ようこそ実力至上主義の教室へ(仮) (黒月 士)
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プロローグ

 


 Q.復讐は罪か

 

 

 この問いは何十年、何百年、もしかしたら永遠に解けないのかもしれない。

 

 

 例えばある男、Aを殺害した犯人Bが居たとしよう。その動機は昔、弟を交通事故で無くし、犯人がAであった。Bは十年間復讐するために青春や人生をささげ、ようやくAを殺害することに成功した。

 

 

 ただBがAを殺したとだけ聞けば、間違いなく聞いた全員が『Bが悪い』と思うだろう。しかし、BとAの事情を聴くと主張を翻す人もいれば、悩む人もいるだろう。

 

 

 しかし、いくら事情があったとはいえ、人殺しは悪であるとして裁かなければならない。法が絶対的な力を持ち、法の下で民が平和に暮らすためには、平和を犯す不純な存在を消し去る必要がある。たとえ、不条理や理不尽だと罵られようとも。

 

 

 そのことは誰もが理解しているだろう。しかし、いざ自分が当事者となった時、たとえ頭で理解していようとも体が、意識が追い付かない。 

 

 

 そう、あの時も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜の花びらが空を舞い、ほのぼのとした気温を感じ、日本人のほとんどが春を感じるであろう4月の今日この頃。東京都を無数に走る舗装された道路の一本を疾走する乗合のバスがあった。バスの中は出社するのであろうOLやビジネスマンの姿がちらほら見えるが、ほとんどが同じ制服を身に纏った高校生、後部座席を独占し、かくゆう後部座席左側に座る俺も独占している集団の一員で、一番後ろから車内を見渡せるのだが、正直景色を見ているほうがましだと思う。

 

 

 ぼーっと窓を眺めながら桜が見えるのは反対の窓だったため座れなかったことを少々後悔していると、バスが停車し、ブザーと共に誰かが乗り込んできた。乗ってきたのはこれから商談でもあるのだろうかと思えるほど腕時計を何度も確認するスーツ姿の男と、腰が三十度以上折れ曲がっているであろう老婆だった。乗ってきた老婆に視線を移したのは全員が座っている中一人立っている学生の少女のみだった。

 

 

 乗ってきた老婆に皆一瞬は視線を移しただろうが、すぐに視線を外し、ある者は俺と同じく景色に、ある者は手元の携帯端末に、またある者は本に視線を移した。誰だってそうするだろう、いくら学校がもうすぐとはいえあの老婆に席を譲ろうとは思わない。席を譲ったところで誰かに褒められるわけでもなく、ただ空虚な自己満足をほんの一時、味わうだけだ。

 

 

「席を譲ってあげようと思わないの?」

 

 

 そんなOLが発した声がバス内に響く、正直驚いた。自分が席を譲るパターンではなく、優先座席に座っている男子高校生を注意するとは。だが相手が悪い、その男子高校生は老婆に対して一切の興味を抱いていないのは一目瞭然。たかが小さな正義感で注意するOLが太刀打ちできる相手だとは到底思えないし、結果なんて赤ん坊でもわかる。

 

 

「今から修羅場みたいだけど……どうするの?助ける?」

 

 

「まさか、あんなのを観察して脳細胞を消費するぐらいなら、円周率でも唱えたほうが百倍ましだ」

 

 

 隣に座っていた 寒桜 冬香の問いにばっさりと答える。彼女はこの学校に入る前からの知り合いだが、知り合いと呼ぶには関係性が……高校生にしては複雑すぎる。

 

 

「あ、あいかわらずばっさりいくね……」

 

 

「昨日さんざん俺を攻めた人間がよく言うな」

 

 

「あっ、もしかしてやってほしいの?」

 

 

 俺のほうが身長も座高も高いため自動的に彼女が上目遣いになるが、何年も見ればそろそろ慣れる。それより去年ごろから急激に成長した女性特有の装甲板のほうが少々気になるが、今は置いておこう。

 

 

「なわけあるか、第一公共の場でやってみろ。最悪犯罪だぞ」

 

 

「……だからいいんじゃないの?」

 

 

 

 だいぶと頭のネジが吹っ飛んでいる相棒にはぁ、っと一つため息をつくと後部座席のシートに横向きで寝転がる。

 

 

「好きにしろ、ただし横の三人に気取られるなよ。後、音は控えめで、な」

 

 

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

 

 

 俺の片方の耳が彼女の舌で死んでいくとともに俺は体と意識を切り離し、終わりの時を待った。この時、先ほど話した男子高校生とOLの戦いがさらなる局面を迎えていたとも知らずに。

 

 

 

 

 バスから降りると視界に飛び込んできたのは天然石を連結加工した門と、その門に寄りかかっている『入学式』と書かれた立て札だった。入学式の文字の形を見るにどうも印刷らしい、このような立て札はたいてい筆で書かれているものと思っていたが……

 

 

 ふと門に目を移すと先ほど同じバスに乗っていたであろう女子が、一人の見覚えのある男子を見下ろすように数段上から話しかけている。いや、話しかけているというより忠告のように一方的なものに感じるが、それはそれ。俺達は俺たちのペースで進めばいい。

 

 

「ふぃー、充填完了!」

 

 

「俺の耳をなめてエネルギーを充填するとか、お前はどういうエネルギーで動いているんだ?」

 

 

 素朴な疑問をぶつけながらかばんを肩にかける。彼女はかばんを肩にかけず両手で持っているが誰かに当たりそうで正直ひやひやしている。

 

 

「動くときのやる気になるエネルギーだから、光合成みたいに自分でエネルギーを作れるわけじゃないよ」

 

 

「むしろ、お前がそうだったら今頃俺が解剖してる」

 

 

「うわぁ、リアリティあること言わないでよ」

 

 

 水色の長い髪が朝日に照らされて、ただでさえ薄い水色の髪がさらに透ける。ほとんどの乗客を吐き出したバスがプシューっと気合を入れ直すようにドアを閉め、遠ざかっていく。バスがいつもより近い事を一瞬疑問に感じたがそういえばこの国は左側通行だったなと思い出す。もう門をくぐったのか、早く来いと手招きする彼女を追う。

 

 

 俺の名前は菊川 零 東京都高度育成高等学校、その校門をくぐった時、何か今までとは一線を画す雰囲気を感じ取った俺はどこかほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 



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EpisodeⅠ-Ⅰ坂柳 有栖

 早々に入学式を終えた俺達Aクラス一同は足早に教室を目指す。その中ではすでに自己紹介が始まりそれに感化されたのか冬香も女子生徒と話し始めている。そんな状況のなかかくいう俺は

 

 

「なあ零、女子が集団を好むのは何故だと思う?」

 

 

「男子よりも女子のほうが他者に対して共感してほしい感情が強い、要するに承認欲求が強いからじゃないか?」

 

 

 橋本 正義と何気ない会話をしていた。彼と話を何分かした結果わかったことだが、彼には漠然とした志がない。正確に言えば仲間を仲間と見ないということだ、人を自分にとって有益か無益か、そこだけを見ている。こんな人間ほど情に流されることなどがないため裏切られにくい。最も俺にそれだけの力があればの話だが。

 

 

 ようやく教室に着き、ドアを開いた先頭に続き雪崩のように人が教室に流れていく。自分の席はすでに把握していたため一直線に向かう。肩から掛けていた鞄を下ろし、どさりと席に着く。ふうっと一息つくと視線を移す。

 

 

「いやぁー席が隣でなにより、なにより」

 

 

「おまえ、なんか(・・・)してないよな、もしかして入学早々退学になる気でもあったのか?」

 

 

「ちーがーうーよー」

 

 

「わざわざ伸ばすな」

 

 

 机の上で両腕をバタバタさせる冬香に鞄でも投げてやろうかと考えたが、なんとか抑える。

 

 

「今回のはほんと偶然、むしろ機材もなんもないのにやれっていうほうが無茶だよ」

 

 

「まぁ、そうだな」

 

 

 俺がそう返すと会話に区切りがつき、それを待っていたのだろうか、数人の女子生徒が冬香に迫った。その中には先ほど話していた女子生徒もいる。大方今さっき知り合った友達を冬香に紹介しているのだろう。

 

 

 こんなことを言うのは野暮だが、冬香はそれなりに美人だ。人気が出るのも頷ける、橋本はなにやらスキンヘッドの生徒と話し込んでいるらしくこちらには目もくれない。一気に手持ち無沙汰になった俺は背もたれにもたれかかる。

 

 

「菊川 零さん、ですよね?」 

 

 

 話し声が打ちっぱなしのコンクリート壁に反響し、お世辞にも静かとは言えない教室。そんな中でその声ははっきり聞こえた。その声を発した少女が右隣の席に座っていたのもあるだろう、しかし、その声だけでわかる。こいつは……

 

 

「ああ、そうだけど…あんたは?」

 

 

「坂柳有栖です、以後宜しくお願いしますね?零さん」

 

 

 化け物だ。

 

 

 今の一言も他の生徒とは意味がまったく違う、これからなかよくしていこうなどという生易しい言葉じゃない。自分の配下か右腕になれと、そう彼女は言っているのだ。それも初対面の俺に。

 

 

 心臓を握られたかのような衝撃が走り、普段出てはいけない場所から冷ややかな汗が拭きだす。それでも表情を崩してはいけない。これは一種のテストだ、崩そうものなら俺は間違いなく配下、崩さなければ右腕、そもそも今の言葉の意図に気づかない者は友とすら見ない。驚いた、入学初日で16歳が持つ標準的な精神年齢を超えてくる人間に、それも二人も出会うことになるとは。

 

 

 先ほどの言葉からどれだけ経ったのだろうか、体感では何時間にも感じられたが大方二、三秒程度なのだろう。彼女からおもむろに手を差し伸べられる。これは、つまり…

 

 

「ああ……よろしく頼むよ」

 

 

 合格、というわけなのだろう。とりあえず一安心。

 

 

 

 俺は細く、小さな手を握る。どうやら俺はとんでもない学校、クラスに来てしまったのかもしれない。

 

 

「零くん、そうお呼びしても構いませんか?」

 

 

「ああ、こっちは…有栖でいいか?」

 

 

「はいっ。それと後で連絡先も交換して頂いてよろしいですか?」

 

 

 俺はその言葉に静かに頷く、なんとも機械的な会話だが成立したのが少しでもうれしかったのだろうか。やったと小さく笑って見せた。日本では珍しい銀色のショートヘアーが揺れ、その姿は西洋の人形のようだ。

 

 

 教室までの移動で見ていない理由はすぐにわかった、机の横に立てかけられている杖、その年で杖を使うということは生まれつきか、はたまた事故の後遺症などで足が弱いのだろう。

 

 

 その後、適当な会話をしていると、教室に担任であろう男が入ってきたことで会話は一旦お開きとなる。

 

 

 

 彼女がいる限り、俺の学校生活に退屈など訪れないだろう。



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EpisodeⅠ-Ⅱ 犯罪と犯罪

 入学してから一週間、この学校には室長などという役割(ロール)はないのだが必然的にクラスのリーダーというものが決まっていく。

 

 

 Dクラスでは平田というサッカー部の青年がいまだちぐはぐなクラスが分断されないように努力してる。Cクラスは龍園という少々暴力的な生徒がクラスを恐怖で支配し、Bクラスは一ノ瀬という生徒が一段上に立つだけのクラスに仕上げた。簡単に言えば団結が強く、外側からは壊しにくい、そんなクラス。

 

「で、今回言われてた指示はコンプリートだ。他クラスのリーダーの名前を調べ、クラスがどのような状況か入念に調べてきてくださいと言ってたが、有栖、それぐらい、自分でできるんじゃないのか?」

 

 

 入学から一週間、他の生徒がやれ部活動見学だ、やれ買い物だ、などと青春を謳歌している中俺はたった一人で諜報活動を行っていた。それを今有栖の部屋で報告しているのだが……正直その場に倒れたいほど疲れがたまっている。夕焼けが部屋に差し込み、その暖かな日差しに瞼が一気に重くなる。

 

 

「ふふ、連日の調査で零くんの体力に底が見え始めましたね」

 

 

「俺の体力限界を測る為でもあったんなら、相当悪質だぞ」

 

 

「もちろん、後々お願いすることもあるかもしれませんし、むしろそれぐらい、知っておくのが当然ですよ?」

 

 

 俺は一つ大きなため息を有栖に隠さずついた。これが何回もあるのか……正直退学してでも回避したいレベルだが、そうもいかない。さて、筋トレのメニュー内容、さらにきつくしないと……

 

 

「あ、でも今日からはお願い、真澄さんにもお願いするので少しはマシになると思いますよ?」

 

 

 真澄?と言ったら……確かクラスに神室 真澄という生徒が居たはず。所属していた部活は芸術だったはず。しかし、彼女は葛城のように表立って行動するような人間ではない。ではいったい、何故……?

 

 

 

 

 

「お疲れ~どうだった?有栖ちゃんへの報告は」

 

 

 俺の部屋に響いた声の主は、とても人の、それも異性の部屋でするにはあまりに薄着な姿でパソコンの液晶を眺めていた。

 

 

「なあ冬香、調べてほしいことがある」

 

 

「なぁに?」

 

 

 パソコンの横に注いだ緑茶が入ったグラスを置き、俺はベットに腰掛ける。

 

 

「今日の放課後からの有栖の行動が知りたい、それと神室 真澄との接点、どれくらいでできる?」

 

 

「そうだねぇ……見つけられたらすぐだけど、まぁそう時間はかからないよ」

 

 

「わかった」

 

 

 俺はそう返すと、台所に戻り冷蔵庫からさまざまな食材を並べる。

 

 

 まな板の上に皮をむいた玉ねぎを置き、包丁で切っていく。少々涙が出そうになるがこらえつつみじん切りにしていく。

 

 

 

「ほら、最初っから監視カメラをハックしててよかったでしょ?」

 

 

「忌々しいが、そうだな」

 

 

 油をフライパンに引き、中火で熱しながら俺は監視カメラをハックするなどという事態になった経緯を思い出していた。

 

 

 

 

 

 それはなんとも早い、入学式の後の話だった。俺と冬香は今とは逆、冬香の部屋に居た。服装などに差異はあるが最も違ったのは冬香の部屋のテーブルには何とも大きいパソコンがあったことだろう。

 

 

「じゃーん!最新式のパソコンに、外付けハードディスク!」

 

 

「…………なぁ、今の気持ちを正直に言っていいか?」

 

 

「うんうん、いいよ!」

 

 

 気が付いた時には俺の右手はニコニコとしている冬香の頭に突き刺さっていた。

 

 

「お前は馬鹿か!?俺たちの手元に10万円相当のポイントがあるにしても、次供給されたとき同じ額とは限らない!だから消費はできる限り抑えろとあれだけ言ったのに…………!」

 

 

 ビシビシと頭にチョップを叩きこむ。これにはさすがの冬香も痛かったのだろうか。両手で頭をかばうようにしている。

 

 

「まぁ、普通に使うんなら問題ない。いいか、絶対ハッキングなんてするなよ!」

 

 

 

「あ、もうしちゃった。学校中の監視カメラハックしちゃった」

 

 

 ピシっと何か走ってはいけない電気が俺の体内に走った。その電気を感じ取ったのだろうか。冬香が数歩後ずさりする。

 

 

「そうか、そうか。やってしまったことはしょうがないよなぁ……?」

 

 

「そ、そうそう!し、しょうがないよね!うん!それに、色々」

 

 

「ああ、そういえば」

 

 

 冬香の言葉を遮り、俺は彼女の両肩を掴み、ベットに押し倒す。

 

 

 

「朝のバスでの一件の借り、まだ返してもらってないよなぁ?」

 

 

「あ……」

 

 

 冬香の顔色がみるみる悪くなっていく、カメレオンでもここまで一気に変化することはないだろう。俺はポキポキと指を鳴らしながら笑みを浮かべる。

 

 

「さぁて、今度はこっちが攻める番だ。準備なんてとーぜんできてるよな?」

 

 

「えっと…後24時間ぐらい待ってくれたらできる、かも?」

 

 

「へぇ…つまり、今なら準備もできてないから攻めたい放題ってわけか」

 

 

「あ……」

 

 

「こっからは俺のターンだ、覚悟しろよ?」

 

 

 

 数時間後、すねた冬香を尻目に俺は一人晩御飯を作っていた。そう、今と同じように。

 

 

 

 

 

 

「居たぁ!」

 

 

 冬香の声で意識が現実に帰還した俺は、今の状況を確認する。手には形が整えられた楕円形のひき肉の塊、どうやらハンバーグを作っていた最中らしく、手のひらから手のひらへ移動を繰り返している。

 

 

「何処だ?」

 

 

「今日の放課後、コンビニ前の監視カメラに写ってる!ん?二人で何か話してる…?」

 

 

「見せてくれ」

 

 

 ハンバーグを二つ、中火で熱せられたプライパンに置く。肉が熱せられる匂いが台所中に充満し始める。ひき肉が付いた手を洗い、タオルで拭きながら冬香の元に向かう。

 

 

「読める?」

 

 

「いや、有栖は器用に神室の背中に隠れてる、これじゃ読唇術は使えないな……ん?」

 

 

 映像の中ではどうやら神室と有栖話し合っているというより、有栖が問い詰めているような空気に感じられる。すると神室が何かを有栖に突き出す。

 

 

「突き出してる物、拡大できるか?」

 

 

「ちょっと待ってね……」

 

 

 拡大された神室の手に握られていたのは細さからして銀色の缶の飲料、買ったものだろうか、にしては……

 

 

「見覚えがない、な。冬香、この店で売られてる缶の飲料をリストアップしてくれ」

 

 

「りょーかい!」

 

 

 彼女がリストアップをするなか俺はフライパンに置かれた二つのハンバーグをひっくり返し、蓋をする。タイマーを八分に設定し、冬香の元に戻る。

 

 

「できたか?」

 

 

「多分だけど……これじゃないかな?」

 

 

 液晶に映し出されたのは、かの翼を授けるで有名なあの飲料だった。しかし、腑に落ちない部分がある。

 

 

「この青い部分、カメラに写ってない。となるとこいつじゃないが……他にないのか?」

 

 

「うーん、飲料だとこれしかないよ。コンビニに来るまでの神室さんがどこにもよってないから間違いなくコンビニで買ってるはずだよ」

 

 

「…なぁこの店に売ってる銀色の缶の飲料、全部出してくれ」

 

 

 液晶で映し出された缶は二本、先ほどの飲料と……

 

 

「こっちなのかなぁ……にしてもこれって…」

 

 

 

「ああ、ビールだな。それもプレミアムの」

 

 

 映し出されたビールの缶と先ほどの神室が握っていたものを見比べる。同じ物、と言っても過言ではないほど似ている。だが問題がある。俺達高校生はもちろん成人していない為アルコール類を購入することは不可能。だが神室は現にこうしてビールを手にしている。それはつまりレジを通さなかったということ。つまり…

 

 

「万引き、か。それも快楽系の」

 

 

「なるほどね~で、それがバレて有栖ちゃんの手下になったってことかな」

 

 

 手下、俺も一手間違えていたら同じ道だったのだろう。万引きという犯罪をハッキングという犯罪で暴く、なんとも皮肉なことだ。その時、設定していたアラームが響き俺は台所へと向かう。

 

 

「今のところ、有栖に属する人間は俺、冬香、橋本、そんで神室。神室のほうがランクは下と見ていいだろう、他クラスの状況は?」

 

 

「今のところ変わりないけど……Dクラスの赤髪の人、確か……須藤だったかな?彼が所々で暴力沙汰を起こしてるみたい、まぁ事件一歩手前だけど、その内事件に発展しそうだね」

 

 

「そうか……了解した、とりあえず喰うぞ」

 

 

 作ったソースをハンバーグにかけ、皿に盛られたハンバーグをテーブルまで運ぶ。冬香はパソコンを地べたに置き、後から運んできたコップや箸、白ご飯を並べる。俺も床に座り、二人とも手を合わせ、誰に対して言うように決められたのか分からない言葉をお互いに向けて言い放つ。

 

 

「「いただきます!」」

 

 

 

 

 



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EpisodeⅠ-Ⅲ 生徒会

 「生徒会?」

 

 

 神室の犯罪を知ってから少し経ち、もうじき5月がやってくる4月の末。隣の部屋から響く低レベルの歌唱力と共にやってくる曲という名の爆音兵器に鼓膜を少々痛めつつ、俺は、いや俺たちはカラオケの一室に集っていた。

 

 

「ああ、どうやら葛城は立候補する腹らしい」

 

 

 横長のソファに肘を置き、橋本はそう言った。

 

 

 生徒会と言えばうわさで聞いたが、部活動紹介の時に威圧してきたことで有名らしい生徒会長を筆頭とした組織。生徒に10万も与える学校なら生徒会が持つ力も普通ではないように思えるが……

 

 

「冬香、生徒会で空いてる役職は?」

 

 

「えっとね……確か書記と副会長ぐらいじゃないかなぁ…?一年が副会長になれるとは到底思えないし、書記を一年で取り合う形になりそう」

 

 

「それと坂柳、あんたの指示で調べてきたけど、今の生徒会長は正直言って別格よ」

 

 

「別格、ですか?」

 

 

 神室は烏龍茶を一杯あおり、言葉を続ける。

 

 

「なんでも一年で書記を務めて、そのあと圧倒的支持をもって生徒会長に就任。クラスはずっとAクラスのままらしいわ」

 

 

「はえぇ、ずっとAクラス……上級生からクラスポイントでクラスが変動する話聞いた後だとすごい話だね。でもずっとAクラスだとそれに対するプライドも高いだろうし、Aクラス以外の人が入るのは難しいんじゃないかなぁ…」

 

 

「なるほど……つまり、このままだと葛城が生徒会入りする可能性が高いってわけか」

 

 

「だが、それじゃあ困る。もし、葛城が生徒会しようものなら葛城派の勢いは一気に加速する。俺達は劣勢になってそのまま吸収されちまう。どうする、有栖」

 

 

 俺たち四人は司令塔の有栖に支持を乞う。有栖は目をつぶったまま動かない、支持を乞うてからおよそ30秒後、まるで菩提樹の下で悟りを得た釈迦のように目をゆっくりと開いた。

 

 

「零君、生徒会に立候補してください、正義さんはそのサポートを。真澄さんは他クラスで生徒会に立候補した者が居ないか、冬香さんは生徒会メンバーの周辺調査を」

 

 

「了解」「零、自信もっていけよ?」「はいはい、やればいいんでしょ」「うん!頑張るね!」

 

 

 四名は了承や応援、愚痴を叩きながら部屋を後にする。全員が後にした一室に残った有栖は紅茶を一口口に運ぶ。

 

 

「ここが正念場、葛城君が生徒会入りせず零君が入ることができれば我々は圧倒的優位に立てる。まぁ、たとえ零君が入れなかろうと、野心が薄い葛城君に入れるとは思いませんが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月最後の休みの土曜日、俺は一人生徒会長と面談していた。生徒会の傍に立っている女子生徒はどうやら現在書記の橘先輩らしい、クラスはもちろんA。

 

 

「1年A組 菊川 零か」

 

 

「はい」

 

 

 生徒会長から発せられる冷めきった声、なるほどこの声を発するならあの時に威圧することも可能だろう。

 

 

「先生からお前の資料をもらった。基本的能力は秀でたものはないがどれも平均を上回っている。それにどうやらこの学校のシステムを学校側から発表される前に知ったようだな」

 

 

「さて、なんのことやら」

 

 

「悪いが、Aクラスの寒桜 冬香という生徒に聞かれたと三年から報告があってな。だが、聞かれ、話した生徒は口が堅いことで有名でな、普段なら口を割らないやつが口を割った理由を聞いてみた。すると、そいつが二股していた証拠を突き付けられて仕方なく話したらしい」

 

 

「冬香が脅した、と?それで同じクラスの俺が生徒会入りすることは認められないと?」

 

 

「俺はこのことでお前を糾弾するつもりはない、むしろ素質がある。この学校で生きていくな」

 

 

 脅しが素質とか……なんだ?この学校はマフィア養成学校だったのか?そう思うと頭が痛い。確かに社会で生き抜くためには必要だろうが……

 

 

「とはいえ、さすがに素質があるからと言うだけの理由で副会長の椅子は渡すことはできない」

 

 

「ふ、副会長?確か書記があったはずじゃあ…」

 

 

「書記はつい昨日、副会長の南雲の一推しで一年が入った。確かBクラスの生徒だったな」

 

 

 おいおいなんてタイミングの悪さだよ。しかも南雲といえば二年をほぼ掌握していることで有名な南雲 雅。生徒会長が許してもそいつが許すかどうか

 

 

「そこでだ、俺から一つ提案がある」

 

 

「提案?」

 

 

「入れ」

 

 

 その一言を待っていたかのように先ほど俺が通ったドアの扉が開かれ、入ってきたのは見覚えがあり、特徴的な頭部。

 

 

「む、菊川、なぜここにいる?」

 

 

「葛城……どういうことですか、堀北 学生徒会長?」

 

 

「次の試験後のクラスポイントが1000ポイント以上の場合菊川、1000ポイント未満なら葛城が生徒副会長の座につく。たったそれだけだ」

 

 

 生徒会長から発せられた言葉の意味は実に単純。クラス内でつぶし合えというものだった。いや、クラスポイントという未知の単語からそう予想しただけだが大方合ってはいるのだろう。

 

 

 

 

 

 

「なるほど……それは難しいですね…」

 

 

 生徒会長の一言の後、俺は帰路についていた。その横を歩く有栖は珍しく困った顔をしている。まあ無理もない、なにせ今クラスを指揮しているのは葛城であり俺たち側の人間の数はたかが知れてる。では、葛城の勝利が揺るがないのかと言われたらそうではない。

 

 誰だってポイント言う名の金は欲しいに決まっている。葛城側につくということは自分で自分の首を絞めるのと同義。俺達にだって何とか勝機は見える。

 

 クラスポイントと銘打っている以上それがクラスに供給されるPポイントの決定に関わっているのは明白、となればそれを下げようとする葛城とそれを上げようとする俺たちに対する課題が見えてきた。いや、見させられたとでもいうべきか。

 葛城は自身の野心のためにクラスを巻き込み、損をさせる覚悟があるのか。

 

 俺達はクラス内の人間を引き寄せるだけのカリスマがあるのか。

 

 クラス内の人間はどちらにつくかによって今後の立ち回りが大きく変化する。

 

 

 4月も後5日、俺達Aクラスは入学して一月足らずで大きな変革と選択を生徒会という名の権力に強いられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 零と葛城が去った生徒会室には生徒会長と書記の橘、そして生徒会長が腰掛ける横に座るもう一人の生徒の姿があった。

 

 

「いやぁ~どうなることやら、堀北先輩はどっちが勝つと思いますか?」

 

 

「南雲、今回の案はお前が出したものだったが、俺は正直納得できん。クラスは結託するものであってつぶし合うものではないはずだ」

 

 

「嫌だなぁ、俺もそんなことは重々理解してますよ。というかむしろこれは俺なりの思いやりなんです、今のAクラスにはリーダーが二人いる。そんな状況じゃ結託も何もない、だからリーダーを決める機会を与えたまでですよ」

 

 

「機会、か」

 

 その一言は生徒会室に漂う闘争を願う空気に押されて潰れていった。



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EpisodeⅠーⅣ 思わぬ課題と出会い

 生徒会入りを目指す為ひいてはAクラスでの実権を握る為、俺たち坂柳派は奮闘していた。

 

 落ち着いた雰囲気ではあるが、確かな野心を持つ的場。葛城の方針が気に食わなかったらしい鬼頭。

 

 Dクラスに在籍する櫛田ほどではないが、2、3年に確かに情報網を持つ司城

 

 少しずつではあるが確かに、そして後々Aクラスにおいて重要になってくる人間を厳選して、順番に気をつけながら引き入れていく。

 

 俺と有栖は連夜電話越しに日を跨ぐまで会議を続けた成果もあってか、徐々にではあるが坂柳派とはっきり呼べるような派閥が出来上がって行った。

 

 

 そんな最中行われた小テストごときに気を向けるほどの余裕はなかった。しかし、そこはAクラス、誰も彼もが平均以上の点数を叩き出す。

 

 

 足が不自由な有栖もここぞとばかりに上位陣に食い込み、葛城の点数をどれも上回った。俺も彼女ほどではないが高得点をとり、生徒会入りに向けてアピールをしようとした。

 

 そう、まさか思わぬ課題が残っているとは知らずに。

 

 

 

 

「よ、40点!?」

 

 

 いつも冷めた態度をとる神室にしては珍しく裏返った声を上げた。羞恥心からだろうか、すぐに口を押さえるがここはいつものカラオケルームの一室ではなく俺の部屋、もちろん防音加工などされているわけもなく、今頃隣人は鼓膜を響いた声の奇妙さと発せられた点数の異常さの二重の意味で困惑することになるだろう。最も俺が帰宅してからというもの隣室からは物音一つしなかった為その心配は杞憂に終わりそうだが。

 

 

 無理もない、なにせ冬香がAクラスにしては規格外の低得点を叩き出したからだ。彼女を古くから知る俺からすればまぁそうなるだろうな、と薄々思っていたがまさか本当にこのような低得点をとるとは思っていなかった。

 

「あ、あはは…」

 

 

 このAクラスに在籍した生徒の中では歴代ワースト10には軽々入りそうな点数を叩き出した当の本人は苦笑いを浮かべ元々部屋に常備されていたグラスとは別の、前に5人で買いに行ったグラスに並々と注がれた緑茶を一気に飲み干す。

 

 ちなみにこの部屋に集まってから、冬香一人で軽く1Lは飲んでいる、人間は緊張時、水分を欲することはよく聞くがここまで典型的な例は一周回って稀ではないだろうか。

 

「取った点数については仕方ないものです」

 

 飲み干した紅茶が入っていたカップを物音一つ立てず皿の上に戻すと有栖はそう一言述べる。もちろん一杯目だ。

 

 ちなみにこの紅茶は彼女自身が入れたもので、なんなら次来た時に入れられるようにときっちり教えられた。俺は英国の作法に興味ないんだが?

 

「でもよ、冬香ちゃんの得点は葛城たちにとっていいカードになっちまうんじゃないか?」

 

 

「いいえ、その心配は無用でしょう。葛城くんの派閥に属する戸塚 弥彦くんをご存じですか?彼の点数も実のところ冬香さんとそう大差ないものです、そんな方々が葛城くんの派閥に属している以上、彼らが冬香さんの点数を攻めてくるとしても、我々に与えられるダメージとは比べられないほどの大きなリスクがあります。それに」

 

 

「第一、葛城は俺たちだけが持っている傷を攻めてくる。その傷を持っている俺たち以外の奴がAクラスに在籍しているなら攻められない。それが葛城の流儀であり、強みであり、弱点だ」

 

 

「ほうほう、なるほどね…」

 

 

 なるほどなるほど、とあたかも納得したかのようなそぶりを見せる正義だが、正義ともあろうやつがこんなことに気づかないわけがない。大方俺たち二人を試したのと神室と冬香にその事実を伝えるためだろう。まったく、食えない男だ。

 

 

「ですが、小テストの結果とはいえこれが中間テストに響く可能性があります。零君、彼女の学力面のサポートをお願いします」

 

 俺はわざとらしくため息をつき、冬香の反応を待った。冬香は先程からになったばかりのグラスにまた注がれた緑茶をまるで砂漠でオアシスでも見つけたかのような勢いで飲み干した。

 

 

 

 

 その翌日、図書室にて彼女の答案をもとに参考書や教科書などから適当に抜粋した問題を解かせていた。

 

「じ、実数って何……?」

 

「有理数と無理数のことだ」

 

「じゃ、じゃあその「有理数は分数で表せる数、逆に無理数は分数で表せない数のことだ」あ、……はい」

 

 がくりと肩を落としながら冬香はぼそぼそと思考をまとめるためだろうか、はたまた俺に対しての恨み節だろうか、呟きながらペンを動かす。

 

 このペースじゃすぐには終わりそうにないな。そう判断した俺は家から持ってきた本を閉じ、図書館の中を歩く。

 

 図書館の本は綺麗だ。それは司書の方や利用者が丁寧に扱っているからという嬉しい理由とそもそも使用者が少ないという悲しい理由を抱えた本たちに目をやる。

 

 どれも読まれることを、棚から引き出されるのを待っているのだろうか。あまり読まれていないにもかかわらず埃が積もっていない本棚。だが今まで止まることなく動いていた目線はどこか違和感を感じ取った。

 

 違和感の正体はすぐにわかった。本の順番が数字通りに並んでいない、幸い五巻と七巻を入れ替えるだけで良かったが、まさか本が一人でに動くわけもなく、この本が置かれていた一列を弄った人間がいるということは明白。

 

 だがこの図書室にはほとんど人の気配らしきものはない。

 

 

「仕方ない…」

 

 

 そう呟き、俺は江戸川 乱歩が書いた有名小説 怪人二十面相を手に取る。たかが推理小説だの知名度が高いからと言ってこの小説を舐めてはいけない。

 

 一瞬冬香のもとに戻って読もうかと思ったが、あそこに帰れば憂さ晴らしついでに質問を馬鹿みたいにぶつけられるだろう。それはごめん被りたい、かと言ってこのまま帰れば冬香が拗ねてとてもめんどくさいことになる。

 

 何処かいい場所はないものかと、吹き抜けとなっている二階を見上げた時、夕日が窓から差し込み、その光がうまいこと席に当たっているではないか。

 

 間違いなくこの図書館を設計し、配置した匠はこうなることを予測していたのだろう。その匠もまさかここまで人が来ないものとは思っていなかったかもしれないが。

 

 二階に上がり、目的の席を見つけるのと同時に俺は一人の少女も発見していた。読みましたと言わんばかり位に積まれた本たち、そして今読んでいると語りかけてくるように少女の膝の上に開いたまま鎮座する小説。その小説を膝に置きながらすやすやと穏やかな寝息を立てている少女は間違いなく同学年、というより、俺は彼女を知っている。

 

 椎名ひより、Cクラス所属にして中心核に関わる人物。Aクラス内でも彼女と交流がある人物はほとんどおらず司城に聞いたところ彼女が人と絡んでいる姿はほとんど見たことがないと語っていた。今回の一件と同時進行で他クラスともコンタクトをとっておきたかったのだがこれは暁光。

 

 ちらりと積まれた本たちに目をやるとどれもマニアックな本、それも外国人が著者の物がほとんどだ。これは俺の知識が少しは生きるやもしれない。

 

 一階に視線を移すと、下ではうーうー言いながら問題にかじりつく冬香の姿とその様子を見にきたのだろうか数人の友人の姿が見える。

 

 

「下に降りなくてもいいんですか?」

 

 

「学問は本人のやる気によって結果が左右される、頑張っていたし、ここいらで休憩でもいいだろ」

 

 

 そう返すと俺は先ほどまで寝ていた、いや寝ていたフリをしていた椎名に視線を戻す。俺と冬香の関係性を知っているという事と俺は彼女を肉眼で捉えることが今回が初という事、そして勉強していたスペースから図書室の一つしかない出入り口が見える事から、俺たちがこの図書室に来る前からここにいた事は確定する。

 

 

「俺たちの監視、か?」

 

「いえ、ただ本を読んでいただけです」

 

 答えはなんともあっさりとしたものだった。第一印象の文学少女はどうやら的を得ていたようだが無駄に気を張った。

 

 もちろんこれが嘘だという可能性もあるが、根拠が薄いと言われれば何も言い返せないが彼女はそんな小さな嘘をつく人間には思えないのだ。いつも理屈を並べる人間世界代表にも選ばれそうな俺が第六巻的な発言をする事自体おかしな話だが今回はそれに従うべきだと、なぜかそう思えた。

 

「いつもここにいるのか?」「ええ、普段はいつも」「一人で?」「はい、共通の趣味を持った人というのがあまりいないもので…」

 

「俺も本は読むけど…やっぱり紙じゃないと読む気にならないんだ」「奇遇ですね!私もなんです!」「紙をめくるときのあのなんとも言えない感覚というか」「ええ!それがそれこそ紙媒体書籍の存在理由のような気がするんです!」

 

 

 話は弾んだ、予想の斜め八十五度程に。途中からは素同士語り合った。そこにクラスの壁はない。そう実感しているとき下の階からなんとも言えぬ雰囲気を視線に乗せてきている冬香に気付く事なく。



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EpisodeⅠ-Ⅴ AクラスとDクラス

ひよりと知り合い、そのままの勢いで連絡先を交換した翌日、登校すると一年全体では困惑した、とても明るいとは言えない空気が漂っていた。

 

 

「そうか、今日は月初めだったな…」

 

 

 日々のブラック企業にも引けを取らない激務の影響で体は完全に曜日感覚を失っていた。携帯を確認してみると、今月分94000円が振り込まれていたが、この額は入学初日に振り込まれていた10万には少し及ばない。

 

 これでクラス全員がポイントは減額されるもの、最悪0もあり得る事を理解したはずだ。

 

 こちら側に着いた生徒には事前にポイント消費を控える事を伝えておいた、ここからの数日で所持ポイントが極端に低い生徒は所持ポイントの高い生徒に縋り付くだろう。人とは他人から頼られることに個人差は生じるが幸福感を覚える。そしてその幸福感を覚える原因を作ったのは俺たち坂柳派だ。

 

 そのうち葛城派には見抜けていなかった事を俺たちが見抜いた事をクラス全員が知るだろう。

 

 まずは一勝、机の下で小さくガッツポーズを作った俺はそのままの勢いでHRを受けた。担任の真嶋先生の手によって貼り出された二枚のポスターの内容は概ね予想通りのものだった。片方は前のテストの結果だ、ぶっちぎりで相方が最低点数をとっている事には目を瞑ろう。今後に期待だ。いや、期待したい。

 

 そしてもう片方にして大本命のポスターに載っていたのは、クラス単位での成績表とでもいうべきか。上から順番にA,B,C,Dと並び、その配列に対応するかのように数字は小さくなっていく。

 

 Dクラスに至ってはゼロだが、俺たちAクラスのポイントが940である事と、今さっき受け取った94000ポイントが対応しているのを見るにこれがクラスポイント、あの生徒会長が俺か、葛城か、どちらを選ぶかの判断基準。現在のポイントが940である以上このままいけば葛城の勝利は明確。俺たちはこの一月の間に60、6000円相当のポイントを失っている。それは何故か。

 

 ちらりと前回、そして今回前代未聞、二冠王達成とでも言いながら王冠でも被せてやりたい点数を叩き出した相方を見やる。すぐに視線を逸らし、貼り出された厚紙のポスターに印刷された数字をぶつぶつ呟いているあたり現実逃避の素因数分解でもやっているのだろうか?まあ正直どうでもいいが。

 

 とにかく学校における生活で点数を落としそうな行為が重なった結果と言えよう。だがそうなれば、そうであるなら

 

「Dクラスはどんな生活を送っていたんだ……?」

 

 なにせゼロ、ゼロなのだ。この制度にマイナスの領域がないことを幸いというべきか、同じ学校でこうも差を見せつけられてはこの先が思いやられる。

 

 だが、それは逆にチャンスと見るべきではないだろうか。Dクラスに聞き込みをすれば彼らがどのようにしてクラスポイントを下げたかわかる。それに該当する行動をAクラスの生徒が行っているのであればそれが原因。逆に彼らがやっていないのであればその行動による減点の可能性は限りなく小さいと言えよう。

 

「となると、Dクラスと接触するべきだが…はてさてどうしたものか」

 

 

 と、呟いた時俺は俺は愚かにもあいつのことを忘れていた。このAクラスきっての人脈の広さを持つ彼を。

 

 

 

 

 

「櫛田、か?ああ、連絡先なら持ってるけど」

 

 

 HRと1時限の間、俺は司城に会合のセッテングを頼んでいた。今頃0ポイントであったDクラスの荒れようは想像できようもないが、それはそれ。奴らも差があるとは言え、同じ人間。放課後にもなれば落ち着いているだろう。

 

 

「司城、そいつと会えないか?願うことならDクラスの中心人物がもう数人いてくれるとありがたいんだが」

 

 

 いくら学年1の人脈を持つ櫛田といえどクラス内では一つの視点に他ならない。より多くの情報が欲しい今、人数は多いに越したことはない。

 

 

「ふーむ…他の中心人物といえばリーダーの平田にその彼女にして女子カーストのトップ、軽井沢」

 

 

 女子というものは入学一ヶ月程度でカーストなるものを作り上げてしまうものなのか。女性だけの国家ができようものなら、そこでの封建制度は鎌倉時代に匹敵するのだろうか。少々気にはなるが後にしよう。

 

 他にはいないか、と問いかけると司城はにやりと笑い、ある人物の名前を出した。

 

 堀北 鈴音。苗字の時点で予想はついていたがあの生徒会長の妹らしい。にしても、兄と妹でこうも違うものか。異母兄弟ではないかと勘ぐってしまうほどだ

 

 

「それで頼む。会合場所は…パレットでいいだろ」

 

 

「パレットか、あいつらにパレットで物買うほどの金が残ってりゃいいけどな」

 

 

「その時は奢ってやるだけだ、恩は売れる時に売っておくものだぞ?」

 

 

「はっ!Dクラスに返せるほどの力があるとは思えないけどな!」

 

 

 司城はそう吐き捨てるのと、一限のチャイムが鳴り響くのは同時だった。

 

 クラス分けの基準が学力ではない以上、Dクラスという岩石の中にダイヤモンドが隠れている可能性は否定できない。最もそれをダイヤモンドと知らずにDクラスは砕いてしまうのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 放課後、パレットにてDクラスを待っている俺、司城、真澄は各々が注文した飲み物を口に運んでいた。

 

 パレットは連日人でごった返し、俺達も自室やカラオケほどではないが利用している。そして利用しているからこそわかる、昨日までとは聞こえてくる話題が大きく異なることに。

 

 あちらこちらからため息や焦り声、頭を抱えてテーブルに肘をつく生徒も珍しくない。それを見つめる上級生から、あいつらも経験したんだな、といういかにも先輩らしい雰囲気が漂っている。

 

 

「Dクラス遅いわね」

 

 

 そう言いながら真澄はまたココアを煽るがそれが最後の一口だったのだろう、いつも不機嫌そうな彼女の顔がさらに険しくなった。

 

 

「あいつら、自分たちの立場わかってるのか…!?」

 

 

 だんだんとパレットの床を踏みつける強さが強くなっていく司城の表情には怒りが現れ始めていた。こういう状況をいつもなら冬香がなだめるか、有栖がばっさり切り捨てるのだが両者ともいない。

 

 そもそもなぜこの不思議な三人なのか、一言で言うなら押し付けられたのだ。

 

 有栖はDクラスに(正確に言えば今回来る四人にらしいが)興味がないらしく満面の笑みで断られた。冬香はどうやら今の時期生理らしく、昨日ごろから少々余裕がなかった。そして今朝の点数が思ったより刺さったのか有栖とは反対の青ざめた表情を浮かべていたため欠席させた。ちなみに正義は逃げた。

 

 その時、パレットの開けっ放しにされたドアから数人が飛び込んできた。パレット中を見渡すと司城を見つけたのだろう、一名の女子を先頭に男子一人と女子二人がこちらに来た。

 

 

「ごめん司城君!」

 

 

 開口一番そう謝る女子の額には数滴の汗が残っていた、さらには激しく息を切らしている辺りここまで走ってきたのは明白。

 

 

「い、いや大丈夫だ桔梗。俺達もさっき来たばっかだし」

 

 

 嘘つけ!と俺と真澄が司城に視線を送るが、気づいていないのだろう彼の視線は桔梗に注がれていた。学年で一の人脈を誇る櫛田桔梗と名高い彼女だが容姿や雰囲気、さらにはその姿勢からも彼女の人脈が広いことには納得がいく。

 

 

「ええと、こっちが菊川 零。んでそっちが神室 真澄だ」

 

 

 司城の簡単なパスを真澄は会釈一つで片づける。まあこいつが人付き合いを重要視するわけないのは理解していたが…司城も少々舞い上がっているようだし、ここは俺が取り仕切らないといけないか……

 

 

「菊川だ。まずはこの月初めの忙しい時期にも関わらず急な俺たちのわががまを聞いてくれてありがとう、礼を言う」

 

 

「ううん、困ったときはお互い様だよ!」

 

 

 そう屈託ない笑顔を櫛田が向けている間に四人は席についていた。

 

 

「ええと、平田 洋介であってるか?」

 

 

 俺は唯一の男子にそう問いかける、彼はそう頷くと手を差し伸べてきた。これにはもちろん応じる、握手を交わしたとき入学初日に有栖と交わした握手を思い出すが、意識の外に放り投げる。

 

 AクラスとDクラス、最上位と最下位がこうして一つのテーブルを囲んでいるのを生徒会長が見たら泡を吹くだろうか。あの人は学年の生徒を尊重しこそすれこうして友情を育むほど余裕があるとは思えない。

 

 

「で、Aクラスのあなたたちが私たちを呼び出したのは何故?返答次第では私は帰らせてもらうけど」

 

 

「そーそー、なんでAクラスのあんたたちが私たちを呼び出すのかマジ分かんない。何、嫌味?」

 

 

 片方の、容姿からはやはり兄妹というべきか、生徒会長と似た顔たちをしている堀北の発言を皮切りに最後の女子、Dクラスカーストトップの軽井沢も愚痴をこぼす。軽井沢は、女子のカーストトップの見本とでも言って辞書にでも掲載できるほど、典型的な女子だ。

 

「そっちがその気なら私もう帰るけど」

 

 真澄がガタッと席を立とうとするが、俺はその腕を掴む。たちまち真澄から不機嫌丸出しの視線が注がれるが、それを司城のように無視すると俺は四人に向き直る。

 

 

「別に俺たちは嫌味を言いに来たわけでも、ましてやこうしてクラス間の溝を広げに来たわけじゃあない。俺達が聞きたいのはDクラスはどのようにして0ポイントになったか。それを知りたいだけだ」

 

 

「知ってどうするの?」

 

 

「簡単だ。Dクラスがした行為と俺たちが思いつく限り行った行為を比べ、合致した行為が減点対象であったと判断し、その行為を禁止し、来月のポイントを増やすために活かす。ただそれだけだ」

 

 

「それ、自分たちはポイントがあるからできることでしょ?しかもそれを0ポイントの私たちに聞くとか、やっぱ嫌味じゃん!」

 

 

「嫌味じゃない、Dクラスが最も減点対象となる行為を行ったから聞いているだけだ」

 

 

「それを嫌味って言うのよ、菊川君。それじゃあ私は行くから」

 

 

「洋介君、こんなやつらほっといて行こ!」

 

 

 堀北が平然とパレットを去り、それに続こうとする軽井沢はぐいぐいと彼氏である平田の袖を引っ張るが、彼が後で合流すると言うと、彼女は鞄から携帯を取り出し、パレットに通いなれているのだろう、一切前を見ず自動車の自動運転さながら、さらさらっと人混みを通り抜け、パレットを去った。ふと先ほどまで掴んでいた真澄の腕はすでに俺の手になく、どこかに行ってしまったらしい。

 

 開始早々お互いに人数が減ったが、その後は早かった。邪魔者がいなくなったと有栖なら言うだろうが、事実そうなのだ。そして、

 

 

「どうだ菊川、絞れたか?」

 

 

「ああ、それなりには、な。わかっていたことではあるが、ポイントがテストの点数に大きく左右される。それと授業外、放課後や休日の身の振り方。そこも小規模ではあるが採点対象とみてほぼ間違いないだろう」

 

 

 放課後となれば確か、前にAクラスに喧嘩をうってきたCクラスの石崎に一撃かましたとは聞いてる。それによる減点は鬼頭自身反省しているようだろうし大丈夫だろう。

 

 

「ありがとう、二人とも。情報提供の礼と言っては何だがここでの会計は俺が持つ。好きな物頼んでくれ」

 

 最初は二人とも遠慮していたが、最終的には折れて頼み始めたと言ってもここはパレット、軽食中心のためそこまで出費はかからなかった。帰り際俺は櫛田と平田の連絡先を受け取ったが、そのころには既に空は夕焼けに包まれ始め、帰路につく生徒の数もまばらだった。

 

 そうして一年5月の初日は慌ただしくも終わりを迎えた

 

 

 

 

 

 ……かに思えた。風呂上りにかかってきた一本の電話。

 

 この一月連絡を取り合うことも多くクラスの坂柳派に属する者はすべて連絡先に入っているし、もちろん葛城などの敵対してはいるものの同じクラスメイトである彼らも入っているが、今かかってきている電話の主は見慣れぬ名前。

 

 

 そう、先ほど連絡先を交換したばかりの櫛田だった。



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EpisodeⅠ-Ⅵ 接触

 携帯に表示された櫛田の名前、目的はなんであれ取らないという選択はない。仮に電話してきた目的が昼に話していた減点対象に値する行動について思い出したものがあるなど普通の話題である可能性は……

 

「いや、ないな」

 

 

 俺はそうかぶりを振る。だがこうしている間にも電話の最大待機時間である30秒は刻一刻と過ぎ去ろうとしている。思案するのもいいが電話に出ない限りこの思案に意味はない。

 

 

 やかんに水を注ぎ、IHを起動しやかんを熱する。紅茶をいれること自体あまりしないことのため、少々ぎこちないがそれはそれだ。

 

 

「とりあえず出るか……」

 

 そう言い俺は液晶に表示された緑の受話器アイコンを右にスライドし、携帯を耳に押し当てる。

 

 

『もしもーし、夜分遅くにごめんね』

 

 

「いや、大丈夫だ。今さっきまで風呂に入ってたから出るのが遅れた、すまない」

 

 

 最初に謝罪を入れるとともに、俺はテーブルに置いてあったタオルを頭にかけるとベットに腰を下ろす。

 

 

「それで、どうした?」

 

 

『あ、うん。えっとね……?』

 

 

 電話越しの櫛田は一瞬息をつまらせ、少々言いにくそうだった。それから察するにやはり普通の話ではないようだ。

 

 

 水が沸騰したらしく、やかんが音を上げる。ポットにお湯を少し移し櫛田がどう話そうか、攻めあぐねている今のうちに温めておくことにしよう。やかんはまたIHに戻し熱し続ける。

 

 

『あの後司城くんから聞いたの、今朝見た菊川君のテスト結果がすごかったって』

 

 

「ああ、Aクラスにいる以上それなりの成績は出しておかないとな。成績面でクラスの足を引っ張るわけにはいかない。それで?それがどうかしたのか?」

 

 

『ほら、今回Dクラス0ポイントだったでしょ?しかも前回のテストで赤点とった人が多くて平田くんが勉強会を提案したの』

 

 

「まあ妥当な判断だな」

 

 

 赤点をとった人間に勉強しろと言っても素直に勉強するとは思えないし、仮に勉強する気になったとしても勉強する方法がわからない、勉強しても成果が出ない、勉強にやる気をなくす、さらに成績が落ちる。ここまでのテンプレは見えている。ならば勉強会を企画し、勉強する場所、共に勉強する仲間、一定の勉強する時間を与えることで少しは勉強したという実感が沸く。

 

 塾など、この学校にはないため生徒が勉強会を企画するのは理解できるがそれを俺に言うのは何故か、まさか俺もその勉強会に出席し、勉強を教えてほしいなど妄言を吐くのではないだろうか。それであれば即電話をきる腹づもりだが。

 

 

『それでね?私も教える側に回ってほしいって言われたんだけど……今回の範囲をしっかり理解してなくて、そのまま教えるのはちょっと無責任かなと思って…』

 

 

「クラスの高得点者に聞いてみたらどうだ?」

 

 

『高円寺くんは聞く前に消えちゃって、堀北さんと幸村くんには断られちゃって……平田くんは軽井沢さんたちの対応に忙しいみたいだし…』

 

 

 まあ予想はしていた。堀北に至っては考えるまでもない、その姿が思い浮かぶほどだ。その即断と揺るがない精神だけは兄に似ているということらしい。俺は先ほど以上に音を上げているやかんを熱するのをやめ、ポットに入っていた今となっては水に戻ったそれを捨て、茶葉を定量入れた後お湯を注ぎ、蓋をして蒸す。

 

 これでどうやら抽出をしているようだが紅茶という、イギリス紳士淑女を語るは欠かせないこれは中々面倒だ。

 

 

「なるほど、それで俺に教えてほしいってわけか」

 

 

『ど、どうかな……?』 

 

 

 冬香に教えるついでと考えれば別にそこまで損な話ではない。確かにAクラスの弱点ともいえる冬香をさらすのは少々危険だが櫛田の情報網にかかれば知るのにそう時間はかからないだろう。ならば先にこちらの弱点をさらすことで奴の信頼度を少しでも上げておくのが最適解だろう。

 

 

「ん、わかった。日程だが…明日の土曜日はいけるか?」

 

 

『うん。元々佐藤さんたちと買い物に行く予定だったんだけど、お金が足りなくなっちゃったみたいで…』

 

 

「なるほど…そういう櫛田は余裕あるのか?」

 

 

 その問いに櫛田は苦笑いで答えた、やはり二ヶ月を10万で乗り切れと言うのはDクラスにしてみるとかなりつらいらしい。なにせ5月にもう一度10万が振り込まれる前提で動いていたやつらがほとんどだろう、そうなれば今月残っている残金は精々1、2万、使い切った奴らなら4桁もあり得る。

 

 そんな4桁に割り込んだ奴らが友達に金をねだるのは目に見えている、そして櫛田がその要望を聞くのは実にあり得る話だ。はてさて彼女の所持金はいくらほどか…

 

 

「まあとにかく、明日の…10時から、場所は俺の部屋でしよう。ちょうど俺も教える相手がいるからそいつと一緒になるが…いいか?」

 

 

『大丈夫!Aクラスの人とはあんまり仲良くなれてないから、いい機会だよ!あ、それとできれば、名前呼びがいいな…?』

 

 

「わかった。桔梗、俺の呼び方は好きにしてくれ。別に名前だけでもいいし、呼び捨て、君付けなんでもいい」

 

 

『うん!それじゃあれーちゃんって呼ぶね!』

 

 

 何故そうなる!?

 

 

 

 

 

 電話を終え蒸されたポットの蓋を開け、戸棚からコップを2つ取り紅茶を注ぐ。テーブルにつくと片方は自分にもう片方はこの夜にしては珍しい来客の前に置く。紅茶という時点でだいたいの人は察しているだろうが、来客というのは

 

 

「初めてにしては上出来かと」

 

「教える奴がうまかったんだろ」

 

 

 こんな夜に訪ねてきたときは何事かと思ったが、櫛田の電話の件を話すのにはちょうどいい。いくら電話とはいえまさか同じ部屋にいる有栖に聞こえていないわけがない。

 

 

「で、実際どう思う?」

 

「一言でいうなら、我々Aクラスに対するパイプ作りでしょうね」

 

「ま、そんなとこだろうとは思ってたが…やはり櫛田 桔梗は二面性の善人面かぶった悪魔か」

 

 やはり第一印象というのはあてにならないな、そう呟き紅茶を煽る。

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「…と言うと?」

 

「人の欲、特に女性の欲というのは多種多様、冬香さんのあなたを独占したい欲に、真澄さんののらりくらりと生きたい欲、そして私のように支配したい欲」

 

「自覚あったのか」

 

「であれば、彼女の欲は人に頼りにされることでしょう。それを満たすためには八方美人な自分を演じるほかない、いや演じることを苦とは思わないほど人に頼りにされることが心地いいのでしょう」

 

「……改めて女性の恐ろしさを知ったわ…」

 

 

 そういい、俺は紅茶の最後の一口を口に運んだ。味は少々薄くなっていた。



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EpisodeⅠ-Ⅶ 中間テストの突破口

 波乱の金曜日そして週末を抜けた月曜日の朝、日もまだ上がりきらぬ時間帯に、何故かかかってきた電話にたたき起こされ、少々イライラしたスタートを切らされた。

 

「……もしもし!?」

 

「ああ、起きてましたか」

 

 電話の主はこちらの怒りなど知らぬ顔のようだ。部屋で紅茶でも嗜みながら、電話の相手が真澄なら嫌がらせ程度にかけてきたのだろうが俺には流石にしないだろう。

「起こされたんだよ!今何時か分かってるのか!?」

 

「ええ、5時ですね」

 

 

 平然と5時にたたき起こすあたり、内容が重要なことは容易く予想できるが、にしても何故この時間に?深夜から早朝にかけて何か知らせるべきことが発生したのか、知ったのか。

 

 とにかく低血圧である俺にとって生活リズムを作ることでようやく起きれている状況、そんな俺を、それも日が昇っていないようなこの時間に起こすのはもはや悪魔だ。世間では小悪魔的女子の需要が軒並み上がっているようだが本当の悪魔というものはこういうものだと教えてやりたい。

 

「単刀直入に言います、櫛田桔梗さんの弱みを握ろうとする人間を口封じしてください」

 

「……はあ?」

 

 なんともスパイ映画、特に不可能な任務的なハリウッド映画にありそうな指示を下された俺に二度寝する時間などあるはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「口封じしろって…某スパイ映画じゃん」

 

 俺とまったく同じ感想を抱いた冬香と共に学校への道を歩いていた。教室に着くのが始業時間に少し早いぐらいなのだが、登校時間が同じぐらいの生徒があまりいない。先週まではもう少しいたのだが、顔見知りの相手が増えたことで登校時間がずれたのだろう。5月にしては澄んだ空気が通学路を吹き抜ける、その冷たさは起きてすぐに被った冷水によく似ている。

 

「そもそも桔梗の弱みってそう露呈しないはずだぞ…?」

 

 彼女は他人に頼られることを悦とする人間、簡単な話善人だ。多少裏を勘ぐったところで裏にあるのは結果的に人に頼られたいと言う欲であるため表とそう違いはない。そもそも桔梗の悦の根拠は俺と有栖の憶測のみだ、彼女がただの善人なら弱みどころの話じゃないがそれはないと断言できる。

 

 仮に本当にまっさらな善人だとすれば俺に接触してきた理由がない、友達を増やすためにしては男の部屋に上がるのは少々リスクを伴うし、面倒な疑いをかけられる可能性は高い。事実、あの勉強会の後司城から抗議のメッセージが鬼のように来ていたあたり、桔梗と同じクラスであるDクラスの人間たちは自分たちのアイドルがAに取られてしまうのではないかと思っているだろう。まあどうでもいいが。

 

「となると、桔梗には別の弱点が…?いや、だが奴には他に弱点を作るような要素はないはずだ…なあ冬香、おまえはどう思う…?」

 

 そう相方に意見を求めたとき、相方は俺の隣にはおらず、視界の端まで進み、時期に校舎の建材に姿を隠した。ポカンと相方の奇妙な行動に通学路で唖然とする俺はさぞかし滑稽なものだっただろう。冬香とはそのまま話す事なく(向こうが一切無視)、放課後を迎えた。終業のチャイムが鳴り響き、相方に今日一日の不審な行動を問いただそうと向き直った時には席にはやつの姿は無く、教室のドアが勢いよく開け放たれた音が教室中に響き渡る。

 

 ただでさえいつも一緒にいる俺たちが今日一日一切喋らず、しかも冬香が逃げるように帰った姿から我らがクラスメイトたちはヒソヒソと話を始めた。やめてくれ、俺もさっぱりなんだ。その願いをわざわざ口に出す事なく、俺も教室を発つ。向かう先は冬香も向かったであろう学生寮ではなく、図書館だった。

 

 

 図書館は前に訪れた時に比べて人の数はパッと見ただけでも二、三倍に増えており空いている机を探すのに此処まで苦労するとは思っていなかった。それでも見つけることができたのは先客がいたからだった、最も俺が図書館に出向いた理由はその先客に会うためと言っても過言では無く、たまたま会う場所が図書館だったというだけだ。

 

「なるほど…つまるところその冬香さんは何故か今日一日零君を避けていた、と」

 

「ああ、その理由が俺にはさっぱりわからなくてな…」

 

 昔からああやって無言に無視することは多かったが、大抵あいつのお菓子と知らずに食べたり、買ってきたシャンプーがリンス入りではなかったりなど簡単に理由はわかるものなのだが、今回ばかりはお手上げなものでひよりに頼ったというわけだ。

 

「私の予想ですが…冬香さんが零君に何か気付いてほしいからでは?」

 

「おいおい…そんなラブコメ小説みたいな展開が、しかも冬香に…?ないない、ぜっったい無いね」

 

 俺はそうかぶりを振る。第一あいつは何かあったらすぐに知らせる人間だ、要望があれば出来る限り俺が叶えることも知っているし、そもそも要望を躊躇するような間柄じゃない。

 

「現実は小説より奇なりと言いますよ?ここは一つ彼女に直接聞いた方が早いかと」

 

「そうか…」

 

 俺はそう呟き、髪をガリガリとかく。しかし、聞くにしても何から聞けばいいのやらさっぱりわからない。その事についてのアドバイスも彼女から聞こうとした時聴き慣れた女子生徒の声が図書館に響いた。

 

「須藤くんっ!」

 

 視線を移すと、赤髪の須藤らしき男子生徒が女子生徒の胸ぐらを掴んでいる。ちらりと見える髪の長さと桔梗の悲鳴に近い声の後に聞こえてきた言い放つような声のトーンから察するに堀北だろう。女子生徒の胸ぐらを掴むという事自体セクハラに当たる可能性が高いのは誰でもわかる事だろうが、今の須藤にはその考えが脳裏をよぎることが無いほど沸騰しているようだ、最もあの気の強い堀北が今の状況をセクハラだと言って切り抜けようとするのは到底想像できないが。俺はその机にいるDクラスらしき人物達に視線を移す。

 

 須藤の近くに座っている男子生徒2人はよく須藤と行動を共にしている山内と池だろうか、池に関してはAクラスの何人からか告白を受けたと聞いている。もちろん全員に振られたらしいが。山内はどうやらDクラスの女子に告白され、それを断ったとだけ聞いているがあくまで噂程度だ、信憑性は皆無と言っても過言では無い。同机には後2人ほど男子生徒がいたがおれには皆目見覚えがない、机に教科書が出ているあたり勉強会だろうが、面子から察するにあの二人も教えてもらう側だったのだろう。その教科書を自身の鞄に叩き込んでいく須藤とそれに続く山内と池、おどおどしている男子生徒の片割れを誘い、その四人は堀北と目も合わせる事なく図書館を後にした。

 

 あの二人を追いかけるのだろうか、桔梗が鞄を持った時、俺はふと今朝有栖から下った指示を思い出した。

 

『櫛田桔梗さんの弱みを握ろうとする人間を口封じしてください』

 

「ひより、冬香に聞いてみる事にするよ。どんな理由で起こっているのかを」

 

「ええ、また明日にでも解決したかどうか教えてくださいね」

 

 ひよりとの会話を早々に切り上げ、俺は桔梗の後を追った。彼女は須藤たちの後を追うだろう、ならば彼女一人を探すより彼ら四人を探した方が簡単だろう。図書館のドアを押し俺は靴箱に向かった、靴を履き替え、Dクラスの靴箱を確認する。靴箱の一つに上履きと一緒に入学してからまだ一月なのに妙に使い込まれているシューズがあった、サッカーやテ野球部のような泥やテニス部や陸上部のような乾いた砂も付いていないあたり、屋内のシューズであることは間違いない。問題はこれが果たして須藤のものなのかというところだ。

 

「…そういえば須藤は一年生で唯一レギュラーを取れるほどの実力者と聞いたことがあるな…」

 

 それだけの実力者なら自主練や残っての練習を励んでいないわけがない。確証はない、だが大方このシューズの持ち主は須藤を決めつけていいだろう。となれば、桔梗もその後を追って外に…

 

 ふと階段から足音がした、なんてことない2人分の足音だ。だがその足音は少々奇妙なものだ、足音の響き具合から察するに二人は同じ階層の階段を踏んでいない、なのに足音が響くのはほぼ同時だ。まるで尾行しているかのように。

 

 片方は桔梗だとした場合、もう片方は誰だ?と、そこまで行き着いた時俺は図書館から去る際一度Dクラスが使っていた机を一瞥し、堀北のみだった事を確認していた。あの時須藤たち三人に連れられるように去った男子生徒は冲谷と呼ばれていたがもう1人は誰だ?仮に今階段を登っているもう片方がその男子せいとAだとすると大方俺と同じく桔梗の後を追っているのだろう。

 

 彼女はクラス全員のことを気にかけている、あの勉強会も桔梗が企画したものだろう。なら、その勉強会を堀北が叩き潰した事に対して彼女に代わって謝るために追っていると考えれば筋は通る。俺は履き替えていた外履きを履き替え、進路を階段へと移した。

 

 できるだけ足音を立てずに、しかも早く、それには慣れていたため正直なところ桔梗を追っているAと合流する形になるだろうと思っていたがそうはいかなかった。思っていたより距離が空いていたらしい三階を知らせるパネルを蹴り四階を目指そうとしたがその足を止めざるを得なかった。三階と屋上をつなぐ階段の踊り場に先客であるAが居たのもあるが、最大の原因は…

 

「あーーーーうざい」

 

 桔梗があのDクラスのアイドル的存在、学年のマドンナと言っても差し支えない善人で有名な櫛田桔梗とは思えない低い負の感情に満ちた声を発したからだ。その後も呪詛に近いもので、ついに言葉にするだけでは足りなくなったのだろう。屋上の扉をトゥキックで蹴ったのだろうか、何かを蹴るような音が響く。

 

「……ここで……何してるの……」

 

 感づかれたか!?そう思い、俺は身を隠すが見つかったのはどうやらAらしい。とりあえず一息つくが、降りてきた桔梗はAの喉元に肘をあてがう。やりとりは先ほどの呪詛とは打って変わりドスの聞いた声がAを襲っている。すると、桔梗が急にAの手を自身の胸に当てた。これで黙っておいてなどという悲壮的な感じはしない。自身の胸を触らせる事で制服に付着した指紋を脅しの材料にするつもりだろう。

 

「これが、櫛田桔梗の弱み…か」

 

 桔梗の弱みはわかった、だがその弱みを知ってしまったAを、桔梗が口封じしているため二重に口封じをする必要はないだろう。俺は彼らのやりとりを最後まで見届けた後、三階に潜み、彼らが降りていく様を見ていた。先ほどのやり取りは何処へやら、桔梗から発せられる声はいつもの聴き慣れた柔らかい声に戻っていた。

 

 

 

 

 俺が自分の部屋にたどり着いたのは日が沈み切ってからのことだった。明日も学校だし日付が変わる前に寝てしまおうと思っていた。

 

 

 そう、俺の部屋に明かりもつけずに一人座り込んでいる冬香を見るまでは。

 

 

「…何やってる?」

 

 別に彼女が俺の部屋にいる事については彼女が俺の部屋の合鍵を持っているため何も問題はない。だが今朝のことがあったばかりだ、俺は思い切って疑問を彼女にさらにぶつけた。

 

「今日一日、何故俺を避けた?」

 

「…………」

 

 返答はない、俺は部屋の明かりをつけ、鞄を下ろし、制服のボタンに手をかける。全てのボタンを外しきり制服を壁にかけるまで何も発さなかった冬香の唇が少し動いた。

 

「……だって」

 

「ん?」

 

「…私以外の女子とばかり居たから…」

 

「は……?」

 

 答えはなんとも予想の斜め上どころか予想外もいいところだ。女子と一緒にいた事で普通拗ねるか?普通。だが俺は愚かにも自分たちの関係性が普通の友好関係とは大きく異なる事を最近知っただけだ。

 

「ねぇ…してよ」

 

 冬香はブラウスのボタンを数個外す。ああ、またかと俺は焦燥に駆られ、頭を抱えたくなる。病んだ人間のリストカットと同じように彼女にはこれから行うであろう行為が廃れた精神を安定化させる作用があるのだろう。だが、しかし、

 

「…明日は学校だ、跡もつくし明日に影響がないとは言えない。だから…」

 

 俺はそう発するがここまで来た彼女が止まらない事はよく知っている。だから今発したのは彼女を止めるわけではなく忠告したぞという俺自身への免罪符のようなものだ。はぁっと俺が息を吐き、ベットに腰掛ける冬香に視線を移す。相変わらず透き通った肌に、ここ数年で急成長を遂げた装甲板、そして冬香のドロドロとした感情を体現したかのような瞳。それらをじっくりを見た後、俺は彼女に一言、行くぞと声をかける。彼女はこちらの瞳から一切視線を外す事なくしっかりと頷いた。それを確認した俺は

 

 

 

 

 

 

 

 彼女に飛びかかり、首を思いっきり絞めた。

 

飛びかかった衝撃で冬香はベットに倒れ込み俺は馬乗りになりながら絞め続ける。ゴリゴリと筋肉と神経を圧迫していく感覚が手のひらを、酸素を欲するも供給されない事により動作を停止していく肺を視覚を通じて理解する。それでも俺は絞める事をやめない、彼女の両手は俺の気道を圧迫している両手を止めようとは一切せず、ただ彼女の瞳が俺の網膜を捉える事をやめない。絞め出してから間も無く、冬香が痙攣を起こし始めた。四肢が震える中それでも彼女に瞳は俺の網膜を見ようとしてやまない。だが、それも難しくなってきたのだろう。徐々に白目を向いてきた時俺は両手を離した。

 

 咳き込む彼女を起こし、背中をさする。冬香自身うまく力が入らないのだろう。起き上がった勢いそのまま俺の胸に飛び込んできた。咳き込む冬香の口から呟きが漏れた。

 

「ああ……幸せ…」

 

 前に何故こんなことをしてほしいのか聞いたことがある。彼女曰く

 

『君の視覚は私を捉えて、聴覚は私の荒い息遣いだけを聞いて、嗅覚は私の体液の匂いを嗅いで、触覚は私の首から伝わる私の全てを感じる。味覚を支配できないのは残念だけどあの瞬間君は私のために全てを使ってくれてる。逆に私の視覚には君だけが写って君の手から君の心臓の鼓動が伝わる。それが果てしなく幸せで満たされて……」

 

 俺たちの関係が普通では無いのは先ほども言った通り、つい最近気づいたが、この行為が歪であることはとうの昔から気づいていた。それでもやめなかったのは何故か、それは実に簡単だ。今俺の胸の中で絶頂に等しい快感を味わっている彼女の幸せに満ちた顔を見てしまうとやめるという選択肢が消え失せてしまうからだ。

 

 『歪な愛』世間はそう名づけ、嘲笑うだろう。俺たちの間にあるのはそもそも愛なのか。答えてくれる人間は誰もいない。



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