艦娘と提督の小旅行 (fire-cat)
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白露型と温泉(+α)旅行
温泉と薔薇園
「はぁー…休まりますねぇ」
カフェオレ色の髪をターバンのように束ねた少女がのんびりとした声を上げていた。
「ホント良いお風呂だよね。庭園も良いし。蛍が舞う夏に来たかったな」
明るい茶色の髪を結いあげた少女が浴槽の壁に寄り掛ったまま庭園を眺めている。
「もう少し先に行くっぽい」
歩きながら先に行こうとする亜麻色のストレートヘアをヘアキャップでまとめた少女の姿。
「あ、ダメだよ、夕立。屋根から出ちゃうと上から見えちゃうよ。見られてもいいなら構わないけど」
それを窘めるセミロングの黒髪とサファイヤ色の瞳を持つ少女の忠告に
「それは困るっぽい。夕立、提督さん以外には見られたくない」
慌てて戻る夕立と呼ばれた少女。
「時雨姉、それ、ホントなの? 提督の冗談だと思ったんだけど」
カフェオレ色の髪をターバンのように束ねた少女が疑問の声を上げるも
「ホントだよ、村雨。来る前に提督と一緒にエレベータに乗って確かめたから。多分ホテルの人気付いてないんじゃないかって」
EVに乗ってみた風景を思いだす時雨と呼ばれた少女。
群馬の北部山間にある、とある温泉。
白露・時雨・村雨・夕立が来ているのは村雨が提督の元に遊びに来ていたときに見つけた一枚のチラシが発端だった。
「提督、これってどこ?」
自身の提督の家に家庭菜園の手伝いに来ていた村雨が一枚のチラシに目を止めた。
「ん? ああ、時々くる宿の紹介か。 ここは……群馬の温泉だな」
大きく胸元が開いたラフな部屋着でソファーにうつ伏せで寝転びながら自家製のゴーヤチップスを食べていた村雨をなるべく視界の外に置きながらその手元を一瞥する男。
「温泉かぁ。行ってみたいなぁ。ダメ?」
「行ってもいいけど、村雨だけと行くと村雨がいろいろ言われないか? 前にいろいろ言われたって言っていたよな?」
「そうなのよね。飛龍さん達は未だこっちに来れないからお土産持って帰れば何も言わないし、五十鈴さんや名取さんは提督と一緒に一人づづ祭り見物したし、初詣や梅見も皆で行ったから余り言ってこないわね。ただ駆逐艦娘でケッコンカッコカリしている娘がね、羨ましがるのよ」
村雨がコロンと仰向けに身をひっくり返しながら言うその言葉に少しだけ興味を持つ男。
「誰? その物好き」
「具体的に言うと時雨と夕立。嬉しい?」
村雨の悪戯気な視線を受け
「あの二人か……。結構一緒にいると思ったんだけどな。他の娘達は?」
村雨の鎮守府と男の自宅が繋がってからは遊ぶ機会も多く、時雨ともケッコンカッコカリを行ってからは車中泊旅行に出かけることもそれなりにあった2人の姿を思い浮かべる。同時にケッコンカッコカリを結んでいる他の艦娘の姿も。
「潮ちゃんは誘っても恥ずかしがっちゃって来ないわよ。ケッコンカッコカリをしていない娘は遠慮してるみたい。五月雨も初期艦だから鎮守府を留守にできませんって。たまには鎮守府に来て五月雨達と遊んであげてよね」
鎮守府になかなか遊びに来ない、来ても飛龍を始めとするケッコンカッコカリを結んだ大型艦娘の部屋に籠って過ごす男に、妹の姿を浮かべ苦言を呈する村雨。
「あの二人を連れて旅行でも行くか。あ、そうなると白露を連れて行かないと拗ねるよな」
元気な白露型長姉の姿を浮かべる男。
「そうね。それと私も除け者にされちゃうと拗ねちゃうぞっと」
「良し、白露型の4人で行くか、温泉」
その言葉に何となく邪なものを感じた村雨が身を起こし坐り直す。
「……混浴はだめだからね」
「白露とはケッコンカッコカリはまだだからな。混浴温泉にはいかないよ、まだ」
鎮守府で初めて会った時の様子が脳裏に浮かぶ男。
「まだ、ね。ケッコンカッコカリしたら行くんだ。混浴温泉」
そんな男の表情を見て頬を膨らませる村雨。
「もちろん、皆スタイル良いしな。嫁なら手出してもいいだろ?」
村雨に案内された白露型の部屋で初めて見た、歯ブラシを咥え頭を拭いていた
「このスケベ提督!!」
締まりのない表情を見て何を思い出したかピンときた村雨が近くにあった男の足を思いっきり踏みつけたのは当然の結末であった。
そんなやり取りから2週間後――。
秘書艦から外した村雨を呼び出し、男が告げる。
「宿取れたぞ。連休明けの金曜日から1泊2日だけだがな。仕事も休み取ったからな」
「ホント? やったぁ~。白露姉も一緒?」
燥ぐ村雨。男も釣られたように燥ぎながら
「もちろん。人数は5人分予約したぞ。宿泊プランも温泉&寿司食べ放題だ」
そんな言葉を聞いた村雨。
「え? 食べ放題!? ホント? ありがと」
男の腕に飛び付きひとしきり喜んだ後、ふと村雨が尋ねる。
「部屋は何部屋取ったの?」
その言葉に視線を逸らせながら
「一部屋」
「え?」
「だから、一部屋しか取れなかったんだよ。ということで全員一緒の部屋」
ジト目で男を見る村雨。
「狙ったでしょ。それで広さは?」
「和室12畳間」
「……まぁ5人でそれならいいかな」
溜息を吐きながら鎮守府に戻る村雨。
旅行の事は既に鎮守府の皆に知らされていたが、詳細を聞いた艦娘達の間から悲鳴が上がり、念のため聞いた参加希望で村雨の他に参加を希望する艦娘は白露、時雨、夕立だけであったのは言うまでもない。
「良い天気ね」
男の世界では5月の長期連休が終わり、村雨の鎮守府でも春の攻勢が終わった翌週。
「しかし、今回の攻勢は結構良かったな」
男の運転で高速道路をコンパクトミニバンが走る。
「うん。神威さんが来てくれたでしょ。秋津洲さんにゴトランドさんにコマンダン・テストさんにも出会えたし、赤城さんと大鯨さんの艤装が三つも手に入ったもんね」
助手席の村雨が攻勢の戦果(?)を振り返る。
「それにしても春雨にはなかなか出会えないなぁ」
ぼやく男。
「私も春雨には早く会いたいんだけど……ね」
そう言って男を見遣る村雨。
「僕も早く春雨に会いたいんだけど?」
そんな村雨を見て後ろから身を乗り出し男の耳元で囁く時雨。
「お、ちょ、危ないからやめなさい」
耳にかかる時雨の甘い吐息を意識し男が慌てながらもハンドルを捌く。
「ちょっと、時雨姉、危ないからダメだって」
「時雨、危ないことしちゃダメ」
妹二人から注意が飛ぶ。
「時雨……お姉ちゃんもそういう真似は感心しないわね」
時雨の腰を押さえ窘めながら座席につかせる白露。
「ごめん。僕も提督ともう少し話したかったから」
シュンとする時雨に
「焦ったぞ。もう少ししたらサービスエリアにつくから、それまでは、な」
ルームミラー越しに時雨を見遣る男。
「うん」
そう言うと外の風景を見つめる時雨であった。
「到着っと」
出発地のICからトンネルやJCTを経て数時間。上里SAで1回目の休憩を取る一行。
「んっ」
男が体をゆっくりと伸ばす。
「提督」
時雨が男に呼びかける。
「時雨。忘れたか? 周囲に他人がいるときは提督呼び禁止。提督以外で呼ぶようにな」
「あ。うん、お…父さん。ごめん」
いつもなら提督呼びの時雨が躊躇いがちに「お父さん」と呼ぶ。
「あ~。時雨もそうなったか。まぁ良いか」
そういうと時雨の頭に手を伸ばす男。
「お、父さん?」
時雨の躊躇いがちな声を受けながらわしゃわしゃとその髪を撫でつける。
「わっ。止めてよ、髪が乱れちゃうじゃないか」
「ん? 止めて良いのか?」
そう言うと男の手が引っ込まれる。
「あ」
聊か残念そうな声の時雨
周囲の姉妹たちがその様子を見ながら何事か相談していた。互いの顔を見つめ頷く時雨を除く姉妹。
「お父~さん」
そういう声とともに時雨が男に体当たりをしてくる。
「おっと。大丈夫か? 時雨」
時雨を受け止めた男が声をかける。
「あ、ご、ごめん。何するのさ、白露」
男に謝ると自分の体を勢いよく押した長姉に抗議をする時雨。
そんな抗議を受け流し白露と村雨が
「ね、お父さん。時雨、貸してあげるね」
「時雨姉、お父さん貸してあげる」
そう言うと夕立を連れカフェに入る3人。
「何だったんだ……?」
呆然として呟く男の腕を時雨が遠慮がちにとる。
「ん? どうした、時雨?」
「別に……只こうしていたいんだ。て…お父さんとはこの頃あまり話せてなかったし」
「そうか」
そう呟くと男が腕を組みなおす。
「て、……お父さん」
「嫌だったか?」
「ううん、嫌じゃないよ。でもどうして?」
「なに、娘に寂しい思いをさせていたのに気が付かなかった悪い父親だからな。嫌じゃなければ少し土産物屋でも見に行くか?」
「見るだけ?」
首を傾げて男を見上げる時雨。
珍しい時雨のおねだりに、
「そうだな。欲しいものがあったら言いなさい。他の皆には内緒で何か買ってやろう」
そう言うと促すように時雨の背に手を回しながらショッピングコーナーに歩みを進めていった。
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