セいしゅんらぶこメさぷりめント (負け狐)
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会長扇動セレクション その1

修学旅行が終わってからのスタートです

っていうとテンプレっぽい



 総武高校の部室棟の一室。そこに奉仕部の部室はある。何をするのかよく分からないその部活動は、しかし確かな実績を持つ少女が部長を務めていることで確立していた。

 現在の部員は四名。部長である彼女、雪ノ下雪乃と自称副部長由比ヶ浜結衣、体験入部を謳っていた割には居着いてしまった三浦優美子と海老名姫菜。

 これに入部届も出さない上に来たくて来ているわけではないとぼやきながら何故か入り浸る一人の少年を加えたのがここの主な住人である。

 そんな五人は今、暇を持て余していた。

 

「あ、じゃあこれ。次までにどうにかしないとブラックホールに飲み込まれて優美子の負けね」

「はぁ? 意味分かんねーし」

 

 ひょい、と姫菜の置いたカードを見る。彼女の述べたことがそのまま書いてあり、なんじゃこりゃと優美子は顔を顰めた。

 

「じゃあ次あたし。えーっと、これかな? 『道徳的には正しい』、今残ってる人みんな勝ち」

「おい待てガハマそれはつまり俺だけ負けじゃねぇか」

「諦めなさい比企谷くん。あなたは敗北者なのよ」

 

 どこぞの場所から調達してきたゲームをしながら無駄に駄弁る。間違いなく部活はしていない。だというのに、それを咎めるものはどこにもいない。それはここが治外法権であるというわけではなく、ただ単に顧問が不在で仕事もないというだけなのだが。

 そんな折、部室の扉がガラリと開いた。視線をそこに向けると、ここにいる面々にとっては顔馴染みの少女の姿が。

 

「雪ノ下先輩! 助けてください」

「あら一色さん、いらっしゃい。それは依頼ということでいいのかしら?」

 

 遊び終わったカードを片付けながら雪乃がそう尋ねると、やってきた少女、一色いろははコクリと頷いた。とりあえず座って、という雪乃の言葉に従った彼女が一行の隣の椅子に腰を下ろすと、ついでに先程まで遊んでいたカードゲームをちらりと見る。どうやら忙しくはないようで、これならしっかりと話を聞いてもらえそうだ。そう判断し、とりあえず安堵の息を零した。

 

「んで一色、どしたん?」

 

 頬杖を付きながら優美子が問う。雪乃はノートを準備しいつものように依頼を書き留める体勢になっているので、その質問は誰が言おうと別段変わらない。勿論いろはも分かっているので特にそこには何も言わず、今回の依頼についてを語り出した。

 

「実は、もうすぐ生徒会選挙があるんですけど」

「そだっけ?」

「そういえばそんなこともあったような」

 

 結衣が首を傾げ、姫菜がぼんやりと呟く。まあ自分の学校生活に関係しない出来事なんざそんなもんだわなとそれを聞いていた比企谷八幡は思い、だが同意はしてやらんと口を噤んだ。ここで何かを言うと目の前の悪魔、雪ノ下雪乃の思うツボだからだ。

 

「で、それがどうしたんだ」

 

 その代わりというべきか、彼はとりあえず先を促すことにした。そもそもとして目の前の少女がそんなイベントに関連するとはとても思えない。インスタ映えとか女子力とかそういう見栄えを意識しつつ男を手玉に取ろうと裏で腹黒く笑うようなこいつが、生徒会とか。思わず鼻で笑いそうになり、自分から先に進めようとしたくせに脱線しかけたことを自覚して息を吐く。

 

「先輩、今絶対お前には欠片も関係ないだろうとか思いましたね」

「気のせいだろ」

「じゃあこっち見て言ってくれません?」

 

 視線を合わせず、八幡はあくまでしらを切る。まあいいやと息を吐いたいろはは、あははと笑いながらでもしょうがないと言葉を続けた。恐らくこの場でそう思っていない人物はいないであろうと判断したからだ。結衣も、雪乃も、そして何より。

 

「まあ自分でも思ってますしね。生徒会とかわたし絶対関係ないだろうって」

「だったら何で?」

「あー、いや……。それはですね、何というか」

 

 結衣の言葉に、いろはが露骨に視線を逸らす。何かを言い辛そうに小さく深呼吸すると、こういうの自分のキャラじゃないんですけどと呟いた。

 

「実は、ちょ~っと嵌められまして」

「は?」

「何か気付いたら生徒会に立候補していることになってたんですよ」

 

 困っちゃいますね~、と頭を掻くいろはだったが、その表情は意外と深刻だ。態度や口では堪えていないように見せているが、案外げんなりとしているのだろう。とはいっても、その理由の大半はそうした相手へのものではなさそうであったが。

 そのまま彼女が話すには、ここのところの騒動でただでさえ悪目立ちしていたのが更に上がり、そのまま自分を気に入らない連中を結託させることに繋がったのだとか。勿論予想であり推測なので、それがそのまま真実であるとは限らない。限らないのだが、現実問題として推薦人の署名まで集めて気付かないうちに立候補者に仕立て上げられている以上、全くの的外れというわけでもなさそうだ。

 

「そんなわけで。今生徒会長の立候補者がわたししかいないんですよね」

「んなのやっぱやめたって言えばよくない?」

「うちの担任が何か乗り気になっちゃって……あと平塚先生達にも相談したんですけど、取り下げって前例ないらしいんですよね」

「そりゃ、普通やめないからねぇ」

 

 推薦人まで用意して立候補する手続きをとる以上、事故か病気、あるいはそれに類することでもない限りは取り下げる理由がない。理由がないということは、当然規約にもわざわざ記入しない。

 詰んだな、と八幡は椅子をギシリとさせながらぼやく。その口ぶりからして、いろはがここに来た理由を彼は既に察しているようであった。当然雪乃もそれは承知であり、結衣も優美子も姫菜も何となくであるが気付いている。

 つまり。

 

「分かったわ。じゃあどうやって一色さんをその気にさせるか考えましょう」

「そっちに持ってくんですか!?」

 

 分かっていてもそうするのが、雪ノ下雪乃である。

 

 

 

 

 

 

「いやいやいや、わたしはどうにかしてやらないように出来ないかって相談をしにきたんですよ」

「そうでしょうね」

「ですよね!? 分かって言ってますよね!?」

「でも、私達はそのことをまだ聞いていなかったでしょう? だから仕方のないことなのよ」

 

 しれっとそう述べる雪乃を見て、ああはいはいそうですねといろはは全く心のこもっていない棒読みを返す。そうしながら、ならば口にしたのだから問題ないだろうと彼女を睨んだ。勿論雪乃は意に介さない。

 

「なら聞くけれど。他に会長の候補者はいないの?」

「……いません」

 

 やっぱ詰んでるな、と八幡は他人事のように一人思う。実際他人事なので彼のその態度は間違ってはいないのだが、結衣からすればもう少し考えてあげてもいいのにという風に映らなくもない。

 もっとも、どうせ最終的には手伝うのだろうという無駄な信頼を彼女は彼に持っているので、何の心配もしていないが。

 

「そうなると最後の手段としては、一色なんかには会長を任せられんと全校生徒の過半数に思わせるしかない」

「先輩、わたし相手だからってメチャクチャ言ってません?」

「現状他に方法はないだろ」

 

 ほらやっぱり、と一人結衣が頷く中、八幡はそんなことをいろはに述べた。案としては確かに有りなのだろうが、それはいかんせん本人の負うダメージも中々のものになる。発端が発端のため、場合によっては彼女がさらなる悪意に晒される可能性もなきにしもあらず。不満そうないろはを見て、まあそうだろうなと言った本人である八幡も肩を竦めた。

 

「だったらあれだ。応援演説が酷すぎてドン引きとか」

「ふむ」

 

 思い付きを述べてみた八幡の言葉に、雪乃が反応した。暫し考え込むと、つまりはこういうことなのねと指を立てる。

 

「一色さんを支持している生徒が例えば――そうね、仮にHくんとしましょう」

「おい」

 

 ――オウフ、この応援演説というのはですねwwwwまあ拙者の一番の推しである一色いろはたんの魅力を余すことなく伝える場としてwwwデュフフ、選ばせていただいのでござるが、フォカヌポウwwおっとこれではまるで拙者が変人のようでありますが、決してそんなことはなく、これは一色いろはたんを愛でる会、すなわち、ドウフ推薦人の総意であるという認識をwwwコポゥ

 

「みたいなことを」

「推薦人代表ヅラしてそれ出てきたら一色さん祭り上げた連中憤死しそう」

「一色嵌めた連中には丁度いいか」

「いいわけないでしょうが! 三浦先輩、それ中心にいるの何だかんだでわたしなんですからね!」

「それ以前にモデルに俺を使うな、せめて材木座にしろ」

「中二は何か難しい単語使うからこっちじゃなくない?」

 

 喧々諤々。雪乃の述べたその話を受けて、ああでもないこうでもないと皆好き勝手なことを言い出す。まあ言ってみただけだから、とその張本人はあっさりその案を取り払った。

 

「そもそも、こんな応援演説を比企谷くんがやったところで、だから何だと信任投票で丸を付ける生徒が大半でしょうし」

「だから何で俺がやること前提なんだよ」

「そもそもヒキオがやったところで、文化祭や体育祭で既に顔バレしてっからそこまで効果なくない?」

「あー。愛の人が何かやらされてる、って思われて終わりかもね」

「場合によっちゃ逆に支持率上がるんじゃ」

 

 確かにそうだ、と八幡を除いた皆が頷く。では改めて却下だと告げ、そうなると打つ手がないなと結論付ける。

 諦めないでください、といろはの悲痛な叫びが部室に木霊した。

 

「つってもな、一色。もう後は誰か別の候補者持ってくるしかないぞ」

「あ、じゃあ先輩やってください」

「一色、会長がんばれよ」

「そこは嘘でもいいからお前のためになるならとか少しは考えてくださいよ。それとも他の女のためには動きたくないとか言い出しやがります?」

「お前のために動きたくない」

「酷くないですか!?」

 

 目を見開いたいろはは、そのままくるりと反転すると結衣へと泣きついた。よしよしとそんな彼女の頭を撫でながら、困った顔のまま結衣は八幡へと目を向ける。

 

「どうするヒッキー」

「嫌だっつてんだろ。大体俺を推薦するような物好きが三十人もいるわけ」

「あら、そうでもないわよ。愛の人が会長をやるとなれば、きっと署名してくれるわ」

 

 ギリギリと軋んだ音をたてるような動きで八幡が雪乃へ振り向く。涼しげな顔で紅茶を飲んでいる彼女を見て、彼は中指を立てた拳を天に向けた。行儀が悪い、とそんな八幡をちらりと見た雪乃は一言で切って捨てると、続けてどうするのと彼に問う。

 嫌だ、と再度八幡は宣言した。

 

「そうなるともう他に案はないわね」

 

 ぐぬぬ、といろははそこで沈黙した。結衣に泣きついた体勢のまま、顔を伏せるとぽつりと呟く。

 先輩達なら、なんとかしてくれると思ったのに、と。

 

「私達は万能じゃないわ。出来もしないことを出来ると安請け合いする方が失礼よ」

「でも」

「だから、私は、奉仕部は出来ることをやるだけ。――ねえ、一色さん。あなたはどうしてやりたくないの?」

 

 声のトーンは別段変わらない。だが、そこに纏う空気は明らかに変わった。ふざけた調子から、きちんとしたものに切り替わった、そんな気がした。だからいろはも姿勢を戻し、真っ直ぐに彼女を、雪乃を見る。

 

「一年で生徒会長って、無理があります」

「そうね。でも、私は一色さんなら出来ないこともないと思うのだけれど」

「それって、他の何かを犠牲にしないと駄目じゃないですか。わたしこう見えて、結構人間関係大事にするんですよ。生徒会長なんかになっちゃったら、クラスメイトとか、友達とか、そういう人達と一緒にいる時間、無くなっちゃいます」

 

 いろはの言葉に、結衣も優美子も姫菜も口を挟まない。友達との、仲間内との時間を大切にしたいという思いに異を唱えられない。

 ふう、と雪乃が息を吐いた。ノートに記入していた手を止め、くるりとシャープペンシルを回すと机に落とす。

 

「でも比企谷くんを会長にして逃げるのはいいのね」

「そこ突っ込んじゃいますか~」

 

 くそう、とどこか悔しそうにいろはが項垂れる。何か真面目なことを言ったものの、そこに至るまでの流れで色々生贄を置こうとしている以上、彼女の意見を百パーセント飲んでもらえるはずがない。言っていることが嘘ではないとしても、だ。

 

「だってそうでしょう。あなたが友人との時間を大切にするように、比企谷くんだって――間違えたわ、由比ヶ浜さんだって恋人と一緒の時間を大切にしたいと」

「間違えてねぇよ。俺が生贄にされたんだから俺を主体にしろ」

「あら、比企谷くん。あなた、恋人と一緒の時間は大事?」

「…………」

 

 八幡は沈黙した。そんなゲームの状態異常メッセージが現れるほど露骨に彼の口が閉じられる。が、その行動は雪乃の質問を否定するような意味合いをもっているというよりも、むしろ。

 優美子と姫菜は生暖かい視線を結衣へと向けた。あはは、とどこか照れくさそうに彼女は頬を掻いていた。

 

「まあ、でも。あたしは別にヒッキーが会長やってもいいよ」

「あら、それはどうして?」

「その時は、あたしが生徒会室に入り浸るし」

「だそうよ、比企谷くん」

「やらねぇっつってんだろ!」

 

 はいはい、と八幡の叫びを流した雪乃は、視線を再度いろはに向ける。そういうわけだ、と一体全体どういうわけなのかよく分からない締め方をされたので、当然ながらいろははツッコミを入れた。

 

「それ言っちゃったらみんな一緒じゃないですかー!」

「そうね。だからこそ、私は一色さんをその気にさせる方向で行くことにしたのだけれど」

「この悪魔!」

「何だ一色、今更気付いたのか」

 

 はん、と鼻で笑いながらそう述べた八幡をギロリと睨み付けると、とにかく自分は会長なんかやりたくないと声高に宣言した。先程も言っていたが、改めて力強く言い切った。

 

「……なら、一色さん。ここは一つ、勝負をしましょう」

「勝負?」

「ええ。あなたは会長をやりたくない、私はあなたをその気にさせたい。どちらの意思が勝つかの、勝負」

 

 クスリ、と雪乃は笑う。当然奉仕部は敵に回ると続け、優美子や姫菜、そして結衣を見やった。四対一だが、卑怯と言うまいなと微笑んだ。

 

「奉仕部相手……それはつまり、こっちは先輩を味方に引き入れていいってことですね」

「嫌だ、巻き込むな、俺は無関係だ」

「いいの? 由比ヶ浜さん」

「ヒッキーがいいなら、いいんじゃない?」

「嫌だ」

「やっぱり由比ヶ浜さんと一緒がいいのね」

「そういう意味じゃない、そもそも巻き込むな」

 

 八幡の言葉を無視しながら、いろはは拳を握り込む。分かりました、と雪乃を見ながら、頷く。その代わり、と握っていた拳を緩め、指を一本立てた。一週間の期限と、こちらが勝ったら会長にならないための協力を全力でしてもらうという約束を立てた。

 

「ええ、それで構わないわ。元々そのつもりだったし」

「言いましたね。その言葉、忘れないでくださいよ」

 

 笑みを浮かべる雪乃に対し、いろはも同じように笑みを浮かべる。双方ともに、自分が負けるとは思っていない。どちらも、勝利し、そして思い通りになることを思い描いている。

 

「楽しみね、一色さん」

「絶対、雪ノ下先輩達なんかには負けたりしませんから!」

「即堕ち2コマみたいなこと言い出したな」

「先輩、セクハラで訴えますよ」

 

 こうして比企谷八幡は一色いろは陣営となった。

 

 




八幡「そもそも何で知ってるんだ?」
いろは「クラスに、本人はそういうの隠してるつもりだけどバレバレの友達がいるんで」


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その2

原作と変わり過ぎててナンジャコリャ状態


とっくにそうだった


 一色いろは陣営、とは。結局彼女が雪乃達の説得と言っていいのか怪しいそれに対して首を縦に振らなければ終わるだけの、早い話がいてもいなくても問題のない陣営である。つまり八幡は向こうの味方をしない、というただそれだけのために引き込まれたのである。

 

「まあ、逆に考えれば何もしなくていいから、楽ではある」

 

 ぼやく。作戦会議なのか悪巧みなのか分からないそれをしているであろう奉仕部の面々を思い浮かべながら、彼は彼でとりあえず自由時間を持て余していた。最近何もない時は二人だったので、一人になると予定が狂う。そのことにふと思い立ち、本来の俺は一人が好きだろうにと自分で自分にツッコミを入れてみたりもした。

 ともあれ、そんな自由時間を満喫でもしようかと八幡はぶらり街をゆく。色々なしがらみを投げ捨て、何も考えずに無心に過ごすのだ。現実逃避とも言う。

 そんなわけで少し小腹でも満たそうとドーナツ屋へと向かった八幡は、その選択肢をすぐさま後悔するはめになった。

 

「あ、比企谷くん、ひゃっはろー」

「げ」

 

 雪ノ下雪乃に出会わないので安堵していたら、亜種、あるいは歴戦個体に遭遇してしまったのである。挨拶をされたのでとりあえず言葉を返し、八幡はそのまま彼女から離れた席に座る。

 当然のように移動してきた。

 

「何で来るんですか」

「暇だから」

「帰れよ」

「だから、暇なの。これから友達とご飯食べに行くんだけど、それまで暇なのよねー」

「本でも読んでてください」

 

 はいはい、と雪ノ下雪乃歴戦個体――雪ノ下陽乃は持っていた本をペラリと捲る。その横顔を暫し眺め、こちらに干渉してくる気配がないのを確認すると息を吐き八幡もドーナツを食べ始めた。

 一個目を食べ終わり、頼んだカフェオレをお代わりした辺り。隣の陽乃はふと思い出したように彼に声を掛けた。

 

「で、比企谷くんはどうするの?」

「何の話ですか?」

「分かってるくせに」

 

 チシャ猫のように笑った彼女は、そこでうりうりと肘で八幡を突く。盛大に溜息を吐いた彼は、それを鬱陶しそうに退けながらそっちこそ分かっているでしょうにと返した。

 

「ん?」

「俺は一色の方についてるんですから、特にやることなんかありませんよ」

「……だろうね。彼女が頷かなければ、それで終わり。雪乃ちゃんの負けってわけだ」

 

 そんなことを言いつつも、陽乃はどこか楽しそうに口角を上げる。妹が負けることを喜んでいるようにも見えるそれは、しかしそうではないことを八幡は何となくであるが察した。これは、そう、その笑みの対象は雪乃ではなく。

 

「どう? 一色ちゃんはきちんと雪乃ちゃんの甘言を跳ね除けそう?」

「さあ? まあ絶対に負けないとか言ってたんで大丈夫じゃないですか?」

 

 何が言いたいんだ。そんなことを思いつつ、八幡は陽乃から視線を外した。何を言おうが自分が動くことはない。働きたくないでござるの精神だ。そんな決意を込めながら、彼はぬるくなったカフェオレに口を付ける。個人的には甘さが足りない。

 

「じゃあ質問。雪乃ちゃんは負けたら、どういう手で一色ちゃんを会長にさせないようにすると思う?」

「さあ? それこそ俺の知ったこっちゃない」

「うんうん。そうだよね」

 

 八幡の回答に満足したのか、陽乃は楽しそうに頷くとそこで会話を打ち切った。再び本に目を向け、何事もなかったかのように読書を続ける。

 八幡はそんな彼女を警戒していたが、追撃が来ないことを確認し意識を外した。結局意味のない会話だったのかと息を吐いた。

 

「……」

 

 いや違う。ぐるぐると彼の中で何かが警鐘を鳴らしている。今の会話に何かがある、と訴え続けている。では一体何だ。

 会話の内容は、いろはを会長にするか否かの勝負の話。そして雪乃が負けた場合にどうするかの話。雪乃は確かあの時何と言っていた。いろはの出した条件に、何と答えた。

 

――ええ、それで構わないわ。元々そのつもりだったし

 

「っ!?」

「ん? どうしたの? 比企谷くん」

 

 弾かれたような八幡の動きを見て、陽乃が笑みを浮かべながらそう問い掛ける。視線を、既に返す言葉を用意してあるかのような表情の彼女へと向けた。先日の奉仕部でのやり取りで出た手段は主に二つ。応援演説でやらかして不信任にするか、別の立候補者を出して負けさせるか。

 

「予想で構わないんですけど」

「何?」

「雪ノ下は負けたらどうやって一色を会長にさせないつもりだと思いますか?」

「さっきわたしが比企谷くんに聞いた質問そのままじゃない」

 

 そう言ってクスクスと笑った陽乃は、しょうがないなとばかりに本を閉じた。そろそろ友達も来るだろうからと席を立った。

 

「当然、雪乃ちゃんが会長になるでしょうね」

「……マジかよ」

「楽しみだなぁ。比企谷くんも、そう思わない?」

 

 じゃあね、と彼女は店を出る。手をひらひらとさせながら去っていく陽乃を見ながら、八幡はなんとしてもいろはを負けさせなければならないと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 考えるよりも先に、まず拒否反応が出た。雪ノ下雪乃を生徒会長にするのは、認められない。比企谷八幡の出した答えは、これだけだ。

 だから彼は、一色いろは陣営とかいうものに入れられているにも拘わらず、彼女を負けさせる方向に動くことにした。雪乃達の説得に頷くようにするか、あるいは自分で説得するか。

 だが現状そのどちらもいろはは受け付けまい。少なくとも八幡の言葉に耳を貸すことはないだろう。やっぱりやった方が良いぞ、などと突如手の平返しをされて納得する人間はそれほど多くない。

 

「さて、どうするか……」

「どったの?」

「こっちの話だ」

 

 ふーん、と八幡の席に来ていた結衣が呟く。目の前のこいつに覚られるとそこから雪崩のように奉仕部へと伝わり、そして待っているのは八幡の死である。実際に死ぬわけではないが、物理的でないだけなので案外比喩表現でない可能性がある。

 ともあれ、兎にも角にもこの問題は自分一人でどうにかしなければならない。少なくとも今の八幡はそう思っていた。

 

「ガハマ」

「ん?」

「暫く俺、一人で飯食うわ」

「うん。いいけど、何かあった?」

「今の俺は一色陣営だからな」

「……ふーん」

 

 ちらりと八幡の顔を見る。発した言葉が完全なる正解ではないことを結衣は見抜いたが、それは当の本人も織り込み済みなのだろう。バレバレだし、と内心笑いながら、となると何かやらかす準備をしようとしているのだろうと続けて考える。そしてそれは、恐らくいろはにも伝えない形で。

 

「ま、いいや。好きにやっちゃってよ、ヒッキー」

「……おう」

 

 なんだか想定していないところまで抜かれた気がする。そうは思ったが、この様子では先程予想した雪崩式八幡死亡フラグへ向かうことはないと見ていいだろう。そう結論付けそちらの可能性を一旦追いやる。これからの行動にそれは邪魔なのだ。

 とはいえ、午前中の授業を全て使っても碌なアイデアは出ず。一縷の望みを懸け昼休みに図書館で資料を探したものの、勿論何の成果も得られない。

 

「これは、本格的に詰んだか……?」

 

 ギシリと図書館の椅子に体を預ける。元々雪乃が勝てば何の問題もない話だ。わざと負けることもないであろうし、自分は横で見ていて盾になるのを拒否すればそれで事足りる。そう逃げる思考が沸いてくるが、そこには彼女に対する信頼と信用がなければ成り立たない。

 八幡は雪乃を信用してはいるが、決して信頼はしていない。だから彼女の行動が望む通りになると楽観的になどなれるはずがないのだ。

 

「ん? どうしたのだ八幡、珍しい場所にいるな」

「お? 何だ材木座か」

 

 ぼけっと窓の向こうを眺めていた八幡の横合いから声。視線を動かすと、制服に謎のコートという出で立ちの材木座義輝がカチャリとメガネを指で上げるところであった。今日は一人なのかという彼の質問にまあそうだなと返し、そして目の前のこいつにもそういう認識なのかと八幡は内心溜息を吐く。

 

「して、リア充の貴様が何故こんな陰キャラ御用達の空間に立ち寄った?」

「偏見やめてやれ。後別に俺はリア充でもない」

「はっ」

「鼻で笑いやがった……」

 

 この野郎と八幡が睨む横で、義輝は彼の隣の椅子に座る。まあ最近サシで話す機会もなくなっていたから丁度いいなどと笑いながら、再度同じような質問をした。今度はきちんと、何かあったのか、という程度のニュアンスでだ。

 

「多分お前には欠片も関係ないぞ」

「気にするな。我と貴様は魂の同士だろう?」

「なった覚えはねぇよ」

「なら、あれだ。……友人の困っていた時くらいは、手助けさせろ」

「こっ恥ずかしいこと言ってんじゃねぇよ。後別にそこまでシリアスな悩みじゃないからな」

「ならば丁度いい。我も重い話苦手」

 

 かかか、と笑う義輝を見て息を吐いた八幡は、少しだけ力を抜くとなら遠慮なくとばかりに話し始めた。いろはが生徒会長に立候補させられたこと、やりたくないからと奉仕部に相談に行った結果雪乃といろはが謎の勝負をすることになったこと。そして雪乃がいろはに負けた場合、高確率で彼女自身が生徒会長になることなどをだ。

 

「ふむ。それで何が問題だ?」

「雪ノ下が生徒会長になったらどう思う?」

「ふうむ。我に優しくない世界になりそう。と思ったりもするが、実際はそうでもないであろうし、何より高校の生徒会が学校をどうこうする力など持ってはおらんだろう。だから別にいい、くらいか」

「材木座のくせに冷静に判断しやがって」

「何で貶された!?」

 

 まあいいや、と八幡はそれを流す。流しながら、しかし材木座と彼を見た。お前は本当に、そう思うのかと問い掛けた。

 雪ノ下雪乃が生徒会長になった場合、本当に学校をどうこう出来ないと思うのか。そう、尋ねた。

 

「そう言われてもな。我は貴様と違ってそこまで彼女と接点はないぞ」

「そうか? 雪ノ下のフレンドリストにお前入ってないの?」

「ふ、我は孤高の存在ぞ。かような聖なる陽の光を存分に浴び輝ける者と相容れるはずもなし」

「聖なる光とか浴びたらあいつ浄化されて灰になるんじゃねぇの……?」

 

 どうやら義輝のイメージはまだ一般的な『雪ノ下雪乃』であるらしい。体育祭とか文化祭とか見てなかったんだろうかと思うが、表に出てきたのはあれくらいなので、基本裏から糸を引く彼女の正体を知るにはもっと近付かねばならないのだろう。

 しかしそうなると。顎に手を当てながら八幡は暫し考え込む。自分の危機感が伝わらないのであれば、相談をしても肩透かしになる可能性がある。乗りかかった船なので一応聞きはするが、ロックはせずに一括売却の候補にでも入れておこうと結論付けた。

 

「それで材木座。俺はそれを阻止したい」

「む? 雪ノ下女史の生徒会長化をか?」

「ああ、そうだ。何か案はあるか?」

「……普通に件の彼女を説得すればいいのでは?」

「それが上手く行かなさそうだから困ってんだよ」

 

 やっぱ使えないなと思い切り口に出した。そうは言ってもと義輝は義輝で眉を顰める。話を聞く限り、とりあえずこちらで取れる手段はそれしかない。向こうが勝つのを祈るか、あるいは予め負けておくか。その二択だ。どちらにせよいろはの説得が必至となる。

 

「ふむ。では八幡よ、具体的にはどう説得するつもりだったのだ?」

「は?」

「いや、上手く行かなさそうなのだろう? ならばまずそのアイデアを話してみろ」

「……あー。それは、その、あれだ。誠意製作中というやつでな」

「……我にどうにか言える立場か?」

「誤解のないように言っとくがな、纏まっていない候補はある。ただそれをやるには」

 

 ぽつりぽつりと八幡はそれを述べる。ふむふむと聞いていた義輝は、納得がいったように頷いた。

 

「成程、確かにそれを行うには今の貴様の立場では支障があるな」

「ああ、そうだ。一色陣営とかいうわけわからん所属じゃなければまだしも」

「現状、獅子身中の虫だからな」

 

 盛大な溜息。そうしながら、何故こんなに悩まなければいけないのかと八幡は世の中の理不尽を嘆いた。知らなければ幸せだった。そんな言葉が頭をよぎり、何も考えずに生きられることの幸福を羨む。ミントかワルナスビ辺りにでも転生しないかな、とほんの少しだけ真面目に考え、ぼやいた。

 

「平と巨、両極端だな」

「何の話だ何の。俺は植物の話をしているんだが」

「ふむ、そうか、ではそういうことにしておこう」

 

 若干脱線した辺りで予冷が鳴る。結局役に立たなかった、と立ち上がった八幡に、それは悪かったなと義輝が笑う。そうしながら、放課後はどうすると彼に問うた。

 

「あ? いやもうお前の協力はいらんぞ」

「そこは頼ってくれよはちえもーん」

「寄るな鬱陶しい。大体今から放課後で何かアイデア出るのかお前は」

「ふむ。そうだな。…………何か思い付いたら連絡しよう」

「あいよ」

 

 ではさらばだ、と去っていく義輝の背中を見ながら、八幡もゆっくりと図書館を出る。一人では駄目だ。二人でも上手く行かなかった。ならば三人四人と数を増やすか。否、それは八幡自身が許さない。そこまで繋がりのある相手を多数用意するなど、彼の中では選択肢にも表れない。

 多人数では駄目だ。聞くならば、マンツーマンで。挑戦する家庭教師のように。

 仕方ない、と八幡は息を吐く。そうなった場合選ぶ相手は、彼の中でほぼ決まっているようなものだ。ついこの間までは、妹の小町。今はそれに加えて。

 

「……はぁ」

 

 教室に戻ると、優美子達と話している結衣の姿が目に入った。やほ、と手を上げる彼女に同じように小さく手を上げることで返した彼は、自身の席に着くとスマホを取り出す。

 会話アプリを起動させると、目当ての相手へとメッセージを送った。ん、と一人の少女がスマホを眺め、そしてちらりと八幡を見る。彼はそれに目を合わせなかった。その行動を返答と受け取ったのか、彼女はそのままスマホでメッセージを入力し始める。

 

「優美子、今日どうする?」

「ん? ああ、奉仕部? あーしは今日は駅前行くからパス」

「……じゃあ、私も買い物に行こうかな」

 

 優美子の言葉を受け、姫菜もそんな言葉をこぼした。その顔は笑顔、だから遠慮するなと言わんばかりの表情で。

 何か誤解されているような気がしないでもないが、しかし恐らくそのものは間違っていないのだからまあいいや。結衣はそう結論付けると、二人に分かったと述べた。ならあたしも自由行動するよと続けた。

 

「ヒキオとどっか行くん?」

「放課後デートかぁ」

「そんなんじゃないし。あ、いや、そうかも」

 

 流れからして間違いなく何かしら今回のことについての相談なのだろうが、二人で放課後寄り道してそういうことをするのならば、広義的に言えばデートでも問題あるまい。

 スマホがメッセージを受信した。なんぞやと結衣が画面に目を向けると、八幡からの抗議の文面が。

 

「そだね。ヒッキーとデートに行くよ」

 

 スマホでそのメッセージに返信しながら、結衣が笑顔でそう言った。向こうにいる彼氏の顔は、見なかった。

 

 




ダブルデートはどっかで話にする予定(未定)


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その3

可愛いだけじゃないガハマさん

を、目指したかった(過去形)


「それで、どうしたの?」

「その前に物申させろ」

 

 放課後。八幡のリクエストによりお約束のファミレスへと向かった二人は、お約束のようなやり取りを交わしていた。内容を聞こうとする結衣に対し、八幡はそもそもの発端の件について追求したのだ。

 

「あそこで何か変なことを言う方がマズくない?」

「それは、まあ、そうだが」

「それに。あたしはこういうのも、普通のも、全部ひっくるめてデートでいいと思うんだ」

 

 駄目かな、と結衣は目の前の彼に問う。うぐ、と言葉に詰まった八幡は、溜息と共に分かった分かったもういいと零した。

 

「まあ、とりあえずはいろはちゃんの件が片付いたらってことで。どう?」

「何でお前俺が不満に思ってるとか寂しがってるとかそういう方向に結論付けたわけ?」

「違うの?」

「違ぇよ」

 

 そっか、と結衣は話を打ち切る。そこで更に何かを言わないことで、八幡は眉を顰めコノヤローと呟いた。何も言わずとも、何かを言っても。それで分かると、お互いにそう思える関係は、かつて彼が思い描いていたものに似ていて。

 だからこそ、それを当たり前のようにやろうとしている結衣が、彼は。

 

「それで、どうしたの?」

「お?」

「何か意識飛んでたし。話するんでしょ?」

「あ、ああ。そうだったな」

「そうそう。んで?」

 

 こほん、と咳払いを一つ。そうしながら、果たしてこいつにどこまで言って大丈夫なのかを一瞬考えた。が、あくまで一瞬である。そこを迷うくらいならば最初から相談相手に彼女を選んではいない。

 そんなわけで、八幡はぶっちゃけた。陽乃から聞いた話や、それによって決めた新たな自分の立ち位置。そして雪乃は信頼出来ないという結論も。

 

「ゆきのんならその辺大丈夫だと思うんだけど」

「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」

「まあヒッキーが違うんならそれ用の対策が必要ってことだね」

 

 ジト目で告げた文句はさらりと流され、結衣はそこで暫し何かを考えるように腕組みをする。二つの腕で強調されたそれは、とても柔らかそうな感触を醸し出していた。

 

「ちなみに、ヒッキーはどうするつもり?」

「それが決まってたら相談してねぇよ」

「そりゃそうかもしんないけど。何もないの?」

「つってもなぁ……。今の俺の立ち位置で一色を説得しようとすると、どう考えても無理が出てくる」

「いろはちゃんの味方するって言ってたのにね」

「いや言ってはいないぞ。無理矢理加えられただけだ」

「そだっけ?」

 

 んん? と首を傾げる結衣に、奉仕部ではないからという理由で引き込まれたのだと八幡は述べる。若干のセクハラめいた発言を見咎められた部分はスルーした。あれは何故か知っていたいろはが悪い。そういうことになった。

 

「じゃあ問題なくない?」

「は?」

「ヒッキーなら、『俺はそもそもお前に協力するとは言っていない。雪ノ下の味方をしたくなかっただけだ』とか言っても分かってくれると思うよ」

「お前最低だな」

「酷くない!?」

 

 目の前の彼氏の行動をトレースしただけだ。そんな文句を述べる結衣を眺めながら、しかし確かにそうかもしれないと八幡は思う。結局の所、今回の問題はいろはが勝つと雪乃の思い通りになってしまうという部分だ。彼女の味方をしないからこそいろは陣営に落ち着いている八幡にとって、その結果は所属している意味を無くす。

 

「でも、ゆきのんが生徒会長、かぁ……。奉仕部やれなくならないかな」

「……生徒会長になったら場所が向こうに変わるだけだろ。今もそう大してやってること変わらんしな」

「あ、そっか。でも、ヒッキーはそれが嫌、と」

「当たり前だろ。あいつが会長になってみろ、間違いなく俺は今以上の被害を受ける。ついでに葉山も」

「……あー。確かに隼人くんが酷いことになると優美子心配しそうだなぁ」

「俺は?」

「あたしが全力でサポートするし」

「役立たずだな」

「酷くない!?」

 

 こんにゃろ、と対面の八幡の頬をブニブニと突く結衣を鬱陶しそうに跳ね除けると、そういうわけだから断固阻止だと強調する。そんな彼を見て笑みを浮かべた結衣は、はいはいと軽い調子で同意した。

 

「じゃあいろはちゃんを説得する方向でいくとして。ゆきのんとは別の意見を出す感じ?」

「ああ、まあ――ちょっと待て、お前雪ノ下の説得方法知ってんの?」

「そりゃ作戦会議してたし」

「あの宣言から今日で三日目だろ。ひょっとして初日で決めたのか?」

「そだよ。ていうか、ゆきのんは最初っから決めてたっぽい。だから優美子も姫菜も、もう今は普通に暇潰しで奉仕部来てるし」

 

 結衣の言葉を噛みしめる。それはつまり、場合によってはあの時点で既に説得を終えていた可能性もあったというわけで。勝負を行うこと自体が余計なことである可能性すらある。

 

「待てよ。だったら何で負けたら生徒会長になるとか言い出してんだあいつ」

「言ってたの陽乃さんでゆきのんじゃなくない?」

「そりゃそうだが。……あの人が適当言ったってことはないはず」

 

 考える。結衣の言う通りならば、先日の陽乃の言葉は既に説得方法を決めてからこちらに流した情報だと思って良い。それをする理由は、自分の意見が通用しない可能性を考慮して? 否、そうではなくむしろ。

 自身の意見を効果的にするよう、こちらを利用するためだ。

 

「雪ノ下の野郎……」

「何か分かったの?」

「多分だが……。あ、その前にガハマ、これ絶対雪ノ下に言うんじゃないぞ」

「うん、流石にそれは分かってるし」

「あいつは俺が的はずれな説得をしていろはを拗ねさせるのを待っている」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 なんのこっちゃ、と首を傾げる結衣を見て、まあ分からないならいいやと八幡は息を吐いた。こちらの失敗を自身の攻撃を倍加させる布石に使おうというのならば、それを逆手に取るだけだ。彼女の意見とは違うもので、彼女を出し抜けばいい。

 そのために必要なのは情報。とりあえずダメ元で、と八幡は目の前の自身の彼女を見た。

 

「なあガハマ。ちなみに雪ノ下の説得って何を言う気だ?」

「肝心な部分は教えてくれなかった。ていうかどっちみち言うわけないし」

「それもそうか」

「まあ、でも。あたしも優美子も何となくゆきのんの説得方法分かったけど」

「は?」

 

 素っ頓狂な声を上げる八幡を見ながら、だってあの状況でパッと出てくる言葉はそれしかないじゃんと笑う。それしかない、という彼女の物言いに彼は怪訝な表情を浮かべ、しかし考えても出てこないことで額を押さえた。

 

「……分からん。あの場でどういう取引をすると一色が首を縦に振るようになるんだ」

「あはは。ヒッキーは多分性格的に難しいと思うよ。後姫菜も」

「海老名さんも?」

「うん。まあ姫菜の場合は同じ答え出してもちょっと意味合いが違うやつになるかもって感じ?」

「ちょっと何言ってるか分からん」

 

 結衣の口ぶりでは、八幡ではその意見に辿り着くことすら出来ないと言わんばかりだ。それが彼には不可解で、自分は分からないのに彼女が分かるというのが何となくではあるが無性に悔しかった。

 そんな八幡を見て、結衣は小さく笑う。まあ今ならヒッキーもその答え出ると思うよ、と指を立てた。

 

「ちょっと前のヒッキーならキツかったかな」

「なんだそれ……」

「んー、そだね。人の気持ち、もっと考えてみてよ。ヒッキーはいろんなことが分かるんだから、きっとそれで分かると思うよ」

「現在進行系でお前の言ってることが分からんのだが」

「そう?」

 

 微笑みながら八幡を見やる。そんな結衣の視線から逃げるように目を逸らすと、彼は小さく呟いた。考えておく、と彼女に述べた。

 

 

 

 

 

 

 勝負は本日の放課後、奉仕部で行われる。つまり八幡が攻められるのは今この瞬間、その直前までの僅かな時間だけだ。結局考えてはみたものの、雪乃が一体何を言おうとしているのかを察することは出来なかった。結衣や優美子も分かったのだから複雑なことではなく、むしろ単純な答えなのだろうというところまでは推理出来たが、確信には辿り着けず。ならば仕方ないと結局自分なりのやり方でいろはを説得するように考えを巡らせたのだが、何をしても雪乃のアシストになるのではないかと疑心暗鬼に陥ること三日、何とかアイデアをまとめたのが昨夜だ。もはや一刻の猶予もない。

 昼休みに八幡は一年の教室まで向かうと、いろはのクラスを開いている扉から覗き込んだ。教室で弁当を食べようとしている彼女の姿を発見し、中に入るか呼ぶかを一瞬だけ迷う。

 

「あー、ちょっといいか?」

「はい?」

 

 即座に結論を出した八幡は近くの生徒に声を掛け、いろはを呼んでもらうことにした。幸いというか何というか、彼を見たその男子生徒はうわ愛の人と無駄なリアクションを取ったおかげで警戒心も抱かれていない。いい加減その二つ名消えないかな、とほんの少しだけ八幡は黄昏れた。

 

「……何にしに来たんですか、先輩」

「滅茶苦茶機嫌悪そうだな一色」

 

 一方、呼ばれたいろはは完全に警戒モードである。普段のキャラとあまりにも違うその低い声に、それを耳にしたクラスメイトの男子二人ほどは耳の穴をぐりぐりとさせていた。

 

「まあいい。ちょっと話がある。ここじゃなんだからついてきてくれ」

「え? 普通に嫌ですけど」

「いいのか? 例の話に関連するぞ」

 

 あくまで八幡は表情を変えない。内心は大分テンパっているが、それを覚られると向こうへ一気に天秤が傾くので、彼はポーカーフェイスを保っている。

 それが功を奏したのか、いろはが小さく溜息を吐くと分かりましたと頷いた。置いてきた弁当を抱えると、それでどこに行きますかと八幡に問う。昼食も兼ねて、となると図書館などの飲食禁止の空間は却下。季節柄、自身のベストプレイスは流石に寒い。

 となると彼の取れる選択肢は自ずと狭まり。

 

「あら比企谷くん、どうしたの?」

「……ちょっと部屋を貸してくれ」

「一色さんと二人きりで昼食? そう、最後の相談というところかしら」

 

 奉仕部の扉を開き、当たり前のようにそこにいた雪乃にそう述べた。クスクスと笑う彼女の言葉を果たして額面通りに受け取っていいのかどうか。ともあれ、昼食はとうに終えていた雪乃は、紅茶のカップを片付けると八幡へと鍵を手渡した。ちゃんと返しておいてね、と告げ、彼女はひらひらと手を振りながら奉仕部の部室を後にする。

 

「……よし一色、話をしよう」

「まあいいですけど。今更何を話すんですか?」

 

 閉まった扉を一瞥した八幡は、椅子に座ると同じように座り弁当を広げたいろはへと言葉を紡ぐ。ぱくぱくとそれを食べながら、彼女はジト目で彼に問い掛けた。

 間違いなく説得に応じない。それを節々で感じた八幡であったが、しかしここで止まるわけにもいかない。相対的な勝利のために、雪乃が説得にわざと負ける可能性も決してゼロではないのだ。

 

「なあ一色。お前を嵌めた連中を、見返したくないか?」

「いきなり何言い出してるんですか?」

 

 箸が止まる。持っていたタコさんウィンナーを口に突っ込むと、彼の言葉の意味を問い詰めるように睨んだ。

 

「言葉の通りだ。やっぱり、やられたらやりかえさないとな」

「……だから、会長をやれって言うんですか? 出来もしないって思ってたあいつが立派に会長を努めて――とか、そういう感じを目指す方向とか?」

 

 そうだ、と八幡は頷く。それを聞いたいろはは小さく溜息を吐くと、食べ終わった弁当に蓋をした。そんな当たり前のことを言われてもだからなんだ。そんなことを思いつつ、口には出さず。だがはっきりと伝わる形で視線に乗せた。

 

「あのですね先輩。わたし言いましたよ。そりゃあ、まあ、出来ないこともないこともないかな~って思ったりもしますけど、でも無理です。それやっちゃったら、顔もよく知らない連中を見返すためだけに他の色々を犠牲にしないと駄目じゃないですか。そこまで復讐に生きてませんし、そんなことするくらいなら友達と一緒にいるほうが万倍マシです」

「……なら、そこまでの状況じゃないならいいんだな?」

「はぁ?」

 

 ニヤリ、と笑う八幡を見て、いろはが明らかに嫌そうな顔をする。他には、彼女の親しい相手以外には決して見せないそれを視界に入れながら、彼は内心で溜息を吐く。ここからが勝負どころで、後はどれだけ向こうの妥協点を引き出せるかだ。覚悟を決めるとゆっくりと口を開いた。

 

「まず一色、お前は一年だ。普段生徒会長をやる二年生と違って、ある程度の粗は見逃される、あるいは一年なのにここまでやれたという好評価に繋がる」

「そうかもしれませんけど、でも見返すにはそれじゃあ駄目ですよね」

「そうでもない。ここでもう一つのお前の強みが出てくるからだ」

 

 指を立てる。一色いろははサッカー部のマネージャーであるということを、二足の草鞋なのだということを強調する。

 

「二つの仕事を同時にこなせる一色いろはって素敵、ってわけだ」

「先輩に素敵とか言われても彼女持ちだからどうせ二番目の褒め方じゃないですか。そういうのは一番とか一つだけとかそういうのに価値があるんですけど」

「こだわるのそこかよ」

「女は常に誰かの一番で有りたいんですよ」

「ああそうかい。じゃあ、もう一つだ」

 

 指をもう一本立てる。その言葉を引き出せたことで、八幡の中ではほんの少しだけ余裕が生まれた。

 彼女の一番でありたい相手、それが誰かを八幡はよく知っている。何の因果か何故か友人枠に収まっているらしい見た目と表の評価だけイケメン、中身は彼とどっこいどっこいのダメ人間で雪ノ下雪乃の被害者枠である人物。

 

「葉山にアピール出来るぞ。三浦と違う方向で、お前の魅力をな」

「む」

 

 揺れた。表情には出さないが、八幡は内心で拳を握る。やはりポイントはここだ。雪乃のそれと同じかは知らないが、彼なりに考えて出した結論では攻める場所はここしかないと踏んでいた。

 

「それに、考えてみろ。お前が会長に立候補した場合、応援演説をする奴が必要だろ。……誰に、頼む?」

「……葉山先輩に、応援演説を?」

「ああ。お前を推薦した奴らのおかげで距離を詰められましたありがとーってなもんだ」

「仕返しの第一歩ってわけですね」

 

 ニヤリといろはも笑う。そういうことだと頷いた八幡は、よし決まったと息を吐いた。後は細かい調整をして、自分には負担が来ない方向に持っていけば。

 そう考えた矢先である。でも駄目です、という彼女の言葉に八幡は思わず顔を上げた。

 

「先輩の提案、確かに魅力的でしたけど。でも、駄目ですね。わたしの一番の不安が解消されてません」

「お前の不安……? 生徒会長をするには負担が大きいって話なら」

「足りません」

 

 きっぱりと、ばっさりと切り捨てた。先程のものとは違う笑みを浮かべながら、彼女はそう言って彼を見た。

 何が足りない、と思考を巡らせている八幡を眺めながらいろはは述べる。そういうところは鈍いんですね、と。

 

「先輩って、人の立場に立って考えるとか苦手ですよね」

「は? いや、別にそんなことは」

「自分が同じ立場だったら、っていう考え、苦手じゃないですか? 自分なら別に平気なのに何が問題なのか、とか思っちゃいません?」

 

 言葉に詰まる。言われてみればそうかもしれない、という程度ではない。本人としてもその自覚は多少あった。結衣と出会い、今の関係になってから改善の兆しを見せていはいるが、あくまでそのレベル。

 

「まあ、それはそれで先輩のいいところなのかもしれませんけど。こういう場合は、駄目ですね。わたしを揺さぶるには、失格です」

「……ああ、そうかい」

 

 あの時の結衣の言葉を思い出す。何となく分かっていはいたが、やはりここで躓くのか。そんな事を考え、八幡は小さく舌打ちした。

 ともあれ、彼の説得は失敗である。成功するには僅かに届かない。いろはの首を縦に振るには、もう少し足りないと彼女も。

 

「おい待て一色」

「どうしました?」

「……何だかんだでやる気あるんじゃねぇかよ」

「何の話です? わたしはそんなこと一言も言っていないんですけど」

 

 クスリと微笑んだいろはを見て、八幡は改めて思った。ああそういうことかと溜息を吐いた。何となく分かっていた、から、分かったに変わった。

 

――人の気持ち、もっと考えてみてよ。

 

「分からん……」

 

 分かったのに分からない。そんな矛盾した思いを抱え、八幡はがくりと項垂れた。

 

 




多分みなさんもうオチが分かってる感がひしひしとする。


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その4

当初:RTA→結果:33分探偵

移り変わりが酷い


 部室の鍵を返却しに行った折、平塚静が八幡を呼び止めた。何でも雪乃から言伝があるらしく、今日の放課後奉仕部に来る時はいろはと共に、とのこと。どう考えても嫌な予感しかしないが、一応曲がりなりにも彼は一色いろは陣営である。仕方ないと諦めて頷いた。

 そのまま午後の授業を受け、今日も学校生活の一日が終わる。後は帰るなり部活をするなり好きに過ごす時間だ。が、それはあくまで一般の生徒の話。普通ではない、とカテゴライズされてしまった八幡には当てはまらない。所属してもいない部活動の拠点へと半ば強制的に向かわされるのが彼の課せられた使命である。

 

「物凄く嫌そうな顔をしてますね先輩」

「嫌な予感しかしないからな」

 

 トボトボと廊下を歩きながらいろはの言葉に八幡は返す。そうはいっても、と彼女は少しだけ首を傾げた。これからの勝負、当事者はいろはである。八幡はこちら側だという名目はあるものの、実際は野次馬と変わらない立場しかない。そんな彼が落ち込む理由というのが彼女にはどうにも思い浮かばなかった。

 

「被害が来るとか来ないとかじゃない。雪ノ下の悪巧みに巻き込まれるのが嫌だ」

「徹底してますね」

「あいつと出会ってからずっとだぞ。嫌でも身構える」

「そこまでですか」

「いやお前も色々巻き込まれてんじゃねぇか」

 

 溜息とともにいろはを見やるが、彼女はどうにもピンとこないらしくやはり小首を傾げたままだ。そもそも今回だって悪魔呼ばわりしていただろうに、という八幡の言葉には、ああそのことですかと手を叩いた。

 

「先輩と同じですよ。あの時は勢いで言いましたけど、よくよく考えるとそうだな~って」

「納得したのか……。いや待て、だったらなんでその反応だ」

「わたしはそこまで被害受けてませんし」

 

 しれっとそう述べるいろはを見て、八幡は死んだ魚の眼をギョロリと向けた。だったら今日この瞬間からお前も仲間入りだ。そんなような言葉を彼女に投げかけた。

 そうだといいですね、といろはは微笑む。その表情はどこか自信に満ち溢れているように感じられ、皮肉を打ち込んだ八幡が思わず言葉に詰まり気圧されてしまうほどで。

 

「おい一色」

「着きましたよ先輩。それで、どうします? もう開けちゃっていいんでしょうか」

 

 目的地に辿り着いたことで会話が中断される。開きかけた口を閉じると、八幡はガリガリと頭を掻いた。一応念の為、とばかりに扉をノックすると、部屋の中からどうぞという悪魔の声が聞こえてくる。

 ではいくか、と八幡はいろはを見やる。視線でそれに返答した彼女は、よろしくおねがいしますと笑みを浮かべた。

 

「弾除けにするな。レディーファーストだ、お前が行け」

「紳士的な言葉を最低に使えるのって先輩の得意技ですよね」

「人聞きの悪い事を言うな。俺の発想じゃない、元々の語源がだな」

 

 はいはい分かりました、といろはがそれを遮る。そうしながら、彼女は彼の前に立った。どのみちここで扉を開けたところでいきなり斬り掛かられるはずもなし。ならば当事者である自分が真っ先に飛び込むのが筋であろう。

 扉に手を掛ける。そのまま迷うことなくそれを開け、中にいるであろう雪乃へと視線を。

 

「……成程」

「来たわね一色さん。さあ、勝負を決めましょうか」

 

 思わずいろはの動きが止まる。そんな彼女を見た雪乃は、狙い通りとばかりに楽しそうに笑い手を広げた。

 

 

 

 

 

 

「……何でお前らがいる?」

「いや、何でと言われても」

 

 遅れて奉仕部部室へと入った八幡は、そこに立っている面々を見て怪訝な表情を浮かべた。雪乃は当然、結衣も当たり前。優美子と姫菜も問題ない。

 本来別の部活動をしているであろう葉山隼人と戸部翔がいるのは大問題であった。とはいえ、呼ばれた本人も何とも言えない表情でいることから、ひょっとしたら事情を聞かされているわけではないのかもしれない。八幡はそんなことを思いながら視線を動かす。

 

「で、あっちの一色の友人ズは?」

「同じ理由で集められたんだ」

「おい葉山。お前事情知ってんのか」

「流石に知らずに集められるようなことは……いや、雪乃ちゃんなら割と頻繁に平然とやるが、まあとりあえず今回は違う」

 

 小さく両手を上げて首を横に振る。そんな仕草が妙に板についていて、八幡は小さく舌打ちすると視線を男子連中から雪乃へと向けた。ちらりと彼を見た彼女は、しかし今回の相手はお前ではないとばかりにすぐさまいろはに目を向けた。

 

「さて一色さん。勝負は、あなたを説得出来るかどうか、だったわね」

「はい。それで、雪ノ下先輩はどういう説得をしてくれるんですか?」

「ふふっ、そうね。茶番を挟むのも面倒だし、率直に行きましょうか」

「そうですね。わたしもそれでいいです」

 

 二人の表情は笑顔である。勝負という割には緊張している様子も見られない。いろはのそれは八幡が説得にかかった時の方が余程真剣味があったような気さえする。

 小さく雪乃が息を吐いた。そうしながら、そこに立つものを紹介するように手を広げ、その口から言葉を紡ぐ。

 

「私達は、あなたの生徒会長の仕事を全力でサポートするわ」

 

 短く、それでいて説得としては陳腐でありふれた一言。だが、それを雪ノ下雪乃という存在が発することによって、有無を言わさぬ力に作り変えていた。口だけ、社交辞令、おべっか、お世辞。そんなものではなく、本気で、正真正銘の言葉通りに。やると言ったらやる、そういう力に満ちていた。

 傍から見ている八幡ですらそう思うのだ。当事者であるいろはが思わないはずがない。それでも八幡は同時に思う。自分なら、その提案でなれと言われても首を縦に振ることはない、と。だからこんな提案をしたところで、決め手には到底たり得ない。

 

「……分かりました。しょうがないですね」

「なん、だと……!?」

「……何で先輩が驚愕してるんですか」

 

 あっさりといろはが折れた。それを見て目を見開いた八幡は、ジト目でこちらを見る彼女を理解出来ないものを見る目で見詰め返す。楽しそうに笑う雪乃が異様に癪に障った。

 

「いや驚くだろ。何でこんな交渉でも何でもないような言葉でお前説得されてんだよ。だったら最初から」

「違いますよ先輩。この流れで、言葉だけなら、わたしでも流石に断ります」

「は?」

 

 何言ってんだこいつ、という目をした八幡を見て、彼女は小さく笑う。視線を雪乃を経由し結衣へと動かすと、まあそうだよね、という顔で頬を掻いている姿が目に写った。

 これ自分が言ってもいいやつですか、といろはは結衣へと目で訴える。その視線に気付いた結衣は、オッケーとばかりにサムズアップした。

 

「結衣先輩の許可も出たので。まずは説明の続きですかね。ほら、雪ノ下先輩がわざわざ葉山先輩とついでに戸部先輩、あとオマケを集めて待ち構えていたわけじゃないですか」

 

 ついでかいと笑う翔と、オマケ扱いとかどういうことだーと抗議するいろはの友人達をスルーしつつ、彼女は続きを述べる。言葉だけでなく、きちんと人員を集めて、そして宣言したからだと言い放った。

 

「論より証拠ってやつですかね。これであの宣言の時いたじゃないですか、って責められます。多分雪ノ下先輩なら残る証拠用意してくれてるでしょうし」

「ここにお前の正体知ってるやつしかいないからってぶっちゃけすぎだろ」

 

 はぁ、と溜息を吐く。そうしながら、八幡はまあ言いたいことは分かったと頷いた。が、理解しただけで納得は出来ていない。だからなんなんだ、という気持ちは彼の中に残っているからだ。

 それを察し、いろははやれやれと肩を竦めた。そうしながら、これ説明するの自分は恥ずかしいと顎に手を当て考え込んだ。

 

「なら、私が説明しましょうか」

「それはそれで少し……まあ、いっか。雪ノ下先輩、お願いします」

「ええ、じゃあ。三浦さん、あなたはどのタイミングで気付いたの?」

「うぇ、あーし!? ……あー、ほら一色言ってたじゃん。会長やると友達といる時間減るってわざわざ。こいつの性格的にそんなのあーしらの前で絶対言わねーって思ったから」

「成程。由比ヶ浜さんは?」

「あたし? 大体優美子と一緒かな。いろはちゃんがそういう弱音吐くの何か珍しいって思って、ああこれそういうことかって」

 

 あぁぁぁぁ、といろはが絶叫する。恥ずかしいのを誤魔化すために任せたらド直球で晒し上げられたの図だ。案の定いろはの友人達が寄ってたかって彼女をおもちゃにし始める。ほら見ろ、と八幡はそんないろはを見て鼻で笑った。雪ノ下雪乃を甘く見ていたからこうなるのだと見下ろした。

 

「それで、肝心の部分は言わなかったけれど、比企谷くんは察したのかしら?」

「つまり最初から一色はお前たちに手伝って欲しいと言いに来てたってわけだ」

「はい、よく出来ました」

「今ので分かるならもう少し前に理解してくださいよ! わたし完全に晒され損じゃないですかぁ!」

 

 がぁ、といろはが叫ぶ。よしよしと撫でられている彼女にほんの少しだけ申し訳無さそうな顔を返した八幡は、それでもまだ腑に落ちないような顔で頭を掻いた。

 やりたくないことがあって、それをすることで自分の時間が減る。当然友人と騒ぐ時間もなくなる。でも友人が手伝ってくれるなら、友人と騒ぐ時間と大変なことをする時間を混ぜ合わせて、騒ぎながらそれをする時間に割り当てられるなら。

 なら、それでもいい。そう言えるのは八幡には無理だ。嫌なものは嫌であるし、どんな付加価値があろうとそれは変わらない。彼にとってそういうのは渋々やることであり、嫌々しなければならないことであり、決して楽しくならないことであるのだ。

 

「比企谷くん。それはそれで構わないと思うわ」

「何の話だ」

「他の人がそうだからって、あなたもそうである必要性はないもの。あれは一色さんの考えで、あなたの考えじゃない。だから別に構わないと思うわ」

 

 ただし、と雪乃は笑う。今回みたいな状況では、きっと答えに辿り着けない。そう言って彼女は立てた指をくるくると回した。

 それは奇しくも、今日の昼にいろはに言われたことと同じで。

 

「まあ、そんな心配は無用でしょうけれど」

「は?」

「だってそうでしょう? 今回みたいな状況ならともかく、普段のあなたにはそれを補ってくれる人がいるもの」

 

 先程とは違うベクトルの笑み。三日月のように口角を上げた雪乃は、八幡が何か文句を言う前にそれはそれとしてと話題を転換させた。

 

「あなたはどうするの?」

「何をだ」

「あ、そうですよ先輩! わたしをこんなにしておいて責任取ってくれないとか最低ですからね!」

「何をだ!」

「言わなければ分からないの?」

「言わなきゃ分からないんですか先輩」

 

 展開した話題に食いついたいろはと、そして雪乃が八幡を見る。そのことで何かを察した他の面々も、彼の返事を見守る方向にシフトしたらしく皆揃って視線を向けた。

 これはどう考えても同調圧力だ。ここで首を縦に振らなければいけないという状況を作り出している。それを感じ取った八幡の取った行動は当然。

 

「断る」

「そうですか。分かりました」

「……というかだな、そもそも、俺は一色陣営なんだろ。だからお前らのそれを断ったところで、最初から拒否権は――」

 

 言葉を途中で止めた。同調圧力だと思い込んでいたその視線が、非常に生暖かいものであることに気付いたのだ。つまり、ああやっぱりというやつだ。お約束が見られてほっこりした、というやつだ。

 完全に見透かされていたとも言う。

 

「ヒッキーは頑張った」

「うるせぇよ!」

 

 

 

 

 

 

 生徒会役員選挙は問題なく片付いた。いろはの応援演説は隼人が引き受け、ついでとばかりに距離を詰めた姿を見せたことで彼女を嵌めた連中の意趣返しとついでに優美子の牽制もこなした。そうして十二月に入り、本格的に寒くなってきた季節、新たな生徒会が始動するのだ。

 その第一歩として、生徒会室は大幅な模様替えが行われていた。前生徒会の荷物の片付けと新生徒会の荷物の搬入。ついでに手伝いという名の冷やかし連中の用意した私物が運び込まれる。

 

「いろはすー、これどこ置くー?」

「その冷蔵庫はあっちにお願いします」

「おう。んじゃこれは」

「ハロゲンヒーターはこっちの奥に」

「おう。てか俺ばっか重い荷物持ち過ぎじゃね?」

「え~? だってわたしか弱い女の子ですよ~?」

「いやいろはすはともかく、優美子とかは――」

 

 ゴルゴンの睨みで一瞬にして石化した翔は、哀れそのまま放置と相成った。姫菜がついでとばかりに今のは駄目だねと呟き、翔の石像はそのまま砂になる。

 

「そもそも俺と比企谷がいるんだからそこに言えばいいのに」

「戸部だからな」

 

 えっちらおっちらとめぐり他前生徒会の面々の荷物運びの手伝いをしていた隼人と八幡が砂を一瞥したが、別段気にせず仕事を続ける。一年に積もり積もったそれは想像以上の思い出と重さを誇り、男子であっても結構な労働であった。

 ありがとう、とめぐりはそんな二人に声を掛ける。いえいえと返した隼人と八幡は、そのまま変わっていく生徒会室を眺めていた彼女にどうしたのかと問い掛けた。

 

「なんだか、違う部屋みたいだなぁ……」

 

 どこか感慨深げにそう呟いためぐりは、しかしこれからのことを想像したのか笑みを浮かべた。きっと新しい部屋も楽しくなると、そう続けた。

 

「一色さんには、強力な味方が一杯いるものね。わたしの時なんかより、ずっと」

「そんなことはないです」

 

 横合いから声。振り向くと、そこには同じように荷物を持った雪乃と結衣が立っていた。どうやらめぐりの話が聞こえていたようで、雪乃が適当な場所にそれを置きつつ彼女に向かって言葉を紡ぐ。

 

「あの馬鹿姉から名前が出るレベルの人が駄目なわけがないでしょう。城廻先輩は立派な、尊敬できる先輩です」

「雪ノ下さん……」

 

 え、これ感動する場面なの、と八幡は横を見る。ぶんぶんと首を横に振る隼人を見て、良かった俺の感覚は正常だったと胸を撫で下ろした。

 が、確かに陽乃と親しいという時点でこの人も大分キテる部類だった、と二人は少しだけ戦慄する。果たして新しい生徒会はきちんと職務を全う出来るのだろうか。ついでにそんなことも考えた。

 

「んで、ガハマ」

「へ? どしたの?」

「いや、雪ノ下は荷物置いてんのに何でお前は持ちっぱなしなんだよ」

「……何となく?」

「アホか。おい一色、これはどこに置くんだ?」

 

 運び終わり戻る途中であったため手ぶらであった八幡は、そのまま荷物を奪い取るといろはに問い掛ける。視線をこちらに向けたいろはは、荷物と結衣を見てニヤリと口角を上げた。

 

「せんぱーい。あれですか? さりげない頼れる男アピールですか? そんなことしなくても結衣先輩は先輩にベタぼれですよ?」

「馬鹿言ってないで仕事しろ仕事」

「ヒッキーが仕事しろとか……!?」

「やっぱこれお前持て」

「ちょ!? 投げんなし! あふぁ!?」

「げ」

 

 そこまで大きな箱でなかったのが災いしたのか。投げる素振りをしながら八幡が突き出したそれを、本気で投げたと勘違いした結衣は受け取ろうと思い切り飛びかかるような動きで距離を詰め。

 二人で荷物を持ったまま、バランスを崩してすっ転がる。二人揃って箱を落とさないようにと考えたらしく、お互いの手が天に向かい箱を掲げる体勢となっていた。そして飛びついた方はうつ伏せに、飛びつかれた方は仰向けに当然倒れるわけで。

 

「ヒッキー! 大丈夫!?」

「ヤバいくらい重い」

「酷くない!?」

 

 見事下敷きにされた八幡は、ずっしりとボリュームのあるそれを惜しむことなく顔面に押し付けられる羽目になってしまったのである。叫びとともに避けた結衣が不満げに彼を睨みつつ謝罪するのを気にするなと手でひらひらさせながら、八幡は上半身だけを起こして右膝を立てた状態で座ったまま一向に動かない。

 

「……ひょっとして、背中とか腰とかやっちゃった?」

「いや、別にそこまでじゃない。そこまでじゃないから、気にするな」

「でもヒッキー立ってないし」

 

 本当に大丈夫? と結衣が屈む。それを必死で押し留めた八幡は、もういいからあっち行ってろと叫んだ。眉尻を下げた彼女は、しかし確かに大丈夫ではあるのだろうと判断し立ち上がった。もう一度ごめんねと述べると、そのまま彼から離れていく。

 

「……由比ヶ浜さんも、そういうことについては人の気持ちをもっと考えるべきね」

 

 ぽつりと呟いた雪乃の言葉に、隼人は飛び火しないようにひたすらノーコメントを貫いた。

 

 




ついオチを下ネタにしてしまった、今は反省している


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遊園地クアドラプル その1

葉山がモテる話(予定)


誰得だよ。


「葉山先輩」

 

 そう言って目の前の少女は己の名前を呼ぶ。その瞳は真っ直ぐにこちらを見詰め、その唇から紡ぎ出される言葉がふざけたものではないことを予感させた。

 周囲はテーマパークのパレードで騒がしい。すぐ傍にいても声が聞こえないことだって十分にあり得る。だというのに、彼女の声はやけに響いた。彼の耳へと入り込んだ。

 花火が上がる。パレードと混ざり合い、さらなる喧騒を生み出したそれは、しかし目の前の少女の言葉を遮るには至らない。真っ直ぐに彼を見詰めたまま、彼女は、一色いろはは言葉を紡ぐ。目の前の彼に、葉山隼人に言葉を紡ぐ。

 

「わたしは――」

 

 花火が上がる。頭上に巨大な大輪の花が咲く。明るい光のシャワーが降り注ぐ。

 それも全て、彼女のための演出に変わるようで。

 

「――あなたが、好きです」

 

 

 

 

 

 

「おや、一人多いな」

 

 そう言いながら奉仕部の部室へと入ってきたのは顧問の平塚静。結衣の隣にいる八幡を見てにんまりと笑みを浮かべながら、いい加減入部すればいいのにと肩を叩いた。

 

「嫌ですよ。何が悲しくて奉仕活動とかしなくちゃいけないんですか」

「ははは。面白い冗談だな比企谷。君が毎回やっているのは紛れもない奉仕活動だぞ」

「俺はただ巻き込まれているだけです。うわ、何でこんなラノベ主人公みたいなセリフ言わなきゃいけないんだよ……」

 

 そう言って項垂れる八幡を面白そうに眺めた静は、そのまま机の一角を使い仕事の用意を始めた。ノートパソコンを広げ、何やらカタカタと入力している。ここでやってていいんですか、という姫菜の言葉に、見られて問題のある仕事ではないからと口角を上げた。

 

「この程度の仕事はどこでもやれる。だから、こうして紅茶を飲みながら肩肘張らずにいられる場所でやる。合理的だろう?」

「それには同意します」

 

 どうぞ、と紅茶のカップをそこに置きながら雪乃が述べる。そうだろうそうだろうと言いながら、もらった紅茶に口をつけた。そうしながら、彼女はところでと周囲を見る。

 

「生徒会の手伝いは順調かな?」

「今んとこあーしらの出番はないって感じですかね」

 

 てい、とスマホをスワイプしながら優美子が答えた。流石に始まってすぐさま協力要請の来るような事件はないだろう。そんなことを皆考えていたこともあり、彼女の言葉に異を唱える者もいない。

 ふむ、と静が何かを考える仕草を取る。が、それも一瞬でまあいいかと姿勢を戻すと、それならば丁度いいとばかりに鞄から小さな紙のようなものを取り出した。

 

「ならば、日頃頑張っている君たちに特別ボーナスをプレゼントだ!」

 

 じゃーん、と自分で効果音を付けながら取り出したそれは四枚のチケット。そこに書かれている絵柄を見る限り、彼ら彼女らが知らないはずもない有名所であるようで。

 

「うわぁ、ディスティニーランドのチケット! どうしたんですかこれ? 四枚も」

「ふっ……。結婚式のな、二次会で当たってな……ペアチケット。それも二回」

 

 目が死に始めたのを見て、結衣は軌道修正を行おうと慌てだす。そうして空気を柔らかくさせた後、本当にもらってもいいんですかという言葉を聞いて、静は我に返り勿論だと言い放った。

 

「どのみち忙しくて私は四回も行けないからな。君達もクリスマスは色々あったりするだろう? だからその前に、というのも中々粋じゃないか?」

「まあ確かに。クリスマスは既に予定があるであろう人がここに一組いますし」

「こっち見んな雪ノ下。まだ何もねぇよ」

 

 鬱陶しそうに雪乃を睨んだ八幡は、まあ確かに完全にクリスマスシーズンだと混みまくって楽しむどころじゃなさそうだしなと頬杖をつく。今までの彼であれば、例えそうだとしても面倒だと適当な理由をでっちあげて参加を断ったはずだ。にも拘わらずそんな言葉を述べたのを聞き、思わず言い出した静がマジマジと八幡を見詰めていた。

 

「どうした比企谷、何か悪いものでも食べたのかね?」

「先生の中の俺ってどういう存在ですか。……別に人なんざきっかけさえあればコロコロ変わるもんでしょうに」

 

 そういう八幡はどこか自嘲気味で、しかし何だか満足そうで。かつての自分であったのならば鼻で笑い、そして持論を持って否定したであろうその事柄を言い放った後、しかし何だか気恥ずかしくなって視線を逸らした。その視線の先には丁度彼の彼女がいて。

 

「えっへへ」

「気持ち悪い笑いしてるな」

「酷くない!?」

 

 日常風景なのか誰も何も言うことなく、そのまま会話は続けられた。そういうわけだから遠慮なく受け取れ。机の上にそれを置くと、静は再度パソコンに向かう。四枚のチケットを置いたまま、仕事の続きを。

 

「あのー、先生?」

「ん? どうした海老名」

「奉仕部四人用、ってことです、よね?」

「そうだな。奉仕部の部員は丁度四名。足りてよかったよかった」

 

 何だかわざとらしいが、彼女は姫菜の言いたいことを察している。優美子も指でその場にいる面々を数え、まあ数えるまでもないと結論付けていた。この場にいるのは雪乃と結衣、姫菜と優美子。そして八幡だ。

 五人いる。

 

「え、っと……?」

「先生、海老名さんと三浦さんが困惑しているので説明をしてあげてください」

「いや自分で言えばいいだろう? 年間パスポートを持っているからチケットは不要だと」

 

 陽乃と奇妙な友人関係を持っている静は、当然のようにそういう事情を知っている。彼女達三人は、ことこの事柄だけは雪乃に引っ張られる形で年間パスポートを所持しているのだと。これについてだけは、普段の姉も茶化さないのだと。

 なおそれ以外のアトラクションはその反動で茶化しまくるらしい。幼い頃から常に巻き込まれている少年は八幡もかくやというほどの死んだ目でそう述べる。

 

「あー、そゆこと。んじゃヒキオの分もあるわけだ」

「よかったね、ユイ――って何かリアクション薄い。あ、さては知ってたな」

「……きおくにございません」

 

 こんにゃろ、と優美子と姫菜に結衣が引っ張られていくのを眺めながら、八幡は小さく溜息を吐いた。まあそんなことだろうと思った、と目を細めた。恥ずかしい発言をしたせいで気付いていなかったのを誤魔化すように咳払いをした。

 そのタイミングで扉がノックされる。どうぞ、という雪乃の言葉で開かれたそこに立っていたのは、ある意味この会話の発端となった理由の人物。

 

「ちょっと聞いてくださいよ~。これ当たっちゃったんですけど、どうにかして葉山先輩とデートに行くように出来ませんか?」

 

 一色いろはがそう言って掲げたのは先程見たチケット。部屋の空気を察したのか、彼女は首を傾げながら皆へと近付き、そして机の上のものを見てああと声を上げた。

 

「ひょっとして、皆さんも行く予定だったんですか?」

「らしいな」

「何で他人事なんですか先輩。ぶっちゃけこの中で一番そういうのに縁のある人でしょう。結衣先輩がかわいそうとか思わないんですか? 思わないですよね、まあ先輩はそういう人だって分かってるでしょうし、結衣先輩のことだからそんなヒッキーも好きだよとか言い出すんですよね何ですかもう甘々空間とか作り出しちゃって先輩のくせに」

「作ってねぇよ、勝手に想像して勝手に文句を言うな」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡を気にすることなく、いろはは机のチケットを眺めると何かを考え込むように顎に手を当てた。ちらりと優美子を見て、そして雪乃に視線を向ける。

 よし、と一人頷くと、自身の持っていたそれを机の上に置いてあったチケットに重ねた。

 

「……これで、隼人くんをこちらで誘うことにして手間を省く気ね」

「流石は雪ノ下先輩、話が早い」

 

 二人きりのデートを用意して誘いをかけた場合、断られる可能性が多分に存在する。それを潰しデートに持っていこうとすれば多大な労力が掛かる。だからこそいろはは奉仕部に相談に来たのだ。そして目の前にはその労力を省く手段が転がっている。

 

「いいのか? 葉山とデートしたいんだろ?」

「全然知らない人達ならともかく、先輩方なら別にって感じですかね。いい感じに葉山先輩も素で行けるでしょうし」

「それなら別にいいが……」

 

 八幡はちらりと優美子を見る。これ本当に大丈夫か、と思いながら見た先には、意外なことに別段反応をしていない彼女の姿が。

 その隣の結衣を見た。視線で彼の疑問を理解したのか、彼女は小さく笑いヒラヒラと手を振る。大丈夫だ、と言いたいらしい。

 

「一色」

「何ですか? 三浦先輩」

「結構開いたんじゃない?」

「そっちが修学旅行っていうイベントだったから、こっちもそれ相応の舞台が必要じゃないですか。そういうことです」

「そ。……今回は特別だから」

「ありがとうございます。きちんと葉山先輩ゲットしますね」

「あぁ? フラれろって意味だし。大体あーしの方がリードしてっから」

「まあ精々そうやって夢見ていてください。勝つのはわたしです」

「あーしに決まってるし」

 

 きしゃー、とお互いにらみ合う二人を見て、八幡は本当に大丈夫なんだろうなと結衣を見た。

 頬を掻きながら目を逸らされた。

 

 

 

 

 

 

 雪乃の力によりスムーズに隼人を誘拐することに成功した奉仕部一行は、そのまま当日を迎えた。年間パス持ちが二人いたので余ったチケットの使いみちをどうするかが若干困ったものの、結局もう一人用意することで事なきを得た。

 

「駅の音を聞くだけでも何か来たーって感じになるよね」

「あー、まあな」

 

 集合場所である駅へと辿り着いた二人、八幡と結衣はそんなことを言いながら改札を出た。電車の窓から見えたランドの一角や、そういう仕様になっている駅の節々を見ているだけでも何となくテンションが上ってくる。八幡ですらそんな状態なのだ、隣の結衣はもう既にワクワクが止まらない様子であった。

 

「別に来るのが初めてじゃないだろ」

「いや、そうなんだけど。あー、でも、初めてかも」

「は?」

「……か、彼氏と、来るのが」

「お、おう。……そうか」

 

 どことなく気恥ずかしくなってお互い顔を逸らした。恐らく顔は真っ赤であろう。結衣は間違いなく、八幡は五分五分か。ともあれ、隣にいる相手が見られなくなった二人は、そのまま若干ギクシャクしながら駅を出て。

 

「最初からクライマックスね」

「何タロスだお前は」

 

 実に楽しそうに二人を眺める雪乃を見付けて八幡は即げんなりした。彼女は彼の言っていることがよく分からなかったらしく、一瞬首を傾げるとまあいいと二人を案内する。どうやら寒いので皆が集まるまで近くのカフェに避難するらしい。

 店内に入るとそこには既に一人の少年が。八幡達を見付けると、やあと何とも爽やかな態度で挨拶を述べた。

 

「何でお前一人なんだ? 一色はどうした」

 

 てっきりいろはと共に来るのだろうと思っていた人物がそこにいたことで、八幡は思わずそんなことを尋ねる。尋ねられた方は予想通りだったのか、はははと苦笑しながら目の前のコーヒーに口をつけた。

 

「なんでも勝負開始は集合してから、らしい」

「……それお前知っちゃってていいやつなのか?」

「雪乃ちゃんが悪い」

 

 真顔で言い切った。若干気圧されながらそれに頷いた八幡は、ならもういいやと彼の、隼人のいたテーブルの横の席に座る。対面に結衣が座り、メニューを広げてどうしようかと彼に問うた。

 

「んで、あとは三浦と一色と海老名さんか」

「とべっちも来るよ」

「……あー、そうだったな」

 

 余ったチケットの使いみちとして選ばれたのが翔である。何で、と姫菜が若干引きつっていたのが印象的だ。そうは言いつつ反対しなかったことについては誰も触れなかった。

 

「戸部くんは海老名さんと来るのかしら」

 

 結衣の隣に座った雪乃がそんなことを呟く。隣のテーブルにいる隼人だけが何だかあぶれている感を醸し出しているが、本人はむしろその方が平和だと言わんばかりの表情なので問題はない。流石にそこまではしないだろうとその位置から笑っていた。

 そのタイミングで入口が開く。視線を向けると、いたいたと笑う翔と、そして。

 

「姫菜、とべっちと来たの?」

「何か迎えに来た。ワケ解んない」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしている姫菜が。このやろー、と翔を一発引っ叩いた彼女は、ちらりと席を見て隼人の対面へと腰を下ろした。そうして残された翔は、どこに座ろうかと少しだけ迷い、止まる。これから来る面々のことを考えると、隼人の隣は間違いなく二人で埋まるだろう。そうなると残された場所は一つしかない。

 

「何でこっち!? 隼人くんの横でよくない?」

「いやだって優美子といろはすにぶっ殺されるべ」

「そこは真実の愛を貫こうよ。はやかけはやかけ!」

「いやそこに真実ねーから……」

 

 ちょっとだけだから、と申し訳無さそうに言われると、姫菜もそこまで強くは出られない。はぁ、と溜息を吐いてその話題は終わりにした。

 幸いというべきか、それから程なくしていろはと優美子が揃ってやってくる。ごめん遅れた、と彼女は言うが、集合時間にはまだ至っていない。結局皆が皆早く来てしまったのだ。理由は勿論、様々であろうが。

 

「さて、では行きましょうか」

 

 そのまま店内で少し冷えた体を温め、雪乃の言葉でカフェを出る。そのままランドの入り口へと向かい、いよいよ夢の国へと。

 

「おぉ……」

 

 八幡ですら思わずそんな声が出た。クリスマスにはまだ早いとはいえ、当然十二月なのでシーズンではある。ツリーやイルミネーションで普段とは違う装いを見せているそのメインストリートは、より一層幻想的な空間を生み出していた。

 きゅ、と手が掴まれる。視線を向けるまでもなく、結衣が手を握っているのが分かった。

 

「何か、ツリーの方で撮影してもらえるっぽいよ。行こ」

「あ、おい」

 

 ぐい、と引っ張られ撮影待機列へと突撃する。残りの面々も同じだったのか、それに続くように集まり並んだ。並んでいる他の客もやはり同じようで、はしゃぎながら自分の番を今か今かと待っている。

 そうして彼らの番が来た。まずは全員で、そしてそれぞれの組み合わせで。女性陣は嬉々として撮ったが、男性陣だけで撮るのは八幡が断った。他にも奉仕部で、だのサッカー部で、だの。複数人の組み合わせを行った後、ペアが来る。

 当たり前のように隼人と優美子、隼人といろは。何故なのか必然なのか、女性陣はそれぞれのペアを一通り。

 

「海老名さん、俺たちも撮らね?」

「……あー、はいはい」

 

 しょうがない、とばかりに翔の隣に並ぶ。滅茶苦茶に楽しそうな彼との対比が何とも言えず、見ていた残りの面々は思わず吹き出していた。

 そうして残る組み合わせは一つ。

 

「ね、ヒッキー」

「ん?」

「もうちょっと、くっついてもいいかな?」

「……寒いからな」

「うん、寒いしね」

 

 ぎゅ、と八幡の左腕に掴まる。お互いの吐息が掛かるほど顔は近付き、というよりも結衣は彼の肩に顔を乗せていた。いえい、と彼女がピースをしている横で、視線を若干右にずらしながら八幡は頭を掻いていた。

 寒いから、と言っていた割に。

 

「……熱いな」

「どしたの?」

「お前の動きが捕食するスライムみたいだって言ったんだよ」

「酷くない!? っていうか絶対さっきよりそれ長いし!」

 

 ぱしゃり、と撮られた写真は二枚。一つは腕を組んでピースをしている二人。

 そしてもう一枚は、背中からのしかかられて慌てている八幡と笑う結衣であった。

 

 




あれ? 葉山の影が薄い……
こ、こっからこっから


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その2

他の面々が恋愛ムーブしている中


一人だけ黒幕ムーブするヒロインがいるらしい


 まずは、とディスティニーランドにあるコースターの一つ、スペースユニバースマウンテンの列へと向かう。これとは別にブラックサンダーマウンテンとスプライドマウンテンというアトラクションもあり、ここマウンテンが無駄に多いなとどうでもいいことを思いながら八幡は流されるまま足を進める。そんな中、ふと先程密着していた二つのマウンテンに思いを馳せた。

 

「いかがわしいことを考えているわね」

「変な勘ぐりは寄せ。男子高校生がエロいことばかり考えていると思ったら大間違いだ」

 

 たとえば、と続け、暫しの間を開けた後世界平和とかなと返す八幡を見て、雪乃はやれやれと肩を竦めた。まず間違いなく世界平和は考えていないのだろう。とりあえず結論付け、それでと列に視線を向ける。

 

「二人乗りだけれど、あなたは由比ヶ浜さんとペアでいいかしら?」

「別に俺は誰でも……ああ、いや、葉山や戸部はパスだな」

「つまり女性陣とペアがいい、と。やっぱりあなた」

「違うっつってんだろ」

 

 ギャーギャーと騒がしい二人をよそに、残りの面々もさてどうするかと列を進みながら話をしている。まあとりあえず、といろはが隼人の隣へと陣取った。

 げ、と翔がそれに反応し優美子を見る。が、彼女は別段気にしていないようで予想通りと言わんばかりの表情のまま視線を後ろへと向けた。

 

「んじゃあーしは雪ノ下さんと乗るわ。いいかな?」

「ええ。……あなたが海老名さんとではなく私を選ぶというのならば、断る理由はどこにもないわ」

「なに話大きくしてるし。友達なんだし、別に気にしないってだけ」

 

 ふふっ、と笑う優美子と、それに笑い返す雪乃。それを見ながら、姫菜は一人目を細めて冷めた目をしていた。裏切ったなコノヤロー、と隠すことなくそれを口にした。

 

「あん? 何海老名、あーしと乗りたかった?」

「そうはっきり言われると何かあれだけど。でも乗るなら優美子か雪ノ下さんとかなーって思ってたんだよね」

「あら、それはごめんなさい。私大人気ね」

 

 困っちゃうわ、と一人笑う雪乃にちげーだろとツッコミを入れた優美子は、そうしながらもまあ諦めろと手をヒラヒラさせる。今のこの状況で残る選択肢は殆どない。むしろ一択と言ってもいいほどだ。八幡、結衣、そして翔。姫菜自身を加えたこの四人で二つペアを作る場合。

 

「あ、ユイと組んでかけはちにすれば」

「うぇ!? 俺ヒキタニくんとペア!?」

「何で驚くんだ、即断れよ」

 

 どこかソワソワしていた翔が、降って湧いたその回答を聞いて盛大にのけぞる。八幡が溜息混じりに呆れたような声を出した。

 勿論それを容認はしない。当事者の八幡は首を縦に振らない。が、翔ははっきりと断らないで少しだけ悩む素振りを見せた。

 

「おい戸部。だから断れって」

「いやー、でもさ。ここで俺が嫌だっつーと流れ的にヒキタニくんと海老名さんじゃん? それって、こう、なんつーの? ……いや俺何言っちゃってんだろ」

「本当に何言ってんだよ……」

 

 はぁ、と再度溜息を吐きながら、八幡はちらりと一人の少女の顔を見る。先程から見守るのみで口出しをしていない彼女を見る。翔の言っていたパターンの場合、彼は残った結衣と当然ペアになる。普段教室で集まって騒いでいる面々ではあるので、彼女にとっては別段問題はないだろう。

 そう思うのだが、流石に二人だけというのは。一瞬そんな言葉がよぎり、いや何言っちゃってんのと八幡も先程の翔のような思考に陥った。

 

「もしどうしても嫌なら、私が戸部くんと乗るわよ」

「え、なんかそれは嫌」

「……へぇ」

「ほう」

 

 八幡の悶えをよそに、向こうで話は進んでいく。雪乃がしょうがないと提案した案であったが、姫菜が無意識にぽろりと零してしまったそれを聞いて優美子と共にニヤリと笑う。姫菜自身も言ってから気付いたようで、ゆっくりと目を閉じそのまま俯いてしまった。

 

「うぇ!? 海老名さん!? 大丈夫? 気分悪いなら休んでても」

「……大丈夫大丈夫。ありがととべっち」

 

 それを見てあたふたと慌て出した翔を見たことで少しだけ気が紛れたのか、しょうがないなと彼女は苦笑する。いい感じにお膳立てされた感が否めないので気に入らないが、それを言ってしまえばそもそも最初からそうなので今更だ。大体気にし過ぎなのは自分だけで、当の本人はテンションがおかしい以外は普段通り。

 よし、と姫菜は頷いた。横を見て、相変わらず適当感醸し出してるなと可笑しくなった。

 

「いいよとべっち、一緒に乗ろか」

「マジで!?」

 

 いやっほー、と乗る前から最高潮に達した翔を見て、一行はやれやれと苦笑した。この調子で最後まで持つのだろうかと笑った。

 

「それはそれとして。葉山先輩はペアがわたしで良かったんですか?」

「雪乃ちゃん以外なら誰でもいいからね。――あ、いや、誤解しないでくれ、そういう意味ではなくて」

「ぷっ……。何でそんな慌ててるんですか葉山先輩、かわいい」

「……はは、俺をそんな評価する女子はいろはくらいだよ」

「三浦先輩はどうなんです?」

「優美子は、まあ、うん」

 

 言葉を濁して視線を逸らしたのを見て、いろはは確信する。あ、これ既に言われているな、と。ぷくーと頬を膨らませると、彼女はそのまま隼人の腕に抱きついた。いきなりどうしたんだ、と目を見開く彼に向かい、いろはがにんまりと笑みを浮かべる。

 

「今日はわたしが葉山先輩の隣なんですから。わたし一色に染め上げてみせます」

「はは。まあ、お手柔らかに」

「嫌です」

 

 笑顔でそんなことを言われ、隼人は頬を掻きながら少し照れくさくなったのか視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 戸部翔は死んだ。比喩表現である。思いの外スリルがあった、とワイワイしている面々とは違い、彼は大分ダメージを食らったらしい。

 

「ふぇぇぇ……」

「大丈夫か、いろは」

「葉山せんぱぁい……いや、意外と、思ったより」

「あ、本気なのか」

 

 訂正、ダメージを食らったのはそこそこいた。いろはがこれ幸いと隼人にしなだれかかるが、その実状態自体は本物なので彼女の挑戦はそこで終わる。とはいえ、そのまま支えられ進むことになったので結果オーライといったところか。

 ちなみにふらついているのはもう一人。

 

「お前ほんっと完璧なのは見た目だけだな」

「……好きに言いなさい」

 

 ふらついている雪乃を見ながら、八幡は溜息を吐く。優美子と結衣が買ってきたジュースを受け取った彼女は、それをコクコクと飲んで深呼吸をした。

 

「ごめんなさい、少し人混みに当てられたかもしれないわ」

「物は言いようだな」

「ええそうね、比企谷くん。口は災いの元よ」

 

 調子を取り戻してきたのか、雪乃が鋭い眼光で八幡を睨む。それを受けた彼はビクリと反応し、しかし精一杯の虚勢を張った。勝手に言ってろ、と言葉を返した。

 そうして向かった先はパンさんのバンブーファイト。勿論即座に全回復した雪乃がぐるりと一行を見渡し、そこで少しだけ思考を巡らせるように目を閉じた。当たり前のように彼女のその行動を見て八幡と隼人が警戒態勢を取る。何してんの、という結衣の視線が少しだけ痛かった。

 

「これは二人以上でも乗れるのだけれど。さて、どうするの?」

 

 何がどうするなのか。質問の意図がよく分からず怪訝な表情を浮かべる八幡に対し、その発言で瞬時に顔を引き攣らせたのは隼人であった。ここには陽乃さんはいないのに、という謎の呪文を唱え始める。

 

「おい葉山、それはどういう意味だ。何であの人がいないと問題なんだよ。普通逆だろ」

「……ああ、普通はな。だが、これに限っては違う」

 

 完全に覚悟を決めた男の顔をし始めた隼人を見て、一体何が起こるのかと八幡も顔をこわばらせた。そんな二人を見て、否、正確には隼人を見て、雪乃はニコリと笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よ隼人くん。今日はあなたは関係ないわ」

「あ、そうなのか。じゃあ」

「おい待て葉山。迷うことなく俺を見捨てただろ」

「比企谷。俺はな、自分が大事だ」

「キメ顔で何最低なこと言ってんだよ爽やかスポーツマン」

 

 八幡の抗議などなんのその、隼人はそう言うと一歩下がり他の面々に混ざり始めた。このアトラクションは三人で乗れるらしいので、先程のように悩む必要はある意味ない。

 

「んじゃあーしは……」

「一緒に乗ります?」

「ん? いいの一色」

「懐の大きいところを見せると好感度上がると思いません?」

「言わなきゃ上がったんじゃない?」

 

 そう言って笑った優美子は、んじゃそういうことで、と隼人の隣に立つ。そうして出来上がった三人が先頭でライドへと乗り込んだ。

 ならば次は、と姫菜が結衣を見る。どうやらあっちは大変そうだし、と彼女に述べると、そうだね、と意外にもあっけらかんとした返事がきた。

 

「あれ、いいのユイ?」

「ゆきのんだし、多分大丈夫。こっちは三人で行こっか」

「お、おう? 俺はいいけど……」

 

 ちらりと向こうを見る。そうなると残るのは二人。つまりはペアでアトラクションに向かうわけで。

 

「いいの?」

「ん? ゆきのんだからね」

「おおぅ、信頼厚いな」

 

 一人驚愕している翔をよそに、じゃあそういうことでと姫菜が歩みを進める。じゃあ行くね、という彼女の言葉に、雪乃はええと頷いた。

 そして、彼女と八幡が残された。

 

「さあ、行きましょう比企谷くん。あなたにパンさんの何たるかをじっくりとレクチャーしてあげるわ」

「……こういうのって、真のファンは静かに鑑賞とかするもんじゃねぇの」

「ええ。本来ならば一人で、全身にパンさんを感じるのが楽しみ方なのだけれど。他の人がいるのならばまた違った方法もあるの」

 

 ふ、と雪乃が笑う。そのまま八幡の手を万力のような勢いで握り締めると、彼を引きずりライドへと向かう。

 

「え? ちょっと待て、お前何でこんな力あるわけ!? おかしいだろ、普段の雪ノ下ゆきのんもっと華奢だろ!?」

「教えてあげるわ比企谷くん。これが、パンさんの力よ」

「何言ってんのお前!?」

 

 その後、比企谷八幡は、アトラクションの流れに沿って超スピードラーニングでパンダのパンさんを頭に叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

「……ヒッキー」

「お、おう。どうした?」

「いや、大丈夫かなって」

「あいつのパンさん愛嘗めてたわ……」

 

 キャラクターショップ内で体力を回復する少年が一人。その名は比企谷八幡。ちなみに信じて送り出した彼氏がパンさんに染められてしまった少女は由比ヶ浜結衣といった。

 あの流れでこのグッズは精神的にどうなのだろうと彼は思わないでもなかったが、しかし意外にも色々と理解させられたせいで並んでいるそれらに妙な親近感が湧いている。これで嫌いになってしまっては本末転倒だから、ということなのだろう。ある意味恐ろしい。

 

「そういや他の連中は」

「ヒッキーがダウンしてるからお昼買ってくるって」

「あー……悪いことしたな」

「ううん。何か隼人くんが『最初はゆっくりと正気を取り戻させなければいけない』とか真面目な顔で言ってたし」

「お、おう。……あいつ既に体験してたのか」

 

 それでもパンさんのアトラクションに乗るのだから、やはりそれそのものはトラウマになっていたりするわけではないのだろう。パンさんに雪乃が加わるとアウトというわけだ。

 まあそういうことなら、とショップのグッズを適当に見て回る。小町にお土産を買わないとな、と彼らしいことを思ったのだ。

 

「んー、どんなんがいいかな?」

「まだ見て回るし、かさばらないものがいいか」

「別に預けられるからその辺は気にしないで良くない?」

「あー、そうか。んじゃ、ぬいぐるみでも」

 

 クリスマス仕様になっているパンさんを一つ手に取る。どうせならこういうやつか、と言いながら値札を見て、一回り小さいタイプにチョイスを変えた。

 それをレジへと持っていく途中、ふとそれが目に入る。こういうテーマパークでお約束の、そこのキャラを模したカチューシャ。犬だったり猫だったり、そしてパンダだったりとバリエーション豊かなそれは、買って装備した時点で明らかに浮かれているであろうことを感じさせる一品で。

 

「どしたのヒッキー」

「うぉ! あ、いや、別になんでも」

「ん? あ、それ可愛くない?」

 

 八幡の視線の先を追っていった結衣がそれを手に取る。頭にはめると、どうかな、と彼に向かって笑みを浮かべた。少し垂れ気味の犬耳カチューシャが、彼女にマッチしてとても可愛らしい。

 が、勿論八幡がそんなことを素直に言うはずもなし。まあ、いいんじゃないか。という当たり障りのない言葉でそれを濁した。

 

「よし、じゃあヒッキーにはこれだ!」

「何で俺に――」

 

 問答無用、と結衣が八幡の頭にパンダ耳を装着させる。思った以上にアンバランスなそれを見て、彼女は耐えきれず吹き出した。

 

「さっさと買って行くぞ」

「ごめんごめん。あ、でもこれは買おうかな」

 

 自身の頭についている犬耳を指でピコピコとさせる。その仕草がまるで本物の犬のようで、八幡も思わず笑ってしまった。

 そっちだって笑ってるじゃん、と結衣がむくれる。これはお前のとは違うやつだと悪びれずに言い放った八幡は、そのまま彼女の頭のそれを外してレジへと向かった。

 

「あ」

「欲しいんだろ?」

「……いいの?」

「……ま、たまにはな」

 

 その代わり金がないからしばらく寄り道しないぞ。そんなことを振り向かずに述べた八幡を見て、結衣は満面の笑みで分かったと返事をする。そのまま買い物を済ませ、ぬいぐるみは袋に入れ、預かり所へと。

 そして、もう一つの方は。

 

「えっへへ」

「何笑ってんだ、気持ち悪い」

「酷くない!? ていうかこのやり取り最近割とやってない!?」

 

 そう言いながら彼に寄り添う彼女の頭に、ちょこんと乗っかっていた。

 

 




何かバカップルっぽくない?

ぽくないな、よし


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その3

シリアス「んー、出番ってほどでもないかなー」


 紆余曲折あったものの、その後は酷い目に遭うこともなく。極々普通にディスティニーランドを楽しんでいた一行であったが、日も傾きかけてきた頃には流石に疲労も溜まっていた。テンションの上がっている間はいいが、一旦落ち着くと感じていなかったそれが一気に押し寄せてくる。そろそろパレードかな、と歩みを止めたのが運の尽きであった。

 

「どーする? パレード前にも一個くらい何かいっとく?」

「そうだねぇ……」

 

 優美子の提案に、姫菜は少し考える素振りを見せながら周りを見た。別段それに反対意見はないようなので、じゃあ行こうかと歩みを進めていく。その集団の中で、一人遅れ気味の少女がいた。

 

「……」

「雪ノ下。限界なら素直に言え。お前の体力クソ雑魚なの皆知ってるから」

「嘗めてもらっては困るわね……。私はパンさんを外部供給バッテリーとして機能させることが可能なのよ……」

 

 言うが早いか近くにいたパンさんへと突撃していく雪乃。それについていった結衣が、彼女とパンさんのツーショット写真を撮影していた。言うだけのことはあるらしく、そのまま暫しパンさんを堪能した雪乃は先程より幾分か顔色がいい。

 

「やっぱ雪ノ下さんって頭おかしいな」

「隣の親友が友人を物凄い罵倒している」

 

 そうは言うものの、ぶっちゃけてしまえば姫菜も優美子と同意見である。そして、それを踏まえて彼女と友人をやっているのだ。つまるところただの軽口であり、周知の事実を口にしたに過ぎない。だから雪乃もそれについて彼女らに何か文句を言うことはない。

 ただ覚えていなさい比企谷くんと一人の少年を睨むのみだ。

 

「俺関係ねぇだろ……」

「あら、じゃあ。あなたは私のことをどう思っているの?」

「悪魔の代名詞」

「ほら見なさい」

「何でドヤ顔なんだよ。ここだろ本来文句言う場所」

 

 隣の結衣は二人のやり取りがおかしくて堪らないのか笑い続けている。再度テンションが上がったのか、そうしているうちに一行の歩みも調子が戻っていった。

 

「あ」

 

 そんな中、ふといろはが声を上げる。隣の隼人の手を掴むと、そのままてててと少しだけ駆けた。

 二人がそこを通り抜けるのと同時、ガシャリと音を立てその道へとロープが張られた。どうやらパレードで使うので封鎖するらしい。だから急いだのか、といろはの行動に納得はした。したが、しかし。

 

「一色! 見えてたんならあーしらにも言えし!」

「あー、ごめんなさい。咄嗟だったもので」

 

 優美子の声に、道の向こうのいろはが苦笑する。言っていることは本当なのだろう。だが、彼女のその態度を見る限り、どうやらそれだけでもないようで。

 はぁ、と優美子は溜息を吐いた。彼女は彼女で察したのだろう。踵を返すと、集まる場所決めとけと告げるとそのまま二人とは別方向へと歩いていく。

 

「ねえ、優美子」

「ん? どしたんユイ」

「いいの?」

「いいもなにも。この状況だとそれ以外」

 

 言葉を止めた。が、じっと見詰めている結衣から視線は外さない。苦笑し、こつんと彼女の頭を軽く小突くと、最初に言っていただろうにと言葉を変える。

 

「今回は特別。あいつが隼人にフラれる舞台を作ってやるって感じ」

「もう一色さんはいないわよ」

 

 今度は雪乃。ふん、と鼻を鳴らした優美子の言葉に覆いかぶせるようなそれを述べると、少しだけ意地悪そうに口角を上げた。まあ確かにそれは本心なんでしょうけれど、と言葉を続けた。

 

「何が言いたいし」

「そうね……とりあえず移動しながらにしましょうか」

 

 怒涛の展開についていけない八幡と翔をおまけにして、一行はとりあえずパレード前に乗る予定であったアトラクションへと進んでいく。そうしながら、雪乃がここにいない彼についてを語り始めた。

 

「隼人くんはきっと一色さんの告白を受けるわ」

「……だろうね」

「知っているのに、送り出したの?」

「あー、海老名の思ってるのとは違うし。なんつーんだろ、多分――」

「あの馬鹿はどっちも魅力的だから選べないとか言い出すわよ」

「え? クズじゃん」

「ヒキタニくん言い方ぁ!」

 

 思わず口に出してしまった八幡のそれを翔が突っ込む。が、八幡は八幡で視線を隣に向けるとじゃあ逆に聞くがと彼に問うた。

 

「戸部。お前は今の話を聞いてどう思った?」

「……ないわー、って……あ、いや、でもほら、やっぱ可愛い女子二人に告られるとかあったら俺も同じようになるんじゃねーかなって」

「え? とべっちそういう人?」

「いや俺海老名さん一筋ですけどぉ!」

 

 当然ながら翔は何も考えていない。だから自分が何を言ったのかも自覚はしていない。だからこそ姫菜にクリーンヒットし、ふひっ、と彼女らしからぬ奇声を発して思わず後ずさった。どうどうと結衣が彼女を宥め、余計なこと言うからとジト目で八幡を見やる。

 いやそれは流石に理不尽だろう。そうは思ったが、余計なことを言ったのは確かなので渋々ではあるが彼は折れた。本当に渋々である。結衣でなくとも分かるほどあからさまに渋々であった。

 

「……ま、まあ実際そういうシチュエーションだとそうなるのも無理ないかもね」

 

 コホン、と冷静を取り戻した姫菜がそう述べる。恐らく平常運転になった彼女の脳内の三人が誰なのか、おおよそ想像はついたが誰もがそれを口にはしない。ある意味先程の教訓を活かしているとも言えた。

 

「例えば――ヒキタニくん、どう?」

「何がどうなのかさっぱり」

「勿論とべっちと隼人く――」

「そうね……比企谷くん、こういうのはどう? 私と由比ヶ浜さんが同時にあなたに告白したとする」

「やめろ鳥肌が立つ」

 

 腐海に沈む質問をフォローしようとしたのか、雪乃が再度言葉を被せるように問い掛ける。が、当の八幡は本気で嫌がる素振りを見せたので、彼女は少しだけ目を細めた。ずい、と彼に近付くと、こう見えてそこそこ容姿には自信があったのだけれどと彼の頬に手を添えた。

 全力でその手を払い、猛烈な勢いで八幡が後ずさったことで、流石の雪乃もほんの少しだけ傷付いた表情を見せた。

 

「ヒッキー」

「お前はむしろ引き剥がす方だろ! 彼氏誘惑されてんだから止めろよ!」

「止める暇なんかなかったじゃん」

 

 ごもっともである。う、と呻いた八幡は、視線を雪乃へと戻すと即座に逸らし、しかし蚊の鳴くような声であったが悪かったと謝罪した。ここで意地を張っても何の得にもならないからだ。とりあえずそういうことにした。

 

「まあ、それだけ気安いということにしておきましょう」

「いやまあ、確かにそれもあるといえばあるが、お前見た目だけはとんでもない美少女なんだから至近距離に来られると困るというか」

「あら」

 

 へぇ、と雪乃の表情が変わる。口元が三日月のように歪み、面白いことを聞いたとばかりに形作られ。

 これ以上脱線してもしょうがないな、と軽く頬を叩いて元通りにした。

 

 

 

 

 

 

 まあつまりは。移動しつつ話を戻しつつ。とりあえず今現在二人きりになっていて、なおかつその後告白まで至ったとしても。

 そこで即座に勝負が決まるということはない、優美子はそう判断したのだ。そしてそれを、雪乃も同意したのだ。

 

「モテない男子を敵に回す行動だな」

「あら比企谷くん、あなたは人のことを言えないのでは?」

 

 クスクスと笑いながら雪乃が述べる。話題の変化に伴い、それぞれの立ち位置が微妙に変化をしていたのだが、当然というべきか妥当というべきか。ぼやいた八幡の隣に当たり前のようにいるのは結衣だ。何が言いたい、と言葉にしかけて、その後の返答に予想がついた彼はそれを飲み込んだ。

 

「まあ、でも。真面目な話に戻すならば」

 

 くすりと笑った雪乃が、少しだけ表情を変える。だが、それは真剣というよりも、どこか優しいといえるもので。

 

「そういう判断をするようになった、というだけでも、結構な進歩だと思うわ」

 

 今ここにいない彼女の幼馴染は。葉山隼人は恋をしない。否、既に終わっていたので出来ない、と言った方が正しいか。そういう状態であった。

 それを、今ここにいる友人達が、そして彼を想う少女達が。彼を変えた、変えていった。

 それが雪乃には、少しだけ嬉しく、誇らしかった。

 

「姉さんに振られて、彼はずっと足踏みしていた。そんなあの馬鹿を引っ張って前に進めさせたのは間違いなくあなた達のおかげよ。ありがとう」

「何でお前がお礼言ってんだよ」

「何だかんだで付き合い長いもの。そういう立場なのよ」

 

 八幡の呆れたような言葉に、雪乃はそう言って微笑む。ああそうですかい、と流した彼は、別に関係ないとばかりに話題に参加するのをやめようとした。これ以上話すと別の意味でやぶ蛇になりかねない。

 が、それはそれとして。少しだけ気になっていたこともある。

 

「そういや隼人くん昔告った相手のこと言ってなかったなぁ。雪ノ下さんのお姉さんだったんだ」

 

 翔が呟く。それだ、と八幡も表情に出さないが彼の言葉に同意した。そうしつつも、あれに告白とか精神に異常をきたしていないかとこっそり引いた。

 

「ええ。無駄に何でも出来て、自分が楽しいことを最優先して、人を引っ張り回して。だからこそ魅力的に映ったのか、好かれて、可愛がられて、期待されて」

 

 あんな性格なのに、と雪乃が溜息を吐く。お前も大概だからな、と八幡は心の中で全力のツッコミを入れたが、幸いにして表情には出さなかったおかげでバレてはいない。

 

「その後ろでお人形のように振る舞って。おとなしい、手の掛からない――愛想がない、可愛げがないなんて言われた私とは大違い」

「はぁ!?」

「……比企谷くん、何か文句が?」

「いや、記憶の改竄が起きている気がしてな」

 

 ちらりと周囲を見る。うんうんと頷いている者が数名いたので少し自信を持った。

 それを雪乃も確認したのだろう。はぁ、と溜息を吐いて頭を振ると、それは今の自分しか知らないからだと口にする。これは、自分を改革したからだ、と言い放つ。

 

「葉山が出会った頃には既にこうだったみたいなこと言ってなかったか?」

「無駄に記憶力のある男は嫌われるわよ」

 

 やれやれ、と呆れたような物言いをされて、八幡はこれは自分が悪いのだろうかと一瞬丸め込まれかける。即座に我に返った彼は、ジロリと雪乃を睨むと真面目な話ならボケを挟むなと吐き捨てた。

 対する雪乃、それは心外だと彼に返す。別に嘘を言った覚えはないと言葉を続けた。

 

「隼人くんと出会ったのはその後だもの」

「完全に詭弁じゃねぇかよ……」

 

 彼女が語ったその時期は極々短い、というわけである。色々と誤解させるよう話を組み立てていただけで、言っていることは間違いではない。そう言われたから何だというのだ。八幡は溜息混じりにもう一度述べた、真面目な話ならふざけるな、と。

 

「ふふっ、ごめんなさい。じゃあ話を戻しましょう」

 

 アトラクションには辿り着いている。列に沿って進み、ライドに乗るまでまだ少し時間はある。これが終わり、パレードを見るための集合場所に向かうまでも、まだ余裕がある。

 だから、この話を続けていても問題はない。くだらない余計なことを挟んでも、まだ大丈夫なのだ。

 

「私は後天的だった。でも、姉さんは先天的だった。きっと、隼人くんにはその違いが大きかったんでしょうね。同じ時期に出会って、同じだけ彼を滅茶苦茶に巻き込んだのに。彼が惹かれたのは、姉さんだった」

「……ゆきのんは、隼人くんのこと」

「そうね。昔は結構好きだったかもしれないわ。私と姉さんに何だかんだでついてきてくれる貴重な人だったから」

 

 結衣の言葉にそう返し、他の男子は大半がすぐに逃げたと少しだけ遠い目をする。そりゃそうだろ、と八幡と優美子と姫菜は思ったが、やはり口にはしなかった。

 くるりと向き直る。ここにいる面々を見ながら、彼女はどこか楽しそうに微笑んだ。

 

「でも、今は違うわ。私には、こんなにいる。一緒にいてくれる友人が、沢山」

 

 だから、あれは恋ではなかった。そう雪乃は断言した。今も彼に抱いている『好き』は、友人であることについてだ。ここにいる皆に感じているものと同じだ。

 優美子に、姫菜に、翔に。いろはに、八幡に、そして結衣に。もっと言えば、ここにはいない沙希や彩加、かおりや小町など。彼女を取り巻く友人と同じ、親愛だ。

 

「隼人くんもそう。私には友人としての好きで。……でも、姉さんには、異性としての好きを抱いた」

「でも、向こうはそうじゃなかった」

「ええ。姉さんにとって隼人くんは弟分。異性としての好意は――多分、なかったんでしょう」

 

 中学二年の頃の話だ。当時既に高校生であった陽乃に、彼なりに全力で舞台を整え、そして思いの丈をぶつけ。

 その告白を、断られた。

 

「それでも姉さんは隼人くんと距離を取らなかったし、態度も変わらなかった。はっきりとその好意を拒絶すること以外は」

 

 だからでしょうね、と雪乃は呟く。葉山隼人が、恋愛に臆病になったのはそれが原因だ。そう彼女は続ける。

 断って、尚そのままでい続ける。そのことがどれだけ難しいのか、なまじ聡いからこそそれを感じ取ってしまった彼は、関係の変化を恐れるようになった。相手に出来て、自分に出来ない。あるいはその逆。そうなってしまわないように。

 

「でも今は、隼人はそんなんじゃないし」

「そう。彼は変わったわ。変わっても変わらないあなた達のおかげで、彼も変わらないまま変わっていった」

「意味分かんねぇよ。早口言葉か」

 

 八幡の軽口を受け、雪乃は笑う。そんなところよ、と再び前を向く。そろそろライドに乗り込む位置だ。この話の続きは、アトラクションを楽しんでからでもいいだろう。そんなことを思いながら、足を進めた。

 

「てか。あーしたちに言うのはいいけど、一色は言わなくていいわけ?」

 

 優美子がそんなことを問う。それを聞いて、雪乃は再度振り向いた。彼女を見て、くすりと笑った。

 後で言うわ。そう前置きをすると、彼女はだって、と指を立てた。

 

「勝負は、フェアにいくべきでしょう?」

 

 




話題の中心だったけれどセリフが一つもないメイン男子葉山隼人


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その4

ほぼ葉山回。

誰得だよ(二回目)


 二人きりになった。これを活かすには、少なくとも合流する時間を遅らせる必要がある。そんなことを思ってはみたものの、今いる場所を考慮すれば何もせずとも自然と時間がかかると判断しいろはは余計な行動を止めた。とりあえず今は隣の人物との交流を深めるべきだ。

 

「それで、集まる場所は送ったのかい?」

「はい。わたしに全部任せるのはちょっとマイナスですよ先輩」

「ははは。悪いね、いろは。頼り甲斐があるから、つい」

 

 爽やかにそう言われると、いろはといえども言い返せない。惚れた弱みというやつか、はたまた隼人が女性の扱いが上手いのか。両方かもしれない、と彼女は思う。彼はあの雪ノ下姉妹と共にいた。その過程で嫌でもそうなる必要があったのだろう。

 あるいは、彼の好きであった相手のために、磨いたのか。

 そうこうしているうちに、周りに人も増えてきた。パレードを見るには丁度いいのか、カメラを構えている姿もチラホラと見える。

 

「間に合いますかね~」

「どうだろうな。人が多すぎて来れないってパターンもあるし」

 

 ダメそうだったら再度連絡、ということにして、二人はそのままパレードが来るであろうその道へと視線を向ける。話すときはお互いの顔を見ながら、そうでないときはそこを見ながら。

 

「あ、始まった」

「合流は……ちょっと無理かもな」

 

 スマホを確認すると、辿り着けそうにないからまた後で、というメッセージが目に飛び込む。二人共同じ画面のそれを確認すると、仕方ないとばかりに口角を上げた。

 はぐれないように、と隼人がいろはの手を繋ぐ。急なそれに一瞬ビクリとした彼女は、ついでその行動を確認して目を見開く。あの葉山隼人が、自分のためだけに。

 そう思うのは彼を知らない者だ。そして知っている気になっている者は、彼は優しいからそういうことを自然に出来るのだと胸を張る。

 

「葉山先輩、手、いいんですか?」

「……改めて確認されると、恥ずかしいな」

 

 いろはの言葉に、隼人は苦笑する。彼のこの行為は、極々自然に行っているそれとはまた違う。『葉山隼人(ほんもの)』を知っている相手にそれを行うのは、葉山隼人を知っている相手にするのとはわけが違う。

 だから、隼人としても。まるで初心な男子高校生のような反応をしてしまう。

 

「そういういろはは、どうなんだ?」

「どう、とは?」

「俺が手を握っても、いいのか?」

「そうですね。戸部先輩なら振り払ってました」

「酷いな」

 

 ははは、と隼人が笑う。そっちだって笑っているくせに、といろはも笑う。

 そんな笑顔の二人の前を、派手なパレードが横切っていく。ディスティニーランドの人気キャラクター達がこれでもかと総出演し、クリスマスシーズンを彩る衣装で見るものを夢と幻想の世界に案内していく。それは大人でも、子供でも例外なく。

 いろはと隼人も、その姿に思わず目を奪われた。

 

「ん?」

 

 スマホが震える。画面を見ると、どうやらメッセージが届いているようで、アプリを開くと数枚の写真が目に飛び込んできた。別の場所でパレードを見ているのだろう、合流出来なかった面々の姿と位置を知らせる意味を込めた写真を眺め、終わったら来いということなのだろうかとそんなことを思う。

 終わったら。それはつまり、そういうことか。写真の送り主は雪乃。ならばその意味もあって当然。

 

「いろは」

「はい?」

「雪乃ちゃんからLINE来てたぞ。多分終わったらこっち来いってことだろう」

「雪ノ下先輩の方に……?」

「こっちは人が多いからな。向かうならその方が早い」

 

 成程、と頷くいろはであるが、しかしその意味も察したのだろう。スマホを取り出すと、そのメッセージに分かりましたと短く返信を送っていた。

 視線を再度パレードに戻す。どうやらパンダのパンさんもここはクリスマス仕様らしい。今頃写真撮りまくってるんだろうか、と隼人は至極どうでもいいことをふと思った。

 

 

 

 

 

 

 パレードには当然、王子とプリンセスのペアも来る。美男美女、そうであれとされたキャラクターが、華やかな衣装に身を包みパレードを進む。それらを眺めながら、隼人はちらりと隣を見た。

 

「あ」

 

 目が合った。どうやら向こうもこちらを見ようとしていたらしく、お互いに見詰め合う格好になってしまう。気恥ずかしくなって視線を逸らそうとしたが、どういうわけか目を離すことが出来なかった。

 

「葉山先輩」

 

 そう言って目の前の少女は彼の名前を呼ぶ。その瞳は真っ直ぐにこちらを見詰め、その唇から紡がれる言葉が決してふざけたものではないことを予感させた。

 パレードはまだ続いている。音とイルミネーションは周囲を幻想に誘い込み、直ぐ側の相手の声だって聞こえるか怪しい。だというのに、何故か彼女の声はやけにはっきりと耳に届いた。

 

「なんだい? いろは」

「……わたしは」

 

 隼人の返しに、いろはは言葉を続ける。喧騒も、幻想も、彼女の言葉を遮るには至らない。

 

「わたしは――」

 

 パレードは終盤を迎えた。これが終わると、次は花火が上がる。パレードよりも一層大きなその音は、当たり前のように声を掻き消す。だが、それでも彼女を妨げる障害には足り得ない。

 否、むしろそれは、彼女を引き立てる演出へと仕立て上げられているようで。

 

「わたしは。葉山先輩、あなたが」

 

 花火が上がる。頭上に巨大な大輪の花が咲く。明るい光のシャワーが降り注ぐ。彼女のために、世界を彩る。

 

「あなたが、好きです」

 

 しん、と世界が静まり返った気がした。音を全て奪い取ったような気がした。それほどまでに、はっきりと、彼女の、一色いろはの告白は隼人へと響いた。

 恐らく色々と考えていたのだろう。どういう風に告白をするか、どんな言葉を言えばいいか。それらを練っていたのだろう。

 だが、実際はこれだ。勢いで、己の感ずるまま、ただ真っ直ぐに言葉をぶつけた。彼女らしからぬ、何とも不器用な告白を行ったのだ。

 だからこそ、隼人には余計に響いた。奇しくもあの時、着飾らない部屋着のままで、勢いのまま告白した彼女のように。

 

「……最低だな、俺は」

「どうしたんですか?」

 

 はぁ、と溜息を吐き額を押さえる隼人を見て、いろはが心配そうに覗き込む。大丈夫だと手で制した彼は、改めて彼女に向き直った。今考えるのは目の前のいろはだ。決して返事を保留した『彼女』ではない。

 

「いろは」

「……はい」

 

 彼の声が真剣味を帯びていたからだろう、思わずいろはが姿勢を正す。そしてそんな彼女に向かい、隼人はまず笑顔を浮かべた。ありがとう、とお礼を述べた。

 

「それは、どういう意味でですか?」

「そうだな……まずはこんな俺を好きになってくれてありがとう、かな」

 

 顎に手を当て、わざとらしくそんなことを述べる。そうして少しだけ空気を緩めると、隼人は困ったように頭を掻いた。わざわざ聞くことではないけれど、と言葉を続けた。

 

「俺はそんなに立派な人間じゃない」

「知ってます」

「優等生で爽やかなスポーツマンに見せているけど、実際はヘタレで、腹黒くもあって、案外スケベだ」

「分かってますよ。今更です」

 

 自分が好きなのは、イメージで固められた葉山隼人じゃない。彼の言葉に、それを強調するかのような答えを返す。一方で隼人自身も、そうだよな、と苦笑するように少しだけ視線を逸らした。

 

「なら、これは知ってるか? 俺は今、告白の返事を保留している」

「三浦先輩ですよね? 当然です」

「それも込みか……」

「勿論。そもそも、そんなこと葉山先輩だって知ってたでしょう?」

「まあ、な」

 

 はぁ、と息を吐く。どうやら余計な道はないらしい。そのことを改めて確認した隼人は、ならば答えも知っているだろうと彼女に述べた。当然それも込みだろうと問い掛けた。

 

「知りません」

「え?」

「わたしは知りません。だから、葉山先輩の口から、言ってください」

 

 言葉が止まる。成程、と頷いた隼人は、敵わないとばかりに肩を竦めた。それはそうだろう。相手が何を言うか予想がついていても、それを聞かないのならわざわざ言う必要もない。何のこともない、彼が自分で僅かな逃げ道を探そうともがいただけだったのだ。

 

「いろは」

「――はい」

 

 ならば答えねばならない。彼女の想いに、応えなければならない。

 

「ありがとう」

「それは」

「でも、ごめん。俺は」

 

 俺は今から、最低なことを言う。そう前置きして。

 隼人はそれを口にした。以前彼女にも言ったように。目の前のいろはにも、同じことを告げた。今はまだ、返事が出来ない、と。

 ただ、前回と違うのは。

 

「でも葉山先輩。三浦先輩の時は、たしかわたしの告白を聞いたら、って言ったんですよね?」

「そこまで情報共有してるのか……」

「当たり前です」

 

 前回の条件を満たしたのに何故まだ。そう問い詰めるいろはに対し、隼人は困ったように後ずさった。さっきも言ったからな、とやけくそのように言葉を続けた。

 

「さっき?」

「最低なことを言うぞ」

「あ、はい」

「美少女二人から告白されるのは、凄く気分がいい」

「……何だか先輩の影響受けてません?」

「ああ、それは若干あるかもな……。最近大和や大岡より比企谷といる方が落ち着く気がしてきたし」

「それはかなり重症なのですぐに直してください」

「……俺より比企谷と付き合い長いんだよな?」

 

 確か知り合った期間だけならば結衣と張り合えるはずだ。そんなことを思いながら問い掛けたが、それとこれとは別ですと真顔で返された。

 ともかく、といろはが指を突き付ける。そういうのはいいから、もう少しちゃんと話してくださいと釘を差した。一応本心ではあるが、真面目な回答ではないことを見抜かれていたらしい。そりゃそうでしょうに、と彼の脳内雪乃が呆れていたのでうるさいと返した。

 

「――吹っ切れていない」

「雪ノ下先輩のお姉さんの件ですか?」

「ああ。いや、少し違うか。……怖いんだ」

 

 どちらかを選んだことで、選ばなかった方との繋がりが消えることが。そう言って彼は自嘲気味に笑う。何のことはない、結局まだそこを割り切れていないだけなのだ。一歩踏み出したが、もう一歩先が躊躇している。仲良く笑い合えたのに、一瞬でそうでなくなるのが、たまらなく怖い。

 だが同時に、迷っていても結果が同じなことも分かっている。聞かなければそれでもいい。聞いてしまったならば、選ばなければいけない。どちらかを、あるいは、選ばないことを。

 

「なんだ、そんなことですか」

「え?」

「そういうのは、普通の人相手に悩んでください」

 

 そんな彼の苦悩を、いろははあっさりと切って捨てた。不敵に笑いながら、心配しなくとも大丈夫だと言ってのけた。

 

「まあ、そりゃ、わたしを選んでくれるのが一番ですけど。もし三浦先輩を選んでも、わたしは逃げませんよ。向こうだって同じです」

 

 だって。そう言っていろはは指を口元に添える。笑いながら、その指を隼人の口元へと持っていく。

 

「わたしも三浦先輩も。あの、雪ノ下雪乃先輩の友達なんですから」

 

 

 

 

 

 

 パレードが終わったことで人混みは幾分か薄れてきた。八幡達のいる場所へと隼人といろはの二人は合流する手はずになっているので、こちらとしては動く必要はない。次々に上がる花火を眺めながら、口々に感想を言うばかりだ。

 

「なんか、懐かしいね」

「……そうだな」

 

 隣の結衣の言葉に、八幡はぼんやりとそう返す。二人の懐かしむ花火の思い出は夏の一件のみだ。結衣は何となしに言ったのだろうが、八幡にとっては色々と思うところのあるもので。

 

「どしたの?」

「あー、いや。……月が、綺麗だなって」

「へ? 月が? ……あー!」

 

 思わず口にしてしまった八幡も、それを聞いて思い出してしまった結衣も同時に悶えだす。あれがあったからこそ今こうして隣り合っているのは間違いないが、積極的にえぐり出したいかといえば答えは否なわけで。

 何やってんだあの二人、と呆れたような目で見る優美子に、放っておきなさいと雪乃は告げた。ああいうのは下手に何かを言わない方がダメージが少ない。

 

「あ、いじらないんだ」

「あれをからかったら致命傷だもの」

「確かに」

 

 顔を真っ赤にしてあたふたする二人を姫菜が生暖かい目で見やる。彼氏彼女というのも中々大変だ。そんなことを思いながら、ちらりとそこにいる男子を見た。

 姿が見えたらしい隼人に向かって手を振る翔、それに手を振り返す隼人。いつもならばそれだけでご飯がいただける妄想をするのだが。

 まあいいや、と彼女は視線を外した。今はそれよりも、親友だ。優美子がいろはと何やら話しているのを見て、予想はそれほど間違っていなかったようだと息を吐く。もっとも、これで彼がいろはを選んだとしても、関係が壊れることはないだろうとおぼろげながらに思っているのだが。

 

「私も変わったなぁ……」

 

 思わずそんなことをぼやいた。案外自覚しないだけで、常に変化はしているものなのかもしれない。それでも、そう考える程度には大きく変わっている。それがほんの少しだけ不快で。

 

「まあ、それも楽しい、か」

 

 それを上回るほどには、心地よい。その思いもまた変化の賜物だと考えて、それがことさらに可笑しかった。

 

「海老名さん」

「ん? どうしたの雪ノ下さん」

「いえ、見ているだけだとつまらないし、私達もあの二人をからかいに行きましょう?」

 

 そう言って隼人といろはを指差す。どうにか落ち着いたらしい結衣とそれに引っ張られた八幡も合流し、花火と混ざりあった騒ぎが生まれていた。成程、と頷いた姫菜は、雪乃と共にそちらへと歩みを進めていく。そうだ、その通り。見ているだけではつまらない。

 楽しい日々は、まだまだこれからだ。

 

 




ラブコメ? してる?


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会議マストダイ その1

この話、普通に進めた場合原作のこじれる場所が何一つない


 総武高校新生生徒会。その副会長は隣で微笑んでいる会長を見て顔を引き攣らせた。成程、だの、そうなんですか、だのと笑顔で相槌を打ってはいるが、その表情はそれで固定されたまま。よくよく見ると口元はひくついていた。

 今行われているのは、他校との合同で行われるクリスマス会のための会議だ。各々の自己紹介から始まり、とういう風にしていきたいか意見を出し合い。そしてそれが二日目になっても続く。

 じゃあ今日はこの辺で、と会議を取り仕切っている相手校の生徒会長玉縄が述べた。それに頷き皆が立ち上がって帰り支度をする中、総武高新生徒会長一色いろはだけは暫し机に置いてあるプリントを眺めている。カリカリと何かを書き続け、それを終えた後に勢いよく立ち上がった。

 

「か、会長?」

 

 副会長の言葉に、いろはが振り返る。どうしましたかと彼に尋ねると、いやちょっと、という歯切れの悪い返事だけが来た。

 

「……そうですか。ところで、向こうも何かヘルプの人員呼ぶみたいなんで、こっちも呼んでいいですか?」

「え? あ、ああ。それは別に」

 

 かまわないと言ってしまった彼は、後日深く後悔することになるのだが、今この状況では知る由もない。ただただ、いろはから生徒会長としてのオーラらしきものを感じ取り流石だと圧倒されるばかりである。

 先程の彼女の表情も、向こうの企画を進めようとしない悪い言い方をすれば意識高い系の言動に憤りを覚えていたようであるし、見た目や評判とは裏腹のやる気に満ち溢れた素晴らしい会長ではないか。後輩がそこまで頑張るのだ、自分も何か手伝いを。思わずそんなことを思ってしまうほどで。

 真面目に考えると馬鹿を見る。時と場合によるのかもしれない。彼がそういう意見を身に付けるのはこのクリスマス会後だ。

 

 

 

 

 

 

「せんぱーい、やばいですやばいです……」

「顔と口調とセリフの圧が合ってねぇよ」

 

 奉仕部。そこに飛び込んできたいろはが部員ではないのに何故かいる八幡へと零した言葉がこれであった。そしてそれに対する彼の感想がこれである。

 普段であればこんなことを言いながらやってきた場合、彼女は庇護欲を誘うようなあざといとも言える表情をするはずだ。が、現在のいろはの顔は。

 

「なあ一色。無表情で猫撫で声出しながらこいつ殺すみたいなオーラで言うのやめない?」

「なにかおかしかったですか?」

「何もかもおかしい」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は周囲を見た。本来いろはの用事は奉仕部が受ける依頼であるはず。だというのに何故か対応しているのは彼一人。どう考えても、やはり俺が相手をするのはまちがっている。そう思いながらとりあえず部長に文句を言うべく口を。

 

「それで一色さん。あなたの依頼は誰かを抹殺することかしら」

「何言っちゃってんのお前!?」

 

 その前にインターセプトをしてきた奉仕部部長雪ノ下雪乃。だが、彼女は彼女でいろはの言葉からそんな結論をはじき出してきたらしい。思わずツッコミを入れた八幡であったが、しかしあの物言いではあながち間違いでもないのかもしれないと口を閉じ暫し考える。

 

「悩むなし」

「まあ比喩表現って意味ならあり?」

 

 そんな八幡を見て、優美子は呆れながら、結衣は苦笑しながらそんなことを述べた。尚今日は姫菜は用事で不在なので、ベストメンバーではない。

 二人に視線を向けたいろはは、まあ大体そんな感じですねと告げる。あまりにもあっさりと肯定したので、軽く聞いていた二人が少しだけ引くほどだ。

 ともあれ、このままだと話が一向に進まない。誰を比喩表現的に抹殺するにしろ、まずは詳しい内容を聞いてからだ。誰に促されたわけでもないが、そういう空気へと収束したのでいろはがそうですね、と下唇に指をちょこんと添えながら考え込む仕草を取った。

 

「もうすぐクリスマスなんですけど」

「知ってるっつーの」

「何か、近くの高校と合同で地域のためのクリスマスイベントをやることになったんです。小さい子やお年寄り相手にするようなやつを」

「へー。どこの高校とやるの?」

「海浜総合高校です」

「海浜!?」

 

 がたり、と八幡が立ち上がった。何だ何だと皆が彼に視線を向ける中、我に返った八幡はゆっくりと座り直し続きを促す。ここではい分かりました、となるならここの連中は奉仕部ではないしやってきたのは一色いろはではない。

 待て待てと皆、ではなく、優美子といろはがほれ吐けと詰め寄った。美人と可愛いが近くに寄ってくるのは男子としてはある意味眼福ではあるのだろうが、いかんせん見た目以外は猛獣と変わらない連中である。普通に恐怖が勝る。

 

「いや、大したことじゃなくてだな」

「だったら言えし」

「いいじゃないですか、隠さなくても」

「……いや、だからな? ただ、あれだ」

「どれだし」

「早く言ってくださいよ」

「……海浜に知り合いがいるってだけだ」

 

 思った以上に普通の答えを聞いて、何だと優美子といろはが脱力する。その程度で一体何をあそこまで反応したのか。ジト目で彼を見ながら、そんなことを思いつつそれぞれの席に戻っていった。

 それが終わったタイミングで、雪乃が口を開く。ちなみに二人はその人のこと知っているわよ、と。

 

「は?」

「え?」

「折本さんだもの」

 

 ウケる! とサムズアップしているショートボブの少女が頭に浮かび上がる。そして同時に、ああそういうことかと納得したように揃って八幡を見た。

 

「っていうか一色は何で知らなかったし」

「いやわたしあの人が制服着てたり高校の話してるの聞いたこと一回も無かったんですもん」

 

 ぶうぶう、と優美子に文句を言った後、いろははふと何かを閃いたような顔をした。雪乃に視線を向けると、こくりと察したように彼女が頷く。スマホを取り出すと、何やらどこぞと連絡を取り始めた。画面を眺め、雪乃の口角が三日月に上がる。

 

「それで、一色さん。私達はそのクリスマス会の手伝いをすればいいのかしら?」

「それはもう。好きに暴れてください」

「返答おかしい」

 

 当然のように八幡のツッコミは無視をされた。いろはと話しながらスマホを操作し、雪乃は着々と準備を整えていく。何の、とは怖くて聞けなかった。聞いたら逃げられなくなる、そんな予感が八幡にはあった。が、同時に、このまま聞かなければ楽には死ねない、そんな予感もあった。

 早い話が詰みである。彼に出来ることは、今すぐにこの場から逃げ出すことだけだ。

 

「どしたのヒッキー」

「俺は逃げる。後は任せたぞ」

「あ、うん。じゃね」

「……」

 

 ヒラヒラと笑顔で見送る結衣。そんな彼女を見て、八幡は訝しげな視線を向けた。ここは引き止める場面じゃないのか、と。

 

「んー。今の感じだと別にゆきのんに任せとけば問題ないかなーって」

「お前それでいいのか」

「逃げようとしてるヒッキーには言われたくないし」

 

 ジト目で彼を見た結衣は、そういうわけだからと立ち上がる。帰るん? という優美子の言葉に、うん、と彼女は笑顔で返した。

 

「どのみち今日はやんないでしょ?」

「そうね。動くのは明日になってからかしら」

「え~、なるはやでお願いしたいんですけど」

「大丈夫よ。明日には終わるわ」

 

 ふ、と笑みを浮かべた雪乃はどうしようもなく邪悪に満ち溢れていた。八幡の感想である。他の面々がどう思っていたかは定かではない。

 ともあれ、八幡の横に立った結衣はそのまま彼の手を取った。それに合わせるように、優美子も鞄を掴み帰り支度を始める。どうやら今日は本当にこのまま解散のようだ。その事に気付いた八幡は、自分が全く逃げられなかったことにも同時に気が付く。

 

「どっか寄ってく?」

「……雪ノ下のいない、平和な場所がいいな」

「心配し過ぎだって」

 

 ごー、と彼の手を握ったまま振り上げた結衣は、そのまま笑顔で部室を出た。

 ここで手を振りほどいてでも逃げないのが、八幡の八幡たるところである。

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。全てを諦めた顔をした少年が死んだ魚の眼でその建物を見上げていた。高校からほど近い場所にあるこのコミュニティセンターでイベントの打ち合わせを行うらしく、奉仕部プラスワンはいろはに促されるまま中へと入る。二階にある講習室と書かれているそこに入ると、既に来ていたらしい海浜の生徒達が目に入った。

 その中の一人がこちらにやってくると、いろはに馴れ馴れしい挨拶をする。向こうの生徒会長だというその男子にいつもの営業スマイルで挨拶をしたいろはは、ついで彼が怪訝そうに後ろの集団を見ていたので紹介をした。こちらもヘルプ要員を呼んだのだ、と。

 

「そうかい。僕は玉縄、海浜の生徒会長なんだ」

 

 よろしく、と彼が述べたのを皮切りに、他の面々もこちらへとやってくる。その都度挨拶をしてくるのだが、彼ら彼女らの言葉の端々から謎の自信と意識の高さが伺えた。八幡はちらりと横を見る。成程、と頷いている雪乃と姫菜、首を傾げている結衣。

 そして、ひたすら無表情の優美子。

 

「雪ノ下さん」

「どうしたの三浦さん」

「こういう意味か……」

「ええ。一色さんの話を聞く限り、こういうことだと予想したけれど。その通りだったわね」

 

 どうやら事前に聞いていたらしい。それでもダメージを受けたらしい優美子は、これ以上いると手が出かねないと自分達の生徒会の面々へと避難していった。急にその場を離れた彼女を不思議そうな顔で見ていた海浜生徒会だが、雪乃が適当な理由を述べてお茶を濁したことで話が戻る。

 こちらも、といろはが説明した通り、海浜側も生徒会以外の手伝いがいるらしい。先程とは違い、玉縄に紹介された面々はそこまで意識高い系ではない。そのことでほんの少しだけ安堵した八幡であったが、次の瞬間その表情が凍る。

 そいつは手伝いの面々の後ろからやってきた。くしゃっとしたパーマの掛かったショートボブを揺らしながら、どこか楽しそうな笑みを浮かべ。

 

「よろしくー」

 

 他の生徒とは違い、名前も言わず、ただそう言って軽く手を上げた。それだけで十分であった。それだけで、八幡は全てを悟った。ああそうか、つまり昨日のアレはこういう意味か。

 

「ん? どしたん比企谷。顔死んでるよ。あ、いつもか、ウケる」

「ウケねぇよ死ね」

 

 ざわ、と海浜側に戦慄が走った。総武高校のヘルプ要員だと紹介された男子生徒が突如こちらの女子生徒に暴言を吐いたのだ。死ね、と言われたその女生徒は人当たりもよく男女隔てなく仲良くするタイプで、当然海浜側も皆憎からず思っている。とりわけ生徒会長の玉縄は、それを少しこじらせているきらいがあるほどだ。

 

「ちょっと、君。今のは一体――」

「ていうか何でお前がここに――は雪ノ下の仕業か。乗ってんじゃねぇよ、暇人か」

「比企谷の方が暇人じゃん、ウケる」

「うるせぇ死ね」

 

 二発目である。玉縄の静止などまるで聞いちゃいないそれは、確実に海浜側のヘイトを溜めていた。何だあいつ、と皆厳しい目を八幡に向け始め、彼を連れてきた総武高校生徒会にも懐疑の目が向けられる。合同で、協力してやる気があるのか、と。

 そんなギスギスした空気の中、時間だということで皆が席に着くことになった。四角く並べられたテーブルではあるが、基本ホワイトボードのある側に玉縄が座り、その左右へと分かれる形になるようだ。少なくとも前回まではそうだったのだろう。

 だが、双方ともに手伝いを増員した結果、左右だけでは足りなくなった。しょうがないので玉縄の対面のテーブルも使用することになり、総武と海浜の手伝いがそれぞれそこに座っていく。

 

「晒し者じゃねぇか……」

「人増え過ぎ、ウケる」

「そう思うんなら減らせよ。こっちは全部で十人だぞ」

「そっちも増やせばよくない?」

「座る場所無くなるだろ」

「それもそうか、ウケる!」

「ウケねぇよ」

 

 会議を始めるはずなのだが、何故か一向に玉縄が声を出さない。というよりも、席に着いた海浜側が動かない。どうしたのだろうかと首を傾げる総武の生徒会の面々であったが、会長と手伝いは事情を察してプルプルと震えていた。

 海浜側の最後尾、といえばいいのだろうか、そこに座っているのは件の彼女――何を隠そう折本かおりだ。そして総武側の最後尾、その隣に座っているのは勿論比企谷八幡。先程の暴言を放った相手を隣に置いて、彼女がどうしていたのかといえば。

 

「んでさ、これ何やる感じ?」

「俺は今日が最初だ、知らねぇよ」

「やっぱり?」

「知ってんなら聞くな」

「まーまー。ほれ、これでも食べて落ち着いたら?」

「誰のせいだっつの」

 

 鞄から取り出されたクッキーを当たり前のように受け取った八幡が、何も気にすることなくそれを頬張る。明らかに親しい相手にするやり取りだ。海浜の中でもそこまで距離の近い異性はいない、同性でもほんの僅か。皆と一律に距離は近いが、もう一歩には中々踏み入らせない。そんなイメージを持たれていた彼女のその中に、あの男がいたのだ。

 

「あ、ついでにみんなにも渡してくんない?」

「自分でやれよ……」

 

 ほいほい、とクッキーを五つ取り出して八幡に渡す。溜息とともにそれを受け取った彼は、ほらよ、と隣にいた結衣に差し出した。当たり前のように彼女もそれを受け取り、そして残りの手伝いの面々と生徒会長もそれを受け取る。最早海浜の理解の範疇を全力でぶっちぎっていた。

 

「ガハマ」

「ん?」

「どっからどこまでが雪ノ下の作戦だ」

「え? これは別にゆきのんの作戦じゃないよ」

 

 はぁ、ともう一度溜息を吐いた八幡が頬杖のまま右隣の結衣に問い掛けたが、返ってきた言葉は彼の予想外。思わず素っ頓狂な声を上げて、左隣のかおりに爆笑された。

 

「どういうことだ」

「だから、これはまだ作戦じゃないんだって」

「……」

「無言でこっち見んな! ウケる!」

 

 ひーひーと机を叩きながら笑う海浜で唯一動いている少女、かおり。よく分からないが、とにかくこの相手を石化させてしまった原因は雪乃の作戦ではないらしい。誰も当てにならないのでとりあえずそれだけを結論付け、八幡はわけわからんと天を仰ぐ。

 ちなみに、作戦の本編ではないが、当然ながら雪乃はジャブ代わりに機雷を撒いていた。そしてその起爆剤は自分自身だということに、他人の身になって考えることの苦手な彼は、どうしても気付けないでいた。

 

 




玉縄が死んだ!
この人でなし!


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その2

まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ


 ぱん、と手を叩く音がする。それを聞き我に返ったらしい海浜の面々は、それを行った人物へと目を向けた。

 とんでもない美少女である。長く艷やかな髪を靡かせながら、その少女はちらりと玉縄を見る。それに反応した彼へ、そろそろ始めましょうと言葉を投げかけた。

 

「あ、ああ、そうだね。えーっと、それじゃあ」

 

 あたふたと目の前のマックブックを操作し始めた玉縄は、その画面と横の資料を見ながら深呼吸。気持ちを整えたのか、どこかキリッとした表情で会議室にいる皆を見た。その空気を受けて、海浜の生徒会メンバーは同じように意識が高まっていく。

 尚、ヘルプ要員はこそこそとかおりに話し掛けていた。中学時代からの腐れ縁、という言葉を聞き、その内の一人はああこいつが例の、と納得した表情を見せている。

 

「では、前回に引き続いてブレインストーミングをやろう」

 

 玉縄がそう告げる。会議を進行させる役はここ数日彼が行っていたらしく、そこを怪訝に思う者は誰もいない。勿論基本的には、であり、例外も存在する。というよりいろはが呼んできた自称ヘルプ要員がそれだ。もっというならば、八幡だ。玉縄が仕切っているのを見て、思わず視線を横に向けた。

 見るんじゃなかった、と彼は後悔した。ブレインストーミングと称して何やら意識高い系の会話を次々に行う海浜の連中を眺めながら、その人物は、雪ノ下雪乃は笑っていた。可愛らしい少女の笑みとかそういうものではない。口角を上げ、口元を歪ませ、三日月を形作り。

 ボードゲームの駒を動かすように、嗤っていた。

 

「やっぱり若いマインド的な部分でのイノベーションを」

「戦略的思考でコストパフォーマンスを考える必要が」

「ロジカルシンキングで論理的に考えるべきだよ。お客様目線でカスタマーサイドに」

「日本語喋れよおめーら」

 

 幸いにして最後の優美子の言葉は海浜側には聞こえなかったらしく、会議は滞りなく進んでいた。そして唯一聞こえていたかおりはその場で机に突っ伏し微振動している。出来ることなら八幡もそんな風に頭空っぽで行動したかった、とぼんやり思った。

 そうこうしているうちに、ある程度のアイデアが出たらしい。八幡には何も出ていないとしか思えなかったが、とりあえず向こうは仕事したぜ感を醸し出していた。

 

「ちょっといいかしら」

 

 そこで雪乃である。総武側で意見は出ていなかったこともあり、海浜側はそんな彼女に視線を集中させた。八幡はそっと視線を逸らした。

 

「それで結局どこで何をするの?」

「ああ、それは今こうしてアイデアを纏めている最中で」

「そう。なら、その部分はまだ白紙、自由、ということね」

 

 言質取ったぞ、と言わんばかりに雪乃が笑う。あ、何かやるなこれ、と姫菜はぼんやりと考えた。まーた何か言う気だこれ、と優美子は小さく溜息を吐いた。

 勿論海浜側で彼女の中身を知るものはかおりしかいない。積極的にこちらに参加してきた、としか思っておらず、その辺りを決めるためにどうたらこうたらと先程の意識高いワードを交えながら再び会話をし始めた。

 

「そうなると、先程総武側に言われたように、規模の小ささが気になるな」

「せっかくだし、もっと派手なことをしたいよね」

「となると――」

 

 おそらく、もう一つ高校なり大学なりを追加しよう、とでも言いたかったのであろう。口がそう形作っていた。が、それよりも早く、そのワードを受けた悪魔が、もとい雪乃が動き出した。

 

「では、まず会場を変えましょう」

「――は?」

「規模を大きく、そして派手に。ならば場所もふさわしいところにするべきでしょう? あなた達がそう言ったわ」

「……言ったか?」

「言ってないと思う」

 

 八幡は隣の結衣に問い掛ける。が、結衣としても向こうの言っている意識高いワードが理解出来ていなかったので、ひょっとしたらそうかもしれないと自信がなさげであった。

 雪乃は続ける。向こうが動揺しざわりとしたのを見逃さず、畳み掛ける。

 

「会場は大きく、そして派手に。――ならばディスティニーランドを貸し切るのがいいわね」

「お前何言っちゃってんの!?」

「私は向こうの提案の最適解を述べただけよ」

 

 絶対に違う。そう言いたかったが、八幡としても向こうの味方をする必要性は欠片も無い上に、極論で返せばそうならないこともないかと一瞬納得しかけてしまったことで二の足を踏んだ。

 

「い、いや。流石にそれは」

「あら。ブレインストーミングなのだから、そこをどうするかを話し合ってもらわないと」

「それはそうかもしれないけれど、正直話し合うまでもないというか」

「どうして?」

 

 雪乃は笑顔である。いやどう考えても無理だろ、という八幡の睨みを無視したまま、笑みを浮かべ続ける。

 

「あなた達の言っていたことはこういうことでしょう?」

「あー、そうですね~。海浜側の意見って結局全部そういう感じでしたね」

「会長!?」

 

 ここぞとばかりにいろはが出張る。お前この数日くだらない議論ごっこ聞かされたの忘れてねぇからなオラァと立ち上るオーラが自己主張していた。

 

「あー、そういう感じか。んじゃあーしはこれ、ランドとシーでフェスやるとか良くない?」

「あ、いいね。ジャニーズ呼んじゃう?」

「優美子と姫菜まで……」

 

 高校のクリスマスイベントから局がテレビでやるスペシャル番組へと規模が拡大している。どう考えても無理である。が、しかし。規模を大きく、派手に、という向こうの意見はこれ以上なく叶えられてはいるのだ。一応。

 

「いや、その、予算とか時間が」

「それを考慮した意見は一つでも出ていたかしら?」

「ふわっとしたアイデアもどきを出して、それにいいねボタン押すだけって感じでしたよね~」

「会長言い方ぁ!」

 

 副会長が思わず叫ぶ。先程も今回もツッコミを先にされた八幡は、再度出しかけた手をゆっくりと下ろして何もなかったことにした。かおりが隣で呼吸困難になっていた。

 そんな愉快な総武側とは違い、海浜側は押し黙る。反論しようにも、いい言葉が出てこない。自分達の会議のそれが、借り物と受け売りでしかないことは本人が一番良く分かっているのだ。それでも、そうすることで仕事をしている気になっていたのだ。

 なんのことはない、向こうも出来たばかりの生徒会を何とかしたくて足掻いていた。それだけだ。

 

「……その結果がこれとか、何かいたたまれなくなってきた」

「どしたのヒッキー」

「ドラえもんって、相手がジャイアンじゃなきゃ蹂躙だよなぁ」

「意味分かんないし……」

 

 

 

 

 

 

 会議後半。今までとはうってかわって予算や時間を考慮した具体例を考える空間へと様変わりした会議室は、思った以上に真面目な雰囲気が生み出されていた。

 

「じゃあ、イベントは音楽をテーマにするのね」

「そう。『今、繋がる音楽』という感じで」

「そういうのが出来るあてはあるの? こちらはここで決まれば一つ二つ用意するけれど」

「それは今の状態では何とも……。とりあえず有志を募集する方向で」

「んー。でもそれだけだと少し寂しくないですか?」

「アウトソーシングしていくことも検討に入れるのは」

「その辺りは予算との戦いね。一色さん、どう?」

「ん~、こっちはカツカツなんでやるなら海浜持ちじゃないですか? あ、副会長、それはこっちに纏めてください」

 

 尚、議長は雪乃に取って代わられた。いろはは雪乃と一緒に話を進める役である。何だか生き生きと海浜側をばっさりいく彼女を見て、総武高校生徒会は若干引いた。

 一方の八幡、暇である。話がスムーズに進んでいるので、文句をつける役の彼はやることがないのだ。かといってネタ出しに参加している優美子や姫菜のようにもなりたくない。

 

「比企谷は向こう参加しないの?」

「めんどくさい」

「だよね、ウケる」

 

 くっくっく、と笑ったかおりは、そのまま進んでいく会議を楽しそうに眺めた。あんなもん見て何が楽しいのか。そんな感想しか抱かない八幡は、彼女の表情の理由が分からない。分からないが、まあかれこれ三年近くの付き合いである。特に理由はないのだろうと彼なりに彼女を結論付けた。

 まあいいや、と隣を見る。ほえー、と観客になっていた結衣の横顔を眺め、そしてふと思い立ってその頬を指で突いた。ぷひゅー、と面白い音が出る。

 

「何すんだ!?」

「いや、なんとなく」

「何となくでほっぺ突くとかありえなくない?」

 

 ぐりん、とこちらを睨み付けた結衣がぶうぶうと文句をのたまう。そんな彼女をどうどうと宥めた八幡は、ところで聞きたいことがあるんだがと彼女に問うた。この状況で素直に聞くのかといえば普通であれば答えは否。なのだが、結衣は結衣でまあヒッキーのやることだしとあっさり終わらせた。強い。

 

「で、どしたの?」

「いや。なんというか」

「ん?」

 

 歯切れが悪い。何が言いたいのかよく分からないと首を傾げた結衣だが、八幡はそれでもあーだのうーだの言いながら中々言いたいことが出ないらしく苦い顔を浮かべている。

 そんな彼の左隣。かおりが八幡を非常にいい笑顔で眺めていた。向こうの会議よりもこっちを見ていた方が絶対に楽しい。そう確信を持っている笑顔であった。

 

「このクリスマスイベント、手伝うってことは俺たちもこれに当日参加するってことだよな」

「まあ、そりゃね。ヒッキー何か用事でもあった?」

「用事っつーか……」

 

 ガリガリと頭を掻きながらちらりと結衣を見る。八幡の言いたいことが分かっているのかいないのか、彼女は別段表情も変えず普段通りだ。彼の横にいるかおりが吹き出したことに一瞬ビクリとするだけである。

 

「……この、イベント。イブにやるんだよな?」

「みたいだね。まあクリスマスイベントだし当然じゃない?」

「その日ってのは、こう、あれだろ。……うわ俺何か一色みたいな思考回路になってた」

「意味分かんないけど多分それいろはちゃんに失礼だと思う」

「失礼じゃねぇよ。一色と同じ思考回路とかむしろ俺に失礼だぞ」

 

 本人が聞いていないのをいいことにボロクソである。後で言っとくかー、とかおりが一人ほくそ笑んでいることも知らず、そのまま八幡は会話を続ける。続けようと、言いたいことを言おうと、出ない言葉を絞り出すために口を開く。

 

「……ガハマ」

「ん?」

「お前は……何か用事はなかったのか?」

「へ?」

 

 何言ってんだと眉を顰める。さっきからどうにも要領を得ない会話をしていたと思ったら、お前は用事があるのかときたものだ。結衣としても流石に意味不明過ぎて不満げな表情に変わってしまう。

 が、とりあえず。質問にだけは答えておこうと彼女は口を開いた。クリスマスイブの日、彼女の用事があるとすれば、と言葉を紡いだ。

 

「ヒッキーと一緒にいるけど」

「ぶふっ」

「うわっ、汚っ!」

 

 むせた。ゲホゲホと咳き込みながら垂れてしまった鼻水をテッシュで拭いゴミ箱へと捨てると、八幡はふざけんなと結衣へ詰め寄る。散々人をからかいやがったなと叫ぶ。

 

「え? 何が?」

「とぼけんな。お前俺がイブの日にイベントだからどうすればお前と二人きりになれるのか必死で悩んでたのを分かってて」

「――え?」

「え?」

 

 ぼん、と結衣の顔が真っ赤になった。急に挙動不審になり、あたふたと手を振りながらせわしなく視線をさまよわせる。どうやら『そういう意味』ではなく、極々普通にいつも通りに二人でいる、という意味合いだったらしい。

 その事に気付いた八幡、自分が物凄く恥ずかしいことを勢いのままに言ってしまったのを自覚した。声にならない叫びを上げながら、頭を抱えて悶えて突っ伏す。幸いだったのはそんな彼を見ていたのは極々僅かな人数であったことだろうか。

 

「あ、えと、その、ヒッキー。あ、あたし、その、えっと、その日はフリーで」

「だからイベントだっつってんだろ……」

「あ、そっか。えーっと、じゃあ」

 

 こほん、と咳払いを一つ。大きく息を吸い、そして吐く。そんな動作を数回行った後、結衣は真っ直ぐに八幡を見た。顔を上げ、赤くなったそれを隠すために手で鼻から下を覆っている彼を見た。

 

「なるべく一緒に、いるってのは」

「……いつもそうだろ」

「あ、あはは。うん、そうだね。そうだった」

 

 顔を背けながらそう呟いた八幡に、結衣は苦笑しながらそう返す。そのまま暫し無言で、お互いに視線を合わせなかった二人であったが、今日の会議は終わりだという雪乃の声を聞き我に返る。どうやら相当な時間、揃ってギクシャクしていたらしい。

 

「お、終わりだって」

「らしいな」

「……帰ろっか」

「……ああ」

 

 帰り支度をする他の面々と同じように、結衣も八幡も席を立つ。鞄を持ち、ほれ来い、と手を降っている優美子達のいる場所へと歩いていく。おまたせ、と皆に述べた結衣を見て、優美子は少し怪訝な表情を浮かべた。

 

「ユイ、どしたん?」

「へ?」

「顔。……風邪でも引いた?」

「う、ううん! 平気! 全然大丈夫!」

「ふーん」

 

 ちらりと向こうを見る。看破され物凄い勢いでいろはと雪乃にからかわれている八幡が見えて、あーはいはいごちそうさまと小さく溜息を吐いた。

 持っていた鞄を肩に担ぐ。このイベントはクリスマスイブ。丁度いい口実にはなるかもしれない、と彼女はぼんやりと考えた。

 

「隼人、誘ってみっかなー……」

 

 そう言いつつ、どうせ望む望まないに拘わらず来るのだろうけど、と苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 蛇足。

 

「かおりー、帰ろ、ってどうしたの!?」

「だ、駄目だ……ウケ過ぎて、死ぬ……」

 

 会議室にはツボに入り過ぎた結果、息が出来ないほど笑い続けた少女が一人残されたそうな。

 

 




あ、バトルフェイズ終わってた


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その3

ある意味ゆきのん並みに人間関係もキャラも変わってるやつ再登場の巻。


 小学生が、あらわれた! コマンド?

 

「さて、と」

「ウェイト。雪ノ下さんウェイト」

「どうしたの比企谷くん。向こうに影響されたかしら」

「どっちかっつーとこれはルー語で意識高い系とは違う。じゃなくてだな!」

 

 八幡の叫びをいつものようにスルーした雪乃は、そのまま新たに参加した小学生たちへと指示を出していく。どうやら舞台で劇をする役者として参加をお願いしたらしい。

 

「……何する気だあれ?」

「なんか、ミュージカル的な何かをするらしいよ」

「わざわざ小学生を使ってか? 小学生は最高だぜ、とか言っちゃう系?」

「いや、わけ分かんないし」

 

 そんな雪乃をぼんやりと見ていた彼の呟きに結衣が答える。が、八幡としては納得できる答えは出てきていなかった。むしろ余計に疑問が湧いてくる。

 結衣もそれについては答えを持っていなかったようで、向こうに対抗してるんじゃないかなという曖昧な返事しか出来なかった。しかしならば海浜がこちらを圧倒するようなことをやるのかといえばそういうわけでもない。

 

「というか、何だ? 向こうとこっちで違う出し物やるのか?」

「気付いたら二部構成になってたっぽい」

「何やってんだあいつら……」

 

 溜息を一つ。そうしながら、会議中のマウント取り合戦を思い浮かべた。基本雪乃がトドメに回っていたが、いろはも相当やらかしている。それを宥めてかつ潤滑油として動き回る副会長がいっそ気の毒に思えるほどであった。

 間違いなくお互い手を取り合ってだの共同作業だのとは無縁である。確かテーマは『今、つながる音楽』。まったくもって繋がっていない。

 

「イベント破綻してんじゃねぇか」

「まあほら、あれじゃん。喧嘩して仲良くなる、みたいな」

「河原で殴り合えってか。昭和かよ……」

 

 まあいいや、と八幡は再度溜息。どうせ自分は雑用であの辺りの仕事とは関係がない。そんなことを思いつつでは己の仕事をこなしましょうかと視線を動かし。

 

「……あ」

「どしたの? あ」

 

 参加要請した小学生の一団の中に、見覚えのある顔を見付けてしまった。

 よくよく考えればそうだろう。雪乃が呼んだということは、総武高とある程度の繋がりのある小学校のはずだ。林間学校の手伝いなどをしているとか、そういう借りもあれば尚お願いがしやすい。

 つまりはそういうことである。ワイワイと騒いでいる集団の中に一人、静かに、だが確かなオーラを持ったまま立っている一人の少女がそこにいた。その横にはやはりどこかで見たようなロングな三編みの少女と、カチューシャでおでこを出している少女が何やら彼女へ喋っている。あの時いた他の面々の姿は見えないが、二人と中心の少女の様子からするとただ単にこのイベントが面倒だから参加していないだけなのだろう。以前とあの時に直接助けられた二人はそのままついてきた、といったところか。

 

「あれ、留美ちゃん?」

「みたいだな」

「元気そうだね」

「やれやれ系みたいな顔してるけどな」

 

 向こうも気付いてはいるのだろう。雪乃を見て、ほんの少しだけ目を細めていた。横の三編みの少女も目を見開き、そして視線を動かして八幡を目が合う。笑顔で手を振られたので、苦笑しながら手を振り返した。

 

「小さい子には基本甘いよねヒッキー」

「誤解を招くからその言い方やめろ」

 

 

 

 

 

 

 ともあれイベントの準備はペースを上げつつ着々と進んでいく。総武側は舞台で動く小学生のための衣装や小道具、背景などのセットの作成と、横で演奏する面々の練習や場所の設営準備等。それこそやることは山ほどあって、人手は多ければ多いほどいい状態だ。

 

「文化祭や体育祭を思い出すね」

「ついこないだじゃねぇか……二学期になってから毎月やってるような気がするぞ」

 

 言いながら八幡は組み立てたセットを立て掛けた。セットとはいっても、そこまで大規模なものではない。勿論ある程度の見栄えは考慮してあるが、設置と撤去のしやすさを重視してあるきらいがあるほどだ。

 ふう、と息を吐く。固まった体を伸ばしながら、彼はここにはいない演奏担当のいるであろう方角を見た。

 

「それはそれとして、何でまたあの人呼んだんだよ雪ノ下は」

「一番使い勝手がいいからだそうですよ」

 

 八幡の疑問に答えたのはこちらの監督役であるいろはだ。うお、と思わずのけぞった彼を不満げに見ながら、出来上がったセットを見てうんうんと頷いている。

 それはそれとして八幡はいろはのその返答には物申したかった。あれを、あの人を、使い勝手がいいと言えるのは世界広しと言えど雪乃くらいであろう。あるいは、よく知らない二人の両親か。

 

「まあ雪ノ下先輩のお姉さんもノリノリでしたし」

「あの人がこういうタイミングでノリノリじゃないはずがねぇだろ……」

 

 悪魔と悪魔がタッグを組んでフォークダンスをしているこの状況は、八幡にとって悪夢以外の何物でもない。他の誰かにとってはそうでなくとも、少なくとも彼にとっては間違いなく。

 

「……ん? そういや葉山はどうした?」

「え? 葉山先輩? 何でですか?」

「雪ノ下姉妹が組んでる状態なんだからあいつが生贄になってるのはもうお約束だろ」

「どういうお約束だし……」

 

 何言ってんだこいつ、という目で結衣は八幡を見やる。そんな彼女の視線の先にいる彼の目にふざけている様子は欠片もなかった。本気でこの状況ならば隼人が被害にあっていると信じて疑わない。

 が、いろはが小さく息を吐き、これ見てくださいよと会話アプリの画面を見せたことで彼の表情が怪訝なものに変わっていった。

 

「お手伝い頼んだら断られました」

「あ、ホントだ」

 

 ひょい、とその画面を覗き込んだ結衣もそんなことを言う。忙しいのかな、と記憶を辿っているようであったが、しかし普段と変わらなかったと結論が出たことで彼女は首を傾げた。

 そして八幡。暫しそれを眺めていたが、ふと引っかかったことがあり視線をいろはへ向ける。どうしました、と尋ねる彼女に向かい、彼はその疑問を口にした。

 

「あの時手伝う約束してんだから、一色のヘルプには理由もなく断るはずがない」

「そうなんですよね~。葉山先輩、絶対これ何か隠してます」

「……おい一色、お前さっき俺が言ったことに納得いってなかった顔してただろ」

「してましたね」

「じゃあこれはなんだ」

「わたしとの約束より自分の被害を回避する方取るとか酷くないですか?」

 

 そこかよ、と八幡が肩を落とす。が、それについては彼は否定をし辛いのもまた確かなわけで。ちらりと隣を見て、多分自分ならば逃げるなと一人納得した。

 

「まあ、あたしはそういうの織り込み済みだから別にいいけど」

「心を読むな」

「ヒッキーが分かりやすいんだって」

 

 そう言って笑う結衣を見て、八幡はそっぽを向く。そんなやり取りを見たいろはがはいはいごちそうさまですと手を叩き、そういうわけなのでいませんと締めた。

 

「でもいろはちゃん、隼人くんに断られた割には平気そうだね」

「まあ、こういうのも含めて葉山先輩ですし」

 

 隼人のファン程度の理解では無理だろうが。言外にそんなことを匂わせつつ、いろははそう言ってニヤリと笑う。これをダシにデートにこぎつけるとかでもありですからね、とついでに続けた。

 

「そんなわけで。今日とか明日は来ないので先輩は諦めて手を動かしてくださいね」

「……あー、はいはい」

 

 働きたくねぇ、とぼやきながら八幡は仕事を再開する。そうしながら、最後のいろはの言葉を反芻し、ああ結局お前もお約束だと思ってるんじゃねぇかよと溜息を吐いた。

 大きめのセットはほぼ作り終えたので、これからは細かい作業だ。ああやっぱり面倒くさいと再度げんなりした表情をしながら、八幡はそれらの小物作成に取り掛かる。

 

「比企谷そういうの死ぬほど似合わないね」

「うるせぇ死ね」

 

 背中から声。聞き覚えのあるものだったので、彼は迷うことなくいつもの返しをした。そもそも何でお前ここにいるんだとついでに文句も付け加える。

 

「スパイ」

「死ねよ」

 

 サムズアップと共にドヤ顔でそんなことをのたまったかおりを一瞥すると、八幡はそう吐き捨てた。小学生の情操教育に悪い会話だが、幸いにして少年少女は劇の動きの練習にかかりきりで雑用には目もくれていない。結衣があははと笑うのみだ。

 

「……あ、そうだ。丁度いい。おい折本、そっちの状況はどうなんだ?」

「え? 比企谷がこっちの心配?」

「そんな大層なもんじゃない。ただの現状確認だ」

 

 思わず真顔になったかおりを見て心底嫌そうな顔をしつつ、彼はそのまま会話を続ける。はいはい、と表情を戻した彼女は、とはいっても、と顎に手を当てた。

 海浜は今回のイベントの予算の大半を注ぎ込み、ジャズとオーケストラを行うらしい。外部依頼と有志の生徒をバランス良く混ぜることでコストに見合わない規模を実現したのだとかなんとか。

 

「てわけであたしは暇なのだよ。正直なんで来てるのって感じ。やばいウケる」

「だったらこっち手伝え」

「あ、いいよ」

「いいのかよ」

「何で自分で言っといて驚いてんの? ウケる」

「お前普段の行動と言動を顧みてから発言しろ」

 

 八幡への返答代わりにキシシと笑いながら、かおりは置いてあったダンボールから材料を取り出し小物を作り始める。どんな感じ、と結衣の作っているものをひょいと覗き込んだ。

 そのまま暫し無言で小物作りをしていたかおりは、何個か目の出来上がったそれを箱に入れ、そういえばと二人を見る。

 

「こっちはどんな感じなの?」

「あ、スパイ設定生きてたんだ」

「あ、そういえばそんなこと言ってたっけ」

「幼稚園児だってもう少し考えてもの喋るぞ」

「ウケる!」

「ウケてる場合かよ」

 

 それでどうなの、と八幡のツッコミを流しつつ再度質問。答える気がさらさらない彼に代わり、結衣がえーっと、と視線を動かした。

 

「こっちは劇担当で、そっちとは別の場所で練習してるのが音楽担当。二つ合わせてミュージカル的な感じにするんだったっけかな」

「ミュージカル的?」

「ミュージカル的」

 

 正確には、歌と演奏を雪ノ下陽乃率いる音楽担当が奏で、それに合わせて小学生達が演技をするというものであり、そのアンバランスさとギャップを楽しむものだとかなんとか。

 よくよく考えると相当難しいことを小学生に請うているのだが、現状そこそこ上手く行っているのでその辺り侮りがたし雪ノ下姉妹といったところなのだろう。八幡の感想はともかく、説明を聞き終えたかおりもへー、とどこか感心している様子を見せていた。

 

「確かに何か小学生ぽくない動きしてるよね。特にあの娘とか」

 

 あれ、と指差した先にいるのは黒髪の少女。セリフを言わないということで動きに全振り出来るとはいえ、それでも彼女の動きは頭一つ抜けていた。動きに迷いがなく、後退の二文字を捨ててきているかのようなそれは、見ている八幡も思わず感心してしまうほどで。

 

「……まあ、殺人ピエロにフラッシュで目潰ししてオルゴールぶつけるクソ度胸持ってれば当然か」

「何の話?」

「こっちの話だ」

 

 思わず右目を押さえた。あの時の痣はとっくに消えている。物理的に傷は付いたが、結果的に誰も致命的な傷を負うことなく事態は解決した。解決したのだ。少女達はトラウマとか負ってしまったかもしれないが預かり知らぬのでそういうことなのだ。

 あの様子だとあの後も別に態度を変えてはいないだろう。変わったのは周りで、彼女はそれを受け入れただけ。それでも、だからこそ、鶴見留美はあそこにいる。

 

「折本」

「んー?」

「そっちも気合い入れてるかもしれんが、こっちはこっちで多分成功するぞ」

「あはは、ヒッキーがそういうのって何か珍しいね」

「それある。比企谷素直に褒めないんだよね」

「何だお前ら」

 

 ジト目で二人を睨んだが、付き合いの長いかおりと付き合っている結衣には当然のように通用しない。うんうんと頷きながら、もう一度練習している留美たちを見た。

 

「でもまあ確かに。こっちも気合い入れなきゃ負けそうだなぁ」

「あ、勝ち負けなんだ」

「そりゃ、どうせなら勝ち負け決めた方が良くない?」

「お前そういうのやめろ。勝負とか言い出すと絶対に雪ノ下が」

「あら、私がどうしたの?」

 

 うおぉ、と持っていた小物をぶちまけながら八幡は盛大に後ずさった。投げ出された厚紙がペチペチと彼女の顔に当たり、そしてそのままズルリと床に落ちる。

 パサリ、という小さな音が、何故か部屋中に響いた気がした。

 

「……そうね。私が急に声を掛けたのが悪いわ」

「え? ど、どうした雪ノ下!? 何か悪いものでも食ったか? ガハマの料理とか」

「酷くない!?」

 

 こんにゃろ、と八幡の脇腹を突いた結衣が、大丈夫なのと雪乃に向き直る。厚紙程度で怪我などするはずもなし。大丈夫だと言いながら、彼女は床に散らばった厚紙を拾い、ダンボールへと入れ直した。

 

「それで、何の話をしていたの?」

「へ? あ、うん。総武とこっちで勝負じゃんって話」

「ああ、成程。そうね、確かにそういう部分はあるでしょうね」

「あるんだ……」

 

 うむ、と頷いた雪乃を見て結衣が思わず呟く。多分自分の彼氏の心配は既に現実になっている。そう結論付け、まあいいやと流した。彼女にとっては別段そこまで心配することではないからだ。

 

「比企谷くん」

「な、なんだ?」

 

 ぐりん、と音がせんばかりの勢いで雪乃が振り返る。再度後ずさった八幡がビクビクしながら尋ねると、彼女はそこで笑みを浮かべた。ニコリと、口元を三日月に歪めた。

 

「勝負なのだから、やはり勝つべきよね」

「俺は人生負け続けてるからな。その意見には同意できんぞ」

「そう。なら丁度いいわ。ここでしっかりと勝っておくべきよ」

「別に俺は負けで構わんからおかまいなくというかこっち来んな」

「大丈夫よ。雑用ばかりで退屈だったであろう比企谷くんに、ちょっと刺激を与えてあげるだけだから」

「退屈なのが人生一番、低空飛行で満足するのがある意味幸せと言えてだな」

「大丈夫大丈夫、ちょっとだけ、ほんの少しだけよ」

「やめろいかがわしいセリフ言いながら近付くなというかお前やっぱりさっきの根に持ってたんじゃねぇか!」

 

 部屋に目の腐ったとある少年の悲鳴が木霊したらしいが、そのことについて語るものは誰もいない。爆笑する少女と、あははと苦笑する少女がいるのみである。

 

 




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