精力増進』効果がある。

それが「すっぽん」である。古来から、すっぽんは・・・すっぽんは・・・!

『特に男の性欲を向上の効果が絶大なのだが! 精をつける、元気になる! それがどういう意味か!』

・・・しかし、ハママⅡでも、そうした効能について、分かっていなかったらしいロビーである。

これは・・絶対に分かっていないだろう。しかし、妻が用意してくれたすっぽん鍋・・・。

「美味い・・・な」

思わず口に出てしまう。

「そうだろっ!」

ぱっと嬉しそうに目の前で笑うロビーを見てしまえば、もう、そのまま襲いたいと思うが、ダメだ!

と、必死に自分を叱咤する。

 

『ロビーは、分かってない! 絶対に分かってないっ!!!』

 

単に、社長業で忙しい自分の身体を労わって・・・ぐらいのつもりなのだろう。

だが、八百屋のおかみとやらっ!!!

『ロビーに効能つきで、出来れば教えた上で勧めて欲しかった!!!!!』

そんな心の叫びが、妻に届くわけもなく。

 

生き血割りの酒も、『ん~~癖はあるけど、悪くはねえなあ』とか、飲んでいる。

・・・・知らんぞロビー・・・後でどうなるか・・・。

 

だが、もうここまでくれば、毒を・・・いや、すっぽんを食らわば・・・!

 

「ロビー・・・」

「ん?」

はくはくと、美味しそうに食べている妻に、ヤンはタイミングを計って言う。

「今夜は・・・この後、すぐ・・・でも、大丈夫か?」

言われて、ぱっと頬を染めるのが可愛い。いや、可愛いのだが、え? 了解?

こくん、と赤くなりながら、小さく頷く様をどう言えばいいのか。

 

「うん。そういうものだって・・・おばちゃん言ってたし・・・」

すっぽん鍋は、食べた後・・・夫婦のことすると、もっと良くなるんだよって・・・

「だから、あんたが疲れてなければ・・・」

『疲れも吹っ飛ぶわっ!!!!』

との内心を抑え、ひたすら、静かに相槌を打つ。

 

「そうだな・・・そういう『作法』だからな」

「うん。不思議なマナーだよな? すっぽん鍋」

・・・ああ、やっぱり分かっていない・・・・・

 

だが、流石はバイアグラよりもある意味効果のある、古来からの『精力増進効果抜群』のすっぽんである。

 

食べ終わる頃には、既にロビーの方が赤くなり始めていた。

「ごめん・・・・ヤン・・・その・・・・」

 

本当は、この後締めに雑炊とか・・・のつもりだったんだけど・・・。

「俺・・・なんか・・変だ・・・・」

見れば目は潤み、着衣の上からでも乳首が立っているのが・・・分かる。

 

「ああ・・そうだな」

もともと獣性を理性で必死に抑えていたのだ。もうこうなったら、お互いに抑えるも何もないだろう。

 

「ロビー・・・」

そっとテーブルから立ち上がると、すいっとパジャマにエプロンの妻を腕に抱きあげる。

「もう、行くぞ?」

「ん・・・ごめ・・・なんか・・・急かして・・・」

はあはあ、と零れる吐息が甘い。甘くて・・・目が眩みそうだ。

 

寝室まで辛抱できたのが奇跡だと思うぐらい、時間がかかったが、どさりとベッドへと横たえれば、ロビーの方からヤンにと縋り付いてくる。

 

「ごめ・・・ほんっと・・・急かして・・・でも・・・」

「いや、当然だ・・・」

エプロンの下のパジャマをまさぐり、素早くまずは下着を脱がせれば、若い男性器は既にはちきれそうになっている。これでは、つらいのも当然だろう。

「ロビー・・・」

「ヤ・・・ン・・・・はや・・・く・・・」

性急に腰をくねらせ、自ら擦り付けてくる。こんなにも積極的だったロビーがかつてあったろうか?

「ああ、分かった・・・」

もう自分も限界なのだ。普段なら、色々とゆっくりする余裕もあるのだが、もう無理だ。

「私も限界だ・・・」

「あ、っ・・・!」

バスローブしか着ていないのだから、己の屹立したそれを、ロビーのそこへ突き入れるのはごく容易だった。

「あ、ぁ、あっ!」

馴染ませるローションもなしでは痛いはずだろうに、むしろ自分からヤンのそれを求めるように腰をくねらせるその様は・・・どれほど扇情的か、分かっているのかロビー!

エプロンもそのままで・・・パジャマの上もそのままで・・・

「ああ、駄目だ私が耐えられんっ!」

びりいいいっ!

思いっきり、エプロンもシルクのパジャマのボタンも引きちぎってしまったのは、いい加減、肌と肌とを合わせなければ、こちらが持たなかったから。

「ロビー・・・ああ、・・・私の・・」

「ヤンっ! もっと・・・あ、もっと・・・もっとぉ!!!!」

ぐっと、互いの着衣の乱れのまま、押し込めば遂にはあっさり2人して互いの情欲のそれを吐き出してしまう。

だが・・すっぽん恐るべし。あっという間に、また、すぐに下半身に血が溜まる。

 

「ヤン・・・ヤン・・・っ! もっと・・だめ・・・俺・・・もっ・・・と・・・」

色香と共に、甘い吐息でねだられて。これで発情しない男がいるわけがない。

「ああ・・・もっと・・私も・・」

お前が欲しい。

言いながら、更に先ほどよりもっと奥へと抱きしめたままに、突き入れる。

すると、やはり、それに合わせるようにロビーの腰がくねりだす。

「・・・やっ! ・・・ぁ・・・んっ! も・・・っとぉ・・っ!!!!」

「ああ、・・・いくらでも・・・ロビーっ!」

 

専門店での高級すっぽんの威力は・・・かくして、その本領発揮とばかりに、思いっきり発現したのだった。

「ヤン・・好き・・・大好き・・・だからぁ・・・・」

幾度果てても、やめないでくれと泣きつかれ・・・

日が昇り・・・そして、その日が沈む頃になっても・・・すっぽん効果は切れてくれず、結局、2人して一昼夜ぶっ通しという・・・

新記録を打ち立ててしまったのであった。

 

★★★

 

そんなあられもない痴態を散々に繰り広げたものだから、正気に戻ったロビーが赤くなったり青くなったりしたのは、もう当然だが、それについて『俺のこと・・・嫌いになったか?』と泣きそうになるから、余計に煽られて、更に『そんなことあるわけないだろう』と、続きが始まってしまったのは・・・

 

それは、すっぽん様とて自分のせいじゃないと言うであろう。

 

だが、アロとグラが事前に手配した通り、ヤンがようやく出社してきたのが、「すっぽん鍋」の数日後。

そして、放置していたはずの皿やら、雑炊用の残りのスープがしっかり片付いていたのは・・・

『イック??? ってことは???』

 

自分とヤンとか、思いっきり寝室にもつれ込んだあと、ナガヤボイジャーから察して、ちゃんと『片づけ』をしていてくれた・・・優秀すぎるサポート・ロボットの『思いやり』にもなんだか泣けてきたロビーだった。

 

だが、八百屋のおかみはと言えば、

「え? ロビーちゃん、すっぽんの効果知らなかったのかいっ!?」

と、素直に驚きつつも、にんまりと笑ってロビーへと尋ねる。

「でも・・・良かっただろ? 新婚さん向きで・・・」

「つか・・・思いっきり仕事休ませちまったし・・・サポート・ロボットには、なんかバレてるっぽかったしで・・・」

俺、もう、恥ずかしいよ、おばちゃんっ!

 

ひしっと抱き着いてくるロビーの背をぽんぽんとあやしながら、年季の入ったおかみは言う。

「でも、嬉しかっただろ? 思いっきり求められて・・・」

「うん・・・」

「年上の旦那で・・・社長やってるってロビーちゃん言ってただろ?」

そういう人は、ロビーちゃんみたいに『初心な新妻』には、つい配慮しすぎる癖ってのがあってね。

「本当は、むしゃぶりつきたい衝動を抑えてるんじゃないかねえって思ったりもしててさ。それに、ロビーちゃんのが、いっつも先に体力足りなくて、寝落ちしちまうって気にしてただろ?」

「おばちゃん・・・そんなこと俺言ってたっけ???」

「言ってたよ? ほら、相談に乗ってやった時。でも、ロビーちゃん・・それも記憶から吹っ飛ぶぐらい・・・旦那との夜・・・良かったんだねえ・・・」

すっぽん鍋勧めて良かった、良かった。

ほくほく顔のおかみと対照的に、まだロビーの方は、少しばかり涙目である。

「でもよお・・・あいつ・・・俺の相手とかになると・・仕事休ませたりとか・・・俺、迷惑ばっかりかけてる気がする・・・・」

そんなんじゃ、いつか嫌われねーかな・・・

本気で心配しているらしい、とてもこれが三十路とは思えない相手に、おかみは豪快に笑って答える。

「大丈夫っ! きっと今頃、旦那は嬉々として、いつもの十倍は仕事の効率上がってるよ!」

「そうかな?」

「そ! だから・・・」

サポート・ロボットがちゃんと気を回して、雑炊用にスープを保存しといてくれたってんなら・・・

 

「今夜は、前ほど激しくはないだろうけど、すっぽんの雑炊と・・・あと、ちょっとした酒で・・・」

可愛くおねだりしてみなよ?

「絶対に喜ぶから」

「うん・・ありがとな、おばちゃん・・・・」

 

結婚してからの「イロハ」も実は分かっていなかった時、結局、ロビーに色々あれこれ教えてくれたのは、昔からのロビーを知っている、この商店街のおばちゃん達だった。

だが、

「おめでとっ! じゃ、新婚さんにはエプロンだね!」

と、貰ったエプロンは、この間のすっぽん効果の煽りで、ボタンどころか縫い目ごと引きちぎれていて、というか、とんでもない汚れがついていたりで・・・。

あれをもう一度使う気力はなく、この商店街で新しく買おうと思っていたら、何故か、八百屋の近くにある服飾店のおばちゃんが「結婚祝いに」と持ってきたのは・・・

「なに? このぴらっぴらは???」

女物???

と首を傾げるロビーに「何言ってんだよ!」

これは「裸エプロン用っ!」と言われ、絶句したものの、やっぱり貰って帰ったというのは・・・おまけ話。

そして、実行に移せたのは、更に後のことだが、それがまたとんでもない破壊力で、ロビー曰く

『・・・玄関は・・・・そういうとこじゃねえと俺は思う・・・』

と嘆かせたのは、もはや商店街では語り草。

 

 

商店街のおばちゃん達にとっては「銀河の英雄」も「可愛いロビーちゃん」なのだ。

 

変な女に引っかかるのがずっと心配だったのだが、結局、結婚相手は年上の社長とか言う。

相手が男だろうが、女だろうが、とにかく「ロビーちゃん」を大事にしてくれているらしいのだから、おばちゃん達は、今度はひたすらこの可愛いロビーちゃんの新婚生活応援隊と化していた。

 

そのお陰で、時々ヤンが「・・・どこで、妙な知識を??」ということが、この先もあったりするのだが。

結果としては、おばちゃん達のお陰で、更に、幸せな時間が増えたのだから、ありがたい限りだろう。

 

それでも、「すっぽん鍋」の後

少し眠そうに出社したヤンに対して、アロとグラの2人は、はて? と首を傾げてはいたのだ。

 

「ヤンさんが眠そうって・・・」

「何があったんでしょうねえ????」

 

すっぽん鍋でロビーの方が効果が出すぎて、思いっきり相手をして、しかも、その後、自分のあられもない姿に「俺のこと・・・軽蔑したか?」とかで真っ青になった新妻を宥めたりしていたからの「睡眠不足」だったのだが、それはある意味『男の勲章』

 

ふふふ・・・と嬉しそうに黄金の瞳は、日差しに輝く。

 

「さあ、今日もやるぞ!」

「はいっ!」

「どうぞ、ヤンさんっ!」

 

凄まじい速さと正確性が、更に加速していくヤンの仕事の処理速度に、部下連中からの報告類の方が間に合わなくなっていく。

 

「ヤンさん・・・もう、今日はヤンさんの仕事がないっス・・・」

「アポイントについて・・・増やせば、まあ・・・増やせますけど・・・」

 

だが、別に特に絶対に合わなければならない顧客など限られている。別に、最初のスケジュールから外した者にまで会う時間を作ってまで、仕事をする必要はあるまい。

 

「では、私は帰ろう」

 

嬉しそうに立ち上がる姿が、もはや神々しい・・・。

「新妻効果ってすごいなあ・・・」

「それとも、すっぽん???」

 

どっちもだろうと思いつつ、「お疲れ様でしたっ!」と頭を下げるアロとグラであった。

 

そして、いつもよりも早く帰宅したヤンを待っていたのは、サポート・ロボットのイックであった。

「おいこら! ロビーは、果ててまだ寝てるからなっ!」

「ああ・・そうだな。なら、私も一緒に眠ろう」

「おいっ! 本当にあいつ疲れてるからっ!」

心配性のサポート・ロボットに、にっと笑ってヤンは返した。

 

「私もだよ。夫婦で添い寝もいいだろう?」

 

そして、その日、夜半に目が覚めたロビーが隣で幸せそうな伴侶の寝顔を見ることになり・・・。

『これもすっぽん効果???』

と、ちょっと思いながら。

でも、きゅうっと身を摺り寄せて幸せな時間を堪能することになったのだった。

 

互いの温もりに包まれて。

激情とはまた異なる幸せを、存分に味わったのだった。

 

(第6話おわり)




ちなみに、この後日談としては、書くまでもありませんが、ロビーの美肌は更につやつやになり、新婚効果はもっとすごいことになったのでした。すっぽん様、ありがとう(笑)
次は、「記念撮影だけでも結婚の記念を・・・」なスマート結婚(スマ婚)話の予定です。さて・・・ヤンさん、エンゲージリングとかも、出番がございましてよ!!!(ロビーにいくらでも着せ替えOKよ?)


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第7話:スマ婚狂想曲~結婚式は誰の夢?

第6話のすっぽん話のあと、すぐにアップする筈が・・・1か月以上丸々遅くなってすみません・・・・やっとスマ婚話です(^_^;)
そして、思ったより長くなりました・・・・
だって、結婚式は・・・・「乙女思考」の持ち主の夢ですからっ!!
そして、ロビーに乙女思考はありませんが、ヤンさんにはてんこ盛りなので。
お楽しみいただけましたら幸いです。


それは、いつもの夕食時の楽しい語らいの最中にもたらされた。

「あのさ・・・」

今夜は、ロビー特製レシピによるロールキャベツ。

しっかりとトマトスープの味が浸みた柔らかいキャベツに包まれた、オリーブの香りも程よく主張しすぎない絶品の味にフルボディの赤ワインと共に舌鼓を打っていたヤンは、『どうした?』と、特に意識することなく可愛い妻の問いかけに応える。

湯気と共に立ち上るふんわりとした空気と味わい。

こんなにも幸せな時間を、この自分が持てるようになろうとは!

 

毎日、家へ帰ればロビーが迎えてくれるのだ。

そして、毎日共に食卓を囲めるのだ。

『ああ・・・幸せだ・・・』

平凡と言わば言え! こんなにも幸せな時間がどれほど極上なのか、知らぬ者のことなどどうでもいいわ。

そんな風に述懐しながら愛妻の手作りロールキャベツを味わっていたヤンは、だから、その次の言葉にまったく無警戒だった。

「スマ婚・・・って、あんた知ってる?」

「は?」

何を一体? と、ヤンが思ったのも無理はない。

 

そもそも、ロビーとヤンの結婚は、ある意味成り行きというか流れのままに「婚姻届」のみイックにすら言わずに提出したものな上、結婚式はロビーの複雑な事情によりお蔵入りとなった経緯がある。

 

「スマ婚も何も・・・」

私たちの場合は、いわば「ナシ婚」に近いのでは?

と、思いつつも、何か言いたそうな伴侶の様子にヤンはロビーに先を促した。

「いやさ・・・実は、おばちゃんたちがよお・・・」

 

ここでの「おばちゃん」とは、親族上のものではない。

家出少年だったロビーのことを、昔から何かと気にかけ色々と世話を焼いてくれていたという「商店街」でのおかみさん達のことである。

 

「その・・・さあ・・・」

なんとなくためらいがちにロビーが言い始めたのは、買い物の途中で「おばちゃん」に聞かれたことがきっかけで、ロビーとヤンには結婚記念の写真がないということについてであった。

「俺はさ・・・全然、気にしてなかったというか・・・」

気づいてすらいなかったんだけど、と少し口ごもりつつ、ロビーは続ける。

「おばちゃんたちから、『だめだよ、それは!』『そうだよ!』『そうそう! ロビーちゃん! あのねえ、結婚式や豪勢な披露宴が性に合わないとしても、記念撮影ぐらいはしなよ』『そうだよ、それぐらいは・・・ねえ?』とかなんとか色々て言われて・・・」

俺、そんなこと考えてすらなかったぜって言ったら、おばちゃんたちから『大仰な披露宴とかを省略して、結婚記念の撮影だけ簡単に出来るスマート婚の方が、写真撮影すらない届出だけのナシ婚より、まだマシ! ずっといいよ』って言われて・・・。

 

より正確には「旦那さん、社長さんって言ってなかったっけ? そういう人は本来は、取引先とかとの接待も兼ねて盛大な結婚式をするものだよ? 社会的地位が高い人であるほど、冠婚葬祭の儀礼はしっかりしないといけないからね。なのに・・・ロビーちゃん?」

ロビーちゃんが目立ちたくないっていう理由だけで、結婚を公表しないだけじゃなくて、披露宴をしないだけじゃなくて結婚式自体しない上に、記念撮影もないなんて・・・・

「旦那さん・・・ロビーちゃんの事、すっごく大事にしてくれてる人なんだろう? そんな人なら、きっと本当は思い出と記憶にずっと残るような豪華な結婚式をしたかったろうし、記念になるような撮影は絶対にしたかったと思うよ?」

なのに、結婚写真すらないなんて・・・。

「ロビーちゃん、ちょっとそれは、旦那さんが可哀想だよ」

と怒られた、のだ。

 

そうして、おかみさんたちはロビーに「はいっ! せめてスタジオで簡単に撮影できるスマ婚プランぐらいは、把握しときなよ!」と、どっさり資料としてパンフレットやらチラシやらをくれたのだった。

 

「うちの娘も、最初は面倒だから結婚式を省略しようとしたんだけど、彼氏が泣いて『君の花嫁姿ぐらい見せてくれたっていいだろうっ!』って言うものだから・・・」

で、色々撮影だけでものプランのスマート婚略してスマ婚の資料集めをしていたそうなのだが、結局、彼氏がやっぱりちゃんとした結婚式をしたい!と言うので、最終的には、そのスタジオとかは使わなかったそうなのだが・・・。

 

『ま、そんなこんなで、色々あるからさ。結婚式だって夫婦でちゃんと話すべきだし、せめて記念撮影ぐらいは・・・』

と、パンフを持ち帰って、今日のロールキャベツを煮込みながらそれと睨めっこしていたということらしい。

 

「まあ・・・確かに、スタジオで衣装も貸してくれるって言うし・・・特に凝らないんだったら、すぐにでも撮影してくれるとこもあるみたいだし・・・・」

何より安いし、時間もかからないみたいだし。

「これなら・・・あんたと俺とで、ちょっと行って、さっと撮るだけで済むかなあ?って」

でも、あんた・・・今更、結婚記念の撮影とか・・・いらねえかなあ・・・・いらねえ・・・よな?

 

恐る恐る・・・というロビーの問いが終わるよりも先に、ヤンの金色の瞳が、かっと見開かれる方が早かった。

「ロビーっ!」

「はいっ!」

思わず反射的に背筋を伸ばして返事をしたら、そのまま、テーブル越しに唐突にぎゅっと抱きしめられた。

「ロビー・・・いいのか? 記念撮影を望んでも・・・いいのか!?」

「え? ん、ま、その・・・あんたが・・・いいなら、だけど・・・」

俺からの提案だから、俺の支払いで済ませるとこなら、もう一つ候補のスタジオもあるし、と言うロビーの言葉を遮り、ヤンは金色の瞳をきらきらと輝かせてぎゅうぎゅうに、愛する伴侶を抱きしめる。

「何を言う! 2人の記念だぞ! それなら、私に手配させてくれ!」

「あ、うん。まあ・・・その・・・それは構わねえけど・・・」

それより、テーブルの上のワイングラスとかロールキャベツとかが良くこの体勢でひっくり返ったりしないものだと、抱きしめられたまま全然明後日の方向に感心するのがロビーがロビーである所以と言えようか。

「俺のさ・・・目立ちたくねえとか色んな都合で、あんたは結婚式したがっていたのに、それ・・・駄目って言っちまったから・・・」

今更でもいいなら・・・

「どんな撮影でもいいぞ? あんたの希望通りにするから」

「どんな? どのようなものでもか!?」

食らいつくような語気に思わずびくりとしつつも、こくこくとロビーは頷いた。

「うん。スタジオとか気に入らねえなら、どこでもいいし・・・」

「どこでもか!?」

「当然だろ? だって、あんたが気に入るようなものが撮れないんじゃ、俺にとって意味・・・ねえし・・・」

結婚記念写真すら考えていなかったロビーからすれば、本当は、撮影自体面倒だろうに、それを・・・私のためにと考えてくれたのか! ああ! これだからっ! お前は・・・っ!!

 

愛しくて、本当に愛しくて。

どうして、こんなにもいつも自分のことではなく、相手の事ばかり当たり前のように考えてくれるのか。喜ばせようと・・・真心を尽くしてくれるのか!

「お前と出会えて良かった・・・」

「ヤン・・・」

そっと重ねられる唇は、ワインを含んで甘美に香る。

そのまま、そっと最愛の妻の身体から手を離し、自分の席に腰を下ろすと、この上なく嬉しそうにヤンは金色の瞳を輝かせて満面の笑みをロビーに向けた。

「お前との記念撮影・・・最高のものにするからな!」

「お、おうっ・・・・」

 

その時のあまりもの嬉しそうなヤンの勢いに、少々何か違うのでは? との予感がしなかったわけではない。

 

ロビーが考えていたのは、あくまでも「簡単で安く済むスマ婚」

だが、ヤンの頭の中では、既に壮大な「結婚記念撮影プラン」がごうごうと唸りをあげていた。

 

『私のロビーが、私のために!!!』

撮影に応じてくれるというのだっ! これほど素晴らしい提案があろうか!!

 

にこにこと喜色満面の笑みにてヤンはロビーに、嬉しげに言った。

「スタジオなど使う必要などない。撮影なら、機材も場所も、全てそれに相応しい場所も服もある」

「へ?」

きょとんとするロビーに対し、にっこりとヤンは瞳を輝かせる。

「ああ。撮影だけでいいなら、誰も呼ぶ必要はないわけだ。私の別荘ならセキュリティもプライバシーも守れるし、機材もある。親しい者だけを招いた食事会もできるぞ?」

食事会、にぴくりとロビーが反応した。

「あ、なあ・・・それなら、アロとかグラとか・・・あと・・・ハッチとかさ・・」

あいつら呼んで、ちょっとした結婚式みたいなこと・・・も出来るか? 今更だけど・・・との問いに、無論だ!とヤンは頷く。

 

「そうしていいのだろう? ロビー・・・」

うっとりとした蕩けそうな金色の瞳を前に何が言えただろうか。

 

そうして、ロビーにとっては「スマ婚」

ヤンにとっては「人生の節目、大切な大切な、最も大切な記念撮影」の計画は始動していったのだった。

 

それが、果たしてスマ婚だったのか? の定義だけは、さておいて。

 

★★★

 

ヤンがロビーとの結婚記念撮影を行う、の報はロビーからのスマ婚の提案があった翌日には、全銀河中の「ヤンズ・ファイナンス」の支店全て、表も裏も含めて全社員へと駆け廻った。

「社長が!」

「ヤン総帥が!」

「奥様との結婚式が・・・・っ! ついに・・・っ!!」

 

盛り上がることこの上ない全社員。それは当然であろう。

ヤンズ・ファイナンスは、ヤンが立ち上げた企業なのだ。

創業者社長であるヤンが「恋愛や結婚やそうしたことに夢いっぱいな乙女思考」の持ち主であるのと同じく、いや、ある意味それ以上に社員たちはロマンス好きであった。

そもそも社員の全員がヤンのファンでもあるのだから、愛読書は今も続くハッピーエンドの殿堂「ハーレクイン・ロマンス小説」だし、日本の少女マンガやアニメの類は、この企業では教養の必須科目と言っても過言でないほど浸透していた。

 

ちなみに、ハーレクインと言えば昔から「ラストは必ずハッピーウエディング」が鉄則のロマンス小説の代名詞と言ってもいい出版社だが、日本でコミック化されて以降、その文化はどれだけ宇宙時代になろうと、今度は銀河全体へ発信され、惑星アッカサッカで「永遠の愛の鐘」なるものが出来たのも、そうした地球発信の文化の影響とも言われている。

銀河の果ての地球だが、文化の面では妙に銀河連邦に影響力があるという不思議さは、月の王国の初代王「ロック・キタ」が、宇宙人と地球人とのファーストコンタクトの折に、「持病の癪が・・・・・」「そいつぁいけねえ」などという時代劇あるあるなことを行った上に、そんな地球文化、特に日本のサブカルチャーを銀河へ伝えまくった功績の一つでもある。

 

お陰で、地球が銀河連邦に加盟したのは随分遅かったのだが、他のテクノロジーでは遥かに進んでいた各惑星からも文化面で一目置かれるということになったのである。デカルチャー効果恐るべし。

 

と、そんなこんなな事情はさておき、よって、全銀河に広がるヤンズ・ファイナンスの社員達は、それはそれはロマンス好きで、だからこそ、崇拝するヤン社長の結婚! とあらば、どれほどの豪華で華麗な結婚式が! と、ものすごく楽しみにしていたのである。

 

絶対にライブ中継はあるだろうし、衣装が絢爛豪華なのは言うまでもないだろうし!

「しかも、お相手が・・・・っ!」

「あの銀河の英雄! 地球の救世主っ!」

「美形で評判のロビー・ヤージ氏っ!!!」

 

素晴らしいっ! さすがはヤン社長!!!

 

だからこそ、「結婚式も披露宴もナシ」と通達された時は、心底がっかりもしたことは言うまでもない。

「記念録画・・・用意してたのに・・・・」

「ヤン総帥とお相手のロビー様とのご衣裳・・・・楽しみにしていたのに・・・」

 

結婚式、見たかったのにいいいいいっ!!!!!

との叫びは、ロビーにこそ聞こえないようにヤンが抑えていたが、実は、ヤンズ・ファイナンス全員の相違であり嘆きでもあったのだ。

 

そこに「結婚記念撮影」をするとの報である。

 

「ということは!?」

「もちろん・・・っ!」

「正式な結婚式と同じく・・・いや!」

来賓をほぼ招かないという以上、むしろ、より豪華で華麗で大掛かりで素晴らしい「撮影」となるに決まっている。それならば、スタッフとして自分たちも参加できるのでは!?

 

「俺・・・警備担当に選ばれるよう申請してくるっ!!」

「ばかっ! あれは、隊長が選抜して推薦した奴だけがなれるんだぞ!」

「じゃあ、撮影のスタッフに入れて貰うっ!」

「そっちも、ヤンズ・ファイナンスの広報部門での映像担当連中が奪い合いだっ!」

セキュリティ担当が無理なら、撮影機材運びとか、セット係とか! 

「いや、食事会もされるってことなら、そっちのスタッフとか!」

じゃがいもの皮むきでも何でもするから、参加させてください! ヤン会長っ!!!

 

とかなんとか、全社員が目の色変えての「スタッフの地位争奪戦」になっていたなど、当然、ロビーが知る由もない。

 

ロビーはただ、ヤンから「任せてくれ」と言われたので「任せる」と言っただけのつもりだったので、まあ、せいぜい安いスタジオじゃなくて、またヤンの持っているホテルかどこかのエントランスとか使って撮影するのかな? としか考えていなかった。

 

甘い。それは、ヤンズ・ファイナンスの財力や規模を・・・いや、ヤン自身の「結婚式やロマンス」についての乙女心を考えたらあまりに甘い考えと言えただろう。

 

アッカサッカでの「永遠の愛の鐘」をロビーと鳴らしたかったヤンである。

あの鐘を鳴らすのは私とロビーのはずだったのに、何故、ハッチと・・・っ!

と、どれほど嘆いたことか。それは、あの騒ぎが中継されていたのを見ていた全社員が思ったことでもある。

 

無論、あの鐘をロビーとハッチが鳴らしてしまったのは、単に、あの当時「ヤンに借金のカタに腎臓取られる恐怖」に逃げまくっていたロビーが、ハッチとアッカサッカでどたばたと逃げている最中の偶然のアクシデントにすぎず、そこに何か意味があるなどとは、当の本人達・・・・ロビーとハッチは思ってもいなかったのだが、関係者は別である。

 

ハッチとロビーの縁談を未だ諦めきれないルナランドの重鎮らは「あの鐘を鳴らすほどの縁こそが、お2人こそが正しくご婚姻されるご関係なのだ!」と言ってはばからないし、逆に、ヤンズ・ファイナンスの社員らは表の金融会社を中心とした複合企業でも、裏の軍事部門や高利貸他の闇部門に属する者でも皆「あんなことで、諦める我らがヤン様のわけがあるまいっ!」と、現在、ロビーと入籍したヤンのことをことほど誇らしく思っている。

 

「ヤン様が・・・・我らの総帥が・・・・!」

「念願の想い人と・・・結ばれ・・・・っ!」

そして、ついに「記念撮影」すなわち、時期こそ遅くなったが、それこそ「他人を呼ばないだけの結婚式」そのものと何が違うというのか! いや、違わないっ!

 

「結婚式だ!」

「結婚式の鐘が・・・・ついに我らの総帥の結婚式の鐘が鳴るのだ!!!」

ばんざ~~~いっ! ばんざ~~~~いっ!!!!!!! 万歳、万歳、万歳三唱がどれほど続いたことやら。

 

よって、盛り上がる社員らからの熱意も手伝い、勢い、結婚記念撮影のための場所選びから、衣装、撮影機材、スタッフetc.に至るまで、それはそれは・・・・ヤンズ・ファナンスの全社員総力挙げて凝りまくったのである。

 

ヤンが凝り性なのは当然だが、それに全社員が全力でバックアップに燃え盛る。

これで大々的なものにならない方がありえない。

 

従って、スマ婚の話をロビーがしてからわずか数日後には、場所は、ヤンの私有惑星の一つ、風光明媚でかつ、地球では失われたかつての世界遺産的な建築を再現した数々の名城がある太陽系からは少々離れた、一般の宇宙船では絶対に到着できないセキュリティ万全なそこにと決まったし、そして、肝心な結婚式のための場所や衣装などは、「選ぶなど・・・むしろ、ヤン総帥のお心のままに、全部行いましょうっ!」となったのも、ある意味当然の成り行きで。

 

しかし、そんなことになっているとは知らぬロビーは、「え? お前の別荘??」とのみ理解していた。

 

『意外と、質素な好みだったんだなあ・・・・』

とまで考えた自分を「我ながら馬鹿だったぜ・・・」と思ったのは、もう「別荘」というか、「遠い惑星」まで連れて行かれた後なのだから、今更後悔しても先に立たず。

 

例えば、中国でかつて消失した清朝時代の離宮「円明園」。

これを、本家の中国よりも艶やかに再現させた壮大な庭園に、見事な薔薇の花まで咲き乱れている様の『文字通りの大宮殿』に連れてこられたロビーが、ぽかんとなったのは言うまでもない。

 

「・・・・べ、別荘って・・・・・・」

ネオトーキョー郊外どころか、日本のどこかどころか、海外どころか・・・・

 

「宇宙規模だったのかよっ!!!」

 

と叫ぶロビーを楽しそうに金色の瞳が見詰めていた・・・。

それを撮影したスタッフが「涙で前が見えなくなりそうでした!」と叫んだ、この2人のツーショットをヤンがいたく気に入り、自分の社長室に飾る一枚に選んだというのは後日談。

 

ともあれ、こうして壮大な「スマ婚」は始まったのだった。

 

ちょっとでかけて、さっと撮影・・・のスマート婚。だっけこれ????

 

と、ロビーだけが頭を抱え、

「俺とヤンでスマ婚すっから、お前、親友なら参加しろよ!」

と誘われたハッチがイックに対して

「・・・どうして、ロビーってさあ・・・」

綺麗なおねーさん達に騙されまくるだけじゃなくて、こうも簡単に信じちゃうんだろうねえ??

と半ば呆れ顔で囁いたのは、ほんのおまけ話。

 

最初から「スマ婚するから!」と言われた時点で、「ああ、これは大事になるな」と予想がついていたハッチは、ルナランドのじいや達には「地球外遊、あと、ロビーのとこへ遊びに行くから」と言いつつ、しっかり公式行事用の正装も持ってきていたし、イックもどうせそんなこったろと驚きもしなかったのだが、ロビーだけが頭を抱えているという。

 

「なんで? どういう?」

しかし、ヤンがあまりにも幸せそうに嬉しそうに見詰めてくるものだから、抗議など言えるわけもなく。

 

「・・・体力使うんなら・・・メシ・・・・ちゃんと出せよ・・・・」

それと、何でもするけど、なんだって協力するけど!

「あんたも・・・俺にご褒美くれよな・・・・」

とか、可愛いことを言うものだから、結果、ヤンをますます喜ばせただけであった。

 

そうして、ヤンの私有惑星での壮大なる撮影会は開始されたのである。

宮殿だけでも、幾つあるやら? の惑星で、撮影スポットは数えきれないほどある中で、更に言うなら

「祭壇も、地球の各国文化の色々なものがあるぞ?」と言われた日には・・・

 

『俺は、何回結婚式やらされんだろう・・・』と、くらっとしたロビーだったが、実際はその更に上を行くとはまだ思っていなかったあたり。

それは、ヤンの突出した美意識と乙女心を理解していなかったからに尽きるだろう。

 

★★★

 

スマ婚、スマート婚。それは、結婚式を正式にやる代わりに簡素に記念撮影だけで済ませるもの。

の・・・はずだったのだが?

 

「ロビー・・・愛している。結婚してくれ・・・・」

「い、いや・・・あのさ・・・・・」

何でだっ! 結婚ならもうしてんだろがっ! 何が始まったっ!!

 

壮大な宮殿で咲き誇る薔薇の庭園の中、唐突に跪かれてあわあわとしているロビーを余所に、ヤンはいつもの黒のファーとマントつきのスーツの内ポケットから、おもむろに指輪ケースを取り出す。

「これを・・・お前に・・・・」

「いや、だから・・・」

そもそもあっちこっちでカメラ回ってる上に、自動撮影ドローンまで浮いている。更には、ハッチやイックやアロやグラどころか、宮殿スタッフの「ヤンズ・ファイナンス」の皆さんまでこちらを注目してるんですがっ!

『この状況でどーしろとっ!!』

連れられてきて唖然としている途端にこれである。

もう、どうしたら・・・と思うロビーの前で、ヤンは指輪ケースをぱかりと開く。

「これを・・・お前に・・・」

「いや、だから結婚指輪ならもう・・・。あれ?」

自分の左薬指のシンプルな金色のリングと、指輪ケースの中に納まっているそれとをしげしげと比べて見る。

「これ・・・結婚指輪・・・じゃねえような???」

指摘され殊の外嬉しそうに輝く、金色の瞳。

「ずっと・・・お前に贈りたくて・・・」

そっと、ロビーの左手を取ると、もう嵌めてしまったマリッジリングの上に、するりと嵌める。

「これは、お前が私の求婚を受け入れてくれた時に贈ろうと思っていたエンゲージリングだ」

「・・・こんなの・・・・お前・・・・」

特殊合金で造られたマリッジリングも、ヤンの瞳の色に似ていて綺麗だなあと思っていた。

贈られた時、それがヤンの指のリングと対になっていて、互いの位置情報なども把握できる機能もついているヤン手作りの特別製で、それが全てロビーに万が一のことがないようにとのヤンの想いから出来た世界に一つしかないものだと聞いた時には、もっと嬉しくなった。

『お前が私を想っている限り、このリングはお前の指から外れることはない・・・』

そう言われた時、実際、自分で試しに取ってみようとしても、ぴったりと嵌っていて全然取れなかったことを思い出す。

でも、装着感に違和感はなくて、常に付けていても汚れるわけでもなく、どんなに料理をしたりしても、風呂に入っても、果てはうっかりどこかにぶつけても傷一つ付かないどころか、きらきらとした輝きは増すばかりなリング。

『どんな特殊合金をあいつ、独自開発したんだかなあ・・・』

時々、夕食を作りながら、左手薬指を見る度に感心したり感動したりしていたのだが、それに合わせたかのようなこの・・・もう一つの宝石つきの指輪は・・・・。

 

「すげえ・・・。深い藍色に金色が・・・きらきらして・・・・」

「宇宙のようだろう? お前が大好きな」

その言葉に、ロビーから貰ったパジャマが「I LOVE 宇宙」だったことをハッチは思い出すが、ヤンまでそんなことを知っていたことに今更、この男は! とも歯噛みする。

だが、ハッチの小さな歯ぎしりは、隣のイックにだけ聞こえていただけ。

ロビーの方は、ヤンに手を取られ、自分の左薬指に嵌められた「青金石」を中心に、今度は合金ではなく本当の黄金細工とダイヤで飾られた華やかなラピスラズリのリングに目を奪われていた。

 

「この石・・・天然だろ? 人工的に造る技術はあるけど、アフガニスタンあたりでの鉱脈でなきゃ、こんな風な色にはならねえし、金色の入り方が・・・こんな風に・・・星みてえに・・・そんなの・・・今時・・・」

ほとんど地球では掘りつくされている上、今や宝石も人工的に何でも出来てしまう時代である。

また、宇宙時代になれば、他の惑星での珍しい石の方が希少性た高くて、セレブ達はむしろそうしたものを好んでつける傾向すらある。

「なのに・・・今時・・・・こんな・・・・アンティークにだって・・・探したって・・・・見つからなさそうなのに・・・あんた・・・どうやって・・・・」

最後の方はもう、涙まじりで声が掠れていた。

こんな希少石、しかも、金持ちが好む流行りとは全然違う分だけ、普通に金にあかして探させたって見つかるものじゃない。

きっと・・・ずっと・・・ずっと前から・・・自分が気が付くよりもっともっと前から、地球に残っている数少ない鉱脈を探して、自ら、この石を探していたんだろう。忙しいのに。激務の筈なのに。

「いや、気にするな。美しいものを集めるのも私の趣味だからな」

さらっと言うところが、また、ぐっと胸に詰まる。

そうなのだ。結局、ヤンはいつだって自分が気にしないように「気を使う」のだ。

このラピスラズリの品質を考えたら、手に入れるだけでどれほど大変だったか。

そして、それをこんなにも綺麗に加工して、細工して、なのに結婚届だけでいいやとか言っていた自分のせいで、ヤンはこれをお蔵入りにしていたのか。

「ヤン・・・」

ぎゅっと自分の手を握る男の手に、ロビーもまた己の手を重ねて、涙交じりに懸命に答えた。

「俺・・・あんたが好きだ・・・・」

それは、結婚の了承か? との問いに、こくりと涙交じりにロビーは頷く。

「うん。もう結婚してっから・・・今更了承ってのも変だけど・・・けど・・・あんたさ・・・」

俺にこうして贈りたかったんだよな? 

「ごめんな、気が付かなくて・・・」

でも・・・嬉しい。

「こんな俺で良かったら・・・結婚してくれ・・・ヤン・・・」

 

同時に、わっと湧き上がる歓声は、周囲で固唾を飲んで見守っていた社員達から。

「おめでとうございます!」

「おめでとうございます! ヤン会長!」

「良かった・・・良かった・・・・・・」

貰い泣きし始める社員らまでいるあたり、どれだけ熱狂的なファンクラブなのかと、イックとハッチだけは、ふうと少々ため息を漏らすが、多勢に無勢。周りは既にこれだけで大熱狂である。

 

「これでご婚約のエンゲージリングの贈呈と、プロポーズ編! 円明園編では完了です!」

「他で撮り直しご希望でしたら、いくらでも撮影いたしますが、どういたしますか?」

との問いに、流石に、ヤンは苦笑しながら、静かに制止する。

「いや、プロポーズについては、一度こうして正式に行いたかったから、一度で十分だ。だが、結婚式は、衣装も色々用意しているしな」

「あ、そうでした! 中華風のご衣裳から、西洋風のご衣裳、他にも社長がデザインされてお作りになられが数々の名作が!!!!」

「は?」

その言葉に、今までうるうるとしかけていたロビーの目から涙が引っ込む。

「ちょっと待てよ、ヤン! 衣装って・・・結婚式用の服って・・・それもお前が作ったのか?」

いつだよ! おいっ! 

との問いに、さらりと多忙な筈の大富豪は答える。

「デザイン全般が趣味なのだ。宝飾類も作るが、服飾も出来るぞ?」

特に、服は最近はデザインさえ起こせば、後は生地と素材さえ用意すれば、オートメーションで即時に作れるからな。

「でも、ヤンさんの手縫いの方が早いっすけどね」

「はあああっ!?」

目を丸くするロビーに対して、アロとグラは、さらっと言う。

「あれ? ロビーは知らなかったっすか? ヤンさん、生地は機織りからご自分で物凄い速度で何でも織れますよ?」

「それに、オートミシンより、ヤンさんの手縫いの方が正確で早くて・・・」

だから、ロビーを模した可愛い『ロビー縫いぐるみ』が、イセカンダルへの旅の途中では、ずっとシャチホコ号にあったのだと語るアロとグラの側近2人。

「・・・知らんかった・・・マジかよ・・・」

茫然、の体でぽかんとしているロビーに対し、くすくすと笑いながらヤンは立ち上がると、愛する伴侶をぎゅっと抱きしめた。

「そんなことはどうでもいいことだ。私にとっては、お前が私の求婚を受け入れてくれて・・・そして、贈りたかったエンゲージリングを受け取ってくれたことの方が遥かに重要なのだから」

「・・・つか・・・」

合金のマリッジリングがシンプルな分、豪華に造られたラピスラズリを据えた金細工の指輪は、より一層ロビーの左薬指できらきらと馴染んで輝く。

それを見詰めながら、そっと自分を抱きしめる男の胸に頬を寄せつつ、ロビーは尋ねた。

「これ作ってくれただけで、俺はもう十分なんだけどな・・・」

だが、ならそれで、と終わるわけがなかった。

「ああ、だが、私はまだまだ足りないのでね」

それに・・・結婚記念の撮影なのだろう?

「私にそれを任せてくれると言ってくれて、本当に嬉しかったのだよ?」

「・・・・分かった・・・もう負けた・・・・」

好きにしてくれ! 何着だって着てやらあっ!!!

「どーせ、もし結婚式したら、あんたみたいな社会的地位のある奴の場合、お色直しだのなんだのとか、その後のお披露目とかで、どーせ、あれこれ色んなもん着てパーティだのなんだの出る羽目になってたはずだもんな」

それ、全部俺の都合で、結婚自体伏せて貰って、なしにして貰ってたわけだし・・・。

「それを考えれば、もういいわ。あんたの言う通りに何でもすっから・・・」

「ああ、ロビー!」

ぎゅううっと人目も憚らずに抱きしめる姿も、もちろん、撮影舞台と撮影ドローンにしっかり撮られているわけだが、もうそんなことを気にしていることすら出来はしない。

「もういいよ。俺が、あんたのこと好きなんだからさ・・・」

俺が出来ることなら何でもするさ。

その一言で、うっかり人目を忘れて更にぎゅうぎゅうにヤンがロビーを抱きしめ、キスの嵐を振らせていた光景は・・・ヤンズ・ファイナンスでの未来永劫の語り草となった。

「まるで・・・ロマンス小説のワンシーンみたいだった・・・・」

「素敵だった・・・・」

そんな感想のおまけつきで。

 

★★★

 

そこからは、毎日がもう・・・記憶も飛ぶほどの怒涛の撮影の日々だった。

男同士の同性婚で良くあるオーソドックスな純白のタキシードは、最初からロビーだって考えていた。

だが、それ以外にこんなにも「結婚装束」なるものがあったとは!

 

『激務の癖に、いつ作った!! こんなもんっ!!』

タキシードの色違い、デザイン違いだけでも何種類もあるわ、ヤン独自のオリジナルデザインだという普通には見ないような柄だの生地だのの衣装が次から次へと、さながらファッションショーのランウェイを歩くモデルの早変わりさながらの速度で繰り出される。

 

しかも、当然だが、タキシードタイプのみで終わる筈もなかった。

 

記念撮影初日、惑星に到着して、エンゲージリングを贈られてから何着分の撮影したんだ? の頃に、それはやってきた。

 

「は? こりゃ、また・・・・」

真っ赤なシルク地に金色の刺繍、しかも妙に身体にフィットするラインで縫製されている上、靴も絹製ときた。

「・・・えっと? チャイナ・ドレス??? か? こりゃ???」

衣装を持ってきたヤンズ・ファイナンスの美容スタッフの女性に尋ねれば、「いえ、違います」と即答される。

「これは、ベトナム方面の民族衣装アオザイと、漢民族の伝統的衣装にインスピレーションを得た、ヤン総帥のオリジナルです!」

「・・・いや、そういう意味じゃなくて・・・・」

妙に丈が長い割に、両足脇にスリットが入っていて、生足が思いっきり横から見えるデザインが『女物のドレスなんじゃねえの?』というのが気になっただけなのだが・・・・。

『素足に絹の靴ってあたりもなあ・・・』

中国での昔の妓楼とかあたりの風俗画のおねーちゃん達が、似たようなもんでポーズ取ってなかったっけ? とか思うロビーの疑念などなんのその。ヤンズ・ファイナンスの「服飾部門」担当のスタッフらは、さっさと着付けを開始する。

「まあっ! ぴったり!」

「流石は、ヤン社長!」

「これだけフィットするボディコンシャスなデザインを、目測だけで正確にお作りになられるなんて!」

「ロビー様の長くて綺麗なおみ足が・・・見事にスリットから映えて!」

『いや、だからそれさあ・・・・』

三十路過ぎの男が真紅のチャイナドレスで女装してるよーにしか、傍からは見えねーんじゃねえかっ!?

『だれが、んな珍妙なもん見たがるよっ! うわ、なんかメイク担当まで来た・・・・』

 

撮影が始まってから、もう既に何時間経過したか覚えていない。

途中で、サンドイッチだの軽食やら飲み物が出されたのは覚えているが、疲れたとか言う余裕すらないままに文字通り『まな板の上の鯉』の如くに今までおとなしくなんでも着させられては、撮影に応じていたロビーであったが、流石に今度ばかりはちょっと待て! と叫んでいた。

「俺は、女装趣味ねえぞっ!!!」

だが、『は?』と、ヤンズ・ファイナンスのスタッフの美女集団は小首を傾げ、綺麗な胸元を見せつつ『何故?』という困惑顔をするばかり。

 

「総帥の・・・ヤン社長手ずからの織物で・・・・」

「こんなにも見事な出来栄えで!」

「ええ! なんてロビー様の肌の色、髪の色、全てに調和して見事かと!」

「私ども皆、感動で涙で、先ほどから前が曇りがちですのにっ!」

うるうると涙目の素敵な胸元の美女集団。

そして、ロビーは所詮「女の涙と谷間に弱い」お人好しさんだった。

 

「わ、分かった! 分かったから!」

泣くなよ! ちゃんとあんたらの指示に従うからっ!!

瞬間、ぱっと笑顔になる巨乳美女集団の衣装スタッフたち。

「本当にお美しくて・・・」

「ああ、もう・・・ため息が・・・・」

ほうっ・・・・と、世辞でもなんでもなく本気で言っているらしいところが逆に怖い。

『どういう美意識なんだよ、ヤンの会社の連中はっ!!』

 

金融を中心としつつも、ホテル業界から、軍事部門から、ファッション部門まで、あらゆる部門まで実は何らかの資本提携やら関係が多岐に渡って広がっているのだという『複合企業ヤンズ・ファイナンス』。

その総資産など誰も分からないという程なのだが、闇金のヤンしか知らなかったロビーは未だその実態を良く分かっていない。

銀河中の経済という経済を通じて、あらゆる面に影響力を持つ巨大企業だと知っていたなら、そもそも、ヤンと結婚したかどうかも怪しいぐらい超絶セレブなのだが、ヤン自身が自分の企業についてロビーに語らないものだから、てんで甘く見てしまっていたことに今更後悔しても、先に立たないのは当たり前。

 

そして、ヤンのいつものファッションセンスが『似合ってるからいいけど、随分独特だよなあ? あのファーだのスーツだのマントだの、どこで買ってるんだ?』などとのんきに思っていた自分を恨んでももう遅い。

 

トップの特有の・・・・人によっては『特異』なとも言われる美意識は、思いっきり全社員に浸透していた。

いや、トップの美意識に賛同する者しか、ヤンズ・ファイナンスにはそもそも入社自体出来ないのだが、当然そんなことロビーが知っているわけもない。

 

「さ、では最後にこれを・・・」

「は?」

真紅のシルク生地の上から、既に金細工の首飾りやら、鳳凰を意匠のこれまた黄金の冠やら、腕には贈られたエンゲージリングと対になるような色合いのラピスラズリの腕輪やらと、散々に飾り付けられているのに、まだ何かあるのか? と思うより先に、さっと素早くロビーの視界は上からかぶせ物で遮られてしまっていた。

「お、おい・・・・これだと前が見えねー・・・」

おろっと、するロビーに救いの手が、そっと下から差し伸べられる。

「俺様が、手を引いてやっから、心配すんな」

「イック・・・・」

聞きなれたサポート・ロボットの声にほっとしつつも、こりゃなんだ? との問いに、小柄なウサギ型ロボットはごく短く答える。

「さあな。多分、昔の中華風の婚礼衣装とかにある花嫁の被りもん・・・みてえなもんだとは思うがな」

中国での清朝の頃の漢民族の花嫁が、嫁入りの際に運ばれる花籠の中で被らされているそれに似ているものの、色々アレンジが入っているので、どことなく西洋の花嫁衣裳のヴェールのように見えなくもない。

だが、ロビー本人には、何も見えないのだからどうこう説明しても仕方ないだろうと、イックは小さな手をロビーに差し出し、そしてゆっくりと先導する。

「なんか知んねーけどよ、家族が『花婿』んとこへ連れてくもんらしーから」

俺様が代わりにって、指名されたわ。

『つか、なんだってヤンのヤローのために、俺様がロビーと連れてく役割なんかやんなきゃなんねーんだよっ!』

未だ、『自分に無断で勝手に婚姻届を出されてしまった恨み』の消えぬイックからすると、どうにも釈然とはしないのだが、今回の撮影会についてはロビーからの提案だというのだから断りようがない。

それに、家族・・・として、という言葉につい心をくすぐられてしまったのも事実だった。

『ちぇっ・・・』

結局、ヤンの思い通りにばっかなってるじゃんかよ。あの下種狼野郎が!!!

内心ではさんざ毒づきつつ、それでもゆっくりとロビーが転ばないように、『会場』まで連れていく。

 

「おお!」

「ご到着だ!」

「今夜のフィナーレのご衣裳は・・・また、なんと素晴らしいっ!」

広間らしいところまで来た途端に湧き上がる歓声と熱気とフラッシュ音の嵐。

『おいおい・・・俺の一世一代の珍妙なヘンテコチャイナドレス姿が撮られてるんじゃねえだろな・・・』

焦るが、今更である。

そんなロビーの目の前に、やがて馴染んだ気配が現れる。

「・・・ああ・・・ロビー・・・」

うっとりと満足したような声に、まあ、こいつの希望なら仕方ねえかと腹を括り、ひょいと肩を竦めてみせる。

「なんか知んねーけど、満足か?」

「そうだな・・・・ああ、イック・・・連れてきてくれて感謝するぞ」

「・・・・家族の役割って言われたら断れねえだろうがよっ!」

ぷりっとむくれる小柄なウサギは、そのまま、拗ねたようにさっとどこかへ行ってしまう。

「え? イック?」

浮遊しながら移動するイックの場合、どこへ行ったのかロビーには気配だけでは分からない。

そんな慌てる伴侶の様に、くすくすと楽しげに笑いながら、ヤンはそっとそれまでロビーの視界を遮っていた被り物へと手を伸ばす。

「昔のアジアの婚姻では、結婚式当日まで花嫁の顔は隠されて見ることが出来ないのが通例でな」

西洋のヴェールとは違うが、せっかくだからそれを模してみたのだ。

「こうして・・・お前の視界を覆っている布を・・・・」

そうっと大切な宝石を包みから出すかのように、ゆっくりとヤンの両手がロビーから被り物を取り払う。

「ああ・・・・やはり、良く似合う・・・」

真紅のシルクと、黄金の鳳凰。それらが、チャイナ・ドレス風の装束のロビーになんと合っていることだろうか。

「美しい・・・」

「ヘンテコチャイナドレス女装男になってねーか?」

自分には全く見えていないロビーの問いに何を言う! とヤンは叫ぶ。

「こんな・・・・美しい花嫁は・・・私は見たことがない・・・」

「いや、俺、男・・・・・・」

それも三十路男なんだけど? どういう趣味だよ、一体・・・と思うが、どうやらそう思っているのはロビーだけのようだった。

「ああ、なんとお美しい・・・」

「これぞ・・・・ヤンズ・ファイナンスの奥様!!!」

『いや、だからその妙な絶賛おかしいだろがっ!』

と、文句の一つも言おうとしたロビーは、今度は逆に目の前の男の姿に絶句することになる。

いつもの黒いファー、それは同じ。

だけど・・・・違う・・・・

「ヤン?・・・・それ・・・・・お前・・・・」

ぱくぱくと口を開け閉めしている可愛い妻の様に、駄目か? 似合っていないか? とヤンは苦笑する。

「自分では、それなりかと思ったんだが」

しかし、それに対しては、ロビーの反応の方が早かった。

「かっこ・・・・いい・・・・」

金色のシルク地の同じく漢民族風のデザインに、ロビーと同じく鳳凰の意匠の冠。

それがヤンの威風堂々とした体格と相まって、さながらそれはアラビアンナイトに出てくる「架空の支那の国」の皇帝さながらである。

金色に輝いて・・・でも、決して成金のような金満な感じでなくて・・・・ただただ堂々としていて。

「すげえ・・・・かっこいい・・・・」

「そうか? 惚れ直したか?」

ヤンにしてみれば、それはほんのちょっとしたユーモアのつもりだった。

だが、大真面目な答えが目の前から返される。

「うん」

「は?」

一瞬、何か聞き違えたか? と思うヤンに更に追撃はかかる。

「かっこ良すぎて・・・・惚れるわ・・・・」

「ロビーっ!」

瞬間、もういてもたってもいられなくて、つい、真紅の衣装のロビーをぎゅうぎゅうに抱きしめてしまったのは、もう古来の結婚のしきたりの手順も何もないだろう。

「ああ・・・私は幸せだ・・・本当に・・・・こんなにも美しいお前を伴侶にできて・・・」

「それは、こっちの台詞。こんなんで良かったのか? あんたは・・・・」

くぐもった声に対し、当たり前だと耳元へと熱く囁く。

「こんなにも素晴らしい花嫁を迎えられた私は、宇宙一の幸せ者だとも!」

「大げさだなあ・・・」

でも、どうやらそんなに変でもないのならいいか、とロビーもまたちょっと緊張を緩めて言葉を返す。

「つかさ、ず~~~っと撮影続きで、俺、いい加減かなり腹減ったんだけどな」

「ああ、そのために・・・・」

さっとヤンがロビーへと指し示した先は、大きな丸テーブルに様々な料理が乗っている「満漢全席」だった。

 

テーブルの中央には高度な細工切りをした、やはり鳳凰の形の料理、そしてその周囲には、あらゆる中華料理が並べられており、既に、イックやハッチやアロやグラは、それぞれの席にて着座している。

それだけではない。大広間のあちこちに、同じような丸テーブルがあり、ヤンズ・ファイナンスの各支店から選ばれた者らもまた、そこに着座しこちらを凝視しているではないか。

「へ? えっと????」

事態についていけないロビーの耳元に軽く口づけを贈ると、ヤンは広間全部に響く素晴らしいテノールで皆へと告げた。

 

「ここに我が永遠の伴侶を迎えたことを宣言する! 我が社員達よ! 今日は無礼講だ!」

皆、後は心ゆくまで我が郷里の美食を満喫してくれたまえ!

その言葉と同時に、わっと湧き上がる歓声。

 

「おめでとうございます!」

「おめでとうございます、ヤン総帥!」

「奥様! 良くぞお輿入れくださいました!」

「お2人の未来に幸いあれ!」

 

わあっ! という怒涛のようなざわめきに、びくりとするロビーの身体をぎゅっと抱きしめ、くすくすとヤンは楽しげに笑う。

 

「私の社員たち全員が、本当はお前と私に直接祝辞を告げたかったそうなのだ。だが、それは難しいからな・・・」

ヤンズ・ファイナンスの各支社の代表や、本社の者らなど、選抜された面々及び、今も給仕や撮影を担当しているスタッフも含め、ここからは無礼講にしたのだ、との説明に、ロビーはそっかと小さく頷く。

「ほんっと・・・あんた、好かれてんだな・・・」

「社員たちの出来がいいのだ」

だが、そんなヤンの発言に、小さくロビーは反論する。

「ばか。あんたが好きだから、こんなに喜んでくれてんじゃねーか。つか・・・俺、あんたの社員の気持ちも考えずに、結婚式できねえって言っちまったんだよな・・・・」

悪いことしたけど・・・

「今回ので・・・ちょっとは・・・・喜んでくれてっか? あんたの社員たちもさ・・・・」

恐る恐るという様子に、金色の帝王が、満面の笑みで頷いたのは言うまでもない。

「ライブで、全支社にも今回の撮影風景は中継しているからな。それはもう・・・」

今頃、銀河中のヤンズ・ファイナンスの各部署で、祝杯を挙げているさ。

その言葉に再び唖然とするロビー。

「俺のこんなヘンテコ女装! 思いっきり中継されてんのか!?」

「・・・変ではないぞ? それに女装でもない。私がお前に似合うと思って作ったオリジナル作品だからな」

「いやいやいやっ! 男の足なんざスリットで見て喜ぶ奴いるわけがねえだろがっ!」

「似合っているのだがなあ・・・・」

そんな2人の会話を聞きながら、王子の正装でハッチが隣の席のイックにため息をついていたことすらロビーは当然気づかず。

しかしその実目の前でのロビーの艶姿に、なんとも言えない表情で2人はひっそりと囁いていた。

「ねえ・・・イック・・・・ロビーってさ・・・・」

綺麗だったんだね・・・・

と、ハッチが言えば、イックはイックで

「たりめーだろっ! 俺様の・・・俺様のロビーは元々素材はいーんだよっ! それを・・・無駄に磨きやがって・・・あんな奴にやるために俺様は、ロビーを守ってきたんじゃねーわっ!」

「と、言うか・・・なんなんだろう? 見てると・・・どきどきする・・・」

「待て! ハッチ! お前っ!」

慌てるイックに対し、なんとも言えない微妙な顔で月の王子は、小さく呟く。

「イセカンダルまで一緒に行った時だって・・・イズモンダルまで2回目の旅をした時だって・・・一緒に温泉に入っても、どれだけずっと側にいても・・・『わくわく』はしても・・・こんな風に、もやもやするみたいな変な心臓の動悸は・・・なかったのに・・・・」

「いやっ! あのな!」

「・・・綺麗だなあ・・・お嫁さんみたいだ・・・」

「待てっ! 落ち着けハッチ! 頼むから、お前まで色気づくなっ!」

お前は、まだまだ可愛い未成年の子供でいてくれえええええっ!!!!!

と、必死にばたばたとイックが騒いでいたことも、ヤンに目を奪われていたロビーが気づくことはなかった。

 

あんまりにも目の前の男が・・・・自分の伴侶が・・・・自分が思っていた以上に・・・・

自分を惹きつけてしまっていたので。

 

★★★

 

そうして、賑やかな祝宴が終わるとやっと、ロビーはヤンと2人の部屋へと下がることができた。

「うわ~~~~っ! 疲れた! つかっ! ヤンっ! この服、どーやって脱ぐんだよおっ!」

 

冠だけは、どうにか自分で外せたものに背中が、一つ一つ布で包んだボタン留めになっているので、どうにもこうにも手が届かない。

「首飾りも・・・金細工が細かすぎて、どうやってこれ外せばいいんだか・・・」

困り果てたような様に、自分は既に、装飾品をさっさと外したヤンは意味深な笑みを浮かべる。

「それは・・・婚礼衣装だからな。自分では脱げないようになっている」

「へ? じゃ、どーやって着替えるんだよっ!」

化粧だって汗だって、俺はとっとと流したいのにっ!!!

騒ぐロビーをすいっと正面から抱きしめ、先に首飾りを取ってやり、次に、一つ一つ背中のボタンを外してやりながらヤンは目の前の耳朶に熱く囁く。

「これは・・・こうして『私の手で脱がす』ようになっているのだよ」

「・・・なんでまた、んな手間のかかるもんを・・・・」

意味が分かっていない様子に、そうだな、と丁寧にボタンを外してやりながら耳元へと吐息をかける。

「こうして・・・脱がせて・・・新婚初夜・・・。それが理想だったのでな・・・」

「えっ!?」

目をぱちくりさせている様が可愛い。

まったくもう、どうしてこうも一 挙手一投足の全てが私の熱を煽るのだ!

『だが、私とて無体を強いたいわけではない』

美しく飾った妻の装束をこの手で脱がせて、そしてその裸身を抱く。

この男の夢を叶えて欲しいとは思うが、疲れているのなら無理は言えまい。

そう思いつつも、そっと脱がしてやっていると、気恥ずかしそうなくぐもった声が胸元に囁かれる。

「・・・・だったらよぉ・・・・」

「え?」

くぐもって良く聞こえず、何だ? と問い返せば、既に熱で潤み始めた青い瞳が、ひたとヤンの瞳を射抜いていた。

「俺・・・あんたがこんなに結婚式楽しみにしてるって分かってなかったし・・・。だから・・・その・・・」

好きにしていいぞ。その言葉だけはしっかり聞こえた。

「ロビーっ!!!」

まだ脱がせている途中で、無我夢中で唇を奪ってしまったのは、もう男の性というものだ。

これで、衝動すら起きないのならばそれは枯れ木だ。男ではないっ!

「いいんだな! 構わないんだなっ!」

「・・・そんかわり・・・明日は撮影できねーぞ?」

「構わん。スケジュールなどどうにでもなるっ!」

「それと・・・・俺・・・・今、かなり汗くさいと思うんだけどな・・・」

メイクもしたまんまだし・・・

「気にするな! いや、気になるなら、先に湯に浸かるか?」

問いには、柔らかな口づけで返された。

「どっちでも。俺は・・・あんたがいいなら・・・それで・・・」

「ああ・・・ロビーっ!!!」

 

ばさっ!

 

装束の全てを、つい乱雑な所作で下へと全て落としてしまうと、ヤンはそのままロビーの裸身を抱きかかえ、寝台へと運ぶ。

「ロビー・・・私のロビーっ!!!」

指には、贈ったエンゲージリングとマリッジリングが重ねてつけられたまま、藍と金がきらきらと輝く。

そんな伴侶の首筋から、胸元へと次々へと唇を落としながら、ヤンもまた己の装束を脱ぎ捨てる。

「・・・愛している・・・・心から・・・・お前だけを!!!」

「ばっか・・・」

はあはあと、既に熱い吐息を漏らしながら、年下の伴侶は蠱惑的な笑みを浮かべる。

「知ってるって。あんがとな」

「ああ・・・・!」

礼など! どれだけ礼を、感謝を述べても足りないのは私だというのに!

「へへ・・・やっぱ、あんたとこうすんの・・・好きだわ俺・・・」

くっつくの。肌が、ぴったりするっての?

「俺に、『こういうの』が気持ちいコトだて教えてくれたの・・・あんたが初めてで・・・俺ほんと、ラッキーだったぜ」

一生ご縁がないかと思ってたからな・・・。

しみじみと本気で言っているあたりが、もう、どうしてくれよう! とも思うが、ヤンとて既に余裕はない。

「ロビー・・・」

慣れた手つきで、ローションで濡らした指先でロビーの下肢の間からそこをまさぐれば、結婚生活の間に何度も何度も受け入れてきたそこは、期待するように柔らかくひくついている。

「・・・んっ!」

それでも、ヤンの指先が暴くようにロビーのそこを弄れば、びくりと反射的に組み敷いた身体は跳ね上がる。

「も・・・ぁ・・・、そこ、ん、・・・・」

甘い甘い吐息。これがどれだけ男の情欲を煽っているか。自覚のない無垢な妖艶さこそが悩ましい。

「ヤン・・・」

きゅっと自ら腕を、己に覆いかぶさる男の首筋へと手を伸ばすロビーの所作に、阿吽の呼吸でヤンのそれが突き入れられる。

「っん! ぁ・・・・、ん、んっ・・・・・ぁ、あっ!」

ぐいぐいと奥まで突き入れる動きだけで、腰がびくびくと跳ね、そして無意識の涙がロビーの青い瞳から零れる。

「ロビー・・・私の・・・ロビー・・・っ!」

更に奥へ、そして、己の動きでもっともっとと刺激すれば、必死になって回されている腕は、いつしかきゅうと爪を立ててヤンの背中に食い込んでいる。

その痛みさえもが嬉しくて、何もかもが嬉しくて。

初めての情交ではないのに、本当に「2人の初夜」を迎えた高揚感そのものに、ただただヤンは夢中になった。そして溺れた。

「ロビー・・・もっと! もっとだ・・・!」

もっと私に返してくれ! お前の反応の全てを! お前の心地良さを!

「私に・・・伝えてくれ! 私は・・・お前を・・・っ!」

言いながら、ぐいっと更に身体を奥へと進めると、びくんっとした反応と共に、ロビーのそこから白濁したものがたまらずに零れ出る。

「やだ・・・一緒が・・・イイ・・・」

「ああ・・・そうだな・・・」

もうはち切れそうなロビーのそれを、そっと片手で抑えつつ、自分の腰の動きを更にヤンは加速させる。

そうして、ぐっと入れたその刹那。

「っぁ・・・・・っ・・・・」

「ん・・・・・」

ヤンのそれがロビーの最奥で弾けると同時に、ロビーのそれもまたヤンの手の中で弾け飛んだ。

 

「ロビー・・・ロビー・・・」

そっと口づけながら囁けば、情交の衝撃で、ふっと飛んでしまった意識がゆるゆると戻って来たのか、小さな応えが返される。

「ん、大丈夫・・・つか・・・・」

やっぱ・・・気持ちイイわ・・・これ・・・

「たまんねぇ・・・」

へへ・・・

その笑みで、ヤンの「やり直し初夜」がそれはもう熱烈なものになったのは、当然の帰結であろう。

 

何度求めても返してくるしなやかな肢体。そして、何度意識を手放しても、幾度でも自分の首筋へと手を伸ばそうとしてくる愛しい伴侶の愛らしい所作。

 

「ああ・・・・・」

気づけば、この惑星の太陽が既に昇り、朝日がカーテン越しに刺している。

だが、それでも手放せない。どうしても手放せない。

「ロビー・・・今日は・・・・」

我々の撮影は、休みだ。

 

それだけ告げると、愛しい伴侶の裸身を抱えてバスルームへと移動した後、そこで更に続きがあったのは、それこそ新婚ならではのものだろう。

 

こうして「ヤンの望みの新婚初夜」は、順序が異なるものの遂に叶ったのだった。

 

そして、翌朝、ヤンズ・ファイナンス社員も、イックもハッチも、アロもグラも、皆『まあ、そうなるだろうな』と暗黙の了解で、誰も「今日の予定は?」などと野暮はことを言うものもなく。

 

三々五々それぞれに、次の撮影の準備、あるいは、ハッチやイックは円明園の宮殿散策などしたりしていたのであった。

 

もちろん、ハッチとイックは、ず~~~~~~~っと・・・・

「ヤンのばか」

「ロビーの・・・・ばかやろっ!!」

と、涙目だったりもしていたのだが、それはロビーが知る由もない話である。

 

ロビーはふと夢うつつの中で、時折意識が浮上する度に目に映る伴侶の寝顔や笑みに、ただ幸せだった。

撮影中ということさえも、ころっと忘れて、ふわふわとした気持ちに浸っていたのであった。

 

★★★

 

そんなこんななアクシデントというか当然の予定調和的なことを経つつ、とにもかくにも、なんと数週間かかってロビーの提案した「スマ婚」、ヤンズ・ファイナンスにとっては「結婚記念撮影会」は、あらゆる装束、宝飾品に、あちこちの景観を選んで撮影しまくった後に、やっと終わったのであった。

 

本当は、まだまだ衣装はあったし、惑星全部が別荘なので、円明園以外にも、ベルサイユ宮殿風のものや、故宮のようなものや、様々な宮殿があったのだが、流石に全部で撮影していると年単位で時間がかかってしまうというので、ヤンからしてみれは「スマートに簡略した」撮影会として終わらせた。

 

その間、何度も何度も、途中で「休暇日」すなわち主役2人が籠って出てこないので撮影出来ない日があったのだが、それもまた、もう皆分かっていて、温かく見守って・・・・。

いや、イックとハッチは苦々しく、ではあったが、ともあれ、ようやくスマ婚は終わった。

 

「ああああっ! なんつかもうっ! 俺は一生分の服を着替えた気がしたぞっ!!!」

帰りのシャチホコの中で、ロビーが騒いだのもヤンにとっては良い思い出である。

 

ずっとずっと念願だった、ロビーに「あれを着せたい、これを着せたい」との己の願いが叶ったのだ。

それも、素晴らしい出来栄えで! 想像していたよりも、ずっとずっと生身で見る方が、どれだけ喜ばしかったことか!

 

 

「で? ロビーちゃん。スマ婚は出来たのかい?」

 

この騒動からしばらくしてからのこと。

久しぶりに八百屋のおかみのところに顔を出したロビーに対しての問いへの答えは実に微妙なものだった。

 

「・・・なあ、おばちゃん・・・・」

 

スマ婚って・・・・

「簡単に済むから、スマート婚・・・スマ婚じゃなかったっけ?」

「そうだよ? どうかしたのかい?」

「いや、それが・・・」

 

ロビーから、数週間に渡る会社挙げての大撮影会と祝宴になったのだと聞かされたおかみさんたちが、大爆笑したのは言うまでもなかろう。

 

「あはははははっ! そうかい! そうかいっ!」

「おばちゃんっ! あのさ、笑いごとじゃねえんだよっ! ほんっと大変だったんだぞ!」

「いや、でも、ほんっとロビーちゃんの旦那さん! よっぽど結婚式したかったんだねえ・・・・」

その一言で、ぐっと詰まるロビーの様をして『まだまだ若いねえ・・・』と、おかみさんらが、笑い転げたのはほんのおまけ話。

 

そして、「で? ロビーちゃん。その撮影した奴は?」

と、見せるように強請られたのも、当然の帰結。

 

ちなみに、スマブレに格納していた「タキシードの無難な奴」だけ見せたロビーに対して、

「他は? 他は?」

見せてくれたら、おまけするよ?

と言われて、結局、ほとんど見せる羽目になり、一番受けたのが、真紅のチャイナドレス風花嫁さんと、純白のウエディングヴェールつきのロビーだったというのは、もう、何と言えばいいのやら。

 

「うん、ロビーちゃんはやっぱ美人さんだねえ!」

「・・・女装みてえだから、やだっつったのに!!!」

「別に女装じゃないよ。そもそも全部旦那さんのオリジナルデザインだろう? ロビーちゃん用であって『女物』を流用したわけじゃなし」

「でも・・・なんかこう・・・」

ごにょごにょと言う、ロビーの背中を豪快に叩いて八百屋のおかみは言い放つ。

 

「綺麗なもんは、綺麗! それだけだよ! 自信持ちな!」

あたしらの商店街のご当地アイドルなんだからさっ!

 

ここで地球の救世主とか銀河の英雄とか言わないのが、さりげないおばちゃんの気遣いというか、ロビーを自分たちの子供のように思っている年長のご婦人ならでばの胆力であり、自負心のなせる業である。

 

「とにかく、旦那さんが喜んだんだし。社員さん達も喜んだんだろ?」

いいじゃないか。ね?

 

「でもさ、結局・・・・」

 

また、親友とサポート・ロボットにだけは、「おめでとう」を言って貰い損ねた・・・

「なんで、あいつら・・・いつまでも・・・」

ぶつぶつと文句を言うロビーに対して、くっくとおかみは笑って答える。

 

「ま、近い分だけ複雑なんだろうさ。うちも娘が結婚してるけどね。未だに、うちの旦那ってば、『おめでとう』が言えてないんだよ?」

「は?」

ええええっ! おばちゃんとこ、もう、孫もいるじゃんっ! なんでだよっ!

目を丸くするロビーに対して、ちっちっちと指を振っておかみは言う。

「複雑なんだよ。なんかこう・・・他に取られたって感じがするんだろうねえ・・・」

 

ロビーちゃんも、親友の王子様が誰かと結婚したらきっと分かるって。

だが、それに対して、そっかなあ? とロビーは呟く。

「俺は・・・ハッチの奴が・・・好きな奴出来たら・・・おめでとうぐらい言うと思うけどなあ???」

「さあね、その場にならないと分からないよ?」

 

そして、このおかみの予言めいたそれは、ある意味あたったのだった。

 

何故なら、ハッチの好きな人なるものが、ロビー以外には現れなかったので。

当然、おめでとうなどと言えるわけもないのだった。

 

だが、それはまだ先の話。

 

今はまだ、ハッチは胸の中のもやもやの正体が分からずに、イックにただぼやくだけ。

そして、時折そんなぼやき通信をルナランドからナガヤボイジャーに繋がる直通の極秘回路で、イックがいつも何とかその「淡い想い」の正体に気づかないよう、心の中で冷や汗を流しながら宥めていたのであった。

 

結婚式・・・それは誰のもの?

 

誰の夢?

 

少なくとも、ヤンズ・ファイナンスにとっては、崇拝するヤンとその配偶者であるロビーの結婚式を見ることが出来た。

 

それで本当に幸せになれたのであった。

 

もちろん、当事者であるヤンが、撮影した全ての映像を更に厳選して、自分だけのための写真集を作ったり、社長室にロビーとの結婚式映像がランダムに流れるように設定したりしたのは、言わずもがな。

 

皆が喜んだならいいだろ? との、八百屋のおかみの言の通り、結婚式は「結婚式を夢見ている者」のためにあるのだと。後々、しみじみとロビーは思い返すのであった。

 

そして、自分の都合だけで、何もしないよりは・・・あんなでもやって良かったんだな。

と、頑張って自分を納得させたのであった。

 

(第7話おわり)




やっとアップできました。ぜいはあ・・・
全ては10月の連続台風で体力削られまくったのが響きました・・・・

次は、ヤンロビ2人の新婚旅行でゆったり温泉??? とかいいかなと妄想しております。今度は早くアップしたい!


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第8話:好きは、別れのプレリュード?

えっと・・・7話の後書きで「次は新婚旅行」とか書いていたの、誰でしたっけ???
そして、活動報告で「長いから、前・中・後編」とかにしようかなとか言ってたのは・・・
すみません、思いのほか長くなったのと、構想が拡大して、色々変更になったのですが、分割して掲載するのが(やり方が良く分からなかったので)、全部掲載です。
・・・・長いの苦手な方は、ゆっくりお読みください。
ここからが、更に色々展開していく、当方のヤンロビ(で、ハッチも入る三角関係)です!


結婚式騒ぎが一段落して、ヤンの「自薦最高の写真集」限定一冊(※本人だけのためのもの)の作成も終わった頃、季節はなんとなく少し肌寒い頃になっていた。

宇宙時代になってクリーンエネルギー技術がもたらされたお陰で地球温暖化の問題もなく、ここネオ・トーキョーでも日本の四季は「昭和」と呼ばれた時代のまま残されている。

「こういう時は、やっぱ鍋かな」

「すっぽんにするかい?」

茶目っ気たっぷりの八百屋のおかみに対して、前回のアレを思い出し思いっきり首を横に振るロビー。

「却下っ!! ・・・俺がおかしくなってあいつに迷惑かけるだけだから・・・・」

真っ赤になってぼそぼそ言うところは、まあ可愛い新婚さんだこと! と目を細めつつ、おかみは白菜やら春菊にネギににんじんと、鍋に定番の野菜をひょいひょいと見繕ってやる。

「海鮮鍋もいいし、日本酒に合わせるんなら牡蠣の土手鍋なんかもいいけどね」

「ん~~~~~・・・そうだなあ・・・・」

別にまださほど寒くはないし、ヤンの邸宅は空調も効いているからなおのこと別に鍋にする必要はない。

ただ、野菜のラインナップから考えると冬野菜の季節は、ゆずのポン酢で食べるぷりぷりの牡蠣と合うだろうなともロビーは考え、商店街での鮮魚店で確か三陸直送の殻つき生牡蠣を扱っていたことを思い出す。

ちょっとだけ温めたぬる燗の辛めの日本酒と、ぷりぷりでクリーミーな牡蠣。

「うん。決めた」

家出してからずっとイックと暮らしていた頃も、その前も。

ロビーにとって「家族と食卓を囲む」という思い出は、ほとんどない。

微かにあるのは、幼い頃に祖父の膝に上で抱っこされて、ヒザクリガーのアニメを見ながら、一緒に食べた煎餅がとても美味しかった・・・ぐらいである。

 

にわか成金の実家では、ロビーの両親は毎晩のように社交パーティーだのなんだので「夕食を一緒に」もなければ、朝食だって一緒だったことなど一度もない。

イックは、学校から帰ってきたロビーと一緒にいてくれたが、何せロボットなので「一緒におやつを食べる」ことだけは出来ないのは仕方なかった。

 

だからかもしれない。ロビーが、キャバクラで綺麗なおねーちゃん達と一緒に騒いでいるのが好きになったのは。

 

寂しいという想いは自覚していなかったが、ハッチと共にイセカンダルへの旅へ行く間に「一緒に食べる相手がいる」生活を送り、その後、ヤンと「友達」となってからは何かと一緒に食べ歩きをするようになってから、だんだんと「一人でない食事」が楽しくなっていたらしく、結婚して以降現在では、一緒で食べることが毎日楽しみで仕方ないようになっている。

 

朝はヤンが作ってくれたのをロビーがまだ寝ぼけている寝室までワゴンで運んで持ってくる。

その分、夕食はロビーがヤンのために腕を振るう。

昼食については、お互いに時間があればヤンの本社ビルでロビー手作りサンドイッチを食べたり、あるいは、ちょっとしたカフェへでかけたりと、朝昼晩と「伴侶」相手に食事することがすっかりロビーの日常となっていた。

 

お陰で、イックが「どーせ、俺様は電気のみだからなっ!」と少々拗ねては、月のハッチに愚痴通信をする有様だったりもするが、少なくとも生まれて初めて本当の意味での「帰る家」があって、そこで「一緒に暮らす相手がいて」そして、その相手と「日常を共にする」という「平凡」で落ち着いた日々にロビーはいつしか、すっかり満ち足りていた。

 

「やっぱ・・・家族っていいよな・・・」

「やだね、のろけかい? ロビーちゃん!」

はい! おまけ! しめじ茸もつけとくよっ!

笑いながら八百屋のおかみはロビーの買い物袋へ、ひょいひょいと追加していく。

「あんまり言うと、ロビーちゃんのことが大事大事なサポート・ロボットが拗ねちゃうよ?」

「・・・・ま、そうだな・・・」

苦笑しつつ、でも、イックのそれはハッチとの旅の途中でもしばしばあったことなので、あまり気にしてはいない。実際、イックも口で言うほど拗ねているわけではなく、単に、今まで長い間「ロビーとイック」だけだった日常が一変したことへのそれは愚痴にようなものだろうとロビーは理解していた。

 

「あいつもなあ・・・」

いい加減、俺とヤンの結婚おめでとうぐらい言ってくれてもなあ・・・・・

いつまで経っても『俺様は認めてねえからなっ!』と、2人の食事時になると必ず姿を消してしまい、ヤンの豪邸の地下格納庫のナガヤボイジャーへ籠ってしまうウサギ型サポート・ロボット。

イックもまたロビーにとっては大事な家族なのだから、家族にこそ認めて貰いたいのだが、こればかりは何故かいつまでも成功しない。

商店街のおばちゃん達はみんなして笑って

『まあ、そんなもんだよ』

『大事な一人娘を嫁にやりたくない頑固親父的な思考って奴かねえ?』

『そうそう、素直には言えないもんだよ、特にロビーちゃんてば、急に結婚しちまったからね・・・・』

『今更、認めるなんて言い出すのも間が悪いってのもあるかもよ?』

などなど慰めとも何とも言えない励ましをしてくれるが、やっぱりロビーとしては納得いかない。

 

それでも、今日も夕食の準備をして、さあ出来た! という絶妙のタイミングで主の帰宅を知らせるインターフォンの電子音が響けば、思わずぱたぱたとエプロン姿のまま玄関先まで駆けてしまう。

 

「おかえり、ヤン!」

「ただいま、ロビー」

言いながらどちらともなく、伸ばされる腕と交わされる口づけ。

しっとり包んでくれる唇の感触は、なんで「甘い」と感じてしまうのか? そして、どうしてこうも離れがたくなってしまうのか。

いつもついつい玄関で、朝も夕も2人でいつまでも口づけを交わしているものだから、イックから『おまえらっ! 毎日毎日、飽きねえのかよっ!!!』俺様のセキュリティチェック画像に、やたらそんなんばっか増えてて目のやり場に困るわっ! との抗議が来た程である。

 

無論そんな抗議は「見なければいいだけだろう? 私の家のセキュリティは、お前のチェックが漏れても万全なようにしてあるぞ?」とのヤンからの反論で、ますますイックの怒りの炎に油を注いだことになったのだが、それもまた既に日常の一部であった。

 

そんなこんなな、いつもの夕食。

イックはもうナガヤボイジャーに籠っていて、ダイニングには2人きり。

お互いに鍋を挟んで徳利に入れた純米酒を差しつ差されつ、新鮮な具材に舌鼓を打ちながら、今年の人参は甘味があるとか、いや、牡蠣が絶品だとかたわいもない会話が交わされるいつもの夕食時。

 

しかし、いつもならロビーの話を楽しげに聞いているヤンの表情が、今日は何故か微妙な影を落としていることに『どうした?』と、徳利から猪口へと注ぎながら小首を傾げれば、予想以上に深いため息が相手から零れる。

 

「すまん、ロビー・・・」

「だから、どうしたんだよ?」

 

徳利を持ったまま、側へと寄って話を促すも、それでも、思いっきりの渋面でやっとぽつりぽつりと酒を口へと含みつつヤンは言葉を紡ぎ始めた。

 

「それがな・・・・以前のアウター・スペースからのテロの事件を・・・・覚えているだろう?」

「ああ、それが?」

 

イセカンダルから地球へ帰還してみれば、どういうことだか、地球はまさに滅亡の危機に遭遇していたというあの事件。

一方的に地球を破壊しようとしたテロリストの強大な武器を、ナガヤボイジャーの機体で封じ、自分たちはヒザクリガーで脱出したら、なんとロビーとハッチとイックは『地球を救った英雄』になってしまっていた。

 

「あれかあ・・・・」

幸か不幸か、その後、銀河連邦へのアウター・スペースからの第二次、第三次の攻撃はない。

よほど、最初の攻撃機が木端微塵にされたのが衝撃だったのだろうか? と、思わなくもないが、一度攻撃に来た連中が、二度と来ない保障はどこにもない。

 

そんなわけで、その後について考えていなかったわけではないのだが、有名人に祀り上げられるのが苦手なロビーは、祖父のヒザクリガーの名誉が地球で回復するまではメディアへの露出も厭わなかったが、その後、ヒザクリガーブームが去ったと告げられ版権放棄して一文無しとなってからは、またも行方をくらましたものだから、『銀河の英雄ロビー・ヤージ氏は今・・・どこに』など、たまにメディアで特集される有様である。

 

だが、ヤンの保護下にあることもあり、また、商店街のおばちゃん達の結束のお陰もあって、現在ロビーの居所は、ごく一部を除き秘中の秘とされている。

 

「で、それが??」

今は、銀河連邦で、アウター・スペース対策会議やってる筈だろ?

「あの時、何で地球がターゲットにされたのかもわかんねえし、そもそも連邦に所属してない外宇宙からの侵略者の連中じゃ次の行動も読めねえしな」

でも、テロで無辜の市民が惑星ごと犠牲になるのは、当然避けねばならない。

連邦としては、全銀河を挙げて『次までに、万全に対策を』となったのは、当然の帰結である。

 

だが、それと目の前の伴侶の渋面との因果関係が思いつかず『で???』と、再度、言葉を促すロビー。

「・・・私は、どうかと思ったのだがな・・・」

ため息交じりに、ヤンが言うのには、せっかくの会議だったが良くある話で『会議は踊る、されど・・・』な状態で、肝心な対策も議論もまったく進んでいなかったらしい。

 

「いたずらに時間ばかり無駄にして、と苦々しく思ってはいたのだが・・・」

そんな折に、全銀河にルナランドに黄金の雨を降らせた荘厳なシャチホコ号の軍勢の威容が報じられるや、途端に、彼らは『そうだ! ルナランドのハッチ王子も、ヤンズ・ファイナンスのヤン総帥も! あのお2人ならば、連絡がつくではないか!』と、嬉々として、こんな時だけあっさりと全会一致で『ハッチ王子とヤン総帥! お2人を対策会議に招き、彼らを主軸にして新たに組織ごと改革しよう!』となってしまったのだという。

 

「本来なら、ハッチとお前、そして私・・・というところだったらしいがな」

銀河の英雄ハッチ・キタ王子と、ロビー・ヤージ。そして、その英雄のおわすルナランドをも制圧しうるだけの力を持つヤンズ・ファイナンス。

「ヒザクリガー・・・ナガヤボイジャー・・・そして私の黄金のシャチホコ艦隊・・・・」

これらの技術と、あの時地球を救った機転。

「何より、英雄というのはシンボリックなものとして丁度いいということでな」

「はあ????」

つか、あれほとんど偶然だぞ!?

「別に俺とハッチは、狙ってアウター・スペースに連中の射出口へナガヤボイジャーで突っ込んだわけじゃねえし、結果的にそれが奴らのエネルギー照射を塞いで自爆させることが出来たのは、ヨッカマルシェでナガヤボイジャーもヒザクリガーもメンテして強度アップしてたからであって・・・」

「分かっている・・・」

苦々しくヤンは、くいっと猪口に残る酒を飲み干し、ため息を零す。

「だが、人は英雄を欲する。そして、ハッチはルナランドの王子として立場がある。だから、より適材とされたのだ。そして、私はと言えば・・・」

「そのルナランドの制空権を思いっきり制圧しちまったせいで、目立っちまった・・・ってとこか・・・」

ロビーの言葉に、重々しくヤンは頷く。

「まさか、あの件については、お前とハッチとの親同士が勝手に決めた婚約破棄のためとは説明もできまい?」

「ルナランド側は、ヤンズ・ファイナンスからのハッチへの英雄的行為へのサプライズだったとかなんとか意味不明な説明してたけどなあ・・・」

「だが、映像として燦然と輝くヒザクリガーと同じく、黄金のシャチホコもまた目立ってしまったのだ」

「で? それで???」

 

まあ、そういうこともあるだろう、とまだロビーはヤンの苦々しさの真意が分からず首を傾げる。

「ハッチはもともと王子だし、英雄だしな。担ぎ上げられることもあるだろうし、あんただって、表の金融の経済力だけじゃなくて、裏の軍事方面についても知る奴は元々知ってただろうから、そりゃ、会議へのオファーぐらい来るんじゃね???」

それっくらいは別に・・・

とのロビーの言葉を悲痛な叫びが遮った。

 

「会場がどこだと思う! 銀河連邦安全保障理事会の極秘衛星だぞ!!!」

「それが??」

まだ分かっていないロビーに対し、ヤンは苦々しく説明する。

「極秘、と言っただろう。ワープのためのハイパーゲートはなし。それぞれの代表が、極秘裏に集まるだけでも今時、数日はかかるというそういう会場だ・・・・」

「は??????」

 

ロビーが目を丸くしたのも無理もない。

今や銀河の端から端までだって、ワープ技術の進歩のお陰で、ハイパーロードさえ作ってしまえば、ほぼ一瞬。

実際、私企業のドンツーが作っていた極秘ハイパーロードなど、地球からイセカンダルまで数か月もかかった航路が、僅か数分もかからずに行き来できる代物だった。

私企業でさえも物資の運搬などの都合でそんなものが出来るのだ。

公的な安全保障理事会なら、当然、各惑星のそれぞれの重鎮が訪れるのだから、そうしたものが整備されていると思っていたら、何と、ヤン曰く逆なのだという。

 

「ゲートを作ってしまえば、そこに、テロリストが入り込んだら最後、簡単に辿り着けてしまう。だから、そう簡単には到着できないよう、敢えて直通のハイパー・ロードはないのだ」

 

その代わり、常に移動する衛星の位置については、会議毎に、出席者に暗号で知らされ、それぞれの最新の宇宙船で出席する・・・という方式らしい。

 

「はあ・・・・それで、数日もかかるのか・・・・」

で、それが???

まだ呑み込めていないらしいロビーに対して、今度こそヤンは悲痛な叫びを上げる。

「お前と! それだけ長期間!! 離れていなければならないということなのだぞ、ロビーっ!!!」

「あ、そうか・・・・」

きょとんとしたまま徳利を持ったままの新妻に対し、ぎゅうぎゅうにその身体を抱きしめヤンは唸る。

「一週間・・・・いや、往復の航路と会議の時間を考えれば・・・・・」

数週間以上、お前と離れていなければならないのだぞ! こんな苦痛があってたまるか!!!

「ヤン・・・・」

徳利をテーブルへと置いて、座ったまま自分の腰を抱きしめる伴侶の金色と赤の混じった頭を、そっとロビーも抱きしめる。

「まあ・・・仕方ねえんじゃねえかな・・・」

そもそもあんたは大企業の社長なわけで。

「俺と、こんなにも毎日一緒に居られる方が、不思議だったんだよ」

「私にとっては、その方が重要なのだ!」

「ん・・・あんがとな・・・・」

 

そうか、とロビーはふんわりとした何か温かい何かが胸にこみ上げるものを感じていた。

当たり前の日常だと思っていた。

朝食をヤンが用意して、昼は昼で2人で過ごしたり色々して、夜はこうして2人で食卓を囲む。

毎日の日常を一緒に過ごす。それがどんなに素晴らしい「平凡」だったかということを。そして、そのためにヤンが時間をどれだけ自分に割いてくれていたのかということに。

「ん・・・ほんと・・・・」

あんたってば、俺のことばっか考えすぎ・・・・

自分の都合優先して構わねえのにさ。とのロビーの言葉に、何を言う! と、烈火の反駁がなされる。

「私にしてみれば、お前と過ごす時間の方が、よほどに重要だ! ・・・まったく・・・せっかく、お前との新婚旅行に、どこか秘湯めぐりでもしようかと考えていた矢先に!!!」

「え? んなこと考えてたのか?」

それこそ目を丸くするロビーに対し、当たり前だ! とヤンは唸る。

「折角、結婚式を行ったのだ。次は、新婚旅行だろう!」

どういうプランがいいか、色々と考えていたところに、この横槍だ!!!

「ロビー・・・」

ぎゅうと腰あたりを抱きしめたまま離そうとしない男に対し、うんと優しく抱きしめ返しながら、そっとロビーは答えを返す。

「ほんっと・・・あんたの世界ってば、まるで俺が全部みてえだなあ・・・」

冗談で言ったつもりだったが、当たり前だ! の即答で返される。

「私にとっては、お前が全てだ! お前以外どうでもいいわっ!!」

だというにっ!!

「でも、ま」

ほら、実際あんなテロリストに、また地球やどっか銀河連邦の星が侵略されても困るだろ?

「で、あんたにはそれを防ぐ力がある。まあ・・・ハッチも・・・かな???」

 

地球へやってきたアウター・スペースからの侵略者撃退後、その残骸などの分析から、彼らの武器の分析から、対策としてのヨッカマルシェ産の技術の有用性などを論文にして提出した有能な天才科学者でもある年若い、まだ未成年の少年でもある「親友」で「相棒」の小生意気な姿。王子様と言われて憧れの対象として十分な美少年をロビーは脳裏に想い描く。

「あいつはほんとに天才だからさ・・・」

艦隊としてのルナ・ガードはまだまだ改良の余地あるし、その点では、あんたのシャチホコ艦隊のが実戦的だとは思うけど。

「あんたとハッチの力があったらって、まあ・・・期待されても仕方ないだろうなあ・・・」

「それが、お前と離れ離れになることになってもか!?」

泣きそうな声に、くすりとロビーは甘く笑う。

 

「永の別れって訳じゃなし」

ちょっと・・・いや、まあ・・・結構・・・寂しいけどさ・・・・一人で寝るのとか・・・もうすっかり、あんたと一緒が普通になっちまったから・・・

 

「でも、今後もきっとこういうこともあるだろうし。うん。俺も我慢するから」

「私が耐えられんっ!」

「駄目だぜ? それがノブレス・オブリージュって奴。あ、いや、あんたの場合は高貴な云々って前に、大企業の公的責任とかいう奴かな?」

そういうことまでちゃんとやりぬくのが天下のヤンズ・ファイナンスの総帥様だろ?

「俺は、イックとこの家で待ってるからさ」

「・・・危険なことはするなよ?」

「ん~~~・・・・退屈しのぎに、久しぶりにキャバクラめぐりでもしてるかもだけど・・・」

でも、あんたがいないんじゃ、きっと味気ねえから、何してもつまんねえだろうし。

「まあ、冥王星とイズモンダルのキャンペーンCMとか、そうそう、ヤンズ・ファイナンス用の新しいCM作りでもして、家に籠ってるさ」

映像でも音源でも、この家で全部手配できるしな。

「そんなことしてりゃ、あっという間だろうさ」

「・・・そうか・・・」

まだ苦々しそうな伴侶の様に、これが天下の大企業の総帥様かねえと苦笑しつつ、ロビーはふわりとヤンの耳元へと囁きかける。

「後は、あんたが居ない間に俺が欲求不満にならねえぐれえに・・・」

 

会議に行く前まで、いっぱい相手してくれよな? の一言で、大層熱い夜になったのは、まあ当然のこと。

 

「ロビー・・・ロビー・・・私を・・・忘れるなよ・・・」

「ばっか・・・」

あっさり寝室へ連れていかれて、そのままベッドへなだれこんだ後、幾度も幾度もヤンが言うものだから、互いの汗が混じった肌を合わせながら、ロビーもまたうわごとのように繰り返す。

「忘れるわけ・・・ねえだろ?」

それに・・・

「帰ったらもっと、な?」

もっと、もっと・・・だぞ?

「約束・・・だからな」

「ああ・・・たっぷりと・・・お前を愛おしもう・・・愛そう・・・お前に私の愛を注ぎ続けてやる!」

「ん・・・」

くすりと小さく笑みつつ、そっと自ら己を求める伴侶の唇にと唇を重ねれば、貪るような愛撫が口腔へと返される。

「ん・・・、あ・・・ん・・・、は・・・ぁ・・・ん・・・」

「ロビー! 私のロビーっ!」

いつもの余裕はどこに行ったのか? あまりに必死すぎる様の男に対し、そっときらりと光る金色のリングを嵌めた左手でヤンの頬を撫でつつ、ロビーは小さく喘ぎつつ答える。

「ん・・・俺、あんたのだから・・・」

だから、もっと・・・あんたのもくれよ・・な?

 

熱い夫婦の宵。それは、まさに幸せと情熱の高まりと絶頂の繰り返し。

その幸せの余韻が、まだ身体に疼くままに、ヤンの出立の日まで2人は互いを求めあった。

もっともっとと・・・・。

これが、最後の別れではないと分かっているのに、何故か離れがたくて、求め続けあったのだった。

 

よもや、これが本当の別れの前奏曲になろうとは・・・。

どちらも予想だにせぬままに。

 

★★★

 

アウター・スペース

宇宙時代となっても、そして、銀河連邦が成立してもなお宇宙は果てしなく広い。

よって、当然、銀河連邦だけで全宇宙を制圧できるものでもなく、宇宙の果てのその果て、「外宇宙」とも言われる文明の根幹からして異なる宇宙においては、何がどうなっているのか、そもそも前提の情報すらない。

 

だが、現実としてのファーストコンタクトは、よりにもよって「太陽系第三惑星地球の破壊」を目論んでの攻撃である。

となれば、今後も平和的な関係は、期待できない。むしろ、目的不明なままに今後も突発的な攻撃行動に出ることがある可能性は十分にある。

 

そんなアウター・スペース対策会議は、ハッチとヤンが参加することにより、目覚ましく議題に進展を見た。

 

「そもそも・・・」

少年とは思えぬ王子としての威厳と理知的な滑舌で、さらさらと相手方の武器とその使用方法などから、今後の傾向と対策について根本的な指針について理路整然と述べるハッチの姿は、それはそれは、全銀河を感動させる中継となった。

 

「あいつも立派なもんだなぁ・・・」

 

今回は、銀河の英雄とヤンズ・ファイナンス総帥が参加するというので、議場そのものがライブ中継されるというので、地球の自宅リビングにてロビーもまた伴侶と親友の姿を画像で眺める日々を過ごしていた。

「なあ、イック。あいつ・・・ほんっと子供の癖に、子供じゃねえなあ? こういうとこ」

感心したようなロビーの言に対して、辛口のウサギ型サポート・ロボットはしれっと言う。

「可愛げはねーけどな」

俺様からすりゃ、お化けが怖いとか言って布団に籠っちまうあいつの方が年相応でいいわ。

「あはは! ああ、あれか! 科学で説明できないもんの方が怖いとかなんとか・・・」

「大体、あいつ。ナガヤボイジャーでお前が提供した部屋で、ラブ・ドールと目線が合うだけで怖いだとか言ってただろが」

「そーだな。ああ、ラブ子ちゃん・・・・ハッチがせっかく見つけてくれたのに・・・・」

アウター・スペースの馬鹿野郎がっ! お陰で再会したラブ子ちゃんとは永遠の別れになっちまっただろが!

そんなロビーに対して、お前・・・問題はそこか? 

「この下種ヤローが・・・」

と定番の呆れ顔のサポート・ロボットに対し、くっくと笑いながらその頭を耳ごと撫でる。

「ま、いーじゃねえの。相棒と俺の伴侶が立派に働いてるんだ。良い絵面じゃねえか」

「・・・まぁな・・・」

 

実際、もともと迫力のあるヤンもそうだが、容姿端麗なハッチも王子衣装で毅然としていると『ああ、こいつってばホントに王子だったんだなあ』と、英雄様にはぴったりだなとか感心するぐらいカメラ映りがいい。

 

他の今まで『踊る会議』しか出来なかった大臣級の連中が、見事に霞むそれはいっそ壮観とさえ言えた。

 

「ただ、なあ・・・」

「なんだよ?」

少々憂い顔の主に対し、ぴこんと耳を揺らしてウサギ型サポート・ロボットは訝しげに問う。

「いやさ・・・気のせいならいいんだけどよ・・・」

この会議・・・中継とかして、ほんっとに大丈夫なのか???

「もともと場所も機密で、出席者だけが参加できる上、場所も都度移動して、更には、暗号化までしてるってのに・・・・」

こんな風に中継してたら、アウター・スペースの連中じゃなくても、位置特定してテロとかして来る可能性ねえのかねえ???

そんな主の心配そうな声に、ああ、やっぱこいつ頭はいいんだよなあ、と内心だけで思いつつ、相変わらずの辛口でイックは答える。

「んなこと最初っから考えてるだろうが。ライブ中継つったって、単純に配信先がどこか分からねえように、あれこれ防備してるに決まってるだろ?」

「とは思うんだけどよ・・・」

 

それでも、地球そのものを簡単に破壊するだけの力のあるアウター・スペースの連中である。その科学力は計り知れないし、そうでなくともそもそも「ライブ中継」そのものが、テロなどというものを考える存在からすれば、これほど恰好の「アピールできる場」はそうそうない。

 

「俺なら、狙う」

断言するロビーの横顔は、本来の端正な面持ちがそのままに、毅然として彫刻のよう。

そんなロビーに思わず見惚れかけ、いやいやと、イックは首と耳を横へ振って、辛口で言い返す。

「じゃ、どうやってだ? そう簡単に出来るもんじゃねえぞ?」

「・・・人間が集まるとこってのはさ・・・特に、人目が集まるところってのは・・・・」

昔から、盲点が絶対にあるんだよ。

 

声は至極真面目だった。

「俺がテロリストなら、ハッチとヤンの2人を殺るだけで、十分効果的だと考えるな。この会議にあの2人が招聘されてるって、最初から喧伝しまくってる時から、どうもそれが気になって・・・」

「それでお前、ヤンが出かける寸前まで引き止める口実考えたりしてたのか?」

「・・・・不発に終わったけどな・・・・」

 

出発前に、ちょっと自分が発熱するとかだったら出かけるのやめてくれるだろうか? などと子供じみたことを言って、逆に『そうか! なら、私は出立をやめよう!』と本気でヤンが『引き止められる嬉しさ優先』しそうになったのを思い出す。

 

現実問題としては、ヤンだけでなくハッチのことも心配ではあったので、あの2人が一緒の方がまだ安全だろうかと考えたので止めなかったが、同行する権限もないのにヤンのシャチホコにこっそり密航しようとの衝動を抑えるのにどれだけ苦労したことか。

 

「杞憂なら・・・いいんだけどな・・・」

「ほとんどは杞憂だぜ? 天が落ちる落ちるって心配しまっくった杞の国の男の心配事って故事成語の通りにな」

「でも、ケネディ事件は・・・地球で最初の衛星中継の時に起きたんだよ・・・」

 

アメリカ大統領が公衆の面前で頭を吹っ飛ばされるという、前代未聞の暗殺事件。

あれは、日本とアメリカの衛星中継が初めて行われ、世界中の人間が見ていた華やかなパレードの最中に起きたのだ。それも白昼堂々と。警備はもちろんしてあったはずだったのに。

 

「考えすぎ・・・かな・・・」

ぼそりと呟くロビーの顔が真剣そのものなので、イックも思わず黙り込む。

本当はイックだけではなく、ヤンもハッチもライブ中継については反対していたのだ。

だが、英雄を迎えて成果を見せたい会議の主催者らの意向に、結局押し切られた。

 

「まあ・・・何があっても大丈夫と・・・言ってたけどな・・・あいつ・・・」

出立前、ロビーに最後のキスを贈りながら、耳元で『帰ったら、しばらく離さないからな』と、赤面ものの宣言をしていったヤンである。

どう考えても殺しても死にそうもないと評判の銀河の裏の帝王とも言われるヤンに何かがあるとは思えない。

それに、ハッチにしても、自分の身を守る特殊訓練を受けているぐらいである。

2人とも確実にロビーより強い。それは分かっている。でも・・・。

「それでも、なんか・・・」

 

ロビーがそうつぶやいた、まさにその時だった。

 

「おいっ! ロビー!」

画面にきらりと何かが光った、刹那、途絶える映像。

 

「え?」

「・・・・放送事故か???」

 

それならいい。だが、その前に一瞬見えた・・・閃光と・・そして・・・。

「イック! この映像録画してるはずだろうっ! 今の巻き戻せっ!」

言われ、今や邸宅の全権限を持つサポート・ロボットは瞬時に動く。

そして、絶句した。

 

超スローモーションで再生した「映像が消失する直前」に映っていたのは・・・。

 

「ヤン・・・・・っ!」

きらめく閃光から、一瞬早くマントを翻してハッチを庇うように動いた金の髪。

 

その次の瞬間、映像はブラックアウトしたのだ。

 

これが何を意味するか??

 

「イック・・・」

もうそれ以上言葉は必要なかった。長年の友であり家族であるサポート・ロボットは、以心伝心。

「ああ、ロビー」

 

そして、わずか一分も経たずに、ロビーとイックは、ヤンの邸宅から飛び立っていた。

最新のエンジンに改良に改良を重ねた、新生ナガヤボイジャーで。

一縷、ただただ目的の地のみを目指して、宇宙の彼方へと消えたのだった。

 

★★★

 

『ボウエイカイギシュウゲキサル』

 

銀河連邦防衛会議が何らかの攻撃を受けた、との報は一瞬で・・・

ではなく、最初はライブ中継の「配信上の問題か?」と、会議の模様を放映していた各プラネッツの報道局のコメンテーターは首を傾げ、次には、それぞれの防衛大臣を派遣していた星の政府らからの「重大異変があった模様」との公的な緊急速報の段階でようやく「何かがあったのか?」「うちの大臣は大丈夫なのか?」「事故なのか? 事件なのか?」との騒ぎとなり。

最終的に防衛会議が「アウター・スペースのテロリストによる襲撃を受けた」との「事実」について伝わったのは、あろうことか、ライブ放映を閲覧していた各惑星の市民たちによる独自解析と見解が、銀河中にあまねく様々なデマも含めた形で光より早くに拡散された後だった。

 

その原因が、極秘会議の性質上、襲撃情報についてまでアナログ式暗号かつアナグラムで分解し、その上、古典的モールス信号のアレンジ版かつ受信できる相手は、銀河連邦議会の議長のみ・・・と『無駄に懲りすぎた』結果だったためというのは、どうしたものだか。

 

後世において『安全会議のための機密情報を扱うスットコドドッコイとんでも事変』と揶揄されることになったのも、こうした肝心要の「第一報」からしてまともに機能していなかったのだから当然であろう。

 

だが、世の歴史というのは、比較的皆の記憶にもまだ残る「第二次大戦」における「大日本帝国」がアメリカ合衆国へ真珠湾攻撃をする「前」に「宣戦布告」をするはずだったのが、当時の外務省の手落ちで「攻撃後の宣戦布告」となり、世界中から「卑怯者のジャップ!」「リメンバー・パールハーバー!!!」などとボロカスに言われる口実をアメリカ合衆国大統領ルーズベルトに与えたことでもわかる通り、色々と偶然やら『ポカ』やらの結果の積み重ねだったりもするのである。

 

そうそう、豊臣秀吉が明智光秀を討つために毛利軍相手に「本能寺の変」を知られる前に急遽反転できたのも、毛利軍に本能寺の変による信長の死を知らせる間諜が秀吉の手に落ちたから・・・とか言われているが、これも実際のところ本当にそうだったのかは、謎である。単に、毛利が抜けていたからではないか? との説は未だ、ネオ・ナガトと名を変えた旧山口県での屈辱とされているとかいないとか。

 

まあ、そんなこんなな御託はさておき、そうは言っても、世は宇宙時代である。

 

光を遥かに超える速度での移動が可能となったワープ理論が、銀河連邦のどこにでも行きわたっているのだから、タイムラグは致し方ないとしても、最終的には、『アウター・スペース対策会議が襲撃を受けた』との公式声明は、銀河連邦の中央から緊急速報として全銀河政府へと通達された。

 

その暗号を解読した原文が「ボウエイカイギシュウゲキサル」なわけだが、これを後に地球型の惑星の人間型生命が多く存在するプラネッツの学校で習った子供たちが大概突っ込んだのが「襲撃するサルって、サルに襲われたの??」と、言うのだからもう、その当時のパニックぶりときたら何をかを言わんやである。

 

「どういうことだ、一体!!」

「うちの大臣は!!!」

「いや、うちは第二王位継承権者を出しているんだぞっ!!」

「何を言うか! こっちだって!!!」

 

もともと「平和だから」それなりに外交でお互いに尊重し合ってはいるものの、本来文化も進化系も何もかもが異なる星に属する者らである。

 

同じ星に住んでいてさえ内乱とか紛争など、まだまだあるというのに、銀河規模で本当の意味で「仲良く」などあるわけがない。

誰だって自分が一番かわいいのだ。

 

「安全保障は・・・・!」

「その会議自体が襲われるとは・・・っ! これで、どうやって防衛するというのだ!」

「いや、そもそも誰に襲われたのだ? 陰謀では?」

「内通者か!?」

「ならば、銀河連邦を覆そうとするカルト集団の・・・・」

「レッド・カナリーとかか!!」

「いや、インコ教団かっ!」

「いや! 今、一番騒がしいのは貧乏星の・・・・移民連中じゃないのか!」

「そうすると、あれか!? 機械皇帝をも倒したとかいうマルベリー8紛争移民かっ!!」

「そうだ! そうに違いないっ!!」

 

ならば、犯人はマルベリー8にありっ! あやつらを撃滅せねば!!!

 

と・・・・まことに勝手な推測だけで、あわや「生身の人間にも人権を!」と革命を起こしたばかりのマルベリー8の初代大統領ホシロー率いる革命軍は、銀河連邦の派遣する連合軍に総攻撃される憂き目に合う寸前にまで話が進みかけたのは、後世の歴史家らが皆『情報の混乱ほど恐ろしいものはない』と語るところである。

 

ちなみに、イセカンダルまでの旅路でロビーとハッチが出会った少年ホシローに「革命」の概念を教えたのはロビーだったし、彼らの革命を後押ししたのはヤンである。

 

よって、そもそも彼らがハッチやヤンも参加しているアウター・スペース対策会議にテロを仕掛ける動機がないことについて、早々にヤンズ・ファイナンスから公式に見解が表明され、ホシロー自身も

「ヤンさんに、そして、ロビーさんとハッチさんに! 彼らのお陰で今がある僕らは、今ほど、自分たちが何も出来ないことに・・・! 無力なことに! その上、冤罪をかけられる屈辱に・・・怒りを覚えたことはありません! 僕らは、祈ることしか出来ません。ヤンさん! ハッチさん! ああ・・・せめてロビーさんが居てくださったなら!!!」

 

慟哭と共に銀河中に中継されたホシロー少年の姿。

これが、銀河の皆の心を動かし、後に「マルベリー8への援助活動」に繋がるのは、このすぐ後のこと。

 

実のところ、マルベリー8については、ヤン自らがホシローの革命に手を貸した縁もあって、ヤンズ・ファイナンスがその後も全面的にバックアップしていたことから、ホシロー達への冤罪騒ぎを逆手に取って、これ幸いと、マルベリー8への投資やら発展やらの呼び水を作るために色々とイメージ操作をしただけなのだが。

しかし、実際これで、ヤンズ・ファイナンスは当初の投資の数万倍もの利益をマルベリー8関連で得ることになるのだから、銀河の金融帝国スタッフ連の素早さは、ヤン仕込みの見事なものと絶賛され、社長賞の栄誉に輝いたのはほんの裏話。

 

そんなことより、銀河連邦のほぼ全域では、当時はもう・・・何が何やらになっていた。

 

地球が以前、アウター・スペースに襲われていた時は、ただもう「地球滅亡までのカウントダウン」を見守るしかできなかった銀河連邦。

 

奇跡の英雄、黄金に輝くヒザクリガーが現れ、その悪夢を撃退した時の様は、銀河中にどれほどの安堵と希望と夢を与えたことだろうか。

 

だが、奇跡とは滅多に起こらないからこそ奇跡なのである。

そして、奇跡ではなく「今度は、防衛実績にするのです」とのハッチの提言の通り、そのためのアウター・スペース対策会議だったのだ。

 

「なのに・・・」

「ああ! その功労者のハッチ王子が!」

「銀河の金融帝王のヤン総帥まで!」

 

と、銀河中の者が、まったく埒の明かない「どういうことでしょうか?」「情報が・・」「みなさん落ち着いてくださいっ!」ばかりの報道に、ただただ息を呑むばかりだった、まさにその時だった。

 

「おい・・・あれ・・・」

「光・・・・・?」

 

未だろくに回復しないという銀河連邦安全保障会議との通信。

だが、ライブ中継用衛星は生きており、そこに、きらりとした一筋の光が皆の目に飛び込む。

 

「あれは・・・・!」

「あの・・・・・光はっ!」

 

宇宙、それは本来暗闇の中。

そこを切り裂く黄金色の輝き。

 

その光景は・・・かつて見たものと同じ。

そう・・・かつて! 皆が見た! あの! 輝ける金色の光を纏った姿はっ!!

 

「ヒザクリガー!!!!!」

 

全銀河が叫んだ。

歴史家は、皆そう綴る。

 

誇張ではなく「事実」として。

 

★★★

 

銀河連邦安全保障会議が何らかの攻撃を受けた・・・の報の次が、金色のヒザクリガー。

 

「ヒザクリガーだ!」

「銀河の英雄だ!」

「救世主!!! 伝説の!!!」

 

文字通り宇宙が揺れるほどの大熱狂の中、別の意味で、大混乱を起こしていたのは、常には何があろうと冷静沈着、的確な判断が揺るぐことなど絶対ありえない「ヤンズ・ファイナンス」本社の中枢部であった。

 

「・・・・っ! おいグラっ! どういうことだ、あれはっ!」

「そんなの俺に分かるわけないっス! ヤンさん! ヤンさんはっ!!!」

 

本社のオペレーターに問えば、無言で首が横に振られる。

「社長との回線は、ライブ画像中断の時から依然回復していません。無論・・・ご無事だとは・・・」

鎮痛なオペレーターに対し、かっとヤンの側近であるアロとグラは同時に叫ぶ。

「当たり前だろうっ!」

「ヤンさんは、不死身っス!!!」

「ですが・・・・」

 

ライブ中継が唐突に遮断された折は、別に、アロもグラもそしてヤンズ・ファイナンスの誰も心配などしていなかった。

 

何故なら、最後の画像解析をする限り、あれはヤンがいつも纏っている特殊防御フィールド発動装置つきのマントで、近くのハッチごとシールド展開する瞬間であった。

「あのヤンさんが自ら開発した防御フィールドは、その気になれば衛星の一つぐらい軽く守れるはず」

「なら、問題ないっスね」

 

と、むしろのんびり会話していたぐらいなのである。

 

ところが、そのヤンズ・ファイナンスの中枢がパニックになったのは、その「ヤン」の「私邸」の地下格納庫から突然、ナガヤボイジャーが発進し、宇宙の彼方へ消えたとの報である。

 

「は?」

「へ?」

 

ナガヤボイジャー・・・・って・・・まさか・・・・

 

「ロビーとイックが!」

「ヤンさんに何かあったとか勘違いして!!!」

 

飛び出したっ!?!?!?!?!?

 

そっちの方が、よほどにヤンズ・ファイナンス中枢にとっては「大事」だったのである。

 

「ちょっと待て! 行先・・・ロビー達、分かって・・・ないよな???」

「行先は、参加者のみの守秘義務ありやすし・・・・」

 

けど、とアロとグラは顔を見合わせる。

 

ライブ中継。

どれだけ誤魔化そうとしても、どこが配信元なのか? それを解析することは不可能ではない。

「・・・・イックの性能と・・・・」

「ハッチが更にバージョンアップさせたとかいう新生ナガヤボイジャー・・・」

それに、ヤンの私邸自体が軍事基地並のスーパーコンピューター標準装備である。

 

「しまった・・・! ロビーが飛び出すのは考えてなかった!」

「つか、ヤンさんなら無事だって・・・分かってそうなもんなのに!」

 

だけど、考えるよりも先に飛び出してしまったのだろう。

そう思うと、軽率だというよりも・・・

「ヤンさん・・・愛されてるっスね・・・・」

「そうだな・・・・」

 

などと、つい感慨に耽ってしまう方が先に立つ。

 

だが! それでも、この時ですら、まあ目的地へ着く前に連絡して、ヤンさんの無事を知らせれば大丈夫だろう、などとアロもグラも、まだ左程慌ててはいなかった。

 

何しろ行先までは、通常のワープをどれだけ駆使しても数日かかるのだ。

そしてワープの途中途中では、必ず通信できる隙がある。

 

「ナガヤボイジャーにも、今は、こっちから連絡できるようになってるしな」

「ヤンさんにしてみれば、ロビーが心配で迎えに来てくれたら感動! ってトコっすね!」

などと呑気な会話をしていたぐらいなのである。

 

なのに、なぜ、目の前の画像にヒザクリガー!? ナガヤボイジャー搭載のロボットが、どうしてまた!?

 

そして、目の前の画像からは、今度は毅然とした少年の声が響く。

「全銀河連邦に告ぐ。脅威は去った」

まだハイトーンの少年特有の・・・この声は!

 

唖然とするアロとグラやヤンズ・ファイナンスの面々を余所に、ヒザクリガーから中継回線をジャックして配信しているらしい声明はまだ続く。

 

「まずは落ち着いて欲しい。僕は・・・ルナランド王太子、ハッチ・キタはこの通り無事だ」

 

おおおおおおおっ! と、銀河がどよめく。多分、物理法則を無視した体感だろうが、それはこの際置いておく。

 

「そして、急襲してきたのは、アウター・スペースのテロ集団だ。彼らを捕縛することは出来なかったことは残念だが、その目論見は失敗し、こうして僕は生きている」

 

おおおおおおおおっ!!!!! 更に、どよめきは全銀河を揺らす。・・・きっと体感のものだが・・・

 

「ただ、通信について、多少の困難があるため続報は待って欲しい。今は、慌てずに。それだけを願う」

 

ハッチ王子! 銀河の英雄!

「ヒザクリガーだ!!」

「やっぱり、英雄は・・・・奇跡の英雄なんだ!!!」

「ってことは!」

 

ヒザクリガーの搭乗員が、ロビーとハッチの2人であることは、イックが執筆した「地球を救った男たち」で、つとに広く知られている。

 

「ずっと行方不明とされていた、ロビー・ヤージ氏も!」

「ハッチ王子と共にいらしたのか!」

 

何という友情! 何という奇跡! ああ、ヒザクリガーよ永遠なれ!!!

 

その時の銀河中の感動は、既に信仰に近かった。

「ああ・・・・金色のヒザクリガー・・・・!」

「地球だけではない! やはり、銀河の英雄!!」

 

ハッチ王子! ロビー・ヤージ氏!

万歳! 万歳! 万歳!!!

 

 

その騒ぎの中、逆に、面食らっていたのはむしろアロとグラの方である。

「おい・・・ヤンさんとの通信・・・まだ回復してねえよな???」

「ねえっス・・・・」

 

なのに、ハッチからの「安全宣言」にも近いあれは???

 

いや、あの声明自体は、銀河連邦がパニックならないようにとの配慮だろう。現に、マルベリー8支社からは、あわや、革命政府がテロの犯人扱いされる寸前だったとの報告もあったぐらいだ。

 

知的生命体の集団において、パニックほど恐ろしいものはない。

だからこその、ハッチの「為政者」としての行動は正しい。

正しいのは・・・分かる。だが。

 

「ヤンさん・・・は???」

「それに・・・・」

 

相棒のはずのロビーの声は何も発せられなかった。

これが何を意味するか。もはや嫌な予感しかしやしない。

 

「駄目だ! 俺たちも出る!」

「アロさんっ! グラさんもっ!」

慌てる本社の幹部連には、自分たちがイセカンダルまでヤンとの旅に同行していた時と同じ体制でいればいいと、冷静に告げる。

 

「・・・・ヤンさんに何かある筈がないだろう・・・」

「それは、そうなのですが・・・・」

 

でも、奥様は???

 

皆の言わんとして、呑み込んでいる言葉の問いたい視線を感じつつ、敢えてアロもグラも彼らを振り切る。

 

「とにかく! いいから、お前たちはヤンズ・ファイナンスを動かしていればいい!」

 

それだけを言い置いて、ヤンのシャチホコ号よりも二周りは大きい戦艦タイプの黄金のシャチホコを起動させる。

「発進!」

ヤンさんの元へ!!

 

そして、黄金の巨大シャチホコもまた宇宙へと消えたのだった。

ただし、山のような小型シャチホコ軍勢も引き連れて。

 

★★★

 

アロとグラの予感は的中していた。

無論、悪い方向で。

 

「ロビー・・・・」

ナガヤボイジャーのリビングにて、ぐったりと茫然自失でソファにもたれる相棒の柔らかな髪ごと、そっとハッチは自らも膝をついて震える身体を抱きしめる。

「ロビーよぉ・・・」

小さなウサギ型サポート・ロボットもまた、その小さな手をそっと伸ばして、主の震える膝の上にその手を置く。

 

だが、応えはない。反応がない。言葉どころか、視線すら虚空でも眺めているかのような、ただ焦点の合わない青色の瞳が見開いているのみ。

 

「イック・・・」

「ハッチ・・・」

 

まずいな、これは・・・・とは、言葉にするまでもなく、両者の共通見解だった。

「ロビー・・・」

ぎゅっと、懇親の力で抱きしめながらハッチは嘆く。

「こんなことになるなんて・・・」

「ああ・・・」

 

しん、と静まり返ったナガヤボイジャーの中。

少年とサポート・ロボットの嘆きだけが、ただ響く。

「ロビー、ロビー・・・」

だが、どれほど呼びかけても応えはない。

「・・・どんだけだよ・・・」

地を這うような低い声で、イックは唸る。

「どんだけ・・・! どんだけっ!!」

「イック・・・・」

少年の方は、ただもうぽろぽろと涙を零す。

「ロビー・・・」

 

脳裏にだけ、いつもの相棒の明るい声がこだまする。

―――なんだよっ! ばーか!―――

 

けれど、それはただの幻聴。

目の前の彫像からは何も答えは返らない。

 

そして、その生ける彫像に、2人はいつまでもただ縋り付く。

そうしていれば・・・いつか、彫刻に命を吹き込んだというピグマリオンの伝説の如く、動き出すのではないかとの祈りのように。

 

ただただ、嘆き祈るしかなかったのだった。

 

 

他方、その頃軍事機密衛星に黄金のシャチホコ軍団と共に辿り着いたアロとグラもまた、唖然茫然の体をなしていた。

 

「はいいいいいっ!!!!!」

「なんすか! それっ!!!」

2人の目の前には敬愛する、いや崇拝する黄金の瞳の帝王が、がっくりとうなだれてへたり込んでいた。

そして、その手の中には、きらめく金色のリングが一つ。

 

「・・・ヤンさん???」

「それ・・・」

 

聞くまでもない。ヤンの瞳の色にも似た、簡素なデザインでありながら特殊な輝きを示すそれは、ヤンがロビーの左薬指へ「結婚の証」として嵌めたはずのマリッジ・リング。

 

敢えて金細工ではなく、ヤンしか作り出せないオリジナル合金で造られたそれは、何があろうと決して伴侶の指から抜け落ちるなどということはない・・・はずだったのでは??

「なのに・・・なんで・・・・」

「どういうことっスか・・・・」

 

アロとグラにすれば、何が何やらで当然である。

ヤン特製のあのリングは、ロビーの身の安全を守るための位置情報確認システムはもとより、特殊フィールドの展開他、数々の機能が搭載された科学技術の粋を極めたものであり、かつ、ヤンのリングと「対」となっているものである。

 

それが、何故? どうして、ヤンの手の中に???

そもそも、アロとグラが艦隊を率いて、極秘裏に隠されていた防衛会議の議場である人工衛星へ辿り着くのは、無論急ぎに急いだのだが、元が「場所が特定できない」仕様の衛星の位置を割り出し、その上で、ハイパー・ロードもない空間をひたすら無茶なワープを繰り返して、通常なら数日はかかるところを強行突破して2日かけずに辿り着けただけでも表彰台ものなのだが、ロビーとイックは、アロとグラの地球本社での経過時間で換算すると、それこそ「飛び出したと思ったら、数時間後には、ヒザクリガーが現れていた??」な状態である。

 

とすると、あの謎の襲撃があってから、まだ何の情報もない中、ロビーとイックのナガヤボイジャーは文字通り「光よりも早く」に到着し、そして、ハッチを回収して「ヒザクリガーが登場」となった・・・ということになるわけだが・・・。

その肝心なロビーもイックも・・・そしてハッチの姿もなければ、ナガヤボイジャーもヒザクリガーも見当たらない。

その上、目の前の社長は、茫然自失の体である。

 

「ヤンさんっ!!」

アロは、がくがくとへたりこんでいる神にも等しい恩人の両肩を掴んで思いっきり揺さぶる。

「ロビーは!? イックは!?」

「そうっス! あの2人は!?」

てか、何がどうして、どうなっってるんスかっ!!!

ハイトーンのグラの声も響き渡る。

 

映像に映っていた攻撃が派手だった割には、実際に辿り着いてみれば衛星に損傷はほとんど見当たらない。

せいぜい、外部からの熱光線攻撃により、一部、内部にも大穴が空いている程度だが、外装は既に自動修復機能で塞がれているし、内部の方も衛星の核となる部分に損傷があるようには思えない。

この程度で済んでいるのは、それこそ、ヤンが己のマントでのフィールド展開をしたからだろう。

 

実際、今は通信回路も復旧し、各大臣らが、それぞれの母星へ己の安否報告などを行っている真っ最中である。

そうこうするうちに、場所を嗅ぎ付けたマスコミ連中が来るとも限らない。いや、そんな連中については、そう簡単に衛星に着艦できないよう既にシャチホコ艦隊を周囲に展開しているが、それでも、いずれ事の顛末についての発表は求められるだろう。

 

なのに、肝心なヤンがこの有様で、ハッチは行方不明。

そして、ロビーとイックについては、何がどうなったのかまったく分からない有様という体たらく。

 

アロとグラが泣きそうになったとしても致し方あるまい。

何が・・・何があったというのだ、一体!!

 

そんな2人に、虚ろな声でやっと回答がもたらされた。

 

「別れると言われた・・・・・・・・・・」

 

言葉の意味が脳内に到着して・・・・。

そして反応へと転換されるまで数瞬以上はたっぷりと時間がかかった。

 

が、その次の瞬間、2人は盛大に叫んでいた。

「はいいいいいいっ!?!?!?!?!?」

「なんっスか!?!? それっ!?!?!?」

 

後にヤンズ・ファイナンスの「社史編纂部」がこのくだりについて

『まこと、真なる危機とは・・・・』

人の心なり、との名言を残すことになる事件は、かくしてアロとグラに伝えられたのだった。

 

驚愕と、そして、動転と惑乱の全てと共に。

 

★★★

 

ヤンズ・ファイナンスは全銀河に支店を持つ、金融部門を中心とした巨大企業である。

そうである以上、常に社長であるヤンの命を狙う者は後を絶たず、よって当然ながらこれに対する対策もまた万全になされている。

 

指のリングの全てに多種多様な機能が当然されているのは当然のこと。

一見するとただのファーにしか見えないそれが、羽の一枚一枚に精密な通信機やらエネルギーフィールド攻撃が可能なものが仕込んであったりとか、今回活躍したマントに至っては、最初から地球を襲ったアウター・スペースからの侵略者の熱光線対策仕様へバージョンアップされていた優れものである。

 

だからこそ、アロとグラは、最後の映像でヤンがマントを翻している様を見て「ああ、これなら大丈夫」と思っていたわけだが、何故かロビーはイックと共にナガヤボイジャーで飛び出してしまった。

 

それは、てっきり「無事だと分かっていても、それでも居てもたってもいられなくて」という「新妻心」故のものだろうと、ある意味ほのぼのと思っていたのだが・・・。

だが? この状況は? もしか・・・して・・・?

 

おそるおそる2人はヤンへと尋ねかける。

「あの・・・ヤンさん・・・・」

「もしか・・・しなくってもっスね・・・・」

 

ロビーに、ヤンさんの装備について実は・・・詳しく言ってなかった・・・・とか??

 

その問いに、がくりと敬愛する社長は、床にへたりこんだまま更に深くうな垂れる。

「別に・・・言うまでもないと思っていたのだ・・・」

私の身に何かあるなど! そのようなことは、百万分の一の確率もないのだから!!

「いや、ヤンさん・・・・」

「それは・・・・」

無理っス!!!!

2人が叫んだのは、ほぼ同時。

「あのっスね!!」

「俺たちだってっ!」

ヤンさんが絶対大丈夫って信じていたって、通信がいつまでも復旧しなくて心配がまったくなかったわけじゃないんスよ?

「まして・・・ヤンさんの装備のこと知らなかったら・・・」

「そうっスよ・・・」

 

閃光と共にフェードアウトする画像。最後の一瞬は、ハッチを庇うかのようなヤンの姿。

 

「あれ・・・・心配すんなっつー方が・・・・」

「無理っっ!!!! 無理っス!」

 

だから飛び出したのだろう。そして、だからこそ・・・どれだけ心配したのだろうかと、ロビーの心中を想うと2人の胸の方が痛くなる。

 

「そもそも・・・どうやって、あんなに早く『ここ』までナガヤボイジャーが到着できたのかも不思議ですが・・・」

「ああ、それか・・・」

 

アロの問いにヤンはため息と共に答える。

「イックとハッチが、新生ナガヤボイジャーを発注した時、2人で更にまだ一般には公開されていない『亜空間制御装置プログラム』を開発して搭載したらしいのだ」

「は?」

「へ?」

側近の2人の「???」の顔に、ヤンはぽつぽつと説明する。

「つまりだな・・・」

 

宇宙時代の今、光の速度を超えての「ワープ航行理論」は巷に普通に知られているし用いられている。

「だが、ワープは、あくまでも光を超える速度・・・つまりは『速度』についての理屈の一環だ。これに対して亜空間は、時空間そのものが変容する。これを応用するなど無茶も極まりないのだが・・・」

 

その無茶をどうやら、あの天才王子と、王子の祖父が手ずから高機能に仕上げたサポート・ロボットは「空間と時間そのものを変容させ、理論上の到着時間を亜空間を利用することで限りなくゼロに近いまで」に利用するというプログラムを開発した上、それの実践版をナガヤボイジャーに組み込んでいたらしいのだ。

 

「ただ、一つ難点があってだな・・・」

亜空間の制御による利点について、科学者らが思いつくことは皆ほぼ同じ。だが、どうしても乗り越えられない問題点があった。それは・・・

「時間、というものは『意識』のある者にとっては、極めて主観的なものだということとの整合性だ」

「・・・?」

「???」

だから??? という側近2人にヤンは分かりやすいように言葉を添える。

「有体に言えば、外部でのお前たちにとっては、ほとんど時間が経過していないように感じているとしても、亜空間を通過することを選んだロビーやイックにとっては、歪んだ時間経過体験となる・・・つまり・・・」

その時点で、あっ! と叫んだのはグラだった。

「つまりっ! ロビーにとっては、すっごい時間かけて到着したのと同じってコトっスか!?」

「・・・まあ・・・そういうことだ・・・」

「え? じゃあ・・・」

ヤンの肯定の意に、慌てたのは金髪のアロだ。

「どんだけか知らねえっスけど!!! それ、むっちゃくっちゃ時間かけて、その間ずっとずっと心配し続けてたってコトじゃないっすか!!」

「そうっス! あ! だから!」

2人ははたと顔を見合わせ、同時に頷いた。

「めっちゃくっちゃつらい想いを、とんでもなく長期間させ続けたってコトじゃないっスか!!!!!」

「ヤンさん! ちゃんとフォローしたんですかっ!」

 

いや、それが出来ていないから、今現在がこの体たらくなのだろうが、それよりも何があったのかをまずは聞かないとと、側近2人は息せききってヤンに叫ぶ。

「俺らだって通信が途絶えてて・・・」

「でも、ヤンさん、無事って信じてたから・・・」

それで何とかこうして平静保ってますけど!!!

「散々心配かけたなら、もちろんフォローしないと!!」

2人からの詰問にヤンは答える。

「ロビーへの・・・私が無事だとのアピールは無論したとも」

だが、それがどういうわけか・・・。よもや「あれ」は・・・逆効果だったのだろうか・・・

 

「どういうことなのかは、私にも分からないのだ」

と、枯れた声が下から零れる。

 

「私は・・・ロビーたちが、この衛星に到着した折、ちょうどアウター・スペース連中が空けた穴から下の階層へ落下していてな・・・・」

「は?」

「・・・・何してんですか・・・・・」

肝心な時に、との言葉は呑み込み、アロとグラはヤンの続きの言葉を待つ。

「落下といっても、重力装置で制御できる程度だ。ただ・・・」

落ちた先が、折悪しく第一撃で無駄に積んであった段ボールの山が崩れ落ちた倉庫内。そこに埋もれてしまったのだとヤンは状況を説明した。

「たかが、紙ごみと言ってもだな・・・機密文書を敢えてデータにせずに箱づめしていたものだったのだ。その重量は・・・いや、崩れた時の収拾のつかない状況ときたら・・・」

さながら、箱と紙の海に溺れたような感覚に一瞬陥ったのだと言う。

「それで・・・」

「いや、いいっス」

「大体、それで分かりやした」

「いや、私はまだ説明していないが??」

不思議そうに見上げてくる上司に対し、思わず噛みついたのは、もう反射的なものというか何というか。

 

「言わなくっても分かります! 要するに、ロビーが蒼白で『ここ』に辿り着いた時、ヤンさんの『姿』がなくて、『アウター・スペース連中の最初の一撃の反動で、詳細不明』状態だったってコトですよねっ!」

「詳細不明・・・いや、紙に埋もれていただけ・・・」

「んなこた、どーでもいいんです! 大事なのは・・・・肝心なのは・・・」

うるうると既に涙目のアロとグラ。

「ヤンさん・・・俺らだって・・・着いたらヤンさんが居なかったら・・・肝冷やします!」

「そうッス!!」

「なのに・・・ロビーは・・・ロビーは!!!」

 

心配して、心配して、心配して・・・。

情報も何もない中、不安に押しつぶされそうになりながら、どれだけの時間を体感することになっていたのだろう? 遠い昔の「大陸の向こう」で何があったかなど、数か月の旅を経ても分からない頃の・・・そんな折の時代の人々と、それはきっと同じぐらいどうにもならない不安だけの時間。

それでも、必死に・・・それこそ歯を食いしばって、そんな気持ちを押し殺して必死に辿り着いてみたら、伴侶が行方不明。

そんな悲劇があるだろうか?

「ヤンさんは、馬鹿ですかっ!」

この2人が、崇拝するヤン相手に「馬鹿」呼ばわりしたのは後にも先にも、多分この時だけだろう。

だが、それしか言いようがなかった。もう自然にその単語が出てしまっていた。

「馬鹿っス! 大馬鹿っス!!!」

大騒ぎするアロとグラ。

「何を言う! むしろ、私は、すぐにロビーの声に気づいてこのリングの重力装置を用いて、あの大穴から浮かび上がったのだぞ?」

それも神々しく演出するバックライトつきでだ!!

「普通、そこで夫婦の再会の抱擁! クライマックスシーンとなるはずだろうが!!」

「・・・じゃ、なんでそーなってないんっすか・・・」

突っ込むアロに対し、ヤンはそれが・・・と、苦悶に言葉を濁す。

「ヤンさんっ!」

更に追い打ちをかけるグラの声に、ようやく絞り出すような声は、2人への解としてもたらされる。

「・・・それが・・・ロビーは・・・・」

「ロビーは?」

「それまで、ハッチの肩を掴んでいた手を離して・・・」

「で?」

「私へ向かって・・・・・」

「んで???」

「・・・・・・・リングを投げつけたのだ・・・・」

そして、もうやだ、別れると離婚宣告されてしまったのだという。

 

『あ~~~~~・・・・・やっぱり・・・・・』

『ヤンさん・・・・・』

 

お・ば・か・・・・・・・・・・・・

 

がっくりとなるアロとグラ。

もうロビーの気持ちが手に取るように分かる分だけ、脱力するばかりである。

『・・・そりゃあなあ・・・・』

『必死で辿り着いて・・・・』

『で、安否不明告げられて・・・・』

『更に心底真っ青になったとこに・・・・』

 

タカラヅカの歌劇団よろしく、光と共に神々しく舞台の下から上がってきま~~す! みたいな演出されたら・・・

 

『誰だって・・・・なあ?』

『反動で・・・・』

 

心配で心配で心配で。なのに、相手が妙な余裕綽々な演出をしてきたら、そんなもの逆効果に決まっている。

 

「きつかったんだな・・・ほんとに・・・」

ほろりと涙ぐむアロ。

「そう・・・っスよ・・・・」

こっちはもはやボロ泣きのグラ。

 

「ヤンさんっ!」

常にはない気迫で、がっしと上司の肩を揺さぶり、アロとグラは2人がかりで思いっきり叫ぶ。

「ぼーっとしてる場合じゃないっス!!」

「そうっス!!」

「今すぐ、行きますよっ!!」

「行くっス! ヤンさんっ!」

 

そのまま、ぐいぐいと上司の手を引き、背中を押してヤンをシャチホコへ押し込む2人組。

 

「ヤンさんのシャチホコも収納しやしたから、このまま行きますよっ!」

「シャチホコⅡ、母艦出撃! 他は、マスコミ対応他待機!!」

目指すは・・・・

 

「ナガヤボイジャー!」

「ロビーのとこっス!!!」

 

新婚の総帥夫婦の離婚など、いや、そもそも・・・

 

「このままじゃ、ロビーが可哀想すぎるだろがっ!!!!」

「見損なったっス、ヤンさんっ!!」

 

と、かくして、防衛会議衛星からは、各大臣らが己の通信に必死になっている間に、ヒザクリガーに続いて今度は、黄金のシャチホコが一隻消えたのだった。

2人組の罵詈雑言付きで。

 

★★★

 

亜空間

そこは、時間も空間も、全てが「通常空間」とは異なる宇宙の隙間。

 

そこにたゆたうナガヤボイジャーの中で、ハッチとイックの声さえも遠くにロビーはただ意識を遠く遠くへ拡散させていた。

 

聞こえていないわけではない。見えていないわけでもない。

ただ、「感じられない」のだ。

まるで、水の中に沈んでいるような、あるいは、ガラスの迷宮の奥にでもいるかのように、ただ、ぼんやりと・・・遠くにあるようなないような蜃気楼を眺めているような感じしかしないのだ。

 

『もう・・・いいや・・・』

 

終わったのだ。全部。そうだ、自分が終わらせた。

 

最後に覚えているのは、指輪を投げつけた時のヤンの顔。

驚きに金色の瞳を見開いて・・・

 

だが、それでも言葉は止まらなかった。

もう嫌だと。別れると。

 

その後のことは覚えていない。

なんとなく、イックが手を引いてくれていたような感じや、ハッチと一緒にヒザクリガーの搭乗席に座っていたような感覚だけはしなくもないが、それが何だったのかも何もかも分からないし、知るつもりにもなれない。

 

『終わったんだな・・・・』

 

心に刻まれているのは、自分が打った終止符のみ。

終わった・・・もう終わった。全部、終わった。

 

ただそれだけのこと。

 

なのに、どうしてこんなに・・・・・・

「胸が・・・痛い・・・」

「ロビー?」

「おい! 今・・・」

 

微かな唇の動きと共に、見開かれた青い瞳からは、はらはらと涙が零れ落ちる。

「ロビー! ロビー! しっかりしてよ、ロビー!!」

「おいっ! なあ、ロビー! そうだ! キャバクラ行こう! 綺麗なおねーちゃん達のとこ行こう!」

だから、泣くなっ! なあ、ロビーっ!!!

 

必死なイックの励ましも、何の効果もなく時を止めたような生ける彫像は、ただ涙を流すのみ。

 

「痛いんだ・・・・」

「うん・・・」

ぎゅっと相棒を抱きしめ、ハッチはただ頷く。

「痛てえ・・・すごく・・・・」

「うん、うん!」

この応答に意味がないことなどハッチは無論分かっている。

分かっていても、答えずにはいられなかった。

「痛くて・・・苦しくて・・・」

そうして、どこかへ心まで飛ばしてしまったたった一人のハッチの相棒。

大事な魂の半身、命よりも大事かもしれないことを教えてくれた年上の親友。

 

その苦しみも悲しみも、自分ではどうにもできない。

どれほどの科学力があろうとも「心」だけはどうにも出来ない。

 

「俺様が・・・」

ぽつりと小さなウサギ型サポート・ロボットがうな垂れながら歯噛みする。

「もっと・・・」

「イックのせいじゃないよ! これは!」

ハッチの言葉に、いいや、と小さなウサギは首を横に振る。

「俺様がついていながら! 何のためのサポート・ロボットだ!!!」

最初っから、あのヤローはロビーを狙ってた! 分かってた! なのに!!

「むざむざあいつの手に落ちるまで俺は何も守れなかった。コイツが・・・楽しそうだったから! けど!」

「でも、イック! それならオレだって!」

「そうだな・・・俺様と、お前。2人で、もっと・・・もっと反対すりゃ良かったな・・・」

ロビーがこんな風にボロボロにされる前に。

「お前と、俺様と・・・3人で・・・どっか・・・ずっと遠くに・・・旅にでも出ちまうか?」

「そうだね。ルナランドは、オレがいなくたって、後始末ぐらいは出来るだろうし」

それに、こんなロビーを放ってなんかおけないよ、と少年は相棒を抱きしめながら涙する。

「オレはさ・・・ルナランドに帰ってから、ロビーとあまり会えなくなったけど・・・」

でも、ロビーはいつでも楽しそうに連絡くれたりしたから、何も言わなかった。言えなかったよ。

「でも、イック・・・ほんっと、オレたち同罪かもね・・・」

 

ヤンが裏も表も、すさまじい影響力と富を持っている銀河の大富豪であると同時に闇の帝王であることは、ロビーよりも、ハッチやイックの方が、そんな相手を伴侶にすることへの危惧は最初から抱いていた。

 

それでも反対しきれなかったのは、ロビーがヤンの傍にいて笑っていたから。

嬉しそうに・・・なんだか幸せそうに。

 

「幸せ・・・そうに見えたんだ・・・悔しかったけど・・・ね・・・」

相棒の自分には見せない笑み。満ち足りたような、穏やかな。

「でも・・・もう、許せない」

「ああ、それに離婚はロビーの意思だしな」

 

リングを投げつけたロビーの行動には、ハッチもイックも驚いたのだが、そのままロビーが崩れ落ちるのを支えてナガヤボイジャーまで連れて行くのに必死で、ヤンへの怒りも何も沸く余裕すらなかったあの時。

 

だが、今は違う。

「イック・・・オレと開発した、亜空間制御プログラム・・・」

「ああ、いきなりのぶっつけ本番だったが・・・」

ライブ中継配信元探索で絞り込んだ宙域への亜空間を利用しての時空間ジャンプ。

一歩間違えば、永遠にどこの空間とも接続できないかもしれない危険さえも、あの時は何も考えなかった。

いや、考えるよりも前に、ロビーは言ったのだ。

 

―――イック! テロなら、アウター・スペースの連中に決まってる!! ―――

ハッチへの逆恨みで衛星ごと破壊するつもりなら、救援は一秒も無駄なんかできねえっ!!

 

その一言で、飛び込んだ亜空間ルート。

結果、主観的には数か月分もの時間経過を体感することと引き換えに、出現ポイントにいたアウター・スペースの連中の戦艦に文字通り不意打ち的体当たりにて、彼らを潰走させることに成功した。

 

だが、人間の精神に「数か月」の不安は重すぎた。

そして、ハッチの無事は、着艦と同時に確認できたから良かったものの、ヤンは・・・・『居なかった』のだ。

 

大穴の向こうに・・・落下したと・・・・聞かされた時の絶望。

それなのに、次の刹那に、光と共にばかばかしい演出と共に昇ってくるのだ。

 

「あれは・・・・ねえよなあ・・・」

「うん、オレもそう思った」

 

そもそも、無事だの一言ぐらい、落下した直後に連絡してくれればいいのにっ!

「まあ、別にどうせ無事だろうぐらいには思ってたけどさ」

あの人、無駄に丈夫だし。

 

ちなみに、連絡ぐらいくれても良かったじゃないですか! のクレームは、アロとグラからもヤンは糾弾されていた。

 

「ライブ中継してたぐらいなんですから、無事なら無事と連絡ぐらい!」

「そうっスよ! 特にロビーに! なんでしなかったんです、ヤンさんっ!」

 

これに対して、すいっと見せられたのは指のリングの一つに微かに入った「ひび」だった。

「・・・思った以上に、あやつらからの熱量の防御フィールドに力を使ってしまってな・・・」

その反動で、僅かだが通信機能のコアの一部に支障が出たのだと言う。

「にしても! ヤンさんなら、他にも通信手段山ほど用意してるはずでしょうが!!」

この問いへの答えは、もうなんとやら。

「・・・私の結婚指輪が・・・ロビーと対となっているリングが・・・・」

ロビーが近づいていると知らせてくれて・・・

「胸がときめいてしまってな・・・」

「・・・・で、忘れたっ!? 連絡を!?!?」

「すまん・・・感動の再会シーンが脳内展開していて・・・・つい・・・」

 

「つい、じゃないでしょうっ!!!」

「ヤンさんっ!!!」

 

乙女思考も、時と場合を考えてくださいっ! 古典的少年マンガみたく『主人公死なず!』じゃないんですよ!

「つか、むしろ・・・昔の少女マンガとかだと、結構恋人との死に別れネタ多いじゃないっスか!!」

「ロビーが飛び出して・・・事故って・・・何かあったらとか・・・少しは考えてください!!」

マンガの世界だって、「生き返り設定だろう」とか油断してたら、連載最後まで生き返らなかったキャラとか色々あったりするのは、ヤンさんのがよっぽど詳しいでしょうが!

「いいですか? ヤンさん・・・・あの有名な名作『ヤマト・ワキ』の『はいからさんが通る』だと、ヒロインの紅緒自身、関東大震災で死にかけてたんですよ!!! いや、もちろん『主人公死なず』をヒロインに叫ばせるヤマト・ワキ節炸裂で、目いっぱい無事でしたけど! 

「でも、あれだって思いっきり周囲は、紅緒が死んだんじゃないかとか心配しまくってですね・・・」

「そうそう! ヤマト・ワキなんか、まだいいですよ! もっとハードなのは・・・少女マンガの女王と呼ばれた『イチジョウ・ユカリ』原作の『砂の城』とか・・・・」

あの作品なんか、主人公のナタリーが不幸にも恋人に死なれるとこからスタートみたいな話で、最後は、「ナタリーは死んでやっともう苦しまなくて良くなったのでした」的な、謎なハッピーエンド? ですよ!?

「あの話・・・ナタリーに死なれて、残されたフランシス・・・・どうなるんだか・・・」

ヤンさんからのお勧めで必須教養ですから、俺もグラも、ヤンズ・ファイナンス全員読んでますけどね! ええ! このデータ全盛の時代に古典的にも贅沢な「紙媒体」コミックスで!!

「泣きましたよ・・・あの話・・・」

で、あの話を愛読してるヤンさんが、なんだってまた・・・

「自分が死なない前提しか考えてないんですか! つか、自分が生きてたって、相手が心配のあまり飛び出して交通事故死とかって、昔の少女マンガの定番でしょうがっ!!!」

 

何故かたとえが少女マンガ、しかも古典的なものが題材となっているのは、一重にヤンの趣味だからなのだが、だからこそ、確かにアロとグラの抗議の趣旨は、実に正確にヤンの胸を貫いた。

 

無論、この緊急時を「古典的少女マンガ」にたとえて通じるのが、果たして良いのかどうかは・・・・

この際、置いておくとして・・・

 

だが、確かにそうだ! と、言われて、はたとヤンは我に返る。

「そうか・・・私は『自分が死ぬ』などとは毛程も思っていなかったが・・・・」

「そうっス! ロビーになんかあったら、ヤンさん生きていけるんスか!?」

「・・・・無理だ・・・・」

 

軽く死ねる。その断定に

「だったら、ロビーだってヤンさんの安否心配することについても、ちゃんと配慮してくださいっ!」

と、アロとグラだけではなく、後にヤンズ・ファイナンス全社員、特に結婚式でロマンスを堪能した女性社員らから、散々ブーイングの嵐が来たのは後日談。

 

だが、今はそれどころではない。

 

ナガヤボイジャーとは依然通信不能という。

「多分・・・あっちが通信拒絶してるんでしょう。後は・・・亜空間あたりに退避してるかと・・・」

冷静なアロの声に、そうか、とヤンは呟く。

「亜空間っスよ! ヤンさん! どーすんですか!!!」

 

しかし、これについては、平静を取り戻した銀河の帝王は、実にあっさりと決断を示す。

「ならば、我々も亜空間へ飛び込むまで!」

 

普通「死ぬ気ですか?」と止めそうなものだが、まったくそうしないのが、ヤンさん絶対主義のアロとグラ。

「じゃ、行きやす!」

「人工亜空間ゲート生成プログラム発動っス!」

 

そして、黄金のシャチホコもまた亜空間へと突っ込んでいったのだった。

ヤンのオリジナルプログラム・・・ただし思いっきり「未完成」な代物を起動させて。

 

★★★

 

時空間の全てが、通常空間の理屈では測れない。

それこそが亜空間の亜空間たるところなのだが・・・逆説的に言うならば「何でもあり」でもあったりする。

 

というか、意識的に都合良く制御できないのが難点なのだが、そもそもがワープどころでなく「空間ごと捻じ曲げる」のだから、時間も空間も関係なく、文字通り「一瞬で、どこかへ放り出される」のがその最大の特徴である。

要するに、制御プログラムもなしに飛び込むのは、運を天に任せるだけ・・・でしかない自殺行為。

 

だが、ヤンの強運は、普通ではなかった。

 

「わっ!」

「な、なんだっ!」

 

何もないはずの空間で、突如の振動。

それも・・・何かにぶつけられたような衝撃つき???

 

揺れるリビングで、ロビーを守るように抱きしめたままのハッチとイックを余所に、気づけばナガヤボイジャーは黄金のシャチホコ内に呑み込まれていた。

 

「は?」

「へ??」

 

ハッチとイックの驚愕は、いきなりナガヤボイジャーのドアを蹴破って飛び込んで来た黒のファーに独特のマントを翻したヤンの姿を目に映すや、文字通りの大絶叫となった。

 

「何しに来たんだよっ!」

「てか、どーやって!!!」

 

既に、位置追跡も兼ねたロビーの結婚指輪は、ここにはない。

それに、亜空間に漂う存在は、その「存在」そのものが揺らぐのだから「探知」など絶対に出来るはずもない。

 

だが、現実に目の前に・・・ヤンはいた。

金色の双眸をかっと見開き、つかつかと、少年とサポート・ロボットが必死に守ろうと庇っている存在の傍へとやってくる。

「おいっ!」

立ちふさがるのは、小柄なウサギ型サポート・ロボット。

イックは、小さな両手を最大限に広げ、そして叫ぶ。

 

「出てけっ!!!」

てめーの面なんざ、金輪際見たくもねえっ!!!!

 

ゆら・・・と、イックの背から蜃気楼のようなものが立ち上って見えるのは、錯覚でも何でもなく、文字通り怒りのあまり高度な集積回路がヒートアップしすぎての冷却機能のために、背面から湯気が立っているせいだろう。

 

「誰のせいで・・・! こんなことになったと!!」

 

そんなイックの前に、ヤンは跪くと深く深く頭を垂れる。

「すまない・・・」

「謝って済むことかっ!!!」

当然の反応に、それでも、ヤンはたじろがずただ懇願する。

「それでも・・・私は、ロビーに詫びるしかないのだ。無論、お前にも、イック・・・」

「俺様なんざどーでもいいさ! けどな! けどなぁっ!」

もはや半狂乱のウサギ型サポート・ロボットの泣き声に、だが、その時以外な声が響いた。

 

「イック・・・・」

「え?」

くるりと振り返ったそこには、相変わらず虚空のみ映す瞳の主の姿。

だが、聞こえた。確かに、自分を呼ぶ声が!

「ロビー!!」

どうした! 俺様を呼んだか!?

その声に呼応するかのように、ゆっくりと彫像の腕はソファーの上から、小さなウサギの頭の上へと移動する。

「・・・心配・・・するな・・・」

ほわり、と浮かぶ笑顔はあまりに儚くて、透き通るようで。

それが余計に悲しくて、イックは、わっと涙を零す。

「ロビー! お前っ! こんなになっても、俺様のこと!!」

ばかやろっ! 大変なのは、おめーの方だ!!

「俺様より・・・お前のが・・・大変だっつーに!!!!」

なのに、いつもいつもロビーは、こうして当たり前のように他者を案じる。心配かけまいと明るく振る舞う。

こんなになっても。もう「心」さえも、ここには無いというのに!!

 

「・・・イック・・・これは・・・」

その様に、茫然と立ちすくむヤンに対し、ぎっとイックは真紅の瞳で睨みつける。

「見りゃ分かるだろが! ロビーは・・・ロビーはよぉっ!!」

言葉がもう続けられなくなり、しゃくりをあげるサポート・ロボットの代わりに告げたのは、大切な相棒を抱きしめた月の王子だった。

「ロビーはね・・・心が壊れちゃったんだよ・・・・」

 

亜空間通過という無茶に加えて、ヤンが所在不明だったという負荷。

そして、そんなにも案じた相手が、まるで自分を茶化すかのように登場した「その」衝撃に。

「ロビーの心はね・・・耐えられなかったんだ・・・」

ぎゅっと、相棒を抱きしめて少年は切なく、絞り出すような声音で語る。

「痛いんだってさ・・・胸が・・・」

心はここに無いのに、痛いって。

「誰のせい?」

澄んだ翡翠の双眸が、銀河の帝王をも鋭く射抜く。

「オレ・・・あんたのこと見損なったよ、ヤン」

言われ立ち竦むヤンに対して、月の王子は更に続ける。

「オレはね・・・ロビーが『楽』になれるなら、もうこのままでもいいとも思ったよ。でも・・・」

ロビーは痛いって泣くんだ。

「誰のせい?」

分かってる? 分かっている? 本当に?

「ロビーは・・・優しいんだよ。優しくて・・・だから・・・」

誰の事だって大事にする。それなのに!

「結婚までして! 愛してるなんて、歯が浮くようなこと散々言っておいてこれっ!?」

ハッチの腕の中のロビーの瞳は誰も映していない。

ただ、涙だけが虚ろな青に浮かんでは零れる。

心が壊れてしまったのだと、ハッチは言った。

「つらくて、痛くて、苦しくて・・・」

それは、人間が極限状況に追い込まれた際に生じうる自閉症の一種。

医学の博士号も持つハッチは、淡々と続ける。

「心を閉ざした人にも色々いる。それで楽になる人もいる。でも・・・」

ロビーは、痛いままなんだ。

「よりにもよって! あんたのことを『想って』苦しんで!」

ぎりっと歯噛みして、少年の翡翠の双眸は更に険しさを増す。

「もう・・・近寄らないでよ! あなたが! あなたこそが!」

ロビーを苦しめる原因なんだから!!

 

正確すぎる糾弾に、どうして反論できようか。

だが、それでもヤンは、ゆっくりと前へと進んだ。

「ロビー・・・」

「聞いてないのっ! 来るなって言っただろ!」

ハッチは、更にロビーをしかと抱きしめる。

「そうだ! それ以上こっちに来るなっ! この最低最悪下種野郎がっ!」

イックもまた、行く手を遮る。

それでも、ヤンはふらふらと・・・ただ、想い人へと手を伸ばす。

「ロビー・・・私の・・・」

「ちょっ!」

「おいっ!」

ハッチとイックが、必死に2人がかりでロビーを庇うも、一瞬だがヤンの手がロビーの腕を掴む方が早かった。

「ロビー・・・頼む・・・!」

祈るように掴んだ左手を握り額へと当てる。

「私が悪かった・・・だから・・・」

「って、何を!」

「あっ!」

ヤンの所作から察して、『それ』を止めようとしたハッチとイックだったが、ふっと零れた小さな声に一瞬、気を殺がれた。

「ヤ・・・ン・・・・?」

ぼんやりとした分かっていない声。それでも、その瞬間を逃さず、するりと左手薬指へと、ヤンの手から金色のリングはするりとロビーの指へと落とされる。

「・・・頼む・・・!」

そのまま祈りの姿勢を取るヤンを突き飛ばし、イックは慌ててロビーの手を取る。だが、思わず驚愕に叫びを上げる。

「ばかなっ!」

「何を! えっ!?」

イックの慌てようにハッチもまた、茫然とする。

ロビーの左手の薬指に嵌められた金色の指輪は、ヤンの所作からして、簡単に嵌められるもの。

ならば、簡単に抜けるはずであろうに、どんなにイックが引っ張っても、ロビーの指から取れないのだ。

「なんでだ!」

「どういうこと!?」

まさか、今度こそ拘束するつもりで何か仕掛けを? との疑いの視線にヤンが答えるよりも先に、小さな小さな声が零れた。

「・・・俺・・・これ、してて・・・いいの・・・かな・・・」

「ロビー?」

正気に返ったのか? おいっ!!

イックの問いに対し、そのままハッチの腕の中へと崩れ落ちる上半身。

「・・・イック・・・ロビー・・・・」

意識、飛んでるみたいだ・・・・。

 

だが、その左手はいつしか固く握りしめられていた。

まるで、もう離さないとの意思表示でもあるかのように。

 

★★★

 

ヤン特製の特殊合金で造られた結婚指輪は、『想いがある限り、外れることがない』という独特の仕様が施されていた。

 

そのことはヤンは知っていたが、イックやハッチが知るわけもない。

ロビーもまた、なんとなく結婚当初に聞いてはいたが、「もののたとえ」ぐらいにしか考えていなかったし、現に別れると叫んだあの時は外れたのもまた事実である。

 

「ということは???」

 

まずは、この忌まわしい指輪を外せ! と散々亜空間で揉めまくった後、最終的には「それより、ロビーをまずは専門医に見せる方が先だろう」とのヤンの言により、渋々ながら一行は現在、銀河連邦でも遥か彼方のとある王国の庇護下に入っていた。

 

理由は、その王国が非常に鎖国的で、滅多に外の者との接触をしない特殊な星域であり、ある種の聖域的存在でもあったこと。そして、その王国付きの医師が、精神科医として銀河連邦で随一の名医であることだった。

 

この名医もまた、かつては、闇社会にその手腕と研究成果故に目をつけられたことがあり、それを、ヤンがこの王国付きへと推挙することで匿った経緯があったことから、通常ならば、まずもって入国自体認められないその星域の王国の医療惑星へとナガヤボイジャーを格納庫に呑み込んだまま、黄金のシャチホコの入港は許されたのだった。

 

そして、アウター・スペースからのテロ騒動が、散々にマスコミに取沙汰され、そして銀河の英雄2人への賛辞と、2人の熱い友愛と絆に全銀河が感動の嵐に包まれ、ついでに、ルナランド広報などは、ロビーがハッチの肩を掴んでいたシーンを意味深なものに意図的に改変したものまで流すなどして、銀河中に「王子と英雄のロイヤルロマンス!」の印象操作をしたりもしたのだが、これが出来たのも、何しろ当事者が全員、行方不明だったからに他ならなかった。

 

勿論、ヤンズ・ファイナンスもルナランドも表向きは、王子と総帥については現在、更なるアウター・スペース対策のための協議中であり、ロビー・ヤージ氏も共に居るが、安全面のためそれ以上のコメントは控えさせてもらうとのスタンスを貫いていたが、本音のところでは、しばらくの間「どうなってるんだ!」とかなりパニックだったというのは、内緒の話である。

 

特に、ヤンズ・ファイナンスの広報担当は、「なんだってルナランド側のステマもどきの『ハッチ王子とロビー奥様が、まるで、あっちが恋人みたいなロマンス広告』を許してるんですかっ!」と相当怒り心頭だったし、ルナランドはルナランドで『王子がまた家出!?!?!』とステマをしながらも焦ってはいたらしい。

 

だが、ハッチの家出は前にもあったことだし、と悪い意味で慣れていたルナランドと、社長がロビーを追いかけて何か月も本社をほったらかしだったことに、これまた『既に慣れていた』ヤンズ・ファイナンスである。

 

最初こそは、内心で相当色々な思惑が交錯して、それぞれに案じたり色々あったらしいが、結局、最終的には「自分たちが出来ることをするしかない」という、組織人として大変正しい結論に落ち着いたのは、流石というか何というか。

 

そんなこんなで、ある意味被害も少なかったこともあり、次第次第にマスコミ報道も収まってくるようになった頃。

この辺境の医療惑星で、ロビーは皆に囲まれて過ごしていた。

 

「イック! やっと家から出られて、ほんっと良かったなあ!」

「ああ、そうだなロビー」

「それに、ここは静かで空気もいいや!」

じーちゃんと一緒に、近くの丘まで散歩したりお弁当食べたりしたの思い出すなあ・・・。

「にしても・・・なんだろ、これ??」

ロビーは自分の左手の薬指の金色のリングを、引っ張っては首を傾げる。

「なあ、イック? これさあ・・・きついわけでもねーのに、どうしても取れねえのはなんでだ??」

「さあな」

たまたま、知恵の輪みたく嵌っちまったんじゃねえの??

「そっか・・・。まあ、キレイだしいいんだけどさ」

「そうか・・・」

嫌じゃないのか、との問いを飲み込み、ウサギ耳を垂らして、イックは首を横に振る。

「んなことよか、寒くねえか?」

毛布とか要るか? との問いかけに、ぷっと笑ってロビーは答える。

「変なイック! おれ、寒がりじゃねえよ!?」

「・・・そうだな・・・・」

 

微妙な会話を湖畔でしている様を、少し遠巻きに眺めている長身。

「ヤンさん・・・」

心配そうに問いかけるアロやグラからの視線に、平気だと小さく低くヤンは答える。

「ロビーが笑っている。それでいいではないか」

「でも・・・」

 

そんな2人の問いかけの最中でも、今度は、ロビーは嬉しそうに違う方向へと手を振っている。

「わ~~~! ハッチ! おべんと、もってきてくれたの!?」

「うん。ロビーの好きなもの・・・シェフに作ってきて貰ったからね」

「じゃ! ピクニックだ! ハッチも食べよ! ほら、すわって!!!」

湖畔の芝生を叩いて、きゃっきゃとはしゃぐ様は、無邪気な子供そのものである。

 

「ロビー・・・」

ぎゅっと、ハッチがその細長い腕で抱きしめれば、きょとんとされるがままにいる。

「どうかした??」

「ううん・・・」

ちょっとね・・・。少し泣きそうになったのを堪えて、サンドイッチや紅茶をランチョンマットの上へと並べる。

「あはは! ほんっと! おれの好きなのばっか! あ、オムレツもある! これ大好き!!」

 

「ヤンさん・・・あれ・・・」

「ああ、そうだ」

 

ハッチに持たせたバスケットの中身は、ほとんどがヤンの手製のもの。

ロビーが好きだと言っていたオムレツに、サーモンサンド。それに、特製マヨネーズで和えたベーコンレタスサンドは、自家製ピクルス入り。

そして、紅茶もスコーンも・・・クロテッドクリームも何もかも。

 

『おお! お前の作る朝食って最高だな!!!』

 

毎朝、ロビーが寝室で目を輝かせて、ぱくついてくれたものばかりである。

 

しかし、ロビーの記憶の中に、今、それはない。

 

「でもさあ、イック?」

「どうした、ロビー」

はむはむと、齧りながらロビーは小首を傾げて幼馴染でもあるウサギ型ロボットへと問いかける。

 

「やっと学校や、パーティーとかから逃げられたけど・・・」

おれ、どうやって家出できたんだっけ???

 

きょとんと尋ねられれば、そりゃ、俺と一緒に逃げたんだよとサポート・ロボットはそつなく答える。

「そっか・・・」

でも、その際にちょっと無茶をしたから、色々と記憶が飛んでしまって、今ここで養生しているんだとの説明に、そうだったかなあとロビーは、左手の薬指を弄りながら問い返す。

「なんか・・・すっごく大事なこと・・・忘れてる・・・ような気がさ・・、っ!」

「あ! こらっ! ダメだろ!」

っ! いたっ! と共に頭を抱える様に、慌てて痛み止めを飲ませれば、ふうと小さなため息が零れる。

「うん・・・おくすり飲むと・・・楽になるんだけど・・・」

なんなんだろう・・これ???

 

木陰で見守るヤンが、今にも飛び出しそうなアロとグラを抑えていたのは、ただただ、それしかないと理解していたから。

だが、アロとグラからすれば堪らない。

「でも、ヤンさんっ!」

「ほんとに・・・これで・・・・」

いいんですかっ! 構わないんっスか!!

 

問いへの答えは明確だった。

「良いわけがないだろう。だが・・・」

 

銀河一の名医は、ロビーを診察した後、鎮痛な表情で皆に告げたのだ。

 

『外的および内的な衝撃が強すぎたようです。しばらくは・・・・』

 

一部の記憶を封じ、少しずつ自然に回復するようにするしかないでしょうと。

 

「ロビーの自我が、傷ついたままならば致し方ないだろう。そして・・・」

 

少年期の頃までに催眠療法で遡ったロビーは、イックのことはすぐに認識し、ハッチのこともまた「家出した後に出来た親友」と認識した。

 

だが、ヤンとのことだけは、ヤンを見ても『誰?? このおじさん』との反応のみだったのだ。

 

「それでもロビーは、私のリングを・・・してくれている・・・」

意識してではないだろう。それでも、無意識のどこかで私を想ってくれている。その証であるかのように、ロビーは決して、左手薬指のリングを無理に外そうとしないし、取ろうともしない。

 

時折不思議そうに眺めている様を見ていると、抱きしめたくてたまらなくなるが、医師からは「伴侶がいるとの認識は、少年期の精神には厳しいでしょうから」と止められ、こうして、遠くから見つめるだけの日々を、今は余儀なくされている。

 

それでも・・・それでも・・・それでも、リングは今もロビーの左手薬指で輝いている。きらめいている。

 

「だから・・・待つとも・・・」

 

もう一度・・・ロビーが「私」を思い出してそして・・・

「叶うならば、許してくれることを・・・」

「ヤンさん・・」

「・・・ヤン・・さん・・・・!」

すすり泣くアロとグラを脇に、かくして、ヤンズ。ファイナンス総帥はしばし隠遁の日々を送ることになったのだった。

 

家出王子のハッチと共に。

 

ロビーの想いを再び掴むことができる・・・ほんのわずかな希望のみ抱いて。

 

銀河の覇者も英雄も、今は、ただ「まどろむ幼子」のようなロビーを見守るのみ。

 

「イック! あそぼ!」

無邪気な声が、ただ、切なく響く。

 

何事についても不可能はないと言われた天才王子も、銀河の闇の帝王も。

たった一つ、何もできない。

それを突きつけられた事件であった。

それもまたロビーの中にあった「好き」の想いが故のものだとすれば・・・。

人の想いほど難しく、そして残酷なものはないと言えようか。

 

穏やかな陽光の中、ロビーはかつて見たことがないほど、明るく笑う。

幸せそうに。嬉しそうに。でも、どこか時折、何かを探すかのように首を傾げて。

 

(第8話おわり)




不穏に終わってごめんなさい~~~~~!!!
いちゃらぶ期待していた人、更にごめんなさい~~~~!!!!

でも、書いていたらそうなってしまったのですよ!!!

・・・ロビー・・・無意識にヤンさんのこと「本人が思っている以上に」好きだから・・・・・

さて、次は? 冬コミ後ですね。新年からアップできるといいな!!!
(ここまで構想拡大しといて、後始末しないことはありませんと約束します。ええ、します!!)

あ、分割掲載の方が良かったとか、そういうご意見募集してます。活動報告へのコメントなどにて、よろしくお願いいたします。


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第9話:魅惑すぎる想い人

更新遅くなりましてすみません(^_^;)
当初、「元旦には9話をアップできれば」とか言っていたの誰よ・・・
(そして、火曜日には! と言っていたら、気づけば日付が水曜日に・・・あら? 今日は何日? 1/29(水)じゃありませんかっ!)

ともあれ、やっとコミケ疲れも抜けてきたので、「記憶喪失ロビーさん」編、いよいよ本格稼働です。

ふふふ・・・・・愛の成就には困難がつきものなのですよ、ヤンさん!(つか、一体私は何と戦っているのだろう???)


過ぎたるは及ばざるが如し

昔の人は、実に上手い言い回しをしたものである。

 

何事も、「過ぎる」は「足りない」より性質が悪い。

その「過ぎる」が「魅惑」である場合はどうなるか?

 

「はあ・・・・」

この日も、何回目かの深いため息を零す少年に対し、傍らのウサギ型サポート・ロボットはギラリと殺気に近い視線を送る。

「ハッチ・・・てめ・・・」

「イック・・・だってさあっ!」

 

身長180㎝を超える長身とはいえ、まだまだ十代の未成年。

腕の中で、すやすやと『愛しい相棒』が無邪気に抱き着いて眠っているというシチュエーションが続けば、当然、思春期特有の困った感覚に悩まされることになる。

 

「いいか? ハッチ」

びしいっ! と特有の三角形にも似た独特の指先を向け、イックはきっぱりと言い放つ。

「お前は、ロビーの『相棒で、親友』。いいか? 相棒で、親友だ!」

相棒で親友なら、『妙な事』考えたり、したりするわけねーよな?

 

「・・・でもさ・・・友達から付き合いが始まって、それが変化するってこともあるんじゃ・・・」

その反論こそ、鬼門中の鬼門だということは、言った直後に気づいたものの、一度口から出てしまった言葉は取り消せない。

「そうだな・・・」

遠い目をするウサギ型サポートロボットは、自虐的な笑みと共に低く呻く。

「友達・・・・から、だとか言いやがった野郎が、まんまとこいつを美味しく食いやがったがな!!」

「でも、ヤンとは本当に『健全な友達付き合い』だったわけだよねえ?」

少なくとも、イズモンダルでの『愛してる! 私を選べ!』とのヤンの爆弾発言後に、唐突に「今まで女好き」だったロビーが宗旨替えするわけもない。

実際、ロビーは、イセカンダルまで散々「借金の取り立て」に追いかけられていた相手にいきなりの愛の告白をされて「はい???」と目が点になっていたし、そんなプロポーズは見事に「友達からなら考えていいぞ」と、一蹴していた。

そのことは、イズモンダルまでの二度目の旅で同行していたハッチだって知っているし、この目でも見ているし、「友達から」とのロビーの言葉は、しっかりはっきり聞いている。

「一応考える、って言ってもさあ・・・」

それは、遠回しに「結婚は断ります。友達でいましょう」って意味でしかないだろう。

普通はそう考えるし、ハッチもそう考えていた。

「だからロビーは、ヤンとは友達以上にはなるわけないと・・・。そう、オレは思っていたんだけどね・・・」

 

なのにどういうことか。

ロビーときたら『一生に一度も体験しないのも三十路過ぎてかっこ悪ぃ』とかなんとかで、かつ『なんか流れで』ヤンと初体験どころか、そのまま入籍してしまったのだ。

 

あの時の衝撃は、今も忘れられない。

そのせいだろうか。今更、ちょっとだけ思い返してしまうのだ。

「ヤンとだって、ロビーの気持ちは友達以上に変化したんだ。だから・・・最初は友達でも、時には『想定外の変化』ってのもあるのかなあ? って・・・」

「だ・か・ら!」

その言葉に、更に殺気を膨れ上がらせるサポートロボットは、日差しの中、ハッチに抱きしめられてすやすやと昼寝している己の主人を気遣いながらも、きっぱりはっきり言い放つ。

「そーゆー『勘違い』は、二度はねえっ! いいか! 金輪際ねぇからなっ!」

「はいはい・・・でも、オレだって男なんだけど?」

そのハッチに対し、イックは更に赤い瞳をダークマターの如くに揺らめかせて低く言う。

「おめえは、年下の『いい友達』でいてやってくれ。こいつが、もう・・・苦しまねえように・・・」

「それは分かってはいるんだけどねえ・・・」

でも・・・と、ハッチは自分の腕の中で気持ち良く眠っている一回り以上も年上の「親友」を見遣る。

柔らかな茶色の髪に、しなやかな肢体。

とても三十路の大人の男とは思えない艶めかしい身体が、思いっきり自分に密着しているのだ。

これで、何も感じないとしたら、それはもう完全に枯れた老人か、あるいは木石ぐらいのものだろうとハッチは思う。

『いや、老人だって・・・』

こんなにも可愛くて、あどけなくて、しかもしどけない姿のロビーを目の当たりにしたら・・・

『精力が戻って大変なことになるんじゃないかなあ・・・・』

 

近くに居るほどに感じる魅惑的な匂いは、もう催淫剤以上の効果があるのでは? と思わざるを得ない。

「イセカンダルへの旅の時は、オレ・・・ロビーが隣で裸でいても、何も感じなかったんだけどなあ」

何だって今はこう、困った反応に悩まされることになてるんだろう? との問いに、イックはごく冷静に答える。

「そりゃお前・・・イセカンダルへの旅の時は、お前はまだまだてんでガキだった上に、変に老成してて、最初の頃なんかもう! それこそ『枯れ木のじーさま』みたいなもんだったからな」

ルナランドの王子としての教育が厳しすぎたせいか、人生の何もかもがつまらないと言っていた頃のハッチは、色恋どころか人間の三大欲求のうちの「食欲」も「睡眠欲」もろくにないような少年だった。

それが次第次第に「人間らしく」変わっていったのは、ロビーという友と一緒にイセカンダルまでの遠い旅路の中、王子であった頃にはできなかった数々の驚きの体験を経たからである。

 

自分が食べたかったプリンをロビーに食べられて悔しくて喧嘩したり、お風呂の入り方や果てはトイレットペーパーの使い方まで言い争ったり。

ほんとに些細なことで、好き放題に言い合える相手と共に過ごすことが、どれほどハッチの人生観を変えたことか。

 

ロビーと出会って、ハッチは初めて自分が「それまで、単に知識だけだった」ことを知り、それを恥じた。

もうロビーと出会う前の自分になど、絶対に戻れない。

 

「でもね、イック・・・」

ロビー・・・抱きしめてると・・・・なんかね・・・

「その・・・もやもやしてくるんだよ・・・」

 

困ったような少年の視線に対し、サポート・ロボットはぎりりと歯噛みしつつ低く言う。

「耐えろ・・・・・・・」

「いや、でもさ・・・・」

「いいから! んな感覚は、思春期特有のもんだ! ただの生理現象だ! んなもん、王族ならコントロールできるだろうが!」

それっくれえの教育受けてるだろが! とのイックの詰問に対し、ハッチは苦く頷く。

「うん。生憎、『そういう方面』についてのプログラム学習は済んでいるよ」

王族たるものが迂闊に誰かに色恋で道を誤らないようにと、己に課されている鋼の自制心。

「というか、オレだから『もやもや』で済んでるんだよ? 他の人だったら・・・」

それに対してのイックの反応は、もう背中から怒りの湯気が見えるほどだった。

「そうとも! だから! 俺様は! 反対だったんだ!!!!」

「イックっ! 落ち着いて! 湯気! 湯気が出てるっ!」

回路が熱でやられる前に、ほらっ!

 

しゅ~~~~っと、手元の冷却スプレーをウサギ型サポート・ロボットへと吹き付けると、「ふう」という小さなため息と共に、目の前の小柄なウサギはしゅんと小さくうな垂れる。

 

「・・・悪りぃ・・・・手間かけた・・・」

「ううん、オレの発言が不用意だった。ごめん」

「いや、俺様も・・・・」

 

そんな2人の会話の間も、湖のほとりで広げた敷布の上で、軽い毛布をかけられたロビーは相変わらずハッチにぴったりとくっついたまま、すやすやと眠っている。

 

「ロビー・・・警戒心ってないのかなあ・・・」

ぼやくハッチに対して、イックは答える。

「お前のことは『親友』だって心を許してるからだろ」

家出する前までは色々大変だったし、家出した後もそれなりに大変だったから、俺様以外の前では、こんな風に無防備に寝るなんてまずなかったんだけどな。

「でも、ロビー、オレとイセカンダルへの旅の間、特に警戒してる感じなかったけど?」

素朴な疑問を口にすれば、イックは小さな両手を上げて、ま、そりゃなと首を振る。

「お前はまだまだ『要保護対象の未成年』にしか、ロビーにゃ見えなかったし、実際、あの頃のお前は、ただの世間知らずの家出少年だったじゃねえか」

「そうだね・・・誰かと友達になるなんてことすら・・・考えたこともない18年間の人生だったから・・・」

「んな、お前に警戒なんかするわけねえっての。むしろ、お前が『枯れ果てた老人』みてえだったのを心配してたぐらいだぞ?」

「そうだね・・・」

そうだったな・・・と、今はまるで遠い昔のことのようにすら感じる、ロビーとのイセカンダルへの旅路をハッチは思い出す。

何かと喧嘩して、何か言い争って、でも、なんだかんだと一緒にいて・・・

「気が付いたら、いつの間にかかけがえのない『相棒』にしてもらってた」

年も離れているのに、立場も違うのに、そんなこと何も関係なく、ただただ一緒にいるのが楽しかったイセカンダルへの宇宙旅行。

 

でも、ハッチはルナランドの王子としての責務があり、どうしても月に戻らざるを得なかった。

それでも、友達であり親友であり相棒という関係は変わらないと思っていたのに、ルナランドに戻っている間に、ロビーはあろうことかヤンと結婚してしまったのだ。

それも本人曰く『なんとなく、流れで』というのだから、もう何といえばいいのやら。

 

それでも、ヤンが『ロビーにひどいコトをした』ならともかく、ロビーの方がどうやら『誘った結果』のようだったし、それに何より・・・・

「ロビー・・・なんか、幸せそうに見えたんだよね・・・」

「そうだな・・・」

 

イックとハッチの間に流れる重い沈黙。

それこそが、今の事態の深刻さを物語る。

 

「ロビー・・・」

ぎゅっと、眠るロビーを抱きしめハッチは小さく囁く。

「苦しくないから・・・。もう絶対に、ロビーを苦しめたりなんかさせないから」

「ああ、そうさ」

小さく頷きながら、木陰の向こうに隠れている人物へとイックは小さく通信を送る。

 

『だから、てめーらは、どっかへ消えやがれ!』

 

通信先は、ヤン及び、ヤンと共に居るアロとグラが装着しているスマブレ宛てへのもの。

 

『俺様の視界から、消えろ! そして二度と現れるな!』

 

すやすやと眠る己の主を守るような、サポート・ロボットからの殺気にも似た拒絶の通信。

それを受けてもなお、ヤンは、ロビーを見守ることを止めることは出来なかった。

 

自分が何ができるわけでもないことは分かっている。

何よりも、自分がロビーの心を追いつめた結果、『今』のロビーが幼子のような状態になっているのだ。

 

医者は言った。

「あまりにも心と身体への負荷がかかりすぎたのでしょう」と。

だから、一時的に『ヤンの存在を知る前まで』に催眠療法で記憶を過去まで戻し、そして、リラックスさせることから治療を始めましょうと。

 

そのためには、記憶に刺激を与える存在であるヤンについては、目の前に現れてはいけないと。

「ご伴侶である貴方を心配するあまりに心が追いつめられたのですから・・・」

そんな自分が出来ることは、姿を見せず、ただロビーの快復を祈ることのみ。

 

分かっている。そんなことは分かっている。

見守っていても、傍に寄ることすら許されないのだ。

何も出来ない。何一つ。

 

それでも・・・それでも、離れたくなかったのだ。

たとえ、ロビーの心の中に、自分の存在が「ない」としても。

それでも、自分の心の中にはロビーの愛しい姿も、愛を交わした日々も厳然と在る。

だから、せめて・・・見守らせて欲しい。

 

その通信自体、イックから遮断されて拒否されてもなお・・・ヤンは、そう願わずにはいられなかったのだ。

 

一縷の・・・もしかしたら、ロビーが再び自分を・・・思い出してくれて、そして、愛を交わすことができるようになるのではないかとの微かな希望が捨てられなくて。

 

どうしても、どうしても、離れられなかったのである。

 

★★★

 

お医者様でも、草津の湯でも治せない。

それが「恋」の病。

 

そんな病に罹患しまくりのヤンである。

どうして、恋しいロビーから「離れる」などできようか?

 

医療惑星グラス・フィールドにて、そっと、ロビーを木陰から見つめ、そして、時折ロビーの好物を差し入れすることだけが許されるのみの日々。

 

「ああ・・・可愛い・・・」

 

今日も、ハッチと運動がてらに湖のほとりを走り回っているロビーを遠くから見つめては、金融会社ヤンズ・ファイナンスの社長たる男は、そっとハンカチを噛み締める。

 

「ヤンさん・・・」

今にも飛び出しそうな己のボスの服の端を、しっかと掴んでいるのは側近のアロとグラ。

「だめっすよ、これ以上は」

「そうっス、接近禁止されてんですから」

「分かっている。分かってはいるのだ・・・だが・・・」

ああ、可愛いとの言葉が、またも漏れる。

「ヤンさん・・・」

ため息交じりに、側近の2人は顔を見合わせる。

いくら見詰めていても、それはヤンの一方的な片想い。

傍に寄ることも、触れることも、いや、「認識」されることすらも禁止されている現在、この行為になんの意味が? と言いたくもなるが、意味などなくとも恋しい相手を探し求めるのが、不治の病たる「恋患い」である。

 

借金ダルマのロビーと出会って、一目惚れして、そして「借金取り」という口実だけを頼りに、不毛なまでの追いかけっこをして。

絶対に報われないだろうと思っていたのに、ヤンの恋は、偶然という強運の産物により成就した。

 

『なのに・・・・』

『つらいッス・・・』

 

見ている方が泣けてくると、アロとグラはそっと自分たちの瞳を押さえる。

泣きたいのはヤンだろう。分かっているから、部下である自分たちは泣くのは堪えねばとの思いからである。

 

それでも、ハッチに無邪気に抱きつき、イックとハッチと一緒に子供のように笑っているロビーを見ていると、ヤンとの電撃結婚直後の頬を赤らめていた新妻のロビーの頃が思い出され、どうしても涙を禁じ得ないのだ。

 

幸せだったのに。

本当に・・・あんなにも、ヤンさんは幸せだったのに!!

 

でも、その幸せをぶち壊したのもまた、ヤン自身のミスである。

アウタースペースのテロリスト連中の攻撃で、ヤンの身に何かあったのではと案じるあまりに、ロビーは無茶な亜空間航行を断行し、その負荷の反動で心を壊してしまったのだから。

 

『つか、最初っからロビーに心配させないようにしとけば良かったんスよ・・・』

『でも・・・・』

 

後悔先に立たず。そんな心配は要らないということを事前に説明をちゃんとするのを忘れ、むしろ、心配して駆けつけてくれたことに嬉しくなってときめいてしまったのがヤンの過ちだった。

 

『心を壊すぐらいに・・・・そんなにもヤンさんのこと想ってくれてたんスよ? ヤンさん・・・』

なのに、ヤンときたら、心配されたことに嬉しくなり舞い上がってしまい「私は無事だぞ、ロビー!」の過剰演出での登場をしてしまったのだから、どうしようもない。

 

本当に心配していたからこそ、タカラヅカ歌劇団か? な登場は、ロビーの張りつめた神経をぷっつりと切ってしまい、そして、精神を壊すことになったのだ。

 

心配して、心配して、心配して・・・。その挙句、肝心な相手にふざけてるとしか思えない登場をされたのだ。

切れてしまっても仕方あるまい。

 

いや、いっそ「キレて」怒り狂うのなら良かったのだ。

それなら、ヤンが謝り倒せばきっと、時間はかかっても何とかなった。

 

だが、ロビーは怒り狂うのではなく、心労のあまりに極限まで張りつめていた緊張の糸と共に精神を遠くに飛ばしてしまったのである。

 

いわゆる「自閉症」とも言うべき、一種の精神の逃避反応。

あまりものショックに起きたのだろうと医師はそう診断した。

 

「ヤンさん・・・愛は・・・『気づかぬ方が罪深い』って・・・名言があったッスよね・・・」

返事はない。だが、ヤンこそがそれを痛いほど感じていることもまた、アロもグラも理解していた。

 

確かにヤンのミスだ。

それは、根本的に、ロビーを自分が愛しているという想いばかりに囚われて、ロビーからもいつしか深く深く愛されていたということに、まったく無頓着なまでに気づいていなかったという致命的な手落ち。

 

愛のバイブルと言われる少女マンガや古典的アニメを愛するヤンらしからぬ落ち度だが、それもまた「恋は盲目」故なのかもしれないと思うアロとグラだった。

 

常に完全無欠で、自分たちにとっては「神」も同然のヤンだった。

でも、そのヤンも「恋」の前には、間違いを犯す「ただの人」だったのだ。

 

それでも、そんなヤンだからこそアロもグラも見捨てるなどできようはずもなく、こうして今も傍にいるのである。

今度こそ致命的なミスを、敬愛するヤンが犯さないように。

 

★★★

 

だが運命とは、どこまで皮肉に出来ているものなのだろうか。

 

いつものようにロビーをそっと木陰から見つめ、そして、イックらと共にロビーが去った後、一人、水辺で膝を抱えてうずくまっていたヤンだった。

『ロビー・・・私のロビー・・・・』

思い出は、ただ美しく脳裏を過ぎ去るばかり。

抱きしめた時のしなやかな感触、口づけの甘さ、そして、その肌身を抱いた時の狂おしい程の幸せと喜び。

「もう一度・・・お前に会いたい・・・」

 

独り言なら許されるだろう。そう思ってのことだった。

目の前の湖は、日没前のこの時間は、もう、水面が既に暗くなっている。

 

ざ・・・、ざざ・・・・・

 

小さな波音が、耳に触れては消える。

それは、遠くイセカンダルを目指していた頃、途中の宿場プラネッツ「ハママⅡ」で、己の真の想いに気づいた時に聞いた海の響きとどこか似ていて、余計に悲しみばかりが胸に募る。

 

ざ・・、ざざざ・・・・・・

 

大きな湖のほとりは、目を閉じると波の音だけが耳に残る。

 

ざ・・・、ざざざ・・・・・

 

湖岸に打ち付ける波の音。戻れるものなら、もう一度「まだ何もなかった」ハママⅡの頃に戻りたい。

己の想いが「欲」ではなく「愛」であることに気づいたあの時に。

ロビーをただ己のモノにするのでは意味がないことに気づいたあの時に!

 

「私は・・・ロビーに私を好いて貰いたかった・・・それだけだった・・・・」

 

それなのに、今や「認識」からも排除されている。それぐらいなら、いっそ・・・憎まれてでも、あの青い瞳に見詰めて貰った方が、どれほど良かったか!

 

「ロビー・・・ロビー・・・・!!」

膝を抱えて泣き崩れている様など、アロやグラには見せられない。

あの2人も分かっているから、今は傍にいないのだろう。

 

泣いても仕方がないと分かっている。

だが、「笑って~~~♪ 夢は~~~♪ 諦めなければ~~~いつか、叶う~~~~♪」と励ましてくれた「アッカ・サッカの花コスチュームのスタッフ」がここにいたとしても、今度ばかりは

「ヤンは・・・諦めない・・・わ!」

と言える自信はない。

 

自分のせいなのだ。

ロビーは、『愛してるは分かんねえから・・・』といつも口にしていた。

―――好きってのは分かるんだけどな・・・。でも、あんたの言う『愛してる』は、分からねえから・・・―――

 

だから、教えてくれるか? と言われた時のあの喜びよ。

そうして、入籍し、更には前後したが結婚式も行って。

 

いつもロビーは、なんだかんだとヤンの希望を叶えてくれた。

いや、むしろあまりに自分のことを考えていないのでは? とヤンが案じるほど、他人のことばかり考えているようにさえ見えた。

 

『もっと・・・自分を大事にしろ、ロビー・・・』

と、時折、言いたくなるほどだったが、それを言うと『じゃあ、あんたとの結婚したの、考え直すわ』とか言われるのが怖くて言えなかった。

 

だが、もっと言えば良かったと、今更しても仕方のない後悔の念にただ駆られる。

もっと、もっと、私のことよりも『自分』を、『ロビー自身』の幸せを、ちゃんと考えろと。

 

その結果、たとえ「あの結婚」がロビーの勢いと勘違いによるもので、もしかしたら、「やっぱり、一度別れてくれ。もう一度考え直したいんだ」と言われることになっても、その時こそ、何度でも求婚すれば良かったのだ。

 

「なのに・・・それをしないばかりに・・・」

 

ヤンの身を案じるあまりに、亜空間航法という無茶な方法で飛び出してしまったロビー。

そんな無茶はしなくていいと。

大丈夫、自分はロビーを置いて死んだり大怪我をしたりなどしないからと。

しっかりと事前に、安心させておけば良かったのに、それをしなかったのはヤンの手落ちだ。

 

「まさか、そこまで案じてくれるなどと・・・。愚かにも私は・・・」

思わなかったのだ。気づいていなかったのだ。

だからこそ、『ロビーが来てくれた』ということに、ヤンの乙女心はただただ歓喜し・・・そして、間違ったのだ。

「本当に・・・」

名作と言われた古典アニメの一節が蘇る。

 

―――愛は応えぬことよりも、気づかぬ方がより罪深い―――

 

あれは、己がアンドレを愛しているということに気づかなかったオスカルの心を「原作」のマンガとは異なる切り口で表現したアニメ「ベルサイユのばら」の名言である。

己がどれほどアンドレを愛していたか? ずっと昔から、最初から・・・フェルゼンに恋していると思っていた時ですら、本当は自分はアンドレを愛していたと気づいた時には、もうアンドレはこの世の人ではなかった。

 

あのアニメに感動し、社員全員の必須教養に指定した自分なのに、結局自分がその愚かな轍を踏んでいた。

 

思えば日本の古典で有名な源氏物語でもまた、光源氏が、初恋の「藤壷の宮」の面影を追うばかりに、彼女とそっくりの面差しの「紫の上」を形代にしているつもりで、実は、藤壷の宮以上にいつしか紫の上本人をこそ愛していたことに気づいたのもまた、紫の上が病死した後のことだった。

 

「愛とは・・・かくも愚かしいのか・・・」

 

愛の伝道師などと社員たちの前で語っていた己は、なんと間抜けで滑稽な道化者だったことか。

 

結局、自分もまた愛する者を「失って」初めて「愛されている」ことに気づいたのではないか。

過去の多くの物語で、「失う」まで気づかなかった愚者らと同じ存在だった。

 

それでも、物語と異なるのは、ロビーはまだ「生きている」ということだ。

少なくとも、生きて・・・笑っている。

 

それでいい。私のことなど、忘れてしまって構わない。いや、本当は嫌だ。忘れられたくなどない! 忘れられるぐらいなら、いっそ傷つけてでも・・・私の存在を刻み付け・・・そうして一生閉じ込めて・・・

そんな倒錯した想いさえも心によぎる。

 

「だが・・・それでも・・・・」

 

自分の存在が、ロビーにとっての心の負荷になることへの、ほの昏い闇のような甘美さ。

その誘惑への未練が断ち切れないのも事実だが、それ以上にロビーに「幸せ」になって欲しいという想いもまたヤンの真実である。

 

「不幸に・・・したくない・・・」

それはハママⅡで自覚した想いと同じもの。

身体だけを自由にしたいのではなく、想って貰いたいとの願いは「愛」だから故のもの。

ならば、紫の上を不幸にした光源氏と同じことだけは、どれほど魅惑的な誘いに思えたとしても、感じたとしても、決して己に許してはならない。

 

「ロビー・・・お前を・・・」

愛している・・・・愛しているよ・・・・。

 

言葉は日が暮れた水辺で、風と波音に絡め取られ消えていく。

それでいい。それで・・・・

 

だが、それなのに。本当に「それ」で良かったのに!

何故、運命は皮肉に回るのだ。

 

「ねえ・・・どうしたの?」

聞き間違える筈のない・・・だが、聞こえる筈がない声が耳に飛び込んで来たのである。

「どこか痛いの? 苦しいの?」

刹那、立ち上がるや己を労わる声の主を抱きしめていた。

 

それこそが、「間違っている」と、その時ですら分かっていたのに。

ヤンは己の行動を止められなかったのである。

どうしても。

 

★★★

 

「ロビー!!!!!」

「っ! 痛いっ! んっ!!!」

 

そのまま相手の自由を奪い、唇を重ねてしまったのは、もう、ほとんど無意識の行動だった。

 

「ロビー・・・ロビー・・・ロビー・・・!!!」

「んっ! んんっ! んっ!」

舌を絡ませれば、苦しそうに顔を歪める。抱きしめる腕に力を籠めれば、逃げようとの反発する力が腕に伝わる。

それでも、ヤンは己の行動を制御できなかった。

 

愛しい・・・狂おしいほど愛しい存在が目の前にいるのだ。

抱きしめずにいられようか。何もせずにいられようか!

 

だが、一方的な口づけは、やがてくたりと意識を失った身体のみが腕の中に残るという結果を導いた。

 

「ロビー! どこっ! イック・・・ロビー、抜け出して・・・」

「ハッチ! 大丈夫だ、俺様のマスター感知センサーからすると・・・」

 

手にサーチライトを持った二人組が駆けつけるのと、意識を失ったロビーの身体をヤンが抱きしめたまま、ふらりと湖へと身を投げ出すのは、ほぼ同時だった。

 

「なっ!」

「今の!!!!」

 

大きな湖は、海にも匹敵する水深がある。

まして、ヤンがいた水辺は、遠浅の海とは異なり、大型の遊覧船も行き来が出来るほどの深さがあった。

 

ざ・・・・ん・・・・・・っ!

 

 

「ロビーっ!!!!!」

咄嗟にハッチが続いて飛び込み、そして、ロビーの首根っこを掴むと同時に、王子専用の超小型救命具を展開させなかったら、あっという間に確実に溺死体が2人分完成していたところだったろう。

 

だが、ロビーを抱きしめるヤンは、ハッチがロビーと同時に引き上げてもなお、ロビーから腕を離そうとしない。

 

「あんたっ! ロビーを殺す気かっ!!!」

翡翠の瞳に怒気を込めて無理やり引きはがそうとしても、どんなに頭部を殴ってもヤンの腕はそれでもロビーから離れない。

だが、夜の湖の水は冷たい。このままではロビーの身体まで冷えてしまう。

「イック・・・・」

焦るハッチに対し、先ほどからヤンの頭を散々に上から手刀をぶちかましているイックもまた、白いウサギ顔が歪みそうになっている。

「こいつ・・・意識は落ちてるはずなのにっ!」

「なんなのさ! もういっそ!」

 

腕でも切り落としてロビーから引きはがそうか、とまで物騒なことをハッチが考え、実際、護身用の短剣まで取り出したところに、ヤンの忠実な部下2人がこの騒ぎを聞きつけ、病院職員スタッフらと共に駆けつけた。

 

「ヤンさんっ!」

「ロビーっ!」

「ちょっと! どういうことだよっ!」

ハッチの誰何に対し、アロとグラは、それには答えず、病院スタッフらの用意したストレッチャーへとロビーを抱きしめたヤンごと2人を乗せて指示を出す。

 

「早く! 体温が下がる前に!」

「っていうか!!」

あんたたち! ヤンの見張りしてなかったの!?

 

どういうことだよ! と、怒り狂う王子だったが、それよりも救助が先との病院スタッフらに制止され、ナイフでヤンの腕を切断するプランは断念せざるを得なくなった。

 

「・・・ロビー! ロビー!!!」

その間も必死に己の主に対して必死に呼びかける小さなウサギは、反重力の力で、ぴょんぴょんと飛び上がっては主に縋り付く。

 

「ロビー・・・・俺様を・・・置いて逝くな! ロビーっ!!!」

ぼろぼろに泣くサポート・ロボットの声と願いが、果たして届いたのであろうか?

 

「イック??」

ぼんやりとした反応が、小さく小さくウサギの耳へと届く。

「ロビー! 俺様が分かるのか!? ロビーっ!!!」

 

問いかけに、薄っすらとロビーは小さく笑ったようだった。

だが、それが最後。

 

「救急搬送します! 意識のレベル・・・・極めて微弱・・・!」

「自己呼吸・・・・微かにあり。ただし、心臓マッサージは継続が必要」

「酸素吸入! 急げ!」

 

手際良くロビーの顔に装着される酸素吸入器。

それでもヤンの腕はまだ離れないから、ヤンには装置が付けられない有様である。

 

「患者一名! 確保!」

「犯人・・・意識はありませんが命に別状ありません」

 

テキパキとした対応と共に、ストレッチャーごと病院へと搬送され、イックやハッチ、アロやグラもまた、スタッフが用意したエアカーに乗って同行する。

 

「低体温を・・・・!」

「患者から引き離すことが困難につき、2名とも同時に措置を行います」

 

 

ざぶん・・・

 

病院内の専用の救護室。暖かなお湯が張られた湯船に、ほとんど放り込まんばかりに、スタッフらはヤンとロビーの身体を同時に浸ける。

すると、緊張したままだったヤンの筋肉のこわばりが解けたのか、やっとロビーの身体を湯船の中で引き離すことができた。

 

「ロビーさん! ロビーさん! 分かりますか!」

担当医もかけつけ、必死に呼びかけると、薄っすらと・・・本当に微かだが瞳を開け、そして小さく頷くのが見てとれた。

「イックさん! ハッチさん! 安心してください! ロビーさんはご無事です!」

 

瞬間、へなへなと力が抜け落ちたように湯船の傍らで座り込むウサギ型サポート・ロボットと、月の王子。

他方、ヤンの方もまた、温かい湯で、己の意識が戻り、傍らのアロとグラに対して『何が一体?』と問いかけ、

『何が、じゃないでしょう! ヤンさんっ!』

と、泣きながら怒られていた。

 

そんなもう「修羅場」な有様の救急病棟だったが、ふっとロビーはその青い瞳を開けると、小さく、だが、はっきりと声を出した。

 

「なあ・・・あのさ?」

・・・何してんの? これ・・・・・・

 

ぽやっとした・・・・どこか呑気とも聞こえるような、ぼんやりとした声音。

だがそれは間違いなくロビーの・・・。

それも・・・・「子供の」ではない! 皆が聴きなれている方の、ロビー本人の口調だった。

 

「なんだってまた、俺は、服着たまま風呂に入ってるんだ????」

 

きょとんとしたロビーに、わっとハッチとイックが、首筋へと抱き着く。

「湖に落ちたんだよ! ロビー!」

「危なかったんだぞ! ショック死するかもしれねえとこだったんだ!!!」

 

わあわあと騒ぐ親友とサポート・ロボットを見遣りつつ、「はて?」と、濡れた茶色の髪の頭を傾げ、ロビーは尋ねる。

 

「つかさ・・・・えっと????」

 

ここ・・・どこだよ????

 

「イセカンダル目指して・・・・えっと????」

 

ハッコーネの温泉・・・・・じゃねえよなあ?????

 

この言葉に全員が脱力したのは、言うまでもない。

 

 

ロビーは確かに無事だった。

だが、医師曰く「・・・今度は、低体温ショックで・・・」

一時的な記憶混乱になっているとのこと。

 

そして、一方のヤンはと言えば・・・・

「ヤンさんっ! ヤンさん! 分かりますか! ヤンさんっ!」

部下らの声に、目を覚ましたのは流石だが、頑健な分だけ医療惑星の警備隊らの行動もまた早かった。

 

がちゃん・・・じゃら・・・

 

「は?」

 

己の両手につけられた手枷に「???」となっているヤンに対し、全員医師資格保持者という惑星警備隊員らは、厳然と言い向ける。

 

「ストーカー規制法違反、また、無理心中未遂・・・すなわち、殺人未遂罪にて・・・」

 

逮捕させていただきます。ヤン殿。

 

「待ってくださいっ! ヤンさんには、ヤンさんの理由がっ!」

「そうっス! ヤンさんは、錯乱してたんっス!!」

 

必死に縋るアロとグラに対し、警備隊は、ふうとため息を深くつきながら、淡々と事務手続きを説明する。

 

「ヤン殿には、弁護士を依頼する権利があります。心神喪失などの主張は、裁判の折になさってください」

「でも!」

 

だが、食い下がろうとするアロとグラを制したのもまたヤンであった。

 

「ロビーが無事ならそれでいい・・・」

「ヤンさん・・・」

泣きそうになる側近2人に対し、苦く淡い笑みを浮かべながら、ヤンは濡れ鼠のままに言う。

「私ともあろうものが情けないが・・・今は、強制的に拘束されていた方が良さそうだ・・・」

「ヤンさんっ!」

「すぐに・・・すぐに、保釈できるようにしますからっ!」

だが、構うなと銀河の帝王は首を横に振る。

 

「ロビーに危害を加えたのだ・・・。罪に対する罰は受けねばなるまい」

「ヤンさんっ!!」

 

そんなてんやわんやな騒ぎからは、既にロビーは別室へと隔離されていた。

意識がまだしっかり戻っていない間のことだったので、ヤンの存在そのものを意識する前の早業だったのは、流石は銀河一の精神科医の判断のなせる業だったろう。

 

だが、濡れた服から、清潔な病院服に着替えさせられ、とにかくまずは安静に・・・との医師の説明に対して、ベッドの上から、不思議そうにロビーは隣のイックとハッチに尋ねたのだ。

 

「・・・誰か・・・傍にいなかったか?」

 

これに対し、医師はもとよりイックもハッチも、敢えて黙ったのは言うまでもない。

 

ただでさえ精神的に負荷がかかりすぎて、自我崩壊にまでなったのだ。

それを催眠療法での治療中に、あろうことか「伴侶」が無理心中を図ったのである。

 

そんなことを告げたところで、百害あって一利なし。

従って、真相を告げる愚か者は、ロビーの傍らには誰もいなかったのだ。

 

だが、それでもロビーは不思議そうに尋ねるのだ。

 

「なあ・・・イック・・・ハッチ・・・」

本当に、俺の他に誰もいなかったか?

 

「誰か・・・・忘れちゃいけねえ誰かが・・・いたような気がするんだが・・・」

 

だが、医師は目線で余計なことは言ってはならないと、ハッチとイックを制する。

「意識が混乱されているのです・・・まずは、一旦、安静の上、精密検査後にお話しは改めて・・・・」

 

医師の言葉に、素直にロビーは頷く。

「分かった・・・・けど・・・・」

誰だったんだ? あれ・・・・

 

そのまま注入した安定剤が効いてきたのか、すうっと眠ってしまったロビーを前に、医師を初めとして、イックもハッチもただ茫然と立ちすくんでいた。

 

「先生・・・ロビーは・・・」

おそるおそる尋ねるハッチに対して、医師は不思議そうに首を傾げる。

「記憶混濁は、湖に落ちたことによるショックと低体温によるものでしょうが・・・ただ、理解できない事が一つあるのです」

「それは?」

尋ねる王子と、サポート・ロボットに対し、そうですねと医師は唸る。

 

「ロビーさんも、ヤン殿も・・・己の身をガードするためのリングを『結婚指輪』としてしていると聞いています。なぜ、それが機能しなかったのか・・・」

 

「へ?」

「は?」

目を丸くするサポート・ロボットと少年に対し、つまりですね、と医師は答える。

 

「本来でしたら・・・湖に落ちる前に『反重力』機能が働いて・・・・このような事になるのを未然に防いだ筈なのです」

それが何故機能しなかったのか?

 

「ヤン殿が、一種の錯乱状態で『無理心中』を図ったとするなら、ヤン殿の護身用の装置の全てが機能しなかったとしても、それは納得ができます。しかし、ロビーさんの場合は・・・・無意識だった筈なので、主の生命危機に対応して、本来、ガード機能が働く筈なのです。ヤン殿からは、そのように聞いていますし、実際、そうした安全装置が施されているからこそ、監視を緩くした看護にしていたのです」

 

おそらく一人で足を滑らせての転落なら、反重力機能が展開して、確実にロビーさんはご無事だった筈です。

 

「ですが・・・・機能しなかった。それは、主の意思がなければ無理なのです」

医師の言葉に、「はいいいいいっ!!!」「んな馬鹿なっ!」とハッチとイックが叫んだのは、もちろん言うまでもない。

 

「だって・・・それって・・・」

「そうなのです。ヤン殿を信頼して・・・ヤン殿に身を預けた? としか・・・」

 

嘘だ! ロビーにはヤンの記憶だってなかったのに!!

 

その言葉こそが、医師にとっては、回答でもあった。

「そうです。表層の記憶は催眠で封じていました。ですが、深層の記憶まで物理的に消去したわけではありません」

ですから、ロビーさんのどこかに・・・ヤン殿についての記憶が反応する何かがあって・・・

「それが、リングの自己防衛機能の展開を逆に封じてしまった? のではと・・・」

「それって・・・・」

 

ヤンとの心中に同意したってこと?

そんな筈ないよ! とのハッチに対し、医師は頷く

「はい。生存本能からすれば、ありえません。しかし、時に、人の精神は我々の医学を超えた何かをもたらすこともあるのです」

「でもよ・・・」

低い声で小柄なウサギは小さく呟く。

「ヤンのこと・・・分かって・・・じゃねえんだよな?」

「そうです。だからこそ、ヤン殿は逮捕されたのですよ」

患者に対する、無理心中は当然犯罪ですから。

 

「全ては、ロビーさんの意識が戻ってから・・・ですね」

 

眠るロビーは、まるでガラスの棺桶に入れられた白雪姫のように微動だにしない。

 

白雪姫は、継母の差し出した毒りんごを口にして、そうして一度命を失った。

相手を疑うことのない白雪姫と同じぐらいに、お人好しのロビー。

 

白雪姫は、弾みで毒りんごのかけらを吐き出したら、息を吹き返した。

では、ロビーは? 湖への転落という想定外の事態に出くわしたロビーの「精神」は?

 

『まさか、これでヤンのこと思い出すとかじゃねえよな?』

そんな風な「記憶が息を吹き返す」なんてことがあったら、どうなるのか?

 

だが、今のロビーはただ眠るのみ。

まるで王子の迎えを待つ眠り姫のようだ・・・との連想さえも浮かぶように、しどけなく。

 

魅惑とは、時に人を惑わせる。そして、過ちを犯させる。

では、魅惑すぎる想い人を持った者はどうしたらいいのだろうか?

 

「イック・・・オレ・・・」

「ハッチ・・・! 言うな!」

少年が、ロビーを見詰める瞳の中に、淡い焔のようなものを感じ、サポート・ロボットは思わず叫ぶ。

 

「いいか! お前は間違えるな! お前は・・・・ロビーの『友達』なんだっ!」

でなきゃ、ヤンみたく、ロビーを殺すまで、お前が追いつめられたら・・・

 

そんなイックの焦り声に、切なそうに少年は翡翠の瞳を僅かに細める。

「・・・・しないよ・・・ロビーのためにならないことは・・・オレは・・・」

 

ぐっと手を握って、少年は小さく、だがはっきりと言葉にする。

「オレはさ・・・月の王子で・・・・自分を抑えなきゃ『国王』なんか・・なれないんだから・・・」

 

その切ない響きに、イックもまた言葉を呑む。

 

誰をも虜にするロビーの魅惑。その無垢な色香は、幼い頃からの天性のもの。

しかし、そのために、もろもろ苦労してきたのもまた事実。

 

だからこそ、イックがずっと守ってきた。

十代の時に家出するまでも、家出したその時からも、今までずっとずっと、守ってきた。

 

だが、そんなロビーに初めての「伴侶」が出来て以来、イックにとっては何もかもが、予想外と想定外の連続である。

 

「・・・不運はロビーの専売特許と思っちゃいたが・・・・」

それも、魅惑すぎるからこその不運かと思うと、ただもう泣けてくる。

 

だが、まだ命は無事なのだ。そして、精神も回復する見込みがないわけではない。

 

『ま、ヤンの野郎が・・・』

警察沙汰でどうなるかは知らないが、それこそ知ったことか!

『俺様のロビーを危ない目に、どんだけ遭わせりゃ気が済むんだよ、あの下種野郎っ!!!」

 

無理心中は殺人である。

それを分かった上で、ハッチもイックも、ヤンの弁護だけはすまいと心に決めていた。

 

たとえ、もし、ロビーが「前のロビー」だったなら、絶対にヤンと庇うだろうと確信していても。

少なくとも、自分たちの意思で、自発的には絶対にあの男を庇うことなどしてやるものか!

 

そう思っていたのだった。

 

(第9話終わり)




そんなわけで、ぎりぎり(?)公約通り(?)9話アップです。

さて! ヤンさん! どんどんまずいことやらかしてますが、ロビーの愛を真の意味でもう一度手に入れられるか? そして、思春期突入のハッチは・・・どこまで自分を抑えられるのか?

ロビー記憶喪失編。次回お楽しみに!(・・・次は一か月も間をあけたくない・・・)

頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。(感想とかもいただきたいなあ)


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