苗木くんと七海さんと赤松さんと (佐藤秋)
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1 苗木くんと七海さんと赤松さん

 

 時は放課後。某県某所にある私立校、希望ヶ峰学園にて。

 

 彼、苗木誠は大声を発しながら廊下を走っていた。正確に言うならば、追いかけてくるクラスメイトから、自分の身を守るために逃げていた。

 追いかけてくるクラスメイトは、超高校級の占い師・葉隠康比呂だ。

 

「苗木っちぃいいい頼むってぇえええ! 一緒に内臓売ってくれるって約束したろ!?」

「し、してないよ! 相談に乗って、ボクにできることならするとは言ったけど、そんな約束はしてないって!」

 

 どうして葉隠は苗木くんを追いかけているのか。端的に説明することも可能であるが、たとえ一言でもこいつの現状に時間を使うのは勿体ないし、そもそも奴にはさほど興味を持てないので、理由はこの際どうでもいいとする。

 とりあえず、厄介なクラスメイトに追いかけられているとだけ認識してもらえばオーケーである。

 

「したかどうかは今さらどっちでもいいべ! 頼むから俺を助けてくれよぉお!」

「そうしたいのはやまやまだけど、今のキミに捕まったらそのまま内臓売られに連れて行かれそうで恐いんだけど!?」

 

 葉隠から逃げるように廊下を走る苗木くん。

 この場に超高校級の風紀委員・石丸清多夏がいなかったのは幸いだったと言えよう。彼なら問答無用で、廊下を走っている事実のみに着目し、苗木くんを引き止めていただろうから。

 例外を作らない彼の頑固さは彼の美点でもあるのだが、現在の苗木くんにとってはそれが致命傷になりえることだった。なにせ内臓を狙われている。

 

 苗木くんと葉隠では、運動能力では前者に()があった。というか葉隠は校内なのにサンダルなので、早く走れようはずもない。二人の距離は着実に離れていっている。

 

 このまま走れば逃げ切れる。そう苗木くんが油断したときだ。

 

「……」

「!?」

 

 目の前の曲がり角から、不意に超高校級のゲーマー・七海千秋が姿を現した。

 彼女は手にしている携帯ゲームに夢中になっており、苗木くんの存在に気がついていない。まあ、気づけば何とかなったというわけでもないけれど。

 

 このタイミングで回避なんてできるわけもなく、苗木くんは七海さんとぶつかってしまい、さらにはそのまま二人で倒れてしまった。

 幸いだったのは、大した衝撃にはならなかったことだろうか。足を止める直前まで勢いは殺せて、倒れたのはバランスを崩した結果である。

 七海さんの持つ大きい胸がクッションにもなったのか、お互いに怪我は全くなかった。

 

 この時点で苗木くんは、七海さんを押し倒してしまったうえに胸に手が触れてしまったかもしれないことに少し焦っていたのだが、彼女が気にした様子はなかった。七海さんは良くも悪くもおっとりとした性格なのである。

 

「……びっくりしたー」

 

 感情に乏しく、全く驚いた様子も見せずに七海さんは言う。

 

「……キミ、廊下を走ったら危ないよ?」

「ご、ごめんなさい」

 

 もっともな指摘であるが、歩きながらゲームをするのも危ないのでは? そんなことを考えつつも苗木くんは謝罪する。

 

 ちなみに七海さんが苗木くんをキミ呼ばわりするのは、お互いに名前を知らないからである。苗木くんが78期生、七海さんが77期生と学年からして違い、七海さんのほうが一つ年上だ。

 

 本当なら謝罪の他に、こういう事情があってと説明したい苗木くんであったが、そんなことをしていると葉隠に追いつかれてしまう。彼女から離れて早く逃げる準備をしなければ。そんなことを考えていると。

 

「……誰かから逃げてるの?」

「えっ」

「キミが、早く逃げなきゃって呟いてたから」

 

 どうやら考えていることが口に出ていたらしい。七海さんからそんなことを質問される苗木くん。

 七海さんは、おっとりしている割には頭の回転が速い。これもゲーマーに必要なスキルだからだろうか。

 

「……うーん。まあ、違ったら笑い話ってことで。こっち来て」

 

 そう言うと七海さんは、返事も聞かず苗木くんを端に追いやった。

 

 二人がぶつかったのは階段の近くで、廊下と階段をつなぐ場所は、単なる廊下よりもスペースが広く作られている。その広いスペースの端っこに追い込んだのだ。

 

「じっとしててね」

 

 苗木くんを端に追いやり座らせると、七海さんは彼を隠すようにその前に座ってゲームを始める。隠すようにと言うか、まさに隠すつもりでそうやったのだろう。

 

 苗木くんも彼女の意図が分かったのか、七海さんの背中に隠れたまま息を殺して待つことにした。

 会ったばかりの女の子との距離が近くてドキドキしていたのは内緒である。

 

「あれ、いねえ! 階段から降りたか! 逃がさねえぞ苗木っち!」

 

 遅れて葉隠が登場するも、七海さんに隠れた苗木くんには気づかず通り過ぎた。

 注意して見れば気づきそうなものだが、まあ葉隠なので仕方ない。

 超高校級の探偵・霧切響子だったら数瞬もしないでバレたことだろう。もっとも霧切さんは、苗木くんを追いかけたりはしなさそうだ。

 

 七海さんの後ろから様子をうかがっていた苗木くんは、危機は脱せたことに安堵し一息つく。ただし完全に逃げ切れたというわけでもなく、また校内で見つかってしまうかもしれないということに思い当たり、すぐに気を引き締めた。

 

「……あの人が、キミを追いかけてた人?」

「そうだよ。まあクラスメイトなんだけどね」

「学校で追跡者から隠れて逃げるって、なんかゲームみたいだね」

「?」

 

 よく分からない感想を漏らす七海さんに首を傾げつつ、苗木くんは少し遅れてありがとうと言った。葉隠が自分に気づかずに通り過ぎたのは、どう考えても彼女のおかげだったからだ。こうしてきちんとお礼を言えるところが苗木くんのいいところである。

 

「ねえ、この後どうするの?」

 

 七海さんにそう問われ、苗木くんは少し悩むそぶりを見せる。確かに、もう安心だから校舎を出よう、とはならないだろう。

 

「そうだね……もし葉隠クンが下駄箱付近で監視してたら、確実にボクは見つかっちゃうだろうし」

「出入り口を抑えるのは基本だね」

 

 それになんとかして学校から出られても、苗木くんはこの学園内にある寄宿舎暮らしである。そこに押しかけられるのはさすがに嫌だ。できることなら葉隠クンが落ち着くまで身を隠していたいと苗木くんは考える。

 下駄箱で張る発想が葉隠にあるか微妙なところだが、苗木くんの部屋に押しかけるのは十分あり得そうだ。

 

「だったらさ……いい場所があるんだ」

「いい場所?」

「うん、この校舎の中にね。そこで時間をつぶすついでに、私とゲームして遊ぼうよ」

 

 ゲ、ゲーム? と苗木くんの口から少々間抜けっぽい声が漏れた。

 

 目の前にいるのは、苗木くんにとっては今日はじめて話したばかりの女の子だ。

 そんな女の子に葉隠くんから逃げるのを助けてもらい、そして現在ゲームに誘われている。ゲームはついでみたいだが、ついでにしてもおかしいことで、苗木くんが驚くのも無理はないだろう。

 

 しかし、いい場所があると教えてもらえるならそれに越したことは無い。それに初めて会ったばかりの相手とのゲームなんて、気後れして嫌がる人もいるだろうが、コミュニケーション能力の高い苗木くんからすればさほど問題ではなかった。

 何と言っても苗木くんは、超高校級のクラスメイトに囲まれてなお、そのすべてと友達になれるほどのコミュ力お化けである。

 本人は、抽選で選ばれただけの超高校級の幸運だと自分のことを言うが、超高校級の対人能力と言っても誰も否定できないほどの性格をしていた。

 

 というわけで、苗木くんは言われるまま、七海さんについていくことにした。

 

 階段を下りず、廊下を歩く。連れて行かれた場所は、どこの学校にも必ずあるであろう教室、音楽室だった。

 

「授業で使わないから、実はけっこう穴場なんだ」

 

 彼女の説明に、なるほどと苗木くんは考える。この希望ヶ峰学園では特殊なカリキュラムのせいで音楽という授業が存在しないのだ。

 そのくせこうして音楽室は存在するから、知る人にとっては格好の空き教室となる。苗木くんもこのとき初めて、そう言えば音楽室ってあったなと思い至った。

 

 彼女に連れられ音楽室に入ると、苗木くんの耳にピアノを演奏する音が流れてくる。

 おかしいな、人がいないからと誘われたはずなのに。

 もしかして幽霊かな、なんて考える間もなく、中でピアノを弾いている女性の姿が苗木くんの目に入った。

 

 彼女は超高校級のピアニスト・赤松楓。七海さんよりさらに一つ上、苗木くんにとっては二つ上の先輩だ。こちらとも苗木くんは初邂逅なので知るよしもないが、年上だというのは赤松さんの雰囲気でなんとなく予想していた。

 

「え、あれ? 誰もいないんじゃなかったの?」

 

 苗木くんは小声で七海さんに問う。

 

「? そんなこと言ってないよ?」

「そうだったっけ……」

 

 確かに彼女は穴場と表現はしたが、誰もいないとは言っていない。人がいないと勝手に勘違いしたのは苗木くんのほうだ。といっても、この流れで人がいる場所に連れてこられるとはふつう思わないだろうが。

 

「お邪魔しまーす」

 

 音楽室特有の二重扉。その二つ目を開き中に入りつつ彼女は言う。

 中にいるピアノを弾いている女性に迷惑ではないかと苗木くんは考えたが、その女性はさして演奏を邪魔されたことに不機嫌になる様子もなく手を止めた。

 

「あれ、七海ちゃんいらっしゃい。またゲームしにきたの?」

「うん」

 

 それどころか、赤松さんはフレンドリーな様子で七海さんに話しかけていた。それもそのはず、二人は知り合いだったのだ。

 七海さんが音楽室を穴場だと知っている以上、同じく音楽室を利用している赤松さんと知り合いなのは必然だった。

 

「よし、じゃあさっそくゲームしよっか。赤松さんはさておいて」

「さておいていいの!?」

 

 七海さんのマイペースぶりに、思わず声を張ってしまう苗木くん。

 ちなみにこの時点で苗木くんは二人の名前を知ったので、無意識のうちに名前を心の中にメモしている。こういうことがさらりとできてしまうのが、コミュ力お化けと呼ばれる所以である。

 

 本当に赤松さんに構わず、ゲームを始める七海さん、と苗木くん。

 苗木くんは平凡な学生を自称するだけあって、ゲームも有名どころなら大体やっている。当然素人というわけではないのでそこそこの腕だ。

 

 それにこの希望ヶ峰学園に入学してから、個性的なクラスメイトと生活するうちに様々なスキルを苗木くんは身に着けていた。

 超高校級の同人作家・山田一二三の、同人誌制作を手伝ったことにより手に入れた手先の器用さ。また、霧切さんのおかげで観察眼も磨かれている。今回だとその二つがゲームのプレイングにも生かされていた。

 

 対戦ゲームや、協力プレイ。はたまた一人用のゲームを交互にやって、覗き込んでくる七海さんの距離の近さにドキドキしつつ過ごしていると、いつの間にか結構な時間が過ぎていた。

 

 随分とゲームに集中してしまっていたようだ。そして苗木くんと七海さんの他にも、ずっと集中していた人がもう一人。

 

「……って、ずっとピアノ弾いてたんですか!?」

「いやー、つい夢中になっちゃって。ピアノの魔力ってすごいよね!」

 

 すごいのはアナタのほうですよと苗木くんは考える。

 そしてよくよく思い返してみれば、自分たちがゲームをしている間、邪魔しないようなピアノの音がずっと自然に耳に入ってきていた。

 演奏なんていうのは、失敗したり途切れたりしたら嫌でも気になる。そうでなくても聴覚を刺激されているのだ、どんなにうまい演奏でも気になるときは気になるものだ。

 それが、今まで違和感を覚えないほど生活音と呼べるまでに溶け込んでいた。さらにこうして思い出してみれば、とてもきれいな演奏だった。

 

「あの、今さらですけどとても素敵な音色でした」

 

 思い出した瞬間、苗木くんはすぐさま赤松さんに感想を伝えた。

 感動したことをキチンと声に出して相手に伝える苗木くん。人当たりの良さがうかがえて、これは友達の多いことにも納得である。

 

「えへへー、ありがとっ。よかったらまた来てねー。もちろん七海ちゃんも!」

 

 そしてまた赤松さんも、明るく人当たりのいい性格をしている。さすが主人公と言ったところ。

 

「うん、また来るよ? キミもまた一緒にゲームしようね。……んー……ねみー」

 

 眠そうな目をこすりながら七海さんが言った。

 

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。この時間になればさすがに葉隠クンも諦めただろうと苗木くんは考え、そのまま校舎を出て寄宿舎の自分の部屋に帰ることにした。

 

 その予想は当たっていて、この日苗木くんが葉隠に会うことはもうなかった。

 別の日に、落ち着いた葉隠が改めて苗木くんを頼り、まあなんやかんやあるのだが、興味もないのでそこらへんについては今後も語られることは無い。

 

 今後語られるのは、本日音楽室に集まった苗木くん七海さん赤松さん。この三人が、仲良くしていくだけのお話である。

 

 



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2 苗木くんたちと自己紹介

 

 前回から別の日のこと。

 

 放課後、また七海さんとともに音楽室に向かった苗木くんは、またそこで赤松さんに遭遇した。この前の三人が再びこの場に集まったことになる。

 

 苗木くんも、七海さんも、赤松さんも、それぞれクラスに友達はちゃんといて、というかクラスの中心レベルで全員と仲のいい三人のはずである。その三人が、それぞれ単体でこの音楽室に集まっているというこの現状。それは非常に珍しいことであると言わざるを得ない。

 

「ねえねえ、ひょっとしてキミ、七海ちゃんの兄弟なの?」

「え、どうしてそう思ったんですか?」

「いや、だって二人とも同じようなパーカーだからさ」

 

 前回、一緒の空間で数時間過ごし、それなりの会話はしたはずだが、三人はそれぞれ自己紹介をしていなかった。コミュ力の高い人たちが集まると時としてこういうことが起こる。名前を知らなくても会話が成り立ってしまうのである。

 

「違いますよ。ボクは苗木で、彼女とは苗字が違いますから。だよね、七海さん」

「へー、キミは苗木くんって名前だったんだ。知らなかった」

「……って、七海ちゃんがこの前連れてきたんじゃなかったっけ?」

 

 確かに苗木くんと七海さんは、二人とも同じようなパーカーを着ている。しかも考え事をするときにはフードをかぶるという癖も実は共通していたりもするのだが、残念ながら兄弟という事実は確認されていない。

 

 ちなみに苗字が異なることは、兄弟ではないことの証明にはなりえない。実際苗木くんのクラスメイトにも、苗字の異なった姉妹が存在している。超高校級の軍人・戦刃むくろと、超高校級のギャル・江ノ島盾子のことである。

 

「どっちかというと、赤松さんと苗木くんのほうが兄弟っぽい……と思うよ?」

「え、なんで?」

「二人とも髪型が同じ……髪の毛の一部が立ってるから」

 

 いわゆるアホ毛というやつだ。もしくはアンテナ。ここ希望ヶ峰学園では、後者の表現が主流である。

 

 アンテナだけで兄弟と考えるのはいささか発想の飛躍が過ぎると苗木くんは考えたが、実妹である苗木こまるにも同じようなものがあるので、少し返答するのに困っていた。こまるだけに。

 

「いや、ボクら以外にも髪の毛が立ってる人なんてたくさんいるんじゃないかな?」

 

 結局、余計なことは言わず無難な反論になってしまう苗木くんだった。

 

「そう言えば日向くんもそうだっけ」

「私のクラスの最原くんも、帽子の下がそうだったなあ」

 

 二人も二人で、アンテナを持つ人物を思い浮かべている。

 苗木くんとしては、最原くんという名前には聞き覚えはないが、日向くんとは知り合いだった。

 この学園に入学したころ、その平凡さから予備学科生と間違えられてそちらの校舎に連れて行かれ、そこに居合わせた日向くんが誤解を解いてくれて……というエピソードがあるのだが、男同士の出会いを詳しく描写しても仕方ないのでこれ以上は語らないでおく。

 

 また、赤松さんの口から出た最原くんという人物は、その超高校級の探偵という才能から霧切さんと知り合いだったりするのだが、そのことを苗木くんはまだ知らない。

 

「ねえねえ、苗木くんはどんな才能でこの学校に入ったの? ……あ、そういえばちゃんと自己紹介してなかったね。私は赤松楓。一応、超高校級のピアニスト……ってなってるけど、私としては小さいころから好きでピアノを弾いてるだけなんだー」

 

 ここで初めて赤松さんによって、三人の間で自己紹介が行われる。

 

「じゃあ私も……。名前は、七海千秋って言いまーす。超高校級のゲーマーでーす」

 

 まるで自己紹介のために覚えた定型文を棒読みで読み上げるように言う七海さん。

 

 ピアニストにゲーマー。その道の人ならおそらく二人とも有名なのだろうが、苗木くんはどちらも知らなかった。入学する前にクラスメイトの才能は一通りネットで調べていたが、他の代まではさすがに目を通してなかったらしい。

 まあ、知らなかったとはいえ自分とは違い才能を認められ選ばれた二人だ、苗木くんが尊敬する気持ちは変わらない。

 

「えっと……ボクの名前は苗木誠。この学園には超高校級の幸運っていう枠で入ったんだけど……」

 

 入学したてのころ、クラス内でした自己紹介。そのときのことを思い出しながら苗木くんは言う。

 あのときは周りがみんな才能で選ばれている中、自分だけ抽選で選ばれた結果ここにいると言わなければいけなくて、勇気を振り絞るのに大変だった。

 

「幸運? ってことは、狛枝くんと一緒だ」

「七海さんのクラスにもいるんだね。ならもう知ってるだろうけど、全国の学生の中から抽選で選ばれただけなんだ。だからこんな肩書だけど、人よりも運がいいってわけじゃないんだよね」

 

 ただ今回は、たった二人の前での自己紹介なので、いくらか気は楽だった。

 それに加えて七海さんは、超高校級の幸運という肩書きのシステムを知っているようだ。言いよどむ理由は皆無に等しい。

 

 苗木くんは少しだけ自分を卑下するように自己紹介はしたものの、今となってはそれほど自分の肩書きは気にしていなかった。

 

「え、抽選……?」 

 

 赤松さんの代には無いらしい、超高校級の幸運という枠。

 まあ初めて聞いたらどうしてもそういう反応になるよねと、苗木くんは赤松さんを見ながらそう考える。

 

 しかし二秒後。苗木くんは、赤松さんという人物の評価を改めされられることになる。

 

「……すっごーい! それっていったいどんな確率!? 倍率になおしたら何万倍になるの!? ピアノができるだけの私よりも全然すごいじゃん!」

「え、いや、すごさは赤松さんの圧勝だと思……」

「そんなことないよ苗木くん! 超高校級の幸運……胸を張って言えるいい才能だね!」

「あ、ありがとう……」

 

 どうやら本気で苗木くんの肩書に感心している様子の赤松さん。

 過剰な反応だとは思うが、こう言われてみて悪い気は全然しない。苗木くんの中で赤松さんは、『ピアノの上手な先輩』から、『ピアノも弾けて明るくて、自分以上に前向きな、話していると楽しい良い先輩』という評価に変わった。ちょろい。

 

 その一方で七海さんは、苗木くんの幸運は狛枝くんの幸運とは違うみたいだね、などと考えていた。狛枝くんという人についての説明は、現在面倒なのでするつもりはない。

 

「赤松さんは、毎日放課後になったらここでピアノの練習を?」

「ううん、突然弾きたくなったときだけだよ。苗木くんたちが来るタイミングと被っちゃったのは本当に偶然なんだ」

 

 自己紹介が終わって、自然な流れで世間話に突入する苗木くん。超高校級のクラスメイトに囲まれて生活していた苗木くんにとっては、たとえ異性の上級生が相手でも話すのにためらいはないらしい。

 

「あ、だったらもしかして、横でゲームなんかしちゃって、ボクたち邪魔だったんじゃないですか?」

「そんなことないよ! むしろ誰か人がいたほうが嬉しいかな。私は、もちろんピアノを弾くのも好きだけど、演奏を誰かに聞いてもらうことも同じくらい好きなんだよね」

 

 迷惑でないならよかったと、苗木くんは胸をなでおろす。無論苗木くんたちのことを思っての建前の台詞である可能性もあるのだが、素直な苗木くんは相手の言葉通りの意味に捉えてしまうのだった。

 それに実際のところ、赤松さんの今の台詞は建前などではない、まぎれもなく彼女の本心だ。

 

「私ね、みんなに笑顔になってほしくてピアノを弾いてるんだ。だから人がいたほうが全然やる気が違うっていうか……」

「……ふーん笑顔かあ。うん、私もそれは分かる気がする。私がゲームしてるのも、ゲームにはみんなを仲良くさせる力があると思ってるからだし」

「あ、あれ七海ちゃん聞いてたの?」

 

 つい自分の心の深いところまで話してしまった赤松さんは、照れくさそうに頬を掻く。

 しかし今の言葉は七海さんの心に思った以上に響いたようで、彼女は無表情なりに興奮していた。クラスメイトとゲームを通して仲良くなったことでも思い出しているのだろう。

 

 興奮した七海さんが苗木くんをゲームに誘い、また時折赤松さんがピアノの演奏を披露して、苗木くんたち三人の時間は過ぎていく。 

 前回に比べるとそれは短い時間だったが、とても楽しい時間だなと三人とも考えた。

 

 この日を境に三人は、特に示し合わせたわけでも約束をしたわけでもなく、特定の曜日の放課後になると音楽室に集まり話すことが多くなった。

 

 趣味も、学年も、性別も、それぞれいろんなことが異なってるこの三人。共通するのは、それぞれが自分のクラスメイト全員と仲がいいこと。三人が三人とも、クラスの中心であると言っても過言ではない存在だ。

 

 普段はクラスメイトの相手が精いっぱいで他クラスとの交流があまりできていなかった三人は、この日同時に、クラスメイト以外の新しい友人ができたのだった。

 

 



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3 苗木くんたちと球技大会

 

 季節は秋。本日の希望ヶ峰学園では、全校生徒によるクラス対抗での球技大会が行われている。

 

 一回戦、早々に負けてしまった苗木くんは、観戦席である体育館の二階に移動した。

 自分のチームは負けたが、まだ女子のほうや男子の他のチームも残っている。だったらそれの応援をしようと考えたのだった。

 

 一階を見下ろすと、先ほど自分がやっていたバスケの試合が。少し奥では女子のバレーの試合が行われている。

 外ではサッカーの試合も行われているはずだが、ひとまず体育館での試合を応援することに決めた苗木くん。応援にいい場所を探して二階を歩いていると、不意に声をかけられた。

 

「おーい苗木くん! こっちこっち!」

「あ、赤松さん。と七海さんも」

 

 声の主は、普段の格好とは違って体操服に身を包んだ赤松さんだ。隣には同じく体操服姿の七海さんが手を振っている。

 手を振り返しながら近づく苗木くんも、当然ながら体操服姿。球技大会なので、私服の生徒がいるほうが珍しい。

 

「お疲れ~。試合見てたよー、苗木くん凄かったね!」

「ははは……まあ負けちゃいましたけど」

「それでも、先輩相手に頑張ってたじゃん! 大きい相手に一歩も引いてなかったし……って、試合終わったばっかりで疲れてるでしょ? ほら、座って座って!」

「失礼します」

 

 赤松さんに促されるまま、隣に座る苗木くん。席の並びは苗木くん、赤松さん、七海さんの順だ。

 赤松さんを挟んで奥にいた七海さんが、苗木くんに話しかける。

 

「私も見てたよー。苗木くん、意外と運動神経いいんだね? かっこよかった……んじゃないかな?」

「そ、そうかな? ありがとう。でも、ボクのクラスメイトのほうがもっとすごいよ? 男の子も女の子も僕より運動神経いい人ばっかりなんだよね」

 

 超高校級の野球選手・桑田怜恩や、超高校級のスイマー・朝日奈葵、超高校級の格闘家・大神さくらなどを思い浮かべながら苗木くんはそう言った。

 

 本人に自覚はまだないが、彼らとのキャッチボールやランニングに何度も付き合っている苗木くんは、運動能力が磨かれていた。

 もっとも、さすがに超高校級と呼ばれる周囲には今一歩及ばないために、試合は負けてしまったわけだが。

 周囲が一部の才能に特化してばかりなこの環境も、苗木くんが自分のすごさを自覚できない要因の一つと言えるだろう。

 

「それより、七海さんのほうの試合はどうだったの? 赤松さんも、こうして応援に来てるってことは、ボクと同じで負けちゃったんですか?」

「あ、いや、私は試合に出てないんだよね。突き指とかしちゃうとピアノが弾けなくなるからさ。球技大会は毎年お休みしてるんだ」

「私も同じだよー。指はゲーマーの命だからね。片手縛りっていうのも面白そうだけど、怪我をしないに越したことは無い……かな」

「そ、そうなんだ……」

「参加してない代わりに、七海ちゃんと二人で思いっきり応援してたんだ。まあクラスは違うから敵同士だけど」

 

 こういう雑談を挟みつつ、三人はクラスメイトの応援に勤しんだ。

 目の前のコートでは赤松さん、七海さんのクラスメイトの試合が行われている。苗木くんのクラスメイトの試合は、少し遠くの別のコートで行われているようだ。

 

 三人が並んで応援しているころ、未だに試合を続けているクラスメイト達はというと……。

 

「いたいけな女子たちを倒さねばならないことは心苦しいですが……転子は応援してくれている赤松さんのためにも、絶対勝ってみせますよ!」

「ええ。それが彼女の依頼なら、私も誠心誠意尽くさなきゃ……あら?」

「おや、どうされましたか東条さん!」

「いいえ、なんでもないわ。ただちょっと、赤松さんの隣にいるあの子は誰かしらと思って」

「赤松さんの隣ですか? まあかわいい女子の応援が増えるなら転子としては望むところ……って! あれは男ッ死! じゃないですか! なぜ赤松さんが男死と一緒に……!」

 

「真昼ちゃん真昼ちゃん! 大ニュースっす! スクープっす! スキャンダルっす! 千秋ちゃんが見知らぬ男の子と一緒に談笑しているんすよ!」

「ええ……? あ、ほんとだね、仲良さそう」

「誰っすかねー、誰っすかねー。唯吹が見たところ男の子くんは後輩っぽいんすけど、いつの間に仲良くなったんすかねー。隣にいる楓ちゃんといい、千秋ちゃんの交友関係は地味に謎っす」

「そうだねー。でも千秋ちゃんって意外と積極的だし、知り合いが多いの分かる気がするな。あ、もしかして、赤松先輩の弟とかいうオチだったりしない?」

「んー? 楓ちゃんに兄弟がいるなんて話は聞いたことないっすねー。双子の妹がいるとかいう話が一時期あったっすけど、あれは結局ガセだったっすし……」

 

 赤松さんもしくは七海さんと一緒に話す男の子のことが気になって、なかなか試合に集中できないでいた。

 

 一方で78期生のほうも、苗木くんが応援に来ないことが少し不思議に思えて、こちらも試合に集中できなかったそうな。さすが、三人ともクラスの中心人物なだけはある。

 

「いいなー、球技大会。私も応援するだけじゃなくて、みんなと一緒に参加したかったな。そしたら、他のクラスの人たちとも仲良くなれたかもしれないのに」

「うんうん……戦った相手が後半になって仲間になるのはおなじみだよね。仲間になったら敵だったころに比べてステータスが下がるのは謎だけど」

 

 場面は戻って、苗木くんたちクラスの中心三人組。

 参加できなくて残念そうな赤松さんと七海さんに、苗木くんはとある提案をする。

 

「ねえ、それなら二人とも、よかったらだけどさ……」

 

 ごにょごにょごにょ。

 

「……えっ、いいの? うん、それなら私もできるよ。やるやる! 放課後に絶対やろうね!」

「ほうほう。確かにそれも一応、他のクラスの人たちと交流してるって言えますな。やるね苗木くん」

 

 大した問題も特に起こらず球技大会は終了し、そして、放課後がやってきた。

 

 校庭の端っこに、苗木くんたちの三人が体操服姿で集まっている。

 応援席ではジャージの長袖を上に着ていた女子二人だが、今は気合十分なのか半袖一枚の恰好だ。二人ともそれぞれ二つの大きな主張が上半身にあるので、男子は気になることだろう。もっともナチュラルボーン紳士な苗木くんがじろじろ見たりするはずもないのだが。

 

 『放課後にボク達三人で、改めて球技大会しない? サッカーなら突き指とかする心配もないだろうし、どうかな?』

 

 これが、苗木くんの話した内容だった。果たして球技大会と言えるか微妙なところだが、二人はそれで十分満足だったようだ。

 なお、球技大会の女子の種目にサッカーは無い。また仮にあったとしても試合となると怪我のリスクは存在するので、赤松さんたちが参加することは無かっただろう。

 

 試合呼べるようなことは特にせず、順番にボールを蹴ってパス回しをする苗木くんたち三人。

 

「いくよー。……とおっ!」

「おおっと正面、ナイスコントロール! 七海ちゃん上手だね! もしかしてサッカーやったことあるの? えいっ」

「ふっふっふ、スポーツゲームでサッカーもやったことあるから、シミュレーションは完璧……だと思うよ? っと」

「へぇ~。まあ最近のゲームはいろいろリアルみたいだから、現実の練習にもなるのかな?」

「よーし次は……くらえ、熱血高校ドッジボール部直伝、必殺シュート!」

「ドッジボール部!?」

「コマンドが成功すれば、ボールが分身しつつキーパーも吹き飛ばせるシュートが蹴れるよ」

「全然リアルじゃなさそうだね!?」

「あはは……」

 

 苦笑いをしている苗木くんだが、二人が楽しめているようなので良しとする。

 

 三人だけのサッカーは、これといった邪魔が入ることなく、暗くなるまで続いた。

 

 この日もまた、三人は少し仲良くなれたみたいだ。

 

 



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4 苗木くんたちと妹騒動

 

 ある日のこと。

 苗木くんの通う希望ヶ峰学園に、一人の女の子が訪れた。

 

 少女の名前は苗木こまる。苗木くんの妹だ。

 兄である苗木くんが実家に携帯電話を忘れていったため、それを届けに来たのだった。

 苗木くんは校内にある寄宿舎暮らしであるが、実家もそう遠くの場所ではなくて、数駅程度しか離れていないのだ。

 

 校門について、どうしようかと悩むこまるちゃん。着いたよと苗木くんに連絡したくても、兄の携帯は手元にあるためそれもできない。

 一応昨夜パソコンを通して、これくらいの時間に届けに行くからと伝えておいたものの、少し早く着き過ぎてしまったようだ。

 

「どうした嬢ちゃん。ここに何か用でもあるのか?」

 

 ちょうどここに通りがかった超高校級の宇宙飛行士・百田解斗が親切にも話しかけてくる。

 高身長、あごひげ、男の人。と少しだけ女の子からすると一対一で話すには躊躇われる百田くんだが、悪い人ではなさそうなのでこまるちゃんもなんとか返事ができた。

 

「あの、ここに通ってるお兄ちゃんに、忘れ物を届けに来たんです。でも約束した時間より少し早く着いちゃって……」

「ほーう、そいつは感心だな。おーしそれじゃあ一丁、オレが嬢ちゃんの兄貴とやらをつれてきてやるか!」

「えっ、そんな、いいんですか?」

「任せとけ! ちょーっと待ってな、すぐに連れてくるからよ!」

「あ、名前……」

「オレは、宇宙に轟く百田解斗だ! 数年後には同じ名前を、テレビや新聞で見ることになるかもな!」

 

 こまるちゃんは苗木くんの名前を伝えようとしただけなのだが、百田くんは親指を立てた後さっさと歩いて行ってしまった。

 どうやって兄を探すつもりだろう、とこまるちゃんは考える。

 百田くんは少々抜けている人物のようではあるが、だからと言って馬鹿にする気にはなれなかった。親切心が先行してしまったゆえの行動であるとこまるちゃんも理解していたからだ。

 それに意外と、彼のような人は何でもないような顔で、普通に兄を連れてきたりするかもしれない。

 

「……あ、そういや兄貴の名前を聞きそびれたな。まあ嬢ちゃんに似てる奴を探せばいいだろ。そういや終一の帽子の下は、嬢ちゃんと同じで髪がはねてたっけ」

「……あれ? 百田くん、どうしたの? 忘れ物?」

「おお終一! ちょうどよかった、校門でお前にお客さんが来てたぞ」

「え?」

 

 一方で百田くんは、こまるちゃんの兄でもなんでもない人をそのまま連れてこようとしていた。

 

 最原くんを連れてくる途中で赤松さんにも遭遇し、あれ嬢ちゃんって兄貴を探してるって言ったんだっけ、もしかしたら姉貴だったかもしれねえ、などと考えそちらも連れてくることにした。

 赤松さんの髪も同じようにはねていたためである。

 生憎どちらも間違っているのだが。

 

「えーと……どういうこと? 最原くん」

「さあ……僕にもさっぱり……」

 

 お客さん……僕たちに共通する人なのかな、と推理し始める最原くん。残念ながらその推理では永遠に答えにはたどり着けない。

 

「おーい嬢ちゃん、探してた兄弟連れてきたぞー」

「あ、ありがとうござ……って誰ですか?」

「あれ、違ったか?」

 

 当然違う人物なので、知らない二人を見せられたこまるちゃんも、連れてこられた最原くんと赤松さんも困惑した。 

 っかしーなー、と頭を掻いて言う百田くん。結構自信はあったらしい。その根拠のない自信こそが、彼らしいと言えば彼らしい。

 

「わりーな、終一、赤松。嬢ちゃんの兄弟が二人のどっちかだと思って間違えた」

「いや、いいよ……でも、僕が一人っ子って話したこと無かったっけ?」

「もう……百田くんはそそっかしいんだから。あなたも、ごめんね? お兄さんを呼んだのに知らない人が来てびっくりしちゃったよね」

「い、いえ、大丈夫です。私も、お兄ちゃんの名前を伝え忘れたなって思ってましたし」

 

 知らない年上の人三人に囲まれて、少し萎縮してしまっていたこまるちゃん。

 しかし赤松さんの優しい対応で、これまた少し気が楽になってきたようだ。同性であるのも安心できる原因だが、赤松さんの持つ優しそうな雰囲気も、こまるちゃんの緊張をほぐした一因と言えるだろう。 

 

「じゃあ、お兄さんの名前を教えてくれる?」

「誠です。苗木誠。背が低めで、この学校に合わない平凡そうな見た目がある意味特徴ですかね」

「えっ、苗木? あなた、苗木くんの妹さんだったの?」

「あれ、お兄ちゃんを知ってるんですか?」

 

 兄を知っていそうな赤松さんに、こまるちゃんのアンテナがピンと立つ。食いつきやすい話題だったようだ。

 それに赤松さんには数歳年上の雰囲気があり兄と同じ学年ではないと思っていたため、意外な言葉でもあったのだろう。

 

「うん。苗木くんはね、後輩だけど結構よく話したりする友達だよ」

「そうなんですね。お兄ちゃん新入生だから、クラスメイトではないだろうなとは思ってました」

 

 さすがは赤松さん、数回の会話でこまるちゃんが、苗木くんの妹であることを理解する。これが主人公の情報引き出し能力である。

 

「なんだ、嬢ちゃんの兄貴のことを赤松は知ってたみてーだな。なら赤松を連れてきた俺の判断は間違ってなかったっつーわけだ!」

 

 いやそれは結果オーライなだけで、お兄さんと言われて女性である赤松さんを連れてくる判断は間違ってるよ、と最原くんは考えた。

 

「あの……じゃあもう一度、お兄さんを探してつれてこようか?」

「あ、大丈夫ですよ。もうそろそろ約束した時間なので、お兄ちゃんも来ると思いますし」

「ねえねえ、苗木くんの妹ちゃん! 妹ちゃんは名前なんて言うの? 私、赤松楓!」

「えっと、苗木こまるです」

「こまるちゃん! かわいい名前だね!」

 

 男二人や苗木くんのことはそっちのけで、仲良く話し始める赤松さんとこまるちゃん。

 うーむ、完全に赤松に持ってかれちまったな、と百田くんと最原くんは話し始める。

 

 と、そこに、七海さんに連れられて苗木くんがやってきた。実は校門でこまるちゃんを見かけていた七海さんが、一応苗木くんに妹じゃないかと尋ねていたのだった。さすが。

 

「やっぱり妹さんだった?」

「うん、ありがとう七海さん。おーい、こまるー!」

 

 無事出会えて、こまるちゃんから携帯を受け取る苗木くん。

 

 仲良く話してたみたいだけど、赤松さんって苗木くんの妹さんと知り合いだったの? と苗木くんも思っていた疑問を七海さんが口にして、どうしてこうなったか説明してもらった。

 

「こまるちゃん。私、七海千秋。よろしくね。超高校級のゲーマーです」

 

 せっかくなので七海さんも自己紹介。

 百田くんは最初にこまるちゃんに自己紹介をなんか勘違いでしてたので、最原くんだけしていないことになる。しかしまあ、知らない後輩のその妹に自己紹介をする必要性も感じないし、タイミングもなかったので仕方ないだろう。

 

「七海さんも年上!? え、お兄ちゃんって同学年のお友達いないんですか……?」

「いるよ? この前も苗木くん、一緒に内臓売ってくれってお友達に追いかけられてたし」

「それはお友達じゃなくなくありません!?」

「い、今のは七海ちゃんなりの冗談だから安心して? 大丈夫、苗木くんはいい子だからお友達もたくさんいるはずだよ!」

 

 いつの間にか仲良くなり、三人で盛り上がっている赤松さんと七海さんとこまるちゃん。特にこまるちゃんは、赤松さんになついてしまったみたいだ。

 

 すっかり追い出されてしまった苗木くんは、同じく追い出されていた百田くんと最原くんと知り合いになった。

 

「超高校級の幸運? へー、面白い才能もあったもんだな!」

「最原クンは超高校級の探偵……ボクのクラスの霧切さんと同じですね!」

「いや……僕なんか霧切さんに比べたらまだまだだよ」

 

 上級生二人相手でも普通に話す苗木くんのコミュ力の高さ。それに最原くんは内心で脱帽していた。まあ帽子は被ったままだけど。

 

 誰とでも仲良くなれそうな苗木くんの性格は、どことなく百田くんや赤松さんに共通していると最原くんは考えた。

 一方で百田くんは、自分の才能にあまり自信が無い点で、苗木くんは最原くんと同じタイプだなと考えていた。

 

 つまるところこの三人も同じタイプの集まりのようで、話してみれば意外に盛り上がるのだった。

 

 苗木くんは妹から届けてもらったばかりの携帯で、百田くんたちと連絡先を交換した。

 ちなみに赤松さんや七海さんとは、未だに交換していなかったりする。

 

 横でちゃっかりこまるちゃんは二人と連絡先を交換していたので、知らずのうちに妹に先を越された苗木くんだった。

 

 



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5 苗木くんと赤松さんとピアノ練習

 

 日向くんが、予備学科から七海さんのクラスに転入することになった。なぜかというと、学園が秘密裏に行っていたカムクラプロジェクトという計画で、日向くんも超高校級の希望という才能が身についたからだ。

 元の人格が消去されてしまうという危険性が問題視され、今後この計画は白紙に戻されることになっている。日向くんは最初で最後の実験体となったわけだ。日向くんには悪いが、他に実験体にされる人が出なかったのは救いだったと言えよう。

 

 なお、当の日向くんは、なんか精神力の高さとか奇跡とかのおかげで、様々な才能を身に着けつつも人格はもとのままらしい。よかったよかった。

 

 それで本日の放課後七海さんは、日向くんとクラスメイト達との親睦を深めるために77期生全員とゲーム大会を開くことにしたようだ。

 そのため苗木くんは一人で音楽室へ向かったのだった。

 

「あれ、苗木くん一人だけ?」

「はい、七海さんはクラスのみんなと用事ができたみたいで」

 

 音楽室に入ると、いつものようにピアノを弾いている赤松さんがいた。別に、この曜日のこの時間に集まろう、などと約束しているわけでもないのだが、なぜだか集まるのが当たり前のようになっている。

 

「そっかそっか、残念だったねー。……ん? じゃあなんでここに来たの? 一人じゃやることないんじゃない?」

「いえ、まあ一応……」

 

 苗木くんは七海さんとゲームで遊ぶ()()()に自分のピアノを聴きに来てくれてると赤松さんは考えていたので、こんなことを訊いた。一人で来てもやることが無くて暇なのではないか。

 確かに七海さんとゲームすることが目的の一つではあるのだが、自分と話すためにも苗木くんが来ているということに鈍感な赤松さんは気づいていなかった。

 

「……ああ、私が心配しないようにわざわざ伝えに来てくれたんだね! 確かに、いつも来てる二人が来なかったら気になったかも!」

 

 苗木くんの気配りに気づいて、赤松さんは遅れて喜んだ。というかよく分かったな。ポジティブ思考な人間はそういう発想がすぐに出るようだ。

 

「ええと、それもありますけど……せっかくだし赤松さんのピアノが聞きたいなあって」

「お、いいよー! よーし、今日は苗木くんだけのために披露しちゃうね!」

 

 苗木くんに合う曲は何かなー、と少し考える赤松さん。ベートーベンやショパンなど聞いたことのある名前がいくつか出たが、曲名を言われてもいまいちピンと来なくて、苗木くんは全て赤松さんにおまかせした。

 

「シューマンのトロイメライとか苗木くんに合いそうじゃないかな? あっ、子どもっぽいって意味じゃないからね。七海ちゃんと仲良くゲームしてる姿をよく見るから、つい思い浮かんじゃって」

「バッハのアリアもよさそう……安心して眠れるような優しい曲なんだ。G線上のアリアじゃなくて、ゴルトベルク変奏曲のほうね」

 

 そんなことを言われてもよく分からないが、いろいろ考えていることだけは伝わった。

 

 音楽室の机の一つに座って待っているといつしか演奏会が開始され、やがて一曲弾き終わる。

 短い時間のたった一曲だったが、苗木くんは深く感動した。音色だけでなく、鍵盤を叩く彼女の姿も綺麗だと感じた。

 

 かつて霧切さんに、自分の主張を相手に伝える演説力はかなりのものと評価されたこともある苗木くん。自分でも口は回るほうなのかもしれないと少し思っていた。

 

「あの……とても上手でした。すごかったです」

 

 なのに感動を伝える言葉が見つからず、結局こんな小学生みたいな感想になってしまった。

 本当にすごいものを見たときは、すごい以外の感想が出ないのだなと苗木くんは思った。

 

「えへへー、ありがとっ。苗木くんが楽しめたならよかったよ」

「超高校級のピアニストの演奏を聴けるって、考えてみたら今のボクはめちゃくちゃ贅沢ですね」

「そんな大したものじゃないって。生まれたときから、私は好きでピアノを弾いてるだけなんだし」

 

 謙遜する赤松さん。

 いや、そんなことないですって。

 いやいや、私より凄い人なんてたくさんいるって。

 いやいやいや、あんな演奏できる人そういませんよ。

 いやいやいやいや、たくさん弾いてれば誰だってできるよ。苗木くんもやったらできるようになるって。

 いやいやいやいやいや。

 いやいやいやいやいやいや。

 

「……いや、ボク本当にピアノの経験とか無いんですけど、本気ですか?」

 

 それからなんやかんやありまして、赤松さん主導のもと、苗木くんもピアノを弾いてみることになった。なんやかんやはなんやかんやです。

 

 連弾という赤松さんと二人で並んでの演奏をやってみたが、さすがに素人なのでまだまだ苗木くんは未熟だった。あとついでに、赤松さんが近くてドキドキした。苗木くんも男の子。

 

 ただ、やってみると意外と楽しいこの連弾。苗木くんは片手で主旋律しか弾けないけれど、隣で赤松さんが伴奏してくれるので、きちんと音楽になっている。

 まるで自分の腕が上達しているみたいで、ついつい夢中になってしまった苗木くんだった。

 

 七海さんとゲームできなかった代わりに貴重な体験ができた。いや考えてみれば、超高校級のゲーマーとゲームで遊べていることもかなり贅沢な経験かもしれない。そういう結論に至った苗木くん。

 

 本日は二人しか集まらなかった音楽室。しかしながら三人は、また少し仲良くなれたみたいである。

 

 

 

 ちなみに後日、また赤松さんにピアノを教わる機会が訪れて、苗木くんの腕がなまっているどころか上達していることに赤松さんは驚いたりするんだけど、それはまた別のお話。

 

「えっ? えっ? なんで? 前よりずっと上手になってるよ苗木くん!」

「せっかくこの前赤松さんに教えてもらったから、忘れないように帰って復習を……」

「そうなんだ!? すごいね!」

 

 



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6 苗木くんたちと女装①

 

 ある休日のことである。

 苗木くんは、クラスメイトである超高校級のアイドル・舞園さやかに誘われ、街へ買い物に出かけていた。

 男女二人のお出かけということで、これは実質デートみたいなものだ。本人たちに自覚があるかは知らないが。

 

 実のところ、今回のこれが初めてのお出かけというわけではない。今までにも何度か二人で、買い物だの食事だの行ったこともある。

 

 舞園さんは、その肩書き通り日本で大人気のアイドルのため、スキャンダルはご法度である。なのになぜ異性と二人きりで出かけて問題になっていないかというと、問題にならないよう苗木くんが女装して出かけているからに他ならない。小柄で華奢な苗木くんは、女装しても違和感が無かった。

 

 さすが超高校級のアイドル。パパラッチ対策もバッチリだ。これ以外の対策はおそらく存在しないだろう。

 

「いや、舞園さんが変装すればいいだけなのでは……まあマスクはしてるけど……」

「? どうしました苗木くん?」

「……ううん、なんでもないよ! それより、くん付けで呼んだらバレちゃうよ?」

 

 そんなこんなで二人で買い物をしていたら、舞園さんの携帯電話が鳴りだした。

 電話が終わるなり頭を下げ始める舞園さん。どうやら急な仕事が入り、今から打ち合わせに行かなければならないという。

 いきなりな話ではあるが、本日は解散することに相成った。同時に舞園さんの出番ももう終わりになってしまった。なんてことだ。

 

「苗木くん、本っ当にごめんなさい!」

「大丈夫。ボクのことは気にしないで、舞園さんはお仕事頑張ってきて」

「必ず埋め合わせはしますから!」

 

 さて、舞園さんがいないならもう女装をしておく理由もない。好きで女装してるわけじゃないから、できれば今すぐにでも着替えたいと苗木くんは考える。近くにトイレなどは無いだろうか。

 

 などと考えつつ周りを見渡したら、偶然にも七海さんと赤松さんがいた。ちゃっかり女子二人で遊ぶ約束をしていたのだった。別に苗木くんに許可を取る必要などないのだが。

 

 話しかけたいところだが、自分の恰好がコレなので、苗木くんは気づかないフリをする。

 すると普通に七海さんに見つかってバレた。ゲーマーの観察眼はすごいのだ。

 

「えっ? ほんとに苗木くん?」

「はい……」

「どうしたのその恰好? でもかわいいね!」

 

 また赤松さんは、ピアノは弾くけど女装には引かない性格だった。

 かわいいといわれて苗木くんは微妙な気持ちになったが、引かれなかったことに安堵した。 

 

「ごめんね、無視して。この姿を見られるのはちょっと恥ずかしかったんだ」

「? 別に気にしてなかったよ?」

 

 一応礼儀として、気づいていながら二人を無視しようとしたことを謝る苗木くん。きちんと謝罪できるところが苗木くんのいい子なところである。

 

 それからもうバレてしまったので、苗木くんは二人に女装していた理由を説明した。念のため舞園さんに迷惑がかからないよう個人名は伏せておく。

 それでも苗木くんは説明するのがうまかった。それに普段の行いと、二人が話をちゃんと聞くような性格だったため、特に誤解もなく説明は終わった。

 苗木くんが女装好きだと勘違いするような展開などは起こらなかった。

 

「せっかくだし、苗木くんも一緒に遊んでいかない? 今から赤松さんとゲームセンターに行くんだ」

「えっ、いいの? 二人で遊ぶ予定だったんじゃ……」

「知らない相手ならともかく、苗木くんなら大歓迎だよ! それに今日は七海ちゃんに誘われたんだし、その七海ちゃんが苗木くんを誘うんならいいんじゃないかな」

 

 そんなわけで、このあと三人でゲームセンターに行くことになった。

 苗木くんとしてはこの恰好を着替えたいところなのだが、それならゲームセンターにいい場所があるよと七海さんが言うので、寄り道することもなくまっすぐ向かった。

 

 ゲームセンターに着く。

 ゲームセンター特有の賑やかな音が三人の耳に響き、予想以上の音に赤松さんが驚いていた。ゲームコーナーなどには行ったことがあるが、まるまる一つがゲームセンターの建物には初めて入った赤松さんだった。

 

 ゲームセンターに入って、さっそく七海さんがゲームを物色し始める。

 着替えるのにいい場所ってどこのことだったの? と苗木くんは訊ねたくなったが、夢中になっている七海さんに水を差しづらくて、我慢した。

 

「むむっ。これは、今は珍しき音ゲー、キーボードマニア。こんなところでお目にかかれるとは……」

「へえ、ピアノのゲームなんかもあるんだ。私もちょっとやってみたいかも」

「じゃあやる? 何事にもチャレンジだよ」

「うん! やりたい!」

「……」

 

 着替えられない苗木くんはさておき、赤松さんはピアノのゲームに初挑戦していた。自分の得意分野のゲームということで赤松さんはワクワクしている。

 

 しかしリアルのピアノとは勝手が違うようで、ノルマクリアもできなかった。

 次に七海さんも挑戦してみたが、こちらもゲーマーだからなんでもできるというわけでもなく、ギリギリノルマクリアできる程度だった。

 

 意外にも、二人とも自分の才能を発揮できないという結果に終わる。それなりに自信があったのか、二人は結構くやしそうだ。

 

「むむむ……。これ、普段のピアノと全然違うよー! 楽譜で表示してくれればもっとできると思うんだけどなー」

「ボタンが24個もあるとさすがに難しいね。赤松さんのプレイを見てなかったら危なかったかも」

「……っていうか七海ちゃん、ピアノ弾けたの? 上手だったね!」

「弾けないよ? クリアできたのは単なる記憶と反射神経かな。画面に次押す場所が表示されてるし」

「それであれだけできるものなの? すごいね! 私はあの画面で逆に混乱しちゃったけど」

 

 他にも赤松さんができなかった原因はいろいろありそうだ。ゲームに対する無知さとか、周囲の騒音で目の前の音に集中できなかったとか。

 そんな、できなかった理由を考えていた苗木くんが、話している赤松さんに言った。

 

「思ったんだけど……視覚情報に惑わされるなら、目を閉じてやれば赤松さんならクリアできるんじゃないかな?」

「! それだよ苗木くん!」

 

 というわけで再チャレンジ。

 結果をあっさり報告してしまうと、最難曲まで普通にクリアできてしまった。ただし完全パーフェクトとまではさすがに無理で、おそらくゲームであるために実際とは細部が異なるためだろう。

 

「やった! やったよ七海ちゃん!」

「ほへー、すごい……。視界制限プレイって、縛りプレイの中でも特に難易度が高い縛りなのに。それを逆に利用するなんて思わないよ」

 

 よく分からない感心をしている七海さんの言葉を聞いて赤松さんは、縛りプレイって響きだけ聞くと入間さんが喜びそうな単語だなとなんとなく思った。理性的な赤松さんは、さすがに勘違いなどはしないようだ。

 

「あ、クリアできたみたいだね赤松さん。すごいなあ」

「苗木くんのアドバイスもよかったんだと思うよ?」

「そうそう! 苗木くんのおかげだよ! ……ってあれ、苗木くんは見てなかったの?」

 

 赤松さんのチャレンジ中に苗木くんは、こっそり着替えができる場所を探していた。トイレに向かうも残念ながら人がいたため、依然として恰好は変わっていないが。

 

「七海さん。これ、よかったらなんだけど」

 

 そしてちゃっかりその帰り、苗木くんはクレーンゲームでそこそこの大きさであるウサギのぬいぐるみをゲットしていたので、それを七海さんにプレゼントしていた。

 

「くれるの? わわ、ありがとう。私の中で苗木くんの好感度が5上がったよ」

「あはは……それは上がるとどうなるの?」

「フラグが立つよ。それとランダムでイベントも起こるようになる」

 

 七海さんの言っている意味はよく分からなかったが、一応喜んではもらえたようなので苗木くんも喜んでいた。ウサギを抱きしめている七海さんを見て、ここまで喜んでくれるとこっちも嬉しくなるなと苗木くんは考えた。プレゼント好きな苗木くんである。

 

「やるね、苗木くん。……私には無いの?」

「あ、赤松さん。えーと、それは……」

 

 しかしながらいくらプレゼント好きでも、渡す物が無ければどうしようもない。ぬいぐるみは偶然とれた一つだけだったので、赤松さんの分は無かった。

 焦り出す苗木くんを見て赤松さんはいたずらが成功したように笑いだす。今の発言は冗談だったのだ。赤松さんはもらえないからとすねるような人間ではなかった。むしろ苗木くんと同じ渡したい側の人間である。

 

「ふふっ、冗談だよ。でもその代わりに、次は三人でプリクラ撮ろっ」

 

 赤松さんがそう言ったので、苗木くんはそれに従った。苗木くんの女装姿がかわいかったから写真に残しておきたいとちゃっかり赤松さんは考えていた。

 

 赤松さんの意図には気づかなかったものの、女装姿のプリクラが残ることにはさすがに苗木くんも気づいていて、できた写真はあまり他の人に見せないでねと頼む苗木くんだった。

 

「そうだ。着替えるのにちょうどいい場所って、ここのことだよ苗木くん」

 

 プリクラコーナーに入ったら、七海さんがこんなことを言った。

 奥のほうに更衣室があったのだった。コスプレしてプリクラを撮りたい人向けに用意してあるらしい。

 

「プリクラの後で着替えられるね」

 

 ちゃっかり先に着替えてしまおうかと考えていた苗木くんだったが、七海さんに掴まれたので諦めた。七海さんも七海さんでプリクラは結構楽しみだったようだ。

 

 ただ、プリクラを撮り終えてからはすぐに苗木くんは着替えに向かった。落書き時間や選ぶ写真は二人に任せることにする。

 

「この機械で、さっき撮ったのをプリントできるんだ?」

「そうだよ。他にもちゃんと設定すれば、私や七海ちゃんのスマホに画像を送ることもできるみたい」

「へえ、便利だね。むしろそっちのほうが嬉しいかも。シールになっても、私はゲーム機に貼ったりしない派だし」

「貼る派とかいるの? でも、さっき撮った写真をシールにできるのは今だけみたいだし、せっかくだからプリントしようよ」

「今だけなんだ? あ、でも確かに、後でもプリントできるようにしちゃったからいろいろ問題が起こるよね。自分たちの写真を他の人に見られちゃったり」

「それはよくわかんないけど」

 

 常識には疎いが、機械には強い七海さんだった。立ち去りながら苗木くんはこの会話を聞いて、へえそうなんだと感心した。

 

 こまるちゃんにプリクラ送っていいか後で苗木くんに訊いてみよう、という会話が続いたが、あえて聞こえないフリをした。

 

 ようやく更衣室にたどり着く苗木くん。やっと普通の恰好ができるよ、と着ている女性ものの服に手をかけたちょうどそのとき。

 

「……きゃあっ!!」

 

 苗木くんの耳に赤松さんの叫び声が届いた。

 

 



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7 苗木くんたちと女装②

 

 急いで苗木くんが駆けつけると、そこでは赤松さんたちが軟派な男たちに絡まれていた。チャラそうなだけじゃなくて、ちょっと不良さも混ざった厄介そうな男たちだった。

 

 赤松さんの腕が男たちの一人に掴まれているのを見て、苗木くんは間に立ち塞がる。

 女性を守るかっこいい場面のはずだが、着替える前に来たので苗木くんは女装のままだ。

 新たなかわいい子の登場に、男たちのテンションはあがっていた。その反応で苗木くんのテンションは下がった。

 

「赤松さん、大丈夫? それに七海さんも」

「私は大丈夫だよ。急に触られて驚いちゃった」

 

 二人にひとまず怪我などは無いようで、ほっと胸を撫で下ろす苗木くん。

 七海さんにいたっては、絡まれているという自覚が無いというほど冷静だった。それでも赤松さんが掴まれたときは、ムッとした表情にはなったようだが。

 

「ごめんね。この人たちから遊ぼうって誘われたんだけど、今日は赤松さんと遊ぶつもりだったから断っちゃったんだ。それで怒らせちゃったみたい」

 

 大方、へい彼女俺たちと一緒に遊ぼうぜ的なことを言われたので言葉どおりに受け取ったのだろうが、遊ぶの意味が違うと思われる。

 いやまあ過程として遊ぶかもしれないけど、それはあくまでも過程であって目的ではない。男たちは遊び相手が欲しかったわけではないのだから。

 

 正直な話、大神さんや戦刃さんとトレーニングしている苗木くんにとっては、こいつらを相手にすることなんて容易いことだ。

 だが、平和主義の苗木くんには自分から手を出して追い払うという発想がない。それに今はかわいい恰好なものだから、男たちにも侮られている。普通の恰好でも侮られただろうということは置いといて。

 

 無視して去るのが理想的だなと考えつつも、諦めない男たちが邪魔で苗木くんたちは逃げあぐねていた。

 しかしそこに一人の男が登場して、現状は打破されるとこになる。

 

「……おいオメェら! そうそうそこのオメェらだよ。テメェらそこでなにしてやがる? まさか、嫌がる女に無理やり手ぇ出そうとしてんじゃねえだろぉなぁ!?」

 

 現れたのは苗木くんのクラスメイト、超高校級の暴走族・大和田紋土その人だった。

 どうして彼がゲームセンターにいるのかという説明は後にして、急にあらわれたリーゼントの不良に、ナンパ男たちはそりゃあもうビビりちらかした。

 

 結果、態度を変えて敬語になった連中は、そのまますごすご引き下がる。特にセリフもなく奴らの出番は終わった。単なるモブの描写に時間を使うのも面倒なのだった。

 

 あまりの急展開に、何が起こったか頭がついていかない赤松さんと七海さん。え、なんか怖い人が助けてくれたんだけど本当に助かったのかな?

 一方で苗木くんは無警戒で大和田くんに近づいていく。しかも人懐っこそうなニコニコした顔で。

 

「大和田クン!」

「あん? なんで俺の名前を知ってやがる」

「知ってるよ。超高校級の暴走族、大和田紋土クン。絡まれててちょっと困ってたんだ。助けてくれてありがとう」

「そいつはいいんだが……お前、俺とどっかで会ったことあんのか? ちっこい女のくせに俺を見て怖がらねえってのは……」

「分からない? ボクだよボク。苗木だよ」

「は? な、苗木!? オメェ、なんつー恰好してやがんだ!」

 

 思わぬ正体に大和田くんは大声を出すも、苗木くんは変わらずニコニコしている。クラスメイトである大和田クンを信頼しているためだろう。

 その笑顔が、不覚にもかわいいと思ってしまった大和田くんだった。超高校級のプログラマー・不二咲千尋を思い出して、自分のクラスメイト、女より男のほうがかわいげがあるってどういうことだと考えた。

 

「あはは……まあ、恰好には深く突っ込まないでもらえると嬉しいかな」

「そ、そうだな……」

 

 不二咲くんのこともあり、女装するのはそれなりの事情があるのだろうと大和田くんは理解を示す。

 それで落ち着いて周りを見てみたら、ここはプリクラコーナーで奥に更衣室もあった。

 苗木くんは小柄で大人しい性格だ。おおかた面白半分で着替えさせられたのだろう予想した。

 

「……苗木、今日は遊びでゲーセンか? ツレの女共とはどういう関係だ?」

「あ、そうだ、紹介するね! 同じ希望ヶ峰学園の先輩で、赤松さんと七海さんだよ。それぞれ超高校級のピアニストとゲーマーなんだ。二人とも、こっちはボクのクラスメイトで、超高校級の暴走族の……」

「大和田くん……ってさっき苗木くんが呼んでたよね? 名前は知らなかったけど、学園内で見たことあるよ」

 

 大和田くんのリーゼントや特攻服は個性的な人が多い希望ヶ峰学園でも目立つ恰好だったらしく、二人とも見覚えがあったようだ。

 礼儀正しく二人とも、助けてくれてありがとうと言った。ついでに苗木くんにも今言った。

 

「お、おう。そうか、センパイだったか。まあ苗木は、よくわかんねーヤツともいつの間にか親しくなってやがるからな。考えて見りゃ、他のクラスとか、俺の知らねーヤツとも知り合いなのは当たり前か」

「よくわかんねーヤツって……確かにセレスさんとか、初めて話したときとかは何考えてるのか分からない人だったけど」

「十神とかな。いやまあ、それはいいとしてだ」

 

 鋭い眼光で苗木くんを見ながら大和田くんは続きを言う。

 

「苗木。もしお前が、こいつらに無理やりこんな恰好させられて困ってんなら、遠慮なく俺に言え。俺は女は殴らねーが、代わりに説教してやる。センパイだとか関係ねー。ダチだからな」

 

 男らしく、頼れてかっこいい発言に、苗木くんは目をパチクリした。

 その後すぐに笑みを深めると、ありがとう、でも大丈夫だよと口にした。赤松さんたちはそんな人じゃないから、大和田くんが心配する必要なんてないのである。

 

 でも好きでこの恰好をしてるわけでもないから悪いけど着替えてくるねと、苗木くんは大和田くんを残して更衣室に向かう。

 

 残された大和田くんは手持ち無沙汰になるどころか、意外にも物怖じせず話しかけてくる赤松さんと七海さんによって冷やかされることになった。苗木くんと仲良しだねとか、かっこよかったよとか。

 実際のところ冷やかしではなく二人は本心を述べただけなのだが、苗木くんをいじめているのではないかと疑ってしまった手前、大和田くんには冷やかされているように感じたのだった。

 

「ったくよぉ、女でこんなに遠慮のないヤツそうそういねえぞ。お前ら俺が怖くねえのか」

「怖くないよ? クラスメイトに極道もいるし今さらかな。九頭龍くん、私より背が低いけど」

「私のところにも悪の総統がいるなあ。ほんとかどうか分からないし、こっちも背は小さいけど」

「なんだそりゃ……肩書きと見た目が合ってねーんじゃねえか? 俺は見た目通りだろーが」

「大和田くんも大きいけど、弐大くんには勝ててないね。あ、もしかして、キノコを食べると巨大化する体質だったりする? もしそうなら勝てるけど」

「ゴン太くんも多分大和田くんより大きいかな? 二人ともパッと見た感じは怖いんだけど、どっちもいい人だって知っちゃってるし」

 

 なんて会話をしていると、苗木くんが帰ってくる。

 そう言えばなんで大和田くんがゲームセンターにいるのか訊ねてみたところ、乗車型のバイクレースゲームをやりにきたらしい。

 舎弟にゲームの存在を聞き、少し興味が湧いて訪れてみたところ、迷ってここまで来たのだという。

 

 ならせっかくだし大和田くんも一緒に遊んで行こうよと苗木くん。

 いいのかよと訊き返そうとしていたら、その前に七海さんがバイクのゲームはあっちだったねと歩き始めた。さっき絡まれたのをもう忘れたのかと呆れつつ、大和田くんは七海さんの後を追う。

 苗木くんと赤松さんは、それを微笑ましそうに見るのだった。

 

「なん……だと……?」

「ぶい。勝利」

 

 なお、バイクゲームは対戦も可能なようで、大和田くんは七海さんに負けていた。

 

「大和田くん、仲間仲間。私も七海ちゃんに、自分が得意なはずのジャンルのゲームで負けたんだ」

「赤松もか……。ちっ、ゲームとはいえ俺がバイクで負けるとはな。しかも女相手に」

「ちなみに私は、二回目のチャレンジでは七海ちゃんに勝ったよ!」

「なっ……! おい七海、もう一発だもう一発! 負けて黙ってられっかよ!」

「ふふん、挑戦は何度でも受け付けるよ?」

 

 ゲームでの勝負はこの後も続き、この日は四人で仲良く遊んだのだった。

 

 



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8 苗木くんたちと前段階

 

 赤松さんと連弾したあの日から、律儀にも苗木くんは毎日ピアノの練習を続けていた。

 毎日続いて、しかも自分からやろうという意識を持っての練習というのは総じて上達が早い。現在苗木くんのピアノの腕はそこそこである。

 

 対して七海さんも、鍵盤の軽い電子ピアノでは何曲か弾けるようになっていた。

 原因は、先日ゲームセンターにてプレイしたピアノのゲームである。音ゲーには次に押す場所が表示されないステルスマーカーというものがあり、キーボードもそれと同じだと七海さんは気づいたのだった。

 独学のため指の使い方が基本とは異なっているが、それでも演奏する姿は様になっているようだ。

 

 二人がピアノを弾けるということを知って、赤松さんのテンションはこれでもかというほど上がった。

 ピアノに興味を持ってもらえるだけでも嬉しいのに、弾けるようになったとあればなおさらだ。

 

 というわけでみんな何かしらピアノが弾けるので、三人の間で新たな計画が立てられようとしていた。

 まあ言ってしまえば演奏会を開くのだが、それについての話は次回である。今回はその前段階として、三人のクラスでの様子を描写する。

 

 

 

「あれ赤松さん、こんなところにプリクラ貼ってるんっすね。一緒に写ってるのは他校の友達っすか?」

「あ、これ? えーとね、他校っていうとちょっと違うんだけど、どこまで説明しようかな……」

「はー……これだから男死は、なんてデリカシーの無い……。赤松さんの周りを詮索するような輩は、転子が成敗いたします!」

「お主は赤松のなんなんじゃ……ママは東条一人で十分じゃぞ」

「私をママと呼ぶのはやめてほしいのだけど夢野さん」

 

 赤松さんのクラスでは、苗木くんと七海さんと一緒に撮ったプリクラがクラスメイトたちに見つかっていた。

 あまり見せびらかさないようにと苗木くんから言われていたが、これは自分から見せたわけではないからセーフである。

 ただ、相手の気持ちはしっかり忖度できる赤松さん。知られたくない最低ラインである女装のことはしっかり内緒にするのだった。ちゃんと内緒にできたかは知らないが。

 

「こちらは77期の七海さんですよね! 転子はちゃんと分かります!」

「……詮索するなと言っておきながら自分で漏らしておるではないか。それと、まさかとは思うがお主、他クラスの女子は全員把握しておるのか……?」

「勿論です! 全員が全員、男死の魔の手からお守りする対象ですからね! でも、この学園が広いせいで交流があまりできないのが残念です……」

「それにお休みする生徒も多いっすからね。特殊な事情がある人もたくさんいますから」

「天海くんもその一人……いえ、その一人だったわね。もう妹さんは見つかったんでしょう?」

「ええ、まあ、おかげさまで。それで、プリクラに写ってるもう一人の子のほうなんすけど」

 

 会話はとっちらかっているが、プリクラの話題から完全に逸れたわけでもない。七海さんが知られているぶん、苗木くんに興味が行くのは当然だった。

 

 苗木くんや七海さんよりも年上の赤松さんは、必要ならば嘘をつくこともできる性格だが、それでも必要以上に嘘はつきたくはない。

 正体はバラさないが、この学園の後輩だよということは言ってしまう。

 

「えっ、この子もこの学園の生徒なんですか!? こんなかわいい女子を見落とすなんて、転子、一生の不覚です!」

「……まあ、女の子じゃないからね」

「ん? どうしたっすか赤松さん」

「ううん、なんでも。目立たないって本人も言ってたししょうがないよ。あ、でも、今度この三人で演奏会をこっそりやるんだ。誰も来てくれなかったらさみしいから、来れる人がいたら顔を出してくれたらうれしいな」

 

 そしてちゃっかり、会話の流れで演奏会の宣伝をする赤松さんだった。

 

 

 

 一方七海さんのクラスでは……

 

「……んー、ねーみぃ……」

「なんだ七海、眠そうだな……っていつものことか」

「あ、日向くん。本校舎にはもう慣れた?」

「おかげさまでな」

 

 七海さんは日向くんと話していた。

 日向くんもクラスの輪にうまく溶け込めているものの、予備学科時代から交流がある七海さんがなんだかんだ言って一番話しやすかった。

 

「あ、そうだ、日向くんだけには教えておくね。今度体育館で演奏会をするから、誰か誘って見に来てくれたら嬉しいな」

「演奏会? そりゃあ七海が出るならもちろん行くけど……どうして俺()()に、なんだ? 七海が誘えばみんな来るだろ」

「実は、正体は隠してするつもりなんだよね。ほら、いきなり人前で演奏とか恥ずかしいじゃん?」

「恥ずかしいとかいう感情あったのか」

「そりゃあるよ。日向くんは私をどういう風に見てるのかな? とにかくそういうわけだから、頼んだよ」

 

 赤松さんと同じくこちらでも、ちゃっかり演奏会の宣伝をしている七海さんだった。

 

 

 

 

 最後に苗木くんのクラスだが。

 

「……えぇっ、じゃあ大和田くんに見つかっちゃったんですか!?」

「おう、女に絡んでる男を気まぐれで追い払ってみりゃ、相手が苗木だったから驚いたぜ。なんでそんな恰好かと思ったが、そうか犯人は舞園だったか……」

「もう、犯人って人聞きが悪いですよ大和田くん。あれはお互い同意の上なんですから」

「あなたたち、面白そうな話をしてるわね。いったい何の話かしら」

「ほら、犯人とか言うから霧切さんが食いついてきたじゃないですか」

「人を魚みたいに言わないでちょうだい」

 

 二人に対して苗木くんはというと、特に演奏会の宣伝はしていなかった。いつものようにクラスメイトのみんなと仲良く談笑をしている苗木くんである。

 

 どうしてかというと、七海さんのところでチラッと出てきていた、正体を隠す、というところに問題があった。

 聡明な読者様にはもうお察しのことだと思われるが、件の演奏会で苗木くんは、女装で正体を隠すことになっているのだった。

 ほんと、どうしてこうなった。超高校級と呼ばれる人が集まると、時としてこういう予想外な結論に落ち着く。

 

 そんなわけで苗木くんは、演奏会のことは敢えて口にしないのだった。

 しかしながら万が一、クラスメイトが偶然訪れることだってあるだろう。それに対してのみ危惧した苗木くんは、この場の三人にだけあらかじめ釘を刺しておく。

 

「あのさ、今度の日のことなんだけど……気づいても黙っててほしいんだ」

「ん? そりゃあいったいどういうことだ苗木」

「情報が不足しているようだけど……それは、気づかなければそれに越したことは無い、ということかしら」

「うん、そういうことだね」

 

 さすがの霧切さんも、この時点では何もわからないようだった。

 また舞園さんのエスパーも、現段階ではうまく機能しないようだ。

 二人が分からないのに大和田くんが分かるはずもない。

 

 三人とも話は理解しないまま、それでも苗木くんの言うことに頷いてくれた。

 

 赤松さん、七海さん、苗木くんが、それぞれクラスメイトに行動を起こしていく。

 そうこうしているうちにあっという間に、演奏会当日がやってきたのだった。 

 

 



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9 苗木くんたちと演奏会

 

 どうしてこんなことに、と苗木くんは考えていた。

 もっとひっそり行われるはずのピアノ演奏会に、いつのまにか大勢の人が集まっていたからだ。

 

 最初は確かに少ない人だった。しかし演奏が進むにつれ、騒ぎを聞きつけた人たちが集まってきたのだ。

 騒ぎが体育館の外にまで響くほど、やけに盛り上がっている様子である。ピアノの演奏会とはもっと静かなものではないのだろうか。

 

 人が大勢いるというのに赤松さんは慣れたもので、全く緊張はしていなかった。

 コンサートでも多少は緊張するはずの赤松さんだが、今回は一人じゃなくて一緒に演奏する友達がいることと、友達が観客にたくさんいるために楽しさが上回ったのだった。

 

「赤松さーん! アイドルのコンサートみたいで転子、感動です!」

「んー? 赤松って誰かな? 私はグランドピアノ担当のレッドだよ!」

 

 お客の声がこちらに届き、奏者も声を張り上げる。まるでライブのような演奏会だった。普段行う静かなピアノ演奏会とは全然違った。

 

 偶然居合わせた最原くんは、いやあれ絶対赤松さんだよバレバレだよ……と考える。

 一応変装はしているみたいだが、ピアノの腕や聞こえる声が明らかに赤松さんだった。

 

「わっはー! 千秋ちゃーん! こっちむいて欲しいっすー!」

「……私も、七海千秋じゃなくて、セブンなんだ。電子ピアノ担当です」

 

 別のところからも声が届く。ステージにマイクなんて用意されていないのに、不思議と七海さんの声は通った。

 

 七海隠す気ないだろあれ、と日向くんは考えた。

 一応目元は変なサングラスで隠しているようだが、それだけだ。苗字なんかは自分から言ってしまっている。

 

「そして残ったメンバーは、トゥルーさん!」

「アップライトピアノ担当……だと思うよ?」

 

 そして残った苗木くんだが……。

 

「あの子……見たことねーけどめちゃくちゃかわいいじゃん! 彼氏いんのかなー。なあ葉隠!」

「むむむ……俺の占いによると、すでに同棲している彼氏がいると出たぞ! つまり桑田っちは脈なしだべ。俺の占いは三割当たる!」

 

 普段よく話すクラスメイト相手にも、苗木くんの正体はバレていないようだ。まさか苗木くんがこんな場所にいるわけないという先入観。それに加え、女装が完璧なのだった。

 

 いつもは舞園さんにしてもらっているが、今回苗木くんを女装させたのは赤松さんと七海さんである。

 それゆえ恰好もいつもとテイストが違い、下手したら舞園さんも気づけないような出来だった。さあさあどうですか舞園さん。

 

「私の推理によればあれはおそらく苗木くん……となるとあれはこういう意味で言ったのね。すごい、全然違和感が無いわ……」

「な、なんで苗木くんが!? あの言葉はそういうことだったんですね……コンサートなら私と一緒に……」

 

 ……まあ、そうすべてうまくはいかなくて、霧切さんと舞園さんにはバレていた。この二人には簡単すぎる問題だったようだ。

 

 苗木くんのお願いを思い出し、周囲には聞こえないように小声でつぶやく二人だった。いい子である。

 

「あの子、体格とか声が苗木くんにそっくりだね盾子ちゃん」

「……そこまで気づいておきながら本人って分からないあたりが残念なんだよお姉ちゃんは」

「えっ」

 

 ついでに言うと、この二人にもバレた様子。何事にも秀でている江ノ島さんは妥当だとして、戦刃さんもなかなかすごかった。

 どうして苗木くんは声を発していないのに分かったというと、息つぎの際にかすかに盛れる声を戦刃さんは拾ったのだった。超高校級の軍人は、聴力もすごい。

 

「ま、苗木ってバレるのも時間の問題かもねー」

「どういうこと? 盾子ちゃん」

「集まった人数が多すぎる。で、ここは体育館で、裏口とかは無し。こりゃあこのライブが終わって帰るときにもみくちゃにされて、ついでに正体バレんじゃない? 知らんけど」

 

 ここでの江ノ島さんの予想は当たっていて、変な興奮に包まれている観客たちは、もはや舞台に乗り込んでしまおうかというほどの盛り上がりだった。

 助けたほうがいいのかな? と戦刃さん。肯定する江ノ島さんに、戦刃さんは苗木くんを助けることを心に誓う。

 

「次は、私が苗木くんを守る番」

 

 そう呟き戦刃さんは行動を始める。

 江ノ島さんと、なんかついでに舞園さんと霧切さんも手伝ってくれるということになったので、戦刃さんは喜んだ。

 霧切さんが、手伝ってくれる理由として、見抜いてしまった者には見抜いてしまったがゆえの義務が発生するのよみたいなことを言っていて、かっこいいなと三人は思った。

 

 赤松さんが最後にソロ演奏をして、演奏会は終わりとなる。

 そのころには出待ちの人数がヤバかった。あまりに多すぎて窒息するんじゃないかというほどエグかった。圧死はしたくないなあと苗木くんと七海さんは考える。 

 

 それに加え正体がバレるんじゃないかと苗木くんは不安だったが、このタイミングで天から救いの蜘蛛の糸が下りてきた。

 二階からロープを使って戦刃さんが助けに来てくれたのだ。

 戦刃さんにお姫様抱っこをされつつ苗木くんは二階のほうに脱出できた。ついでに赤松さんと七海さんも、ロープに結ばれて連れて行かれた。

 ロープに吊られることで若干の恐怖を覚える赤松さんだった。

 

「そっかあ。戦刃さんと江ノ島さんにもバレちゃったんだね」

「う、うん。私は盾子ちゃんに教えてもらったからだけど」

「てへっ☆ なんか見に来たら苗木が変な恰好して踊ってたから残姉ちゃんに教えちゃいましたー☆ どうよ苗木、絶望した?」

「踊ってはないよ!? うーんでも、そのおかげでこうして助けてもらったわけだし、逆によかったかな。ありがとね、江ノ島さん。あっ、もちろん戦刃さんもね」

「あー、やっぱ苗木は前向きだなー。うりうりー、ちったあ絶望してみろっつーのー」

 

 脱出した後のどこかの個室にて、演奏会をしていた三人と助けてくれた四人の中、苗木くんと江ノ島さんがじゃれていた。

 平和な世界のこの学園では、この二人も普通に仲が良かった。

 

 その様子を見ていた霧切さんは、この中で男子は苗木くんだけという状況だけど、恰好のせいで女子だけしかいないように見えるわねと考えた。

 

「あなたが霧切さん? 最原くんと同じ、超高校級の探偵の」

「ええ、そうよ。……失礼、そうですよ」

 

 益体のないことを考えていたら、赤松さんから話しかけられる霧切さん。

 戦刃さんが苗木くんたちを助ける手伝いを一応したが、それに感謝されているようだ。本当は戦刃さんのほうにも感謝を伝えたいようだが、苗木くんと話しているためこちらに矛先が向いたらしい。

 見ると舞園さんのほうにも、七海さんが話しかけている。

 

「舞園さん……って、途中で私たちが弾いた曲を歌ってる舞園さん? 苗木くんのクラスメイトだったんだね」

「えっ、あっ、はいそうです。急に知ってる曲が流れてきたんで驚いちゃいました」

「勝手に演奏しちゃってごめんね? あれは、苗木くんが好きだって言ってた曲だから練習したんだ。歌う人はいないんだけど」

「いえ、素敵なピアノアレンジでしたから、歌詞が無くてよかったと思いますよ」

 

 78期生が五人もいる中、異質なはずの七海さんも赤松さんも平気でこちらに話しかけてくる。

 おかげで手持ち無沙汰になる人もおらず、七人はそれぞれ会話を楽しむのだった。

 

 この現在の状況にも、演奏会の結果についても、赤松さんは満足していた。みんなを笑顔にできたからである。

 

「楽しかったね、演奏会! 今度はいつやろうか?」

「うーんと、そうだね……もう私の演奏できるピアノの曲が無いからなー。トライアングルでよければすぐできるよ?」

「えっ、また今日みたいなことをやるんですか?」

「これだけの騒ぎになったのだから近いうちは無理でしょうね……学園側も黙ってないわ」

「そこはほら、霧切パパにお願いする方向で。やったね響子ちゃん! パパと話せるよ! うぷぷ」

「……」

 

 霧切さんと江ノ島さんはさておき、赤松さんはまた今日みたいな催しをやりたいそうだ。

 それに参加者として観客として、残りは結構乗り気らしい。唯一苗木くんを除いては。

 

「ボクは、できれば次は遠慮したいよ……」

 

 こんなに大勢人数が集まるなら、その前で女装して演奏するなんて、苗木くんは絶対に嫌だった。

 

「どうして? 苗木くん、かわいかったよ?」

 

 苗木くんは男の子なので、かわいいという単語が褒め言葉にならないことに気づかない戦刃さんだった。

 

 



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10 苗木くんたちとピクニック①

 

「ででーん! な、な、なんと! 実はレッドの正体は私だったんだよ! 嘘ついてごめんね!」

「いやみんな気づいてたよ赤松ちゃん。逆に隠せてるつもりだったの? あんなで騙されるのは百田ちゃんくらいだよ! 百田ちゃんをバカにしないでよ!」

「おめーだよ! つーか、俺だって気づくわあのくらい! どう見ても赤松だったろうが!」

「ええっ! レッドさんは赤松さんだったの!? 赤松さんじゃないって言ってたから、てっきり別人かと思ったよ!」

「ゴン太は相変わらず素直じゃのう……」

 

 先日の演奏会が終わってから、赤松さんは自分のクラスメイトにレッドの正体をバラしていた。大切なクラスメイトを騙したままでいたくなかったのだ。もっとも、ほとんどの人にはバレていたが。

 同様に七海さんもクラス内でセブンの正体をバラしていたのだが、こちらのほうはいよいよクラスメイト全員にバレていたので特に関係なかった。

 

「赤松さん素敵でした! 残りの女子もかわいくてまるでアイドルみたいで……あれはどちらの方なんですか!?」

「内緒だよー」

 

 そして相変わらず律儀にも、赤松さんは苗木くんのことは内緒にしている。プリクラに写っていた子だとは仄めかしたが、詳しい説明はするつもりは無いようだ。

 

 また一応、気づいた人がいないか赤松さんなりに探りを入れておく。

 

「最原くんは? 探偵だけど正体を見抜いちゃったりしちゃった?」

「うーん、一人は七海さんだと思うけど、もう一人は分からなかったかな」

「お?」

 

 横で超高校級の発明家・入間美兎が、童貞原は七海で見抜きしたって? とか言ってるけど無視した。

 無視されて入間さんは勝手に落ち込んでいた。無視しないでよぉ。

 

「そうなんだ。78期の探偵さんにはバレてたみたいだよ」

「霧切さんには? さすがだね……」

 

 それよりも、と最原くんが言う。赤松さんのほうは大丈夫?

 最原くんは、先日あれだけ騒ぎになったので赤松さんを心配に思ったのだ。

 さすがに本校者のクラスにまでおしかけてくる輩はいないようだが、昨日のアレで赤松さんは確実にファンを増やしたに違いなかった。

 

「うーん、まあ今日は用事があって、学園からは早めに出ていくから大丈夫じゃないかな」

「そうなんだ。用事ってなにか訊いてもいい?」

「他の人には内緒だよ? えーっとね……」

 

 

 

 

 数時間後。というか放課後。

 最原くんは、霧切さんと舞園さんと、それに加えて日向くんとともに、山の上の公園までピクニックにいっていた。

 学園からはそう離れた場所というわけではないので、四人の息はさほど乱れていない。ただ、最原くんは精神的な意味で少し疲れていた。

 

「最原くんは尾行がとても上手ね。さすが、超高校級の探偵に選ばれただけあるわ」

「そうなんですね、私は尾行のうまさとかは分かりませんが……って、霧切さんも探偵じゃないですか」

「一口に探偵と言っても得意とする分野はそれぞれ違うのよ。テロや賭博、誘拐……インターネットの不正アクセスなんかを得意としている探偵もいるわね。最原くんはペット探しや浮気調査が主な仕事内容みたい」

「おお、それはなんだか探偵っぽいな。で、霧切が得意としてる分野ってなんなんだ?」

「殺人よ」

「お、おおう……」

 

 どうしてこの四人という不思議な組み合わせかというと、赤松さんの放課後の予定が原因だった。

 

 赤松さんと七海さんと苗木くんは、先日の演奏会の打ち上げとして、三人で公園までピクニックに行くと約束していた。

 打ち上げと聞くとどこかのお店で乾杯する様子を想像するが、このようにさわやかな打ち上げというのがあってもいいだろう。三人らしい選択と言える。

 

 放課後になりいそいそと帰り支度を始める苗木くんを見て、霧切さんは違和感を覚えた。

 なぜならこの曜日にいつも苗木くんは、校内に残って何かをしているからだ。奇しくも今日は音楽室に集まる曜日と同じだった。

 

 事件とは、普段と違うイレギュラーなことが原因で引き起こされる。探偵的な勘が働いた霧切さんは、苗木くんの様子をうかがうことにした。

 

 すると同じく苗木くんの様子をうかがっていた舞園さんと、七海さんの様子をうかがっていた日向くんを発見した。

 三人で一か所に集まりなおも様子をうかがっていると、偶然最原くんに見つかってしまう。せっかくなので巻き込んで、四人で尾行することにしたのである。

 

 おそらく一人ひとりでは尾行を続けるなんていう発想は無かっただろう。人数が集まると行動力が出てくるあたり、四人もまだまだ高校生なのだった。

 

 観察対象の苗木くんたちは、公園に着くなりピクニックらしく、シートを広げてお弁当を取り出し始める。

 苗木くんが大きめのお弁当を取り出したので、これを三人で食べるのだろう。

 実はあのお弁当、苗木くんの手作りである。赤松さんや七海さんが指を切ったりしたら駄目だろうと、自分から作ると名乗り出たのだった。ええ子や。

 

「すごーい! 苗木くんは料理できるんだね! 美味しそう!」

「妹にいろいろ作ってあげることがあって……でも、七海さんのクラスの料理人さん……花村クンにはかなわないかな」

「うーん、花村くんの料理は確かにすごくおいしいけど……苗木くんのお弁当もとってもおいしい……と思うよ?」

「七海さんもう食べてる!? いやでも、そう言ってもらえるならよかったよ」

 

 お弁当を食べている三人を観察して、四人はお腹が空いてくる。

 霧切さんは探偵らしく携帯食料を持っていたので、舞園さんに分けていた。

 あと日向くんも、どこに持っていたか分からないが、ミネラルウォーターや菓子パンなど食料をたくさん持っていたので分けてあげた。

 

 日向くんすごいね、とムシャムシャとパンを頬張りながら四人は観察を続けている。こちらもこちらでピクニックを楽しんでいるようだった。

 そうそう、以前苗木くんと出かけるときはスキャンダルを気にしていた舞園さんだったが、今回は霧切さんもいるし四人だしで、友達と遊んでるような感じなのであまり気にしてはいなかった。

 それでも悪意のある写真などを撮られると困るので、できるだけ霧切さんの隣をキープしているわけだが。

 

「それにしても、七海は他のクラスにも友達がたくさんいるだろうと思ってたが……予備学科だった俺にも普通に接してくるしな。しかしこの三人はどういう集まりだ?」

「赤松さんは誰と仲良くても違和感は無いんだけど……考えてみれば不思議な組み合わせだよね。赤松さんと七海さんと苗木くん」

「……あなたたちは気づいてないの? この前のピアノコンサートしてた三人よ」

「えっ」

「えっ」

 

 こちらも話が盛り上がっている中、苗木くんたちはお弁当を食べ終わっていた。 

 苗木くんがお弁当を片付ける横で、七海さんは代わりにゲームを取り出している。

 でも、さすがにピクニックに来て外でゲームってどうなん? みたいなことをやんわり伝えて話した結果、三人でポケモンG○をすることになった。外でするゲームなのでちょうどよかった。

 

 チュートリアル終了済み、ボール三十個が手に入っているポケG○のデータが入っているスマホを三台、七海さんが用意していたので、それを使う。

 三十分でそれぞれ何匹モンスターをゲットできるかの勝負をすることにした。リアルサファリゾーンだった。

 

 三人は公園内をそれぞれ分かれてモンスターを探し始める。

 いろいろ歩き回っているうちに、七海さんが尾行四人衆を発見した。なんか普通に見つかった。

 

「あれ、日向くんだ」

「よ、よぉ七海、奇遇だな」

 

 奇遇でもなんでもなく、七海さんをつけていただけである。

 

「日向くんたちもピクニック? 私もね、赤松さんと苗木くんとピクニックなんだー。それで今モンスター探してるの。私が一番捕まえてみせるよ!」

「そうなのか」

 

 モンスター? と四人の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。ポケG○のことを知らない四人にとっては、七海さんが不思議なことを言い出したように感じたのだった。

 

「そういうことだから、じゃあまた学校でね。みんなもまたね」

 

 ばいばーい、と手を振る七海さん。その様子は、日向くんたちが尾行していたという発想なんてまるでないほど純粋だ。

 

「……独特の空気を纏ってるけど、七海さんっていい子なのね」

 

 霧切さんの呟きに、残りの三人はコクコクと何度も頷いた。

 

 



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11 苗木くんたちとピクニック②

 

 突発、公園で行うポケG○で、誰が一番モンスターをゲットできるのか大会。その結果発表。

 優勝は、意外性も大番狂わせもない、妥当も妥当、七海さんだった。

 そして最下位は苗木くんだ。苗木くんはコイキングをゲットしていた。山の上なのに。

 

「……んー、ねみぃ……」

 

 お弁当を食べていたシートに腰を下ろし、結果を三人でワイワイ話していると、七海さんが目をこすり始める。

 食事をしたうえ、モンスター探しに適度に歩き回ったから、眠気が襲ってきたようだ。

 

「あらら。このねみぃは、いつもより数段上のねみぃだね」

「そのなの?」

「そうだよ、多分。いつもより数段眠そうじゃない? ねえ七海ちゃん」

 

 赤松さんの問いにコクコクと頷く七海さん。

 すぐにでもこっくりこっくり舟を漕ぐモードに入りそうで、苗木くんは焦った。七海さん、ここで寝ちゃだめだよ。

 対して、赤松さんは余裕の表情をしていた。

 

「別に、お昼寝してもいいんじゃないかな? 今日は太陽もポカポカで気持ちいいよ」

「それに賛成だよ。お昼寝する。苗木くん、その荷物の中に枕とか無い?」

「いやさすがに用意してないよ……」

「むう。まあそうなんだけど、苗木くんならもしかしたらって思ったんだけどな」

「そんな無茶な……」

 

 なんてやりとりを七海さんと苗木くんがしていたら、赤松さんが自らの膝をポンポンと叩き始める。

 

「ほら、七海ちゃん、おいでー」

「わー」

 

 なんの逡巡も遠慮もなく、赤松さんに膝枕をしてもらう七海さんだった。枕を求めていた七海さんにとって、赤松さんの膝枕は渡りに船だった。

 横になりながら七海さんは言う。

 

「苗木くんも……一緒に寝よ?」

「え? ええと、ボクは……」

「いいよ、苗木くんもどうぞー。ほら、狭いけどこっちの膝なら空いてるよ」

 

 大丈夫、顔に落書きなんてしないからとか言われて、そういう問題じゃないんだけどなあと苗木くんは考えながらも、結局は赤松さんに膝枕してもらった。

 

 赤松さんの提案に驚いた苗木くんであるが、膝枕をしてもらう苗木くんを見て、観察していた四人、霧切さんたちも驚いた。

 驚いた上にエキサイティングして、会話も盛り上がっていた。

 

「苗木くんも男の子ね……」

「赤松さんの、年上特有の包容力がすごいんじゃないですか?」

「苗木くんが赤松さんより背が低いおかげで驚くほど健全に見えるわ」

「七海さんとは同じくらいの身長ですし、普通に仲のいい兄弟みたいですよね」

 

 苗木くんと七海さんの身長は、ともに160で同じだった。

 ちなみに赤松さんは167で、二人よりも若干背が高い。これがお姉さん力の正体である。

 

「……」

「うらやましいって顔ですね、最原先輩」

「日向くん!? 僕はそんな……いや、ちょっと思ってしまったのは事実だけど」

「大丈夫ですよ、俺も思ってますから。もっとも俺がいいなあって思うのは、七海と並んでの昼寝のほうですけど」

「け、結構ぶっちゃけるね日向くん。女の子たちもいるのに」

「苗木のあんな姿を覗いているわけですからね。だから俺も取り繕うのはやめようと思いまして」

 

 女性陣二人が盛り上がっている横で、男性陣二人も盛り上がっている。

 

「うらやましがっているところ悪いのだけど、あなたたち二人のどちらかが今の苗木くんの立場だったらと考えたら、少し絵面がキツいわね」

「二人とも170……日向さんに至っては180近くありそうですもんね。どちらかというと膝枕してあげる立場でしょう」

「あ、なるほど確かにそれもそうだな。眠そうな七海に膝を貸してやるってのもいいかもしれない」

「……最原くんはどうなのかしら。見る限り、赤松さんに膝枕してあげるのは大変そうよ?」

「僕はそういうのじゃなくて、二人で手を繋いで歩いたり……って、僕が赤松さんに対してそう思ってるとかじゃないからね!? 思わず答えちゃったけど!」

 

 そして最終的には、四人で盛り上がるのだった。

 日向くんなど三人とはほとんど面識が無かったのに、すっかり打ち解けている四人である。

 

 さて、一方苗木くんたちはというと。

 赤松さんに膝枕され死ぬほど照れていた苗木くんだったが、目を閉じているうちに意外にもすぐに眠りに落ちてしまっていた。なお、七海さんはとっくに爆睡中だ。

 

 赤松さんは以前クラスメイトである超高校級の保育士・春川魔姫が育った孤児院で、彼女とともに子どものお世話をしたことがある。

 そのため子どもの相手は慣れているところではあったが、苗木くんがすぐに寝たのはそれだけが原因では無さそうだ。

 

「……あれ、苗木くんももう寝ちゃってる。疲れてたのかなあ」

 

 そう言って、赤松さんは苗木くんの頭を優しく撫でて、微笑んだ。お姉さん力がいよいよとどまるところを知ららない赤松さんだった。

 

 その様子を見ていた四人がまた騒ぎ始める。

 

「……もしかして苗木くん、眠ってる? え、赤松さんにあんなことされてる状況で、そんなに早く眠れるものなの? 今日の学校でそんなに疲れることがあったのかな」

「まあ、苗木くんはいつも学校では何かしら忙しそうにしてますけど……」

「朝日奈さんと大神さんのランニングに朝から付き合ったり、昼休みには桑田くんや葉隠くんとキャッチボールしている姿をよく見るわ。他にも、授業の合間には先生から資料運びを手伝わされたりしてるし……基本的に人の頼みを断らないのよね」

「見たところ、弁当は苗木が用意したんだろ? なら当然そのぶん早く起きてるわけで、睡眠が足りてなかったのかもな」

 

 この四人は全員基本的に頭がいいほうなので、的外れなことを言う人はいないのだった。

 赤松さんの持つ癒しオーラに苗木くんが勝てなかったとか、冗談として思い浮かんでも、口に出すことはしないのである。

 

 観察を続けていると、いつの間にか赤松さんも膝枕した状態のまま眠っていた。観察対象の動きが無くなり、退屈でこちらも眠くなる。

 日向くんが、動きがあったら起こすから寝てていいぞと頼もしいことを言うので、みんな寝た。

 

 霧切さんや最原くんなど、探偵が観察中に寝るなんてと思うかもしれないが、眠れるときに眠るのも立派な探偵の役目なのだ。

 というかそもそも、これは尾行や張り込みなんかではなくて野次馬なので、寝てしまっても全然問題ないのだった。

 

 やがて苗木くんたち三人と、日向くんを除く霧切さんたち三人が目覚めるころには、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。

 この場のほとんどの人物が学園内の寄宿舎を利用していて、それの門限はすでに過ぎている。日向くんは唯一寄宿舎住まいではなかったため、門限のことは知らなかったのだった。

 まあ、本校舎の生徒は寄宿舎を無料で使えるが、予備学科の生徒はそうでないので、元予備学科の日向くんが知らないのも無理はない。

 

 ということでどうするかというと、霧切さんの学園長の娘という権限を利用して、舞園さんも最原くんも寄宿舎に戻れたのであった。友達のためにはコネの利用も辞さない霧切さんである。一見クールのようで、霧切さんは情に篤い人だった。

 

 三人が望むなら苗木くんたちも寄宿舎に戻れるよう手配しようと考える霧切さんだったが、あちらはあちらで当てがあるようだった。

 苗木くんの実家が駅から数駅のところにあるので、赤松さんと七海さんはそちらに泊まることにしたのだ。

 

「赤松さん七海さんいらっしゃい! 待ってたよー!」

「おいっす、こまるちゃん。久しぶりだね」

「お邪魔します。苗木くんが泊めてくれるって言うから来ちゃったよ」

「うんうん。お兄ちゃんもたまにはいいこと言うね」

 

 苗木家に行った赤松さんたちは、こまるちゃんに大歓迎されていた。

 頻繁に帰ってくるとはいえ、久々の帰宅なのに兄を蔑ろにする妹に苗木くんは憤慨している。とはいえ根が優しいために特に怖くなかった。

 

「こまる! 玄関先で騒いだら近所迷惑になるだろ!」

「はいはい。もー、ちょっと後回しにしただけで怒らないでよお兄ちゃん」

「怒ってない。そんなこと言ってると、次からこまるへのお土産は無いからな」

「ってことは今回はあるんだね、ありがとう!」

「もー……」

 

 普段とは違う苗木くんの態度と、妹との仲の良さを見せつけられて、ほっこりとする赤松さんと七海さんだった。

 

 このあと特に問題もなく、普通にお泊りした二人だった。

 

 



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12 苗木くんたちとシェアハウス

 

 次の日。

 苗木くんの家に泊まった赤松さんと七海さんは、苗木くんを含めた三人で仲良く学校まで登校していた。

 先日のピアノ演奏会の影響で赤松さんと七海さんは結構注目の的であり、それが苗木くんという男子と一緒に登校してきたので、周囲は結構ザワザワとなっていた。

 

「……なんか私たち、やけに見られているような気がしない?」

「うん。ボクもそう思ってた」

「……え、そうかな?」

 

 そんな三人の前に、一人の男が朗らかな様子で現れ話しかけてくる。

 霧切パパ、もとい学園長であった。偉い立場の人なので苗木くんたちは一瞬緊張したが、若い見た目の男性なのでそこまで慌てることはしなかった。

 

 学園長は三人を学園長室まで連れて行くと、注目されていた理由について説明する。さすが学園長だけあって、生徒たちのことに関してはよく知っているのだ。

 その上で、学園長は一つ提案をするのだった。

 

「……えっとそれはつまり、私と赤松さんが……」

「いま住んでる学生寮から出ていかなきゃいけない……ってことですか?」

 

 赤松さんと七海さんの人気が出過ぎたため、学園内の寄宿舎に住むのは危険である。だからほとぼりが冷めるまで二人は別のところに住んではどうか、というのが学園長の提案だった。

 都合よく学校の近くに使っていない家があるのだと言う。

 

 実のところ、この話のほとんどは嘘だった。

 学校近くに赤松さんたちが住める家があるというのは本当だが、それ以外はすべてでたらめだった。

 

 学園長の考えはこうである。

 

 歴代の超高校級の生徒の中でも特に個性的な人たちが集まったと言われている例のクラスを、まとめあげてしまった赤松さん。

 どうして彼女にそんなことができたのか。それは彼女の価値観が、他の生徒に比べて一般的だったからに他ならない。もちろん、持ち前の性格などもあったのだろうが。

 

 それで次の年、一般的な価値観の生徒を導入することでクラス融和を促せないかと、試験的に超高校級の幸運という制度を導入する。

 結果訪れたのはこれまた違った価値観を持つ生徒だったが、代わりに七海さんが77期生たちの仲良くなる原因を与えてくれた。

 

 かつてこの希望ヶ峰学園で、彼女たちのクラスほど結束力が高いクラスが誕生したことは無かった。

 そりゃあ仲良くなる生徒たちは当然何人もいたが、クラス全員が互いに信頼し合っているというのは初めてだった。

 

 そこで、赤松さんと七海さんを強制的に仲良くさせる、今回だと同じ家に住まわせることで、クラス内の結束がクラス外まで波及しないかと考えたのだ。

 

 都合のいいことに、彼女たちを同じ家に住まわせる建前がつい最近できた。これを機に計画を実現できないかと、学園長は二人に提案したのだった。

 

「……えーっと、ボクはこの場にいても良かったのかな……?」

「ほんとだ。私と赤松さんだけに向けた内緒の話っぽいのに、苗木くんは普通に一緒に聞いてるね?」

 

 ついでに、学園長にはもう一つ企みがあった。

 それが、78期生の中心的立場になりつつある苗木くん。彼もその家に住まわせてしまおうという考えだ。結束が深まる人数が多いなら多いに越したことは無かった。

 

 だが、やはり性別の問題というものがある。学園長なので生徒が嫌がることを無理にやらせるということはできない。

 ということでこちらに関しては、赤松さんと七海さんの二人の了承が取れればという条件付きであった。

 

「えっ、ボクもですか? わー……学園長にもボクの女装はバレてたんですね……恥ずかしい……」

「それに私たちの正体もね。さすが学園長……生徒のことをよく見てる……ってことかな? ゲームでも校長先生みたいな偉い人はそんな感じだよね。クラス受け持ってないのになんでだろ」

「そう言えば江ノ島さんが言ってたね、学園長は霧切さんのお父さんって。まさか私もバレちゃってたとは。さすが探偵の育ての親だね」

「いや二人は割とそのままだったよね? えーっとそれで……ボクも二人と同じ家に?」

 

 苗木くんもピアノ演奏会をした一人だったことを理由に、シェアハウスを勧める学園長。

 なお苗木くんの女装を見抜けたのは普通に学園長の実力である。学園長らしく生徒一人ひとりをちゃんと観察していたのだった。

 

「苗木くんならいいですよ!」

「うん、大丈夫……だと思うよ?」

「えっと、二人がこう言ってくれるなら、ボクも反対する理由はありません」

 

 結果は快諾。赤松さんも七海さんも、嫌な顔一つすることなく頷いた。

 

 ということで、三人はシェアハウスをすることになった。一応、建前のため周囲には内緒ということにしたが、仲のいいクラスメイト達には話してしまうだろう。むしろその方が都合がいい。

 

 さっそく、今日の放課後から三人は同じ家だ。展開が早くて学園長も助かるのだった。

 

 

 

 放課後である。 

 新しく住む家を紹介された赤松さんと七海さんは、希望に目を輝かせていた。

 現状を逃れるために急遽用意されただけの家かと思っていたら、予想以上に立派な建物だったためだ。

 

「すごい……私たち三人の個室以外に、ピアノが弾ける部屋まであるよ! しかも防音!」

「図書館ならぬゲーム館まである……。それに居間に大きいテレビがあるから、これで苗木くんたちとゲームもできるよ! うおー!」

 

 内部施設も充実していて、二人のテンションは今までにない以上に最高だった。

 二人の肩書きにぴったりの、まるで二人のために用意されたような設備だが、それも当たり前でこれは二人のために用意された設備である。

 この家は偶然残った空き家ではなく、赤松さんと七海さんを住まわせるために学園が用意したものなのだから当然だ。

 まあ逆に、苗木くんのために用意された部屋なんかは無いのだけれど。

 

「才能に合わせた個室なんて、まるで研究室をもらったみたいだね」

「……研究室?」

「研究室って、大学の?」

「あ、二人はまだ分からないか。あのね、希望ヶ峰学園では、学年が進むと個人の研究室がもらえることがあるんだ。私のクラスにも何人か自分の研究室を持ってる人がいるよ」

 

 赤松さんの学年から、希望ヶ峰学園にはそういう制度があった。一定以上の功績を残した生徒には研究室という名称で、己の才能を伸ばすために必要なものを集められた個室が校舎内に増設されるのだ。

 

 なお、一定以上の功績とは、単純にお金のことである。

 在学中に、学園の協力で得たお金を還元することで、それを研究室増設への費用へと充てられるのだ。

 断じて、予備学科に通う生徒から法外な授業料を巻き上げているからではない。

 

 そもそも予備学科とは、大きな才能を近くで観察することを目的に作られた学科である。

 社会に出れば、その大小に差があるとはいえ、才能を持つ者などいくらでもいる。

 学生時代にそういった人物を間近で見ておくことにより将来的に才能を持つ者の支えになることができる、というのが予備学科の基本理念であった。

 

 もっとも日向くんのように、学園から変な計画を持ち込まれることもあるのだが……あくまでそれは特殊な例である。

 

「……二人とも、ピアノやゲームは後だからね。まずはここで生活するうえでのルールを決めないと」

「むう。まあ仕方ないね。お風呂の時間とか決めとかないと、うっかり脱衣所で鉢合わせ、っていうお約束の事態とか起きちゃうし」

「いや大浴場とかじゃないんだからそれは注意してたら防げるよ七海さん……。ボクが言ってるのは、お風呂掃除とか、洗濯とか、ゴミ捨てとか。そういう役割分担を決めておこうってことだよ」

「あ、それもそうだね。寄宿舎じゃないから東条さんには頼れないんだ」

 

 当然ながら、超高校級のメイド・東条斬美などはいないため、身の回りのことは基本的に自分たちでする必要がある。

 シェアハウス一日目は、それらをローテーションでやるか担当制でやるか、はたまた個人で勝手にするかなど、相談して終わりになりそうだ。

 

 一通り話し終わった後は、三人でいつでも連絡が取れるように、LINEグループが結成されることになった。

 グループ名は、「幸運のピアノ同盟」。七海さん要素が欠けてる気もするが、アイコンは三人で撮ったプリクラなので問題ないだろう。

 

 実はこのときになって初めて、赤松さんと七海さんの連絡先を知った苗木くんだった。 

 

 



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13 苗木くんたちと名前呼び

 

 三人のシェアハウスが始まって、初めての朝。

 一番最初に目を覚ましたのは、我らが主人公の苗木くんだった。まだ太陽もちゃんと昇っていない、午前五時のことだった。

 

 苗木くんはほぼ毎朝、学園で朝日奈さん大神さんと一緒にランニングをしている。それに行くために起きたのだ。

 今日からはこの家で寝泊まりをすることになっているから、起きる時間もいつもより少々早かった。

 

 学園まで赴き、朝日奈さんたちに軽い挨拶を交わした後、一時間走る。

 朝日奈さんたちとの朝の約束は以上だが、苗木くんにはもう一つ用事があった。いつもこのあとは、戦刃さんとの模擬戦を行う予定になっているのだ。

 

 朝日奈さんとのランニングは、やろうと思えば誰でもできる。まあ、やり続ける根気や彼女の速さについていくのは別にして、必要なのはやる気である。

 

 しかし戦刃さんとの模擬戦では話が違う。それには高度な技術が必要で、当初の苗木くんもただ立っていることしかできなかった。

 戦刃さんとしても、一応人がいるのだから案山子よりは少しマシで、技術が無くてもどうでもよかった。ついでに言えば苗木くんでなくても誰でもよかった。

 

 しかし日を重ねるにつれて、苗木くんの様子が変わってくる。苗木くんは戦刃さんの動きを観察し、持ち前の真面目さで帰ったあとも練習を重ね、ほんの少しではあるが戦刃さんの動きについていけるようになっていた。

 せっかく模擬戦の相手なのに、ただ立っているだけなどは悪いからと、いろいろ頑張ったのであった。

 

 ある日戦刃さんは苗木くんに問いかけた。どうしてそこまで苗木くんはするの? と。

 ただのクラスメイトなのに、苗木くんの行動はあまりにお人好し過ぎて戦刃さんには不可解なことだった。

 

「それは……戦刃さんのことが守れるならそれに越したことは無いかなって」

「……守る? 苗木くんが、私を? 必要ないよ。だって私のほうが苗木くんより強いんだし」

「確かにボクは、戦刃さんを直接守ることはできないよ? でもさ、これから戦刃さんは、軍人らしくいろいろ危険な場所に身を置くんだよね。なら、いまボクとしているこの訓練が少しでも戦刃さんの上達に繋がれば、それは結果的に未来の戦刃さんを守れるんじゃないかなって思ってさ」

「……」

 

 苗木くんの答えに、不覚にもキュンとしてしまった戦刃さん。妹以外の存在に、初めて興味を抱いた瞬間だった。

 

 とまあこういうことなどもあったりして、苗木くんは戦刃さんとの模擬戦を続けていたのだった。

 

「はぁ……はぁ……お、お疲れ、戦刃さん」

「うん」

「じゃあまた後で教室で……」

「……? 待って、寄宿舎はそっちじゃないよ?」

「あ、うん。実は学園の近くに引っ越すことになってさ。ご飯も次からはそっちで食べるから、一度帰るつもりなんだ」

「そうなんだ」

 

 模擬戦の後、苗木くんはシェアハウスに帰宅する。宿舎と比べると移動距離が増えているが、体力がついてきているため余裕だった。でも絶対面倒だと思う。

 

 家に戻った苗木くんは、シャワーを浴びて汗を流す。

 脱衣所から出ると、赤松さんが起きてきた。実に平均的な起床時間であった。

 

「おはよ~。苗木くん早いね、朝シャワー?」

「おはよう赤松さん。うん、汗かいちゃったからね」

 

 シェアハウスしたばかりっぽいやり取りを赤松さんとして、苗木くんは朝食の準備のために台所へと向かう。

 話し合いの結果、食事の担当は苗木くんに決まった。指に怪我のできない二人が料理を作らないのを考えれば当たり前だろう。

 もっとも、希望ヶ峰学園には食堂もある。しかしこちらは学費や家賃とは違い有料なため、苗木くんは節約するべく自炊を選んだ。一般家庭育ちの苗木くんは倹約家なのであった。

 

「七海さん起きて! 朝ご飯だよ!」

「……朝? ねみー……」

「……こんな調子で、普段どうやって起きてたんだろ。目覚まし時計とか無いの?」

「……あれ、うるさいからいや。きっと悪魔の発明品だよ……わけわからん」

「目覚まし時計はそういうものだし、起こすためなんだから実に合理的な発明だよ」

 

 朝食ができたので七海さんを起こす苗木くん。

 今日のメニューは味噌汁と目玉焼きだ。ジャパニーズらしい朝食だった。

 

「日本の朝食って感じがするね! 朝にご飯を食べるの久しぶりかも」

 

 赤松さんはピアニストという立場上、海外にいることがそれなりに多く、また朝はパン派なのだった。目玉焼きも片面焼き(サニーサイドアップ)ではなく両面焼き(ターンオーバー)を好む。いやまあ、海外では目玉焼きは両面焼きが好まれるというわけではないけれど。

 

 とにかく、そういう日常的な感覚が少し苗木くんたちとは異なっている赤松さんだった。人と気軽に接するそのフランクな性格も、海外にいたことが影響しているのかもしれない。

 

 朝食を食べ終わり、三人は仲良く学園まで登校する。

 七海さんが寝そうなので、赤松さんと苗木くんが二人で挟んで歩いた。苗木くんは車道側。こういう日常的な気遣いができるところはさすがであった。 

 

 また、そんな苗木くんは赤松さんのために、和食以外の朝ごはんも作れないかと考える。

 ということで七海さんを通じて、彼女のクラスメイトである超高校級の料理人・花村輝々から料理を教えてもらうことにした。

 学園長の目論見通り、他クラスの生徒同士の交流がさっそく行われるのであった。

 

 豪華な料理などではなく、海外の家庭料理を花村くんから習う苗木くん。

 練習して作った料理は、78期のクラスメイトに食べてもらった。霧切りさんの他、ちゃっかり食べていた超高校級の御曹司・十神白夜にも好評だった。まあ十神くんなどは、素直に褒め言葉は口にしないのだが。

 料理など、また新たなスキルを身に付けていく苗木くんだった。

 

 そして数日後。苗木くんは、赤松さんにその料理を披露する。

 

「すごい! 苗木くんってこういうのも作れるんだね! すごいなあ、ピアノしかできない私と全然違うよ」

 

 ご飯ではなくトースト、味噌汁ではなくスープ。目玉焼きは同じだが、他にカリカリに焼いたベーコンやサラダが同じお皿に盛られている。

 いきなり急に雰囲気を変えた料理を作るのも変なので、まずは無難に洋食チックなものを出したのだが、これでもすでに赤松さんには大好評だった。

 トーストをナイフとフォークで食べる赤松さんの姿が様になっている。

 

「あのね、苗木くんは楓さんのために、花村くんから料理を習ってたんだよ」

「え、そうなの千秋ちゃん!?」

 

 別に口止めをしていたわけでもないので朝食後、普通に七海さんによって苗木くんの努力はバラされた。

 シェアハウスから数日経ち、いつの間にか名前で呼び合っている女子二人である。

 

「ありがとう苗木くん! 私とっても嬉しい!」

「わぁっ!? 赤松さん!?」

 

 赤松さんにハグされて、タジタジになる苗木くん。そりゃまあ、日本で急にそんなことされたら驚くだろう。赤松さんのワールドワイドな性格が出てしまった。

 ちなみに百田くんとかも、海外暮らしが長かったのか、普通にハグとか誘ってくる。むしろ赤松さんは百田くんに影響されていたのかも知れない。

 

「っていうか、千秋ちゃんももう名前で呼んでるし、苗木くんもいつまでも苗字呼びだったら他人行儀だよね。一緒に住んでるんだし他人じゃないでしょ。誠くんって呼んでいい?」

「じゃあ私も呼んでいいかな? あ、もちろん、馴れ馴れしすぎて嫌だったら言ってね」

「そんなことないよ! むしろボクのほうこそ、先輩なのに二人には時々敬語忘れちゃうし……」

「いいんだよ! その代わり、私のほうも名前で呼んでほしいな」

「あ、私も私も」

 

 ということで、苗木くんを含めて三人とも、名前で呼び合う仲になったのだった。

 七海さんのクラスには超高校級の軽音楽部・澪田唯吹が、赤松さんのクラスには超高校級の美術部・夜長アンジーが、それぞれ名前で呼んでくる性分であったが、苗木くんのクラスメイトにそういう人はいないので、新鮮な気持ちになる苗木くんだった。

 強いて言うなら、山田くんがフルネームで呼んでくる。

 

「じゃあ、楓さんと千秋ちゃんだね」

「うん! よろしくね誠くん」

「……あれ? 私のほうは『ちゃん』なんだ」

「……千秋ちゃんは、ほっとけない感じがするからつい……」

「あ、分かる!」

 

 いよいよクラスメイト以上に仲が深まっていく三人だった。

 

 



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14 苗木くんたちとパーカー

 

 この間から始まった、赤松さん七海さん苗木くんの三人によるシェアハウス。

 料理の担当は苗木くんに決まったが、洗濯のかかりは残りの二人が交互に行うことになっている。まあ、女性の服もあるので当たり前だ。

 つまり逆を言えば、赤松さんと七海さんは、いつでも苗木くんのパンツをゲットできる立場にいるわけだ。レアアイテムである。これは是非とも欲しいところ。

 

 冗談はさておき、赤松さんに洗濯してもらった服を着て、苗木くんは今日も仲良く三人で学校へ向かう。

 同じく登校しているのは、大抵が予備学科の、寄宿舎を利用していない生徒たちだ。その中に一人、元予備学科の生徒が混じっていた。

 

「よう、七海に苗木。おはよう」

「……あ、日向くん。おはよー」

「おはよう日向クン。最近朝は冷え込むね」

「ん……? おお、そうだな。っと、赤松先輩もおはようございます」

「うん、おはよう!」

 

 声をかけてきた日向くんは何やら違和感を覚えたようだが、正体がよく分からなくてそのまま会話を続けた。

 

「共同生活にはもう慣れたか? ……って、三人で一緒に登校してる時点で良好だよな」

「あれ、日向クンは知ってるんだね」

「そりゃあ、七海がいろいろ教えてくれるからな。苗木くんが毎朝朝ご飯を作ってくれるんだーとかさ」

 

 日向くんは、三人のシェアハウスを知っている人物の一人である。

 というか、三人のクラスメイトの中でそのことを知っているのは現在日向くんだけだった。苗木くんも赤松さんも、積極的に隠しているわけではないが敢えて他言もしないので、意外にも事実が広まるのは遅かった。

 寄宿舎を利用していない日向くんだから、三人が一緒に登校している様子を見ているというのもあるだろう。

 

「だが、男が一人というのは大変だろう。いろいろ気を使うこともあるだろうし。七海が迷惑をかけてないか?」

「むう。迷惑なんてかけてないよ。そりゃあ、朝は起こしてもらったりしてるけど……」

 

 頬を膨らませた七海さんは、そのあと考え込むような表情をしつつパーカーのフードをかぶる。

 いつもこうすると現れるフードの猫が、どういうわけだか今日は行方不明だ。日向くんは納得のいく顔をした。

 

「あ、そうか。さっき何か違和感があると思ったんだが、逆だったんだな」

「? 何の話?」

「さっき苗木たちに挨拶したとき、苗木だと思ってた相手が七海で、七海だと思ってた相手が苗木だったんだよ。一緒に声をかけたし、一瞬だったから気づかなかったんだけどな。で、なんで二人を見間違えたかだけど、お前らのパーカーが入れ替わってるせいだ」

「えっ。あっ、ほんとだ!」

 

 自分のパーカーのフード部分を見て、猫になっていることに気づく苗木くん。

 他にも袖の部分がいつもよりぶかぶかだったりと細かい差異はあるのだが、今まで苗木くんは気づかなかったようだ。観察力のある苗木くんにしては珍しいミスである。

 シェアハウスにまだ慣れきっておらず無意識に緊張していたのか、あるいは慣れてきて油断していたのかもしれない。

 

「これ、誠くんのパーカーだったんだ。洗濯のときに入れ替わったのかな」

「そうだろうね。いま気づけてよかったよ。じゃあ千秋ちゃん、ボクの着てるのと交換を……」

「でもまあ、今日はもうこのままでいいよね。今さら戻すのも面倒だし」

「千秋ちゃん!? 面倒のハードルが低すぎるよ!」

「苗木。嫌がる女性の服を無理やり脱がそうとするのは感心しないな」

「二対一!? っていうか日向クンも、誤解を招くような言い方しないでよ!」

 

 日向くんと七海さんがふざけていると……あ、七海さんは素だと思われる……今度は赤松さんがこっそり背後に近づいて、苗木くんにフードをかぶせていた。

 

「あはは。誠くんかわいい」

「ちょ、楓さん!? 言っとくけど、入れ替わってたのは二人のどっちかのせいだからね!?」

「ごめんごめん」

 

 素直に謝られたのだから、これはもう許すしかないだろう。これ以上は何も追及できない苗木くんである。

 

 結局パーカーの交換は行われず、今日一日苗木くんはこのままで過ごすことになった。しかしまあ、頭にかぶせなければ特に気づかれることは無いだろうと、苗木くんは自分を納得させるのだった。

 

「おはよー!」

「あ、苗木、おはよー! 今日のランニングも気持ちよかったね!」

「苗木くんおはよう! はっはっは、朝の挨拶をしっかりすると実に気持ちがいいな!」

 

 教室に入る苗木くん。ほら、やっぱりかぶっていなければパーカーの違いに気づく生徒なんてそういない。

 

「おはよう。あら苗木くん。今日はいつもとパーカーが違うのね」

「うっ……」

 

 なお、霧切さんに一瞬でバレた。さすが探偵だけはある。異性の些細な変化に気づける霧切さんはきっとモテるだろう。そんな気がする。

 

「……制服を着てくればよかったよ」

 

 ちなみに今さらだが、希望ヶ峰学園には制服が存在する。特別な行事があるときはそれを着用するが、平常の授業があるときなどは私服も許可をされている。個性的な生徒がそろうこの学園では、生徒の服装を縛るのは難しかった。

 

「そのときは私とおそろいだね」

「ボクは男子だから、おそろいっていうのは違うと思うよ戦刃さん……」

 

 苗木くんのクラスで制服を毎日着ているのは、地味に戦刃さんだけだった。石丸くんは風紀委員なので制服とはまた違った恰好をしている。 

 

 入学当時、周囲から距離を置いていた霧切さんと戦刃さん。その二人に苗木くんが加わって三人で話している姿は、今ではそんなに珍しくはない。のかもしれない。

 

「そう言えば苗木くん、学園の近くに引っ越したって言ってたね。それにはそんな事情があったんだ」

「……そこに苗木くんが含まれる理由はよく分からないけど、あの人の考えていることは昔からよく分からなかったわね」

「まあ、きっと学園長には学園長なりの考えがあるんだよ。少なくともあの人は、ボクら生徒のことは大切に考えてくれているとボクは思う」

「……それで苗木くんは、間違えて七海さんのパーカーを着てきたのね。ふふ、結構うっかりな一面もあるじゃない。七海さんのマイペースなところがうつったのかしら」

 

 シェアハウスのことを知る、二人目三人目の誕生である。

 この二人も口は堅いほうなので、そのことを周囲に知られるのはまだまだ先のことになりそうだ。

 

 そして今はシェアハウスのことよりも、猫のパーカーを着ていることのほうを口止めしておく苗木くんだった。

 

 

 

「ちょっといいかしら、にゃえ木く……失礼、苗木くん」

「わざとやってないよね霧切さん!?」

 

 



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15 苗木くんたちと実験

 

 三人が一つ屋根の下で暮らしていると言っても、なにもずっと三人でなにかしらおしゃべりをしているわけではない。当然ながら個人の時間というものも存在している。

 七海さんは一人用のゲームを、赤松さんは防音の部屋でピアノを弾いていることが多い。

 やることが決まっている二人に対し、苗木くんはいろいろだ。プログラミングの勉強をしたり、絵の練習をしたり、身体を鍛えたりと実に多趣味。もっとも、これらすべてはクラスメイトの影響であるのだが。

 

 この日赤松さんは、ピアノのCDを居間で座って聴いていた。ピアノが置いてあるあの部屋にいろいろなクラシックの生演奏CDが置いてあるのを偶然見つけたのだった。まあ見渡せば普通に見つかるのだが、ピアノにばかり注目していたため気づかなかった。

 

「なに聴いてるの? 楓さん」

 

 いつの間にか近くにいた苗木くんがそう訊ねてきたので、せっかくだからと一緒にクラシックを聴くことにした。

 CDショップの試聴コーナーにいるごとく、二人でそれぞれヘッドホンを耳に当てて音楽を聴く。

 腰を下ろしてリラックスした体勢になり、目を閉じれば世界は音楽だけになる。たまにはこういう時間の過ごし方も悪くない。そう考えて没頭しているときのことだ。 

 

「……千秋ちゃん。そっちはボクの脚なんだけど……」

「知ってるよ?」

「えー……」

 

 相変わらずゲームをしていた七海さんが、苗木くんの脚を枕代わりにして寝転んできた。

 まるでそれが当たり前のように振舞う七海さんを見て、これには苗木くんも言葉に詰まる。

 

「とりあえず、スカートなんだから寝転んだら駄目だよ」

「んー、大丈夫。誠くんと楓さんしかないから」

「ボクがいる時点で大丈夫じゃないよ!?」

 

 着ていたパーカーを布団代わりに七海さんにかける苗木くん。これには赤松さんもにっこりである。

 

「紳士だね」

「……気づいてるなら、楓さんもなんとかしてよ。千秋ちゃんほら、あっちのほうも空いてるよ」

「おお?」

 

 七海さんをコロコロ横に転がして、赤松さんに渡す苗木くんだった。

 

 それから数日後。

 

「ちょっ、千秋ちゃん、今ボク腐川さんの小説読んでるから……」

「うん。だから邪魔はしてないでしょ?」

 

 苗木くんが居間で寝転がっていると、七海さんがまたくっついてきた。具体的には、背中を枕にして寝転んで来たり、そのまま背中にのしかかってきたりするのだ。

 確かに邪魔ではないけれど、勝手に膝を使われるくらいならまだしも、のしかかってくるといろいろ柔らかくて困るのだった。先日赤松さんにハグされたときも似たようなことを思った。

 

 その様子を微笑ましそうに見ている赤松さんが言ってくる。

 

「二人とも仲良しだねー」

「仲良いというか、一方的に使われているだけなんだけどな。千秋ちゃん、誰にでもこういうことしそうで心配だよ」

「またまたー、そんなことない……ん、あれ? でもそう言えば、私がテレビ見てた時もくっついてきたなあ」

 

 ほらやっぱり、と苗木くん。しかしなぜだか赤松さんは譲らない。

 

「でも誠くんのほうが多いんだから、誠くんのほうが好かれてるんだよ」

「いやいや、居間にいる機会が多いだけだよ。楓さんはすぐにピアノルームに行っちゃうからさ」

 

 そんなことを話したせいで、二人はとある実験をしてみることになった。

 内容は、二人同時に居間にいると、はたして七海さんはどちらにくっついてくるか、である。動物の生態調査に似てなくもない。

 

 後日、苗木くんと赤松さんは、居間で二人横に並んで寝たフリをしていた。近すぎると七海さんがくっついてきにくそうだし、なにより苗木くんが恥ずかしいので二人の距離はそこそこ離れている。

 

 さて、七海さんが訪れる音が聞こえてきて、二人は寝たフリを継続する。

 苗木くんはうつ伏せ、赤松さんは仰向けでそれぞれ横になっている。薄目でそれを見た苗木くんは勝ったと内心でほくそ笑んだ。

 七海さんがくっついてくるならより柔らかいほうだろう。ただでさえ性別の差で赤松さんのほうが柔らかいのに、お腹と背中では前者のほうが柔らかい。仰向けで無防備なお腹を上にしている赤松さんの敗北は濃厚だろうと苗木くんは考えた。

 なお、この場合の勝ちの定義は、七海さんを押し付けることである。

 

 そんな待っている苗木くんの身体に、のしかかられる感触が訪れる。ズン。

 驚きながら苗木くんは、薄目を開けて結果を見てみた。

 苗木くんの目に映ったのは。

 

「……引き分けだね」

「……うん」

「? 二人ともどうしたの?」

 

 赤松さんを枕にして、苗木くんに足を乗せる七海さんだった。

 

 なお、足を乗せるという行為は失礼な気もするが、リラックスするので結構やってしまう行動である。

 苗木くんも妹によく足の上に足を乗せられていたし、自分が子どものころは両親の足の上に己の足を乗せていたこともあった。

 

 

 

 

「……ということがあってね」

「……で、俺が行ったらどうなるかって?」

「うん。日向クンなら大丈夫かなって」 

「なんか七海の保護者みたいな立場になってるぞ苗木お前」

 

 さらに後日、苗木くんと赤松さんは別の形で実験を行うことにした。

 というかそもそも、七海さんが誰彼かまわずくっついたりしないかが心配だったので、どちらにくっついてくるとかはどうでもよかった。目的がズレていた二人である。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが日向くんだ。

 彼を家に招いて七海さんと二人のところで放置したらどうなるかを観察してみることにした。

 日向くんはシェアハウスのことを知っているし、男性だけど信頼できる人なのでちょうど良かった。

 

 放課後になり、七海さんが帰宅してくる。

 

「ただいまー。……あれ、日向くん?」

「苗木に誘われてな。お邪魔してるぞ」

「ふーん……でも誠くんの靴無かったよ?」

「遅れるから先に待っててって鍵もらった。不用心だな」

「盗難があったら日向くんが犯人だね」

「とらねーよ。回復アイテムも無さそうだ」

 

 ドラクエ脳の七海さんに、うまく話を合わせる日向クンだった。

 

 一方、靴は隠して、こっそり観察している苗木くんと赤松さん。

 二人が息を殺して見ていると、七海さんはいつも通りゲームをとりだしてやり始める。

 

 このまま七海さんが日向くんにくっついてゲームを始めれば、今回の説は立証となる。

 さて、結果は。

 

「ねえねえ日向くん、誠くんが来るまで対戦しよう?」

「ああ、いいぞ」

「それとも恋愛シュミレーションゲームする? 私最近分かってきたよ」

「苗木もすぐ来るだろうし時間がかからないゲームのほうがいいんじゃないか」

「なるほど……それもそうか。さすがだね」

 

 くっつかなかった。そのまま頭を突き合わせて、二人は仲良くゲームを始めた。

 

「そうか、ボクたちは同居人だけど日向クンはお客さんなんだから対応は変わるんだ」

「普通に考えて、知ってるお客さんがいたら無視してゲームはしないよね。まあ、最近の千秋ちゃんの様子ならするかもしれないって思っちゃったけど」

「千秋ちゃんなりに、帰ってきたらリラックスしてたのかも。外にいるときに比べると、帰ってきたときのほうが素が出せるっていうか」

「この生活に慣れてきた……ってことかな? 私たちは、千秋ちゃんの生活の一部に組み込まれたみたいだね」

 

 物陰で観察していた苗木くんたちは、ひとまずこんな風な結論に落ち着いた。

 

 その後二人は姿を現して、七海さんと日向くんに交じって四人で遊んだ。

 その間にも七海さんが誰かにくっついたりすることはなくて、他に誰かがいればそういうことはしないということが分かった。

 

 さすがの七海さんでも、相手が誰かによって対応は変わるし、現在の状況によっても立ち振る舞いは変化する。いくらマイペースとはいえ、それにも限度があるのだった。

 

 



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16 苗木くんたちと春川さん①

 

 ある日のこと。

 七海さんのクラスでは日向くんが、苗木くんのクラスでは霧切さんと戦刃さんが、それぞれシェアハウスのことを知っているわけだが、ついに赤松さんのクラスにもそのことを知る人物が現れた。

 

 それが春川さんである。春川さんは赤松さんに誘われて、こちらの家に連れてこられたのだった。今日はうちに遊びに来てよ、みたいな感じで。

 

「ただいまー、誠くん」

「おかえり楓さん……と、お友達も一緒?」

 

 家に帰ると、先に帰っていた苗木くんが出迎える。七海さんはまだ帰ってきていない。

 

「うん! クラスメイトの春川さん! 超高校級の保育士だよ!」

「初めまして、苗木誠です。いらっしゃい春川さん、ゆっくりしていってね」

「誠くんはねー、私たちの二つ下! 才能は、超高校級の幸運だって!」

「超高校級の幸運……?」

 

 軽い紹介を終えたのち、苗木くんはいそいそと奥へを引っ込んだ。

 同居人の友人が遊びに来て、それに混ざるというのは少数派だろう。邪魔しないように空気を読んで下がったのだった。

 しかし苗木くんの気の遣いっぷりはそれだけにとどまらず、飲み物とお菓子の準備を始めていた。さすがに手作りするのはおせっかいすぎるので、買っていたものをいくつか見繕って出すだけだが。

 

 苗木くんが下がるのを見届けてから、春川さんは怪訝な表情になる。

 

「……赤松って男と同居してたの?」

「うん、あと一つ下の千秋ちゃんともね。ゲーマーの七海千秋ちゃん。この前急に学園長から、三人で一緒に住むよう言われたの」

「ああ、あのアンタと一緒にピアノ弾いてた……でも、同じ家になんていきなりじゃん。大丈夫? 男と一緒だよ」

「誠くんはいい子だから大丈夫だよ!」

「確かに無害そうな雰囲気だったけど」

 

 どうやら純粋に赤松さんを心配しているようだった。

 血のつながりのある弟とかならまだ大丈夫だろうが、年下とはいえ苗木くんは男である。超高校級の合気道家・茶柱転子ほどではないにせよ、男を警戒するのは当然だった。

 

 春川さんの心配もなんのその、赤松さんは春川さんを居間に案内する。

 と、ここで赤松さんの携帯が鳴り始めた。

 ごめんね、と春川さんに一言かけた後、対応のため部屋からいったん離れる赤松さん。

 まるでその隙を狙ったように、苗木くんがお茶菓子を持って登場する。

 

「楓さん、よかったらこれ二人で……ってあれ、春川さん一人?」

「電話してる」

「そうなんだ。春川さん、飲み物は紅茶で大丈夫? ロイヤルミルクティーとかならボク淹れられるよ」

「なんでもいい」

「そう? じゃあ紅茶、ここに置いとくね」

「うん。ありがと」

 

 人畜無害な笑顔を見せる苗木くんに、春川さんはそっけない。

 でも今さら苗木くんはそんなことではめげたりはしない。霧切さんだって初めて話したときはそっけなかったし、十神くんなんてめちゃくちゃ冷たかった。

 反応を返してくれる春川さんの対応など優しいもので、苗木くんはさらに言葉を紡いだ。これが希望の力である。

 

「ねえねえ、春川さんは超高校級の保育士だったよね」

「そうだけど……何? 似合わないって言いたいの? それとも、どうして保育士なんかになったか訊くつもり?」

 

 鋭い眼光を返す春川さん。

 肩書きについては、話す相手話す相手ほぼ全員が、性格に合っていないと口にした。言葉に出さなくても、そう思ってる態度だとすぐに分かった。

 だから春川さんは、苗木くんもそうなのだろうと考えた。わけであるが。

 

「いや、そうじゃなくてさ。せっかくなら相談に乗ってもらおうかなって」

「は? 相談? ……さっき初めて会ったばっかの相手に?」

「うん。あれ、変かな?」

 

 どうしてそこで首を傾げる、と春川さんは考えた。首を傾げたいのはこちらのほうだ。

 いくら肩書きが保育士と無害そうだからって、実際の自分を見て構わず話してくるということは理解に苦しむ。

 自分の無愛想なところは春川さん自身が一番よく分かっていた。性分だから、今さらなおす気もなおせる気もしないのだが。

 

「えっとね、いつでもどこでも寝ちゃう子が知り合いにいるんだけどー……」

 

 苗木くんは一方的に語りかけてくる。

 

 それを聞き流しながら春川さんは、こいつ赤松みたいにぐいぐいくるなと考えていた。一人だけでもうっとうしいのに、二人になったらいよいよ面倒くさすぎた。

 といっても春川さんは、なんだかんだ話しかけてくる赤松さんにいつの間にか根負けして、逆に心を許せるようになっていたりする。赤松さんに似てると思った苗木くんも、少しだけ気に入りだしていた。

 

「春川さん待たせてごめんねー! なんか学校から電話だったよ」

 

 そのうち赤松さんが、電話を終えて戻ってくる。

 何の電話だったのかというと、王宮からおかかえのピアニストにならないかと言う相談が来た、みたいなことを知らせる学園からの伝言だった。

 

 返事はすぐじゃなくてもいいと言っていたが、赤松さんはすぐに断った。赤松さんのピアノは、みんなを笑顔にするために弾いているからだ。誰かの専属になどなる気はない。

 

 それはさておき、戻ってきた赤松さんは早々に顔をほころばせる。

 

「あれ、春川さんと誠くん、二人で話してたの? よかった、帰ってきたとたんに電話来るんだもん。二人がすぐ仲良くなってよかったよ」

「なってない」

 

 苦笑いをする苗木くん。春川さんのデレはまだ遠い。

 

「それより赤松。何の用事で私を呼んだの?」

「え、春川さんともっと仲良くなりたいなーって。それに、誠くんと千秋ちゃんの紹介もしたかったし」

「意味わかんない。それ、私じゃなくてもよかったんじゃない」

「だって、クラスで一番仲良いの春川さんでしょ。だから最初に知ってほしかったんだー」

「……ふーん」

 

 実のところ、春川さんは赤松さんのクラスの中では一番といっていいほどの常識人なので、二人の仲はかなりいいほうだった。

 もっとも、春川さんはそれを(おもて)には出さないのだが。今だって、赤松さんの中で一番仲がいいという宣言に心を打たれていたが、何でもないような顔をしていた。

 

「とにかく! 春川さんとはいろいろお話したかったし」

「学校でたくさん話せばいいじゃん」

「それに、誠くんと千秋ちゃんの紹介もしたかったの!」

「学校で紹介すればよかったじゃん」

「……それもそうだね!」

 

 春川さんが赤松さんを論破していると、七海さんが帰ってきた様子。

 玄関の靴で来客を察していたのか、ひょいと顔だけ居間に入れてくる。

 

「ただいまー。……お客さん?」

「うん。私のクラスメイトの春川さんだよ!」

「ふーん……」

 

 七海さんは春川さんに目をやると、じーっと春川さんの目を見つめ始める。

 目と目が合う二人。春川さんも見つめ返すものだから、その場を沈黙が支配する。

 

「……なに」

 

 根負けしたのは春川さんだった。七海さんが何を考えているのか分からなくて、ついに春川さんは声を出す。

 

「七海千秋って言いまーす。好きなゲームのジャンルは……何でも好きでーす」

「……なにそれ」

「得意なゲームのジャンルは……オールジャンル行けるよ」

「さっきから内容が無いんだけど」

「うーん……」

 

 自己紹介を始めたと思ったら、七海さんは突然眠ってしまった。どうやら帰り着くまで眠いのを我慢していたらしい。先ほどの沈黙も、眠気のせいで思考のローディングに時間がかかっていたのだった。

 

 千秋ちゃん、このタイミングで寝ちゃだめだよ! と苗木くんが声をかけつつ七海さんを支える。

 

「……苗木が言ってたどこでも寝る子って」

 

 こいつのことか、と春川さんは気づくのだった。

 

 



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17 苗木くんたちと春川さん②

 

「あれ? 千秋ちゃんのことはもう誠くんから聞いてたんだね、春川さん」

「……まあ一応」 

 

 春川さんが七海さんのことを知っている素振りを見せたことを、赤松さんは好意的に解釈していた。

 実際は、保育士という肩書きに釣られて苗木くんがそれとなく相談しただけなのだが、ある意味で紹介してくれたのだと言えなくもない。

 それにわざわざ説明するのも面倒なので、春川さんはそれを流した。

 

「春川さんと千秋ちゃんって、実は相性がいいんじゃないかと思うんだよね。ほら、春川さんって超高校級の保育士でしょ? だったら千秋ちゃんのするゲームの話についていけるんじゃないかなって」

「そう言えばゲームの話をしてきたっけ……」

「……ふがっ。ゲーム?」

 

 ゲームという単語に反応して七海さんが目を覚ます。

 起きた七海さんがもう一度春川さんにゲームのことを訊ねるも、春川さんの育った孤児院はゲーム禁止だったからあまり詳しくないのだと返された。

 

「……そっか、春川さんはゲームが分からない人なんだね。残念……」

「……別に、やらないだけで少しは知ってる。最近のゲームって昔と比べるとずいぶん親切になってるらしいね。逐一説明が入ったり、簡単にできる仕組みにもできたりとか」

「!」

「……でもさ、それってほんとにいいことなの? まあ分かりやすい、やりやすいってことが悪いとは言わないけど、親切すぎるのは子どもの教育によくないと思うんだよね。考える力を養う邪魔になってるって言うか」

 

 それでゲームの話は終わりかと思いきや、意外にも春川さんは饒舌に語り始める。

 

「だいたい、保育園に通ってるくらいの子どもって、平仮名もまだまともに読めないんだよ? そんな子にでもできるように、音声つきで説明したり、めちゃくちゃ丁寧にやり方を解説したりするのは素直にすごいとは思う。でも子どもを育てるって観点からすると、それは単なる甘やかし。絶対よくない。私がずっとついてられるなら正しい楽しみ方を教えられるけど、一人にばっかりかかりきりになるわけにはいかないし」

 

 イジイジと髪を触りつつ、春川さんはなおも言葉を続ける。

 

「だから子どもが……まあ二桁になってる年齢くらいならいいけど、それ以下の子どもがゲームをするのはよくないと思う。あ、でも、娯楽的な面に関しては否定しないよ。もともと楽しむことが目的で作られたわけだし。その点からすると、誰でも分かりやすく遊べるっていうのはいいことだよ。でもやっぱり子どもにやらせるとなると……」

「そっか! やっぱりそうだよね! ゲームっていうのはもはや一つの文化なんだよ!」

 

 眠そうだった七海さんはいつの間にか、春川さんの持論を聞いてやけに興奮していた。己の持つゲーム論と同じ価値観が聞けて感動したのだろうか。

 七海さんの変わり身に、春川さんは少したじろいでいた。

 

「ねえねえ春川さん、私と一緒にゲームしよ。せっかくだから対戦ね。格闘ゲームで」

「え、いや、私は……」

「仲良くなるにはゲームが一番だと思うんだ。私春川さんと仲良くなりたい」

 

 強引に距離を詰めてくる七海さんを見て、赤松みたいなのがもう一人……と春川さんは考えていた。

 だが、きっかけを作ったのは春川さんだ。なまじ真剣にゲームに対する考えを述べたりするからこうなる。まあ、悪いことではないのだが。

 

 そんなわけで、初めて触る携帯ゲームを持たされて、春川さんは七海さんとゲームで対戦することになった。

 初めて触るゲーム機に、初めて見るゲーム画面。完璧に初心者な春川さんは、七海さんに手も足も出ないままに負けてしまう。

 七海さんは初心者相手でも手加減しない人だった。接待プレイ? 何それ美味しいの状態。子ども相手なら泣いている。

 

「……もっかい」

「いいよー、受けて立つ」

 

 春川さんは子どもではないので泣かなかった。それどころか諦めずにもう一度挑む姿まで見せている。単なる負けず嫌いとも言う。

 

「ねえ千秋ちゃん、見てたらボクもやりたくなっちゃった。ゴメン春川さん、一回変わってくれる? その間に赤松さんと代わりに対戦してて」

 

 十回ほど対戦をして、その全てに七海さんが圧勝していたので、思わず苗木くんが口を出した。

 どちらも傷つけない優しい言葉である。苗木くんの世界には今日も優しい力が満ちている。

 

「あー、負けちゃったよー」

「……勝った」

 

 赤松さんに見事勝利し、春川さんの溜飲が下がった。

 じゃあ次は僕としようよ、と苗木くん。七海さんとの勝負はとっくの昔に負けていた。

 

「……今ので操作方法は理解した。別に頼んだわけじゃないけど」

 

 苗木くんとはいい勝負をしてみせて、春川さんはそんなことを言った。

 持ち前の反射神経や、予備動作を見抜ける観察眼による善戦だ。今回は操作の慣れの差で苗木くんがなんとか勝利した。

 

「苗木には何回かやったら勝てそうなんだよね。何してるか理解できるから。でも七海のは、何が起きてるのか分からない」

「あ、そうか、強かったから忘れてたけど、春川さんは格闘ゲーム初めてなんだよね? このタイプのゲームの操作には仕様っていうのがあって……例えば、攻撃ボタンとジャンプボタンを同時に押したらどうなるかわかる?」

「……先に押した方が優先されて、片方の動作は起こらない」

「そうそう! そういうのが仕様なんだよ! で、そんなシステムの応用として、入力キャンセルとかフレーム入力っていう技があって……」

 

 説明力のある苗木くんの分かりやすい説明に、普通に聞きいってしまう春川さん。

 知らない分野というのは、興味が湧かないときにはとことん聞く気は起きないが、興味が湧けば意外と聞いてしまうものである。説明が上手ならばなおさらだ。

 

「……意外と奥が深いんだね、ゲームって。少しやっただけじゃ七海には勝てないみたい」

「ふふん。いつでも挑戦受け付けてるよ」

「でも苗木にはもう勝てそう」

「ええっ」

 

 なんだかんだ、気がついたら楽しんでしまっている春川さんなのだった。

 

「じゃあもう一回ボクと勝負する?」

「やろうか」

「ええっ! 千秋ちゃん強いから次は私とやろうよー春川さん」

「春川さん。同じゲームがテレビのほうでもできるんだけど、そっちでもやろう?」

 

 結局この日春川さんは、暗くなるまでこの家でたくさんゲームをした。

 赤松三兄弟にモテモテな春川さんであった。

 

「……赤松三兄弟って?」

「あんたたちのことだよ。全員赤松に似てるから」

 

 苗木くんたちに、変なあだ名がつけられた。

 

 



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18 苗木くんと軍人と暗殺者

 

 ある日のこと。

 いつものように一番に起きた苗木くんは朝ご飯を用意すると、それとは別にいくつかお弁当を作っていた。冷蔵庫の中に思ったよりたくさん食材が残っていたので、いったん整理してしまおうと考えたのだ。最近は赤松さんがピアニストしての活動が何度かあって、家を留守にすることが多かった。

 

 お弁当を手にした苗木くんは、いつも通り学校へ向かって朝日奈さんたちとともにランニングをする。

 そしてそのあとは戦刃さんとトレーニングだ。

 模擬戦を終えたのち苗木くんは、戦刃さんを朝ご飯に誘っていた。朝から積極的な苗木くんだった。

 

「お弁当? 苗木くんが作ったの? 私の分も?」

「うん。三つも四つも変わらないからね、よかったら戦刃さんも一緒にと思って。まあ、レーションじゃなくて悪いんだけど」

「そんなことない。食べるよ」

 

 適当な段差に二人は並んで腰を下ろすと、それぞれお弁当のふたを開ける。

 中身は当然同じであり、玉子焼きやミートボールなど定番のものが入っていた。タコにされているウインナーもあり、戦刃さんはそれにえらく感動していた。

 

「すごい……!」

「そう? 喜んでもらえたなら嬉しいよ」

「苗木くんはお弁当も作れるんだね。でも、どうして急にお弁当?」

 

 シェアハウス内の事情について説明する苗木くん。戦刃さんは、苗木くんが赤松さんと七海さんと一緒に住んでいることを知っているので説明もしやすいのだ。三人の家に戦刃さんが招待される日も遠くなかった。

 

「今度は私がおススメのレーション持ってくるから一緒に食べよう」

「いいの?」

「うん。今日のお返し」

「そっか。じゃあ楽しみにしてるね」

「うん。私も楽しみ」

 

 二人でほんわかした会話をしていると、いつの間にか登校時間になっていた。

 一緒のクラスだから一緒に行こうという流れにてなって、苗木くんと戦刃さんは一緒に歩く。

 そしたら春川さんと会ったので、苗木くんは挨拶した。一日一緒に遊んだのなら、苗木くんの中ではそれはもう友達なのだった。

 

「春川さん。おはよう」

「……苗木? そう言えば同じ学校なんだっけ。まあいいや、おは……」

 

 しかし、春川さんが挨拶を返そうとしたそのときである。

 

「うわっ!? ど、どうしたの戦刃さん」

「苗木くん、この女は危ない。あっち」

 

 戦刃さんが二人の間に遮って入り、苗木くんを近くの物陰に連れ込んだのだ。

 苗木くんは何が起きたかよく分からず混乱していた。あと、戦刃さんに抱きしめられたので結構照れた。軍人といえど女の子の身体は柔らかかった。

 

「あっ、あっ、あのっ、戦刃さん!?」

「ごめんね。でも今の女は危険なの」

「今の女って……春川さん? そう言えばさっきも言ってたけど……」

「うん。あれからは私と同じ匂いがした。命のやり取りをする場所に身を置いて、誰かを殺して生き延びてる匂い」

 

 それはどんな匂いなのか気になるところだがそれはさておき、そんな、勘違いだよと苗木くんは言う。春川さんは保育士のはずだから。

 しかし追いかけてきた春川さんは、聞こえていたはずなのにそれを否定しなかった。むしろ苦い顔をして、秘密をバラされたような反応をしている。

 

「苗木が変なのに連れて行かれたと思ったら……変なのじゃなくて厄介なのだったね」

「春川さん……?」

「……別に、感づかれてるなら無意味に取り繕ったりしないよ。その女の言うとおり……私の本当の才能は、超高校級の暗殺者」 

 

 春川さんは、暗殺者なのに往生際がよかった。いやむしろ暗殺者だからこそなのかもしれないが。

 一度バレてしまったからもう開き直ったのか、春川さんはどうしてこの学園にいるのか説明を始める。朝っぱらから学園の物陰でするような話ではないのだが、そういう空気になってしまったため仕方がない。

 

「……だから、その女が言うことはあながち間違ってない。……私は、元暗殺者なんだよ」

 

 長い独白の後、春川さんは自嘲するようにそう言った。都合により長い独白は全てカットされたのだった。まあ、聞いてて辛い話なんて面白くないし。

 

 超高校級の暗殺者としてこの学園にスカウトされたものの、存在が公になった時点で春川さんは暗殺者を引退していた。

 だが、だからと言ってこの学園から追放されることは無い。暗殺者というマイナスの才能を持って入学した彼女がどう成長するかは、立派な観察対象だった。

 あとついでに、春川さんが暗殺者の仕事をすることで維持できていた彼女の育った孤児院は、学園の寄付により存続している。

 タチが悪いのかいいのかよく分からないのがこの学園であった。

 

「……春川さんは、暗殺者を続けたかったの?」

 

 暗い顔をしている春川さんに、苗木くんが問いかける。

 

「……そんなわけない。私がそうなったのは、やらなきゃいけなかったから」

「じゃあ何も問題ないよ」

 

 そう言って苗木くんはにっこりと微笑んだ。大事なのは今であり、過去は気にしない苗木くんだった。

 その言葉に、春川さんはもちろん、戦刃さんも驚いている。

 

「苗木くん……大丈夫?」

「大丈夫だよ。っていうか、大丈夫じゃない理由が無いよね。今の春川さんはボクにとって、赤松さんの友達の女の子ってだけだし」

「人を殺したことがあるって十分理由になると思うよ。逆に、大丈夫な理由もないでしょ?」

「あ、そっちはあるよ」

「教えて。納得できるとは思えないけど」

 

 食い下がってくる戦刃さんに、苗木くんは答えた。

 

「だってさ……戦刃さんはボクと友達になってくれたじゃないか」

「……えっ?」

「さっき戦刃さんは言ってたでしょ、春川さんは自分と同じって。だから、戦刃さんが大丈夫なんだから春川さんも大丈夫だよ」

 

 照れくさそうに笑いながらそう言う苗木くん。

 あまりの苗木くん理論に、戦刃さんは言葉を失った。でも、改めて友達と口に出して言われると、嬉しい戦刃さんだった。

 

「……あれ、もしかしてボクって戦刃さんと友達じゃなかった?」

「そ、そんなことない。私と苗木くんは友達」

「よかったあ。じゃあやっぱり大丈夫だね」

「う、うん。じゃあきっと大丈夫」

 

 横で二人のやり取りを見ていた春川さんは思わず戦刃さんに、なんでアンタ論破されようとしてんの、と言いそうになった。当事者なのに置いてけぼり感がすごかった。いやまあ、苗木くんが大丈夫だと言ったときには嬉しかったが。

 

 本当なら春川さんが、私は暗殺者なんだよそんな私を信じられるの、みたいなやりとりを苗木くんとするはずだったのに、役目を戦刃さんにとられてしまった。戦刃さんが言いくるめられたせいで、自分も言いくるめられたみたいになっている。シリアスに突入することは特になかった。

 

「……あ! 日向クンにCD貸す約束してたんだった! ごめん二人とも、先に行くね! 春川さんはまた家に遊びに来てね!」

 

 そんなことを言って苗木くんが去っていく。残された二人はしばし無言で立ち尽くした。

 

「……苗木くんの家に遊びに行ったことあるの?」

「違う。同級生にむりやり自宅まで連れてこられたら、苗木がいた」

「ああ、赤松さんか。さっき苗木くんが言ってたね」

「知ってるんだ」

 

 その後残された春川さんと戦刃さんは、二人でポツポツと会話をするのであった。

 

「……変な後輩。赤松といい苗木といい、この学校っておせっかいなやつ多すぎ」

「……それは同意するけど、苗木くんにひどいことしたら腕折るからね」

「は? むしろこっちの台詞なんだけど。アンタも人殺しなんでしょ?」

「軍人だもん」

 

 似た者同士、ということになるのか、遠慮も無しに二人は会話を続けている。

 

「あと、友達がいなくて一人ぼっちのところを苗木くんに声をかけてもらったからって好きになっちゃだめだよ」

「何それアンタの話? 苗木のこと好きなの?」

「……! 暗殺者って心まで読めるんだ。厄介」

「……なんか苗木がいるときは有能そうに見えたのに、普段のアンタは残念なのね」

 

 苗木くんと、今だとついでに戦刃さんにも、毒気を抜かれてしまった春川さんである。

 一方で妹以外にも残念と称され、内心で落ち込む戦刃さんだった。 

 

 



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19 苗木くんたちとこたつ

 

 季節は冬。太陽が昇っている時間も短くなり、日に日に冷え込んでいく今日この頃。三人のシェアハウス内の居間のど真ん中には、いつの間にかこたつが置かれていた。

 

 現在のこたつの中には、七海さんと赤松さん。七海さんはいつも通りゲームをしていて、赤松さんは参考書を広げて勉強をしている。

 暖房も完備された個人の部屋があるのだからそこでやってもいいのだが、二人は敢えてここでしていた。こたつの魔力というのはすごいのだった。

 

 ここで言うこたつは一般的なもので、四角い形に足が四本のもの。つまり座る場所が四か所存在するわけだ。詰めて座ればその限りではないが、あえてそう座ることもないだろう。

 

 その四つの場所において、七海さんの座る場所は、テレビの真正面だということが当たり前になっていた。もちろん、そこが一番ゲームのしやすい位置だからだ。

 

 ずっと七海さんだけが座るので、その一画はもはや彼女の居心地がいいようにセッティングされている。

 目の前にはコントローラー、背後には柔らかいクッション。そしていつぞやのゲームセンターで苗木くんがプレゼントしてくれたウサギのぬいぐるみが横に置いてある。

 このウサギには七海さんから名前がつけられていて、ウサ()くんと呼ばれている。

 当然この″木″は苗木くんの″木″なのだが、耳で聞いてもウサギにしか聞こえないので、苗木くんはそのことに気づいていなかった。ただただ、そのまんまなネーミングだなあと考えていた。

 

 七海さんの位置が固定な以上、赤松さんの座る場所も残り三つに限られてくる。

 しかしながら七海さんの正面となると、テレビに背を向けることになる。ついでにゲームの邪魔にもなるということで、実質二択になっていた。

 

 赤松さんの定位置は、七海さんの右側であった。

 そうなると残った七海さんの左側が苗木くんの定位置である。そこはキッチンに一番近く、作業を終えた苗木くんが真っ先に入りやすいようになっていた。赤松さんが七海さんの右側を選んだ理由はこういうわけだ。

 もしかすると単純に、ピアノの部屋に一番近い位置を無意識に選んだだけかもしれないが。

 

 さて、本日もまたそのような定位置で二人は個人の作業をしている。

 すると後からやってきた苗木くんが、遅れながらも余った自分の定位置へと入り込んだ。今日もまた冷え込むのであった。

 

「ふう~、寒い寒い。千秋ちゃん、今日もこのゲームやってるんだ」

「うん、タイムアタックに挑戦中。毎回冒険内容が変わるから飽きないよ」

 

 七海さんがやっているゲームは、携帯ゲームではなくテレビにつないだ据え置き型のゲームであった。コントローラーを持った手がこたつに入れられるので、こちらのほうが指先が冷えないのである。ちなみにハードはスーパーファミコン。

 メリットは冷えないだけではなく、テレビという大画面でゲームができるので、苗木くんや赤松さんに上手なプレイを見せつけることも可能である。

 もっとも、苗木くんはともかく赤松さんはプレイの上手さが分かるほどゲームをしたことが無くて、何より今は勉強しているため画面を見てはいないのだが。

 

「あ、死んだ」

「む……そこに睡眠罠があるとはツいてない……」

「眠ったら攻撃されても起きないんだね」

「5ターン経つまで強制行動不能だね。あー、ちょっと休憩しようかな」

 

 そう言って七海さんは、ゲームを消さずにそのまま後ろに倒れこんだ。クッションとともにウサ木くんがつぶれている。むぎゅっ。

 頭の下からウサ木くんを救いだし、両腕に抱える七海さん。

 

「あ、千秋ちゃん休憩? じゃあ私も休憩しようかな」

 

 赤松さんがそれを見て、勉強をいったん中断させた。うーん、と背伸びをした後に力を抜く赤松さん。そして目の前のみかんに手を伸ばし、皮をむいて食べ始める。

 ちなみにこのみかんとは果物のみかんであり、超高校級の保健委員・罪木蜜柑は関係ない。

 

 みかんを食べていたら、こたつの中で七海さんがもぞもぞと身を揺らしているのが目に入る。

 食べたいのかな、と思い赤松さんはみかんを差し出したが、どうもそうではないようだ。口元に持っていったみかんには食いついた。

 

「どうしたの千秋ちゃん?」

「誠くんの足が無い」

 

 衝撃の事実、苗木くんは幽霊だった。

 

 なんてことは当然なくて、赤松さんが訊いてみたところ、どうやら七海さんは苗木くんの足を探していたらしい。おそらく上に自分の足を乗せるためであろう。七海さんには苗木くんの足を使うことでリラックスする癖がある。

 

 苗木くんは七海さんのその癖について、まあ自分に気を許している証拠なのかなと考えて、許容していた。

 しかしながら自分から七海さんに触れるのはまだ抵抗があり、こたつに入るときはいまいち足を伸ばしづらい苗木くんだった。

 これが苗木くんの足が無い事件の全貌である。苗木くんは幽霊ではなかった。

 

「誠くん、足伸ばしてもいいんだよ?」

「そう? でも大丈夫だよ楓さん、このままでも十分あったかいから」

 

 苗木くんの中にはまだまだ二人への遠慮があるようだ。こたつの中という見えない場所で、誰かの足を蹴ってしまうということを避けたいらしい。

 もっとも、苗木くんは男子で二人は女子。遠慮というよりかは当然の気遣いのような気もするが。

 

「あ、じゃあさ……こうしちゃえば誠くんも足伸ばせるよ」

「そうだね。……じゃあ私もそっち行こうかな!」

 

 しかしながらこの女子二人に、男子である苗木くんの苦悩は伝わらなかった。

 一旦こたつから抜け出して、苗木くんのいる一画へ改めて入りなおす二人である。

 しかも両側から挟むように座られたのもだから、これには苗木くんもかなり照れた。二人はもう少し自分の性別を考えたほうがいいと苗木くんは思った。

 

 唯一の救いは、こたつが結構大きかったことだろうか。かなり近いが、うまくやれば密着するほどではない。学園がわざわざ準備してくれたこたつだけあって、大きさは普通以上だった。

 

「結構広いねこのこたつ。これなら何人か友達が来ても一緒にゲームできるよ」

「また春川さんとか日向くんとか呼んじゃおうか。っていうか、まだその二人しか来たことないね。千秋ちゃんも誰か友達呼んでいいんだよ?」

「そう言えば日向くんは誠くんが呼んだんだっけ。じゃあ今度は私が日向くんを呼ぼうかな」

 

 苗木くんを挟んで赤松さんと七海さんが会話をする。

 足は伸ばせるようになったけど、楽になったとは言い難いこの状況。割と本気で、同性である日向くんが来てほしいなと苗木くんは考える。

 

「まあ、呼ぶとしたら冬休みに入ってからだね、冬休み前にはテストあるし。あ、一緒に勉強するって名目なら呼んでもいいかも」

「へ、へー、楓さんの学年はテストがあるんだね。ボクの学年は特に何も無いみたいだけど」

 

 現状に戸惑いつつも、だから赤松さんは勉強していたのだなと納得している苗木くん。

 すると七海さんから意外なセリフが飛んでくる。

 

「確かテストはどの学年もあるはずだよ。定期テストっていうより模擬試験みたいなものだから、テスト範囲とかの発表もなくて唐突なんだよね」

「え、うそ!?」

「ほんとだよ。私も去年やられてびっくりした」

 

 希望ヶ峰学園は、特殊な学校とはいえ基本的には学校なのだ。当然ながらテストが存在していた。

 とはいえ告知もなくテストがあるなどとは思わなくて、苗木くんも驚いている。

 

「……えーっと、ちなみにテストっていつか分かる?」

「さあ。去年と同じなら再来週あたりだと思うけど」

「多分それであってるよ。冬休みに入る一つ前の週からだね。まあ当然予定が合わない人も出てくるけど、そういう人は別の日に追試ができるみたい」

「ええ……少し余裕はあるけど、急だなあ……」

 

 だが、驚いてばかりではいられない。知った以上は情報を集める。苗木くんは前向きなのだった。

 

 三十点未満は赤点で、そうなると補修に出なければならず、冬休みの日数が減ってしまうことなどがわかった。

 

「教科は、五教科?」

「確か十教科はあったような……。情報のテストで良い点とった記憶があるし」

「最低限受けなきゃいけないのはそのくらいだね。でも希望すればもっと受けられるよ。理科は選択二科目だけど、地学とか受けたい人は受けてもいいんだって」

 

 こちらはあまり嬉しくない情報だった。時間に余裕があると思ったが、教科が多いとなると案外そうでもないのかもしれない。まあ、当日になっていきなりテストと告げられるよりかはマシだろう。

 

「……ボクも勉強しよ。楓さんは何を勉強してるの?」

「英語だよ! 誠くんも一緒にする?」

 

 ありがたい申し出ではあったのだが、こたつで隣に入られたせいで、並んで勉強するとうまく集中もできそうにない。苗木くんは、赤松さんとは別の教科、今回は数学を勉強することにした。

 

 そんな苗木くんの様子を見て、赤松さんも元の位置に戻って勉強の再開をした。

 二人が勉強を始めたので、間に挟まれた七海さんもまるでオセロのように勉強を始めた。なんとなくゲームを再開できるような空気ではなくて、だからといってこたつから離れるのも面倒に思えて勉強することにしたのだった。

 

 根はまじめな三人なので、静かな環境のまま自習は進む。

 一時間ほど経過し、三人の集中が切れるまで、勉強会は続いたのであった。

 勉強が終わって早々七海さんは、苗木くんにちょっかいを出していた。

 

「えい」

「つめたっ!?」

「うわびっくりした! どうしたの誠くん?」

「た、多分千秋ちゃんの手だと思うんだけど、ボクの足首に……」

「勉強してたら冷えちゃった。ごめん、こたつであったまろうとしたら触っちゃったね」

「いや今、えいって言ったよね!?」

 

 こたつの中で足を伸ばしにくい理由が、さらに増えた苗木くんだった。

 

 



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20 苗木くんたちとテスト勉強

 

 冬休み前にテストがあると知った苗木くんは、今日も勉強するべく寄り道などすることもなくまっすぐ家に帰った。

 本当は、クラスメイトにテストの存在を教えたので誰かから勉強の誘いが来ると思っていたのだが、超高校級のクラスメイト達はテストごときで焦るような輩ではなかったようだ。ただ単に余裕なのか、もしくは深く考えていないだけのような気もする。

 そういえば赤点の場合補修があることを言い忘れていた。いや、実際は伝えようとしたのだが、江ノ島さんに阻まれてうまく伝えられなかった、というのが真相だった。

 

 家に帰り着き、勉強する教科の本を用意すると、苗木くんは居間にあるこたつへと向かう。

 もはやこたつで勉強するのがこの前から日課になっていた。先客もすでにいて、七海さんも先にこたつで勉強していた。

 

「ただいまー」

「おかえり」

「ふう、寒い寒い。千秋ちゃん早いね、いつ帰ってきたの?」

「私? 私はねー……えいっ」

「つめたっ!?」

「私もいま帰ってきたところだよ」 

 

 苗木くんの首に七海さんの指が当てられる。帰ったばかりということを示すように、七海さんの手は冷たかった。

 勉強だけではなく、七海さんの冷たい手で触られることも日課になっていた。

 

 急に冷たい手を当てられることに慣れることはなく、毎回律儀に(Re)アクションしてしまう苗木くんであるが、それ以外のことにはすっかり慣れてしまっていた。もう、いきなり何するの、なんて反応してたのは最初だけで、今ではやり返せるほどに成長している。

 

「千秋ちゃんはまた……! えいっ、お返しだよ!」

「ひゃー! 誠くんの手、つめたーい!」

「わっ、千秋ちゃんのほっぺあったかい」

「もう……そっちがそう来るなら、こうだっ」

「ちょっ!? お腹は反則なんじゃない!? レギュレーション違反だよっ!」

「あははっ、多分これが一番あったかいと思います」

 

 なんてやりとりを二人は始めると、背後から声が聞こえてきた。赤松さんとは違う声で、苗木くんはかなり驚いた。

 

「子どもか。なにやってんのあんたたち」

「わっ、春川さん!? いつの間に」

「最初からいたよ」

 

 本日もまた、春川さんが遊びに来ていたのだった。まあ遊びにというか、目的はおそらく一緒に勉強することだろうが。

 赤松さんがその後ろで、誠くんおかえり-と手をひらひらさせている。来た方向から察するに、二人は台所で飲み物でも用意していたらしい。よく見ると春川さんがカップを持っている。

 

 春川さんは、あきれた様子で苗木くんたちに言う。

 

「子どもばっかだね、この家は」

「ち、違うよ! 今のはたまたま……」

「ねー、最近千秋ちゃんと誠くん、こうなんだよ。仲良い兄弟みたいでかわいいよね」

 

 赤松さんが同意していると、春川さんが振り返って言った。

 

「言っとくけど、あんたも入ってるからね」

「えっ」

「赤松も、飲み物用意するだけなのに、危なっかしくて見てられない」

「ちょ、春川さん、しー! しー! それにさっきのはたまたまで……」

「言い訳の仕方も弟とそっくりだね」

「誠くんは弟じゃないよ!?」

 

 赤松さんは自らをピアノバカと称するだけあって、実のところ私生活では抜けている一面が結構あった。下級生二人の手前、しっかりとした風に振舞っていたのだが、同級生の前ではボロが出てしまうこともあるのだった。 

 

「そ、それより、誠くんも帰ってきたことだし勉強しようよ! 今日はみんなで教え合うんだったよね」

「そ、そうだね! 春川さんもほら座って座って。スカートだと足が寒そうだよ!」

 

 息がピッタリだなと春川さんは思ったが、口にすることなく苗木くんに誘導されることにした。

 

 こたつに腰を下ろす春川さん。その際、持っていたカップを苗木くんに手渡している。ちゃっかり全員分の飲み物を、赤松さんと用意していた春川さんだった。

 まさか帰ってきたばかりの自分の分もあるとは思わなくて、苗木くんは喜んだ。

 

「わっ、ありがとう春川さん」

「……別に。赤松の手つきがおぼつかなかったから手伝っただけ」

 

 クールな春川さんには苗木くんの笑顔も効果が無い様子だが、その実しっかりと効いていた。油断すると口元が緩んでしまいそうなのだった。

 

 さて、暖かい飲み物を飲んで心も体もポカポカになったところで、テスト勉強の開始である。

 数日ほど個人で自習を続けていた赤松三兄弟は、得意な教科がそれぞれ違うことに気づいて、互いに教え合うことにしたのだった。

 

「じゃあ、まずはボクからだね。担当教科は国語だよ」

「へえ、苗木は国語が得意なんだ。現代文、古文、漢文、全部やるの?」

「今回は現代文だけかな。古文と漢文は暗記だと思うし。それに現代文のほうは勉強方法が分からないって人も多いみたいだしね」

「確かに! 日本語だしなんとかなるでしょって感じもあるし、勉強のしかたとか分かんないかも」

「頼んだよ誠くん。私、登場人物の気持ちを考えなさい系がほんと苦手なんだよね」

 

 第一バッターは苗木くんだ。苗木くんは全体に伝える弁論能力に秀でていることもあり、国語が得意なのであった。

 逆に七海さんは国語が苦手のようである。ゲームでも恋愛シミュレーションが得意じゃないこともあり、人の気持ちを察するというのが下手であった。

 

「じゃあ、まずは千秋ちゃんの苦手を無くそうか。実は考え方を変えれば簡単なんだよね。千秋ちゃん、どうして登場人物の気持ちを考えるのが苦手か分かる?」

「だって分かるわけないもん。自分じゃないし、ましてやフィクションの存在だし」

「うん、ボクもそう思うよ。だから考え方を変えるんだ。ボク達が想像するのは登場人物の気持ちじゃなくて作者の気持ちだよ」

「……それってあんまり変わってないような。そりゃあ登場人物を生み出した作者の気持ちが分かれば簡単かもしれないけど」

「あ、ごめん、言い方が悪かったね。ボクが言いたかったのはその作者じゃなくて、問題の製作者のほうなんだ」

「問題の製作者?」

 

 テスト勉強というか、苗木くんの話は授業をしているものに近かった。

 これはこれで聞く価値があるように思えて、三人は苗木くんの授業に耳を傾ける。

 

「そう、問題の製作者。作る側のことを考えれば、国語って単純なんだよね。登場人物の気持ちなんて分かるわけないじゃんってみんな言うけど、ほんとにその通りだよ。だから問題の製作者は、万人が納得するような答えにせざるを得ない。少なくとも製作者が勝手に想像したことが答え、なんてことはありえないんだよ」

「へえ、確かに。自分の解釈を解答にして、この答え違うと思うんだけどってクレーム来たら言い訳できないもんね」

「そう、春川さんの言う通りだよ。それに答えが特殊だったら、採点する人も〇にするか×にするかで混乱しちゃうしね。じゃあ次は具体的な問題をやっていくけど、国語の問題って記述式と選択肢式があるよね。まずは記述式の答え方だけど……」

 

 この後苗木くんは、記述式の解答は自分の考えを書くのではなく本文から引用すること。選択肢式の解答は、断言している選択肢はほぼハズレで、様々な受け取り方ができるちょっとボカしたものが答えであることなどを話す。

 他にも苗木くんなりの国語の考え方は色々あったのだが、一度に言っても混乱するだけなので、今回はこの程度でとどめた。

 

「……と、まあこんな感じかな」

「……は~、面白かった。誠くん、教えるの上手だねえ」

「うんうん! 視点が違って分かりやすかったよ! ね、春川さん」

「……まあ、分かりやすかったのは認める。苗木、教師とかに向いてるんじゃない」

 

 不評ではないようで、苗木くんはほっと胸を撫で下ろす。

 それどころか思いのほか好評で、過分な評価に思わず照れる苗木くんだった。

 

 苗木くんの授業が終わってから、七海さん、赤松さんがそれぞれの指導のもとテスト勉強は進んでいく。

 

「じゃあ次は私、数学だね。といっても誠くんみたいに教えるのがうまいわけじゃないから、私なりのコツを言った後は各自で勉強でいいかな。分からない問題があったら言ってね、一緒に考えるよ」

「うう、年下なのに千秋ちゃんが頼もしい……。っていうか数学にコツとかあるの?」

「多分ね。数学は公式ゲーだよ、使う公式が頭に入ってないとどうしようもないと思う。この公式の覚え方にコツがあって、ただ覚えるんじゃなくて理屈で覚えるのが大事かな。理屈が難しいのもあるけど、そういう公式は使ってるうちに覚えるよ」

「むむ、簡単に言うなあ千秋ちゃん。じゃあこの問題なんだけど……」

「あ、それは余弦定理を使う問題っぽいね。余弦定理はパッと見複雑だけど、三角形描いて、三平方の定理と途中まで同じだと考えれば覚えやすいよ。こんな感じで……-2bccosθで斜辺の長さの調節してるんだ」

「あっ、ほんとだ!」

 

 意外にも、しっかり教えている七海さんであった。

 七海さんはゲーマーのためプログラミングや、ついでに数学も得意だった。

 

「次は私、音楽! ……と言いたいところだけど、選択が違ったら意味が無いから別のをやるよ。先輩だからこそできる、希望ヶ峰学園のテスト対策!」

「まあ、後輩に教えてもらってばっかってのも情けないしね」

「それだよね! さて、テスト勉強の一番効率のいいやり方を二人は知ってるかな? ノートを見返したり教科書を読むのも大事だけど、何と言っても一番いいのは過去問だよ」

「過去問? ってことはまさか……」

「そう! 春川さんや、クラスのみんなに協力してもらって、過去やったテストを集めてきたんだー。過去問はね、去年のと三年前のを重点的にするといいよ。っていうのも、問題を作る先生には2パターンあって、去年の問題をちょこっと変える先生と、三年ごとに使う問題をループさせる先生だね」

「おー、それっぽい」

 

 一方赤松さんと春川さんは先輩だからこそできる、傾向と対策についての話をした。

 ただそれだけでは時間も余るので、今回は英語の過去問を使って一緒に解く。ピアニストとして海外に行くこともある赤松さんは、外国語がそれなりに得意なほうだった。

 

 数時間ほど経過して、勉強の時間は終わりとなる。かなり疲れたけれどそれなりに有意義な時間を過ごせた気がして、四人とも満足していた。

 

「……んー、ねみぃ……。勉強しすぎて、このまま寝たら夢の中でも勉強してそうだよ……。ぷよぷよばっかりやってたら目を閉じただけでぷよが落ちてくるのと似てるね」

 

 後半の例えはよく分からないが、前半の意見には大いに賛成できる三人だった。

 

 



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21 苗木くんたちとテスト前①

 

 冬休みの前にはテストがある、という苗木くんの発言が後になって現実味を帯びてきたのか、78期のクラスは勉強ムードになっていた。

 大和田くんは石丸くんにだったり、戦刃さんは江ノ島さんにだったり、朝日奈さんは大神さんにだったり。それぞれが頼りになる相手に勉強を教わっている姿をちらほら見かける。

 

 そして我らが苗木くんは、本日は桑田くんと一緒に勉強していた。

 なんとなく二人一組での勉強という様相を呈してはいるが、完全に集中しきれてない生徒たちもいるため、教室内は結構賑やかだった。

 

「はー、メンドクセーなぁ……。何で世の中にテストなんかあんだろーな!」

 

 桑田くんが、教室全体に響くような声でこんなことを言っている。

 朝日奈さんからうるさいよとクレームが来たが、桑田くんは素知らぬ顔だ。授業中ならともかく、休み時間に声を出すのを禁止されるいわれはないのだった。

 

「なあ、苗木もそう思わねー? 勉強とかできても将来あんまかんけーねーよ。数学とかぜってー使わねーって」

「うーん、確かに。でもボクは、勉強することに意味はあると思うよ。たとえ将来使わなくてもさ」 

「お、言うじゃん苗木。じゃあなんで必要か聞かせてくれよ」

「いいよ。まあこれは、桑田クンたちとは違ってボクが超高校級の才能が無いから思うことなんだけどね」

 

 桑田くんの疑問に、律儀にも答えようとしている苗木くん。

 しかし、なぜ勉強しなければいけないのかという疑問は学生なら誰でも思うことで、桑田くんの声が大きいこともあり、クラスメイト達は苗木くんがどう答えるのか気になっていた。

 教室内が少し静かになっていたのだが、それに気づかず苗木くんは自分の考えを語り始めた。

 

「単純にさ、桑田クンがどこかの会社の社長だとして、いったいどんな人材が欲しいと思う?」

「お、そういう話? それで、頭のいい奴を求めてるから勉強したほうがいいよねってオチか? でもそうだなー、オレはそんなのより、一緒にいて楽しい奴とかがいいな。それ以外でも、勉強できる頭でっかちの奴より、コミュ力が高い奴のほうが結局は仕事できるんじゃねーの。だから、苗木だったら雇ってもいいぜ!」

「はは、ありがとう。うん、ボクもそう思うよ。勉強できるよりも仕事ができる人が欲しいよね。でも話はそう簡単じゃない。じゃあ桑田クンの会社に入りたいって人が100人います。そんなに雇う余裕は無いから仕事ができる50人を雇おうと思うんだけど、桑田クンはそれをどう見分ける?」

「んー? それはだな……」

 

 桑田くんは考える。

 普段だと、授業みたいな面倒な考え事はしたくないのだが、今は勉強の合間の雑談の時間に思えるから、桑田くんは会話を楽しむため結構真面目に考えるのだった。

 

「女の子は顔で選んでもいいと思うんだよなー。かわいいってだけで周りもやる気が出てくんだろ? でも男はどうすっかなー。仕事できそうな見た目の奴を選ぶ……っつーのはムズそうだし……やっぱ面接か? それにしたって仕事できる奴を見分けるのはできそうにねえが」

「まあそうなるよね。だからちょっとそこで視点を変えてさ、こう考えたらどう? 仕事ができる人じゃなくて、真面目に仕事を頑張れる人がいいなって」

「まあ、そうだな。……ん? でもあんまりかわらねーような。見たところでそんなん分かんねーし……」

「そこで、話は戻って勉強できるかだよ。何のためか、将来に役立つかもわからない勉強だけど、真面目に勉強している人はテストの点がいいよね。つまりテストの点数は、頑張っているかどうかの一つの指標になるんだよ。もちろん元から頭がいいとか、要領がいいとかでも点数は伸びるけど、そういう人だってやっぱり求められてる人材だって思わない?」

「お、おお……?」

「ということで結論。テストがあるのは、頑張ってる人を見分けるため。……って、ボクは思ってるよ。まあここにいるみんなはボクと違って才能があるから、関係ないかもしれないね」

 

 そう言って苗木くんは話を締めくくる。結構真面目に答えてしまったので、言い終わってから苗木くんは照れていた。

 質問したほうの桑田くんはというと、完全に理解したわけではないが、テストの理由に納得はできたみたいだ。

 

「なるほど、頑張ってるアピールのためね……。そう言われるとなんかやる気が出てくんな」

「ならよかったよ」

 

 茶化されずに終わり、少しホッとする苗木くんである。桑田くんなら、なにそんなに真面目に答えちゃってんのーみたいな反応があるかもしれないと思ったのだった。

 

 一方で、聞き耳を立てていたクラスメイト数名は苗木くんの考えに感化されて勉強に取り組み、またある数名は感心して苗木くんに話しかけていた。

 

「感っ動したぞ苗木くん! テストの点数は努力の可視化! まさにその通りだと僕も思うぞ!」

「ふん……それが全てではないが、ある意味で的を射た意見だ。愚民にしては社会の姿を理解してるじゃないか。桑田に理解させてみせるほどの答弁能力にも相変わらず目を見張るものがあるしな」

「一理あるわね。案外この学園がテストを行う理由も、運動系の才能を持つ生徒たちの勉強面での努力の有無を見るためだったりして」

「こ、怖いこと言うね霧切ちゃん……。でもま、頑張りを見せるだけでいいなら頑張れそうかも! ねっ、さくらちゃん!」

「うむ……競争相手は今の自分というわけだな」

 

 各々いろいろ言っているが、注目すべきはちゃっかりコメントを残している十神くんである。案外ノリのいい十神くんだった。

 

 そして放課後。

 帰り支度をしている生徒もいるが、残って勉強しようとしている生徒も見受けられる。

 そんな78期の教室に、赤松さんと七海さんが訪れた。今日は学校で勉強しようと苗木くんを誘いに来たのだった。

 ちょうど大和田くんが教室を出ていくタイミングだったので、二人はこれ幸いと話しかける。

 

「へい大和田くん、ちょっといい?」

「あん? おお、なんだ七海……と」

「や、大和田くん」

「赤松もいたのか。どうしたよ」

 

 上級生がクラスに訪ねてくるのは初めてのことで、少し注目されている大和田くんである。

 特に桑田くんは、年上のお姉さんである赤松さんが大和田くんと親しげにしている様子を見て、信じられない表情をしていた。

 

「ハァー!? なんで大和田!?」

「っせーな、オレじゃねえよ多分。苗木に用事か? だったらまだ中にいんぞ」

「お、話が早いね。ありがとう」

「私この教室に入るの初めてだー」

 

 何やら大和田くんと桑田くんが大声で話を始めたが、二人は構わず教室に入る。自分以外の教室というのは新鮮だった。

 

 赤松さんは苗木くんを見つけて声をかける。誠くん、来たよー。

 一方で七海さんは十神くんを見つけてその周りをうろちょろしている。

 

「……なんだ貴様は」

「……十神くん、痩せた?」

「千秋ちゃん!? なにやってんの!?」

 

 七海さんのクラスには十神くんの恰好をした超高校級の詐欺師がいるのだった。体型以外はそっくりなため、七海さんは話しかけたのである。

 

 なお十神くんはその偽物のことを一応知っていたため、それと間違えられたということで若干不機嫌になった。

 

「俺をあの豚と見間違うとは……貴様の目はどうなっているんだ」

「なんだ、十神くんの偽物だったんだ。それにしてもそっくりだね」

「偽物は豚のほうだ阿呆!」

「ご、ごめんね十神くん。七海さん、ちょっと抜けてるところがあって」

「この女はお前の知り合いか苗木……! 飼い主ならしっかり繋いでおけ!」

 

 七海さんのせいで思わぬとばっちりを受けた苗木くんだった。

 だが、そんなことで苗木くんの中の七海さんの評価が下がったりはしないし、もちろん十神くんに対して嫌悪の念を抱くこともない。彼らがそういう性格だということは苗木くんも理解しているからだ。

 

 この後、憤慨している十神くんをなんとか宥めすかすと、苗木くんは赤松さんと七海さんを連れて教室を出るのだった。

 

 



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22 苗木くんたちとテスト前②

 

 食堂に着いた苗木くんたちは、その持ち前の真面目さにより時間いっぱい勉強した……と言いたいところだが、そうでもなかった。

 もともと赤松さん、七海さん、苗木くんの三人で行う予定だった勉強会は、なんやかんやで人数が五倍くらいまで増えていた。そのため雑談が始まることもしばしばで、真面目に勉強したとは言いがたかった。

 まあ放課後に大勢で集まってわいわいするのも一種の青春である。苗木くんたちは青春していた。

 

「よう苗木、お前もいたのか! おーし、オレがいっちょ面倒見てやるぜ! 終一と一緒にな!」

「いいの? じゃあよろしくお願いします、百田クン、最原クン」

「任せとけ! 子分たちを世話するのもボスの役目だ!」

「……待って、もしかして僕と苗木くんと同じ位置? 僕と一緒に教えるって、そういう意味で!?」

 

 苗木くんは、いつぞや友達になった、百田くんと最原くんに勉強を見てもらっていた。

 片方は宇宙飛行士、片方は探偵と、どちらも学習面では非常に頼りになりそうな二人である。苗木くんに素直に頼られて、先輩である二人はまんざらでもなかった。

 

 そんな三人が話している様子を、春川さんは少し離れたところで見ていた。自分も苗木くんに何か教えたいと考えるが、百田くんがふとした拍子に自分のことをハルマキと呼びそうで、三人に近づくのは躊躇われたのだ。後輩を前にして変なあだ名で呼ばれるのは避けたいところ。

 大人しく七海さんや戦刃さんと勉強している春川さんである。

 

「春川さん、ここ教えて」

「……なんでアンタは普通に教えを乞いてんの戦刃」

「……? 後輩だから、分からないことを先輩に訪ねるのは普通のこと」

「あ、そこなら私が私が分かるよ。その問題はまずベン図を描いて考えて……」

「ありがとう。七海さんは春川さんより頼りになる」

「……アンタは、先輩を敬いたいの馬鹿にしたいのどっちなの」

 

 まあこちらはこちらで、後輩がマイペース過ぎて困るのだった。

 

「江ノ島ちゃん! じゃあ次、ここは?」

「ふむふむ、これはひっかけ問題ですね。硫酸は強酸と習いますが、それは希硫酸の話です。実はー、濃硫酸は強酸じゃないんだよー?」

「キャラが安定しないね江ノ島ちゃん」

 

 一方で赤松さんは、江ノ島さんに勉強を教えてもらっていた。年上が年下に教えを乞うという珍しい形だ。

 江ノ島さんはギャルという肩書きの割に成績はトップクラスであり、赤松さんには年上だからというプライドは特にないので、普通に仲良くできていた。

 そんな二人の様子……主に胸部を見つつ舞園さんと霧切さんは、何とは言わないが、大きいなと考えている。二人とも90なので同じ大きさなのであった。何がとは言わないが。

 

 赤松さんのクラスメイトで勉強会に参加しているのは、最原くん、百田くん、春川さん以外にもう一人いた。超高校級のメイド・東条斬美である。

 赤松さんの誘いを、後輩たちの面倒を一緒に見るという依頼だと受け取った彼女は、勉強を見てあげるほかにも甲斐甲斐しくお世話をしていた。

 食堂という場所なのもあって、東条さんは生徒たちに温かい飲み物などを配っている。

 

 そんな東条さんを見て苗木くんは手伝うよと声をかけていたのだが、メイドとして譲れないものでもあるのか彼女は丁重に断っていた。なんとなくそれを察した苗木くんも、これ以上食い下がることなく了承した。

 

「九頭龍クン」

「あん? ……なんだ苗木か。どうしたよ」

「これ、東条さんからもらったんだ。一緒に食べない?」

 

 東条さんからもらった甘味を手にして、苗木くんが今度は別の上級生に話しかけている。勉強の合間の一段落というやつだ。

 

 向かった先にいたのは、超高校級の極道・九頭龍冬彦。七海さんに誘われてやってきた、77期生のうちの一人である。

 極道という肩書きを持つ九頭龍くんがテスト勉強に来るなんて少し意外なように思えるが、しかしその実、七海さんがまとめる前の出席率の低かった77期の生徒の中で、彼は毎回遅刻することなく出席している。九頭龍くんは結構真面目なのであった。

 

 また苗木くんとは、クラスに日向くんを訪ねてきたときに対応してあげたこともあって、ちょっとした顔見知りなのだった。苗木くんと話しているのはそういうわけである。だからといってそれだけで、わざわざ向こうから話しかけてくるとは思わないが。

 実のところ、妹にすら身長で負けている苗木くんは、九頭龍くんに仲間意識を抱いていたのだった。九頭龍くんも背が低く、そして妹に身長で負けていた。

 

 それに加えて身長が低いにもかかわらずスーツを着こなす九頭龍くんのことを、苗木くんはかっこいいとも考えている。

 それをうすうす感じ取っている九頭龍くんは、苗木くんを無下に扱えないのだった。

 

「麦チョコとかりんとうがあるけど、どっちにする?」

「……」

「あっ、甘いものが苦手だったらいいんだけど」

「……いや、もらうぜ。サンキューな」

 

 ポリポリと麦チョコを頬張る苗木くん。隣では九頭龍くんがかりんとうをつまんでいる。甘いものは脳にいいらしいので、テスト勉強に最適である。

 我ながらいいものを選んだものだと東条さんは自画自賛していた。効果もそうだし、何より絵面がいい。

 

 そんな小さい系男子二人が甘いものを食べている様子を、超高校級の剣道家・辺古山ペコは鋭い目つきで見ていた。彼女もまた七海さんに誘われて勉強に来ていた。

 九頭龍くんや辺古山さんのほか、日向くんなども勉強に来ている。

 

「……なに見てんだ辺古山」

「いや、す、すまない九頭龍」

「あ、よかったら辺古山さんも一緒にどう? 甘くておいしいよ」

 

 苗木くんに誘われて辺古山さんも一緒にかりんとうをつまむ。

 小動物みたいな見た目のくせに、小動物とは違って私から逃げないのだなと辺古山さんは考えた。辺古山さんは常に研ぎ澄まされた殺気を放っているため、動物たちに嫌われがちなのだ。

 

 そしてそんな彼女の殺気に気づいて警戒している女性が近くに二人。戦刃さんと春川さんである。

 学校で、特に理由もなく苗木くんが傷つけられるとは思わないが、彼女たちは一応そちらを気にかけていた。

 

「……む、どうした苗木。私の顔に何かついているか?」

「そうじゃなくて、辺古山さんの瞳って赤色なんだなあって思って」

「うむ、そうらしいな。あまり自分では見ないので意識することも少ないが。やはり威圧的に見えてしまうか?」

「ううん、綺麗だよ! 春川さんもそうだし、赤い目ってかっこいいと思うんだ」

 

 聞き耳を立てていた春川さんは、不意に自分の名前が苗木くんの口から出て驚いた。苗木くんの言う通り、辺古山さんも春川さんも瞳の色は赤だった。

 

「苗木苗木、俺の目も赤くなるぞ。ほら」

「日向テメー、どこから湧いて出てきやがった」

「才能を使うときだけこういう目になるみたいだね、日向クンは。興味深いなあ、どういう仕組みなんだろうね?」

「オメーに至ってはほんとにどっから湧いてきやがった狛枝!」

「やだなあ九頭龍クン、最初から一緒にいたじゃないか」

 

 苗木くんの話がきっかけ、になったかどうかは知らないが、77期の生徒が集まってきて、勉強に関係ない話が増えていく。

 一部がそうなると周りもだんだん浸食されていくらしく、ちょっとした休憩はいつの間にか騒がしい時間になっていた。時間も夕食前となり、ちらほらと食堂を利用しにくる生徒も増えていた。

 

 今日はもうこの状態から勉強モードに全員の頭を切り替えることは無理だろうと、東条さんも判断する。

 周囲を見渡すと、大声で最原くんによく分からない話をしている百田くんと、舞園さんたち下級生の女子にいろいろ質問されている赤松さんの姿が目に入った。赤松さんって七海さんや苗木くんといつの間に仲良くなったんですか? えっと、音楽室でピアノを弾いてたら、学校で静かにゲームできる場所を探してた千秋ちゃんが入ってきて。

 

「そう言えば、戦刃さんってもうすぐ誕生日じゃない? クリスマスイヴが誕生日だよね」

「えっ。……なんで? 言ってないのに」

「少し前、雑誌に江ノ島さんのインタビューが載ってて、たしか誕生日についても言ってたんだ。それで、双子なら戦刃さんも同じのはずだって思ってね」

「そうなんだ。うん、私も盾子ちゃんももうすぐ誕生日」

「12月24日が誕生日って珍しいよね。ボクは2月5日だよ。双子の日。戦刃さんたちの日だね」

「ほんとだ。おそろいだね」

「ね」

「……おそろいって、なにが?」

 

 そして春川さんは、苗木くんと戦刃さんのほんわかした空気に、鋭い突っ込みを入れていた。

 

「私のほうがおそろいじゃない? 誕生日、苗木と同じで2月だから。2月2日」

「……む」

「2日かあ。確かその日ってツインテールの日じゃなかったっけ。春川さんにぴったりだね」

 

 どうしてそんな日のことを苗木くんが知っているのか、不思議に思う春川さん。

 特に実りのない勉強会だったが、変な知識だけが増えたのだった。

 

 



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23 七海さんと風来のカエデ①


七海「……えー、大事なお知らせだよ。今回からしばらく、台本形式の話が続きます。苦手な人は注意してね」

七海「それでも大丈夫だよって人はよろしくお願いします。それじゃあ、本編スタートだよ」




 

 

 ~シェアハウス内~

 

 

七海「……よーし、テストで赤点もなかったし、冬休みに突入だね」

 

七海「一日ずっと休み……これでゲームやり放題! ……なわけだけど、実はやりたいことがあったりして」

 

七海「それは……ズバリ、楓さんにゲームをプレイさせることだよ」

 

七海「対戦ゲームとか付き合ってくれるけど、一人用のゲームもやってほしいんだ」

 

七海「ゲームをプレイするのはもちろん楽しいけど……人のプレイを見たくなるときもたまにある……よね?」

 

七海「せっかく一緒に住んでるんだし、これを試さない手はないよ」

 

七海「というわけで、さっそく……」

 

 

 オーイ、カエデサーン!

 

 

赤松「来たよー、いえい。今日は私だけゲームするんだね」

 

七海「そうだよ。本日楓さんに挑戦してもらうゲームは……これだ! スーパーファミコン、『風来のシレン』」

 

赤松「あ、この前から千秋ちゃんがこたつでやってるやつだね」

 

七海「うん。スパチュンの名作、『1000回遊べるRPG』だよ」

 

赤松「スパチュン……? なんとなーく、遠くで聞き覚えがあるような……」

 

七海「……さてと、じゃあここで話してても仕方ないからさっさと始めちゃおう」

 

赤松「そうだね。……ふふ、いつも千秋ちゃんが座ってる、こたつのゲームの特等席ゲットだよ!」

 

七海「私は隣で楓さんのプレイを見てるよ。ウサ木くんと一緒にね」ギュー

 

赤松「誠くんの代わりだね。よーし、電源、オン!」

 

 

テレビ『~風来のシレン~』

 

 

赤松「始まったよ。えっと……」

 

七海「この『風来日誌を作る』が、いわゆる『はじめから』ってやつだね。途中からでも別にいいけど、せっかくだからそれにしようか」

 

赤松「はーい……おっ、名前入力。……風来の、カ、エ、デっと」

 

七海「ほうほう、楓さんは主人公に自分の名前をつけるタイプなんだね」

 

赤松「そう言う千秋ちゃんは……風来のクリハラ?」

 

七海「あ、私のは適当だよ。何周もやってたらだんだん名付けって適当になるよね。でも……私も初めてやったときは、風来のチアキにしてたかも」

 

赤松「ほら、やっぱり。それに私の名前、なんとなくゲームの時代にもマッチしてる気もするし」

 

七海「分かる。カエデとかチアキって、片仮名で書いたら女の人の忍者って感じするよね」

 

赤松「くノ一ってこと? まあ確かに言われてみれば……」

 

七海「……って、話してたらゲームが始まったね」

 

赤松「わ、早い。見てなかったよ」

 

七海「レトロゲーは、オープニングが一瞬だからね。ボタン押したらすぐスキップするし」

 

赤松「そうなんだ」

 

七海「一応説明しておくと、主人公は旅人。ダンジョンを進んで30階にいるボスを倒せばクリアだよ」

 

赤松「ふむふむ。……村の人にも話を聞いてみたかぎり、太陽の大地ってところに黄金のコンドルがいるみたいだね。そこが千秋ちゃんの言ってるところかな……むっ」

 

酔っ払い『グヘヘヘヘ……おめえさん、いい体してるじゃねえか』

 

赤松「……この人、なんかいやらしい気がするよ」

 

七海「確かにそんな感じだけど、カエデは男だから多分違うよ」

 

赤松「あっ、そっか。……矢の使い方を教えてくれる人だったね」

 

七海「昔のゲームだから、操作方法はこうして会話で教えてくれるんだ」

 

赤松「他の人も大体そんな感じだったよ。もう話す人もいないし、旅に出よう!」

 

 ~杉並の旧街道~

 

 テーテッテッテッテ テッテッテッテ テーテテテーテテテーテテテーテーテーー

 

赤松「おー、軽快ないい曲だね」

 

七海「そうなんだよ。このゲームは音楽もいいんだ」

 

赤松「ゲームにもいい曲はあるんだねー。……あっ、敵! よーし、ここは……」カチカチ

 

七海「うん、いい感じだね。ちゃんと先制攻撃できてるし、立ち回り方は間違ってないよ」

 

赤松「何度も千秋ちゃんのプレイを見てるからね。このくらいは分かるよ」

 

七海「敵に囲まれないよう通路で闘う……完璧だね」

 

赤松「でしょ。……おっ?」

 

 ヨォー チャチャチャッ チャチャチャッ チャチャチャッチャ ハッ!

 

赤松「早い! もうレベルが上がったよ!」

 

七海「そうだね、最初は結構サクサク上がるよ」

 

赤松「このレベルが上がるときの音もおもしろいね。もう一回聴きたい」

 

七海「闘ってたらすぐだよ。あ、ほら」

 

 ヨォー チャチャチャッ チャチャチャッ チャチャチャッチャ

 

赤松・七海「「ハッ!」」

 

赤松「あはは、おもしろーい」

 

七海「音に合わせて『ハッ!』って言うのはみんなやるよね」

 

赤松「誰の声だろう。社員さんかな?」

 

七海「どうだろう? でも、開発時にこの声を録音してる様子を想像すると面白いね」

 

赤松「だね。……あ、葉っぱが落ちてる。薬草だ」

 

七海「回復アイテムだね。えっと、アイテムの解説とかはしたほうがいい?」

 

赤松「んー、たぶん大丈夫。千秋ちゃんのプレイ、結構がっつり見てるからさ。体力が25回復するし、無傷のときに飲んだら最大値が1増えるんだよね」

 

七海「おー、結構見てるね。まあ、実はもう少し使い道はあったりするけど、じゃあ初回プレイだしアドバイスは無しでいっか」

 

赤松「うん! よーし、レベルを上げつつアイテムも探すぞー」

 

七海「下手したら1階でも死ぬのがこのゲームだよ。楓さんは何階までいけるかな」

 

赤松「んー、10階くらいには行きたいなあ……。あ、おにぎり」

 

七海「食糧確保は大事だよ。……あ、これはアドバイスじゃなくて最低知識だからセーフね」

 

赤松「うん、分かるよ。……でも、落ちてるおにぎりを食べるって勇気がいるなあ」

 

七海「そこはほら、ゲームだから……」

 

赤松「くさったおにぎりだったよ。やっぱり放置されたおにぎりはそうなるよね」

 

七海「確かに……っていやいや、偶然だから。普通のおにぎりも落ちてるよ」

 

赤松「あ、剣と盾も落ちてる。……こんぼうと皮甲の盾だって。剣じゃなかったよ」

 

七海「あるある。でも、序盤に武器と防具がそろうのはラッキーだね。片方が無いまま10階までとか結構あるんだ」

 

赤松「へえー……うわっ、罠だ!」ジャー

 

七海「防具が弱くなる罠だね。皮甲の盾は錆びないからセーフ」

 

赤松「今の液体はどこから落ちてきたんだろう」

 

七海「そこもほら、ゲームだから。突っ込みだしたがキリが無いよ?」

 

 

 ~竹林の村~

 

 

赤松「森と渓流を抜けて、最初の村まで来たよ!」

 

七海「おー。お見事」

 

赤松「序盤だから、まだそんなに難しくないね」

 

七海「そうでもないよ。運が悪かったら死ぬのがこのゲームだし」

 

赤松「そうなの? でもあんまり死ぬ展開が予想できないんだけど」

 

七海「さっきまでのところだと、初心者が死ぬのは次の2パターンが多いかな。ボウヤーが進化してクロスボウヤーにやられるか、おばけ大根に毒草投げられてからタコ殴りにされるかだね。防具がないとハブーンに普通に倒されることもあるよ」

 

赤松「そうなんだ。よく分かんないや」

 

七海「何週かすると分かると思うよ。さて、最初の村だけど」

 

赤松「お店があるね。いっつも千秋ちゃんが泥棒してる店だ」

 

七海「その通りなんだけど、そう言われると私が極悪人みたいだね」

 

赤松「うーん。千秋ちゃんのを見ててなんとなくやり方は分かるけど、お金もあるし私はちゃんと買おうかな」

 

七海「うん、それがいいと思うよ」

 

赤松「うーんと、カタナがあるから買っちゃおう。あとはドラゴン草と、未識別の杖と壺……」

 

七海「慣れてたら値段で識別できるんだけどね」

 

赤松「へえ。私はそこまでは無理だけど、多分振ったり入れたりしたら分かると思う」

 

七海「最悪分からなかったら識別の巻物を読めばいいしね」

 

赤松「そうだね。えーと、あとは……この人の下にある商品が見たいんだけど、どいてくれないなあ……」カチャカチャ

 

店員『……! あのう……あんたの……あんたの名前、カエデじゃないですか?』

 

赤松「あ、話しかけちゃった。なんで私の名前知ってるんだろ。とりあえず、『はい』」ポチッ

 

七海「この人はペケジだね。私がいっつも無視してる人だよ。タイムアタックのルール上」

 

赤松「なになに……うわ、なんかカエデ(わたし)の弟とか言い出したよ。ほんとかな……全然似てないけど」

 

七海「酔いどれ亭で待っててだって。このお店から右に進んだところにあるよ」

 

赤松「じゃあ後で行こうかな。まずこの村を見て回りたいし」

 

七海「村人の話を聞くって新鮮だなあ。私、いっつも泥棒しかしてないから」

 

赤松「うん。だからいろんなところが見れて楽しいよ……っと、鍛冶屋とかもあるんだね。ならカタナ鍛えてもらおうっと」チャリン

 

七海「いいね。カタナは結構いい武器だから、鍛えておいたほうがいいよ」

 

赤松「……よし、村人の話もだいたい聞いたし、酔いどれ亭に行こう。……あ、向こうも来たね」

 

七海「なんでペケジがカエデの弟って言うのか説明の部分だね」

 

赤松「……ふむふむ、生き別れの兄弟ってことみたいだね。でもやっぱりいまいち信用できないなあ……」

 

ペケジ『……あんたとおれって、顔も似てるよな』

 

赤松「いや、似てないよ」

 

ペケジ『おれ、みんなにゾウリ頭って、呼ばれてんだ。あんたも、そう呼ばれているのかい?』

 

赤松「多分呼ばれてないんじゃないかな。『いいえ』っと」ポチッ

 

ペケジ『…………』

 

ペケジ『……ゾウリってさ、やっぱ片方だけじゃダメだから……』

 

赤松「無視して話を進めてきた-!」

 

七海「ゲーム名物、意味の無い選択肢ってやつだね。でもこのゲーム、結構選択肢大事だよ」

 

赤松「えっ。どうしよう、間違えちゃったかな」

 

七海「今のは大丈夫のはず。でもまあ、大丈夫じゃなくても、ペケジだし大丈夫だよ」

 

赤松「ドライだね千秋ちゃん……。次から気をつけよっと。……あ、仕事に戻っちゃった」

 

七海「ペケジイベントの続きは次回だね。もうこの村で見るのもないし、進もうか」

 

赤松「そうだね」

 

 

 ~天馬峠~

 

 

七海「来たよ、初見殺しゾーン。初心者は大体ここで、鬼面武者に驚かされる……はずなんだけど」

 

赤松「あ、また鬼面武者出たね。亡霊武者になったら敵のレベルが上がるから気をつけないと」

 

七海「……普通にやってるね。まあ武器も強いし、レベルもちゃんとあげてるから平気みたい」

 

赤松「へへー、千秋ちゃんがいっつもここでレベル上げてるの見てるから知ってるんだ。敵をわざとレベルアップさせて、それを倒してレベルアップってね」

 

七海「むう。慌てふためく楓さんが見たかった……」

 

赤松「残念でした。私は千秋ちゃんみたいにはできないから、敵がレベルアップしないように気をつけて進めるよ?」

 

七海「いいと思うよ。強敵を低レベルで倒すのは慣れてないと難しいし」

 

赤松「千秋ちゃんがいつも倒してるのってハブーンが進化したやつだっけ」

 

七海「大体そうだね。ハブーンが進化したらマムーン。マムーンが進化したらニシキーンになって、私はそれを倒してるよ」

 

赤松「二回レベルアップさせてるんだ。でも、マムーンなら私でも倒せてるし、ニシキーン?もやってみれば倒せたりして。やられそうになったらドラゴン草食べればなんとかなるでしょ?」

 

七海「そうなんだけど……その前にニシキーンに攻撃されたらマズいと思うなー」

 

赤松「体力も50超えてるよ! 弟切草もあるし、回復してればもしかしたら……」

 

七海「その盾だと、ニシキーンの攻撃で200くらい食らうよ」

 

赤松「桁がおかしい! え、それほんと?」

 

七海「ほんとだよ。シレンの敵は大体どれも、最後までレベルアップしたら攻撃力はそのくらいになる。30階のボスより強いよ」

 

赤松「ええ……? 大人しく地道に戦おう……」

 

 

 ~ナブリ山廃坑~

 

 

赤松「山頂の町を抜けて8階まで来たよ! 山頂の町にはお店も無いし、特に何もなかったね」

 

七海「アイテムが増えるどころかむしろ減ったよね。ガイバラに割られて」

 

赤松「うう……まさかあんなイベントがあるなんて……。私の背中の壺が割られちゃったよ……」

 

七海「回復アイテムが無くなったのは痛いね。ここまで来ると、低い体力のまま歩いてたらすぐ死ぬよ」

 

赤松「そうだよねえ、敵の攻撃も強くなってきてるし……。ところで、回復アイテムの名前が『背中の壺』って面白いよね」

 

七海「壺とツボがかかってるんだよね。単純だけど、どうしたらそんな発想出るんだろ」

 

赤松「私としては序盤で歩いてる大根を見た時点ですごい発想だなあって思ったけど」

 

七海「序盤の敵と言えば、ボウヤーもすごいネーミングだよね。ボウ(弓)とヤ(矢)でボウヤーって」

 

赤松「あ、そういう由来だったんだ。言われるまで気づかなかったよ。単に『坊や』と『矢』をかけてたのかと」

 

七海「トリプルミーニングだね。こういう名づけ方、結構好きだよ」

 

赤松「ボウヤーと言えば……ここに出てくるボウヤーみたいな敵、厄介なんだけど! コドモ戦車!」

 

七海「ボウヤーの進化形の一種だね。倍速移動だから確かに面倒かも」

 

赤松「近づけないから、こっちも矢で応戦だよ! えいっ、えいっ!」カチカチ

 

七海「そうなるよね。わかるわかる」

 

七海「(コドモ戦車は通路に逃げるのが正解なんだけど……通路では矢を打ってこないからね。でもまあ、アドバイスは次回以降にしようかな)」

 

赤松「うう……回復が無いから心もとないよ……階段があるしさっさと進もうっと」

 

七海「おお、なんとか10階まで来た……! 初プレイでここまで来るのはすごいと思うよ」

 

赤松「えへへ、そうかな……。でもまだ死にたくないよー! ……むっ、新しい敵だ!」ザシュッ

 

『いやしウサギをやっつけた』

 

赤松「って『いやしウサギ』? あれもしかして、倒しちゃいけない敵だったり……」

 

七海「大丈夫、そいつはモンスターを回復させる害獣だから。ウサギは見つけ次第やっつけちゃえ」ボスン

 

赤松「(ウサ木くんが千秋ちゃんに殴られている……)」

 

赤松「……ってまた新しい敵だ! 火炎入道だって。うわ、強い!」

 

七海「強敵だね。火炎入道は攻撃力が高いんだ。今の盾じゃ正直厳しいかも……」

 

赤松「うう……なんとか勝ったけど体力が削られちゃったよ……ってまた出てきた!」

 

七海「強い上に、出現率も低くないんだよねえ火炎入道。召喚スイッチを踏んで囲まれたときの絶望感はヤバいよ」

 

赤松「待って、今の私の状況も結構絶望的だよー。回復もないし、壁に追い詰められちゃった」

 

七海「ありゃりゃ。でもまだ、アイテムを上手く使えばどうとでもなる配置ではあるよ」

 

赤松「アイテムアイテム……あっ、保存の壺にドラゴン草が残ってたよ! よーしこれで……」カチカチ

 

七海「えっ。あっ、ちょっ、それは……!」

 

赤松「くらえ!」ホノオ ボォー

 

 ヨォー ドドドンドン ハッ!

 

『火炎入道はレベルが上がって火炎入道2になった』

 

赤松「えっ」

 

七海「あー……やっちゃった」

 

赤松「ちょっ、まっ……死んじゃったー! カエデー!」

 

七海「……火炎入道が強敵と呼ばれる所以は、ドラゴン草とかが効かないことなんだよね」

 

赤松「うう……悔しいよー! もう一回挑戦して……ってもうこんな時間!?」

 

七海「一時間以上連続でプレイしてるね」

 

赤松「いつの間にかそんなに集中してたんだ……。じゃあちょっと休憩しないとね」

 

七海「だね。一時間プレイしたら十五分の休憩は必須だよ。私はあんまりしないけど」

 

赤松「そこはしようよ……。よーし、休憩したらもう一回チャレンジだよ!」

 

七海「おー!」

 

 

 ~つづく~

 

 



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24 七海さんと風来のカエデ②


七海「今回も台本形式だよ。一応念のため、台本形式の話が終わるまでは毎回こうして一言断っておこうかな」

七海「それでもいいって人だけ本編へどうぞ。よろしくおねがいします」




 

 

 

七海「……さて、前回までのあらすじだよ」

 

赤松「……」カチカチ

 

七海「風来のシレンを楓さんにやってもらったところ、なんと10階まで到達したんだ」

 

赤松「……ふふん」フンス

 

七海「でもそこで、ドラゴン草の仕様を知らなかった楓さんは、それを火炎入道に使ってしまい、圧倒的な()()にやられてしまう……火炎入道なだけに」

 

赤松「……ちょっと面白い」クスッ

 

七海「そして少しの休憩をはさんで、再挑戦することすでに5回……」

 

赤松「……」カチカチ

 

七海「最初の丁寧なプレイはどこへやら、低階層で何度も死んでしまう楓さんなのであった」

 

赤松「……ぬあー! また死んだよ! 回復してくれるおじさんだと思ったのに、ダマされた!」

 

七海(裏声)「あー、今のは座頭ケチだね。彼のツボ押しは背中の壺と同じ効果をもたらすけど、確率で失敗してしまうんだ」ワサワサ

 

七海「へー、そうなんだね解説のウサ木くん」

 

七海(裏声)「そうなんだよ実況の千秋ちゃん」ワサワサ

 

七海「さすが、ウサ木くんは博識だねー」

 

七海(裏声)「それは違うよ! ゲーマーである千秋ちゃんのほうが知識があるに決まってるじゃないか!」ロンパッ

 

赤松「……さっきから、千秋ちゃん一人で何してるの?」

 

七海「ウサ木くんもいるし、せっかくだから実況と解説をしてみたよ。楽しい!」

 

赤松「……まあ、楽しいんだったらなによりだよ。それより、竹林の村にすらたどり着かなくなっちゃったんだけど」

 

七海「みたいだねー。開始早々囲まれて死んでたし」

 

赤松「あれは運が悪かったね。さすがに逃げられないや」

 

七海「あと、地雷の罠からの毒矢の罠のコンボ」

 

赤松「まさか罠がすぐそこに連続であるとは……」

 

七海「ハブーン相手に連続で攻撃ミス」

 

赤松「一回でも当たってれば勝てたんだけどなー」

 

七海「クロスボウヤーとおばけ大根にもそれぞれやられてたね」

 

赤松「千秋ちゃんの言ってた意味が分かったよ……大根は強敵」

 

七海「まあこんな感じだったけど……でも、二回目以降死にやすくなるのはシレンじゃよくあることなんだ」

 

赤松「えっ。なんでなんで?」

 

七海「一回目は何も知らない旅だからどうしても慎重にプレイするでしょ。でも次からは二回目だから、プレイが雑になっちゃうんだよね」

 

赤松「あ……」

 

七海「あとはビギナーズラックってやつ? 不思議なことなんだけど、初回プレイって何故かみんな運がいいんだよね。いいアイテムも結構出るし、敵が特殊な行動もあんまりしなかったり」

 

赤松「確かに……一回目は剣も盾もあったし、大根も毒草を投げてこなかったよ」

 

七海「シレンは、常に最悪の行動を考えつつプレイするのが基本だね。攻撃を外す。敵は特殊攻撃をしてくる。歩いたら罠がある」

 

赤松「それは確かに最悪だね」

 

七海「だから、低階層でも油断はしない。ダンジョンを進んだらそれ以上に警戒する。幸い、動かなければ敵も動かないシステムだからね。マズイと思ったら時間をかけて考えるといいよ」

 

赤松「……はーい、気をつけまーす」

 

七海「……なんていろいろ言ったけど、これはゲームだからね。堅苦しくやるよりも好きなようにやったほうが楽しいよ。楓さんも、私がうるさかったら言ってね」

 

赤松「そんなことないよ! 挑戦した以上はクリアを目指したいしね。千秋ちゃんのアドバイスは助かってるよ!」

 

七海「……そう? じゃあ今からは、邪魔にならない程度にアドバイスするね」

 

赤松「うん、お願いね!」

 

七海「……カエデに、チアキが仲間に加わった!」テテレテテテテテン

 

赤松「おー、心強い! あ、仲間と言えば、このゲームに仲間はできないのかな」

 

七海「……んー、できないことはないけども……」

 

赤松「……? まあいいや、そのときはそのときだよ。もう一回旅に出かけよう!」

 

七海「わー、がんばれー」

 

 

 ~杉並の旧街道~

 

 

 テーテッテッテッテ テッテッテッテ テーテテテーテテテーテテテーテーテーー

 

 

赤松「んー、いい曲。今度ピアノで弾いてみようかな」

 

七海「えっ、楓さん弾けるの?」

 

赤松「弾けるっていうか、音階がわかるから似たようなのが弾けるかもってレベルかな」

 

七海「聴きたい聴きたい! ピアニストってすごいんだねえ……!」キラキラ

 

赤松「(今までにないくらい千秋ちゃんに尊敬されてる……)」

 

 

 ヨォー チャチャチャッ チャチャチャッ チャチャチャッチャ

 

 

赤松・七海「「ハッ!」」

 

赤松「毎回やってるねこれ」

 

七海「楽しいからね」

 

赤松「レベルも上がったし少し楽になったね。……あれっ、あのフラフラしてるおじさんは……」 

 

七海「あ、ケチだね。座頭ケチ」

 

赤松「指圧で私を殺したおじさんだ! こいつめー、許せん」

 

七海「ドラゴン草があるなら焼き殺せるよ。復讐しようか」

 

赤松「こわっ! そこまでするつもりはないんだけど」

 

七海「冗談だよ。焼き殺せるのは本当だけどね」

 

赤松「冗談だったんだ……。でも、ゲームなのにそこまでできるってすごいね」

 

七海「そうだよね。泥棒とかもできるし、そういうところは自由度が高いよ」

 

赤松「悪いことばっかりできるゲームだね……」カチカチ

 

座頭ケチ『200ギタンで、あんたの体を直してみせますが、どうですかねぇ?』

 

赤松「む。このおじさん、私を殺しておきながら何にも言わないよ」

 

七海「まあまあ。あれは体力が低かったのが不運だっただけで、たまには成功することもあるんだよ」

 

赤松「ほんとにー? じゃあ、次こそ成功させてもらおうかな。『指圧してもらう』っと」ポチッ

 

座頭ケチ『じゃ、ちょいとすいませんが、ダンナの背中をアッシのほうに向けてくれないですかねえ。なんせ目が見えないもんで……へっへっ』

 

赤松「むう……目が見えてないなら失敗しても仕方ないね」

 

七海「優しいね楓さん」

 

座頭ケチ『なあに心配いらねえよ。それに世の中にゃ、目明きよりよく見えるってものもありやしてね……』

 

赤松「前回失敗したけどね」

 

七海「あ、でも今回は成功したみたいだよ。よかったね」

 

赤松「よーし、今回は幸先いいぞー!」

 

 

 ~竹林の村~

 

 

赤松「村まで到着! ここまで来るのは久しぶりだよー。最初の村なのに」

 

七海「いえー。買い物しよう買い物。泥棒の仕方教えようか」

 

赤松「んー、鍛冶屋に行ってもお金が余りそうだし今回はいいかな」

 

七海「そっか。まあ、前回ペケジに話しかけちゃったから、泥棒するのは難しくなってるよ」

 

赤松「良心的な意味で?」

 

七海「システム的な意味で」

 

赤松「そうなんだ。でも、私はまだあの人がカエデの弟ってこと信じてないよ」

 

七海「なんと。それが楓さんの本性なんだね。人の言うことを基本的に信じてない」

 

赤松「いやいやいや! だって全然似てないじゃん!」

 

七海「カエデかっこいいもんね。わかるよ」

 

赤松「もー……。さて、買い物も終わったし後は……」

 

七海「あ、下のほうに行ったらイベントがあるかも」

 

赤松「ほんと? えーと、下下……あ、目の見えないおじさんがいるよ。何か絡まれてるみたいだね」

 

4人組『ケチィィーーッ、かくごーーっ!!』

 

赤松「尋常じゃなく怒ってる……。これはきっとあれだね、指圧で殺されちゃった復讐に違いないよ」

 

七海「根に持ってるね楓さん」

 

4人組『ぐえっ!』

 

赤松「あー、やられちゃってる。このおじさん、目が見えないのに強かったんだ」

 

座頭ケチ『……おおっ、その声は! カエデのダンナじゃありませんかい!』

 

座頭ケチ『ごらんのとおり、追われる身でやんす。こんな世の中は、右も左も闇夜だあね。まあ、目の見えない人間にとっちゃ、あまりかわらんがねえ……』

 

赤松「なんか渋いこと言ってるよ……。あれ、これだけ?」

 

七海「イベントの続きはまた別のところだね。よし、そろそろ次に行っちゃおうか」

 

赤松「次は鬼面武者が出てくるフロアかな。気をつけよっと」

 

 

 ~山頂の町~

 

 

赤松「無事に切り抜け町まで到着! レベルも結構上がったよー」

 

七海「いい感じだね。ここでレベル14は結構高いよ」

 

赤松「死の使いが地獄の使者に進化したときは焦ったよ。でも、薬草投げたらダメージが入るんだ。千秋ちゃんが教えてくれたおかげだね、ありがとう」

 

七海「いえいえ」

 

赤松「さて、この町はお店も無いし、鍛冶屋くらいしか寄るところないかなー……ん?」

 

七海「あ、またケチがいるね」

 

赤松「また大勢に囲まれてるよ。どれだけ人を殺したんだろ」

 

七海「殺しまではしてないと思うよ。殺されたのはカエデ(楓さん)だけだよ」

 

店主『あんたに指圧してもらってから、よけい肩はこるわ、力は抜けるわ、最低だよ。どうしてくれるんだい!』

 

赤松「でも指圧関係のトラブルみたいだよ。やっぱり他のところでも失敗してたんだ」

 

男『あんた、目が見えないフリして実は見えてんだろ! 証拠はあるんだぜ!』

 

子ども『ぼく、見たよ! 友達のオヤツを、うす目明けて盗んでくとこ!』

 

赤松「って目も見えてるんかーい! 子どものおやつにまで手を出しちゃだめだよ!」

 

七海「どうでもいいけど、『うす目明けて』って誤字じゃない?」

 

女『わたしがお風呂入ってる時、あんたがのぞいて『あっしは、盲目で……』なんて言ってたけど、あれウソでしょ! ヨダレたらしてたもん!』

 

赤松「女の敵だ! 覗くのは駄目だよ! 擁護できないよ!」

 

男『それ、みんな! やっちまえーっ!』

 

赤松「あー、ほら、覗きなんかするから……」

 

七海「覗きはやっぱり駄目?」

 

赤松「うん。不可抗力で見ちゃうなら仕方ないけど、自分からしちゃあ駄目だよ」

 

七海「うーむ、分からないでもない」

 

座頭ケチ『も、もう二度と悪さしねえ! だからお願いだ! ゆるしてくれ!』

 

赤松「あ、謝りだしたよ。ちゃんと謝れるのはいいことだね」

 

七海「まあこの状態で開き直るのも難しいよね」

 

赤松「でもこっちは一回死んでるんだよなあ……」

 

七海「考えてみたら、盲目って嘘をついたことは反省してるけど、ツボ押しの失敗は反省してないねケチ」

 

赤松「……このおじさん、カエデ(わたし)に一緒についてきたいとか言い出したよ。これは回復してくれる仲間をゲットしたってことでいいのかな」

 

七海「話しかけたらツボを押してくれるよ。3割くらいの確率で失敗するけど」

 

赤松「微妙だなあ……。でもま、仲間ができたんだしいいか! よーし、次行くよー!」

 

 

 ~断崖の岩屋~

 

 

 デレレレレレレーン!

 

赤松「わあっ!? なにこれ、モンスターハウス!?」

 

七海「開幕大部屋モンハウだね。うまく立ち回らないと死んじゃうよ」

 

赤松「敵を示す赤い点が画面いっぱいに……。これは、大きい一つの部屋ってこと?」

 

七海「そういうことだね。今回はやみふくろうがいるからモンスターは寝てるみたい」

 

赤松「一つの部屋ってことは……真空切りの巻物が使えるんじゃない? 部屋全体に攻撃でしょ」

 

七海「おっ、いい判断だね。一番いい真空切りの使い道だよ」

 

赤松「パワーアップの巻物もあるし……全部の敵を一掃できるかも! くらえっ!」トゥルルルトゥルルル

 

七海「いいねー。通常だったらがいこつまどうとかコドモ戦車が遠くから攻撃してくるから面倒なところだったよ」

 

赤松「いたねえ、コドモ戦車。ふー! 敵がどんどん倒せて気持ちがいい……えっ」

 

七海「あっ。ケチ死んだ」

 

赤松「え……これって仲間にも攻撃が当たるの?」

 

七海「そりゃあもう。乱数次第では生き残る可能性もあったけど、見事に高乱数を引いたね」

 

赤松「お、おじさぁーん! そんなつもりはー!」

 

 

 ~山霊の洞窟~

 

 

赤松「おっ、なんだこの敵……オヤジ戦車だって! あはは、コドモがオヤジになっちゃってるよー!」

 

七海「気持ちの切り替えに定評があるね楓さんは」

 

赤松「まあ、これでおあいこってことで。それよりも新しいエリアだよ! モンスターハウスでアイテムもたくさんあるし、いい調子なんじゃないかなこれは」

 

七海「だね。正直もう階段見つけたらすぐ下りちゃってもいいくらい。十分クリアできるアイテムだよ」

 

赤松「本当に? でもここから先どういう敵が出るか知らないし……」

 

七海「まあ、私がアドバイスしていいならだけどね。山場はまだまだあるよ」

 

赤松「緊張してきたなあ……ここでセーブとかできないの? 死んでもここからやり直したいな」

 

七海「中断はできるけどセーブはできないね。スーパーファミコンだし、死んだら最初からやり直しだよ」

 

赤松「やっぱりかー。じゃあ千秋ちゃん、またアドバイスよろしくね」

 

七海「うん。初めて見る敵とかの注意点とか、楓さんが即死行動しそうになったらやめるとかはするね。楽しみを奪いすぎないように」

 

赤松「ありがとね。千秋ちゃんは優しいなあ」

 

七海「……正直、ここまで楓さんが付き合ってくれるとは思わなかったからさ。もう十分私は楽しんだんだ。だからあとは、楓さんができるだけ楽しめたらいいなって」

 

赤松「……まあ、かれこれ数時間ゲームしちゃってるね。我ながらよく続いたなあ。止めどきを見失ったっていうのもあるけど」

 

七海「このフロア抜けたら火炎入道も出なくなるから、階段見つけたら一回休憩しよっか」

 

赤松「そうしよっか。よーし、休憩終わったらクリアするぞー!」

 

七海「おー!」

 

 

 ~つづく~

 

 



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25 七海さんと風来のマキ


七海「今回も台本形式だよ」

七海「あと2、3個ぐらいゲームをやる予定だから、もう少し待ってくれると嬉しいな」

七海「それじゃ、本編もよろしくお願いします。シレンは今回で終わりだよー」




 

 ~前回の翌日~

 

 

赤松「……と、いうわけで、今日は春川さんにゲームをやってもらうことにしましたー。わー」パチパチ

 

七海「わー」パチパチ

 

春川「……ちょっと待って。何が、『と、いうわけで』なのか分からないんだけど」

 

七海「昨日は楓さんにゲームをやってもらったから、今日は春川さんかなーって思って誘いました! やるのは楓さんがやったのと同じ『風来のシレン』だよ」

 

赤松「千秋ちゃんと一緒にやって面白かったから、次は春川さんにもやってもらおうと思ったんだ」

 

春川「またあんたたちは勝手に……。苗木にやってもらえばいいじゃん」

 

七海「誠くんともやりたいゲームはあるけど……この前から忙しいらしくて帰ってこないんだよね」

 

赤松「それに誠くんはあのゲーム、千秋ちゃんがやってるの見てるからね。初めてやる人の反応が見たいなー、私」

 

春川「それで私……。まあ別に嫌じゃないけどさ……」ブツブツ

 

赤松「ふふん。分からないところがあったら私が教えてあげるよ春川さん」

 

七海「おー。昨日始めてプレイしたのに、言うねー楓さん」

 

春川「そうなんだ。それで、赤松はそのゲーム、クリアしたの?」

 

赤松「ふっふっふ……実はねえ……」ホワホワホワーン

 

 

 

 

 

 ~瀑布湿原~

 

 

赤松「わ、私の剣が錆びさせられちゃった! うわっ、このハニワはレベル下げてくるよ!?」

 

七海「……ここはやらしい敵しか出現しないから、出口を見つけたらすぐに進んだほうがいいよ。アイテム探しもレベル上げもやめたほうがいいね」

 

赤松「……おっしゃる通りで。うー、出口どこー? ……わあっ、草が飛んできて混乱した!?」

 

七海「めまわし大根の混乱草だね。混乱しても矢での攻撃はまっすぐ飛ぶから、落ち着いて対処を……」

 

赤松「大根めー! 今度おでんにして食べてやる!」

 

 

 ~テーブルマウンテン~

 

 

赤松「むう、ミノタウロス強いなー。でもあと一回攻撃を受けても耐えるだろうし、ここはもう一回攻撃だよっ」

 

七海「待って、ミノタウロスはたまに痛恨の一撃を出してくるよ。下手したら一撃で死ぬから、ここは吹き飛ばしの杖か不幸の杖にしよう」

 

赤松「え、一撃で死ぬの!? あっぶなーい……」

 

 

 ~地下水脈の村~

 

 

七海「1000ギタンの壺はやりすごしの壺だね。打開アイテムにもなるから買ってもいいかも」

 

赤松「値段で識別できるってすごいなあ……。じゃあこっちの750円の杖は?」

 

七海「不幸、吹き飛ばし、一時しのぎのどれかだね。最初の二つは出てるから一時しのぎで確定かな」

 

赤松「おー! じゃあそれも買っちゃおう! アイテム欄にはまだ空きがあるし……」

 

 

 ~ムゲン幽谷~

 

 

七海「ここから出てくるガイコツまおうには絶対攻撃を受けちゃだめだよ。魔法で眠らされた瞬間、ほぼ確実に負けが確定するから」

 

赤松「さっきからそういうヤバすぎる敵多くない? 子どもがやったら泣いちゃうんじゃないこのゲーム……」

 

七海「昔のゲームは基本的に理不尽なんだよ。そうして子どもたちは成長していくんだ……」

 

赤松「そんな風に成長したくないなー……」

 

 

 ~滝つぼの洞窟~

 

 

赤松「えっ、30階に来たのにまだクリアじゃないの!? ボスが残ってるってどういうこと!?」

 

七海「ほら、黄金のコンドルの羽が蜘蛛の糸みたいなのに巻かれて流れてくるって誰か言ってたじゃない? それはこういう……」

 

赤松「なんかでっかい虫みたいなのがいるー! ヤバそう! シューベルトの、魔王の姿が見えた男の子くらいヤバいよ!」

 

七海「急にそう言う例えを出してくるね楓さん」

 

 

 

 

 

 

赤松「千秋ちゃんの協力もあって、見事クリアしました! いやー、まさかバクスイの巻物が……」

 

七海「ストップ。楓さん、ネタバレは駄目だよ」

 

赤松「はっ、危ない。クリアしたときの達成感を思い出してて、つい」

 

春川「……まあ、クリアできたっていうのは分かったよ。なんにせよやらせる気満々みたいだし、さっさと始めよう」

 

七海「うん。はい春川さん、コントローラー」サッ

 

春川「ん」

 

赤松「こたつのここの席に座っていいよ。私たちは隣で見てるから」ポンポン

 

春川「ん……って、なにこの快適な席」

 

七海「私がセッティングした、ゲームしやすい特等席だよ。そのにいるウサギは、ウサ木くんね」

 

七海(裏声)「やあ! よろしくね春川さん!」

 

春川「ネーミングがそのまますぎる……」

 

赤松「電源入れて……よーいスタート!」カチッ

 

 

テレビ『~風来のシレン~』

 

 

春川「『冒険に出る』っていうのがある……これかな。……ってなにこれ」

 

赤松「どうしたの?」

 

春川「セーブデータが三つあって……風来のカエデの下に、風来のマキがあるんだけど」

 

七海「私があらかじめ作っておいたよ! マキもシレンの世界に合ってそうな名前だよね」

 

春川「名前の変更のやり方は……」カチカチ

 

赤松「すごい、もうこのゲームに対応してきてるよ」

 

七海「えっ、変えちゃうの? わざわざ変えてまでつけたい名前でもあるのかな。春川さんのネーミングに期待が寄せられるね」

 

春川「……やっぱこのままでいい」

 

七海「よかった。私もそのままでいいと思ったよ。魔姫って漢字で書くとかわいくて怖い感じがあるけど、カタカナで書くとかっこいいよね」

 

赤松「そうだねー。あ、なんでそう言うイメージなのかと思ったら、鉄火のマキちゃんと同じだからだよ。アンパンマンの」

 

七海「ああ、あのツインテールの」

 

赤松「そうそう! 鉄火巻きみたいにしてるんだよね」

 

春川「……鉄火巻きだのハルマキだの、百田も赤松も、どうしても私を食べ物にしたいみたいだね」

 

赤松「そんな意図は無かったけど……」

 

七海「でも、食べ物の名前ってかわいいよね。私のクラスメイトに蜜柑ちゃんがいるけど、かわいいよ」

 

赤松「分かる! 百田くんが言う、ハルマキっていうのもかわいくて好きだなー私」

 

春川「……名前のくだりでどんだけ話を広げるつもり? もう行くよ」カチカチ

 

赤松「あっ、駄目だよ春川さん。ちゃんと村の人たちに話を聞かないと、操作方法とか分からないよ?」

 

春川「そういうのは、やって覚えるからいい。それに、赤松が教えてくれるんでしょ?」

 

赤松「そうだった! あのね、主人公はさすらいの風来人で、コッパっていうイタチと一緒に旅してるの。それで今回はー……」カクカクシカジカ

 

春川「これが攻撃でこれがメニュー……」ブツブツ

 

赤松「Rボタンを押してるとナナメ移動がしやすくなるよ」

 

春川「こうか……うん、だいたいわかったよ。最初は敵もまだ弱いみたいだね」ザシュッ

 

 ヨォー チャチャチャッ チャチャチャッ チャチャチャッチャ ハッ!

 

春川「……は?」

 

赤松「レベルアップしたね」

 

七海「最初だからね。結構サクサクレベルは上がるよ」

 

春川「……」カチカチ

 

 ヨォー チャチャチャッ チャチャチャッ チャチャチャッチャ ハッ!

 

春川「……ふっ」クスッ

 

赤松「あ、ウケてる」

 

七海「かわいい」

 

春川「う、ウケてない」

 

赤松・七海「「……」」ジー

 

春川「……」

 

赤松「……まあ、そういうことにしとこうか」

 

七海「そうだね。からかい過ぎはよくないね」

 

春川「私をからかおうなんて思うのあんたたちくらいだよ……」カチカチ

 

七海「おっ、春川さん操作に慣れるの早いねー」

 

春川「……なんか落ちてる。弟切草? なにこれ」

 

七海「アイテムの説明はメニューから見られるよ。訊かれたらアドバイスはするけど、最初だからまずは自分で試して知っていく楽しさを感じてほしいな」

 

春川「『HPがたくさん回復するぞ』……か。回復アイテムってわけね」

 

七海「そういうことだね」

 

赤松「わあ……完全に初めての挑戦って感じ。手探りでやってる感があって見てると楽しいよ」

 

春川「またアイテム……松の杖だって。武器かな」

 

七海「魔法アイテムだね。振った先にいる敵に魔法を当てると、杖によっていろいろな効果があるよ」

 

春川「なるほど……って、『識別されてないのでよくわからない』?」

 

赤松「そうなの。杖は実際に振ってみないとなんの効果があるのか分からないんだ。あとはまあ、識別の巻物とかで鑑定しても分かるけど」

 

七海「杖によって振れる回数は決まってるよ。だいたい五回から八回の間かな」

 

春川「ふーん……。あ、杖に名前をつけることもできるんだ。じゃあ、松の杖だから『あかまつ』にしよう」

 

赤松「なんで私!?」

 

春川「マキって勝手につけられたから、そのお返し」

 

赤松「それつけたの千秋ちゃんなのに……」

 

七海「(……っていうか、杖に名前がつけられるのは、自分なりに識別したのを忘れないようにするためなんだけど……)」

 

春川「杉の杖も拾った。じゃあこれは『なえぎ』にする」

 

赤松「杉の苗木みたいだね。ちっちゃそう」

 

七海「(……まあ、春川さんが楽しそうだからいいか)」

 

春川「また新しい杖だ。これはあえて『ちゃばしら』に……」

 

 

 ~山間渓流~

 

 

赤松「3階まで来たね。ここからおばけ大根が出るところだ」

 

春川「3階……何階まで行けば終われるの?」

 

七海「とりあえずは30階かな。その後にもまだ別のダンジョンがあったりするけど」

 

春川「多い……さっさとクリアしたいんだけどな」

 

七海「まあ、他のゲームみたいに後半のダンジョンが広くて複雑になるってことはないから、サクサクやれば結構進むよ。もちろん敵は強くなるけど」

 

春川「だったらいいけど……って()った! ……なんか遠距離から攻撃されてる」

 

赤松「あ、ボウヤーだね」

 

春川「矢か……どうやら真正面にしか射てないみたいだね。だったらこう移動すれば……」

 

七海「おおっ、対ボウヤーの移動方法をもう編み出すとは。軸さえ合わせなければいいから、そんな感じでジグザグに動けばいいんだよ」

 

春川「む……斜めからも別の敵が来てる。そっちがそう来るなら私はこうだよ」

 

赤松「! そう動いちゃうと……」

 

春川「……ふん、間に別の敵を誘導したから当たらないね。矢なんかで攻撃するから味方に誤射を……」

 

 ヨォー ドドドンドン ハッ!

 

春川「っ!? 色が変わった……」

 

七海「あー、クロスボウヤーになっちゃったね」

 

赤松「モンスターがモンスターを倒すと、倒したモンスターは一段階レベルアップするんだよ」

 

春川「そんな……。あの一瞬でクロスボウの組み立てを……」

 

赤松「驚くとこそこ!?」

 

七海「なんにせよ今のレベルじゃ殴り合っても勝てないから、なにかアイテムを使わないと」

 

春川「アイテム……おにぎりと草と杖しかない」

 

七海「十分だね。適当に一個杖を振ろうか。振れば矢と同じ軌道でまっすぐ魔法が飛ぶから」

 

春川「じゃあ苗木の杖にする」

 

赤松「苗木の杖って……なんかもうそういうアイテムみたいになってるね」

 

春川「選んで……振る」ポチッ

 

赤松「これは……レベルが下がってボウヤーに戻ったね」

 

七海「ってことは不幸の杖だね。相手のレベルを一段階下げる杖だよ。こうなればもう普通に倒せるはず」

 

春川「……ふう、生き残った。……それにしても、苗木の杖がなに? 不幸の杖?」

 

七海「うん。識別すれば不幸の杖って名前になると思う」

 

春川「……超高校級の幸運の名前をつけたのに、不幸の杖って。変なの」クスッ

 

赤松「(名づけたのは春川さんだけどね)」ヒソヒソ

 

七海「(自分でやって自分でウケてる。かわいいね)」ヒソヒソ

 

春川「……今の敵、なんかアイテム落としたみたい。……腕輪?」

 

赤松「腕輪かあ。腕輪は私のときあんまり出なかったから知らないけど……マイナス効果はほとんどないみたいだから装備したら?」

 

春川「そうする」シュピーン

 

七海「!」

 

赤松・春川「「……」」

 

春川「……何か変わった?」

 

赤松「さー? でも確か腕輪って、付けただけじゃ効果は分からないんじゃ……」

 

春川「あれ、なんかマップ表示おかしくない? なんか自分がいる部屋以外にも赤い点が表示されてるよ」

 

赤松「あっ、ほんとだ、なんでだろう。ゲームの不具合かなあ……。千秋ちゃん、分かる?」

 

七海「……と」

 

赤松・春川「「と?」」

 

七海「透視の腕輪だ……!」

 

 

 

 ~断崖の岩屋~

 

春川「10階まで来たね。やっと三分の一が終わったよ」

 

赤松「もう10階!? 早いよー! 私ここまで来るのに苦労したのに!」

 

七海「透視の腕輪をゲットしたからね。敵の位置とアイテムの位置が全把握できれば、事故も減るし無駄な探索もしなくて済む。一時しのぎの杖を使えば階段の位置もわかる。スピードもそりゃあ上がるはずだよ」

 

赤松「いいなー、透視……。私の旅にも欲しかったよ」

 

春川「ラッキー……ってことなのかな。さすが苗木、いい仕事するね」

 

七海「苗木くんの杖を使ったらモンスターがドロップしたんだもんね」

 

赤松「むう……。あ、火炎入道だよ! こいつは手強いからドラゴン草を使うのはどうかな!?」

 

春川「見たところ炎の塊なんだけど……。ドラゴン草、効くの?」

 

七海「効かないね。それどころかレベルが上がるよ。楓さんはそれで死んだの、忘れちゃった?」

 

春川「……へえ、そうなんだ。教えてくれてありがとね七海」

 

七海「いえいえ」

 

春川「……さて、赤松」ジロリ

 

赤松「……えへ♡」テヘペロー

 

春川「……謝るならこの程度で許してあげるよ」ホッペムニー

 

赤松「ご、ごめんなひゃい! 仲間を増やひょうとしてまひた!」イテテテ

 

春川「まったく、油断も隙もあったもんじゃない。この調子でサクサク行くよ」

 

七海「おー!」

 

赤松「おー!」ヒリヒリ

 

 

 

 ~山霊の洞窟~

 

春川「……」ズバッ

 

赤松「……すごい、ウサギ相手でもなんのためらいもなく切り捨ててる」

 

春川「だってこいつ、敵を回復させてくるし……」

 

赤松「むー! 保育士なのにそんなんじゃ、子どもも懐いてくれないぞー!」

 

七海「春川さんはコドモ戦車相手でも普通に切り捨ててるから今さらだよ」

 

春川「だってあいつら、ちょろちょろしてて鬱陶しいし……って関係ないでしょ」

 

 

 

 ~テーブルマウンテン~

 

春川「む……厄介なのがたくさんいるね。ここは赤松の杖をこいつに振って……」

 

七海「みがわりの杖だね。いい判断だと思うよ」

 

春川「茶柱の杖で吹き飛ばせば……はい、殲滅」

 

赤松「うわ、うまい……っていうか、杖の名前それが普通になっちゃってるね。茶柱さんの杖が吹き飛ばしって、なんとなく合っているような気もするよ」

 

春川「赤松も身代わりみたいなところあるよね。真犯人に濡れ衣着せられて殺されそうな」

 

赤松「なにその例え!? 犯人にされるのは嫌だなあ……」

 

七海「……なんだろう。私もそれにものすごく同意だよ……」ブルブル

 

 

 

 ~黄金都市~

 

春川「30階まで来た……」

 

赤松「一回目の挑戦なのに!? 春川さん、すごすぎない!?」

 

春川「まあ、七海に助言をたくさんもらったおかげだけど。後半難しすぎない? このゲーム」

 

七海「確かに初見殺しの敵ばっかりだけど……春川さんの立ち回りもすごかったよ。知ってる知識の中で最善手を選んでたんじゃないかな」

 

赤松「うんうん! 身代わりして吹き飛ばしたところとかすごかったね!」

 

春川「……別に、たまたま思いついただけだよ」

 

七海「このゲームは、操作の上手さよりも思考の上手さがモノを言う戦略ゲームだよ。少なくとも春川さんは、そういうのが得意なんだね」

 

春川「そんなの自分では分からないけど……って、まだ終わりじゃなかったね。ボスがいるんでしょ?」

 

赤松「えっ、なんで知ってるの?」

 

春川「なんでって……流れでなんとなく分かるでしょ。その昔、巨大な魔物が現れたから黄金のコンドルを封印した。今こそ黄金のコンドルの封印を解いて欲しいって……明らかにその魔物と闘う流れじゃん」

 

赤松「そうなの? でもコッパは、『昔のことだからきっとその魔物ももう生きてないぜ』って」

 

春川「完全に魔物生きてる発言だよそれ」

 

七海「まあ……お約束ってやつだよね」

 

赤松「分からなかった……普通に驚いちゃってたよ」

 

七海「見てるほうは実に楽しかったよ。楓さん、油断してるなあって」

 

春川「……さて、じゃあ魔物退治に行こうかな。七海、最後の魔物の特徴教えて」

 

七海「いいよ。ここのボスはね、攻撃力が高いんだけど……」カクカクシカジカ

 

 

 

 

 

春川「……ふうっ。クリアした」

 

七海「あー、終わっちゃった……」

 

赤松「終わっちゃったね。すごいよ春川さん、おめでとう!」

 

七海「……すごいけど、もっと春川さんとゲームしたかったよ……」

 

春川「……」

 

赤松「確かにね。言っても一時間以上はゲームしてるんだけど、すぐにクリアしちゃったもんね」

 

七海「まあ、休憩するにはいい時間かな……。休憩したら何しようか」

 

春川「……別に、休憩の後もゲームすればいいんじゃない。他にもダンジョンあるんでしょ」

 

七海「えっ」

 

春川「まあ、やってみたら結構面白いゲームだったし……それにこれ考えるゲームだから、子どもの教育にもよさそうだし……前にゲームは子どもの成長によくないとか言った手前、アレだけど」

 

赤松「おー。実際やってみたら、意見が変わっちゃったんだ」

 

春川「このゲームに限った話だよ。……あ、そうだ、今度は七海がプレイしてるところ見せてよ。ゲーマーの腕がどれほどなのか見てみたいしね」

 

赤松「あ、私も見たいかも! 何度か見てるけど、実際にやった今になって改めて見たら、千秋ちゃんのすごさがわかるよね!」

 

七海「……! うん、やるよ! じゃあその後は、二人は次のダンジョンに挑戦してね。フェイの最終問題って言うんだけど……」

 

赤松「まだ私もやってないところだね。よーし春川さん、協力してやろうか!」

 

春川「ん……。ちなみにそのダンジョン、何階まであるの?」

 

七海「99階だよ」

 

赤松・春川「「多っ!」」

 

 

 ~おわり~



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26 七海さんとカービィ


七海「今回も台本形式。あとちょっとで終わりだからもう少し待ってね」

七海「読まなくても問題ないけど、本編の話と少しつながるところがあるから、読んだほうが楽しめる……と思うよ?」

七海「では、どうぞー」




 

 ~前回の翌日~

 

 

七海「オッスオッス。今日は舞園さんとゲームをやっていくよ」

 

七海(裏声)「えっ、舞園さんって、あの超高校級のアイドルの? どうしてそんなすごい人がこの家に?」

 

七海「ね、びっくりだよねウサ木くん。なんでいるかは分からないけど、起きたら一階に舞園さんがいたんだよ」

 

七海(裏声)「そうなんだ……きっと千秋ちゃんがいい子にしてたから、サンタさんがプレゼントしてくれたんだよ」

 

七海「わあ、それは嬉しいね。いい子にしてるだけで舞園さんが来るなんて」

 

七海(裏声)「冷静に考えたらすごいことだよね」

 

七海「……と、いうことでよろしくね舞園さん」

 

舞園「は、はい、よろしくお願いします」

 

舞園「(七海さん……相変わらず独特の空気を持つ人ですね……)」

 

七海「今回舞園さんにやってもらうのは、初代星のカービィ。一人用のアクションゲームだよ」

 

舞園「へえ、カービィ! ゲームにあまり詳しくない私でも知ってますよ。あのピンクの丸いキャラクターですよね?」

 

七海「うん、そうだよ。今でも新作が出てるし有名だよね。今回は初代だからハードはゲームボーイなんだけど、さすがにこれじゃ見にくいから、スーパーゲームボーイを使ってテレビ画面でやっていくよ」

 

舞園「わ……見たことないゲーム機です。これが昔のゲームなんですね」

 

七海「そうだよ。はい、舞園さん、コントローラー」

 

舞園「はい、ありがとうございます」

 

七海「パッと見ボタンが多いかも知れないけど、実際に使うボタンは少ないから操作にはすぐ慣れると思うよ」

 

舞園「大丈夫ですよ! 私だって、友達とゲームしたことくらいあるんですから」

 

七海「おおっ、頼もしいね。それじゃあ前置きはこれくらいにして、ゲームを始めようか。スイッチ、オン!」カチッ

 

 

テレビ『星のカービィ』

 

 

舞園「あ、つきましたね。確かに昔のゲームっぽい雰囲気ですけど……そんなに違和感は無いですね。見やすいです」

 

七海「これがドット絵の魅力だよ……! まあポリゴンもCGもそれぞれ魅力はあるんだけど、私はドット絵が一番好きかな」

 

舞園「えーと……スタートボタンは……これですかね?」ポチッ

 

 

 ~ステージ1 グリーングリーンズ~

 

 

舞園「あっ、いきなり始まっちゃいました。いいんですか? これ」

 

七海「いいよ。昔のゲームだから、セーブデータとかも無いんだ」

 

舞園「そうなんですね。……あ、この音楽、もしかして有名なのじゃないですか? 聴いたことあるような……」

 

七海「お、分かる? この『グリーングリーンズ』は、アレンジもたくさんされてる名曲だよ。カービィのBGMと言えばコレ、と言っても過言じゃないね」

 

舞園「へえ……昔の曲なのにすごいんですね」

 

七海「そうなんだよ。……さ、音楽もいいけど、ゲームはプレイしなきゃだよ。動かして動かして」

 

舞園「あ、そうでした。えーと、これが移動で、これがジャンプ。このボタンを押したら吸い込みですね」パクッ

 

七海「だね。その状態で下ボタンで飲み込み、同じボタンを押せば吐き出せるよ」

 

舞園「ふむふむ……。あれ、ふわふわ浮くのはどうすればいいんですか?」カチカチ

 

七海「上ボタンだね。このときはジャンプボタンを連打しても浮かないんだよ」

 

舞園「ほんとだ、できました! ふふ、かわいいです、カービィ」

 

七海「(喜んでる舞園さんもかわいいなあ)」

 

舞園「ワープスターで先に進んで……と。あれ? もしかしてもう中ボスですか?」

 

七海「そうだよ。下に敵の体力が表示されてるね」

 

舞園「早いですね、まだコピー能力もゲットしてないのに……。でもこれを倒したらボムをゲットできそうです」

 

七海「あ、初代カービィにはコピー能力は無いよ。吸い込んで吐き出すだけ」

 

舞園「そうなんですか!?」

 

七海「うん。だから飲み込みボタンは基本使わないよ」

 

舞園「……ほんとだ、倒したらそのまま爆発しちゃいましたね」

 

七海「流れるようにボスを倒したね。ひょっとして舞園さん、ゲーム上手い?」

 

舞園「どうでしょう? 自分では分からないですけど……。ふむ、先に進んでもコピーできそうな敵は出てきませんね」

 

七海「そうだね。……ところで舞園さんは、コピーしてない状態のカービィのことをなんていうか知ってる?」

 

舞園「え? えーと……ノーマル、とか、スカ、とかでしょうか」

 

七海「それも間違いじゃないけど……正解はね、『すっぴん』」

 

舞園「すっぴん」

 

七海「そう。センスがあると思わない?」

 

舞園「確かに……ノーメイクを指す言葉を使うって発想は驚きですね。……ということはカービィって、女の子なんですか?」

 

七海「それは明言されてないはずだけど……説明書とかで『彼』って呼ばれてたり、一人称が『ぼく』だったりするから、男の子なんじゃないかな。女の子にちゅーされて照れる描写もあるし」

 

舞園「(ちゅー……言い方かわいい)」

 

七海「あ、そこマキシムトマトあるよ。体力減ってるし取っとこう」

 

舞園「これですね。たしか全回復するんでしたっけ」

 

七海「うん、トマトはカービィの大好物だからね。ちなみに苦手なのは毛虫だよ」

 

舞園「女の子みたいですね」

 

 

 ~ステージ2 キャッスル ロロロ~

 

 

七海「ウィスピーウッズも簡単に撃破して2面まで来たね」

 

舞園「まあ……リンゴを吸って吐き出すだけですからね」

 

七海「そうなんだけどね。次回以降のカービィはコピー能力があるから、吸って吐くだけの攻撃が苦手な人はいるみたい。特に子どもはね」

 

舞園「そうなんですか……あ、マイク!」

 

七海「マイクは初代からあるんだよね。吐き出したら攻撃できるよ」

 

舞園「はいっ!」プゥピィィィィッ!!

 

七海「……そう言えばカービィって、ボス倒したら踊るんだよね」

 

舞園「はい。さっきもそうでしたよね」

 

七海「そして今はマイクも使ってる……。歌って踊れるって、舞園さんみたいだね」

 

舞園「えへへ……私もカービィの知名度に追いつけたらいいんですけど」

 

七海「でも、カービィは音痴らしいからやっぱり舞園さんとは違ったよ」

 

舞園「あ、敵を倒せるのって音痴だからなんですね……っと、ボムもありますよ。これもある意味コピー能力ですね」

 

七海「だね。ところで舞園さんは、なんのコピー能力が好き?」

 

舞園「ええと、そこまで知ってるわけではないんですけど……強いて言うならエスパーですかね」

 

七海「わ、比較的新しい作品の能力だ。やりますなあ」

 

舞園「七海さんは……スリープが好きそうですよね」

 

七海「えっ、なんで分かったの」

 

舞園「エスパーですから。……なーんて」

 

七海「……面白い! 舞園さんって天才だね」

 

舞園「これだけでそこまで言われると……恥ずかしいです」ポッ

 

七海「(かわいい)」

 

舞園「……なんて話してたら、中ボスも倒しちゃいましたね」

 

七海「サクサクだね」

 

舞園「……あ、また別のアイテムがありますよ。カレーです。これは回復アイテム……」

 

七海「じゃなくて、激辛状態になるアイテムだね。一定時間炎が吐けるよ。これも初代のコピー能力と言えばそうなのかも」

 

舞園「炎が吐けるって……どれだけ辛いカレーなんでしょうね。私、辛いの結構好きですけど」

 

七海「そうなんだ。じゃあ舞園さんの好きな食べ物って何?」

 

舞園「ラー油です」

 

七海「……まさかの調味料」

 

舞園「ふふふ……あ痛っ!? ……これって無敵状態じゃないんですね」

 

七海「分かる。音楽も変わるし、紛らわしいよねそれ」

 

 

 ~ステージ3 フロートアイランズ~

 

 

七海「ロロロとラララを倒して3面まで来たよ」

 

舞園「……さっきも思いましたけど、ボスの名前とかしっかり憶えてるんですね」

 

七海「そうなんだよね。カービィ七不思議の一つなんだけど、名前を見る機会ってそんなに無いのに、敵キャラの名前って何故か憶えてるんだ」

 

舞園「そ、それは七海さんだけでは……じゃあこの敵の名前とか分かります? なんか結構カービィで見かける敵ですけど」

 

七海「それはカブーだね。ただの敵なのに、アニメではワープスターを吐きだす重要キャラだよ」

 

舞園「アニメ! そう言えばありましたね。私、子どものころはテレビっ子でしたから見たことありますよ!」

 

七海「ゲームじゃ普通だけど、アニメで主人公が喋れないってなかなかすごいよね」

 

舞園「ポヨォ? だけで感情を表してましたね。ポケモンのピカチュウもそうですけど」

 

七海「あ、似てる。舞園さんの声ってカービィに似てるね」

 

舞園「そうですか? 自分では分かりませんけど」

 

七海「あと、リックの二代目と、帽子をかぶったキャピィの男の子にも声が似てる」

 

舞園「ピンポイントすぎません? さすがに憶えてないですよ」

 

七海「スマブラのネスにも似てるよね」

 

舞園「ゲームが変わってるんですけど……あ、またカレーがありますよ。取りましょう」

 

 デデデレデレッデ デデデレデレッデ

 

舞園「この曲もなんかいいですよね。慌てちゃってる感じがします」

 

七海「『やきいもシューティング』だね。私も好き」

 

舞園「カレーなのにやきいもなんですか?」

 

七海「理由は後でわかるよ……あ」

 

舞園「あ……水に入ったら元に戻っちゃいました」

 

七海「1UPに釣られたね。あるあるだよ」

 

舞園「むう……スタッフも結構やらしいことしてきますね」

 

七海「あはは。まあもうすぐボスだからあんまり関係ないよ」

 

 

 ~ステージ4 バブリークラウズ~

 

 

七海「3面のボス、カブーラーには少し苦戦したけど4面まで来たね」

 

舞園「難しかったです……急に今までと違うタイプなんですもん」

 

七海「カービィ名物、急に入るシューティング、だよ。初代からあったんだね」

 

舞園「……やきいもシューティング、の意味が分かりました。そのまんまですね」

 

七海「ね。やきいもを食べてもBGMが同じなんだ」

 

舞園「制限時間があると思って焦っちゃいましたけど、アレは無制限だったんですね」

 

七海「そうだよ。……ちなみにカブーラーだけ、スーパーデラックスではカットされてるんだよね。その代わりウルトラスーパーデラックスでは再登場を果たすよ」

 

舞園「相変わらず詳しい……」カチカチ

 

七海「……あ、舞園さん、今の敵キャラ、知ってたりしない?」

 

舞園「え、今のお化けみたいなキャラですか? んー……分からないです。他の作品でも見たことないと思いますし」

 

七海「そっかあ……今のはチービィだよ。漫画のカービィで初期にだけ登場したカービィの友達」

 

舞園「あー……漫画は読んでないですね」

 

七海「残念。もし知ってたら、おーってなるところだったんだけど」

 

舞園「残念です……でも、他の敵なら見たことあるのがいくつかいますよ。このビームとカッターの敵とか」

 

七海「ワドルドゥとサーキブルだね。ヘルパーとして出てくるから知名度も高いよ」

 

舞園「あとこのかわいい顔の……」

 

七海「スカーフィ。舞園さん、吸い込んだことある?」

 

舞園「どうでしょう? もしかしたら無いかもしれないです。どうなるんですか?」

 

七海「やったことないならやってみたらどうかな」

 

舞園「そうします……って、怖い!」

 

七海「おお……ナイスリアクション」b

 

舞園「カービィにこんな怖いモンスターがいるなんて……」

 

七海「カービィは意外とトラウマになる敵が多いよ。3のラスボスとか見た目かなり怖い」

 

舞園「あまり知りたくない情報ですね……」

 

 

 ~ステージ5 マウント デデデ~

 

 

七海「クラッコを倒して、ついに最終ステージだよ」

 

舞園「もう最後なんですか? 結構短いんですね」

 

七海「初代だし、ゲームボーイだからね。と言ってもクラッコで少しは苦戦すると思ったんだけど……」

 

舞園「動きも決まってるみたいですし、体当たり以外は特によけるのも難しくありませんでしたよ?」

 

七海「予想以上にゲーム慣れしてたね。……さて最終ステージだけど、いきなりデデデの城に突入だよ。そこに行く過程なんかは全部飛ばして、ワープスターでいきなり城に突っ込むっていうのは斬新だよね」

 

舞園「言われてみれば……。ところでカービィは、どういう理由でここまで来たんですか?」

 

七海「ストーリーの解説をしてなかったね。えっと単純に言えば、国中の食べ物がデデデ大王に奪われちゃったから、それを取り戻しに行こうってストーリーだよ」

 

舞園「ほんわかするようなストーリーですけど、国中の食べ物を奪うって相当ですよね」

 

七海「ドンキーコングでは島中のバナナが盗まれるし、よくあることなんじゃない?」

 

舞園「はた迷惑な話ですね。いったい何がしたいんでしょうか」

 

七海「さー? それより、最終ステージはボスラッシュだよ。ロックマンでもおなじみだね」

 

舞園「それは分からないですけど……このゲームのボスってあんまり難しくないから、むしろ簡単な気もしますね」

 

七海「体力の回復ができないからそこだけが少し難しいかな」

 

舞園「なるほど……じゃあまず体力があるうちにシューティングのボスから倒すことにします。順番は自由でいいんですよね?」

 

七海「うん。残機もあるし、一回くらい死んでもなんとかなるよ」

 

舞園「よーし……」

 

 

 

 

 プゥピィィィィッ!!

 

七海「勝った! 星のカービィ第一部、完!」

 

舞園「まさかの断末魔がカービィのマイクと同じ音っていう……」

 

七海「デデデ大王もあっさり倒したね」

 

舞園「体力は多かったですけど、やはり動きが単調でしたね」

 

七海「あとはエンディングだけど……」

 

舞園「……あ、七海さんが言ってたように、食べ物を取り返して空から配ってるみたいですね」

 

七海「うん。プププランドに平和が戻って、めでたしめでたしだね」

 

舞園「面白かったです! 気軽に遊べたのはよかったですね」

 

七海「そうだね。舞園さん忙しそうだから、やりこむタイプじゃないゲームにしてみたよ。時間があったら2とか3も一緒にやりたいんだけど」

 

舞園「ふふ、ではそのときはぜひ……おや?」

 

苗木「うう……起きたら喉がカラカラだ……お水お水……」

 

舞園「苗木くん! 体調は大丈夫なんですか!?」

 

苗木「あれ、どうして舞園さんが……」

 

七海「はい誠くん、お水だよ」つ廿

 

苗木「あ、千秋ちゃん、ありがとう……。どうして千秋ちゃんもここに……」

 

七海「ここに住んでるからだけど……ん、熱い。熱があるね」ピトッ

 

舞園「(七海さんのおでこが苗木くんのおでこに……)」

 

苗木「……そうだったね、一緒に住んでたん……待って、舞園さんがいるってことは……!」

 

七海「うん、シェアハウスのことはバレちゃったね」

 

舞園「あ、内緒ではあったんですね。苗木くんを訪ねたら赤松さんと七海さんがいて驚きましたけど……」

 

苗木「うーん……」ガクッ

 

七海「あ、気絶しちゃった。うお、重い。舞園さんそっち持って」

 

舞園「は、はい。……大丈夫でしょうか苗木くん。突然来たから驚かせちゃいましたかね」

 

七海「驚かせたかもしれないけど、嫌じゃないだろうし大丈夫だよ。ね」

 

舞園「そうならいいんですけど……」

 

七海「あ、楓さんに連絡しとかなきゃ。誠くん、やっぱり体調崩したよって。リンゴでも買ってきてもらおうかな」

 

苗木「……うー」ダラリ

 

舞園「苗木くんキツそう……」

 

七海「……よーし、じゃあ誠くんのためにおかゆを作ろう。舞園さんからデデデから食べ物を取り返してくれたからね」

 

舞園「わ、私も手伝います! 今日はそのために来たようなものですから」

 

七海「そうだったんだ。私としては舞園さんとゲームができてラッキーだったよ。楽しかった」

 

舞園「……まあ、私も途中からゲームを楽しんでましたけど」

 

七海「……また遊びに来てね?」

 

舞園「そ、それはもちろん……!」

 

苗木「……ふべっ!」ビターン!

 

七海「あ、やべ」

 

舞園「な、苗木くーん!」

 

 

 ~おわり~

 

 



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27 七海さんとフリーホラー①


七海「今回も台本形式……に加えて注意がもう一つあるよ」

七海「今回やるのは謎解きゲームなんだけど、話の都合上ゲームのネタバレが少し含まれちゃってるから注意してね。一応過度なネタバレや、知らない人に向けても分かるようには注意するつもりだけど」

七海「それでは、それでもいいって人たちは、本編どうぞー」


 

 ~シェアハウス内~

 

 

七海「今日は春川さんの他に、百田くんと最原くんが来たよ! 最近いろんな人が遊びに来てくれて嬉しいな」

 

百田「おう! 赤松から、苗木の奴が風邪引いたって聞いてたからな! 先輩なら、後輩の面倒は見てやるもんだぜ!」

 

最原「まあ苗木くんは寝ちゃってるみたいだから僕たちは部屋から追い出されたけどね……春川さんから」

 

百田「ったくハルマキの奴……俺たちのどこがうるさいってんだ!」

 

七海「えーと……現在進行形でうるさいよね?」

 

最原「結構容赦ないね七海さん」

 

百田「苗木に買った風邪薬とかジュースとか、誰が金を出したと思ってんだ」

 

最原「僕だよね? 百田くんは、財布忘れたとかで出してないよね」

 

百田「ふむ、そんなことより……」

 

最原「(そんなこと!?)」

 

百田「ハルマキから、七海と遊んでやってくれって頼まれてんだよな」

 

最原「完全に保育士のお願い事だ……」

 

七海「そうだよ! 今日百田くんと最原くんは私とゲームして遊ぶんだ! この前は楓さんや春川さんと一緒にゲームしたよ」

 

最原「へえ……楽しそうだね」

 

百田「そんで、何のゲームで遊ぶんだよ? ゲームならそこそこ得意だぜ」

 

七海「そうだね。せっかく百田くんがいるんだし、宇宙に関係するゲームをやろうかと思ったんだけど……」

 

最原「(なんだろう。マリオギャラクシーとかかな)」

 

七海「アストロノーカとかね。宇宙で農家を目指すゲームだよ」

 

百田「おお!」

 

最原「(予想の斜め上過ぎる)」

 

七海「……とまあこんな感じで他にもいろいろ考えたんだけど、宇宙のゲームってどれもクリアに時間がかかるものばっかりなんだよね」

 

百田「宇宙だからな! 壮大なのはゲームでも変わらないってことだ」

 

七海「だから発想を変えて、最原くんに寄せて謎解きゲームをすることにしたよ」

 

最原「わ……そうなんだ。ちょっと楽しみ」

 

七海「ガチガチの推理ゲームで、読み進めていくだけのノベルゲーム……ってやつじゃないから、百田くんも楽しめるんじゃないかな」

 

百田「おう! 終一がうまくやれるか横から見ててやればいいわけだな」

 

七海「じゃ、準備するからちょっと待っててね」ガサゴソ

 

最原「あ……パソコンでやるゲームみたいだね。画面はテレビに映すのかな」

 

百田「コントローラーもパソコンに繋ぐのがあんだな。少なくともオレが知ってるゲームじゃなさそうだ」

 

七海「……よしっ、できた。今回やるのは『Ib』っていうフリーゲームだよ。美術館に訪れた女の子イヴに、不思議なことが起きるんだ」

 

百田「ふむ、聞く感じだとファンタジー系か? まあ女子がすすめるゲームだしな」

 

最原「Ibなのに、イブじゃなくてイヴなんだね」

 

七海「そうなんだよねー。……ところで二人は、クリスマスイヴには誰かと過ごしたのかな」

 

最原「……えーと、僕は残念ながら……」

 

百田「知ってるか七海……ロシアのクリスマスは1月7日なんだぜ」

 

最原「(それがなんなんだろう)」

 

七海「知らなかったよ。百田くんは物知りだね」キラキラ

 

百田「へへー、だろ!」

 

最原「(それでいいんだ……)」

 

百田「ほら終一、なにしてんだ。お前がやるんだから、お前がコントローラー持たなきゃ始まんないだろ」

 

最原「あ、ごめん。これでいいかな」

 

七海「……うん、キーコンフィグも設定したし、これでできると思う。じゃあ始めるよー」

 

 

テレビ『 ~Ib~ 』

 

 

最原「……え」

 

百田「……!?」

 

七海「あれ、二人ともどうかした?」

 

最原「……心なしかタイトル画面がおどろおどろしいような」

 

百田「な、なんで背景が真っ暗なんだよ……この子もなんか生気がねーし……」

 

七海「失礼な。イヴちゃんはちょっとぼーっとした女の子だよ。かわいいよ」プンプン

 

百田「そ、そうか……わりーな」

 

最原「……と、とりあえずニューゲームにするよ?」ポチッ

 

『昼下がりの灰色の空の下……イヴとその両親は美術館に向かっておりました……』

 

百田「……なんか音楽暗くねーか?」

 

最原「うん、僕もそう思うよ」

 

七海「えっ、そうかな」シレッ

 

最原「……あっ、場面が変わって美術館の中に入ったみたいだよ」

 

百田「音楽も戻ったな……なんだ気のせいか。おどかすなよな、ったく」

 

最原「ふむふむ……どうやらゲルテナって人の展覧会みたいだね」

 

百田「家族で美術館に行くってなかなか渋いな……。でもいい教育にはなりそうだぜ」

 

最原「あ、イヴちゃんが一人で美術館を見回るみたいだね。動かせるよ」

 

百田「一人で先に見たいってか。イヴって嬢ちゃんは将来有望だな!」

 

イヴ母『いい? 美術館の中では静かにしてなきゃダメよ?』

 

百田・最原「「はーい」」

 

七海「(素直)」

 

百田「母ちゃんにこう言われたし、静かに見て回るか」

 

最原「そうだね。絵以外にも彫刻とかもあるみたいだよ」カチカチ

 

百田「ほうほう……うわ、地面にでっけー絵があるぞ。深海魚か?」

 

最原「『本日はご???き誠にありがとうございます』……? あ、子どもだから漢字が読めないんだね。えーと、『ご来場頂き』、かな」

 

百田「名前カタカナなのに漢字文化なのか」

 

最原「はは、確かに。……えーと、作品の名前もところどころ読めないみたいだよ」

 

百田「なんで読めねーのに一人で先に行っちまったんだイヴ」

 

最原「興味が勝っちゃったのかな?」

 

七海「百田くん、ボケっぽいのに結構突っ込むね」

 

百田「おー? 年下のくせに言ってくれるじゃねーか七海」

 

七海「一緒にゲームしたら、年齢とか関係なく友達だからね」

 

百田「違いねえな。クリアしたらハグするか!?」

 

七海「クリアできたらね」

 

最原「するんだ……。あ、なんか首のないマネキンみたいなのがある。『無個性』だって」

 

百田「なになに、個性ってのはその人の表情だと思う……か。なるほどなー。人形が色んな服を着たところでそれは個性になりえないっつーことか」

 

最原「面白い解釈だね」

 

百田「まあ、美術館ってのは結構考えさせられる場所だしな」

 

最原「さて、こっちの部屋には……あ、なんかひときわ大きい絵があるよ」

 

百田「『???の世界』、か。なんだろーな。『無重力の世界』。おし、これだ!」

 

最原「完全に宇宙だねそれ……ん?」

 

百田「な、なんだ? 急に明かりが暗く……」

 

最原「BGMも消えた……?」

 

七海「……ふふふ」

 

百田「お、おいおい、さっきまでたくさんいた他の客もいなくなっちまったぞ!?」

 

最原「受付にいた人もいないよ……どういうことだろう?」

 

百田「……とりあえず美術館から出ようぜ。受付の横、確か出入り口だろ」

 

最原「……開かない」

 

百田「おいおいおい……どういうことだこれは」

 

最原「さっき大きい絵を見てから様子がおかしくなったんだよね……あの絵に何か秘密があるのかも」

 

百田「戻ってもう一回調べに行くか……ん? いま窓の外で、人影が通り過ぎていかなかったか?」

 

最原「そうだね、僕にも見えたよ。ここから脱出できたりとか……駄目だ、開かない」

 

百田「まあ見たところ、はめ殺しの窓っぽいしな……うおぁっ!!」

 

最原「!」ビクッ

 

百田「い、い、今の奴いきなり窓の外からバンバン叩いてきやがった! 驚いたぜ……」

 

最原「僕もびっくりしたけど、それ以上に百田くんの声に驚いたよ……」

 

百田「わ、わりー……」

 

七海「……」ニヨニヨ

 

最原「(七海さんの、悪戯めいたあの表情……。うすうす感じてはいたけど、もしかしてこのゲーム……)」カチカチ

 

百田「……さて、終一が操作して大きい絵のところに戻ってきたわけだが……絵からなんか絵の具が垂れてねーか? 不気味だぜ……」

 

最原「文字もなんか書いてない? なになに……」

 

 『お』ベチャ      『イ』ベチャ

   『い』ベチャ 『よ』ベチャ

     『で』ベチャ    『ヴ』ベチャ

 

百田「うおおおおっ!?」ガバッ

 

七海「おっと、駄目だよ。ハグは最後」スッ

 

百田「お? おおお……」ギュー

 

最原「(ウサギのぬいぐるみを抱き締めている百田くん……シュールだ……)」カチカチ

 

百田「べ、別にビビったわけじゃねーからな。急激にこのウサギをモフりたくなっただけだ」

 

七海「はいはい」

 

最原「えーと……『したに おいでよ イヴ ひみつのばしょ おしえてあげる』」

 

七海「……行ってみたらどうかな?」

 

最原「そうするよ……」カチカチ

 

百田「……な、深海魚の絵の手前に足跡がついてやがる……」

 

最原「地下への入り口みたいだね……。下においでってこういうことか……」

 

百田「入りたくねえ……が、脱出する場所も見当たらない以上、入るしかねえか……」

 

最原「……じゃあ入るよ?」カチカチ

 

百田「おう……」

 

 ヒューゥゥゥ デテデデデン……

 

最原・百田「「……」」

 

百田「なんじゃこりゃあ……」

 

最原「暗い……BGMも不穏だね……」

 

百田「おい七海……このゲームって本当にファンタジーか?」

 

七海「ごめん。驚かせたくてわざと勘違いするように言ったんだけど、実はこれホラーゲームだよ」

 

百田「なんだと!?」

 

最原「(知ってた)」

 

七海「今からが本番だね。ここから謎解き要素も出てくるし、きっと楽しくゲームできると思うよ」

 

最原「そうなんだね」

 

百田「……よし終一、探索はおめーに任せた。オレは謎解きに行き詰まったら呼んでくれ」クルリ

 

最原「させないよ。僕だって怖いんだから」ガシッ

 

百田「……やっぱり? いや別に俺は怖いってわけじゃねえ。終一の見せ場を取らねーようにだな……」

 

七海「あ、そうだ、雰囲気を出すために部屋の電気も消してやろうか」

 

百田「こえーから絶対やめてくれ」

 

最原「(即答だ……)」

 

 

 ~緑の間~

 

 

最原「さて、赤いバラ……七海さんいわく体力を手に入れて最初の部屋までやってきたわけだけど……」

 

百田「……うう……」コヒュー コヒュー

 

最原「大変だよ。早くも百田くんが息してない」

 

七海「いや息はしてるよね?」

 

百田「なんなんだよ……鍵を拾ったら目の前の絵の表情がいきなり変わってビビったし、入ってきた道はいつの間にか塞がれてんのはなぜなんだ……」

 

七海「どうどう」ポンポン

 

最原「……でも、確かにリアルで考えてみると、来た道がいつの間にか帰れなくなってるっていうのは怖いよね」

 

七海「謎解き探索ゲームでは結構ありがたい仕様なんだけどね。謎を解くためのヒントやアイテムは、もう前のところには無いっていう証拠だから」

 

最原「あ、そういう考え方もできるのか……結構ゲームも奥深いね」

 

七海「でしょ」フンス

 

百田「……」

 

最原「百田くん、ほんとにツラそうだ……。ここは僕が頑張らないと」

 

七海「(そう思うなら離脱させてあげればいいんじゃ……私は一緒に遊びたいから言わないけど)」

 

最原「この部屋だけど……虫の絵がいろいろ飾ってあるね。テントウムシ、ハチ、チョウチョ、クモ……」

 

百田「……仲間外れどれだってんなら、クモだぜ……他のは全部昆虫だからな……」

 

最原「もし4ケタの数字を入力する機械があるなら、足の数で6668かな……?」

 

七海「おっ、二人とも謎解きの頭になってるね。いいと思うよ」

 

最原「百田くん、大丈夫?」

 

百田「まあ……いろいろ考えてるほうが少し楽だってことに気づいたな……」

 

七海「いろいろ考えるのも大事だけど、まずはいろいろ調べていくことも大事だよ。最原くん頑張って」

 

最原「それもそうだね。えーと、右と上にも道があって……ん? 小さな黒い点が地面を動いてるような……あっ」

 

アリ『ぼく アリ』

 

最原「アリがいたよ。なになに……」カチカチ

 

百田「ふむ……アリの絵もどこかにあるらしいな。それにしても終一よく見つけたな、こんな小さい点」

 

七海「うん。さすが探偵の観察力だね」

 

最原「そ、そんな、たまたまだよ。僕が操作してるから一番見やすい位置にいるんだし」

 

百田「なんにせよ、終一に探索を任せたオレの判断は間違ってなかったっつーわけだ。この調子で頼んだぜ」

 

最原「あはは……まあ頑張るよ」

 

 

 ~赤の間~

 

 

七海「結構サクサク進んでるね。もうここかー」

 

最原「まだ序盤だからかな、そんなに謎解きは難しくないね。どちらかというと探索のほうが大事な感じだよ」

 

七海「アリといい、小さい文字といい、最原くんの観察眼はすごいね。調べるべきところを見逃してないって感じ」

 

最原「あはは……探索中に驚かし要素があるからおっかなびっくりだけどね。壁から手が出てきたときは驚いたなあ」

 

百田「オレは無個性が動き出したときがビビったぜ……なんだあいつ」

 

最原「ああ、あの首のないマネキンの」

 

百田「なにが無個性だ……あんな姿で動き出すとか個性の塊じゃねーかあんなの」

 

七海「確かに」

 

最原「さてこの部屋は……美術館みたいにまたいろいろな作品が置いてあるね。『あ』『うん』だって」

 

百田「阿吽のことだろーな。ひらがなで書いてあるからイヴの嬢ちゃんでも読めるみてーだ」

 

最原「逆にまだ読めない作品もあるね……後でわかるようになるのかな」

 

百田「お、終一。こっちにある絵、もともとの美術館であったやつじゃねーか?」

 

最原「女の人の絵だね、確かにあった気がするよ。えーと、『赤い服の女』ってタイトルみたいだね」

 

百田「ふむ……つーか鍵がどこにもねえな。てっきりこっちにあると思ってたが……うおうっ!!?」ビクン

 

最原「わあっ!?」ビクッ

 

百田「に、逃げろ終一!」

 

最原「も、もちろん!」カチャカチャ

 

七海「おお。流れるように」

 

最原「……はー、びっくりしたー……」バタン

 

百田「赤い服の女が絵から飛び出してきやがった……」

 

最原「移動方法も怖いよこれ……てけてけみたいに腕で這って向かってくるんだもん」

 

百田「てけてけ……真宮寺みたいな例えだな終一……ってお前、いつの間に鍵を手に入れたんだ? そこ確か開かなかった部屋じゃ……」

 

七海「逃げながらどさくさにまぎれて拾ってたよ」

 

百田「マジか。そんな余裕があったのか……」

 

最原「偶然目に入ったから……それより、ドアを通ればもうアイツは追ってこれないみたいだね」

 

百田「……みてーだな。あんな格好だからノブまで手が届かねーんだろ」

 

最原「できればもう戻りたくないよね……先に進めそうだからこっちに向かうよ?」カチャカチャ

 

百田「ああ……ってかお前またさらっと謎解いてなかったか?」

 

最原「調べてたら次の扉が開いただけだよ……っと、なんか男の人が倒れてる」

 

男『うう……』

 

百田「……なんだこいつ。襲ってくるわけでもねーみたいだし……苦しそうだが、怪我してんのか?」

 

最原「とりあえずこの人、手に鍵を握ってたみたいだからゲットしたよ。あと他に探索するところは……」

 

百田「意外と容赦ねーな終一お前」

 

最原「こっちにも部屋が……。壁に何も掛かってないのに、『青い服の女』ってタイトルだけが書いてある」

 

百田「うわ……完全に動き回ってるやつじゃねーか。あんまり探索したくねー……」

 

最原「……あ、近くの部屋の中にいたね、青い服の女」

 

百田「っておい! あっさり見つけてくれてんじゃねーよ! もうちょっと心の準備をさせろよ!」

 

最原「ご、ごめん。でも身構えてるほうが怖くなるからさ、こういうのはさっさとしたほうがいいんだよ」カチャカチャ

 

百田「そりゃあそうかもしれねーが……」

 

最原「あ、調べようとしたら青い服の女が追ってきた」

 

百田「だから早えって! うおおお機敏に追ってきやがる! 絶対そんなうまく動けねーだろその体で!」

 

七海「そこはまあゲームだから……ね?」

 

最原「……よし、アイテム『青いバラ』ゲットだよ。あとはこの部屋から出れば……」ガチャッ

 

百田「……ふう、これで一安心だぜ。あいつらは扉を開けれねーみたいだから……なぁぁああっ!?」

 

最原「窓から!? くそっ、それは予想してなかった!」カチャカチャ

 

百田「痛えっ! 攻撃少しくらっちまったぞ!」

 

最原「だ、大丈夫! こっちに何回でも使える花瓶があったから……」

 

百田「……今さらだが、花瓶にバラ挿すと回復するって謎だよな」

 

最原「この空間ではバラと自身がリンクしてるみたいだから、バラが傷つけば自分も弱るし、バラが元気になれば自分も元気になるんだよね……あれ?」

 

百田「どうした?」

 

最原「青いバラも花瓶に挿せる……あ、そういうことか!」

 

百田「なんだよ? 一人で納得しやがって。青いバラがどうしたってんだ?」

 

最原「おそらくこの青いバラが、さっきの男の人の体力なんだよ。だからこれを花瓶に挿して元気にした後、男の人に話しかければ……」カチャカチャ

 

男『……うーん…………』ムクッ

 

百田「おお、なるほどな!」

 

男『……あら? 苦しくなくなった……』

 

百田「おっ、顔アイコンが出たぞ。前髪とかがなんとなく東条に似てるな」

 

最原「この人は男だから性別から違うけど……あ、でも喋り方は女の人だね」

 

百田「ニュータイプか。まあそこらへんにオレは偏見は無えな」

 

最原「ふむふむ、ギャリーって名前なんだって。同じく美術館に来ていた人で……一緒に行動してくれるみたい」

 

ギャリー『子ども一人じゃ危ないからね……アタシも一緒に付いて行ってあげるわ!』

 

百田「仲間か! 喋り方はアレだが、大人の男と一緒ってのは頼もしいぜ」

 

最原「だね。……あ」

 

ギャリー『ぎゃー!』シリモチッ

 

ギャリー『い……今のはちょっと驚いただけよ! 本当よ!』

 

百田・最原「「……」」

 

百田「……た、頼りねえ……」

 

最原「(言い訳の仕方が百田くんみたいだ……)」

 

七海「言い訳の仕方が百田くんみたいだね」ポケー

 

最原「ちょ、七海さんそれ言っちゃ駄目だから!」シー

 

百田「ん、どうしたお前ら」

 

最原「なんでもないよ! それより、仲間ができたことだし先に進もうよ!」

 

百田「お、おう……」

 

 

 ~つづく~

 



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28 七海さんとフリーホラー②


七海「今回で、台本形式の話を投稿するのは一旦終了。次回からまた普通の話に戻るよ」

七海「私のゲームに付き合ってくれてありがとうね。機会があったらまたやりたいなあ」

七海「それじゃ、本編どうぞー」




 

 ~美術館?~

 

百田「……ふーむ、最初にいた美術館と似たような場所に来たな。電気がついてない美術館……不気味だぜ」

 

最原「似たようなっていうか、ほぼ同じ場所だよね。飾ってある絵も同じだし……あ、ギャリーがいるから読めなかった作品のタイトルが分かるよ」

 

百田「……あーそう言えばこんな絵あったなー……っておい終一、この絵……!」

 

最原「うん……僕たちが元の美術館で、変な場所に迷い混むきっかけになった絵だ……」

 

百田「この絵がこっちの世界にあるってことは……もう終わりが近ぇんじゃねーのか?」

 

最原「僕もそう思うよ……うん、調べたらイベントが始まったね。この絵に飛び込めば元の美術館に帰ることができるみたいだよ」

 

百田「おうっ、ギャリーは一足先に飛び込んだみてーだな。次は俺たちの番……ん?」

 

??『イヴ!!』

 

百田「なんだ? 別のとこから声が……」

 

最原「これは……イヴのお母さん?」

 

七海「……さあ、これが最後の選択肢だね。ギャリーを選ぶか、お母さんを選ぶか。これによってもエンディングは分岐するよ」

 

百田「ほー、最後の選択肢ね……」

 

最原「……百田くん。一応訊くけど、どっちを選ぶ」

 

百田「そんなの決まってんだろ。俺たちが選ぶべき選択肢は……」

 

 

 

 

 

 ~赤の間~

 

ギャリー『……ん? 難しくて読めない字? あぁこれのタイトルのこと? 「抽象的な絵画」ですって』

 

百田「お、ギャリーがいるから作品の漢字が読めるんだな。細かいぜ」

 

最原「ほんとだね。よしじゃあせっかくだし、来た道を戻って今までのタイトルを確認していい?」

 

百田「マジか……まあいいけどよ。変なところで終一はこだわるな……」

 

七海「私はいいと思うよ。そういう好奇心に従って行動するのもゲームじゃ大事だよね」

 

百田「そんなもんか……」

 

最原「……うん、アリのところまで戻ってきたよ。せっかくだからアリにも話しかけてみよう。会話が変わってるかもしれないし」

 

百田「……アリに話しかけるって、(はた)から見ると寂しい奴だよな……」

 

七海「百田くん、しーっ」

 

ギャリー『……なにかしらこの黒いの……ゴミ?』

 

アリ『なんだ おまえ。 でかいくせに なまいき』

 

ギャリー『んな……!』

 

最原「あ……新しい会話が増えてるね」

 

七海「へえ……こんな会話パターンがあったんだ。知らなかったよ」

 

百田「ほー、超高校級のゲーマーでも知らないこととかあんだな。やるじゃねーか終一!」

 

七海「うん、すごいよ最原くん! 最原くんにはゲーマーの才能があるよ!」

 

最原「そ、そう? 大げさだと思うけど……二人にそう言われると嬉しいな……」

 

百田「うんうん。終一がアリに話しかける性格でよかったな」

 

七海「そうだね!」

 

最原「百田くん言い方! 七海さんも同意しないで!?」

 

 

 

 ~灰の間~

 

最原「……あ、目薬が手に入ったよ。これはさっきのところにいた、充血した目玉に使えばよさそうだね」

 

百田「ああ、あの大量の目玉が床にたくさんあった場所か……気持ち悪いったらねーな」

 

七海「そう? 私はかわいいと思ったけど……」

 

百田「は? アレがか? いつも思うが、女子のセンスは分かんねーもんだ。ギャリーだって開幕言ってただろ、『ぎゃー! 気持ち悪い!』って」

 

七海「むう……かわいいもん」  

 

最原「まあまあ……とりあえず目薬使うよ?」カチカチ

 

百田「おう」

 

目玉『……』カラカラ

 

目玉『……』ポタッ

 

目玉『……!』キラキラーン

 

百田・最原「「……」」

 

百田・最原「「(ちょっとかわいいな……)」」

 

七海「ほら、やっぱりかわいい」ウンウン

 

 

 

 ~休憩室~

 

ギャリー『おはよ、イヴ。気分はどう?』

 

百田「……ああなんだ。今のヤバい状況は、気絶してたイヴの嬢ちゃんが見てた夢か……。まあそりゃ、あんな大量の無個性や額縁女に追い回されたら怖ぇわな」

 

七海「イヴちゃん可哀そう……百田くんが『ここにある絵とかが全部動き出したりしねーよな?』とかフラグ立てるから……」

 

百田「オレか? オレのせいなのか?」

 

最原「まあそれはともかく……ギャリーさんがいてよかったよね、見守ってくれる大人は頼もしいよ」

 

百田「確かにな。見たところ、着てたコートを布団代わりにかけてやってたみたいだぜ」

 

最原「優しい人だね、ギャリーさん」

 

七海「(……そういえば私が居間で寝ちゃったとき、誠くんがパーカーをかけてくれたときがあったなあ……)」

 

ギャリー『イヴ、そのコートの左側のポケット、探ってごらん?』

 

百田「……? あ、キャンディーが入ってるみてーだな」

 

ギャリー『それあげるわ。食べてもいいわよ』

 

百田「ギャリー……お前……!」

 

七海「優しいしかっこいいよねギャリー。二人も見習ったらいいと思うよ。口調以外」

 

最原「そりゃまあ口調はね……」

 

百田「だが確かに、女こどもに優しくするのは大事だよな」

 

七海「ね。じゃあ今度から、登下校中の女児にキャンディーを配るといいと思う」

 

最原・百田「「いやそれはちょっと……」」

 

 

 

 ~紫の間~

 

百田「わっ!? なんだ、停電か!?」

 

ギャリー『わっなに!? 停電!?』

 

七海「おー、百田くんギャリーと同じリアクションだね」

 

百田「急に画面が暗くなったら驚くだろうが……」

 

ギャリー『イ、イヴ! いる!?』

 

最原「選択肢が出てきたよ。『いる』『いない』……あと一つは『沈黙』かな」

 

百田「ほーう。じゃあここは『いない』にしようぜ」ニヒヒ

 

最原「そうだね」カチカチ

 

ギャリー『なに言ってんのよいるじゃないのっ!』

 

百田「ははは。当然のツッコミだ」

 

最原「ふふ……ギャリーさんには悪いけど、いないよーって言ってるイヴちゃんを想像すると和むよね」

 

七海「うん、かわいい」ホッコリ

 

百田「ホラーゲームの中でもなんかこう……微笑ましい場面があるってのはなんかいいよな」

 

最原「うん、分かるよ」

 

百田「だろ?」ヘヘッ

 

七海「(……まあ停電が終わって明るくなったら驚かしポイントがあるんだけどね)」

 

百田「ギャリー、頼りねえ大人だと最初は思ったが、結構好きになってきたぜ」

 

最原「口調もそんなに気にならないよね」カチカチ

 

ギャリー『あ、そうだわ、ライターがあったの忘れてた。……え?』

 

最原・百田「「!!?」」ビクッ

 

七海「……二人とも、ナイスリアクション」b

 

 

 

 ~スケッチブック~

 

百田「……ふうっ。ギャリーと別行動になったときは焦ったが……無事合流できたな。よかったよかった」

 

七海「ほんとにね。行動を間違えてたら悪いほうに話が分岐してたよ」

 

百田「え、マジで?」

 

七海「うん、マジで」

 

最原「そうだったんだ……やっぱりあそこかな。百田くんが一番怖がってた、気味の悪い人形だらけの部屋に閉じ込められるところ」

 

百田「な……終一だって焦ってたじゃねーか! つーかあそこは誰だってビビるだろ!」

 

最原「怖い演出が神がかってたよねあそこ。制限時間内に鍵が見つからなかったらギャリーは多分……」

 

百田「ああ、我ながらよく見つけたもんだぜ……操作してたのは終一だが」

 

七海「……まあ、そこが最大のポイントなのは間違いないけど、分岐を決めるポイントは他にもあったよ。見たところそこらへんもしっかり回避できてたから、あそこで鍵を発見できずに脱出できなくてもギャリーは大丈夫のはず」

 

百田「そうなのか? いやあそこで脱出できなかったら絶対大丈夫じゃないだろ……」

 

七海「確かに脱出に失敗したらそこでギャリーは正気を失ってしまうけど、イヴちゃんが来てそれを正気に戻すんだよ。ギャリーの顔をグーで殴って」

 

最原「グーで殴って……」

 

百田「マジかよ……なんだその少年漫画みたいな解決方法は」

 

最原「……それはまあいいとして……分岐が他にもあったって、どこにあったか訊いてもいい?」

 

七海「いいよ。いろいろあるけど、例えば停電したときだね。あそこでギャリーの問いかけに三つの選択肢が出たと思うけど……」

 

最原「あったね。いるいないって返事するか、もしくは黙ってるの三つだったかな」

 

七海「そうそう。それで沈黙を選ぶとギャリーは死ぬよ」

 

百田「は!?」

 

最原「ギャリー死ぬの!?」

 

七海「あ……死ぬは言い過ぎたね。ちょっとだけ悪い展開になったりするよ」

 

最原「そ、そうなんだ……」

 

百田「だ、だよな。さすがにそんな、何気ない選択肢をミスったら即死っていう不親切なゲームはねーよな」

 

七海「いやまあそれはあるけど」

 

百田「あんのか!?」

 

七海「あるよ。それはともかく……ここまで来たならクリアまではあと少しだよ。二人にはぜひ、一番いいエンディングを見てほしいな」

 

百田「一番いいエンディングねえ……やっぱりさっきみたいな選択肢が重要になってくんだろうな」

 

最原「分かりやすい選択肢だったらいいんだけど……」

 

 

 

 

 

百田「……当然、『ギャリーの手をつかむ』を選択するぜ! オレはこいつを信じると決めた!」

 

最原「申し訳ないけど、このタイミングで出てくるお母さんはいかにも偽物っぽいよね……じゃ、決定するよ?」

 

百田「おうっ!」

 

最原「了解っ」ポチッ

 

ギャリー『よし!』グッ

 

百田「うおっ、画面が真っ白に……!」

 

 

 ~美術館~

 

 

最原「終わ……った……? ここは……元の美術館……?」

 

七海「うん、そうだね。おめでとう、見事あの世界から脱出だよ」

 

百田「クリアか! やったな終一! ようやくクリアしたぜ!」

 

最原「まだ操作ができるみたいだけど……あ、今まで何をしていたのか思い出せない、だって」

 

七海「そうなんだよね。あの世界から脱出すると、そのときの記憶は失ってしまうんだ」

 

百田「そうなのか……ってことはギャリーも俺たちのことは覚えてねーのか」

 

七海「そうなるね」

 

最原「それはなんというか……結構残念だね。他のエンディングは無いのかな?」

 

七海「えーと……言っていいのかな」

 

最原「いいよ。一回クリアしたんだから、もうネタバレとかあんまり気にしないよ」

 

百田「だな。後半結構のめり込んじまったし、教えてくれるんなら知りてーぞ」

 

七海「じゃあ言うけど……これは2番目にいいエンディングだね。ギャリーと二人で脱出できたけど、失った記憶は思い出せないエンディング。もう少しギャリーと仲良くしてたら、記憶も取り戻す1番いいエンディングに行くよ」

 

最原「そうなんだ! できればそのエンディングも見たいけど……最初からやり直すのはさすがに時間がかかるね。セーブデータを分けておけばよかったなあ」

 

百田「つーか、ギャリーとは結構仲良くしてたと思うんだが……これ以上仲良くするってどうすんだ?」

 

七海「もう少し色んなところの探索と、ギャリーと何度も会話をする必要があったね。でも一回目のプレイでそのエンディングに行けるのは難しいし……2番目のエンディングに行けただけでも十分すごいよ。ギャリーと脱出できないエンディングもあるからさ」

 

百田「そんなオチもあんのか……そいつは見たくねえな」

 

最原「そう? 僕は結構気になるけどなあ……あ、悲しい話が見たいんじゃなくて、せっかく用意されてるなら見たいなって程度だよ」

 

七海「うんうん、エンディングコンプは基本だよね。私は悪いエンディングから見る派だよ。初回はもちろん最高のエンディングを目指してプレイするけど」

 

百田「よくわかんねーが……まあそんなもんか」

 

七海「そんなもんだよ。……ときに、百田くん」

 

百田「どうした七海」

 

七海「クリアしたらハグする約束だったけど……」

 

最原「(そういえばそんなこと言ってたっけ……本当にするのかな)」

 

百田「おうっ、するか!?」

 

七海「こたつから出たくないから握手(ハンドハグ)でいい?」スッ

 

百田「いいぜ!」スッ

 

最原「(いいんだ)」

 

七海「では……フリーホラーゲーム、Ibのクリアおめでとー!」ギュッ

 

百田「おっしゃあ!! やったな!」ギュッ

 

最原「わー」パチパチ

 

七海「はい、最原くんも。おめでとー」ギュッ

 

最原「え」

 

百田「終一もやったな! さすがはオレの弟子だぜ!」ガシッ

 

最原「いたっ!? 力が強いよ百田くん……」

 

百田「おお、わりーわりー」

 

最原「(……百田くんはともかく、七海さんもこういうことをするのに躊躇はないんだな……。そういうところ、少しだけ赤松さんに似てるかも)」チラッ

 

七海「?」

 

百田「ん、どうした終一?」

 

最原「なんでもないよ。それより、エンディングの回収はどうしようか?」

 

百田「そうだなー……この際ハルマキや赤松にプレイさせて、違うエンディングにならないか見るってのもいいな。へへ、あいつらどんな反応するだろーな?」

 

最原「百田くん……最初は怖がってたのに慣れたから強気だね」

 

百田「怖がってねーって。あのときはちょっと腹が痛くてな……大体ゲームってわかってんだから怖がったりしねーだろ」

 

七海「えっ。それ本当? 百田くん」

 

百田「たりめーだ! なんたってオレは、宇宙に轟く百田解斗だからな!」

 

七海「そうなんだ……じゃあそんな百田くんにお願いがあるんだけど」

 

百田「おう。なんだ? お願いって」

 

七海「実は……Ibには英語版があるんだけど、それには日本語版では見られないエンディングがあるらしいんだ。それを百田くんには探してもらいたいなあって思って」

 

百田「そんなのがあんのか。まあそんくらいならやってやっても……待て、それってまさか、オレ一人でか?」

 

七海「そうだね。私は英語のテキストがすらすら読めるレベルじゃないから……最原くんは?」

 

最原「僕もそこまで英語は……あ、でも百田くんは数か国語はマスターしてるんだよね。すごいなあ」

 

百田「確かにそうなんだが……え、一人? オレが? このゲームを?」

 

七海「うん」

 

百田「一人で?」

 

七海「一人で」

 

百田「え、えーと……」

 

七海「うんうん」

 

百田「……さ」

 

七海「さ?」

 

百田「さすがにそれは勘弁してくれ……」

 

 

 ~おわり~

 

 



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