時を操る狐面の少女が鬼殺隊で柱を超えたそうですよ (たったかたん)
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原作開始前
2つの人生の分岐点


 

転生したと自覚したのは5歳の頃、崖から落ちてしまった時に体を強く打ち、死線をさまよったことがきっかけだった。

 

「僕のことは気まぐれの神とでも呼んでくれるといいよ!うん、そうだなぁ!ほんの少しだけ時間が操れる力をあげよう!」

 

神というよくわからない存在(姿だけぼんやり思い出せない)にそう言われ、何か話そうと自分はしていたようだけど声も出ず、白い光に包まれたと思ったら知らない天井の下で目を覚ましていた。

 

「私、時止められる?」

 

第一発声はそれだった(多分ずれてる)

 

医者が言うには私は1週間もの間熱と痛みにうなされ意識不明の状態だったらしく、目が覚めた時には定番の知らない天井で包帯巻きにされてた。

 

どうやら崖から落ちてしまった際、両親も一緒に巻き込まれていたらしい。

後に聞いた話で大きな山道で起こった土砂崩れだったそうだ。

 

生まれてから今までの記憶が名前以外思い出せないが当時目撃した人曰く、お父さんが巻き込まれる前に投げてくれて私だけ土砂に埋もれる事無く助かったらしい。

 

治療は無償という事で体はすっかりと癒すことができたが、周りの人達には「両親を亡くして記憶もなくしてしまった子」として可哀想な目で見られることが多かった。

 

それでも自分が転生する前は25歳だったこともあり、精神状態は思いのほか安定していた。

 

(とりあえず、生きていかなければいけない。けどその前に、恩を返さないと…)

 

そう思ってまずしたのは病院での手伝いを助けてくれた医者にお願いした。

今回の治療の分は働いて返しますと言うと、患者さんの洗濯物と皿洗いを請け負う事になった。

 

もちろん時を止める能力があるらしいことも分かったのでその特訓もしたが、何をどうすれば時を操れるのか分からないまま、ただ力むことしか出来ず5年が経って10歳となった私に人生の分岐点が訪れた。

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

(買い物が長引いてしまったな、すっかり陽も落ちてしまって…先生に小言言われるなぁ)

 

病院で使う服や包帯などの仕入れなどを街の取引先と確認してきた帰りだったが、思いの外西洋のものが入ってきてるせいで色々勧められて話が長引いてしまったのだ。

まあ引き止められてそれ以外の話もしてしまっていたが、それはお得意様にしてもらっているしよしとしよう。

 

そうこうしているうちに正門を閉めている病院に裏口から入っていくと違和感に気づいた。

 

 

(……なにか、鉄?錆?臭いな…)

 

すこし広めの廊下を歩くとそんな重いような歪むような臭いが充満している気がしつつ、先生がまだ資料整理しているであろう医務室前にたどり着く。

 

 

「ただ今戻りました、先生」

 

そう扉前で声かけしてから戸を引くと視界が赤という赤に塗りつぶされた。

 

え?と声が出ると同時に部屋の真ん中で人と思われる物が臓物と思われるものをバラバラに撒き散らしながら死んでいるのを視認してしまう。

 

腰が抜けるというものをその時に初めて経験し、動けなくなった。

すると肩に手が置かれて振り返ると、顔中に血管が浮き出た人間とは思えない化け物が餌を見つけたとばかりに血だらけの口からよだれを垂らしながら屈んでいた。

 

「なんだ、こんなところに一番美味しそうなガキがいるじゃねぇか…ひひっ」

 

その化け物は血だらけの口を曲げながらそう言った。

その瞬間自分の身体の隅から隅まで熱くなるのを感じ、視界は薄く赤みがかかり、息がケモノのようになったのを感じて、そこから記憶が途切れてしまった。

 

目の前が認識できるようになった頃には、血だまりの中庭で身体中をメスや包丁、胸に短刀で地面に突き刺さる化け物を見ていた。

 

「て、てめぇ鬼殺隊かなにかか?!おれが目に追えない速さでウゴクなんて、アリェねえ!」

 

そう言われて自分は冷静に、心臓刺しても死なないんだと思った。

 

そして中庭の池に飾り物として置いてあった角の尖った一尺ほどの大きさの岩を踏ん張りながら化け物の顔のところまで持っていく。

化け物は何か叫んでるが、うるさいなと思いながらその岩を顔に落とした。

 

何度も、何度も何度も何度も何度も何度も落とした。

 

岩の角で手のひらがボロボロになった頃、ふと朝日が目に入って意識を戻される。

そこには頭が潰されててもなお血だまりの中少し動いてる化け物の姿があった。

 

(ああ、まだこれで死なないのか…)

 

どうしようか。

そう考えた時、朝日が化け物に当たった瞬間に火が化け物を燃やし尽くしてしまった。

 

それを見届けた瞬間、身体中に激痛が走った。

ふと目線を体に向けると服は所々切り裂かれ、その間から引っ掻き傷や打撲のようなものまで見えていた。

 

(ああ…私も傷だらけだなぁ)

 

そう思った瞬間体の力が抜けていくのを感じ、膝から崩れ落ちる。

近づいてくる地面に手を伸ばすこともできずに視界は黒に塗りつぶされた。

 

 

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目が覚めると知らない天井があった。

 

「……こ…こは?」

 

ふとイグサの香りが鼻腔をかすめた。

喉が思いの外枯れていたようで、声が出なかったがそれに応える声はあった。

 

「目が覚めたか」

 

掠れた、だいぶ年を重ねたとわかる声が聞こえた。

動かそうとした首に少し痛みを感じつつもそこに顔をむける。

 

そこには正座している男の人がいた。

髪は短髪の白髪で膝の上にあった手の甲には年のシワが沢山ある一般的なおじいちゃんの年頃に近いのだろうと思えたのだが、ぱっと見の印象は天狗の面。もうその印象が強すぎてこの時は他に何も入って来なかった。

 

「あな…たは?」

 

「私の名は鱗滝左近次という、あの病院で唯一生き残った君を治療したものだ。君の名を教えてくれるとありがたい」

 

「私は大竹雫…です」

 

「雫、あの病院で何があったのか、気になると思うが今はゆっくり休むといい」

 

 

そう言われても、頭の中はその事でいっぱいである。

 

 

「………化け物が…先生を食べて…、血だらけになりながら、そいつは…笑っていて、殺そうと思って、気がついたら私はそいつの頭を潰してて、朝日で燃えて消えて無くなって、……それから………」

 

それからは記憶がない、きっとそこで意識をなくしたんだろう。

 

ああ、先生、痛かったんだろうな、あんなに辛い顔をして、体の中空っぽにしてしまって…?唯一?

 

「あの…」

 

「……なんだ」

 

「唯一……とは、どういう事……ですか?」

 

鱗滝という人はすこしの間考えてる様子をして、続けた。

 

「あの小さな病院の中にいた患者は、全員首を噛みちぎられていた」

 

それを聞いた瞬間、指先から冷たくなっていく感じがした。

 

「…後でゆっくり食べるつもりだったんだろう……」

 

いつも食事を持っていくと笑いながら頭を撫でくれたおばさん。

折り紙の折り方をたくさん教えてくれたおじいちゃん。

風景画をいつも中庭で描いていたお兄さん。そんなみんなと仲良しで、飴玉をいつもくれたおじさん。

こんな私を治してくれて、養ってくれて、返しきれない恩をもらった優しい先生。

 

(……みんな…死んじゃったんだ…)

 

指先の冷たさは熱さにかわり身体が熱くなっていく。

しかし身体は激痛で動けず、頰の外側を冷たい筋が通ったのを感じた瞬間、息をするのが難しくなって嗚咽していることを自覚するのにはそう時間はかからなかった。

 

私にはこの世界での家族の繋がりは名前以外覚えていない。だから病院での働きながらの生活はみんな家族のようで、幸せだった。

 

 

(………強く、なりたい…)

 

「私は…」

 

嗚咽している私をただ黙って見ていた鱗滝さんをよそに知らない天井に向かって絞り出すように言った。

 

「私は…強くなりたい…手の届く物を全て守れるくらいに」

 

強く、そう決心した時、静観していた鱗滝さんが言った。

 

「……儂は、鬼を殺す人を育てる育手という者だ。

雫、お前のその願いを叶えられるかもしれんが、お前の覚悟、努力次第になるだろう」

 

ただし、と間をおいて鱗滝さんは言った。

 

「修行は一歩間違えれば死ぬ……傷、大怪我は当たり前な険しい物だ。 

それでも、お前は強くなりたいか?」

 

布団を強く握って大きなシワができる。

 

(そんなの、決まってる)

 

「私の、大切な繋がりは全て無くなってしまいました…後戻りなんてできない……あなたの下で人を守れる強い人になれるのなら、私はどんな険しい道でも構わない…」

 

すこし間をおいて鱗滝さんが決まりだと言う。

 

「雫、怪我と体力の回復次第、最初の試験を行う。それまでは体と心を癒しなさい」

 

「……はい…よろしくお願いします。鱗滝さん」

 

 

 

 

 

鬼滅の刃の時間が動き始めるまで、あと10年くらい




勢いで書いてしまったこの小説、だいぶストック溜まっております、
1週間間隔で投稿できたらなぁって思いつつほのぼのと投稿しますので、優しい目でお願いします


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自分の実力

 

 

怪我が治り、まともに動けるようになるまでに3週間もかかり、やっと最初の試験とやらを受けることが出来た。

 

内容は夜に登った山から朝日が顔を出すまでに帰ってくること。

霧や険しい斜面で病み上がりな自分にはそれだけでも十分すぎる試練だったが、さらに罠がびっしりとあるというおまけ付きで恐ろしかった。

 

鼻の先っちょを大木が掠ったときは素で「え?マジ?」って言葉と冷や汗が全身に出たほどだった。

 

しかし罠にかかる瞬間、当たる瞬間に()()()()()()()()()()()()()()()ので、想像の1割程度しか怪我はせずに済んだ。

 

朝日の面影が見え始めた時に体力の限界ながらも家にたどり着くと、驚いている様子の鱗滝さんから合格だと言われた。

 

 

次の日から早速修行が始まった。

 

 

内容は以前の試験のレベルが上がっていて、罠の中ひたすら走って躱すの繰り返し。

1ヶ月で怪我をせずに網羅できるようになった

 

罠にかかることがなくなった頃から刀の扱いから受け身の訓練が本格的になって罠にかかる心配は無くなっても打撲とかすり傷は日々増える毎日だった。

 

他にも呼吸法というのを教えてもらったが、これは腹を殴られながら注意されなくなるまでに2ヶ月もかかってしまった。

 

そして修行の難易度が上がり罠が殺しに来るようになった頃、1つのことに気づいたことがある。

 

どうしても避けられず、体の急所と言った所に小刀が刺さりそうな時、(あ、死んだわこれ)って思った瞬間、《時》が止まったのだ。

これこそはっきりと世界が止まり、脳の処理が狂ったのかなんなのか、気持ち悪くなって吐いた。

 

どうやら自分の転生特典の力とやらは自身の危機的状態になった時にだけ発動するというものらしい。

これは鱗滝さんから聞いた話では側で見ていると瞬きもせぬ間に姿が消え、移動していると言っていた。

 

ここでチート最強万々歳なんてできると思っていたら大間違いで、時を止めた世界になってまともに活動できる時間が決まっていたのだ。

しかも最高でたったの5秒。

 

始めの頃は5秒も経たずにその場で吐いて身体中から汗が止まらなくなったので、これのどこが時操れるんじゃボケがって大声で叫んだのを鱗滝さんに遠目で見られた時は、しばらく距離を置かれていたのはすこしだけ辛い思い出になった。

 

修行が進むにつれて身体が丈夫になり、気がつけば時間停止内を3秒までなら時間再開後、息も乱さずに動けるようになった。

そこで鍛錬が転生特典を有利に使えるようになることを分かった私はとことん呼吸法を追及するようにし、ある時少しだけ時間を故意に操作した瞬間があったので、そこを追求に追求をかさね、時の呼吸と名付けることにした。

 

そして修行が始まってから半年後、最後の試練として自身の身よりふた回りほど大きな大岩を斬れと言われた。

 

こんな時、自身の時の呼吸はほぼ未完成で役に立たないので最初は全く斬れなかった。

1つ間違えれば刀は折れる。だからといって力任せでは刀を傷めるだけ。最終的にたどり着いたのはやはり習った水の呼吸で切るしかないと判断した。

 

 

 

 

 

それから大岩が斬れたのは2週間後のことだった。

 

 

 

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最終選別の前日、出発の準備が終わった頃に鱗滝さんが棚から何かを持ってきた。

 

「これを」

 

「…これは?」

 

「厄除の面だ、お前を災いから守ってくれる」

 

「……ありがとう…ございます」

 

そのお面は狐面で、右目の下あたりに雫模様を彫ってあった。

 

「……なんか、泣いてるみたいですね、このお面」

 

そう鱗滝さんを見ながら言った。

 

「初対面は泣いていたからな」

 

「そんな理由?!」

 

「だが、それも今となっては昔の話…今のお前ならどんな壁でも乗り越えられると、信じている」

 

珍しく冗談を言った後にそんなことを言われてはすこし照れるよね……理由は本当に冗談だよね?

 

少し気になりつつも、大切にしますと返事をして頭に被る。

 

「では、行ってきます」

 

「必ず、生きて帰ってこい」

 

「もちろんですよ、鱗滝さん」

 

 

少し声が震えてるのバレてますよ鱗滝さん、言わないけど。

 

靴紐を硬く結び、山の麓へと下る道へ足を進めた。

 

 

向かうことにしよう、最終選別に。

 

 

 

 

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10人。それは鱗滝が最終選別に送って戻ってこなくなった弟子の数であった。

 

雫、この子は今まで見てきたどの子よりも、質の高い呼吸、咄嗟の判断力、洗練された剣技を持っていると考えて疑いようがなかった。

特に瞬間的に上がる速さは自分でも目に見えないほど。

それを全て鑑みての実力は現役隊士の中で中堅を優に越えるか低く見ても並ぶかだろう。

 

だが今まで大丈夫だと判断したからこそ送った子達は、ここ10年ほどは1人も帰ってきていなかった。

 

(雫…間違いなくお前は強い。

だが、どうしても、心のどこかでもしかしたらと、そう思っている自分がいる…)

 

手を振りながら最終選別に向かう雫をみて、どうしようもない不安がよぎりつつ手を小さく振り返した。

 

その手が微かに震えていることに気付かれないように。

 

(もし、お前が帰って来なかったら…私は…)

 

狭霧山に黒く濁った雨雲が覆ってくるのを匂いで感じながら、その視線は雫が歩いていった道を眺めたままだった。

 

 

 

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1日かけてついた最終選別が行われる藤襲山には入り口の階段から藤の花が満開で、思わず目を奪われつつ階段を登りきると選別を受けるであろう子供達が15人集まっていた。

 

「皆様、今宵の最終選別に集まっていただき誠にありがとうございます」

 

意外と受ける人は多いんだなと思っていたその時、奥から白樺の妖精のような、雪の妖精のような、そんな容姿と雰囲気を纏った綺麗な女性が最終選別の説明を始めた。

 

 

そこでの説明は要約すると「この山に鬼をたくさん閉じ込めてるのでこの中で7日間生き延びたら合格」である

 

7日間と聞いてご飯と水浴びをどう確保しようと考えていたら緊張感がないと思われたのか、説明をしていた女性がこちらをチラッと見た気がしたが気のせいだと思いながら藤の花の向こう側に歩を進めた。

 

 

 

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他の子が山の中を駆けていくのを眺めながら自分は歩いていた

 

(とりあえずどの程度の鬼がいるのか分からないし、走って余計な鬼と遭遇することは避けたい。一番の目的は…)

 

同じ受験者を守ること。そう心の中で呟く

 

なぜそう考えるのか。

それは自分が鬼殺隊に入りたいと思った理由が人を守りたいと心に誓ったからだ。それは同じ鬼殺隊の者でも変わらない。

 

(もし悲鳴が聞こえたらそちらを優先しよう…)

 

その時、東の方角から悲鳴が聞こえた。

 

(東…太陽が最初に昇る所に向かったのか…)

 

一気に加速する。

声の大きさと響具合からして1町(110m)程だろうか。

今の自分なら山の中でも10秒ほどで着けるはずだと判断して木々の中を走り抜けると、手だらけの異形の鬼が1人の子を口の上に持ち運ぶ瞬間だった。

 

かなり大きいその鬼に一瞬体が固まるが、すぐ呼吸を整え跳躍する。

 

《全集中水の呼吸 弐ノ型 水車》

 

大きな口に落とされる瞬間、太い腕を切断しつつ、子供を自分とは逆方向に向かって蹴りを入れた。

 

「くぶっっ!?」と突然のことで受け身を撮り損ねたのか、苦しそうに変な声を上げながら転がっていき、なんとか巻き込まれる心配のないほどの距離まで離すのに成功したことに安堵しつつすぐさま鬼と対面する。

 

「おやぁ?…これはこれは…また来たんだね、俺の可愛い狐が」

 

狐?狐とは、このお面のことを言っているのだろうか?そう思っていると鬼が明治何年だと聞いてきた。

 

「……今は明治35年だったと思うが…」

 

「そうか、前の狐小僧から2年経っていたのか、もう来ないかと思っていたよ」

 

「……?」

 

さっきから狐のお面に異様なこだわりを見せてることに疑問を感じていると、嬉しそうに指で何かを数え始める。

 

「…はち、きゅう、じゅう、……お前でじゅういちだ」

 

「…なにがだ」

 

「…鱗滝の弟子を食べた数だよ、俺をこんなところに閉じ込めた鱗滝の弟子は、みんな食べてやると決めてるのさ」

 

クスクスと嬉しそうに笑いながらそう答えた。

 

「弟子は狐のお面を被ってるからそれが目印なんだ。

厄除の面と言うんだろう?それをつけてるせいでみんな喰われた、鱗滝が殺したようなもん「なるほど」!?」

 

自分でも恐ろしく低い声が出た。

 

鱗滝さんが送り出してくれた時、変な様子だったのは、危険度の高い最終選別に送るからではなく、この鬼に殺されていたせいで、自分の弟子が帰って来なかったからだと理解した瞬間、体の中で何かが渦巻いていくのを感じた。

 

「そうか、お前が原因でそんな事になっていたんだな」

 

なら、そう言いながらゆっくりと刀を構える

 

「今私が殺してやるよ、お前を」

 

その言葉と同時に鬼へと駆けた。




この時は富岡や錆兎、真菰が弟子になる2年前くらいと思ってくれれば良いかと…とりあえず今日は2話までです


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初戦闘

2話だけ追加します


 

 

手鬼は焦っていた。

 

(なんだ!この餓鬼は!?)

 

今までの餓鬼たちと同じように挑発していると、雰囲気がガラリと変わった。

 

40人程食べた自分でも体が一瞬固まってしまった程の殺気を放っていたその少女は、体の隅から隅までの物がこの者はヤバイと警告していたからだ。

 

こちらへと刀を下手に構えながら走ってくる少女に数十の手で襲いかかる。

 

(くるなくるなくるな!)

 

鬼になってから鱗滝に捕まった時以来だと思われる冷や汗が全身に出て止まらない。それ程に目の前の少女に恐怖を感じている。

 

その少女は全ての手を一瞬で迎撃するとさらに速さを増して接近してくる。

 

(……!!ここだ!)

 

異形の鬼は地面に最終手段として奇襲用に隠していた手を出して襲わせる。少女には逃げ道がない程に囲まれているのをみて叩きつぶす光景が頭の中をよぎった。

 

(殺った!!)

 

少女がいた所を手で潰し、土煙で見えない中そう心で勝利を叫んだ瞬間、後ろから足音がした。

 

(…!?なんだと!?)

 

土煙が晴れるとそこにはおらず、後ろに急いで振り返ると刀を下げてこちらを振り返って見ている少女がそこにいた。

 

(どうやってかわした?!全く姿が見えなかった!)

 

そう焦りつつ手で攻撃しようとしたその時、餓鬼を見下ろしていた視線がズレたかと思うと低くなっていき、気がつけば見上げていた。

 

(……な、なにが…)

 

なにがどうなったのかもわからず、1つ理解できた事は自分の頸が地面を転がって塵となっている事実だけだった。

 

 

----------

とある少年

 

 

 

 

藤襲山に自分が入ってから最初に出くわしたのは飢餓状態の鬼だった。その鬼に少し体が怯んだが、問題なく頸を跳ねる事に成功し、自分の実力が通用すると安堵していた時、目の前に木々を狭そうにゆっくりと現れたのは、手だらけの異形の鬼だった。

 

「!?ここには鬼になったばかりのやつだけではないのか!?」

 

そう叫んでいると、反応できない速さで迫ってきていた手に右足を掴まれた。

 

「うわぁああ!!!!」

 

あまりに突然のことになにも抵抗できず、ゆっくりと鬼の頭上まで運ばれると、人間1人丸呑みできそうなほどに大きな口が開いた。

 

足は捉えられ、竦んだ体では逃げることすら叶わない。

 

《死》という言葉が心を埋め尽くしたその瞬間、体が浮いた。次に腹に強い衝撃が走る。あまりに突然なことに受け身をとる事もできず、そのまま地面に背中から落ちて肺から空気が全て吐き出され、そのまま地面を転がった。

 

(な、なにが起きた!?)

 

相当転がったであろう。3丈(9m)以上は離れた異形の鬼がいる所を見ると、狐の面を着けた少女が鬼と対面していた。

 

だめだ、逃げないと、この鬼は僕たちのような実戦も経験してない未熟者が相手するには荷が重すぎる。

そう叫びたいが、ヒューヒューと肺に空気を取り込むので精一杯で言葉が出ない。

 

(戦っては……だめだ……逃げないと……!)

 

必死に呼吸を整えていると戦闘が始まってしまった。

 

その少女は迫ってくる無数の手を一瞬で迎撃すると加速して鬼に近づいていた。

凄いと心の中で呟くと、地面から複数の手が少女を囲むように出てきた。

 

(だめだ!やられる!)

 

その瞬間その手は無慈悲に少女がいた場所を叩き潰し、土煙が舞っているのを見て呆然と眺めた。

 

(……次は僕だ!逃げないと!)

 

ふと我に帰り体を動かそうとした瞬間、鬼の後ろ側に()()()()()()()()()()()()

 

(……は?)

 

少女は振り向くように鬼を見ていると、鬼も予想外だったのかすぐに向かいあう。

今少女がなにをして無事なのか分からないが生きていてよかったと心から思った。

 

それと同時に自分も加勢して一緒に逃げなければ。

 

そう決めて体を起こした瞬間、腕に囲まれた鬼の太い頸がゆっくりと地面に落ちていくのを見て、え?と何度発したのかも分からない、理解できない声が口から出ていた。

 

 

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(あ、あぶなかったぁぁ)

 

雫はそう心の中で安堵した。

怒りのまま鬼に接近したのはいいけど、地面から手が出て来たのは、怒りに囚われた自分には全くの予想外でこれ死んだと思った。

 

すると時止め発動。すぐさま閉じ切っていない手と手の隙間を走り抜けるのに1秒、鬼の頸に向かって跳躍し2秒。

 

《全集中水の呼吸壱ノ型 水面斬り》

 

手に守られてかなり太くなっている頸を水の呼吸で斬り3秒、鬼の背後に着地した瞬間で4秒、時を動かす。

 

ズン!!と自分がいた場所が潰されているのを感じた。上に3mはある手鬼の体をも超えて土煙が見えた。

 

(あ、…あんなん死ぬわ)

 

心でそう呟いていると同時に鬼がこちらを見た。

 

もう頸は切っているのでもう勝負はついている。そう思って2秒過ぎても頸が落ちなかった。

 

(あ、あれ?なんで落ちないの?)

 

焦ってきていると手が攻撃しようと動き始めているのを見て体が強張る。

 

(うそ、確かに頸は斬ったはず)

 

そう思った瞬間、頸がゆっくりと地面に落ちて消えていった。

それをみて心の中で冒頭の安堵の声を呟くと同時に、鱗滝さんの殺された兄弟子達が成仏できますようにと心から願うのだった。

 

 

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手の異形の鬼が初めて遭遇した鬼だったのでこんなに強い鬼を相手に7日間とか、死ぬ!と心の中で叫びながら今まで以上に本気で行くことにした。しかし最初の鬼以外は全部恐ろしく弱く、数体同時に襲いかかってきても問題なく頸を斬る事ができるほど余裕ができた。

 

それから7日間、叫び声が聞こえてはそこへ向かい出来るだけ助けることに専念し、開始場所へと帰りついた時、生き残ったのは自分を含めて11名だった。

 

「…5人も……死んでしまった…」

 

そう悔やんでいると、自分を見た子があっと声を発した瞬間、生き残った受験者達が一気にここへ集まってきた。

 

(え?な、なに?私何かまずいことした?)

 

そう心で焦っていると1人の子がゆっくりと話し始める。

 

「ありがとう。あの時、異形の鬼に喰われる瞬間、君が来てくれなかったら僕は死んでいた。本当に、心から感謝したい」

 

え?と思いその子を見ると、あの時喰われかけていた子だった。すると次から次へと周りの子達がありがとう、ありがとうと感謝の言葉を言ってきた。

 

(……ああ、私がやって来たことは、無駄ではなかったんだ……)

 

 

口では他愛もない事を言いつつも、一筋だけ涙が流れていたのは、お面のおかげで誰にも気付かれずに済んだのだった。

 

 

 

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雫を最終選別に送り出して8日が過ぎ、そろそろ帰って来て良い頃だった。

 

(…まだか……)

 

柄にもなく不安に焦っている自分を落ち着かせようと体を動かす。

なんなら送り出した次の日から薪を半年は困らないほど割り、畑の手入れをいつもの2割増しほど丁寧にし、片付いている物の少ない部屋を毎日隅々まで掃除し片付け、いつも以上に綺麗になった家の周りをそわそわと歩き回っていた。

 

ふとジャリッと足音のようなものが聞こえ、振り返る。

 

そこには少しだけ土に汚れた服以外、送り出したまんまの姿で立っている雫がいた。

 

「…ただいま、鱗滝さん」

 

お面を外し、恐ろしく整った顔で微笑みながら、いつも通りの口調で話す雫にゆっくりと近づく。

怪我もなく、確かな足取りで立っている雫を目の前に見て不安が一瞬で飛散し、気がつけばゆっくりと抱き締めていた。

 

「…よく、戻って来てくれた……!」

 

柄にもなく涙が溢れるのを感じながら、腕の中にいる子の温かさを感じながら、そう言葉を絞り出した。

 

「うん、ただいま。鱗滝さん」

 

 

それから気恥ずかしくなって動き出すまでには少しだけ時間がかかったそうだ。



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初任務

 

 

風呂に入り、服を着替えてから最終選別で会った異形の鬼について鱗滝さんに話すと少しだけ間をおいて聞こえたのは泣きそうで、でも安堵したような声で、そうかと一言だけ言った。

 

それから2週間ほど日が経った頃、ひょっとこお面をつけた人が訪ねて来た。

 

「初めまして、鉄穴森と申します。大竹雫さんの日輪刀を担当した刀鍛冶です」

 

「これはどうも、私が大竹雫です。どうぞ中へ」

 

中に入り鱗滝さんとも挨拶を交わした後、日輪刀の説明を受ける。

どうやら日輪刀は別名色変わりの刀と言われるらしく、その持ち主の特性に合った色になるんだそうだ。

 

「なら、水の呼吸を使っている私は鱗滝さんのような青になるんですか?」

 

「いえ、必ずその呼吸に合った色になるわけではなく、その人によって変わって来ます。とまぁ説明はさておき、これが私が打った日輪刀です」

 

そう言って箱から出した刀を受け取り、鞘から抜き、刀身を眺める。

 

「………!」

 

数秒置いてからゆっくりと柄の方から色が変わっていく。

 

「青…いや、紫か?」

 

「青紫…ですね」

 

「この色はどういう特性なのでしょう?」

 

「いや、詳しいことはわかりません。聞いたことすらありませんのでおそらく、雫さんが初めての例かと」

 

それじゃあ特性がわからないのか、そう思ったが紫に近い青色の刀身をみて深い綺麗な色と気に入った。

 

(青は水の性質だとしたら、紫は時止めの力の一部を?)

 

詳しいことは分からずじまいだったが、色変わりの刀の儀式は無事終わった。

 

 

その次の日、自分の鎹鴉が初任務を告げたのだった。

 

 

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初任務となったのは南西の町。

この1週間程に7人、鬼殺隊士も1人行方不明になっているというものだった。普通初めてなったばかりの人をすでに1人隊士がやられてるところに送るか?と疑問を抱きつつ出発した。

 

2日かけてに到着すると、町はすでに人の気配が少なく、どうやら外に極力出ないようにしているようだった。

 

町の真ん中はまだ賑わいが残っていたので近くの甘味処で情報収集することにした。

 

「すみません、羊羮とお茶をお願いします」

 

そう声をかけて席に座り、店内を見渡すと自分以外に1人しか客がいなかった。

混んでないのは助かるが、少なすぎるのもなと思いながら頼んだ物を持って来た店員さんに尋ねた。

 

「お尋ねしたいんですが、1週間ほど前にこの町で行方不明の方が出たと聞いたのですが、今はどのようになっておりますか?」

 

そう聞くとこの店の看板娘なのであろう綺麗に程よく整った顔立ちの店員さんは、小さな声で話し始めた。

 

「お客さん、この話はあまり大きな声で話さない方がいいよ」

 

「なぜです?」

 

周りを少し見渡したあと、深刻な顔で答えてくれた。

 

「行方知れずの人が昨日で10人になったからさ、結局家に隠れても出ても変わらないから、みんな恐ろしくなって町から出ようとしてる人が多いのさ」

 

なるほど、1日に1人の間隔で食べているのか。だとしたら今日の夜も出てくるはずだと情報の整理して、食べ物も食べる為にお面を外してありがとうございますと礼を言うと、少し呆けた顔になって「ど、どういたしまして」と顔を赤くして離れていった。

 

お面をつけた変人がお面を外すのは面白かったのだろうかと思いながら視線を感じつつ羊羮と茶を頂いた。

 

 

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どのような鬼なのか、どのように人を襲うのか。

 

なんの情報もないので、とりあえず夜になるまで待つことにした。

 

月明かりが雲に隠れて真っ暗な夜道、人が寝静まってる丑三つ時を回った頃、鬼の気配が強くなるのを感じ、そちらへ急ぐと道の先に四足歩行の状態でこちらをみている鬼を見つけ立ち止まる。

 

「あなたが、この町の人を食ってる鬼でしょうか?」

 

「ああ?なんだ、鬼殺隊か。また性懲りもなくきたのか」

 

自分の問いに答える事はなく、独り言のように話し始めた鬼を様子見もかねて話しかける。

 

「どうやら、その話を聞く限り前に来た隊士を返り討ちにしたのも、あなたで間違いなさそうですね」

 

「ん?あぁ、この前きた餓鬼は弱かったなぁ、本当に鬼殺隊か疑問になったほどだぁ。…お前はどうだ?狐の餓鬼ぃ」

 

そう言った瞬間鬼の姿が消える。目で追うのもギリギリなその速さはこちらに冷や汗かかせるほどだったが、十分ついていける速さでもあった。

 

「そう簡単にはやられません!」

 

横から突っ込んで来た攻撃を最小限の身のひねりで躱し、鬼の体に刀を振り下ろす。

 

《全集中水の呼吸 捌ノ型 滝壺》

 

水の呼吸の中でも威力のある型が決まった。

 

(よし、手足の二本は斬れた)

 

そのまま頸を狙いに刀を横に滑らすとチッ!っと舌打ちをした鬼が先程いた所まで飛んで後退した。

 

(鬼の能力がはっきりしてない今、突っ込むのは得策じゃない。異能を持ってる可能性だってある)

 

情報を集めつつ慎重に攻めようと刀を下手に構えると、鬼の手足が再生していた

 

「ゆるさん、ゆるさんゆるさんゆるさん!!!狐の餓鬼ィ!!!お前は今斬った右腕と左足を同じように千切ってからゆっくり食べて殺してやる!!!」

 

その瞬間、月明かりが雲の隙間から溢れて鬼を照らす

 

月光で見えた鬼の片目には【下陸】の文字が見えていた

 

「!!」

 

目に文字がある鬼は十二鬼月と呼ばれる上位の鬼である証だと、いつかの鱗滝さんから聞いていた。

 

 

『雫、もし目に文字のある十二鬼月に出くわしたら気をつけろ。文字が片目だけならまだお前の力で戦う事はできるかも知れん。

だが両目に文字のある鬼は上弦の鬼、100年ほど一体も欠けずにいる異次元の鬼どもだ。もし出くわしたら逃げることだけを考えろ』

 

 

(片目ということは下弦、末席の陸か)

 

初任務で十二鬼月とあうって、それってマジ?と思う心を隅へ追いやって、片目の下弦なら戦いになるはずだと、心を落ち着かせて刀を構える。

 

 

「殺してやる!!《血鬼術 血雲海》」

 

その鬼を中心に黒い煙のようなものが広がり、視界を覆い尽くした。

 

(やはり異能持ち!能力がわからない今この中で呼吸するのは自殺行為、なんとか抜けないと)

 

すぐに牽制の型を繰り出した。

 

《全集中水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦》

 

水でこそ威力が出る技だが、鬼の頸を狙う攻撃ではなく、牽制用として放つなら十分な威力がある。

 

狙い通りに煙が上へと上がり薄くなると先程いたところにいないことに気づく。

 

(!!、どこに!?)

 

そう視線を巡らせるとある疑問が出てくる。

 

さっきの血鬼術、ただの目くらましなのか?

 

そう、十二鬼月という上位の鬼の能力が目くらましだけの煙だけとは思えない、だからわざわざ上へと巻き上げたのだ。

その疑問と同時に巻き上げた方を見上げると煙から鬼が右手を尖らせながら迫ってきた瞬間だった。

 

(!!?)

 

咄嗟に首をひねって躱すが横髪が数本宙を舞う。

距離をとらなければ、煙に囲まれた今の状態だとまずいと判断し、後ろへ飛んだ。

 

すると逃すまいと鬼の体からさらに煙が溢れてくる。

 

(まずい、たとえ時止めの力が発動して避けれたとしても煙に鬼が完全に飲まれたままであれば、どこからの攻撃なのかも分からないかもしれないし、頸を狙えない!)

 

時間制限のあるこの能力は一度なら5秒まで使うことができるが、何度も使えばその分時間も短くなり、体力の削られ具合も大きくなっていく為、出来るだけ一度で決めたいし、とっておきの技を当てるのにも確実性が欲しかった。

 

更に後退しようとした瞬間、鬼の血鬼術が赤みを帯びていることに気づいた。

 

「死ねぇ!!《血鬼術 爆雲》」

 

その爆発は近くにあった複数の建物を跡形もなく吹き飛ばした。

 

その時、能力が発動。

爆発源から十分な距離を取ると時間が動き出す。

 

ズンと地響きのような音を響かせる爆発は衝撃波を生み、近くにある建物の扉やガラスを吹き飛ばすのをみて冷や汗が頬を撫でる。

 

やばい、これで末席なの?と心の中で呟いた。

 

両腕で爆風から顔を守ってると爆発に巻き込まれたであろう人々の声が耳に届いた。

巻き込んでしまったと歯噛みしていると鬼が爆心地からゆっくりと姿を現した。

 

「いま、お前何をした?今の爆発から逃げられるわけがねぇはずだ、何をしタァ?」

 

渾身の大技だったのだろう。あれほど囲まれた状態で爆発すればどんな手練れでも深手は避けようがない。鬼は不機嫌な顔が更に不機嫌といういう風に歪んでいた。

 

「ああ、今の攻撃程度で仕留めたつもりだったんですか?あんな見え見えな攻撃、躱すことは容易いですよ?」

 

心の中で少しビビってる自分はいつのまにかどこかかへ消えていて、強気に挑発する。

 

「くそが、クソがクソクソクソォォ!!《血鬼術 血雲海》!!」

 

また体から煙が出てくる、先程のように体を隠して奇襲するのが有効だと判断したのだろうか、……だがそれは。

 

「その技は、もう見ましたよ?」

 

そう、今までは鬼の性格と能力の情報が不足しすぎている状態だったから最小限の攻撃で受けになっていただけなのだ。

しかしどの様な鬼でどのような能力なのかを一度見てしまえば……問題はない。

 

煙に囲まれ、視界が黒に染まる。

全方向から殺気が体を向かってくるのを感じつつ、刀を上手に構えた。時止めの能力を自在に操れるよう、日々鍛錬して身につけた技を繰り出す為に。

 

「しねぇぇ!!!」

 

背後の煙から鋭利な爪が自分に向かって伸びてくる。

 

その瞬間、息を止めた。

 

 

《時の呼吸 壱ノ段 瞬き》

 

 

 

刹那、鬼の体がゆっくりと、まるで止まっているようで、少しずつ動いている。時がゆっくりと流れてるかのような世界で、その鬼の頸に刀を一閃する。

 

時の流れが元に戻ったのは血を振り払い、ゆっくりと刀を鞘に収めた時だった。

 

 

 

----------

 

 

 

《血鬼術 血雲海》と《血鬼術 爆雲》の組み合わせは30年前に会った柱でさえも致命傷を与えることが出来た意識誘導と必殺必中の連携技であった。

 

しかしこの狐面少女はそれを無傷で回避した。自分の目の前からまだ離れていない状態で食らったはずなのにだ。

その事実をどうしても受け入れられない。受け入れられなくてはらわたが煮えくりかえる。

 

そして再度首に届くまで後少しというところでまた姿が搔き消える。

 

(くそ!またかァ!)

 

鬼はまた避けられたと苛立ち、地を滑りながら体勢を立て直そうした瞬間、視界が宙を回った。

 

 

「!?」

 

 

そのまま自分の頭は地面の上を転がり、止まると刀を鞘に収めている狐の餓鬼がこちらを見ているのが見えた。

 

「…なにを、した…餓鬼ィ…」

 

徐々に消え始めたのを感じながら自分の頸を斬った餓鬼に問いかけると、斬った本人はゆっくりとした口調で答えた。

 

「頸を斬った、ただそれだけですよ」

 

そんなわけあるはずがない、下弦であると認められた自分自身の目でも追えない速さ、感じることすらできなかった。

なんなら今まで柱以外の鬼殺隊なら血鬼術すら使わずに最初の一撃で仕留めることができていたのだ。

 

しかしこの餓鬼は躱し、反撃までしてみせた。

 

「餓鬼ィ、てめぇ、今までの鬼殺隊とは比べものにならねぇ。柱だなぁ?」

 

柱、下弦になると同時に鬼無辻無惨から話を聞いていた。

鬼殺隊の中で唯一十二鬼月と渡り合う能力がある人間達であると。30年前の柱も《爆雲》にやられるまでは自分を一方的に斬りまくっていたほどだった。

ならば目の前の餓鬼は柱であるはずだ。なんせ下弦の陸の頸を無傷で討ち取ったのだから。

 

しかしキョトンとした雰囲気になると違いますよと答えた。

 

「そんなはずあるわけがないです。私これが初任務ですごい緊張してたんですから」

 

柱はもっと凄い人達に決まってますよと言うと、巻き込まれた人を助けるためだろう、崩れた建物へと走っていった。

 

「なん…だよ…そ…れ…」

 

誰にも聞かれないその言葉を最後に、下弦の陸は塵となって消えていった。

 




読んでくれてありがとうございます…次回の投稿は……多分3日後、それで更新されてなければ1週間後

ストックはあるのですが勢いで書いたせいで誤字が多くて読み直しながら直していくという作業をしております、眠いです、朝5時起きです、投稿予約されてる時間には寝てます、皆さんも睡眠不足には気をつけてください


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時の呼吸

少し長めです


 

 

下弦の陸との戦闘をした後処理を隠と言われる方々に任せて月明かりで照らされた山道を歩いていた。

 

(最初の任務で十二鬼月とか不幸にもほどがあるでしょ…)

 

なんとかなったはいいものの、数名の犠牲者と怪我人は出るし、まだまだ体が追いついていない時の呼吸で体はだるく感じるし、十二鬼月を討ち取ったとしても全くもって歓喜とは程遠かった。

 

《時の呼吸》

 

自らに致命傷となる場合にしか発動しない時止めの力を一部使えるように編み出した呼吸。

 

 

私は最初の試練の時『罠を何故か避けることができていた』

 

 

最初こそ不思議に思ったし疑問だったが、鍛錬を積み自力で罠を避けれるようになった頃に最初の方で罠を避けられた理由に欠片であるが気づいたことがあった。

 

それは攻撃に対して極限まで集中した瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 

それこそ集中してそう見えるだけだと自分も思っていた。鍛錬を積めば積むほど自分の速さが上がったのもある。動体視力が上がったのもそうだろう、原因なんていくつもある。

 

だから成長したと思うだけだった。

 

しかし、その現象が鱗滝さんが特別にしてくれた模擬戦で起こった場合は?圧倒的格上であるはずの鱗滝さんの水の呼吸が歩いて躱せてしまえるほど世界が遅くになっていたら?鱗滝さんが私自身を見失って唖然としていたら?それがただの成長だけの物でないと嫌でも気づいてしまう。

 

そのことがあってから鱗滝さんはそこに目をつけ、模擬戦は一段二段と激しくなり、嫌でも『ゆっくりになる現象』を引き出される訓練が続いた結果、《時の呼吸 壱ノ段 瞬き》が誕生したのであった。

 

(もっと鍛錬を積んで時の呼吸を完璧にすることが最優先だなぁ)

 

そう思いながらだるい体でのんびりと次の町へ向かうのだった。

 

 

 

------------

 

 

 

 

広い日本庭園が日に照らされ、心地いい鳥のさえずりが聞こえる屋敷の縁側では、整っている顔立ちをした少年が鎹鴉の報告を受けていた。

 

「カゲンノロクゲキハ!カゲンノロクゲキハ!タイシ、カイキュウミズノト!ナハオオタケシズク!オオタケシズク!ケガナシ!ムキズ!」

 

「…大竹雫?先日の最終選別で他の子たちを救いながら合格した子か。優秀だと思っていたけれど、まさか初任務で下弦の陸を討ち取るなんて、とても優秀で喜ばしいね」

 

ほんの少しだけ驚きの表情をする、しかも無傷という報告まである。

癸の隊士が強力な血鬼術をもつ下弦を相手に圧倒したという事は耳を疑いたくなる情報だが、鎹鴉が嘘の報告をする事は無い。

 

「……これは近いうちに会わないといけないね」

 

少年は青く澄み渡った空を眺めながら、そう呟いた。

 

 

 

----------

 

 

 

 

初任務を終えてからの任務は全て弱い鬼ばかりだった。中には血鬼術を使う鬼もいたけれど、最初の下弦と比べるとどうも劣ってしまうし、初任務以来、時止めの力を使わずに済んでいたほどだった。

 

(しかし、最近やたらと任務が怒涛な気が…)

 

下弦の陸を撃破してから1ヶ月、ほぼ毎日のように任務が舞い込んでくる。

その任務先では他の隊士に会うこともなく、一人で淡々と終わらせる毎日を送っていた。

 

(まぁ、人が守れるならそれで良いけど…こんな毎日のように任務が来るのは疲れる…)

 

少し休もうかと考えて任務先である町の甘味処に入り、羊羹とお茶を食べ終えて一休みをしていると声をかけられた。

 

「あの」

 

ん?とそちらに顔を向けると鬼殺隊の服を着た少し年上くらいの男の子が立っていた。

どちら様ですかと尋ねると、どうやら自分と同じ任務を請け負うことになった隊士だそうで、とりあえず名だけ自己紹介をした。

その少年は大谷誠と名乗り、隣に座らせると少し緊張した様子で話しかけてきた。

 

「すみません、大竹さんって、()()()()()さんで合ってますか?」

 

あの大竹雫ってなんだろうと思いながらそうですがと答えるとすごく嬉しそうな表情になった。

 

「会えて光栄です!あの大竹さんと同じ任務を受けることができるなんて!」

 

「……すみません、(あの大竹雫)ってどういう意味です?」

 

あのという言葉が連呼されると流石に無視ができないので聞くとキョトンとした顔でご存知ないので?と言われたのではいと答えると「大竹さん、今ちょっとした有名人なんですよ?」と言われた

 

「有名人、ですか?」

 

「はい、鬼殺隊の最終選別では他の隊士たちを助けつつ無傷で合格。さらに初任務では十二鬼月を激闘の末、無傷で討ち取った。そんな狐面の少女がいると噂になってるんですよ」

 

まさかそんな事で有名人になっているとは思ってもおらず、少し驚く。

 

「なんで私ということが広まったのですか?任務先では全然鬼殺隊の方とも会いませんし…」

 

「最終選別の話は毎年皆に噂になります、やはり誰もが通る道ですから。それに十二鬼月の戦闘は家が複数吹き飛んだと聞きました。そのあと処理を担当した隠の方が僕の先輩の知り合いで、狐面の少女がその時に現場にいたと言い回ってて、それで」

 

……なるほど、たしかに十二鬼月を倒した後どうしようか悩んでいたら鎹鴉が後処理部隊を呼ぶとかなんとか叫び出して、そんなのがあるのかと思いながら隠という人達に怪我人の応急処置や片付けを任せつつ帰ったのを思い出す。

 

「とりあえず、私はまだ11歳で、癸です。そちらの方が先輩なので敬語は使わない方がよろしいかと思います」

 

「……?もしかして階級確かめてないのですか?」

 

「え?自分で階級を確かめる方法があるのですか?通達されるのではなくて?」

 

「はい、選別が終わった後に筆でなぞられた手の甲に力をいれて、階級を示せといえばでてきますよ」

 

そ、そんな便利なものがあったのかと驚愕しつつ言われた通りにやってみると、手の甲には戊の文字が浮かび上がる。

 

「…戊は、下から6番目、でしたっけ」

 

「はい、やはり十二鬼月を単独で倒したことで大幅に階級が上がってるみたいですね。あ、ちなみに僕は階級は庚、年は15ですが、大竹さんの方が鬼殺隊内で上となります」

 

「なるほど、教えてくださりありがとうございます」

 

「いえいえ、これから合同任務ですし、これくらいの事は先に入隊した先輩として当然ですよ」

 

なんていい先輩なのだろうと思いながら今回の鬼に話題を移すと、行方不明事件がどうやら町の南側の山と町中でも同時に起きているという事だった。

 

「つまり、最低でも2体の鬼がこの付近を縄張りにしてるという事ですね」

 

「はい、なので2人での合同任務に変更してると思います」

 

それに、と間を置きこう続けた

 

「階級が壬の隊士が先に任務に当たっていたのですが、町中の方で殺されたそうです」

 

「私が2日前に聞いた情報はそれですね。少なくとも町中の鬼は異能の鬼かもしれません」

 

「道が広い町中である程度の実戦をくぐり抜けた隊士がやられるということは、その可能性もありますね。南山の方は3人ほど旅のものがやられたようですが、こちらはまだ鬼になったばかりのようです」

 

「この場合はどう動きます?二手に分かれて同時に撃破なのか、2人で連携して一体ずつ撃破ですか?」

 

「…大竹さんはまだ合同任務未経験とのこと…ですので、自分が考えさせていただくと、町中に大竹さん、南山に僕が行き、一夜で一気に終わらした方が賢明かもしれません」

 

「2人行動はしない方が良いのですか?」

 

「ええ、鬼は何気に自分の近くにいる鬼を感じ取る事ができているようで、どちらかを先にやると、勘づいた後の鬼が逃げてしまう可能性があります」

 

「……分かりました、私が町中を担当します。片付き次第そちらに向かいますね」

 

「先輩として情けないですが、町中の鬼は任せます。お互いに気をつけましょう」

 

話し合いが終わる頃には陽が斜めに傾き始めていた。

 

 

 

----------

 

 

 

陽は落ち、空には満月が浮んでいる。

雲ひとつない空からの月明かりに照らされた夜の町は、人の気配もなく、風が建物を擦れる音が響くほどに静まり返っていた。

 

雫は町の中心部の近くを警戒しながら大通りの抜けた場所を歩いていた

 

(以前の下弦と同じように怪我人を出すわけにはいかない、できればここにきてくれると助かるんだけど…)

 

鬼がなんの血鬼術を使うのか分からないが、前のような範囲攻撃があると非常に人を巻き込みやすい町中はやりづらい。

しかし西洋化がすすみ、車が通れるように道が広くなっていたこの場所は戦いの場に最適であった。

 

(以前の隊士は心臓を一突きで殺されていた。まだまだ新人だったとは言っても、警戒している隊士が簡単にやられるとは思えない。やはり、血鬼術…)

 

そう考えつつ町の中心部にある作られたばかりであろう噴水が目に入る。

 

町の中心という事でだろうか、そこの付近だけ電灯が付いていて十分に明るい広場だった。

 

(もし異能の鬼で急所を最短で狙ってくるような鬼ならば、時止めの力で反撃できるし、それで仕留め損ねてもこの広い場所なら戦闘しやすい)

 

そう考えていると噴水の動きと音がピタッと静止した。

え?と思っていると周りの全てが止まっていることに気づき、即座にその場から横へと回避する。

 

シャン!と音を立てながらそこに見えたのは一本の人程の大きな針が地面から斜めに生えてきている光景だった。

 

(血鬼術!?反応すらできなかった!)

 

すると針はゆっくりと溶けていき、地面に黒い丸を作ると、こちらへ急接近してくる。

 

(!?この黒い物が攻撃の正体!)

 

音も気配もなく、その黒い丸は接近して自分へと針を伸ばしてくるのを後退し回避する。

 

(…攻撃自体はどうという事はない、回避は出来る。だけど鬼本体をあまり感じ取れないし、音もなく後ろへ近づいて心臓を一突きにするこの攻撃…)

 

初見殺し、その名にふさわしいものだった

 

こんなもの相当手練れの隊士でも呆気なくやられてしまってもおかしくない。

しかし、躱せば後の攻撃は対処可能。そう考えつつ伸びてくる針を身を捻り躱すと、針本体に技を繰り出した。

 

《全集中水の呼吸 捌ノ型 滝壺》

 

バキッと根元から針が折れたのを確認した瞬間、黒い丸からぎゃあと悲鳴が聞こえた。

 

そこに追撃の一撃を入れようとした瞬間、今まで一本だった針の周りから数十の針が生えて迫ってきた。

 

「くっ!」

 

慌てて後退で躱して距離を取る。

数十あった針は溶けてまた一つになったと思うと、針から目が二つギョロッと現れると同時にその下に口が現れた。

 

(え?そ、そこ?黒い丸の中じゃなくて?)

 

そう思っていると口がよだれを撒き散らしながら叫び始める。

 

「お前!なぜ最初の攻撃が躱せたのだ!」

 

意外と饒舌に喋るな、どこが頸なんだろうこの場合と思いながら挑発する。

 

「あなたの攻撃、後手でも避けれるほど遅いんですよ。確かに奇襲で恐ろしいですけど、最初の攻撃以外はクソみたいな攻撃ですね??」

 

「んぐっ、おぉお前!もう少し、もう少しであのお方のお気に入りになれるこの私を侮辱するかぁ!《血鬼術 黒地散針》」

 

図星なのか言葉を詰まらせつつ、大きな黒丸から小さな黒丸が散らばりながら、先程のより数も速さも数段上げて襲いかかってきた。

しかしそれでも遅いことには変わりはなかった。

 

「あなたより速い攻撃をする鬼倒してますので、問題ないですね」

 

なに!?と頭に来たのか複数の針が集中して襲いかかってくるので、まとめて迎撃する。

 

《全集中水の呼吸 参ノ型 流流舞い》

 

無数に散らばった針を躱しながら全てを斬り、そのまま本体と思しき針へと接近する。

 

「な、なめるなぁ!!!」

 

自分の周りに黒丸が囲むように現れる。

 

(この過剰な焦り具合、演技に見えない。であればちゃんと頸があると見て間違い無いはず)

 

スゥと息を吸う

 

《全集中水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦》

 

囲んだ針が殺そうと伸びてくる瞬間、伸びきる前に粉々に粉砕する。

 

「な!?」

 

一気に加速、どこが頸なのかわからない本体の針が地面へと沈む瞬間、確実に入る最速の一撃を入れる。

 

《全集中水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き・撃》

 

その刹那、本体である針は何箇所も抉られたように体の一部が消し飛ぶ。

 

「ぐっ!!」

 

苦しそうな声を上げながら黒丸に身を隠す。

 

だがそれを_。

 

「待ってました」

 

《全集中水の呼吸 捌ノ型 滝壺》

 

先の攻撃は針を狙って放った。

 

その際声が聞こえたのは黒丸の中、目と口が現れたのは針ではあるけれど、一撃入れられやすい物に頸があるとも思えない。

つまり、黒丸の中に体か頸になるものがあるはずだ。

 

どうやらその考えは当たっていたらしい。苦しそうな悲鳴とともに黒丸が大きく広がると、片腕が切り落とされた人型の鬼が膝をつきながら出てきた。

 

「おまえぇえ!お前は一撃では殺さん!生きたまま内臓を引きずり出して殺す!」

 

鬼舞辻の血が濃ゆいのだろうか、腕が思いの外早く再生すると低い姿勢で突っ込んでくる。

 

怒りのまま考えなしかと思うと周りに先程の迎撃した黒丸が囲んでいるのを確認した瞬間、スゥと息を吸い、止めた。

 

 

 

------

 

 

 

(逃げ道はない!殺す!)

 

四方を囲った数十の細い針で最高速度だ。逃げれるはずがない、そう確信した。

だが針が身体を突き刺す瞬間、目の前にいた狐面の少女が消える。

 

(なに…!?どこ行った!!)

 

素早く周囲を警戒していると、後ろで刀を鞘に収めた狐面少女の姿があった。

 

「なにをしたが分からないが、逃げることに精一杯だったようだな!」

 

追撃に大きめの針を伸ばした瞬間、針にビギっと大きなヒビが入る。

 

(!?な、なにが…!)

 

その針はそのまま崩れたかと思うと自分自身の頸から血が横線を作る感触が伝わり、視線が横にずれて地面が近づいてくる。

 

「…ありえ、ない…」

 

そう言い残しながら鬼の頸は地面へと落ち、塵となって消えていくのだった。

 

 

 

------

 

 

 

まだ使いこなせていない《時の呼吸 壱ノ段 瞬き》は確実に殺せると確信した時にしか使わないし、使えない。

自由に使えるようにしたと言っても、まだやすやすと使える代物じゃないのだ。

 

もし先ほどの攻撃で黒丸から本体が出てこなかった場合、持久戦になっていたと思う。

 

そう考えつつ南山にいるであろう大谷さんに合流しようと思い町中を走っていると手前の十字路を右から小走りで出てきた大谷さんを見つける。

 

「大谷さん!そちらはもう終わったのですか?」

 

「はい、特に何の異能も持ってない雑魚鬼でしたので早めに終わってました。大竹さんも…終わったようですね」

 

「はい、血鬼術が少しやっかいでしたが、問題ありませんでした」

 

雑魚鬼といっても険しい山の中でこんなに早く見つけて討伐して来るとは、階級が下であっても経験があるとやはり違うのだろうなと心で思いながら任務は終了したのだった。

 

 

 




こそこそ内緒話

時の呼吸や時止めの力が発動してる時は、空気も全て止まってるので息を止めて動いておりますよ


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報告

 

 

「大竹雫という子の実力を君の目で見極めてほしいんだ」

 

 

大竹雫。

その名を知ったのはお館様に呼び出され、その人物の見極めをお願いされた時だった。

お館様はいつもの優しい声でそう言ったが、初めて聞く名前であまり話しが見えて来ず、疑問が浮かぶ。

 

 

「…その隊士はそれほど重要な人物なのでしょうか?」

 

少しの間微笑むと詳細を話してくれた。

 

「彼女は今回の最終選別から少し目立っていたんだけど、初任務で下弦の陸を討ち取った、これまでにない逸材なんだ」

 

「……狐面の隊士が討ち取ったという話は聞いておりました。ですが、初任務で、となりますと…」

 

話は変わってくる。初任務で十二鬼月を討ち取る実力を持つとなれば、鬼殺隊にとってその隊士の重要度は極めて高いからだ。

 

「もしかしたらなにかのまぐれかもしれないと思ってね、ここ最近は単体での任務に当てたんだ。

僕の鴉も遠目で見てもらっていたんだけど、いつも報告には鬼の頸がいつの間にか斬られていて、下弦の陸の時も含めて未だに怪我もしてないみたいでね」

 

「それは……」

 

異常、その一言に尽きる話だった

 

どのような者でも鬼殺隊に入って最初の頃は多様な血鬼術に苦戦を強いられ、怪我は避けては通れない。

なんなら一年目は一番生き残る者が少ない。その事は鬼殺隊になったものは皆知っている。

 

「だから、風柱である君の目で確かめて欲しいんだ、彼女の本物の実力を」

 

ここまでの話を聞いて、疑問に思うことはなくなった。

 

 

「必ずやその者の実力、この風柱大谷誠が確かめてまいります」

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

その者と会うことになる町へと四日かけてつくと、甘味処で座っている水色の雫模様の羽織を付けた狐面の少女が見え、話しかけることにした。

 

素性は隠し、階級は下であることにしていい先輩を演じた。しかし特別強者の気配は無く、いたって普通の11の少女という雰囲気を持った雫に少し戸惑いつつも、影で見極めるため、いない鬼の話をして二手に分かれるよう話を進めた。

 

夜になり、雫が町中の広場を歩いているのを建物の上から観察していると地面に急に現れた黒い丸が彼女の背後へと近づいているのが見えた。

 

極力気配を消した黒い丸は血鬼術であると気づき、まずいと思わず飛び出そうとした瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

意味がわからなかった。血鬼術が彼女に伸びる瞬間までそこに居たのに、瞬きもしてない自分の視界の片隅に立っていたからだ。

 

「あの子は今…なにをしたんだ」

 

そう呟くと同時に戦闘が始まる。

 

疑問に思う気持ちを抑えて見極めるために意識を集中する。

 

水の呼吸を使った流れるような戦闘は鬼殺隊になったばかりとは思えない洗練された素晴らしいものだと言って間違いがなかった。

頭の回転も良く、頸の場所が不明の鬼に対して決して不利になることもない戦闘は続いていく。

 

鬼の本体を捉えた雫の攻撃で姿を現し、追い詰められた鬼は彼女の周りに数十に及ぶ針の攻撃で完全包囲までしてみせた。

 

おそらく柱であっても回避か牽制の一手になるであろうその攻撃を、彼女は最初に見せた急に現れるように見える速さで鬼の背後へと現れた。

 

(やはり追えない)

 

速さでは柱の中でも自信がある自分の目に追えない彼女の速さはありえない、その一言に尽きた。しかしさらに驚愕させられた事が目の前で起こった。

 

(……頸が、落ちた…?)

 

回避するだけならまだ速いなと片付ける事ができた。しかしあの状況で回避しながら頸を斬るとなると、難易度がさらに何段階も跳ね上がる。

いつ斬られたのかさえ分からないその攻撃を最後に鬼の体が塵となって消えていくのを見ながら、大竹雫の重要性を伝える為、どう説明しようかと考えながら雫と合流するためにその場から移動した。

 

 

 

 

------

 

 

 

丸石が敷き詰められた日本庭園に大谷誠は片膝をついて伏していた。

 

「風柱大谷誠、ただいま戻りました」

 

「ご苦労だったね。柱として忙しい君にわざわざこのような任務をお願いしてしまって、すまない」

 

「いえ、今回の任務は鬼殺隊にとって重要な一件であると認識しております故、お気遣い無用です」

 

「ありがとう、そう言ってもらえると助かるよ」

 

それでと間を置く。

 

「彼女…君の目から大竹雫はどんな子だったのかな?」

 

誠は少し考えつつ発言する。

 

「……率直に言わせてもらいますと、技の練度、判断力といったものは柱と肩を並べる半歩手前といったところでしょうか」

 

それを聞いた少年はそうかと頷こうとすると、しかしと言葉が入る

 

「僕の目でも追うことができない速さは、柱をもはるかに凌駕しています」

 

少年はその言葉に少し驚きつつも、嬉しそうに微笑みが溢れる

 

「……君がそういうのなら、そうなのだろうね。

こうして新たな花が咲き始めるというのは、喜ばしいことだ。

報告ありがとう誠、雷の呼吸がない現柱の中で速さでは右に出る者のいない君の発言はとても大きい。感謝するよ」

 

「ありがたきお言葉、お館様のお望みならばいつでもお任せください。…では次の任務が入ってますので失礼します」

 

 

----

 

 

そう言った帰り道、誠は考える。

 

もし、大竹雫と手合わせしたら…。

 

どう想像しても、最初の一手で自分が負けるところに行き着く。

 

更に、もし、殺し合いだとするのであれば。

 

自分の首が気づかぬうちに斬られている想像が容易にできてしまう。

 

「……大竹雫…君は一体」

 

その呟きは風に吹かれて消えていった。

 

 

 

----

 

 

 

「…誠でさえも捉えることができない速さ…」

 

それは鬼殺隊にとって、あまりにも大きい出来事だった。

柱という鬼殺隊最強の9人を集めた実力は伊達じゃない。

 

しかし今の話を柱から聞けば、重要度は計り知れない。

 

「そろそろ潮時だね」

 

そう呟くと鎹鴉に指示を伝えて飛ばし、お館様と呼ばれた少年はゆっくりとした足取りで屋敷の中へと戻るのだった。

 

 

 

 

---------

 

 

 

大谷さんとの合同任務を終えた四日後、別の任務を片付けた雫は休息を取るために近くの町へと向かっていた。

 

(眠い、実戦で経験値を稼ごうと思って時の呼吸で頸を斬ることにしてるけど、やっぱり疲れる…)

 

使い慣れていない時の呼吸に早く順応するために自分に課した課題、とどめは必ず時の呼吸でする事。

その跳ね返りが一月経ってもきついままに弱音を心でつぶやいていた。

 

朝日が昇り、まぶしいなぁと口で呟きながら山を下っていると自分の鎹鴉が叫び始めた。

 

「オオタケシズク!オオタケシズク!シキュウウブヤシキテイニムカエ!ウブヤシキテイニムカエ!」

 

「……産屋敷邸?」

 

どこだそれはと思っていると鴉が付いて来いと言わんばかりに飛び立つ。

 

(鎹鴉が言うということは、鬼殺隊関係だろうか)

 

そう思いながら眠い身体に鞭を打って鴉の後を追い走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雫が産屋敷と対面するまで、あと3日

 




実は自分の地方がある災害で停電やら物資がないやら畑は池になってるわで仕事先でも家でも掃除や復旧作業の日々で、お風呂、入りたいなぁって思ってます。

皆さんも自然災害には気をつけて


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産屋敷輝哉の企み

※風の呼吸が出ます。
ジャンプ読んでなくてまだ知らない、ネタバレは嫌という方はUターン推奨します


誤字報告してくれた方、ありがとうございます。勢いでパパート書いたのといつもウトウトしながら手直ししてるので全く気づかないところばかりで恥ずかしかったです。ドブがあったら頭から突っ込みたいです。



今回は主人公ボコボコ回(そろそろ雫怪我しろよっていう作者の我儘)




 

 

鎹鴉に産屋敷邸に向かえという指示を受け、2日半かけてついた場所は藤の花を家紋にした屋敷だった。

 

(産屋敷じゃないの?)

 

そう思っていたが、どうやらここ一月以上任務に追われた疲れをとってから向かえとの事だったらしいく、藤の屋敷とやらに一日だけ休息をとることにした。

 

自分を部屋に案内してくれる人になぜ鬼殺隊の隊士を無償で休ませてくれるんですか?と聞くと、昔鬼殺隊に先祖が助けてもらった恩を返しているとの事だったので、良い人たちなんだなぁと心の中で呟いた。

 

半月ぶりに暖かい敷布団で休息をとった次の日、隠の方が訪ねてきた、どうやら産屋敷邸の道は極秘になっているみたいでおんぶされながら向かうらしい。

 

ちなみに目隠しと耳栓もするとこの事でお面を外す事になったんだけど、相手が自分の顔を見るとやはり少し固まってよそよそしく対応が変わるのは、何故なのかと疑問に思いつつおぶられて移動していくのだった。

 

 

 

--------

 

 

 

目隠しと耳栓を外し、お面が返され周りをぐるっと見てみると綺麗な日本庭園が広がっていた

 

(綺麗な庭…)

 

どこを見ても手が行き届いている木々や池などを見てそう心で呟いていると屋敷から声がした。

 

「こんにちは」

 

ん?どなた?そう思い振り返ると髪を肩上まで伸ばした、整った顔の優しそうな同い年ほどの少年が立っていた。

 

「……こんにちは…失礼ですが、どちらさまですか?」

 

 

少年は優しい声色でああ、すまないねと言葉を挟むと、自己紹介をしてくれた。

 

 

「私は産屋敷耀哉。鬼殺隊を作った一族の末裔で、一族の長になるね」

 

(…ん?鬼殺隊を作った一族の末裔?)

 

ということは

 

「もしかして、鬼殺隊の1番上の方、ですか?」

 

「そうなるね」

 

恐る恐る聞くと優しい声でそう答えた

 

うっそー、こんな同い年くらいの男の子が?そんなことあるんですかぁ?なんて心で思いながら片膝をついて姿勢を低くする。

 

「これは失礼しました……と言うことは私を呼んだのは産屋敷様ですか?」

 

「そう、雫とは少し前から話をしてみたいと思っていてね」

 

 

あ、名前、と言うより話?なんの?そう思っていると

 

 

「君には初任務で下弦の陸を倒した実力を少しだけ確認させてもらったんだ。任務、多いと思わなかったかい?」

 

あ、と心で呟いたと思ったら声に出てたらしい。産屋敷が微笑むのを見てお面の中で顔が赤くなる

 

「…確かにこうも連続で来るものなのかと疑問に思っていましたが、私の実力を確かめるためだったんですね」

 

「ああ、それと雫に聞きたいことがあるんだけど、倒した鬼の数は今どのくらいかな?」

 

任務を指示する側で知らないものか?そう疑問に思いつつ答える

 

「……たしか、任務以外に出くわした鬼も合わせると、30くらいでしょうか…?」

 

「雫は、柱になれる条件を知ってるかい?」

 

「すみません、柱自体は存じてますが、そこまでは」

 

「階級が甲であること、鬼を五十体討ち取ること、十二鬼月を討ち取ること、例外として、柱からの推薦がある場合もある」

 

「……何故その話を私に?」

 

なにか、風向きがおかしい、そんな変な予感がする。

 

「君に柱にならないか、そう言う話をしたくて今日は呼んだんだ」

 

なんてこったパンナコッ、じゃない、意味不明すぎて一瞬前世のリアクションが出かけたわ、ていうか私が柱?ないない、まだ入って一月と数日の新人がなれるものじゃないはずだ。

 

それに、私は条件を満たしていない

 

「あの」

 

「何かな?」

 

「私、入ってまだ一月たったばかりの新人ですし、十二鬼月を一体倒しましたがまぐれかもしれませんし、それに甲でもないですし…」

 

入って一月で柱とは、前世の世界で言えば強豪校の何かの部活に新入部員が入って一月で一軍レギュラー上がったというのと同じだろうか、実力組織とは言え、急にそんな話しされると怖い。それとも前世の価値観が残っている自分がおかしいのだろうか?

 

「ああ、そのことなら問題はないよ」

 

「?」

 

「君には風柱の推薦があるんだ」

 

「…え?」

 

(あれ、私そんな人の推薦貰ってるの??)

 

風柱?そんな人に会った覚えもないし、どんな人なのかすら知らない。

 

「で、ですが、私の実力は私が一番存じています。その風柱様の推薦があったとしても、私は心構えと実力共に柱にはふさわしくありません」

 

「そうか、どうしても駄目かい?」

 

「私からは、そうとしか言えません」

 

この雰囲気は柱にならずにすみそうなやつだ、そう思った瞬間

 

「……だそうだよ、誠」

 

「……んえ?」

 

聞き覚えのある名が産屋敷から出てきた。

 

 

--------

 

 

さっきから話を襖の裏側で聞いていれば、あまりに低すぎる自己評価に苦笑いが溢れる。

 

あの洗練された剣技、雫の成長速度であればあと一月もせずに柱に並ぶ。その柱でさえも優に超える素早さという恐ろしい武器を持っている。それ程の才能がありながら何故こうも自信がないのか不思議でならない。

 

(ほんと、何言ってるんだろうかあの子は)

 

そう心で呟くと名を呼ばれる。

どうやらこの為にお呼びされたらしい

 

「お館様は、賢いが狡いですね」

 

そう呟きながら襖を開けると、まだ見たことのない狐の面の中でぽかんとしているであろうこちらを見て固まっている雫の姿が見えた。

 

 

 

「風柱大谷誠、入ります」

 

 

 

--------

 

 

(え?なんの展開これ?)

 

目の前にいるのは、先日合同任務で一緒になった優しい先輩、大谷誠だった。

 

(風柱?そう言ったよね?先日あった時は庚って言ってたよね?あれ?どういうことだろう?)

 

そう混乱していると産屋敷が面白そうに微笑むと「最後の見極めは誠がしてくれたんだよ」と言った

 

自分が分かってるはずなのに理解しようとしない事実を言い放たれて、なんだよそれと心の中でツッコミを入れる

 

「すみません、素性を隠していたのは君に心置きなく鬼を相手してもらう為でして、決して騙そうとしたつもりではなかったんですよ?」

 

混乱していると誠がそう言ってきた。

 

「す、すみません。つまり、最後の見極めとして産屋敷様が大谷さんをこちらに送って、大谷さんは実力を見極めたいから柱であることを隠していたと言うことです?」

 

「そういうことですね」

 

なんのドッキリだと思った。しかし柱にならないかというものはいまだに継続らしく、混乱する心を落ち着けて、すぐ否定に入ることにした。

 

「お、大谷さんが風柱であることは理解しました。その見極めを先日の任務でしていたという事も。ですが、自分はやはり、柱などにはなれません」

 

そういうと産屋敷から爆弾が落とされる

 

「なら、誠と手合わせしてくれないかい?雫の実力を見たくなったんだ」

 

誠もいいかい?そう聞くと大谷さんはもちろんですと答える。

 

いや、私は?私良くないけど……。

 

 

(神さま、夢ならさまして…)

 

 

手合わせの準備をする大谷誠は隠の人から木刀を受け取ると一つをこちらへと投げ渡す。

 

「そんなに緊張せずとも、君なら大丈夫だろう?」

 

(何が大丈夫ですか?なにが?え?急にドッキリさせられてその後柱と手合わせとかなんの罰ゲームですか?)

 

そう心で叫びつつ、抑えながら冷静な声で「実力を見たいだけなんですね?」と聞くと「そうだね」と答えたので心の中で馬鹿野郎と叫んでいると、庭に降りた大谷さんが話しかけてくる。

 

 

「あの時、鬼の攻撃を避けた動き、頸を刎ねた動き、あの実力を今ここで見せてください」

 

 

(………時の呼吸を、使えってことですか…)

 

 

それは、わたしにとって侮辱された気分になるのに充分な言葉だった。

 

時の呼吸を極めてる途中を見られて柱になれと言われるのは、料理を炒めた所を見られて完成すらしてないのに「上手だね、シェフになろうよ!(裏声)」と言われてるくらいイラっとくる。転生特典という自分自身の実力ではない貰い物なのだ。

 

そもそも時の呼吸を使えば手合わせなんて事にすらならない。相手の首に木刀を添えて終わりだ。

 

 

(でも、それだと…)

 

 

それだと実力として明確に捉えられ、ただのチートで認められる偽物の実力者の完成だ。

かといってボロボロになって負けても時の呼吸を見られた以上、手を抜いたと確実にばれる。

 

(…どうしましょう)

 

そう考えていた瞬間、構えていた大谷さんが先に仕掛けてきていた。

 

《風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ》

 

地面をえぐりながら今まで見てきたどの攻撃よりも鋭く、疾い攻撃だった。

これが風柱、凄まじい。鬼殺隊最上位の柱なのだと全ての感覚が訴えかけてくる。

 

 

 

スゥと息を吸い、上段で構える

 

 

木刀が空気を切り裂きながら迫っているのを見て、技を繰り出す。

 

 

 

《全集中水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き》

 

 

木刀の刃と切っ先がガンと音を発し、衝撃波のようなものが生まれるのをみて驚く。

 

(雫波紋突きの切っ先を止めるなんて…!)

 

自分の実力以上のものを見るのは鱗滝さんを含めてこれが二人目。

 

思わず驚愕していると大谷誠が叫ぶ

 

「なにを驚いているのですか!僕は柱ですよ!」

 

「!!」

 

その瞬間横腹に木刀がめり込んだ。

 

ゔっ!と苦しい声を上げながらも吹き飛ばされつつ受け身を取り、立て直す。

 

「げほっ!」

 

鬼殺隊に入って初めてもろにくらう攻撃がまさかの柱からの一撃とは、なんの冗談だろうか。

 

(木刀だから……時止めが発動しない…)

 

分かっていたことだ。

 

即死性の攻撃にのみ発動するこの力、鱗滝さんとの模擬戦も木刀で発動しなかった。

 

更にこちらへ詰めてきた大谷さんは技を放ってくる。

 

《風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐》

 

 

下からの切り上げを顔を横に動かすことで躱すと、腹に蹴りを入れられ吹き飛ぶ。

 

更にそこに詰めてくる鋭い連撃をギリギリで回避する

 

《水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫》

 

水が流れる様な歩法で躱そうとするが、更に鋭い攻撃がくる。

 

《風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風》

 

あまりの攻撃の多さに数回木刀が体に当たりつつ、距離を取ると立つのも苦しくなっていた。

 

 

「……はぁ、はぁ」

 

 

思わず片膝を地面につける。強い二撃を食らってお腹が、体のあちこちがズキズキと痛んでくる中、頭の中で考える。

 

少なくとも即死性の攻撃のみに発動する時止めの力は手合わせの中では発動しない。かと言って時の呼吸も使いたくはない。しかしこのままでは負けてしまうし、言われた通りの本気を出してないと処罰があるかもしれない。

 

 

(…どうする?どうしたら)

 

 

そう考えていると、大谷誠が大声で叫んだ

 

「…………っ!なんですか!そのよれよれの剣技は!あの日見た君はあの速さを使わずとも柱に引けを取らない強さでした!それとも僕を馬鹿にしてるんですか!?もしかして君はボロボロに負けて逃げようとしているのですか!?そこまで腰抜けなら許されるとでも?!笑わせないでください!君は柱を超えることができる剣士だ!君は自覚していないのかもしれないが君が実力を誤魔化すことで貴方より弱い剣士たちは次々と死んでいく!なぜ!本気の刀を振らない!なぜ!そこまで自分を蔑む!!もし!………もし、このまま本気を見せなければ、僕は君を軽蔑する…!」

 

 

心の叫びだった。あの穏やかそうな人がこんなこと言うのかと驚くほどの心からの叫び。

 

その叫びを聞いて、目を閉じる。

 

今の自分は全くと言っていいほど手合わせに集中せず、自分の保身ばかりを考えている。

 

情けない。

 

(…失礼になるな、これじゃあ)

 

少なくとも目の前の人は自分の実力を高く買ってくれている。

その後ろに見える産屋敷という人も。

 

(本当、こんな姿みられたら鱗滝さんと病院のみんなに怒られちゃいますね)

 

 

自分が刀を握った理由になった人達が脳裏に浮かぶ。

 

 

(先生…みんな……鱗滝さん、こんな未熟者ですが、高みへと向かいたいと思います)

 

 

そう心で決意し、目を開く。

 

 

「…………大谷さんの言う通りです。私は今の今まで実力をどう隠そうか考えていた腰抜けです。それはその技に無駄な自尊心を持っていたから、まだまだ未完成のこの技を他人に見せたくないと勝手に考え、その我儘を大谷さんに押し付けてしまっていた。ご迷惑をかけてしまって申し訳ありませんでした。

 

……もう、大丈夫です」

 

 

「……やっと、手合わせができそうですね、雫さん」

 

 

「はい」

 

 

スゥと一息吸える間をおいて大谷誠が突っ込んでくる

 

 

《風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ》

 

 

(もう避けない、もう逃げない、ちゃんとしたお返しをしないと、この人に失礼だ)

 

 

息を吸い、脱力し、刀を下へ向け、集中する。

 

 

恐ろしい速さで振り下ろされる木刀が体に触れる瞬間、息を止める

 

 

《時の呼吸 壱ノ段 瞬き》

 

 

自分を除いた全てのものが欠伸が出るほどのろまな世界で、振り下ろす大谷誠の横に立ち、木刀の刃を首元に添えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




そういえば感想欄にランキングからきましたという方がいたのでなんのこっちゃと思ってたのですが、ランキングで上に上がってたんですね。
教えてくれなかったら多分気づいてなかったです。ハーメルン初心者は何が何の機能が把握しきれてません。感想、評価、なんとなーく把握してます。ありがとうございます。


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瞬柱

 

 

誠は木刀を渡してもなお心が揺らいでいる様子の雫を見て少し申し訳なく思う。

 

急に仲良くなったばかりの先輩が柱ってだけでも驚くのに、更に手合わせとまで来た。それは誰でも驚くだろう。

 

 

(だけど、君には実力を証明してもらわなければならない。柱を越える可能性を)

 

 

そう心で呟くと同時に息を吸って地面を蹴る。

 

 

《風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ》

 

 

周りの物を削ぎながら加速する。

頭の中で何度やっても負けてしまう雫に様子見も兼ねてほんの少し余力を残した状態の得意技で挑んだ。

 

しかし

 

「…!!」

 

雫は目の前から消えずに水の呼吸を放ってきた。そのことに少しだけ驚く。

 

《全集中水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き》

 

以前水柱との手合わせで受けたことのある技を放ってくることに驚きつつも水の呼吸の最速の突きをそのまま木刀の刃で受ける。

 

すると目に見える様子で驚きを見せる雫に思わず檄を飛ばした。

 

「なにを驚いているのですか!僕は柱ですよ!」

 

その檄で怯んだのか一瞬固まって生まれた横腹の隙に木刀を横に一閃する。

 

ミシッと言う手応えと共に苦しそうな声を上げて吹き飛んだ雫は受け身を取りこちらを見る。

 

(遅い!)

 

すぐに接近し、構うことなく技を繰り出した。

 

《風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐》

 

下から切り上るこの技は顎にかすりでもすれば意識を飛ばすのに十分すぎる威力を持っている。

その攻撃を雫は間一髪首を避けて躱すが、またも隙だらけになっていた腹へ蹴りを入れた。

 

腹を痛そうにしつつも構えを保つ雫にさらに詰め寄り、連撃を食らわす

 

《水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫》

 

また水の呼吸、水の様に流れるこの歩法は当てづらいのはたしかだ。だが水柱との一度手合わせをした自分にはまだ刀を当てれる速さだった。

 

《風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風》

 

更に細かく鋭い剣撃を数回身に受けた雫は距離をとって片膝をつき、肩で息をしていた。

 

 

(……この子は何故、あの技を使わない?あの技があれば瞬きもせずに勝てるだろうに。それとも出す事すらもったいない相手だとでも思われてるのだろうか?)

 

そう考えれば考えるほどはらわたが煮えくり返り、気がつけば叫んでいた。

 

なにを叫んだのか、正直言ってあまり覚えていない。

微かに記憶にあるのは落ち着き始めた最後、このままでは君を軽蔑してしまうと雫に伝えたことだけだった。

 

 

雫を見ると何かを考えている。

 

(これでも実力を見せなかったら、僕は本当に君を軽蔑してしまう)

 

そう思っていると雫と目があった気がした。

 

すると先ほどの驚いて悩んだような雰囲気が消えているのがわかった。

 

 

「…………大谷さんの言う通りです。私は今の今まで実力をどう隠そうか考えていた腰抜けです。それはその技に無駄な自尊心を持っていたから、まだまだ未完成のこの技を他人に見せたくないと勝手に考え、その我儘を大谷さんに押し付けてしまっていた。ご迷惑をかけてしまって申し訳ありませんでした。

 

……もう、大丈夫です」

 

あれで未完成とは、どこまで自分に厳しくいたのかと思う

 

(……また悪いことをしてしまったようですね…)

 

でも、今は話し合いじゃない、刀で語る場だ。

 

 

「……やっと、手合わせができそうですね、雫さん」

 

 

「はい」

 

スゥと息を吸い、先ほどの仕切り直しとしても同じ技で斬りかかることにした。下半身にありったけの力を込め、周りの空間ごと削るかのように技を繰り出す。

 

 

《風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ》

 

 

本気の壱ノ型だ。

最初の壱ノ型よりも威力も速さも上がった技を少しも動かない雫にためらいなく振り下ろし、木刀が体に触れる瞬間、雫の姿が消えた。

 

「!!?」

 

木刀が空を切り裂き地面を砕いた。それと同時に、首に何かを押し当てられることに気づく。

 

(……これで未完成とは、本当に凄い)

 

顔を横に向けると、木刀を逆手に持ちかえて首へ押し付けてる雫の姿があった。

 

「………僕の、負けですね」

 

ここまでとは、と驚きつつ態勢を元に戻す。

 

雫は少し申し訳なさそうにありながらも、どこか吹っ切れた様子でありがとうございましたと頭を下げてきたのだった。

 

(こちらこそ、君という存在に会えたことに感謝します…)

 

そう心で呟きながら手合わせは終わりを告げた。

 

 

--------

 

 

 

雫との初対面をした時、産屋敷はなにか不思議な感覚を覚えていた。

 

 

(この子の目を、私はどこかで…)

 

 

面の目の穴から微かに見えた雫の瞳と目があった瞬間、水面に映る自分自身の顔を見た時の記憶がふと過る。

 

見慣れた顔、しかしその目の奥には隠しても隠しきれない黒いモノが渦巻いている事を、そのモノが何なのかを、幼いころから産屋敷輝哉は知っている。

 

そして大竹雫という彼女の目にも、似たモノがあるという事をその瞬間に理解した。

 

だが、産屋敷家には千年に及ぶ呪いと言うものから蓄積されてきたモノであるが、雫のソレはまた別のナニカであるはず。

 

(…君は一体どんな過去を持っているのかな?)

 

そう心で呟きながら雫の強さに興味が湧くのを感じつつ、元から準備させていた誠との手合わせをさせた。

 

最初こそ風柱が圧倒してるかのように見えたその光景を産屋敷輝哉は驚きつつも、嬉しそうに笑みが浮かんでいた。

 

(これほどとは)

 

これほど、彼女はまだ未完成とまで言っていたこの技は、瞬きすら許さない一瞬で誠の首に木刀を押し付けた姿は、恐ろしくも美しいと感じた。

 

 

鬼殺隊に入って一月でこれほどの実力者、勿論逃すわけにもいかない。

 

それに面の中から見えた目の奥に見えた存在の事も。

 

「雫、君は鬼殺隊の上に立つべき存在だ」

 

そう小さく呟きながら、傷だらけの勝者と無傷の敗者として目の前に揃う2人を見て微笑んだ。

 

 

 

----

 

 

 

 

手合わせで勝利した自分と大谷さんは産屋敷の前へ移動し、大谷さんが報告した。

 

「見ての通り、雫の速さは僕を遥かに凌駕しております」

 

なにか含みを持ったような微笑みをする産屋敷を面の中から見つめる。

 

「とても素晴らしい手合わせだったよ、2人とも」

 

「ありがたきお言葉」

 

「ありがとうございます」

 

すると産屋敷は微笑みながらこちらを見て、優しい声で話す。

 

「雫、やはり君は柱になるべきだと、私は思う」

 

その言葉を聞いて、自分は手合わせの中、高みへと向かう決心をした事を思い返す。

 

もちろんこの機会は逃すつもりは自分の中にはなかった。

 

「その申し出、ありがたく受けたいと思います」

 

そう言うと産屋敷は嬉しそうに微笑んだ所に、ですがと言葉を挟む。

 

「私は高みへ向かう決心をしました。階級が柱であれど、さらなる高みへ向かうつもりでございます」

 

その言葉に大谷さんが答える

 

「君はいずれ柱を超えた存在になる可能性があると、僕は思っている。その時に立場がどうなるかは分からないけど、僕は君を手助けできると思います」

 

その言葉に嬉しくありつつも驚きながらありがとうございますというと、産屋敷が私の名を呼ぶ。

 

「初任務で十二鬼月を倒し、その一月後には柱との手合わせで勝ってみせた。その実力と伸び代はまさに計り知れない。

確かに将来柱を超えた存在になった時のことも考えておかないといけないね」

 

 

大谷さんも嬉しそうに微笑んだ空気が変に感じていると産屋敷がそういえばと話を進める。

 

 

「雫は柱になるわけだけど、水柱はいるから別の柱名にしないとね」

 

 

水柱が2人は確かにおかしいなと思いながら何があるのかと考えていると、大谷さんが静かに手をあげてから、提案をした。

 

「……瞬きも許さない間に頸を斬る柱……瞬柱、と言うのはどうでしょう」

 

瞬柱という名を聞いてすぐに時の呼吸の瞬きを思いだした。

まさに自分を表す名と言っていいだろう。

 

 

「それでいいかな?雫」

 

 

「そうですね……瞬柱、自分を表す名だと思います」

 

 

「では、今日から瞬柱として宜しくね、雫」

 

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 

柱になったその年、上弦の鬼との激闘を果たすことになるとは、まだ誰にも想像できない事だった。

 




ここまで読んでくれてありがとうございます。更新、次は………多分4日後のいつもの時間

おやすみなさい


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柱との鍛錬の日々

体調不良の原因、副鼻腔炎でした。

鼻の病気でも頭痛と発熱があそこまで悪化するとは…、1週間長かったです。


 

 

 

瞬柱として初めての柱合会議にて、産屋敷と大谷誠は私が柱になった経緯と将来柱を超えた存在になるかもしれないと話をすると、殆どが歴史のある組織を変える事や自分の実力などを疑う意見が飛び交う中、産屋敷がある提案をした。

 

「もし、雫が柱を超えた存在として認められたときは、【魁】という位を授けようと思う」

 

(さきがけ……?)

 

 

どうやら他の柱も理解した人とあまり分かってない人に分かれる雰囲気になっているのを感じていると、産屋敷から説明をしてくれた。

 

「鬼殺隊の柱である君たちは、鬼殺隊を支える要となるものだ。それに変わりはない」

 

ただ、と一言挟むと微笑みが少し薄くなったように感じた

 

「この千年、鬼殺隊は数度壊滅まで追い込まれた事がある。

それを切り抜ける事ができたのも柱があったからだ。だが、私は守りに入りたいわけじゃない。

こちら側から鬼舞辻無惨を追い詰めるためには鬼殺隊という組織をより強くしなければならない。

絶対的な存在で皆の上に立ち、戦場の先頭を行く者。それが魁だ。

雫が柱を超えたと認められた時には、そうなって欲しいと思う。

鬼殺隊をどんな事からも支える者達、皆の上に立ち先頭を進む者。

僕はこれを柱の皆と雫がいればできると思っている。」

 

柱の方々は「さすがお館様だ」と言わんばかりに感動している雰囲気になっているのを眺めながら、一言心で呟いた。

 

(……重っ)

 

しかし、高みを目指すと決めた自分には反対する理由は無かった。

 

 

 

その後、私の実力を見たいのだろう炎柱の人から手合わせをしないかと言ってきた。

 

柱合会議の後、手合わせ稽古で炎柱の人が見たがっていた《瞬き》で終わらせると、次から次に私が、いや俺がと面白いおもちゃを見つけたかのように稽古を迫って来た。

 

もちろん相手にしたが、最後の一人になる時には、時の呼吸も時止めの力の一部なのもあって軽いとは言っても短時間に使い過ぎて吐きそうになった。

結果としてはギリギリの勝利になったが、横から見ればお面のお陰で少し疲れたようにしか見えないだろうと思い、その日は何とか乗り切った後、大谷さんから一つ助言をもらった。

 

「柱達は皆それなりの死線をくぐり抜けた実力と柱としての覚悟を持っています。柱を超えたと認められる為には、それらを超えた覚悟と実力、実績を示さないとなりませんよ」

 

鬼殺隊最上位の柱になった者は凄い人達なのだとその一日で感じつつ、一人の人物が話自体に納得していない事など気づかないまま、手合わせ地獄から解放されるのであった。

 

 

 

 

 

瞬柱としての日々は、柱という物の忙しさや責任の重大さを教えられる毎日だった。

 

担当地区の警邏から討伐任務の作戦を指示する人になったり、もし隊を組まれた時のために日々階級の高い一人一人の呼吸や個性を把握するために復習やそれを生かす勉強などもした。

隙間時間には特訓も忘れない。

 

なかにはまだ子供の癖にと難癖をつける隊士もいたが、瞬きで鞘から抜いていない日輪刀を首に添えると驚くほどいうことを聞くようになったので早期解決で安心することもあった。

 

試行錯誤の慣れない柱の仕事に疲れていると、炎柱の方と大谷さんが柱について色々教えてくれ、隊の指揮をとる時も、どのように全体を見て判断するのかを手取り足取り教えてくれ、柱になってから二ヶ月目でやっと落ち着くようになる。

 

するとその頃から自分の屋敷に毎日のように柱達が順番にきて手合わせ稽古をした。せっかくの手合わせなので時の呼吸は使わず、水の呼吸で対応していたが、最初はやはり体に打撲が絶えなかった。

それを一ヶ月過ぎた頃には対等に打ち合えるようになったため、時の呼吸を混ぜて手合わせに挑んだが、最初は慣れない呼吸の組み合わせで何度も吐いてしまい、見苦しいところを何度も見せて申し訳なかったが、それでも三ヶ月後には複数人の柱を相手取ることができるようになり、《瞬き》はほぼ完成に近づいていた。

それと同時に新たな技の欠片を掴む事も出来つつあった。

 

 

 

瞬きの事をどう言う技だと聞かれた時には焦ったが、「し、瞬身と言いまして、一瞬の間に地面を数十回蹴ってたら気がつけば出来てました」と適当すぎる説明を言ったら更に詳細を求められたのでこれ以上は極秘ですと冷や汗かきながら逃げた。

 

そんなこんなで柱の生活に慣れてきた自分にある一つの問題が起きたのはそれから半年後、柱になって一年過ぎた頃だった。

 

 

 

----

 

 

 

「僕はあなたのこと認めていませんから」

 

そう言われたのは大谷さんと手合わせ稽古が終わった直後だった。

え?とキョトンとしていると更に言葉を添えてくる。

 

「あなたが柱になることを容認したのも、お館様が見たこともないほどにあなたを強く進めたからです。それに柱を超えるなど、可能性の話であって決して勘違いしないように」

 

「磯島さん、今更そんな事を言ってもお館様が認めた隊士です。まあ、雫を認めようが認めまいが、それは個人の自由ですが。」

 

葉柱磯島侑士。

切り目の短髪でいつも無表情で眼鏡をかけた頭の良さそうな雰囲気を持つ人だった。そしてなぜか私を敵視している柱の人で、手合わせ稽古の時もなぜかいつも突っかかってくる。なんなら他の方より技の威力と言ったものが強い人だ。

 

柱に昇任して半年が過ぎて季節は春から夏への風景に変わりつつある山を後ろに見据えながら返事する。

 

「私も、未完成でもある一つの技だけで皆さんに認められたく有りません。私の覚悟と剣士としての強さを皆さんに知らしめて行かなければならない。

心技体の技の成長は皆さんのおかげで実感できました。ですが、心と体はまだまだ未熟です。

私の理想としている剣士になるには、まだ足りない。

そのことは重々承知してますので、お気になさらずそういう事言ってもらって結構です」

 

そういうと眉間にしわを作りながら庭から歩いて出て行った。

 

(実力、心構え、その両方が柱の皆さんに認められなければ、自己満足な高みで満足してしまうことになる)

 

そう心で考えていると、思いつめていると思ったのか、誠が話しかけてくる。

 

 

「気にしなくてもいいですよ。磯島はお館様に助けてもらった人ですから、人一倍お館様に思い入れがあるんです。

あんな態度をとってますけど、雫のことを剣士として認めてはいるんですよ」

 

(……そうは見えなかった」

 

 

「見えなくて当然です。顔の表情が眉間のシワ以外あまり動きませんし」

 

 

(……声に出てた。恥ずかしい)

 

 

その1ヶ月後、柱合会議で葉柱との合同任務を言い渡されるのであった。

 

 

 

----

 

 

 

 

二人は雲ひとつない空を木々の隙間から微かに見えるほどに生い茂っている森の中を歩いていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………今日いい天気ですね」

 

「………そうだな」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

(会話が! 続かない!)

 

 

なぜこうなったと考える。二日前に岩柱の方が、その二ヶ月前には花柱の方が上弦の鬼にやられた。

そのことも含めた柱合会議で岩柱がやられたところから歩いて一日の所で村が全滅しているという情報が入ったため、その確認に行くことになった。

 

上弦の鬼の強さを考えて柱の二人が行くことになったのは、なぜか柱の中でも仲の悪い人だった。

 

(産屋敷さん、あなたは、もしかして仲良くなれと、そう遠回しに言っているのでしょうか)

 

そう心で呟いていると磯島さんが小さくため息をつき、話をしてきた。

 

「……この二人になった理由はなんとなく察しがつきます。ですが僕はあなたをそこまで簡単に認める気はありません。わかりましたか?」

 

「……はい」

 

(話を振ってくれたと思ったら、まさかの距離を詰めるな宣言をされてしまった件について……)

 

そんな気まずい空気でも、時というものはあっという間に過ぎ去っていく。

日がすっかり沈みきった頃に情報にあった村に着いたのだった。

 

 

「………これは、酷いですね…」

 

 

家という家の全てがまるで竜巻が通ったの如く粉々に砕かれ、そこに人がいたのだと地面にこびりついた血の跡を見て実感する。

 

「少なくとも、やったのは十二鬼月であることは間違い無いようです。

もしかしたら岩柱との戦いで餌の補給をここで行ったかもしれませんね。

……あなたは右側から、僕は左からこの村を周ってみます」

 

 

「わかりました」

 

 

丑の刻、村と言っても一周するのには数刻かかる広さ、月明かりが照らす道を歩いてると、ズンと地響きのようなものが聞こえた。

 

「!!」

 

磯島が向かった方向を見ると、小さな明かりが空を黄色く染めているように見えた。

 

(間に合って!)

 

そう願いながら瓦礫だらけの村を一直線に横切りながら駆けていく。

 

 

しばらくして辿り着くと、辺りは瓦礫が更に散乱し、近くに生えていた森の木々は風で押されたように倒れているものから、雷を受けて焦げて燃え上がっているものまで様々だった。

 

 

(血鬼術か!)

 

 

その風景を横目にしつつ戦っている所に走ると、耳から血を流し、かすり傷を数カ所負っている磯島さんと四体の鬼が対面していた。

 

「磯島さん!加勢します!!」

 

そう言いながら横に並ぼうと近づくと大きな声で叫ばれる。

 

「来るな!!!こいつらは僕の獲物だ!僕一人で充分だ!!君はそこで黙ってみていろ!!」

 

一瞬、何を言ってるのかわからなかった。柱である磯島が自己中心的な発言をしたからだ。

 

「な、何を言ってるんですか!岩柱さんでも勝てなかった相手かもしれません!それを一人で相手取るということがどれだけ無謀か分からないはず無いでしょう!!」

 

「この戦いで上弦を討ち取って、僕は、僕が、あなたより優秀だと証明する!!」

 

《葉の呼吸 弐ノ型 葉針》

 

深緑に近い色の日輪刀から繰り出された技は、細長く鋭い斬撃を生み出し、四体同時に鬼の体を斬りつける。

 

鬼が怯んでる間に更に接近し、低めの姿勢から技を繰り出した。

 

《葉の呼吸 伍ノ型 葉蔓斬》

 

水の呼吸ねじれ渦と過程が似ているように見えた斬撃は周囲にいた鬼たちの体に巻きつくように動くと、一気に鬼の体を斬りきざんだ。

 

(もしかしたら、いけるのか?)

 

そう思った瞬間、葉蔓斬を右腕を切られるのみで躱した鬼が錫杖を地面に叩きつけた。

 

「腹立たしい!腹立たしい!!」

 

その刹那、辺り一面に雷が無差別にひろがる。

 

「腹立たしいのは、こっちです!! 」

 

《葉の呼吸 参ノ型 矢じり葉》

 

磯島はそれを恐ろしく速く、鋭い一撃で雷自体を斬ると、頸を斬りにかかる。

 

《葉の呼吸 陸ノ型 秋紅葉》

 

その刹那、横に一閃した深緑色に近い日輪刀から赤い斬撃が生まれ、鬼の頸を刎ねた。

 

(……勝った?)

 

そう思った。四体とも同じような気配がしたからおそらく一体の鬼から分裂か何かしたんだろう。そして分裂したとなれば、倒し方は頸を同時に斬ることと予想はできる。それを磯島は恐ろしい速技でやり遂げた。

 

磯島も構えを解いたその時、カカッと誰かの笑い声がした。

 

(!?)

 

磯島の後ろにボロボロに斬り刻まれた体を一部集めて上半身だけ再生した鬼が口を開いていた。

 

「磯島さん!後ろ!!」

 

その刹那、鼓膜が破れそうになるほどの高音が大音量でその口から発せられた。

 

「………ッ!!」

 

その攻撃に直撃してしまった磯島は鼻と耳から血を流して膝をついてしまう。おそらく三半規管も鼓膜もやられたのだろう。

すぐ加勢しようと刀を抜いた瞬間、もう一体回復し終えた鬼が立ち上がった。

 

「頸を斬られた。腹立たしい、まったく、油断してるからこうなるのだ!」

 

錫杖を地面に叩きつけると先ほどよりも威力の上がった雷が次は磯島に向かって集中していた。

 

(間に合え!!)

 

スゥと息を吸い、《瞬き》で攻撃の間に体を入れる。

 

《全集中 水の呼吸 肆ノ型 打ち潮》

 

瞬きを解除すると同時に、水の呼吸で相手の雷を別の方向へと弾き流すと、意識が朦朧としている磯島を脇に担いで後退し、地面に下ろす。

 

「磯島さん!あの鬼達は一体だけでも下弦と同じかそれ以上の能力があります!二人でやりましょう!!」

 

「…ふぅ、ふぅ、いや、まだやれる。さっきは油断した、次はない。

救ってくれたことには礼を言います。あなたは下がってください。」

 

片膝をついた状態であまりにも身勝手な発言に何をいってるんだと思った。

 

産屋敷がこの二人で送り出したのは、お互いの背中を任せれる仲になれということでもあるし、助け合えということでもあると考えていた。

だがこの人は違う。何がそこまでこの人の判断がねじ曲がってるか理解ができなかったが、ひとつだけ理解できた。

この人は産屋敷に、私と同じように、期待されたいのだと。

 

百年余り倒せていない上弦を単体で倒せば、それこそ産屋敷は私ではなくその人に期待をするかもしれない。

自分がそこまで優遇されてるつもりもないが、そう思われている限りこの人に背中は預けられない。

 

 

体の奥が熱くなっているのを感じるが、それを無視して返事をする。

 

「………分かりました、好きにしてください。でも、磯島さんがやられると判断した時は無断で磯島さんを助けます。」

 

 

その言葉を聞いた磯島は驚いた表情で汗ばみながら、ゆっくりと答える

 

 

「……あなたは……いえ、ありがとうございます」

 

 

(上弦の肆、能力がバラバラな個体、頸を斬っても死なない)

 

 

体の奥が熱くなるのを感じながらも、目の前の再生しきった鬼を見て冷静に考えると、違和感に気づいた。

 

(…一体たりない?!)

 

目の前に三体しかいない鬼を見て周囲を警戒しようと見渡すと同時に、すぐ後ろからカカカッという笑い声とひゅうと小さな風の音がした。

 

その瞬間自分の体が恐ろしい速さで吹き飛んだ。

 

「!?」

 

「大竹雫!!」

 

(血鬼術!?いつのまに!?)

 

その威力は森の上を悠々と飛んで行くほどだった。

 

(落ちる瞬間技を繰り出して勢いを殺さないと死んでもおかしくない!!)

 

恐ろしい高さから徐々に近づいてくる木々に向けて水の呼吸を放った。

 

《全集中水の呼吸 拾ノ型 生生流転 》

 

体を捻り何度も回転する。すればするほど技の威力が上がるからだ。

 

十回転以上を貯めた所で木々が目の前に迫ってきた。

 

(間に合え!!)

 

ズズンと音がした。

 

自分が技を放った木が地面に倒れる音だ。

 

そして勢いを十分に殺した事で余裕を持っ

て滑りながら着地する。

 

「どこまで離されたんだ!」

 

休む間もなく地面を蹴り、飛ばされた所へ森を駆け抜ける。

 

どれほど時間が経ったかわからない、だが足は一切勢いを緩めずに駆けていた。

 

遠くから聞こえる戦闘の音が激しいのがここにいてもわかることに、焦りが生じる。

 

(はやく!はやく!)

 

しばらくしてひらけた場所が見えてくる。それと同時に何かが激突するような音も。

 

(磯島さん!どうか無事で!!)

 

視界が開ける。その瞬間目に映ったのは、風神のような鬼が乗った大木の龍のような物に、磯島が腹を食いちぎられる瞬間だった。

 

 

「…………っ!!!」

 

 

他の四人の鬼はどこに行ったのかは即座に察しがついた。そしてすぐに最短で助け出す為に行動に移る。

 

《時の呼吸 壱ノ段 瞬き》

 

走りながら時をのろまにした世界でさらに技を放つ。

 

《全集中水の呼吸 壱ノ型 水面斬り》

 

風神のような容姿をした鬼の頸を斬ったと同時に時を元に戻す。

 

振り返り、地面へ顔から倒れる瞬間の磯島を抱きかかえて一旦森の中へと後退する。

 

「!!そこの小娘、にげれっ!?」

 

その間に鬼の頸は落ちる。

 

後退するには十分な時間が生まれた。

 

磯島の名を呼びながら森の中に入った所で木に磯島をもたれ掛けさせると、体のあちこちが傷だらけなのが分かる。

 

特にひどいのは先ほどやられた腹部だった。

 

 

「磯島さん!返事してください!寝たらダメです!呼吸で止血を!!」

 

(…だめだ、気を失ってる)

 

 

あの超音波の攻撃を最初に直撃したのが響いたのか、攻撃を何度も食らってしまったのだろう、耳からも出血がひどい。

すぐに応急処置に入ろうとした瞬間、少し離れたところの木々が根こそぎ取られるのが横目で見えた。

 

「極悪人どもめが!!儂から逃げ果せると思うな!!」

 

鬼の叫び声が少しずつ近づいてくる。このままでは磯島を戦闘に巻き込んでしまいかねない。

 

勝手な自己中心的な事を言って、こんな事になって、最初からあの鬼を二人で相手していれば十分勝ち目はあったはずだ。

 

(あの時私が、感情の制御ができていたらこんなことには……)

 

最初は磯島に腹を立てていたが、だんだんと自分自身にも怒りを覚えてくる。

 

このままではいけないと深呼吸を一つ挟む。

 

「……磯島さん、この戦いが終わったら、羊羹奢ってくださいね」

 

あの大きく強力な血鬼術から一人を抱えて逃げ切るのはまだ小柄な自分には不可能。

 

なら、ここから引き離して戦うしかない。

 

そう判断して磯島がいる場所から鬼側から見て右側に出るようにして鬼と対面する。

 

「……堪忍したか、狐の小娘」

 

「……まさか、磯島さんの怪我のその百倍は貴方を切り刻んであげます」

 

自分の体の奥の熱が、感情が熱くなっていくのを感じながら、広範囲で強力な血鬼術を放つ上弦の肆に突っ込んだ。

 

 

 

 




こそこそ内緒話

瞬きの完成図は構えなどをして集中する動作を省いて好きな時に瞬時に発動させることができる状態です。


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嫉妬

葛藤するのを表現するのは難しいですね、すこし伝わりづらいかもしれません。


 

 

 

 

「雫は柱を超える存在になると、私は思っている」

 

そう聞いた時、周りの音が消えたような錯覚を覚えた。

柱合会議で大事な話があると言われた時、何事かと心配していた。

だが話を聞いていれば先ほどから大竹雫という人間の名ばかりしか言わない。その人間がなぜお館様に会ったばかりのくせにここまで気に入られるのか納得がいかなかった。

 

柱の上に作られる位は魁と言ったが、その意味を聞いてもその人物とやらを見比べると納得ができなかった。

 

(…どうしてですか、お館様)

 

 

 

----

 

 

 

僕はある町で米屋をしていた。ある夜、戸を叩かれて何事かと開けた瞬間、動きの素早いものが見えた。自分が血だらけだと気づいたのは地面に倒れた時だった。

 

何がどうなっているのかわからず、恐怖に従いながら家の外に這い出るとその化け物も追ってくる音がした。

殺されると思った瞬間、道の先から刀を持った人が駆けつけてきてくれてその化け物を退治してくれた。だがそれを見た瞬間僕は気を失なってしまった。

 

意識を取り戻した時にはどこかの屋敷の中でベットに入りながら包帯で巻かれている状態だった。介護してくれる人に聞けば、親は亡くなっていたそうだ。

 

傷が深かったのだろう、何も動いていないのに痛くて、動けなくて、毎日泣いていた。そんな僕を支えてくれたのはお館様だった。

 

毎日優しい声で支えてくれた。

そこで鬼の存在と鬼殺隊のことを教えてもらい、救ってくれた恩を返すために一生忠誠を捧げようと鬼狩りになる決心をした。

 

 

 

 

しかし僕には才能がなかった。

 

 

 

育手の人にも精々中堅行ければいいだろうと言われるほどに。

しかし僕はただただ恩を返したい一心で血反吐を吐きながら鍛錬し、毎度のごとく任務では大怪我を負った。

死ぬ恐怖はなく、お館様の近くでお役に立ちたい一心で鍛錬を続け、五年後にしてようやく柱までに登りつめた。

 

だが、大竹雫。

この子はたった一ヶ月でここまできたとお館様は言っていた。信じられなかったが、会議の後の炎柱の手合わせでその技を見た時、腹に蹴りを入れられたような衝撃を覚えた。

 

天賦の才と言う存在を、現実を直接叩きつけられた気分だった。

 

大竹雫についての議題が多かった柱合会議の後、ニヶ月した頃に彼女を除いた柱が集められた。

 

「雫は柱の仕事に慣れてきているようだから、柱のみんなで順に手合わせ稽古を付けて貰えないかな」

 

お館様が一人の柱の為に他の柱を呼んで強くしてほしいというのは、それこそ期待の表れというものだった。

 

そしてそれから数ヶ月、どんどんと強くなっていく彼女を見ていて鬱憤が溜まっていたのか、目の前で風柱と手合わせし終えた大竹雫に向かって嫌味を言ってしまった。

 

 

「あなたが柱になることを容認したのも、お館様が見たこともないほどにあなたを強く進めたからです。それに柱を超えるなど、可能性の話であって決して勘違いしないように」

 

 

半分本気だが、半分は嘘だ。彼女の実力は分かっている。でも気持ちが追いつかない。

 

しかし彼女は不機嫌にもならず、まっすぐこちらを見てまだ未完成の技で認められてもらっては困ると言った。心も体も未熟だと。

それが僕には大竹雫が12才の少女には見えなかった。

 

まるで、もっと年上のような雰囲気がある時さえあった。

 

その時はそのまま言い返さず出て行ったが、その事が風柱から伝えられたのか、岩柱がやられた近くの村を探索する任に僕と大竹雫がつく羽目になった。

 

 

----

 

 

山の中を歩いていても、案の定会話は無い。

彼女から話題を出してきても話題を出そうとはしない自分に原因はあるのだが、やはりどうしても拒んでしまう自分がいる。

この任に大竹雫と一緒の理由も何となく理解出来ているのに、阻む理由が嫉妬だと気付いているのがなお腹立たしい。

 

(年下の子に対して嫉妬など、情けない…)

 

そう思いつつ村に着いた。

どこを見渡しても崩壊した家と血痕の数々、まるで竜巻が通った後のような光景だった。

 

(岩柱と戦った後の餌の補充ってところでしょうか)

 

その後大竹雫を右から村を回ってもらい、自分は左から歩いていると、丑三つ刻をまわった頃、瓦礫の方から何やら物音がした。

 

「……だれか、そこにいますか?」

 

話しかけた途端、角が生えたおでこの出ている鬼が瓦礫の隙間から飛び出してヒィィィと言って走るように逃げていく。

 

(…こいつ!十二鬼月の気配!!)

 

弱腰で逃げているのにもかかわらずその鬼が放っている鬼の気配は今まで戦ってきた鬼よりも数段格が違って濃厚だった。

 

 

「逃がしません!!」

 

《葉の呼吸 参ノ型 矢じり葉》  

 

 

力強い踏み込みで鬼の背中に追いついた途端、最速の居合技で首を刎ねた。

 

やったか、でも弱すぎると頭の中で思った途端、斬った頸と体が別の身体となって再生した。

 

(な!?)

 

そう思った瞬間、槍が目の前に迫ってきていた。

 

「くっ!」

 

それを首をひねって間一髪で躱すと同時に牽制の技を放つ。

 

《葉の呼吸 弐ノ型 葉針》

 

現れた二体の鬼を穴だらけにすると同時に錫杖を持つ鬼が地面に錫杖を叩きつけるのが見えた。

 

「腹立たしい!腹立たしい!」

 

その刹那、その鬼から雷が広がった。

 

(二体で別の力を!!)

 

《葉の呼吸 参ノ型 矢じり葉》

 

咄嗟に放った技は雷を斬るとまではいかなかったが、充分に威力を殺してその隙に後退する。

 

(一体どんな血鬼術だ。頸を斬ると増えるのか?しかも個体別で力を持っているとなると、厄介だ)

 

攻撃自体大したものでは無い。柱なら十分遅れをとることはないものだ。だが弱点がわからないとなると不利なのはこっちだ。

 

「この身のこなし、柱か、悲しいのう。強いのに死んでいく定めとは何と悲しい生き物なのだ人間は」

 

「うるさいぞ哀絶、早く終わらせろ」

 

どう攻めるか考えてもあちらは待ってくれないし、必死に鬼の弱点を探すがどう考えても見つからない。

その瞬間、目の前に雷が見えた。

 

《葉の呼吸 参ノ型 矢じり葉》

 

それを先と同じ技で切り抜けるとその鬼は錫杖を持っている腕を肩から切り捨ててさらに蹴りを入れて距離を空けさせる。

それと同時に横から槍が迫ってきた。

 

《激涙刺突》

 

一瞬の間に5回突いた斬撃は木々を軽々と粉砕していく。それを隊服を裂きながらも躱し、その鬼の胴体を半分に斬った瞬間、その下半身から新たな鬼が構成されていく。

 

(場所は問わず斬ったら増えるのか!)

 

新たに現れた鬼に対処しようとした瞬間、錫杖鬼を蹴飛ばした方面からカカカっと声がした。ふと見た瞬間聞いたことのない高音が自分の耳を襲った。

「…っ!?」

 

音が聞こえず、視界がチカチカしながらも牽制の技を放とうとした瞬間、ひゅうと風が体を撫でた。

その直後、強い衝撃を上から受けて地面へと叩きつけられる。

 

「…がはっ!?」

 

「柱か!久方ぶりじゃのう、楽しませてくれ!」

 

大きな葉のような団扇を仰いだのだと気づいたのは槍の攻撃をギリギリでかすり傷を負いながら回避した後だった。

 

(…この鬼たち、一体一体が強力な血鬼術を持っている…)

 

斬っても死なない、斬れば増える、血鬼術は別々でさらに強力なものばかり。

 

(…今までの柱がやられるわけですね……。)

 

どう攻めるか考えていると後ろから声が聞こえた。

 

 

「磯島さん!加勢します!!」

 

大竹雫だ。

 

しかし援軍のはずなのに僕は彼女を未だに拒んだ。

自分でもなぜここまで拒絶しているのか理解ができない。ただただ頭にあるのはお館様の優しい微笑みだけ。

それを言えば彼女は戸惑いながらも共同戦をしようと言ってきてくれるが、口が止まらなかった。

 

「この戦いで上弦を討ち取って、僕は、僕が、優秀だと証明する!!」

 

《葉の呼吸 弐ノ型 葉針》

 

深緑に近い色の日輪刀から繰り出された技は、細長く鋭い斬撃を生み出し、四体同時に鬼の体を斬りつけた。

 

鬼が怯んでる間に更に接近し、低めの姿勢から技を繰り出しす。

 

《葉の呼吸 伍ノ型 葉蔓斬》

 

蔓のようにうねりながら鬼の体に巻きつき、そこから斬り刻む斬撃。複数の標的には有効な技だ。

 

その瞬間、葉蔓斬を右腕を切られるのみで躱した鬼が錫杖を地面に叩きつけた。

 

「腹立たしい!!」

 

その刹那、辺り一面に雷が無差別にひろがる。

 

「腹立たしいのは、こっちです!! 」

 

《葉の呼吸 参ノ型 矢じり葉》

 

なんども防いできた鋭い一撃で雷自体を斬ると、頸を斬りにかかる。

 

《葉の呼吸 陸ノ型 秋紅葉》

 

葉の呼吸で一番威力のある技が決まり、最後の鬼の頸がおちる。

斬っても増える鬼、だがそれはもとは同じ鬼だ。同時に全ての頸が落ちれば勝ちは有ると判断した。

 

構えを解いたその時、カカッと誰かの笑い声がした

 

「磯島さん!後ろ!!」

 

その刹那、鼓膜が破れそうになるほどの高音が頭の中を暴れまわった。

 

「………ッ!!」

 

(…油断、したっ!)

 

 

「頸を斬られた、腹立たしい、まったく、油断してるからこうなるのだ!」

 

錫杖を地面に叩きつけると先ほどよりも威力の上がった雷が自分へと向かってくる。

 

(…避けれない!)

 

やられると目を閉じた瞬間、そこから離れた地面へと瞬きをする間もなく降ろされた。

 

「磯島さん!あの鬼達は一体だけでも下弦と同じかそれ以上の能力があります!二人でやりましょう!!」

 

「……いえ、まだやれます。さっきは油断した、次はない。救ってくれたことには礼を言います。あなたは下がってください」

 

(まだだ、今のは僕の慢心が生んだ隙をつかれた。次はない。)

 

そう大竹雫に返事をした瞬間、全身にぞくっと悪寒が走り嫌な汗が吹き出る。

その原因となっているのが大竹雫だと理解したのは彼女が喋り終えた後だった。

 

「………分かりました、好きにしてください。でも、磯島さんがやられると判断した時は無断で磯島さんを助けます」

 

 

「……あなたは……いえ、ありがとうございます」

 

大竹雫に自分が何を感じ取ったのかはわからない。

だが大竹雫から折角貰った機会を無駄にしようとも思えないし、それで良いのかと葛藤している自分がいた。

 

(…僕は、本当にこれでいいのか?)

 

その瞬間、豪っと音が聞こえ、振り返ると大竹雫が空へと吹き飛ばされるのが見えた。

 

咄嗟に名を叫ぶがあっという間に目視できない距離へと飛ばされるのを呆然と見送った後、鬼達がいたところから今までより数段上の威圧感を放つ声が聞こえた。

 

「逃げる者を迷わず頸を斬るとは、それはもう鬼畜の所業だ。柱よ」

 

その瞬間、いつのまにか周りにいた鬼の気配がいなくなっていることに気づく。

 

何が起こったと声がしたところを見ると、憎の文字を太鼓に書いた子供のような鬼から恐ろしい数の木の龍が迫ってくる瞬間だった。

 

 



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炎柱 煉獄槇寿郎

 

 

(一体、どういう仕組みなんだ。あれは)

 

目の前で稽古している大竹雫と水柱の手合わせを見て、炎柱 煉獄槇寿郎は疑問に思う。

 

水の呼吸と使う剣技は現水柱と見比べるとまだかすかに粗が見えるが、既に柱になるには充分な物を持っている。

 

そこは別にどうだっていい。あのお館様がなぜここまで大竹雫に期待しているのか、新たな階級を授けようとしているのか、その理由がその速さや技だけでは無いはずだと考察する。

 

たしかに瞬きも許さずに首に木刀をつけられた時、全身に鳥肌がたった。

柱になるまでに血反吐を吐くような鍛錬をし、それは今でも継続している。我が子と同じ歳頃の子であるはずだが、全く反応することすらできなかった。

周りで見ていた誠以外の柱達もその瞬間には驚愕していた。そしてこの技とやらはまだ未完成なのだと、大竹雫は言った。

 

「あれで未完成?なら、完成したらどんな技になるというのだ…」

 

誰にも聞かれない程に小さく呟く。あの技は恐ろしい。だが、どう考えても大竹雫が柱を超えるほどの存在なのかは疑問が残る。

 

 

(お館様、貴方は大竹雫の何を見て、何を感じて、そう思うのだ)

 

 

 

その疑問を解く欠片が分かった時は、雫が瞬柱になってから一年後のことだった。

 

 

 

ー----

 

 

冬。

 

少し風が吹けばそれに触れる肌は感覚が麻痺していくほどに冷え切った空気の中、煉獄槇寿郎は山中を走っていた。

自分の所から走って二刻もかからない所に上弦の鬼が出たと報告が入り、それに対処していたのは会議で決めた磯島と大竹雫だった。

約百年、一体も欠けずにいる上弦。その強さは合間見えた柱は全員死んでいるため計り知れない。現柱でもすでに二人やられた。

 

(あの二人なら大丈夫だ。もしかしたら到着する頃には片付いてるかもしれない)

 

そう考えつつ抑えきれない不安が槇寿郎の足を加速させた。

 

 

二つほど山を越えた所で森の一部が消し飛び、火の手が上がっているのを高台から確認してそちらへ急行する。

 

森を駆け抜けると、一気に視野が広くなる。そこには木々が生い茂っていたとは思えないほど、地面は抉れ、あまりに広い焼け野原になっている風景を見て一気に警戒心を強くする。

 

(二人はどこだ。まだ鬼の気配は残っているということは戦闘中のはずだ)

 

その時、右側の森から大きな龍のようなものが森を突き破って地形をかえながら出てきた。

 

「血鬼術!?」

 

すぐに抜刀し、そちらへと駆けようとした瞬間、体が急に重くなった。

あまりにも強力なその重圧は上弦の血鬼術かと思えるほど冷や汗が出るものだったが、視線の先を見て謎が解ける。

 

「…大竹?」

 

そこには頬に小さなかすり傷を負っているものの、ほぼ無傷な雫が立っていた。そして、この重圧の正体もなんなのかそこではっきりする。

 

(大竹…これはお前の殺気か?)

 

あまりにも濃く、重い。その殺気を放っている雫はまるで、人の形をした別のモノのように見えた。

 

雫を見て固まってるとまるで雷神のような姿をした鬼が生きてるように動く大木を操りながら森を破壊し出て来ていた。

 

「よもやよもやだ、狐の小娘。なぜ儂の血鬼術を躱しながら頸を斬れるのだ。聞きたいことは山ほどあるが、それよりもその殺気、本当に人の子か?」

 

「うるさいですよ。それよりあなたの弱点なんなんですか、十回以上も頭から足先まで斬り刻んだのになんで死なないんですかね?」

 

「ここまで斬られたのは初めてだ。そんな殺気を放っていながら貴様は儂を殺すにはまだ足りんようだのう。狐の小娘」

 

更に雫の殺気が濃くなるのを感じた瞬間、姿が見えなくなると同時に鬼の頸が飛ぶのが見えた。

 

「人を、食べて長々と生きている鬼が、早く塵になって消えろ」

 

鬼の後ろ側に立つのが見えた瞬間、また姿が消え、鬼の体が細切れになる。

 

十二鬼月といえど頸を斬られた挙句、あそこまで体を刻まれれば死ぬはずなのに、ボコボコと音を出しながら体を再構築していく。

 

(あの鬼、頸が弱点ではないのか?それに磯島はどこだ)

 

そう考えつつ雫の殺気に怯んでいた体を動かし、雫の近くまで走る。

 

「大竹!今の状況を教えてくれ!」

 

「…煉獄さん、南側に磯島さんが怪我をおって気を失ってます。もう少し遠くへ逃がしてあげてください」

 

「アイツがやられたのか?それにお前もその汗だ。捨て置けるわけが」

 

「あの鬼には別に本体がいるようです。ですが私では探せない。なのであの鬼の攻撃を私が抑え込みます。その間に磯島さんの治療と本体の鬼をお願いします」

 

「……そろそろ限界ではないのか?」

 

水の呼吸はともかく、雫の技は長期戦に向いていない。

手合わせ稽古で一日に柱全員を相手にした時、後半では皆が驚くほど動きが鈍くなり、最終的には全身から発汗しながら吐いていた。

しばらく動けなくなっていたが、それがその技の反動らしかった。あの恐ろしい一瞬の技の代償というものがあそこまでのものかと思い知らされた。

それに頸を確実に斬ることのできるから今までは問題はなかったが、今回は報告した時間から考えても二刻程戦闘が続いていると見ていい。

 

「伊達に皆さんと血反吐吐くような特訓してません。あと半刻ほどなら持たせてみせます。なので、お願いします」

 

 

「……分かった、すぐに本体の鬼を探し出す。それまで頼んだぞ」

 

「……はい」

 

会話をしている間に鬼が元の姿に戻りかけているのを横目で見た後、南の森へと急いだ。

 

 

 

 

少し離れた所で後ろから戦闘が再開された音が聞こえる。

 

(磯島、どこだ!)

 

南側の森に入って分かったことがあるが、南の森にはほとんど戦闘の余波が無かったのだ。雫が磯島を守るために引き離して戦っているのだろうと推測できる。

 

(急げ急げ急げ!どこだ!)

 

抑えきれない焦る気持ちをなんとか落ち着かせて視線を巡らすと、奥の方で木にもたれながら気を失ってる血だらけの磯島を発見した。

 

「磯島!大丈夫か!」

 

近くまで来て話しかけても反応がない。それに傷が一箇所内蔵に届いてもおかしくない深手のものがあるのを確認し、すぐさま応急処置を施す。

 

(この数ヶ月で岩柱と花柱は死んでしまった!お前まで死なしてなるものか!)

 

すると小さく瞼が開いてることに気づいた。

 

「!!磯島!聞こえるか!?呼吸で止血しろ!でなければお前を動かせない!はやっ」

 

言葉が止まる。磯島が止血している自分の手を握っていたからだ。もう力も入らないはずのその手は小さく震えていて、だけども力強く握っていた。

 

「…はやく、呼吸を…」

 

そう話しかけると、まるで独り言のように空を見ながら話し始めた。

 

「大竹…雫に、迷惑かけてしまった。僕が今まであの子に向けて来た感情は……嫉妬だ。

……お館様に、一番気に入られているという…ことに嫉妬してたんだ。

あの子には、申し訳ないことをした。

煉獄、大竹雫を…助けてあげてくれ。あの鬼は相性が悪すぎる。きっと本体を斬らない限り、倒せない。このままではあの子が死ぬ。僕のことはいいから…頼む」

 

ギリッと擦れる音がするほど、歯噛みする。

磯島と雫の間にこの戦闘で何があったかは分からない。だが、雫のことが嫌いであることを告白し、尚も雫を助けて欲しいという磯島の決意は自分の心を動かすには充分だった。

 

だが、死なせるつもりはない。

 

「ふざけるな!それでも柱か!何を勝手に死のうとしている!

大竹が死ぬ?あいつが私たち柱を全員相手にしても傷を負わずに勝てる剣士だということは知ってるだろう! 

そんな大竹がお前を助けて欲しいと言ったんだ!だから俺はここへ来た!まだお前が助かると信じて戦ってるあいつに加勢せず、ここに来たんだ!

死なせない!お前は柱だろう!謝るなら自分で謝れ!」

 

その言葉を聞いた磯島は、驚く表情をした後、顔中に汗をかきながら呼吸して止血した。

 

「ぐっ!!…はぁ、はぁ、全く、君は本当に、いい漢だな、煉獄」

 

「俺は炎柱だからな。背負うぞ、もう少し離れたところに連れて行く。隠も呼ぶから手当を受けるまでそこで寝ていろ」

 

「……あの子に謝るの緊張しますね」

 

「もう喋らなくていい、止血したのが出血する」

 

その言葉を最後に静かになった磯島を背負いながら、さらに南の方へ駆けて行った。

 

 

 

----

 

 

 

小さな小屋を見つけ、そこに磯島を寝かせると、鴉に隠にこの場所と怪我の状況を教えるよう飛ばせると、来た道を引き返す。

 

まだ半刻の半分ほどしかたっていない。だが本体を斬らない限り死なない鬼ならば、あの雫が苦戦するのも納得できる。

 

「死なせん、お前は魁になれる剣士だ」

 

先程の殺気。雫から強い感情を感じた。あそこまで深く濃ゆい殺気を放つ人物は初めて見た。

それに戦闘の状況、鬼の分析、全てを冷静で短略に自分へと伝えた。

なおかつ磯島を庇いながら戦闘をしていた。

あの鬼の攻撃力と範囲から考えても気付かれずにそう対処するのは至難の業だ。

もしかしたら磯島を庇う必要がなければ既に自分で森にいる本体を斬っていたかもしれない。

 

(二人とも本体が別にいると言っていた!どこだ!)

 

雫が戦闘をしている近くまで来ると、辺りを見渡す。

 

焼け野原になった場所には雫の相手している鬼以外それらしきものは見えない。

 

(やはり森か!)

 

森の中で隠れながらこの鬼を操っている鬼を探すために、森の中を駆け回る。

 

(いない!どこだ!!)

 

全くと言っていいほどそれらしき影が見えないことに焦りを感じる。

 

(もうそろそろ半刻たってもおかしくない!日の出も近いが、その前に大竹に限界がくる!)

 

はやくと、それが心の焦りにつながるのを感じつつ、視線を巡らせると、小さな何かがうずくまっているのが見えた。

 

(あれは!?)

 

足を止め、よく見ると鬼の気配とおでこが出ている容姿をした小鬼だった。

 

(これが本体!?)

 

ヒィィィと怯えた声を発するその鬼の頸を斬りにかかる。

 

《炎の呼吸 壱ノ型 不知火》

 

その小さな頸を斬った瞬間、小さかった体が一気に大きくなり、頸なしの状態で走り出した。

 

(!!?こいつも頸が弱点ではないのか!?)

 

頸を斬った。

 

死なない。

 

本体ではないのか。

 

だが逃げているということは少なくとも何かしら弱点があるはずだ。どこだ。

 

一瞬のうちに頭の中が恐ろしい早さで考えているのが自分でもわかる。

 

本体を斬れば死ぬ鬼。

しかし本体らしき鬼は斬っても死なない。だけど他に本体らしき鬼は見えない。

このままでは雫が危ない。

 

目の前の鬼は弱くは有りつつも、状況はこちらが負けになっておかしくない。焦る気持ちが極度の緊張をもたらす。

 

これが本体で間違いはないはずだと言い聞かせ、体をまるごと吹き飛ばそうと技を繰り出した。

 

《炎の呼吸 伍ノ型 炎虎》

 

しかし鬼との間に木の龍らしきものが割って入り、攻撃を防がれる。

 

(!?これは大竹が相手していた鬼の血鬼術!)

 

もしやと頭の中を嫌な考えがよぎるがそれを無視する。

 

(大竹なら大丈夫だ!ここに攻撃が来たのも苦し紛れの物だ!斬れ!この血鬼術ごと本体を斬るんだ!!)

 

瞬時に足を止め、気を最大限に練り上げ、全身を捻る。

 

《炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄》

 

地面とその周囲をえぐるように突進、血鬼術の龍を粉砕しながら勢いを殺さずにさらに加速させる。

 

(見えた!)

 

頸なしで走っている鬼の背を捉えた。

 

(これで終わらせる!!)

 

その刹那、本体と思しき鬼の体は細切りのようになる。

 

即座に振り返り、鬼を確認する。すると最初に見つけた小鬼のようなものが心臓がある所から頸を斬られた状態で転がっていた。

 

(…やった、のか?)

 

その瞬間鬼の体が崩れていくのを見て、雫がいた所へと向かう。

 

森を抜けた大きな焼け野原に見えたのは地面にうつ伏せで倒れ込んでいた雫の姿だった。

 

 

 

 





色んな視点に変わって読みにくかったらすみません!


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潜むモノ

 

 

 

雫は上弦の肆との戦闘の中、思考を巡らせる。

 

(はらわたが煮えくり返っている。目の前の鬼にも、磯島さんにも、……自分にも)

 

煉獄さんとの会話をした時くらいから徐々に赤くなっていく視界の中、自分をその感情に持っていかれそうになるのを堪える。

 

(だめだ、集中しろ。時止めの力が働いた所でこの鬼の血鬼術は広いし解ければ追ってくる。体力の無駄だ)

 

耳に届く音はまるで水の中にいるかのようにこもってよく聞こえない。避けた筈の血鬼術の声にやられたからだ。

 

(何でだろう、体が軽いな。こんな気分になったのはいつぶりだろう)

 

視界が赤くなった世界、内側に火が灯ったかのように熱い体、恐ろしく軽い体。

 

(……不思議だ。今ならどんな攻撃も簡単に躱せそうだ)

 

目の前にまるで波のような広範囲の攻撃が押し寄せてくる。

 

《全集中水の呼吸 参ノ型 流流舞い》

 

押し寄せてくる大木の龍を一つ残らず全て斬っていく。

 

(鈍い)

 

全て斬り終えると、最初の怒りに染まっていた鬼の顔が恐怖に歪んでいるのが見える。

 

「……鬼のくせに何に怯えてるんですか?」

 

《全集中水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き・撃》

 

「ガハッ!!」

 

防御しようとする鬼を頸も刎ねながら身体中穴だらけにして吹き飛ばす

 

(どうせ死なないでしょう?化け物さん)

 

再生しかけている鬼に《瞬き》を発動させて接近すると心臓から地面へと突き刺す。

 

「ぐぬぅぅ!!小娘ェエエ!!」

 

相当深く刺した日輪刀を抜こうとする鬼を柄の頭を足で踏みつけて押さえ込む。

 

「……あなたは、一体何人殺したんですか?何人食べて、そこまで強くなったんですか?」

 

無駄な質問だとわかっているのに口が動く。まるでそれが本当の自分のように勝手に口が動いた。

 

「黙れ小娘!」

 

その瞬間、自身後ろに気配を感じて刀を抜きながら上へ飛ぶ。

 

《血鬼術 共鳴雷殺》

 

先ほどまでいた鬼の上を通るように放たれたその攻撃はその先にあった森の一部を消しとばす。

 

(あと、どれくらいだろう。煉獄さん。)

 

更に視界が赤く染まる。もう周りの色は識別できない中、本体を探しているであろう煉獄のことを考える。

 

(はやく煉獄さん。じゃないと私が私で無くなってしまう気がする)

 

そこでふと、ある記憶が頭をよぎる。

 

(この感覚、あの時の。病院で鬼を殺した時と同じ?)

 

あの時は時止めの力を自覚すらしていなかった。

だが気がつけば鬼を中庭で傷だらけにしていたことを思い出すと、その時と今での共通点に気づく。

 

(……もしかして、この力は、怒りが強いほどに強力になっていくのか?)

 

体はすでに怒り狂って熱くなっている感覚がある。

それに《瞬き》の使用回数が三十を超えた所で数えることをやめたが、もう六十は超えているはずだ。

自分が使える制限は一日で二十回程。もうすでに限界は超えているはずなのに体が軽いという事実がある。

 

(反動がいつ来るかわからないけど、今なら)

 

「いつまでも避けれると思うな!!」

 

《血鬼術 無間業樹》

 

何本あるのか数えるのも諦めるほどの量と広さで龍の顔が迫ってくる。

 

この数を踏み込みができない空中、水の呼吸では受けきれない。瞬きでも数が多すぎて回避するまでに解けてしまう可能性がある。

 

どうすると考える。

 

 

 

しかし、今の状態なら出せる筈だ。あの技を。

 

今まで以上に深く息を吸う。この技しか回避できない筈だと技を放った。

 

 

その技は他から見れば瞬きと変わらないと思うかもしれない。だがこの技は、瞬きとは放ったあとの負担も威力も桁が違う。

 

鈍くなった世界で型ではない青紫色の水を纏った日輪刀を振り下ろす。

 

飛び散った青紫色の雫が散り、下にあるもの全てに波紋が広がった瞬間、時は動き出す。

その刹那、雫の波紋が広がった所は音もなく全て消し飛ぶ。

 

《時の呼吸 弐ノ段 流ノ雫》

 

水の呼吸と時の呼吸をこの一年で柱達と極めたお陰で見つけた技だ。

刀から落ちた青紫色の雫が生んだ波紋は衝撃波。

時がのろまな世界で何千と高速で刀を振る事は元の世界で瞬きもしない時間には一振りしているようにしか見えない。

それで生まれる強力な衝撃、その威力は何もかもを消し去る威力になる。

 

こほっと小さく咳をする。普通の状態で繰り出せば腕と肺の負担が大きすぎて腕は上がらなくなるし全身から発汗して呼吸が乱れていた。

やはり今の状態なら反動が小さくなるようだ。

 

目の前の広大な血鬼術が一瞬で消え去ると同時に驚愕している鬼の顔を確認しつつ地面へと降り立つ。

 

「…狐の小娘、まだ技を隠し持っていたとはな」

 

「……別に隠していたわけではないです。使えなかったというのが正直なところですが、今なら使えると思えたので、使わせてもらいました」

 

更にこちらへと血鬼術を放とうと憎の文字が書かれた太鼓を叩こうとした瞬間、鬼の顔が森の方へ向いた。

それと同時に出てきた血鬼術はそのままその方向へと進んでいくのを見て、確信する。

 

(煉獄さん、見つけてくれたんですね…)

 

更に追撃を放とうとする鬼の体を斬り刻むと、次は再生せずに塵になっていった。

 

(……終わった………っ!)

 

そう思った瞬間体が急激に重くなる。

まるで身体中に岩をくくりつけられたような重さだ。呼吸も乱れて息ができない。

膝が地面につく、それでも止まらず地面へと体は吸い寄せられていく。

 

(もしかして…今までの反動まとめて……)

 

赤みが抜けてきた視界が瞼で暗くなる。恐ろしい力で意識を持っていかれるのを感じながら、雫はそのまま意識を手放した。

 

 

----

大谷誠

 

 

 

目の前の布団に狐のお面を取った少女が眠っている。

初めて見た狐面の中は恐ろしく、美しいという表現も足りないと思わせるほどに整った顔をしている少女だった。

そのことに何故か緊張する自分がいる。

 

「今日で二週間になるよ雫、そろそろ起きてくれてもいいんじゃないか?」

 

無意味と知っていても、そう呟いた。

 

雫の弱点は長期戦になった場合だ。その事は手合わせをした柱は皆知っている。

 

彼女が使う瞬身の技は負担がでかすぎるのだ。

 

だから雫は柱との手合わせ稽古を水の呼吸を主体にしてやっているのだとなんとなく知っていた。

 

だが、今回の戦いは少なく考えても雫だけで二刻は戦っていた。ほかの者としてもきつい時間だ。

 

広範囲で強力な血鬼術を放つ、しかも本体は別で死なない鬼を相手に。

怪我人一人を意識に入れつつ、鼓膜以外ほぼ無傷で乗り切った雫の気力とその技量は計り知れない。

 

(それに、到着した時の雫は、まるで殺気の塊のようだったと煉獄は言っていた)

 

殺気の塊のようなものが目の前に立っている錯覚を覚えるほど、あの時の雫は深く濃ゆい殺気を放っていたらしい。

柱である煉獄がそう思えるほどの殺気を放つなど、常人では到底出すことすら叶わないし、才のあるものでもこの歳で出せるかとなると、難しいだろう。

 

(……お館様、あなたは雫の奥に眠っているモノを目覚めさせるおつもりか)

 

 

雫が目を覚ましたのはそれから更に二週間過ぎた頃だった。

 

 

 

--------

 

 

 

 

(……ここは?)

 

目の前に広がる光景はいつも見ている高さより随分と低くなっており、獣道を走っているようだった。大きな手に右手を引っ張られて木々の間を走り抜けていく。

 

すると大きな手の男の人はなんどもごめんな、ごめんなと涙のような物を頬から落としながら何度も言っていた。

 

(…なにを、そんなに謝っているんだろうこの人)

 

すると左手にも女の人がいて、その人も泣いているのがわかった。

 

(…だれだろうこの人達)

 

そうぼんやり考えていると目の前はいつのまにか雨が降っている中、急斜面になった山中を走っていた。

 

(……ここ、どこかで…)

 

そう思った瞬間、誰かの声が山の上の方から聞こえる。

 

「ただの人間がここまで逃げ出すとは、面白い。少しは楽しませてくれたお礼に喰わずに生き埋めで殺してやる」

 

その言葉と同時に山そのものが動いた。

 

自分を連れていた二人は叫びながらも為す術も無く崖下へと山と一緒に流れていく。

 

その瞬間自分の体が浮いた。

 

男の人が私を投げたということに気づいたのは、宙を回る視界のなかで涙を流すその二人を見た時だった。

 

一つ、たしかにわかったことは、女の人が私に向かっていった言葉だった。

 

「あなたは生きて、()()

 

その声を聞いた瞬間、強い衝撃とともに水と泡に包まれ、視界が一気に明るくなっていく。

 

 

 

----

 

 

 

次に目の前にあったのは、いつか見たことのある天井と、嗅いだことのある畳の匂いだった。

 

(……ここは?)

 

 

そう心で呟くとすぐ近くから優しい声がした。

 

「目を覚ましたかい、雫」

 

首だけをそちらに向けるといつもの微笑み顔の産屋敷が布団の右側で座っていた。

 

「………私はどれくらい寝てたんですか」

 

「ちょうど一月になるね」

 

あの戦いの後一月も立っている実感はわかず、天井を見つめる。

 

「……磯島さんは…無事ですか」

 

「ああ、無事だ。でも今回の戦いで右足の腱が治療不可能みたいでね、引退することになったよ」

 

あの人は、あなたに認められたくて頑張っていましたよと言いたくなるが、言ったところで何の意味もない。

 

「……そうですか」

 

引退、相当辛いはずだ。あれほど産屋敷に思い入れた人間はそうそういないだろう。

 

上弦の鬼と戦っていた時の自分をふと思い出す。そこで一つ気づいたことがあった。

 

「………産屋敷様」

 

「……なにかな」

 

「…あなたが私にこだわる理由は、私自身ではなく、()()()()()()()()ですね?」

 

産屋敷はその言葉に少しだけ間を置くといつもの声で話し始める。

 

「……その通りだ、雫。

君と初めてあった時、狐の面の穴から見えた君の目には、僕と同じモノが見えた。

きっと君は無自覚だったかもしれないが、それを感じた瞬間、今まで以上に君の実力を見たくなった。

そして君の剣技を間近で見て確信した。君は柱を超えるべき剣士だと」

 

 

不自然に思っていた。初めて会った時から私が柱の上に立つと確信しているような産屋敷輝哉には違和感があった。

 

 

「……産屋敷様の内側にいるのは、おそらく鬼舞辻無惨に対する殺意の塊でしょう?

今の私なら、あなたの目の奥にある、黒く濁っているそのモノがみえる。

しかしその笑顔で相手に気取られぬように振る舞う。

私から見れば、あなたの方がよっぽど化け物だ。産屋敷輝哉」

 

今は長とか隊士とか関係ない。これは同じモノを体の中に持っている者同士の会話だ。

 

「………私は君のように強くはない。

君達みたいに人を守る剣士になろうとしたこともあったが、刀を数回振るだけで脈が乱れてしまうんだ。

だから雫、君は僕の代わりのように感じている。

僕と似たものをその小さな体の中に抑え込んでいながらも、柱を同時に数人相手しても勝てる実力の持ち主。

…君はまるで僕が求めていた理想だ」

 

「……勝手にあなたの理想を押し付けられても困る。

私はあなたの代わりをしてるつもりはない、人を守りたくてここまで強くなったんだ。

もしまだそんなことを言うようなら、私は柱をやめて一般隊士として人を守る。

それだけです」

 

それに、と間を挟んで続けた。

 

「今のあなた()()()()()()()()()()()()()()。一族のモノに囚われて他があまり見えてない。………あなたを慕ってくれている人たちが大勢いるんだ、そのことを一から考えてから魁の話もしましょう。」

 

「……雫にそこまで言われてしまうとはね、同類が近くにいたせいか僕も制御が緩くなっていたらしい。

自分を見つめ直す必要がありそうだ……感謝するよ雫」

 

「礼なんていりません。次からは他の人もちゃんと見てくださいね」

 

「……魁に関しては、もしかしたら私が言わずとも話が進んでいると思うよ」

 

「…え?」

 

 

その発言を実感するのは、一週間後の柱合会議での事。




《時の呼吸 弐ノ段 流ノ雫》は側からみれば刀から青紫色の水を散らす技に見えますが、内容的には冨岡義勇の《凪》を攻撃型にしたようなイメージをしてもらえれば、分かりやすいかなと思います(説明下手)


感想や意見など色々と寄せていただいてありがとうございます!あまりログインできなくて少ししか読めていなかったりしますが、個人個人で感じ方も変わるのでそんな意見もあるのだと気付かされたりしてます。

今回は1週間分まとめて載せましたが、次は4日ほど開けて投稿することになりそうです。


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誤字報告感謝します!!

今回は一話のみです…仕事が忙しくて全く手をつけられなかった


 

 

「半天狗が死んだ?」

 

人間に擬態して潜り込んでいる家の部屋の中で読みかけの本を持ったまま鬼舞辻無惨はそう呟いた。

 

半天狗が見たもの感じたものはある程度自分の中へと情報として入ってくる。だからこそ意味がわからない。理解に苦しむものだったのだ。

 

(この狐の小娘、半天狗の最終形態をもってしてもほとんど無傷で圧倒した)

 

その者から黒く漂うように見える程の殺気を放ち、攻撃をすれば気づくと頸を斬られ、再生しても細切れになり、挙げ句の果てには血鬼術が跡形もなく消しとばされている。その記憶の断片に残っている半天狗の感情はその者に恐怖と怒りが入り乱れていた。

半天狗の情報を受けとって過去の記憶が掘り起こされる。

自分が初めて鬼狩りの剣士に追い詰められた記憶。

圧倒的なその剣士と、半天狗が圧倒された狐の小娘が重なるように自分には見えてしまう。

 

気づけば怒りが殺気として漏れ出していた。

 

「……鬼殺隊……一体いつまで私の邪魔をする」

 

千年以上に及ぶ自身の生きてきた時の中で鬼殺隊は数度に及んで追い詰めてきた。

だが全滅の一歩手前で何度も産屋敷は姿をくらましてはその十数年後には実力をつけた剣士を引き連れて立ち塞がる。

 

そして今回、千年以上生きてきた中でも他の柱とも比べ物にならない実力者が現れたという事実が今突きつけられた事にはらわたが煮えくりかえっていた。

 

(上弦に苦戦する他の柱は問題ではない。だがこの小娘は別だ、危険すぎる)

 

上弦で苦戦している柱では自分を殺すどころか傷を付けることさえできないだろう。

 

だが、狐の小娘は別格すぎる。

 

まともにわかったのは水の呼吸を使うという事のみだ。それで何ができる?感じることさえ出来ないあの速さは何なのか、それが分からない限り相対すれば殺される可能性がある。

 

(何者なのだ、奴は)

 

持っていた本は原型を保てないほどに潰され、紙が強く摩擦する音が響く部屋に、鬼舞辻無惨の歯ぎしりする音が鳴り響いていた。

 

 

 

----

 

 

 

 

大竹雫はある問題に直面していた。

 

未だに思ったように体は動かず、重りを付けられたように動かせない体は目が覚めてから1週間たった今でも継続していた。

 

しかしそれ自体は大して問題ない。

徐々にではあるが回復していることが全集中・常中をしていて分かるからだ。

 

 

 

ならば何か?それは目の前の葉柱を抜いた現柱達が姿勢を正してこちらを見上げているのがお面の中から見えるからだ。

 

 

「………あの、何をしているか聞いても?」

 

そう問うと誠が少しニヤケながら答えてくれた。

 

「何をと言われましても…貴方を柱より上の魁にすべきだと今決めたばかりではありませんか、()()?」

 

「いや、布団で座りながら聞いてましたけど…そのとってつけたような様付けやめてください気持ち悪いです」

 

「貴方以外の現柱の全員が賛同してます。こちらにはいませんが、葉柱からの賛同もすでに得ています」

 

「………」

 

(い、磯島はん、どうしたんですか…)

 

混乱する気持ちを抑えてギギギと音が出てるんじゃないかと思える首の動きで縁側に座っている産屋敷を見る

 

「産屋敷…様、今自分が魁になっても仕事もできませんし新たな柱の埋め合わせもしないといけない時期です。また後日ということはできませんか?」(う・ぶ・や・し・き・な・ん・と・か・し・て)

 

別に魁になること自体が嫌と言うわけではない。なんなら柱達に自分の実力や実績が認められたという事実は嬉しい。

 

だが自分の中では柱達の上に立つ心と体の準備が出来てないのだ。

体の方は見れば分かるだろとツッコミたくなる気持ちを抑えて丁寧な口調で話しつつお面の中から目で訴えた。

 

「それもそうなんだけどね…逆に聞くけれど雫、柱数人を相手にして無傷で対等に渡り合えて、百年余り倒せなかった上弦を圧倒した者が、同じ柱だと言っても他の隊士は困ると思うよ?」

 

(……ごもっともすぎて返事ができない)

 

いかに自分が無理だ何だと言っても真面目にやれば水の呼吸のみでも2人ほどなら対等に渡り合えるほどになっている。

そこに完成間近の《瞬き》を入れれば言わなくても分かるだろう。

 

産屋敷が言うことを要約すれば、他の隊士から見れば柱が最上位の強者であるのにその柱を複数相手にしてまだ余力のある者が同じ柱でいいんですかと言うことだ。

 

(客観的にみたら化け物なんだよなぁ…)

 

同じ柱として皆といたい気持ちもある。だが想像してほしい。

呼吸を極めた剣士達の目の前で姿が面白いように消えては柱を吹き飛ばすような人間が同じ位の剣士に見えるはずもない。

それに水の呼吸もここ半年の怒涛の手合わせ稽古で極めたし、《瞬き》もほぼ完成した今の自分は他から見れば化け物以外何者でもない。

それに今回の上弦との戦闘で悪条件の中ほぼ無傷で帰ってきた事がとどめのように思える。

 

それがわかってしまうから強く反論ができずにいるのだ。

 

(瞬きが完成したらただの制限付きのチートだよなぁ……いや、元からか)

 

微笑みながらこちらを見る産屋敷を見返しながらお面の中で小さくため息をついた。

 

「……分かりました。瞬柱大竹雫、魁として鬼殺隊に立つことにいたします。

ですが今はまだ体が癒えておりませんので、正式に位を頂くのは後日という事でよろしいですか?」

 

「構わない。それに君が寝ている間に岩柱に入る者はほぼ決まっている。ただ、新たに抜ける事になった葉柱の埋め合わせには少し時間がかかる事になるね」

 

その会話を最後にして柱合会議は終わり、任務のない柱はわずかな時間を使って庭で手合わせしている。その光景を見ながら今の鬼殺隊を自分なりに考える。

 

柱になってから一年と少し、その間に柱が三つ空席になるのは鬼側から攻められていると言う事なんだろう。

 

「……早く体を治さないと」

 

その事実が気持ちを焦らせる。

今回の戦いで上弦の鬼は柱が複数人で当たらなければ勝利する確率が低い事が明らかになった。

もちろん柱にも強弱があるにはあるが、微々たるものだろう。

 

そして自分は厄介な血鬼術を相手に時の呼吸を使いながらの長期戦になれば傷を負うことはなくても今みたいな反動で数ヶ月はまともに動けなくなる。

 

(時の呼吸を極めなければ…)

 

時止めの力も瞬きも使える回数が1年前とは持久力が比べ物にならないほど伸びている。

それは自分が強くなれば強くなるほど時止めの力を極める事になるはずだ。

 

(…それに夢の事も気になりますし)

 

自分のことを千鶴と言った女の人と助けてくれた男の人の正体は何となく察しはつくが、なぜああなったのか、山の上から聞こえた声の正体も突き止めなければならない。

 

(休んでる暇は…ないですね)

 

木刀が弾けるような音を聞きながら雫は僅かに見える蒼い空を眺めていた。

鬼殺隊という歴史の中にとてつもなく大きく自分という存在を示した事を実感する事になるのは、あまり考えないようにして。

 

 

一一一一一一一

 

 

 

それから一ヶ月後、元通りとはいかないがほぼ倒れる以前と同じ水準の呼吸が繰り出せるようになり始めた頃、【魁】として位を正式に付くことになった。

仕事内容は瞬柱の頃と似たようなものだったが、仕事の全体の量が半端なかった。

 

警邏の担当地区は以前の2倍の広さになるし、個人の鬼討伐任務がなくなった代わりに部隊を率いて指示する権利が与えられるだけの柱と違って、柱以上の状況判断、その戦況の最適解を導き出す能力を持って鬼殺隊全体を指揮する人物こそ魁だと大谷誠が持ってくる様々な歴史書や戦術本を読む毎日。

 

昼過ぎには新たにもらった魁屋敷と名付けられた自分の屋敷に必ず柱が二人程訪ねてきて手合わせ稽古するのだが、変わったことはこちらが手合わせしてあげる側になるようになった。

 

そうこうしているうちに魁になって半月経つ頃、岩柱に悲鳴嶼行冥という盲目の筋肉隆々な男の人が入ってきた。

隊士になって2ヶ月程で柱まで登った凄い人みたいで産屋敷も嬉しそうにしているようだった。

 

 

新しく岩柱になった悲鳴嶼行冥は昼過ぎの手合わせ稽古に来た際、瞬きにとても驚く事があったが、今では柱になってからの通過儀礼みたいなものになりつつあった。

なんなら盲目であそこまで動けるこの人化け物かなと思ったが、それを大谷誠に伝えると「寝言は寝ていってくださいね雫様」と言われたのでその日の手合わせ稽古は一振りだけわざとぶつけた。

 

 

まあまあ順調に魁として安定し始めていた一年後、炎柱が急に脱退した。それにもひどく驚いたが、それから数週間後、大谷誠が上弦にやられたとの情報が入った。

 

 




次回 狐面の少女


読んでくださってありがとうございます。
あと二話か三話で原作に合流すると思いますが、次の更新は一話五千文字の二話連続更新を目指します。多分5日後です。



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魁稽古

後1話はまた後日になります、すみません。


魁稽古

 

 

誠が戦死したと聞いた時、心臓が、心の中の時が止まった錯覚があった。

でも涙は出なかった。大切な繋がりの人が亡くなる辛さは経験しているからか、理由はわからないが、そのかわり体の奥底にいるモノが強くなるのを感じた。

 

魁になって何度も産屋敷に呼びだされる事はあったが、これ程重苦しい空気は初めてだった。

 

「鬼側も動きが大きくなっている」

 

その中でいつもの優しい声で呟くのはいつもの微笑みを無くして悲しそうな表情をする産屋敷輝哉だ。

 

ここ最近の鬼殺隊は柱の上に魁と言う位ができたということもあって全体的に士気が上がっていた。

柱としても全力で刀を振るってもかすり傷すらしない雫との手合わせ稽古で実力をどんどんと伸ばしてきた中での出来事だった。

 

大谷誠の存在は柱の中でも実力があり、会議でも常にまとめ役として頼りにされていた。だからこそ柱達と雫は理解ができなかった。実力も頭も柱の中では秀でたものがあった風柱がやられたのかと。

そして後日詳細な情報を聞くと怪我人の隊士数名と一般人数十名を守り抜いての死だという事だった。

 

「隊士を含めて数十人の命を守りきった誠は頑張ったんだね。さすが誠だ」

 

「……はい」

 

そんなのは分かっている。でも死んでしまっては意味がないだろうと口が動きそうになるのを必死に堪える。手のひらに爪が食い込む感触があるが最早痛みも感じない。

 

「雫、悔いてはいけない。君のお陰で柱達は実力を伸ばしている。誠も同様に強くなっていた。きっと君との稽古がなければ全滅だってありえたかもしれない」

 

「……慰めはいらないです産屋敷。誠さんがここにいたらきっと、魁として鬼殺隊、柱達を引っ張れと言っているに違いありませんから」

 

「……強くなったね。体も心も」

 

それでもこうなっては意味がないだろうと叫び出したい気持ちを唇を噛んで抑え込むと、仕事の話に話題を変える。

 

産屋敷も分かっているのだろう。先程の空気をかすかに残しながらも魁としての仕事の話に集中してくれた。

 

「新たに柱にしようと思える隊士が数名いてね、君にはその子達に指南をして欲しいと思っている」

 

今の状況で甲の中でも頭が一つ飛び出ている実力者が数人もいるのは、嬉しいようで悲しい物だったが、今の鬼殺隊と自分にはもってこいの仕事だと思った。

 

「指南役、喜んで受けしましょう」

 

 

 

 

----

 

 

 

現花柱・胡蝶カナエの妹であり継子になった胡蝶しのぶは鬼殺隊の最上位に立っている魁の屋敷に来ていた。

 

魁屋敷で行われているのは位が甲の中でも精鋭と認められた者と継子のみが受けられる稽古らしく、自分以外にも柱の条件までもうすこしという隊士達数名とその可能性があると判断された隊士が十名程集められていた。

 

(魁…一体どんな人なんでしょう)

 

魁の情報が一般隊士には柱よりも強い剣士という程度のものしかなく、実際に見た隊士でも戦闘が瞬きする間もなく終わることから強いという事以外何も分かっていない状態だった。

姉の胡蝶カナエに聞いてもとりあえず柱より強いという事しか分からない話の内容なのであまり分かっていない。

 

先に魁屋敷から現れたのはこの屋敷に常駐しているという女性隊士で、中庭へと案内されしばし待たされた。

自分の屋敷と比べてもひとまわり大きな庭を眺めながら屋敷の方から足音が聞こえそちらへと顔を向けると、そこには雫模様の羽織を着た狐面の少女が立っていた。

 

「お待たせしました。初めまして、魁の位を頂いている大竹雫と言います。今回皆様にしていただくのは魁稽古、現柱達もしているものになります」

 

綺麗な、透き通るような声でそう話し始めた彼女の声は頭の中に優しく流れてくるような声だった。

 

「…魁様、一体どのような事をするのか聞いてもよろしいでしょうか」

 

自分の隣から質問が上がる。柱達が毎日していると聞けば相当厳しいものなんだろうと想像できるからだ。

だがその答えは一文で返された。

 

「単純に皆さんと私の手合わせ稽古ですのでご心配なく」

 

なるほど、一人一人手合わせして実力を見極め強くしていけるものは強くするという事なんだろうと思った時、思わずえ?と声が出てしまう言葉が聞こえた。

 

「……いま、なんとおっしゃいましたか」

 

質問した男隊士が声を少し震わせながらそう聞き返す。

 

「日輪刀で構いません。皆さん全員で私を殺すつもりで向かってきてくださいと、そう言いましたが」

 

なにを言ってるのか理解が追いつかない。階級が下と言っても実力は柱の一歩手前まで来ている柱候補達を10名程まとめて相手にするという事がどういう事なのか、馬鹿でも分かる事だろう。

そう思っていると今気づきましたと言わんばかりに喋り出した。

 

「ああ、私を心配してくれている気持ちはありがたいんですが、皆さんの刀では傷一つ付きませんので安心して思う存分全力でかかってきてください」

 

流石に舐めすぎだと私でもそう思った。周りにいる隊士達も同じ気持ちだろう。殆どの人は緊張しながら刀を構えているが、中には明らかに腹が立っている雰囲気の者と恥をかかせてやろうと嘲笑うような態度の者もいる。

 

「……魁様がどれほど強いか、ぜひ教えてもらおうではないか」

 

先程の男隊士がそう呟きながらゆっくりと中庭の真ん中へ歩いてくる魁を皆で取り囲む。

稽古と言っても真剣で一対多の稽古は初めてなのもあり少し戸惑いながらも皆一斉に呼吸を放った。

柱にはわずかに届かないものの決して甘くはない剣撃が彼女を囲み、刀を振り下ろすその瞬間、視界は蒼と白しか見えなくなっていた。

 

(……!!?)

 

自分が地面に倒れていると理解したのは体に走った衝撃と目の前に広がる物が青空と分かった時だった。

 

(な、何が…)

 

そう混乱しながら身体を起き上がらせて辺りを見渡すと、信じられない光景が広がっていた。

 

「……うそ」

 

目の前には甲の隊士達が全員地面に倒れていた。しかも魁は刀すら抜いておらず、最初の場所から半歩も動いていない。

 

(…なによ、これ)

 

徐々に状況を理解した者達から彼女へと斬りかかるが、体術のみで彼らを圧倒していく。

 

 

まるで険しい山の中を流れる川の水のようにすらりすらり流れるような動きは、一つ一つの動作がゆっくりに見えてしまうほどだった。

 

それは刀すら抜いていない彼女が鬼殺隊最強の隊士と証明するのに十分過ぎる物だった。

 

(……姉さんが言ってたことが分かった)

 

しかし自分たちの中でも魁にギリギリ食いつく者が1人いた。

頬に傷のある水の呼吸を使う男の人。

呼吸の練度が高く、一撃一撃が鋭く速い物を正確に放っている。しかしやはり彼女はそれを紙一重の最小限の動きのみで躱し尽くしてしまうと頭に横から回し蹴りをして吹き飛ばしてしまう。

 

(あの人でも刀を抜くことすら…)

 

あまりの実力差に体が諦めそうになるのを必死に動かして自分で編み出した呼吸で斬りかかるも腕を取られて地面へと投げられた。

 

 

 

 

手合わせ稽古が終わりを迎えたのは日が暮れる手前ほどの時間。

全身が悲鳴をあげていて呼吸も乱れっぱなしの中、息一つ乱していない透き通った声が耳に届いた。

 

「今日はここまで。屋敷の方が皆さんの泊まる部屋に案内してくれますので、それまでは休んでいて良いですよ」

 

(ここまでやって息も乱さずに……)

 

それに彼女は刀すら抜いていない。たまに柄で腹を殴る動きがあったが、それ以外は全部体術で捌ききっていた。

もはや腕も上がらない程に体力を使い果たした身体を必死に持ち上げて周りを見渡すと、そこには自分と同様な有様の隊士達が息を乱しながら転がっていた。

 

「……本当に同じ人間なの?」

 

掠れた声で呟いたそれは、そこに転がっている誰もが思っていることに間違いはなかった。

 

 

----

 

 

柱候補と聞いて少しだけ期待していたせいか、それとも自分の実力が飛躍的に伸びているせいか、今回の手合わせ稽古はなかなかに拍子抜けだった。

 

それに水の呼吸も瞬きも使わずに済んでいるので体力もあり余っている事もそう思ってしまう要因の一つだろう。

 

(呼吸や体術の練度は素晴らしいと言える人が2人、将来柱になるのはあの人達かな。1人はカナエさんの妹さんだよね、蟲の呼吸?まだまだ完成したとは言えないけど、完成したら伸びしろやばそう。

もう1人は頬に傷のある水の呼吸を使う人だな。こっちはあと少しで十分柱になれそう。あ、あと1人水の呼吸を使う人もなかなか…)

 

そんな事を考えながら自分の部屋に着いて寛いでいると鴉が紙をつけて部屋に入ってくる。

 

(……産屋敷の鴉じゃない?)

 

そう思いながら手紙を開くと見慣れた文字が書かれていた。

 

「……鱗滝さん?」

 

その手紙には最初の部分は自分の体調や魁になった事の祝言が書かれていたが、本題の所にはある名前が書いてあった。

 

【錆兎と冨岡というお前の弟弟子が去年から鬼殺隊にいる。特に錆兎はお前の次に才があると儂は見ている。今回の稽古に参加する事になったはずだ。もし会うことがあればよろしく頼む】

 

「冨岡?錆兎?」

 

思い返せば、今回の参加者の中で一際才能を見せていた水の呼吸を使う頬に傷のある男の子を思い出す。

 

(あれが錆兎?)

 

明日にすこし話しかけとこうと思いつつ、屋敷の人が夕食が出来ましたとの声を受けて食べるために席へと向かうのだった。

 

 

 

----

 

 

「鱗滝さんから聞いてたけど、ここまでとは思わなかったな義勇」

 

「たしかに、刀を抜くことすらしないほど離れた実力、俺たちと年はさほど変わらないはずだがな」

 

夜中、雲が散り散りの夜空で満月が暗闇を明るく照らす庭を眺めながら縁側に座って2人は今回の稽古の話をしていた。

約1年前、最終試験を合格したあと、鱗滝からはある姉弟子の話を聞かされていた。

 

【お前達より1年前に鬼殺隊に入った姉弟子がいる。名は大竹雫と言うが、その子は入ってたった1ヶ月で柱にまでなった鬼殺隊始まって以来の逸材だ。そして今年新たに魁という柱よりも上の位を授けられた人物でもある。お前達も会うことが必ずあると思うが、強くなりたければ雫の実力、しかと見て感じることだ】

 

まさにあの言葉の意味を体で教えられた形になってしまった今日を振り返る。

 

(俺の攻撃があんな簡単に避けられるなんてな)

 

自分でも実戦を経験するようになって甲まで上がったこともあり自分の実力に自信がついていた。

周りの隊士達と比べても一段上と思っていた自身の剣技。

柱はどれほどだろうかと思っていた矢先に魁稽古で鬼殺隊最強を実感することができたことは柱になる上で非常に大きい。

 

「…錆兎はまだ攻めることができていた。でも俺は殆ど対面することすらできなかった。やっぱりお前はすごいよ錆兎」

 

隣に座っている義勇が少し落ち込んだような声で話しかけてくる。そんな事を言ってる義勇だって実力に差はあれど戦績としては自分と引けを取らない活躍であまり時間差もなく同時期に甲となった十分優秀な剣士だ。

ただ最終選別で怪我をしてしまいほぼ何もせず合格したこともあって鬼殺隊に入ってからの義勇は昔の明るさが潜んでしまい、少し無口になってしまった。

 

「男なら、もっと強くなんないと行けないだろ、義勇」

 

男なら。

 

自分が自分を高める時と義勇を励ます時にいつものようにでてくる口癖だ。そしてその口癖は義勇にとっても十分背中を押してもらえる言葉らしいから嬉しい限りだ。

 

「……そうだな。まだ稽古は始まったばかり、錆兎にだって負けないくらい強くなれる機会だ。やってやる」

 

「その意気だ」

 

修行時代からほとんど変わらないやり取りをしていると聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ああ、こんな所にいましたか。貴方達、錆兎と義勇であってますか?」

 

右側の廊下の奥に顔を向けると、狐面を被った大竹雫がそこに立っていた。

 

 

----

 

 

ご飯を食べたあと風呂も済ませ縁側を歩いていると目の前に話に聞いた錆兎とその同期のような男の子が座っているのを見て思わず声をかけてしまう。

 

(特に話す事ないですし、挨拶ぐらいですけど)

 

自分の弟弟子がいるというのは少し嬉しいような気もしながら挨拶をしようとすると急に二人がこちらに向かって姿勢を正すと遅れて申し訳ありませんと言いながら自己紹介をしてくれた。

 

それでも話すこともないのでそれではと立ち去ろうとすると錆兎の声で待ってくださいと聞こえた。

 

「…どうかしましたか?」

 

「……どうすれば…そこまで強くなれる?」

 

強くか、錆兎は実力が柱になれるのに一番近い者でもあるから一番気になるのだろうと思いながら返事をする。

 

「…私の場合はみなさんの参考になりません。ですが、そんな私でも一つだけ言えることがあります」

 

「……それは?」

 

「上に立つ者としての覚悟を、この胸に刻むんです」

 

「…覚悟、ですか?」

 

「貴方達がここにいるということは、柱になれる見込みがあると産屋敷様が認めになったと言うこと。

そしてこの鬼殺隊の支えとなる柱になるのであれば、あらゆる事から逃げず、決して屈せず、常に前をみて悪鬼を滅し、人を守るという覚悟。

それがあるのとないのでは驚くほど変わりますよ」

 

「……覚悟」

 

錆兎はその言葉を真剣な顔で受け止めていたが、どうやら静観していた義勇に一番響いたようでこちらをみながらボソっと喋っていた。

 

「…明日の稽古も楽しみにしています。私の刀を抜かせて見せてくださいね、お二人さん」

 

 

そして二週間に及ぶ魁稽古の結果、最後まで残ったのは錆兎、胡蝶しのぶ、義勇の三名で、錆兎は実力の伸びが著しく大きかった為、産屋敷との協議の結果現水柱との手合わせで挑戦できる権利を与える事になり、魁稽古で実力を伸ばしていた水柱と拮抗しつつもあったが、錆兎の勝利で新水柱へと昇格することとなった。

 

 

 

約四年の月日が過ぎ、十七歳になった頃には自分が柱になった時の柱達は戦闘により戦死と怪我による引退で全員いなくなった。

 

それから二年後には魁稽古で目立った実力を見せていた音、風、蛇、蟲、霞、炎、恋が柱となり、やっと九名全員揃い、歴代の中でも最精鋭の世代と言われるようになった頃、鱗滝から鬼を連れた少年についての手紙を受け取ることとなる。

 




次回、柱合裁判

次は炭治郎目線の裁判になります。お楽しみに


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原作合流編
柱合裁判


胡蝶カナエを胡蝶カナヲと書いていた事が恥ずかしすぎてもうなにが言いたいかっていうと報告してくれて本当にありがとうございます…



原作合流回


 

深夜、月明かりが雲に隠れて一寸先は闇になっている山の中、雫は昼に鴉から受け取った鱗滝の手紙の内容を思い出していた。

 

 

【魁大竹雫殿

 

鬼になった妹を連れた竈門炭治郎という子が義勇と錆兎の案内で儂のところに弟子入りし、今回の最終選別を合格して鬼殺隊となった。

 

修業の約一年半、妹は人を食ってはおらず昏睡状態にあったが目覚めた後炭治郎とともに行動している。

儂が出会った時目の前にあった人肉にも食らいつかず我慢していた為、強靭な理性があると思われる。

 

魁として多忙なのは重々承知しているが、炭治郎が鬼の妹を連れた事実はいつか気づかれ、柱合裁判にかけられる事になるはずだ。

 

もし、炭治郎と会うことがあれば少しでいい、助けてやってほしい】

 

 

「…鱗滝さんがそこまで言うのなら、その妹さんは他の鬼とは何か違うということですね」

 

信じられない話ではあるが、元柱である鱗滝さんがそこまで言うのは説得力があったし、信頼出来る。

 

 

魁になって九年目を迎えたが、仕事内容は多忙を極め、柱達の実力が安定して来たのもあって魁稽古などの仕事が無くなった代わりに、単独で上弦の鬼と鬼舞辻の情報を求めて日本の端から端へと長期的な出張任務をする中、今回は四国地方を探索しているところだった。

 

 

そして今登っている山は十二鬼月がいるかもしれないとの情報が入った為、訪れた次第だった。

 

(もし十二鬼月だったら上弦の肆以来になりますね)

 

そう思っていると、鬼の気配が急に周りを囲むように現れた。まるでそこの空間から出て来たかのように。

 

 

(…!?…なにが!)

 

 

その瞬間、四方八方から気配が急接近してくるのを回避しながら《瞬き》で頸を斬ると、まるで上弦の肆を思い出させるかのように頸を再生させる鬼達の姿が月明かりで照らされるのが見える。

 

 

「へへへ、本当に見えない、感じない。でも、怖くない。お前を殺せばあの方から血を貰える!!」

 

「儂の獲物だ!儂が先に殺す!」

 

鬼達がそう言い放つのを聞き流しつつ、雫は上弦の肆以来になる臨戦態勢に入る。

 

目の前にいる鬼は四体、その全てが単純に頸を斬っても死なない鬼達だ。

 

(明らかに私を意識した血鬼術。わざわざ集めたのか?長期戦狙いか、情報を集めるためか…。あの方というのは鬼舞辻?)

 

しかし鬼達が様々な血鬼術を使って来た。

 

一体は瘴気のような物を操り、一体は炎を操り、一体は土を操り、一体は硫酸のような液体を操った。

 

 

「!!」

 

 

雫は狐面の中で目を見開いて驚いた。

頸を斬って死なない様な血鬼術を持った鬼を集めたのだと思っていたからだ。

 

 

(頸を斬って死なないのは、裏で別の血鬼術が働いている?)

 

 

瘴気を吸えば肺がやられ、そこに気を取られれば様々な方向から血鬼術が飛んでくるが、それを最小限の動きで躱しながら何度も頸を刎ねる。

 

 

(動きがなぜか鈍い、水の呼吸のみで対応できる強さで良かった。でもこのまま朝までやるのも時間をかけすぎですし)

 

 

そこで選択肢の中に《弐ノ段 流ノ雫》が有力になって来る。この技であれば再生する肉片自体が欠片も残らないからだ。

 

(体力は有り余ってますし、今なら使っても十分余裕があるはず)

 

そう考えながら纏まって攻めて来た瞬間、《瞬き》で鬼達を見下ろせる上へと跳躍すると、そのまま技を放つ。

 

《時の呼吸 弐ノ段 流ノ雫》

 

時の流れが鈍間な世界で青紫色の水を纏った刀を高速で振るった斬撃は一滴の雫となって鬼達の真ん中に波紋を作ると、その刹那肉片も残さず地面をえぐる様に鬼達を消滅させる。

 

もしここから再生すると言っても、この鬼達の再生速度なら朝になるまで肉体として機能するまでにはならないはずだ。

 

その後反動で咳をしながらも追加の鬼が現れる気配もない事を確認し、鬼達がいた場所に陽が当たる様周りの木を斬ってトドメが刺せる様にした。

 

(急に現れた鬼、頸を斬っても死なず、まるで何かに操られている様な動き。)

 

明確な自分自身に対しての組織的襲撃。様々な考察をしながらも、鴉に簡単な報告と残りの探索場所が終わり次第帰還することを産屋敷へ伝えさせる。

 

「…今回の襲撃、鬼舞辻以外に裏で糸を引く鬼がいたのであれば、もしかしたら厄介な血鬼術かもしれませんね」

 

そう呟く頃には、東の山から太陽が覗き始めていた。

 

これは炭治郎が柱合裁判にかけられる一ヶ月前の話。

 

 

 

 

----

 

 

 

 

身体中から様々な痛みが襲ってくる中、炭治郎は駆けていた。

 

目が覚めると柱という階級の人達に囲まれ、必死に事情を説明しているところに急に現れた不死川という人物が禰豆子が入っている箱に日輪刀を突き刺したからだ。

 

「俺の妹を傷つける奴は柱だろうが何だろうが許さない!」

 

腕を縛られて無謀だとわかっていても妹を刺されたという怒りで身体中の痛みを押さえつけながら、明らかに強者の匂いがする不死川に頭から突っ込んでいく。

 

「ハハハハ!そうかい良かったなァ」

 

不死川が躊躇なく日輪刀を振るってきた時、兄弟子の錆兎が叫んだ。

 

「やめろ!もうすぐお館様がくる!」

 

その瞬間気を取られたのかただの頭突きになってした攻撃をぎりぎりで躱したその隙に禰豆子がいる箱を奪い取るとこちらを睨む不死川に向かって大声で言い放った。

 

「善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないなら、柱なんてやめてしまえ!」

 

「てめェ、ぶっ殺す!」

 

その瞬間屋敷の方から子供の声が聞こえた。

 

「お館様のお成りです」

 

ふとそちらを見ると顔の上半分があざだらけのようになっている男性が立っていた。

 

「よく来たね、私の可愛い剣士たち」

 

その男性は目が見えていないのか手を子供達に支えながら歩いてくる。

 

「お早う皆、今日はとてもいい天気だね。空は蒼いのかな?顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

 

(傷、いや病気か?この人がお館様?)

 

そう考えて見ていると頭を地面へ叩きつけられる。

 

全く反応できなかったとすぐに抵抗しようとした瞬間、柱全員が膝をついている光景が見えると、知性があるのかすら疑わしかった不死川が理性のある言葉で挨拶を述べた。

 

「お館様におかれましても、ご壮健でなりよりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

 

「ありがとう実弥」

 

不死川が挨拶を述べた後、いかにも納得いかないという雰囲気を醸し出しながら自分と禰豆子の説明を求めるとお館様と言われた男性が容認し、みんなにも認めてもらいたいというと、様々な柱達から反対の意見が上がる。

 

柱全員の意見を聞いた後、まるでわかっていたかのような表情をすると、子供に手紙を読ませ始めた。

 

元柱である鱗滝さんからの手紙であることを言い、一部抜粋して読み始めたものは驚きの内容だった。

 

 

 

 

【炭治郎が鬼の妹とともにあることをどうか御許しください。

 

禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。

 

飢餓状態であっても人を食わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました。

 

俄かには信じ難い状況ですが紛れもない事実です。

 

もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は竈門炭治郎及び、鱗滝錆兎、冨岡義勇、鱗滝左近次が腹を切ってお詫び致します】

 

 

自分と禰豆子の為に、自分を鬼と戦えるまでに強くしてくれた鱗滝さん。そして鬼になった禰豆子を殺さずに鬼殺隊という道標を示してくれた兄弟子達が命をかけていると言う事実に、思わず涙が溢れる。

 

しばしの間を置いた後不死川と炎柱が口を開く。

 

「…切腹するからなんだと言うのか、死にたいなら勝手に死に腐れよ。なんの保証にもなりません」

 

「不死川の言う通りです!人を喰い殺せば取り返しがつかない!殺された人は戻らない!」

 

 

また振り出しに戻るのかと思ったその瞬間、透き通った声が耳に届く。

 

 

 

 

「なら、私の命もかけましょう」

 

 

 

「「「「!!?」」」」

 

 

 

たった一言。それだけで柱達から動揺の匂いが強くなる。

 

そこにいた全員が一斉に声をしたところを見ると、雫羽織をつけた狐面の女性が立っていた。

 

そこは自分の所からさほど離れてもいないのに、いつの間に来たのかすらわからないことに驚きが隠せない。

 

(あの狐面、鱗滝さんのものに似ている?柱の人か?でもこの人、今自分の命もかけるって…)

 

「遠出の任務からわざわざ急いで来てくれてありがとう雫。元気そうで何よりだ」

 

「それはどうも。元気そうで何よりはこちらの台詞ですけどね、産屋敷様」

 

 

女性とお館様が簡単な挨拶をして終わると焦った声が響いた。

 

「雫様!それはあまりにも無謀です!」

 

今まで中立的な立場にいた胡蝶しのぶが焦りながらそう叫んでいた。

 

雫様と言われた女性は静かに話し始める。

 

「およそ一ヶ月前、炭治郎と禰豆子の事を鱗滝さんから聞いていました。そして私は容認していた。ならば、責任を取るのは必然ですよ、しのぶ」

 

「雫様、貴方は代わりがきかない。そう簡単に命をかけてもらっては困る」

 

そういうと不死川が焦った表情しながらそう話すと雫様は提案をした。

 

「なら、禰豆子が人を食わないと証明ができればいいのかな?」

 

その瞬間、狐面の女性が自分の目の前に立っていた。

 

「!?」

 

瞬きもしていないのに気づけば立っていた。動いた空気の乱れも音もしない事に驚きを隠せない。

 

(な、何もわからなかった。何をしたんだ)

 

すると優しい声で妹さんを少し預かりますねというと箱を持って屋敷の方へと上がり、自身の腕を切ったかと思うと禰豆子の箱を優しく開け放つ。

 

自分でも禰豆子は人を喰わないと言ってきているが、今は刀で刺され、目の前に血が流れる人肉があるこの状況は非常に不安になっていた。

 

それは柱達も同様に、心配や動揺と言った匂いが入り乱れているのを感じつつ、冷や汗をかきながら眺めていると、ゆっくりと出てきた禰豆子は息を荒げながら血が出た腕の凝視はしたものの、我慢してみせた。

 

 

「……これで証明は出来たかな?不死川?」

 

 

そう話しかけられた不死川は信じられないという顔をしながらしばらくした後、静かにわかりましたと返事をした。

 

その後、お館様が雫が来た事だし、いいかなと言うともう一つの重大な事実を告げた。

 

「炭治郎と禰豆子を容認している理由は、鬼舞辻無惨と遭遇しているからだよ」

 

その瞬間柱達から驚きの声と追及の声が上がるが、お館様が人差し指を口に当てるとすぐに静まり返る。

 

「鬼舞辻はね、炭治郎に向けて追手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らく禰豆子にも鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているんだと思うんだ」

 

それにと言葉を挟んで続けた。

 

「もし潜伏場所が分かれば、柱の皆と雫が必ず鬼舞辻を倒す」

 

最初反対をする匂いに包まれていた柱達からその名が出た瞬間、納得する匂いがし始める感じ、雫という人が柱達よりも立場が上なのではと思い始める。

 

(雫様と言う人は、それほどの人物ということなのか?)

 

そう驚きが隠せないでいると、お館様から名を呼ばれる。

 

 

「炭治郎、それでもまだ禰豆子の事を快く思わない者もいるだろう」

 

 

はっとしながら不死川に掴まれていた頭を必死に剥がして姿勢を整え頭を垂れると、フワフワするような声で自分と禰豆子が鬼殺隊として役に立てることを証明するために十二鬼月を倒しておいでと言ってきた。

 

 

「俺と、俺と禰豆子が必ず!悲しみを断ち切る刃を振るう!」

 

 

そう叫ぶと、満足したように小さく頷くき、続けてこう言った。

 

 

「鬼殺隊の柱達は当然抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げ、死線をくぐり、十二鬼月も倒している。だから柱は優遇され、尊敬されるんだ。

そして炭治郎、君と禰豆子には鬼殺隊最上位の魁、雫の命がかかることになった。

これは炭治郎が思うよりも重大な事だと自覚してほしい」

 

 

「…は、はい」

 

 

自分が苦戦した十二鬼月を倒している強さと言うのは、先の戦闘で錆兎を見て実感している。

 

その錆兎がいる柱よりも上の魁と言う強さが想像できないと思いつつも、蝶屋敷という所に治療の為連れて行かれるのであった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

(命をかけました。多分少し手助けどころではないかもしれません鱗滝さん…)

 

炭治郎が連れて行かれ、何か叫んでいるのが聞こえなくなった頃、そう思いながらも腕の傷を呼吸で簡単に止血しながら、雫はもはや定位置になった産屋敷の左手側に離れて座ると話を切り出した。

 

「会議の前に、報告があります。産屋敷様」

 

「何かな?」

 

「既に報告はしてある今任務で回った四国にての鬼の群れとの遭遇、あれは私を意識した組織的な襲撃でした。

元を辿れば鬼舞辻無惨だというのは確かだと思うのですが、もしかしたら鬼を強さを代償に頸を斬っても死なない様にする血鬼術を持った鬼がいる可能性があります」

 

 

今回の戦闘を頭の片隅で思い出せば、その疑惑は確信に迫ってくる。

 

(あれは私に対しての実験的な戦闘と見て間違いない)

 

その報告に対して産屋敷は少し間を置くと微笑みながら口を開いた。

 

 

「…詳細な報告と考察、ありがとう。鬼舞辻無惨は君のことを相当な脅威だと判断したみたいだね」

 

でも心配はいらないと言うと、こちらを見上げている柱達の方に顔を向ける。

 

「雫の稽古もあって現柱の実力は柱2人分の実力を全員が持っていると言っていいほどに強くなった。必ず、私の代でこの憎しみと悲しみの輪廻を断ち切ることができると、信じている」

 

その言葉で嬉しそうだが一層真面目な顔になった柱達を精神だけ中年になった雫は微笑ましく感じながら、そうですねと返事をすると、ここ数年顔ぶれが変わらない柱合会議を始めるのだった。

 

 

 




ちなみに錆兎の継子として義勇と真菰がいます。


原作合流したので宣言通り今まで載せた話を一旦見直します。内容が少しだけ変わる物もあれば新しく追加されたりする話もあるかもしれませんので、いつになるかわかりませんが、更新はお待ち下さい。





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炭治郎は理解する


投稿遅れてしまいました。

ある程度の流れを細かく考えていたら気づけば一週間過ぎてました申し訳ないです。


 

 

奴は明らかに突出している。

 

 

姿は見えず、感じることもできず、斬られた感触でさえも分からず、斬られた鬼は痛みも感じることすらない。

 

 

数々の呼吸を極めた歴代の柱達が霞んで見えてしまうその存在は、始まりの呼吸の剣士の生まれ変わりのようにさえ感じる。

 

 

「奈落よ、貴様の血鬼術は奴に対してどの程度有効か?」

 

 

襖や畳の間が上下左右関係なく混ざり合い、重力を無視したかのように無造作に作り上げられた世界で、血塗れの床の上で頭を垂れている白髪を生やした老いた鬼へと問いを投げかける。

 

 

「今回の鬼達での戦闘、やはり彼女には質よりも量で攻めた方が有効だと確信します。

わざわざ負けると分かっている上弦を当てる事は愚策でしょう」

 

 

西洋の服を着たその鬼は頬が上がるのを堪えきれないようににやけながらそう話す。

 

 

単体では最弱であれど、血鬼術は鬼の中でも凶悪で特異な能力を持った鬼だ。

 

 

「貴様の血鬼術は使い勝手もそれによる利も良い。

実験とやらは進んでいるか?」

 

 

実験という言葉を聞いた瞬間、よくぞ聞いてくれたと言う歓喜の感情が伝わってくる。

 

鬼の頬が更に上がる。まるで大好きな事に関して聞かれた子供のように、嬉しそうに。

 

 

「ここ30年かけて集めた素材は既に満足するほどに。

それに下弦達の体も頂けるとは、これだけ揃えば狐の女も私の血鬼術の前には苦戦するでしょう」

 

 

その返事を聞いて自分の頬が上がるのを感じた。

 

 

「貴様には期待している。より一層励め」

 

 

 

その後、琵琶の音と共に鬼がいなくなったのを眺めた鬼舞辻は確かな確信を得る。

 

 

(奈落の能力があれば、少なくとも奴は私の元へ来れない)

 

唯一気になる点と言えば、狐面が日の呼吸を使っていないと言う事実。

 

しかしそれはそれで良い。

 

蒼い彼岸花が見つかるまで、太陽を克服さえすれば、恐ろしいものなど何一つとして無くなるのだから。

 

 

 

(それまでは、邪魔などさせるものか)

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「炭治郎、雫様に会ったんだね」

 

 

まるで小鳥の囀りのような可愛い声が聞こえる場所は蝶屋敷、胡蝶しのぶの屋敷の縁側だ。

怪我を治すために連れてこられ、療養していると見舞いに来てくれた姉弟子の真菰がそう聞いてきた。

 

真菰は誰がみても可愛いと言うだろう。

真菰は目がパッチリしている事もあり、大人の雰囲気になっても子供のような可愛らしさを持った女性だ。

 

そしてどうやら蝶屋敷には美人さんが集まるようで、胡蝶しのぶの姉のカナエさんと言う人も恐ろしく綺麗な人だった。

 

現に善逸が真菰やカナエさんを見た時は「大人の魅力の中に隠しきれない愛おしさがぁ!?いやダメだ!俺には禰豆子ちゃんが!ああでも!カナエさんの大人の魅力もぉ!!」と叫ぶほどだ。

 

 

 

「はい!裁判の時は助けてもらいました!」

 

 

 

そう言うと良かったねと微笑む真菰を見て、一番気になっていた事を聞く事にする。

 

 

「…真菰さん、魁の雫様って人は、どんな方なんですか?」

 

 

そう聞くと少しも迷わずに真菰は言った。

 

 

「雫様はね、柱何人分と言っていいのか分からないくらいとても強いよ。

でもね、それを忘れてしまうくらい優しい人」

 

 

「…優しいのは助けてもらいましたし分かるんですけど、そんなに強い人なんですか?」

 

 

柱が錆兎さんを基準とするなら、その更に上の強さを想像することができないからこその疑問だ。

 

 

「柱全員との手合わせ稽古でも傷を負ったところは見たことないし、入隊して一年くらいで百年余り倒せなかった上弦の鬼を圧倒する程だったみたいだから、今はもっと強いんじゃないかな?」

 

 

「え?」

 

 

言ってることがぶっ飛び過ぎて思わず聞き返してしまう。

 

 

(柱……全員……一年目で上弦?)

 

 

想像ができずどう言うことだろうと更に謎が謎を呼んで混乱していると真菰が微笑む。

 

 

 

「味方になってくれて良かったね、炭治郎」

 

 

 

炭治郎は深く考える事をやめることにする。

 

 

だが雫様と言う人は会議の時、あまり匂いを感じなかった。

もちろん人としての匂いはあったが、強さと言った匂いが無臭と言っていいほどに無かったのだ。

 

 

しかし、ただ実力のないものと同じかといえばそうではなく、山で綺麗に磨かれた水の透き通るような匂いがしており、でもその中にもかすかに()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(あれは……)

 

 

ふと似たような雰囲気を持っていた父親の記憶が蘇る。

 

 

(でも、それとはまた違う…)

 

 

その時、廊下の奥から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

「ここにいましたか真菰」

 

 

噂をすればなんとやら。

振り返るとそこには、狐面を被った大竹雫が立っていた。

 

 

すると自分のことを今認識したかのようなそぶりを見せながら雫は自分にも挨拶をしてくる。

 

 

「こんにちは炭治郎。元気そうで何よりです」

 

 

縁側に出していた足を上げ、慌てて姿勢を正して頭を下げる。

 

 

「は、はい!会議の時はありがとうございました!」

 

 

「気にしないでいいですよ。私がそうしたのは鱗滝さんや錆兎達があなたに命をかけるほどのものがあると教えてくれたからです」

 

 

その言葉を聞いて、炭治郎は雫から溢れ出るほどの信頼する匂いを感じた。

 

 

(…この人は、心の底から鱗滝さん達を信じて全く疑っていない)

 

 

見も知らぬ鬼を連れた自分に対して命をかけるなど、側からみれば愚かで何を考えているのかとなるだろうに。

そんなことを想像すると自分の兄妹を信じてくれる人達に、感謝しても感謝しきれない。

きっとこれは一生かけても返しきれない恩になるだろう。

 

 

「…ありがとうございます」

 

 

 

話に区切りがついたところに先に名を呼ばれていた真菰が雫に話しかけた。

 

 

「雫様私になにか御用ですか?」

 

 

「ああ、少し前に約束していた稽古をしようかと思ってね」

 

 

そう言うと今思い出したような顔をした瞬間、可愛いぱっちりとした目が輝き、微笑んだ。

 

 

「雫様が殆ど屋敷にいないほど忙しかったのですっかり忘れていました。雫様と稽古なんて一年ぶりだから嬉しいです」

 

 

「では、私の屋敷でやりますか?」

 

 

その言葉を聞いた真菰はこちらをチラッとみてある提案をした。

 

 

「……でしたら、ここの…蝶屋敷の中庭でお願いします」

 

 

それは機能回復訓練を始める前日の出来事だった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

夜。

 

炭治郎は屋根の上で1人座禅を組んでいた。

 

 

(よし、かなり体力が戻ってきた。

そして以前よりも走れるし、肺も強くなってきたぞ、いい感じだ、焦るな。)

 

 

全集中・常中を会得するため日々日課になってきている瞑想。

 

 

(はやく、強くならなければ。でも焦ったらダメだ。

才能なんてものは俺にはない。少しずつ、それでいて急げ)

 

 

集中する中、炭治郎はあの日のことを思い出す。

雫の強者としての片鱗を目の当たりにしたあの日のことを。

 

 

 

 

 

 

蝶屋敷の中庭では稽古用の真剣が弾き合う音が鳴り響いていた。

 

 

「すごい…」

 

 

少し離れれば聞き取れないほど小さな声で、炭治郎は呟いた。

先程雫が真菰を訪れてきて、真菰の計らいで稽古を目の前でしてくれることになったからだ。

 

そして目の前に繰り広げられる稽古は、自分が知っている稽古とは次元が違っていた。

 

 

「腕をあげましたね真菰。型の練度が更に一段上がってるように見えます」

 

 

「ありがとうございます。でもそれを余裕を持って受ける雫様も雫様ですけどね」

 

 

この会話をしている間にも型が両者合わせて少なくとも五つは繰り出されていた。

 

 

真菰は動きが恐ろしく素早く、ほぼ目で追えない。

その速さは鋭い水の型を一度息をするまでの間に三つの型を連続で繰り出す事ができるほどで、最早何の型を使ったのかすら認識するのにもギリギリついていくのがやっとだった。

 

修行している時、大岩で苦しんでいた時にたまたま鱗滝さんに会いにきていた真菰に呼吸の詳しい事や手合わせ稽古をつけてもらっていたからこそ、錆兎とはまた違った強さ、鱗滝さん曰く柱になってもおかしくない実力と言うものを知っていた。

 

(でも、雫様のは…あれは一体どうやって)

 

一番気になっていた雫の実力。

それは柱に匹敵すると言われた真菰の怒涛の攻めを、まるで強い雨風が吹き荒れている中、雫の周りだけ凪のように静謐で、川を流れる水のように最小限の動きのみで捌ききっており、もはやその動きはゆっくりにすら感じるほどだった。

 

 

(雫様は、斬っても叩いても何もなかったかのように戻り、どんな隙間をも色々な形になって通り抜けていく…まるで水そのもののようだ…)

 

 

『水はどんな形にもなれる。升に入れば四角、瓶に入れば丸く。時には岩すら砕いてどこまでも流れていく』

 

 

ふと鱗滝さんから聞いた水の話を思い出す。

 

 

(聞いていた言葉の意味を、今目の前で教えられてる気分だ…)

 

真菰と雫様との手合わせ稽古でありながらも、同じ水の呼吸を習得した炭治郎にとっては、みとり稽古をさせてもらっている形になっていた。

 

 

 

 

 

 

「雫様の水の呼吸凄かったでしょ?炭治郎」

 

「え?」

 

 

ふと気がつくと目の前に額に汗をかき、息を少し乱した真菰が立っていた。

どうやらあまりにも綺麗な水の呼吸を目の当たりにして見入ってしまっていたらしい。

 

 

「はい…凄すぎて何がどうなってるのか分からなかったですけど」

 

 

素直にそう答えると微笑んだ真菰は夜に任務があると言って別れを告げると歩いて庭を去っていき、自分と雫の2人きりになったその時、透き通る声で名を呼ばれる。

 

 

 

「炭治郎、ちゃんと見ましたか?」

 

 

「は、はい!」

 

 

声がした所に視線を移すと、息の乱れが一切ない刀を納めた雫が立っていた。

 

 

「今の手合わせ稽古は、炭治郎へのみとり稽古でもあります。頭の中で何度も思い出して焼き付けてください」

 

 

「…ありがとうございます」

 

 

まるでいつかの父親と似たような台詞を語りかけた雫をみて、一つ、どうしても聞きたいことがあった。

 

 

「一つ、聞いてもいいですか?」

 

 

「なにかな?」

 

 

「……どうして雫様は、そこまで強くなれたのですか?」

 

 

真菰から聞いた過去の雫の話でも、信じられないほどの強さを誇っていたことは分かる。だがただの修行でここまでの頂に届くものなのだろうか。そんな率直な疑問を投げかける。

 

 

「……少しだけ、私の昔話に付き合ってもらえますか?」

 

 

何かを懐かしむような、悲しむような雰囲気と匂いを纏って、雫はそう答えた。

 

 

 

 

雫は縁側に座ると、思い出すように夕暮れを眺めながら話してくれた。

5歳以前の記憶がないのだと、その時に両親が死んだ事故も原因が鬼である可能性が高く、救ってくれた病院でも鬼に皆殺しにされ、その後救ってくれた鱗滝さんの元で修行をして鬼殺隊に入ったのだと。

 

(この人は、鬼殺隊に入る以前に二度も幸せを壊されて、生きてきたのか)

 

きっと記憶を取り戻すことがあれば、壊された知らなかった日常を思い出すことになる。

それは、きっと想像以上に辛い事だろう。

 

 

「今の私がいるのは、産屋敷様と鱗滝さん、先代の柱達のおかげです。私の存在と実力を認めてくれて、厳しく稽古をつけてくれました。

それがなければ私は魁であれど、もう少し弱かったと思います」

 

 

まるで自分の実力がそこまで凄いと思っていないような言葉でそう話すと、ふと雰囲気が変わる。

 

 

「君にはこれから、いくつもの試練が待ち構えているはずです。

強さというものは、どれだけ強くても足りない。

妹を、人を、仲間を、今を守りたいのなら、もっと強くなりなさい。

現実と言うものは、いつだって卑劣で、残酷で、それでも幸せに溢れているものですから」

 

 

(……とても優しい匂いと、滲み出るような悲しい匂い)

 

 

圧倒的な実力を持ち合わせていながらも手が届かず守ってやれなかった仲間や日常を失ってきた魁としての大竹雫と、辛い過去を持った1人の人間としての大竹雫としての言葉だと理解した炭治郎は胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 

(もっと、もっと強くなるんだ。

強くなって禰豆子も、善逸や伊之助も守れるように強く…)

 

 

雫との話が終わる事には日は沈みきっていて、空には三日月の月が輝いていた。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「……し、…もし…、もしもーし」

 

「はい!?」

 

 

随分と集中していたのだろう。すぐ近くで話しかけられていることに気づかず、驚いて顔を向けると吐息が感じられる距離に胡蝶しのぶの顔が迫っていた。

 

 

「頑張ってますね。お友達二人はどこかに行ってしまったのに」

 

 

そう話すしのぶにドキドキしてると少し離れた所にちょこんと座ったしのぶは1人で寂しくないかと聞いてくる。

 

 

「いえ!できるようになったらやり方教えてあげられるので!」

 

 

「……君は心が綺麗ですね」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

微笑みながらそう言ったしのぶにどう話しかけようかと考えて少し間が空いた後、気になっていた事を思い出す。

 

 

「………あの、どうして俺たちをここへ連れて来てくれたんですか?」

 

 

「禰豆子さんの存在は公認となりましたし、君達は怪我も酷かったですしね」

 

 

なるほど、そう思うとそれからとしのぶの方から語り始めた。

 

「君には私と姉の夢を話しておこうと思って」

 

「夢?」

 

「そう、鬼と仲良くなる夢です。きっと君ならできますから」

 

 

その時、しのぶから怒りとわずかに悲しむ匂いが溢れ出る。

 

 

「怒っているんですか?」

 

 

その言葉にしのぶは微笑みをなくして驚いた表情をする。

 

「なんだか、怒ってる匂いがしていて…」

 

 

そう話すと、しばらく沈黙したしのぶはゆっくりと語り始める。

 

 

「そう…そうですね、私はふとした時はいつも怒ってるかも知れない。

鬼に両親を殺され、ねえさんが上弦との戦闘で大怪我を負って一命を取り留めたあの日から、私の中には鬼に対しての呆れと怒りが蓄積され続け、膨らんでいく」

 

 

「……姉って、皆を診てくれてるカナエさんですよね?隊士だったんですか?」

 

 

「元花柱ですよ」

 

 

「え!?」

 

 

胡蝶カナエ。

ここへ入院する事になった時にふわふわとした空気を纏っていて、とても優しい匂いを持った胡蝶しのぶの姉だと看護師の子達から聞いていた。

それに禰豆子に対しても気にかけてくれて、度々箱から起きた禰豆子とお喋りをしてくれている。

とてもおおらかで匂いも鍛えている剣士のような匂いはしない人だった。

 

 

 

(てっきりもとから医者をしてる人だと思ってた…)

 

 

「……姉も君のように鬼を哀れむような、優しい剣士でした」

 

 

 

しのぶは語り始める。

 

胡蝶姉妹の過去に何があったのかを。

 

 



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胡蝶しのぶは忘れない

- 胡蝶しのぶは決して忘れない -

 

 

 

「雫様ってば、完全に隙をついたその人の攻撃を振り向かずに掴んで放り投げたのよ?信じられない」

 

 

「あらあら、それは是非みてみたかったわ」

 

 

魁稽古を受け終わった私は、蝶屋敷に帰ると姉のカナエに早速雫様のことを話していた。

二週間に及ぶ稽古を受けたものは皆、例外なく初日の頃とは比べものにならないほど動きが洗練され、強くなっていた。

稽古2日目から雫様はまるで一対一の稽古をつけてくれていたのかと思うほど、一人一人に対して細かな指南をつけてくれたからだ。

 

現に錆兎という水の呼吸の剣士は最終日には雫様の刀を抜かすことができるほどに強くなり、どうやら現水柱への推薦を受けるらしかった。

 

 

「姉さんの言ってた意味、体に叩き込まれた気分よ」

 

 

「ふふ、強くなったでしょう?あの方は自分も他人も強くするコツを知っているもの」

 

 

「コツ?実戦形式でやってれば自然と強くなるものじゃないの?」

 

 

「雫様はね、相手の本気を引き出すギリギリの所で実力を操作してるの。

強すぎず、同等すぎず、弱すぎず、常に一段上の動きをしてくれる。

だから相手側からすると常に実力を引き出される状態になるし、雫様も強くなる。私の時だってそうだもの」

 

魁稽古の初日は圧倒的な実力を見せ、指すらかすらないほどの差で気づけば地面へと投げつけられていた。

だが一週間経った頃、こちらの刀がほんの僅か届かないところまで攻めることができるようになっていたのを思い出した。

 

(…あれも、雫様の稽古の一部だったってこと?)

 

あの偶然は自分の実力が伸びているものだと錯覚していた。現にその頃から皆の動きが飛躍的に良くなっていったのだ。

 

 

「…本当に凄い人ね、雫様ってば」

 

 

すべて計算されていた事を理解するともはや笑みが溢れる。

 

 

「ふふふ、久しぶりに私とも手合わせしましょっか。強くなったしのぶを見てみたいし」

 

 

「…望むところよ姉さん」 

 

 

それは上弦の弐と会うまで、2ヶ月前の事だった。

 

 

ーーーー

 

 

 

日が昇るまで半刻も過ぎた頃、空が青色を徐々に取り戻す中しのぶは町中を駆けていた。

 

 

(大丈夫!姉さんは強い!上弦の鬼だってきっと…!)

 

 

カナエと二手に分かれ担当地区であった町を警邏していると、カナエの鎹鴉が上弦との遭遇を伝えてきたのだ。

すると早朝の空気よりもはるかに冷たい空気が顔を撫でる。

 

その瞬間、それが血鬼術の一部だと理解した。

 

まだ距離があるにもかかわらずここまで名残が届くとなると、相当強力な血鬼術だということがわかる。

 

(……姉さんっ!)

 

鬼の気配が強くなっていく道へと飛び出した。

そこには地面や壁の所々が凍ってしまっている風景と、その中で上弦の鬼の帽子を切り飛ばすカナエの姿だった。

 

「おっとと!いやあ危ない、危うく頸を斬られるところだったよ。

君強いねぇ、最近の柱は強く感じるな」

 

「そうですか」

 

一旦距離を取りお互いに睨み合う中、カナエの近くへと走る。

 

「姉さん!大丈夫!?」

 

「しのぶ、鬼の周りの空気は吸わないように気をつけて。肺がやられるわ」

 

 

カナエがそう言うと目に上弦の弐と書かれた鬼は困ったような顔をした。

 

 

「んー、不思議だなぁ。なんでバレてるんだろう。今までの柱は気づかなかったけどな」

 

 

そう話しつつ手に持っていた鋭い対の扇を軽く扇ぐと白い煙のようなものがかすかに濃ゆくなる。

 

 

(これが、上弦…)

 

 

今まであった鬼達が子供に見えるほど比べ物にならない圧力を感じ、しのぶは冷や汗が背中を流れるのを感じる。

 

 

「以前、柱の方はやられましたが貴方との戦闘で生き残った隊士の証言と身体を調べてわかった情報です。

上弦の弐の近くで呼吸すると肺が凍ると」

 

 

そう言われた上弦の弐は何かを思い出した様子だった。

 

 

「あー、あれかなぁ?風の呼吸使う男の柱、とても強くて殺しきれなかったし、皆殺しにするつもりがその人以外手が出せなかったんだよなぁ」

 

 

あのあと怒られたんだから参ったという様子でヘラヘラとする鬼に刀を構えて駆けたカナエは一瞬の踏み込みで鬼の懐へと入りこんだ。

 

 

《花の呼吸 肆ノ型 紅花衣》

 

 

低い姿勢から鬼を見上げるように放った型は、大きく綺麗な円を描く斬撃を鬼の頸に放った。

 

 

「おっと」

 

 

それを頭を後ろに引く動作で躱しきると冷気が強くなるのをカナエは感じとる。

刹那、空気をも無差別に凍らせる斬撃がカナエを襲った。

 

《血鬼術 蓮葉氷》

 

《花の呼吸 弐ノ型 御影梅》

 

その攻撃をカナエは紙一重で躱しながら自身に近づいていた冷気を無数の斬撃を放って効果がほとんど無になるほどに散らし躱しきって見せた。

 

 

「…本当強いなぁ君、ますます食べてあげたくなっちゃうよ」

 

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 

擦り傷でさえ場所が悪ければ致命傷になり得る血鬼術、しかも近くの空気を吸えば剣士としての力の源である呼吸を出来なくなってしまう。

そんな無茶苦茶な鬼を相手にカナエは擦り傷や服を切られながらも渡り合っていた。

 

 

「…すごい、姉さん」

 

 

あまりに速過ぎる攻防を何度も繰り返す光景を目の前に、実力も毒も完成していない今の自分にはまだ入ることができないと剣士としての本能が感じ取っていた。

 

 

(もうすぐ日が昇る…それまで奴を足止めすることができれば姉さんの勝ち…)

 

 

刀を構えていながらも入る余地がなく動けずにいたしのぶは鬼が背にしている東の山が明るくなっているのを見てそう確信する。

 

しかしそれは鬼も承知の事実であった。

 

「んー、君を食べたいのもあるんだけど、このままじゃあ日に焼かれちゃうから一旦休戦しないかい?」

 

「貴方を逃せば、何百何千と人の命が脅かされるのは目に見えています。逃しません」

 

「だよねえ」

 

そう言った鬼は満面の笑みで扇を広げると小さな氷の存在を作り出した。

 

《血鬼術 結晶ノ御子》

 

「「!?」」

 

「君たちにはこの子達の相手をしてもらおう」

 

その瞬間、作り出された二体は鬼の血鬼術を同じ威力で放ち始める。

 

 

(全力ですらなかったと言うの?!)

 

 

最初からそれを出されていればカナエはきっと殺されていたに違いない。その力をなぜ使わなかったのか理由はわからないが事実として上弦の強さを思い知らされる。

 

自分にも迫ってくる血鬼術をギリギリで躱すとカナエの叫ぶ声が聞こえた。

 

「しのぶ!」

 

「え?」

 

ふと自分に影がかかった気がした。

 

血鬼術で気を取られていた、しかし油断はしていなかった。

 

でも自分が動いたところに上弦の鬼が笑みを浮かべながら扇を広げている姿が視界の隅に見えた。

 

 

「君は簡単に殺せそうだ」

 

 

その瞬間、しのぶの目の前に蝶羽織が見え、赤いものが舞った。

 

 

「姉さん!!!」

 

 

更に扇を振り下ろそうとする鬼からカナエを抱えて後退する。しかし結晶ノ御子がそれに追い討ちをかけてくる。

カナエはまるで人形の様に体に一切力が入っておらず、その事に嫌な考えが頭をよぎるのを必死に振り払う。

 

ギリギリの所で血鬼術を躱すと鬼が笑顔で手を振っているのが見えた。

 

「楽しかったよ、またやれるといいねえ」

 

その瞬間、鬼の姿は目の前から消えた。

 

 

(姉さん!ごめん!ごめんなさい!今すぐ処置したいのに!)

 

 

何度も紙一重で躱していた中、気づけば目の前に視界を埋め尽くすほどの氷の血鬼術が迫っていた。

 

 

(…だめ、避けられない)

 

 

しのぶの心はここで挫けてしまう。

自分よりも大きな人1人を担いで瞬きも呼吸も許さないほどの乱撃で攻めてくる血鬼術を躱していたしのぶの足には力がもう入らなかったのだ。

 

(ごめんなさい…姉さん)

 

肌を凍てつく冷気が触れ、目と鼻の先に血鬼術が迫ってくる。

ふと目から涙を流したその刹那、音も風もなく血鬼術が無くなった。

 

「……え?」

 

なにが起こったのか理解ができなかった。

 

日もまだ山に隠れている。たとえ日で血鬼術が溶けたとしても今の攻撃は確実に私達姉妹を殺しうるものだったからだ。

 

緊張が一気に溶けた瞬間膝が笑い地面にペタンと座ったその時、目の前に誰かが降り立つ。

 

その人の声はとても透き通っていた。

 

 

「遅くなりました。カナエさん、しのぶ」

 

 

まるで天女が舞い降りたと、しのぶがそう錯覚するほどに美しく、朝日を背にして降り立った人物は、大竹雫その人だった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「その時の戦闘で姉さんは内臓に届く深い傷を受けていましたが、その後奇跡的に一命を取り留めました。

ですが腕に負っていた傷が腱を両断してて、剣士を続けることはできませんでした」

 

 

そう話すしのぶからは怒り、悲しみ、後悔が複雑に混ざり合った匂いが溢れていた。

 

 

(きっと…しのぶさんは自分が足手まといになったことを悔いているんだ)

 

 

あの時、姉の力になれなかった自分を、圧倒的な血鬼術を前に諦めた自分を、姉を傷付けた鬼に対しても、両親を殺した鬼という存在そのものにも胡蝶しのぶは怒り、悲しみ、悔いていた。

 

 

「姉さんは意識が戻った後でも鬼に同情し、哀れんでいました。殺されかけておいて仲良くなるなんて、そんな馬鹿げた話はないです。

でもそれが姉さんの想いなら、継子の私は受け継がなければならない。

姉さんの太陽の様な笑顔を、好きと言ってくれる私の笑顔を絶やすことなく…」

 

 

「……無理、してませんか?」

 

 

そう聞くとしのぶはいいえと少しだけ微笑んだ。

 

 

「……確かに嘘ばかり言い、人を襲う鬼に対しては怒っていますし、疲れました。

ですが、それより私は雫様とお館様に恩を返したい。

あの時雫様がきてくれなければ私も姉さんも生きてはいなかった」

 

 

そう言ったしのぶの声とは別の優しい声がすぐ横で聞こえた。

 

 

「私のことはもういいの。しのぶは色々と頑張り過ぎてしまうんだから」

 

「え?」

 

しのぶとはまた正反対から聞こえ、振り返ると胡蝶カナエがしのぶと同じ様に座っていた。

 

(い、いつのまに…?)

 

全く気配が感じることができなかったことに驚きを隠せなかった。

それはしのぶも同じようで驚いている匂いがしていた。

 

 

「そんなに考えなくていいのよしのぶ。私はしのぶの笑った顔が好きなんだから」

 

 

どうやらほとんどの話を聞いていたらしく、しのぶに向かって優しく微笑んだ。

その言葉を聞いたしのぶは少しの間だけ眉間を押さえ、耳を少しだけ赤くした。

 

「ね、姉さんに言われなくてもそのつもりよ。今のは炭治郎君に禰豆子さんの事で元気付けようとしていたところなの」

 

「あらあら、後輩思いのしのぶも好きだなぁ」

 

「ね、姉さん。炭治郎君の前で恥ずかしいからやめて」

 

さっきまでのが嘘のように賑やかになった雰囲気に炭治郎は戸惑っているとしのぶが真面目な声で話しかけてきた。

 

 

「炭治郎君頑張ってくださいね、どうか禰豆子さんを守り抜いて。

君が頑張っている姿を見ると、私達姉妹も頑張れる、気持ちが楽になる。貴方達兄妹に雫様が命をかけた価値がある事を信じます」

 

 

「禰豆子ちゃん可愛いからしっかりと守るのよ炭治郎君」

 

 

「は、はい!頑張ります!」

 

 

片方からはしっかりした声、もう片方からはふわふわした優しい声の美人姉妹に囲まれた炭治郎は顔を赤くしながらも辛うじてそう口にした。

 

 

炭治郎が、無限列車に乗り込むまで約1ヶ月。

 

 

 




ここ数話は色々な過去話の連続になります。

次話は…4日後になりそうです。
もちろん早くかけたらその日に投稿します。


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雫の刻は動きだす【記憶の断片(序幕)】

色々な過去話(主人公主体)

最近少し落ち着きすぎかなと思ったので、構成を少しだけ変えました。

序幕ですので少し短めです。


起承転結
  ↑start


月が雲に隠れ、闇が一層深くなる山の中、一人の隊士は必死に足を前へと進ませる。

 

目には涙を浮かべ、顔は恐怖に染まっており、隊服は血まみれになりながら走り続ける。

 

 

「はぁ…はぁ…柱、柱を!」

 

 

 

 

 

 

この山を登った時、自分含めて十人体制で入っていた。

 

 

『あの山に入った者は戻ってこない』

 

 

その噂が複数の街や村一帯に広がるほどの行方不明者の被害が二桁に達した頃に二度隊士を派遣するもいずれも行方がわからなくなった。

 

十二鬼月、もしくはそれに近い可能性を考慮し付近の街に滞在していた階級甲を二名、その他庚以上の隊士での合同任務となった。

 

 

山へと入って半刻過ぎた頃、山の雰囲気がガラリと変わった。

それはまるで水中にいる様に重たく、そこまで標高のない山のはずなのに相当な高山にいる時の様に呼吸が荒くなった。

 

それの原因はすぐに判明する。

 

 

「なんだ、この数は…」

 

 

誰かが呟いたその目の前には、それは山の斜面を覆い尽くすほどの()()()()()()()だった。

 

 

 

冷や汗が全身から吹き出すのを感じ、皆すぐ様抜刀したが、頸を斬っても死なず、圧倒的な数の前には手も足も出なかった。

辛うじて生き残った隊士は山の麓へと逃げ延びていた。

 

 

(那田蜘蛛山とは比べ物にならない被害が出るぞ!はやく!早く知らせなければ…!?)

 

 

その瞬間、目の前に一人の女の子が降り立った。

 

 

「タすケテヨ、オニィサん」

 

 

振り返ったその少女は感情のない顔で、目の全てが黒く、目を通して向こう側の闇が見えているような目と目が合った瞬間ふわりと右へ体が流れていく。

 

 

「…え?」

 

 

 

地面へとそのまま倒れる。何が起こったのか理解ができずにいたがその少女の横に新たに現れた子供が何かを手に持っているのが見えた。

 

 

「…あ、あぁ…」

 

 

それが自分の右足だと理解したのは、ぐちゃりと音を立てながら食べられた時だった。

 

その瞬間、夜の暗闇の中で影が自身を囲い込む。

もはや焦点を合わない目線だけで見上げると、先ほどの少女と同じく、闇に溶け込んだ目をむけながら純粋な笑顔で笑う子供達だった。

 

 

「う、うあああぁぁぁあ!!」

 

 

 

 

 

 

隊士がいたところを月明かりが雲の隙間から照らし出す。

 

 

そこには引き裂かれた隊服と血溜まりしか残されていなかった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

体が地面に立っているはずなのに浮遊感に襲われる。

 

 

(また夢ですか)

 

 

手を引っ張る両親と思われる男女を見上げる。

この夢は初めて見た時以降、数ヶ月に一度の頻度で見るものになっており、もはや何本の木とすれ違ったのかすら数える余裕ができてしまうほど繰り返し、今ではすぐに夢だと自覚できるほどになった。

 

夢の中にいる自分は首や目を自由に動かせず、依然として山崩れの時に聞こえた声の方向を見れていないし、男女の2人が土砂に飲み込まれるところを何十回と見ているが、なにも手掛かりになるものは見つけることができずにいた。

 

しかし、この日は少しだけ変わっていた。

 

(……ここは?)

 

どうやら何かの建物の中にいるらしい。

大きな部屋の中で視線の低い自分はただ動かずに座っている様だ。

 

(…何の夢でしょう)

 

そう思った時、部屋の引戸が力強く開けられ、入ってきた眩い光に目を細める。

外の太陽の光を背に中へ歩いてくる人物は、自分の夢に出てくる手を引っ張る男性だった。

 

(これは、あの夢の前の記憶?)

 

男は焦った様子で何かを話しかけながら、手を引っ張って外へと出た。

建物の正体はどうやら寺らしく、それらしき建物と庭が見え、そのまま門から出たその瞬間、「神童院」と書かれた看板が横目で見えた。

 

そのまま森の中へ入り、寺が見えなくなった頃、前方の木からいつも夢に出てくる女性が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってくると少しだけ話をした後、山の奥の方へと走り出す。

 

その森の様子と手を繋ぐ男女を見上げるその風景は何度も見た夢のそのものだったが、そこで世界は明るくなっていく。

 

その瞬間体が引っ張られる感覚に襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました部屋の中はまだ暗く、わずかに月明かりが部屋の中を照らしていた。

ふぅと吐いた息は月明かりに照らされ、白く色付くと空へと溶けていく。

深夜には屋敷の中でも白い息が出るほどに冷え込む、季節は秋だ。

 

 

(あの寺が、私の過去を知る手掛かり…)

 

 

布団から上半身だけ起き上がらせた雫はそう考えていると、頬の上が一筋冷たくなっていることに気づき、指で撫でると指先は濡れていた。

 

 

(……私、泣いて…)

 

 

何度も見た夢のその前の出来事を見れただけ、それでも雫にとっては大きな一歩だった。

 

 

「……あそこへ行くことが過去を知ることになる」

 

 

本当の自分がきっとそこに行けば分かる。

 

そう考えていると、ふと炭治郎が聞いてきた言葉を思い出す。

 

 

『……どうして雫様は、そこまで強くなれたのですか?』

 

 

自分と関わってきた人物はふと純粋に気になって聞いてくる。

そしていつも私は話す前に考える。

 

私がここまで強くなれた理由?そんなの言えるはずもない。なぜならそれは

 

 

(…神様の気まぐれがなければ私は当の昔に死んでましたよ、炭治郎)

 

 

日々誰よりも厳しく鍛錬してきた。時止めの力と言う力も鍛えた。

それでも鬼殺隊に入った頃、何度も死んでいるようなものだ。

運悪く初見殺しの相手に最初に遭遇したのもあって発動したのは片手で数えられるほどと言っても、結局生きていられるのは時止めのお陰なのだ。

 

 

(なにが強くなりなさいですか。なにが覚悟ですか。貰い物の力がなければ死んでたくせに…)

 

 

自分以外の人間は皆致命傷を回避するのは自分の実力のみが頼りで、必死で戦っている。

今でこそ時止めの力を使わず柱達を相手に立ち回れると言ってもだ。

 

魁になってから今まで上弦との遭遇の情報を聞いて駆けつければいつだって手遅れで、救えた命など片手で数えられる程度だ。

 

何年も見てきた夢に進歩があった事、ふと思い出した炭治郎の質問でお世話になった柱達を救えなかった過去を思い出し、感情が二転三転した雫は自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 

(……今日はダメな日ですね)

 

 

雫は一旦深呼吸をして気持ちを切り替える。

 

 

すると縁側の廊下に鴉が月明かりに照らされて襖に影を映しながら降りてくる。

 

 

「……ご用件は?」

 

 

「雫様、至急産屋敷邸へとお急ぎください、緊急です」

 

 

「分かりました。すぐに向かいますと伝えてください」

 

 

雫はすぐに隊服へ着替え、刀を持ち狐面を被った。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

日が沈み込んで夜が更けはじめた頃、産屋敷にはある一報が入っていた。

 

 

「階級甲二人が率いた十人小隊が全滅したそうだ」

 

産屋敷輝哉は蝋燭の明かりを付けた部屋で呟いた。

 

 

入った者は帰ってこないと噂になっていた山に鬼がいる可能性が極めて高いと判断し、魁稽古も受けた事のある上級隊士を含めた十名での任務であったが、山に入ってわずか半刻ほどで全滅との報告が鎹鴉によって伝えられる。

 

相手は数え切れないほどの鬼と頸を斬っても再生するという報告もある。 

もしそれらが山から村や町へ降りてしまえば、以前の那田蜘蛛山と比べ物にならない、それどころか歴史上最悪な犠牲が出る可能性があった。

 

その情報を一通りまとめた産屋敷の前には雫が座っていた。

 

 

「以前の私を狙った血鬼術でしょう。他の皆では荷が重い可能性がある、私が行きます」

 

 

雫の報告にあった鬼達と酷似する点があることも考慮すればそう判断するのは当然のことだった。

 

「雫を誘き出す罠かもしれない。数も多い、雫が先行してすぐに柱数名と上級隊士を多数派遣しよう、構わないかい?」

 

 

「ええ」

 

 

それではと雫は言い残し、静かに部屋を出て行くとそこで気配が消える。

 

 

(あんな風に機嫌の悪い雫は、あの日以来かな)

 

 

ふと雫が上弦の肆を相手にして意識不明になった後、目が覚めた日のことを思い返す。

 

 

『私から見れば、あなたの方がよっぽど化け物だ。産屋敷輝哉』

 

 

面と向かって化け物と言った人は今もこれからも雫だけだろう。

まだ目が見えていたあの時、お面をとった雫の顔も鮮明に覚えている。

寝顔でも、ふとした表情でも、人形細工師が何年もかけて作り上げた一つの完成品の様に整った顔を。

 

 

(雫、私から見れば君は、化物を超えた何かだ)

 

 

その時襖の前に何者かの気配が現れ、名を名乗る。

 

 

 

「入っておいで、君達には任務前に一つお願いがあるんだ」

 

 

 

これから様々な出来事を予告しているかのように、夜空には分厚い雲が月明かりを隠そうとする。

 

 

 

雫の心の中で止まっていた刻がカチリと大きな音を立てて動きだす。

 

 

 

 

夜はまだ、始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「記憶の断片(壱)」

鬼側の思惑と久々となる雫の戦闘。その中で思い出す五歳以前の過去。

1話ずつが良いのか数話ずつ揃えた方がいいのか、希望があればやり方合ってるか分かりませんがアンケートを用意しましたので教えてください。よろしくお願いします。

あと次からの投稿は一話五千文字以上の長文で書こうと考えてますのでいつ投稿になるかわかりませんが、休日の間に書き進めれるよう頑張ります。





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記憶の断片(壱)


遅くなってすみません…頭の中でキャラ達の会話が全く想像できなくて全然進んでないです…。

とりあえず一話なんとか書けたので載せます。


- 記憶の断片(壱) -

 

 

 

暗闇と静寂に包まれた寺の中、部屋の真ん中に蝋燭の火が辛うじて周りを認識できるほどの光を放ってくれていた。

ガタガタと揺れる襖は穴だらけで、そこから風が部屋の中を通り過ぎていく。

 

薄暗い部屋の中、西洋の服を着た男の老人、奈落は胡座で座りながら隙間風に揺れる蝋燭の火を眺めながら鬼舞辻無惨の言葉を思い出していた。

 

 

『奴を殺せたのなら、貴様を新たな上弦として迎え入れよう』

 

 

口端を吊り上げ、頬が何重ものシワを作りながらその老人は笑い、掠れた低い声で呟いた。

 

 

「こんな形で会えるとはな、大竹雫」

 

 

その時隙間風がひゅうと音を立てて強くなる。

蝋燭の火が小さくなり、瞬きの間の暗闇が部屋を包み込んだ中、奈落は掠れた声で呟いた。

 

 

「是非とも私の力で…君を殺してやろう」

 

 

僅かな残り火で再び部屋を照らしはじめた蝋燭の前には、奈落の姿はなかった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

風が枝葉を揺らし、木々の隙間を通り過ぎていく音が鳴り響く中、雫は駆けていた。

報告にあった山の名は鷹帯山、柱や雫の速さならば二刻程度で着ける距離であった。

 

 

(あの山を超えた先ですね)

 

 

崖などの障害をものともせず、ひたすら最短距離で向かっていると、一気に木々がなくなり、視野が広がる。

目の前に緩やかな傾斜で広がる鷹帯山を視認した時、風で流れてくる空気が明らかに淀んでいく事に気づく。

 

 

「これは…鬼の気配?」

 

 

これまで斬ってきた鬼、十二鬼月といったものから感じる気配とは変わったような気配を感じ表情を険しくさせつつ、鷹帯山へと入山する。

 

鷹帯山の中は案の定空気が重く、この山に鬼の存在がいることを確信すると、風が吹く中で血の匂いが充満している場所に辿り着いた。

 

 

(……ここでやられたんですね)

 

 

そこには引き裂かれた隊服、投げ捨てられた日輪刀、明らかに死んでいる量であろう血溜まりが辺り一帯に所々残されていた。

 

雫は引き裂かれた隊服の一部を拾い、握り締める。

 

 

「……必ず、私があなた達の犠牲を無駄にはしない」

 

 

そう言い残し、懐へ仕舞うと更に気配が濃く、空気が淀んでいる山の奥へと進んでいく。

すると大勢の小さな笑い声が耳に届き、足を止めた。

 

暗闇の中、目の前の木々の隙間を覆い尽くすように白い着物を着た子供達が数えきれない程立っていた。

 

 

「………」

 

 

雫は何も言わず、静かに柄を握りゆっくりと抜刀する。

その間にも周りからはクスクスと子供の笑い声が響いている中、一瞬風の流れが止まった。

 

 

それと同時に周りの子供達が人間には出せない速さで飛びかかってくる。

それはまるでしけた海の波のように、壁を作り出すように圧倒的な数であった。

 

雫はその光景を目の当たりにしても焦りはなく、すぅと息を吸った。

 

 

《水の呼吸 改 流流・打ち潮》

 

 

その瞬間、全方向から飛びかかっていた子供達は頸は勿論、手足や胴が全て細かく切り分けられて地面へと落ちていく。

 

 

「……頸を斬っても死なないと言っても、ここまで斬られればしばらくは動けないでしょう?」

 

 

以前の遭遇で流の雫で仕留めたものの、今回はあまりに数が多いため、細かく切り分けて戦闘に参加できるまで再生する時間を稼ぐ戦法を事前に考えていた。

 

 

 

ぐちゃりぐちゃりと再生する子供達の体はやはりゆっくりで時間がかかっていた。

その事を確認しつつ、開けた森の奥へと駆けていく。

その間にも黒い目をした子供達や異形の鬼などが休む間もなく襲いかかってくるが、勢いを殺さずに斬り刻んでは更に進んでいく。

 

 

(……この子供鬼…血鬼術を使ってこない?)

 

 

既に五百は超えたであろう襲いかかってきた相手は斬ってきたが、黒い目をした子供は血鬼術を使ってきていなかった。

 

 

(……なにか制限があるのか?)

 

 

戦闘が始まって半刻過ぎた辺りで、山の中腹へと進んでいた時、赤い麻の花模様の着物を着た十歳程の少女がこちら見て立っているのを視認した。

 

 

 

着物が他とは違うことに少しだけ疑問に感じつつ刀を振り下ろした瞬間、その少女は綺麗な笑顔でこう言った。

 

 

「大きくなったのね、雫ちゃん」

 

 

「!?」

 

 

その刹那、瞬きの時間、雫は振り下ろした刃を止めてしまった。

名前を言われた事に、聞き覚えのある声だと感じてしまった事に、目を見開いて驚き、思わず体が固まってしまう。

 

 

(私の、名前?)

 

 

もちろんその隙を相手が逃すはずもなかった。

 

刀が止まった瞬間、少女はその笑顔を貼り付けたまま指を尖らせた右手を雫の顔へと突き出していた。

 

 

「っ!」

 

 

その攻撃は避けずとも頬を掠める程度の物だったが爪の先が黒ずんでいるのを確認し、毒の可能性を考えて辛うじて躱す。

 

その爪は狐面の右頬に一筋の傷をつけた。

 

不安定な体勢を立て直すと少女を斬らずに雫は距離を取る。

 

 

「やっぱり雫ちゃんだよね?匂いでわかるもん。いつぶりかな?十何年ぶりじゃない?」

 

 

久しぶりにあった友達との会話をしているかのように、その少女は華やかな笑顔で楽しそうに話しかけてくる。

 

頭の奥が熱くなり、頭痛が頭の中を駆け巡る。

あまりの痛さに左手で刀を構えながら右手で頭を押さえる。

嫌な汗が身体中から出てくるのを感じつつ、問いかけた。

 

 

「……誰ですか?私は貴方のこと知りません」

 

 

そう言うと少女はキョトンとした顔になると焦るように話し始めた。

 

 

「え?いやいや、ほら私、少しの間だけ一緒に暮らしてた土屋文子、覚えてない?」

 

 

 

「…しらな…」

 

 

その瞬間、頭の中にさまざまな場面が溢れてくる。

その中に目の前と同じ少女が笑いかけてくる光景が鮮明に蘇る。

 

 

『雫ちゃんはなんで喋らないの?きっと可愛い声だから私聞きたいなぁ』

 

 

(……これは、なに?)

 

 

次に溢れてくる場面は、夢に出てくる女性が優しい笑顔で話しかけてくる。

 

 

『千鶴は凄いねぇ、年上の人を簡単に倒しちゃうなんて。きっと神様に愛された子なんだわ』

 

 

(まただ、また私のことを千鶴と…)

 

 

更に場面は変わり、白髪の老人が掠れた優しい声で話しかけてくる。

 

 

『すみません、私の大切だった人の名が千鶴でして、ここでは貴方のことを雫と呼んでもよろしいですか?』

 

 

(そうだ、私はあの時、あの人に…あの人って誰?)

 

 

その瞬間、右から頭の横に迫ってくる爪に気づいた。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

ギリギリで刀で受けるが頭痛が酷過ぎて思い通りに動けない。

 

 

「どうしたの雫ちゃんボーッとしちゃって、動きが鈍くなっちゃったよ?」

 

 

(この子、さっきから致命傷にならない攻撃を…!)

 

 

更に詰めての爪の攻撃は確実に右腕を狙っていた。

躱そうとしたその瞬間、脳内を直接殴られたような頭痛が走り、体が一瞬硬直してしまう。

 

技を放とうにも息が荒すぎて空気を取り込めない。

 

 

(…一か八かっ!)

 

 

爪が腕に触れる瞬間、辛うじて瞬きを発動させる。

 

 

《時の呼吸 ニノ段 流の雫》

 

 

これ以上この子供との戦闘は危険過ぎると判断し、至近距離から最小限度の流の雫で消しとばした。

 

 

「…ぶはっ!ごほっ!…はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

再生する様子もない少女を眺めながら呼吸を整えて考える。

あの記憶はきっと事故前の記憶で間違いない、しかしなぜここまで思い出せば思い出すほど頭が痛くなるのかが分からなかった。

 

 

(……前へ進みましょう)

 

 

ここで考えていても時間の無駄だと判断し、幾分重くなった体を持ち上げて森の奥へと足を進めて間もなく、森にかすれた声が響いた。

 

 

「ようこそ魁…大竹雫」

 

 

声を聞いた瞬間、一段警戒心を高める。

その声に違和感を感じ、眉を顰めながら動揺と疲れを見せないよう落ち着いた声で話しかける。

 

 

「……貴方が元凶ですね?隠れてないで出てきたらどうですか」

 

 

掠れた声はその言葉を鼻で笑う。

 

 

「今前に出たらその瞬間、私の頸は斬られるのだろう?」

 

 

「貴方は一体なんの血鬼術なんですか?頸を切っても死なない鬼を作り出すなんて、とても稀有な能力ですよね」

 

 

そう言うと嬉しそうに笑う声が聞こえた。

 

 

「そう!素晴らしいでしょう?この能力は私が研究してきた成果です」

 

 

その言い方はまるで、研究したからこそ今の能力を手に入れたように聞こえる発言だった。

 

 

「……そう聞くと最初はそこまで強い能力ではなかったように聞こえますね」

 

 

そう問うと声の感情に波が見え始める。

 

 

「いいや…いいや!私のこの力は素晴らしいものだったんだ!

しかし、この力は人間の私が使うには、重すぎた、不可能だった。だから私は…鬼へとなった」

 

 

掠れた声が山に響く中、その発言に疑問を抱く。

 

 

(…人間の時から既に、この力を持っていた?)

 

 

この鬼ももしかしたら鬼舞辻無惨のように何かしらの事情で特異な存在になったのだろうかと疑問を抱くも、掠れた声は静かに話し続ける。

 

 

「大竹雫、私は君に感謝したい。あの方は鬼が群れることを嫌う、君の存在がなければ私は今頃殺されていた。だから…だから感謝として……君を殺してあげよう」

 

 

その声とともに森の暗闇から今まで再生していたであろう白い子供達、それと混ざって新たに強い気配を持った鬼が4人迫ってくる。

最初よりも多く、強力な鬼が様々な血鬼術を放ってくる中、焦らず刀を下手に構える。

 

タイミングもわざとずらしながらの集中攻撃は逃げ道がない状況を作り出していたが、そこで一つの疑惑に確信を持った。

 

相手が自分を攻撃する際、体の急所をわざと外して攻撃しているのだと。

 

 

(…なにかしらの形で私の能力に気づいたのか)

 

 

それも当然だ、最初にやっていた時の呼吸縛りも、鬼舞辻の血が濃ゆい下弦陸、上弦の肆、以前の鬼の群れとの戦闘で情報は十分持っているのだろうからだ。

 

 

「まぁ、分かったところで意味はないですけど」

 

 

すぅと浅く息を吸い、止める。

 

 

《時の呼吸 三ノ段 水鞠》

 

鈍間な時の中で雫波紋突きよりも二段三段上の高速な突きを数千に渡って全方向へ放った。

 

速い突きで刀身に纏っていた青紫の水が雫となって鞠のように綺麗な丸を形作りながら全方向へ放たれる。

時が戻り、隙間なく囲っていた子供と鬼の体がその水鞠に触れた瞬間、殆どの敵が僅かな肉片を残して消しとんだ。

 

 

「数が多ければいいって話ではないですよ」

 

 

刀を何千と振る流ノ雫とは違い、水鞠は高速突きを何千と放ち、攻撃範囲が狭くなる代わりに体力の消耗が半分以下に抑えられるものだ。

攻撃範囲が狭くなる分、突く威力や速さは振るよりも一段上になる。

 

 

地面へと落ちた肉片が再生を始めるのを見つつ、頭痛が響く中声の気配を追って森の奥へと駆けた。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

雫が山の中腹辺りで水鞠を放っていた頃、赤帯山へ入山した直後から襲いかかる子供たちの襲撃をものともせずに突き進む五人の姿があった。

 

 

 

「さっきから斬った奴らが後ろで数増やしながら追ってきてるぞ、気を緩めるな」

 

 

「うん、了解」

 

 

「雫様はどこまで行かれたのでしょう…本当に速いですよねぇ」

 

 

「………」

 

 

「あの方のことだ、もう十二鬼月を追い詰めててもおかしくねぇ」

 

 

 

彼らが雫と合流するまであと一刻。

 

 

 

夜が明けるまで、あと二刻。

 




途中で寝落ちして一話まるまる取り消しボタンで消去すると言う大惨事がありました。泣


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記憶の断片(弐)

重めの風邪をひいたり休日に会社の飲み会が入ったり親戚の集まりがあったり、……小説全然進まなくて申し訳ないです。








「奈落殿の助太刀に行かなくてもよろしいのですか?」

 

 

襖や畳の間が上下左右関係なく混ざり合い、重力を無視したかのように無造作に作り上げられた世界で、1人の男が重力を無視して天井に立っている着物姿の女性の姿をした鬼舞辻へと話しかける。

 

 

「よい。貴様が奈落の元に行ったとして、奴に殺されて終わりだ」

 

 

「それでは奈落殿の血鬼術を私達に使えばよろしいのではないですか。弱点である頸を斬っても死ぬ心配がないとは、とても大きな利点でしょ…う?」

 

 

「それは違う。私が奴にくれてやったのは手駒にする価値もないと判断したただの無能な鬼共だ」

 

 

いい終わる瞬間、男の視界は鬼舞辻の姿を下から見上げていた。

 

 

「お前は私に殺されたいのか?」

 

 

鬼舞辻の雰囲気と声が怒りに染まる。

頸を斬られ鬼舞辻の掌に持たれていると理解するが、尚楽しそうに微笑んだ。

 

 

「実際何体かの下弦の鬼は奈落殿に提供してるではありませんか、それに素材も俺のところから提供もしましたし、上弦の皆が頸を弱点としないのであれば確固たる優位を持つことになりましょう」

 

 

鬼舞辻はその言葉を聞いて更に怒気を強くする。

 

 

「私の血を分け与えた鬼に()()()()()()()事自体、不愉快極まりない。大竹雫の存在がなければとうの昔に殺している」

 

 

そう言うと頭を上へと落とされた。

 

 

「奈落には大竹雫の腕一つでも奪ってくれればあとは殺していいと思っている」

 

 

頸だけで転がりながら鬼舞辻を見上げた。

 

 

「ならばどうして俺だけ呼んだのですか?」

 

 

「お前は加勢に来ている柱達の相手だ。最初から手加減を加えなければ充分()()()にはなるだろう」

 

 

「…それはそれは」

 

 

そう言い残して琵琶の音と共に姿が見えなくなった後首だけで転がりながら笑った。

 

 

「…それはとても、楽しそうだ」

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

雫がいなくなってしばらくした産屋敷邸で増援として指示を受けた5名は産屋敷に一つ頼みごとをお願いされていた。

 

 

『どうしても胸騒ぎがしてね、きっと雫には何か不吉な事が起こると思うんだ。

ただの勘だけれど、もしそのような事があれば雫を助けてほしい』

 

 

そう話したお館様はいつもの微笑みを潜めていたのが心に引っかかった。

森の闇から四方八方に飛びかかってくる小鬼達を切り刻む5人の中の1人、不死川実弥は産屋敷邸へと集められた際のお館様の言葉を思い出す。

 

 

 

(雫様に不吉な事?)

 

 

 

どれだけ本気を出してもかすりもしない実力者をどう手助けすればいいのかわからなかったが、あのお館様がいつもの微笑みを隠してまでお願いしたのだ、疑問にも思いつつ一言で了承して雫様の後を追っていた。

 

 

 

「よくこんな数の中1人で進めるな」

 

 

ふと1番先頭を走る鱗滝錆兎がボソッと呟いた。

 

 

「しょうがないよ錆兎、だって雫様だし」

 

 

錆兎のすぐ後ろに走っていた鱗滝真菰がそれが常識だと言わんばかりに微笑みながら返事すると、真菰のすぐ右横を並走する胡蝶しのぶがそれに賛同する。

 

 

「真菰さんのいう通りです。それよりこの鬼達私の毒で動かなくなるのはいいとして効きにくいのが少し癪にさわりますね…」

 

 

「…あまり前に出過ぎるな胡蝶」

 

 

「え?冨岡さん喧嘩売ってます?」

 

 

ほんの僅かながら不満顔をしている胡蝶に対して返事をしたのはさっきから一言も喋っていなかった全体の左後方を走っている冨岡義勇だった。

 

雫への増援として送られていた柱は3人、水柱鱗滝錆兎、蟲柱胡蝶しのぶ、風柱不死川実弥。

 

その中に階級甲でありながら優に柱の実力を持っていると認められている真菰、義勇の2人は雫と同じ流派として、今回の任務に加わっていた。

 

 

 

(……うるせぇな)

 

 

 

そう話す全員を一望できる後方を不死川は走っていた。

 

 

(…雫様、どこまで進んでやがるんだ)

 

 

斬っても斬ってもまるでウジのように湧いてくる子鬼達を細切れにしながら、不死川は雫との最後の会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

「待ってくれ雫様」

 

 

柱合会議が終わった後、1人で屋敷に向かっている雫を追いかけていた。

 

 

「…どうしました不死川…そんなに慌てて」

 

 

雫様はいつもの落ち着いた透き通る声で返事をした。

顔は見た事はないが、きっと微笑んでいるのだろうと想像できる声だ。

 

 

「…なんで貴方は、裁判であのような事をしたんですか」

 

 

そう問いかけると少し首を傾げて考える素振りをした。

 

 

「……炭治郎の事に首をかけた件ですか?それはもう言ったでしょう?1ヶ月ほど前から私も容認してい「ちがう!そこじゃねぇ!」…」

 

 

いつもは気持ちが落ち着くその声も、今だけは耳に入ってきても体の中を気持ち悪く巡る。

遮った自分の言葉を待っているであろう雫様へ拳に力を入れながら疑問を投げかけた。

 

 

「なんで…なんで貴方ほどの鬼狩りが自分の腕を斬ってまで鬼を助けたんだ!」

 

 

 

俺は知っている。大竹雫という人物がどれほど鬼に対して強い憎しみと怒りを持って葬ってきているのかを。

煉獄家に柱同士の稽古をしに行った時、元炎柱煉獄槇寿郎が気まぐれで雫様が魁になるきっかけとなった夜の出来事を話してくれた事があった。

 

煉獄父曰く、大竹雫という人物は誰とも比べることのできない天賦の才を持っており、なおかつ鬼に対しては人の形をした化け物のように恐ろしくなるのだと。

上弦との戦闘で見た雫様の姿はまるで人間ではなく、鬼のようだったと語った。

 

 

俺は知っている。雫様が柱以上に多忙な中、合間を縫ってまで隊士達の指南役を務めていることで、鬼殺隊全体の質と生存率は格段に上がっている。

 

俺が柱になるきっかけとなった下弦の壱との戦闘は俺を鬼殺隊へ誘ってくれた友人との共闘だったが、魁稽古がなければどちらか1人は死んでもおかしくなかった。

 

 

 

全てが尊敬に値するものばかりだ。

 

 

 

ここまでのことを知って、理解して、なのに鬼を救うために自身の腕を切ってまで助けたのだ。

あの雫様が自分で腕を切って鬼を庇うなど、信じられず腕から流れる血を見たときは混乱のあまりなにも反論が返せなくなった。

 

 

大竹雫という人間は絶対的な鬼殺隊最強の矛、鬼を葬ってきた数も救ってきた人の命も圧倒的だろう。

 

ほんの僅か、怒りの感情を感じ取れる声で答えてくれた。

 

「私は確かに鬼が憎い、私の日常を壊していく鬼達はすぐにでも殺し尽くしてやりたいくらいに。

でもね不死川、私が鬼と呼ぶ存在は、本能のままに人を殺め、それを喰らう存在だと思っています」

 

 

そう話す雫様の雰囲気がどんどん淀むのを感じ、先のような言葉がでない。

 

 

(…俺が、気圧されている?)

 

 

「禰豆子は我慢して理性を保ちながら人を食わずに2年以上も耐え抜いた、この事実をどう受け止めるのかは貴方次第ですが、この千年以上の歴史で初めて人を食わず、鬼と戦う鬼が現れた。

鬼だからと言ってその事実や人の話を無視してすぐに殺そうとするなど、愚かな人間のすることだと私は思う」

 

 

気づけば額に汗が滲み出ており、口の中が乾き、唾は飲み込む量もなく、しかし喉はゴクリとあるはずのない唾を飲み込んだ。

 

 

「不死川、君は柱だ。

この鬼殺隊を支え、柱として鬼殺隊の歴史に名を残す存在の1人だという事を、ちゃんと理解しているか?」

 

 

初めて大竹雫という人物が見せた僅かながらの怒りの感情は、それだけでも冷や汗をかかせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…あの兄妹を認めるなんて俺には……)

 

 

 

「不死川さん!」

 

 

「!!」

 

 

会話を振り返っていた時、胡蝶が俺の名を叫んだ。

 

 

真上から何かが来ていると直感で感じ取り、ただただ本能のままに横へと飛んで回避する。

 

 

ズンと山全体に轟いたのではないかと思える音が響き渡る。

自分や他の皆が今までいた所には、大きな氷の塊が地面へと突き刺さっていた。

 

 

土煙が舞う中、軽い調子の声が聞こえる。 

 

 

「今のを避けるなんて、流石柱と言うべきなのかな?」

 

 

ざわっと全身の毛が逆立つ感覚に襲われ、下弦の鬼とは比べ物にならない鬼と理解する。

 

 

「上弦の弐!!」

 

 

近くに躱していた胡蝶しのぶが、怒りの感情を乗せた声でそう叫んだ。

 

 

「あれ?君はどこかで見たことある顔だなぁ。でもごめんねぇ、今回は本気で相手しなくちゃいけないから遊ぶことはできないんだぁ」

 

 

《血鬼術 結晶ノ御子》

 

 

その瞬間、小さな氷の人形のようなものが五体現れ、氷の血鬼術を高い威力で全員に向かって放ち始めた。

 

 

「皆さん気をつけてください!あの鬼の近くで呼吸すれば肺がやられます!血鬼術の氷の人形は上弦と同じ威力の術を放ちます!」

 

 

 

 

ニ体は空気を凍らし、三体は蓮華の形をした氷を操り、恐ろしく殺傷能力が高い血鬼術を広範囲にわたって放ち始める。

上弦の鬼はその血鬼術の後ろでニヤつきながら扇をひらひらさせていた。

 

 

「最近の君達は本当に強いからね……手加減は無しだ」

 

 

雫様と煉獄愼寿郎が上弦の肆を討ち取るまで、百年余り歴代の柱達が勝つことすらできなかった上弦を目の前にして、思わずにやける

 

 

「上等だぁ、その頸ねじ切ってやんよぉ」

 

 

深夜で冷えていた山の空気が触れるもの全てを凍らし、切り裂く武器となって五人へと襲いかかった。

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

鷹帯山の奥深く、山頂まで後少しのところまで雫は足を進ませていた。

頭痛はいまだに続き、体は重く感じる中、声の主の気配を追っていた。

 

 

『すみません、私の大切だった人の名が千鶴でして、ここでは貴方のことを雫と呼んでもよろしいですか?』

 

 

先程から鬼の声を聞いて蘇った記憶の中でそう話しかける老人の事を重ねてしまう。

 

 

(……私の過去に関係してるのは間違いない)

 

 

そう考えている間にも四方八方から子供達が襲いかかってくる。

しかも序盤に戦った子供達よりも自我を持ち、一段と素早さや力が上がっていて少し厄介になっていた。

 

 

「狐のオネェさん私と遊ボ」

 

「とてモおいしソウな匂い」

 

「オなカヘッた」

 

 

 

襲いかかってくる子供達を細切れにしては勢いを殺さずに進み続ける。

 

 

「……気がおかしくなりそうですね…」

 

 

言葉が流暢に話せる子供達は無邪気な雰囲気を纏っていた。

そのため鬼と分かっていてもここまで多いと気が狂いそうになる。

 

 

そんな中、長い階段のような物が茂みの隙間から見え、そちらへ足を進める。

 

 

「………これは」

 

 

その階段の先にあったのは大きな門を開け放った寺であった。

別にそれだけならなんとも思わなかった。しかし雫が驚いたのはその門にかけてある物。

 

 

「…神童院」

 

 

それは夢で見たあの寺だと証明する物他ならない看板であった。

 

胸騒ぎがする。

 

固唾を飲み込み、一つ深呼吸を挟んで階段を登る。

 

 

大きな門をくぐり抜けた先には、大きな寺の本殿とその横や奥に複数の寺屋敷があり、中庭には砂利が敷かれ、真ん中には1人の西洋風の服を着た白髪の男が背を向けていた。

 

すぐ斬っても良かったが、先程戦った文子という少女との過去の記憶や、この声自体がどこかで聞いたことがある気がすると感じる謎を解き明かしたかった。

 

 

 

「…こっちを向いたらどうですか?」

 

 

そう問いただすと男はふふと抑えた笑いをした。

 

 

「ここまで無傷………さすがだ大竹雫、やはり君は神に愛された子なのだろうな」

 

 

「……?」

 

 

 

何か嫌な予感がすると、そう直感し眉間にシワを寄せる。

 

 

 

「こうして顔を合わせるのは十何年ぶりだな雫…いいや、千鶴」

 

 

 

 

 

こちらへと振り返った鬼はそう言い放ち、雫は目を見開いた。

 

 

 

「…………なんで」

 

 

 

 

存在するはずがないその顔は理解ができずとも徐々に確信に変わっていく。

 

 

 

 

 

 

「随分と大きくなったな」

 

 

 

 

 

顔を見たその瞬間、頭の中でつっかえていたなにかが外れ、千鶴と言われていた頃の記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…()()?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月は分厚い雲に阻まれ暗闇はより一層暗く、吹き荒れる風はどこからか湿った空気を運ぶ。

 

雫に不死川達が合流するまで、あと半刻。

 




冨岡の「…あまり前に出過ぎるな胡蝶」の本文は「お前の毒は量が限られている。この数相手には分が悪い、必要以上に毒を使わないようにあまり前に出過ぎるな胡蝶」です。

雫の元に五人の中で誰が先に辿り着けるのか…予想して…みて…な。


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《番外編》とある女性隊士の日常日記



本編に僅かに登場した人物の裏話。

少し前に書き置きしてたので番外編で載せときますね。


 

 

 

 

 

私の名前は大塚凛、鬼殺隊には両親を殺されたというありふれた理由がきっかけで入隊する事になりました。

顔は…お見合いの話が2人来ていたので、まあ悪くはないはず、と信じます。

 

この日記は私が残したいと思った出来事やその時の感情を書いていきたいと思います。

 

 

私には才能という才能がからっきしなようで、今いる育手の人にも隊士になるのは諦めたほうがいいと隠を進められるくらい才能のない人間のようで今日はすこし落ち込みました。

 

ですが両親を殺した鬼を目の前で斬ってくれた鬼殺隊の方が女性だったのもあって強い憧れを抱いていた私は、鬼への復讐心も相俟ってそんな簡単には折れません。

 

もっと頑張ろうと思います!

 

ーーーー

 

修行をして2年がたちました。

他の同期の子供達は皆最終選別に行ってボロボロで帰ってきたり、帰ってこなかったりするのをいつも眺めて、泣きました。

 

私はあの最終選別を受けて帰ってこれるだろうか…、私よりも強い人達が帰ってこなかったのに。

 

 

ーーーー

 

 

前の日記から半年経ちました。

育手の方がやっと折れてくれて最終選別へと向かうことになりました。

ちなみに私は水の呼吸を使いますが、先に言った通りあまり水のような型を繰り出す事はほとんどできないままです。

とても不安で夜も眠れません。明日出発なのに…。

 

 

ーーーー

 

 

 

なぜか生き残れました。

 

 

理由は単純、鬼と出会わなかったです

 

7日間で遭遇した鬼は二体のみ、動きが速い鬼でもなかったから傷は受けましたが、それほど苦労せず生き残れました。

 

なぜここまで少なかったのか不思議で、とりあえず出発地点へと帰れば、他の人達は皆狐面を被った女の子に感謝を述べていました。

どうやらその子のお陰で鬼の数も減ったおかげで生き残れた人の数は増えたようです。

 

すぐにありがとうと感謝を伝えました。

 

その子は少しだけ震えた雰囲気を纏いながら「そこまで感謝されることではありませんよ、これから頑張りましょう」と言って、入隊手続きを終えたあとすぐに姿を消していた。

 

きっとあのような人が柱になる剣士なんでしょう。

 

とりあえず早く刀が届いてほしいです。

 

ーーーー

 

 

1年過ぎました。

 

私は3日前に初めて内臓に届くほどの深傷を負いました。

今までは基本合同任務で異形の鬼を相手にしたことはあったものの、その時は単独任務で鬼は異能の鬼、全身から刃物を自由に生やせる血鬼術で、最初の接触で腹に一突きされてしまいました。

 

燃えるように熱くなる腹を押さえて距離を取ったものの、もはや動けるほどの力と気力は残っておらず、下品な笑いをしながら走ってくる鬼を見て覚悟を決めたんですが、ぎゅっと目を閉じて……あれ?としばらくしても音も痛みも襲ってこないことに疑問を抱いて恐る恐る目を開けると、黒髪を一纏めに縛った青紫色の日輪刀を持った女の子が立ってました。

 

 

「大丈夫ですか?すぐに医者が来てくれます。それまで傷を押さえて動かないでくださいね」

と少しだけ幼さが残るその声と振り返った少女の顔には、いつしかの最終選別で助けてもらった狐面を着けてて、すごくびっくりしました。

 

 

ある程度の処置を受けたあと、隠の人に担架で運ばれた先は今までお世話になってきた藤屋敷よりも二回りは大きいのではないかと思えるほどの屋敷で、最近噂で聞いていた魁を頂いた人物、大竹雫だとこの時に知りました。出世しすぎてなんと言えばいいかわかりません。

 

寝かされた屋敷の部屋の中には木とイグサの香りが心と体を落ち着かせてくれました。

使用人がいるのかと思っていたんですが、どうやらこの屋敷には雫様しかいないみたいで、傷の手当てや体拭き、着替え、料理に渡って世話をしてくれました。

常に動き回っているのであまりにも申し訳なくなって藤屋敷か病院に行きますと伝えると、雫様は静かに姿勢を正して座ると、お面を外したんです…

 

 

お面の下から現れたのがお人形さんのように整った顔だったので、びっくりしていると雫様は頭を下げて、「あの時、ほんの僅かな時間、私が早く駆けつけていれば貴方は重傷を負わずに済みました、今回の怪我は私の不徳の致すところ…治療をさせてはくれませんか」と言ったんです。

 

階級は最上位にそう言われて突き放せるわけがありませんでした……。

 

1日にここまでの出来事を書いたのは初めてです。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

一月が経ちました。傷が塞がって自分で歩けるようになり、屋敷を歩くようになって分かった事が三つあります。

本当に隠の人もおらず雫様1人という事、毎日昼過ぎの時間に柱の人が訪ねてきて手合わせをしているという事、最後に雫さんの鍛錬は恐ろしく静かにただただ中庭に刀を構えて立っているだけという事。

 

 

鍛錬は不思議ですが、一人で鍛錬している時の雫様には近づくことすらできないほど空気が重く感じる雰囲気を纏っていて、到底私のような人間では理解のできない領域での鍛錬なのでしょう。

 

 

ーーーー

 

 

 

 

傷が完治しましたが、すでに私は鬼狩りに向かう覚悟が恐怖心でいまでも夢にうなされるようになりました。

雫様は除隊を勧めてくれたんですが、傷を治してくれた恩を返したい一心で雫様にこの屋敷で使用人になりたいと申し出ると少し悩んでいましたが了承してくれました。

 

明日から頑張ります!

 

 

ーーーー

 

 

 

最近雫様の雰囲気が暗いです。

どうやら仲の良かった柱の方が戦死されたらしくて、表面上はいつも通りでしたが空元気なのだと話していて直感で分かります、少し心配です。

 

 

ーーーー

 

 

階級甲の隊士と継子を集めた魁稽古が始まりました。

いつも隊士の皆さんを軽々とあしらう雫様はやはり惚れ惚れします。

 

少しだけ元気になったようで良かったです。

 

 

ーーーー

 

 

私が雫様と出会って5年が経ちました。

雫様は既に大人の雰囲気を纏っていて、声も透き通るような美しい声になりました。

私と2人きりの時はお面を外して話してくれるようになって一緒に過ごせる日々がとても楽しく思えるようになりました。

ですが、雫様はふとした時、とても悲しそうな表情をします。

お面を被っていたらきっと気づかないその表情は、近くを見つめているはずなのにどこか遠くを見ているような…。

きっと先代の柱達が皆戦死した方になにか思うところがあるのでしょうか。

ですが顔が整い過ぎているせいか不謹慎にもその顔も美しいと私は思ってしまいます。

 

 

……雫様のことばっかり書いてますね私の日記。

 

 

 

ーーーー

 

 

今日花見をしてて、桜が舞い散る中雫様が私に言ってくれた言葉が嬉しくてどうしても書き残したいのでここに書き残します。

 

「私はいつも、どれだけこの幸せを守ろうとしても、手の隙間からこぼしてしまって、後悔の毎日です。

…数少ない救えた命の中で、凛さんを救えた事、とても嬉しく思います。今日まで私を支えてくれてありがとう。

もし何か力になれることがありましたらいつでも言ってくださいね、好きな男性とか見つけてきたら相談に乗りますから」

 

 

この言葉を聞いた時嬉しいような悲しいような、複雑な感情に襲われました。

もう私は貴方に一生を捧げるつもりですと言いたかったのですが、またもや雫様と桜吹雪が幻想的で見惚れてしまい、やはり何も言えませんでした。

 

私は本当にポンコツです。

 

 

ーーーー

 

 

少し前に真菰さんの稽古に出かけて帰ってきた雫様はどこか沈んだ雰囲気を纏っていました。

少し心配でしたが、「大丈夫です、おやすみなさい」と二言で終わってしまいました、真菰さんに聞いてもそんな雰囲気になる出来事はないと言うので、何があったのでし

 

日記を書いているときに雫様が起きる物音がしたので何かあったのかと行ってみたら、どうやら緊急の呼び出しだそうです。

お館様のご厚意で警邏担当地区を上級隊士4人小隊で代理をしてもらうようになってからは夜は寝れるようになったのに…もし長期任務だったら次はいつ帰ってくるのでしょうか、雫様ですし怪我はしないと思いますけど…雨が降りそうなので風邪に気をつけてほしいです。

 

 

帰ってきた時に疲れを癒すための雫様が好きな羊羹を明日買っておきましょう。

 

 

 

 

 



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記憶の断片(参)



今までの夢の総まとめ


 

 

 

 

 

様々な記憶の欠片が糸で縫い合わされていくように繋がり、重なり、明確なものへと変わっていく中で、景色は変わり山の中へと場面は変わる。

 

太い木々が生い茂っている中で、そこに大型犬よりも大きく、二回りは太っている息を荒げた猪が15m先で対面している瞬間であった。

 

『千鶴!だめよ!逃げなさい!!』

 

焦り、泣き、恐れの感情がごちゃ混ぜになったかのような叫び声が後ろから聞こえ、ふと首だけ振り返ると、とても整った顔立ちの女性がそこにいた。

右足を痛めているのか、動きたくても動けない様子で、しかしそれでもこちらへ四つん這いになりながら近づこうとしている。

 

 

(……そうだ、母と山菜をとりに出掛けた帰り道で、猪に追われて、お母さんが動けなくなったんだ)

 

 

その間に前の方から枯れ枝や草木を駆け抜ける音がして前に視線を戻すと、猪が10m程に接近していた。

体を動かそうにも、言葉を発そうとしたその時、何も動かないことに気づく。

 

(……これは、記憶を思い出しているってことですか)

 

猪が加速し、5m前までに接近してきた瞬間、ふと見えるものが全てが変わった。

 

(……透き通っている?)

 

周りの景色は色がなくなり、目の前の猪は骨、内蔵、筋肉といったものが鮮明に目視できるものへとなっていた。

まるで時が止まったかのように動きが鈍くなったその光景に目を奪われていた時、右手に持っていた太めの長い枝を猪の左眼へと一突きする。

 

幼児の体格でありながら一切無駄のないその動き、枝が猪の脳へと突き刺さる瞬間を見れたことに驚きが隠せなかったが、勢いのまま地面へ転がりながら死んだ猪を見た後、ふと目線は背後に振り向くと、そこには顔は恐怖に歪み、化け物を見ている目を向ける母の姿があり、そしてその母の姿も、猪の同様に透き通って見えていた。

 

 

 

 

ふと瞬きすれば場面は変わり、十畳ほどの部屋の中で座っていた。

目の前には30代程の優しい顔をした夢に出て来る男、父だ。あまり健康的ではないのか声は掠れ、年寄りのような声の男は申し訳なさそうに話しかけて来る。

 

 

『千鶴、お前は神童だ。剣術を4歳から教えて数ヶ月で大人と互角以上に渡り合える才能をとても誇らしく思っていたが、これ以上は花咲かせることはできない、許してくれ。

そのかわり、秀でた神童を集めて教育する寺があると知人に聞いたんだ、もう文は送ってある』

 

 

父はそういって部屋から出て行ったが、先程の母との記憶から何かしらの拒絶があったことを想像するのに苦労はしなかった。

この時の千鶴は理解していたのかどうかは分からないが、それでもただまっすぐ、透き通った世界で父が出て行った部屋の戸を見つめ続けていた。

 

 

それから次々と場面は変わり、その寺の子供たちと出会い、そして、寺の主である男へと出会った。

 

『すみません、私の大切だった人の名が千鶴でして、ここでは貴方のことを雫と呼んでもよろしいですか?』

 

優しそうな顔をしたその男は、優しそう顔をいつもして子供達へと接していたが、皆の前に現れるのは決まって日が沈んだ夜であった。

その男には他の人間とは違い、体の中が濁っているように見えていたが、千鶴は気にならなかったようだった。

 

その寺では午前は滝行から座禅、読み書き、午後には武術や剣術など、僧侶から様々な専門の先生を呼び集めた環境が整っていた。平成で言う英才教育のようなものなのだろうか、全てが厳しく指導され、入って1週間でいなくなる子が後を絶たなかった。

 

それでも千鶴は黙々と全てをこなし、気づけば入って半年で最年長として先生達と模擬戦を行うほどになっていた。

 

ふと場面が変わる。どうやら鬼として現れた人間だった時の文子と話ししているらしい。可愛い小鳥のような声で話しかけて来る文子は、一方的に話ししている状況に疑問思ったのか、しかしそれでも楽しそうに首を傾げながらこう言った。

 

『雫ちゃんはなんで喋らないの?きっと可愛い声だから私聞きたいなぁ』

 

その一言でふと気付かされる。今までの記憶の中で、千鶴は一切声を発していない。

 

(なんで、私が事故から目覚めた時声は出たから喋れるはずなのに)

 

その疑問は、ある存在が教えてくれる事になる。

 

 

 

-----

 

 

 

 

女の子と話した記憶の後、寺の中にある一つの大部屋の中で千鶴は座っていた。

個人指導で模擬戦をする予定だった先生達が緊急の話し合いか何かで集まる事になったからだ。

 

何か今までの記憶の中で雰囲気に違和感がある事を感じていたその時、目の前の戸が勢いよく開かれる。

外は日がだいぶ傾いているのだろうか、太陽が直接顔を照らし、思わず目を細めると男が日を遮りこちらへと近づいて来る。

それは呼吸を乱し汗をかいた父であった。

 

『千鶴!…っ、千鶴、無事でよかった…本当に、俺たちが間違ってた…。

俺たちのことは許せないかもしれないが、一緒にこの寺から出てくれ、外にお母さんも待ってる!』

 

 

千鶴の肩を掴み、涙を流しながらそう言うと、右手を握り。外へと走り出した。

 

外へ出るといつも子供達で賑わっていた庭や寺に気配一つ感じない事に疑問を抱きながら寺の外の森の中へ駆けていくと、奥から母が涙を流しながら駆け寄ってきた。

 

 

『あぁ、千鶴、ごめん、ごめんねっ、私があの時貴方を怖がらなければこんな事には…っ』

 

 

『早く行くぞ富美子、早く行かなければ後一刻で日が暮れる、その前に山の向こうの町に行かなければ。千鶴と話すのはその後だ』

 

『はい、分かってます…茂雄さん。千鶴、後少しだけ、我慢してね?』

 

2人に手を引かれ、獣道を駆ける。千鶴の足幅も考慮して細かく走りながらこちらへ顔を向けてはごめんと2人とも似たような謝罪の言葉を投げかけて来る。

 

(なぜ2人とも謝るんですか、一体あの寺がなんだと言うのです?)

 

そう疑問を抱いていたその時、父が状況を理解してないと思ったのか息を切らしながら千鶴に話しかけて来る。

 

『千鶴、あの寺に集められた子供達は、誰一人として帰ってきていない、…不審に思って行動しようとした家族も、連続して失踪してる、あの寺は、なにかおかしいんだ』

 

『私が…私があの時貴方を、信じないといけなかったのに、こんな事になったのは、私の所為ですっ…』

 

 

その話をしている頃には日が山に隠れ、ほぼ薄暗い山道を駆けていると、近くに町の明かりが見下ろせるところまで来ていた。

 

後少しだと、父がそう言ったその時、その声は聞こえて来た。

 

 

『ただの人間がここまで逃げ出すとは、面白い。少しは楽しませてくれたお礼に喰わずに生き埋めで殺してやる』

 

 

あの優しい声の男の声がした方向に視線が向くと、そこには凶悪な笑顔に顔を歪ませた男が山の斜面に腕を叩きつける瞬間だった。

 

 

地面が、山が動いたその時、ふと両親に視線が動くと、そこには恐怖でいっぱいの表情をした2人が何かを伝えようとしていたが、その刹那、叫び声をかき消すほどの轟音を立てながら山が崩れた。

 

今まで夢の中で気付くことがなかったが、千鶴は2人を引っ張り助けようとしていた。

しかしもちろんのこと幼児の体格では動きで翻弄できたとしても、力のみで大人を動かすことなどできるはずがなかった。

 

浮遊感が体を襲う。

 

世界が乱れる中、両親の顔をはっきりと捉える。

土砂と崖下へと落ちていく父は千鶴を全力で投げたせいか体制を崩しながらも涙をながしながらこちらを見ていて、そのすぐ横で母は涙を流しながら、轟音の中何か言葉を発していた。

きっと他の人間なら欠片も理解することができなかったその呟きも、千鶴の耳には確実に届いていた。

 

 

『あなたは生きて、千鶴』

 

 

その瞬間、強い衝撃と泡に包まれ周りの音がなくなった。

 

 

 

------

 

 

暗い、何もないその世界の中で、千鶴は目を覚ました。

 

ふと体を確かめるが、そこには傷一つとして無い。

 

 

(ここは、どこです?)

 

 

周りを見渡したそう時、聞き覚えのある声が話しかけて来た。

 

 

『やあ、大竹千鶴、はじめまして、そしてようこそ、気まぐれの世界へ』

 

 

声がした方向をみると、白く光る人の姿をしたモノがそこに立っていた。

 

『あぁ、簡単に言うと僕は神様で、君はさっきので死にかけだ、お父さんの努力も虚しくね』

 

真面目そうに見えて、それでもヘラヘラとした態度で声をかけてくる神とやらを見つめていると思い出したような素振りを見せる。

 

『あ、喋らないんだったね?面白いね君、他のものに対して興味が全くないから喋る手間を省くなんてさ。

でも心配要らないよ、君の考えてることなんて神である僕には息をするように簡単なことなんだからさ』

 

 

まるでペテン師のような言葉で話す神を、雫は記憶の中では明るくお調子者の雰囲気と違和感を覚えていると、声の調子が変わる。

 

 

『君はこの世界ではどの人間と比べても才があってね、君に注目してたんだよ。だからこんな形で死んじゃうなんてつまらないと思ってね、ここに呼んだのさ。

 

それで、君はどうしたいんだい?あの男を殺したいかい?でも申し訳ない事に君の魂が元の体に戻ったところで君の身体は助からない。だからどうかな?もう1人の魂と一緒に入って生き返るって言うのは?

 

体はどうなるのか?

君の体の主導権を持つのはもう1人の子だけれど、それ以外の能力の土台になるのが君の役目だ。残念だけど君の生命力じゃあ回復しきれないからね。え?僕の力で?それはつまらない、僕好みの展開じゃないんだ。

 

 

因みに君と人生を一緒に歩む子は君と違って才能がなくて辛い人生を送った後事故で死んじゃったかわいそうな子だよ、仲良くしてね?

 

本当はここまでいい条件で生き返させる事はないんだからね?2人でせいぜい僕を楽しませてよ!』

 

 

 

その瞬間、浮遊感に襲われると視線が変わり、そして白い人の姿をした存在が明るい声で話しかけて来る。

 

 

『僕のことは気まぐれの神とでも呼んでくれるといいよ!うん、そうだなぁ、ほんの少しだけ時間が操れる力をあげよう!』

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

自分の口が勝手に動いて言葉を発していた。

 

 

 

普段の自分が話す言葉ではなかった。

 

 

 

今自分の口で喋ったのは私の魂と一緒にいる大竹千鶴だと、確信せざる終えなかった。

 

 

(この世界はいつだって卑劣で、残酷で、それでも幸せに溢れているものだと分かっていたはずなのに)

 

体の中で様々な感情が激流となって駆け巡り、今まで妨げになっていた頭の中をすっきりとさせてくれる。

 

 

(……この鬼を殺したいんですね、千鶴さん)

 

 

父の姿をした鬼を見る世界は、赤く染まり、しかし上弦の肆の時と違って感情を抑えるつもりはなく、深く息を吸い込んだ。

 

周りに十二鬼月程の気配が集まっているのを感じるが、それは関係ない。

 

ただ、目の前の鬼を殺すためだけに、今は刀を握ろう。

 

 

「貴方の敵は、私の敵です、千鶴さん」

 

 

鬼殺隊最強の刀が暴れだす直前の姿は、煉獄槇寿朗が喩えた殺意の塊という物が爆発する瞬間であった。

 





多分この展開は好き嫌いが分かれるかもしれないと思いつつの更新。

自分は社会人一年目で、仕事が年末忙しくなる事を知らず、活動コメントでこれからやります的な雰囲気を出しておきながらここまで遅くなってしまった事本当に申し訳ない。

まとまったこの年末休みに進めたいです、眠いです、おやすみなさい。


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記憶の断片 (肆)

 

 

(…これは少し予想外だな)

 

 

上弦の弐、童磨は口から垂れた血を舐めながらそう心で呟く。

 

柱級五人の相手をする事になったとはいえ最初から手加減を加えず本気を出していればある程度は拮抗を保って足止めができると思っていた。

無惨様でさえもそう判断して自分にこの役目をやらせているはずだろう。

 

しかし現状、童磨は押された。

 

最初こそは吸っても触れても死に値する血鬼術に苦戦しているそぶりを見せていたが、ある一瞬に五人の動きが変わったのだ。

 

頬に傷のある男と花模様の着物をつけた女はほぼ同時に結晶ノ御子を斬り捨て、赤い羽織りをつけた男は迫っていた血鬼術の一部を斬り、そこから風の呼吸を使う男が空気をねじ切り、血鬼術のない空間を作りだすとその後ろから蝶羽織の女が目に追えない速さで突き技を放ち、その一撃を胸に喰らってしまっていた。

 

咄嗟に『結晶の巫女』、『霧氷・睡蓮菩薩』を放ち柱達を牽制させ、攻撃させながらの睡蓮菩薩の肩の上で片膝をつきなが毒を解毒していく。

毒が廻り、身体の中を強烈な痛みが駆け巡り、口から大量の血が溢れ出てくる。

 

「ゴホッ、ゴホッ!!この、気配、大竹雫という娘かい?ゴホッ、こんなところまで感じさせるなんて、まるでっ、鬼じゃないか?」

 

そう、山頂近くでした爆音が轟いた瞬間、半天狗を倒した娘、大竹雫の放っていた殺気が山の空気を変えたのだ。無惨様から貰っていた半天狗の記憶からも、鬼の様に禍々しいあの殺気は人が出していいモノではない。

 

体を蝕む毒の初めての感覚は柱五人相手にしていなければ楽しんでいたかもしれないと心の中で呟くが、血鬼術を惜しげなく使ってもこれ程押されるとは予想外だった。

 

「やはり上弦には毒は決定打にならない様ですね」

 

「ちっ、まだこんな血鬼術残してやがったか」

 

傷だらけの男と毒を喰らわせてきた娘がそう呟くと、頬に大きな傷のある男が結晶の巫女の攻撃を躱しながら指示を出していた。

 

「ここは俺と真菰、実誠が受け持つ!義勇としのぶは雫様の所へ急げ!」

 

「言われなくともこいつはオレの獲物だァ!」

 

「了解!」

 

「……わかった」

 

「…毒が決定打にならない私はこの場には不要ですね……後は任せます」

 

 

その会話を終えた瞬間、赤い羽織りの男と毒の娘が一気に森の奥へと駆けていく。

 

「そう簡単に行かせるわけないでしょ」

 

睡蓮菩薩からの吐息は全てを凍らせる風となって広範囲の森を凍らしていく。

それと同時に結晶の巫女を二体追わせるが…。

 

(…行かせたか)

 

しばらくして結晶の巫女が消滅したのを感じ取る。行かせてしまったものは仕方ないと残った三人に向き合う。今の状況は結晶の巫女が五体と睡蓮菩薩、過去の柱達であれば十分すぎる戦力であったが、今のこの三人にはまだ決定打には届かないだろうし、結晶の巫女も既に攻略済みの様だ。

 

「まったく、あの方に怒られるのは困るんだよ。せめて君達には死んでもらわないと割りに合わないかも」

 

これからの戦闘に役立たせる為にもこの三人には技を出し尽くしてもらわなければ。

 

 

周辺は既に木々が砕かれ、氷雪の風景と化す中、冷え切った空気をさらに凍てつかせながら戦闘は過激さを増していく。

 

 

 

_____

 

 

 

「どうだ鳴女、奈落の様子は」

 

 

「…はい、大竹雫という鬼狩りと接触、想定通り数で押すようです」

 

 

上下左右に襖がある大きな部屋の中で、琵琶を持った女鬼、鳴女は髪を壁に根のように生やしながらこちらへ淡々と報告してくる。

 

 

「鳴女、お前は私が思っていた以上に成長している、素晴らしい」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

今回の襲撃は仕留める相手があの大竹雫、その戦闘状況を詳細に報告、共有できる鳴女のような能力は非常に使い勝手が良いものだと感心する。

だが特殊な血鬼術を使うと言うのならば奈落の能力は鬼の中でも稀有すぎるモノだ。

奴の血鬼術は実際目の当たりにした時、頸を斬られても死なない真の不死身に近い状態にする事がまず目に止まり、次に圧倒的な数の鬼に目を奪われる。

 

だが奴の能力の真の恐ろしさはそこではない。

非常に私の能力に似ているし、人間に使用すれば血鬼術が使えない代わりに頸が弱点でなくなる鬼が作り出せるのは非常に大きい。しかも私の鬼に血を与えれば血鬼術を持たせたまま不死身の肉体へと進化させる事ができる。だが奈落自身は頸が弱点のままな所は大きな弱点だろう。

しかし奴と私では大きく違う点がもう一つある、それは個体一体一体を自分の意思で動かす事ができるという事だ。

 

この私でさえ血の呪いで縛っていると言っても本能的に自分勝手な行動をする鬼は数多くいる。

しかし奈落の能力であれば自分で将棋の駒を動かすように手下を移動させる事が可能、何千という手駒を思いのまま自由に動かせるというのがどれほど厄介なことか、大竹雫は嫌というほど身に染みて感じている頃だろうが…。

 

「……化け物が」

 

「…?」

 

「構わん、気にするな」

 

今までの柱どころか鬼殺隊をまとめて潰すことのできる戦力を一人で押し切っているこの人間を化け物と言わず何というのかと。

 

しかし私は知っている、奈落にも教えていない奴唯一の弱点を。

 

 

「鳴女、__________。」

 

 

「…かしこまりました」

 

 

大竹雫、お前には退いてもらわなければならない。

 

 

私の邪魔をすることは決して、あってはならないことなのだから。

 

 

 

__________

 

 

 

「父…上?」

 

表情は驚愕に歪んでいるであろう狐面の中を想像しながら、そう言葉を発した大竹雫をみて私は勝利を確信する。

人間は親愛な者が予想外な所で現れた時、またはするはずのない行動をとった時、人は受け入れきれず混乱し、どのような強者であっても必ず一呼吸の隙を作る。昔の子供達を救いに来た親共もそうだったように。

 

そして今目の前では隙を作った大竹雫と、その周りには私の血鬼術を用いた元下弦の鬼共が四方からそれぞれの血鬼術を放っている、これをどう避けられようか。

 

たしかに大竹雫の理解の出来ない瞬発的な速さは異常を通り越して理不尽な物だ。まるで神の力のような、そんな気がしてならないほどに。

 

だがそれももう気にすることはない。

 

奴のその技は無惨様からの情報を分析した結果致命傷になる攻撃を避けきれない時に使用することが多いと推測できた。なんなら全く気づかれない初見殺しの攻撃でさえもそれで躱す。

 

ならば、致命傷の攻撃に必ず発動する技であると考えることができ、ゆっくりとした出血で後々死ぬような傷を負わせればいい、単純な話だ。

そして先程の文子との戦闘で受けたそのお面の傷がその実証そのものだろう。

 

そう思考している一瞬で大竹雫にさまざまな血鬼術が降り注ぎ、爆音が鳴り響き、地面は抉れ、土煙が充満する光景を目の当たりにし、頬が思わず歪んでしまう。

この人間の身体はきっと今までの中で最高なものに違いないと。

大竹雫の身体で鬼殺隊の本拠地に潜り込み、産屋敷を暗殺すれば無惨様もお喜びになるだろうと。

 

ああ、ああ、早く私の血で千切れた手足を再生させて私の身体にしなくては、この身体はもう限界なのだから。

 

そう騒ぐ歓喜に染まった内心とは裏腹に全く波立つことのない地面へと足を前へと進め、砂利が擦れる音が響く。

 

その音が耳に届いた瞬間、目の前の土煙が風で運ばれ視界が広がり、その光景を見て私はふうとため息を溢した。

 

ゆっくりと背後を振り返れば、そこにはこちらを黙って見ている大竹雫が立っていた。砂利の擦れる音は私のものではなく、靴が地面に触れる前に背後から聞こえたのだ。

雫羽織りの所々が焼き切れ、切れているのを見るとどうやら先の攻撃はやはり避け切れるものではなかったらしい。

 

しかしもう打つ手が無いわけではない、なんせこの山には私が三十年かけて鬼とした人間と、童磨殿の協力で提供された人間と鬼が合計で四千体はいるのだから。

 

「…まったく、これで終わっていれば良かったものを」

 

そう言い終えた瞬間、恐ろしい重圧が襲いかかり、それと同時に軽い音が耳に届いた。

 

音がなくなったような感覚に襲われ、背中には冷たい筋が一つできるのを感じているとピシッと軽い音が鳴り響く。

 

狐面にヒビが入っていた。文子のつけた頬の傷以外に先の攻撃で所々に切り傷が入ったせいか、ヒビが徐々にお面全体に広がっていく。

 

パキッと重くも軽いような音が鳴ると同時に狐面に大きなヒビが縦に伸び、そのまま二つに割れながら地面にカランと音を響かせる。

 

ふわりと風が吹き、月を隠していた雲の隙間から月光が私達を照らし出す。

 

大竹雫の素顔は子供の時に一度接触した際見ているし、この男に体を移し替えた時に記憶の中で飽きるほどに見ている。

どんな時でも表情は変わらず、そしてここまでかと思わせるほどに幼児ながら整った顔と、気味の悪いほどに何も映さない黒く透き通った目。

 

現に月光に照らされたその顔は恐ろしく整っており、この世の男に限らず、同性までもが思わず息を呑むほどであろうその美しさは驚かされるもの、だがそれ以上にも私の目を奪うものがそこにはあった。

 

私の口は、いいや、体は指一本も動かない。まるで無惨様と対峙した時のような、何もかもが圧倒的な生命体との遭遇のように、蛇に睨まれた蛙のように、私は動けずにいた。

その中でも私の目を奪う物に対して思考は働いていた。

 

なぜ、何にも興味を持たない目をしていた子供が、人形の様な目を持っていたお前が、感情を、意思を持った目をしているのかと。

 

その、鬼が持つ痣に似た物は一体、何なのだと。

 

なぜ、お前の日輪刀は赤くなっているのかと。

 

 

ふと記憶が蘇る、赤い刀身の刀を持った顔に痣がある男の姿。

 

(…これは、私のものでは…無惨様のものか?)

 

全身の細胞が大竹雫を殺せと言ってくる。それにはきっと無惨様の意思もあるのだろうが、殆どは自分自身の生存本能だろう。

 

だが、これほどの強者であろうとも、私の血鬼術には呑まれるはずだ。私に敵対すれば無限に蘇り永遠と攻撃と壁役を担う小鬼達が襲いかかるのだから。

 

瞬く間に大竹雫の周りには壁のよう、いや大波のように隙間なく四方八方から小鬼達が襲いかかる光景を見て、私は今度こそと勝利の確信をした。

 

私の血鬼術、《葬鬼血》は私の血を体内に投与することによって人外な運動能力と頸を斬っても死なない不死身の肉体を作り出し、一体一体を自由に操る事ができる。それが四千体、しかも約二百体は鬼を血鬼術の影響下にしたものだから血鬼術も使ってくる。どんな柱であっても囲まれれば一瞬の命だ。

 

例えあの大竹雫だとしても_。

 

(!?)

 

その瞬間、最初に襲いかかっていた目の前にいた小鬼達が視界から肉片も残さず消えて無くなっていた。

 

(…なにが…起きた?肉片を残さずに斬ったのか?四百はいたはずだぞ?大竹雫と言えどただ刀を振ってどうとなる数は超えてるはずだ)

 

そんな考えが間違っていると分かっていても否定したくなる、しかし現実から目を背けても、目に映るのはその中心で刀を下手に構える先程の姿となにも変わらない大竹雫であった。

 

「…この数の肉片を残さず消すの、今の私ならできるんですよ」

 

ゆっくりと歩をこちらへ進める。

 

その一歩、一歩が発する砂利の音がまるで己が死ぬまでの秒針の音のように、ゆっくりと近づいてくる。

もちろんその間にも何百という小鬼達が飛びかかり、鬼達は血鬼術を致命傷にならぬ角度で放っている。それでも届く前に血鬼術諸共消えて無くなる。 

 

「あ、ありえん、その技は連発できるものではないはずだ」

 

送り込んだ鬼達に最後の一度だけ使用した技だという事は知っている。その技の後軽くだが咳き込んでいたことも鳴女殿の協力でおそらく反動がある技なのだと知っている。

人間が、いや上弦の鬼ですら出来ない次元にあると見ていいはず、なのに、なぜそう連続に使えるのだ。

現実から逃げたくなるが体は言うことに聞かず、動く気配がない。その間にも瞬きする間に何百という手駒達が再生する肉片も残さず消えていく。

 

ザリッと音が止まる。

私の目の前に辿り着いたからだ。

 

「貴方は非常に厄介でした。私でなければここに辿りつくことすらできず死んでいたでしょう」

 

私はただ、無表情で話しかけてくる大竹雫を見つめることしかできない。

 

「小鬼を消した技は痛みも苦しみも感じることなく消えます。…だから貴方には、これで消えてもらいます」

 

そう言った大竹雫が目の前から消える。

なんとか頸だけを動かし後ろを振り返ると日輪刀を鞘に収める姿が見えた。

その瞬間、身体の所々から赤い筋が浮かび上がる。目にも血が流れ込み視界が赤く染まる。

回復する気配もなく、全く血も止まる気配もなく全身から血が皮膚から溢れ出る。

 

その刹那、人間だった時の記憶が頭を一瞬過ぎる。その記憶の中には忘れてはいけないはずだった記憶も鮮明になって蘇ってくる。

 

 

(……そう…か、お前も…そうだったのか)

 

 

血だらけになった手を震えながら大竹雫に伸ばした瞬間、どろりと溶けて崩れていく。

 

 

「大竹……、君は…」

 

 

見続けていた視界もぐにゃりと歪み、口自体もどろりと溶け、声を発することも出来なくなり、そのまま迫ってくる地面へと吸い込まれ、ぐちゃりと音が鳴り響いた。

 

 

「さようなら…父上」

 

 

 

雨雲に囲まれた東の空の向こう側の雲が徐々に明るくなってきているのが雫の目に映るのと同時に、雨の匂いを乗せた風が吹いていた。

 

 

 

 



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記憶の断片 (伍)

- 記憶の断片 伍 -

傷を負ったのは何年振りだろうかと、激情に染まる心中にそう思った。

 

一瞬の隙に下弦の鬼達が放ってきた血鬼術はその全てが手足を再起不能にさせる為のものであったため、時止めは発動しなかった。

それに上弦の肆の時のように、血鬼術そのものを消し飛ばす事も視野に入れたが、血鬼術が近すぎてそれ全てを消す事は不可能だった。

瞬きの間の硬直、ほぼ逃げ道などない状態で囲んだ血鬼術を前に、頭よりも体が勝手に動いていた。

 

《時の呼吸 三ノ段 水鞠・(つどい)

 

全方向へ放つ突き技を攻撃の僅かな隙間へと集中させて放ち血鬼術を一部消し飛ばすと所々近づきすぎた攻撃に羽織や身を傷つけながらもその隙間から抜け出した。

 

飛び出た空中で態勢を整えながら着地すると、そこは奈落の後ろだった。

砂埃が晴れた場所を見た後、私の着地音に気づいたのかゆっくりと振り返ってきたその時、お面に僅かな衝撃が伝わる。

 

それは面に入ったひびであり、それは徐々に広がっていき、最後には縦に大きなひびを走らせて面を真っ二つにして落ちていく。

 

戦闘中に素顔を晒すのは初めてだと内心で呟きながら刀を構える。

目の前にいる奈落は自分の顔を見て固まっている、絶好の機会だと思った瞬間、周りから圧倒的な数の鬼達が視界を白で覆い尽くした。

 

すぅ、と息を吸って止める。

 

《時の呼吸 ニノ段 流の雫》

 

視界を覆っていた白装束の鬼達を消し飛ばすと、その後ろにはまだ白い鬼達の壁があった。

しかもその鬼達に紛れて先の下弦の鬼達が強力な血鬼術を放ってきていた。

それをも消しとばすとその先にいる奈落が信じられないという顔でこちらを見ていた。

 

 

「…この数の肉片を残さず消すの、今の私ならできるんですよ」

 

聞こえてるかもわからない声でそう呟きながら更に消しとばす。

 

《時の呼吸 ニノ段 流の雫》

 

普段であれば流の雫を連続で放つことは無かった。慣れてきたとはいえ体力の消耗が激しすぎる技なのは変わらない。

しかし今はその心配はしていない。半天狗の時と同様、それは視界が赤みを帯びており、以前よりも身体を軽く感じるからだ。

 

子鬼達と下弦の鬼達を吹き飛ばす音もなく消すと更なる鬼の壁が現れる。

すぐそこに奈落の頸があると言うのに、なんともどかしいことかと思ってしまう。

 

自分の推測ではこの鬼、はっきり言って本体はほぼ間違いなく弱い部類だろう。奈落自身は鬼であってもこれまでに遭遇してきた鬼達と比較してもまだまだ人を喰べてない鬼の様な気配であるし、何よりも接近させまいという姿勢が見て取れる。

まあそれは私の実力を知っているということも含めているのだろうが、奈落をここまで攻めきれない厄介な鬼へとさせているのは圧倒的な数の鬼を不死身にし、操るこの血鬼術だ。

 

この山に入ってから何百に及ぶ遭遇戦に関しては細かく数えてはいないがそれでもニ千は下らない程の鬼を斬っているし、消しとばした個体が何百といようが、それ以外の鬼は体を再構築して追いかけてきている、厄介な事この上ない。

 

(元凶の頸がすぐ目の前というのに…)

 

斬っても斬っても更に層のようになって現れる理不尽な程の膨大な数を相手に、それでもゆっくりと歩をすすめ、そして足を止めた。

 

(父親の体を被った鬼を斬るなんて、なんという神の悪戯でしょうかね)

 

少し見上げた形で目を合わせる。

 

奈落は動けずにいる様だったが、今の状態になった時の上弦の肆のことを思い出す。

 

ああ、また私は化け物に化け物の様に見られているのだなと納得しながら話しかける。

 

「貴方は非常に厄介でした。私でなければここに辿りつくことすらできず死んでいたでしょう」

 

事実私以外で奈落に対応できる人間などこの世を探しても見つからない。条件さえ揃えば単独で鬼殺隊を全滅させることだって可能だろう。

 

今なら分かる、私は目の前の鬼と無惨を殺す為に転生し、生き延びたのだと。

 

 

「小鬼を消した技は痛みも苦しみも感じることなく消えます。…だから貴方には、これで消えてもらいます」

 

これは復讐、憎悪だ。とても醜く、だけれども強力な力の源となる物。

今私は憎悪の感情をこの刀にこめようと決めた。

 

息を止める。時が鈍間になった世界ですれ違いながら高速の刀を振るう。欠片も残さないほどに細かく、しかし流の雫よりも何倍も繊細に刃を通して行く。

 

刀を鞘へと収める。

 

 

こちらを振り返る奈落の身体から血が徐々に血が溢れてくる。

 

こちらに伸ばした指先から崩れ、足が崩れ、地面へと倒れていく奈落は僅かに言葉を発した。

 

「大竹……、君は…」

 

 

その言葉を最後にぐちゃりと、ただの赤いどろっとしたモノに変わり、灰となって消えていく。。

 

 

「さようなら…父上」

 

 

 

《時の呼吸 死ノ段 時雨》

 

流の雫よりも優しく、繊細に斬ることで肉体を吹き飛ばすではなく肉体を溶けさせる、美しくも醜い、人に見せる事など出来ない型。

使うつもりはなかった、あまりにも酷く、ただ相手を苦しめて醜く殺す為だけの型。

 

そしてこの技は_

 

「……っ!」

 

この技は、反動が流の雫と比べ物にならない程に大きすぎる。

 

空気を取り込もうとするが吸い込む筋肉がいうことを聞いてくれない。

この技は流の雫よりも繊細、つまり刀で切る回数が桁違いであって、息を止めた状態でできる限界、それが時雨だ。

 

(流の雫の反動も…)

 

両膝が地面に触れその衝撃が伝わる、しかし痛みは感じない。

顔から地面へ倒れ込む瞬間刀を地面に突き刺しなんとか耐える。

 

体力の無駄遣いなのも理解していたがこうしなければ気が済まなかった。

 

(…本当にわたしは、あの頃から、狂ってしまった)

 

 

全身から汗が吹きでて、呼吸と言っていいのか分からない程に激しい息切れで意識が朦朧とする中、五年前の時雨を生み出したきっかけを思い出す。

 

(あの頃から、私は__)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…貴様が大竹雫か」

 

 

 

低く、圧力のある声が耳鳴りのする耳に届いた。

 

飛びかけていた意識を唇を強く噛み無理やり引き留め、下を向いていた顔を前へ持ち上げる。

霞む視界の中そこに立っていたのは、無造作の腰まである長い髪を結び、ひと昔の武士の着物姿をした六つ目の鬼で、真ん中の目には_。

 

「…上弦の……壱」

 

「…最後の技で体力を使い切り、もう既に立つ力もないか…痣と赫刀を発現させるとは… 一度刀を交えてみたかったが先の戦闘を見る限り私でも相手にはならぬのだろうな……」

 

そう言った上弦の壱はゆっくりと刀を鞘から抜いていく。しかしそれを見ても、もはや身構える体力すら残っていない。

 

 

(…時雨を使うのは……失策だった)

 

 

このタイミングで上弦を出すとなれば、きっと先の上弦肆との戦闘で倒れる瞬間を何かで見られていたのだろう、でなければこんな瞬間に奥の手を出すはずがない。

 

 

(…私、死ぬんだ)

 

 

気味の悪い目玉が並んだ刀身が姿を現し、刀を上段に構えるのをみて心の中で呟いた。

 

 

 

「…あの方は貴様の死を望まれている…貴様の様に強き者、この世を去るのは何とも嘆かわしいことか……」

 

 

(…だめだ、なんて言ってるのか…分かんない)

 

 

耳も殆ど音を聞き分けれないほどに酷い耳鳴りが響き、視界も殆ど霞んでいた。

 

 

「さらばだ、……奴に匹敵する者よ…」

 

 

刀が振り下ろされた瞬間、雫の視界は赤に塗り潰された。

 

 

_____

 

 

 

 

激痛が身体中を駆け巡り崩れていく中で、さまざまな記憶が脳裏を過ぎっていた_。

 

 

 

 

僕は、病気をもって生まれた。

 

生まれてから18年、病院の敷地内から出たことは一度もなく、色んな管に繋がれベッドに横たわる日々が続いていた。

だから病気を完治させた後の僕の夢は、こんな苦しみを経験させない程に凄い医者になる事だった。その為に体の調子の良い時は医療本を山ほど読んだ。

 

でもある時、病気が悪化し息を引き取った。

 

苦しかった。

 

息ができなくなるほど体の中に激痛が駆け巡って、薬もろくに効かない状態の中で死んだ。

 

でも目が開いたんだ、真っ暗な世界で、死んだはずなのに。

 

すると目の前に白い人間の様なものが現れてこう言ったんだ。

 

 

「人生を病気に支配されていた君は、他の人でもそうなって欲しくない様だね。なら何でも治してしまう、治癒の血と肉を与えよう」

 

 

そして僕、鈴木卓は、明治時代のある村に山中清として生まれ落ちていた。

 

僕は神様からもらった力を幼少期から存分に振る舞った。最初は気味悪がられていたけど、怪我した友達に一滴舐めさせた後、怪我があっという間に治ったのをきっかけに状況は一変した。

大怪我した人に、病気に侵されている人に、自分の血を少しだけ飲んでもらうだけで皆その日のうちに完治した。

 

7歳から始めた活動は10歳になる頃には、僕を神とした宗教が出来上がるほどになっていた。

 

宗教自体はあまり学んでこなかったこともあってそう言うのが当たり前だと思っていた。

毎日の様に来る患者を相手する日々を過ごしていたある15歳のある日、ある事実が発覚した。

 

それは僕の血を飲んだ患者の中に人を殺し食べたとして大罪で死刑を受けた者が首をはねられたはずが首が新しく生えてきて死なず、暴れ出し逃げようと屋敷の影から飛び出した瞬間、全身に大火傷を負って死んだというのだ。

後にその患者は瀕死の重体で、血を他の人よりも多く与えていた人だったことがわかった。

 

(もしかしたら僕の血が原因で?)

 

そう思ったが宗教自体秘密裏にしている物で僕の名前が出ることはなかったから騒ぎ立つ訳でもなく、5年が経過した時、僕にも結婚、愛する人ができた。

 

その人の名前は平瀬千鶴、真っ直ぐに癖のない黒髪が腰まで綺麗に伸びてて、キリッとした顔立ちの美人な女性だった。

 

とても幸せな毎日だった、でもある日急に倒れ意識不明となった。

 

都合悪く僕が患者を相手している時に、家で倒れたらしく、家政婦が気づいた時にはもう意識はなかったそうだ。

 

僕が駆けつけ、焦りながら手首を斬り血を口を開けさせ与えた。

 

この時焦っていたのが悪手だった。

 

正気を保っていられなかった僕は血が出続ける限り彼女の口に垂らし続けた。

 

しばらくして彼女は目を覚ました。

 

しかしその時には彼女はもう、人ではなくなっていた。

 

意思疎通は出来る、しかし陽の光を怖がり、腹を空かせる度に信者を食べる化け物になってしまっていた。

 

僕は悲しみに暮れた、もう彼女は彼女ではないと。僕自身の血でその様な結果にしてしまった事がショックで、彼女が十人目を食べた時、昼間の縁側に誘い出した。

彼女は僕の事を信頼してるから何の疑いもせずに昔のように一緒に来てくれた。

 

少し話をして、庭を眺めていた彼女を僕は、背中から庭へと突き飛ばした。

 

化け物の様な声でとても苦しんで、泣いていた。

 

「どうして…!?どう…じで!!?」

 

「ごめん…ごめん…千鶴…」

 

僕を見ながら灰となって消えていく彼女を謝りながら泣き続けることしかできなかった。

 

それから僕は宗教自体を解体させた。

 

信者たちは皆続ける事を望んでいたけれど、彼女の事を知っている人達は僕の話にうなづいてくれた。

 

なぜこんな能力を授けたのかと神を恨みながら5年が経ったある日、ある男が僕の前へと現れた。

 

「お前が人間ながら持っているその血、興味深い。貴様が鬼になったらどうなる?」

 

そうして私は奈落と言う名の鬼になった。

 

私が鬼になった時、人間だったころの記憶は殆どが消えていた。

 

唯一覚えているのは、血の能力と千鶴と言う名前がとても大切な人のものだと言うことだけだった。

 

それから私の血鬼術《葬鬼血》は人間に与えれば意思疎通が出来なくなる変わり人外の力や動きをする事ができるようになり、そして頸を斬られても死なず、そして私の意思で自由に行動させる事が可能な事がわかった。

 

無惨様の能力に似たり寄ったりだった。

 

そのことに無惨様はなにかガッカリした様子を見せて興味がなくなった様子で、いつかは殺されるのだろうと思った。

だがわたしは童磨殿と親密に話すようになり、研究に提供された鬼に血を与えたり、血の濃度を変えて人間に与えてみたりと研究を進ませ、鬼の体に私の血を全て送り込むことでその鬼の体と精神の主導権を奪う事ができる事がわかるようになった。

 

そして私は鷹帯山の山頂付近に「神童寺」を童磨殿の協力もあって建設し、怪しまれないよう全国の子供達を集めて血鬼術の勢力を増やす構図を作り上げることに成功した。

 

すぐにいなくなる子を不審に思っても、修行が厳しく辞めていったと言えばすぐに納得してくれ、不審に思った家族も殺し、食料にした。

 

子供の一部は元の家族へ返しその実績を広めさせ、そういった家庭から口伝えで広まったこの寺は世間に有名になる事はなく、自分の子を特別にしようという家庭を中心に隠れながら少しずつ広まっていった。

 

するとその寺を建てた15年後、大竹千鶴という少女がやってきた。

千鶴という名とあまりにも整った顔立ちに頭の中を掻き回らせる感覚を覚えた。

 

「すみません、私の大切だった人の名が千鶴でして、ここでは貴方のことを雫と呼んでもよろしいですか?」

 

大竹千鶴は、興味なさそうにうなづいた。

 

その少女は武、心、知の全てにおいて他を圧倒、人の数段上をいっていた。

 

「あの少女の肉体ならばさぞ童磨殿も喜ばれる」

 

そう思って血を飲まさせず大切に育てようと思った矢先、警察が来るという風の噂が入った。

 

すぐさま童磨殿から提供された指南役を担っていた人間達に子供も含め撤収させようとした矢先、大竹雫が待機させていた大部屋からいなくなっていた。

 

騙されたと激情に駆られ、その時土砂を操る血鬼術を持った鬼へ乗り移っていた私は追いかけ、そして大竹雫もろとも崖へと突き落とした。

 

死んでも童磨殿は喜ぶだろうと死体を探したが見つからず、代わりに見つけたのはボロボロになった父親と母親の死体だった。

 

そろそろ夜の人間社会へ溶け込むことも考えていた私は、気まぐれでその男に乗り移った。

 

 

しばらくして私の研究が進んでいる事を知った無惨様は今まで私に無関心だったが、よく話すようになりそれが嬉しくて研究に没頭し、再生速度や能力、意思の残し具合まで調整する事が可能となった。

鳴女殿の能力も使いながら鬼狩りを殺して回っていると、半天狗殿が死に、その翌年には魁と言う柱よりも上の鬼狩りが現れたと情報が入った。

 

特徴は狐面の娘と言うことだけだった。

 

 

最初は意識する程度だったが、無惨様にその鬼狩りの力を知りたいと直々にお呼びされ、どのような戦いをするのか奇襲させて調べた。

 

あまりにも人とは思えない動きをするこの狐面は数で押す私の方が上弦よりも役立てると確信し、無惨様にはそう報告した。

 

その狐面が大竹雫と知ったのは、殺した隊士の脳から記憶を抜き取った時だった。

 

 

実の父親の身体を操る私が目の前に現れれば必ず隙が現れるはず、そこを半殺し程度の攻撃で狙えば可能性は十二分にあると思えた。

 

鷹帯山で鬼殺隊を誘い出し全滅させ、魁を誘い出すことに成功した時はとてもとても嬉しかった。

 

奴の体に乗り移れば産屋敷の本拠地の記憶やらあの剣技の秘密が手に入る、そうすれば私は十分上弦の一角として気に入られるだろうと、そう思っていた。

 

 

 

 

 

斬られたのかすら分からず、激痛が身体中を襲い灰となっていく中、思い出してしまったのだ、人間だった時のことを。

 

(僕は、一体何の為にこの世界に来たの?)

 

暗闇に囲まれた瞬間、赤黒い炎に包まれながらしたその問いに答えてくれる存在は、もう既に居なかった。

 




遅すぎたお年玉


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記憶の断片(終)

いつも読んでくれてる皆さん低評価から高評価まで本当ありがとうございます。
あと卒業生、受験生の方とかも上手く行った行かなかった関係なくお疲れさまでした。


久しぶりに感想欄みてたら七話の感想でいきなり激昂されてもっていうのがあったんですけど、「確かにな」って思ってgoodボタン押しました(←)




これは現実か?

 

鬼になって四百年余りの経験の中でそう疑うのは初めてだった。

 

たった一振り。それだけで数百の鬼が肉片を残さずに消えていく。

 

切り裂く音はなく、衝撃風もなく、あるのは紅く染まった刀が空間を撫でたという事実のみ。

 

『私達の才覚を凌ぐ者が今この瞬間にも産声をあげている』

 

ふと昔の、遠い過去の忘れられない記憶が脳裏を霞む。

 

「…本当に……」

 

奴と並ぶ化け物だと、そう実感した。

 

ここに来たのは無惨様の命により琵琶の娘によって運ばれたのだ。無惨様からの命令は動けなくなった大竹雫を殺すか再起不能の深傷を負わす事。

 

大竹雫という名は、半天狗がやられた頃から聞いていた。無惨様曰く、歴代最強の鬼狩りで間違いがなく、上弦でさえ真正面からの戦闘では手も足も出まいと。

 

その話を聞いた時は、あの縁壱を越えるのか?と思っていた。

 

だが目の前の光景を見れば納得せざるをえない。奴は鬼でもなく、人でも無い、奴と同じ化け物なのだと。

 

山頂を埋め尽くす程いた奈落の鬼達が凄まじい勢いで消えていき、刀を振った回数が十五に達した時、奈落以外の気配がいなくなっていた。

 

 

(これほど……までとは…)

 

 

一体どれほどの覚悟があればあれほどの刀が振れるのだろうか。一体どれだけ鍛錬を積めばあそこまで洗練された型を出せるのだろうか。

 

 

 

 

一体どこまで神に愛されればあそこまで化け物になれるのだろうか。

 

 

 

そう思っている間に大竹雫が奈落に止めを入れていた。音もなく、いつの間にか奈落の後ろに立ち刀を納める。

 

(…姿を捉えることすら出来ないとは……!?)

 

あまりの速さに驚愕していた時、奈落の体が溶けていくのが見えた。

 

「…なにを…したのだ」

 

ぐちゃりと、泥のように溶けて崩れた奈落を見下ろしていた大竹雫は呼吸を乱し膝をついた。それを見て心のどこかでほっとしていた。

 

(あれほどの事を人が何の代償もなしに出来るわけがない……)

 

それに無惨様の言うとおり動けなくなったのだ、後は娘を殺すだけでいい。

歩いて近くまで寄っていくと支えにしている刀を握る手が徐々に解けていくのが見えた。もはや力がほぼ入っていないのが分かる。

 

 

「…貴様が大竹雫か」

 

いらない確認だ。娘で間違いはないがそのまま斬りかかるのも気が引けたからだ。

私の声を聞いた娘は唇から血を一筋流しながら顔を上げた。意識が飛ぶすんでのところで唇を噛んで持ち堪えたのが分かる。

 

 

「…上弦の……壱」

 

 

澄んでいたのだろうと分かる声は掠れ、満身創痍なのは明らかだった。

 

 

「…最後の技で体力を使い切り、もう既に立つ力もないか…痣と赫刀を発現させるとは… 一度刀を交えてみたかったが先の戦闘を見る限り私でも相手にはならぬのだろうな……」

 

 

正直な、心からの称賛。これから命を奪うと言うのに、刀を交えることもなく弱っている時を狙ったことに対しての、せめてもの情け。

 

刀を抜き上段に構える。

 

 

「…あの方は貴様の死を望まれている…貴様の様に強き者、この世を去るのは何とも嘆かわしいことか……」

 

 

できることなら鬼にして刀を交えてみたかったが、無惨様がお許しにはならないだろう。

 

 

「さらばだ、……奴に匹敵する者よ…」

 

 

型はない、ただの上段からの振り下ろし。

 

それは確実に娘の体を頭から半分に分ける、それどころか地面さえも縦に割れるほどの斬撃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様は誰だ」

 

 

 

 

 

 

 

刀が何者かに受け止められなければ。

 

 

 

 

「……鬼に語る名など…無い」

 

「同じく」

 

振り下ろした刀は赤羽織をつけた男の刀で受け止められ、そしてその後ろで意識を失った大竹雫を抱き上げている紫髪の娘がいつでも動ける体勢で身構えていた。

二人共息は乱れており、童磨の所から全力で来たのだと伺えた。

 

 

「まとめて切り捨…!」

 

そう判断し技を放つ構えをとったその瞬間、刀身の先が灰となって崩れた。

 

「……日の出か…」

 

自身のいる鷹帯山の真上は黒い雨雲に覆われているにも関わらず東の空は太陽を完全に隠す程の雲はなく、山頂を切り開いて建てた寺の中庭には障害物もない為陽の光が横切ってきていた。

 

(…やむを得ぬ)

 

刀を納め、照らされ始める開けた中庭から影のある木々へと歩いて行く。

 

上弦の壱、最強といえど鬼は鬼。

薄い日の光でも燃えて灰になってしまうことには変わりはない。現に無惨様からも戻れと言う指示が届いている。

森の中へ入る直前、どこからか琵琶の音が鳴り響き、目の前に華やかな襖が現れる。

そちらへ足を一歩踏み入れ、殺気を飛ばしている二人へと振り返ると、先まで立っていた所は太陽に照らされていた。

 

 

「……その娘、殺さずとも後数年しか生きられまい。……せいぜい足掻くことだ、柱よ」

 

 

 

弦を弾く音とともに空間が歪んだ世界へと歩き出す。

 

閉じていく襖の向こうから、木々の葉へ雫の落ちる音が響くのを聞きながら、そう呟いた。

 

 

________

 

____

 

__

 

 

 

窓から日差しが優しく室内を照らし、冬には珍しく暖かい日となったためかどこからか飛んできた小鳥の鳴き声が耳に届く部屋の中に、引戸を開ける音が響いた。

 

 

「あら、おはようございます冨岡さん、お見舞いに来てたんですね」

 

 

「……ああ」

 

 

 

入ってきたのは胡蝶しのぶだった。

軽く挨拶を交わすと優しい手つきで花瓶の古くなった花を取り、新しい水に入れ替えて新しい花を飾りつける。

この部屋の中にある物は胡蝶しのぶがこまめに管理し掃除もしているらしい。

その姿をみて流石だと思っていると一通り終えたのか、壁側に置いてあった椅子を自分の近くまで持ってきてすとんと座った。

 

 

「……明後日でもう一ヶ月…先代の柱達もこんな気持ちだったんでしょうか」

 

 

「……ああ」

 

 

「……雫様は本当にお綺麗なお顔ですね」

 

 

「…………そうだな」

 

 

目の前の寝床にはまるで人形のような顔で小さく息をしながら大竹雫が眠っていた。

いつもの笑顔を隠して心配そうに見つめながらしのぶはそう呟いた。

 

血鬼術による不死身の鬼の大群、上弦の弍との交戦、上弦の壱との接触。

 

鬼殺隊にとってあまりにも、あまりにも濃厚な夜となったあの日から一ヶ月もの月日が過ぎようとしていた。

 

 

 

圧倒的な数の鬼達と上弦の鬼がいたにも関わらず死者十二名、重軽傷者五十名という今までの鬼殺隊であれば信じられないほどに軽微な被害で済んだといっていい内容だった。

 

山の麓では不死身の鬼達と増援に駆けつけた隊士との乱戦が起こり、無傷で切り抜けた者は一人もおらず、三分の一の隊士は今後の鬼殺に影響の出るほどの怪我を負うこととなった。

しかし夜明け近くになってから全ての鬼達が山の中に引いていった為被害は軽微にとどまった。

 

柱組も上弦の弍との戦闘は辺り一面の木々がなくなる程の激戦。善戦したが三人とも鬼殺の継続には影響は無いとはいえ、全治数ヶ月の深傷を負った。

 

そして一人で山を覆い尽くす程の何千という鬼達を相手にしながら山頂まで辿り着いた魁、大竹雫はかすり傷等の軽傷ではあるものの意識不明となっていた。

 

(上弦の壱との遭遇に俺と胡蝶が間に合わなかったらと思うだけでも…いや、考えたくもない)

 

そう思っていると扉から腹から出ていると分かる声が室内に入ってきた。

 

 

「失礼する。む、胡蝶と冨岡も来てたのか」

 

 

その人物は炎柱、煉獄杏寿郎だった。

部屋へ入ってくる姿を見て胡蝶しのぶが体の向きを煉獄の方へ向けて話しかけた。

 

「おはようございます煉獄さん。今日が任務の出発日だったのでは?」

 

 

「うむ!その前に雫様の見舞いをとな!」

 

 

「…そうですか、今日も綺麗な寝顔で寝ています」

 

 

雫の顔を見た瞬間、さっきまでのハキハキとした勢いはどこかに隠れ、表情も目を細めて真剣な表情になる。

 

 

「……そうだな。……一目顔を見れたことだし俺は行く。もし目が覚めたら連絡は頼んだぞ」

 

 

「もちろんです」

 

 

その会話を最後に煉獄は出発していった。

静かになった部屋の中で口を開いたのは胡蝶だった。

 

 

「……煉獄さんの任務に炭治郎君達を推薦しました。鍛錬を見ていましたがあの子達はこれからが楽しみです」

 

 

推薦とは珍しいと思ったが、こうして見舞いに来るたび庭の方から鍛錬している声が聞こえてきていた。

きっと胡蝶から見ても伸び代が大きくあったんだろう。

 

 

「…全集中・常中はすでに会得していた。大丈夫だろう」

 

 

「煉獄さんもいますしね」

 

 

今の鬼は全体的に活発になっている。任務の数も前と比較すれば三割ほど増えた。

それは大竹雫が長期的に動けないこの時期を見計らっての事なのかどうかは不明だが、しかしそれでも数年前から鬼側は大人しくなっていると言われていたのだから、この忙しさが元々のものなのだろう。

いかに『魁・大竹雫』という存在が大きな抑止力になっていたのかを実感させられる。

 

 

(前回の昏睡は二ヶ月で目覚めたと言うが……「こうも長く感じるものなのか」

 

 

「私も一日一日が待ち遠しいです…早く目覚めて欲しいですから。雫様の稽古を受けた隊士達含め皆そう思ってるんじゃないでしょうか」

 

 

そうだなと肯定する言葉を返しながら、義勇は雫と最後に会話した日のことを思い出していた。

 

 

 

_____

 

 

 

朝が昼に近づいた時間帯、太陽が照らす物の影がそれ相応の大きさまでに縮まった頃、一人屋敷の中庭で水の呼吸の素振りを行なっていると後ろから声をかけられた。

 

 

「おはよう義勇」

 

 

「……おはようございます」

 

 

二ヶ月ぶりに顔を合わしたその人は大竹雫だった。

いつもこの人は自分の屋敷を留守にしていて、必ずと言って良いほど日本のどこかを歩いてるから、この屋敷に来たのはもう半年も前になるはずだ。

 

何用だろうかと素振りをやめて向き合った。

 

 

「真菰はいますか?以前約束していた稽古をしようかと思って来たんですが」

 

 

「……真菰は先程炭治郎の見舞いへ蝶屋敷に」

 

 

そういえば以前の魁稽古の時にそんな約束していたなと思いつつそう返事をすると、すれ違いになりましたねと呟いてありがとうと言うと門に向かって歩き始めた。

 

真菰が嬉しそうに喜ぶ姿が容易に想像できる。

魁稽古は数人を相手にしていてもその全員の動きの欠点から改善点を瞬時に見抜き、丁寧に指導する。

たった一度の稽古でも数ヶ月の鍛錬に匹敵するほどに動きが良くなる事は知る人ぞ知るもので、そのため長期任務中でも雫様に少しだけでも見てもらいたいと会いに行く隊士がいる程だ。

 

 

 

「……俺にも」

 

 

「…?」

 

 

「俺にも、一対一で稽古をつけてくれませんか」

 

 

いつからか、僅かに現れた焦りは徐々に俺の刀を振る腕を重くしていた。

 

錆兎が柱になった時は嬉しかった。兄弟のように仲が良い錆兎の実力が認められたのは自分としても嬉しかった。

数年前に新しい型を作った俺と錆兎の実力はそれほど離れてはいない。それでも手合わせすればその小さな差は決定的なものとなって俺と錆兎の間に立ち塞がっていた。

 

どんな鍛錬をすれば錆兎のような型が出来るのか。どんな鍛錬をすれば錆兎のように動けるのか。

 

 

 

どんな鍛錬をすれば、錆兎を超えられるのか。

 

 

 

『義勇の刀は静かに見せかけて、とても真っ直ぐ。ふふ、私はとても好きですよ』

 

 

 

そう考えながら刀を振っていた毎日の中、この人は稽古が終わった後そう言ってくれた。

歴代でも並ぶ人はいないと言われるほどに呼吸を極めた人が言ったその言葉は、胸の中にあった重い物を溶かしてくれた。

 

その次の日から刀が軽く感じた。そのおかげで俺の新しい型の完成度は高まったと言って良い。

俺はこの人にその型をまだ見せていなかった。自分が納得できるまで見せるつもりがなかったからだ。

 

 

 

完成した《凪》を見せたかった。その思いから言葉が思わず出てしまっていたのだろう。

 

 

「……今日は真菰で無理ですけど、次は義勇の番ですね」

 

 

やはり今日は無理かと、そう思っていた時ある一言を最後に残して去っていった。

 

 

 

「……新しい型、とても楽しみにしてますよ義勇」

 

 

 

その言葉に目を見開いた。

それは俺が決心するまで待ってくれていたとわかる言葉だったからだ。

きっと自分の実力で悩んでいたことも見抜いてあの言葉もかけてくれたのだろう。

 

 

大竹雫という女性は、年下なのにとても大人びいている。まるで母親ほど離れてる人と会話しているような、いつもそんな気分になる。

 

 

 

 

 

 

膝に乗せていた拳に力が入る。

 

 

(…いつか、必ず、俺は貴方に並んで戦える剣士に…「もっと強く…もっと…」

 

 

「………」

 

 

小鳥の鳴き声が鮮明に聞こえるほど静まりかえった部屋の中で雫の顔を見つめながら呟いた義勇の言葉に、胡蝶は言葉を発さない。

それは義勇が強く決心している表情と声色をしているのもあったが、その言葉には胡蝶自身も全く同じことを思っていたからだ。

 

 

(冨岡さん…皆さんもきっと同じ想いです)

 

 

静かに、荒々しく、皆それぞれがこの先に向けて決心を固めていく_。

 




次回「鬼になれ!杏寿朗!」「断る!!」


痣や縁壱などについての回想などは漫画の方で知ってしまったので追加しました。


一話更新するとランキングに一瞬載ってすぐ消えていくんですけど、なんでかなぁと一話から読み直したら最初のパパって感じの手抜き感と後半になるにつれての内容の濃さが全然違くてそりゃそうだわって思いました。手直ししようか悩んでおります。特に嫉妬の話が不人気っぽいですよね、そこは何もしませんけど。


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炎柱煉獄杏寿朗

感想欄
「恋柱はいないんですね」

作者
「…………oh my god」(ありがとうございます)


- 炎柱煉獄杏寿朗 -

 

 

その声を聞いたのは、父が炎柱を退いてから三年ほど経った頃だった。

 

 

「こんにちは、…槇寿郎さんはおられますか?」

 

狐面をつけた少女が、ある日父を訪ねてきた。

父から聞いていた。魁という新たな位に就いたという、恐ろしく天賦の才に恵まれた狐面の少女がいるのだと。

 

だが俺には、同い年に見えるその少女はどこか生気を感じれなくて、とてもじゃないがそうは見えなかった。

 

 

 

父の部屋へと案内してしばらく話した後に聞こえてきたのは、胸が締め付けられるような、裂けるような、悲しい声だった__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつかの記憶が蘇っていた。起きた時それが血鬼術である事に心を多少乱されたが、それで終わっていては柱はやっていけない。

 

乗客に寄っていく肉塊を足を止めずに切り続けてしばらくした時、列車が大きく暴れた。

竈門少年と猪頭少年が鬼の頸を斬ったのだろう。その証拠に鬼の悲鳴のようなものまで響いていた。

 

「うむ!よくやった!」

 

言われたことをやり遂げた癸の二人に感心しながら列車が地面に傾いていく所へ飛び出した。

 

「誰も死なせん!」

 

炎の呼吸の型を全力で放ち衝撃を出来るだけ和らげた後、二人がいるであろう先頭車両の近くへと足を運ぶと力なく倒れている竈門少年を見つけた。

近くまでくると腹に深傷を負ったと見てわかった。

 

 

「全集中の常中ができているようだな!感心感心!」

 

 

「煉獄さん…」

 

竈門少年は出血と痛みで余程体力を消耗しているのかどうやら話しかけるまで俺に気付かなかったようだ。

 

 

「常中は柱への第一歩だからな!柱までは1万歩あるかもしれないがな!」

 

 

「頑張ります…」

 

 

「…腹部から出血している。もっと集中して呼吸の精度を上げるんだ。体の隅々まで神経を行き渡らせろ」

 

 

今は止血が最優先だ。致命傷ではないが放っておけば出血が多すぎて回復まで時間がかかるだろう。

それに常中が出来ているのなら止血させる事も可能のはずだ。

 

 

「血管がある。破れた血管だ」

 

 

竈門少年が俺の思惑を感じ取ったのか意識を集中させていく。だがまだ足りない。息が荒くなっている竈門少年に語りかける。

 

 

「もっと集中しろ」

 

 

その一言で何かを掴んだ表情ようだ。

 

 

「そこだ。止血、出血を止めろ」

 

 

出血した場所まで特定はできたが止血までには至らず、どうやら集中し切れていないらしい。苦悶の表情をする竈門少年のおでこに人差し指を押し付けた。

 

 

「集中」

 

 

「……ぶはっ!はあ、はっ…?」

 

 

その一言と同時に苦悶の表情が意味のわからないと言った表情になって俺を見上げた。どうやら止血できたらしい。

 

「うむ、止血できたな」

 

竈門少年を見ていると昔の自分を思い出す。呼吸に苦戦していた頃の俺を。

 

 

「呼吸を極めれば様々なことができるようになる。なんでもできるわけではないが、昨日の自分より確実に強い自分になれる」

 

 

「…はい」

 

 

今日の戦いで見たこの少年含め他の二人もきっといい剣士になれる。時間はかかるだろうがこうして生き残れたのだから柱だって夢ではない。

 

「皆無事だ!怪我人は大勢だが命に別状はない!君ももう無理せず…」

 

 

その瞬間、後方の方から強い衝撃音が轟いた。

 

振り返ると舞った土煙から見えたのは上半身が半裸の筋肉質な鬼だった。顔も含めた身体中に何本ものの痣が線のように走っていて、そしてその両眼には上弦参の文字がハッキリと見えた。

 

 

(上弦の参だと?)

 

 

そう認識した瞬間、上弦の参は炭治郎に一直線に拳を叩きつけようとした。

 

(させん!)

 

《炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天》

 

 

炭治郎の頭までわずかな所に迫っていた左拳を真正面から肘まで縦に切り裂くと軽い身のこなしで距離を取った。

口角を上げてこちらを見ながら切り裂いた腕が普通の鬼ならありえない速度でくっつく。

 

「いい刀だ」

 

(再生が速い…この圧迫感と凄まじい鬼気、これが上弦)

 

 

それにこの鬼は弱っている竈門少年から狙った。その時点で既にこの鬼には嫌悪感を抱いていた。

 

「…なぜ手負いの者から狙うのか理解ができない」

 

そう聞けば当たり前だろうと言わんばかりに答える。

 

 

「話の邪魔になると思った、俺とお前の」

 

 

「君と俺がなんの話をする?初対面だが俺は既に君の事が嫌いだ」

 

 

「そうか、俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見ると虫唾が走る」

 

 

虫唾が走るという鬼に対して心の中で合わないはずだと納得した。弱い者に対しての見方が真逆だからだ。

 

 

「俺と君とでは物ごとの価値基準が違うようだ」

 

「そうか、では素晴らしい提案をしよう。お前も鬼にならないか?」

 

 

「ならない」

 

 

鬼からの素晴らしい提案など碌な物でないことなど簡単に想像できたが、案の定だと即答する。

 

「見れば解るお前の強さ、柱だな?その闘気練り上げられている。至高の領域まであと僅かと言っていい」

 

「俺は炎柱煉獄杏寿朗だ」

 

「俺は猗窩座。杏寿朗、お前がなぜ至高の領域に踏み入れないのか教えてやろう」

 

そう言うと俺を指差し目を見開いて言い放った。

 

「人間だからだ、老いるからだ、死ぬからだ。鬼になろう杏寿朗、そうすれば百年でも二百年でも鍛錬し続けられる、強くなれる。あの狐の女を超えるのだって夢ではない」

 

 

狐の女という言葉に、無意識に眉がピクッと反応した感触があった。

 

どうやらこの鬼とは根本的に合わないらしい。

 

 

「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。

老いるからこそ、死ぬからこそ、たまらく愛おしく尊いのだ。

強さというのもは肉体に対してのみ使う言葉ではない。

この少年は弱くない、侮辱するな。お前の口から、あの方を語ることは許さない」

 

 

鬼ならば、死に対しての恐怖も無くなるだろう。

 

鬼ならば、老いることもなく何百年という月日を歩み続けれるのだろう。

 

鬼ならば、強くなり続けることもできるのだろう。

 

だが、それは鬼に人間だった時の感情がほとんどない状態でいるからだ。血肉に飢える日々を過ごし、深傷を負ったとしてもあっという間に塞がる。そんな日々を数日と過ごせば人の生き方の美しさも、その儚さもわからなくなる。

 

 

 

『鬼は哀しい生き物です。どこかの誰かの親で、子供で、平凡な日々を過ごしてきたはずなのに気が付けば血肉に飢える毎日。

昔は違いましたが、今の私が言う「人を救う」には、彼等のことも含んでいるんですよ、杏寿朗』

 

 

柱になったばかりの、魁稽古の後に雫様と語った記憶。

 

 

『私は鬼殺隊のみんなも、普通の生活を過ごす人も、鬼にされた人も、みんなを救いたい。贅沢だと言われてもそうしたいんです』

 

 

(あれほど、追い詰められていたのに、鬼を恨んでいるはずなのに、それをも救うというのか)

 

 

狐面を外して話す夕陽に照らされたその横顔から目が離せなくて、俺は心の底から大竹雫という女性の生き方も、外見も、内面も、全てが美しいと思った。

 

その女性が俺をここまで戦えるようにしてくれたのだ。

 

鬼になど、なるはずがない。

 

 

「何度でも言おう、君と俺とでは価値基準が違う。俺は如何なる理由があろうとも鬼にはならない」

 

 

「それは___狐の女を超えられると言ってもか?」

 

「そうだ」

 

そう答えると武術の構えか、掌をこちらへ向けると大きく股を開いて体勢を低く構えた。その足元には氷の結晶のような紋様が浮かび上がる。

 

 

《術式展開 破壊殺・羅針》

 

「鬼にならないなら殺す」

 

《一ノ型 不知火》

 

その一言で煉獄と猗窩座は同時に地面を蹴り、刀と拳がぶつかった瞬間、爆発したような音が鳴り響いた。

 

 

「今まで殺した柱達に炎はいなかったな!そして俺の誘いに頷く者もいなかった!何故だろうな?同じく武の道を極める者として理解しかねる!選ばれた者しか鬼にはなれないというのに!」

 

瞬きにも満たない一瞬の最初の攻防から距離を取った猗窩座が空中を舞いながら構えを崩さずに語りかけてくる。

 

「素晴らしき才能の持つ者が醜く衰えていく。俺は辛い、耐えられない、死んでくれ杏寿朗!若く強いまま!」

 

《破壊殺・空式》

 

 

《肆ノ型 盛炎のうねり》

 

空中で鋭い拳がこちらに向かって放たれた。

何かが来ていると直感でそこに向かって広範囲を切り裂く型を放つと刀に音と衝撃が伝わってくる。

 

 

(虚空を拳で打つと攻撃がこちらまで来る。一瞬にも満たない速度。このまま距離を取って戦われると頸を斬るのは厄介だ)

 

猗窩座が離れたところに着地した瞬間、地面を強く蹴った。

 

 

(ならば近くづくまで!!)

 

猗窩座と刀の間合いまで接近して型を連続で放ち、右腕を斬り飛ばした。

 

「……っ素晴らしい!!」

 

だがさすが上弦と言えるほどの早さで腕を生やすとこちらの速さに適応して的確に刀を拳で弾いてくる。

 

「間違いなく俺が戦ってきた柱の中で、お前が最強だ!!」

 

その攻防で更に猗窩座の笑顔が凶悪に染まっていく。

 

「鬼になれ!杏寿朗!!」

 

「断る!!」

 

激化する攻防の中、真後ろで動く気配を感じとり僅かな隙に振り返ると炭治郎が立ち上がろうとするのが見えてとっさに叫んだ。

 

「動くな!動いたら致命傷になるぞ!待機命令!!」

 

その声でこちらを見て固まる少年を見てそれでいいと心の中で呟く。

 

「俺だけを見ろ杏寿朗!!弱者に構うな!!」

 

《血鬼術 破壊殺・乱式》

 

《伍ノ型 炎虎》

 

杏寿朗に向かって一瞬で数十にも及ぶ放たれた拳を虎のように見える斬撃を放って相殺し、更に猗窩座の体に無数の切り傷を負わせて吹き飛ばす。

 

 

それから何十、何百と打ち合いをすると強く弾き着地した所で猗窩座は武術の構えを解いた。

その瞬間にも何十と切り刻まれた傷は見る見るうちに無くなっていく。

 

(…これが上弦か)

 

戦況は確かにこちらが押している。だが自分も身体には軽くはない無数の傷が出来ていた。攻撃がいくら一方的でも傷が治ると治らないでは時間が経つにつれて形勢は変わってくる。魁稽古のおかげで体力は余りあるが、このままでは負傷によって動けなくなっていくのは目に見えていた。

 

(実力はこちらが上だが、猗窩座の動きがこちらについてくるようになってきている。この状態が続けば俺が先に死ぬ)

 

後数回の攻防が生死を分けるだろうと考えていると猗窩座が静かにこちらを見た。

 

 

「………杏寿朗、お前は確かに強い。ここまで押されたのは初めてだ。だがお前もわかっているだろう、このままではお前は俺には勝てないし、たとえこのまま生き残ったとしてもあの狐の女に並ぶ事もなく死んでいくのだと。

 

何千という鬼を消滅させて、上弦の鬼を一方的に斬り続けることができる人間など、人ではない、鬼よりもよっぽどの化け物だ。アレには他の人間が並ぶ事など出来ない。

 

アレはこの世にいてはいけないモノだ。なぜ奴を恐れない?理解ができない強さは恐怖でしかないはずだ、杏寿朗」

 

 

 

そこまで聞いた杏寿朗は、思わず刀を握る拳を更に握りしめる。

 

(何を言っているのだ、こいつは)

 

雫様の事を『化け物』だと言うのはまだわかる。柱全員を相手に無傷で立ち回り反撃までするなど人がしていい領域を超えているからだ。しかしそれはあくまでも褒め言葉としての『化け物』だ。

 

 

「…お前が」

 

「……?」

 

「お前のような悪鬼が!あの方の何を知っていると言うのだ!!」

 

だが『この世にいてはいけないモノ』、『理解ができない強さは恐怖でしかない』と言う言葉に怒りが抑えられなかった。

 

「恐怖だと?そんなものあるわけないだろう。柱、いや鬼殺隊の全員があの方の刀を振る姿を見て恐るなど全くない。

あの方は魁だ。誰よりも戦場で先頭に立ち、この血に染まった鬼との戦場を明るく照らす唯一の光だ」

 

話していくうちに猗窩座の目が鋭くなっていくが、杏寿朗の口は止まらなかった。

 

「あの方の背中を見た全員が思うのだ。『この人がいれば決して負けることはない、大丈夫だ』と。鬼殺隊とあの方を支える為に俺たち柱はいるのだと確信しているのだ。

 

何度でも言うぞ猗窩座、お前の口からあの方を語ることは許さない。お前はここで終わらせる」

 

「……それは残念だ杏寿朗、お前をここで殺さないといけなくなるなんてな!!」

 

「俺は俺の責務を全うする!!ここにいるものは誰も死なせない!!お前はここで倒す!!」

 

《炎の呼吸 奥義》

 

広範囲の攻撃範囲と根こそぎえぐり斬るこの型は炎の呼吸であまりの威力の高さから奥義として唯一分けられている型だ。

体をひねり闘気を極限まで高める構えをする。

 

「……素晴らしい闘気だ、その気迫と精神力、一部の隙もない構え、……やはり鬼になれ!俺と永遠に戦い続けよう!!」

 

《術式展開》

 

猗窩座は大気を震わせていると錯覚するほどの闘気の高まりを肌で感じてか笑顔をより凶悪に深めると両方の拳を深く引き、先程よりも力を込めている構えをした。

 

その瞬間、捻った力を解放すると同時に抉れる程に強く地面を蹴った。

 

 

《玖ノ型 煉獄》

 

《破壊殺 滅式》

 

 

 

二人の激突は列車が脱線した音にも負けず劣らずの轟音が鳴り響いた。

 

その場所が土煙に包まれる中、炭治郎と伊之助は見てしまった。

 

 

「………っ!!」

 

 

舞っている土煙の中から左手が空へと吹き飛んでいくのを__。

 

 




今更こそこそ話

無惨が奈落にがっかりした理由は奈落自体が太陽を克服してくれると期待していたのに自分に似た血鬼術に進化しただけにとどまったから。



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激闘の末


短めです


 

猗窩座は楽しむと同時に焦っていた。

 

 

(……っ!これが奴らが話していた事か!)

 

 

 

狐の女、大竹雫を後一歩まで追い詰めたあの夜の次の日に無惨様は上弦を召集した。動けなくなっている大竹雫を仕留めるための()()()()についての話し合いだった。

最初は大竹雫を仕留め損なった黒死牟と柱を一人も屠れなかった童磨が無惨様からなにか仕置きが下るだろうと思っていたが、それはなかった。

 

あの無惨様がさぞ仕方ないというように、なんなら柱の戦力が分かっただけでも良いと言っていたのだ。

 

なぜ責め立てないのかと、一瞬だが脳裏に過ってしまい無惨様に睨まれる事となったが、それは良くある事で別に良かった。

 

問題はその後、その二人がわざわざ俺に忠告しに来たのだ。

童磨からは、今までの柱とは一線を違えている、たとえ一人でもきっと遊ぶ余裕は無かったかもしれないと。黒死牟からは、日の出までに猶予があったとしても大竹雫の首は斬れなかっただろうと。

 

 

(…軟弱どもが)

 

 

その時は心の底から軽蔑したと同時に、あの二人がそこまで言うほど柱が強くなっているのかと期待した。

 

結果、杏寿朗は想像以上だった。

 

俺の血鬼術は相手の闘気が強ければ強いほど羅針の反応が強くなり、どんな攻撃にでも感知し対応する。現に杏寿朗の闘気は今まであった人間の中で一番強い反応を示していた。

最初は様子見もあったが途中からその考えは全くなくなった。俺の破壊殺・羅針の感知速度を僅かに上回る速さで刀を振り続けているからだ。

 

序盤こそ楽しくて鬼にして戦い続けたいと心から思ったが、時間が経つにつれてその考えはなくなった。

なにが今までの柱達と大きく違うのかと言えば、刀を振るう力や速さと言ったもの全てが全くと言っていいほどに衰えないのだ。

今までの人間ならとうに限界を迎えているはずの時間を過ぎても、こいつは人間なのかと一瞬疑ったほどに体力の限界を感じさせない戦いをしていた。

 

しかしたとえ拮抗した戦いを繰り広げようとも、それはお互いが同じ条件であるが故に成立するものだ。杏寿朗は人間で俺は鬼。

俺に傷を作り続けても放っとけば瞬きの間に完治する。しかし少しずつではあるが浅くない傷を負っている杏寿朗はもう少しで体力ではなく肉体に限界が訪れる。

 

結局俺には勝てない。

 

だから言ってやったのだ。あの女の元にいるよりは鬼になった方が良いと。しかし俺の言葉で奴は激昂した。俺の言葉を真っ向から否定するその言葉に、俺は悲しくなった。

 

 

(残念だ、本当に)

 

 

せっかくここまでの好敵手を見つけたのに、殺さないといけないなんてなんとも悲しい事だと心の底から思った。だが構えに入った杏寿朗を見てその考えは吹き飛んだ。

 

元々強かった闘気が更に跳ね上がり、体中の細胞がこの人間を脅威と認めたのだ。

 

「……素晴らしい闘気だ、その気迫と精神力、一部の隙もない構え…」

 

(素晴らしい、素晴らしいぞ杏寿朗、お前と戦い続ければ俺は必ず至高の領域に到達できる…!)

 

「やはり鬼になれ!俺と永遠に戦い続けよう!!」

 

 

《破壊殺・滅式》

 

《玖ノ型 煉獄》

 

 

拳と刀がぶつかったその瞬間、頸に熱い一つの線が走った感触があった。

 

 

 

 

 

_____

 

 

 

 

 

 

 

大竹雫を無惨様の記憶で見た時、細胞から神経と言ったものがその人間を嫌悪した。

 

不愉快だ、奴の存在が。許せなかった、奴の強さが。

 

あの女を前にすれば俺は弱者なのだと思わされるからだ。

 

 

俺は弱者が嫌いだ。弱者には虫酸が走る、反吐が出る。その存在と俺を同格に見られる存在が人間にいるのが耐えられない。

 

 

拳を放った瞬間、頸に熱い物が通り過ぎた。頸を斬られたのだと自覚するには時間はかからなかった。だが杏寿朗にも俺の拳が確実に届いた手応えがあった。相打ちだ。

 

 

(まだだ、まだやれる。俺はまだ強くならなければならない。誰よりも強く__)

 

 

『…狛治さん』

 

 

天と地が逆さまになる。

 

 

(誰だ、俺に話しかける奴は)

 

 

誰なのか分からない。分からないが、でもその声が大切だったことは知っている。

 

土煙の僅かな隙間から、東の山から太陽が覗き始めているのが見えた。頸を斬られた。たとえ再生できても太陽には勝てない。そう考えている間にもどんどんと顔と体が崩れていく。

 

 

(俺はまだ強くならればならない。俺はまだ強く___)

 

 

『生まれ変われ、少年』

 

 

いつか聞いた太い声が聞こえた気がした。

 

 

 

ああ、思い出した、思い出してしまった。俺が人間だった時の記憶を。なに一つ約束を守れなかった人生を。

 

家族を失った世界で生きたかったわけでもないのにただただ無意味に師範の素流を血に染めて何百年も生きた。

 

(親父…師範………恋雪)

 

まったく……守るものなど何もないのに無意味な殺戮を何百年も繰り返した俺の方がよっぽど__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、なんて無様で、惨めで、滑稽な話だ___……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____

 

 

 

 

 

 

ここはどこだと辺りを見渡す。

先ほど頸を斬らんと渾身の一撃を叩き込んだはずだが。

 

 

(暗い……俺は死んだのか)

 

 

すると暗闇であった目の前が一気に明るく広がった。その光景は、母上が俺に何故自分が他の人よりも強く生まれたのかと問われた時の記憶だ。

 

その問いに俺は素直に分からないと答え、そして母上はその答えを弱者を守るためだと言った。

 

 

『生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません。天から賜りし力で人を傷つけること私腹を肥やすことは許されません』

 

(ああ、すまない母上)

 

 

『強く優しい子の母になれて私は幸せでした。あとは頼みます』

 

 

(申し訳ない母上、どうやら俺は死んでしまったようだ)

 

そう言うと記憶の中であるはずの母上が俺と目があった。

 

 

『…まだですよ杏寿朗。貴方にはまだこちらへ来ることは許しません。貴方の気持ちを、覚悟を継ぐ者たちへ繋ぎなさい』

 

 

(ああ、しかし俺は継子がいない。それにもう…)

 

 

…っ!……っ!!

 

 

(なんだ、誰かが遠くで叫んでいるのか?)

 

 

…ごくさん!煉獄さん!!

 

 

その言葉が自分を呼んでいるのだとわかった瞬間、体がふわりと浮かび上がる。

これは?と驚いていると再びこちらを見上げた母上と目があった。

 

『責務を果たしてきなさい、杏寿朗』

 

その瞬間、目の前の景色が霧のように霞んで見えなくなり再び暗闇に包まれた。そして暗くなった視界がぼやけ、どんどんと色を認識しはじめたその目の前にはこちらを覗き込んで涙を流す竈門少年と猪頭少年の姿があった。

目は開いたが身体は地面に縛り付けられたのかというように重く動かせなかった。

 

 

「……竈門…少年、猪頭少年」

 

 

「煉獄さん…っ!よかった……良かったぁ…」

 

 

俺が二人を呼ぶと切羽詰まった表情から安堵の表情へと変わった。全身が痛い、特に左腕と左目からは激痛が走っている。どうやら最後の攻防でやられたようだった。

 

「…猗窩座は?」

 

「…煉獄さんが放った型で頸を切り落とせました。でもその攻防で煉獄さんの左腕と左目が……」

 

「構わない。それで乗客の命が、お前達後輩の命が守れたのなら、柱であるなら誰だって後悔はしないだろう」

 

上弦の、しかも参を単独で倒せたのだ。左腕と左目など安いものだと思う。

ふと右目を動かせば太陽が完全に山から姿を現しているのを見て目を細めた。

 

雫様が悲しむことになるだろうが、それでも少なくとも死ぬよりはだいぶマシだ。起きるまでには元気な姿を見せなければなと、太陽が昇る空を眺めながらそう心に決めた。

 

 

戦いが終わったことに安堵し、少しばかり睡眠を取ろうとした瞬間、鎹烏の言葉で睡魔が吹き飛ぶどころか全身の血が逆流したような感覚に襲われた。後から来た我妻と合流した三人も悲鳴に近い驚きの声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カァー!カァー!チョウヤシキシュウゲキ!シュウゲキィー!ヒガイジンダイノモヨウ!ジンダイノモヨウー!」

 

 

 

 





次回「蝶屋敷壊滅」



あぁ、爆弾を投下してしまった……次回から最終章に入ります……うっ…どうか最後までかける力を…オラに力を……


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蝶屋敷襲撃
敵襲


「パワーもらいました作者、メキメキと復かっ」

《評価☆0》

「ぎゃあぁぁぁぁ!!!!」

《効果は抜群だ!!作者に99952のダメージ!!残りHP 2544563!!》


- 蝶屋敷襲撃 -

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雫様がいる蝶屋敷には最低でも柱三人の護衛はつけるべきです」

 

 

落ち着いた声でそう発言したのは蟲柱胡蝶しのぶだ。時は煉獄杏寿朗が出発した翌日、臨時の柱合会議を設けていた。召集をかけたのは産屋敷輝哉。任務で屋敷を離れている煉獄杏寿朗以外の柱は産屋敷に集まっていた。

 

議題は魁大竹雫の護衛。

 

産屋敷曰く雫が動けないこの機会を逃すほど愚かではないと、それにそろそろ来ると感じているそうで、もはや自由に立ち歩けない身体であるにもかかわらず自ら柱を召集した。

どうか雫を守ってほしいと言う言葉を受け、柱達は別室で話し合いをしていた。

 

 

 

「……言いたいことは分かるが既に階級甲の隊士、しかも柱の条件を満たした実力者が五名、日替わりで蝶屋敷を警邏している。柱三名は多すぎではないか?」

 

そう発言したのは蛇柱伊黒小芭内だった。彼の発言に何名かの柱は賛同するように小さく頷く。円を作るように向かい合った全員の反応を見ながら口を開いた。

 

 

「仰ることはもっともです。柱が担当している警邏地区の事もあります。ですが、雫様の存在を回復するまで見逃すほど鬼も愚かではないと私も思います。

それにあちら側の血鬼術に空間移動のような術を使う鬼がいる事も、先日の鷹帯山で私を含めそこにいた柱と甲隊士二名が確認しています。場所さえ分かれば藤の香は意味をなさないと私は考えます」

 

 

上弦の壱と弐が日の出と共に退く時、襖のような物がその場と別空間を繋げているような血鬼術とともに消えているのは既に承知の事実であった。それにと言葉を挟んで続ける。

 

 

「上弦の強さは最低でも柱三人分と雫様は上弦の肆の戦闘経験から仰っていました。ですが前回の鷹帯山では柱ニ名と柱に匹敵する実力があると認められている継子の真菰さんの三名で善戦はしましたが結果的には上弦の弐の討伐には至りませんでした。その点を踏まえると上弦が複数来た場合、柱三名と甲隊士五名は心許ないと思っています」

 

 

胡蝶しのぶが話す内容に柱達は頭を縦に振るしかなかった。上弦と戦闘を行なった雫が最低でも柱三名という評価を下した。だから錆兎は上弦の弐との戦闘に真菰を含めた三名で対処したのだ。

しかし上弦弐の本気にはそれでも届かなかった。擦り傷でも命取りになる氷の血鬼術が広範囲に放たれ、更には同威力の血鬼術を放つ氷の人形のような物までもが何体も複製されていた。何度も童磨に刀が届いたと言っても頸を斬れなければ意味がない。いくら今の柱が並の柱二人分といえど、無傷で戦うのは不可能と言っていい。それを身をもって実感した錆兎と実誠は胡蝶の話を静かに聞いていた。

 

 

「私は、胡蝶の提案に賛同する」

 

 

 

その一言で重苦しい空気を変えたのは悲鳴嶋行冥だった。手首にある数珠をジャリジャリと音を立てながら合唱する姿勢は変えず、皆の視線がこちらへ集まったのを感じ取ってか、話を続ける。

 

 

「錆兎と実誠の実力は稽古で共に打ち合ったからこそ、知っている。その二人がいたにも関わらず頸を切るには至れなかった。その事実を受けて、私たちは考えを改める必要がある」

 

 

雫様の見込みが正しいのであれば、と呟いてから声を大きくして発言した。

 

 

「上弦の肆以上…確認されていない参は省くが、確実に頸を斬るためには上弦の壱と弐は最低でも柱四人、確実に倒すなら五人で当たらなければならないと、私は思う」

 

重い空気が部屋を充満する。柱一人で討伐することに支障がないと言う認識があるのは下弦の壱まで。それ以上は柱単体で上弦の討伐を為せたのなら、相打ちならよくやった。鬼殺隊として再起不能でも生きて帰ってきたのなら万々歳。軽傷で帰ってきたのであれば、それは奇跡と言っていい次元だ。

鬼を殺すためにどれだけの鍛錬を積めこもうが、鬼と人との大きな壁は確実に立ち塞がっていた。

 

 

「……蝶屋敷は私の屋敷です。なので柱一人は私を数えてもらって構いません。煉獄さんは帰ってから意見を聞くとして、それまでの期間の柱二人を皆さんには決めてほしいと思います」

 

 

静かな部屋に強い意志を込めた胡蝶しのぶの言葉が皆の耳にしっかり届く。

 

……真剣な表情で考えるみんなの表情を見ていたせいだろうか。

 

 

 

「……ふふ、二人でお願いしますね」 

 

 

 

しばらくの沈黙の後、静かに厳しい顔をした全員の手が上がったのをみて思わずクスッと笑ってしまったのは仕方のないことだと胡蝶しのぶは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____

 

 

 

 

 

今日で一ヶ月かと、俺、伊藤正之助は夜空に浮かぶ満月を眺めながら心で呟いた。

 

そよ風が肌を撫でる。夜に冷え込んだ空気はそれだけでも十分温度を奪っていくのを感じながらふうと白いため息を溢した時、横から声をかけられる。

 

「正之助、急に足を止めてどうしたんだ?」

 

「何か見つけた?」

 

二人の男の隊士から声を掛けられる。今は蝶屋敷の外回りを警邏に歩いてる最中で、急に想いにふけってしまったから、そりゃあ不審なものでも見つけたのかと警戒するだろうなと心底思いながら何でもないと返事をして歩を進めた。

 

 

雫様が昏睡してからすぐに自分を含め甲隊士五人が護衛として蝶屋敷に常駐するようになった。基本夜中に屋敷の中と外を二手に分かれて見て回るくらいで、藤の香もあるからまず鬼は寄ってこない。まあ報告にある空間移動の血鬼術なら簡単に突破してくるのだろうが。

 

 

「しかし雫様いつ目覚めるんだろう?今日で一ヶ月過ぎるけど」

 

 

「…前回は二ヶ月で目を覚ましたそうだが、今回もそうとは限らん、何の支障もなく目覚めることを祈って気長に待とう」

 

 

(目が覚めて一日で全快とか……ないよな?)

 

 

二人の同僚がそう話す中、話の内容を左から右へ流しながら雫様の身体が再生能力も化け物だったことを考えて勝手に否定すると言ういつもの暇つぶしを俺はしていた。

ちなみに口調が軽い話し方なのは磐田雄二と言う狐目で坊主頭の男で、しっかり者の喋り方をしてるのは永峰淳という眼力が強めの長めの髪を後ろで縛ったような男だ。

同僚と言っても、この二人が甲に上がってきたのはつい最近(一、ニ年くらい)の事だ。俺の場合は五年前には甲に上がって一番最初の魁稽古を受けた。鬼殺隊の中でも階級の上がる早さはだいぶ上の方だと自覚している。

 

最初の……そう、一番最初の魁稽古の有名な話は殆どが雫様の話になるが、唯一それ以外でも有名な話がある。簡単に言ってしまえば雫様に喧嘩売ったやつがいて、しかもそいつは最初の打ち合いでしばらく気絶していたとかって言う話。まぁそれは俺なんだが?

 

五年前の俺は調子に乗りに乗りまくっていた。二、三年以内にたどり着けば実力と才能があると言われる甲に二年足らずでなれたのだ。鼻が伸びない方がどうかしてると思う。まあ結局あの日にいろんなものがバッキバキの粉々に粉砕されたのだが、それももう懐かしい話だ。 

 

 

「そう言えば正之助、今日から屋敷の方に新しく二人柱様が来ているそうなんだが、会ったことあるか?」

 

 

ふと雫様の話から今回新たに派遣された柱二人の話を永峰が聞いてきた。蟲柱胡蝶しのぶが戦力を増やすと言った話を護衛に当たっている皆に話していたからだ。柱に見劣りしない甲隊士五人と柱三人とはなかなかな過剰戦力な気もするが、結局今日から屋敷にいるはずの柱二人をまだ認識していなかった。

なんなら今の鬼殺隊は隊士一人一人の質が五年前の比ではなく、柱に任せるまでにはいかず甲の方で九割ほどは討伐に成功してしまうが故、隊士のほとんどが柱とあったことがないのだ。たまに柱の任務を担当した隠や藤屋敷で偶然会った隊士などから話を聞くくらいで、顔は分からない。

でも確か、夕暮れ時に屋敷に知らない顔が二人いたようないなかったような気がするがもしかするとあの二人かな?と思いながら返事をしようとした。

 

 

 

 

「多分夕暮れ時に来___」

 

 

 

簡単な特徴を言おうとした瞬間、身体が浮いた。いや、正確に言えば足元にあった地面が消えたのだ。ふと目線を落とせば華やかな襖が地面に開いていてその向こう側には襖だらけの異次元の世界が確認できた。

 

 

「な!?」

 

「これは!?」

 

「血鬼術か!!」

 

 

一瞬の動揺があったものの、咄嗟に襖の縁を掴み体を持ち上げた。ふと二人も見るが同じように落ちることは回避しているのをが確認したと同時に屋敷の方からズドンと言う重い音が聞こえ、すぐに大声で二人に檄を飛ばした。

 

 

「襲撃だ!!気を引き締めろ!!」

 

 

「はい!!」

 

 

「ああ!!」

 

 

屋敷の方が気になるがあの二人と柱が三人居ると思えば心配は薄れた。

抜刀しすぐさま臨戦態勢をとる俺達の目に写ったのは、地面の至るところから金魚の様な巨大な妖怪が次々と沸いて出てくる光景だった。

そして妖怪の発生源の中心部に、一つの壺が見えた。

 

(あれは?)

 

よく見れば周りの金魚妖怪にも似た様な壺が体にあるのが見え、警戒をより一層強めた。すると壺の中から出てきたのは、ぐねぐねとした小さな手が身体中についている軟体生物の様な体で目と口の配置が逆になった顔の鬼だった。

そして目には上弦伍の文字が見えた。

 

 

「大竹雫はすぐそこ、ヒョッヒョッ。貴様らに用はない、そこを退け鬼狩り共」

 

 

上弦の重圧が鞘を握る手に力が入る。ここにいる全員が下弦と単独撃破に至った者達であるが、この鬼と比べたらその下弦ですら可愛く見えてしまう。それに周りの妖怪はこの鬼の血鬼術だろうと予測を立てるが、数があまりに多い。木々に隠れて全貌は見えないが、視界に写るだけでも四十体は確認できた。一体一体の動きは鈍いし単純な為どうと言うことはないが、この鬼を相手にしながらになると厳しいと言わざる終えなかった。

 

 

そう認識した瞬間、鬼の手にいつの間にかあった壺から水の音の様な音と共に小さな(金魚の妖怪と比べたら)金魚が数匹出てきたかと思うと同時に口を大きく膨らませた。

 

 

《千本針 魚殺》

 

 

「「「!!」」」

 

 

金魚の口から放たれたのは視界を覆い尽くす程の鋭く尖った針だった。

だが勿論ここで引くつもりは毛頭ない。三人とも深く息を吸い、型を放った。

 

 

《水の呼吸 参ノ型 流流舞い》

 

 

《風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐》

 

 

《雷の呼吸 弐ノ型 稲魂》

 

 

 

三人が放った技で金魚の針は全て弾かれ、そのついでと言わんばかりに近くにいた大きな金魚妖怪を切り刻んだ。

再生する個体と崩れる個体を瞬時に見分け、壺を破壊された個体は崩れていくことを瞬時に確認、。それを弱点だと目線だけで三人で共有しつつ再び刀を構えるこちらを見る上弦に対して言ってやった。

 

 

「かかってこいよタコ野郎、鬼殺隊をあんま舐めんじゃねえぞ」

 

 

「激しく同意する」

 

 

「はははっ、正之助さんカッコいい」

 

 

 

軽く笑いながら話す俺らを見る鬼の額にビキリと青筋が走ったと同時に殺気が一段強くなった。

 

 

「ヒョッヒョッ、お前ら三人まとめて私の作品に仕立ててやる」

 

 

「やれるならやってみろ」

 

 

 

 

蝶屋敷近くの森の中から木々が倒れる音が連続して辺りに響き渡る。朝まであと後三刻。

 

 

 

 

 

 





次回『僕は雫様が嫌い』



ぁぁぁ、たんじろぉおぉお



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上弦の壱


「沢山の評価ありがとうございま【☆0×2の攻撃!】がはぁ!!!」

「効果は抜群だ!!作者に99952×2のダメージ!!残りHP 2344659!!」


弦を弾く音が鳴り響いた。

 

華やかな襖が開けられ足を一歩踏み出したその瞬間、無数の殺気を感じ取り柄に手を伸ばした。

 

開けた視界に、型を放つ間合直前にまで迫って来ていた人間を蹴散らす、もとい殺す為に接近される前に月の呼吸を放った。

 

 

【月の呼吸 陸の型 常世孤月・無間(とこよこげつ・むけん)

 

 

たった一振りで空間に放たれる斬撃は数えるのすら億劫になる程。一つの斬撃さえも簡単に人体を二つにする威力があるし、その斬撃にさえ更に歪で不規則な斬撃が纏わり付く。こちらに迫る鬼殺隊士は五人、十分すぎるほど余りがくる。

 

 

「……ほう」

 

 

しかしその全員が鬼になってさらに強化された月の呼吸を受けて擦り傷すら負わずに距離をとって刀をこちらに構えてこちらを睨んでいた。その中には一ヶ月前に大竹雫に振り下ろした刀を受け止めた男と女がいた。さらには童磨と戦闘した水の剣士二人もいる。

 

 

「……今の私の型を相殺したのはお前だな、赤羽織」

 

 

五人の中の一人、顔を知っている男を睨みながらそう問うた。しかし無表情のままの男は答える義理は無いと言わんばかりに無反応を決め込んでいる。ふと周りに目を向け確認すると広い中庭の真ん中に下されたらしい。…あの血鬼術に”下ろす”という表現が正しいかは定かではないが、部屋の中よりは邪魔物もなく視界が開けていて戦いやすいだろう。

そこまで思考を巡らせて再び相対する鬼殺隊を視る。透き通る世界を視る目には、視た人間の骨や筋肉の成熟具合、またはどの関節を動かそうとしているのか息をするように認識することができる。どうやら目の前にいる鬼殺隊はその全員が柱と認定できるほどに鍛えられた身体をしていた。その中でも水の呼吸を使う男二人は全盛期と言って良いほどだった。これほどの戦力と人員を大竹雫の護衛として回せる今の鬼殺隊は、過去の中でも脅威に値すると再認識したところで一人の男に目が止まった。

 

 

「……まさか、こんな所で我が末裔に会えるとはな」

 

 

「……なんだと?」

 

 

その男は”我が末裔”という言葉に顔を険しくして反応した。

 

 

「お前…名は、何という」

 

 

「……時透無一郎」

 

 

一瞬答えるか悩む素振りをしてそう口にした。成る程、どうやら”継国”の名は絶えたらしい。何百年も経っているのだ、仕方ないだろう。

 

 

「……わたしが人間の頃の名は、継国巌勝(つぎくにみちかつ)…お前は私が、継国家に残してきた…子供の末裔、つまりは私の子孫だ」

 

 

「!?」

 

 

その言葉に無一郎以外の者も驚愕する反応を示した。だが一呼吸の間に全員が落ち着きを取り戻す。

 

 

「ふむ…精神力も申し分ないと言う事か」

 

 

大方精神を乱す為の虚言とでも思われたのだろう。そう思ったその瞬間、無一郎が地面を強く踏み込むのが見えた。

 

 

【霞の呼吸 弐の型 八重霞(やえかすみ)

 

 

瞬きの間に膝下まで接近し、低く構えた状態から八つの斬撃を目に捉えることの出来ない速さで放たれた。それを軽く後ろに跳ぶことで回避する。体の成熟具合を見ると年は一四あたり、その若さでこれほどとはと内心で敬意を表する。

 

 

「…霞か…成る程、なかなか良い」

 

 

そう呟いたと同時に両横から刀が空気を切り裂きながら迫っていた。

 

 

【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

 

右横にいた頬に大きな古傷のある男が頸に向かって放った技を上半身を軽く後ろに反らすことで躱す。その避け方を想定していたのか左横にいた花羽織りの女が正確に追撃を放っていた。

 

 

【水の呼吸 弐の型 水車】

 

 

正確に頸を狙った刀を反らした上半身を元に戻すことで躱そうとした瞬間、真上に蝶のように舞う女が突の構えをしているのを目視した。

 

 

「!」

 

 

様子見も兼ねて抜くつもりのなかった刀を抜刀して型を放とうとする。成る程、童磨がたった三人を相手に苦戦した訳だと納得した。

そしてこのままでは自身の抜刀速度を持ってもその前に女の切っ先が届くだろう。

 

 

【月の呼吸 伍の型 月魄災禍(げっぱくさいか)

 

 

刀を振らずに多数の斬撃を放つ型だ。もっともこの距離からで放ってもこの者達が深傷を負わず切り抜くのは目に見えているが。

一気に迫っていた四人が退く姿勢を見せると同時に背後から声が聞こえた。

 

 

「水の呼吸」

 

 

その声に振り返り目を見開く。そこにはさっき月の呼吸をほとんど相殺した技を放った赤羽織が、その時よりも体幹を捻った構えでいた。

 

 

おかしい、上弦の壱である私を相手に、瞬きの間に満たない時間をここまで繊細で計算され尽くしているような連携を取れるなど、まるで__

 

 

 

 

 

 

()()()() 時化(しけ)

 

 

 

 

 

(まるで私ほどの実力がある存在と戦闘してきたかのような__)

 

 

その瞬間、最初に見た型よりも刀を振るう速さが段違いの技が此方に向かって放たれた。

 

 

 

 

 

______

 

時透無一郎

 

 

 

 

 

 

行けるとそう心で叫んだ。上弦の壱を相手にこれほどうまく追い詰めることができたのは柱達全員で雫様を相手にする魁稽古の賜物と言って良い。自分が最初に放った霞の型と錆兎さんと真菰さんが放った型にこの鬼の動きは全てが最小限の動きで全ての攻撃を最適解の躱し方をしていた。その動きは皮肉にも雫様にそっくりだった。

 

最初こそ恐ろしい数の斬撃を放つ攻撃と最強の鬼の鬼気に押され、末裔だのなんなので心を乱されたが、次の考えで落ち着いた。

 

 

(この鬼は雫様ほどでは無い)

 

 

柱全員の技を刀をほぼほぼ抜く事なく躱し切ることもよくあるのだ。四人目の胡蝶さんの攻撃で刀を抜こうとしているのを見てそう確信した。それと同時に五人目の冨岡さんの新しい型が放たれようとしていた。先日少し見せてもらう機会があったが、一年前にすでに会得していたと言う拾壱ノ型凪の守りの型とは違って全面攻めの型、凪よりも数段上の剣速で放たれるその技は柱達でも不可避と評された。姿勢の崩れた鬼には防ぎきれない。そう思った瞬間、目の前が斬撃で埋め尽くされた。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

恐ろしい数の月の形をした斬撃を直撃する物のみに絞って体の至る所に擦り傷を負いながらも刀で受けきった。斬撃に押され地面に線を作りながら止まり鬼へと視線を向ける。

 

 

 

「…成る程、大竹雫はやはり厄介な存在だ。だがあれとはまた違う、最強を見せてやろう」

 

 

 

舞った土埃から月に照らされて見えたのは、体から無数の刀を生やした上弦の壱だった。

 

 

 

 

 

_____

 

 

 

 

 

 

 

あの人を知ったのは、怪我から復帰して柱まで後一歩まで来た頃だった。お館様が連れてきた一人の女性。

 

 

「お久しぶりです。今日からあなたを指南をさせていただきます」

 

 

その人は僕を勧誘する為に何度か会ったことがあるそうだが、もちろんそのことは覚えてなくて、僕にとっては初対面だった。

名前は大竹雫と教えてくれたその人は今まで僕に刀を教えてきた誰よりも剣技が洗練されてて、怪我から復帰したばかりの時以来初めて相手に僕の刀が全く届かなかった。これが柱なのかと思っていた。しばらく毎日の様に稽古をつけてくれる日々が続いた。

 

 

だが柱就任の時、雫様はお館様の隣にいた。その事が気になって何故なのかと聞いたら、あの人は魁という柱よりも最上位に位置する位を頂いているのだとこの時初めて知った。

柱になってから魁稽古というものにも参加する様になったが、そこで初めて自分の実力に近い人達のさまざまな剣技を目の当たりにして、しかもそれを何人も相手に全くの無傷で立ち回るあの人がどれだけ遠い存在なのかを教えられた。

僕は刀を握ってからすぐに柱就任したという事で経験不足を補うために他の人よりも指南してくれることがあったが、最後だと言われた個人稽古で、地面に仰向けで倒れている汗だくの僕の近くに腰を下ろすと、少しだけ寂しそうな声で話しかけてきた。

 

 

「柱になったのなら、人の上に立っている自覚と覚悟が必要です。自分の刀で何百という命が救え、自分の考え一つでこれからの鬼殺隊が変わってしまうかもしれないという事を自覚しなければなりません。

 

立場と武の強さだけではありません。自分に関わる事全てをちゃんと見て、向き合ってください。分からないなら、知らないのなら一から調べて知識を得てからもう一度向き合いなさい、考えなさい。

 

……この言葉は、私を魁として育ててくれた方が伝えてくれた言葉です。次の魁があると言うのなら、きっとそれは無一郎になるでしょう。だからこの言葉は忘れないで下さいね」

 

 

なにを言っているのかと思ったが、どうやら僕が他の柱達よりも稽古をつけてくれるのは魁の継子候補という理由だと言う事は分かった。だけど、僕は”次の魁”と言う言葉に引っ掛かりを覚えた。次があるものとはとてもじゃないが思えなかった。僕がどれだけ経験を積んで鍛錬しようが、鬼殺隊最強となったとしても、それは"柱"の域の範疇だろう。だけどその心の声は口に出す事なく、二つ返事で会話を終えてしまった。

 

その日からしばらくした後、あの人は日本中を歩きにいった。どうやら僕と会う以前から一度の任務で一ヶ月帰ってこないのは当たり前で、何をしてるのかと柱の皆に聞いても鬼舞辻無惨を探していると言う答えしか貰えなかった。

たまたま話す機会があったお館様に尋ねたら、どうやら育手の所にも話しに行っては、最終選別に送る基準を上げたり、修行内容の見直しなどをしているのだと言っていた。

それはお館様がお願いしたのかと思ったら、もともと鬼舞辻無惨や上弦を探す任務の筈が空いた時間を利用しては近くにいた育手に寄っているのだそうだ。

その時最後にした稽古で話した言葉を思い出した。

 

 

『柱になったのなら、人の上に立っている自覚と覚悟が必要です。自分の刀で何百という命が救え、自分の考え一つでこれからの鬼殺隊が変わってしまうかもしれないという事を自覚しなければなりません』

 

 

ああ、この人は常に自分が何をすれば人をできるだけ救えるのか考えているのだとこの時はっきりと分かった。だけど柱を続けていくうちにはっきりした事がある。

 

あの人は自分のことを何も考えていないんだ。

 

ただでさえ疲労の溜まる長期任務を終えてきても自分の休暇を潰しては誰かに稽古をつけるし、上級隊士になる見込みが有りそうな者達をお館様と話し合って次の魁稽古の人を決めていくし、夜寝てるのかと思えば二、三時間寝てから代理がいるはずの自分の警邏地区に向かうし。魁屋敷にいる使用人の凛さんが教えてくれたから色々分かった。自分に関わる事全てを見るのなら、自分を大切にしないそれはどうなんだと言いたくなった。

 

 

……もう少し自分自身がどれだけの人に大切にされ、想われているのか自覚して欲しいと思っていた矢先、鷹帯山で意識不明の状態で帰還した。

 

 

初めて見た雫様の顔は一瞬息を忘れるほどに美しく、沈魚落雁(ちんぎょらくがん)という言葉がこの人の為にあるのではないかとさえ思った。でもそれと同時に怒りの感情も湧き上がった。

 

 

僕は雫様が嫌いだ。()()()()()大切に想ってくれる人達が沢山いるのに、こちらの心配する声を少しも聞こうとしない雫様が嫌いだ。起きたら階級なんて関係なく怒ってやる。そう決めたんだ。そう決心した頃、お館様が包帯に巻かれた身体を起き上がらせて柱達直々にお願いをした。

 

 

「鬼舞辻無惨が寝ている雫を放っていくとは思えない。…嫌な予感がするんだ…勘だけれど、雫のことを守ってやってくれないか」

 

 

後で少し悲鳴嶼さんが教えてくれたが、産屋敷家の勘は幾度となく当たってきていて、鬼殺隊の危機も救ってきたのだと。だから今回の勘も十中八九当たる。その言葉を聞いて黙っているはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

「雫様には指一本触れさせない…!」

 

 

 

身体から無数に生やした刀と、巨大化し長刀と化した手に持つ気味の悪い刀を構えた上弦の壱を睨みながら、自分を奮い立たせる為に僕はそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音が聞こえた。パチンという軽い音。その音が聞こえた方へ顔を向けるが、そこは真っ暗闇しかない。

 

だが間隔を開けながら断続的にその音は鳴り続けてて、自然と足がそちらに向かった。辺りは真っ暗闇で向かう場所も目的もないのだから、それは些細な寄り道、暇つぶしでしかなかった。随分と長い時間この暗闇の中で歩き回っていたから、久しぶりの音がとても新鮮に感じ取れた。

 

 

大分進んだと感じた頃に、小さな光が微かであるが目に届いた。更に足を進めればその音と光はどんどんと大きくなり、パチンという音が大きく鳴り響いた瞬間、小さな光が自分を包み込んだ。

 

 

「……ここは」

 

 

どこかで見た様な、そんな気がする中庭に気が付けば立っていた。でも体の感覚はふわふわしてて実体感はない。いつかの夢のような、それに近い雰囲気だろうか。そんな事を考えていると、またパチンと音が聞こえた。でもそれは響く様にではなく、すぐに空気の中で消えてしまう様な音で、ようやくこの音の正体が分かった。

 

音がした真後ろに振り向くと、そこには大きな屋敷の縁側で、一人将棋をしている男性が一人いた。真剣な眼差しで架空の自分を相手にひたすら打つ姿は、やはり絵になるなと心の中で呟くと、男性の駒を打つ手が止まり、こちらを見た。

 

 

(ああ、やっぱり)

 

 

特に不思議な事はない。だって私は死んだのだから、先に亡くなった人に会ったりするだろう。考えている間に、こちらと目があった男性は正座の体の向きをこちらへ向けると、優しく微笑んでこう言った。

 

 

 

「お久しぶりですね、雫」

 

 

「お久しぶりです、誠さん」

 

 

 

とても懐かしい低めの声が、心地よく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「夢」


冨岡さんの新しい型は凪ではなくて時化でした…。名前的にこの作品にピッタリな言葉だったのでいつだそうかヤキモキしてました…いろんな意味で許して。。

時化:強風などの悪天候で海面が荒れる事。『凪』とは対義語です。



後初めて買ったMacBookで書きました。編集が間に合わなかったのはその為です、頑張りましたが変に感じたらすみません…。


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激戦

作者「え、明日仕事とか、え?まじ?」

社長「Mazi★」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜明けまであと二刻までに縮まった頃、蝶屋敷の南側にあった納屋が強い衝撃と無数の斬撃によって切り刻まれ、ガラガラと音を立てて全壊した。

 

 

「ごほっ!ごほっ!!」

 

 

埃の舞う瓦礫の中からゆらりと立ち上がる影があった。頬に大きく傷のある男、錆兎だ。上弦の壱との戦闘は激しさと規模を増していて、瞬きすら命取りの状態が続いていた中、大きな斬撃を受け流せず刀で受けたものの吹き飛ばされてしまっていたのだ。

 

 

「無事か錆兎!!」

 

 

「……ああ!問題ない!!」

 

 

中庭で上弦から放たれる斬撃を躱しながらそう声をかけてきたのは義勇だった。こちらから中庭を見れば、庭に面していた蝶屋敷の縁側と部屋の部分は飛び交う斬撃によって半壊しているのが見えた。その光景に舌打ちしながらすぐに戦線に加わるために地面を蹴った。

 

 

(くそっ…くそっ!)

 

 

斬撃が飛び交う中庭に戻りながら心の中で錆兎はそう叫んで歯軋りをした。

 

今この戦線は余裕こそはないものの持ち堪えてはいた。ここにいる五人で深傷を負ったものはまだおらず、しかし少しずつかすり傷と瞬きの隙すら与えない熾烈さは、確実に魁稽古よりも早く体力を消耗していた。その中で錆兎は焦っていた。

 

 

(最初しか決定的な場面を作り出せていない!!)

 

 

最初の、まだ人間の面影を多く残していた姿から身体中から刀を生やし、儀式で使う神剣のような形をした長刀を持ち始めてからは一振りで現れる斬撃の数が倍以上になった。その数は義勇の”凪”ですら半分も相殺できないほどで、もはや近づくのは困難と言っていい。

 

 

(何か…わずかにでもこの均衡を崩せれば……!)

 

 

戦線に戻って戦況が変わらないまま半刻ほどすぎた頃、こちらを見る鬼が目を細めた。

 

 

 

「……もう手は出し尽くしたか?先程から私に近づくことすらできていないでは無いか」

 

 

その言葉に全員の顔が険しくなる。皆ここまで攻めきれ無いとは思っていなかったんだろう。

 

 

(もっと心拍数を上げろ!血の巡りを速く!)

 

 

ドクンを耳鳴りがひどくなってくる。自身の限界まで心拍数を意図して上げているせいだろう。

 

 

(まだ足りない。この鬼に届くためには、もっと、もっとだ。まだ上がる!!)

 

 

ドクンとしていた心音がその時、バクンという重い音になるのを感じた。体が熱い。耳鳴りが酷い。でもどうしてだ?体が__

 

 

(体が…軽い?)

 

 

 

その瞬間鬼が先程に見た構えをとった。

 

 

 

(来る!!)

 

 

視界の全てを埋め尽くす程巨大で理不尽な数の斬撃が放たれた。この型にさっきは弾き飛ばされてしまったのだ。

 

 

【水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱(すいりゅうしぶき・らん)

 

 

足の回転を止めず速度を維持する為素早い身のこなしを可能とする歩法でわずかな隙間を服を切られながらも鬼に向かって近づいていく。目線を外すことができないから見る事はできないが、他の四人も俺の動きに合わせて突っ込んでいるはずだ。体が不思議と軽い今なら行けると大きく踏み込んで後三歩まで接近した瞬間鬼は刀を大きく横薙ぎに一閃した。

 

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)

 

 

「っ!!」

 

 

ここまで攻め込めたのにまた押されるのかと防御の姿勢を撮ろうとした瞬間、義勇が叫んだ。

 

 

「足を止めるな錆兎!!俺が開く!!」

 

 

「!?」

 

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 

斬撃を全て消すのではなく、一点に絞り放たれた凪は自分の目の前に迫っていた斬撃を吹き飛ばした。その光景を見て背筋にぞわりと鳥肌が走った。直感で分かる。この時を逃せば次は無いのだと。

 

 

まるで時間がゆっくりになったような錯覚に襲われる。体が更に熱くなった気もする。

 

 

自分も目の前の全ても鈍間に感じる世界で開けた隙間に向かって足を一歩踏み出す。

 

 

 

 

鬼と真正面に目が合う。わずかな焦りの見える表情で次の型を放とうとしている。

 

柄を握る手が痛みを感じるほどに強く握りしめた。ここを逃すわけにはいかないと型を放つ姿勢を取ろうとした瞬間、鬼の左横から無一郎が自力で躱し切って接近していた。

 

 

(無一郎…!)

 

 

無一郎に顔にいつの間にか大きな痣が広がっているのが見えたその時、鬼の目が無一郎を捉えていた。

 

 

 

 

 

罠だ。

 

 

 

頸を確実に斬れる力のある男にのみわざと斬撃の弾幕を薄くして誘い出されたのだと分かった。

 

 

駄目だ。このままでは俺か無一郎のどちらかは死ぬ。そうすれば均衡も崩れる。

 

 

放つ型もわずかに間に合わない。無一郎も気付いているようだったがもう、遅い。鬼の型が放たれるその瞬間___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 

 

 

(!!)

 

 

 

 

 

 

上弦の胸を突きのみに特化した刀が貫通した__

 

 

 

 

 

_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬撃を躱しながらしのぶは自身に対して激昂していた。

 

 

(”まただ”、また何も役に立てずに終わる!!)

 

 

誰にも負けないくらい血反吐を吐いて鍛錬して来た。自分の体格を生かす術を手に入れるために誰よりも武器や薬学を学んだ。それは全て姉のカナエの時のような失態を、後悔をしたくない一心でここまで強くなれたのに。やっと雫様の重荷をわずかでも背負うことができるほど強くなれたと思っていたのに。

 

自分の毒は先の鷹帯山でも上弦の弐に対して動きを止める以外効果がなかった。有限の毒は少量ずつといっても尽きればただの突きでしかなくなる為長期戦には圧倒的に不向きであることを再確認した鷹帯山以降、毒を更に強力にするために配合を研究し直して今日に備えていた。

 

だが結果はどうだ。私は最初の攻防で数撃当てたくらいで、しかもその後は刃をかすめる事もなくただただ地面と空中を行き来して斬撃を躱すだけ。毒の効果は大きかった。当てた上弦の壱の腕や足が壊死してしまうほどに効果はあったが、警戒と技の威力が桁違いに激しくなり近づく事すらできない。

 

 

(頸を切れない分、速さに特化した私がこの状況を変えなければいけないのに……!)

 

 

馬鹿でかい刀を振り回す腕のどちらかに一撃でも入れば状況は変わる。それをすれば私は確実に死ぬだろうが、後の四人は私の犠牲を無駄にはしない。

 

そう思考を巡らせ覚悟を決めた瞬間、鋭い声が踏み込む足を止めた。

 

 

「駄目だよしのぶちゃん、誰もしのぶちゃんの死なんて望んでない」

 

 

ふと目を向けると真菰が横目でこちらを見ながら言っていた。その言葉に目を見開く。でもどうするの?この状況で犠牲なしなど甘いことを考えている場合ではない。そう目で訴えると一瞬鋭い眼光をしていた表情が柔らかくなって元の可愛らしい顔を覗かせた。

 

 

「大丈夫。絶対に私たちが切り開くから、しのぶちゃんに傷一つ負わさせずにあの鬼に一撃を入れられる距離に連れていくから」

 

 

その言葉に力んでいた心の中が柔らかくなったような、そんな錯覚を覚えた。

 

 

(……これは雫様のお説教をくらってしまうところでしたね)

 

 

少しだけ深呼吸をした。

 

 

「……分かった。貴方たちに合わせて必ず私が一撃を入れる!お願い!」

 

 

「うん、任せて」

 

 

そうやりとりした瞬間、鬼が大きく構えをとった。

 

 

【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月(きょうへん・てんまんせんげつ)

 

 

またあの大技が来る。視界の隅で錆兎さんを先頭にして四人が四方から一気に突っ込み始めた。視界を埋め尽くす歪な月の形をした斬撃を皮一枚切られながら四人は一歩、また一歩と踏み込んでいく。

 

 

 

 

失敗は許されない。

 

 

 

 

心拍数を上げろ。

 

 

 

 

ドクンドクンという心拍音が大きくなっていく。

 

 

 

 

 

まだ、もっと血の巡りを速く__疾く!!

 

 

 

 

 

 

耳に聞こえる音がバクンという心拍音に支配され、耳鳴りのように感じる。もしかしたら小さなこの体で行うとなんらかの影響があるかもしれない。もうすでに体温が普通なら行動できないほどに熱くなっているのを感じるが、なぜだろう、不思議と体が軽く感じる。特に首元が熱く感じた。

 

 

目線の位置を地面から足の甲の高さまで極限に低くする。攻撃を避けていては最速の突きは出せない。肺が痛くなるまで息を大きく吸い込んだ。

 

 

 

 

(必ず!食らわせる_!!)

 

 

 

 

ドンという踏み込みは地面をしのぶの足よりも二回り大きく抉りながら、音を立て続けに鳴り響かせた。

 

 

(百足のように地面を這って、躱す!)

 

 

斬撃が髪を留めていた蝶の髪飾りを掠めて吹き飛ばす。しかし足は止めず、真菰を追い越した瞬間斬撃がわずかに薄くなっている空間で鬼の姿を目視する。そこには顔中に痣のある無一郎と古傷の部分に水の飛沫のような痣がある錆兎が鬼を挟んでいた。一瞬追い詰めているように見えたその光景だったが鬼に焦りがないことに気づいた。

 

 

二人を誘い出す罠だと分かった。瞬きに満たない時間で鬼が技を放とうとしていた。二人と違って三歩ほど距離がある。普通なら間に合わないだろう。

 

 

 

(させ、ない!!)

 

 

 

 

だがこの踏み込みならあと一歩で届く。これを失敗させたらなんて考えない。

 

 

ただこの鬼に刀を突き刺す事だけを考えろ__!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「やああぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

大きく地面が抉れるほどに強く、足に力を入れて全ての音を置き去りにした。

 

 

 

 

 

 

【蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞(ごこうのまい) 百足蛇腹(ひゃくそくじゃばら)

 

 

 

 

 

 

それは初めて黒死牟の認識外から意表をついた一撃となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりですね、雫」

 

 

「お久しぶりです、誠さん」

 

 

そう言葉を交わして縁側へと足を進めようとした。しかしその行動は誠の手で静止される。なぜかと言う目線を向けると、正座から立ち上がった誠が縁側の沓脱石(くつぬぎいし)に揃えてあった下駄を履いてこちらに歩いてきた。誠の着ている着物はよく休日に着ていた茶と紺の縦縞の着物だ。それでさえも懐かしく感じる。

こちらへと距離を縮めていき、手を伸ばせば届くところまで来て足を止めた。

 

 

()()()()()()()()()()……どうやら、僕の死を初めに雫には苦労をさせたようですね」

 

涙が溢れそうになるのをぐっと下に顔を向けて堪えた。その言葉に力なく首を横に振る。自分には泣く資格が無いと思っているから。

 

 

「……私は、皆さんを、…守れなかった」

 

 

堪えているのに両頬に水の筋を作りながらポタポタと、足元の茶色の土の色に焦げ茶色の小さな点を増やしていく。脳裏には昨日のように思い出せる五年前の記憶が鮮明に蘇っていた。

 

 

 

 

 

 

__約五年前、誠が死んでから立て続けに柱達が上弦に遭遇すると言う明らかに鬼側が意図して柱達を潰しにかかってきていた。そしてそのほとんどに間に合わず、カナエさん以外の柱達は自分の腕の中で事きれた。その時の声と顔が、腕と服にこびり付いた血の光景が脳裏に焼き付いて離れなくなった。寝ればその夢ばかりを見て、悪い時には柱達からなぜ救ってくれなかったんだと罵倒される夢もあった。そんな時にも崖から落とされる夢はお構いなしに流れてくる。

 

気がおかしくなりそうだった。もうあの時には自分は自分でなくなりかけていたのだろう。夜も寝れず、仲の良い人とも顔を合わしたくなくて何ヶ月も凛さんのいる魁屋敷に戻らない日々を過ごした。狐面をつけてるお陰で目の隈はバレずに済んでいたけどボロが出るのも時間の問題だと思っていた。けれど、魁稽古であった新人の子達が日々日々実力を伸ばし、私を師のように慕ってくれるようになってその時にやっと、私は”魁”なんだと言うことを思い出した、いや自覚したと言ったほうがいいのかもしれない。

 

その頃に誠さんに言われた上に立つ者として言葉の意味もやっと理解できた。

 

 

「……私にもまた守りたいものが、失いたくないものが出来てしまった」

 

 

壊したくないこの日常がまた崩れてしまいそうで、時間があれば毎日のように時の呼吸を極めた。時の呼吸の常中で空気の取り込みを最小限にする事で”瞬き”を意識を集中することもなく瞬時に発動させることができるようになった。瞬きの時間が八秒にまで限界が伸びて”流の雫”から”水鞠”が派生して、さらに生み出してはいけないような型までも作ってしまった。終型として”死ノ段 時雨”と名付けた。

あの時は鬼舞辻無惨に対しての憎しみに囚われていたんだと思う。

 

それでも日々毎日笑いかけてくれる凛さんや後輩達に救われて前を向き始めれた時に因縁の鬼、奈落と会ってしまった。自分が転生する前の大竹千鶴の過去を全て思い出してしまった私には、心の奥底から溢れ出る憎しみを抑えきれずに感情のまま後先考えず技を放ってしまった。”時雨”を使わなければ後一回”流の雫”を放てたかもしれない。しかしそれは結果論でしかない。もう私は死んでしまったのだから。

 

 

 

 

 

「__それに私は、魁として、鬼舞辻無惨を倒す…責任も果たせず、死んでしまいました。皆さんと約束したのに…」

 

 

 

嗚咽を抑えながらすみませんと誠に謝ると、ふふっと微笑んだ。

 

 

「雫はよくやりました。柱のみんなも悔いてはしていませんでしたよ」

 

 

優しい声でそう言われてまた涙が溢れそうになった瞬間、それにと言葉を続けた。

 

 

「雫と会いたいと言ってる子がいるんです」

 

 

「……え?」

 

 

そう言った誠がふと右横に顔を向けそれにつられて顔を向けると、驚きのあまり目を見開いた。そこには見覚えのある子が無表情でこちらを見つめていた。涙でわずかに焦点があっていないがそれでも分かる。

 

 

(…まさか)

 

 

腰まで伸びているサラサラとした癖のない黒髪、感情のない表情でいれば一瞬人形と間違われてしまいそうになる程整った顔、白く透き通った肌。知っている、知っているとも。だってその顔は__

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……千鶴、さん?」

 

 

 

 

 

 

 

__私の顔なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「玉壺」



雫に柱達の攻撃がかすりもしないのは”瞬き”が完成して切り替えが容易になったからだったんですねぇ……チートバンザイ


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真の目的

目指せ評価オレンジ。目指し搾りたてレモン。










 

 

 

 

 

 

胡蝶しのぶが決死の覚悟により戦況を変える一撃を放つ半刻ほど前、木々が密集する森の中、大きな木が太い根本の部分からメキメキと音を立てながら地面に衝撃を響かせた。辺りを見渡せばその木のみならず、随分と広い範囲の木々が同じように倒れており、そこだけ竜巻が発生したのかと疑ってしまうような光景が広がっていた。遠くの高台から見れば禿山のようにそこだけ凹んで見える事だろう。

 

しかしその場に立ち、倒れた木や地面を見れば鋭利な刃物で斬られた木もあれば太く鋭い、忍が使う棒手裏剣に似たもの物が倒れた木や地面、まだ倒されていない木など至る所に突き刺さっていた。異臭がするところもあれば、そこにはなぜか大量の魚が跳ねている。少し知識のある一昔の人間が見れば忍者と妖怪が戦争があったのかと騒ぎ慌てる事だろう。

 

 

「ふー、よし。これであとはお前だけだ、タコ野郎。セコい戦いばっかりしやがって」

 

 

その場所の真ん中で淡い青色の刀身を刀を構えている男、伊藤正之助が立っていた。その目の前には四間(約7m)ほどの所で壺からぐねぐねと伸びている鬼がいた。

 

 

「時間はかかったが、三体一なら負けはない」

 

 

「……二人とも、結構傷を負ってる事忘れてない?」

 

 

正之助の言葉に永峰淳が同調すると呆れ顔の磐田(いわた)雄二が苦笑いしながらそう問いかけた。三人とも戦闘ができなくなるほどの深手は負っていないが金魚妖怪を雄二が、上弦の伍を正之助と淳の二人で相手をし、たった今雄二が最後の金魚妖怪を倒した事でやっと二人に合流できたところである。

 

雄二から見た二人は攻防の切り替えの瞬間、そのわずかな時間を休憩に利用し交代で鬼に当たっていたためまだ体力は残っているようだった。だが重傷とまで言わないが、それでも服が所々血だらけになるほどには傷を負っていた。なんなら隊服の一部は溶けて穴が空いたりしてる。

 

二人による攻撃は言わずとも鬼に届いていた。何度も傷を作り、あと少しというところで金魚妖怪の邪魔が入ってくるしいつの間にか持っていた小さな壺から血鬼術を出すしで、頸を切ることはできていなかったがこれで邪魔者はいなくなった。だがこれでもまだ攻めきれないだろうと正之助と淳は感じていた。

 

 

「三人がかりのくせにセコいとはどの口が言っている。ヒョヒョ、少々手加減をしたやったら調子に乗っているな糞虫」

 

 

「けっ、生臭い血鬼術でアホみたいな数で現れたり壺から魚やら蛸の足で攻撃してきたタコ野郎に言われても挑発にすらならねえ…よ!」

 

 

挑発を流して地面を強く蹴った。

 

 

【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

 

 

一直線に頸を狙った刃は擦りもせずに空を切る。

 

また速くなりやがったと内心で舌打ちする。正之助と淳との戦闘が始まった頃からこちらも徐々にではあるが刀や地面を蹴る速度を上げ、何度も頸目前まで刀を振るってきた。しかし一段、また一段とこちらが速度を上げると鬼もそれに合わせるように上げてくる。しかし積極的に鬼から攻撃は仕掛けてこず、全て血鬼術による中距離からの攻撃に留まっていた。それに鬼の速さにはまだ対応できる範囲内で、そこに顔を向ければ鬼が直接拳を振りかぶっているのが見えた。

 

 

【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

 

その拳を首を傾ける事で紙一重に躱し更に右腕を切り飛ばそうと型を放つがまた空を切る。鬼は離れた壷からにゅるりと体を伸ばしていた。しかし正之助は更に追撃はしない。なぜならその鬼の両脇にその瞬間を狙っていた淳と雄二が刀を振りかざしていたからだ。

 

 

行けると思った瞬間、二人の刀は柔らかい物体を切り裂いた。

 

 

「……お前脱皮すんのかよ、めんどくせえ…」

 

 

近くにあったまだ倒れていない木に向かって呆れ声で正之助はそう呟いた。

 

 

「ヒョヒョ、危ない危ない。危うくやられるところだった」

 

 

嘲笑うように話す鬼は、先ほどの姿とは違っていた。小さな腕は消え、人の太ももほどの太さのある腕と水掻きのある大きな手と鋭い爪、全身には大きな鱗が張り巡らされている。

 

 

「それで、その姿何?もしかして最終的には魚になるの?海なら東に十里先だよ?」

 

 

「いや、そこは考えるだけ無駄…だろう雄二」

 

 

その姿に淳、雄二の二人もゲンナリした表情をしている。

 

 

特に雄二。

 

 

「ふん、追い詰められているのが自分達ということに気づかない愚かな糞虫共が何をほざこうと無駄なこと」

 

「へー」

 

「この姿を見せるのはお前達で三度目だ」

 

「意外と見せてるね」

 

「黙れ。この私が本気を出して生きられたものはいない」

 

「ここ陸地だけど鰓呼吸大丈夫?」

 

「口を閉じてろ馬鹿餓鬼!!」

 

 

返事をしてるのは全て雄二である。

 

 

「この透き通るような鱗は金剛石よりも尚硬い、それがさらに強力になった。あの方から血を頂いてすぐに私が壺の中で練りあげたこの完全なる美しき姿に平伏すがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか言えこの糞虫共!!」

 

 

 

 

 

あまりにも静かになりすぎて風で揺れる木の葉が視界に映らなければ時間が止まったような感覚に襲われていただろう。

 

 

「いや、お前が黙れって言ったんだろ」

 

「正之助の言う通りだ」

 

「え?感想欲しかったの?意外と欲しがりなんだね最近の魚って」

 

「……雄二、素で毒舌やめろ。あと俺がタコ野郎って言ってるんだから合わせろよ」

 

「いや正之助さん、あれどう見ても魚ですよ絶対。変な髪の毛で頸隠れてますけど絶対鰓ありますって」

 

「だからそれ考えるだけ無駄だろお前ら…」

 

 

三人のやりとりを見ていた鬼の体が小刻みに震えだす。

 

 

「……ヒョヒョヒョ。人の神経を逆撫でしおって…なら糞虫共に良いことを一つ教えてやろう」

 

 

明らかに怒気が混じったその話し声に三人は刀を構える。

 

 

「…良いことだと?」

 

 

「もう()()()()は十分だろうだからな。殺す前に教えておいてやる」

 

 

こういう時、反応は大体二つに分かれる。ほんとにヤバいもので背筋に冷や汗が流れるようなものと、鼻で笑ってしまうようなどうでも良いものだ。しかし今まで数々の鬼を相手にしてきた三人は直感で感じていた。これはやばい方だ。

 

 

 

「私が仰せつかったのは、お前達の足止め。そして大竹雫は()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

その発言の刹那、正之助の目に写ったのは目と鼻に先に迫っていた鬼の姿と拳だった。先程より比べ物にならない速さにしまったと思った瞬間、体に強い横の衝撃が走り視界が霞んだ。

 

 

目を開けると遠くで鬼の周りに地面が何か沸騰しているような音とともに魚に埋め尽くされたところが見えた。

 

 

そして自分が雄二と淳に蹴られたのだと分かった。

 

 

「何ぼーっとしてるんですか正之助さん、早く蝶屋敷へ向かってください。ここは俺と淳さんで相手します」

 

 

「あぁ、心配ご無用だ正之助。あと一刻もしないうちに応援が駆けつける。今はそれよりも雫様の元へ急げ」

 

 

 

「……っ!!すまない!ここは任せるぞ!!」

 

 

刀を構えた二人の背中にそう声をかけ蝶屋敷に向かって地面を蹴った。

二人で倒しきれなかった上弦がさらに速くなったのだ。淳が"俺達が倒す"ではなく"応援が来るから安心しろ"と言った理由はすぐに理解した。

 

 

(早く蝶屋敷にいる者達に伝えなければ!この鬼が言っていることが嘘ではないのであれば()()()()にあと一体上弦が入り込んでいる!!)

 

 

背筋に冷や汗どころか全身が一瞬固まって頭の中が真っ白になってしまった。雫様を鬼にするわけにはいかない。それは大前提でもちろんのことだが、正之助の脳裏にはもう一つの嫌な考えが巡っていた。

 

 

あの大竹雫が鬼になってしまえば鬼殺隊は()()()()()()()()()()()()。戦闘で随分と蝶屋敷と離れてしまった、鬼を共闘させない為の策がここでまさかの足枷となり焦る気持ちに拍車をかける。

 

 

 

 

「ヒョヒョ、どれだけ足掻こうがもう手遅れだ。大人しくここで殺されれば良いものを」

 

 

 

「うるさいぞ魚、お前はここで俺たちが倒す」

 

「それに本気出してないのが自分だけだと思っているの?おめでたい頭してるね。魚は魚らしく捌いてあげるよ」

 

 

 

 

 

「……糞虫が」

 

 

 

 

森からズドンと衝撃音が響き渡る。屋敷組がこの事実を知るまであと__

 

 

 

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄と鉄が鋭くぶつかり合う音が部屋の中に響き、肌で感じるその衝撃波のような物は戦闘の激しさを感じさせ、背筋をヒヤリとさせる。

屋敷で中庭から一番離れた部屋の中で息を殺して朝が来るか、皆が鬼を倒してくれるかを待ち続ける一人の人物、胡蝶カナエが一つの扉に向かいあって正座をしていた。強力な鬼が近くにいる時特有の圧迫感が充満しカナエの表情を険しくさせる。

 

 

どんな手を使ったかは分からないが、鬼側は蝶屋敷の場所を見つけだした。もうこの屋敷には居られない。

それに鬼が藤の香が焚かれた屋敷に入り込みこれほどの戦闘を繰り広げている。それは純粋に藤の香り程度ではどうもすることができない強さがある鬼、上弦だろう。

 

あの時の、自分に剣士として致命傷を負わせたあの鬼よりも圧迫感を感じる。きっとしのぶ達が戦っているのは上弦の壱なのかもしれないと思考を巡らせる。今日から無一郎と錆兎の柱二人が護衛として来たその日にこれだ。もし二人が今日来てなければと思うとゾッとする。

 

数年も経験してこなかった緊張感で手汗は止まらないし、喉が乾く。不安が心を支配しそうになるのを息を整えて落ち着かせる。もししのぶ達がやられる事があれば最後の砦は自分だと言い聞かせて。

 

すうっと深く息を吸い、吐き出す。一度でも戦闘で刀を振るえば日常生活としても使えなくなってしまう両腕、それがどうした。この命はあの時既に一度死んでいるようなものだ。

 

 

右後ろに振り返れば生命活動に必要最低限の小さな呼吸で眠っている雫がいた。月明かりで照らされ、神秘的にすら感じるその寝顔を見て覚悟を決める。

本来なら明日明朝にここから雫を移動させる予定だった。元からもしもの事態に備えて甲隊士を五人常駐させていたが、場所がバレて来ると分かったのであればここにわざわざその目的を置いておく必要はない。どこかの藤屋敷に匿うつもりだったが、来ると分かったその日に現れるとは、鬼側の行動が早過ぎる。それほど雫を警戒していると言うことだろう。

 

唯一良かったと安堵できることはここで働いてくれていた子達は明日の準備と挨拶も兼ねて先に藤屋敷に行っていた。もしもこの場にいたとしたら上弦の鬼気と緊張感で気絶していたかもしれない。そうなれば自分には守りきれなくなる。

 

 

柱を退いてから、刀を振ることは出来ていない。だが呼吸の常中は途切れさせたことはないし、筋力を衰えさせない方法は刀を振るわなくてもいくらでもあるのだ。

ふと窓の外に見えた月。その傾き具合からすれば朝日が昇るのはあと()()と言ったところだろうか。

 

 

 

「私の命に変えても、貴方は死なせない」

 

 

 

しのぶが悲しむ事になるだろうが、しのぶには鬼に関わらない幸せな人生を歩んでほしい。そのためにこの子は絶対必要だ、決して死なせるわけにはいかない。

 

 

あと何度型を放てば腕が動かなくなるのかなんてどうでも良い。何があっても朝まで決して倒れたりしない、ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__ぎしりという音が鼓膜を揺らした。

 

 

 

 

 

 

ドクンと自身の心臓が大きく跳ねる。心で覚悟を決めたと言っても、体は怯えていた。

 

 

 

五人と上弦の壱の戦闘はまだ続いている。そしてこの屋敷で動ける者は自分一人だけ。

 

 

 

ゆっくりと左横に置いてあった日輪刀を手に取り立ち上がる。

 

 

 

重そうな足音と軋み音は徐々に近づいてくる。

 

 

 

鞘から約五年ぶりとなる桃色に染まった刀身を引き抜き、構えた。

 

 

 

__あぁ、しっくりくる。やはり私は、こちら側の人間(人を守る側)だと深く息を吸いながらそう思った。

 

 

 

足音が扉の前で止まった。ガリっと戸に指がかけられる。

 

 

 

戸が徐々に開いていく。願わくば、鬼殺隊の誰かであって欲しいと内心で呟いたが、嫌な予感は当たるのが鬼殺隊の常識だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かわいそうになぁ、どんなに強くても人間だからこんなことになるんだよなぁ。これからあの方のもとに連れてってやるからそこのお前は要らないんだよなぁ」

 

 

 

 

 

「……この子に、手は出させません」

 

 

 

 

上弦の陸の文字を目に持つ上半身半裸の痩せた鬼がそこには立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「________。」





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願うのであれば

明日からまた仕事忙しくなるので朝に投稿予約しました。








 

 

 

 

 

 

 

何かがおかしい。

半刻ほど前から心のどこかで何かが引っかかる。錆兎が一時斬撃に押され戦線を離脱させられた時、皆明らかに動揺した。一瞬と言ってもそれを上弦の壱が見逃すだろうか?それにこの中で最も経験豊富で警戒されていた錆兎が一瞬いなくなって四人になった時、なぜ上弦の壱は攻めに転じなかった?

 

 

 

でもそれは分からず、ただ生きるため、倒すため、守るためにその考えを心の奥底に押し込んだ。

 

 

 

今は目の前に集中しなければと目の前に迫る斬撃を紙一重の動きで躱していく。

 

 

(なに?何を見逃している?)

 

 

なんとなく。ただそれだけの違和感だがそれが致命的なものに感じる。しかし目の前では上弦の壱に皆が迫り、しのぶに関しては胴体に毒を打ち込むというこの状況を一気に攻めに転じるきっかけとなる一撃を生み出していた。

 

毒で胸の色が大きく変色し壊死してく。その状態で次の型を放とうとしていることが目に見て分かったが、上弦の壱の目の前からは錆兎が、左後ろから無一郎が頸を狙っている。しのぶが自分を追い越す瞬間、首辺りに蝶のような痣が見えたし、無一郎には顔に雲のような痣が、錆兎には古傷の部分に水飛沫のような痣ができていて、そのことも気になったが今の違和感は少なくともそれでは無いだろう。

 

 

鬼からの反撃を浴びる前に、瞬き半分の時もなく二人の刀が頸に届く。上弦の壱の討伐を成せるだろうと確信できた。

 

 

 

 

真後ろからの爆発音さえなければ、瞬きの間の隙が生まれることはなく、成せたはずだった。

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

命運を分ける大事な場面というのに、体が反射的に蝶屋敷に振り向いた。

屋敷の奥、中庭とは反対側の空に黒い斬撃のようなものが屋根を破壊し瓦を粉々にしているのが見えた。

 

 

 

そこは奇しくも、いや、この状況で奇しくもなんてあり得ない。全て必然だ。

 

 

 

「カナエさん!雫様!!」

 

 

 

背筋に冷や汗が溢れる。”もしかしたら”という考えが脳裏をよぎるのを無視しろと自分に言い聞かせて、一瞬固まった体に指示を出した。

体を屋敷に向け、跳躍しようと身構えた時、後ろからの溢れんばかりの殺気が体を鋭く貫いた。

 

再び上弦の壱の所に振り向けば、屋敷の爆発に一瞬、ぴくりと反応しただけの一瞬が致命的となる場面で三人とも意識が屋敷を向いてしまっていた。無一郎と錆兎は目を見開いており、しのぶに関しては鬼の背中に付いている事も忘れ驚愕に染まった顔になっていた。誰が見てもわかるほどに隙だらけだ。

 

 

 

「だめ!!」

 

 

 

瞬時に鬼に向かって足を踏み込み、強く蹴った。せめて誰か一人でもその場から救いたいその一心で。

 

 

 

 

「最後の一手でよそ見とは、愚かな」

 

 

 

その瞬間、真菰が見る世界は白く染まった。

 

 

 

【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月(きょうへん・てんまんせんげつ)

 

 

 

鬼の体から刃を生やしたその斬撃の数は先ほどと比べものにならず、隙間のない切り裂く破壊が、撒き散らされた。

 

 

 

 

  

 

飛んできた斬撃を躱し、躱しきれないものは刀で受け流す。しかしその攻撃は密度も範囲も異常で一つ受け流した瞬間に二つ、三つと躱しきれない斬撃が増えていく。

 

 

 

(みんなっ!!)

 

 

 

もはや斬撃は対応できる量を超え、とうとう一つの斬撃を正面から受け切ってしまい後ろへ吹き飛ばされた。

 

縁側に接していた部屋の襖を突き破り更に奥の廊下まで吹き飛ばされ、一つの柱へと激突する事で遠ざかる世界がやっと止まる。

 

 

「…がはっ!!」

 

 

背中からの強い衝撃で肺の空気が全て強制的吐き出される。全集中の呼吸で大量の空気を取り込んでいるのもあって肺に伝わる衝撃は一瞬意識をさらって行くほどだった。

 

 

(い、息が…っ!みんな!!)

 

 

しかし今は自分よりも斬撃の源に接近していた三人とその近くにいた義勇のことで頭がいっぱいだった。

 

 

ヒュー、ヒューと萎んだ肺へ空気を入れ、酸欠でチカついていた視界を鮮明にさせて行く。

 

 

 

体に酸素を含んだ血液が行き渡り始めたのを手足が温まってきたことで知覚し、刀を支えにしながら軽いはずだった重い体を立ち上げ、突き破った襖から外を確認するために自分で破いた穴から中庭を覗いた。

 

 

 

 

中庭全体に土煙が充満し、鬼も他の四人も姿は確認できず絶望が心を支配して行く。

 

 

 

 

「……もう、だめ」

 

 

 

鬼と鬼殺隊の決定的な違いは鬼か人間かである。では鬼と人間で決定的に違う点をあげるのならば、それは再生能力だ。とても単純で馬鹿みたいに立ち塞がるその壁は、誰にも変えることはできない。

義勇は”凪”があるからまだ無事かもしれない。それに攻撃をほぼ零距離で受けた三人がとてもじゃないが無事とは思えない。生き残ったとしても四肢のいずれかを欠損している可能性が高い。もし生き残っていたとしても戦うことは不可能だ。

 

 

それに急いで向かわなければカナエと雫が危ない。

 

 

たとえ応援が駆けつけたとしてもその頃には全てが終わった後だ。

 

 

(……せめて、誰か無事でっ!!)

 

 

せめてもの、誰か一人でもいいから無事でいてくれという悲痛な願いは__

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ギリギリって感じだな」

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

叶ったようだ。

 

 

土煙が晴れた光景は、地面は斬撃の形で土が深く抉られ、外塀もほとんど崩れてしまっていて中庭という原型をほとんど残していなかった。そして庭にあった木の根本で中央にいる鬼に向かって刀を構える男、一緒に常駐していた甲の正之助が中庭の端の方で二人を後ろに庇うで立っていた。

 

 

「正之助くん、…助かりました」

 

 

「ありがとう、知らない人」

 

 

「……この上弦達は陽動。本命は屋敷の中、こいつら、雫様を殺すんじゃなくて連れ去る気だ!」

 

 

「…っ!」

 

 

「……雫様を、鬼に?」

 

 

正之助の後ろでは二人が片膝をついた状態で感謝を口にする。三人とも身体中に傷を負っており、隊服に血が染み付いている。しかし正之助の話を聞いたしのぶと無一郎の表情は険しく、今にでもカナエと雫のところに向かいたい気持ちでいっぱいだろう。

 

 

正之助の話で違和感の正体がわかった。”なぜこれほど鬼が戦闘で広範囲の技を放っておきながら屋敷への損害が縁側に面している部屋に留まっているのか”。雫を殺すのであれば中庭に留まらず屋敷の方へと技を放って瓦礫ごと殺すことも出来たはずだ。

 

正之助の話に驚愕しながらも致命傷を負っていないその三人の姿に安堵した瞬間、近くで咳をする二人の声がした。

 

真菰がいた部屋から右側の方に顔を向ければ二つ隣の部屋から自分と同じように縁側に身を乗り出して刀を構える義勇の姿が見えた。義勇の後ろからは咳をしながら錆兎が部屋から出てくる。

四肢は欠損しているようには見えないが、こちらも身体中に深い切り傷を浴びて血だらけだった。

 

 

「良かった…無事だった」

 

 

よく見れば義勇の頬にも錆兎と同じような痣があった。確か雫にも薄く円盤のような痣が発現していた。やはりあの痣には何か身体能力向上のようなものがあるのだろうかと真菰は推測を立てた。

 

きっとあの瞬間、鬼の正面にいた錆兎を痣を発現させた義勇が”凪”でできる限りの斬撃を相殺したのだろう。発現前の義勇ならあの時に他人を守れるほどの余裕は無かったはずなのはよく一緒に鍛錬をしているから知っている。

 

 

 

「……玉壺、口を滑らせたな。……それに四人に痣が発現、厄介だが、もう以前のようには動けまい」

 

 

 

上弦の壱が再び技を放とうと馬鹿でかい刀を構えた。その姿に皆の表情が険しくなる。

さっきの技から五体満足で生き残ったとしてもこれ以上今までのように戦線を維持することは厳しいからだ。新たに駆けつけてくれた正之助でさえももうすでにボロボロだ。

 

 

持ち堪えなければ、早くこの鬼を倒して雫のところに行かなければと焦る気持ちが大きくなる。

 

 

 

【月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え(やっきょう・つきばえ)

 

 

 

再び絶望の刃が振り下ろされる。この技は地を這うように斬撃が複数放たれ、しかも斬撃と斬撃の間にも月の形をした斬撃が埋め尽くされている。他にもこんな馬鹿げた技を何度も受けてきた。距離がある今避けることはできるだろうが傷を数多く負ってしまった以上、動きは鈍り、近づくことは無理だろう。

 

 

 

それでもやらなければいけないと、そう覚悟を決め、身構えた。

 

 

 

 

 

 

そして再び、破壊(絶望)が振り撒かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

____

 

 

 

 

 

中庭で戦闘が再び始まることになるほんの少し前、五人の集中力を奪ってしまった戦闘音を響かせた中庭とは反対側の部屋の中。屋根と壁は既に壊されており、屋敷の原型は既に保っていなかった。しかしその部屋で寝ている雫には瓦礫は落ちておらず、上弦の陸はやはり殺す気はないのだと言うことがわかる。

 

 

この激しい戦闘の中で雫は安らかに眠っており、やはり鬼舞辻無惨の思惑は当たっていたということに鬼はにやけが止まらなかった。

 

 

 

 

「最初の数回は良かったが、急に動きが悪くなったなぁお前。……んん?もしかしてあいつにやられていた女じゃねえか?だとしたらあの時やられた傷が癒えてないって所かぁ?」

 

 

 

「……が…うっ……」

 

 

上弦の陸にそう問いかけられたカナエは、その問いに答えることができなかった。最初こそ昔の感覚を思い出しながら攻防を繰り返し、均衡していたが突如右腕に走った激痛によって刀が持つだけで精一杯になり、それによる一瞬の隙を突かれ首を掴まれてしまっていたからだ。

 

 

 

「あの女を守るために自分の命も捨てるってかぁ?いいなぁ、いいなぁ、羨ましいなぁ。綺麗な顔で仲間にも思われるなんて、俺たちには無かったなぁ、妬ましいなぁ」

 

 

 

そう話す鬼の手に徐々に力が入り、首を圧迫して行く。酸素が行き届いていない脳は思考を巡らせる余裕はなく、僅かに感じるのは圧迫された気道の両側が触れ合っている感触と、意識が遠のいて行くという感覚のみ。

 

 

 

(……何も……まだ私は…あの子に、恩を、返せてい…ないのに……っ)

 

 

意識が遠のく中でカナエの脳裏に過ぎるのは、上弦の弐に深傷を負わされて、声も出せずわずかに意識が残った状態で自分を背負って藤屋敷へ向かう時に呟いていた雫の声。

 

 

『死なないで…お願い。もう、私の目の前で人が死ぬのは……嫌だよ

 

 

治療の後意識が戻ってからその時を思い返せば、雫は泣いていたのだろうと思う。あの小さな背中に一体どれだけの責任と重圧がのしかかっていたのだろうか。自分たち柱が亡くなる度どれほどあの子の心を追い詰めていったのだろうか。

 

柱として唯一救われて生き残った私にできることはなんだろうと考えて、苦手だった薬学をしのぶから学び蝶屋敷を鬼殺隊専用の診療所としてまだ生き残れる隊士達を救ってきた。しかし瞬柱だった時代の柱達が皆亡くなってしまった辺りから、心から笑う雫の声を聞いたことがなかった。

だから私が雫に恩を返すと言うのであれば、それはまたあの頃のように笑う日常を取り戻してあげることだと心に誓ってここまでやってきた。

 

 

でも結果はどうだ。上弦の鬼には攻撃を当てられず、二桁も行かない回数で型を放てなくなって首を絞められている。

 

 

 

 

不甲斐ない。

 

 

 

 

自分たち姉妹と同じ思いを他の人たちにさせない為にこの道を選んだのに、最後は守れずにその思いをさせて死んで行くなんて。

 

私が死ねば雫は悲しむだろう。でも一番悲しいのはしのぶだと思って、涙は見せずに、悲しまないふりをして、鬼舞辻無惨への殺意を募らせるのだろう。

 

私が死ねば、しのぶは鬼への憎しみに染まってしまう気がする。でもみんなを心配させないように、空元気で振る舞って、無理をして…。

 

 

 

__願うならば、しのぶも、雫も、鬼殺隊も、蝶屋敷で働いてくれた子達も、みんなが幸せに笑って泣いて寝れるような日々が訪れればいいのに。しのぶには若いうちに鬼殺隊を辞めて、どこかで良い家庭を持って欲しい。

 

 

 

 

 

 

本当は人間だった鬼達と、願うならば、仲良くなれたら一番なんだけれど、…しのぶには嫌な思いをさせてしまうなぁ

 

 

 

 

僅かに動かせる目を右下へと動かす。そこには寝ている雫がいるから、最後に少しだけその姿が見たかったから。

 

 

 

霞んだ視界の中で雫を見ればこちらを見て微笑む雫がそこにはいた。それが自分の願望によって生み出された幻覚ということは知っている。でもそれで十分だった。

 

 

 

 

あぁ、私は贅沢だ。死ぬ寸前になって、こうも欲張りなお願い事ばかり言って__最後に見たかった笑顔のあの子が見れた。

 

 

 

 

でも、もしあの子が私のいる所に来たら真っ先に会って言わないといけないなぁ__。

 

 

 

 

 

 

 

 

首を締める手を掴んでいた手に力が入らなくなって行き、力なくだらんと垂れ下がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__守れなくて、ごめんねって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前話の次回予告は最後に呟いたカナエさんの言葉でした。


次回予告「代償」









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目覚め

短めです。あと数話で終わります。


約一ヶ月前、奈落が死んだことをきっかけに集められた上弦の集いでは、ここ数年は不機嫌だった無惨様が嬉々として大竹雫の殺害ではなく、行動できない今を狙って鬼にすると言い出した時は、果たして本当にそれができるのかという恐怖と、疑問があった。あの大竹雫だ。もしかしたら寝たきりでも無理に動かせば十分上弦の頸を切れるのではないかという想像があった。しかし俺の心を読んだ無惨様は安心しろと言った。

 

 

『大竹雫は昏睡状態にある。もし動けたとしてもいつものような動きはできまい。前回の半天狗の時は四ヶ月鬼の前に姿を見せなかった。この一ヶ月で上弦を相手にするほどの回復は、まず無い』

 

 

だがもしものことがある、だから大竹雫を連れてくる役目は頸を切られても問題のないお前の仕事だと、そう言われた。実際目にした大竹雫はどう控えめに言っても動ける状態ではなく、唯一邪魔をしてきた鬼狩りの女も警戒するほどの強さでもなかった。

 

だらんと落ちていく腕を見て、終わったなと妓太郎は思った。最初こそこの役割は性に合わないと思っていたが、まさか引退した鬼狩りの人間と殺り合え、しかもなかなかに無様な死に方を見せてくれた。それだけで自分の欲は最低限満たされた。この女には感謝しなければ。

 

首を締め上げていた手に力を加えて行く。上弦の力ともなればこんなに細い首なら握り潰すことなど造作もない。数秒もしないうちにこの女は頭と体が別れ、首からは綺麗な血の噴水が見られるだろうと、そう思っていた。

 

 

 

「その手、離してもらっていいですか?」

 

 

「!?」

 

 

時が止まった感覚に襲われた。目線を下に向ければそこには自分を見上げる大竹雫の姿があった。

 

大竹雫の右頬には、寝ていた先ほどまで無かった痣が、西洋の懐中時計のようにはっきりと浮かび上がっていた。まるで鬼のような痣、それだけでも異質でありながら、気配が、殺気が全くと言ってよいほどに無かった。

 

 

本当に何も、感じなかった。いや、今目の前にいるのにそこに存在していないかのようにまだ何も感じれていない。ただ一つだけ感じることといえば、全身の細胞が、本能がこの人間を危険だと警鐘を鳴らしていることだけだった。

 

予想外の出来事に固まった体を動かそうとする。瞬きにも満たない一瞬だ。人間である以上一ヶ月も寝たきりであったならこちらの動きには対応ができる訳が無い。締め上げていた女は投げるわけでもなくそのまま空中に放り出し、左手に持っていた血鎌を大竹雫に振りかざした。

 

 

『もしも奴が目覚めたのなら、殺せ。頸が弱点でないお前なら、多少抵抗を受けたとしても毒を与えて逃げることは十分出来るはずだ』

 

 

無惨様は目覚めたのなら問答無用で殺せと言った。鬼から見ても化け物であるこの存在を仲間にできないのであれば殺した方がマシだからだ。

 

 

【血鬼術 跋扈跳梁(ばっこちょうりょう)

 

自身の中で最速かつ迎撃に優れた技を繰り出した。勿論全力の一撃。上弦の集いで更に上弦の鬼達を強化しようと無惨様が血をくれたのだ。少なくとも無傷でいられるはずが無い。

 

唯一残っていた壁もまとめて吹き飛ばした瞬間、次に動ける体勢に身構えようとした。

 

 

しかしそれはできなかった。身体中に焼けるような激痛が襲ったからだ。

 

 

 

「…がっ!?」

 

 

 

両腕、両膝、そして頸が切られたのだと理解したのは、赤い刀を下段に構えて無表情でこちらを見ている無傷の大竹雫の姿を見た時だった。

 

 

 

 

 

______

 

 

 

 

 

「……そう言うことだったんですね。なら私は戻らないと」

 

 

突然現れた大竹千鶴と誠の三人で話した時間は、とても長いようで、短くも感じる。きっと一刻も話していないだろうが、ここは死後の世界の一歩手前の所らしく、時間という概念があるかどうか疑問である。

 

 

とりあえず、今の自分に必要なことを教えてくれたこの二人には感謝してもしきれない。

 

 

「ええ、自分の使命を果たして来てください。その時は、他の皆と一緒に歓迎しましょう」

 

 

 

優しく微笑む誠がそう告げる。今度来たときはきっと私と深く関わってきた人たちがいるところまで行くことができると言う事だろう。

 

 

 

「……本当に、いいの?」

 

 

ふと小さな可愛い声で千鶴が無表情で、しかし心配そうにこちらを見上げていた。

一番近くにいたのに会うことができなかった存在。彼女は自身の記憶を継いで復讐をさせたことを一番に後悔しているようで、何度も謝れたが全く持って的外れだと思った。だってあれは私の復讐でもあったんだから。

そして今問いかけているのは、私のこれからを心配してくれているからだ。

 

 

 

「はい、教えてもらえて助かりました。なら私は私らしく、やり遂げるだけです」

 

 

 

 

そう返事した瞬間、強い浮遊感に襲われ景色が霞み、遠のいて行く。その場には、微笑む二人がこちらを見上げていた。どんどんと濃ゆい霧に霞んでいくその光景を見ながら雫は彼女が悲しそうな顔で自分に言った言葉が脳裏を過ぎる。

 

 

 

『もしあの力を使えば、あなたは___』

 

 

 

白く染まった世界の中で、小さく呟いた。

 

 

「ええ、分かっています。でも、決めたんです」

 

 

__もう、大事な人たちを死なせないって。

 

 

徐々に世界が開けて行き、気がつけば、夜空を見つめていた。知らない天井ではなく星空とは、もしかして自分は鷹帯山で寝転がっているのだろうかと思ったが、背中に感じる柔らかな物と肌触りで敷物の上で寝ていることに気づいた。

本来なら寝床に締め付けられるような感覚に襲われるはずだったが、前回とは違い、熱く、軽く感じる体をゆっくりと上半身を起き上がらせる。

そこに見えた光景は、首を掴まれ持ち上げられたカナエと、カナエの首を片手で締め上げている痩せ細った鬼の姿。

鬼は苦しむカナエの表情を楽しんでいるようで、カナエは苦しみながら両手で鬼の手を引き剥がそうと抵抗をしている。持ち上げられたカナエの足元には、桃色に染まった日輪刀が突き刺さっていた。

 

 

(なるほど、これが透き通る世界、ですか)

 

 

目の前の二人の姿が筋肉から内臓というところまで繊細にみえる。千鶴さんが幼くありながら大人や野獣を相手に一方的に立ち回れたのは、呼吸、関節、血液の流れ、心臓の鼓動というものまでを視覚として得られることによって、相手の数手先の動きが手に取るようにわかるからだと理解した。

 

それに首を折るのではなく苦しめる為に手加減をしてるようで、カナエの首の中は気道を閉めてるだけで他は大きな損傷が見られない。十分助けられる。

 

その状況を見ながら、雫はゆっくりと寝床に立ち上がった。

 

 

あの二人に追い返されたことを感謝しなければと、静かに、だが怒りも含めた微笑みを浮かべた。敷物の上からとんっと軽く蹴り動いた瞬間、世界が”瞬き”を使っているように鈍間に感じていることに少し驚きながらも鬼とカナエの間へと体を入り込ませ、こちらに気づいていない鬼を見上げた。

 

 

「その手、離してもらっていいですか?」

 

 

まるで御近所さんに挨拶をしているかのような、道を尋ねたような、あまりにも場違いな声色。こちらを見る鬼の目が驚愕、恐怖を写している。ここまで近づいて声をかけてから気づくなんて、もしかして隠密に優れているだけで特段強い鬼じゃ無いのかもしれない。別に驚かそうとしていたわけでも無いし、殺気を向けているわけでも無いんだからむしろ感謝して欲しい。

 

そんな呑気なことを考えているとカナエから手を離し、空中へと放ったのが気配で感じ取れた。意外と話を聞いてくれる鬼なのかと、そう思った時、筋肉や関節が反応し左手に持っていた鎌を動かそうとしているのが見えた。全身の血管が縮小しているのも見える。相当驚いて焦って反撃をしようとしているのが手にとるように分かる。でも残念かな、今の私にはその動きは蚊が止まっているように見えるし、その蚊がどのタイミングでどの方向へ羽ばたくのかさえも見えてしまっている。

 

 

【血鬼術 跋扈跳梁(ばっこちょうりょう)

 

 

あくびが出てしまいそうな速さで繰り出されたその血鬼術は私やカナエを切り刻むだけではなく、ここら周辺の障害物が全て吹き飛ばせてしまえるであろう一撃だった。自分一人であれば回避するだけで済んだが、後ろにいるカナエを守るためにもここは横に刺さっていたカナエの物であろう桃色の日輪刀を握りしめた。

 

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 

ゆっくりと迫りくる黒い斬撃を全て切り裂いていく。全くもって義勇は才能がある。義勇は一つ一つの型を極める事は錆兎に一歩及ばないが、数百年の歴史の中で数多くいた水の剣士達が誰一人思いつかなかった型を見つけ、極めることができる才能は、唯一無二の才能だと思う。自分が時の呼吸でしかやろうと思わなかった動きを水の呼吸で、”流の雫”の下位互換とは言え完成して見せたのだから、本当にすごい。ただ一つ、私なりに手を加えるとすれば、完全防御の凪の中に一瞬だけ暴風を加えて大きな水飛沫をあげるかな。

 

こちらに向かう幾多の斬撃を全て切り刻んだついでにと刃先を四肢と頸へと滑り込ませた。

 

 

「…がっ!?」

 

 

…おや、また頸を斬っても死なない鬼だったようです。でもなぜか再生はせず苦しそうに喚いているので、持って次へと行きましょうか。

 

 

 

 

 

 

 



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絶望


また短いです!次長くなります!!


俺は、自分達の世代が特別なのだと思っていた。

 

しかしそれほどたいそうなものでは無いと言い、笑うあいつの横顔は気味が悪かったのは三百年以上もたった今でも昨日のことのように思い出せる。何も心配は要らないと言っていたが、俺は心配など端からしていなかった。才覚を持ち、呼吸を極め、鬼をたやすく屠れるほどの強さを持ち、痣を発現させる人間は今の俺たちだけだと慢心し、そう信じていた。

 

 

だが今のこいつらはどうだ。

 

 

あの方から更に血を頂き、以前の血鬼術が小さく感じてしまう程に威力も速さも規模も一回り強くなった。しかしこいつらはそんな俺を二度にわたって後一歩というところまで追い詰めて見せた。精密に計算された連携、技と技のぶつかりもなく、動きにも一切の迷いもしない連携速度は異常、まさに阿吽の呼吸と言っていい。もし以前の血をもらっていない状態の自分であれば既に頸を切られてもおかしく無かった。

 

なぜ、これほどまでに鍛えられた剣士が多数存在し、そしてなぜ、痣者がここまで少ないのか疑問でしか無かった。あの大竹雫は頬に円盤状の痣がある事は鷹帯山で見ているが、そのほかの剣士には全くというほどにいない。今目の前に相対している六人の中で俺の血鬼術の最大火力を掻い潜るために感覚が研ぎ澄まされたのか三人に痣が発現した。元々発現前からこいつらの実力は俺達の代の痣者の強さと並んでいた。しかし痣はなくただただ純粋に自分の太刀筋や動きをキメの細かい砥石で徐々に磨かれた刃ように鋭く、一切の無駄のない至高の領域に片足を入れている状態だと言ってもいい。しかし俺の中ではそれはまだ些細な問題でしかない。この者達に一番最初に思った疑問は、”なぜ大竹雫との差に絶望していないのか”。

 

あれほどの化け物じみた存在をなぜ気味悪く思わないで付いていけるのか。

 

おかしいだろうと、満身創痍の状態でありながら紙一重の斬撃を躱していく六人組の姿を衝撃で舞っている土埃の隙間から目視しながらそう思った。

 

数百の鬼を消し飛ばす技、”速い”という表現が合っているのかすら怪しい素早さ。あんなものを見てしまえばひと昔の人間なら妖怪の類いを疑うのは目に見えている。しかしこの者達は大竹雫の異常を受け入れている。もしかすれば奴の存在が鬼に対して絶対的だからこそ守ろうとしているだけだと思ったが、既に放っておけば出血過多で死もあり得るほどの重傷を受けた今もなお、折れない。ただ損得だけでいる人間がする目をしていない。これは大切なものを守ろうとしている者の目だ。

 

 

先ほどの俺の血鬼術をまともに食らったのだ。四肢は無事でも朝まで放っとけば命に関わる深傷。動きも一段と落ち、避けるので精一杯と見える。そのままでも勝手に技を受けて死ぬだろうが、これ以上長続きさせても時間の無駄だ。屋敷の方でした戦闘音は妓太郎が上手くやったのだろう。あいつは今の鬼の中で唯一頸を弱点としない、問題はないだろう。それに先ほどから報告に来ている鎹烏を殺すことで鬼殺隊の増援が今どうなっているのか、なぜ来ないのかこの者達には情報を一切与えていない。

 

……これほど時間が経ってもこないところを見れば、童磨達の妨害は上手くいっているようだ。なら、こちらも仕上げにかからねばなるまい。

 

 

目の前で重なる三人を見ながらそう心で呟いた。

 

 

【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面(くだりつき・れんめん)

 

 

 

「……ぐっ!!」

 

「っ義勇!!」

 

「冨岡さん!!」

 

 

豪と、上から複雑かつ強力な斬撃が五人に降り注いだ。威力も規模も、この屋敷の中庭を埋め尽くすほどの斬撃が放たれる。すかさず赤羽織の剣士が【凪】で打ち消そうとするが、もはや手遅れであった。その赤羽織の剣士も、打ち消さなかった斬撃からその剣士を救おうとした古傷の男と、無一郎も更に傷を負った。特に赤羽織の傷は既に呼吸で止血するには限界のある物だった。無理に動けば臓物が出てくるだろう。

そしてこの戦況を維持できていたのもこの男三人が鬼殺隊の中でも上位に位置する実力者であったがゆえ、その三人が動けなくなってしまえばもはや勝負はついたも同然だ。

 

 

 

「……終わりだ」

 

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)

 

 

斬撃を受けてまともに動けずに片膝をついている三人にとどめと技を放った。

 

 

 

_____

 

 

 

 

まだだ。まだ何か突破口があるはずだと真菰は心の中でそう自分に言い聞かせていた。

 

一気に形勢が逆転してしまった後に始まった上弦の壱の斬撃は、雨のようにさえ感じるほどの濃密さがあった。まだ本気でなかったのかとそう思ったが、それは自分自身の動きが鈍くなっているせいだと気づくのにそう時間はかからなかった。しかしこうやってまだ避けれているのは義勇、錆兎、無一郎の三人が攻撃の七割を引き受けてくれているからだ。ふと視線を横に向ければ、大量の汗を流しながら自分と同じようにギリギリで躱している正之助としのぶの姿が見えた。正之助は既に上弦の伍からの連戦で既に体力が限界だし、しのぶと自分も小さい体ゆえに他の人よりも出血による消耗が激しく、もし接近できたとしても頸を切ったりする力があるかと言われれば、怪しい。

 

もちろん心はまだ折れておらず、倒すことを最優先にしているが先の一瞬で均衡が崩れた。現実的に考えて倒す事はほぼ不可能だ。今の私たちにできるのは、増援が来るまで持ち堪えることだけ。しかしその増援もいつまで経っても来る気配が無く、何かしらの連絡を持ってきた鎹烏も先ほどから鬼の斬撃によって斬り落とされている。

 

満身創痍の自分達と、いつ来るかわからない増援、とどめに雫様側に現れた鬼の存在。戦況は、絶望的だった。

 

 

しかし絶望はまだ終わらない。

 

 

【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面(くだりつき・れんめん)

 

 

 

真上から降り注ぐように複雑な斬撃が襲ってきたが、まだこちら側は避けられた。問題は、錆兎達の三人であった。

 

 

「っ!!」

 

 

先にも言った通り、攻撃の七割はあの三人が引き受けてくれていた。しかも今の攻撃は三人が交差するその瞬間を狙った物だった。最初の攻防でもよくあった場面だった。上弦の壱は先読みのように避けきることが難しい瞬間を狙って技を放ってくるのだ。しかし今の私たちにはその攻撃は十分すぎるほどに命を刈り取れる物であった。避けようにも近くに味方という障害物、鈍くなった自分達の体では、それは躱せるものでは無かった。

 

咄嗟に義勇が【凪】を放ち相殺にかかるが、その技にも以前のようなキレはなかった。

 

当然の如く複数の斬撃が義勇の体を切り刻んだ。その義勇を庇おうとした錆兎と無一郎も同様に。

 

片膝をつく三人に向かって鬼は更に長刀を振り上げる。

 

 

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)

 

 

三人を確実に仕留める一つの巨大な斬撃が放たれた。

 

 

 

体が動いたのは無意識だった。

 

 

まだここまでの速さで動けたのかと驚くほどに瞬きの間も無い瞬間に三人の目の前に飛び出して、三人に振り返った。

 

 

自分を見る三人と目があった。三人の顔には驚愕、絶望、怒り。様々な感情が蠢いていた。

 

 

錆兎が驚愕した表情で、こちらへと手を伸ばした。

 

 

傷を抑えた義勇が絶望した顔で自分を見ていた。

 

 

無一郎が何をしているのかという怒りの表情で、こちらへと手を伸ばしていた。

 

 

しかしその手は届く距離にあらず、空を切った。

 

 

最後くらい、私らしく笑顔でいようと、そう思った。

 

 

「……ごめんね?」

 

 

 

 

 

 





次回、主人公話。



なぜ起きれたのか、雫の体はどうなっているのかの話になります。


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最強と最強

 

__世界が暗くなった。

 

 

 

 

未練はなかった…とは言えない。もっとみんなと笑って暮らしたかったし、可愛い柄の着物を着たいし、最近街にできた喫茶店には見たこともないケーキという西洋菓子を頬張っていたかったし、鱗滝さんにもっと甘えたかったし……雫様のそばにもっといたかった。

 

あの人はとても不思議な人だ。鱗滝さんのように心を許した人以外の前では必ずお面を外さないし、何者も寄せつけない強さがあるのに強い人特有の威圧感もなければいい意味で威厳も感じさせない。自分に関わりのある誰かが大怪我をして運ばれれば、遅くても翌日には見舞いに来てくれるし、自分の方が忙しくて悩みもいっぱいあるはずなのに分け隔てなく相談に乗る。

 

お館様が鬼殺隊のみんなにとって父と言うのならば、雫様は母のような存在だった。

 

もっとも私の場合は、母と言うより姉のように感じていたし、もし姉がいたらこんな感じなのかなと何度考えただろうか。

 

 

いろんな場面の記憶が駆け巡る。きっとこれを走馬灯と言うのだろう。

 

 

 

「……真菰」

 

 

 

…雫様の声?__聞こえたような。いや、それは無いだろう。正之助の言う通りなら雫様は殺されていないはずだし。

 

……そういえば何か暖かいものに包まれているような。

 

 

「もしもし、真菰さん。そろそろ目蓋を開けてくださいな?」

 

 

今度ははっきりと声が聞こえた。

 

 

「___!!」

 

 

 

目蓋を勢いよく開け、視覚情報を取り入れる。真っ暗なのは自分の目蓋の裏を見つめていたせいらしい。

 

ぼんやりとした視界が徐々に鮮明になってくるとそこには初めて見た時と同じようにお人形さんのように整ってて、最近毎日のように見ていた寝顔が、今はその目を開いて微笑みながら吐息が聞こえてしまうような近さでこちらを見つめていた。

唯一目につくものとすれば、右頬にある西洋の懐中時計のような痣だろうか。

 

 

「……しずく………様?」

 

 

「はい、雫ですよ」

 

 

「え、どうして…?やっぱり私は死んだんですか?」

 

 

「いいえ、死んでいませんよ。傷だらけですけど、無事です」

 

 

頭が、うまく回らない。

 

 

なぜ四肢も切断されていない?なぜ死んでいない?なぜ___起きるはずの無い雫様が目の前にいる?

 

 

「え?え?なんで………?」

 

 

色々と頭が追いつかなず混乱しそうになるが、一つ気付いたことがあった。

 

 

 

 

 

 

__お姫様抱っこされている。

 

 

 

 

 

 

暖かいものに包まれていると思っていたものは密着した雫様の体温であることを完全に理解した。

いろんなことで混乱していなかったら顔から火が出てしまうほど恥ずかしくて、ニヤニヤが抑えられないような状況である。

姉のようで人としても憧れのような人に抱えられて、しかも息を飲むほど整った綺麗な顔が吐息を感じるほどに近いのだ。たとえ同性でも何も反応しない方がおかしい。

 

しかし心がかき乱されるほど心配していた人がこうしている事に安心から涙が流れそうになる。今の自分にはありとあらゆる感情が同時に襲ってきており、どれを優先すればいいのかてんやわんやしている。

 

 

 

現に顔が熱くなってきて___いやそれどころじゃない。

 

 

「し、雫様!動いて大丈夫なのですか!?」

 

 

約一ヶ月、一切の身動きもせず寝たきりの状態であれば、どんなに回復に優れた人間でも歩くことどころか起き上がる事でさえ難しいはずだ。だから雫様が上弦の壱の攻撃から自分を抱えて救い出し、軽いとはいっても自分を持ち上げてなお苦しそうな素振りさえ見せないのはまさしく異常事態だったが、雫様は少し考える素振りを見せたあと口を開いた。

 

 

「………まぁ、()()()()()()大丈夫です。少し無理をしていますが、回復の呼吸の応用ですよ」

 

 

回復の呼吸は血の巡りを操って傷口の止血を行うもののはずで、固まって動かせない体を動かせるようにするなど、何をすればそうなるのか全く見当がつかない。それに健康そうな今の雫様を見てると、もしかしたらそのような方法があるのか?とどうしても思わざる終えなかった。

雫様に対しての心配が薄れた瞬間、あの三人のことを唐突に思い出した。

 

 

 

(み、みんなは!?)

 

 

見つめ合っていた顔を横に動かして周囲を見てみると、先程の記憶にもある荒れた中庭の真ん中でこちらを睨む上弦の壱の姿があった。

 

 

 

 

 

「なぜ…なぜ貴様が動けているのだ、大竹雫!」

 

 

 

 

______

 

 

 

 

 

本当にギリギリだった。自分の腕の中でなぜか小さくなっている真菰を見つめながらそう心の中で呟いた。

 

 

透き通る世界が見えるようになってからと言うものの、周りの景色の動きが鈍く感じてしまうのは自分が速く動けているのが原因であって、”瞬き”のように時間自体を遅くしているわけではないと言うことに気づくのがあと少しでも遅かったら間に合わなかっただろう。きっと”瞬き”の世界を知っている自分だからこそ起きた感覚のズレなのだろうが、本当に危なかった。

ちなみに真菰が庇っていた錆兎義勇無一郎は悪いけど蹴ってその場から離脱させた。多分今壊れた屋敷の塀の向こう側で転がっていると思う。

 

 

 

「なぜ…なぜ貴様が動けているのだ大竹雫!!」

 

 

 

そんなことを考えていると低く荒々しい声が耳に届いた。そちらにふと顔を向けると鷹帯山で最後に見た上弦の壱が上半身からも刃を生やした状態で山で自分に振り下ろした刀よりも三倍は長そうな長刀を片手で持っていた。赤黒く、目玉が刀身に並んで見える刀はやはり何度見ても趣味が悪い。

 

 

 

「……まあ、追い返されたと言いますか…引き返してきたと言いますか…」

 

 

 

「ふざけるな!貴様は、人は()()()()で動けるはずがない!」

 

 

あら、思いの外すぐにバレてしまいました。鬼の言葉を聞いて真菰がハッとした様子でこちらに再び顔を向けているのが視界の隅で見える。目線を鬼から周囲へと向けると傷だらけのしのぶと正之助が目を見開いているのが見えた。

 

 

 

__さすがにしのぶのは気付かれたかもしれない。

 

 

 

「…あなたにも視えているんですね、この世界が」

 

 

 

「………貴様も視えて…いや、見えていなければおかしいか。…問うぞ大竹雫、なぜ()()()で動けている?」

 

 

 

ゆっくりとこちらを見ている真菰を地面へ立たせ離れるように伝える。名残惜しそうな、悔しいような、そんな顔をしながらしのぶたちの方へと行くのを見た後、手のひらを自分に向けて腕を見つめた。この鬼にも自分と同じようなものが見えているのであれば、誤魔化しはできない。しかしこの子達がいる今、まだ知られたく無い。

 

 

 

「……」

 

 

さて、どう答えようか。と考えていると、答えるつもりが無いと思われたのか鬼が両手で持った長刀を構えた。

 

 

「答えぬのなら、よい。貴様はここで、殺す!」

 

 

その瞬間、刀を大振りしたかと思うと世界が斬撃によって埋め尽くされた。その斬撃一つ一つが人体を余裕持って切断することが可能だろう。

 

 

(なるほど、上弦の壱の数字は伊達ではないようですね。真菰達が苦戦した理由もよくわかります)

 

 

自分が”流の雫”で消し飛ばしたのは、上弦の肆の血鬼術と、奈落が操っていた大量の鬼達のみ。いずれも頸が弱点でなかったり、広範囲で避けきれないと判断したからこそ使っていた技だが、上弦の壱の血鬼術はまだ隙間がある分、ギリギリ”瞬き”で対応可能の範囲だった。

 

 

(だけど…)

 

 

『もしあの力を使えば、あなたは___』

 

 

しかし、今の私は()()()()()使()()()()()()()()。だから水の呼吸のみで戦わねばならない。

 

最強の鬼を前にして時の呼吸と言うチートを使えない縛りプレイだ。まあその代わり”透き通る世界”を手に入れたわけで、やられるつもりは毛頭無い。私の『最強』は”瞬き”を常時発動できるからであって、水の呼吸のみであれば上弦の壱の相手はほんの僅か私が上といったところだろう。

 

時の呼吸を使わずとも柱達四人を同時に相手できるほどには水の呼吸を極めたのだ。”瞬き”があったからこそ今まで使う機会は全くといっていいほどになかったが、義勇ほど全く新しいとはいえないが新たな可能性を模索し、作り上げた私だけの、私らしい技。

 

 

 

【水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___改・夕波の舞】

 

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

その瞬間、黒死牟は幻視した。水平線まで続き、どこまでも風に揺れる水面がある、一度見れば忘れることはないあの景色。海の向こう側に沈む太陽に照らされ、神秘的な輝きを見せながら揺れ動く海の姿を。

 

 

__己が鬼になる前に一度だけ見た沈みかけた陽に照らされた大海を。

 

 

 

【水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・改・夕波の舞】

 

 

 

それが幻視した物だと理解した瞬間、黒死牟の右腕は既に宙を舞っていた。

 

 

 

右腕が吹き飛ぶのを眺めながら、黒死牟は腹わたが煮え返る様な怒りに襲われていた。

 

 

 

ありえるのか、こんな事が。

 

 

 

ギリッと歯軋りする。鳩尾から旋毛まで突き抜ける様な焦燥。平静が足元から瓦解する感覚。四百年ぶりの__。

 

 

今の大竹雫の動きはまさしく、昔の、老衰で死ぬ寸前だった奴と最後に対峙したあの瞬間を彷彿とさせる動きだった。既にこの女の体は動けるものでは無いはずだがこの速さで動けているのは化け物に間違いはなかった。しかしそれは同時に自分にも大竹雫を殺せる可能性があると教えてくれた事に他ならなかった。

 

 

 

___()()

 

 

血を頂けていなかったら今ので終わっていたはずだ。

 

あの山でみた大竹雫の動きは、全く見えなかった。刀の一振りも、最後に奈落を溶かした剣技の大竹雫の姿も、全く見えていなかったのだ。しかし今の大竹雫の動きは、目で追えていた。躱し切ることはできなかったもののその姿は見えた。

 

 

大竹雫はやはり人間。本来の動きを取り戻すまでには至れていないことの証明であった。

 

 

(今の奴なら、殺せる!)

 

 

瞬きの時間もなく腕を再生し、再び刀を振った。

 

 

【月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月(げっこう・かたわれづき)

 

 

巨大な斬撃が空から振り下ろされ多数にわたって地面に大きく削られる。しかし大竹雫はやはり軽やかな動きで躱し切った。

 

今大竹雫が行使している技は【水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・改・夕波の舞】。数百年の中で出会った水の剣士も同じ型を持っていたが、今奴が行使している”夕波の舞”はその誰よりも動きの幅が広く、風に吹かれて大きくも小さくもなる波の様に時には大きく、時には小さく、最適かつ最小限の動きで攻撃を躱すことのみに特化させたものだとすぐに推測できた。

 

先の一撃も型ではなく一切速さを殺さずに躱し切った瞬間ただ刀を添えて俺の横を通り過ぎただけに過ぎない。攻撃の型でなかったからこそ体をわずかにずらすせる時間があり、右腕が吹き飛ばされるだけに済んだのだ。

 

 

(躱すだけに特化しているのなら、躱しきれない密度で攻撃すれば良い)

 

 

単純だが、最も効果的な考えだ。それにあの山の一件から血をさらに頂いて己も一段と強くなった。

 

 

一人で俺の全攻撃を躱し切ることなど、不可能。

 

 

【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面(くだりづき・れんめん)

 

 

複雑に降りかかる斬撃を僅かな動作で躱す。

 

 

【月の呼吸 拾壱ノ型__】

 

 

 

躱す。

 

 

 

【拾弐ノ型__】

 

 

 

またもや躱す。

 

 

 

 

 

 

 

【月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月(せんめんざん・らげつ)

 

 

幾多に折り重なった巨大な斬撃の隙間に体を滑り込ませて躱した__瞬間。

 

 

大竹雫の足が地面から離れた。

 

 

全方向へ放つ最大の型を大竹雫に向けて一方向に向けて放つ。その斬撃密度には人が通り抜けられる隙間は全くなければ、一つの斬撃すら日輪刀を紙のように切り裂く。この攻撃を避けることは、降ってくる雨粒を避ける事と同義だろう。

 

 

【月の呼吸 拾肆ノ型 凶変・天満繊月(きょうへん・てんまんせんげつ)

 

 

 

 

地面も空気をも切り裂きながら迫るその攻撃は間違いなく今の大竹雫には躱しきれるものではなかった。

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___私の前世は、よくあるような小説のお金持ちなのに不幸キャラの人生そのものだった。両親は音楽家として世界的に有名で私に幼い頃から熱心に音楽をやらせ、勉強も高い金を払って家庭教師をつけた。音楽以外にも習い事をと茶道や生花をさせた。

 

 

しかし私には才能はなかった。なんなら凡人以下だったのだ。

 

 

歳を取るにつれて『まだまだ幼いんだから』が、『いつまで同じことをやっているんだ』に変わり、中学生終わり頃には私に対しての愛情のような物は無くなっていた。両親は私を避けるように世界へと仕事を作っては飛び回った。

 

 

しかし私は、顔だけは良かった。日頃笑うことも怒ることも少なかった私の顔は無表情で、仏頂面だと、小学生の頃から思っていた。いつもジロジロ見られ、話しかけられることもなく、陰で何か話されているとしか認識していなかった毎日。それが変わったのは、大学生になった時にスカウトされた事がきっかけだった。

 

それからしばらくは充実した毎日だった。無表情でもそれが逆に神秘的さや透明感を際立たせていると評価を受けるようになって徐々に仕事は増え、有名になり、大学生ながら都内で広い土地を買えるほどには稼げていた。

 

 

だから私は淡い期待を持ってしまっていた。また私を見てくれるんじゃ無いかって、勝手に。

 

 

 

 

『顔だけはいいのね、貴方』

 

 

 

久しぶりに帰ってきた母親に言われた言葉は、思春期で愛に飢えていたままだった私の心を切り刻むのに、十分すぎる言葉だった。

 

 

 

 

ボロはすぐに出た。女優も、バラエティも。感情移入もできなければ人の心を理解することもできないし、面白いことも言えなければ、それ以前に人と話す事ができない私には芸能界は向いていなかった。

 

 

いろんな人に新しい服を着せられて、言われたままに動くだけの日々を過ごした。

 

 

__あぁ、この人達は私ではなくてこの”顔”さえあればいいのかと、その事に気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

そして25歳の夏、撮影中に突っ込んできた車に跳ねられた。

 

 

 

何も無い。ただただ踠いて踠いて、行き着いた先にあったのは人に言われてしか動けない人の皮を被った人形のお話。

 

 

しかしこの子(千鶴)は違う。にている様で、違った。この子には才能があふれすぎていた。それが原因で両親から見放され、奈落に見つかり、そして気まぐれの神に目をつけられた。そして『私』という存在に体を乗っ取られて自分の人生を歩むことすら叶わない。

 

 

『私』が代わりに人生を歩むことになったところで、大切な人たちは殺され、強くなって守りたいと思った人達も守りきれずここまで生きてきた。ただただ不幸な人生だった。

 

 

「無惨を倒すまで何をしてでも生き残る?」

 

 

「鬼殺隊をやめて孤独になってこの人生から逃げる?」

 

 

「ここまで慕ってくれる子達を見捨てる?」

 

 

 

___断じて否だ。

 

 

 

マイナス(不幸)マイナス(不幸)を掛け合わせても掛け算みたいにプラス(幸福)になる事なんてあり得ない。人生という物語の中に公式なんて存在しない。あるのは絶望的に広がる答えのない世界。

 

 

でもやはり物語の主人公達は最後は必ずプラス(幸福)に変えてハッピーエンドを迎えるのだろう。

 

 

しかし『私』はそんな主人公にはなれない。『私』は大竹千鶴の物語に入り込んだ異物であって、主人公にはなれないのだ。

 

 

 

__それでもやはり、『私』は『私』らしくこの物語を締めて、逝こう。

 

 

 

 

 

目の前に迫りくるのは斬撃の壁、”夕波の舞”では避けきれない。倒れていなければ、本調子であれば十分躱せただろうが、今の私は動けない体を無理やり動かしているのだ。

 

 

 

 

ここまでが今の私の限界だ。

 

 

 

 

 

ならこの命に変えてでもこの状況を変えて、後はこの子達に託そう。

 

 

 

___時の呼吸

 

 

 

 

体が熱くなる。鈍間な世界に感覚が溶け込んでいく、もう感じる事ができないであろう感覚を噛みしめながら、刀を振るった。

 

 

 

 

 

【弐ノ段 流の雫】

 

 

 

 

 

 

 

世界から音が消えた。

 

 

 

 

 

 





次回『時の呼吸の代償』



もう一話あったんですが、保存ミスで半分以上消し飛びまして、一話だけ載せます。

正直いうとこの話も保存ミスで急いで書き直していますので文章がおかしくなってたら申し訳ありますん…。


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やはり私の手は届かない

 

 

 

 

 

 

私はてっきり、”呼吸”なのだから心臓に負荷がかかっているとばかり思っていて、でも誠さんに「時の呼吸と名付けたのは、君だろう」と言われた時にハッとした。

 

そうだ、気まぐれの神という存在は、『ほんの少しだけ時間が操れる力をあげよう』と言っていたんだ。”呼吸”なんて、一言も言っていなかった。

 

勝手に私が極度に集中して息を止めて発動するから呼吸と関連づけて勘違いし続けていただけなのだ。

 

たしか千鶴さんを生き返る方法の話をしていた時も、わざわざ自分の力で全てを解決するのは好みではないという様なことも言っていた。

 

そこまで話して、もうあらかた予想はついた。

 

数秒ほどしか耐えられないこの時を操る力の正体は、誠さんと、千鶴さん曰く自分が生きるはずだった時間を代償にしているのだと。

 

そう考えると納得していくものがある。

 

自分の寿命を消費して時を鈍間にする。その力の中で一秒がどれほどの時間を代償にしているのかはわからないが、自分の”時”自体を代償にその力を発動させる時、その一秒間と代償にしている自分の寿命はイコールでは無いだろう。もしそれがイコールなら肺の息が続く限り問題はないはずだ。

 

そうなると、私が”流の雫”などの大技を使った時に倒れる理由はきっと、消しとんだ私の中の”時”が膨大で体が対応しきれないのだと思う。もしそうなのだとしたら、寝ていた二ヶ月は代償で消えた”時”、そして深く昏睡状態になるのは私自身の体の中で進み続ける時の流れを最大限に遅くしようとする生存本能の様なものなのだろう。

 

最初に倒れた時、瞬きを使うのにも体力を使っていた頃には、瞬きさでさえ使用限界があった中で”流の雫”を一度だけ使用した。その状態で二ヶ月も寝ることで体の時間を調整しているというのなら、私は寿命を二ヶ月代償にしたということになる。

 

そうなると、奈落の鬼達を相手にした今回は、目覚めるのはいつになるのだろうか。

 

”流の雫”を十五回、”時雨”を一回使用した今回は、一体どれほどの”時”を代償にしたのだろう。少なくとも数ヶ月の話ではなくなるだろう。

 

しかし、仮にそのまま数年も寝続けた場合、私は以前の様に動けるのだろうか。前回の二ヶ月でさえ私は本調子を取り戻すのに三ヶ月かかっているし、数年も寝た人間は筋肉だけでなく骨格まで影響が現れるだろう。そうなれば戦線に復帰などできないし、それはつまり魁でなくなるということだ。

 

でもやはりあっているか分からない仮説を追求していっても、そのどの様な結果になろうとも受け入れるしかないのだろうと、私は思っていたけれど、誠さんの一言でそれは変わった。

 

 

『雫のために、みんなが戦っているよ』

 

 

なぜ、そのことを知っているのかと気になったが、誠さんはタチの悪い嘘をつく人で無かった。どうすれば早く目覚める事ができるのかと考えていると、意外にもすぐに答えは見つかった。

 

『深く昏睡状態になるのは私自身の体の中で進み続ける時の流れを最小限に留めようという生存本能の様なもの』という仮説が正しいのなら、その状態を維持したまま起きれば良いではないか。

 

でもそれは、その状態にある”私”では無理な話だ。

 

 

『…私が、体の所有権を半分以上持つ様にすれば、そうすればきっと、私の、見ていた世界も視る事ができる…と思う』

 

千鶴が覚悟を決めた声色で言葉を発した。

 

そうだ。私と貴方で、『雫』という人間は生きているのだ。ひとりで持ち切れないのなら、分け合えば良い。

 

 

 

 

 

__その時間は、ほんの一呼吸の間。

 

 

それは屋敷の縁側からカサカサと音を立てながらそよ風に揺れる赤く染まった紅葉の枝に目が止まった時。

 

それは私を慕ってくれる子達の後ろ姿を見た時。

 

それは、私の周りで、鼻でクスクスと、腹でワハハと笑うその子達を眺めていた時。

 

 

 

 

ふとした時に思う。

 

 

もし転生していなくて、この世界の大竹雫の存在がなかったら、どんな物語があったんだろうって。

 

 

私は、いつも自分の力不足を感じる度に、心臓が鷲掴みされているような錯覚に襲われる。

 

 

例えば私の稽古に参加した隊士が死んだと聞かされた時。

 

例えば私にこれからの人生の悩みや恋の悩みを赤裸々に話してくれる子と話をした時。

 

例えば、護りたいと思った存在が、手の届かない場所で消えてしまった夢を見た時。

 

 

何度後悔しただろう。

 

何度心に穴を開けられたのだろう。

 

何度、この手が届いたらと、考えたのだろう。

 

 

 

__もし、私がいなければ、この子達の笑顔は、こうしてみんなで笑い合える時間は、もっと沢山あったんだろうか。

 

 

 

そんなことを思っているなんてこの子達の誰かに溢してしまえば、きっと否定してくれる。

そんなことは分かっていて、でも私は、前世からネガティヴのままで、やはり心の何処かでは”でも”なんて言葉を繰り返している。

 

 

すみません皆さん、誠さん。どれだけ強くなっても”私”はやはり”私”のままでした。

 

せっかく魁なんて前代未聞な階級にふさわしい様に強くしてくれたのに、心が弱いままではいけませんよね。

 

でも、これで私の物語は終わって、みんなの時代がやってくる。産屋敷も自分が死んでも何も問題はないという様に、私が死んでも鬼殺隊は終わらないし、必ず鬼舞辻無惨を討ち取ってくれる。

 

私がやって来たことといえば、上弦の肆と、太陽以外不死身の鬼を生み出し続ける奈落と、今回の上弦の壱と陸の討伐と言ったところだろうか。上弦の陸に関しては赤くなった日輪刀を突き刺すと動けなくなる様だったから、日の出と共に日が当たる所に突き刺して来たけれど、もし抜け出してこの子達と戦うことになっても、五人もいるなら問題なく倒せるでしょう。

 

___まあ、ここまで長ったらしく色々と語っていましたが、実はもう、体は動いている感覚もなくて、目も耳聴こえないんです。

 

ただ、誰かに抱えられていることだけしか分からなくて、最後に「私の為にありがとうね」ってお礼を言ってお別れしたいのに、声が発せられたいるのかさえ、分からないんです。言っているつもりだけれど、その言葉はしっかり声となっているのかすらわかりません。

 

本当に、いつも私は大切なものに、手が届かない。こんなに近くにいるのに、今度は私が手を伸ばすことができないなんて、可笑しな話。

 

 

 

 

その時、暗くなっていた世界が徐々に白く染まっていく。

 

 

ん?そこにいるのは、誰でしょう。千鶴さんか誠さんかと思ったけれど、真っ白い服装してる人なんて…。

 

 

 

「……先、生?」

 

 

この世界に来た私と初めて話して、何もかも手助けしてくれて、初めて父と思える様な、初めて、この世界で大切にしたいと思えた人。あの時、真っ赤に染まっていた白衣も、綺麗な白になっている。

 

 

「……お腹はもう、痛くありませんか?」

 

 

____ああ。

 

 

(あの時、私がいなかったこと、怒っていませんか?)

 

 

___雫がいなくて、良かったと思っていたよ。

 

 

(……あじいさんも、おばさんも、みんな私だけ生き残ったこと、恨んでいませんか?)

 

 

____みんな、雫が頑張っている姿を見て、とても誇らしく思っているよ。

 

 

その瞬間、白く染まっていた先生の後ろに、あの小さな病院が霧から現れる様に姿を現していく。

 

 

その病院の前には、患者だったお兄さんも、おばさん達もいて、その周りには、私がここまで強くなるきっかけになった柱の誠さん達が、みんな笑顔で立っていて、その中には千鶴さんもいた。

 

 

何度この人達が生きていたらと思っただろう。

 

何度、この人たちの最後を見送った夢を見ただろう。

 

何度この人達に、会いたいと思っただろう。

 

 

 

そう思っていると先生が、優しく囁いた。

 

 

 

 

____雫は、いい子達に巡り合えたんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

……はい。とてもいい子達で、誰よりも、優しい子達なんですよ」

 

 

 

 

 

その一言を最後に、私の体はとても暖かい空気に包まれて軽くなった様な、そんな感じがした。

 

 

 

 

 






次話『遺書』

色々と設定無理があるだろとか、思われるかもしれませんが次で最終話になります。これから仕事が忙しくなるので、その前には投稿するつもりです。いつも読んでくれている皆様、最後までよろしくお願いします…。


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遺書

 

 

 

 

 

 

体に衝撃が伝わる度に、内臓が痛み、骨が軋んだ。

 

常人ならば、動くことすらできないその痛みでさえも、今はどうでもよかった。

 

 

鎹烏に伝えられた情報は『蝶屋敷並びに付近の森で十二鬼月二体の襲撃、激しい戦闘の末上弦二体を撃破した』と。

 

そして先ほど追加された情報には、蝶屋敷へ応援に向かった柱組には上弦の弐、頸を斬っても死なない陸の女鬼の襲撃があり、そちらでも激しい戦闘。柱組の応援部隊には死者は出なかったものの、重傷者が数名いる模様。

 

自分が上弦の参の相手をしていた間に、残り全ての上弦が鬼殺隊の目の前に出現したという事実は、大竹雫をどれほど脅威と判断しているのかを表している物だった。

 

 

左腕から燃えるような熱さと、まるで心臓がそこにあるかのような鼓動が伝わる度に激痛が走る。隠による応急処置と呼吸で止血はされているものの、本来動いてはいけない体ということは重々承知していたし、炭次郎達には止められたが、この状況でじっとしているのは無理だった。

 

 

「はぁっ、はぁっ…」

 

 

そんな重い体を引きずって三刻あまり、目的の屋敷を目視した。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

いつもなら屋敷の土壁と瓦が見えるその光景は、大きな刀で斬られたかと思えるような土壁と、削られて木造部分が剥き出しとなった瓦屋根。隠が今もなお忙しそうに門を行き来していた。嫌な感情が押し寄せてくる。もしかしたらと思う頭を必死に振り払って、足を一歩、また一歩と進めていく。

 

門まで後数歩のところで隠の者が驚き、焦った声で何か言っていたが、もはや自分の耳には入ってこなかった。

 

壁に手をつきながらも門を潜ると、屋敷という原型を残しているのはほんの一部のみとなった蝶屋敷の姿が目に入った。

 

 

「…皆は、どこにいる?」

 

先ほどから何か話しかけてきる隠の者にそう問いかけると、焦った様子を落ち着かせて、しかし涙を溜めた目で言った。

 

 

 

「……俺が連れて行きますので、背中に乗ってください。煉獄様も重傷なんですから、無理なさらずに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

そう言われて連れて行かれたところは、魁屋敷だった。道順でそう察し、屋敷が見えてきたときに門の前にある人物が立っているのが見えた。

 

 

 

 

「……無事でなりよりだ、胡蝶」

 

 

「……煉獄さん、生きて帰ってきて何よりですが、そんな傷で歩いて帰ってくるのは辞めてください。死ぬつもりですか?」

 

 

包帯だらけの体に、傷だらけの隊服と蝶羽織を羽織ったその人物は、胡蝶しのぶだった。いつものように笑みを浮かべ、いつものような声でそう言ってきた彼女をみて、それが空元気であることは鈍い自分でもすぐに、分かった。

 

 

 

「…雫様のところに、連れて行ってくれ」

 

 

「……こちらへ」

 

 

過去魁稽古で何度も通った門をくぐり、住人が二人にしては大きすぎる屋敷の玄関をあがった。胡蝶は何も話さず、いつも通り狭い歩幅でゆっくりと奥へと進んでいくと、ふと足を止めた。

 

 

「この部屋です」

 

その一言が不思議と大きく脳に響いた。隠に礼を言いながら降ろしてもらい、襖へと手をかける。

 

 

今のところ死亡した者の報告はない。無事なはずだと思っていても、胡蝶を見れば何かがあったことはすぐに分かる。なぜ何も言わない?そんな疑問が浮かべば、押し殺していた嫌な考えが吹き出してくる。

 

しかしそれも、この襖の向こう側を見れば終わる。それが望み通りと行かなくても。

 

 

そして俺は一度小さく深呼吸して、その襖を横へ滑らせる。

 

 

 

 

 

そこには、最後に見た時と同じ綺麗な寝顔で眠っている雫様の姿があった。

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういい?」

 

 

「…え?」

 

 

その言葉を言ったのは、先程まで笑顔で迎えようとしていた誠さんだった。目の前に広がるその光景は、懐かしい病院に、今までお世話になった人達。いまだに笑顔を向けてくれている。しかしその光景がぐにゃりと歪んだ。

 

 

「こ、これは、誠…さん?」

 

 

世界の変わりように戸惑い何事かと誠を見ると、呆れたと言わんばかりにため息を吐いた。

 

 

「どうも何も、普通死人が夢の中で君に助言をした時点で怪しまない?それに君、____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____()()()なんだよ?」

 

 

 

 

「あ…」

 

 

その一言で何かが心の中で音を立てた。そういえば時を操る力を千鶴さんに聞いたと、あの時の誠さんは言っていた。確かに千鶴さんから話を聞けたのならば、そこは疑問にも思わなかったが、今目の前の誠さんが言った”転生者”という言葉でなぜ疑問に思わなかったのだろうと思えた。

 

 

 

__そもそも千鶴さんは死人ではないのだと言う事実を。

 

 

 

そもそもの事実を、自分が特別な状態で眠っているからこんな状態もあるのだろうと、勝手に思い込んでいて、私自身の中に存在する千鶴さんならまだしも死人であるはずの誠さんが私に干渉すること自体がおかしい話だったのだ。

 

 

 

 

 

つまりこの誠さんは___

 

 

 

 

 

 

「気まぐれの、神…」

 

 

 

そう言った瞬間、誠さんの姿がぐにゃりと歪んで、ぼやけて見えない白い存在へと変わった。

 

 

 

「セーかーーーい。怪しみ始めたらネタバラシしようかと思ってたけど、まさかその気配すらもないからどうしようか焦ったよ〜」

 

 

 

「あなたが、わざわざこんな真似をしたのは、なぜですか?」

 

 

「いやいや、まさか少し前に転生させてもそんな()()()()()()()()()()()が君をきっかけに一つの物語に大きな爪痕を残すことになるなんて思わなくて、面白くしてくれたお礼に少しだけアドバイスしてあげようと思ったらさ、なんか最初の頃より暗いことしか考えないし、頭の回転は早いのにこんなところで鈍いし、困ったよほんと」

 

 

そう言いながらやれやれとその存在は両の掌を見せながら首をふった。全くもって、最初のあの時と変わらない雰囲気を纏っていた。しかしこの状況にわざわざ現れる理由が分からない。いくら気まぐれと言えど、ここまでする意味がやはり分からない。

 

 

「……じゃあ、私はどうなったんですか?時を操る力は私の寿命を代償にしていると仮説を立てて、それには誠さんの姿をした貴方も肯定していたじゃないですか」

 

 

「一言で言うのなら、”君”は確かに死んだんだよ、君の”時”を短期間に過剰に消費した代償でね。でも”君”はまだかろうじて生きている。そのヒントは、いつも君と共に生きてきた千鶴が教えてくれている」

 

 

「どう…言うことですか」

 

 

さっきから何を言っているんだと、頭が変になりそうな言い回しをする神を睨みつけた。”私”は死んでいるのに、”私”はまだ生きていると言う。しかもそのヒントは千鶴さんが教えてくれていると。

 

 

 

「奈落と遭遇したあの時、千鶴の記憶で僕とのやりとりもみたんだろう?なら、君は答えはすでに得ている」

 

 

「……奈落?貴方は__」

 

 

「おっと、それと今は別問題だ。君は早くここから目覚めないといけない。これは謂わゆるゲームのend rollが流れる前のラストイベントだ。ここで選択肢を間違えればbat end。正解を引き出せたらhappy endだ。簡単だろう?」

 

 

 

そしていつかのように道化のような雰囲気で最後のヒントだと言い、こう呟いた。

 

 

 

 

 

 

__なぜ死んだはずの君は今、一人なんだい?

 

 

 

 

 

 

何かが、喉の奥で痞えた気がする。それが言葉なのか、唾なのか、空気なのかは分からないがしかし、その最後のヒントとやらは頭の回らない今の私でも十分答えに辿り着くものだった。そうだ、”私”が死ぬと言うことは、”彼女”も死ぬと同義のはずなのだと、そう理解し始めた瞬間、手足の体温が冷えたような、そんな感覚に襲われた。そんな私をみて気まぐれの神は、あるのかすら分からない口を歪めたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「僕が言うのもあれだけれど、千鶴が残した時間を無駄にしないことを勧めるよ」

 

 

 

 

その瞬間、世界が黒く染まった。

 

 

 

_________

 

 

 

 

 

蝶屋敷襲撃から1年四ヶ月と三日過ぎたある日の晴天の昼間。

 

私はいつものように病室へと入り、日課となったある人の健康を確認する。

 

注意深く聞かなければ分からない程小さな呼吸音を立てながら寝ているその人は、痩せこけた頬と、ほとんど骨だけとなった手足。その姿でもなおその寝顔は神秘的さを感じさせていた。

 

 

 

 

 

「……今日はとてもいい天気ですよ、雫様」

 

 

 

帰ってくることの無い会話をしながら、私はいつもあの日のことを思い出す。

 

 

 

あの日、雫様は死んだはずだった。迫っていた血鬼術を上弦の壱ごと消し飛ばした後、なんの抵抗もなく地面へと崩れ落ちたのだ。まるで糸人形の糸が全部一気に切られたかのように。

 

慌てて駆け寄れば、一つの涙痕を残しながら雫様は事切れていた。呼吸もなく、力が一切入らないその体は温かさは残っていたものの、早朝の冷たい風によってあって言う間に冷えていった。

 

 

私たちは、そこから動くことができなかった。隠の方々が到着し、涙を流した姉のカナエに体を揺すられるまで、私は雫様の顔から目が離せなかった。

 

 

眠ったように、死んでしまった雫様を囲んで私たちは声も出さず、静かに涙を流していたと、後に隠の人から聞いた。

 

 

守りたいと、そう強く願った。その後ろ姿に少しでも追いつきたくて死にかけるほど鍛錬した。それでも、守れなかった。私たちを守ってくれたその背中は、私と姉を救ったあの時みたいに急に現れて、そして人としてあり得ない強さを見せつけて、たった一人で上弦の壱を倒して見せて、そして死んでしまった。守る存在になっていたその人に、守られて逝かせてしまったのだ。

 

その事実を受け入れるのは、私たちにはあまりにも残酷な現実だった。真菰が嫌だと叫び、無一郎は嘘だ、信じないと叫んだ。その姿と声で冷静になれた私や錆兎たちは、雫様を魁屋敷に連れて行こうとした時、その体を義勇が持ち上げた瞬間、ほんの僅かな、小さな呼吸をし始めていたことに気づいた。

 

 

まだ生きている。その事実に私たちは喜んだが、動けないはずの体で、あのような人外の戦いを繰り広げた彼女の体が、寿命がもはや残り火のようなものだと言う事に気づくのはすぐだった。

 

 

前二回の昏睡では食事をさせることができなくても痩せることもなかったが、今回だけは違い、日に日に痩せ細り衰弱していくのだから、寝ることも考えず東洋医学はもちろん西洋医学の論文を片っ端から読みあさり、もはや跡がないと言った所で胃に直接栄養物を流し込む方法を思いついた。

 

管も思いつきで描いた設計図を片手に刀鍛冶の長に頼み込んだら、甘露寺さんの日輪刀が少し変わった程度だと言いながら僅か三日で完成させてくれた。その管も改良に改良が進み、今使っている物は4代目で最初の管よりも細く、柔らかくなっていて体への負担が軽減されている。お陰様でこんなにも長く命を繋ぎ止めることに成功している。

 

 

 

蝶屋敷襲撃から一ヶ月後、病気が悪化して動けなくなっていたお館様が息を引き取った。輝利哉様がお館様として初めての柱合会議で、雫様の今後についてが議題に上がった。再び意識が戻ることがほとんど可能性のないことから、魁の階級や、歴代の隊士とは一線を超えている魁稽古を受けた実力の持ち主達の今後の任務配分など、ほとんどが雫様が中心となっていた事を知っていたにもかかわらず、その範囲と量はあまりにも膨大で、雫様の存在がどれほど鬼殺隊を変えてしまっていたのかを改めて実感させられた。

 

 

 

そしてその日最後で一番時間が掛かった議題は、雫様の遺書を読むかどうかだった。

 

 

 

 

まだ死んでいないと、読むことに反対する者もいました。しかしいつ目が覚めるのか分からないし、いつ息を引き取ってもおかしくないその日を待つよりは、遺書を今読んで意志を継ごうと話はまとまって、輝利哉様の隣で茜様が読み上げたその内容は、あまりにも衝撃的なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何も、書かれておりません」

 

 

 

雫様の遺書は、白紙だった。他の人なら仲のいい者に少しでも言葉を残すのに、雫様は何も残さなかったのだ。

 

その白紙の意味が、何も心配していないと取るのか、自分はそんな言葉を残すまでもない人間だと言う意思表示なのか、私達には分からなかった。

 

無一郎君が、泣きながら起きたらその意味を問い詰めると躍起になっていたのがとても意外でよく覚えています。

 

 

 

それから、何度か新たな上弦が現れ、交戦しましたがやはり死者は少なく、鬼殺隊全体の練度は未だ高い位置を保ち続けています。しかしまたいつ鬼が攻勢に出るか警戒する日々は続いています。

 

 

 

 

「…あ、そう言えば、竈門君が煉獄さんが引退していた柱の席に日柱として任命されましたよ。雫様の影響を受けているのか、新人の育成に張り切っているみたいです」

 

 

 

 

返ってくることの無い会話。沸かしたお湯で体を拭いていきながら固まらないよう肘や膝の関節を柔軟させる。一年半前から毎日する日課になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの、日課のはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

___すぅ__

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音もないほど小さな呼吸が、僅かに大きくなったような気がして、眠っている彼女の姿を見た私は目を見開いた。

 

 

 

 

 

「…雫、様?」

 

 

 

 

 

 

閉じていた目蓋は、薄く開いていて、そこから一滴の涙が涙痕を作りながら枕を濡らした。動くことのなかった唇が、僅かに動いた。

 

 

 

 

 

掠れた声で、雫様はこう言った。

 

 

 

 

 

……私に、これ以上何をしろと言うんですか__

 

 

 

 

 

 

 

____千鶴さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

_________

 

 

 

 

 

_______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にいいのって言葉、僕から君にそっくりそのまま言わせていただこうかな、千鶴?」

 

 

「君の魂を代償にしても、雫には以前のような強さは残ってない。まぁ普通の人間の生活をする分には問題ないと思うけど、40歳以上は生きられないと思うよ?」

 

 

 

 

「……いい。あの人のおかげで私は、楽しい世界を知ることができたから。今度は、あの人の番」

 

 

 

「……君ってそんな、綺麗な笑顔するんだねぇ」

 

 

 

 

 

 






一応これで完結です。

駄文でしたがここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

仕事が落ち着いたので他の小説も書こうと思います、興味がある方がいましたらまた読んでくれると嬉しいです。


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その後の日常



久しぶりにこの作品の詳細みたら後日談が欲しいと言う人が結構いてくれたので、これが本当のほんとに最終話です!


 

 

 

 

ドタドタと、踵を踏み鳴らしながら歩く音がした。その音はどんどんと近づいてきて、最近はよく人が出入りするようになった扉が力任せに開かれる。

 

「おい!大竹雫!嘴平伊之助様が遊びにきてやったぞ!喜べ!」

 

「おはようございます、伊之助君。今日も元気そうですね」

 

そう返事を返すと猪の頭をつけた少年は、満足そうに部屋に入ってくる。

どうやら今日も山からどんぐりを持ってきてくれたらしく、やる!子分へのご褒美だ!と言いながらベットの脇に大きなどんぐりを置いた。

なぜどんぐり?と初めて貰った時から思っていることだが、その事は口に出さずありがとうございますと受け取る。

どうやら満足らしくほわほわした雰囲気が溢れ出ているのを見て、少し可愛く見えてしまう。

 

そう思っているのも束の間、開けられたままだった扉からまた一人。

 

「こら伊之助!雫様の体に障るから騒ぐなと言っているだろう!」

 

髪が伸び、背も高くなった炭治郎だ。その後ろには黄色髪をした少年、たしか善逸君は緊張した様にこちらをのぞいていた。

 

「ば、ばかやろう伊之助!またしのぶさんにシめられるぞ!?」

 

「雫は喜んでる!俺は子分にどんぐりをやって満足!しのぶに文句言われる筋合いはねぇ!!」

 

「だからそんな大声出したらきちゃu「呼びましたか?」ぴぃ??!」

 

扉のところから声をかけていた二人のすぐ後ろに綺麗な笑顔のしのぶが立っていた。伊之助が猪頭を被ってるはずのに目に見えて青ざめている。これから廊下で説教が始まるのは避けられなさそうだ。

 

 

……なんでもいいけど君たち、ほんとに仲良しだね。

 

 

 

 

私が目覚めて、二ヶ月が経った。未だに歩くことも支えがなければできず、日のほとんどはベットに体を起こして本を読むか会いにきた人と喋るかの二択。

最早体の筋肉は痩せ細り、日輪刀を持つことすらままらず、まるで老後の人生のような、にしては騒がしい日々を送っていた。

 

 

説教を受けている声を聞き流しながら本を読み進めていると、新たな来客があった。

 

「雫様、お食事をお持ちしました」

 

「もうそんな時間でしたか?ありがとうございます」

 

私の屋敷にいた唯一の隊士、凛さん。

この屋敷にすみ、私の専属世話係を買って出たらしく、毎日私が一人ではできないことをしてくれる。ありがたいかぎりだ。

 

「今日は風が心地よいので、食後に少しだけ縁側に行きませんか?」

 

そう言われてふと窓の外を眺める。心地よい日の光と葉と葉が擦れる音が外がとても穏やかであることを教えてくれる。

 

「そうですね。日を浴びながら本を読むのも良さそうです」

 

そう言って運ばれてきた食膳へ意識を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「義勇と錆兎が明日雫様に会いにくると言ってましたよ。久々に剣の腕を見て欲しいみたいで!」

 

「…それはまぁ、嬉しいですけどもう私には皆さんの動きなんて目に追えていませんから、ただ眺めるだけになってしまいますけど」

 

「それでも、雫様が見てくれるっていう事実が大事なんです」

 

「そ、そういうものですか?」

 

 

縁側。日が心地よく当たり、適度に涼しい風が体を撫でていた。そこで静かに凛さんと本を読んだり、たまに顔を上げて会話をしたり、のんびりとした時間を過ごしていると、真菰が見舞いにやってきた。

真菰も大人らしくなり、可愛いらしさにも色気のある女性となりつつあった。

 

義勇と錆兎が私の見舞いがてら柱稽古をここでやるとやる気満々らしい。

今の私は千鶴さんの僅かにのこされた余生で生き延びてるに過ぎないので、動体視力も一般人となんら変わらないから見ることしかできないのだが。

 

「真菰さん。お部屋に飾るお花を摘もうかと思うのですが、ご一緒にどうですか?」

 

「うん、私も一緒に行こうかな」

 

凛さんと真菰が仲良さげに庭の隅に沢山咲いていた花に向かうのを眺めながら、薄い木製の栞を挟んで本を閉じた。

 

 

 

 

 

 

私が目覚めてから最初の1週間は、毎日のように人が沢山訪れた。初日から柱の皆や魁稽古で仲の良かった隊士たち。その後にも隠達や現産屋敷当主、輝利哉まで来てくれた。最初こそ渋滞していたが今でも毎日誰かしら来てくれるので賑やかなものである。

 

「今日は俺が勝つ!!」

 

「かかってこい義勇!」

 

 

そして、動体視力の衰えた私にわざわざ稽古を見てもらおうとする隊士達も結構いる。今目の前で残像しか追えない錆兎と義勇のように。

左で音が鳴ったと思えば右の方からも音が鳴るという、不思議な光景が広がっていた。痣が発現してから動きのキレが格段と上がったようでもはや人ではない。

あの子達の相手をしていた私は一体なんだったのだろうと思えてくるレベルだ。

 

 

「義勇も錆兎も頑張れー!」

 

 

隣で真菰が応援に勤しんでいる。

その真菰には痣こそ発現してないからか、実力差が少しできたようで、二人の継子みたいな立ち位置になっているようだ。もっとも隊士が増えて継子の数も増えているので真菰の下にも結構な数はいるのだが。

 

ふと意識を二人に向ければ刀で押し合ってるところで僅かながら姿を捉えることが出来た。二人ともまた背丈が大きくなり、すっかり大人の男であると思わせられる。

その二人の首から頬にかけて、似たような水の飛沫のような痣が広がっていた。

それを見て、少し顔を顰めてしまう。

 

実の所、痣が過去に発現した者がいたと言う話は魁になったあたりで産屋敷から私に伝えられていた。そしてその痣のメリットとデメリットについても、可能性ではあるとしながらも教えられていた。

だから私の魁稽古では、痣が出ないギリギリの範囲内で稽古を済ませていた所もある。発現すれば25歳で死ぬなど、強くなると言ってもあまりにも代償が大きすぎると、そう思ったからだ。

 

しかし私を狙ってきた蝶屋敷襲撃にて上弦の壱との戦闘でしのぶ、義勇、錆兎が痣を発現させてしまったらしい。

死線をギリギリでくぐり抜ける戦闘は痣の発現率を上げるきっかけになるようだった。

そして私にも、しのぶの話では時計のような痣が発現していたと言われていた。しかしその痣は眠っていたこの一年半の内に、薄れて消えていったらしい。

それはきっと千鶴さんが、もう一つの魂が私の代わりに全てを背負って逝ってくれたおかげなのかもしれない。

と言っても長生きはできないというのは、自分でも実感出来るほどに衰えているのだが。

 

目の前の二人は、あと二年しか生きられない事になるが、そのことに後悔はしていないと言っていたので見守ることにしている。

 

 

そうこう考えている内に稽古が終わったらしく、汗をかいた二人が話をしながらこちらへと向かってきた。

 

 

「……見ていただきありがとうございます」

 

「二年前よりは、俺らも成長したと思うんだが、どうでしたか?」

 

「凄いですね。もう私には残像しか見えませんが…確実に言えることは二人とも剣の腕は格段に上がっている、と言うことくらいですね」

 

そう言うと満足気に微笑みながら日常会話へと移っていく。曰く、痣がある状態でも魁だった私に刀が届く想像ができないらしい。

それはまあ届く瞬間に時の呼吸を使っていたので擦りもしないのは仕方ないことなのだが、言っても信じてくれないので未だに伝えてはいない。思い出話に耽っていると気づけば日がだいぶ傾き始めていた。それに気づくと三人とも、また今度と言いながら帰路についた。

 

 

 

 

 

「雫様雫様!」

 

「あのね!あのね!なほ、きよ、すみでね!」

 

「花冠を作ったの!」

 

「ふふふ、なほちゃん、きよちゃん、すみちゃん、ありがとう。被ってみても?」

 

「「「は、はい!!」」」

 

いつものように縁側で本を読んでいると、緊張してるのか少し大声になりながら三人で花冠を目の前に差し出してきた。

花かんむりの作り方を教えたのだろうか、遠くから葵ちゃんと凛さんが微笑ましそうに見ている。

 

たんぽぽでできた冠を頭に乗せる。似合いますか?と問うと、三人とも綺麗な笑顔で残像ができそうなくらい縦にうなづいた。

 

小さい子達に、何かを贈られるという事は前世も含めて経験がない。そもそも人とこうして笑い合いながらやり取りすると言う事自体、この世界に来てから初体験ばかりで、会話が少しばかりぎこちないところはあるかと思う。しかし皆はこんな私の話を聞いてくれるし、話をしにきてくれる。その事実だけで私はこの世界を守りたいと、そう思えたのだった。

 

 

…遠くで善逸くんの血を吐くような声が聞こえたのはきっと空耳なのだろうと、そう思うことにした。

 

 

 

 

 

「む、今日もこちらにいると言う事は、体の調子はすこぶる良いのですか?」

 

花冠を頭に乗せたまま日向ぼっこをしていると、私の病室に向かう途中だったのか、杏寿郎が廊下を歩いてきた。

 

「こんにちは杏寿郎。ええ、やっとですが、庭を散歩するくらいはできるようになりましたよ」

 

「それは良かった。その調子なら二ヶ月程で外出もできそうですね」

 

「それはまあ、しのぶたちが許可してくれるかは分かりませんけどね」

 

この屋敷の皆は過保護なので、きっと誰か護衛という名の付き添いがつくのは目に見えた。

そう答えると、杏寿郎も分かっているのか笑みを浮かべながらそうですねと頷いた。

 

杏寿郎は、私が襲撃されたのと同時に上弦の参と死闘を繰り広げ、左目左腕を犠牲にしながも討ち取ったと聞いている。

今ではその傷も塞がってはいるが、目に見えて痛々しい。それに私の元へその状態で駆けつけたというのだから、自分のことは大切にして欲しいものだ。それを伝えると難しい顔をしていたのを今でも鮮明に思い出せる。

 

今は凛さんも茶を入れに行っているので二人きりになる。風も静かで、当たりには鳥の囀りが響き渡っている。そんな中で杏寿郎と会話をしていると、ふとした時に気付いた。

 

凛さんが戻ってこない。

なにか他のことに手を取られているのだろうかとも思うが、それにしても遅い気がしてならない。といっても特に今は困っていないので問題はないのだが。

 

「あの」

 

「はい」

 

ほんの少し、周りに静けさが漂った気がした瞬間。なぜか緊張したような雰囲気を纏った杏寿郎がこちらを見つめながら、いつもの勢いも抑えて言った。

 

「その花冠、とてもお似合いだ」

 

「ああ、ありがとうございます。屋敷の子達が私のために作ってくれたので、そう言われると嬉しいです」

 

「う、うむ」

 

褒め言葉を素直に受け取り、笑顔でそう答えるとなぜか視線を外されてしまった。

しばらくの間、目を泳がせたかと思うと、再び私と目を合わせた。

 

「もし、外出が許可されるのであれば、俺と二人で、出かけてはくれないだろうか」

 

「いい…ですけど」

 

 

反射的にそう答えると、杏寿郎は急に立ち上がり背を向けた。なにか私に紹介したい所でもあったのだろうかと、そう尋ねようとしたがそこから杏寿郎の動きは早かった。

 

「で、では俺はこれで!雫様の護衛に相応しいよう鍛錬をしてくる!」

 

ではまた、と言い残して足早に去っていった。そのタイミングを見計らったように凛さんが微笑みながら茶を運んでくる。

残念ながら男の人と出かけると言うのも、前世を含めて初めてなので珍しいことを言うなと思う程度で、そこにどんな意味があったのかは私にはわからない。

おめでとうございますという彼女の言葉の意味を理解するのは、もっともっと、先の話になるのである。

 

 

 

 



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