『魔法使い』は譲れない (雨後の筍)
しおりを挟む

セモレエトテラ

 夏特有のじめっとした暑さが、目に見えるほどの熱気となってアスファルトから立ち上り、街全体が歪んでまるで違う世界に迷い込んだかのようだ。憎々しく思い、空を見上げれば雲一つない蒼空に、太陽が燦々と輝いて平常運転ですとばかりに誇らしげにしていた。

 このクソみたいな暑さにもかかわらず、今日も池袋のサンシャインダンジョン前通りは朝から冒険者たちの猥雑な活気で満ち溢れていた。俺のローブ姿も電車ではまだ目立つが、ここまで来れば風景に溶け込む。

 武器屋、防具店、ポーション屋台に、タピオカミルクティー専門店。この通りに軒を連ねられるのは、今の池袋で流行っているものを扱う一流の店ばかりだ。

 ポーション屋台のおっちゃんのやる気のない客引き、剣と盾のどっちが優秀かで口論するパフォーマンスを毎日やっている武器防具屋の店主たち、明らかにこの通りの人口密度を上げているタピオカミルクティー専門店の大行列。

 池袋もかつてはガラの悪い若者たちの街だったが、今となってはガラの悪い冒険者の街だ。大の大人が成り上がることを夢見てダンジョンに潜る時代。その割にはタピオカはいつまでも人気だが。

 かくいう俺もダンジョン攻略をやめられなくなった立派なダンジョンジャンキーだ。コンビを解消した今でも、ソロで潜り続けているのだからな……。

 

 朝特有の低血圧気味な思考を回しつつ騒がしい通りを少し歩くと、左手にギルドの妙ちくりんな建物が見えてきた。隣のユニクロでは、最近流行りの『ダンジョン・ヒーローズ』のコラボTシャツを大売出ししている。こんな朝から大声で宣伝する女性店員もご苦労様だ。

 ギルドの下の屋台で買った『冥海サンマ』の串焼きを朝飯にぱくつきながら、ギルドの入り口横のエスカレーターに足をかける。クーラーの冷風が俺を癒やして、ビルの中は非常に快適だ。

 屋台もビルの中に入れればもっと快適なのにな。夏でも冬でも旨いサンマを食べられるのは嬉しいが、暑さも寒さも勘弁だ。()()を使えば自分の周りの気温くらいはどうにかなるが……一々発動するのもかったるい。

 ダンジョンで採れたてをその場で焼いた方がまだ手間が少ないような気までする。

 

「そういえば、普通に食べてるけどこいつも大概おかしいよな」

 

 手元の食べかけの串を見るが、ぱっと見普通のサンマに見える。いや、ダンジョン産なだけで味も普通のサンマなんだが。

 『冥海サンマ』はサンシャインダンジョンの休憩ポイントに生えていることの多い魚類だ。雑草みたいに生えているから最初に発見したときは植物だと思い込んでいた。しかし、研究者によれば体組織や味などなにもかもがサンマそのものである。つまるところ、こいつはダンジョンに生えているサンマである、という結論が出たのである。ふざけた話だが、事実は小説よりも奇なりというやつだろう。

 そんなそこらへんに生えているサンマがなぜ冥海などという大層な名前を付けてもらったかというと、これもまた珍妙な話になる。

 ある時ダンジョンを探索していた冒険者が、ダンジョン内をふよふよと漂う細長い物体の群れを発見した。それを訝しみ、注意深く観察していた彼の前で、その細長い物体は地面へと群れなして突き刺さっていったという。よくよく観察してみれば、そこにはサンマが生えていた、と。この逸話は酔っ払いの作り話だったと言われているが、ダンジョンという(くら)い海を漂うサンマの話は酒のつまみにはぴったりだった。

 なので、それを聞いたギルド酒場の看板娘がその話にあやかって『冥海サンマ』という大層な名前をつけたのだ。

 そんなわけで『冥海サンマ』はこの池袋において、ある種の名物となっている。

 

 エスカレーターで2階に上がった先には、そのギルド酒場が開いている。物語の中に出てくるようなファンタジーな酒場をイメージしたというここは、冒険者たちに非常に受けがよく、ここで酒を飲むために冒険者になったというやつまでいるくらいだ。

 まぁ、実際ここで攻略終わりに飲むエールはめちゃくちゃ美味い。雰囲気と合わさって、自分が最高に冒険者なんだという実感を得られる。正直『冥海サンマ』を食べてエールが一杯欲しくなったが、朝から酒というのは一応の社会人としては避けた方がいいだろう。匂いもつくし。

 だから、そう、さすがに朝から飲んでるようなろくでなしは……いるわけないと思ったんだけどな。

 

「よぉ、カケル!」

「ああ、朝っぱらから酒とは、元気そうだなケン」

 

 よりによってそこにいたのは我が親友であるケンだった。今日もスキンヘッドがテカリと眩しい。

 彼は確かに女に弱い男ではあるが、それ以外は比較的普通の冒険者で、朝から飲んだくれるほどのクズではない……はずだ。普段の言動だけを見ていると、酒場に朝から通い詰めていても違和感がない男なんだよな。いかにも盗賊の親分やってますみたいな見た目してるし。

 手招きされたから、近くに寄る。どうやらもう2杯目らしく、思ったよりも酒の匂いがきつい。ダンジョンに入る前に、モンスターを呼び込む強い匂いをあまり体につけたくないのだが、酔っ払い予備軍に言ったところで聞いてはくれないだろう。

 

「それがよぉ! はぁ、聞いてくれよぉカケルぅ。今、上のラウンジにめっちゃ可愛い()がいてさぁ。パーティメンバー募集しているっていうから意気揚々と声かけたわけ」

「ああ、いつも通りだな。さして特別なこともしていない。強いて言うなら、それで上手くいったことが今までに何回あったかということだけだな」

 

 首を(かし)げて(わら)って見せれば、ケンは肩を怒らせた。

 

「茶化すんじゃねぇよ! 両手の指を超えちゃいねぇが、成功したのは片手では数えられん! とにかくだ、声をかけたまではよかった。その嬢ちゃんもめっちゃいい()でな、ビビりもせず俺の話をきちんと聞いてくれた」

 

 なんだと? あまりに男臭い風情の、軽薄な態度と相まって初見の女子からの印象最悪なこの男に、まったく怯えなかったと?

 なんて肝の据わった娘だろうか。

 

「言っとくけど、カケルの思ってることは大体わかるからな。お前ぇは冷静なふりして顔に出やすい」

「いや、少し驚いただけだ。それで? 悪人面を気にしないその気立てのいい娘がどうしたんだ」

「ちっ、あとで覚えとけよカケル」

 

 ケンは苛立ちを飲み込むようにジョッキの残りを喉に流し込むと、一気に事の次第を話し始め、

 

「その嬢ちゃんが言うには、とあるダンジョンで異変が起きているから、それを調査・解決したいって話だった。ギルドからはまだクエスト認定されてないが、それまで待ってられないんだと。当然、俺としてはそういうのはクエストになって情報が出そろってからどうにかすべきだと説得しようとしたわけだ。報酬だって出ない、何が起きてるのかもわからないところに突っ込むなんて、冒険者としては(うなず)けねぇ話だからな」

 

 ギルド専属でもねぇみたいだったし、と最後に吐き捨てた。

 ケンにしては真っ当なことを言っている。いや、彼は少しばかり悪人面なのと、女好きがすぎることを除けば、気風のいい付き合いやすい男なのだが。道理に反したこともしないし、ダンジョン内での立ち回りも一級のそれだ。

 冒険者としては理想に近い。

 ただ、いつまでたっても三枚目から抜け出せないだけなのだ……。

 

「ただ、その嬢ちゃんもなんか譲れねぇもんがあるみたいでな。喧嘩別れになっちまった」

「で、こうやって飲んだくれているのか」

「うるせぇ! 飲まずにやってられっかよ!」

「そりゃ飲んだくれると思うわよ? あんなこと言われちゃあね」

 

 もう少し詳しい事情を聞こうとしたその時、聞き覚えのある女の声が後ろから会話に割り込んできた。

 振り返るまでもない、知り合いの声だ。

 

「それで、メリダ。こいつは何を言われたんだ?」

 

 酒場の看板娘メリダが俺の横を通り抜けて、テーブルの上にエールのジョッキとモンシロダコの羽焼を置いていく。

 今日も酒場の制服を着崩して、うまいこと自分の雰囲気に合わせている。くくった赤髪のポニーテールは客たちからも大人気だ。

 

「カケルももう少し早く来れば面白いものを見られたのにねぇ。それはそれは見ものだったわよ」

「えぇい! うっせぇぞメリダ! 大体なんでお前がラウンジにいんだよ! 仕込みしてろ!」

「仕込みが終わったら開店前は上で駄弁(だべ)るのが日課なの。お生憎様ね」

 

 ニヤニヤと俺たちを見下ろすメリダは非常に楽しそうだ。正直引っ張らないで早く教えてほしい。

 そう思っていたのがまた顔に出ていたのだろうか。こちらを見たメリダが、はすっぱな笑みを引っ込めずにしゃべり始めた。

 

「こいつね、すごい真面目な顔でそのかわいこちゃんにお説教始めたのね? 周りの冒険者たちも思わず肯くくらいに見事なお説教だったわ」

「冒険者として、危ない橋は見過ごせねぇからな」

 

 渋い顔をしたケンがつぶやく。

 

「それでねそれでね? そんな立派なことを言ってのけたこいつに、その娘なんて言ったと思う?」

「おい馬鹿やめろ! 俺の傷をえぐって楽しいかてめぇ!」

 

 メリダとケンがじゃれあい始めた。喧嘩するほど仲がいいと言うだけあって、この二人はなんだかんだ相性がよいのだ。ケンもナンパばかりでなく、きちんと周りの女性陣に目を向ければもう少し恋愛事情も変わると思うのだが。……彼には難しい話かもしれないが。

 閑話休題。

 はてさて、その娘は一体何を言ったのだろうか。おそらく理性的な娘だろうから、逆上したりはしなかったのだろう。善性と勇気を持ったタイプならば……

 

「では、私と組んでくれる方と組むので結構です。とかか?」

「そんな軽い言い方だったらよかったわね! 実際はこうよ? 『あなたが冒険者として正しいのはわかりました。しかし、そんな臆病な方は今回募集していないので、お引き取り願えますか?』ですって! 笑っちゃうわよねぇ! くっふ!」

「だーっ! 言いやがったなてめぇ!」

 

 腹を抱えて笑うメリダ。それに殴りかかろうとするケン。実際には手を出さないだろうから放っておいていいだろう。

 ああ、まぁ臆病者というのはすごいな。冒険者としての心構えを真っ向から説かれて、それでも自分の意見を曲げないとは……なんとも芯の通った娘だ。

 なにより、

 

「ケンに対して、それを言うというのはいいな」

「でしょう? あの時のこいつのポカーンとした顔ときたら、くふっくふふ……クフフフフ」

「笑うな! 俺は臆病者なんかじゃねぇ! ちくしょう! たまにいいことしようと思うとこれだ! やってられっか! おいカケル! ヤケ酒だ! 付き合え! メリダも! 笑ってねぇでなんか適当なツマミと酒持ってこい!」

 

 さすがにこれはケンに同情する。なんならそのヤケ酒に付き合ってやってもいいのだが……。

 

「いや、少し待て。俺もその娘が気になった」

「あぁん? あの生意気な嬢ちゃんの話を聞きに行くのか? カケル、お前も物好きだな。多分、俺とそこの畜生が言った以上のことはねぇから行くだけ無駄だと思うぜ」

「あんた、今あたしのことを畜生とか呼びやがったわね。ツマミに炭でも出してやろうかしら」

「まぁ落ち着け、そいつなら炭でも喜んで食う。話を聞きたいのもそうだが、それだけ自分を貫ける冒険者は珍しい。今回の件を置いておくとしてもぜひ顔を覚えておきたい」

 

 そう、ケンだって冒険者としては一流で、その模範になるような心構えを持っている。しかし、それを受け止めたうえで、自分の行く道を貫こうというのは並大抵ではできないだろう。

 それだけの『譲れないもの』を心に持っているということは、おそらく『ユニークジョブ』持ち、もしくはそれに準ずる上位ジョブ持ちだ。

 ぜひとも知り合いになりたい。あわよくばパーティメンバーになってもらえれば最上だ。さすがにソロもそろそろしんどくなってきた。主に寂しさ方面で。

 

「そうか……いや、待て何言ってやがるカケル!? 俺は炭なんか食わんぞ!? メリダもなに納得したような顔してやがる! 食わねぇからな!? あ、おい待て! お前厨房から何持ってくるんだ? 炭じゃねぇよな? 炭はやめてくれよ! お願いだ!」

「じゃ、また後でな。……健康には気をつけろよ」

「ふざけんなよお前ら! もう少し優しくしてくれたっていいじゃねぇか! もう、あんまりだ~~!!」

「いってらっしゃーい、カケルー。お土産話よろしくねー」

 

 メリダの適当な見送りを背後に、ローブを翻し上階に向かう。

 目指すは新パーティメンバー獲得。

 さぁ、『魔法使い』の腕の見せ所だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖女のおわすところ

 ラウンジはギルドが入っている建物の4階にある。

 1階は素材の買取所と、ギルド直営の冒険者用のサポートショップ。2階がギルド酒場。そして、3階がクエストカウンターで、5階から上は事務所だ。

 ラウンジでは主に冒険者がパーティメンバーを探したり、情報交換なんかをする。たまに一般人が珍しいもの見たさでお茶会をしていたりもするが、基本的には冒険者たちの社交場だ。中にはギルド酒場の方でそういう交流をやるロールプレイング勢もいるにはいるが、周りからの評判は悪い。

 俺としてはすごく()()()()()()行動でいいと思うんだけど、日本人的には用意された場でそういうことはやれ、ということらしい。まったく、そんなんだから冒険者としての格が上がらないのだ。冒険者ってのはいかに自分を貫けるかなのにな。

 

 500円硬貨を渡して入場料代わりのコーヒーを職員さんに紙コップに注いでもらう。長居するなら普通のカフェのようにカップで注文することも可能だが、今回はそこまで長い交渉にはならないだろう。

 なにせ、相手は()()の冒険者ならば乗ってこないようなパーティ募集をかけている。募集に応じる資格者が見つかれば、ノータイムで握手をするだろう。

 そして、その資格者とは、

 

「強く、金銭的に余裕があり、自分の得にならないこともやる冒険者」

 

 異変が起きていることしかわからず、何を目標にして解決すればいいかの情報がないというだけで、上級冒険者でなければ生き残れない可能性が高くなる。そこには異変と呼ぶだけの初見の異常があるのだから。

 また、ケンはあまり重要視していなかったが、報酬皆無だから異変が解決するまでの生活の糧をどうにかするためのそこそこの経済力も必要になる。冒険者のうちで平均的な異変解決期間である1か月を無報酬で平気で過ごせるのは、俺やケンのようにダンジョン深部の攻略を進めるトップ層だけだ。

 ソロやコンビで浅層を探索しているやつらもある程度は余裕があるだろう。しかし、そういうやつらは自分の利益のためにそういうスタイルを取っているわけだから、今回の募集に乗ってくることはないだろう。

 大抵は稼いだ金はパーティ人数で割るから、4人パーティで探索などしていると、食い扶持を除けば、装備のメンテナンスとアイテムの補充だけでいっぱいいっぱいになる。ダンジョンは金食い虫なのだ。

 ん、改めて考えてみるとなんとも儲からない商売だ。そのうえ命がけの肉体労働で、時には暗い穴倉に泊まり込むことだってある。いいことなんて冒険終わりのキンキンに冷えたエールくらいか。

 だが、俺たちはダンジョンに挑む。

 

 なぜならそこにロマン(『譲れないもの』)があるからだ。

 

 冒険者は常に金欠だ。

 言っちゃあなんだが、上級冒険者になれば一般的なサラリーマンの年収など鼻で笑えるほど稼げる。その分、装備のメンテナンスとかの支払いもアホみたいな額になるんだけどな。

 4人パーティで浅層を探索している冒険者たちだって、大きな稼ぎが出た直後にドロップアウトすれば2~3年は遊んで暮らせるだろう。

 じゃあなぜ冒険者たちが常に金欠に喘いでいるか。

 そんなの、冒険をやめるという選択肢がないからだ。

 俺たちは金が欲しくて冒険者をやっているわけじゃない。中にはそういうやつもいるが、大半がダンジョンに潜りたくて仕方ない立派なダンジョンジャンキーばっかりだ。

 

 だって、漫画やアニメの中にしかなかった冒険が、目の前で俺たちを待ってるんだぜ?

 

 どうしてそれでワクワクしないのかわからない。

 堅実にサラリーマンとして家族を養っていくのが偉いという風潮なんてクソくらえだ。冒険者を野蛮だと、社会不適合者だと嘲笑うやつらはそれこそ「臆病者」だ。

 俺たちは、今日を精一杯生きている。誰にも迷惑なんてかけてない。

 むしろ、唐突に現れたダンジョンを攻略して、ダンジョン特需を作ってるんだから、社会に貢献しているくらいだ。

 やりたいようにやりたい放題やって、自分のケツを拭けるようになったらそれで一人前の冒険者だ。

 

 さて、1人で勝手に熱くなってしまった。久しぶりに骨のありそうな冒険者の話を聞いたからだろうか。少し落ち着いた方がいいな。ファーストインプレッションは大事だ。

 

 それにしても、思い返してみたがなんとも難儀な募集だよな。もし俺がこの話を聞かなければ、ギルドからクエスト依頼が出る前にメンバーが集まっていただろうか? いや、まだ受けると決めたわけではないが、こんな面白そうな状況を見逃す手はない。

 今回の募集をかけている相手の人物像が何となくつかめてきたからだ。

 ジョブはその人物の本質(『譲れないもの』)を表す。パーティに参加するかは本人のジョブを聞いてからになるが、俺の予想通りのジョブについているのならば組んだ方が得だろう。

 

 ラウンジを見まわしてそれっぽい娘を探す。ローブ姿、野暮ったく、聖職者のような……。

 いた。

 奥の方の机で募集用のボードを使って今も面接中だ。むしろあれは逆に男3人のパーティから勧誘を受けているのだろうか。少し、困った顔をして応対している。男たちは装備の質がいいから攻略組のパーティだろうし、かわいいヒーラーが欲しいというところか。

 むさい男たちとは対照的に少女の年齢は思ったよりも若く、まだ中学校に通っていそうな幼さだ。ダンジョン特例法で冒険者になった口だろう。冒険者適性が高ければ、学校教育が免除され、ダンジョン攻略を推奨されるとかいう。

 

「学生にまでダンジョンダンジョン……この国もいい感じに壊れてきたよな。」

 

 政府のお偉方の英断には頭が下がる。

 世間様からはやぶれかぶれの悪法だ、学徒出陣だと馬鹿みたいに叩かれているが、俺としては大賛成だ。

 ダンジョン攻略に年齢なんて関係ない。必要なのは、ダンジョンに潜った回数と、ぶれない『譲れないもの』だけだ。それさえあれば、この世界で生き残れる。

 だから、若い頃からダンジョンに潜るってのは冒険者としてエリートコースだ。まぁ、『最初の冒険者』である俺ですらまだ2年しか潜ってないんだから、あまり偉そうなことは言えないが。

 

 なんにせよ、考え事をしている間に視線の先ではなんだか険悪な雰囲気が流れ始めている。今面接中の男衆とはこじれそうだから、声をかけに行こう。何もなければいいが、リーダーらしき髭面の男の顔が苛立ちに歪んでいるのも気になるし。さすがにギルドでもめ事を起こす馬鹿が……

 

「わからない嬢ちゃんだな? 黙って俺らについてくりゃいいんだよ!」

 

 いるのか。

 驚いた。

 

「離してください! いたっ痛いです! いくら治せるからって乱暴なのはだめですよ!」

「いつまでも駄々こねてないで、行くぞ! 力の無駄遣いなんてしてないで、まずは攻略しろよ! そもそもヒーラーは数足りてないってのにわがまま言いやがって」

 

 机を右手で叩いて真っ二つにした髭面の男は、少女の腕を左手でつかんで無理やり立たせようとしている。少女は抵抗しているが、攻略組の前衛クラスらしき男とは『力』にかなりの開きがあるのだろう。引きずられるように立ち上がらせられた。

 周りはみんな嫌なものを見るような目はしているが、誰が声をあげるわけでもない。ただ、それが通り過ぎるのを待とうとしている。

 

 ……そういうところが、冒険者らしくねぇんだよ。

 

「おい、そこの乱暴そうなの」

「え、私ですか?」

「あ? なんだ兄ちゃん、なんか文句あんの……か? え?」

 

 大様(おおよう)に右肩越しに首だけで振りむいた髭面の男の三白眼と目が合う。男の目が限界まで見開かれた。

(……今、明らかに変な声が聞こえたよな。)

 なぜかこの状況でアイコンタクトが成立した。狐につままれたような顔になった男は逆再生のように少女の方へと視線を戻す。その動きに合わせ、俺も少女の方に目を向ける。多分俺も同じような顔をしているだろう。

 男の背中越しにひょっこり顔を出していた少女の目が、まんまるに大きく見開かれている。目が合った。男とこちらとを2度ほど見比べてから、

 

「あ、違ったか。恥ずかしい……」

 

 頬を染めて何か呟いたが、緊張感が薄れるからやめてほしい。襲われている側なのになんでそんなに呑気なんだ……。

 呟きを聞いていた男が、ハッとして素早く少女から手を離しこちらへ体ごと振りむいた。俺も男の方に視線を戻す。こちらに振り向いたまま固まっている男だが、最初に騒ぎを起こしたのはお前の方だから、覚悟は当然できているはずだ。少女の突然のボケで混乱するのはわかるが。

 

「ギルド法4条3項」

 

 ええい、カウンター前だとやりづらい。ラウンジの真ん中へと歩き出す。

 周りの机も邪魔だな。少しどいてもらうか。模様替えして気持ちもリセットだ。右手に持っていた身の丈大の杖もラウンジのカウンターに立てかける。今回はもうこいつの出番はないだろうから。

 ついでに、視界の端で今更動き出そうとしたギルドの職員さんを軽く左手を上げて押しとどめる。

 攻略組クラスを制圧するならどうせ俺の手を借すことになるのだ。その間に報告を回してくれた方が事後処理が早く終わるだろう。

 こちらの考えが伝わったのか「任せます!」と職員さんは声だけを残して立ち去った。

 よし、これで完璧に条件が整った。

 

「冒険者同士の争いを止められるギルド職員がその場にいない場合、より上位の冒険者はその争いを止める権利を持つ」

「机が、浮いて……おいおい、無詠唱だろ!? しかもギルドはダンジョンから200m以上離れてるんだぞ……『距離減衰』が仕事してねぇのか? これだけの浮遊魔法を同時にっ。クソっ、化け物め!」

 

 よし、男の方も少女ではなく俺の方に注目している。これでいいんだよ、これで。

 男の左頬を冷や汗が一筋流れる。……俺を相手にしても少女に取ったのと同じ態度を取れたならまだ面白みがあったんだが、流石に萎縮が先立つか。

 まぁ、わかるぞ。今がどういう状況なのか、攻略組まで上がればいやでも理解するよな。

 よくいるマジックユーザーなら、補助魔具を持っていてもギルドで魔法を使うのは難しいだろう。なんせダンジョンから100mも離れれば、『減衰距離』の影響でダンジョン由来の能力は失われるはずだからな。先ほど少女を立ち上がらせた様子を見るに、男も能力を失ってはいないようだが弱体化を受けているはずだ。

 このギルドの、ダンジョンからの距離はおよそ270m。冒険者の平均的な『減衰距離』からすると3倍近い。だが、俺にとってはまだまだ問題ない距離だ。多少力は落ちるが、この程度で力を失うほど温い冒険者ではない。

 

「俺は後衛だから格闘戦とか苦手なんだが、さすがにギルドで派手に攻撃魔法を使うわけにもいかないからな。杖は使わないでおく」

「おまえ、『魔法使い』……っ」

 

 なんてのは建前で、本当はどうせ()()()()に使えないし、この男くらいなら杖があってもなくても大差ないからだけど。棒術が使えなくなるのは痛いが、ハンデとしては逆に丁度いいかもしれない。魔法も、『減衰距離』の影響はあるがさっき見せたように使えないことはないのだ。この髭面の男を捕縛しようと思えば、一瞬でできる。

 男は相手()が誰なのか確信を持った瞬間、素早い動作でボクシングスタイルに拳を構えた。左腰に片手剣を吊るしているし、さっき背中に盾を背負っているのが見えたから、おそらく片手剣と盾の両手持ちで戦う前衛職なのだろう。ボクシングスタイルを流用した剣術は攻略組での最近のトレンドだ。

 ギルド内で武器を抜かないだけの理性は残っている。いや、少し頭に血が上っただけで、本人もあまり大事(おおごと)にするつもりはなかったのか?

 それなら、間が悪かったと勘弁してほしい。少しばかり利用させてもらおう。

 俺も、未来のパーティメンバーに自分の実力をアピールする機会が早々に欲しかったところなのだ。本当はダンジョンでやろうと思っていたが、こっちの方がインパクトが強いだろう。

 男の背後に一瞬目を向ければ、口を開けっぱなしにしたアホ面で少女がこちらを見ている。この剣呑なやり取りに動じないとは、なかなか肝が据わっている。やはり仲間に欲しいところだな。

 

 左足を引いて半身になり、右腕を持ち上げる。

 人差し指に嵌めた支援系魔法用の魔具である指輪を、体をリズミカルに揺らし始めた髭面の男の胸に向けた。男の目には、先ほどまでと違って覚悟がきちんと宿っている。

 それに対して、周りの冒険者たちはとっくに壁の華になっている。逃げ足だけは一人前なのも正しい。敵わないものに出会ったら、普通は考える前に逃げるべきだろう。

 だが、それでは障害にぶつかったときに逃げることしかできない。

 その点、目の前の男はいいな。

 敵わないものに出会って萎縮はしても、逃げずに立ち向かおうとする。

 逃げるのが正しいとは言ったが、真に冒険者らしいのはもちろんこちらだろう。冒険せずして何が冒険者だというのか。

 あぁ、まともな冒険者の相手をするのは久しぶりで気分が高揚する。

 格下とはいえ攻略組の前衛職。近距離では向こうに一日の長がある。こっちは『減衰距離』オーバーで魔法の弱体化を食らっっている上に、杖を置いてきたから棒術も使えない。

 これだけ加減すれば十分だろう。

 

「前衛職は殴り合いが得意だろう? 拳での喧嘩の仕方を、この『魔法使い』にも教えてくれよ」

 

 ……少しは楽しめるといいんだが。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『魔法使い』は譲れない

「さて、一応だが決闘だ。名乗りが必要じゃないか?」

「お得意の杖魔法もなしで、随分と余裕だな『魔法使い』様よお!」

 

 髭面の男は今にも飛び出しそうな低姿勢でステップを踏み体を揺すっている。ウォーミングアップも兼ねているのだろうか。戦闘前の動きとしては激しすぎるくらいに見える。その勢いは流石、前衛職としてモンスターの目の前に立ち続けてきた貫禄がある。

 互いに準備は整っているのだ。きっかけがあれば、今すぐにでも戦いが始まるだろう。だが、それでは些か文明人として野蛮すぎる。あいさつは実際大事。古事記にもそう書いてある。

 

「まぁまぁ、そういきり立つな。礼儀みたいなもんだ」

「ちっ。『剣闘』のマルだ。どうせ、お前からしたら覚えるに値しないとでも考えてるんだろうがな。気に食わない奴だぜ」

「ご存じ、『魔法使い』のカケルだ。だが、俺はそこまで傲慢じゃない。まったく、どんな印象を抱かれてるんだ?」

 

 壁際に逃げた冒険者たちに目をやれば、全員が俺から目を逸らした。……流石に傷つくかなー、その対応は。普段そんなに横柄な態度で振舞ってたっけ……。そもそも古参組とか有望株としか話さないからよくわからないなぁ。

 ま、さっき見せた魔法にビビってるとかはありえるな。ギルドでもめ事を起こすってだけで上級冒険者か考えなしの馬鹿だし。一般の冒険者からしたら、どちらも恐ろしいってのはなんとなくわかる。

 その印象をここで塗り替えて、イメージアップしなきゃな。こいつを華麗に下せば、評判も良くなるだろう。

 

「はぁ……ひどい偏見を受けた気がするが、今はこちらに集中しよう」

 

 男……『剣闘』のマルの髭面に視線を戻す。向こうもこちらの顔を見ている。視線が、絡み合った。

 対人戦のコツは相手の見ているものを把握すること、そして相手の考えを読むこと。だから、冒険者と戦うときは、相手の目を見るのが常道になる。対人慣れした冒険者同士の戦いがしばしば「お見合い」と揶揄(やゆ)されるのは、こうやって互いに見つめあって相手の出方を(うかが)うところから来ている。

 男との距離は5mほど。ギルドのラウンジでの戦いはフロア奥側の方がダンジョンに近く有利だ。このたった5mの『減衰距離』の違いのために勝敗が決することもある。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

 俺のつぶやきと同時、最初に仕掛けたのはマルの方だった。俺の方は離れたここからでも攻撃できるが、マルは見た目通り接近しないと何もできないのだから、いつでも飛び出せるように用意していたのだろう。

 非常に妥当な選択なのだが、判断が早い。貴重な自身の有利な5mを投げ捨て、俺に急速に接近してくる。俺が焦って撃った魔法を身体で受けて、カウンターで一発KOってところか。肉を切らせて骨を断つ速攻。悪くない作戦だ。

 その潔さや良し。だが、それが通用するかどうかは別の問題だ。

 

「『風の障壁(ウィンドベール)』」

 

 指輪に埋め込まれた輝石が翠緑(すいりょく)に輝く。

 こちらは『魔法使い』。マジックユーザーのその頂点。不条理を覆してこその勇名だ。

 

「ぐっ、短縮詠唱でこの強度の壁かよ!」

 

 ()()()()()()()()。 

俺の詠唱を聞いたマルは踵を床に擦り付け減速。俺の張った『風の障壁(ウィンドベール)』の位置にアタリをつけ、右足の震脚で慣性を殺し切ると左拳で当て身を繰り出した。

 突風の勢いに阻まれこちらに届くことはなかったが、その大気の壁を霧散させる程度の威力はあった。もしなんの対処もせずあのまま『風の障壁(ウィンドベール)』に身体ごと突っ込めば、乱流に体勢を崩され俺のテレフォンパンチでも楽に餌食にできただろうに、よく見切ったものだ。

 危険の直感的な感知、微細な風の流れからこちらの魔法の発動範囲を見切る目、そして自身の突進速度を全てパンチ力に変えた格闘技術。どれをとっても一線級だ。ああ、いい。実に、いい。命の懸からない戦いというのは、純粋に戦いを楽しむことができる。余計なことを考えなくていい。ただ、相手を叩きのめせばいい。

 口の端が吊り上がるのを感じる。冷静に戦局を見定めるのとは別の自分が(わら)う。

 さぁ、心の底から楽しもう。そう簡単に潰れてくれるなよ?

 

「『風の祝福(ウィンドブレス)』」

 

 風の付与魔法(エンチャント)で身体強化をかけた。鎌鼬の加護を得るこの魔法は、他の付与魔法(エンチャント)と比べても非常に汎用性が高く重宝する。せっかくこちらから拳での喧嘩の仕方を聞いたのだから、魔法で全てを片付けるのは非礼にもほどがある。次は、拳と拳のぶつかり合いの時間だ。

 俺の拳に当たったら鎌鼬で切り傷まみれになるけど。

 

「それくらいは承知の上だよな」

 

 マルが『風の障壁(ウィンドベール)』を破った際の硬直から脱し、もう一歩踏み込んでくる。その動きを見て、前に出していた右半身を一気に後ろに引き絞る。そして、風によって補助されたその動きの反動で左手を払うように高速で繰り出す。

 その左手は、マルが左拳と入れ替わりに打ち出した右拳のジャブを体の外側へと弾き飛ばした。……今のは少し危なかったな。

 

「おいおい、今のに追いつくのかよ!?」

 

 ボクサーのジャブの速度は一般に時速40kmと言われている。それはこの拳が届く距離において、0.1秒あれば相手の顔面を叩ける速度だ。だが、それは相手が普通の人間だった場合にしか成立しない。

 一瞬だけの拳と拳の接触だったが、マルの右手から鮮血が飛び散った。鎌鼬の特性は痛みも感じさせずに切り裂くその速度。いかにプロボクサー顔負けのジャブを放たれようと、『風の祝福(ウィンドブレス)』によって風の加護を得た俺の動きは、それより速い。

 

「まだまだこんなもんじゃない。そうだろ?」

 

 高揚のままに無詠唱で、体に纏った風の魔力をそのまま攻撃魔法(ウィンドヴァレット)として放出する。幾つもの小さな颶風(ぐふう)が不可視の弾丸となって、俺の指揮に従ってマルへと襲い掛かる。1つ1つが当たれば風穴を開けかねない威力のこの弾丸。マルは(さば)くことができるだろうか。……捌ききれるかな。大丈夫かな。

 

「お、武器を抜いたな」

「畜生! んなもん素手でどうにかなるかよ! 今のは絶対っ! 上級魔法だろうが!」

 

 やはり腐っても上級冒険者。俺が魔力を放出し弾丸を形成した僅かな時間で生身ではどうにもならないと悟ったらしい。背中に背負っていた手持ち盾(バックラー)を抜きざまに腰をかがめて丸まりながら袈裟に振り下ろし、ほとんどの弾丸を防いでみせた。

 体を丸めながらバックラーの影に収まろうとする防御術は、『颶風の弾丸(ウィンドバレット)』のような散弾系の攻撃を受けるときのセオリーだ。相対面積を小さくし、盾を動かすことで複数の射線をカバーする。まさに教本通り、危機に練習通りの動きをするには咄嗟に出るくらい体に染みつかせなければならない。男の努力が容易に思い浮かぶいい防御だった。

 とは言っても、全てを防げたわけではない。左手で背中から抜き放ったからには、左足は盾が届かず防ぎきれない。ギルドの床に傷をつけないように、ある程度の距離で霧散するように設定したから貫通はしていないはずだが、マルの左足には1つだけだが小さな穴が開きそこから真っ赤な血が溢れ出している。

 『颶風の弾丸(ウィンドバレット)』は本来貫通力の高い風系の上級攻撃魔法だ。不可視であり、放たれた後も弾丸の中心に向かって大気を高速で収束させて加速し、相手の防御をぐちゃぐちゃに食い破る。

 マルは手持ち盾(バックラー)を振り下ろすことで『颶風の弾丸(ウィンドバレット)』と真っ向から打ち合わず、流し切った。それによって威力を落とすように設定していた大半の弾丸たちは、盾を貫通することなく表面を削るだけでやり過ごされてしまった。

 うむ。撃った時は少しばかりやりすぎたかと思ったが、きちんと防げたな! 流石は上級冒険者だ!

 ……次はもう少し加減しよう。

 

「ああ、クソッタレ。お前がそんなもん撃ってくるならこっちにも考えがあるぞ!」

「お、これはまさか?」

 

 笑顔を浮かべてしまう俺とは反対に、マルの方は奥歯を噛み締めた髭面だ。間違えた。しかめっ面だ。

 右足一本で後ろへと一足飛びに退いたマルは、左腰にぶら下げていた片手剣に手をかけた。勢いよく抜き放ったそれを、胸の前で構えた盾の影からいつでも繰り出せるように引き絞る。ボクシングスタイルで右手に片手剣、左手に手持ち盾(バックラー)。これが、『剣闘』のマルの名の由来だろう。

 このスタイルは最近の攻略組の流行りだから使っているのかと俺は思っていたが、先ほどの防御といい構えが堂に入りすぎている。

 これはもしや。

 両手を挙げて飛び込んで来ようとするマルに制止をかける。

 

「1つ聞いてもいいだろうか」

「……あまりマジックユーザー相手に時間を渡したくないってことを分かってくれ」

「俺は今、魔力をこれっぽっちも動かしちゃいない。この状態から魔法が撃てないことは、お前さんほどの使い手ならわかるだろう?」

「……何が聞きたい」

 

 問答の間も一切構えを崩さないマルが、しぶしぶ答える。

 

「最近流行っているそのボクシングみたいな構え。もしかして生みの親は?」

「……俺だよ。俺の名は『剣闘』のマル。ジョブは『剣闘士』。剣と盾を用いた古代ローマの剣闘士のような肉弾戦が俺の得意分野だ」

「へえ……いい名前じゃないか。改めて宣言しておこう。俺は相手の名前を覚えないなんて傲慢なことはしない」

 

 だけど。

 

「マル。君の名前は俺が一等覚えておくべき名前のうちの1つになるだろう」

「はっ。『魔法使い』様の覚えがいいとは、こりゃ光栄だな。ついでに俺の一撃でぶっ倒れてくれれば文句なしだ」

 

 マルの身体に『力』が(みなぎ)るのがわかる。武器を抜き、いつものスタイルになったからだろうか。それとも、今のやり取りでマルは一回り自信をつけたのだろうか。先ほどまでよりも明らかに圧力が増している。

 たとえ左足に風穴が開いていたとしても、今度の突進はさっきと違って『風の障壁(ウィンドベール)』では受け止められないだろう。これは加減はいらないかな。もう少し強い魔法を使ってもよさそうだ。

 

「よし、新しい戦術を生み出した名誉を称えて、俺もそれにふさわしい魔法を使おう」

「なんでお前に称えられなきゃいけないのかわからないが……お手柔らかに頼むぜ」

 

 俺は改めて右拳を握りしめる。指輪が一際輝き翠緑の光を辺りに撒き散らした。

 それを見た瞬間には、もうマルは駆け出していた。上半身の体幹を少したりともぶらさず、下半身の動きだけで近づいてくるその歩法は、俺にマルとの距離を正常に測らせない。

 どこぞの武術の奥義にありそうな技をここ一番でぶつけてくるのか!?

 マルならば俺が動きを見せた瞬間には飛びかかってくると思ったが、想像以上の速度と技だ。いや、これは本当に速いのか? それすらも俺にはわからない。

 だが、1つだけわかることがある。

 それは。

 

「ここのギルドの最強の座につく二つ名は決まっているんだ」

 

 俺が勝つということだ。

 俺の魔法が発動する直前、マルとの距離がゼロになった。あれだけ格闘術を見せておいて最後は体当たりか!? いや、そう思っただけか? 本当に密着しているならば、もう衝撃が来ていてもおかしくない。もしや、これは錯覚か。マルが本当に拳を振るう距離に入る直前に魅せてきた、まやかし。離れているはずなのに近くに見せる、蜃気楼の体術。

 動揺する時間ももったいない。体当たりでも当て身でも関係ない。魔法が発動したことで()()()()()()で、マルとの間の正確な距離を測り直す。

 

「たとえ相手が近接職だろうとマジックユーザーだろうと、ヒーラーだろうと」

 

 マルの位置を把握した。拳を振るうのに最適の距離。構えからしてやはり、目的は右手を振るうことのようだ。左の盾を前面に出して近づくことでこちらの魔法を防ぎ、右の剣で斬り伏せるつもりだったのだろう。どこまでもセオリー通りに、それを高い水準でこなす男だ。

 マルは既に剣を持った右手を振るうべく、左の盾を後ろに引き始めてしまっている。右手の剣も振りかぶり、前面はがら空きだ。今からでは到底この右拳を防ぐ術はない。

 だから俺は冷静に、限界まで引き絞られた右拳を超大振りで繰り出す。野球のオーバーハンドスローの要領で繰り出された拳は、標的を穿つのが待ちきれないとばかりにみるみる輝きを増しマルの顔へと近づいていく。

 マルの顔が驚愕に歪むのが、加速した知覚にまるでスローモーションのように映る。まやかしを魅せて、自分の方が早く剣を振り始めたのに、相手の拳が迫る方が早い。そんな恐怖を味わうことになったマルは今何を考えているのだろう。

 俺のとっておきの魔法。体中に纏わりつき辺りを黄金に照らし出す『雷帝の鎧(エレクトラム)』は、生体電気にまで干渉し風を纏った時以上の速度を俺に与える。その力は俺の知覚を加速させ、体のリミッターを解除したような動きを可能にするのだ。

 目の前で驚愕の表情を浮かべるマルには悪いが、今回の(魔法)の喧嘩は俺の勝ちだな。

 

「『魔法使い(最強)』は譲れない」

 

 思い切り振り下ろした俺の拳がマルを叩き潰し、彼の頭が床をぶち抜いた。

 

 ……いや、ぶち抜いちゃダメじゃん!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。