イナズマイレブン!アレスの天秤 半田真一伝説!〜導かれしスカウト達〜 (ハチミツりんご)
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始まりの時
更新は遅くなるかもしれませんが、半田活躍させたいのとスカウトキャラ出したい欲で書き始めました。活動報告で推しスカウトの募集してますので、顔出してくれれば嬉しいです
「呼び出してしまって済まないね」
「い、いえ………」
灰色に近い髪に、前髪を片側だけ伸ばした独特な髪型の大柄な男性が話し掛ける。それに萎縮したように対応するのは、大柄な男性の目の前のソファに腰を掛ける一人の少年。素朴な雰囲気をした、よく言えば取っ付きやすく、悪くいえば地味な男子生徒だ。身を包んでいるのは、今年のフットボールフロンティアで優勝を成し遂げた、あの雷門中の制服。
それもそのハズ。この少年は、優勝を成し遂げた雷門中サッカー部ーーー通称『イナズマイレブン』の一人。バランス型のMF、【
そんな半田は、自身の通う雷門中の応接室に通されていた。先程まではこの目の前の男ーーーサッカー協会統括チェアマンである【
「あのー……俺に何の用ですか?円堂や豪炎寺なら分かるけど、わざわざ俺を呼び止める必要なんて………」
半田としては、ここで呼び止められたのがキャプテンであり原動力であったGK、円堂や、エースストライカーであり自分たちが変わる切っ掛けを生み出した豪炎寺ならば理解出来た。しかし、こう言ってはなんだが半田はただのサッカー部員。染岡と共に1年生から所属していたとはいえ、円堂と違いやる気があった訳でもない。わざわざ統括チェアマンである轟が呼び止める程の実力がある訳でもないし、何故1人だけ呼ばれたのかも疑問だった。
「その点だが……君は、あの試合をどう思った?」
「っ!」
あの試合。轟が言ったのは、数日前に行われたスペインとの親善試合。フットボールフロンティア優勝校である雷門中と、スペインのクラブチームであるバルセロナオーブとの真剣勝負の事だ。
「先程、円堂くん達がいる時も言ったが……私はあの試合から、日本の潜在能力の高さを見せることが出来たと思っている。同時に、今のままでは世界の足元にも及んでいないという事実もね」
「……はい。それは俺も分かってます」
バルセロナオーブとの親善試合。結果は、目も当てられないほどの惨敗だ。誰も太刀打ち出来ず、円堂がシュートを止めることも、豪炎寺が点を取ることも出来なかった。そんな中、半田は試合に出ることすら出来ていなかった。MFとして出場したのは、1年生の少林寺と、同じ2年生でも途中加入の鬼道に一ノ瀬。そしてつい最近まで初心者だった松野の4人だ。
「あの試合………バルセロナオーブとの親善試合で、俺は見ていることしか出来ませんでした。みんなが必死で戦っている中、俺は何も出来なかった………!!試合に出ても、鬼道や一ノ瀬が勝てないんじゃ、俺が出来ることなんて何も無いって思ってしまった……!!」
やる気が無かったとはいえ、半田は一年の頃からサッカー部に所属していた選手だ。そんな彼は、信頼する仲間たちとはいえ、後輩や初心者、そして途中加入したメンバーにレギュラーを奪われ、そしてそれを受け入れている自分に対して、一種の嫌悪感を抱いていた。同じ初期部員である、円堂と染岡はフットボールフロンティアでも活躍し、テレビでも取り上げられるほどの活躍をしていたのもそれに拍車をかけている。
要は、悔しいのだ。負けることに納得した自分が、情けなくて。同級生達において行かれているように感じてしまったのだ。
「ただ、やっぱりサッカー強化委員の話は、まだ飲み込めていません。……こうはいったけどアイツらはほんとにいいヤツらなんです。俺はやっぱり、アイツらと競い合って、レギュラーになってーーーそして雷門中のみんなと、もう一回日本一になってから、世界と戦いたいんです」
だがしかし、チームメイトを信頼しているのも事実。彼らと共に再び日本一になり、世界に行きたいのも半田の本心だ。だからこそ、強化委員としてバラバラになるのでは無く、同じチームで、一番近くで切磋琢磨し合いたいのが半田の気持ちだ。
そんな半田を見た轟は、少し目を瞑り、考えてから半田に話し掛ける。
「………半田君は、強化委員には反対かね?」
「………本心を言えば、反対です。俺はアイツらとサッカーしたいし、それに人にサッカーを教える自信もありません。ただでさえ、みんなから遅れてるんだ。この一年は、自分のパワーアップに使いたい……そう思ってます」
「ふむ………半田君。何故我々、サッカー協会が、君たち雷門中を強化委員に指定したのか、分かるかね?」
「へ?そりゃ、俺達がフットボールフロンティア優勝校だからですよね?」
轟から尋ねられた事に、半田は思ったことを答える。フットボールフロンティアであの世宇子中を倒した、そんな自分たちの力を他の選手達にも継がせる事で日本全体のパワーアップさせる。これが自分たちを派遣する目的だろうと。しかし、轟はその答えに首を振る。
「それは違う。確かに技術面も教えては欲しいが、我々が真に求めているのはそこではない。ーーーこう言っては悪いが、仮にそれならば、強化委員として派遣するのは君たちの中の一部の選手だけだ。円堂君に豪炎寺君、鬼道君、一ノ瀬君に土門君………それに、壁山君くらいか」
「……俺達、雷門の他のメンバーじゃ、技術面は力不足だと?」
「そうは言っていない。が、技術面のみを重視して強化委員を選ぶならばもっと適任がいる。それこそ、あの帝国学園の選手達ーーーエースストライカーである寺門君や参謀の佐久間君。ドリブルとブロック両面に優れた五条君に、キング・オブ・ゴールキーパーとも呼ばれる源田君………彼らの方が、技術面においてはより優れた指導が出来るだろう」
轟からそう言われて、半田は押し黙ってしまう。それを聞いて、確かにと思ってしまった。帝国学園は二度戦ったが、どう考えても熟練度や年季といった面では彼らの方が一枚も二枚も上手だ。あの鬼道有人と共に戦ってきた名門の実力は伊達でない。それをよく知っていた。
「………だが、私は君たちを強化委員に決定した。その理由は分かるかね?」
「………いえ、分かりません」
技術面でないなら、何を教えればいいのか。半田は検討がつかず、分からないと答えた。そんな彼を目をじっと見つめながら、轟は口を開く。
「………心だよ」
「心?」
「そう、君たち雷門の魂だ。君たちはどんな試合だろうと、決して諦めなかった。どんなに劣勢だろうと諦めず、もがき続けて最後には勝利してきた!!それを見た私は確信したのだ、日本を強くするために真に必要なのは、君達なのだと!!!」
ドンッ!!と机を叩かんばかりに熱く語る轟。今、世界的にサッカーレベルの低い日本が戦えるようになるために最も必要なのは技術面よりも心ーーー熱い雷門魂こそ必要なのだと、轟は確信していた。
「そんな君たちにこそ、日本を強くするために協力して貰いたい。………大切な仲間と離れることになるのは、本当に申し訳ないと思っている。我々大人が不甲斐ないから、君たちに頼ることになっているその事実が情けない。しかし、それでも私は世界と対等に戦える日本を作り上げたいのだ。……協力、してくれないかね」
「ちょっ!?や、やめてくださいよ!!頭上げてください!!」
このとおり、と頭を下げる轟。自分よりも遥かに大人が、しかも偉い立場にいる人間から頭を下げられる経験なんてない半田は慌てた様子で頭を上げるように言う。
「えっと、その………まだ完全には飲み込めてませんけど、前向きに考えてみます。雷門の魂を教えるのなら、俺にも出来そうだ」
「そうか、やってくれるか……ありがとう、半田君」
「確定したわけじゃないですけどね。……それで、なんで俺を呼んだんですか?わざやざこんな話をするために?」
「いや、これとは別件だよ。君が強化委員の話を前向きに考えてくれているのなら、話も進めやすい」
「はぁ……?」
次はなんの話だろう、と首を傾げる半田。そんな彼に、轟は笑いかけながら話を続ける。
「実は雷門中サッカー部の子達に、指導が上手いのは誰か、と聞いていてね。事前にうちの職員がそんな話をしてきただろう?」
「え?……あぁそういえばそんな話しましたね」
「それで、君たち全員に聞いたところ、やはり指導が上手いのは豪炎寺君と鬼道君、という話になったんだ」
それを聞いた半田は、まぁ確かにあの二人だろうなと納得する。何度教えを乞うても分かりやすく、半田自身世話になることが多かったからだ。
「だが、もう1人。全員の口から出てきた人物がいる」
「もう1人?……一ノ瀬じゃないんですか?」
「確かに一ノ瀬君も何度も名前が上がったが、全員では無かった。ーーー君なんだよ、半田君」
「…………俺が?」
信じられない、とでもいいたげに呟く半田。鬼道や豪炎寺なら分かるが、自分がそこで出てくるとは思ってもみなかった為だ。轟はそれを見ながらも、その通りだ、と言って話をさらに続けていく。
「鬼道君や豪炎寺君が言っていたよ。君は、人のことを思える人間だ、と」
「人の、事を……?」
その通り、と頷く。鬼道と豪炎寺、指導の上手い二人が揃ってそう言ったのだ。彼ら以外にも、雷門中のメンバー全員が半田の指導を分かりやすい、と言う結果が出ている。
半田は、飛び抜けた実力者ではない。シュート、ドリブル、ブロック……どれもとっても突出したものはなく、逆に苦手とするものも特にない。総合すればそこそこだが、各分野で高い評価を得ることは出来ないーーー中途半端な選手、と言われることもある。
しかし、そのバランスの良さこそ、半田の長所でもある。バランスがいいということは、どの分野においても一定以上の指導が出来るということ。しかも半田は才能でこれをこなせるのではなく、努力して地道に培ってきたものだ。経験ゆえに指導も分かりやすくなる。
そして鬼道と豪炎寺が言った、人のことを思えるというものーーー確かに、彼は円堂の様に誰かを純真に支え続けることも、鬼道のように観察して的確に指示を出すことも、豪炎寺のように圧倒的な信頼で言葉無くとも引っ張っていくことも、染岡のように愚直に進み続けることもやってきた訳では無い。
しかし、半田はそういった飛び抜けた何かを持っていないからこそ、他者の気持ちに寄り添えるのだ。等身大の自分で、相手のことを考えて理解出来る。それを真っ直ぐ伝えられることが、半田の長所にして、利点なのだ。雷門の面々は、それを何となく理解していたからこそ、彼を推薦した。
「そんな君に、頼みがある」
「頼み、ですか?」
「あぁ。実はサッカー協会は、君たち雷門中について事前に調べていたんだ。そしたら、色々と面白いデータが出てきてね」
そう言いながら、轟はとある資料を取り出し、半田の前に置く。それを手に取り眺める半田に向けてさらに話を続けて行った。
「この雷門中………君たち以外に、サッカー部の生徒はいないんだったね?」
「へ?はい、そうですけど」
「しかし、この学校に通う一部の生徒の身体能力データがとても興味深いものでね。ーーー端的に言えば、君たちと同等か、それ以上の生徒が一定数いる」
「………え?そ、それって……!!」
「あぁ。サッカー未経験ながら、君たちのように戦える可能性を秘めた選手が何人もいる、という事だ。気になってほかの学校も調べたが、ここまで可能性のある生徒数が多い学校は他にない」
轟の話によれば、雷門中にはまだ隠れた才能が眠っている、ということ。それこそ、これから鍛えれば日本が世界に誇る選手になれるーーーそんな逸材達がいる可能性が、雷門中にはあるのだ。
「だからこそ、頼みたい。チームメイト達からもっとも指導に向いていると評される君の力を、この雷門の可能性に使って欲しい」
だからこそ、轟は半田に頼んだ。鬼道や豪炎寺よりも、さらに初心者達の指導に向いている彼だからこそ。
ーーー本来なら有り得ないはずの展開。通常ならば彼は他のメンバーのように、他校に強化委員として派遣されるはずだった。しかし、ここでは違う。
これは、雷門の一選手、半田真一と、《
「半田君。君はキャプテンとして、この可能性ある選手達をスカウトし、新生雷門中を率いて欲しい」
ーーーもう1つの、《イナズマイレブン》。
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最初の加入!はつらつナビゲーターガール!!
皆さんの推しスカウトを見てるだけで懐かしい気持ちになれました。ハチミツりんごです。いやー、使ってた子もいれば初めて知った子もいるしで、やっぱりスカウトキャラはいいですねぇ。まだまだ活動報告で募集していますので、よければご参加下さい。ただただ推しスカウトへの愛を語って頂くだけでもオッケーですので!
「へぇ〜〜。んで?それ受けたの?」
「あぁ、受けたよ。慣れた雷門から離れなくて済むし、親もそれがいいって言ってた」
ズズーっ、と紙パックのジュースを飲んで興味なさげには「そっかー」という友人を見てこめかみがぴくぴく動くのを感じる。自分から聞いてきておいてその態度はなんだコノヤロー、と心の中で愚痴る半田。
目の前のこの男、ピンクと水色の縞模様のニット帽を深く被り、何処と無く猫のような雰囲気を醸し出すこの人物こそが、一年時から部活に入っていた半田を差し置いてバルセロナオーブとの試合にも出場した初心者、【
基礎的な技術でも応用したものでも、瞬きの間に習得してしまう天性の器用者。一つ一つの技術の習得に時間がかかった半田とは真逆であり、仮にも小学生時代からサッカーを続けている彼よりも使用出来る必殺技の数も多い。そんな才者は、ニヤニヤと笑いながら机に頬杖をつく。
「にしても、半田がねぇ。そんな風にお願いされるなんて、めっちゃ期待されてんじゃん」
「はぁ?何処がだよ。豪炎寺や鬼道ならともかく、俺が初心者率いて戦える訳ないだろ?それに、円堂が残らず勧誘してるはずだ、今更俺が声掛けて、サッカーやる奴が何人いることやら………」
「いけるんじゃない?なんだかんだ言って帝国との試合の時も集まったじゃん。ボクとか影野とか」
松野の言葉通り、あの王者帝国との試合を前にしても、風丸や影野、松野、目金といった面々は集まったのだ。ましてや当時と違い、雷門中はフットボールフロンティアで優勝した実績がある。いくらバルセロナオーブにぼろ負けしたと言っても、勧誘すれば何人かは来そうなものだ。
「まぁ、それはいいとして。お前、結局何処に行くんだ?」
「んー…まだ決めかねてる」
「へぇ、珍しいな。適当にここ〜とか言いそうなもんなのに」
「ボクの事なんだと思ってるのさ……覚えるのは得意だけど、教えるのって苦手なんだよね。ボクって感覚派だからさ」
「あぁ、まぁ、ポイな」
松野曰く、何かを習得することに関しては何となくでいけるものの、人に教えるとなるとそうとはいかないらしい。自分と同じ感覚の持ち主なら問題無いが、異なる場合は教えても何故分からないのか分からない、という結果になる様子。教師などには向いていないタイプである。
「まっ、どっちにしても来週には雷門を出るよ。もう何人か決めてるみたいだし、ボクも早めに行きたいし」
「そっか……みんな何処に行くんだろうな〜……」
「豪炎寺は木戸川に戻るらしいよ?一之瀬と土門は強化委員を断ってアメリカに戻るみたいだし、鬼道は確か…星章学園?だったかな」
へぇ、と相槌を打ちながら、半田はチームメイトのことを思う。エースストライカーとしてチームを何度も勝利に導いてくれた豪炎寺は、古巣である木戸川清修に戻るようだ。あそこには武方三兄弟という優れたFWがいるというのに、そこに豪炎寺まで加われば間違いなく優勝候補筆頭に躍り出るだろう。
もう一人のエースとも言うべき司令塔、鬼道は帝国には戻らずに星章学園という学校に行くようだ。あまり名前を聞かないので、強豪では無いのだろう。そんなところに何故、とも言えるが、逆に考えれば鬼道が一から手がけたチームが新たに誕生する、という事だ。ここも、間違いなく上位に上がってくるだろう。
「………俺、ほんとにキャプテンなんか出来るのかなぁ……」
「……まっ、陰ながら応援しておくよ。ボクも教える立場になるんだし、その気持ちは分かるし………でもボクって器用だから、案外教えられたりして」
「お前、さっきと言ってること逆じゃん……」
呆れたように呟きながらも、一抹の寂しさを感じる半田。こうやって松野、そして雷門メンバーとバカやっていられるのもあと少し。同じ日本国内にいるし、二度と会えない訳では無い。それでも、会いに行くのは難しくなるだろうし、今まで日常として当たり前にあったものが無くなるのは些か悲しいものがある。
高校も全員が同じ学校に進学するわけは無いので、もしかしたらもうこのメンバーで一緒にサッカーがやれるのも、最後になるかもしれない。そんなことを独り想う半田であった。
「おいマックス!!いるか?」
「ん?」
そんな彼の考えを振り払うように響いてきた声。二人揃ってドアの方を振り向くと、そこにいたのはピンク色の坊主頭をした強面の男。だが怖がることは無い、あぁ見えて気のいい男であり、努力でのし上がってきたチームの点取り屋。半田と同じ一年生からサッカー部に所属しているFW、【
「なんだ、染岡じゃん」
「なんだとはなんだ、てめぇ」
「別に何もないよ。それで?どうしたのさ」
「おう、お前もまだ派遣先決めてなかったよな?今から決めてない連中集めて相談会でもしようって宍戸が言い出してな」
話によると、派遣先といってもどこにしたらいいのか分からない宍戸が、決めてない全員で話し合えばいいんじゃないか、と言い出して声を掛けたらしい。
雷門の魂を伝えるのが主たる目的、と言っても、宍戸や少林、栗松といった1年生たちは無名校にいってもあのバルセロナオーブに通用するだけの選手を育てられる自信が無いのだ。かといって名門校を選択しても、自分が派遣先のメンバーについていけるか心配、という結論に至るらしい。
だからこそ、複数人で話し合えばより良い結果を得られると踏んだ。言い換えれば、みんなと同じ選択をしておけば安心感があるから、という事でもある。赤信号、みんなで渡れば怖くない、という事だ。
「つーわけだ。半田、マックス借りるぜ」
「お、おう……」
派遣先を決めてないメンバー。つまり、自動的に雷門に残ることが決まっている半田はそこには入っていない。鬼道や豪炎寺もいないのだろうが、自ら進む先を決定した彼らとは違い、自分はこの雷門に残る。今まで一緒だっただけに、なんだか疎外感というか、自分だけがそこにいないような感覚を覚える。
「………オラッ」
「ぶっ!?」
そんな半田に気がついたのか、それとも彼自身の面倒見のいい性格ゆえか。染岡は半田の額に軽くゲンコツをぶつける。染岡からしたら力を込めたつもりも無かったのだろうが、予想外の一撃により情けない声を漏らす半田。
「ってぇ!!何すんだよ!!」
「なーに暗い顔してんだよ。俺たちの中で、唯一雷門に残るお前がそんなんでどうすんだ」
呆れた顔でそんなことを言う染岡。影の差した顔をしていた半田が心配だったのだろう。しかし半田としては1人置いていかれてる気がしたから、なんて口が裂けても言いたくなかったので、「別にいいだろ!」と口にして、身体を椅子の背もたれに預ける。
「………なぁ半田。お前が何思ってんのかは知らねぇけどよ」
そんな彼の様子を見て、染岡はさらに言葉を続ける。何処と無く、いつもより優しい雰囲気のする染岡。強化委員に反対していた彼だが、それを見るだけで前に進んでいるのが半田には何となく理解出来た。
「お前、わざわざサッカー協会の人から雷門に残ってくれって頼まれたんだろ?それってすげぇ事じゃねぇか」
「……だけどさ、俺はお前や円堂みたいに凄くないんだ。自信が無いんだよ………」
「バッカだなお前」
ため息をついてほんとにバカだな、という染岡に対して怒りを感じる。人の気も知らないで好き勝手いいやがって、と。しかし、その怒りは直ぐに霧散することになる。
染岡は左右の手で半田の両肩をがっちりと掴む。そして彼の目をしっかりと見据えて、話し始める。
「凄くないだと?馬鹿言え、お前の実力は俺が保証してやる。他のメンバーより、一年長く円堂やお前とサッカーしてた俺がだ。
ーーーそれに、豪炎寺や鬼道も言ってただろ。離れていても、俺たちはここで繋がってんだ。いつまでも仲間なんだよ」
だから自信ねぇとか言ってんじゃねぇよ、と笑いながらドンッ!!と彼の胸を叩く。その後、じゃあな、と言って染岡は教室から去っていく。松野も後ろからそれを見ており、愉快そうに笑いながら半田へとヒラヒラ手を振って後を追って行った。
「………俺が保証する、か………サンキュ、染岡」
1人だけ置いていかれるような、離れ離れになるような気持ちを抱いていた半田。しかし、同じ時に入部した染岡からそう激励され、同時に面と向かって『仲間』だと言われたことにより、その気持ちも和らいでいた。
「いや〜、青春だねぇ!」
「うおっ!?」
そんな時。唐突に後ろから聞こえてきた声に驚いた半田はビクリと身体を揺らし、そのまま体重を預けていた椅子ごと後ろに倒れ込み、盛大に音を立てる。
「ってぇ!??」
「うわぁ!!だ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫………って、大谷さん?」
地面にぶつけた後頭部をさすりながら声を掛けてきた人物を見上げると、そこにいたのは、茶色いセミロングをした女子生徒。同じクラスであり、半田も何度も話したことのあるハツラツ女子、【
「ほんとに大丈夫?怪我してない?」
「いや、大丈夫……ててて………」
「ゴメンね、ちょっと驚かそうと思って……」
申し訳無さそうにする大谷。半田は同学年の女子にそんな表情をされてなお文句を言うような男ではない。気にするな、と言いながら立ち上がり、椅子を立てて再び席に着く。
「っと………にしても、なんか用?後ろから話しかけて来るなんて珍しいけど」
大谷と話す機会は同じクラス故に結構ある。だが彼女と仲がいいか、と聞かれれば微妙であり、せいぜいがよく話すクラスメイト止まりだろう。彼女が仲がいいのは、サッカー部のマネージャーを務める木野辺りだ。そんな彼女がからかうような言い方で話しかけてくるのは珍しい。
「そうそう!半田君、雷門に残るんでしょ?」
「そうだけど、それがどうした?」
「雷門に残るってことは、また新しく雷門で部員探すんでしょ?………マネージャー、欲しくない?」
「?そりゃ、木野も雷門も音無も別の学校に行くから、マネージャーは欲しいに決まって………って、もしかして!?」
にまり、と笑う大谷。現状、木野は円堂の派遣先に、音無は鬼道の派遣先に同行することが確定しており、雷門に関しては海外のチームの情報を集めるため、各国を飛び回り情報収集の旅に出る事となった。その為、今の雷門中にはマネージャーはいない。そして、大谷の表情を見た半田は彼女の提案を察した。
「ふっふっふ……ジャーン!!」
意味深に笑いながら大谷が取り出したのは、サッカー部への入部届け。それを手に持ちながら、大谷はビシっ!と敬礼する。
「不肖、大谷つくし!雷門サッカー部に、マネージャーとして入部させて頂きます!!……なーんてね!」
「マジで!?入部してくれんのかよ!!」
「うん!木野ちゃんから相談されててね!新生雷門サッカー部の為に、力を貸すよ!これからよろしくね、半田君!」
まさかのところから、まさかの加入。半田率いる新生雷門サッカー部、最初のメンバーはマネージャーの大谷だ。初心者だらけになるであろうサッカー部故に、彼女がいてくれればより練習に集中出来るというものだ。
「こちらこそ!!よろしく、大谷さん!!」
「呼び捨てで大丈夫だよ。さん、ってなんだか他人行儀だし!」
「そっか……なら、よろしくな、大谷!」
「うん!!」
こうして歩み始めた、新しい雷門中。これが翌年のフットボールフロンティアで、旋風を巻き起こす半田真一と、仲間達の第一歩であったーーーー。
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最初の選手を仲間にせよ!!いざ、陸上部!
「サッカー部でーす!!入部希望者募集してまーす!!」
「なななんと!!今ならあのイナズマイレブンの一員、半田君の指導が受けられますよー!!奮ってご参加下さーい!!」
「ちょっ!?その勧誘の仕方やめろよ!!」
ワーワーと騒ぎながら、校舎の入口付近で片っ端から生徒に声をかける男女のペア。言わずもがな、新生雷門のキャプテン、半田とそのマネージャーである大谷だ。彼らは統括チェアマンの轟の言葉を信じ、この雷門中に眠る才能を発掘すべく行動を開始。円堂から借り受けた、『サッカー部 部員募集中!』と書かれた大きな看板を手に勧誘をしていた。
「サッカー部?いやぁ、俺経験ないし……」
「ちょっと、全国優勝したチームに入るのは気が引けるから……」
「あんだけボロ負けしてもまだやる気に満ち溢れているのは凄いけど、おいどん相撲部でゴワスから……」
ーーーなのだが、誰一人として勧誘を承諾してくれる人物は現れず。そう都合よくこちらのやる気に乗ってくれる風丸のような男や、のらりくらりとしていても助っ人として参加してくれた松野のような生徒がいる訳もなく、時間だけが無情にも過ぎていった。
「………だ、だっれも来ねぇ……!!」
「声掛ければ何人かは入ってくれると思ったのにね〜………」
そんなある日の放課後、教室の机に突っ伏しながら疲れたような声を上げるサッカー部の2人。休み時間や昼休み、放課後の時間も使用して声掛けを続けているが、成果も得られず早一週間。
既に雷門イレブンは多くが派遣先の学校を決める為の下見や転入手続きで出払っており、着々と強化委員としての務めを果たすべく先に進んでいた。半田達とは対照的であり、それに対する焦りも募る。
「どーすんだこれ……だれかいねぇかなぁ、まだ声掛けてなくてチームに協力してくれそうな才能ある奴……」
「そう都合よくポンポン出てくるものじゃないよね、それ………」
半田の愚痴に思わず苦笑を零す大谷。実際の所、この雷門中に隠れた才能が複数眠っているとは言うものの、そのヒントすら無し。大谷はサッカー初心者であるし、半田もあくまでプレイヤー。一目見ただけでその人物の才能が読み取れるような慧眼は持っていない。というか持っていたらもっと効率よく動いているというものだ。
「あと声掛けてないのは……一年か?」
「後は、部活動に入ってる子達にはあんまり声かけれてないよね。放課後の練習中に突撃する訳には行かないし、休み時間だけじゃ全員には声掛けられないし……」
「三年生は勧誘しても仕方ないしなぁ……」
まだ声を掛けていない人物をリストアップすべく話し合う二人。三年生に声掛けても仕方ない、というのは、彼らが目標としているのは来年度のフットボールフロンティア、そして世界大会だ。今年の三年をスカウトしたところで、来年にはその人物達はいなくなっている。
それ故に、最初から三年生は勧誘対象から外されているのだ。仮に指導出来る生徒がいたなら声掛けてもいいかもしれないが、ここは雷門。望みは薄いだろう。
「あー、今から練習中の部活に引き抜きするのは先生達から怒られるし………練習終わりまで待ってから部活生の勧誘に行くか……それまでは個人練習して………ん?」
ここまで来たらほかの部活から引き抜くくらいしか方法は無さそうだ、と考えた半田。流石に活動中にやって来て堂々と引き抜きをするのはその部からも目をつけられるし生徒指導部からも注意を食らう。以前に円堂がやって許されていたのは、王者帝国との試合を間近に控えていたことと、なにより理事長代理の雷門夏未が了承していたからだ。
そんな風に考え、個人練習しようか、という結論に辿り着いた時、ガラリと音を立てて教室のドアが開く。放課後の教室にやってくる生徒とは珍しいと思い視線を向けると、その先にいたのは見知った顔。
「………ん?よっ、半田じゃないか!それに大谷も。どうしたんだよ、新生雷門の2人がこんな所で」
軽く手を挙げてにこやかに声を掛けてきたのは、旧雷門サッカー部の一員にして元陸上部のスピードスター。初心者ながら持ち前の健脚でチームを支え続けた疾風ディフェンダーこと【
蒼い髪を揺らしながらこちらに近づいてくる風丸に、半田も軽く手を挙げて答える。同じクラスである上に、円堂を通じて一年の頃から交流のある風丸と半田は結構仲がいいのだ。
「やっほ、風丸。見て分かるだろ?2〜3ヶ月前の円堂と同じ状況だよ。………いや、人数的にこっちの方がまずいかも」
「なんだ、もしかしてまだ大谷以外入部してくれる奴見つかってないのか?」
驚いたように目を丸くする風丸に向けて、そのまさかだよ、と苦虫を噛み潰したような表情で答える。その横で大谷も苦笑しており、2人の様子が入部者ゼロという結果が事実であることを雄弁に語っていた。
風丸自身、円堂が長い間勧誘している姿を見ているが、あの時と今では知名度が段違いだ。自分から入部してくる奴すらいるんじゃないか、と思っていただけに、この状況は予想外であった。
「なぁ風丸〜、誰かいい選手知らねぇか〜……?サッカー興味あるやつとか、興味無さそうでも運動神経いい奴とかでもいいからさぁ〜………」
「そんな事言われてもなぁ……」
半田はダメ元で友人にそんな事を聞くが、風丸はつい最近まで純粋な陸上選手だったのだ。持ち前のスピードとセンスで今までついてきたが、サッカー選手としても目が育っている訳では無い。ましてや最近までフットボールフロンティアのための猛特訓で手一杯だったのだ。そんな選手に気がつく余裕があったとは思えない。
「………あっ、いや待てよ……心当たり、あるな」
「っ!?マジで!?」
しかし偶然にも、風丸は心当たりがあった様子。即座に半田と大谷が食いつき、事情を聞かせてくれとせがむ。
「あぁ。世宇子中との決勝戦の後、雷門に戻っただろ?その時に、陸上部の何人かから頼まれてサッカーバトルしたんだよ」
「もしかして、その人たちがサッカー部に入ってくれそうとか!?」
「いや、ただ単にお遊びだったからな。殆どのやつが気持ち半分でやってたし、最初の頃の俺と同じようなもんだったぞ?」
陸上部でサッカーバトルした、つまりそのメンバーがサッカーに興味を示したのかと興奮して聞く大谷だったが、風丸曰くただのお遊びだったため入部する確率は低いだろうとのこと。それを聞いた2人はガックリと肩を落とす。ここで一気に複数名勧誘出来るかと思っただけに、残念さもひとしおのようだ。
「まぁ待てよ、まだ話の途中だ。それで、サッカーバトルしたメンバーは俺を除いて全員初心者だったんだが、一人結構上手い奴がいてな。俺も抜かれたんだ」
「っ!風丸が抜かれた?初心者にか?」
その発言に半田は驚愕を露わにする。この風丸一郎太は、全国でもトップクラスのスピードの持ち主ではあるが、それだけで全国優勝チームのレギュラーになれた訳では無い。持ち前の聡明さでサッカーというスポーツを理解し、積極的に学んだことによる確かな守備能力があったからこそ、あの戦いを駆け抜けられたのだ。
そんな彼が、油断はあったのであろうが抜かれた。しかも初心者に、だ。驚くなという方が無理であった。
「初心者にしてはドリブルも鋭かったし、キックも正確だった。サッカー部に入りたての俺より、間違いなく上手いだろうな。
それに何よりーーー足が速いんだ」
足が速い。よくあると言えば、よくある特徴だ。目の前の風丸も、それに当てはまる。そんな彼が口にした言葉に、大谷が首を傾げる。
「足が速いって、風丸君並ってこと?」
「いや、減速に関しては分からないが、少なくとも加速とトップスピードに関しては俺より凄いぞ。陸上部の頃、何回やっても勝てなかった奴だからな。校内じゃ、音速を超えてるんじゃないかって、馬鹿な噂が立つくらいなんだ」
勝てなかった。あの疾風ディフェンダー、風丸が十八番であるスピードで勝てたためしがないと言うほどの選手。しかも話を聞く限り、それ以外の部分のセンスもありそうだ。どのポジションになるにしても、時間の限られている新生雷門にとっては喉から手が出る程に欲しい人材だ。
「な、なぁ風丸!!そいつ紹介してくれないか!?」
このチャンスを逃すまいと風丸に詰め寄る半田。そんな彼の剣幕に後ずさりながらも、風丸は首を縦に振る。
「お、おう……ちょうど今から陸上部に顔出そうと思ってたんだが、着いてくるか?俺が誘ったっていえば、先生達からも何も言われないだろ」
「本当!?」
「行く!!行くよ風丸!!」
巡ってきたチャンスを逃さないため、2人は二の句も継がずに了承した。そんな2人を連れて校舎を出た風丸は、サッカー部の部室や他の部活の部室棟が立ち並ぶ辺りを抜け、野球部や陸上部のグラウンドがある場所へと赴いた。
「………あぁほら、アイツだよ。あの真ん中のヤツ」
そう言って風丸が指さした先に居たのは、陸上トラックに並んだ5人の選手。その中心のレーンで身体を念入りにほぐしているのは、白や銀に近い長めの髪をした人物。背はそこまで高くなく、身体も細身。脚部にはしっかりと隆起した筋肉が見えるが、全体的にパワーがあるようには思えなかった。
「あの人………あっ、同じ学年の人だ!!私、廊下で何回か見た事ある!!」
「え?あー、そういや俺も何回か………」
顔を見れば、切れ長の瞳をした結構な美形。あんな顔立ちならば一回見れば覚えていそうなものだが、と思いながらその選手を観察していた半田は、次の瞬間驚愕することになる。
「よーい………ドンッ!!」
フラッグを持った人物が合図をすると、並んだ5人の選手は一斉にクラウチングスタートで加速。そんな中、一人だけ、真ん中の彼だけが一瞬出遅れる。
陸上の世界において、スタートダッシュは勝敗を左右する程に大切なもの。実力が拮抗していれば、スタートダッシュ時についた差がそのまま勝者を決する事も少なくない。
そんな出遅れた彼と他選手との間には、既に1メートルほどの差が生まれていた。この差を埋める為には、加速しながら全力で駆けるしかない。
「…………シッ!!!」
しかし。短く息を切った彼は、瞬きの間に、他選手の
「えっ嘘っ!!」
「!!」
遠くから見ていた半田には理解出来た。あの選手は、何も特別なことはしていない。ただ単純に、ただ純粋に、走っただけだ。『他の選手が一歩踏み出す』内に、その選手は2歩ーーーいや、3歩踏み込んでいた。
「っ!!負け、ない!!!」
右から2番目のレーン、先頭を走っていた長い金髪の選手に追いついた彼は、さらに加速。その選手すら置き去りにし、すぐさま集団の先頭に躍り出た。
もちろん、金髪の選手も負けじと加速する。半田から見れば、金髪の彼も自身よりも遥かに速い。しかしながら、その金髪の選手を嘲笑うかのように加速し続けるその銀髪の選手は、差をグングンと広げていく。
そして、遂にゴール。先に着いたのは、余裕で銀髪の選手だった。その少しあとに、悔しそうに顔を歪めて金髪の選手がゴール。残りの選手も順々にゴールして行った。
「一着、速水!!二着、宮坂!!」
タイマーを持った人物がそう叫ぶ。それを聞いてからゆっくり減速した彼は、身体の熱を逃がすかのように息を吐く。
「………ふぅ〜〜〜………危なかったァ………」
「なーにが危なかったですか!!出遅れたくせして余裕で勝ってて!!!」
余裕で勝利したくせに危なかったなどと抜かす自分の先輩に抗議のようにキャンキャンと噛みつきにかかる。そんな後輩を見て、いやいや、と笑いながら手を横に振る。
「マジで危なかったっての!スタートダッシュミスった時は終わったと思ったわ」
「その後アホみたいに加速して僕を抜きましたけどね!!!だーっ、もう!!速水先輩に勝てた試しが一度もなーい!!!」
「はっは!!風丸にも負けたことねぇんだ、そう簡単に1年に負けっかよ!!」
むきー!!と地団駄を踏む金髪の後輩に向けてそんな風に茶化す銀髪の男。そんな彼の走りを見ていた半田は、目を大きく丸め、目の前のことが信じられないでいた。
「………速い………確かに、風丸よりも……!!」
「……だろ?コイツが、俺が一年の頃から勝てなかった奴だよ。
ーーーおーい!!速水!!」
驚愕する半田に笑いかけながら、大声で先程の選手を呼ぶ。自分を呼ぶ声が聞こえたのか、くるりとこちらを振り向いた彼は、風丸の姿を捉えて喜色を浮かべながら軽く手を上げる。
「おう!!かぜまーーー」
「風丸さーん!!!!」
彼が答えるよりも先に、隣にいた金髪の後輩が脱兎の如き速さで風丸の方へとやってくる。そんな変わらぬ後輩に呆れた笑みを浮かべつつ、よっ、と軽く応対する。
「久しぶりだな、宮坂。いい走りだったぞ」
「ホントですか!?風丸さんにそう言ってもらえるなんて嬉しいです!」
憧れの先輩から走りを褒められて上機嫌になる金髪の後輩こと、【
「ったく……俺が褒めてもなんも言わねぇくせして、風丸には懐いてんだよなぁ……」
「だって速水先輩のは嫌味にしか聞こえないんですもん」
ジトっとした目で銀髪の彼を見やる宮坂。そんな後輩に呆れながらも、目当ての彼は風丸に向けて軽く挨拶を交わす。
「よっ、風丸。久しぶりだな!……っと、そっちの2人は……」
「久しぶり、速水。紹介するよ、こっちの2人は俺の友人で、サッカー部の2人だ」
「あー、俺、半田真一。一応、新生サッカー部のキャプテンだ」
「私は大谷つくし!!マネージャーやってます!!」
半田と大谷が挨拶を交わすと、人のいい笑みを浮かべたその少年は、おう!と言いながら言葉を紡ぐ。
「知ってるぜ、今勧誘やってるので有名だもんな。なんだ、風丸みたく、またうちの部員を引き抜きに来たのか?」
また、とは言うが、その表情は笑っている。サッカー部が風丸を引き抜いた事に、特に悪感情は抱いていないようだ。そんな彼に向けて、風丸は首を縦に振る。
「お前だよ、速水。俺がお前を推薦したんだ」
「………は?オレ?」
キョトンとした顔になるその男。そもそもサッカー経験のない自分が、あの雷門サッカー部のスカウトの対象になるとは思ってもみなかったのだろう。
「あー……それはちょっと予想外だな……まっ、取り敢えず自己紹介な!」
ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑していた彼だが、半田達の方へも向き直り、にこやかに笑いかけながら右手を差し出す。
「俺は速水!!【
そう言って差し伸べてきた速水の右手を、よろしくな!!と返しながら強く握る半田。
これが、後にフットボールフロンティアを湧かすことになる新たなスピードスターと、半田真一との出会い。いささか刺激に欠けるかもしれないが、彼らしいといえば彼らしいのかもしれない……?
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速水真刃
あ、スカウトキャラはまだまだ募集してます。ポジションとか気にせず『この子が好き!』って感じなので、覗いてって下さい〜
「………で?なーんでまた俺なんかをスカウトしに来たんだよ?」
風丸を超えるスピードを持つ韋駄天、速水をスカウトするべく陸上部へとやってきた半田と大谷。そんな彼らからスカウトを受けた速水は、顧問に断りを入れてから少し離れた木陰に腰を下ろして話を聞いていた。
「………また陸上部から引き抜きですか………しかも速水先輩を………」
何故かジトッとした目を向ける宮坂も一緒だが。そんな後輩に風丸と速水は呆れたような視線を向けるが、半田と大谷が同席しても構わない、という事になりこの場にいるのである。陸上部から引き抜こうとしているんだから、そちら側の人が同席するのは当然、という事らしい。
取り敢えず、速水と宮坂にここにたどり着いた経緯を説明。風丸からセンスのある人物がいると聞き、未だ部員の集まらない自分達に力を貸して欲しい、と頼む。
「………とゆーわけなんだ、頼む!!」
「あれだけ勧誘しててまだ一人も来てないって……サッカー部は勧誘じゃ人が来ない呪いでも掛かってるんですか?」
「へーい宮坂、シャラーップ。………まぁ事情は分かった。あんな短いサッカーバトルでセンスあるって言ってもらえるのは素直に嬉しいし、他ならぬ風丸からの推薦だ、力を貸すのはやぶさかじゃない」
「!なら……!!」
予想以上に好感触な様子に喜色を浮かべる2人。しかし、速水は若干目を吊り上げながら「だけど」、と言う。
「俺は陸上部だ。有難いことに、今年の全国大会でも十分高い順位を狙えるって言われる程度には期待をかけられてる。……風丸が抜けてからは尚更だ。サッカーに転向した彼の分まで君が、ってな」
「っ!」
速水のセリフにピクリと反応したのは、当の風丸。次いで申し訳なさそうな表情に変わり、宮坂から速見へ非難の視線が投げられる。ソレを受けた速水だが、飄々とした態度を崩さずに肩を竦める。
「まっ、こうは言ったが、俺は風丸に文句があるわけじゃない。お前はお前の選択をしたし、俺はそれを肯定してるし応援してる。実際に、日本のトップに立ったんだからな………すげぇぜ、風丸」
「……あぁ、ありがとう速水。そして済まない、お前にそんな負担をかけていたなんて……ってぇ!?」
頭を下げようとする風丸に向かい、立ち上がってデコピンを加える。律儀で、かつ不満や不平を内に溜め込みやすい友人に呆れた様子で言葉を告げる。
「何すんだお前!!」
「お前なぁ、今気にすんなっつったばっかだろ。別に俺は走んの好きだし、お前が円堂達と活躍してんのは見てて嬉しかったよ。期待されんのもそう悪いもんじゃねぇしな………まぁお前がいなくなって女マネ達の悲鳴が凄かったけど」
ゲンナリとそう告げる速水。
風丸がいなくなり、サッカー部へと助っ人が決まった時は「風丸先輩かっこいい〜!」と言われていたが、練習に顔を出さなくなると心配に変わり、正式にサッカー部になると決まった時はまさしく阿鼻叫喚。風丸目当てにマネージャーしている子も少なくなかっただけに、その鎮圧にはかなりの労力を要したようだ。
ちなみに宮坂は速水の隣でウンウン頷いているが、速水からしたら「オマエモナー」である。真っ先に風丸の元に行って陸上部に戻るよう交渉したのはどこのどいつだ。
「っとまぁ、俺は陸上部からは風丸の分も含めて期待の星って言われてんだ。………風丸の前でこんなこと言うのはあれだが、ここでお前らの誘いにのってはいそうですかってサッカー部にいくのは、応援してくれてた人達への裏切りに等しいと俺は思ってる。転部するに相応しいだけと理由が無きゃな」
真剣な目を半田に向ける速水。部内でもトップクラスに位置し、速水に勝ったことは無いとはいえ、彼にくらい付ける唯一の選手だった。そんな風丸が陸上部から去ってから、陸上部の、そして関係者の期待は一挙に速水に集まったのだ。一年生ながら良い走りを見せる宮坂にも当然期待は寄せられるが、トップ争いを期待されるのはやはり速水なのだ。
「お前に力を貸したいとは思う。だけど、陸上で期待してくれた人もなるべくなら裏切りたくない。
ーーー半田、聞かせてくれ。なんでお前は俺をスカウトする?なんでお前はサッカーで優勝したいんだ?それを聞いてから、俺は決める。………頼まれたから、とかは無しな」
速水の真剣な目が、半田を射抜く。ここでの返答次第では、速水は入部を断るつもりだった。それでも、風丸の顔を立てるために勧誘の協力や、人数が足りなかった場合の助っ人程度ならば快く引き受けよう、とは思っていたが。
「………うーん………」
ポリポリ、と頬を掻く半田。緊張感のある場面のはずなのに、妙に気の抜けたようなその仕草に大谷と宮坂が怪訝な表情になる。
「………正直、あんまりわかってないんだ」
「………分かってない?」
あははは……と苦笑して分からない、と言った半田。まさかこんな時にそんなことを言い出すだなんて、速水や宮坂どころか、隣に立つ風丸や大谷にも予想外の事だった。勧誘の場面で真剣な表情の相手に向かい、「分からない」などと抜かす男がどれだけいるのだろうか。
「そうなんだよ。雷門中に眠る才能を君の手で開花させて、日本のサッカーを押し上げて欲しい……なんて、統括チェアマンには言われたけど、そんな気はあんまり無くてさ」
「なんですかそれ。手抜きって意味ですか?」
「宮坂!!」
半田の気の抜けたような物言い、下手しなくても手を抜いていると思われてしまう発言に宮坂が噛みつき、風丸が窘める。しかし半田は、大丈夫だよ、と風丸を止める。
「宮坂の言う通りだ。手抜きって思われても仕方ないのかもしれないし、俺自身最初はこんなの出来るわけないと思ってた」
あえて宮坂の言葉を肯定する半田。諦めたようにも取れるが、目の前の速水には分かった。半田の目には曇りがない。何も、迷っていない目なのだと。
でも、と半田が小さく呟いた。
「それを言われてからしばらく経ってさ、これはチャンスだなって思うようになったんだ」
「チャンス……か?」
風丸が首を傾げてそう呟く。そう、チャンス、と笑う。
「こんな機会でもないとさ、本気で雷門のみんなにーーー円堂や豪炎寺、鬼道や風丸、染岡、マックス達にぶつかれる事なんて無いだろ?」
戦える。かつて肩を並べ、そして置いていかれたあの仲間たちと、真正面から、本気で。いつも一緒に練習していて、あの帝国との練習試合以降はそれの手を抜いたことは一度だってない。だが、練習で戦うのと、フットボールフロンティアで戦うのは、やはり違うのだ。
そんな半田の思いを見た速水は、目を丸くする。そして、同時に共感する。陸上で速水の種目は100メートル走。そして、傍にいる風丸も陸上部時代は同じく100メートル走。練習で何度も走りあった彼だが、やはり大会で戦う時の、走り合う時の緊張感は、その時しか味わえないもの。半田の気持ちは、速水にはよくわかった。
「だからさ、俺はアイツらと戦いたい。そんでもって、フットボールフロンティアで優勝して、日本代表になりたいんだ。
ーーーその時に俺は、かつての仲間に負けないくらい、いや、超えるくらい最高の仲間を集めたい」
静かに、真っ直ぐ速水の目を見てそう言う半田は、ゆっくり、ゆっくりと右手を彼に差し出す。
「………風丸から紹介されて、お前の走りを見てから、もちろん戦力としてもお前が欲しい。だけど、それ以上に。
お前、良い奴なんだよな。後輩からあれだけ慕われてるのを見ればよく分かるよ。今話してても、急な誘いなのに話を聞いて、こっちに任せてくれてる時点で、お前は間違いなく、良い奴なんだ。
俺は、そんなお前と、一緒にサッカーやりたいって思った」
嘘偽りない半田の本心。風丸から推薦されている時点である程度は信頼していたが、実際に見て、半田が感じたことをそっくりそのまま伝えた、ただそれだけ。
ただ、それだけの事だがーーー
「速水。
俺と、サッカーやろうぜ!」
ーーー心を、動かした。
「………はァァァァァ〜〜〜………」
深々とため息をつく速水。ガシガシを頭を掻く彼を見て、半田は慌てたようにワタワタと手を動かす。
「いっ!?いやいや!!お前の陸上への思いと応援してくれてる人へと感謝はすげぇと思ってるよ!!だけど、おれと、サッカーしてくれたらなぁ、なんて………」
「………お前、そこまでやったら最後まで貫き通せよ………ったく、とんだ殺し文句だぜ………」
いきなりなよっとした雰囲気に変わった半田に呆れながらも、速水は笑う。自分の思っていた以上に、いつの間にか乗せられていたようだ。
「ほらよ」
「………へ?」
差し出されていた手を、速水は握る。半田は最初こそポケッとした顔をしていたものの、その手の示す意を理解すると、隣の大谷と並んでぱあっと表情が明るくなる。
「えっ、おまっ、これっ、は、速水!!」
「んだよその言い方。お前が誘ったんだろ?ーーーまっ、陸上の方の人たちにゃ後で謝るけど、きっと大丈夫だろ………速水真刃はサッカーに転向して正解だったって思わせりゃいいんだからな」
そう言って肩を竦める速水は、半田と大谷に向けてニッ、と笑う。
「と、ゆーわけだ!!改めまして、男、速水真刃!!本日付けで、陸上部からサッカー部に転部だ!!これからよろしく頼むぜ、『
ガチリとはまる、運命の歯車。今ここに、新生雷門中の3人目。蒼き疾風の好敵手であり、音すら置き去りにする雷光の如き煌めきが、半田の用意した船に乗り込んだ。
未だボロ船であり、人数すら足りないが。それでも彼らは、確かに一歩、前へ出た。速水真刃という、新たなる仲間を乗せて。
「ちょちょちょっ!?それでいいんですか速水先輩ィ!?」
「あん?だってなぁ、生半可な気持ちだったら手伝うだけに留めようかとも思ったが、あんな言われ方されて断ったら男が廃るだろ。それにほら、俺の風丸の分の期待を背負ってくれる新しいスターなら、ここに居るじゃねぇの?」
「へ?………でぇぇぇぇ!?僕ですかァ!?」
ガシッと肩を組んで宮坂にニヤニヤと笑いかける速水。いきなりそんなことを言われて無理無理無理無理!!!と高速で首を横に振る宮坂だったが、案外いけないわけではない。一年生ながら風丸にも認められ、速水にも食らいつけるほどのスピードを持っている彼ならば、これからの鍛え方しだいでは充分にスターになれる可能性を秘めた男だ。
「あー、そだ半田!!これ以上陸上部からは引き抜かない方がいいぜ」
「え?なんでだ?」
「なんでって……当然でしょう?風丸さんと速水先輩、うちの主力二人を引き抜かれたのに、これ以上引き抜かれたらたまったもんじゃないですよ!!一年の中には、まだサッカー部恨んでるやつ結構いますからね?」
「げっ、マジかよ!!」
「速水君経由で紹介してもらえれは一気に部員獲得行けるかな〜と思ったのに〜………」
速水と宮坂からの忠告に顔を歪める半田と大谷。速水を経由して陸上部の面々をスカウトすれば、一気に試合ができるほど集まるのではないかと思っただけにショックも大きい。………まぁひとつの部からそれだけ引き抜かれればたまったものでは無いのだが。顧問も動き始めるだろう。
「なんだ、俺以外に候補いないのか?」
「ゔっ………声掛けてんだけど、誰も来なくてさ……」
「はぁ〜、お前らほんとに苦労してんな………あっ」
どんよりとした雰囲気を出す2人に哀れみを篭もった目を向ける速水だったが、いきなりポンッと手を叩く。そして半田達に、渡りに船な提案を投げた。
「んじゃ俺の知り合いに声掛けてみるか?運動神経なら抜群だし、頭良いから力になってくれると思うぜ?入部するかは本人次第だが………」
「ほんとに!?」
「マジかよ、頼む速水!!」
またまた頭を下げて頼み込む2人ーーーコイツら頼んでばっかだなとは言わないで欲しい。彼らだって必死なのだ。なりふりなんて構ってられないのである。
そんな彼らに「任しとけ、聞いとくぜー」と言って了承する速水。そして、その日は一旦解散。半田と大谷は、陸上グラウンドを後にしたーーー。
「………っと、まずは顧問の先生に頭下げて、転部届け書いて……あー、親にも言わなきゃか。なぁ風丸、よけりゃサッカーの参考になる動画とか送ってくんね?夜にでも確認するわ」
「あぁ、それくらいお安い御用だ。……済まないな速水、なんだか押し付けたみたいで」
「はぁ?だから言ってんだろ、お前は自分の意思で決めて、俺はそれを尊重した!!今回も、俺がアイツについて行きたいと思ったから決めたんだよ。風丸にゃ関係ないこった」
2人が去った後、そんな会話をする速水と風丸。未だに申し訳なさそうにしている友人の生真面目さを好ましくは思いつつも、どこかで溜め込まないか心配な速水だったが、今ここで言っても変わらないだろう。
「っと、そういやお前はいつ転校するんだ?確か、帝国だろ?」
「早ければ来週には向こうに行くさ。今から勉強について行けるか、不安だよ……」
「あの帝国だもんなぁ……俺じゃ絶対無理だわ。………あっ、そうだ。アイツに連絡取っとかねぇと」
「アイツって、さっき言ってた協力してくれそうな知り合いのことか?」
「あぁ、一年の時同じクラスでな。良い奴だぜ、目付きは悪いが子供好きで、よく小さい子達に囲まれてんだ」
目つきが悪いのに子供に好かれる、つまり根っからの善人なのだろうと推測する風丸。それならば半田達にも問題ないだろうな、などと親のようなことを考える彼なぞ露知らず、速水は目的の相手へ電話を掛ける。数回のコールの後、通話が接続。携帯越しに友人の声が聞こえてくる。
『……もしもし?速水か?』
「よう!今大丈夫か?」
『?あぁ、問題ないが……どうかしたか?』
「いや、お前にちょっと頼みがあってさ………一緒に、サッカーやらないか?
ーーー『冷泉』」
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『いい子』な彼
「………ん……」
とある日。木漏れ日がカーテンから漏れ、鳥のさえずりが耳を撫でる、気持ちのいい朝。この心地良さに身を任せ、そのまま眠りにつきたいとも思うが、さすがにそんな訳にはいかない。今日も学校だ、それに今日は友人から話があると言われている。休む訳にもいかない。
そんなことを考えながらベッドから身体を起こし、軽く伸びをする。時計を見れば、いつも通りの時間ーーー5時半を指している。雷門中の始業時刻を考えればかなり早いが、これが彼のいつもの時間だった。
部屋から出た彼は、トントントン…といつもの階段を降り、家のドアから外の郵便受けに入っている新聞を取って家の中へ戻る。リビングのテーブルに新聞を置くと、キッチンに置かれる炊飯器の中を確認する。
「………親父、炊き忘れてるな……」
明らかに炊かれていない米を見て苦笑する。昨日はかなり忙しかったようで、帰ってきた時も疲れていた。こんな日もあるだろう、と切り替えた彼は冷蔵庫を開け、食材を取り出していく。
米が炊かれていないのなら、元々予定していたものは辞めた方がいいだろう。水を鍋に入れ、火にかけながら切る材料を考える。
根菜類も煮込むのに時間がかかるし、細切りにするのも面倒だ。時間をかけたくないので短く済むものだけでいいだろうと思い、手早く玉ねぎとキャベツを切っていく。玉ねぎは繊維を壊すように薄く、キャベツもなるべく細めに切っていく。どちらも芯を切っておくのは忘れない。
沸騰する前に切った2つの野菜を入れて、母が好きなベーコンを取り出し、小さく細めに切るものと厚めに切るもので分ける。鍋が煮立ち始めたら細く切ったベーコンも入れ、コンソメと塩コショウで味を整える。
「っと、パン忘れてた」
米がないならパンを食べればいいじゃない……などと言うつもりはないが、既にコンソメスープ作り始めているし、主食が無いのは寂しいものがある。トースターに食パンを2枚セットして焼き始め、同時にコンソメスープを確認しながら厚めのベーコンをフライパンで焼き、焦げないように気をつけつつ先程のキャベツに加え、トマトとキュウリを切っていく。
「……っし、でーきた」
コンソメスープの野菜もしっかり煮えており、キャベツとトマト、キュウリでサラダも作った。あとは焼いていない食パンを取り出し、ベーコンとキャベツ、ついでにチーズも挟んで食べやすい大きさに切っておく。
簡単なサンドイッチはラップにくるんでから保冷剤と一緒に保冷バッグに入れ、コンソメスープもスープジャーに入れておく。スプーンをつけるのを忘れてはならない、昼に困る事になる。
ちょうど弁当の準備も終わった時にトースターからチンッ!という音が聞こえる。トースターが焼けたようだ、皿に乗せてコンソメスープ、サラダと共にテーブルに並べていく。
「……うん、問題無し………」
そう呟いた時、2階から降りてくる足音が彼の耳に小さく響いた。そちらに視線をやれば、くたびれた様子の男性が降りてくる。短い黒髪で、鋭い目付きをした、40代後半位の年齢だ。彼にとっては至極見なれた人物。当然だ、この人物こそ、彼の父親なのだから。
「おはよう、親父。朝飯出来てるよ」
「あぁ錐、おはよう。いつも済まないな」
「別にいいって、好きでやってんだから」
そう笑う息子に、複雑そうな笑みを浮かべる父親。昔から手のかからない子だったが、今では文句のひとつも言わない、いい子に育った………が、頼み事すらしないで、自分からこういった家事をやるようになった。息子がこうなったのは、ある時を境にしてからだ。
「それじゃ、『母さん』に挨拶しよう」
「あぁ、そうだな」
2人で並び、一つの写真立てに向けて手を合わせる。
あぁそうだ、息子がこんなにいい子になったのはーーー
ーーー妻が、亡くなってからだった。
「んじゃ、俺先に行くぜ。弁当置いてっから、忘れるなよー」
「済まないな、いつもいつも。気をつけていけよ」
「分かってるよ。いってきます」
「……あぁ、いってらっしゃい」
父に挨拶してから家を出る。時間を確認すれば、ここから学校まで、仮にいつもの倍の時間を掛けても間に合うほどに余裕がある。だが今日は友人に呼び出されている。なんだか大事な話があるらしいので、それに遅れる訳には行かない。
「……と言っても、いつものペースで大丈夫か」
音速を超えるという噂すらある陸上部の友人ーーーいや、昨日付けでサッカー部になったその友人だが、何もかもが早い訳では無い。朝は比較的弱い為、ギリギリに登校してくるのも珍しくは無い。そんな彼が自分に話があるとはいえ、この時間に来ているとは思えなかった。
いつもの変わらぬペースで学校へと向かっていく。すると道すがら、犬を連れて散歩していた老人が彼の姿を見ておぉ、と声を掛けてくる。
「錐君じゃないか、今日も朝早いねぇ」
「あぁ田澤さん、おはようございます。今日は友達に呼び出されてて」
「そうかぁ、友達は大事になぁ。たまにはウチに遊びに来るといい、孫も喜ぶ」
「ははっ、機会があれば是非。それじゃ、もう行きますね。お身体に気をつけて」
「あぁ、君もな。あまり無理はするんじゃないぞ」
和やかに老人と談笑した冷泉は、軽く頭を下げて別れる。ご近所に住んでいる方であり、小さい頃からお世話になっている人だ。何度か泊まらせてもらった事もあるほどで、家族は全員顔見知りである。
そんな彼だが、道行く度に色々な人達から声を掛けられる。
「錐君じゃないか!!今日も元気かい!?」
「はい、いつも通り、元気ですよ」
「そりゃよかった、また遊びにおいで!!」
「あぁ、錐君!!この間はありがとう、助かったよ!!これ、よければ学校で友達と食べてくれよ!!」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
「スイにーちゃん!!みてこれ、でっかいカブトムシ!!凄いだろ!!」
「おっ、コイツは凄いな!流石は虫取り名人、にいちゃん羨ましいなぁ」
「へへー、でしょ!!」
「冷泉せんぱーい!!みてこれ、可愛くない!?」
「新しい髪留めか?いいじゃないか、よく似合ってるよ。……ただ、今日は菅田先生が校門でチェックしてるはずだから筆箱の中にでも隠しとけな」
「げっマジ!?買ったばっかなのに没収されるとこだった!ありがと先輩!!」
ーーーとまぁ、話しかけられるわ話しかけられるわ。彼自身の人の良さもあり、多くの人に慕われているが故。
彼の見た目自体は整っているが、父親譲りの鋭い目付きは、初対面では怖い印象を与える。それにも関わらず老若男女、あらゆる人物から好かれるのは、もはや一種の才能なのかもしれない。
「こら伊香保ォ!!!お前なんだこれ!!?」
「?料理部で使う材料ですけど」
「………今日料理部で作るのってクッキーのはずだな?じゃあこれはなんなんだ」
「イカです!!!イカスミクッキーをーーー」
「生きてるイカを海水に入れて袋で持ってくるやつがあるかぁ!?没収!!後で職員室にこぉい!!!」
「げっ!?それは勘弁してよ菅田先生ー!!」
そんな彼だが、時間に余裕を持って学校へと辿り着く。校門で生徒達の荷物検査を行っているのは、生徒指導部の【
「おはようございます、菅田先生」
「ん?おぉ、冷泉!!お前は変なもの持ってきてないな?」
そんな菅田に挨拶を交わす。生徒指導部、という立場上、怖がられることの多い菅田だが、実際はかなり気のいい人物である。仕事に真面目なのと、元々は荒れていた故に口調が荒っぽいだけなのだ。
「別に何も入れてませんよ。あ、これは勘弁して下さいね、さっき貰ったんで」
「……またか。休み時間はいいが授業中に食うなよ!…よし、カバンの中も問題なし!いつも通りお前は模範的な生徒だなぁ」
「ははは……それだけが取り柄なんで」
カバンの中身を広げて見せる。手に持ったお菓子は、授業中に食べさえしなければ問題ないらしい。さすがは私立校、と言った所だろうか。
特に何も変なもの入れていない彼は当然のように問題無し。取り柄が無い、とは言うが、今まで一度も指導されたことがないのは十分に誇れることである。
「よし冷泉、通っていいぞ………って!!!桃河ァ!!!お前また懲りずにそんなヘルメット被って!!!」
「うげっ!?やっば!!!」
にこやかに冷泉へとそう言った菅田だったが、彼の視界の外からそろりそろりと校門を潜ろうとしていた女子生徒を発見。何故かニチアサにやっている戦隊ヒーローのようなヘルメットを頭にかぶって顔の上半分まで覆っている彼女は、菅田の声を聞くと口元を歪ませて走り出す。
「待て桃河ァ!!!お前今日という今日は許さんぞ!!いっつもかっつもその奇っ怪なヘルメット被ってからに!!!今外せば反省文100枚で許してやる!!」
「これ外したら私の個性消えるんですけどォォォォォォォ!?チームを脱退してもヒーローは私のアイデンティティなんですけどォォォォォォォォ!?!?」
「よし分かったまるで反省してないな!!!夏休みが来ると思うなよ!!!」
「はぁ!?それは職権乱用…って速い速い速いぃぃぃぃぃぃ!?ぬぉぉぉぉぉぉ元イナズマイレブンだかいけずなデンプンだから知らないけどヒーローが身体能力で負けてたまるかコンチクショー!!!!」
ドドドドドドドッ!!!っと音を立てながら走り去っていく2人。普段は生徒達に厳しく接しながらもなんだかんだで救済措置を用意するほど甘い菅田が青筋浮かべながら本気で追いかける姿を見て乾いた笑みが零れる。しかしこんな所で立ち止まる訳には行かない、とっとと教室に行かなければ。
「えっと、2-Cだったか……アイツ、確か2-Eだよな……なのになんでだ?」
靴箱で学校指定のスリッパに履き替えて、自分の教室へと向かう前に友人の待つ教室へと向かう。友人が指定したのは所属するクラスとは別の教室。ちなみに彼の教室は2-Dだ。
「………ここか。失礼します」
「おっ、来たな冷泉!」
教室の扉を開けた彼を出迎えたのは、ここに呼び出した友人の速水真刃。そして、彼の隣には見覚えのある2人の生徒が立っていた。
速水がこんなに早く学校へ来ていることに少し驚きつつ、彼は友人へと声を掛ける。
「随分と早く来たんだな、速水。それに、君たちは確か、サッカー部の……」
「あぁ。俺は半田真一、新生雷門中サッカー部のキャプテンだ」
「私はマネージャーを務めさせていただく、大谷つくしです!!」
そう言って自己紹介してきた二人を見て、思い出す。最近校内でサッカー部の勧誘をしていた2人だ。特にキャプテンの方は、あのフットボールフロンティアを制した旧サッカー部のメンバーだったはず。そんな彼らの顔ぶれと、速水から呼び出された理由を照らし合わせて、自分がここに来た理由を悟る。
「………なるほど、速水はサッカー部に入ったんだったな。それで俺を誘おうと思って呼んだのか」
「そーそー。さっすが冷泉、話が早くて助かるぜ」
笑ってそう言う速水に苦笑を投げかけつつも、自分も自己紹介をしようと思い立ち、半田たちの方を向く。
「とりあえず、自己紹介だ。俺は冷泉。【
「よろしく、冷泉!」
「よろしくお願いします!」
名前を教えつつ、半田と大谷のふたりと握手を交わす冷泉。半田からしたら自分より背が高く、上から鋭い目付きで見下ろされるのは些か肝が冷える思いだった。が、気さくに話す冷泉の様子を見てその認識を改める。ちなみに大谷は、冷泉の整った顔立ちを見ておおっ!となっていた。
「………それで、速水と君たちが俺を呼んだってことは、サッカー部関連だろ?おおかた、入部してくれとかそういう感じかな」
的を射た冷泉の言葉にギクリと体を震わせる半田。速水は冷泉ならばそれにたどり着くだろうと思っていた為、特に驚くことは無かったようだ。
「ま、まぁ単刀直入に言えばそういう事なんだ。速水が、冷泉なら力になってくれるって紹介してくれたからさ」
「おれが?」
「お前、部活に入ってないだろ?だけど一年時のスポーツテストは学年でもトップクラスだったし、体育の時も常に成績よかったし。お前なら、半田のお眼鏡にかなうかなって思ったんだよ」
「おい速水、その言い方やめろよな!」
ジトッと視線を送る半田に向けてわりぃわりぃ、と笑いながら軽く謝る速水。そんな彼らに向けて、冷泉は頬を掻きながら申し訳なさそうに言う。
「………あーその、誘ってくれたのはありがたいし、そう言って貰えて嬉しいよ。ただごめん、俺は部活に入るつもりは無いんだ」
「………そっか。ごめんな冷泉、いきなりこんなこと言って。しかも朝早く呼び出したみたいだし………」
断った冷泉に向けて、何度もお願いするのではなく、こんな時間に呼び出していきなり言ったことを謝罪する半田。素直に謝罪出来る辺りに彼の気のいい性格が見え隠れしており、その点は冷泉も半田のことを気にいる要因となる。
「まぁでも困ってるんだろ?放課後とかはあんまり出れないけど、休み時間の勧誘は力貸すよ。昼休みでいいかな?」
「ほんとか!?いやぁ、助かるよ!」
入部は出来ないが、力を貸すと約束した冷泉。早速今日の昼休みから勧誘に参加すると言うと、それだけでも有難いと半田と大谷の顔が明るくなる。
「それじゃ、俺は教室行くよ。速水もまたな」
「おう。悪ぃな、いきなりこんな話して」
「別にいいって、友達だろ?じゃあな」
顔の前で手を縦にまっすぐし、片目を瞑って頭を軽く下げる速水に気にするな、と笑いかける。C組の教室から出た彼は、真っ直ぐ自分の教室へと足を運ぶ。
「………サッカー、か。やってみたいけど………そんな暇無いしな」
一人、そう呟きながら。
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ふんわり香る幼なじみ
「サッカー部でーす!!部員募集してまーす!!」
「やる気ある人大歓迎!!一緒にフットボールフロンティアの頂点、そして世界を目指しませんかー!!」
今日も今日とて勧誘を続ける半田と大谷。数ヶ月前の円堂と木野を彷彿とさせる彼らの姿は、もはや雷門中の日常となりつつある。
が、今日はそんな彼らに変化があった。具体的には、2人ほど人員が増えている。
「うーい、サッカー部!サッカー部いかがっすかー!!………おっ、高杉!!どうだサッカー部!!」
「あ?俺はいいわ。にしてもお前、マジでサッカー部になったのな。風丸の真似か?」
「真似ゆーなし。俺は自分で考えて決めたんだよ!!」
一人は先日陸上部からサッカー部に転部した速水。陸上選手としては風丸と並んで名が知れていた彼は、その気のいい性格も合わせて校内に友人は多い。目をつけては声を掛けていくが、芳しい結果は得られていないようだ。
「サッカー部、部員募集中!興味がある人は気軽にお声かけどうぞ!!」
そしてもう一人、勧誘をしているのは、落ち着きを感じる青髪をした鋭い目付きの男子生徒ーーー冷泉だ。サッカー部では無いにも関わらず、こうして律儀に勧誘に付き合ってくれている。
「あれ?冷泉先輩、サッカー部入ったの!?」
「いや、勧誘を手伝ってるだけだよ。どうだ、サッカー部」
「うーん、うちは運動はちょっとぉー……」
「そっか。無理に、とは言わない。よければ他の子達にも宣伝しておいてくれないか?」
後輩の女子から声を掛けられるが、にこやかに対応してサラッと宣伝も頼む冷泉。頼まれた女子生徒は「かしこまり〜!」といいながら冷泉に手を振って教室へと戻っていく。
「見ろ半田、後輩の女子から声かけられただけじゃなく楽しそうに会話しやがったぞ。アレが冷泉錐って男だ………」
「くっ、モテない男子学生の敵め……!!」
「おいなんだその言い方。半田は半田でそんな感じだったか…?」
冷泉の手馴れた対応を見て速水が半田の肩をぽん、と叩きながらそんなことを言う。半田も半田で目を固く瞑りながら拳を震わせており、そんなキャラだっけ?と冷泉は苦笑しながら首を傾げる。
「………あら〜〜?」
そんな時、不意に耳に入ってきた間延びした声。どこか朗らかな雰囲気すら感じるほどにぽやぽやとしたその声と共に、ふわりと漂ってくるのは、どこか安心するような香り。
半田たちが振り向けば、そこに居たのは一人の女子生徒。胸につけるリボンは緑色、つまり半田たち4人と同学年であることを表している。
髪の色は淡い黒、所々ぴょこんと跳ねており、後ろ髪をヘアゴムで一つにまとめ、左肩から前に流している。とろんと垂れた目は綺麗な桃色に輝いており、優しそうな雰囲気が伝わってくる。
そんな彼女は、物珍しそうに瞳を丸めながらゆったりと言葉を紡いだ。
「冷泉君じゃない〜!サッカー部、入ったの?」
「あぁ、椎名。いや、手伝っているだけで入部はしてないよ」
「あら〜…そうなの〜……冷泉君がやっと自分のやりたいこと見つけたのかと思ったのに〜……」
冷泉からそれを聞いた彼女は、しゅんとした表情になりながら残念そうに呟く。2人から漂う親しげな雰囲気に、冷泉の知り合いかなと思う半田と速水だったが、そこに割り込む人物の姿があった。
「紅絹乃ちゃ〜〜〜ん!!!」
「!つくしちゃん〜〜!!」
小走りで駆け寄った大谷を見て表情を明るくすると、キャー!と2人で笑い合いながら抱き合う。性格の明るい大谷だが、廊下で人と抱き合う事をするのは見たことが無い。それだけ、彼女と親しいのだろうか。
勧誘していた仲間のうち2人と仲良さそうにしている彼女に向けて、ぽかんとした表情を向ける半田達。そんな彼らの表情に気がついてか、大谷が半田達の前へ彼女を連れてくる。
「アハハ、ごめんごめん!2人は初めてだよね。こちら、料理研究部の副部長にして、私の友達!【
「はじめまして〜……サッカー部の半田君に、陸上部だった速水君よね〜。私、同じ学年で料理研究部の椎名です〜!つくしちゃんからお話聞いてるわ〜」
頬に手を当てながらぽやぽやと自己紹介をする彼女こと椎名。大谷よりも少し背の高い彼女は雰囲気も相まって、同学年というよりも一つ歳上にも見える。
「あぁ、今のサッカー部でキャプテンを務めさせてもらってる半田だ。よろしくな、椎名さん」
「同じくサッカー部、速水だ。まっ、元陸上部だけどな」
挨拶を受けた半田と速水も同じように自己紹介を返すと、椎名はニコニコと笑いながら軽く頭を下げる。半田からしたら始めてみる相手であるが、顔立ちの整った椎名から笑顔を見せられればなんだか悪い気はしない。彼は良くも悪くも平凡、女子に対する耐性はあまり無かったりする。
「……あぁそうだ。椎名、お前サッカー部に協力してくれないか?」
「へ?私がサッカー部に?」
そんな中で一人、冷泉のみ勧誘の看板を持ちながら椎名へと声を掛ける。唐突に勧誘された椎名はぽかんとした表情を浮かべており、半田たち3人は思わず冷泉の言葉に耳を疑った。
「え、でも冷泉君、紅絹乃ちゃんってそんなにスポーツ得意じゃないよ?それに、料理研究部の活動もあるだろうし………」
3人を代表して、一番椎名と親しい大谷がそう言う。
確かに椎名のスポーツの成績は高いとは言えず、精々が平均レベル。料理研究部に所属していることから、容易に彼女がインドア系であると想像出来る。
仮に彼女の方からサッカー部に入りたいと申し出てきたなら、半田たちは喜んで迎え入れる。初心者でスポーツが苦手であろうと、努力すれば必ず結果はついてくる。なのでスポーツ成績の良し悪しなどは大した問題にはならない。
しかし、それは相手側から申し出てきたなら、だ。別の部活に所属している彼女を無理やり引き込むのは憚られる上に、陸上部以外にも睨まれる結果を産むだろう。
それに何よりも、自分から望んでいない相手を、意思に関係なく引き込むのは雷門サッカー部として、彼らの代表としてここに残った者として。半田にとって、出来ることではなかった。
それ故に冷泉の提案を取り下げようとした時、冷泉は意外そうに聞き返してきた。
「いいのか?彼女、サッカー経験者だぞ?」
「______はあっ!?」
まさかの発言。サッカー経験者______もうこの雷門には存在しないと思っていた、その存在。
半田は統括チェアマンである轟から、この雷門に眠る可能性を探し出し、育てることを託されていた。故に彼は未経験者の中から協力してくれる人物を探し出そうとしていたが、まさか料理研究部に経験者がいるなんて思いもしなかった。
「ちょっ、し、椎名さん!!本当か!?」
「え、えぇ……一応、小学校の頃までやってて………」
「必殺技は!?」
「一つだけなら使えるけど……」
「使えんのかよ!?」
まさかの必殺技習得済みという事実に、思わず速水が声を上げる。詳しく聞けば、小学校時代に編み出したブロック技だと言う。
これを聞いた半田は、正直に、椎名に協力して欲しいと思った。
半田はMF。しかもバランス型だ。秀でたものが無い代わりに全体的にこなせる、その点を買われて雷門に残った人物。
しかし、逆に言えば彼がいれば安心!という分野が無いということでもある。
仮にここに残ったのが円堂なら、守護神としてチームを守り、同時にキャプテンとして引っ張っていけただろう。
豪炎寺ならば、その圧倒的な攻撃センスで得点を量産することも可能だ。
鬼道ならば優れた指導力で皆を纏め上げ、指示を出すことも出来ただろう。
しかし、半田はどれもこなせない。さらに言えば皆から指導に向いていると評価されていたとしても、彼自身はそんな自信は皆無だった。
「し、椎名さん!頼む、サッカー部に入ってくれないか!?」
だが、ここでブロック技を使える椎名が加入してくれれば事態は好転する。攻撃ももちろん大切だが、守りという物は一朝一夕でこなせるようになるものでは無い。しかし、一人でも経験者がいてくれれば守備陣の要として、守りを安定させる事が出来る。
それになによりも、オール初心者で育てなければならないと思っていたのだ。ここで指導者が増えるのは、半田にとってこの上なく有難かった。
「…………ん〜〜…………」
そんな彼からの誘いを受けた椎名は頬に手を当て、悩む素振りを見せる。当然だ、彼女からしたらインドアの料理研究部からいきなり全国大会優勝校のスポーツ部に誘われたのだから。しかも指導する事を含めて、だ。
「そうねぇ〜………こんな風に誘ってくれるのは嬉しいし、力は貸してあげたいし………つくしちゃんもいるし〜………」
急な誘いだったものの、椎名はなるべくなら力を貸したいとぼんやりと考え込む。仲の良い大谷もいるし、料理研究部の活動はなにも毎日行われている訳では無い。兼部しても問題は無いし、何より彼女は、まだ速水しかスカウト出来ていないサッカー部のことを見れば極力手伝いたい、と思えるような善人であった。
そんな椎名は、唐突にポンッと手を叩くと、笑いながら近くの人物______この勧誘の発端となった冷泉の肩を掴んだ。
「じゃあ、冷泉君も入部するなら入りますぅ〜!!」
「………はァっ!?」
突然そんなことを言われて、素っ頓狂な声を上げた冷泉。普段の落ち着いた立ち振る舞いからはあまり想像出来ないその様子に、去年からの付き合いの速水は珍しいものを見たように目を丸くした。
「おまっ、椎名!うちの事情知ってるだろ!?部活入る余裕なんか無いぞ!?」
「あら、確かに知ってるけど、私むしろおじ様から『うちの錐がワガママ言わなくなって…』って相談されたのよぉ?部活入った方が、おじ様安心すると思うけどぉ……」
「んな事言ったって………あぁもう分かった!分かったから力入れるな!」
冷泉が珍しくぞんざいな扱いを見せながら、椎名を払う。そして大きくため息をついてから、半田達の方を向いて頭を下げる。
「……悪い、変なとこ見せて。入部出来るか怪しいけど、とりあえず今日親父に聞いてみるよ」
「へっ!?あ、あぁいや!それはいいんだけどさ!」
ブンブンと手を振る半田、大谷。その隣で速水がニヤニヤと笑っており、そんな様子を見た冷泉がわけも分からず首を傾げた。
「な、なぁ冷泉。そのさ………」
そんな中で半田が恐る恐る、ゆっくりと冷泉へと尋ねる。
「………椎名さんと、どういう関係で?」
「……あぁ、その事か。幼なじみだよ、家がご近所で家族ぐるみで付き合いのある腐れ縁…みたいなもんだ」
「もぅ、小さい頃から一緒なのに腐れ縁は無いでしょう〜?ねぇ半田君、つくしちゃん、速水君、聞いて?冷泉君ってね、昔から他の子に優しかったんだけど、小さい子に自分のおやつあげて影でしょんぼりしてたりしてね……」
「へぇ〜、そんな事もあったんだな、お前」
「………頼む、マジでやめてくれ椎名。あーもう!!ほら、勧誘続けるぞ!!お前も手伝え椎名!!」
冷泉が無理やり話を切り、足早に勧誘へと向かってしまう。そんな冷泉を眺めながら速水と大谷は冷泉の幼い頃の話を面白そうに椎名に尋ねていたのだが、半田だけふと気になる事があった。
「……そういや椎名さん」
「呼び捨てで大丈夫よぉ」
「そっか。んじゃ椎名……冷泉の家の事情って?」
先程冷泉自身が口走った事。部活動に入らないことに関係があるのかと思い尋ねると、それを聞いた椎名はゆっくりと首を振った。
「……ゴメンなさい、流石に言えないわ。______ただ、冷泉君はスポーツとか大好きなの。だから、彼が何を言っても諦めずに誘ってくれないかしら?」
「……そっか。分かった、俺も冷泉とサッカーしたいし!あ、もちろん椎名ともな!」
「!………ふふっ、ありがとう、半田君」
微笑みかける椎名の様子に照れくさそうに笑いながら、半田は大谷達と共に勧誘を続けていった………。
なお、その日の収穫はゼロだった模様。
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