骸骨指揮官とエンタープライズ (nica)
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第一話
この物語は、とある海域を守護する複数ある鎮守府の内の一つ。その鎮守府を預かる一人の指揮官とその部下である『KAN-SEN』達が織りなす楽しくも騒がしい、波乱万丈な日々を描いたものである。
某日某所。
ある一つの鎮守府を任されている指揮官は、自身の執務室で『司令部』に提出する報告書を作成していた。その量は膨大という程のものではないが少ないという訳でもなく。かれこれ一時間以上執務室に籠っていた。
「……む? もうこんな時間か」
休む事なく報告書を作成し続けていた彼だが、少々疲れを感じたところで動きを止めて壁掛け時計を見てからそう零す。
「これならもうすぐで終わるし少し休憩をするか」
腕を上に伸ばしながら身体を解しつつ、何か飲むものはあったかと考えていると。
――コンコン。
「指揮官、ラフィーだよ」
ノックの音がしてすぐ、秘書艦である『ラフィー』の声が扉越しに聞こえてきた。
指揮官は一瞬だけ机の上の書類に視線を向け、
「入れ」
入室を促す。
「うん……入る」
指揮官の声を受け入室した『ラフィー』は眠たげな表情で彼に敬礼をし、指揮官も敬礼を返す。
『ラフィー』。ユニオン所属のベンソン級駆逐艦七番艦。かつての大戦時、第三次ソロモン海戦における戦功から『ソロモンの戦神』とも称されしユニオン駆逐艦の武勲艦である。彼が指揮官としてこの鎮守府に配属される際、『司令部』より初期艦として宛がわれた『KAN-SEN』。
敬礼を終えた彼女はトコトコと指揮官の机に近付き、手に持っていた書類を指揮官に渡す。
「……これは?」
「『司令部』から。ついさっき……『司令部』所属の配送員来たみたい」
「ふむ…………休憩中にわざわざすまなかったラフィー。私が対応できていればよかったのだが」
「指揮官が謝る必要はない。これも秘書艦の仕事……眠いけど……」
「……そうか。ありがとう」
戦闘中以外の相変わらずのラフィーの言葉に苦笑を漏らし、指揮官はお礼の言葉と共に『ラフィー』の頭を優しく撫でる。
「別に、褒めてほしいわけじゃ……」
『ラフィー』は口ではそう言うが、擽ったそうに、どこか嬉しそうに撫でられている。それから指揮官と『ラフィー』は二言三言言葉を交わし、『ラフィー』は退出していった。
残された指揮官は『ラフィー』から受け取った書類を眺め、
「期間限定で新しい『KAN-SEN』の建造か。人数は…………ふむ、三人か。取り敢えず、これは特殊艦を回せばいいのか……?いやでも、期間限定を回した方がいいのか……愛宕さんでるっぽいし」
暫く書類と睨みあう。しかし、その睨みあいも長くはかからず。
「悩んでいても仕方ないか。報告書の残りを仕上げて工廠へ行くとしよう」
そう零して仕事を再開する指揮官だった。
――――工廠
あれから一時間かかるかかからないかぐらいの時間で報告書の作成を終わらせた指揮官。時刻は昼を過ぎていた為に軽食を作って食べた彼は、『KAN-SEN』の建造に必須である『メンタルキューブ』と『ラフィー』から受け取った書類を持って工廠へとやってきた。
「にゃ、指揮官? 何の用だにゃ?」
指揮官の来訪に気付いたのはこの工廠で『KAN-SEN』の建造や、装備の製造・修理。傷付いた『KAN-SEN』達を修復する二人の工作艦の内の一人『明石』。この工廠での仕事以外にも、購買部で『不知火』と共に鎮守府に必要となるであろう物を販売している彼女は指揮官の突然の来訪に疑問の言葉をかける。
「明石か。なに、建造をしにな」
指揮官は手に持っている書類を見せながら答える。それで察した『明石』は頷く。『KAN-SEN』の建造や装備の製造・修理。『KAN-SEN』の修復に携わる工作艦である『明石』ともう一人の『KAN-SEN』は、その特殊な役割故に『司令部』との独自のネットワークを持っており、新たな『KAN-SEN』や装備が発見されるとその情報を素早く入手できるのだ。
「なら、そこに『メンタルキューブ』を置いて建造するといいにゃ。それとこれを」
工廠の奥にある『KAN-SEN』建造装置を指差し、それから耳栓を指揮官に渡す『明石』。
指揮官は耳栓を受け取って分かったと返し、『明石』が何の作業をしているのか気になるところではあるが『KAN-SEN』建造装置に近付いていく。装置に近付いた指揮官は軍服のポケットから『メンタルキューブ』を取り出すと、それを装置の窪みに嵌める。それから四種類あるスイッチ――小型建造・大型建造・特型建造・期間限定建造のスイッチだ――の内一つを押してから装置の横にあるレバーを下げた。
すると装置は激しく振動して凄まじい音を発しながら稼動しだし、装置のモニターに時間が表示された。予め『明石』から渡されていた耳栓を外した指揮官はモニターに映った時間数を見て、
「うお!? なんか四時間以上のやつきたぞ!? これもしかして愛宕さんきたんじゃねぇのこれぇ!?」
期待の笑みを浮かべてそんな声を上げる。その声に何かの作業をしていた『明石』は顔を上げて指揮官の方を見て、
「指揮官、四時間以上待つのかにゃ?」
「む、そうだな……『司令部』に提出する報告書は既に仕上げているがどうするか……」
『明石』の疑問に顎に手をやって考える指揮官。だが答えは決まっていたのだろう。数分とかからずに『明石』に視線を向け、
「今回はこれを使う事にするよ」
建造装置の後ろにストックしてある、『高速建造材』を指差す。『明石』はそれに頷き、再び何かの作業に戻る。
それを見て指揮官は『高速建造材』を一つ掴み、『メンタルキューブ』を嵌める窪みの下にある挿入口へと入れる。『高速建造材』を入れられた装置は再び激しく揺れ出し、その揺れが収まると同時に眩い光を放つ。指揮官は腕でその光から眼を守り、光が収まるのを待つ。やがて光は収まり、装置から現れたのは――
「ヨークタウン型二番艦『エンタープライズ』、着任した。敵には同情も手加減せず、いつでも全力で迎え撃つつもりだ。これこそ私の流儀だ」
かつての大戦で名を馳せた武勲艦。ユニオンが誇りし、世界に名を轟かせている航空母艦。開戦から終戦まで生き残った、ユニオン陣営のたった三隻の内の一隻。
「ビッグE」、「ラッキーE」、「グレイゴースト」等の異名を持つ『KAN-SEN』――『エンタープライズ』だった。
「指示をくれ指揮官。貴方の敵はこの私が粉砕してみせよう」
「………………」
「……?」
指揮官に挨拶をする『エンタープライズ』だが、指揮官からの返事はない。疑問に思った彼女が指揮官の顔を見ると、指揮官は何とも言えぬ描写しにくい表情で建造装置と『エンタープライズ』を見比べている。それから顎が外れるのではないかと思うぐらいに大きく口を開けてやってしまった感を出す。どうやら押そうとしていたスイッチを間違えてしまったらしい。
「? どうしたんだ指揮官。この私が着任したんだ。喜ぶところだぞ?」
「!? あ、あぁ。すまん。我が鎮守府へようこそ、エンタープライズ。お前の着任を歓迎するよ」
怪訝な表情で自身を見つめてくる『エンタープライズ』にハッとし、姿勢を正して『エンタープライズ』に向き直る指揮官。指揮官は軽く咳払いをしてから歓迎の言葉をかけ、『エンタープライズ』に手を差し出す。
その手に一瞬キョトンとする『エンタープライズ』だがすぐに笑みを浮かべ、
「ふふ。これから宜しく頼む、指揮官」
彼の手を取る。
こうして、彼の鎮守府に『エンタープライズ』が着任した。
その後指揮官は改めて建造を行い、無事に『愛宕』を迎え入れられたというのは余談である。
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第二話
『エンタープライズ』と『愛宕』が着任してからある日の事。
新たに着任した『エンタープライズ』を秘書艦として、指揮官はとある任務を遂行していた。
執務室で黙々と書類を捌いていく二人。目まぐるしい速度で眼と手が動き、大量とまでは言わないが中々の量の書類を次々と減らしていく。
書類の束が次々に減り、漸く一段落しようとした時だ。
――コンコン
と、ノック音が部屋に響く。
その音に二人は顔を上げて時計を確認すると、
「む、もう出撃した娘達が帰投する時間だったのか」
「なに? そんなに集中していたのか……」
そう言葉は発すると頷き合い、
「入ってくれ」
指揮官が入室を促す。
入ってきたのは二人の『KAN-SEN』。一人は初期艦である『ラフィー』。もう一人はロイヤル陣営所属の軽空母『ユニコーン』である。
軽空母『ユニコーン』。艦種は軽空母という分類になっているが、本来の彼女は航空機補修艦という特殊な艦船。後方支援が主な任務だった筈の彼女だが、様々な状況に振り回され続け時には艦隊空母として作戦に従事。作戦終了後は再び航空機補修艦として後方支援を。そしてまたある時には、本命の艦の代理として艦隊空母任務に従事。そしてまた後方支援へと戻るという、言っては悪いがどっちつかずの艦生を歩んできた艦だ。
入室した二人は敬礼し、指揮官と『エンタープライズ』も返礼する。
二人は見た目相応にトコトコと愛らしい動きで指揮官達に近付き、
「指揮官、頼まれてた任務終わった」
「骨の指令さん、ユニコーン達頑張ったよ」
『ラフィー』は表情をあまり動かさず、『ユニコーン』は愛らしい笑顔でそう言って、指揮官に報告書を渡す。
指揮官はその報告書受け取ってからざっと読み、
「二人とも報告ありがとう。次の任務までは多少時間があるからゆっくりやすんでいてくれ」
「分かった……」
「うん」
労いの言葉と次の指示を出す。それに答えてから退出しようとする二人だが、三人のやり取りを見ていた『エンタープライズ』が、
「……む? 指揮官、彼女達のコンディションが低下しているぞ」
指揮官にそう言う。
「なに?」
その言葉を受けた指揮官は、『エンタープライズ』の言葉に振り返っていた二人の顔を見る。『ラフィー』は感情等をあまり顔に出さないが、よくよく見れば確かに疲労の色が見えるし『ユニコーン』の顔色も確かに悪い。
「いかん、本当だな」
そうして思い出すのは『KAN-SEN』達の出撃回数の事。普段の任務に加え、ここ最近は割と多く緊急の任務もあったが故に『KAN-SEN』達を過度に出撃させていた。勿論無理な出撃などはさせていないが、それでも多く出撃させていた事には変わりない。指揮官は頭を振り、
「二人ともこれからの任務は中止だ。艦隊の皆にもそう伝えてくれ」
「え?」
「でも……」
「調子も優れないのに無理して出撃してお前達が危険な目にあっては意味がないからな。なに、この任務はそこまで急を要するものでもないから心配はいらん」
困惑気味な二人を安心させるように微笑み、頭を優しく撫でてやる指揮官。
気持ちよさそう撫でられながらも、本当にいいのかと眼で問い掛けてくる二人に頷く指揮官。
「今日はゆっくり休め」
駄目押しとばかりにそう促せば、二人も頷くしかない。少し申し訳なさそうな表情――『ラフィー』はあまり表情が変わっていないが――をしつつ退室していく。それを見送ってから、
「指揮官は結構コンディションを気にするんだな」
『エンタープライズ』がそう呟く。
指揮官は椅子の背に身体を預けてから吐息を漏らすと、
「まぁな。こういったのは油断すると危険だしな……私だってあまり皆に苦労してほしくないんだよ」
「指揮官……」
その表情はまさに、子を想う父親か母親のようなもの……
その表情に、鼓動が微かにトクンと跳ねる『エンタープライズ』。
着任して日はまだ浅いが彼女は知っている。この指揮官が彼女達『KAN-SEN』を大事にしている事を。
彼女達『KAN-SEN』はかつての軍艦の生まれ変わりともいうべき存在。自分達の主となる指揮官に忠実な存在。であるが故に、彼女達を物として扱い酷使し、挙げ句の果てには沈める者もいれば、自身に忠実である事利用し、邪な感情を彼女達に抱きそれを実行する者もいる。当然そういう指揮官は少ないし、バレれば即更迭され指揮官生命は終わる。それでもそういう指揮官がいなくなる事はないのが現状なのだが……
当然だが、彼女達の指揮官はそういった人種なんかではない。彼女達『KAN-SEN』を対等の存在として、一人の『ヒト』として見てくれる。戦いの道具としてではなく一個人とて見て、しっかりと労ってくれる。
(……ふっ。どうやら私はいい鎮守府に、いい指揮官に巡り会えたようだ。この力は
『エンタープライズ』は心の中でそう零し、再び書類に視線を落とした指揮官に顔を向ける。
「そう思うのならせめて、コーラじゃなくて他の食糧で補給したらどうだ。寮舎いつもヒドいぞ」
「うぐっ……」
だがしかし。『KAN-SEN』達が休むべき寮舎の現状を知っている『エンタープライズ』は苦言を呈さねばならない。いかに彼女達『KAN-SEN』を大事にしていて資源の備蓄潤っていないとはいえど、一番手持ちが多いコーラで補給するのは如何なものかと。
「いや、しかしだな……」
「皆まで言わずとも分かっているさ指揮官。秘書艦を任され貴方の補佐をしているんだ。貴方が
「むぅ……」
気まずそうに『エンタープライズ』の視線から顔を逸らす指揮官。そんな彼に苦笑して、
「まぁ、貴方の事だ。私が言わずとも大丈夫だろうがな」
終わった書類とそうでない書類を分けながら『エンタープライズ』はそう言った。
尚後日から、『KAN-SEN』達に定期的に海軍カレーを奢る指揮官の姿がみられるようになったとか。
それはさておき仕事を再開する二人。とはいえ、残り僅かだったので仕事はあっさり終わった。
「ふぅ~……」
「お疲れ様だ指揮官」
指揮官は吐息を漏らし、体の疲れを解すように軽く伸びをする。そんな指揮官に労いの言葉をかける『エンタープライズ』。指揮官はそんな彼女に視線を向け、
「お前のおかげでだいぶ仕事が早く終わったよエンタープライズ。助かった」
感謝の言葉を述べる。
「秘書艦として当然の事をしたまでさ。感謝されるようなことは事ではない」
彼女はそう返し、
「しかし指揮官。秘書艦を私にしてよかったのか? そのままラフィーを秘書艦にしていた方がよかったのではないか?」
秘書艦が自分でよかったのかと問い掛ける。
「ん?」
「まだ着任して日が浅い私よりも、ラフィーが秘書艦の方が仕事が捗るのではないか?」
「一から教えつつでは大変だろう」と、そう零す『エンタープライズ』に指揮官は顔を天井に向ける。
「あ~……」
「?」
そんな指揮官に首を傾げる『エンタープライズ』。
指揮官は暫く唸り続け、
「まぁ、普通ならそうなんだが……」
長い溜息を吐く。
「戦闘中は真面目なんだが、こういうデスクワークはな~……」
「…………あぁ」
思い当たる節があったのか。『エンタープライズ』はどこか遠い目をしている指揮官の肩に手を置き、
「その、私が言うのもおかしいが……すまない」
謝罪する。
「いや、お前が謝る必要はないしラフィーはよくやってくれているからな。それにこういう仕事は指揮官である私の役目だ」
「指揮官……」
「っと、そういえばこの前ヨークタウンが来たがどんな艦だろう」
話題転換のつもりだったのだろうか。
彼は執務机の引き出しから着任した『KAN-SEN』の一覧を纏めている書類を取り出してそう言った。
そんな彼に『エンタープライズ』はふっと笑みを浮かべ、
「ふふ、よくぞ聞いてくれたな指揮官。ヨークタウンは一番艦で私の姉に当たるヨークタウン型航空母艦だ。名前の由来はかのユニオン独立戦争でのヨークタウン包囲戦からきているのだ!」
嬉々とした表情、声で語りだす。
「え、なんかいきなり語りだしたんだけどこの子」
そんな彼女に戸惑いの表情を浮かべる指揮官。
普段の彼女は凛とした表情と佇まいのクールビューティーという形容が相応しいのだが、今の彼女はそんな普段の姿をかなぐり捨てている。その表情は本当に嬉しそうで、自慢の姉を誰彼構わず自慢したい子供のように輝いている。
そんな彼女の急変に戸惑った指揮官だが、彼女が本当に嬉しそうだと分かると柔和な表情を浮かべて『エンタープライズ』の話に耳を傾ける。
「姉さんは妹想いでな。指揮官はミッドウェー海戦の事を知っているか?」
「ああ。この鎮守府に指揮官として着任する前に、ある程度の事は調べているからな」
「そうか。なら詳細は省くがあの当時、あの戦場でまともに動ける空母が私と妹のホーネットしかいなかった。姉さんとサラトガは損傷を受けていて、レキシントンは失われてしまっていたんだ」
語り続けるうちに、嬉しそうだった『エンタープライズ』の表情が段々と沈んでいく。今の『KAN-SEN』の姿としてではなく、大本となった軍艦――『エンタープライズ』の時の事を思い出しているのだろう。
「それに対して相手の重桜は、赤城・加賀・飛龍・蒼龍の四人。正直分が悪いなんて話ではなかった」
しかし、指揮官は知っている。その戦いの結末を。その時の、ユニオン機動部隊を。
「だが、そんな私達の危機に姉さんが駆けつけてくれたんだ。珊瑚海海戦で大破し、九十日はかかるとされていた修理を僅か三日で終わらせて……」
いつしか顔を俯かせていた『エンタープライズ』だが、再び顔を上げた時には沈んでいた表情が一変。誇らしげな表情に変わっていた。
「自身の身を省みず、私達妹の為に戦場に戻って来てくれたおかげで私達は勝利を収める事が出来たんだ」
「……いい姉なんだな」
その海戦の事を知っていたからか、不思議とその時の情景を脳裏に描けた指揮官。彼は感慨深げに『エンタープライズ』にそう返す。彼女はそれに微笑み、
「そうだろう? そしてなんといっても凄いところは、百一日間の間正規の補給なしで外洋を続けたこともあるのだ!!」
「百一日間!? それは凄いな!!」
「そうだろそうだろ! つい自慢したくなる程素晴らしい姉なんだ!」
少しばかりしんみりした空気が流れていた執務室。その空気を払拭するかのように『エンタープライズ』は大袈裟に、普段はしないであろう、所謂ドヤ顔を浮かべる。指揮官もそれに応えるかのように少しばかり大袈裟に返す。
「それにしても姉さん遅いな……」
「確かに少し遅いな。もう来ていてもおかしくない時間なんだが」
『エンタープライズ』の言葉に壁掛け時計を確認してそう言った指揮官。
本来であれば新たに着任した『エンタープライズ』の姉、『ヨークタウン』が着任の挨拶に来る予定だったが未だ彼女が来ていないのだ。案内の為に『KAN-SEN』の一人を付けていた筈だが。
「まぁ、この鎮守府は広い。どこかで迷ってたりしてな」
「ふふ、そうかもしれないな。そんな姉さんも私は好きだがな」
ひょっとしたら案内につけた『KAN-SEN』と逸れたのかもしれない。
予定より早く仕事が終わっている為、二人は談笑しながら『ヨークタウン』を待つ事にした。
さて、二人の話題の渦中である『ヨークタウン』だが。実を言えば既に執務室に来ていたりするのだった。
(どうしよう、すっごい行きづらいのだけど……)
『ヨークタウン』が執務室に着いた時。彼女が執務室の扉をノックしても返事が一切なく、時間を間違ったのかと思った彼女だが時間を確認してみればそんな事はなく。訝しんだ彼女は再度ノックするがやはり返事はなかった。
暫く待ち続けた彼女だが、意を決して執務室に入ってみれば。互いに見つめ合いながら『ヨークタウン』の話をする二人の姿があった。
入った瞬間に自身の話題が耳に飛び込む。しかもそれが自分を褒めるような話題であれば恥ずかしすぎてすぐさま逃げ出したくなるようなものだ。
しかし彼女は逃げられない。何故ならば、指揮官に着任の挨拶をしなければならないからだ。自身を褒めちぎる内容の会話に羞恥心が募りつつ、声をかける機会を窺う『ヨークタウン』。
その後何とか会話が途切れ声をかける機会が訪れた彼女は、羞恥で顔を赤面させていた為に指揮官と『エンタープライズ』に風邪の心配をされたらしい事はまったくの余談である。
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第三話
漫画本編のほのぼのにあるまじき展開となっておりますので、読まれる際にはご注意をお願いいたします。Subane様には投稿前に確認してもらっておりますが、いやはや……
ちなみに、名前は描写しておりませんが別の作品よりスペシャルゲストが参戦しています。どうしてそうなったんだろうね、うん(白目)
他作品の存在を出すわけだからクロスオーバータグ付けないかんのやろうけど、あくまでもちょい役みたいな扱いだからどうなんだろうね?必要であれば指摘していただけると助かります。
相変わらずの駄文ではありますが、この話も温かい眼で見てくださいな。
遅筆ではありますが、これからも頑張って書いていきますのでSubane様の作品共々読んでいただければ幸いにございます。
とある日のとある海域にて。
「終わりだ!」
『エンタープライズ』の声と共に彼女の艦載機が発艦し、彼女達の敵を穿ち沈めていく。
「この程度じゃ足りないわ。もっと、もっとだ……!」
「この程度、あの時と比べて全然……」
「ユニコーン……頑張る……!」
「狙って……ポン!」
「お姉さんも本気を出さないといけないわね……」
それに続くように、仲間達も次々と攻撃をしていく。
鉄血陣営の重巡洋艦『プリンツ・オイゲン』が前衛を護る為にシールドを展開して敵の攻撃を防ぎ。その両脇から『ラフィー』が敵に魚雷を、重桜陣営の重巡洋艦『愛宕』が砲撃を敵陣に向けて放っていく。
更にその前衛の彼女達を支援する為に、『ユニコーン』は艦船時代の持ち味を活かして前衛組の応急修理を。ロイヤル陣営の巡洋戦艦『レパルス』は、前衛の彼女達に攻撃を集中させようと密集した敵に狙いを定めて主砲を放った。
彼女達から放たれた攻撃は吸い込まれる様に敵に当たり次々と沈めていく。そうして暫く戦闘は続いたが、やがて全ての敵を沈める事に成功する。
「ふぅ……もうこれで終わりなのかしら?」
常に最前線に立ち、艦隊の楯として敵からの攻撃を受け続けていた『プリンツ・オイゲン』はかなりの損傷を受け艤装もボロボロだったが、涼し気な表情を崩さずにそう言葉を放つ。
「見える範囲ではそうだと思うけど…………そっちはどうかしら?」
油断せずに周囲を警戒しながら『プリンツ・オイゲン』の言葉に返し、艦載機で彼女達の知覚範囲外を偵察している『エンタープライズ』と『ユニコーン』に問い掛ける『愛宕』。
「……うん、大丈夫。周囲に……いないよ」
「…………ああ。こちらも確認した。私達が偵察できる範囲に敵影はないようだ」
偵察に出していた艦載機からの情報を読み取った二人はそう返し、艦載機を収容する。二人が艦載機を収容し終えれば、少し離れて周囲を警戒していた『ラフィー』と『レパルス』も集まり、
「でも、あの敵は何だったのかしら」
「そうね~。お姉さんもあの敵は初めて見るわね」
『プリンツ・オイゲン』と『愛宕』が今回接敵した存在に関してそう零す。
「ラフィーも……初めて見た……」
「そうだね~。今まで出撃してたけど、今回の敵は初めて見たやつだね」
『ラフィー』と『レパルス』も二人に同意してそう返す。そしてその表情はどこか険しかった。
「あの敵、『セイレーン』じゃなかったわよね……」
どれだけ敵の攻撃を受けようが涼し気な表情を崩さなかった『プリンツ・オイゲン』が、視線を鋭くしてそう呟く。
「そうね。今まで確認された『セイレーン』は全て人型で、あんな姿形をした『セイレーン』はいなかった筈よ」
「まぁ、『セイレーン』に関してはまだ謎が多いから新種の『セイレーン』の可能性も否定できないけどね」
今回戦った敵。
それは自分達と同じ『KAN-SEN』でも、ましてや『セイレーン』でもなく『異形』ともいうべき存在だった。
その存在を言葉で表すのは難しいが敢えて言葉に表すとすれば、漆黒の……巨大な魚、だろうか。当然それが魚などという可愛い存在ではないのは確かである。魚は砲撃などしないし、艦載機を出して空襲なんか仕掛けてこないからだ。
今回接敵した存在についてを暫く考え込む彼女達。
「……駄目ね。情報が少なすぎて判らないわ」
頭を降りながら溜息を溢し、『プリンツ・オイゲン』が眉を顰める。
「それは仕方ない事よ。あんな存在がいるなんて私達は聞かされてなかったし、何度も言ってるけど今日初めて見たのだから」
「ま、ここで私達が考えても答えは出ないよ。またあの敵と遭遇しないとも限らないし、今は鎮守府に帰る事を考えよう?」
漂い始める不穏な空気を振り払うかのように、完全にではないがいつも通りの笑顔を浮かべてそう言う『レパルス』。そんな彼女に視線を向ける『プリンツ・オイゲン』、『愛宕』、『ラフィー』。彼女達は顔を見合わせ、
「そう、ね。ここで考えても仕方ないか」
「確かに、またいつ現れるか分からないものね」
「……ん。弾薬も……そろそろ」
一先ずの結論を出して頷き合う。
「エンタープライズ、指揮官との話は終わったのかしら?」
四人の会話に混じらず、通信機で指揮官とやりとりをしていた『エンタープライズ』に『愛宕』が問い掛ける。『エンタープライズ』は『愛宕』にちらりと視線を向け、二言三言通信機で指揮官と言葉を交わすと、
「今終わったところだ」
通信機をしまい『愛宕』向き直る。念の為にと彼女を護衛していた『ユニコーン』に目配せすると彼女も頷く。『ユニコーン』の頭を優しく撫で、自身を見つめてくる四人の視線を受け止めた『エンタープライズ』は軽く咳払いをし、
「指揮官からの指示だが、私達はこれより鎮守府に帰還する。想定外の接敵があった為に弾薬の消費が激しいが、警戒を怠らないように」
『了解!』
艦隊旗艦の指示に一糸乱れず返す仲間達に頷き、
「プリンツ、殿は貴女に任せる。損傷が一番激しい貴女を酷使するのは申し訳ないと分かっているのだが……」
「この程度どうってことないわ。あんた達は心配せず前だけを見てなさい。もしまたあの敵が現れたとしても、この私がいる限りあんた達に奴等の
申し訳なさそうな表情で『プリンツ・オイゲン』に艦隊の楯になるよう頼む『エンタープライズ』。そんな彼女に対して、『プリンツ・オイゲン』は不敵な笑みで答える。
自身はボロボロで満身創痍と言ってもいい状態。仲間も皆大小違えど損傷を受け、索敵範囲に敵がいないとはいえいつ接敵するかも定かではない状況なのにだ。
傲慢とも、自信過剰とも取れる『プリンツ・オイゲン』の言葉に、『エンタープライズ』達は頼もしいと言わんばかりの笑みを浮かべる。何故ならば『エンタープライズ』達は知っているからだ。『プリンツ・オイゲン』の言葉が慢心でも自信過剰からきているのでもなく、事実その通りであると。
『プリンツ・オイゲン』。彼女もまた『エンタープライズ』と同じく、かつての大戦を終戦まで生き延びし鉄血陣営の英傑なのだ。
「まったく、頼もしい限りだ。なら……」
笑顔から一転。『エンタープライズ』は表情を戦闘中のそれに切り替えて仲間達を見つめ、
「全艦、これより最大船速でこの海域を離脱する。誰一人欠ける事なく鎮守府に帰還するぞ」
『了解!』
彼女達はこの海域より離脱する。
己が帰るべき、いるべき鎮守府に戻る為に。
無事に自分達の鎮守府に帰還した『エンタープライズ』達。
あの後再び謎の敵性存在に襲われた彼女達だが、『プリンツ・オイゲン』の言葉通りに彼女以外に損害はなかった。敵の攻撃を味方の代わりに全て受け止めた『プリンツ・オイゲン』は大破状態に追い込まれ、立っているのも儘らない状態だったが不敵な表情は一切崩さなかった。
流石に『愛宕』に肩を借りての帰還となった『プリンツ・オイゲン』だが、彼女がいなければ被害はもっと酷くなっていたであろう。鎮守府に着いた『エンタープライズ』達は、渋る『プリンツ・オイゲン』を工廠にいた『明石』に任せ、旗艦である『エンタープライズ』は指揮官に報告へ。残りは寮舎の自分の部屋へと戻っていった。
艦隊の皆と別れ、一人執務室へと向かう『エンタープライズ』。頭の中で今回報告すべき内容を纏めつつ早足で向かう。
(しかし、今回会敵したあの存在は何だったのだろうか。『セイレーン』とも、我々『KAN-SEN』ともまったく違うあの存在は……)
脳裏に浮かぶのは今回遭遇した敵性存在の事。今まで遭遇した事は一切なく、指揮官からもそのような存在がいる事は聞かされていなかった。
不気味な咆哮を上げながら『エンタープライズ』達を襲い、彼女達の攻撃が効いているのか効いていないのか判らない素振りで突撃を繰り返してきた。『プリンツ・オイゲン』がいなければ、全員無事でこの鎮守府に帰還す事は叶わなかったであろう場面が何度もあった。
(情報がない以上考えても仕方ないのだが…………嫌な予感がする。この予感が杞憂であればいいのだが……)
脳裏を過る嫌な予感を振り払うように頭を振る『エンタープライズ』。
そうして色々と考えつつ歩き続けていたらいつの間にか執務室の前に着いていたようだ。『エンタープライズ』は自身を落ち着ける様に軽く一呼吸してからノックをする。
「……ん、入れ」
「失礼する」
少し間があってから指揮官の入室を許可する声が聞こえ、『エンタープライズ』は執務室へと入る。
入室すると指揮官は執務中だったらしく、左手に持った書類を読みながら右手で何らかの報告書を書いているようだった。
『エンタープライズ』は指揮官の前まで来ると敬礼をする。
「指揮官。エンタープライズ以下第一艦隊、只今帰還した」
指揮官はその声に顔を上げて返礼をし、
「ご苦労。詳しい被害報告は交渉にいる明石とヴェスタルから聞いている。全員帰還してくれて何よりだ」
「ああ。プリンツのおかげで全員帰還する事ができた。彼女がいなければ被害はもっと大きかっただろう。お礼は彼女に言ってくれ」
「それは当然だ。だが、彼女だけの力ではお前達全員という訳にはいかなかっただろう。お前達全員が力を合わせたからこその結果だ」
指揮官からの労いの言葉に、小さく笑みを浮かべる『エンタープライズ』。しかしすぐ表情を引き締める。
「指揮官、出撃時の詳細な報告だが……」
「ああ、あの時は時間がなかったからな。報告を頼む」
指揮官も表情を険しくし、『エンタープライズ』の報告に耳を傾ける。彼女から語られる内容に指揮官の表情はどんどん険しさを増していき、
「『KAN-SEN』でも、『セイレーン』でもない謎の存在か……」
重い溜息と共にそう溢す指揮官。その言葉に『エンタープライズ』は不安そうに彼に問いかける。
「……やはり、指揮官も知らない存在なのか?」
「そうだな。同期の奴等も知らないし、『司令部』からもそんな存在の事は聞かされていない」
「そう、か……」
「まぁ、それも今日以前の話だ。ひょっとしたら、今頃『司令部』がその存在に気付いているかもしれない」
可能性は低いだろうがと、内心で呟く指揮官。
いくら『司令部』に優秀な人材がいたとしても、恐らくは彼女達が初めて会敵したであろう存在をすぐに察知できるとは思えない。情報網がどれだけ広くとも、この広大な海域から小さな異物を見つけるようなものなのだから。しかしこうでも言わなければ、執務室を覆う重い空気を払拭できない。
指揮官のその言葉に、『エンタープライズ』は微かに安堵の吐息を漏らし、
「だといいが……」
まだ表情は優れていないがそう溢す。
いつもの凛とした表情と違い、どこか憂いを含んだ儚い表情の『エンタープライズ』に、指揮官の心臓――心臓? ――がトクンと跳ねる。
その事に内心戸惑うがそれを表には出さず、
「まぁ、私達のやれる事は限られている。どんな些細な事でも『司令部』への報告を怠らず、やれる事をやっていくしかない」
「そう、だな……」
自身に言い聞かせるようにそう言う。
「一先ずはお前も休め。気を張り詰めすぎてもいい事なんてないからな」
「……そうさせてもらうとしよう」
指揮官のその言葉にそう答え、『エンタープライズ』は退出していく。
彼女が退出したのを見届けた指揮官は背凭れに背を預け、
「『司令部』も把握していない謎の敵性存在、か……。これが吉兆の前触れでなければいいんだが……」
険しい表情で天井を見つめそう呟く指揮官。
その言葉が切っ掛けだという訳でもないだろうが、今まで晴れていた空に暗雲が立ち込め始める。まるで、彼の言葉が真実であるかのように……
尚、その数週間後。とある鎮守府が何者かの襲撃を受けて壊滅的な被害を受けた。鎮守府とその周辺施設。及び近隣住宅は惨たらしく破壊されていたが、指揮官含め軍人関係者、『KAN-SEN』達。一般市民の姿は其処にはなく。残されたのは破壊の爪痕だけ。
それから更に数週間程かかってその事が近隣鎮守府により発覚され、『司令部』へと知らされる事となる。
『司令部』は調査の為にその海域に調査員を送り情報を収集するも、成果は上がらず。調査員達は途方に暮れながらも調査をし続けた。
その数日後。襲撃を受けた鎮守府所属と思われし『KAN-SEN』を、元鎮守府より数キロ離れた海域で発見。彼女は意識がなく、いつ沈んでもおかしくない状態で海面に浮かんでいた所を調査員達により発見された。
調査員達はその事を『司令部』に連絡。『司令部』の指示により、彼女は最寄りの鎮守府に緊急搬送される。
彼女を最寄りの鎮守府に搬送した調査員達は、彼女が漂っていた海域に戻りその周辺の調査を開始。何日にも及ぶ調査の結果、そこから更に数十キロ離れていた所に無人の孤島がある事が判明。その島で調査員が見たものは、襲撃された鎮守府の指揮官及び軍人関係者。指揮官の部下である何人かの『KAN-SEN』達。いずれも重傷で、このまま発見されていなければ数日もしない内に帰らぬ身となっていただろう事は明白。
彼等もすぐさま近隣の鎮守府や治療施設がある場所へ搬送され、早急に治療が施される事となる。
一体、かの鎮守府は何者に襲撃されたのか。
詳細は彼等の回復を待ってからとなるだろう……
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